俺の鬼狩りは間違ってない (大枝豆もやし)
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チュートリアル編
神隠し


 

 高校入学も近くなった春休み。

 俺は新しい生活を迎えるために部屋の掃除をしていた。

 そこであまり手を付けてないとこも掃除しようと、自分の部屋の押し入れを開けた。

 

 色んなものがある。

 今の俺はあまり物は持たない主義だが、去年集めたコレクションがいくらか仕舞われていた。

 ぶっちゃけ今使わないし、この機会に捨てておくか。

 その中で俺は奇妙なものを見つけた。

 

「あん?これって刀か?」

 

 市松模様の布に包まれた長物。

 取り出してみると一本の刀のようなものがあった。

 鞘と柄は年季を感じさせるような薄い黒。おそらく元は漆黒色だったんだろう。

 

「かなり重いな」

 

 大体、鉄バット2本分くらいだろうか。

 ズッシリした重さはソレが鉄製だからだろう。

 もしかして本物か? いや、流石の俺も本物の刀を買おうなんて思わない筈だ。

 というか本物ってかなり高いよね?確か無名の刀でも百万は下らない筈。そんなの中学の頃の俺が買えるわけないか。

 

「……抜けねえ」

 

 本物かどうか確かめるために抜こうとするが、ビクともしない。

 どうやら刀身が錆びているようだ。

 なら仕方ない。押してダメなら諦めろ。抜いてダメでも諦めろ。

 さ、掃除を続けるか。

 

 とりあえず刀を置いて掃除を続ける。

 全部終わったのは夕方くらいだろうか。

 夕飯食った後に風呂が沸くのをゆっくりまってると、閉めたカーテンの隙間から月が見えた。

 綺麗な満月だ。空気が寒いせいかハッキリと見える。

 そんな月につられて、俺は刀を持ったま夜の町を散歩しに出かけた。

 

「………綺麗だ」

 

 夜空で静かに輝く黄金の月。

 川のせせらぎと髪を撫でる夜風。

 葉と土の匂いが心を落ち着かせてくれる。

 俺は土手で横になって、飽きるまで月見を続けた。

 

 さて、帰るか。

 気が済んだ俺は横に置いていた刀を拾って立ち上がる。

 けっこう遠くまで来てしまったな。小町には何も言わずに行ってしまったし、さっさと帰るか。

 

「ん?なんで俺、この刀持ってるんだ?」

 

 ここでやっと俺は刀を持ってきたことに気づいた。

 この刀はかなり重い。少なくとも手荷物代わりに持って来れるのではない。ならなんで持ってるんだ?

 

「ま、いっか」

 

 こんな珍品を発掘したのだからテンションが自覚なしに上がったんだろう。それに月夜で刀を引っ提げるのってかっこいいし。…って、もうそういうのは卒業してる筈なんですけどね~。

 

 土手を登って橋を渡る。

 結構年季の入った橋だ。確か大正時代に作られたモンだっけ?

 まあ、流石にいきなり崩れるなんてことはないと思うが。

 

「………あ?」

 

 橋を渡った途端、景色が変わった。

 住宅地だった場所が全部なくなっており、辺り一面が田んぼになっている。

 橋もかなり年季が入っている筈なのに、朱塗りの新品になっている。

 

「なんだ、ここ……?」

 

 赤い月に照らされながら、俺は混乱した。

 

 



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ここどこだ


まだ一話しか投稿してないのに匿名で評価1入れられた。
もう八幡は時代遅れなのか……!?


 

 心地いい浮遊感を感じる。

 日向ぼっこでもしているかのように温かく、気持ちの良い空間だった。

 

 周囲は淡いオレンジ色で埋め尽くされ、鼻をくすぐる香りはこの世のものとは思えないほどだった。

 ああ、このままずっとこうしていたい。

 

 ここは無重力空間か何かなのだろうか、やけに身体が軽い。体そのものがないかのようだ。

 地面も何だか柔らかい。まるで雲の上にでもいるかのようだ。

 

 そんな事を思ってるの目の前の空間が歪んだ。

 フワフワと光が集まっていき、人形を作っていく

 ソレは一人の剣士になった。

 

 くせ毛をポニーテールにした和服の剣士。

 花札のような耳飾りをしており、顔の左部分には炎のような痣がある。

 その剣士は刀を抜き剣技を披露してくれた。

 

 美しい剣舞だった。

 迫力と優美さから、太陽の幻が見えた。

 こんな剣技、アニメや漫画でも見たことがない。

 流れるかのように次々と御業を繰り出し、その度に目が釘付けになる。

 

 興奮した俺は剣士に頼み込んだ、俺にもその剣技を教えてくれと。

 俺のお願いに、彼はすんなりと首を縦に振ってくれた。

 構え方から振り方まで丁寧に教えてくれる。

 特殊な呼吸法、特殊な剣技、特殊な歩法

 全て分かりやすく俺に教えてくれた。

 

 どうやらこの夢には時間の概念がないらしい。

 長い間剣士に色々と教わったが、時間が過ぎた感覚がない。

 まあ、そのおかげで大分色んなことを教えてもらえたんだが。

 

「ッシュ!」

 

 抜刀。

 目の前の丸太を切り裂いた。

 うん、いい感じに切れた。最初は刀が減り込むだけで止まったり、刀が折れたりしたが、ちゃんと抵抗なくバターのように切断出来た。

 師匠も納得なのか、目を閉じてゆっくりと頷く。途端、その姿が光へと戻って行った。

 ああ残念だ、まだまだ教えてもらいたいことは沢山あったのに。

 

 結局、俺の剣技は師匠の足元にすら及ばなかった。

 あの御業を俺は一度しか行使出来ない。あの御業の源である呼吸を俺は数分しか使えない。

 その上、使ったとしても俺のは師匠に比べたら弱くて遅くて拙い。まだまだ先は長そうだ。

 

 俺は刀を鞘に収める。

 すると睡魔が急に襲いかかってきた。それに抗うことができずに瞼をおろす。俺の意識は、そのまま落ちていった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ痛!」

 

 突然、痛みで俺は起こされた。

 上体を起こして痛みを感じている箇所に手を伸ばす。

 うわ、血が出てるじゃん。一体何で切ったんだ?……ああ、この草で切ったのか。

 

 ……って、なんで俺は野宿なんてしてんだ。

 

「ああ、そうだった。……俺、今絶賛神隠し中だったんだ」

 

 思い出した。

 俺は橋を渡ってから別の世界に跳んでしまったのだ。

 いや、マジで自分でもおかしいと思う。まさかこの年でまた中二に戻ったのかって。けどそれしか考えられない。

 

 最初は白昼夢を疑ったが、一時間以上彷徨っても夢が醒める気配がしない。

 しかも辿り着いたのは時代劇で見た事のあるような村々。映画村か何かのセットでもない限り、そんなものはお目に掛かれない。

 ソレでも諦めずに野原の上で一度寝たが、こうやって目覚めてもさっきの光景と同じまま。

 ここまできたら認めるしかない、俺が異世界に迷い込んだと。

 

「……どうすんだよ」

 

 絶望のあまり項垂れる。

 本当にどうしたらいいんだ。

 身寄りも金もない。何もかもがない俺はどうやったら生きたらいい?

 あるものはこの刀だけ。出来る事といえばこの刀で誰かを脅してカツアゲするぐらいだ。

 そんな真似なんてしたくもないし、してもこの時代の警察に捕まる。大体、刀を握ったことのない俺が刀を使える筈が……。

 

「……あれ? 軽い?」

 

 あんなに重かった筈の刀が、今は羽毛のように軽い。

 もしかしてさっき寝てた間に盗まれたのか?

 勘弁してくれ、唯一の持ち物がコレだけなんだ。本物の刀なら売れば何日か生きる金が手に入るんだ。なのにこれもなくなったら……。

 

「あれ?抜けた?」

 

 本物かどうか確かめるために刀を抜くと、あっさり鞘から引き抜けた。

 どういうことだ?あの時はあんなに強く引っ張っても抜けなかったのに……。

 まあいいや、とりあえず本物かどうか確認するか。

 

「ッフ!」

 

 試しにその辺に生えていた背の高い植物を斬る。

 俺の肩まで伸びた名前も知らない植物の束。

 刀はソレを容易く切り裂いてみせた。

 おお、どうやら本物みたいだな……。

 

「って、なんで俺は刀を使えてるんだ?」

 

 そこで俺は可笑しいことに気づいた。

 刀の振り方があまりにもスムーズ過ぎる。まるで長年振り続けたかのように……。

 

「(いや、今は考える暇はないか)」

 

 今は生きることが先決だ。余計なことを考える暇はない。

 とりあえず、刀を金に換えるなり何なりして何とかして食い扶持を探そう……。

 

 

 

 

「こっからいい臭いがするなぁ」

 

 

「!!?」

 

 突然、嫌な気配を感じた。

 俺自身よく分からない感覚。

 何か自分のテリトリーによく分からないものが入り込んで来たかのようだ。

 

「お前、稀血だな? 美味そうな臭いがするぜ」

 

 底冷えするねちっこい声。

 俺は震える身体を抑えながら声の主に目を向けた。

 

 そこにいたのは化物だった。

 死体のように青白い肌、猫のように鋭い瞳。

 額から歪な角を生やし、右手が鋏の形になっている。

 だが、それ以上に……。

 

「(く、…臭い!何だこの匂いは!?)」

 

 ソイツの存在を察知した途端、凄まじい悪臭が俺の鼻を突いた。

 何だコレは、さっきまで何も臭わなかったのに!?

 

「稀血なんて俺初めてだぜぇ! どんな味すんのかなぁ?」

 

 ソレに何だこの声は!?

 聞くものをイラつかせるような声色に嫌悪感を刺激するような喋り方。

 雰囲気も陰鬱で卑屈、しかし他者を見下すような感じが声からする。

 なんだよ、前の俺は声だけでこんなに分析出来たっけ?

 さっきから稀血だの何だの意味分かんねえ事言ってるけど、コレで本当に分析出来るのか?

 

「(な…なんだコイツは?人のこといえねえがなんて陰鬱な匂いをしやがる……?)」

 

 俺は鬼の陰鬱な雰囲気に若干引いた。

 自身がネガティブで陰気だという自覚はあるしその性質を好きだと豪語しているが、アイツは俺のを凌駕している。

 まるでジメジメした洞窟を覗いていうような、にじみ出る鬱鬱たる雰囲気。

 むしろそんな異常な空気を纏っている現状が似合うような、不気味な存在感。

 

 その全てが無視できない吐き気を催す。

 人間の姿をしている現状が不自然だ。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない

 

「(アイツ…俺を喰おうとしている!)」

 

 あの飢えた視線、ダラダラと垂れ流す涎、さっきの会話の内容、そして血の匂い。

 ここまで揃えば分かる。アイツは俺の血肉を狙っていると。

 

 

「クソが喰われて堪るか!」

 

 俺は踵を翻して逃げた。

 クソ、なんでこうも現実離れした事が連続で起こるんだよ!?

 



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初戦闘


何故か呼吸が使える、自前の日輪刀持ち、一文無し、稀血。
ここまで揃って鬼殺隊に入らない理由はありませんね。


 

 駆ける。

 八幡は恐るべき俊足を活かして兎に角、我武者羅に野原を駆け巡った。

 対して化物は恐るべきスピードで八幡の元へと迫ってくる。

 まるで猫が鼠を嬲るかのように、敢えて手を抜いて。

 

「クソが……うお!?」

 

 突如、八幡は走行のスピードを殺すことなく前転する。

 次の瞬間、ドオン!と、まるで巨大な鉄球を壁にぶつけて破壊するような音が響いた。

 八幡の回避で目測を外した巨大鋏の突進が、眼前にあった人一人分はある岩を破壊したのだ。

 八幡という普通の少年を殺すにはあまりにもオーバーキルな威力。

 肉食獣と獲物どころの差ではない。

 想像上の怪物に虐殺される一般人。

 もしここが物語ならば、八幡は無残に殺される一般人という役割であろう。

 

「もう飽きたから終わらせるわ」

「勝手なことを……!」

 

 口ではそう言うも、突きつけられた理不尽な現実に八幡は震え、尻もちをつく。

 彼は、眼前の理不尽に屈したのだ。

 

 対して化物は舌なめずりをするかのように、ゆっくりと八幡に歩み寄る。

 距離を詰めながら、血で汚れた右手の大鋏をカチカチと鳴らした。

 

 瞬間、八幡の横を刃が通り過ぎた。

 タラリと、彼の頬から血が垂れる。

 

 

 獅子は一匹のウサギを狩るのにも全力を惜しまない。

 しかし、化物が行っているソレは、全く真逆の理由からであった。

 弱り切っている八幡に、自身の凶器を見せつけ、その絶望を煽ろうとするものである。

 

 彼の狙い通り、全身の堰が壊れた。

 八幡の腐った眼からは涙が締りの緩い蛇口のように垂れ流れ、全身からは脂汗のようなものが。更に股は溢れた何かが拡がっていった。

 

 その様子を見て化物は醜悪な笑みを浮かべる。

 鋏に着いた稀血を肴に、八幡の無様な姿を眺め、化物はとても満足した。

 

「(……死ぬ?)」

 

 何かが沸いてくる。

 身体の奥底から、侵食するかのように。

 まるで全身を氷に包まれたかのような悪寒。

 ほんの少し認識してしまた程度で、八幡の体を乗っ取った。

 

 死の恐怖。

 平和な世の中では感じる事すらなかった感情。

 ソレが今、ハッキリと目の前に突き付けられることで目覚めてしまった。

 

「あ…ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 八幡は落とした刀を再び手に取り……。

 

 スパンッ。

 八幡の引き抜いた刀が、化物の大鋏を刎ねた。

 尻餅をついた状態での抜刀。

 普通なら力が入らないというのに、化物の肉と骨を断ったのだ。

 

「へ?……ぎ、ギャアアアアアアアアアアア!!?」

 

 悲鳴を上げる化物。

 一瞬、何が分からなくて呆けた声を出すが、遅れて感じた痛みによって現実を理解。

 切り口から血を噴出させながら、化物は切断面を押さえて数歩程下がった。

 

 この時点で、八幡には相手の手を切り落としたという自覚はない。

 それどころか、何かを切った感触すら感じていないだろう。それほどまでに彼は必死だった。

 そう、“必死”なのだ。

 

「死にたくない」

 

 必死。

 死にもの狂い。

 八幡は死の恐怖によって狂っていた。

 

 狂っているものには人間が持つべきストッパーなど何の効力もない。狂気のままに振る舞う。八幡もまた、それに倣っている。

 狂気は八幡に命令する。戦えと。さっさとその弱者を殺せと。

 その声に従い、八幡は刀を上段に構え直し、振り下ろす。

 

 見事な斬撃。

 足腰が入り、体重も乗った一撃。

 もしこれが藁斬りなら、彼は免許皆伝を言い渡されていたであろう。

 

「うおッ!?」

 

 だが、彼の一撃はあっさりと避けられた。

 今は実戦。藁斬りとは違うのだ。

 

 

「死にたくない、だから……お前が死ね」

 

「死ね……殺す…ぶっ殺してやる!!」

 

 

 変わった。

 死にたくないから死ねに。死ねから殺すに。殺すからぶち殺してやるに。

 殺意と狂気を呼吸と刀に込め、彼は武器を振るう。

 

「死ねヤァ!!」

「ざけんじゃねえ! 人間は俺に食われろやぁ!!」

 

 化物は一瞬で手の大鋏を切断面から生やし、八幡の剣技を受け止める。

 なんたる再生力。これも化物だからこそ為せる力である。

 しかし、その程度で死に直面した狂人は止まらない。

 

「ゴオオォォォ……」

 

 激しい呼吸音。

 鍔競り合いを3秒程続けながら特殊な呼吸を行って力を引き出し、ソレを発揮した。

 刀を止める大鋏を絡め取り、跳ね上げる。

 真上に無理やり上げられた化物の右腕。

 がら空きになった脇腹目掛け、八幡は刀を横に構えなおして横一文字に刀を振るう。

 

「この…ざけやがって!」

 

 化物は左手も大鋏に変えてソレを防いだ。

 続けて、反対の手の鋏で八幡を突き刺そうとする。

 その前に八幡は蹴り飛ばす事で距離を稼ぎ、化物の鋏から逃れた。

 

「うわあああああああああああああああ!!」

「あああああああああああああああああ!!」

 

 追う形で刀を振るう八幡と、迎え撃つべく両手の大鋏を振るう化物。

 技と歩法で攻撃する八幡と、パワーとスピードで対抗する化物。

 一人と一体の攻防は互角だ。……いや、八幡が優位だった。

 

 八幡の刀が化物に当たり始めている。直撃こそしてないが、刃先が表皮を切っているのだ。

 対して、化物の鋏は当たってない。受け流し、受け止め、避けて。全て防いでみせている。

 徐々に当たり始めている八幡の刀と、危なげなく防がれる化物の鋏。

 どちらが優位なのかは火を見るより明らかである。

 

「うわッ!?」

 

 振り下ろされた八幡の刀を鋏で受け止める。

 空手の十字受け。

 化物には格闘技の知識はないが、自然とこの動作を選択した。

 ああ、確かにこの一撃を止めるというのならこの受けが最適。

 しかし、次の手を考えるなら悪手であった。

 

「ぐあっ!?」

 

 受け止められた箇所を支点にして、柄頭で化物の顎をカチ上げた。

 その一撃によって脳を激しく揺らされながら倒れる化物。

 

 化物は大の字で地面に倒れ、コレ以上無いほどの無防備を晒している。

 対する八幡は柄で下から殴った事で、剣先が後ろを向いている。

 今こそこれ以上ないチャンスである。

 

「はぁ…はぁ……。ゴオオォォォ……」

 

 刀を力いっぱいに握り締め、絶好の位置へと移動する。

 疲労と反動で悲鳴を上げる身体に鞭を打って、荒い呼吸を無理やり整える。

 

 刀を振り下ろす。

 一歩踏み込んで足腰の力を込めて、刀に全身の体重を込めて、呼吸の力を最大限に込めて。

 

 

 

【■の呼吸 壱の型 ●●】

 

 

 遂に、八幡の刀が化物の首を刎ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、う…ぁぁ……?」

 

 刀が落ちた。

 握力が無くなった八幡の手から、ポロリと自然落下。

 カランと金属音を立てた。

 

「あ…ぅぅ……」

 

 胸を押さえて八幡は倒れ込んだ。

 八幡の全身を強烈な痛みと激しい熱が襲う。

 身体中の血管が破裂するかのような痛みと、血液が沸騰するかのような熱。

 ソレらの苦しみに耐えきれず、八幡は呼吸も忘れてその場に倒れ伏してしまった。

 

 反動。

 特殊な呼吸を使いすぎてしまったのだ。

 八幡はまだこの呼吸を使いこなしていない。

 呼吸を維持できるのはせいぜい数分程度、剣技に至ってはたった一度しか使えない。

 もし制限を無視して乱発すれば、反動によって強烈な疲労と痛みと熱によって苦しむ事になる。

 そう、今がその状態である。

 

「ぁ…ぅ……」

 

 疲労、痛み、熱。

 どれか一つだけでも辛いのに同時に襲い掛かる。

 八幡はそれらに耐えきれず、意識を手放してしまった。

 

 

 

 

「ほう、こりゃいい拾いモンだな」

 

 そんな八幡を一人の男が楽しそうに眺めていた。

 





八幡が使った呼吸と技は言うまでもあの人のアレです。


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状況説明

今回はオリキャラが出ます。
とりあえずチュートリアルでは原作キャラを出すつもりはありません。


 

「………知らない天井だ」

 

 某有名アニメの主人公の台詞。

 まさか、コレを吐く機会が本当にあるとは。

 いや、本当にここマジで何処だ? さっきまで俺は……。

 

「!? あの化物……いや、俺が倒したか」

 

 ハッキリと覚えている。

 あの夜、俺はあの化物と戦い、そして勝った。

 この手で奴の首を刎ねたんだ。俺は、奴を殺したんだ。

 

「………」

 

 感触が残ってる。

 首を刎ねたあの感触を。

 皮と肉を切り骨を断ち、命を奪うあの感覚。

 今の俺には言い表せないあの感覚が………。

 

「……いや、今はそんなことを考える余裕はないか」

 

 周囲を確認する。

 この部屋は和室で、俺は敷布団で横になっている。

 机やタンスなどの家具が置かれているが、どれもこれもやけに古めかしいデザインだ。時代的には昭和かそれ以前だろうか。

 それを見て俺はああやっぱりなと思った。

 

「フン、やっと目が醒めたか」

 

 何やら気配を感じて横を振り向く。すると、一人の老人が部屋に入りながら話しかけてきた。

 浴衣みたいな服に、腰には一本の小太刀。顔にはいくつかの古傷が刻まれており、何処からどう見てもカタギではない。

 

「気分はどうだ?どこか痛いところはあるか?」

「い、いや。特に問題ないです」

「そうか。じゃあ早速話をするか」

 

 老人は木製の窓へ近づき、引く音を立てて開ける。 

 その光景を見て、俺は驚く半面、ああやっぱりなと納得した。

 

 窓から見える街並み。

 木や藁で出来た家々に、土がむき出しの道路。

 道を歩く人の服装は大半が歴史の教科書で見た様な恰好だ。

 昨日といい今日といい、ここまで違いを見れば嫌でも確信させられる。

 

「……今の、年号は何ですか?」

「あん?今は大正だろ。それがどうかしたか?」

 

 ああ、やっぱりな。この異世界の時代設定は大正か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからあの老人から話を聞いた。

 どうやら俺があった化物は鬼らしい。

 

 鬼。

 主食は人間であり、生物上では人間の天敵にあたる。

 人間より頑強な肉体と強靭な身体能力を持ち、特殊な方法と日光以外では死なない驚異的な再生力を持つ。

 無論、人間側も黙って捕食されるのを受け入れちゃいない。そんな鬼に対抗するために創設されたのが鬼殺隊である。

 

 鬼殺隊。

 文字通り鬼を殺す組織。

 特殊な呼吸によって身体能力を上げ、特殊な刀で鬼の首を刎ねる事で、天敵である鬼を殺す事が出来る。

 しかし所詮は人間なので勝率はそんなに高くないらしい。ジジイ曰く、バンバン死んでるそうだ。

 だから鬼殺隊は常に人不足。育手という教育機関は必死こいて人材を育てているらしい。

 そしてジジイはその育手であり、稀血の俺を鬼殺隊にしたいそうだ。 

 

 稀血。

 鬼にとって、通常の人間以上よりも栄養価の高い人間の総称。

 それ故に稀血の人間は鬼を引き寄せやすく、狙われて喰われやすい。

 だからジジイは俺に言ってるのだ、自分の身を守る技術を身に着ける為に修行しろと。

 その提案を俺は受け入れる事にした。

 

 俺が生きるためには、金と力が必要不可欠だ。

 

 飽食と平和な世界で甘やかされた現代っ子の俺が、金も身寄りも無しに、こんな文明も社会も未発達な世界で生きていけるはずが無い。

 コレだけでもハードなのに、稀血なんて面倒な体質が発覚したのだ。難易度ハードからスーパーベリーハードになっちまった。

 今のままではマジで詰む。明日を迎えるためにも俺は誰かの庇護の元、力と金を手に入れる必要がある。

 元の世界に帰るためにも、ここで死ぬわけにはいかない……。

 

 そういうことで俺はジジイ―――天満仲成の訓練を受ける事にした。

 




チュートリアルでは八幡に戦う理由と力を与えて行こうと思います。
現代日本で平和に暮らしていた八幡に、いきなり鬼と戦えなんて言っても無理ですから。

彼はこの世界を通じてどんどん変わっていきます。
ソレが良い方面か悪い方面からは皆さんで判断して欲しいです。


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天満の訓練

ふと思ったのですが、育手の訓練って死人出ないんですかね。
炭治郎が鱗滝さんにやられたあの罠、普通なら死んでますし。
まあ、選別の段階で大半が死ぬような職場なんで仕方ないと言っちゃ仕方ないんですが……。


 

【雷の呼吸 壱の型―――】

 

 

 稲妻のような轟音が鳴り響いた。

 自然現象ではなく、人為的なもの。

 強い踏み込みによって鳴らされたものである。

 

 

【―――霹靂一閃】

 

 

 同時に繰り出される絶技。

 真っすぐに、猛スピードで。文字通り雷の如き突進。

 ソレは砲弾のように天満の元へと向かう。

 

「っふ!」

 

 天満はソレを受け止めてみせた。

 ギャリギャリと金属音を立てて、稲妻のように派手な火花を飛び散らせながら、砲弾のような突進を受け止める。

 拮抗時間はほんの数秒程。天満は受け止めた八幡の刀を流し、刀を翻して八幡に切り掛かる。

 八幡もまたソレを受け流し、再び反撃に回った。

 そこから始まる剣戟。受け、流し、止め。

 時には反撃を、フェイントを混ぜ、緩急を付けて、あらゆる角度に回って。

 両者共に、稲妻の如き激しさで剣戟の勢いを増していった。

 

「ッシュ!」

 

 八幡の足払い。

 天満はソレを軽く跳んで避け、同時に八幡の首めがけて刀を振るう。

 ソレを八幡は半歩下がる事で間一髪避けた。

 たらりと、八幡の首筋に赤い水滴が垂れる。

 

 

【雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷】

 

 

 追撃。

 瞬速の切り上げが八幡に迫り来る。

 八幡は刀の中腹をもう片方の手で押さえて力を込め、天満の剣技を上から止める。

 続けて刀を研ぐように自身の刀を上に滑らせて流し、鍔に当たる直前で天満の首めがけて抜刀するかのように振った。

 しかし、ソレは天満によって避けられた。

 

 上半身を後ろに逸らすことで八幡の斬撃を回避。

 天満の鼻の上をスレスレで刃が通る。

 もし一歩遅ければ首を刎ねられていたであろう。

 

「セイ!」

 

 天満は刀を手放して八幡の裾に手をかけ、一気に投げ飛ばした。が、八幡は力ずくで背負い投げを阻止する。

 投げられている最中、呼吸の力で底上げされた身体能力で無理矢理振りほどいたのだ。

 その勢いによって天満が逆に弾き飛ばされる。

 対する八幡は受け身を取りつつ、勢いを利用して起立。しかも刀は握ったままである。

 倒れている天満に接近し、その刀を突き付けようとした瞬間……。

 

「甘いわ!」

 

 八幡の視界が反転。

 いつの間にか刀を奪われ、地面に倒された。

 更に、八幡の上に体重をかけて伸し掛かり、メキメキと嫌な音を立たせながら腕を拘束。早く脱出しなければ八幡の腕が折れてしまう。

 

「シィ~……………ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 呼吸の力で無理矢理脱出。

 一旦チャージしてから一気に解放。

 爆発的な力によって拘束を一瞬だけ逃れ、その隙にすり抜けた。

 

「うらぁ!!」

 

 すぐさま刀を拾って立ち上がり、振り向き様に刀を振るう。

 天満はソレを掻い潜るかのようによけ、いつの間にか拾った刀で抜刀。

 右わき腹から左肩へと、八幡を逆袈裟に斬った。

 

「……う、あ……」

 

 八幡は傷を押さえて蹲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故技を出さなかった?」

 

 訓練が終わり、お手伝いさんからの治療を受けていると、ジジイからそんなことを聞かれた。

 

「あの時、技を使える隙は十分にあった。なのに何故使わなかった?なんのための全集中の呼吸だと思っておる?敵を殺すためのモンじゃろうが」

 

 全集中の呼吸。

 鬼殺隊が超越生物でる鬼と戦うために使用する技術。

 特殊な呼吸によって身体能力などを引き上げ、対応する呼吸と型に沿った剣技を繰り出す事で、天敵である鬼と渡り合える事が可能になる。

 習得するためには血の滲むような努力と鍛錬が必要なのだが、俺はソレを元から使っていたそうだ。

 確かにあの鬼と戦っていた際、俺は特殊な呼吸を使っていた。何故使えるのかは俺にも分からないが。

 

「……普通ならそうだけど、俺は使える型に限りがあるんで」

「……確かにお前は雷の呼吸の技を2つしか使えんな」

 

 雷の呼吸。

 俺がこのジジイから習っている呼吸法だ。

 全ての呼吸の基礎となっている五代流派の一つであり、速度と踏み込みを重視している。

 基本型は全部で六つあるが、他の流派に比べ習得難易度が高いらしく、他の五代流派と比べて習得者は少ないらしい。

 俺が覚えているのは二つ。壱の型の霹靂一閃と、肆ノ型の遠雷だけである。

 

「じゃが、お前ならこの二つを駆使して儂を殺せたはずじゃ」

「……マジで殺したら意味ないだろ」

 

 本当にこのジジイはこういった面に鋭い。

 確かに、型を使えばジジイを斬れる場面はあったが、技を手加減する技術は今の俺にはない。

 車が急に止まれないのと同じで、一度技のモーションに入ったら止まらない。

 ジジイを殺すか、俺が死ぬかの賭けになってしまう。

 

「……ダメじゃな。お前の剣には殺気がない」

「いや、訓練で殺す気でいちゃマズいだろ」

「バカ者め。実戦では鬼はあらゆる方法で殺しにくるのじゃぞ。一秒でも早く殺す気概でいる必要がある、これはその訓練じゃ。何のために命懸けてやっていると思ってる?」

「………」

 

 正直に言うと、俺はこのジジイを殺したい。

 コイツの訓練は何時も命懸けだ。

 さっきの組手なんてまだ優しい方。何度マジで死にかけた事か……。

 このままじゃ何時か本当に命を落としかねない。早くこのジジイを殺さない限り。

 だが、この世界で生きる術がない俺には、その手段はとれない。

 

「(今に見てろよ……!)」

 

 さっさと剣技をマスターして、この家を出て、鬼殺隊に入って金をある程度稼いだら辞めてやる。

 

 

 

 

 

「ダメじゃな」

 

 訓練で疲弊した八幡が休憩している際中、天満は自室に籠り八幡について悩んでいた。

 

 八幡の腕に問題はない。

 既に呼吸も戦い方も憶え、実戦もある程度はこなせる。そこらの雑魚鬼なら危な気なく狩れる程度には強くなっている。

 型は二つしか使えないがそんものは些細な事。呼吸を使いこなせるのなら問題なく鬼を殺せる。

 では、何が問題なのか。

 

「……早く殺しを覚えさせねば」

 

 彼の剣には殺気がない。

 どんなにきれいごとを言っても刀は殺しのための道具であり、剣技は殺すための技術。

 敵―――鬼を殺せない剣に価値など存在しない。鬼を殺してこそ鬼殺隊なのだ。

 

 八幡の刀を血で染めなくてはならない。 

 そのための力を身に着けようとしているのだから。

 

「…ゴホッゴホッ!」

 

 突然、口を押えて咳をする天満。

 一回二回では止まらず、数分間一切止まずに咳が出る。

 やっと落ち着いたところで彼は布を拾って手と口周りを拭いた。

 

「……もう時間がない、か」

 

 血がべっとりついた布を囲炉裏に捨てながら、天満は忌々しそうに嘆いた。

 



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実戦二回目

 

 結局、俺は何の情報も得られなかった。

 

 当たり前だ、ついこの間までただの中学生だった俺が、効率的に何かの情報を得られるわけがない。

 一応この街や周囲の地図みたいなものを作ったが、これが役に立つかどうかは正直言って疑問だ。

 こんな調子で本当に元の世界へ帰れるのか?

 

「……もう夕暮れか」

 

 そんな事をしているうちに今日も終わってしまった。

 日は沈み、人間の時間が終わる。

 早く戻らないと。

 ただでさえ稀血の俺は鬼に狙われやすいのだから。

 

 町を出て山の麓に入ると、小さな集落があった。

 この集落にはジジイと付き合いがあり、食料とかの物資を届けたり、風呂の準備とかをしてくれる。

 ジジイの家には金がないからどこで支払ってるのかは疑問だが、おそらく銀行みたいなとこで引き下ろしているんだろう。

 あと、俺は村人とあまり話したことはない。ジジイが村人に話しかけるなと言いつけているようだ。

 俺もわざわざ他人に話しかける必要を感じてないけど。というか修行でクタクタで話す余裕がない。

 

「(……いや、そうでもないか)」

 

 声こそかけないが、お手伝いさん達は良くしてくれている。

 ジジイの過度な修行でボロボロになった俺を懸命に治療してくれて、風呂や食事を出してくれる。

 傷だらけ痣だらけ、時には裂傷や骨折などを負った俺を心配そうな、けど何かを期待している目で見ながら。

 一体、お手伝いさん達はどういった思いで目を向けてるんだろうな。

 

「……!?」

 

 突然、イヤな気配を感じた。

 憶えのある気配。けど知らない奴の気配だ。

 あんな目に遭ったのだから忘れる筈がない。

 

「……鬼!」

 

 村から鬼の気配がビンビンしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける。

 鍛えられた足腰で。

 山道をものとせず、風の如き速度で八幡は走り抜いた。

 

 木々を抜けて村が見える距離まで接近した。

 村で鬼らしきものが暴れ、幼い少女を喰おうと手を伸ばしていた。

 少女は腰が抜けたのか、その場で座り込んで小さく悲鳴を漏らす。

 ソレを見た瞬間、八幡は全集中の呼吸を使って一気に加速。鬼に切り掛かった。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型・崩し 雷閃】

 

 

 強い踏み込みから繰り出される雷光の如き加速。

 鬼の死角から繰り出されたソレは、吸い込まれるかのように鬼の首へ…。

 

「っきゃ!?」

 

 鬼の首を斬るのではなく、少女を抱き上げて離脱した。

 霹靂一閃の亜種である雷閃は、あくまでも加速のための技。

 八幡は鬼の首を刎ねる筈の技を、少女の命を助けるために即席で別の技にしてしまった。

 

「ここに隠れてろ」

「……え? あ、はい」

 

 八幡はその背後にあった店舗の中へと連れ込んだ。

 

「逃げろ!俺がやる!」

 

 八幡は大声でパニック状態の村人たちに言った。

 村の家屋は何件か破壊されているが、死体は見当たらない。

 どうやら比較的早く駆け付けた事で、村人に被害は出なかったようだ。

 

「お…鬼狩り様!?」

「皆、鬼殺隊の方が来てくれたぞ!」

「い、今のうちに逃げるぞ!」

 

 八幡の登場でパニックから立ち直った村人たちは一斉に山の方へと逃げていった。

 その間、八幡は鬼を睨みつけて牽制……いや、彼にそういった意図はない。

 目線を外せばやられる。無意識に理解した彼は全集中の呼吸を行い、臨戦態勢に入った。

 

「なんだ、テメエ?もしかして鬼狩りか?」

「………」

 

 何も言わず剣を構える。

 灰色の肌にボロ布を纏った痩せた男。

 正直言ってあまり強そうには見えない。

 しかし、相手は鬼。人間の天敵である。

 たとえどんな姿をしていようとも油断は出来ない。

 そして何よりも……。

 

「(おいおい、逃げるなよ、俺の身体・・・)」

 

 自身に打ち勝たなくてはいけない。

 恐怖という感情に。

 

 

 怖い。

 

 相手は鬼、人間の天敵。喰われる事に恐怖しない生物など存在しない

 命のやり取り。殺し合い。殺される事に恐怖しない人間など存在しない。

 

 彼はつい数か月までただの中学生だった。

 春休みが終われば高校生活を満喫できるとウキウキしていただけの子供。

 生きるか死ぬかの状況は勿論、怪我をするような喧嘩すらしたことがない。

 そんな子供が天敵と対峙して恐怖を抱かないはずが無い。

 

「ヒヒヒ! オメエ怖がってるのか?」

 

 ニヤニヤと見下す鬼。

 八幡はソレを無視……いや、反応する余裕などなかった。

 今の彼は、己が恐怖と対面する事で手一杯なのだから。

 

「(落ち着け、俺。ここで逃げても後ろから喰われるだけだ)」

 

 相手は鬼、自分は稀血。絶好の獲物。よって逃がしてくれるはずが無い。

 呼吸の力を逃げに回せば逃げ切れるが、その場合は後ろに隠れている少女が狙われる。

 生憎、八幡は誰かを生贄にして生き延びるような精神はない。その罪に押しつぶされてしまう。

 

 逃げるのがダメなら戦うしかない。

 草食獣も逃げの選択肢が無くなれば即座に戦闘を選ぶ。

 押しても引いても諦めてもダメなら、押し通すしか選択肢はない。

 

「シィィィィィ……」

 

 呼吸で無理矢理感情を落ち着かせる。

 大丈夫だ、俺ならいける。

 信じろ、自分を。虚勢でもいいから自分を信じろ。騙す材料はちゃんとある。

 

 才能はある。型は二つしか使えないが、呼吸は割とすんなりマスター出来た。

 知識はある。鬼を倒すための手段はジジイに文字通り死ぬほど叩き込まれた。

 実績はある。あまりはっきりとは憶えてないが、一度は鬼を撃退してみせた。

 

 やれる、やれるんだ。

 俺は戦える!

 

「それじゃあ、さっさと死ねぇ!」

「!?」

 

 突如、八幡目掛けて紫色の弾丸が撃ち出された。

 八幡が動かないのをチャンスと判断し、先制攻撃したのだ。

 

 当然である、今は実戦中なのだ。

 鬼はこちらの事情など考慮してくれない。

 八幡が己を鼓舞している隙を逃してくれるなんてありえないのだ。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型・崩し 轟雷】

 

 

 咄嗟に刀を振るう八幡。

 強い踏み込みによって繰り出された剣戟。

 ソレは容易く撃ち出された弾丸を迎撃してみせた。

 

 壱ノ型・崩し 轟雷。

 これも雷閃同様に霹靂一閃の亜種であり、移動速度を剣の威力に変化したものである。

 

「……それがお前の血鬼術か」

 

 血鬼術。

 人を一定以上食らった鬼が目覚める超能力。

 物理法則を無視した術の行使が可能であり、その種類は鬼の数だけ存在する。

 剣を振るう事しか出来ない鬼殺隊にとって、これ以上ない理不尽の塊であり、現に大半の隊士がコレによって破れている。

 

「……ズルいよな、鬼は。俺らの武器はコレしかないのに、お前らはチートみたいな身体スペックと、チートみたいな超能力を使える。不公平だろ」

「あ?横文字を使うなよハイカラぶりやがって。……ただまあズルいってところは同意してやるぜ。かわいそうだなぁ人間はよぉ」

 

 鬼はニヤニヤと嗤う。

 

「この弾は人間の身体なんて簡単に粉砕出来る!こんな風になぁ!」

 

 そう言って鬼は近くの家屋を口から出した光線で破壊した。

 

「ッハ、随分ベラベラ話すな。お前の方が怖がってるんじゃないのか?」

「………」

 

 返答は、言葉でなく暴力によって返された。

 発射されたビームは、無意識に命中しやすい的に、胴体部分に向けて放たれる。

 光弾の威力は凄まじく、家屋を簡単に破壊できる程。人体一つを破壊するためにわざわざ急所を狙う必要などない。

 

 だが、例外が存在する。

 鬼殺隊の剣士。

 彼らの振るう剣技の前には、生中な攻撃が通用しない。

 先程、八幡に迎撃されたのをもう忘れたのだろか。

 上段に構えて刀を振り下ろして。八幡は光弾を打ち落としながら進む。

 

 光弾の一撃が足に向けられた。

 ソレを予測していたかの様に、八幡は軽く跳んで避ける。

 瞬間、鬼は内心ほくそ笑んだ。

 上半身の攻撃は全て迎撃していたというのに、下半身のソレは避けた。つまり、そこなら通る。

 そう考えた鬼は、次弾を発射するために力を溜め、再び光弾を飛ばそうとしたその瞬間……。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

 首を刎ねられていた。

 一体何が起こった、そう思う前に、鬼は灰に変わった。

 

 

 鬼は誘導されたのだ。

 

 別に、八幡には下半身の攻撃を防げないという制約はない。

 しかし、敢えてやらない事で隙だと誤解させ、ソコを突くよう誘導したのだ。

 来る場所、来るタイミング、当てられる箇所さえ分かっていれば、合わせるのは簡単である。

 カウンター。

 八幡は臭いで鬼の感情を読み取り、音で来るタイミングを察知。

 鬼が攻撃しようとした瞬間に動き出し、光弾を避けながら首を刎ねたのだ。

 

「……スゥ~」

 

 深呼吸しながら、八幡は刀を収める。

 実力、知略、胆力、そして勝負。

 全てにおいて彼は勝利したのだ。

 



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中成


鬼狩りの中にはこういった人もいるんじゃないのかな?


 

 勝った。俺は勝ったんだ。

 

 恐怖、緊張、不安。

 色んな感情が渦巻いて頭がおかしくなりそうなのを、呼吸で無理矢理封じ込んで戦った。

 

 勝った、勝ったんだ。あの努力と苦労は、無駄じゃなかったんだ……。

 

「ふ、ふひひ…」

 

 自然と笑いがこみ上げる。

 あれだけ辛い思いをして、あれだけ怖い思いをしたんだ、少しぐらい美味しい思いをしなければやってられない。

 

 あれだけ俺は速く動けたのか。

 あれだけ俺は剣を振れるのか。

 あれだけ俺は強くなれたのか。

 

 今まで意識する暇がなかったので忘れたが、今の俺は呼吸によって普通の高校生では得られないような力を手にしているんだ。

 おそらく、今の俺がオリンピックに出れば全種目で金を獲れるだろう。

 それだけ凄まじい力を発揮できるんだ。

 

 首を斬ったあの感触。

 これは俺があの鬼にかった証だ。

 ほら、ちゃんとその感覚がここに……。

 

「あ、あの…!」

「……あ? ああ、な…なんだ?」

 

 自分の世界に入り込んでいると、後ろから声をかけられた。

 さっき助けた女の子だ。

 一瞬焦ったが、なんとかキョドることなく返事する。

 それは呼吸のおかげか、それとも相手がまだ子供だからか。

 

「鬼狩り様、先ほどは助けていただきありがとうございました!」

「お、おう…」

 

 頭を下げる子供に対して何かムズゆくなりながらとりあえず返事する。

 というか何だ鬼狩り様って。確かに鬼殺隊の訓練生みたいなものだけど、様付けされるほどではないぞ?

 

 そんなことを思ってると、山から人が戻ってくるのが見えた。

 

「ありがとうございます鬼狩り様!このご恩、どう返したらよいか……」

「いいよ別に。日ごろから世話になってるし」

 

 あ、思い出した。

 この子、俺の風呂の用意してくれてる子だ。

 あ~、助けられて良かった。この子の湯加減、現代の風呂と似てるから一番入りやすいんだよな。

 

「それじゃあ俺は帰る。村の人たちにもう安全だって伝えに行って……!!?」

 

 帰ろうと足を翻した瞬間、俺はとんでもないことに気づいてしまった。

 血の匂いがする。

 この子のじゃない。もっと嗅ぎ慣れたもの…。

 

 俺の血の匂いだ。

 

 さっきまで恐怖だの緊張だのに頭がいっぱいで気が付かなかったが、結構濃厚だ。

 おかしい、俺は一切負傷してないぞ。なのになんでこんな臭いがするんだ?

 いや待て。そういや俺は朝練でジジイに斬られたな。まさか……。

 

「なあ、もしかして俺の包帯を持ってんのか?」

「…え、あの…その……!」

 

 途端に慌てる少女。

 俺はそれに構うことなく、臭いの元を探るべく少女の裾を無理やり引っ張る。

 

「お、鬼狩り様!? そういうことはお京がもっと大きくなってから…」

 

 何か言ってるが今は聞く耳を持つ余裕はない。

 早く確認しねえと。そしてもし俺の予想が正しければ……。

 

「あんのジジイ……!!」

 

 少女の服の下には、俺が今朝付けていた血濡れの包帯が巻かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジジイーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 全速力で山の頂上まで駆け抜け、家の戸を突進でぶち破る。

 雷閃の加速による突進だ。戸を破るだけじゃなくて最奥にあるジジイの部屋にまで突進の威力は続き、障子をぶち破って中に入った。

 

 ジジイは寝ている。

 いくら年寄りでもこんなに早く寝る事は無い筈だが、そんなことをいちいち気にしている余裕は今の俺にはない。

 速度を緩めることなく接近し、ジジイの胸倉を掴んで無理やり上体を起こさせた。

 

 我ながら、とても年寄りにする行為ではない。

 けど、今回ばかりは許さねえ。

 このジジイはそこまでのことをしでかしたんだから。

 

「テメエ…鬼を敢えてあの村に……あの子を餌におびき寄せたな!!?」

 

 稀血である俺の血を吸った包帯は、放っておくだけで鬼を呼び寄せる臭いを放つ。だから俺の血を拭いた包帯や布はすぐに処分している。

 そのことを俺に教え、処分しているのもこのジジイだ。他の奴が持っているなんて、この用心深いジジイが許す筈がない。

 じゃあ、なんであの子が持っていたのか。このジジイがそうするよう指示した以外に考えられない。

 

「どういうことだ答えろ! 場合によちゃあぶっ殺ずぞ!!」

 

 唾が飛ぶ距離で怒鳴る。

 たぶん、今の俺は鬼みたいな顔で怒ってるんだろうな。

 けど、ソレをやめるつもりはない。

 このジジイはそこまでのことをしでかしたんだから。

 

「……お前の剣を完成させるには必要な事じゃ」

「はあ?テメエ何言ってやがる?」

「お前には、鬼を殺す才能がある」

 

 何言ってる?さっきからこのジジイは?

 

「儂はもう、長くない。じゃから…お前を一刻も早く鬼殺の剣にする!」

「~~~! まだお前はそんなことをほざくのか!?」

 

 胸元を掴んだまま、殴ろうと拳を振り上げると、ジジイは口から何かを噴出した。

 いきなり過ぎて驚いたが、俺の身体は訓練の結果がしっかりと刻まれているらしい。

 俺の身体はソレが何か認識する前に、咄嗟に後ろへ飛んで避けた。

 

「ゲホッ!ゴホッ!…ゴホオッ!」

 

 ジジイは咳をしながら口から血を吐いている

 じゃあ、さっきのは血…だったのか……?

 

「じ、ジジイ…お前……」

「儂に構うな!」

 

 血痰を吐き出しながら、ジジイは鬼気迫る勢いで言葉を吐く。

 

「この身体は、鬼に肺をやられ、病にも侵されている。……じゃが、儂は一匹でも多くの鬼を殺さなくてはならん!」

「だから俺を育てて一匹も多く鬼を殺すってか? 後継者育てるのはいいがやり方を考えろよ!だから人が集まらねえんじゃねえのか!?」

 

 ジジイの内弟子は俺しかいない。

 こんなに後継者作りに熱心なんだ。一人だけじゃなくてもっと同時に面倒見れるはずだ。なのに俺しかいない。

 最初は修業が厳しくて逃げたとか、俺しか才能がある奴が見つからなかったとか、根拠が特にない理由を探してたが、今日ここでハッキリと分かった。

 

 

「甘い! 所詮鬼殺隊は鬼を殺す隊! 全てを捨て鬼を殺す存在にならなくてはならん!その為にはたかが小娘の命一つなど安いモンじゃ!」

「……テメエ!!」

 

 爺に近づこうとするが、血咳を吐くのを見てその気が失せてしまった。

 アンナに憎かったのに、少し弱っている姿を見ただけでこれだ。

 本当に卑怯だ。最後まで憎いジジイのままでいろよ……!

 

「……ッフ、俺の弱った姿を見て同情したか? 甘いぞ八幡!!」

 

 ジジイはヨロヨロと、まるで幽鬼のように立ち上がった。

 

「甘い、甘いぞ!! お前も、鬼殺隊も、産屋敷の小僧も! どいつもこいつも甘すぎる!! 鬼殺隊とは鬼を殺す部隊! 人を救う組織ではない!!」

 

「鬼を殺すのに小さな事を気にするな!鬼を殺すためには、隊士を切り捨てることも、一般人を見捨て利用する事も必要なのだ! お前たちはソレを分かってない!!」

 

 血を吐きながらジジイは怒鳴る。

 怒り、憎悪、嘆き、焦燥。様々な感情を入り混ぜながら。

 その様はまるで……。

 

「死ぬまで、一匹でも多くの鬼を殺せ。そのためにお前を鍛えたんだからなぁ」

 

 鬼そのものだった。

 





・天満仲成(てんまなかなり)
元上級隊士の育手。野垂れ死にしかけた八幡を拾い、剣士に育てた。
鬼への憎しみが強く、八幡を自身の代わりに鬼を狩る駒としか見てない。
嫌がる八幡を無理やり訓練させ、肩にして借金を脅し、虐待同然の鍛錬を行った。
訓練の一環として八幡を鬼と戦わせるなど、かなり無茶苦茶。病で八幡の前で死ぬ。

鬼狩りの中にはこういった復讐に走り、人間でありながら鬼以上に鬼らしい人間がいるのではないか。そう考えて出来たのがこのキャラです。
まあ、八幡が戦う理由付けをするためでもありますが。


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鱗滝一門編
鱗滝さん家の八幡


やっと原作キャラが出ました。


 

 狭霧山。

 俺は鱗滝さんという育手に水の呼吸を習い。そして今日、旅立ちの許可を貰った。

 経過した時間は大体半年月。最初から土台の出来た俺は、比較的早く習得出来た。

 え?試験に行く前の岩? 雷の呼吸で切って新しい岩を一人で持ってきましたが何か?

 

「うむ、よくやった八幡。これでお前も明日から試験に挑める」

「はい、ありがとうございます」

「……本当にやるのだな?」

 

 声のトーンを下げた様子で鱗滝さんは言う。

 

「八幡よ、天満の事は気にするな。奴は鬼殺隊を解雇され、育手の資格もない男だ。無理に鬼殺隊に入ることはないのだ」

「……ありがとうございます」

 

 あの後、ジジイは死んだ。

 

 遺体は村人たちが弔った。

 どうやらあの村は昔ジジイに助けてもらったらしく、丁重に扱っていた。

 そして話してくれた。ジジイは俺を拾った時から長くなかったと。ソレを分かっていながら、医者の治療を拒み、俺を鍛えたと。

 そういえば、ジジイから何か嫌な臭いがしていた。嫌いな奴の臭いだと思っていたんだが、病気の臭いだったんだな。

 もっと早く気づいていれば……。

 

「何か吹き込まれてもお前がやる必要はない。お前の人生だ。決してお前は奴の代わりではないぞ」

「……分かっていますよ。別に、ジジイの為に戦うわけじゃありません。ただ、今の俺には金がいるんです」

 

 ジジイが死んで俺は自由になった。

 借金もないし、何ならジジイを相続したまである。

 家と金が手に入ったが、コレだけでは足りない。

 帰るための情報を集めるには、何もかもが足りない。

 

「……そうだったな。お前は神隠しに遭っているのだな」

 

 鱗滝さんには粗方話した。

 ジジイは俺の鍛錬以外興味なかったので何も話さなかったが、オフの鱗滝さんは雰囲気が柔らかい。だから雑談として零してしまった。

 この人はやはり優しい。ホラみたいな話を信じ、帰る方法を一緒に考えてくれた。……この人が最初に拾ってくれたら、こうはならなかったんだろうな。

 

「金と情報が要るんですよ、俺の目的を達するためには。そのためにも鬼殺隊に入るのは必須なんです」

「………ハァ~。そうか、ならばもう止めまい」

 

 鱗滝さんはため息を付いた後、声をいつものトーンに戻した。

 厳しくも優しい、修行の時に出す声だ。

 

「合格だ。では最終選別に行ってくるがよい」

「ハイ。今までご指導ありがとうございました」

 

 礼を言って頭を下げる。

 マトモな師匠は貴方だけですよ。

 雷の師匠はアレだったし、風の師匠は事務的である程度教えてすぐに出て行った。

 願掛けの為にわざわざ手作りの面や高価そうな羽織をくれたり、師匠直々に飯を作ってくれるのは貴方が初めてです。

 ああ、こりゃなんとしてでも帰ってこないとな。

 

 左頬に雷雨を降らす雲が、右頬に風雨を降らす雲が描かれている狐の面。

 背中に鯉が描かれた、立涌文の羽織。

 まさしく俺を表わしている。

 

「……気を付けて向かうのだぞ、八幡」

「ハイ」

 

 近年、鱗滝さんの弟子は最終選別に帰ってこなくなったらしい。

 そのことを気に病んだ鱗滝さんは修行内容を見直し、年々厳しく成ってきたそうだが……。

 

「大丈夫です。俺は帰ってきますよ」

 

 俺なら行ける筈だ。

 3つの呼吸を使える俺ならば。 

 

「ああ、それと最後に錆兎と義勇に会ってやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

 俺は今、目の前で転がっている義勇と錆兎を叱咤していた。

 この二人は鱗滝さんの弟子で、俺の兄弟子に当たるのだが、俺が年上で剣の修行歴も俺の方が長く、俺の方が強い。

 よってこうして鱗滝さんから修行の一環として彼らの相手をするように言われている。

 

 いや~、ホントになんでこんなことになったんっだろうね。

 この二人、よく俺にこうして模擬戦を挑んでくるのだ。

 

 錆兎はまだ良い。

 正面から挑んでくるし、口上述べるし。

 気配も自己主張が激しいから分かる。何なら臭いも分かりやすい。

 ヤバいのは義勇だ。

 いきなり死角から不意打ちしてくるんだよ。

 気配消すのも異様に上手くなってるし、何なら最近は臭いも薄く出来るようになっている。

 おかげで気配察知や感覚が大分鍛えられた。

 

「まだだ!」

 

 錆兎が立ち上がりざまに跳び上がり、切り掛かった。

 

 

【水の呼吸 捌ノ型 滝壷】

 

【水の呼吸 肆ノ型・崩し 潮騒】

 

 

 俺目掛けて滝から流れ落ちる水流の如く、真上から刀が振り下ろされる。

 ソレを一刀目を斜めに構え受け流し、二刀目で相手の刀の峰を叩いて弾き、三刀目で相手の首筋に寸止めする。

 その隙を突いて、後ろから義勇が接近してきた。

 

 

【水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き】

 

【水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦・急潮】

 

 上半身を回して突きを流す。

 不意打ちを回避されることを予想していなかったのか、義勇は目を見開いて驚く。

 その隙に俺は受け流しながら義勇の後ろに回り、彼の首筋に刀の峰を当てた。

 

「それじゃあ反省会だ。…まず錆兎、お前は力を入れ過ぎだ。水の呼吸の真髄は変幻自在。状況に適した技を選べ。そのためには状況を見極める目を意識しろ」

 

 自分で言っておいて神髄って何だよ。初めてまだ半年ぐらいだろうが。

 

「義勇、敵の死角の取り方は巧くなったが、その先がまだまだだ。奇襲が失敗しても繋げて動け。攻防一体、連撃を可能とするのが水の呼吸の特長だ」

 

 いやだから特長って何? 確かに三つ知ってるから違いは分かるけど、全然極めてないよね?

 

「「はい!」」

 

 君たちも何で素直に返事するの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錆兎にとって兄弟子、比企谷八幡は大きな壁であった

 

 彼には才能があった。

 成長速度は凄まじく、鱗滝の手解きをメキメキ吸収していった。

 錆兎もその自覚は有り、かつての弟子の中でも劣らないと確信していた。

 そんな時だった、比企谷八幡と出会ったのは。

 

 

『お願いします。俺に呼吸を教えてください』

 

 

 錆兎から見た彼は、覇気のない男だった。

 だらんとした様子で、顔もやつれ、目には剣士を目指す特有の強い光が無かった。

 

『力がいるんです。あと金も。俺の目的を達するために』  

 

 錆兎は八幡の言動が気に食わなかった。

 なんて軟弱な男なんだ。鬼殺隊を一体何だと思っている。

 こんな腑抜け、修行の厳しさについて来れずに直ぐに家へ帰るだろう。

 錆兎はそう思って修行中も無視し、一切口を聞かなかった。視界に入れる事すらも嫌だった。

 そんな時だった、アレを見てしまったのは。

 

 それを見たのは、八幡が来てから半年後。

 鱗滝の指示の下、型の練習に励んでいた時である。 

 

 八幡は既に呼吸を二つ会得している。

 基礎と土台は既に出来ていたおかげか、三か月で技を使えるようになった。

 認めたくは無いが、異例の速度である。呼吸を習得済みにしても早すぎる。

 

『では……始め!』

 

 パンッと、鱗滝が手を叩くと同時に八幡は刀を引き抜き、呼吸を整える。

 シィィと、空気を吸う音が聞こえる。

 水の呼吸ではない。別流派だ。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 瞬間、雷が見えた。

 遅れて轟く雷鳴。

 勿論、本物ではない。

 八幡の繰り出した霹靂一閃による幻視である。

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】

 

 

 また呼吸が変わった。

 シイアアアアと荒々しい呼吸音。

 ソレが終わったと同時に、つむじ風が舞い起こった。

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面切り】

 

 

 またまた呼吸か変わった。

 ヒュゥゥゥゥと、先程とは対照的に落ち着いた呼吸音。

 そして繰り出された剣筋は、ブレる事無く凛としていた。

 

 圧巻。

 参つの全く違う分野の呼吸を使いこなしている。

 天才とはこのこと、彼の剣は本当に素晴らしかった。

 

 

 

「錆兎、分かったか。お前に足りないものが」

 

 いつの間にか横にいた鱗滝に視線を合わせる。

 

「八幡は最初から別流派の呼吸を習得している。最早選別に行ってもいい程の完成度だ。しかし他の型が使えず、他の呼吸を習得する事でその問題点を解決しようとしたのだ」

「………」

「才に溺れず、足りないものを吸収する……並大抵ではない」

 

 錆兎は自覚した。そして恥じた。

 鱗滝の言わんとしていることを察し、行動に移した。

 目の前に大きな壁が在る。それを越えずして何が男か。

 

 錆兎は木刀を握った。

 

「比企谷八幡!俺はお前を越える!」

 

 こうして、義勇もソレに釣られて八幡に挑むようになった。 

 



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最終選別

 

 最終選別。

 その試験内容は、藤襲山という一年中藤の花が咲き誇る山の中で一週間サバイバル生活を行う事。

 ただサバイバルをするだけではない。この山には五十体の雑魚鬼が彷徨っており、コレらに対処して生き残らなくてはならない。

 ここで肝なのは、あくまでも生き残る事。別に鬼を倒せとも何とも言ってない。

 無論、俺なら雑魚鬼の一匹や二匹、すぐに倒せる。

 こちとら手だけとはいえ変異した鬼や、しょうもない技とはいえ血鬼術を使う鬼を倒したのだ。それぐらい出来る。

 けど、戦いを避けられるのなら避けるに越したことはない。

 実際、この六日間、藤の枝を折ってバリケードを作り、その中で悠々自適に過ごしている。

 そうやって楽をしすぎたせいか……。

 

「ご飯炊けた?」

「こっちはお味噌汁出来たよ~」

「魚連れたぜ~!しかも大量だ!」

 

 けっこう、人が集まっていた。

 

 安全に寝れるベースを確保したとはいっても、水や食料を確保するために出なくてはいけない。

 その際は鬼の気配や臭いを避けて行動していたのだが、流石に誰かが襲われていたら放っておけない。すぐさま鬼を倒し、この場所を教えた。

 ソレだけならここまで人は集まらない。俺の救助は偶発的なものであり積極的にやっているわけじゃない。では何故ここまで集まったのか

 こいつ等が俺のことを他の仲間にも吹聴しているのだ。

 

 コイツ達は俺と違ってやる気に満ちている。

 このまま鬼を狩る事なく選別を突破する事に思うことがあるのか、補給がてら鬼を狩りに出向くのだ。

 道中、疲弊していたり鬼に襲われている人を見つけたら、ココを教える、或いは連れて帰る。

 ソレを繰り返した結果、ここは選別受験者の大半が集まるようになってしまった。

 というかこれっていいのか?反則とかに後でならないよな?

 

「う、うわあああああああああ!!?」

 

 突然、山の方からキャンプメンバーが狼狽えながら降りて来た。

 ただ事ではない様子に他のメンバー達も何があったのか落ち着かせながら聞く。

 

「お…鬼が出た! な、何十人も食って…変異してる奴だ!」

「「「!!?」」」

 

 ソレを聞いた瞬間、キャンプ場に動揺の空気が走った。

 

「ほ、本当か!?」

「どういう事?ここは人を一人二人食った鬼しか出ないじゃ・・・?」

 

 マズいな、動揺の空気が伝番している。

 このままじゃ集団パニックに陥って余計なトラブルを起こしかねない。

 余所でヒステリーを起こすなら構わないが、俺のベースでは勘弁してほしい。

 

「(……そんなこと考えてる余裕はないか)」

 

 鬼の気配がする。

 真っすぐこちらに向かってくる。

 臭いも濃くなり、大体の情報も察せられる。

 この鬼、前に戦った鬼よりも強そうだ。もしかしたら、このバリケードも突破される可能性がある。

 

「仕方ない、か……」

「お、おい…。まさか行くつもりか……?」

 

 刀を持って気配のする方に向かうと、肩を隣にいた女子に奴に掴まれた。

 

「ああ、鬼退治にな」

「よせ!あの鬼は強そうな気配がする! たぶん隊士になってない俺らには無理だ! ここは一旦逃げて報告しよう!」

 

 お、コイツちゃんと気配が分かる上に力の差も理解出来るのか。

 けど、人間相手にその能力は活かせてないようだ。

 

「大丈夫。俺、この中じゃ一番強いから」

 

 



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手鬼


現時点では八幡の呼吸の練度はかまぼこ組と比べると劣ります。
水の呼吸の柔軟性は炭治郎以下、雷の呼吸の速度は善逸以下、風の呼吸の敏捷性は伊之助以下です。
しかし、だからといって八幡が剣士として彼らに劣るとは限りません。


 

 走る。

 雷の呼吸によって速度を上げ、気配の元を見据える。

 

 狙うは異形の鬼。

 巨大化した体躯に、暗い緑色の肌。

 無数の手が身体中から生え、全身に巻き付いている。

 特にガッチリと巻いているのが首辺り。大方弱点である首を守っているのだろう。

 おぞましく、醜い姿の鬼。ここまで成長してしまえば、普通の訓練生には荷が重いであろう。

 

 そう、普通の訓練生には。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

 先手必勝とばかりに、八幡は剣戟を繰り出した。

 やはり本来の技のおかげか、崩しよりも速く力強い動き。

 鬼は八幡の不意打ちに気づいておらずノーガード。

 そのまま鬼の首を刎ねるかと思いきや…。

 

 

「た……助けて……!」

 

 鬼の前で尻餅を突き、今にも鬼の手にかかろうとしている少女の剣士を見て、急きょ予定を変更した。

 

「!?……ッチ!」

 

 進行方向を無理やり変更。

 少女に向けて伸ばしている鬼の腕を踏み台にする。

 八幡はサマーソルトをしながら進行を変え、同時に鬼の腕を蹴り飛ばした。

 

「きゃあ!?」

「黙ってろ…ったく、あのまま首を斬り落とす予定だったのに!」

 

 着地するとほぼ同時に少女を抱き上げ、雷速を使ってその場を脱した。

 

「狐の面……今年も鱗滝の弟子が来たんだな」

「………あ?」

 

 八幡はその場で止まり、鬼に振り返った。

 

「狐小僧。今は明治何年だ?」

「忘れた。いちいち数えてられるか」

「鱗滝の弟子は教育がなってないな。そんなのも分からないのか」

「なんでそこで鱗滝さんの名前が出てくる?まさか知ってるのか?」

 

 少女を木の影に隠し、鬼と対峙する八幡。

 その間も警戒は一切怠らない、視線は鬼の方を向き、何時でも刀を抜く態勢に入っている。

 

 この鬼は八幡を可愛い狐と、狐小僧と連続で呼んだ。

 まるで知己であるかのような、その素ぶり。

 

 久し振りの会話が嬉しいのか、鬼は丁寧に八幡の問いに答える。

 

「知ってるさァ! 俺を捕まえてこの藤の花の牢獄にぶち込んだ張本人が鱗滝だからなァ。もう四十年程も前になる」

「そうか、道理でそこまでデカくなってるわけだ。すげえ鬼臭いぞ、お前」

 

 ギリギリと、怒りで全身の手に力を入れる鬼に対し、八幡は余裕の態度を崩さない。

 勝てない相手ではないからだ。

 サイズこそ厄介だがソレだけ。

 ちゃんと手は存在している。

 

「その狐の面、確か…鱗滝は厄除の面とか言っていたな?俺はそいつを目印にしてるんだ」

「……お前、この面の子供を知ってるのか?」

「会いてえか?だったら……今すぐ会わせてやる!」

 

 突然、鬼は全身の手を八幡目掛けて伸ばした。

 八幡は横に跳んで避け、木々の間を抜けて離脱する。

 

「そうか……。テメエが……鱗滝さんの弟子を喰った鬼か」

「ああそうだ。鱗滝の弟子は俺が全員食ってやる。力を溜めてここを出て、鱗滝も弟子に会わせるんだよ! 俺の腹の中でな!!」

 

 鬼―――手鬼は怒りを込めるかのように、全身の腕が力んだ。

 

「アイツに見せつけてやる! テメエのせいで弟子が苦しみながら死んだことをな! 俺の何倍の苦しみを、お前ら弟子と鱗滝に味合わせてやる!!」

「………ッハ」

 

 手鬼の慟哭を八幡は鼻で笑った。

 

「生憎俺が鱗滝さんと会う場所は臭いお前の腹の中じゃない。あの家だ」

 

 ヒュゥゥゥゥと、八幡は水の呼吸で恐怖を押さえ、戦意を静かに高める。

 

「お前の首を土産にする。あと遺品も戦利品として持ち帰る。持ってるんだろ?」

「ああ、この先に洞窟がある。そこに置いているが……お前には無理だ!」

 

 手の数本が八幡に向けて射出される。

 咄嗟に刀を振り下ろして斬りはらうが、向かってくる腕の数はどんどん増えていった。

 どうやら、コレが答えらしい。お前はここで死ぬから無理だ、さっきのは冥途の土産だと。

 もっとも、この程度で八幡を冥土に旅立たせるには足りないが。

 

 八幡は全て手鬼の攻撃を避けた。

 跳んで、身体を捻り、弾き、必要最低限だけ刀で逸らしながら接近する。

 何も全部の腕を切り落とす必要はない。すぐ生えるのなら受け流すだけで十分だ。

 

 

「お前、やるなぁ。前の鱗滝の弟子は大したことなかったぞ。すぐに捕まえて手足を捥いでやった。なるべく苦しませるようになぁ」

 

 ねっとりとした声で、手鬼はクスクス笑いながら言う。

 落ち着け八幡。これは罠だ。挑発する事で余裕を無くさせ、呼吸を乱そうとしている。ここで取り乱せば相手の思うつぼだ。

 

「!?この…!」

 

 挑発に乗ったのか、八幡が無理やり手の弾幕の中に飛び込む。

 体を低く構え、潜り込むように下方から転がり込んだ。

 ソレを待っていたかのように、八幡が転がった先から無数の腕が地面から飛び出した。

 誘い込まれた。

 挑発して、わざと隙を見せて、追い込むように手を使って。

 成功したと手鬼はほくそ笑んだ瞬間……。

 

「ッシュ!」

 

 八幡はその場を跳躍。

 でんぐり返しから立ち上がると同時に、その勢いと全身の筋肉の力を使って跳び上がったのだ。

 

「(クソ! 俺の罠にも最初から気づいていたのか!? だが。空中なら逃げ場はない)

 

 八幡に向かって無数の手を伸ばす手鬼。

 ここで手鬼は忘れてしまている、八幡がどうやって少女から自身の魔の手から救い出したか。

 覚えていれば、自身の判断は悪手だと気づいていたであろう。

 

「ッフ!」

 

 八幡は伸ばされた手を足場にして、更に接近した。

 直接当たろうとするものは避け、刀で弾き、足場になりそうな手を直ぐに見つけてみせたのだ。

 

「(お、俺の腕を足場に!? だが、まだまだ手はある!)」

 

 足場になっている腕から新たに腕を生やして足を掴もうとするが、ソレを跳躍して即座に手から降りる。

 

「シイアアアア…」

 

 呼吸が変わった。

 水流のような音から嵐のように荒い音へ。

 同時に八幡の動きが鈍くなる。

 あの流麗な動きに濁りが生じ、粗が見え始めた。

 一瞬、好機だと思うと同時に、恐怖を覚えた。

 何か仕掛けようとしている。

 

「(させるか!)」

 

 数本の腕を伸ばす。

 死角から、全方向から、時には腕を急に曲げて。

 しかし全て避けられる。

 迫り来る手を斬り落とし、木々を楯にして駆け回って。

 八幡は手鬼を中心にして林を駆け巡りながら、確実に距離を詰めていった。

 

「(こ、このガキ…最初のあれは手を抜きやがったな!)」

 

 最初に見せた剣劇と動きが違う。

 より攻撃範囲が広く、より手数を多く、より動きを速く。

 敢えて手を抜くことで動きを憶えさせ、急に変えたのだ。

 もっとも、八幡は手を抜いたつもりなのないのだが……。

 

「(クソ!木が邪魔だ!アイツ木を楯にしやがってる!)」

 

 障害物が鬱陶しい。

 木々の間を潜り抜ける事で、手鬼の視界と攻撃から逃れている。

 やりにくい。

 ただでさえ動きが急に変わって動揺しているのに、更に捕まえ辛くなった。

 

「(だが、俺の首を狙って確実に接近してくる!その時が勝機だ!)」

 

 人間は鬼と違って勝ち筋が決まっている。

 首を刀で刎ねる。これしかないのだ。

 そのために接近した時が勝機。そこを突けば、どれだけ動きが変わろうが関係ない。

 勝つのは自分だ。たとえ相手が今まで戦ったことのないような類でも。

 

「(だ、大丈夫だ!俺の首はこの腕で守っている!コレがある限り俺の首は落とせない!)」

「シィィィィ…」

 

 再び呼吸が変わった。

 嵐のような音から雷のように激しい音へ。

 同時に八幡の動きが鈍くなる。

 風のように速く自在な動きに、隙が見えた。

 

 勝機だ。今ならやれる。

 さっきは失敗したが、今度こそ成功させて見せる。

 死ね鱗滝の弟子! お前も胃袋の中でお友達に合わせてやる!

 

 手鬼は全ての手を伸ばす。今度は確実に八幡を捕まえて息の根を止める為…。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

 遅かった。

 八幡を捕まえようと腕を伸ばしすぎていた。

 攻撃は最大の防御ではあるが、最大の隙でもある。

 手鬼は八幡によって攻撃の手を誘われ、隙を晒してしまった。

 相手の隙を手招きしていたのは手鬼だけではない。八幡も同じである。

 

「(切られた? 俺の…首が……?)」

 

 暗転する視界。

 切り離された首が空中を回っているのだ。

 崩れて消えて逝く肉体が、彼の瞳に映った。

 

「(死ぬ……俺が?)」

 

 呆然と、鬼は最期を想う。

 どうして、こんなことになってしまったんだろう。

 どうして、負けて首を切られてしまったんだろう。

 どうして、自分の兄を喰らってしまったんだろう。

 

 怖い。夜に一人は怖い。手を握ってくれよ、兄ちゃん。

 

「(あれ? あ、に?……兄って…兄ちゃんって、誰だっけ……?)」

 

 

 

 瞬間、誰かが彼の手を握った。

 

 

 

「………あ」

 

 思い出した。

 兄を殺したのは……自分だった。

 

 心配して駆けつけてくれた兄を生きたまま食い殺してしまった。

 

 何故今まで忘れていたのだろうか。何故食ってしまったのだろうか。

 あんなに大事で、あんなに後悔して、あんなに悲しんでいたのに……。

 

 

「(兄ちゃん……ごめん……ごめんよ……!)」 

 

 今はもう無い体で手を伸ばす。

 少しずつ景色は真っ暗になり、すると伸ばした手を握ってくれる一人の少年が見えた。

 

 

『しょうがねぇなあ。いつも怖がりで』

 

 

 

「(兄ちゃん……!)」

 

 その手を……兄の手を掴み、一筋の光の元へと歩いて行った。

 



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手鬼の最後

 

「……そうか、最後に兄ちゃんに会えたんだな」

 

 気が付いたら、俺は鬼の手を握っていた。

 何故こんな行動をしたのか俺自身にも分からない。

 悲しい匂いがして、気が付いたら手を繋いでいた。

 

 この鬼は間違いなく悪だ。

 鱗滝さんの弟子を何十人も嬲り殺してきた。

 俺だけじゃない、全く関係のない第三者でもこの鬼が悪いと答える筈だ。

 けど、それでも俺は哀れだと、助けたいと思った。……思ってしまった。

 

「……ああ、そういや鱗滝さんが言ってたな」

 

 鬼は元々人間。そして、鬼になった者は二度と人間には戻れない。

 飢餓によって狂って、親しい人間だろうとも判別できず食らい、人間の頃の記憶を忘れ、心も完全な鬼となる。

 

 

 要するに洗脳じゃねえか。くたばれや無惨。

 

 思えば、フィクションの眷属を増やす作品ってかなり残酷だな。

 だって無理やり別の生物に変えて、自分の手下にして、本来なかった本能や精神を植え付けるんだぜ?

 これって他生物を奴隷に変えて洗脳してるようなモンじゃん。

 そして、俺はその末路をこうして見せつけられた。

 

 鬼なんかになってなけりゃ、鱗滝さんの弟子を嬲り殺すことも、人を食うことも、自分の兄を殺すこともなかっただろう。

 

「………」

 

 これは、戦う理由がまた一つ増えたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今年は何人残るのかしら……。

 

 

 夜明けの藤襲山。

 産屋敷あまねは夜明けの光に目を細めながら、深く俯いた。

 

 毎回、この瞬間は申し訳なさで胸がいっぱいになる。

 まだ十年少し程の子供を、鬼が跋扈する藤襲山に送り出す。

 この悲しみと罪悪感は母親になることでより強くなった。

 しかし、ソレでもやるしかないのだ。

 

 生き残っても、全身負傷していたり、四肢が欠けている事もある。

 五体満足でも、隊士を諦めて隠となることを望んだり、その隠すら諦めることだってある。

 

 帰ってこられるのは数人程度。

 誰も帰ってこないなんてこともあった。

 生きて帰れた子供の大半は目が死んでいた。

 選別を生き残った事を喜び合う事すらせず、黙って帰っていく様を長年眺めていた。

 

 

 鳥居から人の声が聞こえてくる。

 ドカドカと他の足音を引き連れて誰かがやって来る。

 

「うっせえな!別に礼が欲しくて助けたわけじゃないんだよ!」

 

 先頭を走る狐面の少年。

 立涌文の羽織を着流し、手には何かを入れた風呂敷を持っている。

 

「君のお陰で無事に生き残れた!ありがとう!」

「オレもお前に礼を言いたかったんだ。あの時は助かった」

「異形の鬼と戦ってる所を見ました!」

 

 ぞろぞろと少年の後ろから他の子たちが続く。

 全員が生き生きとした表情をしている。

 

「あ、そこのお偉いさん!」

 

 先頭の少年は跳び上がり……。

 

「もう試験終わったんで、帰っていいですか?」

 

 あまねの前に着地すると同時、嬉しそうに言った。

 



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伊黒救出編
初任務


 

 選別の翌日。俺は早速任務を与えられた。

 

 いや~、ビックリだわ。まさか入社すると同時に仕事を振り当てられるとは。

 研修も指導もなし。お付きの人もいない。いきなり現場に放り込まれたのだ。

 ブラックすぎるだろ。昭和時代の超絶ブラックの方がまだマシじゃねえか。

 あ、今は大正だった。じゃあ妥当……じゃねえよクソブラックが。

 

「まあいいか。費用は向こう持ちだし」

 

 宿屋で朝食を喰いながら呟く。

 現在、俺は八丈島にいる。

 東京から遠く離れたこの島に鬼が出るらしく、こうして新人の俺が派遣された。

 

 行くまでかなり時間を喰った。

 陸路はまだいい。雷と風の呼吸を使って走ればいいんだから。

 けど、海を渡るのはきつかった。この時代の船、クソ遅い上に乗り心地悪いんだよ。

 揺れは激しい上に、飯はクソ不味い。乗っている間もずっと暇。やれる事といえば呼吸の練習ぐらいだ。

 けどまあ、途中の島に上陸した時に泊まれる宿はけっこういい所だったんで、その辺はうれしい誤算だった。

 

「八幡、そろそろ情報を集めないでいいのか?」

「……八雲、俺はゆっくりしたいんだよ」

 

 この無駄にダンディな声の烏は八雲。

 選別が終わって支給された俺の連絡用鎹烏だ。

 

「まだぶー垂れているのか?いい加減機嫌を直せ。いい船に乗って、宿に泊まれんだぞ?贅沢を言うな」

「けどさ、俺以外の奴らはその場で帰されて、仕事は刀が出来る二週間後だろ? 俺だけ不公平じゃねえか」

「バカ。お前は選別が終わっても無傷ではないがピンピンしてたじゃないか。刀もちゃんとある。どこにお前を遊ばせる理由がある?」

 

 本来、任務は入隊して大体一か月後にするらしい。

 隊服を作る為に寸法を測り、階級を右手に謎の技術で刻まれ、連絡用の鎹鴉が与えられ、最期に自分の刀を作るための玉鋼を選んで解散。

 完成した専用の日輪刀が届き、任務に向かうのが普通の流れだ。けど、俺は自前の刀があるので行けと言われれた。隊服もないのに。理不尽。

 

「ソレでも研修なんてないぞ。第一、研修なんて修業期間にやるものだろ普通。現場監督もそんな人手が鬼殺隊にあるわけないだろ。万年人不足なんだぞ鬼殺隊は」

「……ブラックすぎる」

 

 俺は項垂れることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八丈富士近くの町々。

 八幡は買い食いを繰り返し、町の中を歩ていた。

 

「おい八幡、何のつもりだ?」

「しゃべりかけるな八雲。目立つ」

 

 往来の激しい道。その中で空いているスペースを見つけ、建物を背もたれにする。

 彼の視線の先は八丈富士。その雄大な景色を肴にしながら八幡はホットドックを齧った。

 その様は何処からどう見ても町を散策している旅行者だ。

 

「見て分かんねえのか、情報収集だ」

「何言ってる?俺には遊んでいるようにしか見えんが」

「まあ見てろ。パンの切れ端をやる。悪いが普通の烏を演じてくれ」

 

 地面に放り投げられたホットドッグの端っこに嘴を突っ込んで黙る八雲。

 その時だった、八幡が目当ての物を見つけた……いや、聞いたのは。

 

「おい聞いたかよ。また西山近くで旅人がやられちまったらしいぜ」

「あ? 鬼が出たって話、お前信じてるのか?この文明開化の時代に?」

「悪いかよ。この島にはな、昔から鬼の伝説があるんだ」

「何が伝説だ。そんなモン、まだ熊や盗賊の方が信ぴょう性あるっての」

「その話、ちょっと聞かせてもらえないか?」

 

 突然、八幡は二人の男の話に割って入った。

 

「あん?なんだお前?」

「見ての通り旅人だ。ちょうと西山に寄ろうと思ったんだけど、あんた達の話が耳に入ってな、他人事じゃないから気になったんだ」

「今から西山の方に行く気か? やめとけ。あの辺は夜になると鬼が出るって噂なんだ。食われるぞ」

「そうだぜ。鬼が出るなんて話は全国にあるが、そんなのは盗賊や獣に襲われないようにするためだ。昔の知恵にはちゃんと従った方が身のためだぞ」

 

 少しオーバー気味に八幡はため息を付く。

 

「じゃあ、今日はこの辺で宿を取るか。節約のために野宿でもしようかと思ったけど、命あっての物種だからな」

「そうした方がいいぜ。…あ、鬼のこと聞きたかったらあの茶菓子屋の婆に聞いた方がいいぜ」

「おう、ありがとう」

 

 ソレから八幡は似たような真似をして鬼の情報を集めた。

 茶菓子屋や酒場で人の話を聞いてくるかと思えば、町の歴史に詳しい老人を訪ね、また道端に立ってソレらしい会話を拾う。

 そうやって情報を集めて行った結果分かったことが……。

 

「……この鬼、本当に初任務で倒せる鬼か?」

 

 調べた結果、その鬼はかなり高齢の鬼と推測出来た。

 

 蛇女伝説。

 四百年前に存在したとされる化物の伝説。

 件の鬼がこの伝説に登場する蛇女と大変酷似していた。

 

「なあ八雲、もしかしてコイツ、十二鬼月並みの鬼じゃないのか?もし仮に伝説通り四百年生きていたらかなり強い筈だよな?」

「ソレはない。鬼は強さの伸びしろに限りがある。長生きして人間をたらふく喰えばいいってものじゃない。もし仮に強くなり続けるなら、とっくに本土で十二鬼月入りしているさ」

「鬼ってレベージがあんのかよ。世知辛いな」

 

 無駄口を叩きながら八幡はこの島の地図を広げる。

 

「主食は旅人。世間の騒ぎが起きないよう満遍なく襲っているが、パターンが存在する」

「じゃあ次に襲われる場も大方は予想出来るのか?」

「ああ。おそらく次はここだ」

 

 八幡は地図を指さした。

 

「もう一度聞くが、これは本当に俺クラスの隊士が受けていい案件か?」

「安心しろ八幡。こういった小賢しい真似をする鬼は大概が力がないから隠れる類だ。強さに自信があるのなら迎え撃てばいいのだからな」

「いや、ソレはもういい。俺が一番気になるのは、この鬼の掴み所のなさだ」

 

 地図をしまいながら八幡は続ける。

 

「臭いがしないんだよ。鬼が出たと噂されてる場所に何件か行ったが、全然鬼の匂いがしない」

「そりゃあ一週間以上経っているんだ。いくらお前の鼻がいいからといって、そんな前の臭いを嗅げるのか?」

「出来る。藤襲山みたいに鬼の匂いが蔓延しているなら兎も角、鬼が生きているなら臭いは続くんだよ」

 

 鬼の匂いって死なない限り消えないんだよな、と。八幡は呟く。

 

 

「もしかしたら、最悪のパターンも考える必要があるかもな」

 



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囚われの生贄

 

 とある屋敷。

 宴会室のような場で、八幡は歓待を受けていた。

 客は八幡しかおらず、だだっ広い和室の中央にお膳が一つ。

 八幡は胡坐をかいて、隣に座る女の給仕からお酌をしてもらいながら箸を付けた。

 

 こうなったのは数時間前、八幡が事件のあった周囲を日没後に散策していた時である。

 偶然その様子を見かけたこの屋敷の女主人が何事かと八幡に問い、咄嗟に彼は泊まる宿がないと嘘を付いた。

 そこからあれよあれよと流れに乗り、屋敷に泊まることになったのだ。

 

「難儀でしたね、旅人さん。宿が全部埋まっているなんて」

「ええ、仕事の関係で来たのですが宿が取れなくて。けどこうして美人にお酌してもらっているので役得です」

「まあ、お上手ですわね」

 

 女性はそう言ってまた八幡に酌をする。

 

「私の仕事は蛇女伝説を調べることなんです。何か知りませんか?」

「………え?」

 

 ピクッと、女性の身体が震える。

 

「私は作家なんですが、特に鬼を題材にしたものが多いんです。今回は邪悪な鬼と契約して発展する御家のお話を書こうと思いましてね。そこで私が参考にしたいのが…」

「……この島に存在する蛇女の伝説という事ですか」

「その通りです。蛇と鬼は関係が深く、蛇の鬼というのも面白そうですので」

 

 女性はニッコリと笑顔を浮かべながら会釈をする。

 しかし、彼女の目は笑っていなかったのを八幡は見逃さなかった。

 

「それにしても大きくてご立派な屋敷ですね。もしよければ参考にさせていただけないでしょうか?……特に、あの本殿らしき場所とか?」

「なりません」

 

 ピシリと、女性は拒絶の意を見せた。

 明確な拒絶の匂いと音に混じって、恐怖の匂いと音をを八幡は感じ取る。

 

「ご職業に熱心なのは大変よろしいですが、こういった伝説にはあまり深入りする物ではありませんよ?好奇心猫を殺すと言いますし」

 

 八幡は横に置いた刀を見せた。

 

「以前、鬼を狩る剣士の話を書いてましてね、その際に剣術を少々齧ったのですよ。文章を書くには知識が必要なのでね」

「まあ、なんて頼もしい作家の先生なのかしら」

 

 女性は空になったお猪口を持って立ち上がる。

 

「それではお酒も切らしてしまったので別のを持ってきますね」

「いや、その必要はない」

「え?」

 

 振り返った瞬間、八幡は右腕で女性の首を絞めた。

 見本のような羽交い絞め。

 気道を開け、頸動脈だけを絞めて。

 八幡は数秒程で女の意識を刈り取った。

 

「悪いけど、ちょっと寝てくれ」

 

 八幡は気絶させた女を縛り、部屋の外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり匂うな」

 

 この屋敷の中心にある本殿。

 きらびやかな装飾が施された豪華な部屋だが、家具の類は一切ない。

 無駄にデカい仏壇か祭壇かご神体よく分からない趣味の悪い物がドンと中心にあるだけだ。

 

 俺は無断で入り、臭いを嗅いでいた。

 やはり臭う。鬼の匂いがプンプンする。さっきまでここにいたかのように濃い臭いだ。

 そして、ソレに混じった人間の血の匂い。しかも、まだ新しい。

 

「(なるほど、ここで人間を喰ったのか)」

 

 道理で行方不明事件があった現場付近から鬼の痕跡があるのに、血の匂いはしないわけだ。

 ここまでお弁当としてお持ち帰りして、ゆっくりと食事を楽しんでいたワケか。

 確かに、外よりも家の方が人目を気にせずに飯が食えるからな。

 で、その宿をこの屋敷の人間が提供していたと。

 

 あの女からは動揺の臭いと音がした。

 わざと蛇女伝説と鬼の話、そして剣士という単語と日輪刀を見せた途端、動揺と焦りの匂いと音がした。

 上手く表情は誤魔化せたが、匂いと心音はどうしようもない。

 

 

 屋敷からする鬼の匂い。

 この部屋からする血の匂い。

 先程の女性からした動揺の臭い。

 この三つの匂いから導き出される答えは一つ。

 この屋敷の人間は鬼を匿い、鬼の人食いを手助けしている。

 

「(どうする?今はお出かけ中だろうから、ここで待ち伏せするか?……いや、隠れるところが少ない。ここはルートを確認して奇襲するポイントを探そ)」

 

 部屋を出て匂いを辿ると、堅牢な扉の前に付いた。

 木製だが重そうな扉を開けると、あの部屋ほどじゃないが鬼の臭いが漂ってきた。

 

「…行くか」

 

 中に入ると、そこは座敷牢だった。

 石畳に石の壁、木製の格子、質のいい畳。

 その一つに子供が一人閉じ込められていた。

 

 白い薄着の寝巻きの十代ほどの男子。

 飯を食わせてもらってないのか、かなり痩せている。

 口の周りに包帯を巻いており、左右で目の色が違う。所謂オッドアイという奴か。

 手の平の上で髑髏巻きになっている白い蛇と一緒に、牢屋の小窓から月を眺めている。

 

「……誰だ!?」

「ソレはこっちの台詞だ。お前、なんでこんなとこにつかまっているんだ?」

「……俺は生贄だ。あの化け物へのな」

「化物?どんな?」

「蛇の化物だ。奴は鬼と言っていたが、まあ似たようなものだろう」

 

 あれ?この子、態度は悪いけど素直に答えてくれるな。そんなに悪い奴じゃなさそうだ。

 

「……この家は、呪われた家だ。しかも、自分から呪われにきた哀れな家だ」

 

 牢屋に閉じ込められた子は勝手に話し出した。

 俺としても鬼が出るまで情報収集暇兼つぶしのために事情を聴くつもりだったから手間省けていいけど。

 でもまあ、こんな牢屋に閉じ込められたら、俺みたいにいきなり来た怪しい奴相手にも会話をしたくなるか。

 

 この子―――伊黒小芭内はこの家と鬼について全て話してくれた。

 

 彼の一族は、鬼が殺した人の金品で生計を立てており、代償に鬼の好物である赤ん坊を生んで捧げているらしい。

 小芭内は一族では珍しい男であり、風変わりなオッドアイだったため、鬼に気に入られて成長して喰う量が増えるまで生かされていたそうだ。

 

「この口はその証だ。お揃いにすると言って割いて、俺の血を……飲んだ」

「………もういい」

「何だ、同情したのか?いらんぞそんなものは。もうすぐここから抜け出して…」

「気づいてないのか?」

 

 

 

「お前今、泣いているぞ」

 

 

 

「………え?」

 

 恐る恐ると言った様子で伊黒は自分の頬に触れる。

 

「あれ、何で俺…泣いて…。クソ、止まれ、止まれよ…!」

 

 堪えようとするがどんどん涙が流れる。

 数年間溜めに溜めたものが溢れるかのように。

 

「(……泣くってやっぱりズルいよな)」

 

 女の最大の武器は涙というけど、子供の涙も結構効くんだよな。

 喧嘩で相手の方が悪いのに泣いたら、俺の方が悪者になったこともあるし。……いや、今はどうでもいいか。

 

「……悪いがそろそろお話は終わりだ」

「え?」

 

 

 

 

「おや、お前まさか鬼狩りか?」

 

 それじゃあお仕事頑張るか。

 

 



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蛇鬼

 

 鬼の匂いと音がした。

 振り返ると、鬼が柱に巻き付いてこちらを睨んでいる。

 下半身がヘビ、上半身が女。ファンタジーものでよく見るラミアみたいな外見だ。

 

「おやおや。妙な臭いがするかと思ったら、まさか鬼狩りが出たとはねぇ」

「ヒュゥゥゥゥ…」

 

 呼吸を整えながら、敵を見据える。

 濃い血の匂いと鬼特有の気配。

 間違いない、匂いの元はコイツだ。

 

「何をしている!? 早く逃げろ!」

「もう遅い!」

 

 蛇の鬼が攻撃を仕掛けて来た。

 両腕を蛇に変えて俺に伸ばしてきたのだ。

 毒牙を向けて俺に迫り来る2匹の大蛇。

 俺はそれらを左右に跳んで避け、がら空きの胴を斬り落とした。

 

「あら、少しはやるじゃない。じゃあ、こういうのはどう?」

 

 しかし、大したダメージにはならなかったらしい。

 すぐさま蛇鬼は次の攻撃に移った。

 

 

【血鬼術 斉射毒蛇】

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 髪の毛から撃ち出された毒蛇共。

 狙いは大分粗い。当たりそうなのは半分くらいだ。

 当たりそうな奴だけ対処。刀で受け流し、弾き飛ばし、斬り落とす。

 

 

「(よし、この程度なら問題ない!)」

 

 敵の攻撃は自身の肉体の一部を蛇にする事。

 ソレだけなら問題ない。似たような敵と藤襲山で戦ったおかげで対策はバッチリだ!

 こういった敵は全ての攻撃部位を伸ばしきった、或いは撃ち切った瞬間が隙になる。そこを狙えば…!

 

「!?」

 

 嫌な予感がしてその場を後ろに飛び退く。

 着地したと同時に元いた場を見ると、俺の足があったらへんを噛もうとしている蛇がいた。

 おそらく、あの時射出された蛇だろう。

 

「(ああなるほど。メインの狙いはこれだったのね……)」

 

 床を見ると蛇だらけだった。

 どうやら、さっき蛇をばら撒いたのは俺に当てるのじゃなく、撒く事そのものだったらしい。

 

 足元にいる蛇をよけながら、蛇と化した腕を避ける。

 くそ、流石に足場が制限されては分が悪い。

 ここは風か雷の呼吸に変えて接近しねえと。

 

「これも避けるか。ならこれはどうだ!?」

 

 

【血鬼術 怒髪天蛇】

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 

 今度は髪の毛を蛇に変化させて攻撃してきた。

 最初に見せたソレよりも速く、攻撃範囲が広く、自在に動き回る髪の蛇。

 速度、威力、範囲、制動性。全てが藤襲山で戦った手鬼を上回っている。

 

 咄嗟に流流舞いで何とか捌き、避けたが、防戦一方であることに変わりはない。

 どうやら先ほどのはとんだお遊びのようで、これが本来の実力……いや、もしかしたらまだ隠しているかもしれない。

 

「(これは…まずいな!)」

 

 蛇鬼の攻撃が徐々に掠りだしてきた。

 刀で防ぎ、何本か斬り落とすが、敵の再生速度は俺の速度を超えてる。

 狭い通路で避ける場所に限りがあり、尚且つ避ける場所も毒蛇に奪われる。

 このままじゃ俺の体力が先に切れ、逃げ場を奪われ、やがて捕まってしまう。

 

 多少無理してでもこの状況を打破しなくては、俺がやられる!

 

「しぶといわねぇ。いい加減に死ね!」

「(今だッ!)」

 

 

 蛇鬼が顎を外して大きく口を開く。

 何かを吐き出す気だろうが、一挙手一投足が大きいせいで読みやすい。

 俺はタイミングを読んで、何かが吐き出される前に壁へ跳んで避けた。

 

 

【血鬼術 毒破】

 

 

 俺の頭上を毒々しい色の液体が通り過ぎる。

 ソレは何かに当たり、嫌な音を立てながら、妙な臭いを発した。

 おそらく毒だろう。コブラは毒液を牙から噴射するというからソレと似たモンだ。

 

 天井を足場にして加速。一気に接近した。

 出来れば火力と速度のある雷の呼吸に切り替えたいが、そんな余裕も時間もない。このまま水の呼吸でいく。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

【血鬼術 血食鋼鱗】

 

 

 防がれた。

 唯一鱗の生えてなかった首が赤く硬い鱗に覆われた。

 鱗は鎧のように俺の刀を弾いた。

 

「ガハッ……!?」

 

 反撃を危惧して距離を取ろうとした途端、蛇鬼のラリアットが俺の腹に直撃した。

 受け流そうと体を捻ったが遅かった。

 カヒュッ…と、肺から空気が無理やり吐き出される。

 

「ぐあッ!?」

 

 バットにかっ飛ばされたボールのように吹き飛ぶ俺の身体。

 バァンと、何か激突して壊しながら、ごろごろと床を転がった。

 

「く、クソ……」

 

 痛みを堪えながら何とか体勢を整えて俺は両足を付いた。

 けど、なんでアイツ……俺の動きに付いて来れたんだ? タイミングも位置取りも完璧だった筈なのに!?

 そんなことを考えていると、俺の視界いっぱいに蛇の胴体が見えた。

 

「!?」

 

 俺は咄嗟に斜め右に前頭して避ける。

 途端に後ろから響く轟音。

 振り返りながら立ち上がると、蛇の胴体が壁に減り込んでいた。

 危なかった、あと数秒でも遅れていれば、俺がああなっていたであろう。

 

「ホッホッホ…。勘のいいガキじゃな。けど、もう終いじゃ!」

「!?」

 

 今度は撒かれた蛇が牙を剥いてきた。

 体をバネのように縮み込ませ一気に解放して飛び掛かる。

 そうやってそれぞれの蛇が違う高さ、違う方向、違うタイミングで襲ってきた。

 

「ック!」

 

 なんとか全て避ける。

 その場を跳び、壁を蹴って追撃から逃れ、更に天井を蹴って。

 俺は何とか全ての蛇の攻撃を避け切った。

 

 そこから先は地獄の攻防の連続だった。

 

 

【血鬼術 毒破】

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 第一回目の攻防。

 蛇鬼の口から吐き出された毒液の塊を縦から真っ二つにしてやった。

 二つに切断された毒塊が俺の横を通り過ぎる。

 

 

【血鬼術 怒髪天蛇】

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 第二回目の攻防。

 向かってくる無数の毒蛇の鞭を、連撃で全て斬り落とした。

 凄まじい再生速度で対応しようとするが、根性と勢いで無理矢理突破した。

 

 

【血鬼術 蛇突猛進】

 

【弐ノ型 水車】

 

 

 第三回目の攻防。

 凄まじい速度と威力の突進を縦に回転して受け流す。

 最初は跳んで避けようとしたが、飛距離が足りずに当たりそうになったので予定変更。

 刀で突進を受け流しながら相手の背後へと回る。

 

 

【血鬼術 血食鋼鱗】

 

【陸ノ型 ねじれ渦】

 

 

 第四回目の攻防。

 空中から蛇鬼の項(うなじ)目掛けて刀を振るった。

 受け流しによって回避と位置取りを同時に行い、優位な位置にいる。

 当たりそうだと確信して咄嗟に刀を振るったが、蛇鬼は腹が立つ程見事なタイミングでソレを防いだ。

 ガキィンと、硬質化させた鱗で俺の刀を止める。

 

 

【血鬼術 斉射毒蛇】

 

【玖ノ型 水流飛沫・乱】

 

 

 第五回目の攻防。

 ばら撒かれた蛇を回避すると同時に、それらを切り裂いた。

 着地時間と着地面積を最小限にして、跳ね回って避けながら。刀を振るって飛び掛かる蛇共を斬る。

 

 

【血鬼術 一斉毒射】

 

【参ノ型 流流舞い】

 

 

 六回目の攻防。

 ばら撒かれる毒液を避けながら蛇を斬る。

 全ての蛇が毒を吐く。足元も、髪も、腕も、そして本体も。

 全方向から、威力も速度も範囲も違う毒液が、一斉射撃された。 

 それらを切り払い、避けながら。俺は敵を観察して隙を伺う。

 

「(早くなんとかしねえとなッ!)」

 

 さっさとこの防戦一方の戦況を打破しなくては、体力が尽きて俺が負ける……!

 

 

【水の呼吸―――】

 

【血鬼術 瞳蟲毒】

 

 

 突然、俺の身体が止まった。

 

「(な……なんだこれは?)」

 

 身体が動かない。

 金縛りにでもなった……いや、身体が石にでもなったかのようだ。

 何だ、一体俺の身体に何が起こっている? 技の途中だというのに何故慣性とかも無視して急に止まる!?

 

 困惑で混乱している中、俺の目に蛇鬼の瞳が映った。

 額にある大きな蛇の三つ目。

 爛々と輝きながら、 ギョロリとこちらを凝視するソレを見てやっと合点がいった。

 これもまたあの鬼の血鬼術だと。

 

「(そんなことも……出来るのか)」

 

 魔眼。

 ラノベや漫画は勿論、神話の時代から続く魔法。

 効果も種類も様々だが、コイツのはその中でもオーソドックスなもの。

 見たものを動けなくするものだ。

 有名なものはメドゥーサの魔眼。

 なるほど、髪の毛を蛇にする辺り、確かに外見はそっくりだな。

 けど、どういった血鬼術か分かったところで事態が好転するワケでもない。

 むしろ、呆けて余計なことを考えている時点で俺は詰んでいる。

 

「があッ!?」

 

 動きが止まった俺に蛇が群がって来た。

 咄嗟に逃げようとするも、動けない俺は次々と蛇に噛まれる。

 呼吸で毒の回りを防ごうとするも、全身を噛まれたらひとたまりもない。

 数秒程で毒の症状は現れ、俺を苦しめた。

 

「う、ぐ……!」

 

 マズい、非常にまずい。

 頭がクラクラする。眩暈もだ。

 身体に痺れが起こり、呼吸も粗くなる。

 クソ、ちょっと噛まれた程度でコレかよ!?

 息が荒れる。落ち着こうと思えば思うほど、呼吸が浅く早くなっていく。

 

 気を抜くな、刀を離すな。絶対帰るんだ!元の家に!

 体を起こせ、毒も今は耐えろ。呼吸を整えて体勢を……。

 

「無駄じゃ」

 

 耳元の声が届くと同時、激烈な衝撃が襲った。

 

「ぐあッ!?」

 

 再びボールのように吹っ飛ぶ。

 ごろごろと床を転がり、壁に叩きつけられた。

 

「(クソ、腕が……!?) 

 

 咄嗟に刀を構えた事で運良く致命傷は避けられたが、両腕が完全に痺れている。

 これでは、次の攻撃は防ぎ切れない……!

 

「今のを防ぐとは、かなりやるのお」

 

 鬼はガラガラ蛇のような尻尾の先を鳴らしながら笑う。

 あの尻尾で打撃を受けたのだと理解するが、知ったところで何にもならない。

 むしろ、絶望的な現実を突き付けられている。

 

「(マズい、このままじゃ……!)」

 

 

 腕―――ダメだ。

 まだ痺れが残っており、毒も回って刀を振れそうにない。

 

 呼吸―――ダメだ。

 毒が完全に回ってマトモに息する事すらしんどい。

 

 視界―――ダメだ。

 ダメージと毒の相乗効果で大分霞んでいる。

 

 

 結論、ダメダメだ。

 

 

 

「じゃあ、ちょっと味わうか」

「があ!?」

 

 噛まれた。

 思いっきり、肉を引き千切らんばかりに。

 肩にギザギザの牙が減り込み、血が滴るのを肌で感じる。

 ああ、俺はこのまま食われるのか……。

 

 

 ―――死。

 

 

『お兄ちゃん!』

 

 

 思い浮かんだのは、最愛の妹の笑顔。

 ああ、これが……走馬灯ってやつか。

 



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子供の涙

 

「ッハ!?」

 

 気が付けば、俺は布団で寝ていた。

 ここは確か、鬼殺隊からしてされているだ。

 けど何で俺はここにいるんだ? 確か、さっきまで鬼と戦ってたはずじゃ…。

 

「……そうか、俺は負けたのか」

 

 負けた。

 初めて鬼に敗北した。

 三体も鬼を斬ったこの俺が……。

 

「(いや、本来ならコレが普通、なのか…)」

 

 そうだ、忘れていた。

 鬼とは本来人類の天敵。格上の存在なんだ。

 人間がどれだけ力を高めようとも、鬼はソレを容易く超える。

 鬼殺隊最強格である柱だって殉職率は高く、中には十二鬼月でも何でもない鬼にやられたって話があるじゃないか。

 だというのに俺は、たかが三匹の鬼を倒した程度で舞い上がっていた。何だこんなモンなのかと。……考えが甘過ぎる。Maxコーヒー以下だ。

 けど、その代償を支払うことはなかった。五つの幸運が俺を守ってくれたんだ。

 

 五つの幸運。

 一つ目は俺が稀血だという事。鬼が俺を噛んで数秒後、薬でも決めたかのようなトロンとした顔でべろべろになって俺を放り投げてくれた。

 二つ目は入り口がすぐ近くにあったという事。鬼が放り投げた場所が出口の真ん前だった。おかげで朦朧としていても階段に辿り付いて登る事が出来た。

 三つ目は日が差していた事。扉を開けっぱなしにしていたおかげで日の光が出口付近だけ届いていた。おかげで鬼から逃れる事が出来た。

 四つ目は屋敷の奴らに会うことなく逃げ出せた事。もし誰かに見つかって捕まっていれば、俺は抵抗も出来ずに鬼へ届けられ、喰われて死んでいただろう。

 五つ目は食らった毒が神経毒のみであり、呼吸によって分解できる程度のモノだったという事。コレがもし分解出来ないタイプだったら、俺は動けず殺されていた。

 

 ご都合主義もいいとところである。

 どれか一つでも十分に幸運なことなのに、四つが同時に起こってくれたのだ。

 これは神様仏様に感謝……は、出来ねえな。もしそんなのがいるならさっさと元の世界に帰してくれ。……いや、今はそんなことを考えるべきじゃないか。

 

「(さて、このまま任務を続行するべきか……)」

 

 俺はあの鬼に一度負けた。このまま無策で行っても、返り討ちになるのは目に見えている。よって最善手は応援を呼ぶことなんだが……。

 

「(その間にも犠牲者は出るだろうな……)」

 

 そう、ここは本土から離れた島なのだ。

 応援を呼んだとしても直ぐには来ない。その間に鬼は人間を食らい力を溜める。

 けど仕方ない。今の俺には奴を倒す力なんてないのだ。このまま行っても犬死にするだけ。ここは応援を待って情報を伝えるのが正解だ。

 牢屋にいたあの子には悪いが……。

 

 

 

『あれ、何で俺…泣いて…』

 

 

 

「……ッチ」

 

 ああ、本当に……子供の涙というのはズルいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明け一時間前、八丈島の西山付近に建てられている一軒の屋敷。

 流石にこの島一番とは言えないが、それでも比較的裕福な御館。

 その屋敷が今、燃やされている。

 火事、もっと言えば放火である。

 

「よしよし、燃えているな」

 

 放火犯である八幡は山からその様子を見下ろしていた。

 屋敷から少し離れ、全体を見渡せる位置。しかし八幡自身は木や草に隠れて向こうからは見えない。

 彼の隣には焚火と弓矢があり、これによって火を屋敷に付けたのが予想できる。

 

「……八幡、お前はもう少し大人しいと思ったのだがな」

「うっせえ八雲。あの屋敷の女共が積極的に鬼と協力して旅人を殺してたのは明白だ。なら慈悲をかける必要はねえ」

 

 そう言って八幡は火矢を放つ。

 本来、使い慣れていない武器だというのに、八幡は狙い通りの位置に矢を命中させた。

 全集中の呼吸によって筋力と視力を強化し、弓術に応用したのだ。

 

「それじゃあ行くか」

 

 

【雷の呼吸 壱の型・崩し 雷閃】

 

 

 八幡は焚火に水をかけて消し、屋敷へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれたのぅ」

 

 屋敷の本殿、八幡は蛇鬼に見下ろされながら壁にもたれていた。

 

「(クソ、このまま伊黒を助けるつもりだったのに……!)」

 

 身体に力が入らない。

 蛇鬼の毒と攻撃を食らってしまったからである。

 

 第弐回戦は前回の焼き増しであった。

 最初は蛇鬼の攻撃を対処するも、徐々に追い込まれ、最期は魔眼を食らって止められてボコられた。

 前回と全く同じ。一体コイツは戦いの中で何を学んだと言うのか……いや、ソレも仕方ないことであろう。

 

 一回負けた相手に再戦し、その上勝つのはとても難しい。

 というか、一日二日でいきなり戦闘力が上がる方がおかしいのだ。

 まして、一年足らずや数か月ほで柱になるなんてありえない。

 よって、こうなるのは当然の帰結と言えるだろう。

 

「ククク…。愚かな鬼狩りじゃ。あのまま大人しく逃げていれば良かったものを。まさかこうしてまた餌になりに来るとは。嬉しい限りじゃ」

 

 蛇鬼は八幡が火を付けた犯人だとすぐに見抜いた。

 火の元は座敷牢から離れた場所と、人がいなさそうな場所ばかりだった。

 こんな回りくどい上に屋敷の内部を知り尽くしたような手口を出来るのはこの男(八幡)しかいない。

 

「貴様の血は我を失う程に極上じゃったから、儂としてはうれしい誤算じゃ。貴様を食らえば、十二鬼月になれるかもしれんな」

「………ッハ」

 

 八幡は刀を肩に担ぎ、鼻で笑った。

 

「本土から逃げてこんな辺鄙な島にいるテメエが十二鬼月? 笑わせるなよ三下が」

「……何?」

 

 

「何百年と生きていながら何でお前は十二鬼月に入れてない? その理由は簡単だ。お前が鬼として弱いから。これ以上強くなれないからだ」

 

「もし本当に強い鬼なら、新人の俺なんてとっくに殺している。ソレが出来ないってのは、お前が弱い証拠だ。そんな雑魚鬼が稀血を喰った程度で強くなれるかよ」

 

「お前は一生そのままだ。強く成れず、十二鬼月にも成れず、このまま小さい島で井の中の蛙でも気取っていろ。そんで俺よりも少し強い程度の一般隊士に殺されるのがお似合いだ」

 

 

 

【血鬼術―――】

 

 

 返答は言葉よりも分かりやすい形、暴力で返される。

 額にある蛇のような眼光を八幡に向け、血鬼術を発動させようとした途端。

 

 パシャリッ。

 

「~~~~~~~~!?」

 

 突然、何かを顔に掛けられた。

 とても香しく、甘ったるい匂いと味。

 酒でも飲んでいるかのような、いやそれ以上の酩酊感。

 魂が抜けるかのようなこの快感。蛇鬼はこれを憶えている。

 

「どうだ、俺の稀血は?」

 

 八幡の血である。

 彼は会話で時間を稼ぎつつ、蛇鬼から見えない位置で手の平を皿にして、肩から滴る血を溜めていたのだ。

 十分に手の皿に血が溜まったところで蛇鬼の額の目にぶっかける。結果、蛇鬼は八幡の血を前回以上に摂取してしまったのだ。

 

「おのれ~~~~!!!」

 

 蛇鬼は暴れまくる。

 毒を無暗矢鱈に吐き、血鬼術を撃ちまくり、蛇に変えた自身の体の一部を振り回す。

 彼女はおそらく自分が何をやっているのかよく理解してないであろう。

 なにせ、稀血によって我を失っているのだから。

 だから彼女は気付かなかったのだ……。

 

「っぐ、おお……!!」

 

 夜が明けて日が差したことに。

 

 普段なら問題なかった。

 この屋敷は食事場というよりも日除けの役割が大きく、特にこの部屋は戸を閉めていれば一切日が差さないから。

 しかし、先程暴れた事で部屋の壁や戸を破壊してしまった。自分で日の光から守る楯を取っ払ってしまったのだ。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 八幡は蛇鬼の悲鳴を背にして伊黒を探しに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、俺は牢獄から解放された。

 

 俺の目の前に突然現れた一人の剣士が俺を出してくれたんだ。

 

 剣士は強かった。水のように流れる剣技で化物の妖術に対抗していた。

 

 一度は化物に負けた。けど再び立ち上がり、知恵と勇気で化け物を倒した。

 

 水の竜を彷彿させるような凄まじい斬撃。その一撃であの剣士は化物を退治した。

 

 化物を倒した後、剣士は俺を牢獄から逃がし、生活するための物資を渡してくれた。

 

 この家から火事場泥棒して得たものだが、俺の家の物だから俺が使っても問題は無いと言う。

 

 思うところはあるが有難く使わせてもらう。なにせ今の俺は一文無しなのだからこうする他ない。

 

 あの家から逃げて、遠く離れた新天地で生きるためにも必要なこと。もうあの家に戻る事は絶対にない。

 

 

「行くぞ伊黒。警察に見つかったら面倒だ。先を急ぐ」

「……ああ」

 

 燃えている屋敷を見下ろす。

 あの牢屋には、もう俺を囚える拘束力はない。

 俺は解放されたんだ。あの忌々しい一族から。

 これから俺の新しい生活が……人生が始まる。

 

 俺も剣士になる。

 あの流麗な剣技をモノにしたい。

 そしていつか、俺もあの人みたいに美しい人間になってみせる。

 

 

 



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牢獄からの解放

 

「……なんだ?」

 

 突然、伊黒は目が醒めた。

 何やら外が騒がしい。

 固く閉ざされた座敷牢には外の音が届き辛い。

 なのに何故悲鳴のような声が聞こえるのか……。

 

「(もう、どうでもいいか……)」

 

 伊黒は目を閉じて布団に籠った。

 

 もう何もかもがどうでもいい。

 どうせあの怪物からは逃れられないのだから。

 

 昨日、突然現れた謎の剣士。

 最初は騙された哀れな生贄だと思ったが、ソレはすぐに間違いだと気づかされた。

 あの化け物とご確認渡り合える剣術。

 その技の数々は魅入ってしまう程に見事だった。

 次々と化物の摩訶不思議な妖術を剣技で切り裂き、前進する。

 伊黒は剣の事など書物でしか知らないが、それでも普通の剣技でない事は理解した。

 

 だが、そのおとぎ話のような剣士でもあの化け物には勝てなかった。

 

 其れを見てしまってから、伊黒に抵抗する気はなくなってしまった。

 逃げられるはずが無い。

 並外れた身体能力と妙な術を使うのだ。

 あんなに強かった剣士でさえ勝てなかったのだ。

 こんな弱弱しい自分に一体何が出来るというのか。

 たとえここから逃げたところで無駄。直ぐに追いつかれて喰われるに決まっている。

 

 諦めてしまおう。

 化物相手に何をしたって無駄なのだ。

 変な希望なんて持たず、このまま明日が来るのを待っていればいい。

 そうやって今まで生き延びてきたんだから……。

 

「おい」

「!?」

 

 突然、牢の外から声を掛けられたと同時、ザンッと何かを叩き切る音が響いた。

 慌てて伊黒は牢の外に振り向く。

 そこには、木の柵が綺麗に切断され、人一人が通り抜けられる隙間が作られていた。

 

「出ろ。逃げるぞ」

 

 この声を彼は死っている。

 昨夜聞いたばかりの声。

 もう二度と聞くことはないと思っていたものだ。

 

「……生きて、いたんですね」

「ああ、なんとかな」

 

 あの化け物と対峙していた剣士、比企谷八幡。

 前回、負けた筈の彼が再び伊黒を助けに来たのだ。

 

「……無駄、ですよ。あんな化け物から逃げられるわけがない」

「その心配はない。あの化け物は日中は行動出来ないからな」

「え?」

 

 伊黒は顔を上げる。

 

「考えてみろ、あんなに強い化け物が何でコソコソして人目から隠れている? 日中には行動できないっていう大きな制限があるからだ」

「………」

 

 ソレを聞いて伊黒は半分納得、もう半分は疑いながら、恐る恐るといった様子で牢から出た。

 

「じゃあ逃げるぞ。これを持っていきな」

 

 剣士は伊黒に何かをギリギリまで詰め込んだ風呂敷と、蛇の鱗の模様の羽織を渡した。

 

「ソレを着て外に出ろ。今、お前の家は絶賛炎上中だ」

「炎上……って、火事って事か!?」

 

 一瞬頭に疑問符を浮かべるも、すぐさま動揺する伊黒。

 それもそうだ、まるで大した事でもないかのようにあっさりと伊黒の家が火事であることを知らせたのだから。

 

「ああ、俺が火を付けた。早く逃げるぞ」

「火を付けた!? お前が!?」

「いいから早く逃げるぞ……ああクソ」

 

 ズズズと、何かを引きずる音が聞こえた。

 伊黒はこの音を知っている。

 たった数回しか聞いたことはないが、彼にとってはとても恐ろしい音。

 恐る恐るといった様子で伊黒が振り向いた瞬間……。

 

「………え?」

 

 彼の中の恐怖は一瞬で驚愕へと変貌した。

「う、お……ぐおぉぉぉ」

 

 蛇鬼の身体はボロボロになっていた。

 鱗に覆われた表皮は所々焼けており、左顔面にいたっては真っ黒になっている。

 何処からどう見ても瀕死状態。この短時間で一体何があったというのか。

 

「く、わせ…ろ。き、さまの……肉! 回復……する、ために!」

 

 蛇鬼が伊黒に襲い掛かろうとした瞬間、その間に八幡が間に割って入った。

 

「ッこの子に手出しはさせねえ。さっさと消えな」

「き、さま……!」

 

 八幡は刀を鞘から引き抜き、呼吸を整える。

 

「来なよ。死に掛けの鬼を倒すなんて、ワケねえよ」

「なめおって……!」

 

 

【血鬼術 大蛇剛腕】

 

【血鬼術 毒蛇敏腕】

 

 

 蛇鬼の右腕が力強い大蛇に、左腕は素早い毒蛇に変化した。

 それらは凄まじい速度で八幡に牙を剥けるも、大蛇は居合で斬り落とされ、毒蛇も返す刀で首を斬られた。

 

 

【血鬼術 怒髪天蛇】

 

【水の呼吸 拾ノ型 生々流転】

 

 

 八幡と蛇鬼が同時に技を繰り出す。

 迫り来る毒蛇の髪を切りながら、高速かつ柔軟に動き回り、回転数を上げる。

 

 

【血鬼術 毒蛇斉射】

 

【玖ノ型 水流飛沫・乱】

 

 

 進行を阻む毒蛇を切り開く。

 刃に届かなかった毒蛇も死角から飛び掛かるも、術を掛ける鬼の力不足のせいか、以前より遅く弱弱しい。

 

「(ま…マズい! やはり弱っている。早く何か食わねば!)」

 

 蛇鬼は焦っていた。

 血鬼術の威力が弱まっている。

 早く肉を食って精力を付けなくては、命に係わる。

 しかしそれには目の前の鬼狩りが邪魔だ。

 体力が持つ今のうちに何としてでも殺さなくては!

 

「(させねえよ。弱っている今のうちにぶっ殺す!)」

 

 対する八幡は冷静に剣技を駆使していた。

 相手は日の光のダメージと自身の稀血による酔い状態。

 瞳の目が開けない以上、動きを止めるあの厄介な血鬼術も使えない筈。

 今が絶好のチャンスなのだ。何が何でも仕留めてみせる!

 

 

【血鬼術 一斉毒射】

 

【参ノ型 流流舞い】

 

 

 全ての蛇が毒を吐く。足元も、髪も、腕も、そして本体も。

 全方向から、威力も速度も範囲も違う毒液が、一斉射撃された。 

 しかし、八幡には一切当たらない。

 全てを剣戟で斬り落とし、足捌きで避け、足元の毒蛇を蹴り飛ばながら。

 彼の流れるような剣技は加速的に勢いを増す。

 

 斬り。裂き。走り。駆ける。

 回転数を上げて攻撃の速度と威力を高めながら。

 勢いを増幅し続けながら、八幡は距離を詰めていった。

 

 

【血鬼術 毒破】

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 蛇鬼の口から吐き出された毒液の塊を弾き飛ばした。

 強い衝撃によって霧散する酸性の液体。

 飛沫となって辺りに飛び散るも、既に溶かす程の威力は失っていた。

 

 

【血鬼術 怒髪天蛇】

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 向かってくる無数の毒蛇の鞭を、連撃で全て斬り落とした。

 斬られた箇所から再生しようとするも、八幡が切る速度が上回っている。

 斬る度に、一歩踏み出す度に、斬撃は威力と速度を増し、竜へと成長していった。

 

 

【血鬼術 蛇突猛進】

 

【弐ノ型 水車・横回転】

 

 

 突っ込んで来た蛇鬼を回転して弾き飛ばした。

 身体を畝らせる龍の如き斬撃は、丸太のように太い大蛇の下半身を切断。

 八幡はその勢いを殺すことなく空中を舞う蛇鬼の上半身へと跳び上がり、首めがけて刀を振ろとした。

 竜と化した斬撃が遂に邪悪な蛇の鬼へと牙を剥ける!

 

「お…おのれ!」

 

 

【血鬼術 血食鋼鱗】

 

【血鬼術 首護蛇髪】

 

 

 蛇鬼は最後のあがきを見せた。

 血鬼術の二重重ね。

 赤く硬い鱗を首に生やし、更に髪を大蛇に変化させて首に巻き付ける。

 完全防御の体勢に入ったその首を……。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 竜の牙は意図も容易く食い破った!

 

 勢いよく飛んで行く蛇鬼の首。

 地面を一度バウンドして1m程転がり、切り離された上半身と蛇の下半身が崩れ落ちる。

 同時、鬼の身体は黒い灰となって段々と消えて逝った。

 

「フゥゥゥ…」

 

 八幡は呼吸を鎮めながら、かちんと刀を鳴らして鞘に納めた。

 

「さ、この屋敷から出るぞ」

「あ、ああ……」

 



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初任務完了

 

「あ~、ひっどい目に遭った」

 

 任務を終え、本土に戻った俺は、真っすぐ鱗滝さん家に向かった。

 

 いや~、本当にクソだわ。

 初日であんなに強い鬼と戦うとか聞いてないし。

 普通、もっと手ごろな鬼を相手させるでしょ? なのに何アイツ? 百年以上生きてるベテランの鬼とか正気か?

 本当に鬼殺隊はブラックだ。本当に俺はこんな切った張ったの鉄火場でやっていけるのか?

 

「……っと、そろそろ見えて来たな」

 

 家の方を向くと、真菰がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 その後ろを錆兎と義勇が付いてきており、鱗滝さんが玄関の外からその様子を見ている。

 

「八幡!」

 

 思いっきり抱き着かれた。

 握り締められ着物に皴が出来る。それだけで、真菰がどれ程不安だったか思い知らされた。

 

「遅いっ!遅すぎるよ!」

「ああ…うん。すまなかった。仕事を…いきなり振られてな」

「そんなの関係ない! 遅い八幡が悪い!」

「え~理不尽……」

 

 そんな風に困ってると、今度は義勇と錆兎もやって来た。

 

「遅かったな八幡」

「任務に行っていたそうだな」

 

 こっちは大して俺を心配していなかった。

 考えてみれば当然か。まだ訓練をしていない真菰と違って、コイツらは俺の強さを知っている。俺が負けるわけないと思ってたのだろう。

 まあ、初任務では鬼にぼろくそにやられたが。

 

「しかし流石に心配したぞ。かなり長かったからな」

「ああ。まさか八幡がと思ったけど。やっぱり大した怪我もなしで帰れたな」

「……いや、そういうわけにはいかなかった」

 

 まだ蛇鬼にやられた傷が癒えてない。

 こう見えてけっこうボロボロなんだ。

 

「……よく、帰ってきてくれた」

 

 今度は鱗滝さんの大きな手が覆った。

 

 ああ、そうか。鱗滝さんは長い間、本当に長い間、弟子が最終選別から帰って来るのを見れなかったんだった。

 そんな中、俺は初めて帰った。生きて帰って来れたんだ。

 そりゃあ感慨深いものがあるだろう。

 

 俺には分かる。

 天狗の面の下には、滝のように涙を零している事が。

 

 温かい。

 皆の想いが温かい。

 自然と俺の瞳にも涙が浮かんでいるのが分かる。

 

「……まだ言っていなかったな」

 

 笑顔を浮かべる真菰。

 柔らかな雰囲気を醸し出す鱗滝さん。

 義勇と錆兎も察して、穏やかに微笑む。

 

「ただいま戻りました」

「ああ、おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。お前でも鬼との戦いで死を実感したか」

 

 食事や風呂を終わらせ、俺たち鱗滝一門は居間に集まった。

 内容は初任務について。というか、俺がぼろくそに負けたという事実確認とその反省会だ。

 

「はい。最初は呼吸の剣技と工夫でなんとかなりましたが……」

「血鬼術で形勢を壊されたといったところか」

「……」

 

 黙って頷くと、鱗滝さんも納得したように首を動かした。

 

「八幡よ、お前にとって鬼とはどんな存在だ?」

「……人間の、天敵ですね。本来なら勝てる筈のない存在です」

 

 本来、鬼は人間の上位種だ。

 鬼は最初から強靭な身体能力を持ち、少し人間を喰った程度で強くなり、力に慣れたら血鬼術という特殊能力まで使える。

 雑魚ですら無限に近い生命力と体力を持ち、四肢が欠けようが活動可能。その上、日輪刀や日光以外ではダメージを与える事自体が不可能だ。

 対する人間はどうだ?

 鬼と同じ土俵に上がるために全集中の呼吸を必死に覚え、血の滲むような鍛錬を積み重ねれても少し強くなる程度。

 特殊能力なんて以ての外。即死効果の血鬼術が来た時点でもアウト。手足が少し欠けても即退場だ。

 身体能力、成長速度、特殊能力。どれもこれもが人間と比べ物にならない。

 優位性と言えば日中は活動できないという点ぐらい。

 戦いが成立しているのがおかしいぐらいの戦力差だ。

 

「その通りだ八幡。鬼は恐ろしい存在だ。どれだけ鍛えても、どれだけ強くなっても、奴らを相手するには不足する」

「相手の使う血鬼術次第では、対峙した時点で死ぬ可能性もありますからね。例えば目を合わせるだけで死ぬ能力とか」

「うむ、極端な例だが十分にあり得る。実際、鬼殺隊において最強格である柱でさえ十二鬼月でもない鬼に負けた事例がある」

 

 柱。

 鬼殺隊の中でも特に強い九人の剣士。

 ゲームで例えるなら四天王ポジションだ。

 そんな彼らでも死亡率は高く、辞任まで生きる事自体珍しいらしい。

 つまりそれだけ鬼殺隊は鬼と比べて死に易く、不利な状況という事だ。

 

「今回の事はしっかり覚えておくのだぞ、八幡。義勇、錆兎、真菰、お前たちもだ。我らは常に不利であり、手段も力も不足している中で鬼と戦わなくてはならないと」

「「「はい!」」」

 

 



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俺の戦いはこれからだ

 

 初任務翌日の早朝。

 俺は夜明けの光を浴びながら、ゆっくりと体を動かしていた。

 

 全集中の呼吸を行いながらの太極拳。

 アニメや漫画で見る気功のように。力が身体の芯まで流れ、全身を循環するイメージで。

 

 深く、長く、広く。

 全集中の呼吸を繰り返す。

 身体への負担を最小限に、尚且つ効果を出来得る限り長く続かせるように。

 そして呼吸に向いた体に進化するイメージで。

 

 全集中の呼吸・常中。

 常に全集中の呼吸を行う事で身体能力を飛躍的に上昇させる技法。

 俺はこの技法を未だ習得していないが、呼吸を行い続ける事で細胞を活性化させ、自然治癒能力を上げる事は出来るようになった。

 悪く言えば常中の劣化版だが、コレのおかげで前回の仕事では毒に侵されても後遺症無し、しかも数時間で毒を分解する事が出来た。

 

 

 鬼殺隊にいる以上……いや、この世界で生きるには力が必要だ。

 

 蛇鬼にこっぴどくやられて、俺はこの先も鬼殺隊として生きることに不安を覚えた。

 自衛の手段と幾らかの金を得た以上、鬼殺隊に無理している必要はない。

 さっさと辞めて力仕事でもしながら帰る方法を探すのが賢いやり方だ。

 何なら、藤の花の匂い袋でも買って過ごせば稀血の俺でも鬼に襲われるリスクは下がる。

 だが、それじゃもうダメなんだ。

 

 俺は力が欲しい。

 鬼という捕食者に対抗する手段が。

 何時、何処で鬼に襲われるか分からず生活するなんて耐えられない。

 運良く狙われないとしても、生きている間はひたすら怯え続けることだろう。

 そんな生活なんて御免だ。だから鬼への恐怖を克服するためにも力が俺には必要だ。 

 

「朝から精が出るな、八幡」

「鱗滝さんも早いですね」

 

 太極拳ダンスも終盤に入り、震脚を取り入れていると、鱗滝さんが俺の背後に立っていた。

 

「格闘技か。雷の呼吸の踏み込みを打撃に応用する」

「ええ。刀を奪われても反撃出来ように」

 

 嘘である。

 考えなしにやってました。

 

「そろそろ戻れ。朝食が出来たぞ」

「はい」

 

 俺は朝食の匂いが香る家の中に戻った。

 囲炉裏の上に吊るされた鍋をかき混ぜ、味噌汁をお椀の中に入れる真菰。

 

「真菰、お前も早かったな。てっきりまだ寝ているものかと」

「また任務に行っちゃうからね。今日こそちゃんと見送りしないと」

「さあ、座れ。今日は米を炊いた。美味しく頂こう」

「はい」

 

 俺たちは囲炉裏を囲み、目の前に置かれた食事に手を付けた。

 

「美味い。やはり出来たてが一番だな」

「ああ。これで鮭大根があれば最高なのだが」

「もう、義勇ったら鮭大根ばっかり。他に何か好きなものは無いの?」

「う~ん、この前、町で食べたホットケーキとやらが美味かった」

「流石に異国の料理は無理かな」

「……にゃに? 異国のお菓子だと?」

 

 俺がそう言うと、全員が『やべっ』という顔をした。

 さては皆、俺が任務に行っている間に美味しいモンを食いに行ったな?

 こちとらこの世界に来てからこの時代の食い物ばっかりだというのに、そんな現代風“ハイカラ”なものを!

 

「すみませ~ん、刀鍛冶の里の者ですが」

 

 皆を糾弾しようとした瞬間、家の戸がコンコンと叩かれた。

 

「ど、どうやら来客のようだな」

「私が出るわ!皆はご飯を続けて!」

「いや、俺が行く!」

 

 全員が足早に戸へ向かう。

 ちくしょう、タイミングの悪い来客だな。

 

「どうも、刀鍛冶の里から参りました。鋼鐵塚甲“はがねづかかぶと”と申します」

 

 戸の外には、ひょっとこの面を被った黒髪の大男がいた。

 おそらく刀鍛冶の里の人間だろう。そこでは全員が例外なくひょっとこの面を付けているらしい。

 そのことを知っていた俺は少し驚くだけで済んだが、真菰と錆兎は目に見えて引いていた。

 まあ、いきなりひょっとこの面を付けた男を見たらびっくりするよな。

 

「比企谷様、貴方の刀を持って参りました」

「おお、良い頃合いに来た。早く上がるといい」 

 

 鋼鐵塚甲と名乗った男は一礼して家に上がり、早速背負っていた細長い木箱を早速開ける。

 その中には太刀と小太刀が黒鞘から日光を反射させていた。

 

「こちらが貴方様の刀です。手によりをかけて鋭く、頑丈に仕上げました」

「あれ? 二本あるんだな」

「ええ。刀一本では心許ないでしょ? やはりいざという時に予備は必要ですから」

 

 鋼鐵塚さんは木箱を置き、俺に太刀を渡す。

 

「早速抜いてみてください。きっと綺麗な水色に変わりますよ」

 

 俺は早速渡された日輪刀を鞘から引き抜いた。

 すると、俺の刀は根元から滲むように黒へと変化した。

 初めて色が変わる瞬間を見た俺は驚きのあまり声を出せなかった。

 

「ほう、美しい漆黒ですね。まるで夜空のようだ」

「本当に綺麗だ。黒は出世できないと聞くが、お前なら問題ないはずだ」

「八幡なら大丈夫だ。自分用じゃない刀で任務に行っても勝てたんだから」

「凄い凄い! いいなぁ、私も早く日輪刀欲しい~」

「………」

 

 皆が色々と言う中、俺は黙って刀を見つめる。

 これが、俺専用の刀……。

 

「あ、そうだ。鋼鐵塚さん、コレを見てほしいんですが」

 

 俺は前から使っていた日輪刀を渡した。

 元の世界に戻るための唯一の手掛かり。

 刀の素人の俺がいくら見ても何も分からなかったが、この人なら……。

 

「……ほう、立派な刀ですね。しかし古くて色々と手入れが必要です。それ以外におかしな点はなさそうです」

「そう、ですか……」

 

 俺はおもむろに項垂れた。

 ああ、そうだよな。刀を見た程度で神隠しなんて超常現象の手がかりを掴めるわけがねえよな……。

 

「しかしここに刀匠の名が刻まれております。ソレを調べたら何かわかるかもしれません」

「ほ、本当か!?」

「ええ、保証は出来ませんが……」

「じゃあ頼む!」

 

 俺は顔を上げて鋼鐵塚さんの手を掴んだ。

 良かった、これで帰るための手がかりがつかめるかもしれない!

 

「八幡、 早速任務だ!飯倉に鬼が出たらしい!至急向かうぞ!」

 

 突然、俺の鎹烏である八雲が無駄にダンディな声で飛び込んできた。

 八雲の声を聴いた俺はため息を付きながら刀を鞘に納める。

 その後、寝間着を脱いで支給された隊服へと着替え、羽織で申し訳程度のカモフラージュをする。

 

「八幡、頑張って!」

「……八幡、死ぬなよ」

「行ってこい八幡!」

「また帰ってきてくれ」 

 

 これでしばらくは鱗滝さん達とは会えなくなるな。

 けど仕方ない、いつか来るはずの日なのだから。

 俺が元の世界に帰るためにも……。

 

「行ってくる」

 

 俺の戦いはこれからだ!

 



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一般剣士
三か月後


 

 ある日の夜空、一匹の鬼が飛んでいた。

 鳥の首の部分が痩せた女性の上半身の姿をした鬼。

 宙に浮く血鬼術を使い、翼を羽ばたかせることで飛行を可能としている。

 

 彼女はそれなりに強い鬼である。

 十二鬼月には及ばないが、並の鬼としては強い方だ。

 足の鋭い爪は人体を容易く切り裂き、強靭な脚から繰り出される蹴りは岩をも砕く。

 翼は空を飛ぶだけでなく、攻防共に使用可能。

 血鬼術によって翼を刃に変えることで攻撃に。鋼のように硬くすることで盾に使える。

 また、空を飛びながらでも、羽を一部だけ刃に変えて落とす事で、上空から一方的に攻撃も可能。

 更に更に。羽を血鬼術によって鳥に変化せて操る事も出来る上にその鳥の嘴には強力な毒がある。

 そして何よりも強力な武器は声。血鬼術によって彼女の叫び声を聞いた者は昏睡してしまうのだ。

 

 けっこう強い。

 柱とはいかずとも、それなりに位の高く、経験のある隊士が向かうべき相手である。

 

 そんな彼女は餌を求めていた。

 只の人間の肉ではない。飛び切り極上の稀血である。

 空からでも分かる香しい匂い。少し嗅いだ程度で快感を覚える。

 コレを口にすればどれ程の快感を得られるか。どれだけ力を得られるか。

 

「……フ」

 

 彼女の視力は猛禽類並みであり、空高くからでも地表の対象をはっきりと目視できる。

 その目に映ったのは、木の下にある包み。

 稀血の匂いはソコからしていた。

 

 大きさからしておそらく赤ん坊。

 血の匂いがここまで届いているのを考えると、出血している可能性がある。

 しかし、そんなことは彼女にとってどうでもいい。大事なのは、極上の稀血を新鮮な状態で喰う事である。

 多少血が流れた程度で人は死なないが、赤ん坊は別だ。すぐに死んでしまう。

 稀血の鮮度は足が速い。出来るだけ早く、少なくともくたばる前に食わなくては。

 

 食事をするために地表へ降り立つ。

 その瞬間……。

 

 

【風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り】

 

 

 突如、木から何かが飛び出し、彼女の首を刎ねた。

 

「………………へ?」

 

 何が起きた。

 そんな単純な思考をする前に、彼女の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼殺隊に入ってから三か月が経過した。

 その間、俺は黙々と任務をこなす毎日を過ごしている。

 一体どれだけ鬼がこの世界に跋扈してるんだ。この鬼で9体目だぞ。月に3体のペースだ。

 

「(しっかし、これ便利だよな。まあ、全ての鬼に効くわけじゃないけど)」

 

 俺は木の根元に置いてあった布の包み、俺の稀血が浸み込んだ枕を回収した。

 稀血による餌で鬼をおびき寄せ、不意を突く。

 コレでこの鬼を含めて3体ほど倒した。

 

 俺は真正面から鬼と戦わない。

 不意打ち、待ち伏せ、或いは罠を仕掛ける。

 正々堂々と戦うのはソレが失敗した時のみ。

 まあ、奇襲失敗したのは一体だけで、その後は何もさせず首を斬ったが。

 

 卑怯とか汚いと言うなかれ。

 相手は超能力を使う不死身の人食い化物なのだ。

 真正面でやり合うにはリスクがあまりにも高すぎる。

 如何にリスクを最小限にするか、如何に楽して勝つか。ソレを考えてこそ人間らしい戦いだ。

 

「この稀血の罠が全部の鬼に効くなら何も考えなくてもいいんだけどな……」

 

 俺の稀血は鬼によって効き目が違う。

 一番効果があるのは女の鬼、しかも外見は若い女だ。

 直接ぶっかけたらべろんべろんに酔い、マトモに動かなくなる。

 しかし、男の鬼や中年以上の女の鬼には効果があまりよろしくない。せいぜい少し美味い血と言った程度らしい。

 全ての鬼に効くなら安全に鬼狩りが出来るのだが、この世界は俺に楽をさせるつもりはないらしい。ブラックすぎる。

 ふざけるな。異世界に転移したならチート寄越せよチートを。鬼との戦力差ありすぎ。難易度が高すぎるよ。ルナティックだよ。

 

「ふざけている場合か八幡。次行くぞ次」

「え~、まだ鬼を倒したばっかりなんだけど」

 

 この鬼の情報を集めるために一週間ぐらい頑張ったんだけど。

 もう休みを貰っても良くない? そろそろ週休あってもいいよね?

 

「ダメだ。先程救援の要請があった。近場にいるのはお前だけなんだ。早く行くぞ」

「へいへい」

 

 さてと、残業に向かいますか。

 



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やっぱ性に合わねえ

 

「う、うぅ……」

 

 真夜中、とある森林。

 鬼殺隊の隊員が地面に蹲っていた。

 ソレを一体の鬼が顔を顰めて見下す。

 

「情けないでありますな。この程度の鬼狩りを殺しても何の証明にもなりはせん」

 

 鬼は軍人のような恰好をしていた。

 ガッチリとした体格に大柄な肉体。

 丸坊主の頭に帽子を被り、陸軍の制服を着こなしている。

 

「こんな雑魚を狩った程度では、あの方に満足してもらえぬ。もっと強い鬼狩りはどこでありますか」

 

 右手のライフル銃を肩に担ぎながら、鬼は……銃鬼は舌打ちした。

 

 銃鬼の目的は鬼殺隊員の首。

 敵を倒す事で自分の力を証明し、十二鬼月への挑戦権を手に入れる事。

 今倒れている隊士達は不運なことにそのターゲットにされてしまった。

 しかし、どうやらハズレらしい。鬼殺隊は気配で鬼の強さが分かるが、通常のはそういった真似が出来ないのだ。

 何処かにいないか。この雑魚共みたいに弱い剣士ではなく、かといって柱のように強すぎない獲物は……。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

「ッ!?」

 

 突如、茂みから何者かが飛び出した。

 鎹烏の八雲によって無理やり連れてこられた……いや、応援に来た八幡である。

 

 繰り出される居合。

 雷のように速く鋭い一撃。

 突然の襲撃に一瞬焦るも、銃鬼の身体は即座に最適解を出した。

 

「ッグ!」

 

 銃を楯にして首を守る。

 身代わりとして斬られる銃器。

 そのおかげで刃の勢いは弱まり、銃鬼の右腕を斬り落とし、首の半分程を斬る程度で収まった。

 

 手足が切られようが、得物が無くなろうが問題ない。 

 鬼は人間と違って首さえ切られなければ勝ちなのだ。

 危なくなったら兎に角首を守れ。鬼殺隊との戦いの鉄則である。

 そのためなら得物や手足を失ってもいい。なにせ直ぐに再生するのだから。

 

「(死ね、鬼狩りめ!)」

 

 今度は銃鬼の番。

 彼は後ろに跳びながら、左手に己の血肉で生成した拳銃を、突然現れた八幡に向ける。

 

 

【雷の呼吸 肆ノ型 遠雷】

 

 

 しかし、引き金を引こうとした瞬間、一瞬で八幡は間合いを詰めた。

 返しの刃で繰り出された斬撃は、今まさに撃とうとした銃鬼の腕を斬り落とす。

 続けて刀を翻し、銃鬼の首を斬り落とそうとした瞬間……。

 

 

【血鬼術 血弾】

 

 

 銃鬼が口から赤い弾丸を吐き出した。

 しかし八幡は焦らない。

 首を斬り落とそうとした刀を横に振るい、弾丸を側面から斬り落とした。

 

 

【血鬼術 血弾】

 

 

 今度は右手から。

 再生された腕には拳銃が握られており、銃口から弾丸が飛び出す。

 八幡はソレを横に軽く跳んで回避。最低限の動作で避けた。

 そのまま銃鬼に切り掛かろうとした途端……。

 

 

【血鬼術 飛血弾】

 

 

 次は左手から血鬼術が繰り出された。

 再生されたその手にはライフルが握られており、銃口から赤い散弾がまき散らされる。

 流石に散弾は先程のように避けきれないと判断し、横に転がるように回避。

 身体を小さく丸める事で被弾率を下げ、転がる事で移動距離を稼ぐ。

 こうして八幡は散弾を食らうことなく全て避けた。

 

「(なんて早さと鋭さの斬撃でありますか!? 全く見えなかったであります! 反射的に首を守りましたが、当たってよかった! もし一瞬でも遅ければ今頃は……!)」

「(タイミングは完璧。角度も万全。いい感じに不意を突いた筈だ。なのにアイツは防ぎやがった! 強いて言うなら少し距離が遠くて減速した程度だってのに……!)」

 

「(死角から銃を取り出したにも関わらず、あの剣士は対処した。追撃の手を急きょ中断して、小生の腕を斬った! なんて対応力でありますか!?)」

「(奇襲にも動じることなく反撃の手を打とうとした。しかもソレを潰されても動揺することなく次の手を打ち、逃げに徹した。なんつー胆力だ!?)」

 

「「………」」

 

 互いに己の得物を一層強く握りしめ、敵を見据える。

 

 

【血鬼術 飛血弾】

 

 

 先に動いたのは銃鬼。

 ライフルから散弾が吐き出される。

 

「(奴の攻撃速度は小生の反応速度より速い! よってここは動きを止めるべし!)」

 

 銃鬼の狙いは八幡をこの場に縫い留める事。

 雷の呼吸の速度は凄まじく、とても撃ち落とす自信がない。

 先ずは散弾で牽制して動きを止め、次の手で確実にトドメを刺す。

 

 彼の読みは正しい。

 しかし打った手は間違っていた。

 

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)】

 

 

 八幡は周囲を竜巻の様に激しく連続で刀を振るう事で、弾丸を全て斬り落とした。

 

「(奴の反応速度は危険だ。ここは風の呼吸で攪乱する!)」

 

 八幡の狙いは銃弾を避ける事。

 先程、銃鬼は八幡の奇襲を防ぎ、その上で反撃の手を打とうとした。

 不意打ちで防がれたのだから、正面からの攻撃なんて通らないに決まっている。

 雷の呼吸のような直線的な動きではなく、風の呼吸による変則的かつ素早い動きで攪乱する。

 

 八幡の読みは間違っている。

 銃鬼が彼の攻撃を防げたのはほぼ運のようなもので、銃鬼自身は八幡の速度に付いていけない。

 しかし、打った手は正解だった。

 

「(!? 動きが変わった!? 奴は呼吸を複数使い分けるのでありますか!? ならば……!)」

「ヒュゥゥ…」

 

 銃鬼は反対の手に新しい銃を持つ。

 ソレを目ざとく見抜いた八幡はすぐさま水の呼吸へと切り替えた。

 

 

【血鬼術 連血弾】

 

【水の呼吸 参の型 流流舞い】

 

 

 連続で吐き出される赤い弾丸。

 八幡はそれらを水の呼吸独特の動きで全て避ける。

 

 八幡は銃鬼の銃から次の攻撃を予測していた。

 トンプソン・サブマシンガン。

 当時、アメリカでよく使われていたサブマシンガンである。

 それほどミリタリーの知識があるわけではないが、とある時期ギャングについて調べていたおかげで知っていたのだ。

 中二の時期が過ぎれば無駄知識と本人は断じていたが、何処で有効出来るか分からないものである。

 

 カチリと、銃器から空砲の音が聞こえた。

 どうやら弾切れのようである。

 その隙に八幡は敵に接近し、首めがけて抜刀する。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 しかし、八幡の斬撃が当たることはなかった。

 銃鬼は力ずくのバックステップでソレを回避。

 乱暴に着地すると同時に後ろへ転がりさらに距離を稼ぐ。

 その後、ジグザグに動きながら、片方の手に持つ銃で単発の射撃を行い、八幡を牽制した。

 

「シィァァァ…」

 

 八幡は弾丸を弾き、避けながら呼吸を変える。

 そのせいで動きに濁りが生じ、僅かに弾丸が頬や腕を掠るが仕方ない。

 さっさと切り替えてアイツの首を刎ねないと!

 

「(た、助かったであります! もしあの時、あの剣士が雷のような斬撃をしていれば……ん?)」

 

 牽制射撃を行いながら、銃鬼は妙な違和感に気づいた。

 何故、あの剣士はあのタイミングで雷の呼吸を使わなかったのだ。

 あれほどの実力の持ち主。使うべき技の選択を誤るなんて考えられない。ならば何故。

 

 もしかして、間違えたのではなく使えなかったのではないか。

 

 おそらく、あの剣士は別の呼吸を使うのに何かしらの制限があるのではないか。

 例えば、別の呼吸を使う際には時間が必要、或いは呼吸変える際は動きにムラが出る等の。

 そう考えたら辻褄が合う。現に、全然当たらなかった弾丸が今では掠っているではないか。

 

「(なるほど、それならやりようはあるでありますな……!)」

 

 にやりと、内心ほくそ笑む。

 これは大きな弱点だ。ココを突けば、あの剣士を倒せるかもしれない。

 もしかすれば、その首を取って手柄を立てられるかもしれない。

 

「(呼吸が切り替わる瞬間は呼吸音が変わる時! そこを突けば小生の勝利であります!)」

 

 牽制を行いながら八幡の呼吸に注意する。

 通常の人間には離れた相手の呼吸音を聞き取るなんて不可能だが、鬼の聴覚なら可能。

 焦らず、相手を誘いつつ、接近されないように。牽制を行いながらその時を待つ。

 

「シィィィ…」

「(今であります!)」

 

 呼吸が変わった音を聞いた。

 瞬間、銃鬼は八幡が通るであろう地点に“弾を置く”。

 いくら早くても何処から何時来るのか分かっていれば打ち落とす事も可能。

 ここまま小生の銃弾の餌食に成れ!

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】

 

 

「………へ?」

 

 八幡は銃鬼の弾丸を斬り落とした。

 どういうことだ? 奴は確かに呼吸を切り替えた筈。なのに何故変わってない!

 

 八幡は銃鬼の作戦に気づいていた。

 真だけでなく耳と鼻も使って注意深く観察し、銃鬼が八幡の弱点に気づいた事に気づいたのだ。

 自分の弱点がバレた事に気づかなければ圧倒的に不利だが、気づいたのならやりようはある。

 弱点を突こうとする瞬間を逆に利用すればいいのだ。

 いくら相手がこちらに有効な作戦を立てようとも、何処から何時来るのか分かっていれば対処は可能。

 むしろ逆にこちらの作戦に嵌める事だって出来る。

 罠に嵌めようと誘っていたのは銃鬼だけではない。八幡も同じだったのだ。

 

「ッグ!」

 

 銃を咄嗟に向ける銃鬼。

 しかしもう遅い。八幡は既に刀が届く距離まで接近し、今まさに首を斬ろうとしている。

 

 

【風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風】

 

 縦方向に鋭利な爪を思わせる4つの斬撃が同時に振り下ろされる。

 銃鬼は咄嗟に避けようとするが、そのうち半分が命中。両腕を斬り落とした。

 これで銃を握る邪魔な腕は両方とも無くなった。

 

 続けて横一閃。

 銃鬼は咄嗟に首を引っ込めるも、完全には避けきれず、顔面を削がれてしまった。 

 舌打ちしながら八幡は刀を翻し、再び首を刎ねようとする。

 

 

【血鬼術 血弾】

 

 

 血だらけの顔面の口から、一発の弾丸が吐き出される。

 たった一発なら避けるのは容易。

 八幡は軽く横に跳んで避ける…。

 

「ッ!? まずい!」

 

 避けるのを急きょ中断して銃弾を刀で弾いた。

 八幡の背後には隊士が倒れており、避ければ流れ弾に当たる可能性がある。よって動くわけにはいかなくなった。

 

 弾く弾く弾き飛ばす。

 次々と迫りくる銃弾を切り飛ばし、背後の隊士を守る。

 その間、銃鬼はどんどん背後へジグザグに跳び、八幡から距離を取っていた。

 

「(クソ、アイツはまさかここまで計算していたのかよ!?)」

 

 偶然である。

 とっさに迎え撃とうと悪あがきをした途端、倒れている隊士が目に入っからしただけである。

 

「フハハハハ! 動けない兵士など見捨てればいいものを! ソレが貴様らの限界である!」

「……んなこと、知ってるっつーの!」

 

 気が付けば、銃鬼との距離がだいぶ空いている。

 まずい、このままでは遠方から一方的に攻撃される。

 早くなんとかして距離を詰めなくては、人質ごと撃ち殺される!

 

「今日はこの辺にしておくであります!次に貴様を狩るときまで、首を洗っておくでありますな!」

「………な!? くそ、ふざけんな待ちやがれ!」

 

 追おうとするもすでに遅い。

 銃弾が止む頃には既に鬼の姿はなかった。

 

「………逃げられたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかりしろ、怪我は深いが死ぬほどじゃねえ」

 

 鬼を取り逃した後、俺は先輩隊士の治療にあたった。

 結構な重症だが、呼吸で出血を和らげている。

 これなら簡単な応急処置でも大丈夫だろう。

 

「な、にを…している?」

 

 倒れている先輩隊士が俺に話しかけた。

 気が付かなかったが、どうやら既に意識を取り戻していたらしい。

 

「しゃべるな。傷に障るぞ」

「そんな、ことは…どうでも、いい…! それよりも…鬼を……!」

「だから安静にしてろって」

 

 立ち上がろうとする先輩隊士を止める。

 

「何故…俺を助ける!?」

「は? んなの当たり前………」

「何故鬼を優先しないんだ!」

 

 

「俺たちは鬼殺隊だ! 鬼を殺す隊だ! 鬼を殺す事が俺たちの存在意義なんだよ!」

 

「そのためなら何だってやる! 俺の命も、他の隊員も、他人も犠牲にしてでもな!」

 

「俺なんて気にせず鬼を殺せばよかったんだ! 俺もそうする! そうするべきだ! 鬼殺隊ならな!」

 

 

「………あっそう」

 

 俺は負傷している先輩隊士から手を離し、背を向けた。

 

「おいお前! まだ話は……う!?」

 

 傷を押さえて踞る先輩隊士。

 大方、傷が開いたのだろう。大怪我してるのに大声で叫ぶからだ。

 けどまあ、あれだけ元気なら、もう大丈夫だろう。後は隠の人に任せるか。

 

「(しっかしやっぱ性に合わねえわ)」

 

 ああいった極端な奴は少数だがいる。

 そもそも鬼殺隊という組織に入る大半の理由は復讐だ。

 家族や恋人などの大事な人を鬼に殺され、仇を討つために鬼殺隊の門を叩いた。

 だから鬼に対して容赦はしない。文字通り死に物狂いで鬼を狩る。

 まあ、理解は出来るわ。俺も小町を目の前で殺されたら正気を保てる自信はない。

 けどなあ……。

 

 

『死ぬまで、一匹でも多くの鬼を殺せ。そのためにお前を鍛えたんだからなぁ』

 

 俺には、ああいった奴の方が鬼に視えちまう。

 



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いつもの任務

 

 

「ちょいとアンタ。アタシと遊ばないか? お兄さん格好いいから安くしとくよ」

 

 とある夜道、八幡があてもないような様子で歩いていると、女に声を掛けられた。

 いわゆる夜鷹という奴である。

 

「ああ、いいぜ」

「あら嬉しいわお兄さん」

 

 八幡はニヤニヤしながら女に近寄ると、女は八幡に抱き着いた。

 

「近くの宿に泊まってるんだ。そこでヤろう」

「ええいいわよ。けどその前に……」

 

 女は八幡に手を伸ばし……。

 

 

 

「お前の肉を食わせ…ぐぇ!?」

 

 八幡の首に噛みつく前に、女の首を刀らしきもので刎ね飛ばした。

 

「………え?」

 

 ゴロゴロと転がる女の首。

 一体何が。そう思う前に女は黒い灰となって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼殺隊に入って三年が経過した。

 相変わらず鬼を狩って次の任務に行く毎日。

 鬼を一体倒せば、すぐさま次の任務に駆り出される。

 だから適度に手を抜いて休まないと、マジで倒れてしまいそうだ。

 無論、俺は自愛してサボ……休みを取ろうとしてはいるのだが、監視の目が日に日に目厳しくなっている。

 全く、本当にブラックにも程があるぜ。

 

 今回の任務は夜鷹のフリをした鬼、夜鷹鬼を狩れというもの。

 相手が夜鷹、つまり娼婦と分かった時点で大体の作戦は決まった。

 最初は俺の稀血を使っておびき寄せようと思ったのだが、通じなかったので、客のフリして油断させる方向にチェンジ。隙を見せたら首を刎ねてハイ終了だ。

 楽な鬼退治だ。ずっとこのままだったらいいのにな……。

 

「お、もう終わったか。……って、お前またそんな恰好で鬼狩りしていたのか」

「うるせえ八雲。あんな恰好で町歩けるか」

 

 普段、俺は隊服を着ないし、日輪刀もそのままでは持たない。

 この時代の普通の恰好をして、杖や天秤棒に仕込み刀として持ち歩いている。

 よく鬼殺隊がやくざ者と間違われるが、そりゃあんな仰々しい格好して、日輪刀をそのまま持ち歩いていたら怪しまれるわ。少しは隠せよ。

 

「まあいい。じゃあ次だ次。お前に割り当てられている仕事はまだあるからな」

「……まだあるのかよ」

 

 いや、マジでブラックすぎるだろ鬼殺隊。

 

 次の任務はとある町に出る鬼らしき存在を狩れというもの。

 ここ最近この町には行方不明者が多発しており、鬼が絡んでいる可能性があるとのこと。

 現地で調査を行い、もし鬼がいるのならすぐさま狩れ。ソレが今回の任務だ。

 

「らしきとか、可能性があるとか。イマイチはっきりしてねえな」

「仕方がないだろ。いくらお館様のお力でも限度がある。それに、こういった不明要素の多い案件は得意だろ?」

 

 ふざけんな。ちゃんとハッキリしてから実行部隊に命令しろよ。

 ちゃんと鬼の情報と人相、あとどんな血鬼術を使ってくるのかちゃんと調査してな。じゃねえと、どう動けばいいのか分からねえだろ。

 

「……愚痴っても仕方ないか。じゃあ、早速調査するか」

 

 鬼殺隊がこの事件をただの行方不明ではないと判断したのは三日前にこの町で殺人事件が起こってからだ。

 夜中、怪しい三人の男に一人の女性が囲まれ、抵抗した女性が殺されたという事件があった。

 警察は殺人事件として男を捜査中、同時に行方不明事件とも関係ありと捉えているらしい。

 ここまでならただの事件止まりだが、鬼殺隊のトップであるお館様は鬼の繋がりの『予感』がしたと仰りだ。

 

 お館様の勘は恐ろしい程に当たる。

 先見の明。未来を見通す力と呼ばれ、この超能力で一族代々から財を成し、様々な分野から情報を得、人脈を形成し、鬼殺隊を導いてきたという。

 ここまでくれば眉唾だと思うが、俺は全てがウソだとは思ってない。

 だって俺にもこの世界に来て特殊能力染みた嗅覚と聴覚があるのだから。

 第一、鬼という超越生物がいる時点で元の世界とは違うものがあると考えるのが普通だ。

 

 話を戻す。今大事なことはお館様の特殊能力の真偽ではなく、鬼がいるかどうかだ。今は関係ない。

 

「それじゃあ行くとするか」

 



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不法侵入

この八幡は円滑に任務を熟すために様々な知識やスキルを身に着けております。
まあ、その習得に時間をかけていたせいで剣技はそれほど成長してませんが。


 

「……」

 

 とりあえず、事件現場に向かった。

 

 現場は道のど真ん中。

 この時代では珍しくレンガ等で整備された道路。

 日が暮れたせいか、レトロな電灯がちらほらと明かりを灯し始めている。

 人通りはかなり多い。

 会社、或いは学校帰りか。きっちとした格好の通行人で雑多している。

 他にも雑貨屋やら飲食店やら屋台やらが立ち並んでおり、買い物に来た主婦らしき女性だったり、洋食屋によるサラリーマン、後はキャバクラのような店に入るおっさんも見かける。

 何なら馬車や車もある。この世界に来て……というよりも、初めて見たぞ、あんな教科書通りの馬車と大正時代の車。

 この通りはかなり繁盛しているな。とても事件現場とは思えない。

 

「この道はこの町の経済を支えている。だから事件が起きようともこうならざるを得なかったのだろう。流石に事件当日は捜査のため閉鎖されたが、ずっとしていれば周辺の店が干上がってしまうからな」

「情報ありがとう八雲。けど話しかけるな。目立つ」

 

 けど、ソレなら迂回ルートなり何なりあるだろ。あと、こうも人通りがあるのなら、わざわざ事件を起こそうなんて考えないと思うのだが……。

 

「道はこの一本だけだ。迂回は出来ない。あと夜になると町そのものが眠っているかのように人通りが嘘みたいに無くなるらしい」

「追加情報ありがとう八雲。けどもう一回言うわ。しゃべるな」

 

 気を取り直して、俺は調査を開始。

 邪魔にならないよう道の隅で建物の壁にもたれ、目を閉じる。

 俺の目的は事件の現場調査ではない。ここにいる人間の声そのものだ。

 

 五感をフル動員して周囲を観察する。

 広く見渡して、耳を澄まして、深く匂いを嗅いで。

 雑多な人混みの中、俺は使える感覚全てを使って探索を行った。

 

「………いた」

 

 見つけた。

 怪しい奴が一人いる。

 集団の中に埋もれているが、若干挙動不審の男がいる。

 息遣いは荒く、事件現場をキョロキョロとしており、焦っている匂いがする。

 間違いない、アイツがその犯人或いはその関係者だ。

 犯人は現場に戻ってくるとは言うが、まさか本当に来るとはな。

 まあいい。見つけたことだし次の行動に移るか。

 

「……」

 

 男が動き出したので俺も付いて行く。

 人混みの中でも俺なら見逃すことなく後を付けられる。

 気配や臭いを辿る必要もない。この程度の難易度なら普通のやり方でも十分だ。

 折角だし匂いや気配を断たれても追跡出来るようにする練習も兼ねるか。

 

 大通りを抜けて小道に入る。

 人通りも少なくなり、人ごみに紛れての尾行は出来無くなるが問題は無い。

 普通に尾行していれば先ずバレない。この程度なら現代の探偵もよくやっている。

 

 相手の真後ろを歩くのではなく、対辺になるように。

 咄嗟に隠れられるように物陰や壁沿いを伝って。

 相手を凝視せず、視野内に収める程度で。

 尾行の基本だ。覚えておいて損はない。

 

 おっと、振り返ろうとする気配がした。

 俺は咄嗟に周囲から怪しまれない程度のスピードで物陰に隠れる。

 通常、人間はそんなに後ろを振り返ったりはしない。なのに頻繁に後ろを警戒するという事は相応のやましい思いがあるという事だ。

 

「(それに、微かに鬼の残り香もするしな)」

 

 大通りにいたときは匂いが渋滞して分からなかったが、今ならそんなに匂いもないので分かる。

 アイツから鬼の匂いがする。

 とはいってもほんのり軽くなので、何処かで鬼と接触したという程度だろう。

 だが、関係ある事に間違いはない。このまま尾行を続行する。

 

「(このままいけば大丈夫だろう)」

 

 まあ、この程度なら別に変装したり、気配を消したりする必要もない。

 普通に尾行を続けるか。

 

「………あそこか」

 

 尾行を続けていると、一軒の屋敷に辿り着いた。

 かなり立派な御家。まるで城……いや、要塞のようだ。

 

「それじゃ、お邪魔しま~す」

 

 俺は壁を飛び越えて中に侵入した。

 流石にひとっ跳びは無理なので、三分割にする。

 

 一回目はその辺の棒を立てて、足場にして跳躍。

 二回目は壁を蹴って更に跳躍。

 三回目は軒端を掴み、身体を捻ってその反動で跳び上がる。

 

 こうして俺は門を飛び越え、受け身を取って着地した。

 ちゃんと門の向こうに誰もいないことは、事前に気配を探って確認済みだ。

 それじゃあ、次は建物の中に入るか。

 どの建物に忍び込むべきかはちゃんと分かっている。

 鬼の匂いがする方だ。

 

 窓や配管などを足場にして駆け上がる。

 呼吸で超人的な身体能力を持つ俺らにとっては、僅かな窪みや直角の壁も足場同然だ。

 両脇の建物の壁と壁を交互に蹴り、屋上へと駆け上り、そこから電線を伝って開いている窓へと侵入した。

 

 侵入した後は、気配を探りながら、尚且つ気配を消して屋内を探索する。

 流石に屋敷の中には人が廊下を渡っており、人気が一切ないルートを行くのは無理そうだ。

 仕方ない、バレないよう気を付けて進むか。

 

 気配を消し、死角に潜り、目を盗んで先を急ぐ。

 こうして廊下を歩いている通行人を掻い潜って鬼の匂いがする部屋へと向かった。

 

「ッチ、見張りがいるのか」

 

 曲がり角を曲がると、目的地が見えた。

 しかしその部屋の前には見張りらしき人物がいる。

 邪魔だな。まずはアイツをどかそう。

 壁に身を隠して様子を観察しながら、俺はポケットから小さい金具を取り出し、ソレを投げた。

 

 チャリン!

 

「あん?なんだ?…う!?」

 

 監視の人間が金具を投げた方へと視線を外す。

 その隙に俺はソイツの背後に回り、首を絞めて気絶させた。

 気を失う前に抵抗しようとはしたが、呼吸の剣士とそうでない人間とでは大金身体能力の差がある。

 俺は見張りを難なく気絶させ、序でにポケットから鍵を拝借し、部屋のドアノブを回した。

 

「あ? 鍵かかってるのかよ」

 

 部屋の中から気配はしないというのに面倒な事をする。

 俺は早速盗んだ鍵を使って中に入った。

 

 結構いい部屋だ。

 豪華な家具と調度品に彩られている。

 良く言えば華やか、悪く言えば成金っぽい。

 ただ、鬼の匂いがするのでマイナスポイントの方がデカいけど。

 

「お、ここ隠れられそうじゃん」

 

 部屋の中で別の扉を見つけた。

 クローゼットか物入か何かだろうか。

 まあいい、ちょうど身を隠すのに良さそうなので中に入るか。

 

「ッチ、鍵がかかってやがる」

 

 盗んだ鍵を使ったがダメだ。全部ハズレ。

 仕方ない、ここは自分で開けるか。

 

 俺は専用のピッキング道具を出して鍵開けを行った。

 この時代の鍵は単純だ。ちょっと勉強したらすぐにマスターできたぜ。

 

「(……開いた)」

 

 カチッと、鍵を開けた感触が指から伝わる。

 ソレを確認した俺は早速中に入り、身を小さくして隠れた。

 

 後は鬼が来るのを待つだけ。

 この部屋に入って隙を晒したら直ぐに首を斬って帰ってやる。

 

 




実際に鬼殺隊がいるなら、剣技よりもこういった潜入するための技術や鬼の不意を突くための技術などの、暗殺に傾倒したスキルの方が重要な気がする。


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いつもの日常

「なにしでかしたんじゃこの馬鹿垂れが!」

 

 とある豪華な部屋。

 恰幅がいいのを通り越してぶくぶくに太った醜い男が、土下座して詫びる部下らしき男を蹴り飛ばした。

 

 この男の名は駄活。

 この屋敷の主であり、今回の標的である。

 

「貴様があのような失敗を犯さなければ、今頃儂は新鮮な女を食えたというのに!」

 

 男は鬼であった。

 位は低いが華族出身であり、地位とその精神性を無惨に見込まれて鬼となったのだ。

 

 駄活は典型的な駄目華族だった。

 金にも女にも権力にも。全てにがめつい欲深な男。

 その癖、自分から行動して何かを得ようとはしない怠惰な男でもあった。

 勉強や鍛錬なんて以ての外。楽していい女と金を手にしたい。そんなことばかり考えていた。

 当然、そんな男が何も得られるはずがなかった。

 

 自慢できるのは地位のみ。他には何もない。

 顔も肉体も知能も能力も。全てが劣っている上になんとかしようと努力するつもりも熱意もない。

 立場にかけて社交界も碌に参加せず、たとえ格上の相手でも気に入らなければ態度に出すような男だった。

 当然、そんな奴が発展するはずがなく、没落の道へと進んでいった。

 

 しかし、あの方と出会い、力を授かってからは、彼の人生は大きく変わった。

 

 その力を使って男はあらゆるものを手にしてきた。

 金、女、食。望むものを次々と。

 

「まあいい。それじゃあ、今は昨日攫った女の肉でも食うか。……おい、アレを持ってこい」

 

 駄活が手を叩く。瞬間、扉が開いて三人の男が入室した。

 まるで表情がないかのようにのっぺりした顔立ちに、ハンコでも押したかのような全く同じ服装。

 そんな不気味な男たちが運んできたものは、二人の女だった。

 

「や、やめて!?」

「離してください!」

 

 乱暴に髪の毛を引っ張って女を引きずる不気味な男達。

 まるで荷物でも適当に運ぶかのような乱雑さだ。

 いや、実査に彼らにとって女性たちは荷物でしかないのだろう。

 

「ぐへへ…。それじゃあ、お食事の前にお楽しみだなぁ」

「「ッヒ」」

 

 下卑た笑みを浮かべて女性に近づく駄活

 その顔を見た途端、女性たちは更に恐怖に震える。

 当たり前である、訳も分からずいきなり攫われ、全く知らない場所に連れて行かれたのだ。

 その上、このような醜い男の前に突き出されたのだ。これからどうなるか分かってしまえば、こうなるのは当然だ。

 

「ぐ、ぐへへ…。それじゃあ、お楽しみと……」

 

 男が女たちに手を伸ばそうとした瞬間……。

 

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 部屋の隅にあるクローゼットの中から、雷の如き斬撃が男達を斬り飛ばした。

 

 

 

「逃げろ。後は俺がなんとかする」

 

 男を斬り飛ばした剣士は女たちを逃がし、太った男―――鬼の前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(なるほど、あれは鬼の血鬼術で作った分身か)」

 

 俺が切り飛ばした鬼の部下らしきモノが、まるで塩をかけられたナメクジのように溶けた。

 どうやらアレらは人間ではなく、鬼の血鬼術で作られた人形だったらしい。

 まあ、人間じゃないことは最初から気配で気づいてたけど。

 切った感触も人間の肉や骨とは違うし、何より命を奪った感覚がない。

 けど、もし相手が人間でも俺は実行してるだろうな。

 悪党の味方する奴なんて殺しても何も感じないし。

 

「き、貴様は鬼狩りか!? 一体どこに潜んでいた!? いつからそこにいた!?」

「答える必要はねえ。……ったく奇襲するつもりが全部おじゃんだ」

 

 俺の奇襲失敗理由の大半がこういった邪魔者が入ってくることだ。

 鬼が人を食おうとしていたり、別の隊士が鬼と戦っていたといった理由である。

 もし鬼を殺すことでソレを防げるなら俺も迷いなく鬼の首を刎ねられるが、間に合わない場合は攻撃をキャンセルして守る事に集中する。

 

 俺は人間だ。鬼狩りに墜ちた鬼とは違う。

 あいつ等みたいに何もかも犠牲にして鬼狩りを行う程落ちてない。

 

「さ、かかって来いよ。さっさと終わらせて帰りたいんだこっちは」

「き、貴様……俺を舐めやがって!」

 

 男の姿が変わる。

 ぶくぶく太った小柄のブ男の姿から、鬼の姿へと。

 蛙を無理やり人型にしたような、不気味な化物の姿へと変貌した。

 なるほど、コレがアイツの本性か。らしいといっちゃらしいな。

 

「俺の正体を知った以上生きては帰さねえ! 早く死ね!」

 

 蛙鬼は舌を伸ばして攻撃してきた。

 まっすぐ伸ばされたソレを、俺は刀で弾き飛ばす。

 一度目、二度目、三度目と。

 俺は何度も伸ばされる舌を弾いて防ぎ……。

 

「ぐべえ!!?」

 

 四度目で舌を切り飛ばした。

 バカが、途中で軌道や長さを変えるなら兎も角、ただ愚直に真っすぐ伸ばされるだけの攻撃なんて何の脅威もない。

 こちとら弾丸もタイミングと方向が分かっていれば切れるんだぞ。

 我ながら人間やめてるなと実感せざるを得ない。

 

「ならこれはどうだ!?」

 

 

【血鬼術 悪性腐癌】

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 

 蛙鬼が口から液体を吐き出す。 

 臭い匂いからして毒、おそらく酸のようなものだろう。触れるわけにはいかない。

 よって俺は回避を選択。避けながら鬼に接近した。

 

「く…くそ!だったら!!」

 

 

【血鬼術 我執腐癌】

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】

 

 

 今度は粘液を連射してきた

 数が多く、毒の匂いはしない。しかし迂闊に振れるのは危険そうだ。

 よって俺は風の刃による迎撃を選択。直接ではなく鎌鼬によってそれらを切り裂きながら、鬼へと接近した。

 粘液の雨を剣劇の傘で突破。同時に風の刃によってその場の空気を換気する。

 

「なッ!? き…貴様!?」

「毒を盛ろうとしてもコレで無駄だ」

 

 最初から気づいてんだよボケが。

 コイツの粘液は帰化しても効果を発揮するのは想定済みだし、匂いからほぼ確信していた。

 それに、俺は搦め手を使う鬼とは何度も戦ってきたんだ。今更こんなチンケな小細工に引っかかるかよ。

 

 

【血鬼術 我執腐癌】

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 射程距離に入ったと同時に、一度刀を鞘に納める。

 ソレをチャンスと捉えたのか、鬼は俺に特大の毒粘液を口から放出してきた。

 けど、並大抵のスピードじゃ俺の雷の呼吸は捉えられない。

 毒粘液よりも早く敵へと接近し、すぐさま抜刀した。

 そのまま鬼の首を刎ねようとしたのだが、

 

「ヒぃ!?」

 

 

【血鬼術 執固凝液】

 

 

 鬼の発動した血鬼術によってギリギリ防がれてしまった。

 短い悲鳴を上げながら、全身から粘液を放出。

 それは一瞬で固まって、強固な鎧となって俺の斬撃を防御。

 身代わりとして粉々に砕けた。

 

「クソが」

 

 俺は動揺することなく攻撃を続行しようと、一旦後ろに下がる。

 血鬼術によって技が防がれるなんて、今まで何度もあった。今更慌てることなんてない。

 再び技を出そうと構えたその瞬間……。

 

 

【知鬼術 着執粘液】

 

【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱】

 

 

 今度は粘液を床にばら撒いた。

 咄嗟に跳んで避ける。

 上下左右に縦横無尽に跳んで回避しつつ再び接近した瞬間……。

 

 ドォン!

 

 蛙鬼は蛙らしく驚異的な脚力でバックステップ。

 俺の斬撃から逃れると同時に、壁を破壊して外へとダイナミック退出した。

 

「なッ!?あの鬼逃げやがったな!」

 

 俺もその後を追って飛び降りる。

 蛙鬼が外で待ち伏せしてないのは気配で確認済み。

 空中、或いは着地直後に攻撃される心配はない。安全に飛び降りれる。

 受け身を取って落下の衝撃を流して着地し、蛙鬼を追った。

 

「この……待ちやがれ!」

 

 鬼を追いかける。

 足の速さには自信がある。たとえ相手が鬼であろうとも、単純な追いかけっこじゃ負けねえ。

 

 

【血鬼術 悪性滑膿】

 

 

 門を無理やり突破して外に出ると同時、鬼が何かを身体から出して速度を上げた。

 おそらく潤滑油で滑っているのだろう。

 その証拠に、蛙鬼が通った後がなんかヌルヌル滑って走りにくい。

 向こうは身体を滑らせてスピードアップ、こっちは足が滑ってスピードダウン。うまく考えたな。

 

「(けど、こんなのじゃあ俺の足は止まらねよ)」

 

 足場の悪い状況での移動なんていくらでもある。

 この程度なら問題ない。

 俺は速度を緩める事無く、足場が悪い中、鬼を追いかけた。

 

 町の中を爆走する俺と鬼。

 どうやら向こうはなりふり構わず町の障害物を使って俺を振り切るつもりらしい。

 

 壁を蹴って急転換。

 急カーブして小道に逃げたが、俺はスピードを緩める事無く壁を利用して方向転換を行った。

 

 障害物を飛び越える。

 通りすがりに積まれてあった何かを崩して道を塞ぐが、俺はスピードを緩める事無く高く跳んだ。

 

 身を捻って通行人を避ける。

 器用に滑って通行人の間を潜り抜けるが、俺もスピードを緩める事無く足捌きで通行人をすり抜けた。

 

 敵の血鬼術を避ける。

 滑って移動しながら面倒な血鬼術を放つが、俺もスピードを緩める事無く全てを避け続けた。

 

 そうやって妨害を回避しなが追う事段々と距離が近づいてきた、そろそろ捕まえ時か……。

 

「おら!」

「ぐへ!?」

 

 その辺にあった石を蹴り飛ばして蛙鬼にブチ当てる。

 よし、速度が緩んでよろけている。今が捕らえ時だ。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 スパンと、確かな手応えと共に、俺は鬼の首を刎ね飛ばした。

 

「任務完了だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい八幡、またお前の活躍が新聞に載っているぞ」

 

 任務を終えた翌日、藤の家で飯を食っていると、八雲が新聞を咥えて俺によこしてきた。

 見開きの内容は町の中に突如現れた化け蛙とソレを追いかける謎の剣士。

 なかなか面白い内容じゃねえか。

 

「全然面白くないぞこのバカ!」

 

 八雲は俺の肩に乗って怒鳴り始めた。

 朝から煩い烏だ。こちとら寝起きだぞ。

 

「全く!貴様と言う奴は! そうやっていつも問題行動ばかり起こして! それさえなければ一気に階級を上げて柱にもなれたものを!」

「うっせえな。俺は安全に鬼を狩りたいんだよ」

 

 鬼殺隊に入って三年近くになるが、俺の階級は中堅ぐらいだ。

 理由は簡単。己の命を優先する為に問題行動を起こしているせいだ。

 物壊しまくったり、街中で鬼にゲリラ仕掛けたり、鬼の協力者を十分の九か八殺しにしたり。

 けどね、俺は人間なんだ。どっかの誰かと違って鬼に堕ちてないんだ。そりゃ使命だの何だのよりも自分の命を優先するわ。

 

「今回はお館様も苦言を漏らしていた! 情報処理が大変だったと嘆いていたぞ!」

「え?もう終わったの?早すぎだろ。どんだけ優秀な諜報員いるんだ?」

 

 これだけ情報操作が得意ならもっと無茶苦茶やっても良くね?

 

「全く貴様という男は!? 少し頑張ればもっと上手くやっていれただろ!」

「いやいやいや。今回は大分易しい方だと思うぞ?最初は屋敷に火を付けて鬼を炙り出そうと思ったけど、予想以上に広いから無関係な人間を巻き込むのを危惧して作戦を急きょ変更したんだ。少しぐらいヘマしてもいいだろ」

「何故火を付ける前提なんだ!? 全く貴様はいつもいつも恐ろしい作戦ばかりしおって!今日という今日こそは分かってもらうぞ!」

 

 こうして八雲はいつもの説教を始めた。

 

 鬼を狩り、また次の鬼を狩って、問題を起こして怒られる。

 これが俺の日常である。

 



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共同任務

 

 とある夜の町。

 静寂に包まれた一本の道を一人の女らしき人物が歩いていた。

 顔は見えない。

 頭巾を深くかぶり、腰を少し曲げて杖を突いて歩いている。

 そんな彼女(?)の背後に、一人の男……いや、鬼がいた。

 

 息を殺し、気配を消して忍び寄る。

 狙いはもちろん彼女(?)の血肉。

 普段はこんな時間に女は出歩かないのだが、今日は運のいいことにご馳走に巡り合えた。

 

 早速頂こう。

 鬼が鋭い牙と爪を立てて襲い掛かろうとした瞬間……。

 

「………え?」

 

 ゴロゴロと転がる鬼の首。

 一体何が。そう思う前に黒い灰となって消えた。

 

 

 

 

 

「相変わらず鮮やかな手腕だな、八幡」

「まあな」

 

 仕込み刀を鞘に納めながら、八雲の言葉を軽く流す。

 

「鬼の居場所の特定、おびき寄せ方、そして不意の突き方。全て完璧だ。……なんでコレで中堅止まりなんだ」

 

 大げさに溜威を突く八雲。

 コイツいちいちうるさいな。声はダンディなのに何で無駄におしゃべりなんだよ。

 

「うっせえよ。十分いい給料もらってるから文句はねえよ」

「だが帰るための情報収集には心許ないんじゃないのか?」

「………」

 

 ッチ、いつも余計なことを言うなこの烏。

 

「そんなことはどうでもいい。で、次の任務は?」

「もうない、次の任務は明日だ。今日はもう休め」

「珍しいな。いつもはアホみたいに忙しいのに」

「まあな。そんな日もあるさ」

 

 いや、本当に珍しい。

 いつもなら無傷だからといってすぐに仕事を寄越すのに。

 

「明日の共同任務の相手は宇随天元という男だ。かなり破天荒な性格だから覚悟した方がいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの町の中、一人の大男が町を歩いていた。

 男は奇異な恰好の、2mを超える大柄な男。

 宝石を使った装飾品を身につけ、背に大刀を二本背負っている。

 有り体に言えば男は派手だった。まごうことなくこの場にいる誰よりも派手だった。

 しかし、町の人々は誰一人彼に奇異な目を向けるどころか、意識すらしていなかった。

 

 男はこのような恰好をしていながら、とても存在感が薄かった。

 認知の範囲外へと潜り込み、違和感を覚えさせることなく町の空気に溶け込んでいる。

 目立たず、また認識されず。

 気配を薄めて、死角から死角へ移動して、流れるかのように意識の外へと潜り込んでいた。

 

 耳を澄まし、音を拾い集め、雑多する様々な情報を選別。

 通り過ぎ様に町の音を聞き、有用無用を判断する。

 

 男の名は宇随天元。

 そう遠くない未来に音柱へと至る鬼殺の剣士である。

 

『あのヤクザ者の事務所には鬼がいるらしいぜ』

 

 

「(……ほう)」

 

 一件だけヒットした。

 もっと詳しく情報を得るためにその話をする男たちの死角に接近する。

 

 男達のうわさ話によると、最近この町のヤクザ者が力を付けだしたらしく、その組と敵対する者がどんどん消えていっているらしい。

 警察も色々と調べているらしいが、死体も凶器も存在せず、容疑者すら分からない。よって全て証拠不十分で不起訴になったそうだ。

 

「(なるほどな、確かにただのヤクザじゃねえ可能性がある)」

 

 確証はないが何やら確信めいたものが宇随にはあった。

 鬼なら殺して直ぐ食う事で死体を隠せるし、凶器も必要ない。

 そして何よりも、血鬼術で超常現象を引き起こしてしまえば、人間の常識なんて通じる事無く殺人を行える。

 これらはあくまで推論。しかし筋は通っているし、何よりも背後に鬼がいると確信している。

 調べる価値は十分。それでは早速そのヤクザたちの居場所に…・・。

 

「おい、あんた」

「!?」

 

 身体に染みついた反射行動。

 完全に虚を突かれた。しかしそうとは感じさせない速さで迎撃に移行する。

 振り向きざまに抜刀。遠心力と体重を掛けて斬りかかる。

 しかし、背後から声をかけた男は軽々とソレを迎撃した。

 

「(しくじった!背後を取られるななんざ元忍の名が泣くぜ!)」

 

 無意識の内に動いた天元の視界に入ったのは、一人の男だった。

 恰好は普通。少なくとも隊服は着ていない。

 しかし、その手に持つ一本の仕込み刀。

 天元の日輪刀を迎撃した杖の感触から、ソレが仕込み刀だと認識出来た。

 

 隊服を着ず、仕込み刀を愛用している剣士。

 天元には心当たりがあった。 

 

「………物騒な挨拶だな」

 

 男―――比企谷八幡は微動だにせず天元をその腐った目で見つめる。

 

「あんたが比企谷か? ったく遅いぜ地味に登場しやがって!」

 

 どすどすと音を上げながら天元は八幡に近づく。

 

「悪い、寝過ごした」

「脳みそ爆発してんのか!? そんな下らねえ理由で遅刻しやがって! あやうく味方殺しになるところだったぜ!」 

 

 こいつが、問題児、比企谷八幡か。

 

 

 天元は一見腹を立てて怒鳴っている風に装っているが、その思考はきわめて冷静であった。

 

 八幡は鬼殺隊でも噂になっている。

 どんな任務でもこなすが、問題点が多い剣士。

 鬼を炙り出すために潜伏している屋敷に火を付ける、街中で堂々と鬼と戦い騒ぎになる、鬼を探すためなら相手がカタギでも拷問にかける。

 噂を全て鵜呑みにするつもりはないが、これだけマイナスイメージな噂が蔓延るということは何かしらあるのだろう。

 そんな相手と合同任務をするのかと、鎹烏から指示を聞いた際はため息を付いたのだが……。

 

「(なかなか骨がありそうじゃねえか)」

 

 元とはいえ忍である自身に気づかれる事無く近づき、咄嗟の反射行動にも対応してみせた。

 性格に難はありそうだが、少なくとも足を引っ張ることはないだろう。

 天元は八幡に対する評価をほんの少し上げた。

 

「それじゃあ、噂のヤクザ事務所にカチコミしに行くぞ」

「お、おい待て! なんでいきなりそんな話になるんだ!?」

 

 背を向けて向かおうとする八幡を天元は止めた。

 

「お前も話はさっき聞いていたろ。鬼が潜伏しているヤクザ事務所にカチコミかけて騒ぎを起こすんだよ。そのどさくさに紛れて鬼を狩る」

「!? お前も聞いていたのか!?」

 

 まさかコイツも自分と同じように情報を集めていたのか。

 しかも、天元に気づいていた。天元は八幡の存在すら気づいていなかったというのに。

 ソレは、八幡の方が情報集と隠密に長けていたという事になる。

 

「(こりゃあ派手に面白そうな奴だな!)」

 

 天元は八幡の評価をもう二段階ほど上げた。

 

「相手はヤクザだ。派手に暴れても別組織からのカチコミだと思って誰も鬼殺隊を疑わないだろう」

「お! そりゃいいぜ! じゃあ今夜は派手に暴れるとするか!」

 

 



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カチコミ

 

 とあるヤクザの事務所が火事になった。

 

 放火である。

 犯人は二人の男。突然、戸を蹴破って侵入し、中にいたヤクザ者を一人残らず殴り飛ばしたのだ。

 いわゆるカチコミというものであろう。

 たった二人で百を超えるやくざ者と殴り合い、ソレに勝ったのだ。

 まさしく一騎当千の強者。

 時代が時代なら武功で名を上げていたであろう。

 そんな強者たちは今、やくざ者たちのアジトが燃える様を少し離れた場所から見ていた。

 

 

「って、やりすぎだバカがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 天元は火を付けた張本人、八幡の頭を鞘で殴った。

 

 

「痛いじゃねえか」

「んなモンどうでもいいわ! ソレよりなんだアレは!? 何でヤクザの事務所燃えてんだ!?」

「俺が燃やしたから」

「そんなこと聞いてんじゃねえよ! 脳みそ爆発してんのか!?」

 

 天元は八幡の胸倉を掴もうとするが、八幡はソレをスルッと回避。

 ソレを追う形で天元が手を伸ばし、更に八幡が逃げ、ソレを何度も繰り返す。

 完全にどこからどう見ても追いかけっこして遊ぶ二人組の構図である。

 

「待て待て落ち着け。何も俺は意味もなく犯罪行為をしてるんじゃない。ちゃんと訳があるんだ」

「……一応聞いておく」

 

 一旦追いかけっこを辞めて聞く態勢に入る天元。

 

「俺が火を付けた理由は簡単だ。鬼をおびき寄せる。あれだけ暴れて火までつけたら、鬼も怒って出て来るだろ? 」

「そりゃ分かるが暴れるだけで良くねえか?火までつけるのは地味にやり過ぎだ」

「いや、これが一番確実なんだ。俺はこのやり方で鬼を効率よく炙り出してきた」

「その結果が問題児扱い何だろうが!!」

 

 天元は頭を押さえた。

 この男、大人しそうに見えて結構過激だと。

 

「もし仮にただのヤクザものだったらどうすんだ!? そうなったらお前はただの放火魔になってたぞ!!」

「いや、ソレは絶対にない。あの屋敷からは鬼の匂いがした。堂々と人前で食事をした匂いがな」

「……まさか、お前は鼻もいいのか?」

 

 天元は再び八幡への評価を上げた。

 彼の前職には似たような能力を持つ人間が何人かいた。

 もしかしたらコイツもその一人かもしれない。なら、鬼がいたと確信しても何ら不思議ではない……。

 

「それに、実際にこうしておびき寄せたんだから結果オーライだろ」

「あん?何言って……!!?」

 

 咄嗟に天元は背の日輪刀を引き抜いた。

 鬼の気配がする。

 いつの間にと思考が反応する前に、天元の身体が反射的に動い……。

 

「待て。ここじゃ目立つ。一度逃げるぞ」

 

 動く前に、八幡が天元の手を引いてソレを止めた。

 

「(な!? コイツまた俺に気づかせなかっただっと!? しかも今回は直接触ってるってつうのに!?)」

 

 また接近に気づかなかった。

 今度は存在に最初から気づいていたというのに、触されるまで近づいたことに気付かなかったのだ。

 この男、やはり只者じゃないと、天元は再び八幡の評価を上げた。

 

「それじゃあ逃げるぞ。付いて行けるか?」

「あ?何ナマ言ってやがる? 言っとくが俺の足は誰よりも早いぜ?」

「そうか、じゃあ行くぞ」

 

 八幡と天元は同時に駆け出した。

 どちらも同じ雷の呼吸による歩法。

 両者共に凄まじい速度で町を突っ走る。

 

「お前、なかなか早いな!」

「お前もな」

 

 天元は足が速い。

 彼と並ぶスピードの隊士は今までいなかった。

 ソレはこれからもである。そう遠くない未来、柱になってからも天元に並ぶ男は現れない。

 只一人、八幡を除いて。

 

「(この男、派手に面白いな!)」

 

 ニヤリと天元は笑いながら後ろを振り返る。

 

「待て! 待ちやがれ人間共!」

 

 後ろから鬼が追いかけている。

 百足やゲジゲジのように無数の足を生やした異形の鬼。

 脚がたくさんあるおかげか、なかなかに速い。

 しかし、相手が悪かった。

 この二人相手には、どれだけ足を増やしても追いつけない。

 

「宇随、次の曲がり角で動くぞ」

「おうよ!」

 

 曲がり角を曲がる二人。

 壁を蹴って方向転換して、速度を落とすことなく曲がる。

 

「な!?待ちやがれ!」

 

 

【血鬼術―――】

 

 

 鬼もまた血鬼術によって速度を緩める事なく曲がろうとした瞬間……。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

【音の呼吸 壱の型 轟】

 

 

 急に方向転換して攻撃してきた二人によって、鬼は首を斬られた。

 結局、鬼は走る事以外何もさせてもらえず退場となった。

 

 



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宇随天元という男

 

 任務の後、俺と宇髄は治療を受けるために藤の家に来ていた。

 宇髄は嫁達と待ち合わせをしているらしく、ソレで俺と会わせたいらしい。

 というかコイツ既婚者だったんだ……。

 

「天元さまぁ!無事で良かったですぅ!」

「うおッ!?」

 

 部屋に入ると、いきなり天井板が飛んで人が降ってきた。

 気配と匂いと音で察知していたのだが、分かっていてもこの登場の仕方はびっくりする。

 飛び出す際に此方へ飛んできたた天井板をキャッチして、そっと置く。

 

「煩いよ須磨!宿屋で騒ぐんじゃない!」

 

 天井からまた一人降って来た。

 その女は宇髄に飛び着き、先に引っ付いていた女の子の頭を叩いている。

 うるさい以前に屋根裏に潜むのってどうなの? というか嫁ってどっち? 嫁いるのに他の女に引っ付かれて大丈夫?

 

「おう、戻ったぜ! 須磨!まきを!」 

 

 宇髄はニコリと笑いながら二人を抱きしめた。

 なるほど、どうやら両方とも嫁らしいな。

 この二股野郎が。

 

「おかえりなさい天元さま。ご無事で何よりです」

「雛鶴か、今戻ったぞ!」 

 

 今度は二人より大人びて見える女性が部屋の奥から出てきた。

 どうやらこの人も嫁らしい。

 このハーレム野郎が。

 

 しかしなんでだろう、嫁や恋人が二人なら二股って思うだけど、参人以上だと三股じゃなくてハーレムって印象なんだよな。ハーレムモノの読み過ぎか?

 いや、この場合はソレが相応しいか。

 

 宇髄と三人の嫁達。

 須磨。ドジっ子風後輩タイプ。

 雛鶴。お姉さま風先輩タイプ。

 まきを。ギャル風同級生タイプ

 典型的なギャルゲーのハーレムだ。

 

「ところで天元さま。そこにいらっしゃる方は?」

 

 やっと気付かれた俺。

 

「俺は――」

「こいつは比企谷八幡!俺のダチだ!人ん家に火を付けるやべえ奴だが、カチコミに行った時は楽しかったぜ!」

 

 おい、何悪印象のあるような言葉を吐いてやがる。

 というか俺っていつお前と友達になった?

 

「火を付ける?」

「カチコミ?」

 

 ほら見ろよ。嫁さん達が俺を犯罪者を見るような目で見てるぜ?

 実際に俺のしてることは法に触れてるが、鬼殺隊なら仕方ないだろ。だって鬼殺隊という組織自体が違法だし。

 

「て、天元さま!?ダメですよそんな危ない人と一緒にいちゃ! 友達は選びましょうよ!」

 

 うっせよ。鬼殺隊自体が危ない集団だろうが。火を付けるぐらい今更だろ。

 あと友達じゃねえよ。今日会ったばっかりだし。

 

「えっと……任務完了、おめでとう……ございます」

 

 おい、そんな優しい目を向けるな! なんか傷つくだろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇随が風呂に入っている間、俺は時間を潰すために嫁ズと雑談をしていた。

 

「なるほど、鬼を炙り出すために火を付けたのですか」

「けど、やりすぎじゃないですか?」

「いや、私は賛成だぜ? 鬼と戦うならいちいち気にしてられっか」

 

 雑談の中で誤解を解いておく。

 別に気にしてなんかいないが、ずっと誤解されたまま一緒の部屋にいるのは気まずい。って、なんで俺はさっさと帰らないんでしょうか……。

 

「天元さまがご友人をお連れした事に、私はとても驚きました。あの人はいつも私達の事ばっかりで、友達なんて作れた試しがなかったもので……」

 

 宇髄天元、ぼっち兼ハーレムだったことが判明。

 

「そうそう、わたしも驚きましたよ~。天元さま、里を抜けてからずっと私達のために奔走していましたからね。鬼殺隊に入ったのも、私達ですし!」

「須磨、余計な事は言わない!」

 

 まきをさんが咎めるような声を出した。

 なるほど、大体の事情は察せた。けど、初対面の人間が首突っ込んでいい内容では無いのだろう。

 

「苦労……してたんですね」

「ええ。だからとても嬉しかったんです。あなたの様な人が友となってくれて。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうか夫をよろしくお願いします」

「………」

 

 友人…ねえ。

 ぶっちゃけ、アイツが俺の何を気に入って友人になろうとしたのかさっぱりだ。

 俺みたいにコミュ障からボッチになって捻くれたガキとは違って、大事なものを守るためにボッチになった天元。

 正直、釣り合わない感が半端ないんだが……。

 

「あ、雛鶴さんだけずるい! 今すごく奥さんぽい事をしてる! わたしからも旦那様をよろしくお願いします!」

「てんげ…旦那の事、よ…よろしく……」

 

 二人とも敢えて旦那という部分を強調して頭を下げる。

 え、ここまでされたら逃げられないじゃん。マジでどうしよ……。

 いや、もう答えは出ているか。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 こういうしか、ねえよな……。

 

 



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ちゃうねん、わざとちゃうねん

 

 曇天の空、城の屋根の上。

 刀を構える鬼殺隊の隊士と、一匹の化物が睨み合っていた。

 敵は蜻蛉を無理やり人型に押し込めたかのような姿の鬼。

 剣士は地上から見上げ、鬼は空から見下ろしていた。

 

「ヒャハハッハハ! どうだ、空も飛べず、刀しか武器がねえお前には何も出来ねえだろ!?」

「……クソが」

 

 剣士―――珍しく隊服を着ている八幡は忌々しそうに顔を歪めて敵を見上げる。

 

 鬼の血鬼術は高速飛行。

 急加速、急停止、急転換、ホバリング等、凄まじい精度で上下左右を自在に飛ぶ。

 

 空は彼にとっての安全圏。

 いくらどんなに強い鬼や鬼狩りも空までは追えない。せいぜい地上の上を少し跳ねる程度であり、空高く舞い上がる自分には届く筈がない。

 飛んでしまえばこっちのもの。どれだけ速かろうが飛行する鳥には追い付けないのと同じように、この鬼に速度で敵わない。

 そして、そんな安全圏から一方的に攻撃する。

 これがこの鬼にとって堪らなく快感なのだ。

 

 

【血鬼術 滑空爆殺】

 

【水の呼吸 参の型 流々舞い】

 

 

 六本の足か飛ばされる無数の弾丸を、八幡は水の呼吸による歩法で避けた。

 しかしソレだけ。縦横無尽に跳んで避けるも、反撃のチャンスは一切ない。

 当然であろう、相手は空にいるせいで刀が届かないのだから。

 彼が出来る事は体力が尽きるまで避ける事のみである。

 体力が切れた瞬間、彼の敗北が決まる。

 

「クソが……!? おいよせ!」

 

 突然、八幡がしゃちほこの影に向かって叫ぶ。

 蜻蛉鬼もソレに釣られてそこに目を向けると、何かが動く気配がした。

 なるほど、そこに誰かが隠れて隙を伺っているのかと、蜻蛉鬼は内心ほくそ笑む。

 それならば、この剣士を更に絶望させるために、ソイツからやってやろうじゃないか。

 邪悪な笑みを浮かべながら影の方に向かおうとした途端……。

 

 バンバンバン!

 

「………へ?」

 

 いきなり、爆発音と共に、羽が消え去った。

 何が起きた。

 そう思った瞬間には、眼前に刃が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーカ、こんな単純なやり方に引っかかりやがって」

 

 鬼の首を斬った俺は、しゃちほこの影に隠しておいた鯉の羽織りを回収した。

 蜻蛉鬼がもう一人隊士が居て隠れていると勘違いしたトリックのタネである。

 いや、トリックなんて大げさなものじゃないか。なにせ俺のやったことって『あ、UFOだ』って感じだからな。

 

 血鬼術を避けている際中にこの羽織を引っかけ、風が吹いて揺れるタイミングで声をかける。

 誰かいると勘違いして振り向いたら御の字、気づいても声に反応すれば隙を晒す筈。

 で、隙を突いて銃を発砲。羽を撃ち抜いて撃墜し、首を狩る。

 

「しっかしこの銃威力強いな」

 

 M29やS&WM500並にデカいリボルバー式二丁銃。

 俺の専属刀鍛冶の甲さんに無理を言って作ってもらったものだ。

 遠距離から攻撃する鬼や、姿を見せない鬼とかを牽制できれば十分なのだが、甲さんが気合を入れ過ぎてこんな風になってしまった。

 無論、銃で鬼は殺せない。どれだけ威力が高くても最後のトドメは日輪刀だ。けど、コレが有ると無いとでは任務の難易度が大きく変わる。

 やはり時代は剣よりも銃。早く日輪銃とか出ないかな……。

 

「まあいいや、早く帰ろう」

 

 さっきまでこんな目立つところで派手に暴れていたのだ。早く帰らねば見つかってしまう。

 そう思って一歩踏み出した途端……。

 

 ビシシッ!

 

「………え?」

 

 不吉な音が俺の足元からした。

 何かに亀裂が入り、一気に広がる音。

 ああ、そういやあの鬼、けっこうこの屋根を破壊していたな……。

 

「うっそおおおん!?」

 

 体重が消える感覚と共に、俺は落下した。

 

 バッシャアアアアン!

 

 着水。

 どうやら下はお湯だったらしい。

 咄嗟に受け身を取り、水の抵抗を利用して落下の勢いを逃がす。

 こちとら呼吸の剣士である。たとえ水が張ってなくても落下の衝撃は受け身だけで相殺出来た。

 と、ソコまで考えて俺は違和感に気づく。

 なんでお湯が張ってあるのかと。

 

「ここってもしかして……」

 

 現状を把握しかけていると、また別のことに気づいた。

 俺が落ちた天井から、破片が落ちてきている。

 ソレを合図に今度は塊が少女の頭に……。

 

「(まずい!)」

 

 反射的に俺の身体が動く。

 雷の呼吸で加速し、少女を抱えて離脱。

 背後から落下して粉々になる瓦の音をBGMにして、ゆっくりと少女を降ろした。

 

「怪我は……!!?」

 

 そして、俺はここで気づいた。気づいてしまった……。

 

「あ…あう………」

 

 その少女が裸だったと……この場が風呂だったことに。

 

「「「きゃあああああああああああ!!?」」」

 

 無数の甲高い声が、浴場内に反響した。

 風呂桶や椅子がほぼ同時に投げられる。

 

「クソが!」

 

 俺は慌てて浴場を飛び出し、脱衣場を通り抜ける。

 その道中、脱ぎ掛けの女性とか、全裸の女性とかいた気がするが、気のせいだぜ!

 

「誰か捕まえて!」

「逃がしちゃだめよ!」

「警察よ!あと警備さんも!」

 

 抜けだした俺をまだ服を着ていた女性たちが追いかけるが、俺に全く追いつかない。

 こちとら全集中の呼吸を、しかもその中でも最速の雷の呼吸を習得しているのだ。手弱女を振り切るなんて造作もない。

 

「いたぞ! 覗き魔だ!」

 

 警備員が刺股らしきものを持って向かってきた。

 おいおい、準備いいじゃねえか。それとも、そんなものを普段から持ってるのか?

 

「「「な!?」」」

 

 俺はその集団を飛び越えた。

 途中、壁を蹴って更に飛距離を稼ぎ、スタッと着地。呆けてこちらを見ている警備員たちを無視して窓から飛び降りる……と見せかけて下の階に入った。

 窓にある雨よけを掴み、身体を撓らせて偶然開いていた窓から入る。まあ、開いて無くても割って入ってたが。

 

「きゃあああああああああああ!!?」

 

 今度は、更衣室だった。

 

「クソが!どうなってんだよ!?」

 

 俺は叫びながらその場を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハッハッハッハ! 今回も派手に事件起こしやがったな!」

 

 任務を終えて藤の家に向かうと、宇随の野郎が早速馬鹿笑いして俺を莫迦にしてきた。

 

「……テメエ、他人事だと思って楽しんでるだろ?」

「悪い悪い。けどこんな愉快な話、なかなかねえだろ?」

 

 宇随は投げられた新聞の内容を見て俺は顔を顰めた。

 

「……神出鬼没・忍のごとき変態、か」

 

 俺の事らしいが、弁明させていただきたい。アレは事故だと。

 

「風呂と更衣を覗いて公然わいせつ。しかもどさくさに紛れて逃亡中にわいせつ行為を繰り返した。……貴様、女の敵だな」

「全部事故だ!」

 

 イヤ、本当に勘弁してほしい。

 俺は別に悪気があってやったわけではない。

 全ては事故。事故によってToloveるってしまっただけなのだ。

 俺もビックリである。漫画やラノベでラッキースケベを見る度に『いや、そうはならんやろ』って思ったのが現実に起きるなんて。

 

「嘘つけ。腹立たしいが、貴様は俺と同等以上の忍力が派手にあるんだ。そんな失敗するわけがないだろうが」

「何を根拠に言ってんだ。俺はうだつがあがらない一般隊士だぞ」

 

 ていうか忍力って何だよ。新しい言葉を作るな。

 

「根拠ならあるぞ。貴様と何度共同任務を地味にしていと思っている? 力量は十分分かっているさ。後、金がないのはお前が何やら神隠しについて調べているからだろ」

「……知ってたのかよ」

 

 言った覚えはないんだけど、なんで知ってるんだ?

 

「もういいだろ。明日の任務に備えて寝るぞ」

「あ、地味に逃げやがったな」

 





はい、今回は珍しく八幡が失敗した話です。
彼も人間なのですから華々しく活躍するだけでなく、こういった間抜けなエピソードも必要かと思いまして。


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笛鬼退治

 

 とある真夜中の森林、一人の鬼殺隊と一体の鬼が距離取って睨み合っていた。

 大分離れている。大体五十mといったところか。

 

 背中に鯉を描いた羽織を着ている、腐った目をしている鬼殺隊、比企谷八幡。

 頭巾をかぶった翁の姿をしたる鬼、笛鬼。

 八幡は刀を、笛鬼は笛を手に持つ。

 

「(バカめ、あのまま儂の首を刎ねていれば勝てたものを)」

 

 ニヤリと、内心ほくそ笑む鬼。

 彼は今、勝利を確信していた。

 

 最初、不意打ちされた際は死を覚悟したが、失敗してくれたおかげで鬼は助かった。

 奇襲の途中で、八幡は急きょ人命救助を優先してしまった。

 笛鬼は別の隊士と戦っており、分身である魔犬を使って今まさにトドメを刺そうとしていたのだ。

 よって八幡はターゲットを笛鬼から魔犬に急遽変更。一瞬で全ての魔犬を全て切り伏せた。

 こうして、八幡は鬼との正面対決に引きずり込まれてしまったのだった。

 

「(……こりゃマズいな)」

 

 八幡は倒れている隊士二人を背にして苦笑いを浮かべた。

 敵を見るに、笛を媒体とした血鬼術を使う鬼。

 おそらく笛を吹かれた瞬間に勝敗が決まる。

 その予想は当たっていた。

 

 鬼の血鬼術は状態異常。彼の笛の音色を聞いた途端、聴足を動かそうと思えば頭が動き、手を動かそうと思えば足が動くといった具合になる。

 術によって体が上手く動かず狼狽している間に分身である犬を生み出し、噛み殺させる。そうやって彼は鬼殺隊を返り討ちにしてきた。

 実に理不尽な術。人間が日々重ねてきた鍛錬して付けた剣技を、笛の音一つで無駄に出来るのだ。

 だが、鬼と戦うという事はこういうものなのである。

 

「(死ね、鬼狩り! 儂が十二鬼月になるために死ね!)」

 

 笛鬼が笛を吹こうとした途端……

 

 バンバンバン!

 

 

 鬼殺隊は腰のホルスターから銃を引き抜き、笛鬼に連射した。

 放たれた銃弾は鬼の両手に命中。笛と両手を粉砕してみせた。

 

「な!?」

 

 銃声と銃の威力に驚いて反応が遅れる笛鬼。

 その隙に目の腐った隊士は刀を鞘に納め……

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 一気に距離を詰め、鬼の首を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体いつから、俺の武器が刀だけだと錯覚していた?

 

 イヤ~、銃があると本当に便利だわ。

 強敵相手だったり一回失敗したら使えないけど、まあまあの相手だったら初見殺しとして役に立ってくれる。

 リボルバー式なので計十二発撃ったら装填しなくちゃいけないが、遠距離攻撃手段がない人間側にとってはかなり強い武器である。

 今度は爆弾とかも欲しいな。甲さん作ってくれるかな?

 

「おいおい、もう派手に倒しちまったのか?」

 

 茂みから音も立てずに宇随が飛び出した。

 

「遅いぞ宇随。何やってたんだ」

「お前が地味に速いだけだろ。鬼の匂いがするとか意味分からねえことほざきやがって」

 

 本来、この鬼は俺たちが倒す獲物ではなかった。

 他の隊士達が相手していたのだが、鬼の匂いを感知した俺が急きょ参戦。で、倒して今に当たる。

 

「隠の手配はしておいた。直に手当て班が来るだろう」

「そうか」

 

 倒れている隊士達に目を向ける。

 けっこうな重傷だ。

 胴体や頭部は軽傷だが、手足はけっこう噛まれまくっている。

 食いちぎられた箇所がないのが幸いだが、こりゃしばらくは入院だな。

 

「………」

「比企谷、お前は最善を尽くした。だからお前が思いつめる必要はねえ」

「いや、そういうんじゃねえよ……」

 

 別に、俺は誰かを助けるために鬼殺隊に入ったわけじゃない。

 自分の目的のためにやっているだけであって、正直言ってしまえば他人のことなんてどうでもいい。

 ただ、目の前で死なれたら気分が悪いから助ける。その程度の認識だから無理して誰かを助ける気は毛頭ない。

 けど、何でだろうか。もっと早く来ていればと後悔する俺がいるような気がする。

 

「(……いや、今は自分の任務に集中するべきか)」

 

 下らないことを考えているウチに、俺がここで出来る手当は完了した。

 普段ならもっとかかるが、宇随が手伝ったおかげで早く終わった。

 

「あ…りが、と……」

「……」

 

 俺はその言葉を背にしてさっさとその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの野郎、本当にひねくれてやがるな。素直にそうだって言えばいいのによ……」

 

 とある真夜中の山道、天元は一人で歩いていた。

 八幡はこの場にいない。途中ではぐれてしまった。よって、こうして八幡を置いて先に目的地へと向かっている。

 

 

 天元から見て八幡は有能な鬼殺隊員だった。

 他の隊士と比べて士気は低いが、剣の腕と戦いの技術は十分にある。

 剣技だけでなく、潜入や尾行や変装、更には鍵開け等の任務に必要或いは優位に進める技術を持っている。

 特に気配の消し方や逃げ方が上手い。たとえ騒ぎを起こしても捕まることなく逃げ、任務を遂行している。

 難易度の高い任務でも達成して生還し、無茶だと分かれば情報だけ持ち帰って撤退。また次の任務へと向かう。

 組織としてはこれ以上にない逸材である。

 

 たとえ鬼を殺せたとしても、怪我すればしばらく任務は出来ない。その分の空きを他の隊士が埋めざるを得ない。

 たとえ鬼を殺せたとしても、警察や一般人にやくざ者や犯罪者と疑われて捕まってしまえば任務を遂行できない。

 たとえ鬼を殺せたとしても、死んでしまえばもう終わり。ただでさえ少ない戦力が無くなり、その鬼の情報もないまま別の隊士を派遣しなくてはならない。

 

 その点、八幡は問題ない。

 怪我をしないから毎日働ける、上手く堅気に溶け込んで怪しまれない、騒ぎを起こしても独力で逃げれる、無茶をせず情報を持ってきて応援を要請する。 

 鬼に対して憎しみを抱いてないせいで士気こそ低いが、そのおかげで必要以上に鬼狩りに拘ることが少ない。そのせいで他の隊士と反りが合わない事もあるが。

 

 とまあ、これが天元から見た隊士としての八幡である。

 では、人間としてどうなのかと、一言で言うなら捻くれたガキである。

 

 今回だってそうである。倒れた隊士が心配ならそう言えばいいのに、さも自分が何も思ってないかのような態度を取る。

 こういった事は今回だけじゃない。別の任務でも鬼に食われて手遅れになった犠牲者を見ても『人が獣を食うように鬼もそうしているから仕方ない』といった態度を取る。

 確かに言っていることは正しいのだが、そうじゃないだろうと天元はいつも思っていた。

 

「(何時に成ったら心の鎖国を解くんだ)……!!?」

 

 突如、天元は考え事を中断して横に跳んだ。

 その時だった……。

 

 

【血鬼術 遠射】

 

 

 突如、天元の脳天目掛け飛んできた弾丸。

 天元は咄嗟に身体を捻って回避。

 意識したわけではない。条件反射のようなものである。

 死角から放たれた弾丸は、天元の左肩付近を視認不可能な速度で突き抜けた。 

 

「(クソ! 鬼の血鬼術か!?)」

 

 日輪刀を背中から引き抜き、弾丸が飛んできた方角に目を向ける。

 鬼の気配がする。

 遠くて視認こそ出来ないが、鬼の存在を感じ取る事は出来た。

 

 

【血鬼術 散射】

 

 

 次の血鬼術が放たれた。

 弾丸は真っすぐ天元に向かうかと思いきや、突如爆散。無数の散弾をばら撒いた。

 

「(これは響斬無間でも無理だ!)」

 

 天元の反応は速い。

 刀を斜めに構えて弾丸をやり過ごしながら、射程内から逃げ去る。

 

 

【血鬼術 貫射・三連】

 

 

 正確に発射される銃弾。

 

 一発目は横へ跳んで回避。弾丸は後ろの地面を穿ちながら土煙をまき散らした。

 二発目は体を無理やり捻って避ける。弾が天元の肩を掠め、ジュッと焼いた。

 三発目は自身の技を使って受け止める。

 

 

【音の呼吸 壱ノ型 轟】

 

 

 同時にぶつかる互いの攻撃。

 爆発によって威力を増した剣戟は、巨大な銃弾を弾き飛ばす。

 だが、そのせいで天元は足を止めてしまい、大きな隙を晒してしまった。

 

「(!? マズい!)」

 

 一瞬焦るも天元の行動は速い。

 空中でありながらすぐさま迎撃行動の体勢を取る。

 

 

【血鬼術 連射】 

 

【音の呼吸 肆ノ型 響斬無間】

 

 

 鎖を使って二刀を高速で振り回し、前方に壁の如く斬撃と爆発を発生させる。

 踏ん張りが効かず、威力は半減された状態でありながら天元は全ての弾丸を……。

 

「ぐあッ!?」

 

 防げなかった。

 弾丸がいくらか掠る。

 脇腹、太もも、両肩。

 直撃は避けたものの、ダメージは負った。 

 

「(ちくしょうが! こんな時にあのバカは何処だ!?)」

 

 天元はこの場にいない八幡を心の中で怒鳴りながら、傷を庇って茂みの中に飛び入る。

 その瞬間であった……。

 

 

【雷の呼吸 壱の型・崩し 轟雷】

 

 

 落雷のような音が、弾丸が発せられた音から響いた。

 




この八幡は早撃ちが得意です。
鬼狩りをスムーズに行うために覚えました。
相手が血鬼術を使う前に牽制し、隙を作って霹靂一閃します。
鬼に対して少しでもアドバンテージを手に入れる為、外にも色々央覚えてます。


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銃鬼再び

 

「不意打ち、でありますか」

「………ッチ」

 

 鬼―――銃鬼に刀を向けた八幡は不意打ちが失敗したことに舌打ちした。

 

 銃鬼は武器である銃を楯にして防がれたのだ。

 そのせいで銃は壊れたが、おかげで首の皮壱枚繋がった。

 ソレに、銃は一つではない。いくらでもある。

 

 

【血鬼術 散射】

 

 

 懐から拳銃を取り出し、八幡目掛けて発砲した。

 視覚外からの、完全に不意を突いた一撃。

 通常なら対応不可能。そう、普通なら。

 

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】

 

 

 咄嗟に八幡は迎撃行動へと移った。

 周囲、特に自身の眼前を暴風の如く激しく連続で刀を振るう。

 剣筋は壁となって八幡をまき散らされる銃弾の脅威を吹き飛ばした。

 

 

「(奇襲への対応が早い! これは風の呼吸でありますか だが……!)」

 

 ニタリと、銃鬼が笑う。

 次の瞬間、吹き飛ばした筈の銃弾が爆発。

 爆風と土煙によって砂塵の煙幕が発生し、二人の姿を隠した。

 

「(クソ、銃弾に爆発機能付いたのか。……こりゃ前回よりも強くなってるな)」

 

 爆発の中、八幡は冷静に相手を分析した。

 眼前の鬼は明らかに以前よりも力を上げている。

 銃の生成速度に血鬼術の発動速度、血鬼術の威力と規模、そして爆発機能といった新しい能力。

 腕を上げたのは自分だけではなく、この鬼も同様……いや、鬼の方がよほどレベルアップしている。

 

「こりゃ今日は無傷じゃ済まさそう……!!?」

 

 

【血鬼術 乱射】

 

 

 土埃が晴れかけた瞬間、八幡がいるであろう箇所に血鬼術が乱射された。

 何も正確に八幡を狙う必要はない。

 大まかに撃ってどれか一つでも当たれば爆破して勝ちなのだから。

 

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 

 八幡は独特の歩法でそれらを回避した。

 水流の如く流れるような足運びを駆使。

 敵の攻撃を躱し、爆破の範囲から逃れ、翻弄させながら、敵の隙を狙う。

 

「(なに!? 真(間)を置かずに呼吸を変えた!? どうやら強くなったのは向こうも同じようでありますな。だが、所詮は人間!)」

 

 

【雷の呼吸 肆ノ型 遠雷】

 

【血鬼術 貫弾】

 

 

 同時。

 刀と弾がぶつかり、互いに弾き合う。

 結果、八幡は空中で体勢を崩し、隙を晒す事になった。

 

「(ヤバッ!?)」

「遅い!貰ったであります!」

 

 隙だらけになった八幡に銃口を向け……。

 

 

【螟ゥ縺ョ呼吸 髮イ縺ョ型 謨」繧企峇】

 

 

 発砲した瞬間、八幡は未知の呼吸を使って回避してみせた。

 弾丸を刀で受け流し、その分の勢いを利用。

 更に、爆発の勢いに乗って接近した。

 

「(な!?)」

 

 八幡の行動に驚愕し、動きを止める銃鬼。

 その隙に八幡は刀を掲げて……。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 鬼の首を刎ねた。

 

「(吾輩は…死ぬので、ありますか……)」 

 

 首だけで夜空を舞いながら、銃鬼は己の死を実感していた。

 

 死。

 生物なら当然に忌避するもの。

 しかし何故だろうか。

 死を突き付けられても銃鬼は恐怖を感じなかった。

 むしろその逆。何処か安らかさを感じる。

 

「(ああ、吾輩は……コレを求めて、いたのか……)」

 

 

 ぽつぽつと、過去の記憶が浮かんでくる。

 思い出した。自分は偶々出会ったあの男によって死を奪われたという事に。

 

 

『ほう、己の手で命を断とうというのか。要らぬというのならせめて私の役に立ってもらおうか』

 

 

 それから、彼は悪行を重ねて来た。

 今まで背負ってきたものを忘れて、彼は再び手を汚してきた。

 けど、今やっと、その呪縛からも……今までの罪からも解放される。

 

 

 ―――少尉、もう貴方は十分です。

 

 ―――行きましょう。皆、少尉を待っております。

 

 

 今は亡き筈の戦友たちの元へ、鬼だった男は向かっていく。

 そして、ここから消えて旅立つ間際に、鬼は介錯をしてくれた少年に敬礼をした。

 

 

 

 

「………」

 

 少年もまた、男に敬礼を返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、軍人だったんだな」

 

 俺は鬼の落とした軍帽を拾う。

 けっこうボロボロだが、古い匂いはしない。

 おそらく、そう長く使っていたものではないのだろう。

 

「じゃあ、けっこう若い鬼だったんだな……」

 

 最初に戦った鬼、あの蛇みたいな鬼は百年以上生きていたが、この銃を使う鬼は明らかにソイツより強かった。

 元軍人だったから他の鬼より強かったのか、それとも元軍人だから強くなろうと努力したのか。

 けど、同時に強くなるため多くの人間を殺したことになる。許すことは出来ない。

 

「(……許す、か。何偉そうなことを考えてるんだ俺は)」

 

 何を許そうと言うのか。

 鬼だって俺たちと同じ。

 生きる為に、自分の目的のために相手の命を奪っている。

 そこに何の違いがあるのか。人間が今までしていることをしているだけである。

 

 俺は鬼を許さないとかそんな思いはない。

 自分のために戦い、自分のために殺す。

 誰かの為とか、そんな言い訳はしない。

 

 だから、俺を殺したとしても、別に責めるつもりはない。

 

「………痛ぇ」

 

 俺は身体中の痛みを抑えてその場に座り込む。

 鬼の銃撃と爆発の威力を流し切れなかった。

 こりゃ骨や内臓までダメージ行ったな。

 

「(普通……そうか)」

 

 考えてみれば当然の話。

 普通は銃弾や爆発とかを体術で流せるわけがない。

 鬼やら血鬼術やら全集中の呼吸やらで忘れていたが、今の俺は元の世界じゃ考えられない程に強い。

 家屋を楽々と飛び越え、天井や壁を自在に走り回り、バイク並みの速度で走り、岩を刀で切れる力を持っている。

 

 ハッキリ言って化物である。

 

 天敵である鬼と比べたら全然だが、人間から見れば俺たち鬼殺隊も化物染みた強さに変わりない。そりゃ世間に認められないわ。

 ハハッ。俺、元の世界に戻ったらちゃんと人間やれるかな?

 

「……で、やっとお前ら来たのかよ?」

 

 振り返ると、宇随とは別の鬼殺隊員がいた。

 本来、この鬼を狩る筈だったメンバーである。

 

「なんだ、もう鬼は殺したのか?」

「ああ、俺がさっき倒した」

 

 鞘を杖にして立ち上がる。

 けっこう痛いが、まだマシだ。

 この仕事始めてから負傷することは多々あるが、そんなものは鬼殺隊なら誰でも経験してる。

 しかも俺はまだ軽い方。長期の入院をするような怪我は勿論、次の任務に支障が出るような傷すら負ったことはない。

 こんなものはすぐに治る。だからさっさと藤の家に行ってダメージを回復させよう……。

 

「お、これって鬼の服か? なんで軍服なんだ?」

「ん? ああ、そうだ。あの鬼は元軍人で…」

 

 俺が答える前に、その鬼殺隊は軍服を踏みやがった。

 

「………おい」

 

 俺は、ソレを止めるためにソイツの肩に手を置いた。

 




・銃鬼
陸軍の少尉だった鬼。
元は部下想いの温厚な人物であり、自身の命令によって自軍にも相手軍にも一般人にも犠牲が出る戦場に耐えきれずptsdに陥った。
帰国後、自殺しようとしたところを無惨に出会い鬼と化す。
生前の軍人の性か、無惨の命令を任務として捉え、忠実にこなしてきた。
下弦の中位ぐらいの実力。


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喧嘩

 

「あの野郎…地味に俺を囮に使いやがったな!」

 

 山の中、天元は堂々と歩いていた。

 

 今はもう隠れる必要はない。

 先程まで血鬼術を放っていた鬼は八幡が相手している。

 銃弾を警戒して背を低くして歩く真似はもうしなくていいのだ。

 

「ったく、一言声掛けりゃいいのに……」

 

 別に、天元は囮にされたことを怒っているわけではない。

 アレが最適な判断だった。もし天元が逆の立場でもあのやり方を提案してる。

 彼が怒っているのは、鬼の気配に気づいたのにソレを言わず、囮役を勝手に押し付け、自分だけ先に行ったことに対してである。

 一言あればよかったのだ。ソレだけで全ては解決していた。

 

「クソ、これでアイツがしくじってたら派手にぶん殴ってやる」

 

 口では言うも、欠片ほどもそうとは思っていない。

 戦闘音はもう無くなり、鬼の気配もない。

 既に決着は付いているようだ。

 

「(もう終わったか。やっぱアイツ、地味に強いんだよな)」

 

 歩きながら八幡の戦いを思い出す。

 

 天元から見ても八幡は強い。

 三つの呼吸を使いこなす独自の戦闘スタイル。

 状況や相手に合わせて呼吸を変えることで、多種多様な鬼を倒し、様々な任務を遂行してきた。

 特に雷の呼吸がヤバい。使える技は二つしかないが、その速度と威力は抜群。

 大半は奇襲で使うが、予期せぬ事態で急きょ中断する事も……。

 

「……ん?それっておかしくねえか?」

 

 そこで天元は違和感を抱いた。

 霹靂一閃は肉体の制限“リミッター”を外して繰り出す技である。

 己の限界以上の力を出すせいで、一度繰り出せば本人も止める事は出来ない。

 だというのに八幡は霹靂一閃を出している際中でも中断したり、急きょ別の技を繰り出せるのだ。

 おかしい。普通なら出来無い。一体どんな手品を使ったのか……。

 

「(……いや、今考える事じゃねえか)」

 

 天元は考えを切り替えた。

 そうだ、今はそんなことなんてどうでもいい。

 大事なのは今。八幡と合流して文句を言う事である。

 

「っと、そろそろか」

 

 獣道を抜けて開けた場に出る。

 血鬼術の銃弾が飛んできた場である。

 そこで八幡と合流しようとした瞬間……。

 

「………なんだこりゃ?」

 

 八幡のほかに倒れている隊士達が何人もいた。

 おそらく、八幡が倒した鬼を狩る筈だった隊士達だろう。

 鬼にやられたのか? いや、ソレにしては怪我が軽い。殴られたように見える。……いや、もう見たまんまだ。

 

「おい比企谷!オメエ何を地味に味方ぶっ倒してんだ!?」

 

 天元はこれをやった犯人である八幡に詰め寄ろうとした。

 

「別に。ただこいつ等がケンカ売ってきたから買った」

「何言ってんだ貴様!? 貴様そんな血気盛んな男だったか!?」

「あ~、少しいいですか」

 

 八幡と天元の間に隠の一人が入り込む。

 

「なんだ!? なんだ!? 今は派手に話し中だ!邪魔すんな!」

「いや、それがこの事に関する話なんです」

「何?」

 

 一旦冷静になった天元は隠達の話を聞く態勢に入る。

 

「比企谷様が鬼を討伐された後、他の隊員の方々がやって来て、鬼の服等の遺留品に死体蹴りをしたのです。最初は比企谷様も顰めっ面はしてましたが黙っていました」

「その場を比企谷様は去ろうとしたのですが、比企谷様の持っていた鬼の軍帽を奪おうと道を塞いで口論になり、喧嘩に発展したのです」

「……なるほどな」

 

 そこまで聞いて天元は納得した。

 確かにソレなら八幡でもキレる。

 

 死体蹴りをしたい気持ちは分かる。

 鬼殺隊の隊は大事な人を鬼に殺され、復讐の為に己の人生と命を捧げている。

 見ていて気分がいいものではないが、憎き鬼の遺留品があれば何かしら痛い目を見せたいと思っても仕方ない。

 

 しかし、だからといって八幡がソレに付き合う義理はない。

 むしろよく耐えた方である。

 最初は何もせずに帰ろうとしたのに、ちょっかいをかけたのは向こうだ。

 原因は向こうにある。 

 

「(けどまあ、未だ地味に収まってねえようだな。ちょっと鎮めてやるか)」

 

 八幡の方を見ると、苛ついているのが分かる。

 珍しい光景。

 あまり感情を表に出さない八幡が、あからさまに怒っている。

 鬼の言動で怒りを見せることは多々あったが、人間に、しかも仲間である筈の隊士達に向けることは実に稀である。

 ソレを見た天元は先程の仕返しも兼ねて少しおせっかいをする。

 

「このボケ!よくも俺を地味に囮に使いやがったな!」

「うお!?」

 

 音もなく八幡の背後に回り込み、ラリアットを繰り出した。

 驚きながらも危なげなく避ける八幡。

 上体を屈げながら天元の脇下を通り抜ける。

 咄嗟の事でも対応できる当たり、流石は鬼殺の剣士といったところか。

 

「何しやがる!? 成功したからいいだろ!?」

「そういう問題じゃねえ!一言寄越してからやれ!」

「言ったらバレる可能性があったろうが!」

 

 そこから始まる乱闘。

 拳を突き出し、蹴りを撓らせ、

 捌き、避け、受け流す。

 

「お…おい、止めなくていいのか?」

「いやムリだろ」

 

 隠達はソレを黙って見ていた。見ていることしか出来なかった。

 戦闘経験豊富な剣士が、全集中の呼吸を使っているのだ。止められるわけがない。

 ソレに、この二人は鬼狩りの使命を持つ剣士である。まさか同士討ちなんてバカな真似をするはずが無い。

 

 

【雷の呼吸 壱の型・崩し 轟雷】

 

 

 八幡は天元の腹部に手を置いたまま、掌底を撃ち出した。

 その威力によって天元は声もあげられずに吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 咄嗟に受け身を取ったが、食らったダメージは免れない。

 痛む腹を押さえながら、天元はヨロヨロと立ち上がった。

 

 いわゆる発頸というものである。

 通常の突きは拳を打つのにある程度の間合い距離が必要だが、発頸はゼロ距離で可能。

 しかも、今回は雷の呼吸による踏み込みで威力を倍増。

 足腰から生み出した力が八幡の肉体を通して増幅、加速、収束された事で更なる破壊力を発揮したのだ。

 

「この野郎本気で殴っりやがったな!」

 

 八幡目掛け、棒手裏剣が散弾の如く投げられた。

 予備動作なく、一瞬で投擲された鋭利な刃たち。

 ソレらを八幡は横へ跳んで難なく避ける。

 

「テメエ、そこまでするか!?」

 

 跳びながら八幡は銃を撃った。

 目にも止まらぬ早撃ち。

 天元はソレをジグザグに移動して回避した。

 

 銃弾と手裏剣が飛び交い、緩急を付けて縦横無尽に避け、そのまま森の方へと飛び込んだ。

 木々の間から響く戦闘音。

 戦いはまだ続いている。

 

 

 

「え?ちょ…これはいくらなんでもマズいぞ!」

「流石にやりすぎです御二方!」

 

 結局、乱闘は朝まで続いた。

 

 




八幡と天元は互いとの喧嘩でのみ凶器を取り出します。他の奴相手にはしません。
お互い避けられると信頼しているからです。
あと二人の喧嘩は武器ありの模擬戦と言い訳してるので、隊律違反にもなりません。実際、訓練としても成立してます。


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謹慎処分

 

 任務終了後、八幡は街中を歩いていた。

 人混みをスルスルとすり抜け、スムーズに歩いて行く。

 そんな彼の背後を、十人程の人影が後を付けていた。

 昨晩、八幡によって返り討ちに遭った鬼殺隊共である。

 前回の仕返しをしに来たのだ。

 気づかれないよう点々とバラけ、隊服ではなく普通の恰好をしており、見事に人混みの中に溶け込んでいる。

 彼らも鬼殺隊。八幡や天元程ではないが、尾行の仕方や気配の消し方は心得ている。

 普通なら同じ隊士でも気づかない。彼らは鬼を狩るために気配を消す事はあっても、狙われることはあまりないから。

 それに今は昼時。敵のいない時間であり、最も隊士が安心できる時。つまり気が緩む時間帯である。

 あと、万が一一人二人はバレることがあっても残った者がカバーできる態勢に入っている。これで万事問題は無い。

 

「おい、アイツ角の道に入ったぞ」

 

 見ると、八幡は人混みから抜けて路地裏に入って行った。

 ソレを追う形で鬼殺隊たちは後を付けていく。

 苦労して人混みを抜け路地裏へと入る。

 しかし、そこには八幡の姿はなかった。

 

「クソ、逃げられたか」

「早く行くぞ」

 

 駆け足になって路地裏を進む鬼殺隊。

 しかし、その先は行き止まりだった。

 

「お、おいどうなってやがる?」

「誰か探してるのか?」

「「「!!?」」」

 

 全員が驚いて振り返ると、そこには先程この路地裏に入って行った筈の八幡が壁を背にして佇んでいた。

 

「ったく、下手くそな尾行しがって。気配が駄々洩れじゃねえか」

「お前……気づいていやがったのか!?」

「当たり前だろ。町に溶け込んだつもりだが、歩き方がおかしい。もっと町の人間を観察して勉強しな」

「こ…この舐めやがって!」

 

 全員が一斉に向かってくる、という失態は犯さない。

 最初に向かってくる者は二人程。他は逃げ道や次の手を潰す形で迫ってくる。

 鬼殺隊として染みついた癖。私闘でも咄嗟に出来るあたり流石は鬼殺隊といったところか。

 

「なんだ、少しはちゃんと出来るじゃねえか」

 

 八幡はソレを嗤いながら、八極拳の構えを取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡、お前また謹慎食らったみたいだな」

 

 藤の家で寝ていると、枕元で八雲が笑いながらそう報告した。

 

 謹慎処分。

 俺が未だに上級隊士に成れない理由の一つである。

 他の隊士と違って価値観の違う俺は意見が合わず、偶に喧嘩する事がある。

 互いに鬼という化物と刀一本で渡り合える剣士だ。当然激しい喧嘩になる。

 その結果、重傷を負うような喧嘩にまで発展して、謹慎を食らってしまう。

 

「うっせえ。先にケンカ売ってきたのは向こうだ」

「そうだ。だがお前はやり過ぎた。いわゆる過剰防衛という奴だな」

「アイツら刃物持ち出したんですけど!?」

「お前ならあの程度の奴ら、容易く対処出来たろ」

「………ッチ」

 

 クソ、反論できない。

 

「まあいいや。長期休暇だと思って楽しませてもらうわ」

「ほう?この機会に“例の呼吸”について考えるのか?」

「まあな」

 

 修行をする前から、俺は全集中の呼吸が使えた。

 しかし、その呼吸はどの呼吸にも当てはまらず、その癖してかなり強い。

 未収得でありながら鬼と戦える力を発揮したかと思いきや、型を一つ使った程度でダウンする程の反動が掛かった。

 あの時は俺がカスだったからああなったと思たのだが、常中を習得した今でも負担が大きく、連発は難しい。

 一体、この呼吸は何なんだ?

 

「ソレだけ、この呼吸が強いってことだよな?」

 

 何で全集中の呼吸を知らなかった頃の俺が、こんな強い呼吸を知ってるんだ?

 あと、俺は本当にこの呼吸を使いこなせるのか?

 

「……まあいい。まずはアイツらのとこに行くか」

「ん?どこ行く気だ?」

 

 

 

「見舞いだよ。義勇と錆兎の」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謹慎を食らった昼頃、俺は錆兎と義勇の見舞いに向かった。

 診療所の待合室はそんなに混んでない。

 表向きは医療施設なので一般人もいるのだが、鬼から隠れるような立地にあるためあまりいない。

 要するにガラガラという事である。

 

「すいません、義勇と錆兎の面会をお願いしたいのですが」

「はい。お名前は?」

 

 俺の名前を尋ねてくるとは、どうやらこの受付嬢は始めて対応するようだ。

 

「比企谷八幡です」

 

 名乗ると受付嬢から『嫌悪の匂い』がした。

 

「あの問題児……」

 

 なんだ、俺の名を知ってるのか。

 小声で言っても俺の耳なら十分聞こえるぞ。

 

「……奥の突き当りの部屋です」

「ああ」

 

 仮面のように張り付けた笑顔を浮かべて廊下を指さす受付嬢。

 俺は一言言ってから受付嬢から視線を外し奥へ行こうとすると、彼女は他の者等と何やらひそひそ話をしている。

 聞かなくても分かる、俺の悪口だ。

 まあ、聞こうとしてなくても聞こえるけど。

 俺はソレを無視して部屋の中に入った。

 

「よぉ。またお前ら入院してるのか」

 

 病室を訪ねると、丁度起きた二人は微睡んだ目を俺に向けた。

 

「で、具合はどうだ?」

 

 俺は見舞い品の果物を机に置き、備え付けの椅子へと座る。

 

「………最悪だ」

「………気分が悪い」

 

 ソレは俺と会ったせいじゃなく、薬の副作用ということにしておこう。

 

「ったく、お前ら最近入院多いぞ」

「何でお前は……入院したこと、ないんだ……」

「入院、どころか……怪我すらないぞ……」

 

 目をこすりながら二人は言った。

 

 俺は入院するような怪我を負ったことがない。

 せいぜい軽い傷を負う程度。

 そのせいで俺は休む事を許されずに酷使されるのだ。

 

「というか、お前らは無茶し過ぎだ。無理だと思ったら逃げてもいいんだぞ」

「そんな真似できるか。何度も言うが、俺は男としての責務を果たす」

「お前の中の男はどんだけ責務を負ってるんだよ。なあ義勇」

 

 錆兎の「男なら…」が出たので話を打ち切って今度は義勇に振ってみる。

 

「……俺は、姉さんみたいな人を増やしたくない」

「……そうか」

 

 あ、これは無理だ。

 

「まあいい。元気そうで何よりだ。……ほら、さっさと食って怪我直せ」

 

 早速俺は見舞いに持ってきた籠から林檎を取り出し、ナイフで切る。

 スパスパスパン!と、いい音が聞こえるかのように手を動かす。

 うん、我ながらなかなかの早業だ。

 

「八幡、お前って本当に多芸だな」

「まあな。こういった大道芸も潜入するには必要だからな」

「……やってることが鬼殺じゃない。忍者みたいだ」

 

 まあな。

 

「そういや前は日輪刀でやってたな。……ん?お前刀はどうした?」

「没収された。謹慎中だからな」

 

 謹慎されている今、日輪刀を没収されている。だからこれはその代用だ。

 

「……お前、また謹慎処分くらったのか」

「まあな。ということで少し遅い夏休みだ」

 

 それから俺は二人と軽く雑談し、一時間程で俺は病室から出た。

 

 

 

 




八幡は既に五〇体以上の鬼を倒してますが、他の隊士と揉めたりしてちょくちょく謹慎を食らってます。
そのせいで未だに柱になれません。


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姉妹ケンカ

 

「なんで分かってくれないの!?」

「ソレはこっちの台詞よ!」

 

 病院の廊下を渡っていると、突然怒声が聞こえた。

 聞こえた先は俺の通りたい通路であり、しかも片方は知り合い声だ。

 さて、どうしたものか……。

 

「(よし、行くか)」

 

 俺は無視して通り過ぎることにした。

 気配を消すのは得意だ。たとえ同じ鬼殺隊でも、上級隊士以上でもない限り誤魔化せる。

 

「(あ、胡蝶姉妹だ)」

 

 ケンカしているのは胡蝶カナエと胡蝶しのぶだった。

 カナエの方は義勇や錆兎と同期なので顔見知りだが、妹の方はあまり話したことない。

 そんな俺が割って入って仲裁するなど烏滸がましい。ここは見なかったことにしてさっさと去ろう。

 

「うるさい!」

 

 しのぶの怒鳴り声が廊下に響き渡った。

 悲観と怒りが籠った声。

 驚き呆然とするカナエ。

 しのぶは気にせず更に喚き散らかす。 

 

「どうして姉さんも認めてくれないの!? 他の皆もそう、鬼を殺せる毒を作ったのに、首を斬った方が早いって笑っている!姉さんも、同じなんでしょ!?」

「ち、違うわしのぶ! 私はそんなこと…」

「うるさい!! お前には鬼の頸は斬れないって言われた私の気持ちが姉さんには分からないの!! やっと、やっと手に入れたのに……!!」

「しのぶ!?」

 

 カナエを振り払い、しのぶは一目散に走り去った。

 一筋の涙が廊下の床に零れ落ち、その場を静寂が支配する。

 

「……どう、して?」

 

 追いかけようとするカナエだが、その脚は動かなかった。

 力が抜けたようにその場にへたり込む。

 どうやら、相当に堪えたようだ。

 

「追いかけないのか?」

「!?」

 

 俺が声をかけた途端、カナエは驚いた様子で振り返った。

 まあ、気配消してたから当然の反応か。

 

「ひ、比企谷…さん?」

「俺はしのぶを追うが、お前はどうする?」

「そ、それは……」

 

 カナエが行くべきであることは彼女自身理解している筈だ。

 だが、さっきまで喧嘩していたのだ。追いかけても聞く耳を持たないだろう。

 

「カナエ、今のしのぶと話すのが怖いのなら、お前は隠れて居ろ」

「比企谷さん……」

 

 カナエは数秒程悩んでを数秒して決断した。

 

「分かったわ。けど、少しだけしのぶと話してもらっていいかな?話を聞くだけでもいいから」

「……期待はするな」

 

 大の苦手分野に俺は顔を顰める。

 クソ、厄介なことを押し付けられたな。

 

 

 しのぶはすぐに見つかった。

 どうやらあの後、我に返ったのだろう。

 屋敷を出て少し離れた道路の脇で、膝を抱えて座り込んでいた。

 

 忍を見つけたと同時、俺はカナエに目線で下がるよう伝える。

 敢えて気配を普段より出して近寄り、しのぶに声をかける。

 

「……なんですか? 比企谷さん」

「お前、鬼殺す毒作ったんだけど効果あんまりないんだってな?」

「あ”!?」

 

 俺は敢えてしのぶを挑発した。

 目論見通りしのぶは怒りをみせ、俺に詰め寄る。

 

「どうした怒ったか?ならかかってこいよ」

 

 しのぶの憎しみを解消する手段の一つとして、時間をかけて話すより手っ取り早い方法を取ることにした。

 

「このっ!」

 

 しのぶが俺にビンタする。

 俺はそれを避けずに受け止めた。

 ぶっちゃけ痛くない。威力を反射的に流したせいだ。

 

 俺が避けずに受けたことで、しのぶが少し動揺した。

 

「どうした?もっとやってもいいんだぜ?それとも、お前の怒りと屈辱はその程度か?」

「!? バカにするな!!」

 

 一瞬困惑した様子を見せるも、怒りがそれを上回ったようだ。

 次は拳を打ってきた。それも避けずに受け、威力だけ流す。

 

 俺がビクともしないのを見て、次は腹に蹴りをやってきた。だが、それがどうしたという態度を貫き通す。

 そのまま次々と殴る蹴るをするが、全てをこの身一つで受け入れる。流石に全てを流し切れず若干ダメージを受ける。

 人間の攻撃を受け流せないなんて、俺もまだまだのようだ。そういう点ではこのやり方はいい練習になるかもしれない。

 

 俺の取った手段はしのぶを好き勝手に暴れさせることだった。

 怒ってる時に正論で説得した所で怒りは静まらない。むしろ火に油を注ぐケースにもなる。

 手っ取り早く落ち着かせるには、思う存分に暴れさせ、スッキリさせると同時に疲れさせてやるのが一番だ。

 そのまま何度も攻撃を受ける。俺の方もしのぶの攻撃に適応していき、遂に全てを流せるようになった。流石は俺だな。

 

 そうやってしのぶの怒りをしばらく受け入れていくと、突然しのぶの攻撃が止まった。どうやら疲れたようだ。

 

「満足したか?」

「………」

 

 しのぶはどう答えたらいいか困ったように身じろいている。

 

 よし、コレでしのぶは大分すっきりしたはずだ。

 無論、根柢の憎しみは完全に消えていないだろうが、暴れるだけ暴れた今、先程までの怒りは大分薄れてきている筈。

 まあ、少なくとも、カナエが来てもまた喧嘩するようなパワーはないだろう。

 

「今からカナエが来る。……会えるか?」

 

 さて、どうする? と、声をかける。

 しのぶは考えていた。じっくり考えていた。考えた結果、ゆっくりと頷いた。戻る事を選んでくれたようだ。

 

「それじゃあ戻る……!!?」

 

 ピクリと、俺の鼻が反応する。

 ああクソ。なんでこうもイヤなタイミングで来るのか……。

 

「比企谷さん」

「ああ、カナエか。お前も気づいてるみたいだな」

 

 日中だが今は曇り。

 太陽の光が届かないなら、そりゃ動けるか。 

 

「鬼がいる。構えるぞ」

 

 とはいっても、俺はカナエに任せるつもりである。

 謹慎を食らってる今、俺は日輪刀を持ってない。

 戦えるのは刀を持ってるカナエだけである。

 

「そ、それが……今ね、日輪刀、ないの。置いて、ちゃった……」

「………マジ?」

 

 てへっと、可愛らしい仕草をするが、全然誤魔化しきれてないぞ。

 




八幡は胡蝶姉妹を下の名前で呼びます。
というのも、本人たちから苗字ではどっちか分からないと言われて渋々呼ぶようになりました。


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日輪刀無しでの戦い


この八幡は剣術や格闘技以外にも、銃や暗器や爆弾などの使い方を心得ています。
最初は任務をスムーズに遂行する為に必要だから覚えてましたが、色んな武器を使うのが楽しくなって積極的に学んでます。
仕方ないよね、男の子だったら幾つになっても武器が好きだもんね。


 

「へへへ…。今日は大量だ。女が二人もいやがる」

 

 のそりと、人影が道の角から現れた。

 太った巨体、禿げた頭、脂ぎった中年。

 ここだけ見るとただのおっさんだが、針のような口がソレを否定している。

 この男こそ八幡の感知した鬼である。

 

「(それなりの、強さみたいね……)」

 

 一目見て、カナエは判断する。

 

 外見こそこうだが、眼前の鬼はそれなりに強い。

 流石に十二鬼月程ではないが、座小鬼は勿論、そこらの並みの鬼程度は凌駕する。

 無論、そんな鬼でもカナエ程の実力者なら倒せるであろう。

 しかし、ソレは日輪刀があればの前提。

 唯一の武器がない今、たとえ雑魚鬼であろうと大きな脅威になる。

 

「八幡さん、ここはお互い協力して……八幡さん?」

 

 カナエはあたりを見渡すが、八幡は見当たらない。

 

「あの薄情者……!」

 

 舌打ちしながら言うが、それに反応するものは誰もいない。

 

 

 一方、しのぶもとてつもなく憔悴していた。

 まさかこんなところで鬼、しかも明らかに雑魚鬼とは格の違う鬼に出会うなんて思っていなかったからである。

 

 

 今の自分に勝てるわけがない。

 隊士より力が劣っているだけでなく、鬼の頸を切ることができる日輪刀も所持していない。

 

 しのぶは俯くと、何度も荒い息を吐き出した。

 自分自身の手を痛いほど握り締める。

 恐ろしいほど、手は震えている。

 顔が青ざめていくのが分かる。

 しかし逃げなかった。

 

 ここには唯一の肉親であるが一緒にいるのである。

 自分のせいで来てしまったのだ。

 あの時、自分が屋敷を飛び出さなかったら、姉はこんな目に遭っていなかった。

 だから、自分が守らなければならないのだ。

 たった一人の家族を置き去りにして逃げることなどできるはずがない。

 

 震えそうな心に鞭を打ち、なんとか打開策はないかとじっと鬼を観察する。

 すると気づいた。

 この鬼が自分を、特に乳と尻を見ていることに。

 

「(まさか、この鬼って……)」

 

 気付いた途端、しのぶは怒りを抱いた。

 吐き気がする。

 食欲だけでなく、そういった欲望でも人を汚すのか。

 やはり鬼は醜い。こんな醜悪な鬼は報いを受けさせなくては。

 しかし、その手段がない。なら、どうするべきか。

 

「待ちなさい!私が……」

「あ、そういうのいいから」

「ぐべぇ!?」

 

 突然、何かが鬼の首を刎ね飛ばした。

 

「ったく、何であの屋敷に日輪刀ねえんだ?」

 

 鬼の首を刎ね飛ばした何か―――八幡はあくびをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曇天の空の下。

 人里から外れた道の脇で鬼と人が睨み合っていた。

 鬼の名は蝉噪。蝉やタガメのように鋭いストロー状の口を持つ鬼。

 人の名は比企谷八幡。謹慎を食らって日輪刀を没収された鬼殺隊員である。

 八幡は弓を肩に担いで、蝉噪は鋭い口を敵に向けながら睨み合っている。

 

「なんだその弓矢は?日輪刀なら勝ってたって言いてえのか?」

「なんだ、分かってるじゃん」

「クソ、ふざけるな!」

 

 八幡目掛けて突進する蝉噪。

 ソレを跳んで避けながら、八幡は空中で蝉噪目掛けて矢を放った。

 ドスっと、蝉噪の心臓あたりに命中。背中から蝉噪の太い肉体を貫通した。

 

「……お前、ふざけてるのか? こんなことしても鬼は死なねえぞ?」

「試験だよ。ちゃんと鬼を貫ける弓矢かどうかのな」

「本当にふざけた奴だ!」

 

 再び接近する蝉噪。

 突進、殴り、蹴り、掴み。

 それら全てをスルスルと涼しい顔で避けられながら、今度は短剣のようなものでグサグサと刺された。

 

「お、このナイフもけっこういい切れ味だな。流石は甲さん。いい仕事する」

「お、お前……! お前も、俺を莫迦にするのか!?」

 

 激高して更に攻撃の手を激しくさせる。

 今度は蝉のような羽を背中から生やし、空を飛んで突進。

 しかしソレもひらひらと舞う木葉のように避けられ、通り過ぎ様に足蹴にされた。

 蹴りのダメージはない。敢えてダメージのある蹴りをしなかった。ソレを理解した途端、更に蝉噪の怒りが増す。

 

「この…俺を莫迦にするな!!」

 

 腕をタガメや蟷螂のようなものに変え、八幡に切り掛かる。

 見掛け倒しではない。先程よりも格段にスピードが上がっている。

 流石にこれまでの舐めた態度を取る余裕はないのか、先程までのニヤニヤした笑いを辞め、真面目に対処した。

 

 避け、払い、受け、流し、散らし。

 素手で鬼の攻撃を捌いていく。

 

「(な、なんだこの鬼狩りは!? 素手なのに滅茶苦茶強いぞ!)」

 

 八幡の強さに恐れ戦いた。

 本来、鬼狩りは刀を武器にしている筈なのに、八幡は素手でこの強さである。

 ならば、もし刀を持ってしまえば、どうなるか。そんなものは答えるまでもない。

 

「この…だったら!」

 

 

【血鬼術 耀蝉之――】

 

 

 バンバンバンバン!

 

 血気術を使おうと、自身の胸部を変化させた途端、四つの爆音が響いた。

 八幡の銃からである。

 彼は咄嗟に早撃ちを行い、胸部と羽を破壊したのだ。

 

「ぶへっ!?」

 

 墜落する蝉噪。 

 ソレを無理やり追う事はしない。

 蝉噪にゆっくりと歩を進める。

 

「こ、この野郎!」

 

 蝉噪は立ち上がり、八幡に向かった。

 

 八幡の首筋目掛け、鎌が振るわれる。

 ソレを半歩横に移動するだけで避ける八幡。

 同時に前進しながら、その腕を掴む。そしてグルンと捻ることで殴る衝撃をそのまま返した。

 

「ぎゃあッ!」

 

 途端にあがる悲鳴。

 関節構造を無視するような動きに耐えきれず、肩から腕までの力が壊された。

 八幡は一切力を入れてない。

 相手の力を利用して肘と肩の間接を外し、靭帯と筋肉をねじ切り、骨を砕いたのである。

 

 更に八幡は腕を掴んだままそっと持ち上げ、そのまま投げ飛ばす。

 掴んだ右腕を身体に抱え、背負って持ち上げ、拳鬼の身体が宙を舞う。

 

 背負い投げ。

 地面に叩きつける勢いは常人であれば背や後頭部を打って致命傷になるが、鬼の生命力の前ではそれほど問題にはならない。

 

 ドンッ!

 重い物が叩きつけられる音がした。

 ズドンと、地面が揺れた。

 受け身を取れず、モロにダメージを食らう蝉噪。

 バキバキと背骨や骨盤を折られ、あまりの痛みに激しく悶絶した。

 いくら鬼とて生物。たとえどれだけ早く治ろうとも、痛みは感じる。

 そして、そこに隙があるのだ。

 

「ぎゃあッ!」

 

 再び蝉噪の悲鳴が響く。

 折った腕を捻り上げ、腕の先端の鎌をそれぞれ反対の腕に突き刺したのだ。

 結果、後ろ手を拘束された囚人のような状態となり、自分の鎌で自分の腕を縛る羽目になってしまった。

 これで手も足も出なくなった。後はゆっくりとトドメを刺すだけ。

 と、言いたいところだが、相手は鬼。こんな状態になっても油断は出来ない。

 

「この……ぐふ!?」

 

【血鬼術 徳臭椿――】

 

 鬼が血鬼術を使おうとした途端、八幡は鬼に何か放り投げた。

 爆弾である。

 いつの間にか導火線に火がついており、爆発寸前の状態。

 蝉噪がそのことに気づいた時にはもう遅かった。

 

 ドォォォン!

 爆散する蝉噪の肉体。

 しかし、相手は鬼。いくら身体を削ろうが再生してしまう。

 

「やっぱ再生するか」

 

 今度は、ワイヤーを取り出した。

 これもまた甲製の武器である。

 八幡はコレを使って再生しようとする蝉噪の身体を縛り上げた。

 結果、再生しようと盛り上がる肉が邪魔をして身動きが取れなくなり、完全に拘束された。

 

「よし、捕獲したぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 木陰に隠れながら、しのぶは八幡の戦う姿を見ていた。

 

 本当は気乗りがしなかった。

 しのぶは八幡のことをあまり快く思っないからだ。

 度々鬼の味方をするような男を鬼殺隊とは思えず、ソレが原因で八幡を避けていた。

 しかし、八幡は姉と仲がいい。他の隊士とは違って鬼を哀れむ事を否定せず、時には姉の相談に乗っている。ソレがまた余計に気にくわなかった。

 家族である自分以上に姉を理解している。そんな気になってしまった。

 嫌いではないが苦手な部類。ソレがしのぶの八幡に対する評価だった。

 

「何で……日輪刀なしで戦えるの!?」

 

 八幡の結果は想像以上だった。

 日輪刀を使うまでもなくあのレベルの鬼を圧倒し、捕獲までやってみせた。

 殉職率の高い鬼殺隊にいながら入院すらしたことがないので、相応の実力がある事は分かっていたが、まさかここまでだったとは。

 剣術だけではなく、弓矢や銃などの飛び道具を駆使し、爆弾やワイヤー等のマイナーな武器も使ってくる。

 成程、確かに鬼殺隊の異端児だ。

 

「(けど、アレなら……)」

 

 首を落とせない自分にも出来るんじゃないか?

 

 

 矢―――弓矢に毒を塗れば、心臓や首に当てる事で一撃で倒せるんじゃないか?

 

 銃―――弾丸から毒を注入する機能があれば、満遍なく鬼の全身に毒を盛れるんじゃないか?

 

 弦―――さっきみたいに鬼を縛ったら、たとえ毒が切れても日光が出るまで鬼を無力化出来るんじゃないか?

 

 

 アイディアは尽きない。

 もし、これらを実現出来たら、鬼の首を刎ねる力がなくても鬼を殺せる。

 こんな小さく非力な身体でも鬼を殺せる。

 今よりも効率的に殺せる!

 

「しのぶ!」

 

 ふと、彼女は我に返った。

 

「しのぶ……」

「姉さん……」 

 

 カナエはしのぶにそっと抱き着いた。

 

「もうバカ!心配させて!」 

「・・・ごめんなさい。………ごめんなさい!」

 

 しのぶは叫んだ。

 

「ごめんなさい!違うの、さっきのは違うの! どうしても、抑えられなくて……!」

「……いいの。いいのよ、しのぶ。……私も、ごめんね。しのぶの気持にはとっくに気付いているのに」

 

 しのぶの背中を撫すカナエと、カナエを強く抱きしめるしのぶ。

 二人はしばらくの間、固い抱擁をほどくことはなかった。

 

「比企谷さん」

 

 抱擁を解いた二人が歩み寄ってくる。

 八幡は繋がれた手を見てから、二人と視線を合わせた。

 

「仲直りはできたか?」

「うん、お陰様でね。ありがとう、比企谷さん」

「……ありがとうございます、比企谷さん」

 

 柔らかに微笑むカナエと、少し照れ臭そうに俯くしのぶ。

 普段の仲良ししまいに戻った事を実感して、八幡も軽く微笑む。

 

「しのぶ、これだけは言っておく。復讐の鬼にはなるな」

「………」

 

 しのぶは黙って八幡の話を聞く。

 

「復讐に走った人間を何人か見てきたが、その全員が不幸な死を迎えた。その時の死に顔は、鬼みたいな顔だった」

 

 この世界の鬼は決して無惨による鬼だけではない。

 復讐鬼。

 全てを復讐の為に捨てた人間の末路。

 代表的なのは八幡の師匠の一人であった仲成である。

 彼の死に顔は、今でも八幡の脳裏にこびりついている。

 

「お前には家族がいるだろ? 鬼に成るには早すぎると思うが」

「……分かってるわよ」

「……そっか」

 

 八幡はそれ以上何も言わなかった。

 

「今日は疲れたろ。二人ともゆっくり休め」

「え? ……そ、そうね! 帰ろっか、しのぶ?」

「……うん」

 

 三人は放置していた鬼の場所へと戻り、八幡が持ち帰る準備をする。

 貴重な実験結果であるこの鬼の使い道はまだある。

 八幡もそのつもりで捕獲したのだから。

 

「それじゃあ行くか」

「ああそうだな。任務に行くか、八幡」

「………え?」

 

 鬼を持ち上げて連れて行こうとした瞬間、彼の鎹烏である八雲が電柱から見下ろしながらそう言った。

 

「お前の謹慎は解けた。日輪刀は手入れ中だから持っていけないが、代用品を持ってきている。早く屋敷に戻って取ってこい」

「え?いや…嘘だろ? まだ一日も終わってないぞ?」

「ピンピンしているお前が長く休めるわけがないだろ!早く行くぞ!」

 

 仕事に生きたくない八幡は往生際悪く抵抗する。

 

「お、俺は鬼殺のために鬼に……仕事の鬼に落ちるつもりはない。俺は人間なんだ。休む時は休む」

「ダメよ、比企谷さん。ソレじゃあ堕落の鬼じゃない」

 

 ぴしゃりと。カナエは八幡の甘えを切り捨てた。

 

「早く行きなさい、柱候補」

「早く行け。このダメ人間」

 

 誰一人、彼を庇ってくる人間はいなかった。

 

 

 

 







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三対一

 

 深夜のとある森。

 そのある個所だけ明るく、そして騒がしかった。

 

「でやあ!」

「ふん!」

 

 気合の声と共に、互いの武器をぶつけ合う。

 ガキィンと、金属を力強くぶつけるが響く。

 その度に激しい火花が飛び散り、その周囲を照らした。

 

 奏者は四人。

 鬼殺隊員の比企谷八幡と三体の鬼である。

 八幡は日輪刀でなく鎖鎌を使って戦っている。

 

 

【血鬼術 喧鈴】

 

 

 鬼の一体が血鬼術によってけたたましい音を出した。

 鈴虫のような羽と、異様に長い脚。

 まるで鈴虫と人型を無理やり足したかのような姿である。

 

 

【雷の呼吸 壱の型・崩し 轟雷】

 

 

 強い踏み込みによって、雷鳴のような轟音が響いた。

 音は鈴虫鬼のかき消し、その血鬼術を無効化させた。

 彼の選択は正解である。何故ならこの音には仕掛けがあるから。

 

 鈴虫鬼の鳴き声には催眠効果がある。

 聴覚を通して脳に作用し、意識を奪うのだ。

 八幡はそのことを知らないが、今までの経験からタダの鳴き声でない事に気づいた。

 本来なら血鬼術を使う前に仕留めるか、術を邪魔したかった。だがその隙がなかった。

 故、強烈な足音で消す事を選んだのだ。

 

「!?」

 

 八幡がその場を横に跳ぶ。

 途端、土の中から鬼が飛び出した。

 土竜のような手と、異様に長い脚をした鬼。

 まるでケラと人型を無理やり足したかのような姿である。

 この鬼は地中の振動によって八幡の位置を特定し、不意を突こうとしたのだ。

 だが、振動によって相手の位置を確認したのは、この鬼だけでない。八幡も同様だ。

 音と匂いによって存在を感知し、先程の強烈な足音で襲撃のタイミングを見抜いて、回避したのである。

 

 

【血鬼術 電光石火】

 

 凄まじい速度で木々の間をすり抜け、八幡に襲い掛かった。

 棘の生えた手足に、異様に長い脚をした鬼。

 まるでキリギリスと人型を無理やり足したかのような姿である。

 

 単純に速度のみで八幡に襲い掛かる。

 いつもなら容易く返り討ちに出来るが今回は複数。

 八幡がケラ鬼の対処をしていた隙に襲ってきたせいで、反撃のチャンスを逃してしまった。

 

「死ね鬼狩りめ!」

 

 螽斯“キリギリス”鬼の連打。

 昆虫のような外骨格に覆われた手足による連続攻撃を、八幡は鎖鎌で受け流す。

 

「このッ!」

 

 背後から再びケラ鬼が襲い掛かる。

 螽斯鬼の連撃を捌いている際中に。

 ケラ鬼は勝利を確信してほくそ笑む……。

 

 ガキィン!

 

 八幡は鎖部分でケラ鬼の手を受け流した。

 同時に手首を鎖で瞬時に縛り、自身の前面に引っ張り出して楯にする。

 

「ギャア!?」

「兄弟!?」

 

 螽斯鬼の拳がケラ鬼の身体を貫く。

 同時、八幡は鎖から鎌を即座に取り外し、身体を回転させながら鈴虫鬼の方へ向く。

 

 バンバンバンッ!

 いつの間にか引き抜いた銃で早撃ち。

 瞬く間に鈴虫鬼の羽と首を撃ち抜いた。

 しかし、相手は鬼。銃では死なない。

 だがソレでいい。コレは牽制なのだから。

 

 

【雷の呼吸 壱の型・崩し 轟雷】

 

 一体目。

 先ずは螽斯鬼の首。

 強い踏み込みの勢いを斬撃に乗せる。

 八幡の技は固い外骨格に覆われた首を易々と切り裂いた。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面斬り】

 

 二体目。

 次はケラ鬼の首。

 鎌を翻して横一閃に首を刎ねた。

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】

 

 

 三体目。

 最後は鈴虫鬼の首。

 振り向き様に逃げようとする鬼目掛けて投擲した。

 凄まじい勢いで竜巻の如く螺旋状に回転しながら、その首をスパッと刎ねる。

 

「なかなか面白いな、こういう武器も」

 

 暗闇の中、腐った目を妖しく光らせながら、戻った鎌をキャッチした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弓矢は威力こそあるが、敵の大きさに強く依存する。鎖鎌も便利だが普段の戦いは刀が望ましい。使うとしても補助用の武器である…っと」

 

 三体の鬼を倒した後、俺は武器の感想を書いた。

 

 今回使った鎖鎌。

 甲さんが作った日輪刀の試作品の一つだ。

 で、俺はそのテスターとして今回使用し、そのデータを取っている。

 前回の蝉みたいな鬼に使った弓矢や短刀、ワイヤーとかも試作品だ。

 その時のデータもちゃあんと送信済みだ。

 まあ、アレは普通の鉄で出来ていたがな。

 

「八雲、コレを甲さんに持って行ってくれ」

「ああ、いいぞ」

 

 さて、次はどんな試作品を持ってくるのだろうか。

 

「ああそうだ。次の任務だ。手紙に書いてるから普段使ってる日輪刀持ってさっさと行きな」

 

 クソ、休ませてくれないのか。

 



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ボッチの戦い

 

 とある日没の山。

 一体の巨大な鬼がいた。

 上半身は中年の女だが、下半身は巨大な岩のような鬼。

 

 この山はこの鬼が支配している。

 血鬼術によって分身のようなものを操り、常に縄張りを監視している。

 故に、ここまで自分に気づかず侵入することなんて不可能。見つけ次第にすぐ殺す。

 現に、この山に侵入してきた鬼殺隊や鬼を返り討ちにしてみせた。

 

 自分は強い。

 誰にも倒されるわけがない。

 今はまだ十二鬼月でも何でもないが、ソレも時間の問題。

 何時かは下弦となり、何時かは柱を倒し、何時かは上弦も倒す。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 鬼の首が刎ねられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うし、仕事完了」

 

 随分と簡単な仕事だった。

 敵に見つからないよう山に侵入し、迂回して死角を取り、気づかれる前に首を斬る。

 いつも俺がやっている手口である。

 

 迂回ルートの確保は楽だった。

 山中に血鬼術で出来た分身みたいなのが徘徊してが、普通の人が通れるような道にしかいなかったから。

 岩場を跳び回り、木の上から木の上へ跳び移り、断崖絶壁を渡る。俺にとってコレらは普通の道と変わりない。

 そうやって接近し、首を取った。

 

「じゃあ帰……!!?」

 

 鬼の気配がした。

 さっきの鬼と全く同じ気配。……いや、同一だ。

 

「クソ、仕留め損なったか!?」

 

 どうやら、アレは分身のようだ。

 まさか、こんなのに騙されるとは。

 

「ちきしょうが」

 

 土の中からボコボコと出て来る分身共を一瞥する。

 俺を囲むかのように、三百六〇度全てから現れる鬼の分身たち。

 全員、蟻と人間を無理やり足したような姿をしており、鋭く長い爪と牙を持っている。

 

「まあいい。さっさと狩って帰るか」

 

 俺は刀を構えて周囲の敵を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新月の夜のとある山奥。

 月は勿論、星の明かりすらない山の中、一人の剣士が蟻に似た複数の鬼と戦っていた。

 

 剣士の名は比企谷八幡。

 一人でありながら複数の蟻鬼達を次々と切り伏せている。

 

 この蟻鬼たちは分身である。

 血鬼術によって作られたものであり、いくらでも用意できる。

 よっていくら切ってもすぐに補充されてしまう。

 本体はこの中に紛れており、ソレを探して倒さなくてはならないのだが……。

 

「クソ、どれがどれだか分らん!」

 

 そう、分身たちは八幡の鼻や耳を以てしても見抜けない程に精巧なのだ。

 ソレも当然の事。何故ならこの分身は血鬼術だけでなく、蟻鬼の肉体の一部を使って出来ているのだ。

 音も匂いも気配も同じなのも当然。見分けがつくわけがない。

 

「シャアア!」

 

 一体目。

 鬼がナイフのような爪を振りかざす。

 八幡は振りかざされた腕を刀で刎ね飛ばし、返しの刀で首を刎ねた。

 

 二体目。

 振り向き様に、背後にいた鬼の首を刎ねる。

 振り向く際の回転を利用した斬撃は、ほぼノーモーションで威力を発揮した。

 

 三体目から五体目。

 同時に三体の蟻鬼が襲い掛かる

 三体目を銃で牽制し、四体目を投げ飛ばし、五体目を蹴り上げる。

 そして倒れている三体の鬼をすぐさま斬り飛ばした。

 

 五体目から六体目。

 鎖鎌を駆使して対処する。

 刀と銃を投げ捨て、鎖鎌を瞬時に取り出す。

 分銅付きの鎖を八体目に投げて拘束し、引き寄せた。

 そして五体目に投げつけて足止め。二体がもたついている間に二体ごと首を刎ねた。

 

 六体目から八体目。

 鎖鎌の鎌部分を投げる。

 離れている八体目の首を鎌で刎ね、鎖を引っ張って長さを調節し、接近した七体目の首を切断。

 鎖をコントロールして鎌を手繰り寄せ、鎌をキャッチ。至近距離まで接近した六体目の首を斬り飛ばした。

 

 八体目から十三体目。

 霹靂一閃で首を斬る。

 鎖を投げて木に巻き付け、ワイヤーアクションのように駆使して方向転換。

 三次元的な動きで五体まとめて一気に片づけた。

 

「クソ、もしかして無限沸きかよ!」

 

 愚痴りながらも手は止めない。

 最善手を考えながら、突破ルートを探りながら。

 彼は分身体と戦い続ける。

 

「(そこだ!)」

 

 近づいた敵の首を斬り飛ばし、包囲網に穴を空ける。

 八幡はソコを通って突破し、茂みの飛び込んだ。

 分身体たちは八幡を追うが……。

 

 

【螟ゥ縺ョ呼吸 髮イ縺ョ型】

 

 

「ギィ?」

 

 八幡は既にその場にいなかった。

 



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愉悦の目覚め

異世界転移モノで元の世界に帰る話があるのですが、転移者はあの後ちゃんと元の世界で暮らしていけるのでしょうか。
モンスターや現地の人間を殺し、異能や魔法で敵を殺し、闘争と殺しを憶え、殺す事に適応した転移者。
そんな人間が元の世界でちゃんと元の生活に戻れるんですかね。



 

「ああクソ。かなり油断した……」

 

 分身共を出し抜いた後、俺は木から木へと飛び移って移動していた。

 俺なら音を立てるどころか、振動すら発生させずに飛び移れる。

 

「(しかし思っていた以上に多く分身体を作れるようだな。おかげで手間取ったぜ)」

 

 本音を言えば最初から抜け出したかったのだが、流石にあの数相手に死角を取るのは難しい。だから、数を減らして自分から敵の死角を拡げる必要があった。

 けっこう手間取った。こりゃもうしばらく続きそうだな。

 だが、おかげで収穫もあった。

 

 俺の識別能力が上がったのだ。

 分身共と戦っていくうちに、分身の中でも強さや気配の違いに気づき、理解出来るようになったのだ。

 おかげで本体の位置も分かった。今は本体の元へ向かっている。

 

 こういったことは何度かあった。

 鬼との戦闘を通して何かを掴み、何かが成長してきた。

 コレがけっこう楽しいのだ。

 

 相変わらずこの仕事はブラックだ。

 給料は良いが傷は絶えないし、休みは全然だし、いつ死ぬか分からない。

 だけど、その中で一つ楽しみを見出した。

 出来ることが多く成る事と強く成る事だ。

 

 この仕事を通して出来ることは多くあった。

 剣術、潜入、変装、パルクール、銃の扱い、枚挙に暇はない。

 中学の頃は憧れていても出来なかった数々の技術が、今では息をするかのように出来るのだ。

 楽しくないはずが無い。

 

 俺自身の強さだってそうだ。

 全集中の呼吸という、俺の居た世界にはない技術。

 この力で様々な鬼と戦い、様々な血鬼術を撃ち破ってきた。

 その度に、漫画やラノベの主人公にでもなったかのような気分になった。

 

 全集中という特別な力、鬼という特別な存在を打ち倒す力。

 漫画やラノベの主人公にでもなったかのような気分だった。

 

 鬼を殺す事に罪悪感や後味の悪さを感じる事はある。

 けど、ソレとは別に沸き立つ何かがあるのは事実だ。

 

 様々な技を習得し、任務を通して技術を磨く度に。

 鍛錬を積み重ね、鬼との戦闘を通して強くなる度に。

 俺は達成感のようなもを感じるようになった。

 

「……いや、今はそんな事を考えるべきじゃないか」

 

 頭を振り払って余計な考えを吹っ飛ばす。

 溺れるな。

 この世界じゃ、憎しみや快楽に支配された者が先に死んで逝く。

 

 俺はまだ死ぬわけにはいかない。

 帰って小町に会うんだろ。

 目的と手段をはき違えるんじゃない。

 

「……アイツか」

 

 そんなことを考えてると、目標の気配がしてきた。

 それじゃあ、仕事するか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中のとある谷とその上の森。

 そこで鬼と八幡が激戦を繰り広げていた。

 

 鬼の名は蟻鬼。

 上半身は老年の女性と蟻を無理やり融合させたような姿で、下半身は巨大な岩のようになっている。

 岩のような腹からは蟻と人間を無理やり融合させたような姿の分身が産み出され、八幡に向かっている。

 

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 谷の壁を利用して飛び回り、敵を翻弄させる。

 すれ違いざまに、敵の死角に潜り込んで次々と切り裂いていった。

 

 

【風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪】

 

 

 木の幹や枝などに鎖を撒きつけてワイヤーアクション。

 三次元的な動きをしながら広範囲を回転して斬り付ける。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

 凄まじい速度で女王蟻鬼の下半身を駆け上がる。

 その道中、次々と邪魔な分身体を切り捨てていった。

 

 

 ハッキリ言って、この鬼は相手にならなかった。

 どれだけ数を揃えようと、八幡を倒すには足りない。

 いや、数でどうこう出来る問題ではなかった。

 

 この戦いを通して、八幡が複数での戦いと、鎖の扱いに慣れてしまった。

 

 蟻鬼との戦闘を通して、八幡は最善の戦い方を編み出してしまったのだ。

 最初はぎこちなさがあったのだが、ソレが今ではなくなっている。

 大勢敵がいる中、八幡はスムーズに大立ち回りしていた。

 まるで、最初から脚本で決まっているかのように。

 

「こんな小童に……負け…」

 

 

【螟ゥ縺ョ呼吸 ⚡型】

 

 

 スパン!

 八幡が女王蟻鬼の首を斬り落とす。

 

 

 

「キヒッ……!」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら……。

 

 





今回の任務や銃鬼の任務で使った文字化けの技。
その正体は後程に出します。

あと、皆さん気づいてると思いますが、今の八幡の精神状態はけっこうヤバいです。
そりゃ鬼狩りなんて異常な職場にいたら、狂人か強靭な心の人間しか正気を保ってられません。
八幡が狂人になるのか、それとも強靭な精神を得るのか、それともどちらでもないか。
それは後のお楽しみに。


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ソロキャンプ


 

 

【螟ゥ縺ョ呼吸 髮イ縺ョ型 謨」繧企峇】

 

 

「……上手くいかねえな」

 

 

 任務終わりの休日。

 俺は藤の家で技の練習を行っていた。

 

 霹靂一閃で岩に突進し、未完成の技を使うが、やはり成功しない。

 衝突した勢いの何割かは分散出来たが、ダメージ全てを流すことは出来なかった。

 この技は衝撃を流す技であり、全方向からの攻撃にも対応出来る……と、思う。

 まだ名前も呼吸の系統も不明の技なので断言出来ないのだ。

 

 どの系統にも属さない未知の技。

 五大呼吸から派生したオリジナル呼吸を使う隊士はそれなりにいるが、この呼吸はそれとも違う。

 独自の呼吸として成立させるためには何かが足りない。

 その何かが分からないのだ。

 

 おかしな話だ。この技は俺が編み出したというのに、何がダメで何が足りないのか全然分からない。

 だが、これが完成すれば、俺は劇的に強くなる。ソレだけは分かっている。 

 

 銃鬼との戦いで一度だけ使ったが、あの時は技も呼吸も不完全なため中途半端な結果に終わった。

 だが、その中途半端でも十分に強力であった。

 

 この技だけではない。

 攻撃技、防御技、歩法、等々。

 他にも未完成の技はまだまだある。

 こいつ等を完成させ、組み合わせる事が出来たら俺はどれだけ強く成れるか……。

 

「鍛錬中に悪いが任務だ八幡」

「あ?もうかよ」

 

 折角珍しく時間が空いたから練習してたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 那田蜘蛛山。

 一見すれば普通の山と変わりない。

 しかし、ここ最近はとある事件のせいで忌避されていた。

 

 惨殺事件。

 野犬か盗賊の仕業か。

 むごい死体が出たせいで近隣の住民はおろか、狩りのシーズンであるというのに猟師すら山に近寄らない。

 そんなやまに今、一人の人間が日中とはいえ入ろうとしていた。

 

「へー、ここがそうか」

 

 比企谷八幡。

 この山の調査を命じられた鬼殺隊員である。

 今夜、彼は他の隊士達と合同任務でこの山に入る予定だったのだが……。

 

「おい八幡、今回の任務は今夜なのに何一人で勝手に山へ入っている?」

「うっせえ。八雲、こんな任務を素直に聞けるか?」

 

 こういう事である。

 八幡は合同任務の際、よく独断行動を取る。

 合同任務の相手が自分の実力と合ってない。

 そもそも、任務の前提条件が気にくわない。

 独断行動を取る理由は大体この二つである。

 

「誰がこんな指令聞くか。無視だ無視」

 

 今回は任務の内容が気に入らなかったらしい。

 では、何がそんなに気にくわないのか。それは……。

 

「ゾロゾロ大人数で鬼のテリトリー内、しかも鬼の時間に入るかよ。そんなの向こうから餌にしてくださいって言ってるようなモンだぞ」

 

 こういうことである。

 まだ入隊したての頃、鬼殺隊の合同任務がどんな有り様なのかを知らず真面目に受けた際、彼はひどい目に遭った。

 鬼の正確な潜伏先も調査済みだというのに、バカ正直に夜中になって突入し、バカ正直に真正面で戦って負傷した。

 隊列も作戦もクソもない。ただ闇雲に突撃するだけ。

 これでは何のための合同任務か分かったものではない。

 おかげで部隊は大ダメージ。大半の者たちが病院送りになった。

 まあ、八幡は下がって様子を伺い、隙を見て首を取ったので、コレといったダメージは受けなかっが。

 しかし、それでも。もしその部隊なしに八幡だけで任務を行っても、まず失敗することはなかった。

 というか、あの任務で八幡がいなければ、部隊は全滅していた。

 あの任務を通じて八幡はこう思った。『俺はもうこいつ等と合同任務しねえ』と。

 

「折角敵の潜伏先が分かってるんだ。日中に忍び込んで先手を取る。山の中なら隠れ場所も多い。じっくりやってやるさ」

 

 八幡は山の半ばまで登ると、木に飛び移り、その場で息を潜める。

 鬼に気づかれる事無く山に入り、隠れ場所も確保出来た。

 鬼の正確な居場所は把握出来なかったがもう十分。

 下手にうろうろして跡を残すより断然マシである。

 

「夜になったら動く。それまでここで待機だ」

 

 目を瞑って意識を集中させる。

 

 

 狩人の夜はこれからだ。

 

 

 

 

 

 

「誰か入って来た」

 

 山の中にある廃屋。

 障子はボロボロ、壁も穴が空いて夜風が入り放題。

 最早家として機能してないような場所に、九体の鬼が崩れそうな床の上に座っていた。

 

「また鬼狩りか。……性懲りもなく鬱陶しいよ」

 

 九体の鬼の内の一体。中央に座っている幼い外見の鬼。

 彼の名は累。この鬼達の中で最も強い鬼である。

 塁はため息を付きながら周囲の鬼に視線をやる。

 

「ちょっとみんな、見てきてよ」

「え、でも……」

 

 グラマラスな女性の姿をした鬼が反論した途端、その首がゴトリと落ちた。

 

「僕が見てきてって言ってるのに、歯向かうかな? 母親ならちゃんと僕と家族を心配してよ」

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 

 母親は切り落とされた首を抱えてしの場を飛び出した。

 

「……何見てるの? 皆も行くんだよ」

 

 

 

 

 

 

 日が沈んだ那田蜘蛛山。

 獣道ですらない場を一体の鬼が歩いていた。

 

 一見すれば可憐な少女の姿。

 しかし、その異様に青白い顔と纏う雰囲気が鬼であると物語っている。

 

 鬼は苛立っていた。

 鬼狩りではなく累に対して。

 下らない家族ごっこに興じているアイツに対して。

 何故、自分があんなガキに顎で使わらなくてはならない。

 普通は逆だ。強いアイツが侵入した鬼狩りを倒すべきだ。

 しかし、そのことを口だけでなく態度にも出す事はなかった。

 

 今まで累の家族ごっこを演じさせられてきた鬼の中で、命令に従わない者や役を演じられない者は累の手で処分されてきた。

 切り刻まれたり、知性を奪われたり、日光で焼き殺されるなどして。

 この山では累が支配者。家族とは下僕であり玩具のようなもの。

 ここに居続ける限り、累の支配からは逃れられない。

 では、外に出るか。ソレもあり得ない。

 

 逃げた先に何がある。 

 仮に、脱走に成功したところで、今度は鬼殺隊に命を狙われるだけである。

 並の隊士ならいくら集まっても返り討ちに出来るが、上級の隊士や柱が来れば一溜まりもない。

 ソレに、累は鬼の始祖である鬼舞辻無惨のお気に入り。つまり他の鬼達、特に十二鬼月達までも敵に回す事になる。

 逃げきれるわけがない。累の家族(おもちゃ)になると同意した時点で、こうなることは確定したのだ。

 ならば、玩具なら玩具なりに、大事な玩具になるしかない。

 

 累の機嫌を損ねず、上手く役を演じる。

 代価として与えられた力と能力で人間を喰らい続け、力を増す。

 そうすれば何時かはアイツを超えるかもしれない。そうればアイツ以上のお気に入りにしてもらえるかもしれない。

 その時こそ自由を得る瞬間……。

 

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

「え?」

 

 

 彼女が目に映したのは、首のない自分の肉体であった。

 

「そ、そんな……嫌だ!」

 

 首だけのまま宙を舞う事数秒後、やっと彼女は首を斬られた事に気付いた。

 

「嫌だ……嫌だ! 今まで頑張ってきたのに!」

 

 沢山の人間を食らって強くなった。

 与えられた役を上手く演じてきた。

 密告などで家族を蹴落としてきた。

 

 そのツケを精算する日が遂に来てしまった。

 

「嫌だ…死にたくない……!」

 

 彼女の声を聞くものはいない。

 首を切った鬼狩りは既に別の鬼を探しに向かっている。

 家族たちも鬼狩りを探すため散り散りに行動している。

 彼女を助ける者も見送る者もこの場に存在しなかった。

 

 




 今回、那田蜘蛛山に行ってますが、本編とは時系列がずれてます。


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まだ戻れる

鬼殺隊に入って数年、鬼を狩る事で八幡は大きく変化しました。
大正時代で鬼なんて化け物と毎日戦ってたらそりゃそうなりますわ。


 

「(早く……早く見つけないと!)」

 

 日没後の那田蜘蛛山。

 開けた場にある岩の上で、女性の姿をした鬼が指を忙しなく動かしていた。

 指の先からは糸が伸びており、木々を抜けて彼方へと繋がっている。

 

 操り糸の血鬼術。

 糸の先は小さな蜘蛛と繋がっており、この糸に対象を繋げる事でその対象を操り人形のように支配する血鬼術である。

 また、操る対象や小さな蜘蛛と術者は感覚が繋がっており、今回は鹿や猪などの動物を使って侵入した敵を探索している。

 

「(早く見つけて殺さないと……また累に虐められる!)」

 

 彼女はひどく焦燥していた。

 失敗した際の、累からの制裁を恐れて。

 

 この鬼は役を上手く演じられずにいた。

 累の要望に応じきれないことが多く、失敗する度に累から制裁を受けている。

 よって家族の中で一番知っているのだ、累の恐ろしさを。だから誰よりも必死になって探している。

 

 必死だった。

 彼女は必死に侵入者を探した。

 鹿を走らせ、猿に木を登らせ、猪に人間の匂いを追わせて。

 しかしそれでも見つからない。

 

「何で見つからないのよこの役立たず」

 

 

 

【風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風】

 

 

 突如、振り落とされた斬撃によって、彼女の指から伸びる糸が全て切断された。

 

「………え?」

 

 頭では何が起きたか理解出来なかった。

 しかし、身体はすぐに気づいた。

 これは鬼狩りの仕業であると。

 

「!!?」

 

 反射的に見上げる。

 そこには、満月の光をスポットライトのように浴びている剣士の姿があった。

 

「(こ、殺される! 首を斬られる!?)」

 

 咄嗟に人形たちを呼び寄せようとするが、そのため糸は既に切られている。

 剣士に糸を結ぼうかと考えたが、一瞬で糸を全て切られたのだ。同じ結果になるのは目に見えている。

 将棋で言う詰みの状態。もう打つ手はない。出来ることはただ一つである。

 

 

「(でも、死ねば……解放される……楽に成れる)」

 

 自分から首を差し出す事。

 せめて相手に楽に死なせてもらえるよう、懇願する事である。

 

 

【水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨】

 

 

 その願いは聞き届けられた。

 パサリと布を顔に掛けられ、その上から首を斬る。

 

 優しい雨のような斬撃。

 その一撃は僅かな苦痛も相手に与えない。

 これこそ水の呼吸唯一である慈悲の一撃、干天の慈雨である。

 

 

「(あたたかい……。こんな穏やかな死があるなんて……)」

 

「(それといい匂い……。まるで、お菓子みたいに甘くていい匂い……。ああ。まるで、お母さんがくれたお菓子みたい)」

 

 

 死の今際、彼女は誰かを思い出す。

 鬼に成って忘れてしまった大事な人。

 己を縛る呪縛から解放された証拠だ。

 

「十二鬼月がいるわ。気を付けて」

 

 消える直前、彼女は呪縛の糸を断ち切ってくれた剣士に忠告する。

 

「安心しな。俺は下弦を討った実績がある」

 

 ソレを聞いた彼女は、鯉の羽織りを着る剣士を笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 那田蜘蛛山の麓。

 そこに一匹の鬼が罠を仕掛けていた。

 老婆のような上半身に巨大な蜘蛛のような下半身。

 彼女も累の家族(おもちゃ)の一人。祖母の役割を与えられた鬼である。

 代償に与えられた血鬼術は糸。粘着く糸やロープのような糸を張る血鬼術である。

 

 彼女は血鬼術によって罠を張っている。

 この辺り一帯の森に粘糸を張り、鬼狩りが引っかかるのを待っていた。

 万遍なく糸を張る事で逃げ道を防ぎ、自分に近づけば近づく程に糸が複雑に張り巡らされていた。

 この包囲網を突破して自分の首を取ることは不可能。これで自分の安全は保障されたも同然である。

 

「(……別に、鬼狩りが来なくてもいいんじゃがの)」

 

 もし仮に、鬼殺隊がここに来ず別ルートへ回っても問題はない。

 その時はの家族が鬼狩りを倒せばいいのだから。

 

 そもそも、祖母の役をしている自分が働くのがおかしいのだ。

 働くのは若い者であるべき。年寄りは労わるべきなのだ

 目上の者を敬うのは当然の事。率先して鬼狩りと戦え。

 若い者が年寄りを守れ。先に死ね。儂はここで安全に……。

 

 

【風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風】

 

 

「……へ?」

 

 突如、木の上から、肉食獣の爪を彷彿させる斬撃が降り注いだ。

 瞬く間に切り裂かれる鬼の肉体。バラバラにされる中、宙を舞う彼女の首が、捕食者の顔を捉えた。

 

「キヒッ……!」

 

 その顔は、狩りを楽しんでいるネコ科動物のような顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで三匹目。どんだけいるんだよこの山には」

 

 刀を鞘に納めて周囲を見渡す。

 辺り一帯糸だらけの森。

 粘着くわ臭いわで最悪の光景である。

 まあ、これだけあっても俺の進撃を止めるには足りないが。

 

 俺のしたことは簡単。

 張り巡らされた包囲網を物理的に突破した。ただそれだけである。

 糸と糸の間を通り抜け、罠を飛び越え、木々を足場にして跳び抜けた。

 かなり複雑なせいで突破するのはそれなりに苦労したが、それがまた楽しい。

 現代で言うアスレチックで遊んでいるような感覚。おかげで退屈せずに鬼狩りが出来た。

 まあ、あんな危険で難易度ルナティックな遊具が俺のいた世界にあるとは到底思えないが。

 こんな真似が出来るのは、俺が軽業を習得している上に、全集中の呼吸・常中を使えるから。

 たとえ世界一のスタントマンでも昔の忍者でもこんな真似が出来る人間は俺の元いた世界にには居ない筈だ。

 

 あのグラマーな鬼の時も同様である。

 操られている動物たちの目を盗み、気配を消して隠れながら進み、操り人形共の捜査網を突破した。

 これもかなり楽しめた。まるでスパイ映画や怪盗モノ映画の主人公にでもなったかのような気分だ。

 まあ、現実世界でこんな漫画染みた動きが出来るような泥棒や工作員がいるとは到底思えないが。

 全集中の呼吸・常中を使える俺だからこそ、忍術を習得した俺だから出来た動きである。

 

 とまあ、俺はこの世界で、元の世界にいた頃とは比べものにならない程に強くなっている。

 これからも、もっと技を習得し、もっと技を磨き、もっと強くなる。

 そうやって俺はもっと強い鬼を狩っていく。

 

 ただ、首を斬った後味の悪さ。

 アレだけはどうしても慣れない。

 

 元がクソな鬼はどうでもいい。

 いくら殺そうが心なんて痛まないし、何なら肉を食ってる方がよっぽど罪悪感がある。

 だが、無惨によって無理やり変えられた鬼共。特に、死に際の悲しい匂いは心に来るものがある。

 別に、世のため人のために命張って戦うつもりなんてないが、あんな最期を見てしまったら何かしてやりたいって思ってしまう。

 だから、俺はあのグラマーな鬼には干天の慈雨で首を斬った後に俺の稀血をくれてやったのに対し、あの婆はそのままバラバラにしてやった。

 

 完全に俺のエゴだ。

 だがソレが何だという?

 誰に俺を咎める権利なんてない。

 

 俺は俺の好きなようにする。

 ムカつく鬼はそのまま殺すし、何かしてやりたいと思ったらしてやる。

 ソレでいいじゃないか。シンプルイズベスト。余計なことは考えず、やりたいようにやってやる。

 

 

 けど、ソレで元の世界に戻れるのか?

 

 鬼を殺すための手段を憶え、鬼を殺す事に適応し、その力を楽しめる人間が、本当に元の生活に戻れるのか?

 

 

「(いや、今は余計なことを考えるべきじゃないな)」

 

 俺は無駄な思考を振り払って俺は任務に意識を集中させる。

 そうだ、今は任務中。しかも、敵陣の真っただ中だ。

 余計なことを考える暇なんてない。

 

「ん? これもしかして使えるか?」

 

 ふと、俺は垂れている糸の利用策を思いついた。

 

 



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猛獣

 

 那田蜘蛛山の中腹。

 一体の鬼が山を降りようと駆け抜けていた。

 

 可憐な少女のような外見の鬼。

 彼女もまた累の家族(おもちゃ)の一人であり、累によって虐げられていた。

 故に、彼女は累を恨んでいる。

 家族になったの、鬼狩りが怖くて累に縋ったから。

 意味不明な家族ごっこなんてしたくないし、早く逃げだしたいと願っている。

 だが、累に従わなくては、累によって制裁を受ける。脱走も同様。だから渋々従っているだけである。

 だから今回はチャンスなのだ。

 この混乱に乗じて、この山から。累から逃げ出す絶好の機会……。

 

「ん?」

 

 いい香りがした。

 甘くて美味しそうな匂い。

 間違いない。これは稀血だ。

 コレを食って更に力を付ければ、外に出ても鬼狩りを倒せるかもしれない。

 累なんかに頼らなくても、累から貰った力と自分の力で生きていけるかもしれない。

 

 バァァァァァン!!

 

「え?」

 

 稀血の匂いがする方へ近付こうとした途端、何かが足に引っかかった。

 瞬間、周囲が爆発。同時に上へと足を引っ張られ宙吊り状態になった。

 

「な…何!? 何なの!?」

 

 突然の事に驚き慌てふためく。

 しかし、無意識的に気づいた。

 これは鬼狩りの仕業であると。

 

 

【雷の呼吸 壱の型・崩し 雷速】

 

 

「!!?」

 

 轟音が響いた。

 咄嗟に音がした方に目を向ける。

 そこには、木々を抜けて迫り来る鬼狩りの影が見えた。

 

「(ま、まずい! このままじゃやられちゃう!)」

 

 彼女は咄嗟に血鬼術を発動させようとするが……。

 

「(……もう、無駄ね)」

 

 直ぐに諦めて自分から首を差し出した。

 

 逃げても無駄だ。

 累の元から離れたところで、また鬼狩りに怯える日に戻るのは目に見えている。

 更に、累は無惨のお気に入りだ。その累を裏切ったとなれば無惨によって始末される可能性が高い。

 彼女の脱走計画は最初から詰んでいたのだ。

 だったら、せめて楽に終わりたい……。

 

 

【水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨】

 

 

 先程の若い女性型の鬼同様、かの子の願いは聞き届けられた。

 パサリと布を顔に掛け、その上から首を切断。

 甘い香りに包まれながら、彼女は解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げ手下共! 早くしないと先を越されちまう!」

 

 那田蜘蛛山の中腹目掛け、一体の鬼と十数体の蜘蛛の化物が進んでいた。

 白髪で左右の目の色が異なる人間の頭と蜘蛛の身体を持つ異形の鬼。

 この鬼も累の家族の一人であり、兄の役割を与えられている。

 しかし、彼は他の家族と違って累を恨んでいなかった。

 

 兄としての役割を演じきっているのか、彼のみは累からの制裁を受ける事はなかった。

 むしろ父さんから暴力を受ける母さんを見て嘲笑う始末。

 そんな性格だからか、彼はむしろ累に感謝していた。

 こんな素晴らしい力をくれたバカな累に。

 

 独り占めしていればいいものを、下らない家族ごっこのために力を分け与えるバカな子供。

 今は家族(手下)の地位に甘んじているが、何時かは力を付け、全ての血を奪ってやる。

 そのためにも手柄を立てて家族としての地位を上げ、上質な血肉を食わねば。

 

「(さっき、爆発の音が聞こえた。おそらくそこに鬼狩りがいる筈だ!)」

 

 先程聞こえた爆発音。

 おそらく鬼狩りが他の家族と戦闘を繰り広げた音だ。

 あれから少し時間は経ったから、鬼狩りか家族のどっちかがやられている筈。

 そのどちらか、或いは両方を食って力を付けてやる。

 

「(そろそろ着く頃だ! じゃあ鬼狩りを……あれ?)」

 

 あと少しで爆発地点に着くといったところで、彼は違和感を覚えた。

 

 後ろから付いて来る蜘蛛の化物。

 これらは鬼ではなく、彼の血鬼術によって姿を変えられた人間である。 

 毒を打ち込んだ対象を30分程で巨大な蜘蛛に変化させ、手下として従える。

 累の家族ごっこの代償に、彼が与えられた血鬼術である。

 

「減ってる?」

 

 元居た数より手下の数が少ないのだ。

 最初は十数匹いた筈なのに、今は数体ほどに減っている。

 まさかはぐれた? いや、そんなことはない筈。だったら何が……。

 

「な!?」

 

 通り過ぎた道の上。

 自分から数十m程も離れた先で、手下が数体倒れているのが見えた。

 刀のような鋭いものでバッサリと切り裂かれた死体。

 間違いない、鬼狩りの日輪刀による傷である。

 

「鬼狩りか!?」

 

 ソレに気づいた途端、彼は警戒した。

 

「クソ! お前らも探せ!」

 

 手下たちも使って鬼狩りを探そうとした途端……。

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】

 

 

 既に一体斬られた。

 狙われたのは右前にいる手下。

 音がして振り向いた頃には、既に四等分にされていた。

 

 

「クソ! 何処だ!?どこにいる!? お前たちも探せ!」

 

 彼は周囲を更に警戒し、手下達にも警戒させる。

 先手を取られたが、こっちはこれだけ頭数がいる。

 次来たら最期。一体斬られても、すぐに囲んでやる。

 まさか、この包囲網を突破するなんて芸当は不可能のはず………。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 一瞬で3体も手下が切られた。

 

 来る瞬間は見えた。

 だが、反応が出来なかった。

 すれ違いざまに左右の手下を切り裂き、序でと言わんばかりにもう一体の首を刎ねる。

 そして、囲まれる前に離脱。残っている手下が追うも、既に森の中へと消えて行った。

 

「やっぱり追うな! 全員警戒して全体を取り囲め!」

 

 彼の指示通り、手下の蜘蛛たちは陣形を組んだ。

 彼を中心に、全方位に備えて円を描いて展開。

 奇襲攻撃や全方向からの攻撃に対応するための陣形。

 彼は意識してないが、方円の陣と呼ばれる陣形となった。

 

 周囲を、木々を、上を見渡して鬼狩りを探す。しかその姿を捉えることは出来なかった。

 敵の姿は見えない。音も聞こえない。もし手下たちがやられるのを見てなければ気づくことはなかったであろう。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

「ぐあッ!?」

 

 運良く鬼狩りの攻撃を凌いだ

 おかげで腕を全て斬り落とされたが、鬼である彼にはダメージにならない。

 むしろ、首を落とされないだけ大分マシである。

 

 防ぐ際中、その影を僅かながら捉えた。

 しかし追撃しようとはしなかった。出来なかったのだ。

 何かする前に茂みへ飛び込み、そのまま木に飛び移って逃げてしまった。

 

「(な…なんだあの動きと速さは!? しかも、俺や手下共の視覚外………いや、意識の外を取りやがった! この鬼狩り、只者じゃねえ!)」

 

 やっと存在の片鱗を捉えることが出来たというのに、彼は希望を見出すことが出来なかった。

 むしろ逆。更に鬼狩りへの恐怖が高まった。

 

 木から木へ、地に降り立ったと思いきや、また別の木に移動している。

 縦横無尽に、複雑な動きでかく乱。

 木……いや、山全体を利用した立体的な動作。

 あんな動き、猿でも出来ない。

 

 注意点は動きと速度だけではない。

 気を抜いた瞬間を狙う手際の良さと、凄まじい斬撃。

 一瞬の隙を突いて、彼の腕を全て斬り落とした腕前。

 もし、次が来れば、自分は間違いなく首を落とされる。

 確信めいた恐怖と危機感が彼にはあった。

 

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 茂みから飛び出した鬼狩りが突撃してきた。

 鬼狩りは瞬く間に一体目を居合で手下の蜘蛛を斬り飛ばす。

 手下も彼も、あまりの早さに反応出来ず、そのまま突破されたのだ。

 

「何やってる!? さっさと奴を囲め!」

 

 無論、彼もただ黙って見ているだけではない。

 手下の蜘蛛に一斉に突撃させる。

 しかし、時すでに遅し。

 司令を出したころには、鬼狩りは既に闇の中へと身を隠していた。

 

「(クソ! 何処だ!? 何処に隠れ……!)」

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 また一体、手下が狩られた。

 

「!? そこか!?」

 

 振り返る。 

 既に鬼狩りの姿はない。

 

 

【風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐】

 

 

 再び鬼狩りが現れた。

 今度は陣形のほぼ中心。

 舞い上がる竜巻の様な連続斬撃により、何体も同時にやられた。

 

 手下を使って囲もうとするが、既に遅い。

 包囲網を完成させる前に鬼狩りはその場を抜け出して再び森の中へ消えた。

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 一気に五体ほどやられた。

 いつの間にか潜り込んだ鬼狩りが、音もなく連撃を繰り出す。

 気づいた頃には既にいない。再び闇の中に消えていた。

 

「(な、なんだこの鬼狩りは!? 本当に人間か!?)」

 

 何が起こっている。

 さっきまであれだけ数が揃っていたのに、何故もう全滅の危機に瀕している。

 たかが人間に、しかもたった一人の鬼狩りによって。

 闇から襲い掛かり、音もなく食い散らかすその在り様は、まるで獣のようだった。

 

 一体、また一体と。

 暗闇の中、どんどん頭数を減らしていく。

 音もなく、姿を見せる事もなく。

 獣は少しずつ確実に、獲物を狩り獲る。

 

 本来なら、鬼こそ捕食者であり人間が獲物。

 しかし今宵はちがう。

 鬼が獲物で鬼狩りが捕食者。

 

 縄張り。

 今宵の那田蜘蛛山は、自分たちの知る山ではない。

 鬼を狩る猛獣の餌場である。

 

 

 

「俺の家族に゙ィィィ 近づくな゙ァア゙アア゙!!」

 

 

「!?」

 

 急きょ、鬼狩りは追撃を辞めてその場を跳躍した。

 遅れて、巨木が鬼狩りのいた場に直撃。

 幾らかの手下の蜘蛛たちを巻き込みながら、破壊音を立てた。

 

「家族……守るウ”ゥゥゥ」

 

 森の奥から、顔が蜘蛛のような異形の怪物が飛び出した。

 

 この鬼は父蜘蛛。

 この鬼もまた累の家族の鬼であり、力の代償として家族となった鬼の一体。

 他の家族と異なり、累から知能を奪われ、父という役割のみを果たすだけの人形と化した鬼である。

 

 おそらく兄同様に爆発音を聞きつけて来たのだろう。

 彼もまた、鬼狩りを狙って攻撃を仕掛ける。

 

「家族……守るう”ゥゥゥ」

 

 腕を振り上げ、鬼狩りに殴りかかる。

 

 彼の強みを一言で言うのであれば、それは肉体である。

 他の家族たちのような、蜘蛛をモチーフとした血鬼術は使わない。

 純粋な身体能力による蹂躙。近づいて殴る蹴る。ソレだけで事足りる。

 むしろ余計な思考は、この強みを潰すようなものである。

 

「よし行け!やっちまえ父さん!」

 

 兄蜘蛛はその様子を少し離れて応援した。

 彼にはもう戦う手段がない。

 手下は全滅しており、毒を盛る隙もない。

 よって彼が生き残るには、父さんに勝ってもらうしかない。

 故、彼は父蜘蛛を応援するしかなかった。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 鬼狩りが凄まじい速度で切り掛かる。

 咄嗟に腕を交差して防ぐが、鬼狩りはその腕を踏み台にして跳躍。

 その勢いを利用して父蜘蛛の肩に乗り……。

 

 

【雷の呼吸 壱の型・崩し 轟雷】

 

 

 凄まじい斬撃でその首を斬った。

 最初に繰り出した霹靂一閃の勢いと合わさる。

 結果、楽々とは言わずとも、硬く太いその首を完全に切断した。

 

「クソ! 諦めて堪るか!」

 

 父蜘蛛の首が切られても尚、往生際悪く、彼は抵抗を続ける。

 触れたものを溶かす溶解液、斑毒痰。

 ソレを鬼狩り目掛けて放とうとした瞬間……。

 

 バンバン!

 爆発声が響いた。

 音源は鬼狩りが懐から引き抜いた銃。

 その銃口から放たれた銃弾が、彼の頭を粉砕したのだ。

 

「ぐ……おぉ……!」

 

 肉を盛り上げて再生する彼の頭。

 超常的な生命力と再生力を持つ鬼にとって、頭部の破壊は致命傷にはならない。

 しかし、瞬時に再生とはいかず、完治には数秒程の時間がいる。

 だがそれで十分。

 接近するにはお釣りがくるほどの隙である。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 頭部が完全に再生しきる前に、彼の首は刎ね落とされた。

 

 





余談ですが、蜘蛛にされた人は既に三十分どころか、変化して何日も経過しています。自我は勿論、もう人間に戻る可能性すらありません。
八幡は知識こそありませんが、無意識に人間じゃない事を分かってるので殺すことに躊躇しませんでした。


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突撃! 累のお家

このssでは累くん滅茶苦茶強いです。


 那田蜘蛛山の頂上付近にある小屋。

 ボロボロの廃屋同然のそこで、幼い姿をした鬼が壁にもたれて綾取りをしていた。

 彼こそ那田蜘蛛山の家族達の当主、累である。

 

「で、誰が僕の家族になるの?」

 

 累は自分を取り囲むかのように点在する鬼に目を向けた。

 彼らは累の家族候補である。

 

「お、俺だ!」

「いや私よ!」

「違う俺だ!」

 

 我先にと声を出す鬼達。

 彼らはまだ血鬼術も使えない鬼であり、そのせいで日々鬼狩りに怯える日々を過ごしている。故、累の家族(おもちゃ)になってでも力と安全が欲しいのだ。

 もっとも、その先は地獄のような日々であるだが。

 

「(へっ、家族ごっこで鬼狩りから守ってもらうなら安いモンだぜ)」

「(所詮はガキ。適当に父親面すれば誤魔化せるだろ)」

 

 このように、こいつらは累の家族になる事がどういう事か理解していない。

 

「(これはダメ……!!?)」

 

 全員不採用ということで切り刻もうと累が考えた瞬間、彼は咄嗟にその場でしゃがみ込む。

 その刹那、刃が壁から生え、累の首があった地点を通り過ぎた。

 累の首を壁越しに何者かが斬り落とそうとしたのだ。

 

 壁越しに対象を正確に捉え、壁ごと対象の首を斬る。

 普通なら到底不可能。人間技ではない。

 だが、この世界には、ソレを可能とする人間がいる。

 

「鬼狩り……!」

 

 天敵である鬼を狩る組織、鬼殺隊。

 中でも、柱と呼ばれる九人の精鋭は、下弦をも超える戦闘力を誇る。

 

「このッ!!」

 

 怒りを露わにして、累も壁越しに攻撃。

 先程まであやとりを行っていた糸を投げつけた。

 糸は壁を容易く切断。

 破壊音を立てて崩れ、破片が土埃となって舞う。

 文字通り粉々だ。もちろん、その向こうにいる鬼狩りも……。

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】

 

 

 今度は、反対側の障子を突き破って鬼狩りが突入した。

 凄まじい勢いの突進。

 竜巻の如く螺旋状に回転しながら、軌道上の鬼を斬り刻む。

 

「な、なんだ!?」

「一体何が起こっている!?」

 

 突然の出来事の連続に鬼達は混乱した。

 視界は壁の破壊によって引き起こされた土埃に塞がれている。

 そんな中、いきなり鬼狩りが襲撃してきたのだ。混乱するに決まっている。

 

 

【風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風】

 

 

 しかし、鬼狩りは待ってくれない。

 天井ギリギリまで高く跳び上がり、空中から大小様々な斬撃を放つ。

 状況が分からず混乱している鬼達はその攻撃すら察知出来ず、次々と首を刎ねられた。

 

「く、首が切られた?!」

「まさか、鬼狩りが……!?」

 

 

【風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪】

 

 

 気づいたころにはもう遅い。

 空中から吹き抜ける風の様に、広範囲を回転しながら斬り付ける。

 この技によって、ほぼ全ての鬼が首を斬られた。後は……。

 

「(よし、これでほぼ全部。あと一体は……!!?)」

 

 着地すると同時、鬼狩りは壁を無理やり突破して外に出る。

 途端、廃屋が大きな音を立てて崩れた。

 もし一歩でも遅ければ、鬼狩りは生き埋めになっていたであろう。

 

 ほっと息を付いた鬼狩りは、すぐさま後ろへ振り返る。

 

「酷い事するな。もし中に生き残りがいたらどうする気だ?」

「いいよ別に。あいつらは最初から家族じゃない。死のうがどうなろうが知ったことじゃないよ」

 

 鬼狩りの視線の先。

 木の上で綾取りをしながら答える累。

 廃屋が壊れたのは、鬼狩りが暴れたのではなく、彼が倒壊させたせいである。

 鬼狩りが来たことを察知した彼は、鬼狩りが廃屋に入るのとほぼ同時に脱出し、支柱を糸で断絶。そのせいで崩れたのだ。

 もっとも、あれだけ暴れたのだから、そんなことをしなくても壊れる筈なのだが。

 

「で? お前は何者? ……もしかして、柱?」

 

 綾取りを一旦止め、鋭い目を鬼狩りに向ける。

 その目には一切の油断や見下しもない。

 宿敵に向けるような視線。

 累は鬼狩りを敵として認め、警戒していた。

 

 鮮やかな不意打ちの手口。

 瞬く間に十数体は鬼を殲滅させた腕前。

 間違いない。この鬼狩りは柱、或いは柱に相当する剣士である。

 

「俺は柱じゃねえよ。ただの平隊士だ」

「そう。僕にとってはどっちでもいいけどね」

 

 そう、どうでもいい。

 相手の階級なんて興味がない。

 重要なのは自分にとって脅威かどうかである。

 

 

「十二鬼月・下弦の伍・累。お前に僕の首が獲れるかな?」

「下弦の伍、か。この間倒したのが陸だから一つ上か」

 

 鬼狩りは刀を、鬼は糸を。

 それぞれの得物を構え、同時に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中の那田蜘蛛山。

 白と黒の影が山中を駆け巡っていた。

 地表を、岩場を、木の上を。

 所構わず凄まじいスピードで二人は走り、激戦を繰り広げていた。

 

 黒の影―――黒い隊服を着ている八幡。

 白の影―――白い服と髪と肌をした累。

 この二人が今宵の主役である。

 

 彼らは現在、木の上で戦闘を行っている。

 

「さっさと落ちてよ」

 

 累が手を翳し、白い玉を発射させた。

 鋼のような糸を束ねた糸玉。

 着弾すると同時に拡がり、相手を切り刻む血鬼術である。

 

「………」

 

 八幡は難なく全て避けた。

 木の幹を、木の枝を、地表を。

 縦横無尽に跳び回り、森全てを足場にすることで。

 木の枝を鉄棒のように掴み、自由自在に方向転換することで。

 八幡は全ての糸玉を避けきった。

 

「(なんて動きしてるんだ!? あんなの、猿でもできやしない!)」

 

 八幡の常人離れした運動能力に戦慄しながらも、累は手を止めない。

 彼もまた人間を超えた身体能力で八幡を翻弄させようと、彼と同じように山を跳び回りながら、更に攻撃の手を強めた。

 糸玉を更に多く、集中的に浴びせる。これなら避けきれまい。

 瞬間、累の目論み通りに足を止めた。

 

「(今だ!)」

 

 

【血鬼術 殺目篭】

 

 

 累の手が赤く染まる。

 鬼の力の源である血が集中しているのだ。

 血を吸う事で糸は赤黒く染まり、更なる力を発揮。

 より堅く、より鋭く、より凶悪に……。

 

 

【螟ゥ縺ョ呼吸 鐚�ノ型】

 

 

 赤黒い糸が断ち切られた。

 髪のように細いながらも、鋼のように堅く、刀のように鋭い糸。

 八幡の斬撃はソレをものともしなかった。

 竜巻のように荒れ狂い、累の糸を食い荒らすかのように切り裂き、引き飛ばす。

 

「(やはりだめか!)」

 

 自身の技が打ち破られたというのに、累は冷静だった。

 彼は最初からこの技で仕留めるつもりなどない。

 相手が強いことは最初から分かっていた。

 故、これが防がれるのも想定内である。

 

 

【血鬼術 刻糸牢・双璧】

 

 

 八幡の前後から、蜘蛛の巣状に束ねられた糸の壁が立ちはだかった。

 血のように赤黒い不吉な壁は、ギロチンの如く八幡へ迫り来る……。

 

 

【螟ゥ縺ョ呼吸 髮イ縺ョ型 流れ雲】

 

 

 八幡はソレを乗り越えた。

 足場がない空中。

 なら、自分で作ればいい。

 

 刀を糸の壁に当て、迫り来る威力を下に流す。

 その勢いで身体が浮かび、糸の束から回避した。

 八幡は逆に、攻撃を足場へと変える事でこの危機を脱却したのだ。

 

 

【血鬼術 流水弦・血死吹き(ちしぶき)

 

 

 八幡が飛び越えた先で、赤黒い糸の束が血飛沫の如く迫り来る。

 回避行動を取ったばかりの彼に、避ける余地はない。

 よって、迎撃するしかない。

 

 

【■の呼吸 弐の型 ●●の天】

 

 

 垂直方向の強烈な斬撃。

 日輪を連想させるその剣劇は、累の集中された力の糸を見事に断ち切って見せた。

 

 八幡は累の攻撃を全て防いでみせた。

 一度ならず二度、二度ならず三度と。

 死に誘う恐るべき蜘蛛の糸の妖術を。

 今度は八幡が鬼に攻撃する番である。

 

 

【螟ゥ縺ョ呼吸 鐚�ノ型】

 

 

 荒れ狂う斬撃の嵐を、累は辛うじて避ける。

 

 鬼の肉体による身体能力だけでは不可能。

 よって血鬼術である糸と合わせる事でなんとか回避した。

 八幡のいた時代で言うワイヤーアクション。

 跳んで避けて空中にいる際中でも、糸を駆使すれば方向転換も可能。同時に八幡を翻弄させる事にも成功。

 初めてやる試みであったというのに、累はワイヤーアクションをものにしてみせた……。

 

「ッグ!」

 

 とは、いかなかった。

 斬撃の波が徐々に掠り、累の小さな体に傷を刻む。

 いくら十二鬼月とはいっても、初めて行う技を完璧に使いこなすのは不可能。

 まして、その相手が柱級の剣士となれば猶更である。

 むしろこの程度で済んでいる方が幸運と言ってもよいだろう。

 

「どうした?付いて来い鬼狩り!」

「ッハ、誰に言ってやがる?」

 

 勝負は振りだし。

 再び互いに森を駆け抜け、隙を狙う……。

 

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

【血鬼術 流水弦・鉄砲水】

 

 

 ほぼ同時に動き出した。

 

 累がワイヤーアクションで真後ろに方向転換。

 勢いを殺すどころか、更に加速させながら、赤黒い血鬼術の糸を束ねて八幡に振り下ろす。

 ソレを待っていたかのように八幡が抜刀。

 最初から来るのが分かっていたかのように絶妙なタイミングで居合を繰り出した。

 刃と糸が交差し、鉄を引き裂くような音が鳴る。

 

 スパンッ!

 

 勝ったのは刃だった。

 累の糸を切り裂き、そのまま首を刎ねる……。

 

「ッグ!」

 

 とはいかなかった。

 累は咄嗟に腕を差し出して回避。

 腕を犠牲にすることで首を守った。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面斬り】

 

 

 追撃の刃を振るう。

 しかしソレも首を斬ることはなかった。

 累が糸によって回避したのだ。

 予め足に引っ掛けた糸を自動で巻く事で、自身の身体を動かすことなく避けたのだ。

 視覚外の装置による、肉体に寄らない予備動作無しの回避行動。

 こればかりは実力で勝る八幡でも見抜けなかった。

 

 しかしソレが何だと言うのだ。

 

 

【風の呼吸―――】

 

 

 一撃目がダメなら次に移ればいいのだ。

 八幡はすぐさま追撃を掛けようとした瞬間……。

 

「ッ!?」

 

 急きょ追撃を辞めて背後に下がった。

 途端に降り注ぐ鋼の糸。

 もし一瞬で遅ければ、八幡は細切れにされていたであろう。

 まあ、彼なら咄嗟に全てを斬り落とせそうだが。

 

「……成程、伏兵と罠を仕込んだか」

「ご名答。正解だよ鬼狩り」

 

 

「僕はただ逃げていたんじゃない! 巣を張っていたんだよ!」

 

 

 辺りを見渡す。

 糸、糸、糸。

 細く見えづらい糸が疎らに張られてある。

 

 そう、累は闇雲に糸玉を発射していたのではない。

 避けた者はこうして巣を張り、八幡を追い詰めるための牢として機能していたのだ。

 この糸がある以上、八幡は自由に動けでなく……。

 

 

【血鬼術 刻糸牢】

 

 

 糸を足場にして、累が跳びながら血鬼術を発動した。

 この糸は累の血鬼術によって作り出されたもの。

 主である累を傷つけることはない。

 

 この糸は累にとっての足場―――縄張りでもあるのだ。

 

「ここはもう僕の巣だ! 部外者は早く出て行け!」

「……やってくれるじゃねえか」

 

 ニヤッと、獰猛な笑みを浮かべながら、八幡は戦闘を続行した。

 






公式ファンブックでは、累の真の実力は下弦の壱や弐に匹敵するほどの強さとありました。
原作で炭治郎が戦えて言うたのも、累が普段ではありえないようなミスを連発したからとあります。義勇に一瞬でやられたのもそのせいでしょう。
ですがこのssでは、最初から相手が強いと分かっている為、油断も隙もありません。その結果、累は原作以上の力を発揮する事になりました。


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天の呼吸

遂になんぞの呼吸の正体が出ます。


 

 

 累の策によって、八幡の動きが封じられた。

 本来なら実力は八幡が上の筈が、地の利を奪われた事で発揮できなくなった。

 これで戦況は互角。先に隙を晒した方が負ける。

 まあ、下弦の伍とはいえ、十二鬼月相手に実力を制限された状態で五分という時点でおかしいが。

 

 

 だが、互角では駄目だ。

 

 人間には疲れも痛みも存在しており、傷も直ぐには治らない。

 体力という限界が存在し、負傷という状態異常があるのだ。

 対する鬼にはそんな制約など存在しない。

 

 体力の限界は存在せず、日の出まで疲れ知らずの肉体。

 日輪刀で首を斬られる以外では外傷で殺せない生命力。

 戦況が互角ではこれ等によって覆されてしまう。

 鬼との戦いにおいて、五分では不利と同意義だ。

 

 この戦い、不利なのは八幡の方。

 故に、なんとしてでも脱却しなくてはならない。

 そうしなければ、八幡が敗れるのは目に見えている。

 

 

 そして、ピンチの時にこそ、更なるステージに到達するチャンスでもある。

 

 今まで鬼狩りの剣士たちはそうして強くなってきた。

 格上の相手、不利な状況。死地にこそ活路を見出す。

 八幡もまた、この機会に羽化しようとしている。

 

 

 “ドクンッ”

 

 

 最期のピースが揃う。

 

 八幡だけの技が完成しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 駆ける。

 通常の人間なら、一寸先も見えない闇の中を。

 今の俺には昼だろうが闇だろうが関係ない。

 匂いと音と直感で。

 見る以上に観えている。

 

 駆ける。

 道でない道を。

 人どころか獣すら再現出来ない動きで。

 今の俺には壁だろうが天井だろうが関係ない。

 足と腕とロープで跳んで。

 跳ぶ以上に飛んでいる。

 

 風になったかのような気分だ。

 自由に、思うがままに。

 何ものにも囚われず、自在に俺は掛ける。

 

 誰も俺を捕まえられない。

 たとえ、この鬼の糸であっても。

 俺を縛れるものは何処にも存在しない。

 

 邪魔な糸を斬る。

 一本、また一本と。

 その度に俺を縛る何かから解放された。

 

 

 ああ、そうか。

 俺を縛っていたのは俺自身だったんだ。

 

 

 前の世界にいた下らないしがらみ。

 抱える必要のない無駄な雑念。

 こいつ等が俺の邪魔をしていた。

 だから完成しなかったんだ。

 

 だが、今ならやれる。

 今の俺なら、何処までも飛べる。

 もっと高く、もっと速く、もっと強く。

 そのための呼吸だ………。

 

 

(そら)の呼吸】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…何だ!?」

 

 突然、鬼狩りの動きが変わった。

 今までも人外染みていたが、それ以上に。

 まるで空を飛んでいるかのような動きに変化した。

 

「ま…まずい!」

 

 ソレを見た途端、累は焦った。

 やっと五分に抑えたというのに、逆転されたらもう抑えられない。

 間違いなくやられる。ソレだけは何としてでも防がなくては……。

 

「(これで決めてやる!)」

 

 

【血鬼術 刻死輪転】

 

 

 発動された累の血鬼術。

 刻糸牢よりも更に多くの糸を網の目状に組み、一気に回転させる。

 逃げ場は存在ない。堅く鋭い糸を切り開くことでしか生きる術はない……。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 全ての糸を受け流された。

 

 糸を断ち切る他に逃げ場のない糸の牢。

 

 その内の一本を刀で受け流す事で、その全てを崩したのだ。

 

「………!」

 

 その絶技に、敵である累も見惚れた。

 あり得ない程に繊細な御業。

 だというのに、あまりに大胆な剣技。

 矛盾する筈の要素を内包する芸術的な神技に、累は戦いの場であることを忘れて目を奪われ、手も足も止めてしっまた。

 ソレがいけなかったのだろうか……。

 

 

【天の呼吸 雷の型 千火万雷】

 

 

 突如、ここら一帯の糸が断ち切られた。

 

 轟雷の如く鳴り響く激震。

 糸の罠、血鬼術問わずに全ての糸を悉く食い荒らした。

 その音が加速による足音だと気づくのは、終わった後の事。

 気づいた頃には全てが遅い。

 

「(なッ!? ぼ、僕の糸が!?)」

 

 一瞬で糸を斬られたことに焦る累。

 だが、そんな暇などない。

 既に刃は目の前にまで来ている。

 

「ック!」

 

 

【血鬼術 血色織】

 

 

 腕を楯にして刀を防ぐ。

 咄嗟に血鬼術で赤黒い糸を編み、腕に巻き付けて防具代わりにする。

 防ぎ切れない事は分かっている。たとえ腕を犠牲にしても逃げることが最優先。

 斬られる腕の感触を無視して累は跳び、背後の木の枝に糸を巻き付けて逃げる。

 

 

 

 ―――追う。

 

 獣の如く、雷の如く。

 

 響き渡る剣戟は咆哮。

 

 鳴り響く轟音は雷鳴。

 

 鬼を狩る剣士は雷を纏う獣となって獲物を追う。

 

 

 

 

 ―――逃げる。

 

 

 脚を、糸を、木を、場を。

 

 鬼は全てを酷使して逃げる。

 

 今宵、捕食関係が逆転した。

 

 人を食らう蜘蛛は天敵から糸に縋って必死に逃れる。

 

 

 

「(……来るな)」

 

 

【血鬼術 刻糸牢】

 

 

 来る。

 進撃を緩めることなく突き進む。

 

 

 

 

「(来るな!)」

 

 

【血鬼術 殺目篭】

 

 

 来る。

 邪魔な糸を切り開いて進行する。

 

 

 

「(来るなァァァァァァ!)」

 

 

【血鬼術 刻糸輪転】

 

 

 来る!

 突破した鬼狩りが刀を振り翳す!

 

 

 

 スパン!

 

 

 遂に、刀が首を捉えた。

 

 





日の呼吸だと思いましたか? 残念、オリジナル呼吸です。
けどこの呼吸、まだ未完成なんですよね。
水と風と雷を複合させた新しい呼吸なのですが、まだ組み合わせるべき呼吸を八幡が取得してないんですよ。
では、次に会得すべき呼吸は何か。それは後程に。


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また逃げられた


今の八幡のレベルは初期の義勇さんよりほんの少し強いレベルです。
あの頃は油断していたとはいえ呼吸未収得の炭治郎に不覚を取ったのですから、決して累を一瞬で倒せたほどの実力はなかったでしょう。おそらく、時期的に考えても柱に成り立てだったんでしょうね。

柱も最初から強いというワケではないのです。
だって、煉獄さんは甲の時は下弦の弐に大分苦戦したし、実弥は二人がかりでやっと壱を倒したぐらいですから。


 

 しくじった。

 

 あの鬼、俺が首を斬る前に自分の首を斬って逃れやがった。

 大方、予め首に糸を巻き付け、自切出来るように仕込んでいたのだろう。

 小癪な奴だ、だが、首が再生次第また斬り落として……。

 

 

 

 

「お、丁度いいくらいの鬼だ!」

「これなら俺らでも殺れるぜ!」

「!!?」

 

 茂みから五人ほど隊士が出てきやがった。

 後で知ったことなのだが、俺と鬼は戦う際中で大分移動していたらしい。

 しかも、殺し殺されるとお互いに本気だったのも気づくのが遅れたことに拍車を掛けていた。

 

「(ま、マズい!)」

 

 この状況は思った以上にヤバい。

 この後、鬼にとってと最善手と言えば……。

 

 

【血鬼術 刻糸牢】

 

 

「やっぱりか!」

 

 何も知らない第三者を人質に取る事。

 ソレを先読みした俺は咄嗟に行動。

 隊士たちの前に立ち、赤黒い糸の牢を切り伏せる。

 クソ、本当は血鬼術が発動する前に腕を銃なり霹靂一閃なりでぶっ飛ばしたっかのだが出遅れたぜ。

 

 

【血鬼術 流水弦・雨】

 

【水の呼吸 参の型 打ち潮】

 

 

 今度は赤黒い糸による弾幕。

 集中豪雨の如く降り注ぐそれらを剣戟のみで切り伏せる。

 だがソレだけ。

 防ぐだけでは何れ逃げられる。

 

「な…なんだコイツは!?」

「こんな鬼、俺らの手には負えねえよ!」

「は、柱…!柱を呼んでこい!」

 

 後ろの奴らは役に立たなさそうだな。

 まあいい。最初からアテにはしてなかったし。

 ソレよりも今はこの状況は打破する策を考えないと。

 この鬼の猛攻を止める手段。ただでさえコイツの血鬼術は強力なんだ。

 俺が離れたコイツらなんて直ぐにバラバラになる。今は胴体だけだから戦力が下がっているから成立しているだけで………ん、待てよ。

 

「(なんでアイツ、首なしでこれだけ強い血鬼術使えるんだ?)」

 

 いくら鬼でも、万全の状態でなければ戦力は下がる。

 この鬼は確かに強かったが、首の無い状態でここまで力を発揮できる程ではなかった。

 首を斬った今、もっと戦力は下がる筈。なのに一体何故……ああ、そういうことか。

 

 この鬼……いや、胴体は自分の肉体を糸に再構成しているのか。

 

 術を使う度に首なし胴体が小さくなっていく。

 おそらく、供給源がないので自分の肉体を削っているのだろう。

 

 蜥蜴の尻尾切り成らぬ鬼の身体切り。

 コイツを遠隔操作で操って足止めして、本体は逃げるというわけか。

 

「させるかよ……!」

 

 折角もう少しで狩れそうな獲物をみすみす逃がしてやるものか!

 テメエは何が何でも俺が狩り獲る!

 

 

【天の呼吸 雷の型 大雷】

 

 

 無理やり突破。

 糸の弾丸の雨を雷のように突き抜け、赤黒く染まった右腕を切断した。

 多少のダメージは貰ったが相手は十二鬼月なのだ。この程度の駄賃で済むのなら万々歳だ。

 

 念のため全身をバラバラに切断。

 身体を材料に血鬼術を使用していたせいか、それとも首がないせいか。

 首なし胴体はさっきまで戦っていた鬼の肉体とは思えない程にあっさりと刃が通った。

 

 次はあの鬼の首だ。奴は何処に……ああクソ、やられた。

 

「あの野郎……!」

 

 匂いを嗅ぐとすぐに見つかった。

 あの野郎、空を飛んでいやがる。

 

 敢えて首だけの状態から再生せず、身体が軽い状態にして、蜘蛛の糸をパラシュートみたいに使って逃げていた。

 子蜘蛛がよくやる移動手段だ。よく知っていやがったな、明治時代生まれの癖に。

 

 バンバンバン!

 咄嗟に飛んでいる奴に目掛けて銃撃。

 見ないうちに遠くまで飛んでいるが、俺の射撃能力なら十分届く。

 

 弾丸が当たる音が鼓膜に響く。

 どうやら三発中二発だけ当たったらしい。

 墜落する鬼の首。

 今のうちに追うか。

 

「お前らはここにいろ。アレは俺の獲物だ」

「「「………」」」

 

 何も言わない隊士達。

 ソレでいい。万全の状態のアイツと足手まとい付きで戦うなんて冗談じゃねえからな。

 

 ソレじゃあ行くか。

 あの距離だから逃げられるとは思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある洞窟。

 一体の鬼がその奥でひっそりと膝を抱えていた。

 その鬼は日光が入り口に差すのを眺め、ギシリと歯軋りする。

 

「鬼狩りめ……!」

 

 思い出すのは先程の鬼狩り。

 自身の家族を皆殺しにした挙句、十二鬼月である自分を追い詰めた剣士。

 アイツのせいで、今の僕はこんな惨めな思いを……!

 

「許さない……何時か殺してやる!!」

 

 確かに自分は負けた。

 最初から相手が格上であり、終始劣勢だった。

 地の利を得ても五分止まり。そして最後は首をあと一歩で切られるところだった。

 

 だが、ソレは力を分け与えてしまったからだ。

 

 本気の僕ならあんな奴に負けない。

 苦戦こそするかもしれないが、必ず勝利してみせた。

 万全の状態なら、あんな奴なんかに……!

 

「(ああ……そうか。これも全部あの屑共のせいだったんだ)」

 

 そうだ、最初からあんな奴らなんかに力を分けなければよかったんだ。

 所詮は弱い屑。力を分けてやったのに誰も自分の役割を果たそうとしない。

 どいつもこいつも役立たずだった。誰一人僕を守れやしないし、しようともしない。

 

 いつもそうだった。最初から自分でやった方が早く確実。足手まといなんて必要どころか邪魔だ。

 

「……こんなにも腹が立ったのは久々だよ」

 

 何もかもが苛立つ。

 使えない屑共にも、こんな目に遭わせた鬼狩りも、欲しいものが手に入らない現状も。

 だが、その大半はどうしようもない。屑は死んだからもう制裁を咥えられないし、欲しい者に限ってはもう何なのか分からない。故、怒りを晴らせられる対象は一つしかない。

 

「あの鬼狩り……何時か必ず殺す!」

 

 累は怒りを胸に、復讐(リベンジ)を誓った。

 

 

 



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天柱編
柱就任


やっと八幡が柱になります。
長かった。ここまで来るのに八幡は五年以上経過してますからね。


 

「これより、柱就任の儀を執り行う」

 

 鬼殺隊本拠である産屋敷邸。

 当主である産屋敷輝哉の進行で、柱就任の式典が開かれた。

 

 式典と言っても実に質素なものである。

 参加者は輝哉とその家族である妻“あまね”とその子供二人。観覧者などは一人もいない。

 可能であるならばこれからの同僚である柱達が参加するのだが、彼らは誰もが多忙。まず無理である。

 

 柱。

 鬼殺隊の中で最も位の高い剣士であり、能力が飛び抜けている一騎当千の猛者。

 文字通り、鬼殺隊を支える柱である。

 

 本日は一人の男が新たな柱に任命される。 

 

「比企谷八幡様、前へ」

「はい」

 

 広い中庭に立っている青年──比企谷八幡は数歩前へと進み、縁側の手前で止まる。

 

 神隠しにあって五年以上経過。彼は大分変ってしまった。

 背丈は10㎝も伸び、鍛錬や鬼との戦闘によって逞しい肉体へと成長。

 任務で忙しいのか髪は伸ばしており、背中に付く程の長い髪を一つに束ねている。

 呼吸のおかげが猫背は直っているが、腐った目は相変わらず。しかしその奥には、剣士特有の闘志が輝いている。

 神隠し前の彼を知る者がいれば別人と見間違える程の変わりぶり。

 彼はもう、総務高校の生徒ではなく、鬼殺隊の柱として完成されてしまった。

 

「八幡、君は五大呼吸の複合技を使えるそうだね」

「いいえ。俺が使えるのは風と水と雷であり、その三つを組み合わせているに過ぎません」

「十分にすごいよ。複数の呼吸を使えるだけでもすごいのに、更に二つを掛け合わせるなんて、誰にも到達できなかった」

 

 

「誰よりも空高く飛び、誰よりも天高く進む。―――天柱(そらばしら)なんてどうかな?」

 

 

 

「雷、水、風。どれも天候の要素だ。しかも君の呼吸は天の呼吸って言うんだね。じゃあ、天の柱が相応しいと思うんだけど、どう思う?」

「ありがたく思います。天柱の称号、謹んでお受けします」

 

 輝哉から日輪刀を授かる八幡。

 こうして八幡は天柱となった。

 まあ、この態度からして、あまりやる気がないのは明白なのだが。

 

「柱になることで私たちは出来る限りの援助を行っている。その中には、独自の情報網を使う権限もある」

「……」

 

 八幡は黙って輝哉の話を聞く

 

「君の知りたいことを私たちの力で調べられるかもしれない。良ければ力に成りたいのだけど……どうかな?」

「ッハ、俺をその気にさせるために餌をちらつかせるか。いいぜ、乗ってやるよ」

 

 

 

「ただし、俺はアンタに忠誠を誓わない。俺は俺のために戦っている」

「いいんだよソレで。ソッチの方が私達にも都合がいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと柱になったかこの怠け者め」

 

 宇随の家―――音屋敷に向かうと、出会い頭に罵倒された。

 

「んだよ、ちゃんと働いてるだろ。俺、もう百体以上鬼を倒したんだぜ?」

「柱になるのに五年もかかる時点で地味に怠け者だ。お前なら三年で派手に成れた筈だろ」

「……音柱先輩にそこまで褒めてもらえるなんて光栄だね」

「半年しか違わねえだろ!」

 

 宇随はため息を付いた。

 

「で? お前はお館様に忠誠誓うのか?」

「は?んなわけねえだろ」

「だろうな……」

 

 再びため息をつく宇随。

 アレ、お館様信者のコイツなら食って掛かると思ったんだが。

 

「猫は首輪を付けない方がよく鼠を狩る。虎や獅子は鬼を狩るってか?」

「なんだそりゃ」

 

 言いたいことは分かる。

 俺みたいな人間は組織で規則に雁字搦めより単独で好き勝手に動いた方がいいという事。

 現に、俺ってけっこう命令無視したりしてるからな。ソレで柱に成れたんだから。

 

 そんな事を考えていると、部屋の外から気配がした。

 

「比企谷様、お召し物が到着しました」

「お、もう来たか」

 

 隠―――前田が襖を開けて荷物を差し出した。

 俺はソレを受け取って中を開ける。

 

「なんだそりゃ?」

「俺の羽織りだ」

 

 中に入っているのは羽織。

 鱗滝さんから貰ったものなんだがここ最近の任務でボロボロになってしまった。

 ソレで実家が仕立て屋の前田さんに頼んで修繕を頼んだ。

 

 相変わらず良い出来だ。

 勝手なカスタマイズをする時が多々あるが、ソレにさえ目を瞑れば問題ない。

 蒼い鱗模様の生地に、背中には翼が生えた龍が空を飛ぶ姿が……え? 龍!?

 

「ちょ、前田さん!? 背中の鯉が龍に成ってるんですけど!?」

「ええ。柱になった記念です。比企谷様ほどの剣士、いつまでも鯉のままでは勿体有りません」

 

 龍……か。俺、こういう派手なデザインあんまり過ぎじゃねえんだよな。

 中学の頃はドラゴンだの髑髏だのといったデザイン好きだったけど、今はそういうの卒業しているというかなんて言うか……。

 

「派手でいいじゃねえか! 鯉が滝を登り切って龍になったって事か! じゃあ次は派手に天を登らねえとな!」

「宇随、お前なあ。こんな格好目立つだろ、任務に支障をきたす」

「お前なら大丈夫だろ。俺並みに気配消すの上手いし」

「そういう問題じゃ……ん?」

 

 部屋の外から気配がしたので、俺は立ち上がって障子を開けに向かう。

 そこには、俺の専属刀鍛冶の甲さんがいた。

 

「比企谷様、柱就任おめでとうございます。柱の刀を打たせてもらうとは、刀鍛冶冥利に尽きます」

「そんな大層なモンじゃねえよ。で、俺の新しい日輪刀は出来たのか?」

「はい、ここに」

 

 俺は渡された荷物を受け取った。

 かなりデカい。中にはけっこういろんな日輪刀が入っており、全部が俺のらしい。

 普通の日輪刀に、俺の身長程はある大太刀に、長い鎖に繋がれた二本の小太刀。

 どれもこれも一度は使った事がある日輪刀だ。

 

「本当は槍や弓矢も持っていきたかったのですが、コレが限界でした。申し訳ございません」

「十分すぎる。というか多いわ」

 

 この人、色んな武器作るの好きだからな。

 刀だけでも色んな種類の刀を日輪刀にしていた。

 ロングソードに大太刀に半月刀に柳葉刀などの普通の刀は勿論、ファルシオンにショーテルにフランベルジュにウルミなんてゲテモノ日輪刀まで作っていたからな。

 刀だけならまだいい。弓矢だったり槍だったり鎌だったり、普通なら使わない武器も容易していたからな。中でも鉄扇出された時はびっくりしたぜ。

 そして、俺に実戦でテストさせてデータ収集。どういう奴に相応しいか、どういう風に戦うべきか、どんな相手に有効か。

 とまあ、そんな感じだ。

 

「比企谷様が試作品を使ってくださるおかげで情報が大分集まり、隊士の方々が使いやすい日論刀が作りやすくなりました。本当に、今までありがとうございます」

「あ、そういや俺の日輪刀もお前の試作通して改良されたって聞いたな」

 

 え、そうなの?

 

「ハイ。比企谷様は武器にあった戦い方をその都度開発してくださるので参考にしやすいのです。複数の呼吸から適切な呼吸を見つけてくださるので尚やりやすいのです」

「その話はもう何度も聞いたな」

「ええ。ですがもうこれで最後のようですね……」

「何だその言い方。ソレじゃあこれからはもう試作を作らねえって事か?」

 

 俺、甲さんの作るゲテモノ日輪刀使うの好きなんだけどな。

 普通の日輪刀にはない戦法取ったり、戦略を練ったりして。

 

「はい、しばらくは。比企谷様が柱になった以上、もう試作を試して頂く時間ないでしょう。それに、私もそのための時間を確保出来なさそうですし」

「………そうか」

 

 そうなると少し寂しいな。

 

「では、刀を」

「ああ」

 

 最初は大太刀に振れる。

 途端、日輪刀の色が染まっていった。

 峰は黒に、刃は虹色に輝く。

 

「あれ?色が変わってる?」

 

 前は三色だったのに何で虹色なんだ。

 雷の黄、風の緑、水の青、そして謎の黒だった筈。

 なのに何で増えてるんだ?

 

 他の型何も触れて見る。

 色の割合に若干差異はあるが、どれも虹色になった。

 

「おそらく新しい呼吸の影響でしょう。今までの剣士も派生の呼吸を開発する事で色が変わったと聞きますし」

「なるほどな」

 

 色が増えた理由。ソレは俺が強くなった証というワケか。そう思うと悪い気はしないな。

 

「いいじゃねえか。刀も服も派手になってよ」

「……まあ、強くなった証と考えたら気分がいいな」

 

 早速、俺は支給された物を受け取った。

 龍の羽織りを着て、黒と虹色の日輪刀を掲げ、長くなった髪を靡かせる。

 

「どうだ?似合うか?」

「お、派手派手になったな!」

「ええ。大変お似合いです」

 

 思った以上にいい反応だ。嘘でない事は匂いですぐにわかるし。

 

「じゃあ、次は鱗滝さん達や胡蝶姉妹にでも見せびらかしに……あん?」

 

 今度は窓の外から気配がした。

 おそらく八雲がまた任務を持ってきたのだろう。

 

「おい八幡、柱になって有頂天になるのはいいが仕事だ」

「天元、派手なお前にしか出来ない任務だ!」

 

 宇随の鎹烏の虹丸と、俺の鎹烏の八雲が同時に話す。

 俺と天元は聖徳太子出来るが、普通なら聞き取れないぞ。

 

「仕方ねえか。比企谷の新しい家を拝みたかったんだけどな」

「だな。マイホームの確認は後でするか」

 

 柱になったばかりの任務。

 どんな強敵が出て来るやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柱としての初任務は呆気ない程簡単に終わった。

 鬼が俺に気づく前に奇襲を掛け、何かする前に首を刎ねる。

 どれだけ強い血鬼術を持っていようが、使う前に殺せたら勝ちだ。

 大体八割ぐらいはこうやって倒してきた。

 

 灰になって崩れる鬼を見送りながら刀を鞘に納める。

 その時、刀身が鏡のように俺の姿を反射した。

 

 この世界で成長した―――変わってしまった俺の姿。

 

 背も伸びて体つきも大分変わった。

 当初はひょろい猫背だった俺が、今では百九十近いムキムキの細マッチョだ。

 髪も大分伸びて背中まで届いている。自分で言うのも何だが、俺って長髪似合うな。元居た世界じゃ校則違反になるからやらなかったわ。

 

 

 こんなに変わった俺を、家族は俺だと分かるのか?

 

 価値観や性格も変わった。

 鬼なんて人外と切った張ったの最前線で戦っているのだ。そりゃ何時までもナヨナヨしてられない。

 最初は無理やりだった。無一文だから、稀血だから、仲成という鬼にそう仕向けられたから。戦う事でしか生きられなかった。

 けど今は違う。俺は進んで鬼狩りをしている。

 任務を通じて強くなることをたのしんでいる。

 

「大分、変わっちまったな」

 

 俺は俺じゃない。

 入学を密かに楽しみ、新しい生活を何処か心待ちにしていた新入生比企谷八幡じゃなくなった。

 鬼殺隊天柱、比企谷八幡だ。

 

 だが、ソレが何だという?

 

 年を経れば変わるのは当然の事。

 むしろ、年齢や環境の変化についていけない方が問題である。

 

 俺は明治時代の世界に適応出来た。

 鬼殺隊というアウトローではあるが世間には迷惑をかけない真っ当な職場に就き、ちゃんと働いた。

 コツコツと真面目に働き、今では柱と言う幹部階級だ。

 時代や文化の違いはあれど、ちゃんと真っ当に社会に適応してる。むしろ大出世までしている。

 

 大丈夫だ。俺は戻ってもやっていける。

 この世界に適応したのと同じように、元の世界に適応すればいいだけの話だ。

 そのためには相応のリハビリは必要だろうが、何時かは元の生活に戻れる。

 大丈夫、大丈夫だ。柱にまでいけた俺ならやれる……。

 

「八幡、考え事の際中に悪いが次の任務だ」

「ああ、直ぐに行く」

 

 また任務のお達しだ。

 柱は多忙だ。休む暇なんてない。

 

 そうだ、今は余計な心配する余裕はないのだ。

 任務に集中しろ、鬼との戦闘に集中しろ。

 目の前に没頭すれば、余計なものを見なくて済む。

 帰った後の事なんて、帰る手段が見つかった後に考えたらいいんだ。

 

「行くぞ八雲。案内を頼むぞ」

 

 今はただ、鬼を切る事だけを考えていればいい。

 





皆さん気づいてると思いますが、今の八幡は帰る気が弱まってます。
既に神隠しに遭って五年以上が経過し、鬼滅の刃の世界に適応し、仕事では幹部にまで昇格した。
そりゃ元の世界に帰る気も失せますわ。
小町はいませんが、この世界には仲間も出来ましたし。
こうやって異世界で色んなしがらみや縁が出来る事で異世界転移者は帰る気が無くなるんじゃないでしょうか。


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天柱の日常


八幡が柱になるのが遅くなった理由は主に
①命令違反
②隊律違反
③無断欠勤
この三つです

命令違反はその命令が不適切と独断判断したから、隊律違反は主に他の隊士と対立して、無断欠勤は様々な技術を身に付けたり帰るための情報を探すためです。


 

 とある西洋風の館。

 広大かつ豪勢な屋敷。庭も小さな集落程度ならすっぽり入る程に広い。

 その中央部にある書斎に1人の外人男性が窓の景色を眺めていた。

 

 男はこの館の主である。

 母国ではしがないチンピラであったが、とある出来事を切っ掛けに日本で成り上がった。

 鬼の力である。

 無惨から与えられた力によって男はこの日本で成功してみせた。

 遠くない日に本国へ戻り、更なる成功を掴んで見せる。

 そして、何時かはあの男を超えて己が鬼の王に……。

 

 コンコンコンッ。

 扉を叩く音が響いた。

 

「入れ」

 

 母国語で命じる。

 彼の屋敷に日本人はいない。

 選民主義の強い人種である彼は他国の人間を信用していなかった。

 

「失礼します、旦那様。明日の予定で確認すべき点が見つかりました」

 

 五十代前後の男性が入室する。

 彼はこの屋敷の執事。母国からわざわざ招いた由緒正しい名門の一族であり、男が唯一信用している人間である。

 

「何だ? 何かあったのか?」

「いえ、大したことではございません」

 

 男は振り向く事無く質問する。

 その時だった。

 

 

 

「明日の予定は全部白紙だ」

 

 男の首が信用している筈の執事によって首と四肢を斬られたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うし、仕事完了」

 

 この鬼やその周囲がやってきたと思われる犯罪の証拠を収集し、外人の鬼を暗殺した後、俺はやっと執事の変装を解くことが出来た。

 

 変装技術。

 任務をより効率に遂行する為、入隊して3年後にやっと習得した技術だ。

 覚えるのにはかなり苦労した。

 パルクールや聞き分けによる情報収集と違って、呼吸による身体能力や、何故か身につけた超感覚が活かせないからな。地道に努力していくしかなかった。

 まあ、ちょっとズルはした上に、今は身長のせいで変装対象も限られるが。

 

「た、大変だ! 麻薬のリストが盗まれた!」

「何!? 一体いつ!?」

 

 外が騒がしい。

 やっと俺がこの屋敷に潜入して証拠集めしていた事に気づいたらしい。

 さて、それじゃあ次は別の人間に変装して脱出するか。

 ちゃんとこの屋敷の人間の行動パターンは把握済み。余程の体格差が無い限り変装出来る。

 

「それじゃあ、任務を続行するか」

 

 予定通り、俺は鬼の服を追剥ぎして変装した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「派手に俺より忍やってるな」

 

 任務帰り。

 道中の茶屋で飯を食ってると、宇随にそんなことを言われた。

 

「変装して数日敵の陣地に侵入し、敵の勢力拡大を妨害するための情報工作及び暗殺。手段が派手に忍者だろ」

「言われてみればそうだな」

 

 俺に与えられた任務は鬼の討伐だけではなかった。

 鬼の海外進出の事実確認及び事実だった際の計画阻止。

 コレが俺の任務だ。

 

 通常、鬼は庶民出身が多いが、偶に地位や財産のある奴、或いは鬼に成る事で富や利権を得た奴もまた存在する。

 そういった奴らの首を落とすには近づくために武力以外の手段が必要であり、後始末も他の鬼とは比べ物にならない。

 そこで俺の出番になる。

 変装したり侵入したりして敵に接近し、首を狩った後は必要なら色々と工作して失脚させるなり何なりする。

 こういった真似が出来るのは俺と宇随ぐらいなんだよな。

 

「よく一週間も他人に変装してバレねえな。おれには無理だ」

「二週間だ。俺一人で全部やりきる必要があったからな」

 

 俺が変装したのは執事だけじゃない。

 色んな手を回す為に、色んな人間に変装し、色んな工作を仕掛けた。

 かなりの重労働だった。バレずに複数の人間を演じ、それぞれ違う工作をするのは。

 

「で、お前にこの資料を渡して俺の仕事は終わりだ。引継ぎ頼むぞ」

「ああ。……って、よくコレだけ調べられたな。暗号解読も派手に済ませてるじゃねえか」

「まあな。証拠集めるだけじゃ柱の」

「やってることが地味に忍時代の情報工作だなこりゃ」

 

 宇随の言う通りだ。

 コレ、鬼狩りじゃなくてスパイとかじゃん。

 

「しかも、どの任務も成功させる。流石は『最優の柱』、『鬼殺隊の双柱』だな」

「………」

 

 最優の柱。

 難易度の高い任務をやり遂げることから付いた俺のあだ名。

 欲を言えば最強の方がいいのだが、一番強いのは悲鳴嶼だ。俺が名乗るわけにはいかない。

 

 鬼殺隊の双柱。

 悲鳴嶼さんこと岩柱と俺こと天柱の二柱の事。

 俺たちは鬼殺隊から見たら同格のようで、よく比べられる。

 まあ、柱稽古では今のところ俺が勝ちこしているが。

 

「じゃ、俺は次の任務あるから行くわ」

「あ?まだあるのかよ?」

 

 

「ああ。あと五件ほど。一週間は寝れねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある山中の廃村にあるボロい小屋。

 その中に一体の鬼が崩れかけた床に座っていた。

 巨大な蝸牛のような姿をした異形の鬼。

 首は人間だがその下は完全に蝸牛だ。

 更に、この鬼はただデカいだけではない。

 

「う…ぐ、ぁぁ……」

「ころ…して……」

 

 蝸牛鬼の殻には、人間の顔が幾つも浮かび上がっていた。

 取り込んだ人間の顔である。

 これがこの鬼の血鬼術。

 人間や他の鬼を食うのではなく、生きたまま取り込むことで、自分が受けたダメージを取り込んだ者に押し付ける能力。

 蝸牛鬼はこれを使って自身を討伐しに来た鬼狩りを倒した。

 取り込んだ人間を人質に使う。そうするだけで鬼狩りは何も出来ず、彼に殺されるか逃げるしか出来ない。

 人間相手には無敵の楯と言ってもいい。

 しかし、何事にも例外はある。

 鬼殺隊の中でも人質の命に無関心な者、鬼を狩る以外は些末だと切り捨てる者、自分の命を優先する者も存在する。

 そんな時は二つ目の血鬼術が効力を発揮する。

 

 鬼相手にも彼の能力は有効である。

 取り込むには足で直接触れる必要があるが、一度捕まえてしまえばこちらのもの。

 なんとこの鬼の血鬼術、取り込んだ鬼の血鬼術を自分のモノとして使用できるのだ。

 

「きひひッ。本当に便利な血鬼術だな。だからこうして生かしてやってるんだ」

「この……クソ野郎が!」

 

 軟体の足に包まれているナナフシのような形状の鬼。

 この鬼こそ植物操作の血鬼術の本来の持ち主、儒黙である。

 とある事情で縄張りを離れたところを運悪く蝸牛鬼と遭遇してしまい、取り込まれてしまったのだ。

 儒黙の血鬼術は前準備が必要故、急な戦闘には対応できない。結果、蝸牛鬼は格下でありながら儒黙を取り込みその力を手にすることが出来た。

 

 彼が取り込んだ鬼の血鬼術は植物操作と強化。

 血鬼術の根を山に張ることで山の草木を支配下に置き、自由自在に操作し、植物を通じて離れた場所から血鬼術を使用出来る。

 葉を手裏剣のように鋭くして飛ばしたり、蔦や枝を鞭や剣のように振るわせたり、種を弾丸や爆弾のように飛ばす、痺れ粉や毒の胞子を飛ばす等、某モンスターゲームのような技が使える。

 更に草をトラバサミなどの罠などにも変えることが出来る。

 更に更に。植物から本体に情報が送られ偵察にも使える。

 

 山の植物全てが武装した兵士であり、敵を迎撃する罠と兵器。

 根を張った山の中だけとはいえ、十二鬼月並みの血鬼術を使える。

 今、この山は蝸牛鬼の要塞である……。

 

 

 ゴロンッ。

 

 

「………え?」

 

 突然、視界が逆さになった。

 あまりに突然の事で理解が遅れる。

 その原因が首を斬られたと気づくには数十秒ほど経過した。

 

「う、そ……」

 

 気が付いたころには既に遅かった。

 身体は黒い灰のように崩れ、血鬼術を使える力もない。

 何も出来ないまま、鬼はこの世から消え去った。

 

 

 

 

 

 

「けっこうギリギリだったな……」

 

 日輪刀を鞘に納めながら息を付く。

 

 かなりヤバい状況だった。

 少しでも手元がズレたら全て失敗するような、大きな賭けだった。

 

 あの鬼の甲羅に人間の顔を見た瞬間、俺は『ジンメン』というキャラを思い出した。

 食った獲物を生きたまま取り込み、本体が死ぬと取り込んだ獲物も死ぬという手の出しにくい敵キャラである。

 それを知ってるから俺はすぐに気付いた。あの鬼は取り込んだ人間にダメージを押し付けるタイプの血鬼術を使うと。

 故、俺は奴が血鬼術を使う前に殺す事にした。

 

 以前、そういう手合いの鬼と戦った事で身に染みている。こういった理不尽な血鬼術を使う鬼は何かする前に殺さなくては成らない。さもなくば、自分だけでなく、周囲も巻き込む羽目になる。

 

 血鬼術を使われる前に、気付かれる前に倒す。

 気配を消して接近し、死角に潜り込んで首を斬り落とし、尚且つ切った事を気取られないようにする。

 難しい。柱になった今でも極めてハードな難易度だ。

 

 条件のうち2つはイイ。

 奇襲は得意だ。今では俺の不意打ちに対応出来る鬼の方が少ない。

 だが、首を斬られても暫く気づかれてはならない。これがかなり曲者だ。

 

 斬られた事に気づかない斬撃。これは俺も出来る。

 しかし、ソレはベストなタイミングの時のみ。敵の虚を突く一瞬よりも更に短い刹那の間隔でする真似じゃない。

 不意打ちも得意ではあるが簡単ではないのだ。だというのに更に難易度の高い技術を同時に要求されたら、難易度は相乗的に跳ね上がってしまう。

 だが、ソレでもやり切るのが柱というものである。

 

 本当にこの職場はブラックだ。

 難易度はアホみたいに高いし、責任もバカみたいに重い。ここに来る前の俺なら即座に逃げてた。

 けど、やるしかない。帰るためには、柱の地位がどうしても必要だ。

 

 

 それに、不可能が出来るようになるのは気持ちが良い……。

 

 

「おい八幡、かなり難易度の高い任務を熟して精神的疲労があるのは分かるが、まだ終わってないぞ」

 

 突然、八雲に声をかけられた。

 

「そこに倒れている鬼殺隊は隠に任して早く行くぞ。なあに、次で最後だ」

「そうだ…な」

 

 俺は羽織の懐から小太刀を取り出し、ソレを取り込まれていた鬼の首に振るった。

 鎖付き日輪小太刀。色々と便利だから持ち歩いている武器の一つだ。

 この羽織もかなり愛用している。ポケットが多くて持ち運びが楽だ。

 背中には金箔で応龍が描かれて派手な仕様になっているが、気配にさえ注意していれば案外目立たない。

 

「ぐべッ!!」

 

 鬼の首を刎ねる俺の小太刀。

 血鬼術の起こりを感じたから何か仕掛けようとしてたのは直ぐに気づいた。

 まあ、何かしなくても鬼である時点で見逃すつもりはなかったが。

 

 さて、それじゃあ行くか……。

 

 

「緊急連絡! 天柱様に応援を要請! 直ちに任務を中断して北東に迎え!」

 

 は?

 

 





八幡の任務は基本的に難易度が滅茶苦茶高いです。
というか、他の隊士や柱には出来ないようなものばかりです。
潜入みたいに特殊技能を要求する任務は勿論、今回のように理不尽な状況での任務が大半です。
あと、柱稽古の戦績は八幡が一番良いです。


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緊急任務


八幡にはよく緊急任務が入ります。
緊急任務では強敵や血鬼術を使う鬼、厄介な任務が多いからです。
よって、どんな任務でも少ない負傷で帰還し、手段は兎も角達成率が高く、鬼との戦闘経験も任務の経験も豊富な八幡が選ばれました。
無論、他の柱も強くて経験も豊富なのですが、大体コイツ選んでたら正解だろというノリで八幡が選ばれます。


 

 人里から遠く離れた山奥にソレはあった。

 周囲を木々に囲まれた廃屋。

 ソレ以外に建物は存在しない。

 そんな寂しい場所を一人の男が見下ろしていた。

 

「で、アレが鬼の隠れ家か」

 

 男―――八幡は木に登って姿を隠しながら、廃屋を観察していた

 彼の緊急追加任務の内容は一般人の救出。

 鬼によって連れ浚われた子供たちを前任の隊士と共に眼前の廃屋から脱出させ、複数の鬼を討伐することである。

 

「八雲、その浚われた子供ってのは……稀血だな?」

「その通り。おかげで何匹も鬼があの中にいるらしい」

 

 鬼は基本的に群れない。

 無惨によって協力禁止の呪いを掛けられているせいもあるが、ソレに加えて自己中心的な性格のせいである。

 そして、敵対もあまりしない。

 鬼同士の争いは不毛だ。ほぼ不死身の生命体であり、鬼自身も同族に有効なダメージを与える手段が乏しいせいである。よって、余程の事がない限り鬼は他の鬼に対して無干渉に徹する。

 そう、余程の事―――他所の鬼の獲物が稀血でもない限り。

 

 稀血。

 鬼にとって最高の獲物。

 たった一人の稀血だけで、十人分以上の栄養を摂取出来る極上の餌。

 これだけで他の鬼と敵対する価値は十分にある。

 

 稀血を巡る鬼の争いは度々存在しており、稀血を保護するために来た鬼殺隊が両方の鬼を相手にしなくてはいけないケースがある。

 だが、ソレだけでは柱を呼ぶような事態にはならない。

 では、今回は何故八幡が派遣されたのか。ソレは直ぐに明らかになる。

 

「どうやらこの廃屋の家主は十二鬼月らしい」

「……なるほど。じゃあ獲物を搔っ攫おうとしている奴らも下弦並みというわけか」

 

 そういう事である。

 獅子から獲物を奪おうとする豹がいないように、格上の相手から獲物を取ろうとするバカはいない。

 よって、十二鬼月とマトモにぶつかろうとしている鬼はソレに相当する実力とみるべきである。

 

「じゃあ行くか」

 

 八幡は気配を消して窓からこっそりと侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

「誰か、入って来た……」

 

 八幡が廃屋に侵入して数分後、一体の鬼が玄関から出て来た。

 ゴキブリのような触角を生やした大柄な肥満体系の鬼。

 その鬼はウネウネと触手を動かしながら辺りを探る。

 

「………見つけた」

 

 ニヤリと鬼は笑いながら、血鬼術を発動した。

 

 

 

 

 

 

「……不気味なとこだな」

「おそらく、家主の鬼が血鬼術で空間に細工をしてるんだろうな。よくある事だ」

 

 肩に止まっている八雲の感想に答えながら、八幡は廊下の天井を見上げる。

 八雲の言う通りに不気味な空間。

 外見はただの廃屋だが、内部は全くの別物。

 どこまでも続く長い廊下に、幾多もある部屋。

 最早これは小屋ではない、屋敷………いや、異空間である。

 

「(しかも屋敷中が鬼臭い。こりゃ血鬼術のせいだな)」

 

 異空間中に漂う異臭。

 常人の嗅覚では捉えられないが、この世界に来てから鋭敏化した八幡の鼻はしっかりと感知していた。

 これは鬼の臭い。もっと言えば血鬼術の臭いである。

 つまりこの空間は鬼の支配下。腹の中のようなもの。

 一切気が抜けない状況。少しの油断が命取りになる。

 

「(!?)」

 

 突然、八幡が刀を構えた。

 鬼の気配―――血鬼術が発動した気配を察知したのだ。

 何が来ても対応出来るように周囲へ気を向けるが……。

 

「ッ!? クソが!!」

 

 既に遅かった。

 発動した血鬼術は回避不能の状態であり、赤い縄のようなものが八幡を引っ張る。

 無論、抵抗はしたが無意味。縄抜けや縄の切断を試みるも、縄は実体がない幽霊のように全てをすり抜けた。その癖縄は八幡をガッチリと縛り上げている。

 出来た事と言えば咄嗟に右腕は拘束から逃れた程度。理不尽な現象である。

 

「つ、捕まえた……!」

 

 鬼がその姿を現す。

 ゴキブリのような触角を生やした大柄な肥満体系の鬼。

 その手には八幡を引っ張る赤い半透明の縄があった。

 

「………これがお前の血鬼術か?」

「そ、そうだよ。僕の血鬼術で、お前の臭いを縄にしたんだ!」

「(臭い縄に変える血鬼術か。ソレで俺の残り香を使ったと。かなり厄介だな)」

 

 敵の言葉と状況から、八幡は冷静に敵の血鬼術を分析した。

 おそらく、敵は八幡の残り香を血鬼術に変えたのだろう。

 なるほど。それなら防ぎようがない。匂いなんて消せるものではないし、残り香なんてどうしても残ってしまう。 まして、消臭剤どころかシャワーすらないこの時代なら猶更だ。

 

 理不尽な血鬼術である。

 発動した時点で回避不能であり、対象に直接掛ける事無く残り香のみで効力を発揮する。

 追跡手段としては破格の血鬼術。しかも同時に相手の部分的な拘束まで行い、尚且つその拘束は解除不可。

 本当にふざけた性能。理不尽にも程がある。

 だが、その理不尽を超えるのが柱という存在である。

 

「へ、へへへ…。俺は、お前の匂いを掴めるけど、お前は俺の血鬼術に触れられない……嬲り殺しだ」

「ッハ、そっれはどうかな?」

 

 勝ち誇る鬼に対し、八幡は見下すように鼻で笑う。

 ソレが癪に障ったのか、鬼は怒りを露わにした。

 

「ば…バカにするな! お前なんて、すぐに殺してやる!」

 

 鬼は力いっぱいに縄を引っ張って手繰り寄せる。

 八幡は抵抗することなく身を任せ……。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 鎖付き小太刀によって鬼の首を刎ねた。

 なんてことはない、相手の力を利用して斬ったのだ。

 拘束されてない右手だけで鎖を引っ張って器用に抜刀。

 同時に引っ張る力に合わせて加速することでタイミングをずらし、尚且つその威力を攻撃力に繋げる。そうやって相手の首を斬ったのだ。

 一瞬の判断で咄嗟に最適解を導き出す。通常では考えられない。

 

「これぐらいなら中級隊士以上でも出来るぞ? 人間を舐めすぎだ」

 

 その考えられない結果を出すのが柱というものである。

 端的に言えば、相手が悪かった……。

 

「……って、アイツの血鬼術解けてないんですけど!?」

 

 相手が悪かったのは八幡も同じ様だった。

 





・天の呼吸 雷の型 晴天霹靂
霹靂一閃の予備動作が無いバージョン。
威力はモデルになった霹靂一閃と遜色ない上に、前方だけでなく全方向に対処可能だが、連続使用できない上に霹靂一閃より負担が掛かるという欠点がある。
八幡は一撃目を晴天霹靂、その次も使う必要がある場合は霹靂一閃に切り替えている。
無論、霹靂一閃だけでなく、他の技に繋げる事も可能。


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合流

この八幡は煉獄杏寿朗さんより年上です。


 

 

「………」

 

 廊下を歩く八幡を、鬼が見下ろしていた。

 毛虫のような外見の鬼。

 しかし今はその醜い姿を視認できない。

 鬼術によって天井と同化しているせいだ。

 不意打ちの絶好チャンス。鬼の下を通り過ぎた瞬間、血鬼術を解除して襲い掛かり……。

 

 スパンッ。

 

 ソレに合わせて八幡がその首を斬った。

 

「ったく、気配消しても臭いでバレバレか」

 

 八幡はため息を付きながら刀を鞘に戻した。

 

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 あの鬼の血鬼術、まだ残っていやがる。

 おかげでいくら気配を消しても臭いで俺の位置がバレバレ。不意打ちどころか隠れることすら出来ない。

 救いといえば、縄が解除されて普段通りに動けるといったところか。

 けどまあ……。

 

「(別にいっか。鬼の位置なんて元から分かるし)」

 

 こちらの位置はバレバレだが、ソレは相手も同じ事。

 俺の鼻と耳なら、たとえどれだけ気配を隠しても正確に相手を捉えられる。

 

 奇襲不意打ち作戦は封じられたが、何もやり口はソレだけではないのだ。

 真正面での戦闘も苦手というワケじゃない。むしろ得意だ。

 ソレに、最近は不意打ちばっかりの上に、柱稽古もやる時間が碌に取れていない。

 そろそろ腕が訛らないよう実戦するべきだと思っていたところだ。

 

「おっと」

 

 また別の鬼が襲い掛かって来た。

 壁から飛び出て来た毛虫みたいな鬼。

 口全体に牙が乱杭歯状に生え、全身の毛は針のように鋭く、そして長い。

 なるほど、こんなのがいきなり死角から飛び出したら普通は対処が遅れるな。

 しかも飛び出してくるのは壁や天井。こんなもの、普通なら防ぎようがない。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面斬り】

 

 

 俺はその鬼の首をカウンターで斬り落とした。

 

 相手が悪かったな。

 俺は最初から臭いで位置を、音で飛び出すタイミングが分かっていたんだよ。

 まあ、そんなことしなくても、中級隊士なら気配と殺気ですぐに分かると思うが……そうだよね? ちゃんと分かるよね? 俺でもその時期で出来たんだから。

 

「これで三匹目。一体何体居やがるんだ?」 

 

 つい独り言が漏れてしまったが答えは分かり切っている。

 コイツらは正確に言えば鬼じゃない。血鬼術の気配はするが、鬼の気配がしないのがその証拠だ。

 おそらく血鬼術によって作られた分身か手下だろう。何度かそういった血鬼術を使う鬼と戦った事がある。

 そして、この分身共はここの家主が作ったものだろう。血鬼術の臭いと気配がまんま一緒だ。

 

「(自分の空間を作る血鬼術に分身。なかなかに厄介だな)」

 

 鬼が使用する血鬼術が一種類とは限らない。

 中には全く関連性のない複数の血鬼術を使う鬼も存在する。

 本当に理不尽な話だ。能力は一人一つ、複数あるとしても関連したものというのがお約束だろうが。……まあ、今に始まったことじゃないか。

 

「……ここか」

 

 扉越しに人の気配がした。

 数は二人。

 一人は負傷している。稀血の臭いじゃない事から隊士だろう。

 もう一人は怪我こそしてないが稀血の臭いがする。臭いの質からして多分幼い女の子だな。

 そして更に、鬼の気配が二つある。

 幸い、二つともこの屋敷の主のものではないが、それなりに強そうだ。

 よし、不意打ちするか。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 俺は壁をぶち抜いて侵入し、一体目の鬼に切り掛かった。

 

 

「………ッグ!」

 

 廃屋に作られた異空間の一室。

 煉獄杏寿郎は膝を付いて前方を見渡す。

 

 彼の背後には小さな少女。

 ぐったりとした様子から、気絶している事がかる。 

 いや、むしろその方がいいのかもしれない。

 なにせ、今この場は鬼という化物との殺し合いの場なのだから。

 

「(これは……まずいな!)」

 

 苦々しい表情で煉獄は再び立ち上がる。

 眼前にいる毛虫のような外見の鬼が数体。

 この鬼たちによって煉獄は追い込まれていた。

 

 一人だけなら勝てたであろう。

 相手はソレほど強い鬼ではない。

 複数で掛かれるのは厄介だが、背後を取られなかったらやれる事はまずないであろう。

 しかし、今回は背後には守るべき対象である稀血の少女がいる。

 ソレが足かせとなって苦戦を強いられることになってしまった。

 

 煉獄家は代々続く炎柱の家系。

 その血を引き継ぐ煉獄杏寿郎もまた柱となる剣士の才能を有している。

 しかし、まだ彼は柱のレベルに届いていない。

 数年後すれば柱となり、たとえ敵が複数だろうと勝てたであろう。

 だが、それはあくまで未来の話。今の彼はまだ新人。とても二体同時にやれる程ではない。

 しかしだからといって、逃げる理由にはならない。

 

 彼には責務がある。

 自身の手が届くものは何が何でも生かして帰すという使命が。

 一人だけなら屈辱を甘んじて受け、逃げ帰っただろう。

 だが、守るべきものがいるのなら、決して逃げることはない。

 たとえ、相手が勝てない相手であろうとも。

 

「シャア!」

「!?」

 

 一体の鬼の突進を起点に、両者は動きだした。

 

 

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎】

 

【炎の呼吸 気炎万象】

 

 

 煉獄は型を連続で使用して迎え撃つ。

 猛火の如き勢いで刀を下から上に向けて1体目の鬼の首を切り上げ、続けて上から下に振り下ろして2体目の首を刎ね落とした。

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

 渦巻く炎のように前方を薙ぎ払う。

 前面を覆う斬撃の障壁。

 煉獄は次々と迫り来る鬼の首を刎ね飛ばしていく。

 しかし、そのせいで後ろへの注意が散漫になってしまった。

 

「!? まずい!」

 

 煉獄が前面の敵に集中している間に、鬼が稀血の少女に接近した。

 ソレを見た煉獄は理解を置き去りにしてすぐさま行動に移す。

 

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 爆発の如き力強い踏み込みで間合いを詰め、斬撃を繰り出した。

 燃えるような勢いの袈裟斬り。

 少女に手……いや、口を出す前に鬼の首を刎ねた。

 こうして煉獄は少女を鬼から守って見せたが……。

 

「ッグ!?」

 

 だが、自身に迫る危機には鈍感になってしまった。

 天井から煉獄目掛けて牙を剥く毛虫の鬼。

 集中しすぎてソレに気づかず、煉獄はその牙を食らってしまった。

 

「はなれろ!」

 

 力づくで振りほどき、反対の手で刀を振るう。

 空中に放り投げられ無防備になった鬼は刀を避けるどころか防ぐことも出来ず、楽に首を斬られて消滅した。

 だが、置き土産はしっかりと遺してる。

 

「く・・・これきし!」

 

 毒である。

 毛虫といえば毛の毒針。

 煉獄に噛みついた際、その毒針が数本ほど刺さってしまった。

 結果、煉獄の身体に痺れが起こり、疲労を蓄積している身体が更に動き辛くなる。

 

「(不甲斐ない! 何時もならばこのような失態を犯さないというのに!)」

 

 彼の言う通り、普段ならこのような事態にならなかった。

 鍛錬通りに、想定通りに動ければ、このような相手など問題なかった。

 だが、実戦とは道理に沿って進行するものではない。

 

 鬼との戦闘は理不尽の連続である。

 不死性や血鬼術に苦しむのは勿論、今回のように足手まといや人質を抱えて戦う事もある。

 いや、本当によくやるよ。なんでこんなクソ不利な状況で鬼殺隊滅んでないの? なんでこんなに有利なのに鬼は勝ってないの?

 話を戻す。このように人間は常に劣勢に立たされており、ソレを気合や精神面でなんとかせざるを得ないのが現状である。

 だからこそ、鬼殺隊は強力な支えが必要としている。

 柱という一騎当千の猛者を。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃 八連】

 

 

 ゴロゴロゴロン!

 雷鳴の如き轟音を立てながら、壁を突破して何かが突っ込んで来た。

 

 姿はよく見えない。

 壊された壁の一部が土煙となって漂い、周囲を覆い隠しているせいである。

 だが、その技だけはしかと煉獄の目に焼き付いていた。

 

「(あ、あれは……霹靂一閃!? いやしかし続けて出せない筈……)」

 

 煉獄はその技の完成度に目を奪われた。

 連続で鳴り響く雷鳴のごとき踏み込み音。

 床を、壁を、天井を。

 部屋全てを立体的に利用し、縦横無尽に稲妻が走る。

 これ程の剣劇、並の剣士では不可能。よって考えられる可能性は一つ……。

 

「成る程、こっちに集まっていやがったか」

 

 鬼殺を支える一柱、天柱がその姿を表した。

 



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柱の実力

 

 無事、俺は救助対象とソレを守っていた隊士の煉獄と合流出来た。

 これで任務の第二段階は完了。後はここから脱出し、俺一人で鬼を狩れば終了だ。

 欲を言えば煉獄と一緒に鬼を狩りたいのだが、今の彼はボロボロだ。無理に戦わせるわけにはいかない。

 ということで、俺が先行して鬼の囮になり、救助者の護衛と運搬を煉獄にやらせている。

 どうせ今の俺は臭いで位置がバレバレだしな!

 

「キシャぁ!」

 

 1体目から5体目。

 風の呼吸参ノ型、晴嵐風樹で首を刎ねる。

 周囲を連続で斬りつける事で囲んでいた鬼を一掃した。

 

 5体目から8体目。

 すれ違いざま、霹靂一閃でその首を刎ねた。

 

 8体目か12体目。

 流流舞いによって敵を翻弄しながら首を狩る。

 

 13体目から20体目。

 天の呼吸を使って一気に一掃した。

 

 21体目と22体目。

 煉獄の背後から迫り来る。

 直ぐに煉獄は気付いたがタイミングが少し遅かった。

 愛銃で援護射撃を行って鬼の足を止め、その隙に煉獄が首を斬る。

 

 うん、やっぱ足を引っ張らないサポート役がいると任務は楽だな!

 さっきからちょくちょく鬼の分身らしきお化け毛虫共の襲撃を受けているが、煉獄がいるおかげで救護者をあまり気にせず戦える。

 勿論、俺がいる限りコイツらに手を出させるつもりはないが、生憎俺の身体は一つ。限界がある。だから煉獄との連携は必要不可避だ。

 そもそも、こういった救助任務には、人質を守る係と敵を倒す係の最低二つが必要なのだ。

 だというのに煉獄一人で行かせやがって。本当に管理大丈夫か最近の鬼殺隊は。

 

「すまない煉獄。俺がいながら奴らの接近を許してしまった」

「この程度問題ない! 本来なら俺の任務だ! だというのにここまでしてくれて俺が何もしないのは恥ずかしい事この上ない!」

 

 相変わらず真面目だなコイツ。

 杏寿朗(コイツ)とは槇寿郎(炎柱)との付き合いで知り合ったが、最初からこんな奴だ。

 責任感が強く、背負う必要のないものまで背負う生真面目な性格。

 その志は立派だとは思うが、俺がこんな性格なせいか、少し引いてしまう。

 いい奴過ぎるというのもソレはソレで嫌だ。

 

「さっきから毛虫のようなものばかりだが、他の鬼はいないようだな!」

「俺が全部切った」

「え?」

 

 ここに来る前に、2体程鬼と遭遇したが、すぐに切り伏せてやった。

 力量からしてギリギリ下弦に入れるといった具合の鬼ばかりだった。

 こりゃここの主の実力も高が知れているな。

 

「そういうことだからこのまま進むぞ」

 

 周囲の気配に注意しながら先導する。

 ここに来るまでの道のりはバッチリと覚えているし、方向感覚もこの世界に来て感覚が鋭くなったおかげでちゃんと機能している。

 だが、ここは鬼の血鬼術によって作られた空間だ。普通のやり方では脱出できない。

 そこで、俺の嗅覚が活きることになる。

 

「……ここだ」

 

 鬼の匂いが薄い壁を見つけた。

 コレこそこの空間の裏口。

 鬼の血鬼術による影響が薄く、外に脱出しやすい地点である。

 

 こういった空間系の血鬼術は完全に元の世界から空間を断絶しているわけではない。

 元の世界と隣接しており、何処かに侵入出来る穴のようなものが存在する。

 そこに無理やり衝撃を与えると………。

 

「!? なんだこれは!?」

「大声を出すな煉獄。これは“裏口”だ」

 

 まあ、煉獄が驚くのも無理ないか。

 いきなり空中に歪みのようなものが出来たら誰だってビックリする。

 

「よし、煉獄。ここを通って救護者をこの地点まで送り届けろ」

「なに!? では比企谷さんはどうするんだ!?」

「俺は追ってくる鬼の足止めをする。それまでお前はその子を守れ」

「比企谷さん……うむ、心得た!」

 

 煉獄は不安そうな表情から一変してすぐさま元の活発な顔に戻った。

 一瞬、自分も戦うと言いそうだったが、俺の言いたいことを理解したらしい。

 足手まといを早く戦場の外に送れ。お前も同様だ。言っちゃ悪いがそう言う事だ。

 

「では先に失礼するぞ比企谷さん!」

 

 煉獄は救護者を背負ってこの異空間から元の世界に帰った。

 よし、後は俺がこの異空間の主を倒したら終わりだな。

 

「……こりゃラッキーだ。向こうから来てくれるのか」

 

 鬼が近づいているのを感じる。

 気配からしてこの異空間の主。

 大方、獲物を逃がされてキレているといったところか。

 

「貴様がワシの獲物を横取りしたドグサレかぁぁぁ!?」

 

 鬼が俺目掛けて飛んできた。

 比喩表現じゃなく文字通りの意味だ。

 蛾と老婆が混ざったかのような姿。

 血走った目を俺に向け、羽を羽ばたかせている。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 先手必勝。何かされる前に、血鬼術を使う前に倒す。これが理想的だ。

 まあ、そう簡単にはいかないが。

 

「(ッチ、ダメか)」

 

 手応えがない。

 確かに首を捉えた筈だが、布でも切ったかのような薄い感触だった。

 

「いきなり家主の首を斬ろうとするなんて礼儀のなってない小僧だね」

「鬼に見せる礼儀なんざねえよ。で、次は何処を斬り落とされたい?」

 

 とりあえず挑発する。

 戦いで大事なのは自身のペースに乗せる事。

 その為なら多少らしくないことも演技でやってやる。

 

「ククク、儂には分かるぞ。お前、首を斬っても死なない事に焦っておるな?」

「いや別に」

 

 こういった事は一度経験しているからな。

 

「虚勢を張りおって。言っておくが儂の血鬼術はお前たち鬼狩りとは相性最悪じゃぞ? なにせ儂にはお前たちの攻撃謎一切効かない…」

 

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】

 

 

 竜巻のような連続攻撃でバラバラにしてやる。

 しかしこれも手ごたえはなかった。

 だが、無駄ではなかった……。

 

「おやおや。無意味だと言っているというのに分からないのかい?」

「……なるほど、そういう仕組みね」

 

 この血鬼術のタネが分かった。

 

 斬った部位が赤い蛾の群れに変形し、周囲を飛び回っている。

 おそらく、この鬼の肉体はこの蛾の群れで構成されているのだろう。

 斬り刻んでもその部位を蛾の姿に変異分離させ、独立する事でダメージを無効化している。…と、いったところか。

 なら、この蛾を斬ればどうなる?

 

「……無駄か」

「その通り! 斬れば斬る程お前を襲う蝶は増えていく!! 行け! 儂の蝶達!」

 

 向かってくる蛾共。

 それらを斬るが分裂するだけで意味はなかった。

 むしろ敵を増やす事になるので逆効果といってもいい。

 あと、あの蛾婆、分裂体を蝶だと思ってるのか。どう見ても蛾だぞコレ。

 

「だがこの蛾からは圧が感じられない。多分攻撃力はないんじゃないのか?」

「ほう、そこに気づくのかい。確かに儂の蝶たちは非力じゃ。だが問題ない。儂の蝶達の攻撃は下品な暴力ではないんじゃよ!」

「何を言って…ああ、そういう事」

 

 蛾共から漂うツンとした臭い。

 コレ、毒の臭いだ。

 

「常に周囲へ毒の鱗粉を振りまいている! 段々体が痺れてきたじゃう? 儂の蝶達の毒は相手を徐々に麻痺させる! 身動きが取れなくなった時こそがお前の死に時じゃ!」

「そうか。なら少し換気するか」

 

 

【天の呼吸 嵐の型 青嵐・春疾風(はるはやて)】

 

 

 刀を連続で振るって風圧を発生させる。

 斬る事より扇ぐ事を重視した剣戟。

 生み出された極小規模の竜巻によって毒粉を吹き飛ばした。

 

 でもまあ、本当の目的は違うんだけどな。

 

「フンッ、風圧で鱗粉を吹き飛ばしたか。無駄に足掻くねぇ。苦しむ時間が長引くだけだというのに………う!?」

 

 お目当ての蛾を斬る。

 他の蛾より臭いも気配も濃い個体。

 途端、鬼が苦しみ出した。

 

「イッ…ギッ……!? バ…バカッ…な…!? おっお前どうやって儂の首の位置をぉぉ!!」

「探しものは得意なんだ」

 

 大体あの鬼の能力には想像がついていた。

 肉体を蛾に変えて分裂しても、肉体を統率する役目の部位だったり、或いは弱点となる首に相当する部位が存在する。

 分裂系の血鬼術を使う鬼にはよくある欠点だ。

 

 後は簡単。その弱点を嗅ぎ分ければいい。

 さっき吹き飛ばしたのは毒粉だけじゃない。鬼の臭いも換気する事で嗅ぎ分けられるようにした。

 

「お前の血鬼術は強力だが……相手が悪かったな。柱が来なけりゃお前が勝ってた」

「柱…だと!? そ、そんな……くそったれがぁ!!」

 

 柱に遭った自身の不運を呪ってか、それとも単に俺に対する恨みか。

 鬼は恨み事を叫びながら灰となって消えて逝った。

 

「さて、じゃあ次の仕事行くか」

 

 いきなり緊急任務が入って来たせいで大分予定が狂ってしまった。

 最後の仕事は結構段取りが厳しんだが、まだ間に合うか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄まじい」

 

 空間の穴から煉獄は八幡の戦闘を眺めていた。

 救護者は既に避難済み。

 外で待機していた隠に預け、藤の花のお守りを渡してある。もう鬼に襲われるようなことはないだろう。

 よって、煉獄はこうして見学する余裕が出来た。

 

 煉獄から見ても八幡の実力は相当高いものであった。

 剣技や隠密の腕は勿論、戦いの流れを作るのが異様に上手い。

 血鬼術と戦法を見破る観察眼、ソレを元に敵の行動を予測し、的確に最善手を打つ作戦立案能力と実行力。

 どれもこれも最高点。常に最善手を見つけ出し、実行している。

 

「まるで詰将棋……いや、未来視でもしているかのようだ」

 

 煉獄は八幡の戦闘を何度か近場で見たことがある。

 彼から見た八幡の戦法は詰将棋。

 どの戦いも常に最善手を打っており、ジワジワと相手を追い詰める。

 勿論、摩訶不思議且つ理不尽な血鬼術によって盤をひっくり返される事はあるが、すぐさま修正して再び詰将棋盤へと引き戻す。

 煉獄にはそのやり方が未来を見ているかのように感じていた。

 無論、未来視なんかではなく、経験や情報に基づいていることは知っている。知ってはいるのだが、そう思ってしまう程に八幡の動きはスムーズかつスマートであった。

 

「あれが……柱……俺の目指す地点!」

 

 煉獄は目を輝かせながら、八幡の背中を見送った。

 




八幡は煉獄さんと槇寿郎関連で知り合いました。
この時期は未だ槇寿郎が炎柱をやってるので。
で、八幡は槇寿郎を煉獄さん、杏寿郎の方を煉獄と呼んでます。
一応、このssでは八幡が年上ですからね。何時に成ったら帰れるんでしょうか。


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仕事終了

 

 とある真夜中のだだっ広い野原。

 腰の高さ程に生い茂るススキが夜風に靡く中、一体の鬼が歩みを進めていた。

 甲虫類に似た鎧武者のような鬼。

 左腕には蛍の背を模した楯を身に着け、右手には甲虫の角を模した太刀を握っている。

 鬼の周囲を数匹の蛍が鬼火のように浮遊しており、場の空気も相まってより一層に不気味さを醸し出す。

 この鬼を甲鬼とでも仮名を付けよう。

 

 彼は自宅に向かっていた。

 町外れにあるやくざ者の事務所が彼の家。

 何者かに襲撃を受け、今現在燃やされていると部下から報告を受け、急いでいるところである。

 そんなときであった。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 いきなり何者かの襲撃を受けたのは。

 突如、雷の如き速度で茂みから飛び出す影。

 影の正体である鬼殺隊員は刀を抜刀し、鬼の首を刎ねようとするが……。

 

 

「!?」

 

 鬼狩り……八幡の霹靂一閃を、甲鬼は楯で受け止めようと構える。

 最初から何処から来るのか分かっていたかのような、絶妙なタイミングと動作。

 八幡は一瞬驚きながら技を中断。刀を無理やり体を回転させながら引っ込める事でギリギリ楯に当たることなく飛び越えた。

 

 楯と太刀から感じる圧。

 鬼の臭いも濃いことから何かしらの血鬼術が仕掛けられているのは明白。

 迂闊に触るのは危険と八幡は判断した。

 もっとも、もう粗方どういった血鬼術か八幡は予想付いたのだが。

 

「……なるほど、その楯と剣自体がお前の血鬼術か」

「!!?」

 

 いきなり八幡が血鬼術を当てた事に甲鬼は驚愕した。

 

「その反応を見るに正解か。賭け(ギャンブル)のつもりで言ったが案外当たるもんだな」

「……何故、俺の血鬼術、反射甲板が分かった?」

「賭けだと言ったろ?俺って意外と博打強いんだぜ」

 

 口ではこう言っているが、彼が気づいた根拠はしっかりとある。

 最初の違和感は鬼の楯と刀の空気の流れ。

 何故がその周囲だけは反発するかのような流れを八幡は感知した。

 だが、ソレだけでは風や振動を操るタイプの可能性もある。よって、鎌をかけたのだがどうやら正解のようだ。

 

 このように、鬼との戦いでは相手の血鬼術を見破ることが勝敗を決する。

 敵を観察し、僅かな手がかりから能力を推察。

 どれだけ理不尽で非常識な力だろうとも、どれだけ想定外が起きようとも。

 焦らず、動揺せず、恐怖に囚われる事無く、冷静に敵を見極める。

 そして、そこから作戦を立て、大胆かつ慎重に実行する。

 ソレが出来るものだけが鬼との戦いで生き残れる。

 

「「……」」

 

 無言でにらみ合う両者。

 八幡は刀を上段に構え、甲鬼は楯を翳す。

 

 

【血鬼術 雷光蛍】

 

【天の呼吸 雨の型 夕立のにわか雨】

 

 甲鬼の周囲を漂った蛍が八幡目掛けて襲い掛かる。

 バチバチと、雷光を発するソレを、八幡はジグザグに避けながら接近。甲鬼目掛け斬撃を繰り出す。

 

「(もらった!)」

 

 楯を構えた甲鬼は勝利を確信した。

 八幡の予想通り、彼の楯と剣には反射の血鬼術が掛けられている。

 楯はあらゆる攻撃を跳ね返し、剣には敵のあらゆる衝撃を跳ね返して逆にダメージを与える機能がある。

 接近戦においては破格の能力。鬼との戦いや血鬼術合戦でもかなり有効な血鬼術。コレが有る限り、鬼狩りに負ける事はない……。

 

 スカッ。

 楯に当たりそうになった刀が軌道を変えた。

 八幡は腰を落としながら、逆袈裟の構えに急変更。

 一気に下降して楯を掻い潜り、甲鬼の右足を切断した。

 フェイント。

 刀をわざと大げさに構える事で相手の行動を誘発。

 そして、切ったのは鎧の隙間。守られていない部位である

 結果、足を斬り落とされ、体勢を崩して隙を晒す事になった。

 

「(もらった……!!?」

 

 トドメを刺そうと刀を掲げて力を溜める。

 しかしその途中で何かを察知したのか、八幡は咄嗟に下がった。

 

 

【血鬼術 火炎放射】

 

 

 鬼が口から火を吐いたのだ。

 一瞬で辺りを照らす火柱。

 あと数秒程遅れていたら八幡は炎を食らっていたであろう。

 しかし所詮は無駄な足掻き。

 八幡は下がりながらも構えを解いてない。

 地に足が付くと同時に斬撃を繰り出……。

 

「!!?」

 

 繰り出さなかった。

 突如、後方に意識を向ける。

 そこには、一体の鬼が空を飛んでいた。

 蚊のような羽と口と脚をした異形の鬼。

 ブーンとこれまた蚊のように不快な羽音を立てながら飛んでいる。

 

「(? 妙だな。なんで俺はこんな過剰に……!?」

 

 背後から殺気を感じてその場を転がって避ける。

 途端、八幡のいた地点に剣が振り下ろされていた。

 咄嗟に避けたからよかったものの、もう少し遅ければ八幡の身体は真っ二つにされているところだった。

 

「(ああ、そういう血鬼術か)」

 

 種は分かった。

 どうやら既に八幡は敵の血鬼術攻撃を受けているらしい。

 

 あの蚊のような鬼の血鬼術はおそらく注目或いは集中。

 意識を自身の羽音へ強制的に向けさせるものであろう。

 そのせいで八幡は眼前に鬼がいるというのにその存在を忘れる程にあの鬼へ注目してしまったのだ。

 一瞬でこんな分かりづらい血鬼術を看破するとは、流石は柱といったところか。

 

「(なら、こうするか)」

 

 バンバン!

 八幡は銃で蚊鬼を牽制した。

 銃を懐から取り出し、照準を合わせて撃つまでの時間、僅か0.2秒。

 スムーズ且つスピーディ且つスマート。見事な動作の早撃ちである。

 こうして八幡は蚊鬼の羽音を封じ、一時的に血鬼術から脱却。

 その間に甲鬼との決着を付ける為に切り札を少しだけ出した。

 

 

 ドクンッ

 

 八幡の心臓が大きく高鳴り……。

 

 

【天の呼吸 奥義壱 鬼身】

 

 

 2体の鬼は、瞬く間に鬼神によって蹂躙された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、やっと終わった」

 

 やっと仕事が全部終わった。

 最初に出された仕事が3件、追加で出された仕事が2件、緊急任務が1件。合計で六件もの鬼狩り任務を抱える羽目になった。

 一つ一つは大したことない。どれもこれも無傷で倒せる鬼ばかりであり、油断せず真面目にやったら倒せるものばかり。

 しかも、今回は情報収集や事後処理をしなくてもいいものばかり。全部倒したら終わりというものだった。

 これはかなり助かる。普段は戦うようりも情報に関する仕事の方が多いんだよな。俺って隠じゃないのに。

 

 今回、きつかった事を強いて言えば緊急任務だ。

 あと一件で最後、しかも仕込みを事前にしていたせいで時間に余裕がなかったというのに、いきなり呼び出されたせいで大変だった。

 しかも、その緊急任務では回避不可の血鬼術に掛けられたせいで不意打ち奇襲を禁じられ、真正面から戦う羽目に。おかげで時間を予想以上に食ってしまい、最後の仕事に間に合ったのもかなりギリギリになってしまった。

 いやまあ、ちゃんと間に合った上に犠牲者もいなかったから良かったけど。

 

「良かねえよ八幡。お前の仕込み……ヤクザ者の事務所を放火したせいで怪我人が出たんだぞ」

「放火は俺じゃねえよ」

 

 失礼な事をほざく八雲に弁解する。

 

 俺がした仕込み。ソレは鬼をここに呼び寄せるために、鬼の所属するヤクザ者たちに少し情報操作をした事だ。

 最後の仕事で狩る予定だった鬼は人間の頃からヤクザをしており、鬼に成ってからはその力で敵対する組の人間を始末して地位を上げて来たらしい。

 で、俺はその組を利用してコイツをここにおびき寄せたということだ。

 

「お前……じゃあ、鬼を狩るために一般人利用したということか?」

「一般人じゃねえよ。相手はやくざ者だ」

「けど、そのせいでコイツの組は抗争で燃やされてるらしいぞ?」

「知らん。燃やしたのは俺じゃないし」

「……」

 

 おい八雲、何だその目は。

 俺は決して悪い事はしてない。

 確かに対立は煽ったが、俺でも火の立たないとこを煽っても炎上は出来ないぞ。

 遅かれ早かれこうなったんだ。なら世のため人のため俺の為に少し被害を被ってもらってもいいじゃないか。死人も出てないし。

 

「じゃ、帰るか」

 

 明日は久々の休みだ。

 一週間に一日は休みを入れるようにしているのだが、柱という地位はこの基本的な休みも与えてくれない。

 神様だって世界を作るために一日は休んだんだぞ? なら、今週に入って六徹した俺は特別休暇を一週間ぐらい貰ってもバチは当たらないだろ。

 休日もちゃんと休めた日はあまりない。連日の疲れでずっと寝込むか、鍛錬や新しい技の習得とかで休日が潰れてしまう。

 マトモな休日は鱗滝さん家に行って柱就任を報告後、パーティした日ぐらいだな。

 

「は~、ちゃんとした休み欲しいな~」

 

 これが、天柱こと比企谷八幡の一日である。

 



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浚われちゃった

 

 とある夜中の岩場。

 天柱こと八幡は二体の鬼と戦闘を繰り広げていた。

 双子の鬼らしく、似たような姿をしており、似たような血鬼術を使用している。

 

 

【血鬼術 加速】

 

 

 兄鬼が速度を更に上げる。

 確かに速いが、何も捉えきれない程ではない。

 たとえ二体同時相手でも普段の八幡なら対処可能。

 第一、どれだけ速かろうが、八幡ならただ速いだけの敵など恐れるに足らない。

 

 鬼との戦闘で積み重ねた経験と研ぎ澄まされた直感、そしてこの世界に来て得た超感覚。

 これらさえあれば敵の攻撃を先読みして対応するなど序の口の筈。

 では何故攻めあぐねているのか。その答えはもう一体の鬼にある。

 

 

【血鬼術 停滞】

 

 

 弟鬼の血鬼術。

 兄鬼を除く自身の周囲全ての動作を遅くする血鬼術。

 コレによって八幡の速度は著しく下げられ、普段通りの動きが出来なくなってしまっているのだ。

 

 速度バフとデバフ。

 鬼にとっては最高の組み合わせであり、八幡にとっては最悪の組み合わせ。

 いくら彼でも尋常じゃない速度の敵を相手に、著しく速度を下げる血鬼術を掛けられてはたまったものではない。

 

 膠着状態。

 八幡は血鬼術によって動きを封じ、鬼は知恵と感覚によって攻撃を捌かれて。

 こうして両者は互いに決定打を打てずにいた……。

 

 

【天の呼吸 奥義壱 鬼身】

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 突然、八幡の運動速度が普段より少し遅め程度になった。

 同時に呼吸によって加速して接近。しかしまだ距離が遠いため、刀をブーメランのように投げる事で弟鬼の首を刎ねた。

 

「ま…まずい!?」

 

 突然弟を倒されて焦り、その場から逃げ出そうとする兄鬼。

 しかしソレを許す程八幡は鈍間ではない。

 鬼身を解いて小太刀を取り出した。

 

 スパンッ。

 兄鬼目掛けて投擲。

 逃げ道を予測して鬼の首が通る地点に“投げ置く”。

 結果、鬼は自身の速度を八幡に利用されて首を刎ねることになった。

 

「ったく、こんな日に任務出すなよ。義勇たちの柱就任会に遅刻するだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日はめでたい日。

 なんと、柱が三人も誕生したのだ。

 冨岡義勇、鱗滝錆兎、胡蝶カナエ。

 この三人が追加されたことで柱は七人になった。

 

 本当に助かる。

 今まで半数も柱がいなかったせいで仕事が集中しすぎていたからな。おかげでどれだけ激務を押し付けられ、連続徹夜を繰り返したことか。

 けど、ソレも今日で終わり。

 明日からアイツらも激務に巻き込むことで相対的に俺の受ける仕事が減り、比例して休日も増える筈だ。

 

「(あ、でも煉獄さん辞めるから七人じゃないか)」

 

 あの人俺が柱になった当初から辞めたがってたけど、なかなか柱になれるような人材が入ってこないせいでお館サマ直々に何度も説得という名の圧力食らってたからな。けど今日で柱が過半数を超える以上、そろそろ解放されるかもしれない。

 こればかりは仕方ない。もうあの人は心が折れてしまっている。これ以上戦わせたら実力が発揮出来ず死ぬか、心の病で倒れるかのどっちかだ。流石にお館サマも解放してくれるだろう。

 あと序でに俺にも休みくれないですかね?

 

 とまあ、そんな下らないことを考えていたら目的地―――義勇の新しい家、水屋敷が見えて来た。

 

 家の方を向くと、俺の気配に気付いた真菰がこちらに向かって走って来ている。

 その後ろを錆兎と義勇が付いてきており、鱗滝さんが門の外からその様子を見ている。

 あ、鱗滝さんと一緒に胡蝶姉妹もいるじゃん。アイツらあんまり鱗滝一門と関わりなさそうなんだが……まあいいか。

 

「遅いよ八幡~! 義勇と錆兎の柱就任会終わったじゃない!」

「仕方ねえだろ、緊急で仕事が入ったんだから」

 

 柱就任会には間に合わなかったが、柱就任パーティには間に合った。

 それじゃあ、今日ぐらいは柄になく騒ぐか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティの後、俺は二次会に行く事無く真っすぐ帰路についた。

 いや~、思った以上に俺らはっちゃけたな。

 鱗滝さんとその一門だけじゃなく、他の柱とその親族も来てドンチャン騒ぎ

 一番騒いでたのは宇随だな。忍者修行で培った様々な技術を芸として披露してた。

 で、俺を対抗馬として指名してからは芸対決して……その後は忘れた。

 その部分だけ記憶がないが、俺の事だから負けてないだろう。うん、大丈夫の筈だ。

 あと、柱になったと義勇がムフフ顔でドヤってたんで、鍛錬と称して錆兎含めボコボコにしてやった。

 生意気な後輩共が。舐めてるとボコるぞ。いや、もうボコったわ。

 二対一でも最後まで優位に立てるまで強くなったからな俺。

 で、暴れ足りねえと思ってたら、鍛錬見てたほぼ全ての柱と大乱闘が始まった。

 宇随が楽しそうに参加するのは分かるが、カナエや槇寿郎さんも乱入するのは以外だった。

 槇寿郎さん、柱どころか刀を握ることすら辞めたがってたのに。

 まあ、最後ぐらい派手に暴れたいということなんだろう。

 で、俺と悲鳴嶋さんの二人が残り、途中で鱗滝さんが止めて乱闘は終了。その後は屋敷の主である義勇以外各々の家に戻った。

 まあ、俺は家じゃなくて藤の家の旅館だが。

 

「ただいま~」

「おかえりなさいませ、天柱様」

 

 つい癖で言ってしまった独り言に旅館の亭主らしき男性が返してくれた。

 今日初めて泊まるところのせいか。いつもはこんなミスしないのに。

 そんな少し小っ恥ずかしい思いをしながら俺は部屋に向かう。

 

「天柱様、お部屋に向かう前に少しお話が」

「あん?なんだ……」

 

 振り向いた瞬間、俺は背後から亭主に襲撃された。

 

 

 

 

 

 

 

「連れてきましたよ」

 

 とある廃屋。

 人が一人分入るほどの大袋を抱えた亭主が入ってきた。

 暗くてよく見えない室内。

 明かりだけでなく月明かりすらない。

 ソレもそうだろう。なに今晩は星も月も見えない曇り夜なのだから。

 季節のせいか、それとも風通しが悪いせいか。廃屋の中は夜にしては若干蒸し暑い。

 

 

「ああ、やっと帰ってきたの? じゃあソレ置いといて」

 

 この廃屋の主であろう者が隅を指差す。

 幼い声だ。

 室内が暗いせいでよく見えないが、背丈も子供のように小さい。

 廃材らしき物の上にちょこんと座るその様は、どう見ても子供のようだ。

 

「はい、ではここに……」

「いや、待て」

 

 

【血鬼術 流水弦】

 

 

 突然、廃屋が破壊された。

 幾重の鋭く巨大な刃物に切り裂かれかのように崩れ落ちる元廃屋だった瓦礫。

 派手な倒壊音を立てながら辺りに土煙と木屑が舞う。

 しかし、そんな状態でも二人がその生き埋めになる事はなかった。

 

 土煙と木屑が収まり、亭主らしき男と廃屋に住んでいた者が姿を現すと同時、雲が一部だけ晴れて二人を月光が照らした。

 

「よくも騙そうとしたな、鬼狩りめ」

「そっくりそのまま返すぞ、鬼が」

 

 鬼狩り―――八幡は亭主の変装をやめて木の上から鬼―――累を見下ろしていた。

 

 



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累再び

「へぶしッ」

 

 俺は殴ろうとしてきた亭主らしき男を取り押さえ、首を締めた。

 柔道でいう羽交い締め。

 ガッチリと決まった以上、並の人間は振り払えない。

 柱である俺の腕力と技術に適うのは同じ柱クラスの剣士か、並より上の鬼ぐらいだ。

 

「離せ!」

 

 だから、ソレを力で振りほどけるコイツは鬼ということになる。

 

「貴様…何故気づいた!? 気配は完全に隠れている筈だぞ!」

「まるわかりだバカ。そんなに敵意を向けていたら新人の隊士でも気づく」

 

 冷静に返すが、俺は若干焦っていた。

 この男からは鬼の気配がしない。

 鬼の臭いはするし、音も聞こえる。

 そして俺の無駄に鋭くなっている直感も鬼だと言っている。

 だというのに、鬼特有の気というかオーラというか、そういったものを感じさせないのだ。

 一体どうなっている。俺の直感も超感覚もコイツが鬼だと言っている。なのに何故気配を感じさせない?

 

「……ああ、そういう血鬼術か」

「!?」

 

 気配を注意深く探るとその仕組みが分かった。

 この鬼からは、成人男性の気配と同時に、微弱だが鬼の気配がする。

 二つのの気配が一つの身体からしているのだ。

 おそらく、この鬼の血鬼術は憑依かソレに近い能力。

 コレを使う事でこの旅館の亭主に憑いているのだろう。

 

 なるほど、種は割れた。

 なら、攻略法も自ずと見える。

 

「ッシ!」

「うお!?」

 

 抜刀。

 鬼の首めがけ、ギリギリ避けられる程度で居合を繰り出す。

 

「き…貴様! 何で刀なんて持っている!?」

「あ? 当たり前だろ鬼狩りなんだから」

「いや、今のお前は休日だろ! なんで休みなのに帯刀してるんだ!?」

 

 何でコイツが俺の休日を知っている。

 

「剣士なら武器を肌身離さず持ち歩くのは当然だろ。寝る時や便所は勿論、風呂でも奇襲に反撃できるよう近場に置いている」

「はあ!? 鬼狩りってそこまでそこまでしなくちゃいけないのかよ!? 異常だな!」

 

 何処がだ。鬼殺隊なら当たり前の事だろ。

 俺たち人間はお前たちと違って武器がなければ非力なんだぞ。

 下弦以下の鬼なら素手でも対処できるが、やはり日輪刀がないとジリ貧になる。

 

「まあいいや。とにかく……死ね!」

「ヒィ!?」

 

 殺気と圧力をかけながら、刀を鬼目掛けて振り下ろす。

 だというのに、鬼は抵抗らしいものは見せない。

 他の血鬼術を使うでもなく、鬼の身体能力に任せて突撃するでもなく。

 頭を抱えてその場で縮こまるだけだった。

 

「………ッチ」

 

 ピタッ。

 刀が当たる寸前で止める。

 クソ、ハッタリは通じないか。

 前、似たような血鬼術を使う鬼はコレで騙せたんだがな。

 

「………? ………!? ………て、テメエ……ハッタリかまし―――」

 

 

【天の呼吸 雷の型 雷鳴】

 

 

 呼吸の技を格闘技に応用。

 強い踏み込み―――震脚によって発生した衝撃を肘に乗せて頸椎にぶちかまし、鬼の意識を刈り取った。

 いくら鬼が超越生物だといっても生物と言う括りから抜け出せない以上、やりようによっては気絶させられる。

 

 シュウゥゥゥ。

 煙のようなものを立てながら鬼の血鬼術が解除される。

 脱皮する虫のように亭主の背中から鬼が這い出て、やがて完全に分離。

 気絶した状態の亭主と鬼がゴロンとその場に横たわっていた。

 

「よし、じゃあ情報収集するか」

 

 この鬼には聞きたい事がある。首を斬るのはそのあとだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜここが分かった?」

 

 木の上にいる八幡を見上げながら鬼―――累は質問する。

 

「あの鬼から聞いた。少し“接待”するだけで正直に話してくれたぜ?」

「……ッチ、あの役立たずめ」

「今度は俺からの質問だ。何で俺の変装に気づいた?」

「別に、鬼独特の気配みたいなのがしなかったからだよ。まあ、君たち人間には分からないだろうけどね」

「なるほど、俺たちには感知できない鬼特有の感覚があるんだな。勉強になったぜ」

「そう、ソレはよかった…ね!」

 

 そう言うや否や、累は赤黒く染まった己の腕を振るった。

 同時に、指先から血のような色合いの糸が放たれる。

 ソレは八幡が上に立っている木を容易くバラバラに切断した。

 ゴロゴロと木片となって崩れる。

 しかし、八幡は既にそこにはいなかった。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

【血鬼術 刻死牢】

 

 

 ほぼ同時に技が炸裂した。

 累の背後目掛けて放たれる雷の如き一閃。

 八幡の奇襲を迎え撃つべく形成された赤黒い糸の鉄壁。

 両者の剣技と血鬼術は互いの攻撃を相殺。八幡は弾き飛ばされ、累の術も切り裂かれた

 

「(……なるほど、以前より腕を上げたようだね。これなら皮着(かわぎ)が何の役に立たなかったのも分かる)」

 

 累は冷静に八幡の戦力を分析する。

 追撃はしない。既に八幡は着地して体勢を立て直している。

 下手に攻撃すれば逆に隙を突かれ、不利になるのは明白である。

 

「(……あ~あ、アイツの血鬼術便利なのに。勿体無いことしちゃったかな)」

 

 最初は悪態をついていたが、別に累はあの鬼―――皮着が役立たずだとは思っていなかった。

 戦闘力こそ累に全く及ばないが、人間を衣服のように着る事でその気配を同一化出来る血鬼術の有用性は認めている。

 累はコイツなら柱である八幡だろうとも隙を突けると思ったのだが、どうやら見通しが甘かったらしい。当てが外れてしまった。

 

 戦闘力だけではない。

 体格も身長も違うというのに、完璧に変装する技術。まるで鬼が化けたかのようだ。無論、人間が他人に変化するなんて出来ないので、姿勢や仕草や歩き方、筋肉の動かし方などで誤魔化しているのだろうが。

 短時間で居場所を特定する情報取集力。鬼を捕らえて尋問したのだろうが、それでも早すぎる。それだけ上手く情報を引き出したのだろう。

 そして何よりも、あの鬼を相手に人質を殺すことなく倒した事。この男なら可能だという確信めいたものがある。

 多種多様な特殊技能。これだけ様々な技術があるのなら戦闘力以外でも鬼殺隊で重宝されているであろう。

 つまり、この男が死ねば鬼殺隊の機能を著しく下がる。

 

 これは好機だ。

 手柄を立ててあの方に役立つ好機。

 まあ、累の目的は最初から手柄では無いのだが。

 

 

「鬼狩り……天柱、比企谷八幡! 以前の借りを返しに来た!」

 

 バサッと、累は前髪をかきあげ、左目を見せる。

 刻まれているのは下伍ではなく下壱という文字。

 これこそ累が以前より強い鬼だと証明している。

 

「お前は僕から全部奪った! 折角集めた家族も、見つけた家も、力も全部お前が壊したんだ!

 ここまで虚仮にされたのは初めてだよ、天柱! この屈辱……今すぐ返してやる!!」

 

 

 

「ッハ、そりゃコッチの台詞だ、下弦の伍……いや、今は下弦の壱か」

 

「テメエ、逃げた後にその力を取り戻すためにどれだけ人間を食った? そんなテメエが俺に奪われたと被害者面出来る立場か?

 ふざけんな。ここでお前は殺す。テメエが今まで奪ってきたように、今度は俺がテメエから奪う番だ」

 

 

「「………」」

 

 互いに睨み合う十二鬼月と柱。

 累は以前の屈辱を晴らすと同時に、柱の首を無惨に捧げる為。

 八幡は以前の失敗を挽回すると同時に、柱としての役目を全うする為に。

 

「「はあ!!」」

 

 過去を切り払う為、両者は互いに斬撃を繰り出した。

 

 



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鬼の身


前回、八幡が使った奥義の正体を明かします。


 

 真夜中、月や星の光すらない曇り夜。

 木々が生い茂る山の中を2つの影が駆け巡っていた。

 

 鬼殺隊最高戦力が一柱、天柱こと比企谷八幡。

 十二鬼月が一体、下弦の壱こと累。

 二人は過去の汚点を晴らすために、互いを屠らんとする。

 

 両者は山の中を駆け抜ける。

 地上や木々の上を自在に飛び回り、木々や枝の間を液体のようにすり抜ける。

 八幡は鎖を、累は糸を使って。

 二人は飛んでいるかのように枝から枝へ移動した。

 

 

【血鬼術 流水弦・五月雨】

 

 

 すれ違いざま、累が急転換。

 糸を駆使して旋回し、八幡の背後を取る。

 それと同時に赤い剛糸の血鬼術を繰り出した。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 振り向く事無くソレを受け流す八幡。

 刀を背に翳し、峰の部分を反対の手で持つ。

 身体を回転する事で衝撃を分散させ、威力を逸らした。

 

 

【血鬼術 流水弦・鉄砲水】

 

【天の呼吸 雪の型 深積雪・―――】

 

 

 累の赤黒い糸を刀で流す。

 逸らされた糸は近くにあったきへと向かい、バターのごとく易々と切断した。

 

 

【―――返り咲き】

 

 

 八幡の斬撃が累の首めがけて放たれる。

 カウンター技。

 累の攻撃を受け流すことで体勢を崩させ、その勢いを自身の攻撃に乗せる。

 タイミング、位置、共に完璧。

 そのまま切断されるかと思いや……。

 

 グルンッ。

 累は後ろから縦に回転することで斬撃を避けた。

 

「ッチ」

 

 どちらが舌打ちをしたのか。

 両者は再び木々を跳ね回って敵を攪乱させようと試みる。

 

「(あの鬼、以前より比較にならない程に強い!)」

 

 今の累は、以前と比べて格段に強くなっている。

 いや、本来の実力に戻し、ソレにプラスしたといったところか。

 

 累は最初から、下弦の壱或いは弐に匹敵するほどの強さを秘めていた。

 原作でも家族役の鬼に分けた血鬼術を回収すれば柱と良い勝負をしたかもしれないし、より強く変化したかもしれないと言われる程である。

 下弦の伍に甘んじていたのは、彼が数字に興味がなかった事。そして、力を分け与えて弱体化したせいである。

 その分散した力も、弱かった鬼が並とはいえ鬼殺の隊士たちをひねり潰すほど強化された程。

 ならば、基礎スペックの高い累に全て集中すれば、どれだけの力を発揮できるか。

 分散された力が累に集中する事で累自身の鬼としてのスペックも相乗的に向上。原作だった頃の累とは比べ物にならない程の力を発揮する。

 血鬼術も同様。

 本来、家族の血鬼術は累のモノ。当然、本来の持ち主である累の方が上手く使えるだろうし、鬼として強い累が振るった方が強いに決まっている。

 更に更に。今の累は八幡を倒す為に力を蓄え、技をさらに強化してきた。

 

 最早、今の累は下弦としての枠を超えている。

 下弦以上上弦以下。中弦といったところか。

 

「(この人間、前よりも格段に強くなっている!?)」

 

 対する八幡もまた、以前よりも数段腕を上げている。

 柱になってから、彼はより多くの鬼を倒してきた。

 厄介な鬼、卑怯な鬼、多彩な鬼、純粋に強い鬼。

 様々な鬼との戦い、任務を通すことで。

 八幡は以前より格段に強くなった。

 

 前回、累と戦った時点で八幡は既に柱クラスの実力を有していた。

 数多の修羅場を潜り抜け、並外れた経験と直感と実力を手にした。

 ソレからより多才に、より鋭く、より速く、より強くなった。

 今では柱の中でも最強と呼ばれる悲鳴嶼行冥と並ぶ。

 人呼んで、鬼殺隊最優の柱、天柱。

 岩柱と双璧を為す一柱である。

 

 精鋭の鬼と最優の剣士。

 互いが互いの陣営の中で最高格を担う猛者である。

 

 

【血鬼術 刻死輪転】

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 周囲から迫り来る剛糸の牢極を切り裂く。

 手数を重視した剣戟。

 周囲を一瞬で隈なく斬撃が埋め尽くし、赤黒い糸を全て切り払った。

 

「コレで何度目だ? テメエの糸を切り払ったのは」

「………」

 

 累は無言で攻撃を続行。

 赤黒い糸の弾丸をマシンガンの如く放ち、八幡を牽制する。

 一発一発が並の隊士を確実に捉え、防御ごと切り裂く威力。

 だというのに、八幡は空中でありながら難なく切り伏せた。

 

「もう分かったろ。テメエの攻撃は俺には通じねえんだよ」

「………」

 

 無言。

 累は八幡に返答することなくその場に留まる。

 ソレを見て八幡は一瞬疑問に思うも、戦いの場で迷いは禁物。

 罠の可能性を考慮しつつ、折角のチャンスを逃すまいと向かい来る。

 

 

【血鬼術 黒血棘縄】

 

 

 繰り出された糸の血鬼術を、八幡は回避した。

 木を蹴って進路方向して全て避ける。

 が、糸は木に巻き付くことで進路を変え、背後から八幡に襲い掛かった。

 しかし、そんなことは八幡も想定済み。振り向き様に糸を叩き落そうとしたが……。

 

 

 グンッ ピタァァァ……。

 

「ッ!?」

 

 切れない。むしろ逆に弾かれた。

 刃が糸に減り込みかけた瞬間、バネのように跳ね返す。

 先程の糸とは全然違う。外見は同じなのに、一体何があったというのか。

 

「……テメエ、別の血鬼術を混ぜたな?」

「お前の呼吸の技も似たようなものでしょ?」

 

 累の血鬼術の正体。

 ソレは、他の血鬼術を混ぜる事で強化したモノである。

 今回混ぜたのは姉蜘蛛が使用していた溶解の繭を足したもの。

 掛け合わせることで溶解性は無くなったが、糸の血鬼術の鋭さと硬さを無くす事無く弾力性と太さを得ることに成功した。

 そして、この血鬼術を使えるという事は、他の血鬼術も同様に使えるという事である。

 

「!?」

 

 木の幹を足場にして方向転換。

 途端、八幡がさっきまでいた地点目掛けて糸が射出された。

 累ではない。累の挙動は八幡が一挙手一投足見逃さず目を向けている。

 では、誰がやったのか。その答えを八幡はすぐさま知ることになった。

 

「手下も使えるのかよ……」

 

 母蜘蛛が使役していた子蜘蛛、兄鬼が使用していた手下。

 これらも糸の血鬼術を使って八幡を攻撃していた。

 

「ハハハ! 何のためにお前とマトモに戦ったと思っている? こうやって子蜘蛛をお前にバレない様に配置しておいたのさ!」

 

 八幡は強い。もし最初に血鬼術合成を使ってもすぐに対応されるのは目に見えている。よって、次の手をすぐさま打てるよう、子蜘蛛を伏兵として紛れ込ませたのだ。

 そして、累はまだ二種類の血鬼術しか同時に使えない。よって、最初は普通に戦ったのだ。

 ちなみに父蜘蛛の血鬼術は既に使用している。厳密にいえばアレは血鬼術ではなく変異なので血鬼術としてカウントされない。

 まあ、不細工になるのが嫌なので見た目は分からないようにしているが。

 

「今度こそ終わりだ、比企谷八幡!!」

 

 

【血鬼術 刻死牢】

 

【血鬼術 殺目篭】

 

【血鬼術 刻死輪転】

 

 

 累の血鬼術合成による血鬼術と、子蜘蛛の血鬼術が同時に迫り来る。

 逃げ場はもうない。最初に使った血鬼術と違い、今度の血鬼お術は糸が切れない。

 詰み。このままいけば八幡は細切れに……。

 

 

 

 

【天の呼吸 奥義・壱(ファースト) 鬼身】

 

 

 

 

 ドクンッ。

 

 八幡の心臓が跳ね上がる。

 そのままドクンドクンと急加速。

 より強く、より早く、より大きく。

 まるでF1のターボエンジンが掛かるかのように。

 

 

【天の呼吸 雷の型 千火万雷】

 

 

 急加速。

 八幡がその場を縦横無尽に駆け巡る。

 地面を、木の幹を、糸を足場にして。

 途端、雷光がその場一帯を照らした。

 雷が辺り一帯に鳴り響くかのように。

 豪快な踏み込み音と強烈な斬撃音が響き渡った。

 

「………なんだ、やっぱり切り札を隠していたんだ」

 

 怒りからか、それとも喜からか、または別の感情か。

 パラパラと赤黒い糸くずが舞う中、累は引き攣った笑みを浮かべる。

 

 ブォン!

 刀を振るって、舞い散る糸屑を薙ぎ払て、八幡がその姿を顕す。

 

 肌は薄っすらと赤く変色した腐った目は獣のように爛々と輝き、野性をむき出しにした笑みを浮かべていた。

 

 

 鬼。

 野獣のようなその様は正しく鬼そのもの。

 赤い肌も相まって、赤鬼のようであった。

 

「うっらあああああああああああ!!!」

 

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

 瞬間、雷鳴が鳴り響いた。

 速度も威力も先程とは桁違い。

 技そのものは特に変わっていない。

 だというのに、先程は切れなかった筈の血鬼術を切断してみせた。

 

「な…何!?」

 

 驚きながらも累は攻撃の手を緩めない。

 すぐさま持ち直して剛糸の雨を降らせるが。

 

「おおおおおおおおおお!!!」

 

 

【天の呼吸 雷の型 雷鳴轟轟】

 

 

 八幡はそれらを雷の如き連撃で切り開いた。

 一時足を止めて、電流が流れるかのように続けて刀を振るう。

 一本斬る度に斬撃は威力を、一歩進む度に進撃は速度を、一度振るう度に剣戟は勢いを増す。

 一度発動すれば回転を重ねるに比例して力を増すその様はまるで水の呼吸拾ノ型生生流転のようであった。

 

「ック!」

 

 累も黙って見ているワケではない。

 糸を繰り出して、手下の蜘蛛を使って。

 八幡の進撃を止めようと術を繰り出す。

 

 

【天の呼吸 雷の型 千火万雷】

 

 

 止まらない。

 邪魔なものを振り払い、ただひたすら前に突き進む。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 雄たけびを挙げながら八幡は突き進む。

 攻撃性や凶暴性をむき出しにして。

 彼は獰猛に笑いながら、心底楽しそうに笑い声を響かせながら。

 

「(な…なんだ!? 急に動きが変わったぞ! この男、こんなに凶暴な雰囲気だったか? 他の鬼狩りと違って、もっと淡々とした男だった気が……)」

 

 八幡の変化に戸惑いを憶えながらも累は攻撃の手を更に強める。

 しかしそれでも気になるものは気になる。

 累は攻撃を続けながらも、焦りを憶えながらも、八幡の観察を続けた。

 

「(それからさっきから響くこの変な音! 一体何なんだ!? まるで心臓のような音……ん?まさか……)」

 

 そこまで来て累は八幡の変化に合点がいった。

 

「(コイツ、心臓の鼓動を強くしている! だから威力が上がったのか!?)」

 

 そう、これこそ八幡の変化の原因である。

 

 天の呼吸奥義・壱(ファースト)鬼身。

 自身の全集中の呼吸によって心拍数を引き上げ、血流を加速させる事で速度を上昇させる技。

 コレによって攻撃の速度や手数といった回転力を急上昇させる技事が出来る。

 聞こえたエンジン音の正体は高まった心拍。

 急激に上昇した心音は周囲にも聞こえる程に大きく、激しくなる。

 体表の変化は血管が腫脹した事によるもの。

 急激に加速した血流は、増水した川のように血管を激しく流れる。

 

「うるあああああああああああああああああ!!!」

 

 そして、この技を使用する八幡は、ケダモノのようになる。

 普段は無駄に分厚い理性で抑えてある闘争本能や野性を、剝き出しにして暴れまくる。

 こうなってしまえばもう彼は止まらない。敵を殺すまでその足は獲物へと進撃し、その刀は鞘に戻ることなく悪鬼の首を取らんと猛り狂う。

 

 鬼身。

 今の彼は文字通り鬼の身へと変じていた。

 

「ック、舐めるな人間が!!」

 

 累もまた止まらなかった。

 引けないのは彼も同じ事。

 過去の屈辱を晴らす為に、彼は更に攻撃の手を強める。

 全ての力を血鬼術に集中。ただひたすら八幡を殺さんとする。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 両者一歩も譲らない。

 ただひたすら、目の前の敵を、狩るべき獲物を殺すために。

 

 

【血鬼術 流水弦・濫舞】

 

【天の呼吸 雷の型 大雷神】

 

 

 背に龍の紋章を背負う赤鬼が、銀閃の津波目掛け、雷の龍を彷彿させる斬撃を放った。

 

 

 





・嵐の型
水の呼吸の柔軟な動きと風の呼吸の手数を合わせ、雷の呼吸の激しさを含んでいる型。
手数が多い技が多く、多対一や迎撃によく使用される。
しかしその反面決定力に欠けているのが弱点。

・雲の型
水の呼吸の柔軟な動きと風の呼吸の敏捷性を合わせ、雷の呼吸の高速移動をほんの少し含んでいる型。
他の型と違って歩法に重点を置いている。
緩急をつけた動作で相手を翻弄したり、敵の攻撃を受け流したり、気配を誤魔化すなどの技に特化している。
しかしその反面、攻撃技に乏しいのが弱点。

・雪の型
水の呼吸をより守りに特化させた型。
カウンター技や受け流す技が多い。
攻撃技がないのが難点。



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友達との待ち合わせ

 

 

【血鬼術 流水弦・濫舞】

 

 

 突如、津波が起きた。

 

 3㎜程の剛縄を、一本、十本、百本と重ね続けた結果生まれた糸による波。

 前方、後方、頭上、足下と、全方位から八幡を飲み込まんと迫り来る。

 まさしく津波と表現するに相応しいその一撃を前にしても、八幡は進撃を止めなかった。

 

 

【天の呼吸 雷の型―――】

 

 

 全ての勢いを乗せ、津波目掛けて飛びこんだ。

 

 基本動作は霹靂一閃と同じ。

 強烈な踏み込みによる突撃から放つ居合斬りの筈だが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【――大雷神(おおいかずちのかみ))】

 

 

 雷の応龍が、波を突き破った。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 八幡(赤鬼)の叫びに呼応し、龍の幻影(エフェクト)が剛糸の洪水目掛けて吠える。

 

 

 大雷神。

 天の呼吸雷の型晴天霹靂と水の呼吸拾の型生生流転の合わせ技。

 回転で高まった威力を晴天霹靂に全て乗せて放つ一回限りの大技である。

 威力も速度も共に霹靂一閃及びその発展技の比ではなく、通常の生生流転でもここまで威力を高める事は不可能。

 二つの呼吸を使い、尚且つ熟練した剣士にしか許されない必殺技である。

 習得条件の至難さ故、その効果も絶大。

 生み出される雷龍の王は文字通り悪鬼を喰い尽くす。

 

「―――な」

 

 スパンッ。

 

 八幡の日輪刀が、累の首を切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの野郎……また逃げられた!」

 

 真夜中の山、俺は寝転がった状態で地団駄んだ。

 

 まただ、また逃げられた。

 確かに俺の刀は奴の首を取った。

 奴が首を自分で切るより早く、奴の首を切断して落とした・・・筈だった。

 

「あの野郎……首をすり替えていやがったな!?」

 

 ダミーの首。

 あの野郎は予め首を別の位置に移動し、首のあった部位に見せかけの首を付けていやがった。

 

 こういった鬼は時々いる。

 鬼は身体がバラバラになろうがミンチになろうが生きている珍妙生物だ。首の位置を弄るなんて簡単に出来るだろう。

 現にそういった鬼はいた。亀みたいに首を引っ込めたり、身体を分裂させたり。この間倒した十二鬼月は血鬼術に同化して分裂していたからな。

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 斬った瞬間に違和感を覚え、気配がまだしていることに嵌められたと気づき、臭いで本当の首の位置を特定したが、時すでに遅し。奴は次の手を打った。

 

 あの野郎、自爆しやがった。

 

 首だけの状態で遠隔操作を行い、自分の肉体を糸に変換。

 いくら激闘を繰り広げた後に大技を使って消耗したとはいえ、身体に残る鬼因子全てを利用した血鬼術はかなり強力。俺も咄嗟に天の呼吸で防御したが、全てを受け流す事は出来なかった。

 おかげで大ダメージ。なんとか動けるが、全力で逃げるアイツを追いかけるような体力はもう俺にはない。

 なにせこっちもかなり消耗しているんだからな。

 

 天の呼吸 奥義・壱 鬼身。

 コイツを思いついたのは漫画の知識によるものだ。

 漫画とバカにすることなかれ。全集中の呼吸だって漫画みたいなトンデモ理屈だ。

 鬼身も全集中の呼吸と似たような原理だし、もしかしたらいけるのではないかとやったらマジで出来た。

 ただ、その特性上、長時間使用は出来ない。

 

 無理やり血圧を上げているのだ。心臓や血管に掛かる負担はかなり大きい。

 常人ならコレを使った時点で即心臓破裂。柱である俺も呼吸によって強化された体だから耐えられるものの、決して反動は無視できない。

 あと、性格も狂暴になる。

 血圧増加によって脳に負担が掛かっているせいだと思うのだが、コレを使うと何か粗暴になってしまう。

 宇随曰く猛獣、義勇や錆兎からは『鬼みたいだ』と言う始末である。本当に失礼な奴らだ。

 

 別に、この状態の俺が素の状態の俺というわけじゃないと思う。

 普段は隠しているだけで、理性の仮面を取っ払ったこの状態こそ本当の俺だというつもりはない。

 人間は理性やら感情やらがあってこそ人間なんだ。ソレがなくなってしまったら人間じゃない。いや、獣ですらない。本物の鬼だ。

 

 

 

 

『うっらあああああああああああ!!!』

 

 

 

 

「………」

 

 そうだ、俺は……鬼なんかじゃない。

 

「けどなあ、楽しかったのは事実なんだよな……」

 

 戦っている時の、命のやり取りをしている時の。

 あのピンと張った細い糸の上を渡り歩くようなギリギリの感覚が心地いいんだよな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい八幡、何寝てるんだ」

「……八雲か。ちょっとしばらくこのままにしてくれ」

「ダメだ、次の仕事があるんだからな」

「え?」

 

 ちょっと待って、今俺結構消耗してるんだよ?

 

「甘えるな。柱ならたとえ骨が折れようとも内出血しようとも戦うんだ。ほら行くぞ」

「え~………」

 

 ああ、本当に鬼殺隊は鬼だらけだ。

 

「(ああ、そういえば………)」

 

 

 

 

 

 

 俺って、痣なんて無いよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソクソクソ! また負けた!」

 

 とある洞窟、累はパチンコで有り金を使ったかのように怒り喚いていた。

 

 身体は既に再生しているが、中身の方―――力の方はほとんど回復していない。

 八幡との戦い、大技の使用、そして逃げるために胴体を自爆させたせいですっからかんの状態になってしまった。よって、回復するには食事と休息が必要になる。

 またソレは、しばらくはこの屈辱を味会わなくてはいけないことを意味する。

 

「クソクソクソ! 今度会ったら次こそは……」

 

 次の夜が来るまで、累はその場で八幡をどう倒すか、その手段を脳内で摸索する。

 どう戦うか、どんな血鬼術を使うか、次はどんな場や状況だと優位になるか……。

 

「アハハハハッ…。次会うのが楽しみだよ……」

 

 その時の累の顔は、まるで友達と遊ぶ約束をした子供のようだった。

 



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風柱の誕生

 

 とある草原、二体の鬼と二人の剣士が対峙していた。

 剣士の方は満身創痍。全身がボロボロで今にも倒れそう。

 対する鬼の方は無傷。隊士達を見下すように立っている。 

 

「どうした鬼狩り、もう終わりか!?」

「………クソが!」 

 

 隊士―――不死川実弥は悪態をついた。

 

 彼の眼前に立ちはだかる鬼。下弦の弐とその配下である。

 下弦の弐が使用する血鬼術は空気の圧縮。

 自身の周囲を空気の壁によって防御し、空気の塊を相手に放つ事等、利用法は多岐に渡る。

 只の空気と侮るなかれ。圧縮した空気の壁の堅牢度は鋼にも匹敵し、空気の銃弾の威力はこの時代の銃撃と大差ない。

 攻撃や防御だけではなない。空気を固めて空中に足場を形成したり、敵の周囲の空気を固めて道を塞ぐ等、応用力はかなり高い。

 

 配下の鬼の血鬼術は毒性の霧の発生及び散布。

 対象物を腐食或いは燃焼させる有毒ガスを周囲に拡散させるものである。

 十分強力であり、接近戦しか出来ない鬼殺隊にとっては相性の悪い鬼。

 その上、この鬼は下弦の弐と連携する事で更なる効果を発揮できる。

 

「ほら、もう一発食らえ!」

 

 下弦の弐が圧縮した空気弾―――毒ガスを圧縮したものを放った。

 そう、これが実弥ともう一人の隊士、粂野匡近が彼らに追い詰められた要因の一つである。

 

 配下の鬼が毒ガスを発生させ、下弦の弐がソレを砲弾のように固めて遠距離から投げる。

 ソレを避けたとしても血鬼術を解除すれば毒ガスが蔓延。すぐさまその場から逃げなくてはならない。

 迎撃など以ての外。切った瞬間に毒ガスが飛び散る。

 そして、鬼達は空中に足場を作って見下ろしている。

 刀どころか実弥の切り札すら届かない。

 

 攻撃と防御を兼ね備え、尚且つ隙の無い血鬼術。更に、限定的とはいえ飛行能力も携えている。

 いくら二人が甲とはいえ、荷が重い。すぐさま立ち去るべきなのだが……。

 

 

「く…くそ!」

 

 鞘を杖にして、ボロボロになった肉体に鞭を打って立ち上がる。 

 

 敵の血鬼術は攻撃防御共に完璧。

 遠距離から一方的に毒ガスを撒き散らかされ、こちらは攻撃出来ない。

 万が一距離を詰めて攻撃しても空気の壁によって斬撃を防がれ、続けて攻撃する前に空気の階段を作られて逃げられる。

 ならばダメージ覚悟で無理やり突破するか。……それも不可能だ。

 

 ボロボロなのは実弥本人だけではない。刀も服も同様だった。

 隊服は毒ガスによって所々焦げ、金属部は既に錆びついている。

 日輪刀も同様。緑色に輝いているはずの峰が錆色に染まり、光を反射する刃も所々欠けている。

 これでは実弥より先に刀と服の方が持たない。

 

 敵わないならば撤退すればいい。

 いくら鬼殺隊がブラック企業とはいえ、敵わないなら可能な限り情報を持ち帰って逃げることも許される。

 鬼殺隊は鬼を殺し人々を救う事だけが仕事ではない。生きて帰って情報を伝えるのも仕事の一つだ。

 だが、今回ばかりはそうするわけにはいかなかった。

 ふと実弥が後ろを振り返る。

 

「に……逃げ、るんだ…実弥!」

 

 そこには、重傷で動けない粂野匡近がいた。

 実弥を庇って戦闘不能な程に重傷を負ってしまった。

 もし逃げれば、彼が犠牲になるのは目に見えている。故に実弥はこの場から逃げることが出来なかった。

 

「(どうすれば……どうすればいい!!?)」

 

 もし、彼が一年でも長く戦っていれば……柱になっていれば話は別だったであろう。

 しかしそんな仮の話など無意味。今ある事実はただ一つ、実弥はこの鬼への対抗手段がないということである、

 だが、それでも彼は諦めない。

 彼は刀を握る手に力を入れ、戦意を示す……。

 

 

 

「なあ、アイツの血鬼術教えてくれないか?」

 

 

 

「!?」

 

 突然、声を掛けられた実弥は驚いて隣に振り向く。

 そこには、髪の長い青年が立っていた。

 背中にが描かれた羽織を着ているせいでよく見えないが、下には隊服を着ていることが分かる。

 そして何よりも目を引くのは、男の持っている刀。峰が虹色に光るその刀からは、妖刀のような妖しい輝きが宿っている。

 

「だ、誰だお前……!?」

 

 突然現れた男に動揺しながらも、実弥は冷静さを保とうとする。

 いきなり気配もなく現れた点は不気味だが、隊服と日輪刀を持っていることからして仲間であることに違いはない。

 故、怪しみながらも出来る限り友好的に接しようとした。

 

「比企谷八幡。柱だ」

「(ひ…比企谷!? じゃあ、コイツがあの天柱か!?)」

 

 天柱。最強の柱である岩柱と双柱を成す最強格の一人。最強と呼ばれるのに対し、最優と呼ばれている柱。

 成程、ソレなら甲である実弥に気づかれる事無くここまで接近したのも理解出来る。

 

「な…なんだお前は!?」

「なあ、早く教えてくれ」

 

 八幡の登場に実弥だけでなく鬼も慌てる。

 しかし八幡はそれらを無視して実弥の話を聞いていた。

 

「アイツらは下弦の弐とその金魚のフンだ! 下弦の弐は空気を固め、金魚のフンは毒の霧を出す!」

「了解」

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 途端、八幡の姿が消えた。

 否、鬼目掛けて跳び掛ったのだ。

 予備動作を一切見せない急加速。

 しかも気配を消した上での行動。

 その動作に鬼だけでなく目前で見ていた実弥すら騙された。

 

「な!? ど、何処行きやがった!?」

 

 突然消えた八幡の探す配下の鬼。

 だがもう遅い。八幡は一度見逃してしまえば、見つけるのは不可能。

 少なくとも下弦程度には不可能。次、彼を見るときは、既に死んだ時ぐらいだ。

 

「く…クソ!!」

 

 異変に気付いた下弦の鬼が毒ガスを詰めた爆弾を撒き散らかす。

 狙いは定めない。既に八幡を見逃した以上、もう捉えられない。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 扇嵐・薙ぎ払い】

 

 

 ばら撒かれた弾丸を、八幡は吹き飛ばした。

 薙ぎ払われた爆弾は見当違いな方角に飛んで行って爆発。

 更に視界が悪くなり、余計に見えなくなった。

 

「く…クソ!」

 

 もう見つけるのは無理だと諦めた配下の鬼が毒ガスをばら撒く。

 毒ガスで姿を隠し、更にその意図を察知した下弦の弐が毒ガスを固めてバリアケートを形成した。

 煙幕、毒ガス、空気の防壁の三段構え。通常なら決して突破出来ないのだが……。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 太刀風・烈風】

 

 

 天柱は普通とは遠く離れた剣士であった。

 刀を一振りして斬撃を飛ばし、毒ガスの防壁を切り裂く。

 切り開いた道から、毒ガスを剣戟で換気しながら接近する八幡が現れる。

 

「お…おのれ!」

 

 配下の鬼が先走って毒ガスを吹きかけようと口内にガスを溜めこむ。

 だが、八幡の方が上手だった。

 ソレを吐き出される前に、八幡が懐から取り出した鎖付き小太刀を投擲。

 今まさにガスを吹き出そうとした瞬間にソレは配下の鬼の首を切断。攻撃する前に鬼を灰化させた。

 

 グルンッ。

 

 八幡の攻撃は終わらない。

 鎖を手探って方向転換。今度は下弦の弐に小太刀が向かった。

 

「ッグぅ!?」

 

 しかし咄嗟に空気の壁を作って防御。

 突破されて腕を失ったが、首を守ることには成功した。

 鬼は自身の腕を再生させながら、漏れたガスに飛び込む。

 たとえ鬼でもガスのダメージは受けるが、すぐに再生する以上、致死傷にはならない。

 下弦の弐は気道やら肌やら眼球を焼かれながらも、逃げる事に徹した。 

 

 

「(い…今が好機だ!)」

 

 ガスの煙幕の中、下弦の弐は空気の階段を作ってその場から逃げる。

 先程、八幡が大技を使ったおかげで凡その位置を掴めた。

 ソレを頼りにして下弦の弐は逃げる。

 

「(も、もう大丈夫だ!人間は飛べないし、空気の上を歩けない! 俺の勝ちだ!)

 

 空気の足場を作り、居場所を察知されないよう某配管工のように跳び回る下弦の弐。

 これでもう逃げられると彼は思ったのだが……。

 

「ぐげえぇぇぇ!!?」

 

 足を撃たれて動きを止められた。

 何故だ、何故付いてこれた?

 こっちは空を歩いているのに……!?

 

「な!?」

 

 振り向いた瞬間、下弦の弐は言葉を失った。

 下弦の弐同様に、空を八幡が歩いていた。

 

 何だ、一体何が起きている?

 何で、人間が空を歩いている?

 一体、どうやってこんな真似を……。

 

「(ま、まさかアイツ…俺の階段を使っているのか!?)」

 

 この考え当たりである。

 空気の階段は消えるのに少し時間が掛かる。 

 その間に階段を渡る事で八幡は空気の上を歩いていたのだ。

 では、何故下弦の弐がそのことにすぐ気づかなかったのか。

 

「(バカな!? あの階段は俺しか気づかねえ筈だ!? なのに何で!?)」

 

 こういう事である。

 この鬼が作り出した空気の壁や階段は目に見えない。

 当然である、なにせ見えない筈の空気で作ったものだから。

 じっくり目を凝らせば光の屈折でそこに何かあるか分かるが、戦闘中にそんな余裕などあるわけがない。

 この鬼が自分で作った壁や階段を感知できるのは、自分の血鬼術だから。見えてはいないが、なんとなくそこにあるのが分かるのだ。

 では、見えない筈の階段をどうやって八幡は使っているのか。……匂いと勘である。

 

 匂いで血鬼術の存在に気づいたら十分。後は直感に従って歩いていれば大体当たる。

 この世界では磨かれた直感が案外モノをいうのだ。

 

「ふ…ふざけんな! そんなインチキで……!?」

 

 いつの間にか八幡がすぐ目の前まで接近。

 獰猛な笑みを浮かべ、()()ける

 

「お、おのれ!」

 

 鬼は咄嗟に血鬼術を使用した。

 自身の周囲の空気を限界まで固める。

 命の危機からか、今までの最大出力を超えて限界突破。

 まさしく鉄壁の防壁となったが……。

 

 

【天の呼吸 雷の型 雷獣】

 

 

 ズパン!

 轟く雷鳴の牙は、鉄壁を易々と切り裂いた。

 

 

 

「つ、強ぇ。あれが、柱……」

 

 その様を、実弥―――1週間後に同僚(風柱)となる少年が唖然と見ていた。

 

 





鬼殺隊の中では、岩柱と天柱は同格扱いです。
柱稽古では一番戦績があり、岩柱も何度か勝ったり負けたりしてます。
ちなみに岩柱戦で決め手になったのは鬼身です。まあ、二度と岩柱相手には使いませんが。


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賭け事


八幡はあまり賭博に手を出しません。
彼にとってはヌルゲーになりますので。


 

 俺は……何も出来ないのか。

 

 

 実弥は自分の非力さに打ちのめされ、絶望しかけていた。

 

 倒して見せる。

 今度こそ、必ず。仲間と一緒に帰るんだ。

 どれほどそれが不可避であったとしても。どんなに俺が傷ついたとしても。

 

 

 だが、そんな些細な想いも許されないのか。

 

 

 負ける時は負ける。

 ソレも呆気なく、易々と。

 そんなことはとっくに分かった。

 何度も聞いたではないか、何度も見て来たではないか。

 その度に、絶望する度に、現実を突きつけられる度に、神や仏に願ってきた。

 なのに……何故こんなことに!?

 

 悔しい。

 また勝てないのか。

 こんなところで終わってしまうのか。

 

 俺が弱いせいか? 相手が強いからか? だからここで諦めろっていうのか?

 

 仲間はどうなる?

 まだ息がある……いや、生かされているだけだ。

 奴がその気になればいつでも殺せる。

 

 

 頼む。

 お願いだ、今だけでいい。

 この瞬間だけ、どうか勝たせてくれ。

 

 何でもいい。

 誰か、救ってくれ。

 

 ――――その願いが、『運命』を引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃあ来た~! ストレートフラッシュだ!」

 

「悪いな、こっちはロイヤルストレートフラッシュだ」

 

 

 八幡のスペードのロイヤルストレートフラッシュによって実弥のストレートフラッシュは打ち破られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあ~~~~!! クソ、また負けたぁ!」

 

 晴天の下、実弥はフンドシ一丁で喚いていた。

 

「嘘だろ、ろ……ロイヤルストレートフラッシュ!?」

「信じられない……! 八幡、お前ズルしたろ!?」

 

 同じく騒ぐのはこれまた同じくフンドシ一丁の義勇と錆兎。

 やれやれ、ボロ負けだからってイカサマ疑うとか最低だな。

 

「お前ら何やってんだ?」

「あ、宇随か。見ての通り博打だ」

 

 後ろから足音も気配も消して宇随が現れる。

 いつもなら不気味だからソレやめろと言ってやるが、今の俺は機嫌がいい。ちゃんと答えてやることにした。

 

「博打って、お前らまだ比企谷に挑んでいるのか!? この間麻雀でボロ負けしたとこだろ!?」

「負けたまま引き下がって堪るか!」

 

 叫ぶ錆兎だが、覇気が普段よりない。

 まあ、フンドシ一丁になるまで毟り取られたんじゃ仕方ないか。

 

 

 見ての通り分かるが、俺たちは博打(ギャンブル)をしている。

 

 柱同士で遊ぶ機会はあまりない。

 ただでさえお互い多忙で貴重な戦力だ。遊ばせるわけがない。

 けど、年で何度かはこうして集まる機会が必ずある。

 柱合会議の後だ。

 今までは終わったらすぐ帰ったのだが、去年ぐらいからこうして誘われるようになった。

 

 最初はただの遊びだった。

 双六だったり花札だったりしていたのだが、あまりにも俺が勝ちすぎてしまった。

 で、ムキになったコイツらの相手が面倒臭くて賭けをするようになったのだが、ソレでも諦めない。 

 何で脱衣ルールで素っ裸に何度もなっているというのに、こうして俺に挑んでくるんだコイツらは。

 

「クソが! 外国の花札だったらイケるんじゃねえのかよ!?」

「考えが甘いな。柱なら初見の遊戯(ゲーム)でも対応出来て当たり前だ」

 

 地べたに落ちたトランプを拾いながら俺は答える。

 

「……なんで前こんなに強いんだよ? 剣の腕とは関係ねえだろ?」

「血鬼術の中には遊戯(ゲーム)で勝敗が決まる系統もいるからな。だから鍛えてるんだよ」 

 

 半分は本当だ。

 鬼の中には某奇妙な冒険に登場するようなギャンブルによる血鬼術を使う鬼もいた。

 ただ、そういった相手は大体不意打ちすれば血鬼術の効力が切れて被害者も食われてない限り助かる。

 まあ、ワケあって勝負して、ソイツをボロカスに負かしてやったが。

 

「まったく、三人がかりでやっても勝てないとか、お前ら博打の才能ねえな。もう辞めたら?」

「「「諦められるか!!」」」

 

 なんでこういうとこだけ息が合うんだ?

 

「三人がかり? もしかしてこいつ等、イカサマしてたのか?」

「ああ、三人で情報を共有とかしてな。けどこのザマだ」

「……まあ、お前相手だからな」

 

 おい宇随、ソレはどういう意味だ?

 

「あ、そうだった比企谷。お前宛に手紙来てるぞ」

「え、手紙? 誰からだ?」

 

 俺の知り合いなんて鬼殺隊関係しかいないぞ。けどソレなら鎹烏や隠の人を使うはず。なら誰だ?

 まあいい、じっくり部屋で読むか。

 

「じゃあな、雑魚共。俺はお前らの服を換金してくるわ」

「そうやって地味に煽るから諦めねえんだよ」

 

 俺は悔しそうに睨む雑魚共―――水、風、海と、三つの柱の恨みがましい視線を背にした。

 

「っと、そうだった。これやるよ」

 

 俺は自分の席の隣に置いていた袋から一つの包みを取り出して机の上に置く。

 

「あ? 何だコレ?」

「残念賞だ」

「………」

 

 どうせロクなものじゃないだろという目で俺をみる三人。

 失礼な奴らだ。折角後輩のために作ってやったというのに、ソレを無碍にするのか。そうかそうかー。

 

「そうか残念だな。折角残念賞のプリンを用意してやったのに。そうか要らないのかー」

「「「プリン!?」」」

 

 途端、甘い物好きな実弥だけでなく、普段しかめっ面してる錆兎やボーとしてる義勇も目を輝かせた。

 

「ちゃんと八幡が作った奴だな!?」

「茶茶碗蒸し擬きだと許さんからな!」

「皿とスプーンだ! 早く食べるぞ!」

 

 いそいそと準備しだす三人。

 本当に現金な奴らだ。

 

「(まあ、この時代じゃ洋菓子なんて食べる機会なかなかないから仕方ないか)」

 

 前の世界の知識を元に作った出来損ないだが、食文化が平成より発展してないこの時代ではかなり喜ばれる。これが結構気持ちいのだ。

 よくなろう系で現代知識チートをやっているが、その気持ちが分かった気がする。これは大変気分がいい。

 

「おい八幡、俺のは?」

「アレは残念賞兼参加賞だ。あとお前には今すぐやってもらうことがある」

「あん?やってもらうこと?なんだそりゃ?」

 

 

 

「今から仕事に付き合ってもらうぞ」

 

 俺は血鬼術の匂いがする手紙を見せびらかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある洞窟に、数体程の鬼が(たむろ)していた。

 本来、鬼は群れない筈。なのに何故こんなに集まっているのか……。

 

「!? 来るぞお前ら! 構えろ!」

 

 初老の鬼が叫ぶ。

 途端、他の鬼達が初老の鬼の眼前に目を向けて臨戦態勢に入った。

 まるで、そこに誰かを待ち構えるかのように。

 あまり接近しないよう、距離を取って。

 

「この感じ…たぶん音柱に届けた奴だ」

「確か音柱ってそんなに強くないんだったな」

「けど柱に変わりはない。気を引き締めるぞ」

 

 鬼達が会話をしながらそれぞれの血鬼術を発動させようとした途端……。

 

 ドォォォォン!

 突然、鬼達の前に爆弾……いや、煙玉が現れた。

 破裂したと同時、周囲に煙をまき散らし、鬼達の視界を遮る。

 

「な、なんだコレは!? 話が違うじゃねえか!」

「一体どうなってやがる!? 柱が来るんじゃねえのかよ!?」

 

 騒ぐ鬼達。

 当然であろう、いきなり出て来た物体から煙が吹き出したら誰だって慌てる。

 そして、不幸なことは連続して続く……。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 突如、雷鳴が煙幕の中で鳴り響いた。

 





海柱は錆兎のことを指します。
水柱は義勇以外考えられなかったので、じゃあ錆兎は水の呼吸を元にしたオリ柱にしました。
名前の由来は天に対抗するための海という意味と、水より激しい一面のある錆兎の気性をモチーフしています。
海の呼吸の型は考えていません。ただ、水の呼吸の柔軟さに加えて荒れ狂う海のような激しさを持つ剣戟をイメージしてます。


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魔の感覚

 

「この手紙、どう見たって血鬼術掛かってるじゃねえか」

 

 宇随に渡された手紙。

 嫌な予感がしたから受け取る前に注意深く嗅いでみたら、やはり仕掛けがあった。

 どんな仕掛けかは分からない。流石に臭いだけで血鬼術を看破出来るわけじゃないからな。

 封筒を開けたら呪われたり、爆発したり毒ガスが出るタイプ……じゃ、無い。俺の勘がそう言っている。

 じゃあ何だ? 上記の奴以外で手紙に掛けて有効な血鬼術……自分の領域に引き込む?

 

「ああ、転送系の血鬼術か」

「あん?なんか言ったか?」

 

 そういやそんな鬼いたな。自宅の入り口に転送の血鬼術を掛けて待ち伏せしてた鬼。

 俺は扉に血鬼術が掛かったと分かった時点で放火して鬼を炙り出したから、その血鬼術掛かってないけど。

 敵のやり口が分かったら準備だ。あの時は鬼の正確な位置が分かってたから出来たが、今回はその手が使えない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。自分から罠に飛び込むしか居場所を特定する手段はない。

 大丈夫だ、俺なら問題ない。俺の勘がそう言っている。

 

「宇随、その手紙たぶん鬼の血鬼術が掛かってる」

「何? 本当か?」

「動くな! 何がキーで発動するか分からないからな」

 

 宇随を止めて話を続ける。

 

「俺宛てだから俺がいく。お前らも一緒に行って待機してくれ」

「……行けるのか?」

「ああ。むしろ、一人がいい。連携を取れる状況じゃねえと思う」

「お前のいつもの勘か?」

「ああ」

 

 宇随は『そっかそっか』と言いながら深く頷いた。

 

「じゃあ俺のを使え」

「え?お前も貰ってたの?」

 

 俺は宇随宛の手紙を貰う。

 同じ匂いだ。おそらく同じ血鬼術を掛けられているのだろう。

 

「お前宛の手紙ならお前の対策をしているかもしれない。俺のを使う方がいいだろう」

「……ああ」

 

 こっちを使った方がいいと俺の勘も言っている。

 なら、準備した後にコイツを使うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 まずは一体目。

 焚いた煙ごと転送し、煙幕代わりにする。

 煙幕で身を隠しながら、俺は一番近くにいた鬼の首を刎ねた。

 勿論俺には何も視えちゃいない。臭いと気配で位置と首の箇所を探った。

 

「な!? 鬼狩りが攻撃してきたぞ!?」

「まさか罠だって気づかれた!?」

「話が違うぞ!」

 

 狼狽えている鬼共。

 よし、敵が混乱しているうちに出来るだけ片付けるか。

 

「落ち着け! 早く血鬼術を使ってこの人間を倒せ!」

 

 その一言で他の鬼達はすぐに冷静さを取り戻した。

 鬼達は次々と血鬼術を発動していく。

 

 

【血鬼術 濃霧】

 

 

 突如、八幡の視界を深い霧が遮った。

 まるで最初からこうだったと言わんばかりに洞窟中を包み隠す紫色の濃霧。

 だがソレだけ。視界が遮られた程度なら問題ない。たとえ見えずとも、気配と臭いで敵の位置と首の在処を特定できる。なにも問題ない。

 

「(いや、この霧は少し厄介だな)」

 

 通常の霧よりも更に視界が悪い。

 足元すらロクに見えない様はまるで目隠しでもされたかのようだ。

 その上、音まで聞きづらい。おそらく防音作用もあるのだろう。

 更に若干息苦しい。どうやtら空気に粘り気を与えて呼吸を阻害しているらしい。柱の肺活量なら大したことないのだが、この状況では多いに影響する。

 遮光性に防音性、そして粘性のある濃霧。確かに煙幕にはもってこいだ。

 これだけ悪条件が揃えば、上級隊士でも雑魚鬼の不意打ちにすら負けるかもしれない。

 もっとも、天柱にとっては少し制限された程度だが。

 

 

【血鬼術 地面軟化】

 

 

 今度は足場が悪くなった。

 まるで波打つかのようにぐにゃぐにゃと曲がる地面。

 通常なら走ることはおろか、立つことすら不可能。

 しかし柱には通じない。絶妙なバランス感覚と強靭な三半規管、そして巧みな足さばきで自在に移動する。

 

「(これは……厄介だな)」

 

 八幡は苦笑いしながらバランスを取る。

 いつもなら楽々とは言わずともバランスを保てるが、今はこの邪魔な濃霧がある。コレのせいで感覚と呼吸が阻害され、普段の性能が発揮出来ずにいた。

 最悪の足場に最悪の視界。ここまでくれば柱とて油断は出来ない。

 

 

【血鬼術 飛弾】

 

 

 次は弾丸が飛んできた。

 一寸先は何も見えない煙幕の中、突然現れた丸い鉄球。

 速い。銃弾とは言わずとも剛速球と言うに相応しい速さ。

 八幡は咄嗟に避けるも鉄球は急に方向転換、追尾して襲い掛かる。

 

「(ッチ、面倒クセえ!)」

 

 

 八幡が表情から完全に余裕が消えた。

 ただでさえ足場も視界も最悪だというのに、追尾機能付きの弾丸が高速で複数も同時に対処しなくてはいけないのだ。当然、余裕なんてなくなる。

 

 

【血鬼術 鏡花水月】

 

 

 最後に、複数の鬼が襲い掛かって来た。

 否、幻である。

 実体のある幻が複数同時に向かってきたのだ。

 しかも、幻のためこいつらは鉄球の攻撃も足場の影響も受けない。

 

「クソが!」

 

 八幡はそれらを切り捨てる。

 幸い、幻鬼の武器は爪と牙だけであり、強さも並程度。良くて下弦の陸止まり。

 いくら複数とはいえ、この鬼だけならすぐに退治できたであろう。

 たとえ倒せない分身が複数来ようとも、この程度なら対処可能。

 片手間に、楽々と攻撃を捌きながら、匂いと気配を元に接近して鬼の首を斬る。

 そう、単体なら。

 

 環境の影響を受けない実体のある幻。

 剛速球で複数同時に自動追尾する鉄球。

 波のように揺らぐ立つ事すらままならない地面。

 視界を塞ぎ、音も聞こえ難く、呼吸もしにくい濃霧。

 悪条件が四つも揃い、相乗的かつ爆発的に悪化している。

 そんな中で戦うのはいくら柱でも至難。たとえ、最優の柱でも。

 

「(……久々に使うか)」

 

 

【天の呼吸 奥義・弐(セカンド) 魔感(まがん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何分経過したであろうか。

 八幡は相変わらず四体……いや、5体の鬼によって苦しめられていた。

 

 状況は相変わらずである。

 四体の鬼の血鬼術によって八幡動きを封じられ、防戦一方の状態。

 鬼達はこのままジワジワと体力を削ろうとしている。

 そう、このままいけば鬼の勝ちなのだが……。

 

「クソ!まだ天柱はくたばらねえのか!?」

 

 初老の鬼が騒ぐ。

 この鬼は四体の鬼のリーダー格であり、五体目の鬼である。

 初老の血鬼術は遠視及び透視。感覚を他の鬼達と繋げる事でこの濃霧の中でも鬼達は正確に八幡を捉え、血鬼術を行使出来ている。

 だが、ソレも時間の問題である。

 

「(このままじゃ、俺らが先に潰れる……!)」

 

 この鬼達には時間がなかった。

 彼らは血鬼術こそ十二鬼月並みに強力だが、ソレを維持できる程のスタミナがなかった。よって連携を取って柱に襲い掛かっている。

 

 柱の攻略法。ソレは何もさせない事だ。

 八幡が鬼を攻略する方法と似たようなものだ。

 刀を振らせない、接近させない、考えさせない。この三つをやれば大体勝てる。

 だが、今回はその相手が悪かった。

 

「!? なんだ!?」

 

 初老の鬼の視界に、八幡がこちらに歩いているのが見えた。

 ゆっくりではあるが、確実に。

 目を鬼達に合わせて近づいてきた。

 

 見えず、聞こえず、呼吸もしにくい濃霧の中を。

 グニャングニャンと揺れ動く地面を歩いて。

 執拗に高速で追尾する鉄球を捌いて。

 実体のある幻たちを避けながら。

 八幡は近づいて来ている。

 

「な……何で!?」

 

 何故だ、何故場所が分かった? 何故近づける? 何故平気なんだ!?

 そんな疑問が脳内に過るも、考える前に行動する。

 

「集中砲火だ!」

 

 

【血鬼術 強化水月】

 

【血鬼術 飛弾】

 

【血鬼術 地面軟化】

 

 

 全力で血鬼術を発動させる。

 狙いは無論のこと八幡。

 一点集中で八幡に血鬼術が仕掛けられるが……。

 

 

【天の呼吸 雨の型 夕立のにわか雨】

 

 

 全てを捌かれた。

 

 濃霧の中、高浪の如く激しく地面の上で。一瞬で弾丸と幻を切り伏せた。

 まるで予め何処から幻と弾丸が来るのか、どう地面が動くか最初から分かっていたかのように。

 八幡は四つ全ての悪条件に対して最適解を一瞬で叩き出した。

 

「ば…バカな!?」

 

 あまりの出来事にその場にいた鬼達は戦慄する。

 

 何故、こんな濃霧の中で平然と動ける。

 この霧の中での視界は足元すらマトモに見えない。

 音も聞こえにくく、鬼狩りの便りである呼吸難しい。

 なのに何故平然と動ける?

 

 何故、こんなに波打つ地面の上で歩ける。

 普通なら歩くことすらままならない筈。

 だというのに何故平然と歩ける?

 

 何故、全ての鉄球を平然と避けられる?

 こんなに速い球が同時で追尾するというのに。

 なのに何故こうも平然と対応できる?

 

 何故、平然と全ての幻を切り伏せられる?

 幻は悪条件の影響を受けない上、切ってもまたすぐ現れる。

 だというのに、何故これほど完璧に対応できる?

 

 ああ、どれか一つならまだ話が分かる。

 相手は柱。鬼狩りの中でも最強の剣士。

 ならば、どれか一つなら対応できるだろう。

 だが、ソレが二つ、三つ、四つ、五つと重なればどうだろうか。

 いくら柱でも無理だ。そんなのは誰だってわかる。

 

 なら、目の前はコレは何だ?

 

 何故、この鬼狩りはこの悪条件が重なる中でも動ける?

 何故、この鬼狩りは相乗的かつ爆発的に悪化している状況でも動ける?

 何故、この鬼狩りはこんな圧倒的不利な状況でも平然と戦って勝てるんだ!!?

 

 バンバンバンッ!

 

「!!?」

 

 発砲によって鬼はハッと気づく。

 既に八幡が遠視の血鬼術なしで目視出来る距離まで近づいていた。

 しかし既に遅い。八幡の銃撃によって牽制を受けて動きを止められた。

 既に戦況は八幡が握っている。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天の霹靂】

 

 

 急加速。

 予備動作のない動作で雷の如きスピードで接近。

 鬼の首目掛けて飛び掛かる。

 

「この…! 殺されて堪るか!」

 

 再び集中砲火。

 火事場のバカ力というものか、それともただ悪運が強かったのか。

 目では捉え切れず、滅多矢鱈(やたらめったら)に放ったというのに、彼らの血鬼術は八幡を捉えた。

 しかし、ソレが逆に彼らの首を絞めることになった……。

 

 

【天の呼吸 雪の型 深積雪・返り】

 

 

 八幡は彼らの血鬼術を跳ね返した。

 文字通りの意味である。

 

 厳密に跳ね返したのは四つの弾丸の血鬼術。

 刀の(しのぎ)で弾丸を受け、弾の軌道を変え、鬼達の頭部に弾丸を返したのだ。

 何という絶技。いや、神業であろうか。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃・六連】

 

 

 頭部を再生して足を止めている間に、連続で鳴り響く雷鳴によって、鬼の首は切り裂かれた。

 

 

 

 




 次回で八幡の逆転劇の正体が出ます。


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柱狩り

毎回思うんですけど鬼殺隊って鬼の情報をちゃんと共有してるんでしょうか


 

「……まだいやがんのかよ」

 

 洞窟の中、俺は逃げた鬼を追っていた。

 

 あと四体。

 逃げた鬼が一体と、逃げた先にいる鬼が三体。

 おそらく、逃げた鬼はその三体を俺にぶつけたいのだろう。

 

 いいだろう、面倒だからまとめてやってやるよ。

 

 普通なら、敵の戦力が集中するのを許すなんて悪手中の悪手だが、今日は特別に許してやる。

 最近、マトモに戦ったのは下弦の壱ぐらい。後はひと月前に岩柱さんとやった柱稽古だ。おかげで腕が訛って仕方ない。

 これからは上弦との戦い、ひいてはそのボスである無惨との戦闘を視野に入れているというのに、この有り様は不味い。

 今回はいい経験だ、違う血鬼術を使う

 そうするべきだと、この戦いは俺にとって成長の糧になると俺の勘が言っている。

 

「(ッ!?)」

 

 突然、背後から気配がした。

 気配からしておそらく血鬼術。遅れて、鬼の気配もした。

 いつの間に。そんなありきたりな反応をするまでもなく、俺の身体はすぐさま最適解を出す。

 

 バンバンッ!

 ジグザグに後ろに移動しながら、左腰のホルスターから銃を引き抜き、牽制射撃を行う。

 敵の血鬼術が分からない以上、下手に近づくのは危険。よって遠距離からの牽制に徹した。

 まあ、どんな血鬼術を使うか大体の見当は射撃しながら思い付いたが。

 

 今度は横から気配がした。

 右にある壁。洞窟の石壁から突然手が現れた。

 

 捕まれる前に背後へ跳んで回避。同時に牽制射撃を行う。

 無論、利き手にある日輪刀は先程の鬼に向けて圧をかけて牽制する。

 

「効かない、か」

 

 壁から出てきた鬼は全ての銃弾をすり抜けた。

 まるで幽霊のように。

 コレでこの鬼が何の血鬼術を使うか大体理解出来た。

 

 次は死角から突如現れた光の円が現れた。

 嫌な予感がしたので咄嗟にその場から離れる。

 遅れて、円の中から血飛沫が飛び、俺のいた場所に掛かる。

 瞬間、血の掛かった箇所が抉れた。

 なるほど、そういう血鬼術か。

 

「(けっこう……いや、かなり強力な血鬼術だな)」

 

 三体とも強い鬼だ。

 圧力からして強さは大したことないが、使う血鬼術が凶悪極まりない。

 人間をもっと食って力を付けたら、まず間違いなく強い鬼になるであろう。

 まあ、今の段階ではそれなりだが。

 

「これならいい練習台になるな」

 

 俺は刀と銃を構え、鬼の攻撃に備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある洞窟の中。

 八幡は三体の鬼の猛攻に耐え忍んでいた。

 

 1体目の鬼の名は瞬移。血鬼術は瞬間移動である。

 文字通りのテレポート。一瞬で敵の死角に潜り込み、一瞬で敵の射程外への移動を可能にする。また、敵の視覚外で攻撃の体勢を予め整えた後に敵の懐へ瞬間移動することでノーモンシュン(ノーモーション)で攻撃を繰り出す事も出来る。

 この鬼の前では距離の概念は通用しない。日輪刀しか有効打が存在しない鬼殺隊にとっては天敵といってもいい鬼である。

 

 2体目の鬼の名は透鬼。血鬼術は透過である。

 どんな攻撃も幽霊のように透き通る事で無力化。また、地面や壁を透過する事で不意打ち等も行える。

 この鬼の前では物理攻撃など意味がない。日輪刀しか有効打が存在しない鬼殺隊にとっては天敵といってもいい鬼である。

 

 3体目の鬼の名は繋鬼。血鬼術はワームホールである。

 どんな攻撃もワームホールで無力化し、尚且つ敵に文字通り返す。逆に自身の攻撃はワームホールを通じてどの方角や角度からでも繰り出せる。

 この鬼の前では空間の概念は通用しない。日輪刀しか有効打が存在しない鬼殺隊にとっては天敵といってもいい鬼である。

 

 

 

 だというのに、八幡は三体同時で相手取っていた。

 

 

 一体一体が凶悪な血鬼術を行使する鬼。

 鬼殺隊の天敵といってもいいような血鬼術を、彼は悠々と対処している。

 これだけでも異様な光景。だというのに、まだ先があった。

 

「(もうそろそろいっか……)」

 

 

 

 

【天の呼吸 奥義・弐(セカンド) 魔感(まがん)

 

 

 

 

 

 瞬間、八幡の景色が変わった。

 

 色のある世界からモノクロへと。

 

 時の流れは緩慢なものへ、まるでスローモーションのように動く。

 

 これは彼だけが見れる光景。八幡は、悪魔のように黒い目と赤い瞳で、自分だけの世界を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、2体の鬼が斬られた。

 

 先ずは2体の鬼の足止め。

 背後に瞬間移動しようとする瞬鬼の動きを先読みして、移動先にある上の岩に発砲。

 平行して自身の頭上に現れるワームホールの存在を予め察知し、形勢される前に銃弾を『置いた』。

 結果、瞬鬼は瞬間移動した瞬間に頭上から落ちた岩の下敷きに、繋鬼は攻撃しようと繋げたワームホールから飛び出した銃弾を食らう。

 これらの行動に掛かった時間は0.2秒。この一秒にすら満たない時間で八幡はこの二体の鬼の不意を、これまら予期せぬような手段で突いてみせた

 その間に八幡は次の行動へと移る。

 

 

【天の呼吸 雷の型 早鳴】

 

 

 先ず一体。

 二体の鬼の攻撃とタイミングをずらして攻撃してきた透鬼目掛けて抜刀。

 まるで最初から来るのが分かっていたかのように、斬撃を首の通る地点へと『置く』。

 結果、八幡は速度だけに集中し、力を一切入れる事無く鬼の首を取ることに成功した。

 

「な…なんだと!?」

 

 銃弾の傷から再生した繋鬼が目の前の光景に唖然とする。

 その隙が仇となった。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂・変速】

 

 

 突然、雷の如き勢いと速度の斬撃が繋鬼……ではなく。

 

 

 

 

 

 

「―――は?」

 

 瞬鬼へと繰り出された。

 テレポートした先。

 まるで最初からそこへ移動するのが分かったかのように先回りした八幡。

 彼は首が移動する地点に斬撃を『置く』ことで、瞬鬼の首を斬り落とした。

 

 

 一瞬。

 ほんの瞬きしている間の出来事。

 あまりの急転回の死に、首を斬られた本人ですら認識出来なかった。

 

 

 

「クソ、これならどうだ!!」

 

 光の円を数個生み出し、その中へ自身の血を振りかける。

 瞬間、葉蔵の周囲に光の円が現れ、そこから血飛沫が葉蔵に襲い掛かった。

 

 一つ避けたらまた別の角度から血が襲い掛かる。

 ソレを避けたとしても、別の角度から。

 物理的にありえない方角から来る攻撃。

 この理不尽な血鬼術に八幡は追い込まれ……。

 

 バンバン!

 

 なかった。

 

 放たれた弾丸は複数ある円と円の間を抜けて繋鬼へと命中した。

 繋鬼が空間を繋げられるのは、あくまでも円の内部だけ。

 たとえ複数だしてもその隙間を狙えば無意味である。

 まして相手はあの八幡。

 彼なら複数の光の円を出しても、円と円の隙間目掛けて尚且つ繋鬼に当てられる。

 

「ぐぺッ……!」

 

 ヘッドショット。

 放たれた銃弾は頭を貫き、脳を破壊。

 結果、再生するまでとはいえ繋鬼の思考力を奪う。

 しかしソレで充分。意識を奪ったおかげで血鬼術は解けたのだから。 

 

「ここまで近づいたら、お前の血鬼術も意味ねえな?」

 

 血鬼術が解けた間に、八幡は繋鬼の懐に接近。

 ここまで来れば、殺すも生かすも彼の自由である。

 

「(そ、そんな……たった、たった少しの時間であっさりと……!?)」

 

 繋鬼は戦慄した。

 先程まで膠着状態……いや、こちらが有利だったはず。

 なのに、少しの隙を見つけてあっさりと形勢逆転させた。

 

 ありえない。

 少しも隙を晒していない。

 最後まで追いつめた筈。

 有利な状況だった筈だ

 なのに何故……何故たった一瞬でこうも覆せる!?

 

 おかしい、異常だ。

 少なくとも自分が同じ立場なら出来ない。出来るはずがない。

 

 

 一応言っておくが、この鬼達は鬼の中でも強い部類だ。

 三体とも使い勝手がよく、かなり強い血鬼術であり、鬼殺隊にとっては天敵のようなもの。

 何十人も食い殺し、位の高い鬼殺隊員を何人も殺してきた。

 実力は十二鬼月に匹敵し、協力すれば柱も狩れるかもしれない。

 しかし、それでも八幡には勝てない。

 

「……化け物め!!」

 

 忌々しそうに、顔を歪める繋鬼。

 そうだ、本物の化物は自分達鬼じゃない。

 人間でありながら本来なら天敵である鬼を狩れる怪物。

 本物の化け物とは、こういった異常者のことを指すのだと。

 

 悪魔。

 まるで未来を予知しているかのように、破滅へと誘導するかのように。

 こんな真似が出来るのは、鬼を超えた化物である悪魔にしか出来ない。

 

「まさか、鬼に悪魔呼ばわりされるなんてな」

 

 あっさりと、八幡は十二鬼月に匹敵する鬼の首を刎ねた。

 

「しかし、今回は大量だな……こりゃ今回書く報告書は大変そうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二番目の奥義もなかなかサマに成って来たな」

 

 俺は魔感を解除しながら洞窟の奥へと向かう。

 

 魔感。

 危機に瀕した際に風景がスローモーションに切り替わる現象、タキサイキア現象を人為的に引き起こす技。速い話が自分で走馬灯を見る技だ。

 速く動けるようになるわけではないが、世界がスローモーションに見えるほど思考が加速。更に感覚が通常時と比べて格段に引き上げられ、通常でも鋭い俺の感覚が更に鋭くなる。

 結果、敵の行動を的確に読み、相手が動く前に最適解を出すことが出来る。

 

 瞬間移動する鬼。テレポートする瞬間と移動先を増幅された感覚と直感で見極め、タイミングを合わせて移動先に予め刀を振る。すると勝手に刀は首を捉える。

 

 透き通る鬼。あの鬼は攻撃する瞬間だけは攻撃を当てる為にどうしても血鬼術を解かなくてはいけない。ソレを見極めてタイミングを合わせたら自ずと俺の斬撃は当たる。

 

 ワームホールを形成する鬼。ワームホールを形成する直前に銃弾を放つ事で、形成完了した後に銃弾がワームホールを逆走して鬼に当たる。

 

 どれも普通なら無理だが、魔感で増幅された感覚(スローモーション)の世界なら可能だ。

 相手の行動が完了する前に、行動の内容と位置を正確に把握してしまえば、たとえ瞬間移動だろうが透過だろうがワームホールだろうが簡単に対処できる。

 

 2つの奥義を獲得してからは鬼狩りが楽になった。

 十二鬼月並みに強い鬼でも奥義・壱(ファースト)を使えば楽々と倒せるし、厄介な血鬼術も奥義・弐(セカンド)を使えば簡単に対処出来る。

 

 奥義・壱(ファースト)奥義・弐(セカンド)。この二つがあれば、上弦も倒せる……。

 

「ッ! やっぱ少し痛むか」

 

 ズキッと、軽く頭痛がした。

 脳のリミッターを解除する以上、その弊害はデカい。乱用すれば脳に深刻なダメージを与え、最悪精神病になる可能性がある。

 最初の頃は酷かった。ほんの数秒発動しただけで頭痛がするし、その状態を維持して動こうとすれば、解除した後は激しい頭痛と眩暈で苦しめられた。

 今では慣れて数十分ぐらい維持できるが、ソレでもヤバい技であることに変わりない。あまり多用は出来そうにない。本当にヤバい時にだけ使おう。

 

「あとはお前の首を斬れば終わりだな」

「ひ、ヒィ……」

 

 俺は痩せた中年男の鬼に刀を向けた。

 

「お、俺を殺す気か!? 天柱、比企谷八幡!」

「なるほど、名前を呼んで答えた人間に洗脳系の血鬼術を掛けられるのか」

「!!?」

 

 勘に従って言ったのが、リアクションからして当たりのようだな。

 そして、コイツの狙いも、どこまで俺たちの事を知ってるか大体直感で分かる。

 

「お前の目的は柱狩り。俺たちについて知ってるのは柱の名前と特性ぐらい。なら用はないな」

「ま、待て……!」

 

 スパンッ。

 俺は鬼の首を刎ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柱狩り、か。もうそんな時期なんだね」

 

 とある屋敷の縁側。日の光を浴びながら、産屋敷耀哉は娘からの報告を聞いていた。

 

「はい、今回被害に遭われた柱様は比企谷様だそうです」

「八幡か。それで、あの子は無事に帰って来たんだろうね?」

「はい。血鬼術によって連れ去られましたが、十体近くの鬼を返り討ちになされました」

「そうか、流石は最優の柱だ」

 

 耀哉は満足そうに頷く。

 

「本来なら上弦の鬼が柱狩りをやる筈だが、今回は十二鬼月ですらないか」

「おそらく、鬼側にも何かしらの事情があるかと」

 

 柱狩り。

 文字通り鬼が柱を狩る事であり、その大半は上弦の鬼が行う。

 柱が育つ頃になると上弦の鬼がソレを刈り取ってしまうのだ。

 柱クラスの剣士がなかなか生まれないのはコレが原因である。

 

「それは違うよ、くいな。おそらく本格的な柱狩りはこれから始まる」

「と、言いますと?」

 

 

「上弦の鬼が動く。そんな気がするんだ」

 

 

 

 




八幡は倒してきた鬼の情報をレポートとして提出してます。
今までの鬼のデータを集めることで、今後の鬼狩りをスムーズにするためです。


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柱稽古

 

 この世界で八幡が手にしたマイホーム、天屋敷。

 豪邸とも言えるような屋敷の庭で二人の男が睨み合っていた。

 一人はこの屋敷の主である天柱、比企谷八幡。

 対するは岩柱こと悲鳴嶼行冥である。

 八幡は身の丈程はある大太刀を、行冥は愛用の日輪刀に近いもの使用している。

 もっとも、二人とも使っているのは訓練用の木製だが。

 

「「………」」

 

 

【天の呼吸 雨の型 春霖雨・花腐し】

 

 八幡が木刀を振り上げ、無数の斬撃を繰り出す。

 雨霰の如く降り注ぐ剣戟。視認範囲全てを襲う刃。

 例え斬り払っても、続けて流れる斬撃で細斬りにされる。

 並の隊士では迎撃も回避も許さない。ソレを……。

 

 

【岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚】

 

 

 剣戟の雨霰を、岩柱は悉く撃ち払った。

 

「流石ですね」

 

 笑った。

 獰猛な笑みを浮かべる。

 人間離れした業を目の当たりにして、八幡は打ち震えた。

 

 やはり違う。

 目の前の男は、他の柱とは違う。

 最強の鬼狩り。その名に嘘偽りなど存在しなかった。

 

「ふん!」

 

 八幡目掛け、木斧を振るう。

 ソレを八幡は右に僅かに跳んで回避。

 同時に行冥の背後へと回り、大太木刀を掲げた瞬間……。

 

「ッ!?」

 

 八幡の死角から攻撃が飛んできた。

 岩柱の手から伸びている鎖。

 何時の間に。確認する間も無く八幡は身を捻る。

 直感背後から飛来した木斧を避けた。 

 

「ッ!」

 

 流れるように岩柱は次の攻撃に移る。

 いや、既に終えていた。

 木斧と入れ違いで、今度は木球が飛んでくる。

 いくら木製とて、斬り払える速度ではない。故、コレは逃げの一手に限る。……普通なら。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 木球を木刀で流す。

 完全に威力を受け流し、身体を弛緩させて衝撃を吸収し、攻撃を無力化。

 所謂消力と呼ばれるもの。八幡は拳法の極意を瞬時に実現してみせた。

 

 

【岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・双極】

 

 

 木球が戻って来たと同時、木斧と木球の両方を錐揉み回転させつつ同時に八幡へ放つ。

 文字通り蛇の如く自在にうねりながら、大気を引き裂く木斧と木球。

 岩の如く豪快な双撃が八幡が捉えようとした途端……。

 

 

【天の呼吸 雲の型 消雲風流】

 

 

 挟撃を八幡は受け流した。

 鎖部分に大太刀の木刀を添え、加重して力の流れを乱す。

 途端、木斧と木球の勢いが乱れ、見当違いな方向へと飛んで行った。

 

 消雲風流。

 相手の動きを見極め、タイミングを合わせて少しだけ敵の動作に力を加える事で、力の流れを乱て相手の攻撃を逸らし、尚且つ体勢を崩させる柔の技。

 使いこなすには力の流れを見切るだけの優れた動体視力と、敵の動作からどう動くか予見する観察眼、そして敵の動作と自分の動作を合わせるタイミング能力。この三つが必要になる。

「…見事。流石は最優の剣士」

 

 木球と木斧を再び構えながら、行冥は感嘆の声を上げる。

 

「天の呼吸…か。複数の呼吸を複合し尚且つ長所のみを引き出す。更に一つの動作に特化した型を幾つも作り出すとは。鬼殺隊の歴史でも為し得なかった偉業だ」

「そりゃどうも」

 

 二人は構え直して呼吸を整えた。

 

 ゴウゴウと、重低音が響く。

 行冥から発される呼吸音だ。

 まるで、大型トラックやタンクローリーのエンジン音のよう。

 一歩、また一歩と。大岩の如き巨躯が、溢れんばかりの圧を掛けて近づいて来る。

 

「フンッ!」

 

 避ける。

 渾身の力で投擲された木斧を、八幡は最小限に身体を捻って避けた。

 手は出さない。これは次の攻撃に繋げるための一手。下手に藪蛇は突かない。

 

 

【岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き】

 

 

「だろうな」

 

 頭上から降り落ちた木球を横に跳んで避ける。

 縛ろうとする鎖もその下に掻い潜って回避した。

 

 

【岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部】

 

 

 いつの間にか宙に跳んだ行冥が、死角から木斧と木球を連続で投げている。

 それも最初から読んでいた。

 

 

【天の呼吸 雲の型 入道雲】

 

 

 八幡目掛けて木斧が命中……しなかった。

 

「(ッ!? 手応えが無い!? ……まさか!?)」

 

 ゾワッと、行冥に悪寒が走った。

 理由は本人にも分からない。しかし行冥の肉体は己の直感に従って反射的に行動。即座に攻撃を中断して防御していた。

 

 

【岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚】

 

 

 自身の周囲に木斧と木球を振り回す。

 コレによって、行冥は死角に潜り込んだ八幡の侵攻妨害に成功した

 後に気づく事になったが、八幡は気配をズラす事で行冥を欺いたのだ。

 

 

【岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩・速征】

 

 

 迎撃行動に繋げて、次の技を繰り出す。

 縦横無尽に繰り出される木斧と木球は、まさしく嵐の如き乱舞。

 更に、行冥の剣戟によって砂埃が舞う。その光景も相まって砂嵐のようであった。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 天飆・大狂嵐】

 

【天の呼吸 奥義・壱 鬼身】

 

 

 迎え撃つは天高く吹き荒れる嵐。

 八幡は鬼人の身へと転じながら空中で斬撃の猛攻を繰り出す。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 両者全力で互いの武器をぶつける。

 天上からは八幡が、地上からは行冥が。

 二人の攻防はより激化して行き………。

 

 ボキッ。

 

「「………あ」」

 

 二人の得物が粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また腕を上げたな、八幡」

 

 縁側で弁当を食っていると、行冥さんが猫を撫でながらそう言ってきた。

 

「ありがとうございます、悲鳴嶋さん」

「……お前なら、上弦を倒せるかのしれないな」

 

 瞳の無い目で悲鳴嶋さんは少し笑顔になる。

 

「八幡、お前は私より強い。稽古では互角になったが、本来ならお前が勝っていた」

「買いかぶり過ぎですよ、悲鳴嶋さん。本物の日輪刀使ったら、あんたの方が強いですよ」

 

 いやいや、そんなことねえよ。

 稽古では日輪刀を使わないから受け流せたが、もし本物の鉄球と手斧を使われたら潰されたと思う。

 

「ソレは違う。稽古では殺さないよう加減をするが、本気で殺し合うのならお前は誰よりも強い」

「いや、稽古だから本気出せないとか、そんな言い訳みたいな事を言う気はありませんよ?」

 

 ルールがあるから負けた。実戦じゃ俺の方が強い。そんな言い訳をするような奴に限って実戦じゃ役に立たないんだ。

 

「いや、お前の武器は卓越した状況把握能力と目的達成能力、そして桁違いに多い手札だ。状況と目的が違えば、動きは全く違うものになる」

「そんなモンですかね?」

 

 あまり意識してないが、この人がここまで言うならそうなんだろう。

 

「例えば格闘戦。もし実戦なら、得物が無くなった後にお前は私の身体を呼吸による格闘技で破壊した筈だ」

「いや、力は悲鳴嶋さんが上でしょ?」

「関係ない。お前は力を流すのが異様に上手い。力で向かっても逆に利用されるのは目に見えている。ソレに、雷の呼吸を用いた一撃は鬼でも耐えられん」

 

 ああ、うん。確かに俺って剣技以外にも格闘技けっこう使うね。震脚とか発勁とか合気とか消力とか。

 

「隠し武器も恐ろしい。お前の懐にある数々の暗器。ソレを使われていれば私は負けていた。他にも不意打ちの技術や変装技術等、お前は私が対応出来ない武器を持っている」

「……俺には特化したモンがないんで」

 

 最優の柱。あらゆる状況や任務に対応できる万能の柱。

 万能タイプと言えば聞こえはいいが、要は器用貧乏だ。一つのことが極められないから手数を多くする必要がある。

 俺は極めるのが面倒だから楽するために、色んな技術を憶えるのが楽しいからこうなったんだ。あんたらみたいな強い志でやったんじゃない。

 

「そう卑下するな。一つのことを極めるのも至難だが、多数の手札を手にし、使いこなすのも至難の業。お前は間違いなく最優に相応しい」

「……ありがとうございます」

 

 とりあえず礼は言っておこう。否定しても面倒なだけだし。

 

「八幡、任務の時間だ。行くぞ」

 

 障子を器用に翼で開きながら、鎹烏の八雲が縁側に現れた。

 

「え?今日って休日だよね?」

「ああ、だが緊急の仕事だ。お前にしか出来ないとお館様は仰っている」

「……そうか」

 

 お館サマ直々のご指名か。こりゃ何かあるな。

 

「じゃあ行ってきます」

「うむ、行ってこい八幡」

 



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上弦の伍

 

 寝静まった夜の町

 誰もいない脇道を一人の男が佇んでいた。

 そんな彼の目の前に突然壺が一つ現れる。

 不自然に現れた壺を訝しみ、様子を確認するために近づく……。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、彼目掛けて壺から手が伸びた。

 捕まれる寸前、軽く体を捻りながら前に跳躍。

 なんの危なげなく危機から脱し、着地と同時に構える。 

 

「ヒョッヒョッヒョ、なかなか活きのイイ材料だ。コレは捕まえるのが面倒そうだ。いや、それもまたよし」 

 

 壺の中から現れたのは異形の鬼。

 蛇やミミズのように長細い体でグネグネと不気味にうねり、気味の悪い笑い声をあげる。

 額と口に目玉があり、元のがあったであろう目の窪みには口が二つ。

 その上下に並ぶ鬼の瞳にはそれぞれ『上弦』『伍』と刻まれている。

 

 上弦ノ伍、玉壺。

 対に上弦の鬼が姿を現した。

 

「十二鬼月……しかも上弦!?」

「ヒョヒョッ! 何故ソレを知っているのかは疑問ですがどうでもいい事ですね、とりあえず…死んで我が作品となれ!」

 

 玉壺が血鬼術を繰り出す。

 身体から生える小さな手に握られた小さな壺から、人食い怪魚が無数に飛び出して身を抉ろうと飛び掛かってきた。

 男は着物を脱ぎ捨て怪魚目掛けて放り投げるが、そんなものが防波堤代わりになるなんてことはない。楽々突破して男の肉を抉り……。

 

「何ィ!? いない!?」

 

 抉る事はなかった。

 着物を突破した先には、既に男はいない。

 一体何処に行った。玉壺はきょろきょろと辺りを見渡す……。

 

「ッヒョ!?」

 

 バンバンバン!

 玉壺目掛け、銃が連射される。

 咄嗟に玉壺は銃弾を避けるために壺へと身体を引っ込ませて難を逃れた……。

 

「よっと」

 

 その隙を狙って、男は木へと飛び移り、枝に掛かっていた長物を引っ張り出す。

 玉壺は、また別の壺から現れてその様子を見ていた。

 背中に龍が描かれた派手な羽織。その下には鬼殺隊の隊服。

 比企谷八幡。先程の男は彼が変装したものであった。

 

「へ、変装!? バカな!? 明らかに体格と身丈に合ってない!?」

「歩き方や姿勢で意外と誤魔化せるぞ」

 

 上弦の鬼と相対しながらも、恐れることなく悠々とした態度の八幡。

 

「ヒョヒョッ、鬼の変化と遜色ない程の変装の腕前の剣士。私の作品にちょうどいい!」

「作品……?」

 

 玉壺の口からでた作品という単語に嫌な予感を覚える八幡。

 その予感は的中した。

 玉壺は何もない空間から壺を出し、その中からおぞましいモノを見せる。

 

「そうです! これが私の作品! いかがでしょうか?」

「……ッチ!」

 

 ソレを見た途端、八幡は顔を顰めて舌打ちした。

 先日、行方不明になった一家。その遺体を加工してつなぎ合わせて作られた悪趣味なオブジェ。

 あまりのことに言葉を失う八幡に目もくれず、玉壺は誇らしげに自身の作品について解説をし始めた。

 

「名付けて“家族団らん”でございます! 一家の死体をふんだんに使った贅沢な作品なのです」

「………」

 

 相手が無駄話をしてくれるのは八幡にとって有難かった。

 彼は既に目配りで八雲を飛ばしている。後は増援が来るまで足止めをすればいい。

 相手は上弦の鬼。単独で倒せるなんて思い上がりなど、八幡にあるはずがない……。

 

 バンッ!

 八幡は壺目掛けて銃撃した。

 放たれた弾丸は壺を粉々に破壊し、中にあった気色悪いオブジェがゴロゴロと地面に転がる。

 

「き…貴様ぁぁぁぁぁ!! わ、私の作品をォォォォォォォ!!?」

「喧しい。外見も趣味も悪ければ声も悪いんだな」

 

 玉壺の怒気を浴びても、八幡は毅然とした態度を崩さない。

 むしろ逆。彼の闘気はより強く、より激しく昂っていた。

 

「来なよ芸術家気取りのサイコが。細切れにしてやる」

「芸術を理解出来ん猿風情が……! これでも食らえ!」

 

 

【血鬼術―――】

 

 

 玉壺が血鬼術を発動させる前に八幡は動いた。

 右へ転がって移動し、敵の攻撃が来る前に射程外へ脱出。

 立ち上がると同時、攻撃へと移行する。その結果………。

 

 

【―――千本針 魚殺】

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 後出して繰り出した筈の技が、相手とほぼ同じタイミングに重なった。

 雷の如き速度で接近しながら、 自身が前居た場に無数の針が横目で確認。敵目掛けて抜刀する。

 

「ッヒョ!?」

 

 切り落としたのは玉壺の右腕。

 壺を持つ手を壺ごと破壊。

 続けて首を狙うが……。

 

 ヒョコッ。

 切り落とされる寸前に壺の中へ引っ込んだ。

 八幡は玉壺の入った壺をかかと落としで粉砕。

 すぐさま左手で銃を引き抜き、次の標的へと銃口を向ける。

 

「ヒョアッ!?」

 

 発砲。

 玉壺が次の壺に移って姿を現した途端。待ち伏せしていたかのように弾丸が発せられた。

 壺から出たと同時に血鬼術を使おうとしていた玉壺はソレに反応出来ず、銃弾を食らって壺を持つ手を吹っ飛ばされた。バリンと、壺が落ちて割れる。

 

「(ま、まずい!)」

 

 咄嗟に他の壺へ移動する玉壺。

 このまま留まっていれば、首を斬られると判断したからだ。

 その決断は正しい。もしあのまま止まっていれば、八幡に首を斬られて終わり。故、ここは一旦引くのが正解。

 だが、八幡の方が一枚上手であった。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

「ヒィ!?」

 

 別の壺に移動して顔を出した途端、斬撃によって壺ごと頭部を破壊された。

 幸い、咄嗟に首を引っ込めた後すぐに別の壺に移動したので首を斬られることはなかったが、もし少しでもタイミングが遅ければ、八幡によって首を刎ねられていたであろう。

 

 

【天の呼吸 雷の型 早鳴】

 

 

 再び壺が破壊される。

 だが、その中に玉壺はいなかった。

 

「(クソ、身代わりか!)」

 

 その中にあったのは、魚だった。

 血鬼術によって作られた眷属である魚介類。

 玉壺は八幡の目を欺くために、自身の気配と似た眷属を身代わりにしたのだ。

 

「(あ、危なかった……! もしあのまま眷属を身代わりにしなければ、あの猿は私の居場所を見つけて首を斬っていた!)」

 

 壺から壺へと移動しながら、玉壺は息を整えて状況を整理する。

 

「(あの剣士、やはり柱だ! しかもその中でも上位の柱! でなくては、上弦である私にここまでやり合える説明がつかん!)」

 

「(間違いない、あの柱は私の動きが見えている! 私の血鬼術が発動する兆候を読んでいる! 私がどの壺にいるのか分かっている!)」

 

「(未来が見えているのか? それとも私の頭の中を覗いているのか!? ええい、人間の分際で気味が悪い! こんな気色悪い奴は私の作品に相応しくない! さっさとと殺してやりたい!)」

 

「(だが、奴が強いのは事実! 普通にやっても勝ち目はない! よってここは……)」

 

 

 壺から壺へと、いくつかの眷属と自分をシャッフルするよう移動しながら、玉壺はどうするべき考える。

 しかしそうしている間にも壺は破壊され、逃げ遅れた眷属が倒され、身代わりの数は減ってきている。

 直ぐに手を打つべき。さもなくば、次に倒されのは本体の方だ。

 

 

【血鬼術 千本針 魚殺】

 

 

「ッ!?」

 

 突如、壺が八幡の眼前に現れ、その中から金魚が飛び出る。

 金魚は八幡目掛け、無数の毒針を吐き出した。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 放たれた毒針を、八幡は危なげなく迎撃。

 一度は見た技。対処法は既に編み出している。柱なら当然だ。

 

 

【血鬼術 水獄鉢】

 

 

 今度は大量の水があふれ出た。

 浸かる前に八幡はその場を跳躍。

 水は檻となって八幡がいた場を囲むが、既にその場に八幡はいない。

 

 

【血鬼術 一万滑空粘魚】

 

 

 八幡を取り囲むかのように、10個の壺が突如現れる。

 そこかられぞれ合計一万匹もサンマのような魚が放出された。

 空を飛びながら毒を撒き散らす怪魚たち。しかもこの毒は経皮毒であり、口から吸い込まなくても皮膚から毒を吸収してしまう恐れがある。

 

「!? クソ!」

 

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 それら全てを八幡は迎撃する。

 

 毒の匂いをかぎ取ったのか、それとも直感によるものか、或いは経験によるものか。八幡はサンマのような怪魚の毒を見抜き、直接触れないよう細心の注意を払って迎撃。周囲を薙ぎ払うように、尚且つ繊細な技術で怪魚たちを切り裂いた。

 更に、それだけでは終わらない。

 

「ヒョアッ!?」

 

 迎撃によって怪魚の数が少なくなった瞬間、八幡は玉壺目掛けて刀を投擲した。

 鬼殺の象徴であり、鬼を殺せる唯一の武器を手放すとは予想すらしていなかった玉壺は動揺し、対処が遅れる。

 その隙に八幡は次の手へと移った。

 

 狙うは怪魚を出し続ける壺。

 羽織りの懐の一つに手を突っ込み、中からなにかを出して投擲した。

 十本の棒手裏剣。

 ほぼ同時に投げられたソレは全ての壺に命中して粉々に砕いた。

 

 八幡の羽織りには幾つもの暗器があ、棒手裏剣もその一つである。

 特に、手裏剣などは教師がよかったおかげか、暗器の中でも扱いがうまい。

 

「(な……なんだと!? あの大量の私の可愛い魚たちを無傷で捌いただと!? な、なんという対応力だ!? だが、ソレもよし! )」

 

 八幡の強さに恐れを覚えながらも、玉壺は焦らなかった。

 何故なら、彼には打開策があるから。

 

 先程の投擲によって、八幡は日輪刀を手放している。

 剣のない剣士など恐れるに足らず。刀を回収される前に、対処すればいい。

 今が勝機。一気に畳み掛ければ押しきれるかもしれない。そう考えた玉壺は血鬼術を発動させようとする……。

 

 瞬間、ジャラリと鎖の音が聞こえた。

 

「!!?」

 

 嫌な予感がした玉壺は咄嗟に振り向く。

 だが、ソレがいけなかった……。

 

「ヒョオオオオオ!!?」

 

 振り向いたと同時、首を斬られた。

 切り落とされてはいないが、半分ほど切り込みが入る。

 一体なぜ。何がどうなっている。何故私の首が斬られかけている!?

 その答えは直ぐに知ることになった。

 

 先程投げた刀。その柄頭には鎖が繋がれていた。

 八幡は玉壺に見えないようコレを足で手繰り寄せる事で引き戻し、玉壺の首を斬ろうとしたのだ。

 だが、上弦の首は八幡以上に硬かった。

 下弦なら切り落とせる威力だったが、上弦には届かなかった。

 しかしソレで充分。彼の狙いは首を斬り落とす事ではないのだから。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 玉壺が動揺している隙を見て接近。

 予備動作を見せる事無いその急加速は、傍から見れば瞬間移動のよう。

 結果、玉壺は八幡の接近に気づく事無く、懐へ飛び込むのを許してしまった……。

 

 

【血鬼術―――】

 

 

 が、その寸前に運悪く玉壺の血鬼術が発動した。

 

 

【―――蛸壺地獄】

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

 鎖による不意打ちで手放した壺から、巨大な蛸の足が現れた。

 八幡は斬撃を中断し、その迎撃に移行。本来、玉壺の首に繰り出す筈だった技を急きょ蛸足に変更する。

 

「今だ! よくも私の首を斬ろうとしなた! 下等な猿が!!」

 

 

【血鬼術 水獄鉢】

 

 

「ガポ……!」

 

 水の牢獄によって閉じ込められる八幡。ソレを見て玉壺は勝利を確信したが……。

 

 

【天の呼吸 晴の型 雨過天晴】

 

 

 水の牢獄は、凄まじい衝撃によって破壊された。

 強い踏み込みによる浸透勁。

 ソレによって発生した衝撃で八幡は水の牢獄を壊したのだ。

 

「ば、バカな……!?」

 

 水しぶきが舞う中、玉壺は唖然とする。

 

 破られた。

 今まで一度も突破されたことのなかったはずの技が。

 いくら柱でも、呼吸が力の源である以上、ソレを封印するこの血鬼術は天敵の筈。

 現に、玉壺は何人もの柱をこの血鬼術で呼吸を封じ、時には嬲り殺してきた。

 だというのに、あっさりと破られてしまった。

 これは、本格的にまずいのではないか?

 そのことに気づいた頃には既に遅かった。

 

「やっと捉えたぜ」

 

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

 轟く雷鳴が、玉壺の首目掛けて振り下ろされた。

 



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真の姿

 

「カァー! 天柱、比企谷八幡! 上弦ノ伍ト交戦中!冨岡義勇、宇随天元、胡蝶カナエ、直チニ迎エ!」

 

 水柱、音柱、花柱。現場から比較的近い柱の屋敷に鎹烏が突入し、声を張り上げる。

 その報告を聞いた途端、柱達はすぐさま現場へと向かった。

 

 上弦の鬼。

 ここ数百年退治に成功した事がない、正に異次元の強さを誇る鬼。

 本来、鬼殺隊最強格である柱が短命なのも、この上弦が柱を定期的に間引くせいである。

 

 確かに八幡は強い。

 今代最強の柱である悲鳴嶋と互角に渡り合える実力者だ。

 柱になる前から、何度も推薦されていた。

 

 だが、流石に上弦は荷が重い。

 幾多の柱が上弦と交戦し、負けた。

 この百年間、どの柱も上弦には勝てなかった。

 だというのに、八幡は一人で上弦と戦っている。

 

 急がなくてはならない。

 三人が間に合えばまだ助かる見込みもあるかもしれない。

 最悪の事態を回避する為、三人の柱は全力で走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ来てるんだろ? ならさっさとかかってこい」

 

 真夜中の町、路地裏を抜けた先の広場。

 八幡は刀を肩に担ぎ、木の上を見上げた。

 首を斬る寸前、八幡は気付いた。玉壺の身体から何かが出て来るのを。まるで、蝉が脱皮するかのように背中から割けて中から本体が出て来るのを。

 生きてるのを前提に呼び掛け、向こう側からの反応を待つ。相手が何をしてきても良いように警戒をしながら。

 

「ヒョッヒョッヒョ。流石だ、まさかこんな直ぐに気づかれるとは」

 

 言葉は称えているようだが、嘲りが垣間見える声で笑う。

 物陰から現れた玉壺の姿は先ほど比べて大きく変化していた。

 鋭い爪に太い腕、魚のような鱗が並ぶ長い胴体をうねらせて移動する。 

 

「見るがいい、私の真なる姿を! 金剛石よりも硬く強い鱗、練り上げた美しき姿を!」

 

 より凶悪な姿に変貌した玉壺は、自慢げに己の肉体を誇った。

 

「ソレがお前の本当の姿か?」

「その通り! 今の私は万全の力を発揮できる! 今までの私と同じだと思えば痛い目を見るぞ! もっとも、貴様はここで死ぬのだがな!」

 

 

「そっか、なら俺も変身するか」

 

 

 

「………は?」

 

 玉壺は八幡の言った内容が理解出来なかった。

 変身? 人間が? 何を莫迦なことを言っている?

 鬼なら兎も角、人間が変身なんて出来るわけがない。

 一体、この男は何を突然トチ狂ったことを言い出すんだ?

 その意味を知るのはすぐの事になる……。

 

 

【天の呼吸 奥義・壱(ファースト) 鬼身】

 

 

 途端、八幡の身体が変化した。

 表皮は赤く染まり、目はギラギラしたものへと。

 そして、心臓部位からはエンジン音のようなものが響いている。

 

 鬼身。

 文字通り鬼のような変貌を遂げる事で、鬼人の如き力を得る技である。

 

「な…なんだその姿は!?」

 

 玉壺はまさかの出来事に驚きを隠せない。

 本当に変身するとは。

 長い年月を生きた彼でもお目に見なかった。

 

「じゃあ、やるとするか上弦の伍よぉ!!」

 

 鬼は、獰猛な笑みを浮かべて玉壺へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【天の呼吸 雷の型 千火万雷】

 

【血鬼術 陣殺魚鱗】

 

 

 駆ける。

 真夜中、2つの影が互いを滅ぼさんと駆け巡る。

 

 

【天の呼吸―――】

 

 

 一つは鬼人の身になった八幡。

 雷のようにパワフル且つスピーディーに、かと思えば、雲のように緩急自在且つ朧気に移動する。

 剣戟も同様。嵐のように激しく力強いかと思えば、雨のように流麗かつ繊細なものへと変化する。

 変幻自在。強力無比。美妙巧緻。これら言葉はこの剣技の為にあるといってもいい。

 

 

【血鬼術―――】

 

 

 対するは真の姿になった玉壺。

 ある時は壺から壺へと瞬間移動を行い、又ある時は壺から飛び出して、蛇のような下半身を用いて高速移動を行う。

 同時に血鬼術も行使。壺から毒や水、眷属を出して八幡に応戦。時には最強の血鬼術“神の手”を繰り出す。

 彼の血鬼術を一言で表すなら凶悪。一つ一つが鬼殺隊殺しであり、全てが一人に集約している。

 

 片や柱、片や上弦。

 互いに互いの陣営での最高戦力。

 この戦い、おそらく激戦となり長引くであろう……。

 

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

「ほぉおあぁあ!?」

 

 無茶苦茶な動きをする玉壺の腹部に、八幡の刺突がカウンター気味に突き刺さった。

 金剛石よりも硬いハズの鱗は粉々に砕け、胴体を文字通り破壊する。

 

「ぐ、おおおォォォォ!?私の美しき完全なる姿がアア!?」

 

 完全体を打ち砕かれた玉壺の姿が、再び脱皮するようにして通常状態に戻る。

 抉られた動体を再生しながら壺間の高速移動を駆使して距離をとるが、八幡は逃がさんと言わんばかりに追撃を仕掛けた。

 八幡の踵が壺を粉々に踏み砕く、しかし肝心の中身は既に別の壺へと移動していた。八幡は即座に反応して再び踏み割る、また移動、また踏み割るを繰り返していく。

 

「ぐぅう……!まずいマズイ不味い!私の華麗なる壺移動より奴の方が速い!!」

 

 

 玉壺の壺による瞬間移動は文字通り一瞬で移動する。

 更に、出現する場所はランダムな上、眷属達も壺の瞬間移動を行って紛れている。

 いくら壺が現れるという前段階があるとはいえ、移動先を見抜くことは至難の技。

 現に、今まで玉壺はそうやって高位の隊士や柱を屠って来た。

 しかし八幡には人並外れた五感に加え、予知能力染みた直感がある。これによって移動した地点を瞬時に察知し、先回りすることで玉壺を追い詰めていた。

 

 御覧の通り、依然として戦況は八幡はが優勢だった。

 確かに玉壺の血鬼術は厄介を通り越して凶悪ではあるが、八幡が二枚も三枚も上手。既に八幡は玉壺の攻略法を編み出していた。

 

 

 壺による瞬間移動。―――把握済み。臭いと直感で何処に移動しているのか直ぐにわかる。

 

 玉壺の眷属の対応。―――把握済み。気配の区別はもう付いている。後は直感に任せる。

 

 他の凶悪な血鬼術。―――把握済み。血鬼術の気配と玉壺の思考パターンは覚えている。

 

 

 玉壺がどう動き、何処に移動し、どんな血鬼術を使うか。

 八幡は既にそれらを把握し、その対抗策を打っている。

 序盤で八幡を倒せなかった時点で、玉壺の敗北は決した。

 

「ぐっ!」

 

 

【血鬼―――

 

 八幡の日輪刀が当たる寸前、壺を取り出し血鬼術を使おうとするが、八幡の方が早かった。

 術が発動する前に、八幡の刀が玉壺の壺を弾き飛ばし、地面に落ちて割れる。

 

「……ヒョ、ま、待たれよ……」

 

 待たない。

 八幡は刀を振り上げ、今まさに首を斬り落とさんとしている。

 

「(死ぬ……のか? 私は……こんな、とこで? 何も作れずに……?)」

 

「(い…嫌だ! 死にたくない! もっとやりたいことが…。作りたいものがあるのに!)」 

 

「(そうだ、私の作品をあの方は認めてくださった! 今も私の作品を楽しみにしている! あの方のためにも……芸術のためにも……傑作のためにも!!)」

 

 死を意識した瞬間、玉壺の脳裏に走馬灯が走った。

 

 

 

『芸術ぅ? そんな気色ワリぃのが? バカ言うな! そんな汚いゴミ、さっさと捨てろ!」

 

『気持ち悪い! なんでそんなの作るの!? アンタ何考えているのよ!? 頭おかしいんじゃない!?』

 

『可哀そうに…。生き物をこんなに惨たらしく殺してしまうなんて、やっぱり両親が亡くなってイカれたのね……』

 

 

 

「(これは……私の人間の頃の……記憶?)」

 

 

 

 記憶が断片的に濁流の如く大量に、且つ一瞬で流れる。

 その中でも一際……いや、他の記憶を塗り潰すようなものがあった。

 

 

 

『美しい』

 

『…………ヒョ?』

 

 

 

 夜の浜辺。

 異様な存在感を放つ男が、銛で刺されて瀕死状態の彼に近づいてきた。

 その言葉は、彼が最も欲していた言葉を放った。

 彼が作った『芸術品』を眺めながら。

 

 男──無惨は死に掛けの子供に手を伸ばす。

 

『力が欲しくないか? 芸術を理解出来ない莫迦共を駆逐する力が。力を手に入れて思うがまま、永劫に作品を作り続けたくはないか?」

 

 

 

「……ッッ!!」

 

 

 

 認められた。

 

 その時から子供は鬼と成り、新たな生を授かった。

 

 百人の命より私の方が価値がある、選ばれし優れた生物。

 

 弱く、生まれたらただ老いるだけのつまらぬ下らぬ命を、高尚な作品にしてやる神の手を授かった。

 

 

 

「……ッ私は、真の芸術家だァァアアアアアアアア!!!!!!!」

 

「!?」

 

 八幡の刀が玉壺の鱗の隙間に入り、首を切り落とそうとした途端、月夜に玉壺の慟哭が響き渡った。

 



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龍の目覚め

 

 深い深い湖の中、一匹の龍がとぐろを巻いていた。

 

 龍の目が開く。

 意識はまだ微睡みの中にいるのか、眠たげな様子。

 しかし、その脈動は、鼓動音は今にも動き出しそうであった。

 

 覚醒の時が来た。

 今こそ飛び立つときである。

 この狭い水の中を飛び出し、天へと昇る時。

 

 雷、風、水を会得した

 

 ソレらを合わせて天の力の一端を得た。

 

 鬼人の肉体と悪魔の感覚を身に着けた。

 

 次は、この龍の力を手にする番である。

 

 

『グオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 龍は、湖の中から、天へと昇って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ私は、真の芸術家だァァアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 慟哭と同時、玉壺に変化が生じた。

 死を目の前にしたせいか、それとも自称最高の芸術家としての意地によるものか。

 無惨から分けられし鬼の血が玉壺の何かに対して急速に感応し、鬼としての力が強化されていく。

 

「!?」

 

 突然の出来事に嫌な予感がした八幡は、咄嗟にその場から下がる。

 その判断は正解である。もし仮に攻撃を続けていれば、八幡の命はそこで途絶えていた。

 もっとも、このことを八幡が知る術はないのだが。

 ただ、八幡の勘だけはそのことに気づいていた。

 

「私の究極の芸術を見せてやる!」

 

 

【血鬼術 波乱万滑空粘魚】

 

 

 玉壺の持つ壺の中から幾多の毒魚がそれぞれ放出させる。

 一万滑空粘魚とはまた違う、更に強化された毒魚。

 しかもそれらは毒水の波に乗っている。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 万の魚群を迎え撃つべく、速度を重視した剣戟が振るわれる。

 あまりの速度に振るわれた事にとって、空気摩擦で熱せられる日輪刀。

 パチッと火花が飛び散り、一瞬だけ辺りを照らす。

 

「ヒョッヒョッッヒョ!これで倒せぬのか! ソレもまた良し!ならこれでどうだ!?」

 

 鬼の力が増した事で、玉壺は気分が高揚していた。

 言い様の無い万能感に溺れながら、あらん限りの力を血鬼術に込める。

 

 

【血鬼術 津波海遊壺】

 

 

 八幡の周囲にに壺がズラリと出現。

 今度はその壺の中から、大量の水が八幡を襲う。

 圧倒的な質量の毒水。

 ソレが波となって八幡を飲み込まんとする。

 

 

【天の呼吸―――】

 

 

 荒れ狂う津波から逃れようとその場から跳び立つが、津波はあまりにも巨大過ぎた。

 空中で迎撃に切り替える八幡。全ての一撃が水の壁を確実に押し戻すが、しかし水量は上澄みしかない筈なのに、八幡の攻撃の数を遥かに上回る。

 彼の努力を嘲笑うように、激流は着実に飲み込もうとしている。

 よって、迎撃も諦めて耐える方を選んだ。

 その準備として、常人離れした肺活量で空気を一気に吸う。

 

「……ガボッ!?」

 

 荒れ狂う洪水に飲み込まれる八幡。

 毒水が体外と体内から蝕み、着実にダメージを与える。

 早く何か手を打たねば、八幡の敗北は色濃いものへと……。

 

「ヒョッヒョッヒョ!壺をふんだんに使った特大の水獄鉢だ!流石にこれだけ大量の水の中では自由に動けまい!」

 

 玉壺は再び完全体となり、怪魚の群れを率いて水中に入る。

 対する八幡は呼吸が出来ず、予め溜めた空気を使って毒の循環を遅らせる程度。

 救いがあるとすれば、八幡は鯨や鯱並みの潜水時間を保てる事と、鳥が持つ気嚢のうように息を止めても呼吸と同じ活動が出来る程度であろうか。

 

 狩る立場から狩られる立場へ。完全に逆転していた。

 

「空気を溜めこみ呼吸を続け、毒の巡りを遅くしているのか! やはり貴様は私自らの手で落とし前をつけねばならぬようだな!」

 

 毒水の中、自在に泳ぎ回る玉壺。

 玉壺の完全体は水中でこそ十全に力が発揮される。

 今まで水中戦の機会がなかったせいで、彼自身気づいてない特性。

 しかし考えてみれば当たり前の事。

 魚の姿をしているのだから、そりゃ水中が一番強いに決まっている。

 

 今までは水獄鉢に入れてしまえばたとえ柱だろうが勝てたせいで知る機会がなかったが格上である八幡との戦いで玉壺は新たな境地へ至ろうとしていた。

 

 

「ヒョ、遊びは終わりだ。この神の手で直々に貴様を倒す!」

 

 どんな物体も鮮魚に変える神の手。

 コレならこの柱とて無事では済まされない。

 そう確信した玉壺は真正面から最高スピードで突撃した。

 

「ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョ! これが私の力! あの方によって与えられた血の力! あの方に認められた芸術の美しさだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、奇遇だな。俺も一段階成長したんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

【天の呼吸 嵐の型 荒神嵐】

 

 

 途端、竜巻が水獄鉢から飛び出した。

 

 

 

 

 

「………ヒョ?」

 

 

 毒水の牢獄を突き破り、天へと昇る嵐龍。

 

 玉壺は飛び散る水飛沫を浴びながら、ソレを呆然と眺めていた。

 

 

 

 

 

「俺も、一段階成長したんだ」

 

 嵐の龍の幻が消え、その中から八幡が現れる。

 その風貌は先程とは大きく違っていた。

 

 

 龍。

 

 八幡の全身に、龍のような痣が浮かび上がっていた。

 

 





ぶっちゃけ、八幡が鬼身を習得してから、彼は痣者になれるチャンスを手に入れていました。
ただ、痣を発現させるに足るような鬼が今まで出てこなかったんですよね……。


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痣者

累って本気で強くなることを目指していれば魘夢を倒せるだけじゃなく、上弦入りも出来そう。


 

 八幡の全身に龍のような痣が浮かび上がっていた。

 

 右頬には龍の顔のような紋章。

 四肢にはそれぞれに龍が巻き付くかのように。

 背中には応龍が刺青のように浮かび上がっている。

 

 痣者。

 全集中の呼吸を一定以上極め、心拍数が200を超え、体温が39度以上になるという条件を満たす事で、身体に特殊な痣が発現した者達の総称。

 この痣が発現した者は身体能力と回復欲力が飛躍的に上がり、強力な鬼とも戦えるようになる。

 

 八幡は、最初は最初から条件を満たしていた。

 鬼身によって心拍数を限界まで引き上げ、体温も同様に高まる。

 呼吸に関しては言うまでもない。三つの呼吸を複合させ、自分だけのものとして昇華し、ソレを用いて上弦と渡り合える程に極めている。

 

 揃っている。

 八幡は痣に目覚めるための条件が揃っていた。

 足りなかったのは機会。

 痣が発現するに足りる程の、格上との戦いである。

 

 今がその時だった。

 

 上弦の鬼。

 本来なら格上であり、油断や慢心もしない。

 更に、死を目前にする事で更なる力に目覚めた。

 彼の痣が目覚めるのにこれ以上ない相手である。

 

 

 

「ふ……ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「ここは私だけが新たな力に目覚める展開だろ! 何故貴様まで強くなっている!?」

 

「こんな理不尽など認められん! ここで否定してやる! ここで潰してやる!!」

 

 

【血鬼術―――】

 

【天の呼吸 雲の型 霧隠れ】

 

 

 八幡の周囲を壺が囲んだ瞬間、八幡の姿が玉壺の視界から突如消えた。

 

 雲の型・霧隠れ。

 気配を消しながら独特の歩法で緩急を付けて周囲に紛れる技。

 本来なら上弦相手に隙の無い状態で使う技ではないが、痣によって身体が強化された今なら可能。

 血鬼術の発動に集中した瞬きの時間すらない隙を突いて、姿を隠す。

 

 

【―――津波海遊壺】

 

 

 関係ないとばかりに血鬼術を行使。

 八幡に直接掛けるのではなく、その場一帯を水浸しにするように毒水をばら撒いた。 

 奴が何処にいようと構わない。完全に閉じ込める事は出来ないが、この場一帯に毒水を漬ければ足だけでも捕えられる。その時が奴の最後……。

 

 

【天の呼吸 雷の型 八雷神(やくさいかづちのかみ)

 

 

 

 途端、雷の龍が吠えた。

 

 玉壺の背後から振り落とされた雷龍の顎。

 鋭い牙を玉壺目掛けて振り落とし、一瞬で嚙み切る。

 

「―――ッ!」

 

 悲鳴は聞こえない。かき消された。

 轟く雷鳴の如き衝突音に、龍の咆哮の如き破壊音に。

 悪鬼の悲鳴をも飲み込むその大音量はまさしく雷神そのもの。

 

 八雷神(やくさいかづちのかみ)

 霹靂一閃を更なる段階に高められた上位互換技。

 その攻撃力、速度共に霹靂一閃の発展技の比ではない。

 雷の龍のような幻影の牙により、鬼の認識を超えた速度で首を狩り獲る。

 何故八と言う名が付いているかは分からない。たぶん八幡の八か何かだろう。

 

「………ぁ」

 

 八つ裂きにされた玉壺は、そのまま黒い塵となって消えて逝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀を鞘に納め、その場で横になる。

 

 遂に……やっと、俺は手に入れた。

 上弦に対抗するための手段。

 鬼人や魔感よりも強力な、上弦と同格以上にやり合えるための()を。

 

 龍のような痣。仮にこいつを龍痣(りゅうし)と名付けよう。

 龍痣の存在については以前から気付いていた。

 切っ掛けは鬼身。心臓の鼓動と体温を上げ続けると、何かに目覚めるような感覚がした

 鬼身習得当初は気付かなかったが、何度か使い続ける違和感を覚え、下弦の壱との戦闘で違和感の正体に気付く。

 龍痣こそ鬼身の原型であり、あるべき完成形だと。

 そして今日、自覚して使うことが出来た。

 

 龍痣の力は凄まじい。

 コレが発現した途端、追い詰められた状況をいとも容易く覆せた。

 直感で勝てる事は理解していたが、まさかこんな漫画みたいに新たな力が目覚めるなんて、露ほども思っていなかった。

 いや、本当に。マジで漫画やアニメで見るような、ご都合的に覚醒したかのような……主人公にでもなったかのような気分だ。

 そして更に。この力はまだまだ先がある。

 どんな力なのかは知らない。だが、俺の勘が言っているんだ。

 まだまだ未知の力が眠っている。まだまだこんなモンじゃない。まだまだ俺は強く成れる……と。

 

「……ッハハ、楽しませてくれるぜ!」

 

 ああ、心地よい。

 俺はまだ上を目指せる。

 柱に至った今でも、まだ上がある。

 俺はまだまだ……強く成れる!!

 

「(……ッハ、まさか俺がこんな中二みたいなことを考えるなんてな)」

 

 神隠しに遭う少し前、病気なんてもう治っていると思っていたが、やはり俺も男の子のようだ。

 最強に憧れ、なろうとしている。

 まさしく中二ましっぐらだ。

 

 鬼身、魔感、そして龍痣。鬼に魔と来て、今度は龍。中二もいいとこだ。大正時代に神隠しに遭って、日本刀振り回してバンパイアハンターしてる時点で中二だが。

 いや、そんなことよりも今はもっと大事なことがあるな……。

 

「つ……疲れた」

 

 疲れた。

 滅茶苦茶疲れた。

 もう動けない程に疲れた。

 

 毒とダメージの影響がここで来た。

 呼吸によって誤魔化していたが、その反動のツケを払う時が来てしまった。

 やはり無傷ノーダメとはいかなかった。

 当然だ、相手は上弦の鬼。

 今まで歴代の柱でさえ討伐は叶わず、逆に狩られる立場に追いやった別格の鬼なのだから。

 ソレを死ぬような傷を受けることなく、五体満足で倒した俺の方がおかしいんだ。

 

「(……いや、マジで動けねえ)」

 

 俺はしばらく動けなくなる。

 意識もあと少しで途絶える。

 その前に安全な場所に……。

 

 

 

 

「……っと、随分フラフラだな、比企谷」

 

 よろけてその場あら倒れそうになった途端、何処からか現れた宇随が俺の身体を支えた。

 

「宇随……何時の、間に……?」

「ついさっきだ。気配を消さずに近づいたのに気づかないなんて、相当消耗してるな」

「……うっせえ」

 

 そもそもお前が早く来ないから俺が一人で戦う羽目になったんだろうが。

 

「貴様はよくやった。今は安心してぐっすり眠れ」

「……ああ」

 

 俺は眠気に身をゆだねて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……クソ、が……」

「お、お兄…ちゃん……」

 

 無限城の稽古場。

 廃墟同然にボロボロになったその場で、妓夫太郎と堕姫が磔にされていた。

 

「……そこまでだ、累」

 

 累と妓夫太郎や堕姫の間に誰かが割って入る。

 上弦の壱、黒死牟。

 彼は累に六つ目を向けて話しかけた。

 

「……決着は……ついた。……数々の……血鬼術を利用した戦術……見事なり。故に……入れ替わりの決定を……認めよう」

「な、なんだと!?」

 

 黒死牟の発言に反応したのは妓夫太郎。

 累が自分達と同格の力がある事は不本意ながら認めざるを得ないが、上弦の座を奪われることは納得がいかない。

 詰め寄ろうとするが、拘束している糸から脱出する事は出来ず、その場で藻掻く程度が限界。ただ睨むのがせいぜいである。

 

「上弦をも縛り……切り裂く頑強な糸……数多の……蜘蛛の眷属……そして今、妓夫太郎より強力……且つ多彩な効力の毒を持つと証明された……。故に私は累を評価する……」

「ありがとうございます、“師匠”」

「……より一層励む事だ……、累。……いや、あの方が……新しい名前を授けるそうだ」

 

 

「苦累。ソレがお前の新しい名だ」

 

 こくりと頷く累……いや、苦累。

 その瞳には、いつの間にか上弦伍の文字が刻まれていた。

 

「お兄ちゃん……私、悔しいよう……」

「すまねえなぁ……兄ちゃんのせいで、すまねえなぁ……」

 

 苦累が糸を遠隔操作で解除すると、二人は抱きしめ合って悔しそうに涙を流す。

 ソレを苦累は冷めた目で眺めていた。

 

「……君たち、下弦降格は免れたみたい」

「あ? テメエ何言って……は? 伍?」

 

 嫌味のように聞こえた発言に対して苛立ちを見せる妓夫太郎。

 しかし、苦類の目を見てその怒りを収めた。

 

「何か事情が……あるらしい。無惨様が……御見えだ……」

 

 

「平服せよ」

 

 

「「「!!?」」」

 

 上弦の鬼は一瞬で言葉通り平伏した。

 

 

「玉壺がやられた」

 

 失望と落胆を隠さない声色に、上弦たちが強張る。

 

 ここ百年に渡り、上弦の顔ぶれに変化はなかった。その圧倒的な実力でもって人を喰らい、鬼殺隊を殺し、柱を葬ってきた彼ら。歴代の上弦の中で恐らく最も極まった精鋭であり、無惨様としても満足していた錚々たる顔ぶれであった。

 その一角が崩れた、と彼は静かな口調で上弦に告げた。

 

「上弦の誕生と共に上弦が消えた。なかなか皮肉が効いているな」

「「「………」」」

 

 上弦たちは何も答えない。

 答えられるわけがない。

 何を言おうともパワハラを食らうのは目に見えているのだから。

 

「これからはもっと、死に物狂いにやった方がいい。私は、上弦だからという理由で、お前たちを甘やかしすぎたようだ」

 

 無惨様の声が聞こえた直後に、再びの琵琶の音。

 空間を飛ばされるれる感覚感覚を受けながら、妓夫太郎と堕姫の上弦陸は無限城から消えた。

 

「累……いや、苦累よ。よく上弦になった。光栄に思え。お前は私の期待に応えたんだ」

「ありがとうございます」

 

 今度は苦累に対して優しく接する無惨。

 

「いつかは上弦になるとは期待していたが、現実に起こると驚くものだな。最近までは下らぬ家族ごっこに興じていたせいで、より驚きだ……何か、心変わりになる切っ掛けがあったのか?」

「………ええ、どうしても殺したい鬼狩りがいるんです」

「……なるほど、そういうことか」

 

「苦累よ、お前は家族という下らない拘りを捨て、上弦に至るまで強くなった」

 

「以前までは鬼としての自覚が足りないようだから名は与えなかったが、ソレも今日限り。お前は鬼として大きく成長したのだ」

 

「おめでとう、苦累。これからはより多くの人間を食らい、より強くなり、より私の役に立て。お前なら出来る筈だ」

 

「お前ならばそのどうしても殺したいと願っている鬼狩りも殺せるだろう。私は応援しているぞ、苦累」

 

 

 

「ありがとうございます、無惨様」

 

 なおこの後、折角の上弦の伍が消えてパワハラ会議を開くことになったのは言うまでもない。

 

 

 

 俺はしばらく動けなくなる。

 意識もあと少しで途絶える。

 その前に安全な場所に……。

 

「(……クソ、やべえ。眩暈がしてきた……。眠気も、めっちゃ…する……)」

 

 





上弦であり重要な資金源である玉壺が死んでも無惨がそんなに怒らなかったのは、累が上弦入りして機嫌が良かったからです。
潜伏先である貿易商はやりにくくなったけど、まだ複数ありますし、金に関しても堕姫に花魁やらせて稼いでもらえばいいし、実力も玉壺を上回ってるので、玉壺が上弦の伍をやる意味が下がっちゃったんですよね。だからプラスマイナスほぼゼロなんですよ。
まあ、その新しい上弦の伍はすぐ死ぬんですけど。


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直感


流石に蜜理ちゃん程ではないのですが、八幡はめっちゃ食います。
神隠し当初は中学校時代より少し食う程度でしたが、段々食べる量が増えて今じゃ蜜理の半分程は食べます。


 

「……知らない天井だ」

 

 目が醒めると、俺は病室にいた。

 ゆっくりと上体を起こして周囲を見る。

 何故ここに。そんな疑問が思い浮かぶ前にその答えを思い出した。

 確か、上弦の鬼を倒した後、宇随が現場から近い藤の家、この個人院まで運んでくれたんだった。

 一旦寝て、治療を受け、風呂に入り、着替えてから飯を食い、また寝る。で、今にあたる。

 

「(………ほぼ全快だな)」

 

 傷もダメージもほぼ回復している。

 怠さも既に抜けきっており、今から任務でも問題なさそうだ。

 むしろ、疲れ無くなって万全の状態に近い。もう一度上弦の伍と戦えば、今度はもっと上手くやれそうな程だ。

 

 ハッキリ言って気持ち悪い。

 

 いくらなんでも治りが早すぎる。

 入院するような事態はなかったが、何度か鬼殺隊専門の医療機関を利用するような怪我やダメージは負って来た。

 その経験から言えば、俺が今回食らったダメージは三日ぐらい残っているようなものだった。

 だというのに全回復しただけじゃなく、疲れまで吹き飛んで万全の状態? いくらなんでもこの回復力は異常だ。まるで鬼にでもなったかのような……。

 

「いや、考えすぎか」

 

 決して鬼に成ったわけじゃない。

 原因は分かっている。この痣……龍痣だ。

 邪王炎殺拳でも出せそうな感じの、中二デザインの痣。

 けど、俺の場合は本当に浮かび上がり、本当に効果があるから笑えない。

 龍痣の効果は身体能力の向上だけじゃない。回復力も底上げしているのだろう。

 根拠はない。直感でなんとなくわかる。

 

 そして、コイツは俺の命を蝕んでいる。

 

 似たような技、鬼身を使うからわかる、あの痣は鬼並みの身体を与える代わりに、寿命を削るものだと。

 鬼身の場合は反動だ。心拍を無理やり引き上げる事で肉体にダメージが蓄積される。けど龍痣に関しては分からない。心拍と体温の上昇はあくまで発動条件であり、ソレによる弊害とはまた別だ。けど、痣に目覚めた時点で俺が長生き出来ないことは分かる。

 

「(こりゃあ……死ぬ覚悟するべきか?)」

 

 普通は最初からするべきなんだろう。

 鬼殺隊になって死ぬような目には何度も遭って来た。

 死を実感した事もあった。もうダメだと、神に祈ったこともある。

 

 けど、心の何処かでは、俺は生き残ると確信していた。

 

 たぶん、この世界に神隠しにあって五感が鋭くなったと同様に、五感があまりに便利だったから気づかなかっただけで、直感もまた鋭くなっていたんだろう。

 思えばおかしかった。なんとなくで選んだら異様に当たってきた。まるで、お館サマのように。

 その直感が言っているんだ、お前はもう長生き出来ないと。

 

「(別に長生きするつもりはないんだけどな……)」

 

 正直、将来の設計なんて考えていなかったが、もう俺は二十なんだ。

 そろそろこの世界で骨を埋める覚悟もしておかないと……。

 

「……頭を少し冷やすか」

 

 病院をコッソリ外出する。

 脱走するのは簡単だった。

 宇随は俺をここに運んで直ぐ次の任務に向かい、その嫁さんも全員同行している。

 一応他の隊士だったり、見張りの隠だったり、病院の人とかもいるが、天柱である俺にとって彼らの目など無いも同然だ。

 気配を消し、音を殺し、死角へと潜り込む。そうやって俺は彼らを振り切り、病院の外に出た。

 

 町を抜けて山の中に入り、更に奥へと向かう。

 道中、猪が襲ってきたが、返り討ちにしてやった。

 首を絞めて殺し、日輪刀で捌き、木を切って杭を作り、串刺しにして丸焼きにする。

 丁度腹が減っていたから助かった。このまま一匹丸ごと……は、流石に無理だった。半分ほど残ってその場を去った。後は狐か狸とかが喰うだろう。

 さて、腹ごしらえもしたところだし、そろそろ運動しようか。

 なに、ここならいくら暴れても誰かに迷惑は掛からない……。

 

「……いるんだろ? 出て来いよ」

 

 俺が声をかけた途端、銀色の斬撃が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、銀色の斬撃が降り注いだ。

 上方、左右、背後…。あらゆる角度から糸の斬撃が流れるように襲い掛かる。

 八幡はそれらをこれまた流れるかのように避けた。

 

「随分な挨拶じゃねえか。姿は見せず遠距離からか?」

 

 返事はない。

 代わりと言わんばかりに糸の斬撃は勢いを増した。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 抜刀。

 八幡は何処からか日輪刀を取り出し、一瞬で引き抜く。

 鞘と刀を二刀流のように振り回し、迫り来る糸の斬撃を受け流す。

 

『……武器、持ってないんじゃないの?』

 

 何処からか、八幡の知っている声が響く。

 かつて取り逃がした下弦の壱の鬼の声。

 八幡はソレに気付きながらも普通に返す。

 

「刀は肌身離さず持つ。剣士なら当然だ」

『まあ、普通はそうだよね。ソレが無かったら鬼と戦えないんだから』

 

 侮蔑からか、それとも本当に感心しているのか。声の主はそう返した。

 

『ハァ~。無防備なところを叩こうと思ってたけど、早速失敗か。まあ、この程度の不意打ちでお前を殺せるとは思っていなかったけど』

「不意打ち…か。しかも自分は隠れて分身にやらせるとか、随分嫌な手を使ってくるな」

 

 八幡は森中にいる蜘蛛たちに目を向けた。

 蜘蛛から漂う血鬼術の気配と匂い。

 どうやら鬼はこの蜘蛛を使って血鬼術を使い、会話を行っているようだ。

 

『じゃあ改めて自己紹介だ。僕の名は苦累。新しく上弦の伍に就任したんだ』

「……もう後任が出たのかよ」

 

 八幡は苦笑いする。

 

『ちょうど入れ替えの血戦を上弦の陸としてたら、お前が玉壺を殺したからね。空席が出来て一気に階級が二つも上がったんだ。礼を言うよ、ありがとう』

「一気に二階級特進か。出世したな」

 

 軽口を叩くも、決して油断出来る状況ではない。むしろその逆である。

 しかし八幡は焦ることなく、むしろ口角をクイッと釣り上げ、好戦的な笑みを見せた。

 

 上弦の伍と再び戦える機会が訪れた。

 無論、違う個体が相手だから全くの焼き増しとはいかないだろう。

 しかし、上弦との戦いを通して血良くなった自分が同じ階級の相手とどれだけやれるか知るいい機会であることには変わりない。

 

 前回のように鎹烏を飛ばすつもりはない。

 援軍が来ては意味がない。自分一人でやり遂げなくてはいけない。

 何故そう思うのかは分からない。そう思える根拠もない。

 ただ、八幡の勘が言っている。この試練を乗り越えれば、更なるステージへと至れると。

 

『軽口を叩けるのも今のうちだ!』 

 

 

【血鬼術 流水弦・鉄砲水】

 

【血鬼術 流水弦・血死吹き】

 

 

 苦累の蜘蛛たちが糸を吐き出す。

 森の木々、草むら、岩の影に隠れた蜘蛛が一斉に口から糸を八幡目掛けて発射した。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 八幡はソレらを迎撃。

 一旦足を止め、その場で刀を振るって糸の弾幕を全て斬り落とした。

 

『まあそうなるよね。ならこういうのはどうだ!?』

 

 途端、森中から気配がした。

 十、二十だけではない。至るところから血鬼術の気配……いや、鬼の臭いがする。

 

「シャアッ!」

 

 気配の元が姿を現す。

 蜘蛛と鬼を無理やり掛け合わせたかのような姿。

 これらもまた苦累の作り出した眷属……いや、分身体である。

 

 

【血鬼術 刻死牢】

 

【血鬼術 殺目篭】

 

【血鬼術 刻死輪転】

 

 

 オリジナル同様に血鬼術を行使。

 複数の分身体の血鬼術が同時に迫り来る。

 

 

【天の呼吸 奥義・弐(セカンド) 魔感】

 

【天の呼吸 雷の型 千火万雷】

 

 

 急加速。

 八幡がその場を縦横無尽に駆け巡る。

 地面を、木の幹を、糸を足場にして。

 途端、雷光がその場一帯を照らした。

 雷が辺り一帯に鳴り響くかのように。

 豪快な踏み込み音と強烈な斬撃音が響き渡った。

 

「………面白いじゃん」

 

 パラパラと赤黒い糸くずが舞う中、八幡は獣のような笑みを浮かべた。

 

 





各隠し当初の八幡は全キャラのいいところ取りを劣化したような物をイメージしました。
炭治郎より少し劣化した嗅覚と水の呼吸の腕、善逸より少し劣化した聴覚と霹靂一閃の腕、伊之助より少し劣化した触覚と風の呼吸の腕。
無一郎を劣化した剣の腕前、実弥を劣化した稀血、蜜理を劣化した身体能力、天元を劣化した抗毒体質、お館様を劣化した先見の明。
神隠しでちょっとした出来事により、コレを与えられ、任務を通して磨いてきました。

じゃあ今の八幡の実力は彼らに劣っているのか。ソレは皆さんの判断に委ねます。


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糸の土砂崩れ

 

 

「シャアア!」

 

 蜘蛛の怪人が襲い掛かる。

 茂みから飛び出し、木の上から飛び降りて。

 数体の化物は八幡の振るう刀によって瞬時に首を斬られた。

 だがその程度では減らない。次々と苦累の分身体である蜘蛛怪人が迫ってくる。

 

 

【血鬼術 縛糸】

 

【血鬼術 白繭の糸】

 

 

 今度は死角からの同時攻撃。

 一つは背後から、もう一つは木の上から。

 ほんの少しタイミングをずらすことで注意を誘導させ、命中率を上げるが……。

 

 バン!

 右手の日輪刀で攻撃を捌きながら、左手で銃を引き抜き、眼前の蜘蛛怪人にヘッドショット。続けて上方の小さな子蜘蛛目掛け、糸を吐き出す前にノールックで撃ち抜いた。

 無駄玉なんて使わない。見る必要もない。気配と直感だけで十分当たる。

 

 バンバンバン! バンバン!

 血鬼術を使われる前に、銃撃で黙らせた。

 三発を前方に、更に二発右へ発砲。

 隠れていた苦累の眷属を撃ち抜き、頭数を減らす。

 無論、気配と直感だけで。

 

 

「シャアア!」

 

 だが、それでも全滅には足りない。

 まだ怪人は残っており、八幡目掛けて迫る。

 八幡はその場を跳躍しながら、奇術師のように弾を一瞬で装填。

 まるで本当に魔法を使ったかのような早業だが、その技術をも超える技を彼はすぐ見せることになる。

 

 

【天の呼吸 雲の型 霧隠れ】

 

 

 突然、八幡の姿が消えた。

 否。消えたのではなく、独特の歩法で相手の死角に潜った。

 あくまで人間の範疇内。決して血鬼術ではない。

 まあ、そんなことは相手にとってどうでもいいのだが。

 

 

【天の呼吸 雨の型 夕立のにわか雨】

 

【天の呼吸 雲の型 霧隠れ】

 

【天の呼吸 雲の型 入道雲】

 

 

 ヒットアンドアウェイ。

 既に集団の中に深く入り込んだ八幡は次々と蜘蛛怪人を屠ってはまた姿を隠し、再び現れては切り刻む。

 ソレだけではない。気配の強弱を調整して敵を攪乱させ、同士討ちを誘発。八幡を殺す筈が、逆に見方を殺す羽目になった。

 そうやってどんどん数を減らしていくが、比例して姿を隠す肉の防壁が無くなっていく。

 

『!? そこか!』

 

 

【血鬼術 刻死牢】

 

【血鬼術 流水弦・五月雨】

 

【血鬼術 糸の毒針】

 

 

 結果、八幡は苦累の眷属達に見つかり、再び血鬼術による集中砲火をけしかけられる。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 八幡はソレらを雲のように掴み所のない動作で受け流す。

 敵の攻撃を弾き飛ばし、それを他の蜘蛛怪人に当てる絶技を披露した。

 近距離では八幡の剣戟によって、遠距離では味方の血鬼術によって数を減らしていく。

 だがソレでも数はなかなか減らない。次々と苦累の分身体である蜘蛛怪人が迫る。

 

「ッチ」

『!? 待て、逃げるな!』

 

 背を向けてその場を立ち去る八幡を追いかける蜘蛛怪人。

 だが、ソレがいけなかった……。

 

 トンッ。

 不自然な地面の膨らみを踏まないよう、その場を軽く跳躍。

 跳んだ地面には罠が仕掛けられている。

 八幡の勘からして地雷のようなもの。

 匂いで何かあると見抜き、直感で危険だ判断した彼は迷わず回避を選択。

 その上、追ってくる敵を誘導する事でその罠に嵌めてみせた。

 更に八幡無双劇場は続く……。

 

 スルッ!

 木と木の間に張られた無数の糸を抜ける。

 予め張られていたせいで殺気は感じられない。

 糸自体かなり細く、黒いせいで夜では余程注意しない限り見えない。そんなものが辺りに点在。しかも、点在の仕方がランダムなせいで見分けるのはかなり難しい。

 だというのに八幡は直感と匂いでその糸の存在を察知し、スルスルと液体のように掻い潜って糸による断頭を回避。普段とあまり変わらない速度で歩みを進める。

 蜘蛛怪人たちは八幡を追うが、糸に絡まって囚われてしまった。

 一体や二体だけではない。次々と糸の牢獄に気付かず突撃してしまい、その全てが絡まってしまった。

 八幡は振り向く事無く懐から何かを取り出し。

 

 ボォン!

 手投げ爆弾を爆発させた。

 これまた奇術師のように一瞬で火を導火線に付け、罠に引っかかった蜘蛛怪人目掛けて放り投げ爆破。一気に吹っ飛んだ。

 現代の手榴弾ならピンを抜くだけだが、この時代の爆弾は火を付ける必要がある。そのため八幡は一瞬で火を付ける技術を身に着けている。

 

「シャアア!」

 

 だが、ソレでも蜘蛛怪人は減らない。

 爆破した逆の方向から迫り来る。

 

 

【血鬼術 刻死輪転】

 

 

 繰り出された血鬼術を跳んで避ける。

 ソレを追う形で蜘蛛怪人は襲い掛かるが……。

 

 ビュオン!

 跳んだ先に、丸太が死角から飛んできた。

 これも苦累が仕掛けた糸の罠。

 八幡は身体を最低限捻ることで避けつつ、通り過ぎた途端に丸太を吊るす糸を斬る。これで罠は解除された。糸から解かれた丸太は近くの木へと転がり……。

 

 ガァン!

 ぶつかったと同時、罠が丸太に発動した。

 木が盛大に倒れ、丸太を埋める。

 一本二本ではない、一気に周囲の木が倒れてきた。

 ソレに巻き込まれる形で、八幡を襲おうとしていた蜘蛛たちが生き埋めになる。

 無論、狙ってやったこと。敵の罠を利用して、敵の頭数を減らした。

 だが、これでも足りない。生き残った蜘蛛の怪人の残りが八幡に襲い掛かろうと……。

 

 ブシュッ!

 襲い掛かろうとした瞬間、今度は毒液が吹き掛けられた。

 血鬼術の発動を予め見抜いていた八幡は、毒液を吐かれる前に回避行動へ移行。毒液が掛かるギリギリで避けた。

 結果、それらの毒は逆に蜘蛛の怪人へ掛かる事になり、また頭数を減らす事になった。

 

「この程度か? なら拍子抜けだ…な!」

 

 今度は背後の地中を刀で刺し、すぐに引き抜いた。

 土の中にいる子蜘蛛。ソレが八幡に毒牙を突き刺そうと狙っていたのだ。

 しかしその目論見は潰えた。気配を察知され、事を起こす前に潰されてしまった。

 

 スパンッ!

 ダニ程の大きさしかない子蜘蛛が、草陰から飛び交う。

 八幡はソレをノールックで叩き落し、踏み潰した。

 

 ビュンッ!

 無論、子蜘蛛による攻撃も来る。

 真上、背後、右の茂み。三方向から糸が迫り来る。

 八幡はそれら全てをノールックで避けながら、これまたノールックで同時に三本の釘を投げる。

 投擲された釘は子蜘蛛の頭を潰し、地面に縫い付けた。

 

 ソレからも八幡は次々と罠を見抜き、眷属蜘蛛の攻撃を察知し、着実に苦累の居場所に向かう。まるで、最初から何処から来るか分かっているかのように。

 

「(……これ、たぶん無駄だな)」

 

 その様子を見て、苦累はため息を付いた。

 八幡用に仕込んだ数々の罠や伏兵。それらを悉く突破されている。そりゃため息の一つも付きたくなる。

 だがソレでいい。もう既に手は打ってあるのだから……。

 

 

 ビキビキビキィ!

 

 森の木々にヒビが入り、一気に倒壊した。

 八幡の周辺だけなんて易しいものではない。文字通り森中の木全てだ。

 風上の木からドミノ倒しのように、他の木を巻き込みながら、倍々になって倒れていく。

 その様はまるで土砂崩れや川の氾濫のよう。山の地面そのものが崩れ、滝になったかのように流れる。

 転がり落ちる木は八幡の周辺だけでなく、山の一変を丸々飲み込んだ。

 

『ここまでやったら普通は死ぬけど……』

 

 暗闇の中、苦累は倒壊した山を見下ろす。

 自然災害を意図的に起こしたかのような、大掛かりなトラップ。

 流石にここまですればいくら柱と言えどくたばると思われるのだが、苦累は決して気を緩ませることはなかった。

 

 

【天の呼吸 奥義・壱 鬼身】

 

 

 木々の隙間から、八幡が飛び出してきた。

 

 鬼身と魔感の同時発動。

 魔感によって周囲を観察、状況を把握し、最適解を選択、作戦を立案。

 鬼身によって向上した身体力を以て、ソレらを実行してみせた。

 

「!?」

 

 咄嗟に、累は糸を横に振るった。

 同時、ガキィンという金属を引き裂くなような音が鳴り、強烈な衝撃により火花が辺り散る。

 

「見ないうちに大きくなったな。成長期か?」

 

 火花によって照らされその姿が顕わになる。

 前回よりも成長した苦累の姿。少年のような体躯はもう青年と呼べるほどに成長していた。

 

「子供の体格だと何かと不便だからね。こうして大きくしたんだ」

「そうか…よ!」

 

 

【天の呼吸―――】

 

【血鬼術―――】

 

 

 血鬼術と剣戟により、戦いの火蓋が切り落とされた。

 





・天の呼吸 雲の型 入道雲
殺気や闘気、気配のみを飛ばしつつ、自身の気配を薄くする事で、相手に自身の居場所を誤認させる技。
正面での戦闘から不意打ちに持ち込むために使う事が多いが、やり用によっては多対一での戦いで攪乱したり、同士討ちを誘発する事も出来る。


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二度目の痣

 

 山が削れて出来た、赤黒い縄による巨大なリング。

 空間に直接釘を縫い付けているかのように、小さな蜘蛛たちが何もない虚空に爪を刺し、宙にしがみ付いている。

 その子蜘蛛たちをフックにして赤黒い縄によるリングが張られており、その中央で八幡と苦累が戦闘を繰り広げていた。

 

 

 累の追撃は続く。

 四方八方から、空間にしがみ付く子蜘蛛たちに糸を絡まらせる事で攻撃を繰り出した。

 人体は勿論、鋼であろうと紙のように切り裂く必殺の刃。

 ソレが木を一切傷つけず、八幡のみに迫り来る。

 

「終わりだ、比企谷八幡!」

「ッチ!」

 

 しかし、それ等全てを避けてみせた。

 水のように変幻自在に、風のように縦横無尽に、雷のような電光石火で。

 嵐の如く次々と迫り来る糸刃を全て回避した。

 

 ソレからも累の猛攻は続く。

 今度は威力を上げ、木を全て斬り崩さんばかりの勢いで。

 豪風の如く木々を薙ぎ払い、八幡ごと飲み込まんと迫る。

 

「……」

 

 それ等を八幡は巧みな体捌きで回避。

 地を駆け、木の幹や枝を跳ね、隙間を的確に探して回避。

 猿でもこのような動きは出来ない。

 これだけでも並の隊士ならその実力に目を剥くだろう。

 しかし、累が注視したのはそこではなかった。

 

「……僕の指を動きを憶えている? そしてその上で穴を作るよう誘導しているのか」

 

 確かに身のこなしは凄まじい。

 重力を無視しているかのように、あらゆる体勢で、重心などに一切ブレなく、高速で全て避ける。

 しかし、それ以上に注目すべきは、八幡の空間掌握である。

 

 糸の嵐をさばきながら八幡は累の手―――正確には指先の動きを注視した。

 累の糸は累自身の指の動きに連動しいる。故、そのパターンをある程度でも暗記してしまえば、指の動きを見るだけで、敵の全てを読み取れるようになる。

 無数の糸による攻撃は脅威だが、しかしそれを操る指は十本だけ。

 なら、それらを見ていれば攻撃の予測は出来る。

 

 累の人指し指が動くと同時、八幡は銃撃を真上に行う。

 羽織で見えにくいが、腰に巻き付けてあったホルスター。

 まるで居合の如くスピーディ且つスムーズにそこから銃を引き抜いて発砲。

 放たれた一発の銃弾によって剛糸の軌道を変え、安全地帯を作ってみせた。

 

 八幡の身体ギリギリを、透明な無数の糸が通り過ぎる。

 銀閃の雨が降る中、八幡は銃を持つ腕だけ左にやった。

 

 バンバンバン!

 三発だけ発砲。

 放たれた弾丸によって再び糸は軌道を変えられる。

 それと同時であった……。

 

 

【天の呼吸 雷の型 千火万雷】

 

 

「なっ──」

 

 突然、八幡が縦横無尽に駆け巡って累との距離を詰める。

 それを阻止しようと累は糸を放つが、時すでに遅し。

 そのまま

 

「終わりだ」

 

 そしてついに、累の眼前まで迫った八幡が刀で累の左手首を捉え………る寸前、八幡は自身の直感が鳴らす警鐘を聞いた。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に身体を捻って方向を変える八幡。

 累の真上を飛び越える彼の目には、極細い糸で蜘蛛の巣のように展開された糸の防御壁があった。

 

「ッチ、気づいたか」

 

 目立つように血鬼術を連発する一方で、自身の周囲に見えない程に細い糸で罠を張る。

 無論、トラップを仕掛ける瞬間を見逃す程に八幡は愚鈍ではない。

 よって、累は糸とは別の血鬼術、子蜘蛛を生み出し操る血鬼術によってコレを行った。

 

 累は自分が中距離型なのは把握している。

 八幡なら自身の攻撃を潜り抜けて接近している事も承知済み。

 故、その対策を取るのは自然の事である。

 

 見えづらければ、臭いも気配も薄い糸。

 目を凝らせば、良く嗅ぎ分けたら分かるかもしれないが、鉄火場でそんな余裕などあるはずが無い。

 普通なら引っかかる筈だが、八幡の方が上手であった。

 超常的な直感によって累の企みを看破。

 ソレを切り裂きながら戦闘を続行……。

 

「ぐっ」

「……やっとか」

 

 出来なかった。

 立て直そうとして、足元がふらつく。

 その様子を見て得意げな表情を浮かる累を睨みながら、八幡は苦々しく言葉を吐いた。

 

「……毒か」

「そう。糸の表面に毒を塗ってあるんだ」

 

 累が両の手を広げる。

 全ての糸の照準が八幡へと向けられ、放たれる時を今か今かと待っていた。

 

「苦労したよ。だってお前、毒をかぎ分けるからさ。だから薄~く塗って気づかれないようにしたんだ」

 

「あと、毒自体も改良に改良を重ねたんだ。お前にバレないような毒を作り上げたんだよ」

 

「すごくない? 普通ならそこまで気を使わないけど、柱が相手だからね。細心の注意をこれでもかって払ったよ」

 

 

 

 直後、糸の巨波が八幡と襲いかかる。

 金剛石の類であろうと容易く貫く強度の糸が、何百本以上。文字通り細切れになるしかない

 自身の勝利を確信した苦累は薄く笑みを浮かべ……、

 

 

 バンッ!

 

「ッ!?」

 

 両肩に走る痛みによって苦悶の表情に変わった。

 

「(何が……!?)」

 

 毒はちゃんと聞いた筈。

 目の前の男が『あの力』を使ったのは肌で感じた。感じてしまった。

 だが先ほどの自分の妨害で『あの力』の発動を阻止できた以上、毒を喰らいながら使えるわけが── 

 

「この痣、毒も解除出来るんだな」 

 

 混乱する苦累に、雷龍を連想させる勢いの突進が繰り出された。

 

 



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苦難重ねて

 

 糸の波を突破して、八幡がその姿を……ズタズタに切り刻まれた上着を放り捨てて、鍛えられた肉体を顕わにする。

 身体中に刻まれた龍のような痣。

 四肢には東西南北を示す四龍が、背中には龍の王である応龍が、胸には四獣を総べる黄龍が、頬には龍を現す紋章が刻まれている。

 痣者。

 鬼殺の猛者である柱の中でも更に極みへと至った者の証である。

 

「さあ、続きと行こうじゃねえか」

 

 痣者―――八幡は獰猛な笑みを浮かべて苦累に向かった。

 

 

「な、舐めるな! 少し見た目が変わった程度で!」

 

 小さな蜘蛛が大量の糸を放つ。

 月や星の光を反射させながら、並の隊士なら対処は至難の血鬼術が八幡へと迫る。

 数十もの血鬼術はしかし、八幡の操る鎖によってあっという間に叩き落された。

 同時、銃を引き抜いて牽制射撃によって苦累の動きを止めようと試みる。

 

 

【血鬼術 黒縄棘弦】

 

【血鬼術 流水弦・渦潮】

 

 

 前回同様に血鬼術を合成させた糸で、八幡の銃撃を赤黒い糸で弾き飛ばす。

 それだけにとどまらず、斬糸の竜巻は勢いを増しながら八幡に襲い掛かる。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 ソレを受け流す八幡。

 鎖を片手で打繰り寄せ、一瞬で手元に戻す。

 キャッチしたと同時に日輪刀の中腹で糸の竜巻を受け止め、そっと撫でるかのように力を加えることで、力のバランスを崩す。

 結果、糸の勢いが暴走し、近くに待機していた苦累の子蜘蛛を切り刻んだ。

 

「なら、これならどうだ!?」

 

 苦累が再び複数の子蜘蛛に血鬼術の指示を出す。

 八幡は無意識的に勘に任せて回避行動を取る。

 直後、八幡がいた場所には糸の雨と見紛うほどの銀閃が穿たれた。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 太刀風・烈風】

 

 

 再び血鬼術の雨が降り注ぐ中、八幡が斬撃を飛ばす。

 いくつかが苦累に直撃するも、傷を刻むだけ留まり、すぐ再生した。

 再び、周囲を飛び回る子蜘蛛から血鬼術が放たれる。

 上下左右、全方位から放たれるシャワーのような血鬼術に対して八幡は縦横無尽に駆け抜け、時として刀を切り払いながら切り抜ける。

 雨の中を散歩しているかのように悠々としているかと思えば、時には嵐の中を掛けるかのように激しく。緩急を自在に変えて八幡は突き進んだ。

 

 

【血鬼術 刻死輪転】

 

 

 矢のようにもぐりこんだ苦累が、待ち受けるように血鬼術を繰り出す。

 八幡は捻り込むようにして躱し、お返しとばかりに強烈な一撃を叩き込む。

 だが、苦累は自身の腕に血鬼術の赤縄巻き付け、盾にすることで回避した。

 腕を斬り落とされたが問題ない。上弦の鬼なら瞬時に生え変わる。鬼にとって首以外のダメージなど無いも同然だ。

 むしろ問題なのは近づかれた事。鬼狩りの接近を止められない事の方が痛かった。

 

「おおおおおおおおおおおお!!!」

 

 遂に、八幡が苦累に接近した。

 刀が当たる距離。ここが俺の領域だと言わんばかりに、彼は猛攻を仕掛ける。

 

「………ック!」

 

 

【血鬼術 八つ蜘蛛】

 

 

 負けじと累も反撃する。

 背中から蜘蛛のような八本の脚を生やし、先端にある毒爪で迎撃。

 二本の腕と八本の腕から糸の斬撃を繰り出し、八幡の斬撃を相殺。

 派手に金属音と火花を飛び散らしながら、鎬を削り合う。

 

 八幡は技巧によって、苦累は手数によって。

 八幡は距離を詰めて、苦累は距離を放して。

 八幡は首を斬る為に、苦累は身を守る為に。

 両者は互いにやりたいことをやる為に戦う。

 

 

【血鬼術 流水弦・渦潮】

 

 

「ッチ!」

 

 刀で苦累の爪を逸らすが、苦累の蜘蛛の脚に隠れていた小蜘蛛によって血鬼術を繰り出される。

 八幡は咄嗟に身を捻って避けるも、そのせいで手が一瞬だけ止まってしまった。

 無論、苦累への警戒を解くことはないし、止まったのもほんのコンマ数秒程度。だが、子蜘蛛たちに指示を送るには事足りる隙だった。

 

 

【血鬼術 流水弦・五月雨】

 

 

 子蜘蛛たちが一斉に八幡目掛けて血鬼術を発射。

 雨霰の如く降り注ぐ糸の斬撃が主人である苦累をも巻き込む形で八幡に迫り来る。

 

「うぐッ……!」

「ッチ」

 

 苦累は銀の雨を浴びながら距離を取り、八幡は苦累の身体を盾にしつつ漏れた糸を刀で防ぐ。

 ダメージこそ大きく受けたが、こんな傷は鬼ならすぐ治る。おかげで苦累は再び遠方から血鬼術を行使できる距離を手にした。

 これで再び優位性を得た。この距離から一方的に……。

 

「!?」

 

 突如、八幡が日輪刀を苦累に投げつけた。

 鬼殺隊にとって命といってもいい日輪刀。

 道倫刀無しでは鬼と戦えないというのに。

 その答えを知ることはそう遅くなかった。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 八幡はもう一本の刀で迎撃した。

 何処からか取り出した予備の刀で苦累の血鬼術を叩き落し、再び接近を試みる。

 

「次から次へと……お前は奇術師か!?」

「似たようなものだな」

 

 縦横無尽に、あらゆる方向から降り注ぐ血鬼術の雨。

 八幡は日輪刀の柄頭に紐を手品師のように一瞬で巻き付け、鎖鎌のように振り回して鋼糸の刃を叩き落す。

 

「な……!?」

 

 突然、紐が苦累の脚に絡まりった。

 八幡が刀をハンマー投げのように投げる事で、勢いの付いた紐が苦累を捕らえたのだ。

 加速をつける必要はない。嵐影湖光で糸を迎撃した勢いによって既に加速は済んでいた。よって一予備動作なく投擲する事に成功したのだ。

 無論、この程度の紐なんて一秒もかからず千切れる。そんなことは八幡も承知済み。だがソレで充分。八幡にとっては十分付け入れる隙になる。

 

「この……!」

 

 縛られても苦累は冷静だった。

 焦る事無く、瞬時に子蜘蛛への指示を選択。

 八幡を相手にする以上、このような手は予測済みだ。

 むしろ、今は日輪刀を手放している。さっきのように余計なことは考えない。一気に畳みかける!

 だが、その考えもまた八幡に読まれていたことを、苦累は知ることになる。

 

 バンバンバンッ!

 八幡は子蜘蛛たちを二丁銃で迎撃。

 最初から持っていたかのように、両手に銃を持って子蜘蛛を撃ち落とした。

 合計十二発。両手のリボルバー式拳銃を全て使い切った頃に苦累は紐を千切り、再び攻撃を開始…。

 

 バンッ!

 不意打ちのヘッドショット。

 振り向く事無く、銃を逆に持って親指で引き金を引く。

 予想どころか常識外れの射撃に面食らい、苦累は動きを止めてしまった。

 何故だ、弾は全て使いきった筈だろ。なのに何故残っている?どんな手品を使ったんだ。その答えを知る術を、彼は持ちえない。

 

 苦累には見えなかったが、八幡は一発だけ装填に成功した。

 口と舌を器用に使い、苦累からは見えない角度で。

 こんなこと誰にも予想出来るわけがない。

 

「こ・・・の!!」

 

 頭を再生させながら、苦累は血鬼術を無茶苦茶に行使。

 手から、蜘蛛の脚から、眷属の子蜘蛛から……。

 

 

 booooooooooon!!!

 

 途端、爆発が起きた。

 八幡の手榴弾。左手で取り出し、口でピンを抜く。

 ソレを敵の子蜘蛛目掛けて投げ、血鬼術を迎撃してみせた。

 だが問題ない、先程の血鬼術は時間稼ぎにすぎない。本番はこれかだ。

 

 

【血鬼術―――】

 

 

 苦累が血鬼術を放つ。

 指先から、蜘蛛の脚の爪先から、子蜘蛛たちから、

 昔話にある妖怪のようにあらゆる血鬼術を用いて、八幡を殺さんと迫る。

 

 

【天の呼吸―――】

 

 

 八幡が技を繰り出す。

 刀を振るい、小太刀を取り出し、銃を撃ち、鎖を用いて。

 伝記にある英雄のように様々な武技と武器を用いて、苦累を討伐せんとする。

 

 

 雷の如き轟音が空気を震わせる。

 

 金属を引き裂くような音が響く。

 

 戦闘の熱が夜の空気を熱くする。

 

 飛び散る火花が夜の闇を照らす。

 

 両者の戦いは苛烈さを増していった。

 

「ッグ!」

「(勝った!)」

 

 敗者は八幡。

 糸の斬撃によって刀を手放し、致命的な隙を晒してしまう。

 ソレを見た途端、苦累は勝利を確信し、遂に準備してきた大技を繰り出す。

 

「勝ったぞ! 僕の勝ちだ! 天柱、比企谷八幡!!」

 

 

【血鬼術 流水弦・氾濫】

 

【血鬼術 流水弦・豪雨】

 

【血鬼術 流水弦・双嵐】

 

 

 災害が起きた。

 

 前方には洪水の如き糸の奔流が。

 上方からは豪雨の如き斬撃が降り注ぎ。

 側面には台風のように巨大な糸の渦が。

 三つの災厄が八幡の逃げ場を潰すよう、空気を裂きながら接近。

 そのまま彼を飲み込もうとした瞬間…。

 

「……なんだよ、ソッチも準備してたのか」

 

 

【天の呼吸 嵐の型 荒神・大狂嵐】

 

 

 

 途端、三つの龍の首が災厄を食い破った。

 

 嵐を纏う龍の顎が畝りながら災厄に牙を剥き、かみ砕く。

 

 洪水も、豪雨も、二つの竜巻も。荒れ狂う嵐龍は三つの首で噛みつき、振り回しながら砕いた。

 

「そ、そんな……」

 

 自身の大技が三つ同時に砕かれたことに苦累は唖然とする。

 何故だ、奴は刀を持ってない。確かに手放していた。隙を晒していた。なのに……なのに何故!?

 

「!?」

 

 混乱している中、彼は嵐竜から飛び出す八幡の影を捉えた。

 左手に、右手に、そして口に、それぞれ刀を持つ八幡の姿を。

 三刀流。これこそ苦累の血鬼術を破った三頭の龍の正体である。

 

「く…クソ!!」

 

 何故刀を持っている? 最初から三つもあったか? 三つの刀を同時に使えるものか?

 様々な疑問が頭の中に浮かび上がるも、ソレを一切無視。迎撃に集中する。

 余計なことを考える暇は無い。考えさせられるな。ただ敵を倒す事に集中しろ。さもなくば、撒けるのは自分である。

 

 

【血鬼―――】

 

 

 ブンッ!

 八幡が両手に持った刀をブーメランの如く放り投げた。

 勢いよく投げられた日輪刀は高速回転して空を裂き、苦累目掛けて飛ぶ。

 先程苛烈な戦闘を繰り広げていたせいか、熱を帯びて赤く発光しながら。

 結果、八幡の二つの日輪刀は苦累の血鬼術を妨害だけに留まらず、両腕と蜘蛛の脚を豆腐のように易々と切り裂いた。

 

「(な……投げた刀だってのに、こんな簡単に!?)」

 

 ソレだけではない。

 再生させようと腕に力を入れるが、直りが鈍い。

 どういう事だ、そんな疑問が浮かび上がる前に……。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 太刀風・烈風】

 

 

 赤い熱風が苦累の首を刎ねた。

 



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さよなら友だち


累が一番欲しかったのは家族でしたが、友達も欲しかったのではないでしょうか。
アニメで雪遊びをする子供たちを眺めていたあのシーン、たぶんあの中に累も混じりたかったんじゃないでしょうか。


 

 

 いつの間にか、首を斬られた。

 

 僕は理解した。

 もうじき、僕は死ぬ。

 折角、家族以外の生き甲斐を見つけたのに。

 どうしても殺したくて、どうしても自分の手で倒したい相手。

 アイツを……八幡を殺すまでは死ぬわけにはいかない。だからアイツも道連れにしてでも……。

 

 

 アイツの腐った瞳に、優しげな光が灯っている気がした。

 その目を見て、苛立つ気持ちは不思議と消えて、代わりに別の感情が芽生える。

 

 

 

 

 

『累、本当にただ殺したいだけなの?』

 

 母さんがそっと尋ねてきた。

 

 答えられなかった。

 僕はもう人間じゃない。

 あれだけ欲しかった家族もいらなくなった。

 どうやっても手に入れられないなら、代わりに別のモノを手に入れようとした。

 アイツを殺して屈辱を晴らす。そのために僕は生きて来た。

 

 

『ソレは楽しい事かい?』

 

 

 今度は父さんが聞いてきた。

 

 ああ、楽しかった。

 アイツをどうやって倒すか、どうやって戦うか、そのために何が必要か。

 ソレ打ばかりを考えて、そのために強くなって、遂に上弦にまでなった。

 本当に楽しかった。こんな思いは鬼に成って初めてだった。だから僕は……・。

 

 

 ―――ああ、そうか。僕は……俺は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、生まれつき体が弱かった。

 歩く事すら苦しいせいで、外で遊んだことなんてなかった。

 だから、家では寝たきりで、ずっと綾取りとかお人形遊びしか出来なかった。

 外で楽しく遊んでいる子供たちを見る度に、何度あの中に混じりたいと思ったか、何度俺もあんな風になりたいと思った事か。

 分かっている、そんなのは無理だって。俺は一生、この部屋から出られず、一人で生きていくことになるんだって、生まれた頃から決まっていた。

 あの方が現れるまでは

 

 

『可哀想に。私が救ってあげよう』

 

 

 僕は強い体を手に入れた。

 だけど両親は喜ばなかった。

 日の光に当たれず、人を喰わねばならないから。

 ある夜、誰かを殺して喰った。ソレを見た両親は凄い形相で俺を見ていた。

 

『なんてことをしたんだ、累…!!』

「何で……なんでこんなことに……』

 

 震える父さんと、泣き崩れる母さん。

 その時は、何で祝福してくれないのか疑問だった。

 

 

 昔、素晴らしい話を聞いた。

 川で溺れた我が子を助けるために死んだ親がいたそうだ。

 俺は感動した。

 なんという親の愛。そして絆。

 川で死んだその親は見事に家族の役目を果たしたのだ。

 

 なのに何故、俺の親は俺を殺そうとする。

 

 父は寝ている俺に跨り、包丁を振り下ろそうとしている。

 母は泣くばかりで、殺されそうな俺を庇ってもくれない。

 

 

 俺たちの絆は偽物だった。……だったら要らない。

 

 その晩、俺は両親を殺した。

 綺麗な満月を眺めながら、俺はこの先どうするか考えていたら……

 

『……さい』 

「(まだ生きているのか。何を言っている?)」

 

 

 

『丈夫な体に産んであげられなくて………ごめんね……』

 

 その言葉を最期に母は死んだ。

 

 

 

『大丈夫だ累。一緒に死んでやるから』

 

 

 

 殺されそうになった怒りで理解できなかったが、父は俺が人を殺した罪を共に背負って死のうとしてくれていたのだと、やっと気づいた。

 その瞬間唐突に理解した。

 

 

 本物の絆を、自分の手で切ったのだと。

 役目を果たさなかったのは、俺の方だったと。

 

 

『全ては、お前を受け入れなかった親が悪いのだ。己の強さを誇れ』

 

 無惨様は俺を慰めてくれた。

 そう思うより他、どうしようもなかった。

 自分のしてしまったことに耐えられなくて。

 たとえ、自分が悪いのだと分かっていても。

 

 毎日毎日。両親が恋しくて堪らなかった。

 偽りの家族を作っても虚しさは止まない。

 結局、俺が一番強いから誰も俺を守れない。

 強くなればなるほど人間の頃の記憶も消えていく。

 自分が何をしたいのか、何が欲しいのか分からなくなっていく。

 

 どうやっても手に入らない絆を求めて、必死で手を伸ばしてみようが、届きもしない。

 

 

 ああ、そうか。俺は……謝りたかったんだ。

 

 

 

 ごめんなさい。

 全部全部、俺が悪かったんだ。

 

 

「でも……山程人を殺した僕は、地獄に行くよね。父さんと母さんと……同じところへは、いけないよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一緒に行くよ。地獄でも」

「父さんと母さんは累と同じところへ行くよ」

 

 

 

―――嗚呼。

 

 

 

「…八、まん。……ありが…とう」

 

 ありがとう。

 お前との戦いは楽しかった。

 鬼に成って、初めて親以外と触れ合えた。

 

 決して友好な関係じゃなかった。

 むしろ、お互い嫌い合い、殺そうとしていた。

 だけど、こんなに誰かの事を考え、関わろうとしたのは初めてだった。

 

 世間で言う友人とは違うことは百も承知だ。

 これは、俺の一方的な独りよがりであることも知っている。

 だけど、それでも言わせてくれ……。

 

 

「あり…がと……。最、しょ……の、友達……」

 

 散る前に、俺は糸を固めた石を置いていった。

 何か残したかった。

 俺が生きた証を、誰かに受け取ってほしかった。

 

 

 

「……俺はお前を許す気はない。首を刎ねたのを詫びる気もない」

 

「お前を逃がして後悔したのは事実だし、俺の失敗だと今でも思っている」

 

「けど、楽しかったぜ。お前との戦いは、決して無駄じゃない。お前の命で俺は強くなった」

 

 

「お前との戦いは、次の戦いで絶対に活かす。だから累、お前は安心して逝け」

 

 

 

 

ーーー俺は、幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『行こうか、累』

『………うん』

 

 俺は父さんと母さんに抱きつく。

 

 

「全部僕が悪かったよう…!ごめんなさい!!」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…っ!!」

 

 

 俺たちは、黒い闇と赤い炎の中へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かなり……キツかったぜ」

 

 俺はその場に横になる。

 

 疲れた。

 早く帰って風呂入りたい。

 ふかふかのベッドに横になって、ぐっすり休みたい。

 

「(まさか、三刀流を披露する羽目になるとは)」

 

 三刀流。

 全集中の呼吸を使えば漫画の技も使えるんじゃねというバカみたいな考えで開発したのだが、一度だけ鬼狩りで使う機会があった。

 本当に局部的な状況でしか役に立たないので普段は使わないのだが、まさか上弦との戦いでやるとは思いもしなかったぜ。

 

 アイツが何か大技をしてるのは気づいていた。

 俺を誘導する動きに、蜘蛛たちが何やら力を溜めており、俺を閉じ込めるリングにも何か動きを感じた。そこから俺はコイツが何か大掛かりな罠か技を使うと推測した。

 妨害はしてみようとしたのだが、生憎武器も手段も切らしてしまい、回収できたのも刀二本だけ。その回収手段も、脚で鎖を、口で紐を引っ張っるという曲芸染みたものだ。

 こんなやり方で投げた刀を拾い、両手と口に装備して三刀流だ。

 自分でやっておいて何だが、本当に現実離れしているな。俺って本当は漫画かラノベの主人公か何かなの?じゃなきゃこんな真似出来るわけないだろ。

 いや、心臓の鼓動を無理やり早めたり、脳のリミッターを外せる時点で今更か。

 

 今回やった無茶は三刀流だけじゃない。

 鬼身と魔感、そして龍痣の同時発動。

 本来なら鬼身と魔感を二つ一遍にやると凄まじい反動がするが、龍痣はどうやらその調整も兼ねているようだ。

 いや、この龍痣こそ二つの技本来の原型といったところか。

 ソレをより極端にしたのが鬼身と魔感に思えるのだが……。

 

「(う~ん、謎は増えるばかりだ。……ああ、謎と言えばこれもそうか)」

 

 俺は累の遺した白い石を眺める。

 綺麗な石だ。とても大量の人間を食い殺した鬼の作品とは思えない。

 少なくとも、昨日戦ったサイコ壺野郎のゲテモノよりも断然いいと俺は思う。

 

「……為にはなったな」

 

 別に、累が鬼であることを肯定する気はない。

 俺たち鬼殺隊から見れば十分悪鬼だし、ソレに足る悪事を奴は重ねて来た。

 アイツは決して世間一般で言う友達なんかじゃない。間違いなく敵だった。

 そもそも、俺は鬼殺隊、しかも柱と言う責任ある立場の人間だ。人食い鬼と友達だなんて言えるわけがない。

 けど、アイツと何度も戦う事で、何かを得たのは事実だ。感謝するつもりはないが、そのことを否定するつもりもない。

 

 累との戦いを通して上弦との戦いをより深く知った。

 龍痣の効力と使い方をより深く知り、使いこなした。

 上弦の伍より上の鬼との戦いに必ず役に立つだろう。

 それじゃあ、早く戻ってこのことを報告しなくては。

 

「じゃあ、かえるか」

 

 疲れたし怪我やダメージもあり、毒も抜けきってない。

 だが、何も動けない程じゃない。

 流石に連戦は出来ないが、そろそろ日の出の時間だし鬼の襲撃もないだろう。

 そもそも、俺は病院を抜けだしたんだ。さっさと帰らないと、胡蝶姉妹に滅茶苦茶怒られる。まあ、帰っても怒られるが。

 

「―――ッ!」

 

 声が聞こえた。

 たぶん、義勇と錆兎の声だ。

 おそらくこの山の騒ぎを聞きつけた隠が応援を要請したんだろう。

 

「ああ、こりゃ柱合会議で説教だな……」

 

 俺はこれから開かれる会議で何を言われるか想像しながら義勇たちの方に向かった。

 





累は最期まで友達と遊べませんでした。
救済モノは色々ありますが、累に友達が出来たのは見たことがありません。
なら、このssでやってみよう。
実際には友達と言えないが、ソレに近いことをやらせたい。
そう思って書いたのがこれです。


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上弦の参

 

 たっぷりと絞られました。

 

 いや~、やっぱり胡蝶姉妹が滅茶苦茶怒ってたわ。

 無理するなだの、勝手に鬼と戦うなだの、予想通りの内容だった。

 実際、累との戦闘では負傷したり毒のダメージ負ったからな。普段は無傷で任務を終わらせている分、余計に無茶な戦闘に見えたんだろう。

 この程度は必要経費と俺は割り切っているが、アイツらはそうじゃなかったらしい。

 怒ったのは胡蝶姉妹だけじゃない。宇随や錆兎、更にあの口下手な義勇まで怒って来た。

 いや、お前らの方が俺よりもよっぽど無茶してるだろ。この間、ボロボロになって壱週間ぐらい入院していただろ。ソレに比べたら俺の傷はかなり軽傷だろ。

 俺は決して無理しに行ったわけじゃない。ちゃんと勝算があり、一人で戦ってこそ意味があると確信したから一人で戦ったんだ。じゃなきゃ連絡なしに行くかよ。

 

「よし、完全復活だ」

 

 軽く体を動かす。

 傷跡も痛みもない。毒も完全に抜けきっている。

 普段通りに動ける。いや、むしろ万全の状態だ。

 今すぐにでも任務に行けるが、今日くらいは安静にしろと言われている。

 だから久々に遊んでみようかな。

 まあ、その前に柱合会議に参加しなくちゃいけないが。

 

「嫌だなあ、会議に召集されんの」

 

 絶対小言言われる。

 特に悲鳴嶋さんのが面倒くさそうだ。

 あの人いい人だけど、もう二十歳超えてる俺の事を未だにガキ扱いするからな。

 心配してくれるのはありがたいが、ソレが嫌なんだよ。

 まあ、報告は今日じゃないし、ゆっくり休んでからでもいいと言われてるから、今のうちに言い訳考えておくか。

 

 他の柱達も上弦の情報を直ぐに知りたかっただろうに、俺が回復するまで待ってくれるらしい。

 多少はしのぶからも聞いてはいるだろうが、やはり戦った本人から聞きたいのだろう。

 まあ、もう既に回復してるけどな!

 

「で、お前が見張りか、アオイ」

「そういうことです天柱様」

 

 俺は振り返って監視員に目をやった。

 

「貴方は昔から独断行動が目立ちます。いつもうまく行っているのは流石だと思いますが、少しは振り回される周りの気持ちも考えて下さい」

「大丈夫だ心配するな。俺がやることは必ずうまくいく」

「そこまでの過程が問題なんですよ! 最終的に上手く行っても、見ているこっちはいつもハラハラします!」

「……へいへい」

「なんですかその返事は!? そんなのだから柱になるのに五年も掛ったんですよ!?」

 

 いや、五年がデフォだから。というか、柱になれる時点ですげえと俺は思ってるんだけど。

 

「とにかく、私が見張り役である以上、勝手な行動は許しません!」

 

 

 

 

 

「お前も鬼にならないか?」

 

 

 で、なんでこんなことになったんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます比企谷さん、わざわざ荷物を持っていただいて」

「別にいいよこれぐらい」

 

 その日、八幡とアオイは町へ買い物へと行っていた。

 蝶屋敷は一目を忍ぶために町から離れており、買い物は一苦労。

 普段は担当の人間がいるのだが、今日は患者が一気に入院したせいで人不足となり、人手が割かれている。

 しかも、この買い物は専用の知識や目利きがいる上に、売り場が遠い。

 よって、買い出しにいける人間がアオイだけになり、監視対象である八幡は付いて行かざるを得なかった。

 

「じゃあ帰るぞ。乗りな」

「はい」

 

 荷物を車に詰め込み、発進させる。

 運転手は八幡。

 現代人だったおかげか、八幡は運転が上手い。

 とある任務で戦闘機を奪い、初めて乗ったというのに乗りこなした程だ。

 その後、お館様から暴れ過ぎとお叱りを受けて謹慎処分を食らったが。

 

「……けっこう揺れますね」

「こんなものだろう」

 

 自動車でデコボコ道を走る。

 運転は上手いのだが、流石にこの時代の車と道路で揺れずに走るというのが無理である。

 酔いそうになったのでアオイは外の景色を眺めた。

 

 帰り道の途中の小さな村。

 村人の住居が密集し、五十人に満たない程度の人がほそぼそと生活を送る小村。

 山の麓にいくつかの田んぼがあるだけの、何の変哲も無いはずの場所。

 もし、今回のような遠出でなければよる事すらしなかった。

 だから、コレは運が悪かっただけなのだろう。

 

「助けてください!助けてください!」

 

 必死で逃げ続ける女に出会ったのは10分程前のこと。

 日中ではあるが曇天の下で自動車を走らせていると、突然八幡が車を停止させた。

 彼曰く、嫌な悪寒がする。血の匂いと破壊音がすると。

 最初はアオイも訝しんだが、八幡の勘の良さは知っていた。よって八幡の指示通り車を降りて近場の村へ向かう。

 その道中だった、この女性と出会ったのは。

 

「何が?」

「男が……男が村人を殺して回っているんです…!家を殴り壊して、村の人を殴り殺て……!」

 

 女はその場に泣き崩れた。

 家を拳で破壊し、拳で人を殺す。

 八幡はコレを鬼の所業だと判断した。

 

「わかりました。助けます」

「お願いします…。主人が……皆が、まだ村に残っているんです」

「分かった、すぐ行く」

「ま、待ってください!」

 

 向かおうとする八幡をアオイは止めた。

 

「今の八幡さんは任務を禁止されています! ソレに、日輪刀もないのにどうやって!?」

「ここにある」

 

 八幡は刀を取り出した。

 常に日輪刀の持ち歩きは当たり前。

 羽織の中にも既にいくらかの武器を仕込んである。

 

「アオイ、お前は車で先に戻ってくれ。俺が鬼を倒す」

「け、けど……!」

「緊急事態だ。それともお前はこの人たちを見捨てるのか?」

「~~~~! 分かりました、すぐに戻って皆さんを連れて参ります!」

 

 アオイは迷うも八幡と別行動をとることを選んだ。

 監視の役目を放棄するのは心苦しいが、自分がいては足手まといになる。

 第一、今まさに襲われている村人たちを放っておくわけにはいかない。

 アオイは車に飛び乗り、八幡の見様見真似で発進させた。

 ソレを見送った八幡も動き出す。

 

 全力で駆ける。

 風のように疾く、雷のように迅速に。

 先程と同じように、逃走する女性や子供と何度かすれ違った。

 何故女性や子供ばかりなのか。そんな疑問が浮かぶが、速度を緩めることはなかった。

 

 辿り着いた村には、誰一人として生き残りはいなかった。

 辺り一面に転がる命だったもの。

 探す必要はない。ここには、もう生存者はいない。

 村中を濃厚な死の匂いが包み込んでいる。

 もし、この場に生存者がいるとするなら、ソレは人間ではないだろう。

 

「……テメエがやったのか?」

 

 八幡がゆっくりと振り返る。

 そこには一人の青年……いや、一体の鬼がいた。

 

 灰色の肌に紅梅色の短髪、同細身ながらも筋肉質な体格の若者。

 上は素肌に直接袖のない羽織、下は砂色のズボン状の道着。

 顔を含め全身に藍色の線の紋様が浮かんで8おり、黄色い瞳には各々に“上弦“と”参”の文字が刻まれている。

 

 上弦の参。

 

 その事実を認識した途端、八幡の手が僅かに震えた。

 震えを無理やり抑えようとするも、止まることはない。むしろ、認識すればするほどに、その実感が湧いてくる。ソレほどに、参という数字は重く圧し掛かった。

 

「背中に龍が描かれた羽織に長い髪。……お前が苦累を殺した柱だな」

「……だったら何だ?」

「お前を殺せと命を受けている。だがその前にお前の名を聞きたい」

「……天柱、比企谷八幡」

「俺は猗窩座。見ての通り上弦の参だ。……八幡。お前に素晴らしい提案がある」

 

 

「――お前も鬼にならないか?」

「…………は?」

 

 意外すぎる誘いに八幡はキョトンとした。

 動揺も気にせず、猗窩座は言葉を続ける。

 

「お前の強さは見れば分かる。隠してはいるが今にも飛び掛かりそうな勢いの闘気と殺気。まるで獣……いや、妖獣のようだ。闘気は兎も角、其処まで練り上げられている殺気は見た事がない」

「………」

「だが人間には限界がある。寿命に縛られる限り、至高の領域に辿り着くことは出来ないだろう。だから八幡、鬼になろう。鬼なら永遠に鍛錬が続けられる」

「……鬼の力、か。確かに魅力的な提案だ」

 

 八幡の言葉に猗窩座はパァといった笑みを浮かべた。

 

「今度は俺が質問する番だ。……村人を殺したのはお前だな?」

「そうだ。柱なら、こうすれば必ず来るだろうと思っていた」

「……俺をおびき寄せるためだけに、殺したのか」

「そうだ」

 

 その返答を聞いて、八幡の柄を握る手に力が入った。

 

「何を怒る。お前が鬼を殺すように、俺は人を殺す。強者が弱者を狩るのは当然の理屈だろう」

「……そうだな、弱いものは喰われる。動物も人間も……鬼もな」

 

 

 

 

 

「お前の提案は却下だ。さっさと俺に食われろ」

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 雷の如き一撃が、上弦の参目掛けて飛び掛った。

 



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猗窩座

猗窩座って搦め手に弱そうですね


 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 晴天の空に突如降る雷の如き奇襲を仕掛ける八幡。

 が、しかし。猗窩座は咄嗟に両手で受け止めることで防御した。

 雷の刃は猗窩座の両腕を切り落とすに留まり、その勢いで八幡は宙に放り投げられることになる。

 更に、切り落とした猗窩座の両腕はすぐさま再生。同時に反撃の体勢に入る。

 

「ッチ」

 

 反撃を食らう前に撤退する八幡。

 着地したと同時、落下の衝撃を殺すこと無く下がる勢いに乗せ、ジグザグ移動して距離を取った。

 

「(俺に刀を止められた途端、反撃を警戒して下がったか。しかも、斬撃の衝撃を利用して俺の上を飛び越え、着地しても勢いを殺さず後退に利用した。………素晴らしい!)」

 

「(どれも並みの剣士では到底出来ない至難の技!だというのにその全てを一瞬にも満たない時間で判断し、実行している!こんな真似は柱でも見たことがない!) ……八幡、お前は本物だ!やはり鬼になるべきだ!」

「………」

 

 無反応。

 感激にうち震える猗窩座に対し、八幡は冷静に構えて無視する。

 

「向かって来ないか。……八幡、お前の考えていることは分かってるぞ。俺の血鬼術が知りたいんだな」

 

「いいだろう、なら見せてやる!」

 

 

【破壊殺・羅針】

 

 

 猗窩座は巨岩の如くどっしりと構え、雪の結晶のような紋章を地面に浮かび上がらせる。

 何だアレは。八幡の脳裏に疑問が過るが、猗窩座が動いた瞬間、考えるのを中断。

 高く飛び上がったと同時、八幡もまた動き出す。

 

 

【天の呼吸 雷の型 雷速】

 

【破壊殺 砕式 万葉閃柳】

 

 

 衝突音が響いた。

 一瞬で迫った猗窩座が拳を振り下ろした。

 しかし八幡は雷の如き速度でソレを回避。

 目標を失った拳は空を切り、八幡の代わりに地面を砕く。

 大きなヒビが刻み込まれ、陥没し、衝撃波が走った。

 

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

 背後に回った八幡が猗窩座の首めがけて斬撃を繰り出す。

 絶好の位置。相手は地面に拳を掘り降ろし、地面に付いているおかげで切りやすい角度に首がある。このまま振り落とせば……。

 

 

【破壊殺 脚式 冠先―――】

 

 

 後ろから飛んできた蹴りによって、八幡の攻撃は相殺された。……いや、敢えて相殺した。

 

 猗窩座は八幡を蹴り飛ばすつもりだった。

 カウンターとして繰り出した蹴りは、八幡の技の威力も相まって更に増大する……筈だった。

 ソレを咄嗟に見抜いた八幡は、攻撃ではなく迎撃に変更。首から足に目標を変える事で、猗窩座の蹴りを加速がつく前に止め、その足を切り落とす事に成功した。

 

「ック!」

 

 片足で跳んで距離を稼ぐが、そんなものは八幡にとって取ったウチに入らない。

 瞬く間に再び詰められ、追撃を仕掛けられる。

 しかしソレで充分。上弦なら、ほんの瞬きの間で体の欠損など回復出来る。

 ボコンッと、足が斬られた事実などなかったかのように元通りとなり、迫る八幡を迎撃せんとする。

 

 

【破壊殺 乱式】

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 拳による乱打。

 単純な技だが、繰り出される一つ一つが一撃必殺に等しい。

 しかしソレが八幡に当たることは無い。

 全て嵐の如く激しい剣戟によって撃ち落とされている。

 

「(この動きは風柱と同じ? この男、雷の呼吸の使い手ではないのか?)」

 

 連撃を繰り出しながら、猗窩座は八幡の技に少しばかり驚く。

 最初に繰り出した技。アレは数年前に倒した鳴柱に近かった。そのせいで猗窩座は八幡が雷の呼吸、或いはその派生を使うと予測していた。

 しかしこの技はどうだ。動きが雷の呼吸と違う。どちらかといえば風柱のソレに近い。

 そういえば、天の呼吸というのも訊いた事が無かった。

 数百年、数多の柱や呼吸使いを屠ってきたが、天は柱どころか呼吸すら初耳だ。

 八幡だけの独自の……。ソコまで考えて猗窩座は一旦思考を切り替える。

 今は目の前の闘争を楽しもう。このような上玉は数十年ぶりだ。

 

 

【天の呼吸 雨の型 春霖雨・花腐し】

 

 

「!? (また動きが変わった)」

 

 連撃の途中、再び八幡の動きが分かった。

 今度は水の呼吸に近い動作。

 流れるかのように無数の斬撃を織り成す御業は、水柱のソレを連想させた。

 

「う!?」

 

 猗窩座の左足と右腕が斬られた。

 フェイント技。

 虚実を織り混ぜた神業によって猗窩座を欺き、その手足を半分ほど斬ってみせた。

 足が斬られてバランスを崩す猗窩座。

 瞬時に再生したが、一度大きく崩れた体勢を直すのは上弦でも至難。

 その隙を狙って刀を振るう………。

 

 次の瞬間、八幡は仰天した。

 普通、体勢が崩れたら、転ぶまいとする。

 日輪刀から逃れよとするなら、猶更転べない。

 だが、猗窩座は……。

 

「フンッ!!」

 

 逆に、思いっきり仰け反った!

 

 

 驚きながらも、飛び掛かる猗窩座の脚撃を刀の中腹で受け止める八幡。

 その勢いを受け流し、致命的ダメージこそ防いだが、蹴りの勢いによる脱出を許してしまった。

 八幡が最初に繰り出した技。ソレを見様見真似で再現したものである。

 

「ッチ!」

 

 猗窩座を追って接近する八幡。

 そんなことは猗窩座も予想済み。

 いや、むしろ待っていた。

 

 

【破壊殺 脚式 流閃群光】

 

【天の呼吸 雲の型 入道雲】

 

 

 猗窩座の蹴りをすり抜けた。

 錯覚。

 八幡が殺気を飛ばす事で、猗窩座の羅針を誤認させたのだ。

 本人は既に猗窩座の背後に回り、攻撃体勢に入っている!

 

 

【破壊殺 飛遊星千輪】

 

【天の呼吸 雪の型 雪解けの氷水】

 

 

 咄嗟に気付き、蹴り上げて反撃する猗窩座。

 しかし、ソレすらも八幡は読んでいた。

 刀で受け流し、返しの刀で猗窩座の蹴り脚を切り落とす。

 春の雪解け水が巨大な氷塊を砕くかのように、剛を制する繊細かつ流麗な柔の技。

 その前に猗窩座の怪力は逆に利用され、自身の力で自身の肉体を削る事になった。

 今度こそチャンス。八幡は内心勝ったと思いながら、日輪刀を猗窩座の首に振る。

 

 

【天の呼吸 晴の型 炎天の日照り】

 

【破壊殺 滅式】

 

 それに対し、猗窩座の奥義が八幡を迎え撃つ。

 タイミングはほぼ同時。

 炎天下を照らす太陽の如き一撃と、全てを滅殺する破壊の拳が激突。

 激しい衝突により、花火のように辺りを眩い火花と金属音が飛び散り、弾かれるように吹き飛んだ。

 

「ッチ!」

「まだまだァ!」

 

 すぐに起き上がり、同時に互いへ向かって駆ける両者。

 そこから再び剣戟と拳撃の乱舞が始まった。

 

「素晴らしい…素晴らしいぞ八幡! 天の呼吸とは雷、風、水、炎の呼吸を組み合わせ、統合したお前専用の呼吸か! なるほど、確かに他の呼吸と同じ特徴はあるがお前のは更に昇華されている! そして型は 同じ呼吸でありながら全く違う動き! まるで別々の何人もの剣士と戦っているようだ!」

「まあ、ソレが天の呼吸の売りだからな」

「確かにそうだ! これならどんな状況でも、どんな相手とも戦えそうだ! 万能の呼吸といったところか!」

「随分と喋るな」

「ああ、俺が人と話すのが好きだからな!」

「ふ~ん、珍しいな」

 

 猗窩座の攻撃を利用して下がりながら、八幡は何かを投げた。

 手榴弾。

 複数同時に取り出しながら、導火線に火を付けて爆発。

 爆炎と爆風によって両者は吹っ飛ばされ、視界が遮られる。

 八幡はソレに紛れながら、猗窩座の懐に飛び込もうとした途端……。

 

 

【破壊殺 砕式 青銀乱残光】

 

 

 全方向に、今までのとは比べものにならない程の速度と威力の破壊殺が繰り出された。

 青く光る拳の乱れ打ちにより、爆発による炎と煙は暴風に扇がれるが如く一瞬で霧散。ソレだけに留まらず拳を薙ぎ払う。

 パワースピードだけでなく、その範囲も規格外。流石に八幡も全てを避けることは出来ず、何発か食らって空中を舞った。

 無論、流れ雲によって衝撃は逸らしたが。

 そのことを知らない猗窩座は内心ほくそ笑みながら拳を握る。

 空中で踏ん張りが効ない以上、受け流しも防御も格段に難しい。避けるなんて以ての外。

 このまま叩き潰す。先程汚い真似をした礼だ。その後でゆっくりと勧誘を……。

 

 

【破壊殺 空式―――】

 

 猗窩座が技を繰り出そうとした途端、八幡が刀を投げた。

 

「―――な!?」

 

 鬼殺隊にとって命と同等の日輪刀。

 唯一の対抗手段である日輪刀を投げるという暴挙に猗窩座は目を取られ、隙が生じる。

 とはいってもほんの僅かな隙。すぐさま猗窩座は余計な考えを捨て、投擲された刀を弾く……。

 

 スパンッ!

 突如、進路を変更した日輪刀によって腕を切断された。

 再び驚きながらも猗窩座は腕を再生させながら刀に目をやる。

 紐付き日輪刀。

 柄の部分に紐を付けた日輪刀を投擲する事で、猗窩座の技を妨害。接近しながら紐を手繰って刀を回収し、再び構える。

 

「不意打ちとは舐めた真似を……!」

 

 今度は苦無を投げた。

 一瞬で取り出し猗窩座へ投擲。

 その瞬間が目に移った猗窩座は最小限の動きかつ最短時間で対処。指で器用に弾き飛ばす。

 八幡はその隙に接近し、猗窩座の懐に潜り込んだ。

 だが、そんなことは猗窩座も予測済みである。

 

 

【天の呼吸―――】

 

【破壊殺 鈴割り】

 

 

 刀が弾かれてしまった。

 咄嗟に刀を手放しつつ勢いを流す事で破壊は免れたが、唯一の武器を失ってしまった。

 先程のように自身の意志で手放したのではなく、戻す手段もない形で。

 結果、八幡は自分の武器を失ってしまった。

 しかし、この程度で八幡は止まらない。

 

「鬼に成れ八幡!」

 

 八幡目掛け振るわれた拳は、迷いなく顔面を狙う。

 ソレを半歩右に移動するだけで避ける八幡。

 同時、前進しながら、腕を掴み、グルンと捻ることで殴る衝撃をそのまま返した。

 

「ッグッ!」

 

 途端に短い悲鳴が猗窩座の口から洩れる。

 八幡は一切力を入れてない。

 関節構造を無視するような動きに加え、猗窩座自身の攻撃力が集中。間接と靭帯を破壊されたのである。

 

 更に八幡は腕を掴んだままそっと持ち上げ、そのまま投げ飛ばす。

 掴んだ右腕を身体に抱え、背負って持ち上げ、猗窩座の身体が宙を舞う。

 

 背負い投げ。

 地面に叩きつける勢いは常人であれば背や後頭部を打って致命傷になるが、鬼の生命力の前ではそれほど問題にはならない。

 その筈なのだが……。

 

「がッ………」

 

 地面に背中から倒れ込んだ猗窩座は一瞬だけ放心した。

 痛みからではない。

 既に破壊された関節と靭帯は再生している。

 投げられたダメージも受けたが既に回復済み。

 上弦である彼にとって、柱とはいえ人間の柔術ごときなんてことはない。

 だが、心は大きなダメージを負った。

 

 投げられた。

 剣術が専門である鬼狩りによって。

 柱とはいえ格闘戦を殆どしない鬼狩りに。

 拳と蹴りのみで戦い、鬼の中でも肉弾戦に最も長けた己が。

 格闘戦で鬼狩りに一本取られた。

 その事実が猗窩座のプライドを大いに傷付けた。

 更にこれだけでは終わらない。猗窩座の屈辱はまだ続く!

 

 

【天の呼吸 奥義・壱 鬼身】

 

 

「うぐッ……!」

 

 腕を捻られて拘束された。

 しかも、腕を紐のようなものに括られた上に。

 何時の間に。そんな当たり前の事を考える暇すら猗窩座にはない。

 

 無論振り払おうと力を入れるがビクともしない。

 いくら不利な状況でいようとも所詮は人間の力。

 関節を固められ、上に乗っ掛かれ、紐で括られ、手首の経穴を抑えられても。

 鬼の力、まして上弦ならば、怪力だけでひっくり返す事は可能の筈。

 だというのに、猗窩座は八幡を振り払う事が出来なかった。

 そう、まるで師範に初めて抑え込まれたかのように……。

 

 

 

『お前筋がいいなぁ、大人相手に武器も取らず勝つなんてよ、気持ちのいい奴だなぁ』

 

 

「!!?」

 

 突如、猗窩座の脳裏に過る人間だった頃の記憶。

 ソレを振り払うように猗窩座は更に力を込める。

 

「っグゥ!!」

 

 気が付けば、首に刃が振り下ろされていた。

 隠し持っていた懐刀。

 普通ならとても上弦の首を斬り落とせないが、今の八幡なら可能。

 抑え込んだ猗窩座の頸椎にゾブッと突き刺す。

 ソレを首の筋肉だけで止め、逆に押し返さんと渾身の力を込める。

 

「ぐ…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

【破壊殺 爆式】

 

 

 己の肉体全てを拳と化し、一気に爆発させた。

 文字通りの意味。

 その一撃によって八幡だけでなく、その周囲や猗窩座自身も吹っ飛ばされた。

 

「ッはぁ!はぁ!……っさっきのは、一体……っ」

 

 先程の幻影のせいか、精神が落ち着かない猗窩座は、頭を片手で抑えて朦朧としていた。

 鬼には無縁である筈の不調。

 その背後に、ユラリと八幡が現れた。

 

「は…ハハハ! やはり生きていたか!」

「テメエ、俺を勧誘するんじゃなかったのかよ!」

 

 破壊殺が放たれる寸前、嫌な予感がした八幡は反射的に猗窩座から距離を取った。

 爆式の威力が強すぎ、下がってても多少食らったが、戦闘は続行可能。大きなダメージになってない。

 

 

「もっと戦おう八幡!」

「戦う?……ッハ」

 

 

「もうすぐ決着はつく」

 

 

【天の呼吸 奥義・壱 鬼身】

 

【天の呼吸 奥義・弐 魔感】

 

 

 八幡は奥義を同時発動。

 更に、痣を浮かび上がらせ、全力を解放した。

 





途中、八幡が猗窩座を圧倒していたように見えますが、実際はそこまで八幡は血良くありません。
八幡が搦め手を使ったせいで猗窩座が動揺してしまい、その隙を突かれただけです。
けど、ソレも失敗に終わってしまいました。
流石に痣無しで猗窩座は倒せません。


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楽しい

 

 

 その日は、胡蝶カナエにとっていつも通りの日常の筈であった。

 

 任務を終えて屋敷に戻った彼女は、身を清めて床につく。

 大した相手ではなかったが、遠出で疲れた彼女はすぐ眠りについた。

 起きたのはその数時間後。慌ただしく屋敷を走り回る音で目が覚めた。

 

 何を騒いでいるのか。

 若干微睡む目をこすってカナエは起き上がった。

 そして寝巻きのまま廊下を歩くと、一人の少女が慌ただしく走ってきた。

 

「カナエ様!」

 

 アオイだった。

 八幡のお目付け役を引き受け、彼と一緒に買い出しに行っている筈の彼女。

 だというのに、アオイの傍には八幡がおらず、その上彼女は血相を変えている。

 異常事態が起きている。そのことに気付いたカナエは眠気を無理やり吹っ飛ばした。

 

 

「カナエ様!」

 

 少女の声に振り返れば、そこに居たのはアオイだった。

 

「アオイ、そんなにに慌ててどうしたの?」

「はい、実は・・・」

 

 アオイが今にも泣きそうな顔で言葉を続けた。

 

「天柱様が、上弦の……参と交戦……しており、ます」

 

 ソレを聞いた途端、カナエの呼吸が止まった。 

 その言葉を理解出来たのはその数秒後。

 思い出したかのように常中の呼吸を行い、すぐさま自室へと駆けて日輪刀と隊服を取り出す。

 

「カァー! 比企谷八幡、上弦ノ参ト交戦中! 冨岡義勇、胡蝶カナエ、直チニ迎エ!」

 

 言われるまでも無い。

 最悪の事態を回避する為、カナエは全力で走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【破壊殺―――】

 

 

 隕石のような拳撃。

 流星群のような蹴撃。

 瞬く間に塵と化すような災厄の数々。

 ソレらを迎え撃つのもまた、天災の如き剣戟であった。

 

 

【天の呼吸―――】

 

 

 力強く迅きこと雷の如く。

 激しく疾きこと嵐の如く。

 静かに連なること雨の如く。

 深く動かざること雪の如く。

 知り難く変幻なこと雲の如く。

 天災を再現した剣技が災厄を切り払う。

 

 天災と災厄。

 雷霆と隕石。

 どちらが上かと言われたら後者を選ぶであろう。

 だが、八幡と猗窩座との間では少し違っていた。

 

 

【破壊殺 鬼芯―――】

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 災厄を、天災が打ち破った。

 

 終始優位なのは八幡(天災)の方であった。

 猗窩座の攻撃を打ち破り、技を繰り出す瞬間を潰し、逃げ道を奪う。

 何とか凌いでいるものの、天災はジワジワと侵攻し、猗窩座を追い詰めていく。

 

 剣先の刺突を避け、刃の斬撃を防ぎ、剣士の技を受け流す。

 一つ対処すれば、間髪入れず次の攻撃が飛んでくる。

 後手に回らされている。反撃しようとしても、すぐさま潰される。

 追い詰められている。逃げようとしても、すぐさま先を越される。

 雨のように降り、嵐のように荒れ、雷のように激しい剣戟を、猗窩座は必死に凌いでいた。

 逆に、猗窩座の攻撃は全て避けられ、捌かれる。

 スルスルと液体のように動き、懐に飛び込んでは再び間合いを侵略。攻撃へと移る。

 

 鬼身と魔感と龍痣の同時併用。

 通常時より速く、通常時より早く、更にソレらを強化。

 心拍の上昇による速度上昇と、人為的なタキサイキア現象と、龍痣。

 鬼人の速さと魔人の早さを手にした今の彼は、雲を得た龍のようであった。

 

 

【破壊殺 拳式―――】

 

【天の呼吸 嵐の型 太刀風・烈風】

 

 

 斬撃を飛ばして右腕を切断。

 猗窩座の攻撃が来る前に無力化させる。

 

 

【破壊殺 脚式 冠先割】

 

【天の呼吸 雲の呼吸 霧隠れ】

 

 

 蹴撃を霧のような歩法で回避。

 猗窩座の攻撃を実体がないようにすり抜けた。

 

 

【破壊殺 崩式―――】

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 凄まじい速度で猗窩座に接近。

 懐に飛び込んで何かする前にソレを潰した。

 

 

「(俺の力が…全く通じない!)」

 

 猗窩座は焦りに焦っていた。

 自身の技が全く通じない。

 避けられ、受け流され、防がれる。

 だがこんなものはまだマシ。大半は動く前に潰される。

 歯が立たない。これではまるで……奴のようではないか。

 

「(上弦の……壱!)」

 

 猗窩座の脳裏に、最強の剣士の姿が浮かんだ。

 

 

 

「(よしこのまま押しきる!)」

 

 対する八幡もまた余裕はなかった。

 八幡は決して出し惜しみも手を抜いていたわけでもない。

 切り札を出すタイミングを窺っていただけである。

 

 猗窩座には、これといった攻略法がない。

 他の鬼達と違って、血鬼術は単純な身体強化のみ。

 圧倒的な鬼としての自力で潰してきたという単純なものだ。

 下手な小細工は通じない。下手に切り札を出しても通じない。故、気軽に奥義を出すわけにはいかなかった。

 だから、切り札を一度出した以上、ここで仕留めなくてはならない。

 ここで逃せば、その代償は高く付き、その命で償わなくてはならないことになるのだから。

 

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

「ぐわッ!?」

 

 八幡の斬撃によって、猗窩座は弾かれた。

 バランスを崩したその隙に八幡は背後に回り込む……。

 

 

【破壊殺 脚式 冠先割】

 

【天の呼吸 雲の型 入道雲】

 

 

 幻影。

 猗窩座が蹴り飛ばしたのは八幡ではなく、八幡が飛ばした殺気であった。

 鋭い蹴りは空振りとなり、その勢いのせいで更に隙を晒す事になる。

 

 

【天の呼吸 雷の型 早鳴り】

 

 

 その隙を突いて、刀が猗窩座の首を捉えた。

 しかしソレだけでは力が足りない。

 八幡は首を落とす為に力を入れる。

 

「ぐ…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 猗窩座もまた力を入れる。

 首を斬り落とされんと、首にありったけの力を込めた。

 

 力を込める。

 迫り来る刃を弾く為。

 

 力を込める。

 己を押し込む重りを弾く為に。

 

 力を込める。

 弱かった頃の自分を弾き飛ばす為に。

 

 

『もうやめて』

 

 

 

 ふと、女性の声が脳裏に過った。

 知らない筈の声、しかし何処かひどく懐かしくて好ましい。

 だが、今はソレどころではない。早くこの場を切り抜け、反撃しなくては。

 

 

 

『もう十分。○○さん、これ以上は……っ』

 

 

 

 

 

《強く成りたかったのではないか、猗窩座?》

 

 

「!!!」

 

 唐突な無惨の声が、猗窩座の意識を鬼のソレに変えた。

 

 鬼気迫る猗窩座。

 彼の気迫に呼応して、無惨の血が急速に適応を早める。

 鬼と化した猗窩座の精神は女の声をかき消し、戦い一色に染めた。

 

「俺は…強くならなくてはいけないんだ!!」

 

 湧き上がる力を爆発させるかのように、猗窩座は吠えた。

 ソレに呼応して猗窩座の肉体が変化。

 全身から蒸気が立ち、オーラを纏う。

 実体を持った闘気は八幡の刃を弾き飛ばす。

 更に猗窩座の肉体を包み込んでその姿を変えた。

 

「おおおぉぉ!」

 

 変化した猗窩座が飛び掛かる。

 先程とは比べ物にならない速度。

 八幡はソレに驚きながらも戦闘を続行。

 龍と鬼の剣戟と拳撃が再びぶつかり合った。

 

「!!? (な、なんつースピードとパワーだ!?)」

 

 猗窩座の唐突なパワーアップに驚きながらも八幡は対応する。

 拳の乱舞を刀で受け止め、衝撃を流す。

 やることは何も変わらない。その筈なのだが……。

 

「(クソ、これはマジい!)」

 

 圧倒的なパワーとスピードはソレを不可能にする!

 

 いくら技量があろうが、降り注ぐ隕石を、その衝撃を見切り受け流せるわけがない。そんなことが出来るならソイツは人間じゃない。

 単純明快に強い。これこそ猗窩座の強みである。

 そしてもう一つ……。

 

「(見える…見えるぞ! 奴の攻撃が何処から来るのか全て分かる!)」

 

 今の猗窩座は、八幡がどう動くか全て見えていた。

 分かるではない。文字通り全てが視えている。

 破壊殺・羅針の糸。

 原作で炭治郎が見ていた隙の糸を血鬼術によってより高次元に再現したものである。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

【破壊殺 砕式 万葉閃柳】

 

 

 拳撃が剣戟の嵐を吹き飛ばした。

 たった一発。だというのにソレで八幡を弾き飛ばす。

 

 

【天の呼吸 雲の呼吸 霧隠れ】

 

【破壊殺 滅式】

 

 

 拳の乱舞が八幡の幻影を吹っ飛ばした

 周囲全て吹き飛ばし、幻も本体も全部弾き飛ばす。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

【破壊殺 終式 青銀乱残光】

 

 

 接近した八幡を吹っ飛ばした。

 先に動いた筈の八幡をソレ以上の速度で弾き飛ばす。

 

「ぐあッ!?」

 

 猗窩座の蹴り上げによって吹っ飛ばされ、木葉のように舞う八幡。

 完全に無防備な状態の彼に、猗窩座の拳が繰り出された。

 

「(クソ…全然通じない!)」

 

 八幡は焦りに焦っていた。

 自身の技が全く通じない。

 力尽くで全部弾かれ、吹っ飛ばされる。

 全部力技だ。今まで培った技術を全て力のみで封殺された。

 理不尽。

 この戦いはこれに尽きる。

 

 

 痛い。

 殴られ、蹴られた箇所が痛い。

 特に、背中が猛烈に痛い。

 

 悔しい。

 磨き上げた技術が通用しない。

 自分なりに最善の努力をしてきたつもりだ。

 だというのに、こいつはその技術を軽々と力だけで容易く打ち返してくる。

 

 

 怖い。

 一撃を喰らうどころか、掠るだけで死ぬには十分な拳。

 打ち合う度に、死ぬかもしれない力と向き合わなければならない。

 次の瞬間には死んでいるかもしれない。

 

 だというのに。

 

「……ハハ」

 

 口から笑い声が溢れる。

 

 こんなにも痛いのに。

 こんなにも悔しいのに。

 こんなにも怖いのに。

 

 

 

「アハハ…」

 

 笑顔になる。

 笑うべきではないのに。

 苦しみ、怒り、憎むべきなのに。

 だというのに、笑いを抑えられない。

 

 笑う度に、心が軽くなっていく。

 笑う度に、頭が冴えていく。

 笑う度に、力が溢れてくる。

 

「あっハッハッハ!」

 

 抑えきれない。

 笑うことを、解放することを。

 

 自分を縛る何かが砕ける。

 自分を封じる何かが崩れる。

 自分を閉じ込める何かが壊れる。

 

 ああ、そうだ。

 そういうことだったんだ。

 余計なものなんて、最初から要らなかったんだ。

 

 ああ、そうだ。

 戦うのは、こんなにも。

 

 

 楽しい!

 

 

 いい気分だ、

 実に、いい気分だ。

 まるで宙に浮いたかのよう。

 ああ、今なら何でも出来そう気がする。

 

 

【天の呼吸 奥義・参(サード) 常世心地】

 

 

 

 

 



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夢現

 

 空を、一匹の龍が昇っていた。

 

 雲に乗って、雪と雨が降る中、嵐と雷を纏って。

 

 赤鬼と悪魔を側に従えながら、龍は更なる()を目指す。

 

 上る、登る、昇る。

 

 龍は更なる高みを目指して、天から宙を目指して駆ける。

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 成層圏を突破し、その存在を誇示した。

 

 燃えているかのように、赤く染まった牙を見せつけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】

 

 

 猗窩座の拳が流された。

 積る雪のように深く、雲のように掴み所の無い動き。

 ソレは猗窩座の攻撃を流すだけでなく、その勢いを返す事でその腕と拳を破壊。

 猗窩座はその瞬間、積もった雪に手を突っ込み、その重みで腕が潰れるような錯覚を覚えた。

 しかし、猗窩座は焦らない。上弦、益してパワーアップした彼にとって複雑骨折だろうと瞬時に再生する。

 気にすることなく腕を再生させながら、猗窩座は反対の腕で殴りかかった。

 

 

【天の呼吸 雲の型―――】

 

 

 拳が当たろうとした途端、八幡が雲と化した。

 

 無論、人間である八幡が雲に変身出来るわけがない。

 そのように見える動きで拳を避けてみせた。

 全集中の呼吸による型が、雷や炎を幻視させるのと同じ原理である。

 けど、ソレでも。剣士自身がそのように見えることはない。

 

 だが、ソレが何だというのだ?

 

「(何が起こったか分からんが…食らえ!!)」

 

 急に避けられるようになったのは確かに面食らったが、そんなものは力で潰せばいい。

 攻撃を流されたのもマグレのようなものだ。今の彼には気の糸が視えている……。

 

「(!!?)」

 

 糸が、見えなくなっていた。

 

 見えないのは糸だけではない。

 先程まで感じていたはずの気。

 八幡が発していたはずの、至高の領域に近い気。

 闘気、殺気、覇気。

 それらが織り交ざった独特の気が全て消えていた。

 そこにいる筈なのに、存在感がない。まるで幽霊のようだ。

 

「……!」

 

 ユラリと、八幡が動く。

 相変わらず気は感じられず、羅針も作動しない。

 猗窩座は一掃警戒心を高め、構えていた。

 

「(……いや、ここは先手を取られる訳にはいかない!)」

 

 

【破壊殺―――】

 

【天の呼吸 雨の型―――】

 

 

 八幡が何かをする前に、猗窩座は動き出す。

 が、しかし。八幡の方が早かった。

 雷と成りて懐に詰め、刀を振るう。

 

 

【―――春霖雨・花腐し】

 

 

 途端、斬撃の雨が降り注いだ。

 猗窩座はソレらを闘気による探知に頼らず、己の技巧と勘のみで対応する。

 が、しかし。斬撃の雨はソレを先読みして猗窩座の行動を全て潰す。

 剣戟だけでなく、八幡自身も雨になったかのような動き。

 その前に、猗窩座は戦慄した。

 

「この!?」

 

 ダメージ覚悟で猗窩座は行動に出た。

 全身を切り刻まれているが問題は無い。

 首以外なら斬られようが抉られようが瞬時に再生する。

 雨の中を潜り抜け、胴を貫かんと踏み込め―――なかった。

 

 

【天の呼吸 雨晴の型 長雨・五月晴れ】

 

 

 強烈な斬撃によって、足を斬られた。

 長い雨の後、急に晴れた日の日差しのように強烈な一撃。

 ソレによって猗窩座の腕が斬られた。

 

 まだまだ猗窩座への理不尽は続く。

 

 

【天の呼吸 雲の型―――】

 

 

 ある時は雲となって猗窩座の前から姿を消し……。

 

 

【天の呼吸 雨の型―――】

 

 

 またある時は雨となって猗窩座に斬撃を降らし……。

 

 

【天の呼吸 雷の型―――】

 

 

 またまたある時は、雷となって猗窩座を貫く。

 

 

 

 端的に言えば、猗窩座は再び追い詰められていた。

 闘気を発さず、強力な斬撃を繰り出す八幡の前に。

 呼吸によって、天災と化した八幡の剣戟によって。

 

 この短い時間に八幡は至った。

 己が武を行使するのではなく、己が武へと。

 

 技を使うのではない。

 技そのものへと変貌する。

 

 これぞ、無我の境地。

 猗窩座が追い求めたものに他ならない。

 

 

【天の呼吸―――】

 

 

 刀を掲げる八幡。

 赤く熱せられた刀。

 何度も技を行使した結果生まれた熱。

 熱と光を乗せた日輪刀を、天高く翳す。

 ソレを見た途端、猗窩座は一つの幻を見た。

 

 赤く燃える刀。

 血に刻まれた無惨の記憶。

 かつて、無惨を追い詰めた剣士の姿を。

 

 

【―――晴の型 日暈の龍】

 

 

 その姿が今、重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……比企谷さん」

 

 胡蝶カナエは森の中を駆けていた。

 此処まで全速力で訪れたせいで、僅かに疲弊しているが仕方がない。

 直ぐにでも戦っているあの人を援護しなければならない。

 

「(でもまあ、あの人だし……もう終わってるんじゃない?)」

 

 八幡は既に上弦を単体で二体も屠っている。

 両方とも同じ伍だが、ソレでも十二分の成果。

 しかも、二つとも自分たちが来た頃に終わらせていた。

 今回もそうかもしれない。前回同様、付いた途端に「遅い」と文句を言われるかもしれない

 だが、その方がいい。そうに決まっている。誰が好き好んでボロボロに傷ついた同僚の姿を望むものか。

 

 森の中の、不自然に開けた場へと出た。

 折れ曲がった木が至る所に転がり、不自然な切り株がちらほらと見える。

 おそらく、戦いの余波でこうなったのであろう。

 

 太陽が僅かに昇っているが、日差しは未だ。

 鬼がまだ活動出来るが、寝床に戻る微妙な時間帯。

 ソコで、カナエは見覚えのある後ろ姿を目にした。

 

 日輪刀を地面に突き刺し、ソレを支えにして膝立ちしている八幡。

 後ろ姿だから表情は分からないが、微妙に動いていることから生きていることは分かる。

 そして、そんな彼の背後には、紅梅色の短髪の鬼―――猗窩座が両手で己の首を支えて蹲っていた。

 

「………!」

 

 ソレを見た途端、カナエは気付いた。

 あの鬼こそ上弦の参であると。

 

 ゆっくりと、鬼は立ち上がった。

 切り口からはまだ血が流れだしており、再生仕切っていない。

 今なら勝機あり。再生する前に奇襲を仕掛ければ、勝てるかもしれない……。

 

「!?」

 

 猗窩座はカナエの存在に気付いた途端、森の奥へと走っていった。

 

「……どうして?」

 

 確かに時間は迫っていただろう。

 だが、十分に二人を殺す時間はあった。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

「比企谷さん!」

 

 未だに日輪刀を握りしめたままの泡沫の様子を伺う。

 気を失っている様子だった。

 

 五体満足で生きている。

 目立った外傷もない。せいぜい所々に見える痣くらいだ。

 

「本当に……規格外ね」

 

 上弦討伐というだけで鬼殺隊初の大手柄だというのに、更に上弦の参まで撃退したというのか。

 一体、どれだけ伝説を生み出せば気が炭のだろうか。

 

「――すまない、遅くなった」

「比企谷さんはどうなった!?」

 

 遅れてやってきた冨岡義勇と不死川実弥。

 カナエはソレをジト目で見る。

 

 

「上弦は逃げていきました。比企谷さんは……ほぼ無傷ですね」

 

 傷こそないが、無事だと断言は出来なかった。

 もしかしたら、血鬼術を掛けられたかもしれない。

 戻ってちゃんとした検査をするまで安心はできないだろう。

 八幡を背負うのは冨岡に任せ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無様だな、猗窩座」 

 

 パラパラと本のページをめくりながら、子供の姿をした無惨は淡々と告げる。

 

「上弦の参という地位でありながら、貴様は高が柱の一人も殺せないのか」

「……返す言葉も…ありま、せん」

「誰が口を開いて良と言った?」

「…………」

 

 メキメキと身体の内部から圧し潰され、猗窩座の口から血が漏れる。

 

「猗窩座、お前には失望した。……下がれ」

「………」

 

 無言でトボトボとその場を去る猗窩座。

 無惨はその姿を眺めながらため息を漏らした。

 

 忌々しい。

 黒と虹色の刀を使う柱。

 奴の動き、まるであの化物のようではないか。

 流石に、強さはあの化け物程ではないが、成長速度は目に張るものがある。

 先程はきつく当たったが、無惨自身は猗窩座が柱より劣るとは思ってない。

 あの柱が強すぎるんだ。現に、玉壺と苦累をたった一人で倒す程の実力がある。

 日の呼吸の使い手ではないが、ソレに近いのは間違いない。

 

「今度は黒死牟にやらせるか」

 



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骨を埋める覚悟

 

 翌日、俺は柱合会議に参加することになった。

 

 前回は回復まで待ってくれたが、こうも連日で上弦と戦うことになったせいで遂にお館様が痺れを切らしてしまった。

 お館様の方からもう待てないと指名され、こうして怪我が残る身でありながら会議に参加する事になった。

 

「(ったく、何をいまさら報告することがあるんだ 上弦についての報告書はもう出した筈だぞ)」

 

 ガラリと襖を開けると、全員の視線が俺に向かった。

 既に全ての柱が揃っている。

 おい、まだ会議が始まる五分前だぞ。

 

「やっと主役が来たか。お前はソコに座れ」

 

 宇随は俺に手招きしながら反対の手でど真ん中を指さした。

 え、俺が最後なのにソコ座るの? 悲鳴嶋さんの隣でかなり窮屈なんだけど?

 

「比企谷、上弦との戦いはどうだった?」

「報告書は既に書いた筈だ」

「お前の口から聞きたいんだ」

「………後で説明する」

 

 他の柱もちらちらと俺のことを見ている事から、全員が気になっているのだろうが、教えてやらない。

 どうせお館様が来たら話すんだ。なら同じ事を二度言わなくてもいいよな。

 

「やあ、待たせたね」

 

 奥の襖を開けてお館様が現れた。

 

「それじゃあ、柱合会議を始めようか」

「では俺か。……上の情報についてです」

 

 さっさと話して帰りたい俺は最初の発言権を取った。

 いつもは俺以外なのだが、どうやら他の柱も上弦の話を聞きたいらしい。

 ちゃんと報告書書いて全員に読むよう回したんだけどな。

 よって大分端折って話す。

 途中、俺の報告書を丸写しした資料が配られたのだが、ソレがあるなら最初から出せや!

 

「コレは私見ですが、上弦の参以上は最低でも柱級が三人必要です。それと再生力がそれ以下の数字の鬼より桁違いに強く、ただ首を斬るだけでは足りません。切断面から再生を図るでしょう。なので頸を斬り即座に身体を遠ざける必要があります」

 

 あの時、猗窩座の首を蹴り飛ばしでもすれば、俺はアイツを倒せていたはずだった。

 クソ、今度会ったらアイツの首を俺が絶対に切り落としてやる。

 

「……そうか。よく生きて帰ってきてくれたね、八幡」

「いえ。参を討ち取れなかったのは私の失態です。次はこの身を犠牲にしてでも奴の首を討ち取ってみせます」

 

 少しかっこつけて言うと、後ろにいる宇随が噴き出しやがった。

 おい、それどういう意味だ。俺も少し寒いと思ったが何も笑う程じゃないだろ。

 

「それじゃだめだ。八幡は上弦を二体も倒し、参を撃退した貴重な柱だ。無惨討伐の為に無くすわけにはいかない」

「勿体なきお言葉です。……あと、これは私からの提案なのですが…」

 

「この私を囮に上弦をおびき出してはどうでしょうか?」

 

 俺がそう言った途端、会議の場が少しざわついた。

 

「確か、上弦の参は君を狙っていたようだね?」

「ええ。前回、奴は天柱だと聞いてきました。どうやらある程度の情報は向こうに行っているようです」

「……なるほどね」

「お館様、私からもよろしいでしょうか?」

 

 突然、不死川が手を挙げる。

 

「ソレならば、比企谷さんの周囲に一人だけ柱を配置してはどうでしょうか?」

「おい不死川、ソレじゃあ他の任務に支障をきたすだろ」

「その心配はない。柱のほかに有望な隊士は何人かいる。柱一人だけなら欠けても補える」

「俺も派手に賛成だ。第一、悲鳴嶋さんと互角の貴様が欠ける事態になる方が支障をきたす」

「宇随、お前まで……」

 

 え~、誰かと一緒なんて俺嫌なんだけど。

 出来るなら、俺は獲物を独占したいんだけど。

 

「俺も賛成だ。男なら、一人だけに頼らず己の手で上弦を取りに行く」

「問題ない。(死なせるわけにはいから全力で)八幡を守ってやろう」

「上弦が来ると分かってるなら好都合よ。皆で一気に結着を付けるわ」

 

 誰も反対する様子はなかった。……俺以外は。

 あと義勇、お前は括弧の中をちゃんと言え。だから誤解されるんだぞ。

 あと錆兎、御前崎市もフォローしてやれ。義勇の世話係はお前だろ。もしかして面倒になった?

 

「よし、反対はないようだね」

 

 こうして俺の意見は封殺されて柱合会議は終了。

 もう要はないので帰ろうとした途端、俺の肩を宇随が掴んだ。

 

「おい、何帰ろうとしてんだ?」

「んだよ、全部話したろ?」

「それじゃねえよ」

 

 

「今日は上弦と戦った英雄を祝して宴会だ!」

 

 は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの野郎ども、こんな時間まで飲ませやがって…」

 

 宴会が終わって帰路につく。

 いつも通りの展開だ。

 不死川が義勇の言葉足らずに苛ついて、その様子を宇随が笑い、カナエと錆兎が止める。俺と悲鳴嶋さんはソレを少し離れて眺める。

 ああ、いつもの光景だ。

 この光景がいいと最近になって思うようになった。

 誰一人欠ける事なく再び集まり、次も全員で生き残ろうと誓い合う。

 

 ああ、認めよう。俺はこの世界が好きになっていると。

 

 確かにこの世界は危険で生きにくい。

 冷暖房も図書館もネットもウォシュレットもサイゼもない。

 飯も元の世界に比べたら貧相で自由度が著しく低い。

 家事も家電がないから滅茶苦茶大変だ。

 今思えば、元の暮らしは天国みたいに恵まれていたと感じる。

 しかも、この世界には鬼という天敵が跋扈しているのだ。マトモに暮らせるわけがない。

 こんな世界、たとえ特典があっても元の俺なら行きたいとは思わなかった。

 

 けど今は違う。この世界で、俺は色んな(しがらみ)しがらみが出来てしまった。

 

 鱗滝さんに弟子入りして義勇達と会ってしまった。

 鬼殺隊に入隊して宇随たちと会ってしまった。

 天柱に就任して不死川たちと会ってしまった。

 自分だけ安全な世界に帰るには、多くの人と縁を築いてしまった。

 

 対する元の世界はどうだ?

 確かに物や環境はいいが、大事な縁は何もない。

 この世界に来る前の俺はボッチ。その上、両親とも仲がいいとは言えない。

 だったら、こっちの世界にいた方がいいんじゃないか。

 苦楽を共にし、同じ目的を有する仲間のいる世界に。

 無論、小町は心配だ。だから、元の世界に戻れるなら戻って一度顔を見たい。

 けどソレだけだ。もし今戻れたとしても、俺はまたこの世界に行く。

 

 第一、俺は元の世界に帰れるのか?

 

 生きる為に死に物狂いで鍛え、力を付けた。

 帰るために鬼殺隊へ入隊し、金と情報を集めた。

 何時かは帰れると、鬼なんて危険生物がいるこの世界から戻れると信じて。

 そうやって鬼を狩り続けて数年後、今の俺は鬼殺隊の最上位である柱になってしまった。

 

 もうこの世界の抵抗感はなくなり、完全に順応している。

 鬼への恐怖心は既に無くなり、積極的に鬼狩りを続けている。

 今の俺は、完全にこの世界の住民になってしまった。……いや、それ以上か。

 

 第三の奥義。アレは心の底から楽しみ、その快楽に溺れる事が発動条件だ。

 つまり、俺は人斬り成らぬ鬼斬りを心底楽しみ、その快感を受け入れていることになる。

 

 鬼狩りは楽しい。

 不謹慎だが、それ以上に強くなりたい気持ちが勝っている。

 猗窩座との戦闘で気付かせられた。俺はまだまだ強くなれると。

 

 第三の奥義、常世心地、アレにはまだ先がる。

 宙に浮いたその先。あのまま天へと……その先の境地へと!

 

「(……まあ、ソレも鬼を倒し切ったらおじゃんか)」

 

 そこまで考えて俺は頭を振る。

 鬼を全滅させるとか、帰る手段を見つけるとか、そんな皮算用をする余裕があるのか。

 今の俺は上弦の鬼に狙われている。俺を追い詰めた猗窩座よりも強い鬼が弐体も控えているんだ。

 先の事、しかも出来そうにもないことを考えるよりも、まずは生き残ることを考えるべきだ。

 けど、ソレが解決したら……。

 

 もし、このまま元の世界に帰れなかったら。

 もし、このままずっと無惨を倒せないたら。

 

 その時は、この世界―――仲間がいるここで骨を埋めるのも悪くないか。

 



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上弦の弐

 

 ある日の夜空、一体の鬼が夜空を飛んでいた。

 宙に浮く血鬼術を使い、更に蝙蝠のように翼へと変じた腕を羽ばたかせることで飛行している。

 

 彼は安堵の息をついた。

 先程まで鬼狩りに追われていたが、なんとか逃げ切ったからである。

 一目見て分かった、その鬼狩りが自分よりも強いと。

 相手の力量差を理解した途端、彼は一目散に逃げた。

 ここまでやったらもう一安心だ。振り切ったのも同然である。

 

 空は彼にとっての安全圏。

 いくらどんなに強い鬼狩りも、人間である以上空は飛べない。

 せいぜい地上の上を少し跳ねる程度であり、空高く舞い上がる自分に届く筈がない。

 

 この鬼はこの血鬼術を使って天敵から逃れてきた。

 鬼狩りと戦うなんてとんでもない。逃げるが勝ち。どんな手段でも生き残った者が勝者なのだ。

 

 あれから大体半刻程だろうか。

 大体一里ほど離れた今ならばそろそろ陸に降りてもいいだろう。

 そう考えて高度を下げた瞬間………。

 

 パァンと。彼の胴体に銃弾が決まった。

 

「!?!?!?」

 

 途端に沸き上がる激痛。

 撃たれた箇所から何かが身体中に拡がり、蝕む感覚。

 その激痛に悶えて彼はバランスを崩し、空から落ちて行った。

 

 何だ、一体何をされた? 俺の身体に何が……!?

 

 パァン。

 もう一発、頭にぶち込まれる。

 今度こそ、その鬼は息絶えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

「よし、ビンゴ」

 

 真夜中の山奥、俺は(ライフル)を降ろし、双眼鏡を手に取って覗いてみる。

 なるほど、適当な箇所に撃っても毒は効くが、一番効くのは頭か心臓といったところか。これはいいデータが取れた。しのぶに報告だな。

 

「うわッ、本当に当てやがった。お前本当に何でも出来るな、八幡」

 

 俺の隣で双眼鏡を覗いている錆兎が驚きの声をあげる。

 別に難しいことはしてない300mほど離れたここから狙い撃った。ただそれだけだ。

 無論、銃弾では鬼は死なない。普通の銃弾ならな。

 

 今回使ったこの銃の弾丸。

 コレはただの銃弾ではなく、しのぶが開発している藤の毒弾の試作品だ。

 鬼殺隊でマトモに狙撃が出来るのが俺だけしかいなかったので、こうして俺が実験台になっている。

 

「一発目は分かるが、二発目は落ちている途中だぞ。なのに正確に頭を撃ち抜くとか……。八幡、お前何でそんなに銃の扱いが上手いんだ? そんな暇あるならもっと剣の修行をしろ」

「うっせえ。そのスキルがこうして役立ったからいいだろ」

 

 俺は付き人の錆兎に言い返す。

 

 先日の柱合会議から、俺以外の柱の内の誰か一人が付き人になった。

 上弦に狙われている俺を守るという名目だが、実際は上弦が釣れたら付き人の柱とペアになってボコるといったものだ。

 本日の当番は錆兎。けどそろそろ夜明けが近づいている為、交代の時間だ。

 次の相手はカナエ。蝶屋敷で待ち合わせしており、しのぶに報告する序でに錆兎と代わる予定である。

 

「しっかし村田の奴、鬼を逃すなんて間抜けな奴だ」

「そう言うな錆兎。流石に飛べる鬼を追えるわけがない」

 

 相変わらず錆兎を窘めていたその時だった……。

 

 

「カァー! 上弦ノ鬼出現! 現在、花柱胡蝶カナエト交戦中! 大至急応援ニ向カエ!!カァァァァ!」

 

 カナエの鴉が慌ただしく伝える。

 途端、俺の身体は無意識に動き出した。

 遅れて、八雲が俺の肩に、錆兎の鎹烏が錆兎の肩に止まる。

 

「八幡、話は聞いたな?」

「ああ、案内を頼めるか?」

「承知した!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッ…カハッ…」

 

 カナエは膝を着き、口から血咳を吐いていた。

 

 日輪刀は折れ、全集中の呼吸も肺の中にある異物が阻害。

 もう彼女には、戦う力どころか、立ち上がる力すら残されていなかった。

 

「ああ、可哀そうに……」

 

 カナエの容態を痛々しそうに嘆く一人の男。

 その青年は異質な存在感を放っていた。

 頭から血をかぶったような模様をした白橡色の長髪に、虹色の瞳。その瞳には左右各々に“上弦”の“弐”と刻まれている。

 そう、この青年こそ上弦の弐、童磨。

 カナエをこのような状態に下張本人である。

 

 彼はにこにこと穏やかな笑みを浮かべて優しく喋る。

 しかしその笑顔は若干ズレていた。

 

「俺は感動した! 無駄だと分かっていながら戦う君の勇気に! だけど叶わない夢を見るのは何よりも辛い筈だ! だから今、俺が苦しみから解放してあげよう!」

 

 救済。

 先程から童磨がよく口にする単語。

 鬼が言うにしては耳触りが良いが、その内容は常軌を逸していた。

 

 この鬼にとっての救済とは死。

 生きることを無駄とほざき、何かを成し遂げる行為を無駄と宣う。

 ふざけている。温厚なカナエでも彼の考えは受け入れがたいものであった。

 しかし、拒絶する力など今の彼女にはどこにもない。 

 

「(まさか……上弦ノ弐に会ってしまうなんて……)」

 

 歯が立たなかった。

 鍛え上げた型が通じなかった。

 培ってきた実力が全く通じなかった。

 この鬼はカナエの柱としての力全てを否定した。

 

 強い。

 全てが規格外の強さ。

 他の鬼とは比べること自体が烏滸がましい程の力。

 ソレほどまでに童磨との実力差は絶望的なものであった。

 

「(あの人なら、こんなことにはならなかったのかな?)」

 

 カナエの脳裏に一人の剣士の姿が浮かぶ。

 上弦を二体も倒し、その参もまた撃退した男。

 彼ならば、彼と一緒ならば、このようにはならなかったのではないか。

 

「(……いや、そんなこと考えても無駄ね)」

 

 そんな仮定の話をしても意味はない。

 カナエは死ぬ。

 今日、ここで。

 鬼に殺されて散るのだ。

 

「じゃあね」

 

 童磨が鉄扇を振るう。

 

「(ごめんね…しのぶ、カナヲ)」

 

 一言すら発せない。

 代わりに出るのは血を含む咳。

 もう無理だ。カナエは諦め悲しみの涙を流す。

 そのまま彼女は目を閉じて……。

 

 パァン!

 

 一発の銃弾が、童磨の鉄扇を弾き飛ばした。

 

「え?」

 

 突然の事に困惑する童磨。

 否、この鬼にそんな感情などない。

 機械がトラブルでエラーになったようなもの。

 原因を解明すればすぐさま再起動し、反撃にかかる。

 だが、銃弾を放った相手は、動く事すら許さなかった。

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 突如、強烈な雷鳴が、童磨の首目掛けて飛んで行った。

 

 



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童磨

 

 雷の如き速度と勢い。

 ソレは童磨の顎から上を切り飛ばした。

 勢いを一切殺さぬままカナエを抱き抱え、童磨の攻撃範囲外まで瞬時に離脱。

 

「(………え?)」

 

 ゆっくりと、カナエは目を開ける。

 童磨から庇うように立つのは、一人の剣士。

 腰まで伸ばした黒髪に、背中に龍が描かれた派手な羽織。

 虹色と黒色の刀の根元には『悪鬼滅殺』の文字が刻まれている。

 

「比企谷、さん……」

「悪い、遅くなった」

 

 天柱、比企谷八幡。

 力が抜け、倒れ込むカナエをゆっくりと地面に降ろす、

 

「あっ……。取られちゃった」

 

 頭を再生させながら、童磨は嘆きの表情を顔に浮かべる。

 首を斬るつもりが、童磨が体勢を崩したせいで狙いを誤ってしまった。

 敵の行動を正確に予測し、次々と先手を打つ八幡にしては珍しいミスである。

 

「へー、君が玉壺殿と苦累くんを倒し、猗窩座殿を追い詰めた剣士か」

 

 品定めするかのような不躾な視線に対し、八幡も同様の目で返す。

 

「なるほど、話通り……いや、それ以上に強い」

 

 ボトリと、童磨の右肘から上が落下。ゴトッと地面に落ちた腕は鉄扇ごと消滅した。

 斬られたのだ。顎から上を切り裂く前に。目にも止まらぬどころか、斬ったことを気付かせない程の速さで。

 

「俺は上弦の弐、童磨。もっとゆっくり話したいけど、俺は君を殺さなくちゃいけないんだ。あの方からの命だからね」

「俺は天柱、比企谷八幡。俺もお前を殺さなきゃいけない。上司からの命令だからな」

 

 対峙する八幡と童磨の間を、風に飛ばされた枯葉が通り抜ける。

 

 

【血鬼術 蓮葉氷】

 

【天の呼吸 雷の型 早鳴り】

 

 二人が互いに武器を振るったのは、全くの同時だった。

 虹色と黒色の雷と、冷たい氷がぶつかり合う。

 コレを火蓋に、戦いは始まった。

 

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

【天の呼吸 晴の型 雨過天晴】

 

 

 扇子を振るい、蓮華の花びら状の氷が散弾の如く広範囲にばら撒かれる。

 ソレを八幡は日の輝の如き強烈な踏み込みによって吹っ飛ばした。

 

「(俺の血鬼術を一撃で? なるほど、ほかの柱じゃ出来ない芸当だ)」

 

 八幡の技を冷静に分析する童磨。

 上弦としての誇りなど持ち合わせていない童磨は、人間風情に己の術を破られたことに思う所は無い。

 寧ろ逆。新しい玩具でも見つけたかのような目でその頬を緩ませた。

 少し術を破った程度では上弦の弐の余裕は崩せない。

 

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】

 

 

 降り注ぐ無数の鋭く尖った巨大な氷柱。

 八幡はソレを大雪に耐える柳の如きしなやかな剣技で受け流す。

 

「(!? あの動き、雷の呼吸と違う? 彼、鳴柱じゃなかったの?)」

 

 今度は水の呼吸に誓う動き。

 童磨自身に武の心得はないが、今まで数々の柱を屠ってきた実績からわかる。

 最初、あの雷のような剣戟のせいで雷柱だと思ったが違う。この柱は複数の呼吸を使い、尚且つその呼吸すべてが柱クラス以上だと。

 

 

 

【血鬼術 蔓蓮華】

 

【天の呼吸 雨の型 走り雨】

 

 

 氷の蓮華が四方八方から八幡を捉えようと、氷の蔓を伸ばす。

 八幡は駆け抜けながら迎撃。蔓の妨害を切り抜けて突き進む。

 

「(また違う動き? そういればさっきも炎の呼吸に近かった。まさか、違う呼吸を使う……) !!?」

 

 考察を続けながら戦う童磨だが、ながら作業で倒せるほど八幡は弱くない。

 いつの間にか接近し、刀の射程距離へと飛び込んでいた。

 

 

【血鬼術 寒烈の白姫】

 

【天の呼吸 雲の型 曇天】

 

 作り出された二体の氷像。

 八幡はソレを無視。その間をすり抜けて童磨に切り掛かる。

 

 

【血鬼術 枯園垂り】

 

【天の呼吸 雷の型 雷鳴轟轟】

 

 

 雷鳴のごとき凄まじい連撃を冷気を纏う鉄扇の連撃が迎え撃つ。

 その軌跡は凍てつき、氷刃となって襲い掛かる。

 が、しかし。その勝者は雷の方であった。

 刃先が頬を掠った途端、童磨の目が驚きに見開かれる。

 

 叩き込まれる五連斬撃。

 刹那の極僅かな合間に繰り広げられた人外同士の打ち合い。

 一振り二振りで、両の鉄扇を弾き、三撃目と四撃目で両腕をそれぞれ切断。その際に頬が掠り、続けて五撃目で童磨の首を半分ほど切り裂く。

 続けて七撃目で首を切り落とそうとした途端、童磨が次の手を打った。

 

 

【血鬼術 凍て曇】

 

 

 童磨きの口から、冷気の煙幕が発生。

 触れた先から凍てつく冷気が吐き出され、八幡は地面を蹴って後方へと跳んだ。

 コレが童磨の狙い。間合いに入らなければ、刀しか攻撃手段のない鬼殺隊など恐れるに足らず。

 いくら速かろうと、いくら強かろうと、頸を落とされる心配は無い。

 今のうちに両腕を瞬時に再生させ、己の肉体で再び鉄扇を生成。

 また別の血鬼術を行使……。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 扇嵐・薙ぎ払い】

 

 

 嵐が童磨の冷気を吹き飛ばした。

 剣薙ぎによる風圧によって当たりの冷気を換気。

 視界を取り戻した八幡が再び接近しようとしたところで……。

 

 バンバンバン!

 銃声が三つなる。

 そのうちの二つは後方へと発砲したもの。

 後方から接近する寒烈の白姫を撃ち落としたものである。

 

「ああ、気づかれちゃったか。じゃあこれはどうかな?」

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

 

 両腕を振るい、二体の分身を作り出す。

 

 

【血鬼術 散り蓮華】 

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

 分身が同時に血鬼術を発動させた。

 どちらも広範囲に攻撃する術。

 対応するために止まった瞬間、本体が空かさず集中的に血鬼術を発動させるつもりだ。

 

 

【天の呼吸 雷の型 千火万雷】

 

 

 が、しかし。童磨の目論みは潰えた。

 千と万の雷が全て斬り払い、容易く御子ごと血鬼術を無効化した。

 

「……どうやら、俺と君とは相性が悪いみたいだ」

 

 粉凍り。

 童磨の戦術の基礎となる技。

 微細な氷をばら撒き、これを吸った者は呼吸器官が凍り付き、ズタズタにされて。壊死する。

 通常は扇を用いて周囲に散布するのだが、先程のように口から吐き出したり、他の血鬼術を出す勢いでもまき散らせる。

 初見殺しもいいところであり、コレによってカナエは全集中の呼吸を封じられてしまった。

 仮に知っていたとしても防ぐ手立てに乏しく、全集中の呼吸に制限をかける非常に厄介な技である。

 しかし、八幡にはソレが通じない。

 粉凍りが彼の技によって飛ばされてしまうのだ。

 天の呼吸嵐の型がその代表である。

 なるほど、そう考えると確かに厄介だ。

 大半の剣士には有利に働く血鬼術だが、八幡という剣士にのみ、通じない。

 いやソレだけではない。八幡の厄介さはまだまだある。

 

 全ての呼吸をマスターしたかのように豊富な技、視覚外だというのに寒烈の白姫の接近に気付いた勘の良さ、そしてノールックでソレを迎撃したしゃげきの腕前。

 これまでの柱とは何もかもが違う。

 強敵。これは久々に手古摺りそうな相手である。

 なるほど、猗窩座が敗れたのもコレなら頷ける。 

 

「なら、手数でいこうかな」

 

 扇を合わせ、再び分身を作り出す。

 その数は三体。自分とコレらなら優位に戦えるだろう。

 

「………そうか。なら俺も本気を出させてもらう」

 

 

【天の呼吸 奥義・壱 鬼身】

 

【天の呼吸 奥義・弐 魔感】

 

 

 瞬間、八幡の心拍が急上昇。

 体温が著しく上がり、その心拍音が童磨まで聞こえてくる。

 皮膚が赤みを帯び、蒸気のような汗をかきながら、龍のような痣が浮かびあがる。

 ソレだけではない、彼の視界がモノクロへと変じ、全てがスローモーションへと変化。今の彼には、世界が止まって見えている。

 鬼の如き敏捷な肉体と悪魔の如き冴えわたる感覚。そして龍の痣がそれらを更に引き上げる。

 いける。これなら上弦の弐だろうが屠れる。今度は逃がさん!

 

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

【血鬼術 蔓蓮華】

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

 

 広範囲に繰り出される血鬼術。

 ソレらを増幅された感覚で見切り、増幅された運動性で回避、更に増幅された技術で叩き割る。

 ソレにしてもなんて非効率な術の使い方だ。

 恐らくあの氷人形に大した知能は無い。目の前にいたら攻撃、攻撃されたら迎撃、ソレ以外は待機といった単純な動作しか出来ないらしい。八幡の直感もそう言っている。

 しかし、それが複数いるなら話は変わる。

 

 隙無く降り注ぐ高威力かつ広範囲の血鬼術。

 息をつく暇も無い。雨霰の如く飛んでくる術に対応し、これ以上動かれないよう牽制し、更に常時本体である童磨に注意を向け続ける。

 無理ゲーにも程がある。

 一歩間違えば全てが崩れる無茶ぶり。

 なんとか凌ぎ切れているのは、八幡もまた常軌を逸した剣士だから。

 怪物。上弦の弐。武術を極めた猗窩座とは別方向の、血鬼術を極めた到達点。

 

 

【血鬼術 寒烈の白姫】 

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

【血鬼術 蓮葉氷】

 

 

【天の呼吸 雲の型 霧隠れ】

 

【天の呼吸 嵐の型 扇嵐・薙ぎ払い】

 

 次々と繰り出される血鬼術を、独特の歩法ですり抜ける。

 途中、飛び散る粉凍りも剣戟で吹き飛ばしながら、接近した。

 

 

【血鬼術 蔓蓮華】

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

 

 別の二体からの追撃。

 童磨が御子を追加したのだ。

 これで計五体。童磨を入れたら六体を相手にしなくてはならなくなった。

 

 

【血鬼術 凍て雲】

 

【血鬼術 枯園垂り】

 

【天の呼吸 深積雪・返り花】

 

 

 接近してきた二体を切り捨てる。

 速さも技術も八幡が上。一体目の斬撃を受け流し、その勢いを利用して二体目を破壊。続けて勢いを殺さず一体目を破壊。

 まき散らされた粉凍りも風圧によって吹き飛ばす。

 だがそれだけ。どれだけ氷人形を斬ったところで意味は無い。

 本体である童磨を倒さなければ無限に生えてくる上に、一度使った技は学ばれ、対策される。

 形勢は不利。なんとかしてひっくり返さなくては何れ負ける。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

 

 童磨が新たな人形を三体生み出した。

 これで計六体。戦況はさらに厳しくなった。

 しかし、打破する手段を八幡は既に持っている。

 

 

 深く呼吸を研ぎ澄まし、意識を集中させる。

 切り刻む。吹き飛ばす。嵐のように、一撃で全てを。

 

 

【天の呼吸 嵐の型―――】

 

【血鬼術―――】

 

 

 童磨とその分身が一斉に血鬼術を行使した瞬間……。

 

 

 

【―――荒神・大狂嵐】

 

 

 

 嵐が全てを吹き飛ばした。

 

 

「・・・え?」

 

 呆けたようように固まる童磨。

 紛うことなき隙。見逃すわけがない。

 技の勢いを乗せて強く踏み込み、一気に解放。

 一瞬で距離を詰め、そのまま首へと刀を振るい……。

 

 

【血鬼術 爆蓮華】

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 己の腕を氷化させ、爆発させた。

 自爆技。

 流石の八幡もコレは予想出来なかった。

 出来た事といえば、咄嗟に刀で防御し、そのダメージを限りなくゼロに受け流した程度。勢いは殺しきれず後ろに下がってしまい、童磨も爆風に吹っ飛ばされ下がってしまった。

 

「これも反応出来るんだね」

「当たり前だ」

 

 突然、童磨の視線と声が鋭くなる。

 びりびりと肌に伝わる強烈な敵意。

 この瞬間、童磨は八幡を対等かそれ以上とみなした。

 

「さっき、俺の血鬼術と結晶の御子だけじゃなく、粉凍りも全部吹き飛ばしたよね? 他にも強い技を隠しているの?」

「さあな。試してみたらどうだ?」

 

 童磨が八幡の技を見て学ぼうとしていたように、八幡も童磨を観察して学んでいた。

 既に、童磨への攻略法が八幡の中で完成している。

 

「…確かに、とても危険だね。他の柱なんかよりよっぽど」

 

 童磨の表情が変わる。

 柔らかい微笑みから、鉄仮面のような無表情へ。

 

「ここからは本気でやるよ」

 

 瞬間、童磨の周囲に凄まじい冷気が集まり、凍りついていく。

 同時に嫌な予感。首筋にチリチリと痺れが走る。

 だが今は、ソレが心地よい……。

 

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】

 

 

 童磨の背後に、絶望が這い上がった。

 

 



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童磨の本気

透き通る世界って実際に透視能力を得ているわけじゃないっぽいですね。
だって、本当に透視なら目の見えない悲鳴嶋さんが見えるわけないし。


 

 星の海を一匹の龍が泳いでいた。

 

 闇の中で輝く星々を眺め、龍は楽し気に口元を歪ませる。

 

 この星たちは運命を描いている。龍はその律動を観察する事で、未来を読み解こうとしていた。

 

 一つの星に目が行く。その星は氷惑星。氷に覆われ、氷の衛星を従えていた。

 

 龍はその軌道を読み解く。その星の未来を予測し、潰すことで更なる高みへと至るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】

 

 

 童磨の背後から現れた巨大な菩薩の氷像。

 ソレは口から冷気を吹き、周囲ごと八幡を凍り付くさんとする。

 巨大な氷像から吐き出されるソレはまるで吹雪。ピキピキと、その軌道を氷に変えながら迫り来る。

 

 

【天の呼吸 嵐の呼吸 扇嵐・薙ぎ払い】

 

 

 迎え撃つは剣圧の嵐。

 連撃によって発生した強風は吹雪を逆に吹き飛ばした。

 しかし童磨は動じない。冷気を跳ね返されたのは想定済み。次の手は既に打ってある。

 

 

【天の呼吸 雷の型 昇り雷】

 

 真上から振り下ろされる巨大な手刀を迎え撃つ。

 氷像の腕を弾くことに成功し、傷を作ったものの、即座に修復された。

 結晶ノ御子とは質が違う。この氷像は、上弦或いは本体並の回復能力を持っている。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 間髪入れず、反対の手が横に振るわれる。

 圧倒的な物量を伴った強大な威力だが問題ない。

 八幡は絶技によって氷像の掌底を受け流し、その勢いを暴走させて表情の腕を捩じった。

 しかし、完全には受け流せなった。本人には大したダメージはないが、宙に投げ出されて足場が無くなる。

 そして、その隙を童磨が見逃す筈が無い。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

 

 睡蓮菩薩の肩に乗った童磨が新たに分身を作り出す。

 その数三体。生み出された氷人形たちはすぐさま己の役目を実行した。

 

 

【血鬼術 凍て雲】

 

【血鬼術 蔓蓮華】

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 宙を舞う八幡目掛けて血鬼術が集中砲火された。

 三方向から飛び交い、牙を剥く氷の凶撃。

 八幡はソレらを刀だけでなく四肢全てをフル活用して受け流し、他の術へとぶつける。

 自身を狙う氷の襲撃を、逆に防御として利用したのだ。

 八幡は童磨の驚く顔を見上げ、着地しながらほくそ笑む。

 

「え……?」

 

 あまりに人外染みた動き。

 感情を持ち合わせていない童磨もコレには動揺(エラー)を隠せなかった。

 しかし本体は止まっても氷像と氷人形達は動作し続ける。睡蓮菩薩は腕を、氷人形たちは扇を振って追撃をかける。

 むしろこっちが本命。八幡は身を捻り、回避し、受け流し、刀で防御し、相殺していった。

 

「(俺の技を利用した? つまりこの物量差でも付いていけているってこと? ……まずいな、もっと物量を追加するしかない)」

 

 

【天の呼吸―――】

 

【血鬼術―――】

 

 

 八幡の相手を氷像たちにやらせながら、童磨は次の手を打つ。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

 

 再び氷人形が追加された。

 その数三体。計六体。童磨と睡蓮菩薩を入れて八体である。

 かなりの大所帯。一人を相手にするには過剰戦力どころか同士討ちの可能性すらある。

 だが、それでも。眼前の脅威を殲滅するためには必要なことだと童磨は判断した。

 

 

【―――血鬼術】

 

 

 氷像が、氷人形が、本体が。

 八幡目掛けて氷と冷気の嵐が吹き荒れる。

 辺り一面が白に塗り潰されるその光景は正しく絶望の一言。

 ここまで来れば、もう災害の領域。一人の人間相手には過剰であり、生還不可能……。

 

 

【天の呼吸 奥義・参 常世心地】

 

 

 しかし、その相手もまた天災であった。

 

 八幡は瞬時に血鬼術の密度が薄い点を見抜き切り拓いて突破口を潜り抜けた!

 

「………嘘」

 

 あまりの無茶苦茶な行動に童磨は言葉を失う。

 言ってみれば、吹雪の中を突破するようなもの。

 そんなこと、たとえ上弦でも出来るわけがない。

 だが、ソレを可能とした人間が今、目の前に現れた!

 

 童磨が再起動したのは、ミシッと何かが軋む音が聞こえてからだった。

 瞬間、嫌な悪寒が童磨に走る。細胞の奥底に刻まれたかのような、原始的な悪寒。

 ソレが何なのか分からない。ただ、今すぐに逃げろと、アラームのように鳴り立てているのだけは理解した。

 

 

【天の呼吸 雷の型 八雷神】

 

 

 途端、雷の龍が吠えた。

 

 吹雪を突破して顕れた雷龍の顎。

 鋭い牙を睡蓮菩薩目掛け振り下ろし、自身の右腕も肩から先が切断されていた。

 

「ッ!? くッ!」

 

 宙に跳びながら、右肩を押さえる。

 危なかった。もし、アラームに従って咄嗟に避けていなければ、頭ごと真っ二つに斬られ、空かさず首を刎ねられていた。

 予兆も無く飛んできたのはそれ程の技だった。

 

 地面に着地し、すぐに状況を確認する。睡蓮菩薩も結晶ノ御子も無くなった。

 雷の龍によの斬撃を浴びて消滅した。その証拠に、残骸とその欠片が辺りに飛び散り、舞っている。

 ソレらを振り払って、燃えるように赤くなった刀を握る八幡が現れた。

 

 ミシミシミシ。

 軋む音が鳴り響く。

 八幡の刀、正確には刀の柄部分から。

 音に連動して、彼の刀がさらに赤く染まっていく。

 八幡の赤い刀を目にした途端、童磨の悪寒は更に強くなった。

 

 ビリビリと、刀や八幡自身から発せられる圧。

 この圧力、この覇気を、かつて童磨は感じたことがある。

 上弦の壱との血戦で感じたような、圧倒的な力を前にした圧力を。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

 

 再び御子を五体生み出し、本体は回復に集中する。

 早く傷を治さなくては。何故か未だに修復しない右腕を治さなくては。

 

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】

 

 

 再び睡蓮菩薩を生み出しながら、自分の傷口に目をやる。

 肩口の切断面が赤く焼け焦げていた。恐らくこれが、修復を阻害しているのだろう。睡蓮菩薩が消滅したのも同じ理由の筈。

 どういった理屈かは知らないが、八幡は血鬼術を焼き斬っている。これは脅威だ。

 上弦の回復力も血鬼術も無効化できるとなれば、自身に勝ち目はなくなってしまう。

 早くケリを付けねば。さもなくば、やられるのは自分の方である。

 

「終わりだ」

 

 一斉に氷人形と氷像が動き出す。

 狙いはあの人間の形をした龍。

 奴を人間扱いしない。ここで徹底的に叩く!

 

 バンバンバン!

 八幡は刀を放り投げ、二丁銃を引き抜いて発砲。

 瞬時に放たれた銃弾は計六発。全て結晶ノ御子へと命中、破壊した。

 

「(!? しまった!)」

 

 忘れていた、八幡は刀だけでなく銃も使うという事に。

 今まで見せつけていた化物のような剣技と体捌きに着目しすぎてしまい、銃の存在を忘れていた。

 これも八幡の狙い通りである。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

 

 睡蓮菩薩に八幡の相手をさせながら、再度氷人形を作り出す。

 数は六体。彼が作り出せる最大数である。

 その間に睡蓮菩薩は爆弾か何かで爆破され、切り刻まれたが問題ない。氷人形たちに相手させている間に再び睡蓮菩薩を作り出す。

 

 今度は、ワイヤーが飛んできた。

 血鬼術を使おうとしている氷人形にワイヤーを投げ、絡め取って照準を狂わせる。

 結果、誤って放たれた血鬼術が他の氷人形にぶち当たり、同士討ちとなってしまった。

 一つ二つではない。全てに、同時に、正確に。ワイヤーを駆使する事で跳び回り、血鬼術を誤射させ、氷人形たちを破壊していった。

 

 

【天の呼吸―――】

 

 

 睡蓮菩薩が、バラバラにされた。

 ワイヤーを駆使して宙を飛び、ワイヤーを駆使して進路変更。

 本当に飛んでいるかのように縦横無尽に飛び交う八幡に追いつけず、いつの間にか二刀流となった八幡に解体された。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】

 

 

 再び結晶ノ御子と睡蓮菩薩を投入する。

 もう時間稼ぎにしかならない作業。だが、少しでも回復する時間を確保し、作戦を立てる為にも不可欠の事……。

 

 

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 間に合わなかった。

 

 遂に八幡が童磨の懐へと追いついた。

 熱したかのように赤く早く刀を掲げ、童磨に振り下ろす。

 

「(何故、こうも効率的に動ける? こんな未来でも見えているかのように)」

 

 童磨の考えは正しかった。

 八幡は透き通る世界を通り越して未来が見えているのだ。

 本来ならば相手の骨格、筋肉、内臓などの器官が透けて見えて、その動きで相手の攻撃や動作のパターンを瞬時に見切って先んじて回避及び反撃をするものだが、八幡はその先を行った。

 異様に鋭い五感と、天の呼吸奥義・弐 魔感。この二つが透き通る世界と合わさり、透視だけに留まらず未来視へと至ったのだ。

 まあ、透き通る世界同様、実際に未来が見えているわけではないが。

 

「(ああ、もう無理だな)」

 

 避けても無駄。

 すぐさま追撃で首を刎ねられる。

 詰み。次の瞬間に、自分の首が飛ぶ光景が思い浮かぶ。

 だが、それでも、恐怖は感じなかった。

 どうすれば勝てたのか、外にも技を隠し持っていたのか。そういった疑問はあった。

 しかし思うのはそれだけ。悲しいとか、悔しいとか、そういう人らしい感情は一切ない。

 いや、一つだけ言う事があった……。

 

 

「………おめでとう。君の勝ちだ」

 

 最期に、彼は笑った。

 恐るべき剣士の健闘と御業と、そして勝利を祝福して。

 

 

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 

 



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上弦の壱

 

 駆ける。

 八幡の元へと。

 一瞬でも速く辿り着く為に。

 

「(八幡……無事でいてくれ!)」

 

 錆兎は脇目も振らず夜道を駆け抜けていた。

 

 本来なら、八幡と一緒に上弦と戦うはずだった。

 そのために柱を八幡の傍に置いていたのだから。

 しかし、予定は少し外れてしまった。

 襲われたのは上弦に狙われている筈の八幡ではなく、花柱カナエだった。

 急きょ援軍に向かったものの、既にカナエは死に体。戦う事はおろか、生存も危うい状況。よって、二人がかりで上弦を相手取るのではなく、一旦錆兎が負傷したカナエを治療出来る安全圏まで運ぶ事になった。

 戦闘不能の重傷者を守りながら戦うなど、格上相手には愚策。どちらか一方が連れて一旦退くしかなかった。

 けどソレも終わった。カナエはしのぶに預けて治療を受けている。もうこれで心配はない。

 八幡と合流し、上弦の弐を討伐する……。

 

「ん?」

 

 ふと、人影が見えた。

 黒い着物を着た男が立っている。

 こんなところで何を? いつの間にここに?

 様々な疑問が錆兎に浮かぶがソレよりも気になるのはその存在感だった。何故か、目を離せない。これほどまでに急いでいるのに、つい足を止めてしまった。

 

「……嘘、だろ?」

 

 存在感の正体に気付いた途端、錆兎は震えた。

 全てが終わってしまったかのような、絶望にも近い悪寒。

 

「………上弦の、壱!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…奇妙な光景だ…。柱とはいえ…上弦の弐を…下すとは」

 

 ズリ、ズリ。

 草鞋で砂利を踏む音が響く。

 こんな微かな音が聞こえる程、その場は静まり返っていた。

 

「童磨…。貴様は、下がれ…。…集まってくる柱を…迎え撃て」

「え、でも黒死牟殿? 俺は……」

「……下がれ。そして、柱を…迎え撃て。二度、言わせるな……」

 

 凄まじい圧を受けた童磨はそれ以上何も言わずその場を去った。

 

「これで…ゆっくと、話が出来る、な……」

「………」

 

 八幡は何も言わない。

 刀を構え、何時でも動ける状態にとどまる。

 

「……錆兎はどうした? お前のきた方角ならすれ違う筈だが?」

「錆兎? ……ああ、あの柱のこと、か…。奴は…もう戦えない」

「……ソレは、お前が“かわいがった”ということか?」

「概ね…そのような、意味だ…。だが、殺しは…してない。トドメをさす前に…あの方から、指令を…頂いた」

 

「天柱、比企谷八幡を…殺せ。それ以外は…捨て置けと」

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

【天の呼吸 雷の型 早鳴り】

 

 

 二人の剣士は同時に動き出した。

 放たれる月刃を雷鳴が撃ち落とす。

 

「…ほう、私の技に…付いて、来れるのか…。なら、これはどうだ?」

 

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

【天の呼吸 雲の型 曇天】

 

 

 迫り来る三つの巨大な斬撃を受け流す……ではなく、避けるに変更。しかもかなりオーバーに距離を取って。

 受け流すと選択した瞬間、自身が切り刻まれる姿を予知した。

 あの斬撃波には何かある。その何かを、八幡は直ぐ気づいた。

 

「(ああ、なるほどね。斬撃波は“一つ”じゃねえんだ)」

 

 不規則に揺らめく刃の数々。

 放たれた斬撃波は空間に残り続けて月が満ち欠けするように効果範囲が不規則に揺らぎ、更にその周囲には三日月型の細かい刃が無数に付いており、こちらも効果範囲や形状が常に不規則に揺らいでいる。

 成る程、これは普通に受け止めては駄目だ。そのままシュレッダーのように切り刻まれる。

 コレは普通に避けるだけでは不十分。充分以上の回避行動を取らざるを得ない。

 

 

【―――月の呼吸】

 

【―――天の呼吸】

 

 

 次々と間髪いれず繰り出される月の斬撃波に対処しながら、八幡は敵を観察した。

 

 

【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】

 

 

 一振り無数の斬撃を乱れ撃ち。

 瞬時に広範囲へと放たれるこの斬撃を、見切る事はおろか間合いの外に出る事すら困難。

 

 

【天の呼吸 晴の型 炎天の日照り】

 

 八幡はそんな絶技を強い踏み込みから放つ強烈な一撃によって突破口を築き上げた。

 いくら不規則に揺らごうとも、八幡ならば問題ない。

 一瞬で斬撃の密度が薄い点を見極め、一瞬で斬撃が変化する瞬間を見極め、一瞬でこの絶技を打ち破れる技を繰り出す。これら全てを兼ね備え、全てのタイミング合わせられる彼ならば。

 

 切り拓いた道を突き進む八幡。

 が、しかし。ソレを待ち伏せていたかのように次の斬撃が飛んできた。

 

 

【月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り】

 

【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】

 

 

 飛び出した斬撃を受け流す八幡。

 ギャリギャリと、斬撃の周囲を飛ぶ刃が襲い掛かるも、ソレもなんとか受け流す。

 流された刃はドミノ倒しのように他の刃を巻き込んで軌道上から暴走。

 八幡の肌や服を掠りながら、見当違いな方向へ飛んで行った。

 

「これも…防ぐか…。なら、これは…どうだ?」

 

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 切り上げによって三連の斬撃波が発生し、八幡を取り囲む。

 八幡はソレらを剣戟によって迎撃。自身が嵐と成る事で全てを薙ぎ払った。

 更に、剣戟による勢いを殺すことなく次の技に繋げるために突き進む。

 

 

【月の呼吸 壱の型―――】

 

【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】

 

 

 黒死牟が技を繰り出す前に、稲妻となって突っ込んだ。

 雷鳴の如き踏み込みは、嵐の如き剣戟の勢いによって更に強化。

 風を纏う雷のエフェクトとなって黒死牟へと切り掛かる。

 

「たあっ!」

「むんっ!」

 

 ガキィン!

 八幡の斬撃を刀で受け止める黒死牟

 互いに刀を交差させたまま、鍔迫り合いへともつれ込む。ジリジリと、前進と後退を繰り返す両者。

 

「このッ!」

 

 黒死牟の下腹部を蹴り飛ばし、すかさず赤く光る日輪刀による斬撃を叩き込む。

 だがソレは、黒死牟の持つ刀、虚哭神去によって容易く受け流される。

 しかし八幡も黙っていない。すぐさま刀を翻して切り返す。

 そしてまた受け止め流し、また切り返す。

 ソレを合図に激しい打ち合いが始まった。

 

「「おおおおおお!!」」

 

 咆哮を上げながら繰り出される剣戟の嵐。

 

 互角。

 速さも、技量も、経験も。ほぼ全てが互角であった。

 強いて言うなら、力は鬼である黒死牟が上だが、八幡は天の呼吸による独特な歩法によって上手く衝撃を逃している。

 それはまるで戦闘ではなく、一つの演舞――そんな風に見えるかもしれないというほど両者の実力は拮抗していた。

 このまま決着が付かず交戦が続くと思われたが・・・。

 

 

「(!? やはり赫刀を受けるのは無理か)」

 

 突如、八幡の斬撃を受けた箇所に罅が入った。

 虚哭神去は黒死牟の肉体から形成されたもの。

 よって、赫刀の影響を大きく受ける。

 

「らぁ!!」

 

 八幡の刀が黒死牟を逆袈裟に切り上げようとする。

 刀に罅が入ったせいで隙を見せてしまった。

 ほんの僅かな時間だが、八幡にとっては付け入れるに十分。

 黒死牟は己の迂闊さを呪いながらソレを咄嗟に刀で受ける。

 

 バンッ!

 瞬間、発砲音が鳴った。

 

「ッグ!」

 

 そのまま鍔競り合いに持ち込もうとしたその時、八幡が銃撃を浴びせかけたのだ。

 至近距離からの銃撃に吹き飛ぶ黒死牟。

 

「(今だ! ……!?)」

 

 八幡は勝機とみて一気に決めようとした瞬間、自身が切り刻まれる未来の姿を幻視。自身の感覚に従ってすぐさま行動を切り替える。攻撃をキャンセルして後方へ大きく飛び退いて間合いを開いた。

 

 

【月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍】

 

 

 瞬間、何処からか無数の斬撃波が発生。八幡がいた場を埋め尽くした。

 飛び退いたのは正解である。もしそうしなければ、八幡はあの場で微塵切りにされていたであろう。本当に危なかった。

 

「…見事、だ。柱とて大抵の者は…コレで終わったのだが……」

 

 ボロボロになった刀を捨て、新たな刀を生み出す黒死牟。

 一見すれば隙に見えるが、先程のように刀を振らずに斬撃波が出せると分かった以上、迂闊に飛び込むわけにはいかない。

 

「……素晴らしい。強い剣士は今まで見てきたが…お前のような…剣士は、初めてだ」

「………」

 

 八幡は何も言わない。

 刀を構え、増幅され、冴え渡った感覚で相手を注意深く観察する。

 

「日の呼吸を…基礎として、複数の呼吸を…掛け合わせた…独特の呼吸…。このような偉業は…お前が、初めてだ…」

 

「呼吸の併わせ技は…様々な剣士達が…試してきた…。しかし、成功した例は…一切聞かない…。天柱よ…お前は誇るべきだ…。お前は…先人たちが…成し遂げなかった偉業を…成し遂げたのだ……」

 

「だからこそ…嘆かわしい…。お前の技が…ここで途絶えるのが……。しかし、それも人の身としては…致し方なし…」

 

 

「美しいまま…死んでくれ」

「いや、死ぬのはお前の方だ」

 

 八幡は黒死牟に火が付いたマッチを見せる。

 その意図に気付いて黒死牟が振り返ると、彼の髪に爆弾が括り付けられているのが見えた。

 

「いつの間に…!?」

 

 

 ドォォォン。

 大爆発。その場一帯に衝撃と爆音が走り、爆煙と土埃が包み込む。

 ソレを煙幕に利用して八幡は一目散に逃げ出した。

 

 勝てない。

 自分一人の力では上弦の壱に及ばない。

 挑んだとしても、無駄死にするだけである。

 よって、ここは上弦の情報を持って帰る為にも逃げるべき…。

 

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】

 

 

 月輪が、全てを吹き飛ばした。

 代わりに埋め尽くすのは、無数の渦状の斬撃波。

 爆発を掻き消したソレらは、今度は八幡目掛けて迫り来る。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】

 

 

 ソレらを咄嗟に迎撃する八幡。

 未来を予想していた彼はすぐさま脚を止め、月刃を迎え撃つ事に心身を注ぐ。

 多少打ち払い損ねて傷を負ったが許容範囲内。問題ない。戦闘続行可能だ。

 

「見事…。これもまた…突破するか……」

 

 先程の剣戟によって新たに舞う土埃を払って、黒死牟がその姿を現す

 その手には、三本の枝分かれした刃を持つ長大な大太刀。

 刀身に並ぶギョロリとした眼が八幡を睨みつける。

 

「先程は…不覚を取られた…。銃に、爆薬……なるほど…今の時代の火薬武器は豊富だな…。私の時代とは…大違いだ……。そして、ソレを使いこなす…技量……。なるほど、剣だけでないのか……」

 

 

「よかろう…貴殿を…同格と認める」

 

 ここからが、真の地獄の始まりである。

 

 



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黒死牟の実力

 

 素晴らしい剣士だ。

 心の中で、黒死牟は手放しで八幡を褒め称えた。

 

 全集中の呼吸の合併。

 様々な剣士が挑戦してきたが、誰一人達成出来なかった夢。

 ソレを今、叶えた男がいる。

 

 

【天の呼吸―――】

 

 

 八幡の繰り出す技に対処しながら、その絶技を堪能した。

 

 

【天の呼吸 雨の型―――】

 

 

 流麗で美しい、独特の緩急の剣技。

 流れるかのよな虚を混ぜた連撃は、最早芸術の域。

 まるで剣士そのものが雨となり、斬撃を降らすようであった。

 

 

【天の呼吸 雲の型―――】

 

 

 動きが読み辛く、攪乱も兼ねた技。

 気配を操り、姿を隠し、敵の技を乱し、受け流し。

 まるで剣士そのものが雲となり、敵を攪乱しているかのようであった。

 

 

 

【天の呼吸 雷の型―――】

 

 

 苛烈で激しく、凄まじい速度の技。

 元来の雷の呼吸よりも柔軟さと敏捷性が宿っている。

 まるで剣士そのものが雷となり、貫いて焼き殺さんとしているかのようであった。

 

「(なるほど、本当に他の呼吸を取り入れ、己が技に昇華しているのだろう)」

 

 日の呼吸を基に、五大呼吸のうち岩以外を掛け合わせた御業。

 静かと思えば動、激しいと思えば穏やか。まさしく静動自在。

 実に素晴らしい。まるで一人の剣士に複数の人間が宿っているかのようだ。

 

 天の呼吸。

 成程、確かに言い当て妙。

 晴、雲、雨、雪、雷、嵐。次々と姿を変え、時には穏やかに恵みを与え、時には激しく災禍をまき散らすその様はまさしく天の所業。

 天晴。これほどの御業を超える存在はもうあの男の剣技しか存在しない。

 

「(そしてこの肉体…強靭かつ…頑強な肉体…。まるで…海外の彫刻……ギリシア彫刻を彷彿させる)」

 

 透き通る世界により見える八幡の身体。

 柔軟さと頑丈さを両立させた、大型肉食獣のような肉体。

 武士として理想的な体つき。一騎打ちだけでなく、奇襲や騙しにも最適である。

 

「(成程…。真正面だけでなく…不意打ちの技も鍛えたか……)」

 

 銃や爆弾、そして羽織に隠している暗器の数々。

 剣だけでなく、様々な武器を状況に応じて使っていると見受ける。

 実に素晴らしい。他の技能にも手を付ける勤勉さもまた剣士に必要な心構えである。

 

 黒死牟は不意打ちだまし討ちを決して卑怯汚いとは言わない。

 奇襲内応は戦いの基本。戦いとは己を貫き通す行為であり、そのために戦術(カード)を用意するのは当然の事。

 王道にして横道。これもまた八幡の強みの一つである。

 

「(それにしても…これ程までに…最適な行動を取れるとは……。未来でも…見えているのか?)」

 

 特に、驚きはしなかった。

 優れた剣士の中では、直感と経験によって、理解を置き去りにした行動を取る事がよくある。まるで、未来を先読みして動くかのように。この剣士もそういった類だろう。

 透き通る世界も似たようなもの。生来持っている優れた直感と、修羅場を潜り抜けて積み重ねた経験により、そう見えるだけなのだ。なら、別に未来が見えるように感じるのも何ら不思議ではない。

 

 素晴らしい。掛け値なしに素晴らしい。

 この剣技。呼吸の集大成であるこの剣技は、おそらく彼にしか使えない。

 この肉体。戦うため鍛え上げられたこの肉体も彼でしか持ちえない物だ。

 この戦法。未来が見えている如く常に最適な動きが出来るのは彼だけだ。

 だから嘆かわしい。この手でこれ程に素晴らしい宝を壊さなくてはならない事が。

 

 

【天の呼吸 雷の型 八雷―――】

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】

 

 

 雷の龍を、月の龍尾が弾き飛ばした。

 

「カハッ―――」

 

 バッサリと、身体を斬られる八幡。

 赤く染まる刀をへし折りながら、巨大な刃が左肩から入り、右わき腹へと深い斬り込みを刻まれる。

 途端に激しく噴出する血飛沫。辺りを血色に染めながらも、八幡は腐った目に獰猛な光を宿して睨む。

 

 

 笑っていた。

 

 

 これ程の深手を負っても彼は諦めていない。それどころか、未だに戦いを楽しんでいる。

 

 

【月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月】

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 諦めない。

 折れた刀で八幡は迎撃を開始。

 迎撃し損ねた刃が血肉と骨を切り刻もうとも、彼は抵抗を続ける。

 最期まで、どうしようもない敗北が訪れるまでは、たとえどれだけ絶望的だろうが止まらない!

 

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】

 

 

 視界全てを埋め尽くす斬撃の津波。

 しかし八幡は諦めない。刀だけでなく素手で殴り飛ばし、身体を使って刃を受け流し、弾き飛ばして他の刃の進路をドミノ倒しのように変える。

 

 いくら血鬼術でも、側面を殴り飛ばせば斬られない。

 いくら血鬼術でも、刃が当たるタイミングで衝撃をズラせば斬られない。

 いくら血鬼術でも、数が多過ぎれば他の術とぶつかって進路が変わらざるを得ない。

 八幡には未来が見えている、たとえ黒死牟程の技量でも、たとえ圧倒的な物量でも、たとえどれだけ絶望的な状況でも。前に住み続ける限り未来は訪れる。

 

 

【月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月】

 

 

「カハ……!」

 

 巨大な三日月の斬撃が叩き込まれた。

 派手に吹っ飛ぶ八幡の肉体。

 しかし、ソレでも諦めない。

 斬撃の威力を何とか利用し、黒死牟の懐へと飛び込み……。

 

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

 斬撃を叩きつけた。

 八幡全身全霊の一撃。

 あまりの速さ故に刀身を視認することも出来ず、首筋目掛け放たれたそれを直感だけで防ぐ黒死牟。

 ズンとした衝撃に手にした虚哭神去を思わず手放してしまいそうになるが、それを必死に堪え、これまで培ってきた戦闘経験だけで受け流そうとする。

 

 

【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】

 

 

 受けられてもまだ終わってない。

 自身の剣の勢いを利用し、黒死牟の刀を捻り上げる。

 ボキボキッと、嫌な音を立てながら曲がってはならない方向に曲がる黒死牟の腕。

 

「(……見えたぜ!)」

 

 そのまま滑り込ませた折れた刀身を黒死牟の首へと……。

 

 ザシュッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「届か…なかった、か……」

 

 叩きこもうとしたが、遅かった。

 新たな虚哭神去によって八幡は心臓を貫かれていた。

 



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最期の賭け

 

「カハ……」

 

 カランカラン。

 八幡の手から、折れた刀が力なく抜け落ちた。

 

「心臓を…潰した…。もうお前は…死ぬ……」

 

 淡々と黒死牟は語るが、八幡がもう戦えない原因はそれだけではない。

 八幡に虚哭神去を刺したと同時、大太刀に変える要領で体内に刃の根を拡げてズタズタに引き裂いたのだ。

 しかも、血鬼術で追い打ち。ここまでやられたら、もう助かる可能性はない。

 まもなく、八幡は死ぬ。このまま何もしなければ……。

 

「そいつは……どうか、な……!」

 

 盛大に血を吐きながら、八幡は黒死牟の首に噛みついた。

 折れた刀によって付けられた傷口。

 未だ塞がってないそこから流れ出す血を、彼は啜った。

 

「!? 貴様、まさか…!」

 

 その意図に気付いた黒死牟は驚いて八幡を突き飛ばすが、少し遅かった

 

 ブリュッ。

 突き飛ばされながら、いつの間にか取り出した短刀で黒死牟の目を一つ抉り、目玉を手にする。

 そして、ソレを黒死牟に見せびらかすかのように喰らった。

 

「貴様…自分が何をしているのか…知っているのか……!?」

「……ッハ、どうせ死ぬんだから……人生最大の、博打ぐらい…打ってもバチは当たらねえだろ? ……生きるか、死ぬかの…大博打だ」

 

 八幡の意図。ソレは、無惨の血を取り込んで鬼化する事。

 どうせこのままでは死ぬ。なら、最期に部の悪い賭けに出るのも悪くない。ソレに……。

 

 

「それに俺、博打が強いんだぜ?」

 

 彼は、この賭けで負けるとは微塵も思っていなかった。

 

 

 

「ッガ―――」

 

 八幡の身体に異変が起き始めた。

 全身の血が針のように逆立つ激痛に、八幡はのたうち回る。

 遅れて体中に走る痺れ。全身の血管を伝って、鬼の血が全身に行き渡る。

 それに続き、筋肉や骨や神経や皮膚…。肉体のあらゆる部位を、全身の細胞一つ一つに至るまで全てが変化を遂げていく。

 強靭な肉体。頑丈な骨格。野生生物を凌駕する感覚。

 この一瞬、比企谷八幡が別の生物へと書き換えられていく……。

 

 

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!」

 

 八幡は醜い肉塊へと変じた。

 

 全身から触手が生え、急成長しながら八幡を包み込む。

 やがてそれは八幡自身を食らい、更に巨大化な肉塊へと成長した。

 

「愚かな…。確かに、私の血の濃度は…あの方に最も近い…。だが…あの方が許可しない限り…血に効果は無い…」

 

 

「最期の最後で己でなく他の力に頼るなど軟弱千万…! 失望したぞ、比企谷八幡!」

 

 黒死牟は八幡だった肉塊に刀を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全く、無茶するな。まさか上弦の壱と戦う為に無惨様の血を取り入れるなんて。しかもよりによって黒死牟さんからなんて』

 

『けど、やっぱり血肉が足りないから飢餓状態になっている。きゃ、これはもうその域を越えて飢餓に潰されているね』

 

『じゃあ、僕の血肉と力をあげるよ。もう僕には要らないし……あの時のお礼もあるからね』

 

 

 八幡の懐に入れられた白い糸の塊が解けて、肉塊の中で解けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒死牟が肉の繭と化した八幡を真っ二つに切り裂こうとした瞬間……!

 

 

 パッカァーン!

 

 肉塊を突き破って何かが飛び出した!

 

 

 

「!?」

 

 咄嗟に刀で受ける黒死牟。

 飛び出したナニかは、黒死牟を突き飛ばしながら天へ舞う。

 その姿を黒死牟がその六つ目で捉えた瞬間、驚きのあまり全ての目が大きく開いた。

 

 腰まで伸びた白金色の髪。ソレは月光を虹色に反射させている。

 ギリシア彫刻の如く鍛え上げられた肉体。何も身に着てない上半身には龍のような紋章が刻まれ、背中から七色に光輝く翼を広げて宙に浮かんでいる。

 黄金色に輝く左右の瞳には其々“上弦”の“零”と刻まれていた。

 

 美しい。

 天人が夜空に舞い降りたかのような美しさ。

 煌びやかさのあまり、黒死牟はその天人が鬼であり、八幡だと気付くのが遅れた。

 

「まさか…あり得ん……!」

 

 黒死牟は眼前の存在を信じられなかった。

 無惨が許可しない限り鬼にはならないというのに、八幡は鬼と化しているではないか。

 しかも唯の鬼―――生まれたての雑魚鬼ではない。

 自身と同じ上弦の鬼。同格へと進化している。

 おかしい。有り得ない。こんな不条理、あっていい筈がない!

 あまりにも理不尽かつ不可解な現実を黒死牟は受け入れられなかった。

 

 

【天の術式 光彩羽毛飛剣(シャインフェザーカッター)

 

 

 だが、相手はいちいち待ってくれない。

 鬼化した八幡は黒死牟目掛け血鬼術を行使。

 光翼から羽に酷似した無数の光の刃を放った。

 

 

【月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月】

 

 

 迎え撃つ黒死牟。

 回転鋸のような形状の斬撃を複数繰り出し、羽毛の手裏剣を巻き込む。

 羽刃と月刃がぶつかり合い爆発。発生した衝撃波によって辺りが吹き飛ばされ、土埃が舞った。

 

 

【天の術式 龍剣爪腕刃(ドラグネイルセイバー)

 

 

 土埃の煙幕の中、八幡が黒死牟目掛け突撃。

 空から急加速で接近しながら、腕から黒色の刃を生やして斬りつける。

 ソレを黒死牟は己の型で防ぎ、激しいぶつけ合いを開始した。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 雄たけびをあげながら一歩も譲らない剣戟を拡げる。

 八幡が黒死牟の胸元を斬りつけたかと思いきや、次の瞬間には黒死牟が八幡の胸元を斬りつける。そしてその逆をと、繰り返す。

 その有様はまるで一つの演劇。まるで最初から決まっているかのよう。ソレほどまで両者の実力は拮抗していた。

 

「同じ鬼、同じ技量、同じ上弦! この一夜で、俺はお前たちの土俵に上がってみせたぞ!」

 

 美麗な顔を獰猛な笑みに歪めながら八幡は叫ぶ。

 彼の言う通り、たった一晩での八幡は上弦並み……いや、黒死牟級の力を手にした。

 力の使い方は理解している。剣士としての直感と経験、そして今まで戦ってきた鬼の情報を基にして。粗削りではあるが、鬼として初陣であるというのに使いこなしている。

 柱の中でも最強格であった彼が、上弦の中でも最強格となったのだ。その強さ、もう誰にも止められない。

 

「舐めるな…小童が! 」

 

 ソレを否定する黒死牟。

 上弦の壱としての矜持が、八幡の発言を許容出来なかった。

 彼は五百年の時を生き延びた悪鬼。積み重ねたモノが違う。ソレをたった一晩で同格?……笑止千万。舐めるな小僧が。

 比較的若い上弦の弐だって百年は経たのだ。生まれたての赤子ごときが上弦を名乗るな。

 

 

【月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月】

 

【天の呼吸 雷の型 雷鳴轟轟】

 

 

 月刃と雷光がぶつかり合う。

 エフェクトでしなかった筈の雷が血鬼術となって現実となり、その威力を以て光と爆発をもたらす。

 

「この!」

「くッ!」

 

 爆発に押され、地面を転がる両者だったが、すぐに起き上がりすぐさま行動に出る。

 八幡は上空へと飛び立ち、黒死牟は下がって虚哭神去を大太刀へと変化させる。

 両者共に、大技を放つつもりである。

 

 

【月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え】

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

【月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月】

 

 

 次々と月刃を創り出す黒死牟。

 視界全てに刃の嵐が映るその光景は絶望の一言。

 だが、ソレを目にしても八幡は余裕の笑みを崩す事はなかった。

 

 

【天の術式―――】

 

 

 八幡の身体に電光が走る。

 バチバチと音を立て、一瞬で雷の如き輝きへと変貌した。

 

 

(ダーク)―――】

 

 

 右手に電流が迸る。

 

 

穿つ(ブレイク)―――】

 

 

 左手にも電気が溢れる。

 

 

【―――雷閃(サンダー)

 

 

 膨大な電流は両手の間に収束され、巨大な雷の槍と化した。

 自然界ではあり得ない規模と威力の雷。

 ソレは雨霰の如く迫り来る月刃をかき消し、黒死牟へと向かっていった。

 

「舐めるな!」

 

 しかし黒死牟も黙っちゃいない。

 すぐさま新しい刃の嵐を追加し、雷の槍を飲み込まんとする。

 ソレに対抗して雷を出し続ける八幡。やがてソレは大爆発を起こし、衝撃波によって二人は再び吹っ飛ばされた。

 

「「まだだ!!」」

 

 人外同士の(殺し合い)はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、鬼殺隊は甚大な被害を被った。

 上弦二体の襲撃。上弦の壱と弐によって、柱がやられた。

 

 花柱、胡蝶カナエ。―――上弦の弐、童磨によって重傷を負わされ、現在療養中。生きて帰れたものの、肺を酷く痛めている為、柱としては復帰不可能。

 

 海柱、鱗滝錆兎。―――上弦の壱、黒死牟によって右腕を切り落とされた。容態は安定しているが、もう刀を振れない体となってしまった。柱として復帰不可能。

 

 天柱、比企谷八幡。―――上弦の壱、黒死牟によって殉職。駆け付けた頃には遺体も見つからず、現場には夥しい血痕と凄まじい戦闘の跡が残っていた。柱として復帰不可能。

 

 柱三人の戦死及びリタイア。この情報は瞬く間に隊中に広まり、より上弦への畏怖を強める事になる。

 

「八幡、早く帰って来い……」

 

 だが、一部の者、特に生き残った柱たちは八幡の生存を信じていた。

 

 上弦は確かに強かった。

 負傷していた弐だけでも駆け付けた残りの柱と相手取り、朝まで粘る事しか出来なかった。

 右腕を失い、全身の所々に切り傷が刻まれていた童磨と名乗っていた鬼。あれ程までに消耗していたというのに、自分たちは倒すことが出来無かった。

 不甲斐なさと力の無さを呪いながらも、あれ程までに上弦の弐を追い詰め、命と引き換えに上弦の壱と戦った八幡に再び畏敬の念を抱く。

 いや、だからこそ信じているのだ、八幡は生きていると……。

 

 

 

 

 

 

 

「オメエ絶対生きているだろ! じゃなきゃ上弦の壱の情報なんて用意出来ねえだろうが!!」

 

 宇随は八幡からの手紙を畳に叩きつけながら叫んだ。

 




八幡が鬼化する展開は前々から考えてました。
というのも、初期安では八幡が最初から鬼でした。けど、ソレじゃあ前作の焼き増しになるので、ギリギリまで鬼にしないことにしました。流れ的には一般隊士→柱→鬼という順番です。


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訃報

このssにヒロインはいません


 

 天柱──比企谷八幡の訃報は直ぐさま鬼殺隊全体に広まった。

 

 ある柱は静かに涙を流し、ある柱は悔しそうに顔を歪ませながらも任務に打ち込み、ある柱は更に過酷な修練を重ねた。

 

 多くの者が涙を流し、皆が口をそろえて言った。あの男こそ歴代の柱最強だと。

 入隊当初からあらゆる任務を無傷でこなし、あらゆる技術を身に着け、あらゆる鬼の首を斬って来た。

 柱に就任してからは困難な任務を易々とこなし、ここ百年近く誰も成し得なかった上弦の鬼の討伐を二度も行った。

 そして、上弦の弐を討伐間際にまで追い込み、上弦の壱を相手に単独で粘った。

 数々の偉業を成し遂げた逸材。まさしく最強の柱と言ってもいい。

 だが、そんな彼でも上弦の壱には勝てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷さん……」

 

 カナエは病室のベッドで横になって呟いた。

 治療が間に合ったおかげで命だけでなく、隊士として戦える状態にまで回復できた。

 彼女は再び刀を手に取るであろう。まだ、戦えるのならその命尽きるまで戦うはずだ。

 あの日の誓い―――かつて、妹と交わした約束を果たすために。

 けど、もしここにあの人も居てくれたら……。

 

 フワっと、そよ風がカナエの髪を撫でた。

 

「っ!? ひき……う、宇随さん?」

 

 咄嗟にあの人の名を呼び、振り返る。

 だが、そこにいたのはあの人ではなく音柱宇随天元だった。

 

「……わりぃな、比企谷じゃなくて」

 

 病室に入ってきた天元にカナエは慌てながら立ち上がった。

 宇随は特に何も喋ることも無く、カナエの側まで近寄り、長細い包みをカナエに渡す。

 ソレを見た途端、カナエの脳はフリーズした。

 

「……胡蝶、スマン。……間に合わなかった」

 

 それだけ言うと、天元は何も言わず直ぐさま病室を……蝶屋敷を離れていった。

 数秒程、カナエは訳が分からず困惑した。

 何故、彼が謝る必要があったのだろうか。

 この包みの中は何なのだろうか。

 

 否、全部分かっている。

 

 カナエは震える手でゆっくりと布を解いていく。

 そして、その中身を見た瞬間、膝から崩れ落ちた。

 

「ッ!? あ…あああぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 

 血濡れの折れた虹色の日輪刀と、血塗れの龍の羽織り。

 それが何を示すのか、痛いほど理解していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……錆兎、お前それって……」

 

 義勇は同門である錆兎の恰好が何時もと違うことに気がついた。

 羽織の柄が違う。片方はいつもの亀甲柄に、もう片方は背中に龍が描かれている。いわゆる片身替りというやつだ。

 

「……ああ、八幡がいつも着ていた龍の羽織だ」

 

 八幡が持っていた龍の羽織の一つ。

 背中に双頭の龍が描かれたモノを、錆兎は半分に切って自分の羽織に繋げていた。

 

「義勇、俺は俺を許せない。何も出来ず、無様に負け、八幡を死なせた俺が!」

「………」

「八幡は上弦の弐を撃退し、カナエを守りきった。なのに俺は……俺は!」

 

 

「男ならば…鬼殺隊の柱ならば! 命を課して奴を食い止めるべきだった! 八幡が命を懸けて上弦の壱を食い止めたように! 俺も……俺も!」

 

「……錆兎」

 

 義勇には、錆兎の気持ちが痛い程に理解出来た。

 あの時、自分が間に合っていれば、もっと早く駆け付けていれば、八幡を援護出来たかもしれない。

 だが、そんなことをいまさら言っても仕方ない。八幡が上弦にやられたという事実は覆らないのだから。

 

「……義勇、俺は決めたぞ。俺は……上弦の壱を倒す!」

「!? けど錆兎、その腕じゃ……」

 

 義勇は錆兎の片腕……木造の義手を見つめた。

 上弦の壱との戦闘で失った片腕。

 残った腕で刀は振るえるが、柱としては復帰不可能。いや、片腕では戦闘自体困難。これではとても上弦と戦えるわけがない。

 

「……義勇、お前の言いたいことは分かる。この腕じゃとても戦えない。第一、五体満足だった状態でも上弦の壱に勝てなかった。だから……」

 

 パサッと、錆兎は義勇に羽織を投げ渡した。

 

「お前も俺と一緒に戦ってくれ」

 

 受け取った義勇はソレを拡げる。

 何時も義勇が着ている羽織を半分にして、背中に双頭の龍が描かれた羽織を繋げた片身替。ちょうど錆兎の着ている双頭の龍と反対だ。

 

「これって……」

「一緒に戦ってくれ。柱として……鱗滝一門として八幡の仇を一緒に取るんだ!」

 

 パサリと、義勇はソレを羽織る。

 

「無論だ、言われるまでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、柱全員に手紙が届いた。

 内容は上弦の壱と弐の姿と性格と血鬼術などについて。

 事細かくデータを記載されたソレは、戦った本人以外は決してかけない出来栄え。

 そして、ソレに添えられた追伸は柱を激励するような、バカにしたような内容であった。

 こんなことを書ける人物は一人しかいない……。

 

 

「「「比企谷(さん)! お前(アナタ)絶対生きてるだろ(でしょ)ォ!!」」」

 

 涙を返せこの馬鹿野郎!!

 



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天鬼編
無惨


 

「最近、我々以外で鬼を狩っている者が居るらしい」

 

 とある屋敷内部にある座敷。

 主である産屋敷の言葉に、集められた柱の面々は内心驚いていた。

 

 彼らにも心当たりはあった。

 鬼の情報を聞き現地に向かえば、鬼は既におらず、その被害もぱったりとやんでいる事が何度もあったのだ。

 一度や二度ならガセ情報を掴んだだけかもしれないが、鬼の被害や形跡は存在していた。

 ならば近くにいた鬼殺隊が偶々鬼を狩ったのか。それもまた違う。

 もしそうなら鴉が討伐した鬼を報告している。それすらないということは別の誰かが鬼を狩ったということになる。

 

「しかしそんなことがあり得るのでしょうか……?」

「日輪刀もなしに鬼を狩るなど不可能のはず。やはり流言ではありませんか?」

「いや、何らかの方法で鬼を無力化させ、日光で焙ればいけるかもしれません」

 

 産屋敷は手をそっと上げて制す。すると先程まで騒いでいた柱達は静かになった。

 

「私はね、個人がやっているんじゃないかと思っているんだ」

「しかしお館様、その者の活動範囲はかなり広い。ここ関東だけでなく、全国のようです。ここまで活動圏が広いとなると、相応の集団でないと不可能でしょう」

「けどソレにしては目撃情報が少ない。そんなに大きな組織なら何かしらの跡を残すものだ。けど、ソレがない」

「だからといって個人であると? ソレはいくらなんでも突拍子すぎるのでは……」

 

 

 

「もしかしたら、あの夜に鬼化した八幡がやってるのかもな」

 

 宇随のその一言で、その場はシーンと静まり返った。

 

「……宇随、言っていい事といけない事があるだろ?」

 

 義勇が何を考えているか分からない目を向けながら、ため息をついた。

 

「そうだよ、天元。あまり滅多なことを言わないように」

「……すいません、お館様」

「(シュンとする宇随さん可愛い!)」

 

 

「もし、謎の鬼狩りに遭遇したら我々と協力できないかどうか交渉を試みてほしい。よっぽどのことがない限りは、敵対しないように」

 

 産屋敷としても、鬼狩りの正体こそ分からないものの、味方として取り込めるなら取り込みたいという思惑故の言葉だった。

 その正体が何であれ使えるものは使おうという腹積もりである。

 

「話は以上だ。では、解散」

 

 産屋敷の言葉に、面々は早々に解散をし、その場から立ち去って行くのだが……。

 

「「「(あの人なら本当にやりそうだな……)」」」

 

 八幡を知っている者は実弥以外、宇随の話を半分程信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、貴様がここ最近で鬼を食らっている鬼か」

 

 とある山奥、鬼の首魁である無惨は一人の男と対峙していた。

 白金色の髪に黄金の瞳。肌には龍のような痣が浮かび上がっている。

 元、天柱の比企谷八幡。あの夜、黒死牟の血肉を食らう事で上弦並の力を手にした鬼である。

 

「ここ最近、私が作った覚えのない鬼が暴れているので気になったのだが……お前がそうなのか?」

「そうだ。お前をおびき寄せる為にな。けど今は食事中なんだ。後にしてくれるか」

 

 八幡は振り返る事無く答える。

 食事中。

 彼の指に貫かれている鬼。

 これが八幡の食事である。

 

 今の八幡は鬼を主食としている。

 元々柱であった彼は鬼の居場所に関する情報を多数持っている。

 ソレを基にして全国を飛び回り、幾多の鬼を食らってきたのだ。

 鬼に成って得た飛行能力と血鬼術、柱として持っていた鬼の情報と戦闘技術。

 これらを駆使すれば、全国を飛び回り、鬼を倒して食らう事は容易であった。

 

「ぐ…が……!

 

 絞りカスとなった鬼の死体を放り投げる。

 黒い塵となった死体は崩れ去り、風に流されて消えた。

 

「……なるほど、私の血のみを搾り取るのか。コレなら確かに効率よく吸収出来るな」

「そういう事だ。今の俺はアンタの血が一番栄養効率がいい身体みたいだ。じゃあさ」

 

 

 

 

「その源であるアンタを食えば、どうなるんだろうな?」

「調子に乗るな……青二才!」

 

 瞬間、周辺の木々が木っ端微塵に砕け散る。

 無惨の背から放たれた六本の触手。ソレが文字通り亜音速で、外見の規定を超えた軌道を描き、物理法則を無視して振りまわれた。

 しかし、ソレが八幡に届くことはない。

 

 亜音速如きでは、今の八幡には遅すぎる。

 最強格の柱としての実力と上弦の壱に匹敵する力を併せ持つ彼にとっては。

 

 

【天の呼吸 雷の型 雷鳴轟轟】

 

 

 いつの間にか握られた虹色と黒の刀で迎撃。

 雷の如き速度と威力で全ての触手を斬り落とした。…だけではない。

 

「!?」

 

 八幡の振るった軌道から電撃が迸る。

 ソレは刀の延長線上の触手を焼き切り、無惨にダメージを与えた。

 黒死牟と同じ原理。剣士の御業により現れる(エフェクト)が形あるものとして顕現した血鬼術。

 八幡も黒死牟同様に元柱の剣士であり、上弦の力を手にしたのだ。使えない道理はない。

 が、しかし。鬼にとって首以外の攻撃は決して有効打に成り得ない。瞬く間に再生する。まして、その首魁である無惨ならば……。

 

「無駄なことを……!!?」

 

 再生しない。

 斬られた触手が、焼かれた肉が。再生を妨げられている。

 

 これぞ八幡が鬼として得た血鬼術。

 彼の剣技に斬られた鬼は、赫刀で斬られたかのように再生しなくなる。

 剣戟によって現れる(エフェクト)も同様。彼の技術によって再現される以上、その血鬼術もまた彼の剣技。同じ効果が付随されるのは道理である。

 

 だが、ソレが何だ?

 

 再生出来ないのなら自切し新しく生やせばいい。

 この程度は容易。お茶の子さいさいである。

 

「ならば、こういうのはどうだ?」

 

 鬼舞辻無惨は鬼の首魁である。

 その肉体は変幻自在。彼が望めば質量に関係なく変化する。故、触手から触手を生やし、より強力かつ巨大に変化させ、八幡を埋め尽くす事も容易い事である。

 

「(成程、これが無惨の力か)」

 

 鬼の王。

 悪鬼共を従え、夜を支配する上位者。

 人類を超越し、全ての生物の頂点に座する完全生物。

 太陽を除く全てを蹂躙するその力はまさしく生きた災厄である。

 

 

「なら、こういうのはどうだ?」

 

 だが、ソレを相手取るこの男もまた、災厄だった。

 

 

【天の術式 天候操作】

 

 

 途端、落雷が起きた。

 

 突如生み出された真っ黒の雨雲が空を覆い、雷に遅れて雨が降る。

 最初はポツポツといった程度だったが、徐々に勢いは加速。やがて、土砂降りの豪雨と化した。

 

「……貴様、天候を……雲を操れるのか」

 

 

 無惨の目が驚愕によって少し見開かれていた。

 天を操る。そんな神の奇跡のような血鬼術は、終ぞ存在しなかった。だが……。

 

「お前は、アレ程ではないな」

 

 鬼の王は呟く。

 そして、安堵の念を込めて、思い付いた最適解を実行した。

 

 彼の願いは太陽の克服。

 その手段は問わない。青い彼岸花だろうと、太陽を克服した鬼を取り込もうと。ただ目的を達成すればいい。方法なんてどうでもいい。

 故に彼は、八幡の血鬼術を目にして、その方法に辿り着く。

 

「だが、より好都合だ。貴様を取り込めば、空を操り日光を遮れるかもしれん」

「そう簡単に上手くいくか?」

 

 互いの欲しいものが決まった。

 八幡は無惨の血肉を、無惨は八幡の血鬼術を。

 

 ここから先は、災厄(バケモノ)同士の奪い合いである。

 



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封印

 

 雨が降り、風が吹く。

 滝のような豪雨が大地を叩き、暴風が木々を薙ぎ払う。

 ソレは無惨が放つ毒の血を洗い流し、津波の如き触手の大群を斬り裂いた。

 

 

【天の術式 闇穿つ雷閃(ダークブレイクサンダー)

 

 

 ノーモーションで繰り出される雷撃。

 自然界ではまずありえない程の奔流。

 そこらの鬼なら一発で消し炭。上弦の鬼でさえ危うい。

 

 

【血鬼術 黒血枳棘】

 

 

 無惨は極太の有刺鉄線を形成。

 ソレを自身の身体に巻き付ける事で血の繭を形成し、防御を試みる。

 が、しかし。あまりに強大な雷はソレを焼き尽くし、中にいる無惨の全身を焼いた。

 

「!? このッ!」

 

 無惨は焼かれた部位を捨てると同時、内部から再生させた。

 外が全部ダメになったら、中から作ればいい。鬼の再生力を限界まで極めた無惨だからこそ出来る荒技である。

 

「そこか」

 

 全ての生物をぶっちぎりで超越した感覚器官が八幡を捉える。

 両腕を変化させた蛇の如き触手、背中から無数に伸びる海月のような触手。それらが一斉に八幡へと音速で向かった。

 

「遅ぇよ」

 

 ソレら全てを避ける八幡。

 急加速、急停止、急旋回。

 光翼を駆使して飛び回り、易々と回避してみせた。

 まるで、飛べるのが最初から当たり前かのように。

 

 無惨自身も動き出す。

 鬼の脚力は人間を越えている。その王たる無惨ならば、音速程度容易く超える。

 今の彼は、毒で弱っているわけでもない。万全の状態である。

 

「捕まえたぞ」

 

 追い付く。

 否、追い越す。

 触手を全て避けた八幡に無惨が回り込んだ。

 

「逃げてんじゃない」

 

 八幡は焦らない。

 むしろ、笑みすら浮かべている。

 

「誘ったんだよ」

 

 彼が握る刀には、龍が宿っていた。

 

 

【天の呼吸 雷の型 八雷神】

 

 

 繰り出された雷の龍が、無惨に牙を剥ける。

 

 歩法ではなく飛行による加速を乗せた剣技。

 八幡の御業と血鬼術を掛け合わせ、実体を得た雷の龍。

 剣士と鬼、柱と上弦。全集中の呼吸と血鬼術。

 本来相容れない存在を融合させ、尚且つ各々の分野の最強格。

 その一撃は……。

 

 

 

 触手の海を割り、洪水のように溢れる毒の血を蒸発させ、無惨の首へと到達。

 

 鬼王の上半身を完膚なきまでに消し飛ばした。

 

 

 

 が、しかし。

 この程度でくたばれば、鬼の王は名折れもいいところ。 

 

 雷龍の勢いによって吹っ飛ばされる無惨の下半身。

 何度も何度も地面に叩きつけられ、空に打ち上げられる。

 そんな状態でも無惨の暴力的なまでの生命が枯れることはなかった。

 

 残った小さな脳が、すぐさま再生を明利。

 焼かれてダメになった再生を自切し、瞬く間に肉体を形成。

 文字通り、瞬きの間で無惨は完治を完了させた。

 

 

「「………」」」

 

 にらみ合う両者。

 その距離の間、約3㎞。

 豪雨と強風が吹き荒れ、常人ならば目を開けられない。

 しかしそんな中でも二人は互いを正しく認識している。

 災厄同士の激突は、3kmという膨大な距離でも近すぎた。

 

 

「「………」」

 

 静寂。

 一瞬の隙が死に直結する場で、両者は完全に止まっていた。

 次の一手で勝敗が決まる。

 それはどちらも同じこと。

 

「(首だけじゃなく上半身全部消し飛ばしてもダメだった。コイツ、どうやったら死ぬんだ?)」

「(飛行能力に鬼殺しの力に天候操作。更に柱としての実力。この男、アレと違う方面の化物か)」

「(ここはアレするか? ……いや、普通の術でこの有様だ。アレまで使ったらここだけじゃなく人里にも被害が出る!)」

「(ここは撤退するか? ……いや、同じ鬼である以上寿命は存在しない。アレと同じ手段は無意味だ!)」

「(うまくいくかは分からない。けど、文字通り千載一遇のチャンスだ! 逃すわけにはいかねえ!)」

「(アレに及ばずとも別方面で近い領域にいる。これ以上成長させるわけにはいかない!)」

 

 

 

「仕留める」

 

「取り除く」

 

 

 

 

 

 まず動いたのは、八幡。

 翼を広げて一気に真上へと最高速度で飛翔。

 空気を貫き、ソニックブームを起こしながら飛び去った。

 

「逃がさん」

 

 そうは言うも無惨は追いかけない。

 今更追いかけても間に合わない。よって、予定通り撃ち落とす事を選んだ。

 

 無惨肉体が一気に膨れ上がる。

 爆発したかの如く巨大化した肉塊は自ら割れ、巨大な口を縦に開いた。

 内部には、生え揃った不揃いの歯。異臭を放つおぞましき地獄の穴が開かれる……。

 

 

 

【天の術式 雷霆(ケラウノス)

 

 

 瞬間、轟音が天から鳴り響いた。

 

 巨大な雷の刀。

 ソレは無惨を斬り裂き、焼き切り、細胞を全て滅さんとする。

 

 八幡は逃げたのではない。

 雨雲に飛び込む事で貯まった電気エネルギーを吸収し、血鬼術に変換。鬼殺しの刃に変える事で無惨を倒そうと試みたのだ。

 彼の企みは成功。このまま天の呼吸で……。

 

 

 べべんっ。

 

 

 琵琶の音が聞こえたと同時、無惨が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、よくやったぞ鳴女」

 

 無間城で、無惨は肉塊と化した自身の肉体を再生させながら琵琶を持つ鬼―――鳴女を褒めた。

 予め保険はかけておいた。鬼の居場所を特定する呪いを経由して鳴女と通信し、もし追い込まれるようなことがあれば血鬼術でこの城に戻れるように。

 今はあの時と違って異界と化した基地があるのだ。生き恥ポップコーンをする必要はない。

 

「だがあの鬼、どうするべきか……」

 

 しかし、逃げたとしてもあの鬼が生きていることに変わりない。

 鬼滅の力を持ち、天候を操り、あの男に及ばずともソレに近い領域の剣士だった鬼。奴を倒さない限り、無惨は再び脅かされる。

 

「だが、手段はある……!」

 

 しかし、所詮は人間であることを捨てられない青二才。

 いくら力では自身に届こうとしても、鬼としての年季が違う。

 やりようは幾らでもある。真正面からでは危険なら、相手の土俵に立たなければいい。

 人質を取る、街中で襲撃する。人間であることを捨てられない者はこの程度で躊躇する。そこを突けばいいのだ。

 これこそ無惨の強み。生きる為なら簡単にプライドを捨てられる。この男の辞書には、生き恥なんて言葉は存在しないのだ。

 

 

 ばぁあん!

 

 突然、何か硬いものを殴るような音が城に響いた。

 

 この場には無惨と鳴女以外誰も存在しない。だというのに何故音が響くのか。その答えを二人は直ぐ知ることになる。

 

 

 バリィィィン!

 

 空間に、穴が空いた。

 更に罅を入れて、隙間は拡大される。

 そこから見覚えのある腕が飛び出した。

 龍のタトゥーのような痣がある腕。ああ、間違いない、あの男の腕だ。

 

「(あの男……こんな事も出来るのか!?)」

 

 八幡が空間を殴って、こちらに続く道を切り拓こうとしている。

 

「……鳴女、お前に血を分け与える。だからこの侵入者を排除しろ」

「え? いやしかし私では………」

「いいからやれ!」

 

 無惨は触手を伸ばし、血を鳴女に注入。限界を無視して出来る限り流し込み続けた。

 そんなことをすれば何時か破裂する。そんなことは無惨自身分かっている。だが、それでもよかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この城を牢屋に変えてこの鬼を封印出来るなら。

 

 

【血鬼術 無限の牢獄】

 

 

 

 

「!?」

 

 次元の壁を越えて八幡が無限城に足を踏み入れる。

 それと入れ替わる形で無惨がその場から消えた瞬間、限城が大きく揺れた。

 ミシミシと音を立て、崩壊の兆しを見せる無限城。

 階段、天井、柱、床。崩れた物が次々と上から落下していく。

 

 

「あ~なるほど。そういうことね…・・・・」

 

 八幡は無惨の意図に気付いた。

 この城………空間ごと八幡を生き埋めにして封印するつもりだ。

 いくら八幡が強くとも、何も食わずにいれば何時か死ぬ。

 成程、なかなか惨い事をする。

 だが……。

 

「けど、ただで埋まるわけにいかねえな」

 

 瓦礫に埋まる中、八幡のシルエットが変わった。

 人間の形から龍―――八幡の時代で言う怪獣のソレへと。

 

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!」

 

 大音量の咆哮。

 空気だけでなく城全体が揺れ、瓦礫が吹っ飛ぶ。

 

『……ああクソ。この状態になると…理、性が……』

 

 

『だが、テメエに……一矢…報え、る……!』

 

 

 

【天の術式 闇穿つ雷閃(ダークブレイクサンダー)

 

 

 再び、雷が放たれた。

 雷霆には及ばないものの、通常時のダークブレイクサンダーとは比べ物にならないほどの威力。膨大な電流を圧縮し、レーザー光線と化した雷。

 巨大な咆哮と共に繰り出されるその一撃は、神鳴(かみなり)に相応しい一撃であった。

 

「ぐああああああああああああああああああ!!??」

 

 完全に油断しきった無惨は、その一撃によって焼かれた。

 

 



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夢で逢えたら

 

「……はぁ」

 

 空を見上げながら、竈門炭治郎は深く息を吐いた。

 

 色々なことがあった。

 那田蜘蛛山では下弦の陸と戦い、その際に不完全ながらもヒノカミ神楽―――日の呼吸を使った。

 何とか下弦の鬼を倒したが、呼吸の反動により一時気を失い、駆け付けた援軍―――柱から治療を受けた。

 禰豆子の存在がバレてしまい、連行され柱合会議で裁判にかけられた。

 怒涛の連続でイベントが起こった。本当に嵐のような忙しさだった。

 

 そして現在、戦闘で負った傷を癒やすため、蝶屋敷と呼ばれる屋敷で炭治郎は治療を受けている。

 

「(……良かった。柱の人達と、お館様になんとか禰豆子のことを認めてもらえて)」

 

 最初は、大半が直ぐに首を斬るべきだと言っていた。

 このことは前から予測していたし、バレたらそうなると言われていたので想定内。

 だから、この状況を打破するために、ある人から教わった一言を吐いた。

 

 

『うるさいこのスケベ柱! また博打に負けてひん剥かれたいのか!?』

 

 

 この一言で柱達は黙った。

 最初は彼自身も効果があるとは到底思っていなかった。

 聞いた時はふざけているとしか思えなかったが、こうして実際に意味がちゃんとあったので信じて次の言葉を吐く。

 

『俺は天柱から上弦の情報を聞いた。取引だ、天柱と無惨の事を聞きたいなら俺と禰豆子の命と安全を保証しろ』

 

 ソレから炭治郎は恋柱と霞柱の二人を除く柱一人一人の個人情報を暴露した。コレにより最初はデタラメだと思っていた柱も炭治郎の発言を信じ、目的を達成したのである。

 

「(あの人の言った通りに事が運んだ。……いや、人じゃないか)」

 

 炭治郎は例のあの人……夢で出会ったとある鬼の事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……上手くいかない」

 

 狭霧山の麓で炭治郎は悩んでいた。

 義勇の紹介から鱗滝に弟子入りし、鬼と戦う術を学ぶ機会を得たのはいいのだが、一向にその手段である全集中の呼吸が身に付かない。

 無理やりやろうとしても、肺が爆発しそうになる。

 自分には才能がないのか。炭治郎は落ち込むが、首を振ってすぐに意識を切り替える。

 今の自分には止まっている余裕などない。禰豆子の為にも努力しなくては……。

 

 

 

「ただ努力するだけじゃダメだ。ちゃんと工夫しねえと」

!?」

 

 背後から声を掛けられた炭治郎は驚いて振り返る。

 ここには彼一人の筈だった。その証拠に匂いも気配も一切感じなかったのに……。

 

「―――ッ」

 

 その男を見た瞬間、炭治郎は言葉を失った。

 鬼だ。しかし、他の鬼と違って臭みが一切ない。

 どちらかといえば禰豆子に近い匂い。そう、人を食ったことがない鬼の臭いだ。

 

「努力ってのは最小限に留めるモンだ。最短距離を模索し、辿る道を選んで、一気に突っ切る。で、よりいい道を思いついたらその道に修正する。そうやって目的は達成するモンだ」

「あ、貴方は……?」

 

 震えながら炭治郎は聞く。

 

「ああ、そういや自己紹介が未だだったな。……俺の名は比企谷八幡。義勇や錆兎と同じ鱗滝一門の一人だ」

「……つまり、鬼殺隊? けど、この匂いは鬼。なのにお堂で見た鬼と違う……あ、あの!」

 

 ハッと思い出したかのように炭治郎は質問する。

 

「鬼を人に戻す方法を知ってますか!?」

「知らん。そんな方法があるなら俺が知りたい」

「そ、そうですよね……」

 

 八幡の答えに炭治郎はシュンと落ち込む。

 

「ソレよりも確実な事を話そう。……お前、呼吸を憶えたいんだな?」

「え、あ…はい」

「ここに来たという事は水の呼吸か?」

「は、はい……」

「日の呼吸の方が才能あると思うだが……いや、アレ負担デカい上に習得難しいからな。まずは比較的容易な水の呼吸を習得してからにするか」

「?」

 

 八幡はブツブツ言いながら炭治郎に近寄り……。

 

「フン!」

「―――ッ!」

 

 絶妙な力加減で炭治郎の腹を殴った。

 

「ヒュゥゥゥゥ……」

 

 炭治郎の口から息が漏れる。

 肺から無理やり空気を吐き出され、通常とは違う呼吸で息を吸う。

 途端、彼は八幡の意図に気付いてその呼吸に集中する。

 いきなり殴られた事に抗議しそうになったが、そんなものは吹っ飛んだ。

 

「ソレが水の呼吸だ。といっても、出力は10%…1割程に留めているが」

 

「けど、一発じゃ無理か。じゃあ次の夜にまた来るわ」

 

 炭治郎はその言葉を最後に目が醒めた。

 

 

 その夜から、八幡はそれから、炭治郎に呼吸の鍛錬法について毎晩指導した。

 呼吸を無理やり活性化させてコツを掴ませ、最初は出力を抑えて身体に馴染ませる。そしてある程度出来るようになると、型を丁寧に教えて呼吸を最大出力でぶつける方法を教えた。

 昼は鱗滝から、夜は八幡から指導を受け、炭治郎は確実に、尚且つ最短で呼吸を習得していく。

 そして、水の呼吸の習得後からは両方の修行が厳しくなった……。

 

 

 

 

「すぐに立て! 鬼は待ってくれんぞ!」

 

 鬼との戦闘で生き残る為、鱗滝に投げられまくったり……。

 

 

「俺の血鬼術で幻影を創り出した。コイツの相手をしてもらう」

 

 鬼との戦いに慣れる為、様々な鬼と戦わされたり……。

 

 

 

 

「殺気と敵意の匂いを憶えろ! この匂いが来たらすぐに反応しろ!」

 

 鱗滝からは鋭い嗅覚を戦いで活かすよう指導され…。

 

 

「血鬼術の起こりを憶えろ。これが血鬼術の匂いだ。コイツが臭う前に鬼を仕留めろ。出来ないなら対応できるようにしろ」

 

 八幡からは鬼との戦いで嗅覚を活かすよう指導を受け…。

 

 

 

 

「敵は何処から来るかわからんぞ!気配を憶えろ!」

 

 気配を消した鱗滝に不意打ちをされ…。

 

 

「鬼は理不尽だ。どんな攻撃するか分からん。だから、全ての攻撃に適応出来るようにしろ。出来るなら来る前に首を刎ねろ」

 

 

 昼は鱗滝にしばかれ、夜は夢の中で八幡にしばかれ、時々来る兄弟子たちにしばかれた。

 どれもこれも厳しかったが、特に八幡との訓練が一番実戦的だった。

 なにせ夢の中だ。なんでもありだから本当に様々な鬼と戦える上に、それら全ては八幡が倒した相手だ。その攻略法は既に解き明かしている。

 

 

「血鬼術は千差万別で一体一つとは限らない理不尽なモンだ。だが元人間がやる以上、一定のルールがある。コレ、俺が今まで戦ってきた鬼の情報を纏めた本だ。……あ、字があまり読めない? じゃあ俺が教えてやる」

 

 今までの鬼の情報を教え…。

 

「こういった鬼の血鬼術は一度かけられたら終わりだ。気配を消し、気付かれる前に殺せ。……あ、気配の消し方が分からない? じゃあ俺が教えてやる」

 

 その情報を基に幻術で創り出した鬼と戦わせ…。

 

「こういった敵は銃で牽制しろ。あ、銃が使えない? じゃあここで憶えろ」

 

 必要な技術を叩き込んでいった。

 

 

「よし、じゃあ次は実戦だ。これから出す鬼を倒してみろ」

 

 八幡が用意したのは水を操る魚のような鬼。

 流水の道を創り出し、高速で泳ぎながら、鱗の弾丸を発する。

 

「(戦場は遮蔽物無し。状況は背後に守るべき一般人。よってここは意地でもこの人を守る!) こっちだ生臭いクソ魚!」

 

 先ずは相手の観察。血鬼術と行動パターンを見極める。その為に炭治郎は鬼を挑発した。

 怒らせて思考を単純にさせることで、単純な血鬼術しか使わないようにさせる。そうすることで対処を余裕にさせると同時に、その鬼の血鬼術が何なのかわかりやすくなる。更に、こちらに集中させる事で人質から眼を逸らして逃がす。一石三鳥だ。ちゃんと八幡の教え通り、自分で考えて戦略を立てている。

 

 

【血鬼術 飛鱗弾】

 

 

 飛んでくる鱗の弾丸を少し大げさに避ける。

 いきなり触れるのは危険。爆発機能が有ったり、弾丸にも二重で何かしらの血鬼術が掛けられている可能性がある。よってここは様子見である。

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 魚鬼が発する鱗の弾丸を弾き飛ばす。

 小細工がないと分かった以上は問題ない。防御しながら相手を観察しつつ、接近する。この鬼の性格上……。

 

 

【血鬼術 早流突進】

 

【水の呼吸―――】

 

 

 痺れを切らした魚鬼が突っ込む。 

 水流を早くして威力を上げ、角を向けて迫り来る。

 攻撃の匂いを察知した炭治郎はソレに合わせて技を繰り出す。

 

 

【―――壱ノ型 水面斬り】

 

 

 カウンター。

 水流から敵の軌道線を読み、匂いでタイミングを読み。

 自身の技と相手の技のタイミングをピッタリと合わせ、魚鬼の首を斬り落とした。

 

「………合格だ」

 

 放り投げられた羽織を咄嗟に受け止める炭治郎。

 背に昇り鯉の絵が描かれている羽織。

 なんとなくそれを炭治郎は着込んでみる。

 

「これは?」

「卒業証書代わりだ。隠し懐がけっこうあるから任務の時にでも使え」

 

 その言葉を最後に、炭治郎は目醒める。

 彼の枕元には、卒業証書である羽織が無造作に置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(あれから暫く、比企谷さんの夢は見なくなった)」

 

 卒業してもう教えることが無いからなのか、それとも夢に現れるための力が無くなったせいか。けど、そんなことはどうでもいい。

 大事なのは、その力が使えるか否かである。

 

「(来た。後ろに鬼の臭いがする。突然現れた事から空間系の血鬼術か)」

 

「(こういう血鬼術を使う鬼はいきなり現れて不意打ちする。けどその性質上、自分の存在に気付かれて反撃されるとは考えてない。……そこを突く!)」

 

「(あの鬼は俺が鬼殺隊だと気づいて殺気を向けている。臭いで分かる、俺を殺す気だ。なら、俺を餌にすれば簡単に釣れる!)」

 

 作戦は立てた。後はソレに基づいて行動するだけである。

 

「(来た!)」

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面斬り】

 

 出てきたところでタイミングを合わせて不意打ちに近いカウンターを食らわせる。

 炭治郎の目論見通り、彼の放った一撃は簡単に鬼の首を刎ねた。

 

「……へ?」

 

 鬼―――沼のような異空間から飛び出した忍のような恰好の鬼は自分が何をされたからわからずに消えた。

 

「……まだいる」

 

 匂いでまだ鬼がいる事に気付く炭治郎。

 鬼は群れることはないが例外がないわけではないし、死んだ後でも効果がある、或いは発動する血鬼術もある。よって倒した後も警戒しろ。八幡の教えである。

 

 

【水の呼吸―――】

 

 

 炭治郎は次の攻撃に対処するために、慌てる事無く刀を振り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷さん、貴方には感謝しています」

 

 貴方のおかげで、俺は鬼をより効率的に倒す術が身に付いた。

 貴方のおかげで、俺は禰豆子を無理やりとはいえ認めさせることが出来た。

 貴方のおかげで、俺は様々な事を学び、視野を広げて、もっと多くの事を知った。

 

 どれだけ感謝しても足りない。だから……。

 

「だから今度は、現実の貴方と会いたいです」

 

 炭治郎は、薄く虹色がかった黒刀を月に掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ次は日の呼吸を憶えるか」

「………」

 

 その日の晩、炭治郎は八幡に会いたいと思った事を後悔した。

 





このssでの炭治郎は原作より安全に戦っております。
響凱との戦闘では鼓を鳴らされないよう銃で牽制することで血鬼術を妨害し、矢琶羽との戦いでは煙幕で視界を奪うことで血肉術を防ぎました。
一般隊士時代の八幡と同じやり方です。
鬼殺隊って剣術だけじゃなくこういった技術もいると思うんですよね。


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波旬

 

 その晩、実弥は夢を見た。

 

 あの日から行方を晦ました男―――死んだと思っていた八幡が夢の中に現れたのだ。

 

 鬼に変じた姿で。

 

 だから、実弥は刀を取った。

 

 どんなに美しくても、どんなに親しかった人間でも、鬼と成れば斬る。鬼殺隊として当たり前の事である。

 

 が、しかし、実弥は斬れなかった。

 

 躊躇したとか、覚悟出来なかったとか、そんな生温いことはない。ただ純粋に、相手が強すぎて首が斬れなかったのだ。

 

 一切の血鬼術を使わず、持ち前の剣術と歩法のみで全てを捌く。

 

 相手の頭でも見えているかのように、打つ手打つ手を先読みする洞察力。

 

 未来でも操っているかのように、いつの間にか相手を自分の脚本通りに動かす実行力。

 

 ああ、全部が全部そのままあの人のようだった。

 

 だからこそ、認めざるを得ない。

 

 

 比企谷さん、アンタは本当に、鬼に成っちまったんだな……。

 

 

 

 夢の中の八幡は自分の知ってるような男だったが、ソレが何時まで続くか分からない。

 

 元・同僚のカナエ曰く、鬼とは哀れな生き物。人間であった頃を忘れていき、やがて身も心も完全な鬼となる。比企谷さんだって……本人だってそう言っていたじゃないか。

 

 でも、最強の柱なら、この人なら或いは………。

 

 実弥はその考えをすぐさま否定した。妙な希望を持つのは辞めろ。鬼は全て切る。そう誓ったではないか。

 

 母を殺したあの日から………。

 

 実弥は言った。俺はあんたを認めない。たとえ同僚でも鬼は認められないと。いつかその首を斬ってやると。

 

 八幡はただ“やってみろよ、(さね)”と笑いながら言った。

 

 その時の顔は、柱稽古や博打で実弥を負かした時によく見せる顔のままだった。

 

 

 目が覚めると、枕元に黄色い何か―――プリンがあった。

 

 こんな珍しいものを用意できるのは一人しかいない。

 

 いつもと違ってほんの少しだけしょっぱいソレを、実弥は食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある一室。

 産屋敷は布団の上で上体を起こし、一枚の羽を眺めていた。

 彼が指で摘まんでいる一枚の羽根。それは七色の派手な色合いをしており、少し振ると光の粒子が溢れる。この粉のおかげで彼の瞳には少しだけ光が宿っていた。

 この羽から分泌される光の粒子には、産屋敷の病の侵食を抑える働きがある。そのおかげで彼はほんの少しだが目が見えるまで回復していた。

 しかし多用は出来ない。この粉もまた劇薬であり、使いすぎるとどんな副作用があるか分かったものではない。けど、見るだけなら無害だ。

 自然界には存在しない、血鬼術によって作られた物質。鳥の羽でも虫の羽でもなく、鬼の羽。そんなこの世で唯一の物なんて見る機会など一生ない。よって産屋敷はこの絶好の機会を余すことなく楽しむことにした。

 

「……失礼します、お館様」

 

 障子を開けて岩柱―――悲鳴嶼行冥が部屋の中に入って来た。

 

「ご苦労さま、行冥。ソレで、皆の反応はどうだい?」

「ハッ。私含め、全員困惑しております」

 

 少し言いにくそうに行冥は言う。

 無理もない、なにせこの事実は行冥ですら受け止め切れてないのだから。

 要するに

 

 八幡は上弦の壱との戦いで敗北したが、その血肉を食らう事で鬼化。

 鬼に成ったことで上弦の壱と同格の力を手にし、人食い衝動は鬼で賄う。……この時点で本当に何でもアリである、

 極めつけは無惨と戦って本拠地に乗り込み、時空間に幽閉された。……何言ってるのか作者自身よくわからん。

 

 次々と衝撃的な情報を聞いて頭が痛くなってきた行冥。なのでとりあえず八幡だからという理由で無理矢理納得する。

 

「炭治郎君の夢に出てきて彼を鍛えたというだけで無茶苦茶なのに、更にその上を行くとはね。流石は八幡だ」

「ソレだけではありません。八幡は柱全員の夢に出てきて雑談し、夢の中で渡したものが枕元にありました。……もう、何が何だか。私も皆も困惑を通り越して混乱しております」

 

「実弥は怒り狂いながらプリンを食べ、天元は派手になった八幡の外見にとても興奮しておりました」

「アッハッハッハ! 面白いね! ぜひその光景を見てみたいよ!」

 

 自分の剣士(子ども)達の珍行動を創造して笑う産屋敷。

 行冥はその笑い声を聞いて軽く苦笑した。

 

「……お館様、コレが本命なのですが」

 

 

「お館様は八幡が鬼化していることを最初からご存じだったのではないでしょうか?」

「うん、知ってたよ」

 

 産屋敷はあっさりと答えた。

 

「八幡はまず最初に私の夢に出て来て全部話してくれた。だから炭治郎の話も私は信用したんだ。最初から知ってたからね」

「・・・お館様は、八幡の話を信じておられるのですか?」

「逆に騙す理由がないよ。私の首を取りたいならとっくに来ている。たとえ逃げても八幡ならその先を読むのは簡単だ。戦闘に限って言えば、八幡の先読みは私を超えている。目を欺くなんて無理だよ」

「………」

「八幡が敵になった時点で私は死んでいる。だからこうして生きているのが彼を信じる理由だ」

「……少々強引ですがそうですね」

 

 確かに産屋敷の理屈は強引だが、理屈は通っている。だがそれでも……。

 

「ソレに私はコレを運命だと思うんだ。最強の柱が最強の鬼の力を手にし、私の元へ来てくれた。もうこんな機会はない」

「ええ。前代未聞ですね」

「そうだよ。彼は前代未聞の活躍をたくさん遺してきた。そしてこれからもね」

 

 

「二度と来ないこの好機、私は逃すつもりはない」

 

 たとで自分の命を犠牲にしてでも。

 

「私は少し休む。……久しぶりに、気分が高揚してしまった」

「御意」

 

 瞬間、音もなく去る行冥。

 その空気の振動を感じた産屋敷は息を吐いた。

 

「そういえば、無惨は気に入った鬼には鬼としての名を与えるそうだね」

 

 ふと、八幡の報告の所の中に、そんなことが書かれていたことを思い出した。

 

「無惨に離反した以上、八幡は鬼としての名を貰えない、なら、元とはいえ上司のア私がつけてあげようじゃないか。……八幡…ハチマン。は、は、は……」

 

 

 

 

「―――波旬」

 

「第六天の魔王。天柱であり、鬼の王に対抗して魔王。八幡にピッタリだ」

 

 

「待っているがいい、無惨。今、お前の首に天の魔神の刃が向けられたぞ」

 

 

 



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ハイジャック

 

「そう言えば、善逸も比企谷さんと夢で会ったんだ」

 

 次の任務に向かう道中、炭治郎は善逸に質問した。

 

「え? ああ、うん。みっちりしごかれたよ」

「やっぱりか。俺も耐えられる限界いっぱいに鍛えられたよ」

 

 炭治郎がハハハと笑うと、突然善逸は叫びだした。

 

「何笑ってんだ!? あの人にどれだけひどい目に遭わされたと思ってるんだ!?」

「けどそのお陰で強くなれたんだろ? ならよかったじゃないか。しかもあの人、無茶はしても無理は要求しないから。修行中に死ぬことはないだろ?」

「ああそうだよちくしょう! あの人いっつも俺が生きれるギリギリを攻めてくるから、死んで目が覚めることないんだよ!? 俺もう駄目だと思っても限界以上の力を強制的に引き出すし! 何あの人!? なんで俺以上に俺の限界知ってるの!?」

 

 喚く善逸を情けない奴と思いながらも、炭治郎は八幡との鍛錬を思い出して“確かに”と思う。

 

 八幡の修行は基本的に実戦が多い。

 実戦、実戦、座学、実戦と、大半は戦って慣れろと言うやり方である。

 夢の中で幾らでも鬼を創り出せる彼は、次々と鬼を用意して戦わせた。

 姿が消える鬼、瞬間移動する鬼、地面を操る鬼。目を合わせるだけで即死の血鬼術を使う初見殺しの鬼、人を操って人質にする狡猾な鬼、暴風を操るシンプルに強い鬼など、多種多様な鬼と戦わされた。

 しかも、こんな無茶苦茶な真似をしても、八幡は無理を要求しなかった。

 いつも勝てるギリギリの鬼を用意し、本人がダメだと思っても、まだチャンスがあるなどの理由で八幡が戦闘可能だと判断したら続行。本人が行けると思っても、敗北確定だと八幡が判断したら戦闘を辞めさせる。

 このように、八幡は戦力分析と状況判断の精度が異様に高いのだ。まるで、未来が見えているかのように。

 そして、実戦が終わったら復習と反省と答え合わせである。

 相手はどういう鬼でどんな血鬼術を使い、どうやって戦うか。ソレを如何にして攻略したか。

 勝った場合はどうやればもっとスムーズかつ安全に倒せたか、負けた場合は何をされて負け、次はどうすれば勝てたのか。

 そういったことを学び、覚え、身に着けて、次の鍛錬で克服する。そうやって炭治郎たちは夢の中で八幡に鍛えられた。

 効率重視、尚且つ無理はさせない。教育としては十二分に効果がある。あるのだが……。

 

「(アレは鱗滝さんの修行とは別の方面できつかったな……)」

 

 やられる本人にとっては堪ったものではない。

 いくら夢の中とはいえ、命の保証はしてくるとはいえ、鬼と戦って何度も死ぬような目に遭ったのだ。

 モチベ―ションが高い炭治郎は兎も角、臆病な善逸は何度も逃げ出そうとしたであろう。その気持ちは炭治郎も良く分かる。

 

「逃げようとしてもあの人俺よりも速いしさ~! 何なのあの人!? 爺ちゃんよりも速いんだけど!? 爺ちゃんも元とはいえ柱だよ!? 鳴柱だよ!? 最速なんだよ!? なのに何でソレよりも速いのかな!?」

「そりゃ比企谷さんが雷の呼吸も扱えるからだよ。だって天だぞ? 雷も空の一部なんだから使えるんじゃないか?」

「ソレがおかしいんだよ! 複数の呼吸を使い、しかもソレを複合して新しい呼吸を作ったとかもう化物じゃん!

 

 八幡は複数の呼吸を扱える。

 雷、風、水、炎。その派生である嵐、雪、雨、雲、晴。

 これだけの呼吸を扱えるのだから、呼吸のアドバイスの幅はかなり広い。

 時には、別の呼吸の要素を教える事で、呼吸をより強化させる事もある。

 現に、炭治郎は水の呼吸を習得しているのに、炎の呼吸の要素を取り入れた技も使う。

 

「ホントあの人怖いよ! 修行怖いよ もうやりたくないよ!」

「でも、お前はちゃんと卒業できたんだろ?」

 

 炭治郎は善逸の腰紐に掛けられた仮面―――雷と風の紋章を両頬に刻まれた狐のお面を指差す。

 これこそ善逸が八幡の課した鍛錬を突破した証。同時に、善逸を剣士に“変身”させるスイッチでもある。

 

「その仮面をつけている間の善逸はとても強くてカッコいい。けど、その時の善逸も別人じゃなくて善逸だ。普段は隠れているお前の顔なんだ。だから善逸、もっと自信を持て」

「………そうは言われても、俺……この仮面がないと戦えないし」

「今はソレでもいいと思う。けど何時かお前はソレが無くても戦えるはずだ」

「………」

 

 善逸は仮面を少し撫でた。

 

「おいお前ら、もう目的地に着くぞ! 一体いつまで無駄話してるんだ!?」

「あ、伊之助。そういえば伊之助も比企谷さんに会ったんだな?」

「あ? 空の王の事か!? おうよ! 俺は空の王に認められたんだ!」

 

 伊之助はそう言って小さな笛を取り出した。

 彼もまた八幡の洗礼を受け、その試練を突破し、その証明を受け取った一人である。

 

「で、伊之助は比企谷さんに一本取れた?」

「………」

 

 善逸が聞くと伊之助は目に見えて落ち込んだ。

 

「あ、こら善逸! 分かり切ったことを聞くな! 伊之助が勝てるわけないじゃないか!」

「いや炭治郎、お前の方がヒドいから」

「空の王…マジ強ぇ……」

 

 こうしている間に目的地が視えて来た。

 今回の任務は汽車の車両内で行われる。

 人気が多い場での任務。その為、三人は早く来て準備に取り掛かった。

 

「炭治郎、ここに銃が用意されてるんだよな?」

「ああ、見取り図もちゃんとある筈だ。手筈通りやろう」

「おう! じゃあ早く“はいじゃっく”しようぜ! 鬼を倒す為にな!」

 

 駅の外れにあるベンチの下。

 そこに置かれている黒い包みの中から銃と被り物を取り出し、目的地である駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(どうして、こんなことになってしまったんだろうか?)」

 

 列車の車両内、炎柱―――煉獄杏寿朗は呆然としていた。

 今回の任務はとある特定の車両に出るという鬼の討伐。

 三人の子供たちがその補助にあたるという予定だったのだが……。

 

 

 

「動くんじゃねえぞ! 撃ち殺されてえのか!?」

 

 何故、三人の子供たちは、仮面や被り物で顔を隠し、戸を蹴破りながら発砲して、銃を乗客に付きつけて脅しているのか。

 

『コレで互いの手を縛れ。余計なことすれば撃ち殺す』

 

 狐の仮面を被った善逸が縄を乗客に投げ渡した。

 銃で脅されている乗客は黙って互いに縛る。

 だが、中には反抗するモノもいたのだが……。

 

 バンッ!

 善逸は抵抗した乗客目掛けて発砲。

 放たれた銃弾は顔面スレスレで当たらなかったものの、乗客の心を折るのには十分すぎるパフォーマンスだった。

 

『余計な気を起こすな。縛るのは慈悲だ。本来なら、お前らの腱をこの刀で切ってもいいんだぞ?』

 

 刀を抜いて突き付け、軽く、頬を切る。コレだけで反抗する者は誰もいなくなった。

 

「(……一体どうしたんだ?)」

 

 杏寿朗は目の前の光景が信じられなかった。

 これがあの臆病そうな子なのか。鬼が出ると震え、怖いと泣き、戦いたくないと喚いていた子なのか?……この中で一番乗り気じゃないか!

 最初はアレだけみっともなかったというのに、仮面を被れば早変わり。

 気が付けばアッと言う間に汽車を乗っ取ってしまった。

 縛った乗客は一番先頭の車両に閉じ込め、炭治郎が見張りを担当している。

 

「ぜ、善逸少年。コレは一体……?」

「見ての通り乗客を一つの部屋に押し込む事で守りやすくしたんです。うろうろされると厄介なので縛っておきました」

 

 淡々と話す仮面付き善逸。

 堂々としたその有様は、普段の情けなさを一切感じさせなかった。

 そう、まるで別人に変身したかのように。

 

「し、しかしいくらなんでもこのやり方はないと思うぞ!」

「仕方ありません。説得して避難してもらうより、力ずくで黙らせる方が早い。実際に命や金を取るわけじゃないんです。乗客も鬼に食われるよりマシでしょう」

「だが異変に気付いた鬼が何かしら出る筈だ!」

「大丈夫です。鬼もただの強盗だと気に留めない筈です。刀を持っていても強盗ならあり得るし、何よりも邪魔な強盗を始末しようとして乗客から眼が離れる。一石二鳥です」

「な、成程……やはりか」

 

 杏寿朗は思い出した。このやり方をする人物を。

 この手段を選ばないやり方。犯罪でも効率的あるいは必要だと判断したら躊躇することなく実行し、鬼殺隊の頭を悩ませながらもちゃんと成果を出す強引なやり方を……。

 

「(……比企谷さん、貴方の継子はしっかり育っています)」

 

 



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猗窩座再び

 

 作戦は、スムーズに行われた。

 

 乗客を守る役目は煉獄が請け負った。

 人質に成り得る乗客たちは一か所に集められ、身動きが取れない状態。よって余計なことを心配せず一車両だけを守っていれば問題なかった。

 駅員や運転手も問題ない。最初から先頭には炭治郎たちが配置されており、夜になると同時に列車を無理やり止めさせる。コレで事故などを心配することなく戦えた。

 

 鬼の首はアッサリ切り落とされた。

 列車と一体化する事で首の位置を分かりにくくしていたが、夢の中で鬼との実戦を経験した三人には通じなかった。各々が優れた感覚によって首の位置を特定し、すぐさま切り落とす。

 鬼の妨害もあったが問題ない。血鬼術を使われる前に、その気配を優れた感覚で察知。銃撃や爆弾等で牽制を行う。

 更に、竈門兄妹が更なる力に目覚めたのも大きい。炭治郎は不完全ながらも日の呼吸を使い、禰豆子は炎の血鬼術で鬼の血鬼術を無効化。徐々に確実に鬼を追い詰め、遂にその首を斬り落とした。

 その後、列車を途中で止めて脱出。次の駅で騒ぎになる前に逃げ出した。

 

 全部上手くいっていた。

 誰も欠ける事無く、完璧にやってのけた。百点満点と言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 

「花札の耳飾り―――。お前が、あの方が探していた鬼狩りだな?」

 

 ただ一つ、上弦の参が乱入したという点を除いて。

 

 

 上弦の参、猗窩座。

 その力により、炭治郎だけでなく炎柱―――煉獄さえも太刀打ちできなかった。

 圧倒的。災害の如き圧倒的な暴力により、人間たちは蹂躙された。

 

 これこそ鬼。

 人間の天敵であり、上位の生物である。

 何処かの誰かさんがポンポン鬼の首を斬るので忘れそうになるが、人間は鬼との戦いで圧倒的に不利であり、劣っている。

 柱とて例外ではない。たとえ十二鬼月ですらないその辺の一般鬼でも、状況次第では死ぬことだって多々あるのだ。

 今回の相手は上弦、しかも誰かさんとの戦いの中で急成長した個体。……人間が勝てるわけがない。その誰かさんだって人間でない領域に足を踏み入れたのだ。

 

 人間では化物は殺せない。

 敵わないからこそ化物として扱われるのだ。

 化物を倒す方法は主に二つ。知恵によって倒すか、同じ化物になるかだ。

 

「死ぬな、杏寿朗」

 

 猗窩座は、今にも死にそうな杏寿朗にそういった。

 

「鬼に成ろう、杏寿朗。鬼に成れば老いる事無く永遠に強い体でいられる。傷ついてもすぐ治るからすぐに鍛錬に戻れる。弱い人間の身体なんかより断然便利だ」

「こと…わる! どんな理由があろうとも……俺は鬼に成らない!」

 

 

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

 差し出された猗窩座の腕を無視して、刀を振るう

 速さを優先した切り上げ。

 煉獄が咄嗟に繰り出した絶技を、猗窩座は拳を振るって叩き落す。

 炎柱の剣戟は、猗窩座に届かなかった。

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

 煉獄の攻撃は続く。

 虎のように敏捷且つ力強く、燃え盛る炎のように強烈な一撃。

 だが、その剣技を猗窩座はあっさりと受け止めて見せた。

 血鬼術も体術も使用せず、鬼の身体能力のみで。

 

 決して煉獄の技は見掛け倒しではない。

 その証拠に、先ほどの踏み込みで空気が震え、地面が揺れた。人間の踏み込みで、だ。これだけでも十分に驚愕に値する威力である。

 だが、ソレでも猗窩座―――怪物には届かない。

 

「素晴らしい闘気と技だ。一見するだけでお前が至高に近い領域だとわかるが……まだまだ弱いな」

 

 ガシっと、猗窩座に掴まれた。

 振り解こうと煉獄は抵抗するが、動かない。

 どれだけ力を振り絞っても、技をかけてもビクともしない。

 相手は片手で刀を掴んでいるだけで、決して術も技も使用していない。

 

 猗窩座は力のみで柱―――煉獄杏寿郎を拘束しているのだ。

 

「(は、早く煉獄さんを助けないと……)」

 

 まずい、早くしなければ殺される。だからなんとかしなければ。

 そう考えた炭治郎たちが戦場へと足を踏み入れようとした途端、煉獄と目が合った。その目は言っている、お前たちは動くなと。

 

「「「!!」」」

 

 煉獄の目を見た三人はその場で固まった。

 今の彼らでは、煉獄にとって足手まとい。下手に踏み込むと、より戦況が悪化する。かといって、逃げても煉獄から炭治郎にターゲットを戻すだけで、決して逃げられない。よって、ココは大人しく何もしないのが正解である。

 

「(~~~~! なんて…無力なんだ、俺は……!)」

 

 炭治郎達は、己の無力さに打ちのめされた。

 

「お前の剣戟は素晴らしいが、所詮は人間。……全然だめだ。この程度では俺に届かない」

「それでも俺たちが諦めることはない! 俺たちは悪鬼に苦しめられる人がいる限り、戦い続ける!!」

「………無駄な努力を」

「~~~!!?」

 

 

 瞬間、煉獄が吹っ飛んだ。

 猗窩座の前蹴り。

 速いだけのただの蹴りが煉獄の腹部に命中し、肺の中の空気を強制的に追い出した。

 

「俺もつい最近まではこれ程の力はなかった。だが、あの方から血を頂くことで格段に強くなれた。……分かるか? これが鬼だ」

 

 

「お前たち人間が必死に鍛錬して手に入れる力を、俺たちはあの方の血を少し取り入れる程度であっさり手にする。……あの鬼も、そうやって強くなってきた」

 

 

「人が鬼に勝つ方法はただ一つ、それ以上の鬼になる事だけだ」

 

 

 

「違う!」

 

 煉獄は、再び立ち上がった。

 

「人は老いるからこそ、死ぬからこそ、儚く美しいからこそ、強くなろうとするんだ!」

 

「人の強さは決して肉体のみではない!ソレを今、俺が証明してみせる!」

 

「たとえ鬼がどれだけ強くても関係ない! 俺は俺の責務を全うする! 誰一人この場で死なせはしない」

 

 

【炎の呼吸 玖ノ型 煉獄】

 

 

 煉獄の叫びに呼応するかのように、彼の纏う闘気が膨れ上がる。ソレは一瞬で臨界点にまで達し、一気に解放……いや、爆発させる。

 爆炎の如き激しさと、業火の如き威力。ソレは猗窩座の首を……。

 

 

【破壊殺 滅式】

 

 

 猗窩座の首には届かなかった。

 

 たった一発。

 突き出した一つの拳が、煉獄の全力を粉々に打ち砕いた。

 

「―――カハッ!」

 

 再び吹っ飛ばされる煉獄。

 そのあまりの威力と速さにより、受け流しも受け身も取れなかった。

 何度も地面にリバウンドし、その度に空高く打ち上げられ、また地面に叩きつけられ、再び高く打ち上げられる。この繰り返しのうちに全身の骨は砕かれ、肉は裂かれ、血をまき散らす。

 

「ぅ…ぁ……」

 

 声にもならない声をあげ、転がる煉獄。

 もう彼には戦うどころか立つ体力もない。そもそも呼吸出来るかさえ怪しかった。

 

「もうやめにしよう、杏寿朗。お前がどうやったところで俺には勝てない」

 

 ゆっくりと近づきながら、猗窩座は語る。

 

「お前たちは俺たちに想いの力だの正しさだのを吐くが、そんなものは弱者の戯言だ。力で適わないからせめて心だけは勝ちたいという慰めに過ぎないんだ」

 

「思いが何だ? 人の矜持が何だ? そんなもので腹が膨れるか? そんなもので鬼を倒せるか? 違うだろ? 出来ないからそんな台詞しか出ないんだろ?」

 

「認めろ、杏寿朗。ソレが人間の限界だ。強い言葉で誤魔化してもお前たちが弱者であり、奪われる側である事実に変わりはないんだ」

 

 

 

 

『ああ、確かにそうだな』

 

 

 

 

「「「!!?」」」

 

 ゾクリと、全員が動きを止めた。

 その声を聴いた途端に沸き上がる原始的な恐怖によって。

 炭治郎達だけでなく、鬼である猗窩座も例外ではなかった。

 

 

『所詮この世界は弱肉強食だ。強いモンがルールを作る権利がある。弱者敗者がいくら吠えたところで意味はねえ』

 

 

 空間が揺らぐ。

 声がする度に、空と大地が震える

 骨の髄まで軋むような、強大な気配が近づく。

 

 

 

『だから、俺はきれいごとなんて言わねえ。大義も主張しねえ。やりたいことをやる』

 

 

 夜空が、裂けた。

 ガラスでも割れるかのように、パリンと。

 その亀裂の中から、光が差す。そこから一人の男が現れた。

 

 

 プラチナ色の髪。腰まで伸ばしたソレは月光で七色に反射している。

 黄金の腐った瞳。鈍く光るソレには“上弦”の“零”と刻まれている。

 褐色に焼けた肌。艶のあるソレには龍の刺青のような痣が浮かんでいる。

 

 美しい。

 夜空から舞い降りるその光景は、まるで天から降り立った天人のようであった。……ただ一つ、強烈な鬼の気配を発しているという点を除いて。

 

 

 

「猗窩座、テメエをぶっ殺す」

 

 天人のような鬼―――八幡は猗窩座を指差しながらそう宣言した。

 



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コイツには勝てないのか

 

 その男が人でないことは、すぐに理解出来た。

 あまりにも美しい相貌と、見る者全てを魅了する色気。

 これら全ての魔性に加え、その強大な圧力。生物として圧倒的な格の差が、鬼であると気づかせた。

 

「比企谷・・・さん!?」

 

 最初に言葉を発したのは煉獄だった。

 彼の知る比企谷八幡とは違った姿。だが、すぐに気づいた。

 

「よお猗窩座、よくも俺の後輩をいじめてくれたな、ええ?」

「比企谷…八幡!」

 

 空からゆっくりと着地する天の鬼―――八幡。

 

 彼は、猗窩座に向かってファイティングポーズを取った。

 ボクシングのような構えでステップを踏み、時折シャドージャブを行う。

 かかってこい、俺と殴り合おうぜ。その意図を理解した猗窩座は露骨に顔を顰めた。

 

「俺と殴り合いがしたいのか? ……ふざけるな!!」

 

 猗窩座は怒りを込めて八幡に向かった。

 

 

【破壊殺 滅式――】

 

【天の呼吸 雷の型 早鳴】

 

 

 先に拳を当てたのは八幡だった。

 猗窩座より後に動いたというのに、猗窩座より速い拳。

 鬼としての血鬼術でも、柱としての剣技でもない。呼吸を応用した格闘術。

 ソレはカウンター気味に猗窩座の顔面に突き刺さり、猗窩座自身の攻撃の威力も相まって更にダメージを与える。

 

 

「オラオラオラァ!!」

 

 怯んだ猗窩座にラッシュの猛攻。

 先程と同じように血鬼術は使わない。使う必要がないのだ。

 高が参ごとき、今の彼なら血鬼術なしだろうが空腹だろうが問題ない。なぶり殺しだ。

 

 

【天の呼吸 雨の型 叢雨】

 

 

 ラッシュの質が変わった。

 ただの拳の連打から、呼吸による技へと昇華。

 緩急を付けた不規則な軌道の打撃をあらゆる角度からぶち込む。

 速度、角度、虚実。あらゆる事柄がランダムかつ強力な拳の滅多打ち。

 全てを見切るなど不可能。猗窩座はその猛攻に対して防御が手一杯だった。

 

「こ…の!」

 

 

【破壊殺 砕式 万葉閃柳】

 

【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】

 

 

 力ずくで、ダメージ覚悟で猛攻から脱しようとする猗窩座。

 しかしそれを読んでいた八幡はソレを利用。猗窩座の滅式を受け流し、その威力で猗窩座の腕を折りながら投げ飛ばした。

 

 

【天の呼吸 雷の型 昇り雷樹】

 

 

 追撃の蹴り上げ。

 上弦級の力と柱級の呼吸が合わさった蹴りは規格外の破壊力。

 それは猗窩座に回避も受け流しも防御も許さず、ダイレクトにその衝撃を与えて頭部を粉砕した。

 

「「「(強い!!)」」

 

 八幡の強さに、その場にいた剣士たちは目を奪われた。

 圧倒的な力。パワー、スピード、テクニック。全てにおいて上弦の参を上回り、尚且つ場を完全に支配している。

 

「(この戦況を支配するやり方。次の手を着実に打ち、敵の打つ手を潰し、時には利用する。……間違いない、この鬼は……比企谷さんだ!)」

 

 人間だった頃と変わらない戦い方。鬼に成った事で膂力こそ上がったが、その動きは煉獄の知る八幡そのものであった。だから認めざるを得ない。

 

「(比企谷さん……あなたは、本当に鬼に堕ちてしまったのだな……!)」

 

 理由はどうであれ、八幡が鬼に成ってしまったという事に。

 

 

【破壊殺 脚式 飛遊星千輪】

 

【天の呼吸 雲の型 幽雲】

 

 

 猗窩座の蹴りを避ける八幡。

 幽霊のように掴み所のない動作で残像を残しながら背後に回り込み、蹴りの体勢で無防備になっている猗窩座に攻撃を仕掛けた。

 

 

【天の呼吸 雷の型 轟雷】

 

 

 八幡のラッシュ。……否、その拳はラッシュと言うには少し遅い。

 強い踏み込みからなるストレートパンチと掌底は確かに強力だが、踏み込むという工程がある以上、ラッシュには向かない。だが、ソレでも十分。

 一発一発が強力な突きは、命中する度に相手を怯ませ、意識を奪う。その隙にまた拳を打つ。この流れはたとえ上弦の参とて脱出は不可能。猗窩座は雷の如き拳の連打を黙って受けるしかなかった。

 

 

「(調子に…乗るな!)」

 

 なんとか気合で意識を保ち、八幡の拳を捉えようとする猗窩座。だが、そんなものは八幡には通じなかった。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 突風・旋回辻】

 

 

 猗窩座が腕を掴み取ろうとした瞬間、八幡が急旋回。背後に回り込みながら回転肘打ちを頸椎に叩き込んだ。

 八幡の手を取ることに集中していた猗窩座はソレに対応するどころか、八幡の動きに気づく事すら出来ず、直に食らう。結果、彼の意識は一瞬シャットアウトされた。

 

 

【天の呼吸 晴の型 炎天の日照り】

 

 

 無防備な胸部に一撃を叩き込む。

 貫くような鋭い拳ではなく、響くように強烈な掌底。

 ソレは猗窩座の筋肉による防御を突破し、内臓の大半をグチャグチャに潰した。

 

「………カハッ」

 

 口から血を吐く猗窩座。彼は痙攣しながら力なく倒れた。

 

「ダメ押しだ」

 

 背後に回り込み、反対の手による貫き手で背中から心臓を貫く。

 そこから猗窩座の血を吸う事で力を奪っていった。

 鬼の源である無惨の血。これを全て失うという事は、鬼としての死を意味する。だが、今の猗窩座にはそのことに対して恐怖する事すら出来ていなかった。

 

「(勝てない……素手でも、こいつには…勝てないのか……!?)」

 

 八幡に力を奪われて意識が薄らぐ中、猗窩座は力の差に絶望した。

 

 通じない。

 何百年も積み重ねてきた技が、たった数年鍛えたこの男には一切通じなかった。

 届かない。

 何百年も至高の領域を目指してきたが、たった数年で無我の境地にたどり着いたこの男には届かなかった。

 勝てない。

 どれだけ技を繰り出そうと、どれだけ足掻こうと、鬼より弱い筈の人間だった頃からこの男には勝てなかった。

 

 何故だ。一体何が足りない。この男と俺は一体どこが違うというんだ。

 何故技が通じない。何故境地に届かない。何故この男に勝てない!?

 何故?何故?何故なんだ!?

 

「(俺は……弱い、のか……!?)」

 

 何も変わってない。どれだけ人を食っても、どれだけ鍛えても、どれだけ強くなっても。 

 何も出来ず、何も為せず。役立たずのまま終わる。

 結局、何も守れないまま……。

 

「(……守る? 俺が? 何を?)」

 

 

 

 

「(そもそも、俺って何のために強くなろうとしたんだっけ?)」

 

 

 そんな疑問を最後に、猗窩座の意識は途絶えた。

 

 



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元来の奥義

 

 

 何故、俺は強くならないといけないんだ?

 

 強者を志した原点が分からない。

 力を極め、更なる領域に辿り着く為という漠然な理由だと思ったが、もっと別の何か理由があった気がする。

 必死に思い出そうとしている猗窩座の耳に、聞いた筈もないのに懐かしい少女の声が聞こえてきた。

 

「もういいんですよ、狛治さん」

「おまえ……いや、あなたは」

 

 その少女は猗窩座を別の名前で呼ぶ。

 瞬間、猗窩座はやっと思い出した。それこそ自分の名前である事を。そして、人間だった頃を。

 

 彼女は恋雪。猗窩座―――狛治と呼ばれていた頃、守ると約束した少女である。

 

 しかし、約束は果たせなかった。

 

 

『誰よりも強くなって、一生あなたを守る』

 

 

 ああ、そうだった。この約束こそ強く成ると誓った理由であった。

 

 そして思い出す。彼が本当に嫌っていた弱者が本当は誰だったのかを。

 

 

「そうか。あれだけ嫌っていた弱者は俺自身だったか……」

 

 己の父も、恋人も、師匠も。大事な人達を守ることも出来なかった自分。

 守ると言っておきながら守れず、父の遺言も果たせなかった自分。

 どうしようもなく弱く、役立たずな自分が嫌いだったのだ。

 

「ああ。だから俺は勝てなかったのか」

 

 八幡のことを思い出し、自嘲する狛治。

 偽りの忠誠心に、偽りの言動に、偽りの理由。

 成程、道理で強く成れなかったわけだ。

 大事な者を守れないなら、狛治に強くなる意味などないのだから。

 

 

 

「狛治さん、逝きましょう?」

「恋雪さん……」

 

 恋雪が狛治に手を差し伸べる。

 彼は恋人の手を取ろうと腕を伸ばすが……。

 

「……」

 

 狛治はその手を取ることを渋った。

 

「恋雪さん、俺は人を殺した。人間だった時にも、鬼になった後も。たくさん。だから、俺は地獄行きだ。それに……」

 

 罪人である自分は貴方と一緒には逝けない。自ら進んで地獄に行くつもりだった。

 そして、もう一つ彼が今すぐあの世へ逝けない理由がある。

 

「分かるぞ狛治! お前の気持ちが!」

 

 突然、二人の間に胴着姿の男が現れた。

 彼は慶蔵。恋雪の父親であり、狛治の師匠である。

 娘と弟子を助けるためあの世から駆けつけた彼は、狛治の想いを理解していた。

 

「分かるぞ、お前はあの男と決着を付けたいんだな!」

「え!? な、何故分かったのですか?」

「分かるさ、俺も男の子だからな!」

 

 バシバシと、狛治の背を叩く慶蔵。

 

「……狛治、俺はお前に格闘家として残酷なことをしてしまった」

「え?何を急に言うんですか?」

 

 申し訳なさそうにする慶蔵に狛治は困惑する。

 

「あの道場は寂れてお前以外に弟子はいなかった。他の道場とも交流はないせいで試合も碌に出来なかった。最初の試合も前日にあんなことになって……」

 

 

「だからお前には存分に戦ってほしい! 猗窩座という悪鬼としてじゃなく、狛治という格闘家として!」

 

 

「慶蔵、さん・・・」

 

 自身の拳を見つめる狛治。続けて、彼は恋雪に視線を移した。

 

「……狛治さん、頑張ってください!」

「……ああ!」

 

 妻からも応援を貰った。ならば、引き下がるという選択肢はない。

 

「行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 突如、八幡の身体が弾き飛ばされた。

 猗窩座に突っ込んだ腕が、強烈な胸筋によって力ずくで追い出されたのだ。

 

「……へえ、面白ぇじゃん」

 

 八幡は動揺しない。

 多少の驚きはあるがその程度。

 むしろ、嬉しそうに彼は微笑みながら構えた。

 

「まだまだ楽しませてくれるのか」

「……ああ。再試合だ、八幡!」

 

 狛治はどっしりと構え、全身からオーラを出す。

 大半の血を奪われた彼は、もう長く持たない。

 次の一撃で決めるしかない。

 

「……すげえ気迫だ。こちらも抜かねば無作法って奴だな」

 

 対する八幡は、居合の構えを取った。

 何処からか出した刀を腰に据え、何時でも抜刀出来る体勢に入る。

 

「いざ尋常に…」

「勝負!!」

 

 狛治が走り出す。

 踏み出す一歩一歩が地面を抉り、オーラが小さな爆発を起こす。

 対し、八幡は居合の体勢のまま。

 

 更に激しくなるオーラ。

 ソレが臨界点に達したと同時、狛治は跳躍した。

 鬼の筋力による跳躍に、電流のようなエネルギーを帯びた蹴撃。

 コレが今、狛治が出せる最大威力である。

 それは今まで見せてきたどの攻撃すらも上回っている。

 

 迫る一撃に八幡が動き出した。

 居合切り。

 鞘の中で加速し、抜いた瞬間には最高速度に到達。

 音を置き去りにして引き抜かれた刃が、隕石の如き蹴りを迎え撃つ。

 

「!?」

 

 ズンとした衝撃に手にした刀を思わず手放してしまいそうになるが、それを必死に堪え、これまで培ってきた戦闘経験だけで受け流そうとするが……。

 

 パキンッ!

 

 刀が半ばから折れてしまった。

 

「(もらった! 勝ったぞ恋雪!)」

 

 八幡の胸部に、狛治の蹴りが炸裂した。

 

 

【天の呼吸 奥義・零 鬼滅】

 

 

 

 



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格闘家としての満足

 

 

【天の呼吸 奥義・零 鬼滅】

 

 

 八幡の技が、炸裂した。

 

 狛治の拳を胸部で受け流しつつ、全身を弛緩させて衝撃を分散。

 そして流した衝撃を刀に乗せながら、瞬時に最適なポジショニングや姿勢を確保。

 受け流した威力に自分の力を上乗せして、狛治の首に折れた刀を叩き込んだ。

 

 

 これぞ天の呼吸最初の奥義、鬼滅。

 天の呼吸の全ての要素を持つカウンターであり、その本質はあらゆる戦況や相手の攻撃に応じて変幻自在に形を変える無形の技。それ故、如何なる局面でも繰り出せるのだ。

 しかし、逆に言えばこの技の使い手は戦況や相手に応じてどう受けてどう返すかを瞬間的に判断し、実行しなくてはならない。たとえ極限状況でも完全な脱力を実行しつつ、臨機応変且つ複雑な力の操作を行う。ソレを可能とするには、使い手の反応速度、判断力、実行力、想像力、等々。様々な素質を大いに問われる。

 更に、相手の攻撃を受けて返すという性質上、受け流す方向を誤れば攻撃を受けてしまい、脱力が不完全ではダメージを受け流す過程で自滅してしまう危険性を抱えている。

 このように使うには様々な課題があり、使いこなすのは至難の技。故、八幡ですら使いこなすのは難しく、実戦で使う事はなかった。

 だが、この日、最初の奥義はやっと日の目を見ることになった!

 

 元来、技とは弱者が強者に対抗する為に開発したもの。

 体格の劣った者、才無き者、単純に非力な者。そういった者も使えるのが最高の技というものであろう。

 心拍数を無理やり上げてたり、脳のリミッターを上げる等などは人の技とはいえない。そんなものは人外の技である。

 

「―――ッ!」

 

 最後の最後は人間の技術によって。

 鬼の力ではなく、人の技によって。

 突飛な力ではなく、積み重ねてきた力によって。

 

 こうして、猗窩座()から狛治()に戻った一人の格闘家は、一人の剣士に倒された。

 

 

 

「……負けました」

 

 何もない白い空間で、狛治は恋雪に頭を下げた。

 

 結局、勝ったのは八幡であった。

 当然の結果である。猗窩座の頃から圧倒され、力の源である血まで奪われたのだ。勝てるわけがない。

 

「ふ…フフッ」

 

 そんな狛治を、恋雪は笑った。

 

「惜しかったですね、狛治さん。もしあの方が鬼でなかったらあの技で勝てたでしょうね」

「うむ! あの剣士は人間離れし過ぎている! 本当に人間の頃からあれほど強かったのか?」

「(いや、そんなことは……いや、確かにアイツの強さはおかしかったな、うん)」

 

 そんなことはない、そんなことを言っても敗者の戯言にしかならないと言いかけたが、他の剣士や柱達との戦いを思い出してその考えは引っ込んだ。

 刀で受けたなら兎も角、何で肉体に直撃した攻撃を受け流せるんだ。何でソレを跳ね返せるんだ。こんなものは血鬼術の領域だろうが。

 だが、今の彼にはそんな事を文句垂れるつもりはない。

 

「ソレで狛治、お前はあの戦いで満足したか?」

「………ええ」

 

 こくりと頷く狛治。

 

 満足だ。

 自分の全てを出し切った。

 一人の格闘家として、一人の人間として、狛治として戦えた。

 充分に戦えた。もう彼に、未練は残っていない。

 

「では、逝きましょうか狛治さん」

「……はい」

 

 何故、狛治が無惨の呪いから解放されたのかは分からない。

 恋雪たちの想いのおかげか、ソレとも八幡が無惨の血を搾り取ったせいか。或いは冷血な神が爪の先ほどの慈悲で起こした奇跡なのか。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

「よし、今度は地獄で鍛え直す! 鬼よりも強く成り……恋雪さんを今度こそ守り切って見せます」

「フフフ。頼りにしてますよ、狛治さん」

 

 二人は歩み出す。

 何百年も止まっていた時が、ようやく動き出した。

 もう、何があっても離れることはない。絶対に守ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか、お前には大事な人が待ってたんだ」

 

 消えて逝く狛治の肉体。

 散った場には、氷の結晶を象った力の塊が転がっていた。

 これは贈り物。勝者に送る称賛であり、狛治が人として戦えた証である。

 八幡はソレを受け取り、七色の翼を広げ、夜空へと飛び去った。

 

 

 

「………ッハ!あまりに驚愕の連続で比企谷さんを止めるのを忘れてしまった!」

「ちょ、戻ってください比企谷さん! 比企谷さーーーん!!!」

 



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童磨再び

 

 天柱、八幡が鬼と成った。

 

 凶報は瞬く間に拡がった。

 現戦力では最強である岩柱と並ぶ強さであり、鬼としても上弦級の力を持つ八幡。

 人間の頃ですら上弦を二体も討ち取り、上弦トップ3と遭遇しても生きて情報を持ち帰った傑物である。

 そんな彼と相見え戦うという事は死を意味する。たとえ柱でも、今の彼には勝てないであろう。

 鬼殺隊の士気は失意のどん底に叩き落された。

 しかしそんなことは鬼には関係の無いことだ。

 

 八幡が復活した翌日から、上弦が活発化した。

 場所は遊郭。最近になって、行方不明者が多発しだしたのだ。

 よって、柱3人と炭治郎達を派遣。上弦の討伐に動き出した。

 

 上弦との戦いは苛烈を極めていた。

 当然である、陸とはいえ上弦、しかもどこかの誰かさんのせいで上弦たちは戦力増強の為にギリギリまで血を分け与えられたのだから。

 強化された上弦相手に文字通り命を削り、死力を尽くし、そして勝った。

 全員が重傷こそ受けたが、誰一人欠けることなく。

 だが、彼らは知らない。その裏でまた別の死闘があったことに。

 

 

 

「そこをどいてくれないかな、天柱。俺は行かなくちゃいけないんだ」

「そうはいかねえ、童磨。ここで通行止めだ」

 

 そのことに気づいたのは翌日。

 異常気象によりその場一帯が被害に遭ってから。

 その被害の内容が大寒波と暴風雨の両方と知ってからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷霆が鳴る。

 ゴロゴロと轟音を立て、夜空を眩い閃光で照らす。

 

 氷塊が降る。

 鋭い巨大な氷柱が音を立てながら、大地に降り注ぐ。

 

 暴風が吹く。

 ヒュオオと豪快な音を立て、地上の氷を薙ぎ払う。

 

 吹雪が飛ぶ。

 ヒュゥゥと寒々しい音を立て、地表を冷気で嘗め回す。

 

 氷が、雷が。

 吹雪が、暴風が。

 天災のごとき血鬼術がぶつかり合う。

 

 

 

【天の術式―――】

 

【血鬼術―――】

 

 

 術と術がぶつかり合う爆心地。

 そこでは童磨と八幡が空を飛び交いながら激戦を繰り広げていた。

 

 八幡は翼で、童磨は雲に乗って。

 各々の術を繰り出しながら相手をけん制している。

 

「アハハハハ! すごいね、本当に天候を操作出来るんだ! けど、その力もいつまで持つかな?」

 

 八幡の力は強い。強すぎる。

 新参者の鬼は勿論、上弦の鬼であってもこれ程の力は出ない。

 童磨でさえ天災クラスの術を使うために無惨から血を限界量まで分け与えられてやっと到達したのだ。鬼に成って数年も経ってない子の鬼がそんな力を無条件に使えるわけがない。

 だが、それ以上に警戒すべきものがある。

 

「(けど、彼には剣術がある。近づかれたらまずい)」

 

 八幡は剣士である。

 黒死牟同様、元柱の鬼。しかも人間時で黒死牟とマトモに打ち合えたのだ。

 上弦並をも超える鬼に成った今、決して近づかせて良い相手ではない。

 

「(しかも、お得意の剣術は未だに見せてない。……驚きで言葉が出ないよ)」

 

 そう、八幡は一切剣術を使用していない。

 猗窩座戦では格闘のみで圧倒し、刀を使ったのはたった一回。

 童磨との戦いでは血鬼術以外は一切使っておらず、飛行能力も最低限に留めている。一切避けることなく術ですべてをカバーしている。

 ソレでこの強さ。もし、黒死牟のように刀を使えばどうなるか。

 

 鬼としての才能は自身より圧倒的に上。

 剣の腕も五〇〇年以上最強の鬼として君臨した黒死牟に匹敵。

 観察眼、予測能力、戦況適応力、作戦立案能力などは柱や鬼を圧倒している。

 全てが規格外。本当に自分たちと同じ種族―――鬼とは思えない性能である。

 

「まさかお前、俺の体力切れを狙っているのか?」

「!?」

 

 バレた。

 自身の目論見が。

 しかし童磨は慌てない。

 そういった感情を持ち合わせないのは、彼の強みの一つである。

 しかし、今回ばかりはその強みも役に立たなかった。

 

「ッハ、俺も舐められたもんだな。俺も“飽きた”頃だし、速攻で終わらせてやるよ」

 

 

 

【天の呼吸 奥義・参 常世心地】

 

 

 瞬間、地獄が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ああ、これは無理だ)」

 

 雷雨の中、童磨はこれには勝てないと悟った。

 

 八幡が奥義を使ってから、状況が大きく変わった。

 童磨の攻撃を先読みし、着実に手を潰しながら童磨を追い詰める。

 未来予知でもしているかのように、心でも読んでいるかのように。

 確実に敵を追い詰めるその様は、まるで詰将棋のようであった。

 

 粉凍―――無駄。風によって全て吹き飛ばされる。

 蓮葉氷―――無駄。雷によって全て迎撃される。

 冷凍光線―――無駄。熱光線によって全て溶かされる。

 

 通用しない。

 童磨の術がこの鬼には一切通じなかった。

 

「(そういや、あの晩もこんな感じだったね)」

 

 八幡と初めて戦った時のことを思い出す。

 人間だった頃の彼に首を切られかけたあの夜を。

 術を破られ、策を破られ、人である彼に敗れた。

 首こそ切られなかったがそんなものは結果論。あの時、上弦の壱が来なかったら自分の首は切られていた。

 そうだった、人間の頃の彼に童磨は負けていたのだ。ならば、鬼になった今では、余計に勝てるわけがない。

 

「(……素晴らしい)」

 

 その圧倒的な力に、童磨は見惚れる。

 さっきまで同格に感じられたのは、八幡のお遊びに過ぎなかった。

 術に慣れ、術の使い方を学び、今後の戦略に活かすための案山子(サンドバック)でしかなかったのだ。

 

「楽しかったぜ、童磨。術のお試し用には役立ったぞ」

「(お試し? ……ああ、そういうことだったのか)」

 

 童磨は笑う。

 上弦の弐である自分がいいようにやられた。

 この規格外の強さを持つ鬼にによって。

 

「……おめでとう。君が現時点で最強の鬼だ」

 

 素直に勝者を褒め称える童磨。

 これ以上やったところで意味はない。

 上弦の弐であることへの誇りも、ソレを汚された屈辱も、死んで食われることへの恐怖も。この鬼には存在しなかった。

 もしあるとすれば喜び。自分たち上弦の鬼よりも強く、あの方にも匹敵する鬼を発見したことへと知的好奇心といったところか。

 

「止めだ。楽にしてやる」

 

 八幡が手を掲げる。

 雲が晴れ、段々と白んで来る空が現れる。

 

 

【天の術式 闇穿つ閃光(ダークブレイクサンダー)

 

 

 夜明けを背景にしながら繰り出す電撃は、まさしく闇を穿つ一撃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある異界。

 無限城とはまた別の、予備として用意された異空間に存在する小さな家屋。

 その一室。何もない六畳間で無惨は高らかに笑っていた。

 

 やっと見つけた。

 童磨の視界を通じて見たもの。

 八幡の戦闘能力を確認するために覗いていたのだが、予想外なものを見てしまった。

 無惨が千年近く求めていたものであり、作りたくもない同胞を作ってまで求めたものが今、現実と化した!

 

「奴を吸収すれば、太陽を克服出来る! いや、それどころか太陽の日すらも操れる!」

 

 忌々しい日光を克服するだけでなく、支配下にまで置ける絶好のチャンス。

 しかし、そのためには何としても乗り越えなければいけない障害があった。

 

「比企谷八幡……奴をどうするかだな」

 

 八幡の強さは異常だ。

 格闘能力は猗窩座を、血鬼術は童磨を凌駕している。

 剣術の腕前も黒死牟と同格であり、総合した戦闘力は鬼の頭領である無惨にも匹敵。とても一体の鬼がしていいスペックではない。

 

「(奴をどう攻略する? アレは元柱。一度私がやった技は通用しないとみていい。……クソ、本当に厄介な存在だよ君は)」

 

 無惨は戦士ではない。

 身体スペックは他の鬼と比べること自体がばからしくなるほど差があるが、戦闘のセンスや戦略性は皆無である。

 何かないのか、奴との戦闘能力差を埋めるための一手は……。

 

 

 

「……いや、一つだけあったな」

 




今の八幡はガッシュで表すならゼオン並みの術と体術、デュフォー並みの先読みと作戦立案能力がある状態です。
勝てるかこんなんwww


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激動

 

 燃え盛る街の中、二体の異形が対峙していた。

 六つ目の異形―――黒死牟は虹色に輝くエネルギー状の翼を持つ異形―――八幡に嬉しそうな視線を向ける。

 対する八幡は落胆と失望の念を込めた視線で黒死牟を見下ろしている。

 

「まさか、こんな手を使うなんてな」

 

 その声には苛立ち、怒り、そういった感情がありありと感じ取れる。

 

「貴様を殺し…無惨様に捧げる……。やっと……あの方の悲願が…叶うのだ……!」

 

 黒死牟はそう言うなり、更なる異形の姿へと変じた。

 骨のような質感の黒い装甲。

 典型的な日本の鬼をモチーフにしたデザインの鎧。

 全ての鬼の頂点に君臨する最強の称号。

 無惨の血を全て注がれた事により、文字通り頂点へと到達した姿。

 黒死牟・鬼王とでも名付けようか。

 

「……そうか。お前……いや、お前たちは本気を出したのか」

 

 

 

「なら、俺も出させてもらおう」

 

 

 対峙する八幡も姿を変えた。

 乱反射により虹色の光沢を生み出す白金色の装甲。

 東洋龍をモチーフにしたデザインの鎧。

 鬼の力に慣れ、やっと十全に使えるようになった完全体。

 八幡……いや、波旬・竜王とでも名付けようか。

 

「「・・・」」

 

 ゆっくりと、互いに手を翳す。

 あらゆる制限を取り払われた血鬼術が互いに繰り出した。

 八幡は黒い電撃を、黒死牟は赤い月刃を。

 互いの肉体を焼き、引き裂く。

 しかし、両者の肉体は瞬く暇もなく再生した。

 

「っフ、やっぱ俺の“鬼殺しの雷”は効かないか」

「いや、効いては…いる……。お互いに…な……」

 

 互いの技は文字通り鬼殺しの技。

 片や鬼の細胞を焼く黒い雷。片や再生を阻害する赤い刃。

 しかし、両者の鬼としての力が凄まじく、力技でソレを無視した。

 

「なら、力技で解決するしかないか」

「その通り…だ」

 

 

「微塵切りにしてやるよ、黒死牟!」

「その台詞…そのまま返す……八幡!」

 

 鬼の頭領と対するは、同じ怪物。

 柱でありながら、自ら望んで鬼となった異端である。

 本来鬼を討伐すべき真の英雄達は、この場には居ない。

 

「「行くぞ!!」」

 

 誰一人として観戦者の無い山中にて、異形同士の喰らい合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町々は混沌の坩堝と化していた。

 同時多発的に出現した無数の鬼達。

 成りたての鬼同様に理性はないが、血鬼術は下弦クラス。

 そんな鬼たちが図ったかのように一斉に人々を襲い始めたのだ。

 

 

【音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々】

 

 

 大男が次々と鬼の首を刎ねる。

 進撃しながら鎖に繋がれた双刀を旋回させ、迅速に斬撃と爆発を浴びせる。

 無数に発生する爆発音と、鬼を切り裂く音をBGMにして。

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 また別の男が鬼の首を刎ねる。

 波打つ潮の如く淀みない動き。

 ソレでいて読み辛い上に速い。

 

「ったく、どうなってんだ!?」

 

 大男―――宇随天元は焦っていた。

 

 彼の本来の任務は八幡との接触。

 鬼化していながら人間時と変わらない彼と合流し、共に無惨対策を考案するといったものだった。

 だが、いざ接触という段になって、この騒動である。

 

 八幡の方から協力を求めてくれた事には安堵もあった。

 鬼と共に戦う事への迷いはあったが、禰豆子や珠世という鬼がいる以上それも今更。言いたいことは山ほどあるが協力することに文句はない。

 だが、この状況で、彼のもとに駆けつけるのは不可能だ。

 

 

 燻る煙の向こうに、無数の肉塊が転がっていた。

 冷たい土の道を赤く染める、ほんの少し前まで命だったもの。

 バラバラにされたもの、ごく一部しか残ってないもの、人間だった残骸。

 こんな光景が今、あちこちで繰り広げられている。

 

 鬼殺隊も政府も大混乱である。

 情報が錯綜し、何処にどんな鬼が暴れているのか判然としない。

 しかし、向かうべき場所は直ぐに分かる。

 皮肉なことに、悲鳴と絶叫が教えてくれる。

 鬼に襲われ、食い殺される人々の断末魔が、鬼殺隊を走らせる。

 

 次なる現場に向かおうとする義勇の背に、また別の鬼が飛び掛る。

 巨大なサソリのような鬼。

 先端部が毒針の尾を蛇のようにしならせ、義勇に猛攻を仕掛ける。

 ソレを淀みない動作で刀を振るい、叩き落とす義勇。同時に少しずつ進撃していった。

 

 

【水の呼吸 捨弐ノ型―――】

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】

 

 

 疾風の如き速度で突進し、一人の剣士―――不死川実弥が蠍鬼の首を刎ねた。

 

「ボサっとするな冨岡!」

「……いらん世話だ(だからここは俺に任せろ)」

「んだとゴラァ!?」

 

 言葉足らずな義勇に怒る不死川。いつもの光景である。

 しかし、今はそんなコントをしてる余裕はない。

 

 眼前には牛二頭分はあるイノシシに似た巨大な鬼。

 背後には小さな小屋ほどはある亀に似た巨大な鬼

 他にも様々な鬼が暴れ、人を襲い、血肉を食らう。

 

 しかし、ここには鬼を討つ剣士がいる。

 

「まずはここを切り抜けるぞ」

「……ああ!」

 

 互いの背を押し合うように、二人の剣士は構える。

 

 東京は混沌の最中にあった。

 だが、それも長くは続かないだろう。

 鬼狩りの剣士たちが懸命に戦っているのだから。

 現に、多くの被害を出し続ける鬼の群れは、徐々に減りつつある。

 夜が明ける頃には、全て片付いてるだろう。

 被害が多くとも、東京が滅ぶことはない。

 少なくとも、今夜の内は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ゴアあああああああああああああああああああああ!!!」」

 

 怪物の咆哮が響き渡る。

 空は黒雲に覆われ、暴風雨が吹き荒れる。

 地は業火に包まれ、雨も風もモノとせず燃え上がる。

 その中心部で、二体の怪物が互いを滅さんと喰い合っていた。

 

「グオオおおおおおおおおおお!!!」

 

 龍が吠える。

 白金色の鱗に覆われた巨竜。

 鏡のようなソレは虹色の輝きを放ち、恐るべき業火を防いでいた。

 

「ガギャアあああああああああ!!!」

 

 鬼が叫ぶ。

 白骨色の鎧に覆われた巨鬼。

 躯のようなソレは不気味な雰囲気を放ち、龍の電撃を防いでいた。

 

 怪物同士の喰い合いは苛烈さを極めていた。

 鎧姿では埒が明かないと判断した二人は身体操作によりさらに巨大化。

 八幡は西洋龍へと、黒死牟は巨大な鬼に変じて戦闘を続行。

 



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夢オチなんてサイテー

長い間放置して申し訳ございませんでした。
これで終わりです。


 

「全て終わりましたよ、比企谷さん」

 

 豪華な墓場の前。

 花や武器などの供え物が大量に積まれており、その周囲にも大勢の人々が集まっている。

 

 比企谷八幡。

 かつて、柱の一人であり、天柱の称号を受けた剣士。

 彼の死を労わり、彼を想う者たちが弔っていた。

 

「比企谷さん、貴方は俺たちの……いや、人類の英雄です。命を捨てて、無惨を倒したんですから」

 

 炭治郎は事の成り行きを思い出す。

 

 空亡。

 珠世が八幡と協力し、彼の血を元に開発した生物兵器(ウイルス)である。

 鬼の細胞のみを食らうウイルスであり、無惨のDNAと結合することで完成。理論上では無惨の細胞をも食い尽くす。

 八幡は自身の肉体にコレを植え付け、無惨に自身を食わせる事で倒したのだ。

 

 天候を操る八幡の血鬼術は無惨にとってかなり魅力的。この力を使えば完全ではないとはいえ日中でも曇りや雨ににすることで自由に行動できるのだから。よって、なんとか隙を突いて八幡を取り込もうとしているのは読めていた。

 その隙を黒死牟と戦って消耗しているように見せかけることで演じたのだ。

 結果、狙い通りに八幡を取りこみ、空乏に感染。まさかこのような自爆技をあの八幡が使うとは予想すら出来ずに滅びた。

 

 空亡の効果は凄まじかった。

 原作でも珠世が老化薬を使って自爆特攻同然のやり方で盛ったが、上弦をも超える八幡の血を研究して作り上げられたのだ。強いに決まっている。

 

 ともあれ、鬼は滅んだ。

 王である無惨が死ねば、全ての鬼は滅びる。

 もう、鬼による悲劇が起きるようなことは無くなったのだ。

 

 鬼殺隊は解散。

 鬼がいない以上彼らに存在理由はない。

 鬼に奪われた分の人生を、今取り戻そうとしている。

 

 

 

 □□□

 

 

 

「ようやく結婚したか、錆兎」

 

 晴れた日の午後。

 錆兎と真菰、そして鱗滝は義勇の持ち家である水屋敷に集まっていた。

 縁側で鱗滝とその弟子三人は集まり、錆兎が持ってきた茶菓子でお茶会を開いている。

 

「……まさか、こうしてお前たちの結婚式を見られるとはな」

「鱗滝さん……」

 

 湯呑を置いて、仮面の下で顔を綻ばせる鱗滝。

 

 弟子が鬼殺隊に入隊した時点で、こんな日が来るとは思ってもいなかった。

 鬼との戦いは常に死中。幾多の剣士が討たれ、その中には鱗滝の弟子も多くいた。

 しかし、鬼がいなくなった今、もうあんな辛い思いをしなくてもいい。

 

 その思いは弟子たちも一緒だった。

 鬼殺隊に入った時点で死ぬ覚悟は出来ていた。

 しかしその覚悟も今はいらない。捧げてきた分の人生を取り戻す為に……幸せに生きるために使っている。

 

「次は前の番だな、義勇」

「八幡から聞いたよ、しのぶちゃんといい感じなんだって?」

「……あの人は」

 

 ハァ~と、溜息をつく義勇。

 

 鬼殺隊解体後、結婚ラッシが起こっている。

 義勇はしのぶと、実弥はカナエと、伊黒は蜜理と、炭治郎はカナヲと。

 鬼という脅威がなくなった今、気兼ねなく一緒にいられる。

 彼らは愛する人と共に生きれるようになったのだ。

 

「……これも全部お前のお陰だな。けどな…」

 

 錆兎が空いた一席の座布団を眺める。

 

「お前も、この席にいて欲しかった」

 

 座布団の前には、両頬に雷と風の、額に水の紋章が刻まれた狐の面があった。

 

 

 

 □□□

 

 

 

「待った!」

 

 音屋敷の一室。

 宇随天元と産屋敷耀哉は将棋をしていた。勝負は耀哉が劣勢。いつもの先見は何処に行ったのか。

 

「待ったは無しだぜ耀哉。お前が言い出した事だろ?」

「ック、僕は君の雇い主だったんだぞ!?」

「気にするなってさっき言ったばっかりだろ!?」

 

 鬼殺隊は解散した。よって今の産屋敷はただの金持ちな家になった。

 今の彼は、ただの産屋敷耀哉である。

 

「そういや行冥さんの孤児院はどうなったんだ?」

 

 鬼殺隊解散後、産屋敷家は事業を立ち上げることにした。

 その中の一環として孤児院も開き、経験のある行冥を院長に任命。

 孤児だった隊士たちが中心となって従業員になり、その中には不死川兄弟もいる。

 

「順調だよ。実弥たちも慣れないながら良くやってくれている」

「本当か? あの顔じゃガキ共も派手に怖がりそうだけどな」

「最初は実際怖がって泣いてたそうだよ」

「ハハハッ!やっぱりな!」

 

 泣いている子供たちに振り回される不死川兄弟を想像して天元は派手に笑った。

 

「……行冥さんの痣はもう大丈夫なんだっけか?」

「うん、八幡が治したみたいだ」

 

 痣による寿命の前借。

 八幡もまた同じ事態になったが、彼は鬼になることでソレを克服した。

 だから、行冥も同じようにしたのだ。

 一度鬼に変え、すぐ人間に戻す。

 結果、痣は無くなった。

 

「流石に目を戻すまではいかなかったけどね」

「十分すぎるぜ。ソレでお前の病気も治したんだっけ?」

「見ての通り絶好調さ。病が治っただけじゃなく、侵食して衰えた視力も戻ってきたよ」

「八幡が行冥さんにやったのと同じか?」

「ソレもあるけど、波旬……八幡の羽のおかげもあるね」

 

 耀哉は懐から一枚の羽根を取り出した。

 八幡が夢で彼に渡した虹色に光を反射させるプラチナ色の羽。

 振るう事で光の粒子をまき散らし、粒子には病を……正確に言えば『呪い』を抑える効果がある。

 

「本当に何でもありだなアイツ」

「まあ、彼は最強だからね。……人間の頃から」

 

 まさか、自分もこうして健康な体で生きられるとは思わなかった。

 病に侵された体は万全とは言えないとはいえ回復。

 諦めていた筈の人生を取り戻すことが出来た。

 

「……ありがとう」

 

 耀哉が羽をしまうと同時、奥から二人の妻たちが彼らを夕飯に呼びに来た。

 

 

 鬼がいなくなり、鬼殺隊が解散して、皆は己の幸せと向き合うようになった。

 前に歩もうとしている。自分の人生を生きて、幸福を得るために。

 

 

 

「皆、幸せそうだな。俺が死んだことになってるのに」

 

 皆の幸せそうな光景を、八幡は空から見下ろしていた。

 

 八幡は生きていた。

 空亡に適応してウイルスを無毒化させ、逆に食らって能力を自身の物にしたのだ。

 そもそも、空亡は八幡の血を元に試行錯誤して作られたもの。失敗作を何度も食らっており、予め予行演習を受けていたようなものである。

 

 しかし、生きていることを知られるわけにはいかない。

 なにせ、どのみち死ぬことに変わりないのだから。

 

 八幡は鬼を食う。

 禰豆子のように寝るだけで養分を獲得出来るよう便利な身体はしていない。

 無惨を倒して鬼がいなくなった以上、彼が生きるには人間を食うしかないのだ。

 まあ、人の肉ごときで波旬(今のハチマン)の莫大な力を賄えるかどうかは怪しいが。

 

 とにかく、今の八幡は人を食うつもりがない。

 なら行きつく先は一つである。

 

「じゃ、行くか」

 

 空間を殴り、穴を開ける。

 死ぬならせめて元の世界に一度戻りたい。

 鬼がいなくなった以上、自分はこの世界に不要なのだ。

 

 そこから波旬(八幡)の異世界旅行が始まった。

 

 

 ある時は呪いが跋扈する世界で呪いの王と戦い、悪霊を食らい、呪力というものを学んだ。

 またある時は悪魔が跋扈する世界で超越者と戦い、悪魔を食らい、その能力を得た。

 悪霊、悪魔、悪鬼、悪神、悪人。他の世界でも悪を食らい、力にしてきた。

 

 サイバーパンクの忍者が魔を討つ世界で、触手の妖魔を巫女祓う世界で、英霊を従える世界で。

 様々な世界で戦い、人外共を食らってその力を身に着け、使い方を学び、その世界で最強となった。

 

 そして遂に元の世界へ……。

 

 

 

 

「ん?」

 

 気が付くと、俺は草の上に寝転がっていた。

 状況を確認する為にゆっくり起き上がる。

 間違いない、ここは俺が神隠しになる前にいた川辺だ。

 じゃあ、俺は元の世界に戻れたのか?

 

 川の水を覗き込んで自分の顔を確認してみる。

 そこにいたのは、黒髪黒目のヒョロい現代っ子……神隠し前の俺だった。

 

「…………は?」

 

 これが俺?

 痣は?あの派手な髪は?虹輝光翼(エナジーウィング)は?

 

 俺は鬼に成った。

 様々な鬼を食らって力を付け、上弦の鬼や無惨を食った。

 空間を割って異世界に行って、様々な悪の種族を食らってきた。

 なのになんだこの姿は?あの世界に行く前じゃないか。これじゃまるで……。

 

「まさか、夢オチ?」

 

 そのことを理解するのに間が必要だった。

 数秒か、それとも数時間かは分からない。

 そもそも時間の感覚すらその時の俺にはなかった。

 しかし、やっと理解した瞬間、俺を支配したのは落胆でも増して失望でもなく、納得だった。

 まあ、普通はそうだなよな。異世界で剣技を学んで、鬼を斬りまくって、最後は鬼に成って相打ちとか、どこの漫画だよ、と。

 

 帰ろう。

 何の突拍子もなく家から出たんだから小町も心配してるはずだ。

 俺は刀を持って立ち上がった。

 

「(あれ、こんなに軽かったっけ?)」

 

 以外にも、刀は手に馴染んでいた。

 最初持った時はけっこう重く感じたはずなんだが……。

 

「ん?」

 

 突然、何か嫌な気配がした。

 慣れている感覚、けど知らない感覚でもあった。

 ああ、よく覚えている。コレは……。

 

「殺気、か」

 

 刀を引き抜いて構える。

 慣れた動作だ。我ながら初めてだとは思えない。

 

 目、耳、鼻、肌。感覚を研ぎ澄まして敵を探す。

 鬼でも悪魔でも妖魔でも、ましてや人間でもないこの気配。

 

 敵が何かは分からないが、俺のやる事は変わらない。

 何よりも俺の勘が言っている。

 獲物を狩れと。

 

「斬る……!」

 

 

【天の呼吸 雷の型 青天霹靂】

 

 

 俺は虹色と黒の刀を気配目掛けて振るった。

 





八幡を刀で戦わせたい
八幡を最後は鬼にしたい
刀だけじゃなく色んな武器使いたい
オリジナル呼吸を出したい
原作キャラ救済
原作にはなかった戦い方をする隊士を出したい
潜入や情報収集など戦闘以外の任務もこなせる隊士を出したい
洋画みたいにスマートかつ大胆に任務を遂行するキャラを出したい
塁と戦いを通じて友達みたいな関係になって満足死する展開を出したい

このssで私が書きたかったのは以上になります。
途中放置して時間が空きましたが何とか終わらせました。
応援、誤字報告ありがとうございました!


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