幻想郷食堂 (storyblade)
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メニュー1「ビフテキ・エビフライ・メンチカツ」

嘗て東の国の人里離れた辺境の地にとある場所があった…。


…「幻想郷」


そこは昔より多くの妖怪が住み着き、人々に恐れられていたが、人間世界が発展すると妖怪は次第に迷信扱いされ、妖怪もそれが存在する幻想郷も徐々に危険視されなくなっていった。これを憂いた幻想郷の管理者にして大妖怪である八雲紫は、自分達の居場所を守るために「博麗大結界」という結界で幻想郷を覆い隠し、人間界と分離。これによって通常人に触れる事も見る事も出来なくなった幻想郷は、年月の流れと共に次第に人々の記憶から忘れられていった。一方の幻想郷もそれからは妖怪や一部の人間、更に人に忘れられて居場所を無くした神仏等も住み着き、それらが独自の文化を築き上げていた。長い歴史のさなか、「異変」という大小様々な事件はあったものの幻想郷の守護者である博麗の巫女や、幻想郷の住人達がそれを解決し、色々ありつつも幻想郷は今日も平和なのだった。
……そんな幻想郷でまた小さな異変が起こる。突如現れた「扉」が巻き起こす、騒がしつつも悪くはない、そんな異変が…。


香霖堂

 

 

そんな異変の物語はとある店から始まる…。

ここは幻想郷にある「香霖堂」という看板が掲げられたとある店。…の様に思えるが、何やら異質なものや一見何の役に立つのかわからないものが並んでいるその店内は店というよりも物置に思える。

 

眼鏡をかけた青年

「……」

 

そんなものに埋め尽くされる中で店主らしい眼鏡をかけた青年が湯呑をすすりながら本を手にしている。どうやら読書中らしい。客はひとりもおらず閑古鳥なのに至って気にせず、ゆっくりとひとりの時間を楽しんでいる様だ。

 

 

バーンッ!

 

 

白黒の恰好をした少女

「おーす香霖~!遊びに来たぜ~!」

大きなリボンを付けた少女

「こんにちは霖之助さん。お茶もらうわね」

 

と、その時ドアが激しく音を立てて開き、ふたりの少女が入ってきた。ひとりは白黒の魔女の様な姿格好にエプロンをし、髪を片方だけ小さく三編みした少女。もうひとりは頭に大きなリボン、お腹と肩の部分を開けた変わった服を着た少女。

 

「…来て早々唐突にお茶を入れる霊夢の方はもう無駄だからやめておくとして魔理沙、店のドアは蹴破らないでくれと前から言っているだろう?」

 

「気にすんな気にすんな♪そんな細かい事気にしてたら白髪が増えるぜ?ああ元々か、まぁとにかく気にすんな」

 

「相変わらず安いお茶ね~。あ、お煎餅ももらうわね」

 

青年の名前は霖之助、白黒の少女は魔理沙、そして赤の少女は霊夢と言った。

 

「そんな事よりも香霖!今日は確か無縁塚行った日だろう?また何か珍しいもんパクってきたか?」

 

無縁塚というのは幻想郷のはずれにある無縁仏達の共同墓地の事で、結界の力が弱いため博麗大結界の外、人界から流れ込んでくるものが漂着する場所でもある。香霖堂に並んでいるのは霖之助がそこから拾ってきた物が多い。

 

「パクったとは心外な。さっき戻ってきたところだよ。少ないけど裏に置いてあるから気になるなら見てみるといい。言っとくけど取らないでくれよ?」

 

「ひどいな~香霖、取ったりしないぜ!借りるだけだ!死ぬまでな♪」

 

そういって魔理沙は裏の方に行ってしまった。再びため息をはく霖之助だが彼は元々彼女の実家で働いていた身。魔理沙の事は彼女が幼い頃から知っているのでこういう事についても半場諦めている。

 

「…はぁ~~」

 

すると今度は霊夢が大きく長いため息をはいた。

 

「関わり合いになったら面倒だから本当なら聞きたくないけど…どうしたんだい霊夢?」

 

「な~んか最近面白い事がないのよね~」

 

「平和でいいじゃないか」

 

「そうなんだけど宴会やっても特に真新しい話題も無いしなんとなくつまらないのよね~。…いっそのこと何か異変でも起こってくれないかしら?」

 

「…博麗の巫女としては相当まずい事言ってるってわかってるかい?」

 

呆れた様にそう言う霖之助。彼女こそ幻想郷の守護者のひとりにして博麗大結界の管理を任されている博麗神社の巫女、博麗霊夢である。

 

「それに異変があったらあったらで君も忙しいだろう?今みたいにのんびりお茶を飲んでる暇もない位に」

 

「それはそうなんだけど博麗の巫女の出番があったらあったでうちの神社の宣伝にもなるし~。そうなったらお賽銭も入るし~」

 

「…今までいろんな異変あったけどそんなに流行った事あったかな?」

 

「霖之助さんも意地悪な事言うわね…。あ~あ、異変とまではいかなくても何か吃驚するような事でも起きないかしらね~」

 

悪態をつきながらうつ伏せる霊夢とそれを苦笑いしながら見守る霖之助。

 

「まぁそんな事はさておいてもう昼食前ね。ここで食べてっていい霖之助さん?」

 

「残念だが材料は僕の分しかないよ。ふたりが来るのは知らなかったからね。人里にでも行ったらどうだい?」

 

「え~めんどくさい…。う~んご飯どうしようかな~」

 

空腹を紛らわす方法を考えている霊夢。すると、

 

「おーい香霖、ちょっと来てくれ~!ついでに霊夢も~!」

 

何やら裏の方からふたりを呼ぶ魔理沙の声。ついで呼ばわりで悪態つきながら霊夢も霖之助も立ち上がり、魔理沙の所に向かってみると、

 

「どうしたのよ魔理沙」

 

「なにか特段気になるものでもあったかい?」

 

「あれを見てくれよ!」

 

魔理沙が「あれ」というものに向って指を指した。そしてその先には…、

 

「……扉?」

 

霊夢が言うとおり、そこには扉があった。霖之助が集めてきたガラクタ?からポツンと少しだけ離れたそれはなんの支えもないのにまるで見えない家に付いているかの様に堂々と立っている。木造りの、一枚板などでなく幾つもの複雑に作られた部品が組み合わさってできたそれは金メッキのノブ、更に猫を象った看板がかけられていた。取り敢えず三人は扉に近づく。

 

「まるで紅魔館にありそうな扉だな。こーりんドアまで運んできたのかよお前?」

 

「…いや、僕はこんなものは知らないよ。そもそもこんな重そうな扉僕ひとりで運べるわけ無いだろ」

 

「……少なからず妖気、いえ魔力みたいなものを感じるわ。でも…危険なものではなさそうね…」

 

「何か書いてあるね。………「洋食の…ねこや」?」

 

猫を象った看板には現代の日本語でそう書かれていた。

 

「もしかしたらこれも外の世界から来たのかもしれないわ…。でもなんで扉だけなのかしら?」

 

「まさか扉開けたらどっかに繋がってるとかねぇよな…?転移魔法なんてパチュリーやアリスはおろか、この魔理沙様でも中々だぜ」

 

「まぁ似たような力が使える奴には覚えないことないけど…でもこの扉に関してはあいつらは違うと思うわ」

 

「…で、どうする?開けてみるかい?」

 

霖之助の言葉に霊夢は軽くため息をはいた後、

 

「…仕方ないわね。もし物騒なものならこのまま放ってはおけないし。ほら魔理沙」

 

「おう!」

 

そう言いながら霊夢が先頭に、そのすぐ後ろに魔理沙、更に後ろに霖之助がつく。そして霊夢はドアノブに手をかけ、押したが……扉は開かない。

 

「…あれ?鍵がかかってる」

 

「いや引き戸なだけじゃないか?」

 

そう言われて引くと扉がほんの少しだけ動く。どうやら扉は引き戸の様だ。

 

「あはは♪霊夢だせ~」

 

「う、うっさいわね!さっさと行くわよ!」

 

 

ガチャッ!~~~~♪

 

 

笑われたのがむかついたのか霊夢は扉を一気に引き、扉が開くと鈴の音が鳴った。

 

 

…………

 

???

 

 

それより少し前。ここはその幻想郷にあってどこでもないどこか。周囲に無数の巨大な目の様なものが浮かんでいる部屋。

 

変わった格好をした女性

「………」

 

そんな異質な部屋の中にひとり変わった女性がたたずみ、水たまりの様なものをのぞき込んでいたのだが…。

 

「…私がこの地に住んで幾年。数えきれない程の年月が経ったけど…あんなものは初めてだわ…」

 

何やら目に映ったのか女性は相槌を打った。話の内容からして何か奇妙なものでも見つけたのか…。

 

(どういう物か……あの子に調べてもらおうかしら)

 

そんな事を考えている女性の傍にもうひとり近づいてくる。

 

尻尾がある女性

「~~様、本日のお食事は何がよろしいですか?」

 

同じく変わった格好の女性だが最も特徴的なのはいくつもの狐の様な尻尾がある事だろうか

 

「あらもうそんな時間だったのね?そうね~、何か温かいものがいいわね~」

 

「承知しました。…ところで先程から熱心に見られてましたが何かあったのですか?」

 

「…あれを見て」

 

先の女性が映し出されたそれを指さし伝える。それを見た尻尾がある女性は訝し気な表情を浮かべる。

 

「……初めて見るものですね」

 

「外の世界では幾らでもあるのだけど少なくともこの地、そしてあんな場所にあるものでは無いわね~」

 

「……異変、ですか?」

 

「どうかしらね~。怪しくはあるけど何故か不穏なものとは思えないのよね…。あの子に知らせて行かせてみようかしら?」

 

「博麗の巫女ですね」

 

「そ、じゃあ早速知らせに……?」

 

するとふたりは映像に映ったそれを見て少し驚いた。

 

「あれは……」

 

「……どうやらわざわざ知らせに行く必要は無くなったようね~。それじゃもう少し様子を見てみましょうか…」

 

 

…………

 

霊夢・魔理沙・霖之助

「「「……」」」

 

三人は目に映ったものを見て言葉を失った。扉の先には不思議な世界が広がっていた。全てではないが全体的に木を多く使ったモダンな造りの屋内。ところどころに透明だったり綺麗な模様がある小物や入れ物や額に入った絵などで飾り付けされたインテリア。火の光とは違う暖かい光を放つ照明。そして室内と同じく木で造られた沢山のテーブルと背もたれがついた椅子。テーブルの上にもいくつかの小瓶がある。そんなテーブルで何やら食事をしている何人かの人物と、彼らに対応しているふたりの少女。部屋の横にはひときわ大きい窓の様なものがあり、隣が見える様になっている。どうやら隣にもなにかしらの部屋がある様だ。

 

「ななななな、なんだこりゃ~!?」

 

「…沢山のテーブルに椅子、そして皆何かを食べているらしいから食事の店なのかな?だとしたら隣は…多分厨房だね」

 

魔理沙は驚きの声を上げる。霖之助も冷静に状況を分析するがそれでも驚きはしているらしく、目は大きく見開いている。

 

「この部屋もだけど…」

 

一方霊夢は別の事に驚いていた。その場所では確かに何人かの人物が食べ物らしき物を食している。もしここが食事をする場所ならば何の変哲もない当り前の光景だろう。繁盛もしている。…だがその人物達が変わっていた。

 

高級そうなローブに身を包んだ白い髭を生やした老人

その老人と談笑しているのは黒いマントで帯刀している髷らしき髪型をした男

カラフルな果実と柔らかそうな黄色い食べ物を食する、とがった耳をした銀髪の女性

同じく果物をくるんだお菓子らしきものを食べている蝶の羽が生えた小人の様な者達

勢いよく丼を掻っ込んでいる頑強な肉体と獅子の様な獣の顔をした男等など…、

 

「なんだあいつら…?」

 

「妖怪、なのかしら…?でも幻想郷であんな妖怪は見た事ないわ…」

 

「そうだね…。それに妖怪だとしても普通に人と混じって食事しているのも変だし…」

 

目の前の光景に呆然と驚く三人。

 

「いらっしゃいませー!」

 

とその時、忙しく動いていたひとりの少女が三人に気づいて挨拶をしながら近づいてきた。姿格好からしてどうやら給仕であろう。元気に挨拶してきたその少女に霊夢が返事をした。

 

「ね、ねえちょっと…!?」

 

そして気づいた。少女の頭に…山羊の様な角が生えている。彼女もまた人ではない事に。その事に一瞬慌てた霊夢は博麗の巫女の本能か、手に異変解決の時にいつも持っている大幣を構えようとする。

 

(駄目)

 

だがそれは叶わなかった。突然自分の頭に響いた声に止められたのだ。

 

「!!」

 

「ななな、何だ今の声!?」

 

「頭の中に声が響いた…!」

 

そしてその声は霊夢だけでなく他のふたりにも響いていた。

 

(ここでの争いは駄目…。絶対…)

 

声色からして少女の声。しかし目の前の少女ではない。そして異常だったのはその声は何よりも大人しい雰囲気なのに…何よりも凄まじい威圧感と迫力があった。絶対に逆らってはいけない位の。それを霊夢は素早く感じ取り、つい小声になる。

 

「これは…テレパシーみたいなものだわ。でも単なるものじゃない…。何かはわからないけど…途轍もなく強い力を感じる…。私でさえとても対処できない位の…!」

 

「霊夢でもだって!?」

 

「落ち着いて魔理沙。気持ちはわかるけどこういう時に霊夢は嘘はつかないだろう?…で、どうする?」

 

「……一旦落ち着きましょう。怪しいけど今はじっとしていた方がよさそうだわ。でも油断しないで」

 

自分ひとりだけなら何とか対処方があるかもしれないが今は非戦闘員の霖之助や店内に人間もいる。下手な争いはしたくなかった。そんな三人を知ってか知らずか給仕らしい少女が再び声をかける。

 

「あの~どうかなさいましたか?」

 

先の声はこの少女には届いていない様だった。

 

「あ?ああいえ、なんでもないわ…。それより…ここは何なのかしら?」

 

「そうだぜ!紅魔館でも地霊殿でもましてや月でもねぇし!一体どこなんだここは!?」

 

魔理沙はまだ興奮冷めやらぬ様だ。

 

「こうま…かん?」

 

「ああすまないね。僕達凄く驚いてるんだ。よければここがどういう場所か教えてもらえないかな?」

 

「ああすみません!失礼しました!」

 

年長者らしく応答する霖之助に少女は元気にこう返した。

 

給仕の少女

「ようこそ!洋食のねこやへ!」

 

洋食のねこや。この場所の事を少女はそう言った。

 

「洋食の…」

 

「ねこやぁぁ?」

 

「はい!ここは「ねこや」っていう料理屋です!」

 

「表の看板と同じ…。やはり料理を出す店なんだね」

 

「そして私はここで働いている、アレッタです!」

 

少女の名前はアレッタと言った。彼女の敵意全く無しな笑顔にひと安心した霊夢達は警戒をゆるめ、とりあえず自己紹介する。

 

「アレッタ、ね。じゃあ私も一応自己紹介しとくわ。私は博麗霊夢。一応博麗の巫女なんて肩書で通ってるわ。霊夢って呼んでくれていいわよ」

 

「私は霧雨魔理沙!どこにでもいる普通の魔法使いさんだ。私の事も魔理沙でいいぜ!」

 

「僕は森近霖之助。よろしくねアレッタさん」

 

「レイムさんにマリサさんにリンノスケさんですね。宜しくお願いします!」

 

「じゃあ早速ひとつ聞きたいんだけどアレッタ、ここは一体どういう料理屋なのかしら?」

 

霊夢はとにかく一番気になった事を聞いてみた。

 

「ここは、異世界にある料理屋です」

 

「い、異世界だって!?」

 

「異世界」という言葉に再び驚く魔理沙。他の客らしい者達はそんな反応に慣れているのか、特に魔理沙の声に驚いたりしていない。

 

「外の世界…みたいなものなのかな?」

 

「…いえ、単純にそうとも思えないわ。外にあんな存在はいないもの」

 

霊夢は羽が生えている小人や獣の顔をした男を見てそう思った。

 

「いらっしゃいませ」

 

とその時、厨房が見える窓からひとりの人物が顔だけ見せた。白い長い帽子をかぶった髭面の男。どうみてもコックの様な風貌。

 

「うお!吃驚した」

 

「アレッタさん。とりあえず新しいお客様をテーブルにご案内して。少し落ち着いたら俺が対応するから。クロさん、お冷とおしぼり先にお出しして」

 

「はいマスター!それではこちらの開いてるお席にどうぞ!」

 

そう言われて三人はとりあえず座る事にした。三人が座れるテーブルは空いて無さそうなので霊夢と魔理沙が同じ席に、霖之助がすぐ隣にあるテーブルに座る。

 

「なんなんだろなココ…?」

 

「怪しいけど…不思議と悪い感じはしないわね。この店の雰囲気がそうさせるのかしら?少なくとも幻想郷にある店じゃない事は確かだわ」

 

そんな事を話していると、

 

黒髪の少女

(いらっしゃいませ。こちらサービスのお冷とおしぼりです)

 

コックの男にクロと呼ばれた長い黒髪と金色の目の少女が水とおしぼりを人数分差し出してきた。そして三人は驚いた。話かけられたというよりは頭に直接声が響き、それは先ほど聞こえた声と全く同じだった。

 

「!!」

 

「また頭の中に声が!?」

 

「それにこの声は…!」

 

(先ほどは失礼しました…。もうすぐ店主が来ますのでもう暫くお待ちください)

 

少女は涼しい顔で席を離れた。その後ろ姿を見ながら魔理沙は霊夢に話しかける。

 

「…なぁ霊夢。今のって…」

 

「わかってるわよ…。でもさっきも言ったでしょ。今は手出ししない方がいいわ」

 

「とりあえず店主とやらに詳しく聞いてみようじゃないか」

 

ふたりは霖之助の提案に頷くしかなかった。

 

「この水レモンが入ってるのか。さっぱりして冷たいしうめぇな」

 

「こんなよく冷えて綺麗な水なんてどこで採ってるのかしら?」

 

「このおしぼり温かい。冷たいのよりこちらの方がほっとするね」

 

三人がレモン水や温かいおしぼりに少なからず驚いていると、先ほどの男が用事を済ませてやってきて、

 

コック姿の男

「改めていらっしゃいませ。ようこそ、「異世界食堂」へ」

 

ここの事を異世界食堂とも言った。

 

「異世界…」

 

「食堂…?」

 

「ええ。先程彼女が言った通り、ここは異世界にある料理屋、洋食屋です」

 

「異世界にある料理屋、か。通りで僕達の知ってる店とは雰囲気が違う訳だ」

 

「うちからしたら普通なんですけどね。お客さんからしたら変わってるってよく言われます」

 

苦笑いしながらそういう店主に不信よりも好奇心が勝ち始めていた魔理沙が質問する。

 

「なぁおっさん!ここが異世界だとするとどうやって別の世界とつながったんだ?」

 

「おっさ…いやまぁいいか。俺も詳しくは知らないんですが、あそこの常連のじいさんが言うには、何でも時空を捻じ曲げ、異世界にここの扉をいくつも生み出してるって話です。つってもつながるのは七日に一回だけなんですけどね」

 

「七日に一回だけ?」

 

「ええ。ほら、あそこに鈴があるでしょう?あれがあの扉と異世界を繋げてるらしいです。あと、お客さんと言葉が交わせるようになってるみたいで」

 

店主が指さしたのは先ほど鳴ったドアにつけられた鈴だった。

 

「異世界とつながるだけじゃなく通訳機能まで…結構すげぇマジックアイテムだな」

 

「だから私達もアレッタと会話できたのね。他のお客さんも皆日本語話してるからなんでかって思ったわ」

 

「ええ。ここが日本にある店だからだと思うんですけどここに来た皆さんの言葉は何故か皆日本語で………!?」

 

とその時店主が一瞬言葉を詰まらせた。

 

「ど、どうしたおっさん?」

 

「い、いや、あの、お客さん方。何故「日本語」という言葉を知ってるんですか?」

 

どうやら店主は霊夢が「日本語」と言ったのに驚いている様だった。無理ないかもしれない。彼からすれば彼女達も異世界の住人。なのに何故日本語を話すのか?すると霊夢が、

 

「当然でしょ?私達は多分、貴方と同じ世界の住人なんだから」

 

 

…………

 

それから霊夢達は自分達がどういう存在なのかを簡単に店主に話した。

 

「幻想郷…。俺達の世界にあるもうひとつの世界、ですか…」

 

「私達は貴方達の世界の事を外の世界って言ってるけどね。まぁとにかくそういう事よ」

 

「僕達はそちらとは別の空間に生きている者さ。但し間違いなく存在している」

 

「難しい事は苦手だから省いてほしいんだけどな」

 

すると店主は、

 

「わかりました」

 

驚きつつもあっさり了承した。

 

「ズコッ!言っといてなんだけど早いな!もっと慌てると思ったのに」

 

「異世界食堂なんてやってたら今更そんな事位では驚きませんよ。それに飯屋ってのは「飯がうまければそれでいい」ってうちの先代も言ってましたし、お客さんがどういう場所にお住まいかなんて気にしません」

 

「大した神経ね。…それより店主さん、ふたつ聞きたいんだけど貴方達の世界からあの扉を通って私達の世界に来れたりとかはしない?それだと非常に困るんだけど」

 

「ああそれなら大丈夫。物は通ってしまうんですが人は自由に移動できません。実際うちの給仕も自分の世界とこの店、シャワールームと休憩室だけです。勿論窓から外にも出られません」

 

店主は嘘は言っていない。魔法瓶や風呂敷は扉を通り抜けられるがアレッタやクロは基本今言った場所以外は自由に移動できない。これで取り合えず幻想郷に異世界の人物が入ってくる心配は無くなった。

 

「それなら大丈夫そうね…。あとひとつ、あのドアの鈴だけどどうやって手に入れたの?」

 

「そうだぜ!世界を越えられるマジックアイテムなんて滅多にないしな!」

 

これには魔理沙も乗っかってきた。

 

「ああ…。ここは先代、正確には俺の爺さんが婆さんと始めた店なんですが、その婆さんが見つけてきた物らしいです。詳しい経緯は知らないんすが…」

 

これも店主は嘘は言っていない。詳しく知ろうと思えば知れるんだろうが店主自身そこまではあまり興味はない。祖父も随分昔に亡くなっている。ともかくあの鈴の効果は「異世界とこの食堂が七日に一度つながる事」そして「通訳機能」のふたつ。更にこの店を中継して世界を自由に行き来できないなら取り敢えず幻想郷に大きな危機はなさそうだと霊夢は判断した。

 

「……そ、ならいいわ。ごめんなさいね色々と」

 

「いえいえ構いませんよ。さてお客様、せっかくだから何か食べていかれますか?これでも結構評判いいんですようちの店」

 

確かに周りの客層は皆いかにも美味しそうに食べている。

 

「う~ん、そうしたのはやまやまなんだけど僕達まさかこんな事になるなんて思ってなかったからお金そんなに持ってきてなくて」

 

霊夢と魔理沙に至っては財布も無いと頭を縦に振る。

 

「構いませんよ。うちはお客さんの様に急に入ってこられる方もいますから後払い、何なら一品位ならタダでも」

 

「いただいてくわ!」

 

「私も食べてくぜ!」

 

タダという言葉に霊夢と魔理沙が食いついた。若干目を輝かせているようにも見える。

 

「はは、かしこまりました。今メニュー持ってこさせますんで。ああ日本語の方がいいですね」

 

そう言って店主はその場を離れた。

 

「思ってたよりずっといいお店といい人で良かったわ♪」

 

「そうだな♪」

 

「やれやれ、ふたり共さっきまで怪しがってた癖して」

 

さっきまでの緊張はどこへやらすっかり気を許した霊夢と魔理沙。とそこにアレッタが霊夢と魔理沙に、クロという少女が霖之助にメニューを渡した。

 

「こちらメニューです!」

 

(ご注文がお決まりになりましたらお呼びください)

 

三人はメニューを開き見る。そこには確かに日本語で様々なメニューが書いてあった。

 

「お〜結構あるな。……う~ん悩むぜ。知らない食べ物まである」

 

「和食物はなんとなくわかるんだけど洋食はめったに食べないものね…」

 

非常に悩んでいた。理由はふたつ。ひとつは霊夢達が住む幻想郷では基本和食が主な食事なので一部の者を除いて洋食には縁が無い。なので見た事も聞いた事も無い食べ物が多かった。もうひとつは幻想郷は山に囲まれ、川が流れているが海が無い。そのために海の魚を使った料理にはそれ以上に縁が無いのであった。

 

「折角の洋食屋なんだから洋食、海のもん食いてぇしな~……あ、私これにする!これなら何となくわかるしな」

 

「なるほどね。私は魚でも肉でも……あ、私はこれにするわ!霖之助さんは?」

 

「僕はもう決めてるよ」

 

という訳で霊夢がアレッタを呼び、注文する。

 

「アレッタ、ビフテキひとつもらえるかしら♪」

 

「私はこのエビフライにするぜ♪」

 

「僕は日替わり定食でお願いするよ」

 

「はい!ビフテキにエビフライに日替わり定食ですね!…マスター!ビフテキにエビフライ、日替わり注文いただきました!」

 

「はいよ。少々お待ちください」

 

店主は調理に入り、アレッタは別のテーブルの注文を受けに行った。

 

「久々の肉ね!しかもステーキ!そのうえ無料よ無料♪」

 

「私も楽しみだぜ♪」

 

「存分にご馳走になるつもりだね」

 

すっかり上機嫌な霊夢と魔理沙。

 

「随分嬉しそうな顔しとるのぉ娘さん」

 

とその時、カウンター席に座るローブに身を包んだ老人が霊夢達に話しかけてきた。一緒にいた髷の男は食事を終えたのかいつの間にやら店を出て行っていた。

 

「当然よ!普段山菜や川魚ばかりだからね。テンションも上がるってもんよ♪」

 

「爺さんは何食ってんだ?」

 

見ると老人の前には何やら揚げ物の様な料理がある。

 

アルトリウス(ロースカツ)

「ほっほ。儂はいつもこのロースカツじゃ。そういえば自己紹介が遅れたの。儂はアルトリウス。ここではロースカツで通っておる。よろしゅうな」

 

「…?それって料理名ではないのですか?」

 

「ここでは自分が一番うまいと思う料理の名前で呼び合うのがいつの間にかの風習なんじゃ。儂はここに通ってもう三十年以上になるが、以来ずっとロースカツとビールじゃよ」

 

「三十年もおんなじもん食ってんのか!よく飽きないな!?」

 

「はっはっは。儂がロースカツとビールを食わぬ時が来たとすれば、儂が死ぬ時じゃろうな」

 

「……てかもしかして爺さんも魔法使いか?凄ぇ魔力を感じるぜ」

 

するとすぐ近くにいたアレッタが答える。

 

「マリサさん。アルトリウスさんは王国、いえ大陸一の大賢者と言われている凄い方なんですよ。昔、そのお力で世界を救われたんです」

 

「ふえ~」

 

「そんな人が三十年も通い詰めるなんて凄いお店なのね」

 

「そんなに固く考えんでもよい。ここではそんな肩書や身分は不要じゃ。そういうお嬢さんも魔術の心得があるようじゃな」

 

「おう!私は幻想郷でも知る人ぞ知る魔法使いだぜ♪」

 

「知る人っていっても私達だけでしょうが」

 

悪態つく霊夢に反論する魔理沙。

 

「すみません騒がしくて…」

 

「気にしなくてもよい。さっきも言ったがこの店もそれなりに長くなった。当然客層も変わっておる。儂の知り合いには亡くなった者もおる。そんな中でお主らみたいな若者が新しく客として入ってくれるのはありがたいことじゃよ」

 

霊夢と魔理沙はともかく、霖之助は妖怪なのでおそらくアルトリウスよりも長生きなのだが、それは言わぬが口である。改めて見回すと他にも入れ替わり入れ替わりで客が入ってきているがそれについてはまたいずれ。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「おまたせしましたー!」

 

やがてアレッタがワゴンで、クロが手で料理を運んできた。

 

「ビフテキとエビフライです!」

 

(本日の日替わりのメンチカツです)

 

「マスターがお知り合いの方から取り寄せているので美味しいですよ!あとレイムさんはお酒は?」

 

「ええ飲めるわよ」

 

「良かった!ではこちら赤のぶどう酒になります」

 

グラスに赤いワインを注ぐアレッタ。その間にクロが説明する。

 

(ビフテキは鉄板が熱いのでお気を付けください。エビフライは特製タルタルソース、メンチカツはソースとレモンをつけてお召し上がりください)

 

「パンとスープはお変わり自由ですので気軽に仰ってください。それではごゆっくり!」

 

そう言ってふたりは離れていった。三人は目の前の料理に目を向ける。

 

掌よりも大きい肉が鉄板の上でジュウジュウと音を立てながら焼かれ、良いニオイを放っている。傍にあるステーキソースで食べるのだろう。

こんがりときつね色に揚げられた小エビよりもずっと大きいサイズのエビが二本、綺麗に盛り付けされ、タルタルソースという白いソースが添えられている。

同じくきつね色に揚げられた円型のものがふたつ。今でもパチパチッという音を立てているのが揚げたてを意味していた。

 

「こんな肉の塊初めてだわ~♪凄く食欲そそられるにおいね!」

 

「このエビでけぇな~!てかタルタルソース、だっけ?初めて見るなこれ」

 

「これは…まるで隕石みたいだな。まぁそんなわけないか」

 

我慢できなくなった三人(特に霊夢と魔理沙)はさっそく食べる事にした。ナイフとフォークはあまり慣れていないので必要でない魔理沙と霖之助はお箸を貸してもらった。

目の前のビフテキを早く食べたい霊夢は肉の塊にナイフを入れる。たやすく切れた肉をソースと共に口に運ぶ。鉄板に乗っていた事もあって凄く熱いが、それよりも分厚い肉からは思えないとても柔らかい歯ごたえ。噛むたびに肉から出てくる脂と肉汁の旨味に霊夢は恍惚な表情を浮かべる。

 

「う~ん美味し~!お肉も凄く柔らかいし、このソースも絶品だわ!串焼きとは違う!猪肉や鳥肉も良いけどやっぱり牛肉よね~♪」

 

魔理沙は大きいエビフライを箸で持ち、まずそのままかぶりつく。嚙み切った海老の白い断面から出てくる潮の香りが鼻に抜け、弾力ある身が歯を押し返す。次に少し軽くなったエビフライを今度はタルタルソースにつけ、再びかぶりつく。更に美味くなったその味に魔理沙もたまらない様子。

 

「このエビ、身がぷりぷりだし太くて食いごたえもあるな!そのままでも十分だけどこのソース付けるともっとうめぇ!作り方教えてほしいぜ!」

 

霖之助が箸でメンチカツに切り込みを入れると中から肉汁がジュースのごとく溢れ出る。口に運ぶとそこから更に肉汁とミンチ肉の豊かな味、玉ねぎの甘み、ほのかに胡椒の香りがした。そのままでも十分美味いがそれがソースとレモンの味付けで更に完成度が上がり、驚く霖之助。

 

「!これは…まるで肉汁の爆弾だね。レモンが加わる事で見た目よりさっぱり食べれるし、このパンともよく合うよ」

 

「ぶどう酒ってワインだっけ?紅魔館以来久々に飲んだわ」

 

「パンもスープもうめぇ~。今までパンは13枚しか食ってないけどまさか異世界で記録更新するとはな♪」

 

「ねぇ魔理沙、アンタのそのエビフライ少し分けてよ!私のステーキ端っこ少しあげるから!」

 

「えぇ嫌だぜ!これは私が頼んだんだからな!どうしてもってんなら真ん中部分の肉しか受け付けねぇぜ!」

 

「ふたり共店主さんに奢ってもらっているっていう事忘れてないかい?まぁ気持ちはわかるけどさ」

 

三人は自分達が頼んだ洋食に大満足の様子。

 

 

~~~~♪

 

 

「店主!世話になるぞ!」

 

とその時、先ほど霊夢達が入ってきた扉が開いた。入ってきたのはブーツをはき、腰に立派な剣を備えた金髪の男性だった。

 

「アレッタ!今日もいつもので頼む!」

 

「こんにちはハインリヒさん!」

 

ハインリヒという男性はテーブル空いているテーブルに着こうとしていた…その時、

 

「おっ!娘よ、エビフライを頼んだのか!同士が増えて嬉しいぞ!」

 

魔理沙のエビフライに反応した。

 

「え?あ、ああそうだけど…アンタ誰だ?」

 

ハインリヒ(エビフライ)

「私は公国が騎士、ハインリヒ・ゼーレマンである!この店で最もエビフライを愛する男だ。エビフライと呼んでくれたまえ!」

 

「…そういえばこのお店では好きな料理で呼び合うって言ってたわね」

 

「エビフライは美味いだろう?何しろ私、もっと言えば我が公国を救ってくれた料理だからな!」

 

「国を救った?」

 

「力尽きかけていた私に力を与えてくれた。そのおかげで私は我が公国を危機から救う事ができたのだ。感謝してもしきれん!」

 

エビフライをまるで勇者の様に話すハインリヒ。

 

「全く大げさなのよエビフライ」

 

するといつの間にか別の客らしい人物が入ってきていた。皮の胸当てをつけ、黒っぽい服を着た三つ編みの茶髪の女性。

 

「お、おおメンチカツ。久々だな。元気か?」

 

女性をメンチカツと呼ぶハインリヒ。おそらくメンチカツが彼女のここでの呼名なのだろう。しかしその女性を見るやいなや少し声のトーンが下がる。

 

「ええおかげさまでね。…ごめんなさいね。折角の食事を邪魔して」

 

「別に気にしてないわよ。熱気には少し驚いたけど」

 

サラ(メンチカツ)

「初めて見る顔ね。私はサラ・ゴールド。トレジャーハンターよ。ここではメンチカツで通ってるわ。宜しく」

 

「トレジャーハンター…宝探しか。私と同じだな♪」

 

「アンタはただのコソ泥でしょうが」

 

霊夢、魔理沙、霖之助もサラとハインリヒに挨拶した。そのふたりは霊夢と魔理沙の隣のテーブルに座る。サラはアレッタを呼び、いつものと言って注文する。メンチカツで通っている事からおそらくメンチカツだろう。

 

「また遺跡に潜っていたのか?」

 

「ええさっき出てきたばかりよ。大した物は見つからなかったけど」

 

するとサラは袋から小物を取り出す。

 

「一体どういうものなのだ?」

 

「それをこれから調べるんでしょ」

 

右手に持ったそれを見ながら顎に左手を当てて考えるサラ。すると霖之助が、

 

「すまない。それをちょっと貸してもらってもいいかい?」

 

「えっ?いいけど」

 

そう言ってサラはそれを霖之助に渡す。彼はそれを手に取って見る。

 

「………ふむ。これは~~~。~~~するための道具だね」

 

「………え?ど、どういう事!?なんでそんな事貴方にわかるの!?」

 

あたかも知ってるかの様に名前と用途を話す霖之助。当然サラは驚く。そんな彼女にふたりが教える。

 

「ああそうか。こーりんは確か物の名前と用途がわかる程度の能力があるんだった」

 

「そういえばそうだったわね」

 

「これでも道具屋だからね。使い方はわからないけど年代に関わらず大抵の物はわかるよ」

 

「それって本当!?詳しく教えて頂戴!アレッタ、私のメンチカツこっちに持ってきてね!」

 

興奮したサラは霖之助のテーブルに移った。どうやらそのままそこで食事する様だ。その様子を何も言わず見るハインリヒ。するとそんな彼に霊夢がサラに聞こえないよう小声で。

 

「……ハインリヒさん、いやエビフライだっけ?貴方、あの人に惚れてるわね?」

 

「!!なななななななななな!!」

 

「ど、どうしたのエビフライ?」

 

「いいいいやなんでもない!」

 

水を一気飲みしてとりあえず落ち着くハインリヒ。すると彼も聞こえない様小声で。

 

「………何故わかったのだ娘?」

 

「今の貴方の顔を見ての勘よ」

 

「霊夢の勘はよく当たるからな。あと巫女もやってるから鋭いぜこういうのは」

 

「巫女…。司祭みたいなものか?……ならば少し話を聞いてほしんだが…」

 

それからハインリヒは以前あったとある事を簡単に話した。それによると確かに彼は彼女、サラに惚れているらしく、以前思い切ってプロポーズしたことがあるらしい。しかしそれをしたのが知人の結婚パーティーの中だった事、更に自分の仕事を捨てられないと断られ、見事に玉砕したのだとか。それを聞いて霊夢と魔理沙は、

 

「……貴方ね。申し出をするのは勝手だけど場所を考えなさいよ。仮にも共通の友達の結婚を祝う場所で結婚の申し出なんて下手したら場をしらけさせるのわかるでしょ?」

 

「そうだな~。メインイベントをメインイベントで上書きしてるっつうか、二番煎じみたいなもんだもんな~」

 

「うっ!…あ、あいつにも同じことを言われたよ…。二番煎じとな」

 

二番煎じと言われてへこむハインリヒ。そんな彼に霊夢がアドバイスする。

 

「…まぁそれでもこうして一緒に同じテーブルで食事してくれるっていう事は貴方の事、嫌ってはいないんでしょ?サラさんは多分貴方のプロポーズを嫌で怒ったんじゃなく、あまりにも場をわきまえない身勝手なものだったから怒ったんじゃない?」

 

「…そうなのか?」

 

「まぁでももう暫くはプロポーズは止めといた方がいいと思うわ。ぶり返してしまうかもしれないし。もう少し男として自分を磨いて、ここじゃなく自分から直接彼女の所に行ってする位の男気を見せなさい。それ位すれば彼女の心も少なからず動くと思うわよ」

 

「れ、霊夢が巫女らしい事している!」

 

「いつもしてるわよ失礼ね!」

 

「わかった!感謝するぞ娘!」

 

思わず声を高くするハインリヒ。

 

「…どうしたのエビフライ。さっきから変よ?」

 

「い、いや何でもない!何でもないぞ!」

 

「あと霖之助さんの事なら気にするだけ損よ。そういう事には全く関心ない人だから。ねぇ魔理沙?」

 

「なんで私にふるんだよ!」

 

そんなこんなで騒がしい交流会も交え、食事は進んでいった…。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

その後、ランチの時間もだんだんと落ち着き、他の客やサラやハインリヒ、アルトリウス達は食事を終えて先に店を出ていった。霊夢と魔理沙、霖之助は食後の飲み物を注文してひと段落していた。霊夢はアイスティー、魔理沙と霖之助は紅茶。因みに支払いは霖之助のツケ。

 

「なぁ霊夢。店主のおっさんの話だとあの鈴がおっさんの世界と幻想郷を繋いだってことはおっさんのせいじゃないってことだよな?なんで繋がっちまったんだろ?」

 

「そんな事わからないわよ」

 

ふたりは何故幻想郷にねこやの扉ができたのか不思議だった。しかし今すぐにはその答えは出ないような気がした。とその時店主、そのすぐ後ろにアレッタとクロがついてきた。

 

「どうでしたお客さん。お口にあいましたか?」

 

「あ、おっさん。ああ!スゲー美味かったぜ!」

 

「こんなに美味しいお店なら毎日でも来たい位だわ~♪」

 

「食べた事ないものだったけど確かに凄く美味しかったよ」

 

勿論全員絶賛した。

 

「ですよね!私もマスターのご飯、初めて食べた時は感動しました!」

 

クロも「そうだ」という意味で頭を縦に振った。

 

「はは、そんな風に言ってもらえたら料理人冥利に尽きます。もし良ければ、七日後また食べに来てください。ただし次回からは、ちゃんとお金頂きますけどね」

 

「うっ…そこが問題なのよね…」

 

「七日に一度って言っても流石に毎回は贅沢だよな〜」

 

霊夢と魔理沙はお金の話で一気に現実に引き戻されたらしく、残念そうだった。…とその時、

 

 

「お金の心配はいらないわ」

 

 

店内に突然、響く声があった。




次回

「ブイヤベース」

幻想郷食堂第一話、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけた方も面白くないと思われた方も、ご意見いただければ嬉しいです。
自身の仕事の関係や、前作に比べて知識が浅く新たな東方の設定やキャラなどを勉強しながら書いていく予定なので、本作は月一位の投稿になる予定です。そのかわり一作品の字数を多くする事を頑張ります。


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メニュー2「ブイヤベース」

霊夢達と店主、アレッタ、クロが話していたその時、

 

「お金の心配はいらないわ」

 

 

ヴゥーーン!

 

 

その場にいる全員に声が聞こえ、続けて奇妙な音と共に空中に切れ目の様なものが現れた。

 

「きゃっ!」

 

「な、なんだ…!」

 

(!)

 

アレッタと店主が怯み、クロがふたりを庇うかのように前に出た。その表情は警戒感をむき出しにしている。

 

「お、おいおいまさかここにか!?」

 

「とりあえず早く出てきてもらった方がよさそうだね…!」

 

「全くもう!こらスキマ妖怪!出るならさっさと出てきなさい!」

 

魔理沙も驚き、霖之助が冷静に話し、霊夢がその空間の亀裂らしきものに声を上げた。彼らはその向こうに誰がいるのかわかっている様である。

 

「わっ!」

 

やがて、いたずらっこの様な表情を浮かべながらその空間の亀裂から…ひとりの女性が出てきた。大きなリボン付きの帽子、紫の生地に裾に白いフリルがついたドレス、そして手には折りたたまれた傘を持っている。その女性は先ほど、ビジョンを眺めていた女性だった。

 

「うふふ、ご要望に預かってぬるりと出てきたわよ♪」

 

「く、空中から…突然女の人が出てきた…!」

 

「どうなってんだ…こりゃ…?」

 

(……)

 

店主とアレッタは当然驚き、クロは警戒を緩めない。

 

「あ~…一応大丈夫よ。確かに一見めちゃくちゃ怪しいけど、怪しいよりもどっちかといえば胡散臭い奴だから」

 

「いや全然大丈夫じゃないよそれ」

 

「ひどいわ~。挨拶をしに来ただけじゃないの~」

 

「いやそれなら普通に出ろよ普通に。てかお前がここに来たってことは見てたり聞いてたりしてたんだろ?だったらあの扉から入ってきたらいいじゃんか」

 

魔理沙は自分達と同じ様に扉から入ってくるように言ったが、

 

「そうしたかったんだけどあの扉、貴方達が入ったら消えてしまったんだもの~」

 

「…扉が消えた?」

 

「あ、ああ。お客さん達が入ってきたあの扉、一回通ったら消えてしまうらしいんです。ああでもご心配なく、お帰りの時はまた扉から元の場所に出れますから」

 

どうやらねこやの扉は誰かが通ると消え、そして出る時に再び元の場所に現れるらしい。

 

「そ、それはそうとこの人は一体…?皆さんのお知り合いの方ですか?」

 

「ああごめんなさいね、驚かせて。自己紹介するわ」

 

すると女性は姿勢を正した。

 

「…私は八雲紫。幻想郷を管理する者にして、幻想郷を最も愛する者。妖怪の賢者とも呼ばれているわ。初めまして。異世界の方々」

 

アレッタの問いかけに答える女性。彼女こそ、遠い昔幻想郷を博麗大結界によって人々の世界から遠ざけ、それ以来幻想郷を守り続けている者である。

 

「ユカリさん、ですか。私はアレッタと言います」

 

(……クロ)

 

「アレッタにクロ…さんね。そして…この際だから私も貴方の事、ほかの方々と同じで店主さん、って呼んでいいかしら?」

 

「は、はぁどうぞご自由に…」

 

「…ところでクロさん。そんなに睨まれたら私悲しいわ~。大丈夫よ。貴女や貴女の大切なものには何もしないから。そんな事したら私どころか幻想郷も大変だもの~。それにこのお店、他にも守護の力があるみたいだし」

 

「え、え?」

 

(……)

 

その言葉に嘘はないと思ったのか、クロはとりあえず警戒を緩める。アレッタは紫が言った言葉が少し気になったが、今は何より紫本人の方が気になった。

 

「ところで幻想郷って…レイムさん達が来たっていう世界ですよね?管理者ってことはじゃあ…ユカリさんは王様みたいな方ですか?」

 

「あらあら、王様だなんて大したものじゃないのよ。それなら王女、って呼んでくれた方が嬉しいわ♪」

 

「1000年以上生きてる妖怪ババァが何言ってんの全く…」

 

「霊夢ったらひどいわ~。育ての親として娘にそんな事言われたら悲しい~シクシク」

 

「誰が親で誰が娘よ!」

 

霊夢と紫の口論が続く。正確には泣きまねしている紫に霊夢が一方的に向かっていってるだけだが。

 

「あ~気にしなくていいぜ。こいつら毎回こうだから」

 

「とりあえず危険はないから大丈夫だと思うよ」

 

「は、はぁ。あ、それはそうと紫さんでしたっけ。失礼ながらどうやってこちらに?ここには扉を通らないと入ってこられない筈なんですが…」

 

店主は第一にそれが気になった。今まで10年以上この店をやっているが、紫の様な入り方は初めてだ。

 

「ああそのことね。それは私の「境界を操る程度の能力」よ♪」

 

「…キョウカイ、ですか?」

 

「私達はスキマって呼んでるけどな。まぁ簡単に言うと、離れた場所と自由に繋がる事ができるんだ」

 

「さっきの切れ目みたいのがそう。彼女はスキマを使って離れた場所と自由に行き来できたり、スキマの向こう側にある物を取れたりできるんだ」

 

「なんか話だけ聞くとアニメに出てくる秘密道具みたいだな…」

 

「それで扉が消えちゃったからやむなくこうやって入ってきたって訳なの。できれば他にお客さんがいない方がいいでしょ?お店の場所は扉を見かけた時にある程度把握できたし。貴方がたの事情は霊夢達とのやりとりを見て聞いて知っているわ。改めてようこそ、私達の幻想郷へ」

 

「アンタまだ陰陽玉の通信機能取り外してなかったのね!…てか今はそれは置いといて紫!アンタならわかってるんじゃないの?このお店の扉がどうして幻想郷に現れたのか」

 

「あ、そうだったそうだった。どうなんだ紫?」

 

霊夢と魔理沙が紫に問いただす。しかしその返事はあっけないものだった。

 

「わからないわよ~。それを突き止めるのは博麗の巫女である貴女の役目でもあるでしょ霊夢?」

 

「うっ…。てかいつもの式神はどうしたのよ?初めての場所にアンタだけって珍しいわね」

 

「藍はお留守番よ。ついていきたい感じだったけどあなたや魔理沙もいるなら大丈夫だって言ってね」

 

「私はアンタのボディーガードじゃないのよたく…」

 

「まぁともかく私がここに来たのは自己紹介も兼ねての事よ。幻想郷は全てを受け入れる。どんなものであろうとも。例え七日に一度しか現れない、異世界につながる扉だとしても」

 

「はぁ…」

 

「あ、ありがとうございます」

 

(……)

 

どうやら自己紹介は無事?に終わったようだ。

 

「それじゃあ店主さん、折角だから私も貴方のお料理いただいてもいいかしら?霊夢達が食べているのみたらすごく美味しそうなんだもの♪もちろんお金はお支払いしますから」

 

「え、ええ大丈夫ですよ。ギリギリですがまだランチタイムですし。アレッタさん用意を。それとクロさんはあの人に渡すあれの準備を手伝ってくれ」

 

(…はい)

 

「はいマスター!それではこちらのお席へどうぞ!」

 

アレッタの案内で席に座る紫。そして彼女にお冷とおしぼり、続けてメニューを渡された。

 

「何がいいかしらね~。幻想郷には海が無いから何かお魚を使ったお料理がいいんだけど~、アレッタ、何かおすすめないかしら?」

 

「え?ええっと……でしたらこれはどうでしょうか?本日のおすすめなんですが…」

 

アレッタがメニューのある食べ物を指さす。

 

「…魚と野菜を使った郷土料理のスープ…。いいわね♪じゃあこれをお願いできるかしら?」

 

「かしこまりました!少々お待ちください!」

 

アレッタはマスターに報告しに行く。そして紫の所に霊夢、魔理沙、霖之助が移動して他に聞かれない様に静かに話し始める。

 

「紫、わからないって本当でしょうね~。初めはアンタがスキマ使って扉を運んできたと思ったんだけど」

 

「私がそんな事してなんの意味があるのよ。そもそも異世界とつながるというのがどれだけ幻想郷にとって危険か、貴女なら知らない訳じゃないでしょ?更にあの人達には悪いけど…ここが本当に安全な場所かどうか、簡単に判断するべきじゃないわ。特にあの黒い髪の女の子、あれは単なる存在じゃないわ。強いて言えば…「神」に等しい力をもつ存在。あの地獄の女神には及ばないかもだけれど…下手をすれば幻想郷を滅ぼせるほどの力を持っているわ。そんな存在がいる場所とつながるなんて…」

 

「でもあの扉は人は行き来できないんでしょ?だったら」

 

「もしその話が嘘だったら?」

 

「……」

 

霊夢と紫が静かに真剣な話を続けると、

 

「う~ん…でもここはお前が特段警戒するようなとこじゃないと思うぜ。雰囲気もいいし飯もうまいし♪」

 

「まぁ今のところ危険は感じないね…。どちらかといえば居心地がいい場所だよ」

 

魔理沙と霖之助が少なからずねこやをフォローする。

 

「確かに不思議な場所ではあるけど…今の段階では私も魔理沙と霖之助さんに同意するわ。見た事ない人ばかりだけど、少なくとも妖怪達の様なうさん臭さは感じないし、向こうも私達見ても全然気にしてないみたいだし、今までと同じ様に定期的に見に来ればいいでしょ」

 

どうやら霊夢もここは危険ではないと現時点で判断している様だ。

 

「…まぁ確かにあの人達から邪な気は感じない。今は様子を見るしかなさそうね。歌仙や隠岐奈にも一応伝えておかないと」

 

紫はとりあえずこの件は保留しておくことにした。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

そうしている内に紫が頼んできたものが店主によって運ばれてきた。

 

「お待たせしました。ブイヤベースです」

 

紫の前に置かれたのはブイヤベース。うっすら香辛料の香りがする赤色系のスープとその中には大きな魚の切り身と貝、殻が付いた海老が丁寧に並べられている。

 

「いいにおいだわ~♪これがブイヤベース。聞いたことあるけど食べるのは初めてね」

 

「お客さんお酒は?」

 

「大丈夫よ。ありがとう」

 

「よかった。ではこちらが白ワインです。肉なら赤ですが魚なら白が合いますよ」

 

グラスに注ぎながら料理の説明をする。

 

「今日使っている魚は車海老とカサゴ。そしてあさりです。本場のやり方では貝は使わないんですが、うちではより旨味を出すために使ってます。あとパンはおかわり自由ですんで。それではごゆっくり」

 

ワインをグラスに注いでから店主が厨房へと戻っていく…。

 

「これまた随分具沢山で豪華なスープだね」

 

「さっそくスープからいただきましょうか」

 

紫はスプーンでスープをひとさじすくい、ゆっくり口に運ぶ。口の中にいくつもの食材の旨味が溶け込んでいるらしい風味が広がる。

 

「……美味しい。赤いからトマトの味かしらと思ったけどそれだけじゃない。色々なお野菜や香辛料、そしてお魚のお出汁がこのスープに溶け込んでいる。複雑な味だわ」

 

次にカサゴの切り身にナイフとフォークを入れ、再び口に運ぶ。

 

「…海の魚らしい力強い上品な肉質にほんのりと魚の甘みがある。そこにスープの美味しさもしっかり含んでいるわね」

 

「わかるぜ。さっき私が食べたエビフライのエビも川のエビと違ったもんな~」

 

そこにアレッタが助言する。

 

「スープはパンと一緒に食べても美味しいですよ♪」

 

言われて紫はパンを少しちぎり、スープに少し浸して食べる。

 

「このパンだけでも十分だけど…こうして食べるともっと美味しいわ。パンはあんまり食べた事ないけどこれならいくらでも食べれそうね♪」

 

「ね~紫。私にも少しちょうだいよ?」

 

「や~よ。これは私が頼んだんだから」

 

「ケチね~。じゃあお酒だけもらうわ。アレッタ。悪いけどグラス新しいのもうひとつお願い~」

 

「あ、私にもくれだぜ♪」

 

どうやら本日お越しの面々による騒がしい宴はもう少し続きそうだった。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

その後、紫はブイヤベースは勿論、パンもワインもきれいに平らげた。

 

「ふぅ~。美味しかったわ~♪」

 

「そう言っていただけて良かったです」

 

「たまの洋食もいいものね。店主さん、確かこのお店は七日に一度扉が開くのよね?また来てもいいかしら?」

 

「…そういえば紫、アンタここに来た時「お金の心配はいらない」って言ってたけど、あれってどういう意味なのよ?アンタだけのものなら簡単に支払えそうだけど、さっきの台詞じゃ私達も同じ意味の様に聞こえるんだけど?」

 

すると紫はほんのちょっとスキマを開き、そこに手を入れるとそこから何かを取り出した。

 

「はいこれ」

 

それは…金色に輝く小判だった。しかも丁寧に帯でまとめらている。

 

「こ、こりゃあひょっとして、小判ですかい!?」

 

「凄い!金貨よりも大きい!」

 

「それで私や三人の分もお支払いしたいんだけど大丈夫かしら?」

 

「え、ええ十分です…。では一枚頂いて」

 

換金するにはあまりにも大金なので、店主はそこから一枚だけ抜こうとする。すると紫はそれを止めて言葉をつづけた。

 

「それには及ばないわ。…ねぇ店主さん。もしかしたらこの先、私達以外にも幻想郷からここの扉を通ってくる子がいるかもしれない。その子達の食事代もそのお金で建て替えておいて?きっとここの料理に皆喜ぶだろうから」

 

「…それって僕達だけでなく、この先幻想郷から来る皆の分も奢ってくれるって事かい?」

 

「紫~♪たまにはいい事するじゃな~い♪」

 

「おう!伊達に歳は取ってないぜ♪」

 

霊夢と魔理沙は凄く喜んでいる。

 

「は、はぁ。うちはどなたが払ってくれても問題ないので大丈夫ですが…ほんとにいいんですか?」

 

「いいのいいの!遠慮なんか一切せず受け取っておきなさいな♪」

 

「…霊夢。それは君が言う事じゃないよ?」

 

「そういう事なら七日後も遠慮なく来させてもらうぜ!いいだろおっさん。アレッタ。あとクロ」

 

(はい)

 

「はい!」

 

 

…………

 

「「それじゃあまたね(な)~」」

 

「ありがとうございました。またお越しをお待ちしております」

 

「ぜひまた来てください!」

 

(ありがとうございました)

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

霊夢達が扉を開けると、そこは確かに霊夢達が入ってきた場所と同じ香霖堂の裏だった。空はもう夕焼け。最後の霖之助が扉を閉めると、扉はすぅっと消えた。

 

「あ、紫の言った通り本当に消えたぜ」

 

「入ったりすると消える…。どうやら扉を使えるのは一日一回みたいだね」

 

「どうやらその様ね。今度は皆で一緒に行きましょうか」

 

それを見た霊夢は、

 

「ねぇ魔理沙!それと霖之助さんと紫も!この扉の事、他の奴には秘密にしといて!もし他の奴に先に使われたら私達あのお店に行けなくなっちゃうから!」

 

「…それなら紫が言った通り、皆で集まって一緒に行けばいいじゃないか?」

 

「あんまり大勢で行ったらお店も大変でしょ?あのお店、結構人気店みたいだし。気遣いよ気遣い♪」

 

そう言って霊夢はいかにもお店のためという風に言うが…長い付き合いの皆はわかっていた。

 

「霊夢。そう言っておきながら貴女、あのお店の料理をひとりじめするつもりね?」

 

「うっ…」

 

「それにもし私達が行けない日とかあったらひとりでも行くのは目に見えてるんだぜ」

 

「うぐっ。…だって~、あんな美味しい料理毎回タダで食べれるなんて他の連中が知ったらきっと我先に行っちゃうのは目に見えてるじゃないの~。もし妖精とかにも知られたら確実よ~?毎回毎回大勢で行ったら紫のお金も直ぐに無くなっちゃうかもしれないし~」

 

「心配しなくてもそんな簡単に無くなるほどお高いお店じゃなかったわよ…。それにさっき言った通り、あの扉が幻想郷にどんな影響を及ぼすかを注視する必要がある。その意味でも全員に秘密にはしておけないわ」

 

「…じゃあ取り合えず幻想郷の重鎮には知らせておくというのはどうかな?」

 

「ていうと…幽々子や永遠亭の医者。命蓮寺の坊さんや守谷の神さんってとこか」

 

「そうね。あとはさっき言った通り歌仙や隠岐奈にも。少なくとも彼女達には伝えておくわ。これ位ならいいでしょ霊夢?」

 

紫や霖之助の言葉に霊夢も従うしかない雰囲気だった。それに自分も幻想郷の守護者のひとりとして、これからもあの扉の事は頭の隅に入れておく必要がある事は理解している。

 

「む~…わかったわよ~。でもいいわね、あんまりそれ以外の奴には知らせないでよ?特に悪戯好きの妖精達には!」

 

「はいはいわかったわよ」

 

「それじゃあ今日は解散にしようぜ~」

 

取り敢えず四人は今日の事は覚えておきつつ解散となった。因みに霊夢、魔理沙、紫の手には其々お持ち帰りのステーキサンド、メンチカツサンド、フルーツサンドが。支払いは勿論紫のお金であった…。

 

 

…………

 

その夜、ねこやでは店主がひとりの女性客に対応していた。赤いドレスに身を包んだ真紅の長い髪と褐色の肌。そして頭には竜の様なふたつの角が生えている。

 

「…店主、今日は…何やら新しい客がおったのだろう?」

 

「ご存じだったんですか?」

 

「当り前だ。わらわを誰だと思っておる」

 

「はは。さて、お待たせしました。ビーフシチューです」

 

女性の前に出されたのはビーフシチュー。これが女性がこの店で最も愛する料理である。

 

「…は~。相変わらずこの香りは、いつもわらわを誘惑してやまぬ…」

 

香りだけで恍惚な表情を浮かべる女性だった。だがスプーンを取り、食事を始めようとした時に一瞬、表情が再び真面目になった。

 

「…おい、店主。すまんがクロの奴を呼んでくれぬか。今日はもう客は来ぬのだろう?」

 

「え?ええ、構いませんよ。クロさん」

 

言われて店主はクロを呼ぶ。彼女の方も何かあるのか、素直に従い、ドレスの女性の前に座る。そしてふたりは…周りに聞こえない様にテレパシーで話し始めた。

 

(…扉の向こう側から感じていた。どうやら新しい世界と繋がったそうじゃな)

 

(…うん。そうみたい)

 

(…我々の世界でも、店主の世界でもない、新たな異世界の者は、どんな感じじゃ?)

 

(…まだ、よくわからない。けど、管理者と名乗った者は、私がどういう存在なのか、少なからず気づいている様子だった。…赤、貴女の事も)

 

(…ほう…)

 

その言葉に「赤」と呼ばれた女性は思う事があるのか目を細める。

 

(お前の事はおろか、わらわの気配をも読むとは。お前の言う通りただの存在で無い事は確かじゃな)

 

(他の人達も普通とは違う気がする…。少なくとも…今日会った人については。これから会うかもしれない者はまだわからないけど)

 

(そうか…)

 

(……でも)

 

(…ん?)

 

(……マスターの料理を食べて、皆、他と同じ様にすごく笑顔だったから…悪い人達じゃ、ない気がする…)

 

クロのその言葉に赤という女性は一瞬きょとんとし、

 

(……ふふ)

 

その答えに思う事があったのか、わずかに笑った。

 

(…何?)

 

(お前もだんだん…いや、忘れろ。下手な事言ってお前の機嫌を損ねるのは、わらわの望むことではない)

 

(…?)

 

(まぁとにかくじゃ。先にも言った通り、もしわらわの目の届かぬ時にこの店に危機が訪れた時は…)

 

(わかってる。「黒」である私が守る。店もマスターもアレッタも。それが今の、私の意志)

 

「黒」の力強い言葉に「赤」は笑みを浮かべる。「赤」と「黒」。ふたりは人間ではない。はるか昔、彼女らの世界が多いなる存在によって滅ぼされかけた時、1000年に及ぶそれとの戦いの末に勝利し、世界を救った神々の内の二柱である。

 

「…ふっ。おい、店主。すまんがビーフシチューの新しい皿を頼む。話が長うなってしまって冷めてしまったのでな」

 

「わかりました。…ああそれとクロさん、今のうちに一緒にまかない食っちまったらどうだい?チキンカレー温めてあるから」

 

黒(チキンカレー)

(…うん)

 

店主の言葉にクロは笑みを浮かべて返事をし、赤と一緒に食事をすることになった。

 

赤(ビーフシチュー)

(まぁわらわとしても、もし万に一新たな世界の者がこの店、そしてこのビーフシチューを傷つける事あらば…その時は我が炎で消滅してやるつもりだがな♪)

 

本気か茶目っ気か、赤は心の中でそんな事を考えていた。

 

 

…………

 

それより少しした後、「赤」は毎度のおみやげを持って去り、クロは先に上がっていた。残ったのは一緒にまかないを食べている店主とアレッタのみ。ふたりの話題はやはり、

 

「それにしても今日は驚きました。まさか私達の世界やマスターの世界以外にも異世界があったなんて」

 

「ああ。俺もちょっと驚いたよ。しかもその世界が俺の国の、存在しているけど目に見えない世界だったなんてなぁ」

 

幻想郷という存在に店主はやはり驚いていたが、それでも自分の役割は決まっている。先代の店主が言っていた通り、「メシ屋は美味いメシを出し、客に気分よく帰ってもらえたらそれでいい」。その客が自分達の世界の者でも異世界の者でも関係ない。それが「異世界食堂」のスタンスであり、今後も変えるつもりはない。

 

「…世界ってのは本当に摩訶不思議なもんだ」

 

「でもユカリさんのお話だとこれからもっと多くの方が来られるかもしれませんから、ちょっと楽しみですね!」

 

「ふふ、そうだな」

 

ふたりは七日後に、また訪れるかもしれない新たな客に、少なからず楽しみを持っていた。

 

 

…………

 

七日後、香霖堂裏

 

 

そしてそれから七日後、霊夢と魔理沙は再びねこやに行こうと霖之助の店の裏にある扉からねこやに行こうとしていたのだが…、

 

「どういう事よ!なんで扉がないわけ!?」

 

何故か七日後のそこには…ねこやの扉が無かった。

 

「こーりんお前!扉隠したのか!」

 

「人聞きの悪い事言わないでもらえるかな…。僕は何もしてないよ。僕も本当に現れるか気になってちょくちょく見ていたけど…何時になっても扉は現れなかったよ」

 

「なんでよ~!扉は七日に一度現れるんじゃないの~。あの店主さん嘘ついてたって訳~?」

 

お金の心配がいらなくなった事もあって霊夢は毎回行こうと思っていたのか、凄く悔しそうだ。すると、

 

 

ヴゥーーーン!

 

 

「落ち着きなさい霊夢」

 

再び空間の裂け目が現れ、その中から紫が出てきた。

 

「あの時の店主さん達が嘘を言っている様には思えないわ。これは…もしかするとこの幻想郷、そして結界の影響かもしれない」

 

「どういう事だぜ紫?」

 

「知っての通り、博麗大結界は幻想郷を外の世界から隔離するためのもの。でも稀に外の世界から流れてくるものや結界が薄い場所もある。外にある博麗神社や無縁塚みたいな」

 

「そんな当たり前の事、今更どうしたのよ?」

 

「そしてあの扉には、正確にはあのドアベルね。あれには異世界とつながる不思議な力がある。でも扉が現れたのは博麗神社でも無縁塚でもないし、結界が薄い訳でもない。どうしてつながったのかは今は後にして…。もし仮に、結界とあの扉の力がぶつかり合った結果としたら」

 

「結界と扉の力がぶつかる?」

 

「そう。そして結果扉が結界を通り抜けたけど、完全じゃない。結界の影響で扉の力が不安定になり、同じ場所に定着しなくなったとしたら…ここにないのも頷けるわ」

 

同じ場所に定着化しない。そこから出される答えはひとつ。

 

「……つまり、七日に一度扉は現れるけど、幻想郷のどこに現れるかはその時その時で変わる。異世界食堂とやらに行くには新たに扉を見つけなければならない、という事かな?」

 

「ま、簡単に言えばそういう事ね」

 

「そんな~!今日は朝起きた時からロースカツの口だったのに~」

 

「紫、扉が今どこにあるかわからないのか?」

 

「それがわかるならとっくに教えているわよ」

 

どうやら紫にも扉の正確な位置を把握しないと異世界食堂に行くのは無理な様である。

 

「こうなったら探しにいくしかないわね!行くわよ魔理沙!」

 

「おう!」

 

そう言って霊夢と魔理沙は扉を探しに飛んで行ってしまった…。その場に残ったのは紫と霖之助のみ。

 

「……行っちゃったね」

 

「もう霊夢ったら…仕事の事忘れているんじゃないかしら」

 

やや呆れ顔をするふたりだった。

異世界食堂にして「ねこやの扉」それは七日に一度、幻想郷に現れる。しかしその扉はどこに、どれだけ現れるかわからない…。

 

「……ところで紫、つかぬ事を聞くようだけど君はスキマを使って外に行けるんだろう?そしてあの店は外の世界のもの。だったら君ならいつでも食べにいけるんじゃないか?」

 

「…流石霖之助さんね。う~ん、それもアリといえばアリなんだけど止めておくわ。あちら側じゃ私は目立ちすぎるから。それに…」

 

「それに?」

 

「私だけ食べに行ってた!なんて後々霊夢に知られたら…何よりも怖いもの」

 

「…成程ね。確かに」




メニュー3

「ぶりのテリヤキ」

連休を使って何とか早く上げられました。
次回は来月始め頃になります(嘘じゃないです汗)。


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メニュー3「ぶりのテリヤキ」

お気に入り50に到達しました!ありがとうございます!


霊夢達が洋食のねこやの扉を見つけようと飛び回っていた丁度その頃。幻想郷のとある場所である事が起こっていた…。

 

 

白玉楼

 

 

幻想郷の冥界。そこに長い長い階段を上った先に、土壁に囲まれた和の風情がある一軒の大きなお屋敷がある。それが「白玉楼」という場所。屋敷だけでなく庭もかなり広く、あるもの全てがまさに和を象徴した様なもの。屋敷の周りには桜の木々が並び、更に咲いてはいないが周囲の木とは一線を画すひと際大きい桜の木がある。花見のシーズンになればきっと見事なものになる事は誰の目にも明らかそうである。…が、この桜が咲く事は無い。「西行妖」というそれは人間の精気を吸った妖怪桜であり、過去に幻想郷にとある異変を起こす一因になった事もあるのだ。過去に一度だけ咲いた事があるらしいのだが、現在では春になっても花をつけることはない。

 

剣を振る白髪の少女

「…ふっ!…やっ!…はっ!」

 

…そんな広い庭の中にひとりの少女がいた。ボブカットの白髪に黒いカチューシャ。緑の服に黒い革靴。特徴は幼さが残るその身体つきには似つかわしくない二振りの大きい日本刀。そして彼女の周りを漂うまるで人魂の様な幽霊の様な見た目をしている何やら白い物体。そんな少女は一心不乱に剣を振るい、地面にはその刀で切ったものか藁束が落ちている。どうやら剣の訓練をしているらしかった。

 

「せい!!……ふぅ、こんなものでしょうか…」

 

最後の藁束を切った一振りで少女は鍛錬が一段落したのか、手ぬぐいで汗を拭っていると、

 

桜色の髪をした女性

「妖夢ちゃん~」

 

その時、剣を振るっていた少女を妖夢と呼びながら、家の中からひとりの女性が顔を出した。女性は桜色の髪で水色と白を基調としたフリフリがある和の衣装に身を包み、手には扇子を持っており、頭には三角巾の様なもの。喋り方からどこかのんびり、のほほんとした雰囲気を醸し出している。そして彼女の周りには少女と同じ様な小さな人魂の様なものがぽつぽつと浮いている。

 

「あ、幽々子様。もうお食事は終わりですか?」

 

「ええたった今終わったところよ~。妖夢ちゃんもそろそろご飯にしたら?」

 

少女は女性を幽々子といった。彼女の名は西行寺幽々子。白玉楼の主にして、1000年以上前からこの幻想郷に住む古参者である。嘗ては西行寺家という名家の令嬢だったが、とある事情から幻想郷に移り住んだ。前回魔理沙の言っていた幻想郷の重鎮のひとりであり、八雲紫の古くからの親友でもある。

そんな西行寺幽々子にはある秘密があった。…「亡霊」。彼女は正確には人ではなく、死んでいるが生きてもいる、そんな特殊な存在(最も多くの者には既に周知の事実であるのだが)。前回紫が言った様に、彼女の様な存在も幻想郷は受け入れるのである。そんな彼女と、妖夢というらしいその少女は主人と従者であるらしかった。

 

「ありがとうございます。では後片付けの後に」

 

「…ところで妖夢ちゃん~、あの話聞いた~?」

 

「…?話とはなんですか幽々子様?」

 

「扉よ扉。少し前に紫が言ってたでしょう~?香霖堂の近くにとある食堂に続く扉が出たって」

 

どうやら紫はねこやの扉の事を幻想郷各地にいる知り合いに既に知らせていた様だ。

 

「そういえばそうでしたね。…でも本当なんでしょうか?外の世界の、しかも異世界に繋がる食堂って…」

 

「紫は不思議な人だけど嘘はつかないからきっと本当だと思うわ~」

 

不思議キャラは幽々子も同じでは?と妖夢は思ったがそれは口に出さない事にした。

 

「紫がそのお店の人から聞いた話だと、扉は七日に一回現れるそうよ」

 

「七日に一回というと…紫様がそのお店に行ったという日の翌日に幽々子様にお話しされたとの事ですから…ああ今日が丁度七日でしたか」

 

「そうよ〜。お金も紫が払ってくれてるみたいだし、紫や霊夢達の話だとそのお店の料理、すっごく美味しかったっていうし、今日も霊夢達が行くって聞いてたから私も行ってみたい♪…と思ってたのに~!」

 

どうやら幽々子はねこやに行きたかった様だ。何を隠そう彼女、一見すらっとした見た目をしているが、その身体からは想像できない程の大食漢なのである。

 

「ダメですよ幽々子様。今日は幽々子様自身のお仕事もあるんですから、行かれるなら今度になさってください。それに今お食事終わったばかりでしょう?」

 

「ぶ~!今日は残念だけど何時か必ず行きますからね」

 

「はいはい」

 

だが今日はお預けという妖夢の言葉で行けなかったので幽々子はふくれっ面になっていた。一見ふたりの様子は主人と従者というより母と娘、若しくは姉と妹の様である。

 

「…ふぁ~、お腹一杯になったら眠くなってきたわ~。暫くお昼寝するから妖夢ちゃん、貴女も休みなさいね」

 

「ありがとうございます幽々子様」

 

そう言って幽々子は自室に戻っていった。後に残ったのは妖夢だけ。

 

「さて…幽々子様の言った通り、後片付けしたら私も休憩しようかな」

 

そう言って妖夢は刀を納め、自分が鍛錬で切った巻き藁を片付け、掃除道具をしまおうと蔵に向かった。

 

 

 

…………

 

白玉楼の蔵

 

 

「さてと、早く片づけを……!!」

 

蔵の扉を開け、掃除道具をもとの場所に片付けようとしていたその時、妖夢の目に、あるものが映った。その蔵には扉は入り口のものしか無い筈なのだが、奥の方に看板らしいねこの絵が掲げられた、木で造られた重厚な洋風の扉があった。しかし扉の先には何もなく、扉だけがそこにポツンと、入る者を待っているかの様に静かに佇んでいる。

 

「こ、こんなところに扉?な、なんとみょんな!しかし何故?今までこの様なものは…」

 

そこには今まで何もなかった筈と動揺する妖夢。まるで突然現れたかの様なその扉に警戒しつつも近づき、猫の絵に何か書かれている事に気づき、読む。

 

「……洋食の、…ねこや?…!」

 

その文字を見て妖夢の頭につい先ほど幽々子から聞いた話が思い浮かばれる。

 

「もしかしてこれが…幽々子様や紫様が言ってた、異世界の料理屋の扉でしょうか?で、でも、どうして白玉楼の蔵の中に…?」

 

想像していなかった事態に妖夢は幽々子を起こして相談しようとするが、

 

「……あ、そうだった。幽々子様はお腹一杯でお昼寝されるとどうやっても起きないんだった…」

 

どうやらその考えは無理そうだ。白玉楼の外の者に知らせるにしてもここを離れている間に、この扉のせいで幽々子に何かあればと思うと抵抗がある。とするとこの扉は自分が何とかするしかないのか…。

 

「紫様のお話だと危険はないという事ですが…実際どういう場所なのか、目で見てみないと判断できないし…」

 

どうするか否か、暫し考えた末に妖夢は結論を出した。

 

「…とりあえず半霊を幽々子様のお傍に残し、私だけで行きましょうか」

 

半霊。それが妖夢の傍に漂っている物体である。実は妖夢もまた人間ではなく、そして幽々子みたいな完全な亡霊でもない。人と霊のハーフ、半人半霊という存在であった。半霊は妖夢と精神でつながっている。半霊に何かあらば妖夢にも直ぐにもわかる。ひとまず妖夢は幽々子の傍に半霊を残し、自分だけで扉の先に行く事に決めた。

 

「……では、行きましょうか。鬼が出るか蛇がでるか」

 

妖夢は背中の刀に手をかけたまま、扉の持ち手をゆっくりと引いた。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

「! 警報!?……!!」

 

扉を開いた瞬間のベルの様な音に驚いた妖夢は背中の刀に手をかけ、さっと身構える。そして瞬間的にあたりを見回すと…そこには木造りの店らしい屋内で、何人かの人間や変わった形をした存在が皆、目の前の料理を美味しそうに食べているのが見えた。

 

「こ、これは…!」

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

妖夢がその光景に驚いていると、彼女に気づいた給仕らしき少女が近づいてきた。勿論アレッタ。そんな彼女に妖夢もまた気づく。

 

(頭に…角?妖怪、でしょうか…?いえそれより)

 

「いらっしゃいませって……あのここって」

 

「はい!ここはねこやっていう料理屋です!」

 

「ねこや…!あ、あの、つかぬ事を聞きますが…博麗霊夢や霧雨魔理沙って方をご存じですか?」

 

「はい!レイムさんやマリサさんのお知り合いですか?じゃあもしかして、貴女も幻想郷という世界から?」

 

「え、ええまぁ…」

(七日に一回だけ現れる異世界の料理屋につながる扉…。どうやら間違いなさそうですね…)

 

妖夢はやはりあの扉が七日に一回現れる、扉だと確信した。そして異世界食堂である事も。

 

「どうかされましたか?」

 

「い、いえ、なんでもありません。ちょっと驚いただけです」

 

とりあえず現状危険はないと判断した妖夢は背負う刀から手を引き、挨拶する事にした。

 

「失礼しました。私、魂魄妖夢といいます。幻想郷にある白玉楼という場所で、剣術指南役兼庭師をしています」

 

「ヨウムさん、ですね。私はここで働いているアレッタです!宜しくお願いします!」

 

「アレッタさんですか。こちらこそ宜しくお願いします。あの、ここは異世界につながる食堂、って聞いているんですけど…」

 

「はい。よければ食べていってください。マスターの料理は、どれも凄く美味しいですよ!」

 

確かに周りの者達は皆いかにも美味しそうに食べている。不思議と危険性は感じられなかった。

 

(…幽々子様のお話だとお金の件は心配ないとのことですし、それに私もこれからご飯のつもりでしたから…いいかな。……後で幽々子様には怒られそうだけど)

「……わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

「それではお席にどうぞ!」

 

とりあえず妖夢は開いている席のひとつに座り、周りを見渡した。全体的に木造りの柔らかい雰囲気のお店。壁や台にはいくつもの絵やインテリア風の小物がたたずんでいる。そして客層も様々な人種がいた。

 

(あれは以前パチュリーの本で見たことがある…。「ドワーフ」に「オーガ」、あれは「ころぼっくる」でしょうか?人間も沢山いますが…全然気にしてなさそう…)

 

多くの種族が全く関係なく、それぞれの料理を食べている。

 

(それにしても皆さん本当にいい表情で食べてますね。まるで食事中の幽々子様みたいです)

 

とその時、黒い長い髪の少女が水とおしぼり、そしてメニューを持ってきた。クロである。

 

(いらっしゃいませ)

 

「! あ、頭に声が!」

 

(ご注文がお決まりになりましたら言ってください)

 

驚く妖夢をよそにクロは立ち去る。

 

「……異世界には不思議な人達もいるんですね。私が言える事ではないかもしれませんが」

 

そんな事を考えながら妖夢はメニューを手に取った丁度その時、

 

 

~~~~~♪

 

 

再びドアベルが鳴り、新たな客が入ってきた。

 

「ふむ。今日も盛り上がっておるな…」

 

入ってきたのは以前ロースカツ、アルトリウスが一緒に食事していた男だった。先日と同じ様に黒いマントに髷、そしてマントの隙間から腰に帯刀している刀の柄がのぞく。そんな特徴の男に妖夢の目がいく。

 

(あの人も…刀を。…お侍さんでしょうか…?)

 

「いらっしゃいませー!」

 

「おおアレッタ。今日も世話になるぞ」

 

すると厨房から店主も顔を出す。

 

「いらっしゃいタツゴロウさん」

 

男の名はタツゴロウと言った。

 

「ああ。…今日はあ奴はおらんのか?」

 

「アルトリウスさんならまだ来ていないですね」

 

「…ああそういえば今日はこの時間は弟子の講習があると言っていたな。とすると夜か…」

 

仕方ないかと、タツゴロウはカウンターでひとり食事をとろうとしていたその時、

 

「…む?」

 

タツゴロウも妖夢の方を見て、

 

「…娘、お主…人ではないな?」

 

「!」

 

突然言われた言葉に驚く妖夢。

 

「物の怪?…いやしかし邪な気は感じ取れぬ。…すまない。気を悪くされたなら謝ろう」

 

「い、いえ」

(半人半霊である事は気づかれてないようですね…)

 

「初めて見る客だな。…お主も剣をやるのか?」

 

「えっ?あ、はい!」

 

「…ほう、幼い様に見えて良い気をしておる。かなりの修業を積んでいる様だな」

 

「あ、ありがとうございます。…そういう貴方からも強い気を感じます」

 

タツゴロウは妖夢の強さを瞬時に察したらしい。そして妖夢もまたタツゴロウの力を感じ取っていた。同じ剣をやる者だからこそだろうか。

 

「丁度良い。ひとりで食うのもつまらんし、挨拶がてら、共に食事しても構わぬかな?」

 

「は、はい。私は別に」

 

そしてタツゴロウは妖夢と相席する事にした。水とおしぼりを持ってきたアレッタにいつもの事らしい注文をする。

 

「今日もまたいつもので頼む。ライスと味噌汁も一緒で良いからな」

 

「テリヤキチキンですね!かしこまりました!ヨウムさんはもう決められましたか?」

 

「え、えっと…」

 

慌てて妖夢はメニューを開くが、霊夢や魔理沙と同じくそのメニューの多さに悩む。

 

(洋食だけでなく和食も幅広いですね…。この人はテリヤキを頼んでました。私も好きですけど折角なら普段幻想郷であまり食べないものに……おや?)

 

するとある品に目が行き、思わず頼んでしまう。

 

「あ、あの~この「ぶり」というのは?」

 

「え?えっと…マスターの世界でとれる海の魚、との事です。シュッセウオ?らしいんですけど」

 

(海の魚…。幻想郷では滅多に食べれないし、ちょうどいいですね)

 

妖夢はメニュを決めた。

 

「ではこの「ぶりのテリヤキ」をください」

 

「かしこまりました!少々お待ちくださいね!…マスター!テリヤキのチキンとぶり、注文いただきました!」

 

「はいよ。少々お待ちを」

 

言われてマスターは調理に入る。緊張が解けた妖夢は水を一口飲んで落ち着く。

 

(ふ~、何とか落ち着きました)

 

「お主もテリヤキを選んだか。いやわかっておる!やはり白いライスにはテリヤキが一番だからな!はっはっは!」

 

「あ、あはは…」

 

タツゴロウ(テリヤキ)

「ああ名乗っておらずすまなんだ。拙者、タツゴロウと申す。大陸を回りながら時には傭兵や護衛もしておる」

 

「魂魄妖夢といいます。白玉楼の剣術指南役で庭師もしています。宜しくお願いします」

 

「ほう、その年で指南役を。拙者にも何人かの弟子の様な者もおるが、お主程の年頃で指南役などそうはおらん。大したものだ」

 

実際は妖夢は人間ではなく、見た目よりも長く生きているのだが。

 

「いえ、私なんてまだまだです。…見た所タツゴロウさんは、傭兵としてもかなりの実戦を積まれていると見えますが?」

 

「まぁな。若い頃故郷をこの愛刀と飛び出して以来、数多くの戦や魔物の類と相まみえてきた」

 

「そうなんですか。…私はタツゴロウさんと違って実戦の経験もあまり無いですし、ひたすらに稽古稽古です」

 

「戦なんて本来無い方がいい。戦があるという事は誰かが死ぬという事。人であろうと、魔物であろうと。故郷を飛び出して以来、幾度もの戦いの場を潜り抜けてきた結果、拙者をサムライマスターや、伝説の剣豪などと言う者もおるらしいが…そんなものは誰かがつけた大袈裟なあだ名にすぎん。拙者はただ自身が守りたいと思うもののために、一心不乱に剣を振ってきたにすぎぬさ。…お主には守るものはあるか?」

 

「…はい。私にも命をかけても守るべき方がいます」

 

妖夢は力強く返事をした。頭に浮かぶのはただひとりの女性。その者を守るためなら命も惜しくないと妖夢は思っている。

 

「左様か。…だが、お主もむやみに命を無駄にする様な事はするなよ。お主に何かあっては、その者も深く悲しむであろうからな」

 

「!」

 

「お主の主とお主、両者が共に生きてこそ意味があるのだ。そのためにも、精進をこれからも怠るなよ」

 

「は、はい!」

 

妖夢は今のタツゴロウの言葉を再び胸に刻んだようだ。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「ところでお主の刀。中々の業物の様だな」

 

「はい。祖父が私に残してくれたものです。祖父も剣士で、私なんて比べ物にならない位強い人で、ものすごく厳しい人でした。昔言われた事があるんです。「雨を斬れる様になるには三十年、空気を斬れる様になるには五十年は掛かるという。妖夢、お前はまだ雨の足元にも及ばない」って」

 

「それはそれは…。祖父殿とはぜひ一度手合わせ願いたいものだ。同じサムライとして血が疼く」

 

「あはは。……でもある時、突然いなくなっちゃって…」

 

「…それは」

 

「お待たせしましたー!」

 

とその時、アレッタが料理を運んできた。

 

「テリヤキチキンとぶりのテリヤキです」

 

ふたりの前には真っ白なライスとみそ汁。具はナメコとわかめらしい。漬物。そしてタツゴロウの前にはテリヤキソースがたっぷりとかけられた大きな鶏肉。対して妖夢には同じテリヤキ色に染まった肉厚のぶりの切り身が置かれたが、ぶりの方にはチキンと違って添え野菜が無いための代わりか、小鉢のひじきの煮物も別に置かれた。

 

「ライスと味噌汁はおかわり自由ですので!」

 

「これがぶりですか…。確かに川魚とは違う」

 

「うむ。来たか!ところでヨウムとやら、酒は?」

 

「え?ええ、まぁ」

 

「ではアレッタ、もうひとつ清酒を頼む」

 

「かしこまりました!」

 

「え、わ、悪いですよそんな!」

 

「構わん構わん。出会いの祝い酒として受け取ってくれ」

 

言われて妖夢にも冷酒が入った盃が運ばれてきた。ふたりはそれをカチンと合わせ、食事を始める。

 

「……うむ。やはりこの白いライスはいつ食ってもうまい!」

 

「タツゴロウさんの故郷では白米は無いんですか?」

 

「茶色くホソボソとした玄米はあるがこの白いライスはそれとは一線を画す。ここの食事で故郷を思う事もあるがここの食事がうますぎるため、故郷に帰る気が起きぬわ」

 

そう笑って食事を再開するタツゴロウ。妖夢はぶりのテリヤキに箸を入れる。肉厚なのに見た目以上に柔らかく、箸でサクッと切れたブリの身を口に運ぶ。

 

「…!美味しい…。噛んだ瞬間にほんの少しだけ感じる酸味と、その身から出てくるたっぷりの魚の脂、そして力強い味を感じます。鳥のテリヤキとはまた違う味わいです」

 

「…うむ。この皮から出てくる脂、そしてこの乙女の様な純白の肉に肉汁がたまらん」

 

テリヤキチキンをライスと一緒に頬張るタツゴロウにまねて、自分もぶりのテリヤキを小さく切って白ご飯に乗せ、一緒に食べる。

 

「…ぶりという魚の独特の味と白いごはん、それらをこのテリヤキソースが見事に一体にしています」

 

「そうであろうそうであろう。このソースの力は偉大だ」

 

同じ様な感想を言う妖夢に対し、タツゴロウも上機嫌な様子だった。ふたりは会話を交えながら暫く食事を続けると、

 

「…そういえばヨウムとやら。先程お主の祖父殿は、突然いなくなったと申しておったが…何やら訳ありか?」

 

すると妖夢は箸をおく。どこか元気なさそうだ。

 

「…わかりません。さっき言った通り、ある時本当に突然いなくなってしまいまして。幽々子様にもわからないですし。ああ幽々子様というのは私の主の名前です」

 

「左様か…。お主の主は行方を知らぬのか?」

 

すると妖夢はこう答えた。

 

「…幽々子様が言うには…祖父は悟りを開いたから去った。もう…戻らないと思う、と。そして自らの剣術指南役兼庭師の任を解き、私に二代目剣術指南役兼庭師に任命する。その証としてこの楼観剣と白桜剣を与える、と…」

 

「…すまぬ。簡単に聞いてよい話ではなかったな」

 

「いえ、いいんです。もう何十年も前の話ですし。…本当に勝手ですよね祖父様」

 

そう言う妖夢だがやや元気が無さそうに笑う。やはり少し寂しいのだ。

 

「…しかし、ひとつだけ確かな事がある」

 

「…確かな事ですか?」

 

すると今度はタツゴロウが答えた。

 

「お主の祖父殿は…きっとお主を信じていたのだ。お主がいつか、その刀と役目を継ぐに相応しい程に成長できる日が来る事を。そうでなければその刀をお主の主に託しはしないだろう?」

 

「それは…そうかもしれませんが、でもせめて、お別れの言葉位残してほしかったな…」

 

思い出したのか妖夢の顔には寂しさが見える。するとタツゴロウは、

 

「…勝手ながら拙者には祖父殿の気持ちが少しわかる気がする」

 

「…えっ?」

 

「自分で言うのもおかしいが、男とはやや不器用な生き物でな。歳をとるほど伝えたい事が素直にできぬ事があるのだ。だから言葉を誰かに残したり、何かに託して伝える事がある。お主のその刀の様に」

 

「……」

 

「そして想いとは時には言葉で伝えるのが全てではない。目で見て気づくものでも、耳で聞いて気づくものでもない真実がある。それは時には、刀で交えて知る時があるものなのだ。我ら剣に生きる者にとってはな」

 

「…!!」

 

 

(真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るものだ)

 

 

「さぞ心細い時もあるであろう。だが、心配はいらぬ。その刀と共に、祖父殿はお主といつも共にいる。孫を可愛がらぬ者などおらぬさ。そしてもし、もしこの先の未来、祖父殿と再び相対する時来れば、その時は刀を交えてみるとよい。お主がいかに成長したかを知った時、認められれば、祖父殿はきっとお主に全てを伝えてくれる筈だ」

 

タツゴロウは妖夢にそう教えた。妖夢はそれを静かに聞いていた。幽々子の話だともう会えない可能性の方が大きい。しかしそれでもまた会えると信じるだけならば、消して間違ってはいない筈である。

 

「……ありがとうございますタツゴロウさん。私頑張ります!」

 

妖夢は元気を取り戻したようだ。

 

「構わぬさ。共に剣を学ぶ者として、これからも共に精進しようではないか。勿論しっかり食ってな!」

 

「はい!」

 

ふたりは再び箸をとって食事を続けたのであった。因みにこの後若き冒険者達が来店し、妖夢とどちらの剣が上か等話をして交流する事もあったがその話はまた何れである。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

食事が終わり、妖夢とタツゴロウは同じタイミングで退店することになった。

 

「ありがとうございました!(ありがとうございました)」

 

「こちらこそありがとうございます。お土産までいただいて」

 

「いえ、紫さんから十分すぎるほどのお代は頂いてるんで。こういう形で少しでも使わせてください」

 

「ではな店主、アレッタにクロ。そしてヨウムとやら」

 

「…タツゴロウさん。改めてありがとうございました」

 

「なに、拙者も有意義な時間を過ごせた。また会う時あれば」

 

「はい。その時はまた」

 

「ありがとうございました。またのご来店を」

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

ドアベルと共に扉を開けるとそこは見慣れた白玉楼の蔵だった。妖夢が扉を閉めると…扉はゆっくりと消えた。

 

「扉が消えた…。本当に異世界の食堂だったんだ」

 

夢にも思えたが手に持つテリヤキサンドが嘘でない事を証明していた。

 

(ねこや…。また縁あれば行ってみたいですね。今度は是非幽々子様もおつれして)

 

そう思いながら妖夢は蔵の扉を開けると、

 

 

ガラッ

 

 

「「「妖夢(ちゃん)~!!」」」

 

その前には幽々子、そして霊夢と魔理沙がいた。多少怒っているようにも見える。その後ろでは妖夢が置いていった半霊がおたおたして動いている。

 

「ゆ、幽々子様!そして霊夢に魔理沙まで!どど、どうしたんですか?」

 

「半霊から聞いたわよ~!妖夢ちゃん、蔵の中に出たあの扉をくぐって異世界の食堂に行ってたらしいじゃない~!ひどいわ~!何で私にも教えてくれなかったのよ~!」

 

「そ、それは…だって幽々子様はお昼寝から起きないですし」

 

「美味しい食べ物があるんだったら寝ていても動くわよ~!」

 

「も、申し訳ありませんでした。…でもなんで霊夢達まで?」

 

「私達は扉を探していたのよ!そしてここに来た時に幽々子が半霊から「妖夢が突然現れた扉に入っていった」って言ってたからこれは間違いなくねこやの扉だと思ったの!」

 

「そんでお前が帰ってくるのを待っていたって訳なんだぜ!お前が帰ってきたって事は…!」

 

「…はい。扉なら消えてしまいました」

 

「「「ええ~~~…」」」

 

それを聞いて霊夢、魔理沙、幽々子は本当に残念そうにため息をついた。

 

「…あら、妖夢ちゃんそれは?」

 

「あ、ねこやの店主さんが持たせてくれたんです。テリヤキサンド?っていうんですけど」

 

「おう。私がもらったメンチカツサンドとはまた別のものか」

 

「も~、そういう事なら折角だから今回はお土産だけで我慢しておくわ。でも次は絶対に行きますからね!」

 

「は、はい。今度見かけたらお連れします!」

 

「…それにしても霊夢の言う通りその「ねこや」というお店の扉、幻想郷のあちこちに現れるみたいね~。こうなるといつ噂が広まってもおかしくないわよ?」

 

「私もまさか白玉楼の蔵の中に現れるなんて思いませんでした」

 

「月とか地底にだって現れるかもしれねぇな~。次に見つけられるとしたら運しだいって訳か…」

 

やや諦めの様な表情を見せる三人に霊夢が喝を入れた。

 

「私は諦めないわよ!どこにでも出てくるって事はうちの神社に出てくる可能性もあるわ!」

 

「そういったら魔法の森や紅魔館、妖怪の山にもだぜ!」

 

「てなわけで魔理沙!あと妖夢に幽々子も!もしあの扉を見かけたらすぐに入らずに真っ先に知らせなさい!いいわね!」

 

「おう!」

 

「わ、私も協力するんですか!?」

 

「あたり前じゃない!ひとりで行った罰よ!私も今日はおみやげだけで我慢してあげるから!という訳で幽々子!それ少し分けなさい!」

 

「いやよ~!これは妖夢ちゃんから私へのおみやげなのよ~!という訳で妖夢ちゃん、お茶お願いね~♪」

 

「は、はい!」

 

訓練と食事は終えたが、妖夢の仕事はまだまだありそうだった…。

 

 

…………

 

どこかの山

 

 

一方その頃、こちら側では、

 

(それにしても我らの世界でもねこやの世界でもない、新たな世界の剣士か…。孫の様な弟子ともいえる者は多くいるが…もし拙者に孫娘がいたとすれば…彼女の様な歳に近いかもしれぬな…。独り身で駆け抜けた人生であったが…やはりあの店は拙者に多くの事を教えてくれる。いずれまた会う時あれば、その時は再び共に飯を食うか…)

 

そんな事を思いながらタツゴロウはひとり山を下りていた。




メニュー4

「カルビ重」


妖夢とタツゴロウの組み合わせは一番最初に思いつきました。スペルカードルールがなければ妖夢よりタツゴロウの方が腕が上、なのかな?


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メニュー4「カルビ重」

お気に入りが370に到達しました。ありがとうございます!
前回より沢山の方がお気に入りしてくださり、驚いております。ご期待に応えられる様なものを書けるようこれからも頑張ります。


博麗神社

 

 

ねこやの扉が白玉楼の蔵の中に現れてから更に七日が経ち、今日は扉が再び現れる日。ここは幻想郷で人里から離れた場所にある「博麗神社」。博麗大結界を管理する上で最も重要な場所であり、外の世界との境界が薄い場所であり、霊夢の家である。その霊夢は魔理沙と共にその神社の縁側で静かにお茶を飲んでいた。

 

「…なぁ霊夢。今日はどこに現れるんだろうなねこやの扉」

 

「…さぁね~。紫や妖夢からは出たら連絡来る事になってるし、そっちは大丈夫とは思うけど」

 

「そっか~」

 

「…てかなんでアンタもここにいんのよ?自分ちの方見ておけばいいじゃないの」

 

「だってよ~。ほんとにここに出たらお前がひとりだけで行っちまいそうだしな~」

 

「そそ、そんな事するわけないじゃな~い。そういうアンタこそ、ひとりで行っちゃうんじゃないの~?」

 

「そそ、そんな訳ないのぜ~」

 

「そ、そうよね~」

 

「「あはははは♪」」

 

そう言いながらお茶をすするふたり。いい意味でも悪い意味でも仲がよろしい様で。

 

「…まぁともかく、最初は片っ端から探してやる!って思ったけど、考えたら扉が現れてから誰かが使うまでの間に幻想郷中探すなんて効率悪すぎるし、疲れるだけよ。それなら待ってた方がまだマシ」

 

「相変わらず面倒が嫌い奴だな。私はアリスやパチュリーには伝えといたぜ。こういう扉が現れたら知らせてくれって」

 

「…アリスはまだいいとして紅魔館は大丈夫なの?アンタこの前また盗みに入ったばっかじゃない」

 

「大丈夫大丈夫♪私とあいつの仲だ♪きっと喜んで知らせてくれるって♪」

 

魔理沙は笑ってそう言うのだった。

 

 

…………

 

紅魔館

 

 

それから時間は過ぎ、時刻は夕方に差し掛かっていた頃だった。巨大な山のふもと、濃い霧が漂う湖のほとりにひっそりと建つ巨大な洋風の館がある。全体的に血の様な赤を基調とした色に染まり、窓が少ない。霧濃い中に立つその館は、夕焼けの光で不気味に赤色を強調している。館の名は紅い悪魔の館と書き、紅魔館と言った。

 

蝙蝠の様な羽が生えている少女

「……」

 

そんな館のベランダにひとりの少女がいた。水色がかった銀髪。太い赤い線が入り、レースがついた襟のピンク色のドレスを着ている少女。注視すべき点は背中から生えている一見蝙蝠を思わせる様な翼だろう。そんな少女は何やら思う事があるのか、ベランダに設置されたテーブルセットのチェアで紅茶を飲みながらどこかぼんやりとしていた。

 

ガチャッ

 

メイドらしき銀髪の女性

「失礼します。…レミリアお嬢様」

 

そこにやってきたのは青色の服に白いエプロン、白いカチューシャ、いかにもメイドというらしい恰好をした銀髪の凛とした女性。

 

「どうしたの咲夜?」

 

「お嬢様が何やらぼんやりとされている様子でしたから…気になりまして」

 

少女の名前はレミリア。女性の名は咲夜というらしかった。

 

「あらそう?ごめんなさい。少し考え事だけよ」

 

「何か気になる事でも?」

 

「ええ。もしかしたら…今日何か起こりそうな気がするのよね。何なのかは全然わからないんだけど」

 

「はぁ…」

 

普段レミリアがこんな事言うのはあまり無いのか、その言葉に咲夜はやや心配そうだ。

 

「そんな顔しないの。全く私が真剣な顔するといつもそうよね咲夜は」

 

「申し訳ありません。お嬢様が真剣なお顔でそんな事をおっしゃるなんて珍しくてつい」

 

「…それほめてるのかそうじゃないのかわからないんだけど。…まぁいいわ。そういえばフランは?」

 

「妹様でしたら遊び疲れてお休みになられてますわ」

 

「また?…ふぅ、夕食もまだだというのに誰に似たのかしらねあの性格」

 

「…ふふ♪」

 

「…何か言いたそうね咲夜?」

 

「いえいえ、何でもありませんわ。お茶、変えますね」

 

咲夜はレミリアの手元にあったカップにポットからお茶を注ぐ。

 

「それにしてもお嬢様。お嬢様の力をもってしてもわからないなんて…これまでの異変の様なものでしょうか?」

 

「…さぁ。まぁ気にしなくてもいいわよ。もしかしたら私の勘違いかもしれないし、最近の幻想郷は特に目立った異変も無いし、もしかしたら何かあってほしいって私が思ってるだけかもね」

 

「かしこまりました。それでは私はご夕食の準備をしてきますね」

 

「ええお願い」

 

咲夜は挨拶をし、ベランダから繋がっているエントランスへの扉を再び開けた。

 

 

ガチャッ

 

 

「…!お、お嬢様!」

 

「!」

 

自分を呼ぶ少し動揺した様な咲夜の口調に、レミリアも何事かと咲夜のもとに近づく。すると、

 

「…ええっ!」

 

そしてレミリアもまた驚いた。紅魔館の巨大なエントランスホールには大きな聖母像があるのだが、その聖母像の真ん前に……木造りの扉が立っていた。そんなものは勿論今の今まで無かった。

 

「こ、この扉は一体…!…洋食のねこや…?」

 

「…咲夜。ここは私だけでいいからパチェ達を呼んできて。フランは寝させておけばいいわ」

 

「ですが…」

 

「大丈夫よ。なんというか…奇妙だけど悪い気は感じないわ。早く呼んできて」

 

「…承知しました」

 

言われて咲夜は他の者を呼びに走った。レミリアは扉を前に思った。

 

(……どうやらこの扉の事みたいね。私が気になってたのは…)

 

 

…………

 

そしてあれから少し経って、扉の事を知った他の住人らしき者達が集まってきていた。

 

紫色の髪の落ち着きある少女

「……かすかに魔力を感じるわね。でも…こんな魔力は私は知らないわ」

翼が生えた赤色の髪の少女

「パチュリー様でもご存じないなんて!」

茶色い髪で中華風の服を着た女性

「し、しかもなんで紅魔館の中に突然…!?言っときますけど私は門番サボってませんよ!」

 

扉に手をあてて調べているのは長い紫色の髪をした、紫と薄紫の縦じまが入ったゆったりとした服と、月の飾りがついた帽子を被った少女。

慌てているのは赤い髪で白いシャツ、その上に黒い上着を着た少女。頭、そして背中には小さな蝙蝠みたいな翼がある。

そしてもっと慌てているのは茶色い髪で、緑色のチャイナドレスみたいな中華風の服を着た女性。台詞からして門番らしかった。

 

「わかっているわよ美鈴。私もついさっき気づいたのだから。お嬢様に声をかけるまでは確かに無かった。そして次にエントランスに戻った時にはあった。そんな短い時間で突然現れるなんて…」

 

「以前紫のスキマが開いた瞬間でも何かしらの気配を感じていたわ。でも今回はそれも無かった。つまりパチェのいう通り、本当に私達が知らないものって事ね」

 

すると扉を調べていたパチュリーという少女が口を開いた。

 

「……でもこの扉について少し心当たりがある。先日魔理沙が本を盗んでいった時に私に言ったの。「もし猫の看板がある扉を見かけたら私か霊夢に速攻で教えてくれ」って」

 

「ああ、先日本を取っていった時ですね。あれは美鈴が昼寝していたのと小悪魔、貴女が本に埋まって気絶していたせいでもあるけれど」

 

「す、すいません咲夜さ~ん」

 

「あれは魔理沙さんが本を本棚から抜き取ったのが原因ですよ~」

 

紫の髪の少女がパチュリー。赤い髪の少女が小悪魔。咲夜に謝る茶色い髪の女性は美鈴というらしい。そしてどうやら魔理沙はただ頼んでいったわけではないらしい。

 

「という事は…霊夢や魔理沙はこの扉の事を知っているという事かしら。…それでどうするのパチェ、知らせる?」

 

「……………私が知らないものを魔理沙が知っているという事も、従うのもなんかムカつく。無しね」

 

レミリアの言葉にパチュリーは少し考えた結果、却下した。どうやら魔理沙の頼みは不発に終わった。そして、

 

「…でもこの扉には興味があるわね」

 

「ま、まさかパチュリー様。行ってみる気じゃ…」

 

「ふふふ。パチェならそう言うと思ったわ♪」

 

「レミリアお嬢様!?」

 

小悪魔と美鈴が心配の声を上げる。どうやらレミリアとパチュリーは興味津々の様子だ。

 

「当然よ。パチェが知らないものよ。そんなの興味出ない訳ないじゃない♪」

 

「お嬢様。パチュリー様。お言葉ですがむやみに入るのは危険かと」

 

「何を言っているの咲夜。貴女も一緒に行くのよ。それならいいでしょ♪」

 

「…はぁ」

(全く…お嬢様はこう言うと聞かないんだから)

 

レミリアの言葉にため息をはく咲夜。彼女が引く気が無いのは長い付き合いからわかった様だ。

 

「美鈴、小悪魔。貴女達は念のために残りなさい」

 

「で、でもお嬢様…」

 

「大丈夫よ。私達が揃えば怖いものなんて無いわ。ふたり共、フランをお願いね」

 

「は、はい!承知しました!咲夜さん!おふたりをお願いします!」

 

「貴女に頼まれなくても私の命に懸けて守るわ」

 

「じゃあちょっと行ってくるわね」

 

レミリアはゆっくりとその扉を引いたのであった…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

「「「「「!」」」」」

 

扉を開いて聞こえたドアベル。そしてレミリア、咲夜、パチュリーの目に入ってきたのは…見た事も無い部屋で、見た事無い者達が気ままに食事している異様な光景。

 

「…なに、…ここ?」

 

「…私達が知る場所ではないですね…」

 

パチュリーと咲夜も驚いているらしく言葉少ない。そして扉越しに見えている美鈴と小悪魔は呆然としている。その間に一番後ろにいた咲夜がパタンと扉を閉めた。

 

(いらっしゃいませ)

 

そして入ってきたレミリア達の頭に声が聞こえた。

 

「!頭の中に…声が響いてる」

 

「これは…テレパシーね」

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

続けてレミリア達に気づいて近づいてきた者がいた。

 

「ようこそ!洋食のねこやへ!」

 

「…洋食のねこやって…。というかその頭…。貴女、鬼?」

 

咲夜はアレッタの頭の角が気になった。

 

「オニ…?ああいえ、私は魔族なんです」

 

「…魔族…?」

 

「幻想郷には色々いるけど…魔族っていうのは聞いた事無いわね」

 

「幻想郷…という事は、皆さんもレイムさん達のお知り合いの方ですね!私はここで働いている、アレッタと言います。宜しくお願いします!」

 

挨拶と共に深々とお辞儀をするアレッタ。そんな彼女を見てレミリア達も挨拶をする。

 

「アレッタ、ね。ならば私も自己紹介しなければならないかしら。永遠に赤い幼き月、そして幻想郷で最も強く、賢く、偉大な吸血鬼、レミリア・スカーレットよ。覚えておくといいわ」

 

レミリア・スカーレット。彼女は人間や妖怪の類などでなく、吸血鬼と言われる種族である。そして見た目よりもずっと長寿であり、これでも500歳である。最も幻想郷ではそれ以上に生きている者も少なくないのだが。

 

「最も強くて賢い!すす、すごい方なんですね!」

 

「気にしなくていいわ。半分以上は大げさだから。…パチュリー・ノーレッジ。…魔法使い」

 

「レミリアお嬢様の瀟洒な従者、十六夜咲夜ですわ。紅魔館のメイド長をしております。宜しくお願いします」

 

「はい!宜しくお願いします!」

 

レミリアの過大自己評価はともかくとして、吸血鬼である事を聞いても全く動揺しないアレッタの表情を見て、レミリア達も思わず力がやや抜ける。どうやら彼女の笑顔には見る者をほっとさせる効果があるらしい。

 

「…ところでアレッタ、といったかしら。霊夢の名前を知っているという事は…もしかしてあいつもここに来たのかしら?」

 

「はい!レイムさんやマリサさんはお元気ですか?」

 

「…うんざりするほどね」

 

魔理沙に本を盗まれたばかりのパチュリーは辟易とした表情だ。続いて咲夜が質問する。

 

「失礼ながらアレッタさん。ここはどういう…。表の看板に「洋食のねこや」とあったり、一見、食事をする場所の様に見えますが?」

 

「はい。ここは洋食のねこやっていう、異世界の料理屋です!」

 

異世界という言葉にパチュリーが反応した。

 

「…異世界?ここは異世界なの?でも表の看板には私達でも読める言葉が書いてあったけど?」

 

「え、えっと、レイムさんの話だと…」

 

すると厨房の窓から店主が顔を出した。

 

「いらっしゃい。アレッタさん、とりあえずお客さんを席へ案内して」

 

「ああすみません!それでは一先ず、お席へどうぞ!」

 

「…いかがなさいますお嬢様?」

 

「…折角だからここは郷に従いましょう。戦いになる様な雰囲気も無いし」

 

「……」

 

三人は案内されたテーブルに座る。するとそこにいつもの様にクロが水とおしぼりを持ってきたのだが。

 

(サービスのお水とおしぼりです)

 

再びレミリア達の頭に響くクロの声。そして彼女の姿を見たレミリアの顔に動揺が走る。

 

「!!」

 

(どうかされましたか?)

 

「……何でも無いわ。ちょっと主と話がしたいので呼んでもらえるかしら?」

 

(承知しました)

 

クロはお辞儀だけして席を離れた。

 

「どうされましたお嬢様?」

 

「…いいえ」

(…今の給仕、物凄い力を感じた…。それも…私達に近い力。…一体何者なのかしら…?)

 

「……」

 

パチュリーはレミリアの険しい表情から何かを感じている様だったが、彼女を気遣ってか黙っていた。するとそこに店主が挨拶にやってきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「貴方がこのお店の主かしら?」

 

「ええ。私がこの異世界食堂の店主です」

 

「…さっきアレッタという給仕もそんな事を言っていたわね。なんなの?異世界食堂って」

 

 

…………

 

店主はレミリア達に、この店の事を霊夢達との話も含めて簡単に説明した。

 

「……異世界、いえ正確には幻想郷の外の世界にある食堂。そしてその店の扉が七日に一回、幻想郷に現れるようになったと…」

 

「ええ。何故かは霊夢さんや紫さんにもわからないらしいんですけど」

 

「幻想郷の管理者であるあのスキマ妖怪にわからなければ誰にもわからないわね。…悔しいけど」

 

「ですがその扉がどうして紅魔館の中に…」

 

「魔理沙は最初、香霖堂の近くに現れたと言っていたわ。そして次は白玉楼にとも」

 

「という事は、日によって…扉が現れる場所が違う?」

 

「そう考えると合点がいくわね。でも扉の数がひとつとは限らないし、結論を出すのはまだ早いかもしれないわね」

 

「私達の世界でも扉の位置は決まってましたし…」

 

レミリアも咲夜もパチュリーも考え悩む。混じってアレッタも。だがそんな彼らを元気づけるかのように店主は言った。

 

「まぁうちは扉がどこに現れても関係ないですがね。ただただ来られたお客様をお迎えするだけです」

 

「…人間にしては図太い神経ね。霊夢と互角だわ」

 

「はは。さて、折角ですからお客様も何か召し上がっていかれませんか?お金なら紫さんから頂てますから大丈夫ですよ」

 

「…どういたしますお嬢様?」

 

「…紫に借りを作るみたいなのがちょっと嫌だけど、折角だから頂いていきましょう。品書きを貰えるかしら?」

 

「かしこまりました。すぐにお持ちしますんで、注文が決まりましたら言ってください」

 

そう言って店主は厨房に戻っていこうとすると、

 

「あああと最後に、ひとつ教えてくれるかしら?…あの黒い髪の給仕だけど…誰?」

 

レミリアは銀髪の女性客に対応しているクロを指さした。

 

「…もしかして、うちの給仕が何か失礼な事でもしましたか?」

 

「いえ、そういう事じゃなくてただ誰なのかって事」

 

「彼女はうちのお客さんの知り合いらしいです。クロさんって言って、どこか辺境に住んでいるらしいんですが…それ以上はすみません、知らないんです」

 

「……そう」

 

店主の表情から本当に知らないんだと察したレミリアはそれ以上つい追求しない事にした。そして少ししてアレッタからメニューを渡され、さぁどれを選ぼうかとしていたその時、

 

「…レミィ。悪いけどちょっとここ離れていいかしら?」

 

「…パチュリー様?」

 

「どうしたのよパチェ?」

 

「ちょっと、ね。出ていったりはしないから安心して」

 

するとパチュリーはひとり席を離れ、とある席に移ったのだがその話はまた後程。とりあえずレミリアはメニューを開いて見てみるのだが、

 

「洋食屋らしいけど…私達は洋食に慣れているから見慣れたものが多いわね…」

 

基本的に和食ものが多い幻想郷の中でも、紅魔館の食事は洋食が基本だった。因みに食事は咲夜が作っており、彼女の料理は幻想郷でも美味しいと有名である。

 

「海の魚という手もあるけどどちらかと言えばお肉がいいわね…」

 

「お嬢様、お野菜もちゃんと召し上がって下さいね?」

 

「あら、お残しするのは咲夜が私やフランの好き嫌いを克服しようとする時だけよ」

 

「…できれば御家でも好き嫌いしないでいただけると嬉しいんですけどね」

 

どうやら咲夜もそれなりに苦労しているらしい。そんな会話が繰り広げられていたその時、

 

「…やぁ」

 

隣のテーブルで食事を終えていた男性がレミリアと咲夜に話しかけてきた。襟の高いマントを羽織っている金髪の男性。その男性と一緒に食事をしているのは赤いケープを付けたブロンドの髪の女性。何故かふたり共、ひどく顔色が悪く見える。

 

「今日は良い夜だね。まさかまたこの店で同胞に出会えるとは…」

 

「…どなたかしら?」

 

ロメロ(ビフテキ)

「ああ失礼…。僕はロメロというんだ。宜しくね。新たな異世界食堂の御客人」

ジュリエッタ(ビフテキ)

「ジュリエッタと申します。ロメロの妻ですわ」

 

ふたりは自らの名前を名乗った。

 

「ご丁寧にどうも。十六夜咲夜と申します。…失礼ながらおふた方、随分顔色がお悪く見えますが、大丈夫ですか?」

 

「…ふふ。前にここの店主さんにも同じ事を聞かれましたわ」

 

「僕達は元々こうなんだ。体調はすこぶるいいから気にしないでくれ」

 

「レミリアよ。…あなた達、もしかして吸血鬼?」

 

「…え?」

 

レミリアがロメロとジュリエッタにそう尋ねる。咲夜は少しばかり驚く。

 

「まぁ、どうしてわかったのですか?」

 

「わかるも何もさっきそちらが同胞って言ったでしょ?それにあなた達から私と同じにおいがするもの。…血のにおいがね」

 

「…先ほどの同胞とはそういう意味だったのですね」

 

「そうさ。僕もジュリエッタも吸血鬼さ」

 

「まさか2回も他の吸血鬼の方にお会いできるとは思いませんでしたわ」

 

「…しかし僕も長く生きているが君の様な者は初めてだな。…君も吸血鬼の国に住んでいるのかい?」

 

「…吸血鬼の国?なにそれ?私は幻想郷の者よ」

 

「…ゲンソウキョウ…?」

 

 

…………

 

それから四人は聞き慣れない言葉について少しばかり話し合い、そして互いが別の世界に住んでいる事を知った。

 

「…という訳で、同じ吸血鬼でも私とあなた達は住んでいる世界が違うって事」

 

「驚いた…。まさか別の世界にも僕達と同じ種族がいたとは」

 

「本当ですわ」

 

「私達も驚きました。異世界にもお嬢様や妹様と同じ吸血鬼の方がいた事もですが…吸血鬼が人間を統治する国があるなんて…」

 

「最も僕はその国には住んでいないはぐれ者なんだけどね。そして傷つき倒れていたところでジュリエッタに出会い…」

 

「人間である彼女を吸血鬼にした、と?」

 

「ええ…」

 

そう。ジュリエッタは元々人間。しかし彼女はロメロと生きていくために自らのこれまでの人生を捨て、彼に血を吸われ、吸血鬼となる事を選んだのだった。

 

「貴女も随分思い切った事したものね。愛する者のためとはいえ、それまでの人生全てを捨てるなんて。後悔していないの?」

 

レミリアはジュリエッタにそう尋ねると、彼女ははっきり答えた。

 

「はい。後悔等していませんわ。私は…彼と生きる事を選んだんですもの」

 

「如何なる困難があっても、共に生きていくと誓ったんだ」

 

「「……」」

 

「それにこのお店にも出会えましたし」

 

「この店は僕達にとって思い入れ深いところなんだ。命を救われた事もあるし、とても美味いビフテキも食べられるしね」

 

そういうふたりのテーブルにはビフテキが乗っていたであろう空の鉄板があった。

 

「このお店のお料理はそんなに美味しいのですか?」

 

「少なくとも僕が生きてきた中で一番美味しいと断言できるよ。食事をするならビフテキだけど、お酒を楽しみながら食べるのはローストビーフがおすすめだね」

 

「私が人間だった頃も、ここのお料理を超えるものはありませんでした。それ以外にもこのお店には美味しそうなものがまだまだ沢山ありますから、じっくり見ていかれるといいですわ」

 

「……ふ~ん。なるほどね」

 

ふたりのその言葉に相槌を打つレミリア。

 

「…さて、すっかり話し込んでしまった。僕達はそろそろおいとまするとしよう。君達にもこの店で良い出会いがある事を祈っているよ…」

 

「貴女方にも闇の女神の祝福あらんことを…」

 

そう言うとロメロとジュリエッタは会計を済ませて立ち上がり、挨拶を済ませ、ふたりはねこやを出ていった…。

 

「……」

 

「いいご夫婦でしたね、お嬢様」

 

「…何?ああいうのに憧れているの咲夜?」

 

「いいえ、そうじゃありません。ただ…お嬢様や妹様も、いつかあのおふたりの様に…ご結婚される時もあるのでしょうか…」

 

咲夜はやや落ち込んだ様な表情をしている。そんな彼女にレミリアは言った。

 

「そんな顔しなくても、結婚なんて今は毛先ほども考えてないわ。私は今の、フランや貴女達がいる生活に満足してるから。第一私は500歳でもまだこんな身体なのよ?その時一体いくつになってると思ってるのよ?」

 

「そ、それもそうですね」

 

「……それにもし、仮にそういう時が今だとしても咲夜、貴女は一緒にいてくれるのでしょう?」

 

「当然よね?」という余裕ある表情で聞いたレミリアに、

 

「!…妖怪に比べて人間は非常に短命ですけれど、生きている間はずっと一緒にいますよ」

 

咲夜は笑ってそう返事した。

 

「さてと、早く食べるものを決めましょう。あのふたりはビフテキとローストビーフを薦めてたけど…」

 

「うちでは珍しくありませんね。一昨日もステーキを召し上がられましたし…」

 

「……そうだわ。ねぇアレッタ、もう一度店主を呼んでくれるかしら?」

 

「え?あ、はい!畏まりました!」

 

するとレミリアはアレッタにもう一度店主を呼んでもらい、こう注文した。

 

「先ほど別の客に聞いたんだけど、このお店のお料理は凄く美味しいのだそうね?なら貴方おすすめの、肉を使った一番美味しいと思う料理を頂けるかしら?ビフテキやローストビーフ以外で。人生で一番美味しいものを出すというからにはそれ位思いつくでしょう?あと血の様に赤いワインもお願い」

 

少し挑戦的な笑みを浮かべながらそう注文したレミリア。店主は少し考えるそぶりを見せながら、

 

「……承りました。少々お待ちください」

 

店主は少し考えた後、いつもと同じ表情で答え、厨房に戻っていった。

 

「お嬢様。あまり店主さんを困らせてはいけませんよ」

 

「あら?客のリクエストに応えるのがお店の仕事でしょ?」

 

500歳以上生きているとはいえ、まだまだ子供みたいな性格は消えそうにないらしい…。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

そして暫くして店主が直接料理を運んできた。

 

「お待たせしました。本日の肉料理のおすすめ、カルビ重です」

 

そう言ってレミリアと咲夜の前に出されたのは…蓋がされた黒塗りのひとつの重箱。そしてお椀。加えて数切れの漬物が置かれた皿。それと赤ワインのボトル。

 

「私の分までご用意してくださったんですか?」

 

「ここでは全ての方がお客様なので。うちの肉は和牛という訳にはいきませんが、いいやつ仕入れてるんでうまいですよ。それではごゆっくり」

 

そう言って席を離れる店主。

 

「…ビックリ箱みたいなつもりかしら。どんなものか見せてもらおうじゃない」

 

そしてレミリアと咲夜はそっと蓋を開ける。

 

「これは…」

 

まず開けた瞬間に感じたのは香ばしく焼かれた肉と、味付けに使われているらしいタレの強い香り。重という事なので下には米があるのだろう。その米が全く見えない位肉が敷き詰められている。その横には同じく香ばしく焼かれた緑色の野菜が添えられている。

 

「…凄くいい匂いです。ステーキソースやかば焼きのタレとはまた別の匂いですね」

 

「華やかさは薄いけどインパクトは強いわね。…いただきましょうか」

 

レミリアと咲夜はスプーンを取る。使った事はあまりないのでは?と感じた店主が箸の代わりに置いてくれたのだ。スプーンで肉の一切れを取り、口に運ぶとカルビ肉の濃い味と脂、そして肉にしみこんだタレの味が口に広がる。

 

「…!見た目こんなに薄い肉なのに…旨味がとても強いわ」

 

「はい。ロースやヒレとはまた別の味わいですね。そしてその味を引き立ててるのが…果物や野菜等色々な風味を感じるこのタレ…」

 

次にふたりは肉と、その下に広げられていたご飯と一緒に食べる。ご飯にも適度に肉とタレの旨味がしみ込んでいる様だ。

 

「…いいバランスね」

 

「肉とタレだけなら食べ続けるのはちょっと濃いですが、お米がそれを適度に和らげて食べやすくしてくれています」

 

「…野菜にも同じ味付けがされている。これなら嫌いな野菜も残さずに食べれそうね」

 

付け合わせのお椀は味噌汁でなくあっさりとしたお吸い物。漬物もさっぱりとした浅漬け。それがカルビ重の濃い味に飽きた口を休めてくれる。

 

「肉にはスープと思っていたけどこういうのも合うわね。…咲夜、ここにある味覚えて帰りなさいね」

 

「承知しました。……でもお嬢様。いつものお嬢様ならばあの店主さんを連れて行こうとされると思うのですが?」

 

長い付き合いの咲夜はレミリアの癖や性格も知っている。彼女の性格ならば覚えて帰るよりも連れていけと言われると思ったらしい。

 

「本当はそうしたいと思ったけど…なんかそれはできない。いえ、しちゃいけない気がするのよね…。もっと言えば…誰かに怒られそうな気がするのよ」

 

「それもお嬢様の御力によるものですか?」

 

「…さぁね」

 

レミリアはワイングラスを手にそう微笑んだ。実は彼女の思った通り、この店と店主、そしてアレッタには多くの者達の守護が既にかかっているのであった。因みに食後、咲夜は店主に調理法を伺おうとしたが「レシピは教えない主義なんです」と断られていた。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

その後、カルビ重を食べ終え、デザートのプリンと紅茶も食べ終えたレミリアと咲夜。

 

「…ふぅ。お腹も一杯になったわ。うちでのご飯は今日はいらないわね」

 

「お嬢様がお残しにならないのは久々ですわ」

 

「残す様なものが無かっただけよ」

 

とそこに店主とアレッタがやってきた。

 

「ご満足いただけましたでしょうか?お客さん」

 

「はい。とても美味しかったですわ」

 

「ですよね!マスターの料理はどれも凄く美味しいですから!」

 

「紅茶の味は咲夜に及ばないけど、この料理は褒めてあげてもいいわ。光栄に思いなさい」

 

どうやらレミリアも咲夜もカルビ重を気にいった様だった。

 

「……ただいま」

 

とその時、少し離れていたパチュリーが戻ってきた。

 

「パチュリー様」

 

「どうしたのよパチェ。別の席に行ったりして。しかも貴女にしては珍しく話し合ってたみたいだけど?」

 

「…ええ。中々有意義な時間だったわ…」

 

すると彼女はいきさつを話し始めた…。




メニュー5

「コンポート」


次回はパチュリー編です。


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メニュー5「コンポート」

お気に入りが400に到達しました!ありがとうございます。


それはレミリアと咲夜がロメロ・ジュリエッタ夫妻と出会う前の事…。

 

「…レミィ。悪いけどちょっとここ離れていいかしら?」

 

「パチュリー様?」

 

「どうしたのよパチェ?」

 

「ちょっと、ね。出ていったりはしないから安心して」

 

そう言ってパチュリーはレミリア達から離れてゆっくりと歩きだし、とあるテーブルの前で足を止めた。

 

「……」

 

そのテーブルにはひとりの女性がいた。前髪を切り揃え、後ろで纏めた銀色の髪。緑色の上品なドレスを纏い、同じ色のリボンと花の髪飾り、そしてイヤリングを付けている。大きな特徴は人にはない尖った耳。そんな風貌の女性がソーサーを横に立てかけ、ひとり本を読んでいる。どうやらパチュリーの事には気づいていない様だ。

 

「……」

 

そんな女性をこれまた黙って見つめるパチュリー。すると

 

「……?御免なさい。本を読んでいて気づかなかったわ。何か用?」

 

やがて自分を見つめる視線に気づいた女性がパチュリーに尋ねた。

 

「貴女、魔法使い?」

 

その質問に対して女性は目を細める。

 

「…どうしてわかったの?」

 

「その杖。そして貴女から人間よりもずっと強い魔力を感じた」

 

「…そう言う貴女からも、とても強い力を感じる」

 

パチュリーの答えに女性は肯定の意味を含む返事で返した。

 

「…相席いい?」

 

「…どうぞ」

 

了承を受けてパチュリーは女性に向かいの席に座る。

 

「「………」」

 

ふたりは何も言わない。互いにどう言ったら良いのか探っている様子だったが、やがて本から視線を離した女性から話し始めた。

 

「ごめんなさい。普段あまり人の前に出ないから、こんな時どうしたらよいのかわからなくて。家族や師匠なら平気なんだけど」

 

「気にしなくてもいい。私も貴女と同じ。外になんて滅多に出ない」

 

「そうなの?」

 

「ええ。…私はパチュリー・ノーレッジ。貴女と同じ、魔法使いよ」

 

ヴィクトリア(プリンアラモード)

「初めまして、ノーレッジ。…私はサマナーク公国第一王女、ヴィクトリア・サマナーク。ここではプリンアラモードで通っている」

 

女性の名はヴィクトリアと言った。

 

「…貴女王女なの?そんな者まで来るのこの店は?」

 

「ええ。一国の女王や皇帝が来た事もあるわ。……ところで、私からもひとつ聞いてもいいかしら?」

 

「…何?」

 

するとヴィクトリアは目を細めて尋ねた。

 

「…私はこれまで多くの魔術に関する文献や資料を読んできた。その中で多くの知識を得てきた。……でも貴女から感じる力は…そのどれとも何か違う。貴女は…一体?」

 

「……それは多分、私が貴女とは違う世界で住んでいる者だからだと思うわ」

 

ヴィクトリアからの質問に、パチュリーは自分達の事情を説明した。

 

 

…………

 

「…幻想郷…。私達の世界とは違う…別の世界。……成程、道理で」

 

ヴィクトリアはやや驚いた様子だが、顎に手を当ててそう頷いた程度だ。

 

「…もっと驚かないの?」

 

「少し驚いたけど…でも私はもう既にこの異世界食堂を知っているから。ファンタジー小説の様に、他にも別の世界があってもおかしくない。ならば…そこに魔法やそれを使う者がいても」

 

「理解が早くて助かるわ。…ところで貴女のその耳、人間とは思えないわね。私は見た事無いけど、…もしかして、エルフという種族?」

 

「ええそうよ。最も私は…ハーフエルフだけど…」

 

それからヴィクトリアもまた自身の事を話した。

 

サマナーク公国王女、ヴィクトリア・サマナーク。大賢者アルトリウスの弟子であり、天才と言えるほどの類まれ無い魔術の才能の持ち主であるが、彼女は人間ではない。純粋な人間でもエルフでもないハーフエルフと呼ばれる種族である。しかし彼女の両親は純粋な人間であり、エルフでもない。隔世遺伝によってそれが彼女に現れた可能性もあるが真相はわからないとの事。彼女の住む世界では人間の生命力とエルフの魔力の両方を併せ持つハーフエルフは奇異な存在とも言われており、人間に嫌われる傾向が多く、大々的に世に出る事は殆どない。実際に彼女は弟の妻からは好ましく思われていない。そういう事もあってヴィクトリアも王女でありながら国の政治に関わる事を放棄し、独身を貫くつもりである。

 

「…どこの世界にもあるのね。そういうの」

 

「でも私は辛いと思ってない。弟や甥、姪は良くしてくれるし、世界の喧騒に悩まされず、魔術の研究にも没頭できているし…それに」

 

とその時、クロが料理を運んできた。

 

(お待たせしました。デザートのプリンアラモードです)

 

「このプリンアラモードに出会えたから」

 

嬉しそうな表情を浮かべるヴィクトリア。広めの器に飾り付けられた赤、黄、緑と様々な果実。白い雲を思わせるホイップクリームとアイスクリーム。それらのまとめ役の様に中央に鎮座しているのは黄色と黒が鮮やかなプリン。プリンアラモード。これが彼女がこの店で一番愛している料理である。完全な人間では魔術の道は選ばず普通の王族としての人生だったろうし、動物性の食べ物を嫌うエルフでは食べる気が起きなかっただろう。だからヴィクトリアは自分がハーフエルフである事を決して後悔していなかった。

 

「……」

 

「寧ろ貴女は私が怖くないの?」

 

「…怖い?何故?寧ろ興味深いわ」

 

「興味深い?」

 

「貴女の事、エルフの事、異世界の魔術の事…。私の知らない事ばかり。実に興味深い」

 

それはパチュリーの素直な意見だった。

 

「それに…」

 

「それに?」

 

「私はもっともっと、もーーっと!厄介でいいかげんなバカ女を知ってる」

 

ここだけやや興奮気味に言い放つパチュリー。誰の事かわかる人にはわかるだろう。ヴィクトリアはその言葉に一瞬きょとんとし、

 

「……ふふ」

 

嬉しかったのか一瞬笑った。

 

「あと貴女の持っているその本、…気になるわね」

 

すると次にパチュリーはヴィクトリアが持ってきた本に目が行った。

 

「これはただの魔法の教本よ。珍しいものでは無いわ」

 

そう言ってヴィクトリアは本を差し出す。

 

「見てもいいの?」

 

ヴィクトリアは頷く。パチュリーはそれを手に取り、しばし目を通す。

 

「………実に興味深いわ」

 

「そう?」

 

「ええ。…全く読めない」

 

「…?それが興味深いの?」

 

「私の住んでいる場所には図書館がある。…そこにはありとあらゆる本が収められている。一生かけても数えきれない程の。私はそこで一日、本を読んで過ごしている」

 

パチュリーの住む場所、紅魔館の地下には巨大な図書館があり、そこには生涯全てをかけても読み切れない程の様々なジャンルの本が収められている。中には外の世界から流れてきた本もある。

 

「それはとても楽しそうね」

 

「これまで多くの本の読んできた。私は読んだ本を全て覚えている。…でもここに書かれている文字は…私が今まで見てきた文字のどれにも当てはまらない。絵も見た事が無い」

 

ヴィクトリアの本は彼女が住む地域の公用語である東大陸語という言語で書かれており、それは外の世界にも幻想郷にもない物であった。

 

「住む世界が違えば存在する文字も違うのは仕方ないとして…解読できそう?」

 

「…わからない。でも…やってみたい」

(鈴奈庵の店主とかならわかるのかしら…?)

 

会話中もパチュリーは本から目を離さない。とその時アレッタが近づいてきた。

 

「あの~…パチュリーさん、でしたでしょうか?ご注文はお決まりですか?」

 

「……」

 

しかしパチュリーは読書に集中しているのか、アレッタの声に気づかない。

 

「ノーレッジ?」

 

「……え?…ああ、そうだったわね。とはいっても、私は食べるものにあまりこだわりは無いんだけど…」

 

するとヴィクトリアがパチュリーに提案した

 

「…じゃあ私に任せてもらってもいいかしら?貴女の注文」

 

「ええ、任せるわ」

 

パチュリーの言葉を聞いて、ヴィクトリアは何かメモを取る。そしてそれをアレッタに渡す。

 

「マスターにお渡しして。それでわかるから」

 

「…はい!かしこまりました!」

 

アレッタはメモを店主に渡しに行った。パチュリーは読書を続け、ヴィクトリアは紅茶を飲むが、プリンアラモードにはまだ手を付けなかった。

 

「…私の事は気にせず食べたら?」

 

「気にしないで。折角相席したのだから一緒に食べたいわ」

 

「…そ」

 

するとそこにクロが、

 

(ではこちら、冷蔵庫にお入れしておきます)

 

そう言ってヴィクトリアのプリンを一旦下げた。何も言ってないのにまるで分っていたかの様に動いたクロにきょとんとするパチュリー。

 

「あの給仕さん、中々気遣いがいいの」

 

「……」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

…そして少し経ってから、店主が冷蔵庫で保管していたヴィクトリアのプリンとパチュリーの料理を運んできた。

 

「お待たせしました。…あ、そういや聞き忘れてた。お客さん、甘いものは大丈夫でしょうか?」

 

「ええ、平気よ」

 

「良かった。ではこちらヴィクトリアさんのプリンと…」

 

パチュリーは本から自分の前に出された料理に目を移した。

 

「梨のコンポートです」

 

店主がパチュリーの前に出したのは紅茶が入ったカップ、薄いクラッカーが数枚乗った小皿、そしてとある一皿。白い幅広の陶器の器に注がれているのはほんのり黄色いスープ。まだ温かいのかほんの少し湯気を立てている。そのスープに浮かんでいるのは薄くスライスされた梨の実と、ぷるぷるとした感触の透明な柔らかい何か。その上には小さい赤い実がちょこんと飾り付けられている。

 

「…何故これを私に?」

 

「ああすいません。これはこちらのヴィクトリアさんからのご相談から考えたものなんですが…」

 

するとヴィクトリアが話を継ぐ。

 

「私の勘違いならそれでいいのだけれど…貴女、ずっと小さい声で喋っていたり時々小さい咳をしていたわ。少し喋りにくそうにも見える。もしかして喉か、或いは肺が悪いのかと思って…。熱がありそうには見えないから風邪とかの類じゃないと思うのだけれど…」

 

相席していたヴィクトリアは彼女のちょっとした様子の違いを気にしていた。

 

「……ええ。重度じゃないけど…ちょっと喘息の気が。埃が多い場所とか…苦手」

 

実際パチュリーはこの店にいる間、僅かであるが時々掠める様な咳をしていたのだ。声も普通の人よりも小さい。あの一時でそこまでヴィクトリアが気づいていた事にパチュリーはやや驚いている。

 

「ヴィクトリアさんから何かお客さんの身体にぴったりな料理は無いかとご相談を受けまして、これをお持ちしました。こちらの木の実は梨といって今丁度旬なので…ああ、お客さんは私と同じ世界の方みたいですからきっとご存じですよね。温めた梨は咳や喘息に良いと言われていますので。それを水と蜂蜜、それと柚子の果汁のシロップで煮たものです。蜂蜜と柚子も喉に優しい食材ですから。あとこの赤い実はクコの実です。いわゆる薬膳デザート、というやつですね。こちらのクラッカーと一緒にお召し上がりください」

 

「この透明なのは…キノコかしら?」

 

「ええ白きくらげという茸です。こちらも同じシロップで煮ています。癖もないですし、柔らかくて美味しいですよ。それではごゆっくり」

 

そう言って店主は席を離れた。

 

「……」

 

パチュリーはそれを黙って見つめる。そんな彼女にヴィクトリアが話しかけた。

 

「ねぇ。ひとつ提案があるんだけどいいかしら?」

 

「…何?」

 

「このお店の扉は世界を違えて人は通れないけど物は通る事はできるわ。ここの給仕がマスターから何度か物を借りているみたいだし、他に以前ここに剣を置いていった私達の世界の騎士がいて、3年後に返せるまでずっとこのお店で保管していた事があるってマスターが言ってた」

 

「剣を置いていったって…随分だらしない騎士ね」

 

本当はある事情があるのだがそれについては余談である。

 

「貴女は、私達の世界の魔導書に興味があると言った。そして私も…貴女の持つ魔導書に興味がある。それでなんだけど…私の本を貴女に貸してあげてもいい」

 

「…本当?」

 

「ええ。その代わり、次に貴女が来た時、貴女の本を私に貸していただけないかしら?」

 

「……」

 

つまりはねこやの扉を通じて世界を跨いだ本の交換である。パチュリーはややきょとんとしている。おそらくその様な事を言われたのは初めてだからであろう。

 

「貴女が読み飽きたものだけで良い。……どう?」

 

パチュリーは顎に手を当てて少しばかり考え、

 

「………わかった」

 

そして了承した。

 

「本当?」

 

声のトーンは変わらないが、ヴィクトリアの表情には喜びが出ていた。

 

「でも重要なものは貸し出せないわよ?」

 

「構わないわ。私も読み飽きたものを貸すから」

 

「あと、私はあの扉を初めて見た。だからいつ返せるかもわからない」

 

「返すのはいつでもいいから十分よ。…ありがとうノーレッジ」

 

「パチュリーでいい。皆そう呼んでる」

 

「では私もヴィクトリアって呼んで。あとその本は挨拶代わりとして、あげるわ」

 

「…いいの?」

 

「ええ。私はまた新しく買えばいいから」

 

そんな話をしつつ、ふたりはスプーンを取り、自らの前に置かれたデザートに取り掛かる。梨は短い時間で煮える様に細かく切られており、それを少量の黄色いスープと一緒に口に運ぶ。シャクシャクとした歯ごたえと、梨と蜂蜜の甘さと柚子の香りが染み込んだスープは見た目、甘さが強そうに思えるが意外とあっさりとしていた。

 

「…優しい味ね。…あと温かいのもいいわ」

 

梨の次は店主が言っていた白きくらげという茸を取る。これも白い半透明なものだが、スープの色を十分にしみ込んでいる。口に入れるときくらげらしいコリコリした食感がなんか面白い。

 

「……美味しい」

(キノコってなんとなく魔理沙を思い出すけど…まぁいいわ)

 

頭に浮かんだとある人物に一瞬心中苦笑いしたが、直ぐに忘れ、料理を楽しむパチュリー。店主の言った通りクラッカーにつけて食べてみる。柔らかく煮込まれた梨がサクサクのクラッカーともこれまたよく合う。

 

「今日はいい日ね」

 

「…そう?」

 

「ええ。異世界の方と、貴女とこうして知り合えたんだもの。だから今日はいい日」

 

「……」

 

するとパチュリーはポケットから何かを取り出し、テーブルの上に置いた。それは様々な色を放つ一円玉位の小さな石達。

 

「ただ借りるだけじゃ悪いし…本のお礼」

 

「それは?」

 

「賢者の石という魔石。小さいものだから大した力は無いけど」

 

その名を聞いてヴィクトリアは目を見開く。賢者の石と言えば世界中の魔法使いが生涯をかけて追い求めるほどの伝説の石。師であるアルトリウスでさえも生み出すのは簡単でないとされ、過去一度だけ見せてもらった事がある。ヴィクトリアは思わず石に手を伸ばし、じっくりと観察する。

 

「…いいの?」

 

「気にしないで。この程度の大きさのものならまた作れる」

 

そしてパチュリーは紅茶のカップを手にしてこう言った。

 

「貴女とならたまにこうして、お茶するのもいいかもね…」

 

自分で内心不思議に思っていた。初めて来た場所で、初めて会った者にこんな事を言うとは。ましてや自分の本を貸す事を了承するなんて。この店の居心地の良さ、そして似た様な者同士だからこそなのか。でも不思議と嫌な感じは無かった。そしてそれはヴィクトリアも思っていたようで。

 

「…私達、似たもの同士かもしれないわね」

 

「…そうかも」

 

そう言って微笑み合うパチュリーとヴィクトリア。違う世界に住む魔女と魔女の交流であった。

 

 

…………

 

「という事があったの。…店主さんだったかしら?あれ、中々いい味だったわ」

 

「喜んでいただけたなら良かったです」

 

「紅茶の味はまだまだだけど、あのデザートと貴方の気配りは気に入ったわね」

 

「はは、紅茶ももっと勉強しておきますね」

 

「……」

 

そんな彼女を見てレミリアが驚いた様な表情をしている。アレッタが気づいて声をかけた。

 

「…どうしました?レミリアさん」

 

「…パチェが私達以外に、しかも今日会ったばかりの人とそんな交流をするなんて…」

 

「アリスや魔理沙は長い付き合いでそうなりましたからね」

 

「あら、そんなに驚く事?私がそういった事が少ないのはレミィや咲夜、貴女達みたいな気軽に接する知り合いがあんまりいないからよ。気が合えば…普通にお茶位するわ」

 

そう言うパチュリーの右手には先程ヴィクトリアが持っていた本があった。

 

 

…………

 

「皆さんどうもご馳走になりました。おみやげも有難く頂きますわ」

 

「また来てくださいね!扉は七日に一度現れます!」

 

「ええ。また見かけたら来てあげてもいいわよ。その時は妹達も連れてくるわ」

 

「…またね」

 

(お気をつけて)

 

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

扉を閉めると…扉は煙の様に跡形もなく消えてしまった。

 

「…アレッタさんの言う通り、本当に七日に一回だけ扉が開くみたいですね。不思議ですわ」

 

「私としてはあの様なものがいつもあっては困るから普段はこの方が助かるわよ。妖精達も困るだろうし。でも多分次はここには現れないだろうから、もしまた行くなら探さないと駄目ね」

 

「…あの扉を何時でも召喚できる魔法なんて研究しようかしら?」

 

三人がそれまでいた異世界食堂にそれぞれ感想を言っていた…その時、

 

 

ギュンッ!!…ドカーンッ!!

 

 

突然三人の所に光弾が降りかかり、床に着弾して爆発した。レミリアと咲夜は素早くそれを避け、ふたりより動きが遅いパチュリーは結界を張って攻撃を防ぐ。床にはぽっかりと大穴が開いている。

 

「…何なのいきなり…」

 

「危ない危ない…」

 

「…やれやれ全く」

 

しかし突然の攻撃にも関わらず、三人は至って冷静だった。まるでこの攻撃の正体がわかっているかの様だ。

 

金髪の少女

「お姉様!!」

 

そしてそんな三人を見下ろすかの様に、エントランス上空にひとりの少女がいた。

髪は金髪で赤いリボンが付いた白い帽子を被り、赤色の少女らしい服と靴。そして背中からは…様々な色がついた結晶の様な羽根が生えた翼がある。レミリアに向かってお姉様と叫んだその少女の赤い目は狂気を含んだものをしており、酷く怒っている事が誰の目にも明らかだった。

 

「お、お嬢様!咲夜さん!パチュリー様!」

 

するとそこに半泣きで慌てふためいて飛んできたのは小悪魔。

 

「…はぁ。また掃除が大変ね」

 

「どういう事かしら小悪魔?」

 

「す、すみませんお嬢様!あの後妹様が起きられまして、私達何があったか説明したんですけど!そしたら酷く不機嫌になられてるんです~!」

 

そして地面にはよく見ると…美鈴がボロボロで大の字に倒れていた。どうやら少女をなんとか抑え込もうとしてやられた様だった。

 

「…どういうつもりかしら、フラン?」

 

レミリアは少女をフランと言った。彼女はフランドール・スカーレット。小悪魔の言った通り、レミリアの妹、彼女も吸血鬼である。

 

「美鈴とこあに聞いたわ!お姉様!私に黙って面白そうなところに行ってたって本当!?ひどいわ!なんでフランも連れてってくれなかったのよ!」

 

どうやらフランドールは自分が仲間外れにされたと思っているらしく、そのために激高しているらしかった。そんな彼女にレミリアは、

 

「…ああ。全然起きそうになかったから、置いていってもいいって思って」

 

「お嬢様!?」

 

本当は危険な場所かどうかわからなかったので連れて行って行かなかったのだが、レミリアはそれをあえて隠した。理由は…単純に悪戯心である。笑いながら言っているのがその証明だろう。小悪魔はそれを聞いてますますおたおたする。その言葉に目の色変えてますます怒ったフランドールは自身の力である「禁忌レーヴァテイン」を生み出し構えた。

 

「お姉様はいっつもそうなんだから!お礼にきゅっとしてあげるわ!」

 

「…どうやらお仕置きが必要の様ね。食後の運動には丁度いいわ」

 

するとレミリアもまた「神槍スピア・ザ・グングニル」を出し、ふたり一緒に窓から空高く飛翔していった。

 

「…では私は妹様方のお食事の用意をしてきます」

 

咲夜はこれまたいつも通りという感じで焦りもせず、おみやげのシュークリームを持って自分の仕事をしに行った。

 

「ほ、ほっといていいんですか?」

 

「…どうせフランはお腹が空いて先に止めるわよ。それよりこあ、この本を私の部屋の書庫に保管しておいて。あそこなら魔理沙も手を出せないわ」

 

「え?あ、はい。…どうされたんですかこの本?」

 

「…貰ったの」

 

小悪魔に本を預けたパチュリーはそれだけ言うと倒れている美鈴を魔法で浮かせ、治療するために運んで行った。そんなやりとりが地上でされている中、

 

「今夜はとことん遊びましょ!お姉さま!」

 

「面白い場所も知れたし、今夜は楽しい夜になりそうね。こんなにも月が紅いのだから!」

 

上空では赤い月が浮かぶ夜を背に、不気味に笑うふたつの光が暫し激突していた。

 

 

…………

 

それより少し前、こちらでは、

 

(……よし、プリンはこれで大丈夫)

 

ヴィクトリアがおみやげのプリンを自身作成の冷却魔法が付いた箱に保管していた。日持ちしないプリンを何とか自分の世界でも楽しみたいと彼女が生み出したものである。これで次の七日後までに二日に一回プリンが楽しめる。

 

(…さて、今日からまた研究で忙しくなるわね。異世界の物だとすると師匠も知らないものだし、解析には時間がかかるかもしれないけど、でも必ずやり遂げて見せる。本を借りる時が来たら解読も頑張らなきゃ)

 

そう思うヴィクトリアの机の上にはパチュリーがくれた賢者の石があった。




メニュー6

「スフレパンケーキ」


今回のデザートですが正式には銀耳雪梨糖水という名前らしいです。読み方はわかりません。


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メニュー6「スフレパンケーキ」

とある土曜。深夜のねこやにて。


「それじゃあふたり共、悪いが明日の朝よろしくな」

「はいマスター。お休みなさい」

(お疲れ様でした)

「ああ。ふたりもしっかり休めよ」

そう言ってアレッタとクロは店のエレベーターに乗った。

「は~、疲れた~」

(お疲れ様、アレッタ)

「お疲れ様ですクロさん。早く休みましょ~。今日は私お布団入ったら直ぐ寝ちゃう気がします~」

(……そういえば私、オフトンというもので眠るのは初めてかも)

「えー!そうなんですか!じゃあ普段どうやって寝てるんですか?」

そんな会話をしながらふたりは上の休憩室で床に着いた。そしてそれから30分位して店主も、

「…ふあ~~。…俺ももう休むか」

そう言いながら電気を消し、自身もエレベーターで上がっていった…。


……………


…………


………


……





~♪


翌日、日曜日の朝…。

 

 

……ガシャン

 

「…ふあ~」

 

エレベーターから出てきたのはアレッタとクロ。前日、馴染みのハーフリングの団体が遅くまで来店し、最後に来店する事になっている客(赤)の来店もかなり遅くなってしまった。そのため帰りを心配した店主はふたりを先に帰して自分だけで後片付けの残りを翌日に回そうとしたのだが、アレッタとクロは「自分達も手伝う」と言い出し、まかないの後、店主は考えた末にふたりを自分が寝床として使っている部屋とは別の部屋に泊まらせる事にしたのだ。

 

(大丈夫?アレッタ)

 

「はい、大丈夫です。昨日リサさんが帰られる時にもしかしたら翌日に帰りますってお伝えしてましたから」

 

こちら側からは曜日に関わらず何時でも彼女達の世界に行ける様になっている。異世界の住人でない店主は行けないのだが。

 

「マスターはまだ降りてきてないみたいですね」

 

そういう訳でふたり共起床し、そんな会話をしながら降りてきた…その時、

 

「…!」

 

クロがふと足を止めた。

 

「どうしましたクロさん?」

 

(…………誰かいる)

 

アレッタの問いかけにクロは突然そう答えた。しかしまだ店内には電気はついておらず、店主はまだ来ている気配はない。

 

「だ、誰かって…」

 

とその時、

 

 

グニャッ

 

 

「わあ!!」

 

アレッタの足に何かを踏んだような感覚があった。

 

「ななな何!?何踏んだのかな私!?」パチッ

 

部屋の中が暗いのでよく見えないアレッタはまず電気をつけた。するとそこにあったのは…。

 

帽子をかぶった少女

「ZZZ…」

 

食堂の床で眠っている…ひとりの少女だった。

 

「お、女の子!?」

 

「…!」

 

ガシャン

 

「悪い、先に来てたのか。ふたり共おはようさ…ってうお!」

 

とその時、遅れて店主がエレベーターで上から降りてきたが、当然店主も床で寝ている少女を見て驚く。

 

「………誰だ、これ?」

 

「わ、わかりません!今朝降りてきたらここで寝てたんです!」

 

クロも「そうだ」と首を振る。三人はその少女を観察した。

見た目はアレッタやクロよりも少し幼い。灰色の髪で黄色いリボンが付いた黒い帽子。緑色の幅広の襟が付いた黄色い服。緑のスカート。そしてアクセサリーなのか、紫色の管と小さいボールみたいなものが身体にまとう様に付いている。

 

「初めて見る子だな…」

 

「ど、どうしましょう…」

 

「……う」

 

とその時、部屋の明かりかアレッタ達の声か、眠っていた少女が目を覚ました。

 

「…う~ん……あれ、私寝ちゃったのかな…?」

 

目を擦りながら身体を起こす少女。そしてぼんやりした目で周りを見渡すと、

 

「「「……」」」

 

そこには自分を見つめる、会った事も無い者達の顔があった。

 

「あれ~…?お姉ちゃん達…誰?」

 

「わ、私はアレッタっていいます」

 

(…クロ)

 

「!わっわっ!頭の中に声が聞こえた!」

 

その声で完全に目が覚めたらしい少女は再び周りの状況に目をやると、

 

「………ここ、どこ?地霊殿じゃないの?」

 

「…チレイ、デン?」

 

店主がアレッタとクロの方を見た。ふたりは首を横に振る。どうやら異世界では聞いた事がないらしい。

 

(…そういえば前にマリサって人がそんな名前を言っていた気がする)

 

「ねぇ、もしかして君、幻想郷っていう世界の人?」

 

「うんそうだよ。ねぇここどこ?」

 

次に答えたのは店主。

 

「ここは洋食のねこやっていう料理屋さ」

 

「……ねこや?」

 

「ああ。お嬢さん、とりあえず名前を聞かせてもらってもいいかな?」

 

店主が少女に尋ねると、

 

「私は古明地こいし!さとりお姉ちゃんの妹だよ!」

 

こいしと名乗った少女は笑顔で自己紹介するのだった。

 

 

…………

 

その後、とりあえず落ち着こうと一同は席につき(店主はコック服に着替えた)、こいしと名乗ったその少女は自分の事を店主達に話した。それによると彼女は幻想郷にある地底世界、旧都という場所にある地霊殿に住んでいる者だという。旧都とは曾て地獄と呼ばれていた場所に、「鬼」と呼ばれる妖怪達が自分達の新たな住処として作った地底にある一大都市の事である。地底では一番大きい場所であり、そこには多くの鬼だけでなく、地獄だった頃の先人も住んでおり、こいしが住む地霊殿はそんな旧都の真ん中にある館であった。

 

「…鬼に地獄か…。本当にあったなんてな」

 

「私達の世界じゃオニというのは聞いたことないですが…。マスターは知ってるんですか?」

 

「ああまぁ。子供の頃はよく豆まきしたもんさ。鬼は外〜、福は内〜ってな」

 

(…マメマキ?)

 

「じゃあ、こいしちゃんもそのオニなの?」

 

するとこいしは首を振った。

 

「ううん。こいしは「(サトリ)」っていう妖怪だよ」

 

(…サトリ?)

 

「そっちは聞いた事ないな…」

 

「覚はね、人の心を読む事ができる妖怪なの」

 

その言葉に誰よりもアレッタが驚く。

 

「ええ!こ、心を!?じゃ、じゃあもしかして私のも読めるの!?」

 

するとまたこいしは首を振った。

 

「…ううん。こいしはもうできないんだ。力を封印しちゃったから」

 

「そ、そうなんだ…ホッ」

 

(…どうして封印したの?)

 

「…えっとね…」

 

クロからの質問に少しこいしが困った顔をする。そこに何か事情があるのだろうと察した店主がすかさずフォローを入れた。

 

「言いにくいなら言わなくていいさ。ここは飯を食うとこだ。暗い話は無しだ。暗い顔したら飯も美味くないぞ?と言っても今日は休みだけどな」

 

少し明るく言った店主のその言葉にアレッタとクロがハッとし、謝る。

 

「…そうですね。ゴメンねこいしちゃん」

 

(…ごめんなさい)

 

「ううん大丈夫だよ♪」

 

こいしは笑顔でそう返した。

 

「まあそれはそれとしてだ。こいしさんはどうやってここに来たんだい?」

 

「あ、そうだった!」

 

言われてこいしは思い出し、再び話始めた。昨日の夜、こいしはそこで同じく一緒に住んでいる者達とかくれんぼをしていた。そして自分が隠れる番になり、自分の部屋のクローゼットに隠れる事にしたのだが…、

 

「そしたらお燐が部屋に入ってきちゃったの。お燐って一応猫だし、目も鼻も利くからどこに隠れても直ぐにみつけちゃうんだもん~!」

 

「ね、猫?」

 

「それでねそれでね。もう見つかっちゃう!と思ったら、暗くて気づかなかったんだけど、壁の様子がいつもとちょっと違ってたの。ドアノブがあって、猫の絵があって」

 

(異世界食堂の扉…)

 

「そういや昨日は霊夢さん達の世界の人はいなかったな…」

 

店主は昨日、霊夢や魔理沙達幻想郷からの客人がいなかった事を思い出した。どうやらその日の扉は地霊殿のクローゼットの中に出現していたらしい。そんな場所に出現したとなると誰も気づく筈があるまい。

 

「ここにいるよりは見つからないかなと思ってその扉に入ったの。そしたらね、中は真っ暗な部屋だったの。ちょっと恐かったけど、いい匂いがしたし、暖かかったんだ。それでとりあえず隠れてたんだけど…」

 

「そしたらいつの間にか寝ちゃったの?」

 

アレッタの質問にこいしはコクッと頷いた。

 

「御飯も食べた後だったし、暗くて暖かかったから眠くなっちゃって」

 

「俺達が店仕舞いした後だろうな…。俺が店を出て、ふたりが休憩室に上がった後って事か…」

 

とここで店主がある事に気づく。

 

「…待てよ。こいしさん、確かかくれんぼしてる途中って言ってたな?」

 

「うん」

 

「それでここに入って来たって事は…今頃向こうで騒ぎになってんじゃねぇかな?」

 

「…あ!」

 

アレッタも思い出したのかハッ!と驚く。

 

「どうしたの?」

 

ポカンとしたこいしにクロが説明する。

 

(貴女が入ってきた扉は、もう一度出る時まで消えてしまうの。つまり向こうからすれば、貴女は突然いなくなった様に見える筈)

 

「たた、大変です!早く帰った方がいいですよ!」

 

「ああ。きっと家族も心配してる筈だ」

 

アレッタと店主が早く戻る様に促す。するとこいしは、

 

「大丈夫だよ」

 

すんなりそう答えた。あまりの軽い返事にその場の皆がきょとんとする。

 

「「(…え?)」」

 

「だってこいし、何も言わないで色々なところにひとりでお散歩行ったりしてるから♪皆すっかり慣れちゃってるから大丈夫だよ♪」

 

なんの問題も無い様にあっさりそう答えるこいし。

 

「いやしかし、こいしさんのご両親は…」

 

「こいしにお父さんお母さんはいないんだ」

 

「え?…そうなの?」

 

その言葉にアレッタが少し驚いた。

 

「うん。でもさとりお姉ちゃんもお燐もお空もいるし、お友達も沢山いるから大丈夫だよ♪」

 

笑顔でそう答えるこいし。嘘をついている様には見えない。

 

「ねぇねぇ!それよりもここって何なの?綺麗なお部屋だね!」

 

「あ、ああ。さっきも言ったがここはねこやっていう料理屋。つまり飯を食う店さ」

 

「へ~お料理のお店なんだ~……!」

 

するとこいしは店主に言った。

 

「ねぇねぇ!じゃあこいしも何か食べていってもいい?」

 

「え?う~ん…」

 

聞かれて店主は少し悩む。今日は一応店は定休日であり、しかもこの後店の残っている後片付けもあるが…。店主はアレッタとクロの様子を伺うと、

 

(コクコク)

 

「大丈夫ですよ。マスター」

 

ふたりは構わない、という返事を返した。

 

「よし。じゃあ折角だからこいしさんも朝飯食べてくかね?」

 

「うん♪」

 

こいしは子供らしいとてもいい笑顔で返事した。

 

「はは。じゃあちょっと待っててくれ。あああと上で顔だけ洗ってくるといい。今まで寝てたんだしな。アレッタ、連れてってあげてくれ」

 

「はいマスター!」

 

「クロは悪いが後片付け、先にできる分だけやっててくれるか?」

 

(わかった)

 

 

…………

 

「はい。タオルだよ」

 

「ありがとう~」

 

上の休憩室で顔を洗うこいしに付き添うアレッタ。すると、

 

「…ねぇ、こいしちゃんだっけ。…聞いてもいい?」

 

「何?アレッタお姉ちゃん」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

お姉ちゃんと言われたことに一瞬またきょとんとするアレッタ。

 

「どうしたの?」

 

「あ、ああごめんね!……こいしちゃんさっき、お父さんやお母さんがいないって言ってたよね?」

 

「うん」

 

「…死んじゃったの?」

 

「わからないんだ。どんな顔なのかも知らないし。お姉ちゃんも言った事ないの」

 

「…そうなんだ…」

 

アレッタはこいしを深く気の毒に思ったが、

 

「でもさっき言ったけどこいしは寂しくないよ♪」

 

こいしの表情は嘘偽りのない笑顔だった。

 

「…そっか。良かったね」

 

アレッタはそう答えるのがやっとだった。すると今度はこいしがアレッタに聞く。

 

「アレッタお姉ちゃんは?」

 

「え?あ、うん。私のお父さんとお母さんはね…昔、病気で死んじゃったんだ…」

 

こいしを不安にさせない様に笑顔でそう答えるアレッタ。しかしその表情は寂しさが浮かんでいる。最近は両親の事を思い出してなかったが今の話を聞いて思い出したのだろう。

 

「そっか~…。じゃあさ!こいしとお友達になろうよ!」

 

「…え?」

 

こいしは続ける。

 

「さっきこいし言ったでしょ?お友達が沢山いるから寂しくないって。だからさ、アレッタお姉ちゃんもお友達沢山作ったらさ。こいしと同じできっと寂しくないよ」

 

「……」

 

「それにさ、おヒゲのおじちゃんもクロお姉ちゃんも、アレッタお姉ちゃんのお友達でしょ?」

 

「…!」

 

アレッタの頭に巡るものがあった。昔、自分は両親と一緒に裕福とまではいえなかったものの、幸せな生活を送っていた。しかし両親を病で失ってから変わってしまった。魔族である自分は冷えた目で見られ続けてきた。家も失い、食べるものにも困ってきた。明日をも知れないそんな彼女の前に、運命の様に現れたのがねこやの扉だった。店主が作ってくれた温かい食事と言葉に過去の幸せなひと時を思い出したアレッタはその時知らずに涙を流したものだった。…そして彼女の運命は再び変わった。ねこやで働く様になり、多くの顔なじみもできた。仕事仲間であるクロとも知り合い、今は同じ屋根の下で一緒に暮らす者もいる。今まで意識しすぎる事はなかったが、彼らは自分にとって友達であり、大切な人達であった。もう貧しかった頃の、両親を失ってひとりだった頃の自分ではない。

 

「どうしたのアレッタお姉ちゃん?」

 

「……あ、ご、ごめんね。ちょっと…嬉しくなっちゃって」

 

こいしを不安にさせない様、こみ上げてくるものを何とか抑えたアレッタ。

 

「ありがとう。…ねぇこいしちゃん、…私とも、お友達になってくれるかな?」

 

「うんもちろん!」

 

ふたりは笑い合った。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「お、来たか。もうすぐできるから席についててくれ」

 

「はい!」

 

「は~い♪」

 

上から降りてきたアレッタとこいしは先に席についていたクロに並ぶ。アレッタとクロでこいしを挟む形だ。

 

「すみませんクロさん!」

 

(ううん、大丈夫。……ふたり共、何かいい顔してる)

 

「え?そ、そうですか?」

 

「えへへ♪」

 

慌てるアレッタと元気なこいし。そんなふたりを見て微笑むクロ。

 

「お待ちどうさん。はいクロ」

 

(ありがとう)

 

クロの前に彼女の一番の好物であるチキンカレーとレモン水が出される。昨日帰る前に下準備していたものである。彼女のまかないはいつもこれだ。

 

「そしてアレッタとこいしさんのふたりには、ちょいといつもと違うのを用意してみたよ」

 

そう言ってアレッタとこいしの前に出されたのは、

 

「ほい。ねこやの新メニュー候補、スフレパンケーキだ」

 

見た目はホットケーキに近いがそれよりも白く、そして小ぶりだが分厚い、そんなケーキが三枚。上からかけられているのはメープルシロップとバター。そして雪化粧の様にふりかけられた粉砂糖。一緒に添えられているのはプリンアラモードにも使われているホイップクリーム。そして赤、青、紫、様々な色のベリー。薄切りのバナナ。ちょこんと飾り付けられたミントの葉。それらがワンプレートに収まった一皿。その横には温かいココアが置かれた。

 

「わぁ…」

 

「かわいい~!」

 

それを見て再び驚くアレッタと目を輝かせるこいし。

 

「俺も今日はチキンカレーだ。朝カレーってやつだな」

 

店主も自分のチキンカレーを持って三人に向かい合って座る。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「我ら魔族の神よ。今日も我が」

 

(いただきます)

 

「いただきま~す♪」

 

「…い、いただきます!」

 

他の皆に合わせるためか、それとも早く食べたいのか、食前のお祈りを途中で投げ出したアレッタはナイフとフォークを取る。そしてケーキにナイフを入れると、

 

「!…凄く柔らかい…」

 

「凄いふわふわだ~♪」

 

分厚さなんて関係ない位にすんなりと刃が入った。まずはメープルシロップとバターを少しだけつけて口に入れる。

 

「…何これ…!」

 

ナイフを入れた時点でわかっていた事だが、口に入れるとよりはっきりわかるふわふわな食感。そして見た目よりも甘すぎない優しい味。更にくちどけも非常にいい。以前ねこやで知り合ったとある客がアイスクリームを「雪を食べている様」と例えた事があったが、これはそれに近いものがある。横で食べているこいしも凄く嬉しそうな表情をしている。口に合っているかどうかはその顔だけでわかる。

 

「次はホイップクリームと果物と…」

 

今度はホイップクリームを少し多めにつけ、小さめのベリーも一緒に食べる。甘さ控えめのふわふわなケーキ、甘いシロップとクリーム、甘酸っぱいベリーが口の中で合わさり、調和する。

 

「凄く美味しいねアレッタお姉ちゃん!」

 

「そうだねこいしちゃん!」

 

チキンカレーを嗜むクロと店主もそんなふたりを見て嬉しそうだ。

 

「それは良かった。一応試しで作ってみたんだがどうかね?お客さんにも喜んでもらえそうかね?」

 

「勿論ですマスター!」

 

「こいしも大好きコレ!」

 

ふたりの笑顔が何よりの証明だった。

 

「ははは、そんなに喜んでもらえるなら問題なさそうだな。おかわりならあるから遠慮なく言ってくれよ。クロもな」

 

アレッタもクロも、こいしも元気にブンブンと頷く。

 

「…なんかアレッタが初めてこの店に来た時を思い出すな」

 

(…どんな感じだったのマスター?)

 

「ああ。こいしさんと同じ様に店仕舞いした後に来ててな。朝起きてきた俺が寝てたアレッタを見つけたんだ」

 

「あ、あはは。そういえばそうでしたね」

 

「はは。オマケに残っていたコーンポタージュを綺麗に全部」

 

「わわ!マ、マスターそれはもういいですから!」

 

赤くなってその先の言葉を防ぐアレッタ。そんな中、こいしは次にクロに話しかけた。

 

「ねぇクロお姉ちゃん」

 

(……お姉ちゃん?)

 

「うん。クロお姉ちゃんやおヒゲのおじちゃんが食べてるの何?」

 

(……チキンカレー。このお店一番の美味)

 

「へ~そうなんだ~。ちょっともらっちゃうね♪」

 

するとこいしは自らのスプーンでクロのチキンカレーのルーを少し掬い、口に運んだ。すると、

 

「~~〇×△□◇☆!!」

 

「こ、こいしちゃん大丈夫!?」

 

「やべ!牛乳だ牛乳!」

 

チキンカレーの超激辛に目を×印にしながら半泣きでもだえるこいし。そんなこいしを落ち着かせようとするアレッタと店主。

 

(……こういう賑やかも悪くない)

 

彼らを見ながらそんな事を思いつつ微笑むクロ。慌ただしくも賑やかな日曜のねこやの朝食シーンであった。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

それから約一時間後、なんだかんだありつつも仲良く皆で朝食を終えた後、流石にこれ以上おそくなってはまずいとこいしは帰る事になった。

 

「凄く美味しかったし楽しかった!あとお土産もありがとうおじちゃん!」

 

「おう。ああそういやここの店の扉は七日に一回開くから、またどこかで見つけたらぜひまた来てくれ」

 

「うん!その時はさとりお姉ちゃん達も連れてくるね!」

 

「楽しみにしてるねこいしちゃん!」

 

(…またね)

 

「バイバイ!」

 

 

~~~~♪

 

 

そう言ってこいしは扉を開けて再び戻っていった…。

 

「ふぅ。元気な子だったな」

 

「……あの、マスター。あとクロさんも、…ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「…ん?どうしたアレッタさん?」

 

店主はアレッタに尋ねる。クロは何も言わないがアレッタの方を「何?」という表情で見ている。

 

「…あの、…その。私って…マスターやクロさんの…お友達、ですか?」

 

アレッタは先程こいしに言われた事が気になったので聞いてみた。その表情はやや緊張が見える。もし違うと言われたら…。

 

「「……」」

 

店主とクロは一瞬ポカンとしていたが、やがて店主がアレッタの頭に手を置いて、

 

「…友達で、同じ場所で働く仲間ってとこかな。でなけりゃ、一緒に仕事なんてできないさ」

 

「……」コク

 

「…あ、ありがとうございます!」

 

ふたりの返答に、アレッタはとても嬉しそうだ。

 

「さて、朝飯も食ったし、とっとと残った後片付けを終わらせるか」

 

「はい!(はい)」

 

 

…………

 

こいしが扉を開けると、そこは入ってきた時と同じ自分の部屋のクローゼットだった。そしてパタンと扉を閉めると、扉は消えてしまった…。

 

「あ、消えちゃった…。ずっとあったらいいのになぁ~」

 

そんな事を言いながら、再会の時を願いつつ、こいしはクローゼットの扉を開けた。

 

 

ガチャッ

 

 

紫色の髪の少女

「こいし…!」

赤い髪と黒い髪の少女

「「こいし様!?」」

 

すると扉が開いた瞬間、こいしの耳に声が聞こえた。見ると彼女の部屋の中に三人の少女が見える。

ひとりは赤い三つ編みのおさげ髪で、黒い猫耳の様なものが頭から生えている、緑の模様が入った黒っぽい服を着た少女。

もうひとりは赤い目の様なものがある白い服に緑のスカートを着、黒髪にカラスの様な黒い翼を持った少女。

そして最後のひとりは紫色っぽい髪で水色の服にピンクのスカート。そしてこいしと同じ様な全身にまとうようについている黄色いコードと赤い球体があった。こちらは目の様なものが開いている。

 

「あ、皆。ただいま~♪」

 

「あ、はいおかえりなさい。…ってじゃないですよ!一体どこに行かれてたんですか~!!」

 

「燐がかくれんぼ中にこいし様の気配が消えちゃった!ってひどく慌ててたんですよ!」

 

「だってだってクローゼットの中にこいし様の気配がしたと思ったら突然消えちゃって!見たら煙の様に消えちゃってたんですもん!アタイびっくりしましたよ!」

 

「あ~そういえばかくれんぼしてたんだったね。ごめんねお燐」

 

半泣き状態の燐に詫びるこいし。

 

「全く…。こいし、貴女の放浪癖は知っているし、私もいつもの事と思ったけどせめてかくれんぼを終わらせてからにしなさい。お燐本当に慌ててたんだから」

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「…でも少し変ね。貴女の「無意識を操る程度の能力」は確かにいる場所をわからなくするけど…今度はちょっといつもと違った気がするわ…」

 

「はい~。だからアタイも余計に慌てちゃったんですよ~!」

 

「どこに行ってたんですかこいし様?しかもいなくなったクローゼットから出てくるなん…?なんですかそれ?」

 

空という少女はこいしが持っていた箱に気づいた。

 

「あ、そうだった。私ね、とっても楽しいお店に行ってきたんだよ~♪」

 

「…とっても」

 

「…楽しい」

 

「…お店?」

 

「うん、異世界食堂っていうんだけどね~♪あとこいし、新しいお友達もできたんだよ~♪」

 

きょとんとするさとり・燐・空に、こいしはお土産のフルーツサンドを手に、明るく思い出を話した…。

 

 

…………

 

ガチャッ

 

 

「サラさんただいま戻りました!あとおはようございます!」

 

「あらアレッタ。おかえりなさい」

 

その頃、ねこやから戻ったアレッタがサラに挨拶をしていた。彼女は今現在、サラの家の掃除婦として暮らしているのだ。

 

「すみません!直ぐに着替えますから!」

 

「ふふ、そんなに慌てなくてもいいわよ。今日は特に急ぎの予定もないから。…何かあったの?さっき随分嬉しそうな顔してるわよ?」

 

「あ、はい!実はちょっと色々ありまして…」

 

そう言うアレッタもとても楽しそうな表情で事のあらましを伝えていたのだった…。




メニュー7

「和風ハンバーグ」


こいしのサードアイ封印の件は無しにしました。
小説より、アレッタはねこやのビルの休憩室に泊まった事がある設定です。


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メニュー7「和風ハンバーグ」

屋台の始まりは日本では江戸時代、東京が江戸と呼ばれていた頃である。嘗て東京が江戸と呼ばれていた頃、大火災によって町の殆どのものが焼失した時、修復のために多くの労働者が流入された。その労働者が食事を行うために広まったのが、店舗も持たずに道端で営業できる形態の店、屋台というものであった。それからは寿司や蕎麦、天ぷらやおでんに串焼きと様々な食べ物の屋台が誕生した。そしてそれは勿論、幻想郷にもある。

 

背中に甲羅を持った客

「ご馳走様~」

羽が生えている客

「美味しかったですよ」

 

時刻は夜。幻想郷のとある道の上に「八目鰻」と書かれた赤提灯を掲げた、香ばしい香り漂う手押し車式の小さな屋台。食事を終えたらしいのは一見人でない客達。

 

三角巾を巻いた少女

「まいど~♪」

 

そんな客に対応したのは三角巾を頭につけ、茶色い着物を着た屋台の店主らしい少女。その背中には鳥の様な蝙蝠の様な変わった形の翼が生え、三角巾の隙間からは動物の様な耳が覗いている。彼女もまた人間でないのは明らかだった。

 

「さてと、次の鰻を焼かなきゃ」

 

今の客が帰り、少女は次の客が来るまで減った食材の下準備をしようとしていた時、

 

長い灰色の髪の女性

「ごめんよ」

 

「はいいらっしゃ……あれ?アンタは」

 

挨拶と共に新しい客が屋台に入ってきた。腰まで伸びた長い灰色の髪をし、黄・茶・赤色の特徴的な配色のワンピースみたいな服に身を包んだ女性。

 

「確か…妖怪の山のネムノさん」

 

「久しぶりだなミスティア。食事いいかい?」

 

 

…………

 

「……ふぅ、やっぱ八目鰻っていったらここのが一番だべな♪」

 

「ありがとうございます」

 

ネムノというらしい女性は八目鰻の串焼きとおでんで一杯やりながらミスティアという店主とだべっていた。

 

「でも今日はどうしたのネムノさん。妖怪の山を降りてくるなんて珍しいね?」

 

 

「妖怪の山」

 

幻想郷に古くから存在し、多くの妖怪達が住んでいる一大拠点であり、幻想郷のパワーバランスを保つ上でも非常に重要な場所だ。古来より日本で伝わる天狗や河童、山姥という妖怪。さらには鬼と言われる種族まで嘗て住み着いていた事があったその場所は、幻想郷の人間はおろか、他の地に住む妖怪達にも恐れられている。しかも山に住み着く天狗や河童の様な妖怪はそこで独自の文化や技術を習得していた。そんな事もあり、妖怪の山は天然と人造(妖怪造?)が混合したある種天然の要塞と化していたのであった。

そしてそこに住むネムノという名の彼女もまた人間ではない。山中に住み、人を食うと言われる女性の妖怪の一種、山姥である。山姥は普段群れるのを嫌うだけでなく、自らの縄張りに入ってこられる事も快く思っていない。そんなネムノが山を降りてきているのがミスティアは不思議だった。

 

 

「ああ、普段なら降りてこねぇんだけどちょっとな。ちょいと今日は勉強ってやつだ」

 

「勉強?」

 

「んだ。…なぁミスティア、ちょっと聞きてぇんだが……うちって怖いか?」

 

「…へ?う~ん勿論怖がる人もいるでしょうけど…私はそんなには」

 

突然の質問にミスティアはやや驚きながらも思った通りに答えると、

 

「はぁ~~、やっぱそうなんだなぁ~~」

 

彼女の返答にネムノは落ち込み、盃を持ったままふさぎ込む。

 

「え?ご、ごめんなさい!…どうしたの?」

 

「ああすまねぇ。…なぁミスティア。うちらが住んでる妖怪の山ってよ、普段は人間は近づいたりしねぇだろ?」

 

「…まぁ確かに妖怪だらけのあの場所に自分から入ろうとする人間なんてね。霊夢さんや魔理沙さん達は別だけど」

 

「あああのやたらめったら血の気の多い巫女か。まぁそれはとにかくそうだろ?でもそれってよ。妖怪の山そのものを恐れてるんであって、そこに住んでるうちを恐れてるんじゃねぇよな?」

 

「…そうなのか、な…?」

 

ミスティアは返答に困る。元々山姥は山で迷った旅人を自らの家に招き入れ、食事や宿泊などでもてなし、気が緩んだ人間を食うという凶暴な妖怪なので、人々からすれば恐怖の対象であるのは明らかなのだが。

 

「いいんだいいんだよくわかってっから。おまけに最近は人里に妖怪が現れる事もたま~にだけんどあるし、前からあるもんじゃ妖精もいる寺子屋なんかもあるしな。それもあって人間が妖怪を恐れる事が前ほど無くなっちまった。そこでこのままじゃいけねぇって思ったうちは考えただ。妖怪の山の麓で料理屋をやろうってな」

 

「料理屋を?」

 

「んだ。これでもうち料理が趣味なんだ♪食材なんかも全部自分でこしらえたりしてるし、あと食べてもらって喜んでもらうのも好きなんだべ♪まずはそこで妖怪達の間で有名になって、その噂が人の間にも流れる様になったら人間も食べにきてくれるかもしれねぇだろ?そんな美味い店なら行ってみようってな。そこで来た人間らにうちの怖さをもう一度教えてやろうって思ってよ」

 

喜んでもらうのが好きなら結局怖くならない様な気がするなぁ、と一瞬ミスティアは思ったがそれは言わない事にしておいた。

 

「…あ、もしかして料理の勉強ってそのために?」

 

「そういうこった!どうせやるなら本格的にやろうって思って色々品を考えてるとこなんだ。昨日も里の鯢呑亭(げいどんてい)に行ってきたべ。勿論夜中だけんどな」

 

「美宵ちゃんも料理上手だもんね」

 

「んだ。あそこの煮込みもここの料理と同じで絶品だったべ!アレくらいのもんを作れるようになりてぇもんだなぁ」

 

なんかもう目的が違ってきてるなぁ、とミスティアは再び思ったがこれも黙っておくことにした。

 

「あ、焼き台の炭を足さなきゃ。ちょっと待ってね」

 

そう言うとミスティアは屋台の裏側に置いている予備の炭を取りに行った……その時、

 

「……え!な、ナニコレ!」

 

屋台の裏側から彼女の驚いた様な声がし、ネムノは思わず立ち上がって彼女も裏に回る。

 

「どうしただミス……!」

 

そして彼女も驚いた。屋台の真裏、ほんの少し離れたところに見た事もない扉が出現していたのだ。

 

「な、なんであんなとこに扉があんだ?」

 

「店開けた時はあんなの無かったんだけど…」

 

思わずふたりはその扉に近づく。その扉には猫の絵とそれにある文字が書かれていた。

 

「…洋食の…ねこや?」

 

「聞いた事ないね…。なんで扉だけなんだろ?」

 

突然現れたその扉に驚くミスティア。一方のネムノは、

 

「…洋食か。確か外の世界の料理だべな。……入ってみっか」

 

扉に入ってみようと考えた。

 

「で、でも大丈夫?危険じゃないかな?」

 

「確かに見た事もねぇもんだけど、…なんっていうかどうも悪いもんじゃねぇ気がすんだよな」

 

ネムノがそう言うとミスティアも少し考え、

 

「……じゃあ、私も行ってみようかな」

 

「でもおめぇ店どうすんだ?」

 

「大丈夫。ちょっと待ってね」

 

そう言うとミスティアは屋台の火を消し、何か紙に書いてからまた戻ってきた。

 

「お待たせ。もう大丈夫」

 

「よし、なら…行ってみっか」

 

そしてネムノが扉を開け、ふたりが入ると同時に扉は消えた。

 

「ミスティア~、熱燗~……あれ、どこにいったのかしら?……ん、手紙?」

 

 

(少し離れますので好きに食べてください。お代は半額で構いませんので)

 

 

「………なんかわかんないけどラッキー♪」

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

扉を開けたネムノとミスティアの目に飛び込んできたのは…温かい光を放つどこかの家の屋内らしき場所。そしてそこで数人の見た事もない者達が何かの料理を食べている様子だった。

 

「えー!!」

 

「な、なんだべここは…?」

 

「人間と妖怪が一緒にご飯食べてる…」

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

暫し呆然とするふたりの所に来たのは山羊の様な角を生やした黄色い髪の少女。

 

「初めての方ですね。おふたり様ですか?」

 

「え?あ、ああ。…い、いや、てかなんなんだべここは?おめぇも妖怪か?」

 

「いえ、私は魔族なんです。あ、ヨウカイという事はもしかしてお客さん方、幻想郷の方ですか?」

 

「う、うん。……あれ?なんか今の言い方、まるでここが幻想郷じゃない様に聞こえるんだけど?」

 

「はい。ここは洋食のねこやっていう、異世界にある料理屋です」

 

「…えぇ!」

 

「い、異世界だって!?」

 

異世界という言葉に驚くふたり。

 

「そして私はここで働いている、アレッタです!宜しくお願いします!」

 

「あ、ああどうも。アレッタだな。あ、うちは坂田ネムノってんだ。ネムノって呼んでくれてかまわねぇべ」

 

「私は夜雀のミスティア・ローレライ。私も気軽にミスティアって呼んでよ」

 

夜雀とは日本に伝わる雀の妖怪の事である。

 

「ネムノさんにミスティアさんですね!では空いているお席へどうぞ!」

 

アレッタにそう言われてネムノとミスティアは流されるまま空いている席に着く。

 

「なんなんだろうここ…。あのアレッタって子は異世界の料理屋って言ってたけど…」

 

「てことはあの連中は異世界の住人なんか…?でも看板は日本語だったしなぁ…」

 

獅子の頭を持つ者や、爬虫類の様な姿の者、隣のテーブルに座る尖った耳を持つ者を見てふたりはとりあえずここが幻想郷ではない事を認識する。

 

「いらっしゃいませ」

 

するとふたりのところにコック姿をした男性が挨拶をしにやってきた。

 

「に、人間!?」

 

それが人間であった事にミスティアが驚く。

 

「ええ。私がこの店、洋食のねこやの店主です」

 

「人間が妖怪…あ、じゃなかった、えっと魔族だっけか。人間以外の奴にも料理を出してるんだべか!?」

 

「はい。ここはお客さんみたいな、人でない方々にも料理をお出ししています。ようこそ異世界食堂へ。給仕から聞きましたが、幻想郷から来られた方ですね?」

 

「あ、ああ。てかなんなんだべ、異世界食堂ってのは?」

 

 

…………

 

店主はネムノとミスティアに簡単に説明した。

 

「……それじゃあここは外の世界にある料理屋なのね。そしてあのお客さん達は異世界の人達って訳か」

 

「でもそういう事なら頷けるべ。んでもって博麗の巫女や紅魔館の連中も来てたんだなぁ…。通りであのアレッタって子が幻想郷の事を知ってたわけだ」

 

「そんな訳なんで、お客さん達も良かったら食べてってください。お代は紫さんから十分すぎる位頂いてますから」

 

すると店主にネムノがある質問をする。

 

「……あの、店主さんだっけか。その前にひとつ聞きてぇんだけど」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「アンタ人間だろ?人間以外の奴に料理を出す事に抵抗とかねぇのか?うちが知ってる人間てのは大抵臆病な奴が多いもんだが」

 

幻想郷には人里という人間達が住む集落がある。そこに住んでいる人間は一部を除いてほぼ全てが妖怪を恐れている。妖怪とは人間の恐怖心から生まれた存在。暗闇に潜むもの、水の中にひそむもの等など。妖怪にとっては人間と人里はある種生命線であり、基本恐れられなければならないと同時に、無くてはならない存在でもあるのだ。そうでなければ妖怪自信の存在が成り立たない。だから妖怪は気づかれない様に人間を守っているという裏の話がある。それはさておいてともかく臆病で恐がりな人間が異世界とはいえ、自分とは違う者達に笑って料理を提供しているのがネムノからしたら不思議に見えた様だ。

 

「はは、勿論最初にここが異世界に繋がってるなんて聞いた時は驚きましたよ。あちらの方々を初めて見た時も当然驚きました。でもうちの先代が「料理屋ってのは飯と人が良ければそれでいい。それが違う世界だろうと違う種族だろうと料理屋のやることは上手い飯を出して喜んでもらうだけ」って言ったのを聞いて、そういうもんかって思ったんです」

 

「…まぁ私も屋台やってるからその気持ちはわかるけどね。お客さんは妖怪ばかりだけど」

 

「だからうちに来てくれた方は全てお客さんとして接してます。ああ勿論迷惑な客はお断りですけどね」

 

店主の答えにネムノは、

 

「……わかった。こまけぇ事聞いて悪かったな。そういう事なら折角だし食べてってもいいかい?」

 

「私も食べていくわ。洋食食べるなんて滅多にないし♪」

 

「わかりました」

 

(こちらサービスのお冷とおしぼり、それとメニューです)

 

するとクロが返答を待ち構えていたかのように、メニューとおしぼりとお冷を出した。ふたりもこれまでの皆と同じ様にクロのテレパシーに驚いたがその前に彼女は離れ、店主は隣のテーブルに移った。

 

「………異世界には不思議なやつがいるんだな」

 

「それを言ったら私達もでしょ?」

 

「はは、ちげぇねえ」

 

そう言いながらメニューを開くネムノとミスティア。

 

「うわ、すげぇ数だなぁ。食べてくのを決めたのはいいがどれにすっかね~」

 

「どうせなら食べた事無いものがいいな~」

 

ふたりが出されたメニューに暫し目を通していた…すると、

 

「トーフステーキやライスバーガー以外の新しい料理ですって!?」

 

隣のテーブルに座っていた女性が店主との会話で驚いた声を上げた。緑色の服を着た、やや切れ長の目で尖った耳、長い金髪をした女性。

その女性の向かいに座るのは見た目は全体的にやや赤めの服を着て、短い茶色い髪にターバンみたいな鉢巻みたいなものを巻いている少女。見た目はミスティアと同じくらいだろうか。

 

「ファル~。落ち着いて」

 

「あっ。…ん、んん!…聞かせてもらおうじゃない」

 

「はは。実はエルフの方々にも召し上がってもらえるようなメニューを新たに追加しようと思ってたんですが、最近自分の中で納得できるものができたんで、良かったら試食してもらえませんかと思いまして。お代は結構なんで」

 

するとその女性は、

 

「……そうね。そういう事なら頂こうかしら。ああでもお代はしっかり払わせてもらうわ。食べておいて払わないというのは気持ちが悪いから」

 

照れくさいのか素直じゃないのかピシッとした表情で返した。

 

「ねぇ!私も食べてもいい?」

 

「ええ、勿論」

 

同じく食べたいという相席している少女。更に、

 

「…なぁ、うちもアンタが言ったそれもらっていいか?」

 

「私も食べてみたいな。新しい料理って興味あるのよね♪」

 

横から聞いていたネムノとミスティアも店主に新しい料理とやらの注文を申し出た。

 

「はい、構いませんよ。多くの方の意見を聞きたいですし。かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 

そう言って店主は厨房に戻っていった。

 

「楽しみだねファル!店主さんの新しい料理!」

 

「え、ええそうね。…貴女達、今日が初めて?」

 

「ああそんだ。坂田ネムノってんだ」

 

「私はミスティアっていうんだ。ミスティアって呼んでね」

 

するとふたりも自己紹介する。

 

ファルダニア(トーフステーキ)

「ご丁寧にどうも。私はファルダニア。エルフよ。ここではトーフステーキで通ってるわ」

アリス(ライスバーガー)

「私はアリス。両親はハーフエルフだけど私もエルフだよ。宜しくね!」

 

「ファルダニアにアリスだな。こちらこそ宜しくだべ」

 

「……ところで貴女、随分変わった話し方するのね?」

 

「そうか?生まれた頃からこんなだし、気にしねぇでくんろ」

 

「ねぇねぇそれよりもエルフやハーフエルフって何なの?幻想郷では聞いた事ないね」

 

「貴方達エルフを知らないの?…それにゲンソウキョウって何?どこかの町の名前?」

 

ここでもふたつの世界のやりとりが始まった。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「…私達の世界でも店主の世界でもない、もうひとつの世界…。そんなものがあるなんて…」

 

「すごい!すごいねファル!」

 

「正確に言えばさっきの店主さんと私達の世界は同じなんだけどね。でもお互い行き来はできないって事」

 

「そういう訳だ。だから人間は見慣れてるし、うちらからしたらアンタらやあの頭が獅子みたいなやつやトカゲみたいなやつの方がよっぽど驚きだべ」

 

するとファルダニアがふたりにある事を聞いた。

 

「…ねぇ、ひとつ聞いていいかしら?そういう事なら貴女達…「トーフ」や「ショウユ」って知ってる?」

 

これにきょとんとするネムノとミスティア。

 

「へ?勿論知ってるだよ?」

 

「料理には欠かせないじゃない。特に私達は和食中心だからね」

 

「…そう」

 

その言葉にファルダニアはやや思うような表情をした。

 

「……あの、どうしたの?」

 

「ファルはね、ここの料理に出会って旅をする事を決めたんだって」

 

「…料理に出会って旅に?」

 

するとファルダニアは経緯を話し始めた。

 

「…私達エルフは森と共に生きる種族。そして森に住む動物も家族と思っている。だから動物の肉や魚、それから生まれる卵や乳といったものを基本食べない。動物以外で命あるものを食すのは野蛮な行為と思っているから。ああでもその考えを他の種族に押し付けたりはしないわ。皆それぞれ食べるものが違うのはよくわかってる。あくまでもエルフがそういう考えなだけ」

 

「あ~よかった。私は鰻の屋台してるから怒られると思った」

 

「でもそれだとそれらの食材のみ豊富に含まれている栄養が取れにくい。だからエルフは一生懸命考えてそれに頼らずに生きていくための必要な食事を取れる様に研究してきた。結果多くの失敗もしてきたけど、何とか動物に頼らずに生きていくための調理法や料理を生み出したわ」

 

「そうなんか。勉強熱心だな。偉いと思うべ」

 

「だから他の種族、特に肉や魚を頻繁に食べる人間なんかに負けないって思ってた。……ここの料理に出会うまでは。トーフという未知の食材、その味付けに使われているポンズっていうソース、それと一緒に食べるダイコンという野菜のすりおろし。全てにおいて物凄い完成度だった。付け合わせの野菜までも。人間の作るものなんてエルフに及ばないって思い続けてた私の概念をあれが簡単に覆した。初めて食べた時の衝撃は今でも覚えてる」

 

「豆腐ステーキか~。豆腐をそんな使い方はしたことないなぁ…」

 

「エルフの先にいるって思い知らされて悔しかった。でも物凄く美味しかった。そして決めた。人間にも、このねこやにも負けない位の料理を作って見せるって。だから私は旅に出たの。自分の知らない世界の食材と料理に出会う旅に」

 

「私は一緒に旅してた皆とはぐれてたところをファルに助けられたんだ。そして今は一緒に旅をしてるの」

 

「そういう訳か…。アンタ凄ぇな」

 

「うん。凄い勉強熱心だと思う」

 

「…でもまだまだよ。あれから各地を回って、色々な食材や料理に出会ってきたけど、全然追いつける気がしない。一番知りたいトーフステーキのトウフやショウユの作り方もまだわからないから」

 

「……ほんなら」

 

「お待たせしました~!」

 

ネムノがファルに何か言おうとしたその時、店主とアレッタがワゴンで料理を運んできた。店主がファルダニアとアリスに、アレッタがネムノとミスティアに。

 

「お待たせしました。ハンバーグステーキです」

 

ネムノとミスティア、ファルダニアとアリスの前に置かれたのは…鉄板の上でジュウジュウと音を立て、香ばしいにおいを放つ大きなハンバーグ。その横には付け合せのじゃがいもと人参。ハンバーグの上には大葉とたっぷりの大根おろし。そして色と香りからしてポン酢の入った器。あと白いライスとスープの器が一緒に置かれた。

 

「これは…」

 

「ふわ〜」

 

「…一応聞いておくけど、私達が肉や乳や卵を食べられないのは知っている筈よね?」

 

ファルダニアはやや強い口調と目つきで言うが、

 

「ええ。勿論知ってますよ」

 

自信有りげに目を細め、微笑を浮かべて店主は言った。ファルダニアはその顔にやや不機嫌になるが自分もこの店とは結構付き合いがある。店主が自分達の食の習性を知らない筈はない。嫌がらせをする様な人間で無い事も知っている。なのにこれを出した。とするとこの料理にも何か秘密があるのか?そんなことを思っていると、

 

「……ねぇファル。これ肉も魚も、乳も卵もにおいしないよ!」

 

アリスに指摘されてファルはその料理に鼻を近づける。すると気づいた

 

(……どういう事?ハンバーグって…人間が食べるあの肉の塊の料理の筈。見た目もそのものなのに、アリスの言う通り獣のにおいが全くしない…!)

 

そしてファルダニアは気づいた。

 

(寧ろ…トーフステーキに近いにおいがする!)

 

すると同じくその料理を眺めていたネムノもあることに気づいた。

 

「……これ、もしかして豆腐だべか?」

 

「はは、わかりましたか。これは和風ハンバーグ。または豆腐ハンバーグともいいますがね。ファルダニアさんがいつも召し上がっている豆腐ステーキと同じ、豆腐を使った料理ですよ」

 

「!!」

 

「普通のハンバーグならつなぎにパン粉や牛乳や卵を使うんですが、これのつなぎに使っているのはライスバーガーのきんぴらにも使っている蓮根をすりおろしたもの。そしてほんの少し豆乳を使ってます」

 

「へ~蓮根をつなぎにしてるんだ」

 

「豆腐ステーキと同じで特製のポン酢、大根おろしと一緒に食べてください。あとこちらもライスがよく合いますよ。それではごゆっくり」

 

そう言って店主とアレッタは下がっていった。

 

「ほあ~…こんなん見た事ねぇべ」

 

「うん。紅魔館とかじゃ出そうだけどね」

 

「ねぇねぇ早く食べようよファル!」

 

「え、ええそうね…」

 

そう言うとファルダニアはナイフを音立てるハンバーグに入れる。店主の言った通り肉を使っていないので切った瞬間肉汁は出ないものの、豆のにおいがふわっと香る。

 

(切っても肉も卵もなんのにおいもしない…。本当に使ってないのね…。それと確かにライスバーガーのきんぴらというのに使われてるレンコンという野菜の香りがする。でも問題は味…と言いたいけど…悔しいけどもう美味しくなさそうとは思えないわね…)

 

ファルダニアは切ったそれをまずそのまま口に運ぶ。熱々で外は香ばしくカリカリに焼かれた食感。中はふわっと柔らかい。あと歯ごたえをよくするために加えてあるのか細かく切られた蓮根の歯ごたえを感じる。

 

「トーフをそのまま使ったステーキとは違い、野菜や香辛料と一緒に混ぜて焼く事で、肉に近い味と食感を生み出してる…」

 

「熱々で美味しいねファル!」

 

「これは…確かに豆腐だべ。豆の香りといい、噛んだ風味といい」

 

「うん。肉じゃないけどその分あっさりして食べやすいね。蓮根の食感もいい」

 

次にポン酢と大根おろしを一緒に合わせて食べてみる。鉄板の上でポン酢がいい香りを放ち、ますます食欲をそそる。更に大根おろしが適度にそれを吸って豆腐のハンバーグとよく絡む。

 

「こりゃあうめぇ!」

 

「美味し~!やっぱりポン酢と大根おろしの組み合わせは抜群だよね~♪」

 

「トーフステーキよりも味がしっかりしててライスにもよく合うよ!」

 

ネムノ、ミスティア、アリスが感想を言う中、ファルダニアは無言で食べ続けるが、

 

(…またまたやられたわ。そしてやっぱりこのポンズ…。いえ正確にはそれに使っているショウユというものがいけないのよ…。これさえあれば色々な料理がおいしく食べられるのに…!)

 

心中でそんな事を思っていた。

 

「温めた豆腐っていうと湯豆腐や田楽なんかが思いつくがこんな使い方もあんだなぁ。今度うちで作ったやつでやってみっかな♪」

 

このネムノの言葉にファルダニアの手が止まる。

 

「……え?ちょ、ちょっと貴女、今の言葉どういう意味?自分で作ったって…!?」

 

「へ?ああそういや言いそびれてたべ。うちは自分が食べるもんは全部自分で作ってんだ。豆腐とか醤油とか使う野菜とか。まぁ肉とか魚とかは採ってくるしかねぇんだけど」

 

「それ本当!?」

 

思わず立ち上がるファルダニア。

 

「お、おお。良かったら教えてやるよ?作り方」

 

「是非お………」

 

するとファルダニアは再び座りなおした。

 

「…どした?」

 

「…ごめんなさい、遠慮しておくわ」

 

「え~どうしてファル?凄く知りたいんじゃないの?」

 

「ええ確かに喉から手が出るほど知りたいわ。……でももし今ここで異世界の貴女に教えてもらったら、それは私自身の負けを意味する気がする。私にミソやトウニュウを教えてくれた人達は自分で編み出したと言っていた。だから私は…私自身の手でそれを掴みたいの!」

 

そう言ったファルダニアにネムノは彼女の頼みを聞き、教えない事にした。

 

「アンタ根っからの料理人だな!応援するべ!ああでも何が必要かだけでも教えとこうか?それ位なら構わねぇだろ?」

 

「…そうね。お願いするわ!」

 

そう言ってネムノとファルダニアは話し始めた。

 

「あんなに興奮してるファル久しぶりだよ」

 

「似たもの同士ってやつかな」

 

ミスティアとアリスはそんなふたりを笑って見つめていた。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「すっかり長居しちまった。でも美味しかったべ!」

 

「うん!また食べに来たい位!」

 

「それは良かったです!」

 

(ここの扉は七日に一度現れますからまた来て下さい)

 

「…ほんと私が少し近づいたと思ったら、店主、いつも貴方は何歩も先に進んでいるんだから。心が折れそうよ…。まぁ折れないけど」

 

「はは、私もしがない料理人ですから、ファルダニアさんと一緒で日々の精進は欠かせないんですよ」

 

するとファルダニアは今度はネムノを指さし、

 

「…ネムノって言ったわね。悔しいけど…今の私はきっと貴女にも及ばないわ。でも、見てなさい。必ず追いついて、追い越してみせるから!」

 

笑いながら半分宣戦布告らしい事を言った。

 

「おう!うちも負けない位うまいもんを作るべ!」

 

一方のネムノもそう言い返した。

 

「ほんと似たもの同士だね」

 

「…やっぱりネムノさん、目的が違ってるんだよなぁ」

 

そんな交流をしながら、彼らは再会を約束して別れた…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

ネムノとミスティアが扉を開け、元の場所に戻ってきた。そして扉はゆっくりと消えていった。

 

「不思議な場所だったな~」

 

「けんど楽しかったべ。面白いもんも見れたし飯も美味かったし、ますます喜んでもらえる店造り頑張らねぇとな♪」

 

「私も何か新メニュー考えようかな~。…あ、そう言えば店どうなったかな?」

 

思い出したミスティアが屋台に駆け寄ると、

 

「ZZZ…」

 

酔っ払ったのかお腹が一杯になったのか、机で眠っているものがいた。それは、

 

「…あ!」

 

「れ、霊夢さん!」

 

それは霊夢だった。

 

「…う、…うん?…ああミスティア、あれ、アンタ確か妖怪の山の山姥じゃないの。なんでこんなとこにいんの?」

 

「それはこっちの台詞だべ」

 

「私は仕事終わりで一杯やろうと思って来たんだけど、肝心の店主がいないからさ。でも半額で良いって書いてあったし、勝手に食べさせてもらってたのよ」

 

見るとおでんも八目鰻も綺麗に無くなっていた。

 

「それはそうとアンタ、特にミスティアどこに行ってたのよ?店ほったらかして。まぁ妖怪しか来ないこの店から盗む人間なんていないけどさ。料理がまだ熱かったから多分アンタがいなくなってから直ぐに私が来たと思うんだけど?」

 

「あ、そうだった。私達、実は異世界食堂に行ってきたんだ。霊夢さんも知ってるでしょ?あ、良かったら霊夢さんも一緒に食べる?おみやげ貰ったんだ♪」

 

その言葉に霊夢があと一分早く来ていたらと後悔したのは言うまでもない…。因みにその後、ネムノは妖怪の山にとある小料理屋を開くことになるがそこに和風ハンバーグが載ったかは定かではない。

 

 

…………

 

一方その頃、こちらでは、

 

「…ねぇファル~。もう夜遅いよ~?」

 

「ええわかってるわ。アリスは先に寝てなさい」

(…ダイズというのはエルフ豆で代用できるとして、海藻のコンブ…キノコのシイタケ…果実のユズとスダチ…聞いた事ないものばかりだわ…。やっぱり海の向こうにしかないのかしら?そもそもどんな姿をしているのかしら…)

 

紙と筆を手にますます悩むひとりのエルフがいた。




メニュー8

「フォンダンショコラ」


肉を使わない豆腐と蓮根のハンバーグのレシピを知ったので話を考えてみました。幻想郷組は漢字で、異世界組はカタカナで材料書いてます。


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メニュー8「フォンダンショコラ」

南米の「アマゾン」、オーストリアの「ウィーンの森」、フランスの「オルレアンの森」、ドイツの「シュヴァルツバルト」、ケニアの「アツィナナナ雨林」、日本の「青木ヶ原」等など、世界には多くの森や樹海が存在している。それは幻想郷にも…。

 

 

「魔法の森」

 

 

それが幻想郷に唯一存在している森の名である。最も湿度が高く、人間が足を踏み入れる事が少ない原生林。地面まで日光が殆ど届かず、常に暗くじめじめしているために茸が際限なく育つ、人間にとっては最悪クラスの環境といっても過言でない。だがこの森には入る者に幻覚を思わせる特殊な茸が生えていたり、魔法の実験に使う材料も取れたりするので、魔法使いと言われる者達にとってはある意味いい住処ともいえる。実は霖之助が開く香霖堂はこの森の入り口に、魔理沙の家はこの森の中にある。そしてもうひとり、この森を居住としている者がいた…。

 

「全くよ~昨日紅魔館に行ってみたらパチュリーの奴、ねこやの扉見つけてたんだってよ!ひでぇぜ!知らせてくれって言ったのに~。ガクンと来たぜ~」

 

そこは魔法の森の中にある見た目洋風の小さな家。その家の中でまだ湯気立つ紅茶を前に文句を垂れているのは…魔理沙。といってもここは彼女の家ではない。この森に住むもうひとりの人物の家なのだ。

 

針仕事をしている金髪の少女

「……」

 

それが魔理沙の前にいるその人物。彼女とほぼ同い年位の少女。金色の髪でウェーブがかかっており、頭には赤いカチューシャ。青を強調している長めのワンピースの様な服に、肩には白いケープを羽織った様な恰好。そんな少女は何やら針仕事をしている。どうやら人形を作っているらしい。

 

「おまけにそん時レミリアや咲夜まで一緒に行ってたっていうじゃんか!レミリアはともかく咲夜までいるんだったらそん時私に知らせようって話になっても良かったじゃないかよ~」

 

先程から魔理沙はずっとその人物と会話している。まぁ話しているというより一方的に話しているだけに近い。

 

「……なぁ聞いてんのかアリス~?」

 

「…これだけ近い距離で話しかけられてたら聞きたくなくても聞こえるわよ。こっちに集中してて返事してないだけ」

 

「ちぇ~」

 

「………よし、これで終わったわ」

 

「毎回思うけどよくそんな細かい事毎日やってるよな~」

 

「私は人形師よ。これが私の仕事。貴女の魔法の研究と同じよ」

 

アリスというその少女は目の前の針仕事に区切りがついたのか、手を止めて紅茶のカップを手に取る。そういう彼女の周りには確かに人形が沢山あり、そのいくつかが窓ふきなり小さい箒やはたきを持って細かい場所を掃除したりしている。アリスは「人形を操る程度の能力」で、自分が作った人形を生きているかのように操ることができる。

 

「…それにしても魔理沙はともかくとして、あの飽きっぽくてめんどくさがり屋の霊夢までそこまで執着するなんて、そんなに美味しいのそのお店は?」

 

「お、やっとリアクション返してきたな。ああうまいぜ♪といってもまだ一回しか行ってないけどな」

 

「私からすれば料理よりもその鈴が気になるわね。…異世界と繋がる魔法の鈴か…」

 

「おっと、取らないでやってくれよ?私も確かにめちゃくちゃ気になるけど、取っちまったらもう二度とあの店と繋がらねぇみたいだからな」

 

「魔理沙じゃないんだからしないわよそんな泥棒みたいな事」

 

「おいおいひでぇな~。私は泥棒じゃねぇって。借りてるだけだ。その証拠に所有権までは取っていかないぜ?」

 

「…だったら去年取ってった魔法具も所有者である私にいいかげん返してほしいんだけど?」

 

「私は過去は振り返らない女だぜ♪」

 

自信満々の魔理沙にアリスはため息をつく。このやり取りももう何回目だろうか。

 

「まぁそれはさておいてだ。今日はまた七日目だよな。ほんとにどこに現れんのやら」

 

「…七日に一回幻想郷のどこかに現れる、か…。魔法の森は広いから貴女のいうその扉のひとつ位どこかに現れてそうだけど…」

 

「そうだな~。んじゃ今からちょっときままに探しにいくか。紅茶ご馳走様だぜ♪」

 

そう言って魔理沙は自分の箒に乗って飛んで行ってしまった…。

 

「……やっと静かになったわね。さてと、私もちょっと散歩でもしようかしら」

 

そう言ってアリスは立ち上がった…その時、一体の人形がアリスの肩をつつく。

 

「どうしたのシャンハイ?」

 

シャンハイと呼ばれたその人形はアリスを窓に誘う。

 

「外を見ろって?何か見えるの?………!」

 

窓から外を見たアリスの目に、いつもと違う光景があった。森の木々の中、光が当たっていない部分に隠れる様に、ひっそりと立つ扉があった…。

 

 

…………

 

「……洋食のねこや。これが魔理沙が言っていた扉なのかしら?」

 

そしてアリスは扉の前に立っていた。「洋食のねこや」と書かれた猫の看板が掲げられた扉の前に。

 

「…微かに魔力を感じる。魔理沙の言ってた通り本当に突然現れるのね…。さて、どうしようかしら。魔理沙には見つけたら教えてほしいって言われてるけど…」

 

アリスは一瞬魔理沙に伝えようとも思ったが、

 

「……まぁいいか、伝えようにも当の本人は自分で探しに行っちゃったものね。こんな直ぐ近くにあったのに確認不足の罰ということにしときましょう」

 

どうやらここでも魔理沙の頼みは不発に終わった様であった。

 

「とは言ってもいつまでもここに残しておくのは気持ちが悪いし…。確か誰かが入ると消えてしまうのだったのよね。危険は無いって言っていたけど……ハァ、しょうが無いわね」

 

少し考えた後、自分で行くことを決めたアリスは腰に魔導書を携え、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いた…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

アリスが扉を開けると鈴が鳴り、暗い森の中とは全く違う温かい光が溢れてきた。

 

「……」

 

そしてアリスの目に飛び込んできたのは何かを食べている多くの、様々な種族でにぎわう光景。食事時なのかかなりの賑わいだ。

 

「これは…」

 

その光景にやや呆然とするアリス。

 

「あ!い、いらっしゃいませ~!」

 

とその時、両手に空の器を持って忙しなく動いている給仕らしい角が生えた少女がアリスに気づいた。

 

「直ぐにお伺いしまーす!少々お待ちくださいね!」

 

(…今の人?じゃないわね。…あの耳の尖ったのは妖精?それとも小説で読んだエルフという種族かしら?…他にも小人?それにあの頭に角が生えているのは…まるで鬼みたいね。でも幻想郷にあんな姿の種族はいないし…魔理沙の言った通り、ここは本当に幻想郷とは違う場所なのね…)

 

店内を見渡すと人間の他に見た事無い種族も沢山いる事に、アリスはここが幻想郷でない事を改めて判断する。

 

「お待たせしましたー!」

 

すると先程の少女がアリスに近づいてきた。

 

「ようこそ!洋食のねこやへ!」

 

「あの、貴女その頭…」

 

「あ、はい。私、魔族なんです」

 

「魔族…」

(これも聞いた事ない名前ね…)

「あの…知り合いからここって異世界にある食堂って聞いたんだけど?」

 

「はい!ここは異世界にある料理屋です!…もしかして、貴女も幻想郷という世界の方ですか?」

 

「ええそうよ。私はアリスっていうの。宜しくね」

 

「アリスさんですね!私はここで働くアレッタです!宜しくお願いします!…肩にいるのはお人形さんですか?可愛らしいですね!」

 

「ありがとう」

 

互いに挨拶を交えたアリスとアレッタ。しかしアレッタがハッと気づく。

 

「それではお席に…あ、ど、どうしよう。今はお昼時で空いている席もカウンターも全部…」

 

見ると確かにどの席も埋まっている様だ。

 

「大変な時に来ちゃったみたいね。なんだかごめんなさい。もし無理そうならお暇するわよ?」

 

「いえいえそんな!えっと…」

 

アレッタがどうしようか迷っていると、

 

「…あの、もしよかったら、ご合席なさいませんか?」

 

その時、入り口から比較的近い席に座っていたある女性が声をかけてきた。青い目の白い髪で赤いドレスを着た美しい上品そうな女性。一緒に座っているのは共に薄い褐色の肌で黒髪の青年と女性で、そちらはまるでアラブの貴族の様な姿格好をしている。

 

「お、おいアディ、いきなりそんな」

 

「いいじゃないシャリー。困っている方を放ってはおけないわ」

 

「まぁまぁ兄上、そんな心配しなくても大丈夫だって」

 

「し、しかし初めて会う者なのに…」

 

「大丈夫よ。あの方は悪い方には見えないもの」

 

「私もそう思うな~」

 

「むぅ…。ふたりがそう言うのなら」

 

言葉の様子からどうやら女性ふたりは前向き、男性はやや慎重な性格の様だ。やがて女性に押される形で男性は折れた。

 

「…大丈夫?そちらの方はちょっと心配してるみたいだけど?」

 

「ああ大丈夫大丈夫。この人が心配性なだけだから」

 

「どうぞ、ご遠慮なくお座りになってください」

 

「皆さんありがとうございます!それじゃどうぞ!直ぐにお水とおしぼりをお持ちしますので!」

 

言われてアリスは女性の隣の席に座った。

 

「何か邪魔したみたいでごめんなさい」

 

「いや、気にしなくていい。それよりも俺の方こそ悪かった」

 

「兄上は義姉上の事になると心配しすぎなんだよね~」

 

「ら、ラナー!」

 

「ここじゃ初めての顔だね。もしかして貴女、今日がここに来るの初めて?」

 

「ええ、まぁね」

 

アーデルハイド(チョコレートパフェ)

「そうなんですか。あ、申し訳ありません。自己紹介が遅れてしまいましたね。アーデルハイドと申します。シャリーの妻です」

シャリーフ(コーヒーフロート)

「ア、アディの夫で砂の国第一王子、シャリーフだ。宜しく頼む」

ラナー(クリームソーダ)

「そして私は妹のラナー。宜しくね♪」

 

三人はアリスに自己紹介した。それと一緒にクロが水とおしぼり、メニューを持ってきた。

 

(いらっしゃいませ。サービスのお水とおしぼりです)

 

「! えっ…!」

 

(ご注文がお決まりになりましたら仰ってください)

 

呆然とするアリスを背にクロは離れていった。

 

「不思議な方でしょう?私達も時々吃驚しますから」

 

「まぁ慣れてしまったらなんでもないから気にしないで大丈夫だよ」

 

言われてアリスはそうする事にするが、今の会話でひとつ気になった。

 

「貴方、第一王子ってもしかして次期国王って事?そんな人まで来るのこのお店」

 

「兄上なんかで驚いちゃいけないよ?義姉上の御祖父様なんて皇帝陛下だった頃からここの常連だったらしいからね」

 

「なんかとはなんだ、なんかとは」

 

「御祖父様が皇帝という事は…貴女皇女殿下なの?それにしては随分フレンドリーね」

 

「うふふ、ここでは身分とかは関係ありませんわ。皆気軽にお話していますから。貴女もどうかお気になさらないでくださいね」

 

確かに周りを見ると誰もが気軽にあだ名で話している。なのでアリスもそれに従う事にした。郷に入っては郷に従えというやつだ。

 

「それにこちらのお店は、私達にとって特別な場所ですの」

 

「ふたりが出会ったのも結婚披露宴もここでやったんだよ。ケーキカットの時の兄上ったらドキドキしてたもんね〜」

 

「あ、あれはカット用の剣を店主がいきなり出してきたから…」

 

「ふたりが夫婦なら私がここに座るのはおかしいんじゃない?隣同士で座った方が」

 

「あ、そこ気になる?私もそうしたらって言ったんだけどね~。兄上が正面から義姉上の顔が見たいっていうんで~♪」

 

「お、おいラナー!さっきから何を言ってる!」

 

真っ赤になって反論するシャリーフと突っ込むラナー。やや控えめに赤くなって微笑むアーデルハイド。どうやらかれらの家族仲は至極良好の様だ。

 

「じゃあお言葉に甘えておくわ。ああ、御免なさい。私も自己紹介しないと。アリス・マーガトロイド。魔法も使えるけど、本業は人形使いよ」

 

「アリスさん、と仰るのですね。よろしくお願いします」

 

「人形使いって何?」

 

「人形を操ったり作る仕事、と思ってもらったらいいわ。最も私の場合見せる芸人でも誰かにあげるわけでもないけどね」

 

「もしやその肩に乗せている人形も其方のそれか?」

 

「ええそうよ。シャンハイ」

 

そう言うとアリスの肩に乗っていたシャンハイが浮かび上がった。更に細かい動きを見せる。

 

「まぁ!」

 

「に、人形が浮かび上がった!」

 

「私は人形をただ操るだけでなくこんな細かい事もできるの。この子はシャンハイ。私の作った子で一番かしこい子よ」

 

「へ~こんな魔法もあるんだね~」

 

シャンハイはちょこんとテーブルの上に着地し、丁寧に座りなおした。その仕草にアーデルハイドは特に感激した様で目を輝かせている。

 

「なんて可愛らしいのでしょう」

 

「私も勉学中に魔法の本は色々見たけど、こんな魔法は見た事無いな。どこの国生まれなの貴女?」

 

「…そういえば先程アレッタが其方に言っていたな。確か…ゲンソウキョウ?とか。失礼ながら聞いた事がないのだが…」

 

「私も存じませんわ。どちらにある国ですの?」

 

「…いいえ、国名ではないわ。私は幻想郷、貴方達とは別の世界の存在なの」

 

 

…………

 

「…という訳よ」

 

「幻想郷…。私達でも、店主様の世界でも無い世界…」

 

「正確には元々妖怪や神々が住んでいた場所なのだけれど、人間と住む世界を違えようとして別たれた世界よ。最も人間も一部住んでいるけれど」

 

「俺達の世界で言えば人間と魔族やエルフが共存している様なものか」

 

「もしかして私達凄い人に会ったんじゃ…?」

 

「それこそ気にしないで。私はただの人形師のアリス。それだけ。貴方達もさっき言ったじゃない。立場なんて気にするなって」

 

やや恐縮するような表情を見せたアーデルハイド達にアリスは、静かにそう話した。

 

「そうですね。アリスさんはアリスさんですね」

 

「うんそうだね」

 

「ああ。異なるものが出会う事で新しいものが生まれたりすることもある。例えそれが違う世界に生きる者同士でもだ」

 

三人の表情から緊張が消え、彼らにも笑みがこぼれた。

 

(お客様、ご注文の方はお決まりですか?)

 

とそこにクロが注文を聞きに再びやってきた。

 

「え?…あ、ごめんなさい。話し込んでいてすっかり忘れていたわ」

 

「そういえば俺達も食後のそれを頼むのを忘れていた。いつもの…ああでも俺達のはまだいいとして、アディはチョコレートパフェは食後にはやや多いかな?」

 

「今日はご飯もこっちで食べたからね」

 

「そうですね…何か他のものにしましょうか。アリスさん、失礼ながら一緒に見させて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「ええどうぞ」

 

アーデルハイドはアリスと一緒にメニューを見る。

 

(食事の時間は少し過ぎてしまったし、私もデザートに……あ)

 

多くのデザートの写真と名前が並ぶ中でアリスの目に「新商品」というタグが付いているあるメニューが止まった。

 

(柔らかいチョコレートをチョコレートケーキで包んだ焼き菓子…)

「…じゃあこの「フォンダンショコラ」をお願い。紅茶もセットでもらえるかしら?」

 

するとアーデルハイドも、

 

「私もそれに致しますわ。あとお紅茶を頂けますか?」

 

(承知しました)

 

注文を受けたクロは店主に報告しに行った。姿は見えないが奥から「はいよ」という声が聞こえたので伝わっただろう。

 

「貴女も同じもので良かったの?」

 

「はい。私チョコレイトが大好きなんです♪」

 

アリスは発音がちょっと気になったがそれは言わないでおいた。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

やがて少し経ってから彼らの所にアレッタとクロが注文を運んできた。

 

「お待たせしました~!コーヒーフロートとクリームソーダです!」

 

シャリーフの前にはコーヒーフロートが、ラナーの前にはクリームソーダが置かれた。そして、

 

(お待たせしました。フォンダンショコラです)

 

アリスとアーデルハイドの前に置かれたのは、雪化粧の様に粉糖で飾り付けされた、小さい丸い筒型をしたチョコレートケーキ。添えられているのは白いホイップクリームと赤いベリーのジャム。赤と白、そして茶色だけと非常にシンプル。そしてセットの紅茶。

 

(ホイップクリームと、こちらのベリーのジャムをつけてお召し上がりください)

 

「それではごゆっくり!」

 

アレッタとクロは離れていった。

 

「…これがフォンダンショコラ。確かに幻想郷にはないケーキね」

 

「とても可愛らしい見た目ですね。美味しそうです」

 

「ふむ。見た目はチョコレートケーキとさほど変わらない様に見えるが…」

 

「中に柔らかいチョコレートを包んだって書いてあったね」

 

取り合えずアリスが手元にあるフォークでケーキを切ってみる。すると、

 

「…わぁ」

 

アリスはその瞬間驚いた。ふわっという柔らかい感触でアリスがケーキを切った瞬間、切り口からとろ~っとチョコレートのソースが流れてきたのだ。アーデルハイドも自分のチョコレートフォンダンを切ると同じ様にチョコレートが流れてきた。

 

「まぁ!中からこんなに柔らかいチョコレイトが」

 

「これは…アディが好きなシュークリームみたいだな」

 

「でも包んでから焼いたって書いてあったよ。どうやって作ってるのかな?」

 

アリスはまずそのチョコレートソースだけちょっと舐めてみる。味は甘めを抑えたほんのりビター。

 

「中のチョコレートソースはちょっとビターね」

 

次に周りのケーキを小さく切り、そのチョコソースにつけて一緒に食べてみる。チョコレートケーキはやや甘めにしてあり、それが中の甘さ控えめのチョコソースと組み合わさって無駄に甘さを強調するわけでなく、食べやすくしていた。

 

「……美味しい。成程ね。同じチョコレートでも味をほんの少し変えてることで一緒に食べても甘すぎず、互いの良い部分を引き立ててるわ」

 

「はい。チョコレイトパフェのそれよりも甘みはちょっと控えめですが…周りの生地と一緒に食べる事で、より良い味に仕上がりますね」

 

続けてアリスはホイップクリーム、アーデルハイドはジャムにつけて食べてみる。チョコとクリーム、そしてジャム。こちらも勿論組み合わせとしては抜群である。

 

「凄くシンプルなのに組み合わせで色々な味わいができて面白いわね」

 

「ええそうですね。……はいシャリー。あーん」

 

そう言ってケーキをシャリーに差し出すアーデルハイド。

 

「ちょ、ちょっとアディ!アリス殿の前で」

 

「ふふ、いいじゃない。早く、チョコレイトがこぼれますわ」

 

そう言われたので仕方なく?ケーキを食べさせてもらうシャリーフ。何故顔が真っ赤なのかは聞かずともわかるだろう。ラナーは苦笑いでやれやれという感じだ。

 

「見てるこっちが恥ずかしいわ。ごめんね、アリス」

 

「気にしなくてもいいわよ。いい家族ね」

 

「あはは、まぁね。アリスは家族は?兄妹とかいるの?」

 

ラナーの質問にアリスは首を振った。

 

「いいえ。私には家族はいないわ。森の中でひとりで暮らしてるの」

 

彼女には人形の家族こそ沢山いるが親兄弟の様な家族はいない。だからこういう状況に不慣れなのは否めない。

 

「…そうなんだ。寂しくない?」

 

「全然。人形達もいるし、それに…ちょっと騒がしいけど茶飲み友達もいるし」

 

アリスの頭にはふたりの魔女が浮かんだ。内ひとりにはおそらくここに黙って行ったことがバレた時、また先程みたいに愚痴を聞くのだろうな、と苦笑いしながらアリスは目の前のフォンダンショコラに再びフォークを入れながらある事をアーデルハイドとシャリーフに聞いた。

 

「ところで貴方達、お子さんはもう?」

 

「「…え!!」」

 

アーデルハイドもシャリーフはその質問に真っ赤になる。

 

「あ~、残念だけどその予定はまだ無いんだ~。ふたり共押しが弱いんだよね~」

 

「え、えっと…あの…」

 

「お、俺達にはまだ早すぎる!」

 

「な~に言ってんの兄上?父上も早く孫の顔が見たいって言ってたじゃないか」

 

「し、しかし俺はまだ王子の身だし、こういうのは即位してからでも遅くはないだろうし…」

 

シャリーフは必死に言い訳し、アーデルハイドは恥ずかしさからか俯いてしまう。それを見たアリスは苦笑いしながらある事をふたりに提案した。

 

「ふふ、御免なさいね変な事聞いて。……そうだ。今日のお礼と言ってはなんだけど、もし貴方達に子供が生まれて、その時また会えたら、私から人形をプレゼントしてあげるわ」

 

この言葉に恥ずかしさで俯いていたアーデルハイドがパッと顔を上げる。

 

「まあ!それは本当ですか?」

 

「ええ。私達の世界、正確には外の世界の風習なんだけれど、男の子が五月人形、女の子が雛人形といって、特別な人形を贈るというのがあるのよ」

 

「それはとても素敵ですね!どんなお人形さんなんでしょうか?」

 

アーデルハイドはアリスの話に夢中になっている様だ。

 

「まるで随分前からの友達同士みたいだな」

 

「ほんとだね」

 

元帝国皇女のアーデルハイドは幼い頃、多忙な両親から離れて暮らしていた過去がある。そんな寂しかった彼女を見守っていたのは偉大な帝国を一代で築いた前皇帝であり、この異世界食堂に来るきっかけを与えてくれた祖父であった。しかしその祖父もそれから間もなくして亡くなり、更に彼女自身が流行り病に侵され、療養という名目で再び寂しく暮らす事になって彼女の心の傷は大きくなっていた。そんな彼女に光をあてたのは祖父と共に行ったこの異世界食堂、そしてそこで出会った者達であった。その後、彼女は病を克服し、更に運命の人とも出会えたのだった。

 

「病気が治って本当に良かったね、兄上」

 

「…ああ」

 

ふたりの少女の会話を優しく見守るシャリーフとラナーであった。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

その後、食事を終えた一行は揃って退店する事になった。

 

「ご馳走様。初めて食べたけどとても美味しかったわ」

 

「それは良かったです。またのご利用お待ちしております」

 

「ここの扉は七日に一度現れます!また来てくださいね!」

 

(ありがとうございました)

 

「今日は良い日でした。アリスさんとお会いできて、また新しい世界を知る事ができました」

 

「私も楽しかったよ♪ねえ兄上?」

 

「ああそうだな」

 

「こちらこそ楽しかったわ。違う世界の人と交流できるなんて思ってもみなかった」

 

「…アリスさん。その、またお会いできますか?」

 

手を差し出すアーデルハイド。

 

「今日会えたのが運命ならきっとまた会えるわ、アーデルハイド。シャリーフもラナーもね」

 

そう言って手を握り返すアリス。その場にいる全員が笑っていた。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

アリスが扉を開けると、そこは先程と同じ魔法の森だった。入る時はまだ青かった空は今はオレンジ色になっている。そしてパタンと扉を閉めると、扉はゆっくりとその場から消えた。

 

「…もう魔力は感じない。本当に消えてしまったのね」

 

アリスはほんの少し残念そうなをしていた。自分でも不思議に思う。ひとりで暮らす事に寂しさも感じないし、自分の作った人形を人にあげるなんて考えた事も無かった。それを初めて言った場所で、ましてや初めて会った者にあんな約束をするなんて。

 

「……何れまた機会もあるわね」

 

そういうアリスの手にはおみやげのパウンドケーキがあった。

 

(多分近いうちに魔理沙も来るでしょうし、その時は出してあげましょうか。きっとまた愚痴を聞かされるだろうけどね、「何で呼ばなかったんだよ~」って。…でもたまにはあの子をからかうのも悪くないわ。いつもやられてる方だし♪)

 

悪戯っ気を含んだ笑いをしながらアリスは自分の家の扉を開いた。

 

 

…………

 

一方その頃、こちらでは、

 

「…ねぇ兄上。さっきの話、早く考えてあげてね?」

 

「…?何をだ?」

 

きょとんとしているシャリーフ。そんな彼を見てラナーは軽くため息をはいた。

 

(……ごめんねアリス。これじゃ、愛らしい甥っ子か姪っ子の顔を見れるのはまだ少し先みたい)

 

苦笑いしながらそんな事を思うラナーを知ってか知らずか、シャリーフの頭には「?」マークが浮かんでいた。




メニュー9

「ジャージャー麺・生春巻き」


最近私事が色々忙しく、投稿が遅くなりましてすみませんでした。


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メニュー9「ジャージャー麺&生春巻き」

幻想郷には昔から様々な妖怪が生息しているが、中には個体数が多くそれらが集まりを成して暮らしているいくつかの代表的な種族がある。

ひとつは「鬼」。嘗て妖怪の山で暮らしていたが今は地底に拠点を移している種族で、幻想郷の妖怪の中で最も力に優れ、最強ともいわれる種族。その上揃いも揃って酒豪な者が多い。

ふたつは「天狗」。妖怪の山で暮らす鴉天狗や白狼天狗等の種族の総称。力は鬼に劣るがその見聞力と足の速さでは右に出る者はいない。

そしてみっつめは…。

 

 

妖怪の山 滝裏の洞窟

 

 

ここは妖怪の山にある巨大な滝の裏に掘られた洞窟。中はかなり奥まで続いており、所々に明かりが置かれ、更に幻想郷では珍しい機械みたいなものが置かれている。

 

帽子を被った青色の髪の少女

「ん~~~~……」

 

そんな洞窟の中にひとりの少女がいた。ツーサイドアップの青い髪に緑の帽子を被り、大量のポケットが付いた水色の服、背中には大きなリュックを背負い、胸元に鍵を付けている。そんな少女は何やら腕を組んで考え事をしている。

 

「……あ~だめだ~。幾ら考えても浮かばない~」

 

そう言いながら寝転がり、手足をバタバタさせてわめく少女。

 

「も~この私がなんにも思い浮かばないなんて~!…でも考えれば私達って発明なんかは得意分野だけどあっちの方は未経験だもんなぁ~」

 

何やらいいアイデアが浮かばないのが悔しい様子だった。

 

緑の髪の少女

「……全く何をわめいてるんだい?」

 

とその時、洞窟の入り口からもうひとり少女が顔を見せた。緑色のセミロングの髪で、服装は目の前の少女と似た様な形の迷彩柄の服。腰に茶色い長い鞄をつけ、胸元にはこれまたもうひとりの少女と同じく鍵を付けている。

 

「…ふぇ?げ~アンタか。なんでここにいるのさたかね?」

 

「どうしたのさ?はないだろうにとり。山を散歩してたらアンタの大きな声が私の耳に響いたから来てみたんだよ。それに聞きたいこともあったしね」

 

「そんなに大きな声だったかい?ちょっと今大きな悩み事ができて。ところで聞きたい事って何だい?」

 

河童(カッパ)の連中が何やら作業してたんでね。何やってんだろって思って。あれってアンタのとこの奴らだろ?」

 

するとにとりと呼ばれた少女は立ち上がり、姿勢を正した。

 

「ふふん、山童(ヤマワラ)のアンタにはわかんないか♪いや実はね、あれは私達河童にとって一大事業の始まりなのさ!」

 

「最初の一言は余計だ。…一大事業?河童の?」

 

にとりと呼ばれた少女。彼女は人間ではなく「河童(カッパ)」と呼ばれる種族である。鬼や天狗と同じく日本に古くから伝わる妖怪で、主に水場を拠点とする。特徴的なのはその科学力と分析力であり、にとりをリーダーとする彼らは外の世界の情報や独自の文化も取り入れて発明なども行っている。この洞窟に置かれている機械も彼女らの作ったものだ。

対してそのにとりにたかねと呼ばれた少女は「山童(ヤマワラ)」という妖怪。元々は河童と同じものであったが、水場に戻らずに地上で暮らすことを選んだ妖怪らしい。山童も河童と同じく、妖怪達の開発や建築を受け持っている。

 

「いや実はね。最近キュウリのより良い栽培方法の情報を掴んだんだけどさ」

 

「…キュウリの良い栽培方法?」

 

河童の好物がキュウリというのはここでも変わらない様だ。

 

「そう。地面に畑を作るわけでもなくそれよりも小さいスペースで、しかも屋内でできる方法なんだ!植物工場ともいうかな。中に作るから野分(台風)とか大雨とかで邪魔されず作物が作れるんだ」

 

「へ~それは中々興味深い話ね」

 

「だろう♪しかも木からできる作物以外なら殆どのものができるんだ。それで今回試しにキュウリの工場を作ってみようって思ってね。もうそれを建設する場所も見つけてあるし、資材も確保してるよ。今部下の河童達に下地を作らせてるとこさ♪」

 

「私が見た連中はそれかい。…しかし天気とか災害とか気にしなくても作物を作れるってのはいいね。こりゃいい儲け話になりそうなニオイがするよ♪」

 

「おっと!まずは私達の目標を達成するのが先だよ」

 

たかねの目が$マークになる。どうやらにとり以上に彼女はビジネスも重視しているらしい。

 

「…ん?けど変だねぇ。アンタの今の話じゃ場所も資材も工事建設も問題ないんだろ?何に悩んでんのさ?」

 

確かに今の話だけでは特に何も問題ない様に見える。

 

「…そう、そこに関して問題は何もないんだよ。その後が問題なんだ」

 

「…ふ~ん。で、その問題ってのは?」

 

にとりの声にたかねは息をのむ。彼女の様子からきっとよほどの問題なのだろうと思っていると、

 

「キュウリを美味しく食べる方法が思い浮かばないんだよー!」

 

「…………は?」

 

叫ぶにとり。きょとんとするたかね。

 

「私達にとってキュウリは外せないもの。それを今まで以上に量産できるのは嬉しい事なんだけどさ~。でも沢山食べれるって事は当然飽きやすくもなるわけじゃん?」

 

「…いやでもキュウリは河童の好物なんじゃ」

 

「どんな好物でも毎日毎食ずっと続いたら食べたくなくなるじゃん?」

 

「…じゃあそっちの専門家に聞けば?」

 

「聞いてみたよ。でも揃いも揃ってキュウリは冷やして食べるか、漬物にするかの二択しかパッと思いつかないって言ってたんだよ~」

 

「……確かにキュウリといえば私もその方法しか浮かばないわね」

 

「だからそれ以外の食べ方を考えてるんだけどさ~。どうも思いつかないんだ。同じ瓜の冬瓜とかだったら煮ても美味しいのにな~。でもきゅうりをただ煮たり焼いたりってのもな~」

 

「まぁそれは私もあんまり………!」

 

とその時たかねが声を止め、何やら集中した。

 

「どうしたのさ?」

 

「……いや、なんだろ。洞窟の奥の空気が変わったような…」

 

洞窟はまだ奥に続いている。

 

「へ?気のせいじゃないの?」

 

「私を誰だと思ってるんだい?山童だよ。川ではアンタ達には勝てないけど山や森なら私の方が上さ」

 

「ふ~ん…。じゃあ一応見に行ってみるかい?」

 

にとりとたかねは揃って洞窟の奥に向かって歩きだした。

……そして一分程歩き、洞窟の行き止まりに差し掛かったふたりの前に、

 

「「……え!?」」

 

あの木造りの扉があった。洋食のねこやと書かれた猫の看板がついている扉が。

 

「な、なんでこんなとこに扉が?こんなの作ってないし知らないよ!」

 

「先ほどの空気が変わった様に思えたのはこの扉だったんだね…。でも何故こんな場所に?しかもついたった今現れた様な感じがしたよ」

 

「……洋食のねこや、って書いてある。…にしても良くできた扉だな~。綺麗に組まれてるし、無駄も無い。こんな扉そこらじゃ見かけないよ」

 

「気になるのそこかい…。でも確かに丁寧に作られてるけどね。とまぁそれはさておき、これどうするかだが…」

 

ふたりは扉を前にどうすればいいか迷っていると、にとりがやがて口を開いた。

 

「………入ってみようか」

 

「大丈夫なのかい?私達だけで。微かだけど妖力みたいな力を持ってるみたいだし」

 

「洋食って書いてあるのがちょっと興味あるんだよね~。おまけにねこやってまるでお店の名前みたいじゃない。たかねは文とかに知らせておいてよ」

 

ひとりで行くというにとりに対し、たかねは、

 

「……はぁ、私も行くよ。何かあった時のためにアンタだけじゃ不安だからね」

 

「あそう?んじゃ行ってみようか」

 

そう言ってにとりはドアノブを引いた…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

にとりとたかねが扉を開けると…そこには複数のテーブルと暖かい光が溢れる、今まで見た事がない場所が広がっていた。テーブルには二、三人位の人間が座り、何かを食べている様子が見える。

 

「ひゅい!?に、人間!てかなにココ!?」

 

「こ、こりゃあ……ご飯どころ、かな…?」

 

目の前の風景に困惑するふたり。

 

(いらっしゃいませ)

 

「!」

 

「い、今頭に声が!?」

 

驚いているにとりとたかねのところに黄色の髪から山羊の角が覗く少女が近づいてきた。

 

「あ、いらっしゃいませー!おふたり様ですか?」

 

「あ、ああ。ってそうじゃなくて…あの、なんなんだいこの場所は?」

 

「はい!ここは洋食のねこやっていう、異世界にある料理屋です!」

 

「あ、やっぱり思った通り洋食屋なのか…。い、異世界~~!?」

 

「はい!そして私は、ここで働いているアレッタです!宜しくお願いします!」

 

満面の笑顔で挨拶したアレッタ。そんな彼女を前にふたりも気が抜ける。

 

「挨拶されたら返さなきゃね。私は山城たかね。山童だよ」

 

「私は河城にとり。山に住む河童さ。それで君は何?その角は鬼かい?」

 

「タカネさんとニトリさんですね!いえ私はオニじゃなくて魔族……あ、もしかしておふたりもレイムさんやマリサさん達のお知り合いですか?」

 

「あの乱暴巫女や白黒魔法使いを知っているのかい?ん~まぁそんなもんかな」

 

「あの…アレッタだっけ?もうひとつ聞きたいんだけど」

 

とその時、別の席からアレッタに注文の声が入った。

 

「あ、はーい!…すみません!マスターにお伝えしますからとりあえずお好きな席にどうぞ!」

 

するとアレッタはその客に対応しに行った。

 

「…どうする?」

 

「…とりあえず罠って感じはしなさそうだし、適当に座ろうかね」

 

そしてにとりとたかねはテーブルのひとつに座った。そしてここでも、

 

「このテーブルや椅子も綺麗に組まれてるね~」

 

「あれは…電気かね?にしてもいたずらに光っているだけでなくあんな暖かい光の電気は初めてだね。まるで灯篭の様な明るさだ」

 

「隣の方はもっとすごいんだろな~。見に行きたいけどな~」

 

開発者らしい会話を繰り広げるにとりとたかね。そこにクロがお冷、そしておしぼりを持ってきた。

 

(いらっしゃいませ。サービスのお冷とおしぼりです)

 

「! あ、ど、どうも…」

 

(間もなく店主が参りますので少々お待ちください)

 

そう言って下がったクロの背中を見ながら、

 

「…なぁたかね。今の声ってさっきの声と同じだよね?」

 

「…多分ね」

 

そんな事を考えていると、ふたりの元に店主がやってきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「ひゅい!」

 

「…え?」

 

「ああ全然気にしないでいいよ。こいつ人見知りが激しいだけだから。それより、アンタがこの、ねこやっていうとこの主かい?」

 

「ええ。私がこのねこやの店主です。お客さんみたいな方々には異世界食堂なんて呼ばれてます」

 

「…異世界食堂…?」

 

 

…………

 

「……てな訳でして」

 

「…七日に一回、異世界に通じる外の世界にある食堂の扉。…嘘みたいな話だね」

 

「でも凄いよ!そのまま聞いたらとんでもないテクノロジーだよ!」

 

話に興奮するにとり。

 

「はは、俺も先代から聞いた時は眉唾もんでした」

 

「…で、私らの妖怪の山、正確にはうちら河童の洞窟に現れたのはアンタの仕業じゃないって事なんだね?」

 

「ええ。どこに現れるのは私達にも全くわからないんです。火山の中や地底なんかにも現れてるみたいで」

 

「ふ~ん。な~んか便利なような不便なような」

 

「でもそれが本当なら…うちらにはお手上げだね。霊夢や妖怪の賢者に任せるしかないか」

 

にとりとたかねは扉の件について考えるのをやめた。

 

「まぁそんな訳ですんで、よろしかったらお客様方も食べて行ってください。お金の方は大丈夫ですんで」

 

「そうだね~…」

 

するとここでたかねが少し考えた後に店主にこんな事を言った。

 

「……んじゃさ店主。ひとつ相談があるんだけど、キュウリを使った料理って何かあるかい?漬物とか以外で」

 

「…へ?」

 

その言葉にきょとんとするにとり。

 

「キュウリですか?」

 

「ああ。こいつがまた面倒な事で悩んでてね。思いつかなくて仕事も捗らないらしくてさ。なんか無いかね?和食でも外の世界の料理でも思い当たるものなら何でもいいんだけどさ」

 

この言葉に店主は暫し顎に手をあてて考え、

 

「……かしこまりました。少々お待ちください。それをお二人分で宜しいですか?」

 

にとりとたかねは頷く。それを見て店主は調理場に戻っていった。

 

「…どしたのさ?」

 

「か、勘違いすんじゃないよ。私としてはアンタの計画をさっさと進めてうちらの方でも実用化にこぎつけたいだけだ。それに工事が早く終わらないと騒がしいからね」

 

たかねは照れを隠しながらそう言い放った。

 

「…はいはいわかってますって♪」

 

にとりは笑って返す。お互い考え方で反発する事もあるがケンカするほど仲がいいともいえる。

 

「それはそうとさっきの人間の店主、キュウリを使った料理ってなんか自信ありげだったけどどんなもんかね~」

 

 

~~~~♪

 

 

とその時、ねこやの扉の鈴が再び音を立てて開いた。

 

「こんにちわ~!」

 

挨拶を大声で言いながら入ってきたのはひとりの少年。年恰好はにとりやたかねと同じ位。尖った耳と青い髪を一部三つ編みにしている。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「…お、イルゼガントくんいらっしゃい。今日もいつものやつかい?」

 

「う~ん、ゆっくりしたいんだけど今日は持ち帰りの方でお願いします。まだ研究が残ってるんで」

 

「はいよ。少々お待ちください」

 

そう言うとイルゼガントと呼ばれた少年はカウンター席に着く。そこにクロがレモン水を持ってきた。

 

「ありがとうございます」

 

(いえ)

 

「ああそういえば店主さん聞いてよ!やっとうちの薬草園にあった植物から砂糖とほぼ同じものを作る事ができたんだ!塩はまだだけど」

 

「へ~それは良かったですね」

 

「これでわざわざ店主さんからもらわなくてもウジキントキに使うあんこ?を作る砂糖を用意できるよ。今煮たててるとこさ♪」

 

「え?でもそれじゃ火つけっぱなしなんじゃ?」

 

「ああそれなら大丈夫。うちのゴーレムがついてくれてるから。指先の器用さなら人間も」

 

とその時、

 

「「ゴーレムだって!?」」

 

別の席に座っていたにとりとたかねが少年に詰め寄った。

 

「うわ!吃驚した」

 

「ねぇねぇ、その話詳しく聞かせてもらっていいかな~?ゴーレムってあれよね?動く人形だよね?」

 

「材料は何?泥?石?はたまた金属とかだったりして?」

 

「動力は何?電気?はたまた魔法みたいなもの?」

 

好奇心に満ちた目で自分を見るふたりの姿に少年も流石にタジタジになる。

 

「あ、あの~アレッタさん、この人達は?」

 

「え、あ、はい。実は…」

 

アレッタはにとりとたかねがとりあえず自分達とは違う別の世界の住人である事を伝えると…、

 

イルゼガント(宇治金時)

「へ~!僕達とは違う世界の人達か~!面白い!僕はイルゼガント。空中に浮いてる島で暮らしているエルフさ!」

 

少年の方も目を輝かせた。

 

「へ~エルフか~。エルフってったらあれでしょ?耳が尖がってて魔法みたいなもんが得意で長寿な奴でしょ~?」

 

「う~んまぁ間違ってはいないけど僕はどっちかと言えば魔法よりも何かを作ったり研究してる方が好きかも」

 

「そうなんだ~なら気が合うかもね♪ああうちは河城にとり。河童っていう妖怪だよ」

 

「私は山城たかね。開発設計ビジネスとなんでもごされの山童だよ」

 

いつもの人見知りはどうしたという位、にとりも活き活きしている。

 

「宜しく~!でもカッパとかヤマワラって何?僕はこれでも数百年以上生きてるけど聞いた事無いなぁ」

 

「あ、それはね~…」

 

にとりとたかねは自分達がどういう存在なのか説明すると、イルゼガントはますます興奮した。子供ながらの好奇心かそもそもなのか、新しい事には彼も非常に貪欲らしい。

 

「へ~君達は人間じゃないのか!じゃあその帽子の下にはお皿があるの?見せてもらっていい!?」

 

「あ、そこは突っ込んでもらわないと助かるかな~。ねぇねぇそれよりもゴーレムの事教えてよ!うちらの知り合いには土偶や人形動かす奴はいるけどゴーレムはテンション上がるんだ♪」

 

「私もゴーレムじゃないけど自分で着て動かす機械鎧みたいなもん作ってるから興味あるんだよね♪」

 

「うんいいよ!代わりに君達の話も聞かせてね♪」

 

それからイルゼガントのお持ち帰りの注文が届くまで三人は互いの事を夢中で話し合った。

 

「…という訳で内部構造は機械が中心だけど細かい動きをさせるために外郭や細かい部分は木なり鉱石なり使ってるんだ」

 

「確かに全部が金属だと重いからね。私のアーマーも使いきりみたいなもんだから無駄な部分は省いても問題ないね」

 

「成程成程。その人工知能って奴で自立して動いてるんだね~♪それを今うちで作ってる工場でやれればいずれ全部オートメーション化できるかな」

 

「オートメーション?…まぁいいや、それよりもデンキか。雷や魔法でそっちは代用できるとして…」

 

動物好きな者同士が直ぐに友達になる様に、互いの持つ技術や未知の技術が彼らを笑顔にしていた。

 

(…認め合うのというのは、やっぱりいい)

 

「はいそうですね!」

 

そんな彼らを見てアレッタとクロも笑い、

 

「ふむ…。世界を跨いだ学者同士の交流か…」

 

「良いものだな。若さというのは」

 

「いやいや、あの少年の方が儂らよりも長生きだぞテリヤキ」

 

「……ああそうだった。見た目は老いぼれなのに拙者らの方が若いとは。ふふ、珍妙なものだなロースカツ」

 

彼らをカウンターの端の席から見守っていた異世界食堂の最も古い常連のふたりは苦笑いをした。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

そうこうしている内にイルゼガントは注文したお持ち帰り、そしていつもの差し入れである塩を持って帰っていった。

 

「面白かったな~♪」

 

「そうね。まさか異世界の技術の話を聞けるとは思わなかったわ♪」

 

にとりとたかねも満足している様子だ。とそこに、

 

「お待たせしました~!(お待たせしました)」

 

アレッタとクロが料理を運んできてふたりの前に差し出した。

 

(ご希望のキュウリを使ったメニューをお持ちしました)

 

「ジャージャー麺と、こちら生春巻きです!」

 

まずふたりの真ん前に出されたのは…見た事が無い麺の料理。ほんの少し黄色い麺の上には赤みがかっている黒いタレの様な、或いは味噌の様なものがたっぷりとかけられ、その横には同じ位たっぷりどんと乗ったキュウリの千切り。ほんの少し白髪ねぎも乗っている。

その横に置かれたのは何やら白っぽい透明な膜か紙の様なもので包まれたもの。中には葉野菜と人参、湯がかれた様な小エビ、そしてこちらもキュウリ。傍につけダレらしき小皿も置かれた事からこれに付けて食べるのだろうと想像できる。

 

「確かにキュウリがあるね…しかもどっさり。これが異世界、違った外の世界の料理かい」

 

「こんな麺は初めて見たけど…なんだい?野菜を包んでるこの透明な紙みたいなものは?」

 

するとアレッタが説明した。

 

「そちらはライスペーパーといって、ライスから作った食べられる紙です。なのでそのまま食べていただけますよ!」

 

「お米から作った…」

 

「食べられる紙…だって?」

 

(ジャージャー麺はよく混ぜて、生春巻きはこちらのタレにつけて召し上がってください)

 

「それではごゆっくり!」

 

そう言ってアレッタとクロは離れていった。

 

「……食べようか」

 

「……そうだね」

 

ふたりは箸を取り、まずは目の前のジャージャー麺という料理にかかる。混ぜて食べろとの事だが取り合えず麺だけを何本か掬ってみる。

 

「うどんよりも細いけど蕎麦よりは太いね」

 

そのまま麺だけを食べてみる。うどんよりも細く素麺よりも少し太い。蕎麦みたいな香りは無いがちょっともちもち感があって柔らかく、するすると食べられる。

 

「……うん。食べた感じうどんと同じ小麦だ。食べやすい麺だね」

 

麺を味わったふたりは今度は麺を乗っている味噌と一緒に食べてみる。味噌の中には少し大きめに切られた肉、椎茸、タケノコ、ネギ等が入っているらしい。とろみのある味噌だれを十分に絡めてズルズルッといく。

 

「……美味しいじゃん!」

 

「とろみのあるこの肉味噌がこの細い麺によく絡んでるし、椎茸やタケノコの歯ごたえもちゃんとある!」

 

ふたりはその味を堪能し、今度は言われた通り麺と味噌、そして大量のキュウリを混ぜて一緒にまたズルズルッと食べてみる。麺の食感と味噌の濃厚にキュウリのさっぱり感と歯ごたえが加わり、更に食べやすくなる。

 

「…成程、この味噌と麺だけだったらちょっと濃いけど、キュウリが入る事でちょっとさっぱり感が生まれるね」

 

「シャキシャキ感もしっかり残ってるし風味もちゃんと生きてる。これは一緒に食べて正解だね」

 

「作ってみたいけど…この麺の成分がわからないなぁ。うどんとかでもできるのかな?」

 

ふたりは暫しの間ジャージャー麺を堪能し、次は横に置かれた生春巻きにとりかかる。

 

「さてさて次はこっちの…生春巻きだっけ」

 

「なんで「春」巻きっていうんだろ?見た感じ春の食材って感じじゃないけど…まぁいいか」

 

五つほどあるそれのひとつを箸で掴んでみる。ライスペーパーという米で作られたらしい薄い紙に包まれた野菜と小エビ。見た目紙とか膜にしか見えないのでほんの少し抵抗はあったものの紙の様な食べ物といえば海苔もあるかと思い、まずはジャージャー麺と同じくそのまま食べてみる。

 

「……うそ。この紙ほんとに食べられる!」

 

「キュウリや葉野菜も凄く新鮮だし、小エビもぷりぷりだ♪それらを問題なくまとめているのがこのライスペーパーって訳だね」

 

今度はやや赤色をしたつけダレにつけて食べてみる。お酢ベースでごま油の香りやピリッとしたチリが効いている甘辛系のタレ。

 

「…これも美味しい。成程、このつけダレちょっとだけ辛いのがまたいい!」

 

「何もつけないとちょっとたんぱくだけど、これなら幾らでも食べれるわ」

 

「濃厚なジャージャー麺とさっぱりとした生春巻き。ベストマッチだね♪」

 

ふたりは暫しの間、外の世界の料理を満喫するのだった…。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

それから暫くして、にとりとたかねは料理を綺麗に食べ終えた。

 

「美味しかったね~」

 

「初めて見る料理だったけど何の心配もいらなかったわね」

 

大満足したらしいふたりの元に店主がやってきた。

 

「良かった。ご満足いただけたみたいですね」

 

「あ、人間の店主さん。十分満足さ♪」

 

いつしかにとりも店主に慣れてしまったようだ。

 

「無茶な注文言ってすまなかったね」

 

「いえいえ構いませんよ。異世界の方々でも私達の世界の料理は見た事ないものばかりですから、お客さん方みたいにリクエストみたいな形で注文されることも多いんで」

 

「あのジャージャー麺?だっけ。あの麺ってうどんや蕎麦でもないよね?どうやって作ってるの?」

 

「ああ、知り合いから仕入れてる中華麺ですよ。だからうちの手作りじゃないんです。でもうちで仕入れてるやつは馴染みの中華料理屋も仕入れてるものなんで、味は保証しますよ」

 

「麺の作り方がわかればあの料理を再現できるんだけどな…」

 

腕を組んで考えるにとりとたかね。すると横にいたアレッタがふたりに質問した。

 

「でもなんでキュウリなんですか?」

 

「ん?ああ君達の世界には河童はいないのかな。実はね…」

 

にとりは河童という生き物(正確には妖怪)がキュウリが大好物な種族だという事。そして最近いい栽培方法を知ったのだが、それを飽きずに食べるためにキュウリのメニューや新しい調理法を探している事を伝えた。

 

(…頭にお皿…)

 

「にとりさんでしたっけ。意外かもしれませんが、キュウリもサラダや漬物以外に色々調理法があるんですよ。炒め物とか肉を巻いて焼いたりとか、薄く切って吸い物や味噌汁の具にしたりもします」

 

「本当かい?」

 

「へ~味噌汁の具は思いつかなかったね」

 

「まぁ火を通してちょっと食感は悪くなるんですが味は悪くないですよ。勿論生のままでも食材との組み合わせやアイデア次第じゃきっといろんな料理ができると思います」

 

「わかった。アイデアを考えるのは得意だから任せておいてよ♪」

 

胸をドンッとたたいて自信満々な表情を見せるにとり。

 

「あんだけ悩んでた癖に調子のいい事言って。…まぁいいか」

 

苦笑いしつつも悩みが吹き飛んだ様なにとりに安心するたかねであった。

 

 

…………

 

その後、幻想郷に帰ろうとするふたりに店主がいつもの様におみやげを渡したのだが、

 

「これ、おみやげです。キュウリサンドなんですが」

 

「…キュウリサンド?」

 

「はい。俺達の世界にイギリスって国があるんですが、そこのお茶会で必ず出されている軽食なんです。一回食べてみてください。あとこれもキュウリに合うんで差し上げます」

 

「ふ~んありがと」

 

「また扉を見つけたら来てくださいね!」

 

(ありがとうございました)

 

「ご馳走様~♪」

 

「今度はもっと知り合いを連れてくるよ♪」

 

「はい。またのご来店をお待ちしております」

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

その後…。

 

 

「この「まよね~ず」ってやつ、どうにかして量産できないかな~。生野菜に合いすぎるね。とまぁそれは置いといて発芽具合とそれに必要な水の量と温度、そして自動的に収穫する機能まで把握できればあとは…ポリポリムグムグ」

 

「これ…パンだっけ?キュウリとほんの少しの塩コショウでここまで合うとはね~。…う~んイルゼガントから聞いたゴーレムの内部構造を今作ってるアーマーにどう流用するか…。ミサイルや銃の発射口は金属しか無いとして可能な限り軽量化を図りたいし…シャキシャキモグモグ」

 

キュウリサンドと野菜スティック(マヨネーズ)を食しながら、幻想郷きっての科学者ふたりの研究はまだまだ続きそうだ…。やがてにとりはこの時イルゼガントに聞いた人工知能たるものを開発してキュウリ工場の効率化の向上に。たかねは自身が作っているアーマーの強化に成功するがその話はここでは余談である。




メニュー10

「苺のショートケーキ」


自分はジャージャー麺はキュウリタップリ派です。
先日のロスワ生放送で流れたこいしのMV、神曲ですね。でも一番好きなのは白銀の風。


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メニュー10「苺のショートケーキ」

お気に入りが500に到達しました!ありがとうございます。


竹から生まれた美しい少女が実は月の生まれの姫であり、やがて月へ帰る「かぐや姫」。日本人ならばだれもが一度は聞いたことがある話であるだろう。しかしこれらは何れも古くから伝わるおとぎ話であり、勿論現実の世界には実在しない。ましてや月に兎等暮らしている筈もない。………幻想郷を除いては。

 

 

迷いの竹林「永遠亭」

 

 

幻想郷の一角にある広大な竹林。通称「迷いの竹林」と呼ばれるその竹林は常に霧が立ち込め、更にこの土地の影響か竹の成長が何倍も速いために常に景色が変わり、入る者達を惑わせる文字通り迷いの竹林。そんな竹林の中にひっそりとある一軒の和風の邸宅、それが永遠亭であった。今回の話はここから始まる。

 

長い黒髪の少女

「ねぇ~永琳~」

 

屋敷の中にはひとりの少女がいた。腰よりも長く美しいストレートの黒髪。白い下衣の上に指先まで隠す長い袖で胸元に大きな白いリボンがある桃色の上衣。腰から下はこれまた足先まで隠す程裾が長い赤色のスカートと、一見和服の様で違う変わった格好をした少女だった。

 

「永琳~永琳ってば~。助けて~。ヘルプミ~え~い~り~ん~」

 

一面畳が引かれた和室で少女は誰かを呼び続ける。

 

長い三つ編みの銀髪の女性

「はいはい。如何なさったんですか」

 

すると暫しして廊下を渡ってひとりの女性が顔を出した。少女と同じ位の長い銀髪の髪を一本の三つ編みに束ねた女性。服装は赤と青のツートンを真ん中から左右に分けた変わった色合いの服を着ており、頭には同じ色のナース帽子の様なものを被っている。

 

「すっっっごく退屈なの~。何とかして~」

 

「ふぅ、最近そればかりね」

 

「だってほんとに最近な~んにも起こらないんだもの~。平和そのもの」

 

「贅沢な悩みね。なら妹紅に相手してもらえばいいじゃないの」

 

「それも飽きたの~。もう数えるのもとっくに諦めてる位やってるもの~」

 

「なら前に行った肝試しでもまたやりましょうか?」

 

「それも考えたけど妹紅に「ふざけんな!輝夜の下らん遊びにはもう付き合わない!」って言って断られたわ~。あの子も全く心が狭いんだから~」

 

「…まぁ不死の怪物の生き胆を食べれば不死の命を授かる、なんて言われて狙われる当の本人からしたら迷惑極まりないだろうけど。なら久しぶりに私の授業でも受けてみる?」

 

「それだけは無し!PHの6は酸っぱくない。それで十分よ♪」

 

「それは即答なのね」

 

笑顔で即答する少女に苦笑いしながらため息をはく女性。少女の名は輝夜といった。蓬莱山輝夜。彼女は元々幻想郷で生まれた者でも外の世界の者でもない。幻想郷に存在する月、そこからとある理由でこの地にやってきた者にして、かの有名なかぐや姫その人であった。

そして輝夜から永琳と呼ばれた女性、名を八意永琳。彼女も月の人で輝夜の付き人にして保護者にして師匠の様な存在でもある。そして第二話で紫が「永遠亭の医者」と呼んでいる張本人であった。その知識は非常に豊富で月の知識と呼ばれるほどである。そしてこのふたりにはとある大きな秘密があるのだがその話はまた別の話で語る事にしておく。

 

「…ってまぁふざけているわけじゃなく、本当に暇なのよ。ねぇ何かないかしら?」

 

「そうはいってもね…。う~ん」

 

「…あ、そういえば永琳!あの扉が現れるのって今日じゃないの?」

 

「扉?……ああ。八雲紫が言っていた「外の世界の食堂への扉」の事?」

 

どうやら紫から既に異世界食堂の話は伝わっているらしい。

 

「そう!噂じゃ凄く美味しいらしいじゃない!」

 

「…そう言えばこの前紅魔館の魔女にお薬を渡しに行った時も当主のレミリアがそんな事を言っていたわね。…でもあの扉、日によって現れる場所が違うらしいわよ」

 

「そうなのよね~。永遠亭に出てくれないかしら~?」

 

「まぁそれに関しては神のみぞ知る、という感じね。ああそういえばあの子見なかった?」

 

「鈴仙ならてゐが見つからないってさっき出ていったわよ」

 

「そうなの。もう、この後人里に往診なのに…」

 

 

…………

 

その頃、竹林の中にて、

 

 

タタタタタ……バッ!…シュタッ!

 

 

兎の様な耳を持った長い藤色の髪の少女

「てゐー!てゐー!」

 

素早く走り回りながらジャンプし、大きな岩の上に飛び降りたひとつの影。大声で誰かを探すひとりの少女の姿があった。赤い瞳で腰よりも長い藤色の髪。そこから少しよれた兎の様な耳が覗き、服装は白いシャツに赤いネクタイ、ブレザーにスカート、白い靴下に革靴と、平たく言えば女子高生のセーラー服である。

 

「まったくもう!今日はお師匠様と里に往診に行くから姫様のお世話をお願いするって言ってたのに…どこにいるのかしら全く!」

 

そう言いながら岩から少女が降りた……その時、

 

ズッ!!

 

「へ?」ズボッ!!」きゃああ!!」

 

突然降りた先の足元の地面が崩れ落ち、陥没してしまった。

 

「い…たたた…。お尻打っちゃった」

 

どうやら落とし穴の様だ。

 

兎の耳が生えた黒髪の少女

「きゃははは!また引っかかった引っかかった!」

 

とその時、上から落とし穴に落ちた少女を見下ろしながら大笑いしているのは、ふわふわな兎の耳を生やし、ピンク色の半袖ワンピースを着、肩までの黒髪をした一見かなり幼い少女だった。その言葉からどうやら落とし穴を掘った調本人であるらしい。

 

「全くアンタも飽きないねぇ~鈴仙。そんなに毎回毎回見事に嵌ってちゃ永琳の弟子なんてやってられないよ~♪」

 

鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ。それが藤色の髪の少女の名前。輝夜や永琳と同じく月の民であるが、訳あって共に幻想郷に堕ちてきた者である。また永琳は彼女の師匠であり、永琳から薬学や医学を学ぶ身でもあった。

 

「…てゐ~~。やっぱりアンタの仕業ねぇ~~!アンタには仕事を頼んでいた筈でしょう!」

 

「う~んどうしようかな~。永琳や姫様に言われたら従ったと思うけどアンタじゃね~」

 

「何を~!」

 

そう言って落とし穴から出ようと再び立ちあがった……その時、

 

…ズッ

 

「……へ?」ズボッ!!「きゃあぁぁぁぁぁ……!」

 

なんと落とし穴の地面が更に陥没し、彼女は再び落ちていった…。

 

「………え?お、落とし穴の床が抜けて…!?」

 

思いもよらない出来事にてゐという少女も流石にポカンとした表情を浮かべた。

 

「…ね、ねえ~?…大丈夫~?」

 

穴に向かって一応声をかけてみるが……返事は無い。それを見たてゐは、

 

「………あ、アハハハ。………しーらないっと」ギュンッ!!

 

まさに脱兎のごとく、走り去ってしまった…。

 

 

…………

 

一方、落とし穴の底が抜けて更に深く落ちた鈴仙の方は、

 

「…いったた…。また思い切りお尻打っちゃった…。も~~てゐの奴~!帰ったらお師匠様におもいっきり説教してもらうんだから!!」

 

どうやら大丈夫そうだ。どうやら落とし穴の下に空洞があったらしく、落ちた衝撃で落とし穴の地面が余計に和らぎ、落ちてしまった様だ。…しかし落ちてきたらしい穴は結構上の方にあり、そこから光が小さく見える。自力だけで簡単に上がれそうには無かった。

 

「弱ったなぁ。私のジャンプでもあそこまでは届きそうにないし。誰かが気づいてくれたら良いんだけど…。怒られるのを分かってる筈だからてゐが姫様やお師匠様に知らせてるとは思えないし…。てかどこなんだろうココ…」

 

上からうっすら差し込んでくる光でなんとなく見えるのはどこかの洞窟という事位だ。

 

「地下水路かな?どこかに出口があればいいんだけど…。この洞窟がどこまであるかもわからない……!?」

 

とその時、彼女の赤い目に止まったものがあった。はるか上の穴から差し込むうっすらな光の暗い中でよ~く見ないと見えないものだったが、洞窟内の一か所に何かある気がした。思わずそちらの方に近づくと、

 

「……!」

 

それは猫の看板が掲げられた、重厚な感じがする木造りの扉だった。

 

「と、扉!?なんでこんな穴の中に扉が!?……待って、そう言えば以前お師匠様が言ってた気がする…」

 

 

(八雲紫からの知らせよ。幻想郷に猫の絵が掲げてある扉が現れる様になったらしいわ。なんでも外の世界の食事処に繋がっているとか)

 

 

「も、もしかしてこれがその扉!?た、大変!早くお師匠様や姫様に……あ」

 

伝えようにも穴から自力では上がれそうにない。静かにたたずむ扉を前にどうしようか腕を組んで悩む。

 

「……そう言えば前に白玉楼に行った時に妖夢が言ってたっけ」

 

 

(思っていた様な危険な場所ではないですし、何よりご飯も美味しかったですよ)

 

 

友人の妖夢が嬉しそうに話していたのを思い出し、暫く考えた鈴仙は、

 

「ここで悩んでいても解決しないし、助けもいつ来るかわからないし……」

 

意識してるかいないか、ドアノブを取っていた…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

そして扉を開けた鈴仙は見た。幻想郷の甘味処や食事処には決して見えないいくつものテーブルと椅子。沢山の小物たち。そして見た事もない人達がいる食堂を。

 

「…え、えええええ!な、何ですかここはぁぁぁ!?」

 

鈴仙の吃驚する声が聞こえた。するとそこに、

 

(いらっしゃいませ。おひとり様ですか?)

 

「え?い、今頭に…!?」

 

長い黒髪で黒い給仕の服を着た少女が近づいてき、同時に頭の中に声が響いた。これにも当然鈴仙は驚くが、それ以上にその少女の目を見て動揺した。

 

(な…何この人…?この人の黄金色の目…。何か…引き込まれる様な…)

 

「狂気を操る程度の能力」。それが鈴仙・優曇華院・イナバの能力。彼女の赤い目を覗き込んだり、もしくは視線を合わせた者を狂気に落とす力がある。並みの人間であれば忽ちに冷静さを失ってしまう筈。しかし今前にいる黒い少女の目にはそんなものとは比べ物にならない、自分とは比較にならない程の力を含んでいるのを、能力からか無意識からか察した。

 

(…どうかなさいましたか?)

 

しかし当の本人は何も気にしていないのか、黙ったままの鈴仙に質問する。鈴仙はまだ驚きながらも取り合えず現時点で危険らしい雰囲気は無いと思い、改めて尋ねた。

 

「は!す、すみません。え、えっと…あの、ここってもしかして、外の世界に繋がる食事処、ですか?」

 

(そうです。…もしかして、お客様も幻想郷、という場所から来られたのですか?)

 

鈴仙は姿勢を正し、返答と共に自己紹介する事にした。

 

「は、はいそうです。あ、どうも失礼しました。私、鈴仙・優曇華院・イナバといいます。鈴仙と呼んでください」

 

(承知しました。私はこの異世界食堂で働くクロと申します。宜しくお願いします)

 

「は、はい。宜しく」

 

(取り合えずお席にどうぞ。すぐにおしぼりとお冷をお持ちします)

 

そう言ってクロは一旦鈴仙から離れ、他の席の注文を取りに行った。もうひとり山羊の角が生えた金髪の給仕も鈴仙に「いらっしゃいませー!」と言いながらせわしなく動いている。

 

「………とりあえず座りましょうか」

 

 

~~~~♪ドンッ!

 

 

とその時後ろのドアが開き、何かが入ってきたと思った途端、扉の前で立ち尽くしていた鈴仙の身体にぶつかってしまった。

 

「わっ!」

 

「おっとごめんよ!」

 

入ってきたのは軽装の皮鎧に身を包んだ肩までの茶色い髪の女性。

 

「どうしましたアリシア?」

 

「ああすまねぇ。扉の前にいたこの子とちょっとぶつかっちまって」

 

次に入ってきたのはローブ姿で頭に頭飾りをつけた褐色の肌の女性。その口からは少し牙が覗いている。

 

「全くもう何やってんだか。大丈夫かい?」

 

最後に入ってきたのは短い赤い髪から動物みたいな耳が生え、猫の様な目をした女性。服装は最初の女性に近い。

 

「怪我とかしてないかい?」

 

「は、はい大丈夫です。私の方こそすみません」

 

「もう少し気を付けないといけませんよアリシア」

 

「わりぃわりぃ、久しぶりに来れたから気分上がっちまって。最近ずっと仕事だったしな。お前もだろラニージャ」

 

「……見たところ初めて見る顔だね。カッコも変わってるし、アンタも魔族?」

 

「え?い、いえ違います。私は」

 

するとここでラニージャという女性が言った。

 

「まぁとりあえず席に着きませんか?ここでは邪魔になりますし」

 

「あ、そうだな。アンタも一緒に座ろうぜ?」

 

「え、でも邪魔になりませんか?」

 

「いいからいいから。アンタの話も聞きたいしさ♪」

 

 

…………

 

その後、鈴仙はひとりで座るよりはと思って彼女らの厚意に甘える事にした。

 

「お冷とおしぼりとメニューです!」

 

「ありがとアレッタ。私らはまたいつもので」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

それだけ聞くとわかったのかはアレッタという給仕は店主に注文を言いに行った。

 

ヒルダ(スフレチーズケーキ)

「は~久々にここのチーズケーキが食える~♪ああ自己紹介しておくよ。ヒルダという。見ての通り魔族さ」

アリシア(ベイクドチーズケーキ)

「アリシアだ。傭兵をやってる。宜しくな」

ラニージャ(レアチーズケーキ)

「ラニージャと申します。宜しくお願いしますわ」

 

三人は揃って鈴仙に挨拶した。

 

「どうもご丁寧に。私は鈴仙・優曇華院・イナバです。鈴仙と呼んでください」

 

「レイセンだね。変わった名前だなぁ…。てかアンタも兎獣の魔族かい?」

 

「…魔族?いえ、私は元月の民です」

 

鈴仙のこの返事に三人はポカンとした。

 

「……は?月の民~~?」

 

「月って…あの月のことでしょうか?しかしあの地に生命がいる等…」

 

「あ、そうか。こっちは違うのか。あのですね…」

 

 

…………

 

「…ふ~ん成程ね~。じゃあアンタは別の世界の住人ってわけなのか。通りで見た事ない恰好だと思ったよ」

 

「驚きましたわ。世界は広いですわね」

 

「私達は仕事で最近来れなかったからな。そんな事になってたなんて全く知らなかったぜ」

 

意外なほどあっさりしている彼女らに鈴仙は驚く。

 

「……あの、自分で言うのもなんですがそんなあっさり信じてもらえるんですか?」

 

「信じるも何もこの異世界食堂自体が異世界だしね。今更そんな事位じゃ驚かないよ」

 

「そ~そ。お宝見つけた時の方がビックリするさ♪」

 

「ですが月にその様な文明があるのに…何故そのゲンソウキョウ?という世界にわざわざレイセンさんは降りて来られたのです?」

 

ラニージャからのその質問に鈴仙は少し苦笑いを浮かべ、

 

「あはは…。実は…私は月から逃げてきてしまったんです…」

 

鈴仙が幻想郷にやってきたのはとある理由があった。昔、幻想郷が現実の世界から切り離されてある程度の時が経った時、既にとある理由で降りてきていた輝夜と永琳の元に一匹の兎がやってきた。それが鈴仙であった。彼女は輝夜と永琳に言った。

 

 

(月に人間が攻め込んできた…。自分は戦いが怖いから逃げてきてしまった…)

 

 

人間と月の戦争。この話を聞いた輝夜と永琳は半信半疑ながらも鈴仙を保護し、もし本当だとしても人間よりもはるかに長い歴史と知恵を持つ月が負けるはずがないと月に帰る事は無く、黙って行く末を見守った。それから数十年後、戦争は一応の決着をみたがその間に鈴仙は永琳の弟子となっていた事や月に帰る事への自責から幻想郷に住み続ける事になったのである…。

 

「…人間が月に戦争を、ねぇ…。は~異世界ってのは想像もできない事やるねぇ」

 

「ですが私達の世界でも過去に多くの戦があったじゃないですか。邪神戦争、エルフの侵攻、万色の混沌…」

 

「確かにね。どこの世界でも似た様な事があるって事なんだろうねきっと」

 

ヒルダ、アリシア、ラニージャの三人はにわかには信じられそうにない話に驚きながらも信じた様だ。

 

「だから私は月からしたら…裏切り者みたいなものなんです。お師匠様や姫様の優しさに甘えて帰りもせずに…。薄情者ですよね…」

 

そう言って苦笑いを浮かべる鈴仙。しかしその表情にはどこか辛さが見えた。

 

「そう自分を責めるんじゃないよ。誰だって戦は怖いもんさ。逃げたいと思う気持ちもよくわかるよ。ましてやアンタみたいな女の子なら余計ね」

 

「そうですわ。それに今の貴女が住まわれている場所の方々は貴女を責めてはいないのでしょう?きっとお気持ちを理解されてますわ」

 

「アンタは逃げた事を悪いとも思ってんだろ?それが許せないとも。だったら責任の取り方をゆっくり考えたらいいと思うよ」

 

ヒルダ達は鈴仙を励ますように言った。

 

「…皆さん…ありがとうございます」

 

鈴仙は素直に嬉しく思った。

 

「お客さん。ご注文の方はお決まりですか?」

 

「え?あ、ああそうでした!えっと…何がいいですかね」

 

注文を聞きに来たアレッタに気が付き、鈴仙が何を選ぶか悩んでいると、

 

「それならスフレチーズケーキがおすすめだ!甘さだけじゃない、口の中でホロホロと崩れるほど柔らかく、付け合わせのベリーのソースも絶品だ!」

 

ヒルダがメニューに書かれたスフレーチーズケーキを指さす。

 

「これがスフレチーズケーキですか…。確かに美味しそ」

 

するとアリシアが間髪入れずにベイクドチーズケーキを指す。

 

「いやいやベイクドチーズケーキだろう!チーズの香ばしさがどのケーキよりも味わえて、濃厚な味わいで食べ応えも十分だ!」

 

「え?あ、た、確かにこれも」

 

そして当然次にラニージャがレアチーズケーキを指さした。

 

「お待ちください!他のチーズケーキには無い滑らかさと酸味、そしてその酸味を引き立てる赤いベリーのソースを是非味わってみてください!」

 

「え、えええ…?」

 

怒涛のおすすめパレードに鈴仙は顔を引きつらせる。対してヒルダ達は譲る気配がなく、視線で「どれがいい?」と声なき声をぶつけてくる。アレッタはそれを以前も見た事あるのか、苦笑いを浮かべて対応に困っている。

 

「……お客さん方、そういう言い合いはいい加減別のとこでやってくれませんかね?」

 

とその時、厨房から顔をのぞかせたひとりの人物がいた。髭を生やしたコック服姿の男性。勿論店主。

 

「自分のおすすめを人に勧めるのは別に構いませんがね。無理に押し付けてお客さんに迷惑をかけるのは見過ごせませんし、そんなんで食っても美味くねぇ。何を食いたいかはお客さんの自由。これ以上やるなら…もう料理は出しませんぜ」

 

その顔と声にはほんの少しの怒りが含まれている様だ。

 

「ご、御免よ…」

 

「あ、ああ悪かった…」

 

「申し訳ありません…」

 

さっきまでの熱気が完全に抜けたヒルダ達は大人しく座った。それを見た店主は、

 

「どうもすいませんねお客さん。注文はゆっくり決めてくださって結構なんで」

 

何時もの表情に戻った。穏やかでどこかしらふてぶてしい顔に。

 

「……」

 

鈴仙は今のやりとりをポカンとした顔で見ていた。

 

(まぁでもおすすめなのはやっぱり菓子、そしてケーキだ。味も保証するよ♪)

 

再び笑って少し小声でそう言うヒルダ。言われて鈴仙もお菓子のページを開く。

 

(凄い種類ですね…。和菓子だけじゃなく洋菓子も沢山…。ケーキにパフェにアイスクリーム…。聞いた事無いメニューも多いですが全部可愛らしくて美味しそう。どれがいいかな……あ)

 

悩みつつも鈴仙の目にある菓子が止まった。彼女の赤い目みたいな赤が目立つ菓子に。

 

「じゃあこの、苺のショートケーキというのをください」

 

「苺のショートケーキですね!お飲み物はどうされますか?お得になりますよ」

 

「じゃあ皆さんと同じで紅茶をお願いします」

 

「はい!少々お待ちください」

 

アレッタが注文を店主に伝えに言った。

 

「ごめんなレイセンさっきは」

 

「い、いえいえ全然大丈夫です」

 

「やれやれまたやっちまった…。気を付けようと思ってんだけど」

 

「お恥ずかしいですわね…」

 

「まぁでもここの菓子は本当に美味いよ。帝国みたいな甘ければ甘いほど美味いなんていうもんじゃなくなんつーか繊細なんだ。あそうだ。迷惑かけた詫びにうちらが奢るよ」

 

「え!でも」

 

「大きい仕事終わりで報酬もたんまり貰ったしな♪」

 

「お気になさらないでくださいね」

 

ヒルダ達の少々乱暴ながら優しい言葉を鈴仙は受け入れるしかなさそうだった。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

そして数分後、アレッタとクロが鈴仙達のテーブルに彼女らの注文を持ってきた。

 

「お待たせしましたー!」

 

「お、待ってました♪」

 

(ご注文のスフレチーズケーキ…ベイクドチーズケーキ…レアチーズケーキ…)

 

ヒルダには赤紫色のベリーソースがかかった柔らかそうな白いケーキが。アリシアには表面が茶色く焼かれ、柑橘系のジャムが塗られたケーキが。そしてラニージャには赤色のソースがかかったスフレよりも白く、滑らかなケーキが置かれた。

 

(そして苺のショートケーキです)

 

そして鈴仙の前には黄色い柔らかそうなスポンジ生地。薄切りの苺。純白のクリーム。それらが美しい層を作っているケーキ。外側も白いクリームで綺麗に飾り付けされ、更にケーキの上にはクリームでできた土台の上に大きい苺が鎮座している。

 

「…可愛い」

 

「そして紅茶のポットになります。こちらのお砂糖をお入れしてお召し上がりくださいね。それではごゆっくりどうぞ!」

 

アレッタとクロは一礼して下がった。

 

「これがショートケーキ…。レミリアさん達が食べてそうなお菓子だなぁ」

 

既に隣のヒルダ達はフォークを持って食べ始めている。鈴仙は取り合えず外側のクリームだけ掬って味見をしてみる事にした。

 

「…いただきます」

 

掬ったクリームを口に運ぶ。

 

(!…見た目甘さが強そうだけどそんな事ない。思ったより優しい甘さで滑らかで、すんなり溶けていって、ミルクの後味が残ってる」

 

そして今度はケーキに垂直にフォークを入れ、スポンジ生地と苺とクリームを一緒に食べてみる。

 

(…ほんのり甘くてふわふわな黄色い焼き菓子みたいな生地と甘酸っぱい苺、そしてこの白いクリーム。口の中でそれらが合わさって…互いの良さを引き立て合ってもっと美味しくなってる!)

 

普段人里でたまに食べる和菓子ではあまり経験することがない味に鈴仙は笑顔になる。セットの紅茶にほんの少しポットから砂糖を入れ、飲む。緑茶とはまた違う渋さがショートケーキの甘みともこれまたよく合う。

 

(洋菓子を食べた事無い事は無いけどカステラとか。でもこの味は初めてね。これが外の世界のお菓子なんだなぁ)

 

「…うむ!このチーズとベリーのソースの違う甘みが生み出す調和、この柔らかさ、やっぱりスフレチーズケーキが一番だ!」

 

「いやいやこの重厚なチーズの風味と適度にしっかりした歯ごたえ、そしてこの柑橘の砂糖煮の酸味と苦み、これはベイクドチーズケーキしか味わえん!」

 

「まぁ、それをいうならヨーグルトの様な酸味も含みながら乳の味もし、絹の様に滑らかなレアチーズケーキも唯一のものですわ!」

 

豪快に感想を言い合うヒルダ、アリシア、ラニージャ。やっぱり互いのケーキが一番というのは譲れないらしい。隣で見ていた鈴仙はちょっと驚くが、

 

「「「……アハハハハハ!」」」

 

三人とも今度は豪快に笑った。

 

「いやいや、別にいいじゃないか。それぞれ好みの味があるのは当然だ♪」

 

「そうだな。それにどれも美味いのは違いないし♪」

 

「次のお代わりは違うチーズケーキにしましょうか♪」

 

ケンカするほど仲がいい、とはこの事だろうか。

 

(…な~んか姫様と妹紅さんみたいだなぁ)

 

三人の様子を鈴仙は苦笑いして見ていた。

 

「じゃあお代わりを頼むか!鈴仙ももっと食えるだろ?」

 

「アンタ華奢なんだからもっと食わないと大きくなれないぞ!」

 

「是非全てのチーズケーキを食してみてくださいな♪アレッタさんお代わりを」

 

「ちょ、そんなに食べたら太りますよ~!」

 

困り顔であったが鈴仙は決して嫌な気持ちはなかった。幻想郷の大半の妖怪や一部の人間は既に彼女の事情を知っているが、深い付き合いは永遠亭の者達や一部の友人達だけである。月から来たという事情で部外者という気持ちも無くはない。そんな自分が場所が限られているとはいえ外の世界で、ましてやその世界の者とこうして交流し、なんの気兼ねも無く普通に友人の様に自分に接してくれたのが嬉しかった。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

食後、鈴仙やヒルダ達は揃って店を出る事になった。

 

「どうもお世話になりました。急に来たのに」

 

「とんでもないです!ありがとうございました!」

 

(傷みやすいのでケーキは今日中にお召し上がりください)

 

「わかりました。永遠亭の皆でいただきますね」

 

「残念だな~。レイセンがパーティで一緒だったら薬とかポーションとか作ってもらえるだろうに」

 

「いえ私なんてまだまだです。これからももっとお師匠様の元で修業しないと」

 

「そっか。互いに頑張ろう。またなレイセン」

 

「また一緒にお茶しようぜ」

 

「再会を楽しみにしてますわ」

 

「はい。ヒルダさんアリシアさんラニージャさんもお元気で」

 

「皆様ありがとうございました。それでは、またのご来店を」

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

鈴仙が扉が閉めると、足元からゆっくりと消えてしまった。

 

「不思議な場所だったなぁ…。でもあんな居心地は久しぶりだったかも。次は姫様やお師匠様も連れていきたい……って、あ」

 

とそこまで言って鈴仙は思い出した。自分がまだ出口の見つからない洞窟の中にいた事を。

 

「あ~、そうだ!私あの穴から落ちてきたんだった!…どうしよう、どうやって出たら…」

 

出る手段が無い鈴仙。すると、

 

「鈴仙ちゃんいるのかい!」

 

穴の上から誰かの声が聞こえた。

 

「…その声、妹紅さんですか?すみません~助けてください~!」

 

「待ってな!今ロープ降ろすから」

 

 

…………

 

数分後、ロープで引っ張り上げられた鈴仙はようやく穴から出る事が出来た。

 

「助かった…」

 

彼女をひっぱり上げたのは鈴仙と同じ赤い瞳を持ち、地面に着いてしまう位長い白髪に大小多くのリボンを付け、白いシャツに赤いモンペをサスペンダーで固めた不思議な風貌の少女だった。彼女の名は妹紅といった。

 

「大丈夫かい?」

 

「は、はい大丈夫です。本当にありがとうございます妹紅さん。でもどうしてここに?」

 

「てゐちゃんから連絡貰ったんだよ。穴に鈴仙ちゃんが落ちたから助けてやってくれって」

 

「あの馬鹿てゐ~。誰のせいだと思ってんのよ全く…」

 

「そう言うなって。結構心配してたんだから。穴の件も後で謝るってさ。災難だったね。まさか私も知らない洞穴があるなんて」

 

「ええまぁ。…あ、でも全くそうとは言えないかな」

 

「ん?…そういやその手に持ってるのは何だい?」

 

「ああこれは」

 

とその時妹紅が何かを思い出して遮った。

 

「ああそれよりも鈴仙ちゃん、てゐちゃんからの伝言があった。輝夜の面倒はやっとくよ、だってさ。どういう意味かわかるかい?」

 

「姫様の面倒?………!!!」

 

一瞬で鈴仙の顔に焦りが浮かんだ。

 

「す、すみません妹紅さん失礼します!このお礼は後で永遠亭でお返ししますから来て下さい!!」

 

「え、ちょ、お~い」

 

鈴仙は猛スピードで走っていった。彼女は完全に忘れていた。自分が永琳の付き添いで往診に行く事を…。その後、鈴仙と元々の原因を作ったてゐは永琳から軽~いお説教を受ける事になった。それを横目に輝夜と妹紅は一足先に鈴仙が異世界食堂でもらったおみやげを口にしていた。それはスフレ、ベイクド、レアチーズケーキ。そしてショートケーキでワンホールのクォーターだった。

 

 

…………

 

一方その頃…、幻想郷のとある場所にて。

 

 

黒い羽を生やした少女

「………妙ですね~。この私が気づく暇もない位一瞬のうちに感じた、先日の山の空気の流れの変化。一体何があったのでしょうか…。その場に一番近くにいたらしいにとりさんやたかねさんは何も無かった様にふるまってますが…怪しい。これは……調べてみる必要がありそうですね。特ダネの予感がしますよ♪」




メニュー11

「ロースカツ・ヒレカツ・カツ丼」


シンプルすぎですが好きなケーキ一位なので出したいと思いました。ショートケーキは苺一択!皆さんは何のケーキが好きですか?
次回は久々に彼女達の登場です。少し先になりそうです。ごめんなさい。


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メニュー11「ロースカツ・ヒレカツ・カツ丼」

博麗神社

 

 

霊夢

「……」サッサッサ…

 

幻想郷に異世界食堂の扉が現れるようになってからひと月以上が経った頃。ここ博麗神社では霊夢が竹箒を持ってひとり境内の掃除をしていた。ちなみに参拝者はひとりもおらず閑古鳥状態。これがここの日常的な光景である。博麗神社は山の奥地、周囲が森という僻地にあり、立地条件は決して良くないものの、以前は参拝者も少なくなかった。しかし霊夢が巫女になり、更に望んでもいないのになぜか彼女が不思議と人間以外の存在に好かれるらしい性質である事から徐々に妖怪が集まる様になり、今では定期的に妖怪達による宴会が開かれることが多くなっている。それを恐れて以前以上に人が寄り付かなくなったのだ。更に数年前にとある事情で別の神社が現れた事も重なり、最も神社が忙しい初詣の時以外殆ど閑古鳥なのである。

 

サッサッサ……「……暇ねぇ」

 

掃き掃除の手を止め、悪態をつく霊夢。

 

角が生えた緑の髪の少女

「霊夢さ~ん。倉庫の掃除終わりました~!」

 

するとそこにひとりの少女がやってきた。カールがある長い緑髪で額には一本角があり、耳は狛犬の耳。そして尻尾がある。着ているのは半袖のシャツと短パン、素足の下駄とかなりラフな格好である。

 

「ああありがとあうん。ちょっとお茶にしましょうか」

 

「はい!」

 

 

…………

 

一緒に縁側でお茶を飲むふたり。神社の周りの山にはポツンポツンとだが赤い色が見える。季節は秋に近づいている様だ。

 

「もうすぐ秋ねぇ…」

 

「早いですね~」

 

「ええそうね…」

 

だが霊夢はどこか拍子抜けしている様子である。

 

「…どうしました霊夢さん?」

 

「だってあうんの言う通り最近全く平和なんだもの」

 

「…?平和じゃダメなんですか~?」

 

「平和なのは良いけどさ~。それだけうちが頼られる機会が無いって事じゃないの~。タダでさえうちは妖怪達が来るせいで人が来る事がないのに。妖怪退治の依頼も無いし~」

 

「あ、あはは…すいません」

 

「あああうんが悪いって言ってんじゃないのよ?あんたはうちを盛り上げる方法について色々考えてくれてるしさ」

 

霊夢の言う通り、あうんは例えば何らかのイベントが幻想郷であった時、そこで流行っているものやイベントの盛り上げ方を覚えてそれを博麗神社で行ったりしている。こう見えて彼女は結構神社の運営に結構貢献しているのだ。ただそれが実を結んでいるかは別の話だが。

 

「まぁそんな訳で異変とまではいかなくても何か起こってくれてもいいな~って思ったわけ」

 

「そんな事言ったら紫様や歌仙さんに怒られますよ?」

 

「…おっとそれは勘弁ね。あはは」

 

笑う霊夢とあうん。

 

「せめて異世界食堂の扉が現れてくれたらな~」

 

「それって…前に霊夢さんが言ってた外の世界のご飯屋さんでしたっけ?確か七日に一回しか出ないっていう」

 

「そ。最初に香霖堂でみてから白玉楼や紅魔館、そして一番最近じゃ迷いの竹林にも出たって話。うちにも出てくれないかしら」

 

「そのイセカイショクドウ?の扉ってひとつしかないんでしょうか?」

 

「さ~ね~。もしかしたらいろんな場所に現れてるかもしれないけど…もしそうなら猶更うちにも出てきてほしいわ~」

 

そう言って後ろにごろりんと倒れながらため息をつく霊夢。

 

「はは。…さて、私はちょっと見回り行ってきますね」

 

そう言ってあうんは立ち上がり、正面の方に向かって走っていった…その時、

 

「……れ、霊夢さん!ちょっと来てください!」

 

突然自分を呼ぶあうんの声。霊夢は起き上がってあうんの行った方向に向かう。

 

「どうしたのよあうん……!」

 

そして霊夢は見た。博麗神社の大きな鳥居の丁度真下に、普段は絶対にない、見覚えのある猫の看板が掲げられた木の扉が。

 

「な、なんでしょうあの扉!?あんなものはさっきまで」

 

とその時、あうんを目一杯なでなでする霊夢。

 

「いたた!ちょ、ちょっと霊夢さん痛いですってば」

 

「あうん~!お手柄よ!まさかねこやの扉をみつけてくれるなんて!」

 

「い、いえ見つけるってあんなとこにあったら誰でも」

 

「細かい事は言いっこなし!まさかほんとに出てくれるなんて~♪」

 

「で、出るって…まさかこれがさっき言ってたイセカイの?」

 

「そういう事よ♪んじゃ早速」

 

 

「ちょっと待ったー!!」

 

 

「…今の声は…」

 

その時上空から猛烈なスピードで近づいてくる何かがあった。それは霊夢とあうんの元に近づくと急ブレーキで速度を落として地面に着陸した。

 

 

キキィィィィィィィィ!!!「よっと!」

 

 

「あ、貴女は…!」

 

「ちょ、驚かすんじゃないわよ魔理沙!」

 

やってきたのは魔理沙だった。高速で飛んできたためか息が荒い。

 

「ハァ!ハァ!私に黙って抜け駆けしようなんてそうはいかないぜ!あうん水くれ!」

 

「は、はい~!」

 

「抜け駆けって何よ。てかアンタよく扉がここに現れたってわかったわね?」

 

魔理沙はあうんが持ってきた柄杓の水を飲んで説明した。

 

「ゴクゴクゴク…ふ~。何も不思議がる事はない。異変あるとこに霊夢あり。霊夢の隣に霧雨魔理沙ありだ!」

 

「か、かっこいい…!」

 

カッコつける魔理沙にあうんは目を輝かせていた。

 

「とまぁ冗談はさておき、流石のお前も知らなかったようだな♪実はここにこっそり魔法をかけといたのさ。不思議な魔力の動きがあったらすぐにわかるようにな」

 

「……は~!?何よそれ!」

 

「それで今回、てかついさっき反応があったからブレイジングスターでかっ飛んできたって訳だ♪間に合って良かったぜ。まぁでも心配するな。一日経ったら魔法は消えっから」

 

「そういう事じゃなくてうちに何勝手な事してくれてんのよ!」

 

「いいからいいからそんな事より扉だろ扉。誰か来ないうちにさっさと行こうぜ~♪ほらほらあうんも!」

 

「え?わ~!」

 

「ちょ!もう!覚えときなさいよ!」

 

魔理沙があうんの手を引いて一足先に扉を開けて入っていったのを見て、霊夢も仕方なく怒りを抑えつけて追いかけたのであった。

 

「い、今の扉は……!?」

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

温かみがある店内。火の光とは違う証明。見た事無いインテリア用品。扉を開けるとそこは異世界食堂、ねこやの風景が広がっていた。満席ではないものの今日も盛況の様だ。

 

「「こんにちわ~♪」」

 

(いらっしゃいませ)

 

「あ!レイムさんマリサさんいらっしゃいませ!」

 

対応する角が生えた金髪の少女と黒髪の少女。勿論アレッタとクロ。その声を聴いて厨房の方から店主も顔を出す。

 

「…お、いらっしゃい霊夢さんに魔理沙さん」

 

「おう!久しぶりだなアレッタ!クロ!おっさん!」

 

「久しぶりに食べに来たわよ♪」

 

「ありがとうございます」

 

喜ぶ霊夢と魔理沙。一方初めて見るあうんは驚きを隠せない。

 

「れ、霊夢さん魔理沙さん!なんですかここ!?」

 

「ああそういやあうんは初めてだったな。ここがねこやっていう外の世界の料理屋だぜ」

 

「いらっしゃいませ。ようこそ洋食のねこやへ!」

 

「あうんも挨拶しなさい。大丈夫よ。悪い人達じゃないから」

 

「は、はい。狛犬の高麗野あうんです!宜しくお願いしますです!」

 

ペコリと頭を下げて挨拶するあうん。

 

「私はアレッタと言います!宜しくお願いします!」

 

アレッタも挨拶し、

 

(…クロと申します)

 

続けてクロも挨拶した。

 

「!!!」

 

すると突然激しく吃驚した様な表情を見せたあうんは霊夢の後ろに隠れた。

 

(あ、あわわわわわ…!!)

 

(…?どうかなさいましたか?)

 

「ああ大丈夫大丈夫。この子ちょっと恐がりなだけだから。それより席空いてるかしら?」

 

「あ、はい。それではこちらにどうぞ!」

 

アレッタに誘導されて席に着く霊夢、魔理沙、あうん。とりあえず一息ついた時、あうんが隣の霊夢に話しかけた。

 

(れれれ、霊夢さん!あの黒い髪の女の人って一体なんなんですか!?)

 

あうんの能力は「神仏を見つけ出す程度の能力」。それによって無意識的にクロが普通とは違う事をあうんは感じ取った様だ。

 

(…わかってるわよあうん。あの人、いえ正確には人じゃないか。もの凄い力を持っている…。多分幻想郷のあらゆる神々よりもね。でも敵意は感じられないから大丈夫よ)

 

(それにこっちの世界の奴は幻想郷には来れないらしいから心配しなくても大丈夫だぜ)

 

(わ、わかりました…)

 

「おお久々だな貴公ら。息災か?」

 

「あ、エビフライのおっさん」

 

「お、おっさん!?」

 

「レイムにマリサだっけ。元気してた?」

 

「えっとメンチカツさんだっけ?まぁぼちぼちってとこね」

 

霊夢と魔理沙は久しぶりに会った異世界食堂の客達と挨拶を交わした。

 

 

…………

 

(こちら、おしぼりとお冷、そしてメニューです。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください)

 

暫くしてクロが三点セットを持ってきて再び下がっていった。それにぽかんとするあうん。

 

「……」

 

「このテレパシーも彼女の会話法みたいなの。慣れたら大丈夫よ」

 

霊夢と魔理沙とあうんはとりあえずメニューを開く。…が、霊夢は何を注文するか決めていたようで。

 

「私はもう決まってるわ。ロースカツよ!」

 

「また肉かよ霊夢」

 

「当然よ。前に食べれなかったからね。あとそれとあのビールっていうお酒。次来た時に飲んでみたかったのよね~」

 

「私も酒は…そのビールってやつ頼んでみようかな。前はエビフライだったから今日は私も肉を頼んでみたいが揚げ物は……お?」

 

すると魔理沙は気になるメニューがあったのかアレッタを呼ぶ。

 

「なぁアレッタ。このヒレカツってのはロースカツとどう違うんだ?」

 

「えっとですね…豚肉のヒレっていう部分を使っててロースカツよりも脂は少ないんですけど、その分あっさりしてて柔らかいのが特徴です」

 

「へ~あっさりしてんのか。んじゃ私はそのヒレカツってやつとビールにするか」

 

「私はロースカツとビールでお願いね。あ、パンじゃなく白ご飯とお味噌汁で」

 

「私も同じで頼むぜ」

 

「はい!畏まりました!」

 

「あうんはどうする?」

 

「え、えっとちょっと待って下さい!」

 

そう言ってあうんがメニューを覗き込んだが待たせると悪いと思って霊夢と一緒のものにしようかなと思い始めた…その時、

 

 

バタンッ!~~~~♪♪

 

 

ねこやの扉がいつもよりも勢いよく開かれた。

 

「あー腹減ったー!」

 

そして同時に大きい声で入ってきたひとりの客がいた。全身筋肉隆々の至る所に戦傷の様な跡がある強靭な身体で腰巻と肩当を付けた大男。…いやただの大男ではない。尻尾と見事なたてがみ、獅子の頭の大男だった。男の勢いにアレッタも一瞬びくつくが何時もの事なのか普通に対応する。

 

「おうアレッタ!今日もいつものだ!」

 

「い、いらっしゃいませライオネルさん!今日もお元気ですね!」

 

ライオネルと呼ばれたその男は霊夢達の隣のテーブルにドスンと座る。これも待ち構えていた様にクロが水とおしぼりを渡す。メニューを出さずに「いつもの」で通った事から常連なのだろう。アレッタも慣れた様子で店主に取り合えず霊夢、魔理沙の分も含めて注文を伝えに行く。

 

(少々お待ちください)

 

「早めに頼むぜ!」

 

クロはコクッと頷いて離れる。男はおしぼりで顔を拭く。

 

「ふー。今日の挑戦者は前の奴よりはやる奴だったがまだまだ剣の扱いが甘かったな。……ん?」

 

「……」

 

すると男は何か気になったのか隣のテーブルの席に目をやった。そこには呆然とした顔でライオネルを見る…あうんがいた。

 

「おい、どうしたそこの小僧。俺の顔に何かついてるか?」

 

「…あ、ご、ごめんなさい!」

 

少々圧がある声で言われてびびるあうん。

 

「ごめんなさい。この子今日が初めてなもんだから色々珍しいのよ。悪気はないから」

 

「お、お前ら確かあん時の奴らじゃねぇか。久しぶりだな」

 

「おう。ひと月ぶりに来たんだ」

 

「……そういやロースカツやテリヤキが俺らとは別の世界の客人って奴の事話してたな。滅多に見ねぇカッコだなと思ってたが…もしかしてお前らがそうか?」

 

「ええそうよ。幻想郷の博麗霊夢。宜しく」

 

「同じく幻想郷の魔法使い、霧雨魔理沙だ。魔理沙でいいぜ」

ライオネル(カツ丼)

「俺は魔族で剣闘士のライオネルってんだ」

 

自己紹介しあう霊夢、魔理沙、ライオネル。続いて、

 

「わわわ、私はあうんです!宜しくお願いします!」

 

あうんもびくつきながら挨拶をした。

 

「おいおいお前も見た感じ俺と同じ獣人、しかもその耳からして獅子かなんかだろ?誇り高き血を持ってやがんのにびくびくしてんじゃねぇ。腕も足もひょろひょろして頼りねぇし、男ならもっとシャキッとしやがれシャキッと!」

 

「い、いえ私は一応女で」

 

すると間髪入れずにライオネルが、

 

「しょうがねぇ、お前には俺のとっときを奢ってやる。おいアレッタ。こいつにもカツ丼だ!」

 

「はい!畏まりました!」

 

「え、ええ!」

 

すんなりと受け入れたアレッタはすぐさま店主に注文を届けに行った。再び厨房の奥から「はいよ」の声が響く。

 

「金なら心配すんな。これでも数十年は遊んで暮らせるだけの金は持ってらぁ。遠慮なく食っていけ」

 

「い、いえそういう訳じゃなくて…」

 

「まぁまぁあうん。ここは素直に受け取っておきなさいな♪」

 

「そうだぜ。奢ってくれるっていってんだから素直に従うのが吉だぜ♪」

 

「霊夢さん魔理沙さんー!」

 

半分泣き顔なあうんに対し、霊夢と魔理沙はどこか楽しそうだった。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

それから暫くして、注文したものを乗せたカーゴを押してアレッタとクロがやってきた。

 

「お待たせしましたー!こちら、ロースカツとヒレカツです!」

 

先に霊夢と魔理沙の前に彼女らの料理が出された。霊夢の前にはカラッと黄金色に揚がった大きな一枚肉、それが6つほどに切り分けられたロースカツ。魔理沙にはロースカツよりも小ぶりなもので切られていないものが3つ。添えられているのはキャベツの千切りとくし切りのトマト。そしてレモンの切れ端。付け合わせは白ご飯とお味噌汁。味噌汁は豆腐とわかめ。

 

「あとビールをお持ちしました!」

 

更に一緒に頼んだビールという金色のお酒が置かれた。笑顔になる霊夢と魔理沙。

 

「ようやく会えたわねロースカツ♪」

 

「エビフライと同じでこんがりと揚がってて旨そうだぜ♪」

 

「こちらのソースとレモンをかけてお召し上がりください!」

 

(お待たせしました。こちら、カツ丼です)

 

そして続いてクロがあうんとライオネルの前に料理を出す。おぼんの上にどんと置かれた蓋つきの丼鉢。その横にはお味噌汁と漬物が入った小皿。

 

「お茶碗よりもずっと大きい…」

 

「待ちくたびれたぜ~」

 

「それではごゆっくりどうぞ!(それではごゆっくり)」

 

アレッタとクロは料理を届けると下がっていった。

 

「いただきます!…うむ。今日もいい匂いをしておる」

 

手を合わせてそう言うライオネル。料理を食べる前には必ず言う言葉と店主から教わったらしい。蓋を開けるとそのまま豪快に食べ始めた。

 

「「いただきます!」」

 

「い、いただきます!」

 

続いて霊夢と魔理沙、あうんも言った。まず霊夢と魔理沙はビールが入ったジョッキを手に取り、

 

「物凄く冷えてるわね~。冷やして美味しいのかしら?」

 

「まぁとにかく飲んでみようぜ」

 

それに口を付けて飲み始めた。

 

「「…!!」」

 

ふたりは一瞬目を開くと器の半分位まで一気にゴクゴクと飲み干した。

 

「く~~~!なにこれ!日本酒と違って甘く無いしほんの少し苦いけど、すっごくキレがいい!これは確かに冷やさないと駄目だわ!」

 

「シュワシュワってくる炭酸に一瞬ビビったけどそれもどうでもいい位のど越しがすげぇなコレ!何の後味も残らねぇし!」

 

「ロースカツさんの言う通りこれはロースカツに間違いなく合うわね!」

 

ふたりは初めて飲むビールの美味しさにすっかり上機嫌になる。そのままの勢いで霊夢はロースカツの一切れを箸でつかみ、そのまま口に運ぶ。ビフテキと同じく上質な肉を使ってるのが噛んだ瞬間わかる。黄金色に揚がった衣のサクリという食感の後にくる肉、そこから溢れ出る豚肉の旨味と脂身からジュワッとにじみ出る脂の甘みが感じ取れる。

 

「う~ん美味し~!ビフテキとはまた違うわね~!負けない位肉の旨味を感じるわ~♪衣はサクサクだし!」

 

「私はこのソースをつけて食べてみようかな」

 

そう言って魔理沙はヒレカツのひとつに黒いソースをかけ、それを箸で持って口に運んだ。まず感じるのはほんの少し酸味を含んだ風味豊かなソース。そしてロースカツと同じくサクリとした衣。その後に柔らかい肉。アレッタが言った通りロースに比べて脂身は少ないがとても柔らかく繊維まで感じ取れ、肉の濃い旨味を味わえた。

 

「おーほんとにやわらかいな!しかも肉の美味さもしっかりあるのにあっさりしてるし、何よりメンチカツにも使ってたこのソースがなんとも言えない位合うぜ♪」

 

「白ご飯にも勿論ビールにも合うわね~。やっぱり肉は偉大だわ~」

 

ロースカツとヒレカツの美味にすっかり夢中な霊夢と魔理沙。一方あうんは自らに出された丼の蓋を取る。するとまず感じたのは凄く香ばしくて甘いにおい。そして見えたのは霊夢と同じものと思われるロースカツ。それが黄色と白の半熟卵で包まれている。卵の中には玉ねぎも入っており、そして飾り付けにちょこんと三つ葉が乗っている。

 

「うわぁ…凄くいいにおいです」

 

隣のテーブルを見るとひたすらカツ丼をがっついているライオネル。しかもよく見るとテーブルの上に空の器が既にあった。今食べているのはいつの間にか頼んだおかわりなのだろう。その食いっぷりにますます食欲をそそられたあうんは我慢できなくなったのか卵で色付けされたカツの一切れを頬張る。

 

(あ、熱い!…でもお肉から出てくる脂と…卵と玉ねぎの甘みを含んだ出汁が…凄く美味しいです!)

 

あうんの言う通り出汁をたっぷり吸ったカツはサックリ感はやや消えているがその分肉と出汁の旨味、卵と玉ねぎの甘みが一緒に味わえた。肉もとても柔らかい。

 

(…あ、下にはご飯があります。今度は一緒に食べてみよ)

 

カツを堪能したあうんは次にカツを少しだけ切って下にあるご飯と一緒に食べてみる。

 

(お肉の味の濃さが下にあるご飯と一緒に食べると丁度いい具合になりますね。ご飯にもお出汁がしみ込んでて美味しいです!)

 

丼は上の具が基本的に味が濃くされているものが多い。しかし下のご飯と一緒に食べる事で具の濃さが和らげられる上に、ご飯が具の旨味も吸ってますます美味しくなる。カツ丼も例のごとしだった。

 

(これはあの人が夢中になるのもわか)

 

「カツ丼大盛り2杯おかわり!」

 

大声で更におかわりをするライオネル。そのテーブルには空の器が既に3杯あった。あうんがまだ半分も食べてないのに物凄い勢いである。

 

「は、早い…!」

 

「身体が大きいから結構食べるとは思ってたけどもの凄い食欲ね」

 

「そんなに美味いのか?」

 

「おうよ。でもただ美味いだけじゃねぇ。何しろこいつは俺の運命を変えたメシだからな」

 

それからライオネルは簡単に自分の事を話した。今より数十年前、彼は他を圧倒する程の魔の加護と力を存分に振るい、戦・暴力・強奪などあらゆる欲求を満たしていた。その時の彼は自分のこれからも続くであろう天下を決して疑わなかった。

…だがそれはある時一瞬で崩れ去った。嘗て邪神を滅ぼした伝説の勇者の一角、「剣神」と呼ばれる者に完敗したからだ。全てを失ったライオネルは今は帝国の領地の一部で暮らす魔王の血を引くものに買われ、剣闘奴隷として扱われる事になった。たった一度の敗北で完全に自信を失った彼はいつ死んでも仕方ないと思う様になっていた。

そんなライオネルの運命を変えたのが、死を待つ彼の前に現れたねこやの扉、先代の店主、

 

(こいつは俺らの言葉で勝利っていう意味があんのさ。栄養も満点だし、戦う男のメシってったらやっぱこれだろ♪)

 

そしてカツ丼という勝利の丼であった。それは今まで食べたどんな料理よりも美味く、あっという間に平らげた。先代店主は金ならいつでもいいと言ってライオネルが満腹になるまでカツ丼を出し続けた。彼が奴隷から解放され、今まで、そしてこれから食べる分もまとめて払ったその時まで。人生で最高の飯と店主の優しさに触れたライオネルにはもう恐れるものは何も無かった。それから彼は二十年以上、「獅子王」という最強の剣闘士として君臨し続けたのだった…。

 

「ふ~ん、アンタも苦労したんだな」

 

「一年も支払い待ってくれるなんて太っ腹な店主さんね~。でも最初の部分は貴方の自業自得みたいなもんだと思うんだけど?」

 

「ガッハッハ!ちげぇねぇ。今思えば馬鹿な事してたもんだ。剣闘奴隷から解放されて、一時は前みたいに好きな酒飲んだり飯がっついたりまた贅沢してみようかとちらっと考えちゃみたが…どうにも満たされる気が起きなかった。そして気づいた。やっぱ俺は戦いとカツ丼が好きなんだってな」

 

「だから今も剣闘士を続けてんの?」

 

「ああ。先代のジジイがくたばったって聞いた時、墓に花のひとつでも手向けてやろうと思ったが…別の世界に住んでる俺には無理だしな。カツ丼を糧に勝ち続けるのが俺なりのジジイへの手向けって訳だ。いつか剣神にも勝ってやるぜ!」

 

力強く断言するライオネル。

 

「……」

 

そんなライオネルを黙って見つめるあうん。

 

「おい、どうしたあうん?」

 

すると、

 

「……か」

 

「か?」

 

「…かっこいい!!」

 

興奮気味にそう言ったあうん。きょとんとする霊夢と魔理沙。

 

「「へ?」」

 

「かっこいいです!!私もライオネルさんみたいに強くなりたいです!そしてもっと霊夢さんのお役に立ちたいです!」

 

「あ、あのあうん。それは嬉しいんだけど」

 

「教えてください!どうすればライオネルさんみたいに強くなれますか!」

 

霊夢の言葉が聞こえていないのかあうんは興奮冷めやらぬままライオネルに尋ねる。

 

「そうだな。おめぇの場合もっと筋肉を付けなきゃ始まらねぇ。そんなひょろひょろな身体じゃ戦いに勝てねぇぞ。まずはもっとしっかり食って身体を鍛える事だ」

 

「はい!先生!」

 

「せ、先生~?」

 

「アレッタさん!カツ丼のお代わり私もお願いします!」

 

「いやいやあうん、お前まだそれ食いきれてねぇって」

 

「私はご飯とお味噌汁のお代わりお願いね」

 

「あ、霊夢だけずるいぞ。私もお代わりだアレッタ!」

 

なんとも賑やかな食事風景であった。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「今日もありがとうございました!」

 

「扉が出る場所がわかれば毎週来たいとこなんだけどね~」

 

(それにしても幻想郷とは、本当に変わった場所なのですね)

 

「…まぁね」

 

「でも私としてはもっと多くの方に来ていただきたいです!」

 

「あはは、そうね」

(…う~ん、アレッタには悪いけどそう簡単には行かないかもしれないわ)

 

幻想郷の人里に住む人間は基本的に人間以外の存在を恐れている。今は霊夢と魔理沙以外の人間が異世界食堂に来た事はないらしいが、もし人里に扉が現れ、何も事情を知らない人が扉をくぐってここの客人達を見れば大混乱になる事は間違いないだろう。

 

「ねぇアレッタ、クロ。今までどれ位の客が幻想郷から来た?」

 

「え!ええっと確か…」

 

アレッタとクロは今までに来た者達を説明した。その数からするとどうやら幻想郷に扉は一日に一ヶ所だけでなく、少なくとも二ヶ所現れた日もあるらしかった。偶然にもすれ違う事は無かったようだが。

 

「…成程な。どうやら複数現れた日もあるらしいな」

 

「その様ね」

(幸いな事に人里には出てない…。人里の人達がここの扉を勝手にくぐらない様に何か対策を打っておく必要がありそうだわ…)

 

霊夢はそう考えていた。

 

「霊夢さんどうしたんですか~?」

 

「え?うんちょっと考え事」

 

するとお土産を持って店主がやってきた。

 

「お待たせしました。お持ち帰りのビフテキサンドと海老カツサンドとカツサンド」

 

「お、待ってたぜ~♪」

 

「あと瓶ビールです。瓶は割れない様お気を付けください」

 

「わかったわ♪ああそれから店主さん、はいコレ。うちの霊験あらたかな御札よ。商売繁盛のお守り代わりに置いといて」

 

すると霊夢は一枚の御札を取り出して渡した。

 

「いいんですか?」

 

「気にすんな♪どうせ誰も来ない神社の埃被ってるもんだし♪」

 

「失礼ね魔理沙!」

 

そんな会話を繰り広げた後、今度こそ帰る事にした。

 

「是非また来てくださいね!」

 

「「「ご馳走様でした(だぜ)ー♪」」」

 

(ありがとうございました)

 

「またのご来店をお待ちしております」

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

霊夢と魔理沙とあうんが扉をくぐって出てくると、いつもの様に扉は消えた。

 

「ふ~美味かったぜ~♪私は満足だ」

 

「あうん、あんなに食べてお腹大丈夫なの?」

 

「大丈夫です!しっかり食べてとれーにんぐしないといけませんし!」

 

「ま、まぁ精々頑張るのぜ。てか霊夢、お前またビフテキサンドかよ」

 

「当然よ♪あとまさかビールまでお持ち帰りできるなんて、頼んでみてよかったわ♪」

 

「そうだな♪次回はどこに現れるのか楽しみだぜ。んじゃ取り合えず今日はかいさ」

 

すると霊夢が帰ろうとする魔理沙に、

 

「おっと魔理沙そうはいかないわよ。あんたには勝手にうちに魔法かけてくれたこと、しっかりお返しさせてもらわないとね」

 

「い!?いやいや今さらどうでもいいだろ?偶然とはいえねこやの扉が現れて行けたんだし!」

 

「い~やそうは行かないわ!」

 

「全くわからず屋だな!しょうがねえこうなったら一勝負だ!」

 

「望むところよ!食後の運動だわ!あうん!おみやげを安全な場所に置いといて!」

 

「私のも頼むぜ!」

 

「は、はい~!」

 

どうやら騒がしいのはまだまだ続きそうだった。

………だがそんな彼女らを遠くから見ていた者がいた。

 

 

(…………なんと、あの扉にはそんな事が。これは久々の特ダネですね!)




次回は来週、ちょっとした幕話をお送りします。


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幕話「特報!美味への扉!?」

次の話が長くなりそうなので分割しました。


霊夢・魔理沙・あうんの三人がねこやに訪れてから更に一週間が経った。今日もどこかに扉が現れているのだろうか…。

 

 

博麗神社

 

 

「…ZZZ…ZZZ…」

 

時刻は昼を少し上回った頃。場所は前回に続き博麗神社。朝の境内の掃除を終えた霊夢は縁側でお昼寝していた。気温も快適湿度も快適。お日様の光も柔らかく、お昼寝には絶好の天気である。

 

 

「………………お~い」

 

 

……すると空の彼方から何やら声が聞こえてきた。よく見るとそれは急速に寝ている霊夢のところに近づいてくる。そして、

 

「おーい大変だー!」キキィィィィィィィィ!!

 

空から物凄いスピードで霊夢の元にやってきたのは前と同じくブレイジングスターでかっとんできた魔理沙だった。そのブレーキ音で寝ていた霊夢も流石に目が覚める。

 

「び、吃驚した!何よいきなり!?てか先週も同じ事してたわね」

 

「そんな事言ってる場合じゃねぇこれ見ろ!今朝鈴奈庵で売ってたんだ!」

 

気持ちよく寝ていた霊夢は荒い起こされ方をして不機嫌そう。そんな魔理沙が持ってきたのは…一枚の新聞だった。

 

「……文々。新聞じゃないの。てか珍しいわね、あんたが天狗の新聞買うなん……!!」

 

魔理沙から渡されて面倒そうに中身を見た霊夢は…言葉を失った。

 

 

「特報!!幻想郷に謎の扉出現!扉の先には未知の美味!?その味に博麗の巫女も大満足!!」

 

 

一面に書かれていたのはこういう文字。そして写真はおみやげの袋を持ち、満足そうにお腹をさすっている霊夢だった。

 

「……」

 

「こ、これって先週のあの時だよな?」

 

ガタッ!!

 

すると眠気も吹き飛んだ霊夢は立ち上がった。

 

「おいどこ行くんだ?」

 

「決まってるでしょ!直ぐに新聞を回収するわよ!」

 

「でももう随分時間経ってるぜ?」

 

「考えてみなさい!これには扉の事だけでねこやがどういうお店かは書かれていないわ!もしこれを読んだ人が間違って扉開けてねこやに行ってみなさい!店主さんはともかくアレッタとかライオネルさんとかあのトカゲの人とか見たら!」

 

「………ただじゃすまねぇかもな」

 

「そういう事よ!あああと、どうせ聞いてるんでしょ!紫!」

 

 

………ギュゥゥゥゥゥゥンッ!

 

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃ~んってね。そんなに大声で呼ばなくても聞こえてるわよ」

 

すると霊夢の呼びかけに応じる様に突然次元の裂け目が出現し、そこから八雲紫が現れた。

 

「あんたも手伝いなさい!どうせ暇なんでしょ!」

 

「そんなに必死に私に頼むなんて…親として嬉しいわ~♪」

 

紫はのんびりとしている。

 

「…あんたね~。冗談を言ってる場合じゃ」

 

「わかってるわよ。霊夢、魔理沙、ふたりはこの新聞を作った張本人に事情を説明してきなさい。新聞の回収は私に任せておけばいいわ」

 

「…大丈夫でしょうね~?」

 

「心配しなくてもいいわ」

 

笑顔を崩さない紫。紫に頼むのはどこか癪だったが紫の力は霊夢も良く知っている。

 

「…わかったわ。そっちは頼むわよ!行くわよ魔理沙!」

 

「おう!」

 

そして霊夢と魔理沙は飛んで行ってしまった…。

 

「…ふふ、最近退屈だったからたまには必死になるのもいい運動になるからいいでしょう♪とまぁのんびりはしてられないわね。藍と橙にも手伝ってもらわないと」

 

そう言って紫は再び自らが生み出したスキマに入り、消えた…。

 

 

…………

 

「人間の里」

 

 

別名「人里」や「里」と呼ばれる事もある幻想郷において唯一人間が安心して過ごせる集落。以前も述べたが妖怪は人の恐怖心から生まれた存在であり、人間がいなくなることは妖怪もいなくなる事に等しいので妖怪からこっそり守られている場所であり、災害や天災でも里が大きな被害にあう事は殆どない。最もその真実を知る人間は多くは無いため、殆どの人間は妖怪を恐れるし、妖怪の動きが活発になる夜の時間帯は外に出歩く者もほぼない。

そしてそんな里に住む人間は基本妖怪の様な能力や、霊夢や魔理沙の様な特殊な力を持たない純粋な人間である。最も極まれに特殊な力に目覚める者もいなくはないし、里の中にも少数だが存在し、妖怪が通う店も僅かだがある。今回はそんな場所のひとつから始まる…。

 

「じゃあ新聞貰ってくよ小鈴ちゃん!」

「私も!はいお代ね!」

「美味いもんに続く扉だって!?俺も行ってみてぇなぁ~」

 

とある場所にて多くの人間が手に持った物を次々に買っていく。それは魔理沙が持ってきた文々。新聞だった。

 

鈴が付いた髪留めをした少女

「ありがとうございました~。また来てくださいね~」

 

そしてその新聞を売っているのがこの少女。紅色と白色の市松模様の着物に緑色の女袴を履き、その上に「KOSUZU」と書かれたエプロンを付けている。

 

「は~今日は久しぶりに新聞が大人気ねぇ~♪貸本屋としてはちょっと残念だけどまぁ文さん曰く久々の特ダネらしいから無理ないか~。妖怪の皆さんも沢山買ってくれたし~」

(ご近所さんにはとても言えないけど)

 

貸本屋とは江戸時代に始まった本を有料で貸し出すという商売の事で、貸出だけでなく本の販売や複写なども行っている。そして幻想郷で唯一の貸本屋が最初に魔理沙が言ったここ鈴奈庵であり、そこの娘がこの小鈴という少女。とりあえず店内に客がいなくなったので小鈴もまた新聞を手に取る。鈴奈庵では以前とある事情で文々。新聞の作者と契約を結び、店で新聞を取り扱う様になったのだ。

 

「……ふ~ん博麗神社に突如現れた美味に繋がる扉、ねぇ。でも私先日神社に本の延滞金回収しに行ったけどそんな扉無かったんだけどな。霊夢さんが隠しているのかしら?まぁあの人ならありえるかも~」

 

そんな感想を小鈴が言っていると、

 

 

~~~♪

 

 

華の髪飾りを付けた紫色の髪の少女

「失礼するわよ」

 

鈴奈庵の扉をくぐって入ってくる者がいた。紫色の髪に花の髪飾りを付け、緑色の着物の上に花が描かれた黄色い中振袖、そして赤い袴を着た少女。

 

「いらっしゃ…なんだあんたか阿求」

 

「…前から思ってたんだけどあんた、私に対してだけちょっと失礼じゃない?」

 

「気のせいじゃないの?仮にも人里最大の名家たる稗田家当主に失礼な態度なんて取る訳ないじゃない♪」

 

初代当主、稗田阿礼を祖とした古くから人里に存在する名家「稗田家」。小鈴から阿求と呼ばれた彼女はその九代目にあたる人物である。稗田家の当主には他の家にはない力、呪いともいえる運命があった。…「転生」。稗田家当主は代々死を迎えた後、冥府で一定の期間を過ごした後に再び幻想郷に生まれてくる。転生した者は前世の記憶を引き継ぐが、周りの者からその者の記憶はほぼ全て忘れ去られてしまう。しかも稗田の者は何れもかなり短命であり、老いる前に寿命を終えてしまう。そこで稗田家は代々「幻想郷縁起」という幻想郷の歴史書の様な物を作成し、次の代と人の世に伝承と奉仕をし続けてきたのである。

 

「はぁ、まぁいいわ。はい、借りていた本これで全部ね」

 

「……はい確かに。まいどあり~♪」

 

「…ん?ああ文さんの新聞ね」

 

「そ!今日一番の売れ行きよ♪ああ読みたいなら立ち読みは厳禁だからちゃんと買ってね」

 

「残念だけど買う必要は無いわ。うちの使用人が買っていたものを読ませてもらったから」

 

「え~そんなのずるい~」

 

「はいはい。…それにしても何もないところに突然現れて消える扉、ねぇ。聞くだけだとものすごく奇妙な話だけど」

 

「紫さんとかはスキマだっけ?それを使って行き来しているから扉なんて使わないもんね。隠岐奈さんはまぁ作れるけど」

 

そう言いながら霊夢が満面の笑みでお腹をさする写真に目を移す。

 

「でも霊夢さんがこんなに笑っているのを見ると悪い感じのものとは思えないけどね」

 

「未知の美味か…。まぁこの狭い幻想郷にとって大抵のものは未知だけど。案外外の世界に繋がる扉だったりして」

 

「確かに外の世界の食べ物とか食べる機会ないもんね。もしそうなら私もちょっと食べてみたいかも♪」

 

「あんたは外に憧れてるからね」

 

 

~~~~♪

 

 

その時、再び店の鳴子が鳴った。

 

「あ、いらっしゃいませ~」

 

すると入ってきたのは、

 

霖之助

「お邪魔するよ」

 

香霖堂の店主である霖之助。そして、

 

帽子を被った長い銀髪の女性

「失礼する」

背中と頭に羽根が生えている少女

「こ、こんにちは」

 

腰まで届く銀色の髪に変わった形の帽子、白い袖と胸元に赤いリボンがついている上下青色の服とスカートの女性。もうひとりは白い髪に青いメッシュが混じり、背中と頭に朱鷺色の羽根が生え、白いラインが走る青と黒の服を着た少女だった。

 

「霖之助さん。それに慧音先生に朱鷺子ちゃん。こんにちは」

 

「うん、久しぶりだね小鈴ちゃん阿求ちゃん」

 

「霖之助さん。その呼び方は恥ずかしいからやめてくださいって言ったじゃないですか」

 

「ははは、すまないね阿求ちゃん。ああ小鈴ちゃんはい、外の世界の本持ってきたよ」

 

「わ~ありがとうございます♪いいんですか?」

 

「ああ、もう何度も見て覚えたからね」

 

そう言って霖之助は何冊かの本を小鈴に渡す。特に外の世界から流れてきた本はここでは結構貴重なのだ。

 

「霖之助さんや朱鷺子ちゃんはともかく慧音先生がこんなとこに来るなんて珍しいですね?」

 

「こんなとこで悪かったですね~」

 

「ああ、霖之助とは途中で会ってな。実は私が教師をしている寺小屋で今度で読書週間たるものを開くんでな。そのための本を何冊か探しにきたんだ。朱鷺子はその付き添いさ」

 

慧音という女性の言葉に朱鷺子はコクコクと頷く。どうやら少し無口な性格らしい。

そして上白沢慧音。彼女はこの人里の中の寺小屋、今でいう学び舎の教師として人間の子供や人間への危険性が無い妖精に読み書きを教えているのだ。そして彼女自身も純粋な人間ではない。阿求より「知識豊富で最も賢い獣人」と呼ばれる彼女はハクタクという神獣の血を引いている半人半獣であった。

 

「読書週間?」

 

「本を読んで感想文を書いてもらう。読み書きだけでなく理解力や感じる能力も鍛えられると思ってね。でもあまり難しすぎる本はうちの生徒達には多分無理だろうしな。そこで同年代で最も本が好きな朱鷺子にも協力してもらいたいと」

 

「朱鷺子ちゃんは小鈴と同じ位本が好きですからね」

 

「ははは、だからこそあの時は苦労したよ」

 

そう言う霖之助は苦笑いを浮かべる。朱鷺子という少女妖怪。実は以前本を読んでいた時に通りすがった霊夢とその後魔理沙にもなんとなくな気分で倒されてしまい、本を取られてしまった経緯があったのだ。故に彼女はふたりの事がかなり苦手である。

 

「私はただ本を読んでただけなのに…」

 

「ま、まぁまぁ。霊夢さんの口添えで今は慧音先生の寺小屋に通えているし友達もできていいじゃない」

 

「……ん?ああ新聞が入ったのかい。ついでだから一枚頂けるかな?」

 

「あ、はいありがとうございます♪」

 

「では私と朱鷺子は本を見させてもらうぞ」

 

そう言って慧音と朱鷺子は本を探し、霖之助が小鈴にお金を払い、新聞を手に取る。

 

「ほうほう特報だって。…………えっ」

 

そしてその新聞を一目見た霖之助の口が開いたまま固まる。

 

「どうしました霖之助さん?」

 

「……うん、いやちょっとね。はぁ…まぁ幻想郷に扉が現れたとなった時点でもう何時こうなるかはわかってた事か」

 

「…?それってどういう…」

 

とその時、

 

「おーい小鈴、ちょっと来てくれないか?」

 

小鈴達や玄関からは丁度隠れた場所の本棚裏から慧音の自分達を呼ぶ声が聞こえた。

 

「どうしました慧音先生?」

 

「あんな扉いつ付けたんだ?」

 

「あんな扉?……え!」

 

慧音が指さした方向に小鈴が目をやるとそこには…本棚と本棚の丁度間にあるものが鎮座していた。

 

「と、扉!?」

 

それは扉だった。木造りで、金色のドアノブ、そして猫の絵がかかった扉。

 

「扉…です」

 

「小鈴、あれはお前がつけたんじゃないのか?」

 

「いえいえ知りません!あんなの見た事もないですよ!」

 

すると小鈴の大声を聞いて阿求もやってきた。

 

「どうしたの?そんな大声……何あれ小鈴?」

 

「だから知らないって!第一あんな場所に扉なんてつける訳ないでしょ!」

 

見た事無い扉に阿求は驚きがしたが冷静に小鈴に尋ねる。しかしやはり彼女にはわからない。

 

「…なんか、つい最近どこかで見た様な気がするわね」

 

そう言う阿求。すると霖之助が遅れてやってきた。

 

「どうしたんだい皆。……」

 

すると霖之助はそのまま扉に近づき、何かを調べる。

 

「霖之助?」

 

「霖之助さん?」

 

驚きも慌てる事もない霖之助に後ろの者達は緊張する。すると、

 

「……はぁ、店主さんの言っていた通り本当に突然だね。まさかこんな場所にまで現れるなんて」

 

「…霖之助、お前はこれが何か知っているのか?」

 

「知っているも何も、君達もついさっき見たばかりじゃないか」

 

すると霖之助が「大丈夫だ」という感じで皆を扉に近づける。すると、

 

「…あ!」

 

「こ、この扉まさか!」

 

すると朱鷺子が新聞を手に取って持ってくる。

 

「これ…新聞に書かれている扉と同じ!?」

 

「そうさ。これはその写真にある異世界食堂、洋食のねこやに続く扉さ」

 

「…異世界、食堂…?」

 

「洋食の…ねこや?」

 

聞いたことが無い言葉にぽかんとする小鈴と朱鷺子。その横で慧音が霖之助に問いかける。

 

「…でも霖之助。何故そんな事を知っているんだ?まるで行った事がある様な……!」

 

「まさか…霖之助さん!」

 

霖之助は頬をかきながら答えた。

 

「…あはは、そう。実は一回行った事があるんだ。この扉の先に。霊夢や魔理沙と一緒にね」

 

「な、何だって!」

 

「「ええ!」」

 

「そ、それで大丈夫だったんですか!?」

 

慌てる慧音や小鈴に対し、霖之助は笑って返した。

 

「うん。決して危険な場所ではなかったよ。まぁ初めて来た人は多分驚くだろうけど」

 

そして話は扉をどうするかという話になる。

 

「さてどうしようか…。いつまでも扉をこのままにはしておけないし、店主さんの話じゃ入ったら消えるらしいんだけど…」

 

「店主?」

 

腕を組んで霖之助は暫し考えた後、

 

「…仕方がない行ってみるか。皆はどうする?」

 

「ど、どうするって言われても…」

 

すると慧音が、

 

「…私も付き合おう。お前だけでは心配だからな」

 

「慧音先生!」

 

「大丈夫だ朱鷺子。霖之助が無事だったんだ。きっと心配する様な事はないさ」

 

「なにか引っかかる言い方だね慧音」

 

「じゃあ私も行きます!」

 

小鈴が手を挙げてそう言った。

 

「小鈴、アンタねぇ…」

 

「こういうのってロマンがあるじゃない♪今臨時休業の札立ててきますので!」

 

小鈴は楽しそうにそう言うと簡単に店終いの作業を始めた。

 

「阿求ちゃん、朱鷺子ちゃん。君達はどうする?不安なら無理しなくてもいいよ」

 

そう言う霖之助に対し、

 

「……いえ、私も行きます。小鈴だけ行かせるのもなんだしそれに…私も少し興味がありますから」

 

「…皆さんが行かれるなら私も行きます」

 

阿求と朱鷺子も行く事にした様だ。

 

「お待たせしました~」

 

「じゃあ行ってみようか。きっと驚くと思うけど心配しないでね。ああそれから皆、お腹は空いてるかい?」

 

「「「「え?」」」」

 

 

~~~~♪

 

 

霖之助がドアノブを引き、5人はドアを開けて入っていった。そして暫くして扉も消え、店内には誰もいなくなった。

 

 

……………ギュゥゥゥゥンッ!

 

 

「こんにちは小鈴ちゃん……ってあら?誰もいないわ。丁度良かった、今のうちに回収しちゃいましょ。ごめんね小鈴ちゃん♪)

 

こうして新聞はあっという間に全て回収された。




メニュー12

「五種のスパゲッティ」




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メニュー12「五種のスパゲッティ」

幻想郷の人里にある貸本屋「鈴奈庵」。そこに本日ねこやの扉が現れた。霖之助が扉を開けるとそこには今までに見た事が無い場所と人々の姿があった。目に飛び込んできた光景に慧音、小鈴、阿求、朱鷺子の霖之助以外の四人はポカンと口を開けた後に漸く言葉を発した。

 

「な、なんだここは…?」

 

「見た事無い人がたくさん…」

 

「これは…一体…」

 

「……」

 

「はは、やっぱりそうなるよね初めは」

 

すると扉のベルに気づいたひとりの少女が話しかけてきた。アレッタだ。

 

「いらっしゃいま……あ!えっと確かリンノスケさんでしたっけ?お久しぶりです!」

 

「やぁアレッタさん。クロさんもお久しぶりだね」

 

(はい。いらっしゃいませ)

 

「!い、今頭に声が!?」

 

「それに関しても後で説明するよ」

 

アレッタが後ろの慧音や小鈴達に気づく。

 

「霖之助さんのお知り合いの方々ですか?」

 

「うんそうだよ。皆自己紹介して。こちらはここの給仕のアレッタさんとクロさんだ」

 

霖之助の言葉でそれぞれが自己紹介する。

 

「上白沢慧音。人里で読み書きを教えている。宜しくお願いするよ」

 

「も、本居小鈴です。初めまして!貸本屋をやってます」

 

「稗田家九代目当主、稗田阿求と申します」

 

「と、朱鷺子です…」

 

「皆さん初めまして!宜しくお願いします!」

 

すると厨房から店主が顔を出す。

 

「…お、霖之助さんいらっしゃい。今日は大勢でお越しですね」

 

「こんにちは店主さん」

 

「とりあえずお席にどうぞ。すぐに水とおしぼりをお持ちしますんで。ああアレッタさんクロさん、すまないがテーブルを繋げてあげてくれ」

 

「はい!(はい)」

 

そう言って店主は厨房の方に下がり、五人はアレッタとクロの案内で席に着くことにした。幸いテーブルが空いていたので繋げることができた。

 

「さっきの人が店主と言っていたが、人間だったのか。見た所人でない客も大勢いるようだが…そんな店の店主が人間とは…」

 

「鯨呑亭とかじゃ考えられないですよね。霖之助さん、どういうお店なんですここは?」

 

 

…………

 

霖之助は簡単に四人に説明した。するとそれを聞いた小鈴がひと際興奮した。

 

「…なんとなくわかってましたけどやっぱりここは外の世界!外の世界のご飯屋さん!凄い!私遂に外の世界に来たのね!」

 

「興奮しすぎよ小鈴」

 

「ここが、幻想郷の外の世界…」

 

「そしてあの爬虫類の様な者や翼が生えた者達は更に異世界の者達という事か…。成程。ここならば私も本当の姿でも気にならなそうだ」

 

するとアレッタが人数分の水とおしぼりを持ってきた。

 

「こちらサービスのお水とおしぼりです!そういえばリンノスケさん。この前レイムさんとマリサさんがみえましたよ」

 

「そうらしいね。あのふたりの事だからまた沢山食べただろう?迷惑をかけたなら謝っておくよ」

 

「いえいえ私達もお会いできて嬉しかったですから!はいこちらメニューです。ご注文がお決まりになったら言ってくださいね」

 

そう言ってアレッタはメニューを渡すと下がっていった。

 

「……今の給仕さんも人じゃないみたいですね」

 

「ああなんでも彼女は魔族っていう種族らしいよ」

 

「ま、魔族!……なんかカッコいい」

 

「朱鷺子ちゃんは強い妖怪に憧れてるもんね」

 

そんな話をしながら皆は取り合えずメニューを開くことにした。

 

「…凄い品数ね」

 

「上質な紙ね~。それに字も丁寧だわ」

 

「どうしようか…。同じものを注文するのもいいが、それぞれ違う物を注文するのも良いし」

 

「折角だから色々なものを食べてみたいですけど…」

 

すると朱鷺子がとあるメニューの一覧に気づく。

 

「あ…このスパゲッティという料理、結構色々な種類がありますよ」

 

「すぱげってぃ?」

 

「私知ってます。うどんと同じ小麦で作った麺だそうです」

 

「ふ~ん。でもお出汁も無いし、見た目随分違うわね」

 

「でも本当に沢山種類あるな。色どりも其々結構違う」

 

「じゃあこの中で色々なものを頼んでみませんか?」

 

「そうだね、そうしよう。皆もそれでいいかい?」

 

霖之助が四人に尋ねると全員が頷いた。となると次はその中で何を選ぶかだが…。

 

「スパゲッティを頼まれるならマルメットのソースのものがいいですよ」

 

その時、隣のテーブルで食事を終えたらしい青年が声をかけてきた。黒目をした金髪の青年。きっと隣の声を聴いていたのだろう。

 

「……マルメット、ですか?」

 

「おや、ご存じない?こちらのナポリタンとかミートソースに使われている赤い野菜の事です。マルメットを使ったソースは自信をもっておすすめできます」

 

「…もしかしてトマトの事かな?」

 

「多分そうだと思います。きっと異世界では呼び方が違うんでしょうね」

 

「教えて頂いてありがとうございます。随分お詳しい様ですが、常連さんですか?」

シリウス(ナポリタン)

「ああ失礼しました。シリウス・アルフェイドと申します。アルフェイド商会の次期当主にして、こちらのねこやのソースの味を得ようと研究している者です」

 

「…ソースの味を得る?」

 

 

…………

 

それからシリウスは自分達の事を簡単に説明した。アルフェイド商会とその経緯について。

 

「……成程。貴方の祖父殿が一代で築き上げたのがそのアルフェイド商会というもので、こちらのお店の味を異世界でも広めたいために始めたものと」

 

「はい。私も最初にこの店を訪れた時は驚きました。お爺様が生み出したと思っていたソース、いやそれ以上の美味たるソースに出会って。そんな私にお爺様は言いました。私がこの味を向こうでも食べたかっただけなのだよと。この味を自分達の世界でも広めたいと思い、真似をしていただけなんだと」

 

「それを聞いてどう思いました?」

 

「当然驚きましたが…でもそれ以上にお爺様の商人としての魂に感動しました。動機がどうであれ、儲かるという確信を得たのならば商売にするのが商人というものですから。それでお客様も幸福になるなら猶更です。その証拠にお爺様はこちらで出会った騎士のソース(ペシャメルソース)をきっかけに、商会と王家との繋がりをより強いものにしました。そして私もお爺様の意思を継ぎ、こちらの素晴らしい味を広めたいと日々研鑽と研究を重ねております」

 

「そうなんですか。見た目若いのに素晴らしい心持ち。うちの寺小屋の生徒達にも聞かせてやりたいものだ。特にチルノやルーミアに」

 

「け、慧音先生。無茶ですってば」

 

「…私からもひとつ良いですか?失礼ながら貴方達は私達とは随分姿格好や雰囲気が違いますが、異国の方々ですか?」

 

「ああそうか。いえ私達は…」

 

慧音と阿求が自分達の事について簡単に説明した。例に漏れずシリウスも深く驚いた様だ。

 

「なんと…では皆さんは私達の世界でも店主様達の世界でもない、また別の世界の方々なのですか?」

 

「ええまぁそういう訳です。最もこちらと同じくお互いの世界を行き来する事はできないんですが」

 

「…それは何とも残念。もし私が皆さんの世界に行ければ我が商会をより広められそうなのに」

 

「あはは。本当に商人ですね」

 

「………ん?いや待てよ。ここの扉は確か物の行き来はできたはず。となるとこの店を中継して我らの商品を彼らの世界に売りに出せるのでは……」

 

何か思いついたのか口元に手を当てて考え込むシリウス。

 

「…あの、どうしました?」

 

「ああすいませんつい。…おっと随分長居してしまいました。そろそろ戻らないと。それでは皆さん失礼致します。もし機会があればその時はアルフェイド商会を御贔屓に」

 

シリウスは立ち上がり、笑顔でそう言って去っていった。

 

「……何か嬉しそうな表情でしたね。あ、私達も早く食べるものを決めないと」

 

「ああそうでした!先ほどのシリウスさんのお話ではトマトを使ったものがおすすめとの事でしたが…」

 

「じゃあそれと一緒に何品か違う味のスパゲッティを注文しませんか?」

 

「そうだね。何にしようか…皆何か食べてみたいものはあるかい?」

 

そして少しの間、五人はそれぞれ食べたいスパゲッティを話し合い、霖之助がアレッタを呼んで注文する事にした。

 

「……ではそれでお願いするね。ああそうだアレッタさん、取り皿を人数分お願いできるかな?あと取り分けられるものを」

 

「かしこまりました!少々お待ちください!」

 

注文を受け取るとアレッタは嬉しそうに店主に知らせに行くのだった。

 

「霖之助、なぜ取り皿を?」

 

「皿を動かすよりも食べやすいだろう?」

 

そんな会話をしながら五人は頼んだものを待つことにした。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

……そして暫くして、アレッタとクロがワゴンを引いてやってきた。

 

「お待たせしました!(お待たせしました)」

 

「注文が多くて申し訳なかったね」

 

「いえいえ!」

 

そう言ってアレッタは人数分の取り皿と箸、フォーク・スプーンを、クロがセットのスープとパンを五人の前に出す。

 

「ふわ~パンもスープもいいにおい♪」

 

(パンとスープはいくらでもお代わり自由ですので)

 

「いくらでも!?」

 

「それは大盤振る舞いだな」

 

「こちら、ご注文のスパゲッティになります!」

 

そして繋げたテーブルの真ん中に色とりどりの湯気立つスパゲッティが並べられた。

 

「右からミートソース(小鈴)、和風明太子(阿求)、カルボナーラ(慧音)、ナポリタン(朱鷺子)、そしてペペロンチーノ(霖之助)です!」

 

「ほわ~…」

 

「凄く…いいにおいです」

 

「写真よりずっと美味しそう…」

 

「確かに幻想郷では見た事無い料理だな」

 

(こちらのタバスコと粉チーズもお好みでお使いください。タバスコは辛いのでかけ過ぎにはお気を付けください)

 

「それではごゆっくりどうぞ!」

 

「うんありがとう」

 

そしてアレッタとクロは下がっていった。

 

「さぁ、温かいうちに食べようか」

 

「ああそうだな」

 

そして五人は食前の「いただきます」をして、

 

「取り合えず自分が選んだものから食べてみましょうよ」

 

「じゃあまずは私から頂きますね♪」

 

そう言って小鈴はまず自分が選んだミートソースに手を伸ばす。ラグソースやボロネーゼとも言われる「ミートソース」。トマトベースの赤色のソースの中に少し大きめのひき肉とみじん切りの玉ねぎや人参、そして薄く切られた小さい茸が見える。小鈴はソースと麺をゆっくりとかき混ぜ、一緒に箸で口に運ぶ。

 

「…美味しい!」

 

少し大きめの声でそう言った。

 

「このソース、物凄く煮込まれてて、みじん切りに切られた野菜の甘さがしっかりとあって、こんなに薄いのに茸もちゃんと味を忘れてないし、このひき肉の歯ごたえも凄くいいです!食べた事無い麺ですけどそれと凄く絡んでます!」

 

「流石小鈴ちゃん。解説が上手だね」

 

相当口に合ったのか夢中で食べている小鈴。それに釣られたのか阿求も唾をのみ、

 

「…では次は私が」

 

自分が選んだ和風明太子スパゲッティに手を伸ばす。キャビアをまぶしたパスタが始まりの「明太子パスタ」。麺全体にからんだそれはほんのりピンク掛かっていて、そこからよく絡む様に加えられたバターの香りがし、麺の山の上には飾り付けの千切りの海苔が添えられた一品。見た目は他のものと違ってシンプルであるが、

 

「…この明太子?というもののプチプチとした食感と強い塩気。それをこの細くもモチモチとした麺と絡ませているバターというもののコクと香り。その中で少しでもしっかり感じる海苔の風味。和風なのに洋風の様でもある味。とても…美味しいです…」

 

阿求もまたその味を絶賛した。

 

「じゃ、じゃあ私」

 

続いて朱鷺子は自分が選んだナポリタンに手を伸ばす。日本の喫茶店生まれの「ナポリタン」。ミートソースよりもオレンジを強調したソースに染められた麺は炒められているのかほんのりと香ばしさもある。一緒に入っているのは何かのお肉(ウインナー)とピーマンという野菜、そして玉ねぎの細切り。そしてこれからもほのかにバターの香りがしている。朱鷺子はそれを一緒に口に入れる。

 

(…美味しい…!)

 

朱鷺子は素直にそう思った。ウインナーというものとそこからジュワッと感じる脂、ほんのり苦いピーマンという緑の野菜、甘い玉ねぎ、いずれも食感が生きている。うっすら感じるバターのコク、それをまとめているのがこのオレンジ色に染まった麺。ちょっとだけ甘く、それでいてほんのちょっとの酸味も感じ、炒められた香ばしさもある。そんな味付けのナポリタンを無言のまま夢中で頬張る。

 

「朱鷺子の奴夢中で食べているな。そんなに美味いのか」

 

そう言いつつ慧音は自身が頼んだ「カルボナーラ」をトングで皿に盛る。別名炭焼きのパスタと呼ばれるそれはミートソースやナポリタンと違い黄色めのソースに色付けされた麺。具は細切りされたベーコンだけとシンプルだが、ソースと黒胡椒とあらかじめかかっている粉チーズが濃厚な香りを生み出している。

 

「箸やスプーンは使った事が多いがフォークは初めてだな…」

 

慧音はフォークでくるくるとなんとか巻き取り、口に運ぶ。

 

「…ほう。これはこれは。初めて食べる味だが…美味いな。この燻製肉の強い味と、そしてこの黒い粒からのほんの少しの刺激と香り、そしてこの麺が纏っているソースは…卵か?それがこれらの味や肉の脂を吸っている。この粉チーズとやらも良い具合にこの料理の濃厚さを上げている」

 

「慧音も本音ちゃんに負けず感想うまいね」

 

「これでも教える側だからな」

 

そう言いながら慧音もカルボナーラを気に入ったらしく、笑顔で食べている。小鈴、阿求、朱鷺子や慧音も初めての店の味に満足しているらしい。それを見て安心した霖之助も自分が頼んだペペロンチーノとやらを食べてみる事にした。日本では「ペペロンチーノ」と呼ばれるが実は海外ではその名前はなく、その上見た目から貧困街の食事という別名もある。だが反面シンプル故の奥深さから人気が高い。見た目は明太子と並びシンプルで特に目立つソースもなく、上にはほんの少しのニンニクのかけらと鷹の爪、カルボナーラと同じベーコンの薄切り、小さい香草が乗っている位だ。

 

「これは…見た目シンプルだけどニンニクと香草を使っているためか香りが強いね」

 

慧音にあやかって霖之助もフォークで食べてみる。そして驚く。見た目なんの味付けもされていない様だが、よく見ると麺全部がなんの臭みもない黄色っぽいオイルでしっかりと味付けされている。そのオイルが鷹とニンニクの辛さを引き立たせ、更にそれらの香りとベーコンの脂を吸い、それを麺全体により絡ませている。

 

「結構辛いけど美味しいね。…そうかこれは麺を味わう料理。そして何よりこの油が重要なんだね。…ふむ、オリーブオイルというのか。牛や豚でなくオリーブという実からとれる油…。幻想郷にもあるのかな」

 

「スープもパンもふわふわで美味しいですね~♪次は阿求の明太子食べてみようかな♪」

 

「では私はカルボナーラを頂いてみようかしら」

 

「……」(無言でナポリタンを食べている朱鷺子)

 

「う~んナポリタン興味あるけど朱鷺子ちゃん随分気に入っているみたいだね」

 

「霖之助、ペペロンチーノとやら少し貰うぞ」

 

気が付けば皆でスパゲッティ会食会の様になっていた。

 

 

~~~~♪

 

 

すると再び扉が開かれ、入ってきた者がいた。

 

(いらっしゃいませ)

 

「いらっしゃいませサラさん!」

 

「ええお疲れ様ふたり共。いつものお願いね♪」

 

それはサラだった。そして彼女は霖之助に気づく。

 

「あ、リンノスケさんじゃない」

 

「ん?やぁ、えっと確か…メンチカツさんだっけ。久しぶりだね」

 

「知り合いか霖之助?」

 

「ああ。最初に来た時にお世話になったんだ」

 

「いえいえお世話になったのはこっちのほうよ。…今日は随分大所帯ね。それも女の人ばかり。この前もレイムやマリサもいたし、貴方も隅に置けないわねぇ♪」

 

「え?」

 

「いやいや私達は単なる付き添いだ!それにこいつとはただの友人だ!」

 

「どうしたんですか慧音先生?」

 

そんなやりとりの後、簡単にお互い自己紹介をして、

 

「あそうだ丁度良かったわリンノスケさん!また貴方に見てほしいものがあるのよ!協力してくれないかしら?」

 

そう言うとサラは鞄からとある何冊かの本を出した。そこには見た事が無い文字が羅列している。

 

「それは……古文書かい?」

 

「そう。今私が研究してるものなんだけど…ちょっと息詰まっちゃってて。貴方なら何かわからないかしら?」

 

「うーん…僕は年代や用途はわかるけどこういうのは…」

 

霖之助の能力は名称と用途はわかるがこういった事には不向きな様だ。すると、

 

「すみません…私にもその本見せていただいていいですか!?」

 

「わ、私も見せてください!」

 

小鈴と朱鷺子が突然興奮してそう言った。

 

「え?ええ」

 

小鈴と朱鷺子は横からその本を覗き込み、行を目で追っていく。特に小鈴のそれはまるで読んでいる様だ。朱鷺子は読むわけでなく、古文書そのものに興味があるらしい

 

「……貴女、まさか読めるの!?」

 

「ああ思い出した。小鈴にはどんな文字も読める力があるんだった」

 

「そういえばそうだったな」

 

それを聞いたサラは小鈴を興奮のあまり小鈴を抱きしめた。

 

「わっ!」

 

「まさか救世主が他にもいたなんて!幻想郷っていうのは凄い人ばっかりね♪ねぇもしよければ内容教えてもらえるかしら!あと貴女暫くうちに来ない!?読めてない本が沢山あるのよ!」

 

「め、メンチカツさん落ち着いて。ここは人の行き来はできないんだってば」

 

その後サラのそんな言葉をちょっぴり聞いていて内心穏やかでなかったアレッタを全員で慰めたり、後に来たハインリヒがその騒ぎの原因を聞いて少し慌てたり、ほんの少しだけねこやが騒がしくなるのであった…。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「どうもご馳走様でした!美味しかったですスパゲッティ♪」

 

「はい!本当に凄く美味しかったですナポリタン!」

 

(それは良かったです)

 

「こんなお店があるんだという事、私の記憶に残しておきますね」

 

「はい是非!ここは私の記憶にも人生にも欠かせない場所ですから!」

 

「はは、そこまで言ってもらえるとなんか照れるな」

 

「店主。あの扉は様々な場所に出ると聞いた。もしかしたら…この後私の教え子達も来るかもしれんがもしご迷惑をかけたら申し訳ない。その時は遠慮なく叱ってやってくれ」

 

「いえいえ、全然構いませんよ」

 

「あーあ残念だわ。リンノスケさんとコスズがいれば私の研究もはかどるのに」

 

「また古文書見せてくださいね!」

 

「マリサ殿達に宜しくなリンノスケ」

 

「ええ」

 

そんな会話を交わしながら五人は扉を開け、幻想郷に戻っていった…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪…シュゥゥゥゥン…

 

 

「おお、店主の言った通り本当に煙の様に扉が消えてしまった」

 

「不思議ですね。そしてとっても不思議な場所でした」

 

「でも私は凄く楽しかったです♪。美味しい物も食べれたし本も読めたし」

 

「はいそうですね♪」

 

特に小鈴と朱鷺子はひと際満足したらしかった。因みに彼女達のお土産はミートソースパスタパンとナポリタンドッグである。

 

「でもどうしてあんな扉が現れる様になったのでしょうか?」

 

「それは私も思ったが…まだわからんな」

 

「まぁあんな場所だから初めて行くとちょっと驚くけど、でも決して悪い場所じゃないよ」

 

そんな会話をしていた時だった。

 

「あーーー!!」

 

突然小鈴が大声を上げた。

 

「ど、どうしたのよ小鈴?」

 

「無くなってる!新聞が一枚も!」

 

扉に入る前まであった筈の文々。新聞が何も無かったかのように無くなっていた。小鈴や霖之助が読んでいたものまで。

 

「…本当。確かに行く前はあったのに」

 

「誰よ一体!閉じてる店に入って物取ってくなんて窃盗よ!強奪よ!不法侵入よ!」

 

「お。落ち着け小鈴」

 

騒ぐ小鈴を皆で宥めながら、

 

(……こんな事するとすれば紫かな?まぁ考えるまでもなく間違いなくそうだろうね。となると…あっちの方も今頃ひと騒ぎしているんだろうなぁ…)

 

霖之助はそんな事を考えていた。

 

 

…………

 

妖怪の山

 

 

「ふっふっふ、今回の新聞は久々の特ダネだったこともあって話題沸騰ですね♪先程人里の様子も見てきましたが人々も妖怪の皆さんも噂にしてましたし♪」

 

ここは妖怪の山の峰にあるとある家。その家の中で何やらひとり不吉に笑う者がいた。内容からどうやら異世界食堂の記事を書いた新聞に関わる者の様だ。

 

「さ~てこうなると次の記事を書くとなれば…次はあの扉の先に行ってお店の」

 

 

バーーンッ!!!

 

 

「ひゃあ!な、なんですかなんですか!?」

 

とその時、家の扉が激しく蹴破られた。

 

霊夢

「ぜぃ、ぜぃ…お邪魔するわよ!」

魔理沙

「はぁ、はぁ…や、やっと見つけたんだぜ!」

 

入ってきたのは霊夢と魔理沙だった。かなり疲れている様だ。

 

「あやや!霊夢さんと魔理沙さん。どうされたんですか?」

 

「どうされたんですか?じゃないわよ。アンタをずっと探してたのよ文!」

 

「最初ここに来たらいなくて、その後色々どこ行ってもいなくて、挙句の果てに「今帰った」って聞いてまたここにとんぼ帰りだぜ!」

 

「そ、それは大変でしたね。でも私がひとつの場所にとどまっていないのは当然です。記者たる者常に特ダネを探して動き回るのが本筋ですから♪というかどうしたんですか一体?そんなに必死で」

 

すると霊夢はあの新聞を出した。

 

「おー!それは私の新聞!霊夢さんも買ってくれたんですね!」

 

「違うわよ!アンタのこの新聞について言いたい事があってきたのよ!」

 

「そうだぜ!てかお前どうやってこの扉の事知ったんだ!?」

 

すると文と呼ばれた少女はこう答えた。

 

「あーそれはですね~魔理沙さんのおかげですよ♪この前新聞のネタになりそうなものを探していたら猛スピードで飛んでいく魔理沙さんを発見しまして、これは何かあると新聞記者の勘に引っかかりまして、追いかけたら妙な扉に霊夢さん達が入っていったじゃないですか!一か八か帰ってこられるのを待ってたらお腹一杯!って満足そうな霊夢さん達だったんでこれはと思い新聞にさせていただきました♪言っときますが嘘は書いてませんよ?文々。新聞は真実を面白おかしく書くのがポリシーなんで♪」

 

満足そうにそう言う文という人物。いや彼女もまた人間ではなかった。射命丸文。黒髪のセミロングに頭に山伏風の帽子を被り、黒いフリル付きのミニスカートと白い半袖シャツ、そして烏の様な羽をもっている。彼女は烏天狗という妖怪の少女である。彼女は天狗の中でも最高の速度を持ち、霊夢達にも負けない位の高い戦闘能力を持つらしいが、寧ろ戦いよりも自身の稼業である新聞事業を重視しており、文々。新聞は彼女の書く新聞であった。

 

「アンタのせいか魔理沙…」

 

「ちっ、不覚だったぜ。てかそんな事言うために来たんじゃないだろ!」

 

「ああそうだった!アンタに言わなきゃいけないことがあるのよ!」

 

 

…………

 

それから霊夢と魔理沙は文に事の事情を話した。

 

「あややや…それはそれは。あの扉の先はそういう事でしたか」

 

「だからあの扉の先、私達はねこやって言ってるけど、里の人々が入っていったら大変な事になるわ。私やアンタ達妖怪は大丈夫だろうけど」

 

「ああ。それにねこやには霊夢や私でも歯が立たない様な力を持った奴がいる。危険な奴じゃなさそうだし、幻想郷と行き来はできなそうだけどねこやの中で力を使われたら厄介だしな」

 

魔理沙が言うのは勿論クロの事。実際彼女は自分の力でねこや自体を傷つける事はしないと決めているが、店内で何か起これば彼女は力を使う可能性もゼロではないかもしれない。

 

「それで私にどうすればよいと?」

 

「決まってるでしょ!この新聞が嘘の記事でしたって発表するのよ!」

 

「ええ!そ、それは嫌ですよ!私の新聞は出鱈目な記事は書かない!そして真実を面白おかしく書くのが売りなんですよぉ!これまで謝罪記事なんて一回も書いた事ないんですから!」

 

 

ギュウゥゥゥゥゥンッ!

 

 

とそこに突然、空間に裂け目の様なものが現れた。

 

「落ち着きなさい霊夢。それに文も」

 

そこにやってきたのやはり紫だった。

 

「や、八雲紫!?」

 

「おお紫!新聞はどうなった!?」

 

「勿論全て回収したわ。既に販売されたものは倍のお金払って買い戻したし」(中にはこっそり持っていったものもあるけど♪)「今から嘘でしたって発表しても遅いわ。実際新聞を見てしまった人もいるし」

 

「じゃあどうすればいいってのよ」

 

「寺小屋の教師、上白沢慧音に協力を頼むわ」

 

「慧音?…あそうか、慧音は「あった事を消す程度の力」があるんだった」

 

「ええ。彼女の力で里の人々からこの新聞を見たという記憶そのものを除去してもらいなさい。そうすれば少なくとも人々がねこやの扉に興味を持つことは無くなるわ。里の平和のためならば協力してくれるでしょ」

 

確かに紫の言う通り、そうなれば少なくとも扉に直ぐに入る事は無くなる可能性は高い。しかし。

 

「でもそれでも入ってしまう可能性はあるわよ?里に出る可能性も全然あるんだから。それとも入った人の記憶をまた消すつもり?」

 

「わかってるわよ。…射命丸文。ねこやの扉の事について新聞を書きなさい。もし見つけたら必ず博麗の巫女に連絡する事、そして絶対勝手に入らない事という注意書きも添えて。これは幻想郷の管理者である八雲紫、そして貴女の上司である飯綱丸龍からの命令でもあります」

 

「あややや!わ、わかりました!」

 

「あいつにも教えといたのか。仕事が早いな全く」

 

「…は~。まぁいつかこいつらにバレる可能性もあった事に気が向かなかった私も悪いし、しょうがないわねぇ」

 

霊夢は頭を掻きながらそう言った。

 

「でもいいわね文、絶対にそこの部分を強調するのよ!」

 

「は、はい!飯綱丸様の命令には背きません!」

 

 

その後霊夢は慧音に、魔理沙は新聞を売っていた小鈴に事情を説明しに行き、ふたり共協力を約束してくれた。因みに慧音と小鈴がまさにこの日、霖之助や阿求と一緒にねこやに行っていた事を知った霊夢と魔理沙は驚いていた。後日慧音が人々の記憶をこっそりと消し、小鈴が新たにできた新聞を今回は特別サービスとして各家に朝刊配達に回り、とりあえず里の人々からねこやの扉への関心は薄れる事になった。……人々からは、であるが。

 

 

「でも人はそれでいいとして妖怪はどうする?あいつらの記憶も消すのか?」

 

「あいつらは大丈夫でしょ。あんなことでビビる様な連中じゃないし。それにお守りも渡してあるから」

 

「…お守り?」

 

 

…………

 

とある頃、ねこやにて。

 

 

「……ん?ああそういや霊夢さんに御札もらってたんだった。ん~~…取り合えずここに飾っておくか」

 

そう言いながら店主は霊夢が置いていった商売繁盛の御札を厨房の天井近くの壁に貼り付けた。




メニュー13

「オニオンベーコンピザ&クアトロフォルマッジ」


霖之助と小鈴がいればかなりのオーパーツが解析できるかも(^^;
ひとつお知らせです。
最近自身の仕事が忙しく編集の時間が殆ど取れていない状態です。そのため次回より投稿が暫くいつもよりも遅くなると思います。ただでさえ遅いのに申し訳ありません…。


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メニュー13「オニオンベーコンピザ&クアトロフォルマッジ」

「う~んどうしたもんか…」

とある土曜、朝のねこやにて。何やら箱を前に考えている店主。


~~~~♪


「おはようございまーす!」

「おはようさん」

「? どうしたんですかマスター?」

「これなんだが…」

「わっ!どうしたんですかコレ?」

「いわゆる発注ミスってやつさ。うちじゃなくレオンハートのな」

「それってお酒をおろしてくれているお店ですよね?」

「ああ。つまみ用に購入したらしいんだが数を間違えちまったらしくてな。処理を手伝ってくれって渡されたんだ。少しはフライングパピーにも渡したんだがまだ余っていてな…どうやって処理するか迷ってんのさ」

「う~んでもこれだけのコレを使う料理ってあるんでしょうか…」

首をひねるふたり。すると少し考えて、

「そうだあれなら使えるか。流石に本場のもんとはいかねぇが生地はいつものやつ使えばなんとかなんだろ」

そう言うと店主は早速準備を進めた。


「命蓮寺」

 

 

特定の教祖や教えを持たない神道を崇拝するのが神社。それに対し釈迦の教えを守り、広め、悟りを開くことを目的とする仏道を重んじるのが寺院であるのは広く知られている。そしてそれは勿論幻想郷にも存在する。

人里から離れた場所にある広い寺。巨大な門の前には地蔵が立ち並び、敷地内には石畳の通路が広がる。大きな鐘楼と墓地、そして立派な本堂と巨大な円堂がある見事な寺。寺の名は「命蓮寺」といった。今回の話はここから始まる。

 

大きな傘を持った少女

「響子~。これはどこに置けば良かったっけ~?」

茶色い大きな垂れ耳の少女

「あ、それはあっちの蔵にお願い~」

水兵服姿の少女

「お、ととと!危ない危ない」

紺色の頭巾

「ちょ、気を付けなよ村紗」

 

寺の中では何やら複数の者達が何やら世話しなく作業をしていた。大きな机や長椅子を運んでいたり、敷物を畳んだりしている。どうやら大掃除をしているらしい。

 

ドスンッ!

 

「ふ~~。もう疲れたよ~」

 

「あたしも~」

 

「もうちょっとで終わりますから頑張りましょう!」

 

「そうだね。お師匠様達が戻ってくるまでに片付けといた方がいいよ」

 

「「は~~い」」

 

力が抜けた様な返事をしつつ、彼女らは掃除を続けた。

 

 

…………

 

「あ~…やっと終わった~…」

 

「つっかれた~…」

 

「ほんとだね。でもやっとお彼岸のお掃除も終わったね~」

 

そんな事を言いながら大の字に寝転がっているのは水色のショートボブカット、ミニスカートに下駄を履いているオッドアイの少女。そして黒のショートヘアに船長帽をかぶり、水兵服を着た少女のふたり。

座っているのは水色の髪で白い長袖の服に頭巾と赤い宝石の首飾りを付けた少女。その周りには大きい雲の様なものが渦巻いている。

 

「お茶が入ったよ~」

 

そしてお茶を持ってきたのは緑色の髪から垂れ耳が生えた小豆色のワンピースを着た少女だった。

 

「あ~ありがとう響子。星様とナズーリンは?」

 

「ふたりももうすぐ終わると…」

 

すると本堂の奥からふたりの女性が近づいてきた。

 

黒髪が混ざった金髪の女性

「おや、私達の方が後でしたか」

ネズミの耳の少女

「…遅れたね」

 

虎柄の腰巻を付け、左手に長い鉾の様な杖を持った女性と、もうひとりは頭からネズミの様な耳が覗く灰色の髪とネズミの尻尾が生えた少女だった。

 

「もう終わられたのですね。偉いですよ」

 

「あ、星様、ナズーリン。お疲れ様です。中の方の掃除は終わられたんですか?」

 

「ああ実はもっと早く終わっていたのですが…恥ずかしながら私が宝塔をどこにおいたかわからなくなって探していたのです。ナズーリンに見つけてもらいました」

 

「師匠。置いた場所は覚えておいて」

 

「め、面目ありません」

 

ナズーリンという名前らしい少女の指摘に星という女性が申し訳なさそうにした。師匠と呼ぶからには女性の方が立場が上の筈だが普段からこういうやりとりなのかもしれない。

 

「星様。聖様は?」

 

「まだ神霊廟からお戻りになっておりません。神子様と話されているのでしょう」

 

「じゃあ戻るまでゆっくりしますか。お彼岸行事で最近大変だったもんね」

 

「ぬえの奴手伝ってって言ったのにこういう時だけいないんだから全く~」

 

「女苑も紫苑も逃げちゃったしね」

 

そんな事を言いながら其々力を抜く者達。すると頭巾の少女が何か思い出した様に話し出す。

 

「…あ、そういえばさ。今日ってアレが現れる日じゃないの?」

 

「アレって何よ一輪?」

 

「ほらアレよ。前に聖様が言ってた…」

 

これに返したのがナズーリン。

 

「…あの七日に一度現れる扉ってやつの事?」

 

「そうそうそれの事!」

 

「確か先日鈴奈庵の文々。新聞にも載ってたね。なんでも美味に繋がる扉とか」

 

「あああの霊夢さんが満足げにしてた写真のやつね。でも本当なのかな?」

 

「聖様が紫様から聞いた話と言われていましたから間違いないでしょう。現れるようになった原因は紫様にもわからないらしいですが」

 

「でもお寺に来た人達、全然その事について話してなかったね?」

 

「そうね~。新聞読んでる筈だから知ってる筈なのに」

 

どうやら紫の計画は上手くいった様で、里の人々からねこやへの扉の関心は薄れているらしかった。すると村紗という水兵服の少女が、

 

「ねぇねぇお掃除も終わったし折角だからこれからその扉、探しに行ってみない?美味への扉とか興味あるじゃない♪」

 

「ダメですよ村紗。私達は聖様のお留守番を任されているのですから」

 

「じゃあさじゃあさ、命蓮寺の中だけ探してみない?ここは広いし全員で探せばそんなに時間はかからないでしょ?お寺の外に出る訳じゃないし」

 

「それいいね小傘♪どうですか星様」

 

星という金髪の女性は顎に手をあてて考え、

 

「………まぁ、それ位ならば良いでしょう。但し寺の外には出てはいけませんよ」

 

「「「は~い♪」」」

 

喜ぶ水蜜、小傘。そして一輪の三人。

 

「でも探すといってもどうしようか…。ただでさえ掃除で疲れてるのに命蓮寺全てを探すのはちょっと嫌だなぁ」

 

「あ、それならナズーリンの能力で探せばいいんじゃないですか?」

 

「…え?」

 

「あそうか!ナズーリンは探し物を見つける能力があるんだった!ナイス響子♪」

 

「いや…でもどうすればいい?私のロッドは狭い範囲しか探せないし、そもそも扉を探せと言ってもその扉に反応するとは限らないよ?そこら中の扉に反応するかも」

 

ナズーリンというネズミの耳を持つ少女の能力は「探し物を探し当てる程度の能力」であり、それによって自分が欲しい物を探す力があるのだが…その精度はいまいちであり、あまりあてにできない事もある。

 

「だったら「滅多に食べれない美味しい物」とかで探してみればいいじゃない?」

 

「てな訳でナズーリン宜しく~♪」

 

「そんな適当な。……はぁ、仕方ないなぁ」

 

皆が期待の目で見つめるので仕方なくナズーリンはちょっと大きめな二本のダウジングロッドを取り出し、精神を集中し始めた。

 

「「「「「………」」」」」

 

………しかしロッドには何の反応も無い。

 

「………う~ん。なんにも変化ないね」

 

「だから言ったでしょ?そんな簡単に」

 

 

グインッ!!

 

 

とその時突然、かざしたロッドがとある方向に向いた。

 

「へ?」

 

「う、動いた!」

 

「この方角は…鐘の方だね!」

 

「行ってみようよ!」

 

そして星と響子以外がそっちの方に走っていく。

 

「…はぁ。もう少し落ち着けば良いのに。先程まで掃除で疲れていたのではないのですか?」

 

「あはは…まぁ食欲の秋ともいいますし。私達も行ってみましょう」

 

 

…………

 

「「「「「「………」」」」」」

 

そして一行が見たのは…鐘楼にぶら下がっている大きな鐘、ではなく、その鐘の真下に出現していた猫の看板が掲げられた木製の扉だった。

 

「扉…よね?」

 

「扉だね…」

 

「ほんとに出たね…」

 

「ついさっきまでは間違いなくこんな扉無かった筈なんですけど…」

 

「じゃあほんとについたった今現れたって事?」

 

「……多分」

 

誰もが突然現れたその扉に口数少なく驚いた。そして次に出てくるのは、

 

「じゃあ早速行ってみようよ!」

 

「そうだね!」

 

「いけませんよ小傘、水密。先程言ったはずですよ。寺の外には出ない様にと」

 

「え~!だって今行かないといつ行けるかわからないよ~!」

 

「そうだよ星様~!それに私達言われた通りお寺の外には出てないじゃん~!」

 

「そんな屁理屈は…」

 

すると一輪という女性が加わる。

 

「それにさ~。この扉を何時までも放っておいたら博麗の巫女とか魔理沙とか来るかもしれないよ~。そうなったら間違いなく「この扉入らせなさい!」って言うに決まってるよ~。そうなる前に私達で対処すべきじゃないの~。命蓮寺を守るのが私達の役目でしょ~?」

 

「む…」

 

「そうそう!それにこの扉の先が本当に新聞に書かれている様な美味に繋がっているなら聖様にも食べさせてあげたいでしょ~?」

 

「むむ…」

 

「きっと聖様も喜ぶと思うな~。私達聖様や星様に美味しいもの食べてもらいたいんだよ~。ほら、雲山もそう言ってるし~」

 

「それにさ~この扉を見つけてくれたのもナズーリンのおかげでしょ~?だったら師匠として弟子をほめてあげないと駄目じゃ~ん」

 

「いや私を巻き込んでもらっても困るんだけど…」

 

「お金は紫様が払ってくれてるらしいしさ~。お願いだよ星様~」

 

目をうるうるしながら頼む小傘、水密、一輪の三人。

 

「…星様、行かせてあげましょうよ。皆行事やお掃除頑張ってくれましたし、私が残りますから」

 

苦笑いしながらそう薦める響子。そんな彼女の言葉を受けて星も折れた。

 

「………はぁ、仕方ありませんね。但しできるだけ早く戻ってきなさい。あとナズーリン。貴女も行ってください」

 

「私も?…わ、わかった」

 

「やった~♪」

 

「じゃあ行こう三人とも!」

 

「おみやげ貰って帰ってきますね♪」

 

そして小傘、村紗、一輪、そしてナズーリンの四人はねこやへの扉を開けた。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

そして扉を開けたその先は…見た事無い場所。そしてそこには…見た事もない人々がいた。

見た事無い恰好をした人間。獅子の顔をした大男。蝶の様な羽を生やした小人。知り合いの鬼よりももっと鬼らしい姿をした夫婦らしい者達…。

 

「ななななななな!!」

 

「ななな、なんなのここは!てかなんなのあの人達!?」

 

「見た事無い人間と妖怪が…一緒にご飯食べてる…!?」

 

「これは計算外…」

 

四人は目の前の光景に驚きと呆然を隠せない。そして気が付いた。扉の先がどうなっているかの予備知識が足りなかった事を。考えれば文々。新聞には食べ物に関する場所であろう事は書かれていたが、どんな場所かについては書かれていなかった。そしてそこにいる人々がどんな人達かも。前回霊夢が心配していた事が図星になった様だ。

 

「アレッタの姉ちゃん。コーラお代わり~!」

 

「は~い直ぐにお持ちしま~す!」

 

「こっちはあのピザだ!お代わり頼むぜ!」

 

(お待ちしました)

 

見た目かなり繁盛しているらしく、手に飲み物らしいものが入ったグラスを持ったアレッタとクロが忙しく動き回っているが、やがて入り口にいる四人に気づいた。

 

「あ、いらっしゃいませ~!直ぐに伺いますので少々お待ちくださーい!」

 

そう言いつつ飲み物をお代わりしたらしい席の者に渡しに行くアレッタ。

 

「凄い盛況だね…」

 

飛び交う様に注文と会話が飛ぶ店内を静かに見ているとやがてアレッタが近づいてきた。

 

「お待たせしました~!ようこそ洋食のねこやへ!四名様ですか?」

 

「う、うんまぁね。あの…ここって美味に繋がる扉って事でいいのかな!」

 

「…ビミに繋がる…?」

 

「まぁそう言われてもわからないよねぇ。えっと~博麗霊夢って人知ってる?」

 

「あ、レイムさんのお知り合いですか!じゃあ皆さん幻想郷の方々なんですね!失礼しました。私はここで働いているアレッタと言います!宜しくお願いします!」

 

元気にそう挨拶されたので四人も返す事にした。

 

「私は唐笠お化けの多々良小傘!お化けなんでほんとは驚いてほしいとこなんだけど…もう私達の方が何倍も驚いてるから難しいよねぇ…がっくし」

 

「まぁまぁ小傘。あ、私は村紗水密!人からはキャプテン・ムラサって呼ばれてる船幽霊っていう妖怪さ!」

 

「命蓮寺の僧侶にして、入道使いの雲居一輪!一輪って呼んでね。こっちは……アレ?雲山は?」

 

見ると彼女の周りを漂っていた雲が消えていた。

 

「…私はナズーリン。とある尊き方の使いだよ」

 

「コガサさんに、ムラサさんに、イチリンさんに、あとナズーリンさんですね!」

 

すると厨房から声がかかった。

 

「アレッタさん。新しいの焼きあがったからお出しして」

 

「はいマスター!とりあえず皆さん、あちらのお席にどうぞ!」

 

そう言ってアレッタは再び客に対応しに戻っていった。

 

「ね、ねぇ今のって人間だよね?人間が妖怪に指示を出してる?というか妖怪に料理を出してる!?」

 

「嘘みたいだね…」

 

「ねぇ早く座ろう。ここじゃ迷惑」

 

「あ、そうだね!」

 

ナズーリンの言葉で取り合えず席に座る事にした四人。すると待ち構えていた様にクロが水とおしぼりを出す。

 

(いらっしゃいませ。こちらサービスのお水とおしぼりです)

 

「あ、どうも……って、え、え!?」

 

「い、今頭の中に声が聞こえた!」

 

(それからこちらメニューになります。幻想郷の方々にも読める言葉で書いてあります。ご注文がお決まりになりましたら仰って下さい)

 

そう言って去り行くクロを呆然と見つめる。これももう定番になりつつある反応である。

 

「……外の世界にも不思議な人達がいるんだねぇ」

 

「でも外の世界というよりまるで別の世界に来たみたいだね。単に外の世界にあんな人達がいるはずないもの」

 

「そうだよねぇ。人種で言えば妖怪とかに近いけど幻想郷にあんな妖怪はいないものねぇ。今の人?も幻想郷の方々にも読めるって言ってたし」

 

「う~む…」

 

するとナズーリンが、

 

「…なんか嗅ぎなれない匂いがする」

 

「…ほんとだね。なんの匂い…あ、あの料理からじゃないかな?」

 

小傘が隣の席の料理を指さそうとしたその時、調理の一段落が過ぎたらしい店主がやってきた。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ異世界食堂へ」

 

「…異世界食堂?」

 

「ええ。本当は洋食のねこやっていう名前なんですが、うちのお客さんからはそんな風に呼ばれてますんで。お客さん方、幻想郷から来られた方々ですね?」

 

「う、うん。ねぇ、ここってどういうどこなの?外の世界のお店なの?にしては見た事無い人、いや人なのかな?まぁそんなのが沢山いるんだけど」

 

小傘の質問に店主はねこやと異世界食堂の由来、そしてその扉が幻想郷に現れた経緯を簡単に話した。

 

「異世界に繋がる外の世界の食堂か。成程ね~、どおりで見た事無い様な人ばかりだと思ったよ」

 

「でも貴方は人間でしょ?よくそんな人達を相手に商売してるね?」

 

「はは、これも先代の店主の影響ですかね。まぁてな訳でお客さん方も遠慮なく食べてってください。お代は紫さんから十分すぎるほど頂いてるんで」

 

「勿論そうさせてもらうけど、ねぇ店主さん何かおすすめ」

 

(マスター。ピザの追加オーダー頂きました)

 

「ああはいよ。では皆さんごゆっくり」

 

クロという少女の言葉を聞き、店主は再び厨房に戻っていった。と、今の中で聞いた一部分を村紗が繰り返す。

 

「…ピザ?」

 

「坊ちゃんこの本日限定のピザ、本当にチーズしか使われていないんですね」

 

「うん、マルメットのソースもオラニエもベーコンも使われてない。本当にチーズだけだ。でも…とても味が複雑だ」

 

「四種のチーズと聞きましたが…チーズ其々全て味が違うのでしょうか?それとも作り方?一体どうやっているのか…」

 

「…うんうめぇ!初めて食べたけどピザもうめぇな」

 

「限定っていうから頼んでみたけど良かったね。コーラも合うよ」

 

「たまにはハンバーガー以外のもん食べるのも悪くないな」

 

見ると周りの席も多くがピザという食べ物を注文している。ある者はメインに、ある者は普段いつも頼んでいるもののついでみたいに。

 

「結構多くの人が頼んでるねピザって言うの」

 

「…あ、これの事かな?うすいパン生地の上に色々な具や素材を乗せて焼いたものだって」

 

「メニューはオニオンベーコンピザの一種類…あ今日限定のピザがおすすめって書いてある」

 

確かにメニューページの上に「本日のおススメ」という小さい紙がクリップで止められている。

 

「これ頼もう」

 

するとナズーリンがはっきりそう言った。

 

「この料理知ってるの?ナズーリン」

 

「…ううん全く知らない。でもこの料理に私のセンサービンビン感じてる」

 

「それも能力?」

 

「いやただの勘」

 

「か、勘って霊夢さんじゃないんだから。でもナズーリンがそこまで薦めるって珍しいね」

 

「ねぇ、折角だからそれ頼んでみようよ?」

 

「そうだね。一枚で二人前って書いてあるから丁度いいじゃない」

 

そして四人はアレッタを呼んで注文する事に。

 

「このオニオンベーコンピザっていうのと、本日限定のピザっていうのをひとつずつお願いするよ」

 

「かしこまりました!お飲み物は如何ですか?こちらのコーラがおススメです!」

 

「こ、こーらって…あの、亀の甲羅じゃないよね?」

 

「いえいえちゃんとしたお飲み物です!初めての方は少し驚かれるかもしれませんが美味しいです!」

 

「はは、冗談冗談。…まぁ頼んでみたらわかるか。じゃあそれもお願いできるかな?」

 

「畏まりましたー!」

 

早速アレッタは店主に注文を届けに行った。すると奥から「あいよ」という元気な声が聞こえた。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「お待たせしましたー!」

 

そして暫くして、アレッタがワゴンを引いてナズーリン達のテーブルにやってきた。

 

「ご注文のお料理をお持ちしました!」

 

「ありがと~」

 

「オニオンベーコンピザと、本日限定四種のチーズのピザ、クアトロフォルマッジです!」

 

そしてアレッタはテーブルの真ん中に二枚の大皿を並べる。その皿の上には丸い形をしたピザという料理。湯気が立ち、表面がグツグツと音を立てていて焼きたてなのがよくわかる。土台らしいこんがりと焼き目が付いたパンの上にたっぷり塗られた赤いトマトソース、その上に嗅ぎなれた事が無い黄色い何か、その上に具として玉ねぎとピーマン、そしてベーコンというお肉らしきものが散りばめられていて香ばしい焼き色がついている。もう一皿はパンは同じだがその上に乗っているのはオニオンベーコンピザにもある黄色いもの。それが一面にたっぷりと乗っていてこんがりと焼かれている。他には違う色は一切ない。あと四人の元にはコーラという…泡を持った何やら黒い飲み物が置かれた。

 

「これがピザ。確かに見た事無い料理だね」

 

「変わった匂いだけどすっごくいい匂いがする!」

 

「やっぱりこの匂い、お店に漂っている匂いだね。この黄色いやつなのかな?」

 

「それもあるけど…こんな真っ黒な飲み物見た事無いよ。シュワシュワしてるからラムネみたいに炭酸が入ってるのかな」

 

「オニオンベーコンピザはこちらのタバスコをほんの少しかけて頂いても、あとクアトロフォルマッジにはこちら蜂蜜をかけても美味しいですよ。タバスコは辛いので少しずつかけてくださいね。それではごゆっくり!」

 

そう言うとアレッタは下がっていった。

 

「へ~蜂蜜!」

 

「取り合えず乾杯しない?」

 

一輪がそう言うと皆OKし、コーラのグラスを持つ。

 

「それじゃ皆お彼岸の間、そしてお掃除お疲れ~。乾杯!」

 

「「「「カンパ~イ!(乾杯)」」」」

 

グラスをカチンと鳴らして四人は乾杯した。

 

「じゃあこのコーラってやつ、だけど……ほんとに美味しいのかなコレ?」

 

「アレッタって子はおススメって言ってたけど…取り合えず飲んでみようよ」

 

四人は茶色い泡を生み出している黒いものを恐る恐る飲んでみる。すると口に含む瞬間感じるのは強い炭酸となんらかの柑橘の様な、もしくはハーブの様な香り。そして強い甘み。それが喉を通るとなんとも爽やかな感じがする。

 

「うん、やっぱり炭酸だ。そして甘い」

 

「飲んだことない味だけど、でも思ったより美味しいね」

 

「香りがちょっと特徴的だけど飲んだ後爽やかだね~」

 

「…暑い時とかよさそう」

 

初めて飲んだコーラの味に四人は満足したようだ。

 

「さて喉の渇きも和らいだことだし、早速食べてみようか」

 

「そうだね。これは…手でつかんで食べるのかな」

 

「お箸とか無いからそうじゃないの?」

 

そして小傘と村紗はオニオンベーコンピザの方に手を伸ばし、八つに分けられたひとつを取る。ピザにかかっている黄色いもの、チーズが伸びた事に驚く。

 

「あちち…わわ、なんか伸びた!」

 

「か、変わった食べ物だね。頂きま~す」

 

ふたりはピザを恐る恐る口に運んだ。横の一輪とナズーリンが見守る。

 

「「……美味しい~♪」」

 

一口食べてみたふたりから笑みが零れる。

底はカリッとして中はふわっと素朴な味がする薄いパン生地に濃厚な旨味を含んだトマトのソース、ほんのりと苦みがあるピーマン、生のまま焼かれているのだろう僅かに辛味がある薄切りの玉ねぎ、香ばしく焼かれたベーコンという燻製肉、そしてこれまた濃厚な風味がするチーズという伸びるもの。一見全てバラバラな味のものだがそれらが決して別々に主張せずに良い部分を引き出し合い、しっかりとひとつに纏まった味を形成している。

 

「なにこれ!こんなの食べた事無いよ!」

 

「色々な味がするけど全部がちゃんと纏まってる!何よりこのトマトのソースと…チーズっていうのが凄く合ってる!」

 

「うん。他の食材より強い塩気があってちょっとしょっぱいけどそれがまたいいね!」

 

小傘と村紗は初めて食べるオニオンベーコンピザの味に満足している様だ。

 

「ほら早く一輪とナズーリンも食べてみなよ♪」

 

「へ~そんなに美味しいの?じゃあ…ってナズーリンもういつの間にか食べてるし!」

 

見るとナズーリンは既にいつの間にかもうひとつのピザ、クアトロフォルマッジに手を付け、黙々と何も言わず食べていた。

 

「……(モグモグ)」

 

「た、食べてるんなら何か感想言いなよ」

 

「美味しい。それ以外必要ない」

 

「し、シンプルな感想。…まぁいいか、じゃあ私もこっち食べてみようっと」

 

一輪はクアトロフォルマッジに手を伸ばした。オニオンベーコンよりももっと沢山のチーズが使われているのだろう、伸び方がそれの比ではない。

 

「わわわ、伸びが凄い。まるでお餅みたいだ。他は見た感じ何も乗ってたりしてないけど…頂きます……!!」

 

口に運ぶ一輪。そして目を開いて驚く。一見チーズというものしか乗っていなくて単調な味かもと思っていたそれから思った以上に複雑な味がする事に。

クアトロフォルマッジとはイタリアの言葉で「四種のチーズ」という意味でそれらをバランスよく使っているのが特徴のピザ。具はチーズ以外一切乗ってなくまさに主役、チーズを食べるためのピザである。使うチーズの種類は決まってはいないが必ず四種以上使うのが定義とされ、本日ねこやで使ったチーズはゴルゴンゾーラ、フレッシュモッツアレラ、カマンベール、そしてパルメザンチーズという四種類が使われている。

 

「濃厚だけどすっごく美味しいよ!ねぇナズーリン!」

 

「……」

 

ナズーリンは黙々と2ピース目に取り掛かっている。

ブルーチーズの一種で特徴ある風味だが旨味も濃いゴルゴンゾーラ、

乳の風味が優しいモッツアレラ、

濃厚なコクを含んだカマンベール、

粉チーズながらしっかりと主張するパルメザン、

それらがパンの上で見事に調和した味にすっかりはまってしまった様だ。

 

「見た目あまり変わらないのに色々な味がする!塩気もあって甘くもあって香ばしくもあって…不思議な味だけど美味しい~♪次はちょっと味変えてみようかな」

 

「あっ、じゃあ私もこのタバスコ?ってやつかけてみよっと。アレッタって子は少しずつかけてくださいって言ってたけど…」

 

そう言って一輪はちょっとだけ蜂蜜を、小傘はタバスコをそれぞれのものにかけて食べてみる事にした。

 

「…!ピザ、いやチーズってやつのしょっぱさと蜂蜜の甘さが凄く合ってる!」

 

「こっちもこのタバスコってやつ、結構辛くてちょっと酸っぱいけど…味が引き締まっていい風味出してるよ♪」

 

どうやら味変も気に入られたらしい。

 

「コーラの炭酸とも合うね~♪じゃあ私も次はこっちの…」

 

そう言ってオニオンベーコンの1ピースを食べ終えた村紗が今度はクアトロフォルマッジに手を伸ばそうとしていると、

 

「……」

 

ナズーリンが残ったそれに視線を真っすぐにしていた。8ピースに切られているので四人で分けると2ピースで一人分。だからもうこっちは食べ終えているのだが…。

 

「…もしかしてまだこっち食べたい?」

 

「……」コク

 

静かに頷くナズーリン。すると小傘がある仮説を言った。

 

「…ねぇ思ったんだけどもしかしてナズーリンのダウジングが反応したのって…この本日限定のピザの事だったんじゃないのかな?」

 

「確かにお店じゃなく「美味しいもの」って事で探してたもんね」

 

「はは、ねぇ折角だからコレもう一枚おかわり頼もうよ。もう一枚位食べれるでしょ?」

 

「「さんせ~♪」」

 

一輪の言葉に小傘と村紗が合いの手をうった。当のナズーリンは何も言わなかったが悪そうでは決してない。

 

「という訳でアレッタ~、こっちのピザもう一枚おかわりお願い~♪」

 

「あとコーラも~♪」

 

「は~い畏まりました~!」

 

「……」モグモグ

 

「ああ私もそっち食べたいんだから~!」

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

そしてある程度の時間が過ぎ、気が付くとお皿もグラスも空になっていた。

 

「は~食べた食べた!」

 

「美味しかったね~♪ピザもコーラも」

 

「結局ナズーリンこっちのピザしか食べなかったね」

 

「美味しい物は食べ続けたい。これ常識」

 

そこにアレッタとクロがやってきた。

 

「皆さんどうでしたか?ピザのお味」

 

「すっごく美味しかったよ!また食べに来たい位」

 

(それは良かったです)

 

「ねぇこのクアトロフォルマッジってピザ、何で本日限定なの?いつでも出したらいいのに。きっと売れると思うなぁ」

 

「あはは…」

 

苦笑いするしかないアレッタだった。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

おみやげを持ってねこやから戻ってきた小傘、村紗、一輪、ナズーリンの四人。

 

「あ、扉消えちゃった」

 

「…残念」

 

「いやいやあのままじゃ鐘がつけないよ」

 

「店主さんの話だと扉が出る場所って決まってないんだよね。じゃあ行こうと思ったらまた探さないといけないのか~」

 

次回のねこやの事を考えている四人。するとそこに留守番していた響子がやってきた。

 

「皆お帰りなさい!なんともなかった!?大丈夫だった!?」

 

表情からして扉の先がどういう場所かわからなかったので心配していた様だ。

 

「あ、響子。ただいま~」

 

「ぜ~んぜん何の心配もなかったよ。次は響子も一緒にいこ!」

 

小傘と村紗の言葉に「そうだ」と一輪とナズーリンも頷く。そんな彼らに安心する響子。

 

「そ、そう…良かった。聖様はもうお戻りになってるよ」

 

「わかった~。あ、はいこれおみやげ。チーズケーキっていうお菓子だよ」

 

響子におみやげを渡し、四人が向かおうとした…とその時響子が何かに気づく。

 

「…あれ?なんか皆、何かにおわない?」

 

響子が何かのにおいに気づく。その言葉を聞いた四人がそれぞれの身体に鼻を近づけると、

 

「…あ~このにおいは…」

 

「…うん、間違いないね」

 

「においの事までは考えてなかったな~…」

 

「…不覚」

 

店に入っている間はその中にいたので気づかなかったが、四人の服にはピザに使われている大量のチーズのにおいが染みついていたのであった…。

 

 

…………

 

その日の夜のねこや

 

 

「ほい、本日最後のこいつだ」

 

店主がまかないとしてアレッタに出したのはクアトロフォルマッジ。クロは勿論チキンカレー。

 

「わ~ありがとうございます!お客さんが凄く美味しそうに食べてたので気になってたんです!クロさんもどうですか?」

 

(…ううん。私はいい)

 

「美味しそうなのに~。でも頂いたあの沢山のチーズ、全部使いきれて良かったですねマスター!」

 

「はは、まぁな」

 

クアトロフォルマッジに使われた多種多様のチーズ。それは店主がレオンハートのマスターから譲り受けた(売られた?)酒のつまみの大量のチーズを消費するために作ったメニューだった。

 

「…うん美味しいです!今日来られた小傘さん達もいつも出してほしいって言ってましたよ?」

 

「う~ん、ありがたいが…こいつほど他の料理であんなに色んなチーズは使わねぇしな」

 

そう言って苦笑いしながら自分も同じくピザに手を伸ばす店主だった。




メニュー14

「思い出パフェ」


遅くなりましたが14話投稿しました。今後しばらくは同じ位の間隔になると思います。すみません。


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メニュー14「思い出パフェ」

(お嬢ちゃん、お母さんやお父さんはどうした?)

「……」

(う~んこりゃ迷子か…。弱ったな、今はまだ営業中だし…)

(~~~、この子の事は私に任せて)

(頼む~~~。一応警察にも連絡しとくか)

…キュゥゥ…

(ん?はは、おい、そっちの調理俺が変わるからお前この前ヴィルヘイムさんのお嬢ちゃんに作ったアレ、このお嬢ちゃんにも作ってやりな)

(ん?ああ〜〜〜の事か。はは、わかった)


…………

(ほい。お待ちどうさん)

(…綺麗。…食べていいの?)

(ええ。貴女のために作ったものよ)

(爺さんのおごりだ。遠慮なく食ってくれ)

(…ありがとう!)


…………

「…ん」

気が付いた時は外から日の光が見えていた。どうやら夢を見ていた様だ。

「……今のは……夢?」


妖怪の山「守矢神社」

 

 

幻想郷最大の場所にして数多くの妖怪が住み着く妖怪の山。その妖怪の山の中、灯篭が並ぶ石段を上った先にひとつの神社がある。それが守矢神社。博麗神社と二分するこの神社は巨大な注連縄が奉納され、立派な鳥居と佇まいをしているお社を持つこの神社は博麗神社とは違う理由で幻想郷に最近できた新しい神社である。

 

「さて、お参りも終わったしそろそろ帰るぞ」

「うん」

(神様、どうかあの子とうまくいきますように)

「お前なんのお願いしたんだ?」

「い、いや何でもない!父ちゃんには関係ない!」

 

親子連れ等数人の参拝者が石段を下りていく。妖怪の山の中にある事もあってこの守矢神社も建造当時は人は来ることはほぼ無く、信仰者は妖怪のみであった。しかし妖怪以外にも来てもらいたいと索道を作った事で人々も神社に気軽に来ることが出来る様になったのだ。その影響でより信仰者も増え、博麗神社よりも見た目結構裕福である。

 

注連縄を背負った青い髪をした女性

「ふ~んあんな小さい子供が恋悩みとはねぇ」

 

そんな人々の後ろ姿を鳥居の上に座りながら見つめるひとりの女性がいた。紫がかったセミロングの青い髪で頭に注連縄を被っている。服装は全体的に赤い服のロングスカートで関節部分には小さい注連縄の様な飾りと胸元には黒い鏡。そして背中にはいくつもの紙垂が下がった円形のこれまた大きな注連縄があった。

 

「まだ寺小屋に通う様な歳だってのに最近の子供ってのはませてるもんだ」

 

笑いながら手に持った盃を口に運ぶ女性。

 

特徴的な帽子の金髪の少女

「あんまりそんな事言っちゃダメだよ神奈子」

 

そして女性の隣にはもうひとりの少女が。髪は肩までの長さの金髪、青と白を基調とした服で足には膝までのニーソックスと黒い革靴を履いている。特徴的なのは頭に被った帽子でよく見るとふたつの目玉がある。瞬きもしていてまるで生きている様だ。そんな少女の手にも盃がある事から見た目霊夢や魔理沙よりも幼いのにもう酒が飲めるらしい。

 

「あんたは一応ここの祭神なんだからね」

 

「わかってるよ。参拝者の願いに真摯に耳を傾けてるだけさ。てかそれを言うならあんたもだろう諏訪子」

 

「私は表のあんたと違ってもう裏の祭神だからいいの」

 

神奈子という女性と諏訪子という少女。ふたりは人間ではない。この守矢神社で祭られている神、祭神である。

女性の名は八坂神奈子。「乾を創造する程度の能力」を持つ元は風と雨を操る天の神であるが今は山や豊穣の神として守矢神社で祭られている。

一方少女の名は洩矢諏訪子といい、「坤を創造する程度の能力」の持ち主で大地を司る神であると同時に、ミシャグジ様という八百万の蛇の神でもある。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「いやちょっと思い出してしまったのさ。こっちに来て随分経つって事をね」

 

「色々ゴタゴタしたけど私らもあの子もすっかりこっちに慣れてしまったからね。まぁ元々私らは昔の方が知ってるけどね」

 

そんな事を話しながら互いの盃に酒を注ぐふたり。

守矢神社は元々幻想郷にあったものではなく嘗ては外界、外の世界のとある地域にあったものである。しかし神道や信仰、奇跡といったものが長い時と共に人々の心から薄れていくと祭神である彼女らの恩恵や存在も次第に忘れ去られていった。信仰を失う事は神霊や精霊の類にとって危機であり、存在の不確定を意味する。それを恐れた彼女らは自分達と守矢を失わないために外界から社と境内の一部、そしてひとりの従者と共にこの幻想郷にやってきたのであった。当初は幻想郷の信仰を集中させようとし、それに激高した博麗神社の巫女である霊夢とひと悶着起こした事あったものの、現在は境内の一画に博麗神社の分社を置いたりしている等なんやかんや一種の競合関係はできている。

 

「随分といえば私とあんたがこうやって一緒に住むようになってからどれ位経つっけ?」

 

「……もう忘れちまったねぇ。まぁいいじゃないか。もうずーっと昔の話なんだしさ♪」

 

「調子いいなぁもう」

 

「なんだい?久々にいっちょやるかい?昔みたいにさ」

 

「……いんや。もうずーっと前に終わった事さ♪」

 

そう言って笑い合う神奈子と諏訪子。

実は遥か昔諏訪子は多くの祟り神や神霊を束ね、守矢神社が嘗てあった場所の地域に一大国家を築いていた。そこに攻め込んできたのが天の神にして大和の神の一柱である神奈子だった。凄まじい戦いの末、攻めてきた神奈子が勝利したが国の民は彼女を認めなかった。そこで神奈子は諏訪子を融合した新しい神を生み出して民に信仰させ、諏訪子はその代わりとして神奈子を山の神としたのであった。云わばふたりは敵同士であったのだが長い時の中でそんな感情はすっかり互いから消えてしまい、今は家族同然に暮らしている。

 

「そういやあの子はまだ戻ってないのかい?」

 

「ついさっき天狗が石段を上がってくるのを見かけたって言ってたからもうすぐ」

緑の髪に髪飾りの少女

「神奈子様!諏訪子様!」

 

とその時、ふたりの名前を呼びながらひとりの少女が石段を上がってくる。長い緑色の髪に蛙と白蛇の形の髪飾りをし、青い縁取りの白い上着に青いスカート、そして手には霊夢の愛用しているものとは違う形の大幣を持っている。

 

「只今戻りました~!」

 

「早苗お帰り~。今日はどうだった?」

 

「今日の布教活動もばっちりでした!皆さん非常に興味持ってくれましたよ!これでうちもますます安泰です!」

 

「そうかそうか、それは何よりだ」

 

「明日も晴れるみたいですしまた行ってきますね♪」

 

「そんなに張り切りすぎなくてもいいって。早苗はここの巫女なんだから霊夢ほどでなくてももう少し落ち着いていいんだよ」

 

「いえいえできる時にやっておくのは決して悪い事ではありません!」

 

「たく仕事熱心なこったね。一体誰に似たんだか」

 

「私にもわかりません!」

 

元気一杯に返事する早苗と呼ばれた少女。彼女の名前は東風谷早苗。この守矢神社の巫女にして彼女こそ神奈子・諏訪子と共にやってきた人間である。

早苗は元々守矢神社があった地の由緒ある家系に生まれた娘。生まれた者は代々不思議な力を持ち、周りの人間達からは「現人神」と呼ばれた。人の身でありながら神の代理として力を行使する存在といわれるうちに、いつの間にか神のみならずその人そのものまで信仰される存在の事である。中でも早苗は奇跡的な力や術を数多く習得し、彼女も先祖代々から続く信仰の対象となる筈だった。しかし時代の波は早苗の家にも容赦なく押し寄せた。奇跡や神が世迷言や迷信扱いされると早苗もその対象となっていった。これにも危機を覚えた神奈子や諏訪子は早苗も自分達に同行させたのであった。

 

「まぁやる気があるならいいさ。但しあんまり無茶は駄目だよ?」

 

「大丈夫です!元気が私の一番の取り柄ですから!それを言うなら神奈子様も御酒をもう少し控えてくださいね?まだお昼過ぎですよ」

 

「さてさて何のことやら?」

 

そう言って三人は笑った。まるで親子の様だ。

 

「あ、そういえば神奈子様、諏訪子様。さっき布教活動中に霊夢さんにお会いしまして…このお札を博麗神社の分社に貼り付けておいてと言われたんです。そうすればここにあの扉が現れても直ぐに私にわかるからって」

 

「あの扉?」

 

すると神奈子が思い出した。

 

「ああもしかして天狗の新聞で見た突然現れる「食堂」への扉の事かい?前に紫も言って来たけど…にしてもほんとなのかねぇ?」

 

「紫がその話してきたのってもう一月以上前だけど私達一回もその扉見てないもんね~」

 

「でもでも霊夢さんや魔理沙さん、妖夢さん達も見たって。実際行ったとも言ってますし…」

 

「突然現れるって事はまさに今現れる可能性もあるって事だよねぇ…。案外次はここだったりして?」

 

「はは、まさかそんな都合よく起こる訳」

 

三人でそんな会話を繰り広げていた…その時、

 

「「「…!!」」」

 

三人の表情に小さい緊張が走る。諏訪子の帽子の目玉もパチッと大きく開いた。

 

「この…感じたことが無い感覚は…?」

 

「諏訪子も早苗も感じたかい?私の勘違いじゃ無さそうだね…」

 

「行ってみましょう!」

 

 

…………

 

早苗の部屋

 

 

そしてそこに来た三人は呆然とした。早苗が普段自室に使っている和室の一画にある筈もない木造りの、「洋食のねこや」と書かれた猫の看板がぶら下げられた扉が鎮座していたからだ。

 

「こ、こりゃあ…」

 

「驚いたね~。まさかほんとにこんな突然現れるなんて…。早苗が奇跡を起こしてくれたのかな?」

 

「……」

 

神奈子と諏訪子がこれまでの客人と同じ様に突然現れた扉に驚く中、一方の早苗は何も言葉を発さずただ扉を見つめる。

 

「…早苗?」

 

「は!す、すみません諏訪子様!」

 

「まぁ驚くのも無理ないさ。紫や後戸の隠岐奈で突然出てくるのは慣れているとはいっても今まで感じた事ないものだからね」

 

「……うっすらと不思議な力を感じる。確かに幻想郷のものじゃないね。でも博麗大結界を突き抜けてくるなんて相当なものじゃないとできないよ」

 

「とりあえずこうやって扉が現れたのも何かの縁だ。行ってみようじゃないか」

 

「そうだね。面白そうだし♪」

 

神奈子と諏訪子は行く気満々の様だ。

 

「では私はお留守番を…」

 

「何言ってんだい早苗?あんたも行くんだよ」

 

「で、でも誰もいなくなっちゃいますよ?」

 

「少し位なら抜けても大丈夫だって。それにこういうところは家族で行かないとね♪」

 

「そうさ♪」

 

神奈子・諏訪子は早苗にそう言った。ふたりとも早苗を娘の様に可愛がっている。早苗もまた自分が仕えるふたりを親の様に慕っている。

 

「あ、ありがとうございます!あ、でも霊夢さんに」

 

「次からでいいって次からで♪」

 

こうして三人で扉の先に行く事にした。扉をくぐるには大きすぎるので神奈子は背中の注連縄尾を消して、早苗が扉のノブを引こうとする。

 

(…でもなんだろう。…何か…凄く懐かしい様な気持ち。外の世界のものだからなのかな…?)

 

「どうしたの早苗?早く行こうよ」

 

「ああすみません!行きましょう!」

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

扉が開くのと同時に鈴が鳴った先に神奈子、諏訪子、早苗の目に映った光景は幻想郷では見た事が無いインテリアや小物達で飾り付けされた、確かに外の世界の料理屋といって間違いない暖かい光で満たされた店内であった。昼過ぎだからか店内に客はちらほらとしかいない。

 

「…ほぉ、これは…」

 

「…確かに幻想郷には無さそうなお店だね。一番近いのは紅魔館や地霊殿かな?」

 

 

 

(いらっしゃませ。ようこそ洋食のねこやへ)

 

(いらっしゃい。おや?はは、こりゃまた可愛らしいお客さんだ)

 

 

 

(……え?)

 

「いらっしゃいませー!ようこそ、洋食のねこやへ!」

 

(いらっしゃいませ)

 

そこに元気良い声で歓迎の挨拶をしてきたのはアレッタとクロ。

 

「…!頭に声が…成程、あの黒髪の少女か。紫の言った通りだ」

 

「…うん、私にもわかる。確かに物凄い力を感じる。そしてこのお店にも強い加護の力がある事が」

 

「あれを怒らせたら確かにヤバいね…」

 

事前に紫から神奈子と諏訪子はクロの事を聞いていたらしく、警戒しつつもそれ程慌てる様子を見せ無かった。早苗も知っている筈だがその彼女は店内を眺めるように見ている。

 

「三名様ですか?どうぞお好きな席へ」

 

「あ、ああ。あの私ら、幻想郷から来たんだけど…」

 

「ああ!皆さんも霊夢さんや紫さん方と同じ幻想郷からのお客様なんですね!私はこのねこやで働いているアレッタといいます!宜しくお願いします!」

 

(…クロと申します)

 

「アレッタにクロ、だね。私は八坂神奈子。こう見えても守矢神社の祭神だけど、畏まらなくてもいいよ。話しにくくなるからね」

 

「八百万の神の一柱、洩矢諏訪子だよ♪蛙の神様って訳じゃないんだけど今はこんな感じになっちゃってるんだよね♪」

 

「か、神様なんですか!?そ、それは大変失礼しました!!」

 

「だ~か~らそんな風にしなくていいってば。気楽にしなって気楽に。私らからしたらあんたの方が珍しいんだからさ」

 

慌てるアレッタと特に表情を変えないクロ。因みにクロこそ異世界の最高神の一柱である事をアレッタは知らない。

 

「そしてこの子が……早苗?」

 

「あ、す、すみません失礼しました!東風谷早苗と言います!妖怪の山にある守矢神社の巫女で風祝をしています!」

 

「サナエさんですね!…カゼホウリってなんですか?」

 

「風の神様を祭る者の事を言います。つまり神奈子様をお祭りしているのです」

 

「ねぇ、それよりここが外の世界の料理屋さんってほんとかい?」

 

「はい、ここはマスターの世界にある料理屋です。七日に一回私達の世界と繋がるんです。だから異世界食堂とも言われてます」

 

「異世界食堂か…。成程ね」

 

「そんな場所があるなんて…凄いです!このお店も幻想郷と同じく常識に囚われてはいけない場所なのですね!」

 

異世界と聞いて目をキラキラさせて興奮する早苗。とその時厨房から店主が顔を出した。

 

「いらっしゃい。ようこ…そ」

 

「おお吃驚した。あんたがこの料理屋の店主の人間かい?」

 

「え、ええ。私がこのねこやの店主です。ようこそ幻想郷のお客様。どうぞ、空いてる席へお座りください」

 

言われて三人は開いている席に適当に座った。

 

「サービスの水とおしぼりです」

 

「へぇ、中々いい杯じゃないか」

 

「ガラスのコップですよ神奈子様」

 

「おしぼりも冷たいんじゃなくて温かいんだね」

 

(こちらメニューです。ご注文がお決まりでしたらお申し付けください)

 

そう言ってアレッタとクロは下がる。

 

「にしてもこういう椅子と机って慣れてないから少し苦手だねぇ」

 

「いつも畳と卓袱台だからね」

 

「私も外の世界にいた時は学校でしか座らなかった…」

 

 

 

(お母さんやお父さん…すぐ会える?)

 

(大丈夫。きっと直ぐに会えるわ。だからここで一緒に待ってましょう)

 

 

 

「……」

 

「どうしたの早苗?今日はいつも以上にぼーっとしてるね?」

 

「少し疲れてるんじゃないかい?」

 

「い、いえ全然大丈夫です!あと諏訪子様!私そんなに普段ぼーっとしてませんよ~!」

 

「ははは、ごめんごめん♪」

 

「…確かに居酒屋や里の甘味処では見ないものばかりだねぇ。酒も見た事無い物が多いよ」

 

「来たのはいいけど私と神奈子はお昼終わってるからね~。そういえば早苗お昼は?」

 

「ああ思い出しました!私お昼食べるの忘れてました!だから私は何かご飯ものをお願いしようと思います!」

 

そして早苗もメニューに目をやろうとした時、

 

「はいクロさん。あがったからお出しして」

 

厨房の方からそんなやりとりが聞こえ、言われて何かを受け取ったクロがそのまま赤いドレスに身を包んだ銀色の髪の少女に出した。

 

(お待たせしました)

 

「どうもありがとうございます」

 

「本当に好きだね〜義姉上」

 

(……あれは…)

「……神奈子様、諏訪子様。すみませんがお菓子の欄を見てもいいですか?」

 

「え?ああいいよ」

 

言われてデザートのページを開く神奈子。すると、

 

「……私、これにします」

 

早苗はデザート達の中からあるものを指さした。

 

「食事ものじゃなくていいのかい?」

 

「…はい。これがいいんです。なんでかわからないんですけど…これが食べたいんです」

 

そう言う早苗の目はどこか真剣だった。そんな彼女を見て思う事があったのか、

 

「…アレッタ~、注文いいかい?」

 

「はーい!お決まりですか?」

 

「うん。これをみっつ貰えるかな?」

 

神奈子と諏訪子も早苗と同じものを注文した。

 

「え?」

 

「あと私と諏訪子は酒も飲みたいんだ。難しいと思うけど何かこれに合いそうなお酒ってあるかい?」

 

「お酒ですか?ええっと…ちょっと確認してきますね!」

 

紅茶が当たり前と思っていたらしいアレッタは店主に聞きに行った。

 

「おふたり共いいんですか?別に他のものを召し上がっても…」

 

「いいからいいから♪」

 

「丁度うちらも甘いもの食べたい気分だったしね♪」

 

笑ってそういうふたりの気持ちに気づいて嬉しく思った早苗。

 

「お待たせしました!ではお酒はこちらにお任せする形で宜しいですか?」

 

「ああ任せるよ」

 

「かしこまりました!少々お待ちください!」

 

 

 

 

…………店主調理中…………

 

 

 

 

…………

 

そして暫くして彼女らが注文したものがテーブルに運ばれてきた。運んできたのは店主だ。

 

「お待たせしました」

 

「あ、来た来た」

 

店主は早苗達の前にあるものを出した。

透明なグラスの中に白と黒色、小麦色の何かが綺麗に層を作り、その上に赤、黄、緑等様々な色をした果実達。それと一緒に添えられているのはまるで真っ白な雲を思わせる生クリームと、同じ色をしているもうひとつの白い山。見た事無い焼き菓子。それらの上から黒い色のソースがかけられている。

 

「ご注文いただきました、チョコレートパフェです。どうぞお召し上がりください」

 

「へぇ~これは賑やかっていうか鮮やかだねぇ」

 

「食べるのが勿体ないね!」

 

 

 

(貴女のために作ったものよ)

 

(遠慮なく食ってくれ)

 

 

 

「…これは…」

 

「そしてこちら、ご注文のお酒です」

 

神奈子と諏訪子の前にそれぞれ置いたグラスに店主が瓶からお酒を注ぐ。注いだ瞬間泡が立つ、透き通った薄い桃色をした酒だ。

 

「このお酒泡が立つんだ」

 

「スパーリングワインのシャンパンという酒です。俺達の世界じゃあこの酒と一緒にチョコレートを嗜んだりしています」

 

「チョコレートってこの黒いやつの事だね?」

 

「ええ。あとこちらの苺やキウイとも中々合うと思いますよ。それではごゆっくり」

 

そう言って店主は下がっていった。

 

「取り合えず食べようよ」

 

「そうだね。まずはこの酒から…」

 

神奈子と諏訪子はグラスを合わせてまず一口飲んでみる。口に含むとまず泡の正体である炭酸の弱い刺激。続いてほんの少しの辛味とワインの持つ若干の渋み、しかし微かにだが甘みも感じる。喉に流した後にはさっぱりとした後味が残る。

 

「ほぉ、こいつは面白いね。私らが普段飲む酒ともずっと前に飲んだ事がある葡萄酒とも違う。複雑な味だ」

 

「飲んでて爽やかな気分になるね~」

 

「さてさてこれがこのチョコレートパフェ、というこれとどう合うか…。まずは軽く食べてみようかね」

 

続いてスプーンを取ってチョコレートパフェに取り掛かる。神奈子はまずチョコレートがかかった生クリームを掬い、そのまま口に運ぶ。口の中で甘いが甘すぎはしない豊かな乳の味を感じるクリームと、チョコレートの甘さと苦みが交わる。

 

「…美味いね。それに見た目結構甘そうだと思ったけど…見た目ほど甘すぎはしない」

 

諏訪子がまず食べたのはその横にあるもうひとつの白い山。スッとスプーンが入ったそれを口に運ぶとまず冷たさを感じ、その直後にこちらも乳の豊かな風味を感じる強い甘み。そして瞬時のくちどけ。まさに雪の様である。メニューに書かれていたアイスクリームというものだろう。

 

「吃驚した~。これかき氷みたいに冷たくて直ぐに溶けちゃうけど…甘くて乳の後味が強く残るよ」

 

「このチョコレートってものがこの酒に合うって店主は言っていたけど…」

 

神奈子はチョコレートが多くかかった部分をまず食べて味わった後、シャンパンを口に含む。舌に残るチョコレートの甘みと苦みの後味がシャンパンの風味と複雑に絡み合う。

 

「へぇ、中々いけるじゃないか。まぁ流石に日本酒と魚程とはいかないけど」

 

「でもこの苺や緑の果物の甘酸っぱさとも合うね」

 

チョコレート・生クリーム・アイスクリーム。色々な果物。そして層にある小麦色のサクサクとした食感のフレークというものや添えられている焼き菓子。様々な味と食感を楽しめるチョコレートパフェとシャンパンの味を神奈子と諏訪子も気に入った様だ。

 

「どうだい早苗。どうしても食べてみたいって言ってた味は?気に入ったか…い?」

 

「早苗?」

 

「……」

 

神奈子と諏訪子は言葉を失った。早苗はスプーンを咥えたまま、何か想う事がある様な表情をしていた。その早苗の頭の中には…ある記憶が思い出されていた。

 

 

…………

 

私の生家である東風谷は古くから現人神と呼ばれる程の強い力を持つ者を代々生み出してきた旧家で多くの人々から尊敬と畏敬の念を持たれていた。そんな東風谷の家に生まれた者として私もそれに漏れず、生まれた時からそうなる事を既に運命付けられていた。幼い頃から様々な学びや訓練を受けてきた。普通の子供とは違う生き方。家の教えを特段嫌と思ったことは無い…気がする。ただ…生まれとか家とか関係なく、少し位普通の子供らしい事を経験してみたい気持ちも今思えばあったかもしれない。

……そんな私がまだ幼かった頃ある日、こんな出来事があった。私の母が私を一度位旅行に連れて行ってあげたいと言ったのだ。反対する人も少なからずいたがやがて母の説得に圧された。今思えば母は娘である私にこれから大きくなって教育も訓練もどんどん厳しくなる前に一度位思い出を作ってあげたかったのかもしれない。そして私は初めて故郷の外に足を踏み出した。行った先のそこは私の今まで見た事無いものや人の山に溢れていた。まだ小さかった頃の私からしても見るもの聞くものが全て新鮮で刺激的だった。

 

(お母さん…お父さん…どこ…?)

 

そしてそんな私に事故は起こった。今からお昼ご飯を食べようとある場所を両親と一緒に歩いていた時、迷子になってしまったのだ。故郷と違って全てがまるで異世界の様な場所にひとりぼっちになったのはすごく怖かった。好奇心も吹き飛んでしまった。どこにいるかわからない両親の姿を探してただ闇雲に歩いていた。

 

(………?……いい匂い…)

 

そしてある道に入った時、ふっと香ったとてもいい匂いに私はすっかり引き寄せられた。先には猫の看板がかかった大きな木の扉。私は子供ながら迷いなくノブに手をかけた。大きな扉だったがなんとか手が届いた。

 

 

~~~~♪

 

 

(…あ、いらっしゃい。ようこそ洋食のねこやへ)

 

(…おや?はは、これは可愛らしいお客さんだ)

 

扉を開けるとそこはまた見た事もない風景。和の屋敷である家とは違った屋内。木のテーブルに椅子。いい匂いに満ちた場所とそしてふたつの声。男性と女性。初めは私は見てきっと親子連れだと思ったのだろう。しかし私しかその場にいなかったのを見てちょっと心配そうな顔をした白髪で白髭、そしてコック服に身を包む男性が私に話しかけた。

 

(お嬢ちゃん、お母さんやお父さんはどうした?)

 

「……」

 

迷子だった事を思い出した私は半泣きで顔を振るしかできなかった。

 

(う~んこりゃ迷子か…。弱ったな、今はまだ営業中だし…)

 

(大樹。この子の事は私に任せて)

 

(ああ頼む暦。一応警察にも連絡しとくか)

 

 

…キュゥゥ…

 

 

小さく鳴ったのは私のお腹。それを聞いた男の人は苦笑いして厨房にいるらしい人にこう言った。

 

(おい、そっちの調理俺が変わるからお前この前ヴィルヘイムさんのお嬢ちゃんに作ったアレ、このお嬢ちゃんにも作ってやりな)

 

(…ん?ああ、チョコレートパフェか。わかったよ)

 

もうひとりの男の人が顔を出してそう言った。男性の奥さんであろう女性に別の席に案内された。やや老いているがとても綺麗な人だった。女性は私が不安にならない様、横から優しく声をかけ続けてくれた。そしてそうしている内に、

 

(ほい。お待ちどうさん)

 

若い男性があるものを持ってきて自分の前に出した。大きくてとても綺麗で見た事も無いもの。初めて見るそれに私は目を見開く。

 

(…綺麗。…食べていいの?)

 

(ええ。貴女のために作ったものよ)

 

(爺さんのおごりだ。だから遠慮なく食ってくれ)

 

(…ありがとう!)

 

女性と若い男性は笑いながらそう言った。私は笑顔でそれにスプーンを入れた。そしてそれから暫くして、警察から連絡を聞いた両親が迎えに来てくれて、そのままそこで家族一緒にご飯を食べた。帰り際、お店の人達は優しい笑みを浮かべながら、

 

(ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております)

 

 

…………

 

(…その後母が亡くなって、家の事や自分の事が忙しくなって、あの時のお店どころか遠出する事も無かったな…。もしかしたらと思ったけど…やっぱりあの時食べたものと同じ。あの時と形も味も…何も変わってない…。そしてあの店主さんは…きっとあの時の)

 

「おーい早苗~」

 

「え?あ、すみません諏訪子様!」

 

「どうしたんだい泣いちゃって」

 

「えっ?」

 

諏訪子に言われて気が付いた。自分が無意識で目から一筋の光るものを出していた事に。

 

「泣くほど美味しかったかい?」

 

「…はい!凄く美味しいです!」

 

凄くいい笑顔の早苗。しかし先程の彼女の表情が気になったのか、

 

「……ねぇ早苗。うちらと来て…良かったかい?」

 

「後悔してない?」

 

神奈子と諏訪子はふとそんな事を聞いた。ずっと見てきた彼女らだからこそ思う事があったのだろう。早苗は一瞬キョトンとしたが、

 

「どうされたんですか?あったりまえじゃないですか!私は神奈子様諏訪子様と一緒で良かったと思ってます!」

 

直ぐに嘘偽りなんて無い幸せそうな顔で返した。その後チョコレートパフェがきっかけで銀髪の少女や褐色の肌の少女とも知り合い、交流する様になるがそれはまた別の話。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「ありがとうございました!(ありがとうございました)」

 

「中々いいお店で気に入ったよ。お土産もありがとね♪」

 

「次来れた時は腹空かせて来るよ。食事もしたいからね」

 

「ええ。是非お越しください」

 

「お世話になり……!」

 

その時早苗の目にあるものが入った。一枚の写真。目の前の店主ともうひとりの男性が写っている。

 

「あ、あの…あの写真は…」

 

「ん?ああ、俺と先代の店主です。俺の祖父さんですけどね。もう10年以上前に亡くなったんですが…」

 

「! そう…ですか…」

 

その言葉に早苗は少し寂しそうな顔をした。

 

「あの…つかぬことを聞きますが、先代様の奥様は?」

 

「ああ祖母ちゃんなら今も元気ですよ」

 

「この前初めてお会いしたんですが凄く綺麗な方なんですよ」

 

「…そうですか。…ありがとうございました!また扉を見つけたら来てもいいですか?」

 

「…ええ勿論。お待ちしております」

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

それから時刻は過ぎ、

 

「お疲れ様でしたー!(お疲れ様でした)」

 

「おう、今日もお疲れさん。じゃあまた七日後宜しくな」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

アレッタとクロは仕事が上がって帰った後のねこや。最後の締めの作業に取り掛かろうとした時、店主は思い出した。

 

「…そういや昼過ぎに来たあの子、やっぱあん時の子だよなぁ…。なんで幻想郷から来たのか経緯は聞かなかったんだが、まさかあんな再会になるとは。…ま、元気そうで良かった。なぁ祖父さん」

 

祖父が写る写真にそう言ってから彼は仕事を始めた。

 

 

…………

 

翌日の朝、守矢神社

 

 

「おはようございます!さぁー今日も頑張りますよー!」

 

「今日も良い調子だね早苗」

 

「やれやれ朝からそんなんで大丈夫かい?」

 

「元気があればなんでもって言うじゃないですか!商売繁盛交通安全、安産祈願に学業成就、今日も守矢の社務所は大放出です!」

 

笑う諏訪子、苦笑いする神奈子に元気一杯で返事しながら今日の業務を始める早苗だった。




投稿間に合いました。
ヨミとアーデルハイドの回を見て思いついた回です。早苗は外の生まれなのでこんな事もあるかと…。次回は年末頃にちょっとした番外編を投稿予定です。


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番外編 ねこやのクリスマス

クリスマス番外編です。時系列的には現時点での本編とは関係ありません。キャラが多いですがお楽しみ頂ければ幸いです。



ある日のねこや…。

 

「よう。注文されたケーキの一部、冷蔵庫に入れとくぞ」

 

「おう、おはようさん」

 

「入りきらない分はうちで保管しとくから足りなくなったら取りにこさせてくれ」

 

来たのはねこやにケーキや洋菓子を卸してくれているフライングパピーの店長。

 

「…よっこいしょっと。今日の注文分の酒はこれで全部だな」

 

「ありがとな。…うん、これだけありゃあ流石に足りるだろ」

 

「しかしお前のとこの客は本当に酒好きだな。正直恐ろしい量だ」

 

続いて来たのは酒を卸してくれているレオンハートのマスター。

 

「おはようございます!ご注文の分の納品に来ました!」

 

「おはようさん。悪いな大量に注文して」

 

「いえ大丈夫っす!」

 

「あ、おはようございますショータさん!」

 

「! お、おはようございますアレッタさん!」

 

更にカートを押しながら来たのはパンを卸してくれているベーカリーキムラの店主の息子。見ての通り何かしらの準備をしているらしく、この日は開店準備から大忙しなのだった。

 

(マスター。こっちの飾りつけはここでいい?)

 

「ああ、ありがとうクロさん。…ふう、ちょっと休もう。皆茶でも飲んでくか?」

 

「ありがたいがまだ店の準備が終わってないんだ。しっかし今回の量は久々に恐れ入ったな。洋菓子屋なのにケーキが見たくなくなりそうだ。ははは」

 

「またあっちの客が増えたのか?」

 

「あっち?海外のお客さんっすか?」

 

因みにフライングパピー店長とレオンハートマスターはねこやが異世界に繋がる事を知っている数少ない人物である。それ以外に知るのは店主の肉親の一部のみだ。

 

「まぁな。まぁ今年はちょっとそれだけじゃないが」

 

「ふふ、皆さんがどんな反応されるか私も凄く楽しみです!」

 

 

…………

 

博麗神社

 

 

場所は変わってここは博麗神社。連日しんしんと降る雪で周りはすっかり雪景色。幻想郷は四季がはっきりとしており、春は桜、夏は星空、秋は紅葉、冬は雪と毎年変わらず味わえ、その度にあちこちで宴会も起こる。最も博麗神社の場合宴会はしょっちゅうだが。

 

「……」

 

そんなこの日、霊夢はこたつでミカンを食べながらぬくぬくしたいた。

 

「毎年この時期お前は変わらねーな霊夢」

 

そんな霊夢の前には同じ様にこたつに入りながらいつもの如く魔理沙もいた。

 

「春雪異変の時も同じ風景見た気がするぜ。あん時のお前のグータラさと来たら」

 

「そうだったかしら?もう忘れちゃったわね〜。…ああ思い出した。私だけで解決してやる!って言っときながら幽々子との勝負で私に助けられた時ね〜」

 

「うぐっ!」

 

「それにあの時もなんだかんだあっても結果的に解決できたんだから同じ様にしてても問題ないんじゃないどうせ?」

 

「お前なぁ」

 

魔理沙はやや呆れ顔をするが霊夢との付き合いも長いためにそれ以上は怒らない。

 

「それにもうあと一週間もしたらうちが一番忙しくなるんだから今のうちに休みよ休み」

 

「忙しいって言っても毎回いつもの奴らが新年の挨拶に来るだけだろ?」

 

「うっさいわね〜。それがわかってるならお賽銭でも入れなさいよね〜」

 

「自覚はあるんだな」

 

 

ヴゥゥゥゥン!

 

 

とその時、宙に裂け目が現れた。

 

「こんにちは霊夢、魔理沙」

 

出てきたのは妖怪の賢者にして大妖怪の八雲紫。

 

「おっす紫」

 

「紫じゃない、何か用?てかまだ冬眠してなかったのアンタ」

 

「相変わらずこの時期はいつも以上に動かないわね霊夢」

 

「失礼しちゃうわね。いつも掃き掃除してるじゃない」

 

「なら雪かきとか年越しに向けて掃除でもしたら?」

 

「今は雪が降ってるからイヤ。止んだらやる。三妖精やあうん達にも手伝ってもらうわ」

 

そう言って相変わらずこたつから出ない霊夢だが。

 

「……あっそ。それじゃあ私達だけで行ってこようかしら〜?」

 

「行くってどこにだ紫?まさかねこやに行くんじゃ…」

 

「そのまさかよ。ついさっき藍と陳の出掛けていた先に偶然扉が現れたのよね〜。その知らせを受けて私も行きたいなと思って〜。だから一緒にってお誘いしに来たんだけど寒いんじゃしょうがな」

 

「さぁ行くわよ魔理沙!紫!子供は元気の子風の子って言うじゃないの!」

 

「…ほんと現金なやつ」

 

「早く行かないと他のやつに食べられ尽くしちゃうわ!幽々子とか来たらどうすんの!最近は扉が現れる場所も多くなってるんだから!」

 

「はいはい」

 

タダ飯が食べれるとあっては直ぐ様元気になる霊夢に魔理沙と紫はため息をつくがこれも見慣れた光景なのでそれ以上は言わないのであった。とにもかくにも霊夢達は現れた扉でねこやに向かう事になった。

 

 

…………

 

洋食のねこや

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

「こんにち…ってうわ!」

 

「おお!」

 

霊夢達が扉を開けると既に多くの客が来ていた。テーブルに座っている客よりは立食している客が多い。そしてよく見ると店内の様子もいつもよりだいぶ違っている。紅白や金銀等煌びやかな飾り付けがあちこちにされていて、しかも店の一画にこれまた鮮やかに飾り付けされた小ぶりの木が置かれている。

 

 

ワイワイガヤガヤ…

 

 

「これは凄い賑やかですね」

 

「…あ、そうだわ。確か今日はクリスマスだったかしら」

 

「クリスマスって何ですか紫様?」

 

すると霊夢や紫達に気づいたアレッタが近づいてきた。頭にはいつものカチューシャでなく紅白の色をしたとんがり帽子を被っている。

 

「あ。いらっしゃいませ皆さん!メリークリスマス!」

 

「いらっしゃい」

 

「凄い賑わいねアレッタ、店主さん。てか今日はなんかの宴会?」

 

「はい!私も初めて聞いたんですけど今日はクリスマスパーティーなんです!」

 

「さっき紫が話してたやつだな。…そういや私も前に本で見た様な気がする」

 

「ええ外の世界じゃ今日が確かそうよ。ある人物の降誕祭、つまり誕生日を祝う日なの。まぁ今はそっちよりもご馳走を食べたりサンタクロースっていう人が子供達にプレゼントを配る日っていうのが主流らしいけどね」

 

「はい。なので今日はマスターから皆さんにプレゼントという事でクリスマスのご飯が食べ放題の日なんです。是非召し上がっていってください!」

 

「いつもの料理も注文頂ければ作りますんで」

 

「それはとても嬉しいわね♪」

 

「言われなくても食べてくぜ♪」

 

そんな訳で霊夢達も皆の輪に加わるのだった。

 

 

…………

 

※誰が喋っているかご想像しながらお楽しみください。

 

 

「う~ん美味し~♪ビーフにポークにチキン、より取り見取りのケーキも全部食べ放題なんて夢の様だわ~♪もうここに住もうかしら~?」

 

「こら!皆や私達の分までとっときなさいよこの亡霊!」

 

「そう言う霊夢もさっきから凄く食べてるじゃないの~」

 

「はぁ…幽々子様も霊夢も一応紫様と店主さんの奢りなんですからね。そういえばアレッタさん、テリヤキさんやロースカツさんはどうされたんですか?」

 

「おふたりでしたら今日は夜に来るそうです。ゆっくり食事を楽しむ方がいいって言ってました」

 

「今日のブイヤベースも美味しいわ♪前に食べた時とお魚が違うのね」

 

「はい。今日使っているのは鱈にイカ、そしてホタテです」

 

「このカナッペ、土台が前と同じ油揚げなんですね!」

 

「はい。マスターが用意してくれたんです」

 

「藍様気に入ってましたもんね~」

 

「元気そうねタロ。調子はどうユート、頑張ってる?」

 

「元気元気!昨日は大きな鹿を仕留めたぜ!な、タロ」

 

「ワン!」(犬用に味付けされた肉をがっついている)

 

 

「ねぇねぇ黒いお姉さん!トカゲのおじさんやライオンのおじさんは?」

 

(ガガンポさんは民を待たせてはいけないと、ライオネルさんは試合があると言って既に帰られました)

 

「な~んだ残念」

 

「フラン様仲良かったですからね。…あ、このローストビーフ凄く美味しいですよ!」

 

「使われているのはクランベリーソースでしょうか…とても美味しいです。良いお仕事されてますね」

 

「このケーキ…。まるで血を纏ったような一点の汚れもない真紅…。嫌いじゃないわね」

 

「お、お嬢様その発想は怖いですよ!」

 

「パチュリー。新しい本を持ってきた」

 

「ありがとうヴィクトリア…。私も持ってきたわ」

 

「ああずるいぜパチュリー!私にも今度貸してくれよ!」

 

「嫌」

 

 

「いや〜前に食べた串カツってのも美味かったがこのバーベキューやローストチキンってのも酒に合うねぇ♪」

 

「おう、この肉々しさがなんとも言えねぇだろう!」

 

「ほんとに美味しい…。妬ましい位に…」

 

「ね〜、こっちにまだ見た事無いお酒一杯あるよ~♪」

 

「あっはっは!相変わらずいい飲みっぷりに食いっぷりだねぇ」

 

「いやー今日はめでたい!宴じゃ宴じゃ!」

 

「あの…ギレムさん、ガルドさん今日はいつもより元気ですね?」

 

「おお。こいつの硝子彫刻が王国の大会で金獅子賞をとったんじゃ。硝子職人にとっては最高の栄誉なんじゃよ」

 

「ほう、それは凄いのぉ。因みに狸や鯨の賞なんていうのは無いのかの?」

 

 

「このポタージュスープ甘くて美味しい♪」

 

「匂いで分かったけどこれも乳を使っていないのね…」

 

「豆乳とかぼちゃを使ったかぼちゃのポタージュです。あとこちらのケーキは乳や卵も使ってない特注のケーキなのでエルフでも召し上がれますよ」

 

「こういう料理は卵や乳が欠かせないって思いこんでいたけど…そういう考えは捨てないといけないわね」

 

「相変わらず料理のアイデアが広いんだなぁ外の人間てのは。弟子入りさせてもらいたい位だべ」

 

「このフルーツサンドイッチ、前に食べたのとまた違う果物なのね!」

 

「ええ。今日は苺とみかんとキウイですよ」

 

「果物といえば秋が一番と思ったけど冬の果物も美味しいね♪」

 

「本当ですね。…どうしたんですか文さんはたてさん?そんながっかりして」

 

「だってだって~!」

 

「こんないつも以上に賑やかで、多種多様な人が集まる会を取材させてもらえないなんてあんまりだわ~。相変わらずなんでかカメラも動かないし~!」

 

 

「お元気そうねティアナ。どう、私があげた花の種は上手く育っている?」

 

「うむ、良く育っておるぞ。我らの種はどうじゃ?異世界でも育ってくれるか?」

 

「ふふ、大丈夫よ。私に育てられない花は無いわ」

 

「私は冬の間は木の中に閉じこもってるんだけどこっちは暖かいから頑張って来ちゃった♪」

 

「私達もほんとは寒かったから出たくなかったんだけど…」

 

「冬の間もやる事があるから花畑の手伝いに来なさいって言われて…」

 

「ま、まぁそのおかげでまたクレープやケーキ食べに来れたんだからいっか~」

 

「何か言いたそうね貴方達?」

 

「「「なんでもないです!」」」

 

 

「このチーズハンバーグ美味しい。チーズってデミグラスソースにも合うんだ」

 

「アルテ、こっちの豆腐ハンバーグっていうのも美味しいよ」

 

「ねぇねぇロウケイ、アルテとはまだ結婚の約束してないの~?」

 

「!なな、何を言うのさいきなり!?」

 

「違うの?私らすっかりその気かと思ってたのにな」

 

「何々~?そう言う事なら式の演奏は私達に任せてね♪」

 

「そうそう♪」

 

「こ~ら、リリカもメルランも馬鹿言わない。私達は向こうに行けないでしょ」

 

「だったら前夜祭として今からでも」

 

「も、もう皆!」

 

「何慌ててるのロウケイ?」

 

 

「今日はフライドポテトやナゲットが食べ放題なんだね~!しかもメロンソーダとかコーラまで飲み放題なんて♪」

 

「とっても美味しいのだー♪」

 

「聞いて驚け!初めて俺達だけでダンジョンの最奥に到達したんだぜ!」

 

「へー凄いね!」

 

「因みに奥にいたのはチルノと同じ氷を扱う魔物でしたよ」

 

「なに~!そっちの世界にも氷を使う奴がいるのか!こうしちゃいられない今すぐ幻想郷最強のアタイが真の氷マスターを」

 

「チルノちゃん今はお料理を楽しもうね」

 

 

「ピザだけじゃなく他にも美味しそうな料理が全部食べ放題なんて凄いね!驚きだよ!」

 

「む~…驚かすのは私の本業なのに~。まぁ美味しいからいいか♪」

 

「あのピザは今日は無いんだ。…残念」

 

「まぁまぁ。…ねぇアレッタ、これはなんて料理?どうやって食べるの?」

 

「あ、それはチーズフォンデュと言いましてこちらのチーズ鍋に食材を付けて食べるんです」

 

「同じお皿に付けて食べるなんてなんか貧乏くさい料理ね~」

 

「じゃあ食べなくていい。私が女苑の分まで食べる」

 

「べ、別に食べないなんて言って無いでしょ!」

 

「クロさん、これはなんてパンなの?」

 

(シュトレン、といいます。木の実や色々な果実を練り込んで焼いたパンです)

 

「そうなんだ。食べる場所で味が変わって面白いし美味しいよ♪ねぇ正邪もそう思うよね?」

 

「そ、そうですね。とっても…お、美味しいです」

(やっぱり「不味い」って言えない…。なんで、なんで美味しいのに「美味しい」としか言えないんだよ~!)

 

 

「ねえお姉ちゃん!このアップルパイっていうのすっごく美味しいね!甘くてサクッとしててふわっとしてて!」

 

「ええそうね。前に食べたフレンチトーストに感じが似てるわ」

 

「お空、あのチキンも美味しそうじゃない?」

 

「いやいや共喰いになるから!」

 

「この料理前に食べたミートソースのお肉が大きくなったみたいですね」

 

「そちらはミートボールのトマト煮込みです」

 

「前にこれをスパゲッティに混ぜた料理を何か外の本で読んだ気がするわ~」

 

「成程、ミートソースもこうすればそれだけで立派な料理になるのか…。新たな商品の可能性だな」

 

「これも中々ジューシーで美味しいわね」

 

「…メンチカツ。その、これ、良かったらどうだ?」ガサゴソ…

 

「…あら、可愛らしいイヤリングね、これどうしたのエビフライ?」

 

「ま、町の露天商に圧されたのだ。男の私には不要な物だからな。決して他意はないぞ!」

 

「わかってるわよ。どうもありがと」

 

「う、うむ!」

 

そんな感じでねこやの昼は過ぎていった…。

 

 

…………

 

そして時刻は夕刻。客層が変わって人は少なくなったがまだまだ店内は賑やかだった。

 

 

「うむ、やはりフライドチキンもカレーに合うな!」

 

「しかし何か店内がこうもいつもと違うと少し落ち着かんな…」

 

「そう言ってやるな。郷に入ってはとやらだ。お主は昼に来なかったのかリンノスケ」

 

「僕もゆっくり楽しみたい方なんです。それに…いつも彼女らのために賑やか過ぎますから」

 

「「「はっはっは」」」

 

 

「うむ、今日の料理も美味い!褒めて遣わすぞ店主」

 

「ありがとうございます」

 

「総領娘様、そういう態度は幻想郷だけにしていただけると助かるのですが?」

 

「私が私であるならば世界が違う事など些細に過ぎぬわ♪」

 

~~~~♪

 

「いらっしゃいませー!」

 

「こんにち…わ!凄いですね今日なんかってあ、天子さん!また今日も教えてよ!異世界の天人の技術や歴史!」

 

「私達も聞きたいな~!ねぇなんで空に住んでいるのに私達みたいに羽が無いの?どうやって飛んでるの~?」

 

「いっ!お、おい助けてくれ!」

 

「良いではありませんか。喋り友達ができて。たまには交流を深めて勉強しましょう♪」

 

 

「ねぇねぇ聞いてよラスティーナ!この前あの子がね~!」

 

「まぁ!それは面白いですね」

 

「いいのか?何か噂されてるぞ」

 

「いいんだいいんだ。付き合うだけ損ってもんだよ」

 

「こら妹紅、あんたの話なんだからこっち来て付き合いなさいよ~♪」

 

「断る。なんでこっちでもお前に付き合わなきゃならないんだ」

 

「よ!レイセン。元気そうだね」

 

「お久しぶりです皆さん」

 

「おや、このちっこいのはレイセンの妹かなんかかい?」

 

「誰がちっこいだ!私はこれでもこいつやあんたらの何倍も年上だぞ!あとこいつの妹なんかであってたまるもんか!」

 

「私だってあんたの姉なんてお断りよ!」

 

「ふふふ、仲が良いですわねおふたり共」

 

「全くあの子達騒がしいんだから…。ごめんなさいね」

 

「気にされる必要はありません。今日は宴の日なのですから」

 

「それに子供というものは多ければ多いほど良いものですよ。特に大好きなスコッチエッグを食べる時の笑顔なんかたまりませんわ」

 

「私も芳香にもっと兄弟や姉妹を作ってあげたいのだけれど…中々あの子に並ぶ位可愛い物ができないのよね~」

 

「私も子供は好きだけれど元気すぎるのも考えものよ。いえそもそももう子供なんてものじゃないけれど」

 

「ふふふ、まるで母親の様な話され方ですわね永琳様」

 

(新しいブランデーケーキが入りました)

 

「本当ですか!…あ、すみませんはしたない」

 

「いえいえ。ふふふ、セレスティーヌ様本当にあれがお好きなのですね」

 

「…あれは悪魔のケーキですわ」

 

「では語り合いながら皆さんでじっくり味わいましょうか」

 

 

「今日のショコラの中のチョコレート、白いのね」

 

「このパフェにかかっているチョコレートもです!」

 

「はい!ホワイトチョコレートと言って白いチョコレートなんです」

 

「俺達の世界ではショコラティエって言ってチョコレート専門の職人なんてものもいる位、チョコレートは奥が深い食べ物なんですよ」

 

「それはとても楽しいですね。是非一度食べてみたいです」

 

「すまないアディ。こんな遅い時間になってしまって」

 

「気にしないでシャリー。大丈夫よ」

 

「王族となると年越しの行事とかもあるだろうし、色々大変でしょうね」

 

「それがそれだけではないのよね~」

 

「どういう事ですか、ラナーさん?」

 

「聞いてよアリス~早苗~」

 

「お、おいラナー!それはまだ言わない約束だろう!」

 

「…?どうしたのアーデルハイド?」

 

「す、すみません…。まだ…ひ、秘密です…」

 

「ふふ♪」

 

そんな騒がしくも賑やかな夜は続く…。

 

 

…………

 

そして更に夜は更け、この時刻でもお客はいた…。

 

 

「お待たせ致しました。ビーフシチューです」

 

(…うむ、美味い。やはりどんな料理よりもこれに尽きるというものじゃ。……だが店主よ。今日は其方の世界の特別な日と聞いた。ならばそちらの世界のしきたりにあやかろう。食後にケェキ、とやらも頂くとしようか)

 

「はは、しきたりなんて大層なもんじゃないんですけどね。わかりました。ご用意しますね」

 

 

~~~~♪

 

「来たわよん♪」

 

(…ほう貴様か)

 

「あら、こんばんわあーちゃん♪」

 

「いらっしゃいませヘカーティアさん!」

 

(いらっしゃいませ)

 

「うちの子が先に扉入っちゃったから心配だったけど別のが見つかって良かったわ♪…あらあらアンタも来てたの映姫ちゃん」

 

「私は仕事終わりですよヘカーティア様。遅くに来るのは迷惑かと思いましたが…つい。最も小町は既に昼にこっそり来ていた様ですがね」

 

「気にされる事はありませんよ。いつでもお越しください。昼頃に小町さんも来られましたし」

 

「店主さん。お言葉はありがたいのですがそうもいきません。私には閻魔としての職務がありますから。……まぁ、ただ、その、あくまでも仕事の範囲外ならば、またお茶をしに来たいとは思いますが…」

 

「ふふ。そこまで固く考える事も無かろう。儂とて来たいと思った時は来るぞ?」

 

「そういうものですかねセレナ殿」

 

「そうそう♪たまには仕事も忘れてパーっと遊ぶのも必要よ?」

 

「貴女の場合もう少し抑えた方が良い様に感じます」

 

(……ふぅ。この時間に来る者も増えたものじゃ。……が、不思議とこうして同じ場所での食事も悪くないと感じる様になったのは…黒と同じく、妾も変わった、という事か…)

 

朝から閉店までねこやのクリスマスは続くのであった…。

 

 

…………

 

そして客も全員帰り、閉店作業を終えて店主、アレッタ、クロのまかないタイム。折角なのでこの日は客席で食べる事にした。

 

「今日はありがとうなふたり共。疲れたろう?」

 

「いえ大丈夫です!大変でしたけど、とても楽しかったです!」

 

(……)コクコク

 

チキンとケーキを頬張っているアレッタといつもの通りチキンカレーとこの日は珍しくケーキも食べているクロ。

 

「あ、そうだそうだ忘れるとこだった」

 

すると店主はキッチンの奥の方に下がり、何かを持って戻ってきた。

 

「ほい、これ」

 

それは綺麗に飾り付けされたふたつの袋。それをアレッタとクロに渡した。

 

「マスター、これは?」

 

「俺からふたりへのクリスマスプレゼントだ。あんまり大したもんじゃないが折角だからな」

 

少し照れているのか苦笑いしながらそう言う店主。

 

「マスター…ほんとに、ほんとにありがとうございます!」

 

(……ありがとう)

 

「また来年も宜しくな」

 

「はい!(はい)」

 

そんな感じでねこやのクリスマスは騒がしくて大変で賑やかで、且つ笑顔が一杯なものとなった…。




クリスマス特別編でした。

如何でしたでしょうか。なんかクリスマスメニューよりもキャラの交流と告知が大部分を占めてしまいました(^^;)
登場しているキャラ、していないキャラ。名前は出しませんでしたがわかる方はわかると思います。今回出てきた新たなキャラ達は今後の投稿で出てくる予定です。勿論ここで書ききれなかったキャラ達も出したいとは思っています。それも踏まえて今後も楽しんでいただけたら幸いです。
改めて今年一年ありがとうございました。皆さん良いお年をお迎えください。


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メニュー15「カレー三昧」

遅ればせながら今年初の投稿です。宜しくお願いします。
お気に入りが600を超えました。ありがとうございます!


人里の中のとある通り

 

 

ビュゥゥゥゥゥ…

 

 

「う~寒い!まだ秋なのに風だけ冬になってない?もう少し厚着してくるべきだったわ」

 

そこに急遽依頼を受け、博麗神社からやってきた霊夢がいた。とはいえ既に依頼は達成し、これから帰ろうとしていたのだが…急な寒さに参っている様子。

 

 

ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…

 

 

「これはちょっとどっかに入って暖まりましょ!丁度依頼料もあるし」

 

という事で霊夢は近くの茶屋に入って暖を取る事にした。

 

「おじさ~ん、温かいお茶とお団子大至急お願いね!……あら、妖夢じゃない」

 

「あ、霊夢」

 

すると入った先の茶屋には白玉楼の妖夢がいた。

 

「人里に買い出し?」

 

「はい。それは既に終えているのですがちょっと風が強くてこちらで暖を取ろうと…。あまり防寒もしてこなかったのが迂闊でした。霊夢は?」

 

「私は依頼を終えて帰るとこだったんだけど急に寒くなってね!あ、火鉢!」

 

「店主さんが急遽用意してくださったんです」

 

「ラッキー!私も当たらせてもらうわ!…ふ~助かった助かった。寒い日はやっぱり火に当たりながら温かいお茶に限るわね~」

 

そんな事を言いながら出されてきたお茶を啜る霊夢。

 

「なんか時期外れの寒さ、春雪異変を思い出すわね〜」

 

「あれもとっくに冬を終えていた頃の時期でしたからね。…その節はご迷惑をかけました」

 

「もう昔の事よ。…ところで妖夢、随分沢山買ったわね。全部食材じゃないの。まぁあの暴食の幽々子相手なら仕方ないか」

 

「山菜や豆腐や調味料なんかはネムノさんの所で買っているんですが里でしか買えないものもありまして。あと幽々子様をなにかの某漫画キャラクターみたいな風に言わないでくださいよ。まぁ人よりちょっと…いやかなりよく召し上がるのは認めますけど」

 

「あと食欲の秋も重なってるんじゃない?」

 

すると同じくお茶を啜る妖夢はため息を吐きながら言った。

 

「そうですね。…まぁ最もそれだけではないんですけど」

 

「というと?」

 

「ええ。実はねこやにいつまでも行けない事がよほど悔しいみたいでして…」

 

「ああそういや前に白玉楼に出て以来、そっちは現れていないのね」

 

「そうです。それでやけ食いという程ではないんですけど、ちょっと食事のリクエストや量が最近多くて…」

 

「アンタも大変ね」

 

「そう言えば霊夢や魔理沙は二回行かれたんでしたっけ?」

 

「そうよ。あと守矢に現れたら連絡してくれる事になっているからもしかしたらまた行けるかもね。あそうだわ。丁度連絡用のお札まだ持ってるし、渡しておくわ♪」

 

「…抜け目ないですね本当に」

 

そんな事を言いながらお札を受け取る妖夢だった。

 

「それはそうと妖夢、私もおじゃましていいかしら?見た感じ鍋物でしょ?今日は寒いしうってつけだわ♪」

 

「…本当に抜け目ないですね。まぁ買いすぎた気もしてましたからいいですよ」

 

 

…………

 

一方その頃、白玉楼では…

 

 

ヒュウゥゥ……

 

 

「ふ~…お昼を過ぎてから寒くなってきたわね~。妖夢ちゃん、お夕飯は温かいものでも作ってくれないかしら~」

 

ここの主にして妖夢の主人、西行寺幽々子が同じ様にお茶を飲んでいた。白玉楼の庭は庭師でもある妖夢の手入れのおかげで秋色に染まった草木があるが、ほぼ桜で埋め尽くされている場所なのでその花が咲いていないとどうも寂しい感じがしなくもない。おまけに昼頃から寒い風が出てきた事もあり、葉もその風で少なからず落ちてもいた。そんな庭にある中でも一際大きい桜の木、西行妖を見ながら幽々子は思う。

 

「もうすぐ冬になるのね〜。思えばあれから何度目の冬かしら。私があの異変を起こしてから…」

 

ある日幽々子は咲かずの桜、西行妖の下に何者かの亡骸が眠っている事を知った。その事に興味を持った彼女は西行妖をどうにかして咲かせればその者も蘇るのでないかと考え、そのために必要な春を集め始めたが、その代償として幻想郷に終わらない冬を起こしてしまった。これが終わらない冬の異変とも呼ばれた「春雪異変」である。その後霊夢達に計画は阻止され、幻想郷に春は戻ってくる事になった。

 

「生きている頃の私なら何か知っていたんだろうけど相変わらずな〜んにも覚えていないのよね〜。まあ死んでても生きてるのとあまり変わらないし困りはしないのだけれど」

 

そして今の幽々子には生きていた頃の記憶は無い。思い出そうとした事もあったがどうしても叶わなかった。もしかすると幻想郷の中では彼女の記憶について知っている者もいるのかもしれない。紫や霖之助、阿求等が当てはまるだろう。しかし今まで彼らからその話を聞いた事は無い。一方の幽々子も積極的に聞こうとは思わない。今の生活を彼女自身も気に入っているし、聞かなくても困る事も無い故に。

 

……ぐぅぅぅぅ

 

「…考え事をしていたらお腹空いちゃったわね。妖夢ちゃん早く帰ってこないかしら〜」

 

まだお昼ご飯(たっぷり)を食べてから二、三時間しか経っていないのに幽々子のお腹が鳴った。

 

「こんな時あの食堂の扉でも現れてくれたら良いのに〜。霊夢や魔理沙なんて2回も行ったって新聞で読んだしずるいわ〜」

 

ぶーぶー言いながら炬燵の机に顔を落とす幽々子。どうやらねこやに行けずに不貞腐れているというのもあながち嘘ではない様だった。そんな事を言いながら急須に新しいお湯を汲もうとした…その時、

 

「……?」

 

ふとなんらかの気配を感じた…様な気がする幽々子。

 

「今一瞬何か…。気のせいかしら…?」

 

感じたのはつい先程まで目をやっていた西行妖の方。改めてそちらの方に目をやると、

 

「……!」

 

西行妖の太い巨木の前に…先程は無かった扉が現れていた。

 

「あらあら、ちょっと目を離したあんな一瞬で…」

 

驚きつつもペースを崩さない幽々子は炬燵から抜け出して扉に近づく。それはやはりあの扉だった。木造りの、猫の看板が掲げられた扉。

 

「…洋食のねこや…。本当にこんな突然現れるのね…」

 

扉を見つけた幽々子は妖夢を待とうか霊夢に連絡しようか一瞬考えたが、

 

「…まぁいいか♪妖夢ちゃんも前に私に黙ってひとりで行っちゃったし~、霊夢は2回も行ってるんだし~。お腹も減っちゃったし、私だけで行きましょ♪」

 

先の考えをあっさりと捨てて幽々子は扉を開けて入っていった…。

 

…………

 

………

 

……

 

 

「幽々子様。只今帰りました」

 

「お邪魔するわよ~。……ってアレ?」

 

「幽々子様?」

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

幽々子が扉を開けると…そこには自らが住んでいる白玉楼とは全く違う光景が広がっていた。

全てが洋風のもので埋め尽くされた部屋。見た事無い人種や種族。嗅いだことが無いにおい。

 

「ふわ~…ほんとに見た事無い場所だわ。ここが外の世界のご飯屋さんなのね」

 

とその時、幽々子の存在に気づいたアレッタが近づいてきた。

 

「いらっしゃいませ~!ようこそ洋食のねこやへ!」

 

「ええこんにちは。あの、ここって外の世界の食堂で良いのよね?」

 

「はいそうです!ここは異世界にある、ねこやという料理屋です!」

 

その答えを聞いて笑みを浮かべる幽々子。

 

「やっぱり~。妖夢ちゃんや紫から聞いてどうしても一回来たかったのよ~」

 

「ありがとうございます!あ、ヨウムさんやユカリさんのお知り合いの方ですか?」

 

「ええそうよ。自己紹介するわね。私は西行寺幽々子。白玉楼の主にして冥界の管理者。亡霊なんだけれどこれでも風流な亡霊なのよ♪」

 

「ぼ、亡霊!?とと、という事は…し、死んでるって事ですか!?でも全然そうは見えないんですけど…。私達と殆ど変わりませんし」

 

亡霊という言葉を聞いて流石のアレッタも驚く。アレッタからすれば普通に生きている人間にしか見えない。

 

「うふふ、御免なさいね驚かせて。でも大丈夫よ。正真正銘本物の亡霊だけど楽しい事やお喋りが大好きなの。あとこう見えてご飯も食べれるから全然気にしないで頂戴ね♪」

 

「…幻想郷って本当に不思議な場所なんですね。…あ、失礼しました!とりあえずお席にどうぞ!」

 

「ええありがとう~」

 

幽々子はひとつの空いているテーブルに座る。すると同じタイミングでクロが水とおしぼりを持ってくる。これも見慣れた光景だ。

 

(お冷とおしぼりです)

 

「あら、頭の中に声が…。ああ、貴女が紫が言っていた人なのね。確かに不思議な術だわ~」

 

(あの方を御存じなんですか?)

 

「ええ、もう千年以上の付き合いよ。悪い子じゃないから仲良くしてあげてね♪」

 

(…承知しました。…メニューが決まったらお呼びください)

 

そう言ってクロは下がる。

 

「うふふ♪異世界って面白い人ばっかりね~」

 

「いやいや拙者らからすればお主の方がよほど面白いぞ」

 

その時向いのテーブルに座っている、獅子の頭の人物と一緒に食事をしている男が声をかけてきた。以前妖夢と一緒に食事をしたタツゴロウだ。

 

「先程お主は自分を亡霊と云うたが…拙者は大陸中を見て歩いてそのような魔物に出くわした事もあるが、お主の様なものは見た事が無い。本当に生きている人間と見た目変わらぬな」

 

「貴方は?」

 

「ああ失礼した。拙者はタツゴロウと申す。ところでお主先程自分をユユコと名乗ったが…もしやヨウムの主というのはお主か?」

 

「あら、妖夢ちゃんを知っているの?ええそうよ。…ああそう言えば妖夢ちゃんがそんなお名前のお侍さんにお世話になったって言っていたわ。あの子は迷惑かけなかったかしら?」

 

「いやいやそんな事は無い。安心召されよ」

 

そんな感じで互いに挨拶を交えながら交流をしていると、

 

 

~~♪!!

 

 

銀髪と髭の男性

「カレーライスをもらおうか!!」

 

勢いよく扉が開かれ、同時にひとりの大柄な人物が入って来るや否や注文の声を上げた。高貴な服装とマントに身を包んだ男性。見た目貴族の様だが銀髪と髭を生やした顔には戦いでできたのだろう傷が見え、威厳を感じられる。

 

「ひゅい!い、いらっしゃいませアルフォンスさん!」

 

(いらっしゃいませ)

 

「元気そうだなアレッタ、クロ!今日も頼むぞ」

 

そう言ってアルフォンスと呼ばれた男は丁度幽々子の隣のテーブルに座った。

 

「よう、ざっと三ヶ月ぶりじゃねぇか」

 

「息才だったか?」

 

「カツドンにテリヤキか。うむ、昨日ようやっと渡航から戻ってきたところだ。全く幾ら友好国からの招待とはいえ、既に退官している老いぼれに騎士団の訓練を指導してほしい等と軍も人使いが荒い」

 

「へっ、老いぼれても未だに現役の騎士が束になってもかなわねぇ元将軍様が何言ってやがんだ」

 

「幾らそうでも歳は食うものだぞ。昔ほど動きにキレが無くなってきたわ。それはそうと私がいない間何か面白い事はあったか?」

 

「そうさな…。お前が出かけていた間に新しい客が増えたぞ。しかも別の世界のな」

 

「ほお!それは驚きだ。してそれはどんな客だ?」

 

タツゴロウの言葉に反応する男。すると隣のテーブルに座っていた幽々子が語りかけた。

 

「それは多分私達の事ではないかしら~?」

 

「む?おおそうなのか。騒がしくて失礼したな」

 

「いえいえどういたしまして」

 

すると厨房から店主が顔を出してきた。

 

「アルフォンスさんいらっしゃい。久しぶりですね」

 

「おお店主!早速だがカレーライスを大至急で頼むぞ!三ヶ月食えなかった分も腹一杯食うために朝から何も食っておらんのだ!」

 

「その事なんですがアルフォンスさん。ちょっとメニューを見ていただけますか?」

 

言われてアルフォンスという男がいつの間にかクロが持ってきていたメニューを開いてみると、

 

「…何!スープカレーとグリーンカレーだと!」

 

「ええ。実はカレーライス、チキンカレー、牛すじカレーの他に、以前試食で召し上がっていただいたカレーもメニューに加える事にしたんです」

 

「マスターが少し改良したって聞いてまかないで食べてみたんですが凄く美味しかったです!」

 

(……)コク

 

「それは嬉しい話だな!うむ、そう聞いたら久々に食べたくなった!今日は全種類食べていくとしよう!勿論最初はいつものカレーライスで頼むぞ!」

 

「はいよ」

 

すると隣の幽々子が再び声を出した。

 

「あの~私もそのかれー?というお料理を頂けるかしら?」

 

「え?ええ構いませんよ。どのカレーでしょうか?」

 

「私もこの殿方と一緒で全部食べたいわ~♪」

 

それを聞いて周りの一部の者は「え?」という表情を浮かべる。しかし当の幽々子は至って気にしていない。

 

「私もこう見えて結構食べれるの♪だから心配なさらないで。あと因みに最初に頼むのはどれがいいかしら?」

 

そこにフォローを入れるのはアルフォンス。

 

「それならばまずはカレーライスを食ってみると良い。最初はやはりカレーライスからいくべきだ」

 

「まぁそう。では私もそれをお願いするわ~」

 

「は、はぁ。わかりました。では少々お待ちください」

 

そう言って店主は準備に入った。

 

「いやいや初めての注文でカレーを選ぶとはお目が高いな異世界のご婦人よ」

 

「貴方があれほど熱望されているのを聞いてきっととても美味しい物と思ったのよ~。ああ自己紹介をしなくちゃ。幻想郷の西行寺幽々子よ。どうぞ宜しく」

アルフォンス(カレーライス)

「ユユコ殿か。ではこちらも名乗らねばならんな。元公国海軍将、アルフォンス・フリューゲルだ。ここではカレーライスで通っておる」

 

「それはお料理の名前じゃないの?」

 

「ここでは自分が最も美味いと思う料理で呼び合うのだ。だから私はカレーライスという訳だな。はっはっは」

 

「へ~面白いしきたりなのね~♪」

 

そんな感じでアルフォンスのみでなくタツゴロウやライオネル、その他の客達とも交流を深める幽々子。すっかりここの客に馴染んだ様に見えるのは彼女が放つほんわかとした雰囲気からだろうか。

 

 

~~いつもより短めの店主調理中~~

 

 

…………

 

「…む〜まだか、まだなのか!」

 

するとアレッタがアルフォンスに、クロが幽々子にあの料理を持ってきた。

 

「おまたせしましたー!」

 

「おおやっと来たか!あとほんの数分で飢え死にしてしまうところだったぞ!」

 

(カレーライスです)

 

「ありがと〜♪」

 

そしてふたりの前に出されたのは…白米にとろみがついた様な濃い茶色いスープみたいなものがかかった一品。スープの中にはオレンジや白、黄色い色々な野菜や大きい肉が見える。そのスープからはとても特徴的な香りがし、それがえらく食欲を掻き立てる。

 

「これが外の世界のお料理…。確かに見た事も無い料理ね~。でもこのにおい…凄く食欲をそそるわ~♪」

 

(少々辛いかもしれませんのでお気を付けください)

 

「それではごゆっくり!」

 

「……うんうん!このにおいだ!早速頂くとするか!」

 

「いただきま~す。これは一緒に食べるのがいいのでしょうねきっと」

 

横のテーブルで既に食べ始めているアルフォンス。それにちなんで幽々子もスプーンを取り、ライスとカレーを一緒に掬って口に運ぶ。最初に感じたのはまず今まで感じた事無い辛み。唐辛子とはまた違う香辛料らしいにおいがしたので少しは辛いと思っていたが思っていたよりも辛かった。だが単純に辛いだけでない。それ以上に深い旨味を感じる茶色いスープだ。

 

「辛いけど見た目以上にとっても深くて色々な味がするわ~」

 

浮いている人参(カリュート)、玉ねぎ(オラニエ)、ジャガイモ(ダンシャク)は柔らかくもあるが歯ごたえもしっかり残し、同時にこのスープの旨味もしっかりと含み、豚肉は旨味のみでなく甘みも感じられる。そして一緒にあるライスが具もスープもしっかりからんで受け止め、一緒に食べるたびに口の中で様々な味が広がる。それを次々に味わいたいためか辛いと思いつつ匙が止まらない。

 

「これは食べれば食べるほど食欲が増すお料理ね♪こちらのフクジンヅケというお漬物もこのかれーというお料理の辛さに合っているわ」

 

「そうであろう。私も最初食った時は辛さに驚いたが慣れてくると次々に食いたくなるのだ!おかわりを頼むぞ!無論大盛りでな!」

 

既に最初の一皿を食べきっていたアルフォンス。それを見てなのか元からなのか、幽々子もお代わり大盛りをリクエストし、ふたり共最初のカレーライスを計5杯ずつ平らげた。

 

 

…………

 

6杯目~

 

「お待たせしましたー!チキンカレーです。カレーライスよりも大分辛いですのでお気をつけくださいね」

 

カレーライスの次に出てきたのはチキンカレーたる一品。ライスの器とカレーの器が別々になっている。特徴的なのは先程のカレーよりも色に赤みがあり、かなり香辛料の香りが強い。そして見た目大きい鶏肉以外の具は見当たらない。

 

「これは別々に食べればいいのかしら?」

 

「はっはっは、いやいやそれは止めた方が良い。私も最初そう思って食べたがあまりの辛さに面食らった。やはりカレーはライスと一緒に食うのが一番だ」

 

言われて幽々子はほんの少しライスにカレーをかけ、すくって食べてみる。…確かにかなり辛い。スープだけならもっと辛いだろう。しかしライスと共に食べる事で辛さが和らぎ、カレーに溶け込んでいるらしいいくつもの野菜や素材の旨味を感じる。チキンカレーという名前の主役にふさわしい大きい鶏肉も良く煮込まれていてとても柔らかい。

 

「辛いけどとても美味しいわ~。成程~このかれーはお野菜が入っていないのではなく、完全にスープに溶け込んでいるのね。この鶏肉もあまり噛んでいないのにとても柔らかいわ♪」

 

幽々子はここでもチキンカレーを5杯お代わりした。

 

 

…………

 

11杯目~

 

(お待たせしました…グリーンカレーです)

 

11杯目に出てきたのはアルフォンス曰く「ちょっと口直し」として選んだグリーンカレーたる一品。チキンカレーと同じくライスとカレーが分かれているが、それとは別に幽々子はある事にちょっと驚く。

 

「あら~名前の通り本当に緑色みたいな色してるのね~」

 

特徴なのは先のふたつと色がまるで違う事。うっすら黄色がかった緑色をしている事だった。更に具が大きい。肉、そしてカレーライスには見えなかった野菜も含まれている。そして水分が多いのかとろみが弱い。

 

「これはさっきのかれーよりも辛くなさそうだからちょっとスープだけ飲んでみようかしら」

 

幽々子はスプーンで一杯スープだけ食べてみる。するとさっぱりとした風味と香草の香り、そして不思議な事にミルクに近い風味も感じる。メニューにはココナッツミルクという果実から作った乳が使われているとの事。具として使われているのは鶏肉とタケノコ、そしてパプリカだ。これらの歯ごたえもしっかり残しながら煮込まれているらしい。そして辛味が後半になって来た。

 

「こちらは後からじんわりと来る辛さなのね。ちょっと変わっているけどこれも美味しいわ♪」

 

「ほ~前に食べた時よりも風味が増しておる。このタケノコという野菜の歯ごたえも面白い。うむ、美味い!」

 

続けてのグリーンカレーも5杯綺麗に平らげた。

 

 

…………

 

16杯目~

 

「お、お待たせしました。牛すじカレーです」

 

幽々子の食欲に驚きながらアレッタが次にふたりに出したのは牛すじカレー。見た感じは最初のカレーライスやチキンカレーに近い。だが浮いているのは豚肉でも鶏肉ではなく牛肉、その中の牛すじという肉であるらしい。幽々子は大きめに切られた牛すじを食べやすい様にスプーンで切ろうとするといとも簡単に切れる位柔らかかった。

 

「まぁ、この牛肉凄く柔らかいわ~」

 

カレーと牛すじ、そしてライスを一緒に口に運ぶ。改めて思うのは牛すじが噛まなくても簡単に歯で切れる位柔らかい。そしてスープの味もこれまでのものと違い、辛みと深いコクを感じる。牛すじの良質な脂、そしてチキンカレーと同じく溶け込んでいるらしい野菜の旨味、更にほんの少し酸味を感じる。店主曰くカレーよりもトマト(マルメット)を多く使っているらしい。

 

「牛肉に鶏肉に豚肉、かれーってどんなお肉にも合うのね~♪」

 

「肉だけでなく魚やフライ物も合うぞ。カレーの可能性は無限大だ!」

 

やはりここでも牛すじカレーをふたりは5杯ずつ綺麗に平らげた。

 

 

…………

 

21杯目~

 

(お待たせしました、スープカレーです)

 

21杯目として運ばれてきたのはスープカレー。においはチキンカレーに並ぶ位香辛料の香りが強く、色はカレーライスの色に近いが見た所かなり水気がある。具は今までのカレーよりもごろごろと大きく、人参にジャガイモ、鶏肉などの他に半分に切られたゆで卵なども入っている。幽々子がスープだけをまず飲んでみると、見た目味が薄そうなのとは裏腹にしっかりと味がついている。

 

「見た目からは想像できない位味がしっかりしているのね~。水気があるからご飯ともよく絡むわ~♪」

 

「スープカレーは私の国の寒い地方で生まれたカレーなんです。薬膳といって色々なスパイスを使っていて、寒さに負けない様身体を温めたり食欲回復や滋養強壮などの効果もあるんですよ」

 

「ほ~その様な効果がこのカレーにあるのか」

 

「ええ。そうだ因みに私の国にも自衛隊…まぁ海軍みたいなものがあるんですが、そこでもカレーは大人気の食べ物ですよ」

 

「ふっふっふ、そうであろうな。我が公国の軍でもカレーが作れるようになれれば私ももう少し頑張りたいところだ」

 

愉快そうに笑ったアルフォンスと幽々子は勿論スープカレーも5杯完食し、ねこやのカレーを全て味わったのだった…。

 

 

…………

 

26杯目~

 

「お、お待たせしました…カレーライス、です」

 

「ありがと~♪」

 

そしてふたり共計26杯目に選んだのは…最初に食べたカレーライス。アルフォンスの事は知っているが顔色一つ変えずに20杯以上平らげている幽々子に驚きを隠せないアレッタ。

 

「う~むやはりこれだ。他のカレーも勿論美味いがやはりこの味が一番だな!先程のスープカレーの効果かまた食欲が増したわい!」

 

「本当にこのお料理がお好きなのね」

 

「おおとも。私にとって魂の味にして、至高にして、命を救ってくれた料理だからな」

 

「まぁ命を?一体何があったのかしら?」

 

「う~むこれに関しては少し事情があるのだがな…」

 

アルフォンス・フリューゲルは今から約二十年前、西の大陸に向かう商船の護衛任務を務めていた。そんな中伝説の怪物と恐れられた魔物、クラーケンと交戦。自らと自らの船を代償として商船を逃がすことに成功したが誰もが彼の死を疑わなかった…。

…しかし彼は生きのびていた。航路から途轍もなく離れた名も知らぬ無人島に船の物資と共に漂着していたのだ。だが喜びもつかの間、そんな島故助けの気配等全くなく、島の獣や魔物達と戦いながら彼はこのまま死にゆく運命と思った。島に突如現れたねこやの扉と先代店主。そしてカレーライスに出会うまでは…。

 

 

(カレーなら直ぐに出せるけどそれでいいかい?)

 

 

「とまぁ、そんな私を救ってくれたのが先代の店主とこのカレーライスだったのだ」

 

「それは良かったわね」

 

「それからはただただ七日に一度のカレーライスを食いたいために生き続けた。二十年以上。今までに食った数はとっくに千回を超えたが全く飽きる気がせんわ。はっはっは♪」

 

そんな感じで最後の締めのカレーライスを5杯ずつ味わう幽々子とアルフォンス。結局二人ともに其々30杯に及んだのだった。因みにアルフォンスからトッピングもできると聞いた幽々子は最後の5杯をロースカツやコロッケ等で堪能し、運んできたアレッタが言葉を失うヒトコマもあった。

 

 

…………

 

「いやはや私についてこれたのはこのクロに続いて二人目だ。見ていて実に気持ちの良い食いっぷりだったぞ」

 

「ありがとうアルフォンスさん。それにしても紫や妖夢ちゃんの言っていた通り本当に美味しかったわ~♪」

 

「ほ、本当によく召し上がられましたね…。苦しくないんですか?」

 

「アレッタちゃんだったかしら。大丈夫よ~これ位は慣れているから。どうもご馳走様でした。おみやげもありがたく頂くわ♪」

 

(ありがとうございました)

 

「またのご来店をお待ちしております」

 

挨拶を終え、幽々子は扉を開けて戻っていった…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

「あらら、消えちゃったわね~。ずっとここにあればいいのに」

 

「幽々子様!?」

 

幽々子の姿を見た妖夢が慌てて駆け寄って来た。それから少し遅れて霊夢も。

 

「あら妖夢ちゃん。それに霊夢、来ていたの」

 

「どちらに行ってらしたんですか幽々子様~!本当に物凄く心配したんですよ~!」

 

「帰ってきたらアンタの姿が見えなくて。ここどころかどこにも気配が無いから妖夢がもんの凄く心配してたのよ?泣きべそかいてたんだから」

 

霊夢の言う通り妖夢は涙を流している。

 

「あらあら、そうだったの。御免なさいね妖夢ちゃん」

 

「…いえ、良いんです。幽々子様がご無事でしたらそれで…。もしお守りできなかったとしたら…私は、私は幽々子様のお守り役として…」

 

「はいはい。それ以上は言わないの」

 

妖夢を慰める幽々子。それはやはり親子の様だ。

 

「それはそうと幽々子アンタ、どこに行っていたの……ってその手に持ってる袋!」

 

「あっ、そうそう。実はねこやに行っていたのよ。またここに扉が現れたの。今帰って来たところなのよ~」

 

「えー!」

 

「やっぱり〜!も~どうしてまたお札渡す前に出てきちゃうのよ~!」

 

「おみやげにかれーぱんという物を頂いてきたわ。皆で頂きましょうか。店主さんが温かい間が美味しいって言ってたのよ」

 

「でも幽々子様、たった今お食事されてきたのでは…?」

 

「うふふ、妖夢ちゃんの顔を見たら安心してまた小腹が空いてきちゃったわ。という訳で妖夢ちゃん、お茶お願いね♪」

 

少々呆れつつも幽々子の笑顔にやっぱり喜びが勝る妖夢だった。




メニュー17

「クレープ&ミルクレープ」


幽々子とアルフォンスの組み合わせも初期の頃に考えていた組み合わせなので書いていて楽しかったです。


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メニュー16「クレープ&ミルクレープ」

太陽の畑

 

 

妖怪の山とはちょうど反対方向。更に奥にすり鉢状の草原にして花畑がある。それが太陽の畑。ここには多くの妖精が住みつき、季節の花が咲き乱れるが中でも特に有名なのが向日葵で夏になると向日葵で埋め尽くされて見事な風景を見せてくれるが今は秋なので向日葵は咲いてなく、穏やかな秋の花が色を放つ比較的穏やかな風景。今回のお話はここから始まる。

 

緑色の髪の日傘の少女

「……ええそれでいいわ。そちらの土いじりが終われば今度はこちらの苗の手入れを頼むわね」

触角が生えた少女

「は~い」

蝶の羽が生えた少女

「わかった~」

 

その太陽の畑で畑仕事をしているいくつかの姿がある。

指示しているのは日傘をさしている肩までの緑色の髪の女性。白いシャツの上に赤いスカート。首には黄色のリボンを付けている。その女性の指示に返事をしたひとりは緑色の短い髪から昆虫の触角が生えたマントを羽織った少女。もうひとりは水色の髪にオレンジの瞳、そして背中から蝶の羽が生えた少女。それはまるで蝶の妖精である。

 

白いヘッドドレスを被った少女

「よいしょ!よいしょ!」

青いドレスの少女

「これはどっちだったっけ?」

月型の羽を持った少女

「それはこっちの方に撒く土だよスター」

 

そしてちょっと離れた所でもうひとつ少女達の団体がいた。

ひとりはオレンジがかった金色の髪をツーサイドの髪型にヘッドドレスを被り、赤色のドレスで笹の葉の形をした羽が生えた少女。

ふたりもスターと呼ばれたのは青いドレスを着て腰まで伸びた長い黒髪、蝶の様な羽が生えた少女。

そしてもうひとりは亜麻色の髪をくるくる巻き毛、黄色いドレス、そして月の様な形をした羽が生えた少女。

いずれも特徴的な羽が生えていて子供の様に見える事から彼女らも妖精らしかった。

 

「あ~~…疲れた~」

 

「もうクタクタですよ~」

 

「全く情けないわね。まだ仕事は残っているのよ」

 

「でも咲いていない場所の土を弄っても仕方ないんじゃないんですか~?」

 

「何を言っているのかしら?散った花や枯れ木が土に残ったままだと春に害虫が増えやすいの。最近寒くなって来たし、暖かい間に土を起こしておかなければならないわ。ぶつくさ言ってないで動きなさい」

 

「でも私達は単に光を操れるだけの妖精なんですよ~」

 

「わかっているわよ貴方達が光を操れるだけの、大した力も無い、もの凄く弱いこと位。でも光は花にとって必要不可欠なもの。だからこうして私が丁寧にお願いしているんじゃないの」

 

(((どこが丁寧なんだろう…?)))

 

「何か言いたそうね?」

 

「「「なんでもないです!」」」

 

緑の髪の少女の気迫にびびる三人の妖精。

 

「ほら頑張ろうよサニーもスターもルナももう少しで終わりだからさ」

 

「アンタ達は随分元気そうね~?」

 

「私はここが好きだし、それに綺麗なお花が咲いたら気分いいじゃない♪」

 

「綺麗な花を咲かせるためなら頑張れるわ♪」

 

「フフフ、いい心がけじゃないの。さぁ早く古い土を運んでいきなさい」

 

「「「は~い」」」

とんがり帽子の少女

「幽香さ~ん。皆~」

 

とその時、ある方向からふらふらと違う少女が飛んできた。長い金髪で赤いライン入ったとんがり帽子とワンピース。背中には他の妖精と同じく羽が生えている。

 

「リリー、どうしたのかしら?」

 

「さっき土を捨てに行ったらですね~。変なものがあったんです~」

 

「変なもの?」

 

「はい。木でできた扉です。家が建っているのでもないのに扉だけが立ってるんです~」

 

「木の扉?…妙ね、あそこにそんなものは無いはずだけど」

 

「と、とりあえず行ってみましょうよ!」

 

 

…………

 

そして広大な畑の隅にある古くなった土を積んでいた場所にやって来た一行の前に…あの扉が鎮座していた。

 

「ね、言った通りでしょ~?」

 

「そうみたいね。…洋食のねこや、と書かれているわね」

 

「! それって前に文々。新聞に書かれていた扉のことじゃないかな?ほら、突然現れる美味への扉ってやつ」

 

「そういえばそんな新聞、前に寺小屋で見た様な気がします」

 

「私も読んだわその新聞。…それにしても私の許可も無しにまさかここに現れるなんてね。いい度胸しているじゃないの。もし花畑の中に現れて風景を壊したりでもしたら…フフフ…」

 

「ゆゆ、幽香さん怖いですってば!」

 

「冗談よ。…でもこのままじゃ邪魔ねぇ」

 

「じゃあさじゃあさ!皆で行こうよ!」

 

「私も賛成です!」

 

「私も行きたいな~!」

 

三妖精が揃って声を上げた。

 

「何を言っているのかしら?貴方達今仕事の途中だという事を忘れているのかしら?」

 

「わわ、忘れてませんよ!でもこのままじゃ邪魔なんでしょ?だったら何とかしないと駄目じゃないですか!」

 

「それにこの扉って一回入ったら消えるとも書いてありましたよ。だったらそれが一番手っ取り早いでしょ!」

 

「仕事は急ピッチで終わらせますからそれが終わったら皆で行きましょうよ~。ねぇリリーもラルバもリグルもそう思うよね?」

 

「え、ええ」

 

「わ、私は…」

 

「それはそう、なんですけど…」

 

どうやら行きたい気持ちなのは皆同じな様だ。そしてそれは彼女も実は同じ様で、

 

「……はぁ、仕事が終わった後でなら別に構わないわ。でも本当に直ぐに終わるかしら?」

 

「「「任せて!」」」

 

 

…………

 

そしてそこからは全員の頑張りもあって急ピッチで仕事が進み、予定した時間よりも早く終わった。

 

「…全く、こんな力があるのならもっと早くやったらどうなのかしら」

 

「えへへ♪すみません♪」

 

「さぁ行きましょう美味へ!」

 

「レッツゴー!」

 

「ああ待ってくださいよ~!」

 

「サニー達元気ねぇ。さっきまでの疲れはどこに行ったのかしら」

 

「まぁ気持ちはわかるよ。行きましょう幽香さん」

 

「…はぁ、まぁいいわ。理由はどうあれちゃんと仕事はしたんだし約束は守らなきゃね。行きましょうか」

 

「「「「「「は~い♪」」」」」」

 

という事で幽香達は扉を開けた。異世界食堂への扉を…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

扉を開けた一行を待っていたのは…幻想郷のどこでもない温かい雰囲気と光を放つ店内、そして会った事も無い者達が思い思いに食事をしている風景だった。その風景に言葉を失う者、呆然とする者、何とか感想を言う者、

 

「「「「……」」」」

 

「うわ~…なんか凄いです~…」

 

「あの扉がこんな場所に繋がってるなんて信じられないよね…」

 

「ここが美味への扉…なのかしら?確かに食事をする場所ではあるっぽいけど…」

 

すると彼女らの元に金髪で山羊の角を生やした少女の給仕、アレッタが近づいてきた。そして厨房から店主とクロも顔を出す。

 

「いらっしゃいませ~!ようこそ洋食のねこやへ!」

 

「いらっしゃい。大勢でお越しですね」

 

(…マスター、席を移動させておきます)

 

「ああ頼む…ってひとりで大丈夫か?」

 

と心配な店主の目の前で簡単にひとりでテーブルを動かすクロ。その光景にちょっと驚きながらも近づいてきたアレッタにサニーが尋ねた。

 

「ねぇ!ここって何なの?私達幻想郷から来たんだけど」

 

「ああ、皆さんもレイムさん達と同じ幻想郷からの方々なんですね!ようこそ!ここはねこやという異世界にある料理屋です!」

 

「い、異世界!?」

 

「ちょっと雰囲気が違うな~って思ったんだどほんとにそういうお店なのね」

 

「そして私はここで働いているアレッタです!宜しくお願いします!」

 

(…クロと申します)

 

「よ、宜しくお願いします。あの…その角って鬼じゃないですよね?」

 

「あ、はい。私はオニっていう種族じゃなくて魔族なんです」

 

「魔族…!」

 

「あの~お店って事はお金を払う必要があるんだよね?」

 

「ああそれなら大丈夫です。ユカリさんから皆さんみたいに来られた方のためにお金は頂いてますから」

 

「あら、あの妖怪の賢者も気が利くわね」

 

「じゃあ私も自己紹介しますね~♪リリーホワイトといいます。幻想郷に春を告げる妖精です。今は春じゃないので力が弱まっちゃってるんだけど全然問題ないから気にしないでください♪」

 

「アゲハチョウの妖精、エタニティラルバよ。宜しくね♪」

 

「リグル・ナイトバグ。ホタルの妖怪さ。虫が好きならお友達になってあげてもいいよ♪」

 

「宜しくお願いします!えっとじゃあ取り合えず…リリーさん、ラルバさん、リグルさんってお呼びしても良いですか?」

 

「いいですよ~♪」

 

「私もそれでいいよ」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「そんじゃうちらも自己紹介するわ!光の三妖精にして輝ける日の光、サニーミルク!妖精だからって馬鹿にしたら駄目よ♪」

 

「同じく!光の三妖精の降り注ぐ星の光の妖精、スターサファイアよ。こんにちは、異世界の人間さん♪」

 

「そして同じく!光の三妖精の静かなる月の光こと月の光の妖精。ルナチャイルド!宜しくお願いするわ♪」

 

サニーミルク、スターサファイア、ルナチャイルドは名乗りながら其々ポーズを取った。

 

 

パーンパーンパーンッ

 

 

「「「いった~~い」」」

 

「馬鹿な事せず普通に挨拶なさい。彼方達のせいで幻想郷のイメージが悪くなったらどうするつもりかしら?」

 

「そりゃないですよ幽香さん~」

 

「だだ、大丈夫ですか?」

 

「心配は不要よ。よく悪戯して霊夢にお仕置きうけても3分後にはケロっとしてるんだから。さて、最後は私も自己紹介しないといけないわね。…幻想郷の妖怪にして、最も花を愛する者。風見幽香よ。宜しく」

 

「お花のヨウカイさん、ですか?」

 

「ええそうよ。私は花を粗末にする者は断じて許さない。花を潰す者を潰し、花を愛でる者を愛でる。それだけの妖怪なの。だから…貴女も私の前で花を虐めない様気を付けてね?」

 

「は、はい!でも大丈夫です!私お花は大好きですから!」

 

「あらそう。そう言っていただけて私も嬉しいわ…フフフフ」

 

笑みを見せつつもどこか怖さを含んでそうな幽香の笑顔にちょっとだけビビるアレッタ。

 

「あ、そ、そうだ。そう言えばこちらのお店にも花の妖精さんというお客様もいらっしゃいますよ。もうそろそろ来られる時間と思うんですけど…」

 

「あら、そんな者もいるの。ならば是非お会いしてみたいわね…」

 

取り合えず一行はクロが先程合わせたテーブルに座る事にした。

 

「こちらサービスのお水とおしぼりです!」

 

(それとメニューです。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください)

 

「「「は、はい!ありがとうございます!」」」

 

因みにクロの念話に驚く者もいたのもいつも通りの光景である。中でもサニー、スター、ルナの三人はクロに即座に返事した。

 

「どうしたのさ三人共?」

 

「う~んなんでかわからないんだけど…あの黒い髪の人が凄く気になって…」

 

「あの喋り方が怖いの?」

 

「ううん、そういう訳じゃないんだけど…わかんないや」

 

「でもここじゃ悪戯は止めておきましょ」

 

ルナの言葉に強く頷くサニーとスター。彼女らは光の三妖精。対してクロは黒の神にして闇を司る物。相反する力に無意識から来るものだろうか。

 

 

「らしくないね。いつものサニー達ならいつどこに行っても真っ先にどんなイタズラしようか考えているのに」

 

「チルノやクラウンピースとは違うわよ!」

 

「…それにしても外の世界、さっきのアレッタって人は異世界って言ってたけど、ここって不思議な場所よね」

 

「でもそれを言ったら幻想郷だって凄く不思議な場所じゃない?地獄や天界や冥界、おまけに月都だってあるんだしさ」

 

「……………案外そうかも」

 

「とすると私達の方が変わってるのかしら?見た所妖精とかもいないし。あのトカゲの頭みたいな人やアレッタみたいな人はいないけど」

 

「何も珍しい事では無いわ。世界が違えばそこに住んでいる者も違う、そういう事よ」

 

「でもさっき言った様な花の妖精みたいな子っていないわね~」

 

「それよりも折角だから何か食べましょうよ~。メニューっていわゆるお品書きですよね?」

 

「…うわ~見た事無い食べ物ばかりです~」

 

「働いた後だからお腹空いてるけど甘いもの食べたい気もするしね~」

 

 

~~~~♪

 

 

とその時、扉が開かれ、鈴が再び鳴らされた。

 

(いらっしゃいませ)

 

「うむ、今日も民共々世話になるぞ」

 

入ってきたのは…サニーやラルバ達よりもずっと小さいが同じ様に羽が生え、緑色や黄色等様々な色彩の服を着た…まさに妖精達の団体だった。見る限り50人位はいるだろうか。その光景に彼女らの目がメニューから離れる。

 

「わ~言ってたら本当に来たわ~♪」

 

「可愛い!うちらの知ってる妖精とはまた違うわね~♪」

 

「まさか異世界にも妖精がいるとは思わなかったわ♪」

 

「な、なんですか貴女達は!?」

 

「ま、まて。この羽にその姿、お主らもフェアリーか?」

 

「でも感じは似てるけどちょっと違うような…」

 

好奇心旺盛な幻想郷組の妖精と、どちらかというと控えめな異世界の妖精の交流が賑やかに始まる。その光景に苦笑いをしながらため息を吐く幽香。

 

「やれやれ…」

 

「……」

 

そんな中、ひとりの妖精が幽香に近づいてくる。薄緑色の長い髪で花の髪飾りをつけ、薄紫を基調とした服。背中からは鮮やかな色をした蝶の様な羽が生えている。先程クロに挨拶をした先頭に浮いていた妖精だ。

 

「……不思議だ。お主から我らと同じ…強い花の力を感じる」

 

「…誰?貴女」

 

「無礼ですよ貴女!このお方は」

 

「構わぬ。初めて会うのじゃから仕方あるまい。下がっておれ」

 

言われて妖精は「はっ」と言って下がり、幽香に話しかけた妖精は優雅にお辞儀をし、名乗った。

 

ティアナ(クレープ)

「失礼した。お初にお目にかかる。我は花の国の女王、ティアナ・シルバリオ16世。見知りおかれよ」

 

「花の国?じゃあやっぱりさっきアレッタっていう子が言ってた花の妖精というのは…」

 

「うむ、我らの事だ。正確に言えばフェアリー族というが。そして恥ずかしながら我がその長を務めている」

 

王と聞かされて流石に礼儀を見せねばならないと思ったか、幽香も立ち上がる。

 

「では私もご挨拶しなくちゃね。…風見幽香、幻想郷で最も花を愛する妖怪よ。同じ花を愛する者としてお会いできて嬉しいわ。花の国の女王様」

 

「さようか。…しかし恥ずかしながらそなたの言ったヨウカイという種族や、ゲンソウキョウといった国は聞いた事がない。海の向こうの異国の者か?」

 

「いえ、私達は…」

 

 

…………

 

幽香は簡単に自分達の事を説明した。

 

「…という訳で、私やそこにいる子達は貴方達とは違う世界から来たのよ」

 

「なんとそうであったか…。まさかこの異世界食堂があるべき世界以外にもあったとは…。世界というのは本当に面白いものだ」

 

幽香とティアナが話している一方で、

 

「ねぇねぇ貴方達も妖精なの?どうしてそんなに大きいの?」

 

「私達からしたら貴方達が小さい事の方が不思議よ」

 

「うんうん、野良妖精はいるけどこんな小さい子達はいないもんね」

 

「…貴女もしかして虫の妖精?た、食べたりしないわよね?」

 

「大丈夫だよ。花は好きだけど食べたりしないから」

 

「可愛らしいですね〜♪」

 

「こ、こらあまり撫で回さないでってば」

 

「貴女も蝶の妖精?美しい羽ね」

 

「ありがとう♪貴女達も綺麗な服着てるね」

 

やり取りが続いているがなんだかんだ上手くやってる様だ。

 

「あの者達もまた、そなたと同じ花のヨウカイとやらか?」

 

「いいえあの子達は違うわ。あの子達は寧ろ貴方達と同じ妖精に近いわね。中でもあの子は春の妖精と言って、幻想郷に春の訪れを教えてくれるのよ」

 

「ほぉ。面白いの」

 

とその時アレッタが近づいてきて、

 

「陛下、ご注文は何時ものですか?」

 

「うむ、今日もクレープとミルクレープを。ミルクレープはクレープを食べ終えた後で紅茶と共に頼む」

 

「畏まりました!」

 

「…クレープ?」

 

「うむ、この店で我らが最も美味と思うものだ。そして我らを夢中にさせ、腹をはち切らさせようとする…恐ろしい毒でもある。ふふ」

 

恐ろしい事を言ったがティアナの表情からするに決して悪いものではないだろう。その言葉に興味が湧いた幽香は、

 

「…アレッタ、そのクレープとミルクレープというの、私達も頼めたりできるかしら?」

 

「はい大丈夫ですよ!クレープはどのクレープになさいますか?」

 

「そんなに種類があるの?」

 

「それならばひとつはフルーツミックスを頼むと良い。あとは…アレッタ、この者達にも我らと同じセットを頼めるか?」

 

「ああ確かにあれなら色々食べれますものね!畏まりました!」

 

言われてアレッタは店主に注文を渡しに行った。奥から「はいよ」という声が響く。

 

「助かったわ。お礼と言ってはなんだけど貴方達のものは私達に立て替えさせてもらえるかしら?とは言っても払うのは私じゃないけれど」

 

「気にするな。我らも縁があって金の方は問題ないのだ」

 

「そうなのね。…ところで花の国とはどういった場所なのかしら?凄く興味があるのだけれど」

 

「ふむ。花の国とは…」

 

ティアナは幽香に自分達の事を説明した。

冬が長く、夏が短いとある大陸にある年中春の陽気に満ちている花畑。それが「花の国」という場所だ。この国の民であるフェアリーは力は全く無いがエルフに次ぐ高い魔力を持ち、それによって昔かの地が戦の危機にさらされた時、当時の王が精鋭を率いて見事にその地を守った。それから花の国は多くの種族から禁足地として恐れられており、その影響もあって花の国は今も平和な時が流れている。

 

「そんな場所があるのね。羨ましいわ。幻想郷は四季がはっきりしているから様々な花が咲く代わりに夏や冬が厳しい時もあるから」

 

「しかし様々な植物や緑の姿が楽しめるのであろう?それも良いではないか」

 

互いの故郷の事を話しながらふたつの世界の種族の交流は続く…。

 

 

 

 

〜〜〜〜店主調理中〜〜〜〜

 

 

 

 

…………

 

「ところでつい同じ物を頼んでしまったのだけれどクレープってそんなに美味しいの?」

 

「うむ、それは我が保証する。七日に一度、国中の国民が集まり、その日この異世界食堂に訪れてあれを食するのは誰かと協議する程だ。ただな…」

 

「ただ?」

 

「先程女給が言ったようにクレープは種類が多くてな。しかも味わいも全く違う物もある。それ故国ではどのクレープを味わうかで民達がいつも揉めているのだ。なってはいないが時には興奮しすぎて暴動に近いものになった事もある程に」

 

「それは大変ね」

 

「お待たせしましたー!(お待たせしました)」

 

とその時アレッタとクロがカートを押して運んできた。一枚の皿には赤、黄、緑など様々な色と形をした果実と白いふわふわしたものが黄色い生地の様なもので包まれたもの。これがおそらくフルーツミックスというものだろう。そして同じく黄色い生地で包まれたものでこちらは中身が様々な種類をしたものが2、3枚の皿に数個程並べられている。幽香とティアナ、そして特に幻想郷の妖精組やフェアリー達がそれにくぎ付けになる。

 

「これが…クレープ?」

 

「中に入ってるのは果物かな?見た事無い果物もあるよ」

 

「どれも綺麗な色ですね~♪」

 

「これは果物は入ってないね。でも凄くいい匂い…」

 

「今日も美味しそうね♪」

 

「早く頂きましょ♪」

 

「こらこら、まだ陛下の許可がおりてからでしょ」

 

期待を込めたフェアリー達の視線がティアナに向く。その様子にティアナは苦笑いしながら、

 

「…うむ、食べてよい」

 

フェアリー達から歓声が上がり、各々気に入っているらしいクレープに手が行く。クレープはいくつかに区切られており、食べやすい大きさにカットされている。

 

「やれやれ、クレープを見ると皆目の色が変わる」

 

「あの少し小ぶりなのは?」

 

「この店の店主が気を遣ってくれてな。我らが仲互いしない様少し小さい大きさのものを用意してくれるのだ」

 

「成程ね。さて、折角だから私達も食べてみましょうか」

 

幽香に言われて幻想郷の妖精達も初めて見るそれに興味津々なのだろう。皆気になったクレープに手を伸ばす。幽香はまずフルーツミックスなるクレープを食べてみることにした。

 

「…これはこの生地と中を一緒に食べるのかしら?ってあの子達がそうしているからそうなんでしょうね。ちょっと下品な食べ方だけれど」

 

そう言いながらクレープを一口食べてみる。黄色い生地は焼かれているためなのかまだほんのり温かみを感じる。卵から作ったふわっとした生地。乳の風味がする舌の上でとろけるほど柔らかい雲。それらを引き締めているのが甘酸っぱい苺や緑色の果実。まろやかな甘みの黄色い果実。蜜柑に近いがほんの少し違う柑橘などなど様々な果物。

 

「!…成程、この果実達はただ単に添えられているだけでなくひとつひとつ蜜に漬けられているのね。それが甘みをより強くしていて、この白くて柔らかいものと一緒に食べる事で互いの甘みをより引き出している。でも甘すぎじゃない様に感じるのは…この生地のおかげなのね」

 

「うむ。我も初めて食べた時はこの生地の味の無さにちょっと残念に思ったが違った。これは中の果実達を受け止めるのに欠かせぬのだ」

 

「これならあの子達も気に入る食べ物だわ」

 

そういう幽香の横では、

 

「このクリームチーズっていうの?初めての味だけど美味しい!苺ともよく合ってるわ♪」

 

「私はこの青い木の実が好きだな~。苺より甘酸っぱくてこの白いのと合うわ♪」

 

「でしょ!このクリームチーズとベリーの相性のよさが何とも言えないでしょ!」

 

細かく切られた苺と苺のソース、それとクリームチーズがたっぷり入ったストロベリークリームチーズ。

たっぷりのブルーベリーとソース、そしてクリームチーズの組み合わせのブルーベリークリームチーズ。

 

「このチョコレートっていう黒いやつ、どんな味かと思ったけど凄く甘くて美味しい!この黄色い果物とよく合うわ♪」

 

「そうよね~。なのにこの苦みの良さがわからない子もいるのよね~」

 

薄く切られたバナナとチョコレートソースがたっぷりの甘さとほんの少し苦みがアクセントのチョコバナナ。

 

「カスタードって卵の味がしてまろやかで、甘く煮込まれたリンゴと一緒に食べるともっと美味しいんですね~♪」

 

「貴女わかるじゃない。カスタードの良さをわかってくれて嬉しいわ♪」

 

こちらは歯ごたえを残しながら甘く煮込まれたリンゴとカスタードの濃厚な風味をたっぷり感じるアップルカスタード。

 

「この生クリームってふわふわしてて柔らかくて凄く乳の味がするわ~。苺とも青い木の実とも合ってるし♪」

 

「そう!生クリームの美味さとふんわり食感が良いのは世の理なのだ!」

 

ストロベリーとブルーベリー、チョコソース、そしてフルーツミックスにもたっぷり入った生クリームと色々な味のWベリー&生クリーム。

 

「このクレープ、果物は入ってないけど口の中でシナモン?それと牛酪の凄くいいかおりが広がるよ!生地もモチモチしてるし♪」

 

「良かった~。このクレープの良さを分かってくれる人が異世界にもいたわ~」

 

そしてほのかな甘みと豊かな香りがするシナモンと牛酪(バター)、砂糖がたっぷりの温かいシナモンバターシュガーと、ふたつの世界の妖精が笑いながらクレープを食している絵がそこにあった。

 

「…皆いい笑顔ね」

 

「うむ」

 

そう言いながらフルーツミックスを微笑んで食す幽香とティアナだった。

 

 

…………

 

テーブルの上に並んだクレープがほぼ全て食べ終えた後、彼女らは新たに運ばれてきたミルクレープと紅茶のセットを味わっていた。

 

「これは生地を一枚一枚ずつすくって食べるのかしら?」

 

「店主曰くそう食べても良いらしいが我は切って食すのが好みだな」

 

ミルクレープはクレープに使っている生地とクリームが何層にも重なっているケーキ。それ以外は何も入っていない一見シンプルなケーキだがティアナ曰く生地の美味しさをたっぷり味わうのにうってつけのケーキらしい。とりあえず幽香は一番上の生地をフォーク(使い方はアレッタに教わった)巻き取って食べてみる。

 

「生地もしっとりとしてて甘さはクレープよりも控えめね。でも嫌いじゃないわ。この白いものもさっきのクレープとは少し違った味わいね」

 

「生地の味を楽しめる様甘さを少し抑えておるとの事だ」

 

「お茶にもよく合う。外の世界のお菓子は随分手が込んでいるわね」

 

そう言う幽香の横で妖精とフェアリーも、皆笑顔でミルクレープを味わっていた。

 

 

…………

 

「「「ありがとうございました~♪」」」

 

「「「ご馳走様でした~♪」」」

 

「また来てくださいね!」

 

(コクコク)

 

「ありがとうティアナ。貴女達のおかげで私達皆良い時間を過ごせたわ」

 

「礼には及ばぬ。我としても其方らに会えて嬉しい思いだ」

 

そう言うティアナに幽香はあるものを手渡す。ティアナはそれを両手でゆっくり受け取る。

 

「私の一番好きな花、向日葵の種よ。貴女達には珍しい物じゃないだろうけど毎年見事な大輪の花を咲かせてくれるでしょう」

 

「その気持ちが嬉しい。感謝するユウカ。では我からもひとつ」

 

向日葵の種を別のフェアリーに手渡したティアナもまた種を幽香に渡す。茶色い見た事無い種だが…その種からは強い力を感じる。

 

「これは我らの国の花の種だ」

 

「…いいの?こんな花…」

 

「構わぬ。育ち切るのに時間も要するし、我にとっては相応に手に入るものだからな。それに其方なら悪用はしないであろう?」

 

「…ありがとう。大事に育てるわ」

 

こうして互いの世界の妖精達によるお茶会は幕を閉じたのであった…。

 

 

…………

 

後日とある日、再び太陽の畑に現れた扉の前にて。

 

サニー

「苺と甘酸っぱいクリームチーズってやつの組み合わせだよ!今日はあれを一人前大きいの食べたい!」

スター

「あれとの組み合わせなら青い実とジャムってやつの方が美味しいわよ!あっちがいい!」

ルナ

「何言ってるの!あのチョコレートっていうものとバナナって黄色い果物の方が上でしょ!」

リリーホワイト

「う~んあのカスタードっていうものとりんごのものも外したくないですよ~」

エタニティラルバ

「苺と青い実とあのふわふわが一緒に入っているものの方がお得じゃないかな?」

リグル

「シナモンっていうのと牛酪のものも生地の味が楽しめて美味しかったけどな~」

 

「はぁ…全く騒がしいわね。まぁ、もしティアナも来ていたらまたゆっくりミルクレープでも嗜みながらお茶しましょうか」

 

フルーツミックスと一緒に食べるクレープを何にするか、どれを大きいサイズにしたいか、花の国でも毎回起こっている論争がこちらでも行われていたのであった…。




メニュー18

「秋香るグラタン」


登場人物シリーズ最多になりました汗。幽香にはティアナしかないですね。次回も少し人数多くなる予定です。
シナモンバターシュガーは自分が食べた事があるクレープで好きだったので出しました。


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メニュー17「秋香るグラタン」

とある日の異世界食堂の夜のまかないにて…。

「どうだ?」

「とても美味しいです!甘くて温かくて色々な味がします」

(…コクコク)

「それは良かった。今年は豊作てんで沢山送ってもらってな。試しに作ってみたんだ」

「これもメニューとして出すんですか?」

「ああ。今は旬で一番美味いからな。丁度ハロウィンの時期でもあるし限定だが加えるつもりだ」

(…はろいん?)

「お腹も一杯になりますし、これなら皆さん喜ばれると思います!」

「はは、そうだといいな」


幻想郷 妖怪の山

 

 

ここは幻想郷妖怪の山。四季がはっきりしている幻想郷だけあってこの山々も秋色にふさわしい色を付けている。

 

帽子を被ったカール髪の少女

「静葉~こっちこっち!」

楓の髪飾りの少女

「ちょっと待ってよ穣子」

 

そんな山中にふたつの姿があった。葡萄の帽子飾りを付けた赤い帽子を被り、オレンジ色のエプロンに黒いロングスカートをはいた金色のカール髪をした少女。もうひとりは上から徐々に赤色から黄色に変わる独特な配色をしたロングスカートのワンピースを着た頭に楓の髪飾りを付けた少女。髪型や目の色は違うがどことなく顔が似ていることから姉妹に思える。

 

「どこまで行くのよ~」

 

「いいからいいから♪……ほらもうそこだよ」

 

「え?……わぁ~」

 

ふたりが着いた先にあったのは…その場の空を覆いつくさんばかりの無数の赤、赤、赤。錦木の群生がそこにあった。地面も鮮やかな葉が覆いつくし、まさに赤の世界という感じだ。

 

「良く見つけたわねこんな場所」

 

「そうでしょ?でも秋の使いの私達、しかも静葉が見つけられなかったらダメでしょ〜」

 

「うっ…」

 

やや呆れながら笑う穣子。穣子と静葉のふたりは幻想郷の秋を司る神。妹の穣子は幻想郷の作物の出来不出来を司るいわば豊穣の神。姉の静葉は秋の風景を司る紅葉の神なのだ。

 

ヘッドドレスの少女

「ふふ、よく言うわ。穣子だって私が教えるまでは気づかなかったくせに」

 

すると一本の錦の木の裏からもうひとり少女が姿を現した。鮮やかな緑色の長い髪に赤色のヘッドドレスを付け、白いフリルがついた赤いワンピースドレスを着た少女だ。

 

「雛じゃないの。な~んだアンタも教えてもらってたのね。不思議だと思ったわいつも一緒にいるのにどうしてアンタだけここを知ってたのかって」

 

「う…し、仕方ないじゃないの。今年は文さんからの命令もあってまだゆっくり秋を味わえてないんだから!」

 

以前ねこやの扉の写真を撮った自称新聞記者にして、霊夢を始め紫からきつーく注意された射命丸文。実は彼女は妖怪の山ではそれなりの地位につく者であり、天狗を始め多くの妖怪達に命令できる立場なのである。(慕われているかは別問題だが)。そしてそんな文から最近、妖怪の山に住む妖怪達にちょっとした指示が出ていた。それは、

 

 

(七日に一度現れる洋食のねこやという美味の場所に繋がる扉を探しなさい)

 

 

「そういえば前ににとりとたかねが行った事あるって言ってたよ。その時は滝の裏の洞窟に扉が現れたんだったって」

 

「この前は守矢神社にも出たって言ってたわ。そこからまだ幾分も経ってないし、今回はお山には出ないんじゃないかなぁ」

 

「甘い!」

 

 

ビューンッ…スタ!

 

 

ツインテールの少女

「そういう油断が特ダネを逃してしまうの!こういう時だからこそ近場を警戒しないといけないの!」

山伏風の帽子を被った灰色の髪の少女

「お疲れ様です三人共」

 

その時ふたつの姿が三人の所に降りてきた。ひとりは長い茶色の髪をツインテールにした髪型にし、紫のフリルのシャツに黒ネクタイ、スカートにソックスといわゆる女子高生の様な恰好をした少女。そしてもうひとりは山伏が被る様な帽子を被った、獣の耳が覗いている灰色の髪。椛の様な模様が書かれた黒と赤のスカートに白い上着。そして剣と盾を持った少女。

 

「はたてに椛じゃない。どうしたの?」

 

「決まってるでしょ。文よりも先に扉を見つけようと探しているのよ。索敵や捜索なら私の能力の方が優れているしね。暇そうだから椛にも手伝ってもらって」

 

「ああそう言えば今日がその日だったっけ?」

 

「そうです。それはさておき暇とは失礼ですねはたて。私にはそもそもお山を巡回警備する任務があるのですよ」

 

椛と呼ばれた耳が生えた少女の力は「千里先まで見る程度の能力」、つまり千里眼である。彼女は普段この力を活かし、山への侵入者を発見する任務に就いている。…のだが、

 

「わかってるわよ。でもここんとこはなんの異変が起こる気配も無いじゃない。前みたいに霊夢が喧嘩売ってくる事もないし、少し位いいじゃん♪」

 

「そうは言っても仕事ですので」

 

「…でも異変といえばその美味への扉というのも案外異変と呼べなくもないんじゃないかな?だって外の世界に繋がる扉なんでしょ?」

 

「それに幻想郷の外に繋がる異変といえば前に菫子ちゃんが起こしかけた事もあったしね」

 

「はい。だからこそ私は警戒すべきだと思っているのですが…文さんが霊夢から聞いた話ではあの時の異変程警戒する事は無さそうだから今は様子を見るに留めるとの事で」

 

「早苗ちゃんもそんな風に言ってたわね」

 

霊夢や早苗も今の所危険性は薄いと認識しつつも、扉の先に里の人間が入ってはまずいとしてねこやの扉は現在警戒レベルとしている。最も既に小鈴は入っているのだが。

 

「まぁその扉に事情を知らない人間や妖怪が入り込んだりしたらマズイですからそれを防ぐ意味では扉を見つけるというのはある種任務とは言えなくも無いですが…」

 

「そうそ、これも大事な任務よ♪」

 

ため息を吐く椛と笑うはたて。すると雛が。

 

「でもさ、気付いたんだけどはたての力なら簡単に扉を見つけられるんじゃないの?扉を願えばその場面が写し出されるんでしょ?」

 

「あそうか。扉は文さんの写真でわかってるしね」

 

はたてと呼ばれた少女の能力は「念写を操る程度の能力」。心で望んだものを写真として映し出す能力である。これによって今現在のねこやの扉を心の中で思い、それが現れた場所を探し出そうとしているらしい。

 

「それがそう上手くはいかないのよね〜。私の念写は今現時点のものしか写さない。つまり扉が現れていなければ写真に写せないし〜」

 

「じゃあお家の中とかに現れたらわかりやすいの?」

 

「かもしれないけど…でもさ、仮に博麗神社や紅魔館や地底に現れたとして皆行く気ある?」

 

…その場の者達が全員首を横に振った。

 

「仮に森の中や山の中に出てもその場所がどこかピンポイントでわからないとね~。だからここの地形や地理にひと際詳しい椛に協力してもらってるって訳。文は今里に行ってるからね♪」

 

そう言うとはたては自らの能力で再び探索を行うために念じ始める。扉の形は文の以前撮った写真でわかっているから今現在扉が現れているとすれば手にした取材用の携帯電話の画面にその場所が映し出される筈であるが。

 

「因みにもうどれ位捜してるの椛?」

 

「かれこれもう一時間以上探していますが…流石にそんな急には」

 

~~♪

 

「出たー!」

 

とその時、携帯電話の撮影音がした。どうやら画面に画像が出たらしい。その場にいる全員が詰め寄る。

 

「どこどこ!?」

 

「私にも見せて!」

 

「こ、こら押さないでってば穣子」

 

全員が目を開く。画面には確かに猫の看板が掲げられた扉が写っている。

 

「……これはどこか外ですね。木も見えますし、これは紅葉か錦でしょうか…?」

 

「……あ!!」

 

そしてその周りは…無数の赤い葉と満開にしている木々。それはまるで、

 

「…近くにはないね」

 

「も、椛!アンタ見えない?ここから遠くじゃない筈よ!」

 

「…………!こっちです!」

 

椛の案内で錦木の間を走る5人。そして少し程走った先にあったのは…まさにその扉であった。

 

「ほんとにあった…」

 

「嘘みたい…」

 

「本当に突然現れるのね…。さっき通った時は何も無かったのに」

 

「やったー!ついに文よりも早く特ダネをゲットできるわ~!お手柄よ椛!」パシャ

 

「ちょ、ちょっとまさかすぐに行くつもりですか?せめて文さんには知らせた方が」

 

「そんな事したらあの子に先に新聞作られるわよ!無駄に足と編集のスピードだけは速いんだからあの子は」

 

「いやはたてちゃんそれが文さんの能力なんだけど…」

 

「まぁ行ってみたい気持ちもわかるけどね。皆で行ってみる?」

 

「わ、私は留守番を」

 

「何言ってるのよ椛、アンタも一緒に行くわよ!という訳でレッツゴ~♪」

 

「ゴ~♪」

 

「わ、私行っても大丈夫かな?何か厄が無ければいいけど…」

 

張り切るはたてと穣子に引っ張られる形で彼女らは扉を開けた…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

そして一行は異世界食堂、洋食のねこやにやってきた。そこは先程までの外の寒さは無く、温かさと賑やかさで満ちている。

 

「うわ~!ここが…えっとなんだっけ?」

 

「洋食のねこや、ですよ穣子」

 

「暖か~い」

 

「随分賑やかね~。あと見た事無い人や形の人ばかりだわ」

 

するとそこに一向に気づいたアレッタが駆け寄って来た。

 

「いらっしゃいませ~!」

 

「あ、貴女無暗に私に近づかない方がいいわ。厄がムグググ」

 

「はいはい黙ってましょーねひ~な」

 

雛の口を押えるはたて。

 

「あの…どうかしましたか?」

 

「ううん何でもないのよ~。ねぇ、私達霊夢って人の紹介でここに来たんだけど~(嘘)」

 

「ああではお客様達も幻想郷の方々なんですね!ようこそ洋食のねこやへ!私はアレッタと言います」

 

「うん初めまして!私は秋穣子、幻想郷の秋の実りを司る神よ!」

 

「私は秋静葉、紅葉を司る神よ。そして穣子の姉でもあるわ。宜しくね異世界の方」

 

「…では私も自己紹介はしないといけませんね。白狼天狗の犬走椛です。宜しくお願いします」ペコリ

 

「ムググ…ぷはぁ!もうはたて!…あ、な、流し雛の鍵山雛。一応厄神なのだけれど…」

 

「ミノリコさんにシズハさん、モミジさんにヒナさんですね。そして」

 

「姫海棠はたて、新聞記者よ!ねぇ聞きたいことが山ほどあるんだけどいいかしら?貴女人間じゃないわよね?鬼なの?てかここって外の世界のご飯屋さんって本当?」

 

「え、えっとお客様落ち着いて下さい」

 

「そうはいってもこんな場所に来ると記者としての血が燃えるのよ!ねぇちょっとだけ」

 

(おやめ下さいお客様)

 

引き気味のアレッタと興奮冷めやらないはたての間にクロが割って入って来た。

 

「!!は、はたてとりあえず落ち着こう?今はお仕事中みたいだし迷惑だわ。今は席に座りましょ。ね?ね?」

 

「ど、どうしたのよ雛」

 

「ですがはたて、雛の言う通りです。お店の方々にご迷惑をかけてはいけません」

 

「え~。…う~わかったわよ~」

 

(……)

 

「え、えっとではお席の方にどうぞ!」

 

取り合えず5人は席に座り、クロが人数分の水とおしぼりを持ってくる。

 

「あ、ねぇ、ここの店主さんとちょっとだけお話していい?ほんとにちょっとだから」

 

(…承知しました。少々お待ちくださいませ)

 

「はたて、あまり困らせてはいけませんよ」

 

「それはそうとさっきどうしたのよ雛?あんな吃驚した顔して。確かに頭に言葉が入ってきたのはちょっと驚いたけど」

 

「う、うん…なんでもない」

 

「へんな雛~」

 

するとそこにクロから話を聞いた店主がやって来た。

 

「いらっしゃいませ」

 

「あ、貴方がここの店主なの?」

 

「ええ私がここ、ねこやの店主です。ようこそ異世界食堂へ、幻想郷からのお客様」

 

「ほ、ほんとに人がこんなお店の店主やってるんだ」

 

「ええ驚きです。それに私達が知っている人というのは妖怪や人でない者に怖さを感じる者が殆どですが…失礼ながら私達を見て怖くないのですか?」

 

「はは、もうすっかり慣れてしまいましたから。ところで私に何か用だとか」

 

「ねぇ店主さん!私ははたてっていう幻想郷で一番(嘘)の記者なの!是非ここの取材をお願いしたいのよ!ねぇどうかしら?ここの事知ったらもっと多くの人が幻想郷から来てくれると思うんだけど!」

 

はたてが容赦なく店主にそう持ちかける。しかし店主は苦笑いしながら、

 

「え?…あ~嬉しい話なんですけどお客さん、すみませんがうちはそういういわゆる取材とかはお断りしてるんですよ」

 

「え~!!」

 

「見ての通りそんなに大きい店でもないですし、この異世界食堂は特別営業で、いわば俺の趣味みたいなもんなんで。利益よりも美味い飯を出して喜んでもらえたらそれでいいんで。今以上に流行ったりってのは望んでません」

 

「欲が無い人ね」

 

「う~…じゃあさじゃあさ!せめてこの後少しだけ質問応答させてくれない?ほんの少しだけでいいの!お願い!」

 

「はたて必至だねぇ」

 

手を合わせて拝むように頼むはたて。

 

「……はぁ、わかりました。俺等の世界の新聞じゃありませんしほんの少しなら。ランチタイムが終わった後で良いですか?」

 

「勿論よ♪」

 

店主は頭に手をやってう~んと言いながら折れた。そして次に椛が尋ねる。

 

「ところで店主さん。私達ここに並んでいる料理は初めてなものが多いのですが…何かおすすめのものはありますか?」

 

「それなら……そうだ、うちの給仕から聞いたんですがお客さん方、何でも秋の神様がいらっしゃるんですよね?」

 

「ええ。私とこの穣子の事よ。私が紅葉の、妹は実りの神なの」

 

「でしたらこちらの」

 

「マスター!注文入りました~!」

 

「お、はいよ。すいませんお客さん、注文が決まりましたら言ってください」

 

マスターは下がっていった。

 

「…今の人、私達を前にしても全然動じなかったわね。やり手だわ」

 

「それにしてもはたて、アンタ結構あっさり引いたわね」

 

「ふふん甘いわね雛。アポなしで突撃してるんだからこれ位は想定内よ。来た事そのものに意味があんの♪質問の約束は取り付けたし、写真ならバレない様こっそり念写でやればいいの。顔は覚えたしね♪じゃ早速…」

 

はたては再び自らの能力で店主の仕事風景を写真にしようとした………が、

 

「……………アレ?」

 

しかし、何も起こらなかった。

 

「できない…」

 

「もう一回強く念じてみたら?」

 

再び念写を行おうとするはたて。しかしやはり何も起こらなかった。

 

「……駄目、どうしても撮れない!どーして〜!?」

 

「おかしいね。さっきここの扉見つけた時はできたのに」

 

「もしかしてここじゃできないんじゃない?一応外の世界だしさ」

 

「そんな〜!」

 

「でも小鈴ちゃんとかは前に来た時に知らない文字とか読めたって聞いたけど…」

 

「仕方がない、かくなる上は携帯でさり気なく撮るしかないわ!にとりに頼んでシャッター音もフラッシュも出ない様にしてもらったの!」パシャ

 

「はぁ…まぁ頑張りなさいな」

 

「ねぇそれより早く何か頼もうよ〜。お腹空いた〜」

 

「そうですね。そういえば先程店主さんが何やら私達におススメしていた様な気もしますけど」

 

すると店主が開いていたメニューのページに、

 

「……あ、もしかしてこれじゃない?」

 

「……成程ね。もし本当なら私達にピッタリの料理だわ。どんな料理かはわからないけど」

 

「じゃあこれを注文しましょうか。皆もこれでいい?」

 

頷く一同を見て静葉は直ぐ近くにいたクロを呼ぶ。

 

「この「秋のグラタン」という料理を貰えるかしら?」

 

(承知しました。付け合わせはパンになりますが宜しいですね?)

 

「ええ」

 

(畏まりました。少々お待ちくださいませ…)

 

クロは店主に注文を伝えに行く。

 

「……」

 

「どうしたのよ雛?そんなにあの人怖い?」

 

「…うーん怖いというかなんというか。あの人、何か私に近い様な気がするのよね」

 

「雛に近いって事は…厄の力?」

 

「そういえばさっきアンタがあのアレッタって子を一瞬近づけようとしなかったのもそれが原因よね。…でも今のとこあの子もあの店主さんもなんも起きてないじゃない。気にしすぎじゃないの?」パシャ

 

「…確かに今のところ彼女らにも周りの客らしい者達にも何も起きていませんね。それどころか私達も気にせず料理を楽しんでいる様です」

 

「いいじゃない、人里よりも気楽でいいわ」

 

天狗や神である自分達を見て驚かれる事も恐怖の対象として見られていないこの状況と雰囲気を彼女らは少しずつ気に入り始めているようだ。

 

「ふ~食った食った。もう腹一杯だな」

 

「ええほんと。パナップにクマーラにマローネ、具は食べごたえあるものばかりだしパンも合わせたらお腹一杯だわ」

 

「この組み合わせは初めてだったけど騎士のソースとチーズとも凄く合ってたぜ」

 

「そうね。中の野菜は今の季節そんなに高くないものばかりだし。味は落ちるけどこれならうちの宿でも出せるかもしれないわ」

 

「ほんとか?もしできたら知らせてくれよマイラ。食いに行くからよ」

 

「ふふ、知らせてなくてもしょっちゅう来てるじゃないの。勿論売り上げに貢献してもらうわよヨハン」

 

そしてこちらでも、

 

「お、メンチカツも今日はそれ選ぶか」

 

「偶には違うメニューも良いかなって思って。そういう貴方も食べたのねモンブラン」

 

「マローネの新しい料理となりゃ興味あるからな」

 

「で、どう?アレッタがキセツゲンテイメニューって言ってたけど」

 

「ああすげえ美味かったぜ。腹も一杯になるしな。マローネの食い方っつったら菓子しか思いつかねぇがこんな食い方もあるんだな」

 

「お待たせしました。モンブランです!」

 

「おうありがとよ!へへ、グラタンも美味いがやっぱコレだよな♪」

 

そんな会話をしている者達の前には…何やらこぶりのかぼちゃが置かれていた。

 

「……ねぇあれってかぼちゃよね?」

 

「もしかしてかぼちゃそのまま食べる…って事?」

 

「幾らなんでもそんな事はないと思いますけど…」

 

「それもあるけどさっきから聞きなれない食材の名前も出てるからちょっと心配かも…」

 

「まぁ食べれないものが出てくるとは思えないし、来てからのお楽しみって事にしときましょ」パシャッ

 

 

 

 

~~~~店主調理中~~~~

 

 

 

 

…………

 

「お待たせしましたー!」

 

そしてアレッタがカートを押して人数分の料理を持ってきた。

 

「今だけの季節限定メニュー、秋のグラタンです!」

 

彼女らの前に出されたのはちょっと小ぶり目のかぼちゃ。…いや正確には何かの器にしているらしいかぼちゃ。上部分に切り込みが入っている。思うにそれが蓋になっているのだろう。そしてその横にはこんがりと焼かれたバゲットが添えられている。

 

「あの…アレッタさん、これは中にあるものを食べるのですよね?」

 

「はい。パナップ…あ、マスターや皆さんの世界では確かカボチャと言うんでしたっけ?それが器になってるんです。とても熱いのでお気を付けくださいね。こちらのパンも一緒に食べると美味しいですよ。それではごゆっくり!」

 

そう言ってアレッタは下がっていった。

 

「パナップってかぼちゃの事だったんだ。異世界じゃ珍しい呼び方するのね」

 

「凄くいい匂いがする~!ねぇ早く食べようよ」

 

穣子の言葉に頷いた5人は目の前に出された蓋部分を外してみる。

 

「「「…わぁ」」」

 

その下にはかぼちゃ…では当然なく、アレッタの言った通りかぼちゃを器にし、そこに波々と入れられた見た事無い食べ物。表面にこんがりと焼き目が付き、まだ熱を存分に持っているのかグツグツと音を立てている。

 

「熱そう~。グツグツいってる~」

 

「下からならともかく上から火を当てたのかな?どうやってるんだろう」

 

「この焼かれてるの、ほんの少し乳みたいな匂いするけど…牛酪じゃない」

 

「取り合えず食べてみましょ。初めて見るけど食べれないなんて事ないでしょ」パシャ

 

「そうですね。あとはたて、食事中は撮影は止めた方が良いと思います」

 

初めてみるそれに警戒しつつもそこから漂ってくる食欲をそそるいい匂いと焼き色に食欲を刺激されたので匙を入れてみる事にした。

 

…パリッ!ジュワッ

 

表面に匙を入れると小さい音で「パリッ」「サクッ」という音。こんがり焼かれているらしいのが良く分かる。そしてそこから湯気を出しながら濃い乳色をしたとろみがあるソースが出てくる。表面のサクサクしたそれと一緒に掬うとそれが絡みつくように伸びてくる。

 

「わわ、何か伸びるよこれ」

 

「不思議な食べ物ですね」

 

湯気を放っているそれを息を当てて冷ましながら口に運ぶと…濃厚な乳の風味を感じる。まろやかで濃厚、ちょっとのとろみがより温かみを増している。伸びて一瞬奇妙に思った表面のそれも食べてみると塩気とほんの少しクセはあるものの慣れると味わいがあって美味だ。

 

「あつ、あつ!いけど…美味しい〜」

 

「ええ、食べててほかほかする気分だわ。安心するというか…」

 

「とってもまろやかだし温かみを感じる…。似たような感じがする食べ物で言えば…甘くないけどお汁粉とかかな」

 

「それにこの伸びているもの、この白いお出汁みたいなものよりも味が濃い、初めて食べるけど嫌な味じゃないわ」パシャ

 

「ほ、ほふへふへ(そうですね)」

 

「…あれ?何か入ってるよ」

 

熱いのを冷ましながらゆっくり食べ進めていくと中に何かある事に気づいた。

 

「…あ、これかぼちゃ?」

 

「これは…栗だね」

 

「こっちのはさつま芋だよ」

 

中には細かく切られたかぼちゃかぼちゃ(パナップ)さつま芋(クマーラ)、そして(マローネ)と秋を代表する作物がたっぷりと入っていた。それと薄切りの玉ねぎも。どれも味わいが最も出るように下ごしらえされているらしく、とても柔らかくて味も良い。かぼちゃやさつま芋の繊維質ある果肉やホクホクの栗が白いソースと絡み、混ざり合って味に深みを増し、甘みを生み出し、色を染める。更に掘り出す毎に素材のいい香りが増してくる。

 

「「「…甘〜い。優しい〜」」」

 

「野菜の甘みが溶け込んで色味も変わって香りもいい、秋の実りが沢山。まるで宝箱ですね」

 

「このパンってやつと一緒に食べると染み込んでもっと美味しくなるわよ♪」パシャ

 

「あ〜ずるいはたて!私もやる〜!」

 

「そんなに慌てて食べると火傷するわよ穣子」

 

「料理は逃げはしませんよ。じっくり味わいましょう。私もこんなにゆっくり外食するのは久々です」

 

皆秋香る秋のグラタンに満足している様だ。

 

「ねぇねぇ、折角だから甘いものも食べていこうよ!」

 

「良いわね。あとおみやげも持って帰りましょ♪」

 

「おみやげは賛成ですがあまり長居するのも…」

 

「何言ってんの。この後で私の取材があんだから多少長居するのは当たり前。堂々としときゃいいのよ、私達はお客なんだから♪」

 

笑うはたて、ため息をつく椛、デザートに先程のモンブランたるお菓子を選びそうな雰囲気の秋姉妹。一方雛は、

 

(大丈夫かな…?ここの人達に何か厄が振らなきゃいいけど…)

 

厄神たる自分がいる事で周りに厄がかからないか不安らしい。彼女は厄神ではあるが人付き合いは良く、決して悪い者ではない。するとそんな彼女の頭に、

 

(大丈夫)

 

「…え?」

 

(このお店に来た人達は…ここの美味しい料理を食べて皆笑顔になる。生の力に満ちている。私の力の余波も及ばない位。貴女が例え…禍つ力を持っているとしても。…大丈夫)

 

少し離れた場所からクロは雛に微笑みながらそう言った。気を遣ってくれたのかどうやら彼女にしか聞こえない様だ。そんなクロの言葉に雛もまた笑顔になるのだった。

その後、ランチタイムが終わってひと息ついた所でモンブランを堪能する者達の横で約束通り店主がはたての取材に応える事になったのは言うまでもない…。

 

 

…………

 

〜〜〜〜♪

 

食事と再会を願う挨拶を済ませ、一行は妖怪の山に戻ってきた。

 

「あ、扉消えちゃった」

 

「不思議な場所でしたね」

 

「でも良いお店だったね。ご飯も美味しかったし人もいい。悪い気も全然感じなかった」

 

「そうね。霊夢や紫様が一目置くのもなんか納得だわ」

 

秋姉妹、椛、雛が其々感想を言う中、

 

「むふふ〜♪遂にやったわね!文よりも先にあの店の情報と写真を手に入れたわ♪」

 

「はぁ〜。はたて、気持ちはわかりますがそれを記事にはしないでくださいよ。飯綱丸様や紫様からもきつく言われているでしょう?」

 

「わかってるわよ椛。でも自分で楽しむのは良いでしょ。自分だけが持っている特ダネってのは愉悦感に浸れるのよ♪ネタは早い者勝ち、おみやげも持って帰ってきたんだからこんくらい良いって♪」

 

 

…………

 

はたて達を見送った後のねこや

 

 

「ふ~やっと一息ついた」

 

「お疲れ様です(お疲れ様です)マスター」

 

「悪いな、まかないが遅くなって」

 

「いいえ。それにしてもあのハタテさんという方、随分熱心でしたね」

 

「インタビューってのはまぁそんなもんさ。俺の知り合いの店が以前取材を受けた事があんだがそっちは大変だったとボヤいてたよ。カメラやマイク向けられなかっただけマシさ」

 

苦笑いしつつまかないに手を付ける三人。

 

「それにしてもハタテさん、先程のインタビュー…でしたっけ?キジにするおつもりなんでしょうかね?」

 

「さぁなぁ」

 

(…大丈夫)

 

「「…え?」」

 

(この店には沢山の守護がある。だから大丈夫)

 

チキンカレーを食べながらクロはそう言った。

 

「はは、クロが言うとなんか妙な安心感があるな。ま、俺は仕事に支障が出なければいいさ」

 

「そうですね♪」

 

 

…………

 

翌日、妖怪の山にて

 

 

「も~!信じらんなーい!」

 

そこには沢山の写真を前にしているはたての姿。昨日自分の携帯で撮ってきた写真を早速現像したのだが…、

 

「なんで写真がどれもこれも真っ暗なのよー!」

 

はたてがねこやで撮ってきた写真は…真っ黒なペンキでも塗られたように、或いは真っ暗な影でも覆っている様に黒一色、なんにも写されていないのであった。正確には店主やアレッタやクロ、異世界の人物達が写った写真だけ真っ黒で料理を写した写真だけは無事だった。

 

「見事に真っ黒ですね。まるで墨でも塗ったみたいに…」

 

「まぁでもいいじゃない。店主さんとのやりとりやお料理の写真は無事なんでしょ?」

 

「それだけじゃないのよ!写真のデータまできれいサッパリ消えてるのよ!あり得ないんだけど〜!?も~なんで〜!?」

 

「この射命丸文を出し抜こうとするからバチでもあたったんじゃないですか。ふふふ♪」




メニュー18

「ふわとろオムライス&オムレツ」


いも・くり・なんきんで一番好きなのはなんきん。異世界食堂でかぼちゃが出ていない(と思う)のでパナップと名付けたのはオリジナルです。


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メニュー18「ふわとろオムライス&オムレツ」

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人里「寺小屋」

 

 

「それでは今日の授業はこれまで。皆、課題を忘れて来ない様に」

 

「「「ありがとうございましたー!」」」

 

学校や塾等の所謂学び舎というものは勿論幻想郷にも存在する。それが人里で唯一存在するここ寺小屋。寺小屋とは江戸時代に存在した読み書き計算を教える初等教育機関の事。幻想郷では人が暮らしている場所は本当に僅かしかないがそれでも普段の生活を送る上で最低限な常識や知識は知っておかなければならない。それを子供の時から学べるのがここであり、多くの人の子供、そして人々から然程危険視されていない様な妖精の子供が通っている。今日もそこの教師を務めている上白沢慧音による授業を終え、挨拶を交わして生徒達が帰ろうとしたのだが…、

 

「ああそれと、チルノとルーミアはここで課題を済ませてから帰る様に」

氷の羽を持った少女

「ええええ!?」

黒のワンピースの少女

「なんでー!?」

 

「家に持って帰らせると九割の確率で忘れてくるからな。その前にここで終わらせてから帰るんだ」

 

「それだと普通の勉強と変わらないじゃないか!」

 

「そーだそーだー!課題とは言わないのだー!」

 

「はぁ~。授業中居眠りしている事がしょっちゅうなお前達が言っても意味がないぞ。必ず終わらせてから帰る様に。それまでは厠以外は教室からは出る事は許さんからな」

 

「ぐぬぬ~」

羽が生えた緑色の髪の少女

「チルノちゃん、私も手伝うから頑張ろ。ほらルーミアも」

 

「大妖精…世話をかけるが頼む。私は用があって少し外出するが一時間位で戻って来るからな。ああそれと…ついでにふたりが勝手に出て行ったりしないかも見張っておいてくれ」

 

「あ、あはは…」

 

 

…………

 

それから約数十分が経ち、教室に残るのは三人の妖精の少女だけ。

 

「う~なんでアタイらだけこんな目に…。恨むぞ~慧音先生~」

 

慧音から居残りを命じられたふたりのひとりは水色の短い髪に青いリボン。白シャツの上に首元に赤リボンと青色のワンピース。そして氷でできている様に見える羽がある背の低い少女。先程のやりとりで慧音からチルノと呼ばれていた。

 

「早く遊びに行きたいのに~」

 

もうひとりは黄色の髪に赤いリボン。白い服の首元にも同じく赤いリボン。黒のロングスカートをはいた少女。名はルーミアといった。ふたり共居残り勉強に辟易しているのが目に見えてわかる。

 

「あともうちょっとだから頑張ろ。ね?」

 

そのふたりの勉強を見ているのはチルノやルーミアと同じ位の長さの緑色の髪をサイドテールにして白シャツに水色の服、そして背中から妖精といえる様な羽が生えた少女。先程慧音から大妖精と呼ばれていた。

 

「手伝ってもらって今更なんだけどごめんな大ちゃん」

 

「ごめんなのだ~」

 

「気にしなくていいよ。それよりも早く終わらせて、一緒に遊びにいこ」

 

「うう…大ちゃんはやっぱりいいやつだな~。いい友達をもってアタイは幸せだぞ~」

 

そんな感じで再び勉強を再開するのだが…それから5分もしない所で再びチルノという少女が机に伏せてしまう。

 

「どうしたの~?」

 

「だ~駄目だ~。お腹空いてもう力が出ない~」

 

「…あ、チルノちゃんそう言えば今日遅刻しかけてきたね。もしかして…」

 

「そ~なんだ~。全速で飛んで来たから朝ごはんを食べてきてないんだ~。なぁふたり共何か食べるもの無いか~?」

 

「私は持ってないや…ごめんね」

 

「私も持ってない~」

 

その言葉にチルノは「マジか」と言いつつガクーンと再び顔を机に沈める。それはまるで溶けてしまう位に。

 

「でもそういえばもうすぐお昼だね。終わったら遊びに行く前にお昼ご飯食べよっか」

 

「賛成~♪」

 

「アタイは今すぐ食べたいよ~…あ、そうだ食べるといえばリグル達の話聞いたかふたり共?」

 

「リグル達の話って……何だっけ?」

 

「何か言ってたっけ~?」

 

「あれだよアレ!えっとえっと…ねこの何とか…だったっけ」

 

「猫?」

 

すると緑髪の少女が思い出す。

 

「………あ、もしかして「ねこや」っていうご飯屋さんの事?」

 

「それそれ!前に遊んだ時に言ってたんだよ!美味しいもの食べれるところに行ってきたんだって!」

 

「そ~なのか~?」

 

「…そういえば前に文さんの新聞にそんな話が載ってたね。確か…突然猫の看板がかかった扉が現れて、とか書いてあった様な」

 

「大ちゃん新聞なんて読んでんのか~。偉いな~、とまぁそれは置いといてそうなんだよ!その扉をこの前見つけたらしくてさ!サニー達とかエタニティラルバとかリリーホワイトとか、ミスティアまで行ったって言うんだ!自分達だけで行くなんてずるいよな!大ちゃんやルーミアだって思うだろう?」

 

「美味しいご飯食べたい~」

 

「う、う~ん私はちょっと心配だなぁ。だってこれも書かれてたけど外の世界に繋がっちゃうんでしょ?先がどんな場所かわからないし…」

 

「なんの心配も無かったって言ってたぞ?見た事無い場所だけど妖精とか角生えたやつとか人間とかいて面白かったって言ってた」

 

「そうなんだ。妖精はともかく角生えたって鬼の事かな?」

 

「ん~なんかマゾクとか言ってたな」

 

「マゾク…なんかかっこいいのだ~♪」

 

「あ~ここにも現れてくれないかな~。そのにゃんこやっていうご飯屋の扉」

 

「「ねこや」だよチルノちゃん。まぁそれはまた後にして慧音先生が帰って来る前に勉強終わらせよ」

 

「あ~い…。ちょっと厠行ってくる」

 

「逃げちゃダメだよ~チルノ」

 

「わかってるよ」

 

チルノは教室の障子を開け、厠へと歩いて行った…直後、ドタドタと走って戻って来た。

 

「ど、どうしたのチルノちゃん?」

 

「ど~したのだ~?」

 

「だだだ、大ちゃんルーミアちょっと来てくれ!」

 

何やら酷く慌てたチルノに引っ張られる様に大妖精とルーミアが付いていくと…、

 

「…ええ!」

 

「お~?」

 

厠に続く廊下の途中、その終着点である厠の丁度真ん前に…本来そこにある筈がない、木でできた扉があった。

 

「ななな、なんでこんなところに扉が?さっき私が行った時は何もなかったのに…?」

 

「それよりも見てみなよこの絵!」

 

「絵?……猫の絵だね~」

 

「え…それって!」

 

それは先程まで三人が噂していた、ねこやという場所に繋がる扉に違いなかった。

 

「すっげー!噂してたら現れてくれるなんてアタイってばやっぱり持ってるな~♪じゃあ早速行こうぜ大ちゃん!ルーミア!」

 

「行ってみるのだー!」

 

「ちょ、ちょっと待ってチルノちゃん!まだ課題終わってないでしょ!それにどこにも行っちゃいけないって慧音先生から言われてたじゃない!」

 

大妖精の意見は最もなのだが当のチルノは、

 

「ダイジョーブダイジョーブ!厠に行ったと思ったらいつの間にか別の場所だったと言えば問題無いって♪」

 

「問題しかないよそれ〜!」

 

「それにルーミアはもう入ってったぞ?」

 

「え!?」

 

いつの間にかルーミアは既に扉を開けてしまって入っていった。

 

「てなわけでほら行こうぜ大ちゃん♪」

 

そして大妖精が一瞬驚いている間にチルノも行ってしまった。もう頭から課題の事はすっかり消えてしまった様だ。

 

「あ!…もう〜どうなっても知らないからね~!」

 

ふたりだけ行かせる事などできる訳もなく、この後の事を予測しつつ諦めながら大妖精も後を追うしかなかったのだった…。

 

 

…………

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

そしてチルノ達が見たものは今まで自分達がいた寺小屋とは全く違う場所だった。

 

「う、うおーすげー!何だここ!?」

 

「とっても暖かいし、いい匂いがする〜!」

 

「ほ、ほんとに別の場所に繋がってるんだ…」

 

(…いらっしゃいませ)

 

「…大ちゃんルーミアなんか呼んだ?」

 

「何も言ってないよ?」

 

「き、聞こえたというか頭の中に響いた様な…」

 

「あ、いらっしゃいませ〜!」

 

頭に聞こえてきたのはクロの声だがチルノ達は誰の声か気づかない。代わりにクロの声でチルノ達の来店に気づいたアレッタが近いてきた。

 

「うわ!お前鬼か?なんか見たこと無い角だな〜」

 

「こらチルノちゃん、初めて会う人にお前なんて駄目だよ!ごめんなさい!」

 

「いえいえ全然気にしないでください」

 

笑ってそう返事するアレッタ。普通ならば見た目こんな子供同然の者達だけで来店すればおかしく思うがここは異世界食堂。突然現れるその扉に好奇心から入って来るのが子供だけという例も結構あるのだ。

 

「私はオニじゃなくて魔族なんです。それよりオニという事は皆さんも幻想郷から来られた方々ですね。ようこそ洋食のねこやへ!私はアレッタといいます」

 

「おうよろしくなアレッタ!アタイは幻想郷最強!すんごく強い氷の妖精、チルノだ!」

 

全然怖気ない様子のチルノ。頭は賢くは無いが誰とでも気軽に話せるのが彼女の良いところかもしれない。

 

「ルーミアだよ~。…貴女人間じゃないんだ~。残念~人間なら………アレ?なんて言おうとしたんだっけ?まぁいいか〜」

 

「大妖精といいます。は、はじめまして」ペコリ

 

「チルノさんとルーミアさんと…えと、お名前は?」

 

「あっはっは!ここでもその話が出たな♪」

 

「も、もうチルノちゃん!あ、あの私は一応大妖精という、まぁ名前と思って頂ければ嬉しいです」

 

「私達は大ちゃんと呼んでるよ〜♪」

 

「は、はぁ、そうなんですね。ではダイヨウセイさんと呼ばせてもらいますね?」

 

「はい、それでいいですよ」

 

「なぁなぁ、ここって美味しいご飯食べさせてもらえる場所なんだろ?リグルやサニーミルク達が言ってたぞ!」

 

「リグルさんやサニーさん達のお知り合いでしたか。はい、ここは異世界のねこやっていう料理屋です!ここのご飯はどれも美味しいですよ!」

 

「美味しいご飯食べたいのだ~♪」

 

 

~~~~♪

 

 

とその時、扉のベルが鳴って扉が開き、「ズシ!ズシ!」と足音を立てて入って来る者がいた。

 

トカゲの様な大男

「……」

 

それは見た目爬虫類、青緑色の鱗に覆われた固い肌と太い尻尾を持った二足歩行するトカゲというべき風貌の大男。皮の軽鎧と木の小手、粗末なマントを羽織った、まさにリザードマンといえる者である。

 

「おおおおおおおお!!」

 

「わ~!」

 

「うわわわわわ!!」

 

「あ、いらっしゃいませガガンポさん!(マセ)」

 

「ム、キタ」

 

突然後ろから現れたそんな存在にチルノは目を見開き、ルーミアは口をあんぐり、大妖精は慌てるがアレッタとクロは何ら気にせず歓迎の挨拶を言い、リザードマンの方もカタコトながら返事をした。

 

「ななななんだお前は〜!こ、この見た事無い妖怪め〜!」バッ!

 

「チルノちゃん!?」

 

「氷符!「パーフェクトフリーズ」!!」

 

すると突然現れたそれにチルノは思わず自らが最も得意とするスペルカードを放とうとした。大妖精は思わず顔を手で覆う。が、

 

「…………アレ?」

 

しかし、何も起こらなかった。

 

「あれ~何も起こらない~?」

 

「ま、まだまだ~!氷符!「アイシクルフォール」!!」

 

………しかしこれまた何も起こらなかった。

 

「また何も起こらないね~?」

 

「な、なんでだ~!?」

 

(……)

 

「あ、あのチルノさんどうされたんですか?」

 

スペルカード等知るはずもないアレッタから見たら何がなんなのかわからないかもしれない。とその時厨房から店主も顔を出した。

 

「どうされました?あ、ガガンポさんいらっしゃい」

 

「ム、キタ。キョウモオムライス、オオモリ。オムレツサンコ、モチカエリ」

 

「はいよ。幻想郷からのお客さんも取り合えずお座り…って随分かわいらしいお客さんだな。アレッタさん今空いてるからついてあげてくれ」

 

「はいマスター!さぁとりあえずどうぞ」

 

「は、はい!ほらチルノちゃん」

 

「ぐぬぬ~何故だ?何故アタイの力が~」

 

「ね~はやく座ろうよ~。お腹空いた~」

 

悔しそうなチルノをよそにガガンポと呼ばれたリザードマンはズシズシとテーブルのひとつに向かう。取り合えずチルノ、ルーミア大妖精も空いているテーブルに座る事にした。

 

「…不思議な場所だね」

 

「美味しいご飯とっても楽しみなのだ~♪」

 

「でも来たのはいいけどどんなご飯があるのか全くわかんないぞ?それにこういうのってお金が必要なんじゃないのかな?」

 

「それなら大丈夫です。紫さんから皆さんの分のお金を頂いていますから」

 

そんな事を言いながらアレッタが人数分の水とおしぼり、そしてメニューを持ってきた。

 

「こちらお水とおしぼり、あとメニューです」

 

「このお水、蜜柑みたいなものが入ってるぞ。……ちょっと酸っぱいけどさっぱりしてて良いな♪」

 

「あ、ありがとうございます。メニューってお品書きの事ですよね?」

 

「はい。こちらの料理はなんでもおススメですけどどうしましょう?お食事ものや甘いものもありますよ」

 

「アタイお腹ぺっこぺこだから何か食べたいな~。なぁルーミア…あれ?ルーミアは?」

 

「ルーミアさんならあちらに…」

 

「え?…あ!」

 

「~♪」

 

「……」

 

すると当のルーミアは…いつの間にかふたつ向こうのガガンポがいる席にいた。最初は吃驚したもののそこは好奇心旺盛な面が強いルーミア。落ち着いたらすっかりガガンポという存在に興味津々である。当のガガンポは無言のままだが。

 

「ねぇねぇあなたは誰~?トカゲの妖怪~?」

 

「…オマエノイウコト、ムズカシイ。…ヨーカイ、ワカラナイ」

 

「あはは♪面白い喋り方ね。あたしルーミア。あなたのお名前は~?」

ガガンポ(オムライス)

「…ルミア、カ。オレ、ガガンポ。ヨロシク」

 

「ち~が~う~。ルミアじゃなくてルーミアなのだー」

 

「る、ルーミアちゃん普通にやりとりしてる…ってチルノちゃん?」

 

するとそこにチルノも参戦してきた。

 

「なぁお前、何やったんだあん時!アタイの最強無敵のスペルカードが出せないなんておかしいぞ!」

 

「…オマエノイウコト、モット、ワカラナイ」

 

「ぐぬぬ~!普通に喋れよ!アタイはチルノってんだ!お前の名前は!?」

 

「…ガガンポ」

 

「チルノちゃんまで…ど、どうしよう」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。初めて見た方はちょっと驚くかもしれませんけどお優しい方ですから」

 

とそこにクロがガガンポの注文したオムライスたる料理を持ってきた。ガガンポの尻尾が動き、物静かな声が少し高くなる。余程大好物なのだろう。

 

(お待ちどうさまです。ご注文のオムライスです)

 

「ム、キタカ!」

 

「うお、なんだなんだこの黄色いものは!?まるで黄色いお山みたいだ」

 

「何か赤いものがかかっているのだ~」

 

「ほら!大ちゃんもこっち来なよ!」

 

「え?う、うん」

 

言われて大妖精とアレッタは隣のテーブルに移動する。

 

(オムレツはいつもの様に最後にお渡しします)

 

「マカセル。…イタダキマス」

 

手を合わせて行儀よく挨拶を済ませてからオムライスにスプーンを入れるガガンポ。

 

「わわ!中から色んなものが出てきたぞ!」

 

「キレイなのだ~」

 

「お米かな?お肉やキノコみたいなものも入ってるね」

 

「なあなあトカゲのおっちゃん!それ一口おくれよ!」

 

「食べてみたいのだ〜」

 

恍惚な表情で一口一口大事に味わう様に食べるガガンポにチルノやルーミアはおねだりするのだがガガンポはオムライスを庇う様にして断る。

 

「…アゲナイ」

 

「え〜ケチンボ〜」

 

「オムライスタベレル、ユウシャ。オムライス、ユウシャノアジ」

 

「…勇者?おっちゃん勇者なのか?前に絵本で読んた事あるぞ。勇者ってのは凄く強いって」

 

「…厶。オレ、ユウシャ。オレ、ムラデイチバン、ツヨイ」

 

 

ガガンポは大陸のとある湿地帯に住む「青尻尾の族」というリザードマンの一族の出だった。彼らの集落では毎年村の中で一番の強者、勇者を決める祭が行われ、祭で優勝した者は村からの尊敬を集めると共にある使命を授かる。

 

「七日に一度現れる扉の先からオムレツなる異世界の料理を持ち帰る事」

 

そして同時に「オムライスなる至高の料理を腹一杯食べられる」特権が与えられるのである。故に勇者の座は毎年大人気であり多くの若きリザードマンが挑むのであるがガガンポは勇者を決める祭で何年も勇者の座を防衛している強者なのだ。

 

「オレ、モットオムライス、クイタイ。マダマダマケルキ、ナイ。ソシテオムレツ、トドケル。ムラノタメ」

 

「そ~なのか~」

 

「スッゲー!おっちゃんそんなに強いんだな!通りでアタイのスペルカードが効かない訳だ。悔しいけど使う前に消されてたんだな。うんうん♪」

 

何やらひとり納得するチルノ。

 

「でもそれならアタイにだってそのオモライスってのを食べる権利あるな!なんたって幻想郷最強だからな!てな訳でーえっとーアレッタだっけか?アタイにもオモライスってのくれ~♪」

 

「アタシにも~♪」

 

「あ、駄目だぞルーミア!オモライスは勇者だけが食べれるんだ!」

 

「え~!」

 

オムライスをすっかり勇者だけの食べ物と勘違いしているチルノ。するとそれを横に見ながら二杯目のオムライスにかかろうとしていたガガンポが、

 

「…オムライス、ウマイ。デモ、オムレツモ、キットウマイ。イチゾク、ミンナダイスキ」

 

「ならアタシはそっちを食べるのだ~♪」

 

「大ちゃんはどうするんだ?」

 

「えっ?えっと私は…」

 

「ふふ、気になさらずオムライス召し上がって頂いても大丈夫ですよ。それにオムレツもお肉とかシュライプとか色々あります」

 

「じゃあ私はお肉のオムレツにするのだ~♪」

 

「じゃ、じゃあ私も…あの、しゅらいぷってなんですか?」

 

「えっと別の言い方で…エビって言ったかな?」

 

「あっ、エビの事なんですね。…それじゃあ私はエビのオムレツでお願いします」

 

「かしこまりました!少々お待ち下さいね!」

 

アレッタは店主に注文を言いに行った。

 

「楽しみだなー♪」

 

「あ、あの、ありがとうございます」

 

「厶」

 

リザードマン最強の戦士と自称幻想郷最強の妖精(自称)の交流は暫し続く…。その間新たな客も増えてきて徐々に賑やかになり、アレッタも離れたが小さい三人の客も次第に緊張が薄れていく。

 

「ねぇチルノちゃん、忘れてたけどお手洗い大丈夫?」

 

「………あ、すっかり忘れてた。なぁアレッタ、厠どこ?」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「…ゴチソウサマ」

 

「おっちゃん偉いな!いただきますとごちそうさまは大事だぞ」

 

「…ショクジニカンシャ、ダイジ。ツクッタモノニカンシャ、ダイジ」ふきふき

 

「だからチルノちゃんもお野菜残したら駄目だよ?」

 

「あといただきますの時はちゃんと手を合わせるのだ~」

 

「うぐ!ヤブヘビだった」

 

するとそこに店主がカートを押してやってきた。

 

「お待ちどう様。先にいつものお持ち帰り用パーティーオムレツみっつですね」

 

「厶、カンシャスル。…オカンジョウ」

 

「…はい。まいどあり」

 

「…ジャ!」

 

「またのご来店を」

 

「ありがとうございましたー!(ました)」

 

「またなートカゲのおっちゃん!」

 

「またね~」

 

「お、お元気で」

 

「ム!」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

その一言とお辞儀し、ガガンポはオムレツを腕と尻尾に器用に下げて帰っていった。

 

「そしてこちらもお待たせしました。ご注文のオムライスです」

 

「来たな~勇者のオモライス!」

 

「それとひき肉と玉ねぎのオムレツと、こちら海老のホワイトソースオムレツです」

 

店主はチルノの前にガガンポが先程まで食べていたのと同じオムライスを出した。黄色い卵で中身が包まれ、上からは真っ赤なケチャップソースがかけられているそれは見た目黄色いお山で楽しい。

ルーミアと大妖精の前に置かれたのはオムライスよりもほんの少し小さめだが同じく黄色い卵で包まれた料理。ルーミアのは上にオムライスと同じくケチャップが、大妖精のはケチャップはかかってなく、緑色の細かい香草みたいなものが乗せられている黄色いお山。

 

「キレイ…」

 

「美味しそうなのだ♪」

 

「あとこちらはオムレツに付け合わせのパンとスープです。一緒に食べると美味しいですよ」

 

「え~大ちゃんとルーミアだけずるい!おっちゃんアタイにもくれよ~」

 

「え?う~ん…はは、わかりました。沢山ありますからじゃあ特別でお出ししますね」

 

「やった~!おっちゃんわかる奴だな♪じゃあその前にオモライスから食べるとするか!いただきま~す!」

 

よほどお腹が空いていたのか手をパチンと合わせた途端にチルノはオムライスにスプーンを入れる。沈む様にすんなりと切れた卵の幕は絶妙な半熟具合でとても柔らかく、牛酪の香りがほんのりする。

 

「この卵とろとろですっごく柔らかいな!それにこの赤いやつ、ちょっとだけ酸っぱいけど卵とすっごく合うぞ!」

 

「さっき教えてもらったけどケチャップっていうんだって」

 

卵の中からは細かく切られた鶏肉、薄切りの見た事無い茸、赤色や緑色のみじん切りにされた野菜、それらを含んでいる濃いオレンジ色のチキンライスが覗く。

 

「おおこのご飯、上の赤いので味付けされてるのか!お米に馴染んで美味い!お肉も柔らかいし茸も野菜も見た事無いもんだけどこれも美味い!このご飯だけでも幾らでも食べれそうだ♪このとろとろの卵と凄く合ってる!」

 

噛む度に肉汁と適度な塩気を感じる鶏肉、旨味の茸、甘めの野菜、それらをまとったチキンライスとそれを優しく包む卵の組み合わせ。オムライスの味をチルノはすっかり気に入った様だ。

 

「これが勇者の味なんだな!またアタイ強くなってしまったぜ〜。ほら大ちゃんもルーミアも食べなよ。冷めてしまうぞ」

 

「あ、うん」

 

「いただきますなのだ~♪」

 

言われてルーミアと大妖精も自分達の前にあるオムレツにスプーンを入れる。先に入れたのはルーミア。

 

「わ~お肉が沢山入ってる~♪」

 

スプーンを入れるとオムライスと同じ様にすんなりと卵の幕が切れる。そしてとろとろの半熟卵が溢れる。オムライスよりもほんの少し半熟具合が強めらしい。中からはいい匂いを放つたっぷりのひき肉とみじんぎりの玉ねぎが見える。口に含むと、

 

「…とろとろの卵とお肉と、玉ねぎの甘さが絡んで…とっても美味しいのだ~♪」

 

塩と香辛料で味付けされて炒められたたっぷりのひき肉の濃い味とみじん切りながら熱を通して甘みをより引き出されて歯ごたえもある玉ねぎ、牛酪の風味がする半熟の卵とケチャップの酸味が口の中で交わり、絶妙な味わいを生む。

 

「この赤いの見た目見た目まるで……アレ?なんて言おうとしたんだっけ?……まぁいいか~♪」

 

何か自分に違和感があるもののルーミアは気にせず目の前のオムレツを食べ進める。

そんなルーミアの向いに座る大妖精もスプーンを入れていた。卵の半熟具合は勿論だがこちらはルーミアのそれとは違って、

 

「わ、エビが沢山!この白いのは…豆腐とかでもないし、嗅いだことないけどでもとってもいい匂い…」

 

大妖精のは鮮やかなピンクのたっぷりのエビとそれを含んだ白いもの。口に運ぶとエビのぷりぷりとした食感ととろ~っとした滑らかな舌触り。ほんの少し塩気がする乳と牛酪の濃厚な味わい。

 

「…この白いの、ホワイトソースだっけ?凄くなめらかで美味しい。牛酪の味かな?玉ねぎの甘みもある。エビも沢山入ってて卵も凄く半熟…あ、そうだ」

 

次は思いついてパンを少しちぎってオムレツと一緒に食べてみる。これも勿論、

 

「このパン凄く柔らかい!この白いのと凄く合う♪」

 

「私もその食べ方やってみよ~♪」

 

「あ、ずるい!アタイもやるぞ!」

 

大妖精もルーミアも初めて見るオムレツの味に大満足の様であった。それからお互いの料理を交換したりして仲良し三人組の賑やかな食事タイムは過ぎていった…。

 

 

…………

 

「うっぷ、食べ過ぎた…」

 

「チルノちゃんオムライス食べた後、オムレツだってお代わりするんだもの。流石に食べ過ぎだよ…」

 

「あれも食べた事無い味だったけど美味しかったのだー♪」

 

チルノはオムライスを食べ終えた後、ふたりが頼んだオムレツとはまた違うベーコンとチーズのオムレツも頼んでいたが案の定食べきれず、大妖精とルーミアも協力していた。ベーコンの燻製された独特の風味と濃いチーズ、どちらも初めての味だったが卵との組み合わせは抜群でこれも勿論綺麗に食べ終えた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ダイジョーブダイジョーブ!それよりもすっごく美味しかったぞ!紅魔館のメイドや美宵の料理と同じ位!おっちゃんもやるな」

 

「はは、ありがとうございます」

 

「とても美味しかったです」

 

「私も~♪ねぇまた食べにきてもいい?」

 

「ええ勿論です。七日に一回ですけどね。是非他のお友達の方もどうぞ」

 

(またのご来店をお待ちしております…)

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

再会を約束して戻って来たチルノ、大妖精、ルーミア。扉を閉めると煙の様に消えてしまった。

 

「あ、消えちゃった」

 

「残念だな~毎日あればいいのに~。こんな扉があるならアタイサボらず来るぞ~」

 

「私もなのだ~」

 

笑って言い合うチルノとルーミア。

……その反面大妖精は苦笑いを浮かべる。

 

「あの~チルノちゃんにルーミアちゃん。ご飯が美味しかったのはとても良かったと私も思うし、お腹一杯なのも良かったし、また行きたい気持ちもあるんだけどね…。今はそんなお話してる場合じゃないと思うんだ」

 

「ん?どうした大ちゃん?」

 

「どうしたのかー?」

 

頭に「?」マークを浮かべるチルノとルーミアは次の大妖精の言葉で、

 

「…もうとっくに慧音先生帰ってるよ?課題も終わってないよね?」

 

一気に現実に還らされた。

 

「「……」」

 

「あはは、今回は私も一緒に怒られてあげるから…」

 

引きつった顔で三人が教室に帰るとそこには…髪の色が変わり、角が生えた慧音がいた。

その後チルノらがどうなったのかはご想像にお任せするがひとつだけはっきり言えるのは暫くの間彼女らの居残り授業が増えた事だろう…。




メニュー19

「海鮮丼・牛丼」


チルノは最後までオムライスをオモライスと間違えてました。そしてルーミアは常闇の妖怪ですがクロの力に気づかなかった様です。まぁルーミアですから。


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メニュー19「海鮮丼・牛丼」

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幻想郷最大の森である魔法の森。その中ほどに見た目西洋風の一軒の家がある。そんな家の入口玄関上の木製の看板にはこう書かれている。

 

 

「霧雨魔法店」

 

 

「いや~住んでいる私が言うのもなんだがよくもこんなに散らかってしまったもんだ♪」

 

その家の中には霊夢の知り合いである魔理沙がいた。ここは魔理沙の自宅。彼女は人里にあるそれなりに有名な道具屋の生まれなのだがとある理由で家、正確には父親から勘当状態にある。そんな彼女が自宅兼店として住んでいるのがここ霧雨魔法店なのだ。彼女が集めたり作ったり盗んできたり?したマジックアイテムが沢山揃っている。……いや揃っているというより溢れかえり過ぎている。どの部屋も足の踏み場も無い位に。魔理沙の収集癖、更に魔法の研究以外はいい加減な適当さが災いし、掃除や手入れをサボり続けていたそこは店というよりも完全に物置と化しているのだった。

 

「ついつい掃除を後回しにしちまった。でもこれだけの物を集められるなんて我ながらかなり鑑定の目も上がってきたな〜♪しかし流石にネズミが入り込む暇も無い位ってのは女としてはよくない。てなわけで今日は私の貴重な研究時間を削って思い切ってやろうって訳だ♪」

 

散らかった我が家を笑いながらそう言う魔理沙。そんな彼女の横に、

 

「…どうしてその掃除に私が巻き込まれなきゃならないのよ」

 

同じ魔法の森に住む人形師兼魔法使いのアリス・マーガトロイドがいた。

 

「いや~悪いなアリス♪私だけだと何時までかかるか分からねぇから霊夢と香霖にも手伝ってもらおうかなと思ったんだけど霊夢は逃げるようにいなくなっちまうし、香霖は自分の店を空けておけないって。冷たいよな~あんな殆ど誰も来ない神社や店、少し位空っぽにしといても良いのに」

 

「…少なくとも今のこの店よりはまだ来ると思うけど」

 

「それは言わないお約束だぜ♪まぁいいじゃないかお前も全然家から出ないんだし運動も必要だぜたまには」

 

「どこの世界に運動と大掃除を一緒に扱う女の子がいるのかしら?」

 

「ここにいるぜ♪」

 

「子供と会話してる気分だわ…。それより約束は本当に守ってくれるんでしょうね?掃除を手伝ったら」

 

「わかってるって。お前から借りたマジックアイテムをほん〜〜の少し返すからさ。私がまだ使ってないものだけだけどな♪」

 

悪びれる様子が全く無い魔理沙。そんな彼女の表情を見ているアリスは、

 

(全くこの子は…。もう、ほんと迷惑なんだから…)

 

と心の中で思いながらため息を吐くがその顔には魔理沙にバレない様に苦笑いを浮かべている。迷惑とか言いながらアリスもまた魔理沙との付き合いを切れなかったりこうして頼み事を聞いているのは彼女を大切な友人と思っているからだろう。そしてそれは魔理沙も同じ、お互い魔法の森に住み、同じ魔法使いでライバル等色々理由はあるがアリスをちゃんと友人と思っている。

 

「あとパチュリーにも頼んだんだけどなんか「今大事な研究の詰めだから駄目」って断られた」

 

「まああの子は身体の事もあるだろうけど。…でもちょっと意外ね、あの子は私以上に貴女に取られてるのに断るなんてよっぽど大事な研究かしら」

 

「今度侵入した時にその謎を突き止めてやるぜ。あと取ったんじゃ無くて死ぬまで借りてるだけだって」

 

「…やるなら早く始めましょ。私の人形達にも手伝ってもらうから」

 

「おっとそうだった。んじゃやるとするかね」

 

 

…………

 

それから約一時間位が経過。掃除は各自順調に進む…とはあまり言えていなかった。というのも…、

 

「あ、パチュリーから借りた読みかけの魔導書!半分位まで読んでたのを異変解決のゴタゴタで放ったらかしてたの忘れてたぜ〜♪」

 

「…魔理沙、これはどこに置いたらいい?」

 

「あーそれはそっちの棚にだな。…ああシャンハイ、それは私の机に頼む。…あーこれは邪竜からのお礼でもらった竜の爪じゃないか!良かった〜盗まれたのかと心配したぜ〜」

 

「…魔理沙、貴女ホントに終わらせる気あるのかしら?何かを見つけては手を止めてるじゃないの」

 

「おっと悪い悪い、ついな♪」

 

掃除する度に下から出てくる昔の忘れ物に魔理沙の手がついつい止まってしまうのだ。なのでアリスやシャンハイ達が動かざるを得ない。因みに他の人形達も窓拭きや外の花壇の手入れやホコリ取りをせっせとしている。

 

 

〜〜〜♪

 

 

とその時家の扉が開いた。

 

「あ、客か?悪いな今日は生憎臨時休業で……お?」

 

「あら、貴女達は…」

 

豪華絢爛な服の少女・粗末な服の長い髪の少女

「「……」」

 

魔理沙とアリスは言葉を失う。入ってきたのはふたりの少女。

ひとりは金色の髪を縦ロールにした髪型にシルクハットとサングラス、身体中綺羅びやかな装飾品と豪華な服、手には扇と何とも派手な少女。

もうひとりはそれとは全く対照的に長い青い髪をただ伸ばし、粗末なパーカーを纏い、身体中に請求書や差し押さえ等と書かれてる札を浮かべている少女。そんなふたりからは物凄い悲壮感が感じられる。

 

「女苑に紫苑じゃないか。どうした?お前ら姉妹が来るなんて珍しいな」

 

「…というかなにか凄く元気無いわね?」

 

 

ぐぅ~〜〜〜〜〜

 

 

…とその時部屋になんとも気が抜けそうな音が響く。

 

「ねぇ…何か食べるものない?キノコでも何でもいいわ…」

 

「ひもじい…ひもじい…」

 

その正体はふたりの腹の音。よほど減っているのか声にも全く力が無い。

 

「へ?食い物?ん〜悪いけど今はキノコは残ってねぇなぁ」

 

「「そんな~…」」

 

「…というよりなんでそんなにお腹空いてるのよ…。今は貴女達命蓮寺にいる筈でしょう?」

 

「こっちにも色々事情があんのよ…。姉さん、私達だけでキノコ採りに行きましょ…」

 

「そうしよ~…」

 

暗い顔しながらふたりでキノコを採りに行こうとするふたり。すると魔理沙が何か思いついたのか妙な笑みを浮かべ、

 

「待て待て待て、素人がキノコ探しは危険だ。毒キノコとかに当たったらどうするよ。キノコっつったらこの魔理沙様の出番だろ。手伝ってやるぜ♪」

 

「ちょ、ちょっと魔理沙?」

 

「ほんとう~?…助かるよ~…」

 

「その代わりお前らも手伝ってもらうぜ?」

 

「ええわかってるわ…。寧ろそうしないといけないもの…」

 

「…?よ~しんじゃ行くか♪ああアリス、悪いけど掃除進めておいてくれ。本は適当に本棚に突っ込んでくれていいからな♪んじゃ頼んだぜ~!」

 

そんな調子で魔理沙はふたりを連れて出て行ってしまった。まだ片付けが終わっていない家に残されたのはアリスと人形達。

 

「………も~~ほんとにあの子ったら!ほんっとに迷惑なんだからーー!!」

 

 

…………

 

「…ねぇ魔理沙、この桃色のは食べれる?」

 

「どれどれ…、お、「スイートマッシュルーム」だな。甘味とかにしても美味だぜ♪」

 

「キノコで甘味ってなんかいいイメージ無いわね…」

 

「…ねぇ魔理沙〜。この黄色いイガイガしたのは〜?」

 

「…げ、そいつは駄目だ「カミナリダケ」だ。口に入れた瞬間雷食ったみたいに死ぬほど痺れるぞ」

 

「げ〜そうなの…。よく知ってるね~」

 

「自分で試したからな。うまく料理すればと思ったけど無理だった。おかげでその日は全く喋れなかったぜ。あとこの前食った「百味しめじ」っていうのは百通りの味がするっつうレアなキノコなんだがナメクジ味に当たっちまった」

 

「…命懸けなのね」

 

「それがキノコ研究の面白みだぜ♪」

 

森の中でキノコ採取に勤しむ魔理沙、そして女苑紫苑と呼ばれた姉妹。掃除を放ったらかした魔理沙は趣味のキノコ採取に喜んでいるがあとのふたりは空腹で疲れが出ているのかもう今すぐにでもキノコに齧り付きそうな勢いだ。

 

ぐるるるる〜〜〜

 

「う~…今なら毒キノコでもそのまま行ける様な気がするよ~…」

 

「そうね…」

 

「なんでそんなに腹空かしてんだよ?さっきアリスも言ってたけどお前ら今は命蓮寺にいんだからそこまで飯食ってねぇ訳ねぇだろ?昔みたい雑草とどぶろくばかりなんてしてない筈だぜ?」

 

「…ちょっと話せば長くなるんだけどね…」

 

女苑と紫苑のふたりは事情を話し始めた。

依神女苑と依神紫苑はいわば貧乏神といわれる神である。昔妹の女苑が自らの能力で周りから富を巻き上げ、意図してのものではないが姉がそれを防ごうとする者を強制敗北させるという最悪の戦術で暴れまわり、霊夢達を苦しめたが最終的には敗北し、反省を促すために女苑は命蓮寺に、力を制御できなかった紫苑は博麗神社にお預けの身となった。

その後はなんだかんだ色々ありながらもふたりは共に今は命蓮寺を主な拠点とし、たまに里にいる悪どい者や不幸になりそうに無い者からほんの少しずつ富を巻き上げるという反省しているのかしてないのかという生活を送っていたのだが…最近ちょっとした事が。

 

「…つまり人里で悪どいやり方で儲けてる奴がいて、そこからお前がいつもの様に少しずつ貢がせてた。それだけならまだ良かったが紫苑の力がふと変な方に働いてそいつが金を持っていること自体を不幸な風に考えてしまったためにどんどん金を出して無一文ぎりぎりにしちまった訳か?」

 

「しかもそれがたまたま里にいたブンヤの天狗に知られてしまって聖の耳に入っちゃったのよ。おかげですっごく怒られたわ。まぁ怒られただけなら良かったんだけど…」

 

「暫くご飯を作ってもらえなくなった…。里に行くのもお金使うのも駄目だって…。もししたら聖とあの説教好きな仙人と地獄の閻魔からお説教24時間×3コースだってさ…」

 

「げ~それは…」

 

「だから食べるなら自分で採るなりなんなりしないと駄目ってわけ…。最初のうちは雑草や薬草採ってたりしてたんだけど…紫苑はともかく…私はもう限界」

 

「女苑がいけないんだよ~!調子にのっていつもより多めに巻き上げたから!」

 

「私のせいにしないでよ!姉さんが力を誤ってしまったのも原因じゃない!」

 

「だってあいつ目の前で転んだ貧しそうな子供を貧乏人とか言ってののしったからつい怒っちゃったの!私は貧乏を馬鹿にする奴と食べ物を粗末にする奴が大っ嫌いなの!」

 

「私だって嫌いよ!だからいつもよりついつい多くとっちゃったの!姉さんも賛成してたじゃない!」

 

(…貧しい子供を庇ったりするとこ見ると最凶最悪の姉妹と言われたこいつらも昔よりはマシになってんのかねぇ…)

 

半泣きで言い合う紫苑と女苑。そんなふたりを暫し見ながら呟く魔理沙だったがやがて姉妹が力尽く。

 

ぐぎゅるるぅ〜〜〜〜

 

「…はぁ、怒ったらますますお腹空いてきちゃった…。お腹と背中がくっつきそう…」

 

「と言ってもまだひとり分位か…。う〜んねこやの扉がここに現れてくれりゃな〜」

 

「…ねこやの扉〜?なにそれ扉が美味しいの?」

 

「ちげぇよ!お前ら新聞見てねぇのか?ねこやっつうのは七日毎に現れる食堂への扉なんだ。てか前に妙蓮寺にも出たじゃないか」

 

「あ~そういえば響子がそんな事言ってたかしらね…。その時私達いなかったから…。てか新聞で思い出したらますます腹が立ったわ!あいつの新聞なんてもう頼まれても読むもんですか!」ぐぅ~〜「あ〜…」

 

「さいですか」

 

「……ねぇ魔理沙〜。それってどんな扉〜?」

 

「ああ木で出来てて…猫の絵の看板がかかってるぜ」

 

「ふ~ん…あんな扉みたいに〜?」

 

「ん?そうそうあんな扉…って、え!?」

 

聞かれた紫苑がフラフラ指差した先に…薄暗い森の奥には不釣り合いな重厚な木の、猫の看板がかかった扉がポツンと。

 

「女苑…私もうそろそろ限界かな〜…。なんでも欲しいと思う物に見えてきたよ〜…」

 

「私もよ姉さん…」

 

「いやいやあれだって!あれがねこやへの扉だって!」

 

「ああ…私もう駄…目」バタ

 

「我が人生…悔い…有り」バタ

 

「お、おいしっかりしろ!てか人生ってお前人間じゃねぇだろ!いやそんな事言ってる場合じゃないか!」

 

 

…………

 

〜〜〜〜♪

 

 

「アレッタ〜!悪いけど先にパンとスープだけでも大至急頼むぜ〜!」

 

「えっ?あ、ま、マリサさんいらっしゃいませ…ってええ!ど、どうしたんですかそのおふたり!」

 

アレッタが見たのは魔理沙に引っ張られてきた、ぐでんぐでんな様子の紫苑女苑。

 

「腹が減り過ぎて霊河鉄道特急冥界行きに乗り掛けなんだよ。だから」

 

(お持ちしました)

 

「おおは、早いなクロ!サンキュー、ほらふたり共」

 

「「………!!」」ガッ!ゴクゴクモグモグ…!

 

魔理沙がふたりの鼻先に香ばしいパンと温かいスープを持っていくと…そのいい匂いで一気に覚醒したふたりは熱いのも気にせず勢いよく無言で食べ始める。

 

「おいおいそんなに慌てて食うなよ胃が受け付けないぞ」

 

「あ、魔理沙さんいらっしゃい。クロさんに言われてすぐ用意したんですが大丈夫ですか?随分慌ててたみたいですけど」

 

「ああ大丈夫大丈夫、もう半分以上は解決したから。それより今日も世話になるぜおっさん♪」

 

「ええどうぞ」

 

「店主!カレーライス大盛りおかわりだ!」

 

注文を受けた店主は簡単な挨拶だけして下がる。そうこうしてる内にふたりは食べ終えていた。

 

「うぅ…美味しい、美味しいよ〜!」

 

「ちゃんと真面目に生きてきて良かったわね姉さん〜!」

 

「よ、良かった元気になられたみたいで。…でもあちらの青い髪の方は顔色少し悪く見えますが大丈夫ですか?」

 

「気にする必要ないぜ。元々こんな感じだからこいつら」

 

お腹に食べ物を入れて少し余裕ができたのか紫苑と女苑は立ち上がる。因みに彼女らが引っ張られてきた時は客も一瞬驚いたが今は落ち着いている。

 

「…なんか変な場所。見た事ないものや…人達もいる」

 

「というか私達里でご飯食べるとまずいんじゃ…いえ里にこんな店あったかしら?」

 

「いや違う違う。ここがねこや、人呼んで異世界食堂だぜ。なんでも外の世界にある食堂で別の世界や幻想郷にも繋がっちまったらしいんだ。理由はわかんないんだけどな♪」

 

「外の世界ですって!?……という事はここは里でも幻想郷でもない。幻想郷のルールで縛られない…て事はここでは聖の約束は無効って事ね!」

 

「ここじゃご飯食べれるの?……やった~!」

 

(ここって最初確か紫が見てた様な気がするんだけど…でも食い物じゃないけど自分達で見つけたって意味では間違ってないし…まぁ大丈夫だろ知らんけど)

 

「はい!マスターのご飯はなんでも美味しいですから遠慮なく食べてってください!」

 

(……)コク

 

「…ひっ!」

 

「…あら?アンタ誰?…人間じゃないわね」

 

「ああこいつはアレッタ、こっちはクロって言ってここの給仕で異世界の住人らしいんだ。因みにさっきのおっさんはここの店主、おっさんは人間だけどな」

 

「初めまして、アレッタと言います!」

 

(…クロと申します)

 

「へ~それじゃご飯のお礼にこっちも自己紹介してあげるからありがたく聞きなさい。泣く子も黙る疫病神、依神女苑よ!恐れおののくがいいわ♪」

 

「な、泣く子も瀕する貧乏神。依神紫苑…。よ、宜しく…」

 

手に持つ扇をパタパタさせながら「どや」と言った女苑とクロを見てやや怯えている紫苑。

 

(…どうかされましたか?)

 

「う、ううん…なんでも…ない」

 

「ジョオンさんとシオンさんですね。はい、宜しくお願いします!」

 

しかし当のアレッタはニコニコしながら、クロは無表情なまま。

 

「…ね、ねぇ、アンタ私達を見て何とも思わないの?自分で言うのもなんだけど私達一応神で、しかも貧乏神なのよ?もっとこう驚いたり怖がったりするもんでしょ?」

 

「勿論ちょっと驚きましたけど…神様でもここに来られた方は全てお客様ですから」

 

「へ、変な奴だけど…悪い気はしないな」

 

「それに貧乏神という事はきっと貧しい人達を守護してくれる神様なんですよね?そんな神様を怖がったりしたら失礼ですから♪」

 

この時点でアレッタの貧乏神に関する知識はゼロだった。

 

「は、はぁ?な、何を言ってんの私達はむぐぐ!」

 

「女苑、黙ったほうがいい」

 

「て、てな訳で取り敢えずどっか座っていいか?」

 

 

…………

 

「お水とおしぼり、そしてメニューです」

 

「おうサンキュー。今日は何がいいかな」

 

そして適当に席に着いた魔理沙と紫苑と女苑姉妹。水とおしぼりとメニューを貰うが女苑がこんな事を言い出す。

 

「品書きを見る必要はないわ。ねぇ、悪いけど店主を呼んでもらえるかしら?」

 

「え?あ、はい。少々お待ちくださいね」

 

言われてアレッタは店主を呼びに行き、数秒ほどしてから彼女らのテーブルにやって来た店主に、

 

「お呼びですか?」

 

「店主、貴方に注文するわ。この私に似合う位高級で、美しくて、お腹も満たされる料理を出してみなさい♪」

 

女苑はこんな注文をしたのだった。「おいおい」という魔理沙と無視して黙々と品書きを見る紫苑。

 

「わかりました」

 

しかし店主はほんの少し考えた後に直ぐ返事を返す。

 

「あ、あら?そ、そんな簡単に?」

 

「大丈夫ですよ。あ、お客さん魚は大丈夫ですか?今日はいい魚が入ってるんでそれを使おうと思ってるんですが」

 

「え、ええ大丈夫だけど…」

 

「お、魚か。なら折角だから私もそれにするぜ♪紫苑はどうする?」

 

「…私は安くてもいいからとにかくお腹一杯になるものがいい。そして肉がいい。あと美味しいなら尚更いい」

 

すると横にいたアレッタが、

 

「それならこちらのメニューはいかがでしょう?凄く美味しくてお腹も一杯になりますよ」

 

「…じゃあそれでお願い」

 

「はいよ。少々お待ちください」

 

言われて店主は厨房に戻っていった。

 

「いや~楽しみだな♪」

 

「……それにしても見たとこ随分流行ってるのね。店の中の物も珍しいものばかりだし、おまけに給仕はあのアレッタって子と黒い子のふたりだけ、これは随分儲けてさぞかしいい暮らししてるんでしょうね~」

 

とそんな会話をしていると、

 

~~~~♪

 

恰幅のよさそうな男性

「…おお、今日も盛り上がっているな」

 

扉が開いてひとりの男性客が入って来た。上品な服装に身を包み、その手には何やら袋を持っている。

 

「ああどうもトマスさんいらっしゃい。今日でしたか」

 

(いらっしゃいませ)

 

「やぁこんにちは。今日も世話になるよ」

 

「クロさん、今月の売り上げをお渡ししてくれ」

 

(はい)

 

「今日は少し珍しい作物を持ってきたよ」

 

「ありがとうございます。後でゆっくり見させていただきますね。いつものですか?」

 

「ああ。ミートソースと食前にコーヒーをお願いするよ」

 

「…アレッタ、あのおっさんは誰だい?」

 

「あちらの方はトマスさんと言って昔から来てくださってるお客様だそうです。月に一度、異世界食堂の月の売り上げと交換でお野菜やお薬を頂いてるんです」

 

このアレッタの言葉に女苑が少し驚いた表情を見せた。

 

「月の売上と交換って…全額?」

 

「はい。私達のお給料を抜いた以外はほぼ全額だと思います」

 

「でもそれじゃ儲けにならないんじゃ…?」

 

「マスターはこの異世界食堂での自分の儲けは考えてないらしいんです。それよりも美味しい料理で喜んでもらえたら良いって」

 

異世界食堂の支払いは基本当然異世界の通貨で行う。それを店主の世界で使うには換金せねばならないが現実世界のどこでも使われてない通貨をそうしようとすれば色々ややこしい。ならば地産地消ということで始めたのが先代店主と先程のトマス始め異世界人との取引で店主が変わった現在も続いている。周りから見れば店主にはほとんど益が無い様に見えるが店主からすれば未知の食材を知れる事もあるし、過去回復不可能とされた友人のケガを異世界の薬で治せた事もある。そして何より異世界食堂はあくまで店主の趣味みたいなもの。平日の通常営業だけでも幸い益は出ているし、これでいいらしい。

 

「ふーん…。因みにだけどアンタ、給金はちゃんと貰ってる?手荒く扱われてたりしない?」

 

「いえいえとても良くしてもらってます!お給与も以前働いていた場所の10倍は頂いてますし、お仕事は大変ですがとても楽しいです」

 

「じゅ、10倍〜!?こーりんにも聞かせてやりたいぜ」

 

「欲の無い人間なのね。この前の奴とはまるで違うわ。人間って欲の塊みたいな奴ばかりと思ってたのに。……ところでどうしたの姉さん、さっきから黙って」

 

「……喋るとお腹減る。だから喋らない」

 

「あ、そうですか」

 

「それに…」

 

「それに?」

 

「………いや、なんでもない」

 

そういう紫苑の目は先程からちょくちょくクロに向いていた。周りを不幸にする能力持ちの彼女にとって黒の王は少々刺激が強かった様である…。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

それから暫くして店主とアレッタが料理を持ってきた。

 

「大変お待たせしました。こちらが魔理沙さんとお客さんのお料理、「海鮮丼」です」

 

魔理沙と女苑の前に出されたのは鉢からはみ出んばかりの…様々な色をした海鮮類が乗った丼。魚のひとつひとつがいずれもツヤがあって宝石の様にキラキラしており、鮮度も十分な事が見ててわかる。

 

「おースゲーなこれ」

 

「どの魚も光ってる…!」

 

「これは…確かに一見贅沢な料理ね。見た事無い魚ばかりだわ。魚卵みたいなものもあるじゃないの」

 

「本日使っている魚はマグロの赤身、中トロ大トロ、イカ、ヒラメ、甘えび、それとウニとイクラです。ご飯は酢飯にしてあります。こちらの出汁醤油をかけてお召し上がりください」

 

「そしてこちらがシオンさんのご注文された「牛丼」です!」

 

紫苑の前に置かれたのは同じく丼でその上には…煮込まれたたっぷりの牛肉、そして玉ねぎ。真ん中にはちょっとの紅ショウガ。こちらも見た目迫力が凄く、甘い匂いが食欲を掻き立てる。

 

「沢山の肉…しかも牛肉!」

 

「こっちも美味そうだな♪」

 

「豪快に食べてください!それが一番美味しい食べ方です。それではごゆっくり」

 

そう言ってアレッタと店主は下がっていった。

 

ぐぅ~〜…

 

「…いただきます」

 

においに食欲を掻き立てられた紫苑はまず上に乗っている肉だけを食べてみる。

 

「!…甘い、甘じょっぱい味付け。そしてお肉が凄く柔らかい。簡単に噛み切れる」

 

少し甘めのつゆで十分煮込まれているのがよく分かる位肉はとても柔らかかった。一緒に煮込まれてるらしい玉ねぎはシャキッとした歯応えを残し、存在を消してない。肉だけならばほんの少し物足りない感をしっかり補っている。上に乗っている紅ショウガのほんの少しピリリとした刺激もいい。

 

「次はご飯と一緒に…」

 

次に上の肉と白米と一緒に食べる。米が肉と玉ねぎの旨味、そして煮込んだつゆを存分に吸っていてこちらも間違い無い。上の具だけなら味が少し濃いがご飯と一緒に食べる事で牛丼は完成の味になる。

 

「…!」ガッ!ガツガツ…!

 

そうとわかればもう遠慮する事は無い。アレッタに言われた通り丼を持って豪快にかき込む紫苑。米と肉、そしてつゆが口の中に押し寄せ、食べるのをやめられない。

 

「そ、そんなに慌てて食べたら喉詰まるわよ」

 

「まあまあ美味いんだったらしょうがねぇさ。私達も食おうぜ♪」

 

「え、ええそうね。いただきます…どこから食べようかしら」

 

魔理沙と女苑も自分達の海鮮丼にとりかかる。まず上に出汁醤油をかけるとより光沢が映えた様にも見える。女苑が箸を入れたのはマグロの赤身。店主の言った通りほんの少し専用の醤油をかけ、赤身と下の酢飯を一緒に口に運ぶ。

 

「!…美味しい。この魚、マグロだっけ。見た目と違ってちょっとシャキッとした歯ごたえでサクッと切れて味が濃くて、でも後味はサッパリしてるわ…!」

 

一方魔理沙が食べたのは真っ白なイカの刺身。ねっとりとした舌触りにコリコリとして歯を押し返す強い弾力。しかしいたずらに固いのでなく程よく柔らかい。

 

「おおイカって面白い歯ごたえだな。舌触りはちょっと独特だけどコリコリしてて、見た目によらずこれも味もしっかり濃くて風味が良いぜ♪」

 

次に女苑が食べたのは大トロ。それにかかった出汁醤油に脂が浮くのがそれだけ脂がのっているという事を意味している。食べてみると、

 

「…!な、何これ?こんな魚初めて食べたわ…!口に入れた瞬間から魚の脂を感じて…あまり噛まずにあっさり溶けちゃった!」

 

魔理沙が次に食べているのはウニ。見た目が独特なそれはほんの少しの苦みを含んでいて、とても濃厚な味わい。そしてイカ以上に風味を感じる。

 

「このウニっての苦味があってちょいクセあるけど…とろみがあってなめらかで牛酪みたいに濃厚だぜ。醤油ともよく合うな」

 

他にも赤身と大トロの間位で程よく脂がのっていて食べやすい中トロ。

淡白だがしっかりとした歯応えと旨味があるヒラメ。

ぷりっとしてて名前の通り甘みが強い甘えび。

中に濃厚な味わいのエキスを含むぷちぷちとした食感が楽しいいくら等、どれも美味で勿論酢飯にも醤油にも合う。

 

「まるで海産物の宝石箱だな♪」

 

「確かに豪華で美しくてお腹もいっぱいになるわ。人間もやるじゃない♪」

 

ドンッ!

 

「牛丼おかわり!」

 

「まだ食べるのかよ紫苑?」

 

「こんなに美味しいもの、食い溜めしておかなきゃ損」

 

「紫苑の言う通りだわ。私もおかわり!」

 

「お前まだ食いきれてないじゃないかよ」

 

先程の生気のなさはどこへやら、力強くそう返事する紫苑女苑と笑う魔理沙だった。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

(ありがとうございました)

 

「また来てくださいね!」

 

「そ、そうね〜。また都合が合えば、ね」

 

「女苑が来なくても私は来る。また必ず来る」

 

「こ、来ないなんて言ってないでしょ!扉を見つけられたらって話よ!」

 

そう言うふたりの手にはおみやげのステーキサンドがあった。魔理沙のはシュークリームである。

 

「今回も美味かったぜおっさん♪」

 

「ありがとうございます」

 

「そう言えばマリサさん、今日はレイムさんは一緒じゃなかったんですね?」

 

「私だって四六時中あいつと一緒って訳じゃないのぜ?家の掃除に誘ったらいなくなって……あ」

 

 

…………

 

霧雨魔法店

 

 

〜〜♪

 

その後、食事を終えた魔理沙は依神姉妹と別れて自宅に戻ってくると、

 

「悪い悪い遅くなっちまった!キノコ探ししてたらあのねこやの扉見つけ…て」

 

魔理沙の目に入ってきたのは…全て綺麗に片付いた部屋。そして、

 

「す〜…す〜…」

 

疲れてテーブルで眠っているアリス。どうやら全部片付けてくれた後に疲れて眠ってしまった様だ。

 

「……」

 

そんなアリスを見た魔理沙はそっと彼女に毛布を掛けてあげると、

 

「…ありがとなアリス。よーしこいつが元気になる様、魔理沙秘伝のキノコシチュー作ってやるか♪」

 

小さくそんな事を言いながら魔理沙は採って来たキノコとシュークリームを手にキッチンに向かった。




メニュー20

「ハンバーガーセット」

おみやげでなく手料理でアリスへのお礼にした魔理沙でした。
次回は以前ほんの少し出た少女の回です。


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メニュー20「ハンバーガーセット」

お気に入りが750に到達しました。ありがとうございます!


紅魔館

 

 

とある日の紅魔館。そこのテラスの大きな日傘をさしたテーブルで今日も当主レミリア・スカーレットがまったりと過ごしていた。その横ではメイド長である咲夜がお茶を用意している。

 

「今日もいい天気ねぇ。冬が近づいて空気も澄んできたし…今宵もいい月が出そうね」

 

「……お嬢様、お茶が入りました」

 

「あら、今日は私が好きなケーキじゃない、気が利くわね。そう言えば咲夜、フランやパチェ達はどうしたかしら?」

 

「パチュリー様ならもうすぐ来られると思いますよ。妹様でしたら先程お外に出て行かれました」

 

「そう。…ひとりで?ちゃんとパチェのクリームは塗った?」

 

「ふふ、ご心配なさらずともちゃんと塗ってから出て行かれましたよ。あと美鈴とこあも一緒です。妹様に引っ張られていかれました」

 

「…ならいいわ」

 

愛想ない返事で返すレミリアだが妹を誰よりも大事に思っている事を咲夜含め紅魔館の皆が知っている。

 

「それにしてもあの子も随分外に出る様になったわね。昔とは大違いだわ。…ま、ほぼ私のせいだけど」

 

「お嬢様、それは…」

 

「いいのよ咲夜。でもそう考えるとあんな事を起こしたのも強ち無駄じゃなかったのかもね」

 

レミリア始め紅魔館の住人、そして紅魔館は元々幻想郷のものではなく、先の守矢神社と同じ様に別の世界から来た者達である。ある日レミリア達は自分達が自由に暮らせる世界を作ろうとし、幻想郷に館ごと転移してきた。そして吸血鬼の弱点である日の光を永久に隠そうとし、空を晴れること無い紅い霧で覆い尽くした。後に「紅霧異変」と呼ばれる様になる事件である。異変そのものは霊夢や魔理沙によって阻止され、霧も晴れ、全てが無駄に終わった様に見えたが…得るものもあった。とにもかくにもレミリア達は今では自分達の運命は幻想郷と共にあると言える程もうすっかり馴染んでいる。

 

「それにしてもあの子ったら私に断りも無く出ていくなんて…」

 

「その事なんですが」

 

 

ガチャリッ

 

 

その時、パチュリーがテラスに入って来た。

 

「あら、こっちは噂をすれば。遅いわよパチェ」

 

「…研究を詰めてたのよ」

 

「そういえばパチュリー様。最近何やら忙しいとこあから聞きましたが…?」

 

「…まぁね。でもそのかいあって一応の目処はたったわ」

 

「一体何の研究よパチェ?」

 

するとパチュリーは手に持っていた本を出す。

 

「実は以前、ヴィクトリアにある魔法陣を教えてもらったのだけど…」

 

「ヴィクトリア…ああ、異世界食堂で貴女が知り合ったエルフと人間のハーフね。この前も会っていたわね」

 

「…その事なんですがお嬢様、私は以前行きましたし、美鈴やこあはともかくとして、妹様は連れて行って差し上げても宜しかったのではないですか?落ち着いて頂くのに苦労したんですからね…」

 

「だってまたお寝坊さんしちゃったんだから仕方ないじゃない。おみやげも持って帰ってきたしチャラよチャラ♪次に見た時は考えてあげましょ」

 

そう、実はレミリアとパチュリーは最近偶然にも再びねこやへの扉を見つけ、訪問していた。因みにその時は紅魔館の大図書館のカーテンの裏に現れていたのだが…フランドールはまた連れて行ってもらえなかったらしい。

 

「はぁ…それはさておきパチュリー様、ヴィクトリアさんに教えて頂いた魔法陣とは?」

 

「ええ…一種の召喚魔法みたいなものよ。…ねこやの扉を呼び出す陣」

 

「! ねこやの扉を?」

 

「最初にねこやに行った時、ヴィクトリアに存在だけは教えてもらっていたのだけれど…」

 

驚くレミリアと咲夜にパチュリーが説明する。

異世界に七日に一度現れる洋食のねこやの扉。客の多くは其々自分が知っている扉から来店するが、場所によっては遠かったり辿り着くのに一苦労するものもある。そんなある時ヴィクトリアの師であるアルトリウスはねこやの扉の出現時に一種の魔力が生じている事を突き止め、この魔力の流れに干渉し、扉の出現場所を意図的に操作する方法の研究を始めた。その結果出来たのがねこやの扉を呼び出すだけの魔法陣である。高度な知識と優れた魔力の制御が必要なので誰にでも使える訳ではないが。

 

「…そう言えば先日の博麗神社での宴会で幽々子や守谷の連中がそんな事言ってたわね。一瞬だけだけど力を感じたって」

 

「その魔力の流れをこの陣で掴み、操作して、幻想郷のどこかに現れる扉を陣の場所に呼び寄せると言うわけ…」

 

「扉を呼び出すって何時でもですか?」

 

「いえ、ヴィクトリアの話じゃ七日毎という条件は変えられないみたい…」

 

「けれど毎回あそこの料理を食べれるって事じゃない♪早速やってみなさいよパチェ」

 

「ええ…。今日は丁度また現れている日だから…試してみるわね」

 

そう言うとパチュリーは魔法で浮かせたチョークで床に陣を描いていき…ものの数分で複雑な陣が完成した。

 

「これが…洋食のねこやの扉を呼び出す陣、ですか?」

 

「ええ…。それじゃあ始めるわね…」

 

そう言うとパチュリーは目を閉じ、呪文を詠唱し、自らの精神を集中させる。

 

…パァァァァァ…

 

すると、ほんの少ししてから陣を構成している線が光を放ち始めた。

 

「さぁ…出てきなさい…。異世界の扉…!」

 

シュバァァァァァァ!!

 

光はどんどん強くなり…やがてひと際強くなった。…そして数秒程して光が収まり、魔法陣に何か変化ある……、

 

「…………?」

 

「……あれ?」

 

と思ったのだがしかし、扉どころかその場所には何の変化も起こっていなかった…。

 

「何も起こりませんね…?」

 

「…あ、あら?お、おかしいわね…そんな筈は…………あ」

 

驚きながら手に持つ完成図と地面の図を照らし合わせたパチュリーは気づいた。床の陣のごく小さい一部分だけ完成図と違っている。どうやら書き間違っていた様だ。

 

「ま、まさか陣を書き間違えるなんて…このパチュリー・ノーレッジ、一生の不覚だわ…。こんな事アリスはまだいいとしてあの魔理沙に知られたら…む…むきゅ〜」

 

「お、落ち込まないでくださいパチュリー様。お疲れだったのですしそれに原因はわかったのですから」

 

「…でもパチェ、失敗の割にはさっき成功したみたいな感じも出てたけれど?」

 

「……ええ。見直してみたけど扉の出現を探知したのは確かよ。ただ…扉をこの陣の上に召喚する部分で失敗したみたい…」

 

「それってつまり…?」

 

咲夜の質問にパチュリーはこう答えた。

 

「簡単にいえば途中で落っことしたのよ…。恐らくだけど…ここの近くに」

 

 

…………

 

…少し前、紅魔館のすぐ近くの場所にて。

 

「も〜!なんで見つからないのよ〜!」

 

日傘をさしながらぷんぷこ怒っているのは金髪に赤と白を基調とした服、そして背中からハ色に輝く羽を持つ少女。レミリアの妹、フランドール・スカーレットであった。どうやら何かを探している様だが…、

 

「お、落ち着いてください妹様。幻想郷といっても広いんですからそんなに簡単には見つかりませんよ」

 

そしてフランドールに付き添うのは咲夜と同じくレミリアの従者にして紅魔館の門番である紅美鈴と、

 

「無闇に探すよりは大人しく館で待っていた方が良いですってば~」

 

そして主にパチュリーの召使いとして働く小悪魔のふたり。

 

「だって今まで2回出てきて2回ともお姉様に黙って行かれちゃったのよ~。また先越されたらどうするのよ~。だから絶対に先に見つける必要があるの~!聞いたら悪戯好きの妖精達やチルノ達だって行ったらしいじゃない。私だって行きたいのに~!」

 

どうやらフランドールが探しているのはねこやの扉らしかった。美鈴と小悪魔はそれに連れ出されたらしい。そして周辺を探した結果見つからず、諦めて帰って来たらしかった。

 

「う~ん…でも肝心の扉がどこに現れるか全くわからないんじゃ探しようが…」

 

「む〜…案外呪文とか唱えたら出てこないかしら。ひらけ〜ゴマ!」

 

「妹様、それは扉を出すんじゃなくて開けるおまじ」ゴン!!「いったー!!」

 

とその時美鈴が何かに思い切りぶつかった。あまりに突然で避ける事も出来ずに派手な音が鳴り、顔面を抑える美鈴。

 

「め、美鈴大丈夫!?」

 

「いったたた…な、なんですか一体〜?というか私何にぶつかったんですか〜?」

 

「……」

 

「め、美鈴…」

 

「へ?……えーー!」

 

フランドールはポカンとし、小悪魔は目を見開いてぶつかったそれを美鈴に伝え、それを見た美鈴は驚く。彼女らの前に今の今まで無かった筈のあるものが存在していた。木で作られた、金のドアノブの、猫の看板がかかった扉。

 

「と、扉!?な、なんでこんなところに突然!?」

 

「そ、それもあるけどほら!この看板!」

 

「……洋食のねこや…ってええ!」

 

驚く美鈴と小悪魔。一方フランドールは違った。

 

「やったー!遂にお姉様より先に見つけたわ!きっと神様が可哀想な私に授けてくれたのね!早速行きましょ♪」

 

「で、でも妹様!まず先にお嬢様達にお知らせしたほうが」

 

「ほらほら行くわよ♪」

 

「ちょっ、ちょっと引っ張らないでください~!」

 

聞く耳持たないという感じでフランドールは扉を開けると小悪魔を引っ張って行ってしまった…。

 

「……もう〜!怒られても知りませんよ!知りませんからね!」

 

そしてふたりだけを放っておく事もできる訳なく、美鈴もついていくしかなかった…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

大喜びで扉に飛び込んだフランドールと巻き込まれた形になった小悪魔と美鈴がその先で見たものは自分達が住んでいる紅魔館に雰囲気が似ている様で違う。紅を主体としたそれとは違って木の落ち着く雰囲気の部屋と家具、そして幻想郷では見た事無い種族達。

 

「わ~!なんか凄い凄い!」

 

「前に扉の外からちょっとだけ見たけど…やっぱり驚くね」

 

「人間はともかくとしてあんな耳尖ってる人や小さい妖精が外の世界にいる筈無いし…あれがお嬢様やパチュリー様の言ってた異世界の人なのかな」

 

三人とも反応は其々。そしてそこにアレッタとクロが近づいてきた。

 

「いらっしゃいませ~!(ませ)三名様ですか?」

 

「…え、え?い、今頭に声が」

 

「ねぇねぇ!ここって外の世界のご飯屋さんなんだよね?」

 

「はい!ここは洋食のねこやっていう料理屋です!」

 

「やっぱり~!お姉様やパチュリーから聞かされてずっと来たかったんだ♪」

 

「…お姉さんやパチュリーさん…?…あ、もしかしてお姉さんて、レミリアさんの事ですか?」

 

「うんそうだよ。私はレミリアお姉様の妹、フランドール。吸血鬼、フランドール・スカーレットよ♪貴女は…人間じゃないわね?」

 

「はい、私は魔族なんです。フランドールさんですね。私はアレッタと言います!」

 

(…クロと申します)

 

「…あれ?貴女の声ってなんか変な感じがするね?それになんか…私達に似た力を感じるわ。貴女ももしかして吸血鬼?」

 

(いえ、私は違います)

 

「ふ〜ん、まいっか。あ、ほら、美鈴とこあも自己紹介して♪」

 

「あ、は、はい!紅魔館の番人にして普通の妖怪、紅美鈴です。は、初めまして!」

 

「私は小悪魔だよ~♪宜しく~!」

 

「メイリンさんと…えっと…小悪魔さんで宜しいんですかね?」

 

すると奥から店主が顔を出した。

 

「いらっしゃい」

 

「あ、人間だ。ねえもしかして、貴方が咲夜が言ってたここの店主さんなの?」

 

「ええ、私がこの洋食のねこやの店主です。どうぞゆっくりしていってください、幻想郷からの新たなお客様」

 

「ほ、ほんとに人間がこんなお店をやってるんですね…」

 

「マスターのご飯は全部美味しいですから是非一杯食べてってください!」

 

「は、はぁ」

 

「それじゃあお席に」

 

「なぁだったらこっち来なよ」

 

その時、席に案内しようとしたアレッタ達とフランドール達に声をかける一画があった。

 

戦士らしい恰好をした少年

「俺達もつい今来たとこなんだ。一緒に飯食おうぜ♪」

魔術師らしい恰好をした少年

「ちょっとジャック、いきなり失礼ですよ」

冒険者らしい恰好をした少年

「まぁまぁいいじゃないかケント。リディもいいか?」

ローブの少女

「う、うん」

 

声をかけたのは軽鎧と片手剣、そして小盾を身に着けた茶髪の少年。

ローブと杖といういかにも魔術師らしい恰好をした黒髪の少年。

ひとり目の少年と似た恰好だがやや身なりが良い金髪の少年。

そして最後はケインと呼ばれた少年と同じくローブを着た長い黒髪で白い肌の少女。

 

「いいだろ?飯は大勢で食べた方が美味いしさ♪」

 

「ありがとうございます皆さん。どうでしょうかお客様?」

 

「う~ん…いいよ!美鈴とこあもいい?」

 

美鈴と小悪魔も頷き、三人は少年達の隣のテーブルに案内され(折角という事なんでクロがテーブルを繋げた)、アレッタが人数分の水とおしぼりを用意した。

 

「相変わらず凄い力だなクロの姉ちゃん。あ、誘っておいてなんだけどありがとな♪一回異世界の人と交流してみたかったんだよ」

 

「こ、こちらこそ気を遣っていただいてありがとうございます」

 

「あの~妹様や私は見ての通り人間じゃないんですけど怖くないんですか?あ、正確には美鈴もだけど」

 

「新しい世界の事はタツゴロウさん達から教わってたからね。それに僕達の世界は人間以外にも多くの種族がいますから」

 

「うん。エルフやリザードマンや小人、果てには魔族やドラゴンまでな」

 

「へ~ドラゴンまでいるんだ~!楽しそう~♪あ、私はフランドール・スカーレットよ。吸血鬼なの。宜しくね」

 

「吸血鬼か…。一応聞いておくが人間を襲う事は無いな?」

 

「う~んお姉様と違って私はその気はあんまり無いかな~。むしろ私はきゅっとしてドカーンっていう方が好きだし」

 

「…きゅっとしてどかん?」

 

「あー気にしなくていいですよ!わ、私は紅美鈴と言います!宜しくお願いします!」

 

「小悪魔だよ。宜しくね♪」

 

ジャック(三人ともハンバーガー)

「フランドールにメイリンに…えっと小悪魔でいいのか?俺はジャック。冒険者でこのパーティーの一応リーダーだ。宜しくな」

ケント

「ケントと言います。魔術師です。まだまだ修行中ですけど」

テリー

「テリーだ。一応この中では年長だ。宜しく頼む」

リディアーヌ(チキン南蛮)

「り、リディアーヌと言います。よ、宜しくお願いします」

 

「うん宜しく~♪」

 

「ところでさっき、えっとジャックさんが言ってた冒険者ってなんですか?」

 

「え、知らないのか?冒険者ってのは………ケント、テリー頼むわ」

 

「たくジャックは…。冒険者というのは文字通り冒険をする者、世界をめぐる旅人の事です。報酬や戦いを主な目的とする傭兵や遺跡や財宝を探すトレジャーハンター等の冒険者もいます」

 

「僕とジャックとケントは同じ町出身の幼馴染なんだが…前から外の世界に憧れていたんだ。そしてある時この異世界食堂の扉を見つけて、そこで多くの人や物に出会って、より世界の広さに興味を持ったんだ。そして成人になったと同時に冒険者になって旅に出た。そういう事だ」

 

「まだまだ知らない事や助けられてばかりだけどやっぱり冒険ってのは面白いからやめられないぜ♪色々な事故に巻き込まれる事もあるけどな。この前ケントがファイアバグの巣に落ちた時なんかほんと冷や冷やしたよな~」

 

「何言ってるのよジャック。落ちたの貴方じゃない。ケントと私の水魔法で弱らせた間にテリーが救出したんじゃないの」

 

「…あれ?そうだっけ?まぁいいじゃないか助かったんだし♪ハハハ」

 

「調子いいなぁもう」

 

「なぁそれよりもそっちの世界について聞かせてくれよ!新しい世界って興味あるんだよ」

 

「え、えっと私達が住んでる世界は幻想郷って言って…」

 

 

…………

 

「…ふ~ん店主さんと同じ世界から更に別れた世界か~。そんな世界もあるなんてな!」

 

「ええ驚きです。天界や魔界だけでなく、月の都に冥界まであるなんて…」

 

「世界というのは本当に不思議で、そして広いな」

 

「最も私達も元は幻想郷の住人じゃないんだけどね~」

 

「幻想郷に移ってきてもう結構経ったからね」

 

「なぁ、俺達はあんた達の世界に行く事は出来ないのか?」

 

「う~んとっても難しいですね〜。繋がったら繋がったらで色々大変ですからね」

 

其々がそんな感じで交流する中…フランドールがリディアーヌにこんな質問を。

 

「…ねぇねぇ、貴女の足何それ?人間じゃないよね?」

 

最初に見た時はローブに隠れて気づかなかったがわかった。リディアーヌという少女の足が二本足でなく、まるで蛇の様な、爬虫類みたいなものである事に。

 

「ほ、ほんとですね」

 

「あ、えっと、あの…私はラミアなんです」

 

「…ラミアって何?」

 

フランドール達の疑問に少女が答えた。

赤の神に仕えし人ならざる者。女性の上半身と蛇の下半身という竜に近い姿で高い魔力と知識を持つ。そして女しか生まれず、他種族の男と交わる事で血を継ぎ、世代を続けていく種族。それが「ラミア」である。

 

「じゃあリディアーヌさんのお父さんも人間なんですか?」

 

「うん…多分」

 

「多分?」

 

「ああ…リディは実の両親の顔を知らないんだよ。卵の頃に育ての親父さんに買われたらしいんだ」

 

「す、すみません…」

 

「ううん大丈夫。お義父さんはいい人だったし、私をちゃんと育ててくれた。でも外の世界には出るなって言われた。魔物は人間とは仲良くできない。ひどい目に合うだけだって。だから私が知ってるのはお義父さんと一緒に暮らしていた塔と直ぐ近くの森だけ。そのお義父さんも死んじゃって…ジャック達に出会うまではずっとひとりぼっちだったんだ。言いつけを守ってずっと閉じ籠もってたから」

 

「閉じ籠もってた…」

 

何か思い当たる事があるのかフランの表情が一瞬曇った。

 

「俺達はリディのお義父さんに用があって来た時にリディに出会ったんだ。そしてここねこやで一緒に飯食って、一緒に旅に出始めたって訳さ」

 

「…そうなんだ。…怖くなかった?」

 

「…正直最初はとても不安だったよ。本にも魔族は人とは相いれない種族だって書いてあったから…自分の住処から出る気もしなかった。でもこのお店に来て、そしてジャック達に一緒に旅に出ようって言われて、とても嬉しかったんだ。それで外の世界に出たら、本でしか知らなかった世界が、ううん本でも知れなかった世界がパーッって開けてさ。あのままだったら何もわからなかった…。だから今は楽しくてしょうかないの!」

 

「……」

 

迷い無い笑顔で言ったリディアーヌ。

そんな彼女にフランドールも思う事があった。彼女には姉レミリアよりも複雑な事情があった。

 

「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」

 

彼女曰く全てのものに「目」があるらしく、それが見えればどんなものでも破壊できる能力。無論その危険性はレミリアにも知られるものになり、そのせいで彼女は実に495年間もの間紅魔館の地下で幽閉同然で過ごしてきたのだ。当然かもしれないがその中でフランドールは孤独で闇を抱えていった。自分を閉じ込めた姉と全てのもの。そして同時に自分自身にも。どんな強固な壁で囲われようが檻に閉じ込められようが彼女の前では意味が無い。出ようと思えば出れる筈。でもそうしなかったのは自分にその気が起きなかったから。閉じこもっていれば日に当たる事も無いし、食べ物や玩具も何も苦労せず持ってきてもらえた。そんな境遇に甘えていただけだった。そんな中で先の紅霧異変が起こり、霊夢達とレミリア達が弾幕勝負を繰り広げる中でフランドールは遂に外に出た。戦いの中で姉との仲も戻り、霊夢達とも知り合えた。幻想郷で過ごしていく中で本来のものであったのだろう明るい性格も取り戻していった。それからは少しずつ外の世界に慣れようと努力しているのだ。

 

「そっか…うん、私その気持ちわかるよ。外って楽しい事が一杯あるものね!」

 

「そうだね!」

 

フランドールとリディアーヌ、そしてジャック達も交じって話が進む。そんな彼らを見て美鈴と小悪魔が笑う。

 

「妹様…変わられましたね」

 

「うん、とっても楽しそうだね」

 

「……あ、そう言えば話に夢中で僕達注文決めてなかったじゃないか」

 

「おおそうだった!まぁでも俺らの頼むもんって言えば決まってるしな。あ、フランドール達もどうだ?ここで一番のもん食えるぜ♪」

 

「そうなの?じゃあフランもそれにしようかな♪」

 

「私達もそれで構いません」

 

「じゃあ注文するか。アレッタさん、俺達はいつものヤツをお願いします。フランドール達にも同じものを」

 

「かしこまりました!」

 

注文を受け取ったアレッタが厨房に伝えに行き、店主の「はいよ」という声が響いた。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

「…あ、ところでラミアって女の子しか生まれないんだよね?」

 

「うん」

 

「じゃあリディアーヌもジャック達といつか子供創るの?」

 

「「「「………え!!??」」」」

 

「「い、妹様!!」」

 

 

…………

 

「お待たせしました~!(した)料理をお持ちしました!」

 

「お、待ってました!」

 

それから間もなくしてジャック達とフランドール達のテーブルに料理が運ばれてきた。ジャック達にはアレッタが、フランドール達にはクロが料理を出す。

 

料理はみっつ。

ひとつ目は厚みあるハンバーグと緑色の葉野菜、薄切りの玉ねぎとトマト、そしてチーズのもの。

ふたつ目は何やらとろみがあるソースがかかったハンバーグと玉ねぎと千切りキャベツのもの。

みっつ目は揚げられている鶏肉と葉野菜。そして細かく切られた野菜が混ざった白いソースがかかっているもの。

それらが丸い形をしたパンに綺麗に層を作る様に挟み込まれている。

 

(ご注文のハンバーガー、てりやきバーガー、チキン南蛮バーガー。そしてお飲み物のコーラのセットです)

 

「わあ~これがハンバーガーなのね!一回食べてみたかったんだ!」

 

「知ってるのかい?」

 

「本で写真だけは見た事はあるけど本物を見たのは初めてだよ」

 

「咲夜さんが「お行儀が悪い」ってこういうの作ってくれないんですよね~」

 

「あとフライドポテトとオニオンリングは大きめのバスケットにご用意しました!」

 

「ありがとうございます」

 

「それではごゆっくり!」

 

「妹様、どれを召し上がられます?」

 

「どれ食べよっかな〜…あ、じゃあリディアーヌと同じものにしよっと♪お野菜も少ないし♪」

 

フランドールはリディアーヌと同じチキン南蛮バーガーを選ぶ。美鈴はケントと同じてりやきバーガーで、小悪魔はジャック、テリーと同じハンバーガーとなった。因みにフランにはニンニクは駄目だが玉ねぎは大丈夫という事は確認済みである。

 

「それじゃ折角だから乾杯するか」

 

反対する者もおらず、皆でグラスを合わせて「乾杯!」と唱え、コーラに口をつける。パチパチと口の中で弾ける炭酸、甘さと爽やかさが喉の奥に流れ込んでいく。

 

「!び、吃驚しました。見た目もですけどこんな感じの飲み物なんですね!」

 

「はは、初めて飲んだ時の僕らと同じ反応だね」

 

「あ〜、やっぱり疲れた時の一杯はコレだよな〜。じゃあ食べようぜ♪」

 

「「「「「「「いただきます(まーす)!」」」」」」」

 

再び全員でいただきますをし、食事が始まる。

 

「じゃ、じゃあ妹様、まずは私から念のため味見しますね」

 

「え~~」

 

小悪魔は手よりも大きいハンバーガーにかぶりつく。外のパンはふんわりと柔らかくて内側が焼かれている事で香ばしい。牛肉と豚肉の合い挽きハンバーグは分厚いが簡単に噛み切れ、肉汁と肉と香辛料の強い味がする。シャキッとした新鮮な葉野菜。ほんの少しの酸味が効いている赤いトマトと火を通した甘い玉ねぎ。熱でとろけたチーズと甘酸っぱいケチャップソース。多くの食材を一度に口に含んでいるのに全く味がケンカしていなく、ひとつにまとまっている。

 

「美味しい~!ハンバーガーってこんな味なんだね!色々な味がするよ!」

 

「そーだろ?肉を食べてるって感じするよな♪」

 

「うん。肉以外にも使っている食材のどれもが上質なものを使っているのがわかる」

 

「じ、じゃあ次は私が食べますね。もう美味しくなさそうなんて全然感じませんけど」

 

次に美鈴がてりやきバーガーに口を付ける。

香ばしいパンに挟まれたのはザクザクとした食感の千切りキャベツ、そして火を通していない生の玉ねぎ。新鮮さを感じる辛味が効いている。そしててりやきバーガーに合わせて別に作ったハンバーグ。軟骨が入っているのかコリコリとした食感がある。そしてそれらをより引き立てているのは甘みと風味が強いしたたる位のたっぷりなてりやきソースとマヨネーズというちょっと酸っぱいが野菜に抜群に合う白いソース。

 

「これは…ふわふわしててシャキシャキしててコリコリしてて面白い食感ですね♪。でもとても美味しいです!特にこのソースが病みつきになりそうです!」

 

「そうでしょう?ハンバーガーは肉の強い味が楽しめるんですがこっちは肉とソースの組み合わせがたまりませんよね♪」

 

「ね~もう私も食べていいよね?」

 

「あ、す、すみません妹様。はい、全然大丈夫です」

 

「じゃ、改めてもう一回いただきまーす♪」

 

我慢していたフランもチキン南蛮バーガーにかぶりつく。

強く感じるのはこんがりと揚げられた鶏肉。サクリという食感のすぐ後に中からじゅわっと鶏の脂、そして肉汁が溢れ出る。そして揚げ鶏が纏い、衣にもたっぷり含んだ甘酸っぱい半透明な茶色い酢が効いたソースと、みじん切りの野菜とゆで卵が入ったこれまた少し酸味がある白いソースが味に複雑さを生み出す。揚げ鶏だけなら味が単調になりそうだがこのソース達との組み合わせでより良い風味を生み出しているのがわかる。しかもこのソースがパンにも千切りキャベツにも抜群に合っていてより美味にさせている。

 

「美味しい!凄く美味しいねコレ!」

 

「そうでしょう!」

 

「それはリディが考えた料理なんだぜ」

 

「店主さんに試しに作って見て貰えませんかって言ったらほんとに作ってくれたんだよね」

 

「リディも随分積極的になったな」

 

「も、もう三人共!」

 

「あとこのフライドポテトとオニオンリングも決して外せないぜ?」

 

強い塩気とサクサクとした食感、ホクホク揚げたてがたまらないフライドポテトと、揚げられてより甘みが増した名前通り輪っかになっているオニオンリング。これも勿論。

 

「…これは危険な食べ物です。ずっと食べられます」

 

「うん。どんどん進んじゃうね…」

 

「これもコーラに凄く合うね~♪」

 

「そうだろそうだろ♪あ、アレッタの姉ちゃん、ハンバーガーお代わり!」

 

「僕はコーラをもう一杯お願いします」

 

「僕ももらおうか」

 

「あ、じゃあ私はチキン南蛮を別でお願いします」

 

そんな感じで今回も別の世界の者同士の賑やかな食事会は過ぎていった…。

 

 

…………

 

(ありがとうございました)

 

「今度は是非レミリアさん達も一緒に来てくださいね!」

 

「はい、必ずお連れしますね」

 

「また会ったら一緒に飯食おうぜ♪」

 

「と言っても僕達は冒険しながらだからたまに来れない時もあるけどね」

 

「まぁこれが今生の別れでは無いだろう。また会えるさ」

 

「そうですね♪」

 

「またねリディ!また一緒にご飯食べようね!」

 

「うん。楽しみにしてるねフラン!」

 

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

フランドール達が戻ってくると再び扉は消えた。空はとうに夕方でオレンジに染まっている。

 

「あ、扉消えちゃった」

 

「わ~もうすっかり夕方ですよ!」

 

「早く戻りましょう。お嬢様達が心配されてると思います!」

 

「呼ばれたかしら?」

 

とその時、後ろの方からフラン達とは違う別の声が聞こえた。嫌な予感しかしなかった美鈴と小悪魔がゆっくりと振り返るとそこには、

 

「おかえりなさい」

 

「随分遅い御帰還ね…」

 

「……」

 

レミリア、咲夜、パチュリーがいた。しかしその表情は笑っている様で全く笑っていない。その事に気づいた美鈴と小悪魔の顔が引きつる。

 

「お、お嬢様!それに咲夜さんとパチュリーさんまで!?」

 

「ど、どうしてここにいるんですか!?」

 

「…私が落とした扉の魔力をたどったらここにたどり着いたのよ。でも扉は無かった。つまり…誰かが入ったって事」

 

「そして…これが落ちてたわ」

 

咲夜が見せたのは…赤い長い髪の毛。美鈴のそれと同じ色の…。

 

「美鈴…。妹様に連れられたとはいえ、貴女がまさかここまで馬鹿とは思わなかったわ…。居眠りなんてレベルじゃないわよ…」

 

「…小悪魔。私の補佐でありながら…私に許可なく私が呼び出したものを使うなんて…いい度胸してるじゃないの…」

 

咲夜とパチュリーの怒気含む声に美鈴と小悪魔はすっかり怯えている。ふたりも決して弱くないのだが今はそんなもの全く関係無い様に感じる。

 

「…フラン。姉であるこの私に何の相談もせず扉を使い、しかもこん長い時間外出するなんて…本当に困った妹だわ。これは…相当なお仕置きが必要な様ね」

 

レミリアもまたフランドールにそう言い放つ。その手には今すぐにスピア・ザ・グングニルを出しそうな勢いだ。

そんな彼女に対し、フランドールはどうしたかというと…、

 

「……………ごめんなさい」

 

「……え?」

 

「…妹様?」

 

「…フラン?」

 

意外にも素直に頭を下げ、素直に謝った。思わぬ反応だったのかレミリアだけでなく咲夜もパチュリーも、果ては美鈴も小悪魔も思わずきょとんとしてしまう。

 

「勝手に扉に入ってごめんなさい。あとこんな遅くまで外出してしまった事もごめんなさい。リディやジャック達と一緒で楽しくて、つい遅くなっちゃったの。でもそのために皆に心配かけちゃって…ごめんなさい」

 

「……」

 

「咲夜、パチュリー。美鈴とこあを怒らないであげて。私が連れて行っちゃっただけなんだからふたりは悪くない」

 

「「い、妹様…!」」

 

「…でもねお姉様。私、ねこやに行けて良かったと思ってる。美味しいものも食べれたし、新しいお友達もできたの。だから今度は…お姉様も咲夜もパチュリーも皆で行こ!皆でご飯食べに行こ!」

 

フランドールは屈託ない笑顔でそう言った。そんな彼女の言葉に、

 

「…………ハァ。もういいわ」

 

怒りが急速に萎んでいくレミリア。

 

「危ない所に行ってた訳じゃあ無いし、ねこやに行って悪い事が起こるなんて事もあまり考えられないし。それに前に私も勝手に行ったんだからおあいこだしね」

 

「お嬢様…」

 

「…それに魔法を失敗したのは私だから…私も全く悪い訳じゃないし」

 

「…でもフラン。もし今度どこか行く時は必ず声をかけなさい。例えねこやだとしても」

 

「うんわかった!」

 

「美鈴小悪魔。今回は妹様に免じて多めに見るけど明日から暫くいつも以上にしっかり働いてもらうわ。異論は認めないわよ」

 

「「は、はい勿論です咲夜さん!」」

 

「それじゃあ寒くなる前に中に戻りましょうか」

 

「うん!あ、お土産貰ってきたんだった!皆で食べよう♪」

 

そう言ってフランドールは先に入って行く。その後ろ姿を見て、

 

「…あの子も成長したわね」

 

「子供の成長は早いものよ。…レミィも見習ったら?」

 

「あら、失礼ねパチェ。この完全な私にこれ以上なんの成長が必要というのかしら?」

 

そんな親友同士のやり取りを見ながら彼女らの従者達はそっと笑った。




メニュー21

「クリームソーダと持ち帰りのビーフシチュー」

次回はいつもとちょっと違う雰囲気の回。そして仕事の関係で普段より少し時間を頂きます。すみません。


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メニュー21「クリームソーダと持ち帰りのビーフシチュー」

遅くなりましてすみませんでした。
ただ次回も少し遅くなります。仕事の関係で全然執筆活動ができなくて…。
書きたいキャラは沢山あって必ず書きますのでお待ちいただけたら幸いです。


幻想郷の迷いの竹林。立ち込める霧と日々成長する竹で方向感覚を狂わされ、出る事が極めて難しく、普段はあまり人は近づかない竹林。その竹林の中に輝夜や永琳が住んでいる以前紹介した永遠亭があるのだがそれとは別にもう一軒小さな家がある。今回の物語はそこから始まる…。

 

「お邪魔します」

 

その家にひとりの少女がやって来た。長い藤色の髪からウサギの耳が生え、セーラー服を着た少女。永遠亭の住人、鈴仙・優曇華院・イナバだ。

 

「…おお、鈴仙か。久々だな」

 

そして鈴仙を迎えたのは銀色の髪に帽子、上下青色の服とスカートの少女。人里の寺小屋で教師をしている上白沢慧音。ただしここは彼女の家ではない。別の人物の家だ。

 

「あ、こんにちは慧音さん。お久しぶりです。…妹紅さんは?」

 

「妹紅なら今外に出てる。私は留守番だ。もうすぐ帰ってくると思うが…」

 

「…ただいま。おお鈴仙ちゃんか。いらっしゃい」

 

「あ、こんにちは妹紅さん。ご招待にあやかりにきました」

 

入ってきたのは長い白髪の毛先にいくつものリボン、白いシャツにとサスペンダーと赤いモンペ姿の、以前鈴仙が洞窟に落ちた時に助けてくれた少女、藤原妹紅。言葉からここは彼女の家らしい。

 

「以前あのお菓子を御馳走してもらったお礼がまだだったからね」

 

「姫様はすっごく悔しがってましたけど」

 

「輝夜にはまたなんか美味いもんで送っとくさ」

 

「おかえり。あいつらは無事に出られたか妹紅?」

 

「留守番させて悪かったね慧音。妖精達は無事に送り届けたよ。にしても鬼ごっこに夢中になっている間にいつの間にか出られなくなってしまうなんてね」

 

「すまないな。あいつらには今度よく言っておく」

 

「気にしなくてもいいよ慧音。妖精なんて自由なのが基本なんだしさ」

 

「お前はそう言うが教える側の身にもなってみろ」

 

「そうですよ妹紅さん。なんならてゐがイタズラした時ももっと叱ってやってください」

 

「はは…」

 

そんな会話をしつつ囲炉裏を囲む三人。何か調理中か鉄鍋から湯気が出ている。

 

「いいにおいですね~」

 

「以前私が食べた「すぱげってぃ」というものとはまた違うにおいだな。昨日行ったのか?」

 

「ああ夜にな。もうご飯は食べてた後だったから食事はしなかったんだけど」

 

「それでお持ち帰りというわけか」

 

「なんてお料理なんですか?」

 

「ええと確かこれは…」

 

 

………

 

パチパチ…

 

「……」

 

時は昨日の夜まで遡り、場所は再び竹林の中。焚火をたきながら妹紅は時々空に浮かぶ見事な満月を眺めている。夜はこうするのが彼女の定番、という程ではないし友人達と過ごすのも好きだが、こうして月光浴しながらひとり過ごすのも妹紅は気に入っている。

 

(今宵もいい月だね…)

 

そう言う妹紅の頭にひとりの人物が浮かんでくる。自分とは切っても切れない関係で、腐れ縁で、宿敵みたいで、でもケンカする程仲が良いとも言えない事も無い人物。彼女と同じ長い、とても綺麗な黒髪の少女。思わず頭を振る妹紅。

 

「やれやれ全く…満月を見るとどうも輝夜を思い出してしまうね」

 

妹紅が言うその人物とは永遠亭の住人にして主、月からの移住者にして逃亡者でもある少女にしてかぐや姫その人、蓬莱山輝夜。藤原妹紅と彼女には深い縁がある。とても深く、とても長い縁が…。

 

「今更だけどもうあいつとの付き合いもどれ位」

 

ひゅぅぅぅぅ…

 

「…そろそろ戻ろうか。風も出てきたし」

 

妹紅は焚火の火を消し、跡も残らない位綺麗に掃除した後、自分の家に戻ろうと歩き始めた。

 

「…そういや前に輝夜の悪ふざけのせいでここら辺でレミリアに出くわしたんだっけか…。あん時は迷惑したよ」

 

 

(私達にとって退屈は最大の敵なの。日々如何に退屈をしりぞけ、少しでも楽しく生きるかが重要。だから少しでも貴女の退屈を紛らわせようとしている訳よ♪)

 

(お前が楽しんでるだけだろが!)

 

(そこは一石二鳥ってやつ♪)

 

 

「…全く」

 

そう言いつつ苦笑いを浮かべる妹紅。そうしている内に自分の家が見えてきた…、

 

「……ん?」

 

思わず妹紅は立ち止まる。自分の家の扉の前に…立ちふさがる様に別の扉があった。

 

「こ、こりゃあどういう事だ?…洋食のねこや…!これって…まさか前に慧音や鈴仙ちゃんが行ったっていう…!」

 

妹紅の頭に浮かんだのはひとつの扉の事。木造りで、金のドアノブで、洋食のねこやと書かれている猫の看板がかかった扉。目の間にあるそれは今幻想郷の住人達の間でひそかに話題になっている扉に相違なかった。

 

「ほんとに突然なんだねぇ。まさかうちのこんな目の前に出るなんて…。う~ん。でも、もう、さっきご飯食べたからあんまりお腹空いてないんだけどな…」

 

時刻は結構遅い時間。既に夕飯も終えている妹紅は入るか否か少し悩み、

 

「…でもどちらにしろこんなとこにあったら家に入れないし…しょうがないね、行くだけ行ってみるか」

 

そう決めた妹紅は扉のノブに手をかけた…。

 

 

…………

 

…………♪

 

 

妹紅が扉を開けるとそこは今まで自分がいた森とは全く違う見た事無い場所だった。

 

「こ、こりゃあ…予想以上だ…」

 

驚く妹紅。するとそこに彼女に気づいたクロが近づいてくる。

 

(いらっしゃま……)

 

「え、い、今頭の中に急に声が…。吃驚した、これってあんたの能力かなんかかい?」

 

(……)

 

だがクロは何かを考えている様な表情で妹紅を見ているだけ。するとそこにアレッタも近づいてくる。

 

「いらっしゃいませー!ようこそ洋食のねこやへ!」

 

「洋食のねこや…。じゃあやっぱりここが今幻想郷で噂になってる飯屋なのか」

 

「はい。ここはねこやという料理屋です。お客様も幻想郷の方ですね。私はここで働いてますアレッタです。宜しくお願いします!」

 

「アレッタか…いい名前だな。私は妹紅、藤原妹紅。えっと…なんて言ったらいいのかな?ごめんね、挨拶は苦手なもんで」

 

「いえいえ大丈夫ですよ。モコウさん、ですか。珍しいお名前ですね。あと凄く長くて綺麗な白髪ですね」

 

「はは、まぁそっちの人達からしたらそうかもね。髪は…まぁありがとうね」

 

「…?あ、すみません。もし良ければ何か食べて行ってください!ギリギリですけどまだディナータイムですので」

 

「…でぃなーたいむ?まぁいいか。う~んそうしたいのは山々なんだけどもうご飯は食べてるからあんまりお腹空いてないんだよね」

 

「でしたら何か甘いものでもどうでしょうか?お菓子やお飲み物だけ召し上がられていくお客様も多いですよ」

 

「……そうだね。じゃあ軽い物位だけどいいかい?」

 

「はい勿論です!お席にどうぞ!」

 

そう言われて妹紅はひとつのテーブルにつく。時間が遅い事もあってか客は彼女以外には離れたテーブルに酒瓶を手にふたりの寝ている男がいる位。

 

(こういう場所にひとりで来るってのはどうも慣れてないから緊張するね…)

 

そう思う妹紅だが、店に入ってきた時からひとつ気になる事があった。

 

(ここ…強い炎の力を感じる。悪いもんじゃないから…ここを加護してるのかな…。でもこれ程の力が外の世界にあるなんて)

 

店を加護する様に存在している自分と同じ、いやそれ以上かもしれない強い炎の力。それを妹紅は感じ取っていた。

 

(おしぼりとお水、そしてメニューです)

 

「…おおやっぱり頭に声がする。まぁ気にしなかったらいいか。ありがとね」

 

(先程は失礼しました)

 

「さっき?…ああ質問に答えなかった事かい?気にしなくていいよ」

 

(ありがとうございます。…あの、お客様)

 

「なんだい?」

 

(……いえ、注文が決まりましたらお呼びください)

 

クロは何も言わずに下がった。

 

「? まぁいいか。…へぇ~随分色々なものがあるね。里の茶屋とか比べ物にならないな」

 

夕食は終えているので食事ものは飛ばし、デザートや飲み物のページに飛ぶ。

 

「ほ~甘味物もこんなに。外の世界のご飯屋は凄いもんだね。飲み物は……ん?」

 

妹紅の目がある物に止まる。今まで見た事も無い色をしたある飲み物に。

 

「…クリームソーダ。爽やかなタンサンと白い雲を思わせる甘みが楽しめる…。タンサンてのは炭酸の事だろうけど…色がなんでこんなに緑色なんだ?でも甘いものは好きだしちょっと興味あるかも」

 

そして妹紅はクロを呼んで、

 

「えっと、このクリームソーダというの貰えるかい?」

 

(かしこまりました。ソフトクリームかアイスクリームかどちらになさいますか?)

 

「じゃあ……アイスクリームってやつで」

 

(かしこまりました。少々お待ちください)

 

そしてクロは店主に注文を伝えに行った。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

(お待たせしました。ご注文のクリームソーダです)

 

暫くしてクロは妹紅の元にクリームソーダを持ってきた。綺麗なグラスにたっぷりと注がれた緑色のメロンソーダという飲み物。氷もたっぷりと入れられ、炭酸がぷくぷくと泡立つ。そしてその上にはアイスクリームという白い山を思わせる見た事無いものが乗っている。

 

(こちらのストローでお飲みください。ごゆっくりどうぞ)

 

「これは…思ってたよりずっと緑だ。…でもにおいは嫌いじゃないね。とりあえず飲んでみようか。すとろーって言ってたけど…これって吸い込むのか?」

 

取り合えず飲んでみる事にした妹紅は初めて見るストローの使い方に困惑しつつ吸い込んでみると、

 

「!び、吃驚した。急に入って来た。成程、ゆっくり吸い込むんだね」

 

今度はゆっくり吸い込んで飲んでみる。口の中に炭酸のパチパチという弾ける感触、次に果実を思わせる爽やかな風味と甘み。幻想郷にもラムネという炭酸飲料があるがそれとはまた違う味わい。

 

「…へ~色は変わってるけど中々に美味いもんじゃないか。夏とかに良いね。こっちの白いのはどうかな」

 

続いて上に乗っているアイスクリームたるものを一緒に出された匙ですくって食べてみる。口に含んだとたんまず冷たさを感じ、次に強い甘味と濃い乳の味、そして舌の上で雲の様にゆっくりと溶けていく。

 

「…こんなの食べた事無い。かき氷みたいに冷たくて、そして甘い。そして牛酪の様に滑らかに溶けていく…。これだけでも十分美味いね」

 

メロンソーダとアイスクリームの組み合わせのクリームソーダの味を妹紅は気に入った様子。

 

「こりゃ料理の方もきっと美味しいんだろうね。今度来た時はそっちも試してみようかね」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

とその時扉の鈴が再び鳴った。誰かが来店してきた様だ。

 

「来たぞ」

 

巨大な寸胴鍋を持ち、豊満な体つきで褐色の肌。黄金色の眼と真っ赤な長い髪。立派な黒い竜の角を生やした女性。クロと同じく異世界で最も偉大な神の一柱、赤である。先代店主との約束で必ずその日の閉店間際に来店する事になっているのだが最近は少しばかり融通が聞くようになったのか少しばかり早く来る事もたまにある。その赤は寝落ちているふたりの男を見てため息を吐く。

 

「…やれやれ、小奴らはまたこの体たらくか。娘、前みたいに片付けておけ」

 

「は、はい!あといらっしゃいませ!」

 

すると厨房から店主が出てきて挨拶をする。

 

「いらっしゃいませ。今日のご注文は?」

 

「やれやれいつも同じ事を聞くでない。妾の頼むものはいつ如何なる時も常にひとつ。だが…今日はちと他にも用がある。それが終わってから一皿頂こう」

 

「用、ですか?」

 

「うむ」

 

すると赤は突然歩き出したと思えば…妹紅のテーブルの前で止まった。

 

「…娘よ。少し良いか?」

 

「え?あ、ああ別に構わないけど…他の席もあるじゃないか?」

 

「お主と少し話がしたいのじゃ。…心配するな店主。迷惑はかけぬ。それと何か酒でも頼めるか?クロに持ってこさせてくれ」

 

「はぁ。わかりました。クロさん頼む」

 

いつもとは違う彼女の姿に少し戸惑いつつも店主はワインとグラスを用意し、クロに赤の所に持って行かせる。

 

「自分で注ぐから構わんぞ」

 

「赤…」

 

「わかっておる」

 

クロは頷いて下がる。赤はグラスに赤ワインを注ぎ、軽く一口付けた後に妹紅に話しかける。

 

「娘よ。名はなんという?」

 

「…妹紅、藤原妹紅だけど」

 

「モコウか。妾の事は…とりあえず赤とでも呼ぶと良い」

 

「アカ?変わった名前だね。まあいいか。そのアカさんが私に何の用だい?」

 

すると赤は自らの手をゆっくりと妹紅に向ける。

 

(…これでよい)

 

「!ま、また頭に声が…!」

 

(お主も声でなく心で話すと良い。そうすれば妾にも聞こえる)

 

「こ、心で?」

 

(試してみよ)

 

言われた通り妹紅は心で通じているかの有無を質問してみると赤はそれに答える。どうやら本当らしい。

 

(ほ、本当に通じてるのか…)

 

(この会話は妾とお主にしか聞こえぬ。少々聞かれたくない事を聞く故、こうさせてもらった)

 

すると赤は再びワインを一口飲み、困惑する妹紅に向き合うと、真面目な表情でこう聞いた。

 

(答えよ。お主何故、その命をもっておる?)

 

(!!)

 

目を見開く妹紅。そしてそれと同時に目の前の人物から強い力を感じる。赤が自らの力を少しばかり解放したのだ。感じたのは自らと同じ炎、それも極めて強い力。それはこの店に入って来た時に感じたのと同じものだった。

 

「あ、アンタ一体!?」

 

(心で答えよと言っておる)

 

驚く妹紅だったがその一声に思わず黙り、言われた通り心で尋ねてみる。

 

(こ、これで良いのか?)

 

(うむ。それで良い)

 

(…アンタ誰だ?何故気づいたんだ?)

 

(…妾はお主らの世界とは別の世界に住むもの。大陸によっては「七色の覇王」「六柱の竜」と呼ぶ者もおるが、最もわかりやすい言葉でいうなら…神の一柱、か)

 

(!神様、か…。成程ね…確かにそれほどの力ならそれも納得だな…)

 

(最もそんな呼称に興味は無いがな。…さて、お主の質問には答えた。次は妾の質問に答えてもらおう。お主一体何者じゃ?)

 

(……)

 

妹紅は黙っている。そんな彼女に赤はこう言う。

 

(我らの世界にもお主と同じそれを持つ者はわずかにおる)

 

(…え?)

 

(我らの血を得た者は皆、お主と同じそれを持つ。だが完全なものではない。青の者は水に、黒の者は夜の闇に触れねば弱まってしまう。…だがお主のそれは違う。扉の向こうからはっきりと感じたぞ。お主のその、命の力の強さを)

 

(……)

 

(答えよ。ここは妾の縄張り、ごまかしは付けぬと思っておけ)

 

(…………私は死ねないんだ…)

 

妹紅は少し考えた後に話す事にした。藤原妹紅。彼女には幻想郷の他の妖怪や神々とは全く違う能力がある。「死ぬことも老いる事もない程度の能力」。いわば不老不死である。嘗て数多くの人間や権力者が望み、そして叶う事は決してなかった命の循環に抗う禁断の秘術。何故彼女にそんな力が宿っているのか…。

 

妹紅は大昔とある貴族のひとり娘として生まれた。父はあの「竹取物語」の中でかぐや姫、つまり輝夜に求婚した貴族のひとりであった。この時初めて妹紅と輝夜につながりができた事になる。父は輝夜から婚儀の条件として提示された蓬莱の玉の枝という物を手に入れたが輝夜から偽物と見放され、求婚は叶わなかった。この一件で父の周りからの評判は下がってしまう。それでも父は輝夜を手に入れようと思ったのか、或いは恥をかかされた復讐をしようと思ったのか彼女に執着する様になり、家の経済状況は逼迫していった。周りの者も家族の言葉も聞かず落ちぶれていく中で父を止めようとした娘妹紅は邪魔者として家から追い払われた。この時妹紅は原因を作ったとして輝夜を憎む様になる。

それから少しの時が経った後に妹紅はとある話を耳にした。輝夜が月に帰る時、迷惑をかけた詫びとして帝にとある壺を残したが、それが富士の山に運ばれるというのだ。復讐心に駆られた妹紅はそれを奪おうと計画し、壺を運ぶ集団を利用する形で共に山に向かった。そして旅の終わりの時、妹紅は富士山頂で出会った木花咲耶姫という神から壺の中身について衝撃の事実を告げられたのである…。

 

(……蓬莱の薬、とな?)

 

(月の民が作ったっていう秘薬だよ。詳しくは知らないけど…例え身体が滅んでも魂が直ぐに新たな身体を作り出して死ななくなるっていう薬らしい。怪我や老いによる衰えなんかもあっという間に治すんだってさ。飲んだ者は蓬莱人って呼ばれるらしいよ…)

 

(…まさに不老不死の薬だな。妾の世界でも嘗て多くの者達が同じ様なものを生み出そうとしたがそのどれもが無駄に終わった。その者達が聞いたら狂って喜びそうじゃ。で、お主はそれを飲んだという訳か?)

 

(ああ。今思っても…全く馬鹿な事をしたもんだ)

 

(欲深い者達にとっては喉から手が出るほど欲しがる物と思うが?)

 

(不老不死なんて…一番手に入れてはいけないものなんだよ…)

 

壺の中身を妹紅達が知った後、一行はその薬を利用しようと争いを始めた。その結果妹紅と団の長以外の者は全滅、残った長も既に薬に興味を持っていた妹紅に切り捨てられた。そして妹紅は遂に壺の中身である蓬莱の薬を遊び心で口にしたのだった。

……それから彼女の人生は再び一変する。薬によってなのか彼女の美しかった黒い髪は真っ白に染まってしまった。更にどんなに時間が経っても老いる事もなく、怪我をしても直ぐ治る身体。そんな彼女を周囲が奇妙な目で見る様になるのはある種当然だった。いたたまれなくなった妹紅は人から避ける様に長く各地を放浪した。その途中何度も死ぬ様な目に、いや実際死んだ。妖怪や凶暴な動物に殺された事もあった。でも死ねなかった。どんな目にあっても、自害しようとしても死ねなかった。自分に絶望し、失意のままの妹紅がたどり着いた場所、それが幻想郷であったのだ…。

 

(そしてそこで私は輝夜のやつに会ったって訳さ)

 

(お主の父を貶めた娘とやらか。何故その者が幻想郷とやらにおる?)

 

(それは…あいつも私と同じ薬を飲んだからだよ。そして月から追放された。蓬莱の薬を飲むことは生み出した月にとっても最大の禁忌とされているのさ)

 

(成程な。行きついた場所がお主と同じだったという訳か。因果とやらかもしれぬな…)

 

嘗て妹紅の人生を狂わせるきっかけになったと言えなくもない輝夜。彼女もまた妹紅と同じ様に蓬莱の薬を飲み、不老不死の身体となっていたのだ。そして長い時の後に彼女らは巡り合った。赤の言う通り因果と言えなくもない。

 

(わかったかい?どんな目にあっても、例え光や自然や何も無くなった世界になっても死ぬことが許されない、永遠に生き続ける化け物。それが私って訳さ…)

 

話が長くなって既に氷もアイスも完全に溶けたクリームソーダを前に妹紅は自虐気味にそう言って笑った。

 

(…お主は、今もその娘を恨んでおるのか?)

 

赤の質問に妹紅は、

 

(…まぁそりゃああいつの我儘で色々あったから恨んだよ。薬の事もなんてもん残していったんだってね。…でも、もう今はあんまりって感じかな。なんだかんだ言っても父があんな事になったのは父自身のせいだしさ。薬を飲んだのも私が勝手に飲んだんだし、自業自得だなって。もう千年以上も生きてたら恨みなんて薄れてくるって。だから輝夜とは今は腐れ縁というか…殺し合う程は仲はいいって感じかな)

 

(……)

 

(なぁ、アンタ結構な神様なんだろ?アンタなら…私を殺せないのか?)

 

(…無理じゃな。お主の命は妾の炎でも焼き尽くせぬ。恐らく嘗て妾が戦った(万色の混沌)にも不可能じゃろう)

 

(そっか…。もしできるんならあいつを連れてくるんだけどな。私より先に殺してやりたいから…)

 

少し残念そうな表情を浮かべる妹紅。最後の言葉は輝夜への気遣いの意味だろうと赤は思った。

 

(……嘗て妾と我が同胞は千年に渡る戦いの末に勝ち、世界を創造した。それよりおよそ三万年余り、お主と同じ様に長い日々を世界を見守りながら過ごしてきた。同じ様な生き方をしてきたわけではないがな。正直、妾も生きる事に飽きた事が無くも無い)

 

(三万年か…。長いね…)

 

(しかし、生きて良かったと思う事も今はある)

 

(…ふーんどんなんだい?)

 

(お待たせしました)

 

とその時、クロが今と待っていた様に赤の元に一皿を運んできた。赤がこの店で最も愛する料理を。

 

(これじゃ。この香り、この味、妾を誘惑してやまぬこの料理に出会えた事こそ、妾にとって最も幸運な事のひとつ。これに出会っただけでも約十万年以上生きている長い命に価値があったというもの♪)

 

一瞬ポカンとした妹紅。

 

(…ふふ、なんだそれ。理由が食べ物なんて随分軽い神様だな)

 

(…モコウと言ったな。お主自身も言うたが、過去に理由があったとはいえ、その薬を飲んだのはお主自身。しかも周りの者を蹴落としてまで。不老不死の罪は間違い無くそなた自身にある。それは否定せん)

 

(…ああわかってる)

 

(じゃがお主は自らの罪を認め、しかも自らを化け物と呼んだ。二度とその薬を飲んではならないとも。本当の化け物ならばそんな風に思わんものだ)

 

(……)

 

(先にも話した通り、妾にはお主の命を終わらせてやる事はできぬ。ましてやその薬とやらを生み出した幻想郷とやらでも無理ならば妾の世界でも無理じゃ。後々の世界ではわからぬがな。ならばせめて、いつかお主とその娘の命を終わらせるものに出会えるかもしれぬ時まで、日々の退屈を和らげるものにひとつでも多く出会う事が、何より必要と妾は思うぞ。妾にとってのこれの様にな)

 

 

(私達にとって退屈は最大の敵なの。日々如何に退屈をしりぞけ、少しでも楽しく生きるかが重要。だから少しでも貴女の退屈を紛らわせようとしている訳よ♪)

 

 

赤の言葉で友の言葉を再び思い出す妹紅。

 

(…そうだな、その通りかもね。えっと…アカさんだっけ。ありがとうな)

 

(構わぬ。妾も中々面白い話を聞けたからな)

 

(あああとひとつ。さっきアンタ十万年以上生きてるって言ってたけど、知り合いにもっと長生きしてる奴がいるよ。っていってもそいつも蓬莱人なんだけど)

 

(…ほう。どれ位じゃ?)

 

(えっと…確か五億年以上って言ってたけか)

 

この言葉に今度は赤がポカンとしたと思ったらその直後、

 

「…ふ、ふははは、ははははははははは!」

 

大声で凄く楽しそうに笑う赤。そんな彼女を見てポカンとするクロ。彼女からしても赤がこんなに笑うのは本当に数える位しか覚えがない。厨房から店主とアレッタも呆然としている。

 

「ははは……ふぅ…。こんなに笑ったのは久々だ。ここ数年で一番面白かったぞ娘」

 

「そ、そりゃどうも」

 

「そうか五億年か。妾等そやつからしたら赤子同然だな。くくく…」

 

すると赤は店主を呼んで、

 

「笑わせてくれた礼をせねばな。おい、店主。ひとつ頼めるか?」

 

「はい?なんでしょう」

 

 

…………

 

「…どうした妹紅?」

 

「妹紅さん?」

 

「…はっ。ああごめん。ちょっと考え事してた。えっとなんだっけ?」

 

「この料理の名前ですよ~」

 

「ああそうだったね。これは「ビーフシチュー」という料理らしい」

 

「ビーフ…確か外の世界で牛肉を意味するな」

 

囲炉裏に焚べられた鍋には赤が食べていたものと同じ料理が入っていた。昨日赤が「笑わせてくれた礼に、少しばかり分けてやろう。ありがたく思うが良い」と言って少し(とはいえ数人分はある)持たせてくれたのだ。鍋は食堂からの借り物だが店主曰く返却は次回でいいらしい。十分に温まった所で皿代わりのお椀に入れる。

 

「「「いただきます」」」

 

匙で掬い、湯気がたっているそれに息を吹きかけて食べてみると、味噌汁や鍋の出汁でも無いスープの濃厚な旨味が口に広がる。食材だけでなく香辛料や酒等沢山の具材が溶け込んだ複雑な味がする。そして何よりとろみがあるためかとても温かみを感じる。

 

(…美味い)

 

「は〜…これは濃いですね〜」

 

「ああ。だがただ濃いだけじゃない。とても繊細な味だ。具材の大きさは違うが前に食べたミートソースとやらに近いな」

 

「野菜もこんなに大きく切られてるのに匙で簡単に崩れますよ。どれだけ煮込まれてるんでしょう」

 

鈴仙の言う通り、人参じゃがいも玉葱と野菜のどれもがほろほろと崩れる程とても柔らかい上にそれらがしっかりスープの旨味も含んでいる。目玉はやはり名前にもなってる牛肉。薄く切られている訳でも無いのに口の中で簡単に肉の繊維が簡単に噛み切れる程柔らかく煮込まれていた。

 

「ほわ〜…凄く柔らかいですね〜。何の獣臭さもありませんし」

 

「全くだ。この肉といい野菜といい、これなら野菜嫌いな子供達も食べれそうだな」

 

「姫様にも食べさせてあげたいなぁ」

 

(…ふふ)

 

ビーフシチューを楽しんでいる彼女らを見ながら妹紅は赤、そして輝夜から言われた言葉を思い出しながら色々考えていた。今は終わらない命。もしかしたらこの先も永遠に。知り合いも、多分目の前の彼女らも何れは自分より先に死に、自分は残されていくのだろう。悲しいし空白の時間も沢山できるに違いない。ならばせめて彼女らの言う通り、その空白の一日一日を出来る限り充実したものに、思い出あるものにする様改めて努力しよう。そうすればその思い出を糧として生きていける。いつか自分や友に永遠の安らぎが訪れる事を信じて。

 

 

(…ねぇ妹紅)

 

(…あ?)

 

(例え全ての人間が死に絶え、妖怪達が消えても、私達は嫌でも永遠に付き合っていくんだから、今後とも宜しくね)

 

(…ふん、その前に絶対にお前を始末する方法を見つけてやる)

 

(…そういうものいいわね)

 

 

「…なぁふたり共」

 

「うん?」

 

「なんですか妹紅さん?」

 

「…やっぱりまだ当分退屈はしなさそうだ。あと鈴仙ちゃん、少し分けるから輝夜のやつに持って帰ってやってくれるかい?」

 

 

…………

 

昨日の夜、妹紅が帰った後のねこや

 

(……驚いた)

 

(ん?)

 

(赤があんなに楽しそうに笑った事。そして、ビーフシチューを分けた事も、凄く驚いた)

 

完食したばかりの赤にクロは心で話しかけた。

 

(…ふふ、妾とてたまにはふざける事はある。この店の者達の影響かもな。だがこれきりじゃ。ビーフシチューを食して良いのは妾のみなのじゃから。…のぉ、黒)

 

(…何?)

 

(長く生きておれば面白い事もあるものだな。そうは思わないか?)

 

(?…うん)

 

笑う赤にハテナを浮かべながら黒は返事をした。




メニュー22

「再びのブイヤベースと変わりカナッペ」


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メニュー22「再びのブイヤベースと変わりカナッペ」

もっと食事シーンを上手く書ける技が欲しい(苦笑)


季節は秋真っ盛りを超え、ぼんやりと冬の気配を見せ始めた頃…。

 

「ん〜、久しぶりに明るいうちの温泉もいいものね~♪」

 

「橙、誰もいないとはいえあまり温泉で泳いではいけません」

 

「は、は~い!」

 

「いいじゃないの藍。私達以外に誰もいないんだから」

 

「あまり橙を甘やかしてはいけませんよ紫様」

 

時間はお昼前、ここは幻想郷にある岩風呂温泉。見た目立派な温泉だが…よく見ると数は少ないが浮遊霊みたいなものがあちらこちらと漂っている。この温泉にもとある話があるがそれについては今は詳細は省いておく。ともかくそんな岩風呂で霊等おかまいなしに入浴を楽しむ三人の姿がある。

 

ひとりは幻想郷の管理者にして妖怪の賢者とも言われる大妖怪、八雲紫。温泉に入っているのに傘も相変わらずである

ひとりは二本のとんがり部分がある変わった帽子を被った短い金髪、そしていくつもの狐の様な尻尾を持つ女性。第一話にて紫の傍にいた女性だ。名を藍というらしい。

そして最後のひとりはふたり目の女性と同じ様に帽子を被った茶髪、そして数本の猫の様な尾がある少女。こちらは橙という名前らしかった。

見ての通り彼女らもまた人間ではない。彼女らは式。古来より陰陽師をはじめとする術者によって使役される神、式神であった。藍は紫が操る式神の中で最も優れた者であり、高い能力を持っている。橙はその藍の式神である。

 

「それよりも紫様…数ヶ月前から幻想郷に現れる様になった例のあの扉ですが、どうやら紫様の見立て通り、一度に現れる扉が日に日に多くなっている様です。すれ違いにはなったようですが最近妖精達と魔理沙達が同日に行ったらしい事を耳にしました」

 

「やっぱりそうなのね」

 

「扉が現れる場所の確実な特定は現時点においても全く不明です。間隔も七日に一度という条件は変わりません。ただ最近、紅魔館の者達があの扉を呼び寄せる術を掴んだとか」

 

「あら〜それは羨ましいわね。いつでも行けるって事じゃない」

 

「幸い人里への出現は今の所あの「鈴奈庵」と「寺小屋」のみです。その後不審な扉が現れたという報告はありません」

 

「あの御札があるとはいえ、里の人間があんな場所に行ってしまったら大変だものね」

 

「また、書物等の物質は可能ですが扉の向こうから外の世界の者が来たり、加えてこちらの者が外とは別の世界に行ったという報告もありません。人があの扉の先にあるという店を通じての世界の往来は不可能な様です」

 

「あの扉についている一種の安全装置なのかもしれないわね」

 

「…残念ながら現時点であの扉についてはこれ以上の有力な情報は掴めておりません。引き続き情報を収集していく考えです」

 

「頼りにしてるわ藍」

 

紫と藍が話しているのは勿論異世界食堂、ねこやの扉の事であった。あの扉が幻想郷に現れてから既に二ヶ月程が経っていた。紫達はあれからねこやの扉について調べているが、扉の出現理由については不明のままだったのだ。しかし紫はねこやの扉の出現にも何かしらの意味があると思っている。この幻想郷では無意味な事は起こらないのだから。

 

「もうすぐまた冬がやってくるのね~」

 

「しかし…紫様の適切なご判断と、上白沢慧音の協力で未だ人里を中心とした幻想郷への被害はないとはいえ、あの扉についてはまだ多くの謎が残ったままです。ましてや外の世界と繋がる扉など、危険性は非常に大きいと思います」

 

「まぁね~。近いうちに月や天界にも出るかもしれないわね」

 

「…宇佐見菫子がまた関わっている可能性は?」

 

「オカルトボールの事?確かにあれも博麗大結界の破壊という目的で彼女が起こした異変だけど…それは多分無いわね。というか…あの扉、確証は無いけど不思議と悪いものに感じないのよね。霊夢もあまり慌てていないみたいだし」

 

「…前にも申しましたが、紫様は今の博麗の巫女を少し買いかぶりすぎでは」

 

「何を言ってるのかしら藍。前にも言ったように、私は霊夢の可能性を信じているだけよ」

 

紫は藍や橙と同じく、霊夢に対しても全幅な信頼を置いている。一方の霊夢はそんな紫をぞんざいに扱うのが殆どだが幻想郷、そして博麗大結界にも欠かせない存在というのは重々承知しているので腐れ縁的な付き合いがずっと続いているのだ。

 

「それに紫様やあの幽々子殿のお話を信じない訳ではありませんが…本当なのでしょうか。人と人でない者が皆笑って一緒に食事する等…。人は本来自分とは違うものを恐れる生き物というのに」

 

「こちらでもしょっちゅう宴会やってるじゃない」

 

「あれは顔見知りの者達だけの集まりです。その店は初めての者でも普通に受け入れるとか」

 

「そういうお店なんでしょう。…それはさておき藍、また落ちてるんじゃない?橙の式」

 

紫が指さす先には温泉で泳いでいる中で溺れている橙。

 

「ちぇ、橙大丈夫か!」

 

「だ、だいじょぶえぇぇ…」

 

「橙も相変わらずね。……あら?」

 

 

…………

 

その後、温泉を堪能した紫、藍、橙の三人は各々服を着た後に、

 

「紫様藍様~、そろそろお腹空きましたね~」

 

「もうお昼頃ですものね。紫様、昼餉は何を御用意致しましょうか?」

 

「そうね〜…それじゃあ、あそこに行ってみましょうか」

 

すると笑いながら紫はある方向を指さす。その先には、

 

「…!」

 

「あー!」

 

自分達が今いる場所と風呂を挟んだちょうど反対側に、例の扉があった。つい先程まで自分達が話し合っていた扉が。

 

「い、いつの間に!」

 

「さっき橙が溺れていた時に現れたのよ。藍たら助けるのに夢中で気づかなかったなんて。ふふ、藍もちょっとだけまだまだね♪」

 

「め、面目次第もありません…」

 

「ね〜紫様。あそこって美味しいご飯食べさせてくれるお店なんでしょう?」

 

「ええそうよ。さて、折角ですから行きましょうか?」

 

「ですが…」

 

「怪しいのなら一回行ってみるのもいいでしょ?虎穴に入らずんば、というじゃない」

 

「…わかりました、私もお供します。例え何があっても紫様は私が必ずお守りします」

 

「私もお守りします!」

 

「ええ頼りにしてるわふたり共。それじゃあ行きましょうか」

 

そう言って紫達は再びねこやの扉を開けるのであった…。

 

 

…………

 

〜〜〜〜♪

 

 

紫がねこやの扉を開けるとそこは以前来た時と同じ温かい光と木の温もり、そしていい匂いが漂う洋食屋の風景が広がっていた。客はまだカウンターに老人がひとりいるだけだ。

 

「まだ二ヶ月位だけど久しぶりな気がするわね」

 

「ここが洋食のねこや…」

 

「良いにおいがしますね〜♪」

 

「あ、いらっしゃいませー!…えっと確かユカリさんでしたね。お久しぶりです!」

 

前に会っていたアレッタが挨拶をしながら近づいてきた。人間らしくない彼女の風貌に藍は一瞬紫を守ろうという動きを見せるが紫は直ぐに制止する。

 

「大丈夫よ。こんにちはアレッタ。扉を見つけたからまた食べに来たの。いいかしら?」

 

「勿論です!まだ開店したばかりですので。一緒の方はお連れ様ですか?」

 

「ええそうよ。ふたり共、自己紹介して」

 

「……失礼しました。紫様の従者にして式、八雲藍と申します。宜しくお願い致します」

 

「私は橙だよ♪」

 

「ランさんとチェンさんですね。こちらこそ宜しくお願いします!」

 

表情はまだ固いが姿勢を正しながらお辞儀をする藍。元気に挨拶する橙。そんな彼女らに警戒心無い笑顔で返事をするアレッタ。

 

「ねー貴女のそれ、カッコイイ山羊の角だね!」

 

「え?か、カッコイイですか?あ、あんまりそんな風に言ってもらった事ないです」

 

「…失礼ながら貴女、私や橙を見て恐くはないのですか?」

 

「恐い?なんでですか?その尻尾もお耳もとってもかわいいと思いますよ!」

 

「えへへ、そうかな〜」

 

「か、かわいいなんてよしてください!」

 

「うふふ、良かったわねふたり共。かわいいって言ってもらえて。生えてない私は言ってもらえなかったのよ〜?」

 

「ああす、すいませんそういう意味じゃなくて!」

 

「ふふ、冗談よ♪」

 

すると店主も顔を出す。

 

「いらっしゃい。あ、紫さん。久しぶりですね」

 

「ええこんにちは店主さん。覚えていてくれて嬉しいわ。今日は家族を連れてきたの」

 

「ありがとうございます。まずは席にどうぞ。アレッタさんはご案内を。クロさん、準備を頼む」

 

(はい)

 

「はいマスター!それではお席へどうぞ!」

 

アレッタの案内で取り敢えず席につく三人。そして直ぐにクロがいつもの三点セットを持ってくる。

 

「貴女もお久しぶりねクロさん」

 

(…はい)

 

「わっ!頭の中に声がしました!」

 

「不思議な術ですね…」

 

橙は驚く一方、紫から以前クロの事は聞いていた藍は少し警戒する表情を見せた。

 

「あまり気を悪くしないでちょうだいね?この子達あまり外の世界に出た事ないし。特にこの藍は少し仕事熱心な所もあって」

 

(問題ありません。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください)

 

「ええありがとう」

 

そしてクロが下がると同時に、藍が紫に話しかける。

 

「…紫様」

 

「ええ。彼女は只者じゃないわね。でも私達にも、ましてや幻想郷に何かしようとしている気配はない。何もせずに普通に客として振舞っていれば大丈夫よ」

 

「あの様な者がいるなんてここは本当にどういう場所なのでしょうか…」

 

「どうも何も、異世界に繋がる食堂よ」

 

「それはわかっています。私が言いたいのは何故あのような者がいて誰も不審がらないのかという事です。そしてこの場所には…強い加護の力があります」

 

「そうね。わかりやすく例えるなら…「火」と「闇」というところかしら」

 

「少なくともこの店の主人やあのアレッタという給仕からは邪気の類は感じませんが…あのような者がいる以上決してここが安全とは」

 

「ね~藍様~紫様~。早く何か食べましょうよ~」

 

真面目に考察する藍とは対照的に橙はこの雰囲気を楽しんでいるらしい。郷に入っては、というものだろう。

 

「もう橙…」

 

「ふふ、そうね。さあさあ折角だから何か注文しましょう。ふたり共、何か食べたいものある?」

 

「私はお魚が良いです〜♪」

 

「私はお任せします」

 

「う〜んそれじゃあ…あ、そうだわ。ねぇアレッタ、悪いけど店主さんを呼んでもらえないかしら?」

 

「畏まりました!」

 

言われてアレッタが店主を呼びに行くとほんの少ししてから店主が来る。

 

「今日のブイヤベースの魚は、前にいただいた時とまた違うのかしら?」

 

「ええ一部違いますよ」

 

「そうなのね…ではそれをみっつお願いするわ。付け合せはまたあの柔らかいパンとお酒をお願いするわね。あと…これは勝手なお願いなんだけど、油揚げを使った料理ってあるかしら?この子油揚げが大好きで」

 

「油揚げ、ですか?」

 

「ゆ、紫様!」

 

お稲荷さんは油揚げが好きな様に藍もその通りな様だ。店主は顎に手を当てて少し考え、

 

「…それではそのお料理はこちらに任せていただいても良いですか?」

 

「ええお任せするわ」

 

「畏まりました。では先にそちらからお出しします。ああ、あとお客さん方、一応お聞きしときたいんですが葱や香辛料は大丈夫ですか?」

 

「うん大丈夫だよ?」

 

「んん!…問題ありません」

 

「わかりました。では少しお待ち下さいね」

 

そう言って店主は再び厨房に戻っていった。

 

「紫様…からかわれては困ります」

 

「あら、からかってなんか無いわよ?好きなものを食べさせてあげたいっていう親心じゃない。お母さん悲しいわ〜」

 

「だ、だから…もう!」

 

「藍様お顔が赤いですよ?」

 

「何でもありません!」

 

そういう藍だが嫌そうではない。紫の自由奔放さやおふざけに苦労する事もあるが藍は紫の式である事に誇りを持っているし、唯一の主なのだ。

 

「藍、貴女のその真面目さは確かに立派だし必要だわ。でももう少し肩の力を抜きなさいな。私は本当に貴女達とただご飯を食べに来たかったのだから」

 

「は、はぁ」

 

「ほっほ、その通りじゃ。ここは食事をする場所。争いはご法度じゃよ」

 

するとカウンターに座っていた客が声をかけてきた。まだ客は彼だけだったので聞こえてしまったのだろう。

 

「ようこそ、新たな異世界食堂の客人」

 

「お爺ちゃん誰〜?」

 

「おお失礼。儂はアルトリウスという。ここでは一応今の店主の先代からの古株じゃ」

 

「これはご丁寧に。幻想郷から来た八雲紫ですわ」

 

「…八雲藍と申します」

 

「あたしは橙だよ♪」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「幻想郷…ということはお主らも霊夢殿や魔理沙殿と同じか。……ほう、そちらのおふたりはまた中々面白いな。ホムンクルス?…いや違う、使い魔の類か」

 

「使い魔じゃないよ、式神だよお爺ちゃん」

 

「シキガミ、とな。…ふむ、その名前を聞くのもまた久しぶりだ」

 

「式神をご存知?」

 

「これでも魔術は広く学んでおるからの。テリヤキの…確か東の大陸で生まれた術だったか。まぁ別にいいわい。ここは30数年程前に儂の古い友人が先代店主と共に開いた店じゃ」

 

「…ご友人って、見た所ご老体は異世界の者ではないのですか?」

 

「確かに儂はこの店とはまた別の世界の者じゃ。友人もじゃがまぁ色々あっての。兎に角ここには様々な者が訪れるし、色々と変わった場所かもしれんが決して危ない場所ではない事は保証するよ。先代と儂の友人にとっては特別な場所じゃし、悪い様に思わんでくれたら知り合いとして嬉しい」

 

「は、はぁ…」

 

「お待たせしましたー!ロースカツとビールです!」

 

「おお待っておった待っておった♪」

 

アルトリウスが馴染みのメニューに差し掛かると同時に、店主とクロが紫達のメニューを持ってきた。

 

「お待たせしました。こちらご希望の油揚げを使いました料理、油揚げのカナッペです」

 

紫達の前に出された一皿。それにはクラッカー位のサイズに四角く切られた薄い油揚げの上に色々な具材が乗せられたもの。

 

「わ~なんかキレイですね」

 

「見た感じは寿司に似てますね」

 

「具を乗せているのが油揚げなのね。カナッペってどんなお料理?」

 

「一口大に切ったパンやクラッカーというお菓子の上に色々な具材を乗せた料理です。今回は仰る通り油揚げを少しこんがりと焼いたものを土台に使っています。上に乗っているのは右からカマンベールチーズと青ネギ、スモークサーモンとアボカド、そして生ハムとメロンです。このまま手づかみでお召し上がりください」

 

すると藍が最後のものを見て少しひきつる。

 

「!め、メロンって…聞いた事はありますが確か果物ではないのですか?そしてこの生ハムというもの…見た所肉で、しかも生という事は生肉なのでは?」

 

「はは。初めての方はお客さんみたいに驚かれる方もいるんですがご安心ください。生ハムとメロンはとても相性が良いんです。外国では前菜として普通に食べられている国もあります」

 

「焼いたお肉に木の実のソースをかけたのは食べた事あるけど生の果物は初めてだわ」

 

「生ハムは確かに見た目は生っぽく見えますが、豚肉を十分に塩漬けと乾燥、そして加熱してあるので安心して召し上がれますよ」

 

(こちらは白ぶどう酒です)

 

「以前いただいたものね。ありがとう」

 

「それではごゆっくり。ブイヤベースの方はもう少々お待ちください」

 

「大丈夫よ。これを頂きながら待ってるから」

 

一礼をして店主とクロは下がる。

 

……♪

 

「いらっしゃいませー!」

 

「うむ、今日も世話になるぞ。おう、もう来ていたかロースカツ」

 

「遅かったなテリヤキ」

 

「仕事が立て込んでたのでな。今日もいつも通りで頼むぞ」

 

……♪

 

(いらっしゃいませ)

 

「今日もエビフライを頼む!タルタルソースも勿論多めでな!」

 

ランチタイムだからか続々と客が来ている。しかし何れも紫達を気にする事は無い。

 

「…客達皆私達を気にしませんね」

 

「それではいただきましょうか」

 

「いただきます!じゃあこのお魚のやつからにしよっと♪」

 

まず橙が手を伸ばしたのはスモークサーモンとアボカド。店主に言われた通り下の油揚げを手でつかみ、そのまま口に運ぶ。こんがりと焼かれているらしい油揚げはサクサクとした歯ごたえがし、それと同時に薄切りされたスモークサーモンがもつ燻製の独特の香りとやや強い塩気とじわりと出てくる魚の脂の旨味、そしてアボカドという野菜の牛酪を思わせるねっとりとしてまろやかな食感。

 

「お揚げがサクサクとしてて、このお魚もお野菜も食べた事無い感じですけど…凄く美味しいです!」

 

「そうなのね~。では私はこちらから頂こうかしら」

 

紫がとったのはカマンベールチーズと青ネギ。とろりと溶けたカマンベールチーズの濃厚な風味と味わい、シャキシャキとした食感を残した青ネギ、その上によく見るとピリリと辛味がある一味が乗っている。何れも油揚げと相性がいいものばかりでシンプルながらもより良い味に仕上がっている。

 

「見た目簡単ながらも凄く美味しいわ。白ぶどう酒とも合ってる。ねぇ藍、貴女この果物とお肉のもの試してみなさいよ」

 

「え、こ、これですか?ま、まぁ食べれないものを料理屋が出すとも思えませんけど…果物と肉の組み合わせは…」

 

少々おびえながら藍はメロンと生ハムというものを手に取り、口に運ぶ。

薄く切られた肉は見た目と違って決して生臭くない。強い塩気を持ち、噛めば噛むほど肉の旨味が出てくる。一緒に組み合わされたメロンという果物は柔らかすぎず、ほんの少し歯ごたえを残し、強いまろやかな甘み。…いやこの塩漬けの肉がメロンの甘みをより強めているのだろう。そして同時に果物の青臭さも消しているのだ。それはこの組み合わせが優れているという事に他ならない。

 

「!……驚きました。この生ハムという塩気が効いた肉とメロンという果物が互いの長所を生かし、互いの短所を消しています。まさか肉と生の果物がこんな味を引き出すなんて…」

 

「へぇ、そんなに合っているのね」

 

「そしてこの油揚げ!サクサクとした歯ごたえと豆の風味も香ばしさもちゃんと生きてて!……あ、す、すみません」

 

「いいのよ。美味しい物は素直に美味しいといえば。…あら、気づかない内にまたお客さんが増えている様ね」

 

見ると紫の言う通り、いつの間にか客は更に増えていた。

 

「オムライス、オオモリ。オムレツサンコ、モチカエリ」

 

軽鎧をまとうリザードマン。

 

「今日もポークジンジャーにライス大盛りでお願いします!タロには猪肉を焼いてあげてください」

 

(ワン!)

 

見た目狩人の様な恰好をした少年。傍にはよくしつけられているのだろう一頭の犬がぴたりとついている。

 

「久しぶりだね、ロウケイ」

 

「ごめんねアルテ。最近仕事が忙しくなっちゃって…」

 

「ううん。久しぶりに一緒にご飯食べれて、私嬉しい」

 

褐色の肌の少年と色白の青い髪の少女。見ると少女の足は竜の足の様な形をしているから人間では無さそうである。

他にも耳長の銀髪の女性や蛇の様な足を持った女性等、アルトリウスの言った通り人以外に亜人や動物なんかも来ているが誰もが皆自分達の食事を楽しみにし、周りの事は全く気にしていない様だった。

 

「すご~い!また見た事無い人達ばかりですよ紫様!藍様!」

 

「これだけ多くの違う種族がこうして一緒の場で、しかも互いに干渉せずに友好的な態度をししているなんて、俄かには信じられません…」

 

「そうね。私もここに来るのは二回目だし、初めて見る人もいるから少し驚いているわ」

 

「お待たせしましたー!ご注文のブイヤベースです!」

 

そうこうしている間にアレッタがもうひとつの料理を持ってきた。幅広の皿に入った赤色のスープに魚介が浮かぶ。以前紫が食べたものと同じブイヤベースが出された。

 

「本日のお魚はエビとムール貝と、(アジ)というお魚です。鯵は食べやすくするためにツミレにしました。スープが良くしみ込んでて美味しいですよ。それではごゆっくり!」

 

「これも美味しそう~♪」

 

「相変わらずいいにおいね」

 

三人は運ばれてきたブイヤベースに取り掛かる。

匙で掬い、一口飲んでみるとトマトをベースとして様々な魚介と香辛料、そしてサフランやいくつもの香草や香味野菜の風味が生かされた濃厚なスープが口に広がる。

 

「…美味しいです。とても複雑な出汁の味がします」

 

具となっているエビは濃厚なスープな中でもぷりぷりとした食感とエビ自身が持つ強い味はしっかりと残っている。

あさりやしじみよりもずっと大きいムール貝という貝は見た目よりとてもあっさりとしていて柔らかい。

最後に鯵という魚のツミレ。口の中で崩れるほど濃厚なスープで良く煮込まれているにも関わらず、エビと同じくそれ自体の味が強い。きっと魚そのものの本来の味が強いのだろう。

それぞれの具が互いを邪魔する様なことはなく、スープの中でちゃんと共存している。

 

「アレッタの言った通りね。しっかりと煮込まれてて美味しいわ」

 

「私はこのツミレが一番好きです♪」

 

「川の魚でもできるでしょうか…」

 

「これはパンをつけても美味しいのよ。やってみて」

 

そんな感じで八雲一家の食事は続いた。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「冷たくて甘くてとても美味しいです〜♪」

 

「お抹茶をこんな風に食べるのは初めてね」

 

「はい。お茶の渋みや苦味がこの強い甘さでも失われてなく、ちゃんと残っていてとても美味しいですね」

 

お揚げのカナッペもブイヤベースも食べ終え、最後にデザートの抹茶のアイスクリームを三人で食していると、

 

……♪

 

「いらっしゃいませー!」

 

「こんにちわ~♪」

 

「今日も食べに来たわ。ありがたく思いなさい」

 

「…あ!」

 

「…あら?貴女達」

 

聞き覚えのある声な気がして藍達が目を向けると…やって来た客はレミリアとその妹のフランドール、そしてパチュリーだった。

 

「…あら?八雲紫じゃない。それにその従者も」

 

「あ、ほんとだ!」

 

「フランちゃんこんにちは〜!」

 

「…アレッタ。前と同じセットをお願い。…レミィ、私はヴィクトリアの所に行ってるわね」

 

無駄ない動きで注文してパチュリーはヴィクトリアの席に行く。軽く挨拶して一緒にお茶をするのが習慣になった様だ。レミリアとフランは紫達のテーブルの隣のテーブルに来た。

 

「今日はいいカルビは入ってるかしら?あとデザートにプリンを」

 

「私は…この食べた事無いオムレツにしよっかな♪あと私もプリン!」

 

「かしこまりました!」

 

注文を伝えに行くアレッタを見届けると知り合い同士の会話になる。

 

「アンタ達も来ていたのね。やはり扉は複数あったって事ね」

 

「貴女達も扉を見つけたの?それとも例の魔法陣とやらで?」

 

「相変わらず耳はいいわね。ええそうよ。七日毎だけどお陰で好きなタイミングで来れる様になったわ」

 

「…一応聞いておきますが、前みたいに何か企んではいませんよね?」

 

「あら失礼ね?私達は普通にここに食事しにきているだけよ。ねぇフラン」

 

「そうよ。失礼しちゃうわ」

 

フランドールも頬を膨らませながら返事をする。嘘は見られない。

 

「どうせ私達が以前やった事を思い出して心配してるんだろうけど…言ったでしょう?私達の運命は幻想郷と共にあるって。今更外の世界に出てどうこうするつもりは無いわよ。どうせ並大抵の事はここでは起こり得ないし、それに…」

 

「…それに?」

 

「折角ちょっと気に入りの店ができたのに、下手なことして来れなくなったら困るしね」

 

……♪

 

「いらっしゃいませ!ロメロさん、ジュリエッタさん」

 

「こんにちは。扉が隠れ家に出たから早く来れたよ」

 

「…あら、以前お会いしました…確かレミリアさん。お久しぶりですわ」

 

「ええごきげんよう」

 

「わ〜私達と同じ吸血鬼だ〜」

 

軽い挨拶を交わしてからふたりは目の前の料理に取り掛かろうとする。

 

「…貴女の能力はここの扉の出現をどうみていますか?」

 

「さぁ。でもこうして現れる様になったのも何か意味があるんじゃない?アンタの主の紫がいつも言ってるじゃない。幻想郷は全てを受け入れると」

 

(お待たせしました。カルビ重御膳とホワイトソースオムレツです)

 

「わ~い♪お姉様早く食べようよ〜」

 

「ええ。…兎に角ここは普通に食事をする場所。そして食事は静かに行うのがマナーというものよ」

 

「……」

 

藍は内心驚いていた。レミリアもフランドールも今は落ち着いているとはいえ、ほんの少し前まで中々厄介な事をしてくれる連中だった。おまけにプライドも高い。そんなふたりがここまで、しかも食事処とはいえ店のマナーに従っている事に。そんな事もありつつまた時間は過ぎていった。

 

 

…………

 

「ありがとうございましたー!(ました)」

 

「本当にいいんですか?うちは多く貰うのはしない主義ですし前に頂いた分もまだ全然」

 

「いいのいいの受け取っておいて。次いつ来れるかわからないし、それに私冬は冬眠しちゃうから」

 

(…冬眠?)

 

「冬眠と言ってもお布団でいつもよりよく寝てるだけだけどね♪」

 

「あら、失礼しちゃうわね橙」

 

「…店主、貴方はご自身の店がこの様な事になって不安を感じられてませんか?」

 

「不安、ですか?ふふ、そりゃ最初は当然吃驚しましたが、今はもうすっかり慣れちまいましたし。それになんだかんだ言っても色んな世界を知れるのは楽しいですからね。ああでも店内での争いは御免ですよ」

 

「ここじゃ店主が実は一番恐いものね〜」

 

横やりを入れてきたサラの言葉に苦笑いのアレッタが気付かれない様に小さく頷いた。

 

「…わかりました。すみません変な事を聞きまして。ご馳走でした」

 

「それじゃあまたね。あとおみやげもありがとう」

 

「バイバイ!」

 

「是非、またのご来店をお待ちしております」

 

 

………

 

〜〜〜〜♪

 

出てきたのは元の温泉。紫達が出てくると扉は消えてしまった。

 

「どうだったふたり共。ねこやは?」

 

「楽しかったし美味しかったです♪ね、藍様」

 

「え、ええ、そうですね」

 

橙の言葉に返事した後、藍は紫に話しかける。

 

「紫様」

 

「何、藍?」

 

「…紫様が仰られてた事、少しわかりました。そして…もっと学ばなければいけない事に。住む世界を超越して、力の強弱等関係なく、民族も人種も別け隔てなく笑いながら過ごせる場所があるなんて…世界は広いですね」

 

「ええそうね」

 

「あ、でも調査は引き続き行いますよ!ただ、その、変に緊張したりまた行くに値する様な場所と思っただけです」

 

「十分よ。頼りにしてるわね藍」

 

そんな会話で締めくくり、彼女らは住処への隙間を開いた。




メニュー23

「カルパッチョ・タルタル」

藍の異世界勉強会、といった感じの回でした。次回は幻想郷も異世界も新キャラ予定です。


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メニュー23「カルパッチョ・タルタル」

お気に入りが800に到達しました。ありがとうございます!


とある日の開店前のねこやにて。

 

「マスター、お掃除終わりましたー!(した)」

 

「ありがとな」

 

「何を作ってるんですか?…わ~なんか綺麗ですね!」

 

「ああ。こいつは~~っていう料理だ。食ってみるか?」

 

「いいんですか!……とっても美味しいです!感じは〜〜に近いですかね?」

 

「確かに似てるかもしれんな。だがこういう形でも中々美味いもんだろ?」

 

「はい!」

 

(…こっちは何?)

 

「ああそっちは~~の〜〜だ」

 

「えっ!で、でもこれって生なんじゃ?」

 

「〜〜ってのはそもそも生のこれを使ったのが始まりなんだ。大丈夫、ちゃんとそれ用に処理しているもんなら生でも食べれる」

 

「そ、そうなんですか~。マスターの世界って本当に凄いですね…」

 

「俺が凄いんじゃなく業者が凄いんだ。さ、今日も頑張るか」

 

「はい!(はい)」

 

 

…………

 

「は~…。あ~漸く仕事が終わったわ~」

 

それから数時間後、こちらは幻想郷のとある道の上。肩をトントンと叩きつつそんな悪態をつきながら歩いているのは霊夢。最近里のとある家に頼まれて泊まり込みの番をしていたのだ。なんでもその家では「朝起きると寝た時と様子が違う」という案件が頻繁に起こっていた。調査の結果判明したのは一種の「枕返し」だった。枕返しは夜中、人が寝ている間にこっそりと枕元にやってきて枕をひっくり返す妖怪、もしくは頭と足の向きが変わっていたりする怪異である。子供の霊の遊びとも言われているが、裏切られ殺された者が裏切った者の枕元に現れて上記の怪異を起こす。またその昔古抑園鴬居という絵師が病床の母の絵を描いていたのだが完成して直ぐその母が亡くなり、その後その絵の周りに妙な事が続出したのが始まりである等危険な例もある。今回は前者である悪戯好きな幼い座敷わらしの仕業であった。その後霊夢が説教としつけ(幼い子供、しかも座敷わらしなので消さずにはしてやった)をして事態は収束し、家主の好意で少し仮眠を取って今帰ってる最中である。

 

「子供だったから多めに見てやったけど何が「えへへ、ごめんなさ〜い」よ全く…。こっちは頼まれて寝ずの番して、オマケに起こさない様に静かに対応せざるを得なかったってのに」

 

霊夢なら座敷わらしは愚か、並大抵の妖怪怪異など簡単に対処できるが今回は夜中にしか現れなかった事、そして正確には毎晩起こる訳では無かったので実は三日程前から里に降りて見張りしていたので疲れていたのであった

 

「あいつらしっかり留守番してるでしょうね〜。賽銭箱から賽銭抜いてたら容赦しないわよ。まぁうちの賽銭箱なんてしょっちゅう空っぽだけど…って自分で言ってたら悲しくなってきたわ。言っとくけど仕事で収入は少なからずあるのよ?ただ単にお賽銭が無いだけだからね!…って誰に言ってるのかしら私。…なんかもう調子が狂っちゃってるわ。お腹も空いたし早く帰って…ん?」

 

何かに気づいた霊夢の足がピタリと止まる。

 

星の飾りの帽子の少女

「ねぇルナサ。もう元気だしてってば~」

太陽の飾りの帽子の少女

「そうだよ。また次頑張ろ!ね!」

月の飾りの帽子の少女

「…うん」

 

道の脇に元気なさげに座っている三人の少女の姿がある。

ひとり目は緑色の星の飾りが付いた赤い帽子を被った茶色いショートヘアの少女。

ふたり目は青色の太陽の飾りが付いたピンクの帽子、軽いウェーブがかかった水色の髪の少女。

そして最後は黄色い三日月の飾りが付いた黒い帽子を被った金髪のショートボブの少女。

姿格好が非常に似通っていおり、雰囲気からして姉妹の様に見える。

 

「でも飽きられるって事は演奏家にとっては一番辛い事だし…」

 

「ルナサだけじゃないよ〜」

 

「そうだよ。それなら私達だって…」

 

金髪の少女は特にだが三人共なんか元気なさげな感じである。

 

「ねぇどうしたのよ騒霊の姉妹」

 

霊夢は彼女らを騒霊と言った。騒霊とは誰も触れてもいない、風が吹いた訳でもないのに勝手にも物が動いたり音が鳴ったりする現象の事であり、ポルターガイスト現象として知られている。彼女らはその現象が具体化し、人の様な姿をしたもの。彼女らもまた人間ではないのだ。

 

「え?わっ!霊夢さん!」

 

「どうしたんですかこんな所で。あといい加減プリズムリバー姉妹って言ってくださいよ~」

 

「わっ!とは何よ失礼ね。里の依頼片付けて帰ってきたのよ。アンタらこそ何やってんのよこんなとこでショボクレて。妙に元気無いわね。…特にルナサ」

 

「わかります?」

 

「いつも騒がしい妹達を抑えてるアンタが逆にその妹に慰められてるなんておかしいと思うわよ」

 

「あはは…実はですね…」

 

姉妹の次女、メルランは事情を話し始めた。

 

 

…………

 

「…ふーん。昨日地底でやった宴会で失敗したって?」

 

「正確には失敗じゃなくて上手く盛り上げられなかったというか…飽きられてしまったというか。場を白けさせる様な事にはならなかったんですけど…」

 

「ごめんなさいふたり共…」

 

「だ〜か〜らルナサのせいだけじゃないってば!調子が出ないのは私達皆って言ったじゃない」

 

「調子が出ない?」

 

「ええ、実はここ最近私達ちょっとスランプというか…曲も新しいのが作れないし、演奏もなんか納得できないし。でもお客さんの期待には答えたいし、頑張ってやってるんですけど…」

 

「お客さんによっては盛り上がってくれたり喝采をあげてくれたりするんですけど…なんか雰囲気や顔でわかっちゃうんですよね」

 

「特に昨日は鬼の方々だったので…。特に萃香さんなんて「な~んかつまんないな〜」ってはっきり言ってたもんね」

 

「あーあいつら酒の勢いで言いたい事はっきり言うタイプだからね。それはさておき調子が上がらない原因でもあんの?」

 

「う~ん…それがこれ!って言う原因は思い当たらないんですよね。なんででしょうね〜?」

 

「いや聞いた私に聞き返されても。刺激でも足りないんじゃない?」

 

「…刺激、ですか?」

 

「そ。アンタら毎回おんなじ事やってるでしょ?歌作って練習してお披露目して。おんなじ事ばかりやってるからつまんなくなってるんじゃないかって事。私は音楽にはそんなに詳しく無いけどそんなんじゃ聞いてる方もアレー?って思うんじゃないかしら?一旦音楽から離れてもっと違う事やってみれば?」

 

「お、音楽から離れるって私達一応演奏隊なんだけどな。それはそうとして違う事ってどんな事ですか?」

 

「え?…う〜ん、行ったとこ無いとこ行ってみたりとか?」

 

「行った事が無いといっても…私達宴会やライブで大抵の所は行ってるからな~」

 

「行った事ないとこって言ったら…月とか、流石に外の世界に行くわけにはいかないし、というか行けないし」

 

「そうね~……あら?……ねぇアンタ達。行けない事ないかもしれないわよ♪」

 

「「「…え?」」」

 

「にしし」と悪戯を思いついた様な笑みを姉妹に向ける霊夢。彼女らから少し離れた場所に…あの扉があった…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

霊夢が扉を開けるとそこは霊夢にとって3度目の光景が広がるが姉妹達にとっては見た事ない風景が広がっていた。驚きのあまりポカンとしている。

 

「まさか仕事終わりで来れるなんてやっぱり私って持ってるわね〜♪」

 

「「「……」」」

 

「いらっしゃ…あ、レイムさん!いらっしゃいませー!(ませ)」

 

「今日も元気ねアレッタ。クロ。」

 

「レイムさんこそお元気そうで。…今日のお連れ様はマリサさんじゃないんですね」

 

「四六時中アイツと一緒って訳じゃないのよ。アイツの方が勝手に来てるだけ。いい迷惑だわホント」

 

そう言えば魔理沙も似たような事言ってた事を思いだし、やっぱり仲良いなと思うアレッタであった。一方驚きで言葉を失っていた彼女らも落ち着いて来たらしく。

 

「わ~凄い凄い!見た事無いよこんな場所!」

 

「あ、あの霊夢さん。ここって一体なんですか?」

 

「あら、知らないの?ここはねこやっていう外の世界にある料理屋よ。ついでに言うと外の世界だけでなく別の世界にも繋がっているみたいだけど」

 

「ええ!!」

 

「そ、そういえば昨日勇儀さんがそんな名前のお店の話してたような…。外の酒飲んでみたいねぇって…。そ、それよりもその割には霊夢さん随分落ち着いてますね?」

 

「別に悪い場所じゃないし、向こうからこっちには影響ないみたいだから取り合えず大丈夫でしょ。それよりアンタらも挨拶しなさいよ」

 

「は、はい。…私はルナサ・プリズムリバー。プリズムリバー三姉妹の長女です。主にバイオリンはじめ弦楽器を担当してます」

 

「メルラン・プリズムリバー!姉妹の次女です!担当はトランペットだけど、管楽器なら何でもできるよ♪」

 

「三姉妹の末っ子、リリカ・プリズムリバーよ!得意はキーボードみたいな鍵盤楽器だよ♪」

 

「ルナサさんにメルランさんにリリカさんですね!私はこのねこやで働いているアレッタです!宜しくお願いします!」

 

(…クロと申します)

 

「…え?え?」

 

「い、今頭の中から声がしたような…」

 

「気にしなくていいわよ。直ぐ慣れるわ」

 

「わ、わかりました。うん宜しくね♪」

 

「宜しくー♪」

 

「宜しくお願いします」

 

「皆さんはご姉妹なんですか?」

 

「うんそうだよ」

 

そんな会話をしていたら店主も厨房から顔を出す。

 

「あ、いらっしゃいませ霊夢さん」

 

「こんにちは店主さん。今日も盛り上がってるわね」

 

「ありがたい事です。取り敢えずお席へどうぞ」

 

「じゃ遠慮なく座らせてもらうわね」

 

「あの…でしたらあちらのテーブルにしませんか?」

 

ルナサが指差したのは大きなピアノの前にあるテーブル。特に嫌な理由も無いので霊夢達はアレッタの案内でそこに座り、クロが同時に水とおしぼりとメニューを差し出す。

 

「今日はなんのお肉がいいかしらね〜」

 

「レイムさんは本当にお肉がお好きですね!」

 

「そりゃ滅多に食べられないし、ここのお肉料理が美味しいからよ♪ねぇアレッタ、なんか今日のお肉料理でオススメってある?」

 

「そうですね〜…あ、でしたらこれなんかどうでしょう。新しいメニューなんですけど」

 

「…牛肉の…「カルパッチョ」?カルパッチョって何?」

 

「えっと薄切りしたお肉やお魚をキレイに並べまして、上にドレッシングやソースをかけたお料理です。あっさりしてて前菜としても食べやすいと思いますよ」

 

「ふーん。じゃあ取り敢えずその新作料理もらおうかしら♪アンタ達はどうする…って、どうしたのよ」

 

ルナサとリリカはピアノを見ていた。特に鍵盤楽器担当のリリカは気になっている様だ。

 

「良いピアノだね♪」

 

「ええ。状態もいいしちゃんと調律もされてるわ」

 

「そういえば皆さんは楽器を弾かれるんですか?」

 

「うんそうだよ。私達は演奏隊だからね」

 

プリズムリバー姉妹はそもそも外の世界にいて何らかの理由で幻想郷に流れ着いたとある女性によって生み出された存在だった。本来ならばその女性が亡くなると同時に彼女らの存在も失われる筈だったが何故か消える事は無かった。生みの親ともいえる女性を失った彼女らは自分達ができる事を探し、その結果習得したのが楽器であった。一方メルランは店の雰囲気と客層に興味が行くようで。

 

「わ~あの妖精さん達凄く小さいし可愛い!あっちのライオンの頭の人はカッコいい!あっちの人は…人魚?わかさぎ姫さんとか喜びそうだなぁ」

 

「アンタ達取り合えず落ち着いて食べるの決めちゃいなさい。アレッタが困ってるでしょ」

 

「あ、はい。とはいっても…何がいいかな?」

 

「昨日はお肉料理の宴会だったから今日はお魚が良い様な気がするね」

 

「それでしたら」

 

~~♪

 

翼が生えた少年

「こんにちはー」

翼が生えた少女

「今日も食べに来たわよ~♪」

 

その時ねこやの扉が再び開けられた。入ってきたのは共に背中から鳥の翼の様なものが生え、鳥の様な脚を持った少年少女の二人組である。ふたりは霊夢やプリズムリバー姉妹達の隣の席に座る。

 

「も~アーリウスのせいでお腹ペコペコよ」

 

「ごめんねイリス。小鳥たちの巣を見回ってたら遅くなっちゃった」

 

(いらっしゃいませ。お水とおしぼりです)

 

「あ、ありがとうクロさん」

 

「今日もカルパッチョでお願いね」

 

(承知しました。あともしおかわりされるのでしたら…こちらのメニューも如何でしょう?)

 

そう言ってクロもまたメニューのある部分を指す。

 

「何々、サーモンの…「タルタル」?変わった名前ね」

 

(本日からお出ししている新しい魚料理です。カルパッチョがお好きでしたらきっと気にいられるかと)

 

「ふ~ん。じゃあいつものカルパッチョとそれをお願いするわ」

 

(承知しました)

 

するとそれを聞いていたメルランが、

 

「…新しいメニュー、か。ねぇ、えっとアレッタだっけ。私達もこのタルタルっていうやつにしていい?」

 

「メルラン?」

 

「ほら、さっき霊夢さんから言われたじゃない。たまには新しい刺激も必要ってさ。だったら新しい見た事無い料理を食べてみるっていうのもいいんじゃない?」

 

「…いいね。悪くないかも♪じゃあ私もそれで♪」

 

「リリカまでそんな単純な…。まぁ、何事も経験というのは悪い事ではないわね。では私もそれでお願いします」

 

「かしこまりました!少々お待ちください!」

 

クロとアレッタが店主に注文を伝えに行く。それと同時に隣に座ったふたりが霊夢達に目を向けた。

 

「貴女達、ここの新人?」

 

「見た事無い恰好だね。…あ、もしかして君達も新しい世界の人達?最近別の世界にもここの扉が繋がったって聞いたよ」

 

「ええそうよ。幻想郷の巫女、博麗霊夢。宜しくね」

 

「私はリリカ。リリカ・プリズムリバー♪」

 

「私はメルラン!リリカの姉でルナサの妹!」

 

「ルナサと言います。この子達の姉です。あ、霊夢さんは違いますけど」

アーリウス(カルパッチョ)

「初めまして。僕はセイレーンのアーリウス。宜しくね」

イリス(カルパッチョ)

「私はイリス。アーリウスと同じくセイレーンよ」

 

「うん宜しく~。ふたりも私達と一緒で姉弟かなんかなの?」

 

「ううん僕達は同じ日に卵から孵ったの。一緒に育った幼馴染って感じかな」

 

「セイレーンはある程度になると巣立ちをするの。私とアーリウスは一緒に旅に出て今同じ島に住んでるのよ」

 

「へ~…。あれ、一緒に住んでるって事は…ふたりはもしかして~♪」

 

「え!…ち、違うよ!…今は」

 

「う、うん。今はまだ、ね…」

 

ふたりの反応を見てその時はそう遠くないなと思う霊夢達であった。すると霊夢が、

 

「…ところでそのセイレーンっていったら前に外の本で見た事あるけど、歌が好きだけど歌うと船とか沈めちゃうんだって?」

 

「…だ~か~ら!それは誤解なんだってば~!」

 

霊夢の一言に強めに反応したのはイリス。そんなイリスをアーリウスが宥める

 

「ま、まぁまぁイリス。そんな風に思われてるのは初めてじゃない。落ち着いてよ」

 

「む~…だって~」

 

「ど、どうしたの?」

 

聞かれてアーリウスが話し始めた。

外の世界では鳥人の様な姿とも魚人の様な姿とも言われるセイレーン。その歌声はこの世のものとは思えない位美しいとされるが、聞いた者を誘惑し、狂わせ、船を沈め、人を食う凶暴な怪物と伝わっている。

そんな伝説の存在であるセイレーンは異世界では実在し、海に浮かぶ島々に住んでいる魔物の一種である。彼らもまた歌が好きで歌声も美しいがこれも伝承に伝わる通り人間には毒であるらしく、過去多くの船を沈めてしまった事も事実だった。だがこれには事情がある。彼らの歌は歌う者の意志に関係なく必然的に魔力を含んでしまうらしく、例え悪意が全く無くても人間は誘惑されてしまうとの事。そして彼らは人間を食べる事は無い。生の魚を食べる種族である。これも異世界の人間には奇妙な目で見られてしまうらしい。そのような経緯もあり、人からセイレーンはあまり良い存在とは思われていない。

 

「…成程ね。そういうことだったのか。それは悪い事を言っちゃったわね。御免なさい」

 

「…もういいわよ。アーリウスも言った通りもう何回も同じ事言われたし」

 

「だから人がいる場所とかでは僕達は歌えないんだ。歌うのはとっても好きなんだけどね」

 

「ほんと自分で言うのも不便なもんだわ全く。おまけにここで歌おうとしたらクロさんに止められたし~」

 

「だから無人島で暮らしてるんだね」

 

「うん。動物達には僕らの歌の魔力が効かないからね」

 

そんな会話をしているとルナサが、

 

「…あの、イリスさんとアーリウスさんでしたっけ?ちょっとお聞きしたい事があるんですが…」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「…へ〜君達は人間じゃないんだ。全然そんな風に見えないなぁ」

 

「楽器をしているけど最近上手く演奏できないって?…成程ね、私達もたま〜にだけどそういう事あるわよ。思った様に歌えない事」

 

「ほんと?そういう時どうするの?」

 

「私達、生んでくれた人が死んじゃっても何故か消えなかったの。それで何かやる事が欲しくて楽器を始めて、演奏隊を結成したんだ。最初に比べたら上手くなってる筈なのに何が駄目なのかな〜」

 

最初に回答したのはアーリウス。

 

「そんな時は兎に角やってみるしか無いと思うよ。歌うなら歌い続ける。演奏するならし続ける」

 

「でも…それでもし上手く行かなかったら?」

 

「歌うのをやめるわ」

 

きっぱりと言い切るイリス。

 

「好きなもの食べたり、空を散歩したり、動物達に餌をあげたりして何もしない。そしたらまた無性に歌いたくなるものよ」

 

「なるかな?」

 

「なるわよ。それが生き甲斐ならね」

 

「生き甲斐、か…」

 

「あああとこれは僕達が旅立つ前にオババに言われたんだけど、生き物というのはお腹が減るもの。悩み事ができても取り敢えず美味しいもの食べてお腹一杯になって笑顔になれ。そうしたら新しい何かが見える事もあるってね」

 

「そ、そういうものかな~」

 

とそんな会話をしていると店主とアレッタが霊夢達に、クロがイリスとアーリウスに料理を運んできた。

 

「お待たせしました。牛肉のカルパッチョです」

 

「(サーモンのタルタル料理です)!」

 

霊夢に出されたのは薄く切られた牛肉を綺麗に並べ、その上にソースと緑色の葉野菜、そして薄切りのチーズがかけられたもの。肉は縁のほんの少しの部分だけ火を通されているがそれ以外は完全に生といっても良い位赤身が残っている。

姉妹には白い皿の上に細かく切られた薄緑色の野菜とその上にサーモンという魚が同じ様に細かくされたのが乗せられたもの。円柱状に整えられ、綺麗に層を作っている。イリス、アーリウスにもマグロという魚のカルパッチョの他に同じものが配膳された。

 

「わ〜なんか綺麗だね♪」

 

「ええ、こんな料理初めてだわ」

 

「…!ちょ、ちょっと店主さん!これ殆ど生のお肉なんじゃ…?」

 

「はは、やっぱり驚かれたか。安心して下さい。ちゃんと生でも食べられる様に処理されている肉ですし、ボイルして肉の表面はしっかり火を通してありますから」

 

「ボイル?確かに縁の部分はそうみたいだけど…」

 

「カルパッチョってのは元々生の肉を使ったのが始まりの料理なんです。外国じゃ魚よりも肉を使っている方が多い位ですよ。魚を使うようになったのは日本が最初と言われてます」

 

「日本にはお刺身や鯉の洗いなんてあるものね。私は気にしないわよ。店主さんが悪いもの出すとは思えないし」

 

「かかっているのは醤油とバルサミコ酢をベースにした和風ソースです。葉野菜とパルメザンチーズの薄切りと一緒に食べて下さい」

 

「ねぇねぇ店主さん。私達のはどんな料理なの?」

 

「ええ。そちらは下の野菜はアボカドという野菜、上はサーモンという魚を細かくしたものです。オリーブオイルと薄口醤油、少しのレモン汁で和えてます。こちらのソースはサーモンにもアボカドにも合うわさびとマヨネーズベースのソース。そのまま食べて頂いてもこちらの薄く切ったバゲットと一緒に食べても美味しいですよ。それではごゆっくり」

 

そう説明すると店主達は下がっていく。

 

「それじゃあ早速食べますか♪いただきます!」

 

待ちきれないらしい霊夢のいただきます。お箸で肉の一切れを野菜、チーズと一緒にとって食べてみる。肉は確かに生の部分が多く、しっかり焼かれたり揚げられたものとは違う。脂もそれらほど強くは感じない。しかしその分あっさりしていて刺身と同じく肉の純粋な甘みと繊維、歯ごたえが感じられる。生臭さも感じない事から店主の言った通りきっとしっかり処理されているのだろう。ルッコラという葉野菜のシャキシャキ感と苦み、薄切りながらも存在をしっかり示しているチーズ、そしてバルサミコ酢というものを使ったソース。酸味もあるが甘みもあり、肉や野菜ともよく合っている。

 

「生のお肉なんて食べた事無いから実はほんのちょっぴり心配だったけど…全然気持ち悪く無くて全然いけるわ。あっさりしてて甘みがあって、茹でてあるおかげで脂っぽくもそんなにないし、これなら幾らでも食べれるわ♪」

 

「へ~本当に生でも食べれるんですね~」

 

「ねぇ私達も食べようよ~」

 

「え、ええそうね」

 

姉妹達も自分達の前のタルタルを食べるためにスプーンを入れる。下の野菜と上の魚を一緒に掬う。初めて食べるアボカドという野菜は今までにない食感で感じとしては里芋に近く、味はたんぱくで滑らかな舌触り。サーモンという橙色の魚は今まで食べた川魚よりも味が濃く、みじん切りされた事による良質な脂の旨味をしっかり味わえる。アボカドとサーモン、お互いが良さを邪魔せず、口の中で同調している。ワサビの辛味とマヨネーズというほんの少しの酸味を感じる白いもの、そして醤油の組み合わせのソースがこれらの味をより高めている。

 

「美味しいねコレ!」

 

「野菜もお魚も食べた事無いけどどっちも凄く美味しいよ!」

 

「…そうね。このサーモンというお魚とアボカドというお野菜。そしてこのかかっているソースというものの組み合わせが素晴らしいわ」

 

姉妹達はいずれもタルタル料理の完成度に驚きを含みつつ感動している様だ。

 

「う~んやっぱり生のお魚を作った料理はここのが一番ね~」

 

「このショウユが味わえるのはここだけだもんね」

 

「あとこのタルタル料理って美味しいじゃない♪サーモンって前にカルパッチョで食べた事あるけどこういうのも良いわね♪」

 

「ねぇ霊夢さん、折角だからそのカルパッチョっていうの少しだけ分けてくださいよ?」

 

「…しょうがないわね。そっちのもの少し分けなさいよ」

 

「このバゲットっていうパンに乗せても美味しいね」

 

「ええそうね。ソースがパンとも合ってるわ」

 

皆満足している顔だ。とその時、霊夢がプリズムリバー姉妹にこんな事を言った。

 

「…ねぇアンタ達、折角だからここで一曲やってみなさいよ」

 

「「「え?」」」

 

「あ~それいいわね。私達も聞きたいわ♪」

 

「うん。外の世界の音楽って興味あるし、もしよかったら僕も聞きたいかな♪」

 

「で、でも私達は今…。それにご迷惑では…」

 

「ねぇアレッタ、ちょっと店主さんに聞いてほしいんだけど」

 

霊夢はアレッタを通じて店主に尋ねると「騒がしくしすぎない位ならいいですよ」という返事でOKを貰えた。ルナサはまだ踏ん切りがつかない様な顔をしている。そんな彼女にリリカとメルランは、

 

「やってみようよルナサ!外の世界での演奏なんて滅多にできる事じゃないし♪」

 

「そうそう♪それに私達は演奏隊。お客さん達に喜んでもらうのが生きがいでしょ?」

 

「それに今私達気分が乗ってるんだよね♪」

 

「メルラン、リリカ…」

 

ふたりの笑顔に刺激されたのか、ルナサの顔からも不安が消えていく。

 

「…ふふ、そうね。喜んでもらって、楽器を弾くのが私達の生きがいだものね」

 

「あ、それなら店主さん、私からもひとつお願いがあるんだけど~」

 

リリカのお願いとはピアノを使わせてもらえないか?というもの。特に問題ないとこれも店主から了承を貰える事が出来た。ピアノの椅子にリリカが座り、ルナサもメルランも愛用のバイオリンとトランペットを召喚する。いつもと違う動きに気づいたのか他の客達も彼女らに目を向ける。

 

「準備はいい?」

 

「いつでも♪」

 

「それじゃあ…始めましょうか。……す~」

 

ルナサの息遣いと共に彼女らの演奏が始まる。ルナサの弾くバイオリンが心を落ち着かせ、昂ぶりを抑える音色を放ち、メルランのトランペットが放つ聴く者の気持ちを高揚させる音色を生み出す。そしてリリカの演奏がふたりの音をまとめあげ、お互いの音をより共鳴させる。

稗田阿求曰くルナサの演奏は気持ちを落ち着かせる「鬱」、メルランは気持ちを高める「躁」、リリカは「そのどちらでもない感情や想い」を乗せているという。ルナサやメルランのそれぞれの単独の演奏ならば聞く者達への影響が大きいらしいのだが(彼女らに悪気はない)、その間にリリカの演奏が入る事で音色だけでなく彼女らの演奏の問題点をいい意味で消すことができているとの事らしい。

 

「…素敵ですね」

 

「ああ。力強くて繊細。我が砂の国にはこういった楽器は無いからより新鮮さを感じるな」

 

「ほ~これはこれは。私達の国の琴や三味線とはまた違う弦の音色。美しいですな」

 

「太鼓の様な力強い楽器の方が儂は好きじゃがこういうのも良い物だな」

 

「私こんな演奏聞くの初めてです!」

 

(…確かにこういうのも悪く無い)

 

聞いている客の反応は上々。演奏している姉妹の表情も実に楽しそうだった。演奏は彼女らにとってとても大切なもの。自分達を証明する、まさに生き甲斐。周りの人や妖怪も楽しんでくれた。そんな彼らを見ると自分達も楽しかった。しかし周りの期待が大きくなるといつの間にその期待に答えなければ、という責務や使命感という面が強くなっていた。責務や使命感は必要なものだが行き過ぎると楽しさやワクワクを忘れさせる。気づかない内に彼女らもそうだったのかもしれない。ここでの出会いや刺激が彼女らに良い影響を与えた様だった。

 

「いい音だねイリス」

 

「そうね。あ~私達も歌えないのが残念だわ~」

 

(…例の札の方も問題なく働いている様ね。それにしても思ったより早く立ち直ったわね。単にお腹が減ってただけなんじゃないの?まぁあいつらの演奏が良くないとうちの宴会も盛り上がりに欠けるしいっか)

「あ、アレッタ。温かいお肉も食べたいから追加でそうね〜メンチカツ貰えるかしら」

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「ふ〜食べた食べた♪」

 

「ご馳走様でした♪」

 

「ピアノ使わせてくれてありがとうね!」

 

「こちらこそありがとうございます。お客さんも喜んでましたし」

 

「お礼を言うのは私達の方です。ここでの経験を新しい曲作りに生かしますね」

 

(いい音でした)

 

「また演奏聞かせてくださいね!」

 

「また来れたらね!」

 

「こちらおみやげのステーキサンドとビール、あとシュークリームです」

 

「やっぱりおみやげって言ったらこれよね〜♪」

 

~~♪

 

とその時、霊夢達が帰る前に再び扉が開いた。

 

「あ、いらっしゃいませ」

 

「…あら?アンタ達!」

早苗

「…あ、霊夢さん!」

 

入ってきたのは三人。ひとりは守矢神社の風祝にして巫女、東風谷早苗。そしてもうふたりは、

 

白と赤のメッシュが入った黒髪の少女

「げっ!博麗の巫女!って…な、なんだいこりゃあ…!」

お椀を被った赤い着物の少女

「わ~すご~い!」




メニュー24

「ホットケーキ」

次回後編に続きます。仕事の関係でまた少し遅れそうです。すみません…。


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メニュー24「ホットケーキ」

遅れてすみませんでした。皆さん熱中症、あと台風には気を付けてくださいね。


博麗神社

 

 

霊夢やプリズムリバー姉妹達がねこやの扉に入って暫くした頃、こちらは博麗神社。今日も閑古鳥で参拝者はひとりもおらず静寂そのもの。聞こえてくるといえば風の音、虫の鳴き声、そして、

 

こぽぽ……ずずず……、

 

早苗

「…もう冬も近くなってきましたね〜」

 

急須から茶を注いでゆっくり飲んでいる音。見ると神社の軒先にいるのは守矢神社の巫女、東風谷早苗。自分が神社を抜けると心配だからと霊夢が頼んで参拝者が来やすい時間帯だけ留守番をしてもらっていたのだ。掃除まで頼んで。二日前から留守番をしているが結局誰も来なかったのだけれども。「ぽへ〜」という雰囲気で能天気にお茶を飲む姿はまさに平和そのもの。

 

「今日も平和ですね〜…」

着物を着た一際小さい少女

「そうだね〜…」

メッシュが入った黒髪の少女

「そうだな~…」

 

そんな早苗の横にはもうふたりの姿がある。

ひとりは赤と白のメッシュが入った肩までの黒い髪。髪の間からはよく見ると角が覗いている。ワンピースに青いリボン、足にはサンダルを履いた少女。

そしてもうひとりは藤紫色の短い髪で赤い和服を着ている少女だが特徴的なのはその身体の大きさ。早苗やもうひとりの少女よりもひと際小さく、片手で軽々と持てる位の大きさしかない。小人と言っていい位である。

 

「こんな天気いい日に「良い事」もせず私ったら何やってんだろ全く。…な~もう帰っていいか?もうすぐ帰ってくんだろ霊夢の奴」

 

「ダメですよ正邪さん。私達は霊夢さんの留守番を任されてるんですから霊夢さんが帰って来るまでやらないと」

 

「それはお前が頼まれた事で私は関係ないっての。たまたまいた私まで巻き込みやがっていい迷惑だよ全く。私らは逃げましょうよ姫~。こんな「大人気で人が絶え間なく来てピッカピカ」な神社なんて放っといても問題無いですって」

 

「…霊夢に怒られるよ正邪。でも後が怖いからね」

 

「あのワンころはどうしたんだよ守矢の巫女?」

 

「あうんさんは私の代わりに神奈子様諏訪子様を手伝ってくれてます」

 

「あっそ。犬らしくお仕事熱心なこった」

 

正邪と呼ばれた少女はひと際駄々をこねたり文句を言っている。彼女は「天邪鬼(あまのじゃく)」という妖怪なのだ。天邪鬼は鬼と付いているが然程強い妖怪ではない。人が嫌がる事を好む、喜ばせると悔しがる、指図を受けない、嫌われると喜ぶ等々いわばひねくれ者を具現化した様な妖怪。おまけにおしおきされても罰を受けてもその性格は変わらず、自らの能力である「ひっくり返す程度の能力」によって時には心とは反対の言葉でわざとふざけるのを交えて迷惑をかけたりするが彼女を知っている者の殆どは相手にせず普通に流している。

 

「てか遅いなあいつ。どっかで飯でも食ってるんじゃないのか?」

 

「徹夜明けでしょうから里で休んでから帰って来るんですかねぇ」

 

「…そういえばご飯で思い出したんだけどさ?最近噂になってるあの…外の世界の扉だっけ?」

 

「ねこやの事ですか?」

 

「そうそれ。早苗は行った事あるんでしょ?どんな所?」

 

「そうですね~…。温かい雰囲気がして、皆さん優しくて、いい匂いがする場所ですよ。針妙丸さんも興味あるんですか?」

 

「う~んご飯もだけどもしかしたら外の世界なら小槌の効果も切れて私も大きくなれるんじゃないかなぁって」

 

「そういえば姫がより「おっきく」なってから結構経ちますよね~」

 

「半分は正邪のせいでもあるんだけどね?」

 

「でも針妙丸さんも随分今の生活に馴染んできたんじゃないですか?そんな感じにも見えますよ」

 

「…う~んそうかもしれないけどでもやっぱり早く戻りたいよ」

 

小人と小槌と聞いて中にはある話が浮かぶ人もいると思う。

 

「一寸法師」

 

スクナヒコナという小人とそれに出てくる打出の小槌の物語。そして今早苗と正邪と共にいる少女の名は少名針妙丸。スクナヒコナの遠い子孫であり、小人族やリリパットとも呼ばれる種族。そして正邪がそんな彼女を姫と呼ぶのは以前正邪が起こした異変が関係していた。

ある日幻想郷の弱い妖怪達が一斉に暴れ始めた。より力を増して。霊夢達は調査を開始したが彼女らも妖怪達自身にもなぜなのかわからなかった。進展が見られない不安な風が流れる中、幻想郷の空に巨大な城が現れ、黒幕が明らかになる。それが正邪と針妙丸。ある時正邪は自らの能力を用いて強い妖怪を排除し、今度は自分の様な弱い妖怪が幻想郷を支配するという下剋上を起こそうとした。しかし自分だけでは何もできない。そこで目を付けたのが針妙丸と彼女が持つ願いを叶える打出の小槌だった。

 

「弱者が見捨てられない楽園を築くのだ!」

 

正邪の口車に乗せられ、針妙丸は小槌の力を使った。その力の余波が幻想郷中の妖怪達に意志無いまま力を与えていたのである。だがこの小槌は使うと大量の魔力を放出し、回復に非常に多くの時間を要するという事を正邪らは知らなかった。やがて小槌の魔力も尽き、下剋上を行う程力を得られなくなった正邪は逃げ出したが色々あって捕まり、お仕置きを受けた。一方針妙丸は黒幕ながらも小槌の力を過去の事情から知らなかった事、正邪に騙された事等を考慮され、博麗神社で保護の身となった。後に「輝針城異変」と名付けられたその時の縁によるものか、ほんの少しでもある罪悪感なのか、正邪は針妙丸を姫と慕っている様ないない様な微妙な関係なのだ。

 

「ん〜…さてっと、霊夢が帰ってくるまで私は少しお昼寝しようかな」トコトコトコ…

 

針妙丸は立ちあがり、住処としている虫篭に向かっていく。

 

「それじゃあ私も」

 

「ダメですよ正邪さん!逃げ出そうたってそうはいきませんよ」

 

「だーもー!天邪鬼の私がのほほんと茶飲みながらじっとしてんのは性に合わないんだよ!」

 

そんな風に軽くふたりがわーわー口喧嘩していると、

 

「ね、ねぇ正邪~!早苗~!ちょっと来て~!」

 

針妙丸の虫篭からふたりを呼ぶ声。言われて駆け寄る早苗と正邪。

 

「「どうしました針妙丸さん(姫)?」」

 

「ちょ、ちょっと篭の屋根開けてもらえるかな?な、中に変なものがあって…見てもらいたいんだけどさ」

 

言われて虫篭の天井部分をずらす。虫篭の中は一通りの家具が揃っており、籠というよりドールハウスの様である。

 

「どうしました?」

 

「コレコレ!」

 

「…あ!」

 

見ると針妙丸にピッタリサイズの扉が彼女の虫篭の中にあった。異世界ではこの様な出現は無かったがこれも博麗大結界との接触の影響だろうか?

 

「こ、こりゃあどういうこった!」

 

「わかんない。出た時はこんなの無かったから…」

 

「可愛らしいサイズですね~。でもまさか針妙丸さんの大きさの扉が現れるなんて…」

 

「やっぱりこの扉なんだ…。あ、あの早苗。これってどうしたらいいのかな?」

 

「扉は入って出てきたらもう消えてしまう筈ですけど…」

 

「そうなんだ…。じゃあちょっと行ってみようかな…?」

 

針妙丸は興味津々の様だ。

 

「ま、待ってくださいって姫!ひとりで行くなんてズルいですよ!いや危険ですよ!私らも」

 

「無茶言わないでよ。正邪が入れる訳ないでしょ」

 

「そうですよ正邪さん」

 

「うぐぐ〜…はっ!」

 

正邪の目がキラリと光る。その視線の先は…屋根の上に安置されている打ち出の小槌に向かっていた。

 

「正邪さんまさか…」

 

「くっくっく、勘が「悪い」な。そうだ!姫の小槌の力を使えばいいのさ♪これの力を使えばこの扉でもおっきくなるだろ」

 

「だ、駄目だよ正邪こんな事に使うなんて!それに魔力も回復してるかどうか…」

 

「そう、そこでこいつですよ姫。守矢の巫女、お前の能力を使えば一回分位ならなんとかなるんじゃないか?なんたって奇跡を「起こさない」能力なんだからな♪」

 

「い、いやいや神奈子様諏訪子様の御力はこんな事のためにあるんじゃないんですってば!それに例えうまくいってもこれじゃ大きくなったら針妙丸さんの籠が壊れてしまいますよ」

 

「家具だけ出しときゃいいだろ。籠はぶっ壊れてもまた後で組み立てりゃいいさ♪」

 

「正邪…一応私の家なんだけど」

 

「でも…」

 

しぶる早苗だがそこに正邪お得意の悪ふざけが。

 

「おや~?守矢ってのはこんなちっこい姫ひとりの願いを叶える事が出来ない位「御立派」な力しか出せないのか~?守矢の奇跡も大した事ねぇな~♪」

 

「うむむ…」

 

「姫が扉の先で危ない目にあったらどうするのかな~?心配だから付いていきたいっていう臣下の忠義心をよりにもよって神に支える巫女が邪魔するなんてな~♪」

 

「正邪言いすぎだよ…」

 

笑顔でおちょくる正邪。そして早苗は、

 

「……あ~も~わかりましたよ!そこまで言うなら起こしてみせましょう!神奈子様諏訪子様の奇跡!」

 

留守番している立場も忘れて正邪の口車に乗ってしまったのだった。途端に態度が変わる正邪。

 

「そうこなくっちゃな!いや~流石は皆の味方守矢の神々様とその巫女様♪博麗の巫女とは大違いだね~♪あ、その前にさっき言った通り姫の道具や家財は外しときましょ。はいはいちょっとどいてくださいね姫♪」

 

「なんか御免ね早苗…」

 

「いーえ大丈夫です!全く心配ありません!」

 

…そしてせっせと籠から針妙丸が使っているお人形サイズの布団やちゃぶ台や鏡台等が外される。残っているのは小さいねこやの扉だけ。

 

「よ~しできた♪それじゃあ姫お願いしますね♪」

 

「ふ~…針妙丸さん、お願いします!」

 

「ほ、本当に大丈夫かな〜?どうなってもしらないからね〜!」

 

「大奇跡!「八坂の神風」!!」

 

早苗は精神を集中させて呪文を唱え、針妙丸が今は自分の身体位ある小槌を受け取り、フラフラしながらその場で振るった。

 

 

カッ!!!!

 

 

「うわ!」

 

「「きゃあ!」」

 

小槌の光が一層強くなり三人は目を閉じた。

 

 

…………

 

「……え、えっと何が起こったんでしょう…?」

 

「…!お、おい!」

 

そして数秒後、徐々に光が収まり、再び三人が目を開けると前には自分達が通れるサイズになったねこやの扉が鎮座していた。

 

「やった!「失敗」だぜ「失敗」!」

 

「流石は神奈子様諏訪子様の奇跡!」

 

「……」

 

喜ぶ正邪と早苗。一方針妙丸はというと妙に落ち着いている。

 

「どうしたんですか針妙丸さん?」

 

「ふたり共、周りをよく見てみてよ…」

 

「え?……ええ!」

 

針妙丸の言葉の言う通り周りを見渡すと、自分達が彼女の虫籠に入り込んでいるのが見えた。もしや籠ごと大きく?いやというよりは…、

 

「こ、こりゃあ…」

 

「もしかして…」

 

「みたいだね…」

 

不思議な事が起こった。小槌の力が開放された瞬間、扉が大きくなったのではなく、その場にいた早苗、正邪の身体が扉サイズに小さくなってしまったのを理解した。しかも小槌を振った針妙丸自身も元より更に小さくなってしまった。

 

「ど、どうなってんだよ守矢の巫女!なんで扉が大きくじゃなく私らがちっちゃくなってんだ!?」

 

「わわ私だってわかりませんよ~。だからやめた方が良いって言ったじゃないですか~」

 

「私…もっと小さくなっちゃった…」

 

予想だにしない出来事に流石に困惑する三人。正邪も真面目モードである。

 

「ったくどうすんだよコレ~?もとに戻れるんだろうな~」

 

「どうですかね神妙丸さん?」

 

「う~ん半永久的に続く事は無いと思うけど何時効果が切れるかはわからないなぁ…」

 

「……だ~もう考えても仕方ねぇ!一応姫と一緒に行けるようになった訳だし、こんな状況だけど取り合えず行ってみないか?この扉の先によ。なんのために小槌使ったのかわからないし」

 

「う~んそうですね~…私は別に構いませんが。神妙丸さんはどうしますか?」

 

「…私も行くよ。これが本当に美味しい食べ物のお店に繋がってるなら食べないと浮かばれないや。死んだわけじゃないけど」

 

「よっしゃ♪じゃあ行ってみようぜ〜♪」

 

「こんな時でも正邪は相変わらずなんだから…」

 

「ごめんなさい霊夢さ~ん。後で謝りますから~!」

 

そして早苗らはねこやへの扉を開けた。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

そして前回の最後に至るのである。

 

「あ、いらっしゃいませ~!(ませ)」

 

「…あれ、アンタ達!」

 

「あ、霊夢さん!」

 

「げっ!博麗の巫女!…ってなんだこりゃあ!?」

 

「うわ~すごーい!なにココ~!」

 

目の前の光景に驚く正邪と針妙丸。一方早苗はそこに霊夢、プリズムリバー姉妹がいた事に驚く。

 

「あ、正邪に針妙丸さんだ」

 

「早苗さんも一緒なんて珍しい組み合わせですね」

 

「ルナサさん達もいらっしゃってたんですか」

 

「帰る途中で会ったのよ。…てかなんでアンタらが来てんのよ。留守番頼んでいた筈なんだけど?」

 

「い、いやそれが…」…かくかくしかじか…

 

「……全く馬鹿な事したもんね。てか小さくなったって言ってる割にはアンタらなんともないじゃないの」

 

針妙丸達が自分達の姿を見てみるとそれぞれ身体の大きさが小槌を使う前の大きさに戻っていた。

 

「お、おお!元に戻ってるぜ!」

 

「おかしいな~、いくら何でもこんな早く戻らないと思うんだけど…」

 

「こっちの世界に来た影響かしら?…てかアンタらがこっちに来たって事はうちがら空きって事じゃない!」

 

「心配すんな博麗の巫女!お前がいない間「だーれも来てなかった」ぜ♪…ん?」

 

「はいはいそうですか。じゃあ誰も来てない内に一刻も早く帰るとしますかね。それじゃあご馳走様。また扉見かけたら来るわね♪」

 

「ご馳走様でした」

 

「またね♪」

 

「また来るからね♪」

 

「はい!」

 

(またのお越しをお待ちしております)

 

「…ああ、そうだわ天邪鬼。ここはアンタにとっちゃ結構楽しい場所かもしれないわよ♪」

 

~~~~♪

 

妙な笑みを浮かべながら霊夢が最後に扉を閉じた。

 

「…何言ってんだ霊夢の奴?」

 

「お久しぶりです皆さん!」

 

「いらっしゃい早苗さん」

 

「はい、サナエさんもお元気そうで!そちらの方々はお友達の方ですか?」

 

「ええまぁそんな感じです。ふたり共、こちらはこの異世界食堂の給仕さんでアレッタさんとクロさん、そして店主さんです」

 

「…異世界」

 

「食堂ぉ?」

 

「ええ。私がここ異世界食堂にしてねこやの店主です」

 

「アレッタといいます!宜しくお願いします!」

 

(…クロと申します)

 

「!?な、なんだ?今頭に声がしたぞ!」

 

「え、えっと不思議だけど…とりあえず自己紹介しようかな?私の名前は少名針妙丸!貴女達からはあまり高貴な雰囲気はしないけど私は差別はしないから安心してね」

 

「こんなにちっこいがれっきとした姫だからな。丁寧に扱えよ。守矢の巫女はもう知ってるらしいから次は私か、しゃあねぇ有難く聞きなよ。反逆の暗黒英雄、鬼人正邪だ。お前ら、早速だが」

 

この時早苗と針妙丸は嫌な予感がした。彼女の事だからわざと好まれない言い方をするに決まっていると。止めようとしたが彼女の口の方が少し早かった。

 

「私と「友達」になれ!」

 

…何もおかしな事は無い。極めて自然な流れの会話。その場にいる約三名を除いては。

 

「え?」

 

「正邪?」

 

「…って、あ、アレ?私今なんで」

 

「はい!ありがとうございます!私も皆さんとお友達になりたいです!」

 

「え、い、いやあのそうじゃねえ。そうじゃないんだけどそうじゃなくって!」

(あ、あれ~何か調子悪いな~?さっきも姫をおちょくるつもりが普通にちっこいと言ったし)

 

「シンミョウマルさんはリリパットかハーフリングの貴族様ですか?」

 

「え?リリパットを知ってるの?」

 

「はい。よく来られますよ」

 

「へ~そうなんだ。会ってみたいなぁ」

 

~~♪

 

とその時、早苗達の後ろで再びねこやの扉が開く音がした。ほんの少しだけ開いた扉の隙間からは誰も見えない、と思ったが、

 

小人達

「「「「トコトコトコトコトコ…」」」」

 

そうではなかった。針妙丸よりももっともっと小さい、人の掌に乗る位の大きさの者達が列を作って扉の隙間からトコトコ入ってくるのが見えた。すぐ傍で見ていた早苗達も予想だにしなかったその光景にポカンとしている。

 

「「「……」」」

 

「いらっしゃい」

 

「皆さんこんにちは!」

 

「今日も世話になる異世界食堂の方々!」

 

「ねぇ早く早く!」

 

「早くホットケーキ食べたい!」

 

「急かすんじゃないよ!店主さん達も困ってんだろ」

 

「いえいえ、はいよ。少々お待ちください。取り敢えずいつもの様にお席にお連れしますね」

 

言うとクロがトレーを持って既に準備していた。それを小人達の前に出すとピョンと飛んだり頑張って跨いだりして乗る。そしてそのままテーブルに運ばれていく。店主も続けてトレーを持って運ぶ。

 

「高い高い!」

 

「毎回俺これ少し緊張するんだよな」

 

「たく大の男が情けないねぇ」

 

「な、なんだあのちっこいのは…?」

 

「可愛らしいですね〜♪」

 

「……」

 

トントン

 

そんな針妙丸の足にトントンという感触があった。叩いていたのはリリパットの少年少女。

 

「ねえねえ」

 

「え?わ、私?」

 

「お姉ちゃんもリリパットなの?僕達よりも大きいけどハーフリングっ感じじゃないね」

 

「う、うん。私もリリパットだよ。あと一応女の子」

 

「へ~そうなんだ~!なんでそんなに大きいの~!?」

 

「こーらポコ、アム。よそ様に迷惑かけてんじゃないよ。すいませんうちの子が」

 

「迷惑なんかかけてないよ。ねぇお母さん!このお姉ちゃんもリリパットなんだって!」

 

「へ~こりゃあ驚いた!こんなに大きなリリパット族は初めて見るよ。アンタどこの生まれだい?」

 

「ねぇお姉ちゃん!僕達と一緒にホットケーキ食べようよ!」

 

「私もお姉ちゃんとお話してみたいな〜」

 

「勝手に決めるんじゃないよアンタ達」

 

「是非一緒に食べましょう!」

 

「おう、なんか「面白そう」だしな♪…てあれ?だから今のは面白くないって言うとこだろ!」

 

どうやらポコとアムという兄妹は針妙丸がとても気になる様だ。対する早苗と正邪もすっかりその気である。かわいいのが気になるのはこの年頃の少女には共通らしい。

 

「私は別にいいけど…」

 

「「やった~!」」

 

「…しょうがないねぇ。長に聞いてみないと」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「へ~お姉ちゃん達は僕達の世界とは別の人達なんだ~。凄いなぁ~!」

 

「お姉ちゃんは同じリリパットなのになんでそんなに大きいの?どうすれば大きくなれるの?」

 

「ねぇなんでそんなもの被ってるの?あとその服は何?時々見るあの剣士さんのに似てるけど」

 

「これは着物っていうんだよ。あとこれはお椀っていって私のある種トレードマークというか」

 

その後、ひとつのテーブルでは幻想郷組とリリパット達の交流会が繰り広げられていた。針妙丸には椅子は大きいのでテーブルの上に直接座っているが子供、特にポコとアムから大人気で質問攻めになっている。当の針妙丸は困惑気味だが嫌な気分はしていない様だ。住む世界が違うとはいえ、同じ小人族に会えたのが嬉しそうだった。

 

「いやいや異世界の方が最近来られるのは知っておりましたがまさか我らと同じ種族までおられるとは」

 

「そうだろうそうだろう。しかもあの方は小人族の姫だからな。恐れおののけ♪」

 

「正邪さんが自慢できることじゃないでしょう」

 

「お姉ちゃん達も外の世界の人達なの?」

 

「ええそうです!幻想郷の東風谷早苗です!初めまして!」

 

「天邪鬼の鬼人正邪だ。覚えておけ♪」

 

「あまのじゃくって…何?」

 

「ふふん!「人が嫌がる事を進んで受け、喜ばせるのを生きがいとし、慕われる事に喜びを得る」妖怪だ♪」

 

そう言い切る正邪。

 

「ふ~んつまりはいい人なんだね~!」

 

「お姉ちゃんすご~い!」

 

「!!??い、いやいやそんな事無ぇ!私は本当はそんなんじゃなくってだな!」

 

「…正邪さんほんとにどうしたんですか?」

 

「私が一番知りてーよ!」

 

とそんな事をしているとアレッタとクロがとある料理を持ってきた。

 

「お待たせしましたー!ご注文のホットケーキです!」

 

(チョコレートパフェです)

 

早苗の前に出されたのは以前も食べ、彼女にとって思い入れがある今日も白き山を思わせるチョコレートパフェ。そして針妙丸と正邪、リリパット達の前に出されたのはホットケーキたる茶色く焼かれた円形の柔らかそうなものが二枚重なった様なもの。上には四角く切られた牛酪が乗せられ、その横には三色の蜜の入った銀色の小さい容器達が添えられている。

 

「「「わ~い!!」」」

 

「毎回この焼きたての匂いがたまらねぇんだよなぁ~!」

 

「こ~れ、ちゃんと切り分けてからだよ」

 

「これがホットケーキってやつか?見た目質素だけど匂いは悪くねぇじゃねぇか」

 

「待ってましたよ♪ホットケーキも懐かしいですね~」

 

「早苗は知ってるの?」

 

「ほんと少ないですけど子供の時に母が作ってくれた事があるんです」

 

「じゃあ切り分けますね!」

 

「おお頼むぞアレッタ殿!」

 

村長がアレッタにホットケーキの切り分けを頼み、アレッタが行おうとすると針妙丸がアレッタに言う。

 

「あ、アレッタだっけ?私にやらせてくれないかな?いつも霊夢や正邪にやってもらってるからこういうの一回やってみたかったんだよね♪」

 

「ではお願いしますね!」

 

針妙丸にアレッタがナイフを渡す。アレッタからしたら小ぶりのナイフだが針妙丸からすれば両手剣といってもいいサイズだ。それを皆のリクエスト毎に細かく切っていく。

 

(うわぁ…いい匂いだなぁ…)

 

ナイフを入れると刃がすんなり通るふわふわした感触。更に切ったそこから漂ってくる甘い匂い。更にそこに溶けた牛酪がしみ込み、より香りを増している。

 

「うんしょ!うんしょ!」

 

「「「お姉ちゃんがんばれ~!」」」

 

「なんか姫が可愛いな♪…ま、まただよほんと。一体どうなってんだ私?」

 

そうこうしている内にリリパット達のホットケーキは切り分けられた。大小様々な大きさに切り分けられたそれはケーキを分ける係によって其々に行きわたる。

 

「感謝するぞ。異世界のリリパットよ。…さて、皆恵みをもたらす大地の神に感謝し、頂くとしよう」

 

長がそう言った頃には既に多くのリリパットがホットケーキを食していた。家族、恋人、友達同士で其々お気に入りの味を交換したりしている。

 

「ねぇお姉ちゃん!これはチョコレートが美味しいんだ!」

 

「あ~ずるいお兄ちゃん!私はジャムが好きなのに~!」

 

「あはは、じゃあどっちも仲良く食べようか」

 

言われて針妙丸は自分の両手で持てるサイズに切ったケーキにまずチョコレートという黒いものをかけて食べてみる。ナイフで切ってて既に知っていたが口の中でもふんわりと柔らかく、いい香りと優しい甘さと温かさがする。更にそこに甘みとほんの少し苦みがあるチョコレートをつけて食べるとより甘みが増す。

 

「…美味しい!このチョコレート?ってやつ見た目に反して凄く甘くて美味しい♪」

 

続いてアムおススメのジャムというものも食べてみる事にする。今日はふたりの母親曰くベリーのジャムらしい。早速つけて食べてみると果実を思わせる甘酸っぱさ、これもホットケーキのシンプルさとよく合っている。

 

「これも甘酸っぱくて美味しいね!」

 

「「でしょでしょ!」」

 

「へ~、私の食べた時は蜂蜜とかだったんですけどそんな食べ方もあるんですね~」

 

「色々な味で食べれるって飽きなくていいな。じゃあ私はまずこれで食ってみるか。蜂蜜かな?」

 

思った正邪は茶色に輝くそれをホットケーキにかけ、ナイフで切って一口食べる。

それは蜂蜜ではなかった。甘いがほんの僅かにしょっぱさ、そしてかいだことがない香りが口に広がる。チョコレートやジャムという物よりも柔らかく、ケーキに良く馴染んでいる。

 

「…これは蜂蜜じゃない。でもなんだ…?何か木みてぇな香りがして、ほんの少し苦いけどそれ以上に甘くて、なんか複雑な味わいだがうめぇな♪」

 

「お?アンタわかるじゃないか。そうだよホットケーキを一番味わえるのはやっぱこのメープルが一番だよ♪」

 

「このホットケーキってのがあんまり甘くねぇから色々な甘味つけても合いそうだな。なぁ早苗、ちょっとそれもらうぜ♪」

 

「あ、正邪さんずるい!」

 

正邪は早苗のチョコレートパフェから取った生クリームをケーキに乗せてみる。勿論これも合う。自分の言葉の異変の事をすっかり忘れ、ホットケーキの味に満足していた正邪だったがこの時正邪は思った。料理達をひっくり返すイタズラをしようと。

 

(思えばさっきから言葉がおかしくなってんなら最初からこうすりゃ良かったじゃないか♪……?あ、あれ?)

 

正邪は言葉に出さず自らの能力を使おうとした。…しかし、何も起こらなかった。

 

(お客様)

 

その時、いつの間にか正邪の後ろにいたクロが彼女に話しかけた。彼女の顔色は普段と全く変わらないがそこからは何とも言えない様な凄まじい何かが発せられているのを正邪は感じ取る。一方隣の早苗は平然としている。正邪にしか伝わってないらしい。

 

(どうかされましたか?)

 

「いいいや何でもない!何でもねぇよよよ!?」

 

クロは(そうですか…)というと下がっていった。

 

「どうかしました正邪さん?」

 

「…なぁ早苗、お前のその白いやつちょっともらうぞ」

 

「あ~正邪さんまた~!私もちょっとホットケーキもらいますからね!」

 

正邪は若干青い顔をしながら早苗のパフェのアイスクリームを掬い取った。

 

「お姉ちゃんのお友達って面白い人達だね~」

 

「アハハ…。でも、うん、いい友達だよ」

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「ありがとうございました!(ました)」

 

「今日もも世話になった!」

 

「メープルもありがとな!これでまた次まで美味いパンが食えるぜ!」

 

「また会おうねお姉ちゃん!」

 

「約束だからね!」

 

「うん!ポコもアムも元気で!」

 

「こちらお土産のサンドイッチとシャンパンのボトルです」

 

「わ~!ありがとうございます!…どうしました正邪さん?」

 

「…な~んか知らないんだけどこの店、私には慣れる時間が必要だわ」

 

「私は正邪が心変わりしたみたいで嬉しかったんだけどな~」

 

「それは無いですよ姫~」

 

「でも正邪さんもそう言いながら悪い気はしなかったんじゃないんですか?」

 

「う~ん………まぁな…」

 

幻想郷ではどちらかというと嫌われている彼女だが周りからいい人として見られるのは経験が無い事もあってなんとも言えなかったが不思議と悪い気がしないのも事実であった。

 

(は!いかんいかん!もしやこんな風に思うのもここの影響なのか?)

「は、早く帰りましょ姫!ほら随分長居しちゃいましたし私達は留守番してるでしょ!」

 

「あ、そうだね。まぁもう霊夢帰ってるけど」

 

「それじゃあ皆さんお世話になりました!」

 

「いえいえ。皆様のまたの来店をお持ちしております」

 

 

…………

 

~~~~♪

ドンガラガラガッシャーン!!!

 

扉を開けた瞬間、続け様に突然派手な音が鳴り響く。

 

「イッタタタ…な、なんだ一体!?」

 

「な、なにが起こったんですか~!?」

 

「…むぎゅ~」

 

正邪と早苗は驚き、ふたりに伸し掛かられた状態になった針妙丸。そしてそんな彼女らを居間から霊夢が呆れ顔で見ていた。

 

「……アンタら何やってんのよ」

 

「あ、霊夢さん!た、只今戻りました~」

 

「お、おい!私達に何があったんだ今!」

 

「何がもそもそもアンタら突然そいつの部屋から飛び出してきたんじゃないの」

 

よく見ると自分達の身体の大きさが元に戻っていた。

 

「お、おおこっちでも元に戻った!」

 

「ですが針妙丸さんの籠が…」

 

どうやらねこやの扉から出た瞬間小槌の力が切れ、身体が戻ったらしいがそれに巻き込まれる形で神妙丸の部屋がバラバラに壊れてしまっていた。

 

「私の鳥籠が~…」

 

「す、すみません針妙丸さん…」

 

「やれやれお部屋が壊れてしまって「羨ましい」ですね~♪………アレ?」

 

正邪は今の自分の言葉にきょとんとする。

 

「やったー!やっといつもの調子に戻った!」

 

「ひどいよ正邪~」

 

「…あ。い、いえ違うんです!本当にちょっと可哀そうと思ったんですって!姫の泣き顔が「面白い」なんて思ってなんか」

 

「正邪さん今は喋らない方が良いかもしれませんよ!」

 

落ち込む神妙丸、宥める早苗、そして突然戻った自分の言葉に今度は困惑する正邪。そんな彼女らをよそにお茶を飲む霊夢。今日も幻想郷は平和だ。

 

 

…………

 

その日の夜の霊夢。おみやげのステーキサンドとビールで夕食中。

 

「…もぐもぐ。ふっふっふ、正邪のあのあたふたした顔笑えたわね~♪こういう事が心配だったから念のために用意しておいて良かったわ。まぁ私の力ならこんなもんよ♪…紫達にもちょっと力借りたけど」

 

 

(はいコレ。家の霊験あらたかな御札よ。商売繁盛のお守りに置いといて♪ メニュー11より)

 

 

(博麗と八雲の護符(特注))

 

霊夢と紫、藍らの共同制作である特注の護符。範囲は非常に狭いがこれのある場所での生き物に対する幻想郷の住人によるあらゆる攻撃的な能力や悪意を感じとり、それらを封じ狂わせる。紫の能力で札そのものを結界で包んでおり、力を感じ取れなくしている。以前チルノやはたて、今回の正邪の能力が封じられたのはこの力が働いた事にもよる。幻想郷と外の世界と異世界の間にいざこざを起こさない様にと霊夢達が用意した。悪意が無いものや物体に向けては効かないので霖之助や小鈴等の力には不向き。

 

「次行けたら何食べようかしらね~」

 

そんな事を考えながら霊夢の夕餉は続いた。




メニュー25

「一角猪肉のテリヤキとショウガヤキ」


正邪の能力を描くのは難しいですね汗。


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メニュー25「一角猪肉のテリヤキとショウガヤキ」

「仙人」

 

中国の道教から始まったそれは元は人間だった者が多くの究極的修業を乗り越えた先にたどり着いた者の事。神ではなく不死でもないが不老長寿とも言える位遥かに長く生き、空を飛べたり姿を隠したり火や水を操る等の仙術を身に着け、それによって人々を助ける命を受けた者でもある。仙人の住む場所は「仙境」と言われ、近づくことは容易ではなく寧ろ不可能とも言われる。一般的に広く知られるイメージは白髭を生やした老人であるが、その実それに限らず老若男女の仙人も実は世界に多く存在している。そしてそんな仙人は幻想郷にもいるのである。

妖怪の山。そこに人々はおろか妖怪や霊からも隠され、寸分の狂いもない正しいルートで来なければたどり着けない一軒の大きな屋敷がある。広い庭と白い壁面に濃い赤色の屋根、大きな丸い形をした窓と、アジアンテイストを思わせる屋敷。

 

妖夢

「はぁ!」

中華風の格好の少女

「まだまだ!遅いわよ!」

 

「は、はい!」

 

そしてその屋敷の庭の中で激しく動くふたつの姿。ひとりは白玉楼の庭師にして剣術使い、魂魄妖夢。しかし背には剣を背負わず、いつもの恰好とは違って動きやすい服装をしている。

そんな妖夢の相手をしているのは桃色の髪にシニヨンキャップを被り、右手に包帯を、左手首に鎖付きの鉄の腕輪を付け、胸元に花飾りと茨の前掛けを付けた服の少女。

 

「はっ!でやぁ!」

 

「踏み込みが浅い!剣と拳では違うわよ!もっと脇を締めなさい!」

 

みればふたりで組み手をしている様子。妖夢が攻撃を仕掛けるが相手の少女が難なくそれに対処している様子であった。そして暫く打ち合った後に妖夢の相手の少女から休憩の言葉が入る。

 

「……ふぅ、少し小休憩しましょう」

 

「は、はい…。くっ…やっぱり強いですね華扇さん」

 

「修行のたまものよ。そうでなくとも剣主体の貴女に躰術で負ける訳にはいかないわ。逆に言えば剣では貴女の方が上。落ち込むことは無いわよ」

 

「でも私先程華扇さんに剣でも一本だけ取られましたけど」

 

「躰術だけ修業している訳ではないからね」

 

「みょん…」

 

妖夢の相手をしていた少女の名は茨木華扇。幻想郷で仙人の異名を持つ存在のひとりにしてこの妖怪の山に屋敷を構えて暮らしている者だ。

幻想郷の仙人は皆修業によって超人的な力を身に付けており、妖怪に匹敵するかそれ以上の力を持ち、仙術や方術を駆使して隠居しながら自由気ままに暮らしている。とはいえ華扇は結構行動範囲が広いらしく人里等にも顔を出し、隠者ながらその存在は知られている。最も説教くさいという噂が一番多いのだが。

また一般的には仙人は断食し、霞を食って生きているとされているがそれだけを食べている訳でなく、彼女らは普通の食事や酒も日常的に食している。それは兎も角として何故白玉楼の妖夢が彼女の元に来ているのかというと、

 

「それにしても今まで剣一直線だった貴女が何故私のもとで修業したいなんて思ったの?」

 

「…確かに剣の腕なら不肖この魂魄妖夢、生意気ながらそれなりの覚えがあります。ですが逆に言えば剣が手に無ければ力が大きく落ちます。霊夢にはお祓い棒や陰陽玉や御札が無くとも術が、魔理沙には八卦炉や箒が無くとも魔法がある。ならば私は躰術をと思いまして。何の異変も起こってない間に」

 

「それで私という訳か。でもそれなら紅魔館の門番に聞けばよかったんじゃない?」

 

「私も最初そう思ったんですが…なんか咲夜さんにしごかれていたみたいなんで申し訳なくて…」

 

「…相変わらずなんだから。でもいい心がけね。霊夢に爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。…確かに今の幻想郷はここ最近、脅威となりそうな異変は起こっていない。しかしいつ何時何が起こるかわからない。そのために常日頃の鍛錬は必要よ。何かあって対処できない様では遅いのだから」

 

「あはは、あの人は修行嫌いですからね」

 

「今更だけど幽々子大丈夫なの?彼女貴女がいないと何もできないんじゃない?」

 

「白玉楼は紫様や藍さんや橙さんが来られているんです。だから構わず行ってこいと仰られて」

 

「ああ成程」

 

そんな訳で妖夢は主である幽々子の許可を貰い、華扇の屋敷に明日まで修業に来ているのだった。

 

「…まぁ今すぐかどうかはさて置き、大きな異変になる可能性があるものは既に起きているのだけれど」

 

「…え?それは一体…」

 

妖夢の顔が一瞬怪訝な表情になる。

 

「例のあの扉の事よ。外の世界に通じているという扉の事」

 

「…ああ!もしかして異世界食堂の扉の事ですか?」

 

華扇の真面目な表情とは反対に妖夢の表情は安堵の色が浮かぶ。

 

「そうよ。前に霊夢や紫が何度か行ったらしいというのを聞いて私も問い詰めたわ。そしたら」

 

(あそこに関しては大丈夫でしょ。少なくともこれまであった様な脅威は感じないわ。今は様子見ね)

 

「と簡単に言われたわ。幾ら護符があるからって油断しすぎじゃないかしら」

 

「護符ですか?」

 

「幻想郷との間にいざこざを起こさない様に用意したのよ。私も多少協力したわ。…そういえば貴女も行ったのよね?どんな場所だった?」

 

「う~ん一回だけですけど決して嫌な雰囲気は感じませんでしたよ。私としては…霊夢や紫様と同じ意見ですね」

 

「貴女も甘いわね。危険危険じゃないに関わらず外の世界に繋がること自体が結構な問題なの。この幻想郷は外とは隔離された場所。外から物が流れついてくるのとは訳が違うの。ましてや出る事ができるなんてそんな事里の人間が知ったらどうなるか」

 

「…まぁそれは危惧するべき点では確かにありますが」

 

「紫の話では向こうから来る事は出来ないらしいけどもしそれが虚言だったら?今は無理でも後々来れてしまったら?そうなってからでは遅いの」

 

「は、はいすみません」

 

「だいたい紫は霊夢に…」

 

暫し今この場にいない者達への華扇の説教が続き、

 

「よし、小休憩は終わり。次は瞑想よ」

 

そんな感じで妖夢の一泊修業は過ぎていった…。

 

 

…………

 

次の日、夜が明ける前からふたりの修行は続いていた。

 

「ふっ!はっ!…やっ!」

 

「もう少し間を詰めなさい!」

 

午前の最後の組手、妖夢の動きは昨日よりもよくなったのか動きが軽く見える。

 

「はっ!」パシッ!!

 

「…今のは中々良かったわ。この短時間で結構動き良くなったじゃない」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「もうお昼頃だし、午前の修業はここまでにしましょうか。妖夢、少し休憩したら昼食作るのを手伝ってくれる?」

 

「はい勿論です」

 

そしてふたりが組手終了の礼した……その時、

 

 

ヴゥゥゥゥゥゥンッ!!

 

 

「「!!」」

 

ふたりの間に……あの扉が現れた。ねこの看板が掛けられたあの扉が。

 

「な、何、扉!?隠岐奈かしら?」

 

「……あ、華扇さんこれですよこれ!これがねこやの扉です」

 

「!これが…。まさかこんな形でお目にかかれるなんてね」

 

屋敷にかけている目眩ましの仙術をかいくぐって出てきた扉に華扇の警戒心は膨らむ。

 

「私の時はうちの蔵にいつの間にか出てきましたが本当に唐突に出てくるんですねぇ」

 

「…扉から誰かが出てきたりはしないのかしら?」

 

「向こうの世界からは扉が出た事は分からないそうで、あくまでもお客側次第だそうです」

 

「成る程。…で、これはどうしたら消えるの?」

 

「入れば消えるらしいですよ。入らなくても閉店時間になれば勝手に消えるとか。どうします?止めときます?」

 

華扇は顎に手を当て、考える

 

「……いえ行ってみましょう。敵を知るにもまずは情報を得る事、虎穴に入らずんばというやつよ」

 

「そんなに心配しなくていいですよぉ。あ、白楼剣と楼観剣は持ってこっと」

 

そんな感じで妖夢と華扇は突如現れたねこやへと行く事にしたのであった…。

 

 

…………

 

 

~~~~♪

 

 

妖夢が扉を開けるとそこには以前来たいい匂い漂う不思議な店内が広がる。ひとつ違うのはまだ客がひとりもいない事。妖夢は直ぐに挨拶をし、華扇はぐる〜っと店内を見渡す。

 

「こんにちは~」

 

「……へぇ、食事処にしては清潔な場所じゃない」

(……あととても強力な守護もかかっているわね)

 

「いらっしゃいませー!ようこそ洋食のねこやへ!」

 

(いらっしゃいませ)

 

「お?お嬢さん確か…妖夢さん、でしたっけ。いらっしゃい」

 

「はい、魂魄妖夢です。お久しぶりです皆さん」

 

「はいお久しぶりです!」

 

「華扇さん、こちらこのねこやの店員さんのアレッタさんとクロさん、そして店主さんです。アレッタさんとクロさんは人では無くて別の世界の方なんですけど」

 

「らしいわね。…幻想郷の茨木華扇。もしくは茨華扇とも呼ばれているわ。宜しく」

 

「どうもいらっしゃい」

 

「アレッタです。こちらこそ宜しくお願いします!」

 

(クロと申します)

 

(…成程、紫が言っていたのは彼女の事か。確かに物凄い力を感じる。これは要注意ね)

 

「…あの、右腕大丈夫ですか?随分大きな怪我に見えますけど」

 

「ああこれ?ええ大丈夫よ。飾りみたいなものだから気にしなくていいわ」

 

「今日はお客さんいないんですか?」

 

「いえ開店したばかりでして。皆さんもうすぐ来られるかと」

 

〜〜♪

 

その時後ろの扉が開いた。入ってきたのはアルトリウスだった。

 

「…おや、今日は一番では無かったか」

 

「いらっしゃいませアルトリウスさん!」

 

「…おお、こちらでは初めての顔じゃな」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

〜〜♪

 

「む、少し列ができておるか?」

 

続け様に開いた扉から入ってきたのはタツゴロウである。

 

(いらっしゃいませ)

 

「今日は早いなテリヤキ」

 

「仕事が早く終わってな。…おおお主はヨウムではないか。久しいな」

 

「お久しぶりですタツゴロウさん!」

 

「知り合いかテリヤキ?」

 

「前に言った事があるだろう?別の世界の剣術使いの事を」

 

「この娘の事か。…ふむ、なるほど。確かに少々変わったものを感じるな」

 

「一緒にいるのはお主と同じ世界の客人かな?」

 

「ええそうよ。茨木華扇。宜しく」

 

「カセン殿か。拙者はタツゴロウと申す」

 

「アルトリウスじゃ。ここでは古参じゃから何か分からない事あれば聞くと良い」

 

〜〜♪

 

「いらっしゃいませー!」

 

「おっと、取り敢えず席につこうかの」

 

「そうだな。良かったらヨウムとカセン殿とやらも一緒にどうだ?ロースカツもたまには若者と交流しろ。ぼけ予防にもなるぞ」

 

「若弟子なら何十人もおるわい!まぁたまには良いか」

 

「勿論です!あ、華扇さんも良いですか?」

 

「私はここでは新人だから任せるわ」

 

四人はテーブル席に座る。クロが人数分の水とおしぼりを出したところで。

 

「儂はまたいつものでな」

 

「拙者も」

 

(畏まりました。少々お待ちください)

 

言われてクロは注文を言いに行く。

 

「ふむ、今日はいつもとは違うな」

 

「そうだな」

 

「何が違うんですか?」

 

「あの黒髪の給仕はまるで来るのを予想していたかの様に直ぐに料理を出してくるんじゃ。しかし今日はそれが無い。まるで儂らが一緒に食う事を予想していたかの様じゃ」

 

「相変わらず不思議な者だ。ああそういえばヨウム、以前お主の主にもお会いしたぞ。あんな細身なのに凄い食欲で皆度肝抜かされたわ」

 

「あ、あはは…」

 

「あれだけ食べて何も変わらないのだからある意味羨ましいわ全く。まぁ人間でないから無理もないのだろうけど。…それはそうとおふたりも相当な腕前の様ね」

 

「いやいや、こやつも儂もまだまだ学ぶべき事は多い」

 

「うむ。修業には終わりはない。そういうお主も中々のやり手だと思うぞ」

 

「タツゴロウさん、華扇さんは仙人でもあるんですよ」

 

「…ほう、仙人か。その名を聞くのも久々だ。どうやらお主らの世界は東の大陸に近い文明のようじゃな」

 

~~♪

 

弓矢と袋を背にした少年

「こんにちは~!」

立派な犬

「ワン!」

 

そんな会話をしているとまたひとり、…いやひとりと一匹の客が入って来た。見た目高校生位の少年とその横にはぴったりとついている大きい白い犬。少年の背には弓矢があり、一見狩人の様な恰好である。

 

(いらっしゃいませ)

 

「おおユートくんいらっしゃい。何かデカい袋持ってるね」

 

「ああ、実は店主さんにちょっと頼み事があって…」

 

「頼み事?なんだい」

 

「これなんですけど…」

 

ユートというらしい少年がカウンター席の一画にその袋をドサッと置き、中身を取り出すと…中にあったのは相当に大きい肉の塊。

 

「わっ!どうしたんですかユートさんその大きなお肉?」

 

「狩りで師匠とタロと一緒に採った一角猪なんだけど、そいつが中々の大物で。しかも一頭だけでなく三頭も採れちゃって」

 

「ワン!」

 

タロと呼ばれた犬はいささか誇らしげだ。

 

「ただ…採ったのは良いんですけど肉の処理に追いつかなくて。結構食ったり干し肉にしたり周りにおすそ分けしたり森の動物にやったりしたんですけどそれでも食いきれなくて…」

 

「クゥ~ン」

 

今度は「ごめんなさい」と言ってる様だ。

 

「いやいや気にすんなってお前は悪く無いよ。かといってこれ以上保管しとくと味が落ちちゃいますからね。そこで俺達が初めてここに来た事を思い出して」

 

「ああそういや代金と引き換えに肉を貰ってましたね。という事は…」

 

「そうなんす。申し訳ないんすけど店主さん、この肉こっちで使ってくれませんか?物は保証しますし、臭み抜きはやってるから直ぐに使えますよ」

 

「……脂身とサシもしっかりある。うん、こりゃいい肉だ。本当にいいのかい?」

 

「いえいえどうぞどうぞ遠慮なく。その代わりといっちゃなんなんだけど…」

 

「はは、わかってます。こいつで旨いポークジンジャー作りますね」

ユート(ポークジンジャー)

「ありがとうございます!ポークジンジャーなら幾らでも食えるからな」

 

「ワン!」

 

するとタロという犬が華扇に近づいていく。頭を撫でてやる華扇。

 

「ああこらタロ!」

 

「いいのよ。私は動物が好きだから」

 

「ワフ」

 

「……いい子ね。貴方への強い信頼と感謝の念が伝わって来るわ。大事にしてあげてね」

 

「…?はい勿論です!タロ」

 

言われてタロという犬がユートの足元に戻っていく。その後ろからアレッタが彼女らのテーブルに近づいてくる。

 

「すみません遅れまして!ご注文は如何しましょうか!」

 

「あ、忘れてました。華扇さんは何にします?ここでは里の食事処より色々なご飯や甘味がありますよ」

 

「へぇ。甘味は凄く興味あるけど昼食にするつもりだったからまずはお腹を満たしたいわね」

 

そんな会話をしている間店主がユートの肉を見ながら料理を考案する。店主はどうやら肉料理をいつもの肉と一角猪の肉のどちらにするかの選択式にする様だ。それに反応したのは幽々子の食事調理も担当している妖夢。

 

「店主さん、そのお肉をどう使うんですか?」

 

「ん~煮込みや鍋にしても良いですし、テリヤキかショウガヤキにしても良いですね」

 

「じゃあ私はそのお肉を以前食べたテリヤキにしてもらえますか?」

 

「では私はショウガヤキをお願いしていいかしら?」

 

「ならば拙者もお代わりはそれのテリヤキを貰うとしよう」

 

その声を聴いてあちこちから本日限定の一角猪メニューに興味を持った者達から注文が入った。

 

「畏まりました!(ました)」

 

「はいよ、少々お待ちください」

 

調理に入る店主。引き続き注文を取るアレッタとクロ。

 

「…あ、すみません。ちょっとお手洗い行ってきますね」

 

そう言って妖夢はお手洗いに立った。すると三人となった所でアルトリウスが少し真剣な表情で華扇に話しかける。

 

「…ところでお主、カセンと言ったか。その右腕、どうしたんじゃ?」

 

「え?ああこれは別に」

 

「何故にそうなってしまったのじゃ?」

 

「!!」

 

「あのヨウムとやらは気づいていない様じゃが…隠しておきたい理由があるのか?」

 

華扇は驚く。彼女の腕、彼女自身には周りには秘密にしている事があるのだ。親しい者の中には気づいている者もいるかもしれない。しかしまだほんの少数で自分も上手く隠せている自信がある。しかし異世界、しかも今日会ったばかりの者がその秘密に勘づくなんて予想していなかった。どう答えるべきか考える華扇。

 

「ロースカツ」

 

「…すまん、好奇心が勝ってしまったが何やら事情がある様じゃな。なら何も聞かん。ここは色々な者が来るからの。お主の様に何かしらを背負っている者も。それに深く関わる様な事はせぬ。我らはここの客として店の平穏を願うだけ。お主がそれを犯そうとせぬなら我らも受け入れるさ。じゃがもし力になれることあれば尋ねると良い」

 

「……気持ちだけありがたく受け取っておくわ」

 

華扇は話題を変える。

 

「それはそうとこのお店、これほど多種多様な種族が笑い合って食事するなんて。私達の世界ではあまり考えられないわ」

 

「ほっほ。今はそうじゃが昔は酷かったものじゃよ。嘗ては人と魔族が互いの存亡をかけて血みどろの戦いをした。しかしあれから七十数年、時代は変わった。もう彼らは我らの敵ではない。まぁ今でも完全に魔族への敵意を消せぬ者はおるが、時の流れに任せればより薄れていくじゃろう」

 

「そうだな。生きている限り変われるさ」

 

「……」

 

「すみません失礼しました。…どうしました華扇さん?」

 

「いいえ、何でもないわ」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「お待たせしましたー!こちらロースカツとテリヤキチキンです!」

 

「おお来た来た」

 

(そしてこちら、一角猪肉のテリヤキとショウガヤキです)

 

妖夢と華扇の頼んだ料理も運ばれてきた。妖夢の前にあるのは一角猪肉のテリヤキ。以前食べたブリのテリヤキと同じねこやのテリヤキソースのいい匂いがする。華扇のはここではポークジンジャーという名前で知られているショウガヤキ。こちらも和食にはかかせない醤油と生姜の食欲をそそるいい匂いがする。そんなソースやタレに染まっているのはユートとシロが持ってきた一角猪という獣の肉。付け合わせは王道の千切りキャベツ。そしてライスと味噌汁と漬物というセットだ。

 

「いい匂いですね~」

 

「ええそうね。生姜のいい匂いが食欲をそそるわ」

 

「…うん!やっぱりポークジンジャーとライスの組み合わせは最高だな!」

 

ガツガツ!!

 

先に注文していたユートはその味に満足げである。その横で犬でも食べれる様に一角猪肉を茹でたものと焼いたものの二種類にシロががっついている。相当美味いらしい。

 

「ふふ、あの子夢中で食べてますね。私達も食べましょう」

 

妖夢は自分の一角猪のテリヤキに箸を伸ばし、厚みのある肉を口に運ぶ。食べてみた感じとしては豚肉よりも猪の肉に近い。猪の肉は豚よりクセと臭みがあるがちゃんと処理を施しているらしいそれは嫌な臭みもない。そして豚肉よりも濃い味と脂の甘みがあるのが特徴である。火を通した脂身は「サクッ」とした独特の歯ごたえでそれでいて口の中でとろける様な感じが味わえる。そんな一角猪の肉は勿論甘みあるテリヤキソースとも合う。

 

「初めて食べるお肉ですが美味しいです!ブリという魚もそうでしたがこの脂の味とソースの組み合わせがたまりません!」

 

妖夢は満足げだ。そんな彼女の横で華扇がショウガヤキにとりかかる。以前里の食事処で豚バラ肉のショウガヤキを食べた事はあるがこちらはまた違う味わいだ。一角猪肉の強い味と脂の甘み。肉には粉がまぶせられて焼かれているらしい。それが生姜風味の甘辛いタレを吸い、よく絡んでいる。更に一緒に焼かれた玉ねぎのシャキシャキ感も合わさる。そんなショウガヤキの味も勿論、

 

「…妖夢の言った通り、確かにとても美味しいわ。店主はいい腕をしているのね」

 

「それだけじゃないですよ華扇さん。このお肉の鮮度もいいんですよ」

 

鍛錬疲れの、そして空腹だった身体に染み渡る美味さ。噛むほど甘みが増す白いライスとも問題なくよく合う。

 

「うん。ユートさんの言った通り、お肉とタレの甘みと脂が白いご飯に染みて最高です!」

 

「う~んご飯も良いけど私はお酒がいいかしらね…」

 

すると華扇はアレッタを呼び、

 

「ねぇアレッタ、これにぴったりのお酒って何かあるかしら?」

 

「えっと…テリヤキさんがいつも飲んでおられるレーシュの冷やが合いますが、ポークジンジャーならビールの方が合いますかね」

 

「うむ。ビールなら間違いないぞ」

 

「じゃあそのビール?っていうお酒をこれに入れてくれる?お代はその分払うから」

 

そう言って華扇が出したのは普通のものよりもずっと大きな枡。

 

「え、こ、これにですか?わ、わかりました!」トコトコ

 

「お主あれ…もしや一升枡か?見た目によらず強いのだな随分」

 

「一合なんて私にとって単位に入らないわ」

 

「お、お待たせしました。よいしょ」

 

枡一杯に入ったビールをアレッタが両手で運んでくる。相当な重さの筈だが華扇はなんにも気にせず片手でひょいっと持ち上げるとそれに口付け、半分近くまで豪快に飲む。日本酒に比べて趣は弱いがキレとのど越しが勝るビールはこってりとした料理にうってつけで異世界の酒飲みから大好評だ。

 

「ここまで後味がスッキリしたお酒は初めてだわ!ショウガヤキに間違いなく合うわね!」

 

「見事な飲みっぷりだな。ローストチキンやシーフードフライ達が喜びそうだ」

 

酒が入っている事もあるが来店時に比べ、華扇の顔から警戒心が解かれていくのがわかる。

 

「…うん!一角猪のお肉は初めてだけど中々美味しいじゃない」

 

「ほ〜、いつものカツドンの肉の方が好きだがこれもうめぇじゃねぇか」

 

「…うむ。ヨウムの言った通りこのテリヤキも美味いな」

 

「良かったなタロ。皆喜んでくれてるぞ」

 

「ワン!」

 

あちこちから美味いという声と喜ぶ声が聞かれる。一方ロースカツはゆっくりと自分のロースカツとビールを味わっている。

 

「儂ももう少し若ければ何皿も食えるのじゃがなぁ」

 

「お前は相変わらず同じロースか。たまには他の者に混ざって違うものでも食ったらどうだ?この一角猪のカツも中々美味いぞ。カレーにもばっちりだ」

 

「遠慮する。この店に来たばかりの頃は試しに牛や鳥も食ったことがあるが、やはりカツにして最も美味いのは豚のロース。そこは譲れんよ」

 

「相変わらずだな」「頑固ジジイだな」と冗談を含めた笑い声が飛ぶ。これもこの店ではいつもの光景だ。

 

「…紫の言ってた通り、いい店の様ね」

 

「だからそんなに警戒する必要は無いって言ったでしょう?」

 

「…でもやはり人里に出てきては問題だから、ちょっと里へ行く回数を増やした方がいいわね」

 

「そう言ってお酒が飲みたいだけなんじゃないですか?」

 

「あらそんな事無いわよ」

 

こちらも小さく笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「ありがとうございました!(ありがとうございました)」

 

「大丈夫ですか?持ちきれますか?」

 

「だ、大丈夫です。これ位あれば幽々子様も喜ばれるでしょうし」

 

妖夢の両手には大量のおみやげがあった。

 

「カセンさん、随分デザート召し上がってましたね」

 

「私は甘いものが好きだから。あとごめんなさいね店主。無理言ってお酒を分けてもらって」

 

「いえいいんですよ。紫さんから十分なお金を頂いてますし、これ位は」

 

「…ただひとつだけ忠告しておくわ」

 

「なんでしょう?」

 

真面目な表情の華扇。次に出た言葉は、

 

「お酒はもっと用意しておいた方が良いかもしれないわ。幻想郷は大酒飲みが多いから」

 

「あはは、わかりました」

 

「それでは失礼するわね。美味しかったわ。元気でねタロ」

 

「ワン!」

 

「ご馳走様でした皆さん。タツゴロウさんもアルトリウスさんもまた」

 

「おおまたな」

 

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

…………

 

その夜、

 

一角と長い金髪を生やした大柄な女性

「…くー!この黄金色の酒、懐は浅いけどキレと喉越しが最高だねぇ!」

二本の角が生えた小柄な少女

「酷いよ華扇〜。こんな酒があるなら私達も誘ってくれていいじゃ〜ん」

 

「急だったんだからしょうがないじゃない」

 

幻想郷のとある場所にて華扇と彼女の知り合いらしい者達が宴会をしていた。飲んでいるのはねこやから持って帰って来たビールや日本酒。更に周りには空き瓶が大量にできていた。

 

「噂は聞いてはいたけどこんな酒が飲める場所なら次は是非とも行ってみたいねぇ。次また七日後だろ?旧地獄に出てくれないかねぇ」

 

「それは勝手だけどあまり迷惑をかけちゃ駄目よ」

 

「あーまた華扇が酷い事言った〜。私らが迷惑かけた事なんてあった〜?」

 

「…少なくともアンタは酒で迷惑かけてる事しか覚えないけどね。それとアンタ達の道具は危険だから使わない事。あああと私から聞いた事は秘密だからね」 

 

「へいへい分かった分かった」

 

「は〜い。えへへ〜♪」

 

本当にわかってるのかしら?という心配が残りつつ、苦笑いをしながら華扇は自分は枡を使った事は隠しつつ旧友との酒を楽しんでいた。




メニュー26

「串カツ食べ放題」

次回は誰が出てくるか、この時点である程度浮かぶ方もいるかも汗。


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メニュー26「串カツ食べ放題」

華扇と妖夢が来店した日から七日後、朝のねこや。

(~~~食べ放題?)

「それって以前やったバーベキュー食べ放題と同じ様なものですか?」

「ああ。あれは爺さんの考案だったがたまには全く新しい事をやってみようと思ってな。バーベキューより色々な味が楽しめるぞ」

「それは楽しみですね!」

「……となるとレオンハートにもっと注文しとくか」

(お酒?)

「間違いなくいつもより酒が減りそうな気がするしな。ははは…」


博麗神社

 

 

「大分紅葉も少なくなったわねぇ」

 

「もう冬も近いもんな〜」

 

「まぁいいじゃないの。ちらほら残ってるそれを見るのも」

 

その頃、博麗神社の縁側では冬が近づいて残り少ない秋色を見ながら酒を嗜む三人の姿が。ひとりは霊夢。ひとりは魔理沙。そしてひとりは先週妖夢の師を務めていた茨木華扇。

 

 

ヒュゥゥゥ…

 

 

「う〜今の風は寒かったわね!上着着て来ればよかったかしら」

 

「もう冬も近いもんな〜(2回目)」

 

「仮にも仙人がこんな寒さで情けないわねぇ」

 

「仮じゃなくてちゃんとした仙人よ。仙人でも苦手なものはあるものよ」

 

「そういう霊夢だって幽々子の件の時ずっとこたつで蹲ってたじゃんか」

 

「もしもの時のために栄養を蓄えていたのよ」

 

「物は言いようだぜほんと。それはそうと華扇、お前先週ねこやに行ったんだって?妖夢から聞いたぜ」

 

「ええ。うちの庭に扉が現れてね」

 

「出たんなら誘いなさいよ薄情ね〜」

 

「突然私が来たらいつも逃げ出すでしょ?」

 

「はは、違えねぇ。今回は何処にでるかな〜」

 

「出る場所が増えてるみたいだからまたうちに出てくれないかしらね〜」

 

(…まさかあそこに出たりしないかしら。可能性は無いことないか。出たとしたら間違いなく行くでしょうね。迷惑かけないといいけど…)

 

「どうしたんだ華扇?」

 

「いいえ何でもないわ。それよりも寒いから身体を動かしましょうか霊夢…ってもういない!」

 

「霊夢なら考え込んでる間に「あ、嫌な予感がする」って逃げたぜ。あいつのこういう勘は当たるからなぁ」

 

 

…………

 

「旧地獄」

 

博麗神社や守矢神社、紅魔館や白玉楼や迷いの竹林、人里等多くの場所が点在している幻想郷だがそんな幻想郷の地下には巨大な地下空間が存在する。それが「旧地獄」である。旧という字が付いている理由は本来はひとつの地獄であったのだが、地獄の管理者でもある閻魔が地獄をよりスリム化しようと計画し、ふたつに分裂させた。そのうち閻魔や特殊な妖怪達が移住したのが「新地獄」、元々あった地獄が「旧地獄」となった。その際多くの施設が新地獄の方に移ってしまったために残された旧地獄は最初廃墟同然の状態だった。更に残された怨霊達で溢れかえる場所になり、誰も手が付けれない有様だったがそれも昔の話。今は多くの妖怪達や霊によって立て直され、一大都市みたいな場所となっている。

 

一本角の長い金髪が生えた大柄な女性

「な、いい案だと思うだろ?」

古明地さとり

「確かに魅力的な話ではありますが…」

 

そんな旧地獄のとある場所で大柄な女性と少女が話合っている。小柄な少女は古明地さとり。以前異世界食堂に迷い込んだ古明地こいしの姉にして旧地獄の中心的施設である地霊殿の主。

もうひとりは額から赤い角が伸びた長い金髪。手首に鉄の腕輪を付け、体操服を思わせる服に変わったロングスカートを履いている女性はなにかをさとりに力説している。

 

「ここも昔よりもっと多くの人妖や妖怪が来るようになった。温泉街も最早昔みたいな瓦礫だらけの陰気臭い場所じゃない。前に間欠泉問題が起こってから温泉もより出てきやすくなった。でも小さい温泉はあちこちあるけどそれをもっと活かした目玉になる様な施設みたいなもんがねぇだろ?」

 

「それで宿泊や買い物も日帰りで遊ぶこともできる一大巨大温泉施設という訳ですか。前に外の本で読みましたが「テーマパーク」や「レジャー」でしたっけ」

 

「名前は知らないがまぁそうさ。ここもより盛り上がる事間違いなし!もっと多くの客が地上から来てくれるかもしれないだろ?」

 

「しれないですか…便利な言葉ですね。確かに今は昔と比べて地上地底の互いの不可侵条約が緩くなっていますが…ここはただでさえ強力な妖怪や地霊が多い場所。ひとつ作ったところでそれ程大きな変化があるでしょうか。ましてや人間が来ることは絶対あり得ないでしょう?」

 

「まぁ勿論最初はそれほど変わらないだろうさ。工事期間も相当かかるだろうしな。しかし完成すれば利が大きいのも確かだよ。例え人間が来なくても興味を持った奴らが来てくれればそれだけでも価値はある」

 

「宣伝はどうするのですか?」

 

「守矢に協力をとりつける。間欠泉問題はそもそもあいつらにも原因があるんだし前に似た様な事して博麗の巫女に止められたろ?あと里では鈴奈庵や香霖堂とかを使うつもりだよ。あそこなら妖怪とか稀に人間も来るだろ?」

 

「ほう、結構考えているのですね…」

 

「さっきアンタも言ったがここは普通なら誰も来たくない場所だよ。地底の奴等の中にも虐げられる可能性がある地上と関わりを持ちたくないって思う奴らは大勢いる。しかしそれじゃ地底は緩やかに衰退するだけだ。ほんの何十年の間に地上は色々できてる。ならうちらもこの地底のために何かすべきだと思うんだ」

 

熱心に説明する女性。

 

「……地底のため、ですか。そう言われては断りにくいじゃないですか」

 

それを聞いた女性はニカッと笑った。

 

「じゃあ…」

 

「…私も生粋の地底っこですしね」

 

 

…………

 

二本角の少女

「お疲れ勇義~♪」

金髪のポニーテールの少女

「お疲れ様です~♪」

 

その後、やりとりを終えた勇義という名前らしい女性はどこかの屋根の上で知り合いらしい者達と酒を酌み交わしている。

ひとりは子供程の背で背丈ほどもある長い茶色い髪にねじれた二本の角が生え、女性と同じ様に腕に鉄の腕輪。白い服に紫のスカート。そして腰には色々な飾りを付けた瓢箪を付け、少女はずっとその瓢箪に口を付けている。酒を飲んでるのか酔っ払っている様だ。

もうひとりは金色の髪をポニーテールにした髪型で茶色いリボンをつけ、黒い服の上にゆったりとした黄色いスカート。その上から黄色い帯が巻き付いている変わった服装の少女である。

 

「全く面倒な説明を私ひとりに押し付けて気楽なもんだねぇ…」

 

「だってしょうがないじゃないですか~。私はさとりさんちょっと苦手ですし萃香さんは酔っ払って説明ができないし」

 

「その通り~。こういうのは勇義でないとね。年長者だし~」グビグビ

 

「歳を言うならアンタもそう変わらないじゃないか萃香」

 

「でもほんと心が読めるさとりさんを相手に良く許可下りましたね。少しでも変な考えがあれば却下されそうなのに」

 

「きっと勇義の熱意が伝わったんだね~」グビグビ

 

「ここを賑やかにしたいってのは嘘じゃないからね。そこんところはあいつもわかっての事なんだろさ。まぁあくまでも許可が下りただけだけどね」

 

「費用も人員も協力してくれるって言ったんでしょ~。ならあとは時間だけじゃん。気長に待とうよ~」グビグビ

 

「そうだね。…あ~一仕事終わったら腹が減ったよ。なんか食いに行こうかね」

 

「こういう時にか…あいつが言ってたあの扉が現れてくれたら酒のいい肴が食えそうなんだけどね~」

 

「扉って…もしかしてあの「ねこや」っていう外の世界のご飯食べられるとこですか?」

 

「何だヤマメ知ってんのかい。前に知り合いが行ったって聞いてねぇ。ここが何とも美味い酒と飯が出るとこらしいんだ。一回行ってみたいねぇ」

 

「旧地獄にも出てくれないかな~」

桶に入った少女

「お~い皆~」

 

とそこにまたひとりの少女がふわふわ飛んできた。桶に入った緑髪の少女だ。因みに桶には綱がかかっているがどこから伸びているのだろう?

 

「キスメじゃん。どうしたの?確か今日はパルスィと一緒に穴の見張り番でしょ?」

 

「う、うん。そうなんだけどついさっき穴の出入り口に突然見た事無い扉が現れてさ。でも誰も出てこないし、なんか不安だから皆を呼んで来ようと思って!地霊殿にも相談したほうがいいかなぁ…?」

 

するとそれを聞いた途端突然勇義と萃香というふたりが突然立ち上がり、

 

ガシッ!

 

「「え?」」

 

「ふっふっふ…来たね来たねぇ。行くよ萃香!」

 

「あいよ〜!」

 

「え、え?て、わわ!」

 

「ちょ、ちょっと引っ張らないでぇ~!!」

 

高速で駆けていくのだった…。

 

 

…………

 

ビュゥゥゥゥ……スタ!

 

金髪で緑色の目をした少女

「…あ、皆」

 

「よぉパルスィ。お勤めご苦労さん」

 

彼女らがやって来たのはとある長い橋。ここは旧地獄への入り口でもある。地上から地底には広く長い縦穴を抜け、抜けた先にある長い橋を渡る。それがこの橋という訳だ。そしてその橋を守る役割を受け持っているのが勇義達を迎えたこの少女。金髪をショートボブに揃え、目は緑色をしている。加えてほんの少し耳が尖っているのも特徴だろうか。

 

「し、死ぬかと思った…」

 

「全速で引っ張らないでくださいよも〜」

 

「そんでそんでパルパル〜。扉どこ扉〜?」

 

「あそこ…」

 

少女が指差した先にあったのは橋の丁度真ん中あたりに不自然に立つ扉。猫の看板が掛けられ、「洋食のねこや」と書かれている。

 

「なんなのアレ…。むかつくわねぇ、私の守りを潜り抜けて突然我が物顔で現れ」ガシッ「…え?」

 

「早速行ってみようかね!」

 

「賛成~♪あ、でもその前に」

 

萃香という少女が口笛を吹くと…ひとりの妖怪がやって来た。彼女らと同じく角が生えた妖怪。

 

「他の鬼達に伝えな。私らは少し出かける。その間地底の見張りを頼んだぞ」

 

妖怪は頷くと直ぐに姿を消した。

姿から想像できるかもしれないが勇義と萃香、ふたりは「鬼」である。頭に角、鋭い牙と爪が生え、筋肉隆々な姿が一般的な姿として知られる「鬼」は人々に最もよく知られている妖怪と言っても過言ではない。地獄の閻魔の元で亡者に罰を与える、人里離れた場所で暮らして人を食う等邪悪なものとして書かれる事が殆どだが、地域によっては邪悪なものから守護する神聖な存在として書かれる等その姿は多種多様である。そんな「鬼」である彼女らは元々は地上の妖怪の山で暮らしていたがいつしか地上の暮らしを捨てて地底を自らの拠点とした。今は地底の妖怪や霊達を統治し、治安を守る役目を担っている。

 

「これでよし。んじゃ行こうか皆~♪」

 

「わ、私達も行くんですか!?」

 

「なんなのなんなの一体!?」

 

「いいからいいから。酒ってのは大勢で飲んだ方が楽しいもんだ♪」

 

そう言いながら橋守の少女を担ぎながら勇義は扉を開けた。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

少々乱暴に開かれた扉。その扉の先には地底のそれとはまた違う明るくて温かい、そして

 

「こっちに盛り合わせ三人分頼むぜ~!」

 

「こっちも二人前頼む!」

 

「ビールも大ジョッキで頼むぞい!」

 

「は、はいただいま~!」

 

何時もよりも熱気に包まれたねこやがあった。

 

「え~~!ななな、なんなのココ!?」

 

「み、見た事無い妖怪で一杯~!」

 

「皆あんなに楽しそうに。…全く、全く妬ましいわ」

 

動揺してるキスメ、アヤメ、パルスィ。対して勇義と萃香のふたりは楽しそうだ。

 

「お~お~盛り上がってるねぇ。大歓迎だよこういうの♪」

 

「美味しそうな匂いがするね~。においだけで酒が進みそうだ♪」

 

「あ、い、いらっしゃいませ~!直ぐに伺いますので少々お待ち」

 

「おーい追加の注文を頼むー!」

 

「は~い!」

 

(アレッタ、私が行く)

 

そう言って彼女らの元にクロがやって来た。

 

(いらっしゃいませ)

 

「…え?今なんか言ったキスメ」

 

「ううん私じゃないよ」

 

「ほ~これは不思議な術だね。まるでサグメみたいだ。ねぇ、ここがねこやっていう外の世界の飯屋かい?」

 

(はい。…お客様。もしかしてレイムさん達と同じ世界の方ですか?)

 

「あれ~霊夢の事も知ってるんだね~。まぁ当たり前か。私は伊吹萃香。これでも鬼だよ~♪」

 

「私は星熊勇儀。こいつと同じく見ての通り鬼さ。勇義って呼んどくれ。ほら、アンタらも挨拶しな」

 

「は、はい!…キスメ、です。つるべ落としです!」

 

「わ、私は黒谷ヤマメ。土蜘蛛っていう妖怪よ。よ、宜しく」

 

「…水橋パルスィ。橋姫よ。…貴女、今凄く幸せそうね」

 

(…?)

 

つるべ落とし、土蜘蛛、橋姫。いずれも鬼と同じく日本では広く知られた妖怪達である。

 

「ねぇねぇ~それよりもさ。ここって「ビール」とか「ワイン」って酒が飲めるお店なんでしょ~?」

 

「前に知り合いが土産で持ってきたのを貰ったんだけど実に美味くてねぇ。おまけに飯もすっげぇ美味いらしいじゃないか。だから来たんだよ。今空いてるかい?」

 

「おう、それならこっち来いよ!」

 

その時勇義らに声をかけた者達がいた。

 

黄色い角が生えた大男

「こっちだこっちだ!」

同じ風貌の女性

「そんな大きな声出さなくとも聞こえるよアンタ」

 

真っ赤な肌の上に虎柄の簡素な服。ざんばらとした黒髪からすらりと角が覗く大男とその隣にはよく似た風貌の大女。見る限りとても豪快な性格らしいふたりであるのがよくわかる。

 

「相席になっちまうが一緒に飲もうぜ!」

 

(…宜しいですか?)

 

「うちらは全然構わないよ。郷に入ってはってやつだ。アンタらもいいだろ?」

 

言われてキスメらも頷く。早速五人は誘ってくれたふたりと同じテーブルに着くと、

 

「ほんじゃあ早速だけどあのビールってのお願いするよ!」

 

「あたしもビールってやつな。アンタらはどうする?」

 

「わ、私も同じのでいいです!」

 

「私も初めてですからお任せします」

 

「…同じく」

 

「おうクロのねーちゃん。俺とこいつもお代わり頼むぜ」

 

(承知しました。少々お待ち下さい)

 

言われてクロは人数分のビールとおしぼりを持ってくるため一旦下がる。

 

タツジ(ローストチキン)

「おれはタツジ。こいつはカミさんのオトラってんだ」

オトラ(ローストチキン)

「にしてもまさかここで同族に会えるなんて思わなかったねぇ」

 

「やっぱりアンタらも鬼かい。その風貌だしそうだと思ったよ。私は星熊勇儀だ。勇義って呼んでくれ」

 

「私は伊吹萃香。萃香でいいよ~」

 

キスメ、アヤメ、パルスィも自己紹介をする。

 

「おう、宜しくな!てかユーギとスイカはともかくお前さんらは聞いたことない種族だな。どこの生まれだい?」

 

「何言ってんだよアンタ。さっき言ってたろ?うちらとは別の世界の出身だって」

 

「幻想郷の事知ってんのかい?」

 

「前に他の客が噂してんの聞いたんだよ。そっちにもオウガがいるとは思わなかったけどさ」

 

「…おーが?」

 

「鬼の事さ。オニなんて古風な呼び方、東位しか知られてないんじゃないかねぇ」

 

とそこにクロが人数分のビールを簡単に持ってきた。

 

(ビールをお持ちしました。ごゆっくりどうぞ)

 

「わ~綺麗なお酒ですね。…わっ!冷たい!」

 

「ほんと!井戸水で冷やしているのかしら?」

 

「んじゃ早速乾杯の挨拶と行こうぜ♪」

 

「そうだね。かんぱ~い!」

 

計七人の黄金色のジョッキが「カァァンッ」とぶつかり、全員一気に飲む。

 

「…!び、吃驚した~!なんですかコレ!?」

 

「炭酸みたいな強い刺激…でもなんの雑味もないすっきりとしたのど越しと後味…。こんなお酒が外にあるなんて…羨ましい」

 

グビグビ…ドン!「かっはー!こいつはいい全身に染み渡る!お代わりだ!」

 

「水みたいに幾らでも飲めちゃうよ~♪私もお代わり!」

 

「あはは、良い飲みっぷりだねぇ気にいったよ。ビールだけでなくここにはあたしらおススメの焼酎とか、ウィスキーとか色んな酒があるんだよ」

 

「まぁ今回のメインは揚げもんだからビールが一番だけどな」

 

そう言うタツジとオトラの前の皿には食べ終えたらしい大量の串が乗っている。

 

「串にささった食べ物ですか?」

 

「今日初めて食ったんだがこいつも実にウメェ!ほら、他の奴等も食ってるだろ?」

 

タツジに言われて周りを見てみると確かに殆どの者が同じ料理を食べている様だ。

 

「これ美味しいねファル!ライスバーガーのきんぴらのテンプラみたい」

 

「…エルフでも食べれるフリットまであるなんて。何なのオカラパウダーって。これからも豆腐のにおいがするし、かといって同じものじゃないし、どういう事なのよ。それさえ分かればこれ位は私にもできそう…と言いたいけどそんな単純なものじゃないわね。あと醤油!やっぱりここでも出てくる!あーもうほんとなんて万能な調味料なの!」

 

「ファル〜。今はご飯を楽しもうよ〜」

 

「ほんと許さないんだから!アレッタ!野菜の串カツもう二人前持ってきて!」

 

「は、はい〜!」

 

「…ほう!こういう豚料理も美味いではないか!」

 

「こちらの海老や烏賊も実に美味ですね」

 

「この「うすたぁそぉす」とやら。いつも食っているお好み焼きのと比べて随分水っぽいが味の力強さは全く劣らんな!」

 

「ええ。かといって濃すぎるわけでもない。揚げたてのこの串かつとやらにたっぷりと染み込んで、実に見事ですね」

 

「…すまん同じのを、いや、しぃふぅどの串かつをもうニ人前頼めるか」

 

「…私は豚の串かつを」

 

「はいよ!少々お待ちください」

 

あちこちからおかわりを頼む声にアレッタもクロもてんてこ舞い。店主も先程から串カツの調理で忙しいのがわかる。

 

「に、人間が妖怪達にご飯作ってる!」

 

「嘘みたい…」

 

「まぁともかく酒とかは別料金だが今日はこの串カツっつう料理が同じ額払えば食べ放題なのさ♪」

 

「ほぅ、そいつはいい事聞いた♪。んじゃ私もその串カツってのを頼むとするかね」

 

「あたしもそれでいいよ~」

 

(ビールお代わりお持ちしました)

 

「お、丁度いいとこに。なぁ、うちらもこの串カツってのを盛り合わせで頼めるかい?」

 

(俺達もお代わり頼むぜ!)

 

(かしこまりました。ご注文が多いので少しお時間を頂きますが宜しいですか?)

 

「いいよいいよ。飲んで待ってるから~」

 

言われてクロは下がる。因みにキスメやアヤメパルスィも同じ注文を頼んだのはいう間でもない。

 

「ねぇところでさ?アンタらの世界について少し聞かせてくれよ。どんなとこだい?」

 

「え、えっと、げ、幻想郷と言いまして…」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「…という訳です」

 

「人間の住む世界と別けられたもうひとつの世界、でも人間がいなきゃ成り立たない世界か…。ほんでもってそのヨウカイ?っていうのは人間をビビらせるのに人間がいないといけないって変わった話だねぇ」

 

「うちらは人間の恐怖心が生み出した存在だから人間がいないと自分達もいなくなったのと同じなのさ」

 

「でも怖がらせるなら出てこなきゃいいんじゃねぇのか?」

 

「ずっと出てこないと人に妖怪なんていない、と思われてしまいますね。だからたまに怖がらせたりしないと駄目なんです~」

 

「忘れられたらいけないからね…」

 

「ふ~ん、魔物と違ってややこしいんだなそのヨウカイってのは」

 

「まぁ気持ちはわからなくもないけどね。うちら魔物も今でこそ人間や他種族と一緒に暮らす者も多いが昔は魔族と並んで最悪の関係だったからね」

 

「おまけに俺らは人間や他の魔物も食うオウガだからな」

 

「ひ、人食い!?も、もしかして妖怪も!?」

 

「ああ心配すんな。別にそんなもん食わなくても生きていけるし他にも美味い食いもんや酒もあるしな」

 

「お待たせしましたー!ビールと串カツ盛り合わせです!」

 

その時アレッタとクロがお代わりのビールと串カツという料理を持ってきた。皿に敷かれた油を吸い取る用の紙の上に乗せられたこんがりと揚がったきつね色の衣を纏う串カツ達。因みにこの時点で勇義と萃香はなんのつまみも無しにビールをもう数杯お代わりしている。

 

「来た来た~♪」

 

「マスターから串カツは本当なら一本ずつお出しするらしいのですが、ご注文が多いのでこういう形で申し訳ないとの事です」

 

「気にしなくていいよ。寧ろそんな上品な出し方されるよりこういう出され方の方が好きだ」

 

(こちらのウスターソースにつけてお召し上がりください)

 

「お代わりからはお好きなものを言っていただければご用意できますので。それではごゆっくり!」

 

「んじゃ酒も料理も出てきたとこで二回目の乾杯といくか♪」

 

「賛成~。乾杯は何回やってもいいもんだ♪」

 

そして再度「カァァン!」と乾杯をし、トラジは早速一本豪快に食べ、続けてビールを飲む。

 

「く~!やっぱ揚げたてはビールに最高だぜ♪お前らも食え食え!」

 

「いただきま~す!」

 

萃香が取ったのは海老の串カツ。それにウスターソースをかけて食べる。カリッと揚がった衣の中にプリプリとした海老の食感。衣に濃厚なウスターソースがしみ込み、絶妙の味わいを生み出す。そこにビールを一気に流し込む萃香。

 

「うま~い!これ一本で一杯行けるね~♪」

 

「海老なんて滅多に食べないですけど、こんなに美味しいものなんですね~!」

 

勇義が取ったのは牛の串カツ。肉の繊維質がしっかり感じ取れ、衣に隠された牛肉の旨味が口に広がる。ソースとの相性も抜群。凄く熱いが逆にそれがいい。勇義も一本で一気に一杯飲む。

 

「これはたまらんね!熱々のこいつをキンキンに冷えたビールで流す、最高だ!もう一杯!」

 

「揚げものなのに凄く軽いですね!」

 

「このソースというもの…。妬ましい位この料理に合ってる…!」

 

「こんな風に玉ねぎ食べるのは初めてですけどシャクシャクしててすっごく甘くて美味しいです!」

 

「これ何?…あすぱらがす?ちょっと青っぽいにおいだけど美味しい…。このべーこんって肉の塩気とも合ってる」

 

「レンコンもサクサクとしててホクホクしてて煮物とはまた違う食感です」

 

「で、でかい貝だねこれ。ホタテ貝?でも凄く美味しい。貝の美味しさが噛むと湧き出てくるよ」

 

「うお、なんだこれ!なんか伸びるぞ」

 

「ああそれはちーずっていうらしいよ。強い塩気で美味いだろ?」

 

他にも海老や牛肉と並んで人気の豚肉や鶏ささみ、黄身の味が濃いウズラ卵、ほんのりな辛味を感じるししとう、卵のプチプチが楽しいシシャモ、ホクホクとしたジャガイモやさつまいも等々色々食べるがどれも全て味が良い。そして様々な食感で楽しませてくれる。更に何よりもウスターソースがそのどれにも合っている。

 

「なんか一回一回このソースってのかけるの手間だねぇ。アレッタだっけ?ちょっと皿一枚持ってきてくれるかい?」

 

言われてアレッタが皿を持ってくると勇義はそこにソースの瓶を開けて全て流し込む。そこにたっぷりと海老の串カツを付ける。

 

「うん!やっぱりこれ位たっぷり付けた方が美味いね♪」

 

「勇義頭いい~♪あ、追加の串カツとビールお代わり!」

 

「は、は~い只今~」

 

既に10杯は優に超えているがそれでも全然飲むスピードは収まらない。とここで萃香が待ちきれなくなったのか瓢箪を取り出す。

 

「なんだいそれは?」

 

「あ、これはね~私自慢の「伊吹瓢箪」さ。こいつは無限に酒が湧き出るんだよ~♪」

 

「な、なんだってぇー!?なんてもん持ってやがんだ!」

 

「なんならアンタらも飲むかい?」

 

萃香は誘うがタツジとオトラは、

 

「あ〜…滅茶苦茶魅力的だが、でも遠慮しておくわ」

 

「へ~どうしてだい?」

 

「そりゃあおめぇ、俺もこいつも確かに酒は好きだし、幾らでも飲めるなんて羨ましい限りだがここに悪いしな」

 

「そうだねぇ。うちらは客として来てる訳だし、ちゃんと金を落として飲む事にするよ」

 

「み、見た目によらず律儀ですね。あ、ごめんなさい!」

 

「…貴方達鬼なんでしょう?鬼と言えば強力な妖怪。外の世界とはいえ店と人間に何故そこまで遠慮するの?」

 

パルスィ達の疑問にタツジとオトラは、

 

「自分で言うのもなんだが俺らは住んでる辺じゃ夫婦そろってちょっとは名が知れたオウガでな。若い頃は色々馬鹿やったもんだ。何度も討伐隊や他の魔物の縄張り争いに襲われた事があるが全部返り討ちにしてやった。今はそんな事も殆ど無くなったけどな。だが一応人食いの魔物にはちげぇねぇし、昔程ではねぇにしろ未だに恐れられてはいる」

 

「それはさっき聞いたよ~」

 

「そんなある日偶然からここの扉の事を知ってね。でも入ってみたら度肝抜かれたよ。場所もだけど何しろ伝説とも言われた武士や賢者、凄腕の騎士や魔導士やリザードマン、挙げ句の果てには大神官や王様までいたんだからね。とんでもない場所に来ちまったって思った。正直あん時ほど死を覚悟したのはそうないねぇ」

 

「き、聞くだけでも凄いですね…」

 

「だが俺らが恐れてた様な事は全く無かった。全員が俺等に目もくれず笑いながら飯を食ってた。人間も魔物もな。まぁ中には見てる奴もいたがそれだけだ。店主も全くビビらずに何も言わず俺等に美味い飯と酒を食わせてくれた。土産まで持たせてくれてまた来てくれと言いやがった。なんか妙に悪い気がしなくてな。初めての経験だった。居心地も良かった。それから定期的に通う様になったのさ」

 

「ほら、あそこに獅子の頭の奴がいるだろ?あれも上級魔族で恐れられる奴だったらしいけど普通の客として接してくれたのが嬉しかった、なんて言ったんだよ。今じゃ大人しいもんさ」

 

「ふ~んそんな経緯があったんだね」

 

「俺らにとっちゃここは安心できる数少ない場所だ。だからここに迷惑をかける様な事はしたくねぇんだよ」

(オトラの腹の中の子もいつか連れてきてやりてぇしな)

 

「り、立派な考えだと思います!」

 

「…まぁわからなくもないけどね。うちらもちょっと前になんだかんだあったけど今は博麗神社や守矢の宴会に呼ばれる位は付き合いができた。あれが無くなるって思うと寂しいしね。それと同じ様なもんか。そういう事なら私らもズルせずに素直に食事を楽しむとするかね。てな訳で、追加の酒と串カツ頼むよ~♪」

 

「私も~♪」

 

「私も頑張って食べます!」

 

「私も!」

 

「…私も付き合わざるを得ないわね」

 

「はっはっは!こりゃ俺らも負けてられねぇな!」

 

「こうなりゃどっちか潰れるまでとことんやるよ!うちらもお代わり!」

 

「は、はい~!(はい)」

 

その声を聞いた他のテーブルからも続々と注文の声が飛ぶ。幻想郷と異世界の酒豪達の飲み会はそんな感じでまだまだ夜まで続くのであった…。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「お。お疲れ様で~す…」

 

(お疲れ様)

 

その日の夜、最後の客である赤の女王を送った後の疲れ切ったアレッタと涼しい顔のクロ。

 

「今日はお疲れだったなふたり共。…しかし店の酒という酒が全部無くなるとはなぁ」

 

(大丈夫アレッタ?)

 

「は、はい大丈夫です。お皿とジョッキの持ち過ぎでちょっと腕が痛いですけど」

 

「そういう事か。ちょっと待ってろ。ほら、湿布貼ってやるよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

そして店主がアレッタの腕に湿布を貼ってると、

 

「……」

 

「どうしたアレッタ?」

 

「い、いえ。子供の頃、私が怪我した時にお父さんが同じ様に手当てしてくれた事を思い出して」

 

「はは、そうか。俺には一生できない経験だな」

 

(マスターはあのフウフみたいにケッコンというものしないの?)

 

「あ~…まぁあれだ、人生色々ってやつさ」

 

「でも私にとってマスターはこっちの世界のお父さんみたいな人ですよ!」

 

「!…ふっ、ありがとな。じゃあ賄いにするか」

 

「はい!(はい)」

 

 

…………

 

守矢神社

 

 

一方その翌日、幻想郷では、

 

「…く~!前に飲んだシャンパンも中々美味いもんだったがこいつも美味いね。何より豪快に飲めるのがいい」

 

「わかるわかる。これは上品に飲む感じのお酒じゃないよね~♪」

 

「おつまみできましたよ~」

 

こちらも豪快にビールを飲んでるのは守矢の神である八坂神奈子と守矢諏訪子。そして早苗が作ってきたのは串カツ…に似せた天ぷら。

 

「ああありがとね。ほら早苗も飲んで飲んで♪」

 

「にしてもあの鬼達がうちに依頼してくるとはねぇ。しかも差し入れまで送って来るなんて」

 

「旧地獄につくる…れ、れじゃ~?、だっけ」

 

「どうしましょうか神奈子様、諏訪子様?」

 

「まぁ面白そうだししてあげてもいいんじゃない?地底にもうちの布教活動が広まるかもしれないしね」

 

そんな事もあり、まだまだ先ではあるが、後に旧地獄にアトラクションなり温泉なりグルメなり色々楽しめるトラブル付き?温泉施設ができる事になるのは余談である。




メニュー27

「デミグラス&チーズインハンバーグ」

自分がやっている東方のスマホゲームで旧地獄にできた温泉施設のストーリーがあったのでこの話を作りました。
次回はまた少し遅れます。申し訳ありません…。


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メニュー27「デミグラスハンバーグ・チーズインハンバーグ」

気づかない内にお気に入りが850を超えていました!ありがとうございます!


幻想郷最大の勢力である妖怪の山。レミリア・スカーレットを主として彼女の親族や従者が暮らす深紅の館、紅魔館。プリズムリバー三姉妹が暮らしている廃洋館。それらに挟みこまれる様に存在するひとつの湖がある。

 

「霧の湖」

 

それが幻想郷唯一の湖である霧の湖。この湖は日が出ている時刻はほぼ毎日と言えるほど霧に包まれており、視界も悪くあまり里の者は近づかない。しかし妖怪や妖精には人気の場所で更に数多くの妖怪が住む妖怪の山の麓という事もあって多くの人ならざる者達で賑わう場所である。

……そんな湖の一画から不思議な音色が流れてくる。

 

~~~~♪

 

琵琶を弾く少女と光の琴を弾く少女

「「……」」

 

よく見るとふたりの少女が湖の傍で楽器を弾いている。ひとりは薄紫色の髪を二本にまとめた独特の髪型に葉付きの花の髪飾りを付けた少女。手には赤い光の弦がどこからか伸び、その上を音符模様の光が流れる不思議な琵琶を持って見事に弾きこなしている。

もうひとりは茶色いショートヘアの髪型にカチューシャを付けた少女。こちらの少女はスカートを周る様に伸びた光の弦ならぬ光の琴を手に付けた琴爪でこちらも見事に演奏している。ふたり共似た様な服装で靴は履いていない。

 

~~~♪

 

「……うん、こんなものかしらね」

 

「結構いい感じだったね。聞いてる方はどうだった?」

狼の耳が生えた少女

「私は良かったと思うよ」

 

弾き終えた彼女らは演奏が上手くいった事を喜んでいる様だ。そして彼女らの演奏を聞いていたのであろう者達もいた。今感想を言ったのは長いストレートの黒髪から狼の耳が生え、手からは赤い長い爪が伸びている。恰好は赤・白・黒のトライカラーのドレス。

 

「蛮奇ちゃんと姫は?」

耳と足にヒレがある少女

「うん、私もいい曲と思うよ」

赤いマントを羽織った少女

「同じく」

 

そしてもうふたり。ひとりは濃い青色の髪で緑色の着物を着ているがよく見るとその耳は魚のヒレであり、更にその足は青い鱗の魚の尾びれそのものだった。いわば人魚と言える存在である。

もうひとりは首まで隠れきる程の襟が高い赤いマントを頬った赤髪の少女。恰好は頭に青いリボン、赤黒いスカートと黒い靴といった感じだ。

 

「も~三人共もうちょっと具体的に感想言ってよ~」

 

「具体的に…。なんというか聞いていて気持ちいいよね。耳障りもいいし」

 

「弁々と八橋の音色が今までよりより嚙み合ってるというか…」

 

「湖のさざ波の様に自然に流れていても違和感感じない程優しいよね」

 

「そ、そうかしら?」

 

「いや~それほどでも♪」

 

弁々と八橋というふたりは喜ぶ。

 

「最近ふたり共練習も曲作りも頑張ってるね」

 

「ふたりだけじゃないよ。雷鼓もステージ張り切ってるみたいだし」

 

「やっぱりルナサ達の影響かな?最近調子良いよね」

 

「この前のライブ良かったもんね~」

 

ルナサ・メルラン・リリカのプリズムリバー三姉妹は最近自分達の生きがいにして本業である音楽活動を以前に増して張り切って行っていた。そしてそのどれもが盛況で人里でも神社の宴会でも人気であったのだ。

 

「そうでしょ?三人を見たら私達ももっと頑張らないとな~って思って」

 

「だからここで練習してるんだ。ここだとどんなに演奏しても周りに迷惑かからないでしょ?まぁ雷鼓のドラムの方が音は大きいけどね」

 

「あはは確かに。でも三人共どうしたんだろね?ほんのちょっと前に聞いた時よりもずっといいって地底の友達も言ってたし」

 

「なんでも新しい場所で演奏して新しい人達に聞いてもらったのが嬉しかったらしいよ」

 

「新しい場所?」

 

「うん。新鮮な環境でできたから演奏する楽しさを思い出したって」

 

「ふ~んどこだろ?まぁ今度聞いてみよ。それにしてもちょっとした間にこの辺りも色々変わったよねぇ。妖怪の山はロープウェイもできたしにとりのキュウリ生産工場もできたし」

 

「呼んだ~?」

 

とその時湖の中からザブンと姿を現したものがいた。河童の河城にとりである。

 

「アレ、にとりじゃん。どうしたの?」

 

「やぁやぁこんにちは諸君♪山から川に流れてきたのさ。それよりもたった今呼んだかい?」

 

「呼んだんじゃなくて、にとりのキュウリ生産工場の話してただけだよ」

 

「なんだそうか~。まぁでもキュウリがご入用なら是非ご相談を。今なら工場稼働記念で外の世界から教えてもらったどんな野菜にも合う薬味「まよねーず」のレシピもサービスするよ♪」

 

「ちゃっかりしてるなぁ」

 

「まよねーず?あと外の世界のレシピって…」

 

その時、影狼の耳がピクッと動く。

 

「…?ねぇ今何か聞こえた?」

 

「ううん私には何にも。ヒメは?」

 

「私も聞こえなかったよ?どんな音だったの?」

 

「う~ん何か聞きなれない音。魔法が発動する時の音みたいな。あの丘から…!ね、ねぇあそこ」

 

「え?……あ!」

 

影狼の指さした方向に全員が目をやる。視線の先には湖を見下ろす様な小高い崖があるのだがそこに何かあるのが見える。

 

「なんだろ?ここからじゃよく見えないし行ってみようよ」

 

「そうだね。ほら姫、掴まって」

 

「ありがとう影狼ちゃん」

 

 

…………

 

そしてその場所に来た彼女らを待っていたのは、今迄そこにある筈無かった木の扉。まるで今しがた現れた様に、建物も何も無いのにポツンと扉だけが立っている。

 

「な、なにこれ扉?こんなのここに無かったのに」

 

「もしかしてさっきの小さな音はこれが現れた音、かな…?」

 

「猫の看板がかかってる。…洋食のねこや?」

 

初めて見るそれに驚く彼女らだったが、この中でにとりだけは違っていた。

 

「ほうほう!まさかたまたま湖に来た時に出会えるとは私も運がいい♪諸君、突然現れる外の世界のご飯屋さんの話を知らんかね?」

 

「!それって今妖怪達の間で噂になってる扉の事?異世界、別の世界にも繋がってるっていう…!」

 

「じゃあまさかこれがその扉?」

 

「そういう事。丁度いい、丁度昼時でお腹も空いてるし久しぶりに行ってみようかね♪皆はどうする?」

 

「で、でも大丈夫なの?私達あんまり力も無い妖怪だよ?何か危ない目にあったら…」

 

「大丈夫大丈夫、危険なんて無いし思ったよりずっと面白いところさ。外の世界の美味しいご飯も食べれるしね♪」

 

「…外の世界の」

 

「…美味しいご飯」

 

美味しいご飯という言葉に一行はちょっと興味惹かれる一行は…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

結果的にねこやの扉を開けたのであった。その先には幻想郷では決して見られない風景が広がっている。

 

「「「えぇぇぇ!!」」」」

 

「ど、どうなってるのあの扉!?」

 

「紅魔館にありそうな部屋みたいな感じがしないでもないけど…雰囲気が全然違う」

 

「人間と見たこと無い妖怪が…一緒にご飯食べてる」

 

「は~暖かいねここは♪冬の水泳は流石の私もちょっぴり冷たいからね」

 

様々な反応を見せる彼女らの元にアレッタとクロが近づいてきていつもの挨拶をする。

 

「いらっしゃいませー!(ませ)、ようこそ洋食のねこやへ!…あ、お客様は確かニトリさんでしたね!」

 

「覚えてくれて嬉しいよ。扉を見つけたからまた来たんだ。知り合いも連れてきたよ」

 

「ありがとうございます!どうも初めまして、私はここで働いているアレッタです!」

 

(クロと申します)

 

「…え、え?い、今頭に声が…」

 

「う、うん…聞こえたね。さっきは空耳かと思ったけど」

 

「私も最初驚いたけどこれがこの人の会話方法なんだってさ」

 

「そ、そうなんだ…まぁそういう事ならいいか。あ、私達も自己紹介しないとね。私、今泉影狼っていうの。狼女よ。狼男じゃないからね」

 

「え、えっと…怖くない人達なの、かな?…わ、私の名前はわかさぎ姫、人魚よ。宜しく」

 

「ご丁寧にどうも。ろくろ首の赤蛮奇よ。貴女、人間じゃないけど弱そうね。ま、まぁそれなら負ける筈はないけどね~」

 

「弁々姉さんの妹、九十九八橋、琴の付喪神だよ!宜しくね。ほんとの姉妹じゃ無いけどほんとの姉妹以上に仲が良いからね!」

 

「ふふ、八橋たら。はじめまして、八橋の姉の弁々と申します。琵琶の付喪神です。おふたりは楽器や音楽はお好き?」

 

「音楽ですか?はい!以前ルナサさん達がこちらで演奏されてとても素敵でした!」

 

「へ?ルナサ達も来たの?じゃあ新しい場所で新しい人達って…ここの事だったのね」

 

その時厨房から店主も顔を出した。

 

「いらっしゃい」

 

「げげ、人間!…てあなんだ店主さんか」

 

「わっ、に、人間だ!…こ、怖い人間じゃないよね?」

 

「…もしかしてあの人間がここのご飯作ってるの?妖怪達にも?」

 

「はい、マスターのご飯はとても美味しいですよ!それにマスターはとても優しいですから全然心配なさらないでください」

 

(コク)

 

「私も最初はビビったけど大丈夫だよ」

 

わかさぎ姫や影狼は不安がるがアレッタやクロやにとりの言葉に力を緩める。

 

「そ、そう?なら良かった」

 

「ご、御免なさい失礼な事言って」

 

「いえいえ、仏頂面なのは自覚してますんで気にしてませんよ。どうぞお席にお座りください」

 

アレッタとクロの案内でとりあえず扉の近くの席に着く彼女達。席に着いてお冷とおしぼりとメニューを出されると、

 

「ねぇ見て、あの獅子みたいな頭の妖怪とか蛇みたいな脚の妖怪とかも普通に人と一緒にご飯食べてる…」

 

「幻想郷では絶対あり得ない光景ね」

 

「わー色々載ってる〜」

 

「どれも見た事無いけど美味しそう。外の世界のご飯ってこんなに品数が豊富なのね」

 

「お肉か魚か、甘味も沢山あって悩みどころね」

 

メニューの料理の写真に興奮する彼女ら。先程までの警戒心はすっかり薄れているらしい。とここでアレッタが、

 

「そういえばどうしてワカサギヒメさんはカゲロウさんに抱っこされてたんですか?」

 

「わかさぎ姫じゃあ長いからわかさぎか姫でいいよ。私は脚が見ての通りだから陸での移動があまり得意じゃないの。砂浜とか短い距離なら大丈夫なんだけど」

 

「姫は弾幕勝負も水中か水の上でしか無理だもんね」

 

(ダンマク?)

 

「だからこうして影狼ちゃんに運んでもらってるの」

 

「では皆さんと同じくヒメさん、と呼ばせて頂きますね。ゲンソウキョウにはアルテさんが使える竜の脚を得る魔法とか無いんですね…」

 

「竜の脚?何それ?」

 

〜〜〜〜♪

 

黒髪の少年

「こんにちは!」

青い髪の少女

「…久しぶり」

 

とその時、扉が開いて新たなふたりの客が入ってきた。うっすら褐色の肌の黒髪の少年と長い青い髪と同じ色の瞳を持つ少女のふたり。ふたり共一見人間だがよく見ると少女は脚が人間ではない。まるで鳥か竜の様な脚を持っていた。

 

(いらっしゃいませ)

 

「いらっしゃいませー!あ、アルテさんロウケイさん、お久しぶりですね!」

 

「うん。二ヶ月ぶり位かな。ロウケイが忙しかったから」

 

「ごめんよアルテ、豊漁でおまけに干物をつくる作業が忙しくて中々時間を作れなかったんだ。僕に構わず行ってくれても良かったんだよ?」

 

「今日はおかわりする。それにひとりよりロウケイと一緒が良い」

 

アルテという少女の言葉にうっすら頬を赤くするロウケイという少年。

 

「おふたり共いらっしゃい」

 

「あ、て、店主さん!いつもの二人分付け合わせはライスでお願いします!」

 

「はいよ。お席でお待ちください」

 

そう注文して席に着こうとするふたりだが途中で少女が影狼達が座るテーブルに目をやる。その視線は中でもわかさぎ姫に向けられていた。

 

「アルテ?」

 

「え、えっと…どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

「…貴女マーメイド?」

 

「う、うん。そうだけどどうして?というかその脚、貴女も人間じゃないんだね」

 

「あ、ヒメさんそれはですね」

 

「大丈夫アレッタ。これを見れば直ぐにわかってもらえる。~~~」

 

するとアルテは手を組んで目を閉じ、何やら呪文を唱え始めた。すると…彼女の竜の様な脚がゆっくりとわかさぎ姫と同じ魚のものへと変化していった。

 

「ええ!」

 

「あ、脚の形が変わった!というか貴女もしかして…」

アルテ(デミグラスハンバーグ)

「そう。私も貴女と同じマーメイド。私はアルテ。貴女は初めて合うけど、どこに住んでいるの?」

 

 

…………

 

「え〜じゃあそっちの世界は人魚がそんなに沢山いるの〜!」

 

「うん。いる」

 

「いいな〜。ねぇねぇそっちの人魚はどんな感じ?」

 

「えっと青の神に仕えていて…」

 

「姫、嬉しそうだね」

 

「まぁ何てったって同じ人魚、しかも異世界の人魚に会えたんだからね」

 

同じ人魚という事もあり、わかさぎ姫はアルテと会話が弾む。いつもは大人しめなわかさぎ姫だが積極的に話している。アルテの方も違う世界の人魚である彼女に興味がわいた様だ。そんな風景を友達の影狼や蛮奇は笑顔で見ている。

 

ロウケイ(デミグラスハンバーグ)

「じゃあ君達は…僕らと別の世界の人達っていうのかい?」

 

「ええそうです」

 

「正確には私達皆人間じゃないんだけどね〜」

 

「あ、そういえば忘れてた。げげっ、人間!」

 

「え?」

 

「あ、気にしなくていいよ。この子少し怖がりさんで。でも大丈夫、3秒経てば戻るから」

 

「私はニワトリじゃないってば」

 

「魔族みたいなものなのかな?でも全然そうは見えないなぁ」

 

「証拠見せようか?……あ、あれ?おかしいな、首が取れない」

 

「蛮奇ちゃん、脅かす様な事はしないの」

 

「じゃあ私もその…竜の脚?っていう魔法をかけてもらったら脚が生えるの?」

 

「それは多分無理…。青の神の神官として修業を積んだ者しかできない」

 

「そっか〜残念」

 

「貴女も来たら?マーメイドも゙沢山いるわよ」

 

「う〜んそう言ってもらえて嬉しいけどそれは無理かな。私は幻想郷の者だしそれに皆大好きだから別れたくない」

 

「そう。いい友達なのね」

 

「そりゃ私達は草の根妖怪ネットワークで結ばれた仲だからね~」

 

「正確には影狼と姫だけだけどね」

 

「何言ってんの。蛮奇ちゃんももうネットワークの仲間も同然だよ」

 

そうやって話し込んでいるとクロがアルテとロウケイの料理を運んできた。

 

(お待たせしました。お料理をお持ちしました)

 

「わ〜ありがとうございます!」

 

「あ、そういえばまだ私達注文してないじゃん!」

 

「そうだったわ。話し込んでいてすっかり忘れてたわね」

 

アルテとロウケイの前に料理が出される。鉄板の上で色とりどりの野菜と大きな肉の塊が焼かれ、肉の上からどろっとした茶色いソースがかけられた料理で何ともいい匂いがする。

 

「わ〜いいにおい!」

 

「それは何て料理なのアルテ?」

 

「「デミグラスハンバーグ」。私とロウケイはいつもコレを頼む。ヒメにも食べてほしい」

 

「そうなんだ〜。アルテがオススメなら私もそれにしようかな」

 

「私も凄く食べてみたいからそれにしよっと」

 

「姫と影狼が同じならせっかくだから私は別のものにしてみようかな。でもそれも凄く美味しそうだしな~」

 

するとアレッタがあるメニューを指さす。

 

「でしたらこちらの「チーズインハンバーグ」なんてどうでしょうか?」

 

「ちーず…いん?どう違うの?」

 

「こちらは卵は乗っていないんですがハンバーグの中にチーズが入ってるんです。お肉と卵の味を楽しむならデミグラスハンバーグがオススメですけどこちらも新しい味わいがして美味しいですよ」

 

「チーズっていうのがどういう物かわからないけど新しい味わいってなんか興味あるね。じゃあ私はそれにしよ」

 

「じゃあ私もそれにしようっと!」

 

「では私はデミグラスハンバーグとやらにしましょうか」

 

「私は前食べたジャージャー麺と生春巻きで♪勿論キュウリ多めで」

 

「えっとヒメさんとカゲロウさんとベンベンさんはデミグラスハンバーグで、バンキさんとヤツハシさんはチーズインハンバーグで、ニトリさんはジャージャー麺と生春巻きのキュウリ多めですね。畏まりました!ハンバーグは付け合わせはどうしましょうか?」

 

話し合ってわかさぎ姫と弁々がライス、影狼と蛮奇と八橋がパンとなり、アレッタは注文を伝えに行った。

 

「にとり。ジャージャーメンとナマハルマキって?」

 

「キュウリ好きのための料理さ♪」

 

「ねぇねぇ、そういえばロウケイってアルテとどうやって知り合ったの?人魚と人間が会うって珍しい気がするんだけど?」

 

「モグモグ…え?あ、ああそれは…」

 

王国、公国、帝国らがある大陸と海を挟んである西の大陸。その大陸の端にある都といくつもの島々からなる海の国と称される国がロウケイの故郷である。ある日父から譲り受けた小船で漁に出ていたロウケイは運悪く嵐に襲われてしまった。その時たまたま彼を見かけ、救ったのがアルテだった。命の恩人である彼女に何か恩返しがしたいと思い何がいいか問いかけると数枚の銀貨ととある無人島に来てほしいと言われた。言われるがまま行くとそこにあったのは見た事無い世界へと続く猫の看板がかかった扉、つまりねこやの扉だった。多くの人間や種族や見た事無い品々、そしてアルテが同じ神官の先輩から教わったというこのデミグラスハンバーグという料理の味はまだ若い彼に衝撃を与えるのは十分だった。それからは定期的にではあるがこうしてアルテと一緒に食事に来ているのだ。

 

「うん、今の僕が生きているのもアルテのおかげなんだ。凄く感謝しているよ」

 

「気にしなくていいよロウケイ」

 

互いに微笑むふたり。するとにやにやしながらにとりが小声でロウケイに話かける。

 

(ねぇねぇ〜。君ってあのアルテっていう子に惚れてるでしょ?)

 

「!ゴホゴホ!」

 

「どうしたの?」

 

「い、いやいやなんでもないよアルテ!勢いよく食べただけだから!」

(な、何を言いだすのさ急に!)

 

ここで弁々と八橋も加わる。

 

(さっきの君の表情見たら誰が見てもわかるよきっと)

 

(だ、誰でも?そんなわかりやすい顔してたかな…)

 

(想いを打ち明けないの?)

 

(……で、できる訳ないよ。漁師としてもまだ一人前じゃないし、そもそも僕と彼女は…)

 

(でもこっちじゃ人間と色々な妖怪が一緒に暮らしてるんでしょ?要は君の努力次第だと思うよ)

 

(それに彼女も貴方を好意的に見てるんじゃないかしら。貴方と食事に来たがってたようですし)

 

(まぁ頑張りたまえ若いの)

 

(う、うん…)

 

人間でも妖怪でもこういった話は少なからず興味がある様である。

 

「…ロウケイなんか変」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「お待たせしましたー!お料理をお持ちしました!」

 

暫くした後にアレッタとクロが彼女らの元に料理を運んできた。

 

「デミグラスハンバーグとチーズインハンバーグ、ジャージャー麺と生春巻きになります!」

 

鉄板の上に楕円形の肉が焼かれ、その横に丁寧に切られた人参(カリュート)ジャガイモ(ダンシャク)、コーンも添えられている。肉の上には茶色いソースが掛けられ、デミグラスハンバーグにはその上にさらに目玉焼きが乗っている。一方チーズインハンバーグという料理は肉や野菜、ソースは同じだが目玉焼きが乗っていないのが違う。付け合わせのライスとパン、スープも其々並べられる。アルテとロウケイも今日は沢山食べると言うだけあってニ皿目のお代わりが運ばれてきた。にとりは以前食べたジャージャー麺と生春巻きでやはりキュウリ多めだ。

 

「うわ~目の前にするとやっぱりいいにおい!」

 

「うん、今日も良いキュウリを使ってる♪」

 

「中にチーズが入ってますのでソースと一緒に食べてくださいね」

 

「ええわかったわ」

 

(ライスとパン、スープは其々自由にお代わりできますのでお気軽に言ってください)

 

「お代わり自由!?大盤振る舞いだね~」

 

「ねぇ早く食べようよ~。私達歌を唄ったからお腹空いてるんだし~」

 

「そうね。頂きましょうか」

 

「「「いただきま~す!」」」

 

全員で挨拶をし、食事を始める。因みにナイフとフォークは慣れていないのでお箸にしてもらっている。箸を肉の塊に入れようとするとすんなりと入った。

 

「…うわ!思ってたよりずっと柔らかい」

 

普段食べている串焼きやただ焼いたものよりもずっと柔らかい。断面からただ肉の塊を焼いているのではなく、細かくした肉をひとつに纏めて焼いているのがわかった。更に切り目から透明な肉汁が溢れてくる。

 

「凄い肉汁だね!」

 

一方チーズインハンバーグというものはまた違った姿を見せる。肉はデミグラスハンバーグと同じものだがその中身から更に白いものが流れ出てきた。

 

「わわ!何か白いものが出てきた」

 

「これがチーズってものかな?初めて見るけどなんか変わった食べ物だね。豆腐みたいな感じでも無いし」

 

まだ湯気が出ている一口サイズに細かく切った肉を口に運ぶと、軽く噛んだだけで甘みがある肉汁と脂が出てくる。

 

「…!な、なにこれ、こんなに肉々しいのに全然獣臭くないし、噛めば噛むほどもっと肉汁と脂が出てくる!」

 

「このデミグラスソースっていうの初めて食べる味でほんのり酸味があるけどお肉と凄く合ってるよ!」

 

食べるだけで上質な肉を使っているのがわかる。更にハンバーグにかけられているデミグラスソースというほんの少しの酸味と複雑な味わいのソースが肉と肉汁と混ざり合い、どちらの旨味も引き立てる。

 

「卵の黄身も一緒に食べるともっと美味しい」

 

アルテから言われた通りにしようと目玉焼きに箸を入れると半熟なそれからとろりと黄身が流れ出る。卵の柔らかい味が更に美味しさを上げる。

 

「本当!もっと美味しくなるわ♪」

 

「これは食べてるとご飯が欲しくなるわね!」

 

チーズインハンバーグは乳から作ったチーズという塩気と独特の風味を持つそれが肉とデミグラスソースにこれまたよく合う。

 

「お肉もだけどこのチーズっていうの凄く柔らかいわ」

 

「ソースもチーズもお肉も一緒に食べてどれも味を消してないどころか互いに引き立ててるの良いわね」

 

「このパンってのいうのも初めてだけどふわふわしてて牛酪のいい匂いがしててこれも美味しいね。あ、いい事思いついた♪」

 

八橋がパンにソースと溶けたチーズを組み合わせる。素朴なパンにそれらが適度に染み込み、

 

「うん、思った通りこれも美味しい♪」

 

「む~なんか私だけ違うの食べて仲間外れみたいだな~」

 

「にとりもハンバーグにすれば良かったじゃん」

 

「そうはいかないよ。私にはこのジャージャー麺の麺と生春巻きのライスペーパーの作り方を知る使命があるのだ!」

 

そんな言葉で皆が笑った。そんな感じで賑やかな食事は進んだ。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「はい、おみやげのサンドイッチお待ちどうさん」

 

「わ~ありがとうございます!」

 

「あとライスペーパーですけどこんなもんでいいんですかい?」

 

「サンプルがあれば十分さ。あとはこっちでなんとかするよ♪」

 

「こちらこそ素敵な演奏聞かせて頂いてありがとうございます!」

 

(コク)

 

「いえいえ、これ位お安い御用です」

 

「ルナサ達の言ってた事もわかったよ。新しい場所で演奏するのもいいもんだね♪」

 

「また会おうねアルテ!」

 

「うん、ヒメも元気でね」

 

「応援してるからねロウケイ?」

 

「また会えた時進展あったか聞かせてね?」

 

「あ、ありがとう…。が、頑張るよ」

 

「ありがとうございました。皆さんのまたのご利用をお待ちしております」

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

~~♪…シュゥゥゥン…

 

「あ、消えちゃった」

 

「不思議な場所だったね~」

 

「私達は人間と話す事も少ないから猶更新鮮だったね」

 

「でも霊夢さんや魔理沙さんとは時々話してるじゃん?」

 

「あのふたりは悪い人じゃないけどちょっと苦手なの~。前に痛い目にあわされたし~」

 

「それは調子に乗ってたアンタ達が悪いんじゃないの?」

 

「それは言わないお約束だよ。…ねぇ姫、アルテから誘われた時に幻想郷に残るって言ってくれてちょっと嬉しかったよ」

 

「何言ってるの影狼ちゃん。当り前じゃない。私達は草の根妖怪ネットワークで結ばれてるんだから」

 

「まぁ行きたくてもうちらはあっちの世界には行けないんだけどね」

 

「にとり~それも言わないのが野暮ってもんだってば」

 

そんな会話をしながら夕暮れ近い空の下、いつもの様に明日の再会を約束して彼女らは其々の家に戻っていった…。




メニュー28

「鰻」

皆さんこんばんわ、storybladeです。
自分の都合で投稿間隔が遅れてしまいすみません。仕事の件と年末が近い事もあり、今後暫く投稿間隔が今回と同じ位になりそうです…。
お詫びという訳ではないですが年末年始頃にまた以前やった様なクリスマス会みたいな特別回を投稿したいと構想中です。良ければそちらも楽しみにご覧くださいませ。


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メニュー28「鰻」

~~~♪

「ありがとうございましたー!」

~~~♪

シリウス
「こんにちはー」
ジョナサン
「どうもお世話になります」

今日も今日とて繁盛している異世界食堂こと洋食のねこや。とそこにまた新しい客がやって来た。それはアルフェイド商会のシリウスとジョナサン。シリウスはいつもの様に袋を、ジョナサンは何やら壺を持っている。

(いらっしゃいませ)

「いらっしゃいませー!」

「ああいらっしゃいおふたり共。今日でしたっけ。今お金お持ちしますんでどうぞ席でお待ち下さい」

「ありがとうございます」

「こちらへどうぞー。…今日はいつもよりもお荷物多いんですね?壺なんて初めてじゃないですか?」

「ええ実はちょっとこれの事で店主さんにご相談がありまして…」

「私に?」

するとジョナサンが壺を開けるとその中を覗き込むアレッタ。

「あ~これですか…。今凄く豊漁ですよね?」

「ええ。でもこれだから碌な調理法が無くて。それで店主さんなら何かいい調理法があるかもと半分押し付けな形でお持ちしたんです…。お金はいりませんので受け取っていただけませんか?」

「どれどれ…!こ、これって…!さっき豊漁って言いましたけどもしかしてコレ天然ものですかい?」

「え、ええ勿論」

「ど、どうしたんですかマスター?」

顎に手を当てて少し考える店主。

「……シリウスくん。もし手に入るなら次回も持ってきてもらえますか?勿論お代はしっかりお支払いしますんで」

「い、いえいいですよ沢山獲れてますので」

「そういう訳にはいきません。さて…となると、コンロは前にバーベキューやった時のもんがあるし捌き方は前に教わった事あっから出来るとしてタレが必要だな…。伝手を当たってみるか」


人里「鯢呑亭」

 

時は夕方で空も暮れかけてきたところ。人里のとある一画に「鯢呑亭」と書かれた赤提灯が掲げられた一軒の居酒屋がある。今回の物語はここから始まる。これから夜も暮れ、人も入って一日で一番忙しくなる時間だというのにまだ提灯に灯がともっていない。定休日であろうか?

 

ガララ

 

客1

「あれ?今日って開いてないのかい?」

鯨の帽子の少女

「ええ実はおじさんが今朝ぎっくり腰になっちゃって今日は臨時休業なんです~」

客2

「あ~そりゃ気の毒にな。しゃあねぇか、おっちゃんにお大事にって伝えてくれ美宵ちゃん」

 

「すいませんありがとうございます~」

 

お店が開いていない事を気にした客が帰っていく。そんな彼らに対応したのは店員らしいひとりの少女。桃色の髪に鯨をかたどった帽子を被り、同じく鯨の絵が描かれた前掛けをしている。そんな少女は臨時休業を利用してか普段手が届かない所なども掃除している。

 

ガララ

 

「あ、すいません今日は…って」

丸眼鏡の茶髪の少女

「邪魔するぞい♪」

射命丸文

「こんばんわ~美宵さん」

 

そして再び入って来る少女がふたりいた。ひとりは丸眼鏡を付けた茶色い髪に葉っぱの様な形をした変わった帽子を被り、よく見ると背後に狸の尻尾が覗いている。それが彼女が人間でなく妖怪である事を意味している。

そしてもうひとりは妖怪の山に住む天狗の幹部的な役割を担うと同時に、文々。新聞の編集者でもある射命丸文である。その恰好はいつもの恰好ではなく、まるで新聞記者の様な恰好である。

 

「マミゾウさんに文さん。も~来るなら夜中にしてくれって言ったじゃないですか~。それに生憎ですがうちは今日はお休みですよ~」

 

「それは人間にとってじゃろう?我ら妖怪には関係のない話じゃ。固い事いうでない」

 

「そうですよ~。ここは里でも私達が飲める貴重な場所なんですから~」

 

「店主はおらんでも酒と軽くできるもんくらいはあるじゃろ?」

 

マミゾウと呼ばれた少女と文はひく気が無いようだ。

 

「…は~しょうがないですね。ま、そう言うと思って実は準備はしていたんですけど。でももう少し店の奥でお酒でも飲みながら待っててください。まだ日が沈みきってないので」

 

「お~流石は美宵じゃな♪」

 

 

…………

 

「「わはははは♪」」

 

「そんな事があったんですか~」

 

「笑い事じゃないぞ。全く、狸の扱いはもっと丁寧にしてほしいもんじゃ」

 

「そういえばはたてもそんな事話してましたね~」

 

その後、店内は三人の小さな宴会場と化していた。今のここは「人間の飲みどころの鯢呑亭」ではなく、「妖怪専用の飲みどころの鯢呑亭」である。元々普通のいち居酒屋にすぎなかったここがこうなったのにはとある訳がある。

 

「そういえば今日はあの人は来ないんですか?」

 

「ああ萃香さんなら今日は博麗神社で霊夢さんと飲むんですって」

 

「そう言えばお主もあ奴の瓢箪に住み込んで随分経つのぉ。よその所に移りたいとか思わんのか?」

 

「いえいえまさか。あんな便利な屋敷を放っておける訳ないじゃないですか~。萃香さんも別に悪くは思ってないでしょうしいつまでも住み続けますよ~。勿論無賃で♪」

 

「お主も悪よのぉ~ククク。流石はこっそりと隠れ住む座敷童の事はある」

 

「でもまぁお互い様じゃないですか~?おかげでこうして里でも飲めるんですし~」

 

「座敷童」といえば多くの人が耳にしたことがある妖怪だろう。子供の姿で悪戯好き、しかし家の者や見た者には幸福が訪れる。大人の前に姿を現すのは苦手だが子供とは一緒に遊ぶこともあるというなんとも子供らしい妖怪。美宵は幻想郷の座敷童なのだ。

座敷童と言えば家の中に留まる地縛霊、というのが一種の通説になっているが彼女曰く家や屋敷となる「器」、留まる先があれば外には自由に行き来できるらしい。そして彼女は他の座敷童と違い外に憧れていた。そしてある時に出会ったのがこの鯢呑亭となった元々の家、更に萃香の伊吹瓢箪であった。幾らでも酒が出てくるという特殊な性質を持っているそれを気に入った美宵は瓢箪の持ち主である萃香から住んでもいい条件として妖怪でも飲める場所を作ってほしいと依頼され、そうして生まれたのが「妖怪専用の飲みどころの鯢呑亭」なのであった。

因みに今来ているのは天狗の文、そしてお化け狸のマミゾウという妖怪で共にこことは長い妖怪である。

 

「そういえば飲みどころで思い出したんですけど~、おふたり共あの扉について何か知りませんかね~?」

 

「あの扉?」

 

「…ああ、もしかしてあの外の世界の食事処に繋がる扉の事かの?確か…そうじゃ思い出した、ねこやっていう」

 

「そうそうそれですよ!何か知りませんかね~?若しくは行った事あるとか」

 

「う~んすいません、私行った事ないんです。この前萃香さんが来られた時に最近行かれたとは聞きましたけど」

 

「儂も小鈴らが行ったというのは聞いたがの。興味はあるんじゃがまだないぞい」

 

「そうですか~…」

 

「なんじゃそれほど行ってみたいのか?そのねこやというところに」

 

「あったり前じゃないですか!はたてに椛ににとり、雛に秋姉妹!ネムノさんにミスティア!しかもにとりに至っては最近二回目も行ってるんですよ!なのに幻想郷最速の、真実はコンマ二桁まで追い求め、時にはオモシロおかしい新聞記者であるこの射命丸文がまだ行けてないなんて~!」

 

あからさまに落ち込む文。

 

「…まぁさっきも言ったが確かに儂も縁があれば一回出向いてみたいとは思う。前に霊夢の奴から聞いたがその店にはなにやら美味い飯以外に儂が知らない様な酒もあるらしいからな」

 

「私も一回くらいは行ってみたいな~とは思います。前にネムノさんやミスティアさんが来た時に凄く美味しかったって言ってましたし、お店の料理を増やせたらな~と」

 

「ですよねですよね?あ~今日出てくれませんかね~」

 

ガララ

 

そう言う話をしていると再び扉が開く音が。表の看板には臨時休業の張り紙があり、中の音や光は外に漏れない様妖術じみたものがある筈だが。

 

ネムノ

「お邪魔するべ」

ミスティア

「こんにちは美宵ちゃん…とマミゾウさんも文さんもいた」

 

扉を開けたのは以前異世界食堂で豆腐ハンバーグを味わった坂田ネムノとミスティア・ローレライのふたりだった。

 

「おやおや、噂をすれば妖怪の山の山姥とミスティアではないか。久しぶりじゃな」

 

「どうしたんですか?ネムノさんは兎も角ミスティアさんは屋台があるんじゃないんですか?」

 

「うん。その予定だったんだけど今日はうちも臨時休業にしたの。ちょっと美宵ちゃんに用があって」

 

「私に?」

 

「ああそうなんだが…う~ん文もいるからな~」

 

「なんですかなんですか?私がいたらまずいのですか?酷すぎませんか~!?」

 

少し考えるネムノとミスティアだったがやがて諦めて、

 

「う~ん、まいっか。ちょっと美宵ちゃんを誘おうと思ったの」

 

「美宵を誘う?どういう事じゃ?」

 

「ああ。実はうちの近くにねこやの扉が現れたんだべ。それでまた行こうと思ったんだけんど」

 

「前に美宵ちゃんも話聞いて行きたがってたでしょ?今日臨時休業なら行けるかなって誘いにきたんだけど…」

 

ヒュンッ!!

 

「ありがとうございます!是非是非行きましょう!一刻も早く!」

 

「いやお主を誘いに来たんじゃないぞ文。…でもまぁ気持ちはわからんでもないな。そう言う事なら是非儂も行ってみたいのぉ」

 

瞬時にネムノとミスティアの手を取り、急かす文だった。マミゾウも行きたい気持ちが勝っている様だ。

 

「お、おう。まぁうちらは構わねぇよ。美宵、おめぇはどうする?」

 

「私も行きたいです!直ぐに片付けしますね!」

 

 

…………

 

時刻はすっかり夜。一行は山の中のとある場所にやって来た。そこにはネムノが今現在建設中という彼女の自宅兼店があるがその裏にねこやの扉が出現していた。

 

「ほうほう、これが噂の扉か。漸く外の世界の酒が飲めるわけじゃな♪」

 

「木造り…金の扉の取っ手…猫の看板。聞いた通りだわ」

 

「長かった…ここに来るまで長かったです。これでやっとはたてに突っ込まれる様な事はありません!」

 

「さてさて今日は何を食べさせてくれるかな~♪」

 

「楽しみだな♪ああその前に文に言っとくけどくれぐれも向こうに迷惑かけないようにな?」

 

「だからなんで私だけなんですか~!?」

 

「だって文さん間違いなく取材しようとするでしょ?言っとくけど店主さんはご飯作らなきゃならないんだからね?」

 

「わかってますよ~。迷惑はかけませんから♪」

 

(((心配だな~(だべ)(じゃな)…)))

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「「イーライじゃとぉぉぉぉぉぉぉ!?」」

 

「わっ!」

 

「な、なんじゃ~?」

 

「お前さん正気か!?あのイーライじゃぞ!?イーライなんてとても食えたもんじゃないぞ!」

 

「あんなもんが今日のおススメだなんて信じられん!」

 

「わ、私も食べる前はそう思ってたんですけど大丈夫です!今日もお昼のまかないで食べたんですが本当におかわりしちゃう程物凄く美味しかったです!マスターが是非おふたりに食べてほしいって」

 

ネムノが扉を開けると彼女らの声の前に店内の別の客の大声が聞こえた。よく見るとアレッタが何やらふたりの男性客と会話をしている。とそんな彼らを横目にクロが扉を開けた幻想郷組の応対にやってきた。

 

(いらっしゃいませ)

 

「…え、え?い、今頭の中に声が響いた様な…?」

 

「ああ大丈夫だよ。恥ずかしがり屋さんなのかこれがこの人の会話のやり方なんだって」

 

「ほ〜不思議な術じゃの」

 

「アンタ確か…クロさんだっけか?久々だべな」

 

(御無沙汰しております)

 

クロが幻想郷組に対応するその一方、

 

「う〜む、ここの事じゃから悪いもんなんて出す訳ないとは思うがのぉ〜…」

 

「泥臭くて骨だらけ、食い方といえばぶつ切りにして魚醤で焼くかゼリー寄せ位しかない、それでもあまり食う気が起こらんイーライを美味く食えるのか…」

 

「大丈夫です!」

 

驚く男性二人組に対してアレッタが返す。ここで働く以前の彼女からしたらかなり強くなったといえる。

 

「…そこまで言うなら、一回試してみるかのぉ」

 

「おう、店主の手並み拝見じゃ!それでは一番オススメの食い方と酒で頼むぞ!あとビール其々三人前にシーフードフライを二人前頼む」

 

「畏まりましたー!…あ、し、失礼致しましたいらっしゃいませ~!」

 

大声を出したのを恥ずかしく思ったのかそそくさと注文を伝えに行くアレッタであった。

 

「あの娘、山羊の角が生えてる」

 

「ふ〜む、前に小鈴や阿求から人と妖怪が一緒に飯を食っとると聞いたがほんとだったのか。この娘も変わった形の耳しとるし、お主も妖怪か?」

 

(…いえ、私は違います)

 

「おや違うのか。まぁいいわい、取り敢えず自己紹介しようかの。化け狸の頭領、二ツ岩、人呼んでマミゾウじゃ。よろしゅうな」

 

「げ、幻想郷の奥野田美宵って言います!美宵って呼んでください!」

 

(承知しました)

 

「あともうひとり…ってアレ?文は?」

 

「そういえば先程から姿が」

 

「あやや?私なら一番後ろにいましたよ?はじめまして〜!幻想郷最速の烏天狗にして文々。新聞記者兼編集者の射命丸文です!本日は宜しくお願いします!」

 

(…畏まりました。…取り敢えずお席にどうぞ)

 

そそくさと名刺を渡す文。言われて五人はクロの案内でひとつのテーブルに座る事に。

 

(…文、お主先程まわりに気付かれない様な速さで動き回りながら写真撮りまくっとったじゃろ?)

 

(ええ!?)

 

(あややや、流石はマミゾウさん。ふっふっふ正直に写真撮らせてくれっていっても歓迎されない事は目に見えてますからね。この時に備えてにとりに私のカメラを改造してもらったんです。私の最大速で動きながら撮っても決して写真がぶれない様にね。はたてとは違いますよ私は♪)

 

(でもバレたらどうすんだ?)

 

(大丈夫ですって♪現に皆さんも気づいてなかったでしょ?それに後で正式な取材も勿論申し込みますから)

 

そこへクロが3点セットを持ってきた。

 

(お水とおしぼり、そしてこちらメニューになります)

 

「さぁさぁ必要な写真はある程度撮りましたし今は取り敢えず何食べるか決めましょう♪何か写真写りが良い料理が良いですねぇ」

 

「調子のいい人だなぁ」

 

「まぁ好きにやらせておけ。それはさておき給仕、飯の前に一杯ビールを飲ませてもらえんかの?ずっと飲みたいと思っとったんじゃ」

 

「私もそれお願いします」

 

「うちらも今日は飲んでねぇから飲んでくべ」

 

(承知しました)

 

「ビールとシーフードフライお持ちしましたー!本日はイカリングとホタテ、鮭です。ごゆっくりどうぞ!」

 

「おー待っとったぞ!」ゴクゴク…!

 

ゴクゴク…!「ふぃ〜!やっぱり寒くなってきてもやはり山登りの後はまずビールで冷やすに限る!」

 

「全くじゃ!おまけにここは暖かいからのぉ。冷たい酒も何のそのじゃわい!」

 

クロがビールを取りに行くのと入れ替わりで隣の席にアレッタが料理と酒を運ぶ。風貌の割には身長だけ小柄な男ふたりは妙にでかい硝子の器に入っているそれを一回で半分以上飲んでしまった。

 

「なんとも美味そうに飲むのぉ」

 

「ん?おお美味いぞビールは!お前さんらは、ここは初めてかい?」

 

「んだ。うちとこっちのミスティアってのは二回目だけどこっちの三人は初めてだ」

 

「私達はこことは別の世界の住人なんです」

 

ギレム

「おおお前さんらもか!前に赤い娘や黄色い娘とかとは話した事あるぞ。儂はドワーフのギレムという。酒職人をしとる」

ガルド(シーフードフライ)

「儂はガルド。こいつと同じドワーフで硝子職人じゃ」

 

「赤い娘と黄色い娘って…」

 

「もしかしなくても霊夢さんや魔理沙さんの事でしょうね~」

 

「ほぉドワーフ、か。前に小鈴の店の本で見たことだけはあるぞい。化け狸の二ツ岩マミゾウじゃ。よろしゅうの」

 

「坂田ネムノだ。ネムノって呼んどくれ」

 

「ミスティアだよ!」

 

「奥野田美宵って言います」

 

「幻想郷一の新聞記者、射命丸文です!宜しく!」

 

勢いよく、それでいてさっと名刺を渡す文。

 

「お、おお。シンブンとは何か知らんがよろしくの」

 

(ビールお待たせしました。ごゆっくりどうぞ)

 

そこにクロが人数分のビールを運んできた。

 

「それじゃあ出会いを祝って乾杯をしようじゃないか」

 

「賛成〜♪」

 

「「「カンパ~イ!」」」

 

乾杯の言葉で皆がジョッキを上げ、一斉に飲む。刺激あるキレの良い黄金色のビールが喉をスッと流れていく。

 

「お、美味しい〜!」

 

「これは間違いなくうちの八目鰻にも合うお酒だわ。あ〜ん作り方知りたい〜!」

 

「中々いい飲みっぷりじゃ!」

 

「気に入った!お前さんらの酒代は儂らが奢ってやる!気にする必要はないぞ、これでもそれなりに金はある!」

 

「いよ!太っ腹!あ、悪い意味じゃありませんからね」

 

するとガルドが美宵の被っている鯨の帽子を見て、

 

「ところでお前さん、何やら変わった帽子被っとるのぉ」

 

「え?あ、これですか?これは鯨を象った帽子です。私幻想郷で鯨呑亭っていう居酒屋をやってまして」

 

「く、クジラじゃとぉぉぉ!あの海の覇者で大きいものなら小島程にまで成長するあのクジラか!?」

 

「いやいやこいつは驚いたわい!異世界にはクジラをどうにかする技術まであるのか!なんとも恐ろしい話!異世界の酒が飲めないのは悔しいが異世界に生まれなくて良かったわい!」

 

「え、えっと~そんな難しい話では…」

 

(まぁまぁ美宵。面白いから黙っておけ)

「ところでこっちも聞くがその料理はなんじゃ?天ぷらとは少し違うようじゃが」

 

「お、おお、こいつはシーフードフライと言っての。魚介を揚げたもんじゃ」

 

「儂らの住んどる場所は海から離れていての。魚と言えば川魚か腐敗せんよう燻製か塩漬けにしたもん位しか普段食えん。新鮮な海のもんなんて猶更無理じゃ。だからここで初めてこいつを食った時はそりゃー驚いたもんじゃ!」

 

「海か〜。幻想郷には海が無いからな〜」

 

「以来ここではいつも酒とそれに合うおススメの魚メシを食っとるんじゃが…じゃがなぁ」

 

「う〜むまさかイーライとはの〜…」

 

腕を組んで考え込むギレムとガルド。よほど食べるのに悩む食材なのだろうか?

 

「いーらい…って知ってる美宵ちゃん、ミスティア?」

 

「聞いたことないなぁ」

 

「私も居酒屋やってるけど知らない」

 

「もしかしてこっちと幻想郷では名前が違うんじゃないでしょうかね?でもそんなに悩むお魚なんですか?」

 

「当然じゃ!イーライといえば扱いに難しい魚で有名じゃからな!」

 

「川底に住んどってスライムを塗ってるみたいにヌメヌメしてて細っそい奴で真面に握らせることすらさせん!おまけに苦労して捕まえて調理しても小骨が多くて食いにくく、その上泥の中で暮らしてるから泥臭さがどうやっても残ってしまうんじゃ!おまけにナイフを入れても暫く動いて死のうとせん!扱う者の中には「悪魔の魚」とさえ言ってる奴もおる位じゃ」

 

「…川底に住んでおって、ヌメヌメしてて、小骨が多くて泥臭い細い魚とな?」

 

「…もしかしてそれ」

 

「お待たせしましたー!本日おススメのイーライの蒲焼と白焼。お酒は清酒のアツカンです!」

 

アレッタが運んできたのは何かの魚の開きらしきもの。それに茶色いタレをかけて焼かれた料理。香ばしく、それでいて甘い匂いが漂う。もうひとつはタレの色はついておらず、うっすら焦げ目がつくまで焼かれた白い身が美しい。

 

「な…なんじゃいコレは!?」

 

「なんとも香ばしくて甘い、いい匂いを放ちよる。これがイーライだというのか!?」

 

驚くギレムとガルド。対して幻想郷組はそれの正体が分かったらしく、

 

「ほうほうやっぱり鰻の事じゃったか」

 

「ああ鰻か泥鰌かどっちかと思ってたべ」

 

「でもほんといい匂いです!」

 

「うん!普段八目鰻出してる私からしても凄く美味しそう!」

 

「あやや~見事な照りでこれは写真映えしますね~♪」パシャ!

 

「蒲焼はそのままで、白焼きはこちらのワサビと醤油か、お塩を付けてお召し上がりください!」

 

「と、取り敢えず一回食ってみるか…?」

 

「お、おおそうじゃな。見た目は良いが問題は味じゃ…」

 

ふたりがそれに箸を入れ、口に運ぶと、

 

「……!な、なんとぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

ふたり揃って本日何度目かの雄たけびを上げた。

 

「柔らかくて口の中で蕩けるぞい!これがあのイーライじゃというのかぁぁ!今迄のもんとは全く別もんじゃ別もん!!」

 

「こっちのシラヤキとやらも美味いぞい!一緒に食うワサビの辛さと醤油の塩気がバッチリじゃ!これは絶対セーシュに合うぞい!!」

 

「……かー!美味い!これは幾らでも食えるぞい!じゃんじゃん持ってきてくれい!!」

 

何とも見事な反応を見せるドワーフふたり。そんな彼らを見て彼女らも興味が湧いたらしく、

 

「…うちらも注文する?」

 

「あれだけ美味そうに食うのを見てしまってはなぁ…」

 

「私もなんか食べたくなってきました」

 

「鰻ならウチでも何か出せるものができるかもしれないし…」

 

そして彼女らはアレッタを呼び、

 

「すまんが、うちらにも鰻とそれに合う酒を頼めるかの?あとできれば蒲焼以外にも色々貰えると嬉しいんじゃが」

 

「ウナギ…ああイーライですね!畏まりました!暫くお待ちください!」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

そして暫くして鰻の美味さに酒と料理がいつも以上に進んだギレムとガルドは酔って寝てしまっていた。

 

「「ZZZ…」」

 

「おふたり共随分飲まれましたねぇ…」

 

「大丈夫じゃろ。本で読んだがドワーフは酒に強い種族みたいじゃし」

 

「お待たせしましたー!」

 

「あ、来た来た♪」

 

「本日おススメのイーライの蒲焼と白焼きです!蒲焼はそのまま、白焼きはこちらのワサビと醤油に付けてお召し上がりください。そして…こちらはイーライのオムレツとヤナガワフウ、そしてウザクになります!」

 

運ばれてきたのは定番の鰻の蒲焼と白焼き。そして黄色い卵に包まれたオムレツ、小鍋で卵と一緒に煮込まれた料理。そしてウザクという小鉢。

 

「ほうほう、卵と来るか」

 

「どれも美味しそうだな♪」

 

「ウザクって何?」

 

「えっとイーライをキュウリとお酢で和えた物です。サッパリしててお酒にも合うと思いますよ!あと蒲焼は丼もできますのでもしご希望なら言って下さい。それではごゆっくり!」

 

「ありがとうございます♪どれから食べようかなぁ…」

 

「じゃあうちは白焼きから食べてみるべ。素材が一番わかるのと店主さんがどういう風に焼いてるか知りたいからな」

 

ネムノが箸を伸ばしたのは肉厚な鰻の白焼き。大勢で食べれる様に何切かに分けられたひとつを取り、ほんの少しのワサビと醤油に付けて食べてみる。

 

「う~ん美味い♪しっかりとした肉厚な身なのに口の中で天使の羽みたいにふわふわって溶ける。こいつはいい鰻だべ!焼き方も文句なしだ」

 

「こっちの蒲焼も美味しいわ~♪」

 

ミスティアは蒲焼から食べている様だ。因みに幻想郷ではどちらかというと八目鰻の方がよく食べられている。彼女の屋台もそちらの方が主流でこれが取れなかった時は鰻で騙していたりした事もあるらしい。最も八目鰻は鰻に見た目が似ているだけであって歯ごたえも風味も結構違う全くの別物なのだが。

 

「鰻は久しぶりに食べたけどネムノが言った通り身がほんとふっくらしてるわねぇ!小骨も身を傷つけない様しっかり取られてて臭み抜きの下処理もいいわ。今度から八目鰻と一緒に売り出そうかしら?」

 

「んだな♪」

 

「じゃあ儂は…そうじゃの。このおむれつを試してみるかの」

 

「あ、それ私も興味あります!」

 

マミゾウと美宵は鰻のオムレツに興味が湧いた様だ。卵の黄色一色で他には何の色もついていない。そして匙を入れなくてもぷるぷるとしているのが見ただけでわかる。

 

「キレイですね~。食べるのが惜しいです」

 

美宵がスプーンを入れるとやはりそれは非常に柔らかく、完全に火が通っていない半熟な硬さが良い感じだ。更に中の卵と一緒に細かく切られた鰻の開きが流れ出る。

 

「わ~とろとろ半熟卵の中から鰻が!」

 

スプーンでとろとろの半熟卵と鰻を一緒に口に運ぶ。

 

「…ほう~こうなるか。卵の甘さとほんの少しタレの味をしみ込ませた鰻の甘さが合っとる♪」

 

「材料はとても簡単だけどこんなに美味しいんだ~!これならうちでも出せるかも♪」

 

「いいですねぇ。皆さんの幸せそうな顔が撮れてますよ~♪」

 

「ねぇ文も食べなよ。少しは食べないと失礼だよ」

 

「あやや、そう言えばそうですね。じゃあ私はこの鰻のヤナガワフウっての食べてみますね」

 

「ヤナガワといえば定番は鰻じゃなく泥鰌だけどなぁ」

 

文が手を伸ばしたのは鰻の柳川風(ヤナガワフウ)。本来泥鰌を使う柳川風の始まりは文政時代の頃、元は泥鰌と牛蒡を煮込んだだけのものだったと言われている。その後江戸のとある店が鶏卵を含めたのが現在まで受け継がれていると言われているがその発祥は多くの説があるとの事。小鍋からまだ湯気が立っているそれをレンゲで小皿に取り、口に運ぶ文。

 

「は~~、鰻の柔らかさと牛蒡のシャキシャキ感、それに出汁の味と卵のコクがしみ込んで暖まります~。これからの季節にはいいですね~」

 

「…うん美味しい!こりゃ熱燗だな♪」

 

その脇でマミゾウはウザクをつまむ。ウザクとは三重県の郷土料理で鰻とキュウリやわかめを混ぜた酢の物。余った鰻を使って作ったのが始まりとされる。

 

「こっちの鰻は歯ごたえをしっかり残しとるの。これは冷酒じゃな」

 

「鰻だけでこんなに料理とお酒の楽しみ方があるんだね~」

 

彼女らは存分に鰻を楽しんだのであった。

 

「…ところで気になったんだけど文。アンタ卵食べていいのかい?」

 

「何か変ですかね?別に鶏肉食べてる訳でもないし無精卵ですから気にしませんよ」

 

「そ、そうか」

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「「「ご馳走様でした~♪」」」

 

「土産まで持たせてもらってすまんのぉ」

 

「いえいえ、また是非来てくださいね!」

 

(コクコク)

 

「取材ありがとうございます人間の店主さん!」

 

「はは、まぁお客さんも少なかったですから」

 

「これではたての目に物見せてやれますよ。写真も一杯撮らせてもらいましたし♪」

 

「写真?」

 

「ああいえいえ全然なんでも無いですよ~!それじゃあ失礼しますね~!」

 

「ありがとうございました~!」

 

そして一行が扉を開けて帰ろうとした時、

 

(…お客様。次はもうなさらないでくださいね?)

 

「…え?」

 

クロはそれだけ文に告げた。

 

 

…………

 

その日の夜、最後の赤を見送った後。

 

「アレッタさんすっかり鰻にはまったらしいな」

 

「だって本当にとっても美味しいんです!…そういえばマスター、あのイーライの黒いソースはどうしたんですか?」

 

「ソースじゃなくてタレな。ああ、知り合いの鰻屋にシリウスくんから買った鰻と交換で少し分けてもらったんだ。勿論特別営業分だけな」

 

「マスターの世界ではイーライってそんなに貴重なんですか?」

 

「そう。特に天然ものは数が少なくて高級なもんなのさ。知り合いも喜んでたよ。…そういえばクロさん、さっきあの人に何を言ってたんだ?」

 

(…ヒミツ)

 

「「…?」」

 

店主とアレッタは首を傾げた。

その後、文が撮って来た写真の何枚かに先のはたてと同じ様な異常が現れた事。悔しがる文と笑うはたて。それを宥める椛達がいたのは言うまでもないだろう…。




今回何とかいつも通り投稿できました。鰻のイーライはオリジナルです。
鰻のオムレツは某グルメ番組で見たものから引用させてもらいました。
そして次回からいつもと違う回を二本連続投稿します。

来月の始め頃 「おみやげ」
年末年始頃  「特別編」

よければご覧くださいませ。


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おまけメニュー「おみやげ」

今回は是迄に出てきたおみやげの一幕です。一部ですがお楽しみください。



おみやげ1「ステーキサンド&メンチカツサンド」

 

 

突然幻想郷に現れた異世界食堂「洋食のねこや」から戻ってきた霊夢達。霖之助と紫は一足先に帰り、魔理沙も最初家に帰ろうと思ったが、

 

「家に帰ってもひとりだし、折角だから一緒に土産食おうぜ♪」

 

と言って結局夕飯も一緒に取ることになった。霊夢も面倒くさそうな顔をしたが結局了承した。なんやかんや仲は良い。

 

「こーりんもおみやげ貰えば良かったのにな~。相変わらず堅物だぜ」

 

「ほんとほんと。紫の奢りになりすぎるのも申し訳ないって。私なら遠慮なく頂くわ」

 

「全くだ。さてさてどんなもんかな~」

 

ふたりは自分達が持ち帰った紙の箱を開ける。

霊夢は「ステーキサンド」。ねこやで自身が頼んだビフテキを厚手のパンで挟み、箱に収まるサイズに切りそろえたもの。肉の中はほんの少し赤みが残った良い焼き加減だ。

魔理沙が頼んだのは霖之助がねこやで注文した日替わり定食のメンチカツという料理を同じくパンに挟んだ「メンチカツサンド」。メンチカツの他に薄い葉野菜が一緒に挟まれている。あとお酒は自前の酒を用意した。

 

「やっぱり何度見てもお肉が分厚いわね♪」

 

「こっちも美味そうだぜ♪」

 

ふたりは「いただきます」をし、其々から一切れ取って口に運ぶ。ソース以外の味付けをシンプルに抑えているビフテキは肉の味を強く感じられ、先程食べたものと同じく歯で簡単に噛み切れる程の柔らかさ。噛む度に甘い脂を感じ、薄く塗られているらしいステーキソースと脂を吸ったパンと合わさってとても美味に感じる。

魔理沙のメンチカツサンドもミンチ肉の肉汁とみじん切りにされた玉ねぎの甘み、ほんのり香辛料の風味、そしてソースがたっぷりと塗られていて衣がしっとりとしているのがパンに良く馴染んでいる。

 

「ん〜そのまま食べても美味しいけどこういう食べ方もありね〜♪次行けた時もおみやげこれにしようかしら」

 

「メンチカツサンドも美味いぜ♪あとはこいつに合う酒があればもっといいんだけどな〜」

 

「…う〜ん確かに全くじゃないけど日本酒や梅酒って感じじゃないわね。あのおじいさんが飲んでたビール?ってお酒は合うのかしら。あれも一緒におみやげにできるか聞いてみよっと」

 

「なぁ霊夢、一切れ交換しよ〜ぜ?」

 

「嫌よ。欲しいなら次行けた時頼みなさい」

 

「え〜ケチ〜」

 

「ケチで結構よ。てかアンタに言われたくないっつーの」

 

お昼の時のやりとりをここでもするふたりの光景が遅くまで続いた。重ねるがなんやかんや仲は良いふたりである。

 

 

…………

 

おみやげ2「シュークリーム」

 

 

「…ごちそう様~」

 

レミリアとのケンカの後、フランドール達は咲夜が用意した夕食を食べ終えた。パチュリーの言った通りお腹が空いていた事もあってケンカは長くは続かず、フランドールの方から止めていた。しかしやはり連れていってもらえなかったのが不満なのか少し不機嫌な様子。

 

「お粗末様です。お嬢様とパチュリー様は本当にお夕飯は召し上がられないんですか?」

 

「ええ。もうねこやで食べたからいらないわ」

 

「…む~私も行きたかったな~む~」

 

「…変な声出すのは止めなさいフラン」

 

「パチュリーだってお姉様と同罪よ。置いていくなんて酷いわ」

 

「仕方ないじゃない。どんな場所かもわからない場所に貴女を連れていけないわ。もう大丈夫という事はわかったから次は行きなさい」

 

「それはそうだけど〜!」

 

どこか釈然としないフラン。とそれを見たレミリアが、

 

「…ま、デザート位なら入るかしら。咲夜、店主から頂いたおみやげ出してもらえる?」

 

「畏まりました」トコトコ…

 

「おみやげですか?」

 

「ああそういえば美鈴は気絶していて知らなかったのね。ねこやのおみやげよ。皆で頂きましょう」

 

「ほんと?やった〜!」

 

大喜びのフラン。とそこへ咲夜が何やら乗ったトレーを運んできた。

 

「お待たせしました」

 

「ほら、美鈴も小悪魔も座りなさい。貴女達の分も貰って来たわ」

 

「私達の分もですか!?」

 

「ありがとうございます!」

 

揃った彼女らの前に出されたのは…見た感じ何の飾り気も無い、小麦色の生地のお菓子。大きさは大人の拳位のサイズで、平面でなくパンみたいに膨らんでいる。

 

「な〜にこれお姉様?」

 

「「シュークリーム」っていうお菓子よ。知ってるでしょ?」

 

「お〜これがシュークリームなんですね。勿論知ってはいましたけど食べた事無いですね」

 

「咲夜が作らないのよね…こういうのは」

 

「直接手で持って食べるのはあまりお行儀が良くないので」

 

「でもパンは作るじゃないの」

 

「パンは手でちぎらないと仕方ありません。それにブレッドはナイフで切る事もできます。これはそれができないのでせめてという事で紙ナプキンを置いてあります」

 

「はいはいありがとう。では頂きましょうか。ちょっと下品だけど直接かぶりつくのが一番美味しい食べ方らしいわ」

 

「かぶりつくのが下品なら吸血鬼なんてやってられないわよレミィ?」

 

という訳でシュークリームを持ち、彼女らはそのままかぶりつく。口元に近づけるだけで強い甘い香りがし、ふわっとする生地に歯をいれると特に特徴はない生地の中から溢れ出てくるのは雲の様に真っ白い生クリーム。甘さはやや控えめだが乳の味を強く感じ、舌の上で滑らかに溶ける。

更にその下にはもうひとつの淡い黄色のカスタードクリーム。こちらは甘みが強く、口の中に絡みつく濃厚な味わい。まさにたっぷりのクリームを食べるためのお菓子である。

 

「甘〜い!」

 

「ほんととっても甘いですね!」

 

「中の甘みが強いから皮はあえて味を弱めているのね…」

 

「これは紅茶が合いますね」

 

「美味しいねお姉様!」

 

「ええそうね。甘味も中々良い仕事するようねあそこは」

 

どうやらシュークリームの味を全員が気に入った様だ。

 

「…フラン、貴女ほっぺにクリーム付いてるわよ」

 

「え、本当?ってお姉様もじゃない、アハハハ♪」

 

…ただシュークリームはこういう事が稀に起こる。

 

 

…………

 

おみやげ3「パウンドケーキ(ドライフルーツ)」

 

 

人形師のアリス・マーガトロイドがねこやにいった翌日。彼女の家には、

 

「たっくよ~…まさかここのすぐ近くに出たなんて思いもよらなかったぜ~。こっちは結構探したってのに」

 

がっくりした顔をした魔理沙が再び来訪していた。一方アリスはお茶の準備をしている。

 

「アリスもひで〜よな〜。出たなら教えてくれてもいいじゃねぇか」

 

「だって貴女どこに行ったのかわからなかったんだもの。それにこんなすぐ近くに出たのに気付かない貴女にも責はあると思うけど」

 

「ひでぇ。…で、どうだったよ、そんな悪い場所じゃなかったろ?」

 

「…まぁね。少なくともまた扉見つけたら行ってみたいとは思う場所ではあったわ。魔理沙もたまには本当の事言うのね」

 

「…私泣いちゃうぜ」

 

言いながらアリスは魔理沙の前にお茶を出す。彼女の入れる紅茶も美味しいと評判でいい香りを放っている。そしてその横には彼女がねこやからおみやげで貰って来た「パウンドケーキ」がある。横縦7~8センチ位の大きさで中は黄色く、外側は仄かに茶色い焼き色のそれが二切れお皿に飾りつけられている。

 

「ん?いつもとは違うケーキだな」

 

「ねこやのおみやげよ。パチュリーもお誘いしたんだけど忙しいんだって」

 

「ふ〜んアリスのお茶を断る程の研究か。なんか興味あるから今度本借りに行った時聞いてみるか。それはともかくありがとよアリス。私のためにおみやげ持って来てくれたんだな♪」

 

「別に貴女のためじゃないわよ」

 

本を盗みに行くついでにその本の主に話を聞くなんて、と思うアリスだが彼女らしいと突っ込まない事にし、「いただきます」をしてからケーキにフォークを入れる。固すぎず柔らかぎない位の固さのそれを一口サイズに切って口に運ぶ。外側はほんの少し香ばしく、中はしっとりとした食感に優しい甘さで牛酪の風味を強く感じる生地。

 

「美味い♪」

 

「ええそうね。それにこの歯応えと甘みは干した果物かしら?」

 

生地と一緒に混ぜ込まれていたのは様々な色のドライフルーツで噛むと強い甘さを感じる。更に漬け込んでいるのかほんのり酒精の香りもする。食べた事ある味もあるが味わった事が無い果物もある。幻想郷では珍しい果物なのだろう。

 

「紅茶にも合うぜ♪」

 

「そうね。あとねこやって行くたびにこのケーキの味付けを変えてるらしいわよ」

 

「そりゃ楽しみだ。今度行った時も食べてみるか」

 

「フォンダンショコラといい外の世界のお菓子のレベルは高いのね」

 

「なんだ?そのホンダンソコラって」

 

「…貴女って手癖だけじゃなく耳も悪いの?」

 

「にゃにお〜!」

 

騒がしくも嫌な雰囲気は無い茶会は続いた。

 

 

…………

 

おみやげ4「チーズケーキ」

 

 

「元々の原因は落とし穴を掘ったてゐだし、直ぐ助けを呼びにいかなかったのもてゐが悪い。それは陳情するべき所は無いわ。…でも優曇華、貴女も落ちた直後にもっと冷静になってまずその場でできる対処を模索するべきではなくて?結果何があるかわからない扉に入り、ましてやその先にしばらく滞在してしまうなんて」

 

「…すいません、扉の先にいけば何か方法があるかと思って…。安全な場所というのは聞いてましたし…」

 

「幾ら八雲紫や博麗の巫女がそう言っても簡単に入るのはちょっとどうかと思うわね。仮にそうだったとしても向こうに事情を説明し、本来の目的である落とし穴から出る手段を探すべきではないかしら?食事する暇なんてない筈よ」

 

「仰る通りです…」

 

「ぷくく…私より怒られてる」

 

「あら、今は貴女じゃないだけよてゐ?笑っている余裕があるならこの後もっとやってあげようかしら?」

 

「御免なさい…」

 

鈴仙が永遠亭に戻ってきて数刻後、永琳から彼女とてゐはかるーく軽~くお説教を受けていた。その横で、

 

「う~ん、美味しいわ~♪」

 

「…はぁ、お前良くこの雰囲気でそんな笑顔できるな」

 

「気にしてないわよ~私達の喧嘩位しょっちゅうだから。それよりねぇ、妹紅はどのケーキが好き?」

 

「どれと言ってもこれしか食べてないって。この…なんだっけ「ベイクドチーズケーキ」だっけ。食べた事無い味だけど美味いね。適度な固さもあって濃厚で」

 

「私はそれよりこの「スフレチーズケーキ」と「レアチーズケーキ」っていうのが気に入ったわ♪柔らかくてほんのちょっぴり酸味もあるけどでもそれがこの甘さを引き立ててるわね~♪あとこの「ショートケーキ」っていうのも生地とクリームと苺の組み合わせが抜群ね♪」

 

「おい、全部食べようとするなよ。永琳とてゐにも残しといてやれ」

 

「わかってるわよ~。ちゃーんと一個ずつ残しておくから♪」

 

「…要するに種類は全部食うんだな。太るぞ?」

 

「大丈夫大丈夫。その時は貴女に焼かれて脂肪燃焼するから♪」

 

「…私の炎は蒸し風呂じゃないんだが?」

 

永琳の軽~いお説教は二時間に及んだという…。

 

 

…………

 

おみやげ5「ミートソースパスタパン&ナポリタンドッグ」

 

 

鈴奈庵の店内に現れたねこやの扉から戻って来た小鈴達。霖之助と慧音、朱鷺子は帰り、臨時休業している鈴奈庵の中には店主である彼女と、

 

「それで次の作品はどういった感じにするつもりなの阿」

 

「違うでしょ、私は」

 

「は~いそうでした。小説家のアガサクリスQ」

 

何やら店内で執筆活動に勤しむアガサクリスQという小説家がいた。ただその容姿は誰かに似ている様な気も。

 

「それでアガサクリスQ。今度の作品はどういうジャンルで行くの?」

 

「そうね〜…ファンタジーもので行こうと思ってるわ。詳しくはできてからだけど、今まで住んでいた世界から突如全く別の世界に来てしまった若者がその世界で様々な困難に会いながらも運命に立ち向かうって感じかしらね」

 

「ほうほう」

 

ガラガラ〜

 

とそんな会話をしているところに玄関の扉を開けて入って来たひとりの人物がいた。

 

赤い眼鏡を付けた少女

「お邪魔しま〜す♪」

 

黒い帽子と赤い眼鏡を付けた茶髪の少女。表地は黒、裏地は変わった模様の赤のマントを羽織い、その下には同じ柄のベストとスカート、白シャツにソックスと変わった格好をしている。

 

「!菫子さんじゃないですか。今日は臨時休業ですよ?」

 

「あ、そうだったんだ。でもまぁ開けてしまったししょうがないしょうがない♪あれ、貴女もいたの阿」

 

「ゴホン」

 

「ああそうだったそうだったアガサクリスQ♪」

 

「…貴女また寝てるの?この時間は確か学校なんじゃないの?」

 

「つまらないからサボっちゃったテヘペロ♪…あれ?今日は天狗の新聞は売り切れ?」

 

「売り切れじゃなくて盗まれたの!久々の爆売れだったのにー!」

 

小鈴は菫子という少女に今日起こった事を話した。新聞の事、そして異世界食堂の事を。

 

「なんと…そんな事があったのね」

 

「信じてくれるんですか?」

 

「勿論よ~♪ただ私があんだけ苦労したのにそんなあっさり繋がる場所ができちゃうなんてな~んか面白くないわねブツブツ…」

 

「いつも繋がってる訳ではないし厳格な制約はあるらしいけどね。…言っとくけど悪用しないでしょうね?まぁ無理だろうけど」

 

「わかってますって。もうあんな目はこりごり」

 

「あ、そうだ。ねこやでおみやげ貰って来たんです。丁度おやつ時ですし一緒にどうですか?阿…アガサクリスQもちょっと一休みしたら?」

 

「…そうね。頭をよく動かすには糖分が必要だわ」

 

「えっ本当?ラッキー♪」

 

言われてふたりは店内のテーブル席に着く。小鈴はねこやから貰って来たおみやげの箱を取り出す。出したのはミートソーススパゲッティ、そしてスパゲッティナポリタンをコッペパンに挟んだもの。

 

「おお確かにこれは幻想郷ではまず見ない食べ物!」

 

「菫子さんは知ってるんですか?」

 

「売店やパン屋の定番中の定番だからね」

 

「ナポリタンは朱鷺子ちゃんが殆ど独り占めしてたから食べれなかったんだよね~」

 

菫子は「ミートソースパスタパン」を、小鈴とアガサクリスQは「ナポリタンドッグ」を手にし、それぞれそのままかぶりつく。ミートソースの肉や野菜の甘み、ナポリタンのケチャップの甘みとちょっとした酸味、もちっとしたパスタ、それを受け止める柔らかいパン。

 

「う~ん最近食べてなかったから懐かしいこの感じ〜。肉の味が強いミートソースとその中にこれはチーズかな?それがパスタの熱で僅かに溶けてて絡んで美味しいわね~」

 

「ナポリタンドッグも美味しいわ!」

 

「少し味が濃いのが良いわね。このパンというものに負けない様この赤いものの味付けを濃くしてるのか」

 

「それはケチャップというものでこの国の洋食の発展を支えた調味料よ。因みにこのコッペパンは日本独自のパン」

 

「流石菫子さん詳しいですね」

 

「現役の女子高生を舐めないでもらいましょうか」

 

「友達いないけどね」

 

「それは言わないお約束!」

(……それにしても洋食のねこや、ねぇ。……な〜んか聞いた事ある様な…。気のせいかな~)

 

そんな会話をしながら彼女らはおやつを楽しんだ。

 

 

…………

 

おみやげ6「カレーパン」

 

 

幽々子がねこやから戻ってきてとりあえず白玉楼の居間に移動した彼女と霊夢、妖夢。

 

「それで幽々子。アンタが貰って来たおみやげって何よ?なんかかいだ事無いにおいだけど」

 

「ええ箱を閉じててもここまでにおいがしますね」

 

「うふふ、それじゃあ開けるわね」

 

幽々子が箱を開けると中にはこんがりと揚げられた楕円形の食べ物があった。開けると更ににおいが強くなる。

 

「さっきも言ったけどこれは「カレーパン」っていうらしいわ」

 

「かれぇ?変な名前ね」

 

補足としてカレーことアルフォンス・フリューゲルはこの日3ヶ月振りの来店であり、霊夢らがカレーを知るのは初めてである。

 

「でも何か凄く食欲そそるにおいですね」

 

「でしょ~?食べれば食べるほど食欲が湧いちゃって私も30杯以上お代わりしちゃったわ♪さあ温かいうちに頂きましょ」

 

「…つくづく一体その細い身体の何処に入ってるんだか全く。…わ~揚げてるだけあってまだ温かいじゃない!じゃ遠慮なくいただきま~す」

 

口に運ぶとサクリッという音とカリカリの食感。表面の揚げられたパン粉が香ばしい。そして中から流れてきたのは幽々子がねこやで食べたのと同じカレー…ではなくカレーパンのためにこしらえたカレー。カレーの独特かつ食欲を刺激する香りと味。ひき肉とみじん切りにされた野菜も一緒にたっぷり含んでいる。今まで味わった事無い風味と辛さにちょっと驚く霊夢と妖夢。

 

「なんか辛!」

 

「確かに辛いですけど…でも後を引く辛さですね」

 

「確かに…不思議と食べたくなるわね」

 

「私が食べたのはこの中身とお米と一緒だったけどこういう食べ方も美味しいわね〜♪」

 

「このままご飯に乗っけようかしら?」

 

「霊夢それはお行儀が悪いですよ」

 

おみやげのカレーパンは三人(幽々子5霊夢4妖夢1)のお腹にキレイに収まった。因みに一時間後、夕食の鍋も残さず平らげた。

 

 

…………

 

おみやげ7「ミルクレープ」

 

 

時刻は夜。博麗神社の周りにある深い森。そんな森の中に他と比べて特に大きい一本の木がある。

 

「…という訳でおみやげとして貰って来たって訳よ♪」

 

「本当は「クレープ」っていうのを持ってきたかったけどおみやげならこっちの「ミルクレープ」方が、って言われたのよね」

 

「でも幽香さんも凄く美味しいって言ってたからこれも美味しいわよきっと」

 

その木の中にいたのは光の三妖精ことサニーミルク、スターサファイア、ルナチャイルド。彼女らはこの大木の中に住処を置いているのだ。自分達の個室やリビングまであり、装飾までされている。三妖精は住んでいる事を一応隠しているけども霊夢は既に知っていて鬱陶しいと思っているが積極的に追い出す様な事はしておらず放っておいている。夕食を終え、デザートを食べようとしている様だが今日は彼女らとは別にもうひとり。

 

水玉の帽子を被った金髪の妖精

「ふ~ん、人間や妖怪でも行ける外の世界のご飯屋さんか…なんか嘘くさいわね~」

 

水玉模様が描かれた紫色の帽子、青い地に白い星模様と赤白のストライプ柄というピエロを思わせる様な服を着た長い金髪の少女、というより妖精。

 

「…ま、確かに見た事無いものだしこんなしゃれた物が人里にある訳ないか」

 

「他にも色々な食べ物や甘いものもあったし、私達が知らない様な色々な人間や妖怪もいたのよ~」

 

「アンタらそんなお店なのになんもイタズラしなかったの?」

 

「そうしたかったんだけど幽香さんもいたし、何より…なんか滅茶苦茶怖かったのよね~。なんでかわからないんだけど」

 

「情けないわね~。ま、今回は招待してくれた事もあるしイタズラの師匠として許してあげるわ」

 

「いやアンタに許される意味はないんだけどクラウンピース」

 

「そうよ、あと師匠って何よ失礼しちゃうわ」

 

「はいはいそこまでにして早く食べましょ。折角氷室に冷やしてたんだから」

 

「まぁそうね。いただきま~す♪」

 

目の前のミルクレープにフォークを入れる三妖精とクラウンピース。紙の様に薄い生地が何層も積み重なり、その間に白い雲を思わせる生クリーム。食べてみるとこんなに薄い生地なのにその味はしっかりと感じ取れ、クリームの乳の風味も負けていない。凄くしっとりとしていて舌の上で滑らかに溶けていく。

 

「!…これは…確かに中々美味しいわね」

 

「見た目シンプルだけどそれが良いのかしらね。あっさりしてて幾らでも食べれそう♪」

 

「クレープは中の具を食べるものって感じだったけどこれは生地を食べるって感じだわ。同じクレープでもこんなに違うのね」

 

「幽香さんがおススメするのも納得だわ~。でも私はどっちかと言ったら果物と一緒に食べれるクレープの方が好きかな~」

 

「ふ~ん外の世界のお菓子もやるじゃない」

 

「ケチ言う割にアンタ凄く積極的に食べてるじゃない?」

 

「う、うっさいわね。美味しいって事だから別にいいじゃないの」

(それにしてもこんなものを出す扉が出始めたのか…。これはヘカーティア様にもお伝えしないといけないわね♪)

 

そして暫くの後、クラウンピースはねこ屋に訪れる事になる。彼女の主と一緒に…。

 

 

…………

 

おみやげ8「スイートパンプキン&スイートポテト」

 

 

「しょぼ~ん…」

 

写真が撮れなかったはたては相変わらず落ち込んでいた。

 

「も~元気出しなさいよ、はたて」

 

「そうそう。全く映らなかったわけじゃないんだから次また撮影すればいいじゃない」

 

「そうだけど~…」

 

「でもやっぱりおかしいですよね。他は大丈夫なのに異世界の皆さんが写った写真だけ失敗するなんて」

 

「そうなのよ!一番写したかったものだけ真っ暗なんてある!?」

 

「一眼レフと違って携帯電話のカメラは画質が悪いし高速連続撮影は不向きですからね~。次は気を付けましょうねはたて♪」

 

「むむむ~」

 

「まあまあ今はお茶にしましょう。昨日貰ったおみやげがあったんだ。皆手伝って」

 

そう言って出されたのは小さい小判型をした上部分だけほんの少し焼色がついた黄色い食べ物。下には銀色の紙みたいのが敷かれている。

 

「こっちのが「スイートポテト」で少し黄色が濃いのが「スイートパンプキン」って言うんだって」

 

「確か…スイートポテトは金時で、パンプキンとやらは南瓜でしたと思います」

 

「食べる直前に軽〜く温めてって言ってたからそうしてあるよ。ああ後下の銀の紙は食べないでねって言ってたから気をつけて」

 

「は〜い。取り敢えず食べよ♪緑茶も入れたし」

 

そう言って其々好きな方をとる。見た目の割に重さはある様で紙を避けつつ口に運ぶと、ほんのり温か、しっとりとした食感の次に甘さが広がる。スイートポテトはさつま芋を、パンプキンは南瓜をすり潰して固めたものらしい。しかしただそうしたのではなく砂糖や牛酪や牛の乳の風味もある。

 

「昨日食べたグラタンってやつも美味しかったけどこれも美味しいね♪」

 

「えぇ、牛酪や砂糖も混ざっている様ですが素材の味がちゃんとしています。この表面のつやは卵を塗ってるんですね」

 

「甘くて温かくて緑茶ともよく合うわ。金時や南京を使ってるからかしら」

 

「てことは和菓子なのかな?見た感じ洋菓子っぽいけど」

 

「まぁ美味しいからいいじゃない。それよりも次は絶対取材成功してやるわ!」

 

「何言ってるんですかはたて!今度は私が行きますよ!引き続き扉の捜索令を出さないと!」

 

そんな文が行けるのはまだ当分先になる事はこの頃の彼女は知る由もない…。

 

 

…………

 

おみやげ9「クッキーアソート」

 

 

???

 

幻想郷の賢者、八雲紫。彼女の住処は博麗神社と反対側に位置すると言われているが誰も姿を見た事がない。幻想郷のどこかであるとも外にあるとも言われており、真実を知るのは彼女とその従者である藍と橙のみである。

 

「紫様、お茶が入りました。ほら橙もどうぞ」

 

「ありがとう藍」

 

「ありがとうございます藍様~♪」

 

「あと茶菓子としてこちらも」

 

藍がお茶と一緒に持ってきたのは何やらブリキでできた缶。蓋を開けると中には…沢山の色々な焼き菓子のクッキーが収められていた。因みに一番大きいサイズ。

 

「わ~いクッキーだ~♪」

 

「言っていただければそのままでなくお皿に取り分けますのに」

 

「いいのいいの。こういうのは何を食べるか選ぶのがいいのよ」

 

「どれにしようかな~。あ、じゃあこれにしよっと」

 

「私はこれにしようかしら」

 

橙が取ったのは木の葉の形をしたパイ生地のクッキー。噛むと何層もの薄い生地がサクサクッという歯ごたえがして面白い。甘さは控えめだが牛酪の風味が強く、いい香りが口に広がる。

紫のは動物の形の、干し葡萄が散りばめられたもの。こちらもサクッとした歯ごたえとお酒に漬けられているらしい干し葡萄のほんのりの苦みと同時に強い甘さが味わえる。

 

「美味しいです~♪」

 

「ええほんとね。渋めのお茶に合うわ。ほら藍も食べなさいよ」

 

「は、はぁ…ではこれを」

 

藍はクッキーの真ん中に橙色のジャムがあるクッキーでロシアケーキというもの。二度焼きされているのが特徴のそれは歯ごたえがやや強く、ジャムは爽やかで甘酸っぱい。

 

「…美味しいです。果実の甘露煮がいいですね」

 

「ねぇ藍様~このクッキー作れませんか~?もし出来るならクッキーがいつでも食べれます~♪」

 

「まぁそれはいいアイデアね♪」

 

「ええ!…う~ん、全部は無理ですがいくつかならできなくもないかもしれませんね」

 

「ほんとですか?やったー!」

 

「良かったわね橙」

 

「はぁ…。我ながら何故私は橙にこうも甘いのでしょうか…」

 

それは誰にも分かる様な気も、分からない様な気もしないでもない…。

 

 

…………

 

おみやげ10「プリン&フルーツゼリー」

 

 

ここは妖怪の山の中にある華扇の屋敷。外での修行から戻り、取り合えず一息つこうとしていた時だった。

 

「やっぱり疲れた時はお酒もいいけど甘いものに限るわね~♪」

 

前日ねこやに行ってきた彼女だがその時も食事の後に沢山の甘味を注文していた。どうやら相当の甘党であるらしい。たった今まで氷室で冷やしていたものを食べようとしているらしかった。すると、

 

赤い髪と瞳の女性

「邪魔するよ~」

 

そんな華扇の元に訪れたひとりの女性。赤い髪をツインテールにし、ロングスカートのドレスの様な着物の様な変わった形の洋服を纏い、手には死神を思わす大鎌を持っている。

 

「また来たの小町。今日もサボり?」

 

「今日も、とは心外な。お生憎様、ついさっきまでしっかり仕事してきたところさ。これから昼寝だよ」

 

「ふ~ん貴女が真面目に仕事するなんて明日は野分かしらね。てか昼寝ならなんでここに来たのよ?」

 

「ここは余計な奴もあまり来ないから静かでいいからね。…おや?なんだいそれは」

 

「これは昨日行ったねこやのおみやげよ。貴女も知ってるでしょう?七日毎に外の食事処に繋がる扉を」

 

「お~実際行ってきたのか!で、どうだった?」

 

「…そうね。悪い場所じゃなかったとだけは言えるかしら。折角だから貴女もどう?甘味だけど」

 

「本当かい?ありがたいねぇ♪」

 

小町という女性は中華風のテーブルに着き、華扇は箱からそれぞれガラスの容器に入ったふたつの物を取り出す。ひとつは濃い黄色をしている柔らかそうな物が入った物。もうひとつは透明な柔らかそうな何かの中に色々な果物が入った物。

 

「こっちが「プリン」でこっちが「フルーツゼリー」っていうものよ。味は昨日食べたから保証するわ」

 

「変わった名前だねぇ。じゃあ取り合えずこっちから頂こうか。……!おおこんな簡単に匙が入った。豆腐より柔らかいな」

 

木の匙がすんなりと入ったプリンを掬い、そのまま口に運ぶ。卵の風味がするそれはなんとも滑らかな舌触りがし、強い甘みがする。更に一番下に沈んでいるカラメルという甘くもありほろ苦くもあり、香ばしくもある黒いものと一緒に食べる事で絶妙な味わいになる。

 

「美味いもんだねぇ♪特にこの黒いものは…砂糖を煮詰めたものか。黄色いやつだけならちょっと単調な甘さだけどこれと混ぜる事でもっと良い味わいにしてるよ」

 

華扇が食べているのはフルーツゼリー。ゼリーという透明で柔らかく僅かに甘い、プリンにも負けない位の滑らかさのそれの中を漂う様に浮いているいくつもの果物。柑橘の果肉や林檎を小さく賽の目に切ったもの、サクランボ、そして僅かに歯ごたえを持つパンナコッタという物が口の中を楽しませる。

 

「あっさりとした甘さでいくつもの味わいや歯ごたえがしていいわね。夏とか涼し気そうだわ」

 

「なぁ、その店には珍しい酒とかもあるかい?」

 

「ええあるわよ。おみやげで頂いたけど昨日知り合いと飲んでしまったわ」

 

「あちゃ~それは残念。ま、私が行った時のお楽しみにしておくさ」

 

幻想郷からねこやへ来店する客は今後もまだ増えそうだ。




次回は年末、今年最終話を投稿します。お楽しみに。


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番外編 ねこやの忘年会

気づかない内にお気に入り数が900を超えていました!ありがとうございます。


わいわいガヤガヤ…

 

~~♪

 

「こんにちはー!!」

 

「いらっしゃいませレイムさん!」

 

「おお霊夢か。遅かったな~、もうとっくに後半だぜ~?」

 

「扉を全然見つけられなかったのよ!アレッタ、取り合えずビ」

 

(どうぞ)

 

「ールお願い…って相変わらず早いわねクロ。まぁ今はいいわ!」

 

そして霊夢はエプロン姿の魔理沙が何やら調理しているテーブルに座る。

 

「発案者のひとりのお前が中々来ないからどうしようかと思ったぜ」

 

「ゴクゴク…ぷはー!私だってこんな急に仕事が入るなんて思わなかったわよ!…あ〜ん結構無くなっちゃってる〜」

 

「私やアリスやパチュリーはもう来てるから自力で扉見つけるしかないもんなぁ。ほら」

 

「いただきま~す!」(モグモグ)「結構来たわね〜。店主さんもあいつらも忙しそうだし」

 

「オッサンは普段の飯も作らなきゃならないしな。でもどうやら持ち込んだ材料は無事全部使い切りそうだぜ。企画成功だな♪」

 

 

…………

 

「ご馳走様でした~♪」

 

「ご馳走さん♪」

 

その二週間前、つまり14日前のねこや。今日も霊夢と魔理沙のふたりが魔理沙が召喚した扉からねこやにやって来ていた。今しがた食事を終えた所である。因みにランチタイムを少し超えているためか今は彼女ら以外客はいない。

 

「おみやげの方も直ぐにご用意しますね」

 

「おうありがとうだぜ。ビールもお願いな」

 

「…そういえばもうすぐ年の瀬だけど、年の瀬も食堂やるの?」

 

「ええやりますよ。向こうにはあまり関係ありませんから」

 

「ふ~んオッサンも大変だな」

 

そこに尋ねてきたのはアレッタ。

 

「あの〜トシノセってなんですか?」

 

「え?アレッタ知らねぇのか?…あ、もしかして名前が違うのかな」

 

「年の終わり頃の日の事を年の瀬って言うのよ」

 

「へ~そうなんですか~」

 

(…何かやるんですか?トシノセって)

 

「う~ん本当に祝うのは年越してからなんだが私達はいつもこいつの神社で忘年会するぜ?」

 

「…ボウネンカイ?」

 

「あ、それも知らない?その年一年お疲れ様でした~っていう意味でやる宴会なのよ。てか思い出したわ!それに向けて神社掃除しとかないと」

 

「へ~そうなんですか(二回目)」

 

するとそれを聞いていた店主は顎に手をあてて、

 

「……忘年会か。……よし」

 

「どうしましたマスター?」

 

「折角だ。異世界食堂ももう随分長くなったし、いっそここで宴会というかそういうイベントをやってみるのもいいかもと思ってな」

 

「わ~それはとてもいいアイデアだと思います!ねぇクロさん!」

 

(…良くわからないけどそんなにアレッタが喜ぶ事なら私も賛成)

 

アレッタとクロは賛成した様だ。

 

「お、ここで宴会するの?だったら私も参加させてもらうわ♪」

 

「私もだぜ♪」

 

そして霊夢と魔理沙も喜ぶ。参加する気満々の様だ。

 

「でもそのボウネンカイってどうやるんですか?何か特別な料理でも?」

 

「う~ん特別って訳でもないがまぁ良く食べられるものは…やっぱり「鍋」だろうな」

 

(…ナベ?ナベをそのまま食べるの?)

 

「いやいや、鍋の中に色々な食材を入れて煮て食べるってもんなんだ。温まるし、大勢で食べるにはうってつけだ」

 

「シチューみたいなものですか?」

 

「いやそういうもんでもない。まぁまた後で説明するさ。…さて、となると鍋や材料は仕入れればいいとして勿論普段の飯も作らないとだし、当日はきっといつもよりも忙しくなるな。悪いがふたり共宜しく頼むぞ」

 

「わ、わかりました!沢山頑張ります!」

 

(任せて)

 

するとここで魔理沙がちょっとした事を言い出す。

 

「なぁなぁオッサン。面白そうだから私達にも手伝わせてくれよ♪」

 

「え?」

 

「何言ってんのよ魔理沙?」

 

「私達もねこやに通う様になってそれなりになるだろ?でも今まで飯に関しては向こうの連中に教えてもらってばかりじゃないか。鍋に関してはうちらの方が良く知ってる筈だ♪それに当日はいつも以上に人が来るぜきっと」

 

「う~ん…でも手伝うって言ってもどうするのよ?」

 

「大丈夫大丈夫。こういう時に役立つっつーか乗ってきそうな連中がいる♪霊夢ちょっと耳貸せ」(ごにょごにょ…)

 

(…ほうほう。それは面白そうね)

 

「…なんですかね?」

 

「う~ん…」

 

(……)

 

霊夢と魔理沙が何やらひそひそ話をしているがこうしてねこやと霊夢達?の合同宴会が開催される事になった。

 

 

…………

 

そして二週間後当日。時刻は昼過ぎ。この日は一週間前、常連客に「夜からちょっとしたイベントをやるから」と伝えていた事もあり、客数は控えめだった。

 

~~~~♪

 

「おっす♪」

 

「あっ!こんにちはマリサさん。今日は宜しくお願いします!…あれ、レイムさんは御一緒じゃないんですか?一緒に来られるって聞きましたけど」

 

「霊夢なら急な仕事が入って夜になりそうなんだ。でもそれまでにアリスやパチュリーが主だった奴先に連れてくるからあいつはどっかで扉を見つけないとだな。まぁなんとかなるさ♪それより約束通り助っ人を連れて来たぜ!」

 

妖夢・咲夜・早苗・ミスティア

「「「こんにちは~」」」

 

そう言う魔理沙が連れてきたのは妖夢、咲夜、早苗、ミスティアの四人。其々何か荷物まで持ってきている。

 

「皆さんもこんにちは!今日は宜しくお願いします!」

 

(宜しくお願いします)

 

「あと私もやるぜ。これでも料理、特に鍋はキノコが欠かせないから任せとけ!美宵とネムノは自分の店が忙しいって無理だってさ」

 

すると奥から店主も出てきた。

 

「ようこそ皆さん。…でも今更ですが本当に宜しいんですか?バイト代は紫さんから頂いているお金からちゃんとお出ししますが…」

 

「大丈夫大丈夫気にすんな♪ちゃんと許可を得ているから。オッサンはまた美味い飯食わせてくれればいいさ」

 

「…それ魔理沙が言う事じゃないでしょう。でも聞いて吃驚しましたよ、ねこやで一日働いてくれないかって幽々子様から聞いた時は」

 

「まさかお嬢様や妹様を懐柔するなんてね…」

 

「私も神奈子様と諏訪子様から行ってこいって言われました。おみやげ頼まれましたけどね」

 

二週間前、霊夢と魔理沙は幻想郷の主なメンバーにとある相談をしていた。

 

「今年は博麗神社とあとねこやでも忘年会やるから手伝ってくれない(か)?」

 

この話に乗ってきたのが彼女らの主である幽々子やレミリア、守矢の神々であった。そして料理上手な妖夢や咲夜、早苗らに白羽の矢が立ったのである。ミスティアは面白そうだからと自主的に参加した。

 

「まぁですが決まったのでしたら手は抜きませんよ。不肖魂魄妖夢、精一杯頑張ります!」

 

「紅魔館メイド長として最善を尽くしますのでお任せください」

 

「私も頑張ります!」

 

「屋台経営してる位だから期待してね♪」

 

「わかりました。では皆さん宜しくお願いします。あああとわからない事があったらこのふたりに聞いてください」

 

「「「はい!」」」

 

「「「お~!」」」

 

 

…………

 

そして…、

 

 

(マスター、注文頂きました)

 

「はいよ!」

 

「マリサさんサナエさん、こっちの材料が切れそうです!あとこちらの鍋に新しいスープの追加を!」

 

「はいちょっと待ってくださいね~!」

 

「ふぃ~!手を止めてられないぜ!」

 

「…はい、もう食べ頃ですよ」

 

「熱いから気をつけてね!」

 

時刻は夕方を過ぎた頃、店内は異世界の者達と幻想郷の者達で溢れていた。繋ぎ合わせたテーブルにはいくつものカセットコンロと鍋があり、其々幻想郷とねこやの者が交代で担当に付いて鍋を調理している。勿論店主の料理も並んでいる。因みに鍋を直接自分の箸でつつくのは抵抗があるだろうからと担当が頼まれた具を菜箸やお玉で取ったりしている。これなら口を付ける心配も無い。

 

「ヨウム、肉とシュンギクとやらを頼む」

 

「ああ儂には肉とトーフを貰えるかな?」

 

「肉のおかわり頼むぜ!」

 

「は〜いどうぞ!」

 

妖夢が作っているのは「すき焼き」。砂糖と醤油を利かした甘辛いタレで煮焼きされた牛肉や焼き豆腐、しらたきや春菊や葱といった具材が何ともいいにおいを放つ。普段肉料理を食べている者や濃いめの味が好きな者に好まれていた。あと彼女の主の幽々子もいる。というより一番多く食べているのも彼女である。

 

「いやいやまさか、ゲンソウキョウという世界の者達の飯が食えるとはのぅ」

 

「全くだ。拙者の国でも鍋物はあるがこの「スキヤキ」というものは初めて見るな。テリヤキみたいに甘辛くて中々美味いぞヨウム」

 

「ありがとうございます!」

 

「ただ生卵には驚いたがな。儂らの世界の卵では考えられんわい」

 

「卵に付けると熱いのを和らげるのと濃い味をまろやかにするのよ~。あ、妖夢ちゃん私もお肉と白菜と豆腐とお葱とえのきとお麩お願いね♪」

 

「は~い。生卵が苦手でしたらこちらの大根おろしでもどうぞ。あっさりして食べやすいですよ」

 

「で、では私はそのダイコンオロシで食べるとしよう」

 

「人間てのは難儀だな。俺らは火が通ってない卵なんざ全然平気だぜ」

 

「じゃあ生卵が食べれるアタイは異世界の人間より強いって訳だな♪」

 

「チルノちゃん、それは意味が違う気がする」

 

「このとても柔らかいお肉と卵の組み合わせが何ともいえませんわね。エミリオ様、そのダイコンオロシとやらはどうですか?」

 

「は、はい。食べた事無い野菜でちょっとだけ辛いですけどあっさりしてて食べやすいです」

 

「美味しいですわねロメロ」

 

「本当だねジュリエッタ。ビフテキといい異世界の牛は本当に美味いね」

 

「お肉もお野菜も沢山ありますからどんどん食べてくださいね〜」

 

 

 

「あ、あの~ファルダニアさん、お箸を咥えたままどうしたんですか?もしかして美味しくないとか…」

 

「違うよ。この「トウニュウナベ」っていう料理の作り方を考えているんだよきっと。ねぇファル~早く食べないと冷めちゃうよ?」

 

「……シチューじゃなくこういう調理法もあるのか。トウニュウ以外にミソでもできるかしら…。あとクズキリ…シラタキ…オフ…ゴマダレ…。また私の知らないものばかり…」

 

「駄~目だこりゃ。あ、おかわりお願いします♪」

 

「私もお願いね♪」

 

「私も入れてよね」

 

「はいどうぞアリスさん、姫様。あとほらてゐ。てかアンタは自分で取りなさいよね」

 

「あ~差別差別~」

 

妖夢のすき焼きの横で作られているのは「豆乳鍋」。エルフでも食べられる様に昆布で取った出汁に真っ白な豆乳を加え、そこに野菜やキノコを中心とした具材を入れている。肉や魚等が入っていないヘルシー重視だが女性客に好かれている様だ。因みに担当は里への往診後にアリスに連れてきてもらった鈴仙であり、アリスや永遠亭の者達もいる。

 

「このトウニュウナベという料理は身体が温まるだけじゃなく、ホッとする味ですね」

 

「そうね。身体にとても優しい気がするわ」

 

「まぁ間違ってはいないわ。豆乳には血の流れを良くして身体を温めるだけじゃなく内臓を強くしたり美肌効果もあるのよ。他にもタンパクを含んでいるから肉等の変わりにもなるし」

 

「あとこのユバというのは見た目も歯ごたえも不思議なものですね」

 

「熱した豆乳のタンパク質という栄養素が変性して表面のそれが固まったものよ。因みに熱した豆乳ににがりを加えると豆腐になるの」

 

「ニガリ?」

 

「そうなのですか。流石は八意様。お詳しいですわ」

 

「そりゃ何てったってお師匠様は月の頭脳であり月一の薬師ですからね!身体に良いものは全て知ってますよ」

 

「どっかの短気な兎とは大違いだよね〜」

 

「余計な事言わないてゐ!」

 

 

 

「…く~~美味ぇ!やっぱり寒い季節に暖かい場所で食うこいつと熱燗は格別だぜ♪」

 

「ほんとだねぇ。ミスティアだっけか?アンタのこのダシもここの店主に負けない位美味いよ」

 

「「全くじゃ!」」

 

「ありがとうございます♪」

 

ミスティアが調理しているのは自分の屋台でもやっている「おでん」。八目鰻と並ぶ人気メニュー。自慢の出汁と具材、そしてねこやから貰った具材も合わせた共同作である。ここにはやはりというか異世界・幻想郷の酒好きと言える者達が集まっている。

 

「こいつの飯も地底から食いに来る位美味いからねぇ。私に大根と牛すじ頼むよ」

 

「ミスティ~私にも大根、あとこんにゃくと卵~」

 

「はいよ~」

 

そしておでんといえば一部の具材にも注目が集まる。

 

「しかしこのハンペンとかチクワとかいうの、美味いがこれが魚から作られているというのは俄かに信じられんのぉ」

 

「歯応えも全然そうは思えないしね。でも噛めばちゃんと魚の風味と塩気を感じるよ」

 

「そいつは練り物って言うんだよ。おでんには欠かせないもんさ」

 

「お、おい…もしかしてこいつは…」

 

「ん?ああそれはタコですね。それも店主さんから分けてもらったんです」

 

「た、タコ?そ、そうか。初めて聞く名前じゃがよく似てるからてっきりクラーケンと思ったわい」

 

「あとこのプルプルしたものはなんだろうねぇ?コリコリしてて美味いけど」

 

「それはコロっていうんですよ。えっと確か」

 

「なんだっていいじゃねえか。美味いんだし♪」

 

「そうそう~細かい事は言いっこなし言いっこなし~♪」

 

 

 

「はいどうぞ、ラナ様」

 

「ありがとサクヤさん。それにしてもこのスープ、美味しいねぇ!」

 

「はい。本当に美味しいですね」

 

「そうね。ただ美味しいだけじゃない、とてもとても深い味わいだわ。どうすれば作れるのか研究したい位」

 

「ありがとうございますアーデルハイド様。ヴィクトリア様」

 

「柚子胡椒や七味も合いますよ」

 

「咲夜の料理を食べられるなんて異世界の貴方達には本来あり得無い事なんだからありがたくいただきなさい」

 

「咲夜張り切ってたもんね~」

 

「い、妹様」

 

紅魔館のメイド長咲夜が担当しているのは「水炊き」という鍋。シンプルな材料で鶏をじっくり煮込んで作る真っ白い白濁なスープで鶏肉やら野菜が煮込まれている。水炊きのスープは彼女が紅魔館の仕事の合間に準備していたものである。こちらはシャリーフ一家やヴィクトリア、紅魔館組といった者達が食している。

 

「この具のどれもが美味だがアディやラナの言う通り本当に美味なスープだ。これが本当に鶏を煮込んだだけとは思えん」

 

「本当だよね~。鶏肉も噛まなくていい位ほろほろって崩れていくし。どれ位煮込んでるの?」

 

「はい。じっくりじっくり二日ほど煮込んでいます」

 

「それは大変なのですね…。私達のためにありがとうございます。サクヤさんもお忙しいでしょうに」

 

「気にされる事はありません。この程度いつもの事ですから」

 

「な~んか棘がある言い方ね咲夜?」

 

「気のせいですわお嬢様、フフ。あ、アーデルハイド様もおかわり如何ですか?」

 

「あ……はい、お願いします」

 

おかわりが恥ずかしいのかそっと器を差し出すアーデルハイド。すると、

 

「アディ、私がよそおう」

 

「い、いえシャリー。そんなご無礼を」

 

「構わないさ。聞くとナベというのはそういう物らしいからな。サクヤ殿、箸とオタマとやらを貸してもらえるかな?」

 

 

 

その横ではエプロン姿のアレッタが早苗と交代で先程から同じく鍋を調理していた。店主からこの日に備えて作り方を教わっていたのだ。彼女が作っているのはいわゆる「寄せ鍋」。鰹節や昆布、茸などで取った店主自慢の出汁に豚肉や魚介、野菜やキノコなどが一緒に煮込まれている。ここはやはりか和風の味を好む者達が集まっている。あとアレッタの主のサラ、そして古明地姉妹もいた。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

「そんなに心配しなくていいわよアレッタ。とても美味しいわ」

 

「とっても美味しいよアレッタお姉ちゃん!ね、さとりお姉ちゃん」

 

「はい」

 

「よ、良かった~。スープはマスターが作ってくださったんですけど具がちゃんとできているか心配で」

 

「う~む美味い。拙者らが知っている鍋とは違う」

 

「やはり醤油が無い以上、この味はまだ私達の国では出せないでしょうね」

 

「それだけではないと思いますよ。沢山の具材が一緒に煮られている事でこの複雑な味が出ているのだと思います」

 

「別々のものが混ざり合ってこそ得られる味わい。…いわば融和、かしら」

 

「多くの種族が集まってこの鍋を食べたら仲良くなれるのかしらね」

 

「それを言うならこの異世界食堂そのものがいわば大きな鍋なのかもね~」

 

「な、なんか凄く大げさな事になってる様な…」

 

「其方達も毎回言い合わないで笑って挨拶位したらどうじゃ?」

 

「お言葉ですが姫様。私は友好的に話したいのですがこの方が中々固くて」

 

「ふん!それはお主だろう?…ああアレッタ殿、今度は魚と海老を」

 

「私には豚肉と野菜をお願いします」

 

「アレッタ。私にもおかわり貰えるかしら♪」

 

「は、は~い!」

 

 

 

「うん!このカレーナベとやらも美味い!」

 

「いつもカレーのおっちゃんが食ってるの見て興味あったけどカレーってのも美味いな!」

 

「さ、流石に失礼ですよジャック」

 

「これとても美味しいよ父ちゃん母ちゃん!」

 

「バカ、ここの料理はなんでも美味ぇんだよ」

 

「まさか月一でたまたま入った日にこんなご馳走が食べれるなんてねぇ」

 

「いつもはお昼に入るのに父ちゃんがぎっくり腰になっちゃったせいで遅れたおかげだね」

 

「父ちゃんに感謝しろい♪」

 

「お姉ちゃん、お肉とキャベットってお野菜ちょうだい!」

 

(承知しました)

 

そしてこちらの方ではアレッタと同じく自分もやってみたいと言ったクロが調理している鍋が。彼女やカレーことアルフォンスが好きなカレーを鍋にしたいわゆる「カレー鍋」だ。と言ってもそこまで辛くはなく旨味が強い和風出汁を利かせた濃い茶色のカレースープに肉やら人参(カリュート)やらキャベツ(キャベット)やらブロッコリー(フォレス)等の他の鍋にはあまり無い野菜等も煮込まれている。チゲ鍋と悩んだがこちらの方が好まれるだろうと店主が用意したのだ。その狙い通り子供連れ、そしてアルフォンスがいる。

 

「1000回以上食ってきた私もこの様なカレーは初めてだ!やはりカレーの可能性は無限大だな。わっはっは」

 

「これはライスと合いそうだな♪クロさん、ライスをお願いできますか?」

 

(畏まりました)

 

「お姉ちゃんおかわり~」

 

(あ、はい。少々お待ちを)

 

「クロよ、私が引き受けよう。どれがいいのかなお嬢さん?」

 

「うんとね~」

 

「い、いやいや!将軍様にそんな事させられないよあたしが」

 

「気にするな。儂もやってみたくなった。それにカレーの具なれば食べ頃も見極められる程度にはなっているからな」

 

「お爺ちゃん鍋奉行みたいだね~」

 

「なんだいそれは?」

 

そんな感じで異世界組と幻想郷組の常連達による賑やかな鍋パーティーは続いた。

 

 

…………

 

そして時刻はまた過ぎ、霊夢が来て間もなくの頃に戻る。異世界や幻想郷の者達も少しずつ帰ってはいるが一部の者はまだ残っている。次に出されたのは綺麗に濾した鍋のスープを使って作ったいわばシメのメニュー。

 

すき焼きは肉の旨味がしみ込んだタレで煮焼きした焼うどん。

 

「…うむ!この肉の旨味が染み込んだタレを纏った麺もまた美味いな」

 

「すき焼きのシメと言ったらやっぱりうどんよね〜♪」

 

「霊夢がっつきすぎだぜ」

 

「あまり食べてないんだからこれ位良いでしょ」(ずるずる)

 

豆乳鍋は鍋の豆乳スープにトマトソースと茹でたパスタを合わせたクリームパスタ。

 

「味を濃くしたい方はこちらの粉チーズをどうぞ。コクが増しますよ」

 

「これも身体が温まりますわ。この細いものがスープとよく絡んで」

 

「私はチーズはいらないわ。…このパスタというものはエルフでも食べれるし作れそうね」

 

おでんは予め茹でておいた素麺を出汁で煮込んだにゅう麺。

 

「おほ!最後にこんなもんを残してたとはな!」

 

「これは酒飲んだシメには丁度良いねぇ」

 

水炊きはそのスープでライスをことこと煮込んだおじや。

 

「鍋も美味かったがこれも美味いな。最後まで残さず食べられるのは食べ物を無駄にしない意味ではとても感心する」

 

「ふーふー」

 

「はいどうぞ。熱いから気をつけてくださいね」

 

「ありがとうございますサナエさん」

 

寄せ鍋は醤油風味の出汁で生麺を煮込み、葱を入れたラーメン風。

 

「…おおこれは、この細い麺とこのスープが何とも合うではないか」

 

「シメというよりこれで一品の料理みたいですね」

 

そしてカレー鍋はライスとチーズを入れてじっくり煮込んだチーズカレーリゾット。

 

「カレーナベはカレーライスにもなるのか。うむ、美味い!」

 

「は〜もうお腹いっぱい!」

 

「こんだけ食やぁ3日は保つぞ」

 

「おや、じゃあアンタの食費は浮くね♪」

 

「そりゃねぇってばよ〜」

 

皆それぞれ鍋を心行くまで楽しむのであった。

 

 

…………

 

「「「お疲れ様でした〜」」」

 

そして鍋パーティーの後、異世界や幻想郷の者達が帰り、残ったのは調理に参加していた者達や一部の者達のみとなって打ち上げ会をする事になった。

彼女らが囲むのは店主が用意したひとつの鍋。野菜が浮かんだスープに牛肉やら豚肉をさっとくぐらせて食べる「しゃぶしゃぶ」である。

 

「皆さん今日は本当にお疲れ様でした。労いという訳ではありませんが食べて行ってください。異世界食堂初の忘年会なんで最後まで大盤振る舞いさせてもらいますよ」

 

「よ、オッサン太っ腹♪」

 

「胡麻ダレでもポン酢でも幾らでも入るわね♪」

 

「それにしても疲れましたね〜」

 

「こんなに調理したのは間欠泉異変のお詫びの宴会以来です〜」

 

「そういえばそんな事もあったわね」

 

「でも楽しかったよね。鍋もおでんもすんなり受け入れられたし」

 

「美味しいものはやっぱり誰が食べても美味しいって事よ。ほら、アレッタもクロも一緒に食べなさいよ」

 

「そうだぜ。鍋ってのは皆でひとつの鍋をつつく、ってのがセオリーなんだからさ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「クロさんはチキンカレーの方が良いか?」

 

(…ううん。皆と一緒のものがいい)

 

「それにしても今年ももう終わりなのね」

 

「来年は今年以上にいい年になると良いですね」

 

「そうね。どんなに色々あってもその気持ちは忘れてはいけないわ」

 

「来年もご贔屓にお願いしますね。皆さん」

 

「おう!あ、でも霊夢はその前に家掃除しとけよ?もう一回神社でやるんだからな」

 

「…あ、そうだった忘れてた」

 

夜遅くまで賑やかなパーティーは続いた。

 

 

…………

 

そして閉店後、店内には店主とあの人物の姿が。

 

「遅くなりまして申し訳ありませんでした」

 

「構わぬ。何か特別な集まりだったのであろう。…そういえば娘とクロはどうした?」

 

「ふたりは先に休ませました。明日の朝の片付けも手伝ってくれるそうなんで。クロさんはお客さんが来るまで待ってると言ったんですが。…さて、お待たせしました、ビーフシチューとこちら、本日限定メニューのすき焼きです。濃い味ですので気にいられるかと」

 

出されたのはビーフシチューと一人用の小鍋で調理されたすき焼き。それと赤ワイン。

 

「…おい店主。一杯付き合え」

 

「え?いやしかし」

 

「もう客は来ぬのだろう?カタヅケとやらは明日に行うのだし、付き合え」

 

「…わかりました。でも俺は下戸なんでお茶にさせて頂きますね」

 

言われて店主も湯呑に茶を注ぎ、赤の正面に座る。

 

「そういえば先代のあれもお主と同じで酒が飲めんかったな」

 

「婆ちゃんは飲めるんですけどね。どうやら俺は爺さんに似た様です」

 

「違いない。そのおかげであれが死んだ今でもこうしてビーフシチューを食える」

 

「ふたりがこのねこやを開いて50年。異世界食堂ができて30年。そして爺さんがぽっくり逝っちまって10年。…あっという間ですね本当に」

 

「妾からすればたったの数十年じゃがな」

 

「はは。まぁお客さんからすればそうでしょうね。でも人間からすれば長いもんですよ。俺も老けました」

 

「わかっていると思うがまだ店を畳むでないぞ。まだまだ食い足らんからな」

 

「前に婆ちゃんにも言われましたよ。マスターキーも預かりました。…でもご安心を。前に爺さんが生きていた時、言ってたんです」

 

 

(もし俺に何かあったらお前に全部任せる。続けてくれてもいいし畳んでもいい。でも、できれば続けてくれや。ここは俺とあいつにとって、特別な場所なんだ)

 

 

「だから俺が健康なうちは店を続けます。それに最近、本気かどうかわかりませんが姪がここの跡を継ぎたいって平日の営業時に働いてるんです。何れは特別営業も教えるつもりです」

 

「ほう。それは楽しみじゃ。まだ当分ビーフシチューを味わえるという訳じゃな♪」

 

伝説の竜も好きな料理の前では単なるひとりの女性と変わらないなと苦笑いを浮かべる店主。

 

「来年も御贔屓にお願いしますね」

 

「いらぬ心配だ」

 

古い付き合いのふたりの会話と共に夜は老けていった…。

 

 

…………

 

一方こちらは幻想郷の博麗神社。ねこやでの件から二日後、ここでは毎年同じみの宴会が繰り広げられていた。紅魔館白玉楼妖怪の山、地霊殿に魔法の森、その他の妖怪やそれに関わる者達が酒を酌み交わしながらその年の疲れをねぎらい合っている。

 

わいわいガヤガヤ…

 

「毎度言ってる気がするけどここほんと妖怪神社と化してるよな~」

 

「はぁ、また参拝客が減るわ」

 

「まぁでもそういうのがお前の宿命みたいなもんだから諦めも肝心だぜ霊夢♪」

 

「そんな宿命お断りよ!たく、ねこやの扉ならいつでも歓迎なのに」

 

「…そういやあの扉が出てくる様になってもうそれなりになるな。まだ原因はわからないままか?」

 

「まぁね。でも来年も一応注意は向けていくわ。まだ色々な場所に出てくるだろうし」

 

「そうだな~。天界や月とか、地獄や冥界にも出るかもな」

 

「やめてよ考えたくもないわ…。ま、私の御守りがある以上あそこも私の見張りの範疇だから悪どい真似はさせないわ」

 

「お~頼もしいねぇ♪」

 

茶化し合う霊夢と魔理沙。こちらも夜が老けていった…。




こんにちは。storybladeです。

番外編如何でしたでしょうか?異世界組と幻想郷組が宴会したらきっと楽しそうですよね。魔理沙やアリスが扉召喚の魔法陣が使えるのは番外編という事で時系列に関係なく考えて頂ければと思います。アリスはパチュリーから教えてもらえるとして魔理沙はどうでしょうかね汗。あとキャベツとブロッコリーの呼び方はオリジナルです。

来年はまた色々なキャラや交流を書けたらと思います。来年も「幻想郷食堂」を宜しくお願い致します。


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メニュー29「フレンチトースト&コーンポタージュ」

アルトリウス私室


「…さてと、そろそろ始まる頃か」

ここは王国王城の中にあるアルトリウスの私室兼研究室。異世界食堂の客では最古参である彼は毎回自らの空間操作の魔法でねこやの扉を自らの元に呼び寄せていて今日も自ら呼び出した扉からねこやに行くつもりである。

ヴゥゥゥーン…

「では行くとするかの」


~~~~♪


そして彼が扉を開けると、

「(いらっしゃいませ)」

何時もの様に挨拶する店主とクロと、

こいし
「いらっしゃいませー♪」
さとり
「いらっしゃいませ」
燐・空
「い、いらっしゃいませ~」

そこにはクロと同じく給仕の姿をしたこいし。姉のさとり。そして燐と空がいたのであった…。


事の発端は、とある日のねこやの朝。この日も開業する異世界食堂の準備に勤しむ店主達。しかしその光景はいつもと少し違っていた。

 

(……アレッタ。……遅いね)

 

「そうだな。もうとっくに来てて良い筈なんだが…」

 

開店までもう二時間にさしかかるのにいつもクロより早く出勤する事が多いアレッタの姿が無かった。普段のまかないの時間も過ぎている。こんな事は初めてである。

 

~~♪

 

「お?おはよう遅かったな…ってあれ?」

 

(貴女は…)

 

「おはよう。こんな早くに御免なさいね」

 

扉が開いてアレッタが来たと思ったふたりだったが…そこに現れたのはアレッタではなく彼女の主でもあるサラだった。

 

「お、おはようございます。珍しいですねこんな時間にお越しなんて。ですがまだ」

 

「いえ、残念だけど今回はお客じゃないの。ちょっとアレッタの件で」

 

(アレッタに何かあったんですか?)

 

「ええ実は…」

 

~~~~♪

 

とその時、再び扉が開いた。

 

 

…………

 

旧地獄「地霊殿」

 

 

時間はサラがねこやに現れる前にまで遡り、こちらは幻想郷。そしてここは幻想郷の旧地獄の都、旧都中央に存在する「地霊殿」。内装は赤や紫を基調とし、大小様々なステンドグラスで飾り付けされた西洋風の巨大な屋敷。

 

さとり

「……」

 

その屋敷の執務室でこの屋敷の主人である古明地さとりが無言で朝食後の事務作業をしている。見た目は幼いが彼女もまた妖怪にして、この旧都における最大級の実力者のひとりであり、妹であるこいし曰く「お姉ちゃんの知り合いって言えば誰も逆らわないらしい」と言われる位畏敬の対象となっている。そう言われる理由に彼女の能力が関係している。

 

「心を読む程度の能力」

 

サトリという妖怪である彼女は他者の心を読む事ができる。だがこの力のせいで彼女は他の妖怪や妖精はおろか、怨霊の類すらからも良く思われておらず、遠ざけられている。故にこの館で生活しているのは彼女と妹のこいし、ペットで従者でもある火焔猫燐と霊烏路空、そして動物達のみである。一方の彼女も自分の力は自覚しており、滅多に外に出る事もなく半分引きこもりみたいな生活をつい最近まで行っていたが、今は宴会や地上に出る事も少なからずある。

 

コンコンガチャ!

 

「お姉ちゃん遊ぼ~♪」

 

そう言いながら無言のさとりが仕事している部屋にノックと共に入って来たのはこいし。

 

「…こいし、ノックをするのはいいけど返事をしてから入ってきなさいね?」

 

「じゃあやり直す?」

 

「…必要はないわ。このまま続けなさい」

 

「わかった~。じゃあお姉ちゃん遊ぼ~よ!」

 

「駄目。私はお仕事中。お燐やお空と遊びなさい」

 

「だってお燐はお花にお水あげてるし、お空もペット達の毛づくろいしてるんだもん!」

 

「じゃあもう少し待ってなさいな。仕事が終われば遊んでくれるわよきっと」

 

「む~お仕事なんて夜でもできるじゃない!遊べるのは朝とお昼しかないんだよ~?」

 

「ならお昼に遊べばいいでしょう。それなら外に行きなさいな」

 

「だって今の季節は寒いって皆お外に出たがらないんだもん~」

 

書類に目を通しながらそう言うさとりに文句を言いながらさとりのベッドにドサッとダイブするこいし。そんな妹にやや呆れながらも苦笑いを浮かべる姉。

 

「あ~退屈だな~。またあそこに行けないかな~」

 

「あそこ?」

 

「ねこやだよお姉ちゃん。少し前にチルノちゃん達やフランちゃん達も行ったって言ってたの!」

 

「ああ…以前貴女が行ったという外の世界の食堂ね。そういえば最近勇義さんや萃香さん達も行ったって聞いたわね」

 

「暖かいし美味しい物食べられるしとってもいいところなの!アレッタお姉ちゃん達に会いたいなぁ~。今度はお姉ちゃんもお空もお燐も行こうよ!」

 

「はいはい。その扉が現れたらね」

 

 

~~~~ガチャ!

 

 

「さ、さとり様大変です!あ、こいし様も!」

 

すると廊下を走って来る音がしたと思ったら扉が勢いよく開かれた。入って来たのは燐。

 

「お燐、貴女ノックもせず…。どうしたの?」

 

「そ、それが中庭の花に水を上げてましたら、急に見た事無い扉が現れたんです!今お空に見張らせてるんですけど」

 

「!…それってどんな扉かしら?」

 

「えっと木の扉で猫の形をした看板がかかった扉です。ほんとに幻みたいに突然現れて…」

 

それを聞いてパタンと本を閉じるさとり。

 

「……わかったわ。こいし…ってあら?こいし?……もうあの子ったら」

 

 

…………

 

地霊殿内 中庭

 

 

地霊殿の中庭。そこは大小様々な植物が生い茂り、大きなステンドグラスがドーム状の天井を形成している。

 

「お空~!扉どこにあるの~?」

 

「え?あ、こいし様!あ、あそこです」

 

そしてこいしは既に中庭にやって来ていた。お燐に頼まれて見張っているもうひとりの従者で、ペットでもあるお空が指差した先に、木々に隠れる様に存在している扉が確かにあった。するとそこにさとりと燐も来る。

 

「ほらあれですさとり様!」

 

「あれが…。本当に突然現れるのね。貴女達も気づかなかったなんて。…ああお燐、お空。貴女達を責めてる訳じゃないから」

 

「そ、それでどうしましょうかさとり様!」

 

「そうね…。あれがそのねこやという場所に繋がる扉なら、行った者は皆危ない所ではないと言っているみたいだけれど、なんの準備もしないまま行くのはちょっとね」

 

入るか入らないかを扉に背をむけながら考えるさとり、燐、空。さとりとしては自らの能力の事もあり、迂闊に入る事に抵抗があった。向こうの者からすれば自分達は異世界の者。どんな風に思われるかという考えもあった。それを妹のこいしに伝える事も。もし外向けは良くても心ではどんな風に思われているか…。

 

「…あれ、こいしは?」

 

「あ、あれ?ついさっきまで…」

 

「こいし様~?…あ!」

 

「~~♪」

 

見るとこいしは…既に扉を開けて入っていったのであった。そして時間はあの時となるのである…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「こんにちは~♪」

 

「え?」

 

(…あ)

 

「おや、君は確か…こいしさんでしたっけ?」

 

「うんそうだよ!久しぶりだねおじちゃん!クロお姉ちゃん!」

 

(はい。お久しぶりです)

 

勢いよく扉を開けて入って来たこいしとそれを追いかけてきたさとり。そして空と燐も続く。

 

「こ、こらこいし。少し待ちなさいってば」

 

「ほ、本当に別の場所に繋がっちゃった…!」

 

「驚きだね…!」

 

「お姉ちゃん、お空もお燐も。ほら、ここの店主さんとクロお姉ちゃんだよ!前に来た時に美味しいもの食べさせてくれたの♪」

 

「そう…この方々が。…突然失礼致しました。初めまして、外の世界の方々。私は地霊殿の主、古明地さとりと申します。先日は妹のこいしが大変お世話になったそうで」

 

「は、はぁ、ご丁寧にどうも。初めまして。このねこやの店主です」

 

(…クロと申します)

 

「…あ、あれ?今頭の中に声がした様な」

 

「クロお姉ちゃんはこうして喋るんだよ。ちょっと恥ずかしがり屋さんなの!」

 

「はぁ…。あっ、あたいらも自己紹介した方がいいのかな。あたいは火焔猫燐。猫っぽいけど化け猫じゃないよ。火車だからね?マタタビに弱くないからね?」

 

「…危ない人間じゃないみたいだね。私は空。霊烏路空だよ!地獄鴉であり八咫烏でもあるんだ。人間みたいだけどこいし様に免じて貴方達も特別にお空って呼んでいいよ」

 

(宜しくお願いします)

 

「……?ねぇおじちゃん。アレッタお姉ちゃんは?」

 

「ああそうだった。その話の途中だった。アレッタがどうかしたんですかサラさん?」

 

「ええ実はね…」

 

 

…………

 

サラの自宅

 

 

コンコン「アレッタ~?今日はねこやの仕事じゃないの?」

 

いつもはこれより早い時間帯に出ている筈なのだがまだ中から気配がする。

 

「入るわよ?」ガチャ

 

そう言ってサラが扉を開けるとそこにはまだベッドにいるアレッタがいた。ただその表情は少し辛そうに見える。

 

「!アレッタ…大丈夫!?」

 

「…サラ、さん…?おはよう…ございます。…どうしたんですか?こんな早くに…」

 

「もうとっくにねこやに出かけてる時間なのに貴女がまだ起きてこなかったから心配になったのよ。それより大丈夫?…結構高い熱ね」

 

「…え!も、もうそんな時間なんですか!?大変…急いで起きないと…!」

 

自分が遅刻している事に気づいたアレッタは慌てて起きようとするがその力は弱々しく、ふらふらしている。

 

「そんな身体で行ける訳ないでしょう。余り眠れてもいないみたいだし」

 

「だ、大丈夫です。それに今日は」

 

「今日は仕事休んでゆっくりしていなさい。私も家にいるつもりだから家の仕事も大丈夫よ」

 

「でも…」

 

「貴女は頑張り屋さん過ぎなのよ。いいから休んでなさい。後で何か温かいものとお薬持ってきてあげるから」

 

尚立とうとするアレッタを半無理やり寝かせるサラ。折れる気が無い彼女に遂にアレッタも甘えるしかなかった。今は違うとはいえ、つい最近まで貧しい生活を送って来たアレッタ。異世界食堂で働き始めてからはその客である赤の神から店と同じく自らの財宝の一部であると見定められ、小さきながらも加護を受けて大きな災いを受ける事は無くなった。しかし彼女も魔族とはいえ生き物、疲労を感じたり病気になる事は仕方がない。

 

「……わかりました。申し訳ありません。…じゃあ、あの、サラさん、ひとつ大事なお願いが…」

 

 

…………

 

「…という訳でアレッタが普段使っている扉から来たのよ」

 

「そうだったんですか。それはお手間をおかけしました」

 

「アレッタお姉ちゃんお風邪なの?大丈夫?」

 

「ええ、疲れが出たんだと思うわ。熱はあるけどゆっくり休めば数日で治るわよきっと」

 

(良かった…)

 

「だから申し訳ないけど今日はアレッタはお休みさせてもらうわね?」

 

「わかりました。…ああそうだサラさん。それならちょっとアレッタに持って行ってほしい物があるんですが」

 

「アレッタに?」

 

「ええ。すぐ用意するんでちょっと待ってくださいね」

 

 

…………

 

~~♪

 

サラは扉を開けて帰っていった…。

 

(アレッタ…早く治るといいね)

 

「ああ」

 

「アレッタお姉ちゃん、会いたかったなぁ」

 

「こいし。アレッタさんって?」

 

「前に言ってた私の新しいお友達だよさとりお姉ちゃん!」

 

「そう。良かったわね」

 

「…さて、となると今日は中々忙しくなるな。悪いがクロさん、宜しく頼むな。俺も配膳手伝うから」

 

(うん)

 

何やら気合を入れる店主とそれに応えるクロ。

 

「おじちゃんもクロお姉ちゃんも今日は忙しい?」

 

「ん?はは、いやいや大丈夫さ。それに忙しいのは職人としてありがたい事だからな」

 

心配そうな表情を見せるこいし。それに笑顔で対応する店主。するとそんなこいしを気遣ってか姉であるさとりがふとこんな事を言った。

 

「…成程、今日は普段より随分と沢山のお客様が来られるんですね」

 

「…え?」

 

「さとりお姉ちゃんは心が読めるんだよおじちゃん。ねぇねぇそれより今の話本当おじちゃん?」

 

「あ~…えっと…はは、参ったな」

 

ひたすら詰め寄るこいしにこれは打ち明けて落ち着いてもらうかと店主は説明する事にした。なんでも今日はランチタイムにハーフリングの団体客が来るらしい。ハーフリングは見た目人間の子供とあまり変わらない小人の様な種族。好奇心が高くて一ヶ所に留まる事が少なく、旅をしながら暮らしている。それだけなら可愛らしいのだが問題はその見た目以上に大変な大食いである事。「貯蓄をしない」「お金があるだけ料理を食べる」と言ってねこやに来た時はいつもより忙しく、それが大勢で来ると大変忙しくなる。前にクロがまだいなかった頃に来た時はおかわり自由という点もエンジンになって10人程で店のライスやパン、味噌汁も綺麗に食べ尽くした。普通なら来店する日は不明なのだが、今回は知り合いのハーフリングが「次は一月後に沢山連れてくるから」と予約していたのだ。幸いそれのおかげで十分な量を用意したのだが、アレッタという貴重な戦力が今回いないので実は結構辛いがそれは黙っていた。と言ってもさとりにはわかっていたのだが、先程ふっと言ってしまった申し訳なさか、店主を気遣ってか口には出さなかった。

 

「という訳で少し大変ではありますかね。まぁでも心配はいりませんよ。こんな事はたまにありますし、ひとりでやってた頃に比べれば全然楽になりました。クロさんもいますからね」

 

(任せて)

 

「ああそれよりもすいません、話ばかりしてしまって。まだ準備中ですが折角来られたんですから何か」

 

すると店主が話している途中でこいしが驚く事を言い出した。

 

「じゃあこいしがお手伝いする!」

 

「「「(「……え?」)」」」

 

店主、クロ、さとり、そして店の中を今まで見渡していた空や燐まで一緒に声を合わせた。そして慌てるのは当然彼女ら。

 

「な、何を言っているのこいし!」

 

「そそそ、そうですよこいし様!」

 

「こいし様が食堂のお手伝いなんて無理ですって!」

 

「普段やっている遊びじゃないんですよ?ちゃんとしたお仕事ですよ!?」

 

「食堂なら例えばちゃんとお客様をおもてなしして、注文に応えたりしないといけないの。失敗はできないのよ?貴女にできる訳ないでしょう?」

 

「む~そんな事ないもん!アレッタお姉ちゃんみたいな事は出来なくてもこいしだって出来る事がきっとあるもん!」

 

「いや、でも…こいしさん、気持ちはとても嬉しいけどちょっと流石に難しいかな」

 

「や~だ~!」

 

店主やさとりは止めるがこいしはがんと言って聞かない。それでも止めようとするその場の者達。その中でクロが、

 

(………マスター。お手伝いしてもらったらどうかな?私が教えるから)

 

「クロお姉ちゃん!」

 

「え?いやしかし…」

 

(まだ少し時間はある。難しい事は無理だけど、お水やおしぼりやメニューを出したりはできると思うよ?)

 

「う~ん、まぁ、こいしさんでもそれ位ならできるかもしれないが…こいしさん程幼い子を働かせるのは…。それにご家族の皆さんの意見もある」

 

「大丈夫だよおじちゃん。私これでもおじちゃんよりずっと長生きだもん!前に言ったでしょ妖怪だって。さとりお姉ちゃんお願い!!お空もお燐も!」

 

「こいし様…」

 

「でもこいし様…」

 

「……」

 

空も燐も、そしてさとりも何も言えない様子。

 

 

(人の心なんて見ても落ち込むだけで良い事なんて何一つ無いもん)

 

 

心を読む事の残酷さを知ってからはサトリでありながら自らの第三の眼を封印したこいし。以後の彼女は自由気ままに毎日をただ過ごすだけとなってしまった。姉や空や燐と過ごす事で少しずつ本来の明るさが戻ってきているがまだ完全ではない。姉のさとりはそんな彼女がここまでやる気になっている様子を見るのは久々であった。

 

「………はぁ、わかりました」

 

「さとりお姉ちゃん!」

 

「さとり様…」

 

「いいんですかさとり様?」

 

「ここまでやる気になっているんだから仕方がないでしょう。店主さん、そしてえっとクロさん?こいしの事、今日一日お願いできますか?」

 

さとりとクロの言葉で店主もついに、

 

「……わかりました。ならこいしさん、お昼の時間だけ手伝ってもらえますか?そこさえ終われば後は大丈夫ですから」

 

「うん!」

 

喜ぶこいし。するとさとりが、

 

「…お燐にお空。私達も手伝いましょう」

 

「ええ!?」

 

「わ、私達もですかさとり様!?」

 

「い、いやいやえっと、さとりさん、でしたっけ?そこまでしていただかなくても」

 

「この子だけを手伝わせるなんてできません。ご迷惑じゃなければ私達もお手伝いさせてください。こう見えて色々できますので」

 

「わ~い!皆でお手伝いだ~♪」

 

「えっと…空さんと燐さんでしたっけ。おふたりは宜しいのですか?」

 

「う、うん。もう断れる雰囲気じゃないしね」

 

「さとり様やこいし様がやるって言ってるのにあたいらだけやらない訳にはいかないよ」

 

「…わかりました。それじゃあすみませんが、少しだけお手伝いお願いします。クロさん、悪いがさっき言った通り最小限の範囲でいいからできる限りの事を教えてあげてくれ」

 

(うん)

 

「…あ、とはいっても服どうするかな…。お燐さんとお空さんはサイズは多分あるがその翼とかがな。あとこいしさんとさとりさんに合うサイズは…」

 

(大丈夫。私に任せて。先にシャワーさせてくるね)

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「いらっしゃいませ~♪」

 

「…おお!今日はアレッタではないのか?」

 

「アレッタお姉ちゃんはお風邪でお休みなの、じゃない、なんです!だからこいし達がお手伝いしてるの、じゃないしてるんです!こちらのお席にどうぞ!」

 

それから数時間後、店内で働く彼女らの姿があった。こいしは来店した客に挨拶と席に案内するのが主な役割でたまに水とおしぼりを持っていったりしている。言葉使いを間違える事はあるがそこは彼女の元気と人柄で許してほしい。

 

「ご、ごご、御注文は何にしましょうか?」

 

「オムライス、オオモリ。オムレツサンコ、モチカエリ」

 

「こちらサービスのお水とおしぼり、ああそれとメニューになります!」

 

「ああありがとう」

 

空と燐は同じく水とおしぼりとメニュー、見た事無い客に少し驚く事はあるが料理を運ぶ等いわば配膳役で意外と手慣れている。因みに空が普段から付けている制御棒や像の足は外している。

 

(マスター、カツドン大盛り2杯とテリヤキチキンおかわり、注文頂きました)

 

「はいよ」

 

「…ご馳走様。ほい勘定。アレッタに宜しくな」

 

「…はい、確かに。ありがとうございました」

 

さとりは地霊殿の仕事でやった事があるのか、勘定等の計算をしたりしている。また心配だった彼女らの服はクロが自らの魔法で用意したもので、色はクロと同じく黒一色である。丁度お昼時なので客は多いが人数が多いのでなんとかなっている。

 

「ふぃ~、結構大変だね」

 

「これをひとりでやってるネムノ達は感心するよ。でもこれ位ならうちらでもなんとかなるね」

 

「貴女達、気を抜いてはいけません。まだ予約しているお客様が来られていないのですから」

 

「「は、は~い!」」

 

すると噂をすれば、

 

~~~~♪

 

「「「「「こんにちは~!」」」」」

 

扉が開けたと同時に、多くの小さい客達が来店した。

 

「あ、いらっしゃい。ピッケさんにパッケさん。お待ちしておりました」

 

ピッケ(クリームコロッケ)

「うんこんにちはおじさん!皆連れてきたよ!」

パッケ(クリームコロッケ)

「今日も日替わり定食とクリームコロッケお願いね!」

 

…………

 

「「「ライスおかわり~!」」」

 

「「「パンもっとちょうだ~い!」」」

 

「「「スープおかわり~!」」」

 

(承知しました)

 

「「「は~いただいま~!」」」

 

それから再び数時間後、店内の一部のスペースから凄まじい量のおかわり希望の声が響く。先にも述べた様にねこやの料理はメイン料理を一回でも頼めば、他のものはおかわり自由。幾らでも食べれる事ができるのでこれを望んで、しかも二十人位のハーフリングがどんどんと食べているのだ。勿論客はハーフリングだけでなく他にもいるので配膳にさとりもこいしも参加していた。

 

「ひ~さっきから動きっぱなしだよ~!」

 

「ほんとあんな見た目なのに凄い食欲だね~!」

 

「「お待たせしました」~!」

 

「!こ、こいし様、さとり様も、ここはあたい達がやりますから!」

 

「大丈夫よお燐。私もこれ位はできるわ」

 

「はいどうぞ!」

 

「ありがとう♪今日はアレッタお姉ちゃんじゃないんだね」

 

「アレッタお姉ちゃんはお風邪でお休みなの!」

 

「そうなのね~。あ、私もパンをおかわり!」

 

「は~い♪おじちゃ~んパンおかわりお願いしま~す」

 

「……」

 

こいしは店主に注文を伝えに行く。その様子を見たさとりは妹の楽しそうな表情に安心する。そして彼女自身もこの店の雰囲気に驚いていた。自分達がここに来てからほんの数時間、様々な人間や種族が来店している。人間、妖精、魔族、魔族よりも魔物と言える者達も。しかしそのどれもが満足した表情をしていた。少なからず心を読んだりしたが邪悪な感情は殆ど感じなかった。誰もがただ純粋にこの店の食事を楽しみに来て、満足して帰っていくのだ。種族違いの争いも何も起こらずに。とても平和な風景。弾幕の争いも無い。

 

(こいしの言った通りいい場所ね。…もっと早くここを知っていたら…私もこいしも違ってたのかしら)

 

「お嬢ちゃん、こっちもおかわりお願いします!」

 

「あ、はい。只今」

 

 

…………

 

~~♪

 

「「「「ありがとうございました~♪」」」」

 

そしてそれから更に数時間後、店内の最後の客が帰っていった。お昼の時間が過ぎると夜まで少しゆっくりになるらしく、他に客はいない。

 

「つ、疲れた~~」

 

「最初の忙しさなんて大したこと無かったね…。クロさん全然疲れてない様に見えるよ?」

 

(私は大丈夫です)

 

「さとり様とこいし様は疲れてないんですか?」

 

「ちょっと疲れたけど私は配膳はあまりしていないから。こいしは大丈夫?」

 

「私もちょっと疲れたけど大丈夫だよ!お空、お燐、どうもお疲れ様!」

 

「「こ、こいし様~」」

 

こいしの言葉に涙する燐と空。するとそこに店主が来た。

 

「皆さん、クロさんも、ありがとうございます」

 

「食堂ってほんと大変なんだね…。こんなに忙しいなんて思わなかったよ」

 

「本当にお疲れ様でした。後は俺達だけでも大丈夫です。この後バイト代もお支払いしますのと、お礼として良かったら何か食べて行ってください。タダにしますんで」

 

「うん、もうお腹ペコペコ。あ、それなら前に食べたものがいい!フワフワなの!」

 

「ああ「スフレパンケーキ」の事ですね。わかりました。さとりさん達も遠慮なく食べてってください」

 

「ありがとうございます。ただ、あまりご迷惑かけるのも悪いですから私達も同じもので良いですよ?あとお給金も結構ですから」

 

「いえいえ。…あ、じゃあ折角ですから「スフレパンケーキ」と新しいメニューをお出ししますね」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

服を着替え、店内のテーブルにて待つさとり達。

 

(大変お待たせしました)

 

「ありがとうございます、私達だけ。クロさんもお腹空かれてますでしょうに」

 

(大丈夫です。こちら「スフレパンケーキ」でございます)

 

こいし、そして空の前には以前こいしが来た時に朝食として食べたスフレパンケーキが出された。柔らかそうな白い円形のパンケーキ。白いクリームや鮮やかな色どりのジャムやベリーと、あの時食べた時とフルーツだけ違うがほぼ変わっていない。

 

「わ~い♪」

 

「わ~凄く柔らかそうだね!」

 

(そしてこちらが新しいメニュー「フレンチトースト」でございます)

 

そしてさとりと燐の前に出されたのは、厚く切られたパンがこんがりと焼かれたフレンチトーストなる料理。卵と牛酪のいい香りがし、甘い匂いを放つ光沢を持った薄茶色の液がかけられている。周りにはスフレパンケーキと同じ様にいくつものベリーやクリームも添えられている。

 

「わ~綺麗だね!」

 

「フレンチトースト…。初めて見るわね」

 

「ふわ~なんて甘い匂いにゃ~…。あ、猫じゃないからね!」

 

「これも美味しそう~」

 

(あとこちら、サービスのホットココアです)

 

「わ~いいただきま~す♪」

 

「いただきます」

 

「「いただきます!」」

 

最初に来た時の緊張感はどこへやら、燐と空も笑顔になっている。こいしと空はパンケーキにナイフを入れる。ふんわりとして、すんなりと切れる感触のそれを一口サイズに切り、生クリームや甘酸っぱいジャムと一緒に食べる。

 

「やっぱり美味しいや♪」

 

「す、すごく柔らかい!」(モグモグ)「ケーキだけなら甘さひかえめだけど、この生クリームと苺のソースと一緒に食べるととっても美味しいよ!」

 

「でしょでしょ!ねぇクロお姉ちゃん、この茶色いのは何?」

 

(それはチョコレートソースです)

 

「これもとても甘くて美味しいですね♪」

 

「わ、私達も食べましょうさとり様!」

 

「ええそうね」

 

こいしは久しぶりの、空は初めてのスフレパンケーキの味に満足している様だ。我慢できなくなったらしい燐に言われてさとりもナイフとフォークを取る。早速その分厚いパンにナイフを入れると、サクッとはでなくこちらもふわふわな感触。更に切れ目からパンに染み込んでいるらしい卵液が出て来る。まず何もつけずに食べると、

 

「! こ、これは…なんという…凄く甘くて、凄く柔らかくて、凄く美味しいです!」

 

凄いという感想を繰り返す燐。さとりもふわふわとしたパンを口に含む。まず感じるのは甘さ、多分沢山砂糖をつかっているのだろう。そして噛むたびに卵や牛乳、牛酪の風味が一層感じられ、鼻に抜ける。更に上にかけられている見た目蜂蜜の様でちょっと違う、茶色いソースがこのトーストに絶妙に合っている。

 

「…美味しい。そして確かに凄く甘いけど…でも決して嫌な甘さじゃない。卵、そして牛乳の濃厚な風味、そして牛酪の香り、色々な、見た目以上に複雑な味わいだわ」

 

「このソース…樹液みたいなにおいですけどこんなに甘い樹液があるんでしょうかね?まぁいいか!あとこのクリームやジャムを付けるともっと甘いですけど、これが不思議と何度でも食べたくなります!」

 

「落ち着きなさいなお燐。まぁ気持ちはわかるけど」

 

「ねぇお姉ちゃん。そのふれんちとーすとっていうの少しちょうだい♪私もスフレパンケーキあげる♪」

 

「はいはい」

 

「お燐、うちらもちょっと交換しよう!」

 

「え~ちょっとだけだからね~」

 

そんな感じで地霊殿の家族達の賑やかで、ちょっと遅い昼食は彼女らがおみやげを持って帰るまで続いた。

 

 

…………

 

一方、ねこやからサラが自宅に戻ってきていた。

 

コンコン…ガチャ「アレッタ」

 

「…あ、サラさん」

 

「ねこやにはお休みのお話してきたわよ。仕事のことは気にせずゆっくり休んでくれって言ってたわ」

 

「すみません…。…?サラさんそれは…あれ、このにおい…」

 

サラが持ってきたのはねこやで使っている小鍋。蓋を取ると中にはコーンの粒が浮いている黄色い騎士のスープ。アレッタが好きな「コーンポタージュ」だ。まだ少し湯気を放っていて甘いにおいが漂ってくる。

 

「店主から預かって来たのよ。アレッタに食べさせてあげてくれって。まだ温かいからこのまま食べられるわよ。今食べられる?」

 

…くぅぅ…

 

そう言い切る前にアレッタのお腹から小さな音が。思わず赤くなる。熱とは違う様だ。

 

「……」

 

「ふふ、食欲は問題ない様ね。…はいどうぞ」

 

そう言いながらサラは木の皿にスープを入れて渡す。一緒に入れた木の匙でスープを掬い、口に運ぶ。ほんのり温かい、コーンの甘さと風味が優しく、風邪をひいた身体に染み渡る。

 

「…美味しいです」

 

思えばねこやに初めて紛れ込んでしまった時もこのコーンポタージュを食べた。お腹が空いているとはいえ流石にあの時みたいに鍋をすっからかんにするほどがっつく事は無いがそれでもこのスープは何度食べても美味しいと思う。今まで色々なものを食べてきたが、この味は彼女にとってある種特別である。

 

(早く身体治して、また頑張らなくちゃ)

 

身体は少し弱っているがアレッタのやる気は衰えてなさそうだ。

 

 

…………

 

おまけ

 

 

その七日後、すっかり体調が戻ったアレッタは元気に出勤してきたのだが…、

 

「え〜この前こいしちゃん達来たんですか〜!?私も会いたかったです〜!しかも私の代わりに働いてくれたなんて〜!」

 

「何度も断ったんだが、どうしてもって言ってな」

 

(ふふ。アレッタの分まで張り切ってたよ、あの子)

 

「あ〜ん、私のバカバカバカ〜!」

 

「はは。今度会ったらお礼言っときな」

 

幼い魔族の子と妖怪の子の再会は果たして何時になる事やら…。




メニュー30

「ホットチョコレート」


皆さんこんにちは。storybladeです。遅ればせながら明けましておめでとうございます。
今年は元旦から大災害や大事故等、まさに龍が暴れている様な年明けとなってしまいました。皆さんは大丈夫でしたか?自分は幸い震災や事故に巻き込まれる事は無かったですが、自分の同僚のご家族が輪島にいて被災したそうです。幸い無事ではありましたが。
気が滅入る様な事ばかりですが、それでも毎日頑張って生きるしかないんですよね。という訳で今年も頑張ります。今年は自分の仕事の都合がまた変わり、昨年よりも投稿が遅くなる事も増えそうです。少なくとも月一回は投稿できる様目指しますので、気軽にお待ちいただければ幸いです。

今年も幻想郷食堂を宜しくお願いします。


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メニュー30「ホットチョコレート」

……ゴト

 

「よし。ここがいいかな」

 

洋食のねこやの早朝。今日も異世界食堂の開店日。相変わらず一番先に店主が料理の準備。

……と思いきや、今日はいつもとちょっと違う事をしていた。

 

~~♪

 

「おはようございまーす!」

 

「ああ、おはようさん。今日も元気だな」

 

「えへへ!」

 

~~♪

 

「おはようございます」

 

「おおおはよう。クロさんも来たか」

 

続けて出勤してきたアレッタとクロ。因みにクロは朝の挨拶は念話ではなく直接声に出して言っている。

 

「…?何されてるんですかマスター?」

 

店主は店の脇にある台の前にいた。台の上にあるのは…ガラスケースに入った一体の和装人形。

 

(…ドール?)

 

「わ~綺麗なお人形ですね!どうしたんですか?」

 

「ああ。これは……」

 

 

…………

 

魔法の森 アリスの家

 

 

「……」

 

時刻は進んで場所は変わり、魔法の森の中にあるアリスの家。季節はもう冬となり、幻想郷もあちらこちらで雪景色。この魔法の森にも地面を覆い尽くす程ではない程ではないがほんの少し雪は降った。氷の妖精や里の子供達は今頃喜んでいるだろうがしかしそんな事に関係なく、家の主であるアリスは今日も暖炉の前でひとり人形作りに勤しむ。まぁこれが彼女の日課で仕事なのだから特に不自然は無いのだが。

 

「…ふぅ、お茶でも入れて少し落ち着きましょうか」

 

そう言ってアリスはお茶を入れて一息つこうとする。しかし、

 

「…あら?私としたことが葉のストックが無いわ。昨日のお茶会で使い切ったのね。お気に入りだったんだけどパチュリーも魔理沙も気に入ってつい沢山飲んでしまってたから。どうしようかしら」

 

~~♪

 

人形を連れた金髪の少女

「…こんにちは」

 

とその時、アリスの家の扉が開かれてひとりの少女が入って来た。肩までのショートボブな金髪、腰に白い大きなリボンが付いた黒と赤を基調としたロングスカートのドレス姿の少女。そしてすぐ傍にはアリスの人形位の大きさの人形が浮いている。

 

「あら?メディスンじゃない。珍しいわねこんな日に。どうしたの?」

 

「うん。ちょっとアリスにお願いがあって…。スーさんのお洋服が破れちゃったの」

 

少女の名はメディスンと言った。アリスがスーさんというらしい人形の服を見ると、確かにスカートの部分が少し破れている。

 

「あらあら、わかったわ。これ位なら大した時間もかけずに直せるから、その間うちのお人形のお洋服を着せてあげてね。今お茶を入れるから貴女はゆっくりしてて。緑茶だけどいいかしら?」

 

「大丈夫」

 

 

…………

 

アリスが人形の服の修繕をし、メディスンはその様子を見ている。

 

「…そう言えばメディスン貴女、この前里の子供達と一緒に遊んでたらしいじゃない。チルノ達から聞いたわよ?」

 

「…遊びたくて遊んだわけじゃない。人間と言っても子供だし…チルノもしつこくって。スーさんの服もそれで破れたの」

 

「それでも良かったわね。お洋服が破れる程なんて結構楽しかったんじゃない。貴女も少しずつ人に慣れてきたんじゃない?」

 

「…わからない。でも人間の事を好きになった訳じゃない。まだ嫌い」

 

メディスンは人間を基本嫌っている。それは彼女の生まれが関係していた。幻想郷妖怪の山とは反対方向にある「無名の丘」。春頃になると鈴蘭が一面に咲き誇る草原。そこでメディスンは生まれた。しかし鈴蘭の妖怪という訳ではない。無名の丘に捨てられていた一体の古い人形が長い年月を経て妖怪化したもの。それがメディスンであった。捨てられた人形の無念か、彼女は生まれた頃から人間に対して恨みを持っていた。故に彼女は人間達からの解放と人形の地位向上を目指す「人形開放」を実現しようとしたが、とある者から「貴女は幼過ぎる。世の中をまだまだ知らなすぎる」と言われた事から取り合えず自分の考えは抑え、少しずつ見聞を広げる事にしたのだった。それ以降妖怪や妖精、霊夢や魔理沙をはじめとした者達とは何とか付き合える事ができたが、それ以外の者とはまだまだという様子である。

 

「…まあ、アリスみたいに人形に優しくしてくれる人間ならまだほんのちょっと話せると思うけど」

 

「私は見た目はこんなだけど「元」人間よ。……はい、できた。これで終わりね」

 

「ありがとう」

 

修繕が済んだ服をスーさんに着せなおすメディスン。するとその横でアリスはある事を思いついた。

 

(…そうだわ。昨日魔理沙が帰った後でパチュリーが教えてくれたものを使ってみましょう)

「ねぇメディスン、これから予定あるかしら?」

 

「え?ううん何も」

 

「じゃあこれからある場所に行ってみない?」

 

「ある場所?」

 

「ええ。ちょっと変わった場所で人間もいるけど、それ以上に色々な人、あ、人じゃないか。色々な種族がいるところよ。危ない事も無いわ」

 

「人間もいるの?…でも色々な種族って…妖怪や妖精じゃないの?」

 

「それは見てのお楽しみよ」

 

そして家の前に出てきたふたり。どこかへ行こうと言ったはいいが家の前に止まったままアリスは歩き出さない。

 

「どうしたの?行かないの?」

 

「まぁ慌てないでってば。じゃあ皆お願いね」

 

言われて多くの意志ある人形達が動き出し、何やら作業をしている。見ると皆手に書くための道具を持っていて地面に何か書いている。そしてほんの一分程で立派な魔法陣が出来上がる。

 

「…魔法陣?」

 

「ありがとう。じゃあ始めるわよ」

 

そしてアリスは何やら呪文を唱え始め…、

 

 

カッ!!

 

 

魔法陣が光始め、そして…暫くして光が収まるとそこには扉が現れていた。猫の看板がかかった扉が。

 

「…え、ええ!?」

 

「ふぅ…どうやら成功ね。パチュリーの言う通り、思ったより魔力使うのね」

 

「あ、アリス…これは?」

 

「ふふ、行ってみたらわかるわよ。行きましょメディスン」

 

不安がるメディスンを連れてアリスは扉を開けた…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

扉を開けるとそこには数ヶ月前に初めて来た時と殆ど変わらないねこやの風景があった。昼を超えている事もあってか客はちょっと少な目である。

 

「ここも久しぶりね」

 

「あ、アリス…これって」

 

「ふふ、驚いた?ここは外の世界のご飯屋さん。ねこやよ」

 

「いらっしゃいませ~(ませ)!ようこそ洋食のねこやへ!…あ、アリスさんお久しぶりです!」

 

「ええこんにちはアレッタ、クロ。今日も来させてもらったわ。いいかしら?」

 

「勿論です!ありがとうございます!…あ、そちらの方はお連れ様ですか?」

 

「ええそうよ。ほら、挨拶しなさいメディスン。大丈夫だから」

 

「…う、うん。…メ、メディスン・メランコリー。…よく見ると貴女、人間じゃないのね。それと…その耳の形からして貴女も」

 

「あ、はい。私は魔族なんです。宜しくお願いしますメディスンさん!」

 

(クロと申します)

 

メディスンは頭に響いた言葉に「え?」という表情を見せる。それに対してアリスが説明する。もうこれも幻想郷組のいつもの光景になりつつある。すると今度は厨房から店主が顔をのぞかせた。

 

「ああ、いらっしゃいアリスさん」

 

「ええこんにちは店主さん」

 

「!…人間…」

 

アレッタとクロと違い、人間である店主を見て少し警戒心を見せるメディスンだったがアリスがそれを制し、問題を起こさない様さりげなくフォローする。しかし店主は大して気にしていない様な表情を見せる。

 

「こ~ら。ごめんなさいね。この子少し人が苦手で」

 

「いえいえ、全然気にしてませんよ。仏頂面なのは自覚してるんで。俺もどっちかと言えば人付き合いは苦手な方で」

 

「…貴方も人間が嫌いなの?」

 

「嫌いって訳じゃないですよ。でもどっちかというと料理作ってたりしてる方が好きですしね。…ああすみません、取り合えずお席にお座りください」

 

「お好きなお席にどうぞ!」

 

「ええありがとう。ほら座りましょう」

 

言われてアリスとメディスンはひとつのテーブルに着こうとすると、

 

~~♪

 

「こんにちは~」

 

「こんにちは」

 

再び扉が開いて入って来たのは以前アリスが知り合った砂の国の皇太子妃アーデルハイド、そして王女ラナーのふたりだった。向こうも冬なのか涼し気な恰好ではなく少し暖かめな服装である。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「いらっしゃい」

 

「本日もお世話になります、皆さん。…まぁ!アリスさんじゃないですか」

 

「ほんとだ。久しぶりだね!」

 

「アーデルハイドとラナーだったわね。ええ久しぶりねふたり共」

 

「覚えていてくださったんですね」

 

再会を喜ぶアリス達。

 

「あれ?可愛らしい子だね。アリスの妹さん?」

 

「いいえ違うわ。彼女も幻想郷のお友達よ。メディスンっていうの。良かったら仲良くしてあげてね。メディスン。こちらアーデルハイドとラナーよ。前に来た時に知り合ったの」

 

「まぁそうなのですか。どうも初めまして。アーデルハイドと申します」

 

「義妹のラナーだよ。宜しく!」

 

「……」ペコ

 

「良かったら一緒に座らない?いいでしょ?」

 

特に断る理由も全然無いのでアリスとメディスン、アーデルハイドとラナーの四人は同じテーブルに座る。

 

「お水とおしぼりです。お決まりになりましたらお呼びください!」

 

「ありがとうございます」

 

「そういえば今日は彼は、シャリーフはどうしたの?あ、彼なんて言ったら失礼かしら?」

 

「全然気にしなくていいよ。兄上なら今公務で帝国に行ってるんだよ。だから今日は女だけで来たって訳さ。男抜きでたまにはこういうのもいいじゃん♪」

 

「ふふ、そうですね。後でシャリーに怒られそうだけど」

 

「相変わらず仲良さそうで何よりだわ」

 

「ところでメディスンさんでしたか?貴女もアリスさんと一緒にいらっしゃったお人形さんをお連れしてるんですね。可愛らしいですわ。なんというお名前なんですか?」

 

「……」

 

メディスンはやはり微妙な表情を崩さない。

 

「…ねぇアリス。もしかして私達、この子に嫌われてるかな?」

 

「いいえ、そんなのじゃないわ。ちょっと事情があってね、人に慣れてないの。こうして一緒にテーブルに座るのだけでも大分慣れてきた方なのよ。だから許してあげて」

 

アリスはメディスンが注目を浴びすぎない様気遣って彼女が人形である事だけは隠しておく事にした。

 

「そうなんだ。御免ね」

 

「…謝る必要はないわ。私の方も…なんか御免なさい」

 

「いえいえ。…メディスンさんのお気持ちも少しわかります。私もほんの少し前まで他の方が苦手だったりしましたから」

 

「…貴女も?」

 

「それは以前聞いた病気の頃の時?」

 

「はい…。仕方がないという事はよくわかっていたのですが…あの頃は病に侵された私を周囲の方々がまるで別の何かの様に見られて、そして避けられておりました。お話する時は殆ど扉越し、お食事の時は必ずひとり、外へはお出かけどころかお散歩する事もできにくい生活が続く中で、ハンナ、彼女以外周りを信じられなくなっていたのです…。あ、ハンナとは私の側仕えです」

 

「義姉上…」

 

「そんなある時、このお店の温かさや昔の思い出が私の心を覆っていた雲に光を差し込んでくれたんです。救われた様な気持ちがしました。それからはここに来る事が楽しみで、シャリーやラナーに会う事も楽しみで、いつの間にか心の雲はすっかり晴れていました。宮の方々とも打ち解けられましたし」

 

「それは良かったわね」

 

「はい。ですからメディスンさんも決して焦られる必要はないと思いますよ?ゆっくり慣れていけばいいと思います」

 

「……」

 

メディスンは昔の事を少し思い出していた。自分の元の持ち主の事は覚えていない。なんとなく覚えていたのは自分が捨てられた人形であった事だけ。自分を捨てた人間が憎かった。自分以外にも不幸な目に合っている人形のためにも自分が立ち上がらなければと思っていた。でも今はこうして人間や他の妖怪と一緒にいる。それが不思議にも思える反面…以前に比べて悪く無いともいう気分もあった。

 

「さぁさぁ取り敢えず注文しようよ!何にする?私は今日はグレープサイダーのクリームソーダにしよっかな~」

 

「そうですね。チョコレィトパフェでも良いですが、以前頂きましたフォンダンショコラも食べたいですし」

 

「ふふ、本当にチョコレートが好きなのね。あ、そうだわ。ねぇアレッタ。今日も何かオススメのものはあるかしら?」

 

「でしたらこちらはどうでしょうか?マスターの新作です」

 

そう言うとアレッタはスィーツ欄からひとつのメニューを指差す。

 

「「ホットチョコレート」?ココアとは違うの?」

 

「はい!ちょっと変わったチョコレートの食べ方なんですが新しい感覚でとても美味しいですよ!オススメのお菓子もお付けします」

 

「へぇ。じゃあ私はそれにしようかしら」

 

「新しいチョコレイト…私も凄く興味がありますから私もそれにしますわ」

 

「メディスンはどうする?ご飯物もあるわよ」

 

「ううん、お腹はあまり空いていないから私もアリスと同じものでいい」

 

「あ、じゃあ今日は私もそれにしよっと。ひとりだけ違うなんて寂しいじゃん」

 

「畏まりました。少々お待ちください!」

 

アレッタは店主に注文を伝えに行く。厨房から「はいよ」との声が響くのも見慣れた光景である。そんな時、メディスンがあるもの気づく。

 

「…あら」

 

言うと立ち上がってそれに近づく。それは今日の朝に店主が飾り付けていたガラスケースに入った和装人形。目を細めた白い肌の女性で頭に簪を付けて手には金色の扇子。赤や桃色、白等の花柄が描かれた華やかな赤い着物を着ているそれはまるで舞を披露している様に見える。それを黙って見つめるメディスン。やがてアリス達も気づく。

 

「……」

 

「まぁ!こちらもなんて素敵なお人形でしょうか」

 

「キレイな恰好だね。メンチカツさんやお好み焼きさんみたいな服に近いかな?」

 

「この前来た時は無かったわね。どうしたのこのお人形?」

 

「ふふ、やっぱり気になりますか?さっきから女性のお客さんは皆さん見られてますからね。それは…」

 

 

…………

 

(わー綺麗なお人形ですね!どうされたんですか?)

 

(ああ…これは俺の爺さんが婆ちゃんに誕生日プレゼントに贈ったものなんだ)

 

(プレゼント?)

 

(ああ。ある時どこかの店でこれが飾られてるのを見かけたみたいでな。気になったのか婆ちゃんがずっと見てたんだとさ。あんまり見てるから爺さんが買おうか?って聞いたんだけど、そん時は店を開いて直ぐだった事もあって下手にお金を使ったらいけないって、婆ちゃん断ってな。まぁ幸い店は一年経たずに軌道に乗ったんだが、今度は旅行にも行けない位忙しくなって)

 

(そうなんですか)

 

(そんで婆ちゃんの誕生日、ああ正確には出会った日を誕生日にしてるんだ。あっちは年月日がこっちと違うみたいだから。そん時に贈ったのがこっそり買っていたこの人形なんだ。びっくりさせるつもりだったんだが、婆ちゃんよっぽど嬉しかったらしくて思わず泣いちまったらしくて逆に驚いてたって聞いたよ。おっとこれは婆ちゃんには内緒な。バレたら恐ろしいし)

 

(わ、わかりました!それでどうしてそのお人形がここに?)

 

(婆ちゃんが他のお客さんや異世界食堂が始まってからも多くの人に見てほしいって最初はここに飾ってたんだ。ただ…爺さんが亡くなっちまった後は家にしまったままになってたんだ。見ると思い出しちゃうかもしれないってな。そしたら昨日ここに送って来たんだよ。しかも元々あった店の人に頼んで綺麗にしてもらって。なんでかって聞いたら…)

 

(また新しい世界に繋がったって聞いたわ。だから…また昔みたいに色々な人に見てもらって。その方がその子も喜ぶ。私はもう大丈夫だから。大樹との思い出はいつまでも…私の中にある)

 

 

…………

 

「…という訳らしいんです」

 

「成程ね」

 

「素敵なお話ですね。先代の御主人も奥様もお互いをどれだけ愛されてたか目に浮かびますわ」

 

「そうだね~。聞いててなんか暖かい気持ちになれるよ。兄上ももうちょっと義姉上に気を使ってくれたらなぁ。何気に欲しい物言ってみたら?」

 

「わ、私はシャリーと一緒に居られればそれだけで十分です」

 

「…そう言えば義姉上の曾御祖母様は確かひとり身だったって言ってたっけ?」

 

「ええ。曽祖父様については何もわからないんです。お墓にも名前が刻まれておりません。きっと何かしらの事情がおありなのかもしれませんが…お祖父様も何もご存知無いご様子でしたし。多分、曽祖父様の事はあまり良く思われて無かったのかもしれません」

 

「そうなのね。ならその分、貴女が幸せになりなさいよアーデルハイド」

 

「ありがとうございます。アリスさん」

 

「……」

 

そんな会話をしている間もメディスンはひとり人形を見つめていた。

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「お待たせしました~!ご注文のホットチョコレートです!」

 

そして暫くしてアリス達の席に注文のものが運ばれてきた。白いちょっと大きめのマグカップの中にココアよりもほんのちょっと濃い色をしたチョコレート色の飲み物がほんわりと湯気を立てている。中央には白い柔らかそうなものが浮かんでいる。

 

「真ん中の白い物はマシュマロというお菓子です。チョコレートと合いますのでゆっくり溶かしながらお飲みください。あとこちらはマスターよりサービスのクッキーです。一緒にお召し上がりください!それではごゆっくり!」

 

「ありがとうございます」

 

「…温かそう」

 

「いつも食べてるチョコレートとは全く違うんだね~。見た目まるでカッファみたい」

 

「でも香りは間違いなくチョコレートね。早速食べてみましょうか」

 

アリスの声で全員が頷き、カップに息を吹きかけながら口を付ける。

飲んでみるとチョコレートの濃厚な甘みが口の中一杯に広がる。チョコレートパフェで食べているそれよりほんの少し甘さ控えめだがそれでも十分甘い。温かさも加わって安心感というか、飲んでほっとする感じがする。

 

「…甘い」

 

「はぁ~甘いねぇ~。それに何この安心感…」

 

「…わかります。飲んでいるとなにかほっとする気持ちになります」

 

「紅茶とも、確かにココアともまた違うわね。このマシュマロは溶かしたらどうなるかしら」

 

言われた通りマシュマロをスプーンでゆっくりかき混ぜる。すると熱で溶けた分とろみが出てより濃厚な味わいになった。

 

「口の中にまた優しい甘さが広がりますね」

 

「このクッキーたちとの相性もばっちりだねぇ♪」

 

「そのまま飲むのとはまた違う感じがするわね。どうメディスン?美味しい?」

 

「…うん」

 

調子を崩さないメディスンだが、どこか嬉し気な感じがあるのをアリスは気づいた。

 

「なんか女の子だけでこういう集まりって楽しいねぇ♪次からは兄上を置いてって私達だけで来ようよ義姉上?」

 

「うふふ、それは確かに楽しそうですね。ですけれど…でもやっぱり私はシャリーも一緒が良いです」

 

「はいはい熱々で。このホットチョコレートがもっと甘くなった気がするよ」

 

そんな笑いある会話をしながらの女子会は続いた…。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「ありがとうございましたー!(した)」

 

「はい。おみやげのシュークリームとクッキーアソート缶です」

 

「ありがとう♪」

 

「今日はお会いできて嬉しかったです。アリスさん、メディスンさん」

 

「また一緒にお茶しようねふたり共」

 

「ええそうね」

 

「……」

 

相変わらず返事をしないメディスンだが嫌な顔はしていない。すると彼女の方から店主に話しかけた。

 

「…ねぇ」

 

「?はい」

 

「…あの人形。…大事にしてあげて。大事にしてくれるなら…またここに来てあげてもいい」

 

「ええ勿論です。何時でもお待ちしています」

 

店主の返事に頷くメディスンだった。

 

 

~~~~♪

 

 

…………

 

ねこやから戻って来たふたりは取り合えずアリスの家に入った。

 

「どうメディスン?危ない場所じゃなかったでしょう?」

 

「…うん、まぁね」

 

「そういえば最後に店主さんに話しかけてたわね。ちょっと驚いちゃったわ」

 

「別にあの人間が好きになった訳じゃない。ただ…あの人形」

 

「あの和装人形の事?」

 

「とてもいい表情をしていたの。造られた顔だからじゃない。なんて言ったらいいのかわからないけど…。でも持ち主と、あのお店は決してあの子を不幸にしないし、これからもしない。そんな確信があったから。…あのお店なら…また行ってもいいと思う。ひとりじゃ無理だけど」

 

「…ふふ、じゃあまた一緒に行きましょうか」

 

聞かれたメディスンの表情はどこか嬉しそうだった。

 

 

…………

 

おまけ

 

 

とある日のアリスの家

 

「…ふ~ん。あの魔法陣使ったの?」

 

「ええ。思ったより魔力を使うからちょっと心配だったけど無事にねこやに行けたわ。ありがとう」

 

「…別に。減るものじゃないし」

 

「魔理沙には教えてあげないの?」

 

「…あの泥棒猫に教えると思う?図書館から取ってった本の50冊位返してくれたら毛先位考えてあげてもいいけど」

 

「でもまた盗まれるんじゃない?」

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「…なんでもない。大丈夫よ。あの魔法陣が書かれている本は小悪魔に預けてあるから。まさかそんな大事な本を手元じゃなくあの子に預けてるなんて思わないでしょ」

 

そう言いながらお茶を飲むパチュリーとアリスだった。……しかし、そんなふたりを覗き込む者がいた。

 

「あんにゃろ~……」




メニュー31

「餃子」

果たして最後に聞いていたのは誰なのか?(まぁ丸わかりですけど汗)
次回はまた新たなキャラ予定ですので彼女の登場はちょっと先になります。


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メニュー31「餃子」

「宜しくお願いします」

 

「……」

 

とある日の洋食のねこやの休日。営業していないその店の厨房で動く人影がふたつ。そこでは店主が、ふっくらしたひとりの年配の女性になにやら振舞っている。何か調理したものを味見してもらっている様だ。

 

「……うん、美味しい。文句無しだわマコくん」

 

「ありがとうございます。春子さん」

 

女性から美味しいという感想が出て肩の力が抜けたのか安心の表情を見せる店主。

 

「洋食の料理人の貴方にこれほどの物を作られたらうちもいよいよ危ないわね」

 

「とんでもないです。春子さんの教えのたまものです」

 

「息子同然の貴方なんだからこれ位教えてあげるわよ。…それにしてもここは来る度にメニュー増えるわね~」

 

「色々なお客さんが来るもんで。だからなんでも覚えたいんです」

 

「勉強熱心なのはいい事よ。これからも頑張んなさいね。あと…」

 

「…ええ。また彼女にはそのうち会いに行かせてもらいますよ」

 

先代が生きていた頃からの付き合いらしいふたりの会話はもう少し続いた…。

 

 

…………

 

「社交場」

 

それは人と人のつきあいを目的とした集まりの場。 また、歓談などを行う場所や施設の事である。酒場や居酒屋は食事や酒を飲みつつ喋ったりする。一方社交場とは喋ったり交流しながら食事や酒を飲む。今回は幻想郷には珍しいそんな、正確にはそうなろうとしている場所から始まる。

 

頭に御札が貼られている少女

「せーがー。これはこっちでいいのか~?」

青い髪の女性

「ええそれでいいわ。ありがとう」

 

「こっちは終わったから次は青娥を手伝うぞ~」

 

「ふふ、芳香は本当にいい子ね~」

 

女性は少女の頭をなでる。

ウェーブのかかった青い髪に鑿をさした青い目の女性で、服は薄い青色の袖部分が膨らんだワンピースの上に薄い羽衣を羽織っている。

もうひとりの少女は赤い服に黒いスカート。スカートの上にはギザギザ模様のレースを巻いている。一番目を引くのは帽子を被った黒髪黒目のその顔の額に御札が貼られている事だろう。

 

「沢山お客来てくれるといいなー」

 

「ふふ、慌てん坊さんね。開店はまだまだ先なのよ。でも沢山来てくださる様に今の内に頑張らないとね」

 

「お〜!」

 

〜〜♪

 

とその時部屋のドアベルが鳴った。

 

「あらあら、どなたかしら?」

 

「いらっしゃいだぞ〜…ってお?」

 

大妖精

「…え?あ」

 

ドアを開けて入ってきたのは大妖精だった。

 

「あらあら、大妖精さんじゃない」

 

「どうしたんだ〜?」

 

「せ、青娥さんと芳香さんじゃないですか!ど、どうしたんですかこんな所で?」

 

「それはこっちの台詞だぞ〜。どうしたんだ?お前だけなんて珍しいな〜」

 

「わ、私はちょっと歩いてる時に偶然ここを見つけて、見た事無いとこだな~と思って入ってきただけで…すみません。で、でもほんとどうしたんですか?ここは通りから外れた場所ですよ?」

 

「いいのよ〜ごめんなさいね。今私達、ここであるものを作ってるのよ。それよりどうしたの?芳香の言う通り貴女ひとりだけなんて珍しいわね」

 

「チルノ達はどうしたんだ〜?」

 

「は、はい。実は…」

 

〜〜♪

 

すると再び扉が開いた。

 

「あらあら、お客さんが多いわね〜」

 

「は~いだぞ~!…お?」

 

「あれ?」

 

ルナチャイルド

「…あら?貴女達…」

 

続けてやってきたのは光の三妖精のひとり、ルナチャイルドであった。

 

「ルナちゃんじゃない」

 

「青娥さんに芳香はともかくそこに大妖精?珍しい組み合わせね」

 

「あ、私はお散歩中にここに入って来ただけなの。ルナちゃんは?」

 

「あ~…私も似た様なものかな」

 

「大妖精といいお前もいつものトリオじゃないの珍しいぞー?」

 

「誰がトリオよ!…まぁ大抵一緒にいるのは認めるけど。ただ今日はね」

 

「一体どうしたの~?」

 

「う〜んちょっとね…」

 

〜〜♪

 

「あらまた?」

 

「開店前から大繁盛なんだぞ〜♪」

 

「え?」

 

「あれ?」

 

フランドール

「あれー?貴女達ここでなにしてんのー?」

 

続いてやってきたのは紅魔館の吸血鬼、フランドールだった。日傘をさしているところを見るとどうやらひとりで来た様だ。

 

「貴女は確か紅魔館の…」

 

「吸血鬼の妹の方じゃないか~」

 

「フランちゃん」

 

「アンタまでひとりだけなんて珍しいわね。姉やおつきの連中はどうしたの?」

 

「…お姉ちゃんや皆なんて知らない!もう今日は帰らないんだから!」

 

「…?まぁまぁ立ったままも何だし座りなさいな。テーブルはまだないから御免なさいね」

 

「てか聞きそびれてたけどどうしたんだ~?」

 

 

…………

 

それから青娥と芳香は大妖精、ルナチャイルド、フランドールから話を聞いていた。

 

「ふ~ん、貴女達ケンカしちゃったの~」

 

「何があったんだ~?」

 

「う~んケンカの理由はあんまり大したものじゃないんだけどね?なんか加熱しちゃって…」

 

「私もそんな感じ、かな?チルノちゃんやルーミアちゃんといつもよりちょっと大きく言い合っちゃって」

 

「私もお姉様とね」

 

「ルナやフランはともかく大妖精がチルノ達と喧嘩するなんて珍しいな~。いつもチルノに言い負かされたりしてるのに」

 

「うん…私もそう思うんだけど…でも、私にも時にはどうしても譲れないものがあるの~!なのにチルノちゃんたら絶対に自分が正しいって全然聞かなくて!たまには私の意見もちゃんと聞いてくれていいじゃないの~!」

 

「サニーだっていっつも猪突猛進っていうか考えなくやっちゃうし!スターは真面そうに見えて実は一番腹黒いし!少しはバランスとる身にもなれってんのよ!」

 

「私なんてそんな事しょっちゅうよ~!お姉様は全然私の言う事聞いてくれないし!妹の辛さを皆わかってないんだもん!」

 

何やら思う事がある様である。

 

「はいはい落ち着きなさいな。はいお茶」

 

「す、すみません…」

 

「あ~怒ったらなんか疲れた…。それはそうと私達も聞きたいんだけど青娥さん達ここで何してんの?」

 

「見た感じなんかお店みたいだけど…でもお茶屋さんとか居酒屋さんとかって感じじゃないね…」

 

三人の質問に青娥が笑いながら答える。

 

「うふふ、実はここに社交場を作ろうと思ってるのよ~」

 

「「「シャコウバ?」」」

 

「シャコウバっていうのは皆とお喋りする場所なんだぞ~」

 

「前に外からの本で見たんだけどね。お酒を飲んだりご飯を食べながら会議をしたり打ち合わせをしたりする場所なのよ~。他の方とのおつきあいを目的とした集まりの場という感じかしら~」

 

「それって…ご飯屋さんや居酒屋とは違うんですか?」

 

「飯屋や居酒屋はご飯食べたりお酒飲んだりするのが目的だろ~?シャコウバはお喋りのついでにご飯食べたり酒を飲むんだ~♪」

 

「まぁどちらの言い方でも実はあまり違いは無いんだけれどね?でも幻想郷にもそういう場所があってもいいかなと思って今芳香と頑張って造っているのよ。お酒を出すから大人向けな場所だけど誰でも気軽に来てもらいたいと思ってるわ♪」

 

「勿論妖怪も妖精もだぞ」

 

「ふ~ん外の世界にはそういう場所もあるのね。で、いつ頃開店予定なの?」

 

「まだ少し先よ。名前も内装も決まっているわ。一緒にお店やってほしい方も目途が付いてる。話はまだしてないんだけどね。ただ~…」

 

「ただ?」

 

「料理が決まらないんだぞ~」

 

「さっきも言った通り社交場はおつきあいお喋りする場所だけどそれだけじゃ始めは中々お客さん来てくれないでしょ?だからお料理やお酒で最初は売りに出していこうと思うんだけれど、ここでしか食べれないお料理とかが思いつかなくて。里の居酒屋さんで食べれるものならそっち行っちゃうでしょ?」

 

「だからここでしか食べれない料理やお酒を出そうと思ってるんだぞ~」

 

「それってやっぱりご飯屋さんじゃないの?」

 

「ふふ、固い事は言いっこなしよ♪ねぇ貴女達何か知らないかしら?できればあまり手間のかからないお料理なんかだとありがたいのだけれど…」

 

「う、う~ん…」

 

「そう言われてもね~…」

 

「咲夜なら何か知ってるかしら~…」

 

と皆して考え込んでいた…その時、

 

 

ヴゥゥゥゥン!!

 

 

突然店内に木造りの扉が現れた。

 

「なななナンダコレは~!?」

 

「まぁ!急に扉が…。隠岐奈様?…あれ、猫の看板の扉って確か…」

 

「あー!」

 

「ね、ねこやの扉!」

 

「またお姉様よりも早く見つけたわ!やっぱり神様はかわいそうな私を見ているのね!」

 

「お、お前達これを知ってるのか~?」

 

「芳香知らないのアンタ。今ちょっとした噂になってる外の世界の料理屋の扉よ」

 

「…あ~そういえばそんな話聞いた事あるぞ~」

 

「噂には聞いた事あるけどこんな突然に現れるのね」

 

すると大妖精が思いつく。

 

「…そうだ!ねこやなら青娥さん達の悩みも解決するかもしれませんよ?」

 

「あ~確かにここなら色々料理あるから見つけられるかも!てなわけで早速行きましょ!」

 

「おー!」

 

「なんかわからないけどお~!」

 

「う~んお店の準備が途中なんだけれど…まぁいいか♪行きましょ」

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「こんにち」ドン「わぷ!」

 

フランが勢いよく扉を開けて入ると何かにぶつかり、尻もちをついてしまった。見てみると扉の前に男性がふたりいる。そのひとりにぶつかってしまった様だ。男性はフランに手を伸ばし起こす。

 

侍の様な恰好の男

「お、おおすまん!大丈夫でござるか?」

 

「う、うん」

 

高そうな着物の男

「何をされているのですか全く。早くどかれなさい。お客さんの邪魔になりますよ」

 

「ふん!お主に言われなくてもわかっとるわ!それになんだお主もたった今来たのか?いつもなら先に席についておるのに随分と遅いではないか?寂しくて儂が来るのを待ち伏せてたか?」

 

「何を勘違いされているのでしょうか?私が貴方をわざわざ待つ等リヴァイアサンを倒すよりもあり得ませんよ」

 

そう話しかけた和の貴族みたいな恰好の男性と同じ席に座る侍風の男性。睨みつけながらふたりは向い合って何やらぶつぶつ話し合っている。

 

(ご注文はお決まりですか?)

 

ソウエモン(豚玉)

「お好み焼き豚玉でお願い致す!」

ドウシュン(シーフード)

「お好み焼きのしぃふぅどでお願いします」

 

「ふん、飽きもせずにまたか」

 

「それはお互い様でしょう」

 

言われて頭を下げるクロ。その横でアレッタが扉の方にやってきた。

 

「いらっしゃいませー!あ、えっとフランドールさんと大妖精さん、それにルナチャイルドさんでしたね!」

 

「うんそうだよー!」

 

「お久しぶりです」

 

「覚えてくれてたんだね」

 

「お客様のお名前と顔を覚えるのは得意ですから!後ろの方は初めての方々ですね?ようこそ洋食のねこやへ!私はこちらで働かせて頂いている、アレッタといいます!」

 

「ええこんにちは。ご丁寧にどうも。私は天人、霍青娥(かくせいが)。邪仙とも呼ばれているけれど、気にしないでね」

 

天人青娥。元は人間であったが仙人となった父親の影響で仙道に傾倒していき、家族も何もかも捨てて自身も仙人の力を得た過去を持つ。しかし目的のためならば手段を選ばない非情さを責められ、仙人とは認められず邪仙とされてしまった。そんな彼女ははるか昔に日本に飛来し、とある聖人に自身の道教と力を与えたが、それがやがて道教と仏教による宗教戦争を引き起こすキッカケを作ってしまった。しかしそんな事は彼女には関係なく、幻想郷に流れてきた今もこうして時に自分がやりたい事をやるだけの気ままな生活を送っている。

 

「キョンシーの宮古芳香(みやこよしか)だ!青娥の一番の自信作だぞ!お前も私と同じで頭になにかつけてるんだな!」

 

「え?あ、これは付けてるんじゃなくて生えてるんです。私魔族なので。…ところでヨシカさんはなんで顔にそんな呪符を付けてるんですか?」

 

「キョンシーだからだ~!」

 

そしてそんな青娥に付き添っているのが芳香という少女。彼女は青娥によって生み出されたキョンシーという妖怪。死んだ子供の肉体を仙術によって再び動けるようにし、額に貼った御札によって活動を維持している生きた屍。そんな彼女だが青娥は実の娘の様に可愛がっている。まぁ自分が生み出したという意味では子供というに間違ってはいないが。

 

「そ、そうなんですね。宜しくお願いします。…ところで大妖精さんやルナチャイルドさんやフランドールさんは、他の皆さんと一緒じゃないんですか?」

 

「あ、あはは。はいちょっと」

 

「もうほんと私達ってセットだと思われてんのね」

 

「失礼しちゃうわぷんぷん!」

 

「うふふ、それだけいつも一緒の仲良しって事よ」

 

 

…………

 

席に着いた青娥達は取りあえず飲み物を注文して一息つくことにした。フランとルナチャイルドと芳香はコーラ。大妖精と青娥はウーロン茶を注文した。

 

「な、なんだこのシュワシュワしてる黒い飲み物は!?甘くて口の中がパチパチするぞ!」

 

「コーラっていうのよ」

 

「ラムネとはちょっと違う面白い感覚なのよね~」

 

「懐かしいわねこの味」

 

「青娥さんはこのお茶知ってるんですか?」

 

「私のいた場所でよく飲まれていたのよ。紅茶は茶葉を発酵させるでしょ?それを途中でやめて加熱するの。…そうだわ、考えたらこのお茶は幻想郷でもできるかも」

 

とそこへクロがやって来た。

 

(ご注文はお決まりですか?)

 

「…あ、あれ~なんか頭に声が響くんだが~札の調子が悪くなったか~?」

 

「ああ大丈夫よ。これがこの人の喋り方なの。さてさて今日は何を食べようかしら~?」

 

「なんかお腹空いたなと思ったらケンカして飛び出してきたからお昼ご飯も食べてないや」

 

「青娥さん、ここはお客さんに合わせたお料理をおススメしてくれますから、もしかしたら青娥さんのご希望に合うお料理もあるかもしれませんよ」

 

「あらそうなの?それならちょっと相談なんだけれど、あまり難しくなくて、私達がいる幻想郷でもできそうなお料理ってないかしら?お酒に合いそうなお料理ならより良いのだけれど…」

 

するとクロはとある料理を提案する。

 

(でしたら…こちらのお料理はいかがでしょうか?)

 

「…えっと、なんて読むのコレ?」

 

「…ああ「餃子」ね。これも懐かしいわね」

 

「ギョーザ?」

 

「知ってるんですか?」

 

「これも私がいた国のお料理なのよ。…でも昔に比べて色々な種類があるのね~」

 

「それなら全部注文すればいいんだぞー」

 

「さ、流石にそんなには食べられないわよ」

 

「それじゃあ…えっとクロさんでしたかしら?こちらの色々な餃子を私達が食べきれる位でいくつかお願いできるかしら?」

 

(承知しました。少々お待ちください)

 

そう言ってクロは店主に注文を伝えに行く。その横で、

 

「そういえばお主!この前儂らの国とお主の国で合同鍛錬をした時、どうしても術が上手くいかないと儂の部下が申しておったぞ。もう少しちゃんと教えんか!」

 

「これはおかしな事を申される。私は針に糸を通すよりも親切にお伝えしたつもりですが、これ以上丁寧にというのは難しいですねぇ。そういう貴方の教え方も厳しすぎると弟子が苦情を言っておりましたよ」

 

「ふん!最年少の侍さえ成し遂げられるあんな鍛錬に耐えれんでどうするというか。お主のとこの者が貧弱すぎるのだ。お主こそいつもいつも座して学んでばかりおらんと少し剣を磨いたらどうでござる?」

 

「いえいえ貴方の方こそ少し落ち着きの術を学ばれた方が良いですよ?今度指南して差し上げましょう」

 

「余計なお世話じゃ!」

 

先程からずっとこの様な言い争いが続く。そんな中、

 

「お待たせしましたー!お好み焼きをお持ちしました!」

 

「おお来たか!待っとったぞ!…まぁ、互いの言い分は置いておいてまずはこれじゃ」

 

「そうですね。食事中のそれは私もご遠慮したいです」

 

「それではごゆっくり!」

 

下がるアレッタ。それを見ていた彼女らは彼女を呼び止め、

 

「あ、あの~アレッタさん…大丈夫なんですかあのおふたり?」

 

「なんかさっきから大声で言い争ってるけど滅茶苦茶仲悪いんじゃないの?」

 

心配する大妖精やルナチャイルドだがアレッタは笑顔で対応する。

 

「ふふ。大丈夫ですよ。あのおふたりは昔から来てくださってるんですが、いつも同じ席に着かれていつもあの様にされてるんです。なんでもお隣同士の国の方で何年も仲が悪かったらしいんですけど、それが最近交流を交えて合同のえっと訓練?を行いましたみたいで、今日はその時のお話みたいです」

 

「ふ~ん。でも仲が悪いなら時間ずらせばいいじゃないの?」

 

「なんでも負けた様な気がしてできないとか仰ってました」

 

「なんかメンドクサイなー」

 

「あはは。でも最初だけなんですよ?仲悪い様に見えますがお互いにちゃんと認め合っておられるんです。他の方もそれを知ってます。現に気にされてないでしょう?」

 

よく見ると確かにいつもの事とわかっている様に気にしていない様に見える。一方のふたりはというと、

 

「…う~む何度食ってもやはり美味い!豚肉の強い味とたっぷりとした脂!それを包む玉菜がたっぷりなふわふわ生地。濃いそぅすとかつおぶし。やはり一番美味いお好み焼きは豚玉よ!」

 

「いえいえ。見事に処理されたなんの臭みも無い、しっかりとした歯応えあるしぃふぅど達。それを優しく包む生地とかつおぶしとの組み合わせ。しぃふぅどこそお好み焼き一番の美味ですよ」

 

「…相変わらず儂と感想が変わらんなお主も」

 

「同じ料理なのですからそれも仕方ない事ですよ。…おや、もう少なくなりましたね。本日も二枚目行けますか?」

 

「愚問でござる。…クロ殿!二枚目は何時もの通りしぃふぅどで頼む!」

 

「私は豚玉を!」

 

(承知しました。…あと、マスターが是非おふたりにこれも召し上がっていただきたいと)

 

「…ほう、「ぎょうざ」とな。またまた聞いた事が無い料理でござる」

 

「具はお好み焼きと同じで肉と海鮮があるのですか」

 

「ふぅむ。店主がわざわざ儂らにそう言うならば試してみるか」

 

「そうですね。では…」

 

ふたりは同じ注文をした。

 

「「肉と海鮮半分ずつでお願い致す!(します)」」

 

(……かしこまりました)

 

クロは少し驚いたようだが直ぐに笑って注文を伝えに行った。

 

「まさかお主と注文がかぶるとはな。明日は天変地異か?」

 

「どうせ肉も海鮮も頼むでしょうし。それならこちらの方が良いですからね。貴方も同じではないですか?」

 

「…ふん」

 

図星らしく面白くないという感じで悪態をつくソウエモンと笑うドウシュンであった。

 

「…ね?」

 

「注文が逆になったりかぶったりしたね」

 

「さっきまであんなに仲悪かったのに…」

 

「変なおじさん達~」

 

「うふふ、違うわよ。お互いに素直じゃないだけよ」

 

「喧嘩するほど仲が良いとはこれのことだな〜♪」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「お待たせしましたー!お料理をお持ちしました!」

 

そして暫くしてアレッタとクロが餃子という料理を運んできた。お皿の上に白色系のもちもちしてそうな皮に包まれたいくつもの料理がこんがりと焼かれたもの。同じ物がこんがりときつね色に揚げられたもの。最後に大きめの鉢には白濁のスープに入れられたものが置かれた。

 

「いいにおいなんだぞ~♪」

 

「美味しそうだね~」

 

「右が焼き餃子で、今回折角ですので肉と海鮮どちらもお作りしました。真ん中が揚げ餃子、そして左側のがスープ餃子になります」

 

(餃子に合うおススメのお飲み物としてこちらビール。そしてこちらはレモンサワーです。お酒以外にはお客様が頼まれたウーロン茶とコーラ等が合うとの事です)

 

「レモンはわかりますけど、さわーって何ですか?」

 

「えっと…焼酎に炭酸水と果物の果汁を入れたちょっと酸っぱいお酒です。餃子みたいな油を使ったお料理なら酸味とさっぱりした果物のサワーがオススメとの事で、今回はレモンを使用しています」

 

(これなら幻想郷でも作れるかもしれないとマスターが言っていました)

 

「ふ~ん、梅酒や杏露酒は知っているけどそういうお酒もあるのね~」

 

「焼き餃子は醤油で、揚げ餃子はこちらのソース(タレ)で、スープ餃子はそのままで美味しく召し上がれます。お熱いですのでお気を付けください。ああそれとこちらの餃子は全部ガレオ…あ、ニンニクでしたっけ。それは抜いていますのでご安心ください」

 

「あ、そうなの?あっぶな~い」

 

「そういえば吸血鬼ってなんでニンニクが苦手なんだ~?」

 

「わかんない」

 

「いやアンタが言っていいのそれ?まぁいいけど」

 

「それではごゆっくり!」

 

「ええありがとう。それじゃあ頂きましょうか」

 

「いただきますなのだ!じゃあこの焼いたやつから食べてみるんだぞ~!」

 

「じゃあ私もこの焼いたギョーザってのから食べてみよっと」

 

芳香とルナチャイルドが手を伸ばしたのは焼き餃子。そのひとつを箸でつかみ、言われた通りに小皿に入れた醤油にほんの少し付けて食べてみる。白色の皮はもちもちとした食感で焼き目が付いた部分がカリカリに焼かれている。中の具は豚肉と玉菜(キャベツ)とニラで、中からジュワっとした肉汁と脂が出、塩コショウ等の調味料でしっかりとした味付けを施されているらしい豚肉と甘みがある玉菜、香りあるニラ、そしてほんのり生姜の風味も感じる具の味がしっかりと感じ取れる。もうひとつの海鮮の餃子は肉の代わりに小エビが入っている。その他は同じくニラが入っており、小エビのぷりっとした食感とニラの香りがパリもちっという皮と合っている。

 

「…美味いな~!!」

 

「ほんと!皮がカリってしてもちってしてて、中の具も美味しくてこれなら幾らでも食べれそうね♪」

 

「お酒も合いそうだけど、これはご飯にもきっと合うぞ~♪」

 

「へ~そんなに美味しいんだ。じゃあ私はこっちいってみよっと♪」

 

フランが手を伸ばしたのは横の揚げ餃子。こちらも言われた通り僅かに赤みがあるタレに付けて食べてみる。揚げられているのでもちもちという食感は弱いものの、カリカリという食感はより強くなっている。まるでおやつの様。具は焼き餃子と同じく豚肉と玉菜とニラ。揚げられているが見た目よりサッパリとしていて且つ、パサパサ感も感じずジューシーな味わいである。タレはちょっとだけ辛味があるタレだ。

 

「うん!初めてな感じだけど美味しいわ♪カリカリパリパリでこの外のやつだけでもおやつみたいね。お肉の味がしっかりしてて、それでいて見た目より軽いし♪」

 

「じゃあ私はこのスープギョーザっていうのを食べてみるね」

 

大妖精が試してみるのはスープ餃子。添えられたレンゲでスープと一緒に掬い、小鉢に入れる。湯気を放つそれに息を吹きかけてゆっくり食べてみると、まず感じるのは皮の強いもちもち感。焼きや揚げで楽しめない食感である。中には他のふたつと同じく肉と白菜、そしてニラ。一緒に食べるスープは生姜とごま油、そして鶏の旨味が効いたスープでこれだけでも美味。

 

「…美味しい。このギョーザっていうのがもちもちしてて、この御出汁と一緒に食べるともっと美味しくなる。今寒いからこういう温かい食べ方ができるのって良いね」

 

一方の青娥はお酒を楽しみながら餃子を楽しむ。

 

「びーるっていうお酒は随分昔に似た様なものを飲んだ事ある気がするけど随分美味しくなったわね。このれもんさわ~というのは初めてだわ。炭酸を含んだ焼酎にさっぱりとしてキリッとしたレモンの酸味が効いていて、この油が強めの餃子ととてもよく合ってるわね」

 

「…うえ~果物が入ってるからって飲んだけどなんかちょっと酸っぱいから私苦手」

 

「ああフランちゃん!お酒はまだ駄目だよ」

 

「何言ってんのよ、私495歳よ」

 

「あ、そうか忘れてた」

 

「サワーは他にも桃や蜜柑とかを漬けても美味しいそうですよ」

 

「へ~」

 

「…少し伺いたいんだけどこの餃子と、あとあちらのおふたりが食べているあのお好み焼きというのは、もしかして中身が同じで調理法が違うだけなのかしら?」

 

「え?は、はい。調理法に合わせて中の具の調味料の配分をちょっと変えているとの事ですが基本的にはそうですね!どちらも中身を変えただけです」

 

「成程ね〜…。それなら少ない手でも効率よくできそうだわ」

 

「なんかまだ入るな〜。ギョーザお代わりするんだぞ〜♪」

 

「じゃあ私はチョコバナナクレープ!」

 

「私プリン♪」

 

「わ、私もプリン頂いていいですか?」

 

「かしこまりました!」

 

最初の不機嫌さはどこへやら、という感じで彼女らの食事は続いた…。

 

 

 

 

〜〜少女食事中〜〜

 

 

 

 

…………

 

〜〜〜〜♪

 

 

食事の後、彼女らは青娥と芳香の店に帰ってきた。

 

「は〜もうお腹一杯だぞ〜♪」

 

「つい食べ過ぎちゃったわね〜」

 

「チルノちゃん達も連れて行ってあげたら良かったな〜」

 

「さて、お土産ももらったしお家帰ろ〜っと♪」

 

「お?やっぱり帰るのか?」

 

「なんかお腹が膨れたらあんなケンカなんてどーでも良くなったわ」

 

「私もなんか何時までも怒ってるの馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

 

「うふふ、そういうものよ」

 

「私もチルノちゃん達にちゃんと謝ります。ところで青娥さん、少しは悩みの解決になりました?」

 

「ええ助かったわ。どうもありがとう。もしお店ができたら皆宜しくね♪」

 

…その数カ月後、幻想郷に「オールドデザイア」という名のとある社交場ができ、そこで焼き良し蒸し良し揚げ良しのある料理、更に様々な果実酒の瓶が並ぶのはここでは省いておく。

因みに大妖精、ルナチャイルド、フランドールのケンカの其々の理由はというと、

 

「好きなかき氷は?で抹茶きなこ金時と言って「渋すぎ!」「お婆ちゃんでしょ!」と言われてムッとなった」

 

「お洗濯中に誤ってスターがサニーのリボンを汚してしまい、ルナが場を収めようとしたがどっちの味方?と詰め寄られて怒っちゃった」

 

「レミリアのぬいぐるみを貸してと言ったらダメと言われて怒っちゃった」

 

というもので、ケンカの翌日にはすっかり仲良くなってたそうな。




メニュー32

「フライドチキン」

次回はちょっと短めになるかもです。


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メニュー32「フライドチキン」

「じゃあまた宜しくな」

 

「はい!お疲れ様でしたー!」

 

(お疲れ様でした)

 

今日も異世界食堂営業日。…は、無事に何事もなく終わった。異世界の客も幻想郷の客も皆満足して帰り、最後はいつもの様に赤も寸胴鍋一杯のビーフシチューを持って帰宅。賄いも後片付けも終わり、アレッタとクロは帰っていった…。

 

~~♪

 

「…ふ~。さて、あとは軽く見るだけだな」

 

そう言って店主が最後のチェックをしてから上がろうと思った…その時、

 

~~♪

 

再びねこやの扉が開かれた…。

 

 

…………

 

「……」

 

周囲は暗闇。場所は幻想郷のどこか。そんな場所に…ひとつの存在が確かに動いている。夜の闇もあるのかもしれないがそこは一段と暗い。自分の姿も確認できない程である。当然周りに何があるかもわからない。そんな中をその存在はただ歩いていた…その時、

 

 

ヴゥゥゥゥゥンッ!!

 

 

(!?)

 

足を止める。何か…妙な気配を感じた。今までに感じた事が無いなにか。

 

(……こっちか?)

 

言葉にならない声を出して気配を感じた方向に足を向けると、そこには扉が見えていた。木で造られた猫の看板が掛けられている扉。周りが何も見えない程の暗闇なのに何故かその扉だけははっきりと見える。

 

(…扉?何故こんな所に…こんなもの前は無かったぞ…)

 

扉は確かにそこに存在している。そして金色に輝く西洋風のドアノブに手をかけると扉に鍵はかかっていないらしく、自分にも開けられる感じが伝わって来た

 

(………行け、という事なのか?)

 

抵抗はありつつもそれはゆっくりと扉を開けた…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「!眩しい…!」

 

手をかけられた扉を開けるとそこから強い光が漏れ出てくる。

 

「…え?い、いらっしゃい!随分遅いご来店ですね」

 

扉を開けた先には妙な恰好をしたひとりの男がいた。全身白い見た事無い服装で髭を生やした男。そしてそこは今まで見た事も無い様な場所だった。

 

「な、なんだ…ここは!?」

 

「ここはねこやっていう、しがない料理屋ですよ」

 

「…は?料理屋だと?こんなとこ……ていうか待て、お前…もしかして、私が見えているのか!?」

 

「え、ええ普通に見えてますよ?。……あれ、お客さんどなたかに似てる様な……ああそうだ確か…華扇さんって言いましたっけ」

 

現れた少女の恰好は店主が知るとある少女によく似ている。胸元に花飾りが付いた茨模様がある前掛け。その下の服も殆ど同じで手首には鎖が付いた鉄の腕輪。足には黒いタイツを履いていたり腕に布は巻いていなかったり、全体に黒みがかっているが基本的にはよく似た格好。そして何よりも顔がよく似ている。違うのは頭から二本の角が生えている事や目にアイシャドウをしている事だろう。そんな少女はその名前を聞いた途端目の色を変える。

 

華扇によく似た少女

「…華扇だと!お前…あいつを知ってるのか!?」

 

「ええ。たまにですがこちらにお菓子を召し上がりに来られますよ。お客さんは華扇さんのご家族か何かですか?」

 

少女は思った。本当の事を言ったらややこしくなる。更にここに来る事という事は目の前の人間が華扇に話すかもしれない。それだけは避けなければならない。ここは黙らせるべきかもしれん、そう思って少し力を腕に込めると…、

 

「…!!!」

 

ある事に気づいた。この場所がとても強力な力に加護されている事を。例えで言えば…全てを焼き尽くさんとする力と、全てに死をもたらさんとする力。それがまるでこの場所とこの人間を守っているかの様に存在している。手を出せば逆に自分が破滅をもたらされるかもしれない…。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

一方目の前の人間はそれに気づいていないのかあっけらかんとした表情をしている。こちらを警戒している様にはまるで見えない。少女は取り合えず今何かするべきではないと察した。

 

「……いや、なんでも無い。その、だな、華扇のやつは…私の、双子のお姉ちゃん、みたいなもんだ」

 

「はは、やっぱりそうですか」

 

「それより何なんだ料理屋っておい。私は…随分チンケなとこに住んでるが今までこんなの見たこと無いぞ?」

 

「ああそれは…」

 

未だ困惑しているその少女に店主は説明した。

 

「…てな理由でして」

 

「…どこにでも突然現れる別世界の飯屋の扉。そんなもんがあるってのか。…俄には信じがたいが、実際来てるんだから信じない訳にはいかないか…。因みに博麗の巫女のやつは知ってんのか?」

 

「博霊…ああ霊夢さんですか?ええ少し前から来ていただいてますよ。お守りも頂きま」

 

 

ぐぎゅるるるるぅぅぅぅ…

 

 

その時、静かな室内に音が響いた。一瞬沈黙する室内。

 

「〜〜〜!」

 

そして続けざまに顔を真っ赤にするその少女。音の出所は彼女の腹。

 

「…ふ、ふふ」

 

「わ、笑うな!」

 

「ああすいません。どうです?折角ですからお客さんも何か食べていかれませんか?閉店後なんで出せるものは限られますができるものもありますよ」

 

閉店していてもこのまま帰すのも悪いと思った店主はそう言う。今まで開店前に料理を出している事もある、今更ひとり来てもどうという事はないらしい。

 

「…生憎私は金を持っていない」

 

「それもご心配なく。お代は紫さんから十分すぎる程頂いてるんで」

 

「紫?八雲紫か?あいつもここ知ってんのか?」

 

「ええ。だから気にしなくて良いですよ。遠慮なく食べてってください」

 

それを聞くと少女は少し悔しい様な表情を見せつつ、

 

「……なんかあいつに借り作るみたいで気に入らないけど…まぁいい、そこまで言うなら折角だから何か食わせてもらおうか。肉が良い。あと酒があればくれ」

 

「肉ですね。じゃあ何があるか探してみますんで、座ってお待ち下さい」

 

言われてテーブル席に座る。店主は厨房に何があるか探しているらしい。少女も周りを見渡すと今自分が座っている机といい見たこと無い小物たちといい、確かにそこが幻想郷の何処でもない、ましてや嘗ての自分がいた場所でもない事がわかる。

 

(…何なんだここはほんとに…。何でこんな場所に繋がっちまったんだか…)

 

「…お、これがまだあったな。お客さん、「フライドチキン」でいいですかね?」

 

「…ふらいど、ちきん?」

 

「鶏肉を揚げたものです。美味いですよ」

 

「鶏か。ああそれでいいよ」

 

「骨ありと骨無しどっちがいいです?」

 

「どっちもくれ」

 

「はいよ、少々お待ち下さい。あ、先に水とおしぼりだ」

 

思い出した店主は先に水とおしぼりを出し、続いて調理に入る。レモンと氷が入った綺麗な水を一口飲み、

 

「…柑橘が強いが美味いな。こんな冷えた水は久々だ」

 

 

ジュワァァァァァァ…

 

 

厨房から何かを揚げる音が聞こえる。客が来て盛り上がっている時は気にならないが今は店主と少女のふたりだけ。普段よりも静かな部屋でその音と揚げ物の香りが伝わる。

 

「……ゴク」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「おまたせしました。フライドチキンです」

 

少しして店主が運んで来たのは…こんがりと茶色く揚げられた鶏のもも肉と胸肉。骨付きがもも肉で骨無しが胸肉だろう。揚げたてを強調する様にパチパチと音をたて、強い香ばしい香りがする。それと一緒に出されたのは茶色い瓶に入った酒と透明な盃。

 

「揚げたてなので熱いですからお気を付けください。こちらのレモンをかけるとさっぱり召し上がれますよ。そしてこちらビールになります。サーバーの分が無くなったんで瓶で申し訳ないです。お注ぎしましょうか?」

 

「いやいい自分でやるよ」

 

「わかりました。フライドチキンも瓶ビールもまだ少しストックがありますんで。それではごゆっくり」

 

店主は厨房に下がる。少女は目の前に出されたフライドチキンとビールというものに向き合う。

 

「…じゃあまず酒からいくか。ビールっていったが…」

 

少女は手元にあるグラスに瓶からそれを注ぐ。「シュワァァ」っという音と共に瓶から黄金色の酒と黄色みのある泡が流れ込んでくる。その見た目に少し驚きつつも口を付けると、

 

「……!!」

 

口内、そして喉を流れていくのは針を刺した様な刺激と酒精の風味。そのすぐ後に少しも後味が残らないすっきりとしたキレ。今まで氷室にあったかの様な冷たさ。少女はグラスに注いだそれを一気に飲むとすかさず今度は瓶のまま口を付け、無言のまま一気に飲み干す。

 

「は~~~…おい店主!この酒あるだけ出してくれ!」

 

「は、はい。お客さんも凄い飲みっぷりですね~」

 

ビールで口と喉を十分に潤した次にフライドチキンたるものにとりかかる。もも肉の足先である場所に銀色の紙が巻かれているのはきっとここを持って食べるのだと察した少女はそこを掴み、口元に近づけるとより香ばしさを感じるそれにがぶりと食らいつく。

 

(…美味い…!)

 

まず感じるのは「ザクッ!」「バリッ!」という食感の薄い揚げ衣。そしてすぐ下には強い弾力とたっぷりの肉汁と脂が「ジュワッ!」と溢れ出てくる鶏の肉。肉と衣がとても濃くて力強い味をしている。塩以外にも多くの香辛料、そして香草も使われ、ちょっとだけだが醤油の風味もある。きっとこの国の味に合う様にしているのだろう。たっぷりの油で揚げられているそれは噛むほどに脂がとめどなく出てくる。

 

(ここでこれだな!)

 

フライドチキンの余韻がある内に続いてビール瓶に口を付ける。ビールのすっきりした感じが口の中の油っぽさを洗い流していく。そのままの勢いでもも肉二本をあっという間に平らげ、次は胸肉の方にかかる。胸肉はもも肉に比べて柔らかく、脂も幾分控えめだが骨が無くて食べやすい。そして肉と揚げ衣の間にあるジューシーでカリカリな皮がいい。教えてもらったレモンをかけるやり方も試してみる。強い酸味を持つ果汁が肉の油をさっぱりさせてくれる。胸肉の方も瞬く間に綺麗に平らげた。まだまだ入りそうだ

 

「店主!このフライドチキンってやつも多めにおかわりだ!」

 

「はいよ。お客さん随分気に入ったみたいですね。…あ、ちょっと待ってくださいね」

 

おかわりと一緒に店主は余りの丸いパンを持ってきてこれに胸肉を挟んで食べても美味いと言われたのでやってみる。揚げたてのフライドチキンと葉野菜、そしてタルタルソースという白いタレの様なものを挟み、再び食らいつく。脂と肉汁溢れるフライドチキン、新鮮な葉野菜、少しの酸味と卵のまろやかなタルタルソース、それを全て受け止めるふわふわでほんのり甘いパンの組み合わせが口に広がる。

 

(…これはたまらんなおい)

 

最初の警戒感はどこへやら、その後も少女はフライドチキンをビール瓶片手に無くなるまで味わい続けた。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「…ふ~。食った食った」

 

「ご満足いただけた様で良かったです」

 

「ああ。……なぁアンタ、散々食わせてもらった後にこんな事聞くのはなんだが…なんでこんな事やってんだ?人ってのは存外人でない者を怖がるもんだぞ。何かされる怖さはないのか?」

 

少女の問いかけに店主は、

 

「この特別営業を知った最初は勿論色々思いましたよそりゃ。なんせ見た事無い方々ばかりなんですから。でも色々な世界や世の中があるんだって思ったらあまり気にならなくなりましたよ。先代が作った飯を皆さんが美味いって言ってるのも見てたら余計にね」

 

「……ふ~ん。そういうもんかね。どうやら私がいた時代や封印されてた間に人は随分怖がりじゃなくなったみたいだな」

 

「全部が全部そうじゃないと思いますがね。……?封印て?」

 

「ああいい気にしないでくれ。アンタはきっと幻想郷では困る存在だろうな。あっちでは妖怪は恐れられなければならないから」

 

「はは、そうですね。俺はここで料理を振舞っているのが性に合ってます」

 

頬をかきながら苦笑いを浮かべる店主だった。

 

「…さて、私はもうおいとまするよ」

 

「お土産を持って帰られませんか?」

 

「いやいい。辺鄙なとこだから持っていけないんだ。……ひとつ頼みがある。幻想郷の奴らには私が来た事は絶対に教えないでくれ。特に華扇にはな」

 

「…はい、わかりました。何方にもお伝えしません」

 

店主はほんの少し気になったが従った。鰻の時みたいにたまに相談に乗ったりする事はあるが、基本的にお客の事情には一々口を挟まない。無理に干渉しないのがポリシー

 

「わかったならいい。あああと……久しぶりに美味いものを食った。ありがとな」

 

自分がやる事はいつもひとつ。今みたいに美味いものを食べてもらい、満足してもらうだけ。

 

「ありがとうございます。またのご来店お待ちしております」

 

「…ああ来れたらな。ごちそうさん」

 

 

…………

 

〜〜〜〜♪

 

 

少女が扉を閉めると何も無かった様に消え、彼女の周囲は再び闇に包まれた。

 

(…全く妙な場所だった。あと妙な人間だった)

 

だが扉に入る前と違うのは妙な満足感。美味い物をたっぷり食べた事とあの店の妙な温かさだろうか。

 

(…私も焼きが回ったな。仮にも一部とはいえ、鬼である筈の私が人間を食わず、あろうことか人間が作った飯に懐柔されるなんて)

 

鬼が始めて出てきたのは平安時代と言われている。その語源は「隠(オヌ)」。目に見えない存在を指す言葉。 古代中国から伝わった「鬼」という漢字は後から当てられたもの。 当時鬼は人間の目には見えないにもかかわらず、人間を襲い、食べてしまう恐ろしい存在として語られていた。そして嘗てその平安時代。京の都を荒らしまわったひとりの鬼がいた。仲間の鬼と共にその剛腕無双で周囲を蹂躙してまわったその鬼であったが、やがてひとりの武将によって仲間が倒されると自分は腕を切り落とされたものの何とか逃げ延びた。その後のその鬼の行方は明らかではない。一説には生まれの場所に戻ったとも言うが記録が無く、それも定かではない。

…それもその筈。鬼は切られた後に封印されていた「自らの腕」を取り戻し、とある世界に逃げ込んだのだから。その後、その鬼は今度こそ姿を消した。既に封印が解けかかっていた自らの腕を残して…。

 

(まぁ…不思議と悪い感じはしなかった。もし次行けたら……また行ってみるのもありか)

 

それからその少女が異世界食堂の扉をくぐるのは随分先の事となるか、それともそう遠くない未来かはわからない。ただひとつわかるのは次行った時も再びフライドチキンを山ほど食べるだろう映像だけ。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

「いらっしゃい華扇さん」

 

七日後、華扇が来店した。

 

「ええこんにちは。今日も扉が屋敷に現れたから食べに来たわ」

 

「ありがとうございます。お席にどうぞ!」

 

「今日は…クラムチャウダーというのにするわ。あとデザートにストロベリーパフェとレアチーズケーキとシナモンクレープとチョコレートアイスとあとえっと」

 

「ほ、ほんとに甘いものがお好きですね~」

 

スイーツのページを見て笑顔になる華扇。驚くアレッタ。優しく微笑む店主だった…。

 

 

…………

 

おまけ

 

「…ふっふっふ。つい最近面白い事がなくて退屈してたが、天狗の新聞によれば地上の奴ら、中々楽しそうな所に行っておるらしいではないか。そんな面白そうな事に私を混ぜないとは…許せん!ここは私も行ってみるか!どこに出るかわからんらしいがまぁどうにでもなるだろ♪さて、衣玖の奴に見つからん様にせんとな…」

 

またまた幻想郷のどこかで動くひとつの影がいた。




メニュー33

「天人のリクエスト」

今回のゲストが誰なのか、わかる方はわかると思います。短くなりましたが、いつも以上に音や食事風景を書いてみました。次回はまたひと月位空く予定です。御免なさい。
次回、最後のおまけのキャラですが争いはしません。本作はあくまでも平和的に、です苦笑。


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