ガンダムブレイカー・シンフォニー (さくらおにぎり)
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1話 始まりのプレリュード

 久々、本当に久々にハーメルンで小説作品を投稿します。
 今回はガンダムブレイカーバトローグの世界観をベースにした二次創作です。
 よろしければ、1話をどうぞ。


 宇宙に浮かぶ、巨大な筒状の物体。

 それは無惨にも壊されて、しかし元の姿に戻されることはない。

 何故ならばここは、『U.C.(ユニバーサル・センチュリー)』――宇宙世紀と呼ばれる時代の、全ての始まりの場所であり、百年近くに渡って人々の魂を地球の重力に縛り付けてきた所以でもある場所だからだ。

 

 旧首相官邸ラプラス。

 

 U.C.0001年1月1日0時0分にテロリスト集団によって爆破された(一説には自作自演であるともされる)首相官邸であり、宇宙世紀の原初の地として、U.C.0096の時点までそのままの状態で遺されている。

 

 荒廃して悠久の時が過ぎ去ったその地を、二つの閃光――ガンプラが交錯する。

 

 ひとつは、大きく広がった肩に細長く鋭利な指先、長髪を思わせる頭部形状と華奢なボディから、異形でありながらどこか女性的なシルエットを持つ――『キュベレイ』

 一見すると然程大きな改造を施されていないが、細部には一朝一夕では仕上がらない作り込みが見え隠れする。

 

 もうひとつは、キュベレイと比べても二周りほども小さく、胸のドクロレリーフと背中の骨の十字架が特徴的なガンダム――『クロスボーンガンダムX1』だ。

 

『さぁっ、GBフェスタもいよいよ大詰めです!』

 

 響き渡る歓声の中で、会場に投影される複数のモニターと共に、女性MCがマイク越しに実況していく。

 

『前大会の優勝者『テンノウジ・ミカド』選手のキュベレイ!そして今大会初出場にして最強のダークホース『オウサカ・リョウマ』選手のクロスボーンガンダムX1!果たして勝利の女神が微笑むのはどちらなのか!瞬きひとつ見逃せません!』

 

 

 

『……行けファンネル!』

 

 中距離からの小競り合いの応酬の最中、不意にキュベレイが腰部のコンテナを開き、その中から複数の誘導端末――ファンネルを放つ。

 ファンネルによる射撃と、腕部のビームガンとの波状攻撃が容赦なくクロスボーンガンダムX1へと攻めたてる。

 

『オウサカ・リョウマ……初出場で俺の前に立ったこと、それは褒めてやる』

 

 なおも苛烈な射撃を叩き込むキュベレイ。まさにビームの雨のような攻撃を前に、さすがのクロスボーンガンダムX1と言えども一旦引けを取るしかない。

 

『だが、それもここまで、だ。お前はここで潰す。完膚なきまでにな!』

 

 キュベレイは袖口からビームサーベルを抜き放ち、なおもファンネルからのビームに対応しているクロスボーンガンダムX1へと迫る。

 ファンネルの攻撃が止むと同時にキュベレイが斬り掛かるが、クロスボーンガンダムX1はすぐに反応し、ザンバスターからバスターガンを切り離し、ビームザンバーとしてキュベレイのビームサーベルを受ける。

 衝突、鍔迫り合い。

 しかしそれも長くは続かせず、一撃、二撃とビームサーベルとビームザンバーが交錯し、反撃にクロスボーンガンダムX1がビームザンバーを横薙ぎに振るうが、キュベレイはその場で上昇して躱す。

 

『こいつで、終わりだ!』

 

 瞬間、クロスボーンガンダムX1の周囲をファンネルの群れが取り囲んでいた。

 斬り合いの最中、キュベレイはファンネルを使っていなかったように見えたが、少しずつファンネルを誘導していたのだ。

 即座、十のビームがクロスボーンガンダムX1目掛けて放たれた。

 

「まだだッ!」

 

 回避は不可能。

 しかしクロスボーンガンダムX1はキュベレイの点在する方向へ突進する。

 直撃するビームはA.B.C.(アンチビームコーティング)マントによって弾かれ、もう使い物にならなくなってしまう。

 だが、この攻撃さえ凌げれば十分だ。

 

『この……しつこい!』

 

 左手のビームガンを連射をやめて、キュベレイは再びビームサーベルで斬りかかる。

 対するクロスボーンガンダムX1もキュベレイを迎え撃つ。

 再びビームサーベルとビームザンバーの衝突。

 鍔迫り合いにはならず即座に双方弾かれ、キュベレイは左袖口のビームガンから直接ビームサーベルを発振させ、トンファーのようにして下から振り上げようとするが、クロスボーンガンダムX1は返す刀でこれもビームザンバーで弾き返し、

 

「行けェッ!!」

 

 スロットルを最大に開き、左肩からキュベレイへショルダータックルを敢行する。

 

『ぐぉっ!?』

 

 バーニアの加速のままにクロスボーンガンダムX1に押し出されるキュベレイ。

 それは崩壊したラプラスの外壁を突き破り、両者とも内部へ雪崩れ込む。

 

 互いに揉み合いながらも激しくビームサーベルとビームザンバーで斬り合う両者。

 

 クロスボーンガンダムX1のビームザンバーの一閃がキュベレイの左肩のバインダーを斬り落とし、キュベレイの至近距離のビームガンがクロスボーンガンダムX1のフロントスカートを焼く。

 

『クソッ、何で、何で墜ちない!?』

 

 操縦桿を握るミカドは、掌に汗が滲んでいることを感じる余裕すもないほどに焦っていた。

 今大会、破竹の勢いで決勝戦まで登り詰めてきた彼にとって、目の前のクロスボーンガンダムを操る高校生の少年の戦いぶりは、危機感を募らせるほどだ。

 機体性能は劣っているどころか、むしろこちらが上のはずなのに。

 相手は初出場のルーキーだと言うのに。

 そんな意識の合間を縫うように、不意に突き出されるクロスボーンガンダムX1のビームザンバーを咄嗟に躱し、しかしボディを掠める。

 普通の反応ではまず避けられなかっただろう、反射で操縦桿を捻っていなければと思うとゾッとする。

 

『……なめるなァッ!』

 

 敗北の恐怖を無理矢理怒りへと変換し、クロスボーンガンダムX1のビームザンバーを躱しながら、キュベレイは再三四度にビームサーベルを振り翳す。

 その一撃はクロスボーンガンダムX1のビームザンバーを持つ右腕を肩から斬り落として見せる。

 

『(勝った!)』

 

 ミカドは勝利を確信した。

 

『……最後に良いことを教えてやろう。お前の敗因は、……なにっ!?』

 

 焦りと恐怖を味あわせてくれた相手に、皮肉のひとつでも……と思ったミカドだが、クロスボーンガンダムX1が次に取った行動に驚愕する。

 クロスボーンガンダムX1は、()()()()()()()()()()()()()()()、まだビームザンバーが握られているそれをキュベレイに振り下ろす。

 

『は、しまっ……』

 

 振り下ろされた一撃をどうにか躱すキュベレイだが、右腕を肩ごと斬り落とされる。

 ならばと左のビームサーベルを抜き放とうとするキュベレイ。

 しかしそれはクロスボーンガンダムX1の蹴りによって妨げられ、無防備を曝してしまう。

 その間にもクロスボーンガンダムX1は左腕のブランドマーカーを展開、ビームスパイクを発生させて迷いなくキュベレイのバイタルバートへと打ち込んだ。

 

「……最後に良いことを教えてやるよ。あんたの敗因は、」

 

『クッソォォォォォォォォォォ!!』

 

 コクピットに当たる部位を焼かれ、キュベレイは爆散する。

 

 キュベレイ、撃墜。

 

 

 

『決まりました!第十回GBフェスタ、優勝者は……』

 

 モニターに、左腕を力強く掲げるクロスボーンガンダムX1が大映しになる。

 

『オウサカ・リョウマ選手とその愛機、クロスボーンガンダムX1でーす!!』

 

 直後、会場を打ち震わせるほどの大歓声が発される――

 

 

 

 

 

 出会い。

 それはいつだって突然で、しかし必然で、心の準備など出来てもいなくて。

 なのに時間だけはいつもマイペースで、急いでくれなければ待ってもくれない。

 誰にでも平等で、でも不平等で、無責任で。

 一瞬のように過ぎて行く中と言うのは、ある種の閉塞感があって。

 何かが変わるきっかけはどこにも無くて、でもどこにでもあって。

 それを見つけられるかどうかは、自分でも分からなくて。

 あぁしよう、こうしようと思い浮かべたところで、実際の前にはそんなことに意味はなくて。

 だから結局は手探りで、いきあたりばったりで。

 大成功で上手くいくかもしれないし、大失敗で取り返しがつかないかもしれないし、あるいは何も変わらないかもしれない。

 それでも、一歩を踏み出さなくては変われるものも変わらない。

 それをどうするかを決めるのは、自分だ。

 

 たった一歩。

 

 何気ない傾きひとつが、繋がり合って、重なり合って、やがてそれがひとつになるかもしれない。

 

 これは、一人ひとりの想いが何かを変え、『響き合う』物語である――。

 

 

 

 

 

 夕焼けの茜色が、世界を優しく染めていく中、スマートフォンから着信音が鳴る。

 少年――『オウサカ・リョウマ』はスマートフォンを懐から取り出して起動させる。

 ブラウザからサイト『ガンスタグラム』へとジャンプすれば、画面内には様々な写真が並ぶ。

 日本人ならば知らぬ者はいないだろう、ガンダムのプラモデルこと、ガンプラ。その画像だ。

 

 一昔前、某国共産党の陰謀によってウイルス研究所から、新型ウイルスとは名ばかりの生物兵器が世界中に撒き散らされ、何年にも渡って感染と変異を繰り返して人類を苦しめた。

 その余波で在宅時間が増えたことによってガンプラの需要が爆発的に高まり――それと同時に、ガンプラを買い占め、あるいは万引きした上で定価の数倍で転売して金儲けをする『転売ヤー』が跳梁跋扈し、フリマサイトでは法外な価格でガンプラが転売されるようになり、低価格で大人も子どもも楽しめるホビーは、いつしか『転売するための商品』に成り下がった。

 

 ――その実態は、問屋がガンプラを差し押さえ、フリマサイトと癒着しての出来レースを行っていたのだが――

 

 しかしそれらは既に過去のことであり、次第に『フリマサイトからの購入は問屋や転売ヤーにエサをやるようなものだ』と言う風潮が流れ始め、フリマサイトの登録会員数は激減、ガンプラを転売しようにも売れなくなった転売ヤーは次々に爆死、破産によって難民化し、都心部にはホームレスが頻出するようになり、路上でガンプラを売ろうとするその様子はモデラー達から「ざまぁ・もう遅い」のレッテルを貼られ、指を差して嘲笑われる顛末となった。

 

 今ではホビーショップや量販店などの売り場には多種多様なガンプラが元通りに並んでおり、再び『低価格で大人も子どもも楽しめるホビー』としての商品価値を取り戻している。

 

 それはともかく、リョウマはガンプラ専門の投稿サイトの更新を確認しているのだ。

 

 その中でも、フォロー新着の項目をタップして情報を更新すると、

 

「お、『セイスイ』さんが更新してる」

 

 気に入っているフォローユーザーが最近に投稿しているのを見て画面をタップ、作品を閲覧してみる。

 

 セイスイ:引っ越しの片付けも粗方終わったところで、新居最初の投稿は、オリジナルカラーのAGE-2ノーマルです!でも明日は転校初日なので、コメントの返信は遅くなるかもしれません、ごめんなさい(m(_ _;)m)

 

 表示画像には、華やかな淡紅色に塗装された『ガンダムAGE-2 ノーマル』の写真が挙げられている。

 

「(今回はAGE-2 ノーマルか。この人がピンク系の塗装をすると華やかになるなぁ……っと、いいねとコメントしとかないと)」

 

 いいねの項目を押してから、リョウマは素早くコメントを入力しようとするが、

 

「もう、歩きスマホはダメだよリョウくん。危ないんだから」

 

 隣で歩いている、ふわふわしたクリーム色の髪を靡かせる幼馴染みの少女――『ナカツ・チサ』から窘められた。

 

「おっと悪い。セイスイさんが更新してたから、ついな」

 

 ちょっとだけ待ってくれ、とリョウマは足を止めてからコメント欄に文字を打ち込む。

 

 リョーマ:これはふつくしいAGE-2、目の保養です!転校も大変なようですが、頑張ってください。

 

 コメントが投稿されたのを確認してから、スマートフォンを鞄へ仕舞うリョウマ。

 

「セイスイさんって……リョウくんのフォローさんだっけ?」

 

「俺達と同じ学生らしいな。明日には転入生デビューするらしい」

 

「へぇー、まだ五月の半ばなのに転校なんて大変そうだね」

 

 とは言え、画面の向こう側にいる相手のことなど気にしても、せいぜいコメントで何か言ってやるしかない。

 

「そう言えばリョウくん、今年の夏休みも出るの?」

 

「出る?何がだ?」

 

「えっと、ガンプラバトルの大会。去年の夏、優勝したーってアレ」

 

「あぁ、GBフェスタのことか。今年も出るつもりだ」

 

「そうなんだ。じゃぁ、今年も優勝だね」

 

「やるからには優勝を目指すつもりだが……まだ決まったわけじゃない」

 

 優勝すると信じて疑わないチサに、リョウマは苦笑する。

 

「それに、今年のルールもまだ公開されてないしな。去年は一対一のトーナメント方式だったが、今年はどうだろうな」

 

 過去には、多数のNPD機を相手に最後まで生き延びるサバイバル形式だったり、複数人でのチーム戦、あるいはチームを組んでの一対一の団体戦だったり、毎年ルールが異なる。

 

「そっか。でも、どんなルールでもリョウくんなら、きっと優勝出来るよ」

 

「チサのためにも、期待は裏切れないな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そうして他愛もない会話をしている内に、いつも二人が別れる地点に着く。

 

「それじゃリョウくん、また明日ね」

 

「おぅ、また明日な」

 

 互いに別れを告げて、チサが曲がり角を曲がるまで見送ってから、リョウマも踵を返そうとして――「あ」と思わず声を出した。

 

「(そういや、モンザレッドとニュートラルグレーが切れてたっけ……買い足しとくか)」

 

 いつも自分が使う塗料のことを思い出し、自宅への帰路を外れて別の場所へ向かう。

 行く先は、行き付けのホビーショップだ。

 

 

 

 学園から少し離れた場所まで来て、リョウマはその光景に目を止める。

 

「お……」

 

 夕焼けに照らされて幻想的な輝きを纏う、見目麗しい美少女。

 

 チサも密かに学園内ではファンがいるほどには可愛らしい少女だが、目の前にいる相手はチサと同等か、あるいはそれ以上だろう。

 一目見るだけで、雑誌の表紙にでも載せられそうな容姿だが、険しい表情でスマートフォンの画面を見ながら頻りに辺りを見回している。

 道に迷っているのだろうか。

 しかし見知らぬ男が声を掛けても良いものかとリョウマは思考する。

 ここは閑静な住宅街で、周囲に他の人間はいない。

 警戒させて気分を害させるかもしれないが、無視するのも後味が悪い。

 意を決して、リョウマは声をかけることにした。

 

「何かお困りですか?」

 

 近づき過ぎない程度の距離を保ち、敬語を使いつつ自然体で話し掛ける。

 

「え?」

 

 すると美少女は跳ね返ったように振り向き、そこにリョウマがいることに気付く。

 

「あ、えぇと……道に迷ってるといいますか」

 

 躊躇っているようだが、美少女の方も意を決したように訊ねてきた。

 

「あの、すみません。この辺りに、『甘水処(スウィートウォーター)』ってホビーショップがあると思うんですけど、どこにあるか分かりますか?」

 

「…………俺、今からそこに行こうとしてたんですけど、ついでだから案内しますよ」

 

 どうしてこんな美少女がホビーショップなどに用があるのかと思うところだが、深くは詮索すまいとして、案内を買って出るリョウマ。

 

「本当ですか?良かったぁ、この町に来るの初めてなんで、不安だったんです」

 

 ホッと安堵する美少女。

 とりあえず、ナンパだと思われなかったようだ。

 こっちです、とリョウマは美少女の一歩先へ出て、ついてくるように諭した。

 

 

 

甘水処(スウィートウォーター)

 

 一見すると甘味処のような店名だが、れっきとしたホビーショップである。

 案内と言っても、僅か数十m程度の距離しか無かったのだが。

 

「こんな近くにあったの……」

 

 どうして気づかなかったんだろ、と美少女は啞然としている。

 

「俺、ここで買う物があるんですけど、寄りますか?」

 

「あ、私は買い物とかじゃなくて、品揃えを見に来るつもりで……とりあえず入りましょう」

 

「そうしますか」

 

 入店を告げるブザーと、「いらっしゃいませー」と言う微妙に気怠げな女性の声が届く。

 その声を聞いたリョウマは顔を顰めつつ、レジカウンターの方へ目を向ける。

 

「仮にもオーナー様なのに挨拶がおざなりってのはどうなんだ、『アイカ』さん」

 

 レジカウンターの向こうでタブレット端末を打ち込んでいる若い女性。

 

「ん?なんだリョウマか」

 

 この女性――『オウサカ・アイカ』は、リョウマの顔を見るなり塩対応な態度を見せる。

 

「……いくら従姉弟とは言え、俺はお客なんだが?」

 

「お前相手に畏まる理由が無いからな」

 

 明け透けに言ってのけるアイカに、リョウマは露骨に嫌な顔をするしかない。

 

 彼女はリョウマと少し歳の離れた従姉弟であり、学生の頃は首都圏の大学を飛び級かつ首席で卒業するほどの才女だが、どう言うわけか町中のホビーショップのオーナーを務めるようになった。

 アイカ本人曰くは「大学を出ても良いことは無かった」「叔父の頼みだから仕方なかった」などと冗談めいたように言っているが、多分に本音では無かろうかとリョウマは捉えている。

 

「それでそっちのお嬢さんは……あぁ、彼女か。いいご身分になったなリョウマ」

 

 アイカの視線が、リョウマの一歩後ろにいる美少女に向けられる。

 

「か、彼女っ!?」

 

 アイカにリョウマの彼女と見られてか、美少女は頬を赤らめて声を裏返す。

 リョウマはもう一度溜息をついてから弁明する。

 

「ただの通りすがりだよ。ここに来ようとしていたらしいが、この町に来たのは初めてで、道に迷ってたみたいでな」

 

「なんだつまらん。そこは嘘でもいいから「その辺で口説いて連れてきた」とでも言えばいいだろう」

 

「嘘を言ってどうする嘘を」

 

 あーだこーだと言い合うリョウマとアイカを見かねてか、美少女が割って入った。

 

「あ、あのっ、こちらの人には親切にしてもらっただけですから……商品、見てもいいですか?」

 

「あぁ、どうぞどうぞ。ごゆっくりと」

 

 わざわざ許可を得る必要も無いのだが、アイカが頷くの確認してから美少女は店内を見回る。

 

「じゃ、俺も必要な買い物をするとしますか……」

 

「ところで、展示用の新作はもう出来たのか?」

 

「その新作を作るための買い物しに来たんだろうが」

 

 従姉弟であるのを良い事に、アイカはリョウマにショーケースを彩るための製作代行も請け負ってもらっており、リョウマもその報酬で小遣い稼ぎが出来るので、文句は言いにくい。小言のひとつくらいは言うのだが。

 

 リョウマは塗料のコーナーからモンザレッドとニュートラルグレーの小瓶を手に取る。

 

「(さて、他に何か足りないのはあったか……)」

 

 ふと思い出したのはこの二色だけだが、他に不足しているものは無かったかと品揃えを眺めていると、

 

「返せよ!俺のバルバトス!」

 

 不意に、剣呑な声が聞こえた。

 

「ん?」

 

 どこから聞こえたと思えば、店舗の売り場と繋がっている、ガンプラバトルシミュレーターの筐体を設置しているバトルブースからだ。

 その声を聞きつけたのか、美少女もそこへ向かっている。

 何か起きているようだ。

 そう判断したリョウマは手にしていた塗料を一度売り場に戻してから、バトルブースへと入室する。

 

「だからさ、ヘッタクソのお前の代わりに、俺がこいつを有効活用してやるって言ってんの。分かる?」

 

「あんたには関係ないだろ!」

 

 見れば、中学生くらいの男子と、大学生くらいの男が何やらガンプラを巡って言い争っているようだ。

 どうやら、自分が勝ったからと言って中学生のガンプラ――ガンダムバルバトス(第四形態ベースのカスタム機のようだ)を取り上げようとしているらしい。

 すると、意を決したように美少女は出入り口から踏み出して声を張り上げた。

 

「やめなさいよ!その子は返せって言っているのに!」

 

「はん?」

 

 美少女の声に気付いて、男は睨むようにそちらへ向き直る。

 

「そ、そうだ!この人の言う通りだぞ!」

 

 味方が増えたと思ったか、中学生は強気になって言い返すが、対する男の方は意に介していない。

 

「分かった分かった。こいつを返す代わりに、君が俺と遊んでくれるってわけね」

 

「……そんなこと誰も言ってないでしょ」

 

 遊んでくれる、と言う言葉に嫌悪感を示す美少女。

 

「まぁ、これはもういいか……ほらよ」

 

 男は手にしていたガンダムバルバトスのガンプラを『投げ付けてやった』。

 しかしそれは中学生の手元ではなく、足元だ。

 

「あっ……」

 

 当然、それは床に落ちる。

 しかも落ち方が悪かったのか、ガンダムバルバトスの左肩のボールジョイントが半ばから折れてしまった。

 

「ひどい……わざとやったの!?」

 

 その蛮行を目の当たりにして、美少女は非難を強めた。

 

「返してやっただろ?じゃ、俺とちょっとそこまで付き合ってもら……」

 

 そう言いながらも、男は美少女の肩を掴もうと迫り――

 

 その手は第三者の手によって払われた。

 

「ちょっとオイタが過ぎるんじゃないか、お兄さん」

 

 そこへ介入したのは、ついに見かねたリョウマだった。

 

「あ?誰おま……ひっ」

 

 男はリョウマの目を見て、怯んだ。

 常日頃からガンプラバトルと言う鬼気迫る戦いを繰り返している彼の目付きは鋭い。背丈の高さもあって、その気迫は並ではない。

 

 

「自分のビルダーセンスが無いからって、他人のガンプラを取り上げようって言うのは、……いや、それを転売するつもりだったのか?」

 

 薄汚い転売ヤーが、とドスと殺気を込めて返してやる。

 

「まぁいい……お兄さん、俺とガンプラバトルしろよ。あんたが勝ったら俺のガンプラをくれてやってもいいし、ここで起きたことも黙っといてやる。負けたら……そうだな」

 

 リョウマの視線が、後ろにいる中学生に向けられる。

 

「弁償として、彼に新品のバルバトスを買ってやるって言うのはどうだ?転売で私腹は肥えてるんだし、安い買い物だろう?」

 

「……い、いいぜ、その勝負乗った」

 

 怯みながらも頷いた男を見て、リョウマは「よし言質ゲット」と頷きながら、鞄の中からガンプラのケースを取り出した。

 

「あの、良かったんですか……?」

 

 賭けバトルを始めようとするリョウマを、美少女は心配そうに見つめてくる。

 

「良かったって、何がです?」

 

「負けたら、ガンプラをくれてやるって……」

 

「大丈夫です」

 

 そう言いつつ、ケースを開いた。

 

 1/144スケールのガンプラとしてはやや小さめのサイズ。

 黒灰色のマントに覆われたその全貌は見えないが、隙間から見えるだけでもかなりの完成度だと分かる。

 背中に骨の十字架(クロスボーン)を背負い、額に埋め込まれたドクロレリーフを持つ、そのガンプラは。

 

「俺のクロスボーンガンダムは、負けませんよ」

 

 クロスボーンガンダムX1。

 宇宙海賊クロスボーン・バンガードの、"海賊のガンダム"だ。

 

 

 

 スマートフォンを筐体にセット、アプリ内のパーソナルデータが認証される。

 続いて手持ちのガンプラも筐体に置き、スキャンされて情報が読み込まれていく。

 

 オフラインモード、フリーバトルと設定されていき、バトルフィールドがランダムセレクト、『アーレス』が選択される。

 

 原典作品は『鉄血のオルフェンズ』で、火星軌道上に点在するギャラルホルン火星支部の司令部だ。

 原作では、宇宙港『方舟』へ向かうために大気圏を離脱した鉄華団の面々の前に、案内役であるはずのオルクス商会と、裏で結託していたギャラルホルンとの戦闘になる場所だ。

 

 ホログラムで生み出された操縦桿を握る。

 システムオールグリーンを確認、出撃準備、完了。

 

「オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃()る!」

 

 リョウマが操縦桿を勢いよく押し出せば、クロスボーンガンダムX1は背中の四基のフレキシブルスラスターを炸裂させ、ゲートを飛び立った。

 

 赤い火星と軍港を背景に、クロスボーンガンダムX1は宇宙を駆け抜ける。

 このフィールドは、全体の1/4が火星の重力圏内であるため、迂闊に火星に近付き過ぎると、重力に引っ張られてそのままフィールドアウト――即負けになってしまうのだ。

 

「さて、重力には気を付けつつ、……来たか」

 

 前方より敵対反応を確認。

 

 白と青を基調としたカラーリングに、背中から翼のように広がる六枚のバインダー。

 

「『Hi-νガンダム』……それもRG(リアルグレード)か」

 

 転売ヤーらしいガンプラだ、と目を細めるリョウマ。

 一時期、このRGのHi-νガンダムは量販店には並ばないために真っ当な手段で入手することはほぼ不可能、法外な価格で転売されているのを購入するしか無いほどの代物であった。

 今ではそんなことは無いのだが、これはその当時の残滓だろうか。

 

『そら堕ちろ!フィンファンネル!』

 

 開幕一番に、Hi-νガンダムは背部のフィンファンネルを展開、六枚のバインダーが自立機動を始め、クロスボーンガンダムX1を取り囲むと、一斉にビームを放ってくる。

 クロスボーンガンダムX1を覆うマント――ABCマントならば、ビーム数発の直撃は凌げるが、無駄に被弾してやる理由はない、リョウマはビームを掻い潜り、即座にフィンファンネルを撃ち落とそうとウェポンセレクターを回す。

 しかし、何かに気づいて「あ」と声を洩らす。

 

「……ザンバスターが無い」

 

 ビームザンバーとバスターガンを連結させてビームライフルとして使用出来る、その主武装が装備されていない。

 マントで覆っていたために、気付かなかったのだ。

 

『ははっ、ほらほら避けてみせろよ!』

 

 ライフルの類が無いと見抜かれたか、Hi-νガンダムはさらに苛烈にフィンファンネルによるオールレンジ攻撃を仕掛けてくる。

 次第に、フィンファンネルのビームがABCマントを掠めていく。

 

「少し面倒だが……まぁ、いいか。ファンネルの動きもワンパターンだ……」

 

 だが、当のリョウマは至って冷静。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 そう判断しているからだ。

 

『チッ、ちょこまか避けやがって……』

 

 フィンファンネルだけでは仕留めきれないと思ったか、Hi-νガンダムからもビームライフルが放たれ始めるが、大した狙いも付けていない散発的な射撃だ、むしろ攻撃の方向がハッキリしているぶん、フィンファンネルよりも御しやすい。

 

「……そこだ」

 

 ビームの雨を避けていく最中に、リョウマはウェポンセレクターからヒートダガーを選択、フット裏の土踏まずの辺から蹴り出すようにして放った。

 フィンファンネルの制御と射撃に集中していたHi-νガンダムは飛来するヒートダガーに気付かず、ビームライフルにそれが突き刺さり、爆発する。

 

『は!?今、何で……!?』

 

 いきなりビームライフルが壊れた、そう誤認したHi-νガンダムは動揺してフィンファンネルの制御を止めてしまう。

 ヒートダガーはビームサーベルと異なり、発光することはないため、特にこの宇宙空間の中ではその存在を認知しにくい。 

 

「迂闊過ぎる」

 

 フィンファンネルの動きが止まるのを見るなり、クロスボーンガンダムX1は両手にビームサーベルを抜き放ち、瞬く間にフィンファンネルを破壊していく。

 

「一つ、二つ、三つ」

 

 残る三つのフィンファンネルは我に返ったように再び動き始めるが、

 

「四つ」

 

 左手のビームサーベルを投げ付けて、

 

「五つ」

 

 右手のビームサーベルで斬り裂き、

 

「六つ」

 

 最後に頭部のバルカンで撃ち抜く。

 

 これでフィンファンネルは打ち止めだ。

 

「さて、俺TUEEEEE無双はもう終わりか?」

 

『な……なめんなゴラァ!』

 

 自棄を起こしたように、Hi-νガンダムはビームサーベルを抜き放ってクロスボーンガンダムX1へ斬り掛かる。

 だが冷静さを失った攻撃は大振りだ、クロスボーンガンダムX1はビームサーベルを軽く押し当てるように受け流すと、するりと懐に潜り込んでビームサーベルを一閃、Hi-νガンダムのビームサーベルを握る右腕を斬り飛ばし、

 

「相手が俺で悪かったな」

 

 間髪入れず左腕のブランドマーカーからビームスパイクを発振させ、ボディブローの要領でHi-νガンダムのコクピットブロックを突き破った。

 

 Hi-νガンダム、撃墜。

 

 

 

 バトルが終了し、ホログラムの操縦桿とバトルフィールドが消失する。

 

「すげぇ……かっけぇ!」

 

 リョウマの圧勝と言う結果に中学生は喜び、

 

「すごい……」

 

 彼のクロスボーンガンダムX1の戦いぶりに、美少女は感嘆している。

 それを尻目にしつつ、リョウマは筐体の前で項垂れている男を再度睨みつける。

 

「俺の勝ちで、あんたの負けだ。さっさと新品のバルバトス、買ってやれよ」

 

「グッ……あぁ分かったよ!金出しゃいいんだろ!」

 

 逆ギレしながらも、財布から千円札を取り出して筐体に叩き付けると、逃げるようにバトルブースから出ていった。

 

「別に金を払えと言ったわけじゃないんだが……」

 

 リョウマは千円札を手に取ると、それを中学生に手渡した。

 

「ほら、これで新しいバルバトスが買えるぞ」

 

「え、いやそんな、貰えないっすよ!」

 

 中学生は遠慮しようとするが、リョウマは「いいから貰っとけ」と半ば強引に押し付けてやる。

 

「……あ、ありがとうござっした!」

 

 思い切り頭を下げて礼を言ってから、中学生もバトルブースを出た。

 それを見送りつつ、リョウマは自分のスマートフォンを懐にしまい、クロスボーンガンダムX1をケースに戻そうとして(ザンバスターはケースの中に転がっていた)、

 

「あ、あのっ」

 

 不意に美少女に呼ばれた。

 

「助けてくれて、ありがとうございました!」

 

 ぺこりとお辞儀する美少女に、リョウマは「俺が助けたのはあの子ですけど」と謙遜するが、もしリョウマが割って入らなければ、美少女は何をされていたか分からなかっただろう。

 そう言う意味で礼を言っているのだ。

 

「あとそれと……良かったらそのX1、見せてもらっていいですか?」

 

「ん、どうぞ」

 

 リョウマはケースに納めようとしていたクロスボーンガンダムX1を美少女に差し出すと、そっと受け取ってくれた。

 

「間近で見ると、やっぱりすごい……これもう、RGのX1と遜色ないんじゃないんですか?」

 

 ABCマントをめくって、その下の本体を眺める。

 

「さすがに本家RGとまではいきませんよ。バトル用に可能な限り作り込みましたけどね」

 

 あくまでもHGの範疇です、とリョウマは言う。

 見るだけみて満足したか、美少女はクロスボーンガンダムX1をリョウマに返す。

 

「ありがとうございました」

 

「はいはい、どうも」

 

 美少女からそれを受け取ると、今度こそケースに納めた。

 

「っと、モンザレッドとニュートラルグレー、忘れるところだった……それじゃ、俺はこれで」

 

「あ、はい」

 

 リョウマは美少女に別れを告げてから、バトルブースを後にした。

 

 それから改めて、モンザレッドとニュートラルグレーに、頻繁に使う色の補充も兼ねて他の色も取ってから、レジカウンターに向かう。

 

「騒がしかったようだが、何かあったのか?」

 

 レジに通しながら、アイカはリョウマに訊ねた。

 

「掻い摘んで言うと、転売ヤーが子どものガンプラを取り上げて転売しようとしてたから、シメてやった。それだけ」

 

 合計金額が算出されると、リョウマはスマートフォンの電子マネー決済で支払う。

 

「そうか。まぁ、お前に敵うような奴などそうそういるものじゃないだろうさ」

 

「買い被り過ぎだ。去年のGBフェスタだって、相手が舐めプしてなかったら勝っていたかどうか分からん」

 

「たまにはそう言うこともあるさ」

 

 まぁそれより、とアイカはリョウマの後ろに目を向ける。

 

「後ろがつかえてるんだ。さっさと空けてやれ」

 

「後ろ?」

 

 振り向けば、塗料や紙ヤスリの袋を手に待っている美少女がいた。

 

「あぁ、すいません。どうぞ」」

 

 互いに譲り合うようにリョウマはレジ前から離れ、美少女が会計を通してもらう。

 リョウマと同じようにスマートフォンの電子マネー決済で支払われると、鞄の中へ入れていく。

 

「ありがとうございました」

 

「いえいえとんでもないです」

 

 社交辞令のような挨拶を交わす美少女とアイカ。

 それも終わると、アイカはリョウマにさらなる"命令"を下した。

 

「リョウマ。このお嬢さんは、この町に来るのは初めてだそうだな?」

 

「それがどうかしたのか」

 

「察しの悪い男だな。考えてもみろ、こんな美しいお嬢さんが一人で歩いていたら、欲望を持て余したケダモノがホイホイと寄って来るぞ」

 

「……つまり近くまで送ってやれってことか?」

 

 何でそこで俺に頼むんだ、とリョウマは目を細める。

 

「あの、私は一人で大丈夫ですから……」

 

 美少女も困ったように勧めを断ろうとするが、

 

「遠慮しないでいい。こいつは目付きは悪いが人畜無害だからな。安心して送ってもらうといい」

 

「微妙に納得いかない信用のされ方だな……」

 

 全く信用されないよりは遥かにマシか、とリョウマは諦めることにした。

 

「さっきの転売ヤーみたいな男もいるわけだし、俺で良ければ近くまで送りますよ」

 

「……じゃぁ、お願いします」

 

 美少女の方も観念したように頷いた。

 

 

 

 アイカに見送られて、そろそろ暗くなりつつある道を二人往く。

 

「んー……オウサカ・リョウマ、オウサカ・リョウマ……」

 

 ふと、美少女は何かを思い出すようにリョウマのフルネームを呟いている。

 

「俺がどうかしました?」

 

「えっと……さっき、出撃の時に名前を聞いて、どこかで聞いた覚えがあったんですけど、いつだったかなって……」

 

「ガンプラ関連のコンテストには何度か参加してましたから、聞き覚えと言うか、見覚えがあるのだと」

 

「あ、多分それです」

 

 聞き覚えではなく、見覚えと言われて、美少女は納得する。

 納得して、ふと何かに気付いて、リョウマに向き直る。

 

「そういえば私、名乗ってなかったですよね。つい昨日にこの辺りに引っ越して来た、『シミズ・ミヤビ』って言います」

 

「ご丁寧にどうも。改めて、俺はオウサカ・リョウマです」

 

 互いに自己紹介をした辺りで、美少女――ミヤビは足を止めた。

 

「ここまでで大丈夫です。さっきの甘水処には多分よく行くと思うので、また会うかもしれませんね」

 

「まぁ、また会ったらその時はその時で」

 

 それじゃ、と互いに軽く手を振り合い、リョウマとミヤビはそこで別れる。

 

 ミヤビが曲がり角を曲がるまで見送ると、リョウマも自宅への帰路を辿る。

 

「シミズさん、か」

 

 リョウマはその名字を呟いてみる。

 甘水処にはよく行くと言っていたので、恐らくまた会うだろう。

 

「そう言えば、どんなガンプラを作ってるのかとか、訊いてなかったな……」

 

 それはまたいずれと言うことでいいか、と自己完結。

 

 五月ももう半ば過ぎで、そろそろ六月に入るだろう時期だが、良い出会いだった。

 今年度は、きっと良いことが起きる。

 

 不確かな予感を胸に、リョウマは帰路への足を速めた――。

 

 

 

 

【次回予告】

 

 チサ「ねぇねぇリョウくん、今日からウチのクラスに転入生が来るんだって」

 

 リョウマ「へぇ、この時期に転入なんて珍しいもんだな」

 

 チサ「どんな人が来るのかな、楽しみ楽しみー」

 

 リョウマ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

『再会のワンステップ』

 

 ……どうも、昨日ぶりですね?」



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2話 再会のワンステップ

 オウサカ家の平日の朝は規則正しい。

 特別な予定でも無ければ、家人の誰もが決まった時間に起床し、決まった時間に朝食を摂り、決まった時間に出勤、登校する。

 そのオウサカ家の一人っ子であるリョウマも例外ではない。

 両親が厳しいと言うわけではなく、ただ規則正しいことが生活習慣になっているだけである。

 起床、洗顔、着替え、朝食、登校準備と言うルーチンをこなし、さていつもの登校時間までまだ少し余裕があると言う時、リョウマはスマートフォンを開き、メールが一件着信しているのを見る。

 

「お、セイスイさんからの返信……」

 

 ブラウザからガンスタグラムへ飛び、返信内容を確認する。

 どうやらついさっきに着信が来たようだ。

 

 セイスイ:いつもコメントありがとうございます!今日から転入生デビューですが、頑張ります!セイスイ、行きまーす!(アムロ感)

 

 ガンダムキャラの台詞を用いた返信を見て、リョウマは小さく笑った。

 画面を閉じると同時に、インターホンが鳴らされる。

 

「っと、今日は少し早いな……」

 

 スマートフォンを鞄に放り込むと、すぐに玄関口へ向かう。

 

 ドアを開けたその向こう側にいるのは、チサだ。

 

「リョウくん、おはよ」

 

「おはようチサ。いつも来てもらって悪いな」

 

「いいの。わたしが好きで来てるだけだから」

 

 戸締まりだけ確認してから、リョウマとチサは並んで歩き出す。

 

 

 

『公立緑乃愛(みどりのあ)第一学園』

 

 過去に災害によって校舎が大きく損壊し、一時期閉鎖されていたが、長い時間を掛けて建て直された、古い歴史のある学園であり、近隣には同名の第二学園が設立されている。

 

 昇降口で上履きに履き替えようとしたところで、リョウマはふと思い出した。

 

「そうだチサ。昨日言ってた、GBフェスタのバトル形式が公開されてたぞ」

 

「あ、そうなんだ。今年はどんなルール?」

 

「過去にもあったサバイバル形式。広大なフィールドで、最後の一人になるまで続けられるってルールだ」

 

「へぇー」

 

 教室に行くかとロッカーの鍵を閉めたところで、

 

「なるほどなるほど、話は全て聞かせてもらった」

 

 リョウマとチサのいる位置とは反対側――ロッカーの向こう側から、二人にとって聞き慣れた声が聞こえた。

 そうして姿を現したのは、一見すると真面目そうな風貌を持つ、整った顔立ちの男子生徒。

 

「聞き耳を立てるとは趣味が悪いな、『ハルタ』」

 

 リョウマの遠慮のない物言いに彼――『ナガイ・ハルタ』はそれに気にした様子もなく返す。

 

「趣味が悪いとは人聞きが悪いじゃないか。俺様に比肩する美形とは言え、目付きの悪いリョウマに言われたくはないな」

 

「自分で自分のことを「俺様」とか「美形」とか言い切れるお前はある意味凄いな」

 

「事実を言っているだけだからねぇ。おっと、チサちゃんおはよう。今日も可愛いね」

 

 ふとハルタの視線が、リョウマの隣りにいるチサに向けられる。

 

「ハルタくん、おはよ。あと、あんまり褒めても何も出ないよ?」

 

 チサはチサで、ハルタの相手の仕方は知っているので、彼から「可愛い」と言われても、照れたりせずに平然としている。

 

「チサちゃんがチャーミング過ぎるから、つい可愛いと言ってしまうのさ。強いて言うなら、冷たい言葉に冷めた態度、氷のような視線で俺様を罵ってくれると嬉しいね」

 

「あ、あはは……」

 

 しかし対するハルタも、このように相当な『変態』であるため、チサもこうなると相手をするのに困るのである。

 

「行くぞチサ。こいつを相手にしているとバカが感染って変態をこじらせる」

 

「あ、うん」

 

 リョウマは、ハルタを無視するようにその脇を通り、チサも頷いて彼に続く。

 

「ってこら!俺様の話はまだ終わってない!」

 

 ハルタもすぐに踵を返して追い掛ける。

 なんだかんだと言いつつも、リョウマとハルタは友人同士なのだ。

 

 

 

 リョウマ、チサ、ハルタのクラスは、二年三組だ。

 教室に入ればいつも通りの光景……にしては、どこか浮足立っている雰囲気があった。

 

「何かあったのかな?」

 

 チサもこの浮足立つ雰囲気を感じ取り、小首を傾げている。

 

「何かはあったんだろうな」

 

 考えたところで分かるはずもないとして、リョウマが自分の席に鞄を下ろすと、ハルタは意外そうな顔をした。

 

「なんだ、二人とも知らないのか?」

 

「知ってんのかビスケット」

 

「誰がビスケットだ。しれっと鉄血の第一話の流れを持ってくるんじゃない」

 

 リョウマが(わざと)話題を逸したので、ハルタは話の腰を戻す。

 

「今日はウチのクラスに転校生が来るって噂だよ。それも、極上の美少女だそうだ」

 

「そうなの?」

 

 知らなかった、とチサは目を丸くする。

 

「先生方からは何の連絡も無かったけど、そう言うのに敏い奴から聞いたのさ。ほら、そこに空席があるだろ」

 

 ハルタが指した先には、ちょうど一番後ろの席のリョウマの右隣に当たる場所だ。

 

「ハルタがそう言うからにはそうなんだろうな」

 

 リョウマは大して興味も無さげに頷くのみ。

 

「反応薄いよ、何やってんの!……いや、普通に反応薄いな?」

 

 弾幕に関する名言を口走りつつ、ハルタはリョウマの反応の薄さに目を細める。

 

「ようするに転校生が来るって話だろ」

 

 それがどうかしたのか、とリョウマは訊き返すが、

 

「かーーーーーっ!こ・れ・だ・か・ら、チサちゃんと言う極上の美少女を幼馴染みに持つお前は羨まけしからんッ!」

 

 右手で顔を覆いながら天を仰ぐハルタ。

 

「ご、極上とか言われても……わたしは全然普通だよ。ね、リョウくん」

 

 チサは謙遜しながらも、リョウマに同意を求める。

 

「チサが普通なら、世の中の女学生は美少女だらけだな」

 

 が、彼の答えはチサを照れさせるには十分過ぎた。

 

「も、もう、リョウくんってば……」

 

 さり気なく二人の世界に入るリョウマとチサに対し、放っておかれているハルタと言えば、やれやれと呆れるように溜息をついていた。

 

「……これで付き合ってないって言うんだから、世界の悪意が見えるようだよ」

 

 予鈴のチャイムが鳴り響くのを合図に、生徒達は蜘蛛の子を散らすように各々の席へ着いていく。

 もう数分の後に、担任の女教師がやって来る。

 

「はーいみんな注目ー。どこから情報が漏れたのか知らないけど、もう知っての通り、今日からこのクラスに転入生がやって来ます。特に男子!女の子だからってあまりがっつかないように。……はいじゃぁシミズさん、入って来て」

 

「は、はいっ」

 

 担任の呼び声に、廊下で待っていた一人の女子生徒が入室してくる。 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ひと目見ただけで雑誌の表紙のモデルだと言っても過言ではないほどの、見目麗しい美少女。

 流れる水のように悠然と教壇の上に立ち、好奇の視線を向けてくるクラスメート達へ向き直って、

 

「あ」

 

「ん?」

 

 ふと、リョウマと目が合った。

 

「(昨日のシミズさんじゃないか。そうか、昨日に引っ越して来たばかりって言ってたな)」

 

 なるほど、とリョウマは声に出さずに呟くと、美少女――ミヤビは我に返って慌てて自己紹介をする。

 

「み、皆さん初めまして。今日からこのクラスのお世話になります、シミズ・ミヤビです。えぇと……」

 

 チョークを手に取り、黒板に『清水 雅姫』と書く。

 

「初めての転入で、分からないところ、至らないところはあると思いますが、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げると、ふわりと亜麻色の髪が揺れ動く。

 名は体を表すかのように、その雅やかな仕草に男子はおろか女子までもが釘付けられている。

 

「はい、質問をよろしいでしょうか」

 

 いつも通りの態度を崩さないのは、ハルタだ。

 

「ナガイ……あんたは相変わらず空気読まないね。どうせいきなりナンパするんでしょうに」

 

 担任もハルタの性格は知っているために、呆れ顔だ。

 

「失敬ですね先生。礼儀作法や順序を無視したナンパなど成功するはずもない。まずは当たり障りのない範囲で尋ねるだけです。ナンパへ派生させるかどうかは、その時次第です」

 

 ナンパすることを全く隠すこともない。

 

「おっと、申し遅れた。俺様はナガイ・ハルタ。ナガイでもハルタでも、クソ野郎でもウジ虫でも、なんでも好きなように呼んでいただいて結構だよ」

 

「え、えぇと、よろしく……?」

 

 あまりにも堂々とし過ぎて、肝心の質問相手であるミヤビも苦笑いを浮かべながら困惑している。

 

「と言うわけでシミズさん。まずは、どこから越して来たのかを教えてもらえるかな?」

 

「あ、はい。えっと、京都からです」

 

 困惑しつつも、ハルタからの質問はちゃんと受け答えるミヤビ。

 

「……京都から。なるほどなるほど。一目見て、はんなりが似合う高貴な方だと言う俺様の見立ては正解だったわけか。では次の質も……」

 

 ハルタは続けざまに次の質問をしようとするが、担任から「ホームルームの時間終わるから、続きはまた休み時間にね」と強引に切り上げられてしまった。

 

「シミズさんの席は、そこに用意してるから。オウサカ、隣の席のよしみで仲良くしてあげてね」

 

「ん、はい」

 

 自分の名字を呼ばれて、リョウマは反応する。

 それに促されるように、ミヤビは流麗な足取りで席へ向かう。

 ミヤビが席に腰を掛けるのを確認してから、ケンゴは挨拶として声を掛ける。

 

「昨日ぶりですね、シミズさん」

 

「は、はい。昨日ぶりで……敬語じゃなくていいんですよ、同い年だし……、えぇと……オウサカくん、でいい?」

 

「呼びやすいようにどうぞ。分からないことは、……俺じゃ話しかけにくいなら、こっちのチサでもいいです……じゃなくて、いいからな」

 

 リョウマは、一つ前の席にいるチサを指してやる。

 

「あ、わたしはナカツ・チサだよ。よろしくね、シミズさん」

 

 リョウマに促されて、チサも挨拶する。

 

「はいそれじゃ、ホームルームはこれで終わり。イジメ問題とかになるのは勘弁ねー」

 

 担任がそれだけ言って、ホームルームは終了。

 それと同時にミヤビの元に質問攻めの嵐が……巻き起こることもなかった。

 ミヤビに対する興味の視線は確かに向けているのだが、特に大半の男子が自ら話しかけようとしないのだ。

 無理もない、相手は見目麗しい美少女である。

 下手には近付けまい、と男子達は互いを牽制し合い、ミヤビとは一定の距離を保っている。

 唯一積極的に動いている男子はハルタくらいだ。

 かく言うリョウマも、いくら担任に頼まれてとは言え、他の男子と同じように積極的に話しかけようとはしなかった。

 代わりと言うべきなのか、チサが最初に話し掛ける。

 

「改めまして……ようこそシミズさん、二年三組へ」

 

「えっと、ナカツさん……よね」

 

「うんうん、リョウくんから紹介された、ナカツ・チサだよー」

 

 緊張を押し隠しながらのミヤビに対し、チサは人懐っこい笑みと共に接する。

 

「そう言えば、リョウくんとシミズさんって、昨日どこかで会ったことあるの?」

 

「あぁ。チサと別れてから、『甘水処』に買い出しに行く途中で会ってな。シミズさんも甘水処に行こうとしてたらしいんだが、道に迷ってたみたいでな」

 

 ついでに案内しただけだ、とリョウマは頷く。

 

「そうなんだ。困ってる人がいたらすぐに助けたがるのは、リョウくんのいい癖だよね」

 

「癖ってなんだ癖って。悪い癖みたいに言うな」

 

「悪くなんて言ってないよ、褒めてるんだよ」

 

 チサのリョウマに対する接し方を見て少しだけ緊張が解けたのか、ミヤビは小さく笑う。

 

「オウサカくんとナカツさんって、仲良しなんだ?」

 

「そうだよ、幼馴染みだからね。仲が良いのはもちろんだよ」

 

 むふんと胸を張ってみせるチサ。

 彼女のおかげで場の空気が緩んだのを見計らって、今度はハルタが殊勝な態度で話し掛ける。

 

「先程は突然質問したりして申し訳ない、シミズさん」

 

「あ、えっと……ナガイ、くん?」

 

「おぉ、覚えていてくれたとは光栄だ」

 

 そのハルタから距離を置いた背後にいる男子達は「クッソォ、ナガイのヤツ抜け駆けしやがって……」と言う小声を羨望の視線と共にハルタの背中に叩き付けるが、その彼は意に介した様子は見えない。

 

「ところでシミズさん、つかぬことを聞いてもいいかな?」

 

「つかぬこと?……変なことじゃ、ないですよね?」

 

「普通のことさ。率直に訊かせてもらうと、彼氏はいるのかな?」

 

 シンッ……と教室の空気が沈黙する。

 の、直後。

 

「彼氏っ!?い、いないいない!私にその……彼氏とか恋人とかっ、いないですから!」

 

 慌ててミヤビは否定し、「彼氏いない」説は確定される。

 

「おいハルタ、シミズさんを困らせるようなことを訊くんじゃない」

 

 さすがにこれはまずいだろうと思い、リョウマは割って入る。

 

「何を言うんだい、彼氏彼女がいるかどうかを訊くのは、当然のことじゃないか。彼氏がいる相手にナンパをしても意味が無いだろ?」

 

 どこが悪い、と全く悪びれもせずに言ってのけるハルタ。

 

「あー、その、シミズさん。このハルタ(アホ)の言うことは無視していいからな」

 

「だ、大丈夫です、ちょっとびっくりしただけで」

 

 でも、とミヤビはリョウマと目を合わせる。

 

「その、出来たらいいなって思います。……恋人」

 

 前向きなミヤビに、チサはうんうんと頷く。

 

「シミズさんってすっごく可愛いから、きっとすぐに出来ると思うよ」

 

「や、やだ、そんなもう……」

 

 率直に物を言うチサに、ミヤビは照れたように頬を染めるが、そこでチャイムが鳴り響き、一時限目の授業のために質問タイムも一時終了だ。

 

 

 

 それから、休み時間の度にミヤビの質問タイムは続いた。

 とは言えそれは、主にチサが当たり障りの無いことをゆっくりと訊いているだけだ。

 なおかつチサ特有の"ゆるふわ"な柔らかい雰囲気が、自然とミヤビの緊張を解きほぐし、やがて他の女子生徒も話しかけていく。

 そうしていく内に交友を広め、放課後を迎える頃にはすっかりクラスの一員として迎え入れられていた。

 

「転校初日お疲れ様、シミズさん。どうだったかな?」

 

 帰りのホームルームが終了して、いの一番にミヤビへ話し掛けにいくチサ。

 

「うん、クラスのみんなも優しくて楽しい人ばっかりで……上手く、やっていけそうかな」

 

 最初こそ固さが抜けなかったミヤビも、チサのゆるふわな雰囲気に充てられてか、緊張らしい緊張感も見えない。

 その様子を尻目にしつつ、リョウマは手早く荷物を纏めて鞄を担ぐ。

 

「あ、リョウくん。この後、チサちゃんに学園案内してあげようと思うんだけど……」

 

「悪い、『甘水処』に提出するガンプラをそろそろ仕上げたくてな」

 

「あ、気にしないで気にしないで。それじゃぁ、また明日ね」

 

「明日と明後日は土日で休みだぞ」

 

「……そ、そうでした。いつもの流れでつい」

 

 てへへ、と小さく笑うチサ。

 

「んじゃシミズさんも、これからよろしくな」

 

 最後に、ミヤビにも。

 

「あ、うん。これからよろしくお願いします」

 

「あとはチサに任せた。それじゃ」

 

 軽く会釈して、リョウマは足早に教室を出る。

 

 

 

 

 

 翌日。

 今日は土曜日で、リョウマは登校の必要がないのだが、両親は共働きなので朝から家を空けている。

 なので、昼食は好きにしていいと言うことで現金を手渡されている。

 午前中は甘水処に展示用のガンプラを提出しに行き、午後はどうするかと言ったところだ。

 

「(ま、昼食と気分転換も兼ねて、どこか行くか)」

 

 そんなわけで、リョウマは鞄を片手に、懐には自転車の鍵を仕込んで外へ出た。

 

 

 

 自転車で十数分の距離にあるショッピングモール。

 そこの地下階にあるフードコートで食事をしようと考えたリョウマは、ハンバーガーとポテト、ドリンクのセットを購入し、さて空席はあるかと視線を左右させる。

 すると、見知った顔が二つ。

 

「あははっ、何それ変なのー」

 

「でしょ?そしたらね……」

 

 ミヤビとチサの二人が、楽しそうに談笑している。

 ふと、チサの視線がリョウマに向けられる。

 

「あ、リョウくん」

 

「えっ?」

 

 それにつられるように、ミヤビもリョウマを見やる。

 

「おっすチサ。シミズさんもこんにちは。そこの席、いいか?」

 

「うん、どうぞどうぞ〜」

 

 チサは椅子に置いていた自分の荷物をどかすと、リョウマのために空席を作る。

 悪いな、と一言入れてからチサの隣席に座るリョウマ。

 

「ところで、二人は遊びに来てるのか?」

 

 リョウマはハンバーガーの包装紙を解きながら、このショッピングモールに二人がいる理由を訊ね、チサがそれに答える。

 

「えっとね、今日の午前中にミヤビちゃんのお部屋の片付けを手伝おうって話を、昨夜にしててね。それでミヤビちゃんのお家に行ったんだけど、ミヤビちゃんのお部屋、普通に片付いてたの。わたしが手伝いに来た意味がないってくらい」

 

「そんなことないわ、チサちゃんのおかげで台所周りがすぐに片付いたもの。お母さんも大助かりって言ってたし。それで、片付けのお礼にお昼ごはんでもご馳走しようかってことになって……」

 

「ここでごはんにしてたら、リョウくんが来たってことだね」

 

 お互いに謙遜し合っているチサとミヤビだが、リョウマは二人の呼び方が昨日と異なっていることに気付く。

 

「経緯は分かったが……二人とも、下の名前で呼んでるんだな?」

 

「そうなの。せっかく友達になったんだから、名前で呼び合おうよってことになったの」

 

 ねー、とチサはミヤビににっこりと笑顔を見せる。

 

「名前で呼ばれるのは、ちょっとくすぐったいけど……そう言えばオウサカくんは、今日はどうしたの?」

 

 ミヤビは苦笑しながらも、今度はリョウマがここに来た理由を訊ね返す。

 

「ん、昼食と気分転換を兼ねて外出ってところだ」

 

 ハンバーガーにかぶりつき、ポテトを数本を口に放り込み、ドリンクでそれらを流し込んでいくリョウマ。

 

「それでね、この後はガンプラバトルしに行く?って話をしようとしてたんだけど、リョウくんも一緒にする?」

 

 リョウマが飲み込むのを見計らってから話しかけるチサ。

 

「ん、俺は構わない。シミズさんは?」

 

「私も大丈夫よ。三人一緒にってなると、ミッションモード?」

 

 ミヤビの言うミッションモードとは、決められたシチュエーションの中でNPCとバトルし、達成条件を満たしてクリアするモードだ。

 ソロプレイ用からマルチプレイ用のミッションも用意されており、ガンダム作品の原作再現からオリジナルミッションまで、様々なミッションを楽しめる。

 

「よし、それじゃこの後だな」

 

 リョウマはやや急ぎで残っているハンバーガーやポテトを食べていくが、チサに「ゆっくり食べないと喉詰まっちゃうよ」と諌められた。

 

 

 

 昼食の後はバトルブースへ向かい、三人揃ってシミュレーターを起動させていく。

 ミッションモードを選択、リョウマ、ミヤビ、チサの三人によるマルチプレイモードだ。

 通信回線を繋ぎ、リョウマは女子二人に話し掛ける。

 

「さて、どのミッションに挑むか?」

 

 最初にチサが「何でもいいけど、あんまり難しいのはちょっと……」と自信無さげに答える。

 それを聞いて、ミヤビも通信に割り込む。

 

「チサちゃんは、普段からバトルはしてないの?」

 

「うん、バトルはあんまり得意じゃないから、たまにやってるくらいかな。ライトユーザーって感じ?」

 

「そっか。じゃぁ、チサちゃんのことも考慮して……」

 

 ミヤビはタッチパネルでミッション画面をスライドさせていく。

 

「うん、これならどう?」

 

 彼女が選択したのは、『ムーン・アタック【エゥーゴシナリオ】』と言うミッション。

 原典作品は『Z』に当たり、月面都市フォン・ブラウン制圧を目的としたアポロ作戦を発動したティターンズと、それを迎え撃つエゥーゴとの戦いを再現したものだ。

 今回はエゥーゴ側でのシナリオなので、達成条件はボスユニットである『ガブスレイ』二機の撃破。

 

「アポロ作戦か。ガブスレイ二機が少し手間取るかもしれないが、大丈夫だろう。チサもいいな?」

 

「うん、多分大丈夫だと思う」

 

 リョウマとチサからのOKを確認してから、ミヤビは「じゃぁ、これにするわね」と頷いてミッションを決定。

 

 バトルフィールドは『フォン・ブラウン』に決定され、出撃だ。

 

「オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃る!」

 

「シミズ・ミヤビ、ガンダムAGE-2、Stand up!」

 

 リョウマはクロスボーンガンダムX1、ミヤビはガンダムAGE-2、そして、

 

「ナカツ・チサ、『大喬ガンダムアルテミー』、行きまーす」

 

 チサは、そのSDガンダムのガンプラ、大喬ガンダムアルテミーを出撃させた。

 

 

 

 出撃完了し、月面へと着地する三機。

 

「チサちゃんのガンプラ、大喬アルテミーなのね」

 

 ミヤビは、チサの大喬ガンダムアルテミーを見やる。

 

「うん。わたし、SDガンダムとかこう言う簡単なのしか作れないから。ミヤビちゃんのガンプラも、淡紅色が可愛いよね」

 

「ありがと。この色って調色が難しくて……」

 

 女子二人が通信越しに仲良くお喋りしているが、リョウマはミヤビのガンダムAGE-2――正確にはそのカラーリングに既視感を覚えていた。

 

 淡紅色のガンダムAGE-2。

 

「(まぁ、色を変えるだけなら、それほど難しいことじゃないしな)」

 

 単なる偶然だと納得してから、リョウマは女子二人の会話を遮った。

 

「談笑しているところ悪いが、来たぞ」

 

 アラートが反応し、低軌道上に展開しているティターンズ艦隊からMS部隊が発進してくる。

 マラサイが二機とハイザックが四機、それぞれ小隊となって向かってくる。

 

「俺が先行する」

 

 リョウマは操縦桿を押し上げ、クロスボーンガンダムX1を加速させる。

 ザンバスターを両手で構えさせ、スコープを覗く。

 まだオートロックオン可能な距離ではないが、リョウマはカーソルをマニュアルで合わせ、ハイザックの一機に狙いを付け――

 

「……そこだ!」

 

 迷いなくトリガーを引き絞る。

 銃口より放たれたビームは、まだ遠方にいるハイザックの中心を寸分違わず撃ち抜き、爆散させてみせた。

 

 ハイザック、撃墜。

 

「まずはひとつ」

 

 続いてもう一機狙撃しようと動くが、マラサイ・ハイザック部隊はすぐに散開した。

 

「そう簡単にはいかないか」

 

 狙撃の体勢を解き、通常戦闘の構えを取るリョウマ。

 いよいよ双方が双方をロックオンし始め、本格的な戦闘が始まる。

 

「行くよ、AGE-2!」

 

 ミヤビはガンダムAGE-2をストライダーフォームに変形させ、敵部隊の側面に回り込んでいく。

 

「よーし……攻撃、開始!」

 

 チサの大喬ガンダムアルテミーは、手にした琴――『三色響阮』からガトリング砲を展開すると、正面に向かって速射を開始する。

 側面からはガンダムAGE-2、正面からはガトリング砲の銃弾が迫る中、二手に分かれて迎え撃つ敵部隊。

 しかしその内の一機はガトリング砲をまともに受け、爆散した。

 

 ハイザック、撃墜。

 

 もう一方であるミヤビのガンダムAGE-2は、マラサイの放つビームライフルを掻い潜りながらもハイパードッズライフルを発射、マラサイの腹部を貫き、さらにその奥にいるもう一機のハイザックの右腕をも破壊してみせた。

 

 マラサイ、撃墜。

 

 ドッズライフルを始めとする、DODS効果を纏ったビーム兵器の強みは防御耐性への貫通力だけではない、このように位置関係とタイミングさえ合えば、一度の射撃で複数の敵機を攻撃することも可能なのだ。

 

「シミズさんはともかく、チサも久しぶりなのにやるな」

 

 俺も遅れは取るまい、とリョウマは再びロックオンカーソルをマニュアルで合わせ、マラサイの一機を正確に撃ち抜く。

 

 マラサイ、撃墜。

 

 残りは二機。

 チサの大喬ガンダムアルテミーはガトリング砲の射撃を敢行、ザクマシンガン改を連射するハイザックをハチの巣にし、最後の一機も、ミヤビのガンダムAGE-2がハイパードッズライフルで仕留めてみせた。

 

 これにて敵部隊は全機撃破。

 

 続いて強敵であるガブスレイ、それが二機だ。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 しかし、待てど暮らせどミッションは進行しない。

 

「なんか、止まっちゃった?」

 

 チサは小首を傾げている。

 

「ロード中……にしては、長いわよね?フリーズ?」

 

 ミヤビも同じように戸惑っている。

 

「……いや、制限時間は止まっていないな」

 

 リョウマは制限時間を確認して、それが止まっていないことを確認する。だが、正常な状態ではないだろう。

 

 不意に、アラートが新たな敵機の出現を告げる。

 ティターンズ艦隊の旗艦であるドゴス・ギアからではない、別方向からだ。

 

 紅色と紺色の二色で構成された色合いに、左右非対称の腕の右手は巨大な鉤爪になっており、華奢に見える腰部に反して大型のスカートアーマー。

 

 人型と言えるかどうかも怪しい、その異形の機体は。

 

「……『バウンド・ドック』だと?」

 

 何故あの機体が、とリョウマは目を細める。

 

 原作では『Z』の終盤に登場した強化人間専用機であり、ゲーツ・キャパ、ロザミア・バダム、ジェリド・メサ(強化人間ではないジェリドは恐らく自身の操縦技術だけで乗りこなしている)の三名が搭乗している。

 

「隠しボス……ってわけじゃないよね?」

 

 ミヤビも、不意に現れたバウンド・ドックの存在に警戒している。

 

「な、なんか変なのが来てるよ?」

 

 バウンド・ドックを「変なの」と言うチサ。狼狽えがシンクロしているのか、大喬ガンダムアルテミーが首を右往左往している。

 

 変なの呼ばわりをされたからかどうかは不明だが、バウンド・ドックはおもむろに左腕を向け、モノアイを覗かせるアーマーの側部に取り付けられた拡散メガ粒子砲を炸裂させた。

 

「来るぞ!」

 

 リョウマは即座に操縦桿を跳ね上げてクロスボーンガンダムX1をメガ粒子砲の範囲から逃れ、ミヤビのガンダムAGE-2も咄嗟にストライダーフォームへ変形して急速離脱する。

 が、チサだけは反応が遅れてしまい、直撃こそ避けられたものの、大喬ガンダムアルテミーは右腕と左足を破壊されしまった。

 

「あっ!?」

 

 三色響阮も破壊されて、大喬ガンダムアルテミーは攻撃手段を失った。

 バウンド・ドックは続いて追い討ちをかけようと、ビームライフルを放つが、その間にクロスボーンガンダムX1が割り込み、ビームシールドで防ぐ。

 

「シミズさんはチサを頼む!奴は俺が食い止める!」

 

「っ、了解!」

 

 ミヤビはガンダムAGE-2を反転、ストライダーフォームの状態で右腕だけ変形させると、損傷した大喬ガンダムアルテミーを掴んで、フォン・ブラウンの市街地近くまで連れて行く。

 

 それを見送りつつ、リョウマは即座にバスターガンとビームザンバーを連結させ直してのザンバスターを撃ち返す。

 しかし、バウンド・ドックの装甲はかなり強固らしく、ザンバスターのビームを直撃しようとも損傷らしい損傷が見られない。

 

「……X1の火力じゃ歯が立たないか」

 

 原作でも、百式やZガンダムのビームライフルを数発直撃しようともほぼ無傷、戦艦の核融合炉の爆発に巻き込んでようやく破壊に至ったほどだ。

 そうなれば必然的に近接攻撃を叩き込まねばならない。

 バスターガンを切り離してサイドスカートに納め、ビームザンバーを構え直す。

 

 すると対するバウンド・ドックも上半身を折り畳んで脚部を前方に向けたMA形態へと変形、一気に加速するとビームライフルと拡散メガ粒子砲を織り交ぜた波状射撃でクロスボーンガンダムX1へ攻めたてる。

 

「クソッ、接近させてくれないな……ッ」

 

 恐らく接近戦をされることを嫌ってMA形態へ変形し、一撃離脱戦法を取るのだろう、なかなか意地の悪いAIが組み込まれているらしい。

 

 回避とビームシールドによる防御で被弾を避けていくリョウマだが、このままではどこかのタイミングで被弾するだろう。

 A.B.Cマントも、ビームライフルならまだしも拡散メガ粒子砲を受ければ確実に貫通される。

 

「(であれば……)」

 

 メガ粒子砲の嵐を掻い潜りつつ、リョウマは策を巡らせる。

 勝負はバウンド・ドックが距離を詰めて来た時だ。

 離脱したバウンド・ドックが反転し、再びビームライフルと拡散メガ粒子砲をばら撒いてくる。

 リョウマはそれらを冷静に回避しつつ、ウェポンセレクターを回し――

 

「そこだ!」

 

 バウンド・ドックとニアミスするその寸前に、クロスボーンガンダムX1は左のフロントスカートを開き、シザーアンカーを射出、バウンド・ドックの後部に咬み付いた。

 それを確認すると同時にワイヤーを引っ張り上げ、バウンド・ドックを離脱させない……はずだった。

 

「ぐっ!?」

 

 しかし、MA形態のバウンド・ドックの推進力はクロスボーンガンダムX1を上回っていた。

 シザーアンカーに咬み付かれようとも構わず加速するバウンド・ドックに、クロスボーンガンダムX1は振り回される。

 

「……だが、捕えたぞ!」

 

 振り回されながらも、クロスボーンガンダムX1はシザーアンカーのワイヤーを巻き取り、バウンド・ドックとの距離を詰めていく。

 ビームザンバーの間合いにまで詰め寄った時、不意にバウンド・ドックは折り畳んでいた上半身を展開し、『下半身だけMAのままで』ビームサーベルを抜き放ってきた。

 

 ビームザンバーとビームサーベルを打ち付け、弾かれ合う。

 

 クロスボーンガンダムX1は左手のバスターガンを捨て、ビームサーベルを抜き放ち様に振り上げるものの、それより先にバウンド・ドックが右腕のクローアームでそれを掴み、握り潰してしまう。

 

「まずいかっ」

 

 片腕を失うクロスボーンガンダムX1。

 距離を取ろうにも、シザーアンカーを切り離さなければならないが、この間合いを逃すわけにもいかない。

 続いて振り下ろされるビームサーベルをビームザンバーで弾き返す。

 だが間髪なくバウンド・ドックは下半身を回転させて右脚部クローを振り上げ、クロスボーンガンダムX1のボディを掴んだ。

 

「くっ、こいつ……!」

 

 メギメギと嫌な音を立てながらクロスボーンガンダムX1のボディが軋む。

 頭部バルカンを速射させて抵抗するものの、ビームライフルも通らない装甲にバルカンなど豆鉄砲のようなものだ。

 ダメージが重なり、リョウマのコンソールが黄色い『CAUTION!!』の表示をがなり立てる。

 このままではバイタルバートを潰されると分かっていても事態を好転出来ない。

 

 しかし不意に、バウンド・ドックの右足にビームが炸裂――DODS効果を伴ったそれは、ザンバスターでは効かなかった装甲を突き破ってみせた。

 

「オウサカくんっ!」

 

 チサの大喬ガンダムアルテミーを避難させていた、ミヤビのガンダムAGE-2が戻って来て、ハイパードッズライフルで狙撃してくれたようだ。

 

「すまんシミズさん、助かった」

 

 リョウマはミヤビに礼を言いつつ、制御の途切れたクローアームを引き剥がした。

 バウンド・ドックの頭部がガンダムAGE-2を一瞥すると、ビームサーベルでシザーアンカーのワイヤーを切り、その場から飛び下がってイニシアティブを取り直した。

 損傷させている今、MA形態に変形しても満足な速度は出せないだろう。

 

 互いに体勢を立て直している最中、リョウマはミヤビと接触通信を行う。

 

「チサは?」

 

「遮蔽物に隠してきたから、流れ弾が飛んできても大丈夫だと思う」

 

「よし……ならシミズさん、アテにさせてもらう」

 

「あんまり頼られると困るけど……任せて」

 

 すると、二機もろとも仕留めようとバウンド・ドックが左腕の拡散メガ粒子砲を向けてくるが、クロスボーンガンダムX1とガンダムAGE-2は即座に散開し、拡散メガ粒子砲からを逃れる。

 

「私が牽制する!」

 

 ミヤビはガンダムAGE-2をストライダーフォームへ変形させ、バウンド・ドックの側面へ回り込みつつビームバルカンを浴びせ付ける。

 バウンド・ドックにはほぼ無力なビームバルカンだが、バウンド・ドックの注意がミヤビに向けられ、ビームサーベルを納めると同時にビームライフルへ持ち直して連射する。

 そうしている間にも、リョウマのクロスボーンガンダムX1はビームザンバーを構え直してバウンド・ドックへ肉迫する。

 バウンド・ドックの対応も早く、またもビームライフルからビームサーベルへ持ち替えて、クロスボーンガンダムX1を斬り裂こうと振るう。

 リョウマは冷静にこれをビームザンバーで受け流し、すぐに飛び下がり、右フロントスカートのシザーアンカーを開き、それをビームザンバーに挟み込ませ、

 

「こう言う攻撃だってある!」

 

 ワイヤーを振り回して、西部劇の投げ縄(ローピング)のようにビームザンバーを放つ。

 バウンド・ドックはこの攻撃をビームサーベルで弾き返すが、リョウマは続けざまに攻撃を仕掛ける。

 右腕のブランドマーカーを切り離し、それを空いた右手に掴むと同時にビームシールドを発生させ、

 

「喰らえ!」

 

 ビームブーメランのように回転させながら投げ付けた。

 バウンド・ドックはこれもビームサーベルで斬り弾こうとするが、ビームシールドであるためそこでメガ粒子同士の干渉が生じる。

 

 ――それが、リョウマの狙いだ。

 

「今だシミズさん!」

 

 リョウマはミヤビに呼び掛けた。

 それに応じるように、ガンダムAGE-2はストライダーフォームからMS形態へ変形、同時にハイパードッズライフルをバウンド・ドックへ向ける。

 バウンド・ドックはビームシールドに足止めされている。

 ミヤビはロックオンカーソルをバウンド・ドックのバイタルバートへ合わせ――

 

「当てて見せる!!」

 

 迷いなくトリガーを引き絞った。

 螺旋状に放たれたビームは真っ直ぐにバウンド・ドックを貫かんと迫る。

 バウンド・ドックは右腕のクローを盾代わりにして防ごうとするが容易く貫ぬかれ、肩口を抉られる。

 

 だが、そのガードによって威力が減衰したのか、バウンド・ドックのボディを貫通するには至らなかった。

 

「……仕留め損ねた!?」

 

「いいや、ナイスだシミズさん……!」

 

 ミヤビは仕留めきれなかったことに目を見開くが、リョウマはすぐに行動に出ていた。

 シザーアンカーに繋がれたビームザンバーを回収していたクロスボーンガンダムX1は、既にバウンド・ドックの右側――ノーガードの側から回り込んでおり、

 

「これでっ、終わりだ!!」

 

 バウンド・ドックの右肩口にビームザンバーを突き刺し、そこへバルカン砲を撃ち尽くさん勢いで撃ちまくる。

 装甲内部に銃弾を叩き込まれ、バウンド・ドックは何度も爆発を起こし、ついに爆散していった。

 

『オウサカ・リョウマめ……!』

 

「!?」

 

 バウンド・ドック、撃墜。

 

 爆散に吹き飛ばされたクロスボーンガンダムX1だが、すぐに姿勢制御してみせる。

 

「(今の声はなんだ……それに、どうして俺の名前を?)」

 

 同時に、『Mission Clear!!』表示がファンファーレと共に表示された。

 

 

 

 リザルト画面を見流しつつ、リョウマは一息ついて操縦桿から手を離した。

 

「ふー……」

 

 スマートフォンとクロスボーンガンダムX1を回収して、両隣にいた二人を見やる。

 ミヤビは安堵に胸を撫で下ろしており、チサは活躍出来なかったのか気落ちしている。

 

「二人ともお疲れさん。何とかなったな」

 

「オウサカくんもお疲れさま」

 

「うー、わたしヘボヘボさんだったよ……」

 

 バウンド・ドックに戦闘力を奪われた挙げ句、二人に助けてもらったからだろう、チサは落ち込む。

 

「まぁ、気にするなよチサ。そう言うこともある」

 

 だが、とリョウマは目を細めた。

 

「本来のエネミーであるガブスレイ二機は出てこなかった。それに、あのバウンド・ドックの強さは明らかに設定レベルを越えていた。……なにかおかしいと思うのは、俺の穿ち過ぎか?」

 

 チサもそれに反応する。

 

「隠しボスとかじゃないなら……あんまり想像したくないけど、誰かが不正なアクセスで乱入したとか?」

 

 ミヤビも話に寄ってくる。

 

「可能性としてはあり得るわね。でも、何が目的で……?」

 

 女子二人がどういうことかと悩んでいる中、リョウマは引っ掛かりを感じていた。

 

「(仮にあのバウンド・ドックが、俺を狙って乱入したとしても、相当システムに精通してなければ、個人を特定して乱入なんて出来ないが……?)」

 

 一抹の不穏さを感じつつも、バトルは終わったと言うことで、三人はバトルブースを後にした。

 

 

 

 その後は、ミヤビとチサのウインドウショッピング巡りや、おやつにアイスクリームを食べたりとしている内に、辺りは茜色に染まりつつあった。

 

「っと、もう夕方か」

 

 リョウマがそう言うと、ミヤビとチサも時刻を確認した。

 

「あ、もうこんな時間……」

 

「うーん、もう少し遊びたいけどしょうがないね」

 

 リョウマはともかく、女子二人は門限などもあるだろう。

 ショッピングモールを出て、リョウマは駐輪場へ向かう。

 

「二人は電車で来てるんだな?」

 

 番号を入力し、自転車の鍵を開けて引き出しつつ、リョウマはチサに問い掛ける。

 

「うん。さすがに自転車でここに来るのは大変だし……リョウくんは普通に自転車で来てるけど」

 

「交通費をケチりたいんだよ」

 

 そう言いつつも、リョウマは女子二人を駅の改札近くまで送る。

 

「じゃぁオウサカくん、また週明けに学園でね」

 

「ばいばいリョウくん」

 

「あぁ、二人とも気を付けてな」

 

 軽く手を振り合ってから、リョウマは自転車のペダルを踏み込んだ。

 

 ――あのバウンド・ドックの乱入に、どこか心に影を落としながら。

 

 

【次回予告】

 

 リョウマ「さてと、俺のX1もそろそろ改良とか考えないとな」

 

 アイカ「おぉ、リョウマ。ちょうどいいところに。近々にアルバイトを一人雇うんだが、その新人教育をお前に任せようと思ってな」

 

 リョウマ「おいこら、俺はいつから甘水処の従業員になったんだ」

 

 アイカ「まぁそう言うな。お前ぐらいしか頼める相手がいなくてな。しかも、お相手は可愛らしい美少女だ。断る理由は無かろう。というわけで頼んだぞ」

 

 リョウマ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

『新人教育、始めます』

 

 勝手になし崩し的に決められてしまった。解せぬ」

 



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3話 新人教育、始めます

 ショッピングモールで一悶着起きたバトルを行ったその日から数日。

 ミヤビの『謎の美少女転入生』と言うレッテルは徐々に剥がれ始め、今ではすっかりクラスの一員であり、なおかつチサを通じての女友達もその数を増やしている。

 

 ある日の学園の昼休み。

 いつもなら弁当を持参しているリョウマは、昼食時はチサと、最近になってミヤビとも一緒に過ごすことが多いのだが、今日はハルタを呼び出して、昼食に誘っていた。

 弁当ではなく、食堂での食事だ。

 

「俺様は美少女以外からのお誘いは受けない主義だけど、リョウマには今回だけ特別だ。感謝するんだね」

 

「はいはい、ありがとうな。感謝感謝」

 

 自尊心極大なハルタの言葉を受け流しつつ、リョウマは注文した日替わりランチ二人分をテーブルに置いた。

 いただきます、ときちんと告げてから食を進める男子二人。

 

「それで、リョウマがわざわざ俺様を呼び出すんだ。何かあったのかい?」

 

 ある程度のところで、ハルタは本題を切り出した。

 

「さすが、察しがいいなハルタ」

 

「俺様とリョウマの仲だからねぇ。で、内容は?」

 

 お冷を一口喉に通してから、リョウマは話し始めた。

 

 先週の土曜日、ショッピングモールに赴いて、チサとミヤビとの三人でガンプラバトルのミッションモードを攻略中、正体不明のバウンド・ドックに介入されたことを。

 

 それを聞き終えてから、ハルタはその目を"黒く"した。

 

「リョウマ。それはなんだ自慢か?自慢のつもりかい?」

 

「今のどう曲解したら自慢になるんだ」

 

「シミズさんとチサちゃんと言う美少女二人を左右に侍らせてガンプラバトルなんて、まさに両手に花じゃないか。どっちだ?どっちが本命なんだ?」

 

「……お前に相談した俺がバカだったよ、悪かったな」

 

「それは聞き捨てならないことだけど、今は置いておこう。い・ま・は・な」

 

 茶番を挟んでから、ハルタは真面目に考察する。

 

「まぁ、いくつか思い付く事柄はあるんだけど、最も近いとすれば……」

 

 ふむ、とハルタはお冷を一口啜ってから言葉を整理する。

 

「不正なアクセスによるただの初心者狩り……じゃないだろうね。ライトユーザーのチサちゃんはともかく、リョウマのX1がいると分かって初心者狩りを仕掛けてくるとは思えない」

 

 例えば、ミヤビとチサの二人だけなら初心者狩りもしやすいだろうが、リョウマのクロスボーンガンダムX1の完成度を見れば初心者どころでは無い、むしろ返り討ちに遭うのは火を見るより明らか。

 初心者狩りを行うような輩は、弱い者いじめが基本であって、見るからに格上の相手は避けるものだ。

 

「リョウマのX1ぐらいなら何とかなるとでも思って仕掛けたのか、まぁ初心者狩りをするような噛ませ犬がリョウマに勝てるわけないけど、或いは……」

 

 ハルタは、浮上していた別の可能性を口にする。

 

「ターゲットは初心者じゃなくて、()()()()()()()()()のかもしれないね」

 

 初心者狩りではない、しかし特定の誰かを狙った介入かもしれない、とハルタは言う。

 

「だったら、何が理由で……」

 

「それを俺様に訊かれても困る。不正アクセスしたご本人に訊いてくれとしか言えないね」

 

 そう言ってハルタは自分の食を進め直し、リョウマもそれに倣うように食事を再開する。

 

「まぁ……チサちゃんやシミズさんに害が及んでも気分が悪いし、俺様の方で取れるだけの裏は取ってみるけど、期待はしないでくれよ」

 

「すまん、頼んだ」

 

 何だかんだとありつつも、こう言う時には力を貸してくれるのがナガイ・ハルタと言う人間だ。

 

 

 

 放課後、リョウマはまっすぐに『甘水処』へ直行していた。

 長らくクロスボーンガンダムX1を使い続けていたリョウマだが、そろそろ本格的な改造を考えている。

 そのための素材探しに行くのだ。

 

『甘水処』の自動ドアを潜った時、早速アイカが出迎えてくれた。

 

「おぉ、リョウマか。ちょうどいいところに来たな」

 

「なんだまた何か面倒事を押し付けるのか」

 

「お前はアタシをなんだと思っとるんだ」

 

 目を合わせて一番、遠慮のない会話。

 ここの常連客にとってはもはや日常茶飯どころか、店内BGMのようなものだ。

 

「それは置いておいてだ。まぁとりあえず話を聞けそして聞いたら逃さん」

 

「じゃぁ話は聞かないからさよなら」

 

 くるりと回れ右をしようとするリョウマだが、アイカは即座にガンダムヴァサーゴのごとく手を伸ばしてリョウマの頭をむんずと鷲掴む。

 

「実は、近々にアルバイトを雇うつもりでな……」

 

「……あー、あー、俺は聞いてない。正義と信じ、分からぬと逃げ、知らず、聞かず、その終局の果てがこれだ」

 

 ラウ・ル・クルーゼの怨嗟とも言える台詞回しを使いつつなんとか逃れようとするが、どういうわけか『足の裏が床を付いていない』。

 

「そのアルバイトの新人教育、お前に任せた」

 

「……あのすまん、俺に拒否権は?」

 

「アタシの辞書に拒否権などと言う三文字はない」

 

「解 せ ぬ」

 

 なんて横暴な人なんだ、いや知っていたが、とリョウマはぼやいて、早々に『話を聞くことにした』

 

「とりあえず頭から手を離してくれ、足が浮いてるんだが」

 

「うむ、良きに計らうとしよう」

 

 パッとアイカが握力を弱めると、ストンと床に降ろされる。

 

「……アルバイトの新人教育をしろとのことだが、従業員でもない人間がそんなことやっていいのか?」

 

 そう、リョウマはあくまでも顧客の一人であり、製作代行を承ることはあっても、従業員として時給を得ているわけではない。

 例え今からリョウマが『甘水処』の従業員として就業するにしても、新人が新人を教育すると言う、それは果たして新人教育になるのか怪しいところである。

 だがそれを問われてもアイカはそれを撤回しない。

 

「お前、この店の商品知識は?」

 

「……まぁ、それなりには」

 

「バトルシミュレーターのシステムチェックは?」

 

「……やろうと思えば出来るが」

 

「レジやハンドスキャナー、ストアコンピュータの使い方は?」

 

「……他ならぬあんたが無理矢理教えたんだろう」

 

 その答えを聞いて、アイカはにっこりと笑顔を浮かべてサムズアップした。

 

「パーフェクトだ。まさに天職じゃないか。やったな」

 

「ア ン タ っ て 人 は ……」

 

 まさかこの時のための準備だったんじゃないだろうなと嘆息をつくリョウマに、アイカはぽんぽんと肩を叩く。

 

「まぁそう不貞腐るな、時給はちゃんと出してやるさ」

 

「そう言う問題じゃないんだが……あぁもういい面倒だ、やってみせればいいんだろう」

 

「偉い、よく言った。それでこそリョウマだ」

 

 うんうんと頷くアイカだが、彼女はさらなる追い打ちを掛けてくる。

 

「面接等は既に済んでいるし、即日採用だ。と言うわけで、明日から頼んだぞ」

 

「あ、明日からァ!?」

 

 おいちょっと待てこら、と思わず一歩前に出るリョウマ。

 

「あのな、俺がいくらこの店に通ってるからって、全部を全部把握してるわけじゃないんだぞ!?」

 

「そんなものは百も承知だ。アタシとて全てを常時把握してるわけがなかろう」

 

 何を言うとるんだ、と言いつつアイカは引き出しの中からひとつの冊子を取り出して、『新人教育マニュアル』と書かれたそれをリョウマに手渡す。

 

「それがマニュアルだ。ちゃんと読んでくるんだぞ」

 

「一夜漬けで覚えてこいってか……」

 

 なんと無茶な注文をする、とリョウマはそれを鞄に納める。

 

「ったく、俺も随分と損な役回りをさせられたもんだ」

 

 アイカに聞こえやすいように憎まれ口を叩くが、当の彼女は聞こえているのかいないのか、ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべるだけ。

 舌打ちしたくなる苛立ちを抑えつつ、新人教育マニュアルを読むために帰宅する。

 

 クロスボーンガンダムX1の改造素材のことをすっかり忘れていたと気付くのは、帰宅して自室に入ってからであった。

 

 

 

 翌朝。

 いつものように迎えに来てくれたチサと共に通学路を歩むリョウマは、欠伸を堪えきれなかった。

 

「今日のリョウくん、すごい眠そうだけど……大丈夫?」

 

「睡眠時間は多く見積もって三時間。顔を洗ってスッキリしても目が重い。春眠暁を覚えずと言う言葉がこれほど理解出来る日はない。控えめに言って眠い」

 

「うーん……大丈夫くないのは良く分かったかなぁ?」

 

 チサが困ったような顔をするのを見て、リョウマは目を擦った。

 

「昨日、『甘水処』に行ったらアルバイトの新人教育をしろと命令されて、そのマニュアルを読んでたらいつの間にか丑三時が過ぎていた」

 

「アルバイトの新人教育?リョウくん、『甘水処』でアルバイトするの?」

 

「いや、微妙に違う。俺がアルバイトをするんじゃなくて、新人を俺が教育することになった」

 

 まぁ俺がバイトすることにもなるんだろうが、と付け足すリョウマ。

 

「え?リョウくんが新人さんを教えるの?だってリョウくん、あそこのバイトさんじゃないのに?」

 

 なに、どう言うこと、とチサは瞬きを繰り返す。

 

「つまりはそう言うことだ」

 

「つまりどう言うことなの」

 

「……要約すると、『アイカさんから面倒事を押し付けられた』」

 

「な、なるほど?」

 

 つまり、リョウマにとってはいつものことである。それで事を察せるチサも大概だが。

 

「今度製作代行頼まれたらぼったくってやる」

 

 いくらまで釣り上げてやろうかと本気で考えるリョウマを、チサは慌てて諌める。

 

「ぼ、ぼったくりは良くないけど、もうちょっと貰ってもいいと思うよ」

 

「せめて内容に見合った金額にはしてもらう……」

 

 リョウマはもう一度盛大に欠伸をして、今日の授業は大変だと思わざるを得なかった。

 

 

 

 授業中に何度も船を漕ぎかけては正気を取り戻してを繰り返し、どうにか折り返しの昼休みになった。

 

 教室の一角で、リョウマとチサが二人でこじんまりと弁当を広げているところへ、ミヤビも混ざってくる。

 

「今日は朝からずっと欠伸連発してるけど……オウサカくん、大丈夫?」

 

 昼食時だと言うのにやはり欠伸ばかりのリョウマを見かねて、ミヤビは声をかける。

 

「あんまり大丈夫じゃないな」

 

 これ食べたらまた眠くなりそうだ、とリョウマは弁当にありつき始める。

 

「リョウくんね、今日から『甘水処』でアルバイトの新人教育するらしくて、その準備で夜遅くまで起きてたんだって」

 

 大丈夫じゃないその理由をチサが代弁してくれた。

 

「新人教育?オウサカくんって、あそこで働いてるの?」

 

「厳密には従業員としての雇用形態を取ってない。ただのお手伝いサービスって言うべきか?アルバイトでもない人間が新人教育を任されたってことだ」

 

「……なんだか凄くダメなことをしてると思うのは私の気のせい?」

 

「法的には色々とまずいんだろうけど、多分『家業の手伝い』くらいの認識で処理されるのがオチだろうな……」

 

 今から気が重い、とリョウマは欠伸と溜息の混じった、今日何度目になるか数えるのをやめた、重々しい吐息を吐いた。

 

「よし、そんな頑張るリョウくんには、タコさんウインナーを進呈しましょう」

 

 チサは自分の弁当からタコさんウインナーを箸で摘むと、リョウマの弁当箱へ移した。

 

「おいおい、いいのか」

 

 しかも何故タコさんウインナーなんだ、とリョウマは言うが、

 

「それじゃぁ私からは……大根の煮物を進呈」

 

 チサの行動に便乗したのか、ミヤビは大根の煮物を差し出した。

 

「シミズさんまでかい。いや、無理に気遣わなくていいんだが」

 

 まぁいただこう、とリョウマは善意として受け取り、タコさんウインナーと大根の煮物を口に運ぶ。

 

 ――その光景を見ていた男子達からは怨嗟の視線を向けられていたが、リョウマは気にすることなく咀嚼した。

 

 

 

 どうにかこうにか放課後になり、リョウマはさっさと『甘水処』へ向かう。

 自動ドアを潜り、まずはアイカの元へ。

 

「はよーございます」

 

「おぉ来たかリョウマ。ほれ、新人が来る前にさっさと準備しろ」

 

「はいはい」

 

 事務所へ入ると、上着を脱いで代わりに用意されていた『甘水処』のエプロンを着用する。

 時刻はちょうど十六時前。今か十九時まで――三時間ほどの研修になる。

 

「(さて、新人教育か……まぁ、レジ操作やら何やら教えつつ、接客をさせるなりしてれば、三時間くらいは経つか)」

 

 鏡を見て、おかしなところはないかと確認していると、「おはようございます!」と元気の良い声が外から聞こえてきた。声色から女性のようだ。

 少し待つと、事務所にアルバイトらしき女性――同じ緑乃愛第一学園の制服を着た女子高生が入ってきた。

 橙色に近いショートヘアに、右側頭部をサイドポニーにした髪。

 いきいきとした黄色い瞳が、リョウマの姿を捉える。

 

「初めまして!今日からお世話になります、『ミノウ・コノミ』と言います!よろしくお願いします!」

 

 直立不動の体制からピッタリと45度の角度で頭を下げて見せるコノミと言う少女。

 

「っと……こちらこそ初めまして。今日から新人教育を担当させていただくオウサカ・リョウマです。よろしくお願いします」

 

 礼儀には礼儀、とリョウマも同じようなお辞儀を返す。

 両者が頭を上げるのを合図に、コノミも上着を脱いで『甘水処』のエプロンを着用していく。

 

「えぇと、緑乃愛第一の二年生……先輩さん、ですよね?」

 

「ん?と言うことは、ミノウさんは一年?」

 

「そうですそうです、一年の四組です」

 

 アイカからは新人が一人来るとは聞いていたが、同じ学園のそれも後輩だとは思っていなかった。

 とは言え、年齢性別がどうであれリョウマの仕事は変わらない。

 まずはストアコンピューターに出勤登録。

 

「さて、ミノウさんさえ良ければ、すぐにでも研修を始めようと思うけど」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 元気がいいのは何より。

 それじゃぁ始めますか、とリョウマはコノミと一緒に売り場へ出る。

 

 

 

 二人がレジに入ったのを見て、アイカは「何かあったら呼んでくれ」と告げて事務所の方へ引っ込む。

 

「(完全に俺に押し付けるつもりか……)」

 

 やっぱり次の製作代行はぼったくってやる、とリョウマは声にせず呟くと、早速レジ操作可能なようにパスコードを入れる。

 

「さて、まずはレジの基本操作からだけど……」

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

「……と言うところだな」

 

「はい!」

 

 しっかりとメモを取りながらも返事を欠かさないコノミ。

 途中に本来の接客を何度か挟みながらであったことに加えて、リョウマも新人教育を行うことに不慣れながらの研修であったため、時刻を確認するの十八時半。

 あと三十分ほど時間がある。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 リョウマは一度事務所へと入り、ストアコンピュータを打ち込んでいるアイカに次の指示を仰いだ。

 

「レジ操作に関しては大体終わった。あとはどうする?」

 

「んー?あぁ、もうこんな時間か」

 

 アイカも時刻を確認する。

 

「なら、あとは売り場の整頓をやってくれ。今日はそのくらいでいいだろう」

 

「了解」

 

 リョウマは頷いて踵を返し、売り場へ戻る。

 

 売り場の整頓をやってくれと言う旨をコノミに伝えると、二人で売り場の陳列棚へ手を伸ばす。

 手前の商品が動いたことで虫食いのようになっているところを、奥にある商品を引っ張り出して空白スペースを埋める。

 そんな中で、ふとリョウマはコノミに話しかける。

 

「そう言えば詳しくは聞かされてないんだが、ミノウさんは何故ここで働こうと思ったんだ?」

 

「その前に先輩。わたしのことは名字じゃなくて、コノミでいいですよ。その方が気が楽なので」

 

「……まぁ、呼び捨てもなんだし、コノミちゃんでいいか?」

 

「もちろんです!」

 

 むふんと頷くコノミ。

 

「そうそう、どうしてここを選んだのかって話でしたね」

 

 手の動きは止めないままに、コノミは応えていく。

 

「オーナーさんにも同じことを言ったんですが、趣味とアルバイトの両立です。ガンプラに関する仕事をやってみたかったので」

 

「なるほど。……って、それもそうか」

 

 こう言った特定のモノを取り扱う店舗は、その方面の明るい専門的知識を持っている人間が希望するものだ。

 プラモデルやフィギュアに何の興味もない人間が、わざわざホビーショップで働こうとは思わないだろう。

 

「ついでに、販売側に立てば新商品も優先的に取り寄せられると踏んでのことです!」

 

「待てコノミちゃん、思いっきり私情挟んでるだろそれ」

 

 思わずツッコミを入れるリョウマ。

 一昔前なら、予約(をしても入手出来ないケースも多発していた)をしなければ新商品はまともに入手出来ず、予約が出来なければ、法外な価格で転売されているところに大枚を叩くしか入手出来なかったため、コノミが言いたいことも分からないでもない。

 今の時代ではそんなことはなく、予約などしなくても普通に購入出来るので、わざわざ取り寄せる必要もないのだが。

 

 ――そうでもしなければまともに入手出来ないような一昔前が、いかに異常な時代であったかを如実に示している――。

 

「と言うのは冗談です」

 

「内容が内容だけに冗談って言い切れないな……」

 

 コノミの思惑がどこまで本当か分からないが、新商品を真っ先に確保出来るのは間違いではない。

 ともかく、真面目に働いてくれるぶんには問題ないし、それくらいの融通ならアイカも効かせてくれるだろう。

 

 それからまた十数分は整頓に集中し、時刻が十九時になった。 

 ほぼ同時に、アイカが事務所から出てきた。

 

「二人とも、もう上がっていいぞ」

 

 そう声を掛けられて、リョウマとコノミはレジへと速歩きで向かう。

 

「お疲れ様でした!」

 

 アイカの前に立つなり、やはり直立不動からのお辞儀を敢行するコノミ。

 

「うむ、お疲れ様。で、リョウマ。どうだった」

 

 コノミの勤務態度や仕事ぶりはどうだったかと、アイカはリョウマに目を向ける。

 

「至って真面目で元気がよく、飲み込みも早い。問題ないと見る」

 

 リョウマも過ぎたる評価をすることなく、自分が見たままを伝える。

 

「そうか。まぁお前が教えたんだ、当然だな」

 

「人の気も知らないでよく言うよ……」

 

 こっちはこっちで四苦八苦してたってのに、とは言わずに嘆息をつくリョウマ。

 

 事務所に入り、ストアコンピューターから退勤登録を行う。

 

「では先輩、ありがとうございました!」

 

「あぁ、お疲れさん」

 

 改めてリョウマにも頭を下げるコノミ。

 

「わたしは週に三、四日くらいで勤務に入るつもりなので、その時はまたよろしくお願いします!」

 

「こちらこそ」

 

 二人ともエプロンを外して、制服の上着を羽織る。

 さてこれにて帰宅……としようとしたところで、ふとコノミの方から声を掛けてきた。

 

「そう言えば先輩、今日ってガンプラ持ってますか?」

 

「あー、悪い。今日は自分のガンプラは持ってないな」

 

 今日は朝から寝不足で、しかも放課後は新人教育をしなければと思って、クロスボーンガンダムX1のことは頭から抜け落ちていた。

 

「そうですか。もしよければ、帰る前にガンプラバトル一回やりませんかって思ったんですけど」

 

「いや、この店のショーケースにあるガンプラを使うって手もある。ここの作品は、全部俺が作ったものだからな」

 

「そうなんですかっ!?どれもこれも完成度高いから、プロのモデラーさんが残していったものかと思ってましたけど、先輩が作ってるんですか!」

 

 コノミは一歩踏み出して目をキラキラと輝かせる。

 

「おぉぅ、近い近い。まぁそんなわけだから、バトルする分には問題ない」

 

「先輩さえ良ければっ、ぜひやりましょうっ!」

 

「OK分かった落ち着け近いから待て」

 

「はい待ちますっ」

 

 犬の『お座り』でもするかのようにその場で静止するコノミ。

 何だか子犬みたいだなぁ、と苦笑しつつリョウマはショーケースの鍵を棚から取り出す。

 

 アイカには帰る前にガンプラバトルを一回することを伝えてから、リョウマはショーケースの鍵を開ける。

 

「さて、何を使うか……」

 

 色とりどりのガンプラ達が『俺を使ってくれ』と言わんばかりにアイカメラを向けている気がする。

 数巡の後に手を伸ばしたのは、全身を赤く塗装された、流麗なスタイルを持ったガンダムタイプ。

 背部の一対のウイングとビーム砲が特徴的なその機体は。

 

「これを使うか」

 

『セイバーガンダム』――『SEED DESTINY』の中盤までアスラン・ザラが使用した、赤の守護者(セイバー)だ。

 

 

 

 バトルブースに入室し、システムを起動させていく。

 今回はミッションモードをするため、二人協力プレイだ。

 

「コノミちゃんは何のガンプラを使うんだ?」

 

 セイバーガンダムを読み込ませている内に、リョウマはコノミに何を使うのかを訊ねる。

 

「お、お恥ずかしながら、先輩のガンプラには及びませんが、わたしの自信作……」

 

 鞄の中のケースから取り出したのは、『ガンダムデュナメス』と呼ばれる狙撃戦を得意とする機体。

 その改造機のようだ。

 

「『ガンダムデュナメスバスターク』です!」

 

 通常のガンダムデュナメスのように、GNフルシールドは装備しておらず、左肩にザクウォーリアのスパイクシールドが取り付けられ、本来はビーム突撃銃のマガジンを備えている場所にはミサイルランチャーが増設されている。

 

「デュナメスの改造機か。フルシールドをオミットした代わりに、火力を上げているな」

 

 右肩にはガナーザクウォーリアの高エネルギービーム砲『オルトロス』が懸架されているところ、ガンダムデュナメスの火力増強型といったところか。

 "バスターク"と言う機体銘も、『Buster』と『Stalk』を合わせた造語だろう。

 

 機体への第一印象の確認を終えて、ミッションの選択だ。

 

「コノミちゃんは何かリクエストはあるか?」

 

「選んでいいんですか?それじゃぁ……」

 

 コノミはリョウマの横から指を伸ばして、コンソールを入力していく。

 

「これでお願いしますっ」

 

 彼女が選んだのは『NEXT PROLOGUE  〜あなたと、一緒なら〜 』と言うミッション。

 

 原典は『X』で、アニメ本編終了時点から一年後を描いたショートストーリーであり、新型コロニー風邪の特効薬『リカヴェリン』を積んだ貨物列車を狙う『ゲルト・クルーガー』率いるオルク――略奪専門のバルチャー崩れ――と、列車を守ろうと『ガンダムX3号機』で立ち向かう『ガロード・ラン』に加え、その彼をラフィアン(ならずもの)と断定した『新政府防衛省』との三つ巴の戦いを再現したミッションだ。

 

 勝利条件は『防衛対象の目標地点の到達』

 敗北条件は『乗機の撃墜、防衛対象の撃墜』

 

 このミッションでの防衛目標は貨物列車であり、これを破壊されるとミッション失敗になってしまう。

 なお、このミッションでは『月のマイクロウェーブ送電施設が破壊されている』ことを再現するため、サテライトシステムを持った機体は、サテライトキャノン(ランチャー)が使用出来ないと言う制約もある。

 

「ネクプロか。これは初めてやるミッションだな」

 

「大丈夫ですか?」

 

「いや、問題ない。やるか」

 

 リョウマの確認を得てから、コノミはガンダムデュナメスバスタークを読み込ませていく。

 

 ステージは『サウスフェニックス市郊外』

 

 ミッションスタートだ。

 

「オウサカ・リョウマ、セイバーガンダム、発進する!」

 

 ディアクティブモードであったセイバーガンダムのVPS(ヴァリアブルフェイズシフト)装甲が起動し、真紅色に色付いていく。

 

「ミノウ・コノミ、ガンダムデュナメスバスターク、行っちゃいますよー!」

 

 太陽炉が起動し、ガンダムデュナメスバスタークの各部のGNコンデンサーが発光していく。

 

 出撃完了と同時に、リョウマはセイバーガンダムを変形、MA形態へ移行すると、コノミのガンダムデュナメスバスタークの下へ回り込む。

 

「乗ってくれ」

 

「はい先輩!」

 

 リョウマに従い、ガンダムデュナメスバスタークをセイバーガンダムへ乗せるコノミ。

 太陽炉搭載機は、その性質から単独飛行可能ではあるが、可変機であるセイバーガンダムの方が加速力は上だ。

 

「行くぞ!!」

 

 操縦桿を押し出し、セイバーガンダムは一気に加速する。

 

 

 

 月明かりが差す戦場に到達すると、貨物列車目掛けて砲弾が次々に放たれているのが見える。

 先頭にいるのは、『GK』のマーキングが施された『オクト・エイプ』のカスタム機。

 それに随伴するのは、『ジェニス』『セプテム』『ドートレス』『ドートレスウェポン』のカスタム機。

 カスタム機、と言ってもその多くはオルク達によって無駄な装飾や過剰な改造が施され、むしろ機体性能そのものは落ちているものばかりだ。

 

「見えた。俺が突っ込んで敵部隊を攪乱する。援護は任せていいか?」

 

「任せてください!」

 

 コノミは頷くと、セイバーガンダムから飛び降りて降下していく。

 リョウマのセイバーガンダムはMA形態のまま突入、高エネルギービームライフルとバインダー上部のビーム砲『スーパーフォルティス』を連射して敵部隊を牽制する。

 攻撃に気付いたか、敵部隊は攻撃目標を貨物列車からセイバーガンダムへと切り替え、一斉に砲撃を行ってくる。

 

「っと、さすがに五対一はな」

 

 分が悪い、とリョウマは反撃はせずに回避運動に撤する。

 セイバーガンダムを狙うのに夢中になっている敵部隊の側面から、着陸したガンダムデュナメスバスタークは、その長大なライフル『ロングGNランチャー』を構え、額のガンカメラに照準を合わせる。

 

「デュナメス、目標を狙い撃つぜ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ロックオン・ストラトスのセリフの真似をしつつ、コノミはトリガーを引き絞り、高濃度の粒子ビームは足を止めていたドートレスの横腹を捕らえ、突き破った。

 

 ドートレス、撃墜。

 

「ナイスだコノミちゃん」

 

 ガンダムデュナメスバスタークによる狙撃で狙いが分散したのを見計らい、リョウマはウェポンセレクターを回し、左右バインダーの大型ビーム砲『アムフォルタス』を選択、発射。

 一対の荷電粒子はセプテムの胴体へ直撃、爆散させてみせる。

 

 セプテム、撃墜。

 

 それとほぼ同時に、別方向――空中からの接近反応。

 青緑色の流線型の機体――新政府防衛省所属の『バリエント』だ。

 

「っと、確かバリエントが一機遅れてくるんだったか」

 

 リョウマはセイバーガンダムをMS形態へ変形させ、バリエントへ高エネルギービームライフルを放つが、さすがにオルク達のようなジャンク品ではない、性能も一回り高いのだろうバリエントはビームを回避しながらもビームライフルを撃ち返してくる。

 慌てずに空力防盾でビームを防ぐセイバーガンダム。

 

「こいつの相手をしたいところだが、っと!」

 

 地上と空、二手に分かれていたせいか、残るオルク達の機体はガンダムデュナメスバスタークへ集中砲火を浴びせている。

 コノミもどうにか砲撃を凌ぎつつ反撃しているが、決定打を与えられずに四苦八苦している。

 ここでセイバーガンダムが反転すれば、バリエントは追い掛けてくるだろう。

 だが、バリエントのターゲットはあくまでもリョウマやコノミであり、貨物列車ではない。

 

「で、あれば……」

 

 この三つ巴の状況を利用させてもらうまでだ。

 リョウマは操縦桿を捻り返して反転、地上にいるオルク達へ接近すると、バリエントもセイバーガンダムを追ってくる。

 

「よーし、いい子だ……」

 

 彼の接近に気付いたか、ドートレスウェポンは肩の500mmキャノンをセイバーガンダムへ向けて来る。

 

 それと同時に、バリエントがセイバーガンダムの背後へビームライフルを発射する。

 

 前からは砲弾、後ろからはビームの挟み撃ち。

 

「ドンピシャ!」

 

 不意にセイバーガンダムは揚翼を跳ね上げてバック宙するように飛び上がり、

 

 ――砲弾がバリエントへ、ビームがドートレスウェポンへ相撃ちになるような形になる――

 

 刹那、ビームがドートレスウェポンの右肩を撃ち抜き、砲弾がバリエントを直撃する。

 

 バリエント、撃墜。

 

「ご苦労だったな」

 

 バック宙している内に高エネルギービームライフルをリアスカートに納め、右肩からヴァジュラビームサーベルを抜き放つセイバーガンダムは、さらに加速しながらドートレスウェポンへ迫り、擦れ違いざまに一閃喰らわせ、胴体を泣き別れにした。

 

 ドートレスウェポン、撃墜。

 

「さすが先輩!わたしも負けませんよ!」

 

 数を減らされたことで余裕を取り戻したコノミはウェポンセレクターを回し、シールド裏のGNミサイルランチャーを発射、ジェニスの胴体へ着弾すると同時にGN粒子が内部へ炸裂し、吹き飛ばす。

 

 ジェニス、撃墜。

 

 残るはゲルト機のオクト・エイプのみ。

 オクト・エイプは担いでいたジャイアントバズを捨てて、腰に提げられているヒートソードを抜き放ち、セイバーガンダムに斬り掛かってくる。

 リョウマは跳ねるように操縦桿を押し出してセイバーガンダムを加速させ、空力防盾でヒートソードを握るオクト・エイプの腕を抑え、ゼロ距離で頭部の機関砲である17.5mmciwsを速射する。

 被弾を嫌ってか、オクト・エイプはバックホバーさせてセイバーガンダムから距離を取りつつ、胸部の50mmガトリングキャノンを撃ちまくる。

 セイバーガンダムは空力防盾でセンサー部などを守り、そうでない部分はVPS装甲で受け流しつつ、ヴァジュラビームサーベルを投擲した。

 投げ付けられたそれに対して、オクト・エイプはヒートソードを振るって弾き返すが、

 

「背中がお留守です、よっ!」

 

 距離を取って息を潜めていたコノミは、再びロングGNランチャーを発射、オクト・エイプのランドセルを撃ち抜く。

 推進部の爆発によってよろけるオクト・エイプ。

 加えてホバー機動中の状態で姿勢を崩されれば、即座に転倒だ。

 地面を数度転がって起き上がろうとするオクト・エイプだが、そのモノアイは斜め上空に回り込み、ビーム砲の砲口を向けているセイバーガンダムの姿を捉えてしまった。

 

「終わりだ」 

 

 高エネルギービームライフル、スーパーフォルティス、アムフォルタスの一斉射撃が放たれ、五筋の高エネルギーがオクト・エイプの全身を貫いてみせる。

 

 オクト・エイプ【ゲルト機】、撃墜。

 

 増援が出ることもなく、貨物列車は線路上を滑走し、無事にサウスフェニックス市駅――目標地点へ到達する。

 

『Mission Clear!!』

 

 

 

 リザルト画面を見流しつつ、リョウマとコノミはそれぞれセイバーガンダムとガンダムデュナメスバスタークを筐体から回収する。

 

「先輩、お疲れさまでしたっ」

 

「ん、こちらこそお疲れさん」

 

「そう言えば、先輩の愛機ってセイバーガンダムじゃなくて別にあるんですよね?」

 

「普段はクロスボーンガンダムを使ってる。今日は持ってきてないんだが」

 

「使い慣れた機体じゃないのにあそこまで戦えるって……反則じゃありません?」

 

 なんだかズルい気がします、とコノミはジト目になる。

 

「セイバーもMS形態なら同じ人型だからな、基本は一緒だぞ」

 

「いや、可変機と格闘機って全然違いますよね?」

 

 コノミの言う通り、MSと言う人間と同じ五体を持つ点では同じだが、クロスボーンガンダム系の機体はセイバーガンダムほどの飛行力は持っておらず、火力の面でも大きな違いがある。

 つまり、全く違う戦い方を強いられるわけだが、リョウマはそれを苦にすることなく戦っていた。

 

「そりゃ操縦感覚とかは違うが……「ちと扱いづらいが、武装さえ分かりゃ何とかなる」ってサーシェスも言ってただろ」

 

「あぁ、「奴さん死んだよ?俺が殺した」ってシーンですねぇ」

 

 セリフの部分だけトーンを低くして声真似するコノミ。

 

『00』のワンシーンで、チーム・トリニティ達の支援を装って現れたアリー・アル・サーシェスが、ミハエルを射殺してガンダムスローネツヴァイを奪い取る直前のセリフである。

 事実サーシェスは、乗り慣れないガンダムスローネツヴァイで、ガンダムマイスターであるヨハンの操縦するガンダムスローネアインを終始圧倒、撃墜してみせていることから、『ある意味人間の枠を超えている』サーシェスの戦闘力の高さを再認識させるシーンである。

 

「さてと、バトルも終わったことだし、帰るか」

 

 バトルブースを後にするリョウマとコノミ。

 リョウマはセイバーガンダムをショーケースに戻して、ケースの鍵を閉じて、事務所に鍵を返してから、そのまま店の外へ。

 

「っと、もう暗いな。コノミちゃん、近くまで送るよ」

 

「へぁ?いやいや、大丈夫ですよ。家もそんなに遠いわけじゃありませんし」

 

「そうじゃなくてな。ここで俺がコノミちゃんを送っていかないと、後でアイカさんにどつき回されるんだよ」

 

「どつき回されちゃうんですか……そう言うことなら、ここは素直に送られちゃいますね」

 

 自分の保身のために送ると言うリョウマだが、万が一コノミに何かあってもいけないため、100%保身のためだけと言うわけでもない。

 

 コノミからの了承も得て、二人は夜道を並んで歩き始める。

 

「そうです先輩。ガンスタグラムってサイト、知ってますか?」

 

 幸いにして、話題には事欠かない。

 

「知ってるどころか、普通に利用してる。コノミちゃんは登録してるのか?」

 

「もちろんですっ。先輩のユーザーネームって何ですか?フォローしちゃいますよ」

 

「『リョーマ』ってユーザーだ。……これな」

 

 リョウマはスマートフォンを取り出してガンスタグラムを開き、マイページを開いてみせる。

 

「リョーマさんですね。ユーザー名から検索して……はいっ、フォローしました!」

 

「さんきゅ。んじゃ俺もフォロー返しをして、と」

 

 フォローしてきた『このみん』と言うユーザーのページを開き、『フォローする』の項目をタップする。

 互いのユーザー情報の、フォローとフォロワーのカウントが一つ増えたことを確認してからスマートフォンを閉じる。

 

「帰ったら先輩の作品、じっくりと見させてもらいますよ」

 

「見せてもらおうか、このみんさんの作品の、完成度とやらを」

 

「あっすいません多分先輩が期待してるほどのものじゃないですごめんなさい」

 

 シャア・アズナブルの名言を用いるリョウマに、コノミはプレッシャーを感じたのか先に謝ってきた。

 

 そんなやり取りをしている内に、ふとコノミが足を止めた。

 

「ここまでで大丈夫です。先輩、送っていただいてありがとうございました」

 

「どういたしまして。コノミちゃんは、明日も勤務か?」

 

「いえいえ、次の勤務は土曜日の午前からです」

 

「そうか。じゃ、学園で会うこともあるだろうし、また明日な」

 

「はいっ、さようなら先輩」

 

 コノミはリョウマにぶんぶんと手を振りながら曲がり角を曲がっていった。

 

「さて、俺も帰るか……」

 

 

 

 

 

 コノミの見送りも終えて帰宅したリョウマは、夕食と入浴を終えた後は自室に籠もり、ガンプラの製作に勤しんでいた。

 いつもの製作代行でも、バトル用のガンプラでもない、自分が好きなように作るだけのものだ。

 製作代行ではないものの、これも『甘水処』に飾らせてもらうのだが。

 

 パッケージの中に鎮座しているパーツ達。

 古代中国の戦士の甲冑を思わせるボディに、フレキシブルアームに繋がれた龍の頭に似た腕部、円形状の盾は左肩に取り付けられ、脚部の外側部のスラスターブロックに、龍の爪牙のような膝パーツ、バックパックは同じく龍の胴体のような複数のパーツの先に、二門の火砲に加えて一対のウイング。

 白、緑、赤のトリコローレを基調に塗装されたそのガンプラは、『アルトロンガンダム』と呼ばれる機体。

 

 原典作品は『W』であり、後の『EW』に合わせてリファインされる前の姿――ファンの間では所謂、『TV版』と呼称される方のアルトロンガンダムだ。

 

 中国武術のモーションを機体に取り入れた優れた運動性に、長大なリーチを持つツインビームトライデントと、両腕のドラゴンハングを用いた変幻自在かつ苛烈な格闘攻撃が可能なガンダムであり、接近戦に限れば『最強の中の最強』と称されるウイングガンダムゼロにすら上回るほどの戦闘力を持つ。

 

「……よし、可動範囲も強度も問題無し。これで完成だな」

 

 ここ数日を掛けてコツコツと作り上げていたが、今夜をもってようやく完成だ。

 完成したアルトロンガンダムを眺めて、ついでにツインビームトライデントを構えさせたり、ドラゴンハングを展開させたり、わざわざ自作した火炎放射用のエフェクトを取り付けたりして、一頻り満足したところで。

 

「(そうそう、コノミちゃんの作品を見ないとな)」

 

 スマートフォンを開き、ガンスタグラムのサイトを開き、『このみん』の作品一覧ページを開く。

 今日のバトルでも使っていたガンダムデュナメスバスタークの他に、『ケルディムガンダム』『ガンダムサバーニャ』と言ったロックオン・ストラトス(兄弟)の愛機達や『AEUイナクト』『マン・ロディ』『量産型バウ』と言ったグリーン系のカラーリングのガンプラが主に投稿されているところ、緑色が好きなのだろうか。

 

 それら作品群に挨拶代わりとして『いいね!』を押していると、

 

「(さすがに眠い……撮影はまた明日にして、今日は寝るか……ぁ)」

 

 何ぶん今日は寝不足のまま活動していたのだ。

 普段ならもう少し起きているところだが、嵩んでいた疲労は、リョウマを眠らせようと襲い来る。

 

 スマートフォンに充電ケーブルを差し込み、消灯してベッドの上に倒れれば、瞬く間に熟睡へと誘った。

 

 おやすみなさい。

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 コノミ「おはようございます先輩!今日もよろしくお願……って、なんか顔が暗いですよ?」

 

 リョウマ「……いや、なんでもない」

 

 アイカ「お前がそんな顔でなんでもないって言う時は、大体何か起きたと相場は決まっているものだぞ?」

 

 リョウマ「別に……ただ調子が出なくて、バトルで負けただけだ」

 

 コノミ「先輩を負かしちゃう人なんて一体どんな怪物……いや悪魔……いや化け物なんでしょうか……ッ!?」

 

 リョウマ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

 二頭龍と双子座と

 

 実はその人、ガンダムの四文字も知らない相手だったんだ」



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4話 二頭龍と双子座と

 今回より、Pixivの方で応募されたオリキャラが登場していきます。


 土曜日の午前。

『甘水処』の新人アルバイト、ミノウ・コノミは、研修二日目のために訪れていた。

 自動ドアを潜り、レジカウンターにいるアイカに挨拶。

 

「おはようございまーす!」

 

「うむ、おはよう。今日も元気で何よりだ」

 

「元気なのがわたしの取り柄ですからねっ。今日もよろしくお願いします!」

 

 ぺこりと一礼してから、コノミは事務所へと入る。

 同じ学園の先輩が新人教育を担当してくれており、分かりやすく丁寧、なおかつホビーへの知識や含蓄も豊富。

 

 さぁ今日も頑張るぞと意気込んでいたコノミであったが、

 

「…………あぁ、コノミちゃんか。おはよう」

 

 その先輩――リョウマは反応鈍く振り向いた。

 目の隈が濃く、疑う余地も無いほどの寝不足っぷりだ、少なくともこの間の研修の時とは明らかに様子がおかしい。

 

「え、えぇと、おはようござい、ます?あの先輩、一体どうしたんですか?」

 

「……いや、ただの寝不足だ」

 

 当のリョウマはそう言うものの、ただの寝不足でこうはならないだろう。

 

「さて、それじゃぁ今日も行くか」

 

「あ、はい、よろしくお願いしますっ」

 

 ともかく今日の研修が始まるので、コノミは気を切り替えることにした。

 

 

 

 午前中の昼時前はほとんどお客がいないために、じっくりと研修に集中出来る。

 今日の研修は、店内清掃について。

 

「……という感じで、ダスタークロスを掛けた後でモップで床を拭いていく」

 

「あの先輩、モップ、逆です」

 

 コノミが指摘したように、リョウマはモップの拭う部分を上にして、下の方で床を擦っていた。

 

「ん?あぁ、悪い……」

 

 失敗失敗、とリョウマはモップの位置を正しく直す。

 リョウマは先程から、これと同じようなミスを何度もしており、その度にコノミに指摘されている有様だ。

 

「あー、リョウマ。もういい、やめろ」

 

 不意に、事務所から出てきたアイカは溜息混じりでそう言い放った。

 

「は?まだ教えている最中だぞ?」

 

「お前がそんな調子では、ミノウが間違った仕事を覚えるだろう。それでは任せられん」

 

 そう言いながらもアイカは店内を見渡して、お客がいないのを確かめる。

 

「色ボケ……と言うわけでは無さそうだな。お前に一体何が起きた?」

 

「だからただの寝不足だ……」

 

「この間のお前は寝不足状態にも関わらず、従業員として模範的な研修をしていた。そんなお前が今日はこのザマだ。それでも何も無いと言い切れるとはいい度胸だなリョウマ」

 

 アイカにこれでもかと言葉の逃げ道を潰されて、リョウマはぐうの音も返せなかった。

 

「溜め込むよりは、吐き出した方がいいですよ先輩」

 

 挙句、コノミにまで気を遣われてしまう。

 これ以上の意地っ張りは無意味か、とリョウマは諦めて『昨日に起きたこと』を話し始めた。

 

 

 

 アルトロンガンダムを完成させた翌朝。

 快眠によってスッキリした朝を迎え、アルトロンガンダムと自分の愛機のクロスボーンガンダムX1を納めたケースを鞄に入れてから登校。

 

 ミヤビやチサ、ハルタらといつもと同じような学園生活を過ごし、放課後を迎えた。

 とは言え、コノミの研修があるわけでもなく、急いで『甘水処』へ向かう必要もないため、チサとミヤビとの三人でのんびりお喋りしながら下校。

 最初にミヤビと別れ、その後でチサとも別れてから、『甘水処』へ向かう。

 

 その、道中。

 

「……ん?」

 

 どこからともなく、紙飛行機が飛んで来ては、リョウマの足元に落ちた。

 何かと思って拾ってみると、文章や赤線が引かれている、小テストの解答用紙だった。

 開いてみると、どうやら数学の小テストのようだが、解答用紙には名前しか書かれておらず、赤ペンによるチェックしかない。点数は当然0点だ。

 

 ふと名前の欄に目をやると、『三年二組 神崎川 凛(カンザキガワ・リン) 』と書かれており、リョウマはその名前に聞き覚えがあった。

 

「(カンザキガワ・リンって……ウチの三年生の、"天才"じゃないか?)」

 

 噂程度ではあるが、緑乃愛学園の三年生に、『希代の天才がいる』と聞いたことがあり、カンザキガワ・リンと言うフルネームもそこから知った。

 そんな天才と称された女子生徒が、小テストを無回答。

 問題が解けなかったはずがない、だとすればわざと無回答で提出したとしか思えない。

 

 それが飛んで来た方向に向き直れば、その視線の先に、高台に腰掛けた、鈍色の長髪がそよ風に揺れているのが見え――目が合った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 リョウマは解答用紙を手に、そこへ駆け寄った。

 

「これ、落としました?」

 

 うっかり落としたのなら紙飛行機にして飛ばしたりしないだろう、と自分にツッコミを入れつつ、その緑乃愛学園の制服を着た女子生徒に解答用紙を差し出した。

 

「……わざわざ拾ってくれてありがとう。でも、いらないから捨てていいよ」

 

 どこか気怠げな口調で、差し出された解答用紙を突き返す。

 

「カンザキガワ先輩、ですよね?」

 

「あれ、キミと私ってどこかで会った?」

 

 初対面の相手に名字を呼ばれて、女子生徒――リンは目を丸くする。

 

「噂越しに俺が一方的に知ってただけです。天才とかって言われているそうですけど……」

 

「うん、みんなそう言うね」

 

 否定しなかった。

 よほど自分に自信があるのだろう。

 

「でも、どうして無回答なんですか?」

 

「ん?いつも満点じゃつまらないと思って、ここは敢えて0点を狙ってみた」

 

 そしたら「ちゃんと真面目にやりなさい」って怒られたよ、と面白くなさそうにぼやくリン。

 

「私みたいな天才でも、真面目にやらなきゃ怒られるんだって、いい経験になったよ」

 

「…………えーと」

 

 ツッコミどころが多過ぎて、どこからツッコめばいいのか困惑するリョウマ。

 

「怒られて余計につまらなかったから、解答用紙を紙飛行機にして飛ばしたら、キミが拾ってくれた……ってとこかな」

 

「それはどうも……」

 

 リョウマは即座に"諦める"ことにした。

 どうやらこのカンザキガワ・リンと言う先輩、どこか……というより、()()()()()()()()

 天才だからズレているのか、ズレているから天才なのか。

 

「ところで、キミはどこかに行く途中だったんじゃない?私の相手なんかしてていいの?」

 

「あ、あぁそうでした。『甘水処』に行くところでした」

 

「スウィートウォーター?美味しそうな名前だね、カフェか何か?」

 

 スウィートウォーターと聞いて、カフェだと思うのはごく自然なことだろう。

 

「いや、美味しそうですけど、ホビーショップです」

 

「ホビーショップ?おもちゃでも買うの?」

 

「買うって言うか、ガンプラの展示ですよ」

 

 何気無く言ったリョウマだが、それを聞いたリンはきょとんとした顔をする。

 

「がんぷら?何それ」

 

 何のことなのか、本気で分からないようだ。

 

「え?ガンプラって知りませんか?ガンダムのプラモデルの……」

 

 今の時代、ガンダムやガンプラの名前を知らない日本人はむしろ珍しい部類ではないだろうか。

 

「がんだむ?いや、さっぱり」

 

 やはりリンは首を横に振る。

 一般的には『安室とシャーがガンダムに乗って戦うアニメ』『イオク様とか言うガンダムのキャラがなんかやらかした』『転売ヤーがガンプラを転売して人生楽勝とかほざいてたら破産死した』くらいの認識はあるはずだが、それすらも知らないと言う。

 

「えーと、つまり機動戦士ガンダムってアニメに登場する、ロボットの模型、プラモデルってことです」

 

「へー」

 

 生返事をしたところ、上手く伝わっていないようだ。

 

「カンザキガワ先輩。もし暇でしたら、見に行きますか?ガンプラってどう言うものか」

 

「んー……まぁ、家に帰っても勉強しかやることないし、いいよ」

 

「……今何かとんでもないことを聞いた気がしますけど、それじゃぁ行きますか。俺、二年のオウサカ・リョウマって言います」

 

「リョウマくんだね。うん、覚えた。改めて言う必要も無いだろうけど、三年のカンザキガワ・リンだよ」

 

 いきなり名前で呼び始めたリンに、リョウマはペースを崩されつつも、その場から移動する。

 ただし、行き先は『甘水処』ではなく、近場の大手家電量販店のひとつ『ダヤマ電気』だ。

 リンを連れて『甘水処』に入れば、アイカから「また女連れか。いいご身分だな」とからかわれるのは目に見えているからだ。

 

 

 

 ダヤマ電気に入店し、模型や玩具専門のコーナーへ足を向ける。

 

「また随分な種類があるんだね」

 

 リンは売り場を埋め尽くさんばかりのガンプラを見て、呆れたように溜息をついた。

 

「一昔前はガンプラが全然無くて、ガンプラじゃないプラモに売り場を奪われたりしてましたけどね」

 

 あの暗黒期と言える忌むべき時代は、全国のガンプラモデラーを失意の底に叩き込んだものだ。

 

 や は り ガ ン プ ラ の 転 売 は 唾 棄 す べ き 行 為 で あ る 。

 

「あそこにあるのは?」

 

 ふと、リンはガンプラコーナーの隣に併設されたバトルブースを指した。

 

「あれはガンプラバトルシミュレーターです。自分が作ったガンプラを機械に読み込ませて、戦うゲームですよ」

 

「ふーん?」

 

 やはり今ひとつ何が面白いのか分からないようだ。

 

「何でしたら、バトルもやってみますか?」

 

「ん?でも私、がんぷら持ってないよ?」

 

「俺、ガンプラ二つ持ってるんで、片方貸しますよ」

 

 自分のクロスボーンガンダムX1と、展示用に作ったアルトロンガンダムだ。

 

 バトルブースに入り、リョウマはケースから持っている二つのガンプラをリンに見せてやる。

 

「どっち使いますか?」

 

「どっちがどう違うの?」

 

 いきなり見せられて「どっちがいい?」と訊かれても分からないだろう。

 強いていえば、クロスボーンガンダムX1もアルトロンガンダムも、格闘戦に向いた機体であると言うことか。

 

「直感でいいですよ」

 

「直感?えぇ……」

 

 リンは困ったように眉をひそめる。

 

「……じゃぁ、こっち?」

 

 彼女から見て右……アルトロンガンダムを選んだ。

 

「じゃぁ、早速始めますね」

 

 リンがアルトロンガンダムを受け取るのを確認すると、リョウマはシミュレーターを起動させていく。

 リョウマは自分のスマートフォンを読み込ませてプレイヤーコードを認証させ、リンはゲストさんとして進める。

 

「動かし方のマニュアルみたいなのは無いの?」

 

「これです」

 

 マニュアルは無いかとリンに訊ねられ、リョウマは操縦マニュアル画面を開き、

 

「うん、覚えた」

 

 わずか二秒でリンはその画面を閉じた。

 

「……いくらなんでも早くないですか?」

 

「そこまで複雑でも無いみたいだし、大丈夫だよ」

 

 彼女が大丈夫だと言うのならまぁいいか、とリョウマはオフラインフリーバトルをセッティングしていく。

 

 ステージは『サイド7』

 

 最もオーソドックスなステージで、ランダムセレクトで無ければとりあえずここが選ばれる。

 

「それじゃ出撃しますか。オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃る!」

 

 リョウマはいつものようにクロスボーンガンダムX1を出撃させ、

 

「えーっと、カンザキガワ・リン……ア、アル、トロン?ガンダム、行きます?」

 

 勝手が分からないリンは、とりあえずリョウマの真似をしてアルトロンガンダムを発進させた。

 

 

 

 出撃完了し、リョウマのクロスボーンガンダムX1が着地、続いてリンのアルトロンガンダムがゆっくりと着地する。

 

「まずは自由に動かしてみてくだ……」

 

 自由に動かしてみてください、と言いかけたリョウマに、アルトロンガンダムはいきなり右腕のドラゴンハングを展開し、左右のノズルから火炎を放ってきた。

 

「っと!?」

 

 不意打ちにリョウマは虚を突かれつつも、左腕のビームシールドを展開して火炎放射を防ぐ。

 

『あ、ごめん。この、ドラゴンハング?って言うのがよく分からなくて』

 

 通信回線越しにリンは謝る。

 どうやら動作確認をしようとしたら誤射してしまったらしい。

 リョウマは操縦桿を引き下げて、火炎放射の間合いから逃れる。

 

「いえ、大丈夫です。ノーダメージでしたし」

 

『ちょっと距離を取るね』

 

 ドラゴンハングを引き下げて、アルトロンガンダムはその場から少しだけ下がってから動作確認をしていく。

 ドラゴンハングの可動や火炎放射、ツインビームトライデント、バルカン砲の他、挙動やスラスターによる機動も確かめていく。

 

『……うん、分かった。じゃぁ始めよっか』

 

「もういいんですか?」

 

 先程のマニュアルの確認といい、覚えが異常に早い。

 頭の作りが他人と異なるんだろう、と割り切るリョウマ。

 

『バトルするんだよね?初心者だからって遠慮しないでいいよ』

 

「そうですけど……」

 

 何となく侮られているようで、リョウマとしては少し面白くない。

 だからといって本気で戦ったりはしないが、攻撃されることへのプレッシャーぐらいは教えてやるべきかと判断した。

 

「なら、行きますよ!」

 

 リョウマはウェポンセレクターを開き、直撃を避ける程度に狙いを外してザンバスターを発射する。

 しかしアルトロンガンダムは動じることなく、最小限の挙動だけでビームをやり過ごした。

 もう二発ほどザンバスターを放つが、やはり同じように避けられてしまう。

 

「(思ったよりやるな?)」

 

 ならばもう少し距離を詰めて、と判断したリョウマはクロスボーンガンダムX1を前進させる。

 適度な頃合いで格闘も仕掛けようと算段を立てるリョウマだが、

 

 それは予想外の結果を以て覆されるのだった。

 

 

 

 バトルが終了したことで、リンは自分のリザルト画面を見やる。

 

「あれ、もう終わり?」

 

 小首を傾げながら、対面にいるリョウマに目を向ける。

 そのリョウマは信じられないような目で、両手を筐体の上に手を付けてクロスボーンガンダムX1を見つめていた。

 

「…………負けた?俺が?」

 

 去年のGBフェスタを優勝して以来、リョウマは今まで負けたことはなかった。

 それも、一撃もまともに与えられず、最後は一方的に攻め立てられて終わりだ。

 

「どうして負けたのか分からない、って顔してるね」

 

 リンは何でもないことのように、その"理由"を答える。

 

「簡単だよ。剣を構えている位置から、どう言う太刀筋なのか丸わかり。振り下ろすのか、突き出すのか、上から来るのか、下から来るのか。ある程度の予測が出来てれば、いくら速くても同じだからね」

 

「…………」

 

 リョウマは言葉を失う。

 射撃戦ならまだ分かる理屈だ、銃口がどこを向いているかを判断して回避行動に移る、くらいなら理解できる。

 

「キミの動きはね、分かりやす過ぎるんだよ」

 

 だが、それを剣戟の間合いで見て取るなど、『不可能では無いがあまりにも非現実的だ』、悠長に太刀筋など見ていたらその瞬間には斬られているのだから。

 沈黙するリョウマに、リンは問うた。

 

「ねぇ、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 こんなもの。

 血と汗を滲ませて全力で取り組んで来たものを、そんな五文字で表された。

 

「(俺は……)」

 

 右手は拳を握り締めて、左手はクロスボーンガンダムX1を拾い、ケースに納めた。

 

「カンザキガワ先輩」

 

「ん、急に改まってどうしたの?」

 

 どうしたのかと訊ねるリンに、リョウマはアルトロンガンダムを拾い、それを彼女に差し出す。

 

「これ、預かっていてください。そうだな……明後日の日曜って空いてますか?」

 

「うん、空いてるね」

 

「よし……なら日曜日、今日と同じ時間帯に、ここに来てください」

 

「いいけど。もう一回戦うの?」

 

「そうです」

 

 去り際にリョウマは一度振り返って、

 

「次は負けませんよ」

 

 とだけ告げて、走り去っていった。

 

 

 

『甘水処』には寄らず(そもそも展示予定だったアルトロンガンダムをリンに預けてしまったので)、真っ直ぐ帰宅するなり部屋に籠もり、先程のバトルのリプレイ映像を再生する。

 

「(俺の動きは分かりやす過ぎる、か……)」

 

 リンの言葉を反芻しつつ、リプレイの様子を睨む。

 

 リョウマのクロスボーンガンダムX1がビームザンバーによる攻撃のために見せる、ほんの僅かな挙動。

 それを見た時点で、既にリンのアルトロンガンダムはツインビームトライデントによる迎撃体勢に入っている。

 次の瞬間には、振り抜かれたビームザンバーがツインビームトライデントの切っ先に受け止められ、弾き返される。

 これだけではない、回避した先に回り込むようなドラゴンハングの動き。

 距離を取れば火炎放射で動きを阻害され、足が鈍ったところをランダムバインダーのビームキャノンが狙う。

 最終的にはボディをドラゴンハングに噛み砕かれて撃墜。

 ここでリプレイは終了だ、リョウマはもう一度最初からスロー再生し、特にアルトロンガンダムの動きを注視する。

 やはり常識的な反応ではあり得ない初動の早さだ、攻撃されてからの反応ではなく、攻撃の前段階の時点で既に対応を整えている。

 それだけではない、ツインビームトライデント、ドラゴンハングとその火炎放射、バルカン、ビームキャノンと言った武装群の特性を正しく理解した上で的確に使い分けている。

 ビームサーベルには同じくビーム格闘兵装で相殺し、間合いから遠ざかろうとすればドラゴンハングで捕まえて、左右へ逃れようとすれば火炎放射とバルカンによる面制圧攻撃、それに足を止めている内に高威力のビームキャノンを撃ち込む。

 

 何度も何度もリプレイを繰り返し見るが、

 

「(ダメだ……どうシミュレートしても初手の時点で先回りされる)」

 

 スマートフォンをホーム画面に戻してから、ベッドの上に寝転ぶ。

 

 夕食、入浴を終えてからもシミュレートに耽るが、これと言った勝ち筋は見つからないままだ。

 

 やがて寝落ちするように眠りにつき、目覚まし時計のアラームに叩き起こされて、眠い目を擦りながら『甘水処』の研修に向かった――。

 

 

 

「……と言うのが、昨日からの経緯だ」

 

 その間にも欠伸を連発していたリョウマは、ようやく話し終える。

 

「はぇー……カンザキガワ先輩のことはわたしも知ってましたけど、よもやガンプラバトルまで天才だったとは」

 

 恐るべしです、とコノミは頷いている。

 

「つまり、久々にボロ負けして落ち込んでいる、と言うことか」

 

 アイカは要点中の要点だけを抽出したような答えを出した。

 

「まぁそうなるな……」

 

 ボロ負けしたことに変わりないため、リョウマは否定しない。

 

「ったく仕方のない奴だ……ちょっと待ってろ」

 

 呆れるように溜息をつくと、アイカはエプロンのポケットからスマートフォンを取り出し、数回のタップの後に耳に当てる。

 誰かに通話をするようだ。

 

「あぁ、アタシだ。……久しぶりのところ悪いが、大至急アタシのところまでガンプラを持ってこい。……不出来な従弟が、ガンプラバトルでボロ負けして落ち込んでいるそうでな、ヤキを入れてやってくれ。……安心しろ、ちゃんと融通は利かせるさ。イズモの奴とのマッチングデートでいいか?……なんだまだなのか?ヘタレかお前は。……はいはい分かった分かった。ではまた後でな」

 

 通話を終了し、リョウマに向き直るアイカ。

 

「リョウマ、今日の研修はもういいぞ。だが、少しだけ待て」

 

「……今から来る人とバトルしろってことですか?」

 

「ミノウへの研修はアタシが代わる。そいつにヤキを入れてもらえ」

 

 アイカはコノミを手招きして、カウンターの中へ入れる。

 

 

 

 十分ほどしてから、ブザーと自動ドアの開閉が来店を告げる。

 

「いらっしゃいませー」

 

「いらっしゃいませー!」

 

 リョウマとコノミは条件反射的に挨拶をするが、その来店者は真っ直ぐにカウンターに向かってくる。

 

「おぉ来たか、『レナ』」

 

 白金色の長髪を左側頭部で短くサイドテールにした女性は、アイカの姿を見つけるなり睨む。

 

「どうも……それで、ヤキを入れてほしいって言う従弟くんは?」

 

 レナ、と言うらしい女性の質問に、アイカはリョウマに目線をくれてやる。

 

「俺です。わざわざ来ていただいてすみません」

 

 促されるように、リョウマはレナの前に立って軽く頭を下げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……初めましてね。わたしは『ジングウジ・レナ』」

 

「オウサカ・リョウマです」

 

「ん、それじゃぁさっさと始めましょう。アイカ先輩、バトルシステム借りますよ」

 

 それだけ告げると、レナは踵を返してバトルブースへ向かうので、リョウマは一度バックルームから自分のガンプラとスマートフォンだけ持って後に続く。

 

 

 

 無言のままバトルシチュエーションを設定していくレナに、リョウマは下手に話しかけるのも気が引けたため、淡々とクロスボーンガンダムX1とスマートフォンのデータを読み込ませる。

 

「……そう言えば、オウサカ・リョウマって名前で思い出したのだけど。あなた、去年のGBフェスタの優勝者?」

 

 不意にレナが話しかけてきたので、リョウマは跳ね返ったように反応する。

 

「あ、はいそうです」

 

「ふぅん……」

 

 訝しむような目を向けるレナ。

 

「ま、いいわ。嘘か真か、すぐに分かるわ」

 

 トン、とタッチパネルを押して設定完了。

 

 ステージは『ネオイングランド』

 

 原典作品は『G』からで、ジョルジュ・ド・サンド、ドモン・カッシュの二名がそれぞれ、ネオイングランド代表のガンダムファイター『ジェントル・チャップマン』とガンダムファイトを演じた戦場だ。

 原作に忠実らしく、濃霧の中で戦うことになるようだ。

 

「……オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃る!」

 

「ジングウジ・レナ、『ガンダムジェミナスマバリック』、推して参るわよ!」

 

 両者は出撃し、霧の街へと飛び込む。

 

 

 

 リョウマは、モニターに広がる白霧に目を細める。

 

「(……思ったより視界が悪い。しかも市街戦。気が付いたら目の前にいた、なんてこともあるな)」

 

 幸いにしてジャマーやチャフの類は散布されていないため、レーダー反応は正常だ。

 そして、正常であることを主張するように、前方からアラートが鳴り響く。

 リョウマはすぐに操縦桿を捻ってクロスボーンガンダムX1を跳躍、その高出力のビームを避ける。

 霧を吹き飛ばさん勢いで放たれたビームのおかげで、その姿が見えた。

 

 白とライムグリーンのツートンカラーに、頭頂部から伸びるセンサー、ライフルとシールドの形状から『ガンダムジェミナス』をベースとした機体であることはすぐに読み取れた。

 大きく違う点は、上半身を覆う漆黒の外套(クローク)

 恐らくはガンダムジェミナスの固有装備であるブースター――それもオリジナルのモノだろう――のようだが、あのように機体を覆う形状から見るに、表面に何かしらの耐性があるかもしれない。

 

 コンソールから読み取られた機体銘は『ガンダムジェミナスマバリック』と言うらしい。

 

「ヤキを入れてもらえ、とは言われたが……むざむざ負けるものかよ!」

 

 ウェポンセレクターを開いてザンバスターを選択、ガンダムジェミナスマバリック目掛けて連射するクロスボーンガンダムX1。

 だがザンバスターのビームは、クロークの表面に到達すると呆気なく弾き返された。

 

「やはり耐ビームコーティング……いや、ガンダムグリープのリフレクトシールドか?」

 

『御名答。優勝というのは肩書だけでは無いようね……でも、この『ディフェンスドブースター』は、こう言うことも出来るのよ!』

 

 リョウマの見立てを肯定するレナだが、次の瞬間にはガンダムジェミナスマバリックはクローク――ディフェンスドブースターの一部を変形させると、一対のビームキャノンとしてビームを発射した。

 

「ちっ、攻防一体型の装備ってことか……!」

 

 リョウマは続けざまに操縦桿を蛇行させてビームを躱すが、ABCマントにビームが着弾してしまう。

 まだ防げるが、アテには出来ないだろう。

 

 加えて、ガンダムジェミナスマバリックの右手には強力な『アクセラレートライフル』もある。

 

 とは言えこの程度、普段のリョウマならすぐに対策を導き出して反撃に移れる。

『普段のリョウマ』であれば、だが。

 

「機体の反応が鈍い!何で……!?」

 

 言葉ではそう言うものの、リョウマ自身には分かっていた。

 

 否応なく記憶を揺さぶってくる、リンのアルトロンガンダムとのバトル。

 

 自分の打つ手全てが、後出しジャンケンのように潰されていく、勝ち筋の見えない戦いを強いられる。

 

 それはリョウマの中に凝りとなってとぐろを巻き、思考や反応を阻害されていること。

 分かっていても自覚したくない。

 

 どうにか回避しつつも、散発的にザンバスターやバルカンを撃ち返していくが、最小のダメージで防がれ、凌がれてしまう。

 

『何をそんなに怖がっているのか知らないけど、GBフェスタの優勝者が、聞いて呆れるわね!』

 

「『怖がっている』……俺が?」

 

 なおも苛烈にビーム射撃を叩き込んでくるレナのガンダムジェミナスマバリック。

 

『クロスボーンガンダムと言う機体の特性を全く活かせてない。それで優勝したなんて、よほどレベルの低い大会だったのかしらねぇ!』

 

「……何をォッ!!」

 

 腹の底が煮え沸き立った。

 久々に覚えた"怒り"に、リョウマはギチリィッ、と奥歯を軋ませ、ホログラムの操縦桿を握り締める。

 

「やるぞ、X1ッ!」

 

 ザンバスターを分離させ、右手にビームザンバー、左手にバスターガンをそれぞれ持たせ直して、クロスボーンガンダムX1は、ビームキャノンを跳躍して回避、そのまま建造物を壁キック、建造物から建造物へパルクールをするかのように飛び回る。

 

『ちょこまかと……!』

 

 アクセラレートライフルとビームキャノンを交互に連射して追い縋るガンダムジェミナスマバリック。

 

 いたちごっこが何度か繰り返された時、不意リョウマの方から仕掛けた。

 正面斜め上から接近するクロスボーンガンダムX1に対し、ガンダムジェミナスマバリックは即座にビームキャノンを差し向ける。

 

「今だッ」

 

 リョウマはウェポンセレクターを回し、バスターガンをサイドスカートに納めると、空いた左マニピュレーターでABCマントを掴み、脱ぎ捨てながらそれを投げ付けた。

 

『目くらましのつもりで!』

 

 ガンダムジェミナスマバリックはアクセラレートライフルでABCマントを貫き吹き飛ばす。  

 が、そのABCマントを飛び越えるように、クロスボーンガンダムX1はフレキシブルスラスターを翻し、上段から叩き付けるようにビームザンバーを振り降ろす。

 対するレナの反応も早く、すかさずビームソードを抜き放ち様にビームザンバーを受ける。

 

『何よ、やれば出来るじゃない……!』

 

「そいつはどうも……ッ!」

 

 互いに弾き合い、ほんの少し距離空いたところへガンダムジェミナスマバリックは近距離でアクセラレートライフルを放つ。

 ビームシールドによる防御も間に合わずに、クロスボーンガンダムX1は左腕を貫かれてしまう。

 

「なんとぉーッ!!」

 

 片腕の損失と言う攻撃力の大幅な低下に躊躇うことなく、リョウマはウェポンセレクターを回しながら操縦桿を押し出して、一気に接近する。

 同時に、クロスボーンガンダムX1の口部ダクトが開き、強制排熱を開始する。

 ウェポンセレクターから選択するのはヒートダガー。

 右脚部の土踏まずから刃を覗かせ、ガンダムジェミナスマバリックの頭部へ飛び蹴りを放つ。

 スラスターの予熱によって赤熱化したヒートダガーの刃が、ガンダムジェミナスマバリックのデュアルアイを焼き潰す。

 

『ちっ!?』

 

 メインカメラを損傷し、レナの操縦が一瞬止まる。

 その一瞬の隙を見抜いたリョウマは、続けざまにビームザンバーを薙ぎ払う。

 ガンダムジェミナスマバリックは咄嗟にリフレクトシールドと一体化したビームキャノンでビーム刃を食い止めるが、ビームザンバーの縦方向に集中した高出力には耐え切れずにそのまま斬り裂いた。

 だが一瞬とは言えビームザンバーを食い止めていた隙に、ガンダムジェミナスマバリックはクロスボーンガンダムX1の間合いから辛うじて逃れる。

 

『なめるなぁッ!』

 

 カウンターにビームソードを振るうガンダムジェミナスマバリック。

 

「ッ!!」

 

 リョウマは即座にウェポンセレクターを選択、右フロントスカートからシザーアンカーを射出させ、ガンダムジェミナスマバリックの左腕にぶつけるようにして放つ。

 シザーアンカーと衝突して仰け反るガンダムジェミナスマバリック。

 

「行けェッ!!」

 

 操縦桿を一気に押し出し、ビームザンバーを突き出しながら突撃させる。

 

『ちいぃッ!』

 

 だがレナも即座に操縦桿を捻り返し、迫るクロスボーンガンダムX1へ向けてアクセラレートライフルのトリガーを引き絞った。

 

 結果、クロスボーンガンダムX1のバイタルバートはビームによって撃ち抜かれた。

 

 同時に、ガンダムジェミナスマバリックのボディもまた、ビームザンバーに貫かれた。

 

 クロスボーンガンダムX1、ガンダムジェミナスマバリック、撃墜。

 

 

 

「……相討ち、ですかね?」

 

「そのようね……」

 

 リザルト画面は双方とも『LOSE』と表示されている。

 ホログラムが消失するのを確認してから、リョウマとレナは自分のガンプラと端末を回収する。

 

「ヤキを入れる、とまではいかなかったけど。少しは憂さが晴れたかしら」

 

 レナにそう言われて、リョウマは自分の中の凝りを忘れていたことに気付く。

 

「そう、ですね……途中から必死でしたから」

 

 思えばアイカも「ヤキを入れてもらえ」と言っていたが、恐らく文字通りの意味では無かったのだろう。

 

 一旦嫌なことを忘れて思い切りバトルしろ、と。そう言いたかったのかもしれない。

 

「ジングウジさん、ありがとうございました」

 

 リョウマはレナに向かって頭を下げた。

 

「あなたに「怖がってる」って言われて気付いたんです。俺、いつの間にか負けるのに弱くなってたみたいで」

 

「別に私は何もしていない。アイカ先輩に言われてバトルしただけだから」

 

 そっけなく返すレナは、やることは終わったとばかりバトルブースを出ようとするが、その前に後ろ目に振り向く。

 

「まぁ、それならお節介を焼いた甲斐があったかしらね。……次は勝ちなさいよ」

 

 それだけ告げてから、レナは今度こそ立ち去った。

 

「……よしっ」

 

 リョウマは後片付けをしてから、バトルブースと、そのまま『甘水処』を出た。

 

 明日の再勝負に備えるために。

 

 

 

 

 

 翌日。

 一昨日と同じ時間にダヤマ電気に訪れたリョウマは、バトルブースに赴く。

 そこには既に、対戦相手――カンザキガワ・リンが待ってくれていた。

 

「こんにちは、カンザキガワ先輩」

 

「ん、こんにちはリョウマくん。約束通り来たよ」

 

「ありがとうございます。早速、始めましょうか」

 

 互いに軽く挨拶を交わしてから、二人はガンプラをセットしていく。

 

 ステージは前と同じ、『サイド7』に設定。

 オフラインマッチング完了。

 

「オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃る!」

 

「カンザキガワ・リン、アルトロンガンダム、行くよ」

 

 

 

 出撃完了した両者は、再び対峙する。

 

『操縦はこの間の戦いで分かってるから、練習時間はいいよ』

 

「分かりました。……行くぞッ!」

 

 初っ端から全力、温存や出し惜しみなどしていては負ける。

 リョウマは操縦桿を押し出して、フルスロットルで加速させる。

 まずは牽制にザンバスターを連射すれば、やはり最低限の挙動だけで回避してみせるアルトロンガンダム。

 牽制はあくまでも牽制、そのままアルトロンガンダム目掛けて最短で直進する。

 

『動きを読まれる前に短期決戦ってことかな』

 

 積極的に距離を詰めようとするクロスボーンガンダムX1を見て、リンは淡々とリョウマの思惑を測る。

 アルトロンガンダムはランダムバインダーからツインビームトライデントを抜き、自らも接近。

 先んじて突き出されるツインビームトライデントに、リョウマは操縦桿を捻り返して左側面へ回り込みつつ、左手にヒートダガーを抜き、

 

『いや、それくらいはね』

 

 すかさずアルトロンガンダムは左腕のドラゴンハングの牙を剥かせる。

 

「で、しょうね?」

 

 しかし、反応してから回避するまでの余裕があったにも関わらず、リョウマはそのままクロスボーンガンダムX1を突っ込ませた。

 それどころか、ヒートダガーを握った左腕をわざと喰らわせるかのように、ドラゴンハングの正面へ向けさせた。

 ドラゴンハングがクロスボーンガンダムX1の左腕へ咬み付こうとする寸前、リョウマは『ヒートダガーの切っ先を上へ向けた』

 

 すると、そのまま噛み砕くはずのドラゴンハングは、途中で開閉機構を止めてしまった。

 

『!?』

 

 何故止まってしまったのか、とリンは目を見開くが、

 

『そっか、つっかえ棒と同じ要領』

 

 瞬時にその原因を読み取った。

 ヒートダガーを敢えて上向きに突っ込ませて、ドラゴンハングの開閉部を"つっかえ"させているのだ。

 無理にドラゴンハングを閉じようとすれば、ヒートダガーの刃が内部機構に喰い込んで破損してしまう。

 そして、それだけの隙があればリョウマには十分だ。

 

「ドラゴンハングの、懐にさえ飛び込めば!」

 

 クロスボーンガンダムX1はヒートダガーから手を離すと、ドラゴンハングを潜るようにアルトロンガンダムへ肉迫する。

 

 ドラゴンハングは複数のアームブロックを連結させることで、通常の腕よりも長いリーチを間合いから格闘攻撃を仕掛けられる武装だが、一度アームブロックを伸ばしてしまえば『それより後ろはガラ空き』だ。

 

 空いた左腕にブランドマーカーを展開させてビームスパイクを発振、真っ直ぐにアルトロンガンダムの左脇腹へ叩き込んだ。

 

 アルトロンガンダム、撃墜。

 

 

 

「よぉしッ!!」

 

 自らの機転が掴み取った勝利に、リョウマはガッツポーズでそれを噛みしめる。

 

「…………」

 

 リョウマが喜んでいる対面にいるリンは、再度アルトロンガンダムを読み込ませて、ホログラムを生成させていく。

 

「もう一回」

 

「え?」

 

 リンはそう言いながらリョウマをジト目で睨む。

 

「もう一回して。今の納得いかない」

 

「納得いかないって……先輩、意外と負けず嫌い?」

 

「うるさい。早く設定して」

 

「はいはい、分かりました」

 

 ぷぅ、と頬を膨らませるリンに苦笑しつつも、リョウマは先程と同じシチュエーションで設定する。

 

 

 

 それから、何度かバトルを行ってから別れたのだが。

 

「(……そう言えば、アルトロンガンダム返してもらってないな)」

 

 とは言え、せっかくガンプラに興味を持ってくれたようなので記念にあげてしまってもいいか、アルトロンガンダムならまた作ればいい、と自己完結した。

 

 

 

 

 

 翌朝の学園。

 チサと共に登校し、ミヤビと合流し、教室の一席で談笑しているところだった。

 

 不意に、教室の出入り口付近が騒がしくなる。

 

「なんだろ?」

 

 チサがその騒ぎに気付いて、リョウマとミヤビも出入り口の方へ目を向けて、リョウマが真っ先に目を見開いた。

 

 廊下と教室の境目でクラスメートに声を掛けているのは、昨日も会ったリンであった。

 

 周囲にいる生徒達は「天才のカンザキガワ先輩だ……」などと囁きあっている。

 

「ねぇキミ、ここのクラスにオウサカ・リョウマって言う男子がいると思うんだけど、呼んでくれる?」

 

「は、はいっ……」

 

 リンに声を掛けられた女子生徒は、慌てて踵を返してリョウマの席へやって来た。

 

「オウサカくん、カンザキガワ先輩が用があるって」

 

「ん、分かった」

 

 リョウマは椅子から腰を上げて、廊下で待っているリンの元へ向かう。

 

「おはようございます、カンザキガワ先輩」

 

「うん、おはよう」

 

「俺がどうしましたか?」

 

「そうそう、これなんだけど」

 

 端的に挨拶を交わすと、リンは手にしていたもの――アルトロンガンダムのガンプラを差し出してきた。

 

「昨日はつい熱くなっちゃってごめんね、返しそびれてた」

 

「あぁ、わざわざご丁寧にどうも。俺も忘れてましたし」

 

 リョウマはアルトロンガンダムを受け取るが、そこでリンは話を続ける。

 

「そう言えばリョウマくん。このアルトロンガンダムって、改造とかなんとかしてたりするの?」

 

「ん?まぁ、スタイルの調整とか、可動範囲の確保とか、色々とやりましたけど」

 

 確かにリョウマの製作したアルトロンガンダムは、ベースこそ旧キット1/144のアルトロンガンダムだが、関節はガンダムサンドロックやガンダムヘビーアームズなどに使用されている『ガンダムWフレーム』に総入れ替えしたり、各部のシャープ化、延長化を行うなど、全く別物となっている。

 リンが何を言いたいのかと言うと。

 

「あれから、私もアルトロンガンダムを買って作ってみたんだけど、ものすごくちゃっちい感じだったんだ。だから、どう違うのかなって」

 

「あー、そのアルトロンガンダム、かなり古いキットですからね。最近のキットほど細かく出来てないんですよ。当時で言えば、ドラゴンハングの可動はよく再現出来てたらしいんですが」

 

「そうなんだ。手足とか思ってたように動かないし、関節も緩々だったから、不良品でも引いたのかと思った」

 

 なるほど、とリンは感心したように頷く。

 

「なんでしたらこれ、もうちょっと貸しますよ」

 

 返されたばかりのアルトロンガンダムを返すリョウマ。

 

「いいの?」

 

「カンザキガワ先輩が納得出来るまでいいですよ。あ、でももし壊れたりしたらすぐ言ってくださいね?」

 

「大丈夫、壊すような真似はしないよ。じゃぁ、もう少し借りるね」

 

 リンはそう頷いて、アルトロンガンダムを受け取り直す。

 

「それじゃ、邪魔したね」

 

 軽く手を振って、リンは教室から去っていった。

 それを見送ったリョウマは踵を返すと、クラスメート達から奇異の目で見られた。

 

「あのカンザキガワ先輩がガンプラって……オウサカ、お前あの人に何したんだ?」 

 

「何回かガンプラバトルしただけだが?」

 

「あり得ねぇ……あの、勉強以外にやることが無いとか言ってるカンザキガワ先輩が、ガンプラバトル……!?」

 

 奇異の目から、信じられないものを見るような目に変わる。

 

 そこまで驚くことだろうかと思うリョウマだが、リンはガンダムのガの字も知らなかったのだ。

 周囲の人間にとってリンがどう見えているかなど知らないが、少なくとも悪意で他人を傷付けるような人間ではないだろう。

 

 予鈴が鳴り響いたので、席につくことにした。

 

 

 

 

【次回予告】

 

 チサ「ミヤビちゃんもすっかり緑乃愛学園に慣れてきたよね」

 

 ミヤビ「うん。これもオウサカくんやチサちゃんのおかげよ」

 

 リョウマ「俺もチサも、特別何かしたわけじゃないがな」

 

 ハルタ「リア充生活を満喫しているところ悪いけどリョウマ、シミズさんにお客さんだ」

 

 リョウマ「シミズさんにお客?」

 

 ハルタ「少しばかり面倒な相手だから、適当にあしらっていいよ」

 

 ミヤビ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

菫麗乱舞

 

 次のミス緑乃愛候補に挑戦って、そんなの興味ないんだけど……」

 



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5話 菫麗乱舞

 六月に差し掛かると、週間天気予報は雲マークと雨マークが埋め尽くすようになる。

 つまりは、梅雨の時期だ。

 

 朝から降りしきる雨を窓から一瞥しつつ、リョウマは登校前の空き時間に『ガンスタグラム』を覗いていた。

 

「ん、コノミちゃんの更新か」

 

 フォロー新着の欄に『このみん』のユーザー名が載っているのを見て、作品をタップしてみる。

 

 どうやら昨夜の内に投稿していたそれは『ガンダムグシオン』のカラーリングをした『ガンダムグシオンリベイク』だ。

 

 タイトルは【ガンダムグシオン氏、ダイエットに成功!?】と言うコミカルなものだ。

 

 元のガンダムグシオンがこれでもかと重装甲化していたのに対して、ガンダムグシオンリベイクとなってからはスマートな体型をしている。

 本来は"焼き直されて"カーキ色となったそれを敢えて元の濃緑色に塗装することで、まさに『ガンダムグシオンがダイエットに成功した』ような姿をしているように見える。

 マン・ロディと一緒に並べられ、手持ちの武器がグシオンハンマーである――ブルワーズ所属を表す――ところが、尚更にそう見えてしまう。

 シールドを掲げながら「これ、オレの脂肪です」と言うフキダシが書き込まれているのを見て、笑いを堪えながら画面をスライドさせ、コメントを書き込む。

 

 リョーマ:ちょっ、これは笑えますwwwブルック・カバヤンもこれを見習ってダイエットすればいいのに(笑)

 

 コメントを投稿完了したところで、チサが迎えに来たのだろうインターホンが鳴らされ、リョウマは鞄を手にとって玄関へ向かった。

 

 

 

「もうすっかり梅雨入りだね」

 

 傘を片手に隣り合って歩く中、チサが何気なくそう言った。

 

「梅雨だな。塗装がしにくいから嫌な時期だ」

 

 モデラーとして切実なことをぼやくリョウマ。

 

「それ、毎年言ってるよね」

 

「このやり取りも毎年言ってるな」

 

 きっと来年の梅雨も同じことを言ってそうだ、と互いに苦笑していると、

 

「あっ、オウサカくん、チサちゃん」

 

 後ろからミヤビが声を掛けてきた。

 

「ミヤビちゃんおはよー」

 

「ん、シミズさんおはよう」

 

 二人が挨拶を返すと、ミヤビはリョウマとの間にチサを挟む位置につく。

 

「二人はいつも一緒に登校してるの?」

 

 ミヤビがそう訊ねると、チサが答える。

 

「うん。特別なことが無い時は、わたしが迎えに行ってるんだよ」

 

「チサは時間に正確だからな。万が一寝過ごしても安心だ」

 

「そう言うリョウくんも、寝坊なんてしたことないよね」

 

「その辺は、親から染み付いた生活習慣に感謝だな」

 

 そう言って小さく笑い合うリョウマとチサだが、その二人の様子を見て、ミヤビは申し訳なさそうに口を挟む。

 

「えっと、つかぬことを訊いてもいい?」

 

「つかぬこと?何のこと?」

 

 小首を傾げてキョトンとしているチサ。

 少しだけ躊躇した後、ミヤビは思い切った。

 

「その……オウサカくんとチサちゃんって、『付き合ってる』の?」

 

「うぇっぶ!?」

 

 予想外なことを言われてか、チサは奇声を上げて固まった。

 

「うぇっぶ?……スクリューウェッブか」

 

 クロスボーンガンダムX1に追加された武装のことを挙げるリョウマ。そうではない。

 

「ち、ちちち違うよっ!?わわっ、わたしとリョウくんっ、付き合って、ないよ!?」

 

「落ち着けチサ、って言っても落ち着かないのは知ってるが。信じるかどうか任せるが、少なくとも俺達二人の共通認識は『付き合ってない』だ」

 

 ぐるぐると目を回して慌てるチサに、リョウマは思い切り氷水をぶっかけるように答えた。

 

「ぁ……うん、付き合ってない、よ」

 

 我に返ったチサは、()()()()()()()()()頷いた。

 

「そうなの?チサちゃんが毎日迎えに来るくらいだから、てっきりそうなんじゃないかなって思ったけど……」

 

 違うんだ、とミヤビは意外そうな顔をする。

 

「そ、それより、ミヤビちゃんにお付き合いの相手がいない方が不思議だよ。こんなにキレイで可愛いのに、もったいないよねぇ」

 

 無理矢理話題を変えようと、チサはミヤビに話を振る。

 

「加えて嫌味ったらしいところも無いし、嫌う要素が無いな」

 

 更に付け加えるのはリョウマ。

 

「や、だ、だから、そのっ。キレイとか可愛いって言ってくれるのは嬉しい、けど……」

 

 けど、の後に続くミヤビの気配は、どこか陰があった。

 

「……ほんとはね。私、男の人……それも、歳上が怖くて。あ、オウサカくんみたいに、優しい人は平気だけど」

 

「ミヤビちゃん、男の子苦手なんだ……でも、学園じゃそんな風に見えないよ?」

 

 ミヤビの意外な告白に、チサは瞬きを繰り返す。

 

「そう見せないように振る舞ってるだけ。男子と話す時、今でもちょっと緊張してるの」

 

「あー、その、シミズさん。俺、先に行った方がいいか?」

 

 異性が苦手、と言うミヤビの言葉を聞いて、距離を置いたほうがいいかと判断したリョウマはそう進言する。

 だが、ミヤビは「うぅん」と首を横に振った。

 

「オウサカくんは平気だから。むしろ、一緒にいてくれた方が安心出来るかな」

 

「うんうん。リョウくんは背が高くてカッコいいから、変な人も寄ってこないよね」

 

 チサも同調する。

 

「……まぁその、いてもいいんなら、一緒にいるが」

 

 美少女二人から「いてほしい」と言われて、リョウマはちょっとだけ目線を泳がせて頷く。

 しかしチサがそんなリョウマの様子の変化を見逃すはずがなく。

 

「……あれれ?リョウくんもしかしてちょっと照れてる?」

 

 そう言われればミヤビも察する。

 

「オウサカくんって、意外とかわいいとこあるんだ?」

 

 いかんこれはいぢられるパターンだ、とリョウマは瞬時に読み取るが、チサは右手の人差し指を伸ばしてリョウマの右頬をつつく。

 

「照れてるリョウくんを見るのは久しぶりだなー」

 

「おいチサ……」

 

 それを見て、ミヤビもニコニコと逆サイドからリョウマの頬をつつく。

 

「オウサカくん、かわいい♪」

 

「シミズさんまで……」

 

 リョウマも、この状態が嫌と言うわけではない。

 ない、が……

 

「なんだあいつ二股か……?」

 

「男の敵だな……」

 

「お前を、殺す……!」

 

 周囲の男子生徒からの怨嗟の視線が、四方八方から彼を襲う。

 

 今日は疲れることになりそうだ、と覚悟を決めたリョウマであった。

 

 

 

「あの人が、シミズ・ミヤビはんか……」

 

 

 

 そんなミヤビの後ろ姿を、一人の女子生徒が見ていた。

 

 

 

 

 

 四時限目の授業が済めば、昼休みだ。

 リョウマ、ミヤビ、チサの三人が弁当を手に机を並べ合わせるのは既に日常風景だが、今日はそこにハルタが加わっていた。

 いつものハルタは学食か購買部での"戦利品"かのどちらかだが、今日のところは違うようだ。

 

「今日はハルタも弁当か?」

 

「いいや、朝の内にコンビニで確保してきた」

 

 鞄から使い古されたビニール袋を取り出し、その中からおにぎりやパンを机に並べていく。

 いただきます、と声を揃えてそれぞれの食事にありついていく四人。

 

「シミズさんも、すっかりこのクラスに馴染んできたな」

 

 何気なく、ハルタが最初に話を切り出した。

 

「うん。これもクラスのみんなが良くしてくれたおかげよ。ありがとう、ナガイくん」

 

 そう返すミヤビだが、今朝に聞いた独白を知ったリョウマから見た彼女は、やはりどこか演じている節が見え隠れしているように感じられた。

 

「いやいや、俺様は何もしていないけど、シミズさんにそう言われるのは純粋に嬉しいな」

 

 対するハルタも、紳士的な面を見せつつ応じている。

 ミヤビとハルタ、互いに仮面を被った姿だと、果たして気付いているのだろうか。

 

「そう言えば、シミズさんは京都の出身だったね?」

 

「そうだけど?」

 

 不意にハルタは、ミヤビの出身地を確認するように訊ねた。

 ミヤビも特に否定はせずに答えたが、それを聞いたハルタは微妙に険しそうな顔をした。

 

「……いや、ちょっとこの学園の知り合いに、同じ京都出身の奴がいてね。そいつがまたちょっと面倒臭い奴だから、シミズさんのことを知ったら余計なことになり……ん?」

 

 ふと、ハルタの視線が教室の出入り口に向けられる。

 

「噂をすれば影だな」

 

 出入り口付近にいたのは、一人の女子生徒。

 赤のタイをしているところ、同じ二年生だろう。

 視線を左右させると、リョウマ達の団体に歩み寄って来る。

 

 赤茶けた髪を二つ結びにした、特徴的な髪型だ。

 

「あれ、『アヤナ』ちゃん。どうしたの?」

 

 すると、チサは知り合いなのか下の名前を呼んだ。

 

「いきなりすいませんねチサはん。ウチ、ちょいとそこの人に用がありますのん」

 

 はんなりの訛りのある言葉で応じる、アヤナと言うらしい女子生徒。

 

「(はんなりにアヤナ……確か、四組の『カザマ・アヤナ』だったか)」

 

 リョウマも、チサ越しながら彼女のことは知り得ていた。

 

 何でも、日本舞踏の家元に生まれ、次期後継者として英才教育を受けて来たお嬢様だと言うらしい。

 ついでに、昨年のミスコンにおいて『ミス緑乃愛』のNo.1に輝いたと言う、十人中十人が認める美少女。

 

 そのアヤナは、そこの人――ミヤビに目を向けていた。

 

「えっと……私のこと、ですか?」

 

「そう、確認したいんですけど、シミズ・ミヤビさんで間違いあらへん?」

 

「はい」

 

 ミヤビは是正するなり、アヤナはミヤビの頭から足先まで品定めをするように見つめる。

 

「……パーフェクトや」

 

「え?」

 

 何がパーフェクトなのかとミヤビは訊ねようとする前に、アヤナは続ける。

 

「キレイすぎるねん……ウチ、これでも舞踏の家柄として常に清く美しくを家訓に生きてまして、自分の容姿には自身あります」

 

 心底から悔しがるように身を震わせるアヤナだが、すぐに姿勢を正して一礼した。

 

「おっとすんまへんね。ウチ、二年四組のカザマ・アヤナ言います」

 

「えぇとそれで、私に用って言うのは?」

 

「単刀直入に言います。ウチはあなたに挑戦する!」

 

 しっかりとミヤビを見据えてそう宣言するアヤナ。

 

「挑戦?」

 

「ウチの目から見ても、シミズはんは紛れもない美少女。そんな人が転校してきたと聞いたら黙ってはいられんと思うたんです。ズバリ、今年の文化祭で行われるミスコンに出場して、ウチと勝負です!」

 

「み、ミスコン?私、そう言うのに興味はないんですけど……」

 

 ミスコンに出ろと迫るアヤナと、遠慮したいミヤビ。

 そこへ助け舟を出すのはチサだ。

 

「アヤナちゃん。いきなりそんなこと言われたら、ミヤビちゃんだって困るよ?」

 

「いやいやチサはん、ここで退いたら京都の女が廃るっちゅぅもんです。ウチの誇りにかけて、ぜひとも白黒をつけにゃなりません」

 

 梃子でも動かぬとでも言わんばかりの強硬姿勢だ。

 我関せずを決め込むつもりだったリョウマだが、すぐに解決しそうにないため口を挟む。

 

「あー、カザマさんと言ったか」

 

「これは女の問題です。部外者は静かに」

 

「そうか、なら俺は関係者だから問題ないな。ミスコン云々の話は、今すぐここで決めなくてもいいだろう。文化祭の準備期間にでも、もう一度訊けばいいと思うが」

 

 リョウマの意見に、チサも便乗する。

 

「そうだよ。ミヤビちゃんが、自分でミスコンに出たいって言うのを決めてからじゃないと。やる気が無い相手に勝っても、アヤナちゃんだって納得出来ないし、嬉しくないでしょ?」

 

「むむ……そう言われると。ウチとて、万全ちゃう相手に勝負する気はありまへん」

 

 二人から諭されて、アヤナはやや不満そうながらも言い返せないために押し黙る。

 押しの強さに少し気が引けていたミヤビだったが、それを弱めてくれたのを見て安堵する。

 このまま、ミスコンのことはとりあえず保留に……と行くはずであったが。

 

「やめておいた方が身のためだよ、"お嬢"」

 

 不意に、ここまで何故か黙って自分の食事に集中していたハルタが介入した。

 

「……その呼び方は気に入らへんな、"ハル坊"」

 

 するとアヤナは、ミヤビやチサ相手とは違う攻撃的な低い声色で応じた。

 しかもそれぞれ「お嬢」「ハル坊」と呼び合っている。

 どうやらただの知り合い同士では無いらしい。

 

「それに、やめておいた方えぇてどう言う意味や?」

 

「言葉通りだよ。舞踏の場ならともかく、一学園のミスコンでお嬢がシミズさんに勝てるとは思えないからねぇ」

 

「ほーぉ、やる前から結果が見えた言うんか。ハル坊、おどれいつからエスパーになったんや?」

 

「月とスッポン、巨象と蟻、カミーユとジェリド。比べるのも烏滸がましいって言う意味さ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 明らかに初対面ではない。

 双方喧嘩腰で、視線と視線の間に見えない火花が迸っている。

 

「なんだハルタ、カザマさんと知り合いだったのか?」

 

 リョウマがそう訊ねれば、ハルタは視線だけを向けてくる。

 

「幼馴染みと言うか、腐れ縁だね。……最近辺りから、少し気に入らなくなってきたけど」

 

「奇遇やなハル坊。ウチもおどれみたいな軟弱もんと腐れ縁扱いされるんは、正直どないかと思とったんよ」

 

 互いに矛を収めるつもりはなく、語彙の限り相手を皮肉り罵り合う。

 喧嘩するほど仲が良いとはよく言うが、この二人に関しては例外かもしれない。

 ミヤビもチサも、どうしたものかと不安げに右往左往している。

 そもそも喧嘩の口火を切ったのはハルタの方か、と判断したリョウマは止めに入ろうとするが、

 

「賭事にするんは勝手やけど、ウチがミスコンで優勝したらどない弁明するつもりや?」

 

「おめでとう、とでも言っておくよ。……まぁ、その"胸"さえ目立たさなければ、アヤナにも勝機が無くは無いだろうけど」

 

 ハルタはそう言いながら、アヤナの膨らみに乏しい"ある部位"を睨めつける。

 その言葉と行動が、決定的だった。

 

「……おどれに何を言うても無意味っちゅぅのはよう分かったわ」

 

 気にしていたらしい。

 

「力尽くでもえぇけど、それでもおどれは黙らへんやろ。ほな、ガンプラバトルで黙らしたるわ」

 

「いいね。暴力はスマートじゃないから、それで納得するんなら俺様は構わないよ。勝てれば、の話だけど」

 

 暴力を含む喧嘩ではなく、ガンプラバトルと言う範疇で決めるつもりだ。

 それと、とハルタは付け加える。

 

「意味はないだろうけど、公平性を考慮した上で、互いの証人を立てようか。2on2だ」

 

「一対一じゃウチに勝てへんからて、姑息な真似なことしよるわ。まぁ、それで構へんよ」

 

 そう言ってから、アヤナはチサに向き直った。

 

「チサはん、ウチと組んでくれまへんか」

 

「わ、わたしっ?え、ハルタくんって結構強いよね?わたし、ヘボヘボさんだけど……」

 

 急に指名されて慌てるチサ。

 ふと、チサとミヤビの目が合った。

 

「わたしより、ミヤビちゃんの方がずっと強いよ?」

 

「そ、そこで私に振るの!?」

 

 今度はミヤビが慌てる番になった。

 

「なるほど、シミズはんもビルダーとな。ならミスコンの前に、シミズはんの実力を見せてもらいましょか」

 

 しかも、肝心のアヤナも乗り気である。

 

「えぇ……多分、カザマさんが思ってるほど強くないと思うけど」

 

 ミヤビとアヤナがあーだこーだと言っているのを尻目に、ハルタはリョウマに目を向けた。

 

「断る」

 

 何かを言う前にリョウマは言葉を放った。

 だが、ハルタの方が一枚上手だった。

 

「……貸しをひとつ使わせてもらおうか」

 

「ちっ……分かった」

 

 それだけで、二人の間で密約が交わされる。

 露骨に舌打ちしながらも、リョウマはハルタと組むことになった。

 

 殺る気満々のハルタとアヤナ、微妙に乗り気でないリョウマとミヤビ。

 

 勝負は今日の放課後。

 緑乃愛学園にもバトルシミュレーターが配備されており、使用申請を出せば、一般生徒でも使用可能であるのだ。

 

 

 

 放課後になり、特別教室にはリョウマ達の他に大勢の生徒達で溢れていた。

 昼休みのやり取りは当然周囲の生徒達にも見聞きされていたため、噂を聞き付けて野次馬的に観戦に来たのだ。

 

 加えて、『去年のミス緑乃愛優勝者であるカザマ・アヤナと、謎の美少女転校生シミズ・ミヤビがガンプラバトルを行う』と言う別の意味で噂にもなったのだが。

 

「随分集まったな……」

 

 ギャラリー達の興味の視線に辟易としながらも、リョウマはケースからクロスボーンガンダムX1を取り出した。

 

「集まったと言っても、大部分はお嬢とシミズさん目当てだろうけどね。ま、俺様達はせいぜい悪役(ヒール)を演じるとしようじゃないか」

 

 不敵に笑うハルタが取り出すのは、中世期の騎士を思わせる外観を持つガンダムフレーム、『ガンダムキマリス』だ。

 通常のガンダムキマリスとは異なるカラーリングが施されており、『ティターンズ』を思わせる黒と濃紺のツートンカラーだ。

 

 バトルシミュレーターが起動し始め、ホログラムが操縦桿を生成し、ランダムステージセレクト。

 

 今回選ばれたのは、『フィフス・ルナ』だ。

 

 原典作品は『逆襲のシャア』からで、フィフス・ルナを地球のラサ基地へ落下させんとする新生ネオ・ジオンと、ロンド・ベルとの戦いの場だ。

 既にフィフス・ルナは地球への落下軌道へ突入しており、バトルスタート時は巨大な障害物として機能するが、数分後に移動を開始してステージから消失する仕組みだ。

 

「オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃ぞ!」

 

「ナガイ・ハルタ、ガンダムキマリス、俺様見参!」

 

 

 

 ギャラリーの中には、噂を聞いたカンザキガワ・リンの姿もあった。

 

「(この学園でガンプラバトルが始まるとは聞いたけど、よもやリョウマくんまでいるとは)」

 

 備え付けられたモニターに目を向け、その中にいるクロスボーンガンダムX1を見つめる。

 

「(見せてもらおうか、連邦軍のモビルスーツの性能とやらを……って言うのは誰だっけ?シャー?)」

 

 赤くて角が生えたザクⅡを駆る、通常の三倍速いことで有名な仮面の男を思い浮かべるリン。

 正確には、シャア・アズナブルなのだが。

 

 

 

 出撃完了したリョウマとハルタは、前進しつつ索敵を行う。

 

「ハルタ。カザマさんはどんな機体を使ってくるか分かるか?」

 

 事前情報は無いかと通信を繋ぐリョウマ。

 ハルタは少し考えるような間を置いてから答えた。

 

「インジャ(インフィニットジャスティスガンダム)か、ライジン(ライジングガンダム)だろうね。いずれにせよ、主に薙刀を使った近接戦闘をお望みだ」

 

「薙刀使いか……」

 

 刀剣よりも長い間合いからの格闘攻撃を得意とする機体は、クロスボーンガンダムにとって相性が良くない。

 この間のリンのアルトロンガンダムなどがその典型例だ。

 

「って、インジャだったらお前どうするつもりだ?キマリスだろ?」

 

 インフィニットジャスティスガンダムは物理攻撃を軽減・無効化するVPS装甲を持つため、ビーム兵器を持たないガンダムキマリスでは決定打を与えにくい。

 尤も、ビーム兵器を弾くナノラミネートアーマーを持つガンダムキマリスが相手では、武装がビーム兵器に偏重しているインフィニットジャスティスガンダムも同じく決定打を与えにくいのだが。

 

「そこは実力の見せ所さ。……っと、来るぞ」

 

 前方、フィフス・ルナの向こう側から敵対反応が現れ、ハルタは注意を促す。

 

 目視で確認、片方はミヤビのガンダムAGE-2。

 もう片方は――インフィニットジャスティスガンダムだ。

 

「インジャの方だったか。リョウマ、シミズさんのお相手は任せた」

 

「了解……」

 

 ハルタは操縦桿を押し込み、ガンダムキマリスの脚部装甲を展開、内部のブースターを露出させると、爆発的な加速と共に突進を開始する。

 

『来よったな、ハル坊!』

 

 インフィニットジャスティスガンダムを駆るアヤナは、牽制に高エネルギービームライフルを連射するが、対するハルタは巧妙に操縦桿を捻り、速度をそのままにガンダムキマリスを蛇行させてビームを躱しつつ迫る。

 ある程度の距離が縮まったところで、長大な馬上槍『グングニール』の切っ先をインフィニットジャスティスガンダムへ向けて、さらに加速。

 

 交錯。

 

 グングニールがインフィニットジャスティスガンダムを貫くことは無かったが、火花が舞い散った後に装甲の表面を僅かに削り取っていた。

 物理打撃でありながらVPS装甲すら削り取るほどの威力だ、ハルタが鋭利かつ強靭に仕上げたグングニールと、それを振るうガンダムキマリスのパワーがいかほどのものかは、想像に難くない。

 直撃させれば、例えインフィニットジャスティスガンダムといえど、一撃で粉砕させるだろう。

 

『あいも変わらず猪突猛進、単純やねぇ!』

 

「と言う割にはダメージを受けてるみたいだけど?」

 

 擦れ違い様に煽り合いの応酬を繰り出す両者。

 

 突進離脱様にガンダムキマリスは反転、グングニールに内蔵された120mm砲を連射、インフィニットジャスティスガンダムは左腕のビームキャリーシールドからビームシールドを発生させて銃弾を防ぎ、その内側から高エネルギービームライフルを撃ち返す。

 

「種ガンのビームシールドは指向性だから面倒なんだよなぁ」

 

 相手の攻撃は防ぎつつも、自分は一方的に攻撃を行える、と言うものだ。

 

『ほな、今度はウチの番です!』

 

 インフィニットジャスティスガンダムは高エネルギービームライフルを納め、サイドスカート左右のシュペールラケルタ・ビームサーベルを連結、双刀として構えてガンダムキマリスへと肉迫する。

 

 

 

 一方のリョウマは、ミヤビのガンダムAGE-2へターゲットロックする。

 

「(そう言えば、シミズさんを相手にバトルをするのは初めてか)」

 

 このバトルはハルタとアヤナの私闘そのもの。

 リョウマとミヤビは、証人としてそれぞれタッグを組んでいるに過ぎない。

 成り行きで敵対することになったが、そもそも望むところではないリョウマは、あくまで自衛に専念するつもりだ。

 

『なんかごめんなさい、変なことになって』

 

 ふと、広域通信でミヤビの声が届く。

 

「シミズさんが謝ることじゃないだろう。ハルタの奴が混ぜっ返すようなことをするからだ」

 

『そうかもだけど……』

 

 自分のせいで余計なことに巻き込んでしまった、とミヤビは言う。

 気を遣わせてしまったようだ。

 どうしたものかと考え、すぐに結論を出した。

 

「それよりシミズさん」

 

 リョウマは敢えて、ザンバスターの銃口を向けた。

 

「今は、ガンプラバトルの時だ。余計なことは考えないで、思い切りやろう」

 

『オウサカくん……うん、そうね!』

 

 リョウマの言葉に気持ちを切り替えて、ミヤビは一度バックブーストさせて距離を置いた。

 

『オウサカくんが相手なら不足はないし、全力で!』

 

「望むところだ」

 

 瞬間、ガンダムAGE-2はハイパードッズライフルを放ち、クロスボーンガンダムX1はそれやり過ごし、ザンバスターを連射して牽制する。

 一発、二発は回避するガンダムAGE-2だが、予測射撃で放たれた三発目は左腕のシールドで防ぐ。

 一瞬とはいえ足を止めた隙に、クロスボーンガンダムX1はザンバスターからビームザンバーを抜き放って一気に接近する。

 対するガンダムAGE-2も、リアスカートへ左マニピュレーターを伸ばしてビームサーベルを抜いて迎え打つ。

 

 衝突、即座に弾き合う。

 

 まともに鍔迫り合いに持ち込めば、出力の問題から競り負けるのはガンダムAGE-2の方だ、それを理解しているミヤビは即座にストライダーフォームへと変形させて加速、クロスボーンガンダムX1から離れつつ反転、ビームバルカンをばら撒く。

 ビーム弾を掻い潜りつつ、クロスボーンガンダムX1からもバスターガンを撃ち返す。

 

『MS形態の機動性なら負けるけど、ストライダーフォームなら!』

 

 ビームバルカンで牽制しつつ、必殺のハイパードッズライフルで狙い撃つミヤビ。

 同時に、距離が近接攻撃の間合いになる前に離脱。

 

「俺がしてほしくない戦い方をしてくれるな」

 

 リョウマは冷静に呟きつつ、遠ざかるガンダムAGE-2を見やる。

 ビームバルカンはともかく、ハイパードッズライフルは元の高出力に加えてDODS効果を帯びているため、A.B.Cマントで受ければもろとも装甲を突き破られる。

 回避そのものは難しくないが、一発当てられれば即座に戦況が傾きかねない。

 そうなれば、ストライダーフォーム時限定とは言え機動性に勝るガンダムAGE-2に圧倒される。

 そのように警戒しているリョウマは、迂闊に接近戦の間合いに踏みこめないのだ。

 

 ミヤビが常に謙虚さを心掛けているのかは分からないが、しかし言葉通りの実力ではないことは間違いない。

 

 だが、だからこそ。

 

「(面白い……!)」

 

 やはり自分は根っからのバトル中毒なのだと自覚しつつ、リョウマは口角を吊り上げた。

 

 

 

 ハルタのガンダムキマリスと、アヤナのインフィニットジャスティスガンダムとの戦いは苛烈さを増していた。

 突撃と共に突き出されるガンダムキマリスのグングニール。

 これに対し、インフィニットジャスティスガンダムは敢えて正面から突っ込んだ。

 自ら串刺しになるつもりかと思えるような行動。

 

 瞬間、グングニールの切っ先がインフィニットジャスティスガンダムを貫いた

 ように、見えたが。

 

『肉を斬らせて……骨を断つ!』

 

 その実、グングニールはインフィニットジャスティスガンダムの脇の下ギリギリを抜けていた。

 一歩間違えればバイタルバートを貫かれかねない、際どい位置だ。

 インフィニットジャスティスガンダムはグングニールの槍身を左脇に挟みこんでガンダムキマリスの身動きを封じる。

 

『ようやっと捕まえたで、ハル坊!』

 

 連結したシュペールラケルタ・ビームサーベルを振るうインフィニットジャスティスガンダムだが、

 

「と、思い込んでいるお嬢の姿は本当に滑稽だよ」

 

 するとガンダムキマリスは、代名詞とも言えるグングニールをいとも容易く手放し、自由を取り戻して飛び下がり、シュペールラケルタ・ビームサーベルを空振りさせる。

 即座、脚部ブースターを炸裂させ、その加速を以てしてショルダータックル、インフィニットジャスティスガンダムを派手に吹き飛ばす。

 

『ぐうぅっ!?』

 

 激突の衝撃にアヤナの視界が激しく揺れる。

 その隙にグングニールを取り戻したガンダムキマリスは、体勢を崩しているインフィニットジャスティスガンダムへ再々度の突進攻撃を敢行する。

 

「さよなら、だ」

 

 迫るグングニールの切っ先。

 インフィニットジャスティスガンダムはまだ体勢が崩れたまま。

 

 ――だが、戦場の女神は天秤を気まぐれに上下させる。

 

 突如、突進するガンダムキマリスの前に巨大な物体が立ち塞がった。

 完全に仕留めるつもりであったハルタは、加速したガンダムキマリスを止められない。

 

「なっ……フィフス・ルナが!?」

 

 巨大な物体――一定時間が経過したことで移動を開始したフィフス・ルナの表面に、グングニールが深々と突きこまれた。

 

「しまっ、た……!」

 

 あまりにも深く突き刺さっているグングニールは、ガンダムキマリス自身の力でも簡単には引き抜けない。

 そして、それだけの時間があればアヤナは体勢を立て直す。

 

『はっ、日頃の行いのせいやねぇハル坊』

 

 フィフス・ルナの向こう側から回り込んできたインフィニットジャスティスガンダムは、背部のリフター『ファトゥム-01』ビーム砲『ハイパーフォルティス』を放つ。

 その狙いは、ガンダムキマリスの展開している脚部装甲の隙間……内部のブースターだ。

 いかに堅固なナノラミネートアーマーと言えど、スラスターユニットそのものとその周辺部位は恩恵が弱い。

 結果、ブースターを撃ち抜かれ爆発し、ガンダムキマリスは両膝から下を失って吹き飛ばされてしまう。

 

「(出力47%までダウン!?これはまずいぞ!?)」

 

 脚部ブースターはガンダムキマリスの機動性の生命線だ。

 それを丸ごと失った以上戦闘力が半減したも同然、加えてグングニールは回収不可であるため、もはやまともな攻撃力すら無い。

 それでもすぐに意識を切り替えてウェポンセレクターを回し、リアスカートに懸架させているコンバットナイフを抜き放たせるハルタ。

 コンバットナイフはあくまでもガンダムキマリスが懐――グングニールよりも内側の間合い――に潜り込まれた時のフェイルセーフ的な意味合いが強く、そもそも足を止めてチャンバラを繰り広げるような戦闘は望むところではない。

 

「……ふん、ちょうどいいハンデさ。機体性能差を敗北理由にされたくはないからね」

 

『その減らず口、いつまで叩けるか見物やね?』

 

 再三四度、ガンダムキマリスとインフィニットジャスティスガンダムが激突した。

 

 

 

 一方のリョウマとミヤビの戦いは、終局を迎えていた。

 ハイパードッズライフルのビームとニアミスする寸前にザンバスターを後ろ手に放ち、ガンダムAGE-2の離脱先へビームを撃ち込んでハイパードッズライフルを破壊する、と言う綱渡りを制したリョウマは、決死の覚悟と共にビームサーベルを二刀流で抜き放つミヤビと激しい剣戟を繰り広げ――

 

 ついにビームザンバーの切っ先が、ガンダムAGE-2のボディを貫いた。

 

『やっぱり、強い……!』

 

「シミズさんもな。正直、一歩踏み違ったら負けてた」

 

『次は負けないからね』

 

 デュアルアイの発光が消失し、ガンダムAGE-2は機能停止した。

 

 ガンダムAGE-2、撃墜。

 

 それと同時に、リョウマのコンソールが僚機――ハルタのガンダムキマリスの撃墜を通知してきた。

 

「あいつ、やられたのか」

 

 と言うことは、逆サイドに残っているのはアヤナのインフィニットジャスティスガンダムだ。

 

 大気圏に突入し、赤々と燃え始めるフィフス・ルナの向こう側から、損傷したインフィニットジャスティスガンダムが見えた。

 

『ハル坊はウチが討ち取りましたけど、バトルはまだ続いてる……この勝負、ケリつけましょか?』

 

 高エネルギービームライフルを向けてくるアヤナ。

 

「ここまで来て双方リタイアはあまりに勿体ない。カザマさんさえ良ければ、このまま続行だ」

 

『オウサカはんって言いましたね?今、ウチはいい感じに気分が高まっとるんです。その首、もらいますよ!』

 

「来い!」

 

 即座、高エネルギービームライフルを放つインフィニットジャスティスガンダム。

 クロスボーンガンダムX1は往なすようにやり過ごし、一気に距離を詰めていく。

 インフィニットジャスティスガンダムは高エネルギービームライフルを納め、ビームキャリーシールドからビームブーメラン『シャイニングエッジ』を抜き、それを投げ付ける。

 リョウマは慌てずにビームザンバーでシャイニングエッジを切り払い――

 

『もらいましたぁ!』

 

 シャイニングエッジをブラインドに、インフィニットジャスティスガンダムがシュペールラケルタ・ビームサーベルを振り下ろしてきている。

 

「どうかな!」

 

 クロスボーンガンダムX1は瞬時に左腕のビームシールドを展開、シュペールラケルタ・ビームサーベルを弾き返し、

 

『こっちにもありますよぉッ!』

 

 すかさずインフィニットジャスティスガンダムは右脚部の『グリフォンビームブレイド』を振り抜き、"蹴り斬り"を放つ。

 その狙いは寸分たがわず、クロスボーンガンダムX1のボディへ向かう。

 だが、リョウマは瞬間的にそれを見切った。

 

「はッ!!」

 

 ビームザンバーを一閃し――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『!?』

 

 ビームザンバーとぶつかるはずのグリフォンビームブレイドが、何故か破壊された。

 

「インジャのビームブレイドには、"隙間"があるからな」

 

 リョウマはタネを明かす。

 インフィニットジャスティスガンダムのグリフォンビームブレイドは、発振口から発振口へ繋ぐようにビーム刃が発される。

 そのため、『ビーム刃が通電している部位と脚部装甲との"隙間"がある』。

 

 そこへ、ビームザンバーをねじ込ませたのだ。

 

『んなアホなっ、今の一瞬で見切るなんて……!?』

 

「悪いが、そこはガンプラの知識の差だな」

 

『まだやァ!』

 

 なおもシュペールラケルタ・ビームサーベルで斬りかかるアヤナ。

 リョウマは即座にビームザンバーを構え直し、一撃、二撃、三撃……と互いに激しく斬り合う。

 鍔迫り合い、弾き合って双方距離が開き、

 先に仕掛けたのはインフィニットジャスティスガンダム。

 ビームキャリーシールドからワイヤー付きのクローアーム『グラップルスティンガー』を射出、クロスボーンガンダムX1を咬み付かんと牙を剥く。

 しかし、リョウマはグラップルスティンガーを見据え、瞬間的に操縦桿を跳ね上げる。

 すると、クロスボーンガンダムX1の左マニピュレーターがグラップルスティンガーを"掴み"、力任せに引っ張り上げたのだ。

 

『のおぉっ!?』

 

 予想外に引き寄せられて体勢を崩すインフィニットジャスティスガンダム。

 そこへクロスボーンガンダムX1はビームザンバーを振りかざし――

 

「俺の、勝ちだ」

 

 一閃。

 

 交錯の後に――インフィニットジャスティスガンダムが爆散した。

 

 インフィニットジャスティスガンダム、撃墜。

 

 

 

 決着がつき、特別教室に歓声が響く。

 

「くぁーっ、負けてもうたぁ……!」

 

 バトルが終了し、ホログラムが消失すると、アヤナは悔しげに天を仰ぐ。

 

「ナイスファイトだった、ありがとう」

 

 リョウマは「ちょっと失礼」とインフィニットジャスティスガンダムを手に取ると、真剣に見つめる。

 

「成型色による簡単フィニッシュだが、ゲート処理やスミ入れも丁寧に出来ているな」

 

 その横からミヤビも覗く。

 

「艶消しクリアーもムラなく吹付けられてるし、カザマさんって意外とビルダーとしての才能があるかも」

 

 一頻り作品評価を終えると、リョウマはインフィニットジャスティスガンダムをアヤナに返した。

 

「あ、あー……どうも……」

 

 それを受け取ると、アヤナはリョウマに向き直る。

 

「実はウチ、前までガンプラバトルはただの人形遊びで、家業のイメージトレーニングの一貫としか思っとりませんでした」

 

「人形遊び、か。まぁ材質や見た目は異なれど、やってることはそれの延長線ではあるが」

 

 確かにその通りだな、とリョウマは否定しない。

 

「けどオウサカはんとの戦い、久方ぶりに胸が熱ぅなりまして……知りませんでした、ガンプラがこんなおもろいモンやとは」

 

「俺が何かしたってわけでもないんだが、まぁ楽しいと感じれるようになったなら、力を尽くした甲斐があったな」

 

「こちらこそナイスファイトでした、オウサカはん」

 

 アヤナはリョウマに一礼すると、今度は面白くなさげな顔をしているハルタに向き直った。

 

「ハル坊、今回はウチの運が良かっただけ。次は運の良し悪し関係無しに討ち取ったるから、お礼参りはいつでも歓迎したるわ」

 

 口汚く見下されるのかとばかり思っていたハルタは、アヤナの意外な言葉に目を見開き、溜め息混じりで応じた。

 

「……運で勝負が決まったような結果だ。正直、俺様も納得いってなくてね。いずれまたの機会だ」

 

 そう言ってハルタはスマートフォンとガンダムキマリスを回収すると、「じゃぁなお嬢」とヒラヒラ手を振って特別教室を後にしていく。

 それに合わせて、バトルは終わったとばかりギャラリー達も特別教室を去っていき、ギャラリーの中に混じっていたチサが歩み寄って来る。

 

「みんなお疲れ様ー。ハルタくん帰っちゃったけど、いいの?」

 

「あいつはあいつで悔しいんだろう。まぁ、明日になったらいつも通りになってるさ」

 

 勝てると確信した勝負をひっくり返されたのだ、口調はいつも通りだったが、陰ではどうか分からないが、後を引きずることはないはずだとリョウマは見ている。

 

「シミズはん、良ければ今度はウチとバトルしません?」

 

「うん、大歓迎よ」

 

 次はミヤビとアヤナが一対一でバトルを始めるらしく、再びシミュレーターが起動してホログラムが生成されていく。

 

「ミスコンでも、ガンプラバトルでも、ウチは負けまへんよ!」

 

「み、ミスコンはまぁその、あんまり乗り気じゃないけど。ガンプラバトルならいくらでも!」

 

 二人は操縦桿を握りしめ、出撃する。

 

「シミズ・ミヤビ、ガンダムAGE-2、Stand Up!」

 

「カザマ・アヤナ、インフィニットジャスティスガンダム、華麗に参りまいまっせ!」

 

 バトルが始まるのを見てから、リョウマはチサに「俺は帰るから、あとよろしく」と耳打ちして、特別教室を出た。

 

 

 

 そのまま下足ロッカーへ降りると、そこにはハルタが待っていた。

 

「悪い、待たせたなハルタ」

 

「さっきは無様を曝して悪かったね」

 

「気にしないさ。……それで」

 

「立ち話もなんだ、帰りながら話すよ」

 

 二人並んで校舎を出て、校門を背にする。

 

 ある程度の距離を歩いたところで、ハルタが口を開く。

 

「で、例の不正な乱入についてだけど……」

 

 以前に食堂で話したことだ。

 期待はするなと言っていたハルタだが、自分なりに情報を集めてくれたらしい。

 

「正直、確定的な情報は見当たらなかった」

 

「そうか……」

 

 落胆はしないが仕方ないか、とリョウマは溜息をつく。

 

「ただ……関連があるか分からないが、ちょいと気になることがあってね。確か、以前に乱入してきたのは、二号機カラーのバウンド・ドックだったね?」

 

「そうだが」

 

「SNS上の雑多な情報網だけど、不正な乱入があったと思われるバトルには、非常に高い割合でバウンド・ドックの姿が確認されていたらしい」

 

「そうなるとやはり、特定個人によるものか」

 

「……と言いたいところだけど、それはリョウマが乱入された日よりも以前に起きていることだけだ。それ以降の日からバウンド・ドックによる乱入は鳴りを潜めているみたいだ」

 

 リョウマがミヤビと共にバウンド・ドックを撃破したその日から、乱入がピタリと止んだと言う。

 

「だが止んだからと言って、楽観視はしない方がいいかもしれないな」

 

 いつまた乱入が現れるか分からない現状、少し気を付けた方がいいだろう、とリョウマは頷く。

 

「俺様からはこんなものだな。引き続き何か分かれば、ある程度の信憑性を持たせてからまた伝える」

 

「すまん、頼む」

 

 怪しげな話はここまでにして、リョウマとハルタはいつも通りのバカ話に華を咲かせながら下校していった。

 

 

 

【次回予告】

 

 リョウマ「今、目の前に起きていることを端的に言おう。チサと、その一緒にいる女の子がチンピラに絡まれていると思ったら、多分中学生くらいの男子が割って入ってチンピラをフルボッコにして、何故かガンプラバトルにまで発展し、それに俺とチサが巻き込まれた」

 

 チサ「うーん、こう言う喧嘩みたいなガンプラバトルは好きじゃないんだけどね……」

 

 リョウマ「「これで済むなら安いものだ」ってクワトロ大尉も言ってたし、サクッと終わらせるか」

 

 チサ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

勃発!仁義無きガンプラバトル』」

 

 リョウマ「……まぁ、ただの喧嘩バトルだけで済むわけないな?」



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6話 勃発!仁義無きガンプラバトル

 戦場は荒野。

 リョウマは、クロスボーンガンダムX1のデュアルアイの視界越しに見える光景……否、惨状を見ていた。

 彼の隣りにいる、チサの大喬ガンダムアルテミーも同様に。

 

「テメーら雁首揃いも揃ってオレの妹に舐め腐り切った真似してくれやがったなコラただで済むわきゃねぇだろがゴルァ!!」

 

『ヴァッフッ!?ブグッ!?ザクッ!?グフッ!?ヅダッ!?ドムッ!?ギャンッ!?ゲルググッ!?』

 

 荒々しい罵声と共に、丸腰の『ガンダムAGE-3 オービタル』が、腕部のビームサーベルすら使わずに『ガンダムアスモデウス』を一方的にフルボッコにしていく。

 その後ろからEG(エントリーグレード)の『νガンダム』がビームライフルを放つが、ガンダムAGE-3 オービタルは即座に振り返りざまにビームを躱し、瞬時に距離を詰めると、

 

「遠くからチマチマチマチマ撃ってねぇで素手ゴロでかかってこいやコラキンタマついてんのかコラメスイヌかテメゴルァ!!」

 

『ジンッ!?ディンッ!?ザウートッ!?バクゥッ!?シグーッ!?グーンッ!?ゾノッ!?ゲイツッ!?』

 

 ガンダムアスモデウスと同様にフルボッコにしていく。

 

 すると、νガンダムもろとも吹き飛ばすつもりなのか、逆サイドからはイフリート・イェーガーが、脚部から手榴弾『クラッカー』を投げ付けるが、

 ガンダムAGE-3 オービタルはそれに脚部を振り上げ、イフリート・イェーガー目掛けて"蹴り返した"。

 当然、跳ね返ってきたクラッカーはイフリート・イェーガーに炸裂、体勢を崩したところで、

 

「味方ごと殺ろうってないい度胸じゃねぇかコラこの野郎クソ野郎ゴミクズ以下野郎コラ汚物は消毒だって相場は決まってんだぞゴルァ!!」

 

『ヤベー、ワンチャンあるわー』

 

 やはりフルボッコにしていく。

 

 どうしてこうなって、何が起こってこうなったのか。

 

「ゴルァ!ゴルァ!!ゴルァ!!!ゴルァ!!!!ゴルァ!!!!!」 

 

 事の始まりは、数刻前に遡る――。

 

 

 

 梅雨明け後の、ある日の休日。

 

 今日はショッピングモールのジョーヒンの品揃えを見に行こうと思い、例によって例のごとく自転車で訪れていた。

 駐輪場に自転車を預け、モール内に足を踏み入れ、真っ直ぐにジョーヒンが併設されている区画へ向かう。

 

「(来週日曜のビルダーコンテスト用のガンプラと、『甘水処』の製作代行と、それからX1の改造素材か。やることも買うものも多いな……)」

 

 自ら望んだことだから文句は言えんが、とリョウマは小さくぼやきつつ、スマートフォンのメモを確認しながら、買い物かごにガンプラのキットの他、塗料やプラ板、マスキングテープ、キムワイプと言った消耗品を買い込んでいく。

 

 一昔前は、ガンプラの売り場で長時間スマートフォンを操作しているだけで「転売目的での購入はお断りしております」と店員から声をかけられ、普通のモデラーどころか、これからガンプラを始めたいと思っている新規顧客すらガンプラのキットを買わせてもらえない事態まであった。

 

 やはりガンプラの転売は、価格ではない商品価値を地に墜し、模型業界全体を滞らせるだけで、一部のフリマサイトの運営側以外誰にも何の利にならない。

 世間がそのように認識しているし、数字的に結果が出ているにも関わらずガンプラの転売をやめないガンプラ転売ヤー達は、損得勘定もまともに出来ないのだろう。

 

 ――それはさておきと書いて閑話休題と読むのは時代の流れ――。

 

 あまり長時間いると、衝動的に「あれもこれも」と手にとってしまうので、事前にメモしていた必要なものだけを購入した。

 

 買う物も買って、さてさっさと帰って製作作業に取り掛かるかと言うタイミングだった。

 

「ん、チサ?」

 

 曲がり角の向こう側に、チサの姿が見えた。

 だが、どこか遠慮したがっている様子だ。

 そのチサの後ろに隠れるようにしているのは、小学生くらいの女の子が一人。

 

 二人と相対するのは、無駄に手入れがされた、モヒカン、ドレッド、リーゼントと言う特徴的極まるヘアスタイルをした三人組。

 身体中をピアスやチェーンなどの金属品でジャラジャラと鳴らし、奇抜どころか奇怪なデザインのシャツと無駄に丈の長いロングコート、腰パンのつもりなのか見えたらまずい部分がギリギリ見えない際どすぎる下半身。

 このような格好で外を歩いていたら確実に警察のお世話になるような、ウィーアー変態集団でございと主張している。

 鉄血のオルフェンズの宇宙海賊『ブルワーズ』のコスプレと言っても通用するかもしれない。

 何故こんな変態集団がモール内を闊歩しているのに警備員が出てこないのか。いや警備員だからこそこんなのを相手にしたくないのだろうが。

 

 そんな変態集団に絡まれるなど、チサでなくとも遠慮したいだろう。

 

 ヘイヘイそこのヤベーワンチャンあるわーとでも言ってそうな雰囲気だが、リョウマとしてはこんな変態集団にチサをこれ以上関わらせるつもりはない。

 荒事になるかもしれないが、リョウマは腹積もりを決めてチサに声を掛けようとするが、

 

 ふと、そのリョウマの背中をダッシュで追い越していく白銀色の髪をした少年の姿が見えた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ゴルァ!!」

 

「ギャプラン!」

 

 少年はその場に駆け寄るなり、モヒカンの頬に飛び蹴りをぶち込み、モヒカンはクルクルクルクルと錐揉み回転しつつ4回転半ジャンプしながらぶっ飛んでいく。

 

「あぁん!?テメコラどこの組のモンじゃこのオネショタ!」

 

「ヤベー、ワンチャンあるわー」

 

 ドレッドとリーゼントは突如介入してきた少年に敵意を向けるが、

 

「だっしゃゴルァ!!」

 

「ハンブラビ!」

 

 立て続けに少年は裏拳を叩き込んでドレッドをギャルルルルルとトリプルアクセルさせ、

 

「どぉらゴルァ!!」

 

「ヤベー、ワンチャンあるわー」

 

 残るリーゼントには鼻っ面へジャンプハイキックをぶちかまし、『You Win!!』と言うテロップが出てきそうな勢いで仰け反り吹っ飛ばしていく。

 

 ものの数秒で、変態集団がモールの床を転がった。

 出来の悪いヤンキー漫画の実写版のような光景に、リョウマもチサも周囲の通行人もポカーンとしている。

 

「おぅ大丈夫か、コトリ」

 

 変態集団をぶちのめした少年は、チサの後ろに隠れていた、小学生くらいの少女に駆け寄る。

 

「おにいちゃ!」

 

 コトリと言うらしい少女は、兄らしい少年に抱きつく。

 

「あのねおにいちゃ、コトリね、このおねいちゃといっしょにね、」

 

「分かった分かったよしよし」

 

 コトリが何やら言いかけるが、少年はポンポンと頭を撫でて安心させている。

 それを尻目に、リョウマもチサの元へ駆け寄る。

 

「大丈夫そうだな、チサ」

 

「……あっ、リョウくん!」

 

 リョウマの姿を見て、チサは安心したように溜め息をつく。

 

「もう困ってたんだよ、いきなり変なのに絡まれちゃって……」

 

「あんなのに絡まれたら俺だって困る自信がある」

 

 とりあえずチサを連れてこの場を離れようとするが、見事にぶっ飛ばされた変態集団は起き上がると、自分達をぶっ飛ばしてくれた少年を睨む。

 

「奴に『ジェットストリームクラッシュ』をかけるぞ!」

 

「おう!」

 

「ヤベー、ワンチャンあるわー」

 

 すると、リーダー格らしいモヒカンがそう指示すると、かの有名な黒い三連星のフォーメーション『ジェットストリームアタック』っぽい何かを仕掛けるつもりなのか、一列になって突撃してくる。

 ジェットストリームクラッシュと言うのは、実はガンダム作品内に存在している名称であり、『G』の劇中の、ネオホンコンの街中でチンピラ三人組がそれをドモン・カッシュに仕掛けるのだが、蹴り一発で文字通り"一蹴"されてしまうワンシーンがある。

 

 それはともかく、襲いかかって来る変態集団からチサとコトリを守ろうと立ち塞がるリョウマだが、それよりも先に少年が躍り出た。

 

「ギャァァァァァ!?」

 

「ブベェェェェェ!?」

 

「ヤベー、ワンチャンあるわー」

 

 蹴り一発で、特撮アニメの下っ端戦闘員のようにふっ飛ばされる変態集団。本職なのだろうか。

 

「ケッ、のぼせ上がったバカの割にはザコかよ」

 

 そう吐き捨てる少年。

 これでいい加減懲りただろうと思っていたが、

 

「お、お前のケンカの実力はよく分かった……な、なら、ガンプラバトルでケリつけてやろうじゃねぇか!」

 

 モヒカンは立ち上がり、震える声でそう宣った。何故そうなる。

 

「ハァ?生身のケンカじゃ勝てねぇからガンプラバトル?ご都合主義かよ」

 

 少年はあからさまに呆れる。

 このモヒカン、自分がどんな状況に置かれているのか分かってないらしい。その台詞を言えるのはどちらなのか、それすら理解できなくなったのか。

 

「ま、いいぜ。アタマでも身体でも教えても分かんねぇなら、ガンプラバトルで教えてやるよ」

 

 ゴキゴキボキボキベキベキと拳骨を擦り鳴らす少年。

 

「おっと、分かってるたぁおもうが、こっちは三人がかりでいかせてもらうからなぁ」

 

 ガンプラバトルになると分かるや否や、急に強気になって踏ん反り返るモヒカン。

 この切り替えの早さは称賛に値してもいいだろう。三歩歩けば忘れるニワトリ頭なだけかもしれないが、ニワトリ頭は髪型だけにしてほしいものだ。

 

「構わねぇよ。クソが集まったところでクソにしかならねぇからな」

 

 クイッとジョーヒンの出入り口を指す少年。

 だが、そこにリョウマが声を掛けた。

 

「あー、ちょっといいか」

 

「あ?アンタにゃ関係無いだろうが」

 

「三対一ってことは、フェアじゃないだろう。ちゃんと対等なルールでやらないと、こいつらはまたイチャモンをつけるぞ」

 

 フェアじゃないどころか、むしろ少年の方が不利な条件なのではイチャモンなど付けようがないのだが。

 

「……アンタ、ガンプラバトル出来んのか?」

 

「当然だ。チサを守ってもらった礼もあるからな。やらせてほしい。チサもいいな?」

 

 リョウマはチサにもバトルに参加するように促す。

 

「え?えぇと……フェアじゃないとだから、三対三にしないといけないんだよね?う、うん、頑張るよ」

 

 とりあえずの数合わせながら、チサも参戦。

 これで3on3で、条件的には対等だ。

 

 

 

 ランダムフィールドセレクトが選択するのは、『グレートキャニオン』

 原典作品は『ファースト』で、ジオンの勢力圏を抜けようとするホワイトベース隊の前に、ガルマ・ザビ率いる部隊が追撃を仕掛けてくる場面だ。 

 なお、その時代から遥か未来のU.C.0136――『鋼鉄の七人』に当たる時系列では、ミノフスキードライブユニット搭載実験機(とは名ばかりでマザー・バンガードの"帆"を無理矢理取り付けただけのヘビーガンらしき機体)『イカロス(スピードキング)』が墜落した場所でもある。

 

「妙なことになったが、やることは同じだ。オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃ぞ!」

 

「ナカツ・チサ、大喬ガンダムアルテミー、頑張りまーす」

 

 リョウマとチサが出撃完了し、最後に少年のガンプラが発進する。

 

「『カノウ・アスカ』、ガンダムAGE-3 オービタル……ぶちのめす!」

 

 彼のガンプラは、『AGE』のキオ編の主人公機『ガンダムAGE-3』のコアファイターとGバイパーがドッキングすることで完成する形態、『オービタル』だ。 

 

 しかし、出撃してきたアスカのガンダムAGE-3 オービタルが"手ぶら"であるのを見てリョウマは目を細め、通信回線を繋ぎ合わせた。

 

「……何故、シグマシスロングキャノンを装備していないんだ?」

 

「あ?いらねぇよんなモン」

 

「いや、要らないって……腕のサーベルだけで戦うつもりか?」

 

 ガンダムAGE-3 オービタルは、基本的に格闘戦が不得手な形態であり、僚機との連携戦闘を前提としている。

 腕部に搭載されているビームサーベルの性能も決して低くはないが、それだけで戦い抜くのは推奨しかねる戦法である。

 

 だが当のアスカの答えは、リョウマの考察の斜め上をぶっ飛ばしていた。

 

「それもいらねぇ。"喧嘩"するんならテメェの拳でやるもんだろうが」

 

「…………そ、そうか」

 

 ガンプラバトルを"喧嘩"と称し、しかも武装すら必要ないと言い切るアスカに、リョウマはそれだけ返した。

 どのようなガンプラでどのようなバトルスタイルを選ぶかは個人の自由だ、それ以上は気にすまいとする。

 

 ――別の世界線で似たようなジャイオーンやサイサリスがいるが気にしてはいけない――

 

 すると前方よりアラートが感知、三機分の敵対反応がモニターに表示される。

 

 ガンダムアスモデウス、イフリート・イェーガー、νガンダムの三機。

 その内、νガンダムはEGであり、フィンファンネルやニューハイパーバズーカと言った武装は装備していない。

 

「アスモデウスはともかく、イフリート・イェーガーは珍しいな」

 

 リョウマがそう溢していると、アスカのガンダムAGE-3 オービタルは脚部の爪先を折り畳み、低空飛行するように突撃する。

 

「おい待て、一人で突っ込むつもりか?」

 

「アンタらはそこで見てろ、ザコなんざオレ一人で十分だ」

 

 リョウマの制止も聞かず、アスカは単騎で突出し――

 

 

 

 ――戦況は始まりに戻る。

 

『ごめんなさいごめんなさい!』

 

『何でもするから許してください!(何でもするとは言ってない)』

 

『ヤベー、ワンチャンあるわー』

 

 ガンダムAGE-3 オービタルにボッコボコのフルボッコにされて、モヒカンのガンダムアスモデウス、ドレッドのνガンダム、リーゼントのイフリート・イェーガーの三機は装甲のそこら中を凹まされて、グレートキャニオンの地に整列して土下座を敢行する。

 MSが土下座をすると言うのは、なかなかにシュールな光景である。

 それら土下座する三機の前で腕組みしながら立つガンダムAGE-3 オービタル。

 

「ケッ、土下座なんざしてねぇでとっとと揃ってリタイアしやがれコラんでもってケツまくって失せろやゴルァ」

 

 クイッと右マニピュレーターの親指を下に向けるガンダムAGE-3 オービタル。

 

 その光景を遠目から見ているリョウマとチサはと言うと。

 

「俺達が加勢するまでもなかったな?」

 

「うーん、これでいいのかな?」

 

 それはともかく、変態集団が負けを認めて立ち去ると言うのだから、これ以上何かする必要は無いだろう。

 

 その時だった。

 

 ふと、日当たりが陰った。

 太陽が雲にかかったのではない、もっと物理的に光を遮るように、何かが自由落下して来ている。

 

『へ?』

 

 自由落下してきたソレが、モヒカンのガンダムアスモデウスを踏み潰した。

 着地するなりソレは手にした大鎌を振り翳し、νガンダムを粉砕し、イフリート・イェーガーを抉った。

 

 ガンダムアスモデウス、νガンダム、イフリート・イェーガー、撃墜。

 

「あぁ?」

 

 アスカはその姿を視認する。

 ダークブルーとホワイトグレーを基調に、紅色の差し色を加えた邪悪さを感じるカラーリング。

 フードを被ったような外観に、手にしている大鎌――と言うよりは、半分欠損した"錨"を持つその様は、まるで死神。

 

「……『ガンダムグレモリー』」

 

 リョウマはその機体名を口にする。

『鉄血のオルフェンズ 月鋼』に登場するMSで、ギャラルホルンの名家、ナディラ家が保有するガンダムフレームだ。

 

「な、なんか怖そうだよ……?」

 

 見るからに不気味な外観をしているガンダムグレモリーの姿に、チサは及び腰になりながらも大喬ガンダムアルテミーを構えさせる。

 

「このいきなりの乱入……こいつまさか、あのバウンド・ドックと同じ奴か?」

 

 以前に、ここと同じくジョーヒンのバトルブースでミッションモード中に現れたバウンド・ドック。

 それと状況が似ているのだ。

 

「はっ、乱入だか何だか知らねぇが、喧嘩売ってんなら買ってやんぞオラァ!」

 

 アスカはガンダムグレモリーの正体が何者なのかなど興味は無く、ガンダムAGE-3 オービタルを突撃させ、拳を叩き込もうとするが、大鎌――バトルアンカーに防がれた挙げ句、振り上げられたそれに吹き飛ばされる。

 

「っと……こいつは骨がありそうだ」

 

 空中で姿勢制御しつつガンダムAGE-3 オービタルを着地させるアスカ。

 ガンダムグレモリーはガンダムAGE-3 オービタルなど眼中にないとばかり、リョウマのクロスボーンガンダムX1に向き直り、距離を詰めてくる。

 

「やはり俺が狙いか」

 

 なるほど分かりやすい、とリョウマは睨む。

 ガンダムグレモリーは、自前のナノラミネートアーマーの上から、さらにその上位互換である『ナノラミネートコート』を備えており、弱点である物理攻撃への耐性も高い。ビーム兵器などを長時間当て続けてもかすり傷程度になるかどうかも怪しいだろう。

 原作漫画では、『ガンダムアスタロトリナシメント』を駆るアルジ・ミラージもその防御力の高さに苦戦していたが、"リナシメント"と生まれ変わって新たに装備されたバスタードチョッパーを駆使してどうにか撃破したものだ。

 必然的に、ビーム兵器が主体のクロスボーンガンダムX1で有効打を与えられるのはヒートダガーくらいのものだ。

 ショットランサーでも用意すれば良かったか、とぼやくリョウマだが、無い物ねだりをしている暇はない。

 ウェポンセレクターを回し、ザンバスターを納めて両手にヒートダガーを抜き放つ。

 

「チサ!なるべく俺から離れろ!ガトリングで、奴のスラスターや関節を狙うんだ!」

 

「う、うんっ、頑張るっ」

 

 リョウマからの指示を受けて、チサは大喬ガンダムアルテミーの三色響阮のガトリング砲を引き出し、ガンダムグレモリーの背後を取るように迂回する。

 やはりガンダムグレモリーは大喬ガンダムアルテミーには目もくれず、クロスボーンガンダムX1を狙いに定めて、腕部機関砲で牽制してくる。

 回避とビームシールドによる防御で機関砲を凌ぎ、クロスボーンガンダムX1は真っ向からガンダムグレモリーへ向かう。

 自ら間合いに飛び込んで来るクロスボーンガンダムX1に、ガンダムグレモリーはバトルアンカーを振り抜くが、リョウマは機体に急制動を掛けて、バトルアンカーの切っ先を掠めるようにやり過ごす。

 二度、三度と振り回されるバトルアンカーも、紙一重で躱していき、装甲が不快な摩擦音を立てて火花を散らせる。

 リョウマが敢えて綱渡りのような回避を行うのは、自分が囮になるつもりだからだ。

 チサの大喬ガンダムアルテミーの援護射撃でスラスターを破壊してもらい、動きを鈍らせたところでヒートダガーによる直接打撃で倒す。そう言った算段を立てている。

 

「よそ見たぁいい度胸じゃねぇかゴルァ!」

 

 だが、横槍を入れるようにアスカのガンダムAGE-3 オービタルが飛び掛かり、ガンダムグレモリーのナノラミネートコートをぶん殴る。

 やはりダメージらしいダメージはなく、鈍い音を立てただけでガンダムグレモリーはビクともしないどころか、虫を払うかのように煩わしげにバトルアンカーを振るってガンダムAGE-3 オービタルを弾き飛ばした。

 

「クソがっ!」

 

 地面に叩きつけられるガンダムAGE-3 オービタルを尻目に、チサの大喬ガンダムアルテミーはガトリング砲を構え、ガンダムグレモリーのスラスター部や関節を狙って攻撃を開始する。

 すると、ガンダムグレモリーは被弾を嫌うようにその場を跳躍し、ガトリング砲の弾幕から距離を置く。

 

「やはりスラスターや関節は狙ってほしくないようだな」

 

 見立て通りだ、とリョウマは操縦桿を押し出して加速するクロスボーンガンダムX1に、ガンダムグレモリーは腕部機関砲で迎え撃つが、リョウマはそれを最小限の動作のみで躱し、ヒートダガーをバイタルバートへと突き立てんと振るう。

 対するガンダムグレモリーはバトルアンカーを寝かせるように構えてヒートダガーを弾き返し、すぐさまカウンターを仕掛けるが、クロスボーンガンダムX1は背部のスラスターバインダーの向きを偏向させ、斜め後ろへ飛び下がってバトルアンカーをやり過ごす。

 そうしている内に、再び大喬ガンダムアルテミーが背後へと回り込み、三色響阮のガトリング砲を放つ。

 銃撃の嵐がガンダムグレモリーに降り注ぐが、ガンダムグレモリーは振り返りながらバトルアンカーを寝かせ構えてガトリング砲の銃弾を防ぐ。

 

「(この間のバウンド・ドックと反応速度は大体同じ……となると、こいつはAI制御じゃなくて、同じ人間の手による操縦と考えるのが妥当か……)」

 

 リョウマは一度クロスボーンガンダムX1にヒートダガーを脚部に納めさせる。

 

「(ガンダムグレモリーがバウンド・ドックほど射撃武装が充実してないのと、自前の機動性がそれほどでも無いのが幸いだな。となれば、厄介なのはナノラミネートコート)」

 

 続いてウェポンセレクターを回し、サイドスカートに納めていたザンバスターを取り出し、懐にマウントしていた『コルク状に似たユニット』を抜き、それをザンバスターの銃口に埋め込む。

 

「一発勝負だが……()()()()()()()()()()()()()()

 

 シャア・アズナブルの名言のひとつ「当たらなければどうということはない」に対する当て付けのように呟くリョウマは、クロスボーンガンダムX1から、大喬ガンダムアルテミーとガンダムAGE-3 オービタルへ狙いを切り替えたガンダムグレモリーに、ターゲットロックを合わせていく。

 

「うわわわっ……」

 

 バトルアンカーを振り下ろしてくるガンダムグレモリーに、チサは慌てながらも大喬ガンダムアルテミーを飛び下がらせて回避する。

 

「そのツラァ拝ませろやゴルァ!!」

 

 その隙を突くように、アスカのガンダムAGE-3 オービタルが飛び掛かってガンダムグレモリーに組み付いた。

 ガンダムグレモリーを覆うナノラミネートコートを掴み、ゼロ距離でタコ殴りにする。

 しかしいくら殴られようと、ガンダムグレモリーのナノラミネートコート――だけではなく、ガンプラそのものの完成度の高さもだろう――は表面が僅かに傷付くだけで、目立った損傷は見られない。

 

「変なもん被ってねぇでツラ見せて喧嘩しろやコラ仮面被ってりゃ何やっても許されんのはガンダム作品だけにしとけやゴルァ!!」

 

 言いがかりもここまで来るといっそ清々しいものがあるだろう。

 ガンダムグレモリーはガンダムAGE-3 オービタルを突き飛ばし、腕部機関砲を連射して浴びせつけてやる。

 

「チッ、クソが!」

 

 被弾によってガンダムAGE-3 オービタルの装甲が損傷していく。

 先にガンダムAGE-3 オービタルを仕留めるつもりなのかガンダムグレモリーはバトルアンカーを振り翳し――

 

「外しは、しない!」

 

 虎視眈々と機を窺っていたリョウマは、ターゲットロックを固定し、躊躇なくトリガーを引き絞った。

 放たれるは、クロスボーンガンダムX1のザンバスターの銃口に差し込まれていた、コルク状に似たユニット――ザンバスターのトリガーと連動する、外付けのグレネードランチャーだ。

 アラートに気付いたらしいガンダムグレモリーだが、これもナノラミネートコートで受けるつもりらしく、ノーガードだ。

 

 それこそがリョウマの思惑だとは気付かずに。

 

 グレネードランチャーはナノラミネートコートに着弾、炸裂すると――着弾部位を中心に炎が燃え上がった。

 

 これはナパーム弾であり、ナノラミネート装甲の破壊には至らないものの『装甲表面のナノラミネート構造を融解させる』効果を齎すのだ。

 ビーム兵器が主体のクロスボーンガンダムだが、リョウマはこう言った耐ビームへの対応策も備えていた。

 

 鉄壁の防御力を誇るナノラミネートコートが燃えていることに、ガンダムグレモリーは慌てたように後退り、炎をマニピュレーターで振り払おうとするが、それどころか腕部の装甲にまで炎が燃え広がってしまう。

 クロスボーンガンダムX1はさらにバルカン砲を速射、銃弾の炸薬を撃ち込んでさらに炎上させようとするが、ガンダムグレモリーは即座にバトルアンカーで機体を守りながら大きく後退し、炎を地面や岩肌に押し付けて揉み消す。

 

「さて、自慢のナノラミネートコートも台無しだろう?」

 

 ザンバスターを構えつつ、岩陰から姿を現したガンダムグレモリーを見やるリョウマ。

 ナパーム弾の熱損傷により、ナノラミネートコートはその下地塗装が剥き出しになっている。

 さすがに全く無力化することは出来なかったようだが、要である防御力を大きく削いだことには変わりないだろう。

 

「テメコラケツ見せてねぇで喧嘩しろよ喧嘩!んなもん使ってねぇで素手ゴロで喧嘩しろやゴルァ!!」

 

 相変わらず人の話を聞いていないと言うか自分の主張を殴り通すことしか考えていないアスカのガンダムAGE-3 オービタルは、フルスロットルでガンダムグレモリーを殴り付けようと肉迫するがしかし、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 拳を振り下ろすガンダムAGE-3 オービタルを寸のところで受け流し、即座に蹴り飛ばした。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 それら一連を見ていたリョウマとチサは、ガンダムグレモリーの様子の変化に目を止める。

 

「ね、ねぇリョウくん……なんか様子が変だよ?」

 

 不安そうに訊ねるチサに、リョウマはその理由を答えた。 

 

「……阿頼耶識のリミッターを切ったのか」

 

 紅く輝くデュアルアイに、生々しい挙動、悪魔の呻き声のような駆動音。

 原作設定におけるガンダムフレームは、対MA戦を想定して作られた決戦兵器であり、阿頼耶識システムを通じてリミッターを解除し、パイロットの生命維持や神経の損傷を無視した高出力状態になることが出来る。

 ガンプラバトル上においては、時限強化系の武装として組み込まれており、機体出力や反応速度を飛躍的に高める効果を持つ。

 

 ガンダムグレモリーはバトルアンカーを握り直してクロスボーンガンダムX1にゆらりと向き直ると、

 

 その瞬間にはバトルアンカーの間合いに踏み込んで来ていた。

 

「ッ!?」

 

 リョウマがとっさに反応出来たのは、経験による勘だ。

 

 振り下ろされたバトルアンカーを辛うじて躱し、バックホバーしつつザンバスターを連射するクロスボーンガンダムX1。

 連射されるビームを最小限の挙動で潜り抜けつつ、ガンダムグレモリーは瞬時に距離を詰めてくる。

 

 チサの大喬ガンダムアルテミーはすぐにガトリング砲を向けようとするが、

 

「無理に攻撃するなチサ!回避に専念しろ!」

 

 そう返しつつも、リョウマはガンダムグレモリーから目を切らない。目を離した瞬間には死角に回り込まれるのだから。

 

「(損傷した今ならビームザンバーで仕留められるか……?)」

 

 嵐のように繰り出されるバトルアンカーをやり過ごしつつ、リョウマは反撃の算段を立てる。

 ビームザンバーで、耐性の落ちたナノラミネートコートを突破して撃破出来るかどうか。

 ビームザンバーによる攻撃をしかけ、すぐに斬り裂けるならいいが、少しでもビームが弾かれれば即座にバトルアンカーの反撃を受ける。

 

「(いや、それならヒートダガーの方がいい。不確定要素に期待は出来ない)」

 

 だが、どうやってその間合いにまで踏み込むべきか。

 今のガンダムグレモリーの反応速度は、先程とは段違いだ。

 迂闊に踏み込めば躱される。

 

 息切れ(制限時間)を待つか、奴の反応速度を超えるか。

 どうするべきかとリョウマが思考を回しながらも、ガンダムグレモリーを乱撃を凌いでいると、

 

「こっち向きやがれゴルァ!!」

 

 クロスボーンガンダムX1を仕留めようと躍起になるガンダムグレモリーの横から、アスカのガンダムAGE-3 オービタルが吶喊してくる。

 オービタルウェアのバーニアを出力全開にして弾丸のような速度で突撃、その勢いのままガンダムグレモリーの脇腹へ飛び蹴りをぶちかます。

 それでも装甲へのダメージには至らなかったものの、胴体部への衝撃によってガンダムグレモリーは一瞬怯む。

 その一瞬を、アスカは見逃さなかった。

 

「うらァッ!!」

 

 そのまま足蹴にして押し倒すと、殴り付けるのではなく、

 

「打撃が効かねぇなら引っ剥がすまでよ!!」

 

 ガンダムグレモリーの黒い装甲を掴み――フレームから引きちぎった。

 

 ナノラミネートコートで打撃が通らないなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言う一見理に適っているようで……いやどう考えても力業極まる脳味噌筋肉戦法だ。

 

 しかし現実問題有効な手段のようで、バキバキベキベキと嫌な音を上げながら、ガンダムグレモリーは装甲の下のフレームが顕になっていく。

 フレームに外付けされる装甲もそう簡単に取り外し出来るものではないが、ナパーム弾によって装甲が脆くなっていたことも助長したのだろう。

 ガンダムグレモリーとてされるがままではない、リミッター解除の高出力に物を言わせて強引にガンダムAGE-3 オービタルを押し返して蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばしたガンダムAGE-3 オービタルにバトルアンカーを振り下ろそうとするが、

 

「させない……ッ!」

 

 そこへチサの大喬ガンダムアルテミーが割り込み、三色響阮から斧刃を引き出してバトルアンカーに引っ掛けるようにして食い止める。

 しかし軽量なSDガンダムで高出力状態のガンダムグレモリーを止めることは叶わず、三色響阮もろとも振り払われてしまう。

 だが、チサは最初から食い止め切れるなど思っていない。

 

「リョウくんっ!」

 

「十分だ、チサ!」

 

 彼女の呼び掛けに、リョウマは応える。

 クロスボーンガンダムX1は、ガンダムグレモリーの死角から回り込んでいた。

 背後から左手でガンダムグレモリーの右腕を押さえ付け、

 

「仕留める!」

 

 右手に握ったヒートダガーの切っ先を、ガンダムグレモリーの胴体へ突き込ませた。

 装甲の一部を失い、フレームが剥き出しになったバイタルバートに、赤熱化した刃が貫いた。

 

 ヒートダガーがコクピットに到達したのか、ガンダムグレモリーは挙動を止め、紅く輝くデュアルアイも消失、力尽きたように荒野の地に平伏した。

 

 ガンダムグレモリー、撃墜。

 

 

 

 バトルが終了し、リザルト画面が流れる前でリョウマは一息つきながら、スマートフォンとガンプラを回収する。

 

「また変な乱入が来ちゃったね……」

 

 チサはこの間のバウンド・ドックのことを思い出したのか、不安そうに呟く。

 

「あのバウンド・ドックと言い、今回のガンダムグレモリーと言い、特定の個人が俺を狙っているのは分かった。だが、何故俺を狙うのか、結局分からなかったな」

 

 リョウマ自身、全く覚えがないのだ。

 ハルタからは「チサちゃんとシミズさんと言う美少女二人を"両手に花"状態にしているからじゃないのかい」と若干殺意混じりに言われたことはある。

 前回のバウンド・ドックの時はそうであったが、今回はミヤビがいないのだ。

 恐らくハルタもそう言う意味で言ったのではないだろうが、では何故狙われるのかと言う問いにはやはり答えられなかった。 

 

 変態集団は既にバトルブースから姿を消していたが、それは瑣末事として、アスカは自分のスマートフォンとガンプラを回収すると、リョウマとチサに向き直った。

 

「悪かったな、ウチの妹を守ってもらった挙げ句、変なことに巻き込んじまってよ」

 

 おにいちゃおにいちゃ、と擦り寄ってくるコトリを後手で宥めつつ、アスカは謝ってくる。

 

「謝ることでも無いだろう。元はと言えば、あの変態達が原因だしな。……それと、あのガンダムグレモリーの乱入に何か心当たりはないか?」

 

 リョウマが応じつつ、ガンダムグレモリーの乱入について訊ねる。

 

「いんや知らねぇ」

 

「そうか、ならいいんだ」

 

 やはり分からず終いか、とリョウマは嘆息をつく。

 

「あー、今回の詫びってわけじゃねぇんだが」

 

 ばつの悪そうに、アスカは自分の鞄から一枚のチラシを取り出して、リョウマに手渡した。

 

「オレ、この近くで飯屋のバイトしてんだ。味は保証出来っから、良けりゃ食いに来てくれ」

 

 んじゃな、とアスカはコトリの手を引きながらバトルブースを後にしていく。

 

 彼ら兄妹を見送りつつ、リョウマとチサはチラシを目に通す。

 

「『鉄華丼』?鉄火丼じゃないんだね?」

 

「鉄華団みたいな名前の店だな」

 

 どうやら定食屋何からしい。

 

 

 

 ジョーヒンを出てもまだ日は高いが、二人はこのまま帰ることにした。

 

「チサも帰るなら、乗せてやるぞ」

 

「うん。乗せて乗せてー」

 

 リョウマは駐輪場から自転車を引き出し、自分の荷物とチサの荷物をカゴに乗せてから乗り込み、チサも後ろの荷台に座る。

 

「レッツゴー!」

 

「オウサカ・リョウマ、出撃ぞ!」

 

 チサに促されて、出撃時の掛け声を発しつつ、勢いよく、なおかつ安全運転で発進するリョウマ。

 

 走り始めてしばらくはお互い無言のままだったが、ふとチサの方から話しかけてきた。

 

「あのねリョウくん」

 

「ん、どうした?」

 

「ミヤビちゃんのガンプラとか見てて思ったんだけどね、わたしも大喬ガンダムアルテミーを塗装とか、改造とかした方がいいのかな?」

 

「改造をした方がいいかどうかは分からない。改造しない方が好きだって人もいるしな」

 

 その辺は個人の自由だ、とリョウマは言う。

 

「でもでも、改造した方が、ガンプラバトルでも強いよね?」

 

「まぁ、完成度が高ければ性能も上がるが……チサは、ガンプラバトルが強くなりたいのか?」

 

「……だってこの前の乱入も、今日の乱入も、わたしは何も出来なかった。リョウくんやミヤビちゃんと一緒にいるのに、わたしだけって、なんか情けない感じがして」

 

 リョウマは「そんなことはない」と言いかけてそれを飲み込んだ。

 そう言ったところで、チサの考えは変わらないことを知っているから。

 

「どうしたら、リョウくんみたいに強くなれるかな?」

 

「……チサ。俺は、お前が思ってるほど強いビルダーじゃない。たかだか大会をひとつ優勝しただけだ」

 

「それって、謙遜?」

 

「謙遜かもしれないが、事実でもある。俺より強い奴なんかいくらでもいる」

 

 だからな、とリョウマは続ける。

 

「誰かに憧れや羨望を持つのはいい。だが、その誰かを基準にする必要はない」

 

「基準?」

 

「基準……いや、目標か?つまり、俺のようなビルダーになるんじゃなくて、自分だけのオンリーワンを目指せばいい」

 

「ん〜むむむむむ?」

 

 どういうことかとチサは思い悩む。

 

「説明が難しいな……」

 

 上手く説明してやれない自分の語彙力の無さを恨めしく思うリョウマ。

 

「そうだな……まずは「自分はこうしたい」って言うのを一つずつ試していくことだな。いきなり改造は難しいだろうし、ガンダムマーカーによる塗装から始めてみるといいと思う」

 

「ガンダムマーカーから。リョウくんも、最初はガンダムマーカーからだったの?」

 

「あぁ。ベタベタ塗り過ぎて途中でインクが無くなって買いに走ったり、乾く前に触って塗面に指紋が付いたり床を汚したり、そりゃもう大変だった……」

 

 チサからは見えないが、遠い目になるリョウマ。

 

「た、大変そうだね?」

 

「その大変さが、今に生きてると思うと感慨深いものがある」

 

「……そっか」

 

 うん、とチサは頷いた。

 

「ありがと、リョウくん」

 

「どういたしまして」

 

 そうして、リョウマは再び黙々とペダルを漕ぐ。

 

 そう言えばガンダムマーカーで足りない色があったな――まぁ明日に『甘水処』で買えばいいか――と思い返しながら。

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 リョウマ「さてと、コンテスト用のガンプラを提出しに行くとしますか……」

 

 リン「あれ、奇遇だねリョウマくん。キミもお出かけ?」

 

 リョウマ「こんにちは先輩。毎年やってるビルダーコンテストがあるんで、その作品の提出に行くんですよ」

 

 リン「へぇ。私もついていっていい?」

 

 リョウマ「いいですよ。ついでに、改造のいい刺激になりますし」

 

 リン「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

質実剛健のレジェンドガンダム

 

 うーん、色んな方向からビームが飛んでくるって、けっこう面倒な相手なんだね」



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7話 質実剛健のレジェンドガンダム

「お、セイスイさん久々の投稿だ……」

 

 ショッピングモールのジョーヒンで、アスカと共闘ついでに乱入してきたガンダムグレモリーを打倒してから数日。

 夜も遅い自室の中で、リョウマはつい先程に完成したガンプラ――『アストレイ レッドフレーム』をケースに仕舞いながらスマートフォンを手に取り、ガンスタグラムを開いてみれば、フォロー新着の欄に『セイスイ』の名前が見えた。

 早速タップして作品ページを開いてみれば、『Zガンダム』が投稿されている。

 

 セイスイ:Zガンダムを真面目に作りました!REVIVE版のHGでも、ウェイブライダーの赤い部分はシール再現なため、塗り分けが少し手間です。(´・ω・`) それでも作り応えのあるキットですので、皆さんもぜひ一度!(^O^)

 

 ふむ、と頷いてから、リョウマは早速コメントを打ち込む。

 

 リョーマ:久々の投稿お疲れさまです。やっぱり出来る子ゼータガンダムはカッコいいですね。それにしてもこの色合い……さては劇場版Zガンダムをリスペクトしてますね?

 

 そうコメントを送信すると、程なくして返信が届く。

 

 セイスイ:リョーマさん毎度毎度ォ!(ムウさん感)その通りです!TVアニメ版の深い青とは違う、若干スカイブルーが混じった色合いの調色が困難を極めました。リョーマさんの観察眼、相変わらず素晴らしい!(≧▽≦)

 

 見立てが当たったらしく、セイスイからの返信は喜色満面の内容だ。

 返信を目にしたリョウマも気を良くする。

 

「(さて、明日はビルダーズコンテストだし、早めに寝るとするか)」

 

 明日の外出準備を整えてから、リョウマはベッドの中で横になる。

 

「(そう言えば、この間の乱入……ガンダムグレモリーに、バウンド・ドック、か……)」

 

 恐らくは、同じ乗り手によるものだろう、と言う予想はついている。

 そして、その狙いはリョウマ本人だろうとも。

 だが、その行動にどのような理由があって乱入をけしかけてくるのか。

 ハルタは「誰かに怨まれるようなことをしたんじゃないのかい。特にチサちゃんとシミズさんを両手に花状態にしているとかね」と冗談混じり……否、かなり本気だったかもしれないが、それでも膨大なユーザーの中から一個人を特定して乱入してくるなど、並大抵のことではない。

 

「(今度出会ったら、倒さない程度に痛めつけて理由を尋問してやろうか)」

 

 空恐ろしいことを思い浮かべつつ、リョウマは眠りについた。

 

 

 

 翌日。

 午前中は二時間だけ『甘水処』でコノミの研修を行い、午後からは外出。

 電車に乗って数十分の距離にある、電気街へ行くのだ。

 

 切符を購入して、普通電車に乗車して、空席に座ろうとすると、最近になって見知った顔がそこにいた。

 

「……カンザキガワ先輩?」

 

 本を読んでいるその美少女が、同じ学園の先輩――リンであることに気付いたリョウマは、声をかけた。

 

「ん?……あぁ、誰かと思ったらリョウマくんか」

 

 彼の声に気付いたリンは顔を上げ、本に栞を閉じた。

 

「今日はキミもお出かけ?」

 

「はい。電気街にあるホビーショップの、コンテスト用のガンプラを提出しに行くんです」

 

「へぇ、電気街に。私もその駅に行くつもりだよ」

 

「カンザキガワ先輩は、どんな用事ですか?」

 

「私は単に書店巡りかな。気になる本があれば買うし、何も買わずに帰ることもあるし」

 

 そうだね、とリンは少しだけ考えるように間を置く。

 

「せっかくここで会ったのも何かの縁だし、キミの用事について行ってもいいかな?」

 

「いいですよ。先輩もガンプラに興味持ってくれたみたいですし、話せることなら何でも話し相手になりますよ」

 

「うん。それじゃぁ今日はよろしく」

 

 もう少しだけ他愛もない会話に華を咲かせていると、目的の駅に到着した。

 

 

 

 雑多なコンクリートジャングルの中、リョウマとリンの二人は、モール内に併設されたホビーショップ『ダム・ダム』へ向かう。

 出入り口を通ってすぐに、リンは物珍しそうに店内を見回す。

 

「おぉ……、まさにオタクって感じだね」

 

「俺、ガンプラの出典してくるんで、先輩は自由に見てていいですよ」

 

 ふーんへーほー、とフィギュアやガンプラとは違うプラモデルを見て回るリンを尻目に、リョウマは店頭レジへ向かう。

 

「ここのコンテストに参加予定の、オウサカです」

 

 名前を書いた参加券を店員に手渡すと、すぐに「こちらへどうぞ」とショーケースの方へ案内される。

 ショーケースの鍵を開けられ、作品を置くスペースを用意される。

 

「作品の配置が出来ましたら、またお声がけください」

 

 それだけ告げると、レジの前で待っているお客の応対へ急いで戻っていく。

 

「さて、と」

 

 鞄の中からケースを取り出し、その中から特別に仕上げたアストレイ レッドフレームをショーケースの中に設置していく。

 フレームの内部構造にもこだわりを入れて作り込み、ガーベラストレートは丹念な下地処理の上から事細かく塗装が施され、まさに本物の日本刀と見紛うほど。

 

「ほぅ、今回はレッドフレームか」

 

 ふとリョウマの後ろから、彼にとって聞き覚えのある声が届く。

 振り向くと、黒灰色の尖った短髪をした青年が、興味深そうにリョウマのアストレイ レッドフレームを見ている。

 

「お久しぶりです、『レン』さん」

 

 リョウマはレンと言う青年――『イズモ・レン』に軽く会釈する。

 

「久しぶりと言っても、この間のフェスで会ったばかりだがな」

 

 リョウマとレンは、ガンプラ関連のコンテストで度々顔を合わせている仲であり、互いの連絡先も控えている。

 

「レンさんもコンテストに参加ですよね。今回は何を作ったんですか?」

 

「一番最初のアスタロトと、そのジオラマだ」

 

 そう言いつつ、店員がショーケースの鍵を開けるのを確認してから、レンもケースからガンプラと、分解しているジオラマを組み立てる。

 数分の後に、見事なウェザリングや経年劣化加工が施された『ガンダムアスタロト』とその15cm四方ほどのジオラマが飾られる。

 

「ちょうどこれ『月鋼』の第一話でアルジのアスタロトがテッドの屋敷から出撃して来てすぐのところですね」

 

「トリアイナも作ろうかと思ったんだがさすがに資料が少なくて今回はアスタロトとジオラマに力を入れた」

 

「このデモリッションナイフプラ板で追加してますね?」

 

「刃先の部分が野暮ったくてより刃物らしくしたかったのさ」

 

 コアなビルダーで無ければ、傍から聞いてもちんぷんかんぷんな内容を日常会話レベルでペラペラスラスラと交わされる。

 そんなリョウマの背中を、リンが声をかける。

 

「リョウマくん、ちょっといいかな」

 

「はいはい、何でしょう先輩」

 

 レンとのモデラートークを切り上げて、リョウマはリンに向き直る。

 

「キミのアルトロンガンダムって、どんなのを使って改造してるんだっけ。その素材って、ここにも売ってる?」

 

「ありますし、教えますよ」

 

 リョウマとリンの様子を見ていたレンは、少し申し訳無さそうに目を細めた。

 

「……すまない、"彼女"がいたのか」

 

 どうやら、リンのことをリョウマの恋人か何かと思ったらしい。

 

「え?あぁ、違いますよ。この人は、俺の一個上の先輩ってだけです。最近になってガンプラに興味を持ったって言うんで」

 

 そう正直に答えるリョウマに、リンは小首を傾げる。

 

「彼女?何のこと?」

 

「俺とカンザキガワ先輩が、付き合ってるって思われたようです」

 

 実際には違うんですけど、とリョウマだが。

 何故かリンはそこで考え込み始める。

 

「…………つまり、私とリョウマくんが、アレでソレでナニな関係と思われてしまったと」

 

「アレとかソレとかナニって言い方にはツッコミませんけど、つまりはそう言うことらしいです」

 

 それはもう恋人同士の関係を飛び越しているような気もしなくもない。

 その意味をあまりにも正確に理解したリンは、

 

「ふむ、んー?ん………………〜〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」

 

 顔を真っ赤にして目を回す。

 

「いやっ、ちょっ、待ってっ、それはっ、そのっ……」

 

 気怠げで淡々としている、普段のリンとは思えない狼狽えぶりだ。

 

「……実際はどうなんだ?」

 

 レンは、リンの狼狽えとリョウマの顔を見比べる。

 

「男女のお付き合いをしてるか否かなら、否です」

 

「つ、つまり、私の……に、リョウマくんの……が、……はわわわわわっ……」

 

 一体何を妄想しているのか、リンの頭から蒸気が噴き上がっている。

 

「カンザキガワ先輩。現実に戻ってきてください」

 

「……はっ、私は一体何を」

 

 リョウマの声に、妄想の海に沈み込んでいたリンは我に返る。

 

「……まぁ、深くは訊かないでおこう」

 

 少なくとも人前でするような話ではないだろう、とレンはそれ以上踏み込むのを止める。

 

「レンー、作品の展示は終わったの?」

 

 すると、レンの背後から一人の女性が声をかけてくる。

 その女性に、リョウマは見覚えがあった。

 

「あれ……確か、ジングウジさん?」

 

 白金色のサイドテールを揺らす様を見て、リョウマはこの間に彼女とガンプラバトルを行った時のことを思い出す。

 

「あら、オウサカくん?この間ぶりね」

 

 彼女――レナがリョウマの顔を見て挨拶を交わすのを見てレンは目を丸くする。

 

「レナ。リョウマとは知り合いだったのか」

 

「前に『甘水処』に呼び出された時にね。一度バトルしてあげたのよ」

 

「そうか」

 

 レンとレナ。

 二人が双方を下の名前で呼んでいるのを見て、今度はリョウマが質問する番になる。

 

「そう言うレンさんも、ジングウジさんと仲良さそうですけど、彼女さんだったり?」

 

 何気なくそう訊ねたリョウマに、「んなっ!?」とレナは目を見開いた。

 動揺するレナとは対照的に、レンは至極落ち着いた様子で応じる。

 

「いや、単なる幼馴染みだ」

 

「……そ、そう。幼馴染みよ」

 

 レンの冷水をぶっかけるような応え方に、レナは落胆しながら頷く。

 

 ――梅雨入りのどこかで見た光景である――。

 

「ま、まぁそれは置いておきましょう」

 

 わざとらしく咳払いをしてから、レナはリョウマが展示しているアストレイレッドフレームを見やる。

 

「よく作り込んでるわね。と言うか、フレームの一部はスクラッチで作ってるのかしら」

 

「公式サイトやコミックの作画とか、色々と擦り合わせてフレームを作りました。特に、このパワーシリンダーの装着を意識したプラグの部分が……」

 

 リョウマがレナに対してアピールポイントを説明していると、「むー」とリンが頬を膨らませている。

 

「リョウマくん。私にアルトロンガンダムの改造のことを教えてくれるんじゃなかったの?」

 

「え、あぁすいません先輩。どこをどう作り込んだと語るのはモデラーの性みたいなもので……」

 

「美人のお姉さんに鼻の下を伸ばすのもいいけど、人の頼みを途中で放り出すのは感心しないね」

 

「いや、そう言うわけじゃなくて」

 

 ショーケースから踵を返して、リンと共に売り場の方へ向かうリョウマ。

 それを見送っていたレンとレナは顔を合わせて「やはり恋人同士なのでは」と同じことを考えていた。

 

 

 

 リンが使っている、リョウマ製のアルトロンガンダムが、何をどれだけどのように使っているかの説明が一通り済んだところで、四人は昼食もかねてファミレスに入店していた。

 

「そう言えば思ったんですけど」

 

 席について間もなく、リョウマはレンに話しかける。

 

「レンさんって、最近でガンプラバトルってやりましたか?」

 

「ん、ここ直近はあまりしていないが、それがどうかしたのか」

 

 ガンプラバトルをすること自体は普通のことだ。

 リョウマは、今自分の周りに起きている"乱入"について話すべきかどうか迷っていたが、少しでも乱入に関する情報が欲しいと言う方に天秤を傾けた。

 

「ここ最近、バトル中に不正なアクセスによる乱入が多発しているそうなんです。レンさんは何か知っていませんか?」

 

 あえて、「そのような噂がある」と言い方を変えるリョウマ。

 被害を受けたことがあるのは、隠しておく。

 

「…………」

 

 すると、レンの表情に陰りが見え、彼の隣りにいるレナも目の色を変えた。

 

「何か、知ってそうですね」

 

「……直接、関係があるかどうかは分からない」

 

 そう前置きを置いてから、レンは少し前に起きたことを話し始めた。

 

「二週間前に『ヴォークス』のコンテストがあっただろう」

 

 ヴォークスと言うのは、ダム・ダムとは別のホビーショップのチェーン店だ。

 リョウマは今回そちらの参加は見送っていたが、レンはそこのコンテストにも、一級品のストライクフリーダムガンダムを手に出場していたと言う。

 

「そのコンテストには、優勝候補のビルダーも参加していたらしいんだが……風の噂で、そいつのガンプラが壊されたと聞いた」

 

「壊された?」

 

 となればこれは乱入とは無関係かもしれないが、最後まで聞かなければ分からない。

 

「出展作品を壊されたから出場出来ず、結局のところ俺は、ほとんど不戦勝で入賞したようなものだ」

 

 何故壊されたかは分からないが、とレンは続ける。

 

「それと、コンテストが終わったのを見計らったように、俺のSNSの友人もガンプラを壊されたと聞いた」

 

「なっ……!?」

 

 リョウマは思わず目を開く。

 確かに優勝候補者を欠場させれば、楽に優勝出来るかもしれないが、レンがそんな非道に手を染めるとは思えないと、リョウマは確信している。

 しかもそれだけでなく、レンの友人すらもその被害に遭ったと言う。

 

「リョウマの言う、乱入被害と深く関係しているかは分からないが、発生時期の近さから見ても、恐らく全くの無関係ではないだろう、と言うのが俺の私見だ」

 

 レンの言葉に、レナも痛々しそうに顔を俯けている。

 

「一体誰が、何のために……こんなことをしたところで、誰も喜ばないって言うのに」

 

 リョウマは膝の上で拳を強く握る。

 そんな彼を見てか、レンは敢えて話題を変えようとする。

 

「まぁ、せっかくの休日で久々に顔を合わせたと言うのに、暗い話はやめにしよう。リョウマ、この後で時間があるなら久々に対面してのバトルはどうだ」

 

「……いいですね。俺は賛成ですよ」

 

 話題を変えようとするレンの意思を読み取って、リョウマは努めて明るく振る舞う。

 

「私もいいかな」

 

 リョウマの隣でリンが静かに挙手するのを見て、レンは「まちろんだ」と頷く。

 

「となると、2on2になるな。レナ、組んでくれるか」

 

「当然よ」

 

 

 

 ファミレスでの昼食を終えてから、四人は近場のゲームセンターに移動して、バトルシミュレーターを四人分借りる。

 オフラインマッチング、2on2モード。

 ローディングを待つまでの間、リョウマとリンは通信で会話を交わす。

 

「アルトロンガンダムについて調べてみたんだけどね……正直、色々と矛盾しか無くて、……理解に苦しんだ」

 

「一体何が起こったんですか、先輩」

 

 アルトロンガンダムの理解に苦しむと言うリンに、リョウマはどうしたのかと訊ねる。

 

「まず、およそ16m弱もある人型ロボットが、7.5tしか重量がないって言うのがおかしいと思うんだよね。いくらなんでも軽すぎる」

 

「ま、まぁ……装甲材のガンダニュウム合金が、めちゃくちゃ軽いって言うのもあるんですけど」

 

 特に、平成三部作と呼ばれるG、W、Xに登場するガンダムタイプのMSのほとんどは、重火力重装甲機でも機体重量が二桁に満たないと言う、他ガンダム作品のガンダムタイプと比較しても驚異的な軽さを持つ。(デビルガンダムのような明らかな例外は除く)

 

 ちなみに、横浜のガンダムファクトリーに鎮座する『RX-78F00』――通称、動く実物大ガンダムは、18mでおよそ25t(本体重量のみ)であり、原作設定のガンダムが40tであったのと比較すると、(アニメのような運動・機動に耐え得るかどうかは別として)相当な軽量化が為されているのはご理解いただけるだろう。

 

「それに、真空の宇宙空間でどうやって火炎放射を発射してるのかとか、ドラゴンハングのリーチが腕部構造と比較してもあまりにも長すぎるように見えるとか……」

 

「先輩。それは、『演出上の都合』です。あんまり深く考えてはダメです」

 

「……そうなの?」

 

 なんか納得いかない、と不満そうな顔を浮かべるリン。

 そうこうしている内にも、マッチングが完了し、ランダムフィールドセレクト。

 

 ステージは『宇宙要塞アンバット』

 

 原典作品は『AGE』からで、フリット編の最終決戦場となる場所だ。

 宙域と、要塞内部での二局に分かれるステージのようだ。

 

 出撃準備、完了。

 

「オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃ぞ!」

 

「カンザキガワ・リン、アルトロンガンダム、行くよ」

 

 クロスボーンガンダムX1とアルトロンガンダムが出撃し、宇宙空間へと飛び立つ。

 

 

 

 出撃してすぐに、リョウマはリンに接触通信を行う。

 

「先輩、聞こえますか?」

 

「ん、感度良好だよ」

 

「俺達はどっちも格闘機なので、片方が片方に集中する、疑似タイマンに持ち込もうと思います」

 

「それぞれ一対一で戦うってことだね、分かった」

 

 クロスボーンガンダムX1とアルトロンガンダムは接近戦に持ち込んでこその機体であり、射撃戦は不得手とまでは言わないが、足を止めて撃ち合うような戦いは望むところではない。

 どちらかが後ろから援護すると言う戦法では火力の低さや手数の少なさから、前衛役に負担が傾きがちになる。

 そのためリョウマは、クロスレンジの間合いに近付くまでは互いにポジションを守りつつ敵機を牽制、距離が縮まってきたところで、双方とも一気に接近戦に持ち込むと言う作戦をリンに伝える。

 

 短い通信を終えた後、前方より敵対反応が二つ。

 片方は、レナのガンダムジェミナスマバリック。

 もう片方のレンの機体は、この宇宙に溶け込むような黒灰色を基調とした暗いトリコロールカラー。

 背部の何本もの突起物の生えた大型のバックパックから見て、リョウマはその機体をすぐに自身の記憶と照合する。

 

「『レジェンドガンダム』か。前はガンダムレギルスを使っていたはずだけど……」

 

『今回はこいつでいかせてもらうぞ、リョウマ』

 

 双方が双方を認識すると同時に、レンのレジェンドガンダムは背部のプラットフォームから攻撃端末――ドラグーン・システムを次々に展開し、開幕一番にビームの雨霰を降り注がせてきた。

 

「ん?あの小さいのからビームを撃ってくるの?」

 

 リンは一瞬キョトンとなるものの、即座に操縦桿を捻ってビームを躱す。

 

「先輩、あの小さいのはドラグーンって言って、色んな方向からビームを撃ってくるんです。囲まれないように気を付けてください」

 

 ドラグーン・システムからのビームを的確に躱しつつビームシールドで防ぎつつ、リョウマはリンにレジェンドガンダムの厄介な点を伝える。

 

「囲まれないようにって、難しいことを言うね」

 

 早速囲まれてるよ、と言いつつもリンはアルトロンガンダムを上下左右へと機動させてビームを掻い潜る。

 

 クロスボーンガンダムX1とアルトロンガンダムがビームを躱す最中にも、レナのガンダムジェミナスマバリックはアクセラレートライフルとビームキャノンを撃ち込んでくる。

 しかも、ドラグーン・システムによる射撃の合間を縫った上で、だ。

 その連携によって、射撃の手数に乏しいクロスボーンガンダムX1とアルトロンガンダムは、反撃の糸口を断たれて防戦一方になる。

 

『リョウマのクロスボーンガンダムは当然だが、そちらのアルトロンもやるな。しかし消耗は避けられまい』

 

 直撃を与えられないことに痺れを切らすことなく、レンは冷静さを崩さずに、なおかつ虎視眈々と強襲の機を狙いつつ、レジェンドガンダムの高エネルギービームライフルを撃ち込ませる。

 だが、

 

「そこだね」

 

 リンはウェポンセレクターよりビームキャノンを選択し、明後日の方向に向けて発射、すると回り込んできていたドラグーン・システムの一つを破壊した。

 

『ん、読まれたか?』

 

「そこも」

 

 続いてドラゴンハングから火炎放射を放ち、もう一つ破壊した。

 

「……やっぱり宇宙で火炎放射が使えるのって違和感しかないんだけど」

 

「そう言う仕様のゲームですから、割り切ってください」

 

 早々にドラグーン・システムへの対処を開始するリンに、リョウマは内心で恐ろしく感じつつも、彼女のぼやきにツッコミを入れる。

 

『あのお嬢さん、初心者と言う割にはやるわね。レン、私はアルトロンを押さえる』

 

『了解した、任せる』

 

 一時的にドラグーン・システムの攻撃が止み、レジェンドガンダムのプラットフォームへ呼び戻されるのと同時に、ガンダムジェミナスマバリックがアルトロンガンダム目掛けて突撃する。

 

「来たね」

 

 アルトロンガンダムはランダムバインダーからツインビームトライデントを抜き放ち、向かってくるガンダムジェミナスマバリックを迎え撃つ。

 

「なら挟撃し……っと」

 

 挟み撃ちにしようとするリョウマだが、そうは問屋が卸さない、そこへレンのレジェンドガンダムが高エネルギービームライフルと、プラットフォームを稼働させて直接ビームを放つ『ビーム突撃砲』を拡散させるように放ってくる。

 

『勝負を仕掛けさせてもらうぞ、リョウマ』

 

「こっちのセリフですよ、それは!」

 

 視界を埋め尽くさんばかりのビームの隙間を潜り抜け、一気にレジェンドガンダムへ迫るクロスボーンガンダムX1。

 ザンバスターからビームザンバーを抜き放つのを見て、レジェンドガンダムは高エネルギービームライフルを背部ラッチへ納め、両脚部から二本のビームジャベリン『ディファイアント改』を抜き、アンビデクストラスフォームへ連結して迎え撃つ。

 

 瞬間、ビームザンバーとディファイアント改が衝突し、一撃、二撃と交錯する。

 

「さすがに、やりますね……!」

 

『ち……っ』

 

 互いに弾き合い、クロスボーンガンダムX1はガンマンの早撃ちのようにバスターガンを構えると同時に放つが、レジェンドガンダムは手首のビームシールド『ソリドゥス・フルゴール』を発生させてビーム弾を防ぎ、反撃に背部のビーム突撃砲を連射するように撃ち込んでくる。

 リョウマは操縦桿を引き下げながら捻り、クロスボーンガンダムX1は迂回するようにビーム突撃砲をやり過ごしつつ再度レジェンドガンダムへ迫る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『させんさ』

 

 するとレジェンドガンダムは連結したディファイアント改を回転させるように投げつけ、それにビーム突撃砲を放った。

 何十ものビームが、ビームブーメランのように回転するディファイアント改に連続で弾き返され、辺り一帯を極彩色の光で塗りつぶした。

 

「双刃のサーベルでビームコンフューズッ……!」

 

 視界をくらますようなビームのカーテンが、クロスボーンガンダムX1の前に立ち塞がる。

 この閃光の中に飛び込もうものならA.B.Cマントもろとも機体はズタズタにされる。

 リョウマはすぐさま操縦桿を引き下げて、クロスボーンガンダムX1に逆制動を掛けさせ、

 一拍の後に下方からアラートが鳴り響く。

 

 レジェンドガンダムのドラグーン・システムの内、プラットフォーム最上端に位置する大型ユニットが下から回り込んできており、そのビーム砲からビームスパイクが牙を剥く。

 

「(接近させないだけじゃなく、ブラインドと攻撃を同時に仕掛けるか!)」

 

 先程の大規模なビームコンフューズで目を眩ませ、その隙に死角からドラグーン・システムによる近接攻撃と言う、二重三重の攻撃だ。

 砲撃ではなく、ビームスパイクによる近接攻撃なのも、A.B.Cマントを破るためのものだ。

 咄嗟の判断、リョウマはウェポンセレクターからヒートダガーをダブルセレクト、両脚からヒートダガーの切っ先を覗かせると、踏み付けるようにドラグーン・システムのビームスパイクを受ける。

 いくら赤熱化しているとは言え、ヒートダガーの刃ではビームスパイクを長時間受け切れない。

 だが、ほんの僅かだけでもクロスボーンガンダムX1本体へのダメージを遅らせる。

 そしてリョウマは、そのほんの僅かを凌げれば十分だった。

 

「行けェッ!!」

 

 操縦桿を殴るように押し込み、フルスロットルで加速するクロスボーンガンダムX1は、ようやく霧散してきたビームカーテンを突き破ってレジェンドガンダムへ肉迫する。

 

『今のやり過ごすか、さすがだなリョウマ』

 

 口調はそのまま、しかし舌を巻くレンはすぐドラグーン・システムにディファイアント改を撃たせ、ビームでディファイアント改を弾き飛ばしたところをキャッチ、身構え直すと同時に振り抜かれたビームザンバーと打ち合う。

 

 

 

 一方、リンのアルトロンガンダムとレナのガンダムジェミナスマバリックとの戦いは。

 振り抜かれるビームソードに対して、アルトロンガンダムは即座にツインビームトライデントで弾き返し、返す刀のように左腕のドラゴンハングを伸ばして反撃。

 弾かれて隙を晒したガンダムジェミナスマバリックはG-UNITシールドで受けるが、ドラゴンハングの"咬"撃力は並大抵ではない、捉えた瞬間にシールドの内部構造ごと喰らい潰してみせる。

 

『チッ……!』

 

 レナは舌打ちしながらもシールドのジョイントを左腕から切り離してドラゴンハングの間合いから飛び退きつつ、ディフェンスドブースターのビームキャノンを撃ち返す。

 

「おっと」

 

 リンは至極冷静に操縦桿を捻ってビームキャノンのビームを躱しつつ、イニシアティブを取り直す。

 

『……正直、ここまでやるとは思わなかったわ』

 

「それはどうも」

 

『けれどね、これはどうかしら?』

 

「これ?」

 

 何のことかとリンは何気なく小首を傾げ――すぐに首の位置を戻した。

 

 ガンダムジェミナスマバリックから、薄っすらとした青白い輝きが放たれているのだ。

 

『PXシステム、発動!!』

 

 やがてその輝きが全身にまで至ると、ガンダムジェミナスマバリックは猛然と迫る。

 レナがウェポンセレクター越しに発動させたのは、PXシステムと呼ばれる、G-UNIT特有のシステムだ。

 

 原典では、『人間の緊張が極限状態に陥った際に感覚が鋭敏なものとなる現象を人工的に引き出す』ことから作られており、機体性能と共にパイロットの感覚・能力を大幅に引き上げると言うものだが、同時に機体とパイロットにも多大な負荷を掛け、最悪の場合はパイロットの精神が崩壊したり、機体そのものが自壊を起こすと言う代物である。

 

 もちろんガンプラバトル上ではそんな危険な面までは再現されておらず、あくまでも時限強化系のコマンドとして設定されている。

 

 右手のアクセラレートライフルと、左手のビームソード、さらにディフェンスドブースターのビームキャノンが連続してアルトロンガンダムへ襲い掛かる。

 

「んー、なんか速くなった?」

 

 ツインビームトライデントと、時たまに左肩のドラゴンシールドで受け流しつつ、リンは挙動速度の速まったガンダムジェミナスマバリックを訝しむように睨む。

 

『その冷静さも、いつまで保てるかしらね!』

 

 なおも苛烈に猛撃を仕掛けてくるガンダムジェミナスマバリック。

 次第にビームキャノンやビームソードが、アルトロンガンダムの装甲を掠め始める。

 

「まずいね、対応がズレてきてる」

 

 同じように防ぐだけでは、いずれ防ぎきれなくなる。

 被弾率の上昇からそれを読み取るリンは、どこかで手を変えなければと思案する。

 さてどうしようかと、リンは左腕のドラゴンハングの火炎放射と頭部のバルカンでガンダムジェミナスマバリックを牽制する。

 銃弾と火炎を掻い潜って迫るガンダムジェミナスマバリックに対して、アルトロンガンダムはツインビームトライデントを右片手に持ち直す。

 

「構造的には不可能じゃないはず……っと」

 

 すると、『ドラゴンハングのアームだけを伸ばして』ツインビームトライデントを振るった。

 

『ん!?』

 

 右腕部のリーチが倍化した上でのツインビームトライデントによる攻撃に、レナは一瞬虚を突かれるが、すぐさまビームソードで斬り返し、

 

 ――不自然なほど軽い手応えと共に、ツインビームトライデントをアルトロンガンダムのマニピュレーターから吹き飛ばした。

 

「残念、私の勝ち」

 

 即座、折り畳まれたドラゴンハングの"頭"が牙を剥いた。

 ガンダムジェミナスマバリックは、ツインビームトライデントを斬り飛ばして、実質空振りしたも同然。

 

『しまっ……!?』

 

 振り抜いた状態――ガンダムジェミナスマバリックの左脇腹へドラゴンハングが喰らい付き、

 

「じゃぁね」

 

 ゼロ距離の火炎放射がガンダムジェミナスマバリックを内部から焼き尽くした。

 

 ガンダムジェミナスマバリック、撃墜。

 

「ふぅ。ちょっと危なかったな」

 

 ガンダムジェミナスマバリックがPXシステムを発動してからの攻めの苛烈さに、冷静さを保ってはいたもののどう切り返すべきかと少しばかり困っていたのだ。

 先程のツインビームトライデントをわざと弾き飛ばさせて、直後にドラゴンハングで反撃すると言う作戦も、成功するかどうかは五分五分と言ったところであった。

 それも勝ち取ってしまえば良し、と捉えるリン。

 

「さて、リョウマくんの方は……ん、向こうも終わったかな」

 

 僚機確認の画面を開くと、アンバットの軍港内部で、A.B.C.マントや右腕と右脚を失いながらも、レジェンドガンダムの胴体部へビームサーベルを突き立てている、クロスボーンガンダムX1の姿が見えた。

 

 レジェンドガンダム、撃墜。

 

 

 

 バトルが終了し、リザルト画面を見流しつつ、レンは小さく息をついて頷いてみせた。

 

「やはりさすがだな、リョウマ」

 

「レンさんも。ナイスファイトでした」

 

 ガンプラとスマートフォンを回収してから、リョウマとレンは互いに握手を交わす。

 

「そう言えばレンさんのレジェンドの関節を見て思ったんですけど、もしかして中身はHGCEのデスティニーですか?」

 

「手首もデスティニーから移植している。ドラグーン・システムとパルマフィオキーナを両立させるとエネルギー効率が悪くなるから、平手のパルマフィオキーナの発射口はパテで埋めている」

 

「大型ドラグーンのビームスパイクもかなり高出力でしたけど、もしかしてエフェクトも作ってたり?」

 

「もちろんビーム砲の発射と付替えが出来るようにしているぞ。さらに脳波コントロール出来る」

 

「あ、よく見たら額の部分に型式番号の『66(セッサンターイ)』が彫り込まれてる!」

 

「うむ。1/144スケールの額にこれは骨が折れたな」

 

 そして、バトルが終わるなりお互いのガンプラ談義だ。

 それを傍から見ているリンとレナは。

 

「あれ、なんて日本語ですか?」

 

「……間違ってもジャパニーズ日本語よ。私もガンプラにはそこそこ詳しい自負はあるけど、あのレベルまで来るともうちんぷんかんぷんよ」

 

 女子二人のことなどそっちのけの談義は、五分ほど続いた。

 

 

 

 それから、なおもホビーショップ内で談義を繰り広げようとするリョウマとレンだが、さすがにやり過ぎとレナに止められ、渋々ながら二人とはそこで別れた。

 

 リョウマとリンの方も、リンの本来の目的である書店巡りをしたり、小休止でお茶をしていると、もう夕方近くになって来ていた。

 

「ん、時間が経つのは早いね。もう夕方だよ」

 

 空の茜色を見て、リンは溜息をつく。

 

「そろそろ帰りますか」

 

「そうしよっか」

 

 リョウマの進言により、二人は元来た駅へと向かうことにした。

 

 それほど待つこともなく電車に乗り、疎らな車内の席に二人して着く。

 

「書店巡りに付き合わせてごめんね、退屈だった?」

 

「いえいえ、カンザキガワ先輩が普段どんな本を読んでるとかも知れましたし、……そんな分厚いのを何冊も買うとは思ってませんでしたけど」

 

 リョウマの視線の先には、リンの手にしている手提げ袋に納められている、見るからに分厚い本の数々。

 

「ほら最近、隕石から複数のアミノ酸が発見されたってニュースで見るよね。あれはどう言う事なのかって私なりに調べようと思ってね」

 

「そう言うのって、ネットじゃ分からないんですか?」

 

「いや、ネット上の情報は色々錯綜してるのが多くてね。素人でも違うって分かるようないい加減な記録もあるし」

 

 だからこうして自分で調べるんだよ、とリンは頷く。

 

 ふと、次の駅の到着を告げるアナウンスが車内に流れる。

 

「っと、私の最寄り駅は急行が止まらないから、ここで乗り換えるね」

 

 そう言いつつ、リンは席を立った。

 

「じゃぁ先輩、また明日学園で」

 

「うん、またねリョウマくん」

 

 ドアが開いて降車するリンを見送りつつ、再発進する電車に揺られるリョウマ。

 

 

 

 最寄り駅に着いて、改札に切符を通そうとしたところで、スマートフォンが通話のヴァイブレーションを震わせてきた。

 リョウマは改札口を通り、素早く懐からスマートフォンを取り出すと、『RINE』のアプリの無料通話機能によるもので、ハルタからだった。

 

「もしもし?」

 

『もしもしリョウマ。俺様だ。たった今入ってきた緊急速報がある。時間は大丈夫かい』

 

「あぁ、問題ない」

 

 緊急速報。

 何か分かったことがあったのだろうか。

 問題ないと聞いて、ハルタは早速その"緊急速報"を伝える。

 

『まずはこれを見てくれ』

 

 数秒の後、ハルタは画像を送信してきた。

 

「これは……」

 

 それを見たリョウマは、眉をひそめる。

 画像の中には、原型を留めないほどにグチャグチャに変わり果てたガンプラの姿が。辛うじてそのガンプラがクロスボーンガンダム系だと分かるくらいだろうか。

 

『確定ではないけど、ほぼ間違いない情報だ。乱入が発生したバトルで、乱入者に撃墜された時、シミュレーターのスキャナーに高熱が発生し、こうなったのだそうだ』

 

「!?」

 

 リョウマは思わず自分の耳とハルタの言葉を疑った。

 高熱と言っても、プラスチックが溶けるような温度など、ほとんど直接火に炙るようなものだ、普通はこうはならない。

 

「どう言うことだ?プラスチックが溶けるような高熱が発生したなら、その前にシミュレーター側がストップをかけるはずだろう」

 

 連続処理などの影響で端末機器の温度が上がり過ぎた時、自動で一時的に通信制限をかけるように、ガンプラバトルシミュレーターにもそう言ったセーフティがあるはずだとリョウマは言う。

 

『そのはずだけどね。不正アクセスが可能だとすれば、アクセスと同時にウイルスか何かを筐体に植え付けているんだろう。セーフティ機能をシャットして、ついでに処理速度を停滞化させてパンクさせてやれば、内部機構はあっという間に溶鉱炉に早変わりさ。撃墜された相手のガンプラだけがそうなるのは、向こうさんのプライドか何かだろうね』

 

 乱入者の攻撃を受けて撃墜判定を受ければこうなるなど、リョウマとて初耳だ。

 バウンド・ドックが乱入してきた時のバトルで、チサの大喬ガンダムアルテミーは大きく被弾してしまっていた。

 もしビームが直撃して、撃墜判定を受けてしまっていたら彼女のガンプラもこうなっていたのかと思うと背筋に悪寒が走る。

 

「あのバウンド・ドックやガンダムグレモリーが俺を狙っていたとしても……何故他のビルダーにまで被害を与えるんだ?」

 

 それともリョウマを狙うのはただの偶然に過ぎないのだろうか。

 乱入者の思惑が読めず、薄気味悪さを覚える。

 

『さぁね、暇なんじゃないか?……リョウマ?』

 

「……あ、あぁ。報告ありがとう」

 

『俺様からは以上。通信終わり』

 

「了解、通信終わり」

 

 それを合図として、リョウマは通話を切った。

 

 そろそろ本格的にクロスボーンガンダムX1の改造を考え、実行に移すために、自宅への岐路を辿った。

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 コノミ「聞きましたよ先輩!あのカンザキガワ先輩とデートをしたって!」

 

 リョウマ「なんで知ってるの誰から聞いたの」

 

 コノミ「フッフッフッ……女の子特有のネットワークにかかれば、たった五分で全ては白日の下に晒されるのですよ」

 

 リョウマ「なにそれ怖すぎる。俺を女性不信にさせるつもりか」

 

 コノミ「と言うわけで先輩、わたしとデートしましょう!」

 

 リョウマ「何がと言うわけなのか詳しく……」

 

 コノミ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

事実は同人誌より奇なり

 

 さぁ、ミスターブシドーの本を買いに行きますよー!」

 

 リョウマ「待ってくれコノミちゃん人の話を聞いてくれ」



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8話 事実は同人誌より奇なり

「リョォマァ!君と言う奴はァ!!」

 

 月曜日の朝、登校して来て顔を見るなり一番、ハルタはリョウマの胸ぐらを掴み上げた。

 

「なんだなんだどうした落ち着けハルタ」

 

 リョウマは何食わぬ顔をしながら、怒りに身を震わせているハルタに目を細める。

 隣りにいるチサは「もう、朝から喧嘩はダメだよー」と頬を膨らませてハルタを窘める。

 

「なんだとはなんだこのリア充!白を切ろうったって無駄だからな!?」

 

「俺がリア充かどうかは想像に任せるが、後ろ暗いことは何もしていないから白を通させてもらう」

 

 朝から何なんだとリョウマは呆れているが、なおもハルタの怒りは収まりそうもない。

 そして、朝の通学の時間帯でしかも玄関口と言う人通りのある場所で、爆弾を放り込むハルタ。

 

「知っているぞ……昨日、電気街の方でリョウマと、あの天才のカンザキガワ先輩が"デート"をしていたと!」

 

 それを公言した瞬間、周囲の空気が凍り付いた。

 

「あの天才が、男とデート!?」

 

「いや、案外何かの実験だったかもしれないぞ?」

 

「待て 慌てるな これは孔明の罠だ」

 

 それを聞いたチサは、目を見開きながらリョウマに向き直る。

 

「えぇっ!?リョウくん、カンザキガワ先輩とデートしてたの!?」

 

 なになに、どういうこと、とチサは慌てるがリョウマは至極冷静に応える。

 

「デートじゃない。カンザキガワ先輩とは行きの電車の中で偶然会って、俺の知り合いのモデラーさんと買い物とか、ガンプラバトルをしていただけだぞ」

 

「嘘をつくなっ、リョウマとカンザキガワ先輩が二人きりになっているのを見たって言う奴もいるぞ!」

 

「確かにモデラーさんとは途中で別れたが、少なくとも先輩との関係はお前が期待しているようなものじゃない」

 

 何故どいつもこいつも自分にとって都合よく誤解したがるのか、とリョウマは胸ぐらを掴んでいるハルタの手を振り払う。

 

「チサちゃんやシミズさんのみならずっ、カンザキガワ先輩までもを手篭めに……憎いッ、憎しみで人が殺せたらッ!!」

 

 今にも血涙を流さん勢いのハルタを白けた目で見ながら「もう付き合ってられん」とリョウマはその脇を通り抜けて、チサも後に続く。

 

 クラスの教室につくなり、

 

「あの、オウサカくん。昨日、三年生の先輩さんとデートしてたって聞いたけど……本当なの?」

 

 ミヤビにも同じようなことを訊かれた。

 

「休日に男女がいるだけでデートなら、世の中カップルだらけだな。……この意味が分からないわけじゃないよな?」

 

「えぇと、つまりただの噂ってこと?」

 

「つまりはそういうことだ」

 

 ミヤビの聞き分けの良さに感謝しつつ、リョウマは一限目の授業の準備にとりかかる。

 

 

 

 放課後。

 今日はコノミの研修があるため、『甘水処』へ向かうリョウマ。

 

「おはよーございます」

 

「あぁ、リョウマか。今日も頼むぞ」

 

 相変わらず塩対応なアイカを尻目にしつつ、リョウマはバックルームへ入室する。

 そして入室した途端、コノミが飛んできた。

 

「先輩っ、あのカンザキガワ先輩とデートしてたって言うのはホントですか!?あ、おはようございます」

 

 やはり『天才カンザキガワ・リンが男とデートしていた』疑惑は下級生らにまで行き届いていたようだ。

 それでもちゃんと挨拶を欠かさないのはコノミらしいとも言えるか。

 

「はいおはようコノミちゃん。ちなみにそれはデートじゃないからな」

 

 学園で散々根掘り葉掘りと聞かれたので、そろそろ受け流し方が最適化されつつある。

 

「ずるいです!わたしも先輩とデートしたいですぅっ!」

 

 ぷくーっ、と可愛らしく頬を膨らませるコノミ。

 

「いや、デートしたいですって言われても。俺にどうしろと」

 

 そもそもデートですらない、とリョウマは認識しているのだが、コノミにそれは聞こえていない。

 

「そんなの簡単です、わたしとデートすればいいんです!」

 

「……とりあえず勤務の時間だから、その話は後にしようか」

 

 夏制服の上からエプロンを着けて、さっさと売り場に出ようとするリョウマに、コノミも納得いかないながらも続く。

 

 

 

 今日の研修は、バトルシミュレーターの簡易的なシステムチェック(一応機密情報もあるため、故障の修理などは業者を介する必要はあるが)を行うため、アイカに店内にいてもらいつつ、リョウマは使われていないバトルシミュレーターの内部コンピューターとを繋ぐ基盤に鍵を差し込んで開く。

 

「ほぇー、シミュレーターの中身ってこんなふうになってるんですね」

 

 多数の配線や液晶ディスプレイを、興味深そうにコノミは内部を見渡す。

 

「従業員がやっていいのは、システムに異常が無いかどうかを確認するのと、簡単な補整だけ。システムエラーや配線の不備などがあれば、すぐに業者に連絡しなくちゃならない」

 

 これがその連絡先な、と基板の裏に貼られたシールに印字された電話番号を指すリョウマだが、その内心では。

 

「(昨日のハルタの情報が正しければ、あの乱入者はウイルスを介して不正アクセスしていると言うことだ。さらに、乱入者のガンプラに撃墜されたユーザーのガンプラは溶解温度に曝されて壊される。そして、その乱入者は俺の名前を知っている。……俺のガンプラを壊すために、手当り次第に乱入をけしかけているという事か?)」

 

 それはあまりにも非効率的だろう、ガンプラバトルのユーザーは何千万人といるのだ。

 日本国内に限れば数十万人程度だろうが、それでも何十万分の一個人を探し当てるなど、ほぼ不可能だ。

 だが、リョウマは乱入被害を二度受けている。

 それは、どちらもジョーヒン店内のバトルブースだった。

 

「(恐らく……"網"を張られているな)」

 

 ジョーヒンがメインスポットだと思われているようだ。

 そうなると迂闊にジョーヒンでガンプラバトルは出来ないな、とリョウマは気を付ける。

 

「で、システムチェックの補整は……」

 

 今は勤務中だな、と意識を切り替え直して、コノミにシステムチェックについて教えていく。

 

 

 

 19時になり、本日の研修も無事終了した後、コノミを自宅近くへ送るまでがリョウマの仕事だ。

 その帰り道にて。

 

「そうそうそうでした。先輩、今週日曜日はわたしとデートですねっ」

 

「待て、いつの間に決定したんだ?」

 

 勤務前は「デートをしましょう」だったはずだが、勤務後には「デートですね」に成り代わっている。

 

「あれ、もう決定事項だったんじゃないんですか?」

 

「間違っても決定してない。勝手に話を進めないでくれ」

 

 何故恋人同士の関係でもないのにデートをすることになるのか。いや、リンとのデートがそもそも誤情報なのだが。

 

「先輩はわたしとデート、嫌ですか?」

 

 すると、あからさまにしょんぼりした顔をするコノミ。

 

「……嫌ではないんだが」

 

「あ、もしかして日曜日にもう予定が入ってるとかですか?」

 

「いやそうでもないんだが……」

 

「じゃぁいいじゃないですかっ、わたしとデートしましょう、相談しましょう、そうしましょ、べー」

 

 何故花いちもんめ?とツッコミたくなるリョウマだが、問い質せばちょっと面倒くさいことになるかもしれないと踏んでスルーする。

 

「分かった……日曜日にコノミちゃんと会う、でいいんだな」

 

「わーいっ、先輩大好きー!」

 

 しょんぼりしていた顔が急転直上して笑顔になるコノミ。

 色々分かりやすいなぁ、と思うリョウマだが、ともかく今週末の予定は決まった。

 

 

 

 日曜日。

 コノミとの約束は、先週にリンと赴いた場所と同じく電気街だ。

 待ち合わせ場所は、駅前のパチンコスポット。

 広場などの類が無いので分かりやすい場所を、とコノミが考慮したのだ。

 パチンコスポット特有の騒音を背後に、リョウマはスマートフォンでホビーサイトをページを閲覧していた。

 

「(今年9月にHGACシェンロンガンダムが発売か。一昔前なら量販店に並ばないからまず入手不可能だったろうな……)」

 

 正確には、量販店にも並びはするのだが、転売ヤーに奪われてなるものかと我先にモデラーが入手しようと躍起になるのだ。

 転売の旨味が無くなって、少しは売場が回復しても即座にモデラーが手に取るため、結局は売れ残りのEGとSDガンダムしか残らない。

 そもそもガンプラの絶対数があまりにも少なすぎたのだ。

 

 国内にばらまくよりも海外へ向けて希少価値をつけて売る方が企業的には儲かるので、やむを得ないと言えばやむを得ないのだが、それで国内からの不満を買っては本末転倒だとは誰も気付かなかったのだろうか。

 むしろ、国内の不満を煽ってガンプラから手放させ、国内販売数をさらに削り、その分を海外に向けさせられると言う企業戦略だったのかもしれない。

 加えて、某国の解放とは名ばかりの侵略戦争の弊害による物価上昇と、異常な円安化によって生産数も大幅に減少、元より少ない新作や再販を巡ってモデラーや、不利益に気付かない転売ヤーの成れの果ては皆血眼になって買い集めようとしたものだ。

 

 生まれてくるのがもう少し早けれれば、ガンプラに興味を持つことも無かっただろうな、と思っていると。

 

「あっ、先ぱーい!!」

 

 駅から出てきたコノミが、ぶんぶん手を振りながら駆け寄って来た。

 

「ってコノミちゃん、そこまで急がなくてもい……」

 

 いいんだぞと言いかけたところで、走ってくるコノミの進行方向に潰れた空き缶が転がっているのを見つけ――

 

「はふぁっ!?」

 

 案の定、コノミはそれを踏んづけて足を滑らせたので、リョウマはパッと駆け寄って、転びそうになる彼女を抱き止めた。

 

「っと、大丈夫かコノミちゃん」

 

「は、はひっ……」

 

 リョウマの胸の中でコノミは声を上擦らせる。

 

「って言うか先輩、意外と胸板広いんですね……」

 

 抱き止められた拍子に、ペタペタとリョウマの身体に触れるコノミ。

 

「……あのすまんコノミちゃん。周りの視線が大変痛いんだが」

 

 往来で抱き合っているようにも見られ、周囲の人々は奇異の目で二人を見ている。

 

「ほわわっ、ごめんなさい先輩っ」

 

 リョウマが言わんとしていることを察してか、コノミは慌てて離れる。

 一呼吸置いて落ち着いたところで。

 

「さ、さぁ先輩!張り切っていきましょうっ!」

 

「ん?お、おぉー」

 

 コノミが張り切ってと言うので、応じてみせるリョウマ。

 そう言ってコノミが向かう先は……

 

 

 

「ここです!」

 

『マロンブックス』と言う書店だった。

 

「マロンブックス?ラノベか漫画でも買うのか?」

 

「うーんとですね、本は本でも、そっちじゃないんですよね」

 

 とにかく入りましょう、とコノミに先導されるリョウマは、流れるようにエスカレーターを登る。

 

 特定の階に到着し、さてコノミは何を買うのかと思えば。

 

「(まさか、本は本でも同人誌とは思わなんだ……)」

 

 予想していなかった買い物に、リョウマは声を濁らせる。

 カーテンの向こう側にあるのは、有体に言えば、アニメのキャラクターがあーんな姿やこーんな姿になっている内容の、"薄い本"のことであった。

 コノミが向かう先は、『機動戦士ガンダム00』の、それも『グラハム・エーカー』関連だ。

 

「さて……」

 

 不意に至極真剣な顔付きになると、コノミは棚から数冊を取り出して表紙を見て、すぐに戻すと言うことを繰り返す。

 それが何度か繰り返されて、その中でもコノミの手中に収まったのは。

 

「『Miamia』さんか……よしっ、覚えとこ」

 

 原作キャラクターではないアロウズの女性士官と、気崩れて肌色が増したミスターブシドーが絡み合って、いかにもな雰囲気漂う表紙のソレだった。

 コノミの言う「Miamiaさん」とは、どうやら作者名のようだ。

 

「じゃぁ先輩、これ買ってきますね」

 

「お、おぉぅ……」

 

 若干引きそうになるものの、「趣味嗜好は人それぞれだ」と飲み込んで堪える。

 コノミがレジでの会計を終えて嬉しそうな顔をしているのだが、なんだか複雑な気分になるリョウマであった。

 

 

 

 マロンブックスでの買い物を終えてからは、ダム・ダムやヴォークスと言ったホビーショップでの買い物の他、コノミの目的の一つでもあるウィンドウショッピングにも付き合ってからは。

 

「では先輩、そろそろガンプラバトルと洒落込みましょうっ」

 

「……あれだけ見て回ったのに、コノミちゃんは元気だな」

 

「もー、先輩まだ若いんですから、そんなおじいちゃんみたいなこと言っちゃダメですよ」

 

「肉体的には17歳だが、精神年齢は三十路くらいいってるかもしれないな」

 

「三十路なんて全然若いじゃないですか。おっさん呼ばわりされるのはアラフィフに片足突っ込み始めた辺りから……」

 

「25歳でディアッカにおっさん呼ばわりされるムウさんとは一体」

 

「「おっさんじゃない!ザフトが来る!」ってたましいの場所へ、ですねぇ」

 

 コロニーメンデルでの戦闘の際に、ラウ・ル・クルーゼを通じてザフト軍の接近を察知するムウ・ラ・フラガの真似をするコノミ。

 

 それはともかくとして、小休止を挟んでからガンプラバトルをする運びとなった。

 

 

 

 先週にリン、レン、レナとの四人でバトルを行った時と同じゲームセンターへ。

 

「良ければ先輩、2on2のオンラインマッチしませんか?」

 

「オンラインだな、よし分かった」

 

 筐体の前で設定を打ち込み、リョウマとコノミが固定のタッグを組み、オンラインマッチでのバトルに臨む。

 

 数秒のローディングの後に、対戦相手のチームが表示される。

 固定ではなく、野良同士が組んだ即席チームのようだ。

 

 ランダムステージセレクトは、『メーティス』

 

 原典作品は『NT』の中盤戦から。

 中立の都市コロニーなのだが、『不死鳥狩り』――ユニコーンガンダム3号機フェネクスを巡って、連邦軍のシェザール隊と"ネオ・ジオン(袖付き)"が遭遇、双方とも『何も見なかった』ことにしようとしたものの、ネオ・ジオン側のゾルタン・アッカネンが自ら戦端を開き、多くの民間人に被害を与えたばかりか、Ⅱネオ・ジオングで外壁を突き破ると言った凶行にすら及ぶシーンがある。

 

 もちろんガンプラバトル上では、いくら市街地を破壊しようともペナルティの類いは存在しないので、気にせず戦うことが出来る。

 

 カウントダウンの後に、出撃だ。

 

「オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃ぞ!」

 

「ミノウ・コノミ、ガンダムデュナメスバスターク、行っちゃいますよー!」

 

 

 

 シェザール隊がコロニー内に進入した際の経路を再現するように、クロスボーンガンダムX1とガンダムデュナメスバスタークは市街地に到達する。

 

「コノミちゃん、ここから敵は捕捉出来るか?」

 

「任せてくださいっ」

 

 早速コノミは操縦桿を捻って、ガンダムデュナメスバスタークの額のガンカメラを開き、センサー範囲を広げる。

 

「よー………………し、見えましたっ。えーっと、『ガンダムアシュタロン』と『百錬』ですね。百錬の方は、多分日本刀しか持ってないみたいですけど。アシュタロンの上に百錬が乗ってます」

 

「アシュタロンと百錬か。分かった、ありがとう」

 

 間もなく接敵するだろう頃合いを見計らい、リョウマはコノミに指示を出す。

 

「俺が前に出て撹乱するから、コノミちゃんは狙撃を頼む。百錬はナノラミネートアーマーで仕留めにくいだろうし、アシュタロンを狙ってくれ」

 

「了解ですっ」

 

 ビシッ、とガンダムデュナメスバスタークを敬礼させると、コノミはその場から移動していく。市街地に紛れながら狙撃を行うのだ。

 

「さて、囮になるとしますか」

 

 操縦桿を押し込み、真っ直ぐに接敵する。

 ガンダムアシュタロンは無改造のようだが、百錬の方は白と黒のツートンカラーで塗装されている。

 双方が双方を捉えると、百錬はガンダムアシュタロンから飛び降りて、サムライブレードを腰溜めにした半身の構えを取りながらクロスボーンガンダムX1へ迫りくる。

 

「(居合斬りをするつもりか?)」

 

 刀一振りだけでガンプラバトルに挑むような相手だ、恐らくまともに斬り合っても勝てる相手ではあるまい。

 

 そう読み取っていると、ガンダムアシュタロンはMA形態のまま、巨大なハサミであるアトミックシザースを開き、ビーム砲を発射してくる。

 襲い来るビームを回避しつつ、ザンバスターを撃ち返して牽制。

 

「(アシュタロンはコノミちゃんに期待するとして、問題はこっちの百錬か)」

 

 ガンダムグレモリーとの戦いと同じく、ビーム兵器主体のクロスボーンガンダムX1では、少々ダメージを与えにくい。

 だが、コノミと連携すれば倒せない相手ではないはずだ。

 

『初めましてだな、ガンダム!!』

 

 するといきなり、百錬からの広域通信越しに女性の声が届く。

 

「!?」

 

 突然のグラハム・エーカーのセリフに、リョウマは一瞬挙動を乱し、その僅かな隙を突くかのように百錬は瞬時に踏み込んで来ては、居合い斬りのごとくサムライブレードを振るい放った。

 操縦桿を引き下げて間合いから飛び退くクロスボーンガンダムX1だが、A.B.Cマントの一部が斬り裂かれてしまった。

 一撃を与えて、百錬はすぐに納刀して構えを取り直す。

 

『『イツヅキ・ミア』……君のガンプラに心奪われた乙女だ!!』

 

「……オウサカ・リョウマだ。お褒めいただき感謝する……」

 

 相手がいきなり名乗ってきたので、戸惑いながらも一応名乗り返すリョウマ。

 

『よそ見してんじゃねぇよ!』

 

 ガンダムアシュタロンはビーム砲を撃ちながらも、アトミックシザースでクロスボーンガンダムX1を捕らえようと迫りくる。

 

「おっと、茶番してる場合じゃなかった」

 

『とんだ茶番だ!!』

 

 リョウマの呟きすら拾って反応してみせる、ミアと言うらしい百錬のファイター。

 そうこうしている内にもガンダムアシュタロンはアトミックシザースを伸ばしてくるが、リョウマは巧妙に操縦桿を捻り、挟み込もうとするシザースの隙間をするりと潜り抜け、ガンダムアシュタロンの懐に潜り込もうとするが、即座にガンダムアシュタロンは機首のノーズビーム砲を連射して追い払おうとする。

 リョウマ咄嗟にクロスボーンガンダムX1のビームシールドを展開してノーズビーム砲を弾き返す。

 反撃に逆のアトミックシザースを振るうガンダムアシュタロンだが、クロスボーンガンダムX1はその場で跳躍するように急上昇する。

 それに追い縋ろうとするガンダムアシュタロンだが、

 

「さすが先輩っ、わたしのやることをよく理解してます!」

 

 その直後、先程からガンダムアシュタロンを照準の中に合わせ続けていたコノミは、操縦桿のトリガーボタンを押し込む。

 同時に、ガンダムデュナメスバスタークのロングGNランチャーから高濃度の粒子ビームが放たれ、ガンダムアシュタロンの外殻装甲へ突き破ろうと照射される。

 しかしさすがの重装甲だけあって、ガンダムアシュタロン本体の撃破には至らなかったが、MA形態時の要となる外殻装甲を大破させる。

 

『クソっ、やりやがったな!』

 

 止む無くMS形態へ変形しようとするガンダムアシュタロンだが、上方からビームザンバーを振り下ろそうとするクロスボーンガンダムX1を捉えてしまった。

 悪あがきにビームサーベルを抜き放とうとするが既に遅く、ビームザンバーがガンダムアシュタロンを真っ二つに斬り裂いた。

 

 ガンダムアシュタロン、撃墜。

 

「ナイス狙撃だ、コノミちゃん」

 

「ふふんっ、わたしにかかればこのくらい、朝寝坊して慌てて食べる朝食くらいは簡単ですよ!」

 

 朝飯前、とまではいかないのだろうが、それにしては例えが具体的なようで微妙に分からない。

 

 さて残るは百錬のみで、早くも2対1と言う構図に持ち込むことが出来た。

 

『陽動と狙撃、確かに道理のある戦術だが……そんな道理、ワタシの無理でこじ開ける!!』

 

 すると、百錬は狙撃が行われた方向から即座にコノミの現在地を割り出したのか、そこへ向かって機体を加速させた。

 

「まずいっ、離れろコノミちゃん!狙われているぞ!」

 

「りょっ、了解!」

 

 コノミの方も百錬が急速に近付くのを感知して、その場からガンダムデュナメスバスタークを離脱させようとするが、

 

『二度目ましてだな、ガンダム!!』

 

 いつの間にか、コノミが離脱しようとしていた方向から百錬が回り込んで来ていた。

 

「はっ、速ぁ!?」

 

『抜刀ッ!!』

 

 瞬間、居合斬りを仕掛ける百錬。

 ガンダムデュナメスバスタークは咄嗟に左肩のGNシールドで機体を守るが、水を吸った紙のごとく破られてしまい、シールド内部のGNミサイルランチャーごと破壊される。

 

「ちょっやばっ!?先輩助けてくださーいっ!」

 

『抱き締めたいなガンダム!!まさに眠り姫のようだ……!』

 

 なおもコノミへ追撃を加えるべく踏み込もうとする百錬だが、

 

「させるかッ!」

 

 その側面から横槍を入れるようにクロスボーンガンダムX1が飛び掛かる。

 フット裏からヒートダガーの切っ先を覗かせ、蹴り飛ばすついでに叩き込もうとするが、百錬はその場から飛び退いて蹴りを躱す。

 

『何と言う僥倖……生き恥を晒した甲斐が、あったと言うもの!!』

 

「あんたの生き恥なんざ知ったことじゃないが……勝負なら受けて立つぞ」

 

『ならばっ、君の視線を釘付けにす……』

 

 そう言いかけたところで突然、クロスボーンガンダムX1と百錬の周囲に多方向からアラートが鳴り響く。

 

「んっ!?」

 

『なんとっ!?』

 

 示し合わせたかのように、両者はその場から飛び退いた。

 瞬間、その多方向から高出力のビームが放たれ、二機がいた地点を焼き払った。

 

「えっ、何っ、何がっ!?」

 

 コノミは慌てて周囲を見渡す。

 

 二人を取り囲んでいたのは、赤いファンネルの群れ。

 

「ファンネルだと?」

 

『ファンネルだとは……聞いていないぞガンダム!!』

 

「すまない、俺にも分からん」

 

 だが思い当たる節があるとすれば、とリョウマは周囲を警戒して、

 

 ――ちょうど、Ⅱネオ・ジオングのハルユニットが外壁を突き破ってきたのと同じ位置に、そのファンネルの持主が現れた。

 

 真紅の装甲に、人型としての形のない、各部にシーリングが施された大型の体躯。

 肩から広がる巨大なバインダーに、『C.A.』を捩ったマーキング。

 

「……バウンド・ドック、ガンダムグレモリーに引き続き、今度は『ナイチンゲール』か」

 

 リョウマはその巨駆の名を言い当てる。

 原典は小説版『逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン』もしくは『CCA-MSV』に登場する、シャア・アズナブルの専用機。

 

 長らく立体化が望まれて、昨今についにHGUC化を果たしたものの、あまりの人気であるが故に転売ヤーに目を付けられたのが、暗黒期の始まりであった。

 その悪影響により、ナイチンゲールのガンプラは全国の量販店やホビーショップから消滅し、フリマサイトで法外な価格と共に転売されているところしか見られなくなってしまい、全国のガンプラモデラー達は泣く泣く大金を転売ヤーに貢がざるを得なかった。

 これを機に、『転売ヤー絶許慈悲無』『転売ヤーに反省を促すダンス』『転売ヤー=死の商人』と言ったワードがSNS上では爆上し、各地の問屋に抵抗運動やカミソリ入りダイレクトメールなどが乱立、暴動にすら至った。

 挙句の果てには、ガンプラを買い占める転売ヤーが悪いのではなく、『たかが転売ヤーと言う煮ても焼いてもただの囮にすらなれないゴミクズ以下に買い占められたぐらいで品薄状態になるような生産ラインが悪い』と言う声さえ上がるようになった。

 少なくとも、EGやSDガンダムのガンプラがいつまでも売れ残る程度の余裕はあるし、一年も経てば生産数に対してどれほど売れたのかのデータは十分にあるはずなのだ。

 にも関わらず国内市場に動きらしい動きが無いと言うのは、やはりフリマサイトとの癒着と、海外輸出のことしか念頭に置かれていないのが透けて見えると言えよう。

 

 それはともかく(かんわきゅうだい)

 

 ナイチンゲールはファンネルを肩部バインダーのコンテナに呼び戻すと、やはりリョウマのクロスボーンガンダムX1へメガビームライフルを連射してくる。

 

「バトル中に乱入して俺を狙う……いい加減ワンパターンなんだよ」

 

 ライフルのサイズに見合った高出力のビームだが、リョウマはむしろ呆れるように躱してみせる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『ワタシの顔に泥を塗るか!!』

 

 せっかくのバトルを邪魔されてか、百錬はターゲットロックをナイチンゲールへと変更する。

 

「先輩先輩っ、なんですかあのチンゲは!?」

 

 再び遮蔽部に隠れ直したコノミからの通信。

 

「私の機体をチンゲと呼ぶのはやめてもらいたい。……じゃなくて、例によって例のごとくの乱入だよ。コノミちゃん、百錬よりもナイチンゲールを先にやるぞ」

 

「了解ですっ」

 

 そう返して狙撃の体勢にかかるガンダムデュナメスバスタークだが。

 ナイチンゲールは不意にメガビームライフルによる射撃を止めると、ガンダムデュナメスバスタークが隠れている方向へ向けて、胴体部のメガ粒子砲を照射した。

 

「うわわっ、なんでこっちに……!?」

 

 ビルを容易く貫通して見せる出力のメガ粒子砲に、コノミは慌てて飛び退き、その0.5秒後にガンダムデュナメスバスタークがいた地点を薙ぎ払った。

 

「無理せずに立ち回れコノミちゃん!」

 

 リョウマはウェポンセレクターからザンバスターを選択すると同時に連射、ナイチンゲールに接近を試みるが、ナイチンゲールはシールドでビームを防ぎつつも、再度ファンネルを展開、十基のファンネルが一斉にビームを放って接近を阻む。

 

「クッ……さすがに近付けないか」

 

 回避とビームシールドを駆使して直撃を防いでいくクロスボーンガンダムX1。

 

 ミアの百錬もまた、居合斬りの半身でナイチンゲールへの接近を試みる。

 ナイチンゲールはファンネルの一部を百錬に向けてビームを放つが、

 

『ワタシを斬り裂き、その手に勝利を掴んでみせろ!!』

 

 連射されるビームを前に、百錬はサムライブレードで斬り弾きながらも接近の足を止めない。

 接近を嫌ってか、ナイチンゲールはファンネルとメガビームライフルを撃ちながらも飛び下がるが、そこへリョウマのクロスボーンガンダムX1が回り込んで来る。

 

「お前には聞きたいことがある……撃墜しない程度に痛め付けてやるから、覚悟するんだな」

 

 ザンバスターとバルカン砲を連射しつつも、しかしナイチンゲールに接近戦は仕掛けない。

 あくまでも、ナイチンゲールをこの場に釘付けるのがリョウマの目的。

 ここでコロニーの外壁を突き破って宇宙へ出てしまったらナイチンゲールが有利になるからだ。

 故に、逃さない。

 

 ナイチンゲールはファンネルを二等分に割り当て、クロスボーンガンダムX1と百錬に五基ずつ差し向ける。

 十基のファンネルを緻密に制御しながらも百錬を近付けさせないように、なおかつクロスボーンガンダムX1を攻撃する。

 前後から挟まれた状態でここまで戦えるのだ、相当な実力者であることに疑いようはない。

 

「(強い……だが、だとしたら何故乱入行為などをする?)」

 

 こんな回りくどい真似などせず堂々とオンラインで入ってくればいいものを、とリョウマは呟くが、知ったことかと言わんばかりにナイチンゲールはさらに苛烈に攻撃を重ねてくる。

 

 ――そのファンネルの動きにどこか既視感を覚えるのは気のせいか――

 

 だが、不意に彼方から照射されたビームがファンネルのひとつを焼き払った。

 狙い撃つと言うよりは、ギロチンバーストのように一定方向にビームを照射しながら引っ掛けた、と言う方が正しい当て方だが。

 

「さすがにこれだけ遠くからなら、こっちまでは狙えませんしねっ」

 

 それは、コノミのガンダムデュナメスバスタークによる、長距離砲撃。

 ナイチンゲールに当てるよりも、ファンネルの数を減らすことを念頭に置いた狙撃だ。

 

 不意にファンネルを破壊されたことで、残り九基のファンネルが、ファイターの動揺によって動きが鈍る。

 

『隙ありィッ!!』

 

 瞬間、ミアの百錬はサムライブレードを一閃、動きの鈍ったファンネルのひとつを真っ二つに斬り捨てる。

 

「捉えた!」

 

 リョウマのクロスボーンガンダムX1も、瞬時にザンバスターを発射、ファンネルを撃ち抜く。

 

 この間、わずか七秒でファンネルを三基も失ったナイチンゲールは、メガ粒子砲を明後日の方向に照射、さらにメガビームライフルとファンネルの射撃も合わせて、内側からメーティスの外壁まで貫通させた。

 コロニーに穴が空いたことで漏れ出るエアーと共に宇宙空間へ移動するつもりらしい。

 

「はいその瞬間待ってましたーっ!」

 

 コノミはすかさずターゲットロックを合わせ直し、ナイチンゲールの背後へ合わせて、ロングGNランチャーを放った。

 迫る粒子ビームに、ナイチンゲールは機体を翻して躱そうとするものの、大気の流れによって挙動が鈍り、さらに元々の巨体が災いして、直撃こそ避けられたものの、右のバインダーを撃ち抜かれてバランスを崩す。

 

「逃がすか!」

 

 追撃にかかったリョウマは、クロスボーンガンダムX1のフロントスカートからシザーアンカーを二基とも射出、ナイチンゲールのリアスカートと左肩に咬み付いた。

 

「その上から……こうだ!」

 

 放たれた二本のワイヤーをマニピュレーターで掴んで引っ張り上げ、ナイチンゲールを拘束させつつザンバスターを連射、次々にナイチンゲールの装甲を撃ち抜いていく。

 コクピットへの直撃を避けるのは、戦闘力を奪い、相手ファイターにこれまでの乱入について問い質すため。

 

 ――だがリョウマのその個人的な事情を、ミアまでもが汲み取ってくれるわけではなかった――

 

『何をしている少年!!勝負なら受けて立つと言ったのは、君のはずだ!!』

 

 拘束と被弾によって弱っていくナイチンゲールに、百錬はやはり半身の姿勢のまま急速接近。

 

「あっ、ちょっと待ってくれ!そいつは……」

 

 隠し腕とビームサーベルを展開して迎え撃とうとするナイチンゲールだが、百錬は(リョウマの制止の声を聞きもせずに)一瞬でその懐へと飛び込み、

 

『人呼んで……ミアミア・スペシャル!!』

 

 目にも留まらぬ連撃が、ナイチンゲールの装甲を膾斬りにしていく。

 斬り終えた百錬はナイチンゲールの背後に降り立ち――キンッとサムライブレードを鞘へ納めると。

 

 ズルズルズルズルッ、とナイチンゲールは細切れにされて――派手に爆ぜ散った。

 

『つまらぬモノを斬ってしまった』

 

 ナイチンゲール、撃墜。

 

 

 

 バトルが終了したことでリザルト画面が流れ、ミアとの通信回線が切られる。

 

「あー、せっかく聞き出せると思ったのに……」

 

 ちゃんと事情を説明すれば良かった、とリョウマはガックリと肩を落とす。

 とは言え、あんな切った張ったの最中に「俺はあのナイチンゲールに聞きたいことがあるから、撃墜しないでくれ」と伝える余裕など無かったのだが。

 

「お疲れ様です先輩。って言っても、なんか変なことになっちゃいましたけど」

 

 隣の筐体から、コノミが顔を覗かせる。

 本来なら、百錬とその僚機のガンダムアシュタロンと戦うだけのバトルであったが、そこへあのナイチンゲールが乱入してきたことで、勝敗そのものは有耶無耶になってしまった。

 

「……まぁ、いいか。じゃ、気を取り直してもう一度やるか」

 

「はーいっ」

 

 再びガンプラを読み込ませて、オンラインマッチングへ。

 

 

 

 それからもう二回ほどバトルを行ったものの、ナイチンゲールによる乱入は来ず、普通に戦って勝っただけだった。

 さすがにコノミも疲れてきたのを見計らって、今日のところはお開きだ。

 ゲームセンターを出れば、辺りは茜色に染められた夕暮れになっていた。

 

「もう夕方なんですねぇ……時間経つの早過ぎです」

 

「なんだかんだ言って色々見て回ったからな」

 

 そろそろ帰るか、とリョウマが言えば、少々不満そうながらもコノミも頷いてくれた。

 

 駅に着くまでの帰り道、コノミの方から話しかけてきた。

 

「結局、あの乱入は何だったんでしょう?」

 

「さぁな……だが分かることがあるとすれば、乱入なんて真似をする必要がないくらい、奴は十分以上に強いことは確かだ」

 

 バウンド・ドックもガンダムグレモリーも、そして今回のナイチンゲールも、完成度は非常に高いものであったし、扱いの難しい機体を自在に振り回せるほどの操縦技術もある。

 

「うーん……敢えて乱入することで、自力で俺TUEEEEEをやりたいとかでしょうか?」

 

「チートに頼るとかならまだしも、純粋な実力でそれをやろうとしてるなら、茨の道だな……」

 

 そうは言うリョウマだが。

 

「(正面から堂々と、じゃなくて乱入をしてくる……それも、俺が消耗するのを見計らったようなタイミングばかりだ。だとしたら奴の狙いはやはり俺で、ガンプラを次々に変えるのも俺に対策を取られないようにするためで……どこまで俺に執着するつもりだ?)」

 

 これ以上の被害が出るようなら、一度シミュレーターのメーカーや警察に相談するべきだな、と結論づける。

 

「そう言えば、あのミアって人、完全にグラハム・エーカーになりきってたな」

 

 話題を逸らそうと、リョウマは今日の一際強いインパクトのあった相手――イツヅキ・ミアの百錬を思い出す。

 

「そうそう。一期のハム先生だったり、ミスターブシドーだったり、劇場版だったり、忙しい人でしたねぇ」

 

 よっぽどグラハム・エーカーが好きなんですね、とコノミは笑っているが、

 

「(あれ?イツヅキ・ミア……ミアミア・スペシャル……ミスターブシドーの同人誌……Miamia……)」

 

 思い返してみれば、コノミが購入した同人誌の内容とその作者名と、イツヅキ・ミアと言う名前に、グラハム・エーカーのモノマネの数々……

 

「(いや、まさかな)」

 

 そもそも使用していたガンプラが百錬だったではないか。

 至りかけたその答えは出さないことにして、駅が見えてきたので切符を買うために財布を鞄から手繰り寄せる。

 

 

 

 自宅の最寄り駅が同じなので、リョウマとコノミは降りた駅前で別れることになった。

 

「それじゃぁ先輩、今日はありがとうございましたっ!」

 

「俺も楽しかったよ、ありがとうコノミちゃん」

 

「ではでは、また学園か、『甘水処』で!」

 

 さようならですー、とぶんぶんと手を振ってくるコノミを見て小さく笑いながら、リョウマは自宅への帰路を辿った。

 

 

 

 

 

 やはり案の定と言うべきか、翌日の学園の玄関口付近で。

 

「リョォマァ!君と言う奴はァ!!」

 

 ハルタに胸ぐらを掴み上げられた。

 どうやら今度は、『昨日はリョウマとコノミがデートしていた』疑惑が出回ったようだ。

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 ハルタ「チサちゃんにシミズさんにカンザキガワ先輩にコノミちゃん……このリアルリア充!自爆スイッチを押せ!!」

 

 リョウマ「リアルリア充ってなんだよ。意味が重複してるぞ」

 

 ハルタ「何故学園が誇る美少女達はイケメンで成績が良くて、そして変態である俺様よりも!リョウマを選ぼうとするんだッ!?」

 

 リョウマ「変態なのが一番ダメな理由じゃないのか……?」

 

 ハルタ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

汚いカミーユ、もしくは若かりし頃のウルベ

 

 クッハハハハハ!こいつは傑作だ!有り得ん……有り得んなァ!!」

 

 リョウマ「ダメだこいつ早くなんとかしないと」



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9話 汚いカミーユ、もしくは若かりし頃のウルベ

 応募されたオリキャラ放出はこれで最後になります。


 リンとのデート(他人視点)、コノミとのデート(コノミ視点)と来て、次に待ち受けていたのは、期末考査である。

 

 このテスト勉強及びテスト期間中は、リョウマとコノミは『甘水処』のバイトには勤しむことはない。

 

「勉強会、しよっか」

 

 チサのこの発言が始まりであった。

 

「ありがとう。四月の範囲がわからないから、チサちゃんに教えてもらおうと思ってたの」

 

 とは言え、五月半ばに越してきたミヤビはそれ以前の授業範囲を知らないのでそこを教えると言う意味合いが強いのだが。

 

「ミヤビちゃんに四月の範囲も教えようと思うんだけど、リョウくんも一緒に勉強会する?」

 

「そうさせてもらうか。場所は……学園の図書室は空いていないかもしれないし、学園近くの図書館にするか」

 

 集団で集中的に何かを取り組む際、個人宅だと余計なものも多いために集中出来ない可能性が高い、として図書館と言う場所を挙げるリョウマ。

 

「あそこの図書館だね。早速今日から始めようと思うんだけど、リョウくんとミヤビちゃんは大丈夫?」

 

 予定などは無いかと訊ねるチサ。

 

「私は大丈夫よ」

 

「この期間中は『甘水処』の勤務も無いし、俺も問題無しだ」

 

「お、勉強会かい?俺様も混ぜてもらおうかな」

 

 ふと、そこへ唐突にやって来るのはハルタ。

 リョウマはこの場にやって来たハルタの思惑を瞬時に読み取った。

 

「ハルタ。当たり前だが、お茶会をするわけじゃないからな?」

 

「当たり前だマイフレンド。この、緑乃愛のブレインと呼ばれる俺様も学生だからな、少しは真面目に勉強するさ」

 

「これで学年一位なんだから、世の中理不尽だよな」

 

 意外かもしれないが、ハルタは一年生の頃から常に成績は学年一位を保持し続けている。

 普段はナンパすることばかり考えているこの男のどこにそんな頭脳があるものか。

 

「チサ、ミヤビさん。このハルタ(アホ)も混ぜていいだろうか?」

 

 一応、リョウマは女子二人に確認を取る。

 

「うん、いいよー」

 

「えぇと……大丈夫?」

 

 チサは普通に頷き、反面ミヤビは少し苦笑している。

 

「大丈夫だよチサちゃん。ハルタくんが変なことをしたら、すぐにでもつまみ出すからね」

 

「そして、そのつまみ出す役割は俺に任せてもらおう」

 

 むしろチサもリョウマも、最初からハルタをつまみ出す気満々である。

 

「やれやれ、安定して信用が無いねぇ……」

 

 対するハルタは、自分の評価が想像以上に下回っていることに、少し肩を落としたのだった。

 

 

 

 放課後はチサとリョウマのプラン通り、学園から徒歩十分ほどの距離にある図書館に向かい、勉強会だ。

 広めの机の一角を占拠、念には念を押して、ハルタの隣にリョウマ、その向かいにチサが着くことに。リョウマの向かいがミヤビになるのだ。

 

「それじゃぁミヤビちゃん、四月の範囲から教えていくね」

 

「お願いします、チサちゃん先生」

 

 女子二人がノートと教科書を開くのを見て、リョウマとハルタの男子二人も同じように教科書とノートを開く。

 

「さて、真面目にやりますか……」

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 一時間が経過した頃。

 

「それで、ここは期末にも出すって宣言してるくらいだから、必ず押さえるポイントで……」

 

「うんうん……」

 

 チサとミヤビの小声と、ページをめくる音、ペンを走らせる音ぐらいの静音の中。

 不意に、リョウマは自分の左足をトントンと突かれる。

 左隣にいるハルタからの応答だ。

 集中している女子二人は、前にいる男子二人の様子には気付いていない。

 リョウマは目線だけをハルタに向けると、彼はノートの端を指す。

 

『新着情報アリ。後で付き合え』

 

 そう書かれていた。

 こくりと小さく是正して、リョウマは視線を自分のノートに戻した。

 

 

 

 時計が18時を指した時、チサのスマートフォンからヴァイブレーションが発された。

 終了時刻だ。

 

「はい、今日はここまででーす」

 

 チサの終了宣言により、今日の勉強会は終了。

 

「お疲れ様でーす、んぅ……っ」

 

 ミヤビも背伸びして、勉強道具を片づけていく。

 

「悪いチサ。今日はハルタと帰らせてもらう」

 

 リョウマは、先に要件をチサに伝える。

 

「ごめんねチサちゃん、今日はリョウマを借りるよ」

 

 ハルタも小さく会釈すると、パッと荷物を纏めた。

 

「うん、また明日ねー」

 

「オウサカくん、ナガイくん、またね」

 

 女子二人に見送られつつ、リョウマとハルタは足早に図書館を後にしていった。

 

 すぐに人気の無いところに移動してから、リョウマは早速用件を訊ねる。

 

「それで、新着情報って言うのは?」

 

「とりあえずこれを見てくれ」

 

 ハルタはスマートフォンを操作して、編集した画像を見せる。

 画面には多数の写真が貼り付けられており、いずれもバトルシミュレーター上、それも乱入者に敗北したのか、溶かされて原型を留めていない。

 

「なぁリョウマ。この画像を見て、何か気付かないかい?」

 

「何かって……」

 

 リョウマは画像を注視する。

 原型を留めていないとは言え、元は何のガンプラだったのかは読み取れる。

 いずれも、1/144スケールとしてはやや小柄で、背部の十字型のスラスターを持ち、

 

「ッ!!」

 

 ゾワッ、とリョウマは背中が粟立つのを感じた。

 

「気付いたようだね」

 

 そのリョウマの様子から、理解したようだとハルタは頷いた。

 

「これ、まさか……『全部クロスボーンガンダム』か?」

 

「ご明察だ。バウンド・ドックやガンダムグレモリーだった時の被害も、全てクロスボーンガンダム系のガンプラだった。……リョウマが狙われているのは分かっていたけど、まさか『クロスボーンガンダムだけを狙って乱入している』とは思わなかった。俺様としたことが、こんな単純な仕組みにも気づかなかったよ」

 

 まるで『イノベイド』の判別方法みたいだ、とハルタは嘆息ついた。

 

「確かに俺はクロスボーンガンダムをよくバトルに使っているが……だからといって、これはあまりにも無茶苦茶だ」

 

「つまり、クロスボーンガンダムを使わなければ乱入されることは無いってことだろうし、逆に言えば……『クロスボーンガンダムを使えば意図的に乱入を誘発出来る』ってことだろうね」

 

 ハルタはニヤリと口角を歪めた。

 

「リョウマがX1を使った上でバトルをすれば、乱入者を燻り出せると思うんだが、どうだろう?」

 

「なるほど、ノコノコやって来たところを捕まえられると言うわけか」

 

 これまでは乱入されてから対応するばかりであったが、ここからは『乱入されるのを待ち構える』ことが出来る。

 その乱入のトリガーがクロスボーンガンダムのガンプラだとするならば。

 

「リョウマ、今X1はあるかい?」

 

「ある。……やるか?」

 

「何のためにチサちゃんやシミズさんを除いて呼び出したと思っているんだい」

 

 スッ、とハルタはガンプラのケースを覗かせた。用意周到な男である。

 

 

 

 駅近くのデパート内に併設されているゲームコーナーに足を向けた二人は、オフラインマッチングを行い、1on1を選択する。

 

「乱入者に怪しまれないように、最初は普通にバトルしているフリをしておこうか」

 

「了解だ」

 

 リョウマとハルタの一騎打ち……と見せ掛けた協力プレイである。

 

「準備はいいかい、リョウマ」

 

「いつでも……」

 

 ランダムステージセレクトは『コンペイトウ暗礁宙域』

 

 原典は『ファースト』からで、ジオンの要塞ソロモンが陥落した後、制圧した連邦軍によって名付けられた名称が『コンペイトウ』である。

 ここで現れるのはララァ・スンのエルメスであり、ビットによる超長距離射撃によって連邦軍の艦船やMSを次々に撃墜、(一般パイロットからして)どこから放たれたかも分からないビーム攻撃を放つことから、連邦軍に『ソロモンの亡霊』と恐れられた。

 ソーラ・レイによって灼かれたソロモン(コンペイトウ)の破片や、エルメスが撃墜した艦船やMSの残骸が漂うこの場所は、まるで宇宙の墓場だ。

 

「……いいね、正体不明の敵と遭遇するんだ。このシチュエーションはマッチしている」

 

「やめろ、意味も無くフラグを立てるな」

 

 軽口を叩きあって緊張をほぐして、出撃だ。

 

「オウサカ・リョウマ、クロスボーンガンダムX1、出撃ぞ!」

 

「ナガイ・ハルタ、ガンダムキマリス、俺様見参!」

 

 

 

 出撃してすぐにリョウマは、グングニールを構えながら突進してくるガンダムキマリスの姿を視認する。

 

「対処しているフリ、出来るだろ?」

 

「まぁな」

 

 ガンダムキマリスはかなりの速度が出ているが、長距離から真っ直ぐ突っ込んで来るだけだ、リョウマの操縦技術なら楽に避けられる。

 そして、対処する素振りを見せるために、散発的にバスターガンで反撃するが、それはガンダムキマリスのナノラミネートアーマーによって弾かれる。

 

 それを何度か繰り返したところで、事は動いた。

 

 不意に、遥か彼方からガンプラが出撃するためのゲートが現れた。

 

 ゲートから放たれてくるのは、漆黒の装甲と、その内側に輝く黄金色のフレーム。

 背部には一対の巨大な鎌のような形状をしたバックパック。

 右腕の関節だけは金色ではないが、代わりに三本の突起物を内蔵した盾を持っている。

 

「今度はゴールドフレーム天か……バリエーション豊富だな」

 

 その機体――『アストレイゴールドフレーム天』を見て皮肉げに呟くリョウマだが、即座にビームザンバーとバスターガンを連結させてザンバスターを組み上げる。

 

「金枠天か。ちょいと面倒な相手になるね」

 

 突進から反転してきたハルタのガンダムキマリスも、その黒金色の姿を確認する。

 

 原典は『SEED ASTRAY』で、ヘリオポリスで極秘に開発されていた"プロト01"と呼称されていたアストレイシリーズの一機。

 

 ジャンク屋のロウ・ギュールがヘリオポリスに訪れた時には右腕しか発見されなかったが、後に『右腕のないゴールドフレーム』と対峙した際は、左腕にデュエルガンダム用のレールバズーカ『ゲイボルグ』を担いだ姿であった。

 

 ロウ達が地球に降下してからは、ブリッツガンダムの右腕と、その攻盾システム『トリケロス』(後に改となる)とミラージュコロイドシステムを装備、さらに外装を黒く塗装された姿でギガフロートへ襲撃を行い、最終的には背部コネクタに特殊装備『マガノイクタチ』を搭載した"完成体"でロウのアストレイレッドフレームを翻弄するが、叢雲劾のアストレイブルーフレームセカンドLが援護に現れて形勢を逆転され、ロウが見逃したところを背後から襲うもののそれも失敗し、即座に劾によってコクピットを破壊され、パイロットであったロンド・ギナ・サハクは戦死する。

 

 この後破損したゴールドフレーム天は、ギナの姉であるロンド・ミナ・サハクによって再改修を受けて『天ミナ』となる。

 

 続々編である『天空の皇女』では、ミナの養女として選ばれた風花・アシャーが受領、外装を白銀色に塗装されて『天ハナ』と改名、小破した際にレアメタルΩを使用して改修された『天ハナ改』に、さらに風花が強引にサハク家当主の座を戴いて即座にラス・ウィンスレットが風花の養女として機体を受領した際に、ミナの命名により『アマテラス』と名付けられ、『アストレイゴールドフレームアマテラス』として再々度に生まれ変わり続けている。

 

 この暗礁地帯と、ミラージュコロイドを備えた機体との組み合わせは最高だ。

 遮蔽物であるデブリに紛れながら、時折ミラージュコロイドによるステルスアタックを仕掛けられるのだ。

 

 尤も、それと相対する側であるリョウマとハルタにとっては、これっぽっちも嬉しくないのだが。

 

『ふむ、この状況は……そこのクロスボーンとキマリス。君達が私の相手か?』

 

 すると予想外にも、相手の方から広域通信が発された。

 

「(通信?……俺達の思惑が読まれているのか?)」

 

 相手からの通信と言う、これまでにない状況にリョウマは少しだけ認識を改めつつも、強気を演じて応じる。

 

「そうさ。お前のお望みの相手の、オウサカ・リョウマだ」

 

『ご丁寧なものだな。私は『ゲンドウ・ミナル』だ』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 モニター越しに見えるのは、ロンド・ギナにそっくりな男性。

 サハク家特有の衣装ではなく、スーツ姿なのが異なる点を除けば、まさに本人と見まごうレベルの類似だ。

 

 リョウマが敢えて名乗り出ている間に、ハルタはガンダムキマリスをデブリに紛れさせながら迂回して様子を窺う。

 隙あらば、死角から仕掛けられるように。

 

「お前は俺のことが大層気に入らないらしいが……だからといって、その他大勢の人間を巻き込んでまで行うことか!?」

 

『……何を言っている。私はオウサカ・リョウマの名など知らんのだが?』

 

「あくまで白を切るつもりか。乱入しておきながらよくも口から出任せが出るな……!」

 

 ギチッ、とリョウマは自分の奥歯を軋ませた。

 ただ一人を貶めたいがために、どれだけのクロスボーンガンダム使いが悲しみ涙を飲んだことか。

 だからこそ、この男はここで徹底的に心をへし折ってやらねばならない。

 

「ならここで教えてやるよ。お前が俺を倒すなど、それこそ十年早いってな!」

 

 クロスボーンガンダムX1は迷いなくザンバスターのトリガーを引き、アストレイゴールドフレーム天のバイタルバートを正確に狙う。

 対するアストレイゴールドフレーム天は、マガノイクタチを翻してビームを避ける。

 

『何を勘違いをしているかは知らんが……私の筋書き通りに、散れ!』

 

 瞬時、トリケロス改に内蔵された高エネルギービームライフルを撃ち返してくる。

 リョウマは操縦桿を捻ってビームを躱し、迂回するように加速しながら距離を詰めに行く。

 ちょうど、その反対サイドから回り込んでいるハルタのガンダムキマリスと合わせるように。

 クロスボーンガンダムX1は中距離からザンバスターを連射して牽制、アストレイゴールドフレーム天の挙動を誘導する。

 

「ハルタ!」

 

「了解、巻き込まれるなよ」

 

 ザンバスターと高エネルギービームライフルの交錯が数度繰り返された時、頃合いとばかりガンダムキマリスがサラミスの残骸の陰から飛び出した。

 グングニールの切っ先を向けて、アストレイゴールドフレーム天の死角目掛けて突撃。

 

『フン、死角からであろうと来ると分かればな』

 

 対するアストレイゴールドフレーム天は見向きもせずにガンダムキマリスの突進を身を翻すように躱した。

 

「どうかな?」

 

 が、突進を躱されるや否や、ハルタは左の操縦桿を引き倒す。

 すると、ガンダムキマリスの右半分のスラスターが沈黙し、左半分だけの推進力に加えて、肩部のバインダーによるAMBACが加われば、

 

 ガンダムキマリスは『ほぼ減速無しで』流れるようにぐるんと反転、回避したばかりのアストレイゴールドフレーム天へすぐさま肉迫する。

 

『ぬっ?』

 

 しかしミナルの反応も早い、マガノイクタチを振るって姿勢制御して再度の突進も避けてみせる。

 一度、二度と突進が行われれば、その間にリョウマのクロスボーンガンダムX1も次の動きに出ている。

 

「今だッ」

 

 ザンバスターからビームザンバーを抜き放ち、一気にアストレイゴールドフレーム天へ迫る。

 瞬間、アストレイゴールドフレーム天はトリケロス改からビームサーベルを発振させ、振り抜かれるビームザンバーと打ち合う。

 

『ならば、これはどうだ』

 

 ビームザンバーを弾き返して距離を取ると、突然アストレイゴールドフレーム天は溶け込むように『消えた』。

 ミラージュコロイドによるステルス機能だ。

 

「その弱点くらい理解している!」

 

 リョウマはクロスボーンガンダムX1を飛び下がらせつつ、アストレイゴールドフレーム天が消えた位置を中心にバルカン砲をばら撒く。

 ついでにガンダムキマリスもグングニールの120mm砲を連射して援護してくれる。

 広範囲に渡る銃弾に炙り出されて、アストレイゴールドフレーム天はトリケロス改で機体を守りながら姿を現した。

 

『やってくれるな……』

 

 ミラージュコロイドは強力だが、効果発動中はPS装甲が使えない、再発動までに時間がかかる、と言った欠点も含まれている。

 

「切り札の使い所を間違えたようだな……仕留める!」

 

 勝負所だと見て、リョウマはクロスボーンガンダムX1を再加速させて突撃する。

 だが、そこでハルタは待ったをかけた。

 

「待てリョウマッ、近付くな!」

 

 しかしその制止は既に遅く、怒りで視野狭窄に陥っていたリョウマは、その"罠"に足を踏み入れてしまった。

 

 不意にリョウマのコンソールに、明後日の方向からアラートが反応する。

 

「っ!?」

 

 クロスボーンガンダムX1の懐へと忍び寄っていたのは、ワイヤーに繋がれた一対のブレード。

 マガノイクタチの武装のひとつである、『マガノシラホコ』だ。

 どうやらミラージュコロイドで姿を消していた僅かな時間の内に展開し、リョウマ(もしくはハルタ)が接近して来たところに不意打ちをするつもりだったらしい。

 

「(間に合えっ!)」

 

 リョウマは即座にウェポンセレクターを開き、ビームシールドをダブルセレクト、両腕にビームシールドを発生させる。

 左側は辛うじて間に合ってマガノシラホコを弾き返したが、右側は僅かに間に合わなかった。

 

 マガノシラホコの刃が、クロスボーンガンダムX1の脇腹に突き刺さった。

 

「リョウマッ!!」

 

 

 

 リョウマ・ハルタのコンビと、ミナルのアストレイゴールドフレーム天とのバトル。

 それを遥か遠くのサラミスの残骸から傍観している者がいた。

 

 あのアストレイゴールドフレーム天が『迷い込んで来た』のは想定外だったが、これは利用できる。

 

 クロスボーンガンダムX1とガンダムキマリスは、アストレイゴールドフレーム天の乱入を捕捉するなり、即座に共闘を始めたところ、あのアストレイゴールドフレーム天の乱入を自分のことだろうと勘違いしているようだ。

 

 そしてアストレイゴールドフレーム天の方も、二対一ながら善戦しており、着実にクロスボーンガンダムX1を消耗させている。

 

 このまま撃墜してくれるなら最上、最低でも無駄弾を使わせるだけでも良し。

 

 すると、アストレイゴールドフレーム天はマガノイクタチからマガノシラホコを射出、クロスボーンガンダムX1を挟み込み――右のマガノシラホコがその脇腹へ突き刺さったのを見て、男は溜息をついた。

 

 それは、アストレイゴールドフレーム天への失望だった。

 

 少しくらいは消耗させてほしいところだったが、期待外れだったようだ。

 

 偶然とは言え元より捨て駒にするつもりだったのだ、捨て駒に結果を期待する方が悪いだろう。

 

 まぁ全くの無駄にはならなかっただけ良しとしよう、と。

 

 残骸の中に隠している機体の"ツインドライヴ"を起動させた。

 

 

 

 マガノシラホコの刃が、クロスボーンガンダムX1の脇腹に突き刺さった……が、そこまでだった。

 クロスボーンガンダムX1のコクピットブロックは胸部のホリゾンタルボディの中。

 つまるところ、ビームシールドの展開とA.B.C.マントによってワイヤーの動きを阻害したことで、マガノシラホコはそれよりも先に進まず、コクピットまで届かなかったのだ。

 

「あー……っぶねぇ、なァッ!!」

 

 両方のビームシールドを消し、ビームザンバーを手放してマガノシラホコのワイヤーを掴み、ブレードを脇腹から引き脱いたクロスボーンガンダムX1は、力任せにマガノシラホコをアストレイゴールドフレーム天ごと引き込んだ。

 

『ぬぉっ!?』

 

 仕留めたはずの相手がまだ生きていたことに、ミナルは一瞬操縦を止めてしまう。

 

「喰らっとけ!」

 

 引き込んだところに、クロスボーンガンダムX1は左腕からブランドマーカーを展開、アストレイゴールドフレーム天の頭部を殴るように焼き潰した。

 

『チッ、興が削がれた……』

 

 ミナルは吐き捨てるように呟くと、アストレイゴールドフレーム天はその場で回し蹴りを放ち、クロスボーンガンダムX1を蹴り飛ばすと同時に、掴まれている方のマガノシラホコのワイヤーをマガノイクタチから切り離す。

 

『私の筋書き通りにならぬ戦いなどくだらん』

 

 すると、突如としてリョウマとハルタのモニターに『WIN!!』のテロップが表示された。

 

「何っ……どう言うことだ?」

 

 不可解な勝利にリョウマは目を細めたが、ハルタがその理由を答えてくれた。

 

「あちらさん、自分から勝手にリタイアしたようだね」

 

「……奴はまだ十分勝ちの目が残っていたはず。それにしてはあまりにも早いリタイアだ」

 

 筋書き通りにならぬ戦いなどくだらん、などと聞こえていたが、まさか一から十まで想定通りに事が進むとでも思っていたのだろうか。

 

「いや、だとしたらこれまでのバトルだって、もっと早くリタイアしていたはずで……」

 

 リョウマがそこまで言いかけた時、不意にアラートが鳴り響き、同時にハルタのガンダムキマリスがそこへ割り込む。

 

 ――瞬間、高エネルギー体が彼方から放たれ、ガンダムキマリスの突き出した左肩に直撃するが、ナノラミネートアーマーの恩恵によって弾き返された。

 

「……リョウマ。どうやら第二ラウンドのようだ」

 

 神妙な声のハルタに、リョウマは半ば反射的にクロスボーンガンダムX1を身構え直させ、その方向を見やる。

 

 そこへ現れるのは、白を基調に青やダークブルーで塗装された、ダブルオーガンダムの改造機らしきガンプラ。

 両手にビームライフルを備え、太陽炉の部分にはフリーダムガンダムのような青い翼が生え、肘と脛にはさらに装甲が取り付けられている。

 

「なんだこいつは……?」

 

 これまでに類の見ないガンプラに、リョウマは緊張の糸を強く張り詰めた。

 ロックオンマーカーが示す機体銘は『ガンダムダブルオースカイメビウス』と表示されている。

 

「まさか、さっきのゴールドフレームは人違い、と言うか乱入違いで……本命はこっちか?」

 

「さぁね……だが、気を抜いていい相手でも無さそうだ」

 

 ハルタはガンダムキマリスのグングニールを構え直させて、ガンダムダブルオースカイメビウスなる機体と対峙する。

 すると唐突に、ガンダムダブルオースカイメビウスは両手のビームライフルを連射し、その狙いはやはりクロスボーンガンダムX1だ。

 

「やはりそうかっ」

 

 リョウマは操縦桿を捻り返してビームを避けつつ、回避行動に専念する。

 その間にも、ガンダムキマリスがグングニールを構えてガンダムダブルオースカイメビウス目掛けて突進を開始する。

 突進しながらも120mm砲を連射させて動きを阻害、誘導させ、その誘導先へガンダムキマリスを回り込ませていく。

 

「俺様の相手もしてもらおうか!」

 

 間合いに踏み込んだと見て、ハルタは操縦桿を押し出してガンダムキマリスを急加速させた。

 対するガンダムダブルオースカイメビウスは左腕のガードからビームシールドらしき光波体を発生させて防御の構えを取り――グングニールの切っ先とが激突した。

 だが、頑強かつ鋭利な大槍であるグングニールと、それを振るうガンダムキマリスのパワーを防ぎ切れるはずもなかったが、大した損傷もなくただ吹き飛ばしただけだった。

 

「ちっ、上手い具合に受け流したか」

 

 手応えの無さにハルタは舌打ちした。

 光波シールドで一瞬でも阻害し、その止めたほんの僅かな間で受け流しの体勢を取っていたのだ。

 吹き飛んだガンダムダブルオースカイメビウスへ追い打ちを掛けるのはリョウマのクロスボーンガンダムX1。

 

「脇腹に一撃もらったが……問題ない!」

 

 ザンバスターとバルカン砲を連射しながらも、ガンダムダブルオースカイメビウスへと接近を試みる。

 ガンダムダブルオースカイメビウスは姿勢制御と共にザンバスターからのビームを躱しつつ、左翼からレーザー対艦刀を抜き放ち、クロスボーンガンダムX1を迎え撃つ。

 リョウマはウェポンセレクターを回してビームザンバーを選択、振り下ろされるレーザー対艦刀をそれで打ち付ける。

 ビームの出力がかなり高いのか、ビームザンバーと鍔迫り合いになろうともビーム刃がパワー負けしていない。

 

「そこ!」

 

 鍔迫り合う両者の側面から、ハルタのガンダムキマリスが120mm砲を連射、リョウマを援護しようとするが、ガンダムダブルオースカイメビウスは強引にビームザンバーを弾き返して、グングニールからの銃弾を躱す。

 

「逃がすか!」

 

 即座、クロスボーンガンダムX1はビームザンバーを投げ付けた。

 当然、ガンダムダブルオースカイメビウスはレーザー対艦刀で斬り弾き、ビームザンバーは明後日の方向に飛ばされてしまうが、リョウマは続いてウェポンセレクターからシザーアンカーを選択、飛ばされたビームザンバーの柄を掴むと、強引に振り回して鎖鎌のごとく振るうクロスボーンガンダムX1。

 ワイヤー越しのビームザンバーの一撃もレーザー対艦刀で弾くガンダムダブルオースカイメビウス。

 

「まだまだァ!」

 

 レーザー対艦刀を振るったために隙を見せたガンダムダブルオースカイメビウスに、クロスボーンガンダムX1は左手のバスターガンを連射しつつ距離を詰めていく。

 バスターガンのビーム弾を光波シールドで弾き返すガンダムダブルオースカイメビウスに、クロスボーンガンダムX1はシザーアンカーを巻き取って回収したビームザンバーを、全身で押し込むように突き込ませる。

 ビーム刃と光波体が互いに干渉しあい――突如としてクロスボーンガンダムX1はビームザンバーを手放して後方斜め上へバーニアを逆噴射させ、

 

「行けハルタ!」

 

「おうとも!」

 

 そのすぐ後ろに、グングニールを構えたガンダムキマリスが既に猛スピードで迫っていた。

 リョウマの回避がほんの僅かでも遅れていたら、グングニールの切っ先がクロスボーンガンダムX1を貫きかねないほどの際どいタイミングであった。

 

 結果、ガンダムダブルオースカイメビウスの右ドライヴユニットを、グングニールが貫き潰した。

 

 左右のバランスが乱れてガクリと体勢を崩すガンダムダブルオースカイメビウスに、リョウマはさらなる追い討ちをかける。

 左右のシザーアンカーを両方とも射出、それぞれガンダムダブルオースカイメビウスの左肩と右足に噛み付くと、ワイヤーを手に接近し、絡みつかせるように雁字搦めにしていく。

 なおも抵抗しようとするところへ、ガンダムキマリスが近付き、肩装甲の上部を開くと、その内側から円盤状の武装――『スラッシュディスク』を射出し、ガンダムダブルオースカイメビウスの腕関節へ突き刺さる。

 

「ついでにこれも如何かな?っと、リョウマ」

 

「問題ない」

 

 短いやり取りの後、ガンダムキマリスは頭部から砲弾を発射、ガンダムダブルオースカイメビウスの頭部にぶつかると、眩い光を撒き散らす。

 光量は凄まじく、辺り一帯を白に塗り潰すほどだが、ハルタ自身と、彼から一言受けていたリョウマは問題なく行動を続ける。

 シザーアンカーのワイヤーで雁字搦めにし、抵抗しようとすればハルタがそれを止め、ガンダムダブルオースカイメビウスを追い詰めていく。

 

「こんなもんだろう」

 

「念押しだ。頭部も潰しておくよ」

 

 ガンダムキマリスは一度グングニールを手離し、リアスカートからコンバットナイフを抜き、ガンダムダブルオースカイメビウスの背後から頭部を掴み上げると、首をかっ斬る。

 

「さて、聞かせてもらおうじゃないか」

 

 もはやまともに動くことも出来ないガンダムダブルオースカイメビウスに、クロスボーンガンダムX1はビームサーベルを抜き、アイドリングストップをかけた状態でバイタルバートをコンコンと突く。ボタンひとつで即座にコクピットを潰せるように。

 その上から羽交い締めするようにガンダムキマリスが控えている。

 

「接触通信だ、聞こえないとは言わせないぞ。何故、お前は俺を狙う?」

 

『………………』

 

 息遣いが聞こえているところ、AIによる無人機では無いようだ。

 

「俺を狙うためにその他大勢を巻き込み、挙げ句にウイルスまで植え付けてガンプラを壊す……あんた正気か?」

 

『…………』

 

 やはり黙りであるガンダムダブルオースカイメビウスのビルダー。

 

「黙ってないで、何か言えよ」

 

 脅すように、ビームサーベルで胸部のクリアパーツを溶かす。

 

『……』

 

 そこでハルタも口を挟む。

 

「ダメだねぇこいつは。ヒューマンデブリにすらなれない、見下げ果てたとびっっっきりの転売ヤー以下とはねぇ。無改造の高性能機ばかり使っているのも、きっとガンダム作品のガの字も知らない、「原作では強いみたいだからとりあえず使ってる」程度のにわか転売ヤーかねぇ」

 

 ニチャァ、と粘着物のように皮肉げに囁くハルタ。

 

『…………な』

 

 ふと、相手からの通信の声が微かに聞こえた。

 

『ふざけるな!!誰が転売ヤー以下だ!!この俺を!!そんなゴミクズ以下の連中と同じにするな!!』

 

 叫ぶような声は音が割れていて、声色がハッキリしていない。

 

「おっとと、もしかして日本語が分からないのかと思ったけど、日本語喋れるんだね?いやはや、これは失敬……」

 

 プークスクス、とさらに粘り気のある嗤いで挑発するハルタ。

 

「日本語が分かるなら話は早いな転売ヤー。俺に何の恨みがあってこんなことをしているんだ転売ヤー。俺のガンプラが欲しいなら製作代行くらい請け負ってやるぞ転売ヤー。ただし絶賛ぼったくり価格だぞ転売ヤー。まぁ転売で私腹肥やしてるから安いものだろうな転売ヤー」

 

 リョウマはこの瞬間で五回も「転売ヤー」呼ばわりした。

 

『お前は!!そうやってお前は!!この俺をバカにして!!足蹴にして!!踏み台にしていく!!』

 

「お前が誰かは知らないが、一度負けたくらいで喚くなよ。子どもか?」

 

『オウサカ・リョウマ!!いつか必ず!!お前を必ず俺の前に屈服させてや……』

 

「その前に、社会的に生きてればいいな?このバトルのログは各方面に提出させてもらうぞ。身に覚えがあるなら自首する準備でもしておいたらどうだ」

 

 それと、とリョウマはクロスボーンガンダムX1のビームサーベルの出力を上げた。

 

「俺に勝ちたいなら、まずはガンプラの転売から足を洗えよ、転売ヤー」

 

 ビーム刃はコクピットブロックを突き破り、さらに念入りに抉った。

 

 ガンダムダブルオースカイメビウス、撃墜。

 

 

 

 バトルが終了してリザルト画面をスキップさせ、リョウマはこのバトルに関する情報をすぐに公式サイトへ通報した。

 バトルの様子の動画もハルタが送信してくれたところで、ようやく一息つける。

 

「さて、と。もうこれで乱入事件も無くなるだろう」

 

 個人による犯罪行為だと分かれば、すぐにでも警察が動くだろう。

 そうなれば、乱入経路やその根本も場所を特定され、乱入者は拘束されるに違いない。

 

「……だと、いいけどね」

 

 しかしハルタの顔は険しいままだ。

 

「あれだけ高度なハッキングが出来るような男だ、そう簡単に捕まってくれるだろうかね」

 

「あの転売ヤーの身柄なんざどうだっていいが、最低でも警察が嗅ぎ回っている内は自由に身動き出来ないはずだ」

 

 乱入さえ無くなればいいんだからな、とリョウマはガンプラをケースに納めた。

 

「さて、テスト期間中なのに遊んでしまったんだ。さっさと帰って勉強し直すか」

 

「ま、今日のところはそうするとしようか」

 

 ハルタも自分のガンプラをケースにしまい、ゲームコーナーを後にした。

 

 

 

 それから、放課後は図書館でリョウマ、ミヤビ、チサ、ハルタの四人でテスト勉強をすることを数日。

 テスト勉強期間の後、数日のテスト本番を迎え、それも終了した頃。

 テスト終了のチャイムが鳴り響く頃、チサはミヤビを伴ってリョウマに声をかけてきた。

 

「ねぇリョウくん。来月にはGBフェスタが開催されるんだよね」

 

「そうだな。X1の改造プランだけはしっかりあるから、後は実行するだけだが……」

 

 そこへ、ミヤビも入ってくる。

 

「あのねオウサカくん。チサちゃんと話し合って決めたんだけど、私達もGBフェスタに参加しようと思うの」

 

「シミズさんと、チサも参加するのか?」

 

 リョウマはミヤビとチサの顔を見比べる。

 

「うん。だからね、夏休みが始まったらどこかでみんなで集まって、ガンプラの製作会みたいなのをやってもいいんじゃないかなって思うんだけど……リョウくんはどうかな」

 

 確か以前にも、チサは「大喬ガンダムアルテミーの塗装をしてみたい」と言っていた。

 テスト明けの今、それを試してみるのにちょうどいいのだろう。

 

「俺はいいと思うが、場所はどうするんだ?『甘水処』に製作スペースは無いし、だからといって近くのガンダムベースまで行くには遠いな」

 

 手頃な場所でそれなりに広い場所が無い、と言うリョウマだが、そこでチサはちょっと申し訳無さそうな顔をした。

 

「えぇと、場所なんだけど……その、リョウくんのお家じゃダメかな?」

 

「俺んち?いやダメじゃないが、部屋はそんなに広くないぞ?」

 

 二人入れるくらいなら問題ないが、少し手狭になるだろう。

 

「あれ?リョウくんのお部屋ってそんなに狭かったっけ?……だいぶ前に入ったっきりだから、よく覚えてないけど」

 

「小学……四年生くらいが最後だったか?七年も経てば身体も成長するしな」

 

 ふむ、と一思案してからリョウマは頷いた。

 

「まぁチサはともかく、シミズさんも良ければ、俺の部屋で製作会をしてもいいんだが」

 

「えっと、私は大丈夫だから……お邪魔してもいい?」

 

 少々躊躇いがちながら、ミヤビは許可を求めた。

 と、そこへ。

 

「あっ、いましたいましたっ。オウサカせんぱーい!!」

 

 廊下の方からやたらと音量の高い声が飛んできた。

 

「ん、この声はコノミちゃんか。悪い、呼ばれたから行ってくる」

 

 二人に一言断ってから、リョウマは周囲の(主に男子からの)視線を突き刺されながらも教室の出入り口へ向かう。

 ぶんぶんと手を振っているのはもちろんコノミだが、予想外にももう一人いた。

 

「どうも、リョウマくん」

 

 コノミの一歩後ろにいたのはリンだ。

 

「カンザキガワ先輩も?コノミちゃんとカンザキガワ先輩は、それぞれ別の用件ですか?」

 

 二人は偶然ここにいるだけで、用件はそれぞれ別にあるのかと思ったリョウマだが、それはリンによって否定された。

 

「うぅん、このコノミさんの話を聞いたところ、どうやら用件は同じみたいで、だったら二人一組と言うことにしようって」

 

「……えーっと。それで、用件って言うのはなんですか?」

 

 リンとコノミ、図らずも同じことを考えていたと言う。それが何なのかと言うと。

 

「キミが前に言ってた、アルトロンガンダムの改造のこと。ようやく形になって来たんだけど、一応見てもらいたくてね。テストも終わったことだから、ここで一度コンタクトを取ろうと思っていたんだ」

 

「わたしも似たようなことを考えてまして、デュナメスのことについてちょい相談をと。そしたら、噂の天才・カンザキガワ先輩とエンカウントしたということです!」

 

 つまり、コノミもリンも、チサやミヤビと同じことを考えていたと言うことらしい。

 リョウマは少しだけ考えると素振りを見せてから、「ちょっと待っててください」と告げてから一度教室内に戻り――ミヤビとチサを連れてきた。

 

「実は、こっちの二人も似たようなことを考えてまして、それを俺の自宅でやろうってことになってたんですが……」

 

「ふむふむ、美少女二人を自宅に連れ込んで……なるほど、どっちが本命か決めようって話だね」

 

 すると何故かリンがぶっ飛んだ方向に解釈した。

 

「か、彼女!?」

 

「ほ、本命!?」

 

 それを聞いてか、ミヤビとチサが頬を赤くして驚く。

 

「えぇっ、オウサカ先輩ってば、こんな美少女を二人も侍らせて……ずっこいです!わたしも混ぜてもらわないと、筋が通りません!」

 

 さらに話をややこしくするのはコノミ。

 

「ちょっと待った。どっちが本命とかそう言う話をするんじゃ無いんですよ。あ・く・ま・で、ガンプラのことです」

 

 色恋沙汰ではない、とリョウマは強調するのだが、

 

「ふむ。これは、私もリョウマくん略奪愛に参戦すべきかな」

 

 リンは至極真面目な顔で考え始めた。

 

「り、略奪愛……どうしようミヤビちゃん、わたし達、お昼の大人向けドラマみたいなことになっちゃう!?」

 

「や、やめてよそんな刺しつ刺されつみたいなのは……って言うか、何でそんな話になってるの!?」

 

 その上からチサとミヤビまで勘違いを始める始末だ。

 これは収拾つかなくなりそうだ、と冷静に見ていたリョウマだが、

 

 不意に、背後から悪寒を覚えた。

 

「…………リョウマ」

 

 悪寒の正体は、ハルタを始めとした男子達。

 皆が皆、眼窩に紅く光を灯しながらリョウマを捕捉している。

 

「(よし、逃げるか)」

 

 即断即決、リョウマは行動に出る。

 

「チサ、悪いが俺の鞄を頼む。それじゃ」

 

 それだけ告げて、脱兎のごとく駆け出した。

 

「待てリョウマァ!今日と言う今日こそは絶対に許さん!!」

 

「羨まんだよこの野郎!!」

 

「非モテ男子の恨み辛みを思い知れェ!!」

 

 廊下は走らないなんて誰が守るものかと言わんばかりに、リョウマはまさに鬼と化した男子連中を相手に、命懸けの鬼ごっこを開始する。

 

 製作会やら何やらの日程も考えないとなー、と考えつつ、リョウマは逃げる――。

 

 

 

【次回予告】

 

 リョウマ「さて、テスト返却も終わったことで、俺んちで製作会となるわけだが」

 

 ミヤビ「今日はお邪魔します、オウサカくん」

 

 チサ「どうぞどうぞ、ゆっくり寛いでもいいんだよー」

 

 コノミ「さてさて、先輩のえっちな本はどこに……」

 

 リン「定番はベッドの下だけど、引き出しの二重底の下もあり得るね。迂闊に触ると発火するかもしれないけど」

 

 リョウマ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

ビルド!ビルド!ビルド!

 

 あのすまん、ガンプラ製作に来たんだよな?」 

 



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10話 ビルド!ビルド!ビルド!

 テスト返却も終わり、滞りなく期末テストと言う学生の戦場も乗り越えた、その数日後。

 

「さて、こんなものだろう」

 

 隅々まで掃除の行き届いた部屋を見て、リョウマは満足げに頷いた。

 今日はミヤビ、チサ、コノミ、リンの四人が、ガンプラの製作会として、リョウマの自宅に訪問するのだ。

 

 血走った目のハルタ達の追手をどうにか躱し、チサに鞄を自宅まで送り届けてもらうと言う波乱のテスト明けを迎えた後、リョウマは四人の都合を擦り合わせつつ今回の製作会を開いた。

 幸い、両親は仕事の都合につき夜遅くの帰宅になるので、快く自宅を空けられた。

 

 換気のために開いていた窓を閉じてから、エアコンの冷房を点けて、部屋を冷やす。

 

 それから少しの時間が過ぎた頃、集合時間である10時に差し掛かろうとした時、インターホンが鳴らされた。

 

「っと、来たか」

 

 リビングのソファで寛ぎながら、冷やしたスポーツドリンクを一杯引っ掛けていたリョウマはコップの中を飲み干して跳ね起き、玄関口へ急ぐ。

 

 ドアを開けてやれば、やはりミヤビ、チサ、コノミ、リンの四人が待ってくれていた。

 

「おはよう、オウサカくん」

 

「リョウくんおはよー」

 

「おはようございます先輩!」

 

「ん、おはよう」

 

 ミヤビとチサは平常通り、コノミは元気よく、リンは少し眠そうに挨拶をしてくれた。

 

「おはよう。ま、広い家じゃないけど上がって上がって」

 

 リョウマは四人を招き入れる。

 

 余計な家探しはさせずに、真っ直ぐ自室へ。

 

「ここが、オウサカくんのお部屋……」

 

「うんうん、やっぱり昔と変わってないね」

 

 ミヤビとチサは普通の反応だが、

 

「先輩、えっちな本はどこにありますか?」

 

 コノミは堂々とそんなことを聞いてきたので「教えません」とだけ返した。そうだと思って自室ではない部屋に隠しているのだが。

 

「おぉ、何やら難しそうな道具や設備がたくさんあるね」

 

 リンはエアブラシのコンプレッサーや塗装ブースなどを興味深げに見ている。

 

「お茶用意してくるから、変なことしないでくれよ。特にコノミちゃん」

 

 まぁ本当に変なことにはならないだろう、きっとそうだろう、と言うかそうであってくれと願いつつ、リョウマはダイニングキッチンへ急ぐ。

 

 

 

 自分を含む五人分の麦茶を載せたお盆を手に、自室に戻ってきたリョウマ。

 コノミがあちこち探しているようなことがなかったことに安堵しつつ、「さてと」と頷く。

 

「俺にガンプラを見てほしいって言うのは、チサとコノミちゃん、それとカンザキガワ先輩でしたね?」

 

 ミヤビは今回、自分のガンダムAGE-2の改造は自力で行うつもりで、その用意も持ってきていると言う。

 チサ、コノミ、リンの中で最もガンプラ、と言うより模型に対する造詣が浅いのは、リンだ。

 

「それなら……まずはカンザキガワ先輩、次にチサ、その後でコノミちゃんの順番で行こうと思うんだけど、チサとコノミちゃんは、異論は?」

 

 そう言ったノウハウを持たないリンから優先しようと考えたリョウマは、後回しになる二人に異論は無いかと訊く。

 

「異議なーし」

 

「順番待ちですね、分かりました!」

 

 特に異論もなく、チサとコノミは承諾。

 リンと対面する形で座るリョウマ。

 

「リョウマくんの説明と、そのアルトロンガンダムを参考に出来るだけ再現してみたんだけど、どうかな」

 

 そう言ってリンは二つのアルトロンガンダムを取り出した。

 ひとつはリョウマが製作したものと、もうひとつはリン自身が作り上げたものだ。

 違う点があるとすれば、リンのアルトロンガンダムはまだ塗装が施されておらず、色分けの多くはシールに頼っているところだろう。

 

「これは……おぉ……うん、多少の違いはありますけど、ほぼ遜色ないですよ。初めてでここまで出来るって、誇張抜きにすごいですよ」

 

「良かった。リョウマくんに及第点を貰えたことだし、少しは自信がついたね」

 

 まぁそれは良いんだけど、とリンは話を続ける。

 

「そろそろ次の段階に進もうと思うんだ」

 

「次の段階ですか?」

 

「うん。これはあくまでも、『リョウマくんの真似』でしかないよね。次は、そうでない『自分だけのガンプラ』として完成させたいと思う」

 

 つまりリンは、自分だけのオリジナルガンプラを作りたいと言う。

 

「とは言え、自分がアルトロンガンダムをどうかしたいのかがまだ分からなくてね。リョウマくんなら、普通の状態からどう改造するのか、とかを訊きたい」

 

「そうですね……俺がアルトロンをバトルで使うとしたら、やっぱり中距離への射撃手段にに乏しい点を改善したいですね」

 

「やっぱりそうだね?ウイングガンダムのバスターライフルとかを持たせるとか、かな」

 

「ライフルを持たせるのもアリですけど、それだとドラゴンハングを咄嗟に使えないので、アルトロンの長所を少し削らなくちゃいけないんです」

 

 例えば、とリョウマは一度立ち上がり、自分のショーケースから『フリーダムガンダム』を取り出してくる。

 

「これはフリーダムガンダムって言うんですが、サイドスカートがレールガン、ウイングにビーム砲が二門ずつ搭載されているので、ライフルを使わなくても十分以上に射撃が出来るって機体なんです」

 

 やってみるなら、とリョウマは自分が製作したアルトロンガンダムを手に取ると、バックパックとサイドスカートを本体から取り外し、そこへフリーダムガンダムのパーツを取り付けた。

 

「これだけで、腕の自由度をそのままに、遠距離射撃も"一応"可能になります」

 

「んー?一見解決したように見えるけど、これだとツインビームトライデントが使えないよね?」

 

 リンが指摘したように、アルトロンガンダムのツインビームトライデントのマウント箇所は、ランダムバインダーに外付けされている。

 バックパックユニットを丸ごとフリーダムガンダムのモノにしているので、それがないのだ。

 

「それに、ちょっとって言うか、だいぶ重くなりそうだし」

 

「そう、それです。重くすると機体の加速にも影響するので、格闘戦を仕掛けにくくなるんですよ」

 

「一長一短ってヤツだね。ただ短所を補えばいいわけじゃないと」

 

「短所は短所として割り切って、長所を極限まで高めるって言うのも選択のひとつですけど、そこは先輩の采配次第ですね」

 

「難しいものだね」

 

 難しいと言うリンだが、表情がそれに出ていない。

 既に彼女の中では、大まかな完成形が見えているのだろう。

 

「ちょいと待っててくださいね」

 

 よっと、とリョウマは一度腰を上げると、棚からローラー付きの衣装ケースを引っ張り出してきた。

 蓋を開けると、その中にはケース内を埋め尽くすガンプラのパーツの数々。

 

「リョウマくん、これは何かな?」

 

「俺のジャンクパーツです。捨てるに捨てられないものですから、気に入ったものがあればあげますよ」

 

「いいの?これだって元々は、お金を払って買ったんじゃないの?」

 

「そうですけど、俺が持っててもいつ使うか分かりませんし。それなら、今すぐ使いたい人に譲る方が建設的ですから」

 

「ふむ。なら、お言葉に甘えようかな。何か使えそうなものがあったら、もらっていいかだけ訊くね」

 

「どうぞどうぞ」

 

 リョウマの了承を得てから、リンはジャンクパーツの山へ手を突っ込む。

 

「オウサカ先輩っ、あとでわたしにもマウンテンサイクルで採掘させてくださいっ」

 

 当然と言うべきか、コノミは挙手してジャンクパーツの採掘を希望する。 

 

「カンザキガワ先輩の気が済んでからな。えー、次はチサか」

 

 リンはしばらくジャンクパーツの採掘に時間がかかるだろう。

 その間にチサの大喬ガンダムアルテミーを見てやるか、とリョウマはその足でガンダムマーカーを収納しているペンケースを手に、チサの隣に移る。

 

「ほいお待たせ。とりあえず、俺が持ってるガンダムマーカーな」

 

「ありがとリョウくん。……って、けっこう色あるんだね?」

 

「単品じゃ売ってなくて、セットでしか無い色も揃えようと思ったら、けっこうな本数になってな」

 

「でもでも、これだけあったら困らないかな」

 

 それでね、とチサは持ち込んでいたトートバッグのボタンを開けて、大喬ガンダムアルテミーを取り出した。

 

「マーカーで塗装する時って、シールは剥がした方がいいのかな?」

 

「シールを貼るとどうしても段差が出来るし、塗装面とシールが混ぜこぜになると完成度にバラつきも出てくる。塗装するなら剥がした方がいいが、目の部分だけはシールのままの方がいい。さすがにこれを塗装で再現は難易度が高過ぎるからな」

 

「まずは目以外のシールからだね、よーし……」

 

 早速、大喬ガンダムアルテミーのシールを剥がしていくチサ。

 リョウマもそれに続いて、チサが手を付けていないパーツのシールを剥がしていく。

 

「リョウくんリョウくん、シールを剥がした跡が残っちゃうんだけど……これ、洗剤で洗ったら落ちるかな?」

 

「ついでに、お湯で流してパーツ表面の汚れや油分を落とすと、塗装が定着しやすくなるぞ。リビングのキッチンと布巾、使っていいからな」

 

「うん、ありがと」

 

 水道の使用許可を得て、チサはせっせとシール剥がし作業に勤しむ。

 

 目の部分以外のパーツのシール剥がしが終わるなり、チサは「じゃぁ水道借りるね」と、分解したパーツをパッケージの中に入れて部屋を後にしていく。

 

 それを見送れば、次はコノミの番だ。

 

「っと、最後に回して悪いなコノミちゃん」

 

「いえいえ、順番ですし。それにわたしは診てもらう側ですから、文句は言えませんよ」

 

 それじゃぁ早速、とコノミは自分の愛機であるガンダムデュナメスバスタークを見せる。

 

「デュナメスも今となっては古いキットだが……うん、基本工程はちゃんとこなせているし、オルトロスとザクウォーリアのシールドも、無理矢理感なく装備出来ているな。やはり実物をちゃんと目にしてこそだな」

 

「えへへ、昨夜の内に手直ししてきた甲斐がありましたっ」

 

 照れくさそうに小さく笑うコノミ。

 

「……昨夜の内に?コノミちゃん、それじゃ今日は俺にデュナメスを診てもらったあとはどうするんだ?」

 

 その手直しを今日ここでするんじゃなかったのか、とリョウマはコノミに訊ねる。

 

「………………ぁっ」

 

 しまった、とハッキリ顔に書かれているように口を開けてしまうコノミ。

 数秒ほど視線を左右させてから。

 

「……せ、先輩のえっちな本を探しに来まし、た?」

 

「俺のこの手が光って唸る。お前を倒せと輝き叫ぶ。必殺、シャイニングデコピン」

 

 リョウマは澱みなく右手をコノミの額に伸ばすと、(手加減した上で)鋭いデコピンをぶちかました。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ぁいだーっ!?」

 

「ガンダムファイト国際条約第一条」

 

「と、頭部を破壊した者は失格となる……」

 

「破壊された者、だな?」

 

 ガンダムファイト国際条約を微妙に言い換えて言及を逃れようとしたコノミだが、残念ながら原作知識に精通しているリョウマを誤魔化すことは出来なかった。

 

「か弱い乙女のおでこにデコピンをするなんて……暴力反対!男尊女卑!!バンデッド!!!」

 

「バンデッドて。そこまで言うか」

 

 コノミの猛抗議を受け流しつつ、リョウマは妥協案を提示する。

 

「じゃぁ、マウンテンサイクルの採掘してていいぞ」

 

「わーいっ♪」

 

 ジャンクパーツを発掘出来ると聞いて、コノミは一瞬で気持ちを切り替えてリンの向かい側に回り込む。

 

「カンザキガワ先輩、お邪魔しますねー」

 

「ん、どうぞ。……あぁそうだコノミさん、このパーツが何なのか知ってる?」

 

「あ、これはですね……」

 

 早速、和気藹藹と並んで発掘している先輩と後輩二人。案外波長が合うのかもしれない。

 

「さて、俺もX1の改造にかかるか……」

 

 そう呟いて、リョウマはクロスボーンガンダムX1のパッケージを取り出し開けて、その中からランナーから切り出された状態のパーツにヤスリがけをしていく。

 

 一方のミヤビは、プラ板から切り出してパーツをスクラッチで製作しているようだ。パーツ形状から見るに、ガンダムAGE-2の肩のウイングのようだ。

 

 しばらく静かな時間が流れた頃、ふとリョウマのスマートフォンから通話の着信を告げてきた。

 

「っと悪い、電話だ」

 

 リョウマはスマートフォンを手に取ると、一度部屋を出た。

 どうやら、アイカからの電話だ。

 

「(今から店番やってくれとか言うんじゃないだろうな)」

 

 今日の予定のことは、コノミも含めてアイカにも話しているので、今日は『甘水処』での勤務は空けてもらっているのだが、万が一と言うこともあり得る。

 内心警戒しつつも、声色は平静さを装いつつ、通話に応じた。

 

「私はネオ・ジオンのフル・フロンタル大佐だ、要求を聞こう」

 

『あぁリョウマ、アタシだ』

 

 しれっとスルーされた。

 それはさておきとして。

 

『今日はお前、家にいるんだったな?』

 

「あぁ、そうだが」

 

『今な、チサの知り合いの、カザマ・アヤナとか言うお嬢さんが店に来てな。何やらチサ経由でお前に用があるそうだ』

 

「カザマさんが、俺に用件?」

 

 何かあっただろうかと思考を回すが、思い当たる節はない。

 

『彼女か?』

 

「アホか。あとでちゃんとカザマさんに謝っておくんだぞ。それで、『甘水処』まで来いってことか?」

 

『イエスその通り。十分以内だ、レディをお待たせするんじゃないぞ』

 

「はいはい……」

 

 

 

 ダイニングキッチンでパーツ洗浄をしていたチサに留守番を頼んでから、リョウマは駆け足で『甘水処』へ急ぐ。

 気温も35℃はある中で走ろうものなら、数分で汗だくだ。

 帰ったらシャワー浴びないとな、と思いつつ『甘水処』の自動ドアを潜った。

 

「おわっ、十分どころか五分で来はりましたか?」

 

 出入り口付近のところで、赤茶けた二つ結びの髪を持った美少女――アヤナが待ってくれていた。

 

「はー、はー……ふ……おはようカザマさん。俺に用って言うのは?」

 

 呼吸を整えてから、リョウマはアヤナの用件を訊ねる。

 

「わざわざすいません。オウサカはんがここでバイトしてるってチサはんから聞きまして、ガンプラについて相談しよ思とったんですが、今日は休みって店長はんに言われたんです。ほな日を改めよう思うたんですけど……」

 

「「今すぐ呼んでやるから少し待ってなさい」って言われたんだな?」

 

 全くあの人は……、とレジカウンターの向こう側で知らんぷりしているアイカを横目で睨むリョウマ。

 

「都合悪いんでしたら、また今度でえぇんですよ?」

 

「いや、都合の良し悪しなら……どうだろう、俺はともかく、他が分からないな」

 

 ちょっと待ってくれ、とリョウマは今度はチサに電話をかける。

 数秒のコールの後、

 

『あ、もしもし?オウサカくん?』

 

 何故かミヤビが通話に出てきた。

 

「ん?シミズさん?チサはどうしたんだ?」

 

『ごめんなさい、チサちゃんは今ちょっと電話に出られなくて……あ、大したことじゃないのよ?』

 

「そうか。それで……シミズさん。今、『甘水処』でカザマさんといるんだが、製作会に彼女も混ぜてやっていいだろうか?」

 

『カザマさんが?』

 

「なんでも、俺にガンプラのことで相談があってのことなんだが、『甘水処』で長居するわけにもいかないしと思ってな。他の人にも訊いてくれるか?」

 

『わ、分かった……一旦、保留するわね』

 

 一旦保留のメロディーが流れ、

 すぐに通話が戻った。

 

『もしもし?』

 

「聞こえているのか?582だ!」

 

『……聞いてやる!』

 

 リョウマがコウ・ウラキのセリフを言えば、理解してくれたのか、ミヤビはアナベル・ガトーの応答で返してくれた。

 

「それで、どうって?」

 

『他の人は大丈夫だって。だけど、この部屋に六人は狭いかも?』

 

「五人でもギリギリだしな……仕方ない、リビングの方に場所を移すしかないな。俺がカザマさんを連れてくるまで現状維持でお願いしたい」

 

『現状維持ね、了解』

 

 とりあえず待ってて、と言うことで通話を切ったリョウマは、アヤナに向き直った。

 

「OK。じゃぁ行くか」

 

「えぇんですか?そんならお邪魔させてもらいますけど」

 

 では早速帰宅しようとした時に、「ちょっと待ったリョウマ」とアイカに呼び止められた。

 

「急に呼び出したりして悪かったな。あとで"増援"を送ってやるから」

 

「増援?何のことかは知らんが、面倒事はやめてくれよ?」

 

 何やら増援を送ってやると言うアイカに、リョウマは眉を顰めながらもアヤナを連れて自宅への帰路を取る。

 

 

 

 炎天下の中を往復し、リョウマはアヤナを自宅に招き入れる。

 

「ウチ、他の男の人の自宅に入るん初めてですけど……お邪魔します」

 

「まぁ、ごく一般的な家庭の家だが」

 

 玄関からリビングに上げてアヤナを席につかせ、自室に戻って四人を呼ぶ。

 

 アヤナとは初対面であるコノミとリンは互いに挨拶させて、作業再開、リョウマは一旦シャワーで汗を流すためにバスルームへ。

 

 

 

 リョウマがシャワールームにいる間。

 

「確かカザマさんは、インジャを使っているのよね?どう改造したいとかって案はある?」

 

 自然な流れと言うべきか、ミヤビがアヤナの相談相手になっていた。

 

「ウチは武道の薙刀が得意でして、それを活かせる感じの改造ってどないしますのん?」

 

 以前に学園でのバトルでも、インフィニットジャスティスガンダムのシュペールラケルタビームサーベルによる攻撃は、リョウマでも舌を巻くほどの腕前だった。なるほど武道経験があればそれも頷ける話である。

 

「そうね。まず、薙刀を装備しているMSについて調べてみましょうか」

 

 ミヤビは自分のスマートフォンを取り出すと、『ガンダム ナギナタ』と打ち込んで検索をかける。

 すると、ゲルググやディジェ、ライジングガンダムと言った画像が表示されていく。

 

「例えば、このライジングガンダムって言うMSなんだけど……」

 

「ふむ、他のガンプラの要素を採り入れると……」

 

 ミヤビとアヤナが改造談義に集中しているのを尻目に、チサは黙々と大喬ガンダムアルテミーをガンダムマーカーで塗装し、ある程度パーツを見繕ったリンはアルトロンガンダムに色々と装備させ、コノミはあれもこれもと次々にパーツをサルベージしている。

 

 リョウマがシャワーから上がってきた頃には、そろそろ昼食の時刻が近付いてきていた。

 

「そう言えばもうすぐ昼時だが……昼食のことは考えてなかったな」

 

 彼がそう切り出したことで、五人ははたと気づく。

 

「どうしよっか、スーパーに何か買いに行く?」

 

 チサはここから徒歩十五分ほどの距離のスーパーマーケットを挙げる。

 

「俺が六人分の食事を作るにしても、さすがに冷蔵庫の中が足りないしな。そうするしかないか」

 

 作業を一度中断し、さて外に出ようかと言う時、ふとまたインターホンが鳴り響く。

 

「っとなんだなんだ……」

 

 玄関のカメラを確認すると、ついこの間に見た二人組――ジングウジ・レナとイズモ・レンが待ってくれていた。

 

「ジングウジさんとレンさん?」

 

 今日は随分来客の多い日だな、とぼやきつつ、リョウマは玄関へ急ぐ。

 

「お二人ともどうしたんですか?って言うかウチの住所知ってたんですか?」

 

 レナはともかく、レンにも住所などは教えていないはずだが、何故この二人は訪ねてきたのか。

 リョウマがそう訊ねると、レナはあからさまに厶スッとしたように答えてくれた。

 

「アイカ先輩に命令されたのよ。「不出来な義弟に差し入れを入れてやってくれ」って」

 

「俺はただの付き添いだ」

 

 差し入れと言う言葉を聞いて、リョウマの中で合点が入った。

 

 アイカの言う"増援"とは、この二人のことだったらしい。

 

 レンは中身の詰まったビニール袋を掲げて見せる。

 

「昼食はまだだろう?色々と買ってきたぞ」

 

「代金はアイカ先輩からふんだくって来たから、心配しなくていいわよ」

 

 しかも食べ物や飲み物まで用意してきたと言う。

 

「あー、すごい助かるんですがすごい申し訳ないと言うか、いや、ありがとうございます、いただきます」

 

 感謝と恐縮が綯交ぜになるリョウマだが、まずは二人を上げることにした。……八人もいてはリビングも狭いかもしれないなと思いつつ。

 

 

 

 リョウマを除けば、リンしか大学生二人のことを知らないので、リョウマの知り合いと言うことで自己紹介から始まり、二人が買ってきた弁当などにありつきつつ、リビングのテレビで何か流そう、と言う話になったのだが。

 

「ふむ、豊富だな」

 

「一本で終われるのがいいですよね」

 

「それならこれだな」

 

 リョウマとレンと言う男二人の談義によって決定されたのは、『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz』の劇場版だ。

 ガンダム作品を知らないリンにも(一応)理解のある『W』に関することで、その続編である『EW』をチョイスしたのだ。

 

 DVDプレイヤーにディスクを通し、早速本編再生。

 

 冒頭の、五機のガンダムによる戦いの回想シーンで、早速リンがリョウマに質問してきた。

 

「この緑色のガンダムって、アルトロンガンダム?」

 

 アルトロンガンダム(当時の商標名は『ガンダムナタク』)がツインビームトライデントを振り回しながらドラゴンハングを放ち、ビルゴⅡを咬み砕いてみせる。

 

「そうです。TV版とはデザインが異なりますが、全く同一の機体と言う設定……つまりパラレルです」

 

「ややこしいんだね」

 

 近年ではコミックの『敗者達の栄光』によってさらにデザインが追加されているのだが、リンはまだそこまでは知らないだろう。

 

 ストーリーが進み、序盤の山場へ。

 ヒイロとデュオがL-3X18999コロニーへ突入し、基地内のリーオーを奪って戦闘を開始、そこへヒイロが五飛のアルトロンガンダムと、デュオがトロワのサーペントと、それぞれ交戦する。

 

 まさかトロワは裏切ったのかと悪態をつきながらも決死の反撃を試みるデュオのリーオーだが、サーペントのダブルガトリングガンの弾幕の前に為す術もなく被弾を重ね、ついに体勢を崩してしまう。

 

「敵側のリーオーはすごいあっさり倒されてるけど、なんでデュオくんのリーオーはあんなに丈夫なの?」

 

 チサが、『W』を観てきた者なら誰でも思うだろう疑問を口にすれば、ミヤビがそれに答える。

 

「えっとね……どうしてすぐに撃墜されないのかって言うと、デュオが巧く攻撃を受け流したり、装甲の厚い部分で受けたりしてるから。それと、トロワが爆散させないように手加減してるって言うのもあるかな」

 

 尤も、映像で見る限りはただ一方的に撃たれているようにしか見えないのだが。 

 

「……まぁ、『主役補正』が掛かっていると言えばそれまでなんだがな」

 

 そこにレンが呟くように補足する。

 

 続いてストーリーが進行し、マリーメイア軍のサーペントの輸送船が大気圏に突入しようと言う時に現れる、ゼクスのトールギスⅢ。

 ビームサーベルによる攻撃で次々に輸送船を撃沈(小説版ではブリッジを攻撃せずに、機関部やサーペントの格納ブロックだけを狙って攻撃して不殺に徹していた)し、デキム・バートンのいる資源衛生MO-Ⅲへ向けてメガキャノンを構え、降伏勧告を発する。

 しかしデキムは『本来のオペレーション・メテオ』と称した"コロニー落とし"を行うと脅迫、ゼクスはそれ以上の攻撃が出来ずにいる。

 

「このマリーメイアっちゅぅ娘さん、自分が支配者や言うてますけど、実際はデキムの都合のえぇようにされとるだけちゃいますか?」

 

 ふと黙って見ていたアヤナが、マリーメイアはデキムの傀儡にされているのではないかと言う。

 事実、軍事と言った実働面で陣頭に立っているのはデキムであり、マリーメイアはリリーナと共に安全なところにいるだけである。

 

「ネタバレになるから言わないけど、それは最後の方で分かるわ」

 

 アヤナの疑問に応じたのはレナ。

 それは、最終盤でデキムが発する「マリーメイアの代わりなどいくらでも作れる。その娘も、儂が拾ってきて……」と言う台詞によって明らかになる。

 

 いよいよストーリーは大詰め。

 地球へと急行するヒイロのウイングガンダムゼロの前に、軌道上で待ち構えていた五飛のアルトロンガンダムと激突する。

 自分達が"正義"と信じた行いが本当に正しかったのかを見極めるために敢えて"悪"になると言い放つ五飛と、マリーメイアの独裁を許して同じ過ちを繰り返させるわけにはいかないと立ち向かうヒイロの二人は、互いに激しい剣戟と舌戦を繰り広げる。

 

 同じ頃に、カトル、デュオ、トロワの三人もまたガンダムに乗り込んで地球へ降下、孤立無援の戦いを続けるゼクスとノインの元へ駆け付ける。

『負け続ける戦い』を続ける姿と、突然のリリーナの訴えにより、「平和は誰かに与えられるものではない」のだと気付き始める民衆達。

 

 そして最終盤、もはや戦う力も残されておらず、包囲されてしまうゼクス達に、上空からウイングガンダムゼロが現れ、ここまでの被弾による損傷で傷付きながらもツインバスターライフルの連射を敢行、デキムが籠もるシェルターシールドを破壊する。

 さらに、五飛のアルトロンガンダムが民衆と共にブリュッセル大統領府に現れ、民衆は「自分達の平和は自分達で守ってみせる」と口々に訴える。

 司令部でも、デキムがリリーナを射殺しようしたところへマリーメイアがそれを庇い、なおも暴走するデキムは副官によって射殺される(ここで、この一連の戦いはデキムの私利私欲によって起きたものだと明かされる)。

 そこへヒイロが現れ、瀕死のマリーメイアに向けて"弾の無い拳銃"の引き金を引いて『マリーメイアを殺す』と言う任務を完了、ストーリーは大団円を迎える。

 

 主題歌である『LAST IMPRESSION』と共にスタッフロールが流れる中、食べ終えた弁当の容器を片付けて、それも終われば製作会の続きだ。

 

 

 

 レナとレンも手伝いに来回ってくれたおかげで、リョウマとミヤビも自分のガンプラの改造に着手することが出来て、チサ、コノミ、リン、アヤナも自分なりの改造をそれなりに進めることが出来た。

 

 時刻も18時になったところで、暗くなる前に帰宅させるためにここでお開きだ。

 

 駅方面へはコノミ、リン、レン、レナの四人。

 比較的自宅同士が近いチサとアヤナが一緒に帰る。

 

 そんなわけで、リョウマがミヤビを送る形となった。

 

「今日はありがとうね、オウサカくん」

 

「どういたしまして。まぁ場所を貸しただけだが」

 

「それにしてもオウサカくんって、随分知り合いが多いのよね?今日来てたジングウジさんとイズモさんって、大学生って聞いたけど」

 

「レンさんとはコンテストで前々から知り合いだったし、ジングウジさんはどっちかと言うとアイカさん経由で知り合ったところだな」

 

「そうなんだ。ミノウさんとかカンザキガワ先輩のこともそうだけど、オウサカくんの人徳が為せる業って言うのかしらね」

 

 楽しそうに微笑むミヤビ。

 

「別に俺が何かしたってわけじゃないがな。……あぁそうだシミズさん」

 

 ふとリョウマは何かを思い出した。

 

「今日、AGE-2の改造パーツを作っている時に写真撮影もしていたが、シミズさんもガンスタに登録しているのか?」

 

「えぇ。今日取った写真は制作ストーリーに載せようと思ってて……オウサカくんも登録してるの?」

 

「まぁな。シミズさんをフォローしたいから、ユーザー名を教えてくれるか」

 

「うん」

 

 そして、ミヤビが口にしたユーザー名は、

 

 

 

「『セイスイ』ってユーザー名なんだけど」

 

 

 

「…………は?」

 

 セイスイ。

 リョウマはそのユーザー名を知っている。

 ちょうどこの間、HGのZガンダムを投稿していた、最近転校したと言う……

 

「え、どうしたのオウサカくん?」

 

「まさかと思うがシミズさん、リョーマってカタカナで書かれたユーザーと知り合いだったりするか?」

 

「そ、そうだけど、どうしてオウサカくんがそれを知って……」

 

 はっ、とミヤビにも思い当たる節があったのか、目を見開く。

 二人とも慌ててスマートフォンを取り出し、自分のユーザーページを開いた。

 

 リョウマのマイページには『リョーマ』

 

 ミヤビのマイページには『セイスイ』

 

 それぞれそう表示されていた。

 

 

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

 

 

 二人して指を指し合って驚愕する。

 

「セイスイさんが、シミズさん!?」

 

「リョーマさんが、オウサカくん!?」

 

 双方とも、互いのユーザーページと顔を見比べて見合わせて――

 

「くっ、はははははっ……!」

 

「ぷふっ、ふふふふふっ……!」

 

 偶然のあまり、二人して思わず笑った。

 

「な、何の偶然だよ、これは……っ!」

 

「ちょっ、も、無理っ、お腹痛いって……ッ!」

 

 一頻り笑って、双方落ち着いてから、一息。

 

「いや、こんな偶然があるんだな」

 

「何分の……うぅん、何十万分の一の確率なのに、当たるものなんてね」

 

 ミヤビはまだおかしさが抜けないのか、必死に笑いを堪えている。

 

「……よく思い直せば共通点は多かったんだよ。AGE-2を投稿したその翌日には転入するってお知らせしていたし、セイスイってユーザーネームも、『清水』を音読みに変えたものだろう?」

 

「そうそう。私の方もね、リョーマさんとオウサカくんの下の名前が同じだと思っていたけど、『りょうま』って名前はよくあるし、ただの偶然の一致かなって」

 

「まぁ驚いたが、とりあえずフォローを……って、もうフォローしてるんだったな」

 

 リョウマは『フォロー中です』の項目をタップしようとしていた指を止めた。押せばフォロー解除になってしまうからだが、すぐにフォローし直せば良いものの、『セイスイさん』に要らぬ通知が届いてしまう。

 ミヤビは満足げに息を吐き、スマートフォンを懐に納め、再び二人並んで歩きだす。

 

「私が、作品製作に行き詰って困ってますってモーメントに投稿した時、真っ先にアドバイザーになってくれて、その後も事あるごとに気に掛けてくれて……リアルでもきっと、優しい人なんだなって」

 

「俺は自分に出来ることをコメントしただけなんだがな。確かに切っ掛けはそれだったかもしれないが、そうでなかったとしても、俺はセイスイさんをフォローしていたと思う」

 

 互いに思いの丈を述べていく中、ふとミヤビは小さく呟いた。

 

「……チサちゃんが好きになる理由も、分かるかな」

 

「ん?チサがなんだって?」

 

 その呟きはさすがに聞き取れなかったのか、リョウマは訊き返すが、ミヤビは「ひみつ」といたずらっぽくはぐらかした。   

 

 夕闇に染まる街の中、楽しく談笑出来るこの時間がいつまでも続けばいい――

 

 

 

 

 

 ――ここから始まる波乱の始まりさえ無ければ、だが。

 

 

 

 

 

「あぁ、こんなところにいたのか」

 

 ふと、自分達の向かいから聞こえた声。

 何かとリョウマはその声の方向を目にしようとして、

 

「ッ!」

 

 突然、ミヤビの様子が変わった。

 

「シミズさん?」

 

 知り合い……と言うにはあまりにも剣呑な空気。

 対する男の方は紳士的で――しかし悪意が見え隠れしている。

 

「おいおい、仮にも"兄"に対する態度がそれか?」

 

「…………!」

 

 まるで親の敵でも見つけたかのようなミヤビ。

 しかも、目の前のこの男は自分をミヤビの兄だと言う。

 

 否、リョウマにとっても見覚え聞き覚えのある相手だった。

 

「その声にその顔……あんた、『テンノウジ・ミカド』か?」

 

 去年のGBフェスタで決勝を争った、キュベレイの使い手。

 油断を見極め突いた末に勝つことは出来たが、真っ向勝負を続けていれば果たして勝てたかどうか。

 そのミカドが、ミヤビに何の用があると言うのか。

 

「覚えてくれていたか、光栄だよオウサカ・リョウマ……」

 

「それはどうも……で、何の用だ?」

 

 然りげ無くミヤビを守るように一歩前に出てみせる。

 

「なに、兄妹の感動の再会だ。出来れば邪魔してほしくないんだが?」

 

 兄妹の感動の再会と宣うミカドだが、対するミヤビの顔に感動の情は見られない。

 

「……知らない。行こう、オウサカくん」

 

 冷たくそう言い放ち、ミヤビはリョウマの手を取ってその脇を通り抜けようとするが、

 

「まぁちょっと待てよ」

 

 ミカドは右手をミヤビへ伸ばし、彼女の左肩を思い切りわしづかみにした。

 

「いっ!?や、やだっ、離して!!」

 

 骨を握り潰されるような痛みに、ミヤビは抵抗する。

 

「お前!」

 

 リョウマはミカドの手を掴んでミヤビの肩から払い、明確に敵意を向ける。

 

「さっきから何のつもりだ!お前とシミズさんが兄妹なわけが……」

 

「あるんだなぁ、これが」

 

 ミカドは払われた腕を元の体位に戻す。

 

「『テンノウジ・ミヤビ』。残念ながら戸籍にもそう表記されていてな」

 

 そう宣うミカドに、ミヤビは痛む肩を手で押さえながら反論する。

 

「戸籍上はね。だけど今の私の名義は『シミズ・ミヤビ』よ。縁も切っているあなたとはただの他人でしかない……!」

 

「いくらそう訴えようとも、同じ胎から産まれたことに変わりはないさ。そうだろう、ミヤビ」

 

「気安く呼ばないでッ!」

 

 ミヤビとミカドが鉾を向けあっている中、リョウマは事態を読み取る。

 どうやら、ミヤビとミカドが血の繋がりのある兄妹であることに変わりは無いようだが、何かしらの理由があってミヤビはシミズ姓を名乗り、兄を酷く毛嫌い――いっそ拒絶していると言ってもいいだろう。

 そこまで読み取ったところで、リョウマは――ハッタリ混じりの強気で出ることにした。

 

「お前がシミズさんの兄だか知らないがな、"彼女"に手を出されて黙っていられるほど安い男じゃないんでね……!」

 

 ハッキリとそう言って、ミヤビを背にするリョウマ。

 

「オ、オウサカくん……?」

 

「っとぉ、まさか妹の彼氏がお前とはな……」

 

 リョウマの殺意染みた気迫を前に、ミカドは一歩下げた。

 

「だとしたら傑作だ!恋人の前で無様を曝させてやるのも悪くないかもなァ!」

 

「あっそ、そいつは良かったな……!」

 

 不意に、リョウマは踵を返すなりミヤビの手を取って駆け出した。

 

「逃げるぞ」

 

「ぇ、う、うん!」

 

 しかし、意外にもミカドはその後を追い掛けることはなく、ただ見送るだけだった。

 

「くくっ、楽しみだ……」

 

 二人の姿が見えなくなってから、そう呟いた。

 

 

 

 来た道を戻るように逃げてきた二人は、一度落ち着きたいところだった。

 リョウマはミヤビをチサの自宅に預けようと思ったのだが、当のミヤビが「オウサカくんの家の方がいい」と言い張ったため、少々躊躇いながらも彼女をもう一度自宅に招き入れた。

 両親が帰ってくるまではまだ時間がある。

 リョウマ自身、自分とミヤビ以外誰もいない自宅の中で、彼女に手を出さない自身があるかと自問自答しても自信は無かったが、先程のようなことがあれば"そんな気"にもなれなかった。

 とりあえずミヤビをリビングの席につかせ、アイスコーヒーを淹れてやり、フレッシュとガムシロップも添える。

 

「ごめんなさいオウサカくん、変なことに巻き込んで……」

 

 不意に、ミヤビは顔を俯けながら謝った。

 

「シミズさんが謝ることじゃないだろう。結局、あいつは何がしたかったんだ……?」

 

 あいつ、と言うのは先程のテンノウジ・ミカドのことだ。

 

「……オウサカくんになら、話してもいいかも」

 

「何をだ?」

 

 ミヤビはリョウマが用意してくれたアイスコーヒーを一口飲んでから、意を決したように口を開いた。

 

「あの男……テンノウジ・ミカドが私の実兄って言うのは本当のことなの。昔はちょっと意地悪なだけで、妹の私もそこまで嫌いでは無かった。だけど……多分中学くらいからかな、兄は暴力的になって、身体の差もあって私は一方的に受けるしかなかった」

 

 ミヤビが歳上の男性への忌避感を持つのは、家庭内暴力でトラウマを植え付けられたのが原因らしい。

 

「お母さんは私を庇ってくれたけど、父は仕事ばかりで家庭に無関心で、兄を諌めることもしなかった。そんな生活が何年か続いて、耐えかねたお母さんは離婚。私自身は兄から離れたかったからお母さんの方についていった。それが、ちょうど二ヶ月半前のこと」

 

「緑乃愛に転校してきた時期か。そう言えばガンスタのコメントでも、何かと苦労してそうな内容が多かったのは……」

 

「お母さんや友達を煩わせたくないから、遠回しでも吐き出す先がリョーマさんしかいなかった」

 

 弱音を吐ける相手が、投稿サイト越しの相互フォローさんしかいなかったと、ミヤビは言う。

 

「初めての転校で不安で、怖くて仕方なかった。だけど、オウサカくんやチサちゃんが一緒にいてくれて、転校してしばらく経ってもリョーマさんは何度も気に掛けてくれて……そのリョーマさんが、オウサカくんだなんて思いもしなかったけどね」

 

「俺の方も、何かと苦労してそうなセイスイさんが、こんな美少女だなんて思わなかったけどな」

 

「び、美少女って……もう、オウサカくんは煽てるのがお上手なことで」

 

「今のシミズさんを見て、セイラさんを思い出した」

 

「……兄は、シャアみたいにカッコよくないけどね」

 

「むしろキュベレイを使ってたな、全然シャアじゃない」

 

「確かにそうかも……ふふっ」

 

 少しだけ穏やかな時間が流れるが、今は問題を先延ばしにしているだけだ。

 

「さて、さすがにこれ以上は親御さんも心配するだろうし、送らせてもらうよ」

 

「……ちょっと怖いけど、エスコートお願いね」

 

 腹積もりを決めて、リョウマとミヤビはもう一度外へ出た。

 

 

 

 尾行されていないかどうかを逐一警戒しつつも、無事にミヤビを自宅近くまで送ることが出来た。

 

「今日は遅くまで本当にありがとう、オウサカくん」

 

「これくらいは安い御用だ」

 

 安い御用とは言うものの、リョウマはここまで来るに当たってかなり警戒していて、精神が擦り減っていた。

 

「それでもありがとう。今月のGBフェスタ、頑張ろうね」

 

「もう来週に開催か。それまでにガンプラの完成を間に合わせないとな」

 

「あなたなら出来るわ」

 

「煽てないでください。って、さっきの仕返しのつもりか?」

 

「さて、どうかしら?それじゃぁ、おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 軽く言葉を交わしてから、リョウマは踵を返して来た道をもう一度戻る。

 

「(テンノウジ・ミカド……あいつも、今年のGBフェスタに参加するつもりなのか?)」

 

 だとしたらミヤビは不快な思いをするかもしれないが、自分があの男をもう一度倒して溜飲を下げさせよう、とリョウマは静かに決意する――。

 

 

 

【次回予告】

 

 コノミ「さぁー今年も始まりましたよGBフェスタ!」

 

 リン「まさにガンプラバトルの祭典だね」

 

 チサ「ミヤビちゃん、大丈夫?何だか顔色が悪いよ?」

 

 ミヤビ「私なら大丈夫。今日は思い切り楽しまないとね!」

 

 リョウマ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー

 

開幕!GBフェスタ

 

 ……イツヅキ・ミアさん?あんたこんなところで何やってるんだ?」



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11話 開幕!GBフェスタ

 オウサカ家での製作会を終えて。

 八月に入り、夏の暑さももう本番である。

 蝉の群れが盛大に爆音を上げて求愛行動に勤しむ中、一行はその場所へと辿り着く。

 

「着いたな」

 

 リョウマは袖で汗を拭いながら、等身大スケールの『νガンダム』が聳え立つその姿を見上げる。

 

 GBフェスタ東京会場。

 去年は静岡県での開催だったが、今年度は東京での開催だ。

 

「やっぱり実物で見ると本当に大きいわね……写真撮ろっと」

 

 ミヤビはスマートフォンを取り出すと、他のお客に習うようにνガンダムの足元近くへ向かう。

 

「リョウくん、去年はユニコーンガンダムだったよね?」

 

 同じように汗を拭っているチサは、隣りにいるリョウマに訊ねる。

 

「あぁ。一定間隔で、ユニコーンモードとデストロイモードに交互に変形していたな」

 

 ちなみに、建築法の問題から変形しても全高は変わらないように作られているのだとか。

 

「わたしも写真撮ってきまーすっ」

 

 ミヤビの後を追うように、コノミもスマートフォンを片手にνガンダムの元へ急ぐ。

 

「……ねぇリョウマくん。私ちょっと屋内に行っていいかな?」

 

 ふと、最寄り駅を降りてからどこか覚束無い足取りだったリンは、リョウマにそう訊ねる。

 

「カンザキガワ先輩、さっきから具合悪そうですけど……大丈夫ですか?」

 

「暑いからって部屋に籠もってばかりだったからね……正直、この暑さを嘗めてたよ……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 日差しが眩しくて仕方ないよ、とリンは疲れたようにぼやく。

 

「そこの二階にカフェがありますから、そこで待ってていいですよ。開催にはまだけっこう時間がありますし、みんなには俺から伝えておきます」

 

 リョウマの指す方向には、『GUNDAM CAFE』の看板が見える。

 

「うーん、悪いね……そうさせてもらうよ」

 

 小さく頭を下げてから、リンは階段を登ってガンダムカフェへ向かう。

 

「カンザキガワ先輩、大丈夫かな……?」

 

 チサはその今にも倒れそうなリンの後ろ姿を心配そうに見やる。

 

「最悪、医療スタッフも近くにいるし、熱中症で倒れてそのまま気付いてもらえない、なんてことにはならないと思うが……」

 

 赤十字のマークがある場所を確認しつつ、リョウマとチサは撮影に向かったミヤビとコノミの元へ向かう。

 

 ちなみに、ハルタは諸都合によってオンラインでの参加になるとのこと。

 

 

 

 フェスタの開催までは、まだ一時間半はある。

 物販コーナーを見るのは後にして、リンを除く五人は、フェスタの会場と隣接している、別の会場――何やら本書に関するイベントが開催されているそこへ向かうことにした。

 

 正確に言うと、コノミがそこに用があるらしい。

 

 会場には、様々なアニメやゲームのキャラクターの姿格好を模倣した――所謂、コスプレイヤー達が写真撮影を受けていたり、各々のブースで"薄い本"を販売していたりと……

 

 何とは言わないが、どうやら"そう言うマーケット"のようだ。

 

 チサは見慣れないものばかりであわあわと目を回しながら、意外にもミヤビはその場に慣れているのか平然としながらコノミの後を追っている。

 その最中にも、男性達の視線を釘づけているのはさすがと言うべきか。

 

 コノミは目移りさせつつも、特定の場所へ向かっている。

 

「えーっと、この辺に……」

 

 キョロキョロと見回し、見つけたのかそこへ小走りで駆ける。

 コノミが向かったブースには、(やはりと言うべきか)見えてはまずい部分がギリギリ見えていないミスター・ブシドーが表示を飾っている薄い本が占めている。

 

「あの、すみません、MiaMiaさんですよねっ?」

 

 コノミが話しかけたのは、パイプ椅子に腰掛けた一人の女性。

 長い黒髪をおさげにして、瓶の底のような野暮ったい眼鏡をしている。

 

「は、はい……そうですが……」

 

 コノミの高いテンションに少し引いているのか、おどおどしたように応じる。

 

「やっぱりそうですよねっ、表紙で分かりましたよ!あ、これ一冊ください」

 

 はしゃぎながらも財布を取り出すコノミに、MiaMiaさんは「300円です」と値段を教える。

 そんなやり取りを傍から見ているリョウマだが、ふとMiaMiaさんの眼鏡と前髪に隠れた顔を見る。

 

「あの、なんですか………?」

 

「……まさかと思うが、『イツヅキ・ミア』さんか?」

 

 リョウマが名前を訊ねた瞬間、ガタタタッ、とMiaMiaさんは分かりやす過ぎるほどに椅子を蹴り倒して後退った。

 

「ひ、人、人違いだと、思います……っ!?」

 

「ほら、先月の頭辺りで、ガンプラバトル中にナイチンゲールに乱入された時にいた、白と黒の百錬を使ってた人ですよね?」

 

「ししし、知りませんっ、X1とデュナメスのコンビなんて知りませんからっ!?」

 

 はわわわわわっ、と凄まじい速度で瞬きしまくるMiaMiaさん。しかも具体的なワードまで挙げているではないか。

 

「……俺がそのX1で、そっちの子がデュナメスですけど」

 

「あれれっ、もしかして一緒にチンゲを倒した時の人ですか?」

 

 リョウマにそっちの子、と言われたコノミは大事そうにマイバッグに薄い本を納めながらも、小首を傾げた。

 

 すると、MiaMiaさんは顔を真っ赤にしながらバンッとテーブルを叩いた。

 

「この界隈でリアルについて改めようとするのはご法度です、察しろ」

 

 ズズイッ、と顔を近付けて凄んでみせるMiaMiaさん。

 

「OKルールは分かりました。コノミちゃん、つまりはそう言うことだ」

 

「つまりはそう言うことですね」

 

 それ以上はいけない、そう理解したリョウマとコノミは踵を返して、ミヤビとチサの元へ戻った。

 

 リョウマ達がブースから離れていくのを見送りながら、MiaMiaさん――イツヅキ・ミアは安堵して一度眼鏡を外し、冷や汗を拭ったのだった。

 

 

 

 もうしばらく各ブースを見て回り、そろそろGBフェスタの開催時刻が近くなってきたので、一度ガンダムカフェにいるリンと合流する。涼しい場所で休んでいたおかげで、リンはいつもの調子を取り戻していたようだ。

 

『ご来場の皆様、大変長らくお待たせ致しました。ただいまより、GBフェスタを開催致します!』

 

 多数のバトルシミュレーターが配備された会場がライトアップされて、起動されていく。

 

『今年度のバトル形式は生き残りサバイバルです!オープンワールドの広大なフィールドで、強力なエネミーや数多のライバル達を打ち破り、最後の一名になるまでのバトルになります!』

 

 すると、会場内のビルダー達のスマートフォンが一斉に着信音を告げる。

 着信されたデータをシミュレーターに送信してバトルを行うので、会場外からでもオンラインで参加できると言うものだ。

 

 リョウマ達はそれぞれバトルシミュレーターにスマートフォンを読み込ませ、続いて自分のガンプラをスキャニングさせていく。

 続いて、地球上と宇宙の二局に別れた広大なフィールドが構成されていく。

 

「私達は最初、宇宙からのスタートになるみたいね」

 

「と言うことは、地球へ降りるためのオプションもどこかに隠されているようだな」

 

 ミヤビがスタート地点を確認し、リョウマは地球へ降下するための装備はどこかと探るが、その辺りはバトル中に見つけるしか無さそうだ。

 

『それでは皆様、「君は、生き残ることが出来るか?」』

 

 MCがファーストガンダムの次回予告の決まり文句を告げて、一斉に出撃開始だ。

 

「オウサカ・リョウマ、『クロスボーンガンダムEXE(エグゼ)』、出撃ぞ!」

 

「シミズ・ミヤビ、『ガンダムAGE-2nd(セカンド)』、Stand Up!」

 

「ナカツ・チサ、『喬美麗頑駄無(きょうびれいがんだむ)』、頑張りまーす!」

 

「ミノウ・コノミ、ガンダムデュナメスバスターク、行っちゃいますよー!」

 

「カンザキガワ・リン、『ガンダムフォンロンヤー』、行くよ」

 

 

 

 リョウマのクロスボーンガンダムEXEは、A.B.C.マントで機体を覆っているが、具体的な改造箇所は顕著だ。

 右手に握るのはザンバスターのままだが、頭部に白のブレードアンテナが追加され、サイドスカートとしてガンダムヴィダールのバインダー、及びバーストサーベルを取り付けている。

 これは、ビーム対して強い耐性を持つ相手へ有効打を与えるために追加したものだ。また、バインダー自体が高出力スラスターユニットなので、機動性の強化にも一役になっている。

 さらに、内部にクロスボーンガンダム本来のハードポイント付きのサイドスカートに連結されているため、切り離すことで軽量化も可能だ。

 

 ミヤビのガンダムAGE-2ndは、肩のウイングバインダーは一回り大型のものに取り替えられ、ハイパードッズライフルはバレルが追加されてさらに強力になっている。

 また、左腕にはダブルオーガンダムのシールドをシグルブレイド付きのシールドとして改造して取り付けられており、格闘戦能力も強化されている。

 

 チサの喬美麗頑駄無は、大喬ガンダムアルテミーがベースではあるが、孫尚香ストライクルージュと孫策ガンダムアストレイの武装を組み合わせ、背部に大きな"ハート"を背負ったような、『会心双鎌(かいしんそうれん)』と名付けた特殊武装を備えている。

 

 コノミのガンダムデュナメスバスタークは、以前と然程大きな変更点は無いが、中近距離での攻撃能力を補強しており、多少武装を追加する程度に留まっている。

 

 リンのガンダムフォンロンヤーは、やはりアルトロンガンダムがベースだが、そのカラーリングは深い紅色とサーモンピンク、白の三色をメインに塗装されており、どこか『シャア専用機』を思わせる。

 ツインビームトライデントはリアスカートにマウントされ、背部のランダムバインダーは、SDCSのフェネクスのアームドアーマーDEをベースに改造されたものに取り換えられ、『羽鱗(ユゥリン)』と名付けられている。

 フォンロンヤーと言う機体銘も、中国語で『紅龍牙』と表記することから名付けられている。

 

 

 

 まずは足並みを揃えて、五人は状況を確認する。

 

「多数のCPU機と、他の参加者を同時に相手取る、か。なかな

か大変だが、やり甲斐はあるな」

 

 ルールを改めて見通すリョウマ。

 

「とかなんとか言ってる内に……ってうわっ、めっちゃ来てますっ」

 

 索敵範囲の広いコノミのガンダムデュナメスバスタークが、多数の敵機接近を真っ先に察知する。

 コノミはすぐさまウェポンセレクターを開き、ロングGNランチャーを展開、腰溜めに構えると、

 

「デュナメス、ミノウ・コノミ、目標を狙い撃つぜ!」

 

 ロックオンカーソルをマニュアルで合わせつつ、コノミは迷いなくトリガーを引き搾り、ロングGNランチャーを放った。

 高濃度の粒子ビームは彼方へ吸い込まれ――爆発の連鎖を巻き起こした。

 

 だが、それだけで全滅したわけではない。

 

 一拍を置いて、視界を埋め尽くさんほどのザクⅡが現れ、一斉にザクマシンガンやザクバズーカで射撃を行ってくる。

 

「いきなりとんでもない数だな……が、数だけいたってな」

 

 続いてリョウマもウェポンセレクターを回してビームザンバーを選択すると、各部のスラスターを点火、ザクⅡの大群の中へ突っ込んだ。

 砲火弾幕を掻い潜り、一気に間合いを詰めるとビームザンバーを振るい、複数のザクⅡをまとめて両断してみせる。

 

「さすがオウサカくんね。私達も負けてられないわ、チサちゃん!」

 

「う、うんっ」

 

 ミヤビの呼びかけに、チサも緊張に声を上擦らせながらも頷く。

 ガンダムAGE-2ndはストライダーフォームへと変形し、その上に喬美麗頑駄無が乗り込むと同時に、ハイパーブーストによる爆発的な加速と共に敵中堂々と突入していく。

 

「突破口を開く!」

 

 ビームバルカンとハイパードッズライフルを連射し、前方への道を切り開いたところへ、喬美麗頑駄無はガンダムAGE-2ndから降りて、背部の会心双鎌を抜き放ち――それは二振りの多節鞭のようにしなやかに翻る。

 本来ならチャクラムである武器を、鞭状の武器として組み込んでいるのだ。

 

「実験は何度もしてるけど……うまく行ってよ!」

 

 喬美麗頑駄無は、ガンダムエピオンのヒートロッドのように会心双鎌を振るい、取り囲もうとしてくるザクⅡを薙ぎ払っていく。

 

「はいはいはいっ、いつもより狙い撃っておりますよーっ!」

 

 その背後からは、ガンダムデュナメスバスタークがロングGNランチャーでなく、原典機本来のGNスナイパーライフルを発射してはすぐさま狙いを付け直してまた発射を繰り返し、無駄無く着実にザクⅡを減らしていく。

 

 しかしそれでもザクⅡの数は多く、徐々にガンダムデュナメスバスタークへ近付いてくる機体も増えてくるが、

 

「それじゃぁ、やってみようかな」

 

 雲霞のごとく迫りくるザクⅡを前に、リンはやはり平静だ。

 ガンダムフォンロンヤーはリアスカートからツインビームトライデントを抜き放ち、弾幕の中へ躍り出る。

 斬り払い、突き出し、薙ぎ払い、双頭刃である武器の利点を最大限活かすように乱戦へともつれ込ませ、距離を置こうとするザクⅡにはドラゴンハングの火炎放射で絡め取り、アームドアーマーDEのメガキャノンで撃ち抜いていく。

 

 初っ端から破竹の快進撃を続けるリョウマ達だが、ふとレーダーから『WARNING!!』の赤いテロップが横切る。

 

 新たに出現した反応には、さらなるザクⅡの大群と、その中心にいるのは赤い角付きのザクⅡ――シャア専用ザクだ。

 

「この群体のエース機か?」

 

 真っ先にその姿を捉えたリョウマは、周囲のザクⅡを一蹴し、一直線へシャア専用ザクの元へ駆ける。

 ザンバスターを連射してザクⅡの数を減らし、擬似的な一対一の戦いに持ち込む。

 するとシャア専用ザクは巧妙な機動を取りながらもザクマシンガンを連射、周りのザクⅡとは比較にならないほど正確な射撃は、クロスボーンガンダムEXEを捉える。

 

「チッ、さすがにエース機は強いな」

 

 避け切れないと即断し、リョウマはウェポンセレクターからビームシールドを選択し、左腕から発生させて120mmの銃弾を防ぐ。

 ザクマシンガンを連射しつつもヒートホークを抜き放ったシャア専用ザクは、ビームシールドの防御範囲外を叩き斬ろうと迫りくる。

 リョウマはすぐさまビームシールドを解除し、下方から振り上げられるヒートホークをビームザンバーで迎え撃つ。

 一撃、二撃、三撃とビームザンバーとヒートホークが打ち合い――不意にシャア専用ザクはリョウマの視界から消える。

 だが、

 

「目では追えなくても、身体の反射が追い付けばな!」

 

 死角から仕掛けてくると予測していたリョウマは、操縦桿を跳ね上げてクロスボーンガンダムEXEを急上昇させる。

 その0.5秒後に、リョウマの死角へ回り込んでいたシャア専用ザクはヒートホークを薙ぎ払うが、上昇したクロスボーンガンダムEXEには当たらずに空振りする。

 シャア専用ザクはバッと視界を上に向けると、

 

 そこにはビームザンバーではなく、細剣――バーストサーベルを突き立てようとしているクロスボーンガンダムEXEが見えた。

 素早くヒートホークで受けようとしたシャア専用ザクだが、バイタルバートを正確に狙った刺突をヒートホークの面積では防ぎようがなく、バーストサーベルの切っ先はシャア専用ザクのボディを貫き――柄から刃が切り離されると同時に、サーベルの刀身が炸裂し、シャア専用ザクを粉々に吹き飛ばした。

 

 シャア専用ザク、撃墜。

 

 すると、エース機の撃破によってザクⅡの大群は次々に消失していく。

 

「ふむ。まずはザコの数を減らして、後からやって来るエースを倒せば群れを撃退出来るようだね」

 

 このサバイバルバトルの仕組みをそう読み取ったリンは、ドラゴンハングで拘束していたザクⅡをそのまま握り潰した。

 

「それならここだけじゃなくて、他のエリアも似たようなことになってるってことですよね」

 

 大して消耗していないミヤビは、一応周囲を警戒しつつそう頷く。

 

「でもでも、この調子なら何とか頑張れそうだね」

 

 楽観視するにはまだ早いものの、戦えたことで少し自信が付いてきたチサは胸を撫で下ろす。

 

「さてさて、どさくさに紛れて他の参加者を狙い撃ちに……」

 

 ずる賢くも、コノミはガンダムデュナメスバスタークのガンカメラにGNスナイパーライフルを通し、群体と戦っている者を狙撃しようとするが、

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 周囲に他の反応は見えず、また新たな群体が現れることもない。

 

「ローディング中かしら?」

 

 ミヤビは小首を傾げつつもうしばらく待つものの、やはり動かない。

 

「フリーズ、にしては変だよね」

 

 チサも喬美麗頑駄無をキョロキョロさせて辺りを見回している。

 

「この感じ……」

 

 やけに静かな時間に、長いローディング……そう、バウンド・ドックが乱入する直前の時と状況が酷似していることに、リョウマは警戒を強めつつ、一旦バーストサーベルをサイドバインダーに納め、ザンバスターと持ち替える。

 ふと、新たな群体の反応をレーダーが捉えた。

 

「あ、単にローディングが長いだけでしたね」

 

 コノミは気を楽にして再び狙撃の構えを取る。

 

 彼方から接近してくるのは、ジムの群体。

 ジムと言うことは、エース機は連邦系のガンダムタイプだろうか。

 

 だが、リョウマはなおも警戒を解かず――それが幸いしたか、この危険に真っ先に気付いた。

 

「全機っ、回避しろッ!!」

 

 リンに対する敬語など使い分けている余裕はない、命令口調で叫ぶように仲間達へ危険を伝える。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 ジムの群体を殲滅するほどの、激しいビームの雨が一帯を貫いた。

 

 

 

「ッ……一体何がっ?」

 

 リョウマが注意喚起してくれたおかげでどうにかビームをやり過ごせたミヤビは、ビームの雨が放たれた方向を見やる。

 

 その反応は、たったの一機。

 

『くくっ、ようやく相見えたな……』

 

 彼方に見えるは、優雅さと歪さと言う相反する二つを兼ね備えた、美しき純白と――その内側に潜む深紅の異形。

 

『今日こそお前に引導を渡してやる……』

 

 キュベレイをベースとした改造機……ではあるが、各部にヴェイガン系MSを始めとするパーツが多数見られる。

 その芸術的とさえ言える完成度から滲み出るプレッシャーは半端ではない。

 

『さぁ俺と戦え、オウサカ・リョウマァ!!』

 

 そのキュベレイの改造機――『グランデュークキュベレイ』は、クロスボーンガンダムEXEを視界に捉えると、猛然と襲い掛かってきた。

 

「このキュベレイ……テンノウジ・ミカドか!」

 

 リョウマは即座にザンバスターを連射してグランデュークキュベレイを牽制するが、その機動性は相当に高く、牽制にもならない。

 反撃に両腕のビームガンを撃ち返すグランデュークキュベレイだが、そのビームの出力も半端ではない、回避するクロスボーンガンダムEXEのA.B.C.マントの端を掠めただけでその部分が焼き切れてしまう。これほどまでの威力では、直撃には耐えられないだろう。

 

「油断なんざするつもりはないが……厳しい戦いになりそうだ」

 

 リョウマは操縦桿を握りして気を引き締める。

 

「なんであの人が……オウサカくんっ、援護するわ!」

 

「わわっ、わたしもっ………!」

 

「ではではわたしも援護しますっ!」

 

「ん、見るからに強そうな相手だね」

 

 ミヤビ、チサ、コノミ、リンの四人も、突如として現れたミカドのグランデュークキュベレイと対峙しようとする(リンだけは援護というよりは自分が率先して戦うつもりのようだ)が、

 

『おっと、せっかくの勝負だ。邪魔しないでもらおうか』

 

 グランデュークキュベレイはミヤビ達の機体を一瞥し、その周囲から四つのゲートが現れ、中からガンプラが出撃してきた。

 

 その四機とは、

 

 バウンド・ドック

 

 ガンダムグレモリー

 

 ナイチンゲール

 

 ガンダムダブルオースカイメビウス

 

 以前にリョウマ達が戦った乱入者の機体だった。

 

『さぁ行け!かつてガンプラの価値も分からず、金に目を腐らせた転売ヤーどもに買い叩かれ、作られもせずに盥(たらい)回しにされてきたガンプラ達よ!今こそお前達の真価を見せつけ、転売ヤーにエサを与えてきた奴らに反省を促す時だ!』

 

 ミカドのその言葉に応じるかのように、各々のアイカメラを閃かせるAI制御されたガンプラ達。

 

 

『ガンプラの転売は、転売ヤーへの課金は、犯罪である!!』

 

 瞬間、バウンド・ドックはガンダムAGE-2ndに、ガンダムグレモリーは喬美麗頑駄無に、ナイチンゲールはガンダムデュナメスバスタークに、ガンダムダブルオースカイメビウスはガンダムフォンロンヤーに、それぞれ立ち塞がった。

 

 その光景を尻目に見たリョウマは、ここ直近までの乱入被害の主犯者が誰かを察し取った。

 

「あの四機……まさかあんたが例の乱入被害の、加害者だったとはな。何故そうまでして俺を憎む!無関係な人間まで巻き込んで!」

 

 クロスボーンガンダムEXEはザンバスターの銃口を向け、同時に、グランデュークキュベレイもビームガンを向けた。

 

『俺は、強くあり続け、勝ち続けるしかなかった』

 

 不意に、先程までの饒舌さとは違う静かな声色に変わった。

 

『一昨年のGBフェスタで優勝した俺は、模型業界でも期待され、あたかも英雄のように持て囃された。それはいい』

 

「それが、あんたの恨み辛みとどう関係するんだ」

 

『この年を優勝したなら、もちろん次の年も優勝するだろう、と。勝手にそう決め付けられながらも出場した。そして俺に楯突いたのは、去年のお前だ』

 

「だからそれが何だと……」

 

『そう、俺はお前に敗れた。そうしたらどうだ、俺を持ち上げて勝手に期待していた奴らは、一斉に手のひらを返したように俺をバッシングして、無能の烙印を押した!何が期待の新人だ!何が最強のダークホースだ!お前らが求めていたのは新しい人材じゃなくて、ただの偶像崇拝の対象だろうが!?』

 

 ミカドの吐き出す激情を、リョウマは理解出来てしまう。

 向こうから勝手に期待してヨイショしておきながら、いざ活躍が見られなければ即座に捨てやり、追いたてる……あまりにも理不尽だと、そう言いたいのだろうと。

 

『だから俺はお前が許せん……俺から栄光を奪った、オウサカ・リョウマを二度と立ち上がれなくしてやると、そう決めた!!』

 

 理解は出来る。

 だが、

 

「……くだらないな、ようするにただの怨念返しか」

 

『怨念返しの何が悪い!俺はこの一年をそうして生きてきた!お前の「くだらない」なんて一言だけで収まるものかよ!』

 

「シミズさん……妹さんがあんたと縁切りをしたかった理由が分かったって言ってるんだ」

 

『妹は無関係だろうが!!……ふん、戯言はここまでだ』

 

 遊んでやる、とミカドは口にすると、グランデュークキュベレイはバッと背面のファンネルコンテナを展開し、

 

『ファンネル!』

 

 ファンネル達が一斉に放たれ、クロスボーンガンダムEXEへと襲い掛かる。

 

「くだらないとは言っても、そう楽な相手でもないんだが、なっ!」

 

 リョウマは操縦桿を振り回して四方八方からのビームを掻い潜りつつ、グランデュークキュベレイへの接近を試みようとする。

 しかし、ファンネルから放たれるビームもまた出力が高く、掠めるだけでもA.B.C.マントが焼け爛れる。

 

「チッ……だが動きが読めてきたぞ、そこッ!」

 

 クロスボーンガンダムEXEは素早くザンバスターを明後日の方向に放ち、回り込もうとしていたファンネルの一基を撃ち抜き、さらに別方向へバルカンを速射してファンネルをもう一基破壊する。

 

『ハハハッ!いいぞいいぞ、お前が俺に力を見せて拮抗してみせてこそ、俺の力は本物だと証明される!』

 

 ファンネルだけでなく、腕部ビームガンも連射してさらに攻めたてるグランデュークキュベレイ。

 

「……機体は改良されても、使い手の"質"までは変わらないようだな!」

 

 最初こそビームの出力に圧倒されかけたが、攻撃パターンそのものは去年戦った時とそう変わらない、とリョウマは見ていた。

 

「で、あれば、こうだ!」

 

 すると、リョウマの操縦桿を振るう手付きが変わり、クロスボーンガンダムEXEのフェイス部が開き、強制放熱が開始される。

 

 緩やかなドローイングを描くそれが、突如切り刻むような鋭角を描き始めると――

 

『ん!?』

 

 ミカドの見るモニター上で、クロスボーンガンダムEXEが()()()()()()

 

質量のある残像(M.E.P.E.)……いや違うな?』

 

 レーダー反応は、クロスボーンガンダムEXEの反応が現れたと思えば、『一瞬だけ二体に増えてから』消えてはまた現れてを繰り返してグランデュークキュベレイへと迫ってくる。

 不可解とも言える現象……そのからくりを、ミカドは瞬時に見抜いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか!よくまぁそんなデタラメを思い付く!』

 

 このガンプラバトルシミュレーターは、コントローラーたる操縦桿が動くことで読み取られたガンプラが挙動し、その挙動の後に反応する形で相手のシミュレーターが読み取り、モニターにその動きが反映される。

 

 反応してから読み取られ、モニターに投影されるまでの、ほんのゼロコンマ以下のタイムラグを『瞬時に重複させる』ことでシミュレーターの反応に"ズレ"を発生させるのだと、見たのだ。

 

『M』と『W』のアルファベット二文字を、右手と左手でそれぞれ同時に、なおかつそれを何度も高速で描くような人間離れした操縦技能と、スラスターユニットを物理的に偏向させることが出来るクロスボーンガンダムでなければ為し得ない機動だ。

 

 そんな超人的とも言える操縦を実行可能なリョウマもだが、それを初見でほぼ見抜いてみせるミカドも相当に超人的だ。

 

「い、ま、だッ!」

 

 ビームガンとファンネルからのビームの、針の穴のような隙間を見抜き、リョウマは操縦桿を押し出してクロスボーンガンダムEXEを突撃させた。

 A.B.C.マントを掠めながらも弾幕を突破し、ついにグランデュークキュベレイの喉元へ迫る。

 

『嘗めるな!』

 

 グランデュークキュベレイは袖口からビームサーベルを抜き放ち、同じくビームザンバーを抜いたクロスボーンガンダムEXEと斬り結んだ。

 

 

 

 ガンダムダブルオースカイメビウスが振るうレーザー対艦刀に、ガンダムフォンロンヤーはツインビームトライデントで迎え撃つ。

 弾き返し、返す刀でツインビームトライデントを振り返すガンダムフォンロンヤーだが、それよりも先にガンダムダブルオースカイメビウスは飛び下がりつつ、左翼のビームランチャーを放とうと砲身を展開、高濃度の粒子ビームを照射する。

 

「Iフィールド……で、合ってたかな?」

 

 瞬時、ガンダムフォンロンヤーの背部一対の羽鱗が自立機動し、機体を守るように立ち塞がると、その中央基部から強力なバリアを発生させ、粒子ビームを弾き返す。

 アルトロンガンダムがベースであるものの、アームドアーマーDE自体の性能によって短距離ならば無線で遠隔操作させられるのだ。

 ビームを弾き返すと同時に羽鱗を呼び戻し、即座にドラゴンハングを展開、ガンダムダブルオースカイメビウスを咬み砕こうと迫るものの、

 

 その寸前でガンダムダブルオースカイメビウスは紅く発光したと思えば、突如()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 ドラゴンハングを空振りしたリンは、何が起こったのか目を見開く。

 

 それは、ダブルオーライザーの安定したツインドライヴによるトランザムを起動した際に起こり得る現象『量子化』だ。

 

 リョウマのような処理速度の齟齬を意図的に発生させるものではない、原作でも詳しいことは何も明かされていない、正真正銘の魔法のような現象だ。

 後の捕捉として、その正体は量子ジャンプの一種――つまり、テレポートであるとされていたが、原理やメカニズムなどはやはり謎のままである。

 

 量子化の事など何も知らないリンは、瞬時にそれを「よく分からないがどうやらそんな感じのシステム」と仮定し、

 

「なら後ろか」

 

 次に来るのは死角からだと予測判断――それは正しかったようで、背後からレーザー対艦刀を振り下ろそうとしていた、『紅く輝く』ガンダムダブルオースカイメビウスに向けてもう片方のドラゴンハングを伸ばし、殴るようにレーザー対艦刀を弾き返した。

 

「トランザムってアレか。……だとしたら、ちょっと厄介かな」

 

 通常状態による一対一でどうにか互角に戦えるかどうかなのだ、その上からトランザ厶を使われようものなら、一気に形成を逆転される。

 

 事実、リンはガンダムダブルオースカイメビウスの、残像が映るような速度を前に後手に回るのが精一杯だ。

 ツインビームトライデントや羽鱗でどうにか攻撃を凌ぐが、それが長く保たないのは時間の問題だ。

 

 

 

 この広大な宇宙空間は、ナイチンゲールの性能をフルに活かせると行っても過言ではない。

 全身の姿勢制御バーニアによる高機動と、放たれる大出力のファンネルによる波状攻撃は、足を止めて狙撃をしたいコノミのガンダムデュナメスバスタークとの相性はまさに最悪。

 GNビームピストルを両手に備えて連射し、どうにかファンネルを寄せ付けないよう立ち回るコノミだが、

 

「ちょっちょっちょっ、ひぇっ、さすがにキッツいですよ!?」

 

 迎撃、回避、防御の三択を違えることなく正解を選び続け、しかもそれが絶え間無く襲って来るのだ。

 切り札であるトランザムを切るべきかと思い掛けたコノミだが、トランザムで機体性能を時限強化したところで勝算はあるかと自問自答しても――ナイチンゲールを撃破する前に限界時間を迎えるのが先だと分かってしまう。

 

「だ、誰かご助力を……!」

 

 縋るように先輩達に助けを求めるが、

 

「ごめんっ、今はちょっと無理かも……!」

 

「そそ、それよりわたしを助けてほしいんだけどっ……!」

 

「……だそうだよ、一人で頑張って」

 

 ミヤビとチサはそれどころではなく、リンはリンで自分の敵の相手に手一杯。

 なおも遠くで二重螺旋を描きながら戦うリョウマは言わずもがなだ。

 

「そんなぁ!?」

 

 ビームトマホークを抜き放ってくるナイチンゲールに、ガンダムデュナメスバスタークも右のGNビームピストルを捨てて、GNビームサーベルを抜いて迎え撃つ。

 まともに打ち合わずに、弾き返されるように距離を取ろうとしたコノミだが、即座にナイチンゲールのフロントスカートから隠し腕ビームサーベルが振るわれる。

 咄嗟に左肩のGNシールドで受けるが、一撃受けただけで表面が斬り裂かれてしまう。二撃目は耐えられないだろう。

 

「一人でなんとかするしかないのは、分かってるけどぉっ!」

 

 GNシールド裏のGNミサイルランチャーを発射しつつ、泣きそうになりながらも、迫りくるナイチンゲールを必死に喰い下がるコノミ。

 

 

 

 いきなり阿頼耶識システムのリミッターを解除して、デュアルアイを紅く揺らめかせながら襲い来るガンダムグレモリーの、嵐のごとく振り回されるバトルアンカーの乱撃の前に、チサの喬美麗頑駄無は両手に握る会心双鎌を駆使し、どうにか、本当にどうにか撃墜されないよう立ち回るしかなかった。

 

「うー、急に強くなるのをいきなり使ってくるなんてぇっ」

 

 なんかズルい、と文句をぼやいたところでAIが聞いてくれるはずもない、今すぐにでもバトルアンカーで喬美麗頑駄無の首を落とそうと迫ってくるのだから。

 

 バトルアンカーの重い一撃をガードしても吹き飛ばされ、会心双鎌で絡み付かせても力尽くで振り払われ、逃げようにもリミッターを解除したガンダムフレームの速度を振り切れるはずもない。

 会心双鎌による反撃を試みようにも、苛烈極まる攻撃を前に防戦一方にならざるを得ない。

 

 完全に手詰まりだ。

 

 振り抜かれるバトルアンカーの重撃を、会心双鎌の曲線を活かしてどうにか受け流し――その0.5秒後にはいつの間にか背後に回り込まれ、蹴り飛ばされてしまう。

 

「はぅっ」

 

 体勢を崩したところへ腕部機関砲が追い討ちをかけ、決して小さくはないダメージが装甲に嵩む。

 会心双鎌で銃弾を防ぎつつ体勢を立て直そうと――した瞬間にはすぐ目の前にバトルアンカーが振り下ろされてくる。

 体勢の立て直しよりも回避を優先し、喬美麗頑駄無を強引に躱させる。

 

 今のチサに出来るのは、時間を稼いで援軍を待つだけだった。

 

 

 

 ビームライフルと拡散メガ粒子砲の波状攻撃を前に、ミヤビのガンダムAGE-2ndもまた防戦一方であった。

 ストライダーフォームによる高機動も、バウンド・ドックもまた変形することでそのアドバンテージを相殺している。

 その上、バウンド・ドックの性能もまた、以前にショッピングモールで見えた時と比較しても性能が上がっているときている。

 

「……くっ」

 

 肩のウイングにビームが掠めた。

 以前ならばリョウマのクロスボーンガンダムX1が共に戦ってくれたから何とかなったものの、今はリョウマはおろか他の仲間達も自分と相対するガンプラの相手をしており、とてもではないが救援は期待出来なさそうだ。

 ミヤビは操縦桿を捻り返して機体を反転させ、敢えてバウンド・ドックと向き合うように突撃させる。

 連射されるビームライフルを搔い潜り、ある程度接近したところでストライダーフォームの速度を維持したままMS形態へ変形、バウンド・ドックへ接近戦を仕掛ける。

 

「えぇぃッ!」

 

 シールドのシグルブレイドで斬りかかるが、バウンド・ドックは右腕のクローアームでそれを受け、殴るように弾き返した。

 しかしそこまではミヤビの想定内だ、弾き返された勢いを逆利用するように機体を翻させ、右マニピュレーターにはビームサーベルを抜き放ち様に突き出す。

 が、バウンド・ドックはビームサーベルの刺突に対して脇の下を潜らせるようにやり過ごし――即座に回し蹴りでガンダムAGE-2ndを蹴り飛ばす。

 

「強、いっ……!」

 

 震動するモニターと操縦桿に顔を顰めながらも、ミヤビは然とバウンド・ドックを見据える。

 まだ、勝機はあるはずだと。

 

 

 

 リョウマのクロスボーンガンダムEXEは、依然としてミカドのグランデュークキュベレイと激戦を続けている。

 

 シミュレーターの反応をズレさせるほどの戦闘機動だが、当然ながらそれは短時間で連続で行えるものではない。

 実質的にスラスターの消耗を倍化させるような機動だ、連続で行えば一瞬でオーバーヒートしてしまう。

 

 リョウマは、そのオーバーヒートをしないギリギリのラインを保持しつつ、なおかつグランデュークキュベレイからの攻撃を見切りつつ、その上で自らが攻撃する算段も立てなくてはならない――尋常ではないどころか、気を抜けば精神が狂うようなレベルの集中力だ。

 

 互いの距離が開き、リョウマは一瞬だけ集中を切ってクロスボーンガンダムEXEを通常のマニューバに戻す。

 

 対するグランデュークキュベレイも大した被弾はしていない。

 

 双方とも苛烈に攻撃しては反撃を繰り返しているのだが、それらは全て互いに相殺している。

 

「(長期戦じゃこっちが不利だ……皆の救援に向かいたいが、そうはさせてくれないな)」

 

『どうしたオウサカ・リョウマ、もう終わりか?』

 

 ミカドからの挑発的な通信が届くが、リョウマは敢えて溜息混じりに応じる。

 

「終わりだと思ったならさっさと帰れ。俺はガキンチョの面倒を見てやれるほど暇じゃないんでな」

 

『……そうやってお前はまた他人を見下す!まるでアムロに敗北したシャアのようだな!』

 

 あんたがそれを言うのか、と心底で嘯くリョウマに、グランデュークキュベレイは再び距離を詰めようとして、

 

 不意に明後日の方向からアラートが鳴り響き――それは猛烈な速度と共にグランデュークキュベレイへ迫り来る。

 

『なんだ……キマリスか?』

 

 そこへ現れたのはティターンズカラーのガンダムキマリスだった。

 携えたグングニールによる突進を仕掛けるが、グランデュークキュベレイはひらりと機体を翻して躱してみせるが、

 ガンダムキマリスはそこで反転せずに、真っ直ぐにクロスボーンガンダムEXEの元へ向かっていく。

 

「俺様見参!遅くなって悪いねリョウマ」

 

 ガンダムキマリスの使い手は、やはりハルタだった。

 

「ハルタ、地球からのスタートだったのか?」

 

「シャトルを探すのに手間取ってね。それより、ご依頼の品だよ」

 

 するとハルタのガンダムキマリスは、左手に持っていたそれをクロスボーンガンダムEXEに投げ渡した。

 それは、ドクロレリーフが埋め込まれた大剣――ムラマサブラスターだ。

 

「ありがとな。……これでようやく反撃が出来る」

 

 ザンバスターをリアスカートに収めて、空いた右マニピュレーターでムラマサブラスターを取り、セーフティを解除、刀身側部から十四ものビームサーベルが発振される。

 

「行くぞハルタ!」

 

「応!」

 

 クロスボーンガンダムEXEとガンダムキマリスは、同時に加速してグランデュークキュベレイへ突撃する。

 

 

 

 結末の時は近い――。

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 ミカド「何故勝てない!?これほどの力を使っているのに、どうして倒せないんだ!?」

 

 リン「諦めない限りは負けじゃないと言いたいけど、キツイものはキツイね」

 

 コノミ「でもでもっ、だからって諦めたらそれこそどうにもなりませんしねっ!」

 

 チサ「な、なら、わたしももうちょっとだけ頑張る!」

 

 ミヤビ「私達はあなたなんかに負けたりしない!」

 

 リョウマ「次回、ガンダムブレイカー・シンフォニー」

 

 リョウマ・ミヤビ・チサ・コノミ・リン「「「「「響き合い宇宙」」」」」

 

 リョウマ「この戦いも、あんたとの因縁も、ケリを付けてやる!!」



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