森育ちのお嬢様にネットは難しい (ワクワクを思い出すんだ!)
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ハノイの騎士編
ハノイの騎士編︰守り神?


 ゴールデンウィークが終わってしまったので初投稿です。
 別に最後をやりたかっただけではないです。


 人の持つ技術は飛躍的に進化している。

 石板に文字を彫っていた時代があれば、馬車や蒸気機関車が走っていた時代もあり、今ではネットワークという仮想世界まで創り上げるに至った。

 過程で人間は誰しも適応していき、生活に馴染んでいった。ただ、進化のスピードがそれだけ早ければ早いほど、あぶれてしまう者も出てしまうものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら〜? 先生〜わたくしの“たぶれっと”が動きませんわ〜。なにやらもくもくしてますの〜」

 

「あっ、ちょ──────のわーっ! 煙が感知器に行っちまったー! 警報がー!」

 

「先生! 防火戸が閉まって廊下に閉じ込められている生徒が!」

 

「えー、せっかくなので緊急時の避難訓練を始めましょう。みなさん落ち着いて校庭まで移動しますよー」

 

 

 そんな機械音痴の女の子(ドロップアウトガール)のクラスは今日も忙しない。入学して一ヶ月弱、既にクラスの恒例行事となってしまった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「いやー、今日も派手にやらかしたなァ。これで学校の備品ダメにして消防署にお世話になったの何回目だ?」

 

「うー……わたくしとしては不本意なのですが〜」

 

 

 何度目かのチャイムが鳴る。

 ホームルームを終えた生徒たちは次々と教室から出ていく。

 教師から差されたくないような生徒が固まりやすい最後方の席では三人組が未だに下校せずに残っていた。

 

 男子二人と女子一人。

 ガタイの良い方の男子、島直樹は本日の授業で起きたトラブルを思い出しながら笑っていた。

 

 当初は驚いていたテンプレのような彼女の機械音痴っぷりも今ではクラス全体が慣れてしまった。

 むしろ、島としては思春期の少年少女にとって退屈な時間を見事破壊したこの少女を一周回って英雄視してしまう。

 

 

「ま、俺たちはおかげで授業が中断になってラッキーだけど! な、藤木!」

 

「勝手にひと括りにするな」

 

 

 もう一人の細身の少年、藤木遊作は雑談している二人を尻目に黙々とタブレットを分解していた。

 島には呆れの強い平坦な返しをしながらも手を止めない。“席が近いから”という理由で、彼は少女が機械を壊す度に修理を任されてしまっている。

 

 専門ではないから期待はするな、とは言うものの、何だかんだ器用な彼は一時的な修理はできてしまう。少女はその隣でずっと様子を伺いながらも、申し訳なさそうに礼儀正しく腰を折った。

 

 

「藤木くんも申し訳ありませんわ。いつも修理をお願いしてしまって」

 

「……いや、いい。気にするな」

 

「俺との扱いの差ひどくね?」

 

 

 ひょっとして怒っているのでは、と考えた少女の杞憂は消え、いつもの朗らかな笑顔が戻る。

 一応、島としても『笑い飛ばしてやった方が変に気にしないだろガハハ』という彼なりの気遣いがあったのだが、得てして男子的な感覚は伝わりづらいのであった。

 

 ため息を一つ置いた後に残ったのは純粋な疑問。

 

 

「それにしても不思議だよな。隣で見ても特別なことはしていないはずなのにボンボン壊れるの何でなんだ?」

 

「さあ〜、どうしてでしょう〜?」

 

「ここまで来るともはや“体質”だな」

 

 

 作業を止めた遊作は顔を上げて二人に向き合った。人差し指、中指、薬指の順に指を開いて根拠を続けて口にする。

 

 

「一つ、偶然にしては頻繁に起こりすぎている。

 二つ、確かに動作自体は普通で壊れるような使い方はしていない。

 三つ、何よりわざとやるような頭の良さがあるとは思えない」

 

「まあ、すごいですわ〜。長年の謎が明らかになった気分ですわ〜」

 

「お前貶されてるのわかってんのか?」

 

「そうなんですの?」

 

「そうなのか?」

 

「お前ら天然なの?」

 

 

 男、島直樹、この二人を相手にするとツッコミ役に回らざるを得なくなってしまうのであった。

 本人たちが自覚がないことを事細かく説明するのも馬鹿らしいと思ったのか、話を元に戻す。

 

 

「つーか、そんなポコスカ壊れてたら日常生活に支障が出るだろ?」

 

「そうでもない。今までの事例から察すると、どれも共通した原因がある」

 

 

 遊作の分析にはっとする島。

 思い起こすのはこの一ヶ月の軌跡。

 

 学校から貸与されたタブレットに触れれば爆発し、

 出欠集計用のカードリーダーにカードを触れさせればショートし、

 指紋認証付のエレベーターのボタンを押せばボタンから煙が立ちこめる。

 

 全て共通して言えるのは『触れる』ことが起因している。

 つまり、触れずに動作するものであれば問題なく使えるはず。顔認証、音声認証……数えれば他にも出てくる。使用する人が問題なら、それに代替するモノがあればいいのだから。

 

 

 

「ま、この時代AIも進化しているからな。お手伝いロボットとかに任せればある程度は───」

 

「えーあいってなんですの〜?」

 

「……だそうだ藤木。重症だなオイ」

 

「………………」

 

 

 これには遊作も言葉を失ったのか、作業に戻ってしまった。このDen cityに居てAIも知らないとなると、ひょっとして山奥に篭って修行していたのかと疑ってしまう。熊を一頭伏せてターンエンドである。

 

 

「そんなことはありませんわ〜。お家ならこんなことにはなりませんの〜」

 

「んなこと言われても説得力ねーよ! お前が壊さない機械なんて、それこそデュエルディスクくらいだろ!」

 

「む〜、本当ですのに〜」

 

 

 デュエルディスク、と耳にした遊作は改めて少女を見た。確かに彼女の鞄の中には旧型のデュエルディスクが隠れていた。

 流れで少女を姿を見ると、島の扱いには不服なのか頬を膨らませて抗議している。

 雪のように白く、紫のメッシュが入った長髪に、釣り上がった鋭い目。一見きつそうな性格に見えがちだが、普段の言葉遣いと礼儀正しさ、そして諸々の所作とは打って変わった幼い言動が相対している側の人間をギャップで驚かせてしまう。島がその一人であることはそう想像に難くない。

 

 もう一つの顔(Playmaker)の性分なのか、つい決闘者として見ると余計なことまで分析してしまう。目的が目的なために少し後ろめたさを覚えてしまった遊作だが、顔に出さず作業を終えたタブレットを差し出した。

 

 

「終わったぞ。今度は壊すなよ」

 

「まあ、ありがとうございます〜。さすが藤木くんですわ〜」

 

「ホント、お前にこんな特技あったなんて思わなかったぜ。そっちの専門でも進むのかよ?」

 

 

 同じことを言わせるな、と島を一瞥する遊作。

 言葉が出なかったのは、そんなことを気にせずニコニコと笑う少女に毒気を抜かれてしまったからなのかもしれない。

 

 

(ゆい)、どうしたの? 早く帰ろう」

 

 

 ふと、人の気配を感じたため教室の出入口に視線を向けると、ちょうど一人の女子生徒がいるのを見た。

 

 

「あら、申し訳ないですわ葵ちゃん。それではお二人とも、わたくしはこれで失礼いたしますわ〜」

 

「おう! 暇出来たら部活に顔出せよ!」

 

 

 こうして少女──────(ゆい)は教室から立ち去っていった。

 そんな名前だったのか、と今更ながら遊作はクラスメイトの名前を記憶するようにした。

 

 ふと、島はポツリと口にした。

 

 

「あんな、のほほんとしたやつだけど、アイツもアイツで大変みたいだぜ。なんでも、親父さんが病気で寝込んでいて、学校に通いながら何年も介護してるとか聞いたぞ」

 

 

 同じデュエル部に所属しているから、そこら辺は聞いてるぜ、と彼にしては低いトーンで話をしていた。だが、すぐにいつもの調子に戻った。暗い話は似合わないと思ったのだろう。

 

 

「あの機械音痴っぷりと世間知らずさから察するに、アイツいいとこの箱入りお嬢さんとみた。むふふ、どうだい藤木くん盛り上がってこないか

──────って、居ねェーー!? 冗談って言う前に消えやがってちっくしょー!」

 

 

 遊作は結が教室を後にした際、続いて下校していた。島には何も言わずに。

 つまり、ここまでの話は全て島の独り言である。

 寂しがりやと言われるのも無理はない。視線を外した途端に居なくなっていたクラスメイトに、彼の怒りは爆発した。

 

 こうして一人でムカムカするのも時間の無駄と思い、島も立ち上がり自分の鞄を背負う。そして先程まで口にしていた推測を反芻した。

 

 いいところの箱入りのお嬢さん──────

 

 

 

「ま、有り得ないか。“鴻上(こうがみ)”なんて家知らねぇし」

 

 

 

 改めて戯言として捉え、記憶の隅に仕舞われた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 一面の海が夕陽に照らされ、鉛のような鈍い光沢を放つ。

 夜になるとこの海は月明かりに照らされて光の道が作られる。

 鴻上了見は、父と見たあの景色をここ最近は見ていない。

 

 長くLINK VRAINSにいたせいで強張った肉体に鞭を打ち、横に眠る父──────鴻上聖の方へと歩き出す。父の眠るベッドには既に先客がいた。

 

 

「戻っていたのか」

 

「あら、お兄さま。お仕事はもう終わりましたの〜?」

 

 

 椅子に座りながらうたた寝していたのは了見の妹──────鴻上結(こうがみ ゆい)だった。

 生命維持装置で辛うじて生きながらえている父を除けば、了見にとっては唯一の家族だ。

 

 

「いや、少ししたら戻るつもりだ」

 

「なら急いでお食事にしましょう〜」

 

 

 寝ぼけ眼を擦り、結はゆっくりと起き上がる。

 制服姿のまま着替えていないのを察するに、帰ってきてからそこまで時間は経っていないのだろう。了見がLINK VRAINSからログアウトするまで、食事の用意から父の面倒までやってくれたようだ。

 

 いつもすまないな、と了見が言うと、

 好きでやっていることですので〜、と結は返す。

 

 兄が頑張っている以上は自分も頑張って支える。

 そうやって、幼い頃から結は了見と互いに助け合って生きてきた。

 今日もその延長線なのだが、了見がやっていることがやっていることなために、後ろめたさは拭えない。

 

 鴻上了見は、“ハノイの騎士”のリーダーである。世界中でサイバーテロを続けている世界規模のハッカー組織、その首魁が彼だ。

 全ては10年前の惨劇により生まれてしまった過ちを正すため。そして父を生ける屍としたSOLテクノロジーへの復讐のため。了見たちは手段を選ばずに不法行為に手を染め続けている。

 

 

「? お兄さま、どうかなさいました?」

 

 

 了見の前で小首を傾げる結は、その事実を知らない。言ったところで、理解できるかすら怪しい。

 

 

「いや、少し元気がないように見えたからな」

 

「そうでしょうか〜? あ、でも実は今日もまた学校で“たぶれっと”を壊してしまいまして〜」

 

 

 結は重度の機械音痴だ。

 元から器用な子ではなかったし、加えてハノイの技術を総動員して作り上げたセキュリティと迎撃プログラムが彼女を守り続けている。

 特に後者は、結がある物(・・・)を身に着けている限り、少しでも彼女に関わる情報を抜き出そうとする動きをすれば、問答無用でウイルスを送り込んで反撃する仕様になっている。

 電子機器の中には個人情報を認証・照合させることで稼働するものがあるが、それらも例外なく作動する。この家の外の物は総じて使い物にならないはずだ。

 更には、幼い頃から意図的にそういうものに近づかせていなかったために知識も疎い。

 

 全ては彼女の身を守るため。

 ハノイの騎士として活動している以上は万が一がある。現に、SOLテクノロジーが父に行った所業を思い起こせば、いつ結があのような状態になってもおかしくないのだから。

 

 ちなみに、了見が施しているのはあくまでプログラム側のみだ。

 触れただけで煙が出る理由は彼もよくわかっていない。誰か教えてほしいくらいだ。

 

 

「わたくしにはよくわかりませんが、世の中は便利になっていくのですね〜」

 

「……そんな便利なものでもないさ。下手に進歩した技術があったとしても、今度は使う人間の方が扱い切れなくなる。そうなればもはや毒だ。そんなもの、初めからない方がいい」

 

「お兄さまが仰るなら間違いないのでしょう。わたくし、どんどん賢くなっていきますわ〜」

 

 

 ああ、今日も都合(エゴ)を通してしまった。

 ネットワーク世界なぞ虚構に過ぎない。しかし、生活を豊かにしていることは認めざるを得ない。このネット社会の最先端とも言われる街で、妹は途方もない生きづらさを感じさせてしまっていることだろう。

 

 しかし許してほしい、と了見は心中で詫びる。

 10年前に聞いた子どもたちの悲鳴に良心が耐えきれず、父と数年間離れ離れにされた中、孤独と悲しみを埋めてくれた唯一無二の家族を失えないのだから。

 

 

「ごちそうさま。いつもありがとう、結」

 

「おそまつさまですわ〜」

 

 

 疑うことの知らない視線に、つい居たたまれなくなってしまった。かきこむように食事を胃の中に放り込む。本当ならもっと話をしていたいが、実際それどころではない。

 

 我らハノイの騎士の最終目標───それは父が生み出した意志を持つAIであるイグニスを抹殺すること。

 奴らが潜むサイバース世界を隠したイグニスを、5年かけて追い込んだ。

 

 だが、標的は我らハノイの騎士を狩っているPlaymakerに保護されている。

 

 既にヤツをおびき出す算段はついている。了見の部下であるスペクターが動き出すのも近い。

 

 

「今度、落ち着いたらでゅえるしましょう。お兄さまに新しい“おともだち”をご紹介したく〜」

 

 

 そんなことを考えていれば、ふと結からそんな提案が出てきた。この場合の“おともだち”は現実の学友のことではない。デュエルモンスターズのことだ。

 

 了見は知っている。

 妹の結は、自分には見えない“何か”が見えている。

 

 きっかけは、変わり果てた父が了見たちのもとに戻ってきたときからだ。了見が復讐を誓った一方で、結は何もない虚空を見つめながら、何かと意思疎通をするようになった。

 傍から見れば、空想上の友人を作り出すことで逃避していると考えるだろう。

 

 しかし、一度決闘をしてみればわかる。

 窮地に立たされた彼女の想いに対し、デッキが応える場面を何度も目の当たりにしている。了見は何度も相手しているし、過去に類似した事例を聞いたことがある。

 元より妹を疑う気はないが、了見としても信じるに値すると思っている。

 

 

「そうだな。俺もそろそろデッキを見直したいと思っていたところだったんだ」

 

「わ〜い。約束ですわ〜」

 

 

 いつまでも変わらない仕草につい笑みが溢れる。しかし、了見でさえ真剣勝負でなければ勝ちを拾えないのが自身の妹なのだ。

 何せ、幼い頃から共に腕を競い合ってきたのだから。

 

 味方になれば、ハノイの騎士にとってここまで頼りになる存在はいないだろう。

 しかし、了見は何も話さない。話せない。

 父の想いと無念を継ぐのは、自分だけでよいのだ。

 

 

「これが最善なんだ。

 何も知らないお前は───何も背負う必要はないんだ」

 

 

 部屋に戻っていった妹を見送ると、了見は再びリボルバーとして暗躍するためにLINK VRAINSへと身を投じる。

 たとえ大罪人として扱われようとも、成すべきことは成すまでは止まれない。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 他の同年代の女子に比べて、結の部屋は簡素な方だ。照明や空調など最低限の家電以外は置いておらず、ベッドと机、そして化粧台が部屋の隅に収まっているだけ。

 

 ただ、結の視点では別の風景になっている。

 雲の上かと錯覚する柔らかい芝生と、毛糸で編まれたような木々に囲われ、中心に切り株が机のように鎮座している。

 感触は現実の部屋と変わりないのに、視野は絵本の中が融合した世界。最初はちくはぐな感覚に戸惑いはしたが、数年経った今では慣れてしまうあたり、人間の適応能力は侮れないらしい。

 

 

「さあ、ワラビィさん。わたくしのおともだちをご紹介しますわ〜」

 

 

 結は胸のあたりで抱いているのは、ぬいぐるみかと見間違う造形の、カンガルーのような生き物。

 名を、【メルフィー・ワラビィ】という。

 主人が連れてきた新しい子に、森の仲間たちも興味津々なのか続々と姿を現してきた。

 

 

「あの切り株の上にいらっしゃる子はラビィさん」

 

 

 ピンク色の毛並みをしたウサギが後ろ足で立ち上がり、バンザイするように前足を上げる。結には言葉はわからないが、挨拶していることは長年共にしてきた身として感覚で理解できる。

 

 

「あそこで寝転がっている子がキャシィさん、わたあめみたいにふわふわな子がパピィさん、りんごみたいに赤い子はポニィさん、他にも──────」

 

 

 一通り紹介が終わると、ワラビィは跳ねながら結の元を離れて仲間の輪の中に入っていく。同じメルフィーも、そうでない者もあっという間に打ち解けていた。

 

 ──────ふと、木々の隙間から鈍い光が放たれる。

 

 驚いたワラビィは毛を逆立たせ、一目散に結の足元へと隠れる。

 怖くないですよ〜、と結は頭を撫でながら宥める。他のメルフィーたちは特に驚きもせず普段通りにいたこともあり、すぐにワラビィは落ち着きを取り戻した。

 

 つい、彼(?)も新しい仲間に興奮を隠せなかったらしい。反省したのか、今度こそ驚かせないようにそっと木々をかき分けて、ようやくその顔が顕になった。

 

 

「そして最後に、このメルフィーさんたちの森を護ってくださっている」

 

 

 光り輝く一対の翼。

 反射した光が金色の体を照らし出す。

 そして、【メルフィー・マミィ】よりも逞しい三本の角が特徴的の──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーゼウスさんですわ〜」

 

 

 

 ロボだった。




 そりゃ(ミラフォとか筒とか勅命とか平然と使ってくる兄貴とデュエルし続けたら)そうなるよ。


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ハノイの騎士編︰一撃必殺?

 感想、評価ありがとうございます。
 返信はできていませんが全て目を通しています。おかげで続きができてしまいました。
 メルフィーは通す。だが十二獣は通さない。
 そんな拙作ですがよろしくお願いします。

 ちなみに時系列的にはアニメでは大体3〜5話くらいです。


 財前葵は友人が少ない。

 

 幼い頃は兄の仕事で各地を転々としていたことが理由だった。今では心身ともに成長したことで色々と悪意や下心に目が向いてしまい、意図的に友人を作らずにいた。

 特にそれがSOLテクノロジーの重役で尊敬する兄に向けられているとなると尚更嫌になってしまう。高校生になってもそれは変わらないだろう。

 

 

「葵ちゃ〜ん」

 

「あ、結。おはよう」

 

 

 通学路を歩いていると背後から声がかけられる。

 振り向けば声の主は絹のように白い長髪を靡かせながら小走りで近づいて来た。

 

 

「おはようございます。こうして通学中にお会いするのは入学式以来でしょうか〜」

 

「そういえばそうかも。結って海の方に住んでるんだっけ? 遠くないの?」

 

「わたくし、体力には自信がありますので〜」

 

 

 むん、と慎ましい胸を誇らしげに張る結。

 冗談のように聞こえるが、この学校から結の家がある海岸まで十数キロあるかないかの距離だったはず。運動部の生徒でも毎日続けるのは骨が折れるに違いない。

 

 しかし見てみれば、汗の一つも浮かんでいない。

 葵も他人のことは言えないが、結は華奢なスタイルをしている。身長は葵よりも少し高い程度なのにどこからそのようなパワーが出ているのだろうか。

 

 

「うふふ〜。あまり通えてありませんが、わたくしもデュエル部の端くれ。日々鍛練ですわ〜。まっするまっする〜」

 

「さすがに体力は必要ないでしょ……また島くんから変な影響受けたの?」

 

「島くん? いえ特には──────あ、ですが早朝に部活動としてドローの素振りをやろうと部長に話をされて敢え無く却下されていたような?」

 

「よかった。もしやるなら私辞めていたかも」

 

 

 おそらくGo鬼塚あたりに触発されたのだろう。

 LINK VRAINS内が主戦場の葵にはデュエルマッスルは必要ないのだ。

 

 悪い人ではないのは知っているが、LINK VRAINSで活躍しているカリスマデュエリストのミーハーさが暴走しがちな傾向がある。

 この前、部活でブルーエンジェルのグッズコレクションを見せつけられた時は中の人的には複雑だった。

 

 まあ、最近はPlaymakerにお熱だが。男子はいつだってヒーローに憧れる生き物のようだ。

 

 

「でも実際あるらしいですよ。“一撃必殺! 居合ドロー塾”なるものが」

 

「え、嘘でしょ? 何そのインチキみたいなデュエルスタイル?」

 

「ライフが4,000ならば相手のフィールドに2枚以上カードがあれば勝ちですし、デッキの順番を操作できるようになれば意外と合理的のように思います。今度専用のデッキを組んでやってみましょうか〜?」

 

「お願いだからやめてあげて。これ以上部員の皆のデュエルモンスターズ観を壊さないであげて」

 

 

 ただでさえメルヘンチックな動物たちが急に巨大ロボになったり、突然強面のライオンが出てきたと思えばせっかくフィールドに並べたモンスターたちが件並み手札に戻されたりする光景を見ているのだ。

 

 余程温度差がありすぎたためか、感覚が麻痺して思考が止まるのも無理はない。

 

 

「冗談ですわ〜。わたくし、さすがにそこまでできるほどカードに明るくありませんので〜」

 

「はあ……結のそれ、冗談に聞こえないんだもん」

 

 

 普段はぼーっとしているのに、ことデュエルでは一切の容赦がなくなるのは果たして誰に似たのだろうか。

 こんな他愛のない話ができるほどに、葵にとって結は気の許せる数少ない友人だ。

 

 

「あ、藤木くん。おはようございます〜」

 

「鴻上か。今日はタブレット壊すなよ」

 

「ご安心を〜、本日は島くんのを見せてもらう予定ですので〜」

 

「……なるほど、忘れたのか」

 

 

 ああやって独りぼっちでいる人に対しても億せず接する様子や普段の奔放さが、Den cityに引っ越す前に遊んでいた友人を思い出させる。

 

 

「ところで藤木くん。つかぬことをお聞きしますが、【一撃必殺! 居合ドロー】で先攻1ターンキルをするにはどうすれば良いのか知恵をお貸しいただきたく〜」

 

「……どうだろう。俺にはよくわからないな」

 

「わたくし的には【王立魔法図書館】などドローカードで徹底的にデッキ圧縮してから【謙虚な壺】で居合ドローだけデッキに戻した後に発動すればよろしいかと思いましたが、いかがでしょう〜?」

 

「相手の妨害がないことが前提だがな。それによしんば成功できてもフィールドにカードが2枚以上ないと相手のライフは削りきれ──────いや、たった2枚だけでいいのか?」

 

「うふふ〜、気付かれましたか〜?」

 

 

 加えて、共通項も多い。お互い親に事情があり、兄とともに暮らしている点や、さらにはデュエルに関してもカリスマデュエリストにも負けず劣らず造詣が深い点もあり、つい親近感を覚えてしまっている。

 

 忙しいのは知っているが、デュエル部に誘ったのもその延長線上だ。少なくとも今までの葵であれば考えられないとは思う。

 

 

「【闇の誘惑】、【黄金色の竹光】、それからええと……他に何かドローソースになりそうな物はございましたでしょうか〜?」

 

「そのターン中に決めきればいいのなら【無の煉獄】もいいだろう。あと、【魔法石の採掘】でドローソースを回収する必要もあるか」

 

「それならデュエル部にカードがありますわね〜。それでは、藤木くんも一緒に参りましょう〜。今日ならわたくしも放課後お時間に余裕がありますので〜」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 そうそうこんな風に誘われたんだっけ、なんてあの時のことを思い──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「え〜ですわ〜」

 

 

 すっとんきょうな声がちょうど三人分重なる。

 

 葵は単純に話を聞いていなかったため。

 遊作は財前葵との接触が目的だったのに、いつの間にか部活に参加することになっていたため。

 結はなんとなく二人の真似をしてみただけ。仲間はずれはちょっとだけ寂しいからね。

 

 

『何この強引な丸め込み方……』

 

 

 遊作の腕につけたデュエルディスクからそんな声が漏れる。人間よりも遥かに知能が高いはずのAIも、突然の飛躍についていけていなかった。一応、彼らの目的には合致しているため“渡りに船”ではあるのだが。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「で、どうだったんだ遊作」

 

 

 Den cityの中央広場。ビルの壁面に取り付けられた映画館以上の巨大モニターがランドマークの観光名所だ。

 そこでCafe nagiと書かれたキッチンカーではホットドッグが売られている。固定客はいるが話題になるほどではない質だ。

 腕を振るうのは草薙翔一。しがないホットドッグ屋の店主だ。

 

 しかし、それは世を忍ぶ仮の姿。

 ここはLINK VRAINSで話題沸騰の決闘者Playmakerの拠点である。

 藤木遊作は卓越したデュエルタクティクスでPlaymakerとして表舞台でハノイの騎士を追い、

 草薙翔一は死にもの狂いで身につけたハッキングスキルで裏工作を続ける。

 

 遊作と、翔一の弟──────仁、二人の人生を歪めた『10年前の事件』の真相を知ること。

 

 互いが足りないところを補い、ひとつの目的に向けて突き進む様子はまさに“コンビ”と言って差し支えないだろう。今日も事件の真相に関する調査の一環としてSOLテクノロジーの財前晃、その妹の財前葵と接触したわけだ。

 

 遊作は(サクラ)の賄いとして貰ったホットドッグを食べながら淡々と答えた。

 

 

「どうって、これ以上報告することはない。結局のところ財前葵よりも財前晃本人に接触しないと進展はなさそうだ」

 

「そうじゃない。俺が聞きたいのは部活動のことだ。何というか、お前の高校生らしい話を聞くのは初めてかもしれないって思ってな」

 

「別にそれはいいだろう」

 

 

 話は終わりだと草薙から背を向ける遊作。

 彼自身、事件のこともあり寡黙というか根暗な性格だ。そう言った人生を取り戻すための戦いをしている以上、今は答えることはないということだろう。

 

 ただ、その腕にいるおしゃべりなもう一人は許さない。

 

 

『そーそー聞いてよ草薙チャン。デュエル部に遊作クンは美女二人侍らせてたのよー。意外にもやることやっちゃってスミに置けないんだからもー。

 あ、もしかしてPlaymakerのPlayって──────』

 

「黙れ」

 

『へーい』

 

「なんだよ楽しそうなことあったじゃないか。お客さん来ないし、そういうのもう少し話してくれよ」

 

 

 しょうもないことを話そうとしたAIは黙らせる。

 ただ、草薙の方は引き下がるつもりはなさそうだった。

 ため息を一つ。

 観念した遊作は部活動での出来事を語り始める。

 

 

「意外と侮れないとは思ったな」

 

「へぇ、Playmakerに言わせるなんて中々じゃないか。そんな猛者たちがいるのか?」

 

『違う違う。一人やべーやつがいるんだって。ぽけーっとしてそうで意外とえげつないことやるんだわ。ちょっと見てみな』

 

 

 デュエルディスクから立体映像が投射される。

 旧型のデュエルディスクにそのような機能はない。草薙はもちろん、いつの間に改造されていたのか知らない遊作も驚いていた。

 

 

「お前、録画してたのか?」

 

『だって財前葵を見とけって言ってたのお前だろー? Aiちゃん何も悪くありませーん!』

 

 

 開き直る黒目玉に、遊作は諦めることにした。

 自分たちもハッキングなどして個人情報を盗んでいる立場上何も言えないし、何より人工知能に倫理観を説くの馬鹿らしい。

 

 映像に目を向けると、Aiが一目置いた決闘者がいた。

 至って人畜無害そうで、どこか抜けてそうな雰囲気の女の子だった。

 そしてさらにぬいぐるみサイズの動物たちに囲まれている。小さい頃に読んだことのある絵本のような光景が広がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ライフが4,000なら、攻撃力2,000の【わくわくメルフィーズ】で2回攻撃すれば勝ちですわ〜。オーバーレイユニットを1つ取り除くことで【メルフィー】の皆さまはプレイヤーに直接攻撃できますの〜』

 

『え、せっかく【守護神エクゾード】出したのに……のわーーーーっ!!!』

 

 

 

『これで手札は同じ2枚ですわね〜。【魔轟神獣(メルフィー)ユニコール】さんの効果でそちらのカードは発動できませんわ〜』

 

『結、そんなカードないよ……』

 

『む、ロックされてしまったか。だが、攻撃力2,500の【マシンナーズ・フォートレス】を超えるモンスターは君のデッキには──────』

 

『わたくしのターン。【レスキューラビット】さんからラビィさんお二人を特殊召喚してオーバーレイ! 

【わくわくメルフィーズ】さんで直接攻撃しますわ〜。それでは皆さん、お願いします〜』

 

『はっ! これは僕のデータにあったはずグワーーーーッ!』

 

 

 

『皆さま戻ってくださいまし〜。それでは【獣王(メルフィー)アルファ】さん、手札に戻ったメルフィーさんたちの数まで島くんのバブーンさんたちをお暇させてあげてくださいな〜』

 

『俺様のバブーンが……完璧な手札に……』

 

『だからそんなカードないって……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは酷いな」

 

『ネ?』

 

 

 草薙も言葉を失った。

 

 1ターンでモンスターゾーンを埋め尽くすほどの獣族モンスターが現れたかと思えば、相手が対抗してモンスターを出せば手札へ戻る。

 代わりに出てくるのは何でも破壊するハリネズミやら文字通り“住む世界”が違う強力なモンスターたち。ダメ押しとまでに効果無効までやった後、ようやく出せた壁役をも無視して総攻撃。

 

 一体一体の攻撃力は高くなくても、積み重ねれば脅威となることを見せつけるプレイングだった。しかもリンク召喚だけでなく、シンクロやエクシーズと言った様々な召喚法を使いこなす。なるほど、確かにAiも目をかけるはずだ。

 ぱっと見、モフモフに囲まれてライフが0になる絵面が良いのが唯一の救いか。

 ちなみに、島は手札事故状態を作り出された後、何もできずに相手にターンを返し、最後は【獣王アルファ】で直接攻撃である。可哀想に。

 

 

『もうちょっとこう、手加減とかしてやるのが人間じゃないの? この娘、さすがに嫌われちゃわない?』

 

「いや、それはないだろう」

 

『え、なんで?』

 

「一つ、鴻上は勝ち方にこだわる時はあるが決して手を抜かない姿勢がある。

 二つ、デュエルの後には相手との反省会に付き合って負けっぱなしにしない。

 三つ……三つは……まあ、うん。あいつの名誉のために言わないでおこう」

 

「珍しいな。遊作が言葉を選ぶなんて」

 

 

 遊作はぼんやり思い返していた。

 部活動が終わり、教室から出ようとした際のことである。

 

 

『藤木くん、いかがでしたか〜? お楽しみいただけたのなら今後も是非──────あいたっ』

 

 

 他の部員が廊下に出て、最後に結が通ろうとした瞬間に自動ドアが閉まり、思いっきり扉に衝突した。

 さらに触れてしまったことで扉が猛スピードで開閉を繰り返し、結は部室から出られなくなってしまった。下手をすれば扉に挟まれて大怪我をしてしまう。

 修理業者が来るまでそのまま待つしかないことになり、何もできることがない遊作たちは途中で帰ることにした。葵はその場に残ってくれていたはずだが、そろそろ抜け出せた頃だろうか。

 いつもにこやかな表情を浮かべる結も、さすがに凹んだのか少し涙目になっていた。

 

 デュエルは強いし、人当たりも良いが、機械類に関してはもはや要介護の少女。

 完璧な人間よりも欠点がある人間の方が親しみやすい。果たして人工知能に説いても理解できるだろうか。

 

 

『遊作チャンだって彼女と居合ドローミラーマッチ楽しんでいたもんネー』

 

「黙れ!」

 

 

 理解できないだろうなコイツ。

 これ以上揶揄われるのも億劫なので胸の中にしまうことにした遊作であった。

 すると、広場から歓声が湧き上がる。

 モニターを見れば、LINK VRAINS内にブルーエンジェルがログインしていた。

 

 と言うことは、結の方も無事に袋小路から抜け出せたのだろう。少し肩の荷が降りた気がしたが、直後に財前葵(ブルーエンジェル)から藤木遊作(Playmaker)に向けてデュエルを申し込んできて心境が一転する。

 

 何を考えているのかわからないが、無論ハノイの騎士以外には相手するつもりはない。

 名声が欲しくてデュエルしているのではないからだ。

 

 

『Playmaker! 私の挑戦、受けないのー!!?』

 

「……また別の女の子からのお誘いだぞ? モテモテだな」

 

『ヒュー! これ昔で言う“モテ期”ってやつ?』

 

「……帰る」

 

「悪い! 悪かったって、遊作! 頼むからブルーエンジェルの動向見てようぜ!」

 

 

 必死に引き止める草薙だが、心境としてはどこかホッとしていた。

 復讐は復讐でやり遂げるつもりでも、遊作は数少ない高校生活に入ったばかりだ。草薙自身、弟のために部活動などを投げ売ってハッキング技術の研鑽に没頭していた。後悔はないが、未練がなかったかと言われると嘘になる。

 

 失った記憶を取り戻しても、時間は取り戻せない。

 だからこそ、遊作には学生としての楽しみが見つかってくれたらいいなとは思っていた。

 ──────同じ傷を持つ弟にとっても希望になるはずだから。

 

 遊作が友達を連れてきたらサービスしてやろう。

 草薙は密かに心に決めた。

 だが彼らは知らない。宿敵となるものの関係者は意外と近くにいるものだと。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「ふん〜ふふん〜♪」

 

 

 少々時は飛び、陽が落ちたᎠen cityのとある某所。

 ようやく教室から抜け出せた結は鼻歌交じりに帰路についていた。

 少し顔がヒリヒリするようなトラブルはあったが、それもいつものこと。今はすっかり忘れて、何週間ぶりの部活動を満喫できたこときご機嫌な調子で歩いていた。

 

 

「あら〜?」

 

 

 ふと、鞄もぞもぞと動き出す。

 開けてみれば、中のデュエルディスク──────正確にはデッキから丸いモフモフが飛び出す。

 

 【メルフィー・パピィ】。

 結の数ある“おともだち”の一匹であった。

 普段は結の部屋の中でしか出てこないのだが、こうして外で現れるのは初めてかもしれない。

 

 パピィは道路をとてとてと歩き始める。

 ちょうど歩く速さは結の歩調と同じくらいだ。

 ついてきてほしい、そんな意図が結には読み取れた。少し時間は心配だったが、何か意味があるものとして結は後を追う。

 

 辿り着いたのは人気のない路地裏。

 明かりの少ない暗い道で、ひとりの女の子が通るには躊躇するだろう。

 

 

「おばけが出そうですわ〜」

 

 

 しかし、結は迷わずに足を踏み入れる。

 危機管理がないわけではないが、何かあれば“おともだち”が何とかしてくれるという自信が感覚を麻痺させていた。

 

 コツン、コツン。

 

 結は自身以外の足音が聞こえたため、その場に留まる。道案内をしていたパピィはデュエルディスクに吸い込まれるようにデッキに戻る。

 逃げたように思えるが、パピィにとってはこれが警戒の動きだ。何かあれば、すぐに【森の聖獣(メルフィー)カラントーサ】が現れて攻撃に──────ならなかった。

 

 

「スペクターさん?」

 

「──────お、お嬢様?」

 

 

 暗闇から認識できる距離に現れたのは、昔から親交のある男だったから。

 “おともだち”たちは未だいつでも飛び出せるようにしているままだが、結は警戒を解いてしまった。

 

 彼──────スペクターは兄の了見に仕える使用人のような者だ。

 昔は結とも何度か会っていたが、兄の仕事を手伝う関係でここ暫くは顔を合わせる機会がなかった。

 

 

「まあ、お久しぶりですわ〜。今日もまたお仕事ですか〜?」

 

「え、ええ、お久しぶりです。お嬢様もお元気そうですなによりで──────」

 

 

 スペクターの顔が一変する。

 いや、結が現れてから元々驚愕した顔だったが、より険しいものに変わった。

 

 

「どうされたのですか!? 一体誰にそのような傷をつけられたのですか!?」

 

 

 ずい、と顔を近づけるスペクター。

 一方で特に表情を変えず、はて、と首を傾げる結。

 傷、と聞いて思いついたのは部活動での出来事だった。

 

 

「こちらはわたくしの不注意で扉にドーン、とぶつかってしまいまして〜。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね〜」

 

「扉……! ソイツがお嬢様のお可愛らしいご尊顔を……! 

 少しお待ちください。ただ今その不貞の輩を調べ上げてウイルスで再起不能に……!」

 

 

 フフフ、と変なオーラを纏いながら邪悪な笑みを浮かべる。

 何か面白いことでもあったのか、と更に首を傾げる結だったが、兄の了見から紹介された時に「変なところがあるが気にしないでやってくれ」と言われたことを思い出す。なので気にしないことにした。

 

 

「よくわかりませんが扉さんはもう直ったのでお気にならさらず〜。わたくしの怪我も、もう痛くありませんので〜」

 

「……本当ですか?」

 

「もちろんですわ〜。“おともだち”の皆さまが、痛いの痛いのとんでけ〜、ってしてくださいました〜。元気元気です〜」

 

 

 むん、と慎ましい胸を張る。

 朝も同じことをやりましたわ〜、とちょっとした既視感を覚え、つい笑ってしまう結。

 

 ふと次の瞬間、結は思い出した。

 

 

「あ、ですがもう門限ですわ……お兄さまに叱られてしまいますの……」

 

 

 別に厳格に決められているわけではないが、あまりに帰りが遅いと兄は心配することを思い出した。

 それに、今から帰ると晩御飯に間に合わない。そうなると了見は近場で売っているホットドッグなど体に悪いもので食事を済ましてしまうだろう。

 それは結にとって甚だ不本意だった。

 

 目に見えてしゅんと落ち込むと、ごほんと咳払いをしたスペクターが笑顔で応える。

 

 

「であれば、了見様には私から理由を申し伝えましょう。お嬢様は何も悪いことなどされておりません。堂々とお帰りになられてください。不肖、スペクターもお送りいたしましょう」

 

「まあ、ありがとうございます〜。スペクターさんは心強いですわ〜」

 

 

 では参りましょう〜、と小走りで路地裏から出ていく結を追いかけながら、スペクターはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 スペクターにとって、鴻上結は主の妹君であると同時に唯一と言っていい“理解者”だった。

 10年前──────大樹を亡くしたスペクターが途方に暮れ、あの事件を求めて現場を彷徨っていたところを了見に拾われた。

 

 まもなく対面したのが結だった。

 直前のことも相まって、初めは了見以外の人間を信用するつもりのなかった中で紹介されることになる。

 主の妹だから無下にはできないな、程度にしか考えておらず、さして興味もなかった。

 

 

『まあ〜、そうなんですの〜。うふふ、お可愛らしいですわね〜』

 

 

 ただ、挨拶を終えると彼女は急に何かと話し始めた。

 目線はスペクターの方を向いているが、スペクターを見ていない。気味が悪くなり、一体どうしたんだと後ずさった。

 

 

『いえ、息子をよろしくお願いします、と仰られまして〜。素敵なお母さま(・・・・・・・)をお持ちですのね〜』

 

 

 晴天の霹靂、とはこのような事を指すのだろう。

 

 スペクターはまだ自分のことを話していない。

 了見からも話しておらず、この対面自体も全くの初めてなのに母の事を言い当てた。

 いや、他にも衝撃的なことを口にしていた。

 

 

『おかあさんは、ずっと、僕の傍に……?』

 

『ええ、ずっと(・・・)貴方のことを守ってくださっておりますよ〜』

 

 

 亡くなったと思った大樹は、今もなお彼の傍にいる。この事実にスペクターの感情は決壊した。

 泣き崩れるスペクターの涙をそっと拭った彼女の表情を生涯忘れることはないだろう。

 改めて了見に、否、鴻上兄妹(・・・・)に忠誠を誓った。

 

 ただし、そんなスペクターも悩みはある。

 偶には兄以外ともデュエルをしたいと言われて結の相手になることがあった。

 

 彼は事件の中で、勝ち進んだ側の人間だ。ハノイの騎士の中でも、実力は了見(リボルバー)に次ぐと言っても過言ではない。

 頼まれた際は、結と共にいられる時間が増えてラッキーと思い、接待のつもりで請け負った役目だったが、認識が甘かった。

 

 大量のモフモフが押し寄せて身を削りに来る。

 それはまだいい。あの獣たちは単体の力はそこまで強くない。彼の【聖天樹】はライフが残っていればいくらでも巻き返すことができる。

 

 

『なら【団結の力】をメルフィーズさんに装備しますわ〜。これでむきむきになりますの〜』

 

『えっ』

 

 

 スペクターは忘れない。突然パンプアップした獣たちの群れが押し寄せてきたことを。

 極めつけには雰囲気が一変し、巨大なロボが全てを焼き払い焦土を作り上げたことを。

 

 彼は泣いた。

 今度は感動ではなく容赦のなさに。

 しかし、母は言ったらしい。

 優しさも愛の形だが、遠慮がないこともまた愛の形だと。

 

 

「フフ」

 

 

 今の任務の都合上、了見との直接の接触は避けなければならない。必然的に結と会う機会も減ってしまった。だが、一段落したらこちらからデュエルを申し込むことにしようとスペクターは心に決めた。

 

 ああ、自分はなんて幸福なのだろう。

 忠誠を向けられる相手がいて、理解してくれる相手がいる。そして、あれほどまで苛烈に攻め立ててくれるあの方は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違いなく私のことが好きですね」

 

 

 

 お前マジ? 

 何か致命的に捉え方を間違えていたスペクターであった。

 

 




???「いいだろう。お前にも“愛”を与えてやろう」

 今回カードがそれなりに出たので、解説にもならない雑記でまとめました。
 作者自身、マスターデュエルで復帰したばかりの凡骨なので多分参考にならないと思いますが、足りない部分はwikiを見てください。


・一撃必殺! 居合ドロー
 相手フィールドのカードの数だけデッキの上からカードを墓地に捨てる→1枚ドローして【一撃必殺!居合ドロー】であればフィールド全破壊+破壊した数✕2,000ポイントダメージを与えるとか言うトンデモカード。
 本作では図書館エクゾの延長のような方法が提案されているが、【未開域】とかに組み合わせる方が主流らしい。いや主流ってなんだよ。
 アニメの遊戯王GXでは、実際にこのカードを主軸としたワンキルデッキが出ているが、アニメ効果だとダメージが『破壊した数×1,000』となっている。
「さすがにこんなのアニメでやらんだろう」と思われていることは大抵アニメGXがやっていたりする。

・獣王アルファ
 名誉のメルフィーその1。展開と妨害が得意な反面、『攻撃力が低く決定力に欠ける』というメルフィーの欠点を補うすごいお友達。
 さらには自分フィールド上の獣族を手札に戻すことで相手モンスターをバウンスするという能力が『手札に戻ることで効果を発動する』メルフィーたちと噛み合いすぎてロボよりも実用性が高い。K○NAMIはこの使い方を想定していた……?

・魔轟神獣ユニコール
 名誉メルフィーその2。相手と手札の数が同じであれば魔法・罠・モンスター効果を無効にする永続効果を持つすごいお友達。メルフィーの効果で相手ターンに手札の調整が可能なためシナジーが生まれ、元々強力な妨害性能をさらに高めることができる。四足歩行の馬なので実質メルフィー・ポニィ。

・森の聖獣カラントーサ
 名誉メルフィーその3。特殊召喚された時にフィールドのカードを1枚破壊できるすごいお友達。レベル2の獣族という点がメルフィーによるリクルートを容易にさせ、手札・墓地・デッキのどこにいても颯爽と現れ、除去と妨害の要を担ってくれる。マスターデュエルでもSRなので上記2枚よりは容易に手に入りやすいのもgood。本当の過労死枠はこの子かもしれない。

・わくわくメルフィーズ
 正規メルフィー。レベル2獣族モンスター2体以上で召喚されるメルフィーの切り札枠。素材を1つ取り除くことで【メルフィー】のモンスター全て相手に直接攻撃できるようになる。
 実際はもう一つの効果の方がメインではあるが、初期ライフが4,000のアニメ世界で攻撃力2,000の直接攻撃が飛んでくるのは充分脅威になる。
 マスタールール3ではリンクモンスターを介する必要があるが、その気になれば2体並べてワンキルも可能なはず。誰だよ決定力に欠けるとか言ったヤツ。

・団結の力
 皆大好き最強の装備カード。自分フィールドの表側表示モンスターの数×攻守800アップという昔のガバガバテキストは展開力のあるメルフィーと相性バツグン。戦いは数だよ兄貴!

・お前もメルフィーだ。
 主人公にとって自分の部屋こそがメルフィーの森になっているため、“おともだち”である以上は皆メルフィーなのだ。




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ハノイの騎士編︰名前?

 いつも感想、評価、いいねをありがとうございます。
 マスターデュエルの真竜フェスもそろそろ終わりですね。報酬忘れには気をつけましょう。

 時系列的にはアニメ13〜20話くらいです。



 入学してから二ヶ月経つ頃。

 そろそろ制服の上着が億劫になる初夏の只中。待ちに待った放課後のチャイムを今か今かと待ち続けている。

 

 遊作は授業の合間になると校内を巡り続けていた。

 ハノイの騎士によってウイルスを仕込まれたブルーエンジェル──────財前葵のその後について、そして電脳ウイルスを仕込まれたときの事を確認しておきたかったからだ。

 

 純粋に心配な気持ちはあったが、打算混じりの行動のため気は進まない。結局のところ、彼女のクラスに聞き込みにいっても「しばらく休んでいる」としか言われず、進展はないが。

 

 

「財前? そういえばあいつ最近来てないよな」

 

 

 自称情報通(島直樹)も頼ってみたが、同じようなことを口にする。皆も意外とあまり関心がないのか、と遊作はこれ以上は徒労になると思った頃、いつものように二人の会話を聞きつけた結が近づいてきた。

 

 

「葵ちゃんなら体調を崩されたようでして、少し入院なさっておりましたのよ〜」

 

「は? マジかよ!? んだよ、言ってくれたら見舞いに行ったのによ──────あ、でも女子はそこら辺嫌がるのか?」

 

「さあ〜?」

 

「いやお前も女子だろ。そこで首傾げるな」

 

 

 こてん、と傾けた首が元に戻る。

 そして結は自慢気にこう語った。ドヤ顔である。

 

 

「お医者様のお知り合いがいらっしゃいまして〜、わたくし生まれてこの方、病気などには縁がありませんので〜」

 

「なるほどな〜。いや鴻上の場合はアレか? ナントカは風邪引かないってヤツか?」

 

「ナントカ……?」

 

 

 再び、こてん、と首が傾く。

 自覚のない相手にこれ以上話しても不毛だと思ったのか、島はやれやれと肩をすくめた。

 

 一方、遊作の方は会話を聞きながら意外そうに目を見開いていた。

 冷静沈着……というよりも他人に関心が薄い彼にしては珍しい反応かもしれない。

 

 

「お前、そんな気が遣えたんだな」

 

「意外みたいに言ってんじゃねぇぞ藤木ィ!」

 

 

 無論、島に対してである。

 一応、遊作の中で評価が少し上がったのだったが、そんなことは島は知らず不服を申し立てるばかりだ。

 これが島が憧れている遊作(Playmaker)からの言葉であるなんて思わないだろう。

 

 

「つーか、なんで鴻上は知ってんの?」

 

「うふふ、実はお手紙をやりとりしてまして〜」

 

「手紙て」

 

 

 機械に触れられない娘がメールやチャットなぞできるはずもなし。

 こと通信のやり取りにおいて、紙という媒体が使われなくなり久しいこの時代、古き良きを突き進むのがこの少女である。

 

 まあ確かに伝書鳩とか似合いそうだなー、と男性陣二人が漠然と考えていると、そんな娘からこんな提案をされた。

 

 

「そうですわ〜、これからお見舞いに参りませんこと〜?」

 

「お前俺の話聞いてた?」

 

 

 ここまでのやり取りはなんだったのか。

 島が呆れ返って机に突っ伏すことになったのを見届けた遊作は心の中で合掌してあげることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたわ〜」

 

「島の話を聞いていたのか?」

 

 

 さすがに遊作もツッコんだ。

 集合住宅の入口、遊作は結に連れられて来ていた。途中までは島も一緒ではあったが、お土産を買ったあたりで離脱されてしまった。

 

 今までの仕返しとばかりにウインクする島の顔が目に浮かぶ。少し上がった評価は、敢え無く修正されることになった。

 

 

「いえ、わたくしだけですと色々と困ることが多くなりそうでして〜」

 

 

 困ること、と口にする結の視線を辿る。

 目の前は何の変哲もない自動ドアとインターホン。一般家庭によくあるセキュリティシステムであるが──────

 

 

「なるほどな」

 

 

 合点がいった遊作は代わりにインターホンを操作した。結もさすがに何も考えていないわけではなかったようだ。

 

 インターホンに触れれば詰み。

 自動ドアに触れれば詰み。

 メールやチャット、通話ができない以上、葵の方から迎えに来てくれることもできない。

 この建物に入るには、結にとってハードルが高すぎるわけだ。

 

 もし彼女が遊作たちを頼らないストロングスタイルで行けば、建物の中は大パニックになることだろう。ストロング鴻上ならぬ、デストロイヤー鴻上の誕生だ。

 

 

『これもう介護だよネ』

 

「黙れ」

 

 

 小声でデュエルディスクからの(Ai)を制止させる。

 

 ただ、ふと疑問が過る。

 男子が教えてもいない女子の家に押しかける事態を、葵はどう思うだろうか。

 

 

「それなら葵ちゃんからしっかり許可をいただいておりますのでご安心を〜」

 

 

 見透かされたように結から答えられる。

 今日思いついたかのように言っていた割には意外と用意周到ではあった。

 

 すると、結は腰を折る。

 ひとつひとつの仕草が丁寧かつなめらかで、つい見惚れてしまうようなお辞儀だった。

 

 

「葵ちゃんが倒れたところを見つけていただいたようで〜、わたくしからもお礼申し上げますわ〜」

 

「……成り行きだっただけだがな」

 

「それでもですわ〜。わたくしのお友達を助けていただいたことは事実ですの〜」

 

 

 つい、遊作は目を逸らしてしまう。

 事件の真相を探る一環として葵の兄について調べる。

 そんな打算ありきで近づいた手前、素直には受け取れない。巻き込まれたのも、ある意味遊作のせいでもある。しかし、変に拒否してもおかしいと思い、気持ちだけ受け取ることにする。

 

 こうして難なく葵が住む部屋まで辿り着く。

 インターホンなどは遊作が代理し、エレベーターも使わず階段で登ってきた。

 念の為、扉のノブも遊作が開けてあげる。

 電子錠などであれば閉じ込められることになりそうだからだ。抜かりはない。

 

 こうして何の犠牲もなく辿り着いた部屋の中では、葵が何かと相対していた。

 

 

『ガイシュツキンシ! ガイシュツキンシデス!』

 

 

 お手伝いロボである。

 葵が通ろうとすると反復横跳びで進路を塞いでいる。

 

 

『オニイサマカラ、ガイシュツヲシナイヨウニ、メイレイサレテオリマス!』

 

『へぇー、あのオニイサマ、あんなのことしてまで外出させないようにしてんのかー。だから学校も行けなかったのねー』

 

 

 Aiの言うとおりバグなどではなく、兄からプログラミングされた行動を実施しているだけだ。

 葵は困った顔のままその場を去ろうとする。

 

 

「葵ちゃ〜ん」

 

『ガイシュツ! ガイシュツキン……ガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガ』

 

『あ、壊れた』

 

 それも今バグったわけだが。

 葵のもとへ小走りで近づく過程で、結に触れてしまったお手伝いロボットは錐揉み回転しながら壁に衝突していき、そのまま沈黙した。

 

 

「ご無沙汰ですわ〜」

 

「結……に、藤木くん」

 

「元気そうだな」

 

「ごめん、まだお礼いってなかったよね。倒れていたところ見つけてくれたみたいで」

 

「気にするな」

 

 

 結と再会のハグをしている間に視線を向けられると些か居心地が悪い。

 誤魔化すように、手に持っていた紙袋を葵に渡す。

 

 

「あ、これ島からだ」

 

「島くん? こういうのできたんだ」

 

「意外だよな」

 

 

 人のいないところで失礼なー、と怒る島を想像したためか、くすりと葵は笑う。

 

 

「もう体調の方は大丈夫ですの〜?」

 

「うん。お兄様……兄が大事を取って休ませてくれているだけだから。もう少ししたら学校には行けると思う」

 

「まあ、それは何よりですわ〜」

 

 

 お兄様、と聞いて遊作が思い浮かんだのはLINK VRAINSで見た長身の男。

 初めは認識の違いで敵対していたが、最終的には和解できた。リボルバーとの一件でセキュリティ部長としての席を外されることになるだろう、と草薙は言っていたが、今はどうしているのだろう。

 

 

「で、どんなご病気だったんですの? 入院されたとお聞きして心配で……」

 

「あー……えっと」

 

 

 そんなことを考えていれば、葵は答えづらそうにしていた。

 無理もない。『テロリストに電脳ウイルスを仕込まれて寝ていました』なんて言えるわけがない。

 

 

「……入院したからと言って重い病気とは限らない。実際、今は体調が良さそうだしな」

 

「っ、そ、そうなの! ちょっとした過労で、私も大丈夫って言ったんだけど、兄が念には念をって聞かなくて……」

 

「まあ、素敵なお兄さまですわね〜。わたくしたちも負けていられませんわ〜」

 

 

 ホッ、と葵は肩を落とす。

 

 まるで事情を知っているかのように思われないためにも、続けて遊作は話を逸らすために話題を投げた。

 

 

「鴻上も兄妹がいるのか?」

 

「ええ、父と三人で暮らしていますわ〜。お兄さまはとってもでゅえるがお強いですの〜」

 

「結にそこまで言わせるって、相当なんだね」

 

 

 財前葵(ブルーエンジェル)が口にすると些か重たいように聞こえるが、遊作(Playmaker)も同感であった。

 二人とも彼女とデュエルしたからこそ、彼女から“強い”と言わせる兄は一体どのような男なのだろう。

 少し意識が向いてしまうのは、決闘者としての性なのかもしれない。

 

 

「ですが、少し前にどなたか相手に負けてしまったようでして、とても悔しそうにされていましたの〜。なので、今日はこの後お兄さまと一緒にデッキ調整いたしますの〜」

 

「そうだったんだ。ごめんね、そんな時に来てもらって」

 

「そんなことありませんわ〜」

 

 

 あ、そうですわ〜、と結が両手の掌を合わせる。

 

 

「せっかくですし、少しお茶でもしながらでゅえるでも──────」

 

「いや、待て鴻上」

 

 

 待ったをかけたのは遊作だった。

 そして彼らが入ってきた入口のところを指差す。

 

 

「コイツをどうにかしないとな」

 

「ア、アーーーー、アオイ、サマ、ガイシュツ、アオイ、キンシ、キンシキンシ、ピーーーー」

 

「あ」

 

「あら〜」

 

 

 忘れられていた犠牲者(お手伝いロボット)であった。

 

 その後、遊作が部屋を出たのはお手伝いロボットの修理が終わり、程なく経った後だった。

 付き添いとはいえ、さすがに女子の部屋に女子二人の空間に長居するのは居心地が悪いし、目的だった“財前葵の無事”について確認できたのだ。

 

 結の見送りは、しばらくすれば財前晃が戻ってくるため、心配ないとのこと。閑職に追いやられた、という草薙の言葉は本当のようだ。

 

 とにかく、あとは友達水入らずの時間を楽しんでもらうとしよう。お言葉に甘え、遊作は帰路に就くことにする。

 

 ふと、遊作は空を見上げながら思った。

 前のように部活に出て、同級生の見舞いに行って。

 

 ──────これが、普通の高校生活なのかもしれないな。

 

 

 

『なんか楽しそうだな遊作ー』

 

「うるさい」

 

 

 帰り道、Aiからそんな言葉を投げかけられる。

 いつも通り口にした素っ気ない返事も、少しだけ弾んでいたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、お手伝いロボットを直す技術は遊作にはない。彼はハッカーの知識とスキルがあっても、本来機械いじりは専門外だ。

 

 

「おい、何とかしろ」

 

『いつも草薙に言われているヤツが俺に行くとは思ってなかったぜ……』

 

 

 初めてAiを連れてきて良かったと思った遊作だった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 ネットの世界は広大だ。

 当然、普段生活をしている者には目にも止まらない“裏”の世界も存在する。無法者が闊歩する世界でも、なお見つからない深淵に“ハノイの騎士”の世界は存在する。

 

 

「皆、揃ったな」

 

 

 白衣を着た初老の男性が振り向く。

 彼の下にはハノイの特徴とも言う純白の装いをした三人が彼の前で跪いていた。

 

 他のハノイと異なるのは、仮面の面積が片目のみになっている点。それこそが、彼らが一般の手下と一線を画す証であった。

 

 “三騎士”と呼ばれる幹部構成員。

 顔を上げてくれ、と初老の男性──────鴻上聖が口にすると、三人は立ち上がる。

 

 聖にとってはSOLテクノロジーで研究を続けていた頃からの同志であり、ハノイの騎士を立ち上げてからは最も信頼する手下となってくれ、そして死の淵にあった彼をこの世界で復活させてくれた恩人たちでもあった。

 

 

「……リボルバー様は?」

 

 

 唯一の女性、表向きは医者のバイラはここにはいないリーダーの行方を探す。そもそも、彼らをここに呼んだのは聖ではなくリボルバーだった。

 

 意志を持つAi、イグニス。

 聖たちが作り上げた最大の過ち。いずれ人類に仇なす存在をこの世から抹殺すること。それがハノイの騎士の目的だ。

 

 つい先日、その達成の直前まで辿り着いたにもかかわらず失敗した──────立ちふさがったPlaymakerによって。

 これに関しては誰にも責められない。実行したのがハノイの最大戦力であるリボルバーであったのだから。ただ単に、Playmakerがハノイの騎士の予想を上回っただけのことだ。

 

 次は失敗しない。

 そのために計画を別の方向にシフトする必要がある。それが三騎士が呼ばれた理由だった。

 

 

「息子なら、ここだ」

 

 

 聖はひとつのモニターを表示させた。

 海へと沈んでく陽が、その存在を世界へ示すように眩い輝きを放つ。逆光に照られる二つ黒い人影は互いに向き合うように並び、対峙している。

 

 

「余程、Playmakerとの敗戦が堪えたようだな」

 

 

 了見と結。

 彼らはデッキ調整に熱中しすぎて時間を忘れていた。

 聖は己の子供たちに向けて笑みを浮かべる。他の三騎士もまた同様だ。あれこそが、ここにいる皆が守りたかったものなのだから。

 

 

『【リボルブート・セクター】の効果発動。相手フィールドのモンスターとの差分、墓地から【ヴァレット】モンスターを特殊召喚する。

 よって、私は2体墓地から特殊召喚!』

 

『であればわたくしは【メルフィー・パピィ】さんと【メルフィー・キャシィ】さんの効果で手札に戻します〜。

 キャシィさんの効果で【レスキュー・ラビット】を手札に、パピィさんの効果で【森の聖獣カラントーサ】さんを特殊召喚いたしますわ〜。

 あと、カラントーサさんの効果で【ヴァレット・トレーサー】さんを破壊してくださいます〜』

 

『【ヴァレット・トレーサー】の効果発動。自身を破壊し、デッキから新たに【ヴァレット】モンスターを特殊召喚する。来い、【ヴァレット・シンクロン】! 

 私は、更に手札から特殊召喚したレベル7の【アブソルーター・ドラゴン】に、レベル1の【ヴァレット・シンクロン】をチューニング!』

 

S(サベージ)・ドラゴンまで……!」

 

 

 その割にはちょっと殺伐すぎる気はするが。

 

 

「相変わらず何というか、遊びがないな」

 

「うーむ、こちらから見ている分はいいですが、相手にはなりたくないですねぇ……」

 

 

 バイラやファウストはともかく、変わり者のDr.ゲノムでさえ引き攣った笑みのまま動いていない。

 

 当の本人たちはいつも通りキャッキャウフフしているつもりなのだから始末に負えない。財前兄妹が見たら何というのだろうか。

 

 

「何を言うのです」

 

 

 そんな一同を否定するように現れるのはスペクターである。

 

 

「血の分けた兄妹だからこそ、全力でぶつかり合い、全力で傷つけ合い、全力で称えあう。手加減など無粋の極み。この瞬間こそ、お二人の兄妹“愛”が表れているのです!」

 

 

 彼は美しい絵画に出会ったかのように恍惚とした表情でモニターに釘付けになっていた。

 スペクターはブルーエンジェルの一件から顔が割れてしまっている関係で、今回の作戦には不参加となっている。

 

 つまり、呼ばれていないのに突然来たわけだ。

 さらにはこうして後方で腕を組みながら解説をしている。いや、言っていることは間違っていないのだが、彼が口にすると何か気持ち悪かった。

 

 聖はそんなことを気に留めず、ただ黙って二人の子供を見ていた。止めることなぞ親であってもしてはいけない。スペクターではないが、今この瞬間こそ、彼らが正しく家族としていられているのだから。

 

 ふと、目を閉じる。

 ここまでの過去を思い返すと、彼の心境としては複雑の一言に尽きた。

 ロスト事件は、親の自分だけでなく子供たちも変えてしまった。

 息子は心に深い傷を負い、親の残した汚点を払拭すべく、全ての罪を背負う覚悟で犯罪行為に手を染めている。

 娘は道を踏み外すことはないにしても、真っ当な生活を送れなくなり、目に見えない友人たちと言葉を交わすようになった。

 

 ああ、あの事件さえ起こさなければ──────今頃自分も現実で二人と笑い合えたのだろうか。

 自分はただ、家から見えるあの光差す道を見た感動を、他の人たちにも見てもらえるような世の中にしたかっただけなのに。

 

 ……自分も長くはない。故に、この光景を目に焼き付けておこう。

 そう心に決めた聖が目を開けると、盤面は終盤へと動いていた。

 両者とも、手札もライフも残り僅か。フィールドもまた殺風景なものとなっていた。

 

 

 

 

 ──────ただ一体、宙に君臨する雷光の翼を除けば。

 

 

「うわでた」

 

 

 これにはスペクターも含め、げんなりとした声が一同揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよろしいんですの〜?」

 

「ああ──────最高だよ、結」

 

 

 現実の了見は好戦的な笑みを浮かべていた。

 今回のデュエルはあくまで調整。

 しかし、あらかじめ彼は妹にこの状況を作ることをお願いしていた。

 

 【天霆號アーゼウス】。

 オーバレイユニットを二つ取り除くことで、相手ターンのいつどの場面でも、フィールドを一掃する効果を持つ恐るべきモンスター。しかも『破壊』ではなく『墓地へ送る』効果であり、『破壊』されることで効果が発動する【ヴァレット】モンスターは勿論、了見のエースモンスターも相性が良くない存在であった。

 さらに、アーゼウスの周りには光の粒子が4つ舞っていた。コクピットの中には縞模様の角を持った【メルフィー・マミィ】の姿が見える。

 

 了見の手札は2枚。結の手札も2枚。

 大量の【メルフィー】モンスターで【メルフィー・マミィ】を召喚した関係でエンドフェイズ時に展開できるほどのモンスターが居なくなったのは幸いだった。

 

 互いにライフは下級モンスターの攻撃で負ける寸前。

 この状況を意味することは三つ。

 

 一つ、了見は最低2回は仕切り直さないと対抗すらできない。

 二つ、仮に突破しても攻撃力3,000の最上級モンスターが待っている。

 三つ、それは──────

 

 

「これを突破しなければ、私は、ヤツには──────Playmakerには勝てないということだ!」

 

「ぷれいめーかー、ってどなたですの〜?」

 

 

 意を決したドローは風を切り、結の髪を撫でる。

 少女はこの日、兄の宿敵となる者の名を知った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 時は進み、Cafe nagiのキッチンカー内部。

 改造されて原型を失くして久しい移動式のハッキング設備と化した拠点では、遊作のデュエルディスクの解析が進められていた。

 

 SOLテクノロジーのデータベースで入手した事件の情報。サーバー内で対面した財前晃は言った。

 この中に、事件の“首謀者”の名前が記されていた、と。

 

 初めは雲を掴むかのような道のりだった。しかし、一気に真相へと近づく有力な情報が今この手の中にある。危険な賭けは見事、遊作が最も欲するものを手に入れることができた。

 

 

「これだ!」

 

 

 大量のファイルからひとつを展開する。

 映し出されたのは一人の男の経歴と写真、そして名前であった。

 

 

「鴻上聖。ロスト事件──────もとい、ハノイプロジェクトの立案、実行。

 既に死んでいる……だと?」

 

『なんだよ死んじゃってんのか。これじゃあ事件は闇の中ってか? 残念だったな、遊作』

 

 

 死人に口なし。

 SOLテクノロジーが闇に葬ろうとした事件を知る者は誰もいない。遊作たちが復讐する相手は既にこの世を去ってしまっていたわけだ。

 被害者の身内である草薙は、やるせない気持ちではあるが、どこかホッとしている気がした。

 弟を苦しめた人間は、自分たちが手を下すこともなく報いを受けている。これでもう復讐に区切りがつけられるのではないかと。

 

 

「遊作?」

 

 

 実際の被害者はどうなのだろう、と草薙は遊作の顔を覗く。

 草薙とは異なり、彼は目を見開いていた。

 脂汗が顔を伝う。信じられないものを見たかのように、ある記述から目が離せなくなっている。

 

 それは死亡したという情報ではない。

 首謀者の苗字(・・)、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

こう(・・)がみ(・・)…………!?」

 

 

 奇しくも、最近仲が良くなった友人と全く同じであったのだから。

 

 

 

 




 リボルバー様効果処理多すぎて底知れぬ絶望の淵に沈みました。
 これからもほどほどにやっていきたいですね。


 ◆◇◆ 以下、解説にもならない雑記 ◆◇◆


・葵ちゃん家のお手伝いロボット
 葵ちゃんから煙たがられ、お兄様からは(非常時とはいえ)「どけ!」と打たれる不憫な子。下手したらアベンジ要素多めのロボッピ2号的な存在になってもおかしくないのではと思ったが、そんなことはなかった。


・ヴァレルロード・S(サベージ)・ドラゴン
 二期から登場するはずだったリボルバーのシンクロモンスター。
 召喚時に墓地のリンクモンスターを装備し、その攻撃力を得る。さらにリンクの数だけカウンターを乗せて、ターン1制限はあるにしてもカウンターの数だけ相手の魔法・罠・モンスター効果を無効にする汎用性の高い性能を持ち、他のテーマデッキにも出張することが多い。
 主人公の影響でリンク以外の召喚法を使うようになり、Playmaker相手なら妨害の手段は豊富に必要だと判断した早期採用することになった。


・メルフィー・マミィ
 正規メルフィー。毎ターン素材を追加する効果と、素材の数だけ効果が追加されるタイプのエクシーズモンスター。素材が3枚で戦闘耐性、4枚でダメージ耐性、5枚揃えば攻撃したモンスターの攻撃力分のバーンダメージを与えるユベルもどきと化す。やっぱり愛だよね!
 今回はありったけ素材を重ねてロボのパイロットになってもらった。本当の出番はまた後ほど。


天霆號(ネガロギア)アーゼウス
 世紀末メルフィー。とうとう出てきた環境破壊ロボ。
 ターン1制限無しで全体墓地送りというランク12に相応しい能力があるが、『戦闘を行ったターンであればどのエクシーズモンスターの上に重ねられる』とかいうガバガバ条件で召喚できるやべーやつ。効果耐性がないのが幸いか。
 今回はリボルバー様のご意向でアーゼウス道場を開くことになった。素材が6枚から開始し、エンドフェイズに一度効果を使ったため4枚スタート。相性は良いわけではないが、破壊手段が豊富な【ヴァレル】であれば突破は難しくないかもしれない。きっと【ヴァレルロード・ドラゴン】と殴り合い宇宙していると思われる。


・一滴か無限泡影を握っていないのが悪い。
 効果無効は大事だが、それを言ってしまったらおしまいである。


・藤木遊作
 ロブスターみたいな髪型をしている主人公。拙作では草薙側の願いも無意識に汲んでいることや、学校でいい空気を吸っていることもあり、少しだけ性格が前向きになっている。復讐が終わった二期は高校生活エンジョイする日常回があるんやろなぁ……。
 しかし現在「今明かされる衝撃の真実ゥ」の真っ最中。強く生きてほしい。

 ※足りないところはwikiを見てください。


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ハノイの騎士編︰顔?

 ちょっと遅くなりました。
 評価バーが端まで赤くなって大変励みになっています。展開は牛歩ですがお付き合いいただけると幸いです。

 早くわくわくうきうきしてェ〜〜〜!!!

 時系列的にはアニメ24〜29話くらいです。



 LINK VRAINSでの戦いが激しくなる中でも日常は過ぎていく。

 遊作も学生である以上は学校には行かざるを得ない。普段からやることはやっていないと、悪目立ちする可能性はある。それは遊作にとっても不本意な話なのだ。

 

 

「で、これがGo鬼塚。こっちがブルーエンジェル」

 

「まあ〜」

 

 

 一通り授業を終え、草薙のもとへ向かおうとする。

 その視界の端に、いつもの二人がひとつのタブレットを覗いている姿が見えた。

 また結が何か壊したのか、と恐る恐る声をかけた。

 

 

「……何をやってるんだ?」

 

「オッス、藤木! 鴻上のやつがLINK VRAINSで活躍中のデュエリストを知りたいってな!」

 

「鴻上が?」

 

 

 意外な名前が出てきた。

 一方的に島が話しているわけではなく、単純に結が説明を頼んできたとのことだ。

 

 いつもなら「変わったお名前ですわね〜」と聞いているのか聞いていないような呑気な反応しか帰ってこないはずだが、結は熱心に頷きながら聞き入っていた。

 

 

「で、これが今最もアツいデュエリスト──────Playmakerだ!」

 

「この方が〜、なるほど〜」

 

 

 先程の反応よりも少し異なる反応。

 元々名前だけは知っていたような反応に、大ファンの島はつい饒舌になる。

 

 

「LINK VRAINSで悪さしているハノイの騎士ってやつらを倒して回っている俺達のヒーローさ!」

 

「騎士様なのに悪い方々なのですか〜?」

 

「そりゃあもうそうだよ! だって近頃犠牲者が増えている“()()()()事件”だって、きっとあいつらのせいだろ!」

 

「“()()()()”だろう」

 

「うっせ、悪かったなァ!」

 

「あなざーじけん?」

 

 

 また新しい言葉が出てきたと、顎に手を当てる結。

 各メディアが大々的にニュースとして取り上げられているにもかかわらず、この少女には初耳だった。

 

 遊作はざっと掻い摘んで説明した。

 旧型のデュエルディスクをつけたデュエリストを狙い、LINK VRAINSに強制的にログインされ──────その後に意識が戻らなくなる事件のこと。

 さらに、ハノイの騎士とのデュエルに負けるとまたアナザーにされてしまう。この前、首謀者の一人をGo鬼塚が倒すことに成功したが、除去プログラムを手に入れるしか治療方法がなく、未だ解決の糸口が見えていない状況であった。

 

 

「意識不明……」

 

 

 すると、鴻上が目を見開いて驚いていた。

 今日一番、いや出会ってから一番の反応だったかもしれない。

 

 

「鴻上?」

 

「お、おい。どうした?」

 

「い、いえ、その」

 

 

 話をしていた島がおろおろと慌て始める。

 結はひとつ咳払いをして、失礼しましたといつもの朗らかな笑顔に戻った。

 

 

「わたくしのお父様と同じような状態で、少し動転してしまいまして〜」

 

「父親が?」

 

「ああ、介護しているってやつ?」

 

 

 遊作は島の方を向くが、島の方は呆れた視線で返す。話をしている最中に帰り始めたのはお前だろこの野郎、と語っていた。

 

 

「ですが、お父様の意識が戻らないのは今から何年も前からのこと。あざなーじけんとは関係なそうですわね〜」

 

「アナザー事件、な!」

 

「お前もさっき間違えていただろう」

 

 

 変わらない調子の良さを見せる島。

 一方、どこか様子のおかしい結に対して遊作は視線が向く。

 

 

()()

 

「はい?」

 

 

 遊作はこの二文字を口にすると、どこか自分の言葉ではない気がするようになってしまった。

 階段状の教室、遊作を見上げる結に対して、つい遊作は目を逸らしてしまう。

 

 

「……いや、何か悩みがあったら言ってくれ。力になれるかもしれない」

 

「ありがとうございます〜。藤木くんはお優しいですわね〜」

 

 

 手を合わせて笑顔を向けられる。

 遊作もいつも通りの表情で返しているのか自身でも心配なのか、無性に鏡を見たくなる気持ちだった。

 

 

「あ、であればおひとつだけ」

 

 

 細くて小さい人差し指がひとつ立ち上がる。

 顔は笑顔であったが、その目は間違いなく真剣なものだった。

 

 

「今度、本気で(・・・)でゅえるいたしましょう〜。わたくし、負けませんわ〜」

 

「そうだな。また今度やろう」

 

 

 鞄を背に遊作は教室を後にした。

 運良く、誰も彼が少し足早だったことに気づいた者はいなかったが、注視すると逃げるように見えたのかもしれない。

 

 

『結局聞けなかったな』

 

「何がだ」

 

 

 校舎を出て、通学路の河川敷を歩く。

 既に同じ制服の者もいなくなったのを見計らって、ようやくAiからそんな声が投げかけられた。

 

 

『何がって、決まってんだろー。お前の父親は(・・・・・・)鴻上博士なのか(・・・・・・・)、って』

 

「確認するだけ無駄だ」

 

 

 ロスト事件の首謀者である、鴻上聖。

 それと同じ苗字を持つ、鴻上結。

 

 知った際は面食らった遊作だが、改めて考えると彼女がロスト事件やハノイの騎士と関わりのある人間とは思えなかった。

 

 理由は三つ。

 一つ、結は遊作と年齢が同じだ。10年前に起きたロスト事件に加担することは非現実的だ。

 二つ、結は意識不明とはいえ父親と暮らしていると言った。鴻上博士が亡くなっているという、SOLテクノロジーにあった機密データと辻褄が合わない。

 三つ、これが最大の理由だ。

 

 

「あんな機械音痴がハノイに居るわけない」

 

『ソダネー』

 

 

 世界規模のハッカー集団が、触るだけで機械を壊す奇天烈な女を置いておくだろうか。いやない。

 このことを話した草薙も納得しており、“要注意”に留める程度で、容疑者からは外すことにしていた。

 

 引っかかることとしては、彼女のデュエリストとしての腕だろうか。

 おそらくハノイの騎士でも勝てる人間は限られているはず。それこそ、Playmakerでもなんとか辛勝することができたリボルバーとも、いい勝負ができるかもしれない。

 果たしてそのような腕を持つ者が、如何にして生まれたのかは気になるところだ。

 

 それともう一つ気になることと言えば──────

 Playmakerの画像を見たとき、ふと遊作を見たのは気のせいだろうか。

 

 

「とにかく、あいつは苗字が同じだけだ」

 

『人間の名前って難しいよなぁ。もっとシンプルにすればいいのによ』

 

「そうだな。お前の単純さには勝てないな」

 

『お前がつけたんだろ──!!!』

 

 

 何度めかわからないやり取りをしながらも遊作の心は晴れない。三つの理由を挙げたのは、決して正当性を証明するためだけではない。彼女に、そんな暗い面があってたまるかという都合(りそう)を通すため。

 

 結局のところ──────単に、彼は安心したかっただけなのだ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「デュエル部の活動休止なんてあんまりですわ〜」

 

「まあ仕方ないよね。部長も皆を危険な目にあわせたくないわけだし」

 

 

 結もまた、葵と通学路を歩いていた。

 暇を見つけて部活動に出てみれば、部長からアナザー事件の収束までデュエル部の活動を休止することを決定したと告げられた。

 

 結は不満はあったが声には出さなかった。別に、LINK VRAINSに入らなくてもデュエルはできるもの。そもそも、彼女にとってデュエルはテーブルで行うものと、デュエルディスクのAR型のソリッドビジョンを使用したものだ。今までの活動のように、デッキの構築を話し合ったりする活動は続けていいのでは、とも思った。

 しかし、仮にアナザー事件に巻き込まれて意識を失い、残された家族がどう思うかと考えれば、他人事ではないからだ。

 

 部員の大多数は賛成したが、最後までブー垂れていたのは島である。それも敢え無く撃沈したわけだが。

 不本意にも時間ができてしまった二人。

 デュエル部の活動ができなくても、他にもできることはある。

 

 

「であればカードショップにでも参りましょうか〜。新しい“おともだち”をお迎えにあがりたく〜」

 

「うん。──────きゃっ」

 

 

 ふと、横をバイクが横切る。

 改造されているために加速力が異常なためか、上昇気流が舞い上がる。

 思わずスカートを手で抑える葵と、カードのことしか考えていないノーガードの結。

 しかし、結のスカートは全く動かない。不思議な力に守られているためか、針金でも入っているのかと思うほどに不動であった。

 

 葵がバイクの方を睨むと、不意に運転手が降りてきた。

 

 

「そこのお二人、いいかしら?」

 

「貴女は……」

 

 

 ヘルメットを外すと、彼女らと同じく女性の顔が顕になる。特徴的な長髪と、ライダースーツで更に際立つプロポーション。葵としては初対面の筈だが、どこか面影があった。

 

 

「葵ちゃんのお知り合いでしょうか〜? 随分お綺麗な方ですが〜」

 

「ええ、一応そうなるわね。可愛らしいお嬢さん」

 

「まあ、褒められてしまいましたわ〜」

 

「それで、何の用ですか。私、貴女とは初対面だと思うんですけど」

 

 

 友達がいいようにあしらわれているのも面白くなく、葵はつい強い口調で質問した。

 そよ風のように流して、ライダースーツの女性はヘルメットを背負いながら笑顔で否定した。

 

 

「そんなことないと思うけど、ブルーエンジェル(・・・・・・・・)?」

 

 

 この食えない感じ。

 ああ──────間違いなくゴーストガールだ。

 

 電脳トレジャーハンターと呼ばれる情報屋。

 葵の兄である財前晃とは、SOLテクノロジーを介さない個人的なビジネスパートナー。

 Playmakerを罠に嵌めながらも時には助け、それはそれとしてお宝はいただいていく、ちゃっかりとした性格の女性だった。

 

 

「ここだと何だし、付き合ってくれないかしら?」

 

 

 そんな彼女からの呼び出しに、身構えるななんてできるわけがないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「なんなの、あの人。勝手に説教してきて」

 

 

 一通り話しを終えると、夕方になりゴーストガールは去っていった。

 何か弱みを握られることもなく、ただ煽られただけだった。

 ブルーエンジェルは廃業したのかー、お兄様に認められたかっただけだもんねー、とそんなことばかり口にして。

 

 

「あの方、一体何を仰りたかったのでしょう〜?」

 

「わかんない。あと、ごめんね。なんか遊びに行く気分じゃなくなっちゃった」

 

「構いませんわ〜。またの機会にいたしましょう〜」

 

 

 虫の居所が悪い中、一緒に行っても楽しめないだろう。気を遣わせてしまって申し訳ないが、葵としてはもう一つ確認しておかないといけないことがあった。

 

 

「それと、驚かせちゃったよね」

 

「? 何がですか?」

 

「私がブルーエンジェルってこと」

 

 

 さらっと、ゴーストガールは爆弾を残していった。

 葵の気を引くためにはブルーエンジェルの名前を出さないといけなかったのだろうが、何も関係がない結が一緒にいるにもかかわらず口にするのはどうかと思う。

 

 案の定、結の方はキョトンとしていた。

 それはそうだろう。葵は冷静に分析した。

 いきなり自分がLINK VRAINSでアイドルをやっているなんて信じるわけ──────

 

 

 

 

 

 

 

「? いえ、元より知っておりましたよ?」

 

 

 コテン、と首を傾げた。

 葵も一瞬、首を傾げた。

 

 

 

「嘘っ!?」

 

 

 ここ最近で一番の大声が出てしまった。

 失礼だが、ネットのネの文字もわからないような友達に、いつの間にか特定されていたなんて誰が思うだろうか。

 

 

「い、いつから……?」

 

「本日、島くんから画像を見せていただいた時からですが〜? 葵ちゃんがとっても可愛らしくて、わたくし胸がきゅんきゅんしましたわ〜」

 

 

 ついさっきだった。

 褒められるのは嬉しいが、自分がキャピキャピしたアイドルをやっていることを知られた恥ずかしさなど様々な感情が渦巻き、顔を手で覆ってしまう。

 

 というか、島直樹の名前が出てきたということは、他の者にも知られているのでは──────? 

 一瞬思ったが、その可能性はないはずだ。

 同級生にカリスマデュエリストがいれば、彼が黙っていないはず。島直樹は明らかに態度を隠せるタイプの人間じゃない。部活でもいつも通りだった以上、その心配はないはずだ。

 

 

「ま、待って! つまり、結って画像を見ただけでわかったの!?」

 

「わたくし、人を見た目だけで見ない性格ですので〜」

 

 

 いや画像で判断できたということは見た目で判断しているではないか。

 そんなツッコミをする余裕もなく、ため息とともに河川敷の柵にもたれ掛かる。

 

 

「一応だけど、このことは……」

 

「もちろん、公言したりなどいたしませんわ〜」

 

 

 ネットリテラシーの有無はともかく、他人が嫌がることはしないのが結のいいところだった。

 良い友人を持ったことに安堵しながら、心を落ち着かせる葵。思わぬ身バレ顔バレされてしまったが、話を戻すことになる。

 

 

「葵ちゃんは、ハノイの騎士さんと戦いたくないのですか?」

 

「それは……そんなことないけど……」

 

 

 結局、ゴーストガールから言われたのはそういうことだ。

 PlaymakerとGo鬼塚がハノイの騎士と戦っている。共闘を持ちかけられたが断ってしまった。自分が何のためにデュエルをするのかわからなくなってしまったから。

 確かに、元々は兄に認められたい一心でやっていた。

 兄の想いを知った以上、戦う理由なんて──────

 

 

「なら、わたくしがハノイの騎士さんと戦いますわ〜!」

 

「え、ちょっ、結!?」

 

 

 むん、と両腕で力こぶを作る結。

 奇しくもGo鬼塚がよくやるサムズアップだ。

 だが悲しいかな、その二の腕はぷにぷにだった。

 

 

「わたくしの腕は葵ちゃんもご存知のはず。島くんが言っていたように、りんくゔれいんずの平和はわたくしたちが守るんですの〜!」

 

「ええぇ……」

 

 

 まあ確かに、彼女の実力ならハノイの騎士には遅れは取らない。

 どいつもこいつもライオンに食べられるか、ロボに全て焼き尽くされるか、パンプアップしてムキムキになったメルフィーたちにタコ殴りにされるだろう。カリスマデュエリストも真っ青な惨状になるに違いない。

 

 

「ところで、りんくゔれいんずとは、どこで買えるんでしょうか〜?」

 

 

 だが残念かな。彼女の知識は年配の人間よりも酷い有様だ。この様子では舞台にあがることはないだろう。

 

 おかしくなって、つい笑ってしまう葵。

 さっきまでのムカついた感情もどこかに行ってしまった。こんな何気ないやり取りができるように、戦わなければならないのかもしれない。

 

 

「ふふっ、もういいよ、結。色々とありがとう」

 

「? よくわかりませんが、葵ちゃんが元気になったようで何よりですわ〜」

 

 

 自分のためにも、友のためにも、どこかで応援してくれる皆のためにも、自分は自分のデュエルをする。葵は少しだけ前向きになることができた。

 

 こうして今宵、LINK VRAINSにブルーエンジェルは再び舞い降りることになる。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「ということがありましたの〜」

 

「──────」

 

 

 夕食時、そんなやり取りを妹から告げられると。了見の手からフォークが落ちる。

 幸い、テーブルの上からは落ちなかったが、突き刺していたトマトがシーツを赤く染めた。

 

 

「あら、いかがなさいましたかお兄様? もしかして、本日の味付けは好みではありませんでしたでしょうか?」

 

「そ、そんなことはない。結の料理はいつも美味しいからね」

 

「まあ、ありがとうございます〜」

 

 

 えへえへと照れる結を尻目に、了見は目頭を指で摘む。

 ハノイの騎士と戦う。

 いつか来るとは思っていて身構えていたが、まさかこのタイミングだとは思わなかった。

 

 妹よ。目の前にいる兄こそ、そのリーダーなのだと。

 そんなこと果たして言える人間が言えるだろうか。

 

 

「それと、ハノイの騎士と関わるのはやめておきなさい」

 

「どうしてですの〜?」

 

 

 なぜか、と聞かれれば当然了見はこう答える。

 

 

「危険だからさ」

 

「でゅえるには負けませんが〜?」

 

 

 確かに、彼女の強さは了見が最も理解していた。

 故に、ここは引き下がるわけにはいかない。

 

 

「必ずしもハノイの騎士たちはデュエルで戦うとは限らない。中には平気で暴力を振るう輩もいる」

 

「むぅ、リアルファイトはよくありませんわ……」

 

 

 自ら言っていて頭が痛くなる了見。

 大きな組織である以上は一枚岩ではない。

 三騎士の他にも末端の部下はいるが、結局は無法者で構成された烏合の衆。ハノイの騎士の崇高な使命以外にも目的がある者もいるのだ。具体的には、金銭目的のアルバイトとか。

 

 実際、ヒャッハー、と三人がかりで一般人を囲み嬲るのは序の口の部類だ。業腹だが、ボードを衝突させて落下死を誘導させるなど、デュエリストの風上にも置けない輩がいるのも否定できなかった。

 

 

「デュエル部の部長も、結たちが心配だからLINK VRAINSをやらないようにと言ってくれているんだ。せっかくの厚意を無駄にするのは良くない」

 

「それはそうですわね。わかりましたわ〜」

 

 

 食後のコーヒーを口に含めながら内心ホッとしている了見。昔からこのような言い方をすれば大抵引き下がってくれるのだ。

 

 ……実は、手下の強化プログラムとして、結をベースとしたデッキとAIに勝つことができたら、幹部に昇進できるという条件でデュエルさせたことがあった。

 結果として、勝者は誰も現れなかった。下っ端はフリーチェーンでやってくる制限無し墓地送り効果にはなす術無くやられてしまう。

 

 

『なんでメルフィーの森に機械があんだよ!』

 

『世界観はどうなってんだ世界観は!』

 

 

 これは無残に敗北した、偏った思想を持った手下の一人が口にしていた言葉である。幹部含め何人も頷いていた。

 

 実際、結に勝つことができるデュエリストはハノイの騎士の中では了見だけ。三騎士も含め、皆メルフィーによって何度も倒されてしまっている。

 もし敵に回ったら、なんて考えるだけでもおぞましい。

 

 

「それに、心配することはないさ。もうじきハノイの騎士は無くなるからね」

 

「そうなのですか〜? お兄さまは何でもご存知なのですね〜」

 

「仕事柄、どうしてもそういう情報が入ってくるだけだよ」

 

 

 言っていることは間違っていない。

 ハノイの塔が完成すれば、ネットワークそのものが壊れ、忌まわしきイグニスも消え、同時にハノイの騎士も役目を終える。

 本当ならこんな手段を取る前に、イグニスを確保したかった。しかし、ハノイの騎士はもう手段を選んでいる余裕はないのだ。

 

 

「そうだ。実は結にプレゼントがあるんだ」

 

「プレゼント?」

 

 

 嘘と屁理屈で固めた顔を隠すように後ろを振り向く。了見は、あらかじめデッキから抜いていた一枚の青いカードを差し出した。

 

 

「これは……お兄さまのカードですわ〜!」

 

「何かあった時はこれを使うといい。きっと結の力になれるはずだ」

 

 

 わーい、とくるくる回る結を見て、昔のことを思い出していた。

 花でも何でも、小さい頃からプレゼントをあげると決まってこのような反応が返ってくる。それをどこか懐かしむ気持ちで眺めていた。

 

 

「こうしてはいられませんわ〜。わたくし、自室でデッキを組み直しますの〜」

 

 

 テーブルを立ち上がり、小走りで自室へと戻っていく。了見も、感傷を振り切るように夕食の席を後にする。

 

 

「あ、お兄さま」

 

「どうした?」

 

 

 呼び止められた了見は結へと向き合う。

 

 

「お兄さまは──────どこにも(・・・・)行かれませんよね?」

 

 

 いつも通りの笑顔で、結は問いかけた。

 明日の晩御飯を聞くような何気ない疑問。

 しかし、了見は心臓を掴まれたような気がして、必死に動揺を隠す。

 

 

「もちろんさ。どこか遠くへ行っても、必ず結のもとへ戻ってくるさ」

 

「うふふ、約束ですわ〜」

 

 

 今度こそ、同じ色の髪を翻して部屋へと戻っていく背をただただ見つめる。

 姿が見えなくなると同時に、風船のように肺の奥に溜まった空気が抜けきる錯覚を覚えた。

 

 ……変わらないと思ったが、聡い子だった。

 

 父の死期を悟っているのか、それとも自分がこれから行う所業の果てを感じ取っているのか。

 

 

「許してくれ、結」

 

 

 了見は目を伏せて謝ることしかできない。

 塔はもう、動き出してしまったのだから。





 今回は普段少ないデュエル描写が更にないせいでネタも挟めず、あまり動きのない回になってしまいましたね。
 次回はかなり時系列が飛びます。



 ◆◇◆ 以下、解説にもならない雑記 ◆◇◆


※ソリッドビジョンシステムについて
 本作ではLINK VRAINSにログインしなくても他の遊戯王シリーズと同様に通常のソリッドビジョンシステムは使える解釈としております。
 LINK VRAINS限定だったらブレイヴマックスこと島くんは今までデュエル部で何してきたのかってなるので。しかし、システムの完成度としてはLINK VRAINS内の方が圧倒的に上なので既に形骸化寸前のものとなっています。
 主人公は機械音痴の癖にデュエルはできる……妙だな……?


・ハノイの騎士(したっぱ)
 某世紀末のように弱者を囲んで棒で叩いたり、完璧な手札だったりするモブのくせにネタに事欠かない連中。リボルバーがしれっと1000人を超える人間が集まったと言っていたが、LINK VRAINS内にそれだけのユーザーがいるとなっていると、実は遊戯王ワールドの中でもクラッシュタウンレベルに治安が悪いのかもしれない。奴らを普通に拘束しろ!


・別所エマ(ゴーストガール)
 無限泡影オルターガイストお姉さん。主人公と鴻上博士の関係に何か感づいてもおかしくはなかったが、長年の直感か「とんでもないしっぺ返しが待ってそう」と身を引いた。
 なお、もし周辺調査を行っていたらバチクソキレたリボルバーとスペクターにフルボッコされる罠が待っている模様。危険の中にお宝は眠っていることはわかっても、ちゃんと引き際は弁えていた。


・スペクター
 描写し切れないので泣く泣くカットしたが、実は葵とのキャッキャウフフにハンカチを噛み締めながら眺めている。おかげでハノイの塔との決戦で4割増しくらいに痛ぶられることになる。


・偏った思想を持った手下の一人
 変だよ……。


・了見からのプレゼント
 やったねメルフィーのみんな!仲間が増えるよ!
 リボルバーに関連していて、メルフィーの決定力不足を補えるモンスターと言えば、自ずと答えが出てくる……かもしれない。


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ハノイの騎士編︰消失?


 そろそろ「おい、デュエル(描写)しろよ」とか言われそうでビクビクしていますが、これでハノイの騎士編は終わりです。

 時系列的にはアニメの32〜46話あたりです。



 人類滅亡の危機と聞いて、何を想像するだろうか。

 大地を割るほどの地震や全てを飲み込む津波。

 未来や外宇宙、あるいは別次元からの侵略者の襲来もあるだろう。人それぞれの捉え方により千差万別あるはずだ。

 

 つまり、この文明社会において依存度の高い“ネットワーク”の崩壊も立派な人類滅亡の危機とも言えるだろう。

 直接的に人の生き死に関わるわけではないが、人類の文明は遥か数十年回帰することになる。少なくとも医療などが立ち行かなくなり、人類の何割かは影響を受けることになる。果たして、それに人類が耐えられるかは、まさに“神のみぞ知る”ことだろう。

 そんな机上の空論を考えることは、余程の変わり者でなければあり得ない。

 

 実際にその問題に直面しなければ、の話だが。

 

 

「やべぇよ、やべぇよー! やべぇって!」

 

 

 Den cityの中央広場。

 大型モニターにはニュース番組が流れる。動物園でパンダが出産したなど平穏なものが流れる中、島は歩きながら手に持ったタブレットの画面を食い入っていた。

 いや、もはや中の世界を覗き込もうとしているように画面を顔に貼り付けている。

 

 痛々しい様子をしているのも無理はない。

 彼が見ているネット中継には、現在のLINK VRAINS内の生中継が放送されている。

 画面には荒廃したLINK VRAINSの街並みと、そびえ立とうとするひとつの塔。そして、データにされた一人の男。

 

 ちっぽけな正義感よりも危機感の方が遥かに勝るこの状況。さすがの島もLINK VRAINSには近づかないことを決め、英雄の登場を待つことにした。

 

 ちょうど近くにあったベンチに座る。

 梅雨が近づいているせいで蒸し暑くなる時期でも、カラッとした春の陽気が心地よい。大変なことになっているLINK VRAINSとは対照的な光景が広がっていた。

 

 

「ぽけー…………」

 

 

 ふと、隣をよく見てみれば、よく話す女子が空を見上げながらぼーっとしている。

 まさに現実の平和さを具現化した存在に、島は温度差で頭が痛くなりそうだった。

 

 

「……鴻上、お前なにやってんの?」

 

「あら、島くんごきげんよう〜。わたくしは日向ぼっこしている最中ですわ〜。本日はお日柄も良く〜」

 

「うっわ、呑気だな」

 

 

 短い高校生活の中で相当贅沢な使い方をしていると思った。まあ島もネット中継に夢中なのであまり人のことを言えないのだが。

 

 

「ああ違う。今それどころじゃないんだった。LINK VRAINSがやべぇことになってんだよ!」

 

「やべぇことですの〜?」

 

 

 おそらく半分寝ていると言われてもおかしくない緊張感のない返事をする結。

 口でどうこう説明しても伝わらないと判断した島は持っていたタブレットを彼女が触れない程度の距離を保ちながら見せつけた。

 

 

『“警告”です。

 今、LINK VRAINSに入れば、彼のようにデータになってもらいます。

 それでも構わないという方はどうぞご自由に』

 

 

 ちょうど、LINK VRAINSの中でも動きがあった。

 ひとりの男がハノイの騎士とデュエルし、無残にも敗北した末路を見せつけられる。

 

 確か、記者会見でも出ていたSOLテクノロジーのセキュリティ部長の北村だったか。情けなく命乞いをしてみっともないと思った島だが、つい最近自分も同じようなことを口にしたため強く出れない。

 

 パッと見“とんでもないことをしようとしている”ことしかわからないが、ハノイの騎士たちの企みを阻止できるのは、あの男しかいないのだ。

 

 

「くっそ〜、ハノイの騎士のやつら〜! もうすぐPlaymakerたちがやってきてギッタンギッタンにやってくれるからなぁ〜!」

 

 

 彼もこの光景を目にしているに違いない。

 それに、Go鬼塚やブルーエンジェルだって、この危機に立ち向かうはず。

 今に見てろ、と画面を睨みつけると、今度は結の方に視線を向ける。どうだ、これでどんな状況かわかっただろうと反応を期待していた。

 

 

「あら、スペクターさん?」

 

「へ?」

 

 

 結は目を丸くして、残った男の方を見ていた。

 さらに明らかな個人名を口にしていた。

 さすがの島も、結へ意識を向ける。優先順位が入れ替わった。この問いを口にせずにはいられなかったから。

 

 

「お前、ハノイの騎士と(・・・・・・・)知り合いだったのか(・・・・・・・・・)?」

 

「──────」

 

 

 いつも絶やさなかった笑みが消えた瞬間。

 入学してから一度も見ていなかった少女の表情に、島は圧倒されてしまった。

 

 

「……ごめんください」

 

 

 だからこそ、結がベンチを立ち上がって広場を離れた時に何も言えなかった。普段どおり鈍くさい動きでも、彼女にとっては出来る限りの急ぎ足で街中を駆ける。

 

 少女は、スペクターが何をしているのか、何をしようとしているのかはわからない。その結論を結びつけるための知識が、彼女には決定的に足りていない。

 故に、わかる者に聞くしか状況を理解することはできなかった。

 

 

「──────お兄さま」

 

 

 目指すは彼女の家。デッキから【メルフィー】の動物たちがぽこぽこと現れ、結の前を駆けて先導する。

 信頼する“おともだち”たちがいれば何も怖くないはずなのに、走る度に彼女の胸中にある不安な気持ちは膨らんでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いた頃には既に陽は暮れてしまっていた。

 普段歩く分には苦労はなくても、走ればさすがに健脚も悲鳴を上げる。

 肩で息をしながら周りを伺うと、時々近くで見かけるキッチンカーが玄関前に停まっていた。

 

 汗を拭くよりも前に、家の扉を開ける。

 一面の海が広がるリビング。父と兄がいる空間に、今日ばかりは客人の姿が見えた。

 

 

「鴻上……!?」

 

「藤木くん?」

 

 

 クラスメイトの、仲の良いと思っていた友人が驚きの表情を浮かべていた。

 そして、その奥には彼を睨む了見()の姿。

 

 彼女はここまでに至るまでの背景や過程は何一つ知らない。

 よく知っている者たちが多い中、悲しいまでに部外者でしかなかった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 嫌な予感が的中してしまった。

 どれだけ思いついても必死に考えないようにしていた事実が、遊作の背後からやってきてしまった。

 

 LINK VRAINSに現れた“ハノイの塔”。

 人間をデータ化するほどに膨大な情報量がカタチと化したそれは、完成したら最後──────ネットワーク全体にかつてない程の負荷を与え、波及させる形で世界中の電子機器を機能不全に貶める代物だった。

 

 最悪人類に多大な傷を残すそれは、世界を破壊するEMP兵器そのもの。しかしこれは“意志を持ったAI(イグニス)”を消すためだけに作られたのだから恐ろしい。

 標的にされたAiの立場を人間に置き換えてみれば、たった一人の人間(・・・・・・・・)を殺すために(・・・・・・)世界を滅ぼす(・・・・・・)と言っているようなもの。これを“妄執”と言わず何と言う。

 

 それを止めるべく、遊作はハノイの騎士たちとの決戦に臨んでいた。

 ゴーストガール、ブルーエンジェル、Go鬼塚。

 同じく立ち上がった仲間たちの犠牲を経て、ようやくリボルバーの元へと辿り着くことができた。

 

 彼と命運を賭けたスピードデュエルの最中、何かを察した引き分けに持ち込まれ強制的にログアウトさせられた遊作だったが、彼の溢した発言から現実でのリボルバーの居場所を突き止めることに成功する。こうして鴻上了見と対峙している中──────彼女が戻ってきてしまった。

 

 鴻上結。

 後ろめたい過去が複雑に絡み合う場面には似合わない、平和の象徴がこの場にやってきた意味を、理解せざるを得なくなってしまった。

 

 

「彼女は確か、Aiが撮影した学校の映像で……まさか!?」

 

『あいつ、やっぱり!?』

 

「……お前らの想像通りだ。そして、私のたった一人の妹でもある」

 

 

 了見が肯定したことにより、予感は確信に変わる。

 遊作は無意識に拳を握り締める。爪が掌に食い込み、血が滲み出そうになる。

 

 思えば、ハノイの塔へ目指す際に対峙したスペクターが、こんなことを言っていた。

 

 

 

 

『……正義の味方である貴方から見れば、私達は悪者なのでしょう。それは否定しません。我々はこのネットワーク社会を破壊しようとしているのですから。

 ですが、この世界に生き辛さを感じている者だっているのです。この私のように。あの方のように』

 

『あの方……?』

 

 

 スペクターの背後にそびえ立つ大樹。

 彼の母とも言える【聖天樹の大母神】が燃え尽きようとしている様子を眺めながら、力のない声で言葉を続ける。

 

 

『そう。ネットワーク社会が、文明が発展を遂げる度に、あの方の居場所がなくなっていく。ですが、この塔が完成すれば全てがゼロになるのです。

 そもそもあの方が貴方達に合わせる必要なんてない。

 貴方達が、あの方と同じ立場になるべきなのです』

 

『さっきから何言ってんだコイツ!?』

 

『私が貴方と戦う理由はイグニスを滅ぼす以外にも、大きなものがあるということですよ』

 

 

 ようやく、スペクターはPlaymakerの方へ振り向く。

 母を焼かれ、子どものように泣きじゃくった後のような顔。

 

 

『故に、私は──────貴方に負けるわけにはいかないのだ!!!!』

 

 

 しかしそれでも、戦意は折れていなかった。

 風前の灯火となったライフで、エースモンスターを失ってもなお、破竹の勢いでまくり上がろうとするスペクター。辛くも勝利を納めたが、ひとつの判断ミスでPlaymakerが負けてもおかしくない接戦であった。

 

 スペクターが口にした“あの方”。それはきっと──────

 

 

 

 

 

「そうですか。お父様は旅立たれたのですね」

 

 

 結は遊作たちに一礼をした後、了見のもと──────正確には、脇で眠る鴻上聖へと歩く。

 冷たくなった手を握り、額に当てるその顔は果たしてどんな顔をしていたのか、遊作から見えなかった。

 

 

「父さんを、頼む」

 

「わかりましたわ、お兄さま」

 

 

 父を優しく抱えて立ち上がる結。

 家の奥へと消えていく中、振り向かないまま彼女は己の兄へと声をかける。

 

 

「後ほど、詳しくお話させてください。お兄さまが一体何をやろうとしているのか」

 

「…………ああ、わかっているよ」

 

 

 家の中から彼女の気配が完全に消えるまで、誰ひとり言葉を口にしなかった。いや、できなかった。

 了見が意図したことを察した遊作と草薙は複雑そうに視線を落とすだけ。

 しかし、生存の危機が迫っているAiが口火を切る。

 

 

『へっ、やっぱり妹もハノイの騎士だったのか! 兄妹そろって俺達を騙そうとしたってそうは──────』

 

「黙れ」

 

『ひえっ』

 

「二度と世迷い言を口にするなよAI風情が。次同じ発言を聞いたら、私は今度こそ冷静でいられなくなる」

 

『す、すんません。ちょっと黙ります』

 

 

 妹に向けていた優しい様子とはうって変わり、底冷えする了見の声。今までリボルバーとして相対していた頃よりも殺気を鋭くさせたそれに、Aiはあるはずのない心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。

 

 

「妹は──────結は何も知らない。ハノイとは全く関わりのない人生を歩んでいる。SOLテクノロジーだけではない、あらゆる悪意から我々が守ってきた」

 

 

 あの一連のやり取りから、Aiを除いた遊作たちは察していた。特に、同じ学校に通い、交流してきた遊作は普段の生活を振り返り、納得する。

 

 

「……妙だとは思った。機械に触れたら爆発するウイルスなんて、ハノイの騎士でもなければ開発することはできない」

 

「それは私にもわからない」

 

『いや知らんのかい!?』

 

 

 黙ると言っていたAiが飛び出してきた。

 

 

「私達が仕込んだのはハッキングや個人情報を抜き取ろうとするシステムに対する迎撃プログラムだけだ」

 

 

 了見はデュエルディスクを見せつけるように腕を掲げる。

 なるほど、肌見放さず持ち歩くデュエルディスクであれば、その仕込みによる防衛は効果的に働くに違いない。

 

 

「そもそも、触れるだけで機械を破壊するような御伽噺のようなことがあってたまるか」

 

 

『だから、なってる、やろがい!』

 

 

 さらにAiが大声で主張する。

 普段の行いはアレだが、こういう時に遊作を含めたこの場にいる一同の気持ちを代弁してくれるのは有難かった。実際、最低限の緊張感は保つことができている。

 

 遊作は一歩踏み出し、最も確認を取りたかったことを口にした。

 

 

「本当に、鴻上結はハノイとは関係ないんだな?」

 

「ああ。ロスト事件も、父が昏睡状態になった理由も知らない。ハノイの活動については今さっき感づいたようだがな」

 

 

 どこで手段を誤ったのか、と自嘲する了見。

 遊作はここでようやく、握った拳の力を解くことができた。

 

 

「勘違いするな。お前を安心させるために言っているのではない。お前らの勝手な想像で妹の名誉を汚されることが不本意なだけだ。

 ──────これは私だけではなく、父を含めたハノイの騎士の総意だ」

 

「余程大事にされてるんだな……」

 

 

 草薙の口からこぼれたのは、そんな複雑な思いだった。

 了見や結。鴻上博士からは確かに己の子供に向けた思いやりや後ろめたさが垣間見えた。

 ならば、その気持ちを少しでも被害者の子供たちや、その家族にも向けてくれても良かっただろうに──────

 

 ……今更、こんなことを口にしても無意味だと理性が止めた。この場にいる者は、ロスト事件の被害者しか残っていないのだから。

 

 

「無駄話も終わりだ。決着をつけるぞ、藤木遊作」

 

「……どうしても戦うしかないのか」

 

「くどいと言っている」

 

 

 和解の道はない。

 了見は父の悲願を叶えるために戦うしかない。仲間たちを失い、愛する妹にも見られたからには、もう後戻りする選択肢は既になくなっていた。

 

 遊作は強く頷く。草薙へ帰ってくることを約束し、デュエルディスクを掲げる。

 

 

 ──────In to the VRAINS! 

 

 

 

 ついに、決戦の狼煙が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼らを取り巻く光景は変わることはなかった。

 

 

「LINK VRAINSにログインできない……?」

 

『ンだよ! こんな時に故障かよ!?』

 

 

 遊作は己のデュエルディスクに視線を落とす。

 しかし、壊れた様子はない。第一、そんなことをAiと草薙が見逃すはずがない。

 否、壊れたのは別のものであった。

 

 

「違う──────アカウントが消去されている!?」

 

「……私もだ」

 

『ゲェー! マジでなくなってるしー!?』

 

「あり得ない! そんなことできるわけが……」

 

 

 LINK VRAINSで活動するためのアカウントが綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 いつ攻撃を受けたのか、この家の中にいるという条件下でのみ発生する特殊な阻害プログラムでもあるのか。

 アカウントの削除は外部からハッキングでもできなくはないが、それはAiがいる中で不可能に近い。しかも了見すら同じ事象が起きている。

 想像の範疇を超える出来事に混乱する草薙。直前のスピードデュエルの最後に何か起こったのだと推論を立てられたが、どれも確信に至る材料が足りない。

 

 

「父さんか……」

 

 

 この場で結論に至ることができるのは、デュエル中に時間が止まった際、父が最後の力を振り絞った瞬間に立ち会えた了見だけだった。

 草薙の推論は正しい。先のスピードデュエルで、鴻上聖が何か細工を施したのは間違いない。目的も動機も察することはできる。

 

 

「つくづく幸運に恵まれているようだな。これでお前もデータにされることはなくなったわけだ」

 

『じゃあ、ハノイの塔が止まんねぇじゃねーか!!! どーすんだよーー!!!』

 

「落ち着け。私を倒せば止まる。虚構でも現実でも、やることは変わらない」

 

 

 了見はデュエルディスクを操作する。

 LINK VRAINSと同様に、マスターデュエル用のフィールドが現れた。

 皮肉なことだ。まさか妹とデュエルをするために精度を上げたソリッドビジョンシステムがこんな形で使われることになるなんて。

 

 

「決着をつけるぞ」

 

 

 だが、了見は前を見据える。

 目の前の決闘者はハノイの騎士にとっての最大の障害。相手にとって不足はない。そして、10年に渡る因縁の精算に、もはや舞台は虚構も現実も関係ないのだ。

 

 対する遊作も相手を迎え撃つように視線を返す。

 事件で苦しむ己を救ってくれた存在。それが最大の敵として立ち塞がっている現実を直視するのは心が軋む。

 しかし、彼は示さねばならない。

 人とAI。遊作と了見。二人が手を取り合う未来への道標(サーキット)を。

 

 

決闘(デュエル)!!!!」

 

 

 Playmakerとリボルバー。

 否、藤木遊作と鴻上了見。

 剥き出しの姿となった自分たちの理想を貫き通すための、極限領域へと至る決闘の幕が今度こそ開く。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 “私が息を引き取ったら、ここに埋葬してほしい”

 

 

 遺書に記された場所は、なんてことのない家の近く。しかしそこは、海を一望することができる高台の上だった。

 父は、ここから見える景色が好きだった。

 星々が海から宇宙へと続くように一本の道のように照らされるこの幻想的な景色が。

 

 父と兄。二人に手を繋がれ、この景色を見ることが少女にとってのかけがえのなかった幸せだった。

 

 

「──────」

 

 

 手を合わせ、目を閉じる。

 果たしていつまで続けていたのだろう。

 髪の毛に潮がついていることにようやく気づいて、惜しむように目を開く。

 

 光差す道(スターライトロード)は、とうに消えている。

 見えるのはもう──────暗闇の海だけだった。

 父は無事に天へと昇れただろうか。

 

 

「お兄さま」

 

 

 そして、水平線の先へと消えていった兄はどこへ行ったのだろう。その疑問に答えてくれる存在は誰一人いない。

 少女は花束を添えた墓石を後にする。

 風に揺らぐのは、溢れんばかりの白い菊と、少しばかり紫のスカビオサやキンセンカ。

 

 

『………………』

 

 

 そんな少女の孤独な背中を、獣たちはじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、ひとつの戦いは終わりを告げる。

 不思議なAIとも別れを告げ、復讐を終えた少年の生活は、平穏に過ぎ去っていく。

 ぼう、と退屈な授業を聞きながら教室にいる生徒たちを見渡した。

 

 そこに──────少女の姿はどこにも居なかった。

 

 

 

 

 




 いやあ、最悪の結末は免れて安心ですね。
 全体墓地送りロボがいないと平和です。


 ◆◇◆ 以下、解説にもならない雑記 ◆◇◆


・アカウント削除
 鴻上博士が最後の力を振り絞った結果。息子がイグニスたちと心中し、娘が一人取り残されるのを黙ってみているはずもなし。三騎士たちも同じ思いだった。息子なら勝負を預けて自分のもとへ来るだろうなと踏み、一度ログアウトするとアカウントごと消し去る強引な細工をしていた。
 遊作まで巻き込んだ理由はご想像にお任せする。


・カエル&鳩
 セキトモカズコンビ。崩壊の危機の中でも必死にありのままの中継をやり抜いた報道者の鏡。しかし、決戦の舞台はハノイの塔ではなく鴻上家と移ったため、残された彼らはプルプル震えながら「誰でもいいから何とかしてくれーー!」と気が気でなかった模様。だが、いつの間にか塔は崩壊し、データ化された人も元に戻り一件落着。命あっての物種というが、特別手当はそこまで貰えなかったらしい。


・一連の事件について
 当然、最終決戦は中継されないまま。世間的には「ただの突発イベントだったのでは」「SOLの自作自演だったのではないか」「Playmakerたちの誰かが何とかしてくれたんだろう」等々、様々な通説がでてくるが、結局真相は闇の中。
 しかし、これにより救われた人間もいた。


・鴻上了見
 原作通り自家用クルーザーで逃走。再起を図るために収容されているバイラの救出も含め、水面下での行動をすることに。当然、妹を連れて行くわけにはいかず、「会わせる顔がない」という気持ちもあり、業腹ではあったが遊作たちに任せることに決める。「SOLよりはマシ」という気持ちは当然だが、疑いはすれど姑息な手を使わず友人関係を続けてくれた彼への信頼はあったのかもしれない。
 何にせよ、家族を失ったばかりの少女には追い打ちでしかなかったが。


・メルフィーの皆様
 難しいことはわからないが、少女には幸せになってほしいと思う気持ちは本物。
 無論、それが世間一般的な幸せと同じとは限らない。







 次回、?????編:“かくれんぼ”
 1.5期、始まります。



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メルフィーズ編
メルフィーズ編︰かくれんぼ



 なんとお気に入り1,800人超えました。
 皆様の応援のおかげでなんとか書き続けられています。これからもよろしくお願いします。

 あと、今回のリミットレギュレーションでカエル君が名誉メルフィーから卒業しました。まあ順当と言われればそうなんですが、いつかビーバーと一緒に使ってみようと思っていただけに残念です。
 このままだとスプライト先生に頼っちまうよ……。
 あと虚無空間はもう来ないで(切実)


 そんなわけでオリジナル回です。




 森の中に切り株ひとつ。

 ここからみる景色がうさぎさんのお気に入りの場所。

 

 朝はあたたかいお陽さまと、もくもくとやわらかそうな雲が、夜にはまんまるのお月さまと、いっぱいお星さまが見える。

 だから、おともだちも呼んで、ここで過ごすのが好きでした。

 

 でも今は女の子が座っています。

 下を向いて、縮こまって、元気がなさそう。

 

 女の子もうさぎさんたちとなかよし。

 森の中でおいかけっこしたり、おひるねしたり、のんびりと過ごしていました。

 

 女の子が悲しいと、うさぎさんも悲しいです。

 だから、元気を出してほしくて、うさぎさんは女の子の頭の上に乗って、顔をあげて欲しそうにしています。この景色をみれば、笑ってくれるにちがいありません。

 

 でも、女の子はずっと、下を向いてばかり。

 どうしてだろう、うさぎさんは他のおともだちに理由を聞いてみたけど、みんなわからないようです。

 

 

「主は今、かつてない孤独と悔悟の渦中にいる。

 支えとしていたものも無くなり、隠され続けた真実を知り、己を保てなくなってしまっている」

 

 

 物知りのライオンさんは知っているみたいでした。何があったかはわからないけど、とてもかわいそうなことがあったみたい。

 

「今はただ、黙って寄り添ってやるのだ。

 主が人間界にいるためには、心を整理する時間が必要なのだから」

 

 

 たぶん、ライオンさんがそう言うなら、きっとそうなんだろうなと、うさぎさんは思いました。

 

 けれど、こうも思いました。

 

 人間界にいる必要なんてあるのかな、って。

 

 おともだちと一緒に、人間界を見ていました。

 楽しそうなこともたくさんあったけど、女の子を悲しませるようなことがあったのは間違いないから。

 

 だったら、楽しくて、悲しいことなんてない、この世界にずっと居ればいいじゃないか。

 うさぎさんには難しいことはわからないけど、この森が素晴らしいことは自信を持って言えました。

 

 おともだちのみんなにそのことを話すと、みんなも賛成してくれました。もっと女の子と一緒に遊べるって言ったら、さらに喜んでくれました。

 

 やったね、うさぎさんの考えは間違っていないみたい! 

 

 ねこさんが教えてくれました。

 この森を抜ければ大きな“穴”があって、そこに入れば女の子はずっとここに居続けないといけないって、ピンクのねこさんから聞いたみたい。

 

 みんなで一緒に、女の子のところへと走ります。

 わくわくな気持ちは止まりません。

 おいかけっこの時みたいに、森の中を駆け抜けます。

 

 ようやく見えた切り株の上。

 しかし、そこに女の子はいませんでした。

 おかしいね、さっきまで座っていたのに。

 

 うさぎさんたちはキョロキョロと見渡しますが、女の子はどこにもいないみたい。

 おかしなところは何もありません。お陽様が隠れているのか、昼なのに夜みたいに暗くなっていることくらい。

 

 大きな雲が来て、雨でも降ってきたら大変! 

 空を見上げて雨雲が来ているか確認します。

 

 すると、あらびっくり! 

 空に浮かんでいたのは雲ではありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『主は私の中にいる。連れていきたければ本機(わたし)を破壊した後にするといい

 無論“できるなら”の話だがな』

 

 

 なんだこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 しとしと、と雨粒が窓にあたり、重力に従って下へ垂れていく。夏服になったのに、きっと外は肌寒いのだろう。邪魔な上着を着なくて済むようになったというのに、今では逆に恋しくなってしまう。

 

 ハノイの騎士の計画は阻止された。

 ネットワークの破壊は免れ、データ化された人々も現実へ戻ってきた。

 LINK VRAINSは大きな打撃を受けてしまったが、SOLテクノロジーが新生させるために奮闘している頃だろう。

 

 戦いを終え、日常が戻ってきた学校。

 アナザー事件からハノイの塔までの一連の事件立役者であるPlaymaker──────否、遊作は雨模様の空を窓越しに眺めてぼうっとしていた。

 

 ハノイの脅威が去ったAiはサイバース世界へ帰った。

 ゴーストガールも、Go鬼塚も、財前兄妹も、誰も失わずに済んだ。了見との和解はできなかったが、それでも彼らがインターネットと心中することも防ぐことはできた。

 大団円、とまでは言わないにしても、誰も命を失うことなく、やれるだけのことはやれたはすだ。

 

 

「──────木! おい、藤木!」

 

 

 アラームのように島の声が現実へと引き戻す。

 気がつけば授業が終わっていた。独りでいる遊作に対し、いつものように島が絡んできている。

 しかし、いつもいるはずのもう一人の姿がない。

 

 

「なあ、鴻上のやつ、まだ学校来ないのか? かれこれ二週間近く来てねえぞ?」

 

 

 あの日から、鴻上結の姿が消えてしまった。

 決戦前に顔を合わせて以来、あのまま何も話せていない。了見はクルーザーでどこかへ行ってしまったが、そこには結の姿はなかった。それは見送った遊作がこの目で確かめている。

 少なくとも、このDen cityから出たような様子はなさそうだった。

 

 

「父親が亡くなったと聞いているからな。親戚とかもいないようだから、まだ時間はかかるんじゃないか」

 

「でもよぉ、忌引だって言っても学校側にも連絡がないって、流石にマズいんじゃねえか? 親戚もいないってことは、あいつこのまま転校しちまうのか……?」

 

 

 島がやるせなさそうな顔をして俯く。怒るか笑うか怯えるか、そんな表情ばかりの彼には珍しく悲しそうな顔をしている。

 なんて言葉をかけようかと思ったところで、教室から一人の生徒が駆け足で入ってきた。

 

 

「ちょうど良かった。二人とも、結はまだ来てないの?」

 

「財前……」

 

 

 息を切らしているところから、葵も授業が終わってすぐに走って来たのだろう。一刻も早く確かめたかった彼女の気持ちは見て取れる。

 

 

「ちょうど俺達も今その話を──────そうだ! 財前、お前鴻上と手紙やってたよな! あいつ、何かやり取りしていたりするか?」

 

「それが、私も返事がなくて。二人なら何か知っているかなって思って……」

 

「なんだお前もか……くっそー! 改めて思ったけどよ、あいつ通話もチャットもできないから、連絡とりたいとき滅茶苦茶不便だなァ!」

 

 

 機械を介さない連絡手段なんて、それこそ手紙くらいしか思いつかない。普段の機械破壊よりも遥かに厄介な問題が顕在化してしまった。

 

 

「もしかして、何か事件に巻き込まれているんじゃ……」

 

「おいおい、いくらなんでもそれは……………………有り得るな。この前、広場でぼーっとしてたし」

 

 

 島はちょうどハノイの塔が起動している時のことを思い出していた。あの時のことが、彼の中でずっと引っかかっていた。

 

 

「俺さ、あいつにハノイの奴らが北村って人をデータ化させたときの中継を見せたんだ。そん時のハノイのやつが顔見知りだったみたいでさ。そん時、ハノイの騎士と知り合いなのかーって言っちまったんだ……」

 

「っ!」

 

「えっ? それって……」

 

 

 遊作と葵の視線が集中する。

 あの時映っていたのは二人にとって因縁が深いあの男──────スペクターだったはず。

 裏の事情を知ってしまった遊作はともかく、葵は口元を手で覆ってしまう。

 

 

「改めて思うと、かなり無神経なこと言っちまったなって。普段あんなだけどさ、実は気にしているんじゃないかって思うと心配でさぁ……」

 

「うん、それは謝ったほうがいいと思う。というか謝って、今すぐ」

 

「悪かった……って、お前に謝ってどうすんだよ!」

 

 

 少し調子を取り戻した島を見て、遊作は席を立ち上がる。手には鞄を持ち、帰宅の準備は万端にしていた。

 

 

「しゃーねぇ、あとは足で探すしかないのか。

 よしお前ら、放課後時間は──────って、藤木、お前どこ行くんだ?」

 

「帰る。授業は終わったんだ。下校するのは当たり前だろう」

 

「さっきまでの話の流れ聞いてなかったのか!? 今、鴻上を探そうって話をしようとしていたところ──────」

 

「一つ、闇雲に探してもこの広い街では見つかる可能性は低い。

 二つ、もし鴻上が本当に忙しいだけなら、かえって迷惑になる。

 三つ、心の整理がつくまではそっとしておくのも友情だとも思う」

 

 

 島の言葉を被せるように、遊作は反論する。

 確かに、遊作の言っていることは間違っていない。この場で最も冷静なのは彼なのはわかる。

 けれど、島としては事務的な印象を拭えず、それが反発心を掻き立てた。

 

 

「わーったよ! お前に聞いた俺が馬鹿だった! 

 こっちは勝手にやるからさっさと帰れコノヤロウ!」

 

「…………」

 

 

 遊作は黙って教室を後にする。

 その背中を見た葵はふと思った。彼にしては少し感情的だったと。島の言葉を言わせないようにしたのは、単に考えなしの彼を責めたのか。

 少し違う。むしろあれは自分に言い聞かせるようだったと──────

 

 

「財前! お前はどうすんだ?」

 

「え、私は……」

 

 

 急に振られて慌てる葵だが、反対はするつもりはない。気が気でないのは彼女も同じなのだから。

 しかし、遊作の言われたとおり闇雲に探すのは得策ではない。こんな雨の中、走り回っても見つかる可能性はうすいと思われる。せめて、やれるだけのことはやっておきたい。

 

 

「私も探すけど……その前にダメ元でチャット送ってみない? 代わりに家族の誰かとか、それこそお兄さんとかから反応とかあるかもしれないし」

 

「ダメ元がチャットって何か変な感じだな……まあいいけどよ」

 

 

 島は慣れた手つきで短い文章を作る。

 今時間大丈夫か、程度の文字列を結のデュエルディスク宛に送信したのを確認した。

 なんだかんだ一緒にいたが、これが初めてのチャットなのかと思うと、少し妙な感覚に陥る島であった。

 

 

「これでよし、と。じゃあ俺達も鞄持って出るか。俺は広場あたりから探すからな」

 

「うん。とりあえず、私達の行きつけの店から回るね」

 

 

 鞄をまとめ、帰り支度を進める。

 雨が強くなる予報を聞いた二人は切り上げ時を決めて、手分けして探すために分担をしている最中のこと。

 

 

「あん?」

 

 

 島のデュエルディスクが僅かに震えた。搭載されたAIから何が起きたのか端的に説明される。

 

 

『鴻上結さんから、返信があります』

 

「わかったわかった。後にしろって。それで──────え?」

 

「え?」

 

 

 今、幻聴が聞こえたような気がした。

 島と葵は自然と目を合わせた。

 

 

「……すまん、もう一回言ってくれ」

 

鴻上結さんから(・・・・・・・)返信があります(・・・・・・・)

 

「…………」

 

 

 再びを目を合わせる二人。

 幻聴ではないことを確認し、改めて状況を整理する。

 

 

 結から、メッセージを、送った。

 送って、届いた。

 

 

 

 

「えええええええっ!!!!」

 

 

 ゴロゴロと、空が唸る。

 彼らの衝撃を示すかのように、空から雷が落ちた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 どこかで落雷があったようだ。

 傘をさして歩いても、足元はすっかり濡れてしまう。こんな中、走っていれば体中がびしょ濡れになるに違いない。

 

 

「ここも違う、か」

 

 

 遊作は息を切らして街の郊外まで来ていた。

 雨と汗でシャツが張り付いて気分が悪い。しかし、彼の胸中を支配するのは無力感しかなかった。

 

 一週間ほど前から、彼は街中を回っている。

 目的は、鴻上結の捜索に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『駄目だ、彼女の位置情報は追えない。デュエルディスクにハノイのセキュリティがかかったままだ』

 

 

 遊作は、初めに相談した草薙の申し訳なさそうな顔を思い出す。

 了見が口にしていた迎撃プログラム。それがこの捜索を難航にさせていた。

 

 

『草薙さんでもハッキングは無理なのか?』

 

『ああ、お前と二人がかりでも無理だろうな。Aiも手伝ってくれたらワンチャンあるかもしれないが、リスクが高すぎる。一歩でも間違えればここにウイルスが送り込まれて一瞬でおじゃんだ。よくもまあ、こんなプログラムを作ったって感心しちまうくらいにとんでもないやつだよ』

 

『Aiか……』

 

 

 遊作は己のデュエルディスクを見つめるが、特に反応はない。いつも騒いでいたAiがいないことを再確認する。別れてからしばらく経ったが、どうも違和感は残ったままだった。

 

 

『あとは地道に、街の監視カメラを使って目撃情報を集めるしかないか。カメラに映らないところはどうしようもないし、過去の分はあちらのツールか何かが消しているから、リアルタイムのものしか見れない。

 ……悪い、こんな程度しか力になれなくて』

 

『充分だ。あとはカメラに映らない場所の地図を共有してくれ』

 

『それは構わないが……遊作、どうするつもりだ?』

 

『俺が探す』

 

『探す、って、この街中を(・・・・・)か!?』

 

 

 遊作は迷いなく頷いた。

 草薙は彼と協力関係を築いてから短くない時を過ごしていたが、悪く言えば短絡的な行動を取るなんて思ってもいなかった。無茶だと言っても、やるしかないと意志は固い。

 

 

『どうした、遊作。何というか、らしくないぞ。

 普段のお前なら、もっと腰を据えて考えてから動くだろう?』

 

『……自分でもそう思う。だけど、草薙さん、俺は黙って待つことはできそうにない。動いていないと気が済まないんだ』

 

『自覚はあるのか……なら、何だ? 何がお前をそこまで駆り立てている?』

 

『決まっている』

 

 

 それだけは、確信を持って言えた。しかし、その声には無力感が伝わってくる弱々しいものだった。

 遊作の心に再び影を落としているものはただひとつ。ロスト事件で、被害者(・・・)の遊作や草薙仁の人生が破綻してしまったように──────

 

 

『……俺が、あの家族を引き裂いてしまったからだ』

 

 

 今度は、自分が加害者(・・・)になってしまったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「島のことを言えないな、全く」

 

 

 雨に撃たれながら遊作は自嘲する。

 得策ではない、と言っているにもかかわらず、他でもない自分がやってしまっているのだから。

 

 彼の復讐は区切りをつけられた。

 失った記憶が何なのか、誰がどういった理由で事件を起こしたのか。知りたいことは全て知り、復讐相手も既に亡くなっていた。

 きっと、昔の自分はこれで普通の暮らしを始めることができると思っていた。

 

 しかし、現実は違う。

 結果として、鴻上家はバラバラになった。

 父である聖──────鴻上博士は没し、長男の了見はどこかへ去っていった。そして、娘の結は独り残されたままだった。

 

 鴻上博士は寿命の問題はあった。けれど、了見と結は遊作が勝ち進んでしまった結果によるものだ。

 デュエルに勝ったことを後悔しているのではない。

 その後、了見がDen cityを去ろうとしていた時。

 

 

「……何も、言えなかった」

 

 

 ぽつり、雨に紛れて溢れる。

 

 “妹はどうする。置いていくつもりなのか。”

 そんな一言をかけていれば、結果は変わったのかもしれない。少なくとも、置いていこうとした了見の気持ちや事情を聞けたはず。

 

 しかし、遊作にはできなかった。

 否、考えがおよばなかったという方が正確か。

 家族を喪ったばかりの少女が独りになるとどうなるのか。少し視野を広げれば思いつくはず。

 

 故に、彼は己を責めていた。

 その感情に掻き立てられるように、雨が降りしきる外を駆け回る。

 

 

「ここで、全部か」

 

 

 肩で息をしながらやってきたのは、人気のない路地裏。

 明かりの少ない暗い道で、ただでさえ雨で視界が悪いことが不気味さに拍車をかける。およそ、ひとりの女の子が通ることはまずない場所。

 ちょうど、遊作たちの学校と鴻上家の中間地点に位置するそこに足を踏み入れた瞬間だった。

 

 

「おや、まさかこんなところでお会いするとは」

 

「っ!」

 

 

 背後から声をかけれ、反射的に距離を離す。

 傘が手から離れてしまっていたため、頭に直接雨が降り注ぐ。

 

 

「そんなに警戒しなくても、今の私は貴方に危害を加えるつもりはありませんよ」

 

 

 傘を拾い、遊作へと差し出す。

 その距離になってようやく、声の主の顔が鮮明になった。

 

 

「現実で相対するのは初めてですね。Playmaker──────いいえ、藤木遊作(・・・・)くん?」

 

「スペクター!?」

 

 

 ハノイの塔で戦った強敵の一人。

 余裕そうに軽い笑みを浮かべて、LINK VRAINSのアバターと全く同じ顔貌が目の前に現れた。

 

 

「色々とありましたから、すぐに落ち着けというのも無理でしょう。ですが、あまり悠長にしている暇はありません。どうやら目的は同じなのでしょうし、少々無理にでも頭を冷やして頂きたい」

 

「目的だと……まさかお前も?」

 

「ええ、訳あって動くことができない了見様の代わりに、私が結お嬢様の捜索(・・・・・・・)を任されております」

 

 

 スペクターから笑みが消える。その表情は真剣そのものだ。

 

 ……確かに彼とは色々とあった。

 敵としても、同じロスト事件の被害者としても。

 彼は遊作とは相容れない存在だ。しかし、デュエルを通して、鴻上兄妹への想いに関しては信頼できるものと判断した。

 そして、不意打ちできる状態にもかかわらず、こうして対話に応じている。以上のことから、彼の言わんとしていることは自ずと理解できた。

 

 

「……鴻上結の居場所を知っているのか?」

 

「見当はついています。それでは──────しばし協力関係といきましょうか。状況の説明は歩きながらお話します」

 

 

 話が早くて助かります、とスペクターは路地の奥へと突き進む。意図を汲んだ遊作は、彼の背後をついていく。

 路地にある古びた雑居ビルの地下へと続く階段を降りていく。段差が急で、足元を気をつけないと転んでしまいそうになる。

 

 

「ところで、貴方は、デュエルモンスターズの“精霊”というものをご存知でしょうか?」

 

 

 最中、スペクターはおもむろに口を開いた。

 

 

「精霊?」

 

「ええ、古い迷信です。『デュエリストにデッキが応えるのは、カードの一枚一枚に精霊が宿っているから』と言うものです。他にも持ち主と固い絆で結ばれると、この世界でも“奇跡”のような現象を起こすことができる。

 いかがです? 荒唐無稽に聞こえますか?」

 

「……いや」

 

「おや、意外とオカルトにも柔軟なのですね」

 

 

 確かに、非現実的ではある。

 しかしどうだろうか。遊作の目の前にいる男こそ、ハノイの塔を巡るデュエルで見せていた。母と仰ぐ【聖天樹の大母神】が崩れる橋を直すなどの現象は、いくらVR空間とはいえども説明がつかない。

 

 この文脈から察するに、結にもその精霊とやらがいたのだろう。遊作は自身でも不思議なほどに、ストンと腑に落ちたことを視線で返すと、スペクターは満足そうに言葉を続ける。

 

 

「私も幼い頃は考えたこともありませんでした。ですが、あの方が母の存在を教えてくれた時、私はこの世界に希望があることを知りました! あの方から向けられる“愛”も含め、私はようやく生きる意味を──────」

 

「お前の話はどうでもいい。それより、俺達はどこへ向かっている?」

 

「つれないですねぇ」

 

 

 くつくつと笑うスペクターだが、すぐに表情を切り替える。それは目的の階層へと近くに来ていることを示唆していた。

 

 

精霊界(・・・)です」

 

「精霊界?」

 

「ええ、イグニスたちが口にしている“サイバース世界”のように、精霊もそこに住まう世界があるのです。お嬢様は、そこにいらっしゃいます。

 いえ、閉じ込められてしまっている、といったほうが正確ですかね」

 

 

 最下階の扉の前にたどり着いた二人。

 地下室らしく僅かな地盤の動きには耐え得る重々しい扉を開けながら、遊作を先に中へと招き入れた。

 

 

「私は了見様より極秘任務として、その世界を探しておりました。決してサイバース世界のような殲滅の為ではなく、お嬢様の身に何かあったときの為に、です。

 世界中の文献や専門家の知識、そして私の【聖天樹の大母神】に協力を仰ぎ、何年もの歳月を経て、ここに入口を作り上げました」

 

 

 とても限定的なものですがね、と、補足をするが遊作の耳には届いていない。

 彼は、その景色に目を奪われていた。

 

 現実の雨空とは異なり、綿のような雲が浮かぶ昼下がり。草原に生える草花や木々がそよ風に吹かれ、列をなしてその身を靡かせる。

 そして、周囲には遊作が知っているデュエルモンスターズの姿があった。

 

 

「ようこそ、Playmaker。

 未だ広がり続ける精霊界──────その末端にある入口へ」

 

 

 そう口にしたスペクターは遊作へと手を伸ばす。

 まるで、子供が家の外へ遊びにつれていこうとするように。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ここが鴻上の家か。外は荒れているけどよ、見晴らし最高じゃん。んだよ、やっぱりあいつ良い所のお嬢様だったのかよ〜」

 

「あまりジロジロ見ないの。ただでさえ出迎えもなしにお邪魔しているんだから」

 

 

 一方、その頃。

 島と葵は海沿いにある家の中にいた。

 スターダストロードと呼ばれる景色が名物の観光地。まさに、鴻上結の自宅であった。

 

 彼らに届いたチャットのメッセージ。

 それは、この家にある結の部屋へ来てほしいということが記されていた。まさか、あの機械音痴からそんな連絡が来るなんて思わず、二人とも変なリアクションを取ってしまった。

 

 内容がかなり淡々としていたため、おそらく結本人のものではなさそうだ。どこの誰か聞いてみても“行けばわかる”としか返ってこない。

 怪しさが目に見えるように感じ取れたが、少しでも手がかりがほしいと考えた二人は、指示に従いやってきたわけだ。

 

 

「ここが結の部屋ね」

 

「ノックする必要はない、ってメッセージには書いてあったよな?」

 

 

 扉に手をかけようとする島だが、直前で止まる。

 葵は不思議そうに顔を覗くと、何やら複雑そうな表情をしていた。

 

 

「……なんか女子の部屋に入るの気が引けるな。財前、任せた」

 

「? いいけど」

 

 

 よくわからない男子の事情はさておき、葵はドアノブを掴んで手前に引く。

 結の趣味に合うような女の子らしいメルヘンチックな壁紙。そして草原のように柔らかい絨毯。そして、空と錯覚するほどに突き抜けた天井が広がる。そんな部屋を前にして──────

 

 

 というか、部屋ではなく森の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 葵は黙って扉を閉める。

 島と一度、目を合わせる。

 互いに頷いた後、再び扉を開けた。

 

 それでも、部屋ではなく森の中にいた。

 

 

「………………最近のお嬢様って、家の中に植物園とか作っちゃうんだなァ」

 

「いやどう考えてもおかしいでしょ!?」

 

 

 とうとう島がツッコミを放棄した。

 無理もない。部屋だと思ったら、外のような森の中にいるのだから。質量保存の法則すら超越した現象を目の当たりにしている中、少しは現実逃避をしなければ気を保つことはできるはずもない。

 

 

『よく来たな。主の友人たちよ』

 

「うるさっ!?」

 

『む、おっと失礼した』

 

 

 ふと、拡声器を使ったような大きな声が葵たちの耳に突き刺さる。現実へと引き戻された二人は森の中へと入り、声の主を探す。

 しかし、周囲には何も見当たらず、町内放送のように声だけが響き渡るのみ。まさに“天の声”とはこのことを指すのだろう。

 

 

「貴方が私達を呼んだの?」

 

『その通り。本機(わたし)が主のデュエルディスクを通して、諸君らにメッセージを送らせてもらった』

 

「本当にここに鴻上がいんのか?」

 

『肯定。そして、主に危機が迫っている。

 具体的に言うと、彼女を無理矢理でもいいのでここから出してあげてほしい』

 

 

 危機、と聞いて黙ってはいられない。

 やはり結が学校に来れないのは、他にも事情があったのだ。無論、協力はしてあげたいが、その前に確認するべきことがある。

 

 

「なあ、さっきからお前は何なんだ? 何か事情は知っているっぽいけどよ、姿も見せないで一方的に言われて信じろってのも無理な話だろ?」

 

『なにっ、そういうものなのか』

 

「そういうもんなの! あと、ここがどこなのかとかちゃんと説明しろー!」

 

 

 むむう、と天の声は唸る。

 一方、言い負かした気になっている島は満足そうに腕を組む。何を張り合っているのかわからない葵は黙ることにした。この何一つ意味のわからない状況でそんなことを口にできることには少し感心したが。

 

 少し時間が経ち、再び天の声が聞こえる。

 

 

『……わかった。その胆力に敬意を表し、本機(わたし)も姿を見せよう。』

 

 

 初めからそうしろよ、と言いたかった二人。

 しかし彼らは気づいていない。姿を表さなかったのはやましいことがあるからではなく──────天の声からの“配慮(・・)”であったことを。

 

 

『ステルス機能解除!』

 

「ん?」

 

 

 周囲一帯が日陰になり、空が急に暗くなる。

 となると、照明──────否、太陽の光が遮られたことになる。

 

 島と葵はふと空を見上げる。

 瞬間、彼らは信じられないものを目にした。

 

 かつて鴻上結とデュエルした者ならばわかる。

 降り注ぐのは雷のように光り輝く翼。

 目に当たる部位から鈍い光が彼らを照らす。

 

 それは、巨大であった。

 それは、圧倒的であった。

 それは、全てを無に帰すものであった。

 

 

『君たちとは何度か会っているはずだ。本機(わたし)の名は──────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれは──────まぎれもなくロボだった。

 

 

 【天霆號(ネガロギア)アーゼウス】。

 

 デュエル部で数々のトラウマを作り上げた圧倒的なモンスター。

 それが、二人が手の届く範囲内まで顔を近づけていた。

 

 

「ギャーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 後に語る。

 この日の島の絶叫は、人生で最も大きいものであった、と。

 

 島はパニックに陥り、葵は考えることを放棄する。

 これが、彼らの初となる精霊との邂逅であった。






_人人_
> ア <
> | <
> ゼ <
> ウ <
> ス <
> と <
> に <
> ら <
> め <
> っ <
> こ <
 ̄Y^Y^ ̄


 効果:笑ったら墓地送り

 雑記という名のメモは最後にまとめてやります。
 大体3〜4話くらいで終わると思いますが、
 デュエルも書かないといけないので少し更新頻度は落ちます。ご容赦を。


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メルフィーズ編︰おいかけっこ

 お気に入りが2,000人、評価も100人行きそうで純粋に驚いています。いつも応援ありがとうございます。

 今回は色々と特殊タグを使ってみました。
 デュエル回は初めてなので読みにくい部分等ありましたらご容赦ください。

 ※横書き推奨です。




 箱の中に少女がひとり。

 ここにいたことが最も苦痛だった思い出でした。

 

 朝になっても、夜になっても、点滅し続ける天井の照明と、その先から聞こえる、まるで大きな虫が顎を鳴らしているようなギチギチとした音しかありません。

 だから、少女にとっては一分一秒も居たくない場所でした。

 

 中は一坪にも満たないくらい狭くて、大人が四人立っていられれば良いくらい。

 そもそも、ここはあくまで一時的な移動のために使うもの。人が高い場所に行くために必要な“エレベーター”と呼ばれるものです

 

 特に何かしたわけではありませんが、普段どおり乗って、ボタンを押しただけでこうなってしまいました。十にも満たない歳の少女は何もわからず。ただ独り座り込んで助けを求めるしかありません。

 

 結果としては“おともだち”が外へ連れ出してくれましたが、少女はとても怖い思いをしました。泣き疲れて、大好きなお兄ちゃんが来てくれた頃にはもう疲れて眠りこけてしまうくらいに。

 

 これが少女──────鴻上結が初めて己の体質を自覚した瞬間でした。

 

 自動で開くはずの扉? 

 反応しません。触れてみれば跳ね除けるように開閉を繰り返します。

 電気で遠くにいる人に音声を届ける機械? 

 できません。繋がっているはずの電子の線も、代れば即座に断ち切られます。

 

 ですが、少女は周りの人たちには恵まれていました。道を開けてくれたり、代わりに操作してくれたり。

 

 皆、優しく声をかけてくれて手伝ってくれます。

 おかげで辛うじて、周りの人たちと共に居られていました。とてもとても良い人たちで、少女は感謝してもしきれないくらいの気持ちで一杯でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、こうも思っていました。

 自分をここまで拒絶する機械たちは、実はこう言っているんじゃないか。

 

 

 

 ────お前は、この世界に居てはいけないんだ、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「この世界と人間界には大きな隔たりがあります」

 

 

 おもむろにそんな会話を切り出すスペクターの後を遊作は追いかける。遊作は、そんなスペクターの前を歩くモンスター【魔轟神獣ケルベラル】に視線が集中していた。

 

 これは決して犬の散歩をしているのではなく、スペクターが結の場所を知りたいと質問し、快く道案内してもらっている。

 現に、その三つ首それぞれに蔦のような植物が巻きつかれ、スペクターの手元に集約されている。ケルベラルの方は目にゴミが入ったのか、少し涙のような水分が見えたような気がした。

 

 ……やはり、犬の散歩では? 

 

 

「信仰、というべきなのでしょうか。我々が精霊のことを認知しなくなればなるほど、その道は狭まることになります。

 特にこのネット社会では顕著でしょう。情報の取得手段は多くなれど、得られる認知はあくまでカルト的なものばかり。我々人間と精霊の関係は、時代を経るごとにどんどん希薄になっています」

 

 

 一瞬、気を奪われかけた遊作ではあるが、スペクターの話も当然聞いている。

 彼の言うことは最もだ。自分はこうして足を踏み入れたからこそわかるが、これを草薙に説明して果たして理解してもらえるだろうか。

 

 

「そういった積み重ねにより、この時代はモンスターが人間界側のカードに憑くことはあれど、我々が精霊界に足を踏み入れることはまずありません」

 

「では、なぜ俺達はここに居られる?」

 

「言ったでしょう。ここは末端の入口と。確かにこの光景は精霊界のものですが、厳密に言えばここは二つの世界の中間に位置しています。精霊界はさらにその先にあり、ここならまだ引き返す(・・・・)ことができるのですよ」

 

 

 引き返すことができる。

 わざわざそのような言葉を口にした意味を、遊作は察してしまった。

 

 

「鴻上結がこれ以上先に進めば……」

 

「ええ、戻れる保証はどこにもない(・・・・・・・・・・・・)、ということです」

 

 

 スペクターが“時間がない”と言っていたのはこのせいであった。深入りすればするほど後戻りができなくなる以上、一刻も早く結を見つけないといけない。一面に広がるのどかで平和な光景に流されていては、何もかも遅くなってしまう可能性すらあったわけだ。

 

 ふとその時、目の前を歩くケルベラルが立ち止まった。三つ首のうち一頭が地面に残ったにおいをかぎわけた後、茂みの方へと身を投じる。獣道を作り上げながら、遊作とスペクターは後を追う。

 

 すると、先に拓けた空間が見えてきた。

 視界の先には一面の空と海。砂浜などはなく、崖の上に出てきたようだ。

 ……崖の下は、ぼっかりと空間に開いた“穴”が見える。あれこそが、この世とは全く異なる世界への入口なのだと瞬時に理解した。

 

 ──────そして、そこに件の人物が居た。

 

 

「鴻上!」

 

「……待ってください。誰かと言い合いをしています」

 

 

 見れば、少しだけ跳ねてしまった白い髪を靡かせながら古典的なサスペンス映画のように誰かと対峙していた。この世界の精霊か、と息を潜めて覗いてみれば、遊作にとっては随分と見慣れた顔が映る。

 

 

「だから、戻ろうって言ってるだろ! 

 このまま奥に行くとやばいんだって!」

 

「結、戻ろう? 私も、みんな心配してるよ?」

 

「財前葵に……島?」

 

 

 ……何ということだ。

 遊作は頭を抱える。

 学校で別れたはずのクラスメイトがまさかここにいるとは思わないだろう。遊作とて偶然スペクターと再会し、藁にもすがる思いでここへ辿り着いたというのに。

 まさか、これもスペクターが誘導したのかと思い、彼の顔を覗き込む。

 

 

「……またあの娘ですか。全く、いつも私の邪魔ばかりしますね」

 

 

 このように苦虫を潰したような顔をしていた以上、彼にも予想外だったようだ。葵とスペクターの確執はともかく、今は目の前の結が大事だ。今度は逆に飛び出そうとするスペクターを抑えながら成り行きを見守る。

 

 ……手段はわからないが、友人二人がこうして迎えにきている以上、このまま元の世界へ戻って終わりだ。

 しかし、意図せずこの世界に被害者として囚われているのであれば、の話。この状態へ至るまでの経緯を知る遊作は、彼女の口から意志を聞きたかった。

 

 

「……ごめんなさい。お二人とも、わたくしは、戻れません。戻りたく、ありません」

 

「お嬢様……」

 

「…………」

 

 

 期待も虚しく、彼女は己の意志でこの世界に留まっていることを知ってしまった。

 口下手な遊作ならともかく、島と葵という友人二人が言っても聞かないのであれば、あとは了見の言葉くらいしか反応は得られないと思われる。

 この時点で、説得によって連れ戻すことは難しいと判断せざるを得なかった。

 

 ……腹を括る時が来るかもしれない。

 決闘者(デュエリスト)の意志を曲げる手段はただひとつ。

 遊作は、己のデュエルディスクからカモフラージュ用のデッキを抜いて懐に仕舞った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 スペクターが【魔轟神獣ケルベラル】を調伏させている頃まで時は戻る。

 一足先にこの世界に踏み入れた島と葵の二人はようやく立ち往生から解放され、森の中を捜索していた。

 

 彼らは協力者を得られ、遊作と同じくこの世界の仕組みと“精霊界”の存在を知った。

 突拍子もない話であったが、数分前の出来事が衝撃的過ぎたのか、すんなりと受け入れてしまった島と葵だった。感覚が麻痺しているのだろうか。

 

 そして、結の身に何が起きているのかも知る。

 父親の死、兄の失踪。

 度重なる不幸が重なり、失意に暮れ塞ぎ込んでしまった結。そこへつけ込むように一部のカードたちが暴走を始めてしまった。

 

 目的は他ならず、結をこの世界に縛り付けること。

 人間界に居場所がなくなった彼女に対し、精霊界を居場所にしてあげようと考えたわけだ。

 

 確かにここは綺麗な場所だ。

 こんな状況でなければ何日かかけて散策したくなるほどに。

 

 短絡的すぎる、と二人は思った。

 辛いのはわかるが、だからといって自分の世界に閉じ込めようとするなんて間違っている。

 当然、二人と同じ考えを持つモンスターもいた。それがアーゼウスだった。判断を決めかねているモンスターや、そもそも対立や争いを好まないモンスターは中立としてどちらも関与をやめている。

 

 要は──────この世界は動物と機械とよくわからない奴らの三つに別れ、混沌を極めていたわけだ。

 

 

「つまり、鴻上のやつがその“穴”ってヤツに入れられると、もうこっちには戻ってこれなくなるってことだな!」

 

『そのとおりだ少年。飲み込みが早──────いや、少し遅かったが状況を理解してくれて嬉しく思う』

 

「ほとんど貴方のせいだけどね……」

 

 

 空から聞こえる無機質な声にげんなりする葵。

 改めて天の声と話をしているとおり、彼らの上空にはアーゼウスがステルス機能を使いながら飛行していた。

 俯瞰するように遠くから見るとわかるが、葵たちは常に日陰の中にいる。二人の移動スピードに合わせて影が動き、木々から射し込む木漏れ日が侵食されている。

 

 彼(?)がステルス機能を使っている理由? 

 それは絵面が酷いのは確かにそうだが、それよりも彼が身を隠す必要があるからだ。

 全ては主を、あの獣畜生たちから取り返すため。主を見つけるまで姿を見せ続けては、この森ではとんでもなく目立ってしまうからである。

 

 

「つーか、なんで一度確保したのに逃しちまうんだよ! そのまま連れてきてくれれば一件落着なのに!」

 

 

 ようやく島がそこに突っ込んだ。

 そう、このアーゼウスは一度、結を取り返している。コクピットの中に収納し、一気に出口まで飛翔したのだが、残念なことに奪還は叶わなかった。

 

 一度、デュエルで相対した者であれば首を傾げるはず。最上級モンスターのアーゼウスにしては妙な話だからだ。

 追いかけてきた動物たちに取り囲まれても返り討ちにすることなど造作もないと、普通は思う。

 

 

『あの畜生共がハリネズミを呼んでくるのが悪いのだ。むしろ、この森を焼き払おうとしたが堪えた本機を称えてほしい』

 

「日和ったのかよ……」

 

 

 何せ、この機械、実は破壊耐性がないのだ。

【サンダーボルト】や【ライトニング・ストーム】は勿論、【森の聖獣カラントーサ】の効果でも破壊される。

 これに関しては誰も責められまい。むしろ、こんな物騒なやつがさらに破壊耐性や効果耐性などを手に入れられてしまえば、それこそ本当に手がつけられなくなるだろうに。即刻レギュレーションの闇に(禁止カードとして)葬られてしまうに違いない。

 

 さらにこの機械、加減を知らないのだ。

 対抗して効果を発動するにしても、今度は世界全体を消毒(・・)する羽目になる。

 この森は、主の結にとってのオアシス同然。ここが焼け野原になるのは傷心中の結に追い打ちをかけることになる。それは避けなければならなかった。

 

 つまり、アーゼウスは追い詰めたつもりが、実は逆に追い詰められていたわけだ。

 

 

「え、さっきアルファさんに逃してもらったって聞いたけど?」

 

 

 そんな様子を哀れに見たのか──────静観を続けていた【獣王アルファ】の咆哮が響く。

 彼も、今回の件に関しては中立派であった。

 しかしこの強引なやり方には思うところがあったのか、手札バウンスという名の脱出経路を用意してくれたわけだ。

 

 

『命拾いをしたのはあちらの獣共だということだ。そこを履き違えないように頼むぞ少女よ』

 

「そこ張り合うのかよ……」

 

 

 最上級ランクのエクシーズモンスターとしてのプライドでもあるのか、頑なに己の不利を認めようとしないロボが一機。

 ──────なら最上級ランクらしく正規の召喚条件で出てこい。何でもホイホイと重なって出てくるな。

 彼らの視線から語られる言葉を、果たしてアーゼウスは理解することができるのだろうか。

 

 

「っと、見えてきた!」

 

 

 ようやく目的地にたどり着いた。

 森をかき分けた先にある崖の上。地面には柔らかい体毛に包まれた数々の動物たち。

 それらに足元を囲まれる形で、学校の制服姿のままの結が立っていた。

 

 

「……あら〜? お二人とも奇遇ですわね〜。こんなところでお会いするなんて〜」

 

 

 二人の存在に気づき、振り向いた結の顔は普段どおり朗らかなものだった。第一声が、まるで通学路でばったり会った時のような挨拶をされてしまった。

 

 

「うっせ、お前が学校に来ないのが悪いんだよ! 一体何日休んだと思ってんだ!」

 

「えっと〜、しばしお待ちを〜。

 ……ふむふむ、わたくしのお腹は二日と仰っておりますね〜」

 

「腹時計かよ!?」

 

 

 思わずその場で転びそうになる島。

 これまでの経緯を知っている身として、色々と覚悟を決めてきたはずなのに、こんなマイペースな反応をされてしまえばいささか拍子抜けしてしまう。

 

 

「結、もう大丈夫なの? その色々と……」

 

「わたくしは元気ですわ〜」

 

 

 一方、葵には空元気のように見えていた。

 笑顔は笑顔なのだが、純粋に力が入っていない。兄である財前晃が隠れてそんな顔をしていた姿を見てきたからこそ気づけた変化であった。

 

 ふと、上空の景色が切り替わる。

 のどかな風景には似合わないロボ(アーゼウス)が姿を表した。同時に、結の足元にいる動物たちの目つきが鋭くなる。

 

 

『説明しよう。この世界は現実の世界とは時間の流れが異なっている。主にとっては三日程度の出来事でも、現実世界では二週間も経過している』

 

「うわあ、急に出てくんな! 心臓に悪い!」

 

「まあ、島くんは随分アーゼウスさんと仲良しになられたのですね〜」

 

「仲良くねーよ!」

 

 

 さすがの島も素直に肯定し難かった。

 ちょっと頭のネジが飛んでそうな愉快なロボではあっても、彼のバブーンが何度も墓地送りされたことには思うところがある。

 

 すっかり結のペースに飲まれてしまった。

 こんなことをしている場合ではないと、首を振って意識を切り替える。

 

 

「それより、さっさと帰るぞ。学校の皆も心配してるんだから」

 

「…………」

 

 

 ここでようやく、島が本題を切り出した。

 

 

「お断り申し上げます」

 

 

 笑顔は崩さず、それでいて頑なに。

 結は差し出された手を拒む。

 

 

「申し訳ありませんが、わたくしは戻りません。この先に用がありますので、一人にしていただけますと幸いです」

 

「その、それはわかったけど、せめてここじゃない外……ああもうややこしい。家の方にいかない?」

 

「それはできません」

 

 

 葵からの申し出でも意志は変わらず、一切揺るがない意志を示す結。いつもなら後ろからトコトコついてくるはずのに、彼女は切り捨てるように断る。

 これは、島と葵の双方が知らなかった顔だった。

 

 

『主よ、その言葉を理解して言っているのか? それ以上先に行けば、二度と人間界へ戻ることはできないと言っても過言ではない。それでも是とするのか』

 

「そのつもりです。アーゼウスさんには以前も申し上げましたが、わたくしは人間界に戻る(・・・・・・)つもりはありま(・・・・・・・)せん(・・)から」

 

「──────え?」

 

 

 葵から、小さくか細い声が漏れた。

 戻ってくるつもりはない。

 つまり、このまま自分たちともお別れするという、明確な意志表示だった。

 

 

『無論、聞いたとも。しかし、未だ主がそこまでする理由を入力されていない。情報不足かつ、他にも反対する者がいる以上、本機(わたし)は全面的に肯定することはできない』

 

「だからお二人をお連れしたのですね」

 

 

 視線が島と葵に映る。

 真っ直ぐと射抜くような視線が向けられ、無意識に体が強張る。その反応を見てか、結はすぐに視線を外して背を向ける。

 

 

「それでも、お話できることはありません。お引き取り願います」

 

 

 ひょこり、と一匹の動物が姿を現す。

 ボヘミアンのように毛玉のシルエットは、何度もソリッドビジョンで見た存在だった。

 

 

「あれは【メルフィー・パピィ】ってやつじゃ……ってことは!?」

 

「パピィの効果でカラントーサをデッキから特殊召喚。そしてカードを一枚破壊する……お決まりのコンボね」

 

「って、それ人間が受けちゃマズイやつだろ!」

 

 

 何度もやられた妨害戦術は忘れることはない。

 ここはデュエルではない以上、その効果が及ぶ先は想像に固くない。

 壁となるモンスターがいれば話が違うのだが……と考えて島は思いつく。

 

 今の自分たちには、最強とも言えるモンスターがついているではないか。

 

 

「アーゼウス! なんとかしろよ!」

 

『無言で犬を出すのはハリネズミが飛んでくるので即刻中止せよ。繰り返す、無言で犬を出すのはハリネズミが飛んでくるので即刻中止せよ』

 

「駄目だこいつ!」

 

 

 肝心な時に役に立たないロボは捨て置く。

 こうなってしまえばもはや引くしかない。

 臨戦態勢になった獣たちになす術無く撤退を迫られる中──────

 

 

「そこまでだ」

 

 

 間に立ち塞がったのは、もう一人のクラスメイト。

 

 

「藤木くん……!」

 

「藤木……お前!」

 

「もう止めよう、鴻上」

 

 

 藤木遊作は腕に取り付けたデュエルディスクを突き出す形で結を制止させた。

 動物たちも小さく後退する。

 可愛らしい見た目をしていても、野生の勘というものはあるのか。彼のデッキからは自分たちと似て非なるモノが潜んでいることを察知していた。

 

 

「……藤木くんも、来られたんですね」

 

 

 振り向いた結の顔が複雑そうなものに変わる。

 言葉で表せないような感情を向けられている。

 

 

「私がご案内いたしました」

 

「スペクターさんまで……」

 

「スペクター!?」

 

 

 後に続いたのは、つい最近まで世間を騒がせていたハノイの騎士。初めて“人をデータに変える瞬間”を中継に示し、リボルバーと同等に悪名高い存在となった男がいた。

 一瞬、葵と視線が交わる。

 当然、葵は色々と酷い目に合わされている者として敵意を示し、スペクターの方も小さく舌打ちを放つ。二人の相性は最悪だった。

 

 

「なんでハノイの騎士がこんなところに……いや待てよ、それなら広場で俺が言ったことって……」

 

「……仰るとおりでした。わたくしはハノイの騎士に居ました」

 

「何も知らされていないがな」

 

 

 遊作は、葵たちの反応を伺う前に先手を打つ。

 彼らが勘違いしないように配慮するとともに、わざと嫌われようとする結の狙いを逸らすために、より詳しく説明を続ける。

 

 

「アナザー事件も、ハノイの塔も、何も知らなかった。決して俺達を騙していたわけではない」

 

 

 島と葵は、あくまで結が塞ぎ込んでいるのは家族関係が起因しているとしか聞いていない。

 まさか、ここに来てハノイの騎士が関係していることに衝撃を受け、ただ黙ることしかできかった。

 

 

「もしかして、その贖罪しないといけないって考えてるのか……」

 

 

 ふと、島からそんな推測が漏れる。

 今までのハノイの騎士たちの行動を鑑みればおかしな話ではない。彼らはアナザー事件などでも多数の人間を巻き込んでいた。果たして、善良な人間である結が、そのことを黙っていられるだろうか。

 

 

「結が罪の意識を感じる必要はないよ! 悪いのは……」

 

 

 葵は視線をスペクターへ向ける。

 止められないことは仕方ない。たった一人の少女に世界規模のハッカーたちを止めろと言われても土台無理な話だ。

 無論、スペクターたちハノイの騎士は己の罪を誤魔化すことはしない。

 

 

「ええ、全て悪いのは私達なのです。お嬢様は何も悪くありません。了見様は貴女を巻き込みたくない一心で──────」

 

お兄さまの話は(・・・・・・・)控えていただけますか(・・・・・・・・・・)?」

 

 

 空気が変わった。

 島たちはおろか、足元の動物たちですら驚いて身を縮めてしまう剣幕。これにはスペクターも黙るしかなかった。ンッフ、と妙な声が漏れていたのは気のせいだろう。

 

 ……ふと、遊作は気づいた。

 奇しくも、あの決戦の日に妹をスパイ呼ばわりしたAiに向けた了見の表情と似通っていたことに。性格は違えど、やはりあの二人はまぎれもなく兄妹なのだと真に理解することができた。

 

 

「……わかった」

 

 

 であれば、最早言葉で彼女の意志を変えることは諦める他ない。

 

 遊作は覚悟を決めることにした。

 結と正面から向き合うこと。

 そして、己の信条を曲げること(・・・・・・・・・・)も。

 

 自身の左腕を結へと向ける。

 この行為が意味することは誰もが知っている。

 

 

「デュエルするぞ、鴻上」

 

「藤木くん!?」

 

「どうした急に!?」

 

 

 同級生たちが驚くのも無理はない。

 遊作が自らデュエルを申し込むところを見たことはなかったから。デュエル部にいても、彼は申し込まれたデュエル以外はやらないと認識されていた。

 

 ……元々、彼にとってデュエルというものには自ずとロスト事件の苦い記憶が絡むものだ。そのトラウマは十年経っても根深く残っている。

 実際、Playmakerとして活動していても同じで、自ら申し込むデュエルは、全てハノイの騎士に関わるものしかない。もし、草薙がこの場に居たならば、深刻な顔で遊作を見るに違いない。

 

 

「いつか約束したはずだ。

 “本気でデュエルしよう”と。今、その約束を果たす」

 

 

 その言葉を聞き、結の目が丸くなる。

 反応から察するに、まさか憶えていてくれていたとは思っていなかったのか。

 確かに、学校では結のことを言えないくらいに上の空でいるのは遊作も自覚しているが、その反応には少し心外だと思ってしまう。

 

 ただ、タイミングとして今しかないし──────否、今だからこそしなければならないと遊作は踏み込んだ。

 しかし、ここで別の誰かが水を差す。

 

 

『待つがいい少年』

 

「うわでた」

 

 

 天の声ことアーゼウス。

 そして、その姿を見たスペクターの反応だった。

 さっきまで彼は色々な意味でうずうずしていたかと思えば、今度は心底げんなりしたような顔になる。忙しい男である。

 

 ああ、ハノイでもあんな扱いなのか。

 遊作を除く一般人二人は少しだけ同情した。

 

 気づいていないのか、それに構わずアーゼウスは言葉を続ける。

 

 

『精霊界ではライフポイントが命に直結している。ここはまだ入口故、本当の精霊界よりもペナルティは少ないだろうが……推奨はしないぞ』

 

 

 遊作も、それはスペクターから聞いている。

 精霊界にとってデュエルとは命のやり取り。

 勝者には栄光を、敗者には死を。

 正真正銘、魂の削り合いに他ならないことを。

 

 これは精霊界の“理”だ。

 だがここはまだ入口。人間界の“理”もまた同時に存在している。“理”が入り交じったこの世界でのデュエルは、誰も予想がつかない。

 少なくとも、ライフの増減によるフィードバックはあることは確かなようだ。アーゼウスも命の保証ができるとは断言できない口振りでいる。

 

 

「構わない」

 

 

 それでも遊作は腕を下ろさない。

 ここで引けば、命と同じくらいに大事なものを無くす。そんな予感があったから。

 

 

「お前が構わなくても鴻上の方が構うんだっての!」

 

「わたくしも構いませんわ」

 

「ほれ見ろー! そんな危険なことできるわけねーって……え?」

 

 

 そして、結もまた挑戦を受け取った。

 嘘だろ、と表情では語る島であったものの、薄々そんな予感はあったのか、盛大にため息を吐く。

 それは葵も同じ気持ちだった。両手を握りしめて、成り行きを見守ることしかできない。

 

 

「わたくしもまだ“でゅえりすと”の端くれではあります。挑まれた勝負を投げ出すことはいたしません」

 

 

 呑気な彼女も、根は生粋の決闘者(デュエリスト)なのだ。

 密かに待ち望んでいたこの申し出を、受けないわけがない。

 

 

「もしこれでわたくしが勝利すれば、わたくしのことは忘れてくださいな」

 

「いいだろう。俺が勝てば、お前を連れて帰る」

 

 

 結はデュエルディスクのついた腕を掲げる。

 足元の動物たちや、この世界の至るところから光を纏ったカードたちが集まってくる。

 遊作も、腰につけたデッキケースからひとつのデッキを差し込む。

 

 

「ちょい待て! せめてお前よりも財前とか俺……いや、そこのハノイのやつの方が断然強いはずだろ!」

 

「……業腹ではありますが、この場でもっとも強いのは彼ですよ」

 

「……何を言っているの?」

 

「見ればわかります」

 

 

 スペクターが口を閉じれば、既に上空からマスターデュエルのフィールドが舞い降りてきた。

 これでようやく──────互いに準備は整った。

 

 

決闘(デュエル)!!!!!」

 

 

 

YUSAKU

4000

YUSAKU

4000

VS

YUI

4000

YUI

4000

 

 

 

 

 

「先攻は俺が貰う。手札から永続魔法【サイバネット・コーデック】を発動。「コード・トーカー」モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する度に、同じ属性のサイバース族モンスターを手札に加えることができる」

 

「コード・トーカー?」

 

「魔法カード【ワンタイム・パスコード】を発動。自分フィールドにセキュリティ・トークンを1体特殊召喚する。

 そして、【レディ・デバッガー】を通常召喚。効果により、デッキからレベル3以下のサイバース族モンスターを手札に加える。俺は【バックアップ・セクレタリー】を手札に加える」

 

 

 電子の妖精が、新たにデッキから仲間を導く。

 これで始動の準備は整った。遊作はその手を天に掲げる。

 

 

「現れろ──────未来を導くサーキット!」

 

 

 空に浮かぶのは四角形のゲート。

 モンスターを繋ぎ、新たなモンスターを導くための道標が出現した。

 

 

「召喚条件はサイバース族モンスター2体。俺はセキュリティ・トークンとレディ・デバッガーの2体をリンクマーカーにセット! リンク2、【スプラッシュ・メイジ】をリンク召喚!」

 

 

 

 

スプラッシュ・メイジ

水属性 リンク2 ATK/1100

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【サイバース族/リンク/効果】

サイバース族モンスター2体

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分の墓地のサイバース族モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

この効果の発動後、ターン終了時まで自分はサイバース族モンスターしか特殊召喚できない。

 

 

「【スプラッシュ・メイジ】の効果発動! 1ターンに1度、墓地からサイバース族モンスターを効果を無効にして守備表示で特殊召喚する。甦れ、【レディ・デバッガー】!」

 

 

 魔導士は杖を振り回し、水柱を生み出す。

 重力に従って地面に落ちた後、そこには素材となったはずの妖精が舞い戻る。

 そして、ここから展開は加速する。

 

 

「再び現れよ、未来を導くサーキット! 

 召喚条件は効果モンスター2体以上。俺は【スプラッシュ・メイジ】と【レディ・デバッガー】をリンクマーカーにセット!」

 

 

 呼び出すのは、風の中で掴んだ初めてのモンスター。今もなおエースとして彼を支え、ハノイの騎士の野望を切り裂いた漆黒の剣士。

 

 

「サーキット・コンバイン! リンク召喚!

 リンク3、【デコード・トーカー】!」

 

 

 

デコード・トーカー

闇属性 リンク3 ATK/2300

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【サイバース族/リンク/効果】

効果モンスター2体以上

①:このカードの攻撃力は、このカードのリンク先のモンスターの数×500アップする。②:自分フィールドのカードを対象とする魔法・罠・モンスターの効果を相手が発動した時、このカードのリンク先の自分のモンスター1体をリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

 

 

 大剣の剣先はたったひとりの少女に向けられる。

 結は目を背くことなく、まっすぐに相手を見据えたまま表情は変わらない。

 ……この剣士を見て、彼女は一体何を思っているのか。

 

 また、彼女が頑なに人間界へ戻ろうとしないこともわからない。島は贖罪、と推測していたが、結は否定も肯定もしていない。

 

 遊作も、島の考えを聞いたときは少し違う(・・・・)と思った。

 罪の意識は確かにあるだろう。しかしそれは世間を騒がせるほどのマクロ的なものではないような、そんな直感が過る。

 

 今はデュエルに集中するべきだ、と考えを保留する。それは、この勝負を続けていればわかるはず。

 そう信じる遊作の手は、まだ止まることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────────!」

 

『おお、島少年の顎がカバのように開いたままだ。何か不思議なことでもあったのだろうか?』

 

「サイバース族、って……」

 

「おやおや、その様子だとやはりご存知ではなかったようですね」

 

 

 声にならない声を発する島。残る葵も、冷静になろうとするも動揺を隠せていなかった。

 他人より感覚がズレている自覚のあるスペクターも、彼らの反応に面白いものを見たと愉快に笑う。

 

 意志を持つAI、イグニスが生み出したサイバース族。

 データストームにアクセスできる人間しか持つことができない特別なモンスターだ。

 

 その展開力を充分に活かし、極めつけに現れたのは【デコード・トーカー】。

 あまりに有名で、象徴足り得るモンスターを見た以上、もはや疑いようはない。

 

 

「彼こそ、我々ハノイの騎士を壊滅させたデュエリスト──────Playmakerその人なのですから」

 

 

 LINK VRAINSを救った英雄。

 世界は救えても──────ひとりの少女を救えるのか。

 この勝負は了見との決戦と同じく、彼の人生にとって分水嶺になり得る一戦だろう。




 今回の特殊タグはこちらを参考にさせていただきました。問題があったら修正します。
 ■遊戯王二次創作用特殊タグ
  
 このシーンのためにコードトーカーデッキ作ってソロで回しています。リンク主体のデッキは展開が止まんねぇからよ……。
 対戦で使うと、なかなか相手にターン返せなくて申し訳なくなってしまうのでなかなか使えず。「対人戦でこんな回し方せんやろ」とか言われそうでビクビクしてたり。でも普段使っているオルフェとHEROは全力でぶん回さないと勝負できないのでついやっちゃいますわ〜!!!(ソリティアお嬢様)

 次回は丸々デュエル回になります。
 先に言っておくと、鉄獣要素はほとんどありませんのでご安心を。罠からリンク召喚して対象取らない除外なんてインチキ効果もいい加減にしろ!


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メルフィーズ編︰にらめっこ(前編)

 処理(やること)が……!! 処理(やること)が多い……!! 

 というわけでやっと丸々デュエル回です。
 1話を大体10,000字くらいに抑える方針なので、多分前中後編の三部構成になりそうで震えてますわあ。
 あと、まだアザラシは実装前です。うきうきするのはまた今度ということで。

 ※処理ガバ、プレミはご容赦ください。
 ※一部環境では特殊タグが表示しきれない場合があります。(リンクマーカー下部分)
 タグの方は修正する技術がないため、とりあえずメルフィーズ編が一段落したら該当箇所をスクショ撮って挿絵にしますのでお待ちください。


 

 

 さあっ、と突風が芝生を掻き分けながら走る。

 藤木遊作と鴻上結の間を通り抜け、森の木々を揺らし、木の葉同士が擦れ合う。

 ああ、こんな時でなければ彼女はのんきに「皆さんでピクニックでもしませんこと〜?」なんて言うのだろうか、なんて考えが遊作の頭によぎった。

 

 しかし今は決闘(デュエル)中。

 余計な思考は削り、集中力を研ぎ澄ませる。

 

 

「【サイバネット・コーデック】の効果発動。デッキから闇属性のサイバース族【マイクロ・コーダー】を手札に加える」

 

 

 決闘(デュエル)は始まったばかりだが、遊作は1ターン目で瞬く間にリンク3のモンスターを召喚し、場を固めていた。

 彼が使うサイバース族デッキの強みは展開力にある。形は千差万別ありながら、モンスター同士が互いにサーチ、リクルートし合う。そして、サポートする魔法カードもまた豊富に存在している。

 

 強力な反面、あらゆる効果には特殊召喚の種族制限などがつけられてしまうが、それも種族を統一することで実質ノーコストとなっている。

 

 さらに、この【サイバネット・コーデック】は、リンク2〜3の「コード・トーカー」モンスターを召喚すればするほど、属性に応じて手札が補充される。それこそ、真に完璧な手札であれば、先攻1ターン目でエクストラリンクを作ることも視野に入れられる強力なカード郡だ。

 

 こと、目の前の結相手であれば妨害のない内に展開しきることが肝要だ。この手札なら、あとリンクモンスターを3体は作ることだって可能なはず──────! 

 

 

「このまま更に……!」

 

 

 ふと、ここで相手の表情が視界に入る。

 一瞬。ほんのただの一瞬だった。

 けれど、目を細めてこちらを見る顔はこう語っているように見えた。

 

 これ以上進むのはよせ(・・・・・・・・・・)、と。

 

 

「……カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 

 見間違いかもしれない、が、警戒は怠らない。

 最低限の動きはできた以上、遊作は己の勘を信じ、一旦様子見に徹することにする。

 まだ先攻1ターン目。焦る必要は無い。

 

 

「どうしたのかしら?」

 

 

 葵も怪訝な様子で状況を伺う。

 本物のPlaymakerにしては動きが大人しいと思ったか。無理もない。この感覚は相対している者しかわからないのだから。

 

 

「あら、もう終わりなのですか〜?」

 

「……」

 

 

 学校でも聞くような、ゆったりとしたテンポの声。

 普段なら気にもせず、むしろ居心地が良いと感じたのかもしれない。

 しかし、この瞬間に限っては、その笑顔が恐ろしくも感じてしまった。

 

 

「であればわたくしのターンですね。ドロ〜」

 

 

 ゆったりとした動作でカードを引く。

 思考時間は最小限。結は思った動きをそのまま進める。

 

 

「手札から【魔獣の懐柔】を発動いたします。フィールド上にモンスターがいない時、デッキからレベル2以下の獣族モンスター3体を効果を無効にして特殊召喚いたしますわ〜」

 

 

【魔轟神獣ケルベラル】ATK/1,000 DEF/400

【メルフィー・フェニィ】ATK/100 DEF/300

【メルフィー・ポニィ】ATK/400 DEF/0

 

 

「1枚でデッキから3体のモンスターを特殊召喚するか……」

 

 

 レベル2の獣族のみ、そして発動後は獣族しか特殊召喚できなくなる制約がありながらも効果は絶大だ。

 同じく種族の統一を軸にして戦う遊作は嫌でも理解してしまう。

 

 

「お願いします──────わたくしの未来回路」

 

 

 結は静かに手を掲げる。

 遊作とは対照的に、上空ではなく地面に光り輝くゲートが現れた。

 

 

「召喚条件は獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスター2体。わたくしは【メルフィー・フェニィ】さんと【メルフィー・ポニィ】さんをリンクマーカーにセット。リンク2、【鉄獣戦線 徒花の(メルフィー・)フェリジット】さんをリンク召喚〜」

 

 

鉄獣戦線(トライブリゲード) 徒花(あだばな)のフェリジット

地属性 リンク2 ATK/1,600

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【獣族/リンク/効果】

獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスター2体

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分メインフェイズに発動できる。手札からレベル4以下の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスター1体を特殊召喚する。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターしかリンク素材にできない。

(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。自分はデッキから1枚ドローし、その後手札を1枚選んでデッキの一番下に戻す。

 

 召喚されたのは己の身長と同じほどの大型ライフルを持った女性型のモンスター。

 この森の雰囲気には似合わない、殺伐とした世界の存在だった。

 

 獣族を駆使する彼女にとっては珍しく、二足の人型のモンスター。これは葵も初めて見たのか、目を丸くする姿が遊作の目に入る。

 実際、フェリジットも「なんでここにいるんだろう」と言った戸惑いの表情が伺えた。

 

 

「フェリジットさんの効果を発動します〜。1ターンに1度、手札からレベル4以下の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスター1体を特殊召喚できますわ。わたくしは【レスキューキャット】さんを特殊召喚いたします」

 

 

 己の役割を理解したフェリジットは自身の身長ほど大きなライフルの柄で地面を叩く。

 音に釣られるように、ヘルメットを被った猫が手札から飛び出してきた。

 

 

「【レスキューキャット】さんの効果。フィールドのこのカードを墓地へ送ることで、デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体を効果を無効にして特殊召喚します」

 

 

【森の聖獣ヴァレリフォーン】ATK/400 DEF/900

【森の聖獣カラントーサ】ATK/200 DEF/1,400

 

 

『ゲッ!』

 

 

 何やら機械音が聞こえたが、遊作は意識を反らしている暇はない。

 デュエル部でも何度か見たモンスターたちのため、遊作も効果は把握している……が、生憎効果は無効になっている。今は直接的な影響はない。

 

 

「効果は無効になっているからカラントーサの効果は使えない」

 

「承知の上ですわ〜。

 ────── わたくしは今特殊召喚しましたレベル2モンスターのお二人でオーバーレイ!」

 

 

 結は己の細腕を前に伸ばして交差させると、デュエルディスクから閃光が迸る。上空に掲げると四本に別れ、やがてそれは「X」を象った扉へと姿を変えた。

 これこそ、彼女が得意とする召喚法──────エクシーズ召喚であった。

 

 

「エクシーズ召喚。ランク2、【森のメルフィーズ】さん!」

 

 

森のメルフィーズ

地属性 ランク2 ATK/500 DEF/2,000

【獣族/エクシーズ/効果】

レベル2モンスター×2

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。

デッキから「メルフィー」カード1枚を手札に加える。

(2):このカード以外の自分フィールドの表側表示の「メルフィー」モンスターが自分の手札に戻った場合、

相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターはフィールドに表側表示で存在する限り、攻撃できず、効果は無効化される。

 

 

 とうとう出てきた彼女の象徴たるテーマの存在。

 うさぎとねこと犬、パンダなど森のおともだちが勢揃いし、辺りには蛍のように光球が2つ宙を浮かぶ。

 

 そのうち、ひとつの光球が結の手元まで近づいてくる。

 彼女が手を伸ばした途端に光が霧散し、1枚のカードが手中に現れていた。

 

 

「メルフィーズさんの効果。オーバーレイユニットをひとつ取り除くことで、デッキから【メルフィー】と記されたカードを1枚手札に加えます。わたくしは【メルフィー・ワラビィ】さんを手札に加えますわ」

 

 

 仲間を呼んだが、これは次のターンの布石。

 当然、まだ展開は終わることはない。

 

 

「お願いします。わたくしの未来回路! 

 わたくしは更にフェリジットさんとメルフィーズの皆さんでリンクマーカーにセット! リンク2、メルフィー・【クロシープ】さんをリンク召喚!」

 

 

クロシープ

地属性 リンク2 ATK/700

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【獣族/リンク/効果】

カード名が異なるモンスター2体

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードのリンク先にモンスターが特殊召喚された場合に発動できる。このカードのリンク先のモンスターの種類によって以下の効果を適用する。

●儀式:自分はデッキから2枚ドローし、その後手札を2枚選んで捨てる。

●融合:自分の墓地からレベル4以下のモンスター1体を選んで特殊召喚する。

●S:自分フィールドの全てのモンスターの攻撃力は700アップする。

●X:相手フィールドの全てのモンスターの攻撃力は700ダウンする。

 

 

 

「リンクマーカーを増やしに来たか……」

 

「それだけではございません。フェリジットさんの効果が発動。墓地に送られた時、デッキから1枚ドローした後、手札を1枚選んでデッキの一番下に戻しますわ〜」

 

 

 エクストラデッキのモンスターは、専用のゾーンか、それともリンクモンスターのリンク先にしか召喚できない。

 このルールで縛られている以上、融合やシンクロ、エクシーズ主体のデッキは同時並行してリンクモンスターも増やさねばならなくなる。

 結もそれは例外ではない……が、制約を制約のまま終わらせないのも決闘者としての腕が試されるわけだ。

 

 

「わたくしはまだ通常召喚を行っていませんので、さらに【レスキューラビット】さんを召喚します。効果により、自身を除外することでデッキからレベル4以下の同名の通常モンスターを2体特殊召喚します。いらっしゃい、【メルフィー・ラビィ】さ〜ん!」

 

 

【メルフィー・ラビィ】ATK/0 DEF/2,100

【メルフィー・ラビィ】ATK/0 DEF/2,100

 

 

『でたな諸悪の根源め』

 

 

 ピンク色のうさぎが二羽、フィールドに現れるとアーゼウスが悪態をつく。

 機械ゆえ平坦な声で感情が読み取れないものの、色々と人間臭い彼(?)のことだから本当に嫌いなのだろう。

 

 

「どういうことですか?」

 

『何、あれが主を連れて行こうと発案したからだ。守備力だけが一丁前の通常モンスター風情が……』

 

「傍から見たら貴方の方が悪者だけどね……」

 

 

 葵の指摘を聞かなかったことにしたアーゼウスは眼を光らせて小動物を威嚇する。対するラビィも、後ろ足を勢い良く地面に叩きつけていた。

 悲しいかな。同じく主の身を案じる者同士のはずなのに、この二人の間の溝は考えるよりも深いらしい。

 

 

「わたくしは【メルフィー・ラビィ】さんお二人でオーバーレイネットワークを構築! ランク2、【わくわくメルフィーズ】さんをエクシーズ召喚!」

 

 

わくわくメルフィーズ

地属性 ランク2 ATK/2,000 DEF/500

【獣族/エクシーズ/効果】

獣族レベル2モンスター2以上

このカード名の(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。

このターン、自分の「メルフィー」モンスターは直接攻撃できる。

(2):相手ターンに、自分フィールドの獣族Xモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを持ち主のEXデッキに戻す。

その後、そのモンスターが持っていたX素材の数まで、

自分の墓地からレベル2以下の獣族モンスターを選んで特殊召喚できる。

 

 

 再びメルフィーのおともだちが集まる。

 ラビィを始めたお馴染みの面々だったが、先ほどよりも数が多く、各々が好物の果物を手にしている。まるで遠足に来たかのような、わいわいと賑やかな様子につい毒気が抜かれてしまう。

 

 

「でたわね……結のエースが」

 

『エースは本機(わたし)だぞ?』

 

「やっぱりお前張り合うのな……」

 

「あ、島くん。生き返ったんだ」

 

 

 色々と現実を叩きつけられていた島だが、なんとか持ち直して葵は少しホッとしていた。

 スペクター(ゲス)アーゼウス(ロボ)に囲まれたままでの観戦は、さすがに彼女もくたびれてしまうから。

 

 盤面を見渡すと、互いにエースが出揃った状態だ。

 決闘は始まったばかりなのにもかかわらず、結のエンジンはフルスロットルで進んでいる。

 

 

「これでアイツの展開も一通り終わった……」

 

「速攻魔法、【メルフィーとおいかけっこ】を発動しますわ。墓地から【メルフィー・ポニィ】さんを特殊召喚いたします〜」

 

「まだ続くのかよ!?」

 

「わたくしはレベル2のポニィさんに、レベル2の【魔轟神獣(メルフィー・)ケルベラル】さんをチューニング!」

 

「エクシーズ召喚に続いてシンクロ召喚まで……」

 

「藤木くんと違って、出し惜しみはなし、ですわ〜」

 

 

 言い方に角があるものの、遊作は反応せず流す。

 ここで動じるのは己の勘を信じていない者だ。そういう輩の末路はハノイの騎士の下っ端で散々見てきた以上、動じることは断じてない。

 遊作は毅然と相手に向かい合うことに集中する。

 

 

「シンクロ召喚! レベル4、魔轟神獣(メルフィー・)ユニコール】さんですわ〜」

 

 

魔轟神獣ユニコール

光属性 レベル4 ATK/2,300 DEF/1,000

【獣族/シンクロ/効果】

「魔轟神」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在し、お互いの手札が同じ枚数である限り、相手が発動した魔法・罠・効果モンスターの効果は無効化され破壊される。

 

 

 今度は、白い一角獣が嘶きながら駆けてきた。

 遊作は動じないものの、周りからすれば着々と厄介な盤面が出来上がってしまっているように見えるものだ。

 

 

「ここはお嬢様のテリトリーです。精霊たちも全力でお嬢様に応えることできるのでしょうが……まさかここまで回るとは」

 

 

 スペクターも、引きがいい時に希に見る盤面に冷や汗をかいていた。

 【わくわくメルフィーズ】は、相手ターンにデッキに戻り、墓地から獣族を召喚する効果を持つ。これにより、何度でもカラントーサなど特殊な獣族を使い回しすることができる。

 【魔轟神獣ユニコール】は、手札が互いに同じ限り、どのようなカード効果でも問答無用に無効にして破壊する。

 

 強力な制圧効果を持つモンスターが2体並んだわけだ。スペクターの知る一流の決闘者でも崩すのはとてつもなく骨が折れることだろう。

 

 

「けど、攻撃力は【デコード・トーカー】の方がまだ上。メルフィーズの直接攻撃さえ凌げば……」

 

「ここでメルフィー・【クロシープ】さんの効果を発動しますわ〜。リンク先にシンクロ・エクシーズモンスター双方がいるので、藤木くんのモンスター全ての攻撃力は700ダウン、わたくしのモンスター全ての攻撃力は700アップいたします〜」

 

 

 弱点とも言える打点の低さもカバーされた。

 考えうる最悪に近い状況に陥った遊作は攻撃に備え、腰を落として身構える。

 

 

「その効果にチェーンして速攻魔法発動! 【セキュリティ・ブロック】! 

【デコード・トーカー】を対象として発動! このターン、そのモンスターは戦闘では破壊されず、お互いが受ける全ての戦闘ダメージは0になる!」

 

 

 そのカードはかつてブルーエンジェルとの決闘で使用したカード。タイミングとしては結と手札が同じになる前の今しかなかった。

 

 

「ふむ、では続いてメルフィー・【クロシープ】さんの効果が適用されますわ〜」

 

 

【クロシープ】ATK/700→1,400

【魔轟神獣ユニコール】ATK/2,300→3,000

【わくわくメルフィーズ】ATK/2,000→2,700

 

【デコード・トーカー】ATK/2,300→1,600

 

 

「よかった……これでライフが削りきられる心配はなくなったのね」

 

「むぅ、これではバトルしても無駄ですわね。カードを1枚伏せてエンドフェイズに入ります。手札の【メルフィー・ワラビィ】さんは効果で特殊召喚いたします。これでわたくしはターンエンドです」

 

「なんとか【デコード・トーカー】も守った上でターンを凌いだなァ。しゃあ、ここから反撃だ!」

 

「……いえ、本当に怖いのはここからです」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

 この時点で遊作がドローしたことで手札は3枚。

 結はカンガルーのような風貌の【メルフィー・ワラビィ】を召喚し、1枚のみとなっている。

 前ターンは様子見に徹した遊作であったが、あまり悠長なことはしていられなくなってしまった。

 

 

「自分フィールド上にサイバース族がいる時、手札の【バックアップ・セクレタリー】は特殊召喚できる!」

 

「この瞬間、【メルフィー・ワラビィ】さんの効果発動。そしてチェーンし、【わくわくメルフィーズ】さんの効果を発動します」

 

 

 CHAIN2:【わくわくメルフィーズ】

 

 

「このカードを手札に戻すことで、オーバーレイユニットの数だけ墓地からレベル2以下の獣族モンスターを特殊召喚します。

【わくわくメルフィーズ】さんのオーバーレイユニットは2つ……よって、わたくしは【メルフィー・ポニィ】さんと【森の聖獣(メルフィー・)カラントーサ】さんを召喚いたします」

 

 

 CHAIN1:【メルフィー・ワラビィ】

 

 

「そして、ワラビィさんを手札に戻し、デッキから自身以外の【メルフィー】モンスターを2体特殊召喚します」

 

 

【メルフィー・パピィ】ATK/300 DEF/100

 

【メルフィー・キャシィ】ATK/200 DEF/200

 

 

「ここで墓地から特殊召喚された【森の聖獣(メルフィー・)カラントーサ】さんの効果が発動。相手フィールドのカードを1枚対象にとって破壊します。

 わたくしは【デコード・トーカー】を対象に破壊します」

 

「くっ」

 

「ああっ、せっかく守った【デコード・トーカー】が……」

 

「しかも手札が同じにされてしまいました。これでユニコールの永続効果が起動してしまいます」

 

 

 スペクターの言うとおり、遊作の手札と結の手札は同じ2枚となっていた。途端に、ユニコールの赤眼がキラリと光り始める。

 手札が同じであれば、デッキからでも墓地からでも、そしてスペルスピードが最も早いカウンター罠でも問答無用に無効にするのがこのモンスター。

 

 手札を減らすために召喚を行えば、それを引き金にメルフィーの効果が発動し、手札に戻りながら妨害やサーチを行える。

 相手の動きを見ながら手札の調整が可能かつ、同時並行して別の妨害を放つことができる。

 

 ……遊作は考える。

 この状況を打破するためには、手札調整に意識を割しながらも、一刻も早くユニコールを無力化することが最優先だ。

 

 

「現れろ──────未来を導くサーキット!」

 

 

 情報アドバンテージの差というものは大きい。

 デュエル部で一度見たおかげで、彼の中では突破方法が導き出されていた。

 

 

「召喚条件は効果モンスター2体以上! 俺はフィールドの【バックアップ・セクレタリー】、そして手札の【マイクロ・コーダー】と【コード・ラジエーター】をリンクマーカーにセット!」

 

「手札からリンク召喚の素材を!?」

 

「おい、これ無効にならないのか!?」

 

「【マイクロ・コーダー】と【コード・ラジエーター】は「コード・トーカー」モンスターをリンク召喚する場合、手札からリンク素材にすることができる。

 これは、チェーンブロックを作らない効果(・・・・・・・・・・・・・・・)──────ユニコールでも無効化することはできない!」

 

 

 条件さえ揃えば魔法、罠、モンスター効果も無効にするユニコールも、無効にするのは“発動(・・)”である。

 【沼地の魔神王】など素材代替効果は“発動”という概念がない(・・・・・)。強力な制圧効果にも必ず穴というものが存在するのだ。

 

 

「リンク3、【トランスコード・トーカー】をリンク召喚!」

 

 

 

トランスコード・トーカー

地属性 リンク3 ATK/2,300

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【サイバース族/リンク/効果】

効果モンスター2体以上

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードが相互リンク状態の場合、このカード及びこのカードの相互リンク先のモンスターの攻撃力は500アップし、相手の効果の対象にならない

(2):「トランスコード・トーカー」以外の自分の墓地のリンク3以下のサイバース族リンクモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターをこのカードのリンク先となる自分フィールドに特殊召喚する。この効果を発動するターン、自分はサイバース族モンスターしか特殊召喚できない。

 

 

 

 

 重量のある鎧を纏う橙色の戦士が降り立つ。

 数ある「コード・トーカー」モンスターでも蘇生と耐性を与えるこのモンスターこそ、この状況の突破口になり得る。

 

 

「【サイバネット・コーデック】の効果を発動! さらに墓地の【マイクロ・コーダー】と【コード・ラジエーター】の効果を続けて発動!」

 

 

 さらに、素材としたモンスターたちは、リンク召喚した後こそ真価を発揮する。

【マイクロ・コーダー】は素材にされることで、デッキから【サイバネット】と名のついた魔法・罠カードを手札に加えるサーチ効果がある。

 そして、【コード・ラジエーター】は──────

 

 

「このカードがリンク素材にされた場合、相手フィールドのモンスター1体の攻撃力を0にし、効果を無効化する(・・・・・・・・)! 俺が選ぶのは【魔轟神獣ユニコール】!」

 

「お嬢様の手札は2枚。彼の手札は0枚。これではユニコールの効果は使えません。制圧を掻い潜ると同時に手札まで調整をするとは……」

 

 

 遊作が注目したのは“手札から”素材にするという点だ。

 いくらエースを召喚しても、【メルフィー】たちの効果で手札の帳尻を合わせられ、制圧を再起動させられては元の木阿弥。

 しかし、元より【メルフィー】の効果は手札とフィールドのモンスターを増やしてアドバンテージを稼ぐもの。増やすことはできても、逆に減らすためには別のカードを使わなければならない。故に、結の手札の数を下回る立ち回りをすれば比較的安全に立ち回れるのだ。

 

 ……残る懸念は、前ターンに結が伏せたカードであるが。

 

 

「っ、相手ターンにフィールド上にモンスターが召喚された時、【メルフィー・パピィ】さん、【メルフィー・キャシィ】さん、【メルフィー・ポニィ】さんの順に効果を発動します〜」

 

 

 CHAIN6:【メルフィー・ポニィ】

 

 

「ポニィさんが手札に戻ることで、自分の墓地からこのカード以外のレベル2以下の獣族モンスター1体を選んで手札に加える事ができます。わたくしは墓地から【森の聖獣ヴァレリフォーン】さんを手札に加えますわ〜」

 

 

 CHAIN5:【メルフィー・キャシィ】

 

 

「キャシィさんを手札に戻し、デッキから獣族モンスター1体、【ホップ・イヤー飛行隊】さんを手札に加えます〜」

 

 

 手札を増やす事にシフトした以上、あの伏せカードはハンデスするような効果はないものだったのだろう。これで第一関門は突破したも同然だ。

 

 

 CHAIN4:【メルフィー・パピィ】

 

 

「そして、パピィさんを手札に戻して、デッキからレベル2以下の獣族モンスターを特殊召喚します。わたくしはふたりめの【森の聖獣(メルフィー・)カラントーサ】さんを特殊召喚しますわ」

 

 

 CHAIN3:【コード・ラジエーター】

 

 

「【コード・ラジエーター】の効果が適用され、お前のユニコールは効果が無効になり、攻撃力は0となる!」

 

 

【魔轟神獣ユニコール】ATK/3,000→0

 

 

「よし! これで心置きなく効果も魔法も使える!」

 

 

 CHAIN2:【マイクロ・コーダー】

 CHAIN1:【サイバネット・コーデック】

 

 

「【マイクロ・コーダー】の効果によって、デッキから【サイバネット・オプティマイズ】を手札に、

 そして、【サイバネット・コーデック】の効果によって、【コード・ジェネレーター】を手札に加える」

 

「逆順処理が終わった後、【森の聖獣(メルフィー・)カラントーサ】さんの効果が発動。わたくしはフィールド上の【サイバネット・コーデック】を選択して破壊いたしますわ〜」

 

「くっ」

 

 

 展開の要がとうとう破壊されてしまった。

 だが、充分に役目を果たしてくれた。これで遊作のデッキは止まらない。

 

 結もそれを察してか、次なる妨害の手札を切った。

 

 

「カラントーサさんの効果にチェーンして、先ほど手札に加えた【ホップ・イヤー飛行隊】の効果も発動いたしますわ〜

 自分フィールドのカラントーサさん対象として発動します。このカードを手札から特殊召喚して、そのモンスターとこのカードのみを素材としてシンクロ召喚できますの〜」

 

「相手ターンにシンクロ召喚!?」

 

「レベル2の【森の聖獣(メルフィー・)カラントーサ】さんにレベル2の【ホップ・イヤー飛行隊】さんをチューニング〜! シンクロ召喚! レベル4【虹光の宣告者(メルフィー・デクレアラー)】さん!」

 

 

虹光の宣告者(アーク・デクレアラー)】ATK/600 DEF/1,000

 

 

 虹色の羽と共に、小さな天使が舞い降りる。

 

 

「ユニコールを突破してもまだ動くのね……」

 

「ええ、お嬢様の強みはこの妨害戦術の豊富さにあります。相手ターンでもお構いなしに動いては破壊と無効の効果を押し付ける。この状況を掻い潜って突破するのは至難の技でしょう」

 

 

 前述のとおり、遊作が得意とするのはサイバース族特有の爆発的な展開力。

 対する結が得意とするのは、相手のターンでも二重、三重の破壊と無効を尽く押し付ける妨害力。

 一進一退の攻防が続く、互いに油断のできない戦いの空気は周囲にも緊張を及ぼしていた。

 

 

 

「ちょっと私の台詞取らないでくれる? 思考読まれているみたいで鳥肌立つんだけど」

 

「は?」

 

「は?」

 

「怖っ……なんでギャラリーの方が殺伐としてるんだよ」

 

『全くだ。まともなのは我々だけのようだな』

 

「お前もカラントーサ出てきたからって消えようとすんな」

 

 

 補足。別の意味でも緊張していた。

 一番動じていたはずの島が最も冷静になっているあたり、この場が如何に混沌としているのか察することができるに違いない。

 

 

メルフィー・【クロシープ】さんのリンク先にモンスターが召喚された時に効果を発動。再びわたくしのフィールド上のモンスターの攻撃力がアップします」

 

 

【クロシープ】ATK/1,400→2,100

【魔轟神獣ユニコール】ATK/0→700

【森の聖獣カラントーサ】ATK/700→1,400

虹光の宣告者(アーク・デクレアラー)】ATK/600→1,300

 

 

「【トランスコード・トーカー】の効果! このカード以外の自分の墓地のリンク3以下のサイバース族リンクモンスター1体を、このカードのリンク先となる自分フィールドに特殊召喚する!」

 

「では、ここで【虹光の宣告者(メルフィー・デクレアラー)】さんの効果を発動します。このカードをリリースすることでモンスター効果の発動を無効にして破壊いたしますわ〜」

 

 

 再び飛んでくる妨害の一手。

 最後まで展開させた後では手遅れになると判断したためか、結は躊躇いなく妨害の手を切る。

 無論、遊作もユニコールを突破した後の布石は用意していた。

 

 

「罠発動! 【サイバネット・コンフリクト】! 

 自分フィールドに「コード・トーカー」モンスターが存在し、モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし除外する!」

 

「藤木も負けてねぇ!」

 

「【トランスコード・トーカー】の効果は適用される。墓地から甦れ、【スプラッシュ・メイジ】! 

 さらに【スプラッシュ・メイジ】の効果で、墓地から【バックアップ・セクレタリー】を特殊召喚!」

 

 

 今までの鬱憤を晴らすかのように、遊作のフィールドから次々とモンスターが召喚される。これで4回目の特殊召喚になる。

 

 

「現れよ、未来を導くサーキット! 

 召喚条件はサイバース族モンスター2体以上。俺はリンク2の【スプラッシュ・メイジ】と【バックアップ・セクレタリー】をリンクマーカーにセット! 

 

 リンク召喚! リンク3、【エクスコード・トーカー】!」

 

 

エクスコード・トーカー

風属性 リンク3 ATK/2,300

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【サイバース族/リンク/効果】

効果モンスター2体以上

このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードがリンク召喚に成功した時、EXモンスターゾーンのモンスターの数だけ、使用していないメインモンスターゾーンを指定して発動できる。指定したゾーンはこのモンスターが表側表示で存在する間は使用できない。

(2):このカードのリンク先のモンスターは、攻撃力が500アップし、効果では破壊されない。

 

 

 そして、5体目(・・・)に現れたのは両腕に取り付けられた剣を構える緑色の戦士。大量展開を得意とするデッキに対する抑止となり得る存在だ。

 

 

「【エクスコード・トーカー】の効果! リンク召喚成功時、EXモンスターゾーンのモンスターの数だけ、使用していないメインモンスターゾーンを選択して封鎖する! 

 俺は、【トランスコード・トーカー】と【クロシープ】のリンク先をそれぞれ選択する!」

 

「…………」

 

「さらにエクスコードはリンク先のモンスターの攻撃力を500アップさせ、効果で破壊されなくする。

 そして、【トランスコード・トーカー】のリンク先に召喚したことで、相互リンクが発生。双方とも相手の効果の対象にならず、攻撃力を500アップする」

 

 

【トランスコード・トーカー】ATK/2,300→3,300

【エクスコード・トーカー】ATK/2,300→2,800

 

 

「これで藤木くんのモンスターはカラントーサでも破壊できなくなったわ!」

 

「永続魔法、【サイバネット・オプティマイズ】を発動。こちらの「コード・トーカー」モンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠・モンスターの効果を発動できなくなる」

 

「罠対策も万全だな! まあ、さすがにワンショットってわけにもいかねぇけど、これで大分リードできるぜ! よし行け藤木ー! できるだけ優しく攻撃してやれよー!」

 

 

 島から余裕そうな声援を送られるが、遊作の表情は晴れない。最初のターンで感じていた不吉な予感は未だ拭えないからだ。それは5体目の特殊召喚(・・・・・・・・)で、【エクスコード・トーカー】を召喚した時から一層強くなった。

 

 

「…………」

 

 

 結の表情は変わりない。にこにこと笑ってこちらの様子を伺うだけだ。悟られないように取り繕っているのか。それとも何か他に手があるのか。

 

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 このチャンスを逃すわけにはいかないと遊作は打って出なければならない。

 そのための通常召喚権を残した上での【トランスコード・トーカー】と【エクスコード・トーカー】だ。

 互いに耐性を付与できるこのモンスターたちなら、たとえ罠カードなどで除去されても、いずれか一体は残ってくれると踏んだ。

 

 さあ、反撃の時だ──────! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……結は考える。

 著しく打点が下がってしまった結のモンスターたちでは大きくライフを削られてしまうことは必至。

 

 それはまだいい。許容範囲内だ。

 もっと悪いのは、新たに召喚するリンクモンスターに、結のユニコールと同様に効果を無効にするモンスターで固められること。それをやられてしまっては、今後の展開に響く。【メルフィー】は妨害するのは得意でも、されるのは得意ではないのだから。

 

 召喚権が残ったままという点が引っかかるが、彼は果たしてこのまま攻撃してくるつもりだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 であれば──────タイミングとしてはここで切るしかあるまい(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バト──────」

 

「ここです。手札から原始生命態(メルフィー・)ニビル】の効果を発動します」

 

「!?」

 

 

 雲は裂け、空が割れた。

 陽の光も遮られ、大きな影が森を覆う。

 顔を上げれば、上空から山と見間違うような岩が迫ってきていた。

 

 

「このカードは相手が5体以上のモンスターの召喚・特殊召喚に成功したターンのメインフェイズに発動できます。自分と相手フィールドの表側表示モンスターを全てリリース(・・・・・・)し、このカードを手札から特殊召喚します」

 

「──────っ」

 

 

 遊作はようやく合点がいった。

 初めのターンに感じた不吉な予感はこれだったのだ、と。

 

 破壊ではなく、リリース(・・・・)

 しかも対象を取らず、表側表示モンスター全て(・・)という括られ方をしている以上、遊作が用意した耐性など意味をなさなくなる。

 

 生命が持つ根源的な恐怖が足を竦ませる。

 これこそは太古の時代、人よりも巨大な存在を絶滅に追い込んだ隕石そのもの。繁栄を許さぬそれは、この森の惨状に憤るようにフルフルと震えていた。

 

 

「うおおおおおおお!!!! 死ぬ!! 死ぬうううう!!!」

 

 

 再びパニックに陥る島。

 同じく結のフィールドのモンスターも、目が飛び出でそうになるほど驚いて慌てふためいている。

 己の主を見れば、にこやかに笑顔を返すだけ。

 視線だけで何を意味しているのか残酷なまでに事実を理解してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────もう助からないゾ♡ と。

 

 

 

「皆さん、念の為【聖天樹の大母神】を展開します! 私の後ろに下がってください!」

 

「あ、ああ!」

 

「っ」

 

『すまない。もう少し詰めてもらえないだろうか。このままだと本機(わたし)もリリースされてしまう』

 

「お前もうエースやめちまえ!」

 

 

 こうしてニビルは宙から到来する。

 この日──────森は炎に包まれた。

 





 ピキーン!(プルプル)
 


 まずは一回燃やします。

 申し訳ないですがリアルが多忙なため更新が遅れます。【7/29追記】


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