真剣で可能性の獣に恋しなさい! (つばめ勘九郎)
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第一話 猟犬と黒獅子

 

 とある国の山岳地帯に広がる広大な森林や草原。

 

 山を降り草木を抜けた先には太陽光でエメラルドブルーに近い色を発光させる大きな川があり、横幅や深さを考えればとても人が自らの足で渡り切るには不可能なほどで縦の長さなど目測で測ろうと思いたくないぐらいには果てしなかった。

 

 入り組んだ山々の麓を縫うように流れる川の壮大さはまさに絶景の一言に尽きる。

 

 だが、そんな景観を損なう集団がその川の近くで座り込んだりしていた。

 

「くそったれ!なんでこんなところまで()()がいるんだよ!」

 

「国境はとっくに超えてんだ。さすがにもう追ってこないだろう」 

 

「だといいが...」

 

 悪態をつく彼らは俗にいうテロリストだ。

 

 その数は二十人かそこらで、その全員が迷彩服を着込み防弾チョッキに拳銃やライフルといった武装を施していた。

 

 そんな彼らの現状はとても厳しいものだった。

 

 当初計画していた作戦はものの見事に瓦解し、仲間達の大半は捕まり残った彼らは逃走を図り再起を企てていた。

 

 しかし、そんなテロリストを見逃すはずもなく...

 

「Hasen ...」

 

 猟犬はしずやかにその眼光を光らせていた。

 

「...Jagd」

 

 鬱蒼とした林の中を駆け抜け現れたのは赤い髪を靡かせる迷彩服を着た女だった。

 

 その女が現れたと思いきやテロリストの一人を駆け抜け様に蹴り飛ばし、吹き飛んだ男は川の水面を数回跳ねて向こう岸に横たわった。

 

「チクショウ!ここまで追ってきやがった!」

 

「にしても早すぎるだろうが!」

 

 口々にテロリスト達は臨戦体制を取り、装備していた銃を抜きすぐさま応戦する。

 

「我々猟犬部隊から逃げられるわけがないと知りなさい」

 

 赤髪の女はひらりひらりと銃弾を躱しまた一人とその手に持ったトンファーで叩きのめしていく。

 

「たかだか猟犬部隊の一人どうってことはない!」

 

「囲め囲め!相手は一人だ!これ以上好きにされるものかー!」

 

 残り少ない弾薬をこれでもかと浴びせるテロリスト達。だが彼らは一つ誤解していた。

 

 彼女が先程発した言葉。()()と言う言葉にを。

 

「コジマもいるぞー!」

 

 すると戦場には似つかわしくない可愛らしい大きな声が響き渡たり、その直後まるで砲弾が地面に着弾したかのように爆煙を上げ近くにいたテロリスト達を吹き飛ばした。

 

「わっはは!コジマ参上である!隊長をすけだちにまいったぞ!さあ、悪いやつは全員みなごろしだ!」

 

 爆煙が晴れ砲弾が着弾したような跡地に金髪で小柄な少女が立っており、随分と物騒なことを口走っていた。

 

 一体どこから現れたのか。

 

 そんな思考を巡らせていたテロリスト達だったが次なる来訪者によってその真相は明らかになった。

 

「皆殺しをしてどうするコジマよ。一人たりとも逃さず捕獲することこそがこの作戦の肝なのだ......はぁ、怖かった」

 

 親方!空から鎧が!なんて冗談も言いたくなる程に鋼鉄の鎧を全身に纏った巨大な塊が空から降りてきた。

 

 その人形の鉄塊はバックパックから火炎を勢いよく噴出させ着地の衝撃を和らげ着地してみせながらコジマと呼ばれる小さな女の子に渋い声で注意していた。最後の方は小声でなんて言っていたかテロリスト達は聞き取れなかったが。

 

「コジマは楽しかったぞ!今度アルにもう一回やってもらおう!」

 

「...私は二度とごめんだ」

 

「来ましたね、コジマ、テルマ。では作戦通りに」

 

「了解です隊長」

 

「あいあいさー!」

 

 隊長と呼ばれる赤毛の女に小さな女の子と巨大な鎧男?の三人は苛烈を増す戦場を蹂躙していく。

 

 その戦場を木々に隠れ見守っている一人の男がいた。

 

 その男はテロリストの仲間で先行して先の様子を偵察していたが、先程の後方から聞こえた爆音で危機を感じ戻ってきたのだが戦闘に参加せず様子見をして仲間の救出の機会を伺っていた。

 

「...なんて出鱈目な奴らだ。これじゃあ参戦しても焼け石に水だ」

 

「なら今のうちに投降することをオススメするぜ」

 

「なっ...!」

 

 突然背後から聞こえた女の声に驚き振り向き様に拳銃を抜き構えるが、その腕を絡め取られ組み伏せられた。

 

「イッ、いつの間に...!」

 

「当て身!」

 

「ぐはッ」

 

「...フィーネの言う通りテロリストの仲間が潜んでたな」

 

 その銀髪の女は慣れた手つきであっという間に拘束し暴れる男に当て身を喰らわせ気絶させた。

 

「弱いな〜、いや男だから弱いのか...アイツ以外は」

 

 そう言うと銀髪の女は耳につけた無線機を押さえた。

 

「こちらリザ、対象を一人捕獲。向こう岸にマルが蹴飛ばしたテロリストが一人転がってる。人員を手配してくれ」

 

『了解だ。今アルが目視にて確認した。すぐに手配しよう』

 

「それにしても相変わらずの怪力だな。テルのやつ今頃涙目なんじゃないか?砲弾並みの速さであの鎧ごと投げ飛ばすんだから」

 

『それについては同感だが無駄口を叩く余裕があるなら帰投後の書類作業は全てリザに任せても良さそうだな』 

 

「うげ...潜伏しているテロリストがまだいるかも知れないので速やかに任務を続行しやす」

 

 そう言うとリザは後方で待機していた部隊の数人がこちらに向かってきているのを確認し、速やかに周囲の索敵に奔走した。それはもう必死の形相で、山のように積み重なった書類を見たくないがために。

 

 場所が変わって、戦場より遠く離れた山の山頂付近。

 

 簡易テントが張られたその場所に佇む眼鏡を掛けた銀髪の女性がいた。

 

「作戦は順調のようだ。これならあと数分もかからずに作戦は終了する」

 

「コジちゃん達大丈夫ですかね。怪我とかしてませんか?」

 

「アルの様子からすれば問題ないだろう。それに彼女達ならあの程度造作もないことだ」

 

「えとえと、そういうことでなくてですね。その〜...あんな移動方法でしたので...」 

 

「...あー」

 

 そう眼鏡の女性に問いかける長身で金髪の女性。

 

 その問いに思わず質問の意図に納得したような声を漏らす眼鏡の女性だった。

 

 あんな移動方法。というのもかなり大胆かつ豪快な方法なのだ。リザが言っていたように人が人を投げ飛ばしただけなのだから。それもこの山頂付近から麓に向けての長距離投擲。

 

 すると二人が会話しているところに一人の男がやってきた。

 

「どうした二人とも?そんな不安そうな顔をして」

 

「あ!アルくん」

 

「アルか。ジークが二人の怪我の心配をしていたのだ」

 

 アルと呼ばれるその男は長身の女性よりもひと回り背が高く、黒い髪を風で靡かせ鍛え抜かれた肉体は隊服の上からでもわかるほど隆起しており、精悍な顔立ちに黒い肌が印象的であった。

 

「そうか、相変わらず優しいなジークは。心配せずとも二人とも無事だよ。それにあの二人がそう簡単に攻撃を受けて怪我をするわけないだろう」

 

「いや、そう言う意味ではなく...」

 

「ある意味攻撃の一種ではあるけど...」

 

「?」

 

 アルは二人の意味深な言葉に疑問符を浮かべた。

 

「まあ二人が怪我をしていないのは事実だ。それは私の解析でも明らかなのだから心配せずとも大丈夫だ」 

 

「フィーネの言う通りだ。ジークはこの後の事に集中すればいい」

 

「...そうですよね」

 

 そんなやり取りをしていると無線から女性の声が聞こえてきた。

 

『こちらマルギッテ。戦闘終了、後始末を頼みますフィーネ』 

 

『こちらリザ。周辺の索敵にも問題なしっ!帰投しまーす』

 

「了解だ二人とも。こちらも目視による確認と解析の結果異常無し、すぐに捕虜の治療と回収に向かう」 

 

「早速出番だなジーク」 

 

「うん!めっちゃ頑張ってくるよ」

 

 金髪の長身女性ジークは隊の数名を伴い下山して行った。

 

 残った二人と数名の隊員達は彼女達を見送り、器具の片付けに取り掛かっていた。

 

 一応アルは戦場に目を向け異常が起こらないかどうか確認し続けていた。

 

「問題なくジーク達はマルギッテと合流したみたいだな」 

 

「そうか、これでしばらくはひと段落できそうだ」

 

「最近忙しかったからな、特にフィーネは。これを機に溜まっている有給を消化したらどうだ?」

 

「それを言えばアルも同じだろう。...そうだな、たまには旅行にでも行ってみたいものだ」 

 

「なら俺が空の旅をプレゼントしてやろうか?文字通り空を旅する弾丸旅行だが」

 

「遠慮しておこう。そういうのはコジマだけで間に合ってる」

 

 なんて冗談混じりの会話を二人がしていた。

 

 するとそこに一人の女性隊員が手に器を持ってやってきた。

 

「あのアルさん、少し味見をしていただけませんか?」

 

「あぁ、構わないよ」

 

「副隊長も是非」 

 

「いただこう」

 

 アルとフィーネはそういうと手渡された器を受け取り器に入った少量のスープを口に含み味を確かめた。

 

「体に染み渡るいい味だ」 

 

「うん、美味い。また腕を上げたな」

 

「ありがとうございます!みなさん昨日から働き詰めでろくに食事も取れなかったと思いますので簡単なものでもと。よければお二人とも先に食べてください、お注ぎしますので」

 

「なら遠慮なくいただこう。お前達もある程度片付けが済んで者から食事に入るといい」

 

「ありがとうございます、副隊長。それと...アルさん、良ければまた料理教えていただけませんか?」

 

「別に得意というわけではないが、俺で良ければまた付き合うよ」 

 

「!!...ありがとうございます!」

 

 アルの言葉を聞きパァっと顔を輝かせたその女性隊員は深々とお辞儀して、二人を器を受け取って再度スープを注ぎに向かった。

 

「もう新人に慕われているのだな」 

 

「慕われているレベルで言えばマルとフィーネには敵わないさ。まあリザよりは慕われているつもりだが」

 

「おうおう俺より慕われてるってか、この色男」

 

 するとアルの背後から腕を回して抱きつきながら現れたのかのはリザだった。

 

「リザ、抱きつくな」 

 

「いつから聞いていたのだ?」

 

「ついさっきさ、あの新人ちゃんが頬を染めてアルにあつーい視線を向けてる時から」 

 

「だから離れろって」

 

「んなこと言うなよー、こうでもしないと誰かさんが所構わずうちの隊の子を落としちゃうからさー」

 

「落とすも何も俺は料理を少し教えただけだぞ?」

 

「それでも落ちちゃうんだからしょうがない」

 

「...百歩譲って好意を寄せられるのは仕方ないとしよう、だがそれとこれがどう関係するんだ」 

 

「なんだよ言わせたいのか、このこのー」

 

 リザがアルの頬を突っつきながらにやついていた。

 

 なんとなく察しはつくが、あのサバサバしたリザとはあまりに縁遠いことなので摩訶不思議に思ってしまう。

 

「匂いをつけてるんだよ」

 

「答えになってないぞ」

 

「なるほどマーキングか」 

 

「納得したのかフィーネ、てか犬かお前は」

 

「猟犬ですが何か。あ、俺もスープもらってこよーっと」

 

 ひょいっとアルから離れたリザはスープをもらいに駆けていった。

 

 相変わらずのらりくらりとした性分だなとアルは思った。

 

「恋愛についてはよくわからないが、とにかくアルがモテることだけは充分に理解した」

 

「謙遜する気にもなれないのがやるせないのだが」 

 

「そこは男の度量というものだろう受け止めてみせたらどうだ?」

 

「簡単に言ってくれるなー副長殿は」

 

 こればっかりはこの隊で唯一の男性であるアルにしか理解し得ない難問なのだが、そこは追々対処すればいいだけのこと。

 

 好意を寄せられているからと言って別段何かをするわけでもないので今後の自身の気持ち次第だろう。

 

 なんて考えていたアルだったが事態は刻一刻と変化していっている事に彼はまだ気づいていなかったのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 テロリストの残党を捕獲し本国へと帰還した猟犬部隊一同は僅かばかりの休息を取っていた。

 

 今回の作戦は随分前から計画されていたものだったらしく、生捕りにした事にも大きな要因が絡んでいるそうだ。

 

 上の意向に逆らわないのが軍の鉄則。余計な詮索をして在らぬ疑いをかけられるより命令に従事している方がよっぽど軍人としては正しいだろう。

 

 特にアルはそれを誰よりも認識していた。

 

「ご苦労だったね二人共、掛けたまえ」 

 

「「ハッ、失礼します」」

 

 呼び出しを受けアルとマルギッテが作戦室にやってくると中にはフランク・フリードリヒ中将が待っていた。二人はフランクに促され対面するように椅子に着席した。

 

「さて、二人を呼び出したのは今回の作戦成功を労うのともう一つ重要な任務を任せるためだ」

 

「重要な任務、ですか」

 

「うむ、君達もすでに知っているとは思うが私の娘クリスが日本に留学する件についてだ。兼ねてよりマルギッテにはクリスと同じく日本の高校に留学してもらう予定だったがアル、君にも同伴してもらいたい」

 

「私にも、ですか」

 

「中将、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「別に君の能力を疑っているわけではないよ少尉、今回君達が向かう留学先の高校が少々特殊でね。その理由はわかるかねアル」

 

「はい、武都KAWAKAMIに位置する日本屈指の武道推奨の高校川神学園、若き強者達が集うその高校にあの武神がいるためですね」

 

「そうだ、そして武神は常に戦意に満ち溢れ好戦的かつ破格の強さを誇るという。そんな者とマルギッテが出会えばおのずと交戦必至だろう」

 

「申し訳ありません」

 

「別に君を責めているわけではないさ、私としては君の成長の一因となるなら大いに歓迎するところだ、だが上層部はそうもいかない。今では軍の顔とも呼べる彼女が万が一歯止めが効かず負けたとあっては何処の不埒者が調子づくかわからない。ならばストッパー兼武神対策、そして武神の実力を肌で体験し分析することを上は考えた」

 

「それが私が同行する理由、ということですね」

 

「そういうことだ。それに君達は両想いだと聞いている、この際二人で青春を謳歌するのもいいものだろう」

 

「なッ...!」

 

「なんだ、違うのかね?」

 

「そ、それは...」

 

「いえ事実です」

 

「ぉおい!アル!」

 

「ふふ...なるほど、どうやら私の早とちりで野暮なことを聞いてしまったらしい。邪魔者は早々に立ち去るとしよう」

 

 フランクは僅かに笑みをこぼしながら席を立ちそれを見て二人もすぐに立ち上がった。

 

「私からの話は以上だ。それともう一つアル、これを君に渡す。いつもの()()()だ」

 

 するとフランクは懐から黒い封筒を取り出した。受け取ったそれは赤い封蝋を施されたておりアルの表情が厳しくなった。

 

「それではマルギッテ・エーベルバッハ少尉、アル・シュバルツ特尉、作戦まで幾ばくか猶予はあるが任せたぞ」

 

「「ハッ!」」

 

 そうしてフランクは作戦室から退室していった。

 

 フランクが退室したことをしっかりと確認したマルギッテは内側から鍵をかけ誰も入って来られないようにした。

 

「さて、先程の発言の理由聞かせてもらおうか...アル」

 

 おっと、これは怒っている方だな。

 

「理由も何も事実だ」

 

「事実なものですか!私はお前と付き合っている覚えはないぞ!」

 

「だが俺はマルを好いている、そしてマルも俺に好意を抱いている、違うか?」

 

「た、たしかにそう...ですけど」

 

「ならなぜ否定する?」

 

「わ、私は...お前とは不釣り合いだ、仕事にかまけて女性らしいことは何一つしてこなかった...お前にはもっと相応しい女性が、いるはず...なんだ」

 

「じゃあなんであの時お前は俺に抱かれた」

 

 あの時というのは以前マルギッテと二人で酒を飲んでいた時、アルはマルギッテに対する心の内をポロッと言ってしまったのだ。

 

 美人だとか、可愛いとか普段言えない本音をついこぼしてしまったのだ。それを聞いたマルギッテは照れながらも否定するのだが妙に気恥ずかしそうで、アルは自分の正直な気持ちを否定されたことにむきになってしまいマルギッテをありのままの感想と本音を混ぜた熱烈な口説き文句を言ってしまったのだ。

 

 珍しくほろ酔いのマルギッテとアルは酒の勢いというのもあってか、ついに肉体関係を結んでしまったのだ。

 

 翌日の朝を迎え二人して内心「やってしまった...」と昨夜の出来事をバッチリ覚えていたため自責の念に苛まれた。

 

 その後何となく気まずい雰囲気となってしまい色々あってアルはマルギッテにちゃんと告白したのだが、マルギッテからの返事は未だ聞けていなかった。

 

 この際ハッキリと聞いておきたいアルは中将の言葉をこれ幸いとし、便乗することでマルギッテを追い込むことに成功したのだが...

 

「あれは...一時の気の迷いです」

 

「俺はお前の好みには合わなかったか?」

 

「違います!...ただ...どうしたらいいのかわからないのです」

 

 強い否定の後マルギッテは小さくも確実に今の自分の心情を語ってくれた。

 

「...こんなことは初めてで、私自身この気持ちとどう接すればいいのか、あなたとどう向き合えばいいのか...わからないのです。...正直に言えば憧れでした。こんな普通の女の子が抱くような気持ちに胸が高鳴ったのです...でも、あなたが周りの女性と接しているのを見ると私なんかではとてもそれらしく振る舞えるとは思えなかった...そう思うと同時に苦しくて、切なくて...だから」

 

「...そうか」

 

 アルの中で強く決意したものがあった。

 

 そして彼女ほど女性らしくこれほど自分をときめかせてくれる女性がいるだろうか、と確信した。

 

「...マルギッテ、お前の気持ちは充分理解した。だからこそもう一度ハッキリ言おう...俺はお前のことが好きだ、俺と付き合ってくれ」

 

「聞いていなかったのですか!私では...」

 

「そんなものは知らん、ただこれだけはハッキリ言っておく。マルギッテ・エーベルバッハという女ほど可憐で魅力的な女性を俺は知らない!他人と比べるな、お前がどうしたいのか本心を聞かせてくれ」

 

「わ、私は...」

 

 マルギッテは斜め下を向き黙り込んでしまった。

 

 これでもまだ足りないのか。

 

 そう思いかけたがマルギッテが何かを言いたげな表情でうつむいていた顔をあげアルの視線と合わせてきた。

 

 その表情はとても艶やかで熱を帯びていた。

 

「私も...あなたのことが...好きです。だから...お願いします、これ以上私が何か言う前に...私の口を塞いでください」

 

 それを耳にしたアルの行動は早かった。

 

 強引にマルギッテの体を引き寄せ強く抱きしめると彼女のその唇に自身の唇を合わせた。

 

 お互いの唇を貪るように絡め合う舌がさらに激しく動き、マルギッテから漏れ出る艶のある声が至近距離でアルの耳に届く。

 

 身長差のある二人だがマルギッテはアルの首の後ろに腕を回し、そんな彼女を抱き寄せ互いの距離をゼロしていた。

 

 軍服越しでありながら確かにお互いの体温を感じている二人の口づけは止まることを知らず、まるで今までせき止めていたタガが外れ呼吸を忘れてしまうほど熱中していた。

 

 数十秒後ようやく唇を離し荒く口で呼吸するマルギッテとアルの肩が上下に動く。

 

 二人は見つめあったままその余韻に浸っていた。

 

「...んぅッ!」

 

 かと思いきや、またアルがマルギッテの口を塞ぎ驚いたマルギッテ。

 

 そしてまた長いキスがはじまり、鍵のかかった作戦室の中で二人は確実にお互いの気持ちを確認しあった。

 

 

 




今回「真剣で大英雄に恋しなさい!」第一話を読んでくださった方には心より感謝します。 感想や誤字脱字、評価などしてくだされば幸いです。不定期投稿になると思いますが、なるべく心が折れないうちに書きたいことを書ききりたいので頑張って投稿していこうと思います。 それでは


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第二話 破魔の千矢

 

 

 とある邸宅、もといフリードリヒ邸にある作戦室にて二人の男女が壁にもたれながら床に座り込んでおり、女性の方は男の胸に頭を預けながら静かにその温もりを感じていた。

 

「こうしているととても落ち着きます」

 

「それは良かった、マルにそう言ってもらえるのは彼氏冥利に尽きると言うものだな」

 

「か、彼氏...!」

 

「あれだけ激しくキスをしておいてそこは照れるのか」

 

「し、仕方ないではありませんか!嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいなのです...本当にあなたの言う通り、事実になりましたね」

 

「実感湧かないか?」

 

「いえ、こうしてあなたと触れ合っているとちゃんと実感できます」

 

 最初は色々すっ飛ばしてしまい戸惑いも不安もあったが今ではそれが遠い過去のように思えてしまうほど二人は幸せだった。

 

「ところで先程中将からいただいて封筒、あれは指令書ですか?」

 

「ああ、()()()()やつだろう」

 

 いつものやつ。それは彼アル・シュバルツ特尉に課せられた使命そのもので、マルギッテ・エーベルバッハが率いる猟犬部隊とは独立したドイツ軍上層部直轄の極秘任務遂行部隊のものだ。

 

 普段は猟犬部隊に所属し軍事を全うしているが、この指令が来れば一度彼は猟犬から敵を殲滅する()()へとならなければならない。

 

 そして部隊といっても所詮は名ばかりで実際は彼一人が任務遂行に尽力する。

 

 これまで幾度となくその指令を全うしてきた彼だが時には多くの人命を見殺しにする選択を迫られたこともあったし、汚れた後始末なども任されたこともあった。

 

 軍人として綺麗事だけでは解決しないとわかっているマルギッテだが彼を思えば途端に憤り歯痒いなる。

 

「私の隊の一員に一体何をさせるつもりなんでしょうか、なんだか無性に怒りを覚えます」

 

「とは言っても今回の指令以後はしばらくないと思うがな」

 

「その根拠は?」

 

「中将の言葉あれは嘘だな、全部が全部嘘ではないだろうがおそらく中将の計らいで軍上層部に掛け合って適当な理由で俺を一度本国から遠ざけたかったんだろうな...俺がこれ以上使い潰されないように」

 

 いくら武神が未知数の脅威だからといってマルギッテに加えてアルも同行させるなど過剰戦力だ。マルギッテだって軍人として腕は確かでとても冷静だ、作戦を無視した行動をするとは思えない。

 

「アルは中将の部下の一人ですからね、中将とて他の者に自分の部下を使い走られるのは常々いい気分ではなかったはずです」

 

「マルといい中将といい俺は良き上司に恵まれたものだ」

 

「当然だと知りなさい」

 

「本当にいい女だよ、マルは」

 

 アルはそう言いながらマルギッテの綺麗な赤毛をそっと撫でながら抱き寄せた。

 

「ちょっアル、くすぐったいです」

 

 マルギッテはくすぐったげに体を震わせながらも何処か嬉し気だった。

 

 するとマルギッテの髪を撫でていたアルの手がマルギッテの耳に触れてると、「ひゃっ!」と可愛らしい声が飛び出た。

 

 その声が恥ずかしかったのか急速に顔を赤くするマルギッテに愛おしさを感じたアルは耳から頬に手を滑らせそのまま流れるように彼女の唇に触れた。

 

 艶のある柔らかなその唇がとても艶かしくアルの心の中の何かが反応する。

 

 するとマルギッテは彼の行動を察したのか期待するように瞳を閉じ、アルは再びマルギッテの唇に自身の唇を重ねた。

 

 今度は柔らかく触れるキス。

 

 一度唇を離し瞳を開けたマルギッテと目が合うと二人してくすりと笑いもう一度唇を重ねるーーーー

 

 コンコンッ

 

ーーーー前に部屋の扉をノックする音が響いた。

 

 思わず飛び起きる二人。

 

 別にキスをしていただけなのだが、どこか乱れた服の箇所はないか、髪は整っているかと忙しなく確認するマルギッテに思わず笑みが溢れたアル。

 

「マルー、いるー?」

 

 聞こえてきたのはリザの声だった。

 

 どうやらマルギッテを探していたらしい。

 

「リザですか、今開けます」

 

 そう言ってマルギッテは鍵を解除し扉を開いた。

 

「ここにいたのかよ。て、アルも一緒か」

 

「何の用ですか、リザ?」

 

「いや別に大した用事ってほどでも無いんだけど...マル」

 

「なんですか?」

 

「髪と軍服が乱れてるけど」

 

「え...!?」

 

 リザの言葉に慌てて頭とさすり服を整えようと確認してみるマルギッテ。

 

「やっぱりなんかあったんだー」

 

「しまッ...!謀りましたねリザ!」

 

「引っかかる方が悪いんだってば...で、どこまでやったんだよ?」

 

「教えるわけないでしょう!」

 

「そか、じゃあアルに聞こうかな」

 

 リザはするりとマルギッテを避けて室内に入りアルの元にやってくると、スンスンとアルの匂いを嗅ぎはじめた。

 

「あれ?臭くない......なーんだヤってないのか」

 

「俺に聞くってそういうことかよ」

 

 リザの鼻はとても鋭く、逆に鋭すぎて悪臭には耐えられないのだがこういう時は便利なもんだなと嗅がれている身でありながら感心してしまうアルだった。

 

「もういいでしょう!私もアルも困っていると知りなさい!

 

 そう言うとマルギッテは背後から思いっきりリザの頭をはたいた。

 

「あたっ!もー別に減るもんじゃないしいいじゃん」

 

「精神的に擦り減っていると知りなさい!まったく」

 

 なんて二人のやり取りを見ていて何処となく微笑ましく感じたアルはマルギッテから(+αリザとのやり取り)元気をもらいやることをこなすべく喝を入れ直した。

 

「それじゃあ俺は行くよマル...帰ったら続きをしような」

 

「!!...」

 

 マルギッテとすれ違う間際、リザに聞こえない小声で彼女の耳元だそっと囁いて部屋を出ていった。

 

 その言葉に思わず身を震わせ部屋を出て行く彼の背中をじっと眺めるマルギッテだった。

 

(やっとくっついたかー.....でも、ちょっと羨ましいかもな)

 

 リザが内心呟いた言葉は一体誰に向けてのものなのかは、この場にいた他の二人には知り得ないものだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 フリードリヒ邸を出たアルが向かったのはすぐ近くにある小さな建物だった。

 

 むしろ建物というより人が三、四人入れるか程度の大きさの石造りの小屋でその扉はとても重厚な鉄のスライド式の扉だった。

 

 アルはその扉を苦も無く開け放ち、その先にある下り階段を降りて行く。

 

 長い下り階段をようやく降り切ったところに先程よりも二、三倍大きい鉄のスライド式扉がまた現れた。

 

 それを片側だけ開きアルが通れる程度の道をこじ開けた。

 

「遅かったわねアル、注文の品はもう出来てるわよ」

 

「さすがだなテル」

 

 その鉄の扉の先に広がっていたのは機械仕掛けの広々とした部屋だった。

 

 電子制御系の機器や部品の組み立てや溶接をこなす作業場と鉄のミュラーの名を冠するあの鋼鉄鎧が数体壁側に鎮座していた。

 

「にしても...いつ見ても綺麗に整理された工場だな、テルの性格が如実に表れてる」

 

「なによ、何か文句があるの?」

 

「いや無い、むしろリザに見習ってほしいぐらいだ」

 

「それについては同感だわ...ふふ」

 

 今アルと話している銀髪の女性こそあの鋼鉄鎧の中身その人なのだ。

 

 アルとは四十センチ近く身長差があるが機械いじりが得意で事あるごとに世話になっているほど腕は確かな猟犬部隊の一人だ。

 

「早速仕上がりを見せてもらおうか」

 

「わかったわ、こっちにきて」

 

 テルマはそう言うと工場の奥にあるもう一つの鉄の扉を開くため暗証カードキーを扉の横にある電子制御端末に差し込んだ。

 

 するとピピッと電子音を鳴らし今度は鉄の扉がこれまたスライドで開いて行く。

 

 そしてその扉を抜けた先に見えたものは黒と赤であしらった重厚感ある大楯とフルカスタマイズされたビームマグナムライフルだった。

 

 大楯だけでもかなりの重量がありそうだが裏側にマウントされた四門の小型バルカン砲それを隠せるほどの大きさの楯はテルマの体がすっぽり隠れるほどで、ビームマグナムライフルのアンダーバレルにはリボルビングランチャーが装着されているうえに左右対称に可変するビームスマートガンが搭載されておりビームマグナム砲をセンサーでアシストしより高度な長距離射撃に加え射撃対象までのビーム弾道を直線型から不規則な弾道とさせる。

 

 そして何よりこの射撃装備全てが弾薬を使用しないという優れもの。

 

 弾薬の代わりに使用者の気をエネルギー源とし使用者の気が尽きるまで無尽蔵に砲撃できるという破格の性能なのだ。

 

「凄いな、これほどの武装を作り上げるとは。やはりテルは天才だな」

 

「何言ってるのよ、それもこれもひとえにあなたが考案した製鉄方法があってのものよ」

 

 これらの武装の、気をエネルギー変換して発射するという高度な技術を支えるのはその下地とも言える製鉄方法が特殊ゆえに成せる技なのだ。

 

 テルマ自身が可能とする最高硬度にまで高める製鉄方法ではエネルギー変換の時点で自壊してしまう。なら気との親和性を高めることでそれを完璧に防ぐことが可能では無いかとアルは気づき、鋼鉄を溶解させる段階で炉にアルが気をひたすら流し込んだ。

 

 その結果、既存の武装を遥かに凌駕する至上最高の硬度を誇る物が生まれた。

 

「それにしてもこんな欠陥品が使い手が変わればとんでもない兵器になるなんてね」

 

「欠陥品か...何故か俺が馬鹿にされた気分になるのはなんでだろうな」

 

「あ、ごめんなさい!別にアルのことを悪く言ったわけじゃないの」

 

「いや、それはわかってるんだが...俺が気を注いだからかな?妙に親近感というか、身を分けた分身のような気がするんだよなぁ」

 

「ふふ、まるで子を想う父親みたいね」

 

「それなら母親はテルってことになるな」

 

「はぁ...!?」

 

 アルのとんでも発言に驚くテルマだがその頬は若干赤く見える上にまんざらでもない様子だった。

 

「嫌よ!こんな欠陥兵器が私の子供なんて!......それに...(どうせ子供を作るならちゃんとした子が欲しいわ)」

 

「...それに?」

 

「な、なんでもないわよ!」

 

 その先の言葉を口にしなかったテルマに気になって聞き返してみたが返ってきたのは何故か強めの口調での返答だった。

 

 何故、これほど優れた兵器が欠陥品などと言われているか。

 

 理由は至極単純使えないからだ。

 

 一つの武装があまりの超重量でとてもじゃないが単騎で使用できる物では無い。その上燃費も悪く一回の射撃でかなりの気を持っていかれ常人なら一回の使用でぶっ倒れるほどだった。

 

 これらを使えるのは世界中広しと言えどアル・シュヴァルツただ一人だけだろう。

 

 自由自在に取り扱える膂力と常人数百人分以上の気の総量を合わせ持つ者のみが扱える代物、まさに使用者を選ぶ暴れ馬そのものである。

 

「それとこれね、発注しておいた大弓」

 

「もう届いてたのか」

 

 テルマから手渡されたのは真竹で作られた大きな弓で、弓の端から端まで黒い布でぐるぐる巻きにされている。

 

 この布も気を用いた製法で染められている。

 

「うん、やっぱり弓の方がしっくりくるな」

 

「...何よ、私が作ったこの子達が不服なの?」

 

「別にそういう意味で言ったわけじゃないさ、本当に感謝してる」

 

「どうだか...」

 

 テルマが少し拗ねてしまい、プイッと顔を背けてしまう。

 

 そんなテルマが可愛らしくて思わず彼女の頭の上に掌を乗せ撫でてしまう。

 

「本当に感謝してる。これだけのものを用意してくれたんだ、テルに感謝しないわけがないだろう?」

 

「...もっと」

 

「ん?」

 

「......もっと撫でなさいよ」

 

「まったく、テルは甘えん坊だなぁ」

 

 まるで兄が世話のかかる妹を可愛がるように彼女の頭を優しく撫でるアル。

 

 そんな優しい手つきと温かさにテルマの顔が綻ぶ。

 

「今回の極秘任務はどうするの?」

 

「この弓を持っていくよ。いつ帰れるかわからないからな。それにせっかくの新武装なんだどうせ使うならテルが見てるところで最初は使いたいしな」

 

「そうね、ならその時を楽しみにしてるわ」

 

「ああ、是非そうしてくれ...じゃあな」

 

 アルはそう言い残しテルマの地下工場を後にした。

 

 テルマはその背中を名残惜しそうに眺めていた。

 

 それから数日後、軍上層部はアルとの定期連絡が途絶え、アル・シュヴァルツことコードネーム黒獅子(レーヴェ)が消息不明というお達が猟犬部隊全員に伝わった。

 

 そしてあっという間に二ヶ月が経ちクリスの川神学園への初登校日が過ぎたのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 某国、某所。

 

 テルマと別れ極秘任務専用チャーター機にて束の間の空の旅を満喫(睡眠)したアルは目的地に到着していた。

 

 今回の任務は紛争地域で密売された他国の兵器の破壊とそこに潜む密売組織の壊滅、およびテロリストの殲滅だった。

 

 しかも、どういうわけかアルがこの地域に足を踏み入れたことは既にテロリスト達にバレてるときた。

 

 こんなことならテルマを一緒に連れてきて新武装お披露目会と洒落込むべきだったかと若干後悔の念が漏れ出す。

 

 だが無いものは仕方ない。

 

 手持ちの武装を駆使してとっとと任務を遂行して帰還するか、と諦めにも似た決意をし大弓を片手に駆け出した。

 

 目指すはこの地域一帯を見渡せる高台。

 

 そして到着したのは少し小高い丘で、アルは弓を構え矢を番えた。

 

 番えた矢に渾身の気を纏わせ目的の密売兵器に向けて矢を放った。

 

 その矢はまるでレーザービームの如く一直線に目標物を穿ちその反動で周囲に着弾の余波が吹き荒れ、撃ち抜かれ兵器が爆散する。

 

 矢の数もそれほど多くはない。

 

 無駄矢を使わずまずはあらかたの兵器破壊に尽力する。

 

 そして次にテロリスト達の殲滅だ。元々アルがいることはバレていたのだからあえて目立つところで狙撃していたのに、なかなか追手が来ないことに疑問を感じていたがようやく現れた。

 

 今回の任務では捕虜がどうこうなど考える必要はない。故にアルは何一つ手加減することなく現れたテロリスト達を容易に屠っていった。

 

「まったく...キリがないな」

 

 あまりの敵の多さに辟易とした今の現状を表す言葉が漏れる。

 

 そして逃げ出そうとする者を見つけては矢で頭を射貫く。

 

 向かってくる弾丸を躱しながら矢で射貫いては近づいてきた敵の斬殺、殴殺、撲殺と何度これを繰り返したかわからない。

 

 いつの間にか夜は明け朝日が登っていた。

 

 休憩する暇もなく戦いに明け暮れたアルは敵の返り血を幾度となく浴び続け全身を赤黒く染め、砂煙と固まった血液で髪はぐしゃぐしゃに固まってしまっていた。

 

 テロリスト達からすればたった一人にここまで味方の兵がやられたことは驚異そのもので、今のアルを見れた者は間違いなく彼を“悪魔”と呼ぶだろう。

 

 崩壊した家屋に身を潜めていた彼は、ふと視線の端に見えたガラス片を見つけそれが目に留まった。

 

 ガラス片に映る自分の姿はとてもじゃないが仲間である猟犬部隊の彼女達に見せられたものじゃないなと思った。

 

 そして思い出したのはマルギッテと付き合うことが決まった時、彼女が口にした本音の言葉。

 

(不釣り合い、か......本当に不釣り合いなのは俺の方かも知れないな...)

 

 あまりの疲労度合にそんなことを思い至ってしまうアル。

 

 あの気高くも美しく凛とした佇まいで戦場を颯爽と駆けるマルギッテ・エーベルバッハと泥と血に塗れた今の自分を照らし合わせ複雑な感情が湧いてくる。

 

 マルギッテだけじゃない。リザ、フィーネ、コジマ、ジークルーン、テルマ。

 

 彼女達はまさに戦場に咲き誇る花そのものだ。

 

 猟犬に紛れ込む一匹の獣、それが自分。

 

 こんな自分に嫌気がさす。

 

 だが自分は軍人。軍人たる者任務は全うしなくてはならない。それが軍人としての自分の矜持であり、彼女に唯一誇れるプライドなのだ。

 

(それにこんな情けない姿をアイツらに見せられるわけがない...!)

 

 再度自分の体に喝を入れ直し力強い一歩を踏み込んだ。

 

 既に気は尽きかけており長時間の戦闘で立っているのもやっとの満身創痍。

 

(それでも...)

 

 それでも、やらなくちゃならない。

 

 信じて待ってくれている奴らがいるのだ。

 

 あと少しでこの地獄から抜け出せるのだから。

 

 この任務が成功すれば戻れるのだーーーー

 

(ーーーーあの場所に)

 

 そこからのアルは修羅の如き形相で迫り来る敵、逃げ惑う敵を誰一人逃すことなく確実に殲滅し切ったのだった。

 

 密売された兵器も一つ残さず破壊し尽くした。

 

 あとは帰還するだけ、というその油断が命取りだっただろう。

 

 青空を駆ける無数の戦闘機がこの地域上空を走り抜けるた時、まるでこの地域を浄化するかの如く降り注いだ無数の雨。

 

 その雨は無差別に大地を焼き払い爆炎と共にここ数日の記憶すら塗り潰そうとアルに迫った。

 

 皮肉なことだ。

 

 この戦場を地獄に変えたのは間違いなくアル自身。まさしくそれは悪魔の所業なのだろう。故に浄化の炎にてその悪鬼を焼き祓わんとしているのだ。

 

 アルの姿は数秒もしないうちに爆炎に飲み込まれた。

 

 空から降り注ぐ千の矢は確実に悪魔を祓わんと数度繰り返して大地を焼いていったのだった。

 

 

 




駆け抜けるように書いてしまったので面白みがないかも知れません。読んでくださった方がいらっしゃいましたら是非感想など頂けたら幸いです。
オリジナル展開に作中にはなかった超兵器(クッキーとか、あれも超兵器シリーズですかね)を出すとなんかもう色々出してもいいんじゃね?って歯止めが利かなくなりそうなのでなるべく抑えるよう心掛けます。アイア◯マ◯ぐらい出てきそうですが...

不定期投稿なので次回はいつになるのか、それは神のみぞ知るというやつです
それでは、おやすみない。(あー、明日月曜日かぁ〜)


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第三話 信じた先に

 

 ドイツ、リューベックに構えるフリードリヒ邸の一室に猟犬部隊のメンバー数名が集まっていた。

 

 マルギッテを始めとする精鋭中の精鋭六名、リザ、フィーネ、テルマ、コジマ、ジークルーンが待つ人物を今か今かと忙しなく待っていた時、その部屋の扉を開く音が聞こえた。

 

「よく集まってくれた皆」

 

 部屋に入ってきたのは彼女達の上官フランク・フリードリヒ中将で、彼女達は彼が入ってきたと分かると立ち上がり見事な敬礼を見せた。

 

「中将今回私を集められたのは...」

 

「うむ、君の言う通り彼についてだ」

 

 マルギッテの質問の意図を察したフランク。どうやら今回集められたのは全員が欲している答えを聞けるとわかると全員の眼差しがより真剣になった。

 

「中将、率直に今アルはどうなってるんですか?」

 

 いつになく真剣なリザ、彼女にとってもアルという男は特別だったのだろう。仲間という意味も強いのかも知れないがリザの表情はただそれだけというにはあまりにも鬼気迫るものだった。そんなリザの声色と剣幕を見てフィーネが落ち着くよう言い聞かせる。

 

「構わない、君達にとって彼という存在はとても大きい。もちろん私にとってもね...さて、彼の状況を率直に述べるなら...」

 

 フランクにとっても大きく動揺するに至る要因なのだろう、どう言葉を紡ぐべきか僅かに言い淀んだが簡潔に述べた。

 

「行方不明扱いだ...今のところはな」

 

 それを聞いていてもたってもいられなかったのか椅子が大きく音を鳴らした。

 

「私たちはそういうことを聞きたいわけじゃないのです中将!」

 

「落ち着きなさいテルマ」

 

「しかし隊長!!」

 

 嗜めるマルギッテの言葉にテルマは食い気味に被せてくるが、それをマルギッテが威圧して抑えつけるとテルマはそれ以上口にしなかった。

 

「それぐらいにしておきなさい少尉、彼女の言い分もよくわかる。私とて今回の件、彼を蔑ろにする軍上層部のやり方は腹立たしいのだ」

 

 フランクのいつになく感情的な言葉と険しい表情にマルギッテやリザ、フィーネの三人は驚愕していた。

 

「現在私が知り得ている情報を全て伝えよう。四日前アル・シュバルツ特尉は現地入りしすぐさま交戦した事は連絡を受けている。しかしその後日の夕方には定期連絡は途絶え、ある速報が入った...」

 

 そう言うとフランクはリモコンを操作し室内に置いてあるモニターに映ったのは建物や道が激しく荒れ黒焦げになった現場を映したドイツテレビ局のニュースだった。

 

『ご覧くださいこの惨劇を!数日前この国の国境線沿いにある村が何者かによって爆撃を受けた跡です。幸い民間人に被害はなく死傷者もゼロということですが各国ではこの爆撃はどこかの国が引き起こした兵器実験ではないかと疑心暗鬼の声が広まっています』

 

 そしてモニターに映し出された映像をプツリと消したフランク

 

「彼がここにいた...現地にて極秘任務にあたっていた彼はおそらくこの爆撃に巻き込まれたと見ていいだろう。軍上層部は現地局員よりその報告を受け......任務完遂と判断した」

 

「なっ!!」

 

「そんなことって...!」

 

「そんな...」

 

「最低限の捜索はされたらしいがまだ見つかっていない。ニュースに映っていたのはほんの僅かな箇所に過ぎず、奥にはより凄惨な光景が広がっているそうだ」

 

 彼女達はそれぞれ悲痛な面持ちでその言葉を受け取った。だが、一人だけとても冷静で落ち着いた様子で口を開いた。

 

「中将、一つよろしいでしょうか?」

 

「なんだね、マルギッテ」

 

「先程中将はアルは消息不明扱いと言った際、今は、と口にしました。それについて説明をお願いします」

 

「......軍上層部の判断により、これより一ヶ月後までに連絡もしくは生存確認ができなかった場合、二階級特進し戦死扱いとなる」

 

「!!」

 

 フランクの言葉を聞いた瞬間動いたのはリザだった。リザは椅子から立ち上がると部屋を出て行こうと扉の方に向かって走り出していた。

 

 それを静止するマルギッテがリザの手をいつの間にか掴んでいた。

 

「どこへ行くのですリザ」

 

「決まってるだろ!アルを探しに!」

 

「コジマも行くぞ!」

 

「わ、私も行く!」

 

「お前達落ち着け」

 

「副隊長はなんでそんなに冷静でいられるんですか!」

 

「私達は軍人なのだ、当然のことだろう」

 

「それは単に薄情なだけじゃないのか」

 

「どういう意味だリザ」

 

「言葉通りの意味だよ」

 

「お前達いい加減にしなさい!中将の前だということを自覚しなさい!リザもフィーネに噛み付くな」

 

「なんでマルが冷静でいられるんだよ!...アルは、お前の恋人だろ...」

 

「「え...?」」

 

「確かに彼は私にとって最愛ですが、その前に軍人なのです。時には命の危険だってありえる、それはアル自身もわかっていたことです」

 

「だけど...これじゃあ、あんまりだろ...」

 

「リザ...」

 

 リザにとってアルは彼女が認めた強い男であり密かに抱いていた特別な感情を向ける対象でもあった。だが、ただそれだけでこんなにも辛そうな顔になることはなかっただろう。親友であるマルギッテの報われない結末など看過できることではなかったのだ。故に彼女はこんなにも必死なのだ。

 

「申し訳ありません中将、見苦しいところをお見せしました」

 

「気にすることはない」

 

「全員席に戻りなさい」

 

「「「はい...」」」

 

 コジマ、ジークルーン、テルマがマルギッテの言葉に返事をし、各々元の席に着いたがリザだけはマルギッテに腕を掴まれたまま動こうとしなかった。

 

「...リザ」

 

「わかってるよ」

 

 再度促されたリザはようやく元の席に戻った。

 

「話を戻そうか。先程も言ったようにこのまま彼が戻らなければ戦死扱いとなる、そして軍上層部は君達が現地に赴くことを禁止とした。今回の件で世間はどこかの国がこの件に絡んでいると疑心暗鬼になっている。下手に手を出せば世間を刺激しかねないため出国制限も厳しくなっている。故に我々、軍は動くことができない」

 

 もはや驚くこともなかった。

 

 リザやテルマは悔しそうに歯噛みし、コジマは俯き、ジークルーンは悲しげな表情をしていた。

 

「本来君達猟犬部隊は独自の機動性と作戦コードを有しているが今回の件に関しては控えてもらおう...すまないな、これは私の不徳の致すところだ」

 

「いえ、中将のせいではありません。私がもっと早くアルに頼まれていた武装を完成させていれば...」

 

「テルマ...」

 

 もしアルに頼まれていた新武装をもっと早く完成させ、運用実験を何度かこなしていれば彼があの武装を取っていたかも知れない。

 

 そうなれば彼は変わらずここに居たかも知れない、と過ぎてしまった事への後悔が芽生えていたテルマ。

 

「悔いたところで現状が変わることはない。しかし、彼は優秀だ。故に私は信じてる。彼が必ずこの地に帰ってくることをね、彼と共に戦場を駆けた他の誰でもない君達もそれは同じだろう」

 

「はい、彼なら必ず私達の元に帰ってきます」

 

 信じる、というフランクの言葉に力強く頷いたのはマルギッテだった。

 

 その顔はとても誇らしく、信じて疑わない力強さを感じさせ、そんな彼女を見た五人も同様に気持ちを切り替え真っ直ぐにフランクを見つめた。

 

「いい顔だ。君達なら心配は無用だろう」

 

 フランクはそう言うと席から立ち上がり部屋から出ていった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 フランクは部屋を出た後自室に戻り無造作に帽子を机に置き椅子に腰掛けた。

 

 「いかんな、歳をとるとつい感情的になってしまう」

 

 溜息混じりにそんな言葉を漏らすフランク。

 

 彼の現状を上から報告された時フランクは居ても立っても居られず上官のところまで行き明確な現状報告を求めた。

 

 だが返ってきた答えは「再度報告する」とただそれだけだった。これでは埒があかないとフランクは首相に問い合わせることにした。首相とは知らない仲ではないフランクだった。しかし結局首相とも連絡がつかずせめて知り得ることのできる情報だけでもと奮起し情報をかき集めたが現状を好転させる情報は何ひとつ得られなかった。

 

 すると部屋に扉を数回ノックする音が響いた。

 

「入りなさい」

 

「失礼します父様」

 

 扉の先から現れたのはフランクの娘、クリステイアーネ・フリードリヒだった。

 

「おお、クリスか。一体どうしたのか?」

 

「父様、お疲れなのですか?」

 

「少々立て込んでいてね、疲れて見えるのはそのせいだろう.。それでクリス、私に何か用があるのではないかな?」

 

「はい、アル兄さんは今どちらに?」

 

 アルの名前を口にしたクリスにフランクは思わず息が詰まった。

 

 フランクの部下であるアルはもちろんクリスとは顔見知りだ。いや、顔見知りと済ませていいレベルではない。彼女がアルを兄さんと呼称することから伺える通りクリスにとってアルは兄のような存在なのだ。

 

 姉代わりがマルギッテならアルは兄代わり。

 

 アル自身クリスを妹のように可愛がっており、時には父親であるフランクよりも厳しく接して彼女の成長を促していた。そんなアルをクリスは本当の兄のように慕い、頼りにしていた。

 

「クリス、彼は今任務中なのだよ」

 

「そうでしたか!実はアル兄さんに稽古をつけてもらおうかと思っていたのですが、任務中なら仕方ないですね」

 

 本当に残念そうにするクリスを見てフランクは少し悲しくなった。

 

「次はいつ戻られるのですか?」

 

「彼が今行なっている任務はとても困難を極めるものでね。具体的な帰還の目処がたっていないからしばらくは帰ってこられないだろうな」

 

「わかりました。お忙しいところ失礼しました」

 

「気にすることはない。可愛い愛娘のためだ、どんなに忙しくても例えどこに居ようと戦闘機に乗って駆けつけるさ」

 

「ふふ、本当に父様は冗談がお上手ですね。失礼します」

 

 フランクの冗談?に明るい笑みを浮かべたクリスはフランクの自室から出ていった。

 

 クリスが出て行ったことを確認したフランクは椅子から立ち上がり窓際に歩み寄り、またしても溜息が漏れた。

 

 数秒窓から外を眺めているとマルギッテが丁度外に居たらしく、それを見つけたクリスが大きな声でマルギッテを呼びながら駆け寄っていた。そんなクリスを見てフランクは先程の自分の言葉を思い返していた。

 

「...ドイツの至宝である我が娘に嘘をついてしまうとは......恨むぞ、特尉」

 

 言葉とは裏腹に声色はとても優しく、それはアルを思うクリスを憂いたが故だった。フランクは窓越しから見える二人から見切りをつけ、静かに机に置かれた帽子に手を取って深く被ると自室を後にしたのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 地下工房の中で厳重に保管されたアルの新武装。

 

 テルマ・ミュラーは自身の地下工房にてそれを静かに眺めていた。

 

 するとそんなテルマの元にジークルーンとコジマがやってきた。

 

「テルー、こんなところにいたの?」

 

「テルも一緒にごはん食べににいくぞ!」

 

 テルマからの返事がない。二人は顔を見合わせてもう一度呼びかけてみると我に帰ったかのように反応するテルマ。その顔色はあまりよろしくない。

 

「アルのことか?」

 

「......コジとジークは知ってた、隊長とアルが付き合ってたこと?」

 

「ううん、私は知らなかった。コジちゃんは?」

 

「知らなかった。はじめて聞いたときはびっくりした」

 

「隊長は私達に教えてくれなかったのね」

 

「コジマが思うに付き合いはじめたのはアルが任務に行く前なんじゃないかな?その前は隊長アルのこと避けてたし」

 

「た、たしかにコジちゃんの言う通りアルくんが任務に行ってから隊長いつもよりいきいきしてたもんね」

 

 それを聞いて少しだけ安心したテルマ。何故なら彼女はアルに特別な好意を抱いていた。だからといって隊長に嫉妬するわけでもない、むしろ嬉しく思っている。自分が尊敬する隊長と初めて認めた男のカップル、お似合いの二人だと心からそう思っていた。

 

 だからこそ先程まで不安があった。隊長と付き合ってるとは知らず彼に何度もアタックしていた自分の姿があまりに滑稽だったから。

 

「テルはアルのこと好きだもんな〜」

 

「なっ!え...!?」

 

 コジマの発言におもわず動揺の声が漏れるテルマ。

 

「ジークもアルのこと好きだもんな!」

 

「うん!めっちゃ好きだよ〜」

 

 こちらは随分素直な返事だった。

 

「それは...アルを男として好きってことなの?」

 

「え?...う、うん。そうなるのかな?あんまり恋愛がどういうものなのかわからないけど、でもアルくんといると心が安らぐっていうか楽しいなって思うの」

 

「コジマも!アルといると楽しい!」

 

 おそらくコジマの言うそれは恋とはまた別の感情なのだろうが、むしろそうだと信じたいテルマ。

 

「早く返ってくるといいな」

 

「そうだね...」

 

 二人は自然とテルマとアルが作り上げた大楯とビームマグナムライフルを見てそう言った。そんな彼女達につられてテルマも自然とそこに目を向けていた。

 

「...そうね」

 

 不思議とこの二つの武装を見ているとアルは今も生きていると確信が持てたテルマ達。きっと彼が帰ってきた時は大変なことになるだろうな、とテルマは苦笑した。だってこんなにも彼を思う女性がいるのだから。彼女達に迫られて困り果てる彼の姿と、それを抑えようとする隊長は想像するだけでおかしな光景だ。

 

「よし!ごはんを食べにいこう!」

 

「そうしましょうか、ジークはなにが食べたいの?」

 

「私はパスタがいいかな〜」

 

「コジマはもちろん肉な!」

 

「ちゃんと野菜も食べないとダメよコジ」

 

 なんてやりとりをしながらテルマ達三人は地下工房を後にし、工房の扉を閉めた。

 

 その奥で今もまだ主人を待ち続ける二つの武装は暗闇の中、ほんの数秒だけ黄金の発光を見せたことは誰も知らなかった。

 

 




 自分が書きたいことがちゃんと伝わっているか疑わしく、本当に難しいなっておもいます。 色々と知識不足ゆえに間違っているところもあると思いますがそこはなるべく修正しつつ独自解釈ということにしておきます。
 次回からジークルーンは“ジーク”で統一します(意外と打ち込むのめんどくさいんですよ、これ)


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第四話 出会いと運命


 


 

 どれくらい眠っていただろうか。

 

 未だぼやける視界に映る古びた木製の天井を眺めながら、青年はそんなことを思った。

 

 記憶が曖昧で自分が何故ベッドに横になっているのかすらわかっていなかったが、体を起こそうとすると全身にありえないくらいの痛みが走った。

 

 情けない呻き声をあげたことに青年は痛みで顔を引き攣らせる。よく見ると服は全て脱がされ体中に包帯が巻かれていたこと気づく青年。ようやく自分の体について理解し何故こんなことになっているのかわからず思考の海に潜ろうとした。

 

 が、その前に視界の端に人影が映った。

 

 横たわったまま首を捻りそれを確認すると、扉の代わりに垂れ幕のようなものが入口に吊るされており、それを少しだけずらして小さな子供が半身でこちらを覗いていた。

 

(五歳くらいの女の子、かな...)

 

 目が合う二人。

 

 すると小さな少女は我に返ったかのようにハッとなると垂れ幕の向こう側に逃げていった。

 

「いきてた!おねえちゃん!しんでなかったよ!」

 

 垂れ幕の向こう側で大きな声が聞こえる。おそらく先程の小さな女の子だろう。

 

 程なくして垂れ幕が大きく揺れた。

 

「よかった、目を覚ましたんですね」

 

 青年の元にやってきたのは何処となく先程の小さな女の子を彷彿とさせる褐色の少女だった。

 

「君は一体...」

 

「私はリリィ、医者の娘です」

 

「...なるほど、てことは君の親御さんがこれを?」

 

「いえ、うろ覚えではありましたが手当ては私が...すみません、ろくに包帯も巻けず」

 

「いや、感謝している。どういう経緯かはわからないが助けてくれたのだ、文句の一つもない。ありがとう」

 

 青年は身体をゆっくり起こしベッドに腰掛けたままだが深々と頭を下げた。

 

 痛みはあるがもう慣れた。

 

 命の恩人に対して、礼の一つぐらいはしておきたいという青年なりの誠意を表したかったのだろう。

 

「そんな!私はただ当然のことをしただけです、お礼なんて要りませんよ!それに安静にしてないとダメです!」

 

「大丈夫だ、もう慣れた」

 

「慣れたって...とにかくアナタは動いちゃダメです!絶対安静です!」

 

 リリィは青年の肩を掴み乱暴に青年を寝かせた。

 

「いツッ!」

 

「あ!すいません...」

 

 流石に慣れたといっても体を少し動かす程度での慣れでしかなく、外部からの刺激には思わず苦悶の声が漏れる青年。それを聞いてリリィは申し訳なさそうに項垂れた。

 

「すみません、性格上どうしても雑になってしまい...」

 

「気にしていない。絶対安静というのだから医者の言うことは聞くべきだな。それに、これぐらいの痛みの方が患者にお灸を据えるにはちょうどいい付け薬になるだろうさ」

 

「ふふ...なら、ちょうどよかったみたいですね」

 

「ああ」

 

 先程の暗い顔が晴れていい笑顔を見せるリリィ。

 

 するとまた垂れ幕が揺れたことに気づいた青年。そこには先程と同じように半身になってこちらを伺っているさっきの幼女がいた。

 

 青年がリリィの後方に目線を送っていることに気づいたリリィは振り返って幼女を見つけた。そして手招きをするとそれに誘われて幼女はリリィの背後に隠れるようにしがみついた。

 

「この子はルル、治療の手伝いや看病を一緒にしてくれてたんです」

 

「そうだったのか...ありがとうルル。助かったよ」

 

「...どういたしまして」

 

 しっかり受け答えができるいい子のようだと青年は関心した。

 

 ポケットに飴玉でも入っていたならご褒美にあげたいぐらいだと思う青年だったが、生憎ポケットどころかズボンすら履いていない現状思ったところで無意味なのだった。

 

「...おにいちゃんはなんていうの?」

 

「?」

 

「あ、お名前!まだ聞いていませんでした!」

 

「そういえば名乗っていなかったな、俺は.......」

 

 そこで言葉が詰まった。

 

 それと同時に青年は少し動揺し、右手で額を押さえた。

 

「どうかされましたか?」

 

「名前を....思い出せない」

 

「え...?」

 

「おにいちゃんキオクソウシツなの?」

 

 いくら思考を巡らせても脳裏に浮かぶものは全て霞がかかったようで上手く思い出せない。

 

 何か、とても大切なことを忘れているということだけは感覚的にわかるが、それ以上の答えは見つからない。

 

「...どうやら本当に記憶喪失みたいだな」

 

「そんな...」

 

「何か俺の持ち物とかは無かったか?」

 

「いえ、ここに運び込まれた時は何も。身につけていた物なんてボロボロの服ぐらいで...」

 

「そうか...」 

 

「もしかしたら一時的な記憶障害かも知れませんし、焦らず体を休めながら思い出していきましょう」

 

「...そうだな」

 

 思い出せないものは仕方ないととりあえずは割り切ってみせる青年。

 

 目を覚ましてから僅かな間で何度割り切ったことか。

 

 内心、そう自嘲する青年はもう一度自分の体を見た。

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた体。痛みでわかる限り裂傷に切り傷、打撲、骨折等の箇所が複数。そして左腕、左足の喪失。

 

 無くなった物に悔いることもできない現状、ただその事実を受け止めることしか青年にはできなかった。

 

 自分が記憶喪失だと理解して後、青年を残して二人は家から出ていった。

 

 リリィから話を聞くところによるとここは彼女達の家らしく、数日前元々住んでいた村がテロリスト達に占拠され村を追いやられた結果ここに住み着くようになったとか。

 

 小さな木製の小屋で出入り口に扉はなく、電気もここから一番近い街で手に入れた発電機から送られているらしく廃材や壊れた機械を修理しては再利用しているとか。

 

 父親は街で医者をしながら廃品修理を行い生計を立て娘二人を男一人で育てているらしく、母親はすでにこの世にはいないらしい。

 

 そんな父親を少しでも楽にさせたいとリリィ達は色々なことをしてお金を稼いでいるらしい。

 

(本当に強い子達だは)

 

 そんなことを思いながら青年は天井を見上げていた。

 

 すると入り口からルルが入ってきた

 

「ショウイチかえってきた」

 

「ショウイチ?」

 

 誰のことだろう、と青年は思ったがそれはすぐに現れた。

 

「お!目ェ覚めたか!いやー生きててほんと良かったな!」

 

 入ってきたのは赤いバンダナを付けた十代の少年だった。

 

「迷惑をかけたみたいだな、すまない」

 

「気にするなよ。旅は道連れ世は情けってな!旅の途中であんたを見つけてここに運び込んだ身としては生きててくれてほんと良かったぜ」

 

 どうやら彼が自分をここまで運んできてくれたらしく、命の恩人がまた一人増えた。恩返しをしたい気持ちは山々だがこんな姿では逆に迷惑になるなと青年は申し訳なさと悔しさが胸につかえた。

 

「...君も命の恩人だ。この恩は必ず返す」

 

「別に気にしなくていいっての。てか、あんた日本語上手いな!違和感なく喋ってたから驚くまでに時間かかっちまったぜ!」

 

 そう言えばそうだな、と青年も驚いていた。彼が日本語を話していたから自然とそれに合わせていた。彼と青年のやりとりをそばで見ていたルルなんて何言ってるのかさっぱりって顔だ。そういえばリリィとルルとも普通に喋れたな、と思い出す青年。自分は一体何者なのかと少し頭を捻る。

 

「...よくわからないが、自然と日本語で話していた。その気になれば三、四ヵ国以上の言語は話せそうだな...」

 

「へぇ〜マルチリンガルってやつか。仕事で世界中を飛び回ってたとかそんな感じか?くぅ〜そう考えると羨ましいぜ!」

 

「いや、それがよくわからないんだ」

 

「わからないってどうゆうことだよ?」

 

「実はな...(カクカクシカジカ)」

 

「記憶喪失!?マジかよ!」

 

「現状それらしい手がかりが無いからな、記憶を取り戻せるかも危うい」

 

「なるほどな。てことはあんたを見つけた場所に何かあるのかもしれないな」

 

「君が俺を見つけた場所はどこだったんだ?」

 

「リリィ達が元々住んでたっていう村さ。そこであんたが倒れてた」

 

「そうなのか!?」

 

「ああ、ただ今はその面影もないぜ。ありゃー酷いな。まるで戦争でもあったんじゃないかってぐらい跡形もなく吹き飛んでたぜ。多分あんたはそれに巻き込まれた感じだろう」

 

「そうか...その事はリリィは知ってるのか?」

 

「ああ、知ってるぜ。実際に自分の目で確認しに行ってたしな。あそこで何があったかわからねぇけど故郷がなくなったのに今も外で働いてるよ」

 

「その上俺の看病もしてくれていたのだな...本当に強い子だ」

 

「だな...よし!俺はもう一回あそこに行ってくるわ!記憶を取り戻す手がかりがあるかもしれないしな」

 

「危険ではないのか?」

 

「かもな。けど困ってる奴がいるのに見過ごすわけにはいかねぇだろ?」

 

 至極単純な理由。だがこれほど明快な答えが眩しいと思ったのは初めてな気がした。思わず青年は呆けてしまうがすぐに笑みが溢れた。

 

「フ、なんというか君はすごい奴だな」

 

「だろ?俺ヒーローだから」

 

 なるほど、確かに彼は救世主(ヒーロー)だと青年は納得していた。それに彼には眩しく思えるほどの何か、可能性を感じずにはいられなかった。彼に任せれば問題ない、とそう思わせる力が彼にはあると青年は思った。

 

「そういえば(ヒーロー)の名前を聞いていなかった」

 

「風間翔一だ!んじゃ、行ってくるぜ!」

 

 そう言って彼は風のように出て行った。

 

「ショウイチどこいったの?」

 

 すると、ずっと二人の会話を黙って眺めていたルルがようやく口を開いた。

 

「人助けに行ったのさ」

 

「おにいちゃんのため?」

 

 話の内容はわからなかっただろうルルだが、話の雰囲気からして誰のために風間が動いたのかは理解していたのだろう。

 

「ああ、俺のためだとさ。とんだお人好しのヒーローだな」

 

「ショウイチ、ひーろーなの!?」

 

「少なくとも俺にとってはヒーローさ」

 

「おにいちゃんは、ひーろーじゃないの?」

 

「俺か?そうだな〜、いつかヒーローにはなってみたいかな」

 

 といってもまずは体の回復が先決。その後記憶を取り戻す方法の模索とこの手足をどうにかして不便がないようにすることも重要だな、とやるべきことを頭の中で認識させていく。

 

 するとルルが部屋の隅に置かれた箱を漁り何かを持って青年のところまで戻ってきてそれを青年に手渡した。

 

「“貴婦人と一角獣”...?」

 

 それは幼い子が読みには難しそうな表紙をした()()だった。こんな絵本があるのか、と青年は今どきの幼子のレベルの高さに戦慄した。

 

「パパがくれたの。でもよめない、おねえちゃんもよめない、ショウイチもよめない」

 

 そんな絵本があっていいのか?とこの絵本の作成者が何を考えてこんなものを作ったのか理解できない気持ちになる。

 

 とりあえず中を開いてみると「あ〜、これは確かに読めない」と理解した。

 

 何せ、フランス語で文字を綴っているのだから。

 

 だがそう理解した青年はフランス語もわかるのか、と自分に驚愕した。一体自分は何者だったのか。

 

「よめる?」

 

 青年の思考をぶった斬るようにそう聞いてきたルル。

 

「これが読みたいのか?正直面白そうではないと思うぞ?」

 

「これがいい」

 

 首をぶんぶん横に振ったルル。よっぽどこれが読みたいのかかなり頑なだった。

 

 青年は少し体を起こしルルを手招きしてベッドの上に座らせた、自分も体を起こした。正直横になってるだけというのも飽きていた。

 

 はじめは青年に対して距離があったルルもだいぶ慣れたのか青年の真横に腰を下ろして絵本を広げて今か今かと待ちわびており、期待の眼差しを向けながら開いたページをパンッパンッと叩いていた。

 

「そんなにせかさなくてもちゃんと読むさ」

 

 それから二人はその“貴婦人と一角獣”を読んだ。

 

 正直、幼い子供が読むにはあまりにも難しい内容だった。大人びた言い回しに子供が理解するには難しい言葉がふんだんに使い回されており、絵本というより一つの芸術品資料集というべきものだった。

 

 これを作ったやつは対象年齢を間違えてるな、と思う青年。

 

 ほんの数ページを青年が理解できる範囲で読み解き、それをルルに解説していった。それだけで二十分近く過ぎていた。

 

 そして最後のページがやってきた。

 

「これはなんてよむの?」

 

「うん?どれだ?」

 

 そう言ってルルが指を指したのは描かれた絵の中、貴婦人が佇む後ろに構えられたテントの頭部あたりに書かれた文字だった。そこには...

 

「“私のたった一つの望み”...」

 

「どうゆうことなの、それ?」

 

「う〜ん...要するに愛情、かな?」

 

 このページに書かれた文章では理解力という解釈になっているが、ようは第六感。人の心を感じ取れる力と言いたいのだろう。正直青年自身その解釈で合ってるのかわからないが愛情という表現なら子供でも広く解釈できるからちょうどいいかな?と思った。

 

「そっか。ならこのらいおんさんもあいされてるんだね」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「だって、このらいおんさん、このひとにみてもらえてないもん。ずっとそばでいるだけでかわいそうなんだもん。でもかっこいい!」

 

 言われてみれば確かにそうかもしないと青年は思った。他にも獣はたくさんいるがその中で大きく描かれている獅子と一角獣の二体でいえば獅子は旗やテントの幕を支え続けている。貴婦人に見向きもされていないようにも見える。

 

 一角獣と対をなす獣。それがこの獅子だ。

 

 どことなく気高さというか力強さを感じられる。

 

 もしかすると、この先の未来できっと人々が真に理解しあえる可能性を信じ、願い、一つの希望とそれを支える力の象徴としてこの獅子は描かれているのかもしれない。

 

「おにいちゃん、ないてるの?」

 

 ルルにそう言われてはじめて気づいて。自身の頬に伝う一条の雫に。

 

 何故だか自然の涙を流していた青年。

 

 記憶を失っている以上、もしこの本に関わりがあったとしても感傷に浸ることなんてないはずだ。けど逆に記憶以上に何か特別な感情をこの本に抱いていたならこの涙の説明にはなるかもしれないと青年は考えた。

 

 涙を拭う青年に対してルルは青年の頭を優しく撫でた。

 

 よしよし、と口にしながら撫でるルルを目にして自分自身が情けなくなると同時にこの子の優しさと温かさに青年は心が救われた気がした。そして頭の上に乗る手のひらのぬくもりを感じつつ涙を拭った。

 

「ありがとうルル、情けないところを見せてしまったな」

 

「いいよ!おねえちゃん、いってたもん。こまってるひとをたすけるのはあたりまえだって」

 

「そうか、本当に君達姉妹は強いな。さて、ルルはどうだったこの絵本?」

 

「う〜ん...むずかしかった」

 

 まあ当然だろうな。子供が読むにしてはあまりにも難解すぎる。

 

「でもまたよみたい!つぎもよんでくれる?」

 

「ああ、いいぞ!」

 

 期待の眼差しを向けていたルルの顔が一瞬で満面の笑みで華やかさせた。嬉しそうにはしゃぐルルを見て青年は優しい笑みを浮かべた。

 

「ルル〜、ちょっと手伝って〜〜!」

 

 すると外からリリィがルルを呼ぶ声が聞こえてきた。ルルはそれを聞いて大きく返事を返して外へ出て行った。部屋に残された青年はルルが置いて行った絵本を手にとった。

 

 こんな難解な絵本を作った人物は一体誰なのかちゃんと名前を確認しようと思った青年は絵本の背表紙に目を向け、小さく刻まれたそれを見つけた。

 

「えーと...“マリア・ノルン”......」

 

 その名を口にしたとき青年は頭に強烈な痛みを感じ呻き声をあげた。身体中から嫌な汗を流し必死でその痛みに耐える。

 

(ッ!!...なん、だ....これはッ!!)

 

 痛みで悶える中、失った記憶が呼び起こされていく。

 

(教会...マリア....運命....ノルン....ッッ!!)

 

 まるで走馬灯のように一瞬の内に思い起こされる記憶の中で見たのは一人の美しい修道女だった。彼女が幼き日の青年に語る言葉、読んでくれた絵本、そして彼女と出会った日につけてくれた名前。

 

「俺は...」

 

 数秒痛みに身悶えていたがそれがすっかり治まると青年はベッドの上で横になり天井を見上げていた。かなり激しく身悶えていたのか包帯がところどころほつれかけていた。

 

「.....アル・シュバルツ....それが俺の名前」

 

 今はもうこの世にはいない彼女がつけてくれた大切な名前。思い出せたのはアルが教会で育ち、大きくなってから戦場をかけていた頃までだ。自分が何故戦場に立っていたのか、そして何故彼女が死んだのかも思い出し、アルが戦場でなんと呼ばれていたのかも思い出した。

 

 死の運命を告げる者(バンシィ・ノルン)又の名を“黒獅子”とそう呼ばれていたことを。

 

 傭兵として働きながら彼女を死に追いやった存在を突き止めるべくアルは戦場を駆けていた。いつかその者に死を告げるために。

 

 アルはその瞳をぎらつかせ今後どう行動するか決心したのだった。

 

 




 いかがでしたか?この回までに出てきたオリキャラはリリィ、ルル、マリア・ノルンの三名ですが展開次第ではこの三人を深掘りしていかないといけないのと思うとまだまだ先は長そうだなと安心?しています。
 そして風間翔一を出てきました。彼のことなんで、きっと学校を休んで海外に冒険しにきたんでしょうね。今後風間とアルがどう関わっていくのか、そこら辺もなるべく楽しく描けるように努力したいと思います。

  では、


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第五話 獅子と風と鉄と子

 

 夜になり体もだいぶ回復したアルと、帰ってきた風間にリリィとルルの四人はテーブルを囲み夕食を食べていた。

 

「しっかし、まさか俺がアルさんの手がかりを探してる間に名前だけでも思い出してたなんてなぁ〜」

 

「ああ、それもこれもルルのおかげだ」

 

「ルルえらい?」

 

「ええ!えらいわ!」

 

 小さな体を大きく見せようと胸を張るルルの頭をリリィが撫でた。

 

 自分のことを少しだけだが思い出すことができたアルは三人に改めて名乗った。いきなりなことでびっくりしていたが三人ともアルが記憶を取り戻したと知り喜んでくれた。もちろんどういった経緯で思い出せたのかもちゃんと話した。

 

「それでアルさんはこれからどうするんですか?」

 

 聞かれたアルは口をリスみたいに大きく膨らませながらもぐもぐさせていた。

 

 よっぽどお腹が空いていたのか山盛りの焼き飯を口いっぱいに頬張っていたアルは、手のひらで「少し待って」とジェスチャーをして二、三秒後に飲み下した。

 

「ちゃんと噛めよ...」

 

 あまりのスピードに目を見張りツッコんでしまう風間。

 

「とりあえずは手足をなんとかするところからだな」

 

「と言うと?」

 

「義手と義足を作りたい。売ってるものでも代用は効くかもしれないが、そんなお金はないからな。何か廃材でもあれば助かる」

 

 それを聞いた風間が立ち上がった。

 

「だったら俺が持ってきてやるよ!たまたま見つけた鉄屑とか廃材を大量に持って帰ってきたからな!いやぁ〜リリィの稼ぎの足しになればと思ってたけど、まさかこんなところで役に立つとはな!」

 

「そんな物一体どこで見つけてきたんだ?」

 

「あ、えっと〜....」

 

 アルが出どころを聞くと途端に言い詰まった風間。

 

 不思議そうに風間を見ていたアルは風間の視線の先を追ってようやく気づいた。

 

 視線の先はリリィだった。おそらく風間がそれを見つけた場所というのがリリィ達が元々住んでいた村にあった物なのだろう。

 

「気にしなくていいですよショウイチ。アルさん、気にしないで存分に使ってください」

 

「そうか。なら使わせてもらうよ」

 

 そう言ってアルは再びテーブルに広げられた食事をガツガツ食い始めた。

 

 美味しそうにリリィが作った食事を全力で食べるアルを見て、彼女は嬉しくて笑顔になった。

 

「そんなに慌てなくてもおかわりはまだありますから」

 

「にしてもよく食うなー!軽く三人分は食ってるぞ?」

 

 それを聞いてアルは慌てて口に含んだものを飲み下した。

 

「すまない、無遠慮に食べてしまった」

 

「え?ああ、気にしなくて大丈夫ですよ。うちの食卓に並ぶものは全てうちで取れたものばかりですし、裕福というわけじゃありませんけど貧しいってほどじゃありませんから」

 

「ん?じゃあなんでここに住んでんだ?」

 

「ここの方が元々住んでた村に街より近いですし、食べていく分には困りませんから。それに街の空気はあまり好きじゃないんです」

 

「確かに、あそこの空気ってなんか荒れてるよな〜。俺もあんまり好きじゃねぇな」

 

「そんなに酷いのか?」

 

「ああ。大量のガスに土煙、それに住んでる人間もあんまりいい奴じゃない感じだな」

 

 確かにリリィ達の父親としてはそんなところに娘二人を住まわせたくないだろうな、とアルは思った。リリィとしても妹のルルがそこに住むことは良くは思わないはずだ。彼女達の父親は大丈夫なのだろうかとアルは気になった。

 

 するとリリィがパンッと手のひらを打ち鳴らした。

 

「そんなことよりさっさと夕飯を済ませちゃいましょう!ほら、ルルもこぼしてるわよ」

 

 リリィはそう言いながらルルの頬についた米粒をとってあげると、テーブル拭きで溢れたスープを拭き取っていた。

 

 そんな姉妹のやりとりにアルと風間は和んでいた。

 

 明日から忙しくなる。まずは体をしっかり休ませて明日に備えようとアルは皿に盛られた料理に食いつき、風間も負けじと腹一杯になるまで食べ、そんな二人を見て笑い合うリリィとルル。

 

 食事を終えアルは早めに就寝、風間も床で寝落ちし、ルルはアルの隣でいつのまにかすやすやと寝息を立てていた。

 

 ルルが珍しく他人に懐いてるのを見てリリィは少し驚きつつも嬉しい気持ちになり、その隣で静かに寝息を立てるアルの顔をじっと眺めた。

 

(本当に不思議な人...)

 

 彼がこの家に運ばれてきた時リリィは正直助からないと思っていた。何せ物凄い出血量に片腕片足を失っていたのだ。それでも少しでも可能性があるなら、とできる限りのことをした結果、彼は生きながらえた。言葉を交わした時も妙な安心感と引き寄せられるものがあった。傷だらけなのにその背中が逞しく見えた。

 

 それをルルは見抜いたのだろう。運ばれてきた時もずっと彼にくっついていた。

 

 もし、もし叶うなら彼にここで一緒に暮らしてほしいな。

 

 なんてことを思ってしまったリリィはそんな考えを振り払うように真っ赤になった顔を横に振り、自分もそろそろ就寝しようと部屋の明かりを消したのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 早朝に目が覚めたアルはふいに外から物音が聞こえた。

 

 物音というより何かを振り空気を裂く音というべきだろうか。ブンッと連続で聞こえてくる。結構な力で振り払っているのが音だけでよくわかる。

 

 アルが周りを見渡すとそこに一人欠けていることに気づき、おそらく外にいるであろうその人物に朝の挨拶をしに行こうかと考え体を動かすと脇腹の方で少し抵抗感を覚えた。

 

 そこを見ると自分に抱きついて眠っているルルがいた。

 

 アルはルルを起こさないように体を起こし片足をベッドから下ろした。さて、どう挨拶しに行こうかと考えていた時ベッドの横に置かれた木製の松葉杖を見つけた。アルはそれを器用に使い外に歩みを進めた。

 

 入口の垂幕をくぐり抜けた先に見つけたのはやはりリリィだった。

 

 そして庭一面に広がる田畑と砂利の広場がありその周りを木々が囲んでいた。はじめてリリィ達の家から出たアルだったがまさかこれほどまで庭が広かったとは思わなかったらしく、アルは少し面食らっていた。

 

 そんな広い庭の中、砂利場でリリィはひたすら木剣を振っていた。

 

 上段に構えた木剣を振り下ろしまた上段に構えて振り下ろすことをひたすら繰り返すリリィであるが見事なものだとアルは感心していた。

 

 独学っぽいがそれを何百何千と繰り返してきたのだとわかるほど彼女の動きは洗練されていた。

 

「おはよう、リリィ」

 

 声をかけられてようやくアルに気がついたリリィは慌てて素振りをやめてこちらに向き直った。

 

「お、おはようございます!アルさん」

 

「いつもこの時間に鍛錬をしているのか?」

 

「ええ。今この家を守れるのは私だけですし、村から追い出された時私にもっと力があれば...」

 

 リリィの表情はとても悔しそうにしていた。

 

「そうか...なら、俺が稽古をつけてやろう」

 

「え?アルさんが、ですか?」

 

「なんだ?俺では役不足か?」

 

「い、いえ!!アルさんが戦場で戦っていたことは昨日聞きましたし実力は疑ってませんけど、今のアルさん相手では...」

 

「稽古にならないってことか。なら、こうしよう」

 

 アルは適当に木の棒を手に取り、松葉杖を捨て片足立ちのまま構えた。

 

「今の俺から一本、もし取れたら俺が全回してから稽古をつける。だが俺が勝ったら今日から稽古をつける。どうだ?」

 

「結局勝っても負けても稽古は確定なんですね」

 

「当たり前だ。リリィでは俺に勝てないからな」

 

 アルの挑発にリリィはムッとした。アルの狙い通りリリィをやる気にさせることができたらしい。

 

 もちろんリリィだって強い。先程の素振りからしてもある程度の強さは伺えたし、それだけの自信を慢心ではなく、自覚して持っていることはわかる。

 

 だがそこまでだ。独学故に既存する型や構え、打ち込み方法などがどれほど優れているかを知らない。知っていれば対処できることも知らなければ脅威となる。彼女にはそこを知り、取り入れてこれから先も研鑽していって欲しいとアルは思ったのだ。

 

「さらに怪我しても知りませんよ?」

 

「それだけの実力があるならな」

 

 彼女が握る木剣にさらに力が込められた。

 

 ダンッと力強い踏み込みでリリィが距離を詰める。

 

(意外と早いな)

 

 速さは申し分ない。アルは距離を詰めてきたリリィを冷静に観察しながら彼女が打ち込んでくるであろう木剣の軌道を読む。

 

 速さを活かし、まずは刺突で攻めるリリィ。だがそれを難なく構えた木剣で捌くアル。だが彼女はそこで終わらない。捌かれてすぐに木剣を引き的確に各急所を狙って連続で打ち込んでくる。さらにステップを踏みような足捌きで縦横無尽に移動し死角を狙ってくる。

 

(センスもいい。キレもある。だが...)

 

「はああッ!!」

 

 気合の入ったリリィの上段斬りがアルに迫る。

 

 だが、アルはいとも容易くそれを防ぎ最後はリリィが持つ木剣を彼女の手から絡め取り首筋に木剣を添えた。

 

 荒く呼吸をするリリィに対してアルの呼吸は乱れておらず、まるで風で煽られる柳のように自然体だった。

 

「はぁ、はぁ、.....参りました」

 

 息を整えて降伏宣言したリリィ。

 

「これで決まりだな」

 

 アルはそう言うと彼女の首筋から木剣を引いた。

 

「強すぎですよアルさん。結局一本どころか一歩も動かすことすらできませんでした」

 

 リリィの言う通りアルは一歩たりとも後ずさりもせず、立ち位置を変えることなくリリィに勝った。

 

「なんで一歩も動かなかったかわかるか?」

 

「...私が未熟だから、ですか?」

 

「広い意味で言えばそうだな。じゃあ何が足りなかったと思う?」

 

 アルの質問にリリィは考え込むが答えは出てこなかった。

 

「答えは力だ。リリィの打ち込みは軽い」

 

「それは...男と女では元々腕力に差がありますし」

 

「そういう力じゃない。俺が言いたいのは効率よく技の一つ一つに体の重さを乗せることだ。リリィの戦法はスピードを活かし変幻自在に攻撃を繰り出すやり方だ。だがスピードを意識するあまり攻撃が軽くなっている。スピードで戦うなら初撃の一撃で仕留めるぐらいでないと後々不利になるぞ?」

 

「な、なるほど...!」

 

「すべての敵を一撃で仕留められることが理想ではあるが戦いの場ではそうはいかない。そこでリリィ本来の戦法だ。速さを活かした変幻自在の攻撃、その一撃一撃が必殺に等しい威力なら、速さと威力の二つで相手を撹乱することができる」

 

「で、でも!そんな威力のある攻撃を私ができるでしょうか?その鍛錬方法も知りませんし」

 

「それを俺が教えるんだ。大丈夫、リリィには才能がある。今よりも確実に強くなる」

 

 その言葉を聞いてリリィは一気に顔を輝かせた。自分よりも強い相手に強くなる、と太鼓判を押されたのだ。これで喜ばないはずがなかった。

 

「これからよろしくお願いします!」

 

「ああ、みっちりしごいてやるから覚悟しておけよ?」

 

「はいッ!!」

 

 早朝から元気な声が庭に響いた。

 

 まずはリリィに基礎的な打ち込み方法と体の使い方を教えるのが先決だろう。そしてその鍛錬方法。それを決めるにあたって、まずやっておかなければならないことがある。

 

 さっそく何か稽古をつけてもらえるのかとそわそわしているリリィはアルの言葉を待っていた。

 

「よし、まずリリィにはやってもらわなければならないことがある」

 

「はい!」

 

 実にいい返事だ。

 

「服を脱げ」

 

「はい!」

 

「........」

 

「...はい?」

 

 つい勢いで返事しちゃったリリィだったがようやく思考が追いついたらしい。

 

「はいぃ〜〜!?!?」

 

 これまた元気いっぱい?なリリィの声が庭に響いた。

 

 思わず自分の体を守るように抱きしめるリリィ。その瞳にはうっすら涙が見える。

 

「誤解がないように言うが俺はリリィの筋肉のつき方を調べたくて言ったんだぞ?」

 

「へ....?筋肉、ですか?」

 

 独学というだけあってリリィの動きに癖があった。それを矯正するためにも、より力強い打ち込みをするためにも彼女の筋肉のつき方を確認しどう鍛錬を積ませるかを考えるのは必須のことだ。

 

 アルはそのことをしっかりとリリィに伝えた。

 

「わ、わかりました。ちょっと恥ずかしいですけどアルさんなら....」

 

 そう言ってリリィは今着ている服に手をかけた。

 

「いや、脚部と腹部が見えるようになってる服があるならそれに着替えてきても構わないぞ?」

 

「そ、そうですよね!筋肉のつき方を見るだけですもんね!わ、私着替えてきますーー!!」

 

 リリィは自分の勘違いに気づき語尾を叫びながら駆け出していった。

 

 アルはリリィに恥ずかしい思いをさせてしまったなと反省した。そういえば以前も誰かに「あなたは一言足りないと自覚しなさい」と注意されたような気がしたが深く考えることはしなかった。

 

 しばらくしてリリィは胸が隠れる程度の短い丈のタンクトップにむっちりとした太ももが大胆に見える短パンを履いてきた。たしかに脚部と腹部がよく見えるような服装が望ましいとは言ったが、これは少し目に毒だなと思った。

 

 アルとて男だ。リリィの刺激的な服装には少々たじろいでしまう。

 

 早々に終わらせてしまおうとアルは思い、リリィの肢体を観察する。

 

「足の筋肉はかなり仕上がっているな。これからも鍛え続ければまだまだ速さは上がるだろう。体幹が少し弱い、下半身とのバランスが悪いせいで思ったように力が乗らなかったのだろう。基本的な打ち込みの型を教えるから今後はそれを反復練習するように。それと...」

 

 アルは次々とリリィの足りないところを細かく指摘し、それをどう改善するかもしっかりリリィに伝えた。

 

 まじまじと自分の体を見られて最初は恥ずかしそうにしていたリリィだったが、アルの真剣な眼差しを見て彼女も恥じらいを捨てアルの言葉を真剣に聞き入った。

 

「...よし。大体のトレーニングメニューは組み上がったな。あと成長具合を確かめるために俺との模擬戦を数回挟むか...ん、どうした?」

 

「え!...いえ、少し驚きまして。アルさんって一体何者なんですか?傭兵をしていたことは聞きましたけど、なんていうか傭兵にしては高い指導力だなと思いまして」

 

「言われてみればそうだな。傭兵をしていた後のことは思い出せてないから、もしかしたらその後で何かそういうことをしていたのかもな.....まあ、今考えても仕方ない。さっそくトレーニングに取り掛かろうか」

 

「はい!」

 

 そうして、アルの指導の元、リリィはトレーニングに励んだ。

 

 リリィのセンスの良さはそこでも発揮されますます彼女の速さに拍車をかけ、以前より数段力強い攻撃力を身につけていった。

 

 その傍ら、アルは義手と義足の製作に入った。

 

 翔一が持ち帰ってくる鉄と廃材を用いてリリィが普段廃品修理に使っている小屋を使わせてもらい製作していた。小屋を使わせてもらう替わりにリリィの修理を手伝い、リリィと翔一に手伝ってもらいながらアルは早々に骨格を組み上げ、あっという間に義手は完成させた。その際、今の記憶にはない製鉄技術でアル専用に組み上げたのだが、その手法というのが自身の気を注ぎながら鉄を鍛え上げるというもので、リリィには真似できなかった。

 

 電子制御系はあまり得意でないアルでもこれなら義手を意のままに操ることができた。

 

 残るは義足の製作という時に翔一は夕食時、三人に自分が明日日本に帰ることを伝えた。

 

「そうか。まあお前は学生だし待ってる奴らがいるならちゃんと帰ってやらないとな」

 

「ここも静かになっちゃいますね」

 

「ショウイチかえっちゃうの?」

 

「ああ、けどまた遊びにくるぜ。今度は俺の自慢の仲間達と一緒にな!それまでルルも元気にしてるんだぞ?」

 

「うん!」

 

「わりぃな。最後まで手伝えなくて」

 

「気にするな。ショウイチには散々助けられた。これくらいの方がまだ恩は返しやすい」

 

「お礼とか別に求めてないけどな〜俺。まあ、お礼がしたいって言うならありがたく受け取ってやるぜ!その時を期待してるぜアルさん」

 

「その期待に応えられるように頑張らないとな」

 

「じゃあ今日はお別れパーティーということでじゃんじゃん料理出しちゃいますね」

 

「お!楽しみだぜ!リリィの飯はうめぇからいくらでも食えるぜ!」

 

 そうして四人は最後の夜を明るく過ごし、翌朝の早朝翔一を見送るために三人も外に出てきていた。

 

「それじゃあ世話になったぜ」

 

「道中気をつけろよ」

 

「また会える日を楽しみにしてます」

 

「ああ、ルルも元気でな」

 

「うん」

 

 ルルは流石に眠たいのか寝ぼけ眼で翔一の見送りに出てきていた。

 

「もし寂しくなったら俺の街にこいよ。その時は風間ファミリー一同で派手に歓迎してやるぜ!」

 

「うん!」

 

「無茶言わないでください、早々行けるところじゃありませんよ?」

 

「たしかお前がショウイチが住んでる街は...」

 

「おう!日本の川神市だ。そこの“川神学園”ってところに通ってるから川神に来たらそこに行くといいぜ」

 

「...川神」

 

 何か引っかかるものを感じたアル。

 

「まあ機会があればいつでも来いよ。歓迎するぜ!じゃあな!」

 

「ああ、元気で」

 

「また会いましょう」

 

「ばいばーい」

 

 翔一は三人に見送られながら日本への帰路についた。

 

 その道中、ふと思い出したことがあった。

 

「そういやーアルって名前どこかで聞いたことあったんだよなぁ〜....まあいっか!楽しみだぜ、仲間達への土産話が大量だ」

 

 翔一は待ちきれない様子で重たいリュックを背負い駆け出した。

 

 一方で翔一を見送った三人は翔一の背中が見えなくなってから家の中に入っていく。

 

「日本、か...」

 

 アルは誰にも聞こえない声でそう呟きながら家の中に入って行った。

 

 この時、噛み合った運命の歯車は徐々に動き始めていた。

 

 そしてのちに風間翔一という少年との出会いが必然であったことをアルは認識したのだった。

 




 お仕事お疲れ様です。これを最後まで読んでくださっている方はきっとマジ恋ファンであり、つまらない日常に少しでも刺激が欲しいと思ってる方なのではないかと愚考している作者です。
 そんな毎日に少しでも刺激あるドキハラ展開をお見せできるよう頑張りたいと思います。
 さて、今回は長くなりましたができる限り次の展開に繋げるべく強引に話を進めました。(そんな進んでいなかったらすいません)ほんわか展開とちょくちょくエロスをギリギリな感じで挟んでいけたら僥倖ですね。
 一体どれだけの方に読んでいただけているのかわかりませんが、意見、感想、評価、誤字脱字があれば遠慮なく申してください。言うだけならタダです。
 
 次回もなるべく早く投稿しますので、では!


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第六話 乙女の可能性

 

 翔一が日本への帰路について数日、リリィの手伝いもあってアルはついに義足を完成させた。

 

 義手と共に調整をしつつ連動性を高め、扱いに慣れるために鍛錬を積み重ねた。その過程でアルは気の扱い方の練度が上がり、気の総量も以前より上がったことで一つの技を完成させた。いや、完成させたというのは傲りだろう。正確には完成であり未完成でもある技ができてしまったというべき代物だった。

 

 気の総量が増え、より精密な気の操作を覚えたことで自然と放出される気を内側に留め擬似的な気配遮断を可能とさせた。その一方で留めた気を一片に放出させ爆発的な身体能力の向上とスピード、さらに防御力も格段に上昇するという離れ業を身につけた。

 

 これでも必殺の技として充分過ぎるはずが、どういうわけかその技にはまだ底知れない“何か”をアルに感じさせた。

 

 可能性という何かを。

 

 そしてリリィにこのことを告げると「是非その技を模擬戦で披露してください」と言ってきた。

 

 あいにくリリィはその技を止める術を持ち合わせていない。しかし自身の師が編み出し、もしかしたら日本の“KAWAKAMI”にも匹敵するやも知れない必殺の奥義をリリィは直接肌で感じたかった。自身が憧れる武の頂点を。

 

 そして今現在。

 

 二人は家から離れた森の奥地に開けた場所で対峙していた。

 

「調子はどうですか?」

 

「ああ、二つとも扱いにはだいぶ慣れたし実戦運用でもどうってことはないな。体もすこぶる健康だ。これも日頃リリィが作ってくれる食事のおかげだな」

 

「う、うれしい限りです...(ポッ)」

 

 最近のリリィは妙に女性らしくなったと感じるアル。

 

「まずはいつも通りやらせてもらうが、いつ仕掛けてくるかちゃんと気を張っておけよ?」

 

「は、はい!」

 

「それじゃあ...行くぞ」

 

 途端、アルは義足をつけている左足で地面を蹴りリリィに迫った。

 

(は、速いッ!?)

 

 普段の模擬戦では必ず最初に仕掛けるのはリリィだったが今回初手はアルが貰った。義手義足を試す場というのもあるが、必ずしも戦いの場で先制攻撃を行えるとは限らないことをリリィに認識させるためでもあった。

 

 無手のアルはリリィに肉薄し左足拳を振り抜く。しかしそれは空を裂いただけで、アルの攻撃を躱したリリィはアルを中心に半円を描き移動し攻撃に転じた。

 

「ふんッ」

 

 リリィの斜め上段からの斬撃を左手の義手で防ぐアル。以前のリリィと比べ今の攻撃は格段に威力を上げていた。例えアルであっても油断はできない。

 

 気を常に巡らせている義手と義足の防御力はそんなリリィの攻撃を甲高い音を響かせつつも堅牢な盾となる。

 

「ッッ!」

 

 受け止めた木剣をアルは払い除け、正確無慈悲な左ジャブから一瞬で骨を砕く右ストレートのコンボをリリィに放つ。しかし、それを危なっかしくも持ち前のスピードで躱し、今度はリリィが連撃をお見舞いする。

 

「はあああッッ!!」

 

 一つ一つの攻撃が的確に急所を狙い、同時に攻撃を誘わせてくる。その誘いに乗れば間違いなくカウンターが飛んでくるという見事な連続攻撃である。

 

 それを冷静に捌き、防ぎつつアルは左足に力を込め蹴り上げる。アルの狙いどおりリリィの攻撃は突然の蹴り上げでキャンセルされ上体がのけぞり、そこをアルが最短距離で左拳を捩じ込もうとする。

 

 しかし、リリィは上体がのせぞりつつも華麗に躱してみせ後方に倒れる体を利用してしなやかな蹴り技をアルに浴びせ距離を取った。

 

「見事だ。以前と見違えるほど洗練された動きだ」

 

「はあ、はあ、ありがとうございます」

 

 正直リリィにとって先程までの攻防でかなり一杯一杯だった。

 

 何せ飛んでくる攻撃に容赦の欠片もなくギリギリ捌けていたに過ぎないのだから。その上、攻撃しても確実に受け止められるか避けられるし、守りが堅すぎてそこにのめり込むと死角から反撃が飛んでくる。

 

(本当にアルさんは底が知れない...)

 

「もう少しギアを上げるぞ。ついて来れるな?」

 

「はい!!」

 

 さらにスピードを上げたアルの攻撃を神経を研ぎ澄ませ全力で集中して捌くリリィ。数発掠ってはいるがなんとか現状を保てている状態だったが、不意にリリィは悪寒を感じた。

 

 それは以前にもアルとの模擬戦で感じたことのあるもので、大抵この後リリィは気絶する。何度もそんなことを繰り返してきた結果リリィは必然的に危機を察知し行動できるようになった。

 

 そして今感じたそれは以前の比ではなく下手をすれば自身の命が危ぶまれるほどの悪寒だった。

 

 周囲の空気が一変し、そこにいたはずのアルが姿を消した。

 

 リリィは一瞬たりともアルから目を離していなかったはずなのにアルを見失っていた。

 

 そしてリリィの後方。“とてつもなく大きい何か”を感じ振り返り様にリリィは気を失った。

 

 彼女の瞳に一瞬映ったものは黒い髪が湯気のように立ち上りながら揺れ、赤い瞳をした彼と自分に伸びた左腕だった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

  

「...ハっ!」

 

 リリィは気を失ってある程度時間が経ってから目を覚ました。

 

 気づいたら家のベッドの上だった。

 

「気づいたか」

 

 声をかけてきたのはベッドの横に腰を下ろしていたアルだった。

 

「すみません、お手を煩わせてしまいました」

 

「気にするな。いつものことだ」

 

 リリィとて以前に比べて強くなったが、やはりまだまだアルには敵わない。

 

 毎度毎度、模擬戦後は気絶してしまうリリィにとっては自分の不甲斐なさを痛感してしまう言葉だった。

 

「おねえちゃんきょうもキゼツしたの?」

 

 ガーーーン...。

 

 さらにルルが姉に追い討ちをかけ妹に情けない姿を晒す自分に落ち込んでしまうが、そこでアルはすかさずフォローする。

 

「ルル、リリィは強い。それは俺が保証する、俺の攻撃をあそこまで捌けるのはすごいことなんだぞ?」

 

「そっか!やっぱりおねえちゃんはすごいんだ!」

 

「...ほんとうに私、強くなりましたか?」

 

「ああ、見違えるほど強くなった。リリィの師匠である俺がそう言ってるんだ。誇っていい」

 

「そうですか...」

 

 やっぱり自分の師に認められることは嬉しいのだろう。アルの言葉を噛み締めるようにリリィは返事をした。

 

「それにしても最後の技、凄いですね!なんて技名ですか?」

 

「いや、名前は付けてないぞ?」

 

「それは勿体無いですよ!!」

 

「そ、そうか...?」

 

 技名が無いと知った途端、リリィはアルにテンションを上げながら迫ってきた。

 

「せっかくなんですからかっこいい技名にしなくては!」

 

 リリィはそう言うと「どんな技名がいいでしょうね、う〜ん」と頭を捻り始めた。

 

 アル的には技名があっても無くても構わないのだが、せっかく考えてくれるのだ。自分も少しは捻り出してみようと同じく考えてみるアルだった。

 

 するとリリィと一緒に頭を捻っていたルルが口を開いた。

 

「ミナゴロシケン!!」

 

「いや、皆殺しにしてどうする?」

 

「ミナゴロシサッポウ!!」

 

「皆殺しから離れなさい...」

 

 ルルからしたら俺ってそんなに危なそうな人に見えてるのかな?と思ってしまうアル。かなり懐かれた方だと思っていたのにちょっとショックを受けた。

 

「じゃあ破壊王とかどうですか?」

 

「物騒だな、お前たち姉妹は」

 

「えーと...じゃあデストロイ!」

 

「意味は同じだが、まあさっきよりは...マシ、なのか?」

 

「デストロイモード!!」

 

「いいわね!それ!」

 

「いいのか?...まあこれ以上な出てこないだろうし、せっかく二人が捻り出してくれたんだ、そう名付けることにするよ」

 

 命名“デストロイ・モード”!!

 

 以後、この技名がアルの代名詞となるとはこの時のアルが知るよしもなかった。

 

「さて、技名も決まってリリィもかなり実力を伸ばした。これ以上ここに居座るわけにはいかないな」

 

「「え?」」

 

 突然のアルの言葉に二人の時が止まった。

 

 そう、いつまでもここに居るわけにはいかない。

 

 記憶を取り戻すため、そしてアルの恩師でもあるマリア・ノルンの無念を晴らすためにもアルは行動しなくてはならない。

 

「おにいちゃん、いっちゃうの?」

 

「ルル...」

 

 本当にアルを慕っているのだろう。ルルは今にも泣き出しそうな顔を浮かべていた。それを見てリリィも寂しさが込み上げてくる。

 

 いずれアルとは別れる運命なのだ。そのことはリリィもわかっていた。けど、いざその時が来るとなるとそれが耐え難い自分がいた。

 

「ショウイチも言っていただろ?また会えるさ」

 

「ほんとうに?」

 

「ああ、本当さ。二人にはたくさん世話になったからな。その恩を必ず返すためにも俺は帰ってくるよ」

 

「...わかった。それまでまってる」

 

「いい子だ」

 

 アルはルルの頭を優しく撫でた。

 

「明日の朝にはここを出る。それまで目一杯遊ぼう!」

 

「うん!!」

 

 元気よく返事するルルはアルに抱きつき、アルはルルを抱え上げた。

 

「リリィも。今生の別れじゃないんだ。そんな悲しそうな顔をするな」

 

 ハッとなるリリィ。リリィ自身気づかないうちに寂しさが顔に出ていたらしい。

 

「...わかりました。なら、今日は腕によりをかけてご馳走にしますね!」

 

「おう。楽しみにしてる」

 

 そう言ってアルはルルを抱えながら外に出て行く。

 

 その背中をリリィは見つめ、ある決意をするのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 三人で野山を駆け巡り目一杯遊んだ後、リリィが腕によりをかけて振る舞ったご馳走をたらふく食べ、ルルは寝息を立てていた。

 

「ぐっすり眠っているな」

 

「ええ、アルさんにいっぱい遊んでもらいましたから」

 

 寝ているルルを見て、アルは微笑み健やかに育つようにと祈った。

 

「平和だな...」

 

「ええ、こんな日が続くといいですね」

 

 アルの恩師であるマリアは常々こう言っていた。

 

 『子供達が安心して眠り、健やかに育つ世界を作りたい』と。

 

 その理想をアル自身も夢見て戦場をかけた。

 

 例えそれで自分がどれだけ傷つこうとも、駆け抜けた先でその夢の末端だけにでも手が届くなら、と。

 

「...そうだな」

 

 その声はどこまでも暖かく、優しい響きだった。

 

 その声にドキッとするリリィ。

 

 それだけさっきのアルの声は彼女の芯に響く魅力的なものだった。

 

「さて、俺達も寝るか」

 

「あ、はい。そうですね...」

 

 アルの言葉を合図にリリィは部屋の照明を消すために動き、アルはベッドなら腰掛けた。

 

「しかしいいのか?俺がベッドを使っても?」

 

「明日アルさんは出るんですから、今のうちに体をしっかり休めませんと」

 

「そう言ってくるのは嬉しいが、床で寝るぐらい大して問題ないのだがな」

 

「いいからベッド使ってください!メッですよ?」

 

 リリィが可愛らしく注意を促す。思わず従ってしまうのはリリィがちゃんとお姉ちゃんしているからなのだろう。

 

 アルはそれに従いベッドで横になった。そして家の照明が消され真っ暗になったのだがリリィがこちらに向かってきているのを感じた。

 

「ん?リリィ...?」

 

 するとリリィはアルが横に腰掛け、ベッドが軋む音が響いた。

 

 ようやく目が暗がりに慣れ今一度リリィの存在を確認すべく視線を向けるとリリィは自分の服に手をかけており、それを脱ぎ捨てた。

 

「お、おい!リリィ...!?」

 

 流石のアルもこれには驚き、思わず体を起こした。

 

「アルさんは気づいてたんじゃないですか?私の気持ちに...」

 

「それは、まあ...そうだな」

 

 少し前からアルはリリィが自分に好意を寄せていることに気づいていた。

 

 やたらと自分の前で顔を赤らめ、恥ずかしがったり照れたり、時にはオーバーなリアクションをしたりとその表情や態度の変化はまさに恋する乙女そのものだった。

 

 察しがいい方だとアル自身自覚していた。だが気付いてないフリをする方が彼女のためだとわかっていたからこそ今まで口にも態度にも示さなかったのだが、ここに来てリリィの予想外の行動。こればっかりは誤魔化しは効かない。

 

「リリィ、俺は君の気持ちには応えられない。俺には.....やらなければならないことがある」

 

「わかってます...でも私が初めて抱いたこの気持ちは本物です。強くて、かっこよくて、優しくて....あなたは私にとって特別で、憧れなんです。例え私がアルさんの特別になれなくても、私はこうしたいんです。だから...!」

 

 震えるリリィの体。それだけで今のリリィがこの細い体に溢れんばかりの勇気をもってして言葉を紡いでいることが痛いほどわかった。

 

 その時、またあの時と同じノイズが頭の中に走った。

 

(何だ...!?)

 

 以前より痛みは辛くない。少しを眉を顰める程度でしかないが、その一瞬のノイズで湧きあがった感情が自分に何かを訴えてかけてくる。

 

 悔しさと、悲しさと、愛おしさが複雑に入り混じったその感情に思わず涙がこぼれ落ちそうになる。

 

「アル...さん?」

 

 ようやくアルの異変に気づいたリリィだが、リリィが声をかけるとアルはなんでもない、といい目元をぬぐった。

 

「...リリィ、もう一度言うぞ?俺はお前の気持ちに応えられない。そしてお前を抱かない...そんな気持ちになれないんだ。だから、諦めてくれ...」

 

 ハッキリとアルは自分の本心を偽りなくリリィに告げた。

 

 以前の、傭兵をしていた頃のアルなら断らなかっただろう。正直に言ってリリィは可愛い。とても魅力的だ。こんな女性に言い寄られて断る男の方がおかしいぐらいだ。後腐れのない一夜限りでの関係など何度もあった。

 

 だが、なぜかいけない気がした。

 

 何か、果たすべき約束がある気がしたのだ。

 

「そう...ですか...」

 

「リリィ...」

 

「でも!諦めません!あなたが折れるまで私は絶対に諦めません!」

 

「何を」

 

 言ってるだ、とアルが口にする前にリリィは言葉を続けた。

 

「私の誘いを断ったんです。なら作戦変更です。一夜限りとは言わずずっと側に置いてもらいます」

 

「いや、待て。それはさっきより難易度上がっていないか?!」

 

「そんなこと知りません!私がアルさんに教わったことは戦い方を身につける方法ともう一つ、諦めないことです」

 

 無茶苦茶だ。

 

 そんな強引な作戦を実行しようと言うのか!?とアルはリリィの正気を疑う。

 

「なのでもう遠慮はしません。地の果てまで追いかけて必ずあなたの側にへばりついてみせます!」

 

「......」

 

「ア、アルさん?」

 

「ぷっ、くくく....あはははははっ!!」

 

「アルさん!?」

 

 思わず吹き出し、笑い始めるアルにリリィは面食らっていた。

 

「いや、すまない...くくく、あんまりにもリリィの言い方がおかしくて、つい、くくっ」

 

「じ、自分でも今のはどうかなって思いましたけど!そんなに笑わないでくださいよ〜」

 

 我に返って先程までの自分の言動を振り返り恥ずかしくなったらしいリリィは顔を手で覆い隠してしまう。

 

「でも、そうか。そんなに諦めが悪いなら仕方ないな...」

 

 アルはこの家に来て何度も見上げてきた天井を見つめ言葉を紡いだ。

 

「なら、追いかけてこい。その先で俺の気持ちが折れたらお前の勝ちだ。まあお前の気持ちが変わらなければない話だが」

 

「変わりません!私一途なんで」

 

「強引の間違いだろ」

 

「そうとも言いますね」

 

 二人は爽やかな笑みを浮かべ小さく笑い声を上げた。

 

 勝負。それは皮肉が効いた提案だった。何せ二人の模擬戦という勝負ではアルが圧倒的に勝ち越し、負けず嫌いなリリィは何度も負かされている。その結果だけを言えばアルの勝ちは揺るがない。しかし今回の勝負は恋戦。ここでリリィが初めてアルに黒星をつけることができるか否かのリリィにとっての大勝負なのだ。

 

「というわけで一緒に寝ましょうか」

 

「...お休み」

 

「いいですよ?そういうことなら勝手にベッドに潜り込んじゃいますからっ!」

 

「待て待て待て、その前に服を着ろ」

 

「嫌です。触ってもいいんですよ?」

 

「触らないし一緒にも寝ない。諦めろ」

 

「諦めません!私がアルさんから教わったのは...」

 

「それはさっき聞いた!お前がベッドに来るなら俺は床で寝る」

 

「それはダメです。ちゃんとベッドで寝てください、私のために」

 

「さっきと理由が違くないか!?」

 

 なんてやりとりをしているとルルが目を覚まし「ルルもいっしょにねる!」と言い出し、結果三人一緒にベッドで寝ることになったのだった。

 

 ちょっと狭いが、まあ二人とも満足そうなのでもう何もいう気にならなかったアル。

 

 ちなみに裸同然のお姉ちゃんを見てルルが真似しようとしたので、模範となるべきお姉ちゃんは大人しく服を着てルルが真似しないように努めた。

 

 




 いかがだったでしょうか?
今回はわりとノレて描けた気がしますが、読んでくださっている方にどう伝わっているのかわからないのでできれば意見、感想いただけたら幸いです。もちろん誤字脱字の報告もありがたく受け取りたいと思います。ではまた次回にお会いしましょう!


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第七話 邂逅する者達

 

 翌日の早朝。

 

 翔一の時と同様にリリィとルルがアルの見送りをするため朝早く起きていた。

 

 そしてアルは出発の準備を済ませ家の外で二人と対面していた。

 

「世話になったな」

 

「いつでも帰ってきてくださいね」

 

「まってる!」

 

「ああ、待っててくれ」

 

「ちなみに、私は待ちませんけど」

 

「フッ.....そうだったな。気長に待ってるよ」

 

「はい。必ず追いついてみせます」

 

 荷物はほとんどない。この身一つで記憶と理想を追いかける果ての見えない旅路。それでも、アルの心持ちは意外と澄んだものだった。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

「「いってらっしゃい!」」

 

 アルは二人に背を向け森の奥に進んでいき、あっという間にアルの背中は見えなくなった。

 

「いっちゃったね」

 

「ええ...」

 

 追いかけると決めたリリィにとってこの別れは一時のもの。

 

 悲しくも切なくもない。むしろメラメラと恋の炎が燃えたぎっていた。

 

(必ずあなたの側まで辿り着いてみせます!)

 

 彼女もまた日本でいうところの“武士娘”なのだろう。

 

「さてと、また二人に戻っちゃったから今日から忙しくなるわよ。手伝ってくれる?」

 

「うん!」

 

 ルルが元気いっぱいに返事をし、リリィはルルの手を引いて家の中に戻ろうとした時だった。

 

「すいませーーん」

 

 ふと、遠くの方から声が聞こえリリィはその方向に振り向いた。

 

「あ、やっぱりいましたよ人!」

 

 女性の声だった。木々に隠れ見えないがもう一人誰かいることがわかった。その女性の声が側にいるであろう誰かに向けられていた。

 

 するとその女性はその相手と何かを喋り、こちらに近づいてきた。

 

 リリィからして彼女の第一印象は二つ。

 

 メイドと桃色だった。

 

「第一村人はっけーーん!」

 

「あ、あの...?」

 

 リリィが彼女に声をかけた時にはすでにルルはリリィの後ろに退避していた。

 

「あ、すいません突然押しかけちゃって!自己紹介がまだでしたね。私、九鬼家従者部隊所属のシェイラ・コロンボちゃんって言います!」

 

「あの九鬼ですが!?」

 

「はい、その九鬼です。ちなみにむこうにいるのが同じ職場のドミンゲスちゃんって言うちょっと強面の人なんですけど、あんまり気にしないでください」

 

「は、はい...」

 

 九鬼といえば世界中で有名な名前。その実態がどういうものかリリィにはよくわからないし、彼女達が一体何をしにここへ来たのか皆目検討がつかなかった。

 

「実は私達、ある人物を探してるんです」

 

 リリィもまた数奇な運命に導かれる側の人間だった。

 

 そして思いのほか、彼と再会する日がそう遠くないことを彼女が知るのはほんの少し先の未来の話。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 リリィ達と別れて、はや一ヶ月強。

 

 アルは現在、紛争地域で貧しい子供達のために日々奮闘していた。

 

 奮闘と言っても戦いをしているわけじゃなく、一緒に農作物を作ったり、戦うためでなく身を守るための術を子供から大人に教えたり、井戸を掘ったり、盗賊を追い払ったりと長かったようで短い、あっという間の一ヶ月を過ごしたのだった。

 

 最初は自身の記憶を取り戻すために旅をしようと決めていたが、たまたま立ち寄った街でこの場所の現状を知り、居ても立っても居られず行動した結果、現在は紛争は止まっている。

 

 その理由は単純でアルがこの村にいるからだ。

 

 この村にきて早々に争いに介入したアルはこの村に暴威を振り撒く存在全てを蹴散らした。交戦を止めるよう最初に警告はしたが突然現れたたった一人の男の言葉など聞く耳を持つものなどまずいない。結果、アルは蜂の巣なんて生ぬるいぐらいの銃弾を浴びせられたが勿論無傷。命の奪い合いである以上アルは向かってく相手に容赦なく攻撃を行い、死屍累々の山を築いた。

 

 そんなこともあったが、今は至って平穏。

 

 今日はやることがないためアルは村長が貸してくれた寝泊まり用の部屋のベッドで横になり考え込んでいた。

 

「この村もだいぶ良くなってきているが、今俺がここを出るのは得策じゃないか...」

 

 もし今アルがこの村を去れば紛争は再びこの村を火の海に変えてしまうだろう。

 

 そうなっては意味がない。紛争の大元を断つのが一番なのだろうが、正直それが何で、何処の誰なのか全くわかっていない。

 

 アルは己の無力さに唇を噛んだ。

 

 その時、とてつもなく大きな気が突然村の中心に現れた。

 

 思わず飛び起きるアルは急いでその場に向かった。

 

 すると、先程感じた大きな気の発信源となる村の中央に人集りができており、その中心に誰かがいた。

 

「村長、一体どうした?」

 

 アルはその人集りから離れたところからそれを見守っている頭の毛が侘しい男に声をかけた。

 

「おお、アルさん!大変です!空から執事さんが!」

 

 .......ん?

 

 色々ツッコミたいことがありすぎてアルの思考が一度リセットをかけようとするが、それはキャンセル。思考続行.....ヒット。

 

「すまんな村長、そんなに疲れていたとは知らなかった...」

 

「いえ、違います!幻覚とか白昼夢とかそういう類のことではなく....というか、アルさんから見ても私ってやっぱり疲れてるように見えますか?」

 

「ああ、特に頭頂部とか今にも枯れ果てそうだ。もう少し自分の体を労ってやったらどうだ...?」

 

「そうですね、ここ最近色々ありましたから...海藻って効くんですかね?」

 

「いや、あれはガセだ。もういいだろう。大人しく馬の毛のカツラを被って楽になろうぜ、な?」

 

「嫌だ!私はこの髪の毛達の可能性を信じてるんです!」

 

「現実を見ろ、アンジェロ!お前の髪の毛はもう、助からない....」

 

「そんな...!うっ(がっくし)」

 

「いつまで漫才をしている貴様等」

 

 思わず現実逃避したくてアンジェロ村長と戯れてしまったアル。どうにも村長と話すと毎度話が脱線してしまう癖がついてしまったらしく、外野から注意されてようやく現実に帰ってこれたのだった。

 

 そして今も横で泣き崩れる村長は無視して、先程の声の主に目線を向ける。

 

 そこに立っていたのは金髪の老執事だった。

 

 背丈はアルより低いが老執事の体の内から湧き出る気は相当なもので、下手をすればアルとて一瞬にしてKOされかねない凄みを感じる。

 

 その老執事がアルに向かって歩みを進めてきた。

 

「貴様がアル・シャバルツだな。フン、どうやら貴様はマシな赤子のようだな」

 

「...失礼ですが、()()()はどなたでしょうか?」

 

「ほお。やはり気づいていたか」

 

 アルの質問に関心の意を示した金髪の老執事。そして視線を老執事から逸らし背後に目を向ける。

 

「流石の一言ですね」

 

「フッハハ!やはり()()()は伊達ではないということだな!」

 

 先程まで気配を隠していた存在が姿を現した。そこにいたのは白髪の老執事と小さな銀髪の女の子だった。

 

「貴方を試すような真似をして申し訳ありません。(わたくし)は九鬼家従者部隊所属のクラウディオ・ネエロと申します。そちらの彼が同じく九鬼家従者部隊所属のヒューム・ヘルシング。そしてこの方が私達の主人」

 

「九鬼紋白である!」

 

 なんともインパクトの強い三人だなとアルは思った。

 

 九鬼といえば世界に名を轟かせる有名企業。その従者と主人様とはなかなかの珍客がやってきたなと、アルは内心驚いていた。

 

 しかもこの白髪の老執事、クラウディオと名乗った彼もかなりの実力者であることに違いなく、ヒュームと呼ばれた金髪の老執事と雰囲気が全然違うが戦うとなれば苦戦は免れないだろう。

 

「俺はアル・シュバルツ。一応こちらも名乗ってはみたが、その必要はなさそうだな」

 

「ええ、我々は貴方のことを存じています。というのもここへ来た目的が貴方なので当然のことですが」

 

「...よくここがわかったな」

 

「簡単なことです。我々には独自の情報網がありますので、それを使えば造作もないこと」

 

「貴様程度、捕捉できない俺達ではない」

 

 その言葉だけで九鬼という組織がどれだけ優れているのかが伺える。

 

「それで、今回はどういったご用件で?」

 

 アルの質問に対し九鬼紋白と名乗った女の子が一歩前に出た。

 

「うむ!単刀直入に言おう。アル・シュバルツ、九鬼で働かないか?」

 

「...理由を聞いても?」

 

「当然説明する。アル・シュバルツよ。お前はもう死んだ扱いになっている。つまり自由だ。だが我はお前の才能、知識、能力、そして人柄を捨て置くことを惜しいと思った!故に勧誘しに来た!」

 

「ちょっと待ってくれ...俺は死んだことになっているのか?」

 

「ん?知らなかったのか?お前はドイツ軍で正式に戦死扱いになっているぞ」

 

 ドイツ軍?戦死扱い?ますます意味がわからないアル。

 

「紋様、どうやら彼にも何か事情があるご様子です」

 

「そうか。出来ればそれを知っておきたいな。アルよ、話してくれないか?」

 

 どうやら事情を知っている彼女達にアルは包み隠さず自身の現状について話聞かせた。

 

「なんと!そうだったのか!」

 

「記憶喪失ですか。厄介なことです」

 

「軟弱な赤子らしいことだ」

 

 三者三様の感想だな、とアルは思った。

 

「決めたぞ!アルよ、我はお前が記憶を取り戻すためならなんだって手伝ってやる!」

 

「初対面の相手にそこまでするか?」

 

「こう見えて我は人を見る目はある!それにこの村の者達がお前を慕っていることは見ていればわかる。そんなお前が悪人だとは到底思えぬ。だから信用した!そして力になりたいと思ったのだ!」

 

 明快で豪胆、至極単純な理由だった。

 

 アルは納得した。何故二人の老執事がこの小さな女の子を主人と仰ぐのか。

 

 少女の目は酷く真っ直ぐだ。それが当然だと、信じて疑わない光溢れるものだった。それだけでアルは少女の心根がとても大らかで人の上に立ちうるに相応しい度量を持った存在なのだと理解した。きっと、これをカリスマと呼ぶのだろう、と。

 

(眩しいな、とても...)

 

 紋白が放つカリスマに当てられていると、アルが紋白の提案に渋っていると勘違いしクラウディオは代案を立てた。

 

「では、こういうのはどうでしょう?アル・シュバルツをしばらく九鬼で客人として迎え、その間記憶を取り戻す手助けをする。それと同時に我々の職場を見学していただく、というのは?」

 

「うむ!よい提案だクラウディオ!どうだアル」

 

「その申し出はありがたいが現状俺はここを離れるわけにはいかない」

 

「フフッ、そのことでしたら問題ありません。すでに紛争の元は断っています。それにここには新たに九鬼の支部が立ちますので、治安維持および他の勢力からの武力介入など許しませんのでご安心を」

 

 クラウディオの言葉を聞いていた村民全員が歓喜の声をあげだす。

 

(参ったな...)

 

 アルの不安要素を、交渉が始まる前に取り除いていた見事な手腕。流石にこれ以上言い逃れようとするのは彼らに無礼というものか、とアルは大人しく降参した。

 

「わかった。そこまでしてくれたんだ。そちらの提案を受けよう...本当にありがとう」

 

 アルは深々と頭を下げた。

 

「うむ!これで交渉成立だな」

 

「いいえ、まだです」

 

 そこで待ったをかけたのはヒュームだった。

 

「ヒューム、他に何かあるのか?」

 

「はい。まだ、奴の実力が如何程のものか見ていません」

 

「それはそうだが...すでにヒュームはアルの実力を認めていたではないか?」

 

「それは奴が()()()()()頃の話です。ですが、今のアル・シュバルツは違います」

 

 ヒュームの鋭い眼光がアルの左腕をたしかに捉えていた。

 

 見抜かれていると分かったアルは、誰かに言われたわけでもないが服の袖で隠れていた左腕の義手を露わにした。

 

「義手...報告にもあった通りであるな」

 

「それだけではありません。貴様、左足も持っていかれたな?」

 

「...お察しの通りだ」

 

「左足もか!」

 

「.....」

 

 アルは左足の義足も紋白とクラウディオに見せた。無骨なデザインの義足を目にし、流石に驚いた様子の紋白。クラウディオは気づいていたらしい。

 

 紋白が知らないところを見ると報告されていたのは左腕のことだけのようだ。

 

「こんなガラクタを仕込んでいる相手に温情をかける必要はありません。当初の予定通り、アル・シュバルツは九鬼で働かせるべきです...強引にでも」

 

 途端、ヒュームから闘気が溢れ出る。その矛先は当然アル。その闘気に当てられたわけではないが、アルは口を開いた。

 

「強引に、ときたか。随分とまあ...舐められたものだな」

 

 アルも闘気を解放し、それをヒュームにぶつける。その闘気を浴びてヒュームの顔がより険しくなる。

 

「...貴様如き赤子がこの俺に闘気をぶつけるか。マシな赤子と聞いて図に乗ったか?実力差がわからないようなら、所詮貴様も赤子よ」

 

「勘違いするなよ。俺はただその汚い口を閉じてやりたいだけだ...さっき、これをガラクタと言ったな?」

 

「それが何だと言う」

 

「これは恩人達のおかげで作ることができた俺の大切な手足だ。貴様のような躾の悪い不良執事に、ガラクタ呼ばわりされる筋合いはない!」

 

 おそらくリリィ達すら見たことがないであろう、アルが本気で怒っている姿。激昂するわけでもなく、腹の中から煮えたぎる怒気を静かに抑えながらそれを全身に流れる血のように力として巡らせる。

 

 まるで湯気のように立ち込め、アルの全身から溢れる闘気は触るものを火傷させそうなほどの熱を帯びていた。

 

 僅かにヒュームの口角が上がった気がした。

 

「俺の発言を訂正させたいなら、それに見合った力で示してみろ」

 

 一触即発。

 

 アルもヒュームも、やる気満々のようでどんどん闘志を燃やしていく。

 

「むぅ〜、これは...」

 

「ええ、お互い引けないご様子。ならいっそのこと戦わせてみましょう。それに彼の実力がどれ程のものか見ておくのも良いでしょうし」

 

「う〜ん...そうだな。クラウじいの言う通りだ」

 

「それに私も彼の実力はとても気になります...(とてつもない闘気ですね。まさか壁を越えていたとは)」

 

 穏やかに主人に微笑みながらも、クラウディオは内心アルの底知れない強さに軽く驚いていた。

 

「おい、場所を移すぞ」

 

「いいだろう。ここじゃあ、とても戦えない」

 

 二人は意外に冷静だった。今すぐ戦闘開始しそうな雰囲気ながらも村民や建物に被害が出ないよう考えていた。

 

 四人は場所を移し、村から出た荒野にいた。

 

 そしてアルとヒュームは数メートル距離をとって対峙していた。それを離れたところから見守る紋白とクラウディオ。

 

「俺が勝ったら九鬼で働け。お前が勝てば先程の発言訂正してやる。それでいいだろう?」

 

「ああ、かまわない」

 

「僭越ながら(わたくし)が審判を務めさせていただきます。勝敗はどちらかが負けを認めるか戦闘続行不能と判断するまでとします。もちろん殺しは無しです。お二人共、よろしいですね?」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 クラウディオの言葉に簡単な返事を返す両者。

 

「それでは、はじめ!」

 

 クラウディオの開始の合図が二人の耳に届く。

 

 アルが動き出そうとしたその時、村の方から地面が揺れるほどの大きな爆発音が聞こえてきた。

 

 咄嗟に紋白を庇うクラウディオ。

 

「一体どうしたのだ!」

 

 紋白の声がこの場に響くが、それを聴き終えるより前にアルは村の、爆発が起きた場所へと一目散に駆けていた。呼び止めようとした紋白だったがすでにアルの姿はない。

 

 アルの頭の中にはこの地で出会い親切にしてくれた村の住人達の顔が次々と浮かんでいた。

 

(無事でいてくれ...!!)

 

 より一層の力を両足に込める。そしてアルが移動して生まれた彼の残像には、金色の残滓のような光が僅かに見え隠れしていた。

 

 




 お疲れ様です。やっと今週の仕事が終わりました。短いようで長い平日がわりと体にこたえている今日この頃の投稿主です(汗)

 さて、いかがだったでしょうか?まさかのシェイラちゃん登場と、最強執事二人組に紋様の三点セットのお届けの回でした。わりとこの四人気に入ってるんですよ自分。これからも主人公と絡めていくつもりなので彼らの今後の活躍がどうなっていくのか見守っていただけると幸いです。

 意見、感想、誤字脱字がありましたら遠慮なく言ってください。

 それでは、良い土日を。
 


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第八話 金獅子−バンシィ・ノルン−

 

「何が、起きてるんだ...これ...」

 

 爆心地に一目散で駆けつけたアルが目にしたのは、先程までアル達がいた村の広間が酷く荒れ果て、いくつもの家屋が炎の中で燃え盛り、爆発に巻き込まれたであろう村人が死屍累々と横たわる光景だった。

 

 ほんの数分のうちに変わってしまった村。

 

 あれほど紛争終結を喜んでいた顔馴染みの村人達の変わり果てた姿にアルの心は今にも壊れそうなほどの()()を感じた。

 

「くッ......他のみんなはどこだ...」

 

 痛みに耐えながら、アルはこの場にいない者達の気を探った。

 

 すると村の端に複数の気を感じ取った。その中には今にも消え入りそうな弱々しい気が幾つもあった。

 

 アルは反射的に奥義のデストロイ・モードを発動させ一秒でも早くその場に辿り着く為駆け出した。

 

 その場に辿り着くのに五秒もかからないだろう。だが、その五秒が永遠にも感じるほど間伸びしたように感じる中、また一つ、一つと命の灯火が消え散るのを感じ取り、アルは心臓を締め付けるような痛みに襲われた。

 

 痛みに耐えながら駆けるアルは、やっと目的の場所をその目で捉えた。

 

 そこには()()()()()()()()を構えた複数の兵士と、それに囲まれている村人達がいた。

 

 その村人達の中には生まれたての赤子や一緒に遊んだ顔馴染みの子供達、村長と一緒に子供達を庇うように体を丸めた大人達がいた。怯えた様子の子供達に必死で兵士に何かを懇願する傷だらけの村長。そしてそんなものなど歯牙にも掛けないという様子の兵士達は呆気なく引き金を引いた。

 

(ッ!!間に合わない!!)

 

 ここからでは、どうあっても一秒はかかる。

 

 その一秒後には彼らは蜂の巣にされ、息絶える。それを想像するだけでアルの心は今にも引き裂かれそうな気持ちになった。

 

(絶対になんとかする!!)

 

 そんな、願いにも似たアルの悲痛な叫び声、たった一秒という時間の中、アルは確かに感じた。

 

 気がつくと先程も感じた間伸びするような時の流れの中にアルは居た。

 

 その時の流れが遅い中で、アルの体が自身の願いに応えるように全身に力を巡らせていく。

 

 その力はアルの全身から溢れる気を黄金の光のように放ち、そこからこぼれた落ちた欠片なような光をアルは置き去りにした。

 

 光を放つアル。

 

 その瞬間、世界中の強者達に激震が走った。

 

 俗に言う壁を越えた強さを手にしている者達は確かに感じ取ったのだ。

 

 世界にまた一人、壁を越えその先の壁すら超えた存在が誕生したことを。

 

 そしてその存在が今もまだ、更なる可能性を秘めた眠れる獣であることを。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 年端も行かないその少年は大粒の涙をその目に浮かべながらも、銃を構えている大人達を睨みつけていた。

 

 少年を庇うようにその大人達に背を向ける形で抱きしめる少年の両親。

 

 何故こんなことになったのかなんて少年にはわかるはずもなく、気がつけば多くの村人達が倒れ、残ったのはここにいる者達だけだった。

 

 だが、銃を突きつけられ抵抗しないと言った村の大人達を彼らは何の躊躇いもなく撃ち殺した。

 

 わけがわからなかった。

 

 さっきまで楽しくお喋りをしていたはずの村人が一人、また一人とまるで糸が切れた人形のように崩れ去る。

 

「頼む!!せめて子供達だけでも見逃してくれー!」

 

 村長が必死の形相で銃を構える大人達にせがむがそれを何が可笑しいのか嬉々として暴行を加えている兵士達。村長は身体中を痛めつけられ顔も青く腫れ上がっており、そこいた村人全員が顔を晒したくなる思いだった。

 

「村長をいじめるなー!」

 

 他の子供が涙ながらに声を大にして叫ぶがそれでもやめてくれない。

 

「お願い、ゴフッ...しま、す....子供達、グハッ...だ、けでもぉ...!」

 

「お前うぜぇな。はあ、もういいよ。さっさと死ね」

 

「ッ!」

 

 銃口が村長に向けられた。

 

 それを合図とばかりに他の奴らも照準を村人達に合わせた。同様に少年にもそれは向けられた。

 

 よく考えればほんの一ヶ月前もこんな思いをしていた。

 

 日々激しくなる争いの中、自分達が必死で生きていくために泥に塗れながら食い物を漁っては見知らぬ大人達に痛めつけられる毎日。

 

 自分達に救いの手なんて誰一人差し出さない。何故生まれてきてしまったのか呪いたくなる異常な日常で、明日もまた絶望が待っていると思っていた。

 

 そんなある日、彼は現れた。

 

 それは絶望の中、唐突に現れた唯一の希望だった。

 

 彼は有無を言わさぬ力で争いを止め、生きるための知識と技術を与えてくれた皆の光だった。

 

 そんな彼は言っていた。

 

『どんな絶望の中にも希望は生まれる』

 

 彼こそがまさにそれだと少年は思った。

 

 優しくて、強くて、かっこよくて。

 

 彼を中心に村に元気と勇気、そして笑顔を与えてくれた。

 

 そんな彼が言った言葉を少年は信じたい。

 

 彼がこの村の人々に見せてきた“諦めない姿”は何度もこの村を変えた。環境も、暮らしも、心も。その日々こそ絶望から見出した(かす)かな希望を掴み取り、明日に繋いでゆく人間の営み。

 

 その日々で培った心の強さは少年の瞳に力を宿らせた。

 

 真っ直ぐ自分に向けられた銃口を少年は力強く睨みつける。

 

(兄ちゃん、おれも諦めないよっ!)

 

 しかし少年の決意など無駄だと言うようにあっさりと奴らはその引き金を引いた。複数に重なり鳴り響く発砲音。一秒もかからない内に、ここに居る最後の村人達は肉塊へと成り果てらだろうと誰もが予想した。

 

 だが、そんな未来は訪れなかった。

 

 不思議そうに閉じていた目を開けて確認しようとする村人達の中、少年は歓喜の声を上げた。

 

「兄ちゃん!」

 

 少年の目に映っているのは光だった。金色の輝きを迸られせる黒い肌と赤い瞳をした精悍な青年。何故か髪の色が金色に変わっていたがそんな変化は些細なこと。

 

 村人達も次々と彼の名を呼び涙を流す。名前を呼ばれた青年の表情は険しく、とても悲しそうでもあったがすぐに気持ちを切り替えたようでその鋭く力強い眼力で奴らを射抜いた。

 

 一層輝きを増す金色の光は背後で見守る村人達を優しく包み込む。

 

 少年の目は輝いていた。

 

 まるでヒーローに憧れる子供のように。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 同時刻頃、ドイツのリューベックにあるフリードリヒ邸の敷地内でリザとテルマの二人は臨戦体制をとっていた。

 

「本当に侵入者が入ったのかよ?」

 

「分からんが感知システムは反応している。それも地下工房の奥の扉の、だ」

 

 鋼鉄の鎧を着込んだテルマが怒りを抑えながら言葉を発する。だが、リザは不思議そうに訝しんでいた。

 

 何故二人がこんな話をしているかと言うと、ほんの数分前にテルマが所持する地下工房の監視システムの端末がけたたましいアラームを鳴り響かせた。

 

 それは地下工房に侵入者もしくは異常を知らせるもので、それを聞いた二人はすぐに戦闘準備を済ませ邸宅の敷地内にある地下工房の入り口の前にやってきた。

 

 現在、クリスはすでに日本の川神学園に留学しており、それを追うようにマルギッテも学園に編入。フィーネ、ジーク、コジマは国外で別の任務に当たっており、邸宅の所有者であるフランクも今はいない。

 

 リザは賭け事に給料を全部突っ込んだため今はフランクの家でお世話になっており、たまたまテルマと居合わせたタイミングで事が起きた。

 

「とりあえず中に入ろうぜテル」

 

「警戒を怠るなよリザ」

 

「誰に言ってる」

 

 重たい鉄の扉をスライドさせ、地下工房に続く階段を降りていく二人。

 

 その途中で侵入が潜り込んだ形跡などを探してみるが全く見当たらない。

 

 そして第二の扉も開け放ち、あっという間に地下工房に到着した。

 

「電気をつけるぞ」

 

「ああ」

 

 スイッチを弾く音がすると工房内に明かりがつく。そしてそれを見つけた。

 

「おいおいおい、なんだよあれ!」

 

 リザが驚愕の声を上げた。

 

 その原因は地下工房第三の扉、保管庫を守る鉄壁の扉がボコボコになっていたのだ。それも保管庫の中から。

 

「あの分厚い鋼鉄の扉をここまで歪ませるかッ!おのれ!」

 

「待て待て、ちょっとおかしくないか?」

 

「何がだ!」

 

「冷静になれってテル。そんなんじゃ足元すくわれるぞ?」

 

「...すまんリザ、頭に血が昇って少しリザに当たってしまった。すまない」

 

「気にするなって」

 

「それでリザ、おかしいってあの扉の歪みのことか?」

 

「ああ。だってあれ、明らかに中からこじ開けようとした跡じゃん。保管庫はまず別ルートでの侵入なんて不可能だ。私だって無理だっつうのに、そんなことできる奴なんて透明人間ぐらいだぜ?」

 

「だが仮に侵入者が透明人間、ないしはそれに近い能力を持っているならわざわざ扉をこじ開けようとしない」

 

「そういうこと。もしスパイがいたとしても、こーんな馬鹿みたいにボコボコ扉を叩いて脱出しようとする奴なんて普通いないだろ?」

 

 リザは後ろのボコボコにされた扉を指差してそう言った。

 

「確かにそうだな。では一体...」

 

「それはわからない。けどひとつだけ確かなのは.....異常だって事だ。一応聞くけど、こん中にロボットとかいないよな?」

 

「あいにく私にそういう物を作る趣味はない」

 

「それは良かったぜ。もしテルの鎧みたいなのが居て暴走なんてしてたら、たまったもんじゃないからな」

 

「それは暗に私のことも手に負えない奴だと言いたいのか?」

 

「まっさか〜」

 

 テルマの鎧の頭部にあるモノアイがじとーっとリザを見たような気がしたリザは笑い声混じりにそんなことないと手のひらを振って返す。まあ怒ったら手がつけられないけど、と内心補足をしたリザだった。

 

「さぁ〜て、開けますかー」

 

「ふむ、何が起こるかわからない。さしずめパンドラの箱と言った感じだな」

 

「怖いこと言うなよ。開けた瞬間爆発とかシャレにならない絶望とかやめてくれよ?」

 

「.......開けるぞ」

 

「なんだよ今の間!?自分だけ鎧着てるからって余裕かよぉ!」

 

 テルマがキーカードを扉の横の端末に差し込むと、ピッと電子音を出し扉が開いていくが途中で詰まった。ボコボコに歪んでいるせいで開きが悪くなっていた。なのでテルマは力づくで扉をこじ開けるた。

 

 そこにあったものに二人は驚愕した。

 

「なッ!?」

 

「た、盾が浮いてる?!」

 

 保管庫に置かれていたアル専用の新武装である大楯がひとりで宙を浮いていたのだ。

 

 それも元々備え付けられていた変形機構を駆動させ収まっていたフレームを展開し元の大きさよりひと回り大きくなり、内部から漏れ出ているであろう金色の光が大楯のフレームや繋ぎ目から迸っていた。

 

 その大楯は宙に浮きながら、まるで二人を見守るように佇んでいた。

 

(なんだ?...まるで...)

 

 そう心の内で呟き次に表現すべき言葉を探していたリザと呆然とその大楯を見上げるテルマだったが、大楯が動いた。

 

 備え付けられていたジェットバーニアを稼働させ、一直線で保管庫から飛び出し外に出て行こうとした。

 

「待て!待ってくれ!!私を置いていかないでくれーッ!!」

 

 テルマが叫ぶ。それはあの時彼に言いたかった言葉、今も彼を一人で行かせたことを後悔している気持ちを悲痛なほど伝えてくるものだった。

 

 だがその叫びは届かない。

 

 あっという間に大楯は地下工房を抜け出していった。

 

 力無く膝から崩れ落ちるテルマの鎧から、テルマ本人が鎧を脱ぎ捨て飛び出てきたがその表情はとても辛そうで今にも泣き出しそうなほどだった。

 

「テル、あれを追えないのか...?」

 

「無理よ、あの盾にGPS機能はないわ。それに、今から追ってもあのスピードじゃとても追いつかない」

 

「だよな...あれ、どこに行ったと思う?」

 

「知らないわよ!そんなの...!」

 

「そうじゃないって。あれってさ、アルの気が込められてるんだろ?」

 

「...ええ、そうよ」

 

「俺思ったんだよ。あの盾になんつーか意思?みたいものがあるんじゃないかって」

 

「意思...?」

 

「そう。つまりさ、あれに気を込めたアルと飛んでったアルの盾。それってもしかして何かしらの意思で繋がってるんじゃないのか?」

 

「ッ!?...それって、つまり...!」

 

「ああ!アルが生きてる可能性があるってことだよ。まあ、直感みたいなものだけど」

 

 テルマは思い出した。以前、あの盾を作っていた時アルが言っていた言葉。

 

『どんな絶望の中にも必ず希望は生まれる』

 

 テルマにとっての絶望とは彼が二度と帰ってこないこと。だが、今さっきその絶望の中からふっと湧いて出た希望。

 

(もしその先に彼が帰ってくる未来があるなら...!)

 

 テルマはパシンッと自分の頬を叩き喝を入れた。

 

「リザ、やって欲しい事があるの!」

 

「おうとも、引き受けた」

 

「まだ何も言ってないわよ?」

 

「いんや言ってるぜテルの顔が。探すんだろ、あいつを」

 

「ええ。軍上層部は彼を探す事は禁止したけど、盾を探すことは禁止にしてないわ」

 

「いいね!そういう屁理屈、嫌いじゃないぜ!」

 

 光は見えた。あとはそれを辿るだけ。

 

 二人の瞳に力強い光が宿った。

 

 それは奇しくも、どんな時でも諦めない彼のような強い眼差しと似たものだった。

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 間一髪のところで銃撃を防ぎ、村人達を守ったアルだったが現状あまり良くなかった。

 

 以前から感じていたデストロイ・モードの可能性を引き出したのは良かったが、急激なパワーアップと爆発的に膨れ上がった気を受け止めきれず義手と義足が悲鳴を上げていた。

 

 いつ壊れてもおかしくない。その上敵の銃撃は未だに止む事なく、アルは今もその全てを金色の光の壁で防いでいた。

 

(このままではジリ貧た...)

 

 せめて村人達を安全なところに避難させるか、一瞬でもこの銃撃から村人達を守ってくれる存在がなければこの状況を打開するのは難しいと感じていた。

 

 その時だった。

 

 アルは何かが迫っていることを感じ取り、それを目視で捉えるため上空を見上げた。すると、降ってきたのは黒い大楯だった。それも今のアルと同じ金色の光を迸らせ、光の壁で銃弾を防ぎながらアルの前に着陸した。

 

(この盾は...!?)

 

 盾の内側にある持ち手を握り持ち上げると、その重量と硬度、さらにはこの盾で何ができるのかが手に取るようにわかった。

 

 それと同時にまた頭にノイズが走り、誰かの声が頭の中で響く。凛としていながら可愛らしい女性の声。何を言っているのか聞き分けられないがアルは自然と口角が上がった。

 

 そして理解した。この盾がある以上もう大丈夫だと。

 

 アルは盾を地面に立て、敵めがけて全力で駆けた。

 

「こいつッ!!」

 

 兵士の一人がアルに銃弾を浴びせようとするが、それを回避し兵士に肉薄。そして右拳を力一杯打ち込み兵士の顔面にクリーンヒット。顔面を抉りながら完全に骨を砕きそのまま地面にバウンドさせる。背後の兵士にも顔面に後ろ蹴りを浴びせ、勢いで飛んでいかないように蹴った足の爪先部分で相手の頸を抑え込みながら思いっきり地面に叩きつけた。

 

 痛みであがるはずの声も出させないほどの圧倒的速度と力と技術。もはや残った兵士達に対抗する術などなく、せめて一矢報いようと村人達の方に引き金を引いた。

 

 だがそれをあの黒い大楯が阻む。

 

 ひとりでに動いたかと思えば、それは宙に浮き佇んでいた。

 

 さらに村人達めがけてロケットランチャーを撃ち込むが爆炎すら弾く盾が展開する鉄壁の光の壁。

 

 アルはそれを確認し、さらに兵士達を蹂躙し一瞬にしてその場を鎮圧してみせた。

 

 終わってみれば呆気なく感じるアルだったが、その実アルが繰り広げた戦いは圧倒的なもので村人達の目にはただ金色の光が残像を残し高速で敵を悉く壊していったようにし見えなかった。そして高速の戦闘の最中、アルが超人的な身体技能を駆使していたことを知るのは、それを獰猛な笑みで遠くから眺めていた不良執事と紳士的な最優の執事の二人だけだった。

 

 事が終わったことを確認し大喜びの村人達は泣きながらアルに感謝の言葉を口々にする。

 

 だがアルの心は晴れない。あまりにも多くの村人が死んでいった。それを思うと悔しさと申し訳なさで表情を暗くしてしまう。

 

「アルさん、気にしないでください...」

 

「...村長」

 

 ボロボロの村長が村の大人に介抱されながらアルの元にやってきた。

 

「たしかに大勢の仲間達が亡くなりました。でもそれをあなたが悔やむ必要はありません。私たちは何度もあなたに救われてきました。感謝こそすれど、あなたを恨むものなんてこの村には一人も居ません。それは亡くなった仲間達も同じです...だからどうか、自分を責めないでください」

 

「...村長、ありがとう」

 

「何を言いますか、お礼をするのはこちらの方です。本当にありがとうございます」

 

 村長が頭を下げたと同時に他の村人達全員が大人から子供までもが頭を下げた。

 

 その様子に困惑するアルは、頭を上げるようみんなに催促した。

 

「...とりあえず、みんなを弔おう」

 

「そうですね...生き残ったことを喜ぶのはその後でも遅くはありません」

 

 その後、生き残った者たちで亡くなった村の人達を村の広場の一箇所にまとめ丁重に火葬し弔った。

 

 遺体は骨まで焼かれ、遺灰となって風で空に巻き上げられる。  

 

 すでに日は落ち空は満点の星空を描いていた。その星空の下で村人達は華やかに宴会を開き死者の魂があの世で寂しくないようにという願いが込められた立派な催しなのだそうだ。

 

 村人達は火葬場の火を囲い、その周りで騒ぎ立て、亡くなった者達への手向として笑顔で明日のことを話し合って送り出す。

 

「落ち着いたようであるな」

 

「...紋白か」

 

 村長と一緒にアルが呑んでいると声かけられ、振り向くと紋白とヒューム、クラウディオの三人が立っていた。

 

 戦闘が集結してすぐヒュームとクラウディオは九鬼の人員を集め、遺体回収から戦闘不能の敵兵士達を拘束してくれた。彼らがいなければ未だに事は済んでなかったかもしれない。

 

「お前も酒を飲んでいたのか?」

 

「ああ。亡くなった彼らを送り出すのにしみったれた顔はできないからな」

 

「そうだな......今回の件、九鬼の責任だ。紛争を終結させておきながらその後の後処理がおそろかだった。民を守るものとして情けない限りだ。本当にすまなかった!」

 

 紋白が頭を下げる。それに追随してヒュームとクラウディアも頭を下げた。

 

 それを見て村長がわなわなとしているが、アルが口を開いた。

 

「顔を上げてくれ...あんた達九鬼の責任じゃない。それにそんな事、俺も村長も、この村のみんな望んじゃいない」

 

「しかし!紛争の主犯を取り押さえていながらその部下達の暴走を止める事ができなかった!」

 

「人の心はそう簡単に御せられものじゃない。怒りも、哀しみも、喜びも、恨みも後悔も、全て自分の中で生み落とされるものだ。それを縛り付けて制御しようと言うなら...それは人として死んだも同然だ」

 

「......でも」

 

「お前の言いたい事はわかる。あの時こうしていれば、もしあの時そうしていれば、と何度も思った。今だってそうさ、後悔ばかりだよ」

 

 そう語るアルの表情は穏やかで哀しそうにも見える。そんなアルを見守る村長も思う事があるのかアルと同じような顔をしていた。

 

「けどな、人はそうやって強くなる。後悔した分だけ人の心は強くなるんだ。例え辛くても苦しくても、生きてるうちは明日がある。それを乗り越え、心に刻みつけ、明日に活かすために前を向き、二度と同じ結果を招かないようにする。死んでいった者達の無念や痛みも背負ってな。じゃないと死んでいった者達がいつまで経っても報われない...」

 

 紋白はアルの言葉を真摯に受け止め、長い沈黙の後次の質問を問うた。

 

「...お前は、奴らを許せるか?」  

 

 紋白のいう奴らとは当然あの兵士達だろう。

 

「許せないな。だからこそ全力で戦った。その結果相手の命を奪ったとしても後悔はない。まあ、奴らに奪われる覚悟があったかどうかは知らないがな。それに、大切なものを奪われてそれを何事もなかったかのように綺麗に忘れ去ることなど、俺は絶対にしない.....といっても今の俺は記憶喪失だから大して説得力はないか」

 

 流石に話が長い上に重いのはどうかと考えたらしく、アルはほんのり冗談を混ぜたがあんまり効果はなかった。

 

 ヒュームとクラウディオも今は静かに俺と紋白の会話を聞いているが、一体何を考えているのだろうか?と酒を呑みながら考えていると、紋白がまた口を開いた。

 

「...我は...どうしたらいいと思う?」

 

「ん?それは“今どうすればいいか?”ということか?」

 

「そう、だな.....う、うむ、そういう意味だ」

 

 どうやら彼女にもまだ何か思うところがあるのだろう。

 

 それはきっと彼女にしかわからない心の内に秘めた何かなのだろう。

 

「なら、亡くなった者達を送り出してやってくれ。彼らのように、な」

 

 アルの視線の先には今も楽しく騒ぐ村人達がいた。アルの視線を追って紋白もそれを目にした。火を囲み、踊りあって、酒を煽り、笑い合いながら明日の展望を話し合う。それが紋白には強く生きようとする人の輝きのように見えた。

 

「そうであるな。お前の言う通り、しみったれた顔は不似合いであるな!」

 

 出会った時の紋白に少しだが戻った気がする。

 

 それを見てアルは顔を少しだけ綻ばせ、紋白の頭を撫でた。

 

「フニャッ!」

 

「お前は少し頑張りすぎみたいだから、働きだしたら世話が焼けそうだな」

 

 ワシャワシャと紋白の頭を撫で回すアル。その頭を撫でる手はとても大きくて温かいためか、紋白は最初こそ驚いたが今は素直に受け入れていた。

 

「む?ちょっと待て。今働き出したら、といったか?」

 

「ああ、言ったぞ。流石に本契約となると話は変わるがあくまで仮契約、アルバイトってことなら雇われることに問題はない」

 

「いいのか?」

 

「いいも悪いも、そっちから勧誘しにきたんだろ?それにこの村が今後どうなるのかも知りたいし、記憶だって取り戻したい。なら、お金も稼げて情報も多少融通してくれそうなポジションの方がいいに決まってるだろ?これからよろしく頼みますね、紋様」

 

「〜〜ッ、うむ!よろしく頼むぞアル!!」

 

 よっぽど嬉しかったのか紋白の顔がパァーッと笑顔で華やいだ。その笑顔は万人の心を掴むほどのいい笑顔だった。

 

「フハハ!聞いていたか二人共!優秀な人材を仮契約とは言え確保したぞ!」

 

「おめでとうございます紋様」

 

「紋様なら当然の結果です。赤子よ、仮契約とはいえ働くとなれば厳しく指導してやるから覚悟しておけ」

 

「なら、ありがたく学ばせてもらおうか.....あんた、あの時わざと俺を挑発してこういう結果になるよう仕向けていたな?」

 

「フン、さあな」

 

 ヒュームはシラを切ったが真実なのだろう。

 

 出会って早々に戦おうとしていたが、おそらくヒュームはアルの実力を紋白の前で再確認させたかったのだろう。そして少しでも紋白を喜ばせようとあんな賭けにでた。まあ、本人は負ける気なんてさらさら無かっただろうし、若干好奇心が混じっていたようにも見えたがこの老執事がただ己の欲求を満たすためだけに主人の意に背くようなことはない、と改めて事を振り返り確信した。

 

(ほんと、とんだ食わせ者だよあんた)

 

「ところで一つお聞きしたいのですが?」

 

 クラウディオがアルに尋ねてきた。

 

「なんですか?」

 

「何故、ドイツ軍に戻ろうとは思わないのですか?お会いした時、貴方がドイツ軍の者だと知ったはずです」

 

「....俺は、軍人が嫌いなんだよ」

 

「そうだったのか?」

 

「ああ、むしろなんで俺が軍人としてドイツで働いていたのか知りたいぐらいだ」

 

 アル自身、自分がドイツ軍人だったことはここ最近で一番の驚きだった。

 

 何せ、アルは軍人にいい思い出がない。おそらく傭兵時代後に何かあったのだろうが今のアルの気持ち的にいい感情は湧かない。

 

「なるほど。実は私達九鬼の本社は日本の川神にあるのですが、そこにはドイツ軍人とそれに関係のある人物がいるのです。貴方の記憶を取り戻すキッカケになるとは思いますが、すでに貴方は戦死扱いの身。どうされますか?」

 

「そうだな.....」

 

 記憶は取り戻したい。だが、顔を合わせて早々に軍に戻れなんて言われるのは真っ平御免だ。出来れば正体を隠したままで、その相手がどういう人物か探りつつ記憶を取り戻したい。だが、そんな都合のいい方法など

 

「ありますよ?」

 

「心が読めるのか、あんた」

 

「いいえ、貴方の顔を見れば大体想像がつきます。簡単なことですよ」

 

 それを簡単なことだと済ませないでほしいと思ったアル。やっぱりこの人物も油断ならない相手だと再認識した。

 

「それでクラはどうするつもりなのだ?」

 

「はい。アル殿はあまりその者達に顔を見られたくないご様子ですので、顔を隠し、正体を偽ってしまえばいいのです。好都合なことに今のアル殿の髪色は以前と異なります。染めたようにも見えないので充分通用するかと」

 

 今のアルの髪色は黒髪に金髪のメッシュが入ったような色合いになっていた。兵士達との戦闘中、デストロイ・モードを使用していたため髪全体が金色だったが、戦闘後デストロイ・モードを解くとこうなっていたのだ。きっと何かしらの影響が自分の体にあったのだろうと楽観視するアル。

 

「フハハ、なるほど。仮面を被り名前を偽って川神で過ごすということだな?」

 

「それで大丈夫なのか?」

 

「はい。問題ありません」

 

「九鬼にかかればそんなもの些末なことだ。赤子は心配せずとも良い」

 

「では仮面を後程用意するとしまして、まずは名前を決めなくては」

 

「なら、雇い主である紋様につけて頂こうかな」

 

「ほお。赤子にしてはいい提案だ、褒めてやるぞ」

 

「いらない」

 

「今のうちに口の利き方を教え込む必要がありそうだな...」

 

 アルの軽口にヒュームが眉間に皺を寄せ険しい表情になりながら指に力を込め始めた。アルはそれをサラッと無視して紋白の言葉を待つ。

 

「むむ!我か〜」

 

 紋白はまさか自分が名付けをするとは思っていなかったらしく、頭を精一杯捻り考えてくれている。

 

 数秒後、紋白はハッ!となり、自信満々にフハハッと高笑いをした。どうやらいい名前が閃いたらしい。

 

 そしてアルに一歩近づいた。

 

「決めたぞ!今日からお前はバンシィ!“バンシィ・ノルン”だ!」

 

 “バンシィ・ノルン”それは戦場を駆けていた傭兵時代の通り名だ。

 

「実はな、この名前を聞いた時からずーっと思っていたのだ。かっこいい名前だ!と」

 

「そんな理由で?つけてもらって悪いけど、この名前戦場ではかなり有名だぞ?」

 

「フハハッ!もちろんそれはわかっている!だが戦場の通り名は案外誰かと被ったらする物だ。それにアル・シュバルツはすでに戦死したことを公で発表されている。なら新しく誰かが名乗っても良かろう。故にそう名付けた!それともう一つ、我からお前に送りたい名がある」

 

「送りたい名?」

 

「うむ!遠くからであったがお前のあの金色の光を見た。稲妻の光とも違う力強い希望の光だ。だからこう名付けたい。“金獅子”バンシィ・ノルンと。どうだ?」

 

「とてもいい名前だと思います!」

 

「金獅子、実にいい響きですな紋様。...赤子、その名に恥じぬ働きをしてみせろ」

 

「ああ、わかっている...謹んでその名を賜ります...改めて、よろしく頼む紋白」

 

 アルもとい、バンシィは紋白の前で(かしず)き、最後に軽くウインクをして見せた。

 

「うむ!よろしく頼む!」

 

 紋白もバンシィに習って可愛らしくウインクをして返した。

 

 そんなお茶目な事をしながら二人は笑みを浮かべ、今日という日を最後まで笑顔で過ごした。

 

 “金獅子”バンシィ・ノルン

 

 それが彼の第二の名前である。

 

 バンシィとは元々嘆きの妖精にちなんで付けられた名だ。死が近い者にそれを叫び声で伝える。戦場で死の運命を告げる悪魔の如く奮戦し、放った弓矢が金切り声のように戦場に轟いていたからこそ彼の二つ名はそう名付けられた。だが、嘆きの妖精にはこんな話もある。簡単に言えば勇敢な者に奇跡を授ける、と。

 

 つまり奇跡をもたらす可能性を秘めた存在でもあるのだ。

 

 明日を望み最後まで足掻く勇敢な者達に希望をもたらした今日の彼のように。

 

 そして、そんな姿を紋白が見たからこそ彼は今日この日より、死の運命を告げる獣の名から、希望の象徴とも言える()()()()()となったのだった。

 

 




 申し訳ありません。いつもよりかなり長くなってしまいました。話を切るよりここで出し切った方がいいかなと思いまして、いざ書いてみたらこんなことになってしまいました。申し訳ないと少しは思ってます。
 もう紋様がヒュームやクラウディオをなんて呼んでいたかなんて覚えていなかったので、呼び方があちこちに飛び回ってしまいました。とりあえず次回からはクラウディオはクラ、ヒュームはヒュームで統一していこうと思います。でもクラウじい呼びとかはけっこう気に入ってるんで多分どっかで使います。
誰がこれいってたっけ?ベン・ケーちゃんあたりかな?
 とりあえず今回はここまでです。いかがでしたか?よければ評価と意見、感想、後日、脱字の報告など気軽にして下さると嬉しいです。それではまた次回お会いしましょう。明日は憂鬱な月曜日、皆さん頑張りましょう。私も頑張ります。では、


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第九話 二人はメイド

 この作品を投稿して初めて前書きを書かせて頂いてます。予想以上に多くの方がこの作品を読んでくださっているとつい最近知り感無量です。
 さて、今回は箸休めみたいな回です。タイトルで色々察する方もいると思いますが、そういうことです。では


 

 アル・シュバルツことバンシィ・ノルンは戦慄を覚えた。

 

「これは....!?」

 

 何故、今バンシィはこんな驚いた声を出しているのか。事の発端は数分前のことだ。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 村人達と九鬼紋白、ヒュームにクラウディオを含めた全員で死者を送る宴会を行った翌日の朝。九鬼は村の復興のために尽力する事を村長と厚く約束を交わし、村長と村の大人の代表者数名で今後の村の方針を九鬼の復興担当と支部建築担当とで話し合いをした。

 

 そしてバンシィは紋白と同行しするため村を出る事を村人全員に話し、別れを惜しむ声があがりつつも最後は感謝の言葉をもらって快く送り出してくれた。紋白、ヒューム、クラウディオについて行きバンシィは九鬼家専用プライベートジェット機に乗り込むとあっという間に日本の川神に九鬼家本社ビルに着いたのだった。

 

 なんとも言えない圧巻の巨大ビル。外も綺麗に整理され、雑草ひとつない広場が広がっていた。ヘリポートからビルの中に入ってみれば床一面に真っ赤な絨毯、高級そうな装飾品に数多の扉。それだけで九鬼の財力が如何程なのかよくわかる。

 

 そしてクラウディオに招かれて入った部屋で()()()起きた。

 

 クラウディオから言われていた仮面選びを最初にすることになり、数点用意された中の一つをクラウディオは微笑みながらバンシィに差し出してきて、今に至る。

 

「いかがですか、バンシィ・ノルン?」

 

「いや...これは〜...」

 

「うむ。なんというか、通常の三倍の速度で移動しそうな仮面だな...」

 

 紋白と同様の感想を持ったバンシィ・ノルン。

 

 クラウディオが数ある仮面の中でバンシィに手渡したのは、目元を赤いフィルターのようなもので覆い、白を基調としたベネチアンマスクのような仮面だった。

 

「とある芸術家が国の依頼でプロパガンダ目的のために制作し、それをモチーフにした物ですが。お気に召しませんか?」

 

「できれば違う物で頼みます。これは色々危ないかと...」

 

 仮面をクラウディオに返却するバンシィ。

 

「困りましたね。これ以外で奇抜な物となるとあまり目を引くものはありませんが」

 

「わざわざ気を(てら)う必要はないだろう。まったく...」

 

「フハハ!クラの冗談は相変わらずパンチが効いてるな!」

 

 呆れたように口角を上げるヒュームに、快活な笑い声をあげる紋白。

 

 わりとクラウディオは真剣(マジ)だった気もするがバンシィは触れないでおこうと密かに思った。

 

「ではこの中から一つお気に召した物をお選びください」

 

「わかりました」

 

 そう言ってバンシィは机に広げられた仮面達を見渡した。

 

 さりげなくクラウディオがさっきの仮面を机に並べたが気にしない。気にしたら負けだ。

 

 そんな事を思いつつも机に置かれた仮面達を物色するバンシィ。

 

 正直どれも彼の琴線に触れるものはなかった。だがここで選ばないという選択をすれば間違いなく「赤子にそんな贅沢をする権利はない」とヒュームの蹴りが飛んでくるな違いない。ならいっそなこと適当に選んでしまおうとバンシィが手を伸ばしかけたその時。

 

 バシィーッン!

 

 勢いよくこの部屋の扉を開く音が響いた。

 

 その犯人は白衣を着たボサボサ頭で眼鏡をかけた男だった。男は部屋の中に入ってきて早々、バンシィに駆け寄りその手を強引に握った。

 

「君がバンシィ・ノルン君だね?!」

 

「あ、ああ...」

 

「教えてほしい!あの盾は一体どうやって作ったのかね?」

 

 盾?ああ、あの盾か。

 

「君が戦っている映像を見させてもらった。盾がひとりでに動いていたのはどういう原理なのかな?電力?いや、あれはそういう類のものじゃないか。あの光の壁もその理由と繋がっているんじゃないかね?それに君の腕と足もそうだ。仕組みは?素材は一体何を使っているのかね?それと...」

 

「こらこら。落ち着きなさい、津軽海経(つがるうみのり)

 

「紋様の前ではしゃぎすぎだ」

 

「あ!これはこれは紋白様、それにヒュームさんにクラウディオさんも。皆さんいらっしゃったんですね」

 

「フハハ!相変わらずのようだな津軽!」

 

 津軽海経(つがるうみのり)と呼ばれた男の怒涛の質問ラッシュにたじろいでいたバンシィだったがようやくそれに解放され、いきなり握られた手も離してくれた。

 

「バンシィよ、この男は津軽海経。九鬼で働く技術者の一人でとある企画を担当する総責任者だ!」

  

「取り乱して申し訳ない。紋白様がご紹介してくださった通り、私は津軽海経。よろしく、バンシィ君」

 

「あ、ああ。よろしく...」

 

 改めて手を握り交わす二人。

 

 一見大人しそうに見える津軽だが、さっきの様子から察するになかなか濃いタイプの人間なのだろうとバンシィは理解した。

 

「それで津軽よ、バンシィに一体どういう要件なのだ?」

 

「はい。紋白様、私に彼の盾を研究させていただきたいのです」

 

 バンシィはあの盾をこのビルに持ってきていた。突然自分の意思に呼応するように現れて、意のままに操ることができてしまった大楯。あの大楯にはバンシィの義手義足と同様に気が練り込まれていた。記憶には無いがあれも自分が作った物なのだろうとなんとなく直感したのだ。だからこそバンシィはあの大楯をこの地に持ってきた。それに、()()()()()()()()()気がしたのだ。

 

「一つ、いいか?津軽海経」

 

「何かな、バンシィ君」

 

「あなたはあの盾を研究してどうしたい?」

 

「それは...」

 

 津軽は考え込んだ。もし兵器開発のためだとか、営利目的のためだとか、僅かでもそんな雰囲気を津軽から感じた時は九鬼から離れようと決め、津軽の言葉を真剣な眼差しで待つバンシィ。

 

「申し訳ない。考えていなかった」

 

「...はぁ?」

 

 津軽の予想外な言葉にバンシィは拍子抜けした。

 

「いや〜、これは私の悪い癖だ。研究をするっていうならその後どうするか決めておくべきだったね。あの盾を見た時に感じた衝撃があまりにも鮮烈だったからつい興奮して先走ってしまった。あっはは」

 

 お恥ずかしい限りだ、と津軽はボサボサの頭を掻きながら若干照れた様子でそう言った。

 

 彼から感じる感情に嘘をついているようには見えない。津軽が本気でそう言っているのだとバンシィは驚きと呆れで言葉が出てこなかった。

 

「驚いたか?あやつはそういうやつなのだ。邪な心など一切なく、研究熱心というより研究一途な九鬼が誇る天才なのだ」

 

「天才だなんて私にはもったいないお言葉ですよ。それに、単に臆病なだけです」

 

 最初こそ彼をただの変わり者だと一括りに印象付けたが、バンシィはこの男もまた信用に値する優秀な九鬼の人材なのだと理解した。すると紋白がバンシィに近寄りその小さな体で見上げてきた。

 

「お前が心配しているようなことは九鬼は絶対にしない。それだけは補償するぞ。無理強いはしないし、お前が望むままにすればいい。だがどうだ?あの盾を研究してみるのは?何か記憶を取り戻すヒントがあるかもしれないぞ」

 

 バンシィは暫く考え紋白と津軽を見渡した。そして彼らを信じるてみようと決意し「わかった」と告げた。

 

「ということだ津軽!念を押すが下手にあの盾をバラしたり悪用などしないように!」

 

「ありがとうございます!もちろんそのつもりです。バンシィ君ありがとう。よかったら君も研究に立ち会ってみないかい?私としては君からも是非話を聞きたいんだ」

 

「俺で良ければ」

 

「では決まりだな!」

 

「...ところで皆さんはここで何をしているのですか?」

 

 津軽の質問に対しクラウディオが巻頭から今に至るまでをかいつまんで話した。

 

「なるほど!つまり彼の仮面を探してるんですね。そういうことなら私に任せていただけませんか?彼に相応しい仮面を私がご用意しましょう!盾の研究をさせていただけるお礼もしたいですし」

 

「いいではないか!用意してもらって悪いがここにある仮面はバンシィには似合わない。なら、似合うやつを用意するまでよ!津軽!九鬼の技術者としてバンシィに似合う最高の仮面を作って見せよう!」

 

 そうしてバンシィ・ノルンに似合う仮面製作が津軽海経の元、行われることになった。作るまでにかかる時間は僅か一週間とのこと。さすがの九鬼と言わしめる作業時間だ。その間、バンシィは執事としてある一定の振る舞いができようみっちり訓練を受けつつ、津軽に盾や義手義足の説明をすることになった。

 

 そして今は津軽と別れ、紋白、ヒューム、クラウディオも別件で席を外しており取り残されたバンシィはこのビルの案内人がこの部屋に来るのを待っていた。

 

 紋白曰く、「お前の事を知っている奴だ」と言っていた。

 

 一体どこで知り合った相手なのだろうかと、皆目見当もつかない相手のことを考えていた。

 

 するとコンコンコンっと扉をノックする音がした後、「失礼します」と女性の声が聞こえ一人の女性が入ってきた。

 

「お久しぶりです。アル・シュバルツ」

 

「まさかあんたがここで働いていたとはな、龍」

 

「その名前は当時の仕事名前です。今は李静初(リー・ジンチュウ)、リーと呼んでください」

 

「わかった。それと知っているとは思うが今はバンシィ・ノルンだ。これからよろしく頼む、リー」

 

「ええ。こちらこそよろしくお願いします、バンシィ」

 

 かつて戦場を駆けていた頃、多くの人を助けていた分人に恨まれることは多々あった。その度に命を狙われ続けたが、ある時アル(バンシィ)は一人の暗殺者と出会った。それが当時、裏社会では龍と呼ばれていた凄腕の暗殺者であった彼女だ。

 

 あの時のアルはまだまだ未熟だったために突然現れた謎の暗殺者に驚き強引な撃退方法を取ってしまった。結果彼女に深手を負わせ危うく殺しかけたのだが殺すつもりがなかったアルは彼女を手当し、目を覚ました彼女と色々なことを話した。その甲斐あって依頼人こそ真に殺めるべき相手だと理解した彼女と別れ、李は依頼失敗を物理的な方法で帳消しにした。

 

 その後二人は一切会うことはなかったが、その理由がアルを暗殺するよう依頼する人間を悉く李が暗殺していたことは彼女以外誰も知らない。

 

「しかし、紋様が言っていた俺を知っている相手がリーだったとはな」

 

「いえ、私は紋様にあなたと面識があるということを話していませんし、あなたに用意する服の採寸を測りに来ただけです」

 

「ん?ということは他にも俺を知っている奴がいると?」

 

「ええ...そろそろ入ってきたらどうです?」

 

 李はバンシィの言葉に頷き、扉の向こう側に声をかけた。

 

「うぅ...わかったよ!入ればいいんだろ、入れば!」

 

 するとまたもや扉の向こうから女の声が聞こえ、恐る恐る扉を開け「し、失礼しますっ!」と実に辿々しい入室時の挨拶をした。

 

「...よ、よう...久しぶりだな、アル」

 

「なんだ。お前もいたのかステイシー」

 

「いたのかってなんだ!いたのかって!...こっちにも色々事情があるんだよ...」

 

「フっ、そうか...」

 

「なんだよ、その含みのある言い方!言っとくけど好きでメイドになったわけじゃねぇからなぁ!」

 

「わかってる。だが似合ってるぞ?」

 

「褒めたって何もでねぇよ...ったく」

 

「ッ!!あのステイシーが...デレた...!?」

 

「デレてねぇ!!」

 

 悪態をつきながらも、どこか照れ臭そうにしているステイシーに対して李がボケをかました。

 

 彼女の名前はステイシー・コナー。

 

 今は九鬼の従者部隊に所属しているが、元傭兵で彼女と出会ったのは当然元傭兵同士であるから戦場だった。

 

 彼女とは以前、一悶着あって以降も戦場でよく顔を合わせていたし、時には味方となって一緒に戦場を戦い抜いた戦友でもある。

 

「...てことは、ステイシーが俺の案内人か」

 

「なんだよ。不満でもあるのかー?」

 

「いいや。むしろお前の仕事ぶりの一端を見れるのだから興味深いと思っただけだ」

 

「さらっとハードルを上げてくんじゃねぇ!それより早く採寸してとっとと行くぞ!」

 

 ゲシゲシッとバンシィの足を蹴らながら急かしてくるステイシー。

 

 わりと強めに蹴られているがバンシィの防御力は高い。ステイシーは舌打ちをひとつして「相変わらずロックな体してるぜ」と呟いた。それでも足蹴りをやめない。

 

「そういえば一つ聞きたいんですけど...ステイシーと何があったんですか?」

 

「ッ!?!」

 

「なんだ、言ってなかったのか?」

 

「言えるわけねぇだろ!あんな...こと...」

 

 突然話題が変わり驚いたステイシーはようやく蹴りをやめた。

 

 そして何を思い出したのか顔を赤らめ、ハッキリと言葉を告げられずにいた。

 

「えーっとだな、実は...」

 

「ロック!ロック!ロック!ロック!ロック!ファック!!」

 

 バンシィの言葉を遮るようにステイシーが叫んだ。

 

 自分の言葉を遮られたことより、その口癖にそんな使い方があったとは...とずれた感想を抱いたバンシィだったがそれは表には出さなかった。というか、最後ファックになってたぞ?

 

「これ以上は言わせねぇぞ!もし言ったら...わかってるよなぁ?」

 

 ギロリとステイシーは凶暴そうな目を向けてきた。

 

「...すまんなリー」

 

「なんですか?すごく気になるのですが。私だけ仲間はずれですか......まあいいです。次の機会にでも聞き出します」

 

「ぜひそうしてくれ」

 

 流石にこれ以上無理に聞き出そうものならステイシーが()()()しでかすかわからない。

 

(まあ、大体想像はつくが...)

 

 とりあえず話を一区切りさせ李はバンシィの服の採寸をテキパキと行い、バンシィはステイシーにビルの案内をしてもらった。その間ステイシーはバンシィが話しかけても全て無視して返したので、これはしばらく根にもたれるな、とバンシィは思ったのだった。

 

 




 いかがでしたでしょうか?津軽海経を出した手前、彼の話し方や癖なんてもう全く覚えていませんでした。雰囲気で書いてますので至らない点は多々あるかと思います。
 今回李とステイシーが出てきましたが意外と彼女達の出番は多いですね。あとバンシィとアルの使い分けが非常に難しかったです....へこたれず結びまでもっていきたいですね。

 もしよかったら意見、感想、誤字脱字、評価の方をよろしくお願いします。
また次回お会いしましょう。では


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第十話 バンシィ・ノルン VS 九鬼揚羽 ①

 


 

 ステイシーの雑な九鬼ビルの案内を受けた後、バンシィは津軽海経の研究室に訪れた。そして入って早々に改めて津軽が盾や義手義足のことについて聞いてきたが、わりとあっさりバンシィは返答できた。

 

 義手と義足は当然自分が作ったものなので容易に説明できたが、意外にも盾の説明でもバンシィはあっさり答えることができたのだ。

 

 たしかに盾を握った時にある程度の情報は把握していたがそこまでのことではなかった。

 

 可能性があるとすれば、おそらく未だ思い出せていない記憶だろう。

 

 前述の通り記憶はない。だが、なんとなくこれを作ったのは自分ではないとわかる。そしてこの盾の製作者が自分にとって親しい存在であると感覚的にそう思えた。その相手が一体誰なのかと思い出そうとするたびもどかしさで苛立ちが募るが、楽しそうに考察しながら話をする津軽を見て一旦冷静になり、まずは彼との対話に集中することにしたのだった。

 

 そうして気づけば話しはじめてからかなりの時間が経っており、夕陽が沈みかけていた。

 

「おっと、もうこんな時間か!いや〜長々と付き合わせて申し訳ない」

 

「気にしないでくれ。時間を忘れて語り合っていたんだからお互い様だ」

 

 思いの外盛り上がった二人の会話は簡単に時間の流れを忘れさせた。

 

 バンシィ自身こうなることは意外だったらしく、こんなにも楽しく会話できたことを嬉しく思っており、また話を聞きに来ようと考えていた。

 

 すると研究室の扉をノックする音が二人の耳に届き、そちらに向いて津軽が「どうぞ」と言った。

 

 入ってきたのは李だった。

 

「失礼します。バンシィ、帝様がお呼びです」

 

 帝。それは当然この九鬼の大主人である九鬼帝を指す名前だ。そんな者に呼ばれては行くしかないと名残惜しい気持ちを胸に、座っていた椅子から腰を上げた。

 

「また話をしようバンシィ君。今度は君のために用意する仮面のことも踏まえて」

 

「ああ。また来る」

 

 バンシィはそう言って研究室を後にし、李はバンシィが部屋を出たのを確認したのち津軽に軽く会釈をしてから扉を閉めた。

 

 そして李とバンシィは並んで廊下を歩いていた。

 

「何か収穫はありましたか?」

 

「収穫って言えば収穫だな。ここに来て楽しみが一つ増えたよ」

 

「そうですか。後輩が楽しく働けるようなら何よりです」

 

 李の表情が軽くほぐれ、笑みを浮かべているように見えた。

 

「お前も変わったな」

 

「そうでしょうか?」

 

「昔はもっととっつきにくいかった」

 

「...そんなことを思っていたんですか?ちょっとショックです」

 

「だが今は違うぞ?以前より雰囲気が柔らかくなったと思うし、今の方が“らしく”振る舞えてる気がする。いい出会いをしたんだな」

 

「ええ...本当にそう思います」

 

「ところでステイシーはどうした?仕事か?」

 

「もうとっくに退勤してます。今頃行きつけのバーでやけ酒でもしてるんじゃないですか?誰かさんにいじめられたせいで」

 

「おいおい、いじめたとは心外だな。さっきの俺はほとんど何もしてないだろ?」

 

「なら、昔のステイシーに何かしたってことですね?」

 

「チ、墓穴を掘ったか」

 

「ほら、やっぱり何かしたんじゃないですか。謝った方がいいのでは?」

 

「謝るも何も俺がしたことに変わりないだろうが、あれはあいつが望んだことでもあるし...」

 

「ますます分かりませんね」

 

「仕方ない。あとであいつを慰めてやるか。付き合ってくれよリー」

 

「露骨に話を終わらせに来ましたね。まあいいですよ、元々そのつもりでしたし」

 

 李とバンシィは他愛無い話をしながら廊下を歩き続けた。

 

 そして二人が話してるうちに、いつの間にか目的の部屋に到着した。

 

 李がその部屋の扉をノックし、室内からクラウディオの「入りなさい」という声が聞こえてきた。

 

 李が扉を開けると、広々とした室内の中央に長机とそれを囲うように何十席もの椅子が置かれた煌びやかな部屋だった。そして部屋の奥、上座にその人物が腰掛けていた。

 

「よお。会いたかったぜ、金獅子」

 

 着崩したスーツを纏い、長い銀髪をかき上げ、額にバッテン傷をつけた男がいた。

 

「はじめまして九鬼帝様。アル・シュバルツ改めバンシィ・ノルンと申します。以後お見知りおきを」

 

「おう。まあ座れよ」

 

 帝に誘われバンシィは適当な椅子に腰掛けた。

 

「お前のことは紋から聞いてる。記憶喪失とは難儀なもんだな」

 

「幸い最低限の常識はありましたし、少しずつですが思い出せているのでそれほど不便ではありません」

 

「そいつは良かった。にしても紋の奴、いい男を見つけてきたな!てっきりヒュームかクラウディオあたりが紋に教えたのかと思ってたが、大したもんだ」

 

「お側で仕える身としてはとても鼻が高いことです」

 

「ご自身で彼を口説き落としておりましたので、紋様も大変喜んでおられました」

 

 帝の側に控えているヒュームとクラウディオも誇らしげにそう口にした。

 

 するとまた扉をノック音がした。

 

「局様、揚羽様、英雄様、紋白様、ならびにミスマープルが到着されました」

 

「おう!入れや」

 

 扉の外で控えていたらしい李の声が聞こえ、帝が李の言葉に反応した。そして重たそうな扉が開いた。

 

「フッハハハ!九鬼揚羽、降臨である」

 

「フハハハ!九鬼英雄、顕現である!」

 

「フハハ!九鬼紋白、再臨である!」

 

 高笑いをしながら部屋に入ってきた三人。そのうちの二人は紋白と同様に銀髪に額のバッテン傷、溢れ出るカリスマ性とも呼べるオーラが印象的だった。その三人に続いて、二人の女性が入ってくる。

 

「帝様。大変お待たせしました」

 

「やれやれ。年寄りを急に呼び出すもんじゃありませんよ?帝様は本当に年寄り使いが荒い」

 

 一人は九鬼局。品格高い立ち振る舞いに着物姿、銀髪、額のバッテン傷が三人と同様に印象的な女性。

 

 もう一人はミスマープル。九鬼家従者部隊序列ニ位にして“星の図書館”と呼ばれる幹部の一人。黒一色のドレスを見に纏った老女だ。

 

「まあそう言うでないマープル。父上は我らよりも多忙の身なのだから、たまには顔を見せておくのも良いだろうよ。それに、仮契約とは言え紋が連れてきた新しい従者も見てみたいではないか」

 

「ま、そういうことにしときますよ」

 

「うむ!なかなかいい面構えの男ではないか!紋、よくやったぞ!」

 

「フハハ!兄上、ありがとうございます!」

 

 揚羽、マープル、英雄、紋白がそんなやり取りをしていた。

 

 英雄が紋白を誉め、それに礼を述べる紋白に揚羽が英雄に同意してさらに紋白を褒めていた。そんな光景を眺めていたバンシィは、紋白の笑顔を見て自然と笑みを浮かべた。

 

(いいお兄ちゃんお姉ちゃんじゃないか。だが...)

 

 バンシィはちょうど自分の後ろを通り過ぎた人物に視線を動かす。

 

 その人物とは九鬼局。彼女は三人が盛り上がっている場を通り抜け、粛々と帝の隣に腰掛けて帝も話していた。それは傍目から見れば品位を落とさないよう振る舞ってる風に見えるが、バンシィは局の感情を確かに読み取っていた。

 

(どうやら九鬼家にも色々事情があるみたいだな...)

 

 バンシィは視線の端に映る紋白と局を交互に見比べそんなことを思った。

 

「あんたが“ドイツの獅子”かい?」

 

 唐突に声をかけられ、そこに顔を向けるとマープルがバンシィの向かい側に腰を下ろしていた。

 

「...ええ」

 

「あたしゃ嘆かわしいよ。こんな若造があの死の運命を告げる獣(バンシィ・ノルン)とはね。まったく紋様もなんでこんな男をスカウトしてきたのか」

 

「マープル、紋様の目を疑うのか?」

 

 いつの間にかマープルの後ろにヒュームが立っていた。

 

「疑いはしないさ。()()()、本物だからねぇ...」

 

 マープルはバンシィを一瞥してそう言った。それに対してバンシィは何もすることはなく、ヒュームも一つ鼻を鳴らし視線をバンシィに向けた。その視線はとても威圧的だがバンシィは柳の如く受け流すのみ。

 

「そういやあずみ、お前金獅子と顔見知りらしいじゃねぇか。元傭兵馴染みとして仲良くしてやれよー?」

 

「はい!お任せください帝様!☆」

 

 英雄の側に控えていたメイドが帝に声をかけられ、ハイテンションで返事したのだが...

 

(誰だコイツ!?あずみ...?まさかあの女王蜂か!?) 

 

 バンシィはこの九鬼のビルに来て何度目かの驚愕の表情を浮かべた。するとそのメイドはバンシィの元まで歩いてきたので彼は腰を浮かせ彼女と対面する。

 

「お久しぶりですバンシィ・ノルン☆今は九鬼家従者部隊序列一位であり英雄様の側使いしております忍足あずみです!☆仮契約とはいえここで働く以上ビシバシ指導いたしますので頑張って期待に応えてくださいね?☆」

 

「フハハハ!元傭兵馴染みでも知り合いには相変わらず手厳しいなあずみは!我もお前に期待している。存分に励め!」

 

「同じく我も期待しているぞ、バンシィ・ノルン。貴様の力、この九鬼で存分に振るうが良い!」

 

「ご期待に添えれるよう頑張ります」

 

「なんと勿体無きお言葉!☆これはますます指導を厳しくする必要があります☆本当に頑張ってくださいね?☆」

 

「お、おう...お前も頑張れよ...?」

 

 英雄と揚羽からあって早々に期待されていると知り奮起することを約束したバンシィ。だがあずみに対しては彼女の頑張りが続くようにと祈りを込めて返答した。

 

 忍足あずみ。かつて戦場で共に戦った仲間であり敵でもあった彼女は、戦場では“女王蜂”の異名で知られている。だが当時の彼女は今みたいにこんなキャピキャピしていなかった。

 

(ん?当時?...ちょっと待て。あれから何年経った!?もしかしてこいつ、この歳で...)

 

「今何を考えました?☆(てめぇ後で覚えとけよ?)」

 

「...いや、何も(はい)」

 

 あずみはとびっきりの笑顔をバンシィに向けていたが目は笑っていなかった。そして後のことは未来に自分に託すバンシィであった。

 

「よぉーし。全員揃ったことだし行くか!」

 

「帝様、一体どちらに?」

 

「んなもん決まってるだろ。屋上だよ屋上。俺金獅子の戦ってる姿見たかったんだよなぁ」

 

「そう言うことなら我も是非見たいですな!」

 

「だろ?」

 

 帝の発言に質問した局。どうやら帝はバンシィの実力が如何程なのか興味があるらしい。それはこの場にいる数名以外が同じ気持ちだったのかもしれない。そしてその気持ちを代弁するように英雄が帝の言葉に便乗した。

 

「と言うことは、この場にいる者を奴と戦わせると?」

 

「おう。最初はヒュームあたりでもぶつけてみようと思ったが...揚羽、お前やりたいのか?」

 

「現役を引退したとはいえ我も武人。当然興味はありますな。それに...以前感じた爆発的な気の奔流が一体なんだったのか、とても気になりますね」

 

 揚羽はニヤリと口角を上げバンシィに視線を送った。揚羽の言う気の奔流。それは以前あの村でバンシィが見せた黄金の光のことを表している。

 

「なら揚羽に任せるか。てなわけで、お前の実力がどれほどの物か見せてもらうぜ?もちろん()()でな」

 

「御息女が怪我をなされるかもしれませんよ?」

 

「ほお、言うではないか。だが案ずるな。そこいらの怪我なら二、三日で治るわ」

 

「随分と逞しいことで」

 

「その逞しさも我の取り柄の一つだ。ゆえに遠慮することはない。お前の力見せてもらうぞ」

 

「わかりました。そういうことなら全力でやらせていただきます」

 

 バンシィと揚羽はすでに戦意をたぎらせ、闘気を高めていた。バンシィは揚羽を怪我させてしまうことを心配していたが、実際それほど心配などしていなかった。

 

 この川神の地に来てから複数の強い気を感じ取っていたバンシィ。そのうちの一つは彼女のものだったことを、バンシィは彼女がこの部屋に入ってきた時から気づいていた。そして殺意とは違う純粋な闘志を彼女に向けられ、バンシィは思い出せない記憶の片隅にあった気持ちをうっすらと思い出していた。

 

(これが、彼女が放つ闘気か。まるで、心が躍るようなに胸の奥から湧き出るこの昂り...懐かしく思える)

 

 その時、一瞬だけ確かに見えた光景。

 

 それは名前も思い出せない誰かの姿だった。

 

 顔はよくわからなかった。ただ一つだけはっきりとわかることがある。

 

 ()()()()は確かに()()()()と。

 

 その時、僅かにバンシィから発する闘気が揺らいだこと感じとった猛者達は何も言わずただ彼を見つめただけだった。

 

「んじゃ対戦相手も決まったことだし全員で行くぞ」

 

「バンシィ、お前の力今一度見せてもらうぞ」

 

「はい、紋様」

 

 帝の号令で皆が動き出す。各々思うことを口にしながらもそれに従って行動し始める。

 

 そんな中、紋白はバンシィに駆け寄り声をかけてきた。

 

 バンシィを見上げる紋白の瞳は彼を信じて疑わない強い期待を孕んでいた。そんな紋白を見てバンシィはその期待に応えることを約束するように力強く返事し、開け放たれた扉に向かって歩み始めた。

 

 




 いかがでしたか?次回からバンシィと揚羽の試合が始まります。今回はその序章と言う感じでしたのであっさりしてると思います。

 意見、感想、誤字脱字の報告などありましたら遠慮なくお申し付けください。それでは「バンシィ・ノルン VS 九鬼揚羽 ②」でお会いしましょう。では


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第十一話 バンシィ・ノルン VS 九鬼揚羽 ②

 

 本日2回目となる九鬼ビルの屋上。

 

 すでに日は落ち、試合の場となる屋上中央を複数の照明が光を照らしており視界は至って良好。もっとも、気を探ることができる二人にとっては視界の有無など関係ないかもしれないが。

 

 高層ビルの屋上というだけあって吹きつく風が両者の髪を一方向に揺らす中、一際その風の影響を受けるのは揚羽の髪だった。

 

 長く綺麗な銀髪が照明の灯りを反射し、夜闇の中でもその存在の神々しさを一切損なわせないうえ本人の威風堂々たる様は見る者を魅入らせるほど美しかった。

 

「両者、準備はいいな?」

 

「うむ」

 

「ああ」

 

 向かい合う二人から少し離れた場所でヒュームは審判役として声をかける。

 

 その背後には九鬼帝をはじめ帝に集められた者達が控えており、これから始まる試合の行末を見守っていた。

 

「それでは、はじめ!」

 

 ヒュームが開始の合図を宣言。

 

 その瞬間に両者は駆けた。むしろ飛んだと表現すべき速度で一瞬にして拳と拳を突き合わせ、数秒遅れでぶつかった衝撃波が周囲に撒き散らされる。

 

 まるで剣士が鍔迫り合いをするかのように両者一歩も譲らず、突き合わせた拳に再度力を込める。すると押し負けた揚羽がその身を華麗に翻し、バンシィの拳打で伸び切った腕を絡め取り上空に投げ飛ばした。

 

 だがバンシィもただ投げ飛ばされてはいない。追撃を仕掛けようとした揚羽の体がぐらつく。

 

「むむ?姉上の様子が!」

 

「おそらく脳震盪でしょう。彼は投げられる直前揚羽様の顎を狙って蹴りを放ちました。並の武人なら今の一撃で終わっています」

 

「さすがクラだな。よく見ていた」

 

(見えたのはほんの一瞬。実際に戦っている揚羽様からすれば何が起こったのかわからないでしょうね)

 

 英雄の疑問にクラウディオは答えたが実際クラウディオの思った通り揚羽は何が起こったか分からず、自身の揺れる視界を気合で押しとどめた。だが分からないながらも揚羽は確信し戦慄した。

 

(なんと恐ろしい奴だ。力も技術も我より(まさ)っているとは...)

 

 前述の通り、バンシィは投げ飛ばされる直前で揚羽の顎に掠る程度の蹴りを放っていた。そして追撃できない揚羽を上空から見据えながら余裕を持って体勢を立て直し着地する。

 

 着地した瞬間に地面を蹴り揚羽に対して再度距離を詰めながら左拳を引き絞る。それをみすみす見逃すはずもなく、揚羽はあっさりと立ち直り迎撃体勢を取った。

 

「そこっ!」

 

 揚羽は迫り来るバンシィの懐に潜り込み、相手の突進する威力を利用した掌底を腹に打ち込んだ。大振りの攻撃を仕掛けてきた相手に対してその隙を突く一撃。しかしそれをバンシィは右手のひらで受け止め、思いっきり左拳を振り下ろした。だが揚羽を襲ったのは真下からの衝撃だった。

 

「ぐっ!」

 

 振り上げた拳はフェイク。バンシィの本命は真下からのつま先蹴りだった。

またも顎を狙った一撃を揚羽は腕を使って防ぐがガードごと宙に打ち上げられた。

 

 先程とは違う構図になった状況でなおも攻撃の手を緩めようとはしないバンシィは揚羽を追って飛び上がった。

 

「舐めるな!はああッ!!」

 

「ハアッ!」

 

 はるか上空でぶつかり合う拳と蹴りの応酬。稲妻のような揚羽の拳が万雷の如くバンシィを襲うが、それを鋼鉄の如き堅牢な守りで防ぎつつ暴風を体現するような重たい拳打で反撃する。そして揚羽がそれを見事な体捌きと回し受けでいなす。

 

 まさに攻防一体。そんなことを足場というものが皆無の空宙で縦横無尽に繰り返し、地球の重力に身を任せ自由落下していく二人。

 

 そして着地する数メートル手前で二人の体が弾かれたように距離を取り、揚羽は屋上に備え付けられたフェンスの上に難なく着地し、バンシィは屋上の地面に書かれたH(ヘリポート)マークの中心に降り立った。

 

「流石の一言だバンシィ・ノルン。記憶の半分近くを失ってなおも冴え渡る武技。獅子の名を冠するだけのことはある」

 

「揚羽様こそ本当に現役を引退されたんですか?とてもそうとは思えませんが?」

 

「さすがの我とて体力の衰えを感じておる。そうだな...この際鍛え直すためにお前の手を借りるというのもアリかもしれないな」

 

「これで全盛期以下ですか......鍛え直してどうなさるおつもりで?」

 

「この川神の地には強者達がゴロゴロいる。時には我も出張らねばならぬ場合もあるし、特に我は各国の老獪な人間達を相手にしなければならない。そう思えばいざという時のためにも忍耐や体力は必要なのだ」

 

「さすがは世界の九鬼揚羽様と言ったところですね。心中お察しします」

 

「まあそれは良いのだ。...ところでバンシィ。いつになったら我にお前の()()を見せてくれるのだ?」

 

 バンシィよりも高い位置で背筋を伸ばし風に煽られる揚羽は彼を見下ろしながら嬉々としてそう尋ねた。

 

「そう急かさないでください。...ですが、この時期の日本の夜は冷えるみたいですね。あまり長居は観客達にとっても堪えるでしょうから、お望み通りご覧に入れましょう」

 

 するとバンシィの気が一瞬鳴りを潜めた。

 

 だがそれはほんとに一瞬のことでバンシィを中心に波紋のように吹き荒れる風が起こり、途端に彼の髪が立ち上がり黄金の光を放つ。

 

 まるで夜空に浮かぶ満月を彷彿とさせる荘厳な輝きであり、その光は彼の全身を巡るように描かれた電子回路のような模様からも発せられていた。

 

 光はバンシィの体を淡く包み込み、その端から蛍火のような光の欠片達が彼の体から離れて天に登って消えていく。

 

 これがバンシィ・ノルンの今の全力、“デストロイ・モード”

 

 圧倒的な闘気と見る者全てに獅子を彷彿とさせる神々しさと強者のオーラ。

 

「これが...!」

 

「やべぇな、ゾクゾクしてきた!」

 

「なんと神々しい!」

 

「フハハ!」

 

「凄まじい...」

 

「「「.......」」」

 

 局、帝、英雄、紋白、李がただ一言その神々しさに充てられ口々に漏らす。帝に至ってはまるで子供のようにその瞳をキラキラと輝かせている。

 

 一方クラウディオとマープル、そしてあずみは実力ある強者としてその神々しさの裏にある人智を超え文明すら破壊しかねない力の発露に慄いた。それは彼に武人として最上位の評価をもたらすと共に、その牙が自分達の主人に向けられる可能性について考えさせるものでもあった。

 

 そんな彼らに背を向ける形で二人の戦いを見ていたヒュームはただ一人、自身の内から湧き上がる欲求を強靭な理性で押しとどめていた。

 

(ククク、素晴らしい...本当に素晴らしいぞバンシィ・ノルン...!!)

 

 今すぐにでも戦いたいと、武人としての彼の血がそう騒ぎ立てる。それはヒューム・ヘルシングにいう武人が久しく忘れていた闘争本能。

 

 もはやヒューム・ヘルシングと戦える者など世界で五本の指に収まるぐらいしかいない。だが()()()、何十年と空いていた指を折ることになった。そして、あの日見た黄金の輝きは閉ざされていた彼の可能性に光を差し込み、その先の“何か”を掴ませるきっかけとなることをヒュームはまだ知らない。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 一方その頃、突如現れた爆発的な気を感じ取った少女は長く白い髭を生やした老人と相対していた。

 

「行かせてくれよジジィ!なんでダメなんだよ!」

 

「さっきも言ったじゃろ!お前が行けば騒ぎが大きくなることは目に見えてると!」

 

「ちょっと確認するだけだって。ほんのちょっとだけ、な?(ウィンク)」

 

「可愛く言ってもダメなものはダメじゃ!大体ちょっとだけと言う奴がそんなに闘気を昂めているわけがなかろう!」

 

 九鬼ビルから遠く離れた武の総本山と呼ばれる川神院。そこに未だ言い争いを続けている二人の人物がいた。

 

 一人は丸い頭に長く白い髭を生やした川神院総代“川神鉄心”そしてもう一人は川神鉄心の孫娘にして自他共に認める美少女であり最強と謳われる武神“川神百代”だった。

 

 何故二人がこんな言い争いをしているのかというと原因は今まさに揚羽と戦っているバンシィにあった。

 

 二人は少し前に突如として発せられた爆発的な気の胎動を感じ取った。当然その正体はバンシィ・ノルンによるもの。しかしその正体など知るゆえも無い百代は爆発的な気に充てられ、獰猛な笑みを浮かべながら反射的に気の発生地へと飛び立とうとした。そんな百代を鉄心が奥義を使ってまで止めた結果、二人の言い争いへと発展したのだった。

 

「それにこの気が発せられている場所は九鬼のビルからじゃ。もしモモを行かせて何かあって見ろ、ワシが大目玉を食らうわ」

 

「だからそんなことしないって!」

 

「残念だけど、今の百代の言葉は信じられないネ」

 

「師範代まで!」

 

 二人の言い争いをに加わったのは、若干語尾が片言になった口調で話す全身タイツの男“ルー・イー”だった。

 

 彼もまたこの川神院に所属する一人であり、師範代を務める猛者だ。そして二人が感じとった気を当然彼も感じとっていた。

 

「今の百代はあの気に充てられて興奮している状態だネ。それに行ったところでおそらく返り討ちにあうだけだヨ」

 

「...私が負けると?」

 

「慢心が過ぎるぞモモ!お前とてわかるだろう。今あそこには複数のマスタークラスが揃っておる。それにヒュームもいる。ルーの言う通りせいぜい九鬼のビルに辿り着くのが関の山じゃ」

 

「.............」

 

 二人の意見は百代を過小評価するものではなく、紛れもなく率直に告げられた事実だ。それでも百代は自分の胸の内から溢れる気持ちと昂りを抑えきれずにいた。だが、それに最後のトドメを差したのは鉄心やルーではなかった。

 

「現在扇島周辺は警戒態勢を厳重にしております。それに、今行かれたところで事は終わっているでしょうね」

 

 そう言いながら現れたのは九鬼の執事服を着た若い男だった。

 

「お前は、確かあの時の....」

 

「貴方には以前お会いした際名乗れず申し訳ありませんでした。私、九鬼家従者部隊序列四十二位の桐山鯉と申します。以後お見知りおきを」

 

 丁寧な口調で簡潔に自己紹介をした彼は桐山鯉。現在九鬼が行なっている“武士道プラン”なるものを責任者として管理、進行を彼が務めている。その挨拶回りとして一度鉄心やルーには自己紹介を終えており、二人は彼を一目見て誰かわかっていたらしい。

 

「それで?なんでお前はここに?」

 

「時間稼ぎですよ。先程も言ったではありませんか。今から行っても事は終わっている、と」

 

 すると先程まで感じ取れていた凄まじい気は徐々に薄れていき、あっという間に治まってしまった。

 

「ほら、私の言った通りでした」

 

「説明は、してくれるのかナ?」

 

「申し訳ありませんが私の口では何も言えません」

 

「相変わらず九鬼は秘密主義じゃのぉ。それにもうちっと早く出てきてくれても構わなくないか?」

 

「私に武神を説得するために二人の争いに巻き込まれろと?いくら九鬼の執事でも無理な事はあります。それに私もこんな事で貴重な時間を浪費したくはないのです。身から出た錆だと思って身内で対応してくだされば私も余計な仕事が増えなくて済みます」

 

「はっきり言ってくれるのぉ。耳の痛い話じゃ」

 

「それでは私はこれで失礼します。あ、それと武神には今後も義経の対戦相手の選別、よろしくお願いしますね」

 

「...わかったよ」

 

「では」

 

 百代の返事を聞いて満足したのか、桐山鯉はニコリと微笑みながら会釈をしその場を去っていった。そして彼の背中が見えなくなった頃にようやく鉄心は口を開いた。

 

「終わってしまっては行く意味もなかろうモモ」

 

「わかってるよ。あ〜あ、せっかくのチャンスだと思ったのに」

 

「いけないヨ百代、探し出して対戦しに行くのモ」

 

「わかってますってば!」

 

 百代は不貞腐れてしまい、家の中へドカドカと不機嫌な様子のまま入って行ってしまった。

 

「やれやれ、困ったものですナ総代」

 

「まあモモの気持ちもわからなくもない。何せあれ程の気じゃ。もしかすれば自分以上の実力者かもしれない相手がいるとなれば、対戦相手に飢えてきたモモにとっては又と無いチャンスなのじゃから」

 

 そう言いながら鉄心は先程まで感じていた気の発信源の方角を見つめた。それに釣られてルーも鉄心の視線の先を追った。

 

「...一体誰なのでしょうネ」

 

「さあの。ただこれはワシの勘じゃがいずれ大きな事が起こる。そんな予感がしてたまらんわ」

 

「その大きな事に子供達が巻き込まれない事を祈りたいですネ」

 

「そうじゃな」

 

 今年度に入ってからというもの川神の地は大きく変革をもたらされてきた。海外からの留学者、武士道プランの提唱、西の武士娘の登場、そして世界各国から集う猛者達。

 

 そんな最中に現れた強大な気を放つ謎の存在。

 

 鉄心にはそれら全てが仕組まれたかのように思えてしまうのはただの思い過ごしか、それともこの先訪れる激動の日々に対する暗示か計りかねていた。

 

 そして自室に戻った孫娘の未来を案じつつ、その日の夜は更けていった。

 

 

 




 夜中に書いてると頭が回らなくなって何書いてるかわからなくなる事に最近気づいた作者です。皆さんも早寝しましょう。早起きはその時の気分次第で。

 さて、今回はいかがでしたか?この先の展開が気になるように書けていたら幸いです。今回も意見、感想、評価、誤字脱字がありました是非よろしくお願いします。

 次回「バンシィ・ノルンVS九鬼揚羽 ③」乞うご期待。では


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第十二話 バンシィ・ノルン VS 九鬼揚羽 ③

 

 九鬼ビルにある一室で過ごしていた四人の少年少女達。

 

 その子達は九鬼が提唱した武士道プランの申し子と呼ばれる、現代に再誕した過去の偉人達のクローンであった。そして川神の地に訪れ、学園に転入したのはつい最近のことではじめは戸惑いもあったが今では楽しく学園生活を満喫していた。

 

 だが、それは唐突に起こった。

 

「「「「!!」」」」

 

 突然このビルの真上から尋常ではない気の発露を感じ身を固めた。

 

「この気は一体...!?」

 

「これは、とんでもないね」

 

「おいおい、まじかよ」

 

「この感じ...モモちゃん?」

 

 源義経、武蔵坊弁慶、那須与一、葉桜清楚は各々感じた気に対して言葉を漏らした。

 

「いえ先輩、義経は違うと思います。気の大きさで言えば百代先輩と同じかそれ以上ですが、質が全然違います」

 

「なんつーか、格が違うって言えばいいのか?まるで空に天蓋でも覆い被さってるみたいだ」

 

「けどプレッシャーみたいなものは感じない」

 

「うん、弁慶の言う通り義経もそう感じる」

 

「みんなすごいね。私なんてちょっと違和感を感じる程度だもん」

 

「でも先輩もこの気を感じたんですよね?」

 

「うーん...感じたって言うか、こう胸の奥がざわついたって感じかな...?」

 

 弁慶が清楚に尋ねると、彼女は自分でもいまいちピンと来ないらしく曖昧な感覚であったと口にした。

 

「じゃあ一体これを発してるのは誰なんだろ?義経ちゃんはわかる?」

 

「うーん...ヒュームさんでもないし、おそらく義経達が知らないは人のものだと思います」

 

「ふふ、考え込む主人も可愛い」

 

「こら弁慶、人が真面目に考えているときに!」

 

「だって考えたってどうしようもないじゃん。百代先輩でもヒュームじいでもないならもう誰も思いつかないもん。それに、こんな奴どう足掻いたって勝てっこないしさ」

 

 弁慶はグイっと酒器に注がれた川神水を一気に飲み干し、ぷはーっと歓喜の溜息を漏らした。

 

「弁慶ちゃんが勝てないってことは与一君も義経ちゃんはどうなの?」

 

「無理っすね。きっとどれだけ矢を放っても弾き返されます」

 

「義経も、()()()()を使っても全て押し返されるだけです」  

 

「そうなんだ...モモちゃんやヒュームさん以外にそんな人がいたなんて」

 

 与一と義経の言葉を聞いて清楚は素直に驚いていた。義経、弁慶、与一の三人の実力は彼女も知っている。百代やヒューム、鉄心やルーと言った規格外は確かに存在しているがそれを除けば彼女達三人だって飛び抜けて強い部類なのだ。そんな三人にここまで言わせる相手とは一体誰なのか、清楚は自身の胸の奥から感じる熱い鼓動をそっと手のひらで押さえ思い馳せた。

 

「そう言や今日学校で九鬼に新しい奴が入るって英雄が言ってたな」

 

「そう言えば...」

 

「てことはその新人さんがそうなのかな?」

 

「そこまでは分かりませんが、おそらく」

 

「あ、止んだ」

 

 先程まで感じていた気の波動が止んだこと察し、弁慶は部屋の天井を見つめ短くそれを口に表した。弁慶と同様に天井に視線を向けた三人。少しの間四人が沈黙する。

 

「ここも混沌としてきたな〜.....ぷはーっ!こんな時でも川神水はうまい!」

 

「姉御は相変わらずだなー」

 

「はぁ...」

 

「ふふ、楽しみだね。どんな人なのか」

 

 いつもと変わらない三人を見て清楚は微笑み新しい出会いに胸を高鳴らせた。

 

 彼女が感じた胸の高鳴りはそんな彼女の気持ちを汲んでか、より一層強い鼓動を刻み“近いうちに会える”とこの場にいる四人には届かない声を誰かが漏らしていた。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 同刻。

 

 九鬼ビルから離れた賃貸アパートの一室に一人の少女がいた。

 

 少女も百代や鉄心、義経達四人と同様にその気を感じとりそれが九鬼のビルの方からだと察していた。

 

 だが彼女は動くことなくその気が止むまで部屋の中でくつろいでいた。

 

「あ〜あ、やっぱり見に行くべきだったかな〜。でも行ったところで九鬼のことだから見せてくれないだろうし、やっぱ意味なかったか」

 

 少女の名前は“松永燕”

 

 この春川神学園に転入してきた西の武士娘であり、転入早々川神百代と稽古と言う名目でデモンストレーションの組手を行い川神学園生を大いに湧かせた時の人だ。

 

 学力、容姿、武道共に優秀な彼女はその容姿を活かして納豆小町という松永納豆宣伝のアイドルのような活動までしている。

 

「でも一体誰だろ?」

 

 燕もまたその正体に思いを馳せていた。だが、それは単純な好奇心からくるものではなく、自身の利益のため利用することは可能か否かと思考するものでもあった。

 

「ま、考えてもしゃーない。気を取り直して授業の復習でもしますか。それに、もしかしたら意外と早く会えるかもだし」

 

 可愛らしく愛嬌のある顔が最後、小悪魔のような笑みを浮かべそんな事を口にした。

 

「たっだぁいまあ〜〜ヒック」

 

「おかえりー。て、また飲んできたのおとん?」

 

 呂律の回らない様子でアパートの扉を開けながら陽気な帰宅時の挨拶をした男。彼は松永燕の父、松永久信。

 

 技術屋としての腕を買われ今は九鬼で働いている立派な社会人なのだが、その昔株で大火傷をして妻に逃げられた挙句父親としてももはや威厳など皆無なダメ親父なのだ。

 

「いや違うんだよぉ燕ちゃん。たまたま入ったお店にステイシーさんがいて、ぼかぁ(僕は)彼女に巻き込まれただけなんだぁってェ!...ヒック」

 

「はいはい。いいから早く扉閉めてよ、近所迷惑になるから」

 

「はぁーい」

 

「あと顔洗ってちゃんと着替えてから寝てよ?わかった?」

 

「わかってるってぇ〜、燕ちゃんの言うことならぁなぁーんでも聞くからぁ!ぼくに任せてよぉ」

 

「おとんに任せることなんてないけど?」

 

「うぅ、娘が父親に冷たいよぉ〜」

 

「いいから早く、ほら行った行った!」

 

「のぉわっ!ちょっ、押さないでよぉ燕ちゃ〜ん」

 

 この一家もまた相変わらず、なんだかんだと楽しそうにしていた。

 

 完全に親子のヒエラルキーは逆転しているが、それでもまた()()()()で暮らせる日が来るならと燕は明日もまた心を奮わせる。

 

 例えそれが友人を裏切る行為であっても、悪魔に魂を売ることになったとしても、彼女はそれら全てを分厚い仮面の下に隠して前に進む。その先に父と母が笑い会える日が来ると信じて。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 場所は移り島津寮の庭。

 

 そこにもまた一人、彼女達と同様に膨大な気の発露を感じ取りそしてそれが治まっていくのを肌で感じていた女性がいた。

 

『隊長...?』

 

 電話越しで隊長と呼ばれたその女性は赤い髪を風で靡かせるマルギッテ・エーベルバッハだった。

 

 彼女は通話している相手に「なんでもない」と言い、話の続き催促した。

 

「それでリザ、先程話していた村ではどうだったのです?」

 

『ああ、まず間違いなくアルがいた。けど村人の話だと()()()()()()()()の一点張りだったよ。その代わり違う名前の奴はいたって言ってた』

 

「その違う名前というのは?」

 

『...バンシィ・ノルン』

 

「!?」

 

 流石のマルギッテもこれ以上にないアルの手がかりとなる名前を聞き驚いた。

 

 “バンシィ・ノルン”

 

 それはかつてアル・シュバルツが戦場で“死の運命を告げる者”という意味で付けられ呼ばれた異名。

 

「なるほど。そうなるとおそらく...」

 

『十中八九、九鬼が絡んでるな』

 

「九鬼、ですか...」

 

 偶然なのか、それとも必然なのか。

 

 先程まで感じ取れていた気は間違いなく九鬼のビルがある方角。そしてマルギッテはその正体が一体誰なのか計りかねていた。もしリザの話と繋がるならあの気の正体は戦死扱いとなったアル・シュバルツとなる。だがマルギッテが知っている以前のアルの気と先程の気はあまりにも異なるものだった。

 

 彼は確かに実力ある軍人ではあったが、あれほどまでの力を持ってはいなかった。

 

 果たしてあれを彼と断定して良いものか、とマルギッテは思考を巡らせる。

 

『現地でも九鬼の人間は居たから確実に九鬼が絡んでるのは確かだ。もしかしたら九鬼がアルの奴を...』

 

「判断するにはまだ早い。幸いこちらには九鬼との繋がりがある。それとなく探っておきます」

 

『頼みましたぜ、隊長。こっちも色々調べておくから』

 

「ええ、そちらは任せます」

 

 そう言ってマルギッテは通話を切り、夜空を眺めた。

 

(やはりあなたは生きていたんですねアル。でも、何故帰ってこないのです。やはり軍に愛想を尽かしたのですか、それとも....)

 

 誰にも届かない思いを胸に、彼女は静かに夜空に浮かぶ黄金の光を灯す月を見上げた。

 

 もし彼が軍に見捨てられたことで帰ってこないと言うならそれを止めることはできない。何せ軍は彼を散々こき使い、最後は何の得にもならない栄誉を与えて戦死したと断定したのだから。

 

 そんな軍に所属している彼女もまた同罪なのかもしれない。

 

 命令に従い彼を探そうともしなかった自分が彼を責めることなど彼女にはできるはずもなく、マルギッテは自分の無力さと押し殺していた気持ちが溢れそうになり目頭が段々熱くなってくるのを感じた。

 

(いけませんね。軍人たる者、涙などあってはならない)

 

 彼女は強い心でそれを押しとどめ、涙は流さなかった。

 

 いつか彼女の内に溜まった想いが表に出る日は来るのだろうか。

 

 もしそんな日が来るとしたら、それは愛しい恋人が彼女の元に帰ってきた時。

 

 軍人である彼女が女性として愛しい男に寄り添える時なのかもしれない。

 

「やはりこの時期の日本の夜は冷えますね。早くお嬢様のところに戻らねば」

 

 そう言ってマルギッテはその場を後にした。

 

 たが彼女は知らない。奇しくも愛しい彼と同じような事を口にしていたことを。

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 九鬼揚羽はそれを見て、自身の内から湧き上がる高揚感と言語化することなどできない感動で豪快に笑い声を上げた。

 

「フハハハハ!!それがお前の本気か!面白い!面白いぞバンシィ・ノルン!!こんなにも胸の内を昂らせたことは今までにない!」

 

「これが今の俺の全力です。ついて来れますか?」

 

「嗚呼、残念だが今の我では無理だろうな。だが!そう安易とこの九鬼揚羽が根を上げるわけにはいかん、行くぞ!」

 

「来い!」

 

 揚羽は自身が立っていたフェンスをあっさりと歪ませ破壊するほどの力で蹴り込みバンシィに肉薄した。

 

「九鬼雷神金剛拳!」

 

 揚羽が放つ渾身の拳がバンシィの顔面を狙うが彼の今まで以上に硬くなった左腕で受け取れられる。二人が衝突したことで爆風が波紋のように撒き散らされる。未だに勢いが衰えない揚羽の拳だがバンシィは一歩たりとも後退せず自然体のまま、ただ左腕を掲げたままで揚羽の拳を受け切っていた。

 

「まだまだ!百式羅漢殺!」

 

「ッッ!」

 

 突き出した拳を引き込み、揚羽は猛烈な拳の乱打をバンシィに叩き込む。それに対抗するようにバンシィは揚羽の乱打に合わせて拳を突き出した。まるで硬い金属同士がぶつかり合うような重たい音を屋上に響かせ、一発一発から生み出される衝撃波が観客達に襲った。

 

「いけません!」

 

 咄嗟にクラウディオが主人達の前に出て糸で全員をその場に固定させた。さらにあずみと李も主人達の前に出て盾にならんと体を張った。

 

「ヒューム!これ以上は...ヒューム!」

 

 クラウディオの声はヒュームに届いていなかった。ヒュームはもう二人の戦いに魅入ってしまい、その顔は従者のそれとは違うありし日の若きヒュームが強者を前にした時と同じ武人としての顔だった。

 

「これ以上戦い続けたらこのビルだってもたないよ!」

 

「わかっていますマープル」

 

 いつになく必死のクラウディオは二人の戦いを止めるべく糸を自身の気で強化して操り、二人を拘束しようとする。

 

(む!?弾かれたっ!)

 

 クラウディオの糸はバンシィが体から放つ光によって簡単に弾かれてしまった。揚羽を縛ろうとしてもバンシィの体から漏れ出た光の欠片達が揚羽の周囲に漂っており、それに触れた途端糸は制御を失い拘束することができなかった。

 

「こりゃあまずいね。こうなったら...」

 

 マープルもクラウディオの糸が弾かれたことに勘付き事の重大さを理解した。そして彼女は自身の気を活性化させようとしたその時、マープルはバンシィと目があった。さらにクラウディオの方にも一瞬だけ視線を動かし彼とも目を合わせた後バンシィが空高く飛び上がった。

 

(な!揚羽様と戦っている最中であたし達の意図を察したのかい?そんな余裕があったとはね...)

 

 実際バンシィにはまだ余裕があった。

 

 というのも今のバンシィは普段以上に人の()()()()()()()ことができる。彼が狙撃手として戦場でも優れていたのはただ目が良いというわけではなく、人の感情や想い、思惟を感じ取ることができるからなのだ。

 

 それゆえにマープルとクラウディオの焦りや戸惑い、心根を感じ取りそれを汲み取って行動した結果、バンシィはビルへのダメージを最小限に抑え、かつ戦いを終結させるために空へと飛び上がった。

 

「これで決着としましょう揚羽様」

 

 バンシィはビルの屋上に置いてきた揚羽を見下ろしそう告げた。

 

「望むところだ、行くぞ!」

 

 揚羽もバンシィを追って空へと駆け上って行く。最後の一撃になるであろう右拳に全闘気を集中させギリギリまで力を蓄え込む。

 

(まだだ!もっと!我が今出せる全てをこの男にぶつけるのだ...!)

 

 これほどまでに心躍る戦いをしたのはいつぶりだろうかと揚羽は思った。現役引退を決意し、川神百代と戦ったあの日からもう2年は経った。あの時は次世代の武人に未来を託す思いで戦い、そして敗れた。未練などない。だが、目の前の男が拳に乗せて言うのだ。

 

 “ついて来れるか?”と。

 

 まるで彼女がここまで来ることを信じているかのように。

 

 現役を引退したとはいえ彼女は武人。目の前の頂に立つ男が信じて構えているのだ。それに応えないで何が王か!何が武人だ!

 

 全霊を持って、今九鬼揚羽の一撃が解き放たれる。

 

「九鬼家決戦奥義!古龍・昇天破ッ!!」

 

 繰り出された揚羽のアッパーカットは溜め込んだ気を爆発させ、触れた者全てに喰らいつき薙ぎ倒すまさに龍の如き竜巻を発生させた。

 

 そしてそれは黄金の光をいとも容易く飲み込んだ。揚羽の攻撃をまともに食らっては流石のバンシィでもただでは済まない。今頃龍の腹の中で風の暴力に晒され、全身を砕かれていると誰もが思った。

 

 だがそう思われた矢先、突然龍の腹が膨れ上がり中から金色の光が漏れ出し、龍は霧散した。

 

 中から現れたのはより濃い黄金の輝きを分厚く纏ったバンシィだった。

 

 落下していく揚羽は月の光を後ろから浴びながら黄金に輝く彼、バンシィ・ノルンを見て素直にこう思った。

 

(美しい...見事だ)

 

 全てを出し尽くし、体に力が入らない揚羽それを見ながら落ちていく。

 

 だがそんな揚羽を優しく抱きかかえた。

 

 バンシィは彼女を体を気遣ってゆっくりと降りていく。

 

「...我の完敗だ。お前の力、存分に見させてもらった。これからよろしく頼むぞ、バンシィ」

 

「はい、揚羽様」

 

「しかし...これは少し恥ずかしいな...」

 

 揚羽は少し顔を赤らめ、下にいる観客達になるべく見られないように体をもぞもぞさせた。現状、揚羽は絶賛バンシィに抱きかかえられている。俗に言うお姫様抱っこだ。

 

 文字的には彼女もある意味お姫様なので合ってはいるのだが、あまり慣れていないのか揚羽にしては珍しく顔を赤らめ恥ずかしそうにしていた。

 

「大人しくしてください。なんなら肩車で降りましょうか?」

 

「む、それはそれで恥ずかしいな...仕方ない。これで我慢する」

 

 そんなやり取りをしながら二人は淡く光る金色に包まれながら屋上へと降り立つのだった。

 

 そして屋上に着地し帝が揚羽に放った第一声が揚羽の彼氏いない歴=年齢だとバラす内容だったせいで、抱きかかえていたバンシィは大暴れする彼女を抑えるのに必死だったことは誰の目に見ても明らかだった。

 

 そうしてバンシィと揚羽の試合は幕を閉じた。

 

 




 これにてバンシィと揚羽の戦いは終わります。いかがだったでしょうか?久しぶりのマルギッテの登場に、まじこいキャラ達が二人の戦いには関係なかったとはいえ登場させれたのは幸いです。これから彼ら彼女達がどうバンシィと関わってくるのか、あまり自信はありませんが楽しみにしていてください。

 今回も意見、感想、誤字脱字がありましたら是非よろしくお願いします。それではまた次回にお会いしましょう。では


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第十三話 優しい止まり木

 


 

「というわけで、こいつの実力は見させてもらった。従者達への紹介はまた後日にする。執事の仕事に関しては〜...ま、なんとかなるだろ」

 

 実に適当な締め方をする帝を尻目にバンシィは目の前にいる他の者達に目を向けた。

 

 九鬼揚羽との試合後、帝に手招きされバンシィは彼の横に立ち帝の言葉を聞いていた。ちなみに先程の試合で全闘気を使い切った揚羽は未だにバンシィの腕の中にいた。帝曰く、どうせ立てないならそのままでいいだろ、とのことだ。母や兄弟、従者達に示しがつかないと彼女は言っていたが帝は無視、ならもうそのままで良いかとバンシィも流されるまま揚羽を抱きかかえていた。彼女の顔は見えない。というより見たら殴られそうなので見ない。きっと、さっきみたいに顔を赤く染めているに違いないから。

 

「これからよろしくな、バンシィ・ノルン」

 

「はい、帝様」

 

「おう...そんじゃ、解散」

 

 と、あっさりと締めの言葉は終わり全員に解散と言い渡した帝。ぞろぞろと全員が屋上を後にする。そんな中で口々に先程の試合を見た感想を話し合っている声が聞こえて来るが、一番盛り上がっているのが帝であったのはバンシィの耳にもよく届いたからだった。

 

「我らも戻るぞ。しっかりと我の部屋まで送ってくれ...できれば誰にも見つからないようにな」

 

「わかりま...」

 

「揚羽様ァァ〜〜〜!!!」

 

 揚羽がバンシィに命令?というよりもお願いをしてきたのでそれに返事をしようとしたバンシィだったが、唐突に彼女の名を叫ぶ声が近づいてきた。

 

 そして執事服を着た若い男が屋上に乗り込んできた。その男が現れるや否や、揚羽はバンシィの腕の中から降り立ちいつも通りの様子で堂々とその男を迎えた。

 

(なんだ、立てれるじゃないですか...)

 

「揚羽様!ご無事ですか!?」

 

「相変わらずそそっかしい奴だな小十郎は。我なら見ての通りピンピンしておる。お前に心配される覚えはない」

 

「それは何よりです!」

 

 このやたらと元気一杯な男は九鬼揚羽の専属執事であり、名を“武田小十郎”。

 

 彼とは初対面のバンシィだが、一目見て彼の心根が実に清々しいことを感じ取り今後とも仲良くしたい相手の一人として覚えた。そう、まるで出来の悪い弟を想う兄のように。

 

「ちょうどいい、後々紹介されるだろうが先に済ませておこう。この男が紋が連れてきた元軍人のバンシィ・ノルンだ。仲良くしてやれ」

 

「はい!私の名前は武田小十郎。よろしく、バンシィ君」

 

「バンシィ・ノルン。バンシィで構わない、よろしく頼みます先輩」

 

「先輩はよしてくれ。私もまだまだ未熟な身、小十郎で構わない」

 

「わかったよ、小十郎」

 

 バンシィと小十郎は堅い握手を交わした。

 

「ところで小十郎。お前、我が頼んでいた資料の制作はどうなった?」

 

「は!こちらに」

 

 すると小十郎は懐に忍ばせていた紙の束を取り出し、揚羽に渡した。

 

「うむ。お前にしては仕事が早いではないか。関心したぞ、後程褒美の金平糖をやろう」

 

「あ、ありがとうございます!...ところで揚羽様、私からも一つ聞いてもいいでしょうか?」

 

「うむ、なんだ?申してみよ」

 

「先程帝様から揚羽様が立っていられないほど消耗しているからきっと彼に抱えられて降りてくるぞ?面白いものが見れるぞ?と聞いていたのですが大丈夫なんですか?」

 

「貴様は我の恥態が見たくてここに駆けつけたのか!我の意地を察しろ、馬鹿者がぁーー!!」 

 

「ぐはぁっ!申し訳ありません!!揚羽様ァァーーー!!」

 

 小十郎は揚羽のアッパーカットで天高く打ち上げられた。

 

 帝様はなんてこと言うんだ、と内心バンシィは呆れていた。せっかく揚羽が小十郎の前で情けない姿を見せないようにと意地を張っていたのに。

 

「思いのほか大丈夫そうですね。さっきまであんなに消耗していたのに」

 

「小十郎と父上に対する怒りで勝手に力が湧いてきただけだ。我もこれで失礼する」

 

 揚羽は溜息混じりでそんなことを口にした。普通はそれでも立ってられないと思うのだが、とバンシィは心の中で思うだけにとどめた。そしてタイミングよく降ってきた小十郎を揚羽が引きずりながら屋上を後にした。

 

 取り残されたバンシィも少しだけ夜風に当たってから屋上を後にし、こうして屋上での一件は幕を閉じた。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 自分の部屋に戻ったバンシィだったが、部屋に訪ねてきたあずみと李の三人で出かけることになった。あずみ曰く、お前とは積もる話もあるから酒でも飲みながら話そうや、と言うことらしい。あとステイシーを迎えにいくという口実も含めて。

 

 ちなみにあずみは先程までのキャピキャピした口調ではない。以前のようにさばさばした感じで話しているのだが、やはり先程バンシィがあずみの年齢に対して色々思ったことは覚えていたらしく部屋を訪ねてきて早々に「よお、覚えてるよなコラ?あァン?」とドスの効いた声と顔でバンシィに詰め寄り一発叩かれた。それでチャラにするということなのでバンシィは甘んじて受けた。

 

 そんなこともあって、バンシィは二人がよく通っているバーにやってきた。

 

 店内に入ってすぐ目についたのはステイシーがカウンターで眠りこけている姿だった。

 

「あ〜あ、やっぱり寝てやがった」

 

「まったく。ステイシー起きてください。バンシィが来ましたよ?」

 

「あぁん?バンシィ...?ッ!!アル、てめぇ!」

 

「バンシィだ」

 

「うるせぇ!お前なんてアルで十分だ!ここ座れ!ここ!」

 

 ステイシーが指刺したのは隣の席だった。バンシィはステイシーに促されるままその席に座った。それを見てあずみと李も二人の隣の席に腰掛けた。

 

「な、なんだよ...ちけぇな...」

 

「いや、お前がここに座れって言ったんだろ?」

 

「うるせぇ!てめぇなんざ一杯でノックアウトにしてやるぜ!マスター!この店で一番強い酒二つ持ってこい!」

 

「おいおい、とんだ絡み酒だなこりゃあ。とりあえずあたいは黒糖焼酎ロックで。あとナッツとプロシュート、それからオリーブマリネも頼む」

 

「私はキールロワイヤルを」

 

「かしこまりました。お客様もよろしいのですか?」

 

 「心」と書かれた眼帯をした隻眼のバーテンダーがバンシィに尋ねてきた。

 

「ええ、最初の一杯くらいはこいつに付き合います」

 

「かしこまりました」

 

 バーテンダーは早速注文されたお酒と肴の準備に取り掛かった。

 

「にしても、まさかお前まで九鬼に来ちまうとはな〜」

 

 あずみが感慨深そうにバンシィに向けてそう言った。

 

「あずみとバンシィはどんな出会いだったのです?」

 

「あたいとこいつが敵同士だった時にぶつかったのが最初かな?そのあと色々あってあたいのいた部隊に転がり込んだり、また敵になったりの繰り返しよ」

 

「基本的に敵同士だったな。まあ共闘することもあったが」

 

「それほど深い関係というわけではないんですね」

 

「まあ、ある意味因縁浅からぬ間柄って感じだな。深い関係って言うならやっぱりステイシーだろ」

 

「ギクッ」

 

 突然話を振られたステイシーが肩を震わせた。そのタイミングでバーテンダーが酒と肴をカウンターに置いたので、バンシィは目の前に置かれたアルコール臭がすごい酒をひと口飲んだ。

 

「あずみはバンシィとステイシーの間に何があったのか知っているのですか?」

 

「ああ、あれだろ?こいつとステイシーが()()っていう話」

 

「寝た?添い寝ですか?」

 

「いや男女の意味でた」

 

「ぎゃああぁぁッ!!」

 

 呆気なくあずみに暴露されて悶え苦しむステイシーは感情に任せて頭を掻きむしっていた。それ以上掻いたら血が出そうな勢いだ。

 

 あずみの言葉を聞いて李は「あ〜」とどこか納得したような声を漏らした。バンシィはとりあえず口を挟まないことにした。

 

「なんだよステイシー、その様子だと李に喋ってなかったな?」

 

「言えるわけないだろ!この私がこ、こんな奴とファックしたなんて!」

 

「ステイシー、言葉が下品ですよ?」

 

「ウルセェ!傷心してたとはいえ、あんな...あんな...ッ〜〜!!」

 

 当時の記憶が蘇ったのかステイシーは恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしてその顔を両手で隠した。顔の赤みは酒で酔ったものとは違うと彼女自身自覚があったのだろう。

 

「あのステイシーがここまで取り乱すなんて...ですが納得です。その手の話になるとステイシーは妙に話を逸らそうとしてましたし。ですが、傷心とステイシーが言ってますが一夜限りのことなんですか?」

 

 李がとうとうバンシィに話を振ってきた。まじまじとバンシィを見つめてくる李の目がちょっと怖いと思ったバンシィは、観念して話し出した。

 

「...一夜限りだ。別に恋人同士だったというわけではない。李も知ってると思うがステイシーには()()があるだろ?ほら、トラウマを引きずってる状態の」

 

 ()()とは、時々ステイシーは戦場で負ったトラウマを思い出し塞ぎ込んでしまう状態のことを指す。当然李もあずみも知っているし、九鬼で働く従者全員が耳にはしている話だ。

 

「ええ、知ってます。それが?」

 

「あの時のステイシーは半分鬱状態でな。元に戻そうとしたら、やけになったこいつが俺を襲ってきて勢いで俺も手を出したって感じだ。そのあと散々ステイシーに追い回されて、戦場でバッタリ顔を合わす度に脅迫してくるしでそれはもう大変だった」

 

「つまり合意の元でしたんですね?」

 

「当たり前だろ。俺に女を強姦する趣味はない」

 

「なら良かったです。ですが合意の元なら何をステイシーはそんなに悶えてるんですか?」

 

「恥ずかしいんだろ?ったく、乙女だなぁ〜オイ」

 

「だぁーー!!もう!」

 

 今なお悶えているステイシーをあずみがからかっていた。するとステイシーはやけになって注文していたアルコール度数の高い酒を一気に飲み干した。

 

「こんなウジウジしてる私なんざ私じゃねぇ!ロックじゃねぇ!おい、アル!」

 

「だからバンシィだって」

 

「どっちでもいいっつーの!今夜はとことん飲むぞ!そして酔い潰れて記憶を置いてけ!」

 

「無茶言うなよ...」

 

「無茶じゃねぇ!マスター、これあともうニ杯!あとピッチャーでビール二つ!」

 

「大丈夫かよステイシー?いくら明日休みだからって飲み過ぎだぞ?」

 

「そうですよ?せっかくの休みを二日酔いで棒に振ることになるかもしれませんし」

 

「そんなこと気にして飲んでられるか!おい、アル!まさか飲めないとは言わないだろうなぁアァン?」

 

「はぁ...マスター、頼む」

 

「かしこまりました」

 

 本当にいいのか判断しかねていたマスターにバンシィは溜息を吐きながらお願いした。

 

 こうなったらとことんステイシーに付き合おうと腹を括ったらしい。

 

「それと李!お前もアルと面識あったよなァ!なんか恥ずかしい思い出とかないのか!」

 

「恥ずかしい思い出限定かよ...」

 

「私は特に恥ずかしい事なんてありませんでしたよ?まあ私もステイシーと同じなんですが」

 

「ブーッ!」

 

「はぇ?」

 

「おいおい、まじかよ...」

 

 油断していたバンシィは飲んでいた酒を盛大に吹き出した。ステイシーは頭が回っていないらしくどういう意味かわかっていない様子だが、あずみは李の言葉の意味を察し戦慄の眼差しをバンシィに向けていた。

 

「私も彼と寝ましたよ、男女の意味で。もちろん合意の元でですが」

 

「ファーーック!?李もこいつと寝たのかよ!」

 

「てめぇ、とんだすけこまし野郎だなぁおい。私の部下を二人も抱いてたとはいいご身分じゃねぇか。しかも抱いた女が揃って美人とか、強くなりたくば食らえ!ってか?」

 

 完全にからかう気満々のあずみ。美味い酒に美味しいつまみ、そこに面白い話が転がり込んで来れば乗るのは当然といった様子であずみがどんどん詰め寄ってくる。

 

「まさか私の親友にまで手出してたとはなぁ。李、詳しく聞かせろ!」

 

「かまいませんよね?」

 

「...もう好きにしろ」

 

 バンシィは額に手を押し当て僅かに天を仰いだ。もうなるようになれ、と諦めにも似た表情を浮かべた。

 

 隣に座っている李がそれはもう水を得た魚のようにイキイキと語っていた。

 

 そりゃあ年頃の男なんだから性欲はあるしそれなりに興味もあった。恋人はいなかったし別にやましいことはない。バンシィの経験相手は全員合意の上でそういうことを致したに過ぎない。

 

 だが、いざ自分の情事を赤裸々に語られるのは心にくるものがあった。

 

(というか異様にあずみの食いつきがいいな?)

 

 どこかで聞いたことがある。

 

 “経験がないものほどそういうものに飢えている”と。

 

 もしこれが正しければあずみはそういう経験がないのだろうか、とバンシィはチラリとあずみを見た。

 

「なるほどな〜、どおりで女慣れしてるわけだ。かぁ〜憎い奴だわ」

 

「李、お前そんなことまで...おいアルてめぇ!李にもっと感謝しろよコラ!」

 

 案外そうでもないかも、とバンシィは思った。

 

 別にあずみの経験値に毛程の興味はないが、食いつきがいいのはステイシーも同じだった。

 

 最初はステイシーを慰める会みたいなものだと思って来たが状況は一変、どうせ慰めるなら俺を慰めてくれとバンシィは心の中で嘆いたのだった。

 

 するとバーのマスターがバンシィの前にコップを一つ置いた。

 

「ホットヨーグルト酒です。リラックス効果のあるホットヨーグルトと日本酒を混ぜたもので今のお客様には必要だと思いまして」

 

 マスターの心遣いに思わず涙が出そうになったバンシィ。

 

 リラックス効果があると言うだけあって、ひと口飲んで心が安らぐ思いだった。

 

 隣で騒ぎ立てる女性陣を尻目に今度から一人で来ようと思い至ったバンシィは、マスターの心遣いに応えるために出された酒を全部飲み干したのだった。

 

「お客様も大変そうですね」

 

「...ハハ」

 

 まだまだ冷える川神の夜はこうして更けていった。

 

 




 いかがだったでしょう?
 十三話はバンシィ・ノルンはすけこまし!でした。金髪美人に色白美女との大人の関係があったなんて川神学園の男子生徒に知られたら異端審問ものですね。まあ私の中ではバンシィはそれなりにイケメンで高身長、さらに筋骨隆々のナイスガイなんでモテて当然だと思ってます。

 次回ついにバンシィの仮面が完成!一週間なんてあっという間ということです。今回も意見、感想、評価、誤字脱字がありましたら是非報告よろしくお願いします。また次回お会いしましょう、では!


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第十四話 二匹の獣

  

 激動の飲み会を乗り越えてはや六日。バンシィ・ノルンは今日もまた九鬼家従者部隊の一員としてせっせと働いていた。

 

 働いていると言っても午前中はクラウディオの元で執事としての作法や所作を学び午後は戦闘訓練、津軽と共に盾の研究と新しい仮面製作、川神学園から下校してきた紋様との語らい、そして空いた時間で再び執事スキル向上のための復習。これが大まかな彼の一日のスケジュールだ。

 

 基本的に九鬼家とその従者以外とは顔を合わせていないバンシィ。桐山鯉の言っていた武士道プランの申し子達や紋様が内々的にとある依頼をした西の武士娘とは一度も会ったことがない。どこでバンシィの正体が漏れるかわからない以上仮面が準備できていない今は顔合わせはなるべく避けるようにと努めていた。

 

 それも明日までの話。

 

 ようやく明日仮面が完成するとつい先程津軽から連絡があったのだ。

 

「いよいよ明日ですね」

 

「ああ、一体どんな仮面に仕上がっているのか楽しみだ」

 

「あのオッサンとはほぼ毎日顔合わせてんだろ?ア...バンシィは?」

 

「いい加減慣れろよステイシー。明日にはこのスケコマシ野郎も表に顔を出すんだぜ?」

 

「どうにも慣れねぇんだよなぁ〜これ」

 

「おい、あずみ...いい加減その呼び方はやめてくれ」

 

「んー?なんならエロ魔人って呼んでやってもいいんだぜ、オイ?」

 

「.....」

 

「もういいじゃないですかあずみ。バンシィも困っていますよ?」

 

「いいや!李はどうにもこいつに甘いからな!むしろもっと困れ!」

 

「そうそう。新人にはあだ名をつけてやらねぇとな。なあエロ魔人」

 

「...もうスケコマシ野郎でいいよ」

 

 あの夜以来、あずみはずっとこの呼び方でバンシィを呼んでいる。流石に他の面子がいる前ではちゃんと名前で呼んでくれるが、バンシィを含めたこの四人がこうして集まった際には決まってスケコマシ野郎呼ばわりだ。

 

 バンシィは心の中でひっそりとまたあのバーに行く日もそう遠くないな、と思い至っていた。ちなみに飲み会の翌朝、案の定ステイシーは二日酔いとなりせっかくの休日を苦しんで過ごしたそうだ。

 

「大丈夫ですかバンシィ?なんだか仏のような顔をしていますが?」

 

「いや、なんでもない。李は優しいな...こいつらと違って」

 

「お?なんだなんだぁ?まーたスケコマシ野郎が李を垂らしこんでんのかー?」

 

「おいコラ!誰が優しくないだ!お前の面倒見てるのは李だけじゃないんぞ!」

 

「なんだよステイシー、ヤキモチかぁ?」

 

「バッ!?ち、ちちち違ぇし!別に私はこんな奴にヤキモチなんざ焼いてねえし!」

 

「露骨に焦って、動揺してんのか〜?んん?」

 

 あずみのからかう相手がステイシーにシフトしたらしい。李はそんなステイシーを見て生暖かい目で微笑ましそうにしていた。そしてバンシィは一時の休息を享受すべく無心の表情を浮かべ、ステイシーを仏のような広い心で見守っていた。

 

「してねぇし!全ッ然してねぇし!てかそこ!微笑ましそうにすんな!アルてめぇも仏みたいな顔やめろ!」

 

「アルじゃなくてバンシィですよ?」

 

「だあぁぁーー!もう!こいつら全然話聞かねぇよファック!!」

 

 そんなやり取りがあと数分は続き、ステイシーがドカドカと自室に帰ったのを皮切りに今日の集まりは解散となった。

 

 そしてバンシィは明日に備え早めに就寝したのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 翌朝の早朝。

 

「起きてください。朝ですよ」

 

 バンシィを眠りから覚まそうとする凛とした密やかな声が聞こえる。その声はしっかりとバンシィの耳に届き、体を伸ばしいつもの挨拶をする。

 

「おはよう李。毎度毎度起こしに来なくてもいいんだぞ?」

 

「いえ私がしたくてやってることですから」

 

 九鬼のビルで寝泊まりするようになってから李は毎朝バンシィを起こしに来てくれていた。正直な話バンシィは朝に弱いわけでもないし決められた時刻には確実に起きれるのだが、この通り李は毎朝確実に顔を出しにくる。

 

「では、服を脱がせますね」

 

「いや自分で脱ぐし着替えも一人でできるから」

 

 バンシィは自分で服を脱ぎ始めた。だが、上着を半分脱ぎかけた状態でバンシィの動きは止まった。

 

「...やっぱり今日も見るんだな」

 

「はい、これだけは譲れません」

 

「.......まあ俺は気にしないが」

 

 そう言ってバンシィは服を脱ぐのを再開させた。

 

 そしてバンシィの鍛え抜かれた肉体があらわになる。元傭兵時代に負った無数の生傷が歴戦の猛者だと知らしめるほどあり、細く引き締まったお腹周り、分厚い胸板、彫刻刀で刻まれたかのような彫りの深い背中、太く雄々しい腕と肩、それらを支えるアスリート以上に長く太い下半身を李はまじまじと見ていた。

 

「いつ見てもあなたの体は逞しいですね」

 

「そうか?近頃の若い女はこういう体よりもっと細くて綺麗な体の男を好むって聞くが」

 

「人それぞれですよ。私は好きですよ、あなたの体」

 

「それ絶対他の奴に言うなよ?」

 

「いい体と言いたいからだ...フフ」

 

「...五十点」

 

「そんな!?渾身の一発ギャグだったのに...」

 

 バンシィの採点を聞いて李がわざとらしくしなだれ落ちた。そんな李を無視してバンシィはそそくさと執事服に袖を通す。ちなみに先程の李のダジャレに対する点数はバンシィの温情も込められてのものだ。

 

 すると李は何かを思い出したらしく、ハッとなりさっきまでのおふざけモードから切り替えて立ち上がった。いや本人からすれば至って真剣(マジ)だったかもしれないが。

 

「ちなみに今日のバンシィの予定は午前に津軽様と会い新しい仮面の試着、午後は私と一緒に市街に出てパトロールです」

 

「鍛錬は無しか?」

 

「はい、クラウディオ様からそう仰せつかっております」

 

「わかった。よろしく頼む」

 

「ええ、こちらこそ...ちなみに午前も私はあなたと一緒です」

 

「何かあるのか?」

 

「いえ暇なので」

 

 有能な李が午前中は暇になるとは九鬼の人材の豊富さは恐るべし、とバンシィは内心そう思った。だが実際はこの日に備え李が仕事を繰り上げて終わらせたためで、何故李がそうしたのか理由を知っているのはあずみだけだった。そしてあずみはそんな李を見ながらニヤニヤしていたらしい。

 

 着替え終えたバンシィは李と共に朝食を済ませある程度時間を潰してから津軽海経がいる研究室に向かった。何故時間を潰す必要があったかと言うと、バンシィと李が朝食を済ませた時間帯ではまだ津軽が起きてないかもしれなかったからだ。津軽と会うたびに彼の目の下のクマが酷くなっているのを知っていたバンシィは昨日会った際にちゃんと睡眠をとるようにと注意し、彼もそれに頷いた。そして津軽に少しでも睡眠時間を多く摂って欲しいというバンシィのさりげない気遣いで時間を少し遅らせたのだ。

 

 そうしてバンシィと李は津軽のいる研究室の前にやってきた。

 

 そして扉を数回ノックすると中から津軽の声がした。寝起きなのか聞こえてきた声は掠れていた。

 

「失礼します」

 

 李が扉を開けながら入室時の挨拶を言葉にした。

 

 そして二人の目に飛び込んできたのはうつ伏せで床に倒れ込んでいる津軽の姿だった。

 

「なっ!?」

 

「これは一体!?」

 

「やぁ〜バンシィくん、それと李さんもおはよぉ」

 

 二人の驚愕した態度とは裏腹に津軽はそのか細い声で呑気に朝の挨拶をしてきた。

 

「一体何があったんですか!?」

 

 李はこの惨状を見て素早く津軽を抱き起こした。津軽が倒れてる床には散乱した書類に散らかった工具の数々と床と津軽の体に付着した赤い液体、まるで泥棒に入られ襲われたような有様だった。

 

「津軽、お前...」

 

 バンシィもこの光景を目にして言葉が出なかった。

 

「はは...やっちゃったよ...申し訳ない二人とも...」

 

「津軽様、お気を確か!」

 

「もう...いいかな、楽になっても」

 

「津軽様!」

 

「...李、落ち着け」

 

「ですが!」

 

「津軽......お前寝てなかったな?」

 

「へぇ...?」

 

 訳がわからないといった様子の李が素っ頓狂な声を漏らした。そしてそれは静かな研究室に響いた。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「いやぁ〜本当に面目ない!まさか自分でもここまで没頭しちゃうと」

 

「反省してください」

 

「まったくだ」

 

「...はい、申し訳ありませんでした」

 

 冗談混じりに津軽が申し訳無さそうにしていたが、李とバンシィの真剣な顔つきに流石の津軽もこれはまずいと思ったらしく真剣に反省した。

 

 何故津軽はあの場で倒れていたかと言うと、単に寝不足と空腹で力尽きて倒れただけなのだ。昨日バンシィが津軽の元から去ったあと、彼は食事も睡眠も休憩も忘れてぶっ通しで仮面製作を続けていた。あれもこれもとやっているうちに翌朝となり気づいた時にはあの場で倒れていたのだとか。ちなみに床と彼の体に付着していたのは彼が最近ハマっているトマトジュース。なんとベタなことを。

 

「でも健康にはいいと思うんだー」

 

「知らんがな」

 

 呆れ果てるバンシィ。もはやツッコむことすら面倒だと思っていた。とりあえず李が持っていた携帯用あずみ飯とエナジードリンクで一時的に回復した津軽。本当に李は優秀だと腹の底から思った。

 

「まあそう言わずにさ、ついに君の仮面が完成したんだ!今すぐ着けてくれ!」

 

 そう言って津軽は大きな箱を取り出した。そしてその中から()()を取り出した。

 

 黒いフルフェイス型の仮面で、顔の部分は金と黒色のフレームで覆われており、額には金色の大きな角を生やしていた。

 

「邪魔じゃないか、これ?」

 

「何言ってるんだい!いいかい?これは超広範囲の通信を可能とするブレードアンテナで索敵能力もあるんだ!それに見てくれ、このシルエット!まるで一角獣を思わせる雄々しくも美しい黒と金の黄金比!金色だけにね」

 

「ハッ!!

 

「反応しなくていい」

 

 気でも触れたのか津軽がそんなことを言うと李が反応を示す。余計な小ネタを挟むなとバンシィは津軽に呆れた。

 

「さらに両サイドに備え付けられた超小型バルカン砲!その威力は岩をも砕く!」

 

「おお!」

 

「仮面にはいらないと思います」

 

「そ、そうだな...」

 

 さっきとは真反対に李が冷めた感じで冷静にツッコんで呆れていた。危うくバンシィは我を忘れるところだった。

 

「そしてなんと言っても君が考案した製鉄方法で君自身の闘気を練り込んだフェイスフレームの変形機構!」

 

「これは変形するんですか?」

 

「もちろん!バンシィ君が闘気を高めればそれは発動する!まあ以前見せてもらったデストロイモード時限定だけど」

 

「なら滅多に見れないですね」

 

「そう!そこなんだ!滅多に見れないからこそカッコいいのだよ!...どうかなバンシィ君、この仮面は?」

 

 津軽は仮面の出来栄えを聞いてきた。

 

「いいんじゃないか?特に超小型バルカン砲は気に入った」

 

「気に入ったんですね...」

 

「ではさっきも言ったように是非試着してくれ」

 

 バンシィは津軽に言われた通りその仮面を装着した。着け心地は問題ない。頭にぴったりとフィットするしズレる心配は無さそうだ。重さもさほど感じない。実にヘルメットとしては上等なものだと実感できた。

 

「うん、着け心地もいい。視界も問題ない範囲だ」

 

「それは良かった!でも...」

 

「やはり執事服とは合いませんね」

 

 九鬼の執事たる者、まずは見栄えから整っていなければならない。仮面をつけて違和感が目立つのなら尚更だ。

 

「でも大丈夫だよ!こんなこともあろうかと帝様に執事服のカスタム許可は取ってある!」

 

『用意周到だな...ん、これは?』

 

 バンシィが声を出すといつもと違う声色が聞こえてきた。

 

「ボイスチェンジャーさ。正体がバレないようにするなら声も変えた方がいいと思ってね。今の設定は比較的君の元の声に近いものになっている。ちなみに声のバリエーションは二十種類ある」

 

『無駄に高機能だな...だが助かる』

 

「それで服の方はどうカスタムされるのですか?」

 

「あ、それも大丈夫。すでにカスタム済みの服がここにあるから早速着てみてくれ」

 

「本当に用意周到ですね...」

 

 早速バンシィは渡された執事服に着替えることにした。一度被った仮面を脱ぎそのまま元々着ていた執事服も脱ぎ捨てる。それを李はテキパキと綺麗に畳んだ。そしてカスタム済み執事服に袖を通し再び仮面を被る。

 

「おお...!」

 

「似合ってます!」

 

 二人から見た今のバンシィは黒そのものだった。といっても黒一色というわけではなく、中に着たシャツはネイビーブルーで黒に近い色合いを出しているが似合っており、ネクタイは金色。黒のジャケットにうっすらと見える程度に編み込まれた金糸が程よいアクセントになっていて一見全身真っ黒で暗めに見えるが、品位を損なわなずバンシィの体格に合った逞しく雄々しい風格がそこにはあった。

 

 そして津軽に手渡された黒の手袋をはめて完成!新生バンシィ・ノルン執事服バージョンの誕生である。

 

「うぅ、こんなに立派になって...」

 

『茶化すな、てかお前は俺の母親か』

 

 涙を拭うような仕草をしながらそんなことを口にした李に冷静なツッコみをした。

 

「さて、これで私もゆっくり寝られるよ」

 

『あんたはもっと寝ろ』

 

 心の底からそうツッコんだバンシィ。感謝はしているがもう少し自分の体を労れと強く思った。

 

 そうしてバンシィと李の午前の予定を終え、二人で津軽を部屋まで連行し寝かしつけたのだった。寝かしつけたと言っても子守唄を聴かせたとかそういう穏やかなものではなく、「私はまだ戦える!」と駄々をこねる津軽を李が強引に当て身をして強制的に眠らせたのだが、後にバンシィはこう語った。「あれは恐ろしく早い手刀だった。俺でなければ見逃してしまうな」と、李の当て身を色んな意味で絶賛するのだった。

 

 それからある程度時間が経ち、昼休憩を終えた二人は並んで廊下を歩き一階のフロントを出て外に一歩踏み出した時だった。

 

 目の前からよく知っている顔の小さな女の子が走ってきた。

 

「フッハハー!九鬼紋白、顕現である!とぉーー!」

 

 紋白が元気よく走ってきてバンシィにダイブした。それを難なくキャッチして抱きかかえたバンシィ。

 

「さすがバンシィだ。よく我を受け止めた」

 

『何故俺だと?』

 

 バンシィは不思議に思った。今の彼は仮面をつけ、執事服もかなり変わっている。事前にこの姿を見せてはいないバンシィは何故自分だとわかったのか疑問を浮かべた。

 

「我がお前を見間違えるはずなかろう。例え姿形が違っても溢れ出るオーラを読み違えるものか。それに九鬼の従者で仮面を被っている者などお前だけだからな」

 

『流石は紋様、見事な慧眼です』

 

 紋白の洞察力にバンシィは素直に感嘆の言葉を述べた。

 

「それでバンシィよ!それが新しい仮面か!」

 

『はい。そうです』

 

「おお〜!流石津軽だな、お前によく似合っている!声も少し変わっているな。うむ、あやつも気を利かせたのだな。しかし...獅子っぽさはあまりないな?」

 

『大丈夫です。変形するそうなので』

 

「おお〜!変形するのか!!男のロマンというやつだな!」

 

『バルカン砲もついてますよ?』

 

 大興奮の紋白。とくにお気に入りのバルカン砲の説明をバンシィがしようとしたら、横にいた李に頭部を軽く叩かれた。自重しろということなのだろう。う〜む、げせん。

 

「そうであった!せっかくなのだからバンシィに義経達を紹介しよう!」

 

 紋白との会話に花を咲かせていたバンシィだったが、紋白の後ろについて来ていた二人の少女を指し紋白がそう言った。

 

「はじめまして。義経の名前は“源義経”と言います」

 

「ども、一応武蔵坊弁慶を名乗ってます」

 

『そうか、君達が。私はバンシィ・ノルン。バンシィと呼んでくれ。一週間前からここで世話になっている』

 

 以前より紋白から話は聞いていた例の子供達。初対面ではあるが一方的に彼女達を知っていたバンシィは簡潔に名乗った。そしてひと目見てバンシィは彼女達が強いということを見抜き、内心この歳でこれだけの強さを有していることに感心した。

 

 するとバンシィの()()()()()()という言葉に彼女達は反応した。

 

「あの...もしかしてバンシィさん、一週間前に揚羽さんと戦いました?」

 

「うむ、姉上とバンシィは確かに戦ったぞ。実に見事な試合だった!姉上が負けたのは少し悔しいが、それは我の目に狂いはなかったという証拠さ!」

 

「あの揚羽さんに勝ったんですか!?」

 

「まじ...?」

 

「ええ、バンシィが勝ちました。私も見てましたから」

 

 バンシィが言うまでもなく、紋白と李がそう口にした。それを聞いて未だに信じられないと義経と弁慶は驚いていた。それほど揚羽の強さは隔絶したものだったのだろう。

 

(やっぱりこの前の物凄い気はこの人のものだったんだ。でも...)

 

(今はそれが感じられない。いや、隠してるのかな?だとすると相当な手練れだね)

 

 義経と弁慶は心の中でそう結論付けた。すると今度は別のことが気になった様子の弁慶が口を開いた。

 

「ところでその格好はなんなの?もしかして今日九鬼で仮装パーティーでもするの?」

 

『ああ、そうだぞ?二人とも仮装の準備をしていないのか?』

 

「そんな予定はありません」

 

 バンシィのちょっとしたジョークに李がバンシィを小突いた。

 

「フハハ!バンシィもお茶目な奴だな!」

 

「ほっ、よかった。義経はてっきり本当に仮装パーティーがあるのかと思って焦ってしまった」

 

「ふふ、面白いお兄さんだね」

 

 とりあえず掴みはバッチリだったみたいだとさりげなく李にドヤ顔する。表情はわからないがそんなバンシィを察したのか李は溜息をついて呆れていた。

 

『弁慶の質問に真面目に答えるなら、これは九鬼からの好意だ。私の素顔は表向きにはあまりよろしくないから、こうして素顔を隠している。執事服はオマケだ』

 

 嘘は言っていない。これならいつかこの仮面の下にある素顔を二人に見られてもいくらでも言い訳が立つ。

 

「そ、そうだったんですね。無遠慮なことを聞いて申し訳ない!」

 

「へぇ〜、それ聞いたらちょっとどんな顔なのか気になるかも」

 

「何言ってるだ弁慶。バンシィさんに失礼だろ?」

 

 義経は慌てた様子で頭を下げた。弁慶はさっきより興味を示したがそれを義経が注意している。

 

 どうやら義経と弁慶はバンシィの言葉を聞いて適当な勘違いをしてくれたみたいだ。二人には悪いが今はそれ方がありがたいとバンシィは思った。ちなみに今更だがバンシィは外では一人称を私にしている。正体を隠すためのささやかな抵抗でとして。

 

「それでバンシィ達はこれからどうするのだ?」

 

 バンシィに抱えられている紋白がそう尋ねて来た。

 

「私達は今から市街のパトロールに向かいます。それと一緒にバンシィに川神を案内しようかと」

 

「おお、そうであったか!確かにバンシィはここ一週間あまり外に出ていなかったからな...よし!我もついて行くぞ!どうだ義経、弁慶?二人もついてこないか?」

 

「え?義経達もついて来てもいいのか?」

 

「私達は別に暇だからかまいはしないけど...」

 

「問題ありません。せっかくの機会なんですから、みんなで一緒に行きましょう」

 

 紋白の提案にバンシィと李の仕事の邪魔にならないかと悩んでいた義経と弁慶。だが李は問題ないとあっさり同行を許し、判断しかねていたバンシィもそれに従った。

 

 そうして五人でパトロール兼街の散策へと踏み出したのだった。

 

 暫く歩いて川神の地をパトロールしていた五人は特に問題なく順調に歩みを進めていた。街の散策という点では色々と興味深いものが多いとバンシィは思い、気になったものを見つける度に紋白、李、義経、弁慶から説明してもらっていた。

 

 そして事前に李から聞かされていた問題の多摩大橋、通称変態の橋にやってきた一行。李の話によると、なんでもこの橋では度々色んな変態と出くわすそうでパトロールする九鬼の従者の殆どからその報告が上がっているらしい。

 

 一体どんな変態が出るのかある意味期待していたバンシィだったが、今回は違うらしい。

 

 橋の上には人集りができており、同様に橋の下にも人が集まっていた。そしてその大勢が割れんばかりの歓声をあげていた。

 

(何かあったのか?)

 

「あ、百代先輩だ!」

 

「あらら、また百代先輩に決闘挑んでる人いるわ〜」

 

 バンシィが不思議そうにして橋の下を覗くと、隣で同じく下を覗いていた義経と弁慶がそう言った。

 

 百代先輩。それが誰を指す言葉なのかは考えるまでもない。

 

 彼女達の視線の先をバンシィは追って、それを見た。

 

 そこには今まさに挑戦者を地に伏せた長い黒髪の少女がいた。

 

「あれが...川神百代」

 

 この町で知らない者などいない彼女の名をバンシィは呟いた。それが聞こえたのか否か定かではないが、彼女の目がバンシィと合った。

 

 獰猛な彼女の瞳と温和な彼の瞳が交錯し、確実にお互いを射抜いた。

 




 いかがだったでしょうか?自分的にはこれからマジ恋らしい小ネタを挟めていけたら幸いです。
 
 ついにバンシィの仮面が完成しました。イメージはバンシィ・ノルン ユニコーンモードを彷彿とさせる感じで仕上げたつもりです。ちょっと今回は文字数多めになりましたが、いい加減百代を出したいなと思い無理矢理そこに持っていきました。

 というわけで意見、感想、評価、誤字脱字がありましたらよろしくお願いします。また次回お会いしましょう!では!


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第十五話 兆しと思惑

 

 川神百代は退屈していた。

 

 世界に名を轟かせる武神と言われるだけあってその実力は本物で、武神を倒して我が名を高めようとする世界中の猛者が彼女に挑戦するがその悉くが一撃必勝。故に碌な試合と呼べる血湧き肉躍る熱い戦いなど経験したことがなかった。

 

 新しい仲間が二人も加わり、歴史上の偉人達が現代に蘇り、自分と対等に戦える相手が転入して来た今でさえも積もり積もったその憂さは晴れることはなかった。

 

 そして今日もまたその憂さを加速させる挑戦者がやってきた。

 

 周りには自分が決闘を挑まれたことを聞きつけた仲間達とその他大勢の観客が集まっていた。

 

 お互いに名乗り、一応の礼節は弁える彼女だが試合が始まればお構いなしに暴威を解き放つ。結果対戦相手は空の彼方へと飛んでいった。

 

 その光景を目にした観客達はいつものように黄色い歓声をあげ、百代はそれに応える。

 

(さぁて、今日のラッキー可愛子ちゃんはどこかにゃ?)

 

 先程の対戦相手のことなどすっかり頭から抜け落ちている彼女は観客の中から今日遊ぶ女の子を探し始めた。

 

 だが、ふとある視線に気づいた。

 

 その視線は橋の上からのもので見上げた先には義経と弁慶、それに九鬼紋白とその従者のお姉さんがいた。そしてもう一人黒と金のフルフェイス型の仮面をつけた謎の存在がいた。

 

 何故かその存在が気になり、どれほどの強さなのか試しに気を探ってみた。

 

(なッ!?)

 

 得られた答えは、普通。

 

 一般人に毛が生えた程度のものだった。仲間内で例えるなら風間ファミリーの一員である島津ガクト以下なのだ。

 

 それはおかしい。立ち姿に執事服越しでもわかる筋肉のつき方、何より一目でわかるその風格でその程度などあるはずがない。

 

 故に百代は動揺した。

 

 動揺し、高鳴る胸の鼓動を刻んだ。

 

 それほどまでに気を自在に制御する技術を有するものがまだこの町にいたのだと震えた。

 

 もはや彼女の頭に憂さ晴らしの女漁りのことなど無かった。

 

 今の百代はまるで得物を見つけた獣のように獰猛な笑みと瞳で真っ直ぐと標的を見定めた。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 百代が決闘すると聞きつけてやってきたその仲間達。

 

 その名は“風間ファミリー”

 

 風間翔一を筆頭に毎日愉快に楽しく遊んでいる彼らだが、あいにく風間は風のようにふらりと何処かに出かけてしまっていた。

 

 各々が適当に街を出歩いていたが耳に入った情報を頼りにここまでやってくると、リーダーを除いた全員がこの場に自然と集っていた。

 

「またモモ先輩に挑戦者か」

 

「相変わらず挑戦者が絶えませんね」

 

「今回の相手も秒殺なんだろうな〜」

 

「......あんまり強くなさそうだもんね」

 

「見てる感じ我流っぽいし、お姉様もあんまり期待してなさそう」

 

「...あ、終わったっぽいよ?」

 

「........」

 

「...ん?大和?」

 

 クリス、黛由紀恵、島津ガクト、椎名京、川神一子が今回の百代の対戦者を見て口々に語っていた。するとそんな話をしているうちに決闘は呆気なく百代の勝利で終わったことを師岡卓也が口漏らした。

 

 いつものことだ。そう全員が締めくくる中、直江大和だけは何も口にせず内心嫌な予感を感じていた。そんな大和を見て京が彼の顔を覗く。

 

(なんだ?この嫌な予感...もう決着はついたのに、なんかモヤモヤする...?)

 

 そんな大和の考えなど知らず百代が橋の上まで飛び上がった。

 

「おい?モモ先輩、橋の上に上がっちまったぞ?」

 

「可愛い女の子でも見つけたんでしょうか?」

 

「くぅ〜!相変わらず羨ましいぜ!」

 

「とりあえず僕らも追ってみようよ」

 

「...大和は行かないの?」

 

「ん?ああ...もちろん行く」

 

 未だに拭いきれない予感を抱えながら大和は彼等と共に橋の上に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 橋の上で百代の一発KO劇を見ていたバンシィを含む五名。

 

 義経と弁慶は百代の強さを改めて実感しつつ、それを口々に語っていた。

 

 だがそんな彼女達を尻目にバンシィはただ橋の下の一点を見つめたまま固まっており、それを訝しんだ紋白が口を開いた。

 

「どうしたバンシィ?」

 

『...こっちに来ます』

 

「む?」

 

 紋白が頭に疑問符を浮かべてそうな声を出した時、突然橋の下から大きな影が上に上がってきた。まるで大きな鳥が上空へと飛翔するように。

 

 その影は五人の頭上を通り、彼らの背後に降り立った。

 

「お前、九鬼の従者か?その仮面は正体を隠すためのものか?」

 

 一瞬にして橋の下からここまで軽々と飛んできた川神百代が着地早々バンシィに向かって問いかけた。

 

 いきなり現れた川神百代に驚く面々だが、バンシィは至って冷静に言葉を吐く。

 

『噂に名高い武神はえらく上から目線だな。質問の前に先ずは名乗ったらどうだ?』

 

 バンシィは抱えていた紋白を下ろしながら率直な感想と意見を告げた。

 

「武神って知ってんならわかるだろ私の名前...ま、いいか。川神百代だ...こっちが名乗ったんだからそっちも名乗れよ?」

 

『九鬼家従者部隊所属、バンシィ・ノルンだ」

 

「序列は?」

 

『ない。後ほど与えられる予定だ。...それと先ほどの質問に答えるなら半分正解だ』

 

「?...どういう意味だ?」

 

『この仮面の下はあまり人前で見せられるものではないからな。私なりの配慮だ』

 

「...わかった。そういうことならこれ以上は詮索しない」

 

『そうしてくれると助かる』

 

 どこか張り詰めた二人の問答に、じっとりとした汗をかいていた義経と弁慶。だが納得したことを示した百代は先程まで発していた威圧的な闘気を徐々に弱めていき、それを感じ取った二人は安心した様子で胸を撫で下ろした。

 

 しかし、安心するには早すぎた。

 

「最後にもう一つ聞かせろ」

 

『なんだ?』

 

「一週間前、九鬼のビルから感じられたあの気はお前のものか?」

 

 百代からの最後の質問。先程義経達にも聞かれたことだ。ここで嘘をついても意味は無いと判断したバンシィ。

 

『...ああ、そうだ』

 

 だが、その判断は失敗だった。何故ならバンシィは見落としていたのだ。あずみから事前に手渡されていた川神百代に関する資料に書かれた一節。

 

 “戦いに飢えている”という説明を。

 

 ドゴンッ!!!!!

 

 突如大地が大きく揺れた。正確にはバンシィ達が今立っている多摩大橋全体がまるで鳴らしのように大きく揺れていた。

 

 その発信源は膨大な闘気を爆発させ獰猛な瞳を一層ギラつかせる百代だった。百代の闘気は橋を揺らすことに留まらず、彼女を中心に猛風を起こして周囲にいる人間を誰彼構わず襲っていた。

 

 だがその闘気の波動を最も受け止めているのは他でも無いバンシィ自身だった。

 

「お前がそうか!!まさかお前の方からやって来てくれるなんてな!」

 

『闘気を収めろ川神百代!周りの者を巻き込むつもりか!』

 

 百代の無責任な行動にバンシィは語気を強め叱責した。だが今の彼女の表情を見るにそれは届いていない様子だった。

 

 すると橋の下から複数の少年少女達が上がってくるのを感じ取ったバンシィ。

 

「うわっ!」

 

「ぅおい!何やってんだモモ先輩!」

 

「これはッ!?一体なにが...!」

 

『おいおい、こいつはハンパねぇ闘気だぜぇ。みんな気をつけろ』

 

「一体誰に対して!?」

 

「義経と弁慶がいるぞ!」

 

「...でも二人に対してじゃないよ、これ」

 

「姉さん!!」

 

 風圧で転びそうになる師岡を島津が支え、状況の理解に追いついていない様子の風間ファミリー。一人腹話術の達人がいるみたいだが。

 

 するとバンシィと同じく彼らが来たのを察知した百代は解き放っていた闘気を少し弱めた。それは意図的なものではなく、自然とそうなったと言ったところで百代自身も自分の気が若干弱まったことを気づいていなかった。

 

「邪魔するなよお前達?私の渇きもこれで潤うから、なッ!!」

 

「ッ!!」

 

 途端百代はバンシィに突撃してきた。受け止めることも可能だがそれでは近くにいる紋白達を巻き込みかねないと判断したバンシィは一瞬で紋白を李に押し付け迫り来る百代の拳を受け止めた。そしてその威力の流れに身を任せることで紋白達から距離を取った。

 

 だが百代の一撃はあまりにも重く、バンシィの体は数十メートル近く飛ばされ橋の下に落下した。

 

『噂以上に出鱈目だな...。驚いたよ、武神の名は伊達ではないようだ』

 

「それは何よりだ!で、私と戦う気になったか?」

 

 バンシィを追って橋の上から飛び降りてきた百代は着地しながら嬉々としてそう尋ねてきた。

 

 降りてくるのは構わないとしても、せめて下着が見えないようにして欲しいと思ったバンシィ。だがそれは口にしない。言わぬが花というやつだと彼は自分の心内だけで留めておくことにした。

 

『悪いがそう言うわけにはいかない。正直な話私は仮契約の身だから身勝手な行動は慎まなければならないんだよ』

 

「なら問題ないじゃないか!さっそく試合おう!」

 

『君は私を路頭に迷わせたいのか...?』

 

「私に勝ったら養ってやるよ。川神院で」

 

『それは養うというより飼い殺しの間違いじゃないのか?』

 

「どっちでもいいだろ!!」

 

 これ以上バンシィとの無駄話に付き合う気はない様子の百代は、嬉々としてバンシィに突撃した。その速度は先程バンシィを橋の下まで吹き飛ばしたものの比ではない。構える様子の無いバンシィを見てこのスピードには反応できないのかと落胆しかけた時、一瞬の隙間に割り込むように聞こえたのはバンシィの声と聞き慣れた祖父の声だった。

 

『...時間稼ぎもこれくらいでいいだろう』

 

「顕現の参・毘沙門天!」

 

「がぁッ!?」

 

 バンシィの声が聞こえたかと思いきや、突然天から巨大な足のような物が百代を踏みつけた。たまらず百代は溜め込んでいた肺の空気を一気に吐き出し、地面にめり込むようにうつ伏せで横たわっている。

 

 すると巨大な足が降ってきた天から、羽織りをはためかせ一人のご老人が降りてきた。

 

「何をやっとるか!モモ!」

 

「じじぃ!これからだって時に邪魔す...」

 

「喝ッ!!」

 

 じじい、こと川神鉄心は雷鳴以上に鳴り轟かせる怒号をあげた。世界を揺らすほどの怒声。叱責された本人も含めて、この場にいる全員が叱られたような気分になった。

 

「邪魔して当然じゃ!この街を更地に変えるつもりか、馬鹿者が!それにお前の仲間まで巻き添えを食らうことになるのじゃぞ!」

 

「う...」

 

 それを言われては百代も矛を収めるしかなかった。彼女にとって仲間である風間ファミリーは家族同然の存在。それを自らの手で壊す行為など許せるわけがなく、百代は完全に反論する気を無くした。

 

「すまなかった。わしの孫娘がとんだ迷惑を...」

 

『気にしないでください川神鉄心殿。あなたが来なければ他の者が対応していましたし』

 

 バンシィは自分の背後に視線を送った。そこには金髪の老執事が立っていた。

 

「紋様を巻き込まないようにしたことは褒めてやるぞバンシィ。だがあの程度お前が制圧しろ。それと鉄心、貴様孫の教育がなってないな?」

 

「ヒュームか。う〜む、ここ最近耳が痛い話ばかりじゃ」

 

 いつの間にかバンシィの背後に立っていたヒュームが二人の会話に入ってきた。と言ってもバンシィは百代が気を爆発させた時から鉄心とヒュームの二人がここに来ることはわかっていた。だからこそ二人のどちらかに仲裁を任せたのだが、ヒュームからの異様な期待度の高さに勘弁してくれとバンシィは思った。鉄心は鉄心でヒュームの言葉がよほど痛烈に刺さったのか先程までの威厳ある態度が抜けきり、腰の低いお爺さんみたいになっていた。

 

「まあモモには後程きつ〜く折檻しておくわい。逃がさんからなモモ!」

 

「うっ...はい」

 

 バンシィ、ヒューム、鉄心の三人が話している隙をついて逃げようとしていた百代に鉄心が強めに釘を刺した。逃げられないと察した百代は素直にそれを受け入れた。

 

「ところでヒュームよ、この者がそうか?」

 

「ああそうだ」

 

「なるほどのぉ。まあわしとしては孫が迷惑をかけた手前断る気も無いわ」

 

「強さだけは保証しよう、それも極上のな」

 

「ほぉ〜。お主がそこまで言うか」

 

『...?一体何の話をさせてるんですか?』

 

 二人の話について行けていなかったバンシィ。だがその話の内容的に自分自身が関わっているのは確かだと察したバンシィは素直にどういう事か聞いてみた。

 

「なんじゃヒューム、お主まだ彼に言っておらんのか?」

 

「言ったところでこいつに拒否権はない。早いか遅いかの違いだけだ」

 

「はぁ...相変わらずだなお主は。お前さんも苦労するのぉ」

 

 何故か鉄心に同情されるバンシィ。ますます理解に苦しむ彼は、ヒュームに視線で説明を促すが無視された。それを見ていた鉄心は再び大きな溜息を吐き、ヒュームの代わりに説明することにした。

 

「後程正式に聞かされるとは思うが...お前さん、学生になるんじゃよ」

 

『..................................................................................................................んん?』

 

(ガクセイ?...オマエサンガクセイ?...oh、my Son?)

 

 唐突に発表された新事実を理解出来ず、バンシィの脳内では今も彼が知り得る数々の異国語でその言葉を変換し意味を読み解こうとしていた。

 

「...固まっておるぞ?」

 

「放っておけ」

 

 結果どうあっても今までの会話の続きにはならないと結論づけたバンシィはようやくその意味を知りまた固まった。

 

 一体誰がそんな突拍子もないことを決めたのかと考えたバンシィだったが心当たりが一つしかなくて頭を抱えた。当然それは帝の仕業で決めたのも今日の朝。即断、即決、即行動を実際にやってのけてしまう主人と上司に、バンシィは癒しを求め以前お世話になったバーに行くことを心に決めたのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 多摩大橋の上、百代とバンシィ、それに鉄心とヒュームの行末を最後まで見守っていた観客達の頭上にある太い鉄骨に観客達と同様に事の始まりから最後までを見ていた人物が二人いた。

 

「ありゃりゃ、やっぱ止められちゃったか〜。にしてもあの人何者だろ?...どう思いますマルギッテさん?」

 

「私の感想を聞いてどうするのです松永燕?」

 

「特に何も?ただ同じ橋の上に来たよしみとして意見交換でもしたいな〜って」

 

「私には不要だと知りなさい」

 

「ちぇー」

 

 たまたま橋の上で鉢合わせた燕とマルギッテ。元々橋の上で百代の決闘を見ていた燕と、バンシィと呼ばれる男が現れたと同時に橋の上にやってきたマルギッテ。

 

 燕の質問はただの興味本位では無いとなんとなく直感で感じたマルギッテ。そして燕の本心を直球気味に問うマルギッテだがそれは軽くいなされた。

 

(背丈も歩き方もほぼ同じ...やはりあの仮面の男が...だがしかし、あの強さは一体...)

 

(う〜ん、あれはヤバいかな。隙がなさすぎる。もしあの人が本気だったら、たぶんモモちゃん負けてたかも...もしかして、これって依頼に対する当てつけとか?早くしろってことかな?...)

 

 二人の頭の中はあの謎の仮面の男で一杯だった。いくら考えても答えが出るわけがなく、早々に思考を中断したのはマルギッテだった。

 

「もう帰っちゃうんですか?」

 

「見るものは見ました。それに、どうやら彼は学園に来るそうですし行動を起こすのはその時でも遅くはない」

 

「つまり...ハーゼンヤークトるんですね!」

 

「...Hasen jagd...」

 

「わわっ!冗談ですって!だからトンファー仕舞ってください、じゃないと燕ちゃん震えちゃいますプルプル...ちらっ」

 

 おふざけが過ぎたらしくマルギッテの目が真剣(マジ)になりかけ、その手が腰のトンファーに触れていた。慌てて燕はマルギッテに謝るが、それでもまだ余裕がある様子であざとく振る舞っていた。

 

「はぁ...これ以上あなたに付き合うつもりはありません。私はこれで」

 

 トンファーに触れていた手を戻して、燕に別れを告げてさっさと下に降りたマルギッテ。そんな彼女を見ながら燕はニヤリと口角を僅かに上げた。

 

(マルギッテさん、あの仮面の人となんかあると見た。態度や仕草じゃわかんなかったけど、私の直感がそう言ってる)

 

 燕が思う通りマルギッテの言動は至って普通だった。だが策略を好む燕には武人としての勘も鋭く、燕の見立ては的を得ていた。

 

「まあ、マルギッテさんの言う通り学園に来るらしいしその時にでも当たってみますか」

 

 燕はマルギッテとは違う方向に跳躍した。

 

 その軽やかな身のこなしは、まさに彼女の名に相応しく飛燕を彷彿とさせるものだった。

 

 だが只の燕ではない。松永の姓を持つだけあってその腹の内は油断ならないものだった。

 




 いかがだったでしょうか?なかなか書くタイミングもない上に、どう書こうか悩み、結果こういう流れに至りました。まあようやくって感じですね。ここまで来たらあとは流れに身を任せて書くだけです。
 
 やっぱり表現って難しいですね。頭に思い描いた光景をどう文字で表すのかを考えるだけで、一日の仕事があっという間に終わってました。ある意味投稿してて良かったと思った今日この頃です。

 今回も意見、感想、評価、誤字脱字ありましたら是非よろしくお願いします。川神学園でお会いましょう、では


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第十六話 川神学園

 

 陽気な日差しが降り注ぐ水曜日、バンシィは仮面とカスタム執事服を身に纏い川神学園3-Fの教壇に立ち自己紹介をしていた。

 

 3-Fの学生全員の目がバンシィに集まる。その大半が珍獣を見るような好奇心の眼差しを向けているが、二名ほど好奇心とは少し違う意味ありげな視線を向けてきていた。

 

(あれが松永燕か...にしても露骨に闘志を燃やしてるな川神百代は)

 

 何故こんな事になっているのか。事の発端は多摩大橋の一件である。

 

 鉄心から聞かされたバンシィが学園に通うという唐突な話に思考が追いつかなかったバンシィは、九鬼の本部ビルに戻り帝への面会を求めた。しかし時すでに遅し。帝は仕事で日本を経った後で、その代わりにクラウディオから説明を受けた。

 

「現在川神学園には一年、二年に一人づつ従者が配置されています。三年にも従者を一人置くべきだと若い従者の間で話がされていたましたが、それを聞いた帝様が是非貴方をと推薦したのです。まだここで働き始めて間もない貴方ですが能力的には申し分ありませんし、何より失った記憶を探るのに絶好の機会だと思いますよ?」

 

 とのことだった。

 

 従者の間では何故あんな新入りなのだ?という反感の声も上がっていたらしいが帝の推薦というのもあって話が簡単に進んだそうだ。

 

 決まったことに文句を言うつもりはないバンシィは後日川神院で筆記試験と面接を行った。面接官は学園の理事長を務める川神鉄心と川神院師範代のルー・イーである。

 

 筆記試験は難なく終え、面接では二、三質問された程度で終わった。その際鉄心に仮面を脱いでくれと言われ、素顔を言いふらすことはしないと約束してくれたのでバンシィは仮面を取り姿のまま面接を行った。

 

 そして面接も無事終えた後日に合格を言い渡されたバンシィは諸々の準備を整え、今川神学園3-Fの教壇に立っているのだ。

 

「それじゃあバンシィ・ノルンの席は...」

 

「はい!先生!」

 

 担任教師がバンシィに席を言い渡そうとした時、松永燕が席から立ち上がりながら手を上げて元気に先生と呼んだ。その燕の行動にクラスメイトの視線が集まる。

 

「どうしたのかな?」

 

「バンシィ君を歓迎したいと思います!」

 

「なっ!?」

 

「ムフフ、ごめんねモモちゃん」

 

「ぐぬぬぬ〜」

 

 燕の発言に驚く百代とクラスメイトメイト達、さらに百代に追い討ちをかけるように不敵に笑って見せる彼女を見て百代は悔しそうにしていた。

 

 この学園で言う歓迎とは、つまり決闘。百代が悔しがる理由はバンシィとの再戦する機会を燕に取られたことによるものらしい。

 

「さてバンシィ君、彼女の歓迎を受けるかい?」

 

『ええ、構いません』

 

「じゃ、そう言うことで!」

 

 バンシィが承諾した事を確認し燕はワッペンを取り出し、それをバンシィに向かって投げた。バンシィは燕から投げられたワッペンを受け取り決闘の意を示す。

 

「話は聞かせてもらったぞ。その決闘わしが許可しよう」

 

「学園長、いつの間に!...ゴホンッ、いつの間にで候」

 

 突然現れた川神鉄心に驚くクラスメイトの女子。彼女も癖が強そうだ。

 

「相変わらずキャラをぶらさない事に必死だな〜ユミは」

 

「何のことだからわからぬで候」

 

「ま、いいか。再戦できなかったのは残念だがいい機会だ、あいつがどれくらいできるか見極めてやる」

 

「百代が興味を示すほどの強さで候?」

 

「ああ、強いな。それも私と戦えるぐらいには」

 

「なるほど。百代が認める(ツワモノ)同士の決闘、実に興味深いで候」

 

 再戦できなかったことは悔やまれる百代だが今は二人の決闘がどう転ぶか楽しみにしていた。

 

 そして川神鉄心はバンシィと燕を伴い、決闘の場となる学園のグラウンドにやってきた。それに続いてぞろぞろと3-Fのクラスメイト達も校舎からグラウンドに降りてきた。

 

「燕、今回はどうする?また色んな武器使うか?」

 

「大丈夫モモちゃん。今回はこっちで行くから」

 

 百代が燕に武器の使用の有無を聞くが、燕は握った拳をパンパンと打ち鳴らして見せた。どうやら燕は以前百代とのレクリエーションとは違って無手で相手に挑むつもりらしい。

 

「わかってると思うが燕」

 

「うん、あの人とんでもなく強いね。けどそう簡単には負けないよん!」

 

 燕はそう言い残してバンシィと鉄心が待つグラウンド中央へと足を向けた。

 

「お待たせしましたー」

 

「もうよいか?」

 

「はい!あ、ルールに武器の使用は無しでお願いします」

 

「バンシィはどうする?挑まれた方に決定権があるぞ?」

 

『構いません。もとより使うつもりはないですし』

 

「よかろう。ではルールは徒手空拳のみ、武器の使用は禁止じゃ。それと授業に差し支えがないようにホームルームの時間までの決闘とする。両者異存はないな?」

 

『「はい」』

 

「では、はじめぇッ!!」

 

 鉄心の合図がグラウンド中に響いた。

 

「はっ!」

 

 まず最初に動いたのは燕だった。一瞬でバンシィとの距離を詰め顔面向けて拳を突き出してきた。それをバンシィは見切り重い拳を片手で受け止めると、そのまま受け止めた拳をガッチリと掴み、自分の方に強引に引き寄せながら彼女の腹目がけて側頭蹴りを放つ。

 

「ぉわっと!せいッ!」

 

「クッ...!?」

 

 だがバンシィの反撃に対して燕は引っ張られた力を利用して自ら身を宙へと飛び、華麗に攻撃を躱した。さらに躱し様に蹴りをバンシィの首筋に馳走してみせた。それには思わず苦悶の声が漏れるバンシィ。だがダメージは然程通ってはいないらしく、バンシィは何事も無かったかのように体勢を整えて燕を見据えた。それを見て燕は「やっぱりこの程度じゃダメか」と自分でも分かりきっていたらしく冷静に現状を受け止め、バンシィから少し距離を取った場所に着地した。

 

『次はこちらの番だ。シッ!!』

 

「ぅッ!!」

 

 腰を低く構えたバンシィの目にも止まらぬ電光石火のタックル。躱す暇もなく燕は腕をクロスに構えてそれを防ぐが、あまりの威力に足が地面から浮きそのままバンシィのタックルに引き摺られていた。

 

『ここからどうする、松永燕?』

 

「くっ...ぐはっ!」

 

 バンシィはタックルの体勢のまま右拳を引き絞り、上中下段の三連突きを放った。頭と足はなんとか防ぐ燕だったが腹にはバンシィの強烈な中段突きがめり込んでいた。

 

 そのまま吹き飛ばされる燕は痛みを耐え地面に手をつきながらなんとか体勢を整える。

 

「はぁ、はぁ、はあ...」

 

 よっぽど重い一撃を受けたのか燕の呼吸が荒くなる。それに対してバンシィは涼しげに佇んでいた。

 

『タイムアップにはまだまだ時間があるぞ?』

 

「げっ...バレてたか」

 

 燕の狙いをバンシィにあっさりと看破されていた。

 

 多摩大橋での一件を見ていた燕は彼が壁を越えた強さを持つ存在だということはわかっていた。故にこの決闘では勝つことよりもタイムアップによる引き分けを狙って彼の実力を測ろうとしていた。もちろん勝てるならそれはそれで御の字、より家名に箔が付くというもの。しかしバンシィの実力は燕が思っていた以上のもので、下手をすれば百代よりも強いかもしれないと彼女は思った。

 

『様子見をする余裕などないぞ?』

 

「でしょうね...ところでバンシィさん、その仮面の下ってどんな顔なんです?」

 

『そうだな、君みたいな年頃の女の子には刺激が強すぎる醜い顔とだけ言っておこうか』

 

「へえ、それは...ちょっと興味あります、ねッ!」

 

 息を整えていた燕は僅かにダメージを回復され、再度バンシィに向かって距離を詰めた。そこから繰り出される燕の高速の二連ハイキック、だがバンシィはそれを見切り両腕でガードする。

 

「お返し!」

 

『ムッ!?』

 

 さらにもう一撃と燕がハイキックのモーションに入ったかと思いきや、ハイキックのモーションはファイトで頭部にガードを固めていたバンシィの腹に燕の側頭蹴りがもろに入った。その衝撃で後方に地面を引き摺るバンシィだが、何故か燕の方が痛がっていた。

 

「痛ッ〜〜、バンシィさんお腹に何か仕込んでます!?」

 

『何も仕込んでいないぞ?』

 

「だとしたらどんだけ硬いんですか!バンシィさんの腹筋!」

 

『褒め言葉だな。そら、無駄口を叩く暇などないぞ!』

 

「くっ!」

 

 バンシィの猛攻が燕を襲う。それをなんとか躱しながら反撃をする燕は以前よりもより軽やかに身を翻す飛燕そのものだった。燕はこの決闘でより一層強くなっていたのだ。

 

 いつのまにか校舎の窓から二人の決闘を観戦する学生達の声がグラウンドを包む。そんな中、百代は燕がより強くなる姿を目の当たりにして震えていた。

 

(危なっかしいところもあるが燕の回避能力がどんどん上がっている、それに攻撃の精度も......これは決闘って言うより...)

 

「まるで稽古じゃな。それも相手のスタイルに合わせて成長を促進させる」

 

「じじい...」

 

 百代が二人の決闘を見ていて思ったことを鉄心が代弁した。

 

「学園長、こんなところにいてよろしいので候?」

 

「大丈夫じゃ。これでも一応見てるし、いざとなれば止めらことなど造作もないわ...しかしたまげたのぉ。彼奴には指導者としての才がある」

 

「...本当にあいつは何者なんだ」

 

 百代と鉄心、そして3-F所属の矢場弓子を含めたクラスメイト達は二人の決闘とは名ばかりの稽古をただ黙って見ていた。燕のイキイキとした表情は武人として、一人の女の子としてとても魅力的で逞しく、見た者達を夢中にさせるほどのものだった。

 

 そんな二人のやり取りを見て百代は何故あそこに自分がいないのかと悔しさで拳を強く握り、心の底からバンシィ・ノルンとの再戦を切に願った。

 

 加速する二人の攻防。

 

 燕はバンシィとの打ち合いで自身が確実に成長している事を実感し、それを可能とさせる彼に対し筆舌し難い感情を抱いていた。

 

(相手の力を引き出すことも出来るってどんだけハイスペックなのよ...けど...なんかワクワクするかも...!)

 

 これはもはや決闘ではなく稽古。燕がバンシィに稽古をつけてもらっているという形でだ。それはつまり手心を加えられていると言っても過言ではない事実で格闘家としては屈辱なはず。だと言うのに燕にはそんな気持ちが一切湧いてこなかった。むしろ高揚感すら覚えるほどで、彼と打ち合う度に自分の技がどんどん洗練されていきメキメキと上達することに嬉しく思っていた。

 

 それはまるで幼い頃に武道を始め、日々成長する自分を実感できたあの頃のように。

 

『流石は松永燕。成長速度が段違いだなッ!』

 

 拳が放たれ、それを受け止め反撃する。

 

「バンシィさんこそ!ほんッと!強すぎですよっと!」

 

 蹴りを躱し、華麗に舞いながら拳打を放つ。さらに追撃の一手として高速の上中下段突きを放つ。その動きは先程バンシィが見せた拳技と全く同じ攻撃で、流石にこの短時間で模倣してみせたことにはバンシィも驚き防御に徹した。

 

 それだけではない。

 

 そこで終わることなく燕の猛攻はより一層苛烈になる。上下左右縦横無尽にフェイントを織り交ぜながら拳や蹴り、手刀、掌底と変幻自在に攻撃を仕掛けてくる。

 

 一度は模倣された技に面食らったがバンシィは冷静に燕の攻撃の一手一手を捌き、隙を僅かに見せた燕の攻撃に合わせてカウンターを放った。

 

「ぐわっ!!」

 

 大きく蹴り上げられた燕の体は弧を描くように宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 

 それでも燕は起きあがろうとしながら、バンシィをその目で見つめていた。

 

『ふぅ...引き分けだな』

 

「えっ?」

 

「そこまで!!タイムアップのよりこの決闘、引き分けとする!」

 

 鉄心の宣言がグラウンドに鳴り響くと、グラウンド、校舎から割れんばかりの歓声が上がった。燕とバンシィの健闘を讃える拍手喝采が巻き起こり、観客達の決闘を絶賛する声が聞こえてきた。

 

『立てるか?』

 

 燕が観客達の歓声に呆然としていたら、バンシィは燕を気遣い手を差し伸べてきた。その手を燕は素直に握り、バンシィに支えてもらいながら立ち上がった。

 

「う、うん...ぅいたたたたっ!最後の蹴り上げモロにくらっちゃった...バンシィさん、おんぶして?」

 

『元気そうで何よりだ』

 

「むーーーっ」

 

『まあこれで私も川神学園の一員となったわけだ。これからよろしく頼む燕』

 

「はい!...それと良かったら今度個人的に付き合ってもらえませんか?...夜に」

 

『フン!』

 

「アイタッ!」

 

 燕の脳天めがけて軽めにチョップをしたバンシィ。チョップをしたのは左手なので軽めの金属音が鳴り、燕は自身の頭頂部を押さえた。

 

『大人をからかうもんじゃない。それと夜は無理だ、だが休日の昼時なら稽古をつけてやる、これでいいだろ?』

 

「しくしく...はーーい」

 

『さて、ホームルームの時間も終わったんだ。教室に戻るぞ?』

 

 そう言ってバンシィは燕に背を向け校舎の方に歩き出した。

 

 その背中を見て燕は柄にもなく本心からかっこいいと思ってしまった。広く分厚い大きな背中、どんなことでも受け止めてしまえそうな逞しい背中に思わず抱きつきたくなる気持ちが湧いていた。

 

(うーん、ミステリアスな年上の男性、か...ふふ、意外と悪くないかも♪)

 

 燕はそんなことを考えながらバンシィの後を追って校舎に入った。

 

 するとバンシィは下駄箱で立ち尽くしていた。何をしているのかとバンシィの横に回り込むと、バンシィの正面に陣取っている女性が一人いた。

 

「マルギッテさん...?」

 

 赤い長髪の軍人が鋭い眼光をバンシィにぶつけていた。

 

『君は確か...ッ!!』

 

 彼女の名を口に出そうとバンシィがした時、突然マルギッテはバンシィの顔面に向けて拳を放った。だがそれを左手で受け止めたバンシィ。その拳から伝わってくる想いはとても複雑であったが、中でも明確に一番力強く感じられるのは怒りだった。

 

『...何をするマルギッテ・エーベルバッハ』

 

「.........バンシィ・ノルン。貴様に決闘を申し込む」

 

 拳を戻し、懐から学園のワッペンを取り出したマルギッテはそれをバンシィに叩きつけた。燕の時とは違い、バンシィはそれを受け止めずただマルギッテを見据えていた。

 

「貴様が勝てば今後一切私達ドイツ軍は貴様に関与しないと誓おう。だが私が勝てばその仮面を脱ぎ、貴様の身に何があったのか話を聞かせてもらう」

 

『断る。軍とことを構えるつもりはないし、君は何か誤解をしているのではないか?』

 

「誤解だと言うならその仮面を今ここで脱いで見せろバンシィ・ノルン...いや、アル・シュバルツ!」

 

 二人の緊迫した空気に燕は口を挟まず、この先どう転ぶのか見守っていた。だがもう一人この場に居合わせたものがいたらしく、その人物が顔を出した。

 

「アル・シュバルツ...?」

 

「!...お嬢様、何故ここに!?」

 

 それは風間ファミリーの一員であるクリスティアーネ・フリードリヒだった。クリスはこの現状と先程耳にした名前に訳がわからないといった表情を浮かべマルギッテに歩み寄ってきた。

 

「マルさんが、凄い勢いで教室から飛び出して行ったって、聞いて、追いかけてきたんだが....アル兄さん、なのか...お前は...?」

 

 クリスがバンシィを見上げる。それはクリスが知っているアル・シュバルツと違い、今目に映っているバンシィ・ノルンという男はあの朗らかで優しいアル兄さんとは全然違って見えた。でもどこか重なる面影がある。それがたまらなく嫌で否定して欲しいのにバンシィは答えない。

 

「答えろ!!お前はアル兄さんなのかッ!!!」

 

『私は...アル・シュバルツではない。その男はもう死んだ』

 

「...へぇ...?」

 

「貴様ァァ!!」

 

 クリスが信頼し慕っている存在自身の口からアル・シュバルツは死んだと聞かされるクリスは一瞬思考が止まった。そもそも戦死扱いとなっていることすら聞かされていなかったクリスにとってそれは受け入れ難いこと。

 

 何より生きているくせにお嬢様を傷つける言葉を放つなどマルギッテは許さず激昂しバンシィに襲い掛かるが、バンシィの手で呆気なく取り押さえられ床に組み伏せられた。

 

「嘘だ...だって、アル兄さんは...任務で...!」

 

『その任務先で死んだんだろうな、軍では正式にアル・シュバルツの戦死が発表されている』

 

「そん、な...」

 

 クリスの瞳には今にもこぼれ落ちそうな雫が溜まっていた。

 

「お嬢様!その男の言葉を聞いてはいけません!」

 

『所詮軍などそんなものだ。死んだアル・シュバルツも悔やまれるだろうな』

 

「それ以上喋るな!!」

 

 クリスは大粒の涙を流してながら崩れ落ちた。声にならない声を上げ、深い悲しみがクリスの心を蝕んだ。

 

 再びマルギッテが声を荒げる。すると騒ぎを聞きつけた鉄心や百代、さらには風間ファミリーの面々までもが下駄箱にやってきた。

 

「これは一体...」

 

「クリスさん!」

 

「クリス!...テメェ、クリスに何しやがった!!」

 

「ちょっ!ガクト!」

 

「落ち着けガクト!まだコイツがクリスを泣かせたかどうかわからないだろ!」

 

「止めるな大和!こんなのどう考えてもコイツが悪いな決まってるだろ!」

 

「とりあえずマルギッテを離しなさい、バンシィ」

 

『...わかりました』

 

 バンシィなら掴みかかろうとするガクトを必死で抑える一子と大和、それを振り解こうとガクトがもなく最中、鉄心に諭されバンシィはマルギッテの拘束を解いた。

 

 そうするとマルギッテはクリスに駆け寄り彼女の背中をさすりながらバンシィをきつく睨んだ。そんなマルギッテの視線を意に介さずバンシィがこの場を去ろうとすると百代がバンシィの肩を掴んだ。

 

「待てよ。まだこの状況についての説明を聞いてないぞ」

 

『君に説明する理由がないが?』

 

「このっ!」

 

「よさんかモモ!!バンシィも煽るな。とりあえずクリスは保健室に連れて行け、事情は後ほど個別に聞くとしようか」

 

『わかりました』

 

 鉄心の提案を飲んだバンシィ。彼は視線で端で仲間達とマルギッテに介抱されるクリスを見て、何故か心が酷く痛んだ。

 

「まったく、入学早々問題を起こしおって」

 

 鉄心は溜息混じりに言葉が耳に届く。

 

 そしてバンシィは彼女達とは反対方向に歩み始めた。

 

 僅かに心に引っかかる罪悪感を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがだったでしょうか?少し遅れてしまい急ピッチで書き上げたので至らない点が多々あると思います。その都度修正しますので何卒ご容赦ください。

 では


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第十七話 篠突く雨の暗示

 

 とあるBARのカウンターの椅子に腰掛ける二人の男女。

 

 その一人の男の背中は酷く丸まっていた。

 

「はぁ〜〜、失敗したぁぁ〜〜」

 

「そう落ち込まずに、誰にだって失敗はあります」

 

「だがなぁ、あれはないって...」

 

 バンシィと李はいつもの九鬼本部ビルの近くにあるBARにてお酒を嗜んでいた。だがバンシィは仮面を脱ぎ、素顔の状態で自分がしてしまったことに対して項垂れていた。その有様を見れば彼がどれだけ落ち込んでいるのかよくわかる。そんな彼を励まそうと隣に座っている李が彼の大きな背中をさすっていた。

 

 バンシィが落ち込んでいる理由。それは川神学園への入学早々問題を起こしたことにある。

 

 2-F組所属のドイツからの留学生クリスティアーネ・フリードリヒの心を傷つけ彼女に涙を流させてしまい、バンシィはその己の失態を恥じていた。泣かせてしまったことも問題ではあるが、何より主人である紋白に従者の不始末として頭を下げさせてしまったことが何より問題だった。

 

 紋白はそのことを気に留める様子もなく、むしろバンシィを労ってくれたぐらいだ。それがますます彼の自責の念を強くさせ、紋白はクリスに謝罪しに行くと言い出した。このことに対してヒュームからキツイ一撃を貰ったが甘んじて受け入れたバンシィだった。

 

 その後、泣き止んだクリスは紋白とバンシィの謝罪を受け入れた。しかしバンシィを見たクリスの目は酷く怯え、同時に深い悲しみを宿していてアル・シュバルツの戦死を未だに受け入れきれていない様子だった。おそらく当分は彼女の顔を曇らせてしまうだろう。

 

 そんなことがあってバンシィ・ノルンは申し訳なさで胸を焦がしていた。

 

 彼女がドイツ軍と深い関わりを持っていることは知っていた。もちろん以前の自分とも。それをわかっていながら言葉を濁すことなくただ淡々と事実を突きつけた自分の愚かさが悔やまれるバンシィは珍しく愚痴をこぼしていた。その受け皿は偶然非番だった李が請け負ってくれたことで今の二人に至る。

 

「とりあえず明日も学園なんですから気持ちを切り替えてください」

 

「ああ...すまんな李、情けないところを見せてしまった」

 

「気にしないでください。たまにはこういうのもアリですから」

 

 涼しげな顔をして言う李だが表には見えない気遣いをバンシィに尽くしていた。背中をさりげなくさすってくれたり、これ以上バンシィが落ち込まないように気持ちの切り替えを薦めたり、仕舞いには今回の飲み代を奢ってくれたりと李の優しさがバンシィには感じ取れた。

 

「よし、落ち込むのは終いだ。まずは明日もう一度クリスに会って話してみるか」

 

「そうですね。それと今度はあなたが奢ってくださいね」

 

「ああ、勿論だ。その時は李の愚痴でも聞けると俺的には嬉しいな」

 

「九鬼の仕事は激務ですから多分いっぱいでますよ?」

 

「それは楽しみだ。後輩としてとことん付き合うさ」

 

「フフ、ならその時は遠慮なく」

 

 こうして話すだけでもバンシィは李に救われている。ならもし李が落ち込んだ時、彼女を支えて少しでも気がまぎれるように努めてみようとバンシィは思った。

 

 

  

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 時を遡りバンシィと燕の決闘が始まる直前。

 

 校舎内にいる生徒達が二人の決闘に騒ぎ立てていた頃、2-Sに所属しているマルギッテ・エーベルバッハもクラスメイトと共にその二人の決闘が始まる瞬間を目撃していた。

 

(バンシィ・ノルン...あなたが本当にアルなのかこの目で見極める)

 

 マルギッテの目がいつも以上に険しくなり、バンシィの一挙手一投足を注視していた。

 

 彼女の勘は“あれはアル本人”だと訴えてかけている。しかし見たところ左側の腕脚が義手と義足になっており、それを完全に使いこなしていた。それを執事服越しで見抜いたマルギッテは自身の勘を信じるべきか否か判断しかねていた。

 

 だが、それは一瞬で決まった。

 

 バンシィ・ノルンと松永燕の攻防を見て、彼女は自身の勘が正しかったと確信した。

 

 バンシィ・ノルンの動きが完全にアルと重なった。以前アルが軍の新人を鍛える際に見せた訓練方法。相手の限界値ギリギリまで追い込みつつ能力向上を図り、実戦に近い経験を積ませるながら訓練を受ける相手の可能性を示す教育方法。

 

 それはアル・シュバルツが軍で重宝され後輩達に慕われる理由であり才能の一つでもあった。

 

 現にバンシィと相対する燕は以前百代との転入初日に見せた決闘の時より強くなり、強くなっていく自身に高揚しているように見えた。それはまさしくアルが新人を鍛えた際にマルギッテが見た、伸び代ある新人達と同じ兆候であった。たったそれだけの要因で、彼こそがアル・シュバルツだと断定するにはあまりに浅慮だと他人なら思うだろう。しかし今まで何度もアルを見てきたマルギッテにとってはそれだけで確信を得るには充分で、何より胸の奥から湧いてくる熱がそう言ってくるのだ。

 

 そうして感じているうちにバンシィと燕の決闘が終わった。

 

 引き分けという形で幕を閉じ二人を見ていたマルギッテは、不意にちくりと胸を刺す痛みを覚えた。

 

 決闘が終わったあとのバンシィを見る燕の目はさっきまでと違って彼に好意を抱きつつあるもののように見えた。

 

 それがマルギッテにはたまらなく不愉快だった。

 

 彼の隣に立つのは自分であるはずなのに今それを成しているのは松永燕で、胸に感じた痛みは次第に怒りへと変わり、その矛先はバンシィに向かっていた。何故自分の元に帰ってこないのか、何故そんなに親しくしているのか、何故そんな姿になって川神学園(ここ)にやってきたのか、何故九鬼の従者なのだと苛つく理由はいくらでも湧いてくきた。

 

 居ても立っても居られないマルギッテは教室を飛び出した。

 

 背後から自分を呼ぶ担任やクラスメイトの声が聞こえてきたがそんなものは無視。一目散で彼の元に向かった。

 

 向かってどうする?

 

 この怒りをどうやってぶつける?

 

 そもそも彼は正体を隠している。

 

 ならその仮面を剥ぎ取って仕舞えばいい。

 

 どうやって?

 

(決まっている...力づくでだ!)

 

 階段を降りる速度と比例するようにマルギッテの脳内ではどうこの気持ちをぶつけるかを思考していた。

 

 そして下駄箱に到着したマルギッテはタイミングよくバンシィ・ノルンとその場でかち合った。

 

 自然と彼女の目が険しくなる。

 

 そして言葉よりも先に手が出てしまうマルギッテだが、案の定バンシィはそれを受け止めて見せた。

 

「......バンシィ・ノルン。貴様に決闘を申し込む」

 

 その後の記憶はあまり定かではない。

 

 ただ気づいた時には自分はバンシィ・ノルンに組み伏せられ、敬愛するクリスお嬢様が涙を流していた。

 

 その後マルギッテはクリスを保健室に連れて行き、クリスに説明を求められアルが現在どういうことになっているかをゆっくりと彼女に聞かせた。その時のクリスの酷く悲痛な面持ちはマルギッテの脳裏に焼き付き、バンシィがアルである可能性に関しては話せなかった。

 

 そして今マルギッテはその日の夜、クリスが暮らす島津寮の一室で、まるでようやく泣き止んだ幼子(おさなご)のように目を腫らし自分に寄り添いながら眠る彼女の顔を眺めていた。

 

 どうしてこんなことになってしまったのか?

 

 バンシィ・ノルンが悪いのか?

 

(...違いますね...これは、私の浅はかな行動が招いた結果。申し訳ありません、お嬢様...)

 

 もしかしたら彼女に涙を流させることなく彼と話せたかもしれない。

 

 怒りに任せた結果、クリスに深い痛みを与え彼との穏便な対話の機会を潰したかもしれないとマルギッテは今一度自身の行動を恥じた。

 

(どんな時でも冷静でいなければ...軍人として、情けないことです...)

 

「...ん〜マルさん.,.アル、にいさん......なかよくしないと...だめなんだぞ....」

 

 まるでマルギッテの心の声が聞こえていたかのようなタイミングでクリスが寝言を呟いた。

 

 だがその寝言はいつもの愛くるしいものとは違い、どこか切実で心にくるものだった。寝言を呟くクリスが身を捩り、温もりを求めるようにマルギッテへとさらに寄り添う。

 

「ええ、お嬢様の言う通りです....おやすみなさい、お嬢様」

 

 そう言うとクリスは安心したような表情を浮かべより深い眠りについた。

 

 それを見届けマルギッテも目をつむった。

 

(お嬢様様のためにも私が頑張らなくては......アル)

 

 心の中で思い浮かべる愛した男の顔。

 

 きっと必ず彼は帰ってくる。

 

 そう信じる乙女の心はそう想うだけでまた奮い立つことができる。だが人生で初めて抱いた恋心から生まれる勇気は、波濤のように押し寄せる不安で今にも崩れ落ちそうだった。

 

 軍人であっても彼女は一人の女性であり人間。

 

 はたして彼女が目を閉じたのは眠気からなのか、それとも頬を流れそうになる雫を押し止めるためかは彼女以外誰もわからない。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 所変わって中国、深山幽谷。

 

 そこに恐ろしい一族がいた。

 

「当主、客人が来ている」

 

「ほお、儂等曹一族の住処を嗅ぎつけ、しかも乗り込んでくるとは、ごほっ」

 

 女性の言葉に興味を示したのは当主と呼ばれる老いた男だった。しかしその男の声は威厳ある風格とは異なり弱々しく、実際病に侵されていた。

 

「Mと名乗る()だ。それも相当な手練れと見た。腰に刀を差しているが敵意はない」

 

「刀...日本の侍か?」

 

「だろうな。格好も日本伝統衣装の着物だった」

 

「なかなか派手な女侍だな。して何用だと?」

 

 当主の問いに女は手に持っていた手紙を渡した。その手紙にはこう書かれていた。

 

 『君達が探している人材が日本の川神にいる。一人は川神学園の男子高校生である直江大和、もう一人は九鬼で仮契約にて働いている可能性の獣バンシィ・ノルン。特にバンシィ・ノルンは君達にとって得難い才を持っているのは間違いないだろう。二人の詳しい詳細については手紙を渡しに来た彼女に聞いて欲しい。ーー〈Mより〉』

 

「M?もうひとりMという者がいるのか?...まあ良い。手紙の差出人といい客人といい名乗る気は無いようだな。だがなかなかに興味の湧く話だ。史文恭、その客人連れて来い」

 

「了解だ」

 

 史文恭と呼ばれる女の異彩を放つ瞳がより一層危ない気配を漂わせた。

 

 一方、手紙を届けにきた自身をMと語る女はこちらに向かってくる先程の女武人の気配を感じとり、その気配で首尾よく事が運んだことを察しニヤリと口を歪めた。

 

「ようやく会えそうだよ、アルくん...」

 

 女は腰に携えた二本の刀に手を当て、親しみを込めてその名を呼んだ。

 

 そして、そんな事が起こっている曹一族と長きに渡り対立する組織があった。

 

 それこそ英雄達が集う傭兵組織、梁山泊。

 

 宗の時代よりその組織の名は歴史上から姿を消したとされているが、実際には現代まで存続し続けており今も世界最高峰の傭兵として活動している。

 

 そんな傭兵組織もまたMと名乗る者より手紙が届いており、それを確かめるべく川神という舞台の壇場に上がろうと選抜が行われていた。

 

「はあああぁーー!!」

 

「これなら、どうだッ!」

 

「いくら武松さんと言えど!」

 

「四人同時攻撃ならぁー!!」

 

 彼女達四人の一斉攻撃が燃えるように赤い髪の女性に牙を剥く。

 

「ぬるい」

 

 だがそれら全ての攻撃を彼女は自身の体から発した炎の嵐で巻き取り掬い上げた。そしてその炎の嵐は苛烈な猛火として彼女達四人の体をその熱量で焼き払う。

 

「「きゃあああーー!」」

 

「「うわああ〜」」」

 

 そのなものを受けてしまえば彼女もたまらず悲鳴を上げる。結果その場に最後まで立っていたのは今もまだその熱で自身の体から陽炎を揺らめかせる武松と呼ばれた女だった。

 

「これでお前達が川神の地を踏むには力不足だとわかったろう」

 

「おっ、終わったかー?ブショー」

 

「九紋龍...」

 

 武松に声をかけてきたのは棒を肩に携え、左右の髪をリング状に纏めた女性だった。九紋龍、又の名を史進。彼女の後方には死屍累々の山が築かれており、武松と同様にさっきまで戦闘が行われていた事がありありとわかる。結果は言うまでもなく史進の勝利で幕は閉じていた。

 

 天傷星と武松の名を先代より受け継いだのが人体発火現象を起こした彼女で、渾名は行者。一方、棒を携えた彼女もまた先代より天微星九紋龍史進の受け継いでいる。

 

 そんな歴史的に重みのある名を名乗る彼女だが、実に飄々とした体様の史進が武松の元に歩み寄ってきた。

 

「しっかし派手に燃やされたなお前達。四人とも生きてっか〜?」

 

「うぅ...なんとか、人選に文句を言ってすみませんでした」

 

「まあ気持ちはわかんよ。...とりあえず怪我は安道全に診てもらえ」

 

 安道全とは梁山泊における医術に長けた異能持ちのことを言う。いわゆる医者だ。

 

「そうさせて...もらいます...」

 

 武松に焼かれた四人はお互いを支え合いながらなんとか立ち上がりその場を後にした。

 

 今行われているのは選抜ではなかった。既に人選は決まっており、それに異を唱えた他の者達が大勢いた事もあって武松、史進を含むその他選抜組が実力をもって返り討ちにしていたのだ。

 

「お!リンの方も終わったみたいだな」

 

 リンとは天雄星、豹子頭の林冲のことであり愛称でリンと呼ばれている。足元にまで達しそうな程に長い黒髪を持ち、落ち着いた雰囲気を出す美しい彼女もまた選抜に選ばれた梁山泊の傭兵だ。

 

「青面獣はとっくに終えて、手当たり次第下着を狩っているぞ?」

 

 青面獣、又の名を楊志。天暗星を受け継いだ彼女はミステリアスな雰囲気で感情の起伏が薄い事も相まって、より妖艶な美しさを醸し出しているが無類のパンツ好きとしてその名を梁山泊内で轟かせていた。しかも女性限定でパンツを盗むわ奪うわの悪行三昧。本人曰く、「美少女のパンツは一万年と二千年前から愛されている。そんな価値ある物が奪われるのは当然」とのことだ。きっと彼女は前世からそんなことを繰り返していたに違いないと梁山泊内全女性が思った。

 

「あー、それは無視していい。これでやっと川神に行けるな!わっちとしてはどんな強い奴がいるのか楽しみだぜ!」

 

「任務のことは忘れてないだろうな?」

 

「もちろんだって。難易度“天”以上、最高難易度を超えるランクの任務なんだ。忘れてる方がどうかしてるって」

 

「.,公孫勝あたりは忘れてそうだな」

 

「あっ!まさるの奴、来てねぇじゃねえか!」

 

「呼んでくるか?」

 

「そうしてくれ...」

 

 武松の提案を史進は実にめんどくさそうに頷き答えた。

 

 公孫勝、又の名を天間星の入雲龍。小さな体をしたその少女もまた才能は本物だがズボラな上に引き篭もり体質であり、アニメやゲーム、漫画などをこやなく愛する自称ニートだ。

 

 そんな彼女と仲の良い武松は今もまた公孫勝の世話焼きに努めていた。

 

 とりあえずこれで川神の地に足を踏み入れる選抜メンバーは揃った。(若干集まりが悪いが...)彼女達五名もまた川神という舞台に上がる強者であり、その中心にはバンシィ・ノルンことアル・シュバルツがいる。それは今後彼を中心に事が大きく起こることを差しているのだろう。

 

 Mと名乗る二人の目的とは一体。着々と川神に集まってくる世界の猛者達はその地で何を見るのか。

 

 そんな世界の至る所で影の者達が暗躍する中、川神では今年一番の大雨が降った。

 

 不安を煽るような梅雨時の雨がバンシィの耳に届く。

 

 最後の一杯を口に含むバンシィには、その雨音が誰かの泣き声のようにも聞こえたのだった。

 

 

 




 いかがだったでしょうか?最近投稿ペースが落ちていることに焦っている私ですが、いざ書こうと思うと頭の中に浮かぶフレーズや光景をどう文字として綴ればいいのか分からず四苦八苦していた結果こうなりました。世の作家さんがどれだけ本や文字に触れているのか想像するだけで感嘆の声が漏れそうです。

 一応補足としてマルギッテの心情についてですが、彼女もまた人であり女性。どんなに気高く武力と知性に富んだ彼女でも悩み苦しむことはあります。それが初恋なら尚更ですね。今後彼女達の甘酸っぱい青春を描けたら私としては幸いです。

 あとこの作品はガンダムUC RE:0096のネタを多分に含みますが、タグでもあるようにFateネタもあります。その証拠に今後Fate ground orderで有名なあの......いえ、これ以上は言えませんね。Mと名乗る女性が一体誰なのかも、楽しんでもらえる一つの要因として伏せておきましょう...今はね。

 さて次回はまたまた川神学園に転入生来訪です。これだけ転入生が来るのは珍しいと言うより異常ですよね。その異常が今後どうなっていくのかもお楽しみください。今回も意見、感想、評価、誤字脱字がありましたらご報告ください。では


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第十八話 美少女剣士、現る

 

 昨晩の夜から降り出した梅雨時の雨は昨日までの暖気を冷やし切り、翌日の朝にはすっかり冷え込んでいた。

 

 ちょうど衣替えを始めようとしていた川神学園の学生達は見た限りでは皆冬服のまま傘を差し登校しており、その様子を同じく傘を差して歩いでいるバンシィは見ていた。

 

 紋白から一緒に車に乗って登校しようと誘われたがバンシィはそれを断った。どうしても彼女の様子を見ておきたかったから。

 

 ふと目の前を歩く冬服の集団を見つけた。

 

 風間ファミリーだ。

 

(彼女は...)

 

 バンシィが気にしている相手を風間ファミリーの中から見つけようと気を探る。それをあっさりと見つけたバンシィは少し大きな声でその相手に届くように声をかけた。

 

『クリス』

 

「ッ!!」

 

 後方から声をかけられたクリスの傘が揺れ、彼女が声をかけてきたバンシィの方に振り向いた。そしてクリスと同様に周りのメンバーもこちらに振り向いた。

 

「バンシィ...」

 

「テメェ、クリスに何のようだ!」

 

「やめなよガクト...九鬼の従者さんがクリスに何の用ですか?」

 

「モロも落ち着け。あいつはクリスに声をかけただけだろ」

 

 クリスは声をかけてきた相手の顔を見るなり顔を暗くした。そんな様子のクリスを見てガクトがバンシィに詰め寄ろうとするが師岡が止めようとする。だが止めようとした師岡も穏やかそうに見えてバンシィに対する質問には棘を感じた。そんな二人を冷静に宥める大和もまたバンシィを見る目は友好的ではなかった。

 

『すまない、お前達の登校の邪魔をするつもりはないのだが、どうしてももう一度彼女に謝っておきたくてな。本当にすまなかった』

 

 バンシィはクリスを含め風間ファミリーの面々に対して頭を下げた。そんなバンシィの潔さを見て風間ファミリーの面々は何も言わなかった。

 

「...顔を上げてくれ。昨日のことは私も突然泣いてしまい申し訳なかった...あの後マルさんから聞いた。アル兄さんは...まだ帰ってきてないって。それと軍でどういう扱いを受けて、どういう対応をされたかも」

 

「クリスさん...」

 

 クリスの鞄を握る手に力が入る。そんなクリスを見て由紀恵は自然と彼女の名を呼んでしまう。

 

「だが私は信じている!アル兄さんは強いんだ!私が尊敬する人の中でもダントツにだ!だから、きっと帰ってくるって私は信じてる」

 

 誇らしそうに胸を張って堂々と宣言したクリス。その顔付きは昨日の絶望に染まったものとは違い、真っ直ぐで凛とした清々しい強さを感じさせるものだった。

 

 突然突きつけられた事実を彼女は受け入れた上で押し寄せる不安を跳ね返すほどの勇ましさを見せる彼女はとても眩しく、梅雨の寒気など吹き飛びそうだとバンシィは思った。

 

『本当に強くなったな...』

 

「え?今なんて」

 

『いや何でもない。君の真っ直ぐな姿勢に感服した、会って早々に申し訳なかったがこれからよろしく頼む』

 

「私も情けないところを見せてしまった。学年ではそっちが先輩だが入ったのは私が先だからな、遠慮なく何でも聞いてくれ!」

 

『そうだな。なら遠慮なく聞かせてもらおう、先輩』

 

「ああ!」

 

 バンシィとクリスはお互いに手を差し出し握手した。そんな二人を見ていた風間ファミリーの彼らも改めてクリスの魅力に気づかされ感心しつつ、クラスの潔さを習ってこれ以上バンシィにきつく当たることはしないことを決めた。

 

 クリスと握手したバンシィは自身から不意に溢れた言葉を思い返していた。

 

(本当に強くなったな、か...以前の俺と彼女はきっと良い関係だったのだろうな...少しだけ、記憶を失ったことが悔やまれるな)

 

 事前にクリスが軍と関係ある人物だと聞かさらていたバンシィが彼女にきつく当たったのは先入観もあったのだろう。今思えばそれがどれだけ愚かなことだったのかとバンシィは再度己の失態を悔いた。

 

 するとバンシィの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「よおおお!野郎ども元気してたかあ!」

 

『なッ!?』

 

 雨の中元気にこちらに向かって走ってくる少年にバンシィは見覚えがあった。

 

 その少年は以前再会を誓ったバンシィにとって恩人である風間翔一。彼は仲間達とは違う見知らぬ姿の男に気づき近寄ってきた。

 

「おお!なんだよその仮面、かっけえな!執事服ってことは九鬼の従者か...ん?あんたどこかで会ったか?」

 

(相変わらずいい勘をしているな。これも翔一の持つ豪運に由来するのかもしれないが、今は...)

 

『...気のせいではないか?』

 

 ここでバレては元も子もないとバンシィはとぼけて見せる。

 

「んん?なーんか引っかかるな〜...あんた名前は?」

 

『バンシィ・ノルンだ。会ったことがあるというなら名前ぐらいは覚えているだろう、この名前に聞き覚えは?』

 

「いんや無いな。でもな〜、んん〜...ま、考えても仕方ないな!思い出しはまたその時だ!俺は風間翔一、この愉快な仲間達のリーダーをしてる、よろしくな!」

 

『ああ、昨日川神学園に入ったばかりだからよろしか頼む』

 

 翔一は数秒を頭を捻りながら唸っていたが、気持ちを切り替え自分の名を名乗った。それに対してバンシィも内心ヒヤリとしたがそんな仕草は一切見せず初対面の相手として対応した。

 

(翔一には恩がある。いずれちゃんとした形で再会を祝わせてもらうとしよう)

 

 翔一はバンシィに名乗った後、仲間達の輪の中に飛び込み今回の旅の出来事を語り聞かせていた。そんな翔一の背中を見ながらバンシィは彼に対して申し訳なく思いつつも、いずれ来るであろう本当の再会のために彼にどう説明するべきか考えていた。

 

 そんなことをバンシィが考えているとは知らず翔一は雨の日でも変わらずハイテンションで仲間達と戯れていた。その一方で風間ファミリーのメンバーである黛由紀恵はバンシィにチラリと視線を向けた。

 

 彼女もまた強者。バンシィ・ノルンという男の実力が気になるらしく、今も波瀾万丈の冒険の内容を語り聞かせる翔一をは尻目に再度バンシィを見た。

 

「ん?どうしたまゆっち?」

 

「いえなんでもありません。行きましょうクリスさん」

 

「そうだな、バンシィもまた後でな!」

 

『ああ』

 

 そう言ってクリス達はバンシィを置いて先に進んで行った。

 

 彼女達の背中を見守るバンシィはその仮面の下に柔和な笑みを浮かべ、あの輪の中に自分は入ることはないと自覚した。それを哀しいとは思わない。ただ失った記憶の中で自分は彼等のような日々を送れたていたのだろうかと疑問に思い、その有無すら問えない今の自分に少しだけ寂しさを覚えた。

 

 それでも、とバンシィは振り返った。

 

 その振り返った先には三人仲良く登校する義経、弁慶、与一の源氏組が歩いて来ていた。

 

 振り返ったバンシィに気がついた義経がこちらを手を振っている。

 

(俺にはやるべきことがある。例え記憶の半分近くを失ったとしても彼等や彼女達を守ることは俺の願いでもあるんだ。この願いだけは今も昔も変わらないさ)

 

 義経達と合流したバンシィ。

 

 義経が一緒に学校に行かないか?と提案してきたのでそれを快く受け入れ四人は傘を差しながら一緒に川神学園へと向かった。

 

 与一とは川神学園に入る前に一度挨拶をした程度の会話しかしていなかったが割と話せた。どうやら彼もこの仮面がお気に入りらしく、バンシィがこの仮面には小型のバルカン砲がついていると説明すると与一は大興奮。やはりロマンがわかる奴は良いとバンシィはご満悦だった。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 バンシィがクラスに到着して早々、担任のゲイツ先生がクラスメイト全員を体育館に集めた。

 

 一体何事かと思うバンシィ。するとバンシィの横にひょっこり顔を出してきたのは百代だった。

 

「よお、クリスとは仲直りしたみたいだな」

 

『川神百代...ああ、おかげさまでな』

 

「あ!モモちゃんにバンシィさんおはよう!やっぱりクリスちゃんと仲直りしたんだ!」

 

「よ、燕」

 

『おはよう燕、やはり見てたか』

 

「ありゃま、バレてましたか」

 

 二人の後ろから現れた燕が百代とバンシィに挨拶すると彼女も何故か今朝のクリスとの事を知っていた。当然だろう、何せ彼女は学校の屋上から見ていたのだから。見ていたと言ってもハッキリ見えていたわけではなく、バンシィの行動を何となく予測し実際に遠目からでも橋で何やら話している雰囲気のバンシィとクリスを気で感じとった結果そういう結論に彼女は至ったのだ。もっともバンシィはそんな彼女の探るような視線をクリスと話している最中に感じ取り、雨天という視界の悪い中でもハッキリと目視していた。さすがは元ドイツ軍狙撃担当といったところ。

 

「てか燕、お前バンシィと距離感近くないか?」

 

「んん?そうかな?」

 

 百代が燕に指摘した通り、燕とバンシィの立ち位置が妙に近く感じる。別にバンシィが燕に近づいたわけではなく、燕がバンシィに寄ってきているのだがその距離感が百代には昨日会ったばかりの関係で済ませるには物足りない雰囲気であった。

 

「一応聞くけどお前たち昨日会ったのが初めてなんだよな?」

 

『ああ、そのはずだが』

 

「そだね」

 

「...まさか燕、こいつに惚れたのか?」

 

「一目惚れだね♪」

 

「なっ!?」

 

 百代が思わず驚きの声を漏らした。動揺させた本人はそんな百代を見て僅かにニヤリと口角を上げ、それをバンシィは呆れつつもしっかり確認していた。

 

「昨日はそりゃあもう激しくされて燕ちゃんクタクタだったよ〜。そのせいで燕ちゃんは大人の魅力に惹かれちったのさ!」

 

『コラ』

 

「アイタッ!」

 

 バンシィが燕の脳天にストンと落とすようなチョップをし、燕が声を漏らす。

 

『根も葉もないことを口にするな、年頃の女の子がはしたないだろ。一応言っておくが激しかったのは昨日の決闘のことだ。その後燕とはどうこうなっていない』

 

「私別に()()()()()()()()とは言ってないよん?」

 

『タチが悪い言い回しをするな。誤解を招いてどうする...まったく大人をからかうもんじゃない、わかったな?』

 

「大人の魅力に気づいたのは本当だよ?」

 

『大人の魅力、ねぇ...とりあえず燕は自分の列に戻れ、百代もいつまで生娘みたいに呆けている』

 

「だ、誰が生娘だ!」

 

「モモちゃんも彼と戦えばわかると思うよ?」

 

『おい』

 

「おっと、ほいじゃ!」

 

 再度バンシィに急かされ燕はいそいそと自分の列に戻っていく。そんな彼女を見届けてバンシィは百代に向き直った。よっぽどバンシィと戦った燕が羨ましいのか悔しそうに百代は燕を見つめていた。するとバンシィの視線に気づき百代がじっとりとバンシィを見つめ返してきた。その視線はバンシィと戦いたいという気配より何か別のことを思い返して恥ずかしそうにしている風に見える。

 

「...なんだよ」

 

『いや、普段からそういう風にしていればもう少し可愛いのになと思っただけだ』

 

「お、おお....お前でも人を褒めることがあるんだな。てかいつもは可愛くないのかよ!」

 

『一応美少女だということは認めている。しかし会ってまだ一日の間でお前は私にどんな印象を持っていたんだ...』

 

「ま、私が美少女なのは周知の事実だがな!」

 

 百代は豊満な胸を張ってそう言い切った。その姿を見てバンシィは百代がさっきまでの動揺を無かったことにしたいようにも見えた。生娘って言われたのがそんなに恥ずかしかったのか?無粋にもそんなことを考えていたバンシィに拳が飛んできたので普通にそれを受け止めた。普通と言ってもかなりの威力が込められている。

 

「今余計なこと考えただろ...?」

 

『気のせいだ。ほら、学園長が壇上にきたぞ、お前も自分の持ち場に戻れ』

 

「...まあ今回は見逃してやるよ」

 

 そうぼやきながら百代はバンシィの元から去った。それを見届けあたりを見渡すと、すでに全校生徒がこの体育館に集まっており彼らも何故ここに来たのか不思議そうにしていた。

 

「ゴホン、皆何故ここに集まったか不思議そうじゃな。簡潔に理由を言えば...新しく六名の転入生が来るからその紹介じゃ」

 

 壇上に上がった鉄心がそんなことを口にした。それを聞いた生徒達が一斉に騒めき出した。クリスにクローン組と九鬼の関係者、さらに燕にバンシィと続いてまた新しく転入生の登場。こんなに転入者が続いて良いものかとバンシィは内心思った。それは今も口々に声を発する他の生徒達も同じ感想なのだろう。

 

「学長!その転入生は女子ですか?」

 

「ほほほ、やはり気になるか福本育朗。安心せい、皆めんこい女の子達じゃ」

 

 2-Fの福本育朗がこれだけは聞いておきたいという風に真っ先に学長に尋ねた。それに対して鉄心の解答はYES。それを聞いて一部を除いた男子全員が雄叫びを上げた。若干一名、女子もとい武神もその雄叫びに参加している。

 

「やはり嬉しいか、わしも嬉しいぞ。学園がより華やかになってわしの心も潤うというもんじゃ」

 

「そんなことより早く紹介してくださいよ!」

 

「まあ慌てるな、じゃがはやる気持ちもわかる。それじゃあ早速全員出てきてもらうかの」

 

 鉄心の言葉を合図に壇上の下座から五人の女性が現れた。その全員が黒を基調としたチャイナ服のような格好をしており、男子のいろめき立つ声が上がる。

 

「英雄達が集う中国梁山泊の傭兵である彼女達じゃ。皆仲良くするように」

 

「学長、一人足りないぜ?」

 

「ああ、心配せんでももうすぐ来るわい」

 

 ガクトが壇上に立つ転入生が一人足りないことを指摘すると、鉄心はすでに承知のことらしく視線を生徒達の後方の閉め切っている体育館の扉に向けた。それに釣られるように大勢の生徒が同様に扉の方に視線を向ける。

 

 すると示し合わせたかのようにその扉が大きな音を出して開き始めた。

 

「ごめんなさーい!遅れましたー!」

 

 元気でハリのある大きな声が体育館内に響いた。

 

 中性的にも聞こえるその声の主が扉を開け放ちその姿を見せた時、バンシィは絶句した。

 

(なッ!?!?なんでアイツが...!?)

 

 薄く赤みを帯びた長い白髪を後ろで纏め、肩から胸元までをガッツリと露出させ、青と赤が基調のドレスチックな振袖姿でその着丈など太ももがガッツリ見えるぐらい短く、前屈みになればその中が見えてしまいそうな程だ。例えるなら日本文化とアニメや漫画がごっちゃになった知識で和服を着たけどコスプレみたいになってる海外の観光客のようだった。

 

 だが、そんなコスプレみたいな衣服が彼女の優れた顔立ちと着慣れた感が相なって不自然さなど欠片も感じさせない。

 

 その上、腰には二振の真剣が携えられている。

 

「どうもはじめまして!新免武蔵守藤原玄野信...は分かりにくいか。宮本武蔵です。気軽に武蔵ちゃんって呼んでね」

 

 得意満々に彼女は高らかにそう名乗りを上げた。六人目の美少女登場に体育館内に歓迎の叫びが響く。そんな叫びに照れながらも手を軽く振って受け答えをする彼女は、その人物を見つけまるでヤンチャな少年のような満面の笑みを浮かべた。

 

『ハハ...』

 

 その笑顔を向けられたバンシィは疲れたように渇いた笑い声を短く漏らす。

 

 彼女の登場が今後の川神にどう影響するのか、それは彼女と旧知の仲であるバンシィことアル・シュバルツですら読めなかった。

 

 

 




 いかがだっでしょうか?前々からマジ恋にFGOキャラ出すならこの人しかいないだろう!と思っていたのでついつい出しちゃいました。今後彼女がどう物語に関わってくるのかも楽しんでいただけたら幸いです。(もう川神学園は転入生でお腹いっぱいでしょうね、ごめんね川神学園)

 展開が展開なだけあって詰め込んで情報過多なのは重々承知していますがこれからも頑張って書き続けようと思います。今回も意見、感想、評価、誤字脱字ありましたら是非とも送り付けてください。

 そういうことでまた次回お会いしましょう、では


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第十九話 終わらない祭り

 

 美少女剣士“宮本武蔵”の登場で体育館の中は様々な思念で入り混じっていた。

 

「美少女キターーー(゚∀゚)ーーーーー」

 

「どこのクラスに入るんだろ?」

 

「えっろ!武蔵ちゃんえッッろ!」

 

「美少女が六人も...もうダメだわ、あんなのに勝てるわけないわ」

 

「諦めたらそこで試合終了よ!有名な監督さんだって言ってるじゃない!」

 

「彼氏が...欲しいです、先生...」

 

「誰がぽっちゃりだ!」

 

「てか、宮本武蔵って()()()()()()なの?プレミアムに気になるわね、九鬼のクローンかしら」

 

「これはこれは、またこの学園に見目麗しい華がやってきましたね」

 

「トーマ嬉しそう」

 

「ええ、学園が賑やかになることはいいことですから。ところで準はどうしたんですか?」

 

「若、俺はどうやらもう至ってたらしい...理想郷はここにあったんだ...」

 

「なんかハゲが悟ったような顔してる」

 

「準にはあの梁山泊から来た小さい子しか見えていないようですね。それで質問なんですが英雄、あの女性剣士さんも武士道プランの一環なんですか?」

 

「我が友葵冬馬よ、我はあの者を知らぬ。あずみは何か聞いているか?」

 

「いえ!全く何も聞かされていません!」

 

「つまり九鬼関係ではないと?」

 

「うむ、そこのところも是非とも聞かせてもらいたいものだ」

 

 各々が思ったことを口にしていた。そして宮本武蔵と名乗った彼女に対して訝しむような視線を向けるバンシィを除いた九鬼の従者達。ちなみに最初の台詞は百代が発した言葉である。

 

(あれが武神で、あっちにはヒューム・ヘルシング、ドイツの猟犬に梁山泊か...なかなかカオスだな〜)

 

 武蔵は自身に向けられた視線を辿り、自分に闘気をぶつけて来た相手達を目視した。世界の強者達が集った場というだけあって、向けられた闘気に彼女は身を奮わせていた。

 

(剣士の血が騒ぎますな!てかあの子は何処だろ?......あ、いたいた。相変わらず隠れるのが上手いな〜)

 

「とりあえず宮本武蔵よ、壇上に上がってきてくれぬか?」

 

「おっと、了解です!」

 

 騒ぎ立つ館内の中でも鉄心の声が確かに武蔵に届き、それに対してハッキリと返事をした彼女は颯爽と壇上まで駆け上がった。

 

 その身のこなしで学園の実力者達は一斉に彼女もまた真の強者だと察した。

 

「クリ、あの人」

 

「ああ、あの身のこなし...相当できるな」

 

「それになんだろう、あの人ちょっとお姉様と同じ匂いがするわ」

 

「モモ先輩とか...京はどう思う?」

 

「うーん、実力は確かだと思うけど未知数すぎて判断つかないかな」

 

 2-Fの一子とクリス、京も先程武蔵が見せた身のこなしに対してどう思うかと軽く話し合っていた。三人とも武蔵の実力を測りかねた様子で再度壇上に注目する。

 

 一方1-Cの黛由紀恵は彼女が現れて以降というもの奮えが止まらなかった。

 

「まゆっちどうしたの?なんかすごい震えてるけど?」

 

「伊予ちゃん、私あの人と戦いたいです」

 

「まゆっち...?」

 

「あの人が現れてからというものずっと気持ちが昂っているのです。おそらくあの人の実力は本物、それも私以上に。宮本武蔵という名が本物なら尚更彼女の剣技が気になります」

 

「おお、珍しくまゆっちが饒舌だ。なるほどなるほど剣士の勘ってやつだね」

 

「でも...」

 

「でも?」

 

「...どうやって話しかければいいのかわかりません」

 

「まゆっち....」

 

『だってあの人明らかに陽キャだもんな〜、オイラ達みたいな日陰者には眩しすぎるぜ』

 

「台無しだよまゆっち」

 

「うぅ〜...」

 

 由紀恵はクラスメイトであり友人である大和田伊予に情けなくも弱音を吐き、伊予はそんな友人の相変わらずな姿に本心からツッコんだ。

 

 そして壇上に上がった宮本武蔵に全校生徒の注目をかっさわれた梁山泊一行は愚痴にも似た感想を抱いていた。

 

「すげぇ人気だな。わっちらの登場が霞んじまったぜ」

 

「それだけ宮本武蔵という名の知名度は日本だと高いということだな」

 

「それだけじゃないと思うけどね...」

 

「なんにしろ、我々の任務に支障が出ないことを願うばかりだ...どうした入雲龍、そんなに震えて?」

 

「そりゃあ震えるって、だってあの宮本武蔵だぞ?私がどれだけ課金しても手に入れられなかったあの宮本武蔵!対魔力なのか?対魔力なんだな!?くっそぉやっぱりランクAは伊達じゃないな」

 

「...何を言っているのだ?」

 

「やめとけってブショー、触らぬまさるに祟り無しってやつだ」

 

「誰が祟り神だパッド」

 

「あれ〜、そんな奴この中にいたかな〜?」

 

「耳まで貧相だなんてもはや救いようの無いパッドだ」

 

「オーケー、聞き間違いじゃないみたいだな...往生しやがれー!」

 

いはいいはい(イタイイタイ)!や、やめおー(やめろー)ほほをひっはるなー(頬を引っ張るなー)!このむねなし(胸無し)がぁ〜!」

 

「この口か!この口が言うかー!!」

 

 壇上に上がっている梁山泊の彼女達は彼女達で何やら盛り上がっていた。史進に両頬をぐりぐりと引っ張られる公孫勝は涙目になりながらも口で抵抗を続けており、その都度両頬の痛みが倍増している。そんな彼女達を見ていた全校生徒達は呆気に取られていた。

 

「嗚呼、なんて可愛らしいんだ。ロリコニアはこんなにも素晴らしい楽園だったのか...」

 

「やばいよトーマ、ハゲのハゲがよりハゲになってハゲ散らかしてる」

 

「今にも天に召されそうな恍惚とした顔をしてますね」

 

 ただ一人井上準は頬を引っ張られている小さな女の子を見て涙を流していた。その涙はまるで菩薩が慈愛の心で流す涙のようにとても綺麗で、彼の酷く汚れた心を洗い流すかのようだった。

 

「ゴホン、もう自己紹介に戻って良いかの?」

 

「あ、ああ、すまなかった。史進ももうその辺にしてやれ」

 

 鉄心はようやく場の空気を戻そうと梁山泊一行の彼女達に声をかけ、それに対して林冲が応え史進を宥める。「ちっ、今日のところはこれで許してやる」といいながら史進は最後に公孫勝の頬を一捻りしてからその手を退けた。公孫勝はパンパンに赤く膨れた両頬を押さえながら涙目で史進を睨みつけているが、流石にもう観念したのかこれ以上口は開かなかった。

 

 そしてマイクを持った林冲が一歩前に出る。

 

「私は林冲。天雄星、豹子頭の林冲だ、よろしく」

 

 ちらりと林冲の視線が二方向に向けられた。ひとつは2-Fの方、そしてもう一つは...

 

(俺か...)

 

 3-F、というより完全にバンシィに向けられていた。まるで相手を見定めるような期待を若干孕んだ視線、何故自分なのかとバンシィは疑問を抱かずにはいられなかった。

 

(もう一つは2-F、というより直江大和だな...中国の傭兵集団が一体...)

 

「わっちは史進、九紋龍史進!よろしくな!」

 

「天暗星の楊志、よろしく〜」

 

「天傷星武松、よろしく」

 

「天間星入雲龍の公孫勝。私は天才だからな、仲良くしろよ」

 

 他の四人も簡潔に自己紹介を済ませると林冲と同様に大和とバンシィに視線を配ってきた。2-Fの大和も自分に対して視線が向かっていることに気づいたらしい。

 

「うむ、ということじゃから皆彼女達と仲良く切磋琢磨していくように。何か質問のある者はおるか?」

 

「はい学長!」

 

 一区切りついた後に鉄心が全校生徒に対して問うとこれまた2-Fの福本が真っ先に挙手した。

 

「林冲と武蔵ちゃんのスリーサイズはいくつなんですかー?」

 

「こら福本、場を弁えんか!この俗物が!」

 

「あひぃッ!」

 

 欲望(性)丸出しの発言に対し2-F担任の小島梅子が鞭がしなる。小島流鞭術の使い手である彼女の強烈な鞭撃が福本を襲うが程よく手加減されているためか、鞭撃を受けた福本は気持ちよさそうにのたうち回った。

 

 そんな彼を見て面白可笑しく笑う武蔵と質問の意図を理解しきれていない林冲は戸惑っていた。

 

「ほほほ、わしもそれは気になるな」

 

「学長...」

 

 福本に便乗する鉄心、ルーは呆れて言葉が出なかった。

 

「まあそれは今度にしておこう。他に質問したい者はおるかのぉ」

 

「はい学園長!」

 

「ほお、また2Fか。好奇心旺盛で大変結構じゃぞ、それで何かの甘粕真与?」

 

「はい、宮本武蔵さんに質問なんですが宮本武蔵さんも義経ちゃん達と同じクローンなんですか?」

 

 甘粕真与の質問に全校生徒が、それが聞きたかったと同意の視線を武蔵に向けた。

 

 そして武蔵は彼女の質問から一拍置いて、鉄心から受け取ったマイクに声を通した。

 

「ええ、私もクローンよ」

 

 それを聞いた全校生徒が再び騒めき出した。その中で最も衝撃を受けていたのは九鬼の関係者達だろう。武蔵のクローン発言に英雄、紋白、ヒューム、あずみが僅かに動揺の様子を見せた。

 

 そしてヒュームは襟元に仕込まれた通信機である人物に連絡を取った。

 

「聞いていたなマープル」

 

『ああ、嘆かわしいことだね。まさかこんな形で九鬼の技術が漏洩したことがわかるなんて』

 

 今日川神学園に梁山泊の傭兵達が転入してくることを知っていたマープルは興味本位で学園の近場に備え付けられた望遠カメラでその様子を眺めていた。そして唐突に現れた自称宮本武蔵のクローン。

 

 マープルは溜息を吐き、さらに言葉を続けた。

 

『とりあえず情報の漏洩に関わったであろう者の調査はもうしている。直ぐに犯人もわかるさね。ヒュームはそのままあの娘を観察してな、それと周囲もね。不審な輩がいたらなるべく怪我させないように捕まえておくれ』

 

「言われなくともわかっている」

 

 そう言ってヒュームは通信を切った。

 

「マープルか?」

 

「はい紋様、直に情報漏洩に関わった者が炙り出されるでしょう」

 

「そうか、ならマープルに任せて問題無さそうだな。しかし宮本武蔵か、是非とも九鬼に欲しい人材だな!」

 

「!!...はい、もしあの者が正真正銘の宮本武蔵のクローンならその伸び代は計り知れないかと」

 

 いつの間にか懐から名刺を取り出していた紋白は、九鬼が起こした不祥事より目の前の優秀な人材をどう勧誘するかと思考していた。ヒュームはそんな彼女の姿が帝の面影と重なって見えた。目の前の宝に瞳を輝かせる姿は帝そっくりで、内心彼女の成長を喜びつつ主人の考えに同調した。

 

 そして真与に質問されそれに答えた武蔵は言葉を続けた。

 

「といっても私は九鬼関係じゃないわ。けど、とある組織の研究機関で生まれた正真正銘宮本武蔵のクローンよ。その組織については話せないけどね。と言ってもそんな仰々しい話じゃなくて貴方達と同じように普通に育ったわ、まあ腕にちょっとばかし覚えがある普通の女の子だけど」

 

 そう言いながら武蔵は腰に携えた刀の柄をさすりながら、優しい表情を浮かべ真与に対してニカッと笑って見せた。

 

 すると真与の質問に対して答え終えたタイミングでまた一人大きく手を上げた。

 

「はいはーい!普通の女の子なら武蔵ちゃんは彼氏とかいますかー?」

 

 島津ガクトが全男子生徒(一部を除いた)の疑問を代弁した。おそらくほとんどの男子生徒が彼女の美しさと快活な姿に一目惚れしたのだろう。男子達が固唾を飲んでその返答を待つ。

 

「あ〜...いないね」

 

「「「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」

 

 男子生徒達の歓喜の雄叫びが上がった。

 

 今のうちに少しでも武蔵に好感を持ってもらおうと男子達が身なりを整えたり、あからさまに髪をかきあげイケメンアピールをしたり、自慢の筋肉を見せつけようと上着を脱ぐ者までいる。そんな男子達を見て女子は「うわぁ...」と軽く引き、武蔵はもう一言付け足した。

 

「でも私好きな人いるから、ごめんね」

 

 その言葉で男子生徒達は一瞬で崩れ落ちた。まるで一斉に男子生徒達が武蔵に告白しその全てを一瞬で振ったような光景が女子達からすれば痛快だっただろう。そしてほとんどの女子が思った、男ってバカだなぁと。

 

「ちなみに武蔵ちゃんの言う好きな奴ってどんな奴なんだ?」

 

「おっ、気になりますか〜武神?それはねぇ〜...そこにいる仮面の人だ!」

 

 その瞬間全校生徒に教師、梁山泊一行の視線がバンシィに向けられた。まあこの学園に仮面をつけてる奴なんて自分以外いないはな、とバンシィは仏のような心持ちでそう悟った。そして視線を向けてきた中の一人であるマルギッテは複雑な表情を浮かべていた。

 

『はは...』

 

「久しぶりだねア...じゃなくてバンシィ。私のことは覚えてるかな?」

 

『ああ、よぉく覚えているよ。相変わらず元気そうで何よりだ』

 

「君も元気そうで何よりだわ。大怪我をしたって聞いてたけど大丈夫そうね。まあ積もる話は後程語らうとして...そんな睨まないでよ猟犬さん」

 

 猟犬、その言葉が示す相手はこの場ではただ一人。マルギッテが威圧的な視線を武蔵に送っていた。

 

「宮本武蔵、どうやら貴方は彼のことをよく知っているみたいですね」

 

「ええ、知ってるわ。もしかしたら猟犬さんよりも知ってるんじゃないかしら?」

 

「!!...いいでしょう、貴方とは少しお話をしなければならないみたいです。私が川神の流儀で貴方を歓迎してあげることを感謝しなさい」

 

「決闘ね、じゃあ勝った方が負けた方になんでも好きなこと聞けるってルールはどう?」

 

「いいでしょう、望むところです」

 

 武蔵の発言がマルギッテの琴線に触れたらしく、マルギッテは武蔵に決闘を申し込んだ。それに対して呆気なく了承した武蔵は追加ルールを設けマルギッテもこれに賛成。

 

 二人の視線がぶつかり合い、武蔵は陽気で不敵な笑みを浮かべマルギッテは鋭く勇ましい表情を浮かべていた。

 

 そんなやり取りをする武蔵を横から見ていた梁山泊一行が口々に思いを言い合っていた。

 

「面白いことになってきたな!ドイツの猟犬対宮本武蔵、いいなぁ〜わっちも混ぜて欲しいぐらいだよ」

 

「史進にはもっとやるべきことがあるでしょ」

 

「だが九紋龍の言う通り、これはなかなかの見ものだぞ」

 

「日本の歴史に於いて無敗を誇り最強と謳われる剣士のクローン、一体どれほどの腕前なのか興味深い」

 

「ふあ〜...ぶっちゃけ私達には関係ない決闘でしょ」

 

「そんなに大きく口を開けてあくびをするのは危ないぞ?」

 

「あ、移動するみたいだよ。私はゲームしててもいいよね?」

 

「うぅ〜...公孫勝のためを思って言ったのに...」

 

「ほらほら泣いてないでリンも行くぞ、まさるもついてこないならそのゲーム機没収するからな!」

 

「ぐぅぅ...」

 

 マルギッテと武蔵の決闘に傭兵として興味深々な史進、楊志、武松、林冲の四人。しかし公孫勝にとっては任務に影響が出ないことだと割り切り興味の欠片もなく、暇そうにあくびをしていた。そんな公孫勝を見て林冲が彼女の身の安全を思って発言するが見事に無視され若干涙目になっていたので、見かねた史進がフォローする。二人の扱い方を熟知した史進の発言を皮切りに梁山泊一行も決闘の場となるグラウンドへと歩み出した。

 

 そんな中、3-S所属の二人の少女が何やら話し合っていた。と言っても和気藹々としたものではなく、一人の少女がもう一人の少女の様子の変化に心配していた。

 

「どうしたの清楚、顔色が少し悪いけど?」

 

「ううん大丈夫だよ旭ちゃん、ちょっと頭がぼーっとするだけだから」

 

 葉桜清楚の様子を心配そうに彼女の背中をさすり声をかけたのは学園評議会の議長“最上旭”。透き通るような白い肌に綺麗に真っ直ぐ伸びた黒髪が映える美少女だ。

 

 どうやら清楚は体育館からグラウンドに移動する途中で足元がフラつき転びそうになったところを最上旭がタイミングよくそれを防いだようで、旭は清楚な顔色を見て心配そうに眉をひそめた。

 

「大丈夫かね葉桜君、体調が優れないようなら保健室に行ったほうがいいぞ?」

 

 そんな二人の元に艶のある声を放つ着物姿の美少年がやってきた。彼の名は京極彦一。その甘いルックスとボイスで学園の女子から絶大な人気を誇っているが、本人にはそんな意図も興味もないらしく常に優雅に振る舞っている。

 

「ありがとう京極君、でも本当に心配いらないから、頭はぼーっとするけど逆に体からものすごく力が湧いてくるの」

 

「そう?けど無理しないでね清楚」

 

「うん。さ、二人の決闘見に行こ!」

 

 先程がフラつきが嘘のように清楚が軽やかに駆けた。そんな清楚を見て大丈夫そうで何よりだ、と京極は彼女の後を追う。だが旭は駆け出した清楚の背中を見守りながら彼女の内にある何かを確かに感じ取っていた。

 

 闘気とは違う別の何か。

 

 近いもので言えば英雄や紋白、揚羽に似た圧倒的な風格を現すような勇ましいオーラ。

 

 それを感じた旭は確信した。

 

(やっぱりそうなのね...)

 

 葉桜清楚が一体誰のクローンなのか公には公開されていない。

 

 だが旭の仮説と先程感じた覇気が正しければ、きっとこの学園はさらに面白くなる、と。

 

(彼女達も来ちゃったし、早く調整を終わらせないと...待っててね義経、アル・シュバルツ)

 

 はやる気持ちを抑えつつも不敵な笑みを零した旭は、軽やかなステップで彼女達の背中を追いかけた

 




 いかがだったでしょうか?日に日に落ちていく投稿ペースに焦りつつもなんとか書き上げた次第です。この土日にもう一話投稿できるように頑張ります!(間に合わなかったら申し訳ありません...)

 さて今回も梁山泊があまり目立たない回になってしまいましたが、彼女達の活躍はこの後になると思います。(ちなみに個人的に今一番推せるのは史進ですね。バレてるのに貧乳をひた隠しにする姿とか尊いです、おっとつい本音が、ごめんなさい)

 次回はまたまた決闘回。そのうえ葉桜清楚の様子が...!?そして最上旭の狙いとは一体...。今回も意見、感想、評価、誤字脱字などございましたら気兼ねなく申し付けください、では...


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第二十話 目覚め

 

 グラウンドに集まった全校生徒が円を描くような形でその中心に体を向けていた。

 

 中心部には武蔵とマルギッテが向かい合っており、得意満々な表情を浮かべる武蔵と研ぎ澄まされた獣の如き鋭い眼力で睨みを利かすマルギッテが互いの得物を手に対峙していた。

 

 彼女達を取り囲むように立つ生徒達は二人から一定の距離を空け、固唾を飲んで見守る者や勝敗の賭けをする者達と実に自由な様子でざわめいていた。

 

「二人とも準備いいかナ?」

 

「ええ」

 

「いつでもいいわ!」

 

 今回の決闘の審判はルー。鉄心、ヒューム、百代、そしてバンシィは四方に陣取り万が一観客に被害が出ないようにと配置されている。

 

 ルーの確認に対して二人は問題ないという意で即答。

 

「それじゃあルールの再確認ネ。武器の使用はあり、但し学園が用意したレプリカのみでの決闘。どちらか一方が戦闘不能もしくは降伏した際に決着とし相手に致命傷を負わせるのもダメだから続行不能と判断したらこっちで強制的に止めるからネ......では二人とも構えテ!」

 

 ルーが要項の再確認を二人に聞かせるがすでに二人の意識は互いに決闘相手に集中しており、最後の「構えて」という言葉のみに彼女達は反応した。

 

 武蔵の得物は本物そっくりな日本刀のレプリカ、それを両手に一刀ずつ持ち脱力した状態で待ち構えている。対するマルギッテは両手にトンファーを持ち隙のない構えを取っている。

 

「レッツ、ファァイッ!」

 

 ルーの気合いの篭った掛け声が轟く。途端マルギッテが駆け出した、獣のような低い体勢をとり弾丸のような速度で地面すれすれを走る。

 

 そして瞬間的な速さで肉薄してきたマルギッテに対し武蔵は上段からの一閃、マルギッテの弾丸のような突進を一刀の斬撃をもって受け止めマルギッテは武蔵の一閃を体の前でクロスさせたトンファーで防いだ。ぶつかり合った互いの得物から鈍く重たい音が響く。

 

 あまりに一瞬のことで何が起こったのか分からなかった観客達、だがその音と今もせめぎ合う二人の姿を認識し大歓声を上げた。その観客達をさらに盛り上げようとするかの如く、マルギッテが武蔵の刀を弾き高速の乱打を打ち込む。だが負けじと武蔵も二刀を華麗に操り高速の斬撃で応戦し、土煙を巻き上げるながらの二人の乱舞に観客達が一層の盛り上がりを見せた。

 

「「「「うおおおおおおーーーー!!」」」」

 

「すげぇ!どっちも負けてねえ!」

 

「マルギッテさんってあんなに強かったんだ!」

 

「マルギッテさんもすげーけど武蔵ちゃんもすげー!」

 

「なんかめっちゃワクワクしてきた!」

 

「こんな戦いを生で見れるとか役得すぎだぜ!」

 

「「「「どっちも頑張れーー!!」」」」

 

 これほどまでに白熱した戦いを見たことがなかったであろう観客達が口々に二人へエールを飛ばす。まるでスポーツ観戦をしているかのように興奮する学生達、拮抗する二人の激闘がより一層観客達の心を掴みにかかる。

 

「知らなかった...マルさんはあれ程までに腕を上げていたのか...!」

 

「クリスはマルギッテさんの実力知っていたんだろ?」

 

 驚きを隠せないクリスが二人の戦いに驚愕の眼差しを向ける中、大和が尋ねた。

 

「知ってはいた、でもこれを見てそれがほんの一部だったのだと今認識した。正直今の私では宮本武蔵殿と善戦するほどの実力はない、もちろんマルさん相手でもだ」

 

「ワン子と京は旅館に泊まったときマルギッテと戦ったんだろ?あそこまで強かったのか?」

 

 クリスの言葉を聞き、以前ファミリー全員で旅行に出かけた際の出来事を思い出し一子と京に聞いてみるガクト。その質問に対し二人は目の前の戦いから目を離すことなく答えた。

 

「強いとはわかってたけど、ここまでとは思わなかったわ。多分だけどあの時より強くなってると思う」

 

「うん、ワン子の言う通り強くなってる。でもあの時はあの時で本気じゃなかったんだと思う。もしマルギッテに本気出されてたら一分も保たなかったかも」

 

「おいおいマジかよ...」

 

「この二人にそこまで言わせるなんて...」

 

 一子、京は旅行の時のことを思い出しながら語った。もしあの時マルギッテに本気を出されていたら、と思うと二人は戦慄を覚える。それほどまでに目の前で戦いを繰り広げるマルギッテの鬼気迫る戦いぶりが二人には衝撃的だったのだ。思わず質問したガクトとそれを聞いていた師岡と大和すらも絶句する。

 

 そして大和はふと百代のことが気になり彼女に視線を向けた。大和に目に映った百代はとても嬉しそうだった。いや、単純に嬉しそうと表現するには物足りない、今すぐにでも二人の戦いに参戦したくてたまらないといった獰猛な笑みを浮かべその口元は犬歯を剥き出しにする程にニヤリと歪めていた。

 

(いい...!すごくいいぞ!武蔵ちゃんもマルギッテさんも壁を超えてる!こんな試合を見せられて滾らないわけないじゃないか!私もしたい!したい!したい!したい!...やらせろッ!!)

 

 今の百代を一言で表すなら歓天喜地、抑圧されていた欲求がこのタイミングで爆発し無意識下で彼女は足に力を込め蹴り込んだ、円の中心へと乱入すべく。

 

 そして百代が消えたと同時にバンシィも姿を消した。

 

 百代に視線を向けていた大和がその目で捕らえたのは二人が元いた場所に僅かに輝く金色の残光だけだった。

 

「なッ!?」

 

 百代が気づいた時には学園の屋上に着地していた。何が起こったのかわからない百代は硬直したが、すぐさまその原因と思わしき背後の相手を振り返って睨みつけた。

 

「どういうつもりだよバンシィ...」

 

『どうもこうも無いだろ、お前あの二人の試合に乱入しようとしたな?武人として恥ずべき行いだぞ』

 

「うっ...」

 

『お前が日々戦いに飢えていることは知っている、だが正式な決闘という場に武神ともあろう者が無闇に介入することは川神院の名を汚すことにも繋がる。それをちゃんと理解していたか?』

 

「うぅ...返す言葉も無い...止めてくれて助かった、おかげで冷静になれたよ」

 

『まあお前の気持ちもわからなくもない、あんなものを見せられて滾らない武人がいるわけないわな』

 

 バンシィはゆっくりと歩み出し百代の横を通り過ぎたところで止まり屋上のフェンス越しからグラウンドを見下ろした。百代もバンシィの横に行き同様にグラウンドを見下ろす。

 

「お前でもそうなのか?私はてっきりお前はそういうことには興味がないのかと思っていた」

 

『そんなことはない、私とて武人だ、あれ程のものを見て滾らないわけがない。百代と同じように戦ってみたいとも思う、だがやるべきことはキッチリやってからだがな?』

 

「ぐっ...もう反省したからいいじゃないか〜」

 

『お前忘れてないか?私以上にこういうことにうるさい身内のことを』

 

「ん?......あっ」

 

 百代はバンシィの言葉の意味を理解し、おそるおそるその身内の方に視線を向けた。そして、そんな彼女の視線を待ってましたとばかりに合わせてきた鉄心、どうやらかなりご立腹のご様子。

 

「うげぇ〜」

 

『この決闘が終わった後百代にはきつ〜い説教が待っているんだ、小言の一つや二つ増えたところで大したことではないだろ?』

 

「勘弁してくれよ〜〜」

 

 百代は重い溜息を吐きながらフェンスに寄りかかり、カシャンと音が鳴る。

 

 前傾姿勢で寄りかかっているため百代の豊満な胸部がフェンスに食い込み気味で少し押し潰されたようになっていた。バンシィはそんな彼女の姿をあまり見ないように視線を逸らし再びグラウンドへと視線を落とした。

 

「...今目逸らしただろ?もしかしてお前ってむっつりなのか?」

 

『大人を揶揄うな、大体年頃の女の子がそんな無防備な体勢をとるんもんじゃない』

 

「え〜これ意外と楽なんだよな〜...気になるか?」

 

『気にならん、はぁ...いっそのことそういうところも鉄心殿に叱ってもらおうか...』

 

 川神百代や松永燕といい、最近の女の子はどうしてこうも歳上を揶揄ってくるのか、とバンシィは額を押さえながら呆れていた。同じクラスで良い例を挙げるなら矢場弓子などをもっと見習って欲しいと強く思ったバンシィ。

 

(あの子はあの子で個性的だからな。良い例?とは言えないのか...?いや、普段の態度で言えば厳格に振る舞おうと頑張っているのだからそこは良い例だな、うん)

 

 などと思考しているとグラウンドからさらに大きな歓声が湧き上がった。

 

 どうやら武蔵とマルギッテの試合は数秒前よりもさらに白熱した様相になっているらしい。

 

 お互い肩で息をしている武蔵とマルギッテ。

 

「はぁ、はぁ...まさかこれほどの使い手だったとは、驚きました。宮本武蔵のクローンというのは本当のようですね、はぁ、はぁ...」

 

「はぁ、はぁ...信じてくれたなら何よりだわ、正直クローンであるか否かをどう証明したらいいか考えてたのよね、めんどくさいのは嫌だからこういう形で私が宮本武蔵だって証明できたなら良かったわ...ふぅー...にしてもお姉さん強いね、想像よりずっと強かったわ」

 

「私は軍人です、日々己を磨くことを怠ることはありません。常に上を目指していると知りなさい...それよりその言い方、まるでもう決着がついたような言い方ですね」

 

「あ、そういう風に聞こえちゃったならごめんなさいね...うん、お姉さんは確かに強いわ...でも私はまだ全力じゃない、別に手を抜いてたわけじゃないけど()()が相手なら遠慮する必要はないかなと思うの。だから、こっからは真剣(マジ)で行かせて貰うわ、そっちも真剣(マジ)でやった方がいいと思うよ?」

 

「...やはり気づいていましたか」

 

「もちのろん♪あんだけやりあってれば当然よ」

 

 武蔵は茶目気たっぷりな返事をしつつウィンクをした。なんとなく予想はついていたとマルギッテが肩をすかし、片目につけられていた眼帯を取り外し投げ捨てた。

 

 その瞬間彼女の雰囲気が変わった。

 

 眼帯をしていた時よりも鋭く重い闘気を爆発させるマルギッテ、武蔵は全身を針で刺されるような痺れを感じ満足そうに鼻を鳴らす。そして武蔵もマルギッテから溢れる闘気に対抗するように自身の闘気を高めた。

 

 立ち昇る二人の闘気が混じり合い熱気を帯びた風となって周囲へと撒き散らされる。その熱風は二人に近い場所にいる者ほど体感する熱量が上がり、身を焦がすほどの勢いとなって観客達を襲った。

 

 思わず慄いた声をあげる観客達は自然とその熱風が吹き荒れる領域から足を後退させる。

 

「いかん!ルーよ、この決闘はここまでじゃ!」

 

「わ、わかりましタ!二人ともそこまでだヨ、早くその闘気を収めないさイ!」

 

 だがルーの声は武蔵とマルギッテに届かない。

 

 今なお嬉々として闘気を高め続ける二人を見て、仕方ないとルーは強引にでもその決闘を中断させようと飛び出したその時だった。

 

 背後からとてつもなく荒々しい闘気が爆発した。

 

 まるで爆弾が炸裂したかのような地鳴り音を聞きルーは足を止め背後を振り返った。

 

「今度は一体なにガ!...なっ!?」

 

 振り返った先に広がっている光景を目にしルーは硬直した。

 

 先程の表現通りと言って差し支えないほどに爆発で生まれたようなクレーター、そこにいたであろう生徒達が吹き飛ばされかすかに呻き声をあげていた。

そしてその爆心地の中心には予想外の人物が悠然と立っていた。

 

 長く艶やかな黒髪をはためかせ、轟々と闘気の嵐を起こし、いつもならきっちりと着こなしている制服を雑に着崩した格好の少女。

 

「んはッ!はっはっはっはっはっ!!やっとだ、やっと出てこられたぞ!まさかこんな形で俺が出てこれるようになるとはな!」

 

「葉桜...清楚...?」

 

「いかにも、俺は清楚だ。だが少し違うな、俺こそが真の王!西楚の覇王項羽だ!」

 

「む!?あの清楚ちゃんがあの中国史最強と歌われる項羽じゃと...!?」

 

 項羽、中国史をかじった者ならばその名を耳にしたことある者は多いだろう。秦王朝を滅ぼし劉邦と次なる天下を争った西楚の覇王。その武勇と後世に残した偉業の数々はあらゆる点において有名なことだ。

 

 そんな人物が葉桜清楚の正体だと一体誰が思おうか。

 

 普段の葉桜清楚を知る者ならば項羽という名など出てくるはずがない。しかし事実彼女は自らそう名乗った。仰々しく泰然とした様相で堂々とそう名乗ったのだ。

 

 それには流石の鉄心ですら驚いた表情を浮かべた。するとそんな彼女の前に突然影が現れた。

 

「まさかこのタイミングで目覚めるとはな項羽」

 

「ヒュームか、何用だ?まさかまた俺を封印しようという腹ではないだろうな?」

 

「それを決めるのはマープルだ。とにかく話は帰ってからだ、大人しくその闘気を収めろ」

 

「帰るだと?んはっ!老いた男は寝言を昼間からでも言うみたいだな!それに闘気を収めろだと?無理だな、俺は今すこぶる機嫌がいい!あんなものを見せられて覇王が黙っていられるか、おい!そこの二人!」

 

 覇王清楚が武蔵とマルギッテに声をかけた。

 

 流石に二人も周囲の異常に気づき戦闘をやめていた。そして声をかけてきた清楚に体を向けた。

 

「なんです?」

 

「俺も混ぜろ」

 

「「...はい?」」

 

「聞こえなかったか?俺も混ぜろと言ったのだ。そして俺がお前達二人に勝ったらお前達は俺の部下になれ」

 

「意味がわかりませんね」

 

「同感、せっかくいい気分で戦ってたのにいきなり現れて決闘に混ぜろとか空気読んで欲しいんだけど?もしかして項羽って馬鹿なの?」

 

「ッ!?...今、俺を馬鹿だと言ったな」

 

「ええ、言ったわ。葉桜清楚の正体があの西楚の覇王だとは知ってたけど、まさか決闘に割り込もうとする脳筋お馬鹿さんだとは思わなかったわ」

 

 武蔵は呆れたように言葉を放ち、刀を肩で担ぎながらトントンと鳴らした。

 

 その挑発じみた武蔵の物言いに清楚が体を震わせる。

 

「貴様...俺を一度ならず二度も馬鹿と言ったな!馬鹿じゃない!俺は馬鹿じゃない!」

 

「あら、ちょっと可愛いかも...」

 

「はぁ、何を言っているのですあなたは」

 

 清楚の反発する物言いがどうやら武蔵の何かに触れたらしく、先程まで挑発していた相手に対して可愛いと呟く。そんな武蔵に呆れてツッコむマルギッテ。

 

「あまつさえこの俺を可愛いなどと愚弄するか!許さん、許さんぞ!!」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 清楚が怒りを露わにし闘気をさらに高めた。それを感じとった鉄心、ルー、ヒューム、武蔵、マルギッテはその闘気の高まりが看過できないらしく険しい表情を作った。

 

「いかん!!皆この場から離れるのじゃ!」

 

 鉄心が辺りの生徒達に声をかけるがすでに手遅れ。

 

「お前達全員吹き飛べッ!!」

 

 次の瞬間、膨大に膨れ上がった荒々しい闘気が清楚を中心に爆発した。先程清楚が生徒達を吹き飛ばした闘気の爆発とは比べ物にならないほどの威力、辺り一帯を吹き飛ばすほどの闘気の爆発が起こったのだ。

 

 鉄心、ルー、ヒューム、武蔵、マルギッテの五人ならばそれに巻き込まれても大丈夫だろうが、問題は他の生徒達だ。これほどの規模の闘気の爆発に巻き込まれてはひとたまりもない。

 

 まるで地震のような地鳴り音と揺れが川神市全体に響いた。

 

 そして爆心地であるグラウンドは空を覆い隠すほどに舞い上がられた土煙が濛々と立ち込めていた。そんな中で一人立っている者がいた。

 

「んはっ、ふっはっはっはっはっ!!見たか、俺の力を!俺を馬鹿にするとどうなるのか思い知ったか!」

 

 気分良く清楚が笑い声を響かせる。

 

 これで俺を馬鹿にする奴も口うるさい奴らも大人しくなったと清楚は思った。

 

 だが彼女の考えは立ち込めた土煙が晴れていくほどに早計だったと彼女自身が気づいた。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 清楚が目にしたのは自身が闘気の爆発で生み出した巨大なクレーターと横たわる生徒達、そして清楚以外のこの場にいる全員を守るように張り巡らされた金色の光の結界。グラウンドへのダメージは相当なものだが、武蔵やヒュームなどそれ以外の者達にはまったくダメージらしきものが見てとれなかった。

 

『まったく、おいたが過ぎるぞ葉桜清楚?』

 

 清楚の背後から知っている男の声が聞こえた。

 

「そうか、お前の仕業かバンシィ...!」

 

 振り向いた清楚は背後に立つ黒い一角獣のようなフルフェイス型の仮面を身につけた男を睨みつけた。

 

『さすがにこれはやり過ぎたな清楚、いや今は項羽と呼ぶべきか。少しばかり...仕置きが必要のようだな』

 

 バンシィは静かにその意志を示すように赤い瞳を輝かせた。

 

 




まずは皆さんにお詫び致します。前回の投稿時に土日中に次話投稿をすると言っていましたが度重なる体調不良と精神疲労、仕事との折り合いによってこのタイミングでの投稿となってしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
この一週間近くは本当に皆さんの感想や評価でとても励まされました。この場でお詫びとお礼の言葉を述べたいと思います。

さて、今回はいかがだったでしょうか?
どうにも自分が思い描いたように表現できたかとても不安ですが、やっと一つ自分が考えていたことが実現できたなと思います。読んでくださっている方々には怒涛の展開すぎて情報過多になっているかもしれませんがご容赦ください。

今回も意見、感想、評価、誤字脱字がありましたら気兼ねなくご報告ください。それでは


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