ポケットモンスター 拳 〜超強い俺の嫁とめちゃくちゃに弱い俺の話〜 (おしゃべりデブ)
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プロローグ
超強い俺の嫁とめちゃくちゃに弱い俺の物語。


 

 

『大変長らくお待たせいたしましたっ!!予選大会から激闘続きのこの大舞台っ!!その結末を決める戦いの火蓋が切って落とされました!ガラルスタートーナメント決勝戦がまもなく開始致しますっ!!』

 

実況者がマイクを片手にそう言い放つと、観客席からは大きな拍手と歓声が響き渡る。

 

スタジアムは煌々と輝き、新しい芝生の爽やかな匂いがツンと鼻腔をくすぐった。

 

その独特の緊張感、高揚感に心臓が波打ち全身に煮え滾るような血液が循環する。

 

「すぅ......はぁ。......いよいよですね、サボ。」

 

俺の隣でユニフォームに身を包んだサイトウが深呼吸をして笑いかける。

 

俺は汗がじっとりと染みでるくらいに握り締めたロケットペンダントを懐にしまい、ポケットからスカーフを取り出す。

 

「ああ、......それにしても、昨日の試合には驚かされたよな。」

 

ボロボロに履き古した靴の靴紐を結びながら、頬をペチペチと叩き気合を入れているサイトウに声をかける。

 

「ええ、......まさかあの二人がダンデさんとマスタード師匠のタッグチームに勝つとは...ふふ、まぁ、それぐらいは予想の範疇ですね。」

 

「へへ、まぁな。俺達もキバナさんとネズさんのタッグチームに勝ってここまで来たんだ。不思議じゃない。...もっとも、あっちには歴代最強のチャンピオンがついてるしな。負ける方が難しいだろ。」

 

ちらりと目だけを動かしてアイコンタクトを取り、強ばった表情を互いに崩す。

 

『まずは、Aブロック決勝進出タッグのご紹介ですっ!!』

 

目の前の控え室通路の入口から煙が吹き上がると共に二人の少年少女が登場する。

 

『元最強のチャンピオンダンデの実の弟であり、現在はポケモン博士の資格を取るために猛勉強中!のびのびとした自由な戦法が印象的です!ジムチャレンジの時とは違う飛躍した実力をとくとご覧あれっ!!背番号189番 自由爆発 ホップ選手ッ!!!!』

 

少年は歓声に応えるように大きく手を振り、スタジアムのセンターラインへと駆け抜けた。

 

『続いてっ!ガラル地方でこの名を知らない人は誰もいないでしょうっ!!かつて絶対王者と呼ばれていたダンデ選手を退き、見事その王座を奪い現在も公式戦無敗記録更新中っ!!!小さな背中に秘めた大きな力は正しく無限大っ!!現ガラルチャンピオンっ!ユウリ選手ッ!!!!』

 

少女は歓声にジャンプしながら応え、そのままの勢いでセンターラインのホップに並ぶ。

 

へへっ、あいつらはいつまでも眩しいなちくしょう。

 

「へへっ、久しぶりだな?あの二人と戦うのは。」

 

俺のその言葉にサイトウは口角を上げ笑って答える。

 

「そうですね。なんだかんだありましたが、あの二人は見ていて眩しいくらいに強くなっていきます。私達も、負けてられませんね!」

 

「今日こそはあのクソガキ共をボッコボコにして二度と舐めた口聞けねぇようにしてやる。」

 

俺の言葉を聞きはぁっとため息を吐くサイトウ。

 

「全くサボは......いつになってもその口の悪さは変わりませんね。」

 

「うるせぇなぁ。しょーがねぇだろうが育ちが悪いんだから。」

 

俺の言葉に、もう一度深くため息をつきながら口を尖らせてサイトウは呟いた。

 

「はぁ....全く。......もうすぐ父になるというのに、子供が変な言葉覚えたらどうするんですか?」

 

「わーたよ!辞めればいいんだろ?辞めれ......ん?おい今なんて言った?へ?嘘やろ?マジ?」

 

突然の重大報告に、思わず動揺してしまう。

 

「ふっ、あははは!またコガネ弁が出てますよ!...ちなみにもう性別も分かっていますが、それは試合の後という事にしましょう!ほら、サボっ!!入場しますよ!」

 

いやいやいやいやいや。待て待て待て待て。

 

いや、ちゃうやん?それ今言うことちゃうやん?

 

「は!?いや待ってって!全然納得できてへんてっ!おかしいやろ!?だっ!?待て」

 

『続きましてっ!!Bブロック決勝進出タッグのご紹介ですっ!!』

 

実況者の挨拶とともに噴き出す白煙が焦る俺の顔面に直撃した。

 

「ぶぅぅぅっ!?ゴホッゴホッヴッッゲホッっ!!」

 

白煙が肺の中にまで侵入し、思わず咳き込む。

 

その様子を見たサイトウは先程までの呆れ顔が嘘だったかのように笑った。

 

「ふふふ、あはははは!ほら!先行きますよサボ!」

 

『先日、結婚の報告により世間を騒がせました注目の的!!今現在、連続決勝戦進出の記録更新中!!ガラル空手の申し子っ!!背番号193 戦乙女 元ラテラルタウンジムリーダー サイトウ選手ッ!!!!』

 

押忍っと気合を入れ観客席にお辞儀をして入場するサイトウ。

 

くっそこのやろう...言い逃げかよ...。

 

だーっ!くそっ!もうやけだやけっ!試合を終わったら一から百まで全部聞いてやるからなっ!!

 

いつの間にかボロボロになっていた青色の道着に身を包み、固く握り締めていたスカーフを頭に巻く。

 

頬をペチペチと叩き屈伸を2回ほど繰り返して伸びをする。

 

そして、未だに眩い光を放つ芝生の弾力が心地よいスタジアムに、今、一歩踏み出した。

 

『最後の紹介ですっ!!絶対に諦めないソウルフルな戦い方にチャンピオンを押し退けファン人気No.1!今なお絶賛ファン増員中っ!!数多の挫折をバネに今日もスタジアムを震わせるっ!!その逸脱した発想力と奇想天外な戦術で、今度は何をするのでしょうか!?サイトウ選手との結婚報告により今最も注目を浴びている!!島国から来た鬼才っ!!背番号292番 不死身の爆炎 エンジンシティジムリーダー サボ選手ッ!!!!』

 

一際大きな歓声が響き渡る。

 

迷いの無い足取りで俺はセンターラインのサイトウの隣に立ち、目の前でイタズラな笑みを浮かべるガキ共と対峙する。

 

「えぇー、サボさんとサイトウさんとバトルぅーっ!!」

 

「サボさんと戦うの変に怖いからオレ嫌だぞ!」

 

ガキ共がブーブーと不満を垂れる。

 

こっちだってお前らと戦うことほど怖いものは無い。圧倒的な才能。俺達が一歩二歩と固く踏み締め歩いてきた道を自転車で軽々と通り過ぎていくお前らに恐怖を覚えないわけが無い。

 

「ふふ、2人共相変わらず元気そうですね。でも......今日は絶対に負けません!!」

 

サイトウが微笑みボールを取り出す。

 

思えばここまで色々なことがあったよな...。

 

感慨にふけながら服の上から、懐にしまったロケットペンダントを撫でる。

 

頭に巻いたスカーフを締め直した。

 

これで視野が狭まり、バトルに集中しやすくなる。

 

それに.........今はまだいいか。

 

「どうしました?サボ?」

 

黙りこくる俺にサイトウは心配そうに声をかける。

 

そんなサイトウを愛おしく思いながらも、目の前のクソガキ達に舐められないようにいつも通りの悪人面で俺は笑いかけた。

 

「いや、なんでもない。ふぅ......おいガキ共っ!!ションベン垂らして泣いても知らんぞっ!!今日こそ俺達が勝つっ!!」

 

「うわぁ!相変わらず口悪いぞサボさんっ!!」

 

「ふっふーん!その言葉そっくりそのまま返しますよサボさんっ!!行くよ!ホップ!!」

 

「おう!俺達の最強タッグパワー見せてやるぞ!!」

 

「やりますよっ!サボっ!!」

 

センターサークルから距離を取り、それぞれがボールを構えた。

 

その瞬間、スタジアムの歓声がより一層大きくなる。

 

響き渡る歓声に呼応するかのようにカメラロトムが勢い良くクルクルと宙を舞う。

 

『Battle......START!!!』

 

そして、歓声に負けないほどの大きな声で開戦の合図を放った。

 

「行けっ!!バイウールーッ!!」

 

最初にポケモンを繰り出したのはホップ。

 

「行っておいでっ!!エースバーンっ!!」

 

そして、ユウリ。

 

「行きますよっ!カポエラーっ!!」

 

次に、サイトウ。

 

「ふう......最初からフルスロットルで行くぞ相棒っ!!行ってこいマックッ!!!!」

 

最後に、俺。

 

今日こそ俺達は栄冠を手にする。

 

少々長引いてしまったが、これまでの話をしようか。

 

これは、超強い俺の嫁とめちゃくちゃに弱い俺の物語。

 

「言わずとも分かるよな相棒っ!!先手必勝っ!風も音も光も追い越し撃ち抜けっ!マッハパンチだっ!!」




2年前:
ぼく「ちょっと遅れちゃったけどポケモン剣盾楽しそうだな!やるか!」

ぼく「うそっ!?このサイトウちゃんってキャラめちゃくちゃ好き!!可愛いな!ポケモン歴割と長いけど初めてここまでキャラクターの事好きになったかもしれん。」

ぼく「う、嘘やん!?サイトウちゃんって彼氏おんの...マジかよ......そんな......ええっ。...嘘やん。どんなヤツや!許さんぞ!」

ぼく「左肩ちょびっとしか写っとらんやんけ......恨むにも恨めんとか...。ん?」

ぼく「俺が彼氏になれば良くね?」

______________________________________________

ということでこの物語が生み出されてしまったわけでございますが、
いかがでしたでしょうか?

このお話を考えに考えた期間なんと1年間。

構成を練り終えて1人で読み返しながらうひゃー満足満足と思っていたら、こう、人に見せつけたい欲が出てきてしまい、深夜に低確率で出現する変態露出狂もこんな気持ちなのかなと思いを馳せながら我慢出来ずに妄想を垂れ流してしまった訳ではありますが。

不思議と清々しい気持ちでございます。開放感というかなんというか。

タグにも付けてあるように完全に不定期更新でございます。

有難いことに感想をいただいたり、私めの露出癖が暴走した際には割と高頻度の投稿になるとは思いますが、気分が乗らない場合は一年とか二年とか割と長く投稿期間が空く可能性がございます。

こんな妄想垂れ流しの稚拙な文ではございますが、楽しんでいただけたなら気長に投稿を待っていただければ幸いです。

それでは、また次回お会い致しましょう。


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序章 発火
島国のクソガキと鉄仮面女


_________________ここはジョウト地方の離れ小島。

荒波に囲まれた海の町『タンバシティ』。

 

その孤島に佇むシジマ流格闘道場兼タンバジムからは今日も怒号が響き渡る。

 

 

 

「コラァァァ!!サボォォォオ!!またイタズラしよってこんのバカモンがァァァァァ!!」

 

「うっさいわクソジジイ!毎日毎日滝行ばっかしてっから、そのでっかい頭氷でキンキンに冷やしたったんやろがこのバァカ!!悔しかったら捕まえてみろやデブ親父!!」

 

「なっ!?貴様ァァァ!!わしはまだ太っとらん!!!待たんかこの悪ガキがぁぁあ!!」

 

「待つかぁボケェ!!無理あるぞジジイ!!来い!バディ!!!」

 

「わん!」

 

「あ、ケベリさんうーす!ちょっと横通るなー!」

 

「お、サボくんおはよう!またイタズラかい?どうぞー!」

 

「コラァァァ!ケベリ貴様ァァァ!そいつを捕まえんか!!」

 

「あ、すいません父さん。今、朝の清掃中なので。」

 

 

腹デカ親父の突進を軽やかに避けて道場を飛び出し、相棒と一緒に目の前にいる箒がけをしているケベリさんの後ろを通り抜けた。

 

そして、そのまま手馴れた動きで石垣を伝い歩き、道場の屋根の上に登って、石垣の上で精一杯ジャンプしている相棒を抱き上げる。

 

 

「ふんっぐっぬぬぬぬ!!ば、バディ!お前ちょっと重なったぞ!飯食い過ぎや!!」

 

「くぬん...」

 

 

顔を真っ赤にしながら全身の力を振り絞り、やっとの思いで屋根の上までバディを連れていく。

 

屋根の上でバディと息を潜めて居ると、しばらくしてドタドタと慌ただしく道場から飛び出してくるのは醜い肉ダルマ。

 

ほんま最近みるみるでかくなってくなあのおっさん。歳か?

 

ぜぇはぁぜぇはぁと息を切らすおっさんに、ケベリさんは道場前を箒で掃きながら声を掛ける。

 

 

「今度は何をされたんですか?父さん。」

 

「ふー!ふー!くそぉ!サボの奴!わしの滝行用の貯水タンクの中に大量の氷を入れよった!!朝から心臓止まるかと思ったわい!!」

 

「えぇ!?そんな事を!?...あ!そういえば今朝、漁に出ようとした船の中の氷が全部無くなっていたって話があって、少し騒ぎになっていたんですよ。その氷かー!サボくんやるなー!!」

 

「感心しとる場合かァァァ!!くそぉ!!待てぇぇえ!!どこ行ったあの悪坊主!くっ、相変わらず逃げ足の早いヤツめ!なぜその力をまともに使おうとせんのだ..今度こそ見つけ出してケツをぶっ叩いてやる...どこだァァ!サボォォォオ!!!」

 

 

ドスンドスンと重そうな身体を揺らしておれ達の足元を素通りしていく髭オヤジ。

 

飛び出た腹で足元も見えてへんのに見つけられるわけあらへんってわからんのかあのおっさん。

 

シジマのおっさんが走り去ったの確認し、バディを抱いて屋根から飛び降りる。

 

 

「ふぅー。よぉし!逃走成功!」

 

「わん!」

 

「おおー!おみごとー!」

 

「どもどもー!」

 

 

パチパチと拍手をしながらニコニコ笑っているケベリさん。

 

バディは腕から飛び降りて、しっぽを振りながら足元を駆け回る。

 

そんなバディと一緒におれはおだてに乗りペコペコと礼をする。

 

 

「ところで、今日はどこに行くんだい?」

 

 

いつも通りの一悶着が終わったあと、ケベリさんが掃き掃除を再開しながら笑顔で行き先を尋ねてきた。

 

 

「んー、今日は西の裏山の探検してくるわ!ほな行ってくる!」

 

「はーい、あそこはそろそろ工事が始まるみたいだから気をつけてね!それと、今日は用事があるみたいだから早めに帰ってくるんだよー!」

 

「わかった!ほな行ってくるわ!行くぞバディ!いつもの洞窟まで競走や!!」

 

「わん!!」

 

 

ケベリさんに手を振り、おれ達はいつも通りの足取りで町の北西側まで駆け抜ける。

 

 

______________________________________________

 

町の北西側には山の一部に開けられた大きな洞穴があり、その先を抜けると滝のよく見える山に繋がってる。

 

ひんやりと冷たい空気が流れ出る洞窟の前に息を切らした1人と1匹が仰向けに寝転がる。

 

 

「はぁはぁはぁ...今日はおれの勝ちやなバディ!やっぱお前、最近飯食い過ぎやって!あのおっさんみたいに自分の足も見えんくなってまうぞ?」

 

「くぅん...。」

 

 

すっかりふわふわに育った首元の白い毛を揺らしながら、バディが悲しげに鳴き声をあげる。

 

黒と橙の縞模様の体毛の上からでも分かるほどぷにっと膨らんだお腹が敗因を分かりやすく物語っていた。

 

息が整ったところで、上半身を起こして未だに隣で横たわる相棒のガーディの背中を撫でる。

 

 

「...まぁ、おれもお前も今までが痩せすぎやったからな!多少食い過ぎたところでなんともないやろ!せっかくこの洞窟まで来たんやし、一緒に運動してちょっとでも痩せるぞバディ!!」

 

「わん!わん!!」

 

「まずは...洞窟の中で坂道ダッシュや!行くぞバディ!」

 

「わん!」

 

______________________________________________

 

 

一日中、山の中を駆け回り遊び疲れたおれたちは空も暗くなってきたので帰ることにした。

 

そういや、ケベリさんがなんか言ってたな。なんやったっけ?まぁええか。

 

コガネシティから、ここに連れてこられたんやけど、正直ここでの生活はめちゃくちゃ楽しい。...ジジイは小煩いけどな。

 

バディも一緒やし、島中全部遊び道具みたいで不満はひとつも無い。

 

無いんやけどな...やっぱり二人だけじゃ物足りんよなぁ。

 

すっかりバテバテのバディを抱き上げながら、山道を下ると、港に見慣れない船が泊まっているのが見えた。

 

あんな船あったっけ?見たことないな。

 

そういえば、ケベリさんなんか用事あるとか言ってたな。

 

...あり?もしかしてこれ遅くなったら怒られるやつ?

 

抱えてたバディを地面に下ろす。

 

「ちょっと急ぐか、ほらバディ。タラタラしてんちゃうぞ!ほれ、こっからは走れ走れ!」

 

「くぬ!?...くぅん」

 

「甘ったれた事言ってんちゃうぞ!それいけ!」

 

嫌々ながら走り出すバディと一緒に駆け足で道場前まで帰ると、そこには見慣れない麦わら帽子を被って白いワンピースを着た女の子と腹デカジジイが話しているのが見えた。

 

この島にはおれ以外ガキはおらんはずやったよな?

 

「おいジジイ!そいつ誰や。」

 

とりあえず、なんか喋っとるし事情知ってそうなジジイに聞いてみようと思った。

 

「サボッ!貴様!今の今までどこほっつき歩いてたこのバカモンが!!それになんだその言い方は!礼儀のれの字もない!すまんな、お嬢。この悪ガキが。」

 

「やかましいな!なんでもええやろがボケ!で、そいつ誰や?」

 

「だから、それをやめんか!!バカタレが!!」

 

「いだっ!なにすんねん!」

 

見慣れない女の子に指さしながら聞くとゲンコツを食らった。

 

ずっと黙り続けていた女の子が口を開く。

 

「......こんにちは。私の名前はサイトウです。しばらくの間、この道場にお世話になります。これからよろしくお願いします。」

 

予め用意された文章を読むように淡々と話し、規則正しく頭を下げる女の子。

 

麦わら帽子から覗く綺麗な青色の瞳と玉のように艶やかな褐色の肌、短く切りそろえられた灰色の髪が風に靡く。

 

そんな女の子に対しておれは、顔は可愛いのになんかずっと無表情やし、ロボットみてぇな女やな。おもんなさそう。などと考えていた。

 

「これ!サボッ!お前も挨拶せんか!」

 

「いだっ!だからいちいち殴んなや!ゲンコツジジイ!!」

 

少し考え事をしていただけですぐに殴ってくるこのクソジジイいつか絶対痛い目見せたる。

 

おれが理不尽な暴力に襲われていても、表情一つ変えずに真顔で見据えるサイトウとかいう女の子。

 

......こいつ表情一種類しか無いんか?

 

「......おれ、サボ。......よろしく。こっちはバディ。」

 

「わん!」

 

「よろしくお願いします。」

 

挨拶をしてもまたもや表情一つ変えない。

バディを気に入ったようで、サイトウの周りをぐるぐると回っているが、顔に鉄仮面でも貼り付けているかのようにニコリともせずに、ロボットのように淡々と言葉を返すサイトウに、おれはなんだかつまらなさを感じていた。

 

 

せや、いいこと考えた!

 

 

「バディ!ちょっと離れとけ!」

 

「?わん!」

 

おれはおもむろに靡くワンピースの裾を掴み、そして

 

 

「せいっ!!!」

 

「はぁッ!?」

 

「わふッ!?」

 

 

 

「...........へっ?」

 

 

 

思いっきり上に捲りあげた。

 

白いワンピースの裾がヒラヒラと宙を泳ぐ。

視界には三角の白い布が写り、真ん中のワンリキーの似顔絵の刺繍までもがはっきりと見えた。

 

サイトウの顔を見るとさっきまでの無表情が嘘のようで、顔は耳まで染まるほど真っ赤になり、うっすらと涙まで浮かべ、唇を噛み締めていた。

 

さっきの鉄仮面より絶対こっちの方がおもろいやん!

 

「サァァァァアボォォォォオ!!!!!!」

 

おっと、危ない気配がする!

 

ひょいと身を翻しジジイのゲンコツを回避する。

 

「何しとんじゃこんのクソガキがァァァァァァ!!!!」

 

「ほい、ほい、ほい、ほい。当たらんわノロマ!」

 

間一髪のところで拳を避けて、隙を見てジジイの後ろに周りこんで手馴れた動きで屋根の上に登る。

 

「降りてこいサボ!」

 

「降りるかボケェ!お前、顔に似合わず可愛いパンツ履いてんだな!」

 

「っ!?なっ!」

 

サイトウが真っ赤になった顔のまま、顔を塞ぎ座り込んだのを確認して、おれはカンカンに怒るジジイの追っ手から逃れるべく屋根の上を駆け出したのだった。

 

 

 

これが、俺とサイトウの初対面の出来事。

 

うん、今にして思うけど、当時の俺。マジでどうしようもないクソガキだな。

 

その後、シジマに捕まり、数時間にも及ぶ説教と修行という名の地獄を味わったことは言うまでもない。



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決闘

前書きにキャラ紹介とかその他設定情報とか書いていきます。
後、登場するオリジナルキャラについては基本的に花言葉から名前を引用してます。

シジマの息子
ケベリ 【由来:エケベリア】
花言葉:優美 たくましさ 穏やか 風雅
年齢:18
相棒ポケモン:ニョロトノ
シジマの息子で穏やかな性格。
シジマの跡を継ぐ道場の次期当主として期待されているが本人にその気はさらさらない。
実は、組手に関してはシジマよりも強かったりする。
逆にポケモンバトルに関してはのんびりしすぎてびっくりするほどに弱い。


 

______________________________________________

 

「サボ...と言いましたね。あなたに決闘を申し込みます。」

 

「んぁ?めんどくせえパス。」

 

______________________________________________

 

スカート捲り事件のあった翌朝。

 

シジマ格闘道場では、またもやちょっとした事件が起こっていた。

 

それは、昨日の事件により有耶無耶になっていた歓迎会の途中の出来事。

 

「...はぁ。色々とこのクソガキのせいで有耶無耶になってしまっていたが、これからしばらくの間、うちで稽古をつけることになった『サイトウ』ちゃんだ。」

 

「......よろしくお願いします。」

 

シジマに紹介されたサイトウが昨日と同じようにロボットのような動きで頭を下げる。

 

...なんやろ?なんかめちゃくちゃ見られとる気する。

 

「彼女の親父さんが、わしの昔の師匠でな。しばらくの間、家空けると言うんでうちで世話を見ることとなった。仲良くするように...って聞いておるのかサボ!」

 

「はいはい。聞いとる聞いとる耳の穴かっぽじってありんこの声聞こえるぐらいにな。っとおあ!?やばい痛いの食らった!」

 

「わふっ!」

 

少し古いテレビゲームをプレイしながらぎゃーぎゃーうるさいジジイの声に生返事を返す。

 

ちらっと横に立つサイトウに目を向けるとやはりというかなんというかじっとこっちを見ているのが分かった。見ているというか睨みつけてるという方が近いな。

 

パンツ見ただけやのにめんどくさいやつやな。ってやばいやばいやばい!

 

「ゲームしながら返事するやつがおるかこのバカタレが!」

 

「やかましいな!今ええとこやねん邪魔すんなやジジイ!!っだぁー!!負けた!お前のせいやぞクソジジイ!!」

 

「誰がクソジジイだ!このクソガキが!!」

 

「はいはい、二人ともそれくらいにしてご飯の支度ができましたよ。はい、バディくんも。」

 

「わん!」

 

おれとクソジジイが掴み合いの喧嘩をしていると、朝ごはんが出来たようでおばさんが喧嘩を仲裁する。

 

その間に皿に盛られたポケモンフードをガツガツと急いだ様子で口にかき込むバディ。

 

......ほんまこいつ食い意地張るようになったなぁ。

 

「せやかておばさん!このクソジジイが!」

 

「サボくんももうそろそろご飯の時間だからゲームも程々にね。それにお父さんも子供相手にムキにならないの。」

 

「だ、だが、そうは言っても母さん、わしはだな。」

 

「だがもでももありません。はい、お茶。あなたも手伝ってください。」

 

「う、うむ。」

 

渋々ながらコップに茶を注いでいくシジマ。

 

「......あの。」

 

「なぁに?サイトウちゃん。」

 

「......普段からこの二人はこんな感じなんですか?」

 

「そうねぇ......。今日はサイトウちゃんも居るからまだ大人しい方だと思うわ。」

 

まるで信じられないものを見るかのような表情を浮かべるサイトウ。

 

「ふわぁ〜、父さん、母さん。おはよう。サボくんもサイトウちゃんも。お!バディくんは今日も元気だねぇ。」

 

「がうふ!」

 

「はい、おはよう。ご飯できてるから顔洗ってきなさい。」

 

「もっと早く起きてこんかケベリ!」

 

「うっす!ケベリさん!相変わらず頭ボッサボサやな!」

 

「...おはようございます。」

 

「は〜い。あはは、大家族みたいで楽しいね〜。ね!サイトウちゃん?」

 

「......はい。そうですね。」

 

サイトウは表情を変えずに淡々と返事をする。

 

こいつ、ほんまに表情変えへんな。感情一種類しか無いんか?

 

昨日のあの顔はおもろかったのにな。ってぁぁあ!追い込まれてる!!

 

「だぁぁぁあ!!クソ!!またやられた!!」

 

「お前はいい加減ゲームを辞めんかサボ!!」

 

「そうよサボくん。そろそろ辞めなきゃほんとにご飯抜きよ。」

 

「ぐっ....しゃーないか。次は勝つ!」

 

GAME OVERの画面が映るテレビの入力を切り替え、食卓の席に着く。

 

ボサボサだった髪を整えたケベリさんが欠伸をしながら席に着く。

 

そうして全員が席に着くと手を合わせる。

 

サイトウもあたふたしながらも手を合わせた。

 

「「「「いただきます!」」」」

 

「い...いただきます。」

 

全員で手を合わせていただきますを済ませると、一番初めに動き出したのはサボだった。

 

「もーらいっ!」

 

「んが!?わしのウィンナー!か、返せ!」

 

「取られる間抜けが悪いんじゃボケぇ!いっただきまーす!うめぇ!」

 

「そっちがその気ならわしも黙ってはおらんぞ!せいっ!」

 

「だぁぁぁあ!!俺の目玉焼きっ!?返せ!!クソジジイ!!」

 

「取られる間抜けが悪いんだろうがこのクソ坊主!うむ、美味い!!」

 

「あぁ、あー!!食いやがったなお前クソジジイ!!」

 

「食ったのはオマエも一緒だろうが!!!」

 

「ウィンナー一本と目玉焼き一個は同じ価値ちゃうやろが!!表出ろやジジイ今日こそ白黒決着付けたる!」

 

「上等だ!クソ坊主!!その生意気な口二度叩けなくしてやる!」

 

今にでも互いに殴りかかりそうな程の雰囲気の中、パチンと大きな破裂音が響く。

 

「良い加減にしなさい二人とも!!今日はサイトウちゃんもいるのよ?いつまでもじゃれてないでさっさとご飯を食べて道場に行ってらっしゃい!」

 

「だ、だが!ここで引くとわしのメンツが....。」

 

「せ、せやかて!おばさん!このジジイが!!」

 

目だけでギロリと二人を睨む視線に二人して思わず竦み上がった。

 

あっ、あかん。これ本気で怒っとる。

 

「「.......ごめんなさい。」」

 

あまりの威圧感に思わず謝罪する二人。

 

「はい。さっさとご飯食べなさい。」

 

「....命拾いしたなクソガキ。」

 

「.....何がじゃデブジジイ。命拾いしたんわおまえの方じゃこのハゲ!」

 

「なんじゃと...このクソ坊主!」

 

「やんのかデブジジイ!!」

 

「......こほん。」

 

「「..............。」」

 

いまだに互いに睨み合いながらもご飯を食べ進める二人。

 

いつも通りのその光景に、ケベリは我関せずといったように欠伸をしながらもぼーっとご飯を食べ進めていた。

 

そして、唖然とした表情でご飯を食べる手を止め、固まっている少女が一人。

 

「ごめんなさいねサイトウちゃん。...うるさかったでしょう?いつもこんな感じなのよこの二人。」

 

声をかけられて思わずハッとしたようで、唖然とした表情をいつものロボットのような無表情に変えた。

 

「い、いえ。.....こんなにも賑やかな食卓は初めてで....つい、....その、困惑して....いえ、なんでもありません。」

 

サイトウは口から出かかった言葉を飲み込むように、首を振ってご飯を口に運んだ。

 

______________________________________________

 

___それは、ご飯を食べ終えてごちそうさまをし終えたすぐの出来事だった。

 

「よし......よし.....よし!!今や!!.......っ!っしゃ!!俺の勝ちじゃみたかボケ!!!」

 

「わんわん!!」

 

「おう!バディもそう思うか!...ふぅ、すっきりした。ってうわっ!.....何しとんねんおまえ。」

 

サボがテレビの入力を戻してまたもゲームで遊んでいると、道着に身を包んだサイトウがそのすぐ後ろで正座をして待ち構えていた。

 

こいつまつ毛長いんやな〜。などとサボが考えていると、サイトウは重々しくその口を開いた。

 

「あなたは、『サボ』....と言いましたね?」

 

「ん?.....あぁ。だからなんや?」

 

返事を返すと、サイトウは徐に立ち上がり、押忍と気合を入れ胸を張って声を強めた。

 

 

「.....あなたに、決闘を申し込みます。」

 

 

「んぁ?めんどくせえパス。」

 

 

「では、道場に.......。え?」

 

 

「やから、めんどくさいからパスやって言ってんの。一回で聞けや鉄仮面女。」

 

わざわざ、話しかけてきたから話聞いたらなんや決闘って。武士かこいつ。

 

なんでおれがそんなめんどくさいことせなあかんねんアホくさ。

 

「.....あなたは昨日、私を辱めました。これほど屈辱的なことは今までの人生で一度もありません!っ!あなたには私の決闘を受け入れる義務があります!...ですから、私と決闘してください。」

 

眉間に皺を寄せ、おれのことを睨みつけながら淡々とそう語る鉄仮面女。

 

......こいつめんどくさ!昨日スカート捲られたからってここまでするか?相当、プライド高いんか頭おかしいんかのどっちかやな。

 

でも、こいつが欲しいのはおれからの謝罪らしいし、適当に謝ってなんとかするか。

 

はぁぁあっとおれは大きく息を吐き、鉄仮面女の拳を指差す。

 

 

「ん。」

 

 

そして、自分のおでこを指差した。

 

 

「?こう?ですか?」

 

 

女は首を傾げながらもおれの誘導する通りに、こちんとおでこを小突く。

 

 

おれはそのまま後ろに倒れて転げ回った。

 

 

「ぐわーー。やられたー。....ヒイー、ごめんなさいー。おれの負けですー。ワンリキーパンツ見たことも、昨日の無礼なこと全部謝るので、許してくださいー。.......はぁあああ。これで満足か?ほな、そういうことで。」

 

一通り芝居を打った後、むくりと起き上がりゲームコントローラーに手を伸ばして、背を向けゲームの続きを起動した。

 

これで満足してくれたやろ。はー怖いわー。最近の女はすぐに手ェだす。

 

「な!?.............ふう....そう来ましたか。」

 

チラリと、後ろの堅物女を見ると顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。

 

あり?お気に召さんかったみたいやな。てか、そんな表情もできるんやなこいつ。

 

日頃からそれぐらい表情豊かにしてたらおもろいのにな。

 

「なるほど、こんな屈辱は生まれて初めてです。そっちがその気ならこっちにだって奥の手があります。」

 

「わふっ!?.....くぬん。」

 

ぶつぶつぶつぶつとしばらく俯きながら呟いた後、何を思いついたのか、おれの目の前まで歩いてきて画面を遮るように向き会うように座った。

 

 

「.....おい。邪魔やねんけど?どけや。」

 

 

おれのその言葉に堅物女は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「....あなたの気持ちはよーくわかりました。こんなことはしたくなかったのですが、やむを得ません。」

 

 

.......とんでもなく嫌な予感がする。

 

 

「おい。何する気や。っ!?おい!待て!やめろや!!」

 

 

鉄仮面女は、確かな仕草でおれがプレイしているゲームのカセットに手を伸ばした。

 

 

 

「私のプライドを踏み躙った罪です!喰らいなさい!.....天誅(てんちゅう)!!」

 

 

 

勢いよくゲームカセットが引き抜かれ、テレビからは異音が鳴り響く。

 

 

 

「おおおおおおおい!!!!!何しとんねんお前ぇぇえぇぇえええ!!!ああああ!まだセーブしてなかったのに!!やっとボス倒したとこやったのに!!お前!!まじでお前!!何しとんねん!!!!」

 

 

 

「私のプライドを傷つけた罪への罰です!」

 

 

おれがコツコツ毎日続けてやっとクリアしたデータが......。

 

こいつ.....っ!マジで泣かす!絶対泣かす!ボコボコに泣かしたる!

 

 

「......おい。.......お前、決闘したがっとったやんな??」

 

 

「....そうですね。ですが、受けてくれないようですので、私はこれで失礼致します。」

 

 

こいつ....この後に及んでなんと白々しい。ろくな死に方せんぞマジで。

 

 

「...表でろや。鉄仮面女。その一種類しかない表情、涙と鼻水でびちゃびちゃにしたるわ。」

 

 

「望むところです。あなたこそ、そのねじ曲がった性根を叩き直してあげます。」

 

 

こうして、おれとサイトウとの決闘が始まったのであった。



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圧倒的

 

「ぬぅ......。その、お嬢。やっぱり、やめておいた方がいいと思うぞ。」

 

「そ、そうだよ〜!みんな仲良くしよ?ね?サイトウちゃんもサボくんも!」

 

何とかサイトウとおれをなだめようと躍起になる大人二人組のその言葉も虚しく、おれ達に灯った炎は消えない。

 

「あぁ?喧嘩売ってきたんはそいつや。売られた喧嘩買って何が悪いねん。」

 

「私は、彼に耐え難い屈辱を受けました。それに、師であるシジマにもあの狼藉...見過ごせません。...私が、彼を矯正します。」

 

睨み合うおれとサイトウ。

 

今朝の騒ぎから約30分。

 

おれ達は決闘をするために、道場の庭先に出て準備を進めていた。

 

サイトウは道着をしっかりと着用し、押忍っと気合いを入れ準備を整える。

 

おれはというとギチギチと着づらくてめんどくさいこの道着とかいう服に悪戦苦闘していた。

 

「おいジジイ!道着の着方ってこれであっとんのか!」

 

「逆だ逆!このバカもんが、それでは死装束になるだろうが!」

 

「う、うっさいわハゲジジイ!こんなもん着た事無いからしゃーないやろがこんボケ!!」

 

「それがおかしいと言っておるのだ!毎日毎日、鍛錬もせずダラダラと遊び呆けて...なんのために貴様を連れ帰ってきたと思っておる!」

 

「頼んでへんわそんなん!!だァーっ!クソっ!めんどくさいなこの服!!なんでこんなもん着なあかんねん!!」

 

モタモタモタモタと慣れない手つきで、ああでもないこうでもないとイライラしながらやっとのこと道着に腕を通す。

 

誰やねんこんなめんどくさいの考えたやつっ!重いわ暑いわ固いしめんどくさい!なんやねん帯て、そんなもん腹に巻かせんな!てか、夏にこんなもん着せんなアホタレッ!!

 

悪戦苦闘しているおれを見たサイトウはいつもの無表情を少しだけ緩めてはぁっと深いため息をついた。

 

あんの野郎...っ!完全に舐めてんなおれのこと。もう泣かす!ぜってぇー泣かす!

 

「ぐっ!...こうかっ!よしっ!出来た!」

 

帯を締めて何とか準備を整えたおれは慣れない道着にイライラしながらも定位置についた。

 

「......はぁ。本当に...やるんだな?」

 

最後の確認のようにジジイがゆっくりと口を開く。

 

「あんな舐めたことされて黙ってられっか!泣いて謝るまでボコボコにしたる!」

 

「私は彼を矯正します。昨日今日と見ていましたが彼の態度は目に余るものでした。なので、彼には礼儀と武道の心を学んでいただきます。」

 

「喧嘩なんかせず、仲良くすればいいのにね?バディくん。」

 

「わふぅ......。」

 

ケベリさんの言葉にバディが悲しそうな鳴き声をあげる。

 

未だに熱が冷めない二人を見て、クソジジイが大きくため息をついた。

 

「サボッ!!」

 

ジジイは苦い表情を浮かべながら大声でおれのことを呼び止める。

 

「なんやジジイ!聴こえとるわそんなデカい声出さんでも!」

 

しばらくの間、渋るように考えながらも言葉を続けた。

 

「......怪我だけはさせないようにな。」

 

「......ちっ!へーいへい。」

 

釘を刺されながらもぴょんぴょんと軽くジャンプしてから屈伸と伸びをして決闘に備える。

 

一連の準備運動を終えて、互いに向かい合い、拳を構える。

 

そんなおれ達を見てジジイは大きくため息をついた。

 

「はぁぁぁあ。......ルールは無し、尻又は膝を着いた方が負け。.....よぉい......始めッ!!」

 

_____________________________________________________________________

 

_________その決着は一瞬だった。

 

互いに同時に動き出す。

 

サイトウは拳を構え、最速最短の突きを繰り出そうと足を踏み込んだその刹那。

 

「おまえ、わっかりやすいなぁ!ひひっ!」

 

パァンッ!!

 

サイトウの目の前で破裂音が響く。

 

おれはサイトウが踏み込んだ瞬間を狙って、腰を落とし低い体勢で懐に潜り込み、ねこだましを仕掛けたのだ。

 

「っ!?んなっ!?」

 

思わず怯み、目を閉じて体を硬直させるサイトウ。

 

不意の一撃にサイトウは思わず思考が滞る。

 

思考が滞りサイトウが動きを止めたその隙に、おれは硬直してガチガチになったサイトウの左膝裏に右手を掛けて、思いっきり払いあげた。

 

「そい!」

 

「っ!?ひぃあっ!?」

 

片足を持ち上げられて体勢を保てなくなったサイトウは、そのまま背中から転がり倒れる。

 

「勝負あり!サボの勝ち!」

 

「はぁ?よっわおまえ。」

 

いっやいや、わかりやす過ぎるなぁこいつ。

 

おれのこと舐め腐とるから一撃で終わらせようとしとったみたいやけども、魂胆見え見えやねん。

 

重心も傾いとるし、目線もわかりやすい、次にどう動くんか予測しやす過ぎる。駆け引きとか考える頭無いんかマジで。

 

こんなんでよくもまあおれに決闘挑めたもんやな。

 

いつもの無表情を崩し、呆気にとられていたサイトウはハッとして立ち上がり、身体に付いた砂埃を叩き落とす。

 

「ま、まだですっ!あんな卑怯な手...こんなの無効試合です!!今度は正々堂々と戦いなさい!」

 

自分が負けたことが信じられないようで、前までの無表情が嘘のように顔を真っ赤にしながら帯を締め直して、構えを取るサイトウ。

 

「卑怯な手って、ジジイが『ルールは無し』って言よったやんけ聞いてなかったんか?弱いだけや無くて耳まで悪いみたいやな。」

 

「んなっ!?くっ......。」

 

呆れた風にやれやれと首を振るとサイトウは悔しさを噛み締めるように、言葉を詰まらせる。

 

顔を真っ赤にしてプルプルと震えるサイトウを背に大きなため息をついた。

 

「はぁぁあ...喧嘩売ってくるんやからどんなもんやと思っとったけど、こんなもんか、拍子抜けや。」

 

さて、呆気なく決闘も終わったことやし今日は何して遊ぼかな。昨日は山行ったし今日は海で釣りでもしてみるのもありやな。

 

おれが踵を返して遊びに出かけようとしている時、背後でサイトウが顔をペちペちと叩き落ち着きを取り戻すようにふぅっと息を着いた。

 

 

「......逃げるんですか?たった一度勝っただけで?」

 

 

サイトウの放ったその言葉に思わずピクリと動きを止める。

 

それは挑発とも言えないような程度の低い煽り、そんなものに乗るやつは居ない。

 

 

「......ぁ?なんやお前」

 

 

否、血の気の多いオコリザルよりも気の短い男がここに居た。

 

ここまで呆気なくやられた上に、まだ喧嘩売ってくるとか。

 

こいつ...相当ボコボコにされたいらしいな。

 

すっかり冷静を取り戻していつもの無表情になったサイトウは言葉を続ける。

 

「いえ、ただ不意打ちのまぐれで勝っただけで勝ち誇っているのは、あまりにも滑稽だな。と思っただけです。」

 

サイトウは、無表情を少しだけ緩めてにやっと笑いながらそう言う。

 

ほーん?人の事舐め腐るのもたいがいにせぇよマジで。

 

「けっ、流石やなあ!ただのねこだましで腰抜かして転けてたやつは言うことがちゃいますわ!いやー、勉強になりますせんせっ!」

 

おれは唾を吐いたあと皮肉を交えて手を擦りながらそう言ってやった。

 

その言葉を聞いて、眉をピクリと動かしてギロリとおれを睨むサイトウ。

 

「...なんですって?」

 

「...なんや文句あんのかボケェ。」

 

ギリギリと互いに睨み合う二人。

 

バチバチと激しい火花を飛ばした二人は背を向ける。

 

「...泣きひしるまでボコボコにしたるさかい覚悟せぇよ。ジジイッ!もう一戦や!」

 

「...望むところです。あなたの方こそ、ハンカチの準備をしておいた方がいいのでは?シジマさん。もう一戦よろしくお願いします。」

 

「そんなに急かされんでも分かっておるわ。...はぁぁぁ。もうちっと仲良くすればいいものを...。」

 

おれたち二人に急かされ、クソジジイが毛の少なくなった頭に手を当てながら大きなため息を着いた。

 

「ねぇ〜バディくん。あの二人もっと仲良くできると思うのにね〜。」

 

「くぬぅん......。」

 

再び、双方が位置につき拳を構える。

 

「では良いな?」

 

「はい。いつでも大丈夫です。」

 

「なんでもええからさっさと始めろやジジイ!」

 

「はぁぁぁぁ...お前は全く...まぁいい。......用意、始めっ!」

 

ジジイの合図を皮切りに、2度目の決闘が始まる。

 

サイトウは先程と違いむやみに踏み出しては来ない。

 

そりゃそうやろなあ。さっきあんだけぼろ負けしたんやし、よっぽど頭悪なかったら同じミスはせんわな。おれのねこだましを警戒するし、足腰も払われんように腰を落として構えてる。

 

......やから余計に読みやすいわ。

 

今度はおれの方から動き始める。

 

先程の決闘と全く同じ動きで、全く同じ腰を落とした低い体勢から懐に飛び込んだ。

 

そのままの動きで先程と全く同じように手を突き出してねこだましの準備をする。

 

ちょうど拳を打ち抜きやすい位置に、あえて隙を見せながら。

 

「っ!2度も同じ手にはかかりませんっ!隙ありっ!」

 

サイトウは、あえて見せていた隙に迷いなく右の拳を振り抜く。

 

想像通りというか予想通りというか。

 

「ほんま、アホみたいに引っかかるなあ。」

 

迷いなく振り抜かれた右の拳を片膝を曲げて余裕で交わす。

 

拳は耳の横を通り、ビュンッ!という音ともに空を切った。

 

うぉ、なんちゅーキレしとんねん。一発当たってバカにしたろかとか思ってたけど、これ当たったらシャレにならんかったな。

 

でも、当たらん拳に価値は無い。

 

ねこだましをするかのように見せかけた左手をそのまま伸ばして、交わしたサイトウの腕を掴んで、手元に引きつける。

 

「っ!?」

 

「おりゃっ!」

 

振り抜いた拳を引っ張られて、思わず体勢を崩したサイトウをそのままの勢いで背負い投げた。

 

「っかはっ!?うぐっ...。」

 

サイトウは背中から地面に叩きつけられて、受け身に失敗し苦しそうなくぐもった息を漏らす。

 

「お、お嬢っ!大丈夫か!?コラ!サボッ!お前は怪我はさせんようにと言ったろう!!」

 

「あーあ、すんませーん。またまぐれの不意打ちで勝っててしまいましたわ!いやーほんま、マジで、勝ってしまって申し訳ないです!」

 

おれは、さっきのサイトウの言い訳を借りて精一杯の誠意で謝罪した。別に、腹がたったとかバカにしたかったとかそんな気持ちは全体の100%しかない。ざまあみろバーカ!

 

サイトウは蹲りながらもゲホゲホと咳き込み、一通り落ち着くとフラフラと立ち上がった。

 

「ま、まだっ!っゲホゴホッ!まだ、やれます!かかってきなさいっ!!」

 

未だに収まらない咳を我慢しながら、涙を浮かべた目でこちらを睨むサイトウ。

 

ほーーーーん。

 

「おうおうおう、威勢がええなぁ!...なんぼでもボコボコにしたるわ。」

 

 

______________その後、18回に渡っておれとサイトウの決闘が行われた。

 

 

合計20回の決闘の勝敗は、おれの20勝無敗。

 

最後は、おれに背後から足払いを受けて仰向けに倒れたサイトウが顔を隠して号泣しだしたことにより決闘を終えることとなった。

 

 

 

「うっ...うっ...ふぐっ。うっ......うぅっ......うわぁぁぁぁぁあんっ!」

 

「コォォラァァアッッ!!サボッ!!貴様という奴はッ!!」

 

「あ〜あ〜もう...サボくん...女の子泣かしちゃダメだよ〜。ごめんなさいしよ?ね?」

 

「喧嘩売ってきたんはそっちや!!やられる覚悟もあらへんのに喧嘩売ってくんな!!行くぞバディ!」

 

「くぬぅん...わふ。」

 

バディが心配そうにサイトウを見つめて、悲しそうに鳴き声をあげた。

 

だァクソ!おれが悪モンみたいやんけ!!

 

「あーもう!好きにせぇ!!今日はもう寝る!!」

 

「わふぅ......。」

 

おれのその言葉を聞いて落ち込んだように鳴き声をあげたバディは、とぼとぼとして寂しそうな足取りで、仰向けのまま号泣するサイトウの元へと向かった。

 

........ちょっと、やり過ぎたか。

 

いいや!おれは間違ってない!喧嘩売ってきたあいつが悪いんや!!

 

......はぁ、遊ぶ気も失せたな。今日はもう休も。

 

おれはモヤモヤとした気持ちを抱えながら、道場を後にしたのだった。

 

 

_____________________________________________________________________

 

 

その日の夜。

 

朝の決闘騒ぎも落ち着き、虫ポケモンの鳴き声が響き月が顔を出す頃。

 

道場主、シジマの自室には珍しいお客が訪れていた。

 

「夜分遅くに失礼します。シジマさん。」

 

「いや、気にせんでいい!...それにしても......こんな時間に珍しいな、お嬢。」

 

サイトウはいつもの無表情のまま、泣き腫らして真っ赤になった目を少し擦りながら、正座でシジマに話を続ける。

 

「はい。...どうしても...どうしても。シジマさんに聞きたいことがあって。」

 

サイトウのその言葉を聞いてシジマは分かっていたようにうんうんと頷く。

 

「ぬう。だいたい分かっておる。......サボのことよな?お嬢。」

 

「......はい。...単刀直入に聞きます。彼は......何者なんですか?」

 

「何者......と、言うと?」

 

シジマのその答えに、サイトウはパジャマの裾をクシュっと握り、無表情の顔を悔しそうに歪めながら、言葉を続ける。

 

「私は......今日、彼に負けました。

 

...それも、圧倒的な実力差を見せつけられて......。

 

私は、去年の格闘大会で優勝しましたが、サボなんて名前は聞いたこともありません。

 

......あれほどの実力があるのなら、大会には当然参加しているはずですし、彼が出場していたのならば、私が優勝しているはずもありません。

 

......それに、聞いた事のない、言葉の訛り。彼の戦い方は今まで戦ったどの流派でもない動きでした。......シジマさん。彼は何者なんですか?」

 

サイトウの質問にシジマは髭をさわさわといじりながら少し考え込み、うんうんと唸った後、答えを出した。

 

「うーむ......。わしから言えることは、あやつは天賦の才を持っておる。ということだけじゃな。

それも類稀なるモノ、磨きあげれば天をも羨む程の輝きを放つ才能の原石。ただ......奴はそれに甘えているのだ。遺憾な事にな!!

 

大会に参加していないのは、今朝の準備の遅さを見ればわかるだろう。奴は、厳密にはうちの門下生じゃない。修行もろくにしなけりゃ、道場に所属もしていないからな!大会に参加することは出来なかったのだ。

うちの門下生じゃないからわしの武術を学んではおらん。言うなれば、あれは才能任せの独自の戦い方。良い言い方をすれば亜流、悪い言い方をすれば邪道だな!」

 

シジマのその返答にサイトウはうんうんと頷きながら、話を聞いていた。

 

「彼が、大会に参加できないことは理解しました。では、何故、彼は今この家にお世話になっているのですか?門下生でも無ければ、シジマさんの血縁関係でもない。...彼はなぜこの家に?」

 

シジマはまたもや、うーむと首を傾げながら考え込んだ。

 

「それは........わしから言うことでは無いな。気になるのであれば本人に直接聞いた方が早いと思うぞ。わしとしても、あいつとお嬢が仲良くなることは望ましい。うーむ......簡単に言えば、拾った?とでも言った方がいいものか。」

 

「拾った?」

 

「うーむ、すまんなお嬢。わしの方から詳しいことは言えん。それに、そろそろいい時間になる、明日に備えてゆっくり休め。」

 

「......はい。分かりました。それでは明日もよろしくお願いします。おやすみなさい。」

 

「うむ。おやすみなさいお嬢。」

 

サイトウはひとつの疑問を残したまま、もやもやとした気持ちを抱えてすすっと扉を閉めた。

 

「....詳しいことは本人に直接...ですか。.....真の強さを求めるには、邪を知ることも大切.....。」

 

ぶつぶつと顎に手を当てて、考えながら月明かりの差し込む縁側を歩くサイトウ。

 

「....邪道のサボ。.......ですか。不本意ですが、彼を知ることも最強への道なのかもしれません。」

 

用意された自室に向かいながら、月明かりの中サイトウは呟いた。



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厄介

 

サボりの天才ことこのおれサボは、ここ数日、あることに悩まされている。

 

 

ダッダッダッダッダ!

 

 

木でできた廊下を勢いよく走る忙しない音が聞こえてきた。

 

はぁぁぁあ、またか。

 

大きなため息を吐きながら、今こちらに猛進してきている悩みの元凶の来訪に備えてタオルを腰に巻く。

 

だんだんと近づいてくる足音に並々ならぬ苛立ちを覚えながらも、最低限のプライドを守るべく身体を隠すように蓋を閉めた。

 

 

ガラガラガラガラッダァン!!!

 

 

勢いよく扉が開け放たれる音が密閉された部屋の中に激しく響いた。

 

「見つけましたよサボ!今日こそあなたのその強さの秘訣を解明してみせます!!私と決闘.....って、きゃあ!!!」

 

「....だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁぁあああ!!!!!風呂にまで入ってくんなやこの単細胞ロボット女ッ!!!風呂入っとるんやから全裸に決まっとるやろがこんボケェッ!!!てか何回やらすねんこのくだりッ!!!」

 

......ここ最近、おれはこの頭のネジがぶっ飛んだイカれ女に四六時中付きまとわれている。

 

 

_____________________________________________________________________

 

「しっっっっっっっつこいねんあいつマジでッ!!!!」

 

「あははははは!大変だねぇサボくん!」

 

「ケベリさぁん!笑い事やないねんって!!こっちの身にもなってくれよ!!」

 

「え〜?そうかなぁ?楽しそうだと思うんだけどなぁ。」

 

「あんた目ぇ腐っとんのか!?どこをどう見て楽しそうに見えるねん!!飯食い終わったら決闘!ゲームしてても決闘!風呂入ってても決闘!昨日に関しては寝る前にも決闘言い始めよって!ただのロボットやなくて戦闘マシーンちゃうんかアイツッ!!!アイツのせいで、ここ数日間ろくにいたずらも出来てへんッ!!!!」

 

「....あ〜なるほど〜!だから最近、父さん機嫌いいのかぁ〜!」

 

「...あんた、どっちの味方やねん。」

 

「う〜ん、今は父さんかなぁ?」

 

「っ!裏切られた!!」

 

「あははごめんね〜。」

 

今日も今日とてあの超次元ノンデリカシーロボット女の猛攻からやっとの思いで逃げ切り、玄関の掃除をしていたケベリさんに愚痴を吐く。

 

ここ数日間に及ぶ攻防の末、おれの精神はとんでもなく疲弊している。

 

アイツがイカれた戦闘マシーンになったのは、決闘でおれがアイツをボコボコにしたその翌日の事だった。

 

 

『...あなたのその強さの秘訣が知りたいです!ぜひ、もう一度私と手合わせしてください!』

 

 

妙な気配を感じて思わず飛び起きた早朝。

 

視界いっぱいにアイツの顔しか映らないほどの超至近距離で、アイツに開口一番に言われた言葉だ。

 

寝ぼけた頭で、こいつ意外と唇ぷっくりしとるなぁ。とか、前も思ったけどまつ毛なっが。とか、鼻筋もしっかりしとるし将来どえらいべっぴんになるんやろなぁ。とか、まぁ表情ほぼ一種類しかないし、ただ見た目の良いマネキンになるだけやな。などと色々と考えているうちに、どうやらアイツはおれの返答をYESと受け取ったようで、

 

 

『....では、いきます。...はぁぁあ!せいや!!』

 

 

と、いきなり攻撃を仕掛けてきた。

 

....勿論、決着はおれの勝ちだ。

 

寝起きということもあって、不意の一発は喰らってしまったがなんとか持ちこたえて、そのまま庭に蹴り飛ばしてやった。

 

「っつ!......まだいてぇな。アイツの一撃重すぎやろ。ワンリキーパンツ履いてたら力までワンリキー並みになるんか?」

 

...おれも、ワンリキーパンツ履いてみよかな。そしたら、おれもあんぐらい力強なるんかな。

 

「サイトウちゃん、ちっちゃいのにすごい力あるよね〜!あれかな?力の伝え方が上手いのかな?」

 

「....別に。負けてへんし、おれやって。」

 

「...あははっ!そうだね〜、サボくんはこれからだもんね!身長も今はサイトウちゃんに負けてるけど、もうちょっとしたら抜かせるかもね!あははは!」

 

「....今日のケベリさん、おれ嫌いや。」

 

「あははは、ごめんごめん!!」

 

......別に、おれまだセイチョーキ来てないだけやし、まだ11やしこれからやし。

 

「わう!!」

 

縁側から元気に鳴き声を上げながら、昨日ブラシングされてふわっふわになったバディが体に砂がつくのもお構いなしに足元に走ってきた。

 

....こいつ、ようやっと今起きたんか。最近マジでよー寝るようになったなー。まぁいっぱい食べていっぱい寝るのは良いことやし、ええか!......いっぱい動かしたらそのうち痩せるやろ。

 

「お!バディ!ようやっと起きたか!さて、今日は何して遊ぼか!」

 

足元でぐるぐると走り回るバディをヨイショと抱き上げる。

 

.....いや、マジで重なったなコイツ。ダイエット計画は早めに決行した方が良さそうや。

 

「お、バディくんおはよう!「わぅふ!」あはは!元気だねぇ!今日は一緒にどこへ行くんだい?」

 

ケベリさんはおれが抱き上げたバディの頭をよしよしと撫でながらそう話しかける。

 

うーん。

 

「う〜ん。しょーじき、もうあんまやることないんよな〜。海で遊ぶのも、山で遊ぶのも、おれとバディだけやったらできることも少ないし、いたずら仕掛けようにもジジイは最近めちゃくちゃ警戒するようになったし、何より今はバトルサイボーグが目ぇ光らせとるから下手に動けん。見つかったらまた決闘挑まれて今度は便所までついてくるかもしれん。」

 

実は、これも一つの悩みの種だったりする。

 

島の遊びに飽きてきたのだ。

 

島の遊びというよりも、島でおれとバディの二人で遊ぶことに飽きてきた。

 

海で釣りをしようにもバディは釣りなんかできへんし、海を泳ぐこともできん。

 

山で走り回って探検しようにも、最近はルートも覚えてきて探検というより散歩みたいになっとるし、木登りはバディはできんし、結局やることは一つになってまう。

 

「マンネリ化しとるんよなぁ...やることが。」

 

「くぅん...。」

 

おれとバディが顔を見合わせて、はぁぁぁとため息を吐いているとしばらく一緒にう〜んと考えていたケベリさんがハッとしたようにパチンっ!と指を鳴らした。

 

 

「そうだ!ねぇ、サボくん!!サイトウちゃんを遊びに誘うのはどうかなぁ!!」

 

「わふっ!?」

 

「はぁ?あんたほんま何言っとんのや?なんでそんなトチ狂ったこと。てかまず、あのロボットがそう簡単に遊びに乗るわけないやろ。」

 

ほんまにこの人何言っとんのや?アイツはクソ真面目の堅物ロボットイカれ女やから絶対遊びになんざ参加せぇへんし、そもそもアイツと遊ぶんなんかおもろいはずないやろ。第一、おれ一回アイツのことマジ泣きさせとるし....。

 

「だってさ!サボくんの悩みは、サイトウちゃんにこれ以上付きまとわれたくない!ってのと、遊びがマンネリ化してつまんない!ってことでしょ?で、サイトウちゃんは、サボくんがなぜ強いのかが知りたいから付きまとってサボくんを観察してる!

 

ってことはさ!サイトウちゃんが遊ばざるを得ないようにしちゃえば良いんだよ!!!」

 

名案思いついたり!と、ニカっと笑うケベリさん。

 

そんなに上手くいくもんか?てか、遊ばざるを得ないように....って。

 

「てか、おれとバディがアイツと遊んで何が解決すんの?」

 

おれがそう聞くと、ケベリさんは待ってましたと言わんばかりにこほんと軽く咳き込んだ。

 

「サボくんのマンネリ化って、遊び相手がバディくん1匹しか遊び友達がいないからだと思うんだ!それが、三人になってみてよ!バディくんに審判をしてもらって海と川で釣り対決もできるし、山で木登り対決もできる!それに最近、探検も飽きてきたって言ってたよね?もしかしたら、サイトウちゃんという初心者が入ることで新ルート開拓...なんてこともあるかも!」

 

なるほど....それはなんとも興味の惹かれるお話ですな。

 

でも、そううまく行くもんかねぇ。

 

「..ほー。なるほど、納得したわ。でもさ〜、ケベリさん。それってアイツが遊ぶことに乗ったらの話やろ?そんな簡単にアイツが遊びに参加するもんか?いいや、しないね!あの殺戮ロボットは!」

 

おれのその言葉にケベリさんはチッチッチと指を振り否定する。

 

「サボくん。...君もまだまだだね。こんな簡単なことに気づかないなんて。」

 

「お?なんやケベリさん。...喧嘩やったら良い値で買うぞ?」

 

「まぁまぁ、落ち着いて聞いてよ。....サイトウちゃんは、君の強さの秘密を知りたいんだよ?」

 

「おん、それがどうしたんや?」

 

おれがそう聞き返すと、ケベリさんはまるで貴族かなんかのようにゆっくりと前に歩き、ビシッと振り返ってこう言った。

 

「....こう言えば良いんだよ。....『俺の強さの秘訣が知りたきゃ付いて来い』..ってね。」

 

「......ケベリさん。.......あんた、天才だよ。」

 

考えつきもしなかった。まさか、こんなにも鮮やかに尚且つスマートにおれの悩みが解決できるなんて....っ!

 

「おれ....一生あんたに付いてくよ旦那ぁ!」

 

「よせやい、坊主。....惚れんなよ?」

 

「どきゅんっ!」 「わふぅ!」

 

心を打ち抜かれてばたりと倒れると、バディもおれの真似をしてバタンと隣に倒れる。

 

くっそお、やっぱこの人にゃ勝てねぇぜ。なんで、あのクソジジイからこんなデキる人が出てきたのか皆目見当もつかん。

 

そんな三文芝居をしていると、ザッザッザッザとこちらに向かって庭を歩いてくる足音が聞こえてくる。

 

「噂をすればなんとやらだよ!!サボくん頑張って!!」

 

「ああ!旦那ァ!バッチリ決めて見せてやらぁ!」

 

「修行もサボってこんなところに居ましたか......。今日こそ、あなたの強さの秘訣を教えてもらいます。いざ、決闘を。」

 

いつも通りの無表情で、こちらに向かって歩いて近づくサイトウ。

 

いつもは逃げ出すところや。やけどなぁ、今日のおれは一味違う。

 

「まぁ待て、鉄仮面ロボット。....お前、おれの強さの秘訣が知りたいんやろ?付いてきな。...惚れんなよ?」 「わっふ......!」

 

おれは、バッと背中を向けながら向けた背中を指差し、くいくいっと顎で指示を出す。

 

バディもくるりと振り返り、背中を向けて流し目でかっこよく吠えた。

 

........決まった。これは完璧に決まった。

 

もう逃げ回るだけのおれやないんや。

 

さて、バトルサイボーグの反応は.....。

 

 

「.....いえ、あなたに惚れる?ことはありえませんし、付いていくよりも拳を交えたほうが手っ取り早いです。ので、いざ、決闘を。」

 

 

..................................................。

 

.....................あれぇ?




学校行ってる時に、信号が青信号に変わったので鼻歌を歌いながら渡ってたらクラクションを鳴らされました。
僕の鼻歌が気に入らなかったのか、タコみたいに真っ赤な顔のおっさんが窓を開けて何か大声で怒鳴り散らかしていましたが、何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。やっぱり、昭和歌謡の鼻歌の方が良かったのでしょうかね。
そんなこんなで、今日も私は元気です。2024/01/15


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