才能全振り野郎が美少女に頑張れ頑張れされる話 (不知火勇翔)
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カマキリ怪獣

人のイメージが現実となる世界。

大衆が持つ得体の知れない恐怖心や負の感情が集積して自然発生する怪物に、人類は手を焼いていた。

怪獣のイメージと言えば、核以外の人類兵器の悉くが効かないのがお約束だが、大衆のイメージから発生した怪獣もその設定を引き継いでいて、近代兵器の殆どが奴らの肉体に傷すら入れられないのが現状だ。

 まぁそんな訳で、今日も今日とて怪獣警報が発令された。

 怪獣は海底の奥底で発生するのが一般的なので、基本海から突拍子もなくやって来る。

 そのため軍の人は海岸線を最終防衛ラインとしていて、怪獣警報というのは海岸付近の地域一帯に発令されるもので、とりあえず海岸からできるだけ離れとけ、みたいなものだ。

 ガチものの怪獣はシェルターすら無意味なので、とにかく距離を作ることが僕みたいな一般人のできることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 整然と並ぶ車両から颯爽と降りる彼らは軍人だ。

 彼らの面持ちは皆硬いもので、死を覚悟した表情をしていた。

 軍人達が集まって並ぶと、壮年の偉丈夫が列の正面に立ち、マイクも使わず声を張り上げた。

「現在!『複合怪獣』はここから西に8キロの地点を高速で飛行している!数分、怪獣の気が変われば数十分の内に奴はやって来る!今回の怪獣は間違いなくこの防衛ラインを突破してくる!今集まった者達は全員海岸線から1キロ離れた位置に展開せよ!これ以降の追加の隊はその1キロのラインの補充に向かってもらう!各員、死ぬなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 海岸線に沿うようにして展開している軍人さんを近くの高台から見下ろしながら、僕こと『辻(つじ) 奏吏(そらり)』はサッカーの試合前のような気持ちで怪獣を待っていた。

別に参戦しようとかじゃない。コッチに来たら速攻で逃げる。対峙するのは軍人さんの仕事だ。

逃げる気満々な上で怪獣が来ても逃げられる実力はあるので、完全に観客のつもりだ。

あー早く怪獣来ないかな。

今回の怪獣がどんなものか知らないが、多分展開している軍人さんの3割は死ぬ。それが遅いか早いかの違いだ。どうせ補充要因も少ないだろうし。

あー早く怪獣来ないかなー。

「こんな所で見物ですか?最悪ですね」

 後ろを振り向くと、天下の『都の閻魔』様がいた。

 黒髪のショートカットで星形の髪飾りをしている美少女と見かけは可愛らしいが、中身は殺戮マシーンなので僕は結構苦手な奴だ。実際仲も悪い。

 名前は『神条(しんじょう) 優香(ゆうか)』。『都の閻魔』というのは首都での渾名だ。閻魔、というのは強すぎるあまり付いたもの。つまり僕とは別世界の住人ということで、正直話しかけてもらいたくもないのだが。

「才能ガン振りの『辻 奏吏』様は軍人が無惨に殺されるのを眺めて何がしたいんですか?笑うんですか?」

 神条さんは軍人さん寄りの人なので、結構お怒りになられていた。

「別に。見に来ただけだけど」

「まさか彼らが怪獣を押し込めるとか思ってます?実践レベルの『トラベラー』は彼らの中に今いませんよ?」

 怪獣を生み出せるように、人類の中には意識的にイメージを具現化できる人間がチラホラいる。僕とか神条さんがそうだ。『トラベラー』というのはそういう人の総称だ。

「そういう神条さんは?『都の閻魔』様こそ前線に立って戦うべきじゃないの?」

 怪獣との戦闘は生還率が極端に低く、前線に立つということはほぼ死ぬことと同義だ。

 それにカチンときたのか、神条さんは僕の胸倉を掴んで引き寄せると、思いっきり頬を殴りつけてきた。

「分かってるクセに何を言ってるんですか!」

 そう。彼女は僕の監視役なのだ。僕が戦わなければ、彼女も動けない。ようするに僕の言葉は嫌味な言い方だった訳だ。怒るのも分かる。僕だって軍人さん側だったなら怒っていたと思う。

「痛った・・・・・」

 言い返してやろうと言葉を選んでいた所で、遠くの方から羽音が聞こえてきた。

 海岸線の方を見ると、無数の巨大な影がコッチに迫って来ていた。

 よく見れば、その一つ一つが巨大な羽虫の怪獣だった。

イナゴの大移動をイメージしてもらったら分かりやすいかもしれない。

「アレが今回の怪獣です。『群れで一つの怪獣』。数という純粋な強さを分かりやすく表現していますね」

軍人さんの装備を見れば戦車とか銃火器ばかりで、あの数を処理するような火力がある武器は1つも無かった。

「既にスクランブル発進した殆どがヤられているので、援護は期待できないですね」

「・・・・・・軍人さん詰んだね」

「だから加勢を・・・」

「嫌だ」

「もう一発殴りますよ?」

「やってみろ」

 神条さんが殴り掛かる前に、怪獣が海岸線に突っ込んだ。

 始まったのは虐殺だった。

 大衆が思う恐怖の象徴として生み出されたのが怪獣だ。映画のように人類との共存ルートは絶対に歩まない。

 虐殺するのが行動理念であり生きる意味。

 それがこの世界の怪獣だ。

 なので、一匹一匹がカマキリのようなその群体は手当たり次第に軍人を食べ始めた。

 肉が裂け、骨を剝き出しにして内臓を啜られる兵士は無惨だったが僕は目を逸らさず眺めた。

 あの軍人さん達は明らかに無駄死になのだが、命令した奴は誰なのだろうか。

「シンク様ですよ」

「・・・・・・・・・・・・・何の話?」

「明らかな無駄死にと思いましたよね。今」

「・・・・・」

「彼らに命令したのはシンク様ですよ」

 『シンク』というのは神条さんの上司で、僕を戦わせるために神条さんをよこしてきた張本人だ。

「つまり、つまりこれを僕に見せるために彼らを並べたの?貧弱な兵装で」

「はい。」

「・・・・・・・・・・・・そこまで」

 言いかけて、言葉を止めた。カマキリの一匹が僕に気づいたからだ。

「逃げるんですか?あのカマキリを殲滅する力が奏吏さんにはあるんですよね?」

「無いよ」

「あのカマキリを放置していたら日ノ本の半分がなくなりますよ?」

「関係ない」

「奏吏さん!」

僕は迫って来るカマキリに背中を向けると、走り出した。

神条さんも監視役なため、僕を追ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カマキリ怪獣は、日ノ本を蹂躙した。

一体一体は並みの『トラベラー』で対処可能だが、群体になると話は変わって来る。

並列意識を持っているカマキリ達は人間を越えた連携を見せ、並み以上のトラベラーすら手を焼かせ、また最強のトラベラーである『神条 優香』の不在がトラベラーに重く伸し掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 カマキリによって蹂躙された首都のオフィスビルだったものの屋上に、僕と神条さんはいた。

 トラベラーなのでお湯をイメージして創造できるためカップラーメンには困らないが、神条さんは不機嫌そうだった。

「・・・・・・私は、別に人類がどうとかそういうのは興味が無かったんです」

 神条さんが意外なことを言ってきた。

「へー?」

「あの日私が怒ったのは、奏吏さんが後悔しないようにと思って言いました」

屋上から首都を見渡せば、まさに廃墟そのものだった。

 西の方は善戦していてトラベラーがカマキリを押し込んでいるみたいだが、東にそれだけの戦力は無かったのでこのザマだ。

「安心しました。あんまり気にしていないみたいですね」

「そりゃあね」

 敵ばっかりだったし。

 『トラベラー』は基本才能頼りな世界だ。だから高校生の神条さんが最強をやれたし、僕だって例のカマキリには負けない力を持つことができた。頭の中で図形をイメージできるかできないか、みたいなものだ。

 才能頼りだからこそ、色々と対立が多かった。

 トラベラーの中には人を惑わす使い手もいたし大量虐殺して処刑された人もいる。

 個人が極端に力を持ってしまう存在なのだ。

 僕も偏見の目で見られ、変な言いがかりをつけられ、石を投げられたりした。

 多分、神条さんも。

 僕は物語のヒーローではないし博愛主義者でもないので、正直こんなになっても「ざまぁ」しか言うことは無い。色々やってきて、いざ有事になれば助けて貰えるなんて思っているほうが普通じゃない。

「嘘」

「ん?」

「やっぱり気にしてるじゃないですか!」

「は?」

 何の話を・・・・・・。

「自分の顔を見てください!どんな顔しているか・・・」

 手の平をヒラヒラさせた神条さんの手元に鏡が現れ、それを見せられた。

 僕の顔は、酷いものだった。

「後悔、してるんですね」

 カマキリに殺される母子を助けたことはあるが、あの日から基本的に人と関わることを避けて生きてきた。

 だからまぁ考えないようにしていたのだが。

「・・・・・・・・どうなんだろうな」

 多分、後悔している。

 今日初めて首都の廃墟を見渡して、それが実感できた。

 多分じゃない。震え上がるぐらいに後悔していた。

「奏吏さん」

「・・・・・・・」

「もう、逃げるのは止めましょう。アナタのためにならないです」

「それで戦えてたらこんな事にはならなかったよ」

「友人として!!!私は助言します」

「」

「奏吏さん、アナタは優しい人です。あの日みたいにちょっと酷いこともできますけど、私は奏吏さんの良い所を沢山知っています」

 優しいのは神条さん限定なんだけどな。

「胸を張って、生きていいんですよ?」

 僕の両肩を掴んで至近距離で説得してくる神条さんの表情は優しいものだった。

 僕が一歩踏み出すのをずっと待っている顔だった。

 ・・・・・・普通に可愛い。

「じゃあさ、お願いにゃん、って言ってみて」

「はい?」

「ほら。今まで頑張ってきたんだからさ、最後最後」

「・・・・・・・・・・・お願い、にゃん?」

「ぷっ」

「ちょっ!?奏吏さんがやれって言ったんじゃないですか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚悟は決まった。

突き通せなかった自分は案外ちょろいものだなと思ったが、それは置いておく。

今は何故か、なんでもできる気がした。

 

 

しばらくして日ノ本からカマキリ怪獣は駆逐され、また幸いなことにカマキリが出現中の間に別の怪獣が出現することもなく、事後処理までキチンと日の本は終わらせることができた。

日ノ本の人口が半分になったが、それを乗り越えるしか日ノ本には無いため、国民の殆どは前を向いて歩き始めた。

一番の功労者である『辻 奏吏』『神条 優香』の両名は表彰を辞退し、また神条優香にいたっては国軍を辞めた。

最初の上陸の時2人が現場にいたと噂が立ったこともあったが証拠も何も無く、噂は風化していった。

かくして、怪獣『カマキリ群体』による事変は幕を閉じた。

 



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人質

双星の陰陽師op2を聞きながら考えました。
今回は短いです。


 カマキリに荒らされた首都に戻った僕と神条さんは、帰ってすぐ口論になった。

「どうしてすぐ引き籠るんですか!というか引き籠る備蓄があることにも驚きなんですけど!」

「うるさい。引き籠りに引き籠る理由なんて聞くな」

 あの聖母状態といつものオカンとの落差に僕は今衝撃を受けている。

「どうしてそう、・・・・・・・あああもう!分かりました!家を破壊しますね!」

「ちょいちょいちょい!!!人の家を壊すのは犯罪でしょ!」

「知りませんよ!グータラ星人が悪いんじゃないですか!」

 僕も神条さんもただの一軒家を取り壊すなんて造作もないため、僕は本当にやりそうな神条さんの相手をするしかなかった。

 ちなみに、引き籠りなのは『トラベラー』に対する偏見に嫌気が差したからだ。

「やって良い事と悪い事があるでしょ!」

「奏吏さんは私が今ここにいる意味をちゃんと分かっているんですか!?あんまりだと私が殺されるんですよ!?」

「は??」

 思わず聞き返していた。

 殺、え?

「・・・・・・え、本当に分かっていないんですか?」

「え?」

「「・・・・・・・・・・」」

「シンク様のやり方は知っていますか?」

「邪悪なんでしょ?」

「やり方です」

「・・・・・・・・・・」

「説明しますね。シンク様は目の前で人質を殺して反応を楽しむのが大好きなんですよ。それで、奏吏さんにとっては私が人質です。あんまり私が役立たずだと、」

「目の前で?」

「はい」

 言葉を失うというのを人生で初めて経験した。本当に、頭が真っ白になった。

「私がダメなら次がいます。それを何度も何度も見せれ「分かった。」、はい・・・・・・」

「倫理観とか常識が無いのは分かっていたつもりだったけど、甘かったね。・・・・・・分かった。言う通りにする」

「ちなみに言いたくはなかったんですが、西には」

「分かった!」

 僕が怒鳴ると、神条さんはビックリしたのか体を震わせた。

 少し罪悪感が沸いた。

「っ、それで?僕は何をすればいいの?引き籠りを辞めただけじゃ何も変わらないよ」

 シンクは僕の才能を買って、神条さんをよこした。つまり僕を強くしたい筈なのだ。

「その前に、少し歩きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カマキリがいなくなった首都の夜は、犯罪で溢れていた。

 軍も警察も動いてはいるが雀の涙程度。

 隠れていた人や戻ってきた人、住む場所を失った人などで街は混乱していた。

 とある建物の屋上からそれを眺めながら、僕はこれを見せた神条さんの狙いを図りかねていた。まぁすぐに分かるだろうが。

「奏吏さんの予想は当たりですよ。あのカマキリと戦った時点で奏吏さんはコチラ側です。それを知ってもらいたくって連れて来たんですけど、どうですか?」

 どうですか、か。

 貴金属店に入って堂々と盗みをやっているのは勝手にしろ、と思うが誘拐されているのを見ると流石に介入したくはなった。カマキリが来る前は、ハッキリ言ってどうでも良かったかもしれない。

 確かに、ソッチ側かもね。

「・・・・・・・・・・沼だね。ヒーローごっこって」

「ですね」

 神条さんの声は、どことなく嬉しそうだった。

 



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立ち姿

某演劇の漫画とかダンスの漫画とか見ながら考えました。


 

「さ、入って下さい」

 ごくありふれたマンションの一室、なのだが。

 神条さんが一人暮らししている部屋なのだ。

 男が入る場所じゃない。

「何してるんですか?」

「・・・」

 玄関前で立ち止まるという最後の抵抗を見せる僕に、神条さんが見かねたのか言った。

「あー、私が変なことすると思ってます?しませんよ、流石に。シンク様も人の心には理解がありますから」

「・・・じゃあ、どうして家なの?もっと他に」

「もしかして、奏吏さん期待してますか?」

 神条さんが茶化すように言った。

「・・・いや、違うけど・・・」

「なら入って下さい。話し声も結構近所迷惑ですから」

「・・・」

 入ることにした。

「私が奏吏さんを呼んだのは、特訓してもらうためです」

 僕が後ろ手で玄関を閉めている間に、神条さんはスタスタと部屋の奥に向かいながら話し始めた。僕も靴を脱ぎ、「お邪魔します」だけ言って家に上がった。

 家の中には、何も無かった。一人暮らしを始めてすぐの人でも、実家から持ってきた物が少しはあるだろうが、この家にはそういうのも無かった。

 ミニマリスト?だっけ?そういう人なのだろうか。

 廊下を少し歩いて、僕はリビングに入った。

 リビングには大きなソファが1つだけ。照明はあるが、テレビも机も無かった。家具が圧迫していないからか、部屋が広く感じた。

 リビングで立ち止まった神条さんは、僕と向き合うように立ち、言った。

「イメージの世界で、まず重要なのは第一印象。ファーストインプレッションです」

 神条さんが真剣な顔をしていた。コッチも相応の集中が必要かもしれない。

「・・・そう、なのかも?」

 何かの試合でも、勝てそうに無いと思う相手と戦うなら、確かに勝率は下がるのかもしれない。そういうことなのだろうか。

「奏吏さんは先生がいませんでしたから知らないんですよね」

 引き籠りでしかも何の成果も出せていない上に、神条さんと出会うまで何にもしてこなかったような奴に誰が教えるというのか。というか僕も教わるつもりなんて更々無かったし。

「まず奏吏さん、『立ち姿』をよくしていきましょう」

 神条さんが指を鳴らした。すると、部屋にある全ての壁が一瞬で鏡に変化した。

 剣道部とかがよく使う姿見だ。

 色々思い起こすので僕がソワソワと周りを気にしていると、神条さんは手を僕の頬まで伸ばしていき、ニギニギしてきた。

 近くで見ると、本当に神条さんはカワ・・・。

「表情もマシなものにして下さい。緩んでますよ?」

「!?」

 ニギニギするのを止めて、スッと離れた神条さんが苦笑いしながら続けた。

「女の子に慣れていませんね?駄目ですよ。これからは」

 ゲッ。・・・・・・ヤバ。引かれた?結構ショックなんだけど。

「奏吏さんは、『大きな変化』が必要ですね。私達の戦いは『イメージでのマウントの取り合い』。演技でもなんでも、『凄み』で勝つんです。いっそ、一人称でも変えてみましょうか。『俺』って言ってみて下さい」

 それは・・・・・・。

「・・・僕は、」

「・・・男の子なら子供に見られたくなくて強い言葉を使うものですが、奏吏さんにはソレがありませんよね。その奏吏さんは、一旦捨ててみて下さい」

 凄い考えてくれてるのは分かるけど、どうにも・・・・。

「・・・えっと、」

「大切なのは、『演じ切ること』です」

 ニコッと笑った神条さんは、それ以降何も言わなくなった。多分、実践してみろということなのだろう。

 えぇ・・・・・・。

 神条さんの顔を見ると、完全に待っている顔だった。期待というより、観察の面が強いようなかんじだ。

 あーもう。分かったから。期待には応えたいし。

 えっと、良い立ち姿をイメージ。表情も、思いつく限り男前(笑)に。一人称も『俺』に。目標は、演じ切ること!

「すぅー。はい。どうだ?」

 平時の僕、俺なら、どう?って聞いている所だが、どうだ?、に変えてみた。

 クスッと笑う神条さん。

「・・・はい。演技だけでも、大分マシになったんじゃないですか?立ち方は要練習ですが。まぁ後はソレを戦いの中で崩さないようにすれば、まぁ舐められることは少ないと思いますよ」

 マウントの取り合いなら舐められるのもアドバンテージなのかな?よく知らないので分からないが。

「ソレ、四六時中続けてて下さいね。確実に意識が変わりますから」

「え、」

一〇〇〇一〇〇〇一〇〇〇一〇〇〇一〇〇〇

 カチャカチャと食器の音がしている。

 えー、現在神条さんの家に来ているみたいです。リポーターの辻さん?

 はーい。辻奏吏でーす。えー、今僕、俺は現在神条さんの家にお邪魔しています。で、今は神条さんにご飯を作ってもらっている所です。

 何故ご飯を?

 えっとですね、神条さんが言うには、胃袋を掴みたいそうなんですよ。なんでも、僕がココに住むとお互いに不便が少なくて済むらしいです。はい。よく分かりませんね。

 不便と言うくらいですから、連絡事項とかではないのですか?

 確かにそうかもですねー。

「はい、奏吏さん。できましたよ」

 あ、キッチンから皿を両手に2つ持った神条さんがやってきました。

「あ、テーブルありませんでしたね。ほい」

 神条さんがウィンクするとあら不思議。いつの間にかテーブルがソファの前に出現しているではありませんか!これもイメージですか!林業の人が泣く所業ですね!ついでに家具店の人も!

「・・・どうして地面に座っているんですか?ソファがあるじゃないですか」

 神条さんが言ってきました。現在、僕はソファに座らず床に座っていました。取り敢えず、家主の許可が下りたのでソファに座りたいと思います。はい。ソファは1つしかないので、当然のように神条さんも隣に座ってきました。

「あ、箸もありませんね」

 神条さんは日頃からどうやって生活しているのか、するつもりなのか疑問ですね。取り敢えず、それくらい自分でやります!フン!あら?いつの間にか手元にお箸が二膳!神条さんにも渡したいと思います。

「あ、どうも」

 素直に受け取る神条さん。さて、机に置かれた2つの皿には、スパゲッティがそれぞれ載せられていました。大変美味しそうですね。

「「いただきます」」

 EAT!うん!美味しい!凄いぞ、箸が止まらない!早いぞ!今までの食べ物は何だったんだ!むむ!?なくなってしまっただと!?

「そんなに美味しかったですか?」

 心なしか嬉しそうな表情をした神条さんが聞いてきた。うん!美味しかったよ!

「良かったです。毎日食べたいですか?」

 う、ん?

「はい。分かりました」

 どういう意味かは置いておいて、食べ終わったしちょっと聞こうかな?

「ねぇ、神条さんは目標とかあるの?」

「?取り敢えず、優香と呼んで下さい」

「呼び捨てはム、」

「ゆ う か」

 ・・・はい。

「優香、はさ。こんな奴の相手してるのも面倒でしょ?何かやりたいこととか無いのかなって」

「やりたいことですか。特には無いですね。スプラッター見たいのはいつもですし」

「・・・・・・神条さんスプラッター好きなの・・・・・?」

「ゆ う か」

「優香は」

「4回言って下さい」

「優香。優香床優香」

「床って言いませんでした?」

「言ってない。そっかー。スプラッターねー」

「奏吏さんも見ますか?」

「ごめん無理」

「ですよねー」

 スプラッター。血しぶきがどうのこうののやつだ。

 見るのは流石に、初心者の僕には厳しい。

「あ、そう言えば。聞きましたか?カマキリの後の混乱、結構収まってきたみたいですよ」

 近場一帯の変な輩を一掃した僕と神条さんは、首都近郊まで足を運んで粛清祭りを行った。

 本当に、イメージの強さが何もかもを決める世界だ。

 壊滅した東の軍に代わって西の軍と警察も地道な努力で確実に犯罪を減らしていって、最近はようやく落ち着いてきたと今日の朝のニュースでやっていた。

「一時はどうなるかと思いましたけど、何とかなるものですね」

「結構死んだけどね」

 何せ日ノ本の約半数だ。首都に人口が密集していたにしても多すぎる。

「これに懲りたら、もうあんな事はしないで下さいね」

「はいはい」

「ちゃんと努力もして下さいね」

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りがけの玄関先で、優香が突然真剣な表情をして言ってきた。

「西で大会が開催されるみたいなんですよ。どうせなら出てみませんか?」

「?」

「その、理由は聞かないでくださいね?とにかく出てください」

「・・・・・シンクの命令?」

「はい」

「・・・・・そっか」

 

 

 



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優香成分、全開!

音ゲーでバグってキングクリムゾンされたので投稿します。
サッカーしてねぇじゃん回です。


 そこは正に絶景だった。

 単純に景観が綺麗なのとはまた違う。

シャンデリアのように煌びやかで、万華鏡のように沢山の色が複雑に散らばっていて、それでいて色の三原色のように色と強め合うのではなく、光の三原色のように淡い光となって辺りを照らしていた。

とある高名な学者はこう語った。

 トラベラーのイメージは人を写す鏡であると。

「・・・・・・・・・・・・・・凄いですね」

 派手さの無い、言うなれば色鉛筆で彩色されたような空間を眺めながら、神条優香は冷や汗をかきながらそう独り言ちした。

 学者の言う通り、トラベラーが描くイメージには個人差が出る。

 キツイ性格ならキツイ色、ぼんやりとしていたら薄い色、などが描き出すイメージには現れていく。

 さて、辻奏吏はどうだろうか。神条優香の疑問の結果がこれだ。

 全体的に淡い色。しかしぽわぽわとはまた違って、しかも色の偏りも少なく、見る者を落ち着かせる色合いだった。

 ペンキやインクみたいな無理が出ている色ではなく、あやふやであって、それを許容できる才能が辻奏吏にはあったということだ。

 干渉力も中々。ステージに立てば淡い光が観客を優しく包み込んでいるだろう。こと芸術の分野では引く手数多である。

 そういう色だった。

 思わず神条優香は口の端を釣り上げていた。

 

 

 

 

 

 カマキリの大虐殺から数か月。

 建物を一瞬で再建できるトラベラーの活躍もあり、着々と復興は進んでいた。

 既に通貨も使われ出し、西の人間が法外な値段で売ることが少なくなるぐらいには物資も潤沢となり、誘拐が横行することも少なくなっていった。

 ただ、死に過ぎたため人口は少ないままだ。

 辻奏吏と神条優香が通う学校の生徒も殆どが生きておらず、教師もまた同様にして数を減らしている。

 学校が再開するのは絶望的状況だ。

 つまり何が言いたいかと言うと、優香の特訓が朝から夜まで、休憩時間以外の全ての時間で行われているということだ。

 

 

「休みが欲しい!!!」

 

 

 奏吏は叫んだ。割とガチに、心身ともに異常をきたし始めていたのだ。

 鉛筆をイメージしていたはずが、いつの間にかシャーペンの芯になっていたり。リアルな鎌を作ろうとしたら窯を作っていたり。

 四六時中頭を酷使して限界に挑戦することを続けていた特訓のツケがやって来たのだ。

 奏吏としてはもう少し早めに限界が来ても良かったのだが、謎の頑丈さを見せた奏吏の心身は一か月も地獄の特訓に耐え抜いた。しかしまぁオーバーワークもいい所なので、ようやく優香が自重を見せた。

「確かに、休み無しはキツイですよね」

 忘れていたかのように言う優香に、奏吏は戦慄した。

「じゃあ大会の前日にデートでもしますか?」

 奏吏のモチベーションが3乗された。

 しかし男としてグッと堪えた奏吏は、あくまで冷静を装って言った。

「・・・・・・・・前日こそ練習じゃない?」

 いつもの様にクスっと怪しく笑った優香は、奏吏にズイっと近づいた。

「奏吏さんはほとんど出来上がっていますから、後は気の持ちようです。なので、私とデートした方が集中力も上がって良い結果を残せると思うんですよね。あと、単純に私としても頑張った奏吏さんにはご褒美をあげたいですし」

 優香の自分に向けられた笑顔が、人質としての価値を高めるためだと最近理解した奏吏だったが、迂闊にもドキッとした。

 ちなみに、聞く人が聞けば自意識過剰な発言にも聞こえるが、優香は奏吏が自分のことを既に好きになっていることを知っていての発言なことをここに記載しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして大会前日、つまりデート当日。

 デートで遊ぶ金が無いと言い出した優香は奏吏を連れて、フリーマーケットへ直行した。

 そしてイメージで作った冷蔵庫を10円や20円で売り始めた。

 トラベラーは希少なためこういったことをやる人が少なかったのか、10円冷蔵庫には多くの列ができた。

 そして二人がトラベラー、しかも高レベルだと察した客の数人が冷蔵庫以外も注文し、優香が安請け合いしたため10円電子レンジや10円扇風機など沢山の家電が飛ぶように売れ、3時間で惜しまれながら撤収した2人の手元には一万円が残った。

 20秒で一個売った二人は疲れのあまり公園のベンチに寝転がって、一時的に動かなくなった。

「だ、騙したな・・・・」

 奏吏は突然始まった狂気の宴で例の特訓以上に疲弊した頭で、落胆したことを優香に伝えた。すると優香はガバッと飛び起き、焦りながら言った。

「ち、違いますから!その、単に丸一日は持たないと思っただけですから!半日で一日分付き合いますから!!!」

 疲弊した頭で謎なことを言う優香に心の中で首を傾げる奏吏だったが、とにかく疲れたため何も言わず、その状態のまま瞼を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、起きましたか?」

 奏吏の視界一杯に、優香の顔があった。

「・・・・・・・・・」

 後頭部の感触で色々察した奏吏は見下ろしてくる優香から視線を外し、優香の拘束から脱して起き上がった。

 ちなみに内心はバックバクである。

「・・・・・・・・・」

「お、怒ってますか?」

 恐る恐る聞く優香。奏吏は明日まで口を聞かないと心に誓ったが、その決意は次の一言で瓦解した。

「じゃあ、3時ですけどデート再開しませんか?奏吏さんの行きたい所でいいですよ?」

「え、」

「えっ、て。付き合ってくれたじゃないですか。次は奏吏さんの番ですよ」

「・・・・・・・・・」

 奏吏はここで気がついた。

 自分がデートの中身を何も考えず前日まで張り切っていたことを。

 それだけ特訓が凄まじかったということだが、取り敢えず落ち度は奏吏にあった。

「・・・・・・・・・・何も、考えて無かった」

 ボソッと言った奏吏。優香は思わず噴き出した。

「・・・・・・・笑うことないでしょ」

「あはははは。あーそうですね。奏吏さんそういう所ありますよね」

「おい」

「はいじゃあついて来て下さい。楽しくさせますから」

 優香に連れられて、やって来たのは個人経営の小さな服屋だった。

「お邪魔しまーす」

 カランコロンと扉に吊り下げられた鐘を鳴らして中に入ると、中は明らかに女性ものの服ばかりだった。

 足を止めそうになる奏吏だったが、躊躇無く優香が中へ引きずり込んだ。

「あら、優香ちゃん。待ってたわよ」

 ハンガーに掛けられた服を見ていた、まだ二十歳前後の女性が優香に声をかけた。

「紹介しますね、亜里沙さん。彼が辻 奏吏さんです」

 突然店員さんらしき人を紹介され、とりあえず頭を下げる奏吏。

「奏吏さんにも紹介しますね。佐城 亜里沙さんです。ここのお店を一人で切り盛りしてる凄い人なんですよ」

「よろしくね」

「あ、はい。辻奏吏です」

 亜里沙が頷くと、「それで?」と優香に聞いた。

「遂にやるのね。結構待ったわよ」

「あ、はい。お願いします」

 亜里沙と優香の謎の会話についていけないでいる奏吏が黙っていると、優香がいつもより少しだけ含みを持った笑みを浮かべて、言った。

「亜里沙さんにはもう話してあります。奏吏さんはここにある服を何着でもいいんで選んでください。全部、着るので」

「/////////」

「ちゃんと、感想くださいね?」

 あざとさの極みのような上目遣い+不安そうな笑顔というダブルパンチに、奏吏は立ったまま死にかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥の部屋に行った優香を見送った奏吏は、店主の亜里沙に聞いた。

「トラベラーなら一瞬で服を作り変えられるのに、どうしていちいち着替えるんですかね」

 すると亜里沙は大仰に頭を抱えた。

「かー。分かってないわね、アンタ。童貞でしょ?」

「まぁ、そうですけど」

 色々あって女の子と親しくするのことを一時期は諦めた奏吏にとって、童貞を晒すことには何の抵抗も無かった。

「あのね。一瞬で変身するよりも、試着室の揺れるカーテンみたいに!今の場合だと恐る恐る出てくる優香が!可愛いんじゃないの!」

「はぁ。」

 劇場とかだと幕が上がったり下りたりするのが必要不必要とか、そういう話だと取り敢えず奏吏は理解した。

「あ、あの。」

 スッとではなく、コッチ側の反応を伺いながら出てきた優香は、まさしく天使だった。

 白いワンビースの上から髪色と同じ上着を羽織っていて、普段パーカーばかり(というかさっきまでそうだった)の優香からは想像もできないくらい女の子をしていた。

 頭が真っ白になって固まる奏吏に、優香は追い打ちをかけた。

「感想。いいですか?」

「か、感想?」

「言ったじゃないですか。何も言われないのは不安なんですけど」

「あ、うん。可愛いよ?」

「本気で思ってます?」

「うん(何故聞く?)」

「じゃあ、」

 近づき、正面から奏吏を抱き締めた優香は、幸せそうな笑顔で奥へ引っ込んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あと5着か」

 俺は今日死ぬかもしれない、と心の中で呟いた奏吏は、謎に静かだった店主亜里沙に目を向けると、亜里沙は壁と向き合っていた。

「・・・・・佐城さん。何してるんですか」

「奏吏君。私はもう無理みたい」

「はい?」

「私では、目を焼かれるみたいだわ」

「ええ・・・・・」

「出てくる一瞬。それだけで分かったわ。あぁ、死ぬって」

 同じことを考えていた奏吏は、佐城亜里沙に仲間意識を覚えた。

その後2時間、可愛さの災害は続いた。

 

 

 

 

 

 

「いいわねぇ、青春って感じで」

 2人が友人関係を越えたイチャイチャをしながら歩いて行くのを店から眺めていた佐城亜里沙は呟いた。

「あれは、完全に恋する乙女の顔ね。凄いわ。人質としての価値を高めるために好感度を稼ぐつもりが自分も、なんて。どこの恋愛漫画かしら」

 



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パリピのキラキラが綺麗すぎたので投稿します

レポート3つall60点以上なかったら再履修で、
いきなり真応力ひずみ線図は反則でしょ。ボッチ殺しに来てるよ(笑)→最大荷重点以降の真応力ひずみ線図ってどう書くか分かる人いますか?


 まず怪獣の話をしよう。そうだ。あの忌々しい獣だ。君はどう思う?

 ん?そこまで大きく考えているのか?ハッ。私は君とは違う。あんなもの、所詮ただの獣だ。意思を持たない、カカシと同じ。

 現に被害が出ている、か?あれは日ノ本の連中の初動が遅かっただけだ。完全に意識して遅らせていたな。何の目的か知らないが。

 おいおい馬鹿言え。私が負けると?君の目はちゃんと機能しているのかい?

 ・・・・・・・・・・分かった。教えよう。

 本当に怖いのは『大衆意識』を自分の力にできる奴だ。

 大衆意識から怪獣が生まれるのは知っているな?集団意識と言うべきか。そういった民衆の目と声はイメージの世界では重要だ。だからまあ、大会で優勝する奴らなんてのは相当強化されているだろうな。そういう奴はハッキリと強い。

 分かりやすく強い奴とかは特にな。

 ほう?話を聞くに、それが狙いと見て間違いは無さそうだな。しかしその辻奏吏とかいう奴はそれ程の逸材なのか?

 ・・・・・・・・・・。そうか。それは、いや、今は止めておこう。

 今日は帰れ。もう夜中だ。私も明日は仕事があるからな。

 あー、そうそう。日ノ本に戻るなら気をつけた方がいいぞ。あれだけの被害があったんだ。次は西側が火の海になるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カマキリに蹂躙された日ノ本の東と違って、西側は大層平和だった。

 昼には幼子の笑顔があり、夜には飲み屋街の賑わいがあって、朝は小鳥のさえずりが季節を現す。

 まるで国が違うかのように天と地の開きが生まれていた。

 まるで東とは無関係かのように。

 何も影響が無かった。

 いや、今日も汗水垂らしながら募金活動をする若者がいる。東にいる家族のため奔走する人もいる。

 ただ、見渡せば殆どが影響無く暮らしていた。

 そんな西側の更に西南部。

 塩の街 『春夏羅(しゅんから)』。

 元々塩の生産量が日ノ本で一番だったため塩の街と呼ばれるこの街は海と川に沿って発展した経緯を持ち、街のどこにいても塩の香りがするのが特徴だ。

 高層ビルが立ち並ぶ訳でもない、アレ以外は至って平凡な場所だ。

 そう。アレ。

 日ノ本に住む全員が憧れる舞台。最強が決まる頂上決戦の会場。

 そう。『トラベラー』の全国大会のドーム会場が、ここ春夏羅にはあった。

 他のドームと区別するため海岸ドームと呼ばれる(正式な名称は企業名がついているが、コロコロ変わるため誰も覚えない)そのドームは最高峰の技術がふんだんに取り入れられていて、天井は開閉式。床には、入口から観客席まで全てカーペットのような柔らかい素材が敷き詰められていて。空調設備も最高レベル。椅子も全て革張り。フリーWi-Fi完備。

 普通のドームなら削っても良い設備だが、それをできるだけの集客力がトラベラーの大会にはある。チケットを売れば即日完売。予約でも不可能に近いくらいチケットの倍率は高い。それだこ憧れの的ということだ。

 だだ、今回は東がズタボロのため満員とはならなかった。

 しかし、チラホラと空席が見られる中でも観客のボルテージは上がりに上がっていた。

「さぁお前ら!準備はできたかぁ!?」

 マイクを握ったスキンヘッドの男が叫ぶと、それに答えた観客達が地鳴りのような歓声を上げた。

「OK!!!なら早速紹介しようか!!!『西の竜』こと、『国木 五朗幻(くにき ごろうげん)』様だああああああああああああ!!!!!」

 またもや歓声。そして歓声に答えるようにして、ドーム中央に置かれた四角いステージの上に、白髪の老人が上がった。

 彼こそが『西の竜 国木 五朗幻(くにき ごろうげん)』。

 都の閻魔こと、神条優香と同列に扱われる、トップクラスのトラベラーだ。

 彼はステージに立ちながら客席に視線を向け、しかし騒ぐ彼らを見ていなかった。鋭い目で、客席の端に座る『神条 優香』を見ていた。

「お次は~!!」

 マイクを握る男が順に参加者を紹介していき、そして7人がステージに上がった所で、奏吏の番が回ってきた。

「来るはニューホープかぁ!?最強のトラベラー『神条優香』の推薦で出場!!『辻 奏吏』ぃ!!!」

 観客の中から、口々に「誰?」という疑問の声が溢れ出す。

 それもその筈。この大会は一番を決める全国大会ではないが、テレビ向けに開催された、確かな実力を『示した』人しか出場できない大会だ。誰も知らないような、カマキリ駆除に明け暮れていた知名度の低い奴なんて出場できる筈も無いのだ。

 ・・・マジ場違いすぎる。

 奏吏は思った。

 優香(を裏で操るシンク)の指導スタイルは、習うより慣れろ。

 さっきの実況の言う通り、奏吏は優香の推薦で出場していた。因みに、優香が人質(シンクは優香を殺さなくとも、傷つけることは可能)にとられたため奏吏に拒否権は無く、今に至る。

「さぁ、第1回戦第1試合!優勝候補筆頭!『西の竜 国木五朗幻』と相対するのはぁ!?無名のニューホープ、『辻奏吏』だああああああ!!!」

 奏吏は膝から崩れ落ちそうになった。

 この大会。国木五朗幻以外、奏吏は目立って強いとは感じなかった。しかし国木五朗幻は雰囲気から別格だった。

 流石は優香と同列に扱われるトラベラーだけあって、戦えるかどうかすら奏吏には不安だった。

 老将と口喧嘩できるか?と問われてYesを即答できる人はそう多くないだろう。

 そんなことを考えていると、国木五朗幻が自ら近づき、奏吏に声をかけた。

 国木五朗幻は比較的背の低い奏吏より頭一つ身長が高いため、見下ろす形となった。

「・・・・・・あのクソが目をかける力。特等席で見せてもらうぞ」

 クソ、というのが優香のことかシンクのことか奏吏には分からなかったが、奏吏は五朗幻の圧が凄すぎて、何も言えずただ2度頷いた。

 それを見て失笑した五朗幻は、きびすを返すとステージの反対側へスタスタと歩き出した。

 慌てて奏吏もステージの反対側へ移動すると、実況が叫んだ。

「さーて!!両者所定の位置に着いたなぁ!?なら、スタートぉ!!!」

 いきなりの、開始の宣言。

 ライトをガンガンに向けられ、ド緊張の奏吏が萎縮していると、ステージの反対側にいる五朗幻が話しかけた。

「これを防いでみせよ。話はそれからだ」

 五朗幻から、強烈な風が奏吏に吹き付けた。

 ここでルールの説明。

 イメージの勝敗は、イメージによる作品の真っ向勝負で決まる。作品は何度でも作ってOK。体力が切れるかステージ外への落下、任意の降参で勝敗を決める。

 今回五朗幻は風の『作品』を作って、奏吏を吹き飛ばしにかかった。

 一方の奏吏は両手を前に合わせると、光を出して風を防御した。

 しかし風を光でガードという物流法則には無い動きは無理があり、次第に光が風に押され始めた。

 観客が騒ぐ。

 いわく「その部外者をステージ外へ叩き出せ」だとか、「早く消えろ」だとか。

 憧れの舞台だからこそ、誰からも認められず出場した奏吏は完全に嫉妬の対象となっていた。

 奏吏は歯噛みして、このステージに立たせたシンクを呪った。しかし呪っても風に押される状況には変わりが無いため、違うことを考えるのは止めて行動に移した。

 光を出すのを止め、今更な回避をとった。具体的には、イメージで飛んだ(周囲の空間を把握し、飛んでいる自分をイメージした)。

 すぐに風に巻き取られるが、上手く脱力して流れに身を任せ、奏吏はのらりくらりと風をやり過ごし始めた。

 すると五朗幻は、ポケットからライターを取り出すと、イメージではなく本物の火を風に乗せた。

 たまらず奏吏は上空まで飛び上がって強引に風から抜け出すと、五朗幻が風を消した。

「・・・・・・逃がしはしたが、弱いな。まるでなっていない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初戦で前年度の優勝者、か。ツいて無いわね~」

 観客席から不安そうに奏吏を見ていた優香に、ツインテールの女の子が話しかけた。

 彼女の目つきは鋭く、まるで猛禽類のようだった。

 そんな彼女が、小馬鹿にするように言った。

「アイツ、苦戦してるわね」

 暗に弱いと言う彼女を、優香が睨んだ。

「リオンちゃんはそういう所ありますよね」

「何?実力不相応の大舞台に出された雛鳥を笑うなって(笑)?無理っしょ。あーあ、神条のせいで。アイツ立ち直れるかしら?」

「まだ負けと決まった訳じゃないですよ」

「負けじゃん。ファーストインプレッション的に。それとも何?度肝を抜くような隠し玉がある訳?」

「・・・・・・はい」

「へぇ?」

「・・・・・・ただ、、、どうなんでしょうね。あの2柱の考えは、私には分かりませんから」

「2柱?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏吏は人生で初めての苦戦を、何だかんだで楽しんでいた。

 元々奏吏には目指す目標が無かった。

 才能は図抜けて高く、また夢も無かった奏吏は専門的なトラベラーを目指さなかったため、学校では浮いていた。

 上昇思考の無い才能マン。そんな奴を、周りは腫れ物として扱ったのだ。

 そのため奏吏は優香と出会うまで、刺激の無い人生を送ってきた。

 優香と出会ってからは、ひたすらカマキリ駆除。そして反復練習。カマキリ駆除は少しヒヤヒヤもしたがしかし、奏吏の琴線に触れるものでは無かった。

 返って、この大会。巨大なドームの中央に2人だけ。相手は日ノ本最強格。

 ヒリヒリと神経をすり減らす神経勝負に、奏吏の心は狂喜乱舞していた。

 なんたらハイだ。深夜テンションに似た状態だった。

 そのため、実力を隠すとか、そういうことが何時の間にか頭から抜けていた。

「また逃げ回るか。・・・よく分かった。終わらせよう」

 落胆したような表情をした五朗幻は、遂に本気を出した。

「『ヤマタノオロチ様』」

 五朗幻が手にあった杖で地面を突くと、突如空気が8つの渦を作り上げた。

 八つ首の神。その特徴を気流で表す。

 神をモチーフにするという、ハマれば大きな力を得られる絶技。

 風の渦をかたどるという、あやふやな『役』に対する五朗幻の回答だった。

「蹂躙せよ」

 五朗幻の言葉と共に、竜にも見える八つ首の渦がステージを削りながら奏吏に襲いかかった。

 その横幅はゆうにステージを越え、観客席に届かないギリギリに調整されていた。

 高さも相当なもの。逃げるにしても、その竜巻は速すぎた。

 竜巻は2秒と経たず、奏吏を包み込んだ。

 

 

 

 

「あーあ。終わったわね。・・・?」

 ツインテールの女の子、『不知火リオン』は肩をすくめ、そして優香の顔を伺うが、優香が満面の笑みを浮かべていたため首を傾げた。

「・・・神条?」

「リオンちゃん。『彼ら』ですよ」

 リオンはステージを見やる。

 未だに奏吏のいた位置は空気の流れがグチャグチャに絡み合っていて、到底生身では生き残れないのは一目瞭然だった。

 しかし、優香の言葉で思いとどまったリオンが目を凝らすと。

 奏吏の立っていた位置で『金色の光』と『闇』が、炸裂した。

 

 



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大会2

ウィキで皇祖神の名前を出すのはマズいと聞いたので、ニックネームにします。


 

 『金色の光』と『闇』が、辺りの風を吹き飛ばした。

 ヤンヤヤンヤ騒いでいた観客が一斉に口を閉じて、その発生源を注視した。

 そこにあったのは、3つの影だった。

 1人はさっきと同様、辻奏吏。

 しかし装いが違っていた。

 黄金色の和服を羽織り、瞳も金色に。

 さながら日本神話上の神々のような、そんな出で立ちだった。

 奏吏の左隣には黒髪ロングの女性がいた。

 背丈は奏吏より少し大きいくらい。お淑やかな印象を受ける女性で、彼女もまた黄金色の和服を着ていた。

 奏吏の右隣には、小さな男の子がいた。

 彼もまた他2人と同じような格好をしていたが、色が黄金色ではなく黒を基調とした和服だった。

 突然3人となった奏吏達に、観客はまず不正を疑った。

 イメージの舞台で3人に増えることなど、有り得ないのだ。

 少なくとも、日ノ本の記録には残っていない。

 ざわめきが拡大する中で、優香は心の中では大はしゃぎしていた。

 彼らがお披露目される。

 それが意味する所は、奏吏の超絶強化だ。

「・・・何なの?一体」

 観客と同じく頭に疑問符を浮かべるリオンが呟くと、耳敏く聞き取った優香が答えた。

「イマジナリーフレンドって知ってますか?」

「・・・まぁ、知識としてはね。確か辛い経験をした子供が、ぬいぐるみを空想上の友達として作り上げ、・・・それなの?」

「少し違います。ただ本人が意識的に作ったものが勝手に動く例を出したかったまでです。小説家が、キャラが暴走する、勝手に動き出すとか言うことありますよね。あれはある程度キャラの方向性が決まっているため脳が勝手に処理している状況なんですが、それを奏吏さんは現実に映すイメージでやってのけるんですよ」

 早口でまくし立てる優香に気圧されるリオンだが、彼女もプロだ。すぐに異常性に気づいた。

「・・・あの2人は、もしかして自分で考えたりするの?」

 それが可能なら、奏吏は1対1の試合で1対3を作ることができる。酷いチートだ。特にイメージでの削り合いでは。

「あの2柱は奏吏さんレベルのトラベラーではないみたいですよ。なので単純なかけ算ではないと思います。多分」

 リオンは眉をひそめた。

 それでもチートなのだ。

「楽しみですね。どうやって国木さんを蹂躙するんでしょうか」

 初めて見る優香の浮かれた態度を見ながら、リオンは心の中で奏吏の評価を数段上げた。

「・・・やるじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方ステージの上では、奏吏が2柱を公開したことを今更ながら後悔していた。

「ホント、見てられなかったわよ?あんなそよ風に引っ掻き回されるなんて」

「あーちゃん終始オロオロしてたよな」

「!?仕方ないでしょ!?奏吏が死んだら私達も消えるんだし!」

「あーはいはいはいはい。そうだねー」

「聞きなさいよ!」

 太陽神をモチーフにしたキャラクター『あーちゃん』と、月の神をモチーフにした『つーくん』が口喧嘩を始めたが、奏吏は2人を構っていられなかった。

 ステージの反対側にいる国木五朗幻が、凄い顔をして奏吏を見ていたからだ。

「ん?アイツずっと見てくるわね」

「あ、確かに」

 ようやく気づいた2柱が口喧嘩を切り上げて五朗幻の方を見る。すると五朗幻が口を開いた。

「・・・・・・とてつもない才能だな」

 才能、で片付けられることに奏吏の心が少しだけ痛んだ。

「生命の創造。そんな神にも等しい所業をやってのけるか。・・・ようやく、クソどもが目をかける理由が分かったぞ」

 目を閉じて分かったような口振りをした五朗幻は、閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。

「ならば、ここで再起不能になるまで潰すしかないな」

 風が、再び巻き起こった。

 五朗幻の作る神に似せた風は、風を使うため銃弾のように限りがある訳ではない。

 壊される物も消費する物も無いことが長所であって、対怪獣戦では強く出られるが、対人戦では物量で押すしかない。

 それが強いのだが、飛び抜けた奏吏には通用しなかった。

「つーくん」

「はいはい」

 国刀を優雅に鞘から抜き放ったつーくんは、刀から闇を噴出させ、その闇で嵐の壁を押し留めた。

「風ごときでボク達がやられると思ったか?」

 シャランッとつーくんが刀を振ると、闇がうねる嵐を上から押さえつけた。

 風の竜がもがくが、底知れない闇は全てを呑み込み、そのまま捻り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「」」」」」」

 見ていた観客は言葉を失い、ただ黙って常識が破壊されていく光景を眺めた。

 彼らにとって、西の竜とは数十年前から強者であった。

 怪獣戦では陣頭指揮を取りながら自らも戦って勝ちを重ね、日ノ本の盾と呼ばれる時代もあった。

 彼らにとって、国木五朗幻は強者であった。少なくとも、雑魚のようにあしらわれるなど、誰が予想できただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、奏吏が歩を進める。

 既に両者の間には不自然に動く風など無く、国木五朗幻が万策尽きたことを物語っていた。

「・・・・・・僕、俺の勝ちでいいか?」

 優香に言われた通り、舐められないように強めの口調で言ってみた奏吏だが、自分でも笑ってしまうくらい様に成っていなかった。

「・・・・・・あぁ。私の負けだ」

「勝者、辻奏吏ぃ!!!!!!!」

 実況の宣言と共に、奏吏は国木五朗幻に背を向けた。

 次の試合があるからだ。

 ただまぁ、国木五朗幻を圧勝したため苦戦することは無いだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、奏吏は参加者全員に大差を見せつけて優勝した。

 ネットでは2柱が本物の人間ではないかと疑う声で溢れたが、トラベラー協会(シンクの手先)が声明を出し、口下手な奏吏に代わって優香が記者に懇切丁寧な説明をしたため、騒動は収まった。

 しかし奏吏がつけた『火』は、小さいながら着実に燃え広がっていた。

 



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6.5話 神条優香の回想

『なぜ誰も僕の世界を覚えていないのか』の漫画版を読んで、シリアスが足りないなと思ったので投稿します。
次は学園編になる予定。話の展開がゆっくりになる筈です。多分。


 6歳になった頃、私のイメージが暴走した。

 別に、特段才能があったとかでは無い。魔力の暴走、みたいなイベントでもない。

 本気で自分を傷つけたくなった時が、ある人にはあると思う。あれだ。

 私は私が分からなくなった。

 そんな時だ。

 シンク様が手を差し伸べてくれた。

「結局、人は求められた姿になるしかないんだよ?」

 差し伸べられた手に悪意が介在しているのは、シンク様の貼り付けたような笑顔から察してはいた。

 でも結局、私は私を捨ててシンク様の手を取った。

 イメージの勉強をし、予定の子である辻奏吏について勉強し、何もかも吸収して。

 私を捨てて私を磨いた。

 そんな私に満足したのか、シンク様は私に沢山の『死』を見せた。

 圧死出血死餓死etc.

 まさに地獄。

 最初は痛かった。苦しかった。

 しかし遂には、慣れてしまった。

 慣れてからは『死』を勉強した。

 シンク様が必要だと感じたから、私に見せたのだと。そう理解して。

 スプラッター映画が好きなのも、単純に『死』をどう表現したかに私は娯楽を求めているだけだ。別にグロが好きという訳ではない。そんなものは見飽きている。

 最強と呼ばれるようになってからは、退屈な日々が続いた。

 シンク様に勝つことは、早々に諦めていた。

 しかし周りは私の『死』に怯え、萎縮して、話にならなかった。

 つまる所、敵と呼べる相手が日ノ本にはいなかった。

 退屈だった。

 そして、ようやく例の王子様、奏吏さんと私は引き合わされた。

 彼の第一印象は、普通のボッチだった。

 トラベラーなのを隠して生きるボッチ。それだけ。

 私と彼がスタートしたのは同じ日の筈なのに、彼と彼の周りは至って平凡だった。

 寒いくらいに。

 だから私は自分が汚されるのだと思った。

 何故あんな男に迫って、キスして、押し倒さなければならないのか。

 吐き気がした。

 私にもまだプライドが残っていたことを初めて自覚した。

 私は任務を半ば忘れて、彼と喧嘩した。

 10年彼の勉強をした。彼が振り向いてくれるようにと、お洒落をした。

 その結果がコレ。

 逃げるばかりの彼。

 私は会ってすぐに彼のことが嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 カマキリがやって来た。

 当然、彼は見ているだけ。

 私はカマキリに喰われる彼らを黙って見ることしかできなかった。

 カマキリから逃げる彼について行って、色々な場所を点々とした。

 一緒の部屋で寝て、同じご飯を食べて、同じものを見て、語り合う生活。

 同じ時間を共有していく中で、おや?と思ったことがあった。

 突然物が倒れたりして大きな音が鳴った時。サイレンが鳴った時。

 彼の全身が反応した。

 何かに怯えるような、そんな反応だった。

 

 

 

 臆病?いいや違う。

 

 

 

 

 結論から言えば、彼はあの日のトラウマが強烈すぎたらしい。

 だから何もかもが怖い。触ろうとしなくなり、自分だけの世界を作って安心していた(そこに私が割り込んだ)。

 私と同じだったのだ。

 彼は、シンク様に拾われなかった私なのだ。

 あの日、沢山の破壊を見て。シンク様を見て。

 私は進んで、彼は止まった。

 それだけの違い。

 そこまで行って、私はようやく彼が分かった気がした。

 早い話、私の中に仲間意識と同情が生まれた。

 



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7話 無視1

 

 トラベラーだと疑われて、住んでいた地域から離れた高校に進学した。そこでもトラベラーだと疑われて、僕は引き籠もった。

 退廃的な生活を送る筈が、優香が来て。

 カマキリに始まり、特訓と大会。

 そして今日、遂に家を引き払う。

 順を追って説明すると、まず日ノ本の人間は、トラベラーだと判明した時点でとある全寮制の学校へ入学を強制される。

 『春風学園』。

 初等部から高等部まであるその学校は正にトラベラーを一カ所に集めて監視するための学校で、結構歴史がある学校だ。

 『春風学園』を卒業したトラベラーはすぐ軍隊に入れられ、日夜怪獣の警戒と鍛錬に明け暮れることになる。

 ちなみに、トラベラー以外の人がトラベラーに対する理解が足りない原因の1つに『春風学園』のシステムがある。単純に、トラベラーと接触する機会が少ないのだ。

 まぁクソみたいなシステムだ。人権とは?と問い質したい。ただトラベラーの試合は娯楽として人気だ。近くにいなければ楽しめる、というグラディエーターみたいな扱いだ。

 ただこれが日ノ本の普通。状況を受け入れるしか、トラベラーに選択肢は無い(過激派のトラベラーもいるにはいる)。

 僕は『春夏羅』の大会で優勝してしまった。

 日ノ本政府は無名の僕を調べ上げ、トラベラーだと申告していなかったことが判明。僕は『春風学園』に転校することを強制された。

 なので、実家から離れた高校に通うために借りたアパートも、今日限りだ。

 カマキリのせいで借りていた不動産屋が残っていないので半ば放置に近いが、状況が状況な(僕には選択肢が無い)ので仕方ない。

 一応の戸締まりはして、いざ出発だ。

 トラベラーなので空を駆けていき、しばらく走ると日ノ本の中間。『我留葉(がるは)』に着いた。

 ここからは歩きだ。

 『我留葉』は元々(戦国時代は)何も無い地方都市だったが超々マンモス校の『春風学園』が建てられたことで一変して、トラベラーの貢献もあって日ノ本の3トップに入る巨大な都市に成長している。

 『我留葉』の人はトラベラーと身近に接しているため寛容らしく(トラベラーにも色々なのがいると知っている)、そこは期待している。

 少し『我留葉』を散策していると、お店の人から声をかけられた。

「アンタ、つい最近の大会で優勝した人よね!カッコ良かったわよ!」

 応援の言葉と共に、コロッケを貰った。

 話について行けず固まっていると、また別の人にも注目された。

 恥ずかしかったのでコロッケの礼だけ言って、僕は離れた。

 いや、優しすぎない?

 よく分からない奇襲にあったが気を取り直して。

 『我留葉』の端にある丘の上に、例の『春風学園』がある。

 さっきも言ったが初等部から高等部。トラベラーの小学生から高校生までが、この学校に集められている。

 多分魔窟だ。

 緊張しながら、普通の学校より高い塀に備え付けられたインターホンを押すと、職員室か何かにいた人が出た。

『は~い。どなた、あー辻奏吏君ね。聞いてる聞いてる。ちょっち待っちょいな』

 初手から不可思議な日本語が飛んできた。

「・・・・・・」

 待つこと数分。

 校舎からちびっ子が出てきた。

 金髪のロングで、白衣を着ているのだが教師なのだろうか。

「はいはい初めまして~。甘菜(あまな)で~すぅ。お兄さん1人?」

「え、まぁ、はい」

「ありゃ?反応足りないよ?もっと元気出して出して!」

 さっきから危ない発言ばかりなのだが、ワザとだろか。

「えっと。辻奏吏です。宜しくお願いします」

「あ、は~い(ハート)。土御門甘菜で~す。よろちくね」

「ち?」

「今決めた語尾。どう?可愛い?」

「はぁ、まぁ」

 なんなのだろうか、この人は。

 トラベラーは強い人ほど変人奇人に偏るとは言うが、この甘菜先生もその1人なのかもしれない。

「えっと、土御門甘菜、ちゃん?先生?」

 大人に見えない、を思いつく限りオブラートに包んで聞いてみると、甘菜某は頬を膨らませた。

「失礼な。これでも立派な教師なんだけど?」

 ふてくされた土御門甘菜先生、甘菜先生は付け加えた。

「まぁ、私今16歳で確かに若年なんだけどね?これでも1年3組のミステリアス美女担任教師なんだから」

 ・・・・・・?意味が分からない。

「あーそこから?イメージの世界は才能頼り。ドゥーユーアンダスタァンド?」

 ・・・・・・・・・・・・理解はした。

「はい」

「そういうこと。今開けるね」

 甘菜先生が指を鳴らすと、閉じていた校門がひとりでに開き始めた。

 

 

 

 

`^`)/移動中。

 

 

 

 

 ロリっ子女教師こと『土御門 甘菜(つちみかど あまな)』は僕が転入するクラスの担任だったらしく、教室まで案内してくれるそうだ。

「あ、その前に制服だったね。ちょっくらコッチについちょくれ」

 連れて来られたのは物置みたいな部屋だった。

「コレが春風学園の、高等部の制服だよ~。早速コピーしてくれるかな?」

 流石はトラベラーの学校。当然のようにコピーを要求された。

 制服をコピーして、そのまま着て、それからまた移動。

 2つの校舎を通り過ぎて、ようやく教室に到着した。

「今からHRだから、空いてる席に座ってね~」

「え、はい」

 空いてる席?

 甘菜先生は僕が首を傾げているのを放置して、教室の扉をスパンッと音が鳴るぐらい勢いよく開け放った。

「やーやー我こそはベリービューティー甘菜ちゃんだよーーーーーーー!!!皆5秒でHR済ませるから1秒で席ついてねーーーー!!」

「!?」「何してるの辻君!あと3秒だよ!」「あ、はい!」

 慌てて、教室内の空いてる席(1つしかなかった)に座った。

「よし皆集まったねOK皆また明日!解散!」

 本当に1秒で生徒が席につき、甘菜先生が宣言すると全員が立ち上がってお辞儀した。

「「「お疲れ様でした!!!」」」

 テンションについていけず僕が固まったままでいると、バラバラとクラスの皆が席から離れ始めた。

 どうやら本当に解散らしい。

 甘菜先生は教卓で立ちっぱで、1人2人の生徒が話しかけていた。

「・・・・・・」

 座ったら、終わった。・・・・・・え?次何すれば?

「・・・・・・君が、優香のアレなんだ」 

 呆けていた僕の、隣に座っていたツインテールの女の子が話しかけてきた。

「・・・私、不知火吏音。よろしく」

 教科書をカバンに詰め込みながら、話しかけてきた。

「あ、うん。よろしく。僕は辻、」

「知ってる。優香のコレなんでしょ?」

 不知火さんが小指を立てて、見せてきた。

「(違うんだけど、実際どういう関係なんだろうか)」

「甘菜。奏吏借りていい?」

 僕の言葉を無視して、不知火さんはまだ教卓に立っている甘菜先生に、よく通る声で聞いた。

「もち~よ~ぉ」

 甘菜先生が遠くから声を張り上げて言うと、不知火さんは頷いた。

「ん。じゃあ奏吏。行こっか」

「?どこに?」

「優香の所。会いたいんでしょ?」

「・・・・・・まぁ」

「ラブラブちゅっちゅするんでしょ?」

「それはしない」

 

 

 

`^`)/移動。

 

 

 

 トラベラーは軍を辞めることができない。

 しかし優香はカマキリの後、軍を辞めている。

 これは如何に、と聞いたことがあったが『シンクが無期限の休みを用意した』というのが真相らしい。

 学校も休んで僕の所に来て、僕がコッチへ来たから優香も復学する。それが今の状況なのだが。

 おかしい。

「優香?」

「(ぷいっ)」

「ゆ、優香?」

「あ、佐藤さん。少しお話が・・・」

 おかしい。

「ゆ、「吏音ちゃん。こんにちは」」

「・・・」

「優香。今日変」

「変じゃありませんよ?それより昨日はありがとうございました」

 まるで僕がいないかのように、優香は振る舞っていた。

 



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8話 無視2

今週はレポートが無いぞー!やったー!三連打ぁ!!!


 

 『春風学園』の寮は何不自由無いぐらい、設備が充実していた。

 トラベラーなので基本お金に困らない人達の寮なのだから、当然と言えば当然かもしれない。

「奏吏。学校案内してあげる」

 そして、転校した翌日。

 昼休みに不知火さんが話しかけてきた。

 ここまでくると、思ってしまった。

「不知火さんってさ、シンク側の人?」

 出会ったばかりの時の優香と、奏吏には不知火吏音が重なって見えたのだ。

 すると不知火吏音は、当然のように頷いた。

「ん。優香が死んだら、次は私」

「」

 優香は前に言った。

 人質を目の前で殺して楽しむのがシンクのやり方。何度も何度も人質を送って殺せば、奏吏は否が応でも動かざるをえない、と。

 そういう話だった。

 つまり、不知火吏音もシンクの被害者という訳だ。

「ッ・・・」

 強烈に、奏吏は胸を痛めた。

「・・・奏吏。今更心を痛めるのは遅すぎ。私の失敗例は他に沢山、「分かってる」・・・」

 実際に現場を見るのは別だが、伝え聞く範囲で奏吏はちゃんと自覚していた。

「それで。学校を案内してくれるんだっけ。お願いできる?僕はまだ学校のこと知らないし、甘菜先生はノータッチの方針みたいだし、」

「優香とも仲直りしたい?」

「それは別日でいいかな。何故か無視してくるし」

「押し倒したら万事解決」

「は?」

 流石に奏吏は聞き流せなかった。

「優香、待ってるよ?」

「ないから。はい、終わり。案内して」

 奏吏が吏音の小さな肩を押すと、吏音は奏吏の目を見て聞いた。

「・・・・・・・・・放置して大丈夫?優香、スッゴいモテモテ。離れてたら誰かに取られるかも」

「」

「想像した?」

 ニマニマする吏音。

 奏吏はこの瞬間に、自覚した。

「・・・・・・不知火さんには一生慣れないかも」

「それだけミステリアスな女ってこと」

「そうだね」

 

 

`^`)/場所移動。

 

 

 

 

「優香」

 夕焼けのオレンジが差し込む、放課後の廊下。

 1人で歩いた優香の腕を掴み、奏吏はそのまま壁ドンして拘束した。

「うぇ!?そ、奏吏さん!?」

 突然の蛮行に慌てる優香だが、身動ぎ1つせず奏吏の様子を窺っていた。

「優香。どうして無視するの?」

 奏吏がズイッと顔を近付けて問い詰めると、優香は目を逸らした。

「・・・・・・私の任務はここまでですから」

 しおらしく言う優香だが、内心で奏吏の反応を見て楽しんでいた。

「嘘をつかないで。ちゃんと答えて」

「嘘じゃありませんよ?」

「優香の仕事は僕の人質でしょ?このままじゃ俺が不知火さんに流れるかもよ?」

「それは・・・・・・」

「人質としては失敗でしょ?」

「・・・」

 価値の落ちた人質を、シンクは放置しておかない。

 必ず楽しんでから処分する。

 この場合、奏吏が優香から離れた瞬間、優香は奏吏の目の前で殺されることになる。少しでも奏吏に情が残っているのなら効果は見込める。

 2人とも共通して、シンクならやると確信できていた。

「・・・優香は、死んでほしくない。だから一緒にいて」

「むぅ・・・・・・」

「いや、シンクを理由にするのはアレだよね。ちゃんと言う。僕は、僕は優香が欲しい。ずっとずっと一緒にいて欲しい。お願い。何がしたいのか知らないけどさ、」

 不知火吏音と話して自覚した、奏吏の中に渦巻く黒い感情。

 それは支配欲だった。

 

 

「離れないで」

 

 

 奏吏が優香に対して初めて吐いた、心からの叫び。

 それが優香の想像より1,2歩先だったため、優香は一瞬言葉を失った。

「その後、2人はラブラブちゅっちゅを・・・」

「「しないから!」」

 近くで盗み見ていた吏音が割り込み、雰囲気をぶち壊した乱入者に2人が怒鳴った。

「おー。熟年夫婦の被り」

 更に煽る吏音。

「というか吏音ちゃん!どうしているんですか!?」

 優香が1人になるのを待っていた奏吏ならまだしも、この時間帯まで校内に吏音が残っているのは不自然だった。

「それは勿論、優香の痴態を眺めるため」

 堂々と言う吏音に、優香は頭を抱えたくなった。

「変態じゃないですか!」

「痴態になることは否定しない・・・」

「なりませんから!」

 今度は奏吏。

「する?」

「する?じゃありませんよ!何考えてるんですか!!」

「いや、、キスぐらいでそこまで騒がなくても、(笑)」

 笑いながら茶化す奏吏。明らかに悪意があった。

「変態」

 追い討ちの吏音。

「ちが、もう何なんですか!私が悪いみたいじゃないですか!」

 集中放火をくらった優香の声が、オレンジ色の廊下に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

`^`)/おまけ。

 廊下での会話の後。

 優香は謝罪と共に放置プレイの理由を語った。

 いわく、奏吏は優香無しでは生きられないと知っているから、反応を楽しみたかったのだと。

 あまりにあんまりなやり方に、奏吏は決心した。

 絶対にやり返そうと。

 そして翌日。

「どいて」

「は、い?」

「聞こえなかったの?」

「・・・ちょ、奏吏さん」

 袖を掴んで引き止める優香に、奏吏は冷たい表情をして言い放った。

「あのさ、優香」

「は、はい」

「僕はもう優香に興味無いんだよね。さっさと視界から消えてくれないかな」

 ポカンとした優香は、すぐに申し訳なさそうな顔をした。

「・・・・・・昨日のこと、怒って、ますか?」

「・・・・・・」

「その、あれは、ほんの出来心、」

「(キッ)・・・」

「・・・・・・・・・ごめんなさい」

 奏吏が睨み付け、優香の声が更に小さくなる。

 この段階になって、奏吏は終わりが分からなくなっていた。

 確かに仕返しはしたかったが、ここで終わるべきなのか、仕返しはできたのか分からなかったのだ。

 結果、謝罪を無視して奏吏は背中を向けた。

 

 

すると。

 

 

「グスッ「(あ、やべ)」・・・・・・・・ぅぇぇぇん」

 嗚咽は小さいものだったが、優香がガチ泣きした。

 クール系の涙に、奏吏は2秒で頭を地面にこすりつけて謝った。

「ご、ごめん!ごめん!冗談だから!冗談!優香は大好きだから!大好き!大好きだから!!!」

 泣き止まない優香に、奏吏はジレて抱きついた。

「ごめん。ホントごめん。嫌いじゃないから。違うからさ」

 奏吏が優しく語りかけるが、優香は何も返さなかった。

 そして抱き締めために、奏吏からは優香の顔は見えなかった。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・ごめん。仕返しのつもりだったんだけど、本当にごめん」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・優香」

「・・・・・・・・・」

 奏吏の背中に腕を回した優香は、今までに無いくらい強い力で抱き締めた。

 そしてか細い声で、言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、しないで下さい。絶対に」

「・・・・・・ごめん」

 

 

 

 

 

 

 後で黄金色の和服を着こなす黒髪の美女にドツかれる奏吏が、目撃されたとかされなかったとか。

 



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怪人1

 

 

 紅い液体が、固いアスファルトの上にを流れている。

 血は汚泥と雑草ばかりの側溝を流れ、少しして流れを止めた。

 その血は街灯の光を反射していて、さっきまで生き血だったのか色が鮮やかだった。

「つまんねえな」

 男が立っていた。足元には、紅い血を垂れ流すだけの動かなくなった骸。

 男の人差し指と中指は紅く濡れていて、骸を見れば心臓の辺りが月のクレーターのように陥没していた。

 春風学園のある都市『雅留羅(がるら)』の路地裏。

 怪獣の虐殺が頻発するためしばしば命が軽く考えられるこの世界であっても、その状況は異質だった。

 路地裏での殺し合いなどは特段珍しくないということはない。

 イメージが形を成し、それを司るトラベラーがいる。つまり何でもアリの世界だ。

 それでも異質と呼べるのは、立っている男の存在だ。

 男は、背丈が2mを越える偉丈夫だった。

 口元には大きな傷跡があり、犬歯が人並みより大きく、額からは角が生えていた。

 男は平安時代から存在する『鬼』だった。

 元々盗賊として平安時代に暴れ回った彼とその仲間は、朝廷から『鬼』と呼称された。

 朝廷がただの盗賊に手を焼いているとあってはメンツが立たないための、朝廷の策だった。

 それだけなら事態は簡単だったが、この世界ではイメージが現実となる。

 『世界の敵』とされる怪獣を大衆意識、大衆認知が作り上げたように。

 『鬼』とされた彼ら盗賊達の身体は、日を重ねるごとに変質し始めた。

 犬歯が大きくなり、平安時代の平均身長より少し高めぐらいだった背丈が1.3倍となり、額からは角が生えた。

 そして超人的な膂力を手に入れ、不老,中には不死の能力すら持つ盗賊も現れた。

 雅留羅に立つこの『鬼』は不老の鬼で、平安時代からずっと生き長らえている強者だった。

 そんな彼が足元の骸を見下ろして、溜め息を吐いた。

「捨て駒か。俺に喧嘩を売るたぁいい度胸だな。それとも、俺を知らないのか?」

 『鬼の男』は骸を蹴り上げて仰向けにすりと、綺麗なままの顔を見た。

 その顔は、いや、顔が無かった。

 皮膚が存在せず、眼球も無い。しかし髑髏と言うには多めの肉が張り付いていた。

 誰がこんなことをしたのか。

 こうさせた奴は、人の倫理観を冒涜して楽しんでいるんじゃないかと『鬼の男』は疑った。

 それぐらい、無駄に人とはかけ離れた面貌をしていた。

 

 

 

`^`)/ in春風学園。

 

 

 これを読んでいる読者も、一度はグループ学習というものをやったことはあると思う。

 机を移動させて円形(もしくは四角形)にして、それを囲んで座って議題について話し合うアレだ。

 オリエンテーションと言われたりして出会いの場のように扱われる会議だが、陰キャにとっては、どれだけ話せるかのテストみたいなものだ。

 辻奏吏の場合は大会優勝→入学のルートをとったため注目度が高く、不知火吏音以外で奏吏に能動的に話しかけた人数は0人。引き籠もっていたため挽回する話術も奏吏には無く。

 つまり奏吏はボッチだった。

 つまり今日はテストの日だ。

 しかし、奏吏の不安は杞憂に終わった。

 担任の土御門甘菜考案の『死のくじ引き』で不知火吏音と同じ班になれたのだ。

 ・・・吏音がいるから奏吏はボッチじゃないのかもしれないが、奏吏は吏音を友達と思っていないため、心境的にはボッチなのだ。

 現に、隣の椅子に座っても奏吏と吏音の間に会話は無かった。

「あー、議題は『怪獣の新しい可能性』ですね。どんな怪獣の進化が予想できそうですか?」

 突然仕切り出す人がたまにいるが、そういう人を奏吏はポジティブな意味で尊敬している。能力と言うよりは、自分には無い勇気に対してだが。

 今回の議題は『怪獣の新しい可能性』。

 カマキリなどがそうだが、文明が発展するにつれて怪獣も進化してきている。

 平安なら百鬼夜行だったが、江戸時代は巨大鯨になったり。近代だと怪獣だ。

 そんな時代を重ねるごとにスピリチュアルが失せ、より現実的になっていったのは人類が色々な研究を進め、平均的に裕福になって教育がある程度行き届いたためなのだが、そこから更に怪獣が進化するとなったらどんな進化か。またどんな理由でか。

 そういうことを話し合うのが今回の議題だ。

「天下の辻奏吏様なら何か思い付いたんじゃないか?」

 悪意を持ったキラーパスを投げたのは、あからさまに敵愾心を剥き出しにして奏吏を睨み付けるクラスメイト『五次郎』だ。

 五次郎は凡庸な顔をしていて、『顔相応の才能』とバカにされた過去を持つ悲しい少年だ。

 奏吏は優香と特訓した社会性を行使して、微笑んだ。

「ごめん。何も思いつかないかな」

 あくまで下手に。ここで上から言うと反感を買うだけだ。

 奏吏の言葉に五次郎が鼻で笑う(ちょっと嬉しそう)と、五次郎の隣に座っていた人が口を開いた。

「ゴージー君。発表があるんだから辻さんにはあまり刺激しないでよね」

 発表があるんだから。

 利用しようという魂胆を隠そうともしない言動に、奏吏は、引き籠もろうかな?と真剣に考えた。

 それを言った女の名前は『草木』。

 彼女も平凡な顔。所謂モブ顔だった。

 ・・・平凡とか凡庸と言っているが、筆者の顔は中の下以下なので許してほしい。平凡なのだから筆者よりも顔は良い。だから許してほしい(二度目のウザさ)。

「だってよ、優勝されたんだぜ?あの吾郎幻様を倒してだぞ?思いついて、むしろ当然でなくちゃならないよな?辻さんよ」

「ゴージー君。」

「へいへい。唐木は何かあるか?」

 『唐木(からき)』と呼ばれた少年は考え込むと、的外れなことを言った。

「頭が2つになるとかか?」

「は?バカだろお前。2つに進化ひて何になるんだよ」

「なっ!可能性の話だろ!」

「唐木も草木も止めて。不知火さんは?何かある」

 今まで黙っていたツインテールの少女『不知火吏音』に草木は振った。

 すると吏音は笑顔を作った。

「ある。とっておきの」

 成績上位者である吏音のとっておき。

 他の4人は黙って吏音に耳を傾けた。

「怪獣がいる。なら、次は怪人」

「怪人?」

「・・・」

「・・・確かに、一理あるかも」

 草木と五次朗と唐木が三者三様の反応を見せる。

 吏音は奏吏を見て、言った。

「奏吏は証明した。イメージが人型の生命体を作れるって」

 奏吏は眉をひそめた。

 また僕のせい?という顔だ。

「怪人が出たらお前の責任だな」

 本当の意味での『責任』を知らずに、五次朗は悪意を込めて言った。更に奏吏が眉をひそめた。

「五次朗君。そういう言い方は、」

「事実だろ?」

「そうだけどさ」

 鬼の首でも取ったかのように自慢気に語る五次朗だが、彼が怪人の存在を思いついた訳ではない。しかしこういう言い方をするのが大衆なのだと、奏吏は身に染みて感じた。

「怪人、ね」

 草木が纏めると、ふと思いついたように言った。

「そう言えば、最近雅留羅で連続殺人事件が起きてるのって知ってる?」

 五次朗と唐木が知らないと言うと、草木が続けた。

「私も全部は知らないんだけどね?最近変死体がジャンジャン見つかってるんだって。顔が抉られてるのだったり、脳味噌だけ抜き取られてたりで、結構凄惨な死体みたい」

「ニュースで流れて無かったぞ?」

「そこなんだよね。もしかして、犯人は怪人なんじゃない?怪人の存在を認めたくないから報道を規制してるんじゃないかな」

「怪人がいるのか?」

「かもね。ちょっと探しに行かない」

「えぇ・・・。危なくない?」

「大丈夫よ。天下の辻奏吏様がいるんだから」

 奏吏と吏音を置いて、3人の話はどんどん転がっていった。

 



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