Another days -case of Karin- (瑠和)
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第一話 Encounter treatment

あらすじにも書きましたが以前投稿していた彼方の近衛のアナザーストーリーです。少し駆け足でストーリーが進みますが悪しからず。


「それ」に出会ったときの第一印象はいまでも覚えている。ウルフカットの美しい髪の毛、透き通るような青い瞳、スマホを片手に右往左往するその姿を見て俺は思った。

 

(人ってこんなに分かりやすく迷子になるんだなぁ…)

 

ただの迷子だった。

 

俺の名前は天王寺 瑠和(るな)。虹ヶ咲学園一年生普通科の人間だ。今日は休日でやることもなく外で散歩をしていると今目の前でおろおろしている迷子に出会ったのだ。正直見ていられなくなったので声をかける。

 

「お困りですか?」

 

「え?ええ…………その、ここに行きたいんですけど場所知ってませんか?」

 

スマホを見せてきた。そこはウチの近所にあるモールだったので軽い案内をしてやる。他意はない。ただの親切だ。

 

「ああ、それなら大体あっちの方に歩いていけば着きますよ」

 

スマホもあるし大体の方角さえ教えればたどり着くだろうと思ってそれだけ伝えた。迷子の女性はお礼を言って歩いていった。

 

しかし、それから十数分経ってから俺は驚くべき光景を目の当たりにした。

 

「…??」

 

さっきの現場からそう遠くない上に俺が示した方向とは真逆の場所でさっきの迷子を発見したのだ。あんまり見知らぬ人に関わることはないのだが、さすがに声をかけてしまう。

 

「…なにやってるんですか」

 

「あっ!さっきの!」

 

話を聞くとまださっきのところについていないらしく、さすがにため息が出た。方向音痴ってのはいるもんなんだなと思い、腕をつかんで引っ張る。

 

「連れていきますよ。ついてきてください」

 

「あ、ありがとう」

 

引っ張りながらちらりと後ろを見てみる。整った顔に抜群のスタイル。まるで芸能人だ。だが大人にも見えない。大学生だろうか。

 

そんなことを思いながらしばらく歩いてようやくモールにたどり着く。モールの中のテラスが目的地だと聞いたのでそこまでつれていく。

 

「あ、朝香さん!」

 

「あら、どうも」

 

遠くで声をかけてきた人がいる。どうやら知り合いらしい。

 

「じゃあ、俺はこの辺で」

 

「すっかり世話になっちゃったわね。なにかお礼でもしたいところだけど…」

 

「別にいいですよ。もう迷子にならんでくださいね。じゃ」

 

もう会うこともないだろうと思い、適当に挨拶して帰った。

 

 

 

―天王寺家―

 

 

 

「ただいま」

 

家に帰ったが迎えてくれる人はいない。両親は仕事ばかりであまり家にいない。妹もいるがあまり部屋から出てこない。

 

昔からあまり明るい性格ではなかったからか友人と遊びに行くところや家に連れてきたりしたところは見たことがなかった。

 

「…」

 

妹のために夕飯の準備を進める。ある程度妹にも生活能力はあるが家のことは俺が大体やっている。頼まれたわけではないが、妹に責められたくない。

 

なぜこんなことを思うのかと言うと俺は人の顔を見ると色が見える体質なのだ。あの女子大生らしき迷子は顔色を見るまでもなく困っていたが、不安の色が見えた。

 

しかし、妹はまったく顔色が見えない。表情がまったく変わらないからだ。だから、なにを考えているのかわからなくてどことなく、怖いのだ。

 

「おかえりなさい」

 

背後から声がした。振り向くといつのまにか妹がいた。ピンク色の髪に黄金の瞳。一つ下の中学三年生、天王寺璃奈だ。

 

「璃奈……ただいま」

 

「うん。お夕飯作るの、手伝う?」

 

「ああ、いや、大丈夫。璃奈は部屋でゆっくりしてな」

 

「うん…」

 

兄妹といってもこんなものだ。とても仲がいいとは言えない。来年から虹ヶ咲学園に入学するらしいが、関係を少しは変えられるのかと思いながら、未来に思いを馳せる。

 

 

 

―翌日―

 

 

 

翌日、瑠和は学食で昼食を取っていた。

 

「あ…」

 

近くで歩いていた人物が足を止め、声を漏らしたのが聞こえた。聞き覚えのある声に瑠和が顔を上げるとそこには昨日の女子大生らしき迷子がいた。

 

「あ、昨日の迷子の方」

 

「それは忘れてちょうだい…あなた、この学校の生徒だったのね」

 

瑠和は昨日彼女が呼ばれていた名前を思い出しつつ、ちらりとネクタイの色を見た。ネクタイの色が緑ということは2年生の先輩だと把握して返す。

 

「朝香さんこそ」

 

「…名前、伝えたかしら?」

 

自己紹介もしてない相手が名前を知っていることに疑問を抱きつつも果林は瑠和と相席になる。

 

「昨日あなたと待ち合わせしてた方があなたをそう呼んでいたので………ていうかなんで相席になるんですか?」

 

「昨日のお礼したいって思ってたところなのよ。ちょうどよかったわ」

 

「別に礼されるほどのことじゃないですよ。気まぐれの親切です」

 

「借りっぱなしっていうのは私が嫌なの。なにか手伝えることとかあるかしら」

 

「いえ別に」

 

瑠和はちらりと朝香の顔を見る。顔色が靄を被ったように見にくい。

 

「欲がないのねぇ」

 

(まだ2、3言しか交わしてないけど、この人からは本心が見えない……言動がすべて取り繕っている。別に誰かと話しているような。本当の姿を見せない様にしている。俺の苦手なタイプだ)

 

「…………んじゃ明日昼飯でも奢ってください」

 

このまま断り続けるのも面倒だし、申し訳なさも出てくると思った瑠和は適当な提案をする。これくらいなら罪悪感も少ないし果林の要求も満たせられる。

 

「お安いご用よ。じゃあ明日またここで」

 

「はいはい」

 

先に食べ終えた瑠和は席を立ってさっさと食堂を出ようとした。

 

「朝香果林よ」

 

「え?」

 

「私のフルネーム。ライフデザイン学科2年、朝香果林。よろしくね」

 

「……普通科1年、天王寺瑠和」

 

 

 

―翌日―

 

 

 

言われた通り食堂で待っていると果林がやってきた。

 

「お待たせ。何食べる?なんでもいいわよ」

 

「はぁ、まぁ、別に何でもいいです」

 

「そう。じゃあ私がよく食べるものでも」

 

そう言って果林は魚の定食の食券を持ってきた。瑠和と果林は定食を受け取って席に戻り、しばらく無言で食事を続けていたが無言が気まずく瑠和は話題を出してみた。

 

「…………魚、好きなんですか」

 

「え?まぁ、そうね。好きか嫌いかって言うよりカロリーとかその辺の関係。私モデルやっててね。読者モデルだけど。だから体型の管理には気を使ってるの」

 

「…そうでしたか………」

 

「これだってたまにしか食べないの。午後の授業に体育とかがある日なんかにね」

 

「普段は何食べてるんですか?」

 

「そうねぇ。そもそもあんまり食べないし最低限の栄養さえ取れればいいから、ゼリーとか」

 

「………」

 

食事制限している相手に食事に誘ってしまったことにどう返したものかと考えていると、近くから女子生徒二人が瑠和たちの席に来た。

 

「あ、あの!朝香果林さんですよね!」

 

「え?ええ」

 

「わぁ~!あの、いつも雑誌で見てます!」

 

「そう、ありがとう」

 

どうやら果林のファンの子らしい。瑠和はファンの子に対応してる果林の表情から出ている色が気分悪かった。営業スマイルのような気持ちがこもってない笑顔というのだろうか、それが苦手なのだ。

 

それから他愛もない話をちまちましてから食事を終えた瑠和は席を立つ。

 

(この人は俺の苦手なタイプの人だけど、きっとこの人自身、そんなに悪い人じゃない………)

 

そう考えながら瑠和は少し前の記憶を思い出す。

 

(そんな、私は大したことしてないよ。ただみんな感情的になってるところがあったように見えたから、そこを調整しただけ)

 

記憶の中の人物のようになりたい。そう思った。

 

「ごちそうさまでした…………あの、体型管理は大切だと思いますが……それでも、ちゃんと食べるのも大切ですよ」

 

「……もしかして心配してくれてるの?」

 

果林は笑って瑠和の頭に手をのせた。

 

「ありがとう」

 

「…」

 

瑠和は少し驚いた表情をしてから軽く会釈をして帰っていった。

 

食堂を出てから瑠和はそっと果林に撫でられた頭に触れた。あんな風に真正面からお礼を言われたのなんて何年ぶりだろうかと思いながら教室に帰っていった。

 

 

 

―一週間後―

 

 

 

瑠和が果林と食事をしてから一週間が経った。もうすぐ三学期が終わるという時期に璃奈の卒業式があるということで瑠和も行くこととなった。瑠和は両親との折り合いは悪くあまり乗り気ではなかったが、いままで璃奈の小学校の入学式以外の行事に出られていないということで見にくことにした。

 

しかし、そこで瑠和は目撃してしまう。卒業式が終わってもクラスメイトと話すこともなく淡々と荷物を纏めて帰ろうとする璃奈の姿を。

 

荷物をまとめた璃奈が廊下に出て、瑠和と目が合う。その眼は、瑠和に対して敵意を持ってるように感じた。

 

「…っ!」

 

気づけば瑠和は虹ヶ咲学園の近くの橋にいた。乱れた呼吸はここまで走ってきたことの証明だった。瑠和は頭を抱えてその場に座り込む。

 

璃奈があんな風になったのは自分のせいだと思いながら。

 

瑠和はあまり両親が家にいないことに対し反感を持っていた。そして、その寂しさを紛らわせるように外でばかり遊んでいた。家の中に璃奈を一人残して。親の仕事の都合で引越しが決まった時も反発し、結局瑠和だけが地元の親戚の家に預けられ、璃奈は両親と一緒に引っ越していった。

 

反発した理由なんて「友達と離れたくない」なんていったが実際は親の都合に振り回されるのが嫌なだけだった。

 

ずっと親兄弟と触れ合えなかった璃奈は表情を表に出せなくなっていった。その結果が大きく出ていたのが今回だ。

 

(俺のせいだ………寂しかったのは璃奈だって同じだったのに……俺が自己中なばっかりに………璃奈は…)

 

瑠和の心情を表すように雨が降ってきた。雨に打たれているというのに瑠和は動こうともしない。全身がくまなくびしょびしょになったところで急に雨が止んだ。

 

「…………?」

 

瑠和が顔を上げると雨が止んだわけではなく誰かの傘が自分の頭の上に差し出されて雨が当たらなくなっただけということがわかった。

 

「大丈夫?」

 

後ろから声がした。振り返るとそこには果林がいる。

 

「朝香さん………」

 

 

 

―虹ヶ咲学園学生寮―

 

 

 

「ほら、タオル」

 

瑠和は果林に引っ張られ、果林の暮らしている学生寮まで連れてこられていた。

 

「服、洗濯機で洗って乾燥させてあげるから。その間にお風呂入っちゃいなさい」

 

「………なんで、俺なんかのために」

 

ここに来るまで黙ってた瑠和はようやく口を開き、果林にもっとな疑問を訪ねた。傘を貸すくらいならともかく、部屋にまで入れ、シャワーも貸してくれるとのことだ。いくら何でも至れり尽くせりすぎる。

 

「………あのねぇ、深い仲とは言わないけど見知った後輩が休日に雨に打たれながら地べたに座ってたら、私じゃなくても声かけるわよ」

 

「………すいません」

 

「…いまは何があったかなんて聞かないけど…とりあえずそのままじゃ風邪ひくわよ。お風呂は沸いてるから早く入っちゃいなさい」

 

瑠和は果林の言葉に甘えて風呂を借りる。温かいシャワーに打たれながら少しだけ気持ちを整理する。

 

「洗濯、少し時間かかるから。これ着てて」

 

風呂場の外から果林の声が聞こえた。

 

「………ありがとうございます」

 

風呂から上がると籠が置かれており、その中にはフリーサイズのバスローブとパンツ代わりのタオルが入っていた。とりあえずそれに腕を通してリビングに向かう。

 

「………お風呂、ありがとうございました」

 

「そう、ココアでも飲む?あったまるわよ」

 

「……いえ…大丈夫です」

 

瑠和は部屋の隅によっかかり、軽く俯く。その様子を見て果林は少し尋ねた。

 

「……………さっきは聞かなかったけれど、何かあったの?」

 

「………」

 

「話したくないのなら別に構わないけど。悩みがあるなら話した方が少しは楽になると思うわよ?」

 

ここまで世話になった以上果林のやさしさに応えなければならないと思いながら、瑠和は追い詰められていたせいか本音をポロリと吐露する。

 

「…………すいません。俺、朝香さんが苦手で」

 

「え?」

 

「俺、人の顔見ると色が見えるんです。それで、相手がどんな気持ちなのかとか、なんとなくわかるんですが、朝香さんは………それが良く見えない。本心が見えないんです……言動がすべて取り繕っているようで…朝香さんと話しているのに、別に誰かと話しているような。本当の姿を見せない様にしている」

 

「………人っていうのはそういう生き物じゃない?」

 

「そうかもしれませんけど、朝香さんは全部そうだから……ごめんなさい。こんなにお世話になってるのに」

 

「………別にいいわ。悪気があるわけじゃないっていうか、難儀な感性なだけみたいだし。まぁでも確かに、あなたの言う通りそうかもしれないわね。私のほとんどは取り繕ってるのかもしれない」

 

果林の言動を偽りだと見破られたのは初めてだった。そのせいか果林は柄にもなく自分のことを話した。いつも頼られる側の人間だったせいか誰かに自分の胸の内を吐露するのも初めてだった。いや、いっそ一度楽になりたかったという面もあったのかもしれない。

 

「読者モデルなんかやっていると、回りには変な理想持たれることがほとんどでね……本当の私はそうじゃないのに。だけど失望されたくなくて、嫌われたくなくて、いつのまにかみんなが望む朝香果林を演じるようになっていった。だからそう見えるのかもしれないわ」

 

「……」

 

「いまのはどう見えた?」

 

瑠和を試すように果林はいたずらっぽく笑う。瑠和は正直な感想を述べる。

 

「少なくとも、嘘じゃないのはわかります。真の本音かはわかりませんが」

 

「そう…私もこんなこと話すの初めてだから、自分でも本音かどうかわからないけど、君がそういうのならそうなのかもしれないわね」

 

「あてにはしないでください………」

 

「…ところで、私だけ事情を話してあなたはだんまりってアンフェアじゃない?」

 

果林はにっこり笑って言った。最初からこれも目的の内だった。自分が隠してた部分を見破られ、そう簡単に終わる果林ではなかった。

 

そんな感覚に陥りながらも瑠和は何があったかを伝えた。璃奈との関係と璃奈の眼、すべては自分の責任だと思ったことを。

 

「なるほどね………そんなことがあったの……でもそれって、基本的にあなたの思い込みなんじゃない?」

 

「ですけど………璃奈の青春のたくさんの時間を犠牲にしてしまった………その原因を作った俺を恨まないわけ…」

 

「決めるのは璃奈ちゃんよ。間違ってもあなたじゃない」

 

意外な意見に瑠和は驚いていた。そんなこと考えてもいなかった。いや、考えない様にしていたのかもしれない。自己嫌悪と現実逃避していた方が心が楽だったから無意識に考えようとしなかったからだ。

 

「………」

 

「話してみたらいいんじゃない?憶測で決めつけても時間の無駄よ」

 

「……でも、それで璃奈に拒絶されたら俺は…」

 

「だったら許してもらう様に努力すればいい。少なくとも逃げてても何も変わらないんだから。それとも、璃奈ちゃんの高校生活も犠牲にするつもり?」

 

果林がアドバイスを終えたところで洗濯機が乾燥を終えた音が鳴る。

 

「おせっかい終わり。服着て家に帰りなさい?傘は貸してあげるから」

 

「…」

 

 

 

続く



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第二話 Conversion change

まだ先に投稿する予定でしたが今日の六話に感動したので


「ただいま」

 

瑠和は家に帰ってきた。そして珍しく璃奈が瑠和を出迎えた。

 

「おかえりなさい。お兄ちゃん、どこ行ってたの?」

 

「ちょっとな………父さんと母さんは?」

 

家の中が妙に静かなことに疑問を持った瑠和が訪ねる。

 

「急にお仕事入っちゃったって………さっき、出かけちゃった…」

 

「そうか………璃奈、少し二人で話さないか?」

 

「………うん」

 

二人は居間に移動し、向かい合って座る。

 

少しの間、話す勇気が出ずに二人の間に沈黙が流れる。しかしこのまま黙っていたって何も意味がない、果林が教えてくれたように決めるのは璃奈だということを思い出し、瑠和は思い切って口を開く。

 

「璃奈は…………俺のこと………………怒ってるか?」

 

思い切って口を開いたのはいいがだんだん怖くなり、瑠和は自然とうつむいてしまう。もとより生まれたころから持っている感性のせいで人と顔を合わせるのが苦手な瑠和にとってこういうのはより難しい行動だった。

 

「……どうして?」

 

わかったうえで聞いてるのか、本当にわからないで聞いてるのかわからないが璃奈は当然の疑問を投げかけてきた。

 

「だって………俺が璃奈と一緒にいてやれなかったから……璃奈は表情を表に出すのが苦手になって………そのせいで……あんなに寂しそうに…」

 

ちらりと璃奈の方を見てみると珍しく璃奈の表情が変わっていた。瑠和の言葉に面食らったような顔をしていたのだ。

 

「………別に、恨んでなんかないよ」

 

「え?」

 

「だってお兄ちゃんが忙しかったの知ってた………昔もお母さんたちがいないとき、家事頑張ってたの知ってるよ。友達がいないのは、私が友達を作る勇気を持てなかったから…」

 

「違う!俺は、家事とは別に璃奈を家に一人にして………」

 

「それくらい、しょうがないと思う…小学生だったし……それに、お兄ちゃんは私に勇気をくれたよ」

 

璃奈はポケットから石を取り出した。それはいびつな形の石だった。一瞬なんだこれはという表情を浮かべた瑠和だったがすぐにそれが何か分かった。

 

 

 

 

 

 

 

それはまだ瑠和が小学生だったころ。遊びに出かけた瑠和が帰ってくると璃奈に二つに割れた石の片割れをプレゼントした。

 

「璃奈!これやるよ!」

 

「これは?」

 

「きれいに割れてるだろ!公園で拾ったんだ」

 

「…ありがとう」

 

それは璃奈にとって初めて兄からもらうプレゼントで、表情には出てなかったが内心とても喜んでいた。たとえそれが石ころだったとしても。

 

「あんまり璃奈と遊べてやってないしさ、俺がいなくて寂しいときはそれが俺だって思えばちょっとは寂しくないだろ?俺も片割れ持ってるし……離れていても心は一緒だ」

 

そう気さくに笑う瑠和に璃奈は大きな勇気をもらった。それから璃奈はそれを持って友達を作ろうと頑張ったけどどうしても頑張り切れなかった。それまで自身の表情のせいで重なっていった多くの失敗が彼女を押しとどめてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「まだ………持ってたのか」

 

そんな昔の思い出をまだ大切に持っていてくれた璃奈に瑠和は衝撃と感謝の感情を同時に感じていた。そう言って瑠和は鞄から石の片割れを取り出して石同士の断面を繋げた。割れた石はまるで最初から一つだったかのような綺麗な状態となる。

 

「お兄ちゃんも持ってたんだね……」

 

離れ離れになっていたが心は繋がっていたことを実感したとき、瑠和は璃奈の色が見え始めた。璃奈も同じことを実感し、自然と微笑んでいたからだ。

 

「璃奈、今お前…」

 

「え?」

 

瑠和が璃奈の笑顔に気づくとすぐに笑顔は消え、いつもの無表情な顔に戻ってしまった。

 

「………まだ、難しいか……でも、璃奈の想いが知れてよかった」

 

「わたしも」

 

小さくすれ違っていた二人のわだかまりは解け、二人は新たな一歩を踏み出すことができた。

 

 

 

―翌日―

 

 

 

翌日、瑠和が食堂を訪れるといつか一緒の席で食事をした席に果林が一人で座っていた。何やら浮かない顔で窓の外を眺めていたが瑠和は思い切って声をかけてみる。

 

「こんにちは」

 

「あら、奇遇ね」

 

「あなたを探していたんですよ。朝香さん」

 

瑠和は相席になる。

 

「私を?」

 

「ええ。昨日、朝香さんが言う通りに妹と話してみました…………それでなんだかんだうまくいったので…お礼に…」

 

「そう、ならよかったわ。役に立てて光栄よ」

 

うまくいったことを伝えると果林は笑顔で答えてくれたが、すぐにまた浮かない顔で窓の外を眺める。

 

「………何かありましたか?」

 

「え?いいえ、何でもないわ」

 

果林は何でもないというが瑠和は色を見て完全に困っていることはわかっていた。瑠和はそれを放っておけなかった。果林は恩人であるし瑠和の性格上困っている人間は助けたかったのだ。

 

「困っていることがあるなら言ってください!俺、何でも力になります!」

 

瑠和は思いっきり果林の手を掴んでいった。果林は少し照れながらも小さくため息をついた。ため息の理由は必死になってくれる後輩が少し可愛かったのと多少付きまとわれることが面倒に思ったのがあるが訳を話すことにした。

 

「その、もうすぐ期末テストじゃない?」

 

「え?ああ、まぁ……そうですね」

 

「あんまり勉強は得意じゃなくてね……だから、少し憂鬱なだけ」

 

意外な理由に瑠和は驚いた表情をしたがすぐに笑顔になった。

 

「……だったら俺に勉強の手伝いをさせてください!」

 

「え?あなた一年でしょ?学科だって違うし…」

 

「大丈夫です!璃奈みたいに情報系はそこまでではないですが、英語とか数学とか基礎的な学力なら自信がありますから!お礼だと思って!」

 

昨日のことが嘘のように瞳を輝かせる瑠和を見て果林は小さく微笑んだ。

 

「………そうねぇ。じゃあお願いしてみようかしら」

 

「任せてください!」

 

瑠和は嬉々として果林の手伝いを引き受けた。流石に一つ先の学年の授業について学ぶのは難しいが瑠和は幸い成績が優秀だったのでどうにもならないことはなかった。強いて代償があったとすれば瑠和のテストの出来が悪かったということだが、瑠和はあまり気にしてはいなかった。

 

それより果林のためになっていることが喜ばしかったのだ。

 

 

 

―テスト最終日―

 

 

 

テスト最終日の朝、瑠和と果林は一緒に登校していた。

 

「ふぁ………」

 

「眠そうですね。ですが今日がテストの最終日、頑張りましょう」

 

「そうね……あなたのおかげでテストの調子もいいし。これでモデル活動にも気兼ねなく専念できそう」

 

果林は笑いながら瑠和に礼を言った。

 

「俺も良かったです。朝香さんの役に………?」

 

瑠和も笑顔でこたえようとしたとき、果林が急に立ち止まったことに気づく。瑠和はどうしたんだろうと思いながら視線の先を見てみる。そこにはしゃがみこんで鞄を漁っている女性がいる。瑠和と果林は顔を見合わせてその女性に近づく。

 

「どうかしましたか?」

 

瑠和と果林は笑顔で少女に尋ねた。

 

「あ、あの、虹ヶ咲学園の生徒さんですか?」

 

二人の存在に気づいた少女は立ち上がり、輝いた瞳で訪ねてきた。そして顔が良く見えたことによって少女が日本人でないことが分かった。赤い髪にそばかすが特徴の美人だった。

 

「ええ……」

 

「あの、学生寮ってどこにありますか?」

 

「………もしかして留学生の方ですか?」

 

「学生寮なら私が案内して……」

 

「俺が案内します!朝香さんは先に行ってください!」

 

一瞬果林が案内役に名乗り出ようとしたが、瑠和が留学生の手を引いて学生寮の方へ走っていった。その瑠和の行動を果林は少し微妙な眼で見ていた。

 

「………」

 

 

 

―昼休み―

 

 

 

午前中のテストが終わり、もう帰るだけとなったが、果林は食堂で昼食を食べていた。そこに瑠和もやってくる。

 

「あなたも来たの」

 

「ええ。お疲れ様です朝香さん」

 

「……お疲れ様」

 

「…」

 

なんだか果林から不機嫌な色が見えた。瑠和はひょっとしてテストの出来が悪かったのではないかと思う。

 

「あの、どうかしました……?」

 

「何でもないわよ」

 

そうは言うが明らかに不機嫌な色が見えるし色を見ないでも態度が明らかに不機嫌だ。瑠和は考えを巡らせ、ひょっとして自分が理由なのではないかとも考えた。

 

「あの、もしかして俺が何かしました?」

 

果林は少し間を開けてから話す。

 

「………………あなた、私が家の場所もわからないとでも思ってるの?」

 

ああ、そのことかと瑠和は納得した。要するに果林が迷子になると思って瑠和がエマを案内したとなるとそれは果林への侮辱となる。それが気に食わなかったらしい。

 

「朝香さん………その、あれは万が一にでも朝香さんが遅刻するといけないと思っただけです。あっちまでそこそこ距離ありますし。あんまり後先考えず全力疾走したら、足に余計な筋肉が付くかなぁと」

 

「………それ本当?」

 

もっともらしい理由を話され果林は確認を取る。果林から少し不機嫌の色が消え、瑠和は笑顔で答えた。

 

「当たり前です。せっかくテストもここまで順調だったんですし、朝香さんは恩人なんですから。できる限り尽くさせてください」

 

「…そ、そう。ならまぁ………いいわ」

 

すこし大人気なかったと思ったのか果林はバツが悪そうな顔をした。そんな二人のところに誰かがやってきた。

 

「あ、さっきはありがとう」

 

「ん?」

 

振り返るとそこにはさっきの留学生がいた。

 

「あら、今朝の」

 

「さっき聞いた話じゃ三年から登校するって聞きましたけど…」

 

「この学校の先生に挨拶しに行ってたの。その後は学校の探検。あ、よかったら、一緒にいい?」

 

留学生の手には昼食と思しきどんぶりが乗っていた。探検だけでなくどうやら昼食を食べるためにここに来たらしい。

 

「俺は大丈夫ですけど……朝香さん、いいですか?」

 

「……好きにしたら?」

 

気まずい感じにならない様に瑠和は果林の隣に移動し、瑠和が座ってた席に留学生が座った。そして、立っているときには気づかなかったが、トレーの上に乗っているどんぶりは白米のみで、さらに卵が添えてあるだけだった。

 

いわゆる卵かけごはんだ。

 

「え?」

 

「これ、スイスにいた時からずっとあこがれてたの」

 

(あんなの売ってるのか…ウチの学校)

 

留学生は卵かけごはんを食べ、幸せそうな笑顔を浮かべた。

 

「ん~buono♪」

 

「ウフフ、それを食べるためにわざわざ日本へ?」

 

「え?ううん!そうじゃなくて」

 

果林の言葉を真に受け、留学生は慌てて否定した。日本語がかなり流暢だがこういう冗談を真に受ける辺りやはり外国から来たんだなと瑠和は思う。

 

「冗談よ」

 

「なーんだ。私ね、スクールアイドルになりたくて日本に来たの」

 

唐突に出てきた予想外の単語に、瑠和は驚いた。果林はいまいちピンと来てない様子だったが瑠和は少しだけスクールアイドルというものを知っていた。

 

「ものすごい情熱ですね。そのためにスイスからですか」

 

「うん♪小さいころ、日本のアイドルの動画を見て心がポカポカってなったことがあったの。そんなことができるアイドルになれたらなって思って…」

 

キラキラした瞳で夢を話すエマを見て瑠和は自然と笑顔になる。その表情から見える色はとても心地が良いものだった。

 

「………きっと、なれますよ。誰かの心をポカポカにできる、素敵なアイドルに」

 

「本当?ありがとう!」

 

(今だって、俺の心をポカポカにしてくれている…。うまく言えないけど、純粋な心っていうのか、そんな表情で話す人の色が俺は好きだ)

 

「もちろんですよえっと………」

 

「そういえばまだ自己紹介してなかったね。私、三年から国際交流学科に入るエマ・ヴェルデ!よろしくね」

 

「素敵な名前ですね。普通科一年の天王寺瑠和です。でこっちが」

 

「ライフデザイン学科二年、朝香果林よ。三年からってことは同い年だったのね」

 

「よろしくね♪」

 

 

 

―二週間後―

 

 

 

春休みを終え、入学式の朝。瑠和と璃奈は二人で学校に向かって歩いていた。

 

「頑張れよ。璃奈」

 

「うん。頑張る」

 

入学してから心機一転、友達を作れるように頑張ろうという話だ。表情からは読み取りにくいが気合を入れているのが伺える。

 

「あら、その子が璃奈ちゃん?」

 

「朝香さん」

 

そこに同じく登校中の果林が合流した。

 

「ウフフ、小動物みたいで可愛いのね」

 

「…え?」

 

璃奈は気づけば瑠和の背後にいた。突如現れた高校生離れしたスタイルの女性にビビったのだ。

 

「璃奈、大丈夫。怖くないよ。知り合いの先輩だ。練習と思って挨拶してごらん」

 

瑠和は璃奈の肩を掴んで果林の前に出す。果林は微笑みながら中腰になって璃奈の視線に会わせた。璃奈は内心驚いているがそれすら表情に出ない。

 

「はじめまして。天王寺璃奈ちゃん。朝香果林よ。よろしくね」

 

「………………………………………………………」

 

なにか話そうとしている姿勢のようなものはみえるもののテンパっているのか言葉が出てこないようだ。1分ほど見つめあって瑠和が璃奈から手を離し、果林との間に入って璃奈を落ち着かせる。

 

「やっぱり難しいか」

 

「思った以上に顔にでないのね」

 

「ごめんなさい…」

 

「怒ったわけじゃないわ。ちょっと驚いただけ」

 

「でも、頑張る。お兄ちゃんと約束した」

 

「そうだな。頑張ろう」

 

瑠和は璃奈の頭を撫でた。それからしばらく三人で学校に向かって歩く途中、談笑を交わしていた。

 

「俺と璃奈がこうやって肩を並べて歩けるのは全部朝香さんのおかげです……」

 

「そんな大したことしてないわよ。勇気を出したのはあなたよ」

 

「……そうなの?」

 

自分と兄との関係に果林が関わっていることを聞き、璃奈は驚く。

 

「ああ。そうだ。一口には言えないがな」

 

「………ありがとうございます」

 

璃奈は果林の前に出て頭を下げた。璃奈もどこかよそよそしい瑠和が嫌だった。そんな瑠和とかつてのような関係に戻れたことがうれしかったのだ。

 

「どういたしまして」

 

そうこうしているうちに学校に着いた。果林は璃奈に「頑張ってね」と伝えて去っていた。

 

それから入学式があり、軽い自己紹介を終えてから璃奈は帰宅した。それから短縮授業を終えた瑠和が帰宅し、今日の成果を聞いたが芳しくなかったらしい。やはりそう簡単にはいかなかったようだ。

 

 

 

―翌日―

 

 

 

瑠和は何とか璃奈のためにできることがないかと学校の敷地内の芝生で横になって考えていた。

 

「なんかいい方法ないかねぇ…」

 

「どうかしたの?」

 

空しか映ってなかった瑠和の視界にエマが映り込んだ。

 

「エマさん」

 

「こんにちは。一人?」

 

「ええ、まぁ。エマさんはどうしたんです?」

 

同じく一人だったエマに疑問を持ち、尋ねる。

 

「いい天気だったから、おいしくお昼食べられるところがないかなって学校を探検してたの。本当に広いねこの学校!」

 

「そうですね。一年通ってますけどまだ迷うところありますから」

 

「そうなんだ~。あ、せっかくだし、一緒にお昼食べない?」

 

そう言ってエマはお弁当を取り出した。

 

「今日は弁当なんですね」

 

「うん♪作ってみたの♪」

 

「じゃあ、一緒に食べましょうか」

 

瑠和も考えついでに昼飯でも食べようとしていたのでお弁当を持ってきていた。二人は弁当を広げて一緒に食べ始めた。

 

「はい、これあげる」

 

「え?」

 

急に差し出された卵焼きに瑠和は驚く。

 

「日本じゃこうやってお弁当のおかず分け合うのが普通じゃないの?」

 

(ずいぶんと偏った知識をお持ちのようで……)

 

「やらないわけじゃないですけど、普通じゃないですね」

 

「そうだったんだ~。でも食べてみて!おいしくできたと思うから!」

 

エマは特に恥じる様子もなく卵焼きを瑠和の口に向けて差し出す。ぐいぐいと差し出される善意を断り切れず瑠和は少し照れながらも口を開けた。

 

「んじゃあ…………」

 

「おいしい?」

 

「……うまいです。料理上手なんですね」

 

「えへへ、ありがとう」

 

「じゃあ俺からも。これなんかどうでしょう。肉巻き卵なんですけど……」

 

二人は昼食の時間を楽しく過ごした。そんな様子を影から見つめる人物がいることを知らずに。食事を終えた二人は昼休みが終わるまで談笑を交わす。

 

「そういえば、スクールアイドルはどうなりました?」

 

「うん、明日スクールアイドル部を訪ねてみるつもり。つい最近できたばっかりの同好会らしいんだけど」

 

「へぇ………スクール…アイドルか、うーん………」

 

一瞬、璃奈が友人を作るきっかけにならないかと思ったのだが、さすがに急すぎると感じた。

 

「まぁ頑張ってください。あなたの笑顔。俺は好きですよ」

 

「え?あ、ありがとう………そういってくれると…うれしいな♪」

 

真正面から恥ずかしげもなくそんなことを言われ、エマは少し顔を赤くした。エマとは別れ、それから特にいい案が浮かぶわけでもなく瑠和は帰路についた。

 

それから一週間が経ったある日の夕方。

 

「あら、偶然ね」

 

「朝香さん」

 

そこにたまたま帰りの時間が重なった果林が現れる。

 

「よかったら、一緒に帰らない?」

 

「今日はモデルの仕事はないんですか?」

 

「ええ」

 

「東雲のスーパーで買い物してから帰りますけどそれでもいいですか?」

 

「え?ええ。私もそうしようと思ってたし」

 

「そうですか……」

 

少し嘘の色が見えた気がしたが、瑠和は気にしなかった。夕飯の買い物のために行かねばならないのは変わらないし、果林がいたところで枷になるわけではない。

 

「じゃあ行きましょう」

 

 

 

―SOROR―

 

 

 

スーパーについた瑠和はカートを押しながら野菜売り場に向かった。

 

「いらっしゃいませ~」

 

「あら?」

 

すれ違い様に挨拶した店員を見て果林は一瞬止まった。何かあったのかと思い、瑠和が振り返る。

 

「どうしました?」

 

「え?…………何でもないわ」

 

(あの子……たしか私と同じ学科の…)

 

「さてと、今日は何しようかなぁ」

 

瑠和は深くは追及せずに夕飯のメニューを考え始めた。そこで果林は初めて瑠和が夕飯の買い物のために来たことを知る。そしてあの雨の日に瑠和が話していたことの内容から瑠和が家事を担当していることを思い出す。

 

「そういえば、あなた料理できるのよね」

 

「ええ。まぁ、素人に毛が生えたくらいですが」

 

「そうなの。ちょっと興味あるわね。家庭的な男の子の料理」

 

「よかったら食べてみますか?俺としては恩人のあなたに食べていただきたいですけど」

 

瑠和は冗談混じりに笑いながらいった。瑠和にとって果林は恩人だ。しかも最近は毎日一緒に登校しているため、璃奈の話し相手兼会話の練習をしてもらっている。感謝の念の意味も込めて言った言葉だが意外な返答が帰ってくる。

 

「じゃあ、お相伴に預かろうかしら」

 

「…え?」

 

 

 

続く



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第三話 Abetment incitement

いや、7話もよかったですね……。たまんねぇよしお子……。ああいう話ほんとに好き。ていうか近江姉妹のライブ、あんなクソ尊いことをサラッとやるなよ畜生………。ランジュもいつ同好会に入るのかなぁ………。ああ、一週間が長い。


―天王寺家―

 

 

「どぞ……」

 

「お邪魔するわね」

 

天王寺家に果林がやってきた。例によって天王寺家の両親は家にいない。まさか本当に料理を振舞うことになるとは思ってなかった瑠和は少し緊張していた。

 

「まぁ、ちゃちゃっと作っちゃうんで居間でくつろいでてください」

 

「そう?じゃあお言葉に甘えて」

 

果林は今のソファに座ってファッション雑誌を取り出す。瑠和は果林に満足してもらうため気合を入れて料理を始めた。

 

そこに瑠和の帰宅した音を聞き取り、部屋から出てきた璃奈が現れる。

 

「お兄ちゃんおかえり」

 

「ああ、ただいま璃奈」

 

「お邪魔してるわ」

 

「果林さん」

 

どういうわけか家にいる果林に璃奈は驚く。

 

「…………どうしてウチにいるの?」

 

「瑠和の手料理食べてみたいって思ったの。だからお邪魔させてもらったのよ」

 

「そうなんだ………」

 

理由を聞いた璃奈は少し考えていったん部屋に戻り、すぐに戻ってきた。そして果林の近くに行く。

 

「あら、なぁに?」

 

「…………あの…………果林さん………その…………」

 

璃奈の手にはゲーム機が握られている。それを見て果林は璃奈の言わんとしてることを理解して手を差し伸べる。

 

「一緒にやる?」

 

「…………うんっ!」

 

瑠和はその様子を微笑みながら見ていた。

 

それから少し経ち瑠和はが夕飯を完成させた瑠和が璃奈の部屋を訪ねる。ノックをしても返事がないのでそっと扉を開けてみる。

 

「やったわぁーーー!!ついに勝ったわぁーーーー!!!」

 

「…………」

 

そこには普段の落ち着いた態度とは程遠いテンションの果林がいた。

 

「あの………夕飯、できましたけど」

 

「そう、ありがとう。すぐに行くわね」

 

ルンルン気分の果林が部屋から居間に向かい、そのあと少しふらついた璃奈が部屋から出てきた。

 

「大丈夫か?………なんかあったか?」

 

「果林さん……………すごい負けず嫌い」

 

「あー…………」

 

瑠和は何となくわかるような気がした。プライドの高い果林の性格を考えれば負けず嫌いだということは察しが付く。きっと何度も再戦を申し込まれ、璃奈は最終的に接待プレイをしたのだろう。

 

(それよりも、さっきの朝香さんの顔から一瞬見えた色………あれは…………)

 

「まぁまぁ、今日はちょっと夕飯豪勢だから。元気出してくれ」

 

三人は食卓に着き、食事を始める。

 

「ん、結構おいしいじゃない」

 

「お兄ちゃん、料理上手」

 

「…………ありがとうございます」

 

真正面から褒められたことがない瑠和は果林の言葉と改めて聞かされた璃奈の言葉に少し照れた。

 

「ずっと料理は瑠和が作ってるの?」

 

「ずっとじゃないけど、結構台所に立ってる。家事もいつのまにかやってくれてる」

 

「そう、いいお兄ちゃんね。こんなの毎日食べられる璃奈ちゃんがうらやましいわ」

 

「………ありがとう……ございます」

 

兄をほめられ、璃奈はついお礼の言葉が出た。

 

「璃奈ちゃんもゲーム上手だし。可愛いし。見ていてうらやましくなるくらい、いい兄妹よね」

 

「………兄弟仲………よくないんですか?」

 

妙にほめてくる果林に対し何かあったのではないかと瑠和は勘ぐった。

 

「え?ああ、そんなんじゃないわ。ほら、私寮で暮らしてるから………ちょっとホームシックになっただけ。あ、でも璃奈ちゃんは可愛いから妹にしたいわね」

 

果林は璃奈の首に横から手を回し、抱きしめた。

 

「なっ!」

 

「わわわわ」

 

「ねぇ璃奈ちゃん、お姉さんの妹にならない??」

 

「璃奈は渡しませんよ!」

 

騒がしい夜になった。三人は食事を終えた後も三人でゲームをしたり璃奈おすすめのアニメを見たりして楽しく過ごした。遅くなってきたので果林は帰ることにし、瑠和はマンションの入り口まで見送る。

 

「今日は楽しかったわ。じゃあ、また来週」

 

「はい………………………朝香さん!」

 

去ろうとする果林を瑠和は呼び止めた。

 

「どうかした?」

 

「………またいつでも来てください。璃奈、まだ学校で友達とか作れてないんですけど……あんな楽しそうな璃奈初めてみましたし、人と関わる練習にもなると思うんで…」

 

「……そうね。考えておくわ」

 

果林は少し考えて敢えてまた来るとは断言せずに寮に帰っていった。寮に帰ってきた果林は自室のベッドで横になる。

 

「……………」

 

カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされながらこんなに充実した日々はいつぶりだろうかと思う。友人がいないわけではないが、瑠和が言う様に自分を取り繕わずに誰かと過ごせたのなんて家族の前以外だった。

 

(………騒がしいのなんて、苦手だと思ってたのに…)

 

「だけど、あんな姿………私らしく…ない」

 

そうは思っても朝香果林らしくない自分を受け入れてくれた場所があった。あそこでなら、いつもの自分をさらけ出しても良いのではと果林の心は少し揺れていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「……」

 

休日が過ぎ、月曜日。瑠和と璃奈はいつもなら果林と合流する場所であたりを見回していた。

 

「果林さん、来ない…」

 

「………寝坊かな…俺ちょっと寮見に行ってくる!」

 

そこそこ果林と付き合いのある瑠和だったが、連絡先を交換していていなかったので連絡が取れなかった。

 

「私も!」

 

「璃奈は先に行ってて大丈夫だ!あっちまで走って戻るの結構体力使うから!」

 

以前も学校から寮までエマを送り届け、1限に間に合う様に戻ったことのある瑠和はそのつらさを知っていたので一人で寮まで走った。大急ぎで寮まで走る途中、ヴィーナスフォートの手前辺りでエマに出会う。

 

「エマさん!」

 

「瑠和君、どうしたのそんなに急いで」

 

「果林さんが来てないんです!もしかしたら寝坊でもしてるんじゃないかと…」

 

「ああ、果林ちゃんならもう学校行っちゃったよ。今日すっごく早起きしてたから」

 

「そ、そうなんですか…はぁ、でもよかった…」

 

その場で呼吸を整え、瑠和とエマは一緒に学校に向かう成り行きとなった。まだ時間はあるので歩きながら

 

「そういえば、スクールアイドルはどうなりました?」

 

「ああ!実はね!スクールアイドル同好会に行ってみたんだけど最初私と元々いたせつ菜ちゃんって子の二人しかいなくて、だけど最近新しい部員も入って、毎日楽しくてとっても幸せなの!」

 

「それは良かったです。エマさんの目標が叶うこと、俺も祈ってます」

 

「ありがとう」

 

「……………それで、ちょいとご相談なんですけど」

 

 

 

―放課後―

 

 

 

「ようこそ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会へ!」

 

瑠和はエマに同好会の見学を申し込んだ。いきなりステージに立つのは無理でも璃奈が友達を作るきっかけにならないかと思い、様子を見に来たのだ。

 

「初めまして。天王寺瑠和です」

 

「…………天王寺璃奈です」

 

「部長の優木せつ菜です!とりあえず今日は見学ということで、練習を見てもらうということでよろしかったでしょうか?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「新メンバーですかぁ!?普通科一年中須かすみ!よろしくね!」

 

一年生の中須かすみが前に出てきて璃奈の手を取って笑顔で迫る。璃奈は完全に圧倒されているが一応挨拶は返す。

 

「…………よろしく」

 

「もう、かすみさん、びっくりさせちゃってるじゃない。ごめんね。多分同い年のメンバーがうれしくてテンション上げてるんだと思う。私一年生の桜坂しずく。よろしくね」

 

同じ一年のしずくがかすみを引き離しながら璃奈に挨拶する。璃奈も目をぱちくりさせながら挨拶だけはする。

 

「…………よろしく」

 

「も~しず子、私が悪者みたいじゃん。ん~あ、はいこれ、お近づきの印に!」

 

そう言ってかすみはどこからか取り出したコッペパンを渡す。璃奈はおずおずとそのコッペパンを受け取って軽く頭を下げる。

 

「………ありがとう」

 

「結構自信作だから食べてみて!」

 

かすみにすすめられ、璃奈はコッペパンを一口かじる。

 

「どう?」

 

「………おいしい」

 

おいしいとはいうものの、全く表情が変わらない璃奈を見てしずくとかすみは顔を見合わせる。

 

「わぁー……エマ先輩から聞いてたけど本当に表情変わらないんだねぇ」

 

「うん…………やっぱり……ダメ……かな」

 

また自分の表情で失敗してしまったと思い、俯く璃奈を見てしずくは璃奈の肩に手を添えた。璃奈が顔を上げるとしずくは優しく微笑んだ。

 

「そんなわけないよ。できるかどうかじゃなく、やりたいかどうかだよ」

 

「大丈夫!かすみんのかわい~い顔を見てればぁ、すぐ一緒に笑顔になれるって!これから頑張っていこー!」

 

初めてそんなことを言われ、璃奈は少し驚いた。考えてみれば璃奈のことをちゃんと理解してくれている味方が近くにいてくれたことなどこれまで一度もなかった。瑠和がしっかり事情を話して璃奈のことを周知してくれているからこそみんなが理解してくれている。

 

璃奈はそれがうれしくもあり、そこまでしてもらわなければ何もできない自分が少し情けなく感じた。

 

一年生の独特なコミュニケーションを見ながら彼方が瑠和に自己紹介した。

 

「ライフデザイン学科三年の近江彼方。よろしくね~」

 

「よろしくお願いします。妹のことも」

 

「妹想いなんだねぇ。彼方ちゃんも妹がいるからよくわかるよぉ」

 

「はい。そういっていただけると、うれしいです」

 

瑠和はちらりと璃奈を見つめる。一年生のノリに振り回され、「アワワワ」となっている。しかし、楽しそうだ。瑠和は小さく微笑んでこれがいいきっかけになればと思いながら同好会の練習を見学した。

 

目標に向かって突き進む同好会の色は素晴らしい。しかし、その間に見える妙な遠慮というか、変な色が気になっていた。

 

「…」

 

それからその日の練習を見ていた二人は、練習を終えたタイミングで部室に戻って同好会メンバーとのお茶会に勤しんでいた。エマの作ったクッキーとかすみのコッペパンに舌鼓を打ちながら今日はどうだったかをエマが聞いてみた。

 

「どうだった?やれそうかな?璃奈ちゃん」

 

「………まだ……わからない。あんまり運動とかしたことなくて…」

 

「これから体力付けていけばいいんだよ~。それより、スクールアイドルはどう?やってみたいって思った?」

 

「よく………わからない」

 

それは当然だった。瑠和はきっかけづくりくらいにしか思ってなかったからあまり深く考えてなかったが、ここはあくまでもスクールアイドルの部活である。しかし、璃奈はスクールアイドルなんて見たこともなかったのでイメージがわかないのだ。スクールアイドルも、スクールアイドルになった自分も。

 

「じゃあ、アレは正解だったね」

 

エマと彼方は顔を見合わせて笑った。

 

「アレ?」

 

「瑠和先輩!りな子!ちょっといいですか~!」

 

そこに練習の片づけを終わらせるといってせつ菜と練習場に残っていたのかすみが現れた。

 

「?」

 

璃奈と瑠和はかすみに連れられ、講堂までやって来る。講堂内は真っ暗でいったい何が起こるのかと思っているとステージにスポットライトが当てられた。スポットライトの先にはステージ衣装を纏った優木せつ菜がいた。

 

「アレは…」

 

「今日は基礎練習しかしませんでしたから………スクールアイドルのイメージだけでもと思いまして」

 

そう言ってせつ菜が目をつぶると同時に音楽が流れはじめた。

 

『走り出した思いは強くするよ……♪』

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

部活見学を終え、二人は帰路についていた。

 

「どうだった?スクールアイドル」

 

瑠和は璃奈にスクールアイドルはどうだったかを聞いてみる。少し急すぎたかと思いながらも一年生同士の会話も楽しんでいたようだったので瑠和は少しだけ今後に期待できた。

 

「………ちょっと、大変そう」

 

「まぁ、そうだよな」

 

聞いた話によると中学時代も部活には入っていなかったらしく体力は一般的な女子高生以下で、人と話すのもやっとの少女がいきなりスクールアイドルを始めるのはあまりにハードルが高い。流石に無理かと思ったが、璃奈は立ち止まって瑠和に向き直る。

 

璃奈の胸には、せつ菜のライブで受けた衝撃と感動が彼女の中に灯をつけていた。

 

「でも、私も、やってみたいって思った」

 

「………璃奈」

 

璃奈はポケットからお守りの石を取り出し、両手でぎゅっと握った。

 

「私には、できること少ないかもしれないけど。みんなと一緒に、活動して、できることを…繋がりを増やしていきたい!」

 

瑠和は驚いていた。あんなに内気で、人との繋がりを恐れていた小動物のような妹が見違えたのだ。夢を語る妹の黄金の瞳には過去に見たどんなときより輝いていた。

 

「…………わかった。俺も全力で応援する。頑張れ!いや、頑張るぞ!璃奈!!」

 

せつ菜のライブで火を付けられていたのは実は瑠和も一緒だった。せつ菜が歌い、大好きを叫ぶ瞬間は、誰よりも素晴らしい色だった。そんな輝きにも似た色を放つ璃奈が見てみたい。それが瑠和の願い、夢だった。

 

翌日には璃奈も同好会に入部し、ともに活動を開始した。瑠和もマネージャ―として入部し同好会の手伝いをする。璃奈に人前に出たりすることの練習に没頭してもらうために雑用などできることはすべて瑠和が請け負った。

 

 

 

―三日後―

 

 

 

「はぁ~~~…」

 

疲れ果てた瑠和は放課後、部活に行く前に校舎裏のベンチで座り込む。流石に璃奈のサポートをしながら雑務も行い、勉強も頑張るというのはなんとも疲れるものだった。特に現状のスクールアイドル同好会は完成したばかりで生徒会に提出する資料等が多い。仕事は自分が変わると言った時せつ菜に感謝されたが少々安易だったかと後悔するが、璃奈のためになるのであればまだまだ頑張れた。

 

今日は確かお披露目ライブをする許可をもらうための資料を生徒会に出しに行く予定だったと思い、カバンを漁る。

 

「………?」

 

鞄に入れておいたはずの封筒がない。瑠和は焦って鞄の中を細かく見てみるが全然ない。

 

「どこかに忘れてきたか?でも確かに入れたはず……」

 

鞄の中を漁っていると誰かに声をかけられた。

 

「あ、いたいた。おーい」

 

「え?」

 

顔を上げると金髪の少女がこちらに駆けてくるのが見えた。そしてその手には生徒会に提出する封筒持たれている。

 

「これ、君が落としたものじゃない?さっきそこに落ちてて…声かけたのにどんどん進んじゃうんだもん」

 

「ああ、ありがとう。俺のだよ。悪いな、少し疲れてて」

 

「そっか………確かに疲れてる顔してるね……あ!」

 

金髪の少女は鞄の中から何か紙を取り出して瑠和に差し出す。

 

「なんだこりゃ」

 

「私の家もんじゃ焼き屋なんだけど、これ割引券。よかったら食べに来て!きっと元気になるから!」

 

太陽のように明るいその少女から瑠和は少しだけ元気をもらった気がした。彼女から見える色もとてもまぶしいものだった。

 

「ああ…………ありがとう」

 

「どういたしまして。それじゃ」

 

パッと見不良っぽく見えたが案外いいやつらしいと思いながら瑠和は生徒会に向かった。

 

生徒会室に入ると、そこには生徒会長一人しかいなかった。瑠和は軽く会釈をしてから生徒会長の机に向かう。

 

「生徒会長。許可証の提出に来ました」

 

「お疲れ様です。普通科二年、天王寺瑠和さんですね。スクールアイドル同好会に関するものでしょうか?」

 

瑠和は一度でも会って自己紹介をしたっけかと疑問に思いながらも資料を菜々に渡す。

 

「ああ、スクールアイドル同好会関係。承認お願いします」

 

瑠和が封筒を渡すと、生徒会長の中川菜々は中身を軽く確認しすぐに承認印を押して封筒をロッカーにしまった。

 

「…はい。確かに。ご苦労様です」

 

「かなり簡易的なんだな」

 

思ったより確認されなかったことに驚いた瑠和が思わず口にする。

 

「え?…あ……あの、せつ菜さんと知り合いで…その………資料については以前からせつ菜さんにお話は聞いてましたから………」

 

「そうか……じゃあ、俺はこれで」

 

「あ、あの!」

 

部活に向かおうとした瑠和を菜々は引き留める。

 

「なんだ?」

 

「あの、スクールアイドル同好会はどうですか?」

 

妙な質問に瑠和は首をかしげる。

 

「………どう…っていうと?」

 

「その、さっきも言いましたがせつ菜さんとは知り合いで………瑠和さんは唯一の男性部員ですし、サポートに徹してる瑠和さんの客観的な意見が欲しいと以前言っていたので………それに、ちゃんと同好会を楽しんでくれているか、不安そうでしたので…」

 

本人が直接口にするには少々憚られる内容だ。友人である彼女が気を使ったのだろうと瑠和は思った。

 

「………そうだな。大変だけど俺は俺で楽しんでいるよ。でも、同好会はどうなんだろうな」

 

「え?」

 

「あんまこれは言わないでほしいんだが、どこか混じり切ってない感じがする。目標は同じなのに、熱意のベクトルは違うっていうのかな………ともかく、少し不安はある…」

 

「そう……ですか」

 

「じゃあ俺は行くから」

 

「…はい、ありがとうございました」

 

瑠和が生徒会室を出てから菜々は一人作業をしながらPCのウィンドウにラブライブの参加サイトを開く。

 

「混じり切ってない………だったら、もっともっと頑張って、私が先導しないと」

 

瑠和は生徒会を出てから部室に向かう。その道中、見覚えのある後姿が見えた。

 

「朝香さん!」

 

「あら。瑠和」

 

ずいぶんと久しぶりな気がした。璃奈が入学する少し前から大体毎朝会っていたのに最近は会えていなかった。

 

「……なんか久しぶりですね」

 

「そうだったかしら?まぁ私もモデルの仕事だのなんだので忙しかったからね」

 

「そうですか………あ、最近新しい料理覚えたんですよ。よかったらまたウチに…」

 

「私なんかに構ってる場合?」

 

瑠和の言葉を遮るように果林が言った。

 

「え?」

 

普段からは感じない冷たい態度に瑠和は驚いた。

 

「エマから聞いてるわ。スクールアイドル同好会?にいるんでしょ?そっちの活動に専念するべきなんじゃない?璃奈ちゃんのためにも」

 

果林の態度は明らかに変だった。瑠和はそれを簡単に見抜いたがこの間と態度が違う理由がよくわからなかった。色もあまり見たことがないものだったのでもしかしたら虫の居所が悪かったのだろうと思ってそれ以上は深く関わらなかった。

 

「そう………ですね。でも、またいつか…」

 

「そうね。またいつか」

 

 

 

―スクールアイドル同好会―

 

 

 

「では今日は振付を考えてきたのでそれの練習をしましょう!!」

 

同好会部室でメンバーが集まるなりせつ菜が叫んだ。しかしそれはまだ早い段階だった。まだ歌う曲も半分しかできていないのにいきなり振付に入るなんて無謀だった。

 

「え?でもそれは歌詞が完成してからって話じゃ…」

 

「いえ、みんなの心を一つにするため、そしてお披露目ライブでの失敗を事前に防ぐことも視野に入れると今から始めるのがベストだと私は思います。なのでやりましょう!」

 

「まぁみんなの心を一つにするのも大切だよねぇ~」

 

「とりあえずやってみましょう!」

 

「そうですかねぇ…」

 

かすみはあまり乗り気でなかったが、周りの賛同もあって振付練習が開始された。それが思いもよらない破滅への道だとも知らずに。

 

 

 

続く



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第四話 Glance compassion

アニガサキさぁ………あんな完璧な演出しておいて誇らしくないの?普通予想できる?毎度毎度いい話作り過ぎなんだよなぁ。終わってほしくない………。
四話です。なかなか展開をゆがめるといろいろなところにほつれが出てきますね………


「熱いとかじゃなくて!かすみんはもっとかわいいのがいいんです!!!」

 

かすみの叫び声が虹ヶ咲学園西棟屋上に響いた。それは必然ともいうべき結果で、瑠和はそうなることをどこかで知っていた気がした。その瞬間生まれた色を瑠和は何度か見たことがある。

 

「かすみちゃん……」

 

だから止めにも入らなかった。いや、入れなかったが正しい。どれほどの決意でそれを伝えたのかは表情を見ればすぐに分かった。

 

かすみにとってもつらい決断だったろう。だけど、伝えなければ苦しいだけだと気づいたのだ。まとまり切れてない空気を感じながらも何も言わなかった瑠和よりもずっと立派だった。

 

「今日はここまでにしておこう。少し熱くなりすぎだ」

 

「………」

 

同好会が解散した後、瑠和は璃奈に一人で帰るように言って自身は生徒会室に向かった。今日のせつ菜は普段に比べてずっと熱が入っていた。理由は何となく察しがついていた。

 

(生徒会長め………なるべく言うなって言ったのに………)

 

「おい生徒会長!!」

 

瑠和が憤りのままに扉を開けるが生徒会室には誰もいない。辺りを確認しながら瑠和は生徒会室に入っていく。

 

「………………留守かよ」

 

生徒会長の机にたどり着く。机の上には生徒名簿が置いてあった。瑠和は何の気もなしに生徒名簿を開くとそこに生徒会の生徒が入ってきた。

 

「あの……何をなさってるんですか?」

 

「ん?ああ…生徒会長に用事があって」

 

「生徒会長ならもう帰られましたよ」

 

「そうか………じゃあ出直すわ」

 

瑠和はとぼとぼと帰路につく。

 

(生徒会長に詰め寄ってどうしようっていうんだ……それで同好会が復活するわけじゃない…………でも…せっかく璃奈がやる気になれたのに………)

 

悪いのは生徒会長ではなく何もできなかった自分だとわかった途端、己が情けなくなり瑠和は帰路の途中、夢の大橋から外れてカスケード広場で一人黄昏た。

 

「はぁ………」

 

「あら?」

 

声がした。横を向くとそこにはスマホを持った果林がいた。言わずもがな迷子だということはすぐにわかったが瑠和は何も言わない。

 

「き、奇遇ね」

 

「……朝香さん…」

 

果林はまた迷子になってることを隠しながらいつもの感じで瑠和に挨拶したが、瑠和の様子が少し変だったことに気づく。

 

「………なにかあった?」

 

「まぁ………少し」

 

「………」

 

果林は少し考えて瑠和のすぐ横に寄りかかる。

 

「また話、聞いてあげましょうか?」

 

あまり瑠和に関わりたくない自分がいるのも事実だったが、目の前の困っている人を無視できないのが果林だった。

 

「聞いてもらったところで……果林さんにどうこうできるものじゃ…」

 

「前にも言ったじゃない。話すだけでも、楽になるものよ」

 

「…………いえ、もう少し自分の力で頑張ってみます」

 

「そう、そういうのも大切ね。なら今は何も言わないわ」

 

一方、璃奈は一人で帰れと言われたものの、どうにも帰る気になれず校舎裏でしゃがみこんでいた。そんな璃奈の近くに白い子猫が現れた。

 

「にゃあ」

 

「………」

 

猫は人懐っこく、璃奈にすり寄ってきた。璃奈はそっと指で子猫を撫でる。子猫と戯れているとそこに誰かがやってきた。

 

「どうしたん?また落とし物?」

 

「え…?」

 

振り返るとそこには金髪の少女が立っていた。先日瑠和が会った少女だ。どうやらピンク色の髪を見て瑠和と勘違いしたらしい。

 

「あれ?違った?ごめんね!知り合いに似てたから」

 

「……」

 

黙っているだけの後輩に少女は驚かせてしまったかなと思いながら璃奈のそばにいる猫を見た。

 

「猫?可愛いね!」

 

璃奈はちらりとリボンの色を確認し、瑠和と同じ二年生のリボンの色に気づく。

 

(上級生……ちょっと怖い…………でも)

 

璃奈は果林のことを思い出す。上級生でも優しい人はいる。そのことを思い出して勇気を持ってみる。

 

「………猫…好きなんですか?」

 

「え?うん!好きだよ」

 

「………撫でる?」

 

璃奈は白い猫を抱きかかえてみると抵抗しなかったのでその猫をそっと金髪の少女に差し出した。

 

「うん!」

 

 

 

―翌日―

 

 

 

翌日の休み時間、瑠和は優木せつ菜を探して自分の教室以外の普通科の教室を訪ねた。

 

「…いないな」

 

璃奈のときと同じようにとりあえず話をしない限り何も進まないんじゃないかと考え、まずはせつ菜を探したのだ。しかし、いくら人数が多いとは言え普通科のエリアを歩いてれば見つかるだろうと思ったが全く見つかる気配はなかった。

 

「こんなに見つからないか?普通…」

 

1、2、3時間目の休み時間を使っても見つからず、昼休みも半分消費したが見つからなかった。参ってしまった瑠和はため息をつきながら屋上でぐったりとする。この後どうしたものかと思いながらちらりと視線を動かすと、芝生で猫と戯れる妹と金髪の少女の姿が見えた。

 

「あれは…」

 

 

 

―正門付近―

 

 

 

正門付近で璃奈と金髪の少女は子猫と戯れていた。

 

「おいしいかい?猫ちゃん……猫ちゃんっていうのも変だねぇ。名前ないの?」

 

「………名前、決めてない」

 

猫に缶詰を与え、二人も雑談しながらお弁当を食べている。その様子を瑠和は植木の影から見ていた。

 

「あれは……どうしてあいつが璃奈と…」

 

「あの子、部活棟のヒーローって呼ばれてる子ね」

 

「ヒーローか…………ん?」

 

なぜ璃奈とこの間の少女が一緒にいるのか、訳が分からずにいたため瑠和はいつの間にか真横に果林がいることに気づかなかった。果林の言葉で瑠和はようやく果林の存在に気づく。

 

「うぉぉぉぉぉあ!朝香さん!?」

 

「うるさいわね………」

 

瑠和の叫び声に果林は微妙な顔をしながら耳をふさぐ。

 

「なんで……いつの間に」

 

「いまさっきすれ違って、声かけたのに無視されて、のぞき見してたから気になっただけよ」

 

「お兄ちゃん?」

 

そこに瑠和の叫び声を聞いた璃奈が様子を見に来た。

 

「どしたんりなりー。あ!この間の!」

 

「……よ、よう」

 

 

 

 

 

 

 

「そっかぁ、りなりーは君の妹だったのかぁ」

 

この間金髪の少女が瑠和と間違えて声をかけたことを話し、本来は瑠和に声をかけるつもりだったことを璃奈は知った。

 

「そう、お兄ちゃん」

 

「私、情報処理学科二年宮下愛!改めてよろしくね!」

 

金髪の少女は瑠和たちに自己紹介をした。瑠和と果林もつられるように自己紹介をする。

 

「………普通科二年、天王寺瑠和」

 

「ライフデザイン学科三年朝香果林よ」

 

四人は自然と一緒に昼食を取る流れとなった。三人はお弁当を出したが、果林はウィダーインゼリー一つだけだった。

 

「朝香さん、それだけですか」

 

「ええ。身体を見られる仕事してるからね。食事制限は気にしてるの」

 

「…………じゃあこれどうぞ」

 

瑠和はお弁当の蓋に肉団子を乗せて果林に差し出す。瑠和の意外な行動に果林は面食らった表情をする。

 

「ウチの飯は璃奈が太らない様にカロリー控えめなんですよ。ほら、璃奈ってあんまり外で遊ぶタイプじゃないですから。これも結構ローカロリーなんですよ」

 

「…………」

 

果林は少し考えてから肉団子を口へ放り込んだ。肉団子を租借し、飲み込んでから果林は笑顔で瑠和の方を向いた。

 

「うん、おいしいわ。相変わらずの腕ね」

 

「ありがとうございます」

 

「ていうかさー。二人ってどんな関係なん?恋人?」

 

「!?」

 

果林は再び口を付けたゼリーを気管に入れてしまい、むせる。

 

「ち、違うわよ!彼とはまぁ………その…話すと長くなるけど、色々あって知り合いなだけ!変なこと言わないで頂戴!!」

 

「いやぁ、学科も学年も違うのにどういう関係なんだろうって思っちゃってさぁ」

 

「それを言うならあなたたちだってそうじゃない。学科は同じみたいだけど」

 

「ん?愛さんたちもたまたま出会っただけだよ。きっかけは「るなりん」だけどね」

 

愛は瑠和の方を見て言う。瑠和はまさか自分のことを呼ばれているとは思わず一瞬驚いたような表情をしながら自分を指さすと愛が軽く頷く。

 

「なんだそのすっとんきょうな名前は」

 

「あだ名だよ。愛さんあだ名で呼ぶの好きなんだ」

 

「へぇ、面白いじゃない。じゃあ私は?」

 

「え~。そうだなぁ………」

 

親しい友人がいない璃奈と瑠和にとってはこんなに賑わう昼休みは初めてだった。それは朝香果林にとっても初めてのことで、瑠和の家に行った日の帰り道と同じ感じがした。楽しいと思う自分と、何かが崩れそうな気がする恐怖。

 

「………そういえば瑠和は優木せつ菜を探してたの?」

 

果林は少し話を真面目な方向に逸らした。

 

「ええ。まだ見つかりませんが」

 

「なに?人探し?だったら生徒会長に聞くと良いんじゃない?」

 

愛が話の全貌は見えていないが提案をした。

 

「生徒会長に?」

 

「ウチの生徒会長、全生徒の顔と名前と学科覚えてるって話だよ」

 

「そうなのか………」

 

ちょうどいいと瑠和は思った。生徒会長にも話があったし、ついでにせつ菜の居場所も知れるのであれば一石二鳥だと考えたのだ。

 

 

 

―放課後―

 

 

 

瑠和は放課後になるとすぐに生徒会長のいる教室に向かった。教室には帰る準備を進めていた生徒会長である中川菜々の姿があった。瑠和は教室に入り、菜々の前に立つ。

 

「よ、生徒会長。ちょっと話があるんだがいいか?」

 

「………瑠和さん」

 

二人は教室から西棟屋上に場所を移動した。

 

「用事は………同好会についてですか?」

 

「ああ。あの事、せつ菜に話したのか?」

 

どこか混じり切っていないことをせつ菜に伝えたのかということは気になっていた。急に練習がハードになり、せつ菜が明らかに焦りを見せていた理由はそれくらいしか考えられなかったからだ。

 

「…………はい。スクールアイドル同好会には必要なことだと思いましたので…………秘密にしておくように言われていたのに…………申し訳ありません」

 

「…まぁ。いずれ訪れることだったんだ。俺が、どうにかすべきだった。それを感じていた俺が」

 

「無理をして、部活が活動停止になったことを謝っておいてほしいと言われました………彼女に代わって謝罪を…」

 

謝ろうとした菜々の動きを瑠和は食い気味に反応して制止させた。

 

「謝罪ならあいつの口から直接聞きたい。生徒会長、教えてくれ。せつ菜の居場所を………」

 

「……彼女の希望でそれは教えられません。ですが彼女は近々転校するそうです………………なので、明日の同じ時間にここに一人で来てください。同好会の皆様には内密にお願いします」

 

「…わかった」

 

 

 

―翌日―

 

 

 

「お待たせしました」

 

約束通り、せつ菜は屋上にやってきた。瑠和も当然一人で来ていた。本当は同好会のメンバーを全員連れてきたかったがせつ菜を責めたいわけではなかったのでとりあえず一人で来た。

 

「話し合いをしたいそうですが…」

 

「ああ。お前の話を聞きたい。これからどうしたいか」

 

瑠和のまっすぐな瞳をせつ菜は見ていられなかった。目を逸らし、手すりに寄りかかる。

 

「………わかりません……もう、自信を無くしてしまいました。私の大好きはただの自分本位なわがままだったのだと………思い知らされました」

 

「…………大好き…?」

 

聞きなれない言葉に瑠和は眉をひそめた。

 

「スクールアイドルの本懐は……自分の大好きを叫ぶことだと私は考えています。私もそうしたかった………ですが一つにまとめようとすればするほど衝突は増えて行って……」

 

「……………そうだな」

 

瑠和はそれを一番感じていた。だからこそ今度は否定をしなかった。また否定すれば同じことの繰り返しになるからだ。

 

「大好きを叫びたかったのに、私の大好きはファンどころか仲間にすら届いてなかったんです………どのみち私はもうすぐ転校します。璃奈さんもいますし、私抜きで5人での再スタートを切ってください………今度はもう衝突しない様に」

 

そう言って笑うせつ菜の表情に、瑠和は嘘の色を感じていた。しかし、あえてそれを口には出さずにはいた。それにそんな小さな嘘を気にするよりも先に伝えるべきことがあったからだ。

 

「…お前の大好きが自分本位の我が儘だったとしても、その大好きは確実に届いている」

 

「え?」

 

「俺も璃奈も、お前の歌に夢をもらったんだ。だから、お前の大好きが届いてないことなんてないんだ。お前が自分の大好きを否定するってことは…俺らの夢、お前からもらった俺らの大好きをお前が否定することになる…それでいいのか?」

 

「………ですけど…だからって…」

 

あえてせつ菜の逃げ道を塞ぐ。言っていることは嘘ではないしここで彼女に逃げ道を与えるのは彼女にためにならないと思っていたからだ。

 

「ですけど!もういいんです!!私はこの学校からいなくなるんです!もう………放っておいてください!!」

 

せつ菜はそう叫んで屋上から走り去ってしまった。

 

「せつ菜!!」

 

 

 

―一週間後―

 

 

 

一週間が経った。この日の瑠和は大慌てで同好会の部室に向かっていた。ようやく部室に到着するも、瑠和の顔は絶望に歪む。部室には同好会のプレートはなくなっていた。

 

「…くそ……どうして」

 

風のうわさでせつ菜が単独のライブを行ったことを聞いた瑠和は放課後、大急ぎで部室までやってきたがこんな結果になるとは思ってなかった。休み時間にそのライブの映像を見たが、瑠和はせつ菜がつらい思いで歌い、大好きを叫べていないのは色を見るまでもなくわかり切っていた。

 

瑠和は落ち込みながら帰路につく。せつ菜は見つからず、かすみとの間を取り持つ方法もわからず、打つ手なしだった。瑠和は夢の大橋のベンチに座り込み、海を見つめて黄昏る。

 

「せつ菜………」

 

「大丈夫?」

 

瑠和の頭上に折り畳み傘が差し出される。

 

「………雨、降ってないですよ」

 

「知ってるわ。でも、あなたの目が、あの日と同じだったから」

 

あの日というのは璃奈の卒業式の日のことだろう。瑠和は軽く笑って果林に事情を話した。

 

「……………打つ手なしなんです。同好会を復活させる手段が。せつ菜の居場所もわからない。かすみちゃんとの間の持たせ方もわからない」

 

「なら、あなたと璃奈ちゃんで同好会を作りなおせばいいんじゃない?幸いエマも彼方もまだやる気があるみたいだし同じ部が二つもあるのは問題だろうけど、廃部したんならもう一度…」

 

「あんな様子のせつ菜放ってなんておけませんよ!それにあんなタイミングで引っ越すなんて…嘘に決まってる………」

 

バカ真面目な性格だなと果林は思った。果林的には少し苦手なくらいまっすぐでおせっかいで、優しい性格だった。小さくため息をついてから果林は瑠和の横に座る。そして、瑠和の目を見た。

 

「…………何か役に立てること、あるかしら」

 

 

 

―翌日―

 

 

 

「お待たせ。勝手だけど持ってきたわ」

 

翌日の放課後、果林は生徒会室から生徒名簿を手に入れてきていた。瑠和は以前生徒会室に入った時に生徒会用の生徒会名簿があったことを思い出し、それを果林にとって来てもらっていた。

 

瑠和自身生徒会長と少し折り合いが悪いと思ってたので果林に頼んだのだ。

 

「この人数をチェックするのは難しいが………やってやるよ」

 

こうなったらやれるだけやってやろうと決意したのだ。二人は食堂に向かい、二人で生徒名簿とのにらめっこを始める。ただひたすら見落としがないように一つの名前を探す。瑠和の行動もあり、普通科二年生の中にはいないことは判明していたが、それでも相当な量だ。

 

「……………こっちにはないわ」

 

「……………こっちもだ」

 

日が落ちたころ、二人は生徒名簿のチェックは終わった。結局その中に優木せつ菜という名前は存在しなかった。

 

「じゃあ優木せつ菜って…………?誰なんだ?」

 

「もう、諦めたら?やるやらないは本人の自由よ」

 

果林の言う通りではある。しかし、それでも瑠和はあきらめきれない理由があった。

 

「…………以前エマさんが、スクールアイドルをやりたいって言ってた時……あのまっすぐな…大好きを叫んでいるときの色が、俺は大好きなんです。スクールアイドルをやってた時のせつ菜の色も一緒です。絶対にやりたくないってのは嘘なんですよ」

 

「でも、かすみちゃんとの仲を取り持つ方法もわからないんでしょう?」

 

「何とかします。例えおせっかいでも、俺のエゴでも………ああなっちゃったのは俺の責任ですから」

 

瑠和はそう言って帰っていった。

 

「………本当に、難儀な性格よねぇ……」

 

(それでも、そんな姿に自然と惹かれてるのも事実なのよねぇ……)

 

 

 

―帰路―

 

 

 

「瑠和さん?」

 

瑠和が帰宅しようと歩いていると、突然背後から声をかけられた。声をかけたのは菜々だった。

 

「生徒会長………」

 

「どうしたんですか?こんな時間に」

 

「そりゃ生徒会長もでしょう」

 

菜々も帰るにはずいぶんと遅い時間だった。

 

「生徒会の仕事です………あなたの妹さん……璃奈さんが猫を追い出したくないとのことで………」

 

猫と言われ、瑠和はこの間愛たちと一緒に昼食を食べた時に一緒にいた白い猫を思い出す。

 

「ああ………あの白いのか。でも、学校で飼うなんて難しいんじゃないか?」

 

「ええ、なので生徒会のお散歩役員として就任することにしました」

 

菜々は鞄から学校へ提出する提案書を取り出し、瑠和に見せた。その提案書にはあらゆる校則や法の穴をついたほぼ屁理屈のような提案書だったが、理屈は通っているし反論も難しい作りになっていた。

 

「これは………これを作るためにこんな時間まで?」

 

「はい」

 

こんな分厚い提案書を作るには相当な苦労をしたのだろうと思い、瑠和は頭を下げた。

 

「………すまない。ありがとう。こんな無茶させちまった妹にはよく言っておく」

 

「気になさらないでください!やるって言ったのは私ですから!」

 

菜々は焦って頭を上げるように言う。

 

「猫なんて追い出すことの方が簡単だったろうに…お前はこっちを選んだ………それは璃奈のためもあるんだろ?」

 

「そうかもしれませんが私、好きなんですよ。生徒会の仕事が。こういうのも含めて。私の行動が誰かのためになれば、それだけで私は嬉しいんです」

 

にっこりと笑った菜々の顔を見て、瑠和は驚愕した。菜々が生徒会の仕事が好きだと言う表情に見える色。それがせつ菜が瑠和たちのために歌った時に見えた色。その二つが良く似ていたのだ。

 

「…」

 

「どうかしましたか?」

 

「ああ………いや」

 

「では私はこれで。あまり遅くならない様にしてくださいね」

 

菜々はそう言って去っていった。瑠和はその場で少し考える。いままで別の人物から同じ色が見えたことはない。似たような色でも人によって感じ方が違うので違う色というのはわかるはずだった。

 

初めての感覚に瑠和は困惑していた。

 

「ん…?」

 

悩みながらふと地面を見ると何かが輝いているのが見えた。

 

「これは…」

 

拾ってみるとそれは三角形の金色の髪留めであり、さっきまでこんなものは落ちていなかった。今の自分の感覚と、この髪留め、瑠和の中で何かが繋がっていく。

 

「まさか…」

 

 

 

 

続く



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第五話 Just initiate

少し遅れながら。
ミア、歌えてよかったな。
彼方の近衛の方の二期のテイストがだいぶ決まってきました。今回はちょっと短めです。


「いらっしゃいませー!」

 

店内に元気な声が響き渡る。油の匂いが充満する店内に入ってきたのは瑠和だった。

 

「あ、るなりん!食べに来てくれたの?」

 

元気ないらっしゃいませを言った店員は宮下愛だった。瑠和は愛と初めて会った時に、愛の家の店の割引券をもらっていたので今日はそこに食べに来ていた。

 

「ああ………宮下、ちょっと話せるか?」

 

「…?」

 

瑠和は二階の部屋に通され、愛と二人きりになった。一緒に食べようと誘われた愛は慣れた手つきでもんじゃを作る。

 

「流石、上手いな」

 

「そりゃ小さいころからやってるからね!はい、出来上がり!おあがりよ!」

 

「サンキュ」

 

愛ももんじゃを食べながら今回わざわざ愛の家までやってきた理由を尋ねた。

 

「今日はどうしたん?なにかあった?」

 

「いや、その…………たくさんの人の意見が欲しいと思ってな…なぁ、お前がもし誰かの…お前が知ってる人間の秘密を知って、それをみんなに話さなきゃならないってなった時、どうする?」

 

「ええ?いや~、難しいなぁ。それはまぁ、状況にもよると思うんだけど………なんかそういう状況になってるの?」

 

「ああ………まだ確証には至らないが。秘密を知ってしまった。いま俺が………いや、俺の仲間がぶつかってる別の悩みを解決するにはその秘密をみんなにバラさなきゃいけない。だけど、誰にでも知られたくない秘密の一つや二つあるだろ?秘密をバラされるのってそんな心地いいことじゃないと思うから…どうするのが正解かわからないんだ」

 

瑠和はせつ菜の正体に気づいていた。だが、優木せつ菜の正体がお堅い生徒会長だと考えた時、なんでそんなことをしていたのかを理解した。おそらくスクールアイドルが好きであり、理由はわからないが生徒会長という肩書が邪魔だったのだ。

 

だから優木せつ菜という皮をかぶって活動をしていたが、かすみと衝突したことで自信を無くしたのだろうと瑠和は考えた。

 

瑠和はこれを同好会に教え、彼女の正体を明かすことが本当に正しいのか自信を無くしてしまった。知られたくないから隠したことなのに誰かに明かされるのは嫌なことだろうっていうのはわかっている。だが、それをバラさなければもう優木せつ菜には会えないだろうということもあり、二律背反の状態にいるのだ。

 

「だから、何も知らない第三者の意見が欲しいって思ってな………」

 

「………」

 

瑠和の悩みを聞いた愛は少し考えてからもんじゃを食べる手を止める。

 

「愛さんはさ、今でこそこんな風に明るく振舞ってるけど、昔は結構引っ込み思案な子だったんだ」

 

「見えねぇな」

 

「うん、でも、愛さんに楽しいこといっぱい教えてくれた人がいたんだ。その人のおかげでいまの愛さんがいる。きっとその人は愛さんの中にあった明るいところをわかってたんだと思うんだ。だから昔の愛さんが怖がったりしても少し強引にでも愛さんのそういうところ引っ張り出してくれたんだと思う」

 

「………」

 

「るなりんが今どんな悩みにぶつかってるのかわからないけど、誰かのために何かをしようとする心は間違ってないと愛さんは思うな」

 

「だが、間違いなく傷つく人間はいるんだ……それをわかってやるなんて…」

 

瑠和はせつ菜を、誰かを傷つけることを躊躇っていた。正しくは誰かと衝突するのが怖いのだ。それは小さいころから人の顔色が見えていた瑠和だからこその恐れだった。人の顔色を見て育った瑠和はいつの間にか他人の機嫌取りばかりをするようになっていた。

 

だから瑠和は衝突を恐れ、同好会に感じていた違和感を口に出せなかったのだ。

 

「るなりんは優しいお兄ちゃんだからね。そういうの躊躇っちゃうのもわかるよ。でも、だれも傷つけないのが正しいとも限らないって愛さんは思う。まぁるなりんがどんな悩みにぶつかってるかっていうのは愛さんわからないから……」

 

愛は瑠和の肩を叩く。

 

「最後に決めるのはるなりんだよ。どんな結果になるかなんてわからないけど。それを恐れてちゃ前には進めないんだから」

 

「………」

 

 

 

―翌日―

 

 

 

「やほ、用事って何?」

 

「よう、高咲」

 

瑠和はある日、クラスメイトの高咲侑を屋上に呼び出していた。

 

「実はお前に頼みがあってさ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あぁわかったよ!俺が悪かったんだろ!?」

 

瑠和の叫びが放課後の教室に響いた。

 

これは一年前の話だ。授業の一貫でグループワークを行った瑠和とその仲間はグループ内で衝突したのだ。理由は方向性の違い的なものだった。グループ内で亀裂が生じ、先が見えづらくなったと瑠和は途方にくれ、屋上で黄昏ていた。そんなときに彼女は現れた。

 

「なにしてるの?」

 

これが高咲侑と瑠和の出会いだった。事情を聞いた侑は瑠和を心配し、グループメンバーに話を聞いてどちらかの意見を正しいとするわけではなくお互いの意見を尊重しながら問題を解決してグループ間の亀裂を元に戻したのだ。

 

「すげぇな、高咲は」

 

「そんな、私は大したことしてないよ。ただみんな感情的になってるところがあったように見えたから、そこを調整しただけ」

 

「…俺も、お前みたいに誰かの助けになれるかな」

 

「え?」

 

「そうやって、誰かのために動けるお前を俺は尊敬するよ」

 

今瑠和が璃奈や同好会のために動くのは侑に感化されてってところがあった。今の同好会の状況は過去の瑠和たちのグループの状況によく似ている。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あの時みたいに、助けてほしいんだ」

 

「あの時って………私は別に何もしてないって」

 

「してくれたから今の俺がいる」

 

「うーん。まぁとりあえず事情だけは聴かせてよ」

 

瑠和は侑にすべて話した。瑠和はあの後さんざん考えたがいい考えが浮かばなかった。しかし、かつて瑠和の悩みを解決した侑であればどうにかしてくれるのではないかと思ったのだ。

 

「そういうわけだったんだ………ん~いいよ。私が話してみても」

 

「本当か!?」

 

瑠和は少し胸をなでおろす。重荷がおりたような感覚と共に、いつか感じた後悔も感じたような気がしたが、瑠和は気づかないふりをした。ともかく今は同好会の復活が優先されたからだ。

 

「でもさ、私が話してみてもいいんだけど、瑠和君は本当にそれでいい?」

 

「え?」

 

「ただの勘なんだけど、今の瑠和君はなんていうか……ただ怖がってるように見えるんだ。それで私を頼ってくれたのは嬉しんだけど、私が解決しちゃったら瑠和君が後悔する………そんな気がするんだ瑠和君がせつ菜ちゃんに伝えたいこと、あるんじゃない?」

 

「………」

 

さっき感じた僅かな後悔の感情。それはかすみとせつ菜が衝突したときに感じたものによく似ていた。自分が言うべきことを最悪の形で誰かが言った。もっと円満にする方法はあったかもしれないのに、衝突を恐れて口に出さなかったからこそ最大の衝突が起きた。言えなかったことへの後悔。

 

「実は私今スクールアイドル同好会にいてさ」

 

「え?」

 

スクールアイドル同好会は廃部になったはずだと瑠和が驚く。

 

「って言ってもかすみちゃんが勝手に始めてる部なんだけど。かすみちゃんも前の同好会のことでちょっと悩んでるみたいだから。きっとそのうち自然と解決できると思うよ。それに、瑠和君の想いは瑠和君に届けてほしいって私は思う」

 

侑は瑠和の背中を軽く押した。

 

「その代わりってわけじゃないけどかすみちゃんのことは任せて。だから、気合入れて行こうよ」

 

「高咲…………」

 

侑はそれだけ伝え、屋上から去って行ってしまった。瑠和はポケットを漁り、昨日拾った髪留めを取り出す。

 

「せつ菜…」

 

瑠和はスマホを取り出し、果林に連絡を取った。

 

「朝香さん。ちょっと頼みがあります」

 

 

 

―潮風公園―

 

 

 

その日の夕方、瑠和はせつ菜のことをいったん果林に任せて潮風公園まで行った。潮風公園の端には侑、歩夢、そしてかすみが待っていた。

 

「瑠和先輩…」

 

「かすみちゃん。一つだけ確認したいことがある。これからの同好会を決める大切な質問だ」

 

「…」

 

 

 

―翌日―

 

 

 

「………」

 

翌日の放課後、放送で呼び出された菜々は西棟屋上まで来ていた。屋上で待っていたのは瑠和だった。

 

「またですか。瑠和さん」

 

「ああ。すっかり騙されてたよ。優木せつ菜」

 

瑠和はそういって髪留めを差し出す。せつ菜の正体にたどり着かれていたことに菜々は特に驚きも見せない。それどころかその言葉だけでこれまでのいきさつを大体把握したようだ。

 

「…………そうですか。最初にたどり着いたのは瑠和さんでしたか」

 

菜々は髪留めを受け取った。

 

「ああ。それで………やっぱり同好会に戻るつもりはないのか」

 

「…………ええ。昨日果林さんや同好会の皆さんにも伝えました。私抜きで同好会を再スタートしてくださいと………」

 

瑠和はその言葉を皮切りに決意を固める。例え迷惑だと思われたとしても、自分のエゴだとしても自分の想いをぶつけようと。

 

「じゃあ優木せつ菜はどうなるんだ?お前が大好きを叫びたかったから優木せつ菜が生まれたんだろ!?」

 

「優木せつ菜はもういません!!………いなくなったんです!」

 

菜々は否定する。しかしその表情に見える色は嘘だった。せつ菜はまだ菜々の胸の中にいるのに必死で存在を否定する。その苦しそうな色が瑠和は大嫌いだった。

 

「いるだろ!ここに!!大好きを叫びたがったお前がまだ!!」

 

「いません!!もう………こんなもの!!!」

 

否定を続けても粘る瑠和に対し、せつ菜は瑠和から受け取った髪留めを柵の向こうに投げ捨てた。それが優木せつ菜との決別だと言わんばかりに。

 

しかし投げ捨てるのとほぼ同時に瑠和は柵から飛び出し、髪留めをキャッチした。

 

「瑠和さん!!!!」

 

しかし柵の向こうはそのまま2階分ほど吹き抜けになっている場所だ。落ちればただでは済まない。とっさに菜々は手を伸ばし、瑠和も菜々の手に捕まった。菜々に両手で支えられ、瑠和は宙ぶらりんになりながらも何とか落ちずに済んだ。

 

「………無……茶をします…っ!」

 

「すまないな。でも、信じてたから」

 

人一人の体重を支えてる菜々は苦しそうに瑠和を説教するも瑠和は反省の色を見せてはいない。瑠和はそのまま何とか這い上がり、元の場所に戻った。菜々も安堵のため息と同時に崩れ落ちる。二人は急な体力の消耗に疲れ果てて座り込んだ。

 

「やれやれ。ほら」

 

瑠和は再び髪留めを菜々に差し出す。妙に入れ込んでくる瑠和に対し、菜々は少し疑問を持った。

 

「………どうしてそんなに私に入れ込むんですか?私がいなくたって………同好会は再開できるじゃないですか…」

 

「………俺がスクールアイドルに入れ込むようになったきっかけは、エマさんだった。エマさんが曇りない心で大好きを言っていた色。それが俺は大好きだった。これは俺の我が儘なんだけどな、俺はみんなが大好きを叫んでいる色がみたい。それはお前も例外じゃない」

 

瑠和の言葉に菜々は一瞬手を伸ばしかけるが、すぐに止まる。

 

「ですが………私がいると……ラブライブに出られないんですよ!?」

 

「お前は、俺や璃奈、そして高咲や上原にも夢を与えてくれたんだ。そんなお前が夢を諦めるなんて間違ってる。俺はそう思う。それに俺や璃奈、高咲も上原も同好会のみんなも、お前に与えられた夢を実現する舞台がラブライブじゃなくてもいいんだよ」

 

「え?」

 

「みんなに聞いたんだ。ラブライブに出たいかどうか。かすみちゃんにも。みんな、ラブライブがすべてじゃないって言ってくれた。だから、無理に出なくてもいいんだよ………ラブライブなんか。みんながそれぞれで自分の大好きを実現させればいい。だけど、そこには優木せつ菜も必要なんだよ」

 

「………いいんですか?私の大好きを叫んでも」

 

「そのための、スクールアイドル同好会だろ」

 

瑠和は菜々の髪を軽く寄せて髪留めで止めてやる。

 

「俺にみせてくれ。お前の大好きを叫んでいる色」

 

「………」

 

菜々の心の中で何かが解き放たれた気がした。菜々は立ちあがり、瑠和に手を差し出した。瑠和はそれに捕まって立ち上がる。

 

「………わかっているんですか?あなたは今、自分が思っている以上にすごいことを言ったんですからね!」

 

菜々は眼鏡を外し、三つ編みをほどいた。

 

「望むところだ」

 

「これは、始まりの歌です!!」

 

 

 

続く



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第六話 Soma speculation

この間大学時代の友人sとちょっといい飯でも食べないかってことで横浜行ってたんですけど偶然先行聖地巡礼成功しちゃってたんすよね。にしてもかすみんもランジュも可愛いラ………。
三年生がしんみりした空気なのはちょっと暗くて、卒業のこと考えちゃって切なくなる………やだやだやだやだ虹ヶ咲終わらないで………俺ぁ何を糧に生きればいいんですか!これ以上何を頑張れっていうんですか!!!

六話です………ここから恋愛関係に触れていきます……。


「お兄ちゃん、はい、クレープ」

 

「おう、ありがとうな」

 

せつ菜の復帰を果たした同好会はようやく再スタートを切った日の翌日。瑠和と璃奈は二人で出かけていた。璃奈が同好会復活の活躍のお礼に何かしたいということでとりあえず二人で出かけていたのだ。そこで瑠和はふとせつ菜に熱弁したことを思い出す。

 

(そういや俺はエマさんのおかげでスクールアイドルを知れたんだよな………あの人の大好きをいう色が好きで……)

 

そう思うと全てのきっかけとなったエマに何かお礼がしたいと瑠和は考えた。瑠和は何かお礼にできるものを探そうと適当にぶらつく。急に普段見ないような店を見始めた瑠和に璃奈が疑問を持つ。

 

「どうしたの?」

 

「ん?あー璃奈はさ、プレゼントされるとしたら何がいい?」

 

「………お兄ちゃんからのプレゼントなら何でもうれしい」

 

「そっかぁ。璃奈はいい子だな」

 

瑠和は思考放棄して璃奈を撫でる。

 

しかしいざプレゼントをしようと思うと何をプレゼントしたらいいの変わらなくなるのも事実だ。エマのことを良く知ってるわけでもないし、瑠和も女性にプレゼントをする経験なぞほとんどない。

 

璃奈にも軽く事情を説明し、一緒にプレゼントを捜索する。

 

「ん~どうするかなぁ」

 

「エマさんへのプレゼントなら食べ物とか」

 

「まぁ安牌だけど、エマさん料理とかも上手だろうし下手なものプレゼントするよりかなんかもっと感謝を伝えられるようなものとか…」

 

「なにか、お悩みですか?」

 

悩む瑠和に優しい声がかけられた。顔を上げるとそこには柔らかい物腰の男性が立っていた。背が高いので年上に見えたが顔を見るに同い年くらいだろうかと瑠和は思う。

 

「まぁ、ちょいとプレゼントにな」

 

「そうですか?女性に?」

 

「ん…まぁな」

 

「申し訳ない。家の手伝いとはいえ花屋っていう職業柄、ついついおせっかいを」

 

エプロンをしている姿から何となく察していたが花屋らしい。確かに近くに個人経営の花屋はあるのでそこの息子だろうかと瑠和は考えた。

 

(名札…………後川……現直?変な名前だし嘘くさい笑顔だ。璃奈といい、果林さんといい、しずくちゃんといい、なんで俺の周りには色が見えにくい人が集まるかねえ)

 

「別に。俺も似たようなもんさ」

 

瑠和は適当に返す。

 

「よかったらいかがですか?お安く致しますよ」

 

「花………ねぇ。同じ部活の先輩へのプレゼントにするだけなんだ。それで花っていうのはちょっと重くないか?」

 

「まさか。そりゃ薔薇の花束なんて持っていけばさすがに引かれるでしょうけど、ちょっとしたところに飾れる花や、花の形のアクセサリーなんかでもいいと思いますよ。花っていうのは色や形、香りが人間の本能に合うんです。だから、こんなに技術が進歩して、いろんな娯楽がある今でもたくさんの人に愛される。いかがです?」

 

そう言って笑顔を見せた青年の色に、嘘がないことが瑠和にはわかった。言ってることは綺麗事かもしれないがそれを嘘の色が見えずにいえるというのは要するにそれが本心ということだ。瑠和は少しだけ花屋の青年に心を開く。

 

「………璃奈はどう思う?」

 

「お花は好き。エマさん綺麗だし、スイスの自然なイメージに似合うと思う」

 

「そうか……まぁちょっとした縁かもしれないしな。売り上げに協力してやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

―虹ヶ咲学園学生寮―

 

 

 

虹ヶ咲学園の学生寮にあるエマの部屋。休日を優雅に過ごしていた彼女の部屋にチャイムが鳴り響く。

 

「はーい」

 

「こんにちは、エマさん」

 

扉を開けるとそこには瑠和がいた。さっきまで一緒にいた璃奈は急用ができたとのことで瑠和だけだった。

 

「瑠和君、どうしたの?急に」

 

「いや、どうということもないんですが………昼食、まだですか?」

 

「え?う、うん。まだだけど」

 

「ちょうどよかった。これから一緒にいかがですか?おごりますよ」

 

「別にいいよ~むしろ同好会のことを考えたら私が…」

 

「いいから、行きましょう。俺がおごりたいんです」

 

少し強引に瑠和はエマの手を引っ張り、外へ連れ出した。エマの性格を考えると彼女が作るだのなんだの言い始めそうだったからだ。瑠和からすればそれではどっちがお礼をする立場なのかわからなくなってしまう。瑠和自身、同好会を復活させたことは自身が勝手にやったことだからだ。

 

そして、エマの手を引いていく姿をたまたま果林が見かけてしまった。

 

「……あれは…エマ?それに…………瑠和」

 

 

 

―ヴィーナスフォート―

 

 

 

瑠和とエマはヴィーナスフォート内のカフェで昼食を取ることにした。

 

「どうしたの?一緒に食べようなんて」

 

「理由がなくちゃだめですか?」

 

「ううん、一緒に食べるご飯おいしいもんね!ん~buono♪」

 

そう言ってエマはおいしそうにサンドイッチを頬張る。デザートにはホットケーキもついているランチプレートをエマも気に入ってくれたようで瑠和は安心した。

 

「理由っていうほどのものじゃないですけど。俺がスクールアイドルを知ったきっかけはエマさんですから。同好会も復活して、璃奈が頑張れる環境もできて、俺も璃奈のそばにいられる。みんなの大好きも見られる………俺にとっては最高の結果です」

 

「大好きを?」

 

言ってる意味が分からないわけではなかったが妙に含みのある言い方をしたのでエマは思わず聞き返した。瑠和はそういえば話してなかったと思い、事情を説明する。

 

「人の顔を見ると、色が見えるんです。共感覚っていうらしいんですけど。エマさん、あなたがスクールアイドルをやりたいって大好きを叫んで笑ってるときに見えてる色が、俺は好きなんです」

 

「そうなんだ~。私にはよくわからないけど、瑠和君の心をポカポカにできてるならよかった」

 

「ええ。だからこそあなたにこれを受け取ってほしい」

 

そう言って瑠和は小さな包みを渡した。

 

「そんな、いいのに~」

 

「受け取ってください」

 

エマは包みを遠慮気味に受け取り、包みを開けると中には白い花の髪飾りが入っていた。

 

「この花………」

 

「着けてみてください」

 

「う、うん………」

 

言われた通りエマは髪飾りを着ける。

 

「ど、どうかな」

 

「思った通りだ。似合ってますよエマさん。素敵です。そうだ、少ないですけどその髪飾りと同じ花も買ったんです部屋に飾ってもらえると嬉しいです」

 

エマは黙ったまま花を受け取り、それをしばらく見つめる。

 

「…………あ、あの!ごめんなさい!わた、私用事思い出して!!!今日はここで!!ごちそうさま!」

 

突如、エマは席を立って瑠和が引き留める間も与えずそのまま去って行ってしまった。

 

「エマさん!?」

 

瑠和もすぐに後を追いかけようとしたが支払いがあったため、すぐには店を出れず会計を終えたころにはエマを見失ってしまっていた。

 

一方、エマはヴィーナスフォートを飛び出し、近場の広場まで駆けてベンチの近くで深呼吸をする。

 

心臓の鼓動が高鳴っているのは走ったせいだけでないのは誰でもない、エマ自身が分かっている。

 

「これって………ひょっとして?でも………本人に聞けないし…」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

休日明けのこの日、果林は虹の大橋を走っていた。理由は簡単で、単に遅刻しそうだったからだ。

 

「エマってばどうして起こしてくれなかったのかしら……」

 

まだ出会ってから数か月程度の関係だがなんだかんだ馬が合ってエマと果林はずいぶんと、少なくとも朝起こしてもらえるくらいには深い仲になっていた。しかし、今朝はエマが部屋に来てくれなかった。すっかりエマに頼りきりになっていた果林は思いっきり寝過ごしたのだ。

 

(……やっぱり…この間のことが何か関係してるのかしら)

 

走っている間に、先日のことを思い出す。果林はあの後こっそり二人を尾行し、同じカフェで柱一本を境に二人の会話に聞き耳を立てていた。

 

(エマはどうしてあの時急に出て行っちゃったのかしら………というか………瑠和は何を渡したのかしら…)

 

そんなことを考えながらようやく正門にたどり着いたところでエマの後姿が見えた。果林は少し笑って後ろから肩を叩いて挨拶をした。

 

「エマ!おは…」

 

果林の声は一瞬止まる。覗き込んだエマの表情が完全に別人に見えたからだ。瞳には光がなく、普段三つ編みに結んである綺麗な赤色の髪は半分しか結ばれておらず、目の下には小さなクマができている。

 

「あ、果林ちゃん。おはよう」

 

エマは果林を視認するといつもの明るい笑顔で挨拶を返した。しかし果林は固まったままだ。

 

「どうしたの?」

 

「いいえ………………髪……乱れてるわよ?」

 

何とかいつも通りの対応を考え、二人で話せる環境を作る。

 

「直してあげるからそこ、座って?」

 

「え?うん、ありがとう」

 

近くのベンチにエマを座らせ、くしでエマの髪を梳いてやる。その時、果林はエマの髪の毛が普段より状態が悪いことに気づいた。

 

「髪の毛、少し痛んでるわよ。どうかした?」

 

「少し………眠れなくて……ずっと考え事してて…」

 

「いったいどうしたの?普段はそんなに考え込むタイプじゃないでしょ?」

 

「……ごめんね……まだ……話せなくて」

 

「…」

 

エマは問題や悩みにぶつかった時、案外それを体当たりで突き破っていく性格だ。そんなエマが体調や見た目に影響するくらい悩むなんて本当に珍しかったのだ。

 

果林は少し考えながらエマの髪を結びなおした。

 

「はい、できたわよ。なにに悩んでるのか知らないけど、みんなの心をポカポカにするんでしょ?だったらそんな暗い顔しないの。わかった?」

 

「…うん」

 

 

 

―昼休み―

 

 

 

昼休みになると果林は情報処理学科を訪ねる。ここに来るまで少し迷子になりつつも苦労をしてまで会いに来た目的の人物はすぐに現れた。

 

「璃奈ちゃん。一緒にお昼でもどう?」

 

「果林さん?」

 

果林は璃奈を誘って中庭に来た。二人はお弁当を広げ、ともに昼食を食べ始める。璃奈のお弁当を覗くとそれは可愛らしい猫のデコ弁であった。

 

「それ、瑠和の手作り弁当?」

 

「うん。いつも作ってくれる。かわいい」

 

「この間料理たべたときも思ったけど、あの子ライフデザイン学科の方が向いてるんじゃないかしら」

 

「私もそう思う」

 

瑠和の話題で軽く盛り上がった後、果林は本題に入っていく。

 

「その瑠和なんだけど………誰かにプレゼントか何か買ってたりしてなかった?」

 

「…一昨日、お花買ってた。わたしだったら何プレゼントされたらうれしいかみたいなことも聞かれたけど……エマさんにって」

 

「花………ね。ちなみに種類とかわかる?」

 

「確か、白い花。エーデルワイスっていう名前の」

 

朝香果林17歳は瞬時に悟る。(面倒くさい奴だこれ)と。

 

エーデルワイスはスイスではプロポーズなどに使われる花であることを果林はエマから聞いていた。瑠和がそれを知っていたかはわからないが少なくともエマは完全に勘違いをしただろうことは確実であろうと果林は考えた。

 

日本に来て初めて出会った虹ヶ咲学園生徒が瑠和であり、寮への道案内をはじめ、夢を応援したりともに食事をしたりとエマと瑠和の距離が近くなるのは自然だった。

 

そんな中でそんなものプレゼントされれば当然深く考えてしまう。

 

「わかったわ。ありがとう」

 

果林は頭に手を当てながらも璃奈にお礼を言った。

 

「どうかしたの?」

 

「…………一応、璃奈ちゃんは知っておいた方がいいでしょうね」

 

小さくため息をつきながらも一応果林は一連のことについて説明した。説明を聞いた璃奈は少し考える。

 

「…………整理すると、お兄ちゃんがエマさんに好意を持ってるかわからないけど、エマさんにプレゼントしたものが告白と判断するには十分だったってこと?」

 

「まぁそうなるわね。それで事実確認しなきゃいけないのは2つ、まず瑠和がエマに好意を持っているのかどうか、そして花の意味を知っててやったのか。前者を確認すれば後者は自ずとわかるでしょうけど、問題はどっちかっていうとエマの方」

 

「場合によってはすごく傷ついちゃう」

 

「そう。ともかく瑠和に確認しないと。それで、それとなく落としどころ見つけられればいいんだけど…」

 

「私も、協力する」

 

いくら善意とはいえ、場合によっては今後の同好会の活動に支障をきたしそうな兄の行動に少し責任を感じたのか璃奈も協力を申し出た。

 

「ええ、ありがとう」

 

ちょうど二人は昼食を食べ終わり、お互い教室に戻ろうとしたときだった。偶然ちらりと視線を移した先に瑠和とエマが同じベンチに座っているのが見えた。

 

そしてベンチに座っている二人は何やら真剣な眼差しで見つめあっている。璃奈と果林は急いで二人の座るベンチの近くの物陰に隠れた。

 

 

 

―瑠和・エマ side―

 

 

 

果林が璃奈を呼びに行っているとき、エマも瑠和の教室を訪ね、一緒に昼食を取っていた。

 

「エマさんが誘ってくるの、珍しいですね」

 

「う、うん。その、この間は急に帰っちゃったから…」

 

「別に気にしないでください。渡したいものは渡せましたし」

 

気にする必要はないと気さくに笑う瑠和に、エマは少し赤面して顔を逸らす。エマはこんな調子じゃいけないと小さく拳を握り、真剣な眼差しで瑠和を見た。

 

「その…それでね、この間の続きなんだけど…………その、あの……瑠和君は…私の…」

 

「瑠和!ちょうどいいところに!!」

 

大切な話が進もうとしたとき、いきなり果林が現れた。

 

「朝香さん、どうかしたんですか?」

 

「ごめんなさい、ちょっと用事が。エマ、瑠和借りていくわね」

 

「え?ちょっ!」

 

そのまま果林は瑠和を引っ張っていこうとする。エマがそれを引き留めようとしたとき、エマの手を璃奈が掴んだ。

 

「エマさん、ちょっと来て」

 

「え?」

 

「お願い」

 

「え~………でも、今は…」

 

そうこうしてるうちに瑠和は連れていかれ、エマは仕方なく璃奈に付き合う。璃奈は先日お散歩委員に任命されたはんぺんが餌の時間なので探すのを手伝ってほしいという適当な理由でエマを連れ出し、その間に果林は瑠和に話を聞くという作戦を二人は一瞬で練り、実行に移した。

 

「なんなんですか朝香さん、俺まだ昼飯が…」

 

少し離れたところにやってきた果林はあまり事態を把握できてなさそうな表情をしている瑠和に小さくため息をつく。

 

「どうしたんですかじゃないわよ。まったく…回りくどいの苦手だから、単刀直入に聞くわ。一昨日、エマに何か花をプレゼントしたみたいだけど、どういうつもりなの?」

 

「どういうつもりも何も、エマさんのおかげでスクールアイドルを知れたんです。そのお礼ですよ」

 

「…」

 

特に嘘をついている様には見えない。ただ人がいいだけに見えた。

 

「私はあなたみたいに嘘を見破ったりは出来ないから聞くけど………本当にそれだけ?」

 

「そりゃまぁ、少し重いかなとは思いましたけど」

 

「…………あなたが渡したエーデルワイスって花。あれスイスではプロポーズのときに使われる花なのよ。日本でいうバラみたいなものね。でも、エマがあなたの行動を本当の告白なんじゃないかって思ってるのよ」

 

「え?」

 

瑠和は困惑した表情を浮かべる。その表情で瑠和がエマに対する特別な気持ちはないものだと果林は断定した。

 

「あなたなんだかんだエマと関わりが深いじゃない?それもあってエマも本気なんじゃないかと思ってるのよ。もし、エマに対して特別な思いがないなら、深く傷つけないうちに」

 

果林は面倒ごとになるのも嫌なのでかなり直接的に言った。だが胸の中でどこかに、こうすればいつも通りの日常が戻ってくる、そんな思いもあった。

 

しかし、瑠和の返答は果林が望むものにはならなかった。

 

「そうですね…でも、俺もエマさんのこと全然好きですし、そうなってもいいかな………なんて」

 

 

ズキン

 

 

「え?」

 

予想外の瑠和の返答と、胸の奥深くで小さく感じた痛みに対する二つの困惑が混ざった声が果林の口から出た。

 

「瑠和……あなた…」

 

「俺に大好きの色を教えてくれたのはエマさんですから。ずっと素敵だと思ってました。きっと、それって好きってことなんだと思います。それに俺は、エマさんの大好きの色が好きなんです。」

 

「…………」

 

「教えてくれてありがとうございます。じゃあ」

 

何か決意を固めた表情で瑠和はエマのところへ戻ろうとした。

 

行ってしまう。今ここで行かせてしまったら、すべてを失ってしまう。そんな予感めいたものが果林の中にはあった。

 

「ま…………待って!!!」

 

 

 

続く



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第七話 Wait impatiently

ニジガクも卒業の話が出てしまいましたね…。でも昨日や明日のことばっかり考えてたら楽しいいまが過ぎちゃうので、いまを楽しみます!こっちもあと2話(予定)です!


「朝香さん?」

 

呼び止めた手はまっすぐと瑠和に差し出されていた。なぜ手が伸び、胸の内の想いを言葉にしてしまったのか、それは果林にもわからない。

 

「…………あなた、本当に今からエマに告白…って言っていいのかわからないけど……するつもり?」

 

「………。まぁ、勘違いをさせてしまった責任がありますから」

 

「なら、このままいかせるわけにはいかないわね。そんな生半可な気持ちでエマの彼氏になろうなんて。私が許さないわ。あの子の隣にいたいならそれにふさわしい男になりなさい?」

 

「……え?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

一方こちらは適当な理由で瑠和と引き離したエマの様子を見ている璃奈。はんぺんがどこに行ったか分からなくなったので探してほしいと頼み、発見してからは餌やりの時間となっていた。

 

「おいしそうに食べるねぇ」

 

「うん。食べる天才」

 

穏やかに言っているエマの表情はどこか浮かないものだった。話を中断され、えらくもやもやしてるからだ。そんなエマを見かねて璃奈は思い切って聞いてみる。

 

「………お兄ちゃんと、何話していたの?」

 

「え?ううん!大した話じゃないの!大丈夫だよ」

 

「でも………エマさん、悲しそうな顔してる」

 

「え……」

 

瑠和の妹だからか、完全に隠していたつもりでも璃奈はエマの表情を見破っていた。

 

「ごめんなさい。私が無理やり連れてきちゃったから」

 

「大丈夫だよ。璃奈ちゃんはいい子だねぇ…………実はね。瑠和君に、告白されたかもしれないの…」

 

「………」

 

「さっきは本当に告白だったのかを確認しようとして……だから、大丈夫」

 

「………お兄ちゃんが、告白してたらどうするつもりだったの?」

 

「それは…」

 

「エマさんは、お兄ちゃんのこと、好きなの?」

 

「…………」

 

エマは小さく頷いた。

 

「日本に来た時、スクールアイドルを始めるんだっていうワクワクもあったけど、やっぱり異国の地で不安もあったの。そんなとき、はじめて声をかけてくれたのが瑠和君だった。故郷では私の夢を笑う人もいた。だけど、瑠和君に私の夢を話したとき、笑顔で…きっとできるよって言ってくれたことがとってもうれしかったんだ」

 

スクールアイドルは有名な部活だが、やはりアイドルという偶像であるせいか一部では否定的な意見があるのもまた事実だ。異国の地で活動することと一部の否定的な意見もあってかエマは僅かながら不安も抱えていた。しかし、瑠和がそれを払拭してくれたのだ。

 

それがきっかけとなり、妹思いな一面や同好会再興など今日までの瑠和の行動がエマを惚れさせるに至ったのだ。

 

エマの想いを聞き、その気持ちを無下にするわけにもいかないと感じた璃奈は少し考える。

 

「………実はお兄ちゃん……少し前に彼女と別れたばっかり。だから、ちょっと気持ちを焦らせちゃったところがあるのかもしれないって私は思う」

 

瑠和が中学時代付き合っていた女性がいることは事実だ。そして別れたばかりで心が安定していなかったからそういう行動をとったのではないかと璃奈は伝えた。

 

ちなみに瑠和が中学時代の彼女と別れたのは卒業と同時だったので無論焦ったわけでも考えが足らなかったわけではないが、ともかく時間を稼ぐには何でもいいから理由を付けたかったのだ。

 

「そうなの?」

 

「だから、返事をするのは少し待った方がいいかも……私からも、お兄ちゃんに話してみるから、少し待ってほしい」

 

「そっか………そうだね。じゃあ少し待ってみるよ」

 

とりあえずすぐに二人が恋仲になったりどちらかが傷つく展開は避けられた。瑠和の方では面倒な事態になっているとも知らず。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「じゃあ、告白するにはまだまだだからとりあえず指導するって言ったの?」

 

両手で顔を覆った果林が小さく頷く。

 

とりあえずエマの気持ちもわかってなかったので、告白させることは防いだ。しかし、軽い気持ちでエマに告白してほしくなかったのは事実だが、それ以上に付き合った経験すらない自分がそんなことを言ってしまったことに後悔していた。

 

いつまでも後悔していてもしょうがないと果林は気持ちを切り替える。

 

「ともかく、エマは瑠和が好きだったのね?」

 

「うん。だからもう付き合ってもいいとは思うけど」

 

「ダメよ。私があんなこと言っちゃったし。何よりあんな軽々しくエマの彼氏になろうなんて神が許しても私が許さないわ。まだ短い付き合いだけどエマと私は親友だもの。軽い気持ちで付き合って傷ついてほしくない。もっと真剣になってもらわないと」

 

「………わかった。私も協力する」

 

「助かるわ。璃奈ちゃん」

 

 

 

 

―放課後―

 

 

 

「やっほー!るなりん!」

 

放課後、エマとはそのまま会わずに昼休みを終えた瑠和は同好会部室に向かおうとしていた。そこに聞き覚えのある元気な声が背後から聞こえてきた。

 

「宮下。どうした?」

 

「今から部活?」

 

「ああ。そうだが?」

 

「じゃあ、愛さんも一緒に連れて行ってよ!!」

 

「なんでだ?」

 

「愛さんもやってみたいんだ!!スクールアイドル!!」

 

「……」

 

大好きを叫ぶ愛のキラキラと輝く瞳は、太陽のようでとてもまぶしかった。瑠和はにっこり笑って愛の願いを承諾した。愛を連れて同好会部室に向かい、部室のドアを開ける。

 

「遅かったわね」

 

「え?」

 

ドアの先には見知った先輩がいた。果林だ。

 

「朝香さん、なんでここに…」

 

「私がお願いした」

 

そこに璃奈が出てきた。モデルの仕事をしている果林であれば少なからず教えられることもあると考え、エマにも頼ませて手伝いに来てもらったという体だが果林の言った瑠和の男としてのレベルアップ作戦の計画実施は次の休みということになり、それまではエマと瑠和を不用意に一緒にさせないことが決まっていた。

 

その監視目的で果林は急遽スクールアイドル同好会の手伝いを行うこととなったのだ。

 

「果林ちゃんに手伝ってもらえてうれしいよ~」

 

「エマと璃奈ちゃんの頼みだもの」

 

「そうだったか………実はもう一人追加メンバーができたんだが…」

 

「やっほー!初めまして!情報処理学科二年!宮下愛だよ!!」

 

愛の急な入部希望に驚くメンバーも多かったが愛は快く受け入れられた。愛はさっそくグループ別に分かれて行われる練習に参加していった。

 

皆が練習している間、瑠和はサポーターとして部屋の掃除や書類作成などの雑務を始める。

 

「はぁ………男として…か」

 

瑠和は果林に言われた男として未熟と言われたことに割とショックを受けていた。何より誤解させてしまったのだから責任を取ろうという考えが甘いこと自体瑠和も少しは感じていた。

 

(………同好会にいる人はみんな好きだ。今日来た宮下だって誰もかれも大好きを叫んでいるからだ………エマさんから始まった俺の大好き……だけど…本当にエマさんのこと……好きなのか?)

 

「瑠和君、いる?」

 

そこに侑が来た。

 

「どうした?」

 

「ちょっと機材運ぶの手伝ってほしくて。お願いしてもいいかな?」

 

「ああ、問題ない」

 

瑠和は侑の頼みを承諾し、これから二年生組が歌の練習をするために必要な機材を二年生組と一緒に運ぶ。どうやらあまり使われないせいで交換が必要だったらしい。そしてその道中、瑠和と二年生組は軽く談笑をしていた。

 

「助かったよ。ありがとう瑠和君」

 

「ああ、まぁマネージャーだしな」

 

「それにしても瑠和君は以前に比べて明るくなったよね」

 

「え?ん~………そうかな?」

 

「そうなんですか?」

 

歩夢が言った言葉は瑠和にとっていまいち実感を持てない言葉だった。以前の瑠和を知らないせつ菜もそれには興味を持った

 

「そうだよ。瑠和君って一年生の時かなり暗い人だな~って思ったもん」

 

「そうだね~。こっちから話しかけても全然反応しなかったし去年一年間笑ってるところなんて見たことなかったもん」

 

「意外です。瑠和さんは昔から明るい方かと思っていました」

 

「じゃあ、るなりんがそんなに明るくなったのって何か理由があるの?」

 

「理由…………」

 

瑠和はこれまでのことを思い出す。瑠和が大きく変わった要因がなんだったのか。スクールアイドルに関わるようになったのはエマが要因ではある。しかし、明るくなったというのは璃奈との関係が修復されてからである。そのきっかけを作ったのは

 

(おせっかい終わり。服着て家に帰りなさい?傘は貸してあげるから)

 

「あ………」

 

大切な存在を忘れていた。スクールアイドルの輝きばかり追っていて、その出会いとかかわりのきっかけをくれた人を。

 

「…どうかした?」

 

「いや、ありがとな上原」

 

「?」

 

歩夢は急に礼を言われたことに疑問を持っていたが瑠和はどこか気が晴れたような表情をしていた。そんな二年生組を、たまたま休憩に出ていた果林が遠くから見ていた。

 

「………」

 

 

 

―週末―

 

 

 

同好会に愛が加わり、同好会のメンバーが8人になった週の終わり、瑠和は果林に呼び出され男としてのグレードを上げることとなった。朝早くにうみかぜ公園に呼ばれ、集合した。そして集まるや否や果林は瑠和を見て微妙な顔をした。

 

「さて、いきなりで申し訳ないけど服装がなってないわね。エマとデートする気で来なさいって言ったわよね?」

 

「あんま服とか興味ないんで…」

 

「それでエマと釣り合う男を名乗るつもり?まずは服を整えに行くわよ」

 

「へーい」

 

瑠和は果林に連れられ、ヴィーナスフォートの2階にやってきた瑠和に似合うコーデを探した。

 

「ん~、なかなかいい服がないわねぇ」

 

「すいませんね、なんか」

 

「良いのよ。誰かの服を決めるためにショッピングするっていうのも悪くないわ。親友のためだもの」

 

そう話す果林の表情からは普段とは少し違う色が見えているのを瑠和は感じていた。同好会や、そこまで親しくない人と話しているときの果林の色は瑠和のいう少し苦手な感じが出ている。しかし、エマと話す時や瑠和たちと一緒にいる時の果林の色は瑠和の好きな色だった。

 

「……」

 

「…?なぁに人の顔をじろじろと」

 

「いえ………そういえば腹減りません?よかったらおごりますよ?」

 

「あら?自分はできるいい男アピールかしら?でも、いい判断だと思うわ」

 

「ありがとうございます」

 

瑠和と果林はヴィーナスフォート内のカフェに入り、昼食を食べることとなった。果林も最近は同好会の活動を手伝っている都合上、良く動いているのであまり食事制限を気にせず食べられた。

 

食後のコーヒーを飲みながら二人は少し話す。

 

「それにしても、なんだかんだずっと朝香さんのお世話になってしまってますよね……本当にありがとうございます」

 

「どうしたの急に?」

 

「本当に感謝したいだけです。璃奈のことから何から何まで。俺はエマさんに出会ってスクールアイドルに興味を持って今を幸せに過ごしてます。それだって、アナタとの出会いがなければ俺はエマさんに会わなかった………あなたと巡り会えたことにも、アナタにも感謝したいんです」

 

果林はその言葉を聞いて少し面食らった表情をしてからクスリと笑いしばらくして顔を伏せ、肩を震わして笑い出した。

 

「な、なんで笑うんですか!?」

 

「ウフフ………ごめんなさい…あなた、ロマンチストって言われたことない?」

 

果林は笑いすぎて溢れてきた涙を拭いながら瑠和に言った。

 

「な………悪かったですねぇ!!………言わなきゃよかった」

 

瑠和は顔を赤くして叫んだ。そんなこんなで二人は昼食を済ませてから新しい服屋に行き、コーデを考える。果林はカフェからここまでの道のりが楽しかったのか、自然と当初の目的を忘れてショッピングを楽しんでしまう。また、その店ではいい服が見つかり果林は瑠和に合わせてみるように言った。数分して瑠和は試着室から出てくる。

 

「あら、似合うじゃない!」

 

「ありがとうございます…これでエマさんに喜んででもらえますかね?」

 

「え…」

 

果林はハッとする。自分は何をして言うんだろうと改めて考えた。瑠和に着せたのは「果林が好きなコーデ」だった。エマのことを忘れていたわけではないが当初の目的はすっかり忘れていたことを思い出させられる。

 

なにより、自分の欲望が多少なりとも出ていたこと、それに果林は驚き、そして少し落ち込んだ。

 

「……朝香さん?」

 

「いえ、やっぱり何か違うわね。違う服にしましょう」

 

瑠和は急に果林の顔色が変わったことに気づいた。

 

「どうしたんですか…?朝香さん」

 

「何でもないわ。とにかく、それはナシ」

 

「俺、なにかやりましたか?」

 

「何でもないわ」

 

「気に障ったんなら…」

 

「何でもないったら!!」

 

瑠和が掴みかかった手を果林ははたいた。瑠和の驚いた顔を見て果林は一瞬申し訳なさそうな顔をしつつそっぽを向いた。

 

「いいから、行くわよ」

 

「…はい」

 

瑠和は少し落ち込み見つつ果林の後をついていった。

 

それからエマが好きそうなコーデも見つかり、デートでの行動のコツや日ごろの行動も教わってその日は解散となった。二人は最後に学校の前に来た。

 

「これで、エマとのことはばっちりね。間違ってもすぐに破綻なんてしない様に。わかった?」

 

「はい……。色々とありがとうございました」

 

「エマのためよ…………あとはきっと告白すれば…じゃあ、お幸せに」

 

果林はどこか後ろ髪惹かれるような思いでその場を去っていった。

 

「……朝香さん…」

 

 

 

続く



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最終回 Wish

最終回。最高でした。ただそれだけ。
元々2話に分ける予定だったのを一話にしました。続きは希望がありましたら書こうと思います。そして、この作品の派生元作品の彼方の近江、続編をまもなく投稿します!


この日、エマは何かおいしいものでも食べようと出かけていた。ここ最近は瑠和のことで頭を悩ませていたりしたので軽くストレスが溜まっていたのだ。璃奈に言われたこともあり、とりあえず瑠和の出方を待っているものの待っているだけというのも難しい話だったのだ。

 

「な………悪かったですねぇ!!」

 

ヴィーナスフォートに響いたその声に偶然買い物に訪れ、カフェの前を通り過ぎようとしていたエマが立ち止まる。エマはちらりと物陰に隠れながらカフェの内部の様子を伺う。

 

「え……瑠和君に、果林ちゃん…?」

 

なぜ、二人が一緒にいるのかエマは理解が追い付かなかった。

 

「なんで………二人が……」

 

エマが動揺している間に二人はカフェを出て歩いて行ってしまう。エマは自然と足が動き二人の後を追って行った。

 

まだ短い付き合いではあるが、エマと果林は親友と呼べる間柄になっていた。初めて会ってから今日までの間、同じ寮暮らしであるエマは果林の世話に、そして親しくなってからは果林がエマの世話になった。持ちつ持たれつの関係かつエマにとっては初めての友人だからかその仲は深くなった。

 

しかし、この瞬間を目撃してしまったエマは親友に裏切られたような気分だった。いったい何のために二人でいるのか、その真実を見抜くために尾行を始める。

 

しばらく経過を観察し、服屋で楽しそうに話す二人を見て、エマは何かに気づく。

 

「…果林ちゃん………瑠和君も…楽しそう」

 

最初は二人が一緒にいることにショックのような、嫉妬のような感情を持ったエマだったが、二人の笑顔を見てその感情は不思議と小さくなった。なぜ最初の気持ちと打って変わったのか、それはわからないが普段見ない二人の笑顔を見ていると何か見えてなかったものが見えてくるように感じた。

 

服屋の後、色々と見て回る二人を最後まで見届けようかと歩いていると、誰かとぶつかった。ぶつかった相手は手に持っていた段ボールを落とし、中身をぶちまけてしまう。

 

「あ、ごめんなさい!」

 

「いえ、こちらこそ不注意でした」

 

エマは慌てて荷物を拾うのを手伝う。段ボールの中身は花を飾るための道具などだった。

 

「………あなた」

 

ぶつかった相手はエマの頭を見て手を止める。

 

「…?」

 

「その髪飾り…」

 

エマはそっと手を頭に伸ばすと先日瑠和にもらった髪飾りに触れる。

 

「あ……もらったんです。大事な人に…」

 

「………先日、僕の店で同じものを買った人がいます。それをプレゼントしたのが僕のところに来た人かは知りませんが。不思議な偶然もあるものですね」

 

それを聞いた瞬間、エマはハッとした。

 

「……その人は、何か言ってました?」

 

「え?ああ、部活の先輩へのお礼だと。エーデルワイスは国によってはプロポーズの意味もあるからやめた方がいいって伝えたんですが、先輩さんのイメージにぴったりだからって聞かなくてですね。ははっ」

 

「…」

 

心の中にあったもやもやした気持ちが晴れていくようだった。日本で恋は盲目というがその通りだとエマは実感していた。エマと瑠和が一緒にいる時と果林と瑠和が一緒にいる時、そこで見せる表情の違いに気づいたのだ。その意味も。

 

あの楽しそうな表情を瑠和は果林と一緒の時にしか見せなかった。

 

果林、瑠和、エマの三人で居ることの多かったエマは勘違いしていたのだ。エマはその楽しそうな表情が好きだった。だが、それは自分に向けられていたわけでないことも、それを向けられる相手の意味も理解した。

 

「そういうことだったのかぁ……」

 

小さくつぶやきエマは天を仰ぐ。

 

「あれ?エマ先輩?」

 

「?」

 

エマに声をかけたのはかすみ、歩夢、侑の三人だった。どうやら三人でお出かけだったらしい。

 

「どうしたんですかこんなところで」

 

「うん、ちょっとね」

 

「あ、エマ先輩も良かったら一緒に行きませんか?タワーパンケーキ!」

 

そういってかすみはパンケーキ店のチラシを取り出した。すると急にエマのおなかが鳴った。考えてみれば瑠和たちの尾行をする前は昼飯を食べようとしていたのにすっかり忘れていたのだ。

 

全てを理解してすっきりしたエマは空腹に今気づいた。

 

「うん、行こうか!」

 

エマはかすみたちと一緒に歩き始める。瑠和と果林の進む方向とは逆方向に。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

瑠和が男を磨いた休日からの週明け、放課後に瑠和はエマを呼び出した。

 

「エマさん、すいません。急に呼び出して」

 

「ううん、気にしないで?どうしたのお話って」

 

「はい…実は………」

 

少し間を開けてから瑠和は覚悟を決めて告白しようとした。いや、形式上は既にやっていることだが、改めて自分の想いを伝えようとしたのだ。

 

「俺は…エマさん、あなたのことが…」

 

「あ、そうだ!瑠和君!ちょっといい!?」

 

「え?」

 

そう言ってエマは瑠和の手を取って引っ張った。

 

「一緒に来てほしいところがあるの!」

 

「えぇ~!?」

 

瑠和はエマに引っ張られるまま様々な場所を回った。正しくは回らされただが、これから恋仲になる相手の願いだったので瑠和は快く受け入れた。色々と回ってから二人が最後に行き着いたのは日本科学未来館だった。

 

巨大な地球のリアルタイムの見た目を表示した展示の前で二人は並ぶ。

 

「そういえばこの間プレゼントしてくれた髪飾り、すっごく気に入ってるんだ。ありがとう♪日ごろのお礼だったんだよね?」

 

「え?」

 

「お花屋さんから瑠和君が買って行ったって聞いたんだ。それならそうって言ってくれればよかったのに~」

 

「…あ…あの、その花にはちゃんと意味が…」

 

予想外のケースで自分の行動がバレてしまったものだと瑠和は焦る。これから告白しようとしていた計画が完全に破綻したからだ。何とか取り繕おうとしたとき、瑠和の唇にエマの指が当てられる。

 

「ダメだよ」

 

「………!?」

 

「自分の気持ちに素直にならないと。今言おうとしてるのは、ほんとのあなたの気持ち?」

 

「………それは」

 

本当にエマが好きなのか?エマはスクールアイドルの良さを教えてもらった人で、璃奈に繋がりを作ってくれた恩人だ。しかし、それはきっと好きとは違う気持ちで、この告白だって勘違いさせてしまった贖罪のようなものだ。

 

それを思うと外的要因が多い流された意見なのでは?瑠和の中に疑問が生まれた。

 

「………俺は」

 

「………前に言ったの、覚えてる?見てくれた人の心をポカポカにできるアイドルになりたいって」

 

「……はい」

 

「でも、私は近くにいてくれた瑠和君の心も温めてあげられてなかった……」

 

エマは今日確認したのだ。この間、果林と瑠和が一緒にいた時の笑顔、それをエマは引き出すことができるかを。結果としてそれが叶うことはなく、エマはそれが意味する事実を何となく察していた。

 

「そんなことないです!エマさんは俺の心をポカポカにしてくれました!あなたの笑顔が………大好きがあったから俺はスクールアイドルのすばらしさに気づけた!」

 

「でも、瑠和君の笑顔は今日一日輝いてなかった」

 

「え…」

 

「瑠和君の笑顔も輝かせられなかった私が誰かの心を変えるなんて無理なのかもしれないけど…………果林ちゃんと一緒の時に、瑠和君の笑顔を久しぶりに見たの!もっと瑠和君に笑ってほしい!!」

 

「……エマさん」

 

「だから、瑠和君のこと………瑠和君の心をもっともっと知りたい!」

 

「……………」

 

瑠和の心の中で様々な思いが巡る。

 

自分の気持ち、自分の責任、思い出。

 

「エマさんのおかげで、スクールアイドルに興味を持って、璃奈を手伝う名目で同好会に入りました。俺は幸せでした………そう思えたのは、あなたのおかげです。エマさん」

 

「瑠和君…」

 

「エマさんが大好きを話しているとき、俺は人が自分の大好きをさらけ出しているときに見える色が好きなんだって初めて知りました。せつ菜も、上原も、かすみちゃんもみんなの大好きを表現している色が大好きなんです。もっともっと見ていたくて………………だけど…………」

 

そこまで言って言葉に詰まる。両手を強く握り、歯を食いしばる。その先の言葉を言うのはエマにとって残酷だと思ったからだ。自分の軽率な行動が招いた結果であることは重々に承知している。だからこそ、その責任は大きく瑠和の肩に重くのしかかった。

 

「瑠和君」

 

身動きが取れなくなった瑠和を、エマは後ろからそっと抱きしめた。

 

「大丈夫。私は大丈夫だから。瑠和君の本当の気持ちを、私に教えて?」

 

ずっとそばにいて自分のことを支えてくれた人がいる。まだ見たことがないのに、その人の大好きの色が見たいと思ったのはいつからだろう。瑠和自身そんなこと初めての経験だった。だから戸惑っていた。自分の気持ちに。

 

「だけど……」

 

「私は瑠和君が幸せじゃない方が嫌だよ。もしさっき伝えようとしてくれた言葉が私のための言葉でも、私はきっと、ごめんなさいって言う」

 

「…」

 

エマのこの言葉が、瑠和に覚悟を決めさせた。いや、ようやく気付いたのだ。瑠和自身は意識せずとも表面に出ていた瑠和の想いに。

 

「ずっと、そばにいてくれた人がいます。不器用なくせに誰より優しくて………俺は、あの人の大好きの色が見たい………」

 

「…………うん♪私も同じ気持ちだよ」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

とある日の早朝。香ばしい香りで果林は自然と目を覚ます。

 

「ふぁ…………」

 

起きた果林は居間に向かう。台所では一人の男性が料理をしていた。

 

「おはよう、果林」

 

「………おはよ。今朝は…なにかしら?」

 

「ああ、今朝はパンケーキ。サラダと目玉焼き、ベーコンにデザートのフルーツも添えてね。もうすぐできるから顔綺麗にしておいで」

 

「ん…」

 

果林が顔を洗い、歯を磨いて居間に戻ると朝食の準備は完了していた。

 

「いつも悪いわね。朝も起こしてもらってばっかりなのに」

 

「果林は二十歳過ぎても一人じゃ起きれないんだからなぁ」

 

「もう、放っておいて」

 

からかわれ、果林は顔を赤くする。

 

「でも、果林がモデルとして大成してるわけだから家事を頑張れるわけだからな」

 

「頑張ってるものね。私もあなたと夢を追えてうれしいわ」

 

「………果林」

 

果林の正面に座っていた人物が席を立ち、テーブル越しに果林の顎に手を添えて顔を近づける。

 

「ちょ………ちょっと…どうしたの急に」

 

「綺麗だよ、果林」

 

「…………瑠和」

 

二人の唇が重なる瞬間、果林は薄暗い部屋の中で目を覚ます。果林はしばらく考えてから大きなため息をつく。そして体を起こしてスマホを見るとまだ朝の四時であることを認識してから片手で頭を抱える。

 

「なに?今の夢」

 

成人した後の自分と瑠和が同棲か結婚かわからないが少なくとも恋仲になって一緒にいる夢。

 

「………」

 

(エマのためよ…………あとはきっと告白すれば…じゃあ、お幸せに)

 

どこか後ろ髪引かれる思いで瑠和と別れたあの日。やはり夢の内容が本当の自分の欲望なのだろうかと思いながら果林は起き出す。

 

「…………あれでよかったのよ…」

 

親友の望みを叶えた。それだけで十分だったはずだ。それだけでいいのだと思いながら果林は登校の準備を進める。昨日はエマの帰りは遅いことを知っていた果林はきっと瑠和が告白しうまく行ったのだろうと考えていた。

 

しばらくしてからエマがいつも通り果林を起こしにやってきた。インターフォンが鳴ったタイミングで果林が部屋から出てくるとエマが驚く。

 

「果林ちゃん!一人で起きれたんだね」

 

「ええ、行きましょ、エマ」

 

この時期には珍しく曇天の空模様のこの日、いつもより少し早い時間に二人は学校に向かって歩いていた。

 

「………顔色、良くなったわね」

 

「え?うん♪最近の悩みがなくなってすっきりしたんだ」

 

そういうエマの表情は本当に健やかなものだった。きっとうまくいったのだろう。そう思って果林は微笑む。

 

「ねぇ果林ちゃん。果林ちゃんはスクールアイドルに興味はないの?」

 

「え?」

 

「よく協力してくれるし、興味あるのかなって思ったんだけど……」

 

果林は驚いていた。エマに誘われたことではない。エマの行動に対して自分の中に沸いて出ている感情にだ。誘われたことへのうれしさでも、驚きでもない。小さな怒りのような感情が果林の中にあったのだ。

 

「まだ………」

 

「え?」

 

「………何でもないわ。考えておくわね」

 

「果林ちゃん?」

 

どことなく果林の雰囲気が変わったことに違和感を覚えながらエマは果林と一緒に学校に向かった。

 

 

 

―昼休み―

 

 

 

どうしても果林の態度が気になっていたことが放っておけなかったエマは昼休みに瑠和と璃奈を呼び出して今朝のことを話す。

 

「果林さんが?」

 

「うん………穏やかな感じだったけど……確かに拒絶された気がするの」

 

「スクールアイドル、嫌いなのかな?」

 

「そういえば前の同好会のとき、朝香さんちょっと俺らのこと避けてたような……」

 

しかし瑠和はすぐにこの間までのことを思い出した。少なくともエマと瑠和が近づかない様に監視名目とはいえ同好会を手伝っていた果林が楽しくなさそうには見えなかった。

 

「……二人はどう思う?」

 

「…」

 

「本人がやりたくないっていうんなら………もう、これ以上は…」

 

「お兄ちゃん……」

 

「どうかしましたか?」

 

そこに優木せつ菜及び中川菜々が現れた。

 

「せつ菜」

 

「申し訳ありません、ここでは菜々と…」

 

「ああ…」

 

瑠和は菜々に何があったかを一通り話した。プロポーズがどうとかは無視し、ともかく朝香果林をどうにかしたいということに焦点を絞っての説明だった。

 

菜々は最初は黙って話していたが、しばらくすると笑いだす。

 

「…なんで笑ってんだ?」

 

「すいません…瑠和さんらしくないなぁと思いまして…」

 

「俺らしく………?」

 

「お忘れですか?私が今も同好会にいるのは、瑠和さんの我が儘のおかげなんです」

 

(俺の我が儘なんだけどな、俺はみんなが大好きを叫んでいる色がみたい。それはお前も例外じゃない)

 

そう瑠和は菜々に伝えた。そのことを瑠和は菜々にいわれて思い出す。考えてみれば璃奈もいま同好会にいるのは半分くらい瑠和の我が儘だ。

 

「だけど、お前のときは、お前が本当にスクールアイドルをやりたいって知ってた……だからあそこまで強気で行けたんだ」

 

「果林さんだって冷たく突き放したことにも理由があると思います。それを確かめてからでもいいんじゃないんですか?」

 

「…」

 

「瑠和さんは、どうしたいんですか?」

 

「俺は…」

 

自分の胸に手を当てる。あの日、エマの言葉の通りに素直になった自分が思うこと。それは、果林の大好きの色が見たいということだった。その思いを聞いたエマがいたから今朝果林をスクールアイドルに誘ったのだ。

 

「これは私の勝手な想像なんですが、瑠和さんのわがままって不思議とその人の本当にやりたいことを引き出す力があると思うんです。まるで、その人の気持ちが見えてるみたいに」

 

「………俺は」

 

「結局私の感性でしかないですが………瑠和さんは瑠和さんらしく行くのが一番だと思います」

 

「………スクールアイドルが嫌いどうかなんてわからないけど…俺は朝香さんが本心をさらけ出してる表情は見たことがない…………たとえおせっかいだとしても、俺はあの人の本心をさらけ出させてあげたい……だって、あの人がスクールアイドルの手伝いをしてるときすごく楽しそうだったんだ!あの色を、もっともっと見たい!出させてあげたい!自分の心に嘘をつくのってすごく難しいことだから…」

 

「それでいいんですよ。瑠和さん」

 

瑠和の決断に菜々は微笑んだ。

 

「朝香さんのところに行ってくる!」

 

「私も!」

 

エマと瑠和はもうすぐ昼休みも終わるというのに走って行ってしまった。その場に菜々と璃奈がとり残される。

 

「決めたらまっすぐな方ですね本当に」

 

「うん。お兄ちゃんのいいところ」

 

「璃奈さんはいかれないんですか?」

 

いっしょに行かなかった璃奈を見て菜々は珍しそうな表情をする。初めて同好会に来た時からずっと瑠和のそばをついて回っているイメージだった菜々にとっては一緒にいないことが少し珍しかったのだ。

 

「私、表情を出すの苦手だから。一緒にいると果林さんに嫌な思いさせちゃうかもしれない」

 

「そんなことはないと思いますが………」

 

「でも、あり得るかもしれないから」

 

璃奈はそう言い残して璃奈はその場から離れて行った。ずっと同じことで失敗してきた璃奈にとって大切な兄の邪魔にならないことが一番の役目だと思いながら。しかしそうは思いながらも自分に尽くしてくれた兄に恩返ししたい気持ちもある。

 

そんなことを思いながらたどり着いたのは学校の正門横のちょっとしたスペースだった。璃奈は薄暗いベンチの上に誰かが横たわっているのを見つける。

 

「…あ」

 

そこにはたまたま昼寝をしていた彼方がいた。

 

「おやぁ?璃奈ちゃ~ん。璃奈ちゃんもお昼寝かい?」

 

彼方に聞かれ、璃奈は首を横に振る。寝起きの彼方は若干ながら璃奈の表情が暗い気がした。

 

璃奈は先客がいたことで別の場所に移動しようと振り返ったところで、彼方が後ろから抱き着いてくる。

 

「暗い顔してるのだ~れだ」

 

「…………別に、してない」

 

「そうかなぁ?いつもより元気がない気がするけど。彼方ちゃんでよければ相談乗るよぉ?」

 

「………」

 

最初は乗り気ではなかったものの、璃奈は彼方に少し相談する。兄の役に立ちたいが、自分の悪いところが気になって動けずにいることを。

 

「ふ~ん、彼方ちゃんはあんまり気にしないけどなぁ。同好会のみんなだってそうじゃない?」

 

「でも、大事な話だから………」

 

「難儀な悩みだねぇ………そういえばね、彼方ちゃんお家ではあんまりお昼寝しないんだけど、たまにすることがあるんだ。どんなときかわかる?」

 

「どんな時?」

 

「彼方ちゃんの大事な大事な妹の遥ちゃんが元気ないなぁって思うとき。それで、彼方ちゃんがわざと寝息を大きくしてお昼寝してるとね、遥ちゃんが悩みを話してくれたりしてくれるんだ。悩みを話されても彼方ちゃんがどうにかできることは少ないけど、話すことで軽くなったりするし……」

 

彼方は枕を持ち上げて璃奈の顔の前に持ってくる。

 

「わっ」

 

「表情が気になるんなら、こうやって隠せば誰かの悩みを聞いてあげることくらいはできるんじゃない?そうすればお昼寝してる彼方ちゃんに遥ちゃんが相談してくれるみたいに、話しやすいと思うけどな」

 

「……」

 

璃奈の目から鱗が落ちる。いままで考えたこともない手法だったからだ。璃奈は急に立ち上がり、走り出した。

 

「彼方さん、ありがとう!」

 

「どういたしまして~………さてさて、まだ時間もあるしもう少しスヤピしますかね」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

一方、こちらは走って果林を探しに来た瑠和とエマだが、目的の果林が廊下を歩いているところを発見した。

 

「朝香さん!!」

 

「果林ちゃん!」

 

「アナタたち………何か用?」

 

走ってきたものの話す内容は決まっていない。しかし、やることはきまっていた。

 

「朝香さん、一緒にスクールアイドルやりましょう!」

 

「………………私、そういう騒がしいの苦手なの」

 

普段よりも冷たい対応に瑠和は少し怖気ずく。それだけではない、果林の表情の中に見える小さな嫌悪感のようなものを感じ取ったのだ。

 

「朝香さん…」

 

「果林ちゃん、とっても楽しそうだったよね?それに、スクールアイドルの雑誌買ってたの私知ってるよ?もし興味があったなら…」

 

「アレはエマのためになると思っただけ」

 

「だけど…」

 

瑠和の気持ちを知ったエマは少し強引にでも果林の本当の気持ちを引き出そうとした。普段であればそれでも良かったのだが今回だけはそうもいかなかった。

 

「いい加減にして!!!!」

 

エマの言葉を遮るように果林の怒号が廊下に響き渡る。唐突な激昂に二人とも困惑する。

 

「果林ちゃん…?」

 

「瑠和を手に入れたのに…………まだ足りないの!?そうやってスクールアイドルに誘うのは情けのつもり!?幸せなんだからそれでいいじゃない!!これ以上………私をみじめにさせないでよ!!」

 

「朝香さん俺たちは…」

 

「もう放っておいて!!!」

 

果林は走って行ってしまった。二人はすぐに追いかけようとしたが昼休みの予鈴がなってしまいそれ以上は追いかけられなかった。

 

「朝香さん………」

 

 

 

―放課後―

 

 

 

果林が帰りの準備をしてさっさと教室を出た時、廊下の先に小さなピンク色のなにかが見えたことに気づく。

 

「………?」

 

果林が立ち止まると、小さいピンク色は物陰から果林の様子を伺っていた。どうやら璃奈のようだと正体に気づくと果林は璃奈を無視して立ち去ろうとした。

 

「ま、待って…」

 

「なに?」

 

「果林さんと、お話ししたい」

 

「悪いけどスクールアイドル関係なら私はパス」

 

「違う、ただ、お話ししたいだけ…」

 

「…」

 

果林は璃奈が瑠和の差しがねではないかと訝しむ。しかし、瑠和の性格を考えると自分以外の人間を差し出すとはすこし考えにくかった。

 

「ダメ………なら…」

 

小動物のように縮こまる璃奈を見て果林はすこし微笑む。かわいい璃奈を見たことですこし気が紛れたのだ。

 

「いいわよ。すこしだけなら」

 

「本当?」

 

二人は校舎裏に移動し、飲み物を買ってベンチに座った。

 

「それで?話って?」

 

「待って…」

 

璃奈は鞄を漁り、そこからリングノートを取り出す。そしてペラペラとページをめくり、顔が書いてあるページを顔の前に持ってくる。

 

「なぁにそれ?」

 

「私、表情を表に出すの苦手だから。勘違いさせないように表情を書いてみた。名付けて璃奈ちゃんボード」

 

「面白いこと考えるのね」

 

果林はくすくすと笑いながら璃奈の頭を撫でる。

 

「果林さん、ちょっと元気がなさそう。心配だから声をかけた」

 

「あら……そんなに顔に出てたかしら?」

 

「私じゃなにもできないかもしれないけど、話を聞くくらいはできると思うから…」

 

璃奈の健気な思いに癒されながら果林は自然と本音を溢し始めた。

 

「…………恥ずかしい話なんだけどね。エマに、嫉妬しちゃったの」

 

「嫉妬?」

 

「エマって素直で芯のあるまっすぐな性格で、それが眩しくて、私には眩しすぎて…。エマだって留学してきて大変なはずなのに世話焼きでいつも自分より他人。私は自分のことで精一杯なのに。そんななんでもできて、なんでも手に入れるエマが………羨ましかった」

 

「…」

 

「エマがスクールアイドルに誘ってくれたとき、嬉しかった。だけど、見栄はって欲しいものすら手に入れられなかった自分と、素直な心ですべてを手にいれたあの子。二人が並んだ姿を想像したら………私が惨めで仕方なかった…。そうしたら急にエマが憎く思えた。なんにも手に入れられなかった私を憐れんでる見たいに見えたから…。ええ、わかってる。あの子はそんな人間じゃない。わかってるけど…」

 

わかってるからこそ、天然とも言える行動が果林の逆鱗に触れてしまったのだろう。そんな果林の思いを、璃奈はなんとなく理解できた。

 

「なんとなく、わかるかも」

 

「え?」

 

「私も、表情を表に出すのが苦手でずっと勘違いされてきたから。だから、そう思っちゃうのもわからなくない。璃奈ちゃんボード「うんうん」」 

 

璃奈はボードを切り替えてうんうんと頷く。その行動が暗い話題になった空気をすこし和ませた。しかし、果林の表情は暗いままだ。

 

「ありがとうね。それで、それを直接言っちゃったの。だから、悪いのは全部私。あなたのお兄ちゃんも、エマも悪くない。わざわざ相談に乗らなくても大丈夫よ」

 

「果林さんは…悪くない。自分の心に正直なだけだと思う」

 

「え?」

 

「そうやって自分の心を正直に伝えられるのってすごいと思う。私にはできないから」

 

果林の胸がすこし痛んだ。理由はわからない。だが、胸が痛んだと言うことは、璃奈の言葉のなかになにかしら後ろめたいことがあったからだ。

 

「………それで関係が悪くなってるなら誉められたものじゃないわ」

 

「悪くなったの?」

 

「え?」

 

「お兄ちゃんも、私も、エマさんもきっと、果林さんのことよくわかってるからわかってくれると思う」

 

「…………そうかしら」 

 

璃奈は再びボードをめくる。

 

「私は果林さんのこと好きだよ。璃奈ちゃんボード「にっこりん」……それに、それはみんな一緒だと思うから」

 

果林は璃奈の顔をちらりと見る。正しくは璃奈を通して璃奈によく似た人物を見ていた。兄妹だからか、誰かのためになにかをしようとする行動はよく似ている。

 

「私も、果林さんと一緒にスクールアイドルをやりたい。だから、できることがあったら言って欲しい。もし果林さんが本当に嫌だったら…無理にとはいわないけど……」

 

「…」

 

(私は…あそこへいけない……)

 

果林はそっと璃奈を抱き締めた。

 

「相談に乗ってくれてありがとう。すこし気分も晴れたわ。少しだけ考えておくわね」

 

果林は璃奈に礼を言った。璃奈は瑠和のように他人の表情から感情を読み取るようなことはできない。しかし、それでもこの果林の言葉は本心ではないことはわかった。

 

(違う、これは果林さんの本心じゃない……)

 

「じゃあね」

 

「あ…」

 

立ち去ろうとする果林に璃奈は手を伸ばしたがその手は途中でとまってしまう。自分ではこれ以上果林のためにできることがない。それに気づいてしまったからだ。すこしは励ますことくらいはできただろうが根本的な解決にはならなかったのだ。

 

「璃奈」

 

一人で座っているとそこに瑠和が現れた。

 

「どうしたんだこんなとこで」

 

「…」

 

璃奈は事情を話す。果林のためになにかできないか色々試行錯誤したがうまくいかなかったこと。

 

事情を話終えた璃奈の顔はいつも通り無表情だったが暗くなっていることはすぐにわかった。

 

「…ごめんなさい。お兄ちゃん。結局役にたてなかった」

 

「…」

 

瑠和は璃奈のボードを手に取り、璃奈の顔の前に持ってきた。

 

「そんな顔するな。俺は人と話すことも難しかった璃奈がここまでしてくれたこと、それがすっごく嬉しいんだ。朝香さんが素直に話せたのは、きっと璃奈のお陰だ」

 

瑠和は璃奈にボードを渡して頭を撫でる。

 

「あとは兄ちゃんにまかせろ」

 

「ありがとう……お願い。璃奈ちゃんボード「ファイト!」」

 

瑠和は笑って果林が去っていった後を追った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

璃奈と別れた果林は一人帰路についていた。璃奈の気持ちもエマの気持ちも瑠和の気持ちも全部わかった。わかった上でスクールアイドル同好会にいく気にはなれなかった。

 

むしろ嫌っていてほしかった。そうすれば全部楽になれた。思えばあの日、瑠和との出会いがすべての始まりだった。あの日、あのとき、瑠和と出会わなければ。瑠和の家に招待され、璃奈と仲良くなり、朝早く起きてエマと出会うことも、スクールアイドルを知ることも、こんな気持ちを知ることもなかったはずなのだ。

 

そんなことを思っていると、果林の頬に冷たいものが当たる。見上げてみるといつの間にか曇天だった空はさらに暗くなり、雨が降ってきていた。まるでいまの果林の心情を表すように。

 

「雨…」

 

近くに雨宿りできそうな場所はあるが、いまはとにかく一人になりたかった。突然の雨で自然と人がいなくなり、果林は雨の中一人歩いて帰ろうとする。

 

夢の大橋を歩いていると。背後から走ってくる足音が聞こえた。

 

雨に慌てた見知らぬ人かと思ったが、その足音は果林の後ろで減速した。

 

「朝香さん!」

 

「…」

 

振り向くとそこには息を切らした瑠和がいた。傘を指してない瑠和は果林と同じようにびしょびしょだった。果林は瑠和をちらりと見てまたすぐに歩きだす。

 

「待ってください!朝香さん!」

 

「なんで…来たの?放っておいてって、言ったと思うけど」

 

「ごめんなさい。放っておけなくて」

 

「そういうの、余計なお世話っていうの。あなた自分が人を助けてるっていう事実に自惚れてるんじゃないの?」

 

果林に厳しめな言葉を貰い、瑠和は一瞬怖じ気づくがもう瑠和は下がらない。エマに、せつ菜に、璃奈に背中を押された。だからできるところまで開き直る。

 

「ええ。そうですよ。自惚れてます。余計なお世話だってのもわかってます。だけどそれ以上に、俺は…」

 

「もう私のことは忘れて?あなたは璃奈ちゃんやエマの隣にいればいいのよ…」

 

「俺は!」

 

瑠和は駆け出し、果林の肩を掴んで自分の方に向かせた。

 

「朝香さんの大好きが見たいんだ!」

 

「……………………………………………………え?」

 

果林の耳にもう、雨の音は届いていなかった。人生で言われて嬉しい言葉はたくさんあるだろう。しかし、果林がこれほどまで嬉しいと感じた言葉も早々ない。一番誉められ、認められたい相手に嬉しい言葉を言われたのだ。

 

だが表面上だけの誉め言葉など言われ慣れた果林はすぐに冷静さを取り戻す。

 

「やめてよ…そんなこと」

 

「俺は本気です。朝香さん、俺は今エマさんとは付き合ってません」

 

果林は目を大きく見開いた。

 

「え………………どういう…こと?」

 

「エマさんやみんなが気づかせてくれたんです。俺の本当の思いを。だから、一緒に来てください。朝香さん………」

 

瑠和の真剣な眼差しに果林はすこし顔を赤くする。しかし、すぐに瑠和の手を振りほどき、離れた。

 

「無理よ……」

 

「…どうして」

 

「私にはできない……エマとあなたのために、スクールアイドル同好会の手伝いをして…楽しかった。下らないと思っていままで遠ざけてきたものが、全部…全部」

 

「…」

 

「エマに誘われて嬉しかった。だけど、そんなのは朝香果林はそんなキャラじゃない。いつもクールでかっこつけて大人ぶって………それをいまさら」

 

「それは本当のあなたじゃない!俺は知ってる!面倒見がよくて、かわいいものが好きで、子供っぽい一面もある……それが本当のあなただ!」

 

「だから…難しいのよ。あなたや同好会の前にいると朝香果林のキャラが崩れていく…怖いの……いままで積み上げてきたものが壊れていくみたいで……」

 

「…決めるのはその朝香さんを見た。周りのみんなです。いつか、そんな風に言ってくれたじゃないですか」

 

ほんのすこし、沈黙が流れる。雨の音が二人の会話をかき消してくれている気がした。覚悟を決め、果林は瑠和に向き直る。

 

「あなたは、どっちの私がいい?」

 

「…」

 

「クールでかっこつけてる私と、あなたが思う、本当の私」

 

「どんな果林さんでも、笑顔でいられればそれで一番だと思います。だけど、俺は俺と一緒にいるときの朝香さんが、一番好きです」

 

「じゃあ、本当の私の気持ちを…聞いてくれる?」

 

「え?」

 

果林は急に駆け出し、橋の中心で振り返った。

 

その瞬間、瑠和には世界の色が変わったように見えた。雨は空中で止まり、果林が美しい衣装を纏っている。そう見えていた。

 

「今日もまた…飛び交う話のなか、ほらなんだか取り残されて…。気持ちに身を任せた素直な笑顔がどこか遠くて…♪」

 

それは、果林の素直な気持ちだった。それを歌に乗せ、果林は歌う。そんな音はしないはずなのに、音楽は雨音よりも大きく瑠和の耳に届く。

 

「いつからなんだろう…理想の姿に届きそうなのにあなたの願いが一番でいい…………そんな筈なのに…どうして……♪」

 

果林は切ない表情で瑠和に手を伸ばした。

 

「大切な…っ!あなたの胸に飛び込めない…無邪気に甘えられたなら…本当の私弱い私をその手で抱き締めてよ壊れるほど……♪」

 

声が響き渡る。瑠和はその歌声に、自然と涙を流していた。感動なんて言葉じゃ表せない感情が溢れ、涙と言う形となったのだ。

 

「今誰よりも、かけがえないけど…この場から抜け出すの…すこしだけ私の話を聞いて届くかな小さな望みを…♪」

 

そんな瑠和の前まで果林は近づく。

 

「私の本当の気持ち、聞いてくれてありがとう…こんな私でも…受け止めてくれる……?」

 

果林の言葉に瑠和は果林の手をとって小さく頷いた。

 

「あなたの胸に飛び込めない…無邪気に甘えられたなら…本当の私弱い私をその手で抱き締めてよ……隠れてた、本当の私…弱い私をただ愛してほしいの…壊れるほど……♪」

 

歌い終わった果林は遠慮ぎみな瞳で瑠和を見つめた。何を求めているかなんて瑠和は色を見るまでもなくわかっていた。

 

瑠和は思いっきり果林を抱き締めた。しばらく全力で抱き締めたあと、すこしだけ離れる。

 

「…あなたを愛してます朝香さん…いや、果林」

 

「いきなり名前呼び?」

 

「嫌ですか?」

 

「ううん、私も愛してる」

 

気づけば雨は上がり、雲の隙間から日の光が差し込んだ。差し込んだ光に包まれながら、二人は唇を交わす。

 

ようやく正直に慣れた二人の、新たな日々の始まりだった。

 

 

 

fin



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EX エピソード

この度!絵描きを初めて僕ラブに参加します!当選すれば冬のコミケにも!試しにまずは書き下ろしストーリーつきでこのAnother days -case of Karin-を書籍にしてみます!宣伝を兼ねて書き下ろしストーリーの冒頭のみこちらに掲載します!
ラブ20にてお待ちしております!なにとぞ


朝、目覚ましの音と共に果林は目を覚ます。こんなに果林が早く起きれるのは、かつての果林を知っている人間からすれば驚くべき進化だろう。

 

「ふぁ…」

 

眠たい目を擦りながら果林はベッドから降り、顔を洗う。

 

そして、エプロンをつけて台所へ立つ。朝香果林の実態を知っている人間からしたら異様な光景に見えるだろう。

 

果林は朝起きることも、料理を作ることも苦手なのだ。

 

「…よしっ!」

 

 

ー十数分後ー

 

 

「…」

 

しばらくして台所に置かれたお弁当箱には、無惨な姿の食材たちが盛り付けられていた。

 

おにぎりの形は悪く、卵焼きにしようとしたスクランブルエッグと形の悪い野菜炒めのようななにかだ。その出来映えをみて、果林は大きくため息をつく。

 

「…いただきます」

 

そしてそれを朝食代わりに食べはじめた。野菜炒めを口に運ぶとゴリッといういやな音としょっぱい味わいが口に広がる。

 

「………不味」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「おはよう!果林」

 

「おはよう」

 

学校にいこうと通学路を進んでいると、前方に瑠和と璃奈が見えた。以前からそうであったが、朝はこの三人で登校をしている。

 

「今日も果林のお弁当作ってきたから!一緒に食べよう!」

 

瑠和は笑顔で弁当を差し出す。

 

「…ええ、そうね」

 

果林はそれを受け取り、笑顔を見せた。いつも通りの日常だが、少しだけ以前と違うところがあるそれは瑠和と果林が恋仲になったということだ。

 

以前より幸せそうな瑠和を見て、璃奈も自然と笑みがこぼれそうになる。

 

だが、ふと隣にいる果林の表情を見たとき、璃奈は果林にどこか暗い表情を見た。

 

「………?」

 

 

 

―ライフデザイン学科 三年生教室―

 

 

 

「~♪」

 

休み時間でにぎわうライフデザイン学科の教室。そこには次の時間の準備をする近江彼方がいた。いつも通りの休み時間だったが、どこからか視線を感じることに気づく。

 

「ん~?」

 

教室の入り口を見てみると、そこには果林がいた。

 

「果林ちゃん?」

 

彼方が視線に気づいて顔をあげると、果林は焦った様子でこそこそと教室から去っていった。

 

「…」

 

 

 

ー昼休みー

 

 

 

「さてさて~」

 

彼方は昼食を取ろうと中庭までやってきていた。食事を取ったらお昼寝タイムに入るための中庭だ。

 

お弁当箱を開け、手を会わせたところで彼方は再び視線に気づく。

 

「ん?」

 

視線を感じた方を見ると、そこにはまた果林がいた。

 

果林は彼方と目が合うとまた慌てて隠れた。果林は少し考えてから大きくため息をつき、そのままその場を去ろうとする。

 

「どうしたの?」

 

「きゃあ!か、彼方!」

 

「さっきから視線がチラチラしてくるから気になってきちゃったよ~」

 

「なんでもないわよ…」

 

果林が顔を反らして立ち去ろうとしたとき、彼方は果林の手を掴む。

 

「このおてての絆創膏はなにかな~」

 

「ちょっ!」

 

 

続きは僕ラブで…



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