八重桜の咲く頃 (TwinTurbo_HV)
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OVERTURE
2040年代後半にかけて、日本は、北海道有事、沖縄有事を経験し、大きな転換点を迎えることとなった。
古くから議論が続けられていた憲法改正や法整備もようやく行われ、自衛隊は日本国軍、防衛省は国防省へと変化し、防衛の主体を在日米軍から日本国軍へ移動させ、国家としての防衛力強化、積極的防衛体制の構築が急がれた。
何より旧自衛隊はそれまでまともな実戦経験がなかったため、国連の平和維持活動にも、これまでの支援活動的性格の強い部隊から、より実戦に即した部隊を多数派遣し、実戦に必要なノウハウを蓄積していったのだった。
それでも、国連軍のミッションでは小規模な戦闘に留まるため、政情が不安定で危険な地域に先遣隊や多国籍軍として送られたり、潜入調査や防諜を担当する“遊撃隊”が、正式に海外で活動を開始したのもこの頃であった。
“遊撃隊”は、北海道有事の際に、特殊作戦群や空挺レンジャーなどの精鋭を寄せ集めて急造された部隊が元となっている。その名の通りゲリラ戦を徹底し、ロシア軍を混乱させた。
この時、赤外線の発源を抑え込む特殊な戦闘服を着ており、熱線画像装置に映らず、全天候下での急襲を得意としたため、ロシア兵の間では“見えない復讐者”と呼ばれ、恐れられた。
その後の沖縄有事においても、歩兵戦力で圧倒的な差を付けられていた人民解放軍を相手に、遊撃隊は高い能力を発揮したことから有用性が認められ、2050年に正式な部隊へ昇格することとなった。
また、多種多様な任務をこなすよう、遊撃隊内で拡張・分業が進められ
いわゆる“見えない復讐者”を引き継いだ遊撃戦闘隊
国内外で諜報活動を行う情報隊
陸海空軍の精鋭にパワードスーツを装備させる混成特殊作戦隊
遊撃隊の機密性を維持するための偽装隊
主にこれら4つから構成されるようになった。遊撃隊内の部隊数は25個となり、在籍人員は数千人程度とされている。
任務の特性から、予算が潤沢に配分され、最新鋭兵器の優先配備や新基地への配置などが徹底的に行われた。
同時に、二度の有事で機能不全を起こしてしまった日米同盟にも手が加えられ、日米戦術協定が新たに締結された。
これは、希望する米軍兵士を日本国軍で雇用、隷下に置くことが可能になり、戦力の低下を最小限に抑えられる狙いがあった。
更に、英国とも同様の戦術協定が締結され、日本国軍は実戦経験豊富な兵士から質の高い教育・訓練を受けられるようになった。
以前の自衛隊から大きな変貌を遂げた日本国軍の活発な動きには、アメリカも「眠れる獅子を起こしてしまった」と警戒感を露わにしたほどである。
それまで、アメリカによって与えられていた平和の価値を痛感した日本であった。
すべては、沖縄有事以前の国境線を取り戻すため、戦争に勝つ手段を持つため――
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ヤエザクラ隊、出動
――番組の途中ですが、ここで速報です。
国防省の発表によると、たった今、中華人民共和国より弾道ミサイルによる攻撃があり、すでに一部が中国地方へと落下した、とのことです。
これを受け、国防省および日本国軍は、国民緊急保護法に基づき、国土の防衛、また、被害状況の確認を急ぎ、生存者の救助を実施――
―
「総員起こし、これは訓練にあらず――繰り返す、総員起こし、これは訓練にあらず、各員は直ちにJMID(Joint Multipurpose Information Device 統合多目的情報端末)を確認し、任務内容を確認されたし」
寝静まっていたここ横田基地も不協和音のアラートと日本語と英語の放送によってゆすり起こされ、照明が次々と点されていった。
ベッドから飛び出し、乱雑にロッカーを開け、デジタルパターンのウッドランド迷彩が施された
災害派遣や人命救助といった、戦闘行為が想定されない場合の基本的な装備品である。
「遊撃隊も、たかが情報収集でお呼びが掛かるほどの部隊に成り下がったか」
寝起きのちょっとした不機嫌をぶつけながら、緊急事態であることを知らせる赤いパトランプが照らす廊下を駆けて、格納庫へ急ぐ。
「おっと」
彼女の背丈は私と同じく185cm程度だが、陸軍で鍛え上げられた肉体はかなりしっかりしており、空軍出身の私では到底対抗できたものではない。
「これは失礼しました、大丈夫ですか、樋崎さん」
やや強めの衝撃を受け、若干狼狽えていたところを抱えられ、軽く頭を振り平常状態に戻った。
「ああ、すまない、避けられなかったよ」
「よかったです、格納庫へ急ぎましょう」
「ああ」
一条は陸軍のBDUを着用しており、衛生兵科の出身であるため、赤十字の付いたバックパックを背負い、片手にオリーブドラブ色のボストンバッグを持っていた。これにも医療器具が入っているのだろう。
二人で廊下を駆け、滑り止め加工のされたブーツがタイル張りの床を切り付ける音が響いた。
「どちらか持とうか」
「いえ、お気遣いなさらずに」
一応気を遣ったつもりだが、一条はこれくらいの荷物は余裕で運べてしまうので、断られることも分かっていた。
先行して重い金属製のドアを開け、外に出ると、基地防空隊が夜の空へ向け地対空ミサイルを複数発射しているのが見えた。
「さすがは首都圏防空師団様だ、安心して出撃できる」
「しかし、中国地方の被害状況が心配ですね」
「ああ、実は軍の中でも情報統制が入っていてな、西方防空師団は山口と岡山の防空設備が大規模改修中で機能していなかったんだ」
「なるほど、それで撃ち漏らしが……」
走りながら一条に顔を向け、口に人差し指を当てる。
「ちなみに空軍でも一部しか知らないから他言無用で頼むよ」
「了解いたしました」
冗談交じりに、急に畏まった雰囲気を出して右手で軽く敬礼してきた。
二度の有事を経て、弾道ミサイルや巡航ミサイルによって少なくない被害を受けた日本はミサイル防衛システムの構築を急加速させた。
これにはアメリカのイージスシステムだけでなく、ヨーロッパのスクロメニアが誇るアテーナシステムの技術協力があったと聞いている。
奇しくもギリシャ神話から名称を得た、この2つのシステムを合わせて日本独自の防空網を整備、現在は沖縄県が事実上占領状態にあるため、46都道府県すべての地域にミサイル防衛システムが配備されている。
弾道ミサイル迎撃率97%、巡航ミサイル迎撃率99%という驚異の精度を叩き出したこのシステムは西側諸国を驚かせたが、非常に高価なためか、構成が複雑すぎたためか、輸出は振るわなかったようだ。
それが、山口県と岡山県では使用不能状態にあったため、一部が迎撃できずに落下したということだろうと思われる。
少し走っていると、同じヤエザクラ隊の伊波と中谷が合流した。
伊波は一条と同じく陸軍のBDUを着用しており、中谷も私と同じ空軍のBDUである。
「伊波軍曹、中谷特技兵、2名、ただいま合流しました」
「あ、ああ―ご苦労」
伊波はかなり重そうなバックパックを背負って走っているが、全く息が切れていない。
どこまでも徒歩行軍を強いられる狙撃兵ならではの体力か、と羨ましくも思えた。
「しかし遠いな」
横田基地には日本国防軍空軍のほかに、在日米空軍の司令部や航空隊があり、相当に広く作られている。さらに女性専用の隊舎は滑走路や格納庫から、国道を一本挟んだ場所にあるため、かなり遠い。米軍には移動用の車両が提供されるようだが、我々は最新鋭装備をふんだんに配備される都合で車両に予算が回せず"走れ"と命令されている。
「乗って行きますか、日本のエースパイロットさんたち」
「ちょうど良かった、お邪魔させてもらおう」
助手席に座ったハミルトンから少し嫌味っぽく言われたが、ちょうど"同じ隊の米軍車両"に"遭遇"したため、相乗りさせてもらうことにした。
彼女らも軍服が異なり、装備品にも違いがある。我々と同じく陸軍と空軍で分かれているのだ。
「ちょっと飛ばしますよ」
運転席のルナに言われ、シートベルトをする間もないまま、車は急加速し、地下通路へ入り、国道を潜り抜ける。
軍用車両といっても、空挺用の車両で風を遮るウィンドウやドアは付いていない。身体に掛かるGと風圧に耐えながら、速度計を見ると75mph(120km/h)を表示していた。
確かこういったタイプの車両は75mphがリミッター速度に設定されていたはずで、舗装路とは言え、これはあまりに飛ばし過ぎだった――
「元MPのメアリーさん、この速度についてどう思いますか」
「まぁ、ルナ少尉なら仕方ないですね、基地の外ならお縄ですよ」
憲兵の経験があるメアリーが苦笑いしながら答える。
ルナはバイクによく乗るので、基本的に速度感がイカれている。この隊で、一番運転が荒いのはルナなので、もはや皆慣れている様子だ。
それでも一抹の不安を覚えていると、18という数字の振られた防爆格納庫が見えてきた。ほとんど減速しないまま、遠心力で旋回する方向とは逆側へ大きく車体を傾けて格納庫内に入っていく。
防爆の分厚いコンクリートに覆われた格納庫内には、鋭く尖った機首、前後に長い胴体、薄く細長い可変主翼を持ったC-4A 超音速ステルス輸送機が駐機していた。
庫内では、無限軌道を装備した整備ロボットや運搬ロボットが、忙しなく機体の状態を確認したり、燃料や荷物運び込んでいる。 このロボットたちは、司令を受けると自動で機体の準備を進めてくれる優れ物である。
その他、全体として省人化が進んでおり、人工知能によって自律飛行することも可能となったこの輸送機には、窓の付いたコックピットが存在しない。
食糧や着替えなどの入ったバックパックを車から降ろし、機体後部の貨物室ゲートへ向かう。
そこには、既に50式飛行戦闘装具を搭載した荷台が押し込まれており、超音速飛行能力を持たせる関係で、そもそも広くはない貨物室を更に占有している。
「50式のフル装備?歩兵用のライフルや弾薬もありますね……司令部のミスですかね――?」
ハミルトンが不思議そうに頭を傾げながら言う。
弾道ミサイル攻撃を受けた地域の救助や捜索活動を行うのに、なぜか機関砲や自動小銃、弾薬、プレートキャリアなど戦闘用装備がてんこ盛りで積み込まれていたのだった。
私を含めヤエザクラ隊全員が困惑していたところ、
「こんなギリギリのタイミングで変更か」
〈 目標地点:沖縄 〉
〈 第一任務:弾道ミサイル基地の破壊 〉
〈 第二任務:沖縄本島の情報収集を実施し、CO作戦開始まで待機 〉
〈 火器の無制限使用許可済み 〉
「我々向けの仕事のようですね、こうでなければ」
ルナが喜びをあらわに、語気を強めて言った。他の隊員も動揺はしていなかった。
そうだ。我々の仕事は、敵地深くに潜入し、標的を排除して、その後の大規模な軍事作戦の足掛かりとなるべく行動する。
むしろ、ヤエザクラ隊編制以来、ようやく正式なミッションが与えられたことを歓迎しているかのようだった。
「もうちょっと作戦名どうにかならなかったんですかね」
メアリーが冷静にツッコミを入れて、笑いを起こす。
CO作戦は、"クリーニング・オキナワ"の頭文字から来た直球過ぎる作戦名だが、遊撃隊員と一部の政府高官しか知らない立派な最高機密の軍事作戦である。
「参ったな、急な"長期出張"だな」
貨物室前方の座席に座り込みながら言う。
横田基地に配属され、3年が過ぎていた。 故郷ほどではないが、ほんの少しだけセンチメンタルな気持ちになっていた。
「長期といっても、15日ですから、1か月以上は確実に拘束される海外派兵よりは短いですよ」
「本当に15日で終わるといいが」
「そういうのを、古い言葉で"フラグを建てる"というらしいですよ」
「そうかい」
一条が茶化しを入れてきたので、軽く受け流した。
C-4Aのエンジンが始動すると、機体後部ゲートがゆっくりと閉扉してゆく、貨物室は乗員の目を慣らすため、減灯され暗くなる。管制塔からの離陸許可が下り、軽くエンジン音が高まると、滑走路へ向けてタキシングを開始した。
離陸前の最終確認として、可変翼、その先にある
少しして機体は滑走路に進入し、ターボファンエンジンのけたたましい音が響く。 旅客機の数倍はあろう強烈な加速Gを身体に与えて、地面をアフターバーナーで炙るように離陸した。
「離陸は人間のほうが上手い……」
小声でそう呟いた。
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