イナズマイレブン ノヴァ (麻婆麺)
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プロローグ

ss初書きです
拙い文ですが温かい目で読んであげてください


とある小さな島の船着き場で一人の幼い男の子が友人たちに見送られていた

「…ホントに行っちゃうんだな、ジェラール」

「うん。ごめん、武蔵、長門、大和…。もう一緒にサッカーできない。」

ジェラールと呼ばれた少年は泣きながら友人たちに謝っていた。

 

「しょうがないよ。それに、きっとまた会えるよ。約束しただろ、ジジイになるまでサッカー続けるって…。」

そっと手を握る武蔵

「なんなら、毎年お金貯めて会いに行くよ。えっと…「ふあんす」だっけ?長門知ってるよ。こんっな長いパンの所。昨日テレビで見たもん。テレビの人は飛行機でひとっ飛びで行ってたよ。」

両手を手を広げ、励ますように笑う長門

「「ぐあんす」に行っでも、元気でねッ…。おでがみ、毎日がぐがらッ!」

泣きすぎて呂律が滅茶苦茶な大和

「泣くなよぉ、最後は笑って「さよなら」って言うって…やく、そ…くじただろ」

大和につられて武蔵が、3人につられて長門までもが泣きわめいてしまう。

 

ギャン泣き状態の子供たちを見て周りの大人たちがオロオロする中、4人を優しく抱き寄せる少女がいた。

「ほらほら、みんな落ち着きなさい。クリストフさんが困っちゃうでしょ。それに、武蔵と大和は男の子なんだから、泣いてばかりじゃ強くなれないぞ~。」

「泣いてないもん!汗だもん!…榛姉は寂しくないの?」

「ううん。すっごく寂しい。でもね、それ以上に信じているわ。「きっとまた会える」ってね。

みんな、こんなにも仲良しなんだからまた一緒にサッカーできるよ!

だから、今は少しだけ我慢しよ?」

 

ジェラールが3人に向って小指を突き出す

「指切り、しよ。約束、「またみんなでサッカーしよう」」

「「「…うん!」」」

 

 

 

 

海の向こうにだって、思いは届く。

強く願えば、希望は叶う。

だから、サッカーさえ続けていればまたアイツに会える。

そう、信じていた。

信じて、いたのに…。

 

 

 

空の向こうには、思いはきっと届かない。

どんなに強く願っても、自然の理は覆せない。

サッカーを続けて、またアイツ(ジェラール)と出会えたとしても…。

そこにアイツ(大和)がいないなら、何の意味もないじゃないか…。

 

 

 

もう、分からない。俺は

友達のアイツらと一緒にやるからサッカーが好きだったのか?

それとも、サッカーが好きなアイツらだから友達だったのか?

 

 

榛姉、アンタならこんなにもみっともなく悩むことは無かったんだろう。

アンタはいつも答えを持っていて、それを俺たちに示してくれた。

みっともない弟に、何か言いたい事があるなら、そっちで大和の奴が何か言ってるなら…化けてもいいから聞かせに来てくれよ…。




ご一読いただきありがとうございます。
今回は本作の主人公、獅子王(ししおう)武蔵(むさし)君の回想と独白のような形で書かせて頂きました。

イナズマイレブンの2次創作とありますが、その実態は「イナズマイレブンの世界観を使った何か」です。
なので我らが教祖、円堂守は多分出ません。豪炎寺や鬼道も出す予定は今のところありません。吹雪は…似たような設定の子が来るかもしれません。

そして実は…、今後の展開はあまり考えておりません。
何か新しい趣味を作りたくて、片手間にちょろっとやるくらいのテンションで作ってみました。
なので、不定期の投稿になると思います。


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序章 黄金の日々
第1話 舞姫


キャラクター紹介
名前:獅子王榛名 (ししおう はるな)
愛称:ハル、榛姉、榛姐
年齢:13歳
身長:152cm
体重:綿のように軽いらしい
好きな物:サッカー、武蔵(弟)
嫌いな物:芋虫



「ここでホイッスル!

フットボールフロンティア決勝に王手をかけたのは村上中!!」

 

歓声が上がる。

中学サッカー日本一を決める大舞台、「フットボールフロンティア」

全国から選りすぐり強豪が集い、競い、数多のドラマを生み出してきた、全てのサッカーファンの夢の舞台。

例年、大きな盛り上がりを見せるフットボールフロンティアだが、その日は特に異常だった。

 

今しがた決勝にコマを進めた「村上中学」は今年初参加のチームであり、完全に無名校だった。それがサッカーの名門、木戸原清修を破り、絶対王者たる帝国学園の喉笛に喰らいつこうとしている。

 

特に異様なのが、チームのキャプテン兼、エースストライカーの選手。

姓は「獅子王(ししおう)」、名は「榛名(はるな)」。

村上中学が得点した4点中3点は彼女のシュートによるものだ。

 

正にダークホース。

その試合を見た誰もが、帝国との激戦を夢想する。

その中には、地方から来た大物が、王者を下す様を期待する者も少なくはない。

 

 

彼女の活躍は新聞や雑誌の一面を飾り、帝国の連勝記録を破るのではと期待が込められていた。

そして当然ながら、それは本人たちの耳にも届いていた。

 

「「帝国の反逆者、舞姫降臨」、「瀬戸内海の「灰被り姫」、王者へ刃を突き立てる」、「出来レースとは言わせない!舞姫、決勝へ殴り込み!!」…だそうだ。人気者だな、榛名」

 

少年は新聞記事やスポーツ雑誌、ネットニュースなどに並べられた煽り文句を丁寧に音読しながら、話題の舞姫に微笑みかける。

少年の名は「伊吹(いぶき)政道(まさみち)」。舞姫こと、榛名のチームメイトで幼馴染だ。

 

「…恥ずかしいから止めてよ。大体何?「舞姫」って。一度も名乗った覚えがないんだけど。

それに灰被り姫が王様に刃物突き立ててどうすんの?それシンデレラじゃなくない?秦の荊軻じゃない?」

 

あきれ顔で榛名がボヤく。

 

「荊軻は男だぞ?」

「知ってる。」

「ちなみに、始皇帝暗殺には失敗しているな。」

「それも知ってる。ん?…もしかして、今私墓穴掘った?」

「墓穴は知らんが、フラグは建ったかもな。」

「あちゃ~、口は禍の元ってやつね」

「その割には余裕だな。」

 

ふっと不敵な笑みを浮かべ、榛名は答える。

 

「まーね。だってほら、フラグが何本あろうが回収しなきゃいい話……、ってもうこんな時間!?ヤバいヤバいヤバい!!」

「…そう言えば、今日は両親が遅くなるんだったか。」

「そ!だから武蔵を迎えに行かなきゃっ…

先に上がるから鍵閉めておいて!」

 

言い終わる前に部室を飛び出す榛名。

 

「方向逆だぞ!!」

 

出来る限りの精一杯の大声で呼びかける政道。

少しして「ドッドッドッドッ」と、競走馬のような足音を立てて何者かが部室前を通過する音が聞こえた。

 

「ありゃ「姫」って感じじゃないな、怪獣だ。」

 

部室に残っていたチームメイトの一人が呟き、その場にいた全員が「うんうん」と首を縦に振っていた。

榛名は先日、自転車を海に沈めて以降は徒歩で通っている。

 

「…流石に間に合わんだろうな。」

送ってやるか、と政道も部室を後にした。




以上、記念すべき「イナズマイレブン ノヴァ」第一話です。

主人公こと武蔵君が大活躍かと思いきや一切登場せず、その代わりにお姉ちゃんに当たる榛名ちゃん中心のお話でした。
色々考えた結果、時系列順の方が楽だったのでここ数話の間は過去偏です。
(そのせいでまた登場人物が増えてしましました。)
武蔵君がどのようにして曇っていったのかを出来るだけじっくり丁寧に書いていく予定です。

「序章 黄金の日々」とありますが、この章は「舞姫」さんこと、榛名を軸として、主要人物たちのほのぼのとした日常を主に描いていきます。すっ飛ばして1章からでも多分問題ありませんが、それぞれのキャラクター達の過去に触れているので、一応物語的にはそれなりの意味を持っています。

それではまた、次のお話で


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第2話 帰路

キャラクター紹介
名前:伊吹 政道 (いぶき まさみち)
愛称:ブッキー、みっちゃん
年齢:14歳
身長:169cm
体重:64㎏
好きな物:榛名
嫌いな物:ホラー全般


「ヤバい、これ絶対に間に合わない…。」

 

獅子王榛名は困っていた。

共働きの両親の帰りが遅くなることから、保育園に通っている10歳程離れた弟の武蔵のお迎えは榛名の仕事だった。

 

「こりゃ武蔵、絶対怒ってるだろうなぁ…。

しかも、何で急いでる時に限って踏切に捕まるかなぁ…、ついてない。」

「遅刻は確定だな。舞姫殿。」

「だからその呼び方は止めてって…、みっちゃん?何でここに?」

「乗れ。少しは遅れを取り戻せるだろう。」

「………どうしよ、何かみっちゃんが白馬の王子様に見えてきた。」

「それは光栄だ。行くぞ!」

「おーーー!」

 

荷台に榛名が乗り込み、政道の腰に手を回す。

背中にあたる柔らかい感触…。

一瞬理性が蒸発しそうになるのを耐えながら榛名に提案する。

 

「悪いが、別の物を掴んでてくれないか?」

「え?」

「しゃべるな、口を閉じていろ。…舌を噛むぞ?」

 

踏切が開くのと同時に急発進し、立ち漕ぎで一気に加速する。

幸せ過ぎる感触と劣情を振り払うようにガムシャラにペダルを漕ぎ、その甲斐あって閉園時間ぎりぎりに到着した。

 

「遅いですよ、ハルちゃん。」

「ごめん、雪姉。忘れてたワケじゃなんだけど。」

「忙しいのは分かるけど、時間は守らないとダメ。武蔵君、待ちくたびれて寝ちゃったわよ?」

「あはは…。かたじけない…。」

「ほら、アンタも彼氏ならちゃんとハルちゃんを支えないと…」

「そうだな、俺の監督不行き届きだ。」

(え?もしかして今私さりげなく外堀を埋められた…?ご近所に噂されるやつ…?)

 

「えっと…、ありがとうございました。さようなら。」

 

眠ってしまっている武蔵をおぶりながら足早に帰ろうとする。

 

「荷物を忘れているぞ、榛名。」

「…あ」

 

荷台に乗せて貰った時、鞄を自転車の籠に入れていたのを忘れていた。

受け取ろうにも、弟とその荷物で両手がふさがっている…

 

「家まで送ってやる。」

「……お言葉に甘えて…。」

 

厚意を断る口実も言い訳も思いつかず、後ろからの生暖かい視線を受けながら二人並んで帰路についた。

 

 

「それにしても、次の土曜にはいよいよ決勝だな。短かったような、長かったような…」

「うん。当然というかやっぱりっていうか…、相手はあの帝国だよ。」

「……。」

「緊張してる?」

「あぁ。」

「え?」

「ん?」

「意外…。もっとクールだと思ってた。」

「…カッコつけてそう振舞っているだけだ。基本的に俺は心配性で、割とビビりだよ。」

「へー。…カッコ悪」

「………」

 

悔しいけど何も言い返せなさそうに榛名を見つめる政道。

 

「まぁでも、その方が助かるかも。

私は無鉄砲で大雑把だからさ、足りない所をみっちゃんが補ってくれるならお互い支え合えるいい関け、い…に…?」

 

榛名の顔がみるみるうちに紅くなる。

マズい、今のは受け取りようによっては「そういう意味」に聞こえはしないか。

いや、単なる考えすぎか。

ならば今の反応は明らかに意識しているような感じに見えてしまわないか。

ぐるぐると思考が混乱してくる。

おまけに足元がふらついて…。

 

「榛名…!!!」

「…!?」

 

突如足元が大きくグラつき、転倒しそうになる。

 

(今尻もちをついちゃいけない!)

 

背中の弟を庇い、咄嗟に手を付いた。瞬間、

 

「…ぐッ!」

 

右手首に走る激痛。

榛名と武蔵、二人分の体重を右手だけで支えた代償は大きかった。

 

「大丈夫か!?」

 

政道が駆け寄り、榛名の右手を見る。

 

「…うん、平気平気。びっくりしたね。また地震?最近多いよね~。」

 

と必死に話題を逸らして誤魔化そうとする。

 

「う…ん。姉ちゃん?」

 

おぶられていた武蔵は、今の衝撃で流石に目が覚めたらしい。

 

「ああ、ごめん。起きちゃった?」

 

ゆっくりと武蔵を降ろそうとした。

その時、背中を強く押されて榛名と武蔵は突き飛ばされる。

突然のことで受け身も取れず、榛名は盛大に転んだ。

 

「ッ!いきなり…」

 

ドンッ!!

 

次いで訪れる大きな音。そして、自動車のブレーキ音。

先ほどまで政道がいた場所に、彼はいない。

 

ドサッ

 

不吉な音が聞こえる。

その音の発生源では、赤い水たまりの中に横たわる少年が見えた。

 

「あ…」

 

瞬間、何も見えなくなった。

何も聞こえなくなった。

何も分からなかった。

脳が、心が、現実を理解することを拒んでいた。




続きまして榛名ちゃん中心のお話でした。
10コ離れた弟を溺愛する、ちょっとドジな感じのお姉ちゃんです。
基本的には文武両道な感じの優等生ですが、生粋のドジっ子です。
でも人当たりが良くて明るい子なのでみんなから好かれるタイプ…という感じに仕立てました。
そんな彼女に好意を抱く男子も多いとか…?

チラっと出てきた保育園の「雪姉」は政道君の叔母という設定です。
世間って狭いんですよね。
特に舞台は島ですからね。(具体的にどういう島かは決めてないです。「瀬戸内海にいくつかある島のどれか」くらいの認識で…)

それではまた、次のお話で


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第3話 病院にて

キャラクター紹介
名前:獅子王 武蔵 (ししおう むさし)
愛称:-
年齢:4歳(当時)
身長:102cm
体重:16㎏
好きな物:サッカー、榛名(姉)
嫌いな物:グリーンピース


私のせいだ。

 

「手術中」のランプが点灯した扉の前で立ちすくむ。

 

幸い、榛名と武蔵は車との接触は無かった。

…否。

本来であれば、榛名と武蔵が撥ねられるはずだった。

政道が身を賭して二人を庇い、そのツケをたった一人で払っている。

ならば、これは「幸い」なんかじゃない、「必然」だ。

政道の選択が二人を救った。

そして、彼自身を窮地に追い込んだ。

 

どうしてこうなった?

どこで間違えた?

 

保育園で別れるべきだった?

それ以前に彼に送ってもらうべきじゃなかった?

 

どうしてそんな状況に?

自分が保育園の閉園時間に遅れそうになったから?

 

そう、つまるところは…

 

「全部、全部…、私が悪いんだ…」

 

唇を強く噛みしめ、すすり泣く。

切れて血が流れている。

 

それがどうした?

彼は全身擦り傷だらけだ。

きっと骨も折れている。

内蔵だって傷ついているかも知れない。

脳…は、どうだろうか。

少なくとも無傷なはずはない。

もし打ち所が悪かったら?

そうじゃなくても、後遺症が残ったら?

誰が、どうやって、責任を…?

 

違う!!

責任がどうなんて話じゃない!

一体誰のせいでこんなことに……!!

 

「姉ちゃん、いたい?」

 

10歳離れた弟が、榛名の手を握る。

暖かい、感触。

もし、この子が彼と同じ目にあったら…?

考えただけで、目の前が暗くなる。

空気が、冷たくなる。

 

「お願い…。誰か、助けて。」

 

「榛名!!武蔵!!」

後ろから声が聞こえる。

振り返ると血相を変えた両親が榛名と武蔵に近づく。

そのさらに奥に、どこか見覚えがある夫婦が見える。

 

「ごめん、なさい…。ごめんなさい…。ごめんなさい。ごめんなさい。

私のせいです。私が悪いんです…。ごめんなさい…。」

 

泣きながら、頭を床にこすりつけて謝罪する。

何の意味もない行為。

でも、他に何をすればいいのか分からない。

 

「君は、無事やんな?」

「…え」

「怪我はないんか?」

「……あ?…は、はい。」

「そんなら良かったわ。」

中年の男性の落ち着いた声が聞こえる。

心から安堵したような、優しい声が。

 

「…よく、ないです…!私のせいで、政道君が…!!」

 

「うるさい、黙ってて。

悪いけどね、あの子はアンタとは違うから。

私が生んだ子よ?こんなことでどうにかなったりしないわ。」

 

女性の冷たく、強く、確信に満ちた声。

 

「大丈夫、大丈夫や。

やからそんな顔するなや。

女の子が顔を地べたにつけるもんやない。」

 

 

同時に、「手術中」のランプが消える。

 

「あ…」

 

処置が終わった。

彼は、どうなった?

 

扉が開かれる。

担架に乗せられ、呼吸器がつけられた彼が眼に映る。

 

「危ないところではありましたが、一命は取り止めました。」

 

その言葉が聞こえた瞬間、榛名は糸が切れたように膝から崩れ落ちた。

ああ、良かった。

本当に良かった…。

 

意識が遠のきかける。その時、

 

「次は君の番だ」

 

政道を診ていた医者が榛名に向き直り、右手に触れる。

 

「…ぐっ!?」

 

凄まじい痛みと熱。

政道の件で完全に忘れていたが、榛名自身も軽傷ではなかった。

 

「…腫れが酷い。

骨折しているかも知れない。

私としたことが…急患にかまけて怪我人を見落とすところだったか。

直ぐにレントゲンの準備をする。

…ご両親のうち、どちらかはその子を連れて先に帰った方がいいでしょう。

少々、話が長引くかも知れない。」

 

 

診断の結果は「橈骨遠位端骨折」。

当然、次の土曜に控えていたフットボールフロンティア決勝戦への参加は絶望的だ。




続きまして第三話です。
イナズマイレブンと言えば、交通事故ですよね(あくまで個人の意見です)。
今回の話は何と言いますか、ちょっとデリケートな感じのシーンが大半を占めていて表現に困りました。
ので、取り敢えず勢いで書きました。

書いてて思いましたが、過去偏が想定以上に長い。
ちょっと榛名ちゃんがお気に入りになりかけ始めていて、色々筆が乗ってしまいました。
主人公…誰だったかな?

あと、未だに搭乗していない。ジェラールや大和はどうしたものか…。
出来れば次話、せめて次々話には登場させたいですねぇ…。

それではまた、次のお話で


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第4話 病院にて2

「何?近くにいた男子生徒の方を撥ねてしまった、だと?

獅子王榛名ではなく?」

報告を受けた男性は眉間にシワをよせる。

男の名は影山零治。

帝国学園の総帥にして少年サッカー協会副会長を務める人物だ。

 

「何をしている?「獅子王榛名の決勝戦出場を阻止しろ」と言ったはずだが…。

ほう、利き手を痛めた?おそらく出場は断念する?ふざけるな。「おそらく」ではない。確実に阻止しろ。

と言いたいところだが…」

 

チラッと新聞に視線を向ける。

 

「村上中サッカー部員、車に撥ねられ重体」

 

先日の試合以降、世間から注目を集めていた村上中サッカー部。

その部員の1人が轢き逃げに遭ったというニュースはメディアを通して凄まじい勢いで世間に知れ渡っている。

当然、警察も動いており捜査に入っている。

場所は瀬戸内海に浮かぶ小さな島。住民同士の結束は固く、そして外部の人間には敏感だろう。

下手に手を出して証拠を増やすリスクを犯すような価値は、今の獅子王榛名にはない。

 

「…いいだろう。これ以上の手出しは不要だ。」

(仮に出場してきたとしても、奴は手負いだ。

やりようはいくらでもある。)

 

 

 

 

 

〜同じ頃〜

「みっちゃん…」

 

事故の翌日、榛名は病院で政道の看病をしていた。

その隣には、

 

「……。」

 

一言も発さず、黙々と林檎を剝いている政道の母親が座っていた。

 

(気まずい…)

 

昨日謝罪の言葉を一蹴されて以降、一言も話していない人物と二人きりだ。

榛名の精神的負荷は計り知れない。

 

(場違い…かな。私が隣にいたら、お母さんもきっと気分が悪いよね…。)

 

席を立ち、病室を出ようとする。

 

「どこへ行くの?」

「え?…いや、その…。飲み物…。」

 

咄嗟に、すぐにバレそうなウソをつく。

不審に思われてはしないかと恐る恐る相手に目を向けると

 

「ん。」

 

スポーツドリンクが差し出されていた。

 

「あ、…ありがとうございます。えっと…、お母さん。」

「…お義母さん?」

 

ギロッと冷たく刺すような視線。

「字が違う!」心の中で叫ぶ。

 

「真紀(まき)よ。伊吹真紀。

弟さんが通っている保育園に、「由紀」って先生がいるでしょう?アレの姉。」

「!ご挨拶が遅れました!獅子王榛名です。

政道君とは、同じチームで…。」

「知ってる。政道や由紀からよく話は聞いているから。

大会、残念だったわね。」

「え?」

「え?って何よ。その手じゃ出場は無理でしょう?」

 

そう、私は昨日医者から大会への出場は諦めるように言われた。

でも、それはあくまで医者の判断だ。

私の意思じゃない。

 

「私、出ます。」

「…。」

「試合には出ます。次の試合できっちり勝って、政道君にトロフィーをプレゼントしたいから!それくらいしか、私に出来ることは無いから…」

「…呆れた」

 

パシンッ

 

病室に響く、乾いた音。

頬に走る衝撃。

思わず床にへたり込む。

真紀は容赦なく榛名の襟首を掴み、眠っている政道の前に突き出す。

 

「一体、誰のおかげでその程度の怪我で済んだと思っているの?

何の為に、この子がこんな目に合ってると思っているの?

そんな手で試合に出て怪我が悪化でもしたら、この子はどう思うか考えてる?」

 

そんなことは分かっている。

彼のおかげで、自分は今こうして話していられる。

彼は自身を犠牲にして、自分を守ってくれた。

そんなお人好しが、「無茶をしてでも試合に出ろ」なんて言うはずがない。

 

「そんなことは!分かってますよ!!」

「分かっていない!!」

 

再度頬を打たれる。

同時に、病室のドアが開いた。

 

「お見舞いに来たよー~。

…って、何してるの!?お姉ちゃん!」

「由紀?ああ、来てくれたのね。ありがとう。」

「あぁうん、ハルちゃんのお見舞いも兼ねて武蔵君たちと…じゃなくて!!」

「ん?これ?

何にも分かっていない小娘を躾ているのよ。」

 

言いながら、再び榛名の頬を打つ真紀。

 

「待って待って、落ち着いて!ちゃんと話を…」

「話ならちゃんとしたわよ。だからこうなっているの。」

 

再び真紀が榛名を打とうとして…、

 

「おね…」

「姉ちゃんをイジメんなぁーーーーーー!!!」

 

由紀の隣にいた武蔵が真紀に向ってタックルをくらわす。

 

「きゃ!?」

 

突然の衝撃によろけて倒れる真紀に向かって、武蔵はポカポカと追撃をくらわす。

 

「ちょっ、何よ。由紀!止めなさい!」

 

「はいはい。

武蔵君、オバさんはもう降参するって。

やったね!武蔵君の勝ちだ!」

 

やれやれ、という感じで武蔵を引き剥がす。

追撃はやめたものの、真紀を睨む武蔵。

俯いたまま座り込んでいる榛名。

 

数刻の沈黙の後、真希が口を開いた

「…先生がね、言っていたの。

この子は、もう以前のようにサッカーは出来ないだろうって」

「…え」

 

榛名の表情が凍りつく

 

「脳や内臓は大きな損傷はなかったから、生命活動に支障はないと思うけど、足の状態が悪いって。場合によっては、杖を使って歩くことになるかもって、言っていたの」

「そん、…な…」

「でもこの子の事だから、きっと後悔はないはずよ。そういう子なの。分かっているでしょう?」

「……」

「でも、もしあなたが今無理をして、もっと大きな怪我をしてしまったら、この子がした事は何の意味も無くなってしまう。

大事な大会なのは分かっている。私だって、あなた達の試合を楽しみにしてたのよ?

でも、今は我慢しなさい。ちゃんと休んで、しっかり怪我を治すの。

今は無理でも、また来年挑戦すればいいじゃない。」

「…はい」

「今、あなたがするべき事は二つ。

その怪我を完全に治す事と、政道が目を覚ました時に笑顔で迎えてあげること。

この子にとってはそれが何よりも大事な事なの。

それが、「責任をとる」ということよ。」

「はい…!」

 

「由紀。

林檎、剥いておいたから、みんなで食べてて。」

「…お姉ちゃんは?」

「トイレよ、言わせないで。」

「…そう。」

 

「あの…」

 

榛名は呼び止めようとして、すぐにやめた。

 

「今はそっとしてあげて」

 

由紀が榛名の肩を抱き、囁く。

 

「はい…」

 

静かに、真希の背中を見送る。

その背中は小さく、微かに震えて見えた。

 

 




おのれ影山‼︎
あの世界、理不尽なことは大体影山総帥のせいってことに出来るから良いですよね。
白状しますと、帝国の不敗伝説を破るのは円堂の役目ですので、榛名ちゃんには負けてもらうしかありませんでした。でも、榛名ちゃんが帝国に負ける様を書きたくなかったので、不戦敗ってことにしたかったんです(負けるより酷い目にあってるけど)。
今回もまた重い話になってしまったうえ、結局大和達は登場させてあげられませんでした…。
次話はもう少しは明るい話をかけると思います。

それではまた、次のお話で


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第5話 希望

キャラクター紹介
名前:クリストフ・マルティネス
愛称:クリス、マルちゃん
年齢:31歳
身長:182cm
体重:78㎏
好きな物:刺身
嫌いな物:納豆


榛名の怪我、政道の入院により、村上中学サッカー部は決勝戦棄権を余儀なくされた。

キャプテンの不在による士気の低下に加え、元々選手層が薄いチームであり、2人の控えを用意することが出来なかった。

 

よって、その年のフットボールフロンティア決勝は帝国の不戦勝に終わった。

 

 

そして、あの事故から3週間後

 

「なぁ~んだ、思ったより大丈夫そうね。伊吹先輩!」

「伊吹先輩!!重症じゃないですか!!」

「大丈夫か伊吹!?俺が誰か分かるか!?ここがどこだかわかるか!?返事をしてくれ伊吹ぃぃぃぃいいいいい!!」

「テメェらうるせぇぞ!!ピクニックに来てんじゃねぇんだ、病院では静かにしやがれ!!!」

 

意識を取り戻し、経過も順調と判断された政道に面会の許可がおり、学校の友人たちが一斉に政道の病室に押し寄せていた。

 

「お”、お”れ!先輩が死んじまうんじゃないかって、ずっと、ずっと、心配でッ!!」

「すまんな、心配をかけたか。だが、もう大丈夫だ。」

 

「ばーか、伊吹先輩がこんなんでどうにかなるワケないでしょ。寧ろ車の方が心配だったくらいだわ。今頃廃車になってたりしてw」

「…君は俺を一体何だと思っている?」

 

「いつ頃退院できそうなんだ?」

「あと1週間程かな。しかし足の状態が悪いから…、む?」

 

政道が友人たちの対応に追われていると、病室のドアを開けて榛名が入ってきた。

 

「みっちゃん、お見舞いに来たよ。って、随分と賑やかだね」

 

と、同時に

 

「さて、そろそろ引き上げるかな。」

「これ以上ここに居座るのは野暮ってもんね。」

 

一斉に帰宅する友人たち。

 

(あれ?どんどん外堀が埋まっていってる…?)

 

榛名は妙な空気を感じつつ、ベットの隣の椅子に着席する。

 

「えっと…、林檎、食べる?」

 

榛名は買い物袋からお見舞いの林檎を取り出して見せる。

 

「…その心遣いはありがたいが…」

 

チラッと窓際のテーブルを見る。

視線の先には、山盛りの林檎が入った籠が置かれていた。

大方、真紀が持ってきたのだろう。

 

「あ…」

「暫く、林檎はいいかな。」

「そう、だろうね…。ははは…」

 

苦笑いを浮かべる榛名に、政道が切り出す。

 

「随分と態度が変わってしまったな、榛名。

俺のこの状態が、そんなにも後ろめたいか?」

「……」

「「気にするな」とは言わない。

いや、俺としては本当に気にしないで欲しいのだが…。

君は、気にするなと言われて本当に気にしなくなるような、単純な人間じゃないだろう?

だが、誤解はしないでくれ。

アレは事故だった。誰のせいでもない。

…まぁ、逃亡した自動車の運転手には、文句の一つも言ってやりたいがな。

少なくとも、君は何も悪くない。

寧ろ、君は被害者だ。」

 

「…足は、どう?」

「…知っていたのか。

そうだ、言われたよ。もう以前のようには走れないとね。

順調に回復しさえすれば歩行に支障はなさそうだが、全力疾走はご法度だそうだ。

サッカー選手としては致命的だな。」

 

一瞬、政道の顔が引きつったのを榛名は見逃さない。

 

「それでいいの?」

「…。良くはない。だが、受け入れるしかないだろう。」

「そんなこと、受け入れなくていい。」

「何?」

 

榛名は立ち上がり続ける。

 

「私だって、この数週間ただ拗ねてただけじゃない。

私なりに考えた。私なりに調べた。たくさんの人が、助けてくれた。

そのおかげで、ある人とのコンタクトが取れた。

入ってきてください、クリストフさん」

 

「ドーモ、政道サン。ワタシはクリストフ・マルティネスデス。」

 

(誰…?)

 

謎の外国人の登場に困惑する政道であった。

 





とうとう5話まで来てしまいました。
まあ、僕が短く切っているからってのもありますが…。
個人的に、これくらいが手軽に読めていい量だと思っています(お話があまり進まないけど)。
次の話のあたりが、過去偏としては5合目あたりだと思います。
が、この後いろいろな事が起こる予定なので文量的にはまだ割と序盤かもです…。
つまり、今後しばらく榛名ちゃんメインのストーリーが進むと思います。


それではまた、次のお話で


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第6話 出会いと別れ

キャラクター紹介
名前:ジェラール・マルティネス
愛称:-
年齢:5歳
身長:108cm
体重:15㎏
好きな物:納豆
嫌いな物:タコ


「…えっと、榛名?こちらの御仁は??」

 

突然現れたなまり全開の外国人に困惑を隠せない政道。

 

「…クリストフ・マルティネスさん」

 

「それはたった今聞いたぞ。

待て、マルティネス…?由紀叔母さんの保育園に、そんな子がいたような…」

 

「Oh!ご存じでしたカ!

それ、きっとジェラールのことですネ。ワタシの息子です。

ユキセンセーやタケゾー君にはお世話なってるデス!」

 

「タケ、ゾー…?」

 

誰の事だ…?

 

「あの、クリストフさん?ムサシです。タケゾウじゃなくて、ムサシです。」

 

「バサシ…?」

 

「ム・サ・シ、です。」

 

「ム、サ、シ…。Oh、ムサシ!ワタシ聞いたコトありまース!ジャパニーズ・サムライネーム!!」

 

覚えてくれたのだろうか?

 

「それで、その…ジェラール君の親御さんがどうして…?」

 

「Oh、ソーリーソーリー…。カンジンなコト言ってませんでしタ!

ルナちゃんがウデのイイお医者サン探してたので、ワタシ声かけましタ!」

 

ルナってのは、恐らく榛名の事だろう。

面倒だから突っ込まない

 

「まさか…、あなたが?」

 

「No。ワタシ、medicineはカラッキシデース!hahahahaha!

しかし、スゴクスゴイお医者サン、知ってるマス!」

 

彼の話を要約すると、学生時代の友人が凄腕の医者らしい。

ドイツ在住のその医者の名は

 

「ダニエル・キルヒアイゼン…」

 

数日後、榛名は自宅でその医者の経歴を調べていた。

 

「精がでるな、榛名」

 

父親がコーヒーを片手にパソコン画面をのぞき込んでくる。

 

「パパ?ごめん、パソコン占領しちゃって」

 

「構わんよ。

ダニエル…?どこかで聞いたことがあるな。」

 

「やっぱり有名な人なの?」

「詳しいことは分からんが、医学の世界に疎い俺ですら「聞いたことがあるな~」と思う程度には有名らしい。

つまり、凄く凄いということだ。」

 

(クリストフさんと同じ語彙力…)

 

政道は両親の了承を受け、ドイツで治療を受ける事となった。

完治に数か月、その後のリハビリも考慮すれば長期に渡ってあちらに滞在することになるだろう。

 

「政道君は異国の空の下か。寂しくなるな。」

 

「うん、でもきっと大丈夫。

絶対またサッカーするって、約束したから。」

 

どんなに遠く離れていても、サッカーがある限り心はきっと繋がれる。

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

インターホンが鳴り響く

 

「?誰だ?こんな時間に…」

 

父親が部屋から出ようとするが、既に母親が玄関を開けていた。

 

「ヤブン遅くに失礼しマス!

ルナさんはおみえなりますでしょうカ?」

 

大きな声と、なまり全開の喋りで訪問者の正体が直ぐに判明した。

クリストフには大きな借りがある。

大急ぎで階段を駆け下りてはせ参じた。

 

「Oh、ルナちゃん!会いたかったデース!

hey、ジェラール。ご挨拶してクダサイ。」

 

「こ、こんばんは。ジェラール、ジェラール・マルティネスです。」

 

弟と同じ年頃の男の子が挨拶してくる。

取り敢えず、榛名もかがんで挨拶を返した。

 

「こんばんは。獅子王榛名です。」

 

当然のマナーとして挨拶を返したものの、状況が全く分からない。

 

「あの、クリストフさん?」

「ルナちゃん。あなた、スバらしいサッカープレイヤーね。

あなたのウデ見込んで、お願いアリマス!

ジェラールにサッカー教えてあげてクダサイ!」

 

と、両手をついて頭を下げるクリストフ

 

「そ、そんな!頭を上げてください!!」

 

「What?コレ、ジャパニーズ・ドゲザ。もの頼むとき、ジャパニーズのみなさんこうするって聞きましタ。」

 

「間違ってないけどちょっと違います!そこまでしなくていいですから!」

 

「Oh?ジャパニーズカルチャー難しいデス。

それで、ジェラールのコトお願いできるますでショウカ?」

 

「お安い御用です。こちらこそよろしくお願いします。」

 

「Wow!ありがとうございマス!フツツカですがよろしくお願いしマス!」

 

 

こうして、榛名の新しい日常が始まった。

 

 

 

 

 

 




6話にしてようやくジェラール君を登場させられた!!長かった!!
ここから本格的に武蔵やジェラール達のお話になります。多分。

ちなみにクリストフさんはフランスの出身です。「フランス人なのになぜ英語なのか」って?きっと、「イナズマイレブン ノヴァ」の世界ではフランスは英語圏なのでしょう。そういう事にしてください…

政道君はもうちょっと丁寧に退場させてあげたかったのですが…、文章力と想像力と体力の限界を感じてしまったのでサラっと流してしましました。もったいなかったかなぁ。
ちなみに、政道君はここいらでしばらくお休みです。また登場するかも知れないし、自然消滅かも知れません。それは今後のお楽しみということで…



それではまた、次のお話で


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第7話 練習初日

キャラクター紹介
名前:八重崎 長門 (やえざき ながと)
愛称:-
年齢:4歳
身長:100cm
体重:15㎏
好きな物:うどん
嫌いな物:食パンの耳のところ


「と言うわけだから、今日から新しいお友達が増えます。

仲良くね。」

 

榛名は先日の出来事を3人の幼い子供達に出来るだけ簡潔に伝えた。

弟の武蔵とその友達2人を合わせた4人で休日に近所の公園を使ってサッカーの練習をするのが榛名の日課だった。

サッカーの練習とは言っても、ドリブルやシュートなどの基礎的なものがメインであり、言ってしまえばボール遊びの延長だ。

 

「いいよ〜。みんなでやった方が楽しいもん!」

 

八重崎(やえざき)長門(ながと)。武蔵と同じ保育園に通う、ちょっとマイペースな女の子。

 

「…はい、私も、別に…」

 

八重崎(やえざき)大和(やまと)。長門の双子の弟。物静かで優しい性格。

 

「そんなとこより早く必殺技教えてよ!姉ちゃん!」

 

武蔵は3人組の中では一番のヤンチャ坊主だ。

 

「2人ともありがとうね。

それと武蔵、必殺技は今日は無理かなぁ〜。ジェラール君がいるから…」

 

「嫌だ!今日こそ必殺技出すもん!「あびすぶれいく」やる!」

 

「アビスブレイク」とは、榛名のシュート技のことだ。

フットボールフロンティアでは9割程の精度で得点を決めていた。

 

「うーん…」

 

榛名が困っていると、

 

「ドーモドーモ、皆さんおはよございマス!」

 

クリストフが息子のジェラールを連れて公園までやってきた

 

「皆さん、おやすみなのにとてもハヤオキですネ!」

 

「そういうあなたも朝っぱらからテンション高いですね。」という言葉を飲み込み、挨拶する。

 

「おはようございます、クリストフさん

ジェラール君、今日はよろしくね。」

 

「はい!」

 

緊張が見られるが、力強い返事。

クリストフの教育がいいのだろう。

 

「ワタシ、アチラで見学してるマス。

それと、お弁当もご用意してるデス。

皆さんで召し上がってくださイ!」

 

「抜かりないなこの人」と思いつつ、ジェラールにボールを手渡す。

 

「それじゃ、さっそく始めようか。

まずは、リフティングからやってみようか。」

 

「りふてんぐ…?」

 

…しまった、この子は初心者だ。それもまだ4,5歳の。

サッカーの用語なんて全く分からなくても無理はない。

しかしどう説明したものか…。

 

「こういうやつだよ。」

 

と、長門がお手本を見せてあげる。

4歳児とは思えないような長門のボール捌きを見て、ジェラールは目を輝かせている。

 

「長門ね、これだけは得意なんだぁ〜」

「すごい!どうやったらできるの?」

「えっとね〜」

 

と、長門がコツを教えている。

ジェラールはさっそくチャレンジするが…

 

「ぐえ!」

 

ジェラールが蹴り上げたボールが目の前にいた長門の顔面に直撃する。

強く蹴りすぎたらしい。

 

「ばたんきゅー」

 

長門が大の字を描いて仰向けに倒れる。

 

「ながどぉお!じんじゃやだー」

「しぬまえにおうどんがたべたいんだぜ…」

「おーぎーでーよーーーー」

 

唐突に始まった姉弟漫才、腹を抱えている武蔵と、状況が分からずオロオロしてるジェラール、その光景を微笑ましそうに眺めているクリストフ…

 

課題は多いが、上手くやれそうだ。

と、榛名は安堵した。




第7話にしてようやく登場しましたね、長門と大和。
本当に長らくお待たせしました…(見てる人いるのだろうか(笑))。

長門はマイペースで気さくな女の子、大和は物静かで泣き虫な男の子です。
2人とも半年くらい前からボールに触れており、初歩的なことは少し分かってきているくらいの子たちです。
武蔵は姉の影響で赤ん坊のころからポールで遊んでたのと、中学生レベルのサッカーを見てしまっているせいで基礎練習をかったるく感じているきらいがあります。

それにしても、子供の描写って難しいですね…。善処します。


それではまた、次のお話で


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第8話 練習初日2

キャラクター紹介
名前:八重崎 大和 (やえざき やまと)
愛称:-
年齢:4歳
身長:98cm
体重:14㎏
好きな物:ハンバーグ、長門、武蔵、榛名(、ジェラール)
嫌いな物:怖い話、よく揺れる乗り物


「4,5…6!

すごい!もう6回」も出来るようになっちゃった!」

 

引き続き、リフティングの練習に励むジェラール。

飲み込みが早いのか、初日でコツを掴んでしまった。

 

「どう?サッカー楽しめそう?」

「うん…」

 

空返事、何から他のことに気を取られているらしい。

彼の視線の先を見ると…

 

「こっちだ、こっち!」

「いくよ〜!」

「よっしゃ!ナイスボール!

大和、いくぞ!」

「うん!」

 

小さな先輩達は、3人でボールを蹴り合っている。

「落としちゃったら負けゲーム」と称し、サッカーボールを地面に落とさないようにパスを回し続ける遊びをしていた。

トラップ技術とボールコントロール、パスの精度を同時に磨こうとしているらしい。4歳児にしてはなかなかにハイレベルな遊びをしていらっしゃる。

 

「……」

 

少し、プレッシャーを感じてしまっているのか、無口になるジェラール

 

「あの3人は私から見ても化け物かも…。

私があの子達くらいの時はあんなの出来なかったし、多分…。」

 

すかさずフォローを入れるが…

 

「……1,2…」

 

ジェラールはリフティングの練習を再開した。

榛名は、「彼の負けん気を侮っていたようだ」と反省した。

 

その時、

 

「うわぁ!」

「大丈夫、大和⁉︎」

「あちゃー、ドロドロだ…」

 

どうやら、ハプニングらしい。

ボールを追いかけていた大和が、 水たまりで滑って転んでしまったようだった。

辺りを見ると、日が落ちてきていた。

 

「潮時かな。ジェラール君、今日はここでおしまいにしようか。」

「え?はい…」

 

少しつまらなさそうだ。

裏を返せば、それだけ夢中になってくれたらしい。実に喜ばしいことだ。

少し離れていた3人にも招集をかけ、帰る支度をさせる。

 

「それじゃ、ワタシたちはここでオイトマしますネ」

 

とジェラールと手を繋いで帰ろうとするクリストフ。

朝から夕方まで私たちの練習に付き合ってくれたうえ、お昼の用意もしてくれた。

よくできたお父さんだ。と改めて感心する。

 

「お付き合い頂きありがとうございました、お気をつけて。

また今度ね、ジェラール君」

「ありがと、ルナ姉ちゃん!」

 

「(…クリストフさんのがうつっている)

あの、クリストフさん?そういえば、そのルナっていうのは…?」

「んー?ルナ、あなたのファーストネームじゃなかったですカ?

シシオウハ・ルナでしょウ?」

 

待て、切るところが違う

 

「ししおう・はるな です!」

「Oh!シシオウ・ハルナ!ファーストネームはハルナでしたカ!

シツレイいたしてましタネ!嫌でしたカ?」

 

どうやら、気を使わせてしまったらしい。

もともと悪気はないうえに、何かと気を遣ってくれる。

これだから憎めない。

 

「いえ、好きに呼んでいただいてもいいですよ。

一応、本当の名前を知って欲しかっただけで…」

 

「よかったデス!ルナちゃん、コンゴともよろしくデス!」

 

固い握手を交わし、お互いに帰路に着く。

取り替えず、大和は服がドロドロのまま家に帰すわけにはいかないので、獅子王家の風呂と洗濯をかすことにした。

 

 




第7話、連投です

クリストフさんは貴重なネームド大人枠なのでなるべく株を上げておきたいですね。個人的な話ですが、以前やった某18禁ゲーに登場したサイコ神父のせいで「クリストフ」という名前だけで既に胡散臭く感じでしまう自分がいます。分かる人には分かるかも…。
ここからしばらくは4人の子供達がどんどん絆を深めていく感じになります。
で、良きところでプロローグのあの場面に移るのでしょう。


それではまた、次のお話で


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第9話 夏の思い出

「ただいま〜。

は〜、あっついなぁ…、焦げる溶ける灰になる…」

 

榛名は靴とジャージを脱ぎ、シャツ一枚になる。

 

今は8月のど真ん中、気温は30度を平気で超え、燦々と太陽光が降り注ぐ。

学校は長期休暇に入っているのがせめてもの救い…と思いきや、日中は部活動に追われるのは運動部員の宿命だ。

好きでやっている事とはいえ、辛いものは辛い。

 

ガチャっと居間のドアを開ける、瞬間。

榛名は天国に足を踏み入れていた。

冷房の効いた、心地よい空間。

 

「科学の力って凄い…!」

 

榛名は目を閉じ、文明の利器の恩恵を体全体で感じていた。

 

「姉ちゃん!ぼーっとしてないで閉めてよ」

 

ハッと我に帰る。

 

「「「おじゃましてます」」」

 

よく見ると、武蔵ら仲良し4人組が居間でテレビを見ていた。

あの日サッカーを始めていらいジェラールは3人と打ち解け、今では何をする時も一緒だそうだ。

 

チラッとテレビの画面を見てみると…

 

「ゴォォール!!村上中、ここでダメ押しの追加点!

「舞姫」、恐るべし!誰も彼女を止められないのか⁉︎」

 

録画してあったフットボールフロンティアの中継を見ていた。

 

「見たか?ジェラール!

今のが「あびすぶれいく」だ!」

「すごい、ルナ姉ちゃんってホントに強いんだ!」

「ところで〜「まいひめ」ってなぁに?」

「なんだよ、そんなことも知らないのかよ?」

「知ってるの?武蔵」

「ほら、「まいひめ」ってのはその…姉ちゃんみたいな人のことだよ」

「すごいシュート打つ人??」

「そうそう」

 

うん、違う。

全く違う。

舞姫とは、字の通り舞を舞う人のはずだ。

踊り子、あるいはバレリーナなんかを指す…のだろう。

間違いを指摘してあげたい一方、その「舞姫」とやらの話はしたくなかった。

正直、恥ずかしい。

一体誰がそんな二つ名を…。

 

「あのさ、私、明日はお休みなんだよね。

どこか遊びに行かない?」

 

子供達に「舞姫」から離れてもらいたくて、別の話題を振ってみる。

 

「USJ!」

武蔵が即答する。

「「ユナイテッド・スタンド・ジャパン」かぁ。ちょっと遠くて無理かなぁ。」

 

「すわたいひゃ!」

続いてジェラールが答える

「諏訪大社⁉︎そんなんどこで覚えたの?

諏訪大社はもっと遠いんじゃないかなぁ。」

 

「いんぺる○うん!」

さらに続けて長門が答える

「うん、あそこは怖い人しかいなくてめちゃくちゃ危ないからやめようね。

てか実在しないけど。」

 

「海がいい」

最後に、大和が答えた。

「海、か。それくらいならなんとか…」

 

事実、無難な選択だった。

歩いても行ける場所に遊泳可能な海岸はある。

ただ、幼い子供数人を引き連れての海は少々心配だ。

特に事故とかが。

榛名では引率は荷が重い。

しかし、言い出しっぺは自分だ。

これ以上彼らの要望を跳ね除けるわけにもいかない。

困った…。

 

「いいですヨ!行きましょウ!ウミ!!」

 

相談したところ、クリストフさんは快く引き受けてくれた。

幸い、彼も明日は休みだったそうだ。

本当に頼りになる。

 

「せっかくデスから、トウデしましょウ!

ワタシ、以前サイクリングのトチュウでスバらしいビーチ見ました!

「瀬戸原サンライトビーチ」です!

ワタシ、車ウンテンできるデス。たぶんヒガエリでいけマス!」

 

それを聞いた武蔵は大興奮だった。

八重崎さんの家にも電話で伝えたところ、長男の晴翔さんも来てくれるらしい。

いい思い出になりそうだと、榛名は確信した。





今回は日常パートです。
「サッカーそっちのけで日常パートしかないだろ」ってのは多分気のせいです(違う)。

何やらクリストフさんの存在感がハンパないですが、彼には暗い過去や心の闇、衝撃の真実だったりするものはありません。そして、今後そんな設定を生やす予定もございません。マジで

今日がゴールデンウィーク最終日なので今後はペースがガクッと落ちると思います。そうならなかったら多分僕は死にます(笑)。


それでは、次のお話で


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第10話 夏の思い出2

キャラクター紹介
名前:八重崎 晴翔 (やえざき はると)
愛称:やっくん、ザッキー、晴兄
年齢:19歳
身長:180cm
体重:83㎏
好きな物:ケツとタッパのデカい女
嫌いな物:面倒なこと


8月某日 八重崎家にて

 

男は受話器を握り、楽しそうに話している。

彼の名は八重崎義人。長門、大和の保護者だ。

 

「ほー、サンライトビーチか!

いいじゃねぇか!行ってこい!

ん?俺はちょっと無理だな、仕事入れちまってる。

…成程。そういうことなら…ちょっと待ってろ。」

 

男は電話を保留にすると

 

「晴翔!!ちょっと来い」

 

晴翔なる人物を呼び出した。おそらく息子だろう。

 

「んだよ、親父。

人が心地よく寝てたってのに。」

「お前、明日どこか行く予定あるか?」

「は?いや、別にないけど…。何だよ、急に」

「そりゃいい。お前、明日ちょっと2人に付き合え。」

「…もっと分かりやすく言ってくれねぇかな。

何の話だ?どうしてそうなる?」

 

義人は晴翔に簡潔にことの経緯を説明する

 

「嫌だね。盆くらいゆっくりさせてくれ。」

「…お前、ひでぇ兄ちゃんだなぁ」

「言ってろ。」

 

足早に部屋に戻ろうとするが…

 

「晴兄、長門といっしょ、いや?」

 

と長門が晴翔の袖を掴む。

その横で大和が上目遣いで見つめてくる。

 

「………。なんだよ、俺が悪いみてえじゃねぇか…。

…しょうがねえな、ったく。」

 

頭を掻きながら、晴翔が折れる。

 

「親父、ハルに言っといてくれ。

明日、「ガキ共を連れてそっち行く」って」

「ふっ、そういうと思ったぜ…」

(嘘こけクソ親父…)

 

晴翔の後ろでは長門が大和とハイタッチしている。

「あいつ、悪い女になるなぁ」と義人は思った。

 

 

 

翌日

 

約束通り2人を連れて獅子王宅に向かって歩く。

 

「いいか2人とも、10分前行動は鉄則だ。

俺は人を待つのは嫌いだが、人を待たせんのはもっと嫌いだ。

だから常に早めに動いている。

ま、俺の信条なんざどうでもいいが…、「10分前行動」の心構えだけは持っとけ。

将来の為にな。」

 

「(「しんじょう」ってなんだろう?)分かった!」

「(眠たい)ふぁ〜い」

 

晴翔が小難しい話をしながら幼い妹と弟を引率する。

晴翔は4年ほど前から全寮制の高専に通っており、実家とは離れて暮らしていた。当初、2人が生まれたことすら知らなかった晴翔は「いつの間にか家族増えとる」と困惑した。

故に、2人とは殆ど話したことがなく、正直どう接すればいいのか分からなかった。

 

(そろそろ着く頃だな。

集合14分前…。少し早く来すぎちまったかな。まあ家の前で少し待って10分前にインターホンでいいか。)

 

と考えていると。

獅子王家の前で一台の車が停まっていた。

 

「みなサン、おはよございマス!

おや、あなたがハルトさんでしょうカ?

ドーモ、クリストフ・マルティネスです!

お二人にはジェラールがお世話なってるマス!」

 

「(こいつやるなぁ、もう来てやがったか)

どうも、クリストフさん。

俺は晴翔。八重崎晴翔です。

愚妹、愚弟共々お世話になってるようで。」

 

クリストフは少し、困惑した表情を浮かべ…

 

「ルナちゃん、「グマイ」、「グテイ」とはなんデスカ?」

「ええっと…」

 

と、何やらヒソヒソ話している。

それにしても、少し見ないうちに榛名は随分と大きくなっていた。

 

「よぉ、大きくなったか?「舞姫」さん?」

 

「その呼び方は止めてください‼︎」

 

榛名の怒声が朝焼けの空に木霊する。

かなりうるさい。

 

(地雷踏んじまったかな)

 

晴翔は少しだけ「発言には気をつけよう」と思った。




今回は八重崎家視点で書いてみました。

今回初登場となった晴翔君は長門、大和とかな〜り歳が離れた兄ちゃんです。その差なんと15歳。2人が可愛くて仕方ない晴翔ですが、「歳の差がありすぎて適切な距離感がよく分からない」ツンデレ兄ちゃんです。てぇてぇですね。
今回は今までと視点が違うので特に読み辛いかも…。ただ、長門と大和は少しややこしい設定があるのでここで少し匂わせしたかったのです。

タグにオリ技やらオリ展開やらチートやら色々入れましたが、それらが本格的に現れるのはこの過去編が終わったあとになります。
それまでもってくれよ、俺の妄想力…!


それではまた、次のお話で


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第11話 夏の思い出3

「う、うっぷ…、おえぇぇ…」

 

差し出されたビニール袋に、大和は胃の中身をぶち撒ける。

 

「話には聞いてたが…、ホントに乗り物ダメなんだな、コイツ。」

 

ビニール袋の口を縛りながら、晴翔が呟く。

 

「言わないであげてくださいよ。

よしよし、頑張ったね〜。大和君」

 

背中をさする榛名。

 

「ワタシのウンテン、ダメでしたカ?」

 

クリストフが心配そうに尋ねる。

 

「あ〜。それはないんじゃないか?

こいつがダメなのは船だよ、船。

やたらと揺れたからなぁ、仕方ねえけども。」

 

「そうデスカ?船、乗る前から具合悪そうでしたガ。」

 

榛名の自宅から港まで車で向かい、フェリーに乗った。

フェリーに乗り込む前から、大和の口数が少なかったのをクリストフは見逃していなかったのだ。

 

「(ホントによく見てるなこの人)

気のせいだ。ほら大和、乗れ。おぶっていってやる。」

「なんだかんだっていいお兄ちゃんしてるじゃないですかぁ〜」

 

このこの〜っと肘で晴翔つつく榛名。

メッチャ憎たらしい。

晴翔は榛名の顔を掴み、そのまま持ち上げた。

 

「言うようになったなぁ?ハル?」

「ご…、あっ…」

 

榛名は断末魔のような声を上げ、武蔵は「姉ちゃん虐めるなー」と晴翔の腰のところをポカポカする。

 

その時

 

「うっ…おえぇ…」

 

晴翔の背後から不吉な音がして…

 

「第二波…だと…⁉︎」

 

晴翔は大和の吐瀉物を背中に浴びてしまうのだった…。

 

「…全く、あのガキ…」

 

ぼやきながら、海の家のシャワーを借りて服を洗う晴翔。

長門と大和はクリストフと榛名が見てくれている。

 

「ホント便利だな、あの外国人…」

 

正直、安心して任せられる。

一見、すっとぼけたような雰囲気だが根はしっかりとしている。

上手く子供達を引率してくれてるだろう。

 

(あれ?俺、要らなくね?)

 

今のところ、晴翔はゲロを被っただけだ。

兄貴としての威厳の危機を感じつつ、晴翔は妹と弟のもとへ向かう。

 

すると、長門と大和、榛名が砂浜で座って待っていた。

 

「?なんだ?まだ海に入ってなかったのか、勿体ない。」

「二人がね、「お兄ちゃんが一緒じゃなきゃ嫌だ」って待ってたの。」

「……」

 

少し、驚いた。

 

「愛されてるぅ~」

 

と、榛名が晴翔のほっぺたをぐりぐりする。

メチャクチャ憎たらしい。

再び、晴翔のアイアンクローが炸裂する。

 

「ご…ぉ、…あ…」

 

榛名が断末魔のような声を上げ、「姉ちゃんをイジメんなー!」と武蔵が晴翔に飛び蹴りをくらわす。

なお、晴翔は微動だにしなかった。

 

「Oh、見てくだサイ、ジェラール。

アレが「デジャヴ」デス。」

「止めなくていいのかな?」

「hahahahaha!ダイジョブだと思いマスヨ。

あの子たちには、愛ありマース。」

「?」

 

 

 

 

 

 

~夕刻~

 

「お、おぇぇぇえええ~」

 

帰りのフェリーで、再度酔う大和

 

「…お前そんなんでよく「海に行きたい」って思えるな…」

 

大和の口元でビニール袋を広げながら、晴翔が呟く

 

「いいじゃないですか!好きな物は好きなんです!」

 

大和の背中をさすりながら榛名が口を尖らせる。

 

「hahaha!次はヨイドメを用意しましょうネ!」

「そうだな、少しは楽になるだろう。」

 

クリストフが提案し、晴翔が同意するが…

 

「いえ…その必要はないです。」

「「ん?」」

 

「大和君、酔い止め効かないんですよ。」

「……達人だな。」

 

「お手上げだ」と、晴翔が首を振る

 

その時、クリストフの携帯が鳴った

 

「Oh、お電話デス。少々シツレイしマス。」

 

クリストフはその場から少し離れながら電話に出る。

応対の様子からして、会社の人からだろうか。

 

「…ええ、はい…。そうデスカ。

OK、リョウカイデス。」

 

電話を切ると同時、深いため息をつく。

 

「ショウショウ、タイヘンなコトになってしまいましタネ。」

 

チラっと息子の方に目をやる。

そこには友人達と楽しそうに戯れている我が子の姿がある。

 

思わず、目を逸らす。

 

「shit…。イジワルです、マイロード…。」

 

小さく呟くと天を仰ぎ、静かに涙を流した。

 

 

 




すごい、気が付けばもう11話です。
でもあまり話は進んでませんねえ…

最後にちょっとだけ不穏な空気を残した11話
さてさてこの先、どうなりますことやら


それではまた、次のお話で


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第12話 ターニングポイント1

キャラクター紹介
名前:エマ・マルティネス
愛称:-
年齢:3歳
身長:95cm
体重:12㎏
好きな物:トースト
嫌いな物:玄米


「遅いな~、ジェラール…」

「榛姉、何か聞いてない?」

「ううん、分かんない…。

どうしたんだろ」

 

ビーチに行った翌々日、ジェラールは公園に現れなかった。

「明日は海水浴の疲れを取って、明後日にまた公園でサッカーの練習をしよう」

と、一昨日別れる前に約束したばかりだ。

だというのに、定刻になっても彼は現れない。

 

体調を崩したのだろうか?

しかし、それならクリストフがその旨を伝えにくるはずだ。

 

ならば、何故…?

 

「行けばいいだろ、ジェラールの家に」

 

晴翔が提案する

晴翔は2人を公園まで送ってきていた。

そして、少し離れた所で4人の様子を見物していたのだった。

 

「晴兄…まだ居たんだ…」

 

榛名が目を丸くする。

 

「…シバくぞテメェ…」

 

晴翔がゴキゴキと指を鳴らし、榛名が慌てて引き下がる。

 

「取り敢えず、行くぞ」

 

晴翔が先導して歩き出す。

 

「所で、ジェラールの家ってどこだ?」

「知らないです。」

「……。よし、帰るか。」

 

晴翔が回れ右で帰ろうとする。

 

「逃げんな。」

 

ガシッと腕を掴む榛名。

 

 

 

ジェラールの家は数分の聞き込みだけで特定できた。

外国人の家族は少々目立つ。

特に、彼らは少しだけ有名だった。

「母親がいない世帯」として。

 

 

ピンポーン

 

ジェラールの家に着き、早速インターホンを鳴らす。

そこは、小さな集合住宅の一室だった。

 

少し待ったが、返事がない。

留守だろうか?

諦めて引き返そうとすると…。

 

「皆サン、どうしたのデスカ?」

 

クリストフが後ろから声をかけてきた。

丁度今帰ってきたらしい。

 

「どうしたじゃねーよ。

ジェラールが来ないから、迎えにきてやってんだ。」

 

晴翔が呆れ顔で答える

 

「ちょっと言い方…」

 

晴翔を窘める榛名

 

「Oh、それはスミマセンデシタ。

ワタシ、ショウショウ忙しかったので、自分で行くように伝えたのデスガ…

「カントクフユキトドキ」デス…。

ご迷惑おかけしマシタ。」

 

深々と頭を下げるクリストフ

流石の晴翔も返す言葉がなかった。

 

「何かあったんですか?」

 

クリストフは穏やかに微笑み、

 

「あがってくだサイ。タチバナシもナンですカラ」

 

と言い、みんなを部屋に招いた。

 

 

部屋の中は非常に清潔だった。

というより、物がほとんどない。

生活感が、ない。

その部屋の片隅で、ジェラールは横になっていた。

 

「ジェラール!!」

 

武蔵が名前を呼ぶ

 

「……」

 

返事がない。

 

「おい…!!」

 

肩を掴んで振り向かせると

 

「…あ、…む、さし?」

 

ジェラールは目を真っ赤にして泣いていた。

 

「…は?」

 

「今は、ソッとしてあげてほしいデス。

テキトウに座っていただいてケッコウデスヨ。

お茶のゴヨウイいたします。」

 

「座ろうか」

 

榛名が子供たちを座らせる。

3人ともただならぬ雰囲気を感じているのか、一言も話さない。

ただ、心配そうにジェラールの様子を見ている。

 

榛名と晴翔も、言われた通り床に腰を掛けながら状況を整理する。

部屋の中には机や椅子はおろか、家具や家電などの生活必需品のような物が一切ない。

これではまるで…

 

「まるで、今すぐにでも部屋を引き払えそうな状態だな」

 

晴翔が小さく呟く

 

「……あ」

 

その一言で榛名もこの状況の意味を悟った。

 

「鋭いデスネ。セーカイデス。

明日、ワタシたちはニッポン発つマス。」

 

紙コップを人数分用意し、ペットボトルのお茶を注ぎながらクリストフが答える。

 

「そんな!どうして急に!?」

「一昨日の夕方、電話がかかってきてたな?

何があった?」

 

「ハルトさん。アナタ、本当にsmartデスネ

ええ、一昨日、祖国から連絡来まシタ

妻が…、亡くなったそうデス。」

 

「!!」

「そん、…な…」

 

その言葉が引き金だったかのように、ジェラールが声を上げて泣き始めた。

体全体を大きく震わせながら、泣いている。

 

「ジェラール君…!!」

「「「ジェラール!!」」」

 

榛名が、武蔵が、長門が、大和が、ジェラールに駆け寄ってお互いを抱き寄せ合う。

 

「……」

 

晴翔は沈黙を守り、クリストフに話の続きを促す。

 

「妻とは、別居中でシタ。

ニッポンでのセイカツあいませんでシタ。

ですカラ、娘の「エマ」と一緒にフランス帰ってマシタ。」

 

「………」

 

晴翔は沈黙を守り続ける。

その眉間にはシワが寄っていた。

妹弟の友人の家族に起きた不幸に心を痛めている。

 

しかし、

ジェラールは酷く悲しんでいる。

子供たちもつられて泣いている。

榛名は…、子供たちを落ち着かせようと奮闘している。

せめて自分だけは冷静に、平静に、淡々とした態度を貫かなければ…

この父親までもが、悲しみに押しつぶされてしまうような気がしていた。

 

「妻は…、事故で亡くなったそうデス。」

 

そう、クリストフの妻は事故で亡くなったらしい。

では…

 

「…娘さんは?」

 

始めて、晴翔は沈黙を破った。

僅かに残ったであろう希望を、彼らに聞かせる為に

 

「エマは、エマだけは…、無事でシタ。

現在はニュウインしているそうデスガ…。

意識はチャンとあるそうデス。」

 

「明日の朝、日本を発ちマス

その為に、今日の夕方ごろにこの島出マス。

…今日が最後ですから、皆さんにサヨナラ言うようにジェラールには言ったのデスガ…

本当にモウシワケナイデス…。」

 

改めて、深く頭を下げるクリストフ。

良く出来た父親だと、改めて感心させられた。

 

「何時だ?」

「…What?」

「何時の船だと聞いている。港まで送ってやる。」

 

晴翔は既に自動車の運転免許を取得している。

 

「…2ジカンごデス」

「そうか。

解約の手続きはすべて終わっているのか?」

「さきホド、すませましタ。」

「そうか、待っていろ。足を拾ってくる。」

 

晴翔は部屋を後にし、車を取りに自宅へ戻った。

 

(何をいら立っている?他所の家の話だろうが…)

 

自分に言い聞かせながら、足早に自宅へ向かった。

 






今回は少し長文になってしまいましたね。
しかし、ここが武蔵君にとってのターニングポイントの一つなのです。
彼はまだ4歳ですが、大切な友人と、悲しい別れ方をしてしまいます。

ただ…、書いていて気づきましたが、ここで一番辛いのクリストフじゃないですかね?それと、晴翔を強調しすぎて榛名や武蔵の存在感が完全に皆無でした。
むやみやたらにキャラ増やすもんじゃないですね。一個学びました。



それではまた、次のお話で


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第13話 お別れの前に…

 

「少し、落ち着いた?」

 

榛名はジェラールを胸に抱きながら、優しく問いかける。

 

「…うん。」

 

落ち着きを取り戻したジェラールは頷きながら答える。

 

「ごめんね…。

私達、何も知らなくて…。辛かったよね…。」

 

榛名達は、善意でジェラールの元を訪ねた。

体調を崩していないか。

トラブルに巻き込まれていないか。

もしそうであるなら、力になれないかと。

 

酷い思い上がりだと、榛名は思う。

離れて暮らしていたとはいえ、母親を失った子供の心を救う術は榛名にはない。

妻を失った男の背中を押すこともできない。

かえって2人を苦しめてしまったのではないか、そう考えると辛かった。

自分の無力さが恨めしい。

 

「そんなコト、ナイデスヨ。」

 

クリストフは榛名の心境を理解しているかのように語りかけてくる。

 

「オハナシできて、うれしいデス。

ココロ、すっきりしまシタ。」

 

と、榛名に優しく笑いかける。

強い人だと、榛名は思った。

 

「さて、なごり惜しいデスガ、おわかれデス。

ジェラール、皆サンにサヨナラしてください。」

 

「いやだ」

 

「ジェラール?」

 

「いやだ!ここにいたい!もっとみんなといっしょにいたい!!」

 

ジェラールが榛名に抱きつきながら叫ぶ。

 

「クリストフさん、私からもお願いです!

もう少しだけでも、ここにいるわけにはいきませんか⁉︎」

 

榛名もまた、涙ながらにクリストフに訴える。

あまりにも急すぎる別れ。

武蔵も、長門も、大和も、榛名自身も、現実を受け入れられない。

 

「…ワタシも、シンケンに考えマシタ。

デモ、むりデス。

明日マデにニッポン出ないと、妻のソウギに間に合いマセン。」

 

「……あ」

 

そうだ、その通りだ。

亡くなったのは一昨日、既に2日も経っている。

本来なら、今日くらいには葬儀が行われる筈だ。

 

奥さんの縁者の人達は、ギリギリまで2人を待ってくれている。

せめて最後に一目でも、家族の顔を見られるように…。

それを失念していた。

なんて軽率なことを…。

 

改めて、自身の至らなさを思い知らされる。

きっと、晴兄は気づいていた。

だから、余計な事は言わなかったんだ。

 

自分の無力が悔しい。

自分の無知が恥ずかしい。

 

思わず涙が溢れる。

 

「ルナ姉ちゃん、泣かないで」

 

ジェラールが榛名の涙を拭う。

 

(私は、馬鹿だ。)

 

何を感傷に浸っている?

何が「無力」だ。何が「無知」だ。

そんなの始めから分かりきっていた。

私は一度でも、自分だけの力で何かを成したことがないのだから。

 

それでも、私はこの子達の「お姉ちゃん」だ。

 

船は2時間後。

まだ、少しだけ時間がある。

 

「クリストフさん

少しだけ、お時間ください」

 

「why?ナゼデスカ?」

 

クリストフが、目を丸くする。

 

榛名はジェラールの手を取り…

 

「ジェラール君、サッカーしよう」

 

部屋を飛び出した。




ゴールデンウィーク明けの仕事ってなんか憂鬱ですね。
完全に学生時代の頃の生活習慣になってたので朝めちゃくちゃ眠かったです。

そんな話は置いといて…今話は前話の半分くらいの分量ですが、キリが良さそうなところで切りました。
今話では、前話が割と重めの内容な気がしたので、その分ジェラール君の心のケアをちゃんとしておかないとと思って少しだけ構想を変えました。そのせいで話が一向に進まないのは…、まぁ、ご愛嬌ということで…。
過去編はもっとさっくりさせるつもりだったのですが、次々と書きたい事増えちゃって終わる気配が微塵もしなくなっちゃった…。もっと入念に構想を練ってから書き始めればよかったと後悔してます。
まぁ、それ以上に楽しんでますけども


それではまた、次のお話で


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第14話 「サッカー」

榛名「みんな…、集まってくれてありがとう」

 

榛名の前には4人の少年少女がいた 

榛名の急な呼び出しに応えてくれた、村上中のサッカー部員達だ。

 

これから4人1組のチームを作り、サッカーの模擬戦を行う。

 

榛名「あの…、一応言っておくけど…」

 

男子A「分かってる。手は抜いてやるよ。

ちびっ子達にちゃんと華を持たせてやるから安心しろ。」

男子B「まぁ…とりあえず、ゴール前に立ってるわ」

女子A「私は審判やりま〜す」

女子B「その代わり、チョコレートパフェ奢りね♡」

 

榛名「……ハ□ハロでいいですか…?」

4人「「「「だーめ」」」」

 

「4人分⁉︎」

 

男子A「当たり前だよなぁ?」

男子B「お、そうだな」

女子A「それじゃー試合開始〜!」

榛名「ちょっっっと待って!まだチーム分けしてない!」

 

 

力配分を均等にするために中学生組が2人1組を作り、榛名チームに長門とジェラールが、もう一方に武蔵と大和を迎え入れた。

 

女子A「それじゃー今度こそ試合開始ー!」

 

ホイッスルと同時に、榛名がジェラールにパスを出す。

 

ドリブルでゴールに向かって上がっていくジェラール

 

そこに

 

「ガオー!食べちゃうぞ〜!」

 

怪獣みたいなポーズを取りながら女子Bが襲い掛かる。

…ナンダアレ

当然、困惑して立ち止まるジェラール。

 

長門「ジェラール!止まっちゃダメ、パスして!」

 

長門がジェラールにパスを促し…

 

長門「いっくぞ〜!シューーーーート!

と見せかけて榛姉にパース。」

 

相手の意表を突いたフェイント、子どもながらに大したものだ。

と思ったのも束の間

 

女子B「"スピニングカット"‼︎」

 

先ほどまで怪獣やってた女子Bがガチのディフェンスをしてくる。

 

「ちょ!必殺技⁉︎

だったら…"御神楽"!」

 

榛名も必殺技で対抗する。

「舞姫」の由来となった、ドリブル技だ。

 

榛名「ジェラール君‼︎」

 

榛名がジェラールへボールを繋げる。

 

長門「ジェラール!撃ってーーー!!」

 

ジェラール「おりゃーー!」

 

ジェラールが渾身のシュートを放つが、外れてしまう。

 

ジェラール「あ…」

 

落ち込んでいる様子のジェラールに榛名が声をかける。

 

榛名「悔しいね。

シュートが決まらなかったら悔しい。

それがサッカーだよ。」

 

とジェラールの頭を撫でながら伝える。

すると、

 

武蔵「いっけぇぇええ!"あびすぶれいく"(偽)」

 

男子B「しまったー!止められなかった〜!(棒)」

 

いつの間にか、得点されていた…

 

榛名・ジェラール「………あ」

 

男子A「よっしゃあああ!良いぞ、武蔵君!!」

女子B「ボーっとしてるからよ…。」

 

得点を許してしまった榛名チームのボールで試合を再開する。

 

榛名「…し、シュートを決められたら、悔しい。

これもサッカーよ…(震え)」

 

ジェラール「………(ジト目)」

 

榛名「でもね…」

 

榛名が宙高くボールを蹴り上げ…

 

榛名「"アビスブレイク"‼︎‼︎」

 

榛名のもう一つ代名詞を相手ゴールへ叩き込む。

 

男子A「ちょちょちょ……、ァァァアアー‼︎」

 

ゴールを守っていた男子Aの悲鳴が木霊し…

 

榛名「シュートが決まるとその100倍気持ちいい!

これがサッカーなの!」

 

と、満面の笑みを浮かべた。

 

女子A「いや…、今の多分反則ですよね?」

女子B「まぁ…いいんじゃない?半分お遊びだし」

 

 

 

一方その頃

 

片付いた部屋の中で、お茶を啜っている2人の男がいた。

 

クリストフ「ルナちゃん達、遅いデスネー…。

そろそろ行かないと、フネ出ちゃうデス。」

晴翔「あの馬鹿ガキ…」

 

晴翔は、「後でアイアンクローだな」と青筋を立てていた。

 




…サッカーの試合の描写ってめちゃくちゃ難しいんですね。
とくに必殺技とかどうやって文に書き起こすんだろう…

ともかく、今回描きたかったのはジェラール君が改めてサッカーの楽しさを感じ取るってことです。
この日見たこと、聞いたことが彼の今後の成長の糧となるのでしょう。きっと

それではまた、次のお話で


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第15話 約束

キャラクター紹介
名前:八重崎 義人 (やえざき よしと)
愛称:ヨッシー
年齢:40歳
身長:176cm
体重:80㎏
好きな物:面白い事
嫌いな物:何が嫌いかじゃなくて何が好きかで自分を語ろうぜ by義人


榛名「ヤバい!遅刻遅刻遅刻ーーー!!」

 

榛名達は大慌てでジェラールの家に向かっていた。

船の出航時刻が迫っている。

直ぐに向かわなければ間に合わない。

 

男子A「こ、こんなの聞いてねぇ…!」

男子B「ガタガタ抜かすな!走れ!」

女子B「もー!パフェだけじゃ割に合わない〜!」

女子A「フレー、フレー、み・ん・な♪」

3人「 」

 

4人で子どもを1人ずつおぶりながら走る(1名、応援に徹している者がいる)。

完全に時間を忘れてしまっていた。

万事休すかと思ったその時…

 

「何やってんだ?お前ら?」

通りすがりの軽トラックの運転手に声をかけられる。

 

榛名「あなたは…!」

長門「ヨッシーだ!」

 

義人「おう、長門!それに大和もいるじゃねぇか。

で、こりゃ何だ?何のお祭りだ?」

 

どこからどう見ても異様な光景に困惑している。

榛名が簡潔に状況を説明する。

 

義人も、偶然晴翔から少し話を聞いていた為、直感で状況を理解した。

 

義人「成程。

要するに、サッカーにうつつを抜かしていたらジェラール君が乗る予定の船の時間に間に合わなくなっちまいそうになったのか…。

アホだな、ガハハハハッ!」

 

…返す言葉もない

 

義人「で、船はいつ出るんだよ?」

榛名「今から20分後です。」

 

義人「ほーん。ここからだと…大体25分てとこかなぁ。

最短でも。」

 

港は島の反対側だ。

山を迂回していく必要があるから、どうしても時間がかかる

 

義人は荷台を指さし、告げる。

 

義人「…乗りな」

榛名「え?」

義人「15…いや、10分だ。10分で送り届けてやる。」

榛名「え?」

義人「早くしろ、間に合わなくなるぞ」

榛名「でも、晴翔さん達が…」

 

「安心しなさい。たった今、荷物を積んで港に向かうように連絡しておいたわ。勿論、二人でね。」

と、義人の奥さんである晶子(あきこ)さんがケータイを見せる。

 

義人「よっしゃ行くぞ‼︎振り落とされんなよ!

特に大和!!!」

 

榛名、武蔵、長門、大和、ジェラールが荷台に乗り、サッカー部員達にお礼と別れを告げて発進する。

なお、お代はチョコレートパフェからロールケーキに昇格していた。

勿論、1人一本ずつ。

 

 

 

〜7分後〜

榛名「嘘でしょ、10分どころか7分で着いちゃった…」

 

義人の軽トラは森を抜け、崖を下り、川を渡って、時々宙に浮きながら港までの道をショートカットしまくった。

本来、迂回するはずだった山を突っ切ったのだ、正気の沙汰じゃない。

義人さん曰く、「進めばそこが道となる」そうだ。

 

義人「よっしゃぁぁぁああ!新・記・録!!!」

晶子「凄いわ!「雲雀山横断RTA」更新ね!」

義人「惚れ直しちゃったかぁ〜?ガッハハハハ‼︎」

 

凄い夫婦だなぁ〜と、榛名は思った。

直後、晴翔の車も到着し、

 

義人「俺の勝ちだな!」

晴翔「何の勝負だ!?」

 

と、謎に意地の張り合いを始めた。

 

ともあれ、お陰で時間に余裕ができた。

子ども達は最後の時間を噛み締めていた。

 

武蔵「…ホントに行っちゃうんだな、ジェラール」

 

ジェラール「うん。ごめん、武蔵、長門、大和…。もう一緒にサッカーできない。」

 

武蔵「しょうがないよ。それに、きっとまた会えるよ。約束しただろ、ジジイになるまでサッカー続けるって…。」

 

長門「なんなら、毎年お金貯めて会いに行くよ。えっと…「ふあんす」だっけ?長門知ってるよ。こんっな長いパンの所。昨日テレビで見たもん。テレビの人は飛行機でひとっ飛びで行ってたよ。」

 

大和「「ぐあんす」に行っでも、元気でねッ…。おでがみ、毎日がぐがらッ!」

 

武蔵「泣くなよぉ、最後は笑って「さよなら」って言うって…やく、そ…くじただろ」

 

大和につられて武蔵が、3人につられて長門までもが泣きわめいてしまう。

 

ギャン泣き状態の子供たちを、榛名は優しく抱き寄せる。

 

「ほらほら、みんな落ち着きなさい。

特に、武蔵と大和は男の子なんだから、泣いてばかりじゃ強くなれないぞ~。」

 

武蔵「泣いてないもん!汗だもん!…姉ちゃんは寂しくないの?」

 

榛名「ううん。すっごく寂しい。でもね、それ以上に信じているわ。「きっとまた会える」ってね。

みんな、こんなにも仲良しなんだからまた一緒にサッカーできるよ!

だから、今は少しだけ我慢しよ?」

 

ジェラールが3人に向って小指を突き出す

 

「指切り、しよ。約束、「またみんなでサッカーしよう」」

 

「「「…うん!」」」

 

 

子ども達のやりとりをクリストフと晴翔は離れた所から眺めていた。

 

晴翔「大和のやつ、まだ泣いてやがる…」

 

クリストフ「hahaha!優しクテ、イイ子ですヨネ!

ワタシ、けっこうオキニイリデス!」

 

晴翔「……優しい、か。

まぁな、それもあるんだろうが…。

あいつの場合、人事とは思えねぇんだろうな。」

 

クリストフ「ドウイウコトデスカ?」

 

晴翔「今ここにいる連中の中で、ジェラールの気持ちを本当にわかってやれてるのは、大和と…それから長門だけだってことだ。」

 

クリストフ「……」

 

晴翔「俺は、アイツらとは本当の兄弟じゃない。

まぁ…、血の繋がりならあるけどな。

アイツらは、あそこにいる俺の親父の弟の子…つまり、従兄弟ってやつなんだよ。

アイツらは、幼くして本当の両親を失っている。

それを親父が引き取ったんだ。」

 

クリストフ「ソンナコトガ…」

 

晴翔「…余計なこと言っちまったかな?

まぁ…、せめてジェラールにはアイツらと同じ目にあって欲しくない。

これ以上、胸糞悪りぃモノは見たくねぇ。

だから…」

 

クリストフ「…セキニンジュウダイ、デスネ」

 

晴翔「そういうことだ。

達者でな、クリストフ。」

 

クリストフ「ええ、ハルトも、オゲンキで」

 

握手を交わし、別れを告げる。

 

黄昏の空、紅い水平線に向かって、子ども達は陽が沈むまで手を振り続けていた。

 

榛名「…行っちゃいましたね。」

 

晴翔「そうだな、寂しくなるか?」

 

榛名「…私、ジェラール君にちゃんとサッカーの面白さを伝えてあげられたのかな?」

 

晴翔「さあな。ま、少しはマシな別れ方は出来たんじゃねぇの?

ありゃあ、火の着いた目だった。」

 

榛名「そうだといいな」

 

そっと、晴翔が榛名の頭に手を置く。

晴翔の手は、大きかった。

そして、とても力強かった。

 

いや、力強いというか、変に力が篭っていた。

 

晴翔「ンなことよりテメェ…、頭じゃなく脊髄で動いてやがるな?

もっと後先考えて動きやがれ…!」

 

船の時間に遅れそうになった罰として、晴翔は榛名の頭を鷲掴みにして持ち上げる。

 

榛名「ご…べんな、ざ…ぃ…」

 

榛名が断末魔の様な声をあげ、「姉ちゃんを虐めんなーーー!」と武蔵が晴翔の脛を蹴る。

 

晴翔は、「やるなぁ、今のは痛かったぞ」と武蔵を讃えつつ、その眉間にデコピンを食らわすのだった。

 

 




ようやく、プロローグのあのシーンにたどり着きました。
読み進めて下さっている方がいるのでしたら、お気づきかも知れませんが、実は当初の予定とは展開を少し変えました。悪い方向に

もう一悶着くらいして、過去編は終了です。(おそらく)


それではまた、次のお話で


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第16話 大切なもの

 

榛名「そう…、経過は順調なんだね。

本当によかった。」

 

政道『あぁ、お陰様でな。

正直、自分でも信じられない。

事故に遭う前より調子がいいくらいだ。』

 

夏が終わり、紅葉が色付くころ。

榛名は久しぶりに自室で政道と話していた。

あの日の事故以来、「二度と走れないかもしれない」とまで言われた政道だったが、クリストフの知人の手によって奇跡の回復を果たしたらしい。

国際線を使って、近況報告をしてくれたのだ。

 

政道『母さんも、喜んでくれたよ。「榛名のおかげだ」って言っていた。

「悪いことをした」とも言っていたが…、何かあったのか?』

 

榛名「ううん、何にも。

お母さんはお元気?」

 

政道の母、真希は息子の治療に同行していた。

 

政道「ああ、元気だよ。

次の検査で問題がなければ、日本に帰れるらしい。」

 

榛名「本当!?お土産期待しているからね!」

 

「では、期待に応えるとしよう。学校の連中にもよろしく」と言い残し、政道は電話を切った。

 

もうすぐ政道に会える。

思わず、頬が緩んだ。

 

その様子を見て…

 

長門「デキてるぅ〜」

 

っと長門が榛名を揶揄う。

どこで覚えた?そんな言葉。

 

「お姉さんを揶揄うんじゃありません」と、長門を脇をくすぐる。

 

「あの、榛姉さん…」

 

部屋のドアをそっと開けて、隙間から大和が覗き込んでいた。

 

大和「じゅんび、できたって。」

榛名「ありがとう。すぐ行くからね。」

 

長門と違って大和は静かで大人しい。

双子でも性格は案外似ないようだ。少なくとも、この子達に関しては。

それでも仲は凄く良い。

双子というのは、それだけで特別なのだろう。

 

階段を降りて台所に向かうと…

 

「誕生日おめでとう」

 

四方八方からクラッカーが鳴り、お祝いの言葉をかけられる。

どうしよう、ニヤけが止まらない。

今日は、榛名の14歳の誕生日だったのだ。

 

「あ、ありがとう…」

 

ぎこちなく笑いながら応える。

人間、感情の昂りが一定以上に達すると、かえって稚拙な表現しか出来ないものだ。

 

悶々としたまま着席すると、武蔵から何やら紙のようなものを渡される。

「かんしゃじょう」と書かれていた。

武蔵が文面を読み上げてくれていたようだが、何も聞こえない。

感動のあまり脳の処理が追いつかず、フリーズしていたのだ。

 

「とりあえず、部屋に神棚を作ろう。そして、この「かんしゃじょう」を祀らなければなるまい。」

フリーズから立ち直った後、榛名は決心するのだった。

 

 

豪勢な食卓を囲みながら、思い出話や将来の夢の話などに花を咲かせる。

 

武蔵「おれは姉ちゃんみたいなすげぇすとらいかーになる!」

長門「長門はね〜。しょうらい、「せきゆおー」になるの。あらぶに行って〜、せきゆいっぱいホリホリして〜、おーがねもちになるんだ〜。それでね、せかいのけーざいをぎゅうじるの〜。」

 

武蔵と長門は声高に自分の夢を語る。

少々、ドス黒い野望の様なものも聞こえたが、おそらくは耳の錯覚だろう。

 

榛名「そ、そうなんだ〜。頑張ってね…。

大和君は?」

 

大和「…私は…。私は、ずっとみんなとここにいたいです。

みんなといっしょにわらったり、ないたり、おこったり…。

私はきっと、そのためにうまれてきたんだとおもうから…。」

 

武蔵「…なにいってんのかぜんぜんわかんねー。」

 

長門「むずかしいよ〜。」

 

2人はヤジを飛ばすが、榛名には大和の気持ちが少しだけ分かる気がした。

 

榛名「…うん、そうだね。

それがきっと、一番大切なことなのかも。

でも大丈夫。大和君の願いは、叶うよ!

みんな、ずっと一緒だから!」

 

 

何気ない日常、ありきたりな幸せ

それは誰の手にもあって、誰の手からもすり抜けていく。



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第17話 堕ちる星、爆ぜる空

 

9月14日 AM6:00

 

ピピピピピピピピピッ

 

晴翔(…ッチ、もう朝か…)

 

お盆の帰省を済ませた晴翔は寮に戻っていた。

彼が実家に滞在するのはお盆や正月などの長期休暇のみで、基本的には地元からは遠く離れた場所で過ごしている。

 

「やかましい」と言わんばかりに、晴翔はケータイのアラームを切る。

別段、晴翔は朝が弱いわけではない。

寧ろ強い方だ。

 

だが、どうも今日は調子が悪い。

昨晩は一睡も出来なかったうえ、何やら妙な胸騒ぎがする。

 

「気、緩んでやがるな。」

 

洗面所で顔を洗い、着替えて食堂へ向かう。

…妙に騒がしい。

 

しかし、晴翔が食堂に入った瞬間食堂がシーンとした。

 

(……何だ?この空気は…)

 

皆、あからさまに晴翔を避けていた。

目が合いそうになると、目を逸らしてくる。

 

全くの無音…

否、テレビの音声だけが鮮明に聞こえてきた。

大方、朝のニュースだろう

 

テレビ「………したと見られる雲雀島から中継でお伝えします。」

 

晴翔「…何?」

 

雲雀島とは、晴翔の実家がある島のことだ。

何かあったのだろうか。

 

ガタッ!

 

誰かが席を立つ音が聞こえる。

一人、二人と席を立ち、食堂から出ていく…

 

晴翔(何だってんだ、一体…)

彼らの背中を睨む。

どういうつもりだと問いただしてやろうと思ったその時、

 

テレビ「…じられますでしょうか!?たった一晩で島の半分以上が消し飛んでしまいました!!」

 

晴翔「!!?」

 

……待て、それは、どういう…?

 

反射的にモニターに目を向ける。

そこには、自分の知るそれとは似ても似つかない無惨な姿と化した故郷の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

‐‐‐‐‐‐--------------

 

9月13日 PM7:06

 

まず、空が光った気がした。

次いで、耳をつんざくような轟音

 

その後のことは分からない。

気が付つけば、私は仰向けになって倒れていた。

眠ってしまっていたのだろうか?

先ほどまで夕暮れだった

のに、今空を見上げると闇夜の中星が瞬いている。

 

こうしちゃいられない、今日は両親が留守なのだ。

代わりに夕食の用意をしなければならない。

直ぐに帰って、ご飯を食べて…宿題やって寝なくちゃ。

 

「…ごッ…、ふ!」

 

突如口内に広がる鉄の味。

生暖かい何かが、内から外へ流れていく。

これは…一体…

 

「…なに…?、これ…?」

 

脇腹から、先の尖った木が生えている。

その付け根からもまた、暖かい液体が染み出し、真っ白な制服を赤黒く染めていた。

 

榛名はようやく自分から生えている物の自分の正体を理解した。

違う、生えてるのではない。

木材の破片が突き刺さっている。

 

…引き抜いて出血を止めるべきか

恐る恐るその木材に触れ、引き抜こうとする。

瞬間

 

「が…ッ、…‼︎」

 

今まで感じたことのない激痛と熱。

おまけに傷口から鮮血が噴き出し、制服という名の白いキャンパスを赤く彩る。

「触れちゃだめだ。」と体で理解する。

 

一体何が起こった?

私は…学校へ行って、部活が終わって…、買い物をした。

その後は武蔵を迎えに保育園へ……

 

「!!…武蔵!?」

 

起き上がって周囲の状況を確認する。

再び腹部に激痛が走るが、どうでもいい。

弟の安否の方が重要だ。

 

しかし、

 

そこに広がっていたのは、辺り一面の焼け野原。

木々が、建物が薙ぎ倒され、所々で炎が燻っている。

 

言葉を失う。

思考が働かない。

 

「酷い夢だ」そう思いたかった。

しかし、口の中に広がる鉄の味と、腹部に走る鈍痛が証明してくれる。

「これは現実だ」と。

 

 

 




仕事疲れた。

とりあえず、書けるところまで書こうとしたら普段と大体同じくらいの分量になったので、とりあえず投稿といったところです。

にしても、災害の描写って難しいですね…。一応、モデルとなった事件…というか、現象はあるのですが…自分の体験じゃないので殆どが勝手な妄想の産物なんですよね。
ともあれ、この出来事がこのストーリーにおけるもう一つの、そして最大のターニングポイントです。
丁寧に描きたい一方、自分の文章力のなさがそれを許してくれない哀しみよ。

余談ですが、前話での大和君の「私」発言は誤植とかじゃありません。
彼は男の子ですが一人称は「私」なのです。別にトランスジェンダー的な何かとか、オネエだったりはしませんし、どちらかといえばノンケです。

それでは、次のお話で


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第18話 虹の翼

9月14日 AM8:00

ドイツ ベルリンにて

 

雲雀島が半壊した事件は、各メディアを通して世間に知れ渡っていた。

それは、遠く離れた異国の地も例外ではない。

 

「まるで、ツングースカ大爆発だな」

 

男は朝のニュース番組を見ながら、呟く。

男の名は「ダニエル・キルヒアイゼン」。ドイツ在住の医師である。

普段であれば極東の島国での出来事などにはさほど関心を持たない。

しかし、今回ばかりは無関心ではいられなかった。

 

「君は運がよかったな。マサミチ君…。」

 

ほんの数ヶ月前に治療を施し、現在経過観察中の患者の故郷が吹き飛んだのだ。その子は気が気じゃないだろう。

肉体的な傷や怪我の処置は出来ても、メンタルケアは自分の専門ではない。しかし、放っておくわけにはいかない。

 

ダニエル「さて、どうしたものか…」

 

ダニエルがコーヒーを啜りながら思案していると…

 

「パパ、「ツングースカ大爆発」って何?」

 

近くにいた女の子が男に向かって問いかける。

おそらくは娘だろう。

 

ダニエル「今からおよそ100年前、ロシアのとある地域で起きた大爆発だよ。「隕石の空中爆破が原因」という見解が多いらしい。

ちなみにその威力は、あのヒロシマに投下された原爆の185倍とされている。全く、自然の力は恐ろしいな。」

 

報道によると、今回の災害の原因もまた「隕石の空中爆破による衝撃波」とされている。しかも、その破片が爆心地の周囲に降り注いだというから、余計にタチが悪い。

 

ダニエル「ともかく、彼の友人達の無事を祈るばかりだ。」

 

ダニエルはコーヒーを飲み干し、背広を羽織って仕事へ向かっていった。

 

 

 

------------------------------

 

10月13日 PM8:35

雲雀島にて

 

 

 

「…生きている…!生きている…!生きている!」

 

榛名は武蔵を抱き抱え、安堵の声を漏らす。

隕石の爆風に吹き飛ばされて離れ離れになってしまっていたが、どうにか探し出すことができた。

武蔵は気を失ってはいたが、呼吸も脈拍も正常だ。

幸運なことに、目立った外傷もない。

とはいえ、安心は出来ない。

爆発による熱で、至る所に火の手が上がっていた。

榛名も武蔵もその煙を吸いすぎている。

一刻も早くその場から離れなければならない。

 

「もう大丈夫、お姉ちゃんがついてるから…!」

 

武蔵をおぶり、歩き出す。

 

「…く、…ぅ…」

 

瞬間、眩暈がした。

 

血を流しすぎたのだろう。

 

頭がくらくらする。

冷や汗が出ている。

寒い。

息が苦しい。

真っ直ぐ歩けない。

 

明らかに、血も酸素も足りていない。

 

しかも、先ほどから妙なモノが見える。

 

炎の様に揺らめき、七色に輝く翼を持つ鳥。

それは榛名の背後から「出現」していた。

 

(これが、守護霊ってやつなのかなぁ…?

本当にいたんだ。

こんなモノが見えちゃうなんて、そろそろお呼びがかかっているのかな?)

 

土手っ腹に穴があいた状態で、大量の煙を吸いながら歩き回った。

もう限界を迎えてもおかしくはない。

なのに、活力だけは無限に湧いていている。

 

その力の源泉は間違いなく背後にいるモノだろう。

根拠はないが、榛名はそう確信していた。

 

「まぁ…、ありがたく使わせてもらおうかな」

 

肉体の限界を超えて、気力を糧に歩みを進める。

 

---------------------

 

「…ここまで、来れば…」

 

開けたところに腰を降ろす。

 

「少し、重くなったね」

 

そっと、武蔵を膝に寝かせる。

困ったことに、もう指先の感覚がない。

最後に少しでも弟の体温を感じたかったけれど、叶わない様だ。

 

そういえば、この子をおぶったのはいつ以来だっただろう。

あれは確か、みっちゃんと2人で保育園に迎えに行った時だった。

 

「ごめんね、みっちゃん。

約束、守れないや。」

 

遠い空に向かって呟く。

まさかあの通話が今生の別れになるとは思いもしなかった。

世の中厳しいものだ、と苦笑する。

 

視界の端には七色の翼が映っている。

正体不明の謎の存在に、榛名は語りかけた。

 

「あなたもありがとうね。

もう私のことはいいの。

ただ……」

 

膝の上の弟に目をやる。

 

「あなたさえ良ければ、私の代わりにこの子を見守ってあげて欲しいな。

この子が何を見て、何を思って、誰と出会って、どんな…大人になるのか…。見届けて欲しいな。」

 

ソレは何も応えない。

ただ、微かに首を縦に動かした。気がした。

 

「ありがとう。よろしくね、「鳳凰」。」

 

瞬間、ソレは空気に溶ける様に消失した。

不思議な存在だと、榛名は思った。

しかし同時に、ずっと前から、生まれた時から一緒だったような気がする。

「鳳凰」という名も、考えるより先に自然と浮かんできた。

まるで、元々知っていたかのように。

 

フッと、目の前が暗くなる。

次いで、膝に感じていた「重さ」が消える。

そして、音が聞こえない。

 

「その時」がやってきた。

 

榛名は目を閉じ、

 

(さようなら、先にいきます。

パパ、ママ、武蔵…、みんな…、ゆっくり来てね。)

 

そっと意識を手放した。

 

 

 

 



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第19話 ターニングポイント2

 

9月14日 AM5:48

雲雀島

 

「…おい!来てくれ‼︎

子供が倒れている!

…2人だ!」

 

災害発生から翌日、雲雀島では懸命な救助活動が行われていた。

火は既に消し止められ、生存者の保護と避難所の開設、遺体の回収と安置に追われている。

今しがた救助隊員の1人が10代程の少女と5歳前後と思われる男の子が手を繋いで倒れているのを発見した。

 

「何故こんなところに…」

「火の手から逃げてきたに決まっている!

…おい君、大丈夫か⁉︎」

 

駆けつけた救助隊員の男が少女を軽く揺さぶり、反応を見る。

 

「…ッ。………もう、ダメだ。」

 

反応はない。

それ以前に、体が異様に冷たい。

死後数時間は経っている。

 

「……そうか…。そっちの子は…?」

 

「この子は……、‼︎

まだ温かい!息もある‼︎」

 

「本当か⁉︎

なら、すぐに避難所へ…」

 

隊員の1人が幼い男の子を抱き上げようとする。

 

「…あ?」

 

すると、何かに引っ張られた様な気がした。

少女の冷たく、硬直した手がその子の手を強く握りしめている。

 

(何という力だ…。)

 

隊員は少女の指を一本ずつ剥がす。

 

「(大の男が両手を使ってやっととは…。)

…大丈夫。もう大丈夫だ。

この子は我々が責任を持って保護する。

必ず、ご両親の元へ送り届ける。

だからどうか、安心して…」

 

やっとの思いで2人を引き剥がし、それぞれ別の場所へ運びだした。

 

---------------------------------------

 

同日 PM1:04

 

村上中学校の体育館には大勢の避難民で溢れかえっていた。

無事を喜びあう者、悲しみにくれる者、意味合いは違えど大半は涙を流している。

 

そんな中、ただ静かに体育座りをしている女の子がいた。

その傍らには頭に包帯を巻かれた状態で眠っている男の子がいる。

 

「食べ物、もらってきたよ。少しは食べないと…」

 

1人の大人の女性がその子に語りかけた。

渦波由紀。この島の住民で、保育園に勤めている。

彼女はその女の子の担任でもあった。

 

「いらない。

大和がおきてから、いっしょにたべるの。

いまは、いらない。」

「長門ちゃん…。

…そうだね。早く起きると良いね。」

 

由紀はそっと長門を抱き寄せ、

 

(早く戻って来て…、大和君…)

 

心から、そう祈った。

 

長門「…まただ。」

 

長門が静かに呟く。

その時、

 

「長門!!!」

 

体育館の出入り口に1人の男性が現れる。

 

由紀「…!晴翔君!?」

 

由紀が驚愕の声をあげる。

晴翔は現在、島外の高専に通っている。

 

由紀「どうしてここに…」

晴翔「慌てて駆けつけて来たに決まってるだろ。

んなことより長門!無事なのか!?怪我は!!?」

 

晴翔は長門の体中をまさぐる。

すると…

 

「…ひッ、…ぐ、ぅぅ……」

 

長門が泣き出してしまった。

 

由紀「この変態!!!!」

 

由紀が晴翔の頬を引っ叩く。

晴翔は、「ざけんなテメェ!!」、「こっちは真面目なんだ!」と怒鳴り散らしつつも長門の無事に安堵していると、長門が晴翔に抱きついて大泣きする。

 

長門「やまとが…、やまとがぁ…!!」

 

晴翔「……おい…。」

 

安心したのも束の間。

晴翔の表情が凍りつく。

 

晴翔「…畜生…。クソッタレだこんなの…。」

 

晴翔は目を瞑り、歯軋りした。

 

------------------------------------

 

死者:300名 行方不明者:238名 負傷者:957名

雲雀島の悲劇は瞬く間に世界中に知れ渡り、大きな反響を呼んだ。

隕石の落下や爆発自体は、稀ではあるものの前例はいくつか確認されている。

しかし、それにより人的被害が発生し、町一つが壊滅的打撃を受けた事例は過去に記録がなかった。

後に「雲雀大爆発」と呼ばれるこの事件は多くの人の日常を破壊し、その心に深い爪痕を残したのだった。

 




ようやく過去編が終わりました。長かった。

ここまでが実質プロローグです。一言で言えば、「一章丸々使ったクソ長いキャラクター紹介」的なものです。
長々と続いたこのプロローグ、「序章 黄金の日々」と題しましたが、ここでは武蔵や八重崎姉弟、ジェラールにとっての「宝物の様な思い出の日々」を描きたいと考えて執筆しました。同時に彼らはそれぞれ「大切なもの」を失ってしまい、その心に影を落とすことになる大きな出来事がありました。わざわざ隕石を選んだのも一応理由はありますが…それはまたの機会で…(続けばですが)
振り返るとマジでサッカーそっちのけ過ぎてイナズマイレブン要素がホントに皆無でしたね…。「これ…、イナイレでやるストーリーじゃなくね?」と時々思ったりしてましたが…、「何でかわかんねぇけどすげぇやってみたかった」ので勢いでやっちゃいました。
所々文章がアレすぎて自分の文章力のなさに絶望しかけましたが…ひとまず序章はここで終わりにしたいと思います。(この章の主役の榛名ちゃんはもういないのでこれ以上続ける意味あまりないし…)


それではまた、次のお話で


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1章 Re:Start
第20話 7年後


 

実況「さぁ!いよいよこの時がやってまいりました!!

全国少年サッカー選手権大会U12決勝戦!!

日本最強の栄冠はどちらの手に?

勝利の女神の祝福はどちらのもとに?

いずれにしても、素晴らしい試合となることでしょう!!」

 

スタジアムに歓声が轟く。

その日は少年サッカーの日本一を決める公式大会の決勝戦だった。

例年、サッカーに対する強い情熱と、高い実力を秘めた金の卵達が集い、競い、そして高めあう。

 

実況「しかし何と言っても…今試合の主役はおそらく「彼」でしょう…!どう思われますか?影山さん…!」

 

影山「…ええ。非常に「良い」選手だと思いますよ。瞬発力、判断力、得点力共に国内最高レベルだ。

それもそのはず…聞くところによると、あの子はあの「舞姫」の弟らしい。この試合、見逃せませんな。」

 

実況「…!「舞姫」…。まさか、あの「舞姫」ですか…?」

 

影山「おや?ご存じない?」

 

スタジアムに動揺が走る。

日本を、世界を震撼させた「雲雀大爆発」の際、亡くなってしまった少女。

かつて、フットボールフロンティア決勝戦へコマを進めながらも、怪我により試合を棄権…。そしてその年の秋に災害に巻き込まれ、命を落とした悲劇のストライカー。

「試合にさえ出ていればきっと帝国を破っていた。」という者も少なくはなく、一部では「無冠の女王」とも呼ばれていた。

7年も経った今でも、彼女は人々の記憶に刻まれている。

 

武蔵「余計なことしやがって、あのグラサンオヤジ…」

 

武蔵は11歳になっていた。

雲雀島から引越し、神戸のとあるサッカーチームに所属していた彼は、姉のことを隠していた。

 

チームメイト1「なぁ、「舞姫」って誰の事だよ?」

チームメイト2「え?いや…知らない…」

 

武蔵(…まぁコイツら馬鹿はどうでもいい。問題は…)

 

ドッと観客席から歓声を上がる。

 

武蔵(ああいう、7年も前の事をまだ覚えている大人達と…)

 

相手チームの選手の1人が、武蔵に歩み寄り握手を求めてくる。おそらくキャプテンだろう。

 

敵チームキャプテン「…お前、あの榛名さんの弟だったのか!?

いい試合をしよう!よろしく!!」

 

武蔵(…こういう、サッカー馬鹿だ)

 

敵チームキャプテン「凄いぞ、みんな!!

俺たちは運がいい!

あんな凄いやつと戦えるんだ!

胸を借りる気持ちで頑張ろう!!」

 

何やら、敵のチームは盛り上がっている。

彼らは「こっち」の連中よりサッカーに対する熱が強い。

7年前にちょっと活躍した程度の選手を知っている。

よほど研究しているのだろう。

 

武蔵「…止めてくれよ、そういうの」

 

武蔵は、小さくため息をついた。

 

------------------------------------

 

いよいよ試合が始まる。

姉と同じく、フォワードを務める武蔵のキックオフで試合開始だ。

 

武蔵(確か、アイツらのウリは得点力。あまり調子に乗らせると厄介かもな。

…既にテンションブチ上がりだけど。

なら、ちょっとビビらせてやるか。)

 

武蔵「…"若雷(わかいかずち)"」

 

試合開始のホイッスルと同時に、武蔵は必殺技を相手ゴールに向けて叩き込む。

ただ、ひたすら速攻性に特化した一撃。

シュートの威力そのものは通常のシュートと殆ど変わらない。

全国レベルのキーパーであれば、容易に受け止められる鋭いだけの一差しだ。

しかしそれは、

 

武蔵「先ずは、一つ」

 

反応出来れば、の話である。

 

 




ようやく、武蔵君主体の物語が始まります。
さっそく登場しました「若雷」とは、彼の必殺シュートの一つです。要するに、「威力は大した事ないけどすっごく速いシュート」です。
名前は八雷神からとりました。
武蔵君は雷属性キャラとして作っています。良いですよね、雷属性。
イナズマイレブンって名前の割に雷系の技を多用するキャラっていなかったような…?違ってたらすみません。

ちなみに、ここからが本編なので序章は読んでも読まなくてもどっちでもいいかもしれません。
って序章の1話かプロローグにも追加で書いときます。

それではまた、次のお話で


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第21話 亀裂

 

観客A「…なぁ、今の…、見えたか?」

観客B「……」

観客C「…だよな…。」

 

スタジアムが静まりかえる。

試合開始のホイッスルは聞こえた。

しかし、その後何が起きたのかが分からない。

落雷の様な音が聞こえたと思ったら、ボールはゴールネットを揺らしていた。

 

敵チームメンバーA「何だよ、アイツ…」

敵チームメンバーB「反則だろ、今の…」

 

敵チームに動揺が走る。

一切の対抗も出来ずに得点を許したのだから当然のことかもしれない。

 

「まだ試合は始まったばかりだ、切り替えよう。」と、相手チームのキャプテンがメンバーを励ます。

 

得点されたチームのボールで、試合を再開する。

相手チームの選手の1人が味方へパスを出すが…

 

武蔵「伏雷(ふすいかずち)。」

 

武蔵がインターセプトでボールを奪い取る。

 

武蔵「ありがとう。」

 

武蔵はゴールへ向けて単身で突撃する。

近くにパスを回せそうな味方の選手はいない。

側から見れば暴走だ。

当然、相手の選手はボールを奪い返そうと武蔵に迫る。が、

 

武蔵「裂雷(さくいかずち)。」

 

全身から放電し、迫り来る相手選手を悉く吹き飛ばす。

そして…

 

武蔵「鳴雷(なるいかずち)…‼︎」

 

再び武蔵シュートが炸裂し、追加点を上げる。

 

 

------------------

 

その試合は、一言で言えばワンサイドゲームだった。

「蹂躙」と言ってもいい。

相手の反撃を一切許さず、一方的に攻撃し続ける。

 

観客C「よ、容赦ねえ…」

観客D「っていうかあれ…。遊んで、いやがる…?」

 

実況も、解説も、観客達の歓声も途切れたスタジアムに虚しくホイッスルが響きわたる。

 

武蔵「…終わりか。

驚いたな。律儀に時間通りに終わらせたよ。

途中で切ってもよかったのに…」

 

武蔵は相手チームの選手達を一瞥しながら、

 

武蔵「どうせ、勝ち目なんてなかったんだから」

 

冷たく、言い放った。

 

------------------

 

「優勝おめでとうございます!」

「どうも」

 

「今試合の手応えは?」

「まぁ、それなりに良かったかと」

 

「好きな食べ物は?」

「……それ、試合と何か関係ある?」

 

試合後、武蔵はマスコミの取材を受けていた。

面倒なので適当に流す。

 

武蔵(鬱陶しいなぁ、早く帰りたい)

 

「それじゃあ、この辺で…」っと、武蔵が足早に立ち去ろうとすると…

 

「この喜びを、誰に伝えたいですか?」

「……え?」

 

「サッカーを始めたきっかけは?」

「……それは…」

 

「目標にしている人はいますか?尊敬している人は?」

「…………それ、…は……」

 

誰に喜びを伝える?

…両親か?いつも助けてもらっている。感謝もしている。けど…

 

なぜ、サッカーを始めた?

初めにあったのは…、憧れだった。

 

何に憧れた?

 

目標にしている人は?

 

尊敬している人は?

 

その人物は………?

 

武蔵「姉、さん…」

 

小さく、武蔵は呟く。

 

「…あの、武蔵君?」

 

記者達が驚いたように、心配するように、武蔵の顔を覗き込む。

 

その目からは大粒の涙が流れていた。

 

 

そうだ

 

俺が今、誰よりも先に喜びを伝えたいのは、姉さんだ。

 

サッカーを始めたきっかけは、姉さんに憧れたからだ。

 

俺の目標は、姉さんみたいになることだった。

 

だけど…

 

もう、その姉さんはいない。

 

だったら一体、何の為に……?

 

俺は、何を目指してサッカーを続けるのだろう。

 

武蔵の心に大きな亀裂が入る。

そして、何かが崩れていくような感覚がした。







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第22話 八神玲名

 

ここはとある病院の一室。

10歳前後の少女がスポーツ誌を読んでいる。

 

「すごいね。

武蔵、優勝したんだって。

しかも10-0かぁ。圧勝だ。」

 

少女はベッドの上で眠っている少年に語りかける。

 

「昨日、久しぶりに話したんだ。

武蔵が今日、会いに来てくれるって。

嬉しいよね、大和。」

 

あの日以来、八重崎大和はずっと眠り続けている。

医者からは、二度と目を覚ますことはないかもしれないとまで言われている。

しかも…

 

長門(まただ…。また、広がっている……)

 

長門はそっと大和の患者服の袖を捲ると、大和腕の皮膚の一部が硬化し、紫色に発光している。

大和は眠り続けている間に、謎の結晶体に体を侵食されていた。

この症状が進行すれば、何が起こるか分からない。

この7年の間に様々な医療機関の検査を受けたが、この症状の原因は分からなかった

挙句、「隕石と共に飛来したウイルスによるものだろう」などと言い出す始末だ。

 

長門「…ホントにウイルスが原因なら、とっくに私の体はそこら中石にされてるよ。」

 

静かに長門が呟く。

その声色には焦りや不安が込められていた。

その時

 

コンコンコンッとドアを叩く音が聞こえた。

 

長門「あ、武蔵が来たみたいだね。

久しぶりだ。きっと大きくなってるだろうなぁ〜。」

 

長門がドアを開け、病室へ促そうとしたが…。

 

長門「……へ?」

 

思いもよらない人物が、そこに立っていた。

その人物は青い長髪をたなびかせ、告げる。

 

「久しぶりだな、長門。

私のことは覚えているかな?」

 

長門「玲名…ちゃん?」

 

玲名「急に押しかけてすまない。

迷惑だったか?」

 

長門「そ、そんなことないよ!

ただその…、意外すぎて…。」

 

長門は一時期、吉良財閥が運営する孤児院、「お日さま園」に世話になっていた時期があった。

そこで年が近く、同性でサッカーが好きな八神玲名や他の子供達とも仲良くなっていた。

 

玲名「それはよかった。

あぁ、これはお見舞いだ。えっと…、メロンは好きか?」

 

長門「ああうん…、好きだと思うけど…」

 

チラッと大和の方を見て

 

長門「ちょっと、厳しいかも?」

 

玲名「……。しまった。

花とかにするべきだったな。

…弟はまだ目覚めないのか?」

 

長門「うん。

ずっと眠っている。

相変わらずお寝坊さんなんだから。

楽しい夢でも見ているのかな?」

 

長門がお茶らけるように笑う。

明らかに作った笑顔だった。

 

玲名「…無理をするな、長門。

私たちの仲だろう?

だから、取り繕うような真似はやめろ。」

 

玲名は優しく長門を抱きしめ、続ける。

 

玲名「お父様…、お日さま園の出資者の男の人を覚えているか?」

 

長門「…星次郎さん?」

 

玲名「そうだ。

今お父様は、7年前に飛来したあの隕石についての研究をしているんだ。」

 

 

長門「…どうして、そんな事を?」

 

玲名「一言で言えば、「世界を変える為」だ。

そして、お前の弟にもそれに協力して欲しい。」

 

長門「…協、力…?」

 

長門は、少しだけ嫌な予感がした。

 

玲名「彼を蝕んでいるあの結晶、あれが研究の手がかりになるかもしれない。」

 

長門「…それは、つまり……」

 

玲名「勘違いしないでくれ。

貴重な事例の一つとして、観察したいだけらしい。

勿論、放置するわけじゃない。

お父様は、彼が最新の医療を受けられるように手を打ってくれるそうだ。

研究によって得られたあらゆる知識や成果を、彼の治療に使う。

彼が元の体に戻れるように手を尽くす。」

 

長門「……そんなこと、急に言われても…。」

 

玲名「…気持ちはわかるさ。

だが、よく考えてみろ。

良い話のはずだ。

お前は、大和を治したい。

お父様は、あの隕石の謎を解明したい。

利害は一致しているぞ。」

 

長門「………」

 

玲名(もうひと押しだな)

 

玲名が言葉を続けようとすると…

 

「ごめんなさい、空けてくださる?」

 

看護婦さんに声をかけられた。

病室の入り口を塞いでいたのだから当然だろう。

 

看護婦さん「こちらです、獅子王さん。」

武蔵「どうも。

久しぶりだな、長門。」

 

と、武蔵が病室に入ってくる。

 

長門「武蔵‼︎久しぶり、会いたかったよ〜。」

玲名「……ッチ」

 

武蔵「なんつーか…、あれか…?

お邪魔だったか?」

 

抱き合っている女子2人を見て武蔵が申し訳なさそうに頭を掻く。

一瞬、青髪の女の子からキッと睨まれた気がしたので尚更気まずい。

 

長門「い、いや…そんなことは…」

 

玲名「ないのか…?」

 

玲名が寂しそうに長門を見つめる

 

長門「そ、そういうわけじゃ…!」

 

と、オロオロしている長門を見て玲名が笑う。

 

玲名「冗談だ。

紹介が遅れたな。

私は玲名、八神玲名だ。」

 

武蔵「…獅子王武蔵。」

 

玲名「獅子王か。覚えておこう。

さて、私はここらでおいとまするとしよう。」

 

「近々良いものを見せてやる」と長門に耳打ちして玲名は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 




本編のキャラも少し絡めていこうと思ったのでエイリア勢から1人だしてみました。
なーんか不穏な気配がするぞぉ?って感じで今回は切りました。
おそらく、この先の展開は割とめちゃくちゃなことになると思われます

自分でも何であんなことやろうと思ったのかわかんない。でもやってみたかったんだから、そりゃ仕方ねぇよなぁ?

それでは、次のお話で


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第23話 7年の溝

 

長門「………。」

武蔵「………。」

 

病室に静寂が流れる。

2人は7年前の災害以降、一度も会っていない。

2人の故郷は、最早人が住める状態にはない。

その為武蔵は神戸に、長門は横浜へ引っ越していた。

距離的、時間的な問題と、気持ちの面でお互いに顔を合わせ辛かったからだ。

積もる話はあれど、何から話せばいいのかが分からない。

 

長門「あのっ…」

武蔵「なぁ…」

 

お互いに話題を切り出そうとして、ハモってしまう。

余計に気まずい。が、ここで止まっては永遠に会話が始まりそうにない。

武蔵は、「お先にどうぞ」っとジェスチャーで長門に発言を促す。

レディーファーストだ。

 

長門「優勝、おめでとう。

すごかったよ、武蔵。」

 

武蔵「あぁ、ありがとな。」

 

長門「でね。これ、お祝い!」

 

と言って、長門は大きな袋を見せる。

 

武蔵「ありがとう。

見てもいいか?」

 

長門「もちろん!」

 

武蔵が袋を開けると…

 

武蔵「……おい、長門…?お前…、これ…なんだ?」

 

長門「?スッポンだよ?」

 

武蔵「生きてるんだが?」

 

長門「新鮮でいいよね〜。」

 

武蔵は「そういう意味じゃない」と内心ツッコミつつも、思わず吹き出してしまう。

長門は、7年経って顔も体つきも女の子らしくなっていた。

にも関わらず、中身はあまり変わっていない。

相変わらず、こちらの予想と理解を軽く超えた発言や行動をとってくる。

 

武蔵「そうだな。それでこそ長門だよなぁ。」

 

長門「ちょっと?それどーいう意味かなぁ〜?」

 

しばし笑いあった後、次は武蔵が話を切り出す。

 

武蔵「大和は、どうなんだ。」

 

長門「…まぁ、見たまんまかな。

あの日以来、ずっとこう。」

 

武蔵「そうか…。」

 

見た所、大和には何の異常もないように見える。

外傷は見当たらないし、呼吸も正常らしい。

なのに、意識だけが戻らない。

所謂、「植物状態」というものだろう。

 

…思わず目を背けたくなるのを必死に堪える。

どんな姿になっても、どんな状態にあっても、大和は武蔵のかけがえの無い親友だ。

その親友から目を逸らすなんて真似は出来ない。

 

いや、それも白々しい話だ。

7年もの間何もしないどころか、見舞いにすら来なかったのだから。

 

武蔵「さっきいた女は誰だ?

学校の友達か?」

 

話題を変えようと、武蔵が長門に別の質問をする。

 

長門「違うよ。

玲名ちゃんとは、お日さま園で知り合ったんだよ。」

 

武蔵「お日さま園…?」

 

長門「うん。少しの間、お世話になったんだ。

あの日、ヨッシーも晶子さんも亡くなっちゃって…、晴兄が私を引き取ってくれたんだ。

けどまだ晴兄は学生だったから、直ぐには無理だった。

晴兄が高専を卒業して、就職するまでの間は孤児院にいたの。

そういえば、ご両親はお元気?」

 

武蔵「あぁ…。」

 

幸いなことに、武蔵の両親は丁度仕事の都合で島を離れていて、難を逃れている。

しかし、長門と大和の保護者である義人と晶子は、7年前に亡くなってしまっていた。長門は、二度も両親を失ったのだ。

 

武蔵「……悪い。」

 

話題を逸らそうとして、かえって長門の心を抉ってしまった。

辛い過去を思い出させてしまったかもしれない。

しかし、長門は笑顔で応える。

 

長門「気にしないでよ。

確かにあの時は悲しかったけど…、お日さま園では良い出会いもあったんだよ。

玲名ちゃんはその1人なの。

サッカー好きなんだ、あの子も。」

 

楽しそうに、お日さま園での思い出を語る長門。

その姿が、武蔵には眩しかった。

どんなに苦しい境遇にいても、強く前向きに生きている。

それに比べて…

 

武蔵「…そうか。それなら良かった。

サッカーは続けてるのか?」

 

長門「うん。続けているよ。

でも、なかなかうまくいかないなぁ~。

武蔵みたいには出来ないや。

でも、約束だからね。

いつかまた、あの「4人で一緒にサッカーする」って。」

 

そう。7年前のあの夏の日、もう一人の大切な親友、ジェラールと別れたあの時に交わした約束がある。

母を亡くしたジェラールが再び立ち上がる為の、4人がもう一度出会うための大切な約束だ。

それを長門はずっと大切に守っていた。

だからこそ、武蔵は長門との間に大きな溝を感じてしまう。

 

武蔵「…お前は強いな。長門。」

 

長門「え?どうしたの?急に…。」

 

武蔵「やっぱり、お前は俺とは違う。

俺とは違って強い奴だよ、お前は。」

 

武蔵はゆっくりと立ち上がり、

 

武蔵「今日は会えてうれしかった。

ありがとう。

…またな。」

 

足早に、病室を後にする。

 

長門「…待って!待ってよ!

怒ったの…?

気に障ったなら謝るから!」

 

長門は武蔵の手を掴んで止める。

武蔵は立ち止まり、悲しい笑みを浮かべて答えた。

 

武蔵「…違うよ。言ったろ、俺はお前とは違う

お前はずっと、あの日の約束を守る為にサッカーを続けてきたんだろ?

…俺は違うんだ。

俺は、必死だっただけだ。

姉さんがいない現実から目を逸らすために…

鬱憤を晴らす為にサッカーしてたんだよ。

…優勝した後、頭が冷えてようやく気が付いた。

俺は…、幸せそうな奴らを…、楽しそうにサッカーしてる奴らを叩きつぶして遊んでいたんだ。

ソイツらの夢を壊して、不幸にして…

そんな奴になっちまったんだ、俺は…。」

 

ポツポツと、独白の言葉を並べる武蔵に、長門はかける言葉が見当たらない。

「そんなことはない」と言いたかった。

けれど、長門自身薄々感じていた。

先日の決勝戦での彼のプレーは、サッカーを使った暴力だ。 

痛めつけたり、怪我をさせたわけではない。

その代わり、相手チームの選手の心を徹底的に嬲り、躙るような…

 

武蔵「…悪い。変な気分にさせちゃったよな。

けど、これではっきりしたと思う。」

 

長門「…何が………?」

 

武蔵「あの日、生き残るべきだったのは、きっと姉さんの方だったんだ。」

 

長門の手を振り払い、武蔵は去っていく。

 

長門「…そんな…、そんな悲しいこと…!言わないでよ!」

 

離れていく背中に、怒鳴りつける。

長門は本気で怒っていた。

同時に、とても悲しかった。

 

長門「…行かないで…。おいて、行かないで……。」

 

長門は遠ざかる背中に手を伸ばし、力なく呟く。

 

 

 

------------------------

 

姉さんは、もういない。

それじゃあ、何を追いかければいいのかが分からない。

 

大和は、ずっと目を覚まさない。

だからあの約束は果たされない。

 

だったら、何の為に?

 

もう分からない。

 

俺は、あいつらと一緒だからサッカーが好きだったのか。

サッカーが好きだから、あいつらのことも好きだったのか。

 

姉さん、アンタなら答えを知っているのか?

もしそうなら、化けてもいいから教えに来てくれ…。

 

 

 

 



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第24話 思わぬ再会

雨が降り頻る中、武蔵は傘もささずに駅へ向かって歩いていた。

 

武蔵(…大和は、相変わらず目を覚ましてくれない。

もしかしたら、ずっとあのまま目を覚さないかもしれない。

だったら、あの約束はどうなる?

サッカーを続けて、ジェラールにいつか会える日が来たとしても、そこにアイツがいなきゃ…何の意味もない…。)

 

物思いに耽っていると、1人の子供連れの女性に声をかけられる。

 

「あの…君どうしたの?傘もささずに…、風邪ひくわよ?」

 

彼女なりの厚意からの言葉なのは理解できたが、今の武蔵にとっては少し鬱陶しかった。

 

武蔵「…いえ、大丈夫です。」

 

流して足早に立ち去ろうとするが…

 

女性「待って!」

 

と、腕を掴んでくる。

 

武蔵「だから!大丈夫だって……」

女性「…君、もしかして獅子王武蔵君?」

 

突然、見知らぬ女性に名前を呼ばれてドキッとする。

…いや、知らなくはない。どこかで会ったことがあるような…

 

女性「やっぱり!大きくなったじゃない!

私のことは覚えてる?

や…じゃなくて…、渦波由紀よ。

あなたの保育園の先生やってたんだけど…」

 

…思い出した。

武蔵がまだ雲雀島にいた頃、通っていた保育園の先生だ。

 

武蔵「…由紀、先生?

お久しぶりです!お元気そうで…」

 

懐かしい人との再会に、武蔵も思わず頬が緩む。

 

男の子「ママぁ〜、このひとだれぇ〜」

 

と、由紀の傍には男の子がいた。

きっと彼女の子供だろう。

 

武蔵「…お子さん、産まれてたんだ。

おめでとうございます。」

 

由紀「ありがとう。義晴(よしはる)って名前なの。

それより武蔵君、全身びしょ濡れじゃない…。」

 

武蔵「あぁ、少し野暮用で…」

 

武蔵が苦し紛れの言い訳をする。

流石に何もかもを話せはしない。

当然、由紀は怪訝な顔を見せる。

 

由紀「まぁいいわ。

ウチ、近くだから少しあがって行きなさい。

お風呂貸してあげる。」

 

武蔵「いや…、流石にそんな迷惑を…」

 

由紀「き・な・さ・い。

もう、暗くなってきてるし、あなたはずぶ濡れだし…

このまま放っておくわけにはいきません。」

 

由紀の雰囲気に押されて、武蔵は彼女の家にお邪魔することにした。

 

 

------------------------------------

 

5分ほど歩いた場所のマンションの一室に、彼女の家があった。

玄関には「八重崎」とある。

…珍しいが、よく知った名字だ。

武蔵はどうしようもなく嫌な予感がした。

 

由紀「ちょっと散らかってるかもしれないけど、まぁくつろいで。」

 

武蔵「いえ、俺、帰ります。」

 

武蔵が回れ右をしてエレベーターへ駆け込もうとすると…

 

「おっと…。

こら、マンションの廊下で走るな、坊主。」

 

と、大柄な男性と正面衝突した。

 

武蔵「すみま………」

 

男性「…どっかで見た顔だな。

ん?お前、まさか……?」

 

由紀「今日は早いのね、晴翔。」

 

晴翔「まあな。

にしても、驚いたな。

大きくなったじゃないか、武蔵…だったか?」

 

武蔵「……。」

 

意外過ぎる組み合わせに絶句する武蔵であった。

 

そして、雰囲気に押されて部屋に上がり、お風呂を満喫する。

風呂から出ると、着替えが用意されていた。

…レディースのジャージだ。

 

由紀「ごめんなさいね。

長門のはちょっと小さすぎるし…、晴翔のは逆に大きいから、私のね。

高校の時来てたやつが残ってたのよ。」

 

夕飯の支度をしながら、由紀が話しかけてくる。

この7年で、武蔵は随分と背が伸びていた。

7年前は見上げていた由紀と、今は殆ど同じくらいの背丈だ。

 

晴翔「にしても、あのちびっ子がなぁ。

俺も歳をとるわけだ。(26歳)」

 

由紀「あら、もう耄碌したの?

私はまだまだ全然だけど?(30歳)」

 

晴翔「ハッ、三十路がよく言う。」

 

由紀「……(ビキビキ)」

 

武蔵「(怖い、この夫婦の会話めっちゃ怖い。)

あ、あの…。お風呂、ありがとうございます。

それじゃあさようなら」

 

足早に、武蔵は去ろうとする。

ここの亭主はあの八重崎晴翔だ。

つまり、ここは現在の長門の自宅なのである。

このままでは間違いなく鉢合わせるだろう。

あの会話の後だ、気まずいなんてもんじゃない。が…

 

晴翔「なんだ?まさか遠慮してんのか?

だとしたら、そいつは無用だ。

お前はハルの弟で、長門の幼馴染だ。

俺から言わせれば、半分身内みてぇなもんだ。」

 

由紀「ちなみに私の元生徒、ね。

まだ服のお洗濯済んでないし、外も暗くなっちゃったわ。

今日は泊まって行きなさい。

親御さんにも話を通しておくから。」

 

と、2人とも完全に武蔵を一晩泊めるつもりでいる。

本来なら大変ありがたい申し出だが、今は後ろめたいことが多すぎる。

 

武蔵「あの…、ホントいいですから…。

……てか、女の子の家に一泊とか、ありえねーですよ。」

 

と、適当な言い訳を作って立ち去ろうとするが…

 

由紀「…まぁ!そんなこと気にするようになっちゃったの!?

も〜!すっかり、男の子ねぇ〜!」

 

由紀は、「あんなに小さかった武蔵くんが〜」などと言いながら両手を頬に当ててクネクネしている。

 

晴翔「……ほう?ガキのくせしてませた口聞くようになったなぁ?

一応言っておくが、俺の目が黒いうちはアイツに手ェ出させねぇぜ?」

 

と、晴翔は首や指をコキコキしている。

 

武蔵「」

 

状況は思わぬ方向へ進行した。

 

武蔵「そ、それにしても意外ですね!2人が結婚なんて…馴れ初めは…?」

 

慌てて話題を変える。

 

由紀「あら何?やっぱり気になるんだ。そういう事。」

 

由紀は口元に手を当ててニヤニヤしている。

一方晴翔は…

 

晴翔「…馴れ、初め…?そんなんあったか?」

 

と、微妙な反応だ。

 

武蔵「……え?」

晴翔「少なくとも、恋愛結婚ってやつじゃないな。

まぁ…アレだ。利害の一致ってヤツだ。

大体、こいつは俺の好みじゃない、俺はもっとこういう…」

 

と、両手で曲線を描く仕草をし、「やかましい!」と、由紀はリンゴを晴翔めがけて投げつける。

なお、晴翔はそれを難なくキャッチした。

しかもノールックで。

 

晴翔「ちなみに、もうちょっとお淑やかだといいな。」

 

っと、リンゴを齧りながら言う。

挙げ句、そのリンゴを素手で割って、「食うか?」と我が子に差し出している。

「アンタ一体何者なんだ?」と、武蔵は心の中で叫んだ。

その時、

 

 

プルルルルルルルルルルルッ

 

と、電話が鳴った。

 

晴翔が、「おいおいマジかよ」と言いながら即行で手を洗い、急いで電話に出た。

 

晴翔「もしもし、八重崎です。

………何?容体は?

…分かりました。直ぐ向かいます。」

 

明らかに只事ではなかった。

受話器を降ろした晴翔の表情には動揺が見られる。

 

由紀「…なに?どうかしたの…?」

 

晴翔「……長門が、倒れた。」

 





連投です。
まさか晴翔と由紀がくっつくなんてな〜。世の中わかりませんねぇ。
冗談はさておき、実はその2人は本気でくっつける気じゃありませんでした。ただ、由紀がネームドキャラの割に殆ど物語上の役割がなさ過ぎたので後付けで生やしました。

余談ですが、晴翔と榛名は実は結構深い関わりがありました。
例えるなら、武蔵ら4人と榛名みたいな関係です。つまり、榛名にサッカーを教えたのが晴翔だったのです(ついでにみっちゃんも)。
榛名ちゃんが5つ上の晴翔に対してあんな無礼た態度とれたのはそういう経緯があったからです。
晴翔が榛名の師、榛名が武蔵達の師と考えるなら、武蔵は晴翔の孫弟子みたいな感じになります。(まぁこの設定を活かしてすんごい展開に繋げたりってことはないです。つまり、死に設定です)


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第25話 独白

由紀「倒れた…!?

一体何があったの!!」

 

晴翔「そいつはこれから確かめる。

ひとまず、俺は爆速で病院に向かう。

お前はヨシのやつにさっさと飯食わせて寝かしつけておいてくれ。

武蔵、お前もついでに食ってろ。」

 

と言い残し、晴翔は行ってしまった。

由紀は子供を寝かしつけに行ってしまい、今は武蔵だけがテーブルに残されている。

目の前にはすっかり冷めてしまったカレーが置かれていた。

 

武蔵「…この状況で、「食ってろ」って言われて呑気に食えるわけねぇだろ。」

 

病院で別れた後、長門に何かあったのだろうか?

事故か、何かしらの事件にでも巻き込まれたのだろうか?

ふと、雲雀島での記憶が蘇る。

姉と2人で手術室の前で、自動車に撥ねられた姉の友人の処置の経過を待った日のこと。

そして、「あの日」。

遺体の安置所で見た…、冷たくなった姉の姿を。

 

胸が、締め付けられる。

何であんな余計な事を言ってしまったのか?

何であんな別れ方をしてしまったのか?

こんなはずじゃなかった。

ただ、離れ離れになってしまった幼馴染の元気な姿を見たかった。

ただ、ずっと眠り続けている親友のお見舞いがしたかった。

それだけだったのに……

 

ガチャ

 

玄関が開く音が聞こえる。

晴翔が帰ってきたのだろう。

 

慌てて玄関へ駆け込む。

由紀も直ぐに駆けつけてきた。

 

晴翔「安心しろ、眠っているだけだ。

医者によると…過呼吸がどうって話だったな。

とりあえず、今は落ち着いている。

安静にしてれば大丈夫なはずだ。」

 

晴翔が長門をおぶりながら、説明してくれる。

長門は、無事だった。

由紀と武蔵は揃って安堵のため息を漏らす。

 

由紀「お疲れ様。

私が部屋まで運ぶから、後は任せて。」

 

晴翔「ああ、助かる。」

 

と、今度は由紀が長門をおぶり、部屋まで運ぶ。

こうして見るとお互いに助け合って生活している、良い夫婦に見えた。

「利害の一致」とは、もしかしたら「この事」なのかも知れない…と、武蔵が考えていると…

 

晴翔「それと…これ……。」

 

晴翔が包みが入った袋を見せる。

由紀が中を確認して…

 

由紀「……。

……なんでスッポン?」

晴翔「俺が聞きてぇ。」

由紀「生きてる。」

晴翔「…新鮮だな。」

武蔵(…言えない。せっかく用意してくれた優勝祝いの品を病院に置いていっちまってたなんて言えない…。)

 

「とりあえず、明日は鍋だな」、「亀の捌き方知らないよ…?」と、夫婦揃って困惑しつつも取り敢えずそれは冷蔵庫に保管されることとなった。

そして…

 

晴翔「武蔵、少し話がある」

 

と、武蔵はリビングに連れられた。

 

 

晴翔「なぁ、武蔵。

お前、病院で長門とは会ったんだろ?

何の話をした?」

 

武蔵は、病院での長門とのやりとりを包み隠さず話した。

 

晴翔「…お前じゃなくてハルが助かるべきだった?

まぁ、確かにその通りかもな。

今のお前はただの腑抜けだ。」

 

心底、軽蔑しきったような冷たい声で晴翔は告げる。

 

武蔵「…んな事分かってるよ…。だから俺は…」

 

晴翔「いや、テメェは何も分かってねぇ。

だから腑抜けだと言ったんだ。」

 

武蔵「…は?」

 

晴翔「テメェ、よくも長門に向かってそんなふざけた事言ってくれたな。」

 

晴翔は、「来い‼︎」と武蔵の胸ぐらを掴んで引き摺る。

晴翔は武蔵より遥かに体格が大きい。

あっさりと長門の部屋の前まで引き摺られたと思えば、部屋の中に放り投げられた。

 

武蔵「…っ、痛ってぇな‼︎」

由紀「え…、ちょ…何よ!?」

 

逆上する武蔵と、突然のことに困惑する由紀。

2人に構わず、晴翔は壁を叩いて怒鳴る。

 

晴翔「こいつを見ても同じことが言えるか!!?

言えるモンなら言ってみろ!今度こそブチのめしてやる!!」

 

武蔵「……あ」

 

その壁には新聞やスポーツ雑誌の切り抜きが貼られていた。

内容は、武蔵が参加した試合やその後の取材に関するものが大半を占めている。

加えて…

 

武蔵「……ジェラール…」

 

欧州で開催されたサッカー大会に関する記事も多く貼られており、その中にはあの後もサッカーを続け、祖国の大会で活躍するに至ったジェラールの姿がある。

 

晴翔「…長門は、ずっとお前ら2人を気にかけていた。

あの決勝戦だって見てたんだ。現地でな。」

 

武蔵「………」

 

言葉が出ない。

長門は彼女なりに4人の繋がりを守り続けていた。

自分が一番苦しい境遇にいるはずなのに、だ。

 

武蔵「長門…」

 

ベッドに寝かされている長門の姿が目に映る、前に由紀によって視界を遮られた。

 

由紀「…アンタたち、どういうつもりなの?」

 

晴翔・武蔵「え?」

 

由紀「え?じゃない!!

ノックもなしにレディの部屋に入って来るな!!

この唐変木共!!!!」

 

激怒した由紀によって2人は仲良く蹴り出される。

どうやら、長門を着替えさせていたらしい。

一瞬だがチラッと見えてしまった。

 

武蔵は居間で正座させられ、晴翔は由紀に絞られている。

 

由紀「信じらんない!何考えてんの!?」

晴翔「誤解だ!俺はただアイツに見せたいものがあって…」

由紀「最低!!何てもの見せようとしてんのよ!!」

晴翔「だから誤解だって…」

由紀「誤解もヘチマもない!そもそも年頃の女の子の(ry」

 

ガミガミと由紀が晴翔に説教している。

長門が絡むと、晴翔は強気に出られないらしい。

それだけ大切に思われてるのだろう。

 

由紀「それと武蔵君」

 

晴翔への説教は終わったらしい。

次はこちらの番だと覚悟を決める。

 

由紀「…武蔵君、いくつになったの?」

 

かなり、意外な質問をされる。

 

武蔵「…11」

 

由紀「そっかぁ、もう11歳か。

まぁ長門と同級生なんだから、そうよね。」

 

と、感慨深そうに呟く。

 

由紀「色々、難しいことが分かるようになって…、色々悩んじゃう年頃よね。

正解が分かり辛い事とか、そもそも答えのないようなことを深く考えちゃって、苦しいでしょう?」

 

由紀が優しく武蔵の頭を撫でながら言う。

 

晴翔「甘やかすな、調子に乗るだろ。」

 

由紀「……嫉妬?」

 

晴翔「ほざけ。

…なぁ、武蔵。お前、居なくなっちまった人間と、今目の前にいる人間…どっちが大事なんだよ?」

 

武蔵「…どっちでもない。

俺にとって一番大事なのは、姉さんと、アイツら3人だ。」

 

あれから7年。

榛名がいない時間の方が、長くなってしまった。

それでも、榛名と、長門と、大和と、ジェラールと共に過ごした黄金のようなあの日々は、今でも胸に刻まれている。

 

晴翔「…そうか。質問をかえるぞ。

お前にとって、サッカーは何だった?」

 

武蔵「…分かんねぇ。

…けどサッカーしている時は、姉さんとの、みんなとの繋がりを強く感じられた。

「俺はこの瞬間の為に生まれてきたんだ」って本気で思えた。」

 

そうだ。

単にサッカーそのものが好きだったんじゃない。

姉さんが、みんなのことが、好きだったんだ。

みんなを繋げてくれるサッカーが、好きだったんだ。

あの日までは…

 

武蔵「だから、…あの日、姉さんがいなくなって、大和や長門とも離れ離れになった途端に分からなくなった。

何の為にサッカーをするのかも、何を目指せばいいのかも」

 

それでも、続けていくからには動機と目的が必要だ。

 

武蔵「気づけば俺は周りの連中を、楽しそうにサッカーしてる奴らを打ち負かすことに躍起になってた。

…羨ましくて、妬ましかった。

だから不幸にしてやりたかった。

優勝したのは…単にその副産物だよ。」

 

ポツポツと独白を並べる武蔵の話を静かに聞いていた由紀が、ようやく口を開いた。

 

由紀「…そうかな?」

 

武蔵「え?」

 

由紀「それだけの為に、全国大会で優勝できるようになるまでサッカーに打ち込めるとは思えないよ。」

 

武蔵「それは…、必死だっただけで…」

 

由紀「そう!それって凄いことだよ!」

 

武蔵は由紀が何を言っているのかがわからなかった。

武蔵が目を丸くしていると…

 

晴翔「何であれ、「道」を極めることはそんなに簡単なことじゃねぇ。

例え好きなことであっても、な。

動機…目標…、確かにそれらは不可欠だろうが、それ以上に大切なものがある。

何か分かるか?」

 

武蔵「……………」

 

晴翔「情熱だ」

 

武蔵「情、熱…?」

 

何を言っている?

さっきの話を聞いていなかったのか?

サッカーを自分勝手な八つ当たりの手段に使うような奴に、そんなものが備わっているはずが…

 

晴翔「あるに決まってるだろ。

そうじゃなきゃ、全国大会優勝なんてできるわけねぇ。

お前が気づいていないだけだ。

……少しの間、サッカーから離れてみるってのも手かもしれんな。

お前には時間が必要だ。

疲れきった心と体を休める時間。

自分自身と向き合って、考える時間がな。」

 

武蔵「それは、ダメだ。」

 

晴翔「何でだ?」

 

武蔵「約束なんだ。「ずっとサッカーを続ける」って約束したんだ。

みんなと…

俺は、姉さんの分も、大和の分も…、サッカーを続けていかないと…。

2人の夢を背負わないと…」

 

晴翔「戯け、重く考えすぎなんだよお前は。

夢は背負うものじゃない。

もう少し、肩の力を抜いてみろ。

人生は、もっと楽しいぞ。」

 

晴翔は武蔵の肩に手を置き、続ける。

 

晴翔「新しい目標を探せ。

…ハルの影を追うのは構わん。

だが、影だけに囚われていれば、本当に大切なものを見失う。

お前が新しい目標を見つけた時、燻っていた情熱は再び目を覚ます筈だ。

そうしたらお前、サッカーしたくてたまらなくなっちまうと思うぜ?

そうなった時、もう一度始めればいいじゃねぇか。

サッカーは、いつでもお前を待っていてくれる。」

 

武蔵「…はい…」

 

------------------------------------

 

翌日

 

由紀「ここまででいいの?」

 

武蔵「うん、送ってくれてありがとうな。先生。

…長門。昨日は悪かった。それと、ありがとう。」

 

長門「もう何度も聞いからいいよ〜。

てか、私こそ迷惑かけたよね。

だからお互い様!」

 

実家へ帰る為、駅のロータリーで別れることになった。

長門は一晩で回復し、例のスッポンを捌き、鍋を振る舞ってみせた。

…一体どこであんな技を覚えたのであろうか。

あいも変わらず、底が知れない。

 

長門「武蔵…、サッカーやめちゃうの?」

 

武蔵「…ああ。

でも少しの間だけだよ。

晴翔さんの言う通り、考えたいんだ。これからの事を。」

 

長門「…戻ってきてよ。絶対だよ。」

 

武蔵「大丈夫だよ、長門。

これからはちゃんと前を向いて、頑張っていくから。」

 

決意を新たに、武蔵は長門へ微笑みかける。

 

長門「信じてるからね…武蔵…。」

 

長門が少し寂しそうに呟き、互いに見つめ合う2人を見て…

 

義晴「…できてりゅ?」

 

と、義晴が2人を指さして母親に尋ねる。

 

武蔵「できてない!!」

 

慌てて武蔵が誤解を撤回しようとすると

 

長門「ない…の?」

 

と、長門が寂しそうな目で武蔵を見つめる。

 

武蔵「な…!?」

 

長門「冗談冗談〜。ほら、ヨシ君、武蔵お兄さんに「バイバイ」してね〜。」

 

義晴「バイバイ」

 

晴翔と由紀の子、長門の新しい弟が手を振って来る。

「あの日」の武蔵と同じくらいだろう。

少し、当時の大和に似ている。

僅かではあるが、やはり血の繋がりはあるのだ。

 

そっと、義晴の頭に手を置き、

 

武蔵「またな。

お姉ちゃんを大事にするんだぞ。」

 

笑顔で別れを告げる。

 

 

武蔵(新しい、目標。

真面目に考えてみるか。)

 

11歳のある冬の日、寒空の下、武蔵は新たな一歩を踏み出した。





さらに連投です。
この回は武蔵君の闇の部分の独白と、晴翔お兄さんによるセラピー回でした。いつのまにか晴翔さんの存在感も大きくなった気がして生みの親としては嬉しい限りですね。

持論ですが、必死にやればやるほど盲目になって、大事な事を見失う事ってあると思います。だから、あえてその事柄から距離を置いて、離れた所から見つめ直してみるのってすごく大事だと思うのですよ。
停滞ではなく、もう一度前進するための休息という意味で。

「第1章 Re:Start」は、武蔵君がサッカーと、自分自身と向き合い立ち上がる為の章です。この回で武蔵君は「新しい目標」を見つける。という目標(?)を得ます。それを手にしたところで、次章という流れになるのでしょう。

それではまた、次のお話で


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