超人ドリームマッチシリーズ【ホークマンvsブロッケンJr.】 (頭上の鷹)
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vsアイドル超人3部作、第一弾ホークマンvsブロッケンJr.

第一話「その男、パリに立つ。の巻」

 

フランス、パリ。観光客で賑わうシャンゼリゼ通りを歩くその男は、オシャレな街並みには目もくれずひたすらに目的地を目指していた。周囲からは奇異の目で見られていたがそれもそのはず、男はもう夏だというのにロングコートを羽織り、帽子を目深に被っているのだ。

 

母国よりフランスに着いてからずっとこの格好だ。暑くないわけではなかったが、男は姿を晒すわけにはいかなかった。

 

(こんな観光地では表立って歩くのは避けねぇとな)

 

人目につく表通りを抜け裏街へ入った瞬間、明らかに空気が変わったのを感じ、男は目的地が近いのを感じた。

 

(匂うな……乾いた血と汗の匂いだ)

 

それを辿って見付けたのはくたびれた一件のパブだ。〈鉤爪亭〉と書かれた看板には色のハゲたビールジョッキを鷲掴みするハゲタカの絵が描かれている。男が当たりを確信し近付くと、軒先に立っていた見るからに腕自慢のチンピラが睨み付けてきた。

 

(イキがいいじゃねぇか)

 

帽子の下で含み笑いを浮かべながら男はチンピラに一瞥くれてやる。

 

「ヒイッ! 」

 

悲鳴を上げてチンピラは腰を抜かした。それなりに修羅場を潜ってきたのであろう彼は、一目で自分と男の圧倒的な実力差を悟ったのだ。

 

「良い子だぜ。無駄に怪我なんざするもんじゃあねぇやな」

 

帽子の男はぽんぽんとチンピラの肩を叩いて労い、颯爽と〈鉤爪亭〉のスイングドアを通り抜ける。その瞬間──ざわわっと大勢の視線が浴びせられたのを感じた。

 

「……………」

 

突き刺さる視線の矢をものともせず、帽子の男は堂々とど真ん中を歩き、カウンターに立つ恰幅のいいバーテンダーに話しかける。

 

「一杯くれよ。ビールがいいな」

「いいのかい?」

「何がだよ?」

 

男はバーテンダーの言葉に首を傾げた。

 

「アンタ超人だろ? ここに何しに来たかは分かってるんだ。酒なんか飲んで大丈夫かい? って聞いてるんだよ」

「……話が早くて助かるぜ」

 

ニヤリと笑うとバーテンダーもまた笑い返してくる。

 

「アンタも平和な世の中で力を持て余してる口だろ? ここは刺激的な社交場になるぜ、ククク」

 

バーテンダーの下卑た笑みに覚えた苛立ちを、男は帽子を目深に被り直して飲み込んだ。

 

「ならとっとと案内しなよ。その退屈しねぇ社交場とやらに」

「案内? その必要はねぇな」

 

バーテンダーが近くに垂れ下がった紐を引いた途端、バタン! 大きな音と共に男の立っていた床に大きな穴が空く。

 

「ゲーッ! こんな仕掛けがあったとは!」

 

落ちた穴はトンネル状になっており、その中を高速で滑り落ちていく。やがて空気に湿ったものが混じり始め、男は身構えた。トンネルの出口で身を翻し見事に着地、立ち上がって周囲を見回すとそこには──

 

『ワーワーワー!!』

『オオオオオッ!』

 

足元には広がる真っ青なマット、それをぐるりと囲む三本のロープ、繋がる四方には赤と青の柱一本ずつと白い柱が二本、それを支える鉄柱──そこは紛れもなく格闘技リングだった。

 

「来たぞ来たぞ! 今日の獲物だ!」

「さっさとツラ見せろ!」

「今日は賭けになるんだろうな!?」

 

怒号のような荒ぶる歓声をあげるのは血に飢えた荒くれ共、誰も皆その手には酒かクシャクシャの紙幣が握られている。ここは明らかな違法賭博の現場で、今自身はそこに巣食う連中の見せ物にされているのだ。しかしその様子にも男は嫌悪することなくむしろ少し高揚していた。

 

(へっ、随分昔を思い出しちまったぜ)

 

口笛、 罵声、怒号飛び交うリング上は、どことなく男の原風景を思わせていた。脳裏によぎるのはもう何年も前のデビュー当時のリング、決まり手はブレーンクロー。もうすっかり忘れかけていた。

 

「気に入ってもらえたかね?」

 

振り返ると、リング下にさっきのバーテンダーが立っていた。

 

「悪くねぇな」

「それならとっととそのコートと帽子を脱いじゃあくれんかね。出場選手が正体不明じゃあ賭けをはじめられねぇ」

 

バーテンダーの後ろには賭けを仕切るディーラーらしきスタッフが控えていた。

 

「そのままで試合できるならアンタはいいんだろうけどね、こっちも商売だ。名無しじゃあ困るんだよ」

「そうかい。なら、とくと拝みな!」

 

男は羽織ったコートを一息に脱ぎ去る。その下から現れたのは──襟まで引き締められた上着、首元に光る十字架、無駄のない機能美に彩られた全身深緑色の出で立ちは、まさに規律正しい軍人そのものだった。そして目深に被っていたハンチング帽子を指で弾くと、服と同じく緑色の帽子の中心で、銀色の髑髏の紀章がギラリと光った。

 

照り付けるオレンジの照明の下、全てを曝け出したその男は、帽子の下から覗く目で静まり返った観客席を見渡した。

 

「どうだいこの顔は? こんな男前じゃあ賭けにならねぇか?」

 

男が不敵な笑みを浮かべると同時に、驚嘆の声がリングを揺らす。

 

『ゲーッ! ブロッケンJr.ーー!!』




こちらの作品は1部ごとに1〜2試合ほどを書いています。
今作は全6話を予定しています。
次回はまた明日投稿予定です。


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