Eighty Six Platinum (御代川辰)
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壱之章 Ferewell,White meat chunks
00 No Title or Title Los


 星暦2139年の1月。サンマグノリア(St.Magnolia)共和国の中央に位置する第一区。共和国軍の司令部の一室で、一人の男が叫んでいた。

 

(なん)で!」

 

 毛先から爪先、瞳孔、虹彩、肌に至るまで身体の隅々が美しい白金色に輝く美麗な男が、軍将校たちに怒気を込めた声を発している。

 

(なん)有色種(Colorata)の血が絶やされなければならんのや!」

 

 地方の出身なのか、独特な方言を使って将校らに問いかける男。彼は白系種(Alba)と呼ばれる人種の中でも指折りの少数派(Minority)、〈白金種(プラティーン)〉のサンマグノリア共和国軍の将官【ナンバ(Namba)オスカー(Oscar)】である。

 

(なん)怨恨(えんこん)が!(なん)理由(わけ)()って彼らを危険地帯に放り込むのを正当化せにゃいかんのや!」

 

 鬼のような形相(ぎょうそう)で吠える若い将官に、軍部将校の一人が答える。

 

「…………口減らしだよ」

 

 幕僚でもある将校が放った非情な言葉は、オスカーの怒れる炎に注がれる油となった。口減らし?理由にしては甘い。白系種(罪深き同胞)だけが参加を許された国民投票で追放されることが決まった。理由など一つ。

 

「…………何を都合の良い理由(こと)を抜かしよりますか…………」

 

 オスカーの怒りが頂点に達した時、彼は全てを理解した。

 

(おれ)白金種(プラティーン)の反対意見は、あんたはん方(政府関係者)の方でなかったことにしたんと(ちゃ)いますか?」

 

 

 将校たちはご名答とばかりに拍手(かしわで)を打つ。その顔には笑みを浮かべている。

 

「そういうことだ」

 

 と、大将の階級証を胸ポケットに掲げる老いた男が立ち上がって答えた。大将はその足でオスカーのもとへと歩み寄り、更に続ける。

 

「君も自覚している通り、白系種(アルバ)という人種の中で最も希少な白金種(プラティーン)なのだよ」

 

 「なぜ今さら当たり前のことを……」、とオスカーは思った。むしろ白系種(アルバ)でなければ国籍はおろか人権さえも奪われる現状では、「白系種(アルバ)だから」という理由だけで有色種(コロラータ)に殺されるかも知れないほどに追い込まれるという未来は見えているというのに。

 戸惑う将官に、大将は続ける。

 

白金種(プラティーン)白系種(アルバ)である以上、支配者になり得る人種なのだよ」

「なっ?!」

 

 オスカーは絶句した。白金種(じぶんたち)が支配者になり得る種族とはどういうことなのか。彼らは長い歴史の中で、己と己の先祖の散々たる行いを忘れたかの如く遂に狂ったらしい。

 

「この国が王政から共和制に変わるより更に大昔の話だが……」

 

 大将は更に続けようとしたが、オスカーは手を広げて制止した。聞きたくない。恥さらしの同胞の言葉など全てどうでもいい。

 

「ちっと(だま)れや侵略者(クズ)の子孫どもが」

 

 若き少将であるオスカーは一度は治まった怒気を再び強めて将校たちに声をかける。眼球はすでに充血を始めているようだ。

 

「あんたらの先祖は、もともとあんたらの住む土地のすぐ隣の地域に国を持っとった俺たちの御先祖様を“白鼠(Least Weasel)”言うて奴隷に堕としたんやろ!?」

 

 オスカーは大将の胸ぐらを掴み、充血による内出血で赤く染まった白目に囲まれた白金色の瞳で睨み付ける。先住民であった先祖の土地を侵略し、その後永きに渡って迫害し、旧王政が倒れた後も少数派(マイノリティ)として冷遇し、二世紀半が経ってやっと()()()()として扱い始めたというのに。

 

「え!?今さら先祖の行いの隠蔽のつもりなんか!?あんたらはギアーデ(Giade)との戦争を赤の他人に押し付けるつもりか!?」

 

 と、ここまで言い切ったところで、将校の一人がぽんっとオスカーの肩に手を置いた。振り返ると、かなり長い期間に渡って従軍しているのか髪も髭も真っ白な老爺(ろうや)が立っている。

 

「オスカー君。頭に血が(のぼ)り過ぎだ。すぐに医務室に行って診断を受けたまえ」

「てめぇっ!」

 

 オスカーは老爺(ろうや)からの言葉に遂に我慢できなくなり、手足に渾身(こんしん)の力を込めて殴りかかろうとした。しかし……

 

「ぐぅっ…………っ!」

 

 怒りと興奮が引き起こした内出血の激痛、さらに大量の血液が脳に集まり負荷がかかったことによって脳貧血になるという矛盾した現象に(おちい)り、更に涙腺にまで血液が届き、オスカーは血涙(けつるい)で床と軍服を汚しながらその場に倒れ伏す。

 将校たちは呆れたようにため息を()き、老爺(ろうや)は息を荒くしたままのオスカーを抱き起こし、その足で医務室へと運んだ。




白金種(プラティーン\Platiene)
サンマグノリア共和国、及びサンマグノリア共和国建国以前の王国時代よりさらに前、有史以前にはすでに現在のサンマグノリア地域の北東部に居住していた白系種(アルバ)
限りなく白く透き通った肌色と体毛を持ち、異なる人種との混血児は必ず白金種の特徴を持って産まれる。
有史初頭の時点で高度な医療技術を有していたが、白銀種(セレナ)の国による侵略を受けて貴重な技術や知識の多くが失われた。


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01 「結局、その声は届かなかった」

 ナンバ(Namba)オスカー(Oscar)少将が血涙による失血と脳血管の圧迫による貧血で倒れ、意識朦朧としている間にも着々と悪魔のような行いが始まろうとしている。

 後にエイティシックスと呼ばれることになる有色種(コロラータ)に銃を突き付けるのは、肌色・毛色・瞳孔と虹彩の色の大部分が白系統の色で占められている白系種(アルバ)の兵たちである。

 

白金種(プラティーン)の人たちが見えないっすね」

 

 他の有色種(コロラータ)とともに移送用のトラックに乗り、(いぶか)しげな表情を浮かべて外を見回す青年は白系種(アルバ)でありながら人口6万人に届かない、いわゆる少数派(マイノリティ)である深雪種(ディープスノウ)という人種の生まれ。

 名を【フェルベール(Ferbal)ウィディット(Widite)】と言う。

 

「バル……あんたも物好きだな。86区に着いたらお前、こいつらに酷い目に遭わされるのも分かりきってるのに」

「……あの、俺が言ったこと分かってます?」

 

 フェルベールの言葉にはさも興味がないとばかりに無関係な話題を切り出すでっぷりと太った中年の男。

 フェルベールと同じく白系種(アルバ)少数派(マイノリティ)薄灰種(アッシェン)フェルディナンド(Ferdinand)ティログマ(Tisrogtma)である。

 

「分かっているとも。誇り高い白金種(プラティーン)が、哀れな被差別者である俺たち(エイティシックス)を見送りにさえ来ないことがおかしい……だろ?」

 

 フェルディナンドは例え興味のない話題であろうとも聞き流すことは絶対にない。むしろ一度聞いたこと、見たことはまず忘れないし、なんなら出生直前の記憶さえもはっきりと覚えているほどに記憶能力が発達している。

 

「はい。白金種(プラティーン)の国外脱出希望者は全人口の内99%近いはずなので、非軍属の人たちだけを最前線に追い出す……なんて……こと……は…………」

 

 フェルベールがここまで言ったところであたかも溶けたアイスクリームのようにボタボタと冷や汗を流しながら、さながら立て付けの悪い扉のようにぎこちない動きで後ろを振り向く。

 張り付いたような引きつりで(かたど)られた笑顔の彼の視線の先には、凄まじいほどにどす黒い気配を放ちながら自身を睨む有色種(コロラータ)たちの姿があった。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 無言の怒気から産まれる雰囲気(気配)は憎悪と言うよりは憤怒、憤怒と言うよりは苛立ち。どうやら白系種(アルバ)が自分たちの話をしているというのがこの上なく気に入らないらしい。

 

「分かったよ!分かりましたよ!黙ってろと言いたいんでしょう!?これ以上は何も言いませんから!黙ってますから!」

 

 フェルベールはこう答えるしかない自分を恥じた。

 

 

 

 

 

 

 時間は進み、数時間後。第4区の地下に(しつら)えられた地下建造物。

 

『あのバカ共には付き合いきれへん。糞や。人間やなくなっとるさかい』

 

 軍総司令部の病室から掛けられている電話を挟み、ナンバ少将の声が真っ暗な地下室に響く。電話機に繋がれたスピーカーに、軍人だけが装備を許される軍服や戦闘服に身を包む白金種(プラティーン)の共和国軍将兵たち、そしてこっそり職務を抜け出した議員たちが注目している。

 

『あの糞幕僚どもは口減らしとか抜かしよった。口減らししたけりゃちゃっちゃか徴兵せいや全く…………』

 

 末端の兵の何人かが爪で(てのひら)から血が出るほどに拳を強く握り、将校たちは歯を食い縛っている。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()という盟約は結局破られた……戦争において嘘と騙し討ちは常套手段だから当然だが」

 

 誰かが呟く。

 

「もはや、この国に残る市民(白系種)は人間ではない。生物ですらない。少なからず()()が居たとして、心が壊れるのも時間の問題だ」

 

 また、誰かが言った。

 

『せやから、もうこの国(サンマグノリア)を見捨てる他ないわ』

 

 ナンバの言葉が地下室の将兵の耳に入り込む。

 

「まぁ…………まだ時間はある。この国への希望と期待を捨てず、共和国という畑の野菜として残るか。この土地を離れず誇りと信念を守り通すために86区民()に成り下がるか……はたまた国を捨てて遊牧民()になるか……」

 

 全ての選択は同胞である白金種(プラティーン)に委ねられる。政治や立法、軍事に関わる自分たちが強要する資格はない。

 

『ということは、例の嘆願は?』

 

 ナンバは議員として活動する白金種(プラティーン)の女性に(たず)ねた。問われた女性は力なく顔を横に振り、ナンバに偽りなく答える。

 

「結局─────」

 

 

 

 

────私たちが発した声は、愚かな同胞たちの耳に届くことはなかったわ────



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02 どうせ生かして帰さぬつもり

 サンマグノリア政府主導の非白系種(コロラータ)隔離政策が実施され、早くも三日(みっか)が経過した頃の昼間。自らの意思で86区に移住することを決めた軍民合わせおよそ11万人もの白金種(プラティーン)たち。

 彼らはサンマグノリアの政策に対する抗議も兼ねて、足腰の立たない老人から生まれたばかりの赤ん坊までもが真っ黒な服に身を包み、四方八方に向かい長蛇の列を成して行進していた。

 その異様な光景はまさしく喪服に身を包んだ音楽隊の行進。彼らにとっては最初で最後の、横断幕を掲げてのデモ行進である。ちなみに横断幕には「滅びよ悪魔の国」、「白い肉塊に死を」、「魂なき脱け殻は地獄へ向かえ」、「我ら人なり。されど肉塊にあらず」などと書かれている。

 

「いくら彼ら(白金種)の意思とはいえ……7万9000人以上もの将兵が一斉に退役するのは痛手だな」

 

 サンマグノリア共和国大統領は、86区に繋がる大通りを進む白金種(プラティーン)たちの姿を見てため息を吐いた。白金種(プラティーン)はその人口として見れば共和国総人口の1%より少ない少数派だが、その従軍率は異常と言える程に高く共和国軍の総兵力のおよそ12%、実に8万人という数を占めていた。

 その軍隊の一割強を独占する民族である将兵たちの更に95%以上が一斉に辞表を叩きつけて、そして家族や非戦闘員を引き連れて自ら国外に逃げ出すのだから、共和国民にとっても政府の上層部にとっても頭が痛い案件である。

 

「有史以前…………十万年以上に渡って住み続けた土地から、自ら離れるという形で追い出されるか…………」

 

 迫害された有色種(コロラータ)の名誉を守るために86区民(エイティシックス)となるべく────あるいは真の自由を勝ち取るべくサンマグノリアを後にしてレギオンの支配領域に旅立つため────巨大包囲防衛要塞群(グラン・ミュール)建設予定地を目指して行進する同胞たちを眺めながら、コーヒーを片手に静かに呟いた青年がいる。

 彼は共和国に残ることを選んだ1927人という決して少なくない人数の白金種(プラティーン)の一人である、共和国軍将校【クガンド(陸人)ウィザリア(Wizaria)】大佐だ。

 

「今後、()()()とも()()()ともつかない群れ成す亡霊(レギオン)の大軍を……たった一人で相手にしなければならないかもしれないのに」

 

 クガンドの、(はかな)くも(つたな)い一言は、誰に聞こえるでもなく、誰に語るでもない静かな独り言として消えていった。

 

 

 

 同じ頃の86区北方。雪が降りしきる寒空の中、グラン・ミュールに程近い地域にある第109強制収容所。ここはさすがの当局も扱いに困ったらしい白銀種(セレナ)深雪種(ディープスノウ)純白種(ヴァイゼン)真珠種(パール)など、多数派(マジョリティ)少数派(マイノリティ)を問わない白系種(アルバ)86区民(エイティシックス)を収用する特別施設。

 そこにいるのは被差別民の中でも()()()素行(そこう)や態度のいい人々が多く収容されている。

 

「バルさん、フェルさん。あんたたち箸の持ち方間違えてるよ」

 

 収容所の食堂で昼食を取るフェルベールとフェルディナンドは、白系種の最大多数派純白種(ヴァイゼン)の少女【ネイリス(Neyllis)シューディット(Shueditte)】に箸の持ち方を注意されていた。

 

「いや……俺たち和食食べるの初めてだし」

「ペンを持つ要領って言われてもなぁ」

 

 皿に盛り付けられた鮭の塩焼きや卵焼きを、箸で器用に切るネイリスとは対象的に茶碗に盛られた麦飯さえも掬えないフェルベールとフェルディナンド。

 外交官夫妻の娘として両親に連れられて様々な国に(おもむ)くことが多かったネイリスは、異国の文化に触れる機会も当然ながら多くあった。食事に限ったことではなく、言語から文学と言った伝承も含めて。

 

「まあ、ゆっくり慣れるのが先決だから」

 

 二人にそう言って、ネイリスは梅干しを一つ箸で麦飯とともに口いっぱいに頬張る。

 

今後のこと(強制徴兵)を考えれば、今の収容所暮らしが一番幸せかもな)

 

 少食であったこともあり一足先に食事を終えたフェルベールは、ふと思い出した雪中行軍をテーマとした軍歌を歌いながら食器を洗い場に戻しに向かった。

 

(ゆき)ぃの進軍(しぃんぐん)氷を踏んで、どぉこが川やら道さえ知れず~う……」

 

 そして、彼が気紛れで唄った歌はその場にいた全ての白系種(アルバ)86区民(エイティシックス)に聞こえていた。

 

 

 

 

 その日よりフェルベールには“軍歌のお兄さん”という愛称が着き、フェルベールが歌った軍歌が瞬く間に86区の住民たちに広まったことで、全国のプロセッサーたちは出撃前、起床直後、就寝前に必ず軍歌を歌う習わしができたという。

 どうせ、白豚(白系種)たちは自分たち(86区民)を生かして故郷に帰すはずなどないのだから。




登場曲名:雪の進軍
作詞・作曲:永井建子


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03 とある収容所での一悶着

今話から少しずつパロディキャラクターが登場します。
嫌いな方はご注意ください。


 星暦2139年の2月半ば。大統領令6609号、通称[有色種(コロラータ)強制排斥令]が発令されてからちょうど半月(はんつき)が経過した。非白系種の86区への追放がほぼ完了し、ギアーデ帝国が開発し大陸全土にばらまいた自律型無人機動兵器、レギオンとの本格的な戦闘が始まるのもこの時期からである。

 こうなれば多くの人間から怨みを買うのは当然だが、無論サンマグノリア共和国上層部も何の武装や訓練も無しに捨て駒(廃棄物)である被差別民を前線に送り込むほど馬鹿な訳ではない。それでも被差別民に武器を持たせるということは反乱時のリスクが非常に大きいからには、反乱を起こし(づら)くする処置をとるのは当然のことである。

 

 

 

 

 

「…………もう、あの住み慣れた街には戻れないんだな」

 

 86区西方に作られた第071強制収容所にある収容棟の一室で、徐々に完成しつつある万里の長城(グラン・ミュール)を眺めながら日光種(サンライト)極東黒種(オリエンタ)の混血、【チャコール(Charcoal)ストーヴ(Stove)】が呟いた。

 彼の癖のある長い赤毛は、沈みつつある赤い夕日の光を反射してきらきらと輝いているように感じられる。

 

「コール!手伝ってよ!またアボル(Abor)が暴れて手に負えないんだ!いや今回はキール(Kiell)が悪いけど!」

 

 チャコールが窓際の椅子に座ってうつらうつらとしていると、黄色い髪と瞳を持つ金穀種(アウリウムオリーツァ)、【アインツェン(Einszen)イースティ(Easty)】がばたんと部屋の扉を開けて入って来た。

 わざわざ姿を見ずとも、聞こえる息遣いの荒らさから相当に疲れていることがうかがえる。

 

「またか……このところ毎日頭突きをしてる気がする」

 

 例の二人を一撃で伸すチャコールの石頭は凄まじく、万一力加減を間違えればアスファルトを粉砕するどころか鋼鉄の板を真っ二つに折ることさえ容易だ。

 元来が温厚で面倒見が良い性格ながら腕っぷしの強さと頭突きの恐ろしさ故、この第071強制収容所においては彼を本気で怒らせることは死を意味する。

 

「なあ~頼むよ~。ちゃんと言い聞かせるからさ~」

 

 チャコールにとって、アインツェンの印象は正直に言って最悪である。女好き、ヘタレ、泣き虫、更に臆病で意気地なし、かつ騙され易いという男としてどうかと思われるほどに悪いところだらけ。

 しかし収容所内で割り当てられる仕事は真面目にそつなくこなし、まだ10歳に満たない子供たちの世話もきちんとするので、一概に悪く言うこともないのも事実。

 

「はあ…………分かった。すぐ行くから」

 

 

 

 

 

「落ち着けアボル!これ以上暴れるな!」

「うるせえ!離せ弱味噌が!こいつ(白系種)は一発殴らねぇと気が済まねぇんだよ!」

 

 収容所内に設えられた申し訳程度の広場の中央で、黒と青のグラデーションがかかっている髪と翡翠色の瞳を持つ、いわゆる混血の少年【アボル(Abor)フラットビーク(Flatbeak)】が白系種(アルバ)の少年に殴りかかろうとしているのを、濃い金色の髪と緋色に輝く瞳を持つ青年【クラウス(Klaus)ピリカ(Pirika)】が羽交い締めにしている。

 

クラピカ(Klapika)!コールがそいつをおとなしくさせるまで、絶対に手を離すんじゃねえぞ!」

「分かっている!」

 

 クラウスを独特なあだ名で呼ぶのは、自らをレオリオ(Leonrio)と称する黒青種(ブラウア)の老け顔の青年【レオナルド(Leonard)リオンソ(Rionso)】は、アボルに蹴り飛ばされた白系種(アルバ)の少年に応急処置を施している。

 

(いち)ち……ちょっと舐めプしちった」

キルア(Killua)!何でわざわざ喧嘩売るのさ!」

 

 キルアという愛称で呼ばれる少年、【キール(Kiell)ゾディアック(Zodiac)】が笑みを浮かべて呟くと、レオナルドとともにキールの(そば)に立つ【ゴンサレス(Gonzales)フリードスク(Freedsk)】が怒りの表情(かお)を浮かべて彼を責めた。

 そもそも喧嘩の発端となったのは、白系種(アルバ)による自分たちへの仕打ちへの不服をアボルが呟き、その呟きから見える憤怒を(あお)るようにキールが捲し立てたからである。もちろんここで止まる訳もなく、アボルが当然(テンプレ)のような挑発にあっさり乗ってしまったことで今回の騒動が起きたのだ。

 

「そりゃお前!ただでさえ娯楽が()ーのにもうすぐ徴兵が始まるんだぜ!?喧嘩ぐらいしかストレスを発散できることが()ーだろうが!」

 

 キールの辛辣(しんらつ)な言葉は、その場にいる全ての86区民(エイティシックス)の心中に響く。思えば、自分たちは決して長くない期間ではあるが、この不潔で狭苦しい収容所で過ごしている。だが戦争の掟、最初に居なくなるのはいつも親の世代。つまり大人たちである。

 

「ふざけるな白豚のガキ!お前が……俺たちが前線に出るのはまだ()だ!」

「俺たちの親父やお袋が先に死ぬんだぞ!分かってんのか!」

 

 二人の喧嘩から始まった重大かつ重篤な人種問題の波は広がりきってしまい、有色種(コロラータ)の子供たちの非難の声がキール一人に殺到し、レオナルドたちが諌めても言葉を止めないほどに収拾が着かなくなっていた。

 

(オレたち一家に比べりゃ……お前らはずっと幸せ者だって分かんねぇだろうな)

 

 だがキールは動じる様子がない。その目はまるで、間近(まぢか)で死を見てきたかのような、()()()()()()()()()()目であった。

 

「お前らはまだ……戦ってすらないだろうが……」

 

 キールの囁くような呟きは、静かに消えた。

 

 

 

 

 

「おらサルコウ(チャコール)!この弱味噌の手を離させろ!」

 

 一方、アインツェンとともにようやく広場に降りて来たチャコールは、顔を合わせるなりクラウスの手からの解放を要求して来るアボルに呆れつつも、いつも通り説得を始める。

 

「アボルいい加減にしないか!確かに今回はキールが悪いけど暴れ過ぎだ!」

 

 が、アボルはなおも食い下がろうとする。

 

「お前も分かるだろうがシャクル(チャコール)白豚(アルバ)どもは殺さなきゃ気が済まねえんだよ!」

 

 腕の中で暴れるアボルの動きに耐えかねたのか、クラウスはふうとため息を()いてチャコールに言う。

 

「もう限界だ。頼む、チャコール」

 

 クラウスの言葉にうんと(うなず)くと、背後で子供たちの言い争う声、目の前で暴れるアボルの訴えを無視し、チャコールは自分の頭を振りかぶり、アボルの額目掛けて振り下ろした。



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03-2 制裁の頭突き→食事風景

「ギャアアアア音おおおお!!」

 

 アボルの頭に放たれた頭突きは、骨と骨がぶつかるけたたましい音を収容所全体に響かせた。人一倍どころではないほどに聴覚に優れるアインツェンは、その凄まじい頭突きの威力を改めて実感した。

 

「コールお前!何度も聞いてるけど本当に頭蓋骨割れて無いんだろうな!?」

「相変わらず恐ろしい頭突きだ……」

 

 当然、チャコールの頭突きの音が聞こえたのはアインツェンとクラウスだけではない。収容所の個室にいる86区民(エイティシックス)にも広場の子供達にも聞こえている。因みにアボルは数秒悶絶した後に気絶した。

 

「…………次はキルアだよ?」

 

 ゴンサレスは冷や汗にまみれたひきつった笑みを浮かべ、力無げにキールに告げる。無二と言っていい親友からの、事実上の処刑宣告だ。

 キールもひきつった笑みを浮かべて観念したように答える。

 

「そう…………みてーだな…………」

 

 自分より先にチャコールの頭突きを食らったアボルは脳震盪で失神してしまっている。全力で食らわせれば鋼鉄の板をも難なく折り曲げ、そうでなくとも人を吹き飛ばす威力は伊達ではないのだ。

 

「キール。覚悟はできているね?」

「あー……まあ喧嘩売ったのオレだし…………」

 

 笑顔の魔王(怒れる母(男))がキールの目の前に迫り、キールを取り囲んでいた子供達も青ざめながら道を空けて固唾を飲む。最後の処置を終えたレオナルドは、キールの目の前に立つチャコールに呆れたように一言。

 

「あんまりケガ増やさないでくれよ」

 

 この言葉の直後、再び割れたような頭突きの音が収容所内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 この日の夜、ようやく意識が回復したキールとアボルは夕方に起こした事件の鬱憤を晴らすように()()()()()()()大量の配給食を貪っていた。とは言っても、食べ盛りである子供達も貪るように物を食べるのだから余り目立ってはいないが。

 

「こら子供達!落ち着いて食えっていつも言ってるだろうが!」

 

 丁寧に伸ばした金髪で片目を隠した収容所の料理番兼料理長、【スリーク(Threek)モーヴィンド(Mowind)】が声を張り上げて注意を促している。

 置かれている状況が状況なので聞き分けは良いが、食事のこととなると話は別なのである意味扱いは難しいと言える。

 

いいふのゆふほほいだ(リークの言うとおりだ)わはへへふあわふえもめひわいえええお(慌てて食わなくても飯は逃げねえぞ)!」

ルフィ(Luffy)が一番意地汚ぇぞ!(あと)口の中の物を飲み込んでから(しゃべ)れ!」

 

 大量の料理でリスのように頬を膨らませながら【ドルフィン(Dolphin)キーモン(Kiemon)】が言うが、口いっぱいに食べ物が入っているせいで聞き取り難い。当然ながら盛大な突っ込みをもらうことになった。

 

「本当に賑やかだな」

 

 食事の手を止め、クラウスが静かに呟いた。今は遠い場所となってしまった故郷(ふるさと)での食事風景を思い出すと、良くも悪くも好奇心旺盛な腕白小僧であった幼少期の自分と、知的ぶった冷静な人間ではあるものの誰かを失うことを恐れる今の自分。この変化の大きさを改めて自覚できるほど、この収容所で過ごす仲間たちとの時間は有意義で楽しいものだ。

 

「クラウス、食べないの?」

 

 収容所の住人からはナミという愛称で呼ばれる(あで)やかな印象の女性、【ナミコ(Namiko)オーランメル(Oranmel)】に声をかけられ、思い出に浸っていたクラウスは少し笑みを浮かべて現実に戻った。

 

「いや、思い出に浸っていただけだよ」

「おらクラウス!何ナミさんと仲良くしてんだ!」

「スリークくん落ち着きなさい!」

 

 この様子を見たスリークの勘違いからまた一悶着が起こり、スリークがチャコールの頭突きを食らって気絶したのはまた別の話。




チャコール・ストーヴ(Charcoal Stove)
赤みがかったの瞳と髪が特徴の少年。
容姿は[鬼滅の刃]の主人公竈門炭治郎。
人種は夕焼けのような赤色が特徴の日光種(サンライト)と原作にも登場する極東黒種(オリエンタ)の混血。

アインツェン・イースティ(Einszen Easty)
稲穂のような黄色い髪と瞳を持つ少年。
容姿は[鬼滅の刃]の我妻善逸。
人種は純血の金穀種(アウリウムオリーツァ)

アボル・フラットビーク(Abor Flatbeak)
青いグラデーションがかかった髪と翡翠色の瞳、短期で粗暴な性格からは考えられない美しい顔を持つ少年。
容姿は[鬼滅の刃]の嘴平伊之助。
人種は黒青種(ブラウア)蒼海種(マリーニ)翠緑種(ジェイド)の混血。

クラウス・ピリカ(Klaus Pirika)
光沢のある金髪と緋色に輝く瞳を持つ青年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のクラピカ。
人種は不明。

レオナルド・リオンソ(Leonard Rionso)
極めて微妙に青みがかった黒髪と黒い瞳を持つ、髭を生やした長身の青年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のレオリオ=パラディナイト。
人種は純血の黒青種(ブラウア)

ゴンサレス・フリードスク(Gonzales Freedsk)
緑がかった色で長く尖った髪質の少年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のゴン=フリークス。
人種は深緑種(ブラックリーフ)黒珀種(ジェット)の混血。

キール・ゾディアック(Kiell Zodiac)
白髪と青い瞳を持つ小柄な少年。
容姿は[HUNTER×HUNTER]のキルア=ゾルディック。
人種は極東黒種(オリエンタ)白泡種(ヴェラミューロ)の混血だが、父方の血が強く出た。

スリーク・モーヴィンド(Threek Mowind)
黒い瞳と金髪を持つ細身の男性。
容姿は[ONE PIECE]のヴィンスモーク・サンジ。
人種は真金種(ゴールデン)

ドルフィン・キーモン(Dolphin Kiemon)
黒髪黒目、目元に傷がある少年。
容姿は[ONE PIECE]のモンキー・D・ルフィ。
人種は極東黒種(オリエンタ)黒珀種(ジェット)の混血。

ナミコ・オーランメル(Namiko Oranmel)
橙色の長髪、鳶色の瞳を持つ女性。
容姿は[ONE PIECE]のナミ。
人種は純橙種(オランジュール)


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04 昔話

 星暦2139年2月末。雪が降りしきり、銀世界が広がる北方収容所群の夜。この第109強制収容所に、無人(有人)機動兵器《M1A4ジャガーノート》が配備されて間もない日のこと。

 

「お二人はいよいよ明日、初戦闘ですね……」

 

 さして内容の多くない日記をまとめながら、フェルベールが同室であるフェルディナンドと少数派(マイノリティ)白系種(アルバ)である北極白種(ノーザンポーラー)の老人、ジェイン(Gein)の二人に声をかける。たった二週間程度の操縦・戦闘訓練でどうにかできるほど相手が甘くはないことなど分かりきっているし、これから何人死ぬのかも理解できているのだが、どうも実感がない。

 

「心配はいらないさ。形が違うとは言え入隊した時から戦闘訓練を欠かしてない白金種(プラティーン)の兵隊が付いてるんだ。まあ確実に生き残るのは2、3人程度だろうが……」

 

 フェルディナンドは夜食で膨れ上がった太鼓腹をぽんぽんと叩き、「最初に死ぬのは間違いなく俺だな」と笑い飛ばした。確かに、仕事のない時間は基本何かを食べるばかりで、まともに体を動かしたことのないフェルディナンドにとって戦場は生き難い場所だ。

 しかも従軍は今回が初めてで、単独任務であろうが部隊任務であろうがあろうことか自動車の運転さえもできない彼は、まず間違いなく真っ先に死ぬ。

 

「謂わば逃げることさえ許されない特攻隊。果たして、極東黒種(オリエンタ)ではない我々にカミカゼ(神風)を吹かせることは可能なのか…………」

 

 真っ白な髭を指先で撫でながら、ジェイン“元”共和国軍中将は呟いた。ちなみに彼が仙人のように顎髭を長くな伸ばしているのは、若かりし日に戦場で受けた喉の傷を隠すためのものである。

 

「(私が最後に戦場に出たのは、39歳の冬だったな……)」

 

 真っ白な老爺(ろうや)の静かな囁きを聞き逃すほど、二人の耳は悪くはない。興味を引かれたフェルベールは、日記帳を机に置き直して万年筆を握る。

 

「その話」

 

 ジェインに背を向けたまま、フェルベールは声をかけた。再び沈黙が部屋を支配する。

 

「詳しくお聞かせ願えますか?」

 

 フェルディナンドの好奇の視線にまで気圧(けお)されたジェインは、観念したように語り始めた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 もう60年も昔、共和国のすぐ南にあった東ティルマーダ(Tailmord)人民共和国との戦争の末期の頃の話だ。

 当時はまだ通信機のほとんどが有線で、無線機の使用を許される部隊が限られていた頃だからはっきり覚えているよ。

 特に1月に入って最初の一週間で起こった一連の戦いは地獄の一言で、まるで豆を磨り潰すかのように何万人ともしれない兵隊が死んでいったのさ。

 

 私は当時、39歳という若さで一個中隊を任される大尉として戦場で指揮を執っていたんだが、人事局のミスか私が人種差別反対派だったからなのか、まあ多分厄介払いのつもりだったんだろうな。

 割り当てられた中隊って言うのが当時はまだ酷い扱いを受けてた白金種(プラティーン)の新兵ばかりが集まる部隊だったんだ。

 始めはもちろん怖かったし、正直逃げてしまいたかった。「白系種(アルバ)で最も危険な蛮族」なんて不名誉な呼び名を付けられて、千何百年って長い間迫害されてた頃だからね。

 

 それでも、彼らは私を温かく迎え入れてくれた。私が配属された初日の夜に、ただでさえ少ない給料を(はた)いて歓迎パーティーを開いたんだ。本当に拍子抜けしたよ。だが同時に、今の有色種(コロラータ)に対するものほどじゃないがね、自分たちを散々に迫害して道具みたいな扱いをしてた白系種(アルバ)に対して、あそこまでのことができる彼ら(プラティーン)の心の美しさに感動したのを覚えている。

 

 特に私の補佐として配属された19歳の女の子……さすがに名前は覚えていないが、明るくて優しい子だった。

 配属して最初に声をかけてくれたのも彼女だったし、毎朝欠かさず挨拶をしてくれた。特に凄かったのは人を纏める力だ。声に宿る力、言葉そのものの力が根本から違うのを思い知らされたね。

 

 そして実戦指揮をしてみればもっと驚かされた。何せ彼ら、一言で言い(あらわ)せないほどに強くて、その上戦うことに貪欲なんだ。一騎当千っていうのは実在したんだと確信させられた。

 強すぎると言っても過言じゃない。突撃の叫び声だけで敵を撤退させることさえあったし、歩兵分隊で戦車連隊を壊滅させるようなこともあった。

 

 何故白金種(プラティーン)が恐れられていたのかを本当の意味で理解したのは、まさしくあの戦争の時だったんだよ。戦争が終わる頃になっても、私が率いた中隊の戦死者はゼロだったな…………

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

「今となっては良い思い出話だ。冥土(めいど)土産(みやげ)にするつもりだったが、こうして誰かに話す機会が来るとは思っていなかったがね」

 

 ベッドの掛け布団を(ととの)えながら、ジェインは語る。フェルディナンドはジェインの言葉を文章にするのに精一杯なフェルベールに代わり、彼に問いかけた。

 

冥土(めいど)土産(みやげ)にするつもりだったと言うことは…………」

「ああ。今の今まで、第8区に残して来た家族にさえ明かさなかった、部下たちとの大切な思い出さ」

 

 フェルベールは(よわい)九十九にして再び死地に向かう老将の告白に、ふっと笑みをこぼす。

 運命の出撃まで、残り12時間を切った瞬間だった。



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05 Q.選べ。同胞か、仲間か。

 時間は(さかのぼ)り、星暦2139年2月の始め頃。

 白金種(プラティーン)総人口11万6098人のうち、1927人が安全圏という名の檻の中に残る決断がなされてからちょうど1ヶ月が経過した頃に、全ての白金種(プラティーン)に二度目の決断を迫る、大規模な知覚同調(パラレイド)を使った会議が行われていた。

 

『まず、白金種(どうほう)11万4171人全員が無事に第86区に到着したことを確認した。本題は次だ』

 

 民族移動に近い形で兵員に逃げられた共和国軍に(くみ)しグラン・ミュールの内側に残る白金種(プラティーン)の軍属は、将校ばかりわずか130人という有り様。それでも実際に戦闘を行う兵のほとんどは86区民(エイティシックス)を使うために無問題と大言を吐ける程度には人的余裕が残っている状態である。

 

『二度目の問いを、諸君らに伝えよう。第一の選択肢は、檻の外に蔓延(はびこ)る獣どもに食われる(生け贄)として第86区にとどまるか』

 

 白金種(プラティーン)の議員や官僚、国務大臣たちが地位を捨て、一人残らず86区に逃げ出した以上現状の最高責任者は共和国軍大佐であるクガンド・ウィザリアだ。

 

『第二の選択肢は、もはや腐りきったこのサンマグノリア共和国を見捨て、自由と新天地を求めてギアーデ帝国のレギオンと戦い続ける、(遊牧民)として終わりなき旅を続けるか」

 

 赤ん坊から老人まで、86区と共和国内の全ての白金種(プラティーン)たちの耳(正確には脳神経)に、クガンドの声が響き渡る。

 

『選べ。今この場で。二つに一つだ。同胞(エイティシックス)か、仲間(白金種)か』

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「紹介しよう。現在士官学校在学中の、ノーマン(Norman)・“グレイシス(Glacis)”・ミリーゼ(Millize)()()()()()だ」

 

 星暦2139年2月。いよいよギアーデ帝国軍もといレギオンへの反抗作戦が開始される前日に、クガンドは一人の幹部候補生を紹介された。彼は謂わば、自分の直属の部下になると同時に教え子となる存在である。

 

「…………ミリーゼ家は白銀種(セレナ)の一族であると記憶しているが」

 

 クガンドの目の前にいるのは、誰がどう見ても純白種(ヴァイゼン)だと答えるであろう白肌白髪の少年であり、白銀種(セレナ)の特徴である銀色の体毛と瞳は全く見受けられない。

 しかしミリーゼという姓を名乗っている以上、家族ではあるが血縁者ではないらしい。

 

「僕は……まあ、所謂(いわゆる)養子です。今は亡い両親と過ごした日々と、友人たちとの日々を忘れないために、父の姓を残してもらいました」

 

 どうやら名と姓の間のグレイシスというのは中間名(ミドルネーム)ではなく養子に出される前の姓らしく、姓を中間名(ミドルネーム)として残しているのは今は亡き両親を忍ぶと同時に、つい先月実行された憎むべき同胞(白系種)が打ち立てた愚かしい政策によって危険地帯に追いやられた有色種(コロラータ)の友人たちに向けたメッセージでもあると、クガンドはすぐさま看破してしまった。

 

「なるほど……」

 

 どこか含みを持たせたクガンドの返答に、ノーマンはしてやったりと言いたげな表情を見せる。一方ノーマンをクガンドに紹介した佐官は二人の異常に気付かないまま、「色々と教えてやれ」と告げて足早に部屋を後にした。

 

「どうして」

 

 佐官が去ってすぐに、ノーマンはクガンドに問いかける。

 

「貴方は(ここ)に残っているのですか?」

 

 クガンドはノーマンの目を真っ直ぐ見据え、答えた。

 

「理由は一つさ。()()()()()は似た者同士、現体制に抵抗する理由は違えどその目的は同じ」

 

 ノーマンはこの時に部屋の奥、つまり窓際に設置されている机に置かれた知覚同調装置(パラレイドデバイス)に気付き…………

 

「斯く言うお前は二つの選択肢を迫られた時、どちらを取る?」

 

 そして、再びクガンドと目を合わせた。

 

「選べ。同胞(かつての友)か、仲間(今の家族)か」



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05-2 非情な二択

 ノーマンに対して告げられた、余りにも難解かつ無情な問い。幼少期を共に過ごした友人たちを助けて今自分を養ってくれている家族を見捨てるか、今の家族を守るために被差別民として生きることを強いられているかつての友人たちを切り捨てるのか。

 

「…………非情な二択問題ですね」

 

 顎に指を当てて少し考え、力無く静かに返答せざるを得ない。この国が切羽詰まっている状況であることを容赦なく再確認させられる。少なくともノーマンにとってはそのように感じてしまい、有耶無耶な答えしか返せないほどに厳しい問いなのだ。

 

「そうだ。俺は仲間(白金種)を守ることを選び、そして86区に辿り着いた同族の大多数も同胞(エイティシックス)を見捨てることを選んだ」

 

 やるせなく(むな)しい選択。だが生き物の生涯とはこのような選択過程の連続で、結果と呼ばれるものはその延長線上にあるものに過ぎない。

 時には危険を承知であえて間違った選択をしなければならないこともあるし、後から選択を変えるという決断を迫られることさえある。

 

「辛いですか?」

 

 ノーマンは場を支配する哀愁に満ちた雰囲気に気圧(けお)されまいと歯を食い縛り、意を決してクガンドに問い質す。問いに対してクガンドは目を閉じ、すぐに首肯して向き直った。

 

「当たり前だ」

 

 悲しみと(いきどお)りに満ちた、だがその目には確かに強い覚悟が宿っていることが分かる。

 目の前の、ほんの四歳程度しか歳の変わらない青年は、(かす)かに(あふ)れていた涙で潤んでいる目を拭いながら続ける。

 

「誰が()(この)んで()()()を強要できると思っている」

 

 窓から入り込む日光に、拭いきれずに(したた)った涙がきらりと輝いた気がした。

 

 

 

 

 

 ノーマンと過ごしたしばしの語り合いの時間の後、クガンドは去り際に渡された一通の手紙を眺めていた。ノーマンの血の繋がらない義理の父からの、感謝と懺悔の手紙だった。

 

 

 

 

 

──────────

 

拝啓 クガンド・ウィザリア大佐殿

 

 雪と寒空の季節も折り返しに至り、また一段と澄んだ星空が広がる時期に短いながらこの手紙を、この場を借りて詫びさせて頂きたくお送りします。そちらはいかがお過ごしでしょうか。

 私と家族は息災です。

 まず血の繋がらない私の養子を、貴殿に押し付ける形で補佐に付けた手前勝手をこの手紙を通してお詫び致します。

 今の私には10歳になったばかりの娘一人の相手をするので手一杯であることもあり、どうかよろしくお願い申し上げます。

 前置きが長くなりましたが、本題である86区視察の件をお伝えさせて頂くためにこの手紙をお届けした次第でございます。

 翌2月28日から3月2日にかけて単独で第86区の視察のため自宅を空けることになりましたので、この三日間を私の家族と共に過ごして頂けますか?勝手は承知していますが、重ね重ねお許しください。

 どうかそちらも息災にお過ごしください。

 

ヴァーツラフ(Vartslav)ミリーゼ(Millise)より

 

────────────

 

 時間がなく急ぎながら書いていたのか、それとも手紙を書く上でどんな言葉を綴るべきかを思案しながら綴っていたのか。内容が極端に少ない上、文章自体も数十年を生きたとは思えないほどに拙い。

 クガンドは手紙を畳んで、三度呟いた。

 

「……………………貴方は三年と待たず死ぬ。どちらを生かすか選べ、ヴァーツラフ。同胞(家族)か、仲間(部下)か」




ノーマン・“グレイシス”・ミリーゼ(Norman Glacis Mollise)
背が高いミディアムの白髪を持つ少年。
容姿は[約束のネバーランド]のノーマン。
人種は後天性の病で瞳が薄い青色に変色している純白種(ヴァイゼン)


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06 逃げる覚悟、捨てる覚悟

 第86区の各強制収容所内に建設された訓練施設にて、開発されたばかりの四足歩行戦車、通称ジャガーノート(Juggernaut)の訓練を受けさせられ訓練過程で生き残った86区民(エイティシックス)は実に52万人以上。

 彼らは翌2月28日、誰一人として生きて帰ることが許されない戦場へと()()出されることになっている。

 

「工兵廠の試算では、訓練過程の時点で()()()できる豚は最低3万匹だったそうだが?」

「殺処分できたのは100匹に満たなかったか……」

 

 第1区の共和国軍本部にある広い会議室に、実に1000人以上の将校たちが集まっていた。彼らは謂わば、つい最近になって改良が完了した新型知覚同調(パラレイド)装置の運用実験を兼ねて、今回のレギオンに対する反抗作戦で新型兵器の搭乗員(プロセッサー)たちを指揮する取手持ち(ハンドラー)たちである。

 

「以上で作戦の説明を終わります。何か質問は?」

 

 女性将校が会議室にひしめく将校たちを見回しながら質問の有無を問うと、すぐに一人の女性将校が挙手した。その反応速度の速さから、すぐに白金種(プラティーン)だと分かった。

 

「はい、東部戦線担当の【メナーツェ(Menartse)カッファウス(Kacphaus)】中佐」

 

 メナーツェは席を立ち、インカムマイクの電源を入れて会議室内のスピーカーに繋ぎ、発言する。

 

「本作戦において、最も重要なのは最前線に立つ戦列制圧部隊であると思われますが、(わたくし)より一つ提案があります」

 

 どよめきが広がる。メナーツェは悠然と微笑み、発言を続けた。

 

白金種(プラティーン)のプロセッサーを、最前線に配置することを強くお勧めします!」

 

 その場に座す将校たちは思わず自らの耳を疑った。

 メナーツェは、休暇中でさえも戦闘訓練を積み続けるほどに()()()()()()経験が豊富な白金種(プラティーン)のプロセッサーを囮に使い、戦闘経験が皆無な他の人種のプロセッサーの戦死者を可能な限り減らそうと画策していると()()()()()だ。

 

「え!?あ、あのっ、本当に!?」

 

 取り乱す壇上の女性将校と動揺する座席の将校たちに余裕な笑みを見せ、メナーツェはさらに続ける。

 

「もちろんですとも。戦士たるもの、率先して()()()()のは当然のことではなくて?」

 

 明らかに侮蔑を込めたその黒く暗い笑みは、狂気の魔女(クレイジーウィッチ)という渾名(あだな)とともにその場の全ての将校たちの脳裏に焼き付けられることになる。

 この反抗作戦を利用した白金種(プラティーン)たちの目的である、「一人でも多くの白金種(プラティーン)をサンマグノリア国外へと脱出させる」ための提案であることには、少なくとも共和国の軍人たちはその日まで気付なかった。

 

 

 

 

 

 

 そして迎えた星暦2139年2月28日の早朝。徴兵された総勢52万9707人のプロセッサーたちは夜明け直後だと言うのに、(すで)に戦線各地に戦列を組んでギアーデ帝国が送り込む尖兵たち、レギオンの軍勢が現れるのを待ち構えていた。

 その無数に存在する戦線の中でも最前線である国境付近に身を置く10万8526人の白金種(プラティーン)たちは、悪魔に身を堕とした祖国に残る同胞(なかま)からの指示を待つばかりである。

 

『────────コマンダー・ゼロより各師団長へ。応答願う』

 

 そして第1区の司令室から、およそ10万8000人もの白金種(プラティーン)たちに知覚同調(パラレイド)が接続された。彼らの総指揮を任されるのはクガンド以下数名の白金種(プラティーン)だ。

 

「クガンド大佐、準備は完了したからいつでも脱出できるで。そっちの準備が終わり次第指示頼むわ」

「傍受等の妨害なし、後はそちらの指示を待つのみです」

「…………指示は?」

 

 白金種(プラティーン)のみで構成されている最前線制圧部隊の前線総司令官、そして西方戦線の第一師団長を任されるナンバ以下10人の師団長が答えた。

 

『コマンダー・ゼロ了解。作戦開始時刻まで間もなく10分を切るので、各員指示あるまで待機を徹底せよ』

 

 クガンドは表情を変えず、冷淡な態度で指示を出した。10万人あまりの同胞(白金種)を死地に送り出すことが心苦しいのもある。第86区に残って戦い続ける運命を選んだ2000人の子供達と3600人の親たちにかける心配もある。だがそれ以上に強いのはグラン・ミュールの内側に残ることを決断した千数百名の一人が、自分であることを責める感情。

 これらの感情に(さいな)まれたからこそ、クガンドは彼らから逃げる覚悟を決め、わずかに残された時間を使って告げることを決意した。

 

『俺の指揮の(もと)、国外脱出を謀る白金種(どうほう)の皆様。どうか本作戦決行前に、せめて忠告を聞いてくれませんか?』



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06-2 かえり見はせじ

「俺の総指揮の(もと)、国外脱出を謀る白金種(どうほう)の皆様。どうか本作戦決行前に、せめて忠告(弱音)を聞いてくれませんか?」

 

 クガンドの丁寧な言葉遣いは、とても悲痛な思いを含んでいることが嫌でも理解できた。理由は罪悪感や自責の念、義憤や悲哀と様々だが…………特に心動かされるきっかけとなったのは、先日出会ったノーマンという少年の友人たちの行く先だ。

 そして「有色種(コロラータ)である」というあまりにも手前勝手な理由で86区民(エイティシックス)として侮蔑され、あまつさえ憧れを押し通すことさえ許されず終わらない戦争の末に命を散らすことを強いられる運命にある彼らの未来を考えれば、心を痛めずにはいられないのは必定(ひつじょう)

 

『…………ああ。時間が押しとるから、重要なとこを手短に頼むで』

 

 お互い二度と顔を合わせることがない身ゆえ、もはや表情や態度を気にする必要はない。そして、今や立場は再び平等なものとなっている。

 

「ありがとうございます」

 

 クガンドは自らの言葉に耳を傾けようとしてくれている人々がいることに改めて感謝の念を抱き、愚痴と冠した(はなむけ)の言葉を一言一言紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

『同胞10万への激励として、俺から伝えなければならない忠告があります』

 

 クガンドは普段使わない敬語口調のまま、知覚同調(パラレイド)を繋いでいる白金種(プラティーン)たちに告げる。

 

『一つ。万一ギアーデ帝国の侵攻を受けながらも国家を維持している国と接触できた場合、(すみ)やかに亡命を求め、可能な限りその国に留まって欲しい』

 

 これはサンマグノリア共和国の惨状をより広く伝えるとともに、ほんのわずかでもレギオンの侵攻に抵抗するための能力を高めさせるためである。

 

「二つ。東方面に脱出予定の部隊は、ギアーデ帝国正規軍に対しては細心の注意を払ってもらいたい。極力交戦は避け、投降が可能な際もギアーデの情勢を良く考えて検討して欲しい」

 

 これはギアーデ帝国との戦闘で体力を磨り減らすことを避けるとともに、()()()()()()()()、かつ()()()()()()()()()()()()()であろうレギオンへの対処に集中させることで練度を高めることが目的だ。

 

「最後に三つ目。これは最も優先して守るべき重要な忠告です」

 

 クガンドは同調装置(レイドデバイス)越しに拍動する白金種(プラティーン)たちの静かな心音に耳を傾けながら、三つ目の忠告を発した。

 

『必ず生き抜いて(くだ)さい。死ぬその時まで』

 

 言い終わった直後、ハンドラーの一人が知覚同調(パラレイド)を通じて音楽を流し始めた。北方方面の強制収容所に収容されている白系種(アルバ)86区民(エイティシックス)が歌っていた、死に行く兵たちが死してなお忠義を尽くし、決断や行為を後悔しないという覚悟を唄った軍歌だ。

 

「…………海行かば、か。俺たちにはとても合わないな」

 

 一人のプロセッサーの呟きは、誰にも聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海行かば 水漬(みづ)(かばね)

山行かば 草生(くさむ)(かばね)

大君(おおきみ)の ()にこそ死なめ

かえり見はせじ




登場曲名:海行かば
作詞:大伴家持
作曲:信時潔


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06-3 機械たちの悲鳴

 東西南北全方位に布陣し、戦列に並ぶ総計52万9707機ものジャガーノート。その最前線に立つのは迫害者(圧倒的多数派)であるはずの白系種(アルバ)

 だが彼ら(白金種)が戦場にいるのは戦うためでも守るためでも、ましてや生き残るためでもない。

 

南部方面軍前線指揮官(サウスフロント・コマンダー)よりマーシャル・スリーへ。敵侵攻軍の最前列を確認。推定部隊規模約5個師団』

 

 共和国市民の命など、どうでもいい。

 

『マーシャル・スリー了解。前線制圧隊は随時前進せよ』

 

 道に外れた迫害者など、地獄に落ちて然るべきだから。

 

西部方面軍前線指揮官(ウェストフロント・コマンダー)よりインペラートル・ツーへ。こちらも敵の最前列を確認した。推定部隊規模は約5個師団』

 

 白金種(プラティーン)としての誇りも、捨て置いてしまおう。

 

『インペラートル・ツー了解。前線進行を開始、国境より脱出せよ』

 

 この死者のいない戦場(新たな命さえも生まれない)には、名誉も勲功も役に立はしないゆえ。

 

北部方面軍前線指揮官(ノースフロント・コマンダー)よりアルゲマイン・ワンへ。レギオンを多数確認。陸地の半分以上が銀色の鏡で埋め尽くされてる。推定部隊規模は5個師団』

 

 いっそのこと、86区民(エイティシックス)の存在を忘れるのもいいだろう。

 

『アルゲマイン・ワン了解。両翼部隊は敵部隊を迂回し包囲。殲滅次第、順次離脱せよ』

 

 彼らを忘れるのは、重荷を放棄するのと同時に。

 

東部方面軍前線指揮官(イーストフロント・コマンダー)よりコマンダー・ゼロ。遠方のレギオン5個師団が散開中』

 

 この戦場から、確実に逃げ切るためだ。

 

「コマンダー・ゼロより全部隊に通達」

 

 そして共和国領域内のレギオン掃討と、現在ジャガーノートに搭乗している白金種(プラティーン)の国外脱出という二つの作戦の全指揮権は、一人の若き大佐の手に託され、時は来る。

 

「状況を開始せよ」

 

 

 

 

──────────

 

 その数実に20個師団。計20万機もの大軍が共和国の四方を囲い、一斉に進軍を開始した。

 レギオン側の最前線に立ち86区を目指して突撃するのは斥候型(アーマイゼ)と呼ばれる機銃二挺を正面に備え付けた小型レギオン。

 相対(あいたい)するは白金種(プラティーン)のプロセッサーが搭乗する10万数千台のジャガーノート。

 しかし四本脚の関節部の異音と機内の座席を通して直接全身に伝わる衝撃音は、ハンドラーたちの耳にも痛いほどに聞こえる。

 

『おい!この機体はホンマに大丈夫なんか!?接敵まで2分を切ったで!』

「この日のために警備兵(バカ)輸送兵(アホ)の目を盗んで今期プロセッサー全員分のジャガーノートを改造させたの。収容所の訓練施設で乗せられてた機体よりは遥かにマシなはずよ」

 

 西方戦線の副司令官、ナンバがジャガーノートの振動に耐えながらインペラートル・ツーことメナーツェに叫ぶが、彼女は涼しい表情と落ち着いた口調で答えた。この余裕な態度が余計に不安を煽るが、恐らく彼女自身が狙っていてのことだろう。

 

「接敵まで1分!絶対に()()()()()()()には一切耳を貸すな!」

 

 南部戦線。先頭を走るプロセッサーの一人が意味深な言葉を両翼ならびに後続のプロセッサーたちに叫び、さらに移動速度を上げる。

 

「…………進軍速度維持、そのまま突撃!」

 

 そして、(つい)に両雄の先鋒同士が激突した。

 同時に、知覚同調装置(パラレイドデバイス)を通じて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に至るまでが全ての白金種(プラティーン)のプロセッサーとハンドラーたちの頭の中に()()()()()()来た。

 

『助けて……助けて……』

『誰か……誰か俺たちを止めてくれ!』

『殺したくない!殺したくないよ!』

『許して!もうやめさせて!』

『殺してくれぇ!』

『お願い!来ないで!こっちに来ないで!』

『やめろ!壊さないでくれぇ!』

『誰か俺たちを』

『止めて……』

『止まれぇ!』

『これ以上はやめて……』

『助けてよ』

『待ってくれ!』

『来るな』

『殺さないでくれ!』

『近寄るな!殺すぞ!』

『見ないでくれ!』

『頼む!』

『お願い!』

『待て!止まれ!』

『死にたくないんだ!』

『誰でもいい!』

『苦しいよお!』

『誰か僕らを…………』

 

 

 

 

 

─────止めてくれ!─────

 

 

 

 

 

──────────

 

 機械ではあり得ない、人間が発しているとしか思えない余りにも悲痛な叫びとともに、レギオンの群れは白金種(プラティーン)のプロセッサーたちが駆るジャガーノートに容赦なく、かつ瞬く間に()()されて行く。

 高周波ブレードで脚を切り刻まれ、『痛い』と叫びながら破壊された斥候型(アーマイゼ)

 砲筒の発射口に滑腔砲を撃ち込まれ、『助けて』と繰り返しながら内側から爆散した戦車型(レーヴェ)

 数機のジャガーノートに取り囲まれ、『待ってくれ』と命乞いをしながら機銃で穴だらけにされた近接猟兵型(グラウヴォルフ)

 いずれのレギオンも目も当てられないほどに悲惨な形で、見るも無残に破壊されつつある。

 

「しかし、戦域一ヶ所あたり5個師団をぽんと投入できるとは……しかも初戦だろ!?恐れ入ったね!」

 

 潤沢な資源と強固な兵站が揃っているからこそできるこの物量作戦。毛が生えた程度の訓練しか受けさせられていない操縦者、申し訳程度の安全設備がまともに機能していないお粗末な性能のジャガーノートは、数だけならレギオンを二倍以上も上回っている。

 

こっち(共和国)も大概だろ?フェルドレスの利権を手に入れてすぐに開発を始めて、やっとこさ(こしら)えたこの兵器がこんな有り様だ。つーかうるさいなレギオンの奴ら!』

 

 ちなみにインペラートル・ツーが発言した()()は今期プロセッサー全員分のジャガーノートに施されているという情報はハッタリだ。実際に改造されているのは白金種(プラティーン)たちが搭乗している機体のみ。しかも無茶な軽量化を実行したことで他のプロセッサーたちが乗るジャガーノートよりも目に見えて装甲が脆くなってしまっている。

 

「まあ数だけは豊富なんだから、文句は言えないわな」

 

 そして白金種(プラティーン)のプロセッサーたちの戦死者は、戦闘開始からすでに1時間近くが計経過しているにも関わらず未だにゼロだ。

 

あいつら(白金種)今頃、知覚同調(パラレイド)を使って何話してんだろうな」

俺たち(エイティシックス)は付いて行きながら撃ち漏らしを迎撃するのが精一杯なのに……」

「どんな訓練をしたらあんな変態機動ができるの!?」

「5歳(ぐらい)の子供とか、赤ん坊抱えたじいちゃんばあちゃんとか、妊婦までいるってどういうことだよ!」

「うわっ!また隣のやつが()られた!」

 

 一方、白金種(プラティーン)以外の白系種(アルバ)有色種(コロラータ)のプロセッサーたちは、時間が進む(ごと)に一人、また一人とわずかずつだが、確実に戦死者を増やしつつあった。



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07 「我が方、損害僅か」

 どれほどの時間が経過したのか。ギアーデ帝国軍、ひいてはレギオンとの交戦が始まってから、戦場ではジャガーノートによるほぼ一方的な蹂躙劇が繰り広げられている。

 動力部目掛けて放たれる滑腔砲、脚を容赦なく切り刻む高周波ブレード、決して強度が低いわけではないはずの装甲を破壊する機銃、力なく倒れ伏しているレギオンを遠慮なく踏み潰す四本脚。

 恐怖と殺戮の権化であるはずの銀色の亡霊たちは、錆びて煤けた止まることを知らぬ力(ジャガーノート)に食われ、貪られ、刻まれ、破壊され尽くしている。

 それも、動員兵力の半分以上のレギオンが、たった10万強のプロセッサーが乗る機体によって。

 

「拍子抜けやなこりゃ!まさかこれで威力偵察とかやないやろな!?」

 

 東部戦線。中隊規模の戦車型(レーヴェ)を率いてこちらを砲撃していた重戦車型(ディノザウリア)(ほふ)ったばかりのナンバ・オスカーが、誰にも届かない悲鳴をあげながら面白いように殲滅されて行くレギオンたちを眺めて声を(あら)らげる。

 

『その威力偵察に10個師団とか20個師団とかの大軍を送り込んでるんだろ!しかしホントうるせぇな!』

 

 知覚同調(パラレイド)を通じて別のプロセッサーたちが答える。

 

『連中に経済なんて概念なんか存在しないわ!戦費を気にする必要もないし!ああもう!レギオンの声がうるさくて気が散る!』

 

 確かにそうだ。帝国のことだ、万一本土から遠く離れて補給が困難になっても、レギオンの維持のために必要な資源が豊富に得られる地域を自力で探し、兵力の増強ができるようなプログラムが仕込まれている可能性が高い。

 

『しっかしまあ、後ろの連中(エイティシックス)には悪いことしちまったなぁ!』

 

 ひたすらに突撃行動だけをとり、立ちはだかるレギオンたちを破壊するのみという単純かつ狂気的な戦法。

 通り過ぎるだけで次々とレギオンを討ち取る白金種(プラティーン)たちとは違い、自分たちが撃ち漏らした機体の相手がやっとな後続の86区民(エイティシックス)の方を振り返り、一人のプロセッサーが笑った。

 

『今回の攻撃の目的が、私たちの戦闘データを取るための囮作戦なら…………』

 

 赤子を胸に抱えるプロセッサーが駆るジャガーノートが、レギオンとレギオンの(あいま)を縫うように駆け抜けるとともに、一体の戦車型(レーヴェ)を破壊してそのまま走り抜ける。

 

「俺たちの戦法をそっくり真似て、レギオンは正真正銘の化け物に変わるかもっちゅうことや!ちゅうかちっと黙れや屑レギオンども!」

 

 ナンバが呟いた直後、横一列に陣を組む斥候型(アーマイゼ)が一斉に爆散した。

 

 

 

 

 

「…………凄まじいな」

 

 第1区、共和国軍本部の休憩室のモニターから戦場の様子を見ていた一人の将校が呟いた。

 驚くのも当然、白金種(プラティーン)が搭乗する機体が恐ろしい勢いでレギオンを破壊していく様は圧巻の一言である。

 

()()を指揮するのか、我々は」

 

 だが実態は?まさか最前線で戦う彼らが、自分たちも人間豚(エイティシックス)さえも見捨てて国外に逃げ出そうとしているなど、この勇壮な戦いぶりを見ているだけでは誰も気付きはしないだろう。

 自分たちが正しいと確信している行動に反対されて86区に逃げられ、自分(白系種)たちの下らない安全を守るために戦うことを嫌って更に遠くに逃げられるなど、誰が想像できるだろうか。

 

「どうでしょうね?()()からの評価次第ですから、なんとも言えませんよ」

 

 白金種(プラティーン)の将校の一人が、白銀種(セレナ)の将校の耳元で(ささや)く。

 

「まあ、希望をぶち壊される瞬間はもう迫っていますから」

 

 将校はその不気味な囁きに、この上ない悪寒を覚えた。

 

 

 

 

 

 東方戦線はギアーデ帝国と国境を接していることもあり戦闘能力の低い斥候型(アーマイゼ)は少なく、高い攻撃力と上空からの攻撃手段を有する近接猟兵型(グラウヴォルフ)、そして長い射程と防御力の高い装甲に(おお)われた巨体を誇る戦車型(レーヴェ)が多数を占めているために、他の如何なる戦域よりも多くの火花が散らされる激戦地となっていた。

 

『ちっ!また後方のプロセッサーが一人()られた!他方面の戦場でもじゃんじゃか死人が出てるんだよな!?そうだよな!?』

 

 近接猟兵型(グラウヴォルフ)が放った小型ミサイルを避けきれず、後方で一機のジャガーノートが爆破されたのを感じ取った白金種(プラティーン)の一人が思わず叫ぶが、マーシャル・スリーは気にしていないかのように答える。

 

『何、()()8()0()()()()()()()()()()じゃないか。後続に追い付かれるな、戦死者を増やすな、レギオンも黙らせろ』

 

 もっとも、数秒間に何万発とばらまかれる近距離ミサイルと自己鍛造型の戦車砲弾の弾幕を相手にして一方向突撃戦法、つまり敵中突破(島津の退き口)という無茶な戦い方を続けながら白金種(プラティーン)の戦死者をゼロ、他の86区出身のプロセッサーの戦死者を1()0()0()()()()に抑えている共和国側(白金種(プラティーン)限定)の方がある種の化け物と言えるが。

 

『まだ80人って……まさか』

『そう。全ての戦場の戦死者の総計だよ』

 

 要するにそれだけ自分たち(白金種)が撃ち漏らしたり壊し損なった敵機体が少なく、かつ(いま)後ろからついて来ているプロセッサーたちの運が良く、機体の操縦センスが優れている者が少なからず居るということだ。

 逆にレギオン側は完全に自動化されたプログラムと高度な敵味方の認識機能、そして人間を遥かに越えた正確無比な攻撃精度を有するにも関わらず、圧倒的に性能が劣っているはずのジャガーノートに絶望的な苦戦を強いられているわけだ。だが、ここまで圧倒的優勢な状況が続けば疑問を呈する者は現れるわけで、

 

『ねえ、アルゲマイン・ワン。あたしたちって……』

 

 実際に、北部方面で戦うプロセッサーの少女が呟いた。

 

 

 

 

 

プラティーン(あたしたち)って、本当に人間なの?



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07-2 余韻×逃亡×故郷にさよなら

『対レギオン反抗作戦完了…………全プロセッサーに告げる。敵戦力の殲滅を確認、状況を終了して(ただ)ちに帰投せよ。繰り返す…………』

 

 ハンドラーの発する感情の薄い無機質な声が、同調装置(レイドデバイス)を通じて戦場に立つプロセッサーたちの頭に響いた。反抗作戦開始から実に4時間が経過した頃。共和国への侵攻を図っていたレギオン20個師団は10万数千の精兵と51万以上にもなる数の暴力で激戦の末に殲滅された。

 

「ふぃ~っ……命拾(いのちびろ)いしましたねぇ、“中将殿”」

 

 無数のレギオンの残骸が散らばる北部方面の戦場で、フェルディナンドはジェインをからかうように彼の最終階級を出した。ジェインは呆れたように苦笑いし、フェルディナンドに向けて返す。

 

『何を言っている。君こそフェルベール君とネイリス嬢の晴れ姿を見たいから死ねないと言っていた癖に』

 

 しかし、片や老体、片や肥満体。どちらにせよ運が悪ければ確実に死んでいたことは事実。「自分が真っ先に死ぬ」と語っていた臆病な気風はどこへやら、たった一回の経験でこうまで変わるほどのものではないであろうに。

 

「しかしまあ、いい運動になりましたよ。戦争がない時代ならこの棺(ジャガーノート)はダイエット用品として大人気商品になっていたでしょうに」

 

 レギオンと直接戦闘を交えていないこともあり、どうやらジョークを言える余裕があるようだ。ジェインは笑みを(たも)ちつつもフェルディナンドに強く釘を刺した。

 

『ジョークもそこまでしておきなさい。運良く生き延びた、寿命が延びただけだからね』

 

 それでも折角(せっかく)生き残ったのだ、帰りながら談笑に浸ろうとジャガーノートの進路を転回し基地に戻ろうとした時、ハンドラーたちの声を同調装置(レイドデバイス)が拾った。

 

『最前線部隊!何をしている!今すぐに回頭しろ!戻って来い!』

 

 各方面のプロセッサーたちは最初こそ理解できなかったが、外の空気を吸うためために機体から出ていた者や、最前線のすぐ後ろに留まっていた者たちはすぐに気付いた。

 

「なんか……白金種(プラティーン)の奴らずいぶん遠くに居る気がしないか?」

 

 見れば見るほどに最前線部隊を組むプロセッサーたち、つまり白金種(プラティーン)が搭乗者である機体の群れが遠ざかって行くのが見てとれる。

 まるで、自分たちから逃げて行くように。

 

『今すぐに帰投しろ!どこへ行く気だ!』

 

 ガシャガシャと不快な機械音を立て、国境を目指して外へ外へと進み続けるジャガーノートの群れ。搭乗者総数10万8526人の白金種(プラティーン)は一人たりとも欠けることなく、予備の武装も兵糧すらも持たずに無数の無人機が蔓延(はびこ)る危険地帯へと一心不乱に突っ込んで行く。

 

「おい…………まさか」

 

 この時、プロセッサーたちはやっと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「奴ら…………俺たち(エイティシックス)を置いて逃げやがった!」



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08 置き去りにされた家畜

 動員したジャガーノートの約50%の損壊が見込まれていた最初の反抗作戦による最終的な戦死者は、白金種(プラティーン)たちの猛攻によって撃ち漏らしが少なくわずか93人と極めて少なかった。

 

 だが戦闘終了後のわずかな油断に乗じて1()0()()()()()にもなる白金種(プラティーン)たちが一斉に脱走するという異常事態が発生したのだ。

 

 当然ながら被差別民、しかも捨て駒同然の存在であるとはいえ、今後レギオンを相手に戦う上で貴重な戦闘員である彼らを呼び戻そうとしたが聞き入れられず、更に今回の運用実験を目処に本格的に運用する予定であるジャガーノートをプロセッサーと同じ数奪われたという大失態なのだから始末に負えない。

 

 この事件を機に、共和国という枠組みの内での白金種(プラティーン)たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()としてしばらく敬遠されるようになった。

 

 一方、戦死者を90数人に抑えて無事に生き残った40数万人のプロセッサーたちは、共和国に迫害される被差別民となった自分たち86区民(エイティシックス)とともに戦ってくれる、救済者として傍に立ち続けてくれると()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし白金種(プラティーン)のプロセッサーたちが初陣を終えた直後、自分たちの目の前で堂々と逃げて行く様を見て「自分たちは白金種(プラティーン)に見捨てられた」と悟り失意のうちに帰還。

 

 中には自棄(やけ)になって86区の強制収容所に残されている他の86区民(エイティシックス)たちに手紙を送る者まで現れ、86区民(エイティシックス)という枠組みの内での白金種(プラティーン)たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()白系種(アルバ)として、こちらでも中央と同じように敬遠される存在になった。

 

 

 

 

 

 86区東部方面、第132強制収容所の収容棟の屋上で二人の男女が向かい合っている。少年は黒系種(アクィラ)、もう一人の少女は白系種(アルバ)

 

「…………おい、どういうことだよ」

 

 86区民(エイティシックス)においては比較的多数派である黒系種(アクィラ)だが、彼は逆に極端な少数派である暗夜種(ナハト)玄武種(ベサルト)墨炭種(アトラーメント)、そして極東黒種(オリエンタ)混血(クォーター)である。

 

「なんで俺たちが見捨てられなきゃならないんだよ!」

 

 少年、【リガゼルト(Ricgadzelte)ヴィシュパール(Wishpourr)】は、目の前に立つ白金種(プラティーン)の少女、共和国軍人としてにグラン・ミュール内に留まっているクガンド・ウィザリアの姪である【オンコ(小猫)ウィザリア(Wizaria)】に詰め寄る。

 

「おい!なんで!あいつらは逃げた!」

 

 リガゼルトの怒気は幼いながらに凄まじいもので、彼が強く食い縛る口元からは牙のように尖った犬歯が覗いている。

 

「…………あなた、何か勘違いしてない?」

 

 しかし、オンコは臆することなく済ました顔で答えた。リガゼルトは怒気を鎮めることなく、オンコを睨み付けている。

 

「勘違い?」

 

 吐き捨てるように少女の言葉を繰り返し、オンコも「そう」と肯定した。落ち着いてはいるが、その口調はどこか悲しげで静かなものだ。

 

「戦争が始まったばかりなのにこんな末期みたいな政策をとる政府に、私たち(白金種)の大多数は不信感を抱いて逃げた。それだけよ」

「理由になってねぇよ!」

 

 オンコの説明に納得がいかないリガゼルトは激昂し、彼女に掴み掛かる。少女はバランスを崩しながらも、足に力を集中させて耐えた。一方怒りのあまり頭に血が(のぼ)り感情が爆発している少年は、牙を剥き出しにしてなおも怒声を浴びせる。

 

「確かに86区民(エイティシックス)の誰もがおかしいって気付いてるさ!お前も逃げたくても逃げられないことぐらい分かってるだろうが!俺が聞きたいのはなんで白金種(プラティーン)に残ってるやつと逃げたやつがいるのかってことだよ!」

 

 オンコはリガゼルトが自分で答えを出していることに気付いていないことに呆れを隠さない。この黒系種(アクィラ)の少年はお世辞にも賢いとはは言えないし、その上喧嘩っ(ぱや)く感情を制御するのが苦手。

 しかし、オンコもこの少年に言い聞かせることを諦めるほど考えなしというわけでもない。

 

「今自分で答えを出したでしょ。分かる?“逃げたくても逃げられない”」

 

 オンコの指摘に、リガゼルトははっとした。

 

「あの日の戦闘が、86区から、ひいてはこのサンマグノリア共和国から逃げられる最初で最後の機会(チャンス)だっただけ。それを勝手に勘違いされても困るわ」

 

 リガゼルトは冷や汗を流しながら震える手を(はな)し、歯を食い縛ったまま呟いた。

 

「…………見捨てたことに変わりはねえだろうが」

 

 先ほどまでの興奮の反動なのか、瞳孔は大きく開ききっていて声も少し震えている。息も荒く苦しげなのも合わさり、怯えと不安が混じったような彼の心境を分かり(やす)く表している。

 

「お前らから見れば結局俺たち(エイティシックス)はただの家畜なんだろ!?」

「生き物として扱われてるだけマシじゃないの。安全な壁の中でふんぞり返ってる死んだ肉塊(白系種)とは違うわ」

 

 苦し紛れの揚げ足取りに放った言葉も、オンコは()()()()という決定的な違いを引き合いに出してしまう。

 

「…………肉塊?白豚じゃなくてか?」

 

 リガゼルトは彼女が放った()()()()()という言葉に疑念を持った。

 

「そう、肉塊。自分から動こうとしない以上、あいつらは死んでるのと同じよ」

 

 静かに答えるオンコの瞳は、夕日の赤い光を吸い込んでこの上なく美しい輝きを放っている。



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A-1 誰も救えない\気休めの娯楽・その一

 星暦2139年4月15日の昼下がり、サンマグノリア共和国の第二区。第一区から移設された共和国軍司令所兼指揮管制所に併設されている武道場に、複数人の白系種(アルバ)が集まっている。彼らが嗜んでいるのは極東の武術である剣道だが、その寸分狂わぬ太刀筋や無駄のない足さばきはとても“嗜む”程度とは言い難く、むしろ全力で打ち込んでいるのではないかと言いたくなるほどに美しい。

 そしてその様子を静かに眺める、腰まで長く髪を伸ばした壮年の男が一人。

 

「ウィザリア大佐、休憩時間中だと言うのに精が出ますな」

 

 やがて、稽古を終え防具を(はず)したクガンドにヴァーツラフ・ミリーゼ大佐が話しかけた。胴着姿のままのクガンドは、特に表情を変えることもなく彼を非難するかのような目付きで振り返る。

 

「また86区に滞在していたそうだな。それも今回は護身用の武器も持たず、ノーマン少尉相当官とたった二人で」

 

 やはり気付かれていたか、とヴァーツラフは歯を食い縛る。文明が発達して戦争の前提条件が変わり、白兵戦に至るまでが中距離戦主体であるこの時代。

 司令官である佐官ともあろう軍人が、攻撃を受けにくい安全圏から離れること自体が非常識であると言うのに、一体何を考えて行動しているのか。

 無論この男にも彼なりの信念があるのは確かだが、それでも命知らずとしか言い(あらわ)(よう)がない。

 

「この国の政策は間違っている。ウィザリア、君もわかっているのだろう?彼ら(エイティシックス)と同じ視点に立たずとも、彼らがどんな仕打ちを受けているのかを身に染みて理解しているはずだ」

 

 自分以外の家族親族全てが86区におり、更に自身は基本部隊挨拶以外の目的で前線に出ることがないクガンドにとって、ヴァーツラフの主張は耳が痛いことこの上ない。

 後方の強制収容所に閉じ込められている86区民(エイティシックス)たちとの意識接続、最前線に立たされ日々命を磨り減らすプロセッサーとの知覚同調(パラレイド)を日常的に行い、その上自身は本当に時々にしか前線に身を置かないクガンドにとっては、ヴァーツラフの言う“仕打ち”を理解する心はあれどその肉塊たちが実行した仕打ちを悔い改める気などさらさらない。

 

「…………俺たちは仕打ちをしている側だ。下手に干渉をしても怨みを買うだけだぞ」

 

 そして、「ただでさえ末期の状態なのに」と続けようとしたが、ヴァーツラフは信じられない言葉を口にした。

 

「そんなことは理解している。レーナも、きっと理解してくれる」

 

 言葉に出された名を聞いて、思わず自分の耳を疑った。

 

(ヴラディレーナも?お前は何をするつもりだ。理解してくれる?つまりまだ理解していない。まさか……)

 

 クガンドは静かな表情を(かす)かに歪ませ、ヴァーツラフに告げる。

 

「ヴァーツラフ。いつまた最前線に赴くのかは知らないが、お前は今度こそ死ぬ。ヴラディレーナは死なないが、ノーマンとは決定的な確執が生まれる。断言できる」

 

 氷よりも冷たく、刀のように鋭く、針のように尖りきった視線で、文字通り突き刺すように睨むクガンド。

 一方のヴァーツラフは自分よりも半分近く年下の男に凄まじい殺気を込めた目で睨み付けられてなお動じる様子を見せない。それはまるで、迷いを断ち切った態度だった。

 

「危険は承知の上だ。いつまでも高見の見物を続けていては…………()()()()()()からな」

 

 ヴァーツラフもまた、冷たい言葉で返した。

 

 

 

 

 

 同時刻の86区。大人の大多数が徴兵され寂しい雰囲気が一段と強くなった西部方面第071強制収容所兼戦闘訓練施設で起こった出来事である。

 

「これ……隠し扉じゃねーか?」

 

 つい二ヶ月前から始まったレギオンに対応するための戦闘訓練をいつものようにこなし、更衣室で着替えていたキール。

 しかし、この日ロッカーを開けた時今まで聞こえなかった異音に気付き、自身が使っているロッカーをずらしたところ、その真下(ました)に地下室に繋がる扉を見つけた。

 

「もしかして、キールくんのお父さんとゴンくんのお父さんが言ってた…………」

「ああ、この収容所のどこかに秘密の地下室を作ったって言ってたけど……まさか本当だとは」

 

 金系種(アウラータ)の少女と黒系種(アクィラ)の少年が呟いた。この二人とゴンサレス、キールをはじめとした第071強制収容所の子供組の面々は、各自の親たちが徴兵によって最前線に連れて行かれる前にある話を聞いていた。

 

「この地下室に、オヤジたちが作った“何か”があるんだ……」

 

 その何かとはなんなのか、ゴンサレスたちは気になって仕方がない。子供たちの好奇心は、訓練施設の地下に(しつら)えられた秘密の空間へと誘い込む着火材となった。



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弐之章 ゲイ・ボルグ特統戦隊
09 Six years later side the Gáe Bolg


深層統合思念体(アンダーコンチュース)接続(コネクション)。接続対象、東部防衛戦線特別(Special)統合(Synthesis)戦闘(Combat)部隊(Unit)各隊員』

 

 照明のない暗い部屋に、一人の真っ白な男が入りながら呟いた。

 

『コマンダー・ゼロより〈ゲイ(Gáe)ボルグ(Bolg)〉各戦隊長に通達』

 

 暗く狭い管制室の席に座る、一人の白金種(プラティーン)の男の無機質な声が響く。

 

『東部防衛線ポイント80、130、177、2にレギオンの侵入を確認』

 

 彼の視線の先にあるのは下に向かう赤のアイコンと上に向かう白のアイコンが浮かぶ黒い画面。

 別の画面には第一から第四の部隊に配属されている機体の個体識別名(パーソナルネーム)、そして各部隊を指揮するハンドラー四名のコールサインが表示されている。

 

『コマンダー・ゼロより第一戦隊“スピア(Spear)ヘッド(Hed)”戦隊長アンダーテイカー(Undertaker)へ。目標ポイント80。到着次第対処、レギオンを撃滅せよ』

 

 男性将校であるハンドラー・ワンの指示に従い、第一戦隊のジャガーノート24機が続々と列を成して出撃していく。

 

『ハンドラー・ワンより第二戦隊“パイク(Pike)ブレード(Blade)”戦隊長シャイニングサン(Shiningsun)へ。ポイント130へ向け、各員出撃せよ』

 

 ハンドラー・ワン指揮下の第二戦隊に所属する24機のジャガーノートも出撃した。

 

『ハンドラー・ツーより第三戦隊“ロング(Long)ランス(Lance)”戦隊長ラース(Wreath)ドレイク(Drake)へ。全機待機を解除、ポイント177に出撃せよ』

 

 女性将校、ハンドラー・ツーの指示を受けた第三戦隊のジャガーノート24機も目標地点へと進軍を始める。

 

『コンダクター・ナインより、第四戦隊“スロウ(Throw)ジャベリン(Javelin)”戦隊長マスクドフェイス(Maskedface)へ。出撃準備を完了次第、順次作戦行動に移れ。目標地点はポイント2』

 

 最後に、コンダクター・ナイン指揮下の第四戦隊のジャガーノート24機がすでに出撃した三つの部隊の後を追うように歩みを進め始めた。

 

『コマンダー・ゼロより第一戦隊、各員点呼。アンダーテイカーから』

 

 そして、コマンダー・ゼロからの点呼の指示とともに、怒涛の勢いで戦隊員たちの返事が響く。

 

『スピアヘッド戦隊長、アンダーテイカー(葬儀屋)了解』

『スピアヘッド第一小隊、ファルケ()了解!』

『スピアヘッド第一小隊、ファーヴニル(毒竜)了解!』

『スピアヘッド第一小隊、ヘリアントゥス(太陽花)了解!』

『スピアヘッド第二小隊長、ヴェアヴォルフ(人狼)了解』

『スピアヘッド第二小隊、ワルプルギス(死者祭)了解』

『スピアヘッド第二小隊、グリフィン(鳥獣)了解!』

『スピアヘッド第二小隊、マンティコレ(獅子蠍)了解』

『スピアヘッド第三小隊長、ラフィングフォックス(笑う狐)了解!』

『スピアヘッド第三小隊、シリウス(天狼)了解!』

『スピアヘッド第三小隊、アルテミス(月の処女)了解!』

『スピアヘッド第三小隊、キャタナイン(噛む者)了解』

『スピアヘッド第三小隊、マーチヘア(三月兎)了解!』

『スピアヘッド第四小隊長、キルシュブリューテ(桜ノ花)了解』

『スピアヘッド第四小隊、レウコシア(白女神)了解』

『スピアヘッド第四小隊、ガンメタルスコーム(銃鉄の梳櫛)了解』

『スピアヘッド第五小隊長、ブラックドッグ(黒犬)了解!』

『スピアヘッド第五小隊、ラ・ベート(野獣)了解!』

『スピアヘッド第五小隊、デンドロアスピス(樹状見取り図)了解』

『スピアヘッド第六小隊長、ガンスリンガー(携銃帯)了解』

『スピアヘッド第六小隊、バーントテイル(焼け焦げた尻尾)了解!』

『スピアヘッド第六小隊、グラディアトル(劔鬪士)了解』

『スピアヘッド第六小隊、アルゴス(英雄船)了解!』

 

 スピアヘッド戦隊24名の他三戦隊全員の個体識別名(パーソナルネーム)が点呼され、総勢96人のプロセッサーの出撃が確認された。

 

シャイニングサン(輝く太陽)よりハンドラー・ワン。敵の規模と位置確認を』

 

 正面切ってレギオンへと向かうプロセッサーの一人である第二戦隊パイクブレード戦隊長、シャイニングサンが静かに問う。

 

『ハンドラー・ワンよりシャイニングサン。現在位置から1500メートル先、12時の方角に3個大隊が布陣、その400メートル手前に4個中隊が迎撃準備中』

 

 ハンドラー・ワンを名乗る将校は笑い声を堪えているかのような、明らかに侮辱を込めた態度でプロセッサーたちに告げる。

 

『まあ、この数相手だと……化け物揃いのゲイボルグ特統戦隊も流石に全滅かもなぁ?』

 

 直後、ハンドラー・ワンの言葉を上書きするようにコマンダー・ゼロからの指示が下る。

 

『コマンダー・ゼロより、ゲイボルグ特統戦隊各員へ。今回のレギオン側部隊の構成は斥候型(アーマイゼ)尖兵型(クーゲルルンド)戦車型(レーヴェ)近接猟兵型(グラウヴォルフ)戦列突撃型(グーテルティア)長距離砲兵型(スコルピオン)豆戦車型(アイデクセン)の7種だ。長距離砲兵型(スコルピオン)の狙撃に注意して撃滅せよ』

 

 コマンダー・ゼロがレギオンの詳細の情報とともに指示を告げると、ハンドラー・ワンは小さく舌打ちをし、ハンドラー・ツーは不機嫌そうに息を吐いた。

 この時勢において86区民(エイティシックス)、特に戦場に立つプロセッサーに対して味方するような白系種(アルバ)は忌避される。

 特に白金種(プラティーン)は大多数が86区へ、さらにそのほとんどが国を捨てて逃げ出したために86区民(エイティシックス)からも白系種(アルバ)からも極めて印象が悪い。

 

『ほらほら行け行け!ぶっ壊れて死にやがれ豚ども!』

『豚は豚らしく、屠殺されて来なさい!』

 

 ハンドラー・ワンとハンドラー・ツーの罵声が響く。

 しかし、この罵声もコンダクター・ナインの言葉で上書きされた。

 

『白トリュフ二つの言葉は無視。指示はこちらに任せて、レギオンの撃破に集中せよ』

 

 そして、ゲイ・ボルグはついにレギオンの侵攻部隊と会敵した。同時に、アンダーテイカーの耳を通じて奇妙な声がハンドラーたちの頭に響き始めた。

 

(…………始まったな)

 

 コマンダー・ゼロとコンダクター・ナインはこれから始まる地獄絵図を思い浮かべ、静かにほくそ笑む。

 

『何だ、この声は……?』

『何?何なの?』

 

 ハンドラー・ワン、ハンドラー・ツーは突然聞こえ始めた幻聴に困惑している様子だ。

 

『タスケテ……』『イタイ』『ウワアアアアア!』

『シニタクナイッ!』『カアサン……』『イヤダアアアアア!』

『パパーッ!』『ウランデヤル!』『タスケテクレェッ!』

 

 性別、年齢、人種、精神状態の一切を問わず、あらゆる人間の()()()が少しずつ頭の中に流れ込むのが理解できた。

 

『黙れよっ……黙れ!うるせえんだよ豚が!』

『いい加減に黙りなさいよ!うるさい!』

 

 すでにこの世にいない人間たちに向けて、空を切る拳のように罵倒を放つ二人のハンドラー。

 そして、二人に聞こえる断末魔の声は徐々に大きく、徐々に増えていき、ついに。

 

『『あああああああああああああああ!』』

 

 ()()二人の人間が廃人となった。

 



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09-2 その日

 現在各方面防衛戦線には18戦区、各戦区に36個戦隊、一個戦隊の定員24名、計1万5552人のプロセッサーが在籍している。特に第一戦区には精鋭中の精鋭と呼ばれるプロセッサーたちが300人程度は集まっている。

 

 そして、彼らは激戦を極める戦場を生き延びた精兵であり、(よびな)と呼ばれる通称を与えられた戦士。その中でも特別統合戦闘部隊はレギオンとの戦争が激化する中、特に多くの戦死者が出る第一戦区の第一から第四の戦隊を再編成した混成部隊だ。

 

 その戦果たるや一人あたりのレギオン撃破数の平均が3桁にもなる実力者揃い。退役前の特別任務と称した死刑執行が間近に迫りながら、経験豊富で戦闘能力にも優れる彼らが徒党を組んで戦うのだからレギオンにとっては脅威と言えるだろう。

 

 だが、そんな怖いものなしとま で呼ばれるゲイ・ボルグ戦隊の少年兵たちにも、頭が上がらない人間は少なからずいる。

 それが────────

 

「おらシン(Shin)!【シンエイ(Shinei)ノウゼン(Nouzen)】!」

「こらエド(Ed)!また無茶したでしょ!」

アーサー(Aether)少尉、クァランコーザ(Qualuncosa)少尉、アニーロ(Anillo)少尉、説教をするからこっちに来い!」

「よくもっ……よくもまた機体を壊したなぁっ!チャコール・ストーヴウゥゥゥゥ!」

 

 歩行戦車、ジャガーノートの搭乗員である以上搭乗者を支える人物がいる。その支える人物たちと言うのが整備士、彼らにとって最も恐ろしく最も尊い人物なのだ。

 

「脚回り(よえ)ぇんだから無茶すんなってあれほど言ったのにまたこれか!今月に入って三度目だぞ!」

 

 スピアヘッド戦隊の整備士長、【レフ(Leff)アルドレヒト(Aldrecht)】が僚機の脚を壊したシンを怒鳴りつけ、

 

「また関節とフックワイヤーをダメにしたわね!直すの大変なのに何度言ったら分かるの!」

(わり)い……アル(Al)を庇って、つい……」

 

 ロングランス戦隊の整備士、【ウィンリィ(Winry)ロックベル(Rockbell)】がスパナを片手に【エドワード(Edward)エルリック(Elric)】に詰め寄り、

 

「お前たち三人は何をどうしたらキャノピーの蓋があんなにボロボロになるんだ!」

「いや……なあ?」

「うん……まあ……」

「突撃して攻撃が直撃したからとしか言い様がないが」

「お前らホントそういうとこだぞ!マッチロック(Matchlock)さんに申し訳ねぇだろ!」

 

 スロウジャベリン戦隊の整備士長、【ヴァルカン(Vulcan)ジョゼフ(Joseph)】が【クァランコーザ(Qualuncosa)アントディソン(Untedesonn)】、【アーサー(Arthur)ボイル(Boil)】、【アニーロ(Anillo)ホットテーブル(Hot'table)】の三人を諌め、

 

「忠告を破って高周波ブレードを壊すとはどういう料簡だ貴様あァァァァ!万死に値するうウゥゥゥゥ!死ねええええチャコール・ストーヴウゥゥゥゥ!」

「すみません!すみません!すみません!」

 

 そしてチャコール・ストーヴは怒髪天を衝くを体現した状態のパイクブレード戦隊整備士、【フィアルマ(Fierlma)スティレイダー(Steelaygdur)】に追いかけ回されている。

 

「相変わらず怖ぇな、フィアルマ()()…………」

 

 戦隊基地を縦横無尽に走り回り文字通り必死になって追いかけっこを行うチャコールとフィアルマの二人の様子を見て、浅黒い肌が特徴のスピアヘッド戦隊員【クジョー(Kujo)ニコ(Nico)】は顔を蒼くして呟く。

 

「あんな状態のフィアルマさんに追いかけ回されたらと思うと…………私なら確実に失禁する。間違いない」

「生理現象とはいえ女の子が言っていいことじゃないわよ」

 

 【カイエ(Kaie)タニヤ(Taniya)】も蒼白になった顔で呟くが、【リザ(Liza)ホークアイ(Hawkeye)】が静かに突っ込みを入れて落ち着かせた。こうしてしばらくの(あいだ)風にあたりながらシンエイたちエース組と整備士たちの様子を眺めていると、不意にクジョーがリザに尋ねた。

 

「……リザさん」

「何?ニコくん」

 

 リザは振り向くことなく少年に答え、一方のクジョーも少し躊躇(ためら)いを含んだ口調でリザに問う。

 

「関係ない俺が聞くのもおかしいけど……南方黒種(アウストラ)ってやっぱり怖いイメージですか?」

 

 クジョーの問いに、リザは少し身震いした。クジョーの言う南方黒種(アウストラ)とは、ギアーデとの戦争が始まる一年前の出来事に関わる国の住人たちのことだ。

 ギアーデ脅威論が広まりつつあったサンマグノリア共和国が、自国のちょうど南に位置するイシュヴァール国侵攻に際し多くの士官候補生を動員したことで、リザは戦場の非情な現実を見せ付けられることになった。

 

「ええ……何度も殺されかけて何人も殺したから……今でもニコくんや傷の男(スカー)とは目を合わせるのが怖いわ……」

 

 教育課程の修了まで半年もあった士官学校を強引に卒業させられ、訳もわからず戦場を駆けずり回らされたことを鮮明に記憶している。

 血肉と火薬の(にお)い、地雷や防弾の爆発音、あちこちで立ち上る火柱と煙、何より銃の引き金を引く瞬間の衝撃。

 全てが恐怖を刺激するものだった。サンマグノリア共和国という国の現在まで続く狂気は、あの戦争から始まったのかも知れないとリザは一人(うなず)く。

 

「人間を相手にして殺し合う機会がが少なくなった分、今の戦争のほうが幸せかも知れないわね」

 

 リザが呟いた直後、足音が響く。

 

「何をしているのかね?」

 

 クジョー、リザ、カイエの背後から眼帯を着けた初老の男、ロングランス戦隊の戦隊長を務める【キング(King)ブラッドレイ(Bladray)】が姿を現した。

 

「タニヤくんとホークアイはともかく、ニコくんはこんなところでぼんやりとしていられる性質(たち)ではなかろうに」

 

 ブラッドレイはこう続け、そして右の方向に人差し指を向ける。三人の男女がブラッドレイの指差す方向に視線を移すと、所属部隊の垣根を越え、老若男女入り乱れてドッジボールを楽しむ同僚たちの姿が目に映った。

 

「そしてホークアイくん、君は少しばかり暗く考え過ぎる。平和を楽しむことを考えて心労を(やわ)らげておきたまえ。過去の恐怖に囚われ続けていては、マスタング(Mustang)くんが心配するぞ」

 

 (いか)つく威圧感の強い強面(こわもて)に似合わない、明るく穏やかな笑い声が黙ったままの三人の鼓膜を刺激する。

 

「さて。私は報告書を纏めておかねばならんのでな、夕餉(ゆうげ)の時間になったら私を呼ぶように伝えてくれたまえ」

 

 そして、ブラッドレイはかっかと笑ったままその場を後にした。




エドワード・エルリック(Edward Elric)
出展:鋼の錬金術師\エドワード・エルリック
金髪・金眼で肩より長い髪を三つ編みにした少年。
人種は古代金種(カーサフィニオ)茶麦種(ティーブラウン)の混血で、父の血が色濃く出た。

ウィンリィ・ロックベル(Winry Rockbell)
出展:鋼の錬金術師\ウィンリィ・ロックベル
金髪・青目で長髪をポニーテールにしている少女。
人種は真金種(ゴールデン)青玉種(サフィール)の混血。

クァランコーザ・アントディソン(Qualuncosa Untedesonne)
黒髪、赤目の青年。
容姿は[炎炎ノ消防隊]の森羅日下部。
人種は極東黒種(オリエンタ)極東紅種(クリムソン)の混血。

アーサー・ボイル(Arthur Boil)
出展:炎炎ノ消防隊\アーサー・ボイル
金髪と空色の目の青年。
人種は真金種(ゴールデン)濃蒼種(デンスブルー)の混血。

アニーロ・ホットテーブル(Anillo Hot'table)
黒髪をツインテールにした赤目の少女。
容姿は[炎炎ノ消防隊]の環古達。
人種は黒鉄種(アイゼン)紅焔種(パイロープ)の混血。

リザ・ホークアイ(Liza Hawkeye)
出展:鋼の錬金術師\リザ・ホークアイ
長い金髪、黒目の女性。
人種は真金種(ゴールデン)

キング・ブラッドレイ(King Bladray)
出展:鋼の錬金術師\キング・ブラッドレイ
短く切り揃えた黒髪、右目が黒目、眼帯で隠す左目が赤目の初老の男。
人種は墨炭種(アトラーメント)だが中途半端な形で先祖返りを起こしており、左目だけが赤目。
先祖の人種は不明。


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09-3 食卓を飾る裏方

 西暦2145年6月14日の午後。この日におけるゲイ・ボルグ特統戦隊の隊員たちが食す夕食作りを担当することになったのは、ゲイ・ボルグ特統戦隊の母と呼ばれるロングランス戦隊員【イズミ(Izumi)カーティス(Curtis)】とゲイ・ボルグ特統戦隊一の大食らいで情熱的な恋乙女であるパイクブレード戦隊員、【シェリーラス(Ciereylas)ミエラ(Miellat)】の二人。

 

「ねえシェリー(Cierey)、最近食料の減りが遅くなったと思わないかい?」

 

 イズミは料理の準備をしながら、ふとした疑問をシェリーラスにこぼした。特統戦隊のメンバーの約半数は育ち盛りの子供、そして大人の中に人並み外れた大食いが何人かいるという状態である。

 このような胃袋事情であるがゆえ、ゲイ・ボルグ特統戦隊が編成されたばかりの頃は食料用の倉庫に保管されている糧食が一月持つか持たないかだったのだが、ここ二週間食料庫の兵糧の減り具合がめっきり少なくなりまだ半分近い量の穀物の袋や調味料、嗜好用飲料の瓶が入った箱が倉庫に眠っているのだ。

 

「そう言われてみればそうですね!みんな少しずつ食べる量を減らしてる気がします!」(生活の微妙な変化に気付けるってすごい!流石主婦だわ!素敵!)

 

 シェリーラスは内心でイズミへの行きすぎた敬意を叫びながら答え、特に疑問を持つことなくフライパンと水がたっぷりと入った特大の鍋をコンロに置き、その隣でルーの調味を始める。

 ちなみにこの日の夕食の献立は味以外の理由で嫌いだと言う人間などこの世に存在しないであろう、カレーライスである。

 

「今日は黒羊(くろひつじ)がかなり多くて疲れましたから、みんな喜ぶと思いますよ!」

「まあ、カレーライスを嫌う人間は私の知ってる限り一人もいないね。あんたもカレーは好きだろ?」

 

 笑いながら手際よく野菜と肉を刻むイズミを横目に、シェリーラスは湯の沸き具合を確認しながらルーの調味を始めた。今回は辛めに作るようで、すでにカレー粉や味噌と言った調味料を混ぜたルーの(もと)に小さじ一杯分の唐辛子の粉末を混ぜ込んでいる。

 

「好きと言えばイズミさん!最近クレナ(Clena)ちゃんがシンくんにアプローチをかけるようになったんですよ!」

「強引な話題の変更だね…………まあ、あの堅物(かたぶつ)の死神が女に(なび)くなんて思えないけど。でもあの子は根性が(たくま)しいからね」

 

 唐突な話題の切り替えながら、イズミは興奮気味に話すシェリーラスのテンションに併せて答えた。

 野菜はあらかた刻んだらしく、今度はジャガイモの芽を除く作業に入り始める。

 

「良いわ~無垢な女の子が(うぶ)な感情を一人の異性(おとこのこ)に向けるのってホントにキュンキュンしちゃうな~」

 

 乙女チックなロマンを語るシェリーラスはすでにルーの調味を終えており、イズミが刻んだ野菜をフライパンで(いた)め始めていた。

 

「そうかい?私も旦那一筋だけどそのあたりはよく分からないんだ」

 

 芽を取り除いたジャガイモを刻むイズミは、少し (いぶか)しげな表情で答える。この対応にシェリーラスはありゃ、と落胆する。イズミにも夫がいるのだが時に人前を(はばか)らないバカップルぶりを発揮することが度々あり、少しは理解があるのではないかと思っていたらしい。

 

「じゃあ、シンくんはクレナちゃんに振り向くと思いますか?」

 

 炒め終わった野菜と肉を水で満たした鍋にどかどかと落とし入れ、コンロに火をかけて温め始める。そしてルーの味を確認しながら、シェリーラスはまたイズミに問いかけた。

 

「それは……さっき言った通り難しいだろうね。あれは異性(おんな)に興味がないって表情(かお)だよ」

 

 刻み終わったジャガイモを炒めるシェリーラスの代わりに鍋の様子を眺めながら答える。確かに、年齢不相応に達観した感性、幼少期から戦場で生きて来たゆえの精神構造の(ゆが)み。これらを(かんが)みても、シンエイがこれから先の人生を、()()()()()のは難しいだろう。

 

「そうですか……まあそうですよね。誰もシンくんの笑顔を見たことがありませんから」

 

 ジャガイモを炒めながら、シンエイが笑顔を見せた記憶がないことをぽつりと呟くシェリーラス。楽しい雰囲気で始まったはずの料理は、いつの間にか哀愁漂う雰囲気に満たされていた。

 

「…………悲しい(はなし)はここまでにしよう。米を炊かなきゃいけないから、コールを呼んで来るね」

「はい!フィアルマさんのお説教、長引いてないといいですね!」

 

 イズミはカレーの具を温めている鍋をシェリーラスに任せ、調理場を後にした。

 

 

 

 

 

 イズミが調理場を出ようと鍋から離れた頃にようやくフィアルマとの追いかけっこから解放されたチャコールは、疲れきってはいるがどこか嬉しそうな足取りで調理場の方へと向かっていた。

 

(今日もフィアルマさんに追いかけ回された……自業自得だけど……)

 

 フィアルマに追い回されている途中からカレールーの匂いを嗅ぎ取っていたチャコール。今回彼がフィアルマに殺されることなく走りきることが出来たのは、カレーライスの匂いでフィアルマの殺意の匂いを(まぎ)らわせていたからである。

 

「ああ、コール。ちょうどよかった」

「あ、イズミさん」

 

 調理場の方から自分に近付いてくるイズミの姿を視認し、呼び掛けられたチャコールも返事をした。

 

「米は()いだんだけどね、代わりに炊いてくれないかい?ピナコ(Pinako)さんはウィンリィと一緒だし、アンジュたちは部屋の掃除をしてるからあんたにしか頼めないんだ……」

「任せて(くだ)さい!」

「悪いね、疲れてるのに一番大変な仕事を頼んじゃって」

 

 先ほどまでの疲れはどこへやら、チャコールははきはきとした態度で調理場の扉へと向かって行く。ちなみに炊飯器などという便利な家電は存在しない。

 

(なんて…………コールが炊いた米が一番美味(おい)しいからね)

 

 イズミはどこか安心したような笑みを浮かべながら、ある人物たちがいる部屋へと向かった。




イズミ・カーティス(Izumi Curtis)
出展:鋼の錬金術師\イズミ・カーティス
黒色の髪と瞳の女性。
人種は極東黒種(オリエンタ)夜黒種(オニクス)の混血。

シェリーラス・ミエラ(Ciereylaz Miellat)
頭髪が桃色、毛先と瞳が緑色の女性。
容姿は[鬼滅の刃]の甘露寺蜜璃。
人種は櫻花種(カラスス)稚竹種(バンブー)の混血。


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09-4 兄弟への伝言

「シンは……兄弟に生き残りがいる僕らを……その(うらや)ましいとか思わないの?」

 

 ロングランス戦隊員【アルフォンス(Alphonse)エルリック(Elric)】が開口一番にシンエイに向けた言葉は、自分たちの兄弟を(うらや)む心の有無を問う疑問だった。シンエイは彼の問いに少し悩みながら答える。

 

「…………(うらや)ましくない、と言ったら嘘になる」

 

 表情を変えることがとても少ないシンエイが珍しく物悲(ものがな)しげな表情を浮かべているのを()の当たりにしたエドワードとアルフォンス。

 当然というべきか、二人はシンエイの表情の変化に驚きを隠せない。

 

「引き摺ってんだな……レイ(Rei)さんのこと」

「ああ……後悔してる」

 

 今シンエイが思い浮かべているのは他でもない、たった一人の兄であるショーレイ(Shorei)ノウゼン(Nouzen)面影(おもかげ)だ。

 幼い頃に見た笑顔は16歳となった今もなおしっかりと記憶に残っているが、何より忘れられないのは……

 

(最後の最後で、仲違(なかたが)いをしたまま兄さんは()ってしまった…………)

 

 激化するレギオンとの戦いで両親を失ったことで精神的に追い詰められ、その怒りの矛先を自分に向け殺しにかかった兄の憎悪に満ちた表情。幼い頃から見て来た穏やかな表情からは想像できないほどに歪んでいた顔であったことを、シンエイは鮮明に記憶している。

 

「…………一番の大事(おおごと)は、何もできないまま終わったと思ってたらまだ続いてたってこと、そしてシンとレイさんの身に起きたことがまた起きそうだってことだ」

 

 エドワードはこう続けると、窓の方に親指を向ける。

 罅割(ひびわ)れたガラスた窓の外には、傾いてはいるもののまだ高い位置で輝いている太陽が見え、その下にはドッジボールをして遊んでいる戦隊員たち。

 しかしその直ぐ近くには、怒り心頭だと分かる不機嫌な表情をしている白系種(アルバ)の男が困り顔の黒系種(アクィラ)の少年から逃げるように兵舎へと向かって行く姿があり、だがどこか悲しい気配を纏っているような印象が垣間見える。

 

シュン(Shun)ネイト(Nate)か……」

 

 外見の特徴こそ決定的に違うが、実はこの二人は血の繋がった兄弟である。顔中傷だらけで常に怒っているような顔の白系種(アルバ)が兄の【ネイト(Nate)シナトラ(Sinatra)】。

 顔に傷があるもののどこか優しげな印象を感じさせる黒系種(アクィラ)が弟の【シュンカー(Shuncer)シナトラ(Sinatra)】だ。

 この二人は幼少期の経験から確執が生まれており、今もなお仲違いのほとぼりは冷めていない。

 

「なんとかしてあげたいけど…………僕たちが迂闊(うかつ)に干渉すれば一生涯続く因縁になりかねないから」

「…………ああ、そうだな」

 

 アルフォンスの言葉にシンエイが答え、もう一度窓の外を見やった時には、もうネイトとシュンカーの二人の姿はなかった。見えるのはいまだにドッジボールをして遊ぶ戦隊員たちの姿だけ。

 その様子を見届けた三人が(しばら)く会話をせず、各々(おのおの)銃の調整や弾薬の確認をして過ごしていたところに、イズミが入って来た。

 

「エド、アル、ちょっといいかい?」

 

 扉が開く音とイズミの声に、エドワードとアルフォンスは振り向いた。

 

「「師匠(せんせい)!」」

 

 エドワードとアルフォンスは同時に返事をし、シンエイも作業を止めて顔を上げる。一方彼女の方は深刻でも急を要するというわけでもないようだが、どこか不安げだ。

 

「悪いねシン、二人を借りてくよ」

「どうぞ。作業に差し支えはないので」

 

 短く答えて部屋を後にする三人を見送った後、シンエイは再び手元に視線を落とし拳銃の調整を続けていた。

 

 

 

 

 

 一方イズミに呼び出されたエドワードとアルフォンスの二人は、人気(ひとけ)のない兵舎の裏まで移動していた。イズミの晴れない表情から、決して良い内容ではなかろうということは読み取れる。

 

師匠(せんせい)、話ってなんですか?」

 

 アルフォンスの問いに、力なく静かに答えた。

 

「前々からお前たち二人に伝えようと思って、忘れてたことなんだけどね…………」

 

 イズミは諦めにも似た、どこか曇った声色(こわいろ)で続けた。

 

「…………先週、ニーナ(Nina)が亡くなったって…………」

「えっ……?」

「そんなっ……」

 

 強制収容所に(とど)まっている医師、【ティム(Tim)マルコー(Marcoh)】からイズミ宛てに届いた手紙によると、ニーナ(Nina)タッカー(Tucker)の死因は栄養失調による餓死。それも十日以上に渡って必要分の栄養を得られなかった上、その日収容所内の視察のため訪れていた白系種(アルバ)の若い将校数人に殴る蹴るなどの暴行を受けたという。

 

 止めに入った有色種(コロラータ)も十人近くが殺され、医師であるマルコー自身も左足を骨折する重傷を負った。

 だがニーナを治療をしようにも薬剤や道具などがほとんどなく、骨折した胸骨が心臓に刺さっていたこともあり一時間と待たずこの世を去ったらしい。

 

「クソッ!こんなことがあるかよ!」

「…………酷すぎるよ…………同じ人間なのに……っ!」

 

 人ができるとは思えない非道な行いに、少年二人は怒りを(あらわ)にする。半年間だけとはいえニーナとは本当の兄妹のように過ごした仲であるエドワードとアルフォンスは、改めて人間という生き物の醜悪な一面を痛感していた。

 

「…………だけど」

 

 アルフォンスが顔を上げた。

 

「悔しいけど……この手紙に書かれてるような(みにく)い側面があるからこそ、僕たちは人間なんだよね」

 

 肯定するようにエドワードも呟く。

 

「…………認めたくはないけどな…………」

 

 一方のイズミは二人に背を向けていた。

 

「ごめんね、こんな形で悲しいことを思い出させてしまって……」

「いいんだよ師匠(せんせい)。辛いのはお互いさまだから」

 

 見上げれば、傾いた日の色は(だいだい)色に染まっていた。




アルフォンス・エルリック(Alphonse Elric)
出展:鋼の錬金術師
長い金髪、くすんだ金の瞳の少年。
人種は古代金種(カーサフィニオ)茶麦種(ティーブラウン)の混血だが、父親の血が濃く出た。


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