東雲 (鳩ポッポ)
しおりを挟む

東雲

この話を読む前に、下のURLからこの曲を聴いておくことをおすすめします。

https://youtu.be/ZDFFIuEb-7M

https://youtu.be/RM_qewetLo0


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 ザーッ

 

 全く自分のツキの無さには困ったものだ。卒業式の日に雨だなんて。柊太(しゅうた)は自分に悪態を吐いた。

 

 シトシトと雫が傘に落ちる。学校からの最後の下校も、終盤に差し掛かっていた。

 

「あっ」

 

 T字路を曲がると、幼馴染達がいた。足を止める。

 

「卒業おめでとう」

 

 柊太は二人にそう言った。

 

「そっちもでしょ」

 

 今井リサがそう言って返す。

 

「まぁね」

 

 三人は並んで歩き始めた。

 

「柊太って、進学先どこだっけ?」

 

 リサが尋ねた。

 

「○×大」

 

 柊太が口にしたのは、地方にある有名な大学だった。

 

「ここから離れることになるかしら?」

 

 友希那が更にそう尋ねる。

 

「そう。一人暮らし」

 

「えー。柊太大丈夫なのー?」

 

 一人暮らしと柊太が口にすると、心配そうにリサがそう言った。

 

「まぁ、友希那よりは大丈夫だと思うよ」

 

 そう柊太が口にすると、リサは「確かに」と納得していて、友希那は少しむくれていた。

 

「ごめんごめん。二人はこっちだっけ?」

 

「ええ。同じ大学よ」

 

 友希那が柊太の問いに答える。リサと友希那はどちらも、こちらのほうの大学に進むつもりのようだ。

 

「柊太。いつ、こっちを出るの?」

 

 リサが尋ねる。

 

「明日の夕方」

 

「結構すぐだね……」

 

「あっちでの生活に慣れなきゃいけないから、できるだけ早くね」

 

「そっか……」

 

 少しの間、雨音だけが響いていた。

 

「また、ライブに行くよ」

 

 柊太はそう言い沈黙を破った。

 

「今日会えて良かったよ。色々忙しくて、このままだったらメッセージ送るだけになってただろうから。あと、紗夜さん、燐子さん、あこちゃんにもよろしく」

 

 話しているうちに、家の前に着いていた。柊太、リサ、友希那の家は横一列に並んでいる。

 

「分かった。頑張ってね!」

 

「応援するわ」

 

 二人とも笑顔で励ましてくれる。

 

「それじゃ、またね。柊太。友希那はまた後で!」

 

 リサと友希那が、家の玄関に向かって歩き出す。ただ、柊太にはまだ伝えなければならないことがある。

 

「リサ」

 

 リサに。

 

「ん? どうしたの、柊太?」

 

 リサは傘を閉じようとした手を止め、柊太に向き直る。友希那もそうして二人を見た。

 

「話があるんだ」

 

 リサは、柊太の真剣な眼差しに気圧されそうになった。友希那も柊太のほうにやって来る。

 

「友希那は、外してくれないか?」

 

 友希那は、鋭い目付きで柊太を睨んでいた。

 

「すぐに終わる……頼む」

 

 更に柊太は、友希那に頭を下げた。リサは、この状況に少し混乱した。柊太が急に改まった態度になったと思ったら、友希那に懇願しているのだから。

 

「……わかったわ」

 

 しばらくの逡巡の後、友希那は了承して自宅に入っていった。

 

 柊太はリサに向き直る。

 

「ごめん。急に引き止めて」

 

「ううん。それで、話って?」

 

 ドクンドクン

 

 心臓がうるさい。これだけは言うと決めたんだ。リサが心配そうに見ている。

 

「リサのことが好きだ」

 

 柊太は雨音にかき消されないように、はっきりそう言う。リサが目を大きく見開いた。しかしすぐに、リサは目を伏せた。

 

「返事は、いらない」

 

 どう答えたらいいか悩んでいたリサは、柊太のその言葉に驚いて顔を上げる。

 

「リサが好きなのは、友希那だろ?」

 

 続くその言葉に、リサは更に驚いた。

 

「ごめん。バイト中に見ちゃったから」

 

 おそらく、柊太が見たと言っているのは、あの時のことだろう。見られた。それも幼馴染に。雨音が消えた気がした。

 

「女の子同士って……変?」

 

 震え声で、リサはその言葉を絞り出し、俯いた。リサには、これから何か言われるのではないかという恐怖があった。

 

「変じゃないよ」

 

 リサは顔を上げた。

 

「人を好きになるのって、男か女かなんて関係ないよ。俺がリサを好きになるのと、リサが友希那を好きになることに、何の違いがあるのさ」

 

 これが、柊太の真っ直ぐな本心だった。

 

「今日、リサに好きって伝えたのは、ただの俺のワガママだよ」

 

 リサは呆気にとられていた。まだ、世の中は同性同士の恋に必ずしも寛容では無い。だから、柊太も良く思っていないのかもしれないと思っていた。

 

「俺は、お似合いだと思う」

 

 クソ。声が震えてきた。

 

「そういうことだから。時間取らせて悪かった。じゃあ」

 

 早口でまくし立てるようにそう言って、柊太はリサに背を向けた。

 

「柊太!」

 

 柊太が傘を閉じ、家のドアに手を掛ける寸前、リサは呼び止めた。何か言わなければならない。しかし、言葉が出ない。

 

「元気で」

 

 柊太はそう言い残して家の中に入った。

 

 柊太は自分の部屋に入ると、ベッドに倒れ込んだ。最初からわかっていたはずなのに。なのに、どうして涙が出てくるのだろう。柊太のすすり泣く声を、雨音が消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とリサ、友希那は小学生の頃から、よくセッションをしていた。友希那はボーカル。リサはベース。そして俺がキーボード。中学生になって、俺はリサ達と別れて公立の中学に進んだが、それでもしばらくは交流が続いた。この時から、リサのことを意識していたと思う。

 

 友希那のお父さんが音楽を辞めてからは、友希那の様子が変わって、リサがベースから離れかけていた事もあって、セッションをすることも無くなってしまった。

 

 でも、高校生になって、リサが友希那を支えるためにベースを再び弾き始めた。俺は嬉しかった。友希那がRoseliaとして活動し始めて、昔のように笑うようになったからだ。CiRCLEでバイトをしていた俺は、Roseliaの練習を手伝ったり、ライブのサポートをしたりしていた。Roseliaのために必死に努力するリサの姿は、輝いて見えた。

 

 ただ、Roseliaがだんだんと有名になるにつれて、リサ達が遠い存在になるような気がしていた。それに、忙しいRoseliaの精神的支柱であるリサに、告白するのは迷惑ではないかとも思っていた。

 

 ある日のCiRCLEでの練習後だった。あこちゃんや燐子さん、紗夜さんはスタジオから出てきていた。しかし、リサと友希那が出てこなかった。だから、様子を見に行った。スタジオのドアの窓から中を覗くと、二人が()()を交わしていた。その時に、もうこの二人は恋仲なんだと悟った。もうリサの心を掴むことは出来ない。友希那なら仕方ないと思えてしまった。あの日も、シトシトと雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 柊太はむくりと起き上がった。泣きながら寝てしまったようだ。枕に涙の染みが付いている。

 

 スマホで時刻を見る。午前三時を回ったところだ。カーテンの向こうからまだ雨音が聞こえる。

 

 部屋を見回した。部屋の真ん中に、ダンボールなどが積んである。一人暮らしする部屋に持っていく予定のもの達だ。そしてその横に置いてあるものを、柊太はカバーから出した。

 

 それにヘッドホンを繋ぐ。流石に、未明の時間帯に音が出るのはまずい。

 

 ……♪ 

 

 相棒であるキーボードに触れる。最近忙しくて、ほとんど弾いていなかった。好きな曲を指慣らしに弾いてみる。そのまま、メドレーにしてみる。Roseliaの曲を中心に。彼女たちの成長の軌跡が音の奔流となって押し寄せてくる。指が温まってきた。

 

 あの曲を弾こう。不意にそう思った。今の、悲しいけれど、どこかスッキリしたようなこの気持ちを表すにはピッタリだと思った。

 

 

 

 

 

「僕のことをそんな目で見ないでよ」

 

 

 

 

 

 弾き始めと同時に口ずさむ。きっと今日この時ほど、この曲に相応しいタイミングはないだろう。気持ちを鍵盤に乗せて弾き続ける。何だか漠然といいなと感じていた曲が、昨日の告白を経て、実感を伴っていいなと感じられる。

 

 

 

 

 

 僕のことを そんな目で見ないでよ

 

 ほんのちょっとだけ眩しすぎるんだ

 

 傘を立ててよ 距離が恋しいんだ

 

 この雨が上がる前に 

 

 

 

 

 

 君の目線に、俺は勝手にドギマギしていた。「どうしたの?」って聞かれて、「なんでもない」って誤魔化していたけど、本当は君に近づいていきたかった。

 

 

 

 

 

 案外悪くない こんな気分も

 

 そうかい 馬鹿にはつける薬もない

 

 見飽きた理想 思考の自傷

 

 記憶の囚人は

 

 溺れずに 眠れるかな   

 

 

 

 

 

 俺の望んだ理想は、もうやってこない。友希那より早く告白していれば違ったかもしれない。そう悩み続けた。

 

 

 

 

 

 いっそ雲にでも覆われて

 

 ゆらりはらり溶けていけたら

 

 僕の奏でる 恋の物語(はなし)

 

 君に聴いてもらえたかな

 

 

 

 

 

 いや、きっとそこに俺の入り込む余地はない。

 

 

 

 

 

 ああ これでやっと息ができるわ

 

 東雲の歌がする 許されるのなら

 

 

 

 

 

 でも、思いを伝えることくらいは、やっぱり許して欲しかった。

 

 ラストスパート。誰に届くわけでもない。だけど、全力で奏で続ける。

 

 

 

 

 

 君のことは ずっと忘れないだろう

 

 ほんのちょっとだけ幸せすぎたんだ

 

 傘を回すよ 歌が聴きたいんだ

 

 この雨が上がる前に

 

 

 

 

 

 君の側にいるだけで、俺は幸せだったんだ。でも、これ以上は、望んじゃいけない。

 

 

 

 

 

 明けない夜はないから

 

 

 

 

 

『シノノメ』を弾き終えた柊太は、カーテンを開ける。すると、雲の隙間から太陽が覗いていた。東雲(シノノメ)。正に、その風景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、バンドリ二次小説を中心に投稿している鳩ポッポです。今回また、H.S.Fに参加させて頂き、ありがとうございます。僕の他の作品も、興味があれば覗いていただけるとありがたいです。

毎週火曜日18:00更新↓
https://syosetu.org/novel/285954/

非常に不定期な更新(前回更新半年前)↓
https://syosetu.org/novel/264408/




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。