Eighty Six Platinum (御代川辰)
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壱之章 Ferewell,White meat chunks
00 No Title or Title Los
星暦2139年の1月。
「
毛先から爪先、瞳孔、虹彩、肌に至るまで身体の隅々が美しい白金色に輝く美麗な男が、軍将校たちに怒気を込めた声を発している。
「
地方の出身なのか、独特な方言を使って将校らに問いかける男。彼は
「
鬼のような
「…………口減らしだよ」
幕僚でもある将校が放った非情な言葉は、オスカーの怒れる炎に注がれる油となった。口減らし?理由にしては甘い。
「…………何を都合の良い
オスカーの怒りが頂点に達した時、彼は全てを理解した。
「
将校たちはご名答とばかりに
「そういうことだ」
と、大将の階級証を胸ポケットに掲げる老いた男が立ち上がって答えた。大将はその足でオスカーのもとへと歩み寄り、更に続ける。
「君も自覚している通り、
「なぜ今さら当たり前のことを……」、とオスカーは思った。むしろ
戸惑う将官に、大将は続ける。
「
「なっ?!」
オスカーは絶句した。
「この国が王政から共和制に変わるより更に大昔の話だが……」
大将は更に続けようとしたが、オスカーは手を広げて制止した。聞きたくない。恥さらしの同胞の言葉など全てどうでもいい。
「ちっと
若き少将であるオスカーは一度は治まった怒気を再び強めて将校たちに声をかける。眼球はすでに充血を始めているようだ。
「あんたらの先祖は、もともとあんたらの住む土地のすぐ隣の地域に国を持っとった俺たちの御先祖様を“
オスカーは大将の胸ぐらを掴み、充血による内出血で赤く染まった白目に囲まれた白金色の瞳で睨み付ける。先住民であった先祖の土地を侵略し、その後永きに渡って迫害し、旧王政が倒れた後も
「え!?今さら先祖の行いの隠蔽のつもりなんか!?あんたらは
と、ここまで言い切ったところで、将校の一人がぽんっとオスカーの肩に手を置いた。振り返ると、かなり長い期間に渡って従軍しているのか髪も髭も真っ白な
「オスカー君。頭に血が
「てめぇっ!」
オスカーは
「ぐぅっ…………っ!」
怒りと興奮が引き起こした内出血の激痛、さらに大量の血液が脳に集まり負荷がかかったことによって脳貧血になるという矛盾した現象に
将校たちは呆れたようにため息を
白金種(プラティーン\Platiene)
サンマグノリア共和国、及びサンマグノリア共和国建国以前の王国時代よりさらに前、有史以前にはすでに現在のサンマグノリア地域の北東部に居住していた
限りなく白く透き通った肌色と体毛を持ち、異なる人種との混血児は必ず白金種の特徴を持って産まれる。
有史初頭の時点で高度な医療技術を有していたが、
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01 「結局、その声は届かなかった」
後にエイティシックスと呼ばれることになる
「
他の
名を【
「バル……あんたも物好きだな。86区に着いたらお前、こいつらに酷い目に遭わされるのも分かりきってるのに」
「……あの、俺が言ったこと分かってます?」
フェルベールの言葉にはさも興味がないとばかりに無関係な話題を切り出すでっぷりと太った中年の男。
フェルベールと同じく
「分かっているとも。誇り高い
フェルディナンドは例え興味のない話題であろうとも聞き流すことは絶対にない。むしろ一度聞いたこと、見たことはまず忘れないし、なんなら出生直前の記憶さえもはっきりと覚えているほどに記憶能力が発達している。
「はい。
フェルベールがここまで言ったところであたかも溶けたアイスクリームのようにボタボタと冷や汗を流しながら、さながら立て付けの悪い扉のようにぎこちない動きで後ろを振り向く。
張り付いたような引きつりで
「「「「「……………………」」」」」
無言の怒気から産まれる
「分かったよ!分かりましたよ!黙ってろと言いたいんでしょう!?これ以上は何も言いませんから!黙ってますから!」
フェルベールはこう答えるしかない自分を恥じた。
時間は進み、数時間後。第4区の地下に
『あのバカ共には付き合いきれへん。糞や。人間やなくなっとるさかい』
軍総司令部の病室から掛けられている電話を挟み、ナンバ少将の声が真っ暗な地下室に響く。電話機に繋がれたスピーカーに、軍人だけが装備を許される軍服や戦闘服に身を包む
『あの糞幕僚どもは口減らしとか抜かしよった。口減らししたけりゃちゃっちゃか徴兵せいや全く…………』
末端の兵の何人かが爪で
「……
誰かが呟く。
「もはや、この国に残る
また、誰かが言った。
『せやから、もう
ナンバの言葉が地下室の将兵の耳に入り込む。
「まぁ…………まだ時間はある。この国への希望と期待を捨てず、共和国という畑の野菜として残るか。この土地を離れず誇りと信念を守り通すために
全ての選択は同胞である
『ということは、例の嘆願は?』
ナンバは議員として活動する
「結局─────」
────私たちが発した声は、愚かな同胞たちの耳に届くことはなかったわ────
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02 どうせ生かして帰さぬつもり
サンマグノリア政府主導の
彼らはサンマグノリアの政策に対する抗議も兼ねて、足腰の立たない老人から生まれたばかりの赤ん坊までもが真っ黒な服に身を包み、四方八方に向かい長蛇の列を成して行進していた。
その異様な光景はまさしく喪服に身を包んだ音楽隊の行進。彼らにとっては最初で最後の、横断幕を掲げてのデモ行進である。ちなみに横断幕には「滅びよ悪魔の国」、「白い肉塊に死を」、「魂なき脱け殻は地獄へ向かえ」、「我ら人なり。されど肉塊にあらず」などと書かれている。
「いくら
サンマグノリア共和国大統領は、86区に繋がる大通りを進む
その軍隊の一割強を独占する民族である将兵たちの更に95%以上が一斉に辞表を叩きつけて、そして家族や非戦闘員を引き連れて自ら国外に逃げ出すのだから、共和国民にとっても政府の上層部にとっても頭が痛い案件である。
「有史以前…………十万年以上に渡って住み続けた土地から、自ら離れるという形で追い出されるか…………」
迫害された
彼は共和国に残ることを選んだ1927人という決して少なくない人数の
「今後、
クガンドの、
同じ頃の86区北方。雪が降りしきる寒空の中、グラン・ミュールに程近い地域にある第109強制収容所。ここはさすがの当局も扱いに困ったらしい
そこにいるのは被差別民の中でも
「バルさん、フェルさん。あんたたち箸の持ち方間違えてるよ」
収容所の食堂で昼食を取るフェルベールとフェルディナンドは、白系種の最大多数派
「いや……俺たち和食食べるの初めてだし」
「ペンを持つ要領って言われてもなぁ」
皿に盛り付けられた鮭の塩焼きや卵焼きを、箸で器用に切るネイリスとは対象的に茶碗に盛られた麦飯さえも掬えないフェルベールとフェルディナンド。
外交官夫妻の娘として両親に連れられて様々な国に
「まあ、ゆっくり慣れるのが先決だから」
二人にそう言って、ネイリスは梅干しを一つ箸で麦飯とともに口いっぱいに頬張る。
(
少食であったこともあり一足先に食事を終えたフェルベールは、ふと思い出した雪中行軍をテーマとした軍歌を歌いながら食器を洗い場に戻しに向かった。
「
そして、彼が気紛れで唄った歌はその場にいた全ての
その日よりフェルベールには“軍歌のお兄さん”という愛称が着き、フェルベールが歌った軍歌が瞬く間に86区の住民たちに広まったことで、全国のプロセッサーたちは出撃前、起床直後、就寝前に必ず軍歌を歌う習わしができたという。
どうせ、
登場曲名:雪の進軍
作詞・作曲:永井建子
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03 とある収容所での一悶着
嫌いな方はご注意ください。
星暦2139年の2月半ば。大統領令6609号、通称[
こうなれば多くの人間から怨みを買うのは当然だが、無論サンマグノリア共和国上層部も何の武装や訓練も無しに
「…………もう、あの住み慣れた街には戻れないんだな」
86区西方に作られた第071強制収容所にある収容棟の一室で、徐々に完成しつつある
彼の癖のある長い赤毛は、沈みつつある赤い夕日の光を反射してきらきらと輝いているように感じられる。
「コール!手伝ってよ!また
チャコールが窓際の椅子に座ってうつらうつらとしていると、黄色い髪と瞳を持つ
わざわざ姿を見ずとも、聞こえる息遣いの荒らさから相当に疲れていることがうかがえる。
「またか……このところ毎日頭突きをしてる気がする」
例の二人を一撃で伸すチャコールの石頭は凄まじく、万一力加減を間違えればアスファルトを粉砕するどころか鋼鉄の板を真っ二つに折ることさえ容易だ。
元来が温厚で面倒見が良い性格ながら腕っぷしの強さと頭突きの恐ろしさ故、この第071強制収容所においては彼を本気で怒らせることは死を意味する。
「なあ~頼むよ~。ちゃんと言い聞かせるからさ~」
チャコールにとって、アインツェンの印象は正直に言って最悪である。女好き、ヘタレ、泣き虫、更に臆病で意気地なし、かつ騙され易いという男としてどうかと思われるほどに悪いところだらけ。
しかし収容所内で割り当てられる仕事は真面目にそつなくこなし、まだ10歳に満たない子供たちの世話もきちんとするので、一概に悪く言うこともないのも事実。
「はあ…………分かった。すぐ行くから」
「落ち着けアボル!これ以上暴れるな!」
「うるせえ!離せ弱味噌が!
収容所内に設えられた申し訳程度の広場の中央で、黒と青のグラデーションがかかっている髪と翡翠色の瞳を持つ、いわゆる混血の少年【
「
「分かっている!」
クラウスを独特なあだ名で呼ぶのは、自らを
「
「
キルアという愛称で呼ばれる少年、【
そもそも喧嘩の発端となったのは、
「そりゃお前!ただでさえ娯楽が
キールの
「ふざけるな白豚のガキ!お前が……俺たちが前線に出るのはまだ
「俺たちの親父やお袋が先に死ぬんだぞ!分かってんのか!」
二人の喧嘩から始まった重大かつ重篤な人種問題の波は広がりきってしまい、
(オレたち一家に比べりゃ……お前らはずっと幸せ者だって分かんねぇだろうな)
だがキールは動じる様子がない。その目はまるで、
「お前らはまだ……戦ってすらないだろうが……」
キールの囁くような呟きは、静かに消えた。
「おら
一方、アインツェンとともにようやく広場に降りて来たチャコールは、顔を合わせるなりクラウスの手からの解放を要求して来るアボルに呆れつつも、いつも通り説得を始める。
「アボルいい加減にしないか!確かに今回はキールが悪いけど暴れ過ぎだ!」
が、アボルはなおも食い下がろうとする。
「お前も分かるだろうが
腕の中で暴れるアボルの動きに耐えかねたのか、クラウスはふうとため息を
「もう限界だ。頼む、チャコール」
クラウスの言葉にうんと
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03-2 制裁の頭突き→食事風景
「ギャアアアア音おおおお!!」
アボルの頭に放たれた頭突きは、骨と骨がぶつかるけたたましい音を収容所全体に響かせた。人一倍どころではないほどに聴覚に優れるアインツェンは、その凄まじい頭突きの威力を改めて実感した。
「コールお前!何度も聞いてるけど本当に頭蓋骨割れて無いんだろうな!?」
「相変わらず恐ろしい頭突きだ……」
当然、チャコールの頭突きの音が聞こえたのはアインツェンとクラウスだけではない。収容所の個室にいる
「…………次はキルアだよ?」
ゴンサレスは冷や汗にまみれたひきつった笑みを浮かべ、力無げにキールに告げる。無二と言っていい親友からの、事実上の処刑宣告だ。
キールもひきつった笑みを浮かべて観念したように答える。
「そう…………みてーだな…………」
自分より先にチャコールの頭突きを食らったアボルは脳震盪で失神してしまっている。全力で食らわせれば鋼鉄の板をも難なく折り曲げ、そうでなくとも人を吹き飛ばす威力は伊達ではないのだ。
「キール。覚悟はできているね?」
「あー……まあ喧嘩売ったのオレだし…………」
「あんまりケガ増やさないでくれよ」
この言葉の直後、再び割れたような頭突きの音が収容所内に響き渡った。
この日の夜、ようやく意識が回復したキールとアボルは夕方に起こした事件の鬱憤を晴らすように
「こら子供達!落ち着いて食えっていつも言ってるだろうが!」
丁寧に伸ばした金髪で片目を隠した収容所の料理番兼料理長、【
置かれている状況が状況なので聞き分けは良いが、食事のこととなると話は別なのである意味扱いは難しいと言える。
「
「
大量の料理でリスのように頬を膨らませながら【
「本当に賑やかだな」
食事の手を止め、クラウスが静かに呟いた。今は遠い場所となってしまった
「クラウス、食べないの?」
収容所の住人からはナミという愛称で呼ばれる
「いや、思い出に浸っていただけだよ」
「おらクラウス!何ナミさんと仲良くしてんだ!」
「スリークくん落ち着きなさい!」
この様子を見たスリークの勘違いからまた一悶着が起こり、スリークがチャコールの頭突きを食らって気絶したのはまた別の話。
チャコール・ストーヴ(Charcoal Stove)
赤みがかったの瞳と髪が特徴の少年。
容姿は[鬼滅の刃]の主人公竈門炭治郎。
人種は夕焼けのような赤色が特徴の
アインツェン・イースティ(Einszen Easty)
稲穂のような黄色い髪と瞳を持つ少年。
容姿は[鬼滅の刃]の我妻善逸。
人種は純血の
アボル・フラットビーク(Abor Flatbeak)
青いグラデーションがかかった髪と翡翠色の瞳、短期で粗暴な性格からは考えられない美しい顔を持つ少年。
容姿は[鬼滅の刃]の嘴平伊之助。
人種は
クラウス・ピリカ(Klaus Pirika)
光沢のある金髪と緋色に輝く瞳を持つ青年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のクラピカ。
人種は不明。
レオナルド・リオンソ(Leonard Rionso)
極めて微妙に青みがかった黒髪と黒い瞳を持つ、髭を生やした長身の青年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のレオリオ=パラディナイト。
人種は純血の
ゴンサレス・フリードスク(Gonzales Freedsk)
緑がかった色で長く尖った髪質の少年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のゴン=フリークス。
人種は
キール・ゾディアック(Kiell Zodiac)
白髪と青い瞳を持つ小柄な少年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のキルア=ゾルディック。
人種は
スリーク・モーヴィンド(Threek Mowind)
黒い瞳と金髪を持つ細身の男性。
容姿は[ONE PIECE]のヴィンスモーク・サンジ。
人種は
ドルフィン・キーモン(Dolphin Kiemon)
黒髪黒目、目元に傷がある少年。
容姿は[ONE PIECE]のモンキー・D・ルフィ。
人種は
ナミコ・オーランメル(Namiko Oranmel)
橙色の長髪、鳶色の瞳を持つ女性。
容姿は[ONE PIECE]のナミ。
人種は
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04 昔話
星暦2139年2月末。雪が降りしきり、銀世界が広がる北方収容所群の夜。この第109強制収容所に、
「お二人はいよいよ明日、初戦闘ですね……」
さして内容の多くない日記をまとめながら、フェルベールが同室であるフェルディナンドと
「心配はいらないさ。形が違うとは言え入隊した時から戦闘訓練を欠かしてない
フェルディナンドは夜食で膨れ上がった太鼓腹をぽんぽんと叩き、「最初に死ぬのは間違いなく俺だな」と笑い飛ばした。確かに、仕事のない時間は基本何かを食べるばかりで、まともに体を動かしたことのないフェルディナンドにとって戦場は生き難い場所だ。
しかも従軍は今回が初めてで、単独任務であろうが部隊任務であろうがあろうことか自動車の運転さえもできない彼は、まず間違いなく真っ先に死ぬ。
「謂わば逃げることさえ許されない特攻隊。果たして、
真っ白な髭を指先で撫でながら、ジェイン“元”共和国軍中将は呟いた。ちなみに彼が仙人のように顎髭を長くな伸ばしているのは、若かりし日に戦場で受けた喉の傷を隠すためのものである。
「(私が最後に戦場に出たのは、39歳の冬だったな……)」
真っ白な
「その話」
ジェインに背を向けたまま、フェルベールは声をかけた。再び沈黙が部屋を支配する。
「詳しくお聞かせ願えますか?」
フェルディナンドの好奇の視線にまで
────────────
もう60年も昔、共和国のすぐ南にあった東
当時はまだ通信機のほとんどが有線で、無線機の使用を許される部隊が限られていた頃だからはっきり覚えているよ。
特に1月に入って最初の一週間で起こった一連の戦いは地獄の一言で、まるで豆を磨り潰すかのように何万人ともしれない兵隊が死んでいったのさ。
私は当時、39歳という若さで一個中隊を任される大尉として戦場で指揮を執っていたんだが、人事局のミスか私が人種差別反対派だったからなのか、まあ多分厄介払いのつもりだったんだろうな。
割り当てられた中隊って言うのが当時はまだ酷い扱いを受けてた
始めはもちろん怖かったし、正直逃げてしまいたかった。「
それでも、彼らは私を温かく迎え入れてくれた。私が配属された初日の夜に、ただでさえ少ない給料を
特に私の補佐として配属された19歳の女の子……さすがに名前は覚えていないが、明るくて優しい子だった。
配属して最初に声をかけてくれたのも彼女だったし、毎朝欠かさず挨拶をしてくれた。特に凄かったのは人を纏める力だ。声に宿る力、言葉そのものの力が根本から違うのを思い知らされたね。
そして実戦指揮をしてみればもっと驚かされた。何せ彼ら、一言で言い
強すぎると言っても過言じゃない。突撃の叫び声だけで敵を撤退させることさえあったし、歩兵分隊で戦車連隊を壊滅させるようなこともあった。
何故
──────────
「今となっては良い思い出話だ。
ベッドの掛け布団を
「
「ああ。今の今まで、第8区に残して来た家族にさえ明かさなかった、部下たちとの大切な思い出さ」
フェルベールは
運命の出撃まで、残り12時間を切った瞬間だった。
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05 Q.選べ。同胞か、仲間か。
時間は
『まず、
民族移動に近い形で兵員に逃げられた共和国軍に
『二度目の問いを、諸君らに伝えよう。第一の選択肢は、檻の外に
『第二の選択肢は、もはや腐りきったこのサンマグノリア共和国を見捨て、自由と新天地を求めてギアーデ帝国のレギオンと戦い続ける、
赤ん坊から老人まで、86区と共和国内の全ての
『選べ。今この場で。二つに一つだ。
──────────
「紹介しよう。現在士官学校在学中の、
星暦2139年2月。いよいよギアーデ帝国軍もといレギオンへの反抗作戦が開始される前日に、クガンドは一人の幹部候補生を紹介された。彼は謂わば、自分の直属の部下になると同時に教え子となる存在である。
「…………ミリーゼ家は
クガンドの目の前にいるのは、誰がどう見ても
しかしミリーゼという姓を名乗っている以上、家族ではあるが血縁者ではないらしい。
「僕は……まあ、
どうやら名と姓の間のグレイシスというのは
「なるほど……」
どこか含みを持たせたクガンドの返答に、ノーマンはしてやったりと言いたげな表情を見せる。一方ノーマンをクガンドに紹介した佐官は二人の異常に気付かないまま、「色々と教えてやれ」と告げて足早に部屋を後にした。
「どうして」
佐官が去ってすぐに、ノーマンはクガンドに問いかける。
「貴方は
クガンドはノーマンの目を真っ直ぐ見据え、答えた。
「理由は一つさ。
ノーマンはこの時に部屋の奥、つまり窓際に設置されている机に置かれた
「斯く言うお前は二つの選択肢を迫られた時、どちらを取る?」
そして、再びクガンドと目を合わせた。
「選べ。
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05-2 非情な二択
ノーマンに対して告げられた、余りにも難解かつ無情な問い。幼少期を共に過ごした友人たちを助けて今自分を養ってくれている家族を見捨てるか、今の家族を守るために被差別民として生きることを強いられているかつての友人たちを切り捨てるのか。
「…………非情な二択問題ですね」
顎に指を当てて少し考え、力無く静かに返答せざるを得ない。この国が切羽詰まっている状況であることを容赦なく再確認させられる。少なくともノーマンにとってはそのように感じてしまい、有耶無耶な答えしか返せないほどに厳しい問いなのだ。
「そうだ。俺は
やるせなく
時には危険を承知であえて間違った選択をしなければならないこともあるし、後から選択を変えるという決断を迫られることさえある。
「辛いですか?」
ノーマンは場を支配する哀愁に満ちた雰囲気に
「当たり前だ」
悲しみと
目の前の、ほんの四歳程度しか歳の変わらない青年は、
「誰が
窓から入り込む日光に、拭いきれずに
ノーマンと過ごしたしばしの語り合いの時間の後、クガンドは去り際に渡された一通の手紙を眺めていた。ノーマンの血の繋がらない義理の父からの、感謝と懺悔の手紙だった。
──────────
拝啓 クガンド・ウィザリア大佐殿
雪と寒空の季節も折り返しに至り、また一段と澄んだ星空が広がる時期に短いながらこの手紙を、この場を借りて詫びさせて頂きたくお送りします。そちらはいかがお過ごしでしょうか。
私と家族は息災です。
まず血の繋がらない私の養子を、貴殿に押し付ける形で補佐に付けた手前勝手をこの手紙を通してお詫び致します。
今の私には10歳になったばかりの娘一人の相手をするので手一杯であることもあり、どうかよろしくお願い申し上げます。
前置きが長くなりましたが、本題である86区視察の件をお伝えさせて頂くためにこの手紙をお届けした次第でございます。
翌2月28日から3月2日にかけて単独で第86区の視察のため自宅を空けることになりましたので、この三日間を私の家族と共に過ごして頂けますか?勝手は承知していますが、重ね重ねお許しください。
どうかそちらも息災にお過ごしください。
────────────
時間がなく急ぎながら書いていたのか、それとも手紙を書く上でどんな言葉を綴るべきかを思案しながら綴っていたのか。内容が極端に少ない上、文章自体も数十年を生きたとは思えないほどに拙い。
クガンドは手紙を畳んで、三度呟いた。
「……………………貴方は三年と待たず死ぬ。どちらを生かすか選べ、ヴァーツラフ。
ノーマン・“グレイシス”・ミリーゼ(Norman Glacis Mollise)
背が高いミディアムの白髪を持つ少年。
容姿は[約束のネバーランド]のノーマン。
人種は後天性の病で瞳が薄い青色に変色している
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06 逃げる覚悟、捨てる覚悟
第86区の各強制収容所内に建設された訓練施設にて、開発されたばかりの四足歩行戦車、通称
彼らは翌2月28日、誰一人として生きて帰ることが許されない戦場へと
「工兵廠の試算では、訓練過程の時点で
「殺処分できたのは100匹に満たなかったか……」
第1区の共和国軍本部にある広い会議室に、実に1000人以上の将校たちが集まっていた。彼らは謂わば、つい最近になって改良が完了した新型
「以上で作戦の説明を終わります。何か質問は?」
女性将校が会議室にひしめく将校たちを見回しながら質問の有無を問うと、すぐに一人の女性将校が挙手した。その反応速度の速さから、すぐに
「はい、東部戦線担当の【
メナーツェは席を立ち、インカムマイクの電源を入れて会議室内のスピーカーに繋ぎ、発言する。
「本作戦において、最も重要なのは最前線に立つ戦列制圧部隊であると思われますが、
どよめきが広がる。メナーツェは悠然と微笑み、発言を続けた。
「
その場に座す将校たちは思わず自らの耳を疑った。
メナーツェは、休暇中でさえも戦闘訓練を積み続けるほどに
「え!?あ、あのっ、本当に!?」
取り乱す壇上の女性将校と動揺する座席の将校たちに余裕な笑みを見せ、メナーツェはさらに続ける。
「もちろんですとも。戦士たるもの、率先して
明らかに侮蔑を込めたその黒く暗い笑みは、
この反抗作戦を利用した
そして迎えた星暦2139年2月28日の早朝。徴兵された総勢52万9707人のプロセッサーたちは夜明け直後だと言うのに、
その無数に存在する戦線の中でも最前線である国境付近に身を置く10万8526人の
『────────コマンダー・ゼロより各師団長へ。応答願う』
そして第1区の司令室から、およそ10万8000人もの
「クガンド大佐、準備は完了したからいつでも脱出できるで。そっちの準備が終わり次第指示頼むわ」
「傍受等の妨害なし、後はそちらの指示を待つのみです」
「…………指示は?」
『コマンダー・ゼロ了解。作戦開始時刻まで間もなく10分を切るので、各員指示あるまで待機を徹底せよ』
クガンドは表情を変えず、冷淡な態度で指示を出した。10万人あまりの
これらの感情に
『俺の指揮の
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06-2 かえり見はせじ
「俺の総指揮の
クガンドの丁寧な言葉遣いは、とても悲痛な思いを含んでいることが嫌でも理解できた。理由は罪悪感や自責の念、義憤や悲哀と様々だが…………特に心動かされるきっかけとなったのは、先日出会ったノーマンという少年の友人たちの行く先だ。
そして「
『…………ああ。時間が押しとるから、重要なとこを手短に頼むで』
お互い二度と顔を合わせることがない身ゆえ、もはや表情や態度を気にする必要はない。そして、今や立場は再び平等なものとなっている。
「ありがとうございます」
クガンドは自らの言葉に耳を傾けようとしてくれている人々がいることに改めて感謝の念を抱き、愚痴と冠した
──────────
『同胞10万への激励として、俺から伝えなければならない忠告があります』
クガンドは普段使わない敬語口調のまま、
『一つ。万一ギアーデ帝国の侵攻を受けながらも国家を維持している国と接触できた場合、
これはサンマグノリア共和国の惨状をより広く伝えるとともに、ほんのわずかでもレギオンの侵攻に抵抗するための能力を高めさせるためである。
「二つ。東方面に脱出予定の部隊は、ギアーデ帝国正規軍に対しては細心の注意を払ってもらいたい。極力交戦は避け、投降が可能な際もギアーデの情勢を良く考えて検討して欲しい」
これはギアーデ帝国との戦闘で体力を磨り減らすことを避けるとともに、
「最後に三つ目。これは最も優先して守るべき重要な忠告です」
クガンドは
『必ず生き抜いて
言い終わった直後、ハンドラーの一人が
「…………海行かば、か。俺たちにはとても合わないな」
一人のプロセッサーの呟きは、誰にも聞こえない。
海行かば
山行かば
かえり見はせじ
登場曲名:海行かば
作詞:大伴家持
作曲:信時潔
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06-3 機械たちの悲鳴
東西南北全方位に布陣し、戦列に並ぶ総計52万9707機ものジャガーノート。その最前線に立つのは
だが
『
共和国市民の命など、どうでもいい。
『マーシャル・スリー了解。前線制圧隊は随時前進せよ』
道に外れた迫害者など、地獄に落ちて然るべきだから。
『
『インペラートル・ツー了解。前線進行を開始、国境より脱出せよ』
この
『
いっそのこと、
『アルゲマイン・ワン了解。両翼部隊は敵部隊を迂回し包囲。殲滅次第、順次離脱せよ』
彼らを忘れるのは、重荷を放棄するのと同時に。
『
この戦場から、確実に逃げ切るためだ。
「コマンダー・ゼロより全部隊に通達」
そして共和国領域内のレギオン掃討と、現在ジャガーノートに搭乗している
「状況を開始せよ」
──────────
その数実に20個師団。計20万機もの大軍が共和国の四方を囲い、一斉に進軍を開始した。
レギオン側の最前線に立ち86区を目指して突撃するのは
しかし四本脚の関節部の異音と機内の座席を通して直接全身に伝わる衝撃音は、ハンドラーたちの耳にも痛いほどに聞こえる。
『おい!この機体はホンマに大丈夫なんか!?接敵まで2分を切ったで!』
「この日のために
西方戦線の副司令官、ナンバがジャガーノートの振動に耐えながらインペラートル・ツーことメナーツェに叫ぶが、彼女は涼しい表情と落ち着いた口調で答えた。この余裕な態度が余計に不安を煽るが、恐らく彼女自身が狙っていてのことだろう。
「接敵まで1分!絶対に
南部戦線。先頭を走るプロセッサーの一人が意味深な言葉を両翼ならびに後続のプロセッサーたちに叫び、さらに移動速度を上げる。
「…………進軍速度維持、そのまま突撃!」
そして、
同時に、
『助けて……助けて……』
『誰か……誰か俺たちを止めてくれ!』
『殺したくない!殺したくないよ!』
『許して!もうやめさせて!』
『殺してくれぇ!』
『お願い!来ないで!こっちに来ないで!』
『やめろ!壊さないでくれぇ!』
『誰か俺たちを』
『止めて……』
『止まれぇ!』
『これ以上はやめて……』
『助けてよ』
『待ってくれ!』
『来るな』
『殺さないでくれ!』
『近寄るな!殺すぞ!』
『見ないでくれ!』
『頼む!』
『お願い!』
『待て!止まれ!』
『死にたくないんだ!』
『誰でもいい!』
『苦しいよお!』
『誰か僕らを…………』
─────止めてくれ!─────
──────────
機械ではあり得ない、人間が発しているとしか思えない余りにも悲痛な叫びとともに、レギオンの群れは
高周波ブレードで脚を切り刻まれ、『痛い』と叫びながら破壊された
砲筒の発射口に滑腔砲を撃ち込まれ、『助けて』と繰り返しながら内側から爆散した
数機のジャガーノートに取り囲まれ、『待ってくれ』と命乞いをしながら機銃で穴だらけにされた
いずれのレギオンも目も当てられないほどに悲惨な形で、見るも無残に破壊されつつある。
「しかし、戦域一ヶ所あたり5個師団をぽんと投入できるとは……しかも初戦だろ!?恐れ入ったね!」
潤沢な資源と強固な兵站が揃っているからこそできるこの物量作戦。毛が生えた程度の訓練しか受けさせられていない操縦者、申し訳程度の安全設備がまともに機能していないお粗末な性能のジャガーノートは、数だけならレギオンを二倍以上も上回っている。
『
ちなみにインペラートル・ツーが発言した
「まあ数だけは豊富なんだから、文句は言えないわな」
そして
「
「
「どんな訓練をしたらあんな変態機動ができるの!?」
「5歳
「うわっ!また隣のやつが
一方、
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07 「我が方、損害僅か」
どれほどの時間が経過したのか。ギアーデ帝国軍、ひいてはレギオンとの交戦が始まってから、戦場ではジャガーノートによるほぼ一方的な蹂躙劇が繰り広げられている。
動力部目掛けて放たれる滑腔砲、脚を容赦なく切り刻む高周波ブレード、決して強度が低いわけではないはずの装甲を破壊する機銃、力なく倒れ伏しているレギオンを遠慮なく踏み潰す四本脚。
恐怖と殺戮の権化であるはずの銀色の亡霊たちは、錆びて煤けた
それも、動員兵力の半分以上のレギオンが、たった10万強のプロセッサーが乗る機体によって。
「拍子抜けやなこりゃ!まさかこれで威力偵察とかやないやろな!?」
東部戦線。中隊規模の
『その威力偵察に10個師団とか20個師団とかの大軍を送り込んでるんだろ!しかしホントうるせぇな!』
『連中に経済なんて概念なんか存在しないわ!戦費を気にする必要もないし!ああもう!レギオンの声がうるさくて気が散る!』
確かにそうだ。帝国のことだ、万一本土から遠く離れて補給が困難になっても、レギオンの維持のために必要な資源が豊富に得られる地域を自力で探し、兵力の増強ができるようなプログラムが仕込まれている可能性が高い。
『しっかしまあ、
ひたすらに突撃行動だけをとり、立ちはだかるレギオンたちを破壊するのみという単純かつ狂気的な戦法。
通り過ぎるだけで次々とレギオンを討ち取る
『今回の攻撃の目的が、私たちの戦闘データを取るための囮作戦なら…………』
赤子を胸に抱えるプロセッサーが駆るジャガーノートが、レギオンとレギオンの
「俺たちの戦法をそっくり真似て、レギオンは正真正銘の化け物に変わるかもっちゅうことや!ちゅうかちっと黙れや屑レギオンども!」
ナンバが呟いた直後、横一列に陣を組む
「…………凄まじいな」
第1区、共和国軍本部の休憩室のモニターから戦場の様子を見ていた一人の将校が呟いた。
驚くのも当然、
「
だが実態は?まさか最前線で戦う彼らが、自分たちも
自分たちが正しいと確信している行動に反対されて86区に逃げられ、
「どうでしょうね?
「まあ、希望をぶち壊される瞬間はもう迫っていますから」
将校はその不気味な囁きに、この上ない悪寒を覚えた。
東方戦線はギアーデ帝国と国境を接していることもあり戦闘能力の低い
『ちっ!また後方のプロセッサーが一人
『何、
もっとも、数秒間に何万発とばらまかれる近距離ミサイルと自己鍛造型の戦車砲弾の弾幕を相手にして一方向突撃戦法、つまり
『まだ80人って……まさか』
『そう。全ての戦場の戦死者の総計だよ』
要するにそれだけ
逆にレギオン側は完全に自動化されたプログラムと高度な敵味方の認識機能、そして人間を遥かに越えた正確無比な攻撃精度を有するにも関わらず、圧倒的に性能が劣っているはずのジャガーノートに絶望的な苦戦を強いられているわけだ。だが、ここまで圧倒的優勢な状況が続けば疑問を呈する者は現れるわけで、
『ねえ、アルゲマイン・ワン。あたしたちって……』
実際に、北部方面で戦うプロセッサーの少女が呟いた。
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07-2 余韻×逃亡×故郷にさよなら
『対レギオン反抗作戦完了…………全プロセッサーに告げる。敵戦力の殲滅を確認、状況を終了して
ハンドラーの発する感情の薄い無機質な声が、
「ふぃ~っ……
無数のレギオンの残骸が散らばる北部方面の戦場で、フェルディナンドはジェインをからかうように彼の最終階級を出した。ジェインは呆れたように苦笑いし、フェルディナンドに向けて返す。
『何を言っている。君こそフェルベール君とネイリス嬢の晴れ姿を見たいから死ねないと言っていた癖に』
しかし、片や老体、片や肥満体。どちらにせよ運が悪ければ確実に死んでいたことは事実。「自分が真っ先に死ぬ」と語っていた臆病な気風はどこへやら、たった一回の経験でこうまで変わるほどのものではないであろうに。
「しかしまあ、いい運動になりましたよ。戦争がない時代なら
レギオンと直接戦闘を交えていないこともあり、どうやらジョークを言える余裕があるようだ。ジェインは笑みを
『ジョークもそこまでしておきなさい。運良く生き延びた、寿命が延びただけだからね』
それでも
『最前線部隊!何をしている!今すぐに回頭しろ!戻って来い!』
各方面のプロセッサーたちは最初こそ理解できなかったが、外の空気を吸うためために機体から出ていた者や、最前線のすぐ後ろに留まっていた者たちはすぐに気付いた。
「なんか……
見れば見るほどに最前線部隊を組むプロセッサーたち、つまり
まるで、自分たちから逃げて行くように。
『今すぐに帰投しろ!どこへ行く気だ!』
ガシャガシャと不快な機械音を立て、国境を目指して外へ外へと進み続けるジャガーノートの群れ。搭乗者総数10万8526人の
「おい…………まさか」
この時、プロセッサーたちはやっと気付いた。
「奴ら…………
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08 置き去りにされた家畜
動員したジャガーノートの約50%の損壊が見込まれていた最初の反抗作戦による最終的な戦死者は、
だが戦闘終了後のわずかな油断に乗じて
当然ながら被差別民、しかも捨て駒同然の存在であるとはいえ、今後レギオンを相手に戦う上で貴重な戦闘員である彼らを呼び戻そうとしたが聞き入れられず、更に今回の運用実験を目処に本格的に運用する予定であるジャガーノートをプロセッサーと同じ数奪われたという大失態なのだから始末に負えない。
この事件を機に、共和国という枠組みの内での
一方、戦死者を90数人に抑えて無事に生き残った40数万人のプロセッサーたちは、共和国に迫害される被差別民となった自分たち
しかし
中には
86区東部方面、第132強制収容所の収容棟の屋上で二人の男女が向かい合っている。少年は
「…………おい、どういうことだよ」
「なんで俺たちが見捨てられなきゃならないんだよ!」
少年、【
「おい!なんで!あいつらは逃げた!」
リガゼルトの怒気は幼いながらに凄まじいもので、彼が強く食い縛る口元からは牙のように尖った犬歯が覗いている。
「…………あなた、何か勘違いしてない?」
しかし、オンコは臆することなく済ました顔で答えた。リガゼルトは怒気を鎮めることなく、オンコを睨み付けている。
「勘違い?」
吐き捨てるように少女の言葉を繰り返し、オンコも「そう」と肯定した。落ち着いてはいるが、その口調はどこか悲しげで静かなものだ。
「戦争が始まったばかりなのにこんな末期みたいな政策をとる政府に、
「理由になってねぇよ!」
オンコの説明に納得がいかないリガゼルトは激昂し、彼女に掴み掛かる。少女はバランスを崩しながらも、足に力を集中させて耐えた。一方怒りのあまり頭に血が
「確かに
オンコはリガゼルトが自分で答えを出していることに気付いていないことに呆れを隠さない。この
しかし、オンコもこの少年に言い聞かせることを諦めるほど考えなしというわけでもない。
「今自分で答えを出したでしょ。分かる?“逃げたくても逃げられない”」
オンコの指摘に、リガゼルトははっとした。
「あの日の戦闘が、86区から、ひいてはこのサンマグノリア共和国から逃げられる最初で最後の
リガゼルトは冷や汗を流しながら震える手を
「…………見捨てたことに変わりはねえだろうが」
先ほどまでの興奮の反動なのか、瞳孔は大きく開ききっていて声も少し震えている。息も荒く苦しげなのも合わさり、怯えと不安が混じったような彼の心境を分かり
「お前らから見れば結局
「生き物として扱われてるだけマシじゃないの。安全な壁の中でふんぞり返ってる
苦し紛れの揚げ足取りに放った言葉も、オンコは
「…………肉塊?白豚じゃなくてか?」
リガゼルトは彼女が放った
「そう、肉塊。自分から動こうとしない以上、あいつらは死んでるのと同じよ」
静かに答えるオンコの瞳は、夕日の赤い光を吸い込んでこの上なく美しい輝きを放っている。
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A-1 誰も救えない\気休めの娯楽・その一
星暦2139年4月15日の昼下がり、サンマグノリア共和国の第二区。第一区から移設された共和国軍司令所兼指揮管制所に併設されている武道場に、複数人の
そしてその様子を静かに眺める、腰まで長く髪を伸ばした壮年の男が一人。
「ウィザリア大佐、休憩時間中だと言うのに精が出ますな」
やがて、稽古を終え防具を
「また86区に滞在していたそうだな。それも今回は護身用の武器も持たず、ノーマン少尉相当官とたった二人で」
やはり気付かれていたか、とヴァーツラフは歯を食い縛る。文明が発達して戦争の前提条件が変わり、白兵戦に至るまでが中距離戦主体であるこの時代。
司令官である佐官ともあろう軍人が、攻撃を受けにくい安全圏から離れること自体が非常識であると言うのに、一体何を考えて行動しているのか。
無論この男にも彼なりの信念があるのは確かだが、それでも命知らずとしか言い
「この国の政策は間違っている。ウィザリア、君もわかっているのだろう?
自分以外の家族親族全てが86区におり、更に自身は基本部隊挨拶以外の目的で前線に出ることがないクガンドにとって、ヴァーツラフの主張は耳が痛いことこの上ない。
後方の強制収容所に閉じ込められている
「…………俺たちは仕打ちをしている側だ。下手に干渉をしても怨みを買うだけだぞ」
そして、「ただでさえ末期の状態なのに」と続けようとしたが、ヴァーツラフは信じられない言葉を口にした。
「そんなことは理解している。レーナも、きっと理解してくれる」
言葉に出された名を聞いて、思わず自分の耳を疑った。
(ヴラディレーナも?お前は何をするつもりだ。理解してくれる?つまりまだ理解していない。まさか……)
クガンドは静かな表情を
「ヴァーツラフ。いつまた最前線に赴くのかは知らないが、お前は今度こそ死ぬ。ヴラディレーナは死なないが、ノーマンとは決定的な確執が生まれる。断言できる」
氷よりも冷たく、刀のように鋭く、針のように尖りきった視線で、文字通り突き刺すように睨むクガンド。
一方のヴァーツラフは自分よりも半分近く年下の男に凄まじい殺気を込めた目で睨み付けられてなお動じる様子を見せない。それはまるで、迷いを断ち切った態度だった。
「危険は承知の上だ。いつまでも高見の見物を続けていては…………
ヴァーツラフもまた、冷たい言葉で返した。
同時刻の86区。大人の大多数が徴兵され寂しい雰囲気が一段と強くなった西部方面第071強制収容所兼戦闘訓練施設で起こった出来事である。
「これ……隠し扉じゃねーか?」
つい二ヶ月前から始まったレギオンに対応するための戦闘訓練をいつものようにこなし、更衣室で着替えていたキール。
しかし、この日ロッカーを開けた時今まで聞こえなかった異音に気付き、自身が使っているロッカーをずらしたところ、その
「もしかして、キールくんのお父さんとゴンくんのお父さんが言ってた…………」
「ああ、この収容所のどこかに秘密の地下室を作ったって言ってたけど……まさか本当だとは」
「この地下室に、オヤジたちが作った“何か”があるんだ……」
その何かとはなんなのか、ゴンサレスたちは気になって仕方がない。子供たちの好奇心は、訓練施設の地下に
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弐之章 ゲイ・ボルグ特統戦隊
09 Six years later side the Gáe Bolg
『
照明のない暗い部屋に、一人の真っ白な男が入りながら呟いた。
『コマンダー・ゼロより〈
暗く狭い管制室の席に座る、一人の
『東部防衛線ポイント80、130、177、2にレギオンの侵入を確認』
彼の視線の先にあるのは下に向かう赤のアイコンと上に向かう白のアイコンが浮かぶ黒い画面。
別の画面には第一から第四の部隊に配属されている機体の
『コマンダー・ゼロより第一戦隊“
男性将校であるハンドラー・ワンの指示に従い、第一戦隊のジャガーノート24機が続々と列を成して出撃していく。
『ハンドラー・ワンより第二戦隊“
ハンドラー・ワン指揮下の第二戦隊に所属する24機のジャガーノートも出撃した。
『ハンドラー・ツーより第三戦隊“
女性将校、ハンドラー・ツーの指示を受けた第三戦隊のジャガーノート24機も目標地点へと進軍を始める。
『コンダクター・ナインより、第四戦隊“
最後に、コンダクター・ナイン指揮下の第四戦隊のジャガーノート24機がすでに出撃した三つの部隊の後を追うように歩みを進め始めた。
『コマンダー・ゼロより第一戦隊、各員点呼。アンダーテイカーから』
そして、コマンダー・ゼロからの点呼の指示とともに、怒涛の勢いで戦隊員たちの返事が響く。
『スピアヘッド戦隊長、
『スピアヘッド第一小隊、
『スピアヘッド第一小隊、
『スピアヘッド第一小隊、
『スピアヘッド第二小隊長、
『スピアヘッド第二小隊、
『スピアヘッド第二小隊、
『スピアヘッド第二小隊、
『スピアヘッド第三小隊長、
『スピアヘッド第三小隊、
『スピアヘッド第三小隊、
『スピアヘッド第三小隊、
『スピアヘッド第三小隊、
『スピアヘッド第四小隊長、
『スピアヘッド第四小隊、
『スピアヘッド第四小隊、
『スピアヘッド第五小隊長、
『スピアヘッド第五小隊、
『スピアヘッド第五小隊、
『スピアヘッド第六小隊長、
『スピアヘッド第六小隊、
『スピアヘッド第六小隊、
『スピアヘッド第六小隊、
スピアヘッド戦隊24名の他三戦隊全員の
『
正面切ってレギオンへと向かうプロセッサーの一人である第二戦隊パイクブレード戦隊長、シャイニングサンが静かに問う。
『ハンドラー・ワンよりシャイニングサン。現在位置から1500メートル先、12時の方角に3個大隊が布陣、その400メートル手前に4個中隊が迎撃準備中』
ハンドラー・ワンを名乗る将校は笑い声を堪えているかのような、明らかに侮辱を込めた態度でプロセッサーたちに告げる。
『まあ、この数相手だと……化け物揃いのゲイボルグ特統戦隊も流石に全滅かもなぁ?』
直後、ハンドラー・ワンの言葉を上書きするようにコマンダー・ゼロからの指示が下る。
『コマンダー・ゼロより、ゲイボルグ特統戦隊各員へ。今回のレギオン側部隊の構成は
コマンダー・ゼロがレギオンの詳細の情報とともに指示を告げると、ハンドラー・ワンは小さく舌打ちをし、ハンドラー・ツーは不機嫌そうに息を吐いた。
この時勢において
特に
『ほらほら行け行け!ぶっ壊れて死にやがれ豚ども!』
『豚は豚らしく、屠殺されて来なさい!』
ハンドラー・ワンとハンドラー・ツーの罵声が響く。
しかし、この罵声もコンダクター・ナインの言葉で上書きされた。
『白トリュフ二つの言葉は無視。指示はこちらに任せて、レギオンの撃破に集中せよ』
そして、ゲイ・ボルグはついにレギオンの侵攻部隊と会敵した。同時に、アンダーテイカーの耳を通じて奇妙な声がハンドラーたちの頭に響き始めた。
(…………始まったな)
コマンダー・ゼロとコンダクター・ナインはこれから始まる地獄絵図を思い浮かべ、静かにほくそ笑む。
『何だ、この声は……?』
『何?何なの?』
ハンドラー・ワン、ハンドラー・ツーは突然聞こえ始めた幻聴に困惑している様子だ。
『タスケテ……』『イタイ』『ウワアアアアア!』
『シニタクナイッ!』『カアサン……』『イヤダアアアアア!』
『パパーッ!』『ウランデヤル!』『タスケテクレェッ!』
性別、年齢、人種、精神状態の一切を問わず、あらゆる人間の
『黙れよっ……黙れ!うるせえんだよ豚が!』
『いい加減に黙りなさいよ!うるさい!』
すでにこの世にいない人間たちに向けて、空を切る拳のように罵倒を放つ二人のハンドラー。
そして、二人に聞こえる断末魔の声は徐々に大きく、徐々に増えていき、ついに。
『『あああああああああああああああ!』』
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09-2 その日
現在各方面防衛戦線には18戦区、各戦区に36個戦隊、一個戦隊の定員24名、計1万5552人のプロセッサーが在籍している。特に第一戦区には精鋭中の精鋭と呼ばれるプロセッサーたちが300人程度は集まっている。
そして、彼らは激戦を極める戦場を生き延びた精兵であり、
その戦果たるや一人あたりのレギオン撃破数の平均が3桁にもなる実力者揃い。退役前の特別任務と称した死刑執行が間近に迫りながら、経験豊富で戦闘能力にも優れる彼らが徒党を組んで戦うのだからレギオンにとっては脅威と言えるだろう。
だが、そんな怖いものなしとま で呼ばれるゲイ・ボルグ戦隊の少年兵たちにも、頭が上がらない人間は少なからずいる。
それが────────
「おら
「こら
「
「よくもっ……よくもまた機体を壊したなぁっ!チャコール・ストーヴウゥゥゥゥ!」
歩行戦車、ジャガーノートの搭乗員である以上搭乗者を支える人物がいる。その支える人物たちと言うのが整備士、彼らにとって最も恐ろしく最も尊い人物なのだ。
「脚回り
スピアヘッド戦隊の整備士長、【
「また関節とフックワイヤーをダメにしたわね!直すの大変なのに何度言ったら分かるの!」
「
ロングランス戦隊の整備士、【
「お前たち三人は何をどうしたらキャノピーの蓋があんなにボロボロになるんだ!」
「いや……なあ?」
「うん……まあ……」
「突撃して攻撃が直撃したからとしか言い様がないが」
「お前らホントそういうとこだぞ!
スロウジャベリン戦隊の整備士長、【
「忠告を破って高周波ブレードを壊すとはどういう料簡だ貴様あァァァァ!万死に値するうウゥゥゥゥ!死ねええええチャコール・ストーヴウゥゥゥゥ!」
「すみません!すみません!すみません!」
そしてチャコール・ストーヴは怒髪天を衝くを体現した状態のパイクブレード戦隊整備士、【
「相変わらず怖ぇな、フィアルマ
戦隊基地を縦横無尽に走り回り文字通り必死になって追いかけっこを行うチャコールとフィアルマの二人の様子を見て、浅黒い肌が特徴のスピアヘッド戦隊員【
「あんな状態のフィアルマさんに追いかけ回されたらと思うと…………私なら確実に失禁する。間違いない」
「生理現象とはいえ女の子が言っていいことじゃないわよ」
【
「……リザさん」
「何?ニコくん」
リザは振り向くことなく少年に答え、一方のクジョーも少し
「関係ない俺が聞くのもおかしいけど……
クジョーの問いに、リザは少し身震いした。クジョーの言う
ギアーデ脅威論が広まりつつあったサンマグノリア共和国が、自国のちょうど南に位置するイシュヴァール国侵攻に際し多くの士官候補生を動員したことで、リザは戦場の非情な現実を見せ付けられることになった。
「ええ……何度も殺されかけて何人も殺したから……今でもニコくんや
教育課程の修了まで半年もあった士官学校を強引に卒業させられ、訳もわからず戦場を駆けずり回らされたことを鮮明に記憶している。
血肉と火薬の
全てが恐怖を刺激するものだった。サンマグノリア共和国という国の現在まで続く狂気は、あの戦争から始まったのかも知れないとリザは一人
「人間を相手にして殺し合う機会がが少なくなった分、今の戦争のほうが幸せかも知れないわね」
リザが呟いた直後、足音が響く。
「何をしているのかね?」
クジョー、リザ、カイエの背後から眼帯を着けた初老の男、ロングランス戦隊の戦隊長を務める【
「タニヤくんとホークアイはともかく、ニコくんはこんなところでぼんやりとしていられる
ブラッドレイはこう続け、そして右の方向に人差し指を向ける。三人の男女がブラッドレイの指差す方向に視線を移すと、所属部隊の垣根を越え、老若男女入り乱れてドッジボールを楽しむ同僚たちの姿が目に映った。
「そしてホークアイくん、君は少しばかり暗く考え過ぎる。平和を楽しむことを考えて心労を
「さて。私は報告書を纏めておかねばならんのでな、
そして、ブラッドレイはかっかと笑ったままその場を後にした。
エドワード・エルリック(Edward Elric)
出展:鋼の錬金術師\エドワード・エルリック
金髪・金眼で肩より長い髪を三つ編みにした少年。
人種は
ウィンリィ・ロックベル(Winry Rockbell)
出展:鋼の錬金術師\ウィンリィ・ロックベル
金髪・青目で長髪をポニーテールにしている少女。
人種は
クァランコーザ・アントディソン(Qualuncosa Untedesonne)
黒髪、赤目の青年。
容姿は[炎炎ノ消防隊]の森羅日下部。
人種は
アーサー・ボイル(Arthur Boil)
出展:炎炎ノ消防隊\アーサー・ボイル
金髪と空色の目の青年。
人種は
アニーロ・ホットテーブル(Anillo Hot'table)
黒髪をツインテールにした赤目の少女。
容姿は[炎炎ノ消防隊]の環古達。
人種は
リザ・ホークアイ(Liza Hawkeye)
出展:鋼の錬金術師\リザ・ホークアイ
長い金髪、黒目の女性。
人種は
キング・ブラッドレイ(King Bladray)
出展:鋼の錬金術師\キング・ブラッドレイ
短く切り揃えた黒髪、右目が黒目、眼帯で隠す左目が赤目の初老の男。
人種は
先祖の人種は不明。
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09-3 食卓を飾る裏方
西暦2145年6月14日の午後。この日におけるゲイ・ボルグ特統戦隊の隊員たちが食す夕食作りを担当することになったのは、ゲイ・ボルグ特統戦隊の母と呼ばれるロングランス戦隊員【
「ねえ
イズミは料理の準備をしながら、ふとした疑問をシェリーラスにこぼした。特統戦隊のメンバーの約半数は育ち盛りの子供、そして大人の中に人並み外れた大食いが何人かいるという状態である。
このような胃袋事情であるがゆえ、ゲイ・ボルグ特統戦隊が編成されたばかりの頃は食料用の倉庫に保管されている糧食が一月持つか持たないかだったのだが、ここ二週間食料庫の兵糧の減り具合がめっきり少なくなりまだ半分近い量の穀物の袋や調味料、嗜好用飲料の瓶が入った箱が倉庫に眠っているのだ。
「そう言われてみればそうですね!みんな少しずつ食べる量を減らしてる気がします!」(生活の微妙な変化に気付けるってすごい!流石主婦だわ!素敵!)
シェリーラスは内心でイズミへの行きすぎた敬意を叫びながら答え、特に疑問を持つことなくフライパンと水がたっぷりと入った特大の鍋をコンロに置き、その隣でルーの調味を始める。
ちなみにこの日の夕食の献立は味以外の理由で嫌いだと言う人間などこの世に存在しないであろう、カレーライスである。
「今日は
「まあ、カレーライスを嫌う人間は私の知ってる限り一人もいないね。あんたもカレーは好きだろ?」
笑いながら手際よく野菜と肉を刻むイズミを横目に、シェリーラスは湯の沸き具合を確認しながらルーの調味を始めた。今回は辛めに作るようで、すでにカレー粉や味噌と言った調味料を混ぜたルーの
「好きと言えばイズミさん!最近
「強引な話題の変更だね…………まあ、あの
唐突な話題の切り替えながら、イズミは興奮気味に話すシェリーラスのテンションに併せて答えた。
野菜はあらかた刻んだらしく、今度はジャガイモの芽を除く作業に入り始める。
「良いわ~無垢な女の子が
乙女チックなロマンを語るシェリーラスはすでにルーの調味を終えており、イズミが刻んだ野菜をフライパンで
「そうかい?私も旦那一筋だけどそのあたりはよく分からないんだ」
芽を取り除いたジャガイモを刻むイズミは、少し
「じゃあ、シンくんはクレナちゃんに振り向くと思いますか?」
炒め終わった野菜と肉を水で満たした鍋にどかどかと落とし入れ、コンロに火をかけて温め始める。そしてルーの味を確認しながら、シェリーラスはまたイズミに問いかけた。
「それは……さっき言った通り難しいだろうね。あれは
刻み終わったジャガイモを炒めるシェリーラスの代わりに鍋の様子を眺めながら答える。確かに、年齢不相応に達観した感性、幼少期から戦場で生きて来たゆえの精神構造の
「そうですか……まあそうですよね。誰もシンくんの笑顔を見たことがありませんから」
ジャガイモを炒めながら、シンエイが笑顔を見せた記憶がないことをぽつりと呟くシェリーラス。楽しい雰囲気で始まったはずの料理は、いつの間にか哀愁漂う雰囲気に満たされていた。
「…………悲しい
「はい!フィアルマさんのお説教、長引いてないといいですね!」
イズミはカレーの具を温めている鍋をシェリーラスに任せ、調理場を後にした。
イズミが調理場を出ようと鍋から離れた頃にようやくフィアルマとの追いかけっこから解放されたチャコールは、疲れきってはいるがどこか嬉しそうな足取りで調理場の方へと向かっていた。
(今日もフィアルマさんに追いかけ回された……自業自得だけど……)
フィアルマに追い回されている途中からカレールーの匂いを嗅ぎ取っていたチャコール。今回彼がフィアルマに殺されることなく走りきることが出来たのは、カレーライスの匂いでフィアルマの殺意の匂いを
「ああ、コール。ちょうどよかった」
「あ、イズミさん」
調理場の方から自分に近付いてくるイズミの姿を視認し、呼び掛けられたチャコールも返事をした。
「米は
「任せて
「悪いね、疲れてるのに一番大変な仕事を頼んじゃって」
先ほどまでの疲れはどこへやら、チャコールははきはきとした態度で調理場の扉へと向かって行く。ちなみに炊飯器などという便利な家電は存在しない。
(なんて…………コールが炊いた米が一番
イズミはどこか安心したような笑みを浮かべながら、ある人物たちがいる部屋へと向かった。
イズミ・カーティス(Izumi Curtis)
出展:鋼の錬金術師\イズミ・カーティス
黒色の髪と瞳の女性。
人種は
シェリーラス・ミエラ(Ciereylaz Miellat)
頭髪が桃色、毛先と瞳が緑色の女性。
容姿は[鬼滅の刃]の甘露寺蜜璃。
人種は
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09-4 兄弟への伝言
「シンは……兄弟に生き残りがいる僕らを……その
ロングランス戦隊員【
「…………
表情を変えることがとても少ないシンエイが珍しく
当然というべきか、二人はシンエイの表情の変化に驚きを隠せない。
「引き摺ってんだな……
「ああ……後悔してる」
今シンエイが思い浮かべているのは他でもない、たった一人の兄である
幼い頃に見た笑顔は16歳となった今もなおしっかりと記憶に残っているが、何より忘れられないのは……
(最後の最後で、
激化するレギオンとの戦いで両親を失ったことで精神的に追い詰められ、その怒りの矛先を自分に向け殺しにかかった兄の憎悪に満ちた表情。幼い頃から見て来た穏やかな表情からは想像できないほどに歪んでいた顔であったことを、シンエイは鮮明に記憶している。
「…………一番の
エドワードはこう続けると、窓の方に親指を向ける。
しかしその直ぐ近くには、怒り心頭だと分かる不機嫌な表情をしている
「
外見の特徴こそ決定的に違うが、実はこの二人は血の繋がった兄弟である。顔中傷だらけで常に怒っているような顔の
顔に傷があるもののどこか優しげな印象を感じさせる
この二人は幼少期の経験から確執が生まれており、今もなお仲違いのほとぼりは冷めていない。
「なんとかしてあげたいけど…………僕たちが
「…………ああ、そうだな」
アルフォンスの言葉にシンエイが答え、もう一度窓の外を見やった時には、もうネイトとシュンカーの二人の姿はなかった。見えるのはいまだにドッジボールをして遊ぶ戦隊員たちの姿だけ。
その様子を見届けた三人が
「エド、アル、ちょっといいかい?」
扉が開く音とイズミの声に、エドワードとアルフォンスは振り向いた。
「「
エドワードとアルフォンスは同時に返事をし、シンエイも作業を止めて顔を上げる。一方彼女の方は深刻でも急を要するというわけでもないようだが、どこか不安げだ。
「悪いねシン、二人を借りてくよ」
「どうぞ。作業に差し支えはないので」
短く答えて部屋を後にする三人を見送った後、シンエイは再び手元に視線を落とし拳銃の調整を続けていた。
一方イズミに呼び出されたエドワードとアルフォンスの二人は、
「
アルフォンスの問いに、力なく静かに答えた。
「前々からお前たち二人に伝えようと思って、忘れてたことなんだけどね…………」
イズミは諦めにも似た、どこか曇った
「…………先週、
「えっ……?」
「そんなっ……」
強制収容所に
止めに入った
だがニーナを治療をしようにも薬剤や道具などがほとんどなく、骨折した胸骨が心臓に刺さっていたこともあり一時間と待たずこの世を去ったらしい。
「クソッ!こんなことがあるかよ!」
「…………酷すぎるよ…………同じ人間なのに……っ!」
人ができるとは思えない非道な行いに、少年二人は怒りを
「…………だけど」
アルフォンスが顔を上げた。
「悔しいけど……この手紙に書かれてるような
肯定するようにエドワードも呟く。
「…………認めたくはないけどな…………」
一方のイズミは二人に背を向けていた。
「ごめんね、こんな形で悲しいことを思い出させてしまって……」
「いいんだよ
見上げれば、傾いた日の色は
アルフォンス・エルリック(Alphonse Elric)
出展:鋼の錬金術師
長い金髪、くすんだ金の瞳の少年。
人種は
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