人とは何ぞや (オオタ キム)
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0. エピローグ ~在野にて

青銅5人のその後について。
各種派生作品の設定を絡めております(Ωは含めませんが)

話を進めていく途中で改定するかも?



 長く感じた神々との闘いがようやく終わり、地上に平和がもたらされた。

 海界・冥界の王からの提案により、地上への手出しをせず何かあれば共闘する代わりに、自軍の立て直しとして聖戦で死んだ者を復活させる事に同意、聖戦を駆け抜けた闘士や関係者が戻ってきた。

 ただ、無限に生き返らせるのは冥王が理を外しすぎるということで、聖域内内戦の前哨戦である銀河戦争以降の者に限らせた。

 また、元々肉体があるアテナと違い、肉体がない王らは依代本人の意識を邪魔しない程度に体を使う事を要求、当人らもその条件を認めた。

 (尤も大量の人間を生き返らせる等、絶大な神力(デュナミス)を発揮する場合は当人の意識を押しのけて出てくる必要があるのだが)

 

 あれから年月が経ち、星矢たち元・青銅(ブロンズ)聖闘士(セイント)(現在は黄金(ゴールド)に昇格)は聖域(サンクチュアリ)からの細々な任務をこなしつつも、表面上平穏な日々を送っていた。

 

 射手座となった星矢は城戸財閥系の企業に入るために大学三年生になっていた。

 アテナ沙織による一般の人と同じような人生を出来るだけ歩んでほしいという願いもあるが、自分が聖闘士だとバレないようにするのもまた、任務において有用なのも自覚している。

 中学編入当初こそ「銀河戦争というグラード財団の宣伝に利用された可哀そうな少年」と色眼鏡で見られた事もあったが、根っからの人懐っこさからクラスメイトにすぐ溶け込み、友人もすぐ出来た。

 

 高校までは同じ学校、学年で幼少時からの親友でもある瞬は、大学では医学部に進みたいという事で別の大学に進んだ。

 それだけではなく、スカウトによる勧誘と沙織の「芸能界にも人脈を確保しておいて」という意向により、タレント活動もしているので、かなり忙しくしている。(それ以外も忙しい理由はあるが)

 それでも星矢とは今でも家の行き来をする親友には変わりがない。

 

 大学四年生の氷河はロシアに戻らず、日本で大学院を目指している。

 極東地域も以前に比べたら豊かになったとはいえ、まだまだ貧しい。

 得意の物理分野をさらに研究し、いかに皆が豊かに暮らせる研究をしたいからだ。

 黄金にもなれば、瞬間高速移動(テレポート)念動力(サイコキネシス)あたりは必須能力なので、沙織も守れ、いざとなればすぐに戻れる日本が最適なのだ。

 

 紫龍はすぐに五老峰に戻り、養子の翔龍を育てつつ弟子をとって次代聖闘士を育てている。

 沙織には「せめて高校ぐらいは出たら」とも言われたが、春麗との時間を最優先したかったのだ。

 先代天秤座でもある老師・童虎の願いでもある「春麗を守ってやれ」をようやく実践できる世になったのだから、今までの罪滅ぼしもあるのだろう。

 しかるべき年齢に達すると春麗と正式に結婚もした。

 その師も春麗の妊娠が分かると安心したかのように老衰で逝き、紫龍は父や師としての責任感をより強くなった。

 

 一輝は暗黒(ブラック)聖闘士(セイント)も復活したのを知ると、沙織に「飛び級で大学を卒業したい」と急に申し出た。

 今まで日陰道を歩んできた暗黒聖闘士や、痩せた土地であるデスクィーン島で暮らす人々を如何に豊かにするかを学んで実践したいと説いたのだ。

 沙織から「なら本場アメリカで挑戦なさい」と言われ、自頭が良い一輝は実際17歳で飛び入学、20歳になる前に卒業してみせた。(当時日本ではちょっとした話題になった)

 その後デスクィーン近くにハインシュタイン社出資の元、IR施設を創業、今では東南アジア圏で数か所を運営する経営者としても話題になっている。

 

 

 これはそんな彼らの軌跡である。



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期待のルーキー
1. 海への誘い


オリキャラがここから出てきます。
海闘士誕生の瞬間を刮目せよ。


 「3年3組、東海(とうかい)くん 東海くん、進路指導室まで来てください」

 日帰り航海実習が終わり、寮に戻ろうとした俺を、校長の幸田(こうだ)の放送の声が引き留めた。

 「(ひろし)、何しでかしたんだよ」とクラスの田中(たなか)

 「俺らは今日は1日中、船だっただろ」

 「ま、そうだな」

 「でも、なんで進路指導室なんだ。校長室じゃなくて」

 「お前の希望の自衛隊がなんか気に食わなかったんじゃね?」

 「確かに成績的にはギリだけどよ、人より体力あるし、それ生かした就職先じゃないと勿体なくね?

 それに英語は出来るからよ。自衛隊も世界で活躍する時代だしな」

 とか言いつつ、俺は帰宅の用意をした上で部屋まで向かった。

 

 二回ノック。

 「失礼します」

 進路指導室は就職面接室のつもりで入れと言われているので、きちんと会釈。

 「どうぞ入ってください」と幸田の声。

 

 すると、幸田の隣にスーツスカートの金髪碧眼美女が座っているではないか。

 俺は思わず間抜けな声で「うおっ」と言ってしまった。

 「失礼だろ」

 という幸田もものすごく緊張した面持ちなので、この美女は只者ではないらしい。

 「ダイジョウブです。そういうリアクションもあるかもとボスがイッテマシタので」

 と美女がすこしたどたどしい日本語で言う。

 「トウカイさん、ハジメマシテ、ワタシはテティス・デュカキスとイイマス。ジツはあなたをスカウトしたくてここにキマシタ」

 ほほう、このテティスさん、まさか俺を道端で見かけて惚れたのか? などと呑気な事を考えていると

 「アナタ、他の人の気配などを感じやすいデスヨネ? そしてアナタ自身とてもオツヨイ」

 確かに、他人の力量は何となく感じることは出来るし、学校には隠しているが、実は素手で石ぐらいなら壊せる。

 そのことをテティスさんは見抜いたというのか?

 

 「東海、この方はソロ海運の方でな。名前ぐらい知っているだろ、ソロ海運」と幸田。

 キャリア学習の時間に「世界最大の海運業者だ。まあ君らは入社するのは無理だろうが」と進路指導の国枝(くにえだ)が憎たらしく言ってたので覚えている。

 その世界最大サマがこの頭が少し弱い俺に何の用なんだろう。

 「ジツはワタシのカンパニーにはホアンブモンがありまして、そこへのスカウトです。

 ナイヨウとしてはウミをキレイにしたり、ナンパセンをタスケたり、カイゾクからのゴエイとかです」

 最初の方はともかく、最後の海賊って物騒だな、おい。

 「ジシャだけではなく、イロイロなトコロからタノマれてヤリマス。ドキュメントをワタシマスので、イッシュウカンゴにキタときに、オヘンジください。」

 「お待ちください、テティス様。資料だけでは具体的にどんな業務をするか判りかねますので、一度実地に向かわせて頂けますでしょうか」

 咄嗟に言ってしまった。

 テティスさんが魅力的なのあるが、内容としては自衛隊がやってるのとあまり変わらず、さらに大企業なら給与も福利厚生も期待できそうだ。

 しばしテティスさんが考えたあと、

 「ワカリマシタ。アシタはドヨウビなのでガッコウないですよね? ならガッコウのモンのマエにアサ6ジでオネガイします。ウゴキヤスイカッコウでオネガイシマス。」と約束した。

 

 「それでは失礼します」

 俺は進路指導室を後にすると、妙な高揚感を覚えた。

 業界最大手、美女がいる職場、それに何よりグローバルな自衛隊!(テティスさんにつられて横文字入ってしまった)

 っと、まずは親に相談だな。

 自衛隊に入りたいとは言ってるから、地元から離れるのは親も覚悟してるが、まさかいきなり世界にいくとは驚くだろうし。

 寮にもどり夕食を食べたあと、早速実家へ電話をかけた。

 「もしもし、母さん、俺、ソロ海運とかいう会社から勧誘受けてよ」

 「それ、何の会社さ? 怪しげなちっこいベンチャー? 言うんだっけ、な企業なら辞めときさね」

 「違う違う、世界最大の海運業者。ああ、わかりやすく言えば船を使った貿易する会社で、その船が安全に航海できるようにする部門に勧誘されたんよ。そんで明日、詳しい話をしてくれるってその会社の人が来てさ」

 「そうなんだ? ひと様に迷惑かけないようなら、どこ行っても応援するさ。まずは明日頑張ってらっしゃい」

 「ありがと、そしたらまた明日連絡するわ」

 そう電話を切ると、資料を読み始めた。

 確かに海洋汚染の清掃や船舶救助、あと海賊対策で武器も持つみたいだし、PMSC(民間軍事会社)的な側面もあるのか。

 さらに取引先として世界中の政府からも挙げてある。

 思ったより本格的なようだ。

 

 動きやすい格好と言ってたな。

 体力測定なんかあるのかもしれないし、万全の態勢で挑めるように早めに寝よう。

 そう思うと、風呂に入ってすぐに床についた。



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2. ここはどこ?

 1. の続きです。

 例のキャラ達が出てきますが、平時なのでラフな格好です。


 翌日、俺は朝食代わりのパンを食べながら、色々考えていた。

 もし日本のどこかの支社に連れて行ってもらうのなら、就活用スーツの方が良いのかもしれない。

 近くの支社までは列車で何時間もかかるし、学校前で待ち合わせならテティスさんが車で連れて行ってくれるのかな。

 などと色々考えていたら、もう5時15分じゃないか。

 あわてて髭をそって身支度すると(スーツを着て、ジャージや運動靴を持ち込む事にした)、学校前に向かった。

 

 45分に学校前に到着すると

 「オハヨウゴザイマス、トウカイさん」

 テティスさんが既に着いているじゃないか、早いなあ。

 「おはようございます、テティスさん」

 俺も挨拶をする。

 ただ、周りには車が止まってないが、泊っている旅館にでも駐車してるのかな。

 それとも列車か?

 

 「俺、英語は得意なんで英語でも大丈夫ですよ」と英語で返すと、

 「ありがとう、ならば私も英語で喋りますね」

 「スーツで来られたんですね」

 俺の姿を見て疑問に思ったらしい。

 「大丈夫です、運動出来る格好はこのカバンに入れてますので、後で着かえられます」

 そういうとテティスさんは微笑んでくれた、マジ天使。

 「今から向かう場所は、誰にも喋らないでくださいね」

 俺の手を握ってきた。

 何、もしかしてイケナイ場所?

 急にドキドキしてきたぞ、俺!

 「目を瞑ってください」

 そういわれて瞼を閉じると、ふっと浮遊感を感じた。

 

 「もう、目を開けて良いですよ」

 そういわれて周りを見回すと、まるでヨーロッパの古代遺跡のような場所いた。

 そして潮の香りと高湿度、上を見ると魚が泳いで・・・なぜ空に魚が!

 いや、よく見ると上が海、なのか?

 「ここは海底の水族館みたいな場所で、保安部の本部ですか? いや、まず何故一瞬でこんな場所にいるんですか?!」

 そうだ、一瞬でこんな所に移動したのがおかしいのだ。

 「それはお前がテティスのテレポートに乗ってきたからだ」

 声がする方を見ると、背が高くて金髪長髪、テティスさんとは対照的にTシャツでラフな格好をした男が立っていた。

 「カノン様」

 スーツのテティスさんが、Tシャツの男に対して跪く。

 今時リアルで跪くのを初めて見たが、あのカノンというのがここのボスなんだろうか。

 しかし、あのカノンという男から強大な強さ感じる。

 そういや、テティスさんからも強さを感じたが、あの時は美人すぎて気づかなかったぜ、くそ。

 

 「俺はカノン。ここの筆頭とさせて貰っている。お前がヒロシ・トウカイだな」

 強い男から話しかけられて、びくっとした。

 「はい、そうです」

 テティスさんとは別の意味で緊張する。

 筆頭ということは、保安部のボスで良いんだよな?

 「動きやすい格好は持ってきているな? そこに更衣室があるから着かえてくれ。力を見極めさせてもらう」

 そういうと、テティスさんに神殿風の建物の一つに案内された。



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3. 上には上が

2. の続き
彼の思いこみはどうなったのか?


 「こちらで着かえて。あと、カノン様はぶっきらぼうだけど、怖くないから大丈夫」

 テティスさんがそう言いながら、小部屋の鍵を開けてくれた。

 建物の外観は遺跡だが、建物の中は現代とそう変わらない。

 そういやテレビかなんかで、ヨーロッパは外観そのままで建物内は現代風に作り変えるのが普通とか見たことある。

 「あの、テティスさん、昨日とか聞けなかったんですけど、実はかなり強いですよね?」

 テティスさんは少し驚いたような表情を浮かべるも、すぐ微笑みながら

 「君は小宇宙(コスモ)を感じられるんですものね、気付いて当然だわ」

 「小宇宙(コスモ)?」

 「君は相手の力を感じる事が出来るんでしょ? その能力の事を小宇宙(コスモ)と言うのよ。

さて、カノン様がお待ちになってるから、着かえて頂戴」

 話を打ち切られたが、また後で詳しく聞かなければ。

 あと、テレポートってリアルであるなんて知らなかったぞ。

 

 学校指定ジャージに着かえて出てくると、最初にあった場所に変わらずカノンさんが立っていた。

 「さて実力を見せてもらおうと思うが、お前、その力を人に向かって揮ったことがあるか?」

 「力…とは?」

 もしや石を壊せる事をカノンさんにも見抜かれている?

 不安そうな顔をする俺を見透かしたように

 「大丈夫だ、俺はお前よりはるかに強いから、お前が持つ最大級の力でこちらにかかってこい」

 そう言うと、こちらに挑発するジェスチャーをしてきた。

 「本当に大丈夫なんですね、なら行きますよ」

 そう言うと自分の中の力が沸き上がるのを感じながら、カノンさんに殴りかかった。

 

 バチッ!!

 激しい音はしたが、こぶしはカノンさんの左手に収まっている。

 「なるほど、今からでも鍛えたらさらに強くなるな」

 そういいながら軽く手を払うと、俺は尻餅をついてしまった。

 「何者なんなんですか?! あなたたちは!!」

 「ここから先は俺たちの仲間になるなら教えてやる。あと当然ながら、その力をより強固にもしてやる」

 悔しい。

 相手を大怪我させるからとその力を対人にふるったことはないが、それでも自分が地上最強だと思っていた。

 テレビの格闘番組を見ても、俺より弱そうだと思っていたのに。

 俺より強い人間が世の中にゴロゴロいるみたいな雰囲気があるじゃないか。

 

 「…本当に俺はもっと強くなりますか?」

 「俺たちの仲間になるのならばな」

 「分かりました、この保安部に所属します」

 それを聞いたカノンさんが怪訝な顔をしながら

 「ここが保安部? 誰がそんなことを言った?」

 「部署名こそ書いてませんが、だってテティスさんや資料を読んだ感じだと、そうとしか思えなかったんですが」

 テティスさんが、何か申し訳なさそうな顔でカノンさんを見ている。

 しかしカノンさんが

 「保安部か…。ここを隠すのではなく、対外的にその名前を採用しても良いか、ジュリアン様に提案してみるのもありだな」と頷く。

 

 そうして俺は高校卒業後、この「ソロ海運・保安部」に内定したのだった。



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4. その男 研修生

3. の続き
 あの技が身につくのか?


 「もしもし母さん、この前に言ってた会社に決めたよ」

 テティスさんにテレポートで学校前まで送ってもらったあと、寮に戻るとすぐ電話を入れた。

 女手一人で育ててくれた俺が独り立ちするのだ、早く連絡を入れたかった。

 「そうさね、それは良かったわ。で、どんな所なんさね」

 「俺もよくはわからないんだけど、先輩たちは良さそうな人だと思った」

 といっても、喋ったのは二人だけ、あとは俺より弱そうな感じの人が沢山いたが、きっと彼らも普通よりは強いんだろうな。

 「…ま、まだ若いけど無理はせんようにね、それじゃ明日も仕事だから休むわ、おやすみ」

 そう言って電話は切れた。

 俺も明日から研修生として週末通うように言われたのだ。

 ちなみに給料も出るらしい。

 なので早めに寝なくては。

 

 翌日、またテティスさんと待ち合わせた。

 今日はスポーティな格好だが、そちらもかわいい。

 テレポートで移動した後、今日は色々な説明をするとの事だった。

 「この場所は君が想像してる通り、海底よ。ただ、海中水族館みたいに建造物で海から地底の空間を切り離している訳ではないけど」

 「じゃあ、どのように…?」

 「それはポセイドン様の結界によるものよ」

 何? いきなり結界だのギリシャ神話の神の名前が出てくるだの、ファンタジーな雰囲気なのか?

 テレポートがありえる時点で、超能力も存在するし、色々常識を変えなきゃなのか、俺。

 

 テティスさんから聞いた仕事内容はなかなかハードなようだ。

 毎日どこかしらで事故は起こり、小さな漁船の転覆も見つけて救ったりするようだ。

 世界最大の海運業者はやはり、何らかの監視システムを持っているんだろう。

 でも、ありがとうと言われるときは毎回気持ちが良いものよ、とにこやかい言うテティスさんの顔もきれいだ。

 

 「ジュリアン様、今日はこちらにおいでなさったのですか?」

 人影に気づくと、テティスさんが恭しく跪く。

 この人は資料で見た。確かソロ海運の若きCEO、って大ボスじゃないか。

 慌てて俺も跪く。

 「初めまして、ジュリアン様。私は東海洋です。今日から研修に入らせて頂きました」

 「ああ、テティスから聞いてるよ。是非正式な仲間になってくれると嬉しい」

 圧倒的大物感のこのオーラはなんだ、立ち去った後も立ち上がれなかった。

 

 「大丈夫? ジュリアン様に圧倒されたのね。」

 手を取って立ち上がらせてくれた。

 「会社の経営者としても、神としても王の風格が漂っておられるもの」

 神とか言ったけど、宗教的な会社なら辞退した方がいいのか?

 「ジュリアン様は基本的に業務の合間に来られるから、なかなか君とは会えないけど、いざというときは直接指揮に入られるのを覚えておいて頂戴」

 「ジュリアン様も、強いんですか」

 「それは今は言わないけど、いずれ分かるわ」

 とても気になる言い方だ。

 

 カノンさんとその後合流した。

 上司候補の人を紹介してくれるらしい。

 「今日は海将軍(ジェネラル)が全員集まっているから、紹介しておく」

 ジェネラルとか軍隊用語が出てきた、やはりPMSCっぽい。

 「片目がつぶれている男がアイザック。北氷洋を担当している」

 「インド人がクリシュナ。インド洋を担当」

 「目つきが悪い男がバイアン、北太平洋を担当」

 「あのチリ人がイオ、南太平洋を担当」

 「姿勢が悪い男がカーサ、南氷洋を担当」

 「優男風なのがソレント。南大西洋を担当」

 各々が会釈してくれたり、見定めるように俺を見てきたりしている。

 全員からテティスさん以上の力を感じる。

 かなり強そうだ。

 「そして俺がカノン、北大西洋を担当している」

 

 

 「君、学んでもないのに小宇宙(コスモ)を燃やせるなんて、教えがいがあるな」

 アイザックと紹介された人が俺に話しかけてきた。

 「俺はバイアンの下についてもらおうと思うんだがな、日本出身だから北太平洋はちょうど良いだろうし」

 とカノンさん。

 それを聞いたバイアンさんが手を挙げて、よろしくというように手を振ってくれた。

 「やはり担当海域があるんですよね、家から近い方が」

 「まずは今日中にテレポートを身に着けてもらう。何、小宇宙の使い方次第だ。いつまでもテティスを煩わせるわけにはいかないからな。俺が直々に教えてやる」

 

 母さん、俺、超能力者になれるようです。



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5. 移動

4. の続き
 なぜ彼がここに呼ばれたのか
 そしてマスターできるのか


 沸き上がる力や、人の力を感じる能力のことを「小宇宙(コスモ)」というのをカノンさんから最初に教えてもらった。

 「次回からは自力でここまで来てもらう必要があるんだ。今日は徹底的にしごくぞ。瞬間移動(テレポート)は小宇宙が使える人間なら、コツ次第で出来るようになる。でもお前が想像する、何もない目的地に出てくるタイプのものは本物の超能力者のみの芸当だ」

 「二点間移動ではないのなら、どういうものなんですか」

 「良い質問だ。お前は他人の小宇宙を感じる事が出来るだろう。そいつの近くに己の小宇宙を寄せる感じだ。ここには常に海将軍(ジェネラル)の誰かはいるからな」

 ああ、それで最初に海将軍を紹介されたのか。

 小宇宙を自分の外に出す、まずはその訓練から始まった。

 

 2時間超後…

 「はぁ、はぁ、体は疲れないんですけど、なんか精神的にすり減るっていうか…」

 「お前は今まで他人を傷づけたり驚かせたりしないよう、小宇宙を抑えていたんだ。それなのに呑み込みが早いのはさすがだな。」

 感心したような表情で俺を見るカノンさん。

 「よし、小宇宙を制御できるようになったからここで昼食休憩だ。ここの飯は美味いぞ」

 そういうと、食堂があるという建物(やはり神殿風)に連れてこられた。

 

 さすが大企業の食堂、ビュッフェ形式だ。

 全メニューに原材料と栄養素が併記されているのは、体資本の職場だから当然か。

 「英語とギリシャ語が併記なんですね」

 「一応ここの第一言語はギリシャ語だからな、うちがギリシャ本社なのを知ってるだろう? 今すぐではないが、後々ギリシャ語も学んでもらうからな」

 そいやそうだ、税優遇があるとかでギリシャって意外と海運業が盛んなんだとも授業で習った気がする。

 美味しそうな洋食を皿に乗せてテーブルに戻ると、カノンさんの隣に上司予定のバイアンさん飯を食っていた。

 「バイアンさん」

 俺が話しかけると、やあ、と返事をしてくれた。

 「俺が教えるのは瞬間移動までだ。戦闘スタイルからしたらバイアンの方が適してそうだしな」

 「それにカノンは忙しいからな。表向きはジュリアン様の護衛だし」

 「そうなんですか」

 「ちなみに秘書がテティスだ。基本的にはジュリアン様と帯同している。お前を連れてきたあと、すぐに本来の業務に戻ったしな」

 俺を迎えにきたのはイレギュラーだったのか。

 確かに強そうな男が高校に来たら先生どもも警戒するか。

 というか、もしかしてテティスさんはジュリアン様と… などと考えていると

 「何ゲスい事を考えている」

 カノンさんに突っ込まれた。

 「カノンは読心術も多少使えるから、気をつけろよ」とバイアンさん。

 カノンさんは強いだけではなく、超能力者でもあるのか。気を付けなければ。

 

 食べ終わってバイアンさんと別れたあと、とうとう瞬間移動の練習が始まった。

 カノンさんが俺から5mほど離れながら

 「まずは俺の近くに力を移動する感じで。殴りかかる感じでもいいぞ」

 殴りかかる感じでもいいのか、なら…よし!

 ヒュッ

 「できた!」

 「…よし、ならばどんどん距離を開けていくぞ」

 

 2時間ぐらいで大きな柱と柱(カノンさん曰く、その柱は海将軍の象徴でもあるらしい)の移動ぐらいできるようになった。

 「……さすが(シュン)が推してきただけはあるか……」

 カノンさんがつぶやいた。

 「俺を推薦したのってシュンさんって人なんですか」

 疑問に思っていたので、思い切って聞いてみた。

 「奴はありていに言えば同業他社で、似たような任務を地上で行ってる」

 「でも俺、そのシュンさんという名前の知り合いはいませんよ?」

 「当たり前だろ。瞬も一方的にお前を見かけただけだと言ってたし」

 「もし同業者だとしても、俺が小宇宙を感じなかったから、シュンさんは弱いんですかね」

 「あいつは普段、小宇宙をひた隠してるからな」

 と言いながら、何かを思い出したかのように少し顔色が悪くなった。

 どんな人なんだろうか、もし会えたなら挨拶したい。

 

 移動先に強者がいなくとも、一般人にも微弱な小宇宙があるのでそれを感じとり移動するのだとカノンさんに教わった。

 弱い人を捉えるのは難しいが、寮や実家に帰る為にはマスターせねば。

 まずは事務員さんへの移動。

 よく瞬間移動の練習台にされるんですよ、と笑ってた。

 

 次に地上と海底の往復に入る。

 カノンさんが小宇宙を抑えめにして地上で待機していてくれている。

 海底がどんなところか、とりあえず考えるのをやめて集中だ。

 そうでもしないと、精神的疲労感が増す感じだ。

 

 そうこうするうちに6時間ぐらいたった。

 ものすごい疲労感だが、同時に達成感も半端ない。

 こんな高揚感は長期航行訓練以来だろうか。

 「これなら次回から、自力でここまで往復出来るな」

 カノンさんのお墨付きだ。

 その後、事務所に連れてこられて書類を渡された。

 「基本的に土日にここにくるつもりでいるが、用事があるなら抜けてもいいし、わかる範囲で予定を埋めてくれ」

 それをスマホの予定表を見ながら埋めた後、さらにカノンさんがもう一枚差し出した。

 「あと、まだお前は見習いになるが、正式な契約書だ。より実地訓練を積んで見習いを卒業したら、ここの本来の姿を教えるし、新たな装備を支給する」

 テティスさんがくれた資料とは別の姿がここにあるのか?

 俺が不安がってるのを察したカノンさんが

 「安心しろ、俺たちがやることは善なる事だ」と言った。

 「それでは、洋、これからもよろしくな」



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6. 訓練訓練そして

5. の続き
 高校卒業まで


 晩飯を海底で食べてから無事自力で帰った俺は軽くシャワーを浴びた後、疲労からすぐに布団にもぐりこんだ。

 俺もとうとう保安部か。

 しかしカノンさんの反応だと、そもそも部署名とかなかったのか?

 しっかりとした食堂もあり、会ったジュリアン様もソロ海運のホームページに掲載されているCEOそのものだったので、ソロ海運の一部門には変わらないんだろう。

 何年か前に起こった世界的異常気象においては、利益度外視で救援活動を行い、それにより社会的評価が上がったとあちこちのホームページに書かれていた。

 きっとその救援活動も俺が会った人々が関わっていたんだろうな。

 そんな事を考えながらも、疲れから泥のように眠った。

 

 翌日、内定した事を進路指導の国枝に伝える。

 本当にそこへ就職できるとは思いもしなかったんだろう、本当かと驚いていた。

 普通科行った連中なんかは学校あっせんが殆どで希望する会社がないと嘆いてたっけ。

 そういう意味ではラッキーだ。

 田中は「給料入ったら奢れよ」なんか言ってくるが、お前は受験を頑張れと思う。

 とりあえず怪我無く卒業したら、晴れて正社員だ。

 

 

 二週目からの研修はバイアンさんの担当となった。

 基本的な運動訓練として効率的な体の動かし方、小宇宙の体の行き渡らせ方(これがなかなか難しい)。

 海洋汚染等に対する対処法、要救助者への対応方法、海賊の対処などの座学。

 それと並行してギリシャ語の勉強。

 なかなかハードだ。

 以前は緊張して周りにまで気が回らなったが、昼休憩時見回すとそこそこ人がいる。

 「俺なんか勧誘されるから、人手不足なんかと思ったんですけど、そうでもなさそうですね」

 「軍隊で言えば奴らはただの兵だ、お前はそこそこの小宇宙を持っている幹部候補だと自覚して努めろ。

 戦力はなるべく早く確保したいし、高校卒業と同時に研修終了を目指す事だ」

 やはり俺を含め、強い小宇宙を持つ人はレアな存在なんだろう。

 うん、やっぱ世界でも多分上位50人以内の強さはあるよな、俺。

 

 毎週末そんな研修を繰り返すうちに体の疲労感も少なくなってきた。

 ある夜、寮の部屋(高三は一人部屋だ)で宿題をしながらテレビをつけていたら、俺の学校の近くが映った。

 そういや数か月前、近所をロケが来るとか情報が回ってきたような。

 テレビから

 『天宮(あまみや)くんはこの場所、初めて?』

 『ええ、でもここの食事は美味しいと伺っているので、僕は楽しみにしてます』

 と声が聞こえる。

 女の方がエムテレビのアナウンサーで、男の方が天宮(しゅん)だっけ。

 ん? シュン? まさかな?

 俺がテレビで知ってる天宮は、確かにイケメン顔に似合わず良い体つきではあるが、どちらというと俳優やらモデルをしてるタレントじゃなかったか。

 でもカノンさんが小宇宙を隠してるとか言ってた気もするし、週末バイアンさんに聞いてみよう。

 

 週末、バイアンさんに早速聞いてみた。

 「ああ、そういや瞬の苗字は天宮だったな」

 マジかよ。

 「天宮瞬さんは同業他社だとカノンさんが言ってたけど、どういう立場の人なんですか?」

 しばしバイアンさんが考えた後

 「お前と同じ日本にある城戸財閥を知ってるな? そこに紛争地や天災から民間人を救護する部隊があるのだ。瞬はそこに所属している。

 そんなことよりもお前も早く強くなれよ」と話を打ち切った。

 天宮瞬は現状俺よりも強いけど、追いつける域だよな、所詮芸能人だし。

 

 

 そうこうしているうちに三月となった。

 高校の卒業式には遠方の母も来てくれた。

 「東京に行っても、ちゃんと毎週連絡はするだよ?」

 テレポートで海底に通勤できるが、名目上ソロ海運の日本支社がある東京勤務となる。

 なので、東京で部屋を借りたのだ。

 田中も東京の大学に行くし、知り合いが全くいない状態なのはありがたい。

 

 その後、海底にて

 「おめでとう、これで君も私たちの仲間だ」

 研修を完了した俺に対し、ジュリアン様が直接来られて祝福してくれた。

 「四月以降、より深く我々の仕事に対して学ぶ事となるだろう。しかし、この先の件は他言無用の内容となる」

 「やはり、海賊に手口とかバレないようにとかですか?」

 「それは四月になれば分かる」

 周りに控える海将軍の方々もどこか神妙な面持ちだ。

 俺は不安と期待が入り混じったが、今まで辛抱強く俺を強くしてくれたんだ。

 それに報いなければ。



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7. そして彼は

6. の続き
 この章の最後になります
 この組織の正体を知ることになる彼はどのようなリアクションをとるのか?



 東京への引っ越し作業はすぐに終わった。

 会社が借り上げた部屋は家具付きで、持ち込むものと言えば服や日用品など最低限で済んだ。

 東京観光もしようと思ったが人ごみに慣れてからだな、田舎者には辛い。

 

 四月一日には日本支社にて入社式。

 ここらへんはやはり日本式なんだな。

 スーツを着て会場へ向かう。

 周りを見回すと、やはり大卒だらけで自分と同年代がいない。

 まわりの新入社員も、なんでこんな若い奴が、という目でチラチラ見てくる。

 仕方ないけど、明日以降関わることもないだろうしな。

 後から入場してきた重役の中にはスーツを着たカノンさんもいる。

 ほかの重役と違ってイケメン外人だから、会場がざわついた。

 俺は直接教わったんだぞとちょっと優越感。

 その後、支社長の挨拶やジュリアン様の新入社員向けビデオメッセージ(日本語字幕付き)など、少し眠たい時間を過ごしつつ、部署ごとに移動せよとの案内があった。

 呼ばれて続々と皆が出ていく中、当然俺と同じ部署の奴はいないので最後まで席に残っていると、カノンさんが寄ってきて。

 「それでは向かうぞ、覚悟は良いな?」

 覚悟って何が行われるのだろう、三月末と同じ不安がよぎった。

 「大丈夫だ、苦痛を与えるような事はない。あと今までの常識は忘れろ」

 瞬間移動だったり、海底が職場だったりで、十分常識は壊れてますよっと。

 

 カノンさんが他の重役に軽く会釈した後、俺を連れて部屋を出ると、人がいないのを確認してから海底に移動した。

 到着すると、カノンさんの体が一瞬光り、青金色の鎧のようなものを装着しているではないか。

 他の海将軍も形こそ違うが、同じ色の鎧を着ている。

 また、カノンさんが「兵」と言ってた人々もゲームで見るような恰好をしている。

 「みなさんのその恰好は…?!」

 俺は思わず声を荒げた。

 「だから今までの常識を忘れろと言ったんだ。

 俺たちは海闘士(マリーナ)というポセイドン様の元で戦う闘士だ。

 お前は幹部候補だと言っただろう?

 一般兵とは違う、特別な鱗衣(スケイル)をポセイドン様から今からお授けになられる」

 現実離れした単語が飛び交い、頭がついていかない。

 「私も選ばれた時、最初は面食らったもんだ。君もゆっくりこの世界に慣れていったらいいよ」

 ソレントさんが落ち着いた口調で話しかけてくれた。

 そうだよな、誰だって急にこんなの信じられないんだ。

 

 ふと、海の如く雄大で神々しい小宇宙を感じた。

 皆が首を垂れるので、俺も慌てて倣う。

 「面を上げよ」ジュリアン様の声だ。

 もしかして、これがジュリアン様の小宇宙なのか?

 「洋よ、改めて挨拶させてもらう。私がポセイドンのジュリアンだ」

 俺は震えが止まらないながらも、辛うじて顔を上げた。

 ジュリアン様は青白くゆったりとしたローブのような服装をしておられる。

 そばに控えるテティスさんも、ピンクのかわいらしい鎧を着ていた。

 「お前にはカリブディスの鱗衣を授ける。これからも励むように」

 そういうと俺の隣に、渦をまとった女のような置物が現れた。

 この人形が鱗衣?

 「はっ よろしくお願いします」頭がついていかないが、体が勝手に返答する。

 「それでは私は仕事に戻るので後は頼むぞ、カノン」

 「承知いたしました」

 そういうとジュリアン様の小宇宙がふっと静まり、一般人と同じそれに戻ると、テティスと共に何処かへ瞬間移動した。

 

 色々ありすぎて頭がついてこない。

 ジュリアン様が立ち去った後、皆鱗衣を外し、ラフな格好に戻っていた。

 「ジュリアン様、かなり強大な力を持っているじゃないですか、自称ポセイドンを名乗るぐらいですし」

 「お前、口を慎め。ジュリアン様はポセイドン様そのものだ」

 カノンさん曰く、ジュリアン様はポセイドン様の依代で、その力を身に宿している事。

 今でこそ海の平和の為に動いているが、万が一別勢力との闘い(今は協定で行わないらしい)があれば、海闘士が最前線に出る事。

 その別勢力の一つに、タレントの天宮が所属しているアテナの聖闘士(セイント)がある事。

 さらに驚いた事に、カノンさんは聖闘士との兼任をしているというではないか。

 「カノンさんはでも、ほぼこっちにいますよね」

 「戦力的には向こうの方が上だし、聖闘士として動く場合は戦地からの民間人脱出援護で、短期決戦な事が多いしな」

 さらりと言う。

 「何にしても表の仕事である、海洋汚染除去からOJT研修を始めるぞ。

 時期を見て、アテナの聖域(サンクチュアリ)にある対人戦を訓練出来る所で研鑽できるよう手配する」

 両方に所属してるから、色々なつてがあるんだな。

 

 そうしてバイアンさんの元、俺の忙しく充実した日々が始まった。

 自分が海闘士だというのを忘れそうなぐらいに。



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そはかく語りき
8. 予兆


 新章突入です
 何かが起こりそうです。


 「それではお先に失礼します」

 「氷河(ひょうが)、じゃあなー」

 「白鳥(しらとり)くん、また明日ねー」

 「レベジェフ君、明日も宜しく」

 映える金髪を持つ日露ハーフの青年、氷河レベジェフは大学の研究室を後にした。

 苗字のレベジェフはロシア語では白鳥の意味ということで、いつしかあだ名に『白鳥』が定着している。

 スマホで時間を確認し、SMSに『少し遅れるかもしれません』と送信。

 今日は数か月前から教えている家庭教師の日なのだ。

 

 自転車で家に向かうと、その子の母親が出迎えた。

 「あらレベジェフさん、今日も宜しくお願いします」

 「こちらこそ宜しくお願いします」

 「氷河せんせー、よろしくおねがいしまーす」

 中高一貫校の高2、平田(ひらた)心愛(ここあ)も玄関に出てきた。

 ギャルとまではいかないが、化粧や髪の染色をしている今時の娘だ。

 このままでは内部進学が危ういということだったが、実際最初はひどい成績だった。

 氷河は部屋に入ると早速、数日前に返却されたという定期テストを確認する。

 「俺が覚えておくように言った単語とか全然勉強してなかったな?」

 「だってぇ、せんせー全然デート誘っても乗ってくれないしぃ」

 少しいらついた表情で氷河が「それは関係ないだろ」と切り返す。

 「数学とか化学とか、考えなきゃな所は先生の説明で理解できたんだけど、暗記系が全然できなくてさぁ」

 「そこは俺が効率的に覚える方法を何度も教えてる。君が実践するしかないんだがな…」

 毎度そんなやり取りを繰り返しながらも、心愛の小テストの点数は上昇しているので、確実に家庭教師の効果は出ているのだろう。

 

 「それじゃーせんせーさよーならー」

 90分の授業が終わり、玄関先まで見送りに来た心愛が氷河に向かって手を振る。

 氷河も自転車にまたがりながら返事をした。

 その矢先、氷河の表情が険しくなる。

 「なんかあったの、せんせー? トイレなら貸すよー」

 「いや、なんでもない。というか、腹は痛くないしな。それじゃまた来週」

 と平田家を出発した。

 

 暫くして氷河はその住宅街にある小さな公園に自転車を止めた。

 「俺についてきているのはわかっている、姿を現せ」

 公園内の気温がみるみる下がる。

 氷河が睨んだ滑り台近くの地面に氷柱のようなものが出来ると、その柱あたりから声がした。

 「くくく、よく我の事を気づいたな」

 「敵意を向けた小宇宙を隠そうともせず発していたら、当然だろう」

 「しかし、我の姿を見つけることはお前には無理だ」

 そう聞こえると共に、小宇宙がぷっつりと消えた。

 (俺に対して、いや、聖闘士(セイント)に対する宣戦布告なのか?)

 氷河は黄金(ゴールド)聖闘士として依頼主と直接交渉する立場だ。

 よって各国政府関係者や軍事方面に顔が割れているのは当然なのだが、最高位である彼に直接接触してきた意味を図りかねていた。

 そして凍った公園を元の姿に戻すとその場で念話(テレパシー)を送った。

 日本にいるあと二人の黄金聖闘士と連絡を取り合ったのだ。



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9. 発見

8. の続き
文字通り発見します


 いつの間にか、氷河の隣にはいつの間にか快活そうな青年が立っていた。

 もう一人は撮影がまだかかるから、行けても遅れるとの返答。

 真剣な表情で地面が少し濡れている氷柱があった場所を黒茶色の髪の青年が眺める。

 「オレ一応来たけど、こういうのは瞬の方が得意だろ。それにここらの土地勘ねぇしさ」と新たに来た青年、星矢(せいや)

 「オレが気づかなかった何かを星矢なら見つけられるかもしれんしな」

 氷河は場を有利に作り変えてから戦闘開始するが、一旦始めるとその場に集中してしまい周りが見えなくなりがちなのを自覚している。

 逆に星矢は純粋な力こそ黄金の中では下位だが、戦闘に対する天才的直観力、相手の隙を見逃さない客観性を持ち合わせている。

 星矢は静かに小宇宙の痕跡を辿ろうとしながら濡れた地面に近づく。

 「なんだこれ?」

 星矢が地面で見つけたものは、複数の蟻の死骸。

 おもむろに星矢が公園にあった石で丁寧に土を掘り始める。

 氷河も倣って掘り始めると、普通でありえないものがそこに埋まっていた。

 「なんで、こんな所に人間の死体が。いや埋まり方も普通じゃないし」

 より深く、死体の周りを掘り進める

 それは両手を上に掲げた状態の全裸の男の死体。

 腐敗状態からして死後数日は過ぎてそうだが、しかし今まで動いてたといえなくもない奇妙な感じもする。

 

 「あー氷河せんせー やっぱ体調悪くて公園でへばってんじゃん」

 さっきまで教えていた娘がそういいながら公園へ近づいてくる。

 心配して追いかけた先で、疲れて跪いていると勘違いしたようだ。

 「心愛(ここあ)さん、公園に入るな!」

 「えっ?」

 いつにもなく真剣で威圧的な声だったので心愛は思わずたじろく。

 そして星矢は心愛から死体が見えない位置を確保しつつ安心させようと

 「この子が氷河の教え子か、かわいいじゃん」と話しかけた。

 「こんばんはっす。平田心愛でーす。氷河せんせーのトモダチですかぁ?」

 すぐに誰とでも仲良くなれる星矢の性格はこういう時役に立つ。

 「オレは射馬(いば)星矢。

 責任もって氷河を連れて帰るから心配するなって。

 あと、夜も遅いし氷河に変わってオレが家まで送るぞ?」

 「うーん、氷河せんせーほどイケメンじゃないけど、喋ったら楽しそうなおにーさんだし、たのもーかなー」

 星矢と一緒に心愛が公園から離れていく。

 心愛が公園から見えなくなると、氷河は公園全体を氷の結界で覆った。

 光りの乱反射の応用で一般人からは公園内が何もないように見えるのだ。

 

 その後、暫くしてもう一人の念話先の男が現れた。

 「ごめん氷河遅れて、ってこれは?!」

 全体的に色素が薄く、それでもって非常に容姿の整った青年、瞬だ。

 ありえない場所に埋まっている死体をみて驚く。

 「オレが連絡を入れた後、星矢がこれを見つけた」

 「で、星矢は?」

 「オレの教え子が近づこうとしてたから、オレの代わりい家まで送ってる」

 瞬がふぅんと返事すると、それを「視」ようと近づいて跪いた。

 瞳の色が本来の薄茶色から、深い碧に変わる。

 彼から発する小宇宙は周りに悟られないよう抑えられつつも、全てを包み込むような神々しさを孕んでいた。

 少しすると星矢が戻って来た。

 「瞬、やっと来たか」

 「ごめん、少し調べてる静かに…」

 瞬は目を瞑り、静かになる。

 数分後

 「…名前は〇〇。この人の魂が冥界へ堕ちてきたのは46日前だね。」

 瞬が立ち上がりつつ言うと、瞳の色や小宇宙も本来のそれに戻った。

 「1か月以上経った死体には見えないんだがな」と氷河。

 「魂がなくても、エンバーミングとか色々方法があるし、この場では何とも」

 「じゃあ小宇宙や声はどう説明する?」

 「声は細胞単位で動かせばなんとでもなるけど、小宇宙は何らかの魂が乗り移った、か。

 直接僕が見ない事には断定出来ないけど」

 「とりあえず今回は死体遺棄事件として警察に引き継いでもらうか。

 瞬もこれ以上今のところ分からないんだろ?」と星矢。

 瞬も頷く。

 「僕も似たような事件がなかったか、兄さんやパンドラさんにも調べてもらうよ」

 

 氷河が警察を呼ぶ。

 最初は三人が第一発見者として怪しまれ、またタレントも交じっていたので驚かれたが、警視庁幹部は当然彼らの正体を知っていたので、容疑者から外れた。

 魂云々の件は当然警察には話せないので、死後三日程度、身元不明の死体遺棄事件として処理された。

 ただ、閑静な住宅街の公園で見つかった死体、さらに発見したのが有名人ということで暫くワイドショーやスポーツ新聞をにぎわせる結果になったが。



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10. 日常

9. の続き
 忙しそうです


 「それでは友人が気分悪くて迎えに行った先で見かけたんだね」

 何度も同じことを繰り返して聞かれるが、それに答えるのも仕事だ。

 医学部三年生は解剖実習を経験済みという前提でキャスターは話を続ける。

 「はい、友人達にとってはショッキングだったでしょうし…」

 そういいながらリモート画面先に映っている男は神妙な面持ちになった。

 

 瞬は()()聖闘士の中でもトップクラスの人気があり、暫くした後芸能界入りした経緯がある。

 本人が学業優先という事で他の同年代に比べるとメディア露出は少ないが、まわりを明るくする雰囲気と目を引く非常に整った容姿なので、CMや雑誌等で見ない日はない。

 ネットで偽情報を書き込まれ少し炎上もするが、()()()瞬に対するものはすぐに鎮火するのも特徴である。

 

 「それでは天宮くん、ありがとう」

 「ありがとうございます」

 ノートPCの電源を落とし、学校から借りていた小教室から出る。

 午後からの授業に備えなければいけない。

 何せ出席しないと単位は取れないし、卒業しないと目指す医師の為の免許の受験も出来ない。

 

 星矢達が本当にショックを受けているかというと、瞬は実の所そうは思っていない。

 死体を戦場で見かける事など日常茶飯事だからである。

 瞬も戦場で見かけた時は悲しい思いをしながらも、死者を弔う事を何十回としてきた。

 魂の片割れは「それも世の常だ」と語りかけるが、慣れてはいけないと言い聞かせる。

 ただ、その魂のおかげで勉強をせずとも知識が流れ込んでくるのは有難いと思う。

 

 「よぉ天宮、お勤めご苦労さん」

 同じ学部の伊藤(いとう)学人(がくと)だ。

 学籍番号が近く、同じ現役生という事で入学後友人となった。

 瞬自身、普段は芸能人らしい雰囲気を作ってないのも大きいが、一友人として接してくれる存在だ。

 「昨日は災難だったな」とだけ言う。

 それ以上何も聞かないのも彼の気遣いだろう。

 「伊藤、今日は授業中に寝るなよ。確実に広山先生に目をつけられてるし」

 瞬は話を切り替える。

 「午前のウィルスん時、後ろのほうで途中から寝てたし今は大丈夫」

 「それはそれでどうなんだよ。テスト前にまたノート見せろとか言いそうだな」

 などと軽口をたたきながら次の大教室まで移動する。

 知識として知っているとはいえ、実際に経験している人の話は面白いので、瞬は授業を楽しみにしているのだ。

 

 「…それでは授業を終わる。明日は小テストをするからな」

 広山先生がそう言って教室から出ていくと、隣で教科書を枕にしている友人をゆする。

 「授業終わったよ。僕はその後行くところあるから。じゃあまた明日」

 目をこすりながら手を振る友人を尻目に、急いで誰もいない場所を探す。

 昨日の事件は明らかに聖域(サンクチュアリ)ではなく冥界(インフェルノ)の事案だ。

 瞬は意を決した表情で瞬間移動(テレポート)した。



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11. 冥府の書

 仄暗く冷たい空気が流れる。

 いや、そもそもそれは空気なのだろうか。

 そこは全ての生命を唯一平等にする場所、冥界。

 

 そしてほんの一握りの人間にしか発露しない、生きながら冥界に行ける能力、第八感(エイトセンシズ)

 本来、瞬はその力を使わずとも冥界に入る事が出来る。

 彼の片割れの魂はハーデスであり、冥界を統べる王神。

 ただ、この依代は聖闘士としての行動を優先し、冥王として振る舞う事を極力避けてきた経緯がある。

 己自身の強大な小宇宙をもって第八感を使う。

 そうして死の拠所たる冥界に生者たる瞬は降り立った。

 

 「瞬様」

 「こんな時間帯に帰ってこられるとは珍しいですね」

 瞬の小宇宙に気づいた、人骨の形をモチーフにした鎧を纏った男達や、修道女の如き服装の女達が次々と挨拶する。

 冥闘士(スペクター)と呼ばれる、平時は冥界・特に地獄(ゲヘナ)を管理し、神々の闘いともなれば戦力になる者達だ。

 当初は敬称をつけないでくれと頼んだが、いつまでたっても止めてくれないのでそこは諦めている。

 もっとも聖闘士最高位でもある瞬は聖域でも同じ扱いをされる為、今更というのもあるが。

 「こんばんは、皆さん。少し調べたい事があるので、寄らしてもらいました」

 「寄るなんておっしゃらずに。ここはあなた様の本来の住処なのですから」

 聖闘士を辞め、冥王に収まれと片割れの魂が訴える。

 しかし依代の条件として「聖闘士は辞めない」と当初から伝えているのだから、そこは引かない。

 

 瞬間移動で第一(プリズン)・裁きの館に到着すると、担当獄卒のマルキーノが出迎えた。

 「ルネ様に用事がおありで? 今は丁度亡者が来てないので、お話出来ると思いますぜ」

 敵として対峙した当時と違い、今は丁寧な態度で接してくる。

 「ありがとう、それではお邪魔しますね」

 正門の扉をゆっくり押し開け、館の中に入る。

 地獄に堕ちるほど悪行を働いた亡者の魂を裁き、しかるべき罰を与えるに適した獄へ落とす。

 それがこの館の主の代理人、天英星バルロンのルネである。

 「瞬か、珍しいな。何故ここに来た?」

 「ここ数か月間に亡くなった方の情報が欲しくて、閻魔帳(ファイル)を調べさせて貰いたいんだ」

 閻魔帳には地獄のみならず、大半が向かう不凋花(アスポデロス)の野に堕ちた者の魂も記載されている。

 「地上で何があったのだ?」

 ルネが訝しげに尋ねる。

 「氷河が挑発的な小宇宙を追いかけた先に、喋る死体があったんだ。さらにその死体の状態が亡くなった時期と一致しなかった」

 「それで堕ちた先に本人に聞くのか」

 いいやとかぶりを振り、魂は安らかに休んでほしいとの意を表した。

 「語った内容が聖闘士への宣戦布告的な内容だったらしいから、一人だけとは考えづらい。

 同じようにされた方々がいないか調べたいんだ」

 そこまで瞬が語ると瞳の色が変わり、小宇宙が冥王のそれに変わる。

 ルネはその場に跪き、どうぞ心ゆくまでご覧下さいと申し出た。

 

 瞬は裁判室に併設する書庫に行くと、本棚に手を触れる。

 すると大量の閻魔帳が周りを飛び交い、また数冊は瞬の目の前でページを開いて留まる。

 やはり一人だけではなかった。

 彼らの生前の経歴を辿る為、少しページを戻す。

 瞬の顔がどんどん険しくなる。

 「こんな方々も…なのか」思わず呟いた。

 

 書庫を元に戻し、神の意志(デュナミス)も収める。

 ルネにありがとうと声を掛けた後、冥王神殿(ジュデッカ)の居住区へと更に移動する。

 「ラダマンティス、いたんだ。なら丁度良かったよ」

 冥闘士の最高幹部・三巨頭が一人にして地上部隊を担うカイーナ軍の長、天猛星ワイバーンのラダマンティスがそこにいた。

 世界情勢を鑑みたこれからの死者数の推移予想や、各宗教団体から提案された教義との整合調整等、書類箱には報告書や決裁待ちの書類が堆く積み上がっている。

 「来たのならついでに目を通していけ、瞬」

 分かったと頷きつつ、瞬も自分の用件を伝える。

 「こっちも皆と情報共有しておきたくて来たんだ。

 ハーデスには予知能力はないけど、きっと地上で混乱が起こるのが予想出来る。

 そこには死者を弄ぶ行為も含まれているんだ」

 

 



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12. 家族

 中華人民共和国、江西省北部に位置する廬山風景区。

 国内外からの観光客が数多く訪れる別荘群を抜け、五老峰を繋ぐ石階段で出来た遊歩道途中から山中に分け入るは、美麗な長髪を緩く束ね、大きな籠を背負った若き偉丈夫。

 観光客がそちらは危険だとその男に声をかけるが、道沿いの露天商が観光客に対し、彼は大丈夫だと引き留める。

 

 その男が小刀で草木を凪払いながら道を作る。

 先に広がるは、雄大なる大瀑布と一軒家がある秘境だ。

 「父亲(とうさん)お帰り」

 「老師(せんせい)お帰りなさい」

 畑仕事をしていた六歳ぐらいの少年が作業を止め、駆け寄ってくる。

 隣で同じ仕事をしていた十歳ぐらいの少年も挨拶した。

 「ただ今、翔龍(しょうりゅう)。母さんでも食べられると思う食材を仕入れてきたぞ。

 梓豪(しごう)も待たせたな」

 父と呼ばれた二十代前半の男、紫龍(しりゅう)は、悪阻(つわり)で苦しんでいる妻、春麗(しゅんれい)の為に麓の村まで買い出しに行っていたのだ。

 「さて、母さんの所へ戻ろう」

 

 家に入り、台所に籠を下ろす。

 「初めて見る野菜や干物もあるや!」

 翔龍が目を輝かせる。

 梓豪は慣れた手つきで籠から食材を並べていった。

 「紫龍、お帰りなさい。動けなくてごめんなさい」

 妻であり母である春麗が寝室からゆっくりと出てきた。

 「今すぐ梓豪と夕飯を作り始めるから待っていろ、春麗。翔龍は農具を片づけてくるんだ」

 少年達は頷くと各々作業にとりかかった。

 

 紫龍達が作った料理は食べやすかったらしく、春麗の食も進んだ。

 「今秋からお前も小学校だが、本当に俺が毎日村まで送迎しなくても良いのか?」

 「そうよ、お父さんと一緒なら一瞬で村まで行けるのよ」

 「俺は徒歩でもそれほど時間がかかりませんが、翔龍はそうはいきませんしね」

 最近の話題はもっぱら翔龍の通学問題だ。

 一番近い小学校までは、麓の村から校車(スクールバス)に乗る必要がある。

 一般人がここから村まで歩いていくには、片道二時間は見越さないといけない。

 内弟子の梓豪は訓練の一環として最近は一時間を切るようになったが、聖闘士の訓練をまだしていない翔龍には厳しい道のりだ。

 それに一人でも村へ行けるよう今日も道を整えて来たが、二週間もすれば植物で覆われてしまう。

 「その為に今から梓豪さんと一緒に体力作りしてるんだ。でも秋になっても無理そうならお願いするかな」

 

 翔龍や梓豪が眠った後は、紫龍の師・童虎が遺した書を読みふけるのが最近の日課だ。

 聖戦が終わり、親友が還った直後から、遺言じゃよと様々な内容を書き溜め始めた。

 生薬の見分け方、前聖戦の記録、弟子の育て方、等々。

 紫龍自身、色々な事が手探り状態なのは否めない。

 特に童虎が亡くなって一人で行うようになってからは不安も先行する。

 本人は才能がなく正規の聖闘士になれなくとも、世の中の役にたてるのならばと言うが、受け持つからには育て上げたい。

 

 早朝訓練と朝食の後に梓豪を見送ると、山へ一人薬草を採りに分け入る。

 籠一杯になるまで野草を摘み終わると、新鮮な内に南昌市近郊にある製薬会社の工場へ納入する。

 基本的に自給自足出来ているが、服飾や学費等、どうしても現金は必要となる。

 資材部の人からは

 「(りん)家のものは物凄く高品質で鮮度が良いから助かっているんだよ。また明日口座に振り込んでおくから」と伝えられ、その場を後にした。

 

 都市部では情報収集もする。

 情報統制で外国メディアが伝えられない事も、中国へ帰化した紫龍には知ることが出来る。

 聖域に現地の情勢を伝えるのも、各地に散っている者の役目である。

 そこで、時々訪れる軽食屋の店主から妙な話を聞かされたのだ。

 



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13. 噂

 「最近数日だけふらっといなくなって、そんで何事もなかったのよう家に戻る連中が多いらしいんよ。

 そんで、その間何してたか聞いても多分寝てたとしか答えないらしくてさ。

 あと、性格もがらっと変わって殆ど喋らなくなったとかも言ってたな」

 江西炒米粉(江西風焼きビーフン)をテーブルに置きながら、店主が話しかけてきた。

 以前、客として入店した紫龍が客同士の喧嘩を諫めて以来、懇意にしている。

 「最初は酔っ払いが家帰れなかっただけかと思ったんだけどよ、なんかしょっちゅうその地区で続いてるらしいんだわ」

 南昌市は都市部の中でも治安が良い方なので、違和感を感じる。

 「田舎でもないのにそれは妙ですね」

 「だろ? なんか不気味だろ?

 兄ちゃん、なんかこの事件に関する噂話あったらこっちにも回してくれよ。

 客を安心させてぇし。

 あんた行商人なんだから顔が広いんだろ?」

 「店主が思っているほど知人は多くないですけどね。

 何か教えられる事があったら伝えますよ」

 

 勘定を払い店を後にすると、早速店主が言ってた地区に向かう。

 初めて訪れる地域だが、スマホを頼ればそれほど迷わない。

 数日で帰ってくるのなら警察がいちいち動かないだろうが、店主が言う通り、当事者の家族は困惑しているのだろうと顧慮する。

 紫龍にも守るべ大切な家族がいるので余計に痛感する。

 住宅街ですれ違う人々にじろりと見られるが、見たことのない田舎風の人間がうろついてるのが気持ち悪いのだろう。

 それに不振な動きをすると監視カメラを通じて逮捕すらありえるのだ。

 まずはこの住宅街にある店舗に農作物を置かせてもらえるか交渉し、馴染む必要があるが、今日はあまり時間がないな、などと考えながら時刻を確認していると、前から中年女性がぶつかてきた。

 紫龍は驚く。

 よそ見をしていたとしても、普段なら一般人であろうと気配を感じて避けられるはずなのだ。

 「不好意思(すみません)

 紫龍が謝るも、相手は何事もなかったかのように横を歩いて行く。

 失礼かもと思いつつもその女を凝視した。

 まるで生気を感じない。

 この人が行方不明になった人なのだろうか。

 

 「すみません」

 もう一度話しかける。

 虚ろな瞳で女が見返してきた。

 「あんた、公安か何かで私に用があるのかい?

 そうじゃないんなら、話しかけるんじゃないよ」

 まるで風邪でも引いたかのような、聞き取りにくい声が返ってきた。

 「そうですね、不躾でした」

 紫龍がそう答えると、女は遠ざかっていった。

 やはり違和感を感じる。

 生物なら誰でも持っているはずの小宇宙を全く感じないのはどういうことなのだ。

 やはりこの件はより調査する必要があると思い、元兄弟子へ電話を入れた。

 

 「你好(もしもし)、なんだ紫龍か。今仕事中なんだが」

 電話に出たのは江西省公安部で働いている王虎(おうこ)である。

 童虎から破門解除されるも、結局は五老峰を出て一般人としての人生を選んだのだ。

 「済まないな、王虎。またすぐ折り返し頼む」

 それだけ伝えるとすぐに通話を切った。

 

 「少し遅かったわね」

 今日は春麗の体調が良かったのか、翔龍に本を読み聞かせていた。

 「少し気になる事があってな」

 春麗の顔が一瞬曇るも、覚悟した顔で紫龍を見つめる。

 聖闘士として何かなそうとしているのだろう。

 「紫龍も無茶だけは止めてね」

 

 梓豪の帰宅後、夕食の準備をしていると扉をノックする音がした。

 「紫龍、入るぞ」

 念和で話すより直接会った良いと思ったのか、仕事を終わった後に飛んできたのだ。

 「王虎さん、久しぶりです。

 また手合わせお願いします!」

 「梓豪、今日は無理だがまた近々な。

 春麗には妊婦用サプリメントだ。

 紫龍はこんなの買ってこないだろう」

 「ありがとう、王虎」

 夫は苦笑いする。

 こういう気遣いは王虎に叶わない。

 

 「数日行方不明になった後、生気がなくなる人間、か」

 一緒に夕食を食べた後、王虎は所持している通信機器の電源を落とし、書斎で話を聞いている。

 「確かに行方不明者が出ているのは俺も把握している。

 だが党員でもない限り、その後まで警察は調べないだろうな」

 「お前の権限で何とかならんのか?」

 「出来るはずないだろ。

 『偶然そいつに出くわした』ならともかくだがな」

 にやりと口元がゆがむ。

 「でもあまり期待しないでくれ、俺にも立場というのがあるしな」

 



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14.来日

 「別にそこまで導入する必要はないかと、私は思いますが」

 「しかし、それでは収益に響きますので非常に困ります」

 「なら、前回も申し上げたこの懸案に対するロードマップを早急に提示願いたいものです」

 とある会議室での一幕。

 テーブルに向かい合うのはビジネススーツ姿の者達。

 普段なら高圧的態度で威嚇してるのであろう初老の男は、この場では会談相手にたじろいでいるのが伺える。

 横の部下と思われる男も同様に狼狽えていた。

 そして、向かいには彼らと子供以上年齢が離れているであろう男達が、鷹のような目をして座っている。

 「わかりました、天宮さん。また持ち帰って検証致します」

 

 「だから俺はこの仕事に乗り気じゃなかったんだ」

 先ほど会議で圧をかけていた男は廊下を歩きながらバリ語で毒づいた。

 「一輝(いっき)様、直々の指名なんですからそこはしばし我慢を」

 色黒の青年が横で宥めるよう話しかける。

 統合型リゾート開発を中心事業とするホーリークィーンの創設者、天宮一輝。

 東南アジアの貧困層に職を与え、同時に農地開拓も行い自給率を上げる手法は、世界的経済誌などでも特集が組まれた。

 その若きカリスマ経営者は、母国の赤字財政打開切り札として呼ばれたのだ。

 しかし一輝の理念である「貧しさによる苦難を排除する」と相容れない提案をしてくる事に対し、苦々しさを感じていた。

 

 ビルの一室にある日本事務所へ入ると、数名のスタッフがPCで作業をしていた。

 「社長、お疲れ様です」

 一輝達に気付き日本語で挨拶する。

 「俺に気にせず仕事を続けてくれ」

 そう伝えると一輝はPCを立ち上げ、グループウェアに追加された依頼を確認する。

 「インタビューのオファーが数件追加で来てますね。

 仕事ではなかなか日本に戻られないですし。

 お受けになられますか?」

 先ほどまで同行していた男が隣から覗き込む。

 「ゼラ、明後日以降の指示した時間帯なら可能だと先方に送れ。

 当然事前に質問内容は送るよう伝えるのも忘れるな。

 あと、今日はここに残って仕事を続けろ」

 とバリ語で、

 「藤田(ふじた)さん、今から同行を頼む」

 と日本語で指示。

 「はっ、一輝様」

 「承知致しました、社長」

 各々がそれぞれの言語で返した。

 

 幹部のゼラ・オハヨン、コードネームはペガサス。

 ホーリークィーンの企業情報機関(ビジネスインテリジェンス)諜報員である。

 まずは普通に先ほどまで一輝が使っていたPCを使い、インタビュアーへの返答。  

 そしてタネを仕込み、また一輝に頼まれたことを探す為に、自前PCを立ち上げ、使い捨て電話番号を使いダークウェブへ飛び込んだ。

 

 「今回は一週間のご予定ですよね」

 迎えのタクシーの隣に座った藤田好子(よしこ)が訊ねてきた。

 頷きながら

 「今週は宜しく頼む。

 今晩は無理だが、明日は全員で寿司にでも行こうか」             

 「ありがとうございます。楽しみにしてます」

 会話するのは半年前の面接以来となる。

 前職の会社が倒産して途方に暮れていた藤田に、メールで日本事務所立ち上げメンバーの勧誘にしてきたのがこの一輝だ。

 事務処理能力こそ他の社員と比べたら低め(といっても藤田を含め全員が他社だと羨むレベル)だが、どんな相手にも嫌われず立ち回れ、その場を和らげるスキルは稀有。

 一輝の容姿は眉間にある大きな傷や力強い眼光により、どうしても初対面の人間にきつい印象を与える。

 それで同行者に彼女を指名したのだ。

 

 門前にいたテレビ局のディレクターに促され、6階の控え室まで行く。

 藤田が廊下ですれ違う有名人達をいちいち見るので、一輝は普段通りにするよう注意する。

 

 「ここまでくるのに容易な道なりではなかったでしょう?」

 「そうですね。でも私の理念に賛同し、起業に協力してくれた方々や社員に報いるのも私の責任でもあります」

 翌日に放映されるニュース番組の特集枠での取材を受ける。

 奇抜な事を言うと切り取られて編集される恐れがあるので、無難な回答で切り抜ける。

 そのやりとりをカメラが映らない所から藤田は少し緊張して見守る。

 

 宿泊するホテルに移動してからは、取材用に用意した部屋で出版社からの取材が三件。

 そちらも無難にこなす様は、とても二十代前半には見えない。

 アラサーの藤田も自分の社長が本当は年上ではないかと錯覚しそうになる。

 

 「今日はお疲れ様。

 そのまま直帰してくれていいぞ。

 所長には伝えておこう」

 「はい、ありがとうございます」

 てっきり手を出してくるものかと思ったが何もしないのは紳士ね、と思う。

 スキャンダルを避ける為かもしれないけど。

 

 「誰が部下に手を出すか」

 読心術が使える一輝は一週間連泊する部屋に入るなり独白する。

 「お前は自分が思ってる以上に色男なのを自覚すべきだ」

 ベッドの上に座る女がその言に答える。

 起業時に資金提供をしたハインシュタイン社の当代当主にて、私生活でもパートナーであるパンドラ・フォン・ハインシュタインだ。

 「しかしお前も来日するとはな。

 やはり瞬の連絡でか?」

 そう言いながらパンドラの隣へいく。

 「ハーデス様の神力(デュナミス)を使う事態だ。

 さらに瞬が直々に三巨頭へ指示を出すなぞ、よほどの事。

 暫く私も冥闘士トップとして日本で動く必要があるだろうな」

 



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15.集合

 同時刻、業務終了時間直接。

 ダークウェブに潜っていたゼラ想定外、いや想定はしていたが半信半疑でいたものを発掘していた。

 誰にもディスプレイを見せないようパーティション内で作業していたが、思わず叫んでしまったので、向こう側から心配する声が掛けられた。

 「ちょっと驚いただけだから気にしないで」

 英語で答える。

 そして画面を非表示にし、一輝に今から会えるか念話でやりとりを始めた。

 強力な超能力者は他者同士の念話に入り込めると一輝に以前教えられていたからだ。

 自分のノートPCを片づけている途中、丁度終了時間となった。

 残った職員達にも早く帰るよう促すと、自分も荷物を纏め、足早に退出した。

 

 一輝が泊まっている部屋に移動する。

 「パンドラさんもご一緒だったんですね」とゼラ。

 「私も話を聞かせてもらおう。

 恐らく共通の敵だ」

 パンドラがそういうと、小宇宙を高めた。

 冥府に連なる者の能力、隠す力だ。

 「パンドラが結界で外部と切り離した。

 解ったことを伝えろ」

 

 「死体をエンバーミングで姿を留めるのではなく、生きているかのように動かす技術があるらしい、だと?」

 パンドラが驚く。

 「方法まではさすがになかったんですが」

 「なら、瞬達が見た死体は実験途中で破棄されたものか何かか。

 氷河が聞いた声も、死体の細胞を動かしたんではと瞬は考察してたしな」と一輝。

 さすが医者の卵、と納得するゼラ。

 「どちらかというと、あれは神の知識の一端だろう」と一輝。

 「小宇宙の正体は多分瞬は気付いたんだろう。

 魂のみで強大な小宇宙を発するのだとしたら、神を疑わなければならない。

 なら、聖闘士である氷河に接触してきたのも解る。

 そして瞬はハーデス様として動く決意を固めた、か」

 「神を怯ます事は出来ても、俺達人間では決定的ダメージを与えられないからな。

 あいつはまた抱え込もうとしてるのか」

 兄として弟の性格を十分理解しているが故の懸念である。

 

 翌日、一輝はゼラには引き続き複数サイトへ潜るよう指示。

 一輝自身は午前中、事務所で日本における今後の方針などの会議を行う。

 パンドラも午前中は日本支社を視察。

 オーナーの急な来社に慌てているだろうが、逆に普段の様子を視られてよいとも思う。

 ハロルド・ドラン営業部長こと、ラダマンティスも午前中から合流する。

 午後からは一輝と共に城戸物産を訪問。

 名目上は新規取引案件だが、城戸沙織に会うのが目的だ。

 

 「いらっしゃいませ、ハインシュタイン様」

 受付役の事務員が英語で対応する。

 入室してきたパンドラの美しさに他の所員達が色めき立つ。

 二人は出資元として各種書類を確認しにきたのだ。

 その横で背の高い営業部長が無愛想に控えていた。

 二人は所員から資料を受け取り手早く作業する。

 「よく纏められているわ、完璧よ」

 パンドラが書類を返しながら労いの言葉をかけた。

 「では向かうとするか。ゼラも付いてこい」

 「はい、一輝様」

 出発の用意は既に終わらせている。

 「あの、今回私は…」と藤田。

 「今日の行き先は知らない所ではないから、そのまま仕事を続けてくれ」

 「承知致しました」少し残念そうに返事する。

 

 四人が事務所を離れた後、藤田に同僚が話しかけた。

 「好子、何空気読めない事しようとしてたのよ?

 パンドラさんは社長のパートナーよ」

 「出資者なんだし、当たり前でしょ」

 「意味違うって、社長とは恋人以上の関係って事。

 あなた、もう少し色んな雑誌読んで情報仕入れなさいって」

 全然そういう雰囲気を感じさせなかったので驚く。

 ああでもそれで手を出してこなかったんだと納得したのだった。

 



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16. 協議

 一輝は運転しながら同乗者に指示をとばす。

 「パンドラは現地に到着したら、また結界を張ってくれ」

 「ペガサス、結界後は電化製品が使えなくなるから、今の内に電源を落とすように」

 そうこうしている内に到着した先は豪奢な大豪邸である。

 駐車場へ停車した後、使用人に導かれ邸宅に入る。

 「皆さん、ようこそお越しくださいました」

 この場で一番若く、それでいて凛とした佇まいをした城戸グループのトップ、城戸(きど)沙織(さおり)が四人を出迎える。

 その正体は、聖闘士(セイント)の奉じる女神アテナそのものだ。

 「よお一輝、スーツ姿も様になってるな」

 その場におおよそ似つかない学生風の格好をした青年が二人、後から続いて出てくる。

 射手座(サジタリウス)黄金(ゴールド)聖闘士であり、歴代ハーデスの依代の親友として、また最も身近で女神を守護する立場として転生する魂を持つ射馬星矢。

 沙織を女神としてのみならず、人間・城戸沙織としても敬愛する一角獣座(ユニコーン)青銅(ブロンズ)聖闘士セイント、牧角(まきすみ)邪武(じゃぶ)

 「オレ達も参加させてもらうぜ」

 

 応接室にあるアンティーク調のテーブルセットへと沙織は促し、全員席に付く。

 それを見越してメイドがアフタヌーンティの準備をすると、すぐに部屋から退いた。

 「お前ら、今日講義は?」と一輝。

 「ああ、それ先生がぎっくり腰とやらで休講の連絡が来てな」と星矢が笑う。

 「オレはそもそもこの時間帯に授業を入れてない」と邪武。

 「そんで授業で分からない所を、沙織さんの所で秘書見習いしてる邪武に聞こうと思って来たら、お前らが来って言うんで予定変えたんだぜ。

 そもそも来るの知ってたら授業あっても休んでたけどさ」

 「お前は大教室だとほぼ寝てるから理解出来ないんだろうが」

 年相応のやり取りが続く。

 「もうその辺で良いか?」

 ラダマンティスが苛つきながら話を遮った。

 

 研究室からやっと抜け出せたという氷河が室内に入るのを確認した後、パンドラが結界を張る。

 瞬は出席必須の講義に参加するので城戸邸に行くのは無理だが、意識をこちらへ飛ばし、会合には参加すると事前に伝えてきている。

 なお、紫龍の力では流石にパンドラの結界を越えての念話は不可能なので、事後報告する事とした。

 「こちらも星矢達から概要は聞いています。

 中国の紫龍からは生きているけど死んでいるような人に出会ったとの連絡があったわ。

 それも複数の人との事」沙織が切り出す。

 「紫龍、今は春麗さんが大変な時期だから日本に行けない代わりに、現地で王虎と一緒に調査するって言ってたぜ」

 星矢が追加する。

 ゼラこと、ペガサスが続けて「ダークウェブに俺は潜ったんだが…」

 次々と情報をすり合わせていく。

 「ラダマンティス、ハーデス様がお前たち三人に出された指令を今一度答えよ」

 パンドラがラダマンティスに命じる。

 「は、それでは…」

 曰く、ラダマンティス配下、地上部隊のカイーナ軍は不審な新興宗教団体の発見・監視を。

 ミーノス配下、地獄監理部隊のトロメア軍は不安定な魂の発見や、生者が紛れこんでないかの探索を。

 アイアコス配下、財宝武器管理部隊のアンテノーラ軍は、各地に散らばる神々の武器、特に地上において人間が美術骨董品として所持している物の行方の再確認を。

 「おいおい、めっちゃ忙しくしてるじゃないか」

 星矢が驚く。

 「全て普段の業務のついでに出来る範囲だがな。

 瞬間瞬間で動くお前等聖闘士と一緒に考えるな」

 ラダマンティスが返す。

 「瞬が冥王として最初から地上で最大級の神力(デュナミス)を使うとすぐに真相に行き着けるかもしれないでしょう。

 しかしそうすると他の神々を刺激し、最悪聖戦を引き起こしかねないから、冥闘士を使わざるをえないのかと。

 ケリをつける最後の瞬間は私も含め、全力で神として挑ませてもらいますけどね」

 沙織の神としての決意だ

 「沙織さんの仰る通りです。

 僕自身、出来る範囲が限られて、冥闘士に負担かけてしまうのは心苦しいんですが」

 瞬の念話が流れ込んでくる。

 「それが私達の使命なのだから、申し訳ないと思うな。

 お前はもっと自分の立場を弁えるべきだ」

 パンドラが姉として窘める。

 「そうそう、もっとオレ達を頼れって。

 オレ達は地上の平和を守る聖闘士なんだぞ」

 星矢が言うと邪武も続けて

 「オレはここにいる中で一番弱いが、それでも出来る事はいくらでもあるしな」

 ありがとう、と瞬は伝えた。

 

 「で、具体的にどうするんです?」

 と氷河。

 「まずは冥闘士への協力が手っ取り早いだろうな」

 一輝が提案する。

 「もっとも冥界は機密事項が多すぎるから来られたら困るがな」

 ラダマンティスは続いて答える。

 「…ちょっと待って」

 瞬の緊張が皆に流れ込んでくる。

 「不凋花(アスポデロス)の野の冥精(ランパス)から、報告したい事があるとの連絡が入った」



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17. 不凋花

 少し前

 「ごめん伊藤、今日はがっつり講義中寝てると思うし」

 「お前が睡眠宣言するなんて、珍しい事もあるもんだな。

 さては昨日の仕事、遅かったとか?」

 「まぁそんな所だな」

 瞬が最後列の端に座ると、スマホで講義を録画する準備をし始めた。

 「普段はノート見せてもらってばかりだから、今日は頑張って取っといてやるよ」

 それに対して感謝の意を表した。

 

 実際は寝るのではなく、瞳を開けられないのが正解である。

 神の寵愛を受けたパンドラの結界を突破するのは、瞬自身の力では不安である。

 かといって神力(デュナミス)と使うと瞳の色が変わり、回りの人間に露呈してしまう。

 また、滲み出る力を察知されない程度まで抑える意味もある。

 授業最初に行われる点呼を終わると瞳を閉じ、城戸邸へ意識を飛ばした。

 教室内の瞬の様子は本当に眠ってるかのようだった。

 

 数十分後、沙織たちから協力を確約してもらっている最中、冥界の冥精(ランパス)から報告が入った。

 急いで意識を城戸邸から冥界へと移す。

 

 

 不凋花(アスポデロス)の野とは、地獄に堕ちない(地獄に堕ちるのはよほどの極悪人のみである)ほぼ全ての人間が、死後に行きつく場所である。

 魂はそこへ入る前に忘却の(レテ)川の水を飲み、前世の記憶を全て消し去った上で、転生を穏やかに待つ。

 

 だが一人、忘却の川の水を強硬に拒否する魂があるという。

 「その魂はポセイドン様にどうしてもお伝えしたい事があるので、取り次いで欲しいと申すのです」

 ポセイドン配下の人間というのは穏やかではない。

 自分自身も直接会って話を聞く必要があるだろう。

 「わかりました、その魂には暫くそこで待機してもらってください。

 3時間以内にはそちらへ向かえると思います」

 テスト期間前という事で、レギュラー以外の仕事は入れてなかったのが幸いした。

 ゲスト出演するバラエティー番組などは深夜まで撮影が及ぶ事もざらなのだ。

 

 沙織達にポセイドン配下の人間の魂について軽く説明し、己の意識を人間へと戻しつつ瞳を開ける。

 丁度、三連続講義の合間の休憩時間のようだ。

 「天宮、大丈夫か?

 悪夢でも見たのか?

 かなり厳しい表情してたが」

 心配そうに伊藤がこちらを見る。

 「まあ悪夢と言えば悪夢かもな」

 

 残りの講義はきちんと受けた後、伊藤に別れを告げて足早に退室し、先日同様、まずは冥王神殿へと向かう。

 週の半分までと決めていたのに、冥府へ行く頻度を上げざるを得ないのは仕方がないかと自嘲する。

 ジュリアンは恐らく配下の人間が亡くなった事を把握してるだろうが、念の為知らせようと思う。

 ギリシャは今真昼なので、起きているだろう。

 念話をしかけた時、ジュリアンは丁度昼の休憩のタイミングだったらしい。

 「瞬か、オリエッタに関してか?」

 確か海底神殿で何度か会った、事務方の一般人だったかなと思い出す。

 「昨日、急用が出来たから二日ほど休ませて下さいと彼女からメールが来た。

 死んだのは確か今日、私が眠っている時間帯だったと思う。

 死体は発見されてないが、事故や事件なら警察に任せるべき案件かと思ってたが」

 従業員が休暇中に急死したのなら、もっともな判断であろう。

 「別れの挨拶だけなら冥精は無視してたと思います」

 瞬が切り出す。

 「そうでなく『ポセイドン』名指しで取り次ぎを頼んできたのがとても気になりましてね」

 先ほど沙織達と話した内容も共有する。

 瞬が何を懸念しているのか、ジュリアンは感づいたようだ。

「私は安易に冥府へ行ってはいけないからな。

 済まんが代わりに聞いてきてくれ」

 

 不凋花の野の門へ降り立つ。

 その姿は漆黒のローブを纏ったハーデスとしての正装。

 冥闘士の行動範囲は地獄に限定されており、冥界全体を移動できる権限を持つ人間は、ハーデスの眷属神である双子神に認められたパンドラただ一人である。

 その彼女は今、地上で冥闘士の指揮に入っているはずだ。

 

 「お待ちしておりたした、ハーデス様。

 これが先ほど申し上げた魂です」

 冥精が魂を連れて姿を表す。

 魂といっても生まれたままの姿の人間の形をとっているので、一目で誰かわかる。

 オリエッタ・コレリだ。

 「瞬くん、久しぶり。

 てか、私すっ裸で恥ずかしいんだけど。

 襲わないでね、なんてね」

 「人間風情がハーデス様に対し、なんて口ぶりを」

 冥精が怒りを露にする。

 冥王が控えるようにと片手をあげると、冥精はその場で首を垂れた。

 

 魂が安らげるよう設けられた東屋で二人は向かい合って座った。

 恥ずかしがるオリエッタに、冥王が霧で体を覆ってやる。

 「僕は今、聖闘士としてではなく冥王としてこの場にいるので、そのつもりでお願いしますね」

 穏やかな、しかし大神たる威厳を持って話しかける。

 「わかりました、ハーデス様。

 まずは私が殺された所からお話します」



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傲れるものは
18. 来訪者


 「洋、なんかスマホに通知来てるぞ?」

 「ちょい確認するし、田中。

 げ、会社からじゃねーか」

 なんで休みの時に会社の連絡用アプリから通知来るかな。

 休日は城上大学の学食で昼飯を食いながら女子見るのが至福なんだよ。

 職場は交代勤務だけど、休みもきっちりくれるし高給だしやりがいもあるし良いこと尽くしなんだが、一つ残念な所がある。

 そう、女子が圧倒的に少ない!

 だから休みの時ぐらい野郎成分を排除したいんだ。

 

 アプリにはギリシャ現地時間の17時に全員緊急召集との文面。

 「悪い田中。

 今晩、急に仕事が入った。

 カラオケは次の休みで」

 「仕方ねーな洋、なら来週な」

 深夜の召集だし、多分徹夜になるだろう。

 今からマンションに帰って一眠りするか。

 目覚ましは21時にセットで良いよな。

 

 

 海底に着くと七将軍も含め、ほぼ全員が揃ってる。

 何気に俺の入社式以来の全員集合?

 重要な会合とかある時は、メインブレドウィナ前の広場と決まっているし、ここで良いよな?

 と、入社して三ヶ月、仲良くしてくれている事務担当の先輩が見当たらない。

 「オリエッタさん、確か今日から出勤でしたよね?

 まだ来てないんすか?」

 「確かそのはずだが、そういや今日も休んでるな」

 朝から出勤のシフトだったバイアンさんが教えてくれた。

 「それは、いや…」

 カノンさんが言いよどんでるけど、家族の不幸とか、深い事情を知ってるのかな。

 

 「もうそろそろだろうな」

 カノンさんが時計を見る。

 すると小宇宙を二つ感じた。

 片っぽは、滅茶苦茶デカくて荒々しくてやばい感じ。

 もう一つは一般人かと思うほど小さいけど、どこかほっとする感じ。

 

 「ラダマンティス、此処を攻め落とす勢いの小宇宙を発しながら来るな」

 カノンさんは大きい方の小宇宙の持ち主を睨みつけた。

 どうも知り合いらしい。

 「ふん、お前ならいきなり攻撃してくるかもしれないしな」

 ラダマンティスと呼ばれた男も睨み返しなが言ってる。

 「あの二人、いつも会うとああいう感じだ。

 喧嘩するほど仲が良い、とか日本では言うだろ」

 アイザックさんが友人の日本人に教えてもらったとかいう例えを混ぜながら俺に解説してくれた。

 「「誰がだ!!」」二人同時に言うとか、やっぱ仲良しさんかよ。

 と、隣で明るく笑ってる一般人、一般人?!

 (なま)天宮瞬じゃねーか。

 俺に気付くと、

 「東海洋くん、遅くなったけど海闘士の就任、おめでとう」

 にこにこしながら日本語で話しかけてきた。

 俺も思わず日本語で返す。

 「あざっす。

 失礼っすけど、天宮さんてもしかして聖闘士でも弱い方っすか?」

 バラエティー番組でみた感じ、運動神経は大した事なかったし、第一こんな小宇宙で戦えるとは思えない。

 天宮が少し驚いた顔で見つめ返してくる。

 俺が女なら絶対惚れてるぞ、くそ。

 「戦闘模擬訓練とかはあまりやってなさそうかな?

 冷静に相手を観察して、表面的な小宇宙に惑わされない事も重要だよ」

 何気に先輩風吹かしてくるけど、まあ実際俺より先に聖闘士にはなってるしな、弱いけど。

 「忠告しておくが、奴が本気を出せばここいにいる全員を一度に倒せるぐらいの力を秘めてるからな」

 やりとりで察したのか、カノンさんがギリシャ語で俺に忠告してくれた。

 でもそれ絶対嘘だ。

 「カノン、新人が怖がる事言わないでよ」

 カノンさんは聖闘士も掛け持ちだから知り合いなのは分かるが、何故敬語を使わないんだ天宮。 

 

 「さて」

 天宮が厳しい表情をしながらあたりを見回してる。

 「少し視させてもらうよ」

 一瞬大きな小宇宙を感じると、何か気持ち悪い、そう心がぞわっとする感覚が走る。

 その後、天宮がカノンさんとカーサさんへ目配せしてる。

 念話してる様子からして、超能力は使えるみたいだ。

 すると、カーサさんが1ヶ月前に入った売店職員の前に歩いて行き、店員をじっと見る。

 「瞬が言うとおり、こいつスパイぽいぞ」

 カーサさんが答えると、カノンさんは店員に向かって指を指す。

 自白の技だ。

 店員は苦しそうな表情でどんな情報を盗んだ等、どんどん喋る。

 怖い技だ。

 「どちらにせよ、お前は今すぐ退社だ」

 そういうと、カノンさんが店員をテレポートでどこかに送った。

 天宮は超能力特化でサポート要員だ多分。

 



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19. 集結

 「それで瞬、今日は当然()()()の立場として

来たんだろ?」

 カノンさんが天宮に話しかけると、天宮が頷く。

 「詳しくはジュリアン達が来たら詳しくお話します。

 そのために露払いをお願いしましたし」

 ジュリアン様にすら敬称付けないのが何かもやもやする。

 思いっきり睨みつけてやった。

 「悪いけど、今は君とやり合う暇がとれないんだ。

 教練という形でなら、日を改めて海底か聖域なりの訓練所でやれるけど」

 涼しい顔で天宮は俺に言う。

 「これ以上仕事を増やすな」

 ラダマンティスさんに叱られてやがる、ざまあみろ。

 「貴様も誰これ構わず喧嘩売ろうとするな。

 瞬がああいう性格でなかったら、ミンチになってるぞ」

 カノンさん、本当に強いんですか。

 

 また二つ、大きな小宇宙。

 純粋に強い感じと、きれいで透明感のある感じ。

 その主は天宮と同い年ぐらいの奴と、金持ち風の美女だ。

 天宮が二人に小走りで駆け寄る。

 「沙織さん、ありがとうございます。

 星矢も付き添いで来たんだ」

 「よお瞬、昨日はお疲れさん。

 最近激務だろ、無理するなよ」

 「そうですよ瞬、苦も皆で分け合えば軽くなります」

 「はい、そう言って頂けるだけでもありがたいです」

 天宮の友達と上司でいいのか?

 

 沙織さんと呼ばれた美女がカノンさんの方を見ると、カノンさんがその集団に近づいていく。

 「カノン、瞬、あなた方に命じます」

 呼ばれた二人は美女の前に跪く。

 もう一人の奴はその美女の斜め後ろで守護するように立っている。

 美女はともかく、男三人はラフな格好なのに海外ファンタジードラマのワンシーンみたいだと見とれてしまう。

 そして気が付けば、天宮の小宇宙もカノンさんと同程度の大きさまで膨らんでいる。

 マジで強かったのか、スミマセン天宮さん。

 「ただ今から二人は聖闘士としてではなく、各々が守るべき立場で働きなさい」

 「はっ」

 二人が返事する。

 このやり取りからして、多分あそこにいたのが聖闘士かな。

 じゃあそれを遠目で見ているラダマンティスさんは何者なんだ?

 

 カノンさんが俺たち海闘士達の所に戻ってきた。

 「まずは電化製品の電源を落とせ。

 壊れて困るものは封印箱に片づけるように」

 指示通り、俺や周りの人達は慌ててスマホを自分のロッカー内にある封印箱に移動させにいった。

 「よし、皆片づけたな。

 ジュリアン様はもうすぐこちらに来られる。

 その後に起こる事は他言無用だ」

 厳しい顔で俺たちに釘を差した。

 天宮さんもラダマンティスの所に戻る。

 お嬢様の所も何やら話し込んでるようだ。

 

 指定された17時から15分ほど過ぎた頃、ジュリアン様がテティスさんと共に現れた。

 「皆、待たせて済まない」とジュリアン様。

 「鼠を追い出す時間が出来ましたので、むしろ好都合でした」

 カノンさんがそう伝える。

 

 何か覚悟を決めた顔で天宮さんがジュリアン様を見た。

 「ではジュリアン、よろしくお願いします」

 ジュリアン様にそう言うとジュリアン様は頷き、揃ってポセイドン神殿への階段を上り始める。

 一瞬そちら方面が光った瞬間、階段を上る二人と、見守っている美女から発する強大で神々しい小宇宙。

 多分天宮さんは小宇宙の質そのものもさっきと違う気がする。

 そして衣装も二人は変わっているじゃないか。

 ジュリアン様は入社の時と青白いローブ。

 天宮さんの方は吸い込まれるような漆黒のローブ。

 二人に目が釘付けになってしまい、後ろを振り向けないが、あの美女も多分服装が変わっているだろうな。

 という事は、神様レベルが三人もいる??!

 頭がくらくらしてきた。

 

 「今から冥王としてこの場を地上から隠します」

 頭に響くその声は、さきほどの天宮さんと同じはずなのに何者も逆らえない威厳を感じる。

 神の瞳をしたジュリアン様が手にしている鉾に、同じく目の色が変わった天宮さんも握る。

 鉾先から青と黒が交じわったような光が上の海に向かって伸びると、一気に海全体へと広がる。

 天宮さん、いや冥王がもう片方の腕を前に伸ばす。

 その近くに楕円形の黒い鏡のようなものが出現した。

 吸い込まれるような碧い瞳の冥王の声が続く。

 「冥府の降りてきた魂があなた方にどうしても報告があるとの事なので、特別に仲介役を引き受けます」



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20. 交信

 その黒い鏡のような所に、オリエッタさんの顔が映し出される。

 カノンさん以外の七将軍含め、海闘士達はざわめいた。

 俺はこの鏡にオリエッタさんが映る意味がよく分からない。

 ただの液晶ディスプレイか何かでリモート出演してるんじゃないのか?

 それを芸能人の天宮さんがファンタジーみたいに仰々しく演出してるだけで。

 「ありがとう、瞬く…、いや、ハーデス様。

 このような機会を設けていただき感謝いたします」

 オリエッタさんが画面越しに天宮さんへ挨拶する。

 ハーデスって確かゲームとかでは死神だったよな。

 「彼女の魂が冥府に堕ちてきたのは一昨日です。

 そして彼女の死体は今、冥闘士に探してもらっています」

 

 天宮さんが今までどんな事件が起こったかを説明してくれた。

 世界中で死体が勝手に動く事案が発生している事。

 動く死体は素人では生きてる人間と区別がつきにくい事。

 そして他神が絡んでいるであろうが、そんな事をする具体的な目的が分からない事。

 「天宮さん、さっきオリエッタさんの死体がどうこう言ってましたよね?

 オリエッタさんが死んだのなら、そこに映ってるオリエッタさんは何なんですか?」

 理解が追い付かない俺は、思わず声を出して質問する。

 天宮さんが俺の方を見ながら、念話が続く。

 「さっき僕の事をハーデスと彼女が呼んでたと思うますが、名前の通り生死に関わる力を持ってます。

 ポセイドンが地球上の気象関係全般を自由に操れる力を持ってるのと同様にね。

 それこそ、死者を生き返らせる事だって可能だし、実際に以前、戦後処理としてした事もあります。

 もっとも今現在はそんな事したら世の(ことわり)を崩す事になるから、やってはいけませんが」

 今、しれっと生き返らせるとか言ってなかったか?

 続けて

 「今の彼女は死者の魂として存在しています。

 冥王の権限で、特別に生者の世界と冥府を交信できるようにしました。

 死の苦しみを忘れられるよう、本来はすぐに忘却の(レテ)川の水を魂に飲むのだけど、オリエッタさんはそれでも伝えたい事があるという事で、飲まずにいてくれる事に感謝します」

 「そんな事よりも自分の身に何が起きたかを伝える事の方が重要ですし、気にしないで下さいな。

 それではまず、さらわれた時の事についてから」

 オリエッタさんが語り始めた。

 

 「殺される二日前の仕事が終わって家に着いた頃、母が中国旅行中に怪我したから現地で入院すると旅行代理店を名乗る男から、たどたどしいイタリア語で電話が掛かってきたんです。

 でも詳しい事を聞こうとしても相手はイタリア語も英語も出来ないみたいで、かといって私も中国語がわからない。

 母の携帯も中国だからか繋がらないし。

 それで母が入院してると言ってた病院名から住所を調べ、まずは会いに行こうと二日だけ休みの連絡をしたんです。

 で、入院日数によっては休みを伸ばそうと考えてました。

 ここまではポセイドン様も知ってるかと思いますが」

 「そうだな、私はもっとゆっくりしといでとも伝えたが、母は頑丈だからとかで、とりあえず二日にしたのだった」とジュリアン様。

 「で、乗り継ぎの為、北京の国際空港でコーヒーを飲みながら時間待ちしてたら、いつの間にか眠ってしまってて。

 次に気が付いた時はベッドの上で、拘束具で裸で横向きで縛られてました。

 触れてないから分からないけど、頭には脳波の測定器みたいなのを付けられてた気がします」

 っつ、とオリエッタさんが頭を抑える。

 「辛い記憶ですよね、無理しないで」

 包み込むような小宇宙と共に、天宮さんが念話する。

 「大丈夫です、続けられます。

 起きたのがバレたらマズいかな、と思って薄目で確認したらそこは病院風の所で、知らない何人もの老人が『もう記憶はコピー出来たな』とか『体は使えるようにしておくか』とか言ってた気がします。

 その後、後頭部の生え際より上に強い痛みがあった所で記憶が終わってます」

 オリエッタさんの表情が少し満足げになった。

 

 ふっとオリエッタさんの後ろに黒いフードを被った、顔が見えない人影が映った。

 「もう貴様は言うことはないな? それでは…」

 「待ってください、冥精様。

 せめてこの事件が終わるまで見届けさせて下さい」

 オリエッタさんが懇願している、この気味の悪い奴は誰だ?

 「分かりました。

 教えて頂いた礼として、もう少し猶予する事とします」

 天宮さんが伝えると、気味の悪い奴は頭を下げた。

 「みんな、事件終わったらさよならしなきゃだけど、今しばらくは残れる事になったわ。

 瞬くんは忙しいだろうから頼るの止めてあげて欲しいけど、カノンさんと星矢くんは生きたまま地獄に行けるから、伝言ある場合はその二人にお願いね」

 急に話を振られたカノンさんと星矢と呼ばれた人は、びっくりしていた。

 

 俺の周りでは大声で泣いてる人、涙を堪えてオリエッタさんの方を見ている人、覚悟を決めた顔の人、様々いる。

 俺は周りの反応を見て本当に死んだんだという実感が出てきて、涙が溢れてきた。

 会って数ヶ月だけど、お世話になった事を様々思い出す。

 ただもう少し時間があるというので、本当の別れの時は気持ちよく送り出してあげたいと思う。

 

 「では、交信を一旦閉じます」と天宮さん。

 オリエッタさんが手を振ると、俺を含めみんなも手を振りながら、さようならと言った。



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21. 指令

 天宮さんが鏡のようなものを出していた手を下ろし、ジュリアン様の鉾からも手を離す。

 そしてその場に崩れ落ちるそうになると、ラダマンティスさんが駆け寄り、体を支える。

 服装は漆黒のローブのままだが、瞳と小宇宙は天宮さんのものに戻っている。

 「瞬、魂ごとハーデス様に委ねれば良かったものを。

 あれだけの事を自分の意志を保ったままやるには、精神力がギリギリだったろう」とラダマンティスさん。

「でもハーデスは良くも悪くも王として高圧的になりすぎますし、一悶着しかねないじゃないですか」

 息を切らせながら天宮さんが反論する。

 そこへ

 「瞬、ご苦労様でした」と美女が近づく。

 「沙織も力を上手く逸らしてしてくれて助かった。

 瞬が私の聖域を外界から隠すと言った時、正気かと思ったんだがな」とジュリアン様。

 「こちらこそ皆さんの協力に感謝致します」

 息を整えながら天宮さんが二人に頭を下げた。

 

 「では、紫龍からの報告の事も合致しますし、目下の任務は日本から中国にかけての極東地域を重点的に隠された、もしくは動く死体の探索で良さそうですね」

 沙織さんと呼ばれた美女が提案する。

 「昨日は聖闘士に依頼したのですが、海闘士も協力願えますか?」天宮さんがジュリアン様に訊ねる。

 「当然だ、こちらも部下がやられているのだからな。

 それにオリエッタが聞いたという、記憶云々という台詞からして、小宇宙を使えない一般職員が此処に出入り出来る門が見つかった可能性も高いだろう。

 丁度、裏切者をカノン達が追い出したタイミングでもあるので、門の変更を行う」

 ジュリアン様の持つ鉾から光が海に伸び、ぶつかった箇所が一瞬激しく光った。

 その光が収まった後、次は鉾から別方向へ光が伸びる。

 そちらの海には一瞬穴が空き、直ぐに閉じた。

 

 天宮さんの服が来た当初のものに戻る。

 「それでは今日は流石にこれ以上動けないので帰ります。

 ラダマンティスも明日仕事だから早く寝て下さいね」

 「その台詞、そのまま返してやる。

 お前もまた一日中授業して、その後撮影とかだろ?」

 天宮さんは、見透かされたかみたいな顔してる。

 「じゃあな瞬、また明後日な」と星矢さんと呼ばれていた人が言う。

 「うん、お休み」

 そう言うと、天宮さんとラダマンティスさんは瞬間移動で消えていった。

 「それでは星矢、私達も帰りましょうか」

 「はい、沙織さん。

 バイアン達もまたな!」

 

 「バイアンさん、今日は何もしてないはずなのにどっと疲れました」

 上司のバイアンさんに話しかける。

 「当然だ。三神、それも二神が王の地位だ。

 アテナが二王神の強大な神力を人間に直接当てられないよう逃がしてくれていたから、多少精神的ダメージは弱められてたはずだがな」

 それもあるが、オリエッタさんの死、動く死体。

 それに神とは最強クラスの小宇宙の持ち主なだけではなく、人間が不可能としていた事が出来る存在。

 色々な情報が一気に入り込みすぎた。

 というか、俺、もしかしてヤバい事約束した?

 「どうしましょう俺、ハーデス様に殺されかねない約束してしまったんでしょうか?」

 「大丈夫だ、瞬は基本的に他人を傷つけるのを嫌がる甘い性格だから、教練をした所で大怪我する事はまず有り得ないだろう。

 怪我をしたとしても、すぐ治癒してくれるはずだしな」

 「もう一つ天宮さんについて疑問なんですが、ラダマンティスさんって多分部下ですよね?

 なんであんな偉そうなんですか?」

 「まず瞬自身、極力ハーデスとして振るまう事を避けてるから、誰に対しても冥王とて扱って欲しくないと言い続けてるのが一つ。

 もう一つは、ラダマンティス自身が物腰の低い瞬に苛ついてるのだろう」

 確かに俺も、最初はめっちゃ弱いと勘違いしたしな。

 実際はともかく、第一印象は舐められそうか。

 

 ハーデス様とアテナ様の関係者が帰った後、ジュリアン様が俺たちに話があるとの事で、再び集まる。

 「先ほどの通り、我々はハーデス配下の冥闘士やアテナ配下の聖闘士と協力する事となった。

 先ほどまでいたラダマンティスを長とするカイーナ軍と、アイアコスという男を長とするアンテノーラ軍が主な協力先だ。

 なお、カノン達一部の海闘士には海の守護を今まで通り頼む。

 では…」

 ジュリアン様が振り分けを発表をされる。

 バイアンさん・アイザックさん・クリシュナさんの所がラダマンティスさんの所へ、残りの三人の所はアイアコスさんという人の手伝いとなった。

 当然バイアンさんの部下の俺はラダマンティスさんの所だ。

 怖そうな雰囲気の人だけど、大丈夫かな?

 「実際に動くのは、明日の日本時間19時からだ。

 ラダマンティスは日中、ハインシュタイン社の社員として動いてる。

 だから奴の仕事が終わるまでは自宅待機しておくように。

 明後日以降は各自動く事になるだろうしな」

 各々七将軍は自分の部下に指示を出すと、解散していった。

 俺も解散と言うことで帰る準備をする。

 スマホの電源を起動し時間を確認すると、日本は既に26時だ。

 皆に別れの挨拶をすると、瞬間で自宅近くのコンビニに行き着く。

 部屋に着くと軽くシャワーをし、気疲れがどっと出たのか、そのままベッドで力尽きてしまった。



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22. 型録

 次に俺が目が覚めた時はもう昼前だった。

 マンションの向いにあるコンビニで買った弁当を喰いながらテレビを付ける。

 就職までは動画ばっかだったが入社後、毎日ニュースを見て世界情勢に敏感になれとカノンさんに言われたからだ。

 この時間帯は情報番組か。

 隣国の大統領選やら大臣の発言等に対し、コメンテーターが色々考察をしている。

 俺はバカだから、そうなんだぐらいの感想しか湧かないが。

 「特集です。

 東南アジアを中心にIR事業を展開する若き日本人経営者、ホーリークィーン社の天宮一輝さんのご登場です。

 今までいかに東南アジアの格差問題と向き合い、そこから日本の貧困問題について語っていただきます」

 紹介された男が丁寧に挨拶する。

 社長という割にはかなり体を鍛えてるな。

 スーツの上からも、肉体がかなり仕上がってるのがわかる。

 そんでもって顔が暴力団っぽい。

 額の傷のせいで余計そう見えるのか。

 同じ天宮という苗字でも、昨日あった天宮さんと全然違う。

 しかし内容は優しい世界についてだった。

 物腰も柔らかいように感じる。

 人は見た目によらないという事か。

 

 ハインシュタイン社の日本支社が入っているオフィスビルにある、一階の喫茶店に18時集合との連絡が来た。

 名目上はソロ海運の社員として打ち合わせなので、久しぶりにスーツ(リクルート用だが)を引っ張り出して着る。

 筋肉が付いたからか、全体的にきつく感じる。

 次の給料が出たら、安いスーツ一式を買うか。

 

 「待たせたな」

 同じくスーツ姿のバイアンさん・アイザックさん(片目の傷が目立つので地上では眼帯を付けるとの事)、そしてスーツ姿にターバン(髪型を隠す意味もありそうだが、インドでは一般的らしい)のクリシュナさんが連れ立って集合場所へやってきた。

 一般海闘士まで来ると大所帯になるという事で、幹部以上のみ参加である。

 バイアンさんがサンドイッチを食べながら俺にレクチャーしてくれた。

 「ハインシュタイン社について先に説明しておくぞ。

 中世・ハインシュタイン公爵領の鉱山を由来とする、ソロ海運と同じく歴史ある会社だ。

 ドイツはもとより、ヨーロッパの鉱工業の一翼を担う大企業であると同時に、最近は土地開発のノウハウを生かした不動産業にも進出している。

 我が社とも当然取引がある。

 しかし向こうの一般社員は海闘士や冥闘士について当然知らない。

 よって会議室で結界が張られるまではただの訪問客として振る舞うように」

 

 19時になったので、ビルの総合受付で会社へと取り次いでもらう。

 エレベーターから降りてきたのは、昨日も会ったスーツ姿のラダマンティスさん。

 「皆様、ようこそお越しで。

 それではこちらへどうぞ」

 英語で出迎えてくれる。

 昨日とは打って変わって、きちんとしたビジネスマンだ。

 何か睨まれた気もするが、気にしないでおこう。

 

 エレベーター横の案内板を見た所、29・30階のテナントが目的地か。

 来たエレベーターに全員乗り込むと、ラダマンティスさんは30階のボタンを押す。

 「ここでの俺は本名のハロルド・ドランだからな。

 間違っても結界が張られるまでは、冥闘士名のラダマンティスで呼ぶな」

 「了解です、ドランさん」

 確か七将軍でも本名なのは、(ジュリアン様同様、英語風に言い換えてる)アイザックさんとクリシュナさんぐらいだよな。

 カノンさんがリュサンドロス・ディアマンデス。

 で、この場にいる人の名前はっと。

 バイアンさんがブライアン・マーフィー。

 クリシュナさんがクリシュナ・プラサード。

 アイザックさんがイーサッキ・アールト。

 よし、覚えてた。

 

 エレベーターが30階に着く。

 廊下では今から帰ると思われる人々に会釈されたので、こちらも返しながらドランさんについて行く。

 会議室1と書かれたプレートの部屋まで案内されると何名かの先客が会話をしていた。

 その内で昨日見かけたのは沙織さんだけか。

 「パンドラ様、お連れしました」

 ドランさんが声をかけると、全員がこちらを見て立ち上がった。

 「城戸様、初めまして。

 東海洋と申します。

 宜しくお願いします」

 一度だけ日本支部で練習した日本式名刺交換を実践。

 「こちらこそ宜しく。

 城戸グループ代表の城戸沙織です」

 貰った名刺から良い香りが漂う。

 香り付きってやつか?

 「氷河・レベジェフです。

 大学生ですが、城戸グループでアルバイトさせて頂いております」

 ただの大学生がこんな所にくるはずないし、多分聖闘士だな。

 「初めまして、ハインシュタイン社オーナー、パンドラ・ハインシュタインです」

 また沙織さん同様、ものすごい美人た。

 沙織さんが春の暖かさのような美しさだとしたら、パンドラさんは夜の月の凛とした美しさ。

 我ながら詩的表現が上手くできた。

 「私はホーリークィーン社社長、天宮一輝です」

 名刺を出される。

 ん? 昼にテレビに出てた人?

 「失礼ですがお昼頃、テレビに出演されていましたか?」

 「ああ、ご覧にならるたんですか。

 なかなかテレビは慣れませんがね」

 テレビで見た通り、顔と似合わす丁寧な対応だ。

 そのやり取りを他の人達は胡散臭そうな顔で見てた気がするが。

 「同じくホーリークィーン社のゼラ・オハヨンです」

 天宮一輝さんの隣に控えてた人からも挨拶があった。

 

 「全員揃ったし、会社員ごっこはもう良いだろ」

 天宮一輝さんの態度が急に変わる。

 やっぱ見た目通り、本来はワイルド系か。

 「そうだな、それではこの場を閉じる」

 パンドラさんから強大な小宇宙が発せられる。

 神々しさこそないが、昨日のハーデス様と似たような雰囲気の小宇宙。

 この人もただ者ではなさそうだ。

 

 「具体的にだが、地道に一人一人見ていくしかないのか?」

 アイザックさんが訊ねる。

 「いや、瞬が閻魔帳から死に方が怪しい人間をピックアップを続けている。

 昨日は流石に寝かせたから作業してないが、それでも奴は時間が出来たら逐次洗い出しを進めてる状況だ」

 ラダマンティスさんが答える。

 「なら、そのリストを元にが生前行ってたような場所を重点的に調べた方がよさそうだな」

 とアイザックさん。

 「既に百人を越えてるから、私たちだけでは追いきれない。

 かといって資料として渡せば漏洩の危険がある。

 よって、今から記憶をお前たちに植えつける。

 一輝も手伝え」

 パンドラさんが言うと、天宮一輝さんの小宇宙も膨れ上がる。

 これが超攻撃的小宇宙というやつか。

 肌がヒリヒリする感覚だ。

 パンドラさんの小宇宙が天宮一輝さんに流れる。

 そして天宮一輝さんが一人ずつ脳の方へ指差しし、小宇宙を流し込む。

 俺の番だ。

 頭に電流が流れたような痛みと共に、知らなかった記憶が、詳細に知っている記憶に追加された感覚。

 

 「これで全員にだな」

 天宮一輝さんが周りを見て確認する。

 「一輝、ところで日本はあと四日で離れる予定でしたよね?

 引き続き日本にいるよう延長はできませんか?」

 沙織さんが天宮一輝さんに訊ねる。

 「韓国での予定が既に埋まってて無理ですな。

 でも何かあればすぐこちらに行くのでご安心を」

 俺も小宇宙を使った瞬間移動が出来るようになったとはいえ、海底以外の遠距離だと30分はかかる。

 そうでないのだとしたら、見た目によらず超能力特化のか?

 

 植え付けられた記憶を元に話し合う。

 自分たちと似たような立場の人間を追うのがベターではないかという結果になった。

 会社の重役や政府高官、芸能人まで交じっていたのだ。

 高い地位の周りには流石に俺みたいな10代は不自然だしな。

 アイザックさんと喋っていた氷河さんがこちらに来る。

 この人がアイザックか言ってた日本人の友達だな。

 「改めて。

 オレは水瓶座(アクエリアス)の氷河だ。

 君の事は新人の海闘士として期待してるとアイザックが言ってたぞ。

 お互い有名人の周りをうろつけるような立場ではないしだろうし探索先が被るだろうから、良ければ密に連絡を取り合っていきたい」

 氷河さんが握手を求めてきたので握り返した。



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23.累々

 氷河さんから会議室にいるメンバーについて、改めて教えてもらう。

 一輝さんは、獅子座(レオ)の黄金聖闘士。

 ゼラさんは、聖闘士の中でも裏任務に特化した一輝さん配下の暗黒聖闘士ブラックペガサス。

 パンドラさんは冥闘士の統括者にして、ハーデス様の姉らしい。

 「姉という事はパンドラさんも神様なんですか?」

 「冥王の権限の一部を行使する能力は与えられてはいるが、パンドラ自身の魂は人間だ。

 ただ、ハーデスの魂はパンドラの母親の胎内を借りて地上に顕現したから、そういう意味では姉だな。

 それに…。

 いや、気にしないでくれ」

 気にするなと言われると気になる。

 

 「被害は確実に増えていってます。

 普段の生活の中でも、見かけたらすぐに情報共有のほど、宜しくお願いします」

 そう沙織さんが言うとパンドラさんが結界を解き、解散となった。

 沙織さんとパンドラさんが何やら念話でやりとりしているっぽい。

 その時、ゼラさんのスマホの通知音が響く。

 確認したゼラさんは慌てた様子で

 「大変ですみなさん!

 ネットの書き込みで大量の死体が公園に埋まっていたのとつぶやきが!」

 「それはどこだ?」一輝さんが訊ねる。

 「えっとですね。

 写真はあるのですが、土地勘があまりなくて」

 氷河さんが

 「見せてみろ」とゼラさんのスマホを覗く。

 「TSSスタジオの近くか」

 あのテレビ局のTSS?

 

 パンドラさんが結界を再び張る。

 「今、星矢に野次馬に紛れて様子を見に行くよう伝えました。

 もうしばらくしたら連絡がくるでしょう」と沙織さん。

 「俺が一昨日昼頃TSSへ行った時は無かったはずだ。

 死体があれば俺は気付く。

 埋められたのだとしたら、それ以降のはずだ」との一輝さんの見解だ。

 「沙織さん、オレも行きます。

 最初に感じた小宇宙と同じものか確認出来ますし」

 氷河さんが伝える。

 「洋、お前も来たいのか?」

 どうやらウズウズしてたのが顔に出ていたらしい。

 バイアンさんが行ってこいと言う風に頷いた。

 「一輝、沙織さんを頼むぞ」

 「分かった」

 

 敵が分からない以上、存在を隠す為小宇宙を抑えるとの事で氷河さん運転のバイクの後ろに乗る事となった。

 何気に初バイクかもしれない。

 しかしスーツに大型バイクは目立ちそうだ。

 「ネクタイ外して鞄にでも入れておけ。

 それだせでもカジュアル感が出る。

 あと、きちんとメットは被れよ」

 勢いよく発進する。

 十五分ほどでその公園に着いた。

 

 その場は規制線に立つ警察と野次馬でごった返していた。

 星矢さんを見つけ合流する。

 微かに小宇宙がこの場にあった雰囲気がする。

 「やっぱ前と同じ小宇宙だよな」

 「だな。近付いて実際に死体を見られないのは歯痒いが」

 ふと、透き通るような蝶が俺たちの近くを通り、規制線の内側に入っていく。

 「近くでの確認作業はミューに任せた方が良いか」氷河さんが言う。

 「あの蝶々、ミューって言うんですか?」

 「いや、あれの名は冥蝶(フェアリー)

 ラダマンティスの部下であるミューが使役する使い魔だ。

 それより野次馬の方も見ておけ。

 犯人は事件現場に戻るとか、よく言うしな」

 

 先ほど受け取った記憶と野次馬とを照らし合わせる。

 スマホを規制線が張ってる方へ向けたり実況動画を撮る人、純粋に仕事帰りに寄ったという人ばかりな気がする。

 「右の方にいるピンクのシャツの男。

 首を向けずに目だけ動かして見てみろ」

 氷河さんが念話で話しかけてきた。

 言われた通りにすると、少しふらつきながら歩いている男を確認出来た。

 顔は記憶のものと一致。

 「洋、バレないように尾行出来るか?

 オレはバイクを駐車場に置いてから追いかける」

 星矢さんは小宇宙についてもう少し調べると伝えてきた。

 責任重大だ。

 俺はそっと野次馬から離れ、男の後ろをついて行った。

 

 地下鉄の最寄り駅から四駅先で降り、男はワンルームマンションに入っていく。

 さすがにこれ以上は入れないなと思っていたら、氷河さんが来てくれた。

 「名前はパンドラ自身が知ってるだろうし、ここの住所だけ覚えて置けばよいか。

 その男の家でないのなら、さらに何かわかるやもしれんしな」

 あまり長時間マンション前にいると怪しまれるとの事で、ハインシュタイン社に戻る事にした。



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24. 事件

 瞬がフナテレビのクイズ番組の打ち合わせ後、本番前の軽食をとろうとマネージャーの佐山と食堂に向かうと、以前番組で一緒だったお笑い芸人の栗河に手招きされた。

 ざる蕎麦を乗せたトレイを持って挨拶しながら向かいの席に座る。

 栗河が興奮したように話しかけてきた。

 「よお天宮。

 TSS近くの公園で大量の死体が埋まってたらしいで。

 今、ネットニュースでバズってるわ。

 あんたもこないだ死体見てもーたんやろ?

 もしかせんでも同じ連続猟奇殺人事件かいな」

 こてこての大阪弁だ。

 瞬にも打ち合わせ中に情報が入ってきていたが、空気を読んで驚いたふりをする。

 「関連してるかはわかりませんが。

 でも知ってる場所での大量の遺体は怖いですね」

 瞬も食べながら追加情報がないかスマホで調べる。

 目の前にあるTSSは報道特番編成を組んで放映しているようだ。

 「そいやこないだTSSの控え室階でヤクザが歩いててなあ。

 こー、額にデカい傷があって目つきが鋭いねん。

 そいつがやったんちゃうやろな?」

 瞬が思わずむせる。

 佐山が栗河にフォローを入れる。

 「栗河さん、それ多分、天宮くんのお兄さんですよ」

 「え? マジで?

 元暴力団員のコメンテーターとか?」

 「栗河さん、人の兄貴の事を何なんだと思ってるんですか。

 雰囲気は確かに厳ついかもですが、後ろめたい仕事はしないですよ。

 なかなか日本にいないので、来日のタイミングで報道系番組に出演するだろうなとは思ってましたが」

 「じゃあ何? 戦場ジャーナリストか何か?」

 「いや、ただの会社員ですよ」

 兄弟であることは隠してもいないが大々的に公表もしてない。

 ただ、以前一緒に食事をしていた所を写真に撮られ、『天宮瞬・黒い付き合い』とかいうタイトルで掲載されそうになった時は、事務所と兄の会社が出版社へ抗議を入れたという、笑えないアクシデントがあったのを思い出した。

 

 食事を終わらせた後、スタジオに入る前にラダマンティスへ念話で指示を入れる。

 そしてセットの様子を確認しつつ時間までしばし待つ。

 何処に行っても危険要素がないか確認してしまうのは職業病だろうなと苦笑。

 「天宮くん、聖闘士として動きたいんでしょ?

 でも芸能界での仕事を優先して。

 他人に迷惑もかけるし」

 落ち着かない様子の瞬を見て、聖闘士である事を知る佐山に小声で指摘される。

 「わかってますよ、こういうのは警察の領分ですし」

 実際、自分が動くと目立ちすぎるのを自覚している。

 「気にはなりますが、撮影が終わるまでは仕事に集中しますよ」

 

 収録が始まる。

 インテリ芸能人枠だ。

 本当は全問分かるが、適度に歴史・地理問題をわざと間違えて解答する。

 逆に理系、特に生物系ではさすがに将来の医師としてのイメージダウンしかねないので正答を積み重ねていく。

 クイズ番組は撮影が長時間に及ぶので、都度休憩毎に念話でやり取りをしていた。

 その時、

 「気もそぞろていう感じですね」

 フリーアナウンサーの真野が話しかけてくる。

 「僕も報道の人間として、A公園大量殺人事件が気になりますよ」

 勝手に真野が命名してるけど、実際似たような名前で翌日から報道番組で騒がれるだろう。

 

 「それではありがとうございましたー」

 ADの一言でその日の撮影は締めくくられた。

 「ねえ瞬くん、これからみんなで遅めのご飯兼飲みに行くんだけど、どう?」

 人気アイドルグループに所属し、女優としても活躍する峰岡梨佳だ。

 「そうですね」

 マネージャーの方をちらりと見る。

 行ってきても良いとジェスチャーを返してきた。

 「明日もあるので、一軒だけなら」

 交友を深め、情報収集するのも瞬に与えられた通常任務である。

 

 再度念話のやりとりをした後、控え室を片づけ、荷物を持つと通用口から足早に出る。

 歩いて三分ほどにある隠れ家的居酒屋に着くと、先ほどまで一緒だった男女が先客で来ていた。

 「遅かったな、天宮」と最高学府出身コンビ・唯我独尊の桂田と若本。

 「今日も二軒目は先に断られちゃったけどね」先ほどの峯岡もいた。

 

 「お前、もっと文系問題を勉強しろよー」

 アルコールが入った若本が絡んでくる。

 「そうは言っても僕も忙しくて手が回らないんですよ」

 瞬も何杯か酎ハイを空けているが、いつも最後まで素面である。

 次を注文しようとした時、神クラスの鮮烈な小宇宙が近くに顕れたのを感じた。

 瞬の顔に緊張が走る。

 すぐに小宇宙を感じなくなる。

 と同時に、峯岡のスマホに通知音が鳴る。

 彼女が画面を確認すると、酔って赤くなっていたその顔がみるみる青ざめる。

 そしてそのまま机に突っ伏して動かなくなった。

 

 「店員さん、救急車を呼んで!」

 一気に醒めた桂田が店員に指示する。

 瞬は脈と呼吸を確認すると、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。

 その様子を見た若本も慌てる。

 「えっ、何? 梨佳ちゃん死んだの?」

 「静かに」と瞬が伝える。

 呼吸や心音を確認する名目だがその実、冥蝶達へ次々と指示を出していた。

 数分後、救急車が到着し、引き渡す。

 しかし既に手遅れなのは瞬は確信していた。

 なぜなら彼女の体はスマホを見て亡くなった後、急激に時が進んだかのように死体の状態が悪くなったいったからだ。

 冥精へ峯岡梨佳の魂に忘却の(レテ)の川の水を飲ませないように指示を出す。

 直ぐに忘れさせてあげたい気持ちもあるが、最期の事だけでも聞く事を優先せねばならない。



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25.離別

 氷河達が探索に向かった後、深夜まで会社に残るわけにはいかないというので、城戸邸に移動した。

 そこで各所からの報告を待つ。

 しばらくして冥蝶達からの報告が上がってきた。

 公園に埋まっていた死体の数は13。

 やはり記憶で知った人のものばかりである。

 そして死体の程度がまるで死後数分しかたってなさそうなものから、かなり腐敗が進んだものまで程度がまちまちだったのだ。

 しかしまだ発見されていない人はまだまだいる。

 作戦は継続実行するという事で合意した。

 その時、瞬から緊急連絡が入る。

 神の小宇宙を感じたあと、スマホを通知を確認した人間が目の前で亡くなった事。

 また、死体の状態が急激に悪くなったという事を。

 

 峯岡梨佳の死亡時、居合わせた三人は警察から事情聴取を受ける事となった。

 暫く瞬は動けなくなったので、パンドラ達が手分けして動く。

 

 不凋花(アスポデロス)の野に唯一入場を許されている人間、パンドラがハーデスに代わり向かう。

 冥王同様、冥姉としての漆黒のローブを纏っている。

 「パンドラよ、ハーデス様から話は聞いている。

 手早く済ませるように」

 「はっ」

 冥精は人間より地位が高い。

 冥闘士の統括者といえども逆らえないのだ。

 

 「お前が峯岡梨佳だな?」

 冥精が連れてきた魂に語りかける。

 「何よオバサン、いきなりよくわかんない花畑にいたんですけど。

 それに裸ってなによ、羞恥プレイでもさせんの?」

 パンドラが睨むと、ひっと梨佳が震え上がった。

 「今のお前は死んで魂の状態だと心得よ。

 それにお前と私では2歳しか離れてないぞ」

 

 東屋に梨佳の魂に導き、落ち着くようにと促した。

 「え、何?

 私って死んだの?

 そんで瞬くんに人工呼吸と心臓マッサージしてもらってたんだ。

 私とキス出来て瞬くんラッキーじゃん。

 それに私の胸触って興奮してたりして。

 もっとも私の方は意識なかったけどさ」

 「キスだの胸だの言うとか、本当に頭がめでたい奴だ」

 パンドラは呆れた。

 

 「それで、死ぬ直前の事を思い出して欲しい。

 連続殺人事件にお前も巻き込まれたのだ。

 これ以上被害者を増やさない為にもな」

 真摯な眼差しで梨佳を見つめる。

 梨佳は観念したように語り始めた。

 「あー、分かりましたよ。

 当時酔ってたのだけは先言っときますよ?

 瞬くんと若本さんのやり取りがかわいいなあって思って見てた時にね、急に悪寒がしたのよ。

 風邪でも引いたかなとか思ったかな。

 その時、スマホに通知音が鳴って画面に『初期化しますか』とか出たのよね。

 当然するわけないでしょ?

 『いいえ』を押した所で記憶がなくなったかなあ」

 

 「よく思い出してくれた、感謝する」

 「いえいえ、被害者増えるとか言われたらモヤモヤして寝れないというか。

 というか死んでるんだっけ私」 

 梨佳の表情が少し暗くなる

「最初、あの顔が見えない気持ち悪い奴に、用が終われば記憶を消して転生の準備に入るって言われたんだけど、今までの事を忘れちゃうの?

 もっと人生楽しみたかったのに」

 「次の転生先を楽しみにしとくのもありではないか?

 以前の私からしたら羨ましい限りだ」

 最後のは独り言である。

 聖戦関連の参加者はコキュートスに落とされ、記憶を失う事なく未来永劫封じられる。

 もっとも今回生き返る事が出来たのもそのおかげであるが。

 「最後に聞かせて。

 パンドラさん、顔は似てないけど瞬くんが時折見せる雰囲気と物凄く似てる気がするんだけど。

 もしかして関係者だったり?」

 感のいい奴だと思う。

 「その通りだ。私は瞬の姉だ」

 自信を持って言える。

 敬う対象であるのと同時に、姉として弟が愛おしい気持ちもまた本物なのだ。

 梨佳はその回答に満足したのか

 「了解、パンドラさん。

 じゃあ弟くんにまた来世会いましょうって伝えておいてね」

 冥精に行くよう促される。

 梨佳は少し涙を浮かべながらも、笑顔でその場から立ち去った。



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26. 推察

 氷河と洋に、詰所をハインシュタイン社から城戸邸に移したとの連絡が入ったので、氷河はバイクを城戸邸へと走らせた。

 走行中、氷河たちに緊急連絡として峰岡梨佳の死の一報が入る。

 後ろに乗っている洋の動揺を氷河は背中で感じていた。

 

 暫くして豪邸の前に到着すると、洋がぽかんと口をあけて門を見上げた。

 「東京のど真ん中に、ジュリアン様の邸宅と同じサイズの家ってありえないじゃないっすか」

 「表向きは二人とも世界的大企業のトップだからな。

 ちなみにパンドラに至ってはドイツの巨大な古城を引き継いでるから、サイズだけではこの比じゃないはずだ」

 氷河の説明に洋は目をぱちくりさせる。

 

 「りんりんが死んだってどうことですか?!」

 洋は部屋に入るなり、声を荒げて質問を投げかける。

 「そのままの意味だ。瞬の目の前で急死したそうだ」

 バイアンが動揺する部下へ分かってる範囲で説明する。

 「スマホと死が連動してるんですかね」

 少し落ち着いた洋が単純に感想を述べる。

 「変死体となった被害者は全員、俺たちと違い神の加護を受けてない人間だ。

 そして、瞬が感じたという神クラスの小宇宙。

 神なら死体をどうとでも変異させられる事には納得いく。

 逆にオリエッタはポセイドン様との契約があったから、肉体を直接傷つけるなど、正攻法でしか殺す事が出来なかったはずだ」

 ラダマンティスが説明を加える。

 

 パンドラが瞬間移動で入ってくる。

 ラダマンティスが跪くと、パンドラは面を上げるよう指示した。

 「その事について、追加の情報がある。

 梨佳は死の直前、スマホ画面に『初期化しますか』という文字と選択肢が出て、『いいえ』を押したらしい」

 「スマホとの関連がさらに強まった、か」

 一輝が考えるそぶりを見せる。

 何かに気づいたのか

 「ゼラ、確かあちこちの新興企業のトップに対し、宗教勧誘まがいの事をしてくる奴らがいたはずだ。

 そいつらについて詳細が分かるか?」

 「今は無理ですが、後ほどで良ければ調べます」

 今はアテナの結界の中なので、ネット環境も遮断さているのだ。

 「一輝、どういうことです?」

 沙織が尋ねる。

 「俺の所にも昔、何度か来たので思い出したんですがね。

 こういう事です。

 最近起業されたようなところは、まだまだ知名度も資本力も足りない。

 だが最近は環境やらに配慮した運営をしていかないと、一気に叩かれてつぶされてしまう。

 そこで、色々なコンサルタントや啓蒙団体が入り込んもうとしてくる。

 その中には新興宗教じみた奴らもいたわけです」

 「宗教といえば、神そのものか、神的な何かと関連付けして権威付けしている事が殆どですよね。

 って、そういうことですか、一輝様」

 ゼラの一言に、他の一同も気づく。

 「どこかの企業が宗教団体と癒着し、『神』を利用した実験を行ってると見た方が良いだろう」

 

 その後、さらに動きがあるかと警戒していたが、24時を回っても何も起こらなかった。

 ラダマンティスの副官であるバレンタインに監視を引き継ぎ、各々は休息するようパンドラが提案する。

 そうして各々が戻る準備を始めてる時、おもむろに洋が疑問をぶつけてきた。

 「そういや、一輝さんと瞬さんって同じ苗字ですよね?

 全然顔が似てないし、偶然同じ苗字なんとか?」

 一輝は洋を一瞬睨むが、言われ慣れてるのかすぐに準備を再開しながら、 

 「俺と瞬は、血の繋がった実の兄弟だ。

 ここにいる連中は皆知ってる事だがな」

 「似てるところが全然なくて気づかなかったですよ」

 「強いていったら、目尻あたりとかは似てるかもなあ。

 あと、持ってる最強技は同じ風圧系だな」

 二人と付き合いの長い星矢が続けた。

 

 沙織が見送る中、次々と皆が帰っていく。

 パンドラは沙織ともう少し打し話をしたいというので、一輝は部屋の端で待つ。

 それが終わったのか、一輝に近寄ってきたパンドラに対し、

 「終わったか、どうした?」

 「なに、宗教がらみとお前が言ったから、日本の宗教に詳しい奴を紹介してもらっていた。

 極東地域はどうしても手薄になりがちだからな。

 あと、個人が持っていた『神殺しの武器』が闇オークションにかけられそうだとアイアコスから連絡が入ったから、それの介入だな。

 ジュリアン・ソロにも沙織を通じて伝えてもらった。

 これに関してはお前の情報網を通じて、オークションの参加権の手配など手伝ってもらう必要があるだろう。

 ただ動揺が広がるから、他の闘士たちには伝えるな」



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27. 虚言

 朝の6時頃、一輝は隣で寝ているパンドラを起こさないようそっとベッドから抜け出す。

 シャワーを浴びシャツ一枚着た後、PCでメールやニュースを確認していると

 「一輝、もう起きてたのか。

 起こしてくれたら良かったのに」

 ベッドから気だるげに起き上がったパンドラが話しかける。

 「まだモーニングまで時間があるからお前はまだゆっくりしていたらいいぞ」

 「いや、こちらも冥闘士からの報告を精査したいしな。

 私もシャワーを浴びてくる」

 ベビードール姿でシャワー室に向かうパンドラを一瞥すると、PCに目を戻した。

 

 やはりネットニュースは大量死体遺棄事件と、峯岡の死去でもちきりだった。

 一緒に呑んでいた三人が峯岡を急性アルコール中毒にして殺したなどという過激な書き込みもある。

 瞬の兄としてインタビューをしようとする輩に対し、ノーコメントを徹底するよう社員のグループウェアへ投函する。

 新興宗教に関しては、ゼラと会ってからになるであろう。

 それと、パンドラが言ってた裏オークション。

 昔と違い今でこそカジノはクリーンだが、それでもVIP会員室等では富裕層の裏の顔が見え隠れする。

 そこの会員は当然、美術品蒐集家も多い。

 普段は彼らの相手をドラゴンこと、エリク、ヘンリク・マズル兄弟に任せているが、参加権の融通となると、参加者予定者当人と直接交渉する必要になるだろう。

 今日の夕方プライベートジェットでマカオ行きし、明日の昼頃に日本に戻ると追加投稿した。

 

 一輝は、シャワーを終えて服装を整えたパンドラに話しかける。

 「今日夕方、マカオのカジノに行く予定だが、そっちの予定はどうだ?」

 闇オークションの件だと気付いたパンドラは

 「元々日本での用事は冥界がらみで来ているから、基本的に時間が空いてる。

 それにミニマリストなお前が急に美術品オークションに興味を持ったとなると、警戒されるだけだぞ」

 一輝は常に世界中を飛び回っているので(ハインシュタイン城の一室を間借りしているとはいえ)定まった住居がなく、都度ホテルに宿泊するような生活をしている為、所有物は最低限しかない。

 それに対し、パンドラは伯爵家当主というのもあり、代々蒐集家としての一面もある。

 オークションの参加に興味を持つのも当然と思われるであろう。

 

 モーニングを取った後、一旦部屋に戻ってからスーツに着替え、ロビーで待ち合わせていたゼラと合流する。

 一輝達がホテルから出ようとすると、普段会うインタビュアーと全く毛色の違う、ゴシップ記者のような男達が待ちかまえていた。

 「天宮瞬さんのお兄さんの天宮一輝さんですよね?

 急性アルコール中毒にした峯岡さんへの保護責任者遺棄致死事件について何かコメントはございませんか?」

 カメラを向けてくる男に対し、一輝が睨む。

 「私の弟は無茶な呑み方をしませんし、強要もしませんよ。

 それに弟は医学生として蘇生も試みたはずですよね。

 それなのに何故事件などとおっしゃるのですか」

 一輝の迫力に記者がたじろく。

 その隙に二人は待たせていたタクシーに乗り込んだ。

 

 上層階の窓からその様子を見ていたパンドラは、兄弟が暫く面倒くさい連中に追い回されるであろう事に溜息をついた。

 そして部下を念話で呼ぶ。

 「ラダマンティス、その後何か動きは?」

 「は、あれから怪しい小宇宙も感じませんし、何事もなかったかのように平穏です。

 念のため、冥蝶は死体安置所に飛ばしてますが」

 「では、今から城戸邸に向かう」

 ホテルのフロントに明朝のモーニングのキャンセルを伝え、タクシーに乗った。

 

 「社長、朝からお疲れ様です」

 一輝が事務所に着くと、一斉に挨拶がなされた。

 「それにしても、あの天宮瞬くんが弟さんとは、全然想像がつかなったですよ」

 藤田が素直に驚く。

 「そもそも大っぴらに宣伝したら、お互い変な枕詞が付けられる可能性が高いしな」

 ゼラが他の事務員にも分かるよう英語で

 「というか瞬のやつ、相変わらず事件やら事故やらに巻き込まれすぎですよね、一輝様。

 どんだけ不運の持ち主なんだか」

 「ゼラさん、どういう事です?」と藤田。

 「ゲームで例えたら、一般人の『運のよさ』を50ぐらいだとすると、瞬は多分1あるかどうかぐらいかと」

 ゼラが笑いながら言う。

 「…まあ否定はしないが」と一輝。

 聞いていた事務員全員がくすくす笑った。

 

 「では今日も午前中の国会での公聴会に藤田さん、同行を頼む」

 一輝は結果ありきで開かれる公聴会に意味があるのかと思いつつも、知名度と発言力を上げる為と割り切って事に望んだ。

 

 国会内はさすがに追いかけて来ないが、それでもタクシーを追尾する車もあり、外で昼食をとれる雰囲気ではなかった。

 同乗している藤田は

 仕方なく事務所に戻り、買ってきてもらったコンビニ弁当を食べる。

 「すまんが少しテレビを付けるぞ」

 普段はプロジェクターとして使われているそれに、報道番組が映った。

 ゲストの芸能人達は瞬が無理な呑み方をさせるような人ではないと証言し、呼ばれた医療専門家も瞬達の初動は完璧だったと褒めていた。

 やはり社長は弟の事を気にかけているんだと、皆が感じた。

 

 その最中、瞬から一輝に念話が入る。

 大学に迷惑がかかるから暫く授業をリモート参加にすると頼み、了承を得たとの事だった。

 「一応ネットの火消しはさせるが、数日はかかるぞ」

 「ありがとう兄さん

 それと新興宗教の事だけど、似たようなのは芸能界でもあると思う。

 実際周りに改宗したとかいう噂も聞いた事あるかな」

 「宗教の名称は分かるか?」

 「僕の所には勧誘来てないからな。

 デビュー半年から一年の、自分の立ち位置に迷いがある人の所に来てたみたいだ。

 ただ峯岡さんは僕とほぼ同期で、アイドルとして自信も持ってたから、宗教勧誘はされてなかったはず。

 今晩は通夜に参列するつもりだから、参列する人たちを視てみるよ。

 本当は他人のプライバシーを覗くのは嫌なんだけど」

 「それは立場上仕方ないだろう。

 ゼラにも調べさせてるから、後で情報のすり合わせをしておくんだな」

 「了解、兄さん。

 あと、アイアコスから報告あった『神殺しの武器』についても動いてくれてるんでしょ?

 多分パンドラさんでは武器の強さまでは見分けられないだろうから、出来れば沙織さんとジュリアンの分も確保してくれるかな」

 「元よりそのつもりだ。

 競り合った場合の事もあるからな」

 

 報道番組が終わったので一輝はテレビを消す。

 「それでは俺は今からマカオに向かう準備をする。

 戻るのは明日の昼頃になると思うのでそのつもりで」

 そう伝えるとホテルに戻っていった。

 

 一方、城戸邸についたパンドラとラダマンティスは、沙織と念話でジュリアンとのやり取りをしていた。

 「分かった、そのオークションの日時が分かり次第教えてくれ。

 それでは引き続き、バイアン達と連携を頼む」

 ギリシャは深夜なので、ジュリアンとのやり取りを手短に済ませた。

 パンドラはラダマンティスに指示をする。

 「今日瞬は通夜とかいう葬儀前の儀式に参列するらしい。

 なので、余計な連中が近づかぬようガードしておくように」

 「はっ」

 「あと、瞬の前で峯岡梨佳が死んだのは恐らく偶然ではなく、何者かの意図が働いていたはずだ。

 不振な動きがあった場合も能動的に判断せよ」

 そう命じると、各々瞬間移動で次の場所へと向かった。



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28. 確認

 死体遺棄事件発生翌日の夕方、氷河とアイザックが現場となった公園を規制線の外から見ていた。

 まだ野次馬は多いが、昨日ほど人混みはない

 「死体が大量にあった割には死臭を全く感じないな」

 「最初の時も見た目は腐敗してたが死臭が無かったから、恐らく同じだろう」

 日が落ちたら現場を荒らさない程度に現場に踏み込むかなどとお互いに相談していたら

 「あれ、氷河せんせーじゃん!

 やっぱ野次馬?」

 家庭教師として教えている心愛が、友達と思われる2人と共に近づいてきた。

 「隣にいる片目のイケメンさんは友達?

 ていうか、ニュース的に天宮瞬くんとも友達だったんだ」

 心愛が騒がしくまくしたてる。

 隣の女子高生は

 「あの金髪美形お兄さん二人、実は恋人同士とかだったり…?!」

 と、顔が赤くなる。

 日本語の分からないアイザックは何を騒いでいるか理解出来ないでいる。

 氷河は「変な妄想掻き立てないで欲しいんだが」

 と苦情を入れる。

 「ごめんねー、りぼんってBL脳だし許してあげて」

 アイザックはどういう意味か訳して欲しいと氷河に訴えたが、拒否した。

 

 「で、何故此処にいるんだ?」

 「多分半分はせんせーと同じ理由かな?

 うちの近所の公園と同じ感じだったんでしょ?

 そりゃ気になるよ。

 あと半分は番組公式グッズを買いにね」

 ちらりとTSSスタジオを見る。

 「真夢(まゆ)の目的のノートとキーホルダー買えたからもう帰ろうとは思ってたんだけどね」

 もう一人の女子高生が無言で、氷河の友人の写真が表紙のノートを見せた。

 「あの…サイン貰ってきてもらえますか?」

 恥ずかしそうにノートを差し出すも、氷河は約束出来ないと断った。

 

 「天宮瞬くん、よく炎上してはすぐ鎮火を繰り返してるけど、燃料投下する奴ってやっぱやっかみだよね?」

 「瞬くんはなんでも完璧にこなすもの、羨む人も多いはず。

 でもそこが尊いの」

 瞬のファンとかいう真夢がうっとりと言う。

 こういう会話を聞くと、瞬がやはり芸能人だと実感する。

 「氷河先生と瞬くんの組み合わせも悪くないわ…!」

 一方、あいつの頭はどんだけ腐ってやがるんだと氷河は心の中で毒づく。

 隣の友人は相変わらずよく分からないという顔をしていたが。

 

 「せっかくだし、せんせーも一緒に晩御飯食べない?

 あ、おごりじゃなくて良いしさ」

 「ハナから奢る予定はないがな」

 しかし、まだ日が完全に落ちるまでは時間があるので、一緒に食事の提案には乗ってやった。

 全国チェーンの和風定食屋に入る。

 英語メニューをアイザックに渡してから、各々注文した。

 「ロシア語で喋ってたから、てっきりそっちのおにーさんは英語出来ないかと思ってた」

 「ヨーロッパでは英語は小1から習うから、年配者以外は喋れるぞ」

 

 食事が運ばれてきたので皆食べ始めた。

 その最中、真夢が急につぶやき始める

 「瞬くんの気配… でも違う… やっぱそうなの…?」

 氷河が緊張した表情で真夢の方を見る。

 彼女から普通とは違う小宇宙を感じたので、アイザックも驚いてそちらを見る。

 「ごめんねー 真夢って時々妙な事を口走るのよね」と心愛。

 「それは構わんが、どういう時にそんなことを言ってるのだ?」

 「何々? 真夢みたいなのが好みなの?

 そだねー、一昨日の昼頃とかもこんなんだったかなぁ」

 瞬が神力を使っていた時間帯と一致する。

 今も通夜で魂を視ているはずだ。

 「本当にただの瞬のファンなんだろうな?」

 氷河が真夢に向かって尋ねる。

 「そうよ。

 だから()()()()サインが欲しかったのに」

 にたりと嗤うと、彼女は脱力して机に突っ伏した。

 

 「え、何があったの?」

 友人二人が慌てふためく。

 氷河が真夢を抱きかかえると、寝息のような音が聞こえてきた。

 「アイザック、彼女は多分何かに憑依されてたと思う」

 念話で友人に伝える。

 「俺は彼女たちを家まで送るついでに、最初の公園を再確認する。

 俺が車をこっちに回すまでは彼女たちを見張っててくれ。

 俺たちが出発した後にでもこの近くの公園の方を頼む。

 同時に確認した方がいいかもしれないしな」

 「了解だ、氷河。

 バイアン達にも憑依された女の件は伝えるぞ」

 

 「真夢さん、体調悪そうだな」

 「でもタクシー使うと結構かかるしなぁ」

 「俺が車で送ってやっても良いが」

 「自動車持ってたんだ。そしたらお願いしよっかなぁ」

 「イケメンの運転なら死ねる!」

 「寝るのは構わんが、りぼんさんは死ぬとか物騒な事言うな。

 少し待ってろ、車を回してくる」

 そういうと、会計を先に済ませ、店を一人出て行った。



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29. 感知

 氷河が自宅近くの駐車場から近くの道に氷河が車を回してる間、アイザックはスマホの翻訳アプリを使って意思疎通を試みる。

 心愛たちも大手検索サイトが提供する翻訳サービスでざっくりと返答する。

 お互いの経歴から氷河ついてまで、他愛のない会話を続ける。

 

 机に伏せていた真夢が、うーんとうめきながら目を覚ました。

 「あれ、ここは?

 瞬くんのノートを手に取ってから記憶がないんだけど。

 え、目の前の男の人は誰?」

 心愛が真夢にアイザックを紹介し、りぼんが頑張って拙い英語と翻訳サービスを併用してアイザックに状況を説明した。

 「真夢さん、そのノートを見せてくれるかな?」

 アイザックがゆっくりと聞き取りやすい英語で頼む。

 「え、ええ」

 戸惑いながらノートを袋から取り出し、アイザックに手渡す。

 そこには瞬が微笑みながら花束を持つ姿。

 日本語が読めないが、恐らく下に書かれている文字は出演している番組名だろう。

 紙媒体にも関わらず、魅了(チャーム)能力を発動してるかのような錯覚するのは、芸能界慣れしている証拠でもあろう。

 

 アイザックはスマホでまず、そのノートの表紙を撮影する。

 そして、ノートの中身をペラペラめくって調べ始める。

 途中、小さな紙が挟まっていのを見つけた。

 書かれた文字は漢字のようだが理解できない。

 その紙を確認しようと手に触れた瞬間、電流のような痛みを感じた。

 毒物だった場合の事を考え、凍気で己の血流を緩慢にする。

 そして他人気づかれないように超能力で浮遊させようとすると、まるで吸い付くようにすぐにノートに戻っていく。

 呪具だとすると、自分では対処できない。

 ノートの存在を念話で共有する。

 「なら少し待っていろ、オレが直々に向かう」

 返事をしてきたのはアイアコス。

 神々の財宝管理者でもあるハーデスの、管財役を代行するアンテノーラの長である。

 「真夢さん、このノートを売って欲しいんだ。

 同じノートをまた購入して渡すから」

 アイザックは翻訳アプリで伝える。

 「何かオプション付けてくれますか?」

 真夢も同じ方法で交渉してくる。

 アイザックが少し考えてから口約束をする。

 「今すぐは無理だが、瞬に直接持って行くよう伝えようか?」

 真夢の表情が一気に晴れやかになる。

 隣の二人もワーキャー騒ぎ始めた。

 アイザックは千円札を渡し、真夢からノートを受け取った。

 

 定食屋のドアが開き、黒髪の男があたりを見回しながら入店する。

 「スニル、こっちだ」

 アイザックが英語でアイアコスを呼び寄せた。

 外国人がもう一人増えた事に対し、女子高生三人がまた騒めく。

 「ハジメマシテ、スニル・スワール です」片言の日本語で話しかける。

 「アイザックからノート うけとりにきました」

 アイアコスは模様がついた布手袋をはめ、ノートを受け取る。

 「確かに何か呪い的なものがあるな」

 そうギリシャ語で話すアイアコスはノートを手に取った瞬間、何かに気づいたらしい。

 「おそらく東洋系だな。

 資料と照合としたら、さらに詳しく分かるだろうが。

 持ち帰っていいんだな?」

 「売買交渉は成立したから大丈夫だ。

 ただ、いつでも良いからあそこの女と瞬が会う手筈だけ整えてくれ」

 「人のボスを勝手に交渉カードとするな」

 そう言いながら同じく何か模様がついた袋にノートをしまう。

 「じゃあ何かわかったらまた情報を回す」

 そう一言伝えると、出口に向かった。

 

 駐車場に車を止めた氷河が交代で入ってくる。

 すれ違いざまに、アイアコスと一言二言喋り、こちらの席に戻った。

 「氷河せんせー、真夢が起きたよー」

 「それは良かった。

 体調は大丈夫ですか? 真夢さん」

 「ええ。

 初めまして、氷河先生」

 

 会計を済ませたあと、アイザック以外全員が駐車場に向かう。

 「もしかしてスポーツカー? おかねもちー!」

 心愛が騒ぎ、りぼんがまた変な妄想をしているのかぐふふと笑っている。

 真夢も高級車にうっとりしていた。

 「まぁ一応スポーツ仕様だな」

 そう言いながら座席を倒し、後部にアクセスできるようにする。

 実は懸賞で当てたので、初期費用はタダだったというのは言わない。

 全員が席に着いたのを確認後、始動する。

 心地よいエンジン音があたりに響いた。



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30. 通夜

 「故 峰岡梨佳 儀 葬儀式場」

 そう書かれた看板が掲げられた葬儀場に続々と弔問客が入っていく。

 そして遠巻きに記者やカメラマンがその様子を取材している。

 

 受付として立っているのは、峯岡が所属していた芸能プロダクションの職員である。

 「心よりお悔み申し上げます」

 ブラックフォーマル姿の瞬は受付に挨拶し、袱紗から出した香典を手渡してから、芳名帳へ記帳した。

 「本日はお忙しい中、ありがとうごございます。

 最後の瞬間まで峰岡の事を…」 

 受付が落涙しそうなのを堪えてお辞儀するのを見て、瞬もつられそうになる。

 しかし今日この場に来たのは、故人を悼む為だけではないのだ。

 唯我独尊の二人はまだ来てなかった事に少し安堵し、受付の近くで来るのを待つ。

 「よう、昨日ぶりだな」

 桂田が伏し目がちに瞬へ挨拶する。

 「良ければ、一緒に行きましょう」

 二人は頷いて、隣同士の席に座る。

 終わった後に記者に同じ囲まれるのなら、人数が多い方が良いと唯我独尊の二人は考えたのだろうが、瞬の思惑は違う。

 自分に関わった人間が狙われる可能性を憂慮し、出来るだけ近くにいたかったのだ。

 

 着席後周りを見回すと、峰岡と同じグループメンバーが前方で泣きじゃくっていた。

 その他は彼女らのプロデューサーやプロダクション関係者、テレビ局各局の関係者、同じ芸能界仲間など見知った顔が殆どである。

 「天宮さん、隣失礼します」

 座ったのは、去年読モからタレントになった谷山ひかり。

 以前から峰岡のファンだと公言してた子だったかなと思いながら会釈する。

 

 暫くすると読経の声と共に、僧侶が入ってきた。

 瞬は前任の乙女座であるシャカから貰った本格的な数珠を左手に持ち、静かに瞳を閉じて祈る。

 いや、祈っているふりをして魂を視ているというのが正解か。

 冥王の小宇宙をその場に広げる。

 『この場に神が降臨された』『どのお方でしょう』

 複数の小宇宙が沸き上がると同時に、そんな意思が瞬に流れこむ。

 その中には明らかに神のものと思われるものも交じっていた。

 これ以上続けると自分がハーデスであることが露見する危険性が出ると直感し、打ち切らざるをえなかった。

 

 読経は続く。

 今度は聖闘士として、己の小宇宙の見えざる鎖で探りを入れる。

 鎖が反応するも、どこから発せられているか掴みきれない様子で蠢いていた。

 そんな時、氷河から憑依された女の情報が入ったのだ。

 恐らく一つは彼女のものだろう。

 この場で誰かというのは特定出来なかったが、複数人いたという事実だけでも収穫とせねばならないか。

 

 会場近くにはゴードンとクィーンが同じくブラックフォーマルで警戒に当たっていた。

 入場するまで一緒にいたのを見ていた記者が話しかけてくる。

 「あなたはホーリークィーン社から依頼された、天宮さんのボディガードか何かですか」

 日本語だったのもあり二人は無視する。

 そして葬儀場近くの道路にはファンと思われる若者が多数集まっているのを確認した。

 その中にな一部「りんりんは唯我独尊や天宮に殺されたんだ!」と叫ぶ男もいた。

 会場内の瞬が探りを始めたようだと、感づく。

 と同時に、若者の一団の中からも小宇宙が沸き上がった。

 これは何かあるとクィーンはゴードンに目配せし、一団の中へと入っていく。

 「なんだ、外人のにーちゃんもりんりんファンか?」

 りんりん愛してるよ、と書かれたプラカードを掲げた一人が話しかけてきた。

 肯定の意味で首を縦に振る。

 「なら、一緒に追悼集会だな」

 とクィーンは肩を組まれて引き込まれた。

 

 「なあ、このにーちゃんもお仲間だって」

 「本当か? 英語なら通じるかなあ」

 などとその集団内で会話される。

 「りんりんのどういう所が好きなんだ?」

 一人が英語で話しかけてきた。

 直前に峯岡梨花がどういう人物だったかは動画で確認していたので

 「歌とダンスが上手な所とか」とクィーンが答える。

 「うーん、それだけじゃ真のファンとは言えないな。

 バラエティー番組での切れ味鋭いコメントとか。

 ってもう二度と聴けないんだよな…」

 死去した事実を改めて気付いたらしく、嗚咽し始める。

 本当に大好きだったんだろう。

 その男からそっと離れ、小宇宙が感じたあたりに向かう。

 そこには瞬や二人組の男の写真にナイフを何度も突き立てる男達がいた。

 「あ? 何見てるんだよ?

 こいつらは呪い殺さないと気が済まないんだ」

 一人がこちらを睨みなが、スラング混じりの拙い英語でつぶやく。

 もう一人は小宇宙を燃やしながら「六毒大神(りくどくたいじん)様、こやつらに災いを」と言いながら、漢字のようなものが書かれた小さな紙切れのようなものを二人の男が映っている写真の上に置いた。

 

 バチッと大きな電撃のような音が唯我独尊の二人の頭上から聞こえた。

 二人は驚いて椅子を蹴倒して尻餅をつく。

 今まで静寂だった会場が一気に騒めいた。

 その実、瞬の鎖が反応して何らかの襲撃を防いだ音だ。

 瞬は音が聞こえた方を睨みつける。

 今まで読経していた僧侶もまた立ち上がり、唯我独尊の頭上を見上げていた。

 「君が彼らを守ったのかね?」

 穏やかな声が念話で話しかけてきた。

 瞬が身構えると

 「ああ、自己紹介が先だったね。

 今、君の前で読経している野中隆寛(かんえい)です。

 私は法力を少々持ってましてね。

 君はどこかの神の闘士かな?」

 「その通りです。

 僕はアテナの聖闘士です。

 貴方もこの事件を追っているのですか?」

 現状、敵味方が分からないので、そこで会話を打ち切った。

 

 その時、葬儀社の職員がマイクで皆に伝える。

 「皆様おちついて席にお座り下さい。

 式を続けさせていただきます」

 僧侶も席に戻り、読経を続ける。

 隣の男二人は落ち着いた表情に戻って席についたようだ。

 反対の席の谷山は「くそっ」と呟いたのを瞬は聞き逃さなかった。

 ほんの少し、神力を使って魂を視る。

 漢字らしき文字が書かれた紙切れと自分たちが映っている写真を持つ男の映像が流れ込んできた。

 

 焼香の順番が回ってきたので席を立つと、幾人かは睨んできたが、仕方ないと思って焼香台に向かう。

 隣で谷山が抹香の代わりに不思議な光を放つ数珠を香炉にくべようとする。

 瞬が何かに気づき、慌てて彼女から数珠を取り上げた。

 そして小さく、しかし力強く咎める。

 「何をしようとしてるんですか!」

 「あんたらが殺したりんりん姉さまを生き返らせようとしただけよ!

 何故邪魔をするのよ!」

 大声で谷山が叫ぶ。

 焼香台前で揉めている様子にまたざわつき始める。

 瞬がスタッフに目配せしすると、葬儀場スタッフがやってきた。

 抱えられて谷山が連れ出される時、すれ違いざまに瞬は

 「これは預かっておきます。

 後で話をさせてください」と伝えた。

 谷山の数珠を瞬が確保したまま席に戻ると、親指を少し噛み、血を滲ませる。

 その数珠に塗ると、赤い血が霊血の青へと変色する。

 やはり神に連なる道具であった。

 詳しくは冥界に持ち帰り、ハーデスに直接視てもらう必要性を感じた。

 

 様々な混乱があった通夜がようやく終わる。

 やはり記者に取り囲まれるが、騒ぎの事もあったのかすぐに彼らから離れていった。

 クィーンは紙と写真を持つ男の後を追っていると、ゴードンが伝えてきた。

 僧侶の野中と連絡を取り合うかどうかも含め、この後沙織達と相談する事に決めた。



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31. 情報

 廬山五老峰にある一軒家を、男女が訊ねる。

 ラフな格好に着替えた一輝とパンドラだ。

 何もなければ直接瞬間移動で来るのだが、中国へは「社長」としての訪問なので、上海で一旦入国手続きをし、さらに瞬間移動で五老峰までやってきたのだ。

 「一輝さん、パンドラさん、お久しぶりです」

 岩の上で人差し指一本で逆立ちしていた梓豪が二人に気付き、ギリシャ語で挨拶する。

 「久しぶりだな、梓豪。

 紫龍を呼んで欲しいんだが。

 あとこれは土産だ。

 皆で食べて欲しい」

 一輝が伝えると梓豪は立ち上がり、土産の果物が沢山入った籠を受け取った。

 「はい、それでは老師(せんせい)を呼んできます!」

 そう言うと、籠を持って二人を家へと誘った。

 

 居間に通された二人の前に、春麗がお茶を運んできた。

 翔龍も一緒に先ほどの果物を皿に乗せて運んでくる。

 「一輝さん、パンドラさん、こんにちは!」

 「お二人共、遠いところわざわざありがとございます」

 「いや、私達が来た方が安全だったのもありますし、気にしないで下さい。

 それより体調は大丈夫ですか?

 悪阻が酷いとは伺ってましたが」

 パンドラが訊ねる。

 「ふふ、その日次第ですね。

 でもその分、私の中の新しい命を感じられて嬉しいんですよ」

 そういいながらおなかをさする春麗を、パンドラは少し羨ましそうに見つめた。

 「俺ももうすぐ兄貴になるんだから、早く守れるほど強くなりたいんだ!」

 一輝とパンドラは二人とも兄姉なので、その気持ちを理解出来るようだ。

 「少し待っててくれ、今、老師が遺した本を探している所だ」

 書庫代わりの部屋から紫龍の声が聞こえた。

 「紫龍、あまりお客さんを待たせないようにね」

 

 部屋から紫龍が出てくる。

 「待たせたな、それではこっちに来てくれ」

 一輝を書斎へ招き入れた。

 「まずはこれが王虎から預かったUSBメモリだ。

 行方不明者と、警察がマークしている宗教団体の詳細データだそうだ」

 そう言いながら、一輝に黒い棒状の物を渡す。

 「了解した、すぐに確認させよう」

 そう言うと、一輝の手元からメモリカードを瞬間移動で送った。

 紫龍は席に座り直し、続ける。

 「確かに道教系は最近盛況で、俺も都市部に出る度に祈祷してるのを見かけるな。

 大半は占いだと思うが、反魂も教義的にあり得なくもない。

 宗派はほぼ無限にあるから特定までは俺も出来ないかったがな。

 そこでだ、老師が遺して下さった本から特に生死に重きを置いていると思われる宗派をピックアップしておいた。

 この中に該当するものがあれば良いんだが」

 そう良いながら、さらに一輝に附箋が数カ所ずつ付けられた数冊の線装本を手渡す。

 「すまんな。

 それではこの本も借してもらおう。

 なに、すぐ返すようにする」

 「あと動く死体みたいな奴だが、同居人は違和感に気付かないようだ。

 風邪が長引いて声が枯れてるぐらいの感覚らしい。

 もっとも何らかの圧力でそう答えてる可能性もあるがな」

 一輝はふむと考え、彼らの住所を教えて貰った。

 

 待っている間、パンドラは梓豪に軽く稽古をつけることにした。

 といってもパンドラは徒手空拳を出来ない。

 普段紫龍がやらないであろう、対超能力の攻撃の回避を経験させるのも悪くないであろうと考えたのだ。

 パンドラの放つ電撃を次々と梓豪がかわす。

 「どうした、こんなものか?

 もっとスピードを上げるぞ」

 梓豪が直前にいた場所に穴が空いていく。

 「パンドラさん、これ以上は難しいですって!」

 「喋ってる暇があるなら敵の攻撃に集中しろ」

 その様子を少し離れて見ていた翔龍が

 「パンドラさん、かっこいい」と呟いた。

 

 紫龍と一輝が部屋から出ると、屋外の三人を呼び寄せる。

 「はぁはぁ、パンドラさん、ありがとございます」

 梓豪が息を切らせながらお辞儀をする。

 それを派手にやったなと紫龍が見ているのをパンドラが気付く。

 「心配するな、今戻す」

 片手をかざすと、地面の穴が元通りに戻っていった。

 「梓豪の事、ありがとございました。

 それで、晩ご飯は食べていかれますか?」

 春麗が訊ねる。

 「お誘いありがとございます。

 しかし、夜はマカオで用事がありますので、これで失礼しようかと思います」

 パンドラは丁寧にお辞儀する。

 「それでは春麗さんもお身体にお気をつけて」

 「一輝、沙織さん達の事を頼んだぞ」

 「紫龍も引き続き調査を続けてくれ」

 「また稽古を宜しくお願いします」

 四人が見送る中、二人は瞬間移動で消えていった。



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32. 襲撃

 「護衛ご苦労さん。

 沙織さんに行けって言われてさ」

 通夜会場近くにいるゴードンの所に星矢が合流する。

 「今、瞬はハーデスの魂と離れているんだよな?」

 と星矢。

 「ああ、すぐ戻れるよう繋がれたままではおられるがな。

 冥界で活動なされる分にはハーデス様は肉体を必要としない。

 瞬が通夜で見つけたとかいう数珠と、アイアコス様がアイザックから受け取ったノートをお調べになるとの事だ」

 そこにブラックフォーマルから、帽子を被りカジュアルな格好へ着かえた瞬が合流する。

 「ゴードン今日はありがとう。

 星矢も来てくれたんだ。

 クィーンは追いかけてくれている最中なんだよな?

 万が一があるといけないから、シルフィードにも同行するよう伝えるよ」

 そう言うと、瞬は念話でシルフィードに要請した。

 

 念話している最中、人影が近づいてくる。

 読経時の正装から略装に着替えてはいるが、僧侶の野中だ。

 念話時と同じ穏やかな声で星矢達に話しかけてきた。

 「天宮くんとは先ほど念話で話しましたね。

 他の方々はどうも初めまして。

 先ほどの通夜で読経させていただいた野中隆寛です。

 法力のような、ああ貴方がたの表現では小宇宙でしたか、そういう力を感じるのですが、やはり皆様聖闘士ですか?」

 「一人ちが…うぐぐ」

 星矢が冥闘士の事を伝えようとしたのであわてて瞬が口を押さえる。

 「はい、みんな聖闘士です」と瞬が答えた。

 「隠さなくてもいいですよ。

 少なくともそこの彼は冥闘士でしょうし」

 扇子でゴードンの方を指し示す。

 緊張した顔で瞬が「…お話を伺いましょう」と続けた。

 

 「何、単純な事です。

 私は宗派本部の中でも以前、冥闘士とやり取りする部門にいただけです。

 ラダマンティスさんは私の名前を把握しておられると思いますよ」

 直接の上司の名前を聞いたゴードンは納得する。

 「しかし天宮くんが当代の乙女座なのは驚きました。

 歴代乙女座は仏教と密接に関係ありますから。

 ああ、天宮くん自身はキリスト教徒でしたね」

 「知識と技能は引き継ぎましたが、改宗まではさすがに。

 教会で育てられた経緯がありますから」

 瞬が言う。

 「でも安心しました。

 当初、ハーデスが人間に道具をばらまいたのかと私どもは考えたものですよ。

 でも聖闘士と冥闘士が共同で調査してるのならその線はないですね」

 野中は安心した様子だった。

 

 「りんりん姉さまを殺した奴、みつけたわ」

 瞬の首が急に掴まれる。

 にたりと笑う谷山だ。

 仮にも黄金聖闘士が瞬間移動で間合いに入られるとは不覚。

 いや、何らかの神が憑依しているのなら納得がいく。

 普通の人間ならありえない力でどんどん締め付けてくる。

 「くっ…!」

 外そうと星雲鎖で谷山を攻撃するが、電撃のようなものではじかれる。

 野中も法力が応戦しようとするも、跳ね返されて吹き飛ばされた。

 「俺がやる、瞬!」

 星矢が谷山に向かって流星拳を放つ。

 谷山が慌てて攻撃をよけ、瞬の首から手を離した。

 「お前、ただの人間ではないな?

 さては『神殺し』?!」

 星矢はアテナの守護者にして当代の神殺しの聖闘士である。

 「神殺し」の渾名がついているが、本当に神を滅する力がある訳ではない。

 しかし人間としてはありえない能力、即ち神に直接傷を与える、アテナ最強の守護者なのだ。

 「だとしたらどうした!

 お前こそ何の神だ?!」

 「お前ごとき人間に名乗らないわよ」

 星矢が対峙して時間を稼いでる間に、ゴードンがグランドアクスクラッシャーの要領でハーデスの護符を谷山の背中へ投げつける。

 「な、何故冥王の護符が」

 「相手が悪かったと思う事だな」

 谷山の体から魂のようなものが抜け出るのが見え、彼女はその場に倒れた。

 「ひとまずこの女から離れて次の機会に… 何?!」

 いつの間にか瞬の手元にあった小箱のようなものにその魂が吸い込まれていく。

 「ハーデスが本気になる前に何とかしないと、僕では抑えきれなくなる」

 碧い目をした瞬は手元の小箱を見つめて呟いた。



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33. 賭場

 ホーリークィーン・マカオにあるカジノバーを模したVIP室。

 上品なイブニングドレスを着こなす美女が、タキシードの男にエスコートされ入室する。

 「一輝様、ようこそお越しになられました」

 盲目の兄エリクと、その弟ヘンリクのマズル兄弟が出迎える。

 「天宮社長が直々にお越しになるとは」

 「隣におられるのは、もしかしてハインシュタイン女伯?」

 二人の姿に気づき、次々と挨拶にくる高額プレイヤー(ハイローラー)の面々。

 ひとしきり挨拶の波が収まると、二人は隅にあるバーカウンターに座り、パンドラはサイドカーで、一輝はマミーテイラーで乾杯し、カジノに興ずる面々を眺めていた。

 二人とも読心術を駆使して誰に接触すべきか探索していたのだ。

 

 グラスが空になると、パンドラが意を決したように立ち上がる。

 「それでは楽しんでくるわ」

 とルーレットがあるフロア中央部へと消えていった。

 それを追加注文したウォッカ・アイスバーグを飲みながら一輝が見送る。

 「一輝様、こちらを」

 直後、ヘンリクは封筒を渡すとすぐに傍を離れた。

 それをクラッチバッグにそれを入れるそぶりをして瞬間移動させる。

 内容はここ数か月出入りした新興富裕客と彼らに接触したコンサル・啓蒙家等のリスト。

 エリクはその間、あたりを警戒する。

 盲目故にその場の意思が見えるのだ。

 

 「隣よろしくて?」

 一輝の隣に大胆なスリットが入ったドレスの女が少し酔った様子で座る。

 父親が不動産投資で財を成したという()欣妍(きんけん)だ。

 ルーレットテーブルの方から歓声が聞こえてきた。

 翡翠の透かし彫りのネックレスを触りながら

 「パンドラさん、相変わらず豪快な掛け方ですよね。

 それでは儲からないのに、まるで分かってらっしゃらない」

 コロネーションを口に運びながら、一輝に話しかける。

 「天宮社長、あんな女より同じアジア人同士仲良くしましょうよ。

 何なら父亲(ちち)に頼んで、ハインシュタイン社以上の株式を買ってもらおうかしら」

 一輝に艶っぽくしなだれかかる。

 「ご提案ありがとうございます。

 しかしこれ以上、株式発行しませんがね」

 拒否を示すかのように少し距離を取る。

 「あら残念。

 でも私はもっと貴方を知りたいの。

 泊っている部屋にいらしてくださる?」

 さらに近づき、手を握ってくる。

 「それは遠慮願います。

 ここで一緒に飲む分には付き合いますが」

 そっとその手をふりほどく。

 今日の欣妍はどこか様子がおかしい。

 普段の彼女は派手な服装をせず、勘が鈍るアルコールも飲まずに黙々と一人勝ちを目指すような客だったはずだ。

 そんな彼女が、パンドラを批判したり一輝を誘惑してきたりしてくる事に違和感を感じた。

 

 ルーレットテーブルには人だかりが出来ている。

 その中心にいるのはパンドラその人だ。

 ディーラーが番号を宣言すると、パンドラの前へうず高く積み重なったチップが押し出される。

 彼女はすぐにそのチップをベットする。

 その美しい西洋人の所作は皆の注目を集めた。

 「あの額を躊躇なくベットするとは」

 「こういう掛けが出来るなんてさすが」

 地元の名士達がざわついた。

 

 一方、一輝たちが入室した時の喧騒に気づかず、小柄でふくよかな男、()雲嵐(うんらん)がバカラテーブルの席で延々とプレイしていた。

 場に配られたカードを慣れた手つきで(スクィーズす)る。

 バンカーの勝ちである。

 プレイヤーに掛けた男のチップが回収される。

 「くそっ」

 苛つきながら席を立った。

 その時ようやくルーレットテーブルの歓声に気付く。

 「あそこの美女を知っているか?」

 人だかりの中心にいる女について、隣に座っていた友人に尋ねる。

 「見覚えがあるんだが、誰だったかな」

 雲嵐はなめ回すようにパンドラを観察する。

 「しかし見れば見るほど綺麗な顔といい、大きなバストといい、妖艶な美女だ。

 見た感じ、まだ20代前半というところか。

 僕の愛人にしてやっても良いな」

 そう友人に言いながらパンドラの近づいていった。

 

 パンドラが溜まったチップの両替(カラーアップ)をし、休憩しようと席を立つ。

 移動を阻むように自分より背の低い男が立ちふさがる。

 「失礼、私は休憩したいのでどいてくださいます?」

 「いや、僕は君に用事があるんでね。

 単刀直入に言う、君と愛人契約をしたい」

 そういいながら金色の財布から500HKDの札束をちらつかせた。

 パンドラは蔑むような目つきでその男を見返す。

 そのやりとりを見た客が雲嵐の肩を叩いて

 「お前バカだな。こんな端金で落とせるとでも思ってるのか?」

 「100万HKDだぞ、大金ではないか」

 「本当に彼女の事を知らないんだな。

 ハインシュタイン社のオーナー様だぞ」

 ひっと雲嵐がのけぞる。

 その気になれば、自分の会社を潰されるのではいかという恐怖を覚えた。

 パンドラがその男を見下しながら

 「愛人契約の話は聞かなかった事にしてあげましょう。

 ただし、条件があります。

 明後日行われるという『商談』に私も友人と参加したいのですが、席を用意してくれませんか?」

 「ひぃぃ、わかりましたわかりました。ご用意しますよ」

 記憶改竄も辞さないつもりでいたが、その手間が省けるというものだ。

 

 欣妍は一輝の隣でカウンターに突っ伏していた。

 周りからは酔って寝たように見えるが、実際には超能力を使って眠らせたのである。

 ブランケットを掛けてやりやり、医療班へ連絡を入れる。

 そして待っている間に彼女の記憶を覗く。

 父親があちこちの啓蒙団体と関わっている事。

 そしてやたら触っていたネックレスは一昨日、父親から誕生日プレゼントとして身につけるよう言われていた事。

 そしてそれ以降性格が前向きになった事。

 

 パンドラがバーカウンターへ戻ってきた。

 「こちらはオークションの参加権を4人分確保した。

 って彼女は?」

 一輝が事情を説明する。

 「なるほど、それが疑惑のネックレスか」

 パンドラが彼女の方を見やり、ハーデスの護符を近づける。

 透かし彫り部分にひびが入る。

 「恐らく彼女の性格は戻るだろう。

 だが…」

 ネックレスに力を付与したのは父親の関係者だろうか。

 

 瞬間、日本で戦闘が行わてる小宇宙を感知する。

 「瞬?!」

 弟がやられそうになるのを感じ、顔が一瞬険しくなる。

 パンドラは大丈夫だと言うも、ハーデスが地上の、それも結界外にて顕現したことに驚いた。

 「明朝までここにいるつもりだったが、あまり悠長にはしてられないか。

 私は一旦日本に戻った後、冥界に降りる。

 ハーデス様のサポートに入る必要ありそうだからな」

 「了解した。

 瞬の事を頼むぞ」

 依代として完全にハーデスへ肉体を委ねるであろう弟の事を託した。



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34. 帰宅

 住宅街にスポーツカー特有の豪快なエンジン音が響く。

 回転数を落として走行しているのでその車にしては静かに走っているのだが、それでもマフラーから漏れる音は一般車より煩いであろう。

 「夜だと近所迷惑だよねーこの車」

 隣に座る心愛が友人の家までナビしながら運転手の氷河に話しかける。

 後部座席にはりぼんはスマホを弄りながら、真夢はうとうとしながら座っている。

 「あ、ここがりぼんの家だよ」

 言われた家の付近に車を停めると、氷河は一旦降りて運転席を倒し、降りられるようしてやる。

 「氷河先生、ありがとう。

 私にも家庭教師になってもらいたいけど金持ちではないから、時々心愛の家で待ち伏せしとくわ。

 授業前に見るのはタダだでしょ」

 「俺の家ではないから、心愛さんに聞いてくれ」

 「ということで心愛、家庭教師の日時今度教えてよ」

 「うん、不定期に頼んでるからまた決まったら連絡入れるねー」

 手を振りながら玄関に入っていった。

 

 心愛の家の方面へ向かう。

 「真夢の家、あの公園の横なんだよね。

 翌日とか記者に聞かれまくって大変だったとか言ってたよ」

 「了解、なら公園方面に向かうぞ」

 やはりあの公園には何かあるのだろう。

 まずは二人を無事届けてから公園へ戻ろうと考えつつ車を走らせる。

 公園に到着し、エンジンを止める。

 「せんせー、あそこの『盛岡(もりおか)』って表札の所が真夢の家。

 って、ちょっと真夢、大丈夫?!」

 後部座席を見た心愛が声を荒げる。

 いつの間にか起きていた真夢が、公園の立入禁止テープで巻かれた滑り台の方を見ながらがたがたと震えていた。

 氷河は心愛に真夢の家族を呼んでくるように指示し、氷河は真夢を後部座席から抱き上げた。

 体がとても冷たい。

 「私、怖い…」

 氷河の首に腕を回して抱きついた。

 

 心愛が真夢の父親とおぼしき男性とこちらへ戻ってくる。

 「おじさん、真夢が大変なのよ?!」

 小走りになって公園に近づく心愛。

 「真夢、失敗したのか?

 駄目じゃないか」

 後ろからついてきた男は虚ろな瞳で娘に話しかける。

 そして発せられる小宇宙は公園で死体を発見した時と同じものだ。

 真夢は氷河の腕の中で父親を見て震えている。

 「貴方は、いや、お前は何者だ?!」

 氷河が真夢を抱えたまま、小宇宙を高める。

 真夢の体温が氷河の小宇宙によって温められ、少し安心したような表情に変わっていく。

 「聖闘士だろうとは思っていたが、まさか黄金とは。

 気づかれたはずだ」

 言葉では驚いた風だが、男の表情は全く変わらない。

 「おじさん、どうしたんだよ。

 氷河せんせーもセイントって何?」

 「心愛さん、真夢さんを頼む」

 そういいながら真夢を心愛の横にそっと降ろした。

 心愛は真夢に抱きついて落ち着かせようとする。

 それを確認した氷河は、氷の障壁(バリア)を二人の前に貼り、さらにあたり一帯を氷霧の薄い膜で覆い隠した。

 

 「今から起こるを事をくれぐれも他言しないで欲しい」

 二人に言いくるめると、氷河の上に水瓶を捧げた女性の様な黄金色のオブジェが現れる。

 それが分解し、氷河の体に鎧のようなものが装着される。

 心愛は驚きつつも目を輝かせ、思わず「かっこいい」と呟いた。

 「水瓶座の黄金聖闘士、当代の水と氷の魔術師、か」

 「貴様の魂はともかく、肉体は真夢さんの父親のものだ。

 傷つけるわけにはいかないから手早く済ませるぞ」

 男に向けて指さす。

 「カリツォー」

 そう氷河が命ずると、複数の氷の輪のようなものが男の周りにまとわりつき、動きを拘束する。

 男は芋虫のように地面でのたうち回りながら氷河を睨みつけた。

 氷河は男の動きを確認しつつ、滑り台にアテナの護符を近づける。

 すると階段のあたりの地面が崩れ落ち、桐箱のようなものが現れた。

 それを氷河は拾い上げ、男に近くで箱の蓋を開ける。

 「な、うぉぉぉぉ…!」

 男から魂のものが浮かび上がり、箱にみるみる吸い込まれる。

 それが終わるとひとりでに桐箱の蓋が閉じ、急いで先ほどのアテナの護符を蓋を跨ぐように張り付けた。

 

 氷河が真夢の父親のカリツォーを解く。

 同時に氷河も聖衣を解除し、先ほどの服装に戻った。

 父親は先ほどと一変して、どこにでもいる中年男性という風体である。

 「氷河先生、お父さんを戻してくれたんですね。

 ありがとうございます」

 すっかり元気になった真夢は、うっすらと涙をためながら氷河の手を取る。

 「別に俺はやるべきことをやっただけだ。

 しかし、君と父親に何があったのかは教えて欲しい。

 人死にを増やさない為にもな」

 

 公園を元に戻した後、母親が出張中で駐車場が空いているというので、真夢の家に自動車を停める。

 話を聞きたいという氷河の為に、真夢は二人を家へ招いた。

 氷河は父親をソファに横たえると、リビングの椅子に座る。

 真夢と心愛は一緒にお茶屋やお菓子を用意して持ってきた。

 お菓子を並べながら「さっきの綺麗な鎧姿、カメラに撮っとけばよかった」と心愛。

 「他言するなとさっきいったばかりだろ」

 氷河は相変わらずだという表情を浮かべる。

 向かいに二人が座ると、真夢は顛末を語り始めた。

 

 「で、お父さんと私の事でしたよね。

 お父さんは小説家なんですけど、取材以外では夜の散歩ぐらいしか基本家から出ないんですよ。

 で、朝のニュースで見た時だし、死体が出た翌日だったかな。

 夜の散歩から帰ってきた時、その箱を持ち帰ってきたんです。

 これ何って聞いたら『幸せになる箱をファンから貰った』とか言ってた。

 たまにファンから良くわからないものを送り付けられてくるから、今回もそうかなと私は気にしなかったんです。

 はじめは蓋の開け方が分からないとか言ってたんだけど、天宮君グッズ買いに行く直前にはお父さん、蓋を開けてたかな。

 そのあとから様子おかしかったかも。

 普段なら『早く帰れ』とか小言を言ってくるのに、その時は『するべきことを成すように』とか言ってたんですよ」

 「なるほど、それで君自身はどうだったんだ?」

 「私はテレビ局のショップででノートを手に取ったところまでは覚えてるんだけど。

 そのあとはごはん屋さんの所まで記憶飛んでるなぁ」

 瞬が何かしらの神の依代である事は、神の魂に見破られた可能性がある。

 そして憑く先に選んだのが、箱の発見者との関係者。

 桐箱の魂とテレビ局近くの魂はきっと何らかの繋がらりがあり、手に取った瞬間にそのその呪術的な紙が張り付いたとみて間違いなさそうだ。

 そして目的は神の霊血か。

 魂のみの神は、肉体を持つ神と比べると劣るので、神力が含まれる霊血を欲したのかもしれない。

 氷河はそう考察した。

 

 「うう、俺はなんでこんな所に寝てるんだ?」

 ソファで倒れていた真夢の父親が少し頭痛をするという風にして目を覚ます。

 「あ、お父さん大丈夫? 倒れてたんだよ?」

 「おじさん、お邪魔してまーす」

 「ああ、心愛ちゃん、こんばんは。

 って真夢、男を連れ込むとは何事だ! それも外国人なんて。

 顔がいくら良くたって本人の性格が良いとは限らんだろう。

 現に真夢が追っかけてる天宮とかいうのも、よくネット炎上してるじゃないか」

 氷河の方を見て一気に目が覚めたのか、こちらへ近寄ってくる。

 「天宮くんの事を悪く言わないで!

 あれは完璧すぎるが故の、やっかみのガセ情報ばっかよ!」

 真夢が言い返す。

 炎上しても関係ない人が傷つかない限り否定しない瞬も悪いと氷河は思ったが、何も言わずに聞き流す。

 

 氷河は父親を落ち着かせようとして、ゆっくり挨拶をする。

 「初めまして。氷河レベジェフと申します。

 私は平田さんの家庭教師をしいる者です。

 偶然近くを通りかかったので、お二人を車で送り届けさせて頂いた次第です」

 深々と頭を下げる。

 丁寧な物腰と流暢な日本語で面食らったのか、少し落ち着きを取り戻し

 「ああ、そういうことでしたか。

 こちらこそお見苦しいところをお見せし、すみません。

 私は真夢の父の盛岡剛です。

 ペンネームの盛岡岩梅の方が通りが良いかもしれませんが」

 確か歴史小説家だったか。

 氷河は興味がないから本屋で見かける程度だが、一輝ならきっと全冊読んでてもおかしくないだろうなと思う。

 「盛岡さん、もう大丈夫ですか?

 床で倒れられていたようなので、ソファの方に移動させていただきましたが」

 「そうだったんですか。桐箱と格闘してた所までは覚えているのですが」

 「で、その桐箱なのですが、すみませんが預かる事は可能でしょうか?

 化学者のはしくれとして、何らかの毒物の可能性を感じまして」

 口を閉めた透明なビニル袋に入っている桐箱を見せる。

 「ああ、桐箱の中に毒物を仕組まれた可能性もあるのですか。

 そうですね、まずは警察に連絡をって、あれ、誰から貰ったのか顔が分からない」

 「ああ、無理せず大丈夫ですよ。

 私が連絡を入れておきますから、今日はお休みになった方が宜しいかと思いますよ」

 そう言いながら、警察へと電話を入れる。

 当然後で、口裏合わせはしてもらうのを前提としているが。

 少ししてパトカーが家の前に止まる。

 警官が氷河の顔を見やると

 「また君かい」

 前回と同じ警官だ。

 「今回もすみませんが…」

 氷河が耳打ちすると、ため息をつきながら桐箱を預かるふりをしてくれた。

 

 盛岡岩梅への聞き取りが終わると、警察は帰っていく。

 氷河も遅くなると心愛の母親が心配するだろうと促す。

 「それでは私もお暇させていただきます。

 お邪魔しました」

 氷河が挨拶する。

 「じゃあ真夢もまた明日ねー」

 「バイバイ、心愛、また明日」

 「まぁ氷河君もなんだ、また遊びに来てくれたまえ」

 岩梅は氷河の事を好青年と受け取ったようだ。

 「ありがとうございます。

 家庭教師のご用命ならいつでも。

 院に行く予定ですので、まだ学生しておりますし」

 氷河は軽く営業をかけると、家を後にした。

 

 二人は車に乗ると、心愛の家に向かって出発した。

 「おじさん、絶対真夢の彼氏候補だとか思ってそうだよね。

 真夢もあの時抱き着いてたし、せんせー的にどーなのよー?

 絶対胸当たってたしさー」

 「あれは単純に恐怖から抱き着いてきただけだろ」

 面倒そうに氷河は答える。

 「というか、せんせーに彼女いてたり?

 女性への扱い上手だし。

 まぁりぼんが妄想してるみたいに彼氏はいないだろうけどさー」

 「何故そこで『彼氏』発言が出る」

 「で、彼女いるの、いないの?」

 「ノーコメントだ」

 そうこうしているうちに平田家に到着し家に入るのを見届けると、一旦自宅マンションの駐車場へ戻しに行った。



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35. 過去

 地獄最深部、ジュデッカにあるハーデス神殿。

 そこの執務室に冥王の恰好をした瞬、いや碧き瞳と漆黒の髪を持つハーデスが座している。

 目の前の机には様々な箱や装飾品のようなものから紙きれまで、多種多様なものが数多く並べられていた。

 唯一共通点があるとすれば、全て何かしらの真新しい封印が施されている事だ。

 それを一つずつ確認するように触れては、卓上に敷いた羊皮紙の上に何らかの法則性をもって並べ、また赤いインクで何かを書き込んでいく。

 

 「ハーデス様、ご無事でしたか」

 少し安心したかのようなパンドラの声に気づいたハーデスは顔を上げる。

 「余はこの通りだ。

 しかし瞬は連日の緊張で疲弊していたとはいえ油断をしたようでな。

 普段なら聖闘士としてもう少し対応出来たはずだ」

 そう言いながら首を触る。

 首を絞められた時につけられた掠傷は既に治癒していた。

 「ちょうどお前達が送ってくれた品々を見終わったところだ。

 視た所、想定通り東洋系が殆どであるな。

 恐らく地上で封印されていた弱小の民間信仰系神々を開放して回った輩がおるのであろう」

 そう言いながら卓上の小物に触れる。

 

 パンドラが向かいの席に移動する。

 「東洋系と言えば、天秤座(ライブラ)がこんな事を申しておりました。

 反魂とかいう生き返りの法を追求する宗教が中国には古くからあるとか。

 復活神話や説話は世界中にあるが、それを現代の世で実践するなど自惚れも甚だしい」

 パンドラの小宇宙に怒りが内包する。

 ハーデスが落ち着くよう促し、しばし考える様子をした後、

 「多くを封印せねばならないのだが、余が直接動くわけにはいかない。

 そちらの方はパンドラ、その方らに任せる。

 しかし万が一、王の器が顕れた時は無理せず撤退せよ」

 当代の魂に引きずられてか部下への慈しみを持つようになったのではとパンドラは感じた。

 ハーデスは己の指を小刀で傷つけると、滴った血が宙へと舞い、「Ἅιδης(ハーデス)」の記名された護符へと変化する。

 直後パンドラの掌に次々とそれは積み重なった。

 「は、どうぞ我々にお任せ下さい。

 聖闘士や海闘士も協力しております故、見つけ次第封印できるかと」

 

 ハーデスはさらに己の血液を小瓶にも流し入れる。

 ある程度までたまると、反対の手で出血を抑え、瓶の蓋を閉めた。

 「ハーデス様、ご無理をなさらずに」

 少しふらついた様子の弟にパンドラが駆け寄り、体を支えた。

 「そうだな、少し横になる」

 そう伝えると、寝室の方へとハーデスは消えていった。

 

 パンドラはハーデスが安らぐようにと楽器室へと入り、ハープを奏でる。

 聖戦が終わってからはそういった機会も減り、久方ぶりだ。

 幼少時から聖戦まではハーデスの為に子守歌代わりとして行ってきた手遊びであり、心が凍り付いてた頃の自分も無意識に慰めていたのではないかと、今になっては思う。

 そして酷い仕打ちをしたにも関わらず今でも部下として変わらず尽くしてくれる男も、いつも静かに聞いていたものだと過去へ思い巡らせた。

 

 ハーデスが眠りについたのを見計らい、執務室へと戻る。

 部屋の片隅にはラダマンティスが跪き、控えている。

 「パンドラ様、久しぶりの演奏、感無量でございます」

 「ハーデス様がお休みになられたので、安らかれるように奏でたまで。

 お前の為ではない」

 ラダマンティスに聴かれていた事への動揺を隠すかのように、支配者として問いただす。

「ところで、地上の様子は?」

 「は、アイアコスから言動のおかしい人間と、彼らが身につけていた曰く付きのものが発見されていると報告が続々と上がっております。

 逆に死体が動くなどといった事例は止んだ模様。

 氷河達が見つけた家は冥蝶で見張らせてはおりますが、家でずっとPCを触っているようです」

 「報告ご苦労、了解した。

 監視はこのまま続けてるように。

 そして、今しがたハーデス様から護符を頂いた。

 皆に配布し封印を進めよ。

 私はしばし用事があるのでここに残る」

 命じられたラダマンティスはパンドラから護符を手渡されると、部屋から消えた。

 

 ハーデスが羊皮紙に書き記した文字を確かめる。

 それは漢字で書かれており、パンドラは読めない。

 念写で卓上の様子を写しとった。

 その紙を一輝へ転送する為に念話を送る。

 「そうか、名称を紫龍から受け取った本と照らし合わせれば相手の特定も早まりそうだな。

 ところで瞬は、いや、お前も少し動揺しているがどうした?」

 普段素っ気ない態度のくせに、こういう時は機微に聡い男だ。

 「何、少し聖戦の頃を思い出しただけさ…。

 それと瞬は少し貧血気味なので休ませているが、心配するほどではない」

 会話を終えると写生した紙を転送する。

 そして席を立ち、ジュデッカを出た。

 「ハーデス様がお休みになられている間、私も閻魔帳を見直さなければ」

 気持ちの整理をつけるかのように、小さく呟いた。



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36. 想定

 僧侶の野中は箱を抱えて瞬間移動で消えた瞬を見送った後、星矢に尋ねる。

 「天宮君は聖闘士なんですよね?」

 「そうだぜ、瞬は乙女座の聖闘士だ」

 「しかし、あの小宇宙は確かに大神、それもハーデスと口走ってたような気がするんですが」

 野中が問い詰めるような表情で星矢を見据える。

 星矢は少し悩むと沙織にどうするか念話を送り、確認する。

 そして星矢は野中に告げた。

 「これからの事は、誰にも言わない約束できるか?

 あんたの家族はもとより、教主とかも駄目だぞ」

 野中は星矢の圧に尋常でない事を感じ、口外しないことを確約した。

 「今から女神(アテナ)の所へ案内する。

 タクシーでいいか?」

 星矢は超能力が苦手であり、瞬間移動に第三者を乗せる力がない。

 ゴードンにどうするか尋ねると、仲間との合流後別行動をするとの返答だったので、一旦ここで別れる事となった。

 

 星矢が流しのタクシーを呼び止めると、住所を運転手に伝える。

 二人の間に微妙に緊張した空気が流れる。

 そうこうしているうちに、大豪邸の前で停車した。

 「本当にこのお屋敷なんだよね?」

 野中が東京都内にある豪邸に驚いた。

 星矢が支払いを済ませながら「こっちだぜ」と促した。

 星矢は門衛に軽く挨拶すると、慣れた様子で敷地内に進んでいった。

 本邸前の邪武が「星矢達か、お嬢様がお待ちだ」と、邸宅内へ案内した。

 

 広い邸宅内を野中がきょろきょろしながら、星矢は慣れた様子で進んでいく。

 「沙織お嬢様、二人をお連れしました」

 そう言いながら、部屋の扉に手をかけた。

 「邪武、ご苦労様でした」

 中から女の声が聞こえる。

 城戸沙織が立ち上がって二人を出迎える。

 「沙織さん、戻ったぜ。

 こっちがさっき言ってた僧侶の野中さんだ」

 星矢が野中の方を向き

 「あそこにいるのが俺たちの女神さ」

 野中が深々と頭を下げながら

 「法天宗の僧、野中隆寛と申します。

 お初にお目にかかります」

 「初めまして、野中さん。

 城戸沙織です。

 星矢達に協力していただいて、ありがとうございます」

 凛とした声が響く。

 慈愛に満ちた高貴な小宇宙をあたりを包む。

 顔を上げた野中は、テレビ等で見覚えのある名前と顔で驚いた。

 「まさかあなた様がアテナ様でしたとは。

 王の地位ではないとはいえ、大神が身近におられるとは思いもしませんでした」

 沙織は微笑みながら

 「とはいっても、普段は人間・城戸沙織として過ごすことが殆どですから、それほど緊張しないでください」

 「心遣い感謝いたします。

 ところで、本題に入ってもよろしいですか?

 あなた方がどこまで知っているのでしょうか。

 あと、ハーデス様はどういう方なのですか」

 野中が険しい顔で沙織を見返した。

 

 沙織は客人に着席を促し、メイドに茶を用意させた。

 「…そうですね、この事件に関して現状一番把握してるのはそのハーデスです。

 もう少しすると報告がくるとと思いますので、お待ちいただけますか?」

 橋渡し的に動いている一輝こちらに来るとの連絡が星矢達の到着前、沙織に連絡が入っていたのだ。

 「それとハーデスですが、あなたのご想像通り、瞬が内包するもう一つの魂です。

 通常、地上においてハーデスが前面に出る事はまずありません。

 ただ、先ほどは瞬自身に危害が及びそうだったので、緊急的に表に出たのでしょう。

 ハーデスは瞬の肉体と魂を大切にしてますから」

 「なら、アテナの聖闘士というのは?」

 「瞬の人間としての本来の魂はアテナの聖闘士です。

 とても重要な戦力ですよ。

 なので、聖闘士でありハーデスという認識で間違いありませんよ」

 「アテナの聖闘士を依代に選ぶとは…」

 野中が顎を撫でながらも納得いかなそうだった。

 「さあ、真意はハーデス自身にしか理由がわかりませんが…。

 現世のハーデスも含め、神の存在に関しては最高機密事項ですので、ご留意を」

 

 用意された茶を一服しながら、星矢たちとも情報交換する。

 「死体が動く事案から、生きた人間の乗っ取りですか。

 もしかしてですが、よくある『人間を生贄にしたら』的な考えだったけど、無駄だと気づいたんじゃいんではないでしょうか?」

 直接関わってないが故に客観的に事情を把握している邪武が意見する。

 「もしそうならこれ以上犠牲は増えないとは思いますが、それでもハーデスとしたら魂の上塗りですから看過できない事象でしょうね。

 何より自分の意思と違う行動をさせられるわけですし」

 沙織はまだ犯人像が絞りきれていない様子だった。

 

 突如、強大な小宇宙が部屋で感じる。

 星矢たちにとっては馴染みのあるものだが、野中は威圧感で思わず椅子から立ち上がった。

 ラフな格好に着替えた一輝だ。

 一輝があたりを見回すと、袈裟を纏った新しい顔が増えている事に気が付いた。

 「遅くなりました。

 沙織さん、あの男は?」

 「先ほどまで星矢達と共闘してくれていた、野中隆寛さんです」

 「初めまして、天宮一輝、さんですよね?

 野中隆寛と申します。

 数刻前まで弟さんが参加されていた通夜で読経を務めさせていただいたものです」

 さすがに有名人兄弟なので名乗らなくても把握されるらしい。

 「初めまして。

 この度は弟どもに協力していただいたようで」

 一輝も挨拶を交わす。

 「で、一輝、瞬はどんな感じだったよ?」

 星矢はやはり気になっていたようだ。

 「さあな。そっちはパンドラに任せてきたからな」

 そうは言いつつも、一輝が心配はしてなさそうな様子を見て、星矢達も安心した。

 

 「中国の警察が把握している情報と紫龍から預かった童虎の本のコピー、それと俺のカジノに出入りした資産家の情報のリストです。

 ハーデス側のはもう少しお待ちください」

 日本事務所でゼラに分析させ出力したものを含め、カバンから大量の資料を机の上に広げる。

 「まだ全然内容は精査出来てないが、今から手分けしてやるか?」

 「そうですね、早いうちに整理いたしましょう」

 沙織が言うと、一輝と邪武が様々な色の紐でウェビングを作成していく。

 「ほお、こーなってこーなるのか」

 星矢が理解しようと頭をフル回転させる。

 「感心してる暇あったらお前も手伝えよ」

 邪武につつかれるも、絶対絡ませるからと星矢は拒否した。

 

 「日本だけではなく、中国でも大々的に事が動いてるようですよね」

 完成したウェビング図を見ながら沙織が呟く。

 同じ反魂を目指す道教系宗派の人間が絡んでいたり、死体となったものが生前資産家と接触していたり、様々な関係性が見て取れる。

 「俺からしたら中国のが日本にも飛び火した感覚ですがね」

 一輝が肌で感じた感想を述べる。

 今まで見守っていた野中が口をはさむ

 「私が知ってる範囲の知識ですが、いじらせてもらっても?」

 ええ、と沙織が答えると、野中が紐を手繰る。

 「ここの宗派は実質あちらと同じですし…」

 項目がどんどん集約されていく。

 「こんな感じですかね」

 宗教の項目が実質3つに絞られた。

 その時、一輝にパンドラから念話される。

 それと同時に念写も手元に送られてきた。

 「ハーデスが示した神名と一致するな。

 あと、日本・朝鮮半島系もあるか」

 改良された図と念写された紙をスマホで撮影した。

 「沙織さん、念写の原本を預けますよ」

 そういいながら一輝は沙織に送られてきた紙を渡した。

 

 時刻が日を跨ぐ。

 野中が

 「そろそろお暇しようと思いますが、この図を上に報告するのは良いですか?

 聖闘士達が自力で導き出した事にいたしますので」

 「ええ、結構ですわ。

 ただ、最初に申し上げた通り、神々の正体については決して誰にも言わないように」

 「承知しておりますよ。

 明日も葬儀がありますので、何かあればご連絡下さい」

 そういいながら、沙織に名刺を渡す。

 「今日はありがとうございました。

 邪武、野中さんをお送りして」

 「お嬢様、了解致しました」

 「それでは失礼致します」

 二人は部屋を離れた。

 星矢は一輝の目配せに気づき、沙織に伝える。

 「多分勘では、日中は動きないと思うんだな。

 だから明日また夕方にこっち来るぜ」

 「分かりました、それではお疲れ様でした、星矢」

 そう言うと、星矢は瞬間移動で自宅に戻っていった。

 

 「みんな帰ったか」

 一輝が沙織と二人になるのを見計らっていたのだ。

 「で、沙織さん、本当に『闇』の方に直接出る覚悟はあるんだな?

 ジュリアンもパンドラも、当然俺も経営者としては清濁併せ持ってるし、強引な手法も行ってきた。

 だが、あんたは銀河戦争騒動のイメージダウンを払拭するために、クリーンな経営者像を保ち続けていたはずだ。

 何なら代理人を立てて裏から指示というのも…」

 「ご心配ありがとう。

 でも、私が闇オークションに出たなんて喧伝したら、その人も参加したのを証明したことになります。

 それ以上に、私を貶める為に流言蜚語を広めたのではと、誰も信じないでしょう」

 沙織が微笑みながら一輝に答える。

 多額の負債から見事、日本を代表する財閥へと見事復活へと導いただけあり、経営者としての肝の座り方が違う。

 「聞くだけ無駄でしたな。

 なら、こちらを渡しておきます」

 紹介者の所に「パンドラ・フォン・ハインシュタイン」の名が記載されたチケットと、参加に関しての簡易な説明が書かれたパンフレットを沙織に渡す。

 「俺も場にはいますが競りには参加しないので、そのつもりで」

 「その点はこちらも了承しております。

 参加者の動きなどの観察の方はお願いしますね、()()()()

 一輝は沙織に社長呼びされるのを想定してなかったのか、ふっと笑うと瞬間移動でその場から立ち去った。



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37. 顕現

 「…僕のほうは大丈夫。

 それじゃあ、ジュネも怪我には気を付けて」

 ジュデッカにある寝室の豪奢なベッドで目を覚ました瞬は、姉弟子であり、恋人でもあるジュネと念話していた。

 無性に会って抱きたいと思うのも、精神的に参っているんだろうなと枕を抱える。

 青銅聖闘士であるジュネは、危険な実戦任務につく頻度が高い。

 そんなジュネ達が現在任務にあたっているのは中東で起こった少女集団誘拐事件の解決。

 以前のように青銅のままだったら横に立てたのだろうなと考えたくもなるが、既に地位も己の肉体も自分だけのものでない。

 ただ冥界では自由に使えるハーデスの能力を使って少女達の居場所を伝える程度は冥王も黙認してくれていた。

 

 少し心が落ち着くと、抱えた枕を脇に押しやる。

 そしてサイドテーブルに乗った豊穣(アマルテイア)の角から溢れ出る果物をベッドに腰掛けたまま、ゆっくりと食べる。

 普通の人間にとってはただの滋養の高い果物である。

 しかしゼウスを育てたというその果物は、神が食せば神力を蘇らせる力を持っている代物なのだ。

 食べ進めるにつれ、失われた霊血が身体に戻っていくのを感じると同時に、瞬の瞳も碧く変わる。

 自分の意識が保てるギリギリの所で、食べるのを止めた。

 そしてパンドラが閻魔帳を調べているのを感じるとベッドから降り、マントを羽織って瞬は姉の近くへと移動した。

 

 「もう動けるのか?」

 瞬に気付いたパンドラが手を止める。

 「ええ、もう動けます。

 パンドラさんはもうお休みになって下さい。

 ここからは僕が」

 慌ててパンドラが傍に控える。

 瞬の瞳に碧く光が宿る。

 全てを受け入れような強大な小宇宙が場を満たす。

 パンドラは神の加護を受け、疲労がみるみる回復していく。

 と同時に、瞬とパンドラの情報を双方向的に共有される。

 目的となる情報が抜き出され、宙に浮いた文字がいつの間にか現れた冊子の上に定着する。

 瞬が険しい顔でそれを手に取ると、一ページずつ確認する。

 「これを冥闘士に共有してください」

 「はっ」

 確認し終わると、パンドラに手渡した。

 「ずっとPCを触っているという死人を見に行ってきます。

 動きがないのが逆に気になりますから」

 

 小宇宙を完全に隠し、帽子で一般人風に身をやつした瞬は、戻ってきたクィーンやゴードンらと合流する。

 「みんなありがとうございます」

 「お前の方こそ大変だったろうに」

 瞬は大丈夫だとジェスチャーをすると、クィーンが改めて報告すると伝えてきた。

 「私が追いかけた呪符を持つ男だが、なんと氷河が見つけたマンションに入って行った。

 続いて入ろうとするも、何らかの結界でマンションに入れなくてな」

 「やはりあの男はキーになりそうですね。

 冥蝶はベランダ側から見張っているから、結界の影響がないのか…」

 瞬はしばし考えると、

 「地上で大きな神力を使うのは避けたかったですが、ここは結界を壊して直接視ます。

 恐らくオークションの後、一気に事態が動くだろうから、せめて日本での懸案事項はそれまでに無くしておきたい」

 瞬がハーデスとして動く決意を見た三人は、配下の闘士として跪く。

 そしてこの件に関わっている闘士全員に、地上でも顕現する旨を宣言した。

 

 ウェビング図の置いてある部屋を封印しようとしていた沙織は驚く。

 「瞬、どうしたのです?

 地上での顕現をあれほど避けようとしていたのに。

 それとも急がないといけない事情でも発生したのですか?」

 「アテナ、心配かけてすみません。

 やはり本丸は中国由来とみて間違いないです。

 なので、日本での懸案事項を上海で行われるオークションまでに無くしておきたくて。

 あと、ITに詳しい人材をこちらに寄越して下さい。

 ポセイドンの方も遠隔サポート宜しくお願いします」

 

 マンションが見える場所まで瞬は冥闘士三人を伴い、移動する。

 ラダマンティスもそこに合流した。

 「ハーデス様、このマンションなんですか」

 ラダマンティスが瞬に話しかけると、瞬は頷く。

 全員で監視カメラの位置を確認する。

 準備が出来次第、一時的に機能停止にする為だ。

 マンションに目を向けた瞬は、どの部屋に誰が住んでるのか把握していく。

 「一般人もそこそこ住んでるみたいだ。

 結界の破壊時、衝撃は最小限に留めるよう努力するけど、出入りがない瞬間を狙わなければ。

 あと、再構築型とかだと厄介か」

 色々な可能性を考えて呟く。

 

 「結界の破壊なら私も手伝いましょう」

 後ろからの声に全員が振り向く。

 アテナ沙織だ。

 普段の高級プレタポルテではなく、ファッション誌のカジュアル特集そのまま真似した服装だ。

 後ろには一輝とゼラも控えていた。

 「一機様、人使い荒いですよ」

 「この件が終わったら二週間休暇をくれてやるから、それまで我慢しろ」

 久しぶりに直接会う兄に少し嬉しそうな顔をするも、すぐに真剣な眼差しに戻る。

 「兄さん、ゼラが操作してくれるんですよね?

 ゼラも宜しく。

 多分君には加護を付与させてもらうけど」

 ゼラはぞくりと嫌な予感がした。



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38. 遠方

 ギリシャ・東アッティカ県、首都アテネから自動車で一時間半ほどした場所に、ジュリアン・ソロの邸宅がある。

 営業時間が終わり、アテネの本社から自宅に戻ったジュリアンは、書斎で日本に派遣しているカノン以外の七将軍と念話でやりとりしていた。

 「東洋の多神教か。

 こういうのは沙織達の方が詳しいだろう。

 何? アイザックは憑依された人間と直接会ったのか?」

 海皇の本分は「自然現象」なので、魂のやりとりに関する今回関与できる事といえば人員供与ぐらいだ。

 しかしながら何らか要請があればすぐにでも手助けできるよう、常に最新の情報を仕入れるようにはしていた。

 

 並行して本来の仕事であるCEOとしての業務もこなす。

 リゾートハイシーズンにむけて、追い込みの時期でもあるのだ。

 同じ部屋の別テーブルにて、テティスがPCで資料を纏めている。

 マウスをクリックし、クラウドに上げる。

 「ジュリアン様、こちらは終わりました。

 バイアン様たちは何と?」

 ノートPCの蓋を閉め、主に尋ねた。

 今まで把握した内容を手短にテティスに伝える。

 「手伝える事は明後日のオークションぐらいですね」

 闇オークションの方は資金が必要というので、ジュリアンも参加する。

 それに神として『曰くつき』かどうかを見極めるの目的もある。

 

 「私の方もきりが付いた。

 それでは夕食にしようか」

 ジュリアンもPCの電源を落とす。

 テティスは専属シェフに電話し今から食事をとる旨を伝えると、すぐに用意出来ると返ってきた。

 普段より数時間早いが、これも事前に伝えてある。

 上海まで乗り継ぎを含め16時間以上掛かるので、明日の午前中には出発しなければならないからだ。

 台所に向かう為に書斎の鍵をテティスが閉めた時、瞬からの念話が入る。

 二人の顔に緊張が走る。

 「カーサ、お前がハーデスの所に向かえるか?

 ブラックペガサスの支援を頼む」

 ジュリアンが指示すると、承知する旨の返事がカーサから返ってきた。

 

 続いて冥界に留まっているパンドラにも連絡を入れる。

 「パンドラ、今大丈夫か?」

 「丁度良かった。こちらから連絡を入れようとしていた所だ。

 明後日の件だが、事前に渡しておきたい資料があってな」

 ジュリアンとパンドラはイギリスの大学時代に同じセミナーもいくつか一緒に受けた学友でもあり、普段はお互いため口である。

 「なら、私たちは今から夕食をとる所だが、一緒にどうだ?」

 「申し出ありがとう。気持ちだけ有難く受け取っておく。

 今はこちらを離れるわけにはいかないのでな。

 まずは今から送るものを受け取ってくれ」

 そうすると、ジュリアンの手元にオークションのパンフレットと紹介状、それとハーデスが先ほど作成した冊子の複製が現れた。

 「オークション関係書類はともかく、この冊子は…」

 冥王の霊血の気配を纏ったそれの中身を、二人は検める。

 「死んだ人間が生前、信仰していたと思われる神の一覧だ。

 ハーデス様が作成なされたものだ。

 出品の中でも特に、これらに関係するものを落して欲しい。

 さすがに私の力では、『何か宿っている』程度にしかわかりかねるのでな」

 一神教の国に生まれ育った彼らにとって、そこに書かれた名は知らないものばかりだ。

 しかし、霊血の効果ではっきりとした映像(ビジョン)が頭に流れ込んでくる。

 「了解した。

 競る対象物に関しては、私から君にも提示しよう。

 ところで日本でアテナとハーデスが動くが、本当に大丈夫なのか?

 特にハーデスの能力は人間、いや他の神々にとっても渇望するものであろう。

 それ故に集られないよう使用を控えてたはずだが」

 ポセイドンは兄神に対する疑問を冥姉へ尋ねる。

 パンドラはジュリアンが神として話しかけてきたことに気づき、言葉遣いを変えた。

 「ポセイドン様、今回はアテナ様も動かれるのが幸いしました。

 ハーデス様は場のコントロールに集中なされる事でしょう。

 『隠す力』がどうしても欲しい新しい神はまずいないでしょうし」

 「なら、せめて私はアテナ達がいる一体を曇りにし、月明かりすら照らさぬようにしておこう」

 アテナ達に念話し、東京付近の天候を操作する。

 「ありがとうございます。

 それでは明後日宜しくお願いします」

 パンドラが感謝の意を述べると、念話が打ち切られた。

 

 夕食を取りながらも、ジュリアンは日本へと意識を飛ばしていた。

 広い視野で妙な動きをしているものがいないか監視し、見守るのだった。



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39. 黒客

 瞬達が待機している所にもう一人、痩けた頬の男がやってきた。

 リュムナデスのカーサだ。

 「建物内の人間を外に出せばいいんだな?」

 彼の得意技は人間の深層心理に潜り、暗示を掛ける事。

 精神破壊を得意とする一輝と違い、安全に人間を操れるのだ。

 ポセイドンが空を雲で覆ったのを合図に、地面に手を突いたハーデスが薄く小宇宙を広げ、監視カメラを停止、外部からその場を切り離す。

 そしてアテナが勝利(ニケ)の杖を前にかざすと、辺りに火花のようなものが散った。

 「結界は無事破れました」

 沙織が告げる。

 神の加護を受けている面々がマンションに入れる状態になった。

 「アテナ、僕はこのまま結界を張っておきます。

 皆さんは中へ」

 

 瞬と一部冥闘士はその場で待機し、他の面々が中へと入っていく。

 カーサが関係のない人間が暮らす部屋のドアの前に立つ。

 すると、あるものは慌てて、あるものはスマホを弄りながら、続々とマンション外へと消えていった。

 それを何度か繰り返した後、生きた人間がマンション内に残っていない事を沙織が小宇宙で確認する。

 瞬も外部から同様に確認できた事を伝えてきた。

 「アテナ様、こちらです」

 ラダマンティスの先導で、3階のとある一室へ向かう。

 「どんだけハイスペックマシン使ってやがるんだよ」

 廊下まで響く低周波のPCクーラー音に思わずゼラが呟く。

 

 アテナが解錠しドアを開けると、悪臭と熱風が噴き出してきた。

 一般家庭ではまず見かけないブレードサーバが玄関からずらっと並んでいる。

 ゼラはスワンこと、ティモに結露を気にせずブリザードで辺り一帯を冷やしてもらったらと一瞬考えたほどだ。

 「何を処理してるんだ、いやそれよりこの腐臭は」

 ラダマンティス達が悪臭のする方へと進んでいく。

 そこは窓の外からPCを触っている男がいたと確認できた部屋だ。

 見知らぬ者達が立ち入ったにも関わらず、その男は後ろを向かずキーボードを操作する指を止めない。

 それが死体なのは頭で理解していても、指の動きがそうと思えない。

 さらに近づこうとすると、PCに向かっていた男の首が180度後ろへを向いた。

 その顔は腐敗により崩れ落ち、目玉も片方は飛び出ている。

 鼻孔から漏れ出るのは脳髄だろうか。

 口が頬の筋肉を裂きながら開く。

 沙織は小さな悲鳴を上げ、思わず目を背ける。

 普段から様々な状態の死体を見慣れているラダマンティス達も、地上で動くそれを見るとは予想だにしてなかった。

 「質の悪いB級ホラー映画でもあるまいし。

 ゼラ、お前はここにあるシステムをハッキングしろ」

 一輝の一言で呆気にとられていたゼラが我に返ると、持ち込んだPCとサーバを有線で繋ぐ。

 ハーデスの加護により、ゼラの頭脳は普段より冴えわたっていた。

 沙織が小宇宙で場を緩やかに清めながら、死体を動かす存在を探る。

 そしてラダマンティス達は死体そのものを検めた。

 「見た通り、脳は大分前に腐りきってるようだな。

 胴体のどこかに命令系統があるのか、遠隔操作されてるのか」

 

 「兄さん、この人は本来心臓があるべき場所に、別の物が埋め込まれているようだ。

 ただ今も指は動いてるから、ゼラのハッキングが終わるまで触らないで」

 千里眼でこちらを覗いていた瞬の念話がした。

 ゼラも忙しなくキーボードを叩きながら

 「一輝様、こいつは恐らくどんな死体に魂を吹き込めるかシミュレーションしてるようです。

 あと、こんな埋もれていた文書も発見しました」

 ゼラはサブモニターを接続し、次々に浮かび上がる中国語を一輝達に見せる。

 「来る日時、我々を解放せよ…だと?」

 一輝がつぶやく。

 日付は今日の昼間、場所はフナテレビ。

 「兄さん、その時間帯は確か生放送してるはずだ。

 全国放送で何かやらかすつもりなのか…?

 って悪いけど、こっちにも予想通り寄ってきたから、沙織さんに任せるよ」

 唐突に瞬からの念話が途切れた。

 

 マンションの近くの壁近くで屈んでいた瞬は意識を完全にハーデスへと受け渡す。

 徐々に髪色が漆黒へと変化する男の周りを、様々な魂がハーデスの周りを取り囲み始めた。

 『ああ、もしかして冥王様!』

 『よもやこのような場所で幽冥の長がいらっしゃるとは』

 しかしその碧い瞳に光が宿ると、魂はまるで王に畏敬の念を示すが如く地面すれすれにまで高度を下げた。

 「そこに居るものどもに尋ねる。

 余の司るところを侵すのは誰ぞ」

 ハーデスの意思があたり一帯に広がる。

 何の加護も受けてない人間がその気に当てられたら、一瞬で魂が肉体から離れそうなほど強大なものだ。

 近所の神社仏閣からも魂が集まってくる。

 そこに住む神職達がざわめく様子に近づく。

 しかし結界内に認めていない人間が入れないよう細工していたので、バリアのようなもので彼らは弾かれた。

 「これほどの力を持つのは神そのものか、神の依代のどちらかか。

 それも神話時代から力を持ち続けた古の風格がある…」

 老齢の宮司が足を震わせながらへたり込む。

 「おじいちゃん、あの帽子被ってる人だよね」

 あまり力を持たない、ついてきただけの若い巫女が素直な感想を述べた。

 

 ハーデスの能力の一端を奪おうとする魂が近寄ってくる。

 地面から冥剣(インビジブルソード)を取り出すと、その魂を串刺しにした。

 「貴様か」

 ハーデスが立ち上がりながら剣を地面に突き刺すと、そのまま地面に吸い込まれていった。

 

 マンションにある動く死体の指が急に止まる。

 ゼラが叫ぶ。

 「一輝様、何かを開ける命令が発動されました!」

 と同時に、強大な小宇宙を秘めた魂が多数飛びかうのを全員が感じた。

 当然外にいたハーデスや冥闘士達も気づく。

 結界を解くと、ハーデスが冥剣を上に掲げる。

 剣先から多数の光が飛び出し、全ての魂を突き刺していく。

 「明日、死体を一斉に動かすつもりだったか」

 再び魂を冥界に封じる為、剣を地面に突き刺す。

 それを見届けた他の魂達はハーデスの命により、本来あるべき神具や仏像へと戻っていった。

 そして剣を鞘に戻すと、アテナ達に念話で状況を説明した。

 

 「まるで空に向かって星が飛んでいったみたいで素敵。

 それに剣を携える彼も、神々しくて美しいわ」

 遠くから若い巫女がぼうっとなって見とれていた。

 「もしや、冥王様が地上に顕現されているとは」

 「おじいちゃん、それって死神の事?

 人間の敵じゃん」

 さっき美しいと言った相手が急に恐ろしくなる。

 「馬鹿言うな、生命の循環を司る方だ。

 確かに死にも関連するが、全ての生命活動そのものを鎮っておられるんだぞ」

 それを聞くと

 「じゃあ人類の敵ではないんだね。

 神職のはしくれとして、挨拶しなきゃ」

 宮司が制止するのも聞かず、結界が途切れたのをいいことに巫女が近づく。

 それに気づいたゴードン達は行かせまいと、立ち塞がった。

 「貴様ら、これ以上近づけさせんぞ」

 英語でまくしたててるのを、遠目にその様子をハーデスが確認する。

 その隙に瞬間移動でマンション内に移動した。

 

 「ハーデスが魂を封じたようですね。

 憑依しているのかと思ったのですが、外部からの操作でしたか」

 そう言うと、沙織は小宇宙の発露を収めた。

 ゼラのハッキングはまだ続けている。

 冥剣の鞘を抱え、意識を戻した瞬が部屋に入ってきた。

 「瞬、ご苦労様でした」

 「こちらこそ沙織さんが手伝ってくださって助かりました」

 瞬が軽くお辞儀する。

 「こういう時ぐらい、ハーデス様として貴様は振る舞え」

 いつもの小言がラダマンティスから飛んでくるが聞き流す。

 動きが止まった死体に瞬は手をかざした。

 腐乱した顔がみるみる生前の姿に戻る。

 「やっぱり氷河達が見かけた人だね」

 死体を抱きかかえると、地面に置いた布に寝かせた。

 

 「サーバのシャットダウン開始。

 解析はこれからですが、必要と思われるデータは抜き終わりました」

 ゼラが同時に持ち込んだPCの処理を始める。

 数分後、廊下のサーバから発せられていた光が全て消えた。

 今まで五月蠅かったクーラ音が消え、あたりに静寂が広がる。

 沙織に先に帰るよう促すと、瞬は警察を呼び、経緯を説明するのと同時に念のためフナテレビ付近に警邏するよう伝えた。

 「聖闘士さまの不思議パワーさまさまってわけか」

 刑事が小声で、しかし天宮兄弟に聞こえるよう嫌味を言う。

 「なら大量虐殺事件を貴様らが止められるのか?」

 一輝が睨みながら言い返した。

 カーサが指定した住民を家に戻ってくる時間が迫っている。

 兄をなだめながら、弟は宜しくお願いしますと深々と頭を下げ、全員瞬間移動させたのだった。



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40. 妖怪

 ハーデスの小宇宙と瞬のそれが入れ替わったのをマンション近くで待機していた氷河達が認識する。

 数分後、沙織から状況が伝えられる。

 「昼からはフナテレビか…」

 オークションに出るメンバーは全員有名人でもあるので、あくまで裏方に徹する。

 瞬は大学のある平日の昼には仕事を入れないと芸能方面には明言しているので、自宅でリモート授業を受けつつ同様の対応に徹することにした。

 よって星矢と氷河、それと海闘士・冥闘士の一部が付近を警邏する取り決めとなった。

 念のため、峯岡の葬儀場付近にも海闘士が一部向かうようにと、瞬が追加で依頼をしてきた。

 

 氷河が家に戻る頃には25時を回っていた。

 同棲中の絵梨衣は児童養護施設の宿直で、朝食後まで戻ってこない。

 最近は時間のすれ違いで直接会話をしてないのもここの所不機嫌な理由だったのかもしれない。

 朝、彼女が家に戻ってから研究室に向かっても良いかと、シャワーを浴びながら考える。

 任務の事もあり、コアタイムがないの研究室を選んだのは正解である。

 しかし研究が滞っているのも確かなので、日本が主戦場から離れるであろう土曜はそこに籠もりっきりになる覚悟もするのだった。

 

 翌朝、氷河はスマホの関係者専用アプリにて、記事収集ツールによる口コミ一覧を確認する。

 ざっくりとした世の流れを把握するには不適だが、特定の事項をダイレクトに閲覧するには最適であった。

 これを提供しているのは、暗黒聖闘士のペガサス以下デジタル部隊。

 頭領たる一輝の提言により正式に暗黒聖闘士が正規聖闘士と同列に扱われるようになって以降、聖闘少女(セインティア)同様、諜報活動に加わるようになった。

 ただ、ホーリークィーン社内で行っているような情報操作に関しては、卑劣な行為を非とするアテナ沙織の意向により「聖闘士」として行うのを禁止されていた。

 必要な情報として提案された内容は、通夜の騒動、一部地域での停電、その地域内での警察車両の目撃。

 呟かれたり、時限記事のストーリーズだったり、果てはダークウェブ内までと、出所は様々だ。

 朝食のパンをほおばりながら読み進める。

 精強で豪胆なメンバーを揃えた、少数精鋭の世界警察的な何かと認識されている聖闘士の関与を推察するものは当然あるだろうと考えていたが、「神」や「超常現象」について言及しているものも確認できる。

 しかしどれもほぼ見当違いの意見だらけで、現実に神が存在するなどと思ってないが故の推論だらけだった。

 通夜の騒動に関しては、谷山の乱心した原因が、ファンとしての暴走したと片付けられる事だろう。

 今朝の情報番組において瞬がそれに則って、しかし、谷山のキャリアを傷つけないようフォローをしつつコメントを出ようにすると、朝方連絡があった。

 

 食事が終わり食器を洗い終わった丁度その時、ドアが開く音がした。

 早い時には8時には大学に行っているのを知っている絵梨衣が、少し嬉しそうに尋ねる。

 「氷河、今日は遅くて大丈夫なの?」

 子供を学校や付属幼稚園に送り出した後、引継ぎ等々をすると退園するのは9時を回るので、研究室がお互い時間を合わせないとすれ違ったり、寝顔しか見られなかったりが多い。

 「絵梨衣の声がなかなか聞けなかったからな」

 そう言いながら軽く口づけを交わす。

 昔、争いの女神(エリス)に憑依され、解決後暫くはグラード財団の庇護下に置かれたが、聖戦が終わった時、監視の名目で同居を願い出たのだ。

 「今日も任務があるから夜遅くなるかもしれないが、明後日の日曜は一日開けられるから。

 そっちも休みだろ?」

 「ええ、それじゃあ久しぶりにアウトレットモールでも行きましょうか」

 半分施設の買い出しだなと、苦笑しながらも了承するのだった。

 

 自転車に乗り、所属する熱物理研につくと挨拶もそこそこに、早速実験機材をセッティングする。

 「最近白鳥サボりすぎだぞ。

 早くデータを出さないと、報告会に間に合わないぞ」

 指導してくれているM1の松林にどやされる。

 「明日は一日中籠りますんで、今日は午前中で帰ります」

 「言ったぞ、絶対明日中に出せよな」

 教授には聖闘士である旨を伝えているので理解してもらっているが、むやみやたらと正体を明かせないので研究室メンバーからしたら、B4の自分はただの下っ端でしかない。

 それでも締切までにはきっちり仕上げているので、文句を言われる事はなかった。

 冷却実験装置からはじき出されるデータがPCのモニタに表示される。

 前回別資材を使用した時との比較をしつつ、手早く考察メモを入力する。

 そうこうしているうちに、12時のチャイムが聞こえてきた。

 「すみません、昼から抜けますが、装置とPCは動かしておきます。

 夕方、止める為に少しだけ顔を出しますので、よろしくお願いします。

 ではまた」

 手早く帰る準備を済ませて研究室を後にする。

 大学の最寄り駅に自転車を置くと、そこからフナテレビ近くに瞬間移動した。

 

 氷河同様に午前中の授業を終わらてから来る星矢を待つ。

 少しすると、星矢は観光客のふりをするためかどうか知らないが、テレビ局ショップから袋を持って出てきた。

 「待ったか、氷河。

 ついでに新発売のお菓子が欲しくてな。

 ああ、何もない可能性もあるけどとは沙織さん言ってたっけ」

 そう言いながら、個別包装の菓子を取り出し、氷河に手渡す。

 「沙織さんにそう言われたからって、気が緩めていい案件ではないだろう」

 その菓子をほおばりながら、氷河は答える。

 

 放映開始時間を逆算し、そろそろ芸能人が局入りする時間が近づいてくる。

 関係者限定の地下駐車場にはひっきりなしに車両が出入りしていた。

 少し遅れてバレンタインが合流すると、星矢達に、赤い勾玉アクセサリーのようなものを渡す。 

 「ハーデス様からの預かりものだ。

 霊血でお作りになられた、霊魂の類を視える力を与えるものとなる」

 手のひらに載せると、無機質なはずなのに、ほのかに温もりを感じる。

 それを握った状態で再度車両を見ると、二人は時々車の中にほのかに小さな光があるのを確認できた。

 「日本の『お守り』とか言ったか。小さく弱い光は恐らくそれだろう。

 それらは無視したらいい。

 しかしもし、力強く輝くものがあればこちらに伝えてほしい。

 昨日の通夜で使われようとした数珠と同じようなものがまだある可能性もある。

 その場合は放送開始前に取り押さえるからな」

 そう言うと、バレンタインは上空を飛んでいる冥蝶達を見上げた。

 局職員等、朝から出社している人々を監視していたが、彼らからも別段変わった力を感じない。

 そして瞬のマネージャーの佐山から貰ったタイムテーブルを元に中継現場を割り出し、そこにも洋やゴートン達、冥蝶を待機させていた。

 

 しばし緊張の時間が流れる。

 生放送の時間になった。

 その数分後、中継先に飛んでいた冥蝶の小宇宙がどんどん消えていくのをフナテレビ付近にいた者達が感じとった。

 

 「氷河さん達、大変です!

 大きな蜘蛛の妖怪が冥蝶を食べていってます!」

 洋が星矢達に報告を入る。

 輪郭がはっきりとしない、蜘蛛のようなものが冥蝶を触覚を使って口のあたりに運んでいく。

 「一般人には視えない、蜘蛛の怨霊というところだな。

 今から俺達が封じる」

 ゴードンが宣言すると右腕を上げ、グランドアクスクラッシャーの体勢に入る。

 同時に街撮り現場となる道路沿いにあるビルの屋上にてクィーンが両手を掲げ、ブラッドフラウアシザーズの構えをとる。

 その時、蜘蛛がクィーンのさらに上までジャンプしてきた。

 「なっ…!」

 クィーンの前に降りたった蜘蛛が鋏角をカチカチと動かして近づいてくる。

 まるで獲物を捉えようとするかのように覆い被さろうと再度ジャンプした刹那、空中で風圧を食らったが如く蜘蛛が屋上に勢いよく叩きつけられた。

 冥闘士にとっては馴染み深い、二人の強大な小宇宙を感じる。

 「お前達、ふがいないぞ」

 クィーンと大蜘蛛の間に、長槍を持つ濡れた墨色の長髪の美女と、翼竜の大きな冥衣を纏った勇猛な長身の金髪の青年が立っていた。

 「パンドラ様、ラダマンティス様、ありがとうございます」

 クィーンが跪く。

 「礼は後だ、一気に叩く」

 パンドラの冥衣の代わりでもある蛇モチーフの腕輪の目が赤く光り、その場を外部から隔離する。

 そして槍を蜘蛛の頭と胴体の間にに突き立てた。

 刺した箇所から魂が煙のように漏れ出る。

 ラダマンティスが冥界から持参した封印箱を開けると、その魂がどんどん吸い込まれていった。

 

 「こいつはとりこんだ奴を栄養として、さらに眷属を増やそうとしているようだ。

 クィーン、お前もやられるところだったぞ。

 実力差を瞬時に見極め、待機してる連中に協力を仰げ」

 直属の上司に注意され、恐縮する部下たち。

 核となったであろう蜘蛛型の根付をパンドラが手の中に納めると、カイーナの長を一瞥する。

 「ラダマンティス、もうよい。

 しかしハーデス様はお前達が傷つくのを見たくないというのもまた事実。

 その為に私たちがいるのだからな」

 

 「これが『聖戦』を乗り越えた人たちの戦い…」

 大蜘蛛に対し恐怖で動けなかった洋は、二人の戦いぶりに圧倒されていた。

 バイアン達との模擬戦闘は何度もあるが、鱗衣を纏った殺し合いに近い戦闘を経験した事はないのだから、仕方のないことだ。

 ラダマンティスが地上にいる洋を見下ろす。

 「カリブディス、何を呆けている。

 貴様も海闘士の端くれなら、臨戦態勢ぐらいとれなくてどうする。

 カノンの奴も部下の育成がなってないな」

 舌打ちしながら好敵手(とも)の名を口にする。

 「それだけ平和になったという証拠だろう。

 それにまだ正式に海闘士となって数か月であろう?

 立て込んでいた別業務が落ち着いたら、本格的に鍛えよ」

 パンドラがそうフォローする。

 屋上に瞬間移動した洋は跪きながら二人に挨拶する。

 「ありがとうございます。

 返す言葉もございません。

 これから精進しますので…」

 目の前の二人は人間の中では恐らく最強の部類の者達だ。

 と同時に、バイアン達が今まで手を抜いてくれていた事に改めて自覚させられる。

 将来的には海事におけるこのような案件もこなす必要がある事にも気づかされたのだった。



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41. 霊視

 パンドラ達が大蜘蛛を倒したのを星矢達は感知する。

 「こちらはフェイクか。

 いや、同時多発的に行われる場合もあるいは…」

 氷河は色々と考えを巡らす。

 フナテレビ付近で警戒を続ける三人。

 何かあれば瞬間移動で突入する事も辞さないが、極力騒ぎは起こしたくない。

 「ラダマンティス達に向かってもらったのは正解だったか」

 星矢達に念話で話しかけてきたのは唯一入館証を持つ親友の声。

 ドイツ・ハインシュタイン城の一室、結界を張った冥界へ続く扉が備わった部屋から彼らに語りかけていた。

 「瞬、一応リモート授業中だろ?」

 「まあね。

 ドイツから家のPCをさらにリモートだから、完全に録画状態だけどさ」

 一旦他の現場の様子も確認するからと、念話を打ち切る。

 数分後、再び瞬は星矢たちに連絡をしてきた。

 「バレンタイン、朝からの様子からして妖異みたいなのはいないと思うけど、冥蝶に何か動きはあった?」

 念話と続けている最中、冥蝶のうち一匹がテレビ局内からバレンタインの傍に報告の為近寄ってきた。

 

 「…?

 霊に敏感な誰かがいるのか…?

 蝶の様子に気づいた東洋人風の老婆がいるようだ」

 伝えてきた内容を星矢達に伝える。

 「お婆さんとざっくりいっても、そんな芸能人いっぱいいるしなあ」

 星矢が腕を組んで考え込む。

 「スピリチュアル系芸能人で冥蝶を感知できるのなら、そこそこの数が舞っていると気になるのは当たり前だしな。

 ただ、平時ならともかく、今は警戒は続行した方が良いか。

 容姿はどのような感じなんだ?」

 氷河が尋ねると、イメージが冥蝶から流れてきた。

 バレンタインは当然として、星矢や氷河も知らない顔だった。

 「有名芸能人とは違うな。

 もっとも異能系名乗ってる有名人なんてそう多くないが」

 そのやり取りを聞いていた瞬は、遙か遠く日本にいる冥蝶の感覚を共有する。

 容姿を見た所、知っている芸能人でも裏方スタッフないと瞬は悟る。

 さらに深く、魂を視る。

 「特別番組か何かで呼ばれたリ・ジョンスンさんという韓国人みたいだ。

 敵意は全く感じないから、この場は放っておいても良いかな」

 「なら俺は少し研究室に行かせて貰ってもかまわないか?

 実験結果を纏めないといけないんでな」

 「わかった氷河、今日はご苦労さま」

 瞬はこの後を引き継ぐとバレンタイン達に伝える。

 その場にいた面々は私用を片付けに行ったり、別任務に向かったりと、解散にすることとした。

 

 瞬はもう少し相手の本質を探ろうとする。

 だがリ・ジョンスンからの逆探を感じ、それを避ける為に意識を外す。

 そして冥蝶に建物外に出てきたときは伝えるよう命じた。

 ひと息つくと、結界の貼られた部屋からパンドラが瞬の為に用意した個室へと移動し、ノートPCの前に座る。

 日本の自宅PCへリモート接続しているアプリを最小化すると、ブラウザを立ち上げてリ・ジョンスンについて韓国語で検索をかけた。

 現地SNSにおいて「霊視おばあさん」として人気のブロガーであり、最近は韓国のバラエティ番組にも出ている人物だった。

 なら、日本の特番のゲストとして呼ばれたのも納得だと瞬は思う。

 本人のブログや他のSNSを読み進める。

 廃墟や事故物件の霊的干渉、美術品や工芸品に憑いた動物霊といったものから、今日のご飯のレシピといったものまで、雑多な内容が並んでいる。

 霊感系カテゴリーを絞り込んで読み進める。

 当然ながらアクセスが上がりやすい刺激的な内容のものが多い。

 二か月ほど前に投稿された一つの記事に目が留まる。

 表題は「今は全て行方不明になっているので、探しています」。

 色々な骨董品の写真が並んでいる

 驚くことにそれらは瞬が先ほど冥界で封印した品々だった。

 

 「瞬様、どうぞこちらを」

 ハインシュタイン家の使用人が軽食とコーヒーを出してくれた。

 日本とは時差があるので、ドイツではまだ朝である。

 使用人達は、瞬の事をパンドラのパートナーの弟で同じく大切な家族として扱うように、また特殊能力を持っているので急な来訪でも驚かないようにも言いくるめられていた。

 「ありがとうございます」

 瞬がドイツ語でそう伝えると、使用人は部屋から退出する。

 出されたドリップコーヒーに口に含みつつ、やはり本人と会うべきかと思案する。

 それと同時に兄が今晩にも韓国入りするのを思い出す。

 ただ仕事中であろう兄に直接念話するのは憚られたので、ホーリークィーンのグループウェアのメッセンジャーに連絡を入れる。

 少しして企業情報部門へリ・ジョンスンに関する事を調べよと兄が投稿したのが確認できた。

 使用人が空になった皿を片付けに来たので、食事のお礼と日本に帰る旨を伝える。

 リモート先の授業が終了したのもあり、丁度きりが良かったのだ。

 PCをシャットダウンさせるとそれを鞄に入れると、日本に瞬間移動した。

 

 フナテレビ付近で人目につかない所につくと、まだその場に留まっていた星矢の所に歩いて移動する。

 「瞬か、あちこち飛び回って大変だったな」

 「星矢こそ昼からずっとありがとう。

 今日はもう用事ないの?」

 瞬は聖闘士として任務遂行中か報道陣に囲まれたくない場合を除き、基本的にそのままで出歩くようにしている。

 常に変装していると逆に探されやすくなる事も知っていたからだ。

 ネットで知りえた範囲の情報を星矢に伝える。

 「日本に来たのは偶然か微妙だよな。

 で、そのばあさんに会って物品について問いただすのか?」

 「逆探知されかけて重要な部分まで見えなかったけど、彼女にどのような経緯でそれらの品々と関わったのか正直に聞いた方が良いだろうな。

 とりあえずはブログで興味を持ったという体裁で行こうとは思うけど…」

 そう言って一旦会話を中断する。

 冥蝶がもうすぐ、リ・ジョンスンが建物外に出てくる事を伝えてきたのだ。

 「タクシーに乗り込むだろうから、ホテルなり駅なりについたら彼女に接触しよう」

 「おう」

 

 番組収録を終え、タクシーでホテルに向かう途中のリ・ジョンスンは車内にて今日の撮影について早速SNSに呟いていた。

 「冥蝶ってことは、私は冥闘士に恨まれる事でもしたんだろうか。

 それにあの坊やたち、聖闘士かね。

 ちょっと霊能力があるだけの婆さんがこんなにモテるとはねえ」

 ふふっとにやつくと、流れる東京の車窓に目をやった。

 降車後、ホテルの玄関でキョロキョロと周りを見渡す。

 「用事があるのは君たちかい?」

 英語で星矢達に話しかけてきた。

 「さすがだな婆さん、俺たちに気づくとは」

 「ちょっと星矢、失礼だろ。

 初めましてリ・ジョンスンさん。

 僕たちは…」

 「ああ、皆まで言わなくても分かるよ。

 聖闘士だろ、あんたら。

 まあ聖闘士だけでは食っていけないだろうから大抵は副業してるだろうとは考えた事もあるけど、まさか芸能活動している人間がいるとはねえ」

 「そのことは大々的には公表してないんで、どうか内密に…」

 「そりゃわかってるさ。

 超人的な力を持ってる人間と分かれば、テレビ局に利用されるだろうしさ」

 そう言うと、ホテルの喫茶コーナーで続きを聞こうじゃないかと若者二人を誘った。

 

 三人は席に着く。

 芸能人はやはり目立ち、様々な客がこちらを見てくる。

 会話を聞かれてはまずいと思い、口では日本についての感想を聞いたりとたわいのない会話と挟みつつも、頭には別の話題をもちかける。

 「直接会話すると聞かれそうですので、念話で失礼します。

 実は貴方がブログで呼びかけていた、探している品々についてです」

 若者とのデートを楽しもうとしていたジョンスンの表情が一瞬変わる。

 「あんた、それらの行方を知ってるのかい?」

 「実はある事件と関わってまして…」

 星矢たちは今までの経緯を話す。

 「で、婆さんはあのブツとどういう関係で?」

 「本業は骨董屋で美術鑑定士なんだけどさ、それらのブツはとある新興宗教団体から数か月前に鑑定してくれって大量に持ち込まれたやつなんだ。

 どうやらそれらを金持ちにでも売りつけようとしてたんだろうな。

 で、見たら『全てに』霊的な繋がりがあるから驚いた。

 そんなのに出くわすのは年に数回あるかどうかだったし、あったとしても痕跡程度でほぼ力は残ってないものが普通だからね。

 念のためにそれらの由来を聞いたら、ある信者から寄進だって言うじゃないか。

 このまま売るのは危険だしプロの霊媒師に除霊してもらう事を許可してもらった翌日、自宅から盗まれたんだ。

 団体に伝えたら骨董品そのものは問題ないけど、他の案件で踏み込まれる口実になるから警察を絡めるなってさ。

 そうは言われても霊的にヤバそうなのを放置したくないし自力で探してたんだけど一人の力じゃ無理だし、許可を得て公開記事にしたわけさ」

 ジョンスンはアイスティーを飲みながら、星矢達に念話でまくしたてる。

 

 「その宗教団体、分かるならその信者の名前は教えてくれるか?

 もしかして俺たちがマークしている奴らかもしれないしさ」

 星矢もオレンジジュースを飲みながら念話する。

 「ずけずけという坊やだね。

 こちらも依頼者の守秘義務があるんだ」

 「人の生命がかかっています。

 教えていただけませんか?」

 瞬がそう語り掛けると、ジョンスンが何かに気づいたような顔になる。

 「もしや冥蝶に意識を乗せてたのはあんたか?

 冥闘士と兼任してるのか?」

 「知り合いは多いですけど、兼任はしてませんよ」

 納得いかない顔をしているが、これ以上問うても何も言わないであろう事を悟ったのか

 「わかった。

 その代わり、用事が終わったらブツをこっちに渡してくれるかい?

 早急に除霊しておきたい」

 「それなら僕ができますから、任せて下さい」

 そう言うと、瞬は数珠を取り出して見せる。

 「もしや、乙女座様だったとは。

 冥蝶に無理やり意識を重ねるのも出来そうな雰囲気だねぇ」

 前任・当代とも霊と関わりの深いイメージがあったのが幸いした。

 「さすがに私も寄進した信者の名前は聞いてないよ。

 宗教団体名なら…」

 星矢がその名前に飛びつく。

 「昨日、野中のおっさんが言ってた名前にあったぞ」

 「でも除霊可と伝えてきたあたり、本部ではなく寄進した人をマークすべきだろうな。

 怪しまれる事なく寄進出来た人だし、信徒でなくとも関係者には間違いないか」

 

 「リ・ジョンスンさん、色々ありがとうございます」

 一通り情報交換が終わったので席を立とうとする星矢。

 「ちょい待ちな、まだこっちの用事はまだあるんだよ」

 「…!」

 瞬の腕が掴まれる。

 「ここまで時間をとってやったんだ。

 SNS用のツーショット写真ぐらい撮らせな」

 「…別に構いませんが、ネットに掲げるのは一週間後にしてもらえますか?」

 ジョンスンの勢いにたじろぎながら伝える。

 「リアルタイムが良かったんだが、それは仕方ないか。

 おいそこの星矢くん、このスマホで二人のツーショットとってくれ」

 ジョンスンが星矢を押しのけて瞬の隣に座ると、腕を絡めてくる。

 嬉しそうにだきつく老婆と、営業スマイルをする美形タレント。

 星矢がにやにやしながら渡されたスマホでその様子を写真に収めるのだった。



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42. 欺瞞

 「天宮社長、日本での仕事お疲れさまでした」

 既に綺麗に片付けられた机の上にお茶を置きながら、藤田は社長へ話しかける。

 「藤田さん、こちらこそ長いことありがとう。

 お陰で色々助かった。

 また日本に来た時は頼みます」

 一輝も秘書替わりとして行動を共にしてくれた藤田へ労いの言葉をかけた。

 

 日本に残るゼラへの引き継ぎは既に終え、韓国に到着すぐ業務に入れるようソウル支社への指示をスマホで投稿していた。

 その時、弟からメッセージが飛んできた。

 一輝は一瞬手を止め、企業情報部門に指示を入力する。

 「一輝様、これは…?」

 ゼラが念話してくる。

 「瞬達が怪しいと睨んだ人物だ。

 すぐ検索にひっかかる情報ぐらいは自力で辿りつけるだろうから、口コミやダークサイト周りを調べろ。

 あと、現地の人間にも調べさせるように」

 「は、一輝様」

 念話を打ち切ると、ゼラの席からタイピング音が聞こえ、追加指示を投稿したのを一輝も確認する。

 空港までのタクシーが到着したとの連絡が受付から入る。

 椅子から立ち上がると横に置いていたキャリーケースを転がし、エレベーターへと向かう。

 日本事務所のメンバー全員が一輝の方を向き、見送りの言葉をかける

 「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 「またお待ちしております」

 その声を背に、エレベーターへ一人乗り込んだ。

 

 タクシーに乗り込むと、一輝は一人黙思する。

 今の日本事務所は海外リゾート地における日本人観光客向け人材の登用業務が主であり、地理的に近いソウル支社の下位部門である。

 将来的には日本で自分が望む形が可能ならば、母国でも大々的に事業したいのは正直な気持ちである。

 かつて深く恋慕し、己の弱さ故に喪った少女(エスメラルダ)との想い出の薄紫色の花を加工したバッグチャームが、ビジネスケースのハンドルで揺れている。

 そしてその少女の横顔は今、会社のロゴに用いられている。

 チャームを見つめながら、搾取される人間が生まれない方策を模索し続けなければと改めて誓うのだった。

 

 羽田で出国・搭乗手続きをし、乗り込む。

 到着後はソウル支社の人間が出迎えてくれる手筈だ。

 ソウル金浦(キンポ)まで二時間強、その間に機内食を取りながら主催者から送られてきたオークションの出品リストに目を通す。

 未発表の有名作家の絵画や、500年以上前に作られた装飾品など、真贋不明なものも多いという印象を受ける。

 しかし実際には有名なオークションハウスが絡んでいるとの情報も入っているので、どちらかと言うと出自を明かせないものが多いというのが正解であろう。

 既に上海での下見会が今朝から始まっていたが、一輝本人は明日午前中に上海入りの予定にしていた。

 

 空港に降り立つと、最古参幹部の一人、コードネーム・アンドロメダことエレン・カラブルトが空港で待ち構えていた。

 「一輝様、お疲れ様です」

 「お前直々空港にくるとはな」

 「お伝えしたい事がありましたので」

 現地社員が自動車をロビー前の道路に回してきた。

 エレンがスーツケースをトランクに積むと、後部座席へ一輝を促す。

 その隣に自分も座り、車を出すよ部下に促した。

 

 「リ・ジョンスンの暫定的な調査経過です。

 はっきり言って星矢達の性格だと…」

 エレンはバリ語で話しかけながら、手書きの書類を一輝に手渡す。

 それを読み進めるにつれ、一輝の顔が険しくなる。

 報告によると彼女は数々の詐欺事件の隠蔽に協力してきたような人物であるという事。

 中には気づかない内に、彼女の手によって犯罪に加担した人々も多数いるようだ。

 瞬は性善説で行動するが故に相手の言動を疑わなかったはずだ。

 単純な星矢も、命のやり取りをする戦時でなければはっきり言って騙されやすい。

 その時、一輝のスマホへ通知音が鳴った。

 確認すると舌打ちした後に念話で何カ所かに連絡を入れ、終わらせるとエレンに尋ねた。

 「その女はいつ韓国に戻ってくるか把握しているか?」

 「それでしたら、今晩の最終便24時頃韓国に戻る予定になっております」

 「奴の行動を見張り、今晩俺が接触できる機会がありそうなら連絡しろ」

 「はっ」

 

 ホーリークィーン・ソウルホテル&カジノの上層階にある韓国支社にタクシーが到着した。

 政府がカジノ新設の公募時、マカオでの実績を評価されて審査に合格した韓国における最初のホテルである。

 一輝は支社長室へ、エレンは情報企画室へ向かう。

 「天宮社長、長旅お疲れ様です」

 「キム支社長も遅くまでご苦労さまです」

 自分より20歳以上年上の支社長、キム・ジャンチュンが出迎える。

 元々日本で活動していた優秀な専門募集人(ジャンケット)だったのを、一輝がヘッドハンティングした人物である。

 当初は彼の抱える高額プレイヤー(ハイローラー)を呼び込む為の採用であったが、韓国のカジノ事情を知り尽くしていた営業手腕に、支社を任せてよいと認識を改めた。

 また対等に誰に対しても心地よく接し、いわゆる人たらしの性格も一輝は評価していた。

 今回訪韓したのは済州特別自治道が新たにカジノ業者を公募するとの連絡を受け、現地の確認と政府への事前審査に立ち会うのが目的である。

 「資料はクラウドに上げておりますので、ご確認下さい」

 そうキム支社長から伝えられると、一輝は支社長室のミーティングテーブルにPCを置き、確認する。

 「よく纏めてくれました。

 もう遅いから帰宅してくれて結構です。

 私ももうすぐ退出しますので、気になさらずに」

 そう一輝が伝えると支社長はそれではお先に失礼しますと、部屋から出ていった。

 

 暫くして仕事にきりを付けた一輝も支社長室を施錠し、支社が用意したデラックスルームへと移動する。

 スーツから動きやすい格好に着替えると、スマホでパンドラに連絡を入れる。

 間もなくドレスアップしたパンドラが沙織やジュリアンと一緒にいる自撮り写真が送られてきた。

 彼女らは今晩上海入りし、明日のオークションにも参加するであろう中国人資産家が主催するパーティーのただ中にいた。

 二柱やパンドラは表向きには戦闘力のないただの人間として振る舞っているので、基本的にその場を封じた上でしか能力を使う事はない。

 しかし積極的な読心をしなくても交流を通じて何かを感じる事ぐらいは可能だというので、三人は事前に乗り込んでいた。

 

 PCでジョンスンの投稿動画を確認していると、情報部からその当人かが空港からタクシーに乗ったとの連絡を受た。 

 仁川(インチョン)延寿(ヨンス)区にある高層マンションの近くに瞬間移動し、当人が帰宅するのを街路樹の近くで待つ。

 既に辺りの防犯カメラはハッキングしてダミー映像に切り替えていた。

 数分後、タクシーがマンション前に停車し、老女が少し考え込む表情をしながら降りてくる。

 一輝はジョンスンの方に顔を向けると、彼女の方も一輝に気付き近づいてくる。

 「あんた確か、瞬の兄の…」

 「初めまして、リ・ジョンスンさん。

 私は天宮一輝と申します。

 お尋ねしたい事がありましてお待ちしておりました」

 韓国語で挨拶する。

 「丁度良かった、私も聞きたい事があるんだ。

 瞬を掴んだ途端、見た目通りの爽やかな魂とは別の、仄暗い死を孕んだ何かを内側に封じてると感じた。

 その正体は何かね?」

 「さあ、心当たりはないです。

 ただ聖闘士は後ろめたい事にも時には手を貸すので、それではないかと」

 そう嘯く一輝は、精神攻撃を想定して防御を固める。

 元々正体を知られぬよう魂を守ってしていたにもかからわず、腕を捕まれた瞬間に視られた感覚があったと、瞬から一輝へ伝えていた。

 「そうかい、じゃあ喋る気になってもらおうかな?」

 そうジョンスンが微笑みかけると、噎せ返るような甘い雰囲気が辺りに立ち込めた。

 心に纏わりつく強力な魅了(チャーム)が一輝を覆う。

 「貴様、何をっ…!」

 酷い頭痛に見舞われるも、睨みつけてそれを跳ね返す。

 「年長者には敬語(チョンデンマル)を使んだよ。

 それにしても私の力が効かないなんて。

 情報ついでに財布と夜の相手にと思ったけど、無理そうだね」

 「俺にハニートラップは無駄だ」

 「ふむ、女神(アテナ)の加護以外にも何かありそうだな。

 興味深いね、あんた」

 ジョンスンは腕を組み、しげしげと一輝を再度値踏みするかのように目を合わせてきた。

 

 「それではこちらの要件に答えてもらおうか。

 盗難は自作自演だな?」

 ジョンスンの表情が一瞬変わる。

 「どうしてそう思う?」

 「俺の配下の索敵能力を舐めるな。

 物品に呪いをかけて寄進したのは()()()()であろう。

 そして何らかの目的が達成された後、回収して解呪した上で売却するつもりだったと見越しているのだが、どうだ?」

 諜報部門からの報告を突きつける。

 「短時間でそこまで調べられるとは、ホーリークィーン社、恐るべしだな」

 「それで呪物を作り出した目的はなんだ?」

 「ふん、脅しつけても言うもんかい。

 もし言って欲しいのなら交換条件を出す事だね」

 「自らの行動で無関係な死者を出している奴と取引するつもりなど毛頭ないわ。

 なら貴様の脳に直接聞くまでだ」

 一輝が強大は小宇宙を発すると同時に、老女の頭に向かって指をさす。

 「な…、あ…」

 幻魔拳をくらったジョンスンが冷や汗を垂らしながらうずくまる。

 それを見下していた男は静かに、しかし乱暴に隠匿していた心底を暴く。

 ジョンスンは野中が指摘した宗教団体に呪物のベースとなる材料を提供され、作業して別の団体に寄進していた。

 そして強欲なこの女は目的を達成した後に自分のものにしようとして失敗したのでSNSに晒したというのが真相であった。

 

 足元で震えていたジョンスンは幻魔拳を解かれると、地面に倒れこむ。

 一輝はスマホで時間を確認すると監視カメラの偽装を解くよう部下に指示した。

 ついで救急車を呼んでジョンスンが道で倒れている旨を伝え、警察にも連絡を入れる。

 このまま放置していれば、捨て駒としとして消されるのは目に見えている。

 ならいっそ、今までの詐欺罪で拘置所に保護してもらった方が良いだろうと判断したのだ。

 リ・ジョンスンが救急車に運ばれるのを見送り、やってきた警察官に今までの詐欺資料を手渡しながら厳重な保護を要請した。

 そして緊急車両がジョンスンを乗せてその場から離れて姿が見えなくなったタイミングで、ホテルへ瞬間移動する。

 部屋のミニバーに置かれていたラガヴーリンをトワイスアップにして口に含みつつ、念話であまり頼りたくない相手に連絡を入れる。

 それはまるでアルコールの勢いを借りたなければ行動を起こせないかのようだった。



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