モンスターハンター・トータス2 (綴れば名無し)
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作者が思い出せる用に書いた主要人物紹介

 宣言通り書けたのでとりあえず投稿。
 こうやって書きながら先の展開を考えていけばスランプから脱出出来ると信じて。
 いつになるか分かりませんが主要人物くらいは顔くらい書いてみたい…
 話が進むたびに文章が追加されるので初っ端から読みにくいかもです。


 

南雲ハジメ 17歳

 本作の主人公。世間一般で云うところのオタクであり、白崎香織から熱烈なアプローチを受けたことがきっかけでクラスメイトの大半から嫌われ、虐めを受けるようになった。異世界トータスに召喚されて、クラスメイト達と同じ神の使徒になってから虐めの内容が過激さを増し、オタク趣味も楽しめない日々に精神が摩耗。自暴自棄になって神の使徒を辞めると宣言し、荒野を彷徨っていたところをモンスターに襲われて死にかける。偶然近くを通りかかった太刀使いの女ハンター・ルゥムに救われて、帝国の辺境にあるゲブルト村へと運ばれた。

 

 色々あってハンターになるが、帝国の皇女トレイシー・D・ヘルシャーに素性を知られ、彼が知り得る現代知識を対価に帝国市民権と当面の生活に困らない程の報酬金を渡される。当初は恩人である村の人達の為にとゲブルト村を拠点に活動しようと考えていたが、後述のある事がきっかけで故郷へ帰る方法を探すという建前でトータス各地を巡る旅に出た。

 

 村で生活している間、亜人族の問題に首を突っ込んでしまい兎人族の少女シアと彼女の部族、ついでに彼が起こした騒ぎの間で巻き込んでしまった獣人族を村の一員として迎えることになる。

 彼が村を去る決意をしたのは、決別した神の使徒の一人・優花を助けたことがきっかけだった。湖の街ウルに暮らす用心棒、かつて剣聖と謳われた女ハンター・リンネの依頼で彼女達をウルまで護送する特別任務を受けて彼は村を出て行った。補足になるが優花を助ける時にハジメは再びハルツィナ樹海へと潜り、そこで狐人族の少女・エタノ、森人族の少女アルテナと出会っている。

 

 村を出てすぐに彼は隣の町ブルックで巨大古龍ラオシャンロンの討伐に参加したり、途中立ち寄った王国の商業都市フューレンで記憶を失った真・神の使徒ノイント、人攫いに誘拐されていた海人族の少女ミュウを助けたり、ハジメとは違って人間族と敵対する魔人族の陣営に参加した元神の使徒・清水と敵対しながら親友になったり、突如襲ってきた古龍バルファルクに一度殺されたり、ノイントに恨みを持つ竜人族の姫・ティオと戦い彼女を旅の仲間にしたりと…かなり濃厚な日々を送っていた。

 

 目的地のウル手前で立ち寄った宿場町ホルアド、彼にとってはあまり良い思い出のない場所にあるオルクス大迷宮でピンチに陥っていた神の使徒達を救う為、偶々町に居た恩人のルゥム、英雄と謳われる最強のハンター・ミッドガル&彼の相棒・マリアンナに協力して貰い、神の使徒の救出に成功する。その後ハジメとルゥムは彼らを逃がす為に伝説の魔獣・ベヒーモスと戦うことになるのだが、戦闘の最中に奈落の底へと落ちてしまう。そこで彼はまた別のモンスターに襲われて瀕死の重傷を負い、例外と呼ばれるハンターの一人・教授と吸血鬼の少女・アレーティアに助けられる。

 

 地上へ出る為に真のオルクス大迷宮である奈落の底を進まなければならないのだが、そこはまだハジメ一人の実力で突破できるような場所ではなかった。自身の未熟と非力を恥じながらも彼はルゥムと教授、アレーティアと協力して奈落の底を攻略する。

 

 名もなき古龍との激闘を終えた彼らは、最奥に待ち受けていた館で反逆者オスカー・オルクスの残した記録で神エヒトに関する世界の真実と、それとは関係なく世界に滅びが迫っていることを知る。ハジメは故郷へ帰るという目的を後回しにして、恩人たちの住むこの世界を守るために滅びの元凶について調べようと他の大迷宮の攻略を当面の目標に定めた。

 

 現在は地上に出てゲブルト村に滞在中。彼がオルクス大迷宮に潜っている間に色々あって帝国の人質となったクラスメイト達と再会するが、一部の者とはそりが合わずギクシャクしている。またハルツィナ樹海で異変が発生し、それを解決する為に村から協力者を集め、フェアベルゲンで他の亜人族を守りながら戦っているシアの下へと急ぐ。

 

 原作のように人格が歪むほどの経験をしていない為、根は未だに陰キャボッチのオタク系中二拗らせ童貞男子。困っている人がいたら即座に助けようとしたり、道徳に背く行いを嫌悪する程度には善い人。ハンターとなってからは大自然と生命に対する感謝や尊敬の念を抱きながら、獲物を狩るという一点においては命を奪う事を躊躇わない。

 

 錬成師としては熟練の域にまで達してはいないが、狩りの補助に錬成を使い、短期間の自主訓練で新たな技能を獲得したりと伸びしろがある。

 

 ハンターとして武器の扱いはまだ未熟だが死を覚悟するほどの壮絶な戦いを何度も繰り返した結果、初見のモンスター相手でも冷静に対処し、攻略法を見出す対応力が高くなっている。

 

 好きなものは米を使った料理全般(その中で一番はカレー)白や赤といった色を好む傾向があり、狩りをする以外の暇な時は読書、釣り、小物作りや体を動かすことが趣味になっている。

 嫌いなものは相手の考え方やその人の持つ趣味を否定し嘲笑するような人間、差別的な思想や偏見の目を嫌う一方で、自身も同じようなものを持っているんじゃないかと時々自己嫌悪に陥る。

 

 異性に対しては上記の通りお手本のような童貞の反応をすることが多々ある。成長したとはいえ精神的にはまだ少年期と青年期の中間であり、身内以外の異性に対してどう接していいのか分からず相手との距離感を掴みかねている。好みとする女性の特徴は、母性的な包容力を持ち、相互における信頼関係を築き、本心を打ち明けてもいいと思えるような相手でなければ付き合おうとは思わない。超がつくほどの高望みであり、メンヘラの気があるとは本人も自覚している。

 

 

シア・ハウリア 16歳

 本作ヒロインの一人。兎人種族の長カム・ハウリアの娘であり、亜人が持たない魔力と魔力操作を持って生まれたことで他の亜人族から追われる身となってしまい、ハルツィナ樹海で倒れていたところをハジメに助けられた。その時に負った傷が原因で記憶の殆どを失っており、父親のカム曰く性格も以前のような明朗快活さがなくなった代わりにお淑やかさが目立っている。

 彼女は占術師という天職を持っており固有の技能・未来視で起こり得るかもしれない仮定の未来を強制的に見せられ、その反動で突発性の頭痛や倦怠感に襲われることが偶にあって未だにそれを治す術が見つからず悩まされている。

 

 ハジメに助けられて一人ゲブルト村に来たシアだったが、未来視で自分の家族が殺される未来を見てしまい半狂乱になってハジメ達に助けを求める。ハジメと彼にとって先輩のハンターであるアゥータに同行する形で、ハルツィナ樹海へと潜った彼女は途中森人族に捕まってしまい、連行されたフェアベルゲンの集落で先に囚われていたカム達と再会した。

 それから忌み子である彼女とそれを匿った兎人族、人間であるハジメとアゥータは処刑される事が決まってしまう。しかし突如フェアベルゲンを襲った魔人族の騒ぎによって彼女らは処刑を免れて、色々あってゲブルト村で暮らすことになった。

 その時に彼女は自分を助けてくれたハジメに対し、初めて出会う年齢の近い異性ということもあって一目惚れをしてしまう。彼の傍に少しでも長く居たいと思ったシアはハンターになる事を決意し、ゲブルト村を出て帝都グラディーウスにある訓練所へと向かった。

 

 その後、異例となる短期間での正式なハンター登録を終えた彼女はゲブルト村に戻ってくるが、既にハジメは村を去っていた。父カムに預けられた伝言で村を守ってくれと言われたシアは少しの間だけ落ち込み、寂しそうにしていたがすぐに立ち直り、言われた通り村の生活を守るためにハンターとして様々なクエストをこなすようになった。

 

 ハルツィナ樹海への行き来が自由になったことを受けてゲブルト村に行商人が足繫く通ったり、ハンターズギルドが新たに設置した集会所で樹海のクエストを受けようと多くのハンターが来た。そこでシアはハジメの同期であるリーナとアッシュに出会い、二人は彼女がハジメの知り合いであると聞いて彼女と一時的なパーティーを組んでクエストを受けるようになった。リーナは同性ということもあり、シアがハジメに抱く恋愛感情をいち早く見抜いて様々な助言を送っている。

 

 ある日ライセン大峡谷で蛮顎竜アンジャナフの狩猟に来ていたシアは、オルクス大迷宮の最奥から転移してきたハジメと再会する。彼とまた村で暮らせると胸躍らせていたシアだったが、彼と共に現れたアレーティアや帝国の都合でゲブルト村に連れてこられた神の使徒の一人、ハジメが村を出て行く原因にもなった園部優花の登場によって、内心焦りを感じていた。

 その後ゲブルト村周辺の川で森人族の死体が見つかる事件が発生し、ハジメとシアは亜人族との衝突を避ける為にハルツィナ樹海へと潜り、再び森人族の集落へと連れてこられた。

 彼女と同い年で森人族の族長アイリスの娘アルテナにハルツィナ樹海で起こっている異変を聞かされて助けを求められる。他の森人族が反対する中、シアは自分の存在が彼らにとって疎ましいものであることを利用して、自分を人質代わりに集落へ置いてモンスターと戦わせることを条件にハジメが村へ戻る事を認めさせた。

 現在は異変の影響でフェアベルゲンに侵攻してくるモンスターを一人で撃退している。

 

 原作にない記憶喪失を経てお淑やかさと明るさを両立させた驚異の存在。調子に乗るようなことはなく謙虚で、周りに対し一歩引いた姿勢を取る…のだが、ハジメに関することでは僅かに前の性格の片鱗が見え隠れしている。ハジメと似た性質の善性を持っており、兎人族の自然や命を極端に尊重する姿勢は欠片も残さず消え去り、ハンターとしての矜持や精神が育っていた。

 

 占術師である事をあまり他人には話さず、未来視についても苦手意識を持っているが、これがなければハジメと出会うことも一族が生き残ることも出来なかったと思い複雑な感情を抱いている。

 

 ハンターとしての腕はリーナ達と協力して数をこなしている事もあり、同世代より頭一つ抜けている。また亜人族の身体能力を生かした軽やかな動きを鈍重なハンマー使いでありながら両立させることで強さの伸びしろは未知数。

 

 好きなものは亡き母が作ってくれたハルツィナキャロットの甘煮、青や緑といった色を好む。ハンターとして働く時以外は村の畑を手伝ったり子供の相手をしたりと趣味らしい趣味を持たない。

 嫌いなものは乱暴で相手を思いやることの出来ないヒト。理由もなく差別をするような相手とはあまり関わりたくない。また虫に対して昔嫌なことがあったため苦手意識を持っている。

 

 異性に対する恋愛感情というものを持てなかった過去の反動から、ハジメに一目惚れして以降、彼を基準に男性の良し悪しを考えてしまいがちになる。年齢の割に大人びており、精神的な動揺をすることは滅多にない。ハジメが自分の耳や胸を時々チラ見しているのに気づいており、それを武器に彼との関係を今より一歩先に進められないかと考えている。

 

 

園部優花 17歳

 本作ヒロインの一人。神の使徒の一人、愛ちゃん護衛隊のパーティーリーダー。トータスに召喚される前から仲の良かった男子三人、女子二人と共にオルクス大迷宮で戦う事から逃げて作農師・畑山愛子の護衛という名目で王国各地を巡っていた。

 

 湖の町ウルでハジメに続く二人目の脱退者となった清水幸利を引き止めようと後を追い、直後に現れた魔王アダムの放った毒にやられて死の淵を彷徨う。その後意識のない優花をリンネがゲブルト村へと連れて行き、ハジメの協力によって一命を取り留めた。

 

 目が覚めてからハジメと再会する形になった彼女は幸利の時と同じように愛子の下へと彼を連れて行くべきか迷った。だが突き放すような彼の冷たい態度を見て自分達が過去にしてきた過ちを自覚し、命の恩人でもある彼に恩を仇で返すような真似はしたくないと彼が村に住んでいた事を神の使徒や愛子には話さないと約束した。(後に愛子達と再会してハジメがゲブルト村で生活していた事を伝えてしまうが、彼女らが帝国に理由もなく入る事はないと考え、ハジメが既に村を出ていって何時戻るか分からないから村に行っても無駄足になると分かっているから隠さなかった)

 

 その後リンネがハジメを護衛として雇ってからは、ブルックの町、ライセン大峡谷、商業都市フューレン、宿場町ホルアドを経由してウルまで戻る事になった。旅の中で彼女は様々なものを見て、多くの人と出会い、異世界に対する思いや神の使徒としての自分の存在意義を見つめ直すようになる。そして…再会してからすっかり雰囲気の変わったハジメに異性として好意を抱く。

 

 ホルアドで離脱したハジメの代わりに旅の途中で彼の旅に同行する事となったノイント、ティオ、ミュウの三人を連れてリンネと共にウルへと帰還するが、直後に起こった帝国と公国による王国革命の騒ぎで他の神の使徒同様に帝国へ連行される事に。そこで彼女はハジメの居なくなった本当の理由が、オルクス大迷宮で行方不明となったと知り彼の身を案じた。

 

 偶然ゲブルト村で彼と再会を果たした際にはホルアドの一件で嘘をついた彼に対して不安で堪らなかったと本心を零して泣く一歩手前で怒ったり、直後に彼が謝罪の意を込めて彼の家で朝食を誘われると嬉しそうに調理を手伝い、見知らぬ美少女二人と彼が同棲していたと知るや否や不機嫌になったりと、奈落の底で壮絶な経験をした彼よりも感情の乱高下が激しかったりする。

 

 フェアベルゲン救出隊にハジメや白崎香織が参加する事になった際、心配する愛子を落ち着かせて彼の助けになったりと陰ながら愛子とハジメ両者の仲を取り持とうと努力している。

 

 原作より出番が多い為、ギャルっぽい見た目が控えめになり勝ち気な面より真面目さが本作では特に強調されている。容姿だけなら神の使徒内では中の上、トータスの住民を加えても真ん中くらいに収まる。文字通りのありふれた女子高生。序盤は天之河光輝のやや善に偏り過ぎる意識に周囲のクラスメイトと共に同調していたが、多くの経験を経て徐々に考えを改め、悪にも悪なりの事情がある事を理解し始めた。戦いは苦手としているが、いざという時に手を汚す覚悟はしている。

 

 原作以上に精神的ダメージが大きい愛子やパーティーメンバーのケアを優先するあまり、自分で自分を追い込んでいることに気づかず、ついに旅の中で精神が崩壊しかけるがそれを気にかけていたハジメに「悩んでいる事があったら自分や誰かを頼れ」と言われたことがきっかけで踏み止まり、その後なんとか持ち直して平常心を取り戻した。

 

 投術師という天職をどう活かせばいいのか悩んでおり、水属性の適性が判明してからは水属性魔法の基礎的な知識を学んで日常の些細な事に活かせないかと考え始めている。

 

 好きなものは果物を使ったスイーツ、身に着ける衣服や家具にはオレンジや黄色といった明るい色を好む。実家が洋食屋ということもあって料理についてはかなり勉強しており、学生ながら栄養学についての知識も若干齧っている。それ以外だと親しい誰かと一緒に買い物をしたり、行ったことない場所を散策するのが好き。

 嫌いなものは料理が終わった後のしつこい油汚れと女子の天敵と言われる黒光りする例のアレ。人の好き嫌いはあまりしないが、オタクに対するちょっとした偏見の目があった事をハジメに指摘されてから改めている。

 

 異性に対する恋愛感情は一般的な女子高生並みにある。初恋や失恋も経験はしているが、本気で好きになれる相手が今までにいなかった。ハジメと打ち解けてからは友人のように接しているが、内心彼に恋愛対象として見て欲しいと思っている。胸やお尻が周りの女子と比べてやや控えめな事がコンプレックスであり、いつかハジメにその事を尋ねたいらしい。

 

 

ノイント 2200歳

 本作ヒロインの一人。神エヒトによって創られた真・神の使徒の一体。序盤は神エヒトの命令によって、邪魔になった魔人族の魔王アダムを抹消しようと彼を襲うが敗北、その後アダムの手によって神エヒトに関する記憶の全てを消されてしまい、自身が何者であるのかを忘れて半狂乱になって逃走。ウルディア山脈上空で三頭の飛竜に襲われた直後、真・神の使徒に親を殺された恨みを持つ竜人族のティオにも狙われて、古龍バルファルクによって瀕死の重傷を負わされて商業都市フューレン近くの森に墜落して意識を失う。

 

 死にかけだった彼女をハジメが見つけ、フューレンにいる医師アランの下へ運んで助けた。目を覚ました時点で直前までの記憶も失っており、行く宛のない彼女は何のメリットもないのに自分を助けてくれたハジメに興味を抱き、彼の旅に同行する事となった。

 その後、彼に連れられて演劇を見にいった帰り道で地下の下水道で犯罪組織から逃げてきた海人族の少女・ミュウの命を救った。ミュウを守るためにリンネ達と同じ宿に泊まっていたが、復讐に駆られてノイントを殺そうと追いかけてきたティオに再び襲われるが、駆け付けてきたハジメによって助け出される。

 

 竜人のハンター・カルトゥスから過去の自分が何をしてきたのかを聞かされてショックを受けるが、それでもなお自分の中に生きたいと叫ぶ意志があることを知り、それを聞いたティオは彼女に対し「未来永劫おぬしがやってきた過ちを、奪ってきた命の重さを忘れるな」と言った。

 それからリンネ達の前で過去にしてきた罪を告白して謝るが、リンネに「死んだ人の分まで精一杯生きて、未来に生きる命の為に出来ることをやりなさい。それが貴女に出来る罪の償い方よ」と言われて、心の何処かで「死んで罪を許して貰おう」という卑怯な自分がいた事を自覚する。

 

 ティオが旅の仲間に加わった時は笑顔を互いに浮かべる事はなかったが、この先それぞれの目的の為に生きるという友好の意味で握手を交わすくらいの仲にはなった。

 旅の途中でハジメの過去を知り、彼が「ノイントから見て、俺はどういう人間だと思う?」という質問に対し「貴方の生き方に非はない」と個人的に肯定したうえで「理不尽に立ち向かう選択肢もあった」と説き、人生における選択肢に正解はなく、重要なのはそれが自身と周囲にとって正しいものだったと認識させる努力が必要だと助言を送った。

 

 宿場町ホルアドでハジメがオルクス大迷宮から戻ってこれなくなったと聞いた時、彼が戻ってこれなくなった理由が別にあるのだと察して、リンネ達と協力しながらミュウを連れて湖の町ウルに向かい、現在は彼が来るまで水妖精の宿で従業員として働き宿代を稼いでいる。

 

 原作では敵対し、ハジメに倒されて身体だけ香織のものとなったノイントだが、本作では抹消するイレギュラーがハジメ達ではなく魔王アダムを最優先としており、原作にない展開を経て感情表現に乏しい2200歳児に生まれ変わった。2200年で溜め込んだ知識は豊富だが、他人と交流する経験が皆無の為あまり役に立っていないと本人も自覚していた。善と悪という考え方ではなく「善と相容れない他の善」というものの見方をしている。対人戦闘力のみ作中指折り。

 

 天職については自分が既に神エヒトの傀儡ではないため否定している。だがそれはそれとして自分に備わる技能をハジメや周囲の人の為に使うことを躊躇しない。

 

 好きなものはハジメがくれたもの全て(果物、黒い服、演劇)好きな色はハジメがよく身に着けているもの(赤、黒、銀)今までの経歴から趣味と呼べるものは皆無だが、ハジメに勧められたら何でもやる、やりたいとは本人の弁。

 嫌いなものは神エヒト(過去の過ちは大体こいつのせいだと思ってる)火や雷に若干の苦手意識がある(飛竜とティオに襲われた事がトラウマになっている)ハジメが嫌いなものも嫌いになる。

 

 以前のノイントは雌雄の交尾、繁殖という機能に疑問を持っていた(創られた存在である彼女から見て、これほど非効率的なものはないと思っていたから)しかし今の彼女はハジメに対する感情の矢印が他と比べて絶大であり、彼を失ったら最期彼女はただ罪を償うだけの罪人と化す。

 また重度の匂いフェチであるとハジメに指摘されたが、これはハジメ限定で好意を寄せる彼女なりの愛情表現であり他の匂いについては一切興味がない。またハジメには定期的に自分の匂いを嗅いでほしいと思っている。

 

 

ティオ・クラルス 563歳

 本作のヒロイン?の一人。仙境に隠れ潜んでいた竜人族の女王。神の使徒の出現や古龍の活動に対し、世界が変わろうとしていることに気づいて単身動こうとするが、仙境を出て間もなく両親の仇と呼べる真・神の使徒ノイントを見つけて強襲する。

 

 かつて竜人族の長であった彼女の両親は世界の真実に気づいてしまい、彼らを生かしておけなくなった神エヒトの命令を受けた聖教教会と真・神の使徒によって一族の大半を殺され、彼女らは故郷を失い彷徨える流浪の民となった。大半は仙境での暮らしになれたが、一部の者はそのまま流浪の民として帝国や公国でひっそり暮らしているという。ハンター達が使う武具の大半が彼らの技術によって生み出されたものというのはあまり多くの人に知られていない。

 

 ノイントを殺し切れなかった焦りと苛立ち、そして何よりも禁忌とされる竜化を使ったことで仙境には戻れないという絶望感からティオは偶然フューレンにいた魔王アダムと結託し、再度ノイントを殺そうとするが、駆け付けたハジメによって倒される。

 

 その後、ノイントが過去の記憶を失っている経緯を知った上で自分にはもう彼女を殺す気力も残っていないと悟り、喪失感で自棄になっていた。一連の騒動を起こした裁きを受けようと、ティオはカルトゥスと共にトレイシーの下を訪れるが、逆に彼女は人間達がした非道な行いに憤りを感じていたことを告げて謝罪し、竜人族が伝えてくれた技術で帝国の繁栄があるとしたうえで友好を結びたい旨を伝えた。

 

 竜人族の掟に従い、ティオは女王ではなくなり仙境に戻る事も出来なくなった。カルトゥスは彼女に普通の少女として生きる時間が短すぎたと言い、彼女の再起の鍵を握るのはハジメであり、彼の旅に同行することを提案した。

 ハジメは彼女が同行する事を承諾し、罪と向き合うノイントがこれからどう変わっていくか、そして自分がこれからどうやって生きていくかを考えるために一先ずの友好の証として彼女と握手を交わした。

 

 ノイント達と一緒になってハジメの過去を聞いた時は自分から質問することはあまりなく、代わりにノイントとどんな話をしたのかを聞いて彼女の変化を感じ取る。そしてハジメが周りとの関係に苦労して、弱さを見せまいと気丈に振る舞う様子を聞いて、代わりにはなれないと分かった上で母親のような愛情を注いで安らぎのひと時を与えた。

 

 宿場町ホルアドでハジメがオルクス大迷宮から戻れなくなった本当の理由を聞いて、優花とミュウを心配させないように、リンネと事情を察したノイントの三人で湖の町ウルまで先に行き、現在は水妖精の宿に泊まって彼の帰りを待っている。

 

 原作とは似ても似つかない容姿端麗で聡明な美女、頼れるお姉さん感が増している。序盤はノイントに対する憎悪を前面に押し出して荒々しい印象だったが、旅の仲間となってからは一歩引いたところでハジメや彼女らのやり取りを見守っている。基本的に善性寄りだが、人間に対して過去の一件から思う所が多々あり悪を肯定する自分がいることは否定しない。竜化した状態のみ作中屈指の強さを誇る。ハンターの資格はないが武器の扱いはそれなりにあったり…

 

 守護者という天職がどういうものなのか分かっていないが、そもそも守護者という天職を持つ者は()()()()()()しかいない為、詳細は謎に包まれている。

 

 好きなものは肉料理全般、竜ノコハク酒。色は黒が好き。竜人族の風習で舞いを踊ることが多かった事から趣味になっており、誰かに舞いを披露して喜ばれることが密かな楽しみ。

 嫌いなものは神の使徒、人間に対して苦手意識は持っているが克服しようと奮闘中。

 

 竜人族の長となって久しく、異性と番いになることは必要であればそうすると義務的に捉えていたが、女王という肩書から解放されて以降、誰かに甘えるより誰かを甘えさせたい母性本能が前面に出ている。だが、ただ甘えさせるだけでなく自身も甘えたい事がある為、それを理解してくれるような器量の持ち主でない限り相手は務まらないだろう。

 

 

アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール 323歳

 本作のヒロインの一人。吸血鬼族ただ一人の生き残りで、一族の姫。叔父ディンリードの手によってオルクス大迷宮の奈落の底50層にある封印の間で300年近く幽閉されていた。偶々探索に訪れていた例外のハンター・教授ことシン・クロノワの手によって封印の間から解放された。

 

 吸血鬼族が自分を除いて滅んでいることを知り、失意の中でアレーティアは叔父が何故自分を幽閉したのか、その理由を常々考え続けていた。教授に同行して奈落の底を探索していた二人の前に現れたのが、魔獣ベヒーモスとの戦闘中に落ちてきたハジメとルゥムだった。

 

 瀕死だったハジメを助けて、アレーティアは自分の身の上を話したうえで奈落の底を脱出した後はどうするべきか迷っていた。そんな彼女に教授はハジメを指して「彼についていけば答えが出る」と助言を送り、彼女はそれに従いハジメに付いていくことを決意するのだった。

 

 奈落の底では足手纏いになりたくないと荷物持ちを買って出た他、60階層では得意とする魔法を用いてハジメの援護を行い、それ以降も彼が魔法に助けられた場面は何度もあった。100階層では未知の古龍相手にハジメの指示で水属性最大級の魔法を放って足止めをするなど活躍する。

 ハジメに同行の許可を求めた際は2つ返事で承諾された。その時、初めて彼に対する好意を自覚する。

 

 オルクス大迷宮から転移してライセン大峡谷に出てからは、ハジメと親密な関係にあるシアをライバル視する一方で、ハジメの周りには好意を寄せる多くの女性がいることを察し「全員が彼にとっての特別な異性」になれるよう考えを巡らせる。

 

 現在はハルツィナ樹海で起きた異変解決のために派遣されるゲブルト村救援隊の一員として参加。彼女の魔法はモンスターの撃退に大いに役立つだろうとハジメから期待を寄せられている。

 

 原作のような出会いを経てはいない為、ハジメに対する好感度は他ヒロインと同格。ただ300年ぶりに飲んだ血がハジメの血であったことが関係してかなり彼に御執心であることは否めない。原作同様のクール&ビューティーな性格に加え、ハジメに異性としての好印象を与える為に大胆な誘惑をかけることも厭わない。自己中心的な善を求めるタイプではあるが、悪を肯定するほど外道ではない。魔法が通用する相手に限り指折りの実力者。

 

 好きなものは好ましい誰かの血を吸うこと、ワインの類に目がない。色は赤と金が好き。本を読むのが好きな他、行ったことない土地を見て回るなど旅行が好き。 

 嫌いなものは自分の楽しみを邪魔する無粋な奴、必要のない争いを好まない。

 

 吸血鬼族の姫という立場もあって、彼女に求婚する者は大勢いたが、そのどれも彼女の好みにはならなかった。ただ300年の孤独がもたらした奇跡か、例え世界がどれだけ変わっていようとも()()()()()()()を好きになるという原典の想いから、ハジメに対して絶大の好意を寄せている。

本作では自分だけではなく、ハジメに好意を寄せる他の娘達にも特別で居て欲しいと思っている。

 

 

アルテナ・ハイピスト 16歳

 本作のヒロインの一人。森人族の族長アイリスの娘。忌み子でありながら数少ない同い年だったシアと友達になりたいと思っていた。先祖の教えを絶対とする森人族には珍しい、新しい考え方や見方を尊重する。

 

 魔人族襲撃の際に森人族の集落で隠れていたところを、偶然鉢合わせたハジメに襲い掛かり返り討ちに遭うが、彼とシアが交友にあると知って彼を見逃した。彼女は同年代の男性と話すことが滅多になく、彼はアルテナにとって理想の男性像となってしまったのはここだけの話。

 

 その後、別件でハルツィナ樹海に来ていたハジメと再会し、改めて彼にシアを連れて話し合いの場を設けて欲しいという約束を取り付け、その時を心待ちにしていた。

 

 ところがハルツィナ樹海は原因不明の異変によってモンスターが狂暴化し、調査に出ていたアルテナの母アイリスが重傷を負って祖父アルフレリックが失意の内に沈んでしまった。アルテナは次期族長の娘として同朋を纏め上げる立場になってしまった。

 

 ハジメとシアが樹海に来ていることを知って、彼女はなんとか協力を得られないかと交渉するが、人間に対して良い感情を持っていない亜人族と意見が衝突してしまう。現在は独りフェアベルゲンを守るシアを遠くから見守っている。

 

 原作よりも早い出会いを経た事と、原作に名言のない母親の影響で思慮深い性格になっている。見かけによらず挑戦的な下着をつけているのは変わらないが、誰もそれを指摘しない。亜人族の意見全てが善という訳ではなく、かといって帝国の人間が悪と決めつけるのは早計だと大局で物事を見れる視野の広さを持つ。戦闘力は無いに等しいが、弓の腕はそこそこ。

 

 好きなものは自分の知り得ない事を知ること。緑を基調とした色が大好き。読書が好きな他、樹海の外でしか知り得ない文化について尽きない興味を抱いている。

 嫌いなものは力で何でもかんでも解決するような野蛮な者、過去の経験からモンスターに対しては人並み以上の嫌悪を抱いている。

 

 正真正銘の箱入り娘だが、ハジメとの出会いを運命的なものと捉えてしまい彼に好意を抱く。樹海の外で生活する彼とはあまり顔を合わせる機会がないことを残念がっているが、いつかは樹海の外に出たいと思っている。

 

 

エタノ・ママモ 16歳

 本作のヒロインの一人。狐人族の少女、狐人商会の長。魔人族と協力してフェアベルゲンから脱退した狐人族の長老ルアに狐人商会を託された彼女は、トータスに生きる全てのものに商売を展開する事を目標に掲げ、その第一歩としてハジメに接触し、彼を一人目の顧客にした。

 

 フェアベルゲンで彼を見かけた際、丸腰で黒狼鳥イャンガルルガに挑む無謀な姿に本能的な好意を抱き、以降は彼の為になるような情報や素材を集めて樹海中を奔走し、彼が樹海へ再び入ってくる機会を見計って接触した。

 

 その後は樹海を出て商業都市フューレンへと向かう予定だったが、ラオシャンロンの騒動でブルックの町に足止めされていたところ、偶然にもハジメの姿を見つけて帝国兵に捕まることを承知の上で再会を果たす。その後帝都から来たトレイシーに事情を話した後は帝国内での商売許可を得て、当初の目的であるフューレンまでの道のりをハジメ達と共にした。

 

 現在はフューレンで最も大きなユンケル商会を営むモットー・ユンケルと親交を築いて業務提携を行う傍ら、彼らの販売戦略や商談のノウハウを学んでいるらしいが、帝都で行われる祭事の噂を耳にして荒稼ぎのチャンスと捉え、現在は部下を連れて帝都へと向かっている。

 

 原作にはルア以外の名前が出てこない狐人族のオリキャラヒロインの為、土台がしっかりしているヒロイン達にやや遅れを取っているかと思いきや、フューレンでハジメと別れる際には彼の頬に接吻をして好意を口にする大胆な行為で彼に異性としてしっかり意識されている。

 狐人族特有の「コココッ!」という笑い声が特徴的で、性格は明るく社交的。ルアに商人として相手を見抜く才を磨かれているが、本人曰くまだまだ半人前。商売を第一としており善悪の意識はあまり持たない。争いごとは苦手らしいが、瞬歩や気配遮断を使える時点で戦えない訳ではない。

 

 好きなものはお金、小麦を使った料理全般。好きな色は金とピンク。お金を数える事は彼女にとって趣味というより商人として欠かせない日課であり趣味は人間観察と他愛もないお喋り。

 嫌いなものは知能の低い亜人、お金を粗末に扱う者。偏った宗教観や差別意識を持つ相手は商売相手として下の下、物を売る必要も買い取る必要も皆無と思っている。

 

 強い雄なら大抵好きの部類に入るのだが、性格の悪い者が多い狐人族は強いだけでなく()()()()()()()()()である事も番いの条件に含めることが多く。彼女も例に漏れずハンターとして強くなっていこうとするハジメを好ましく思う反面、彼の弱いところを探りたいと思っている。しかしそれはあくまで狐人として彼女が持つ側面であり、本心は相手に尽くす事を至上の喜びとしている。

 

 

ミュウ・メロウ 4歳

 本作のヒロイン?の一人。海人族の幼女、犯罪組織フリートホーフに奴隷として誘拐されていたが逃げ出し、フューレンの下水道で溺死しかかってたところをハジメとノイントに助け出される。

 

 元々はアンカジ公国の端にある海上都市エリセンで母レミアと二人暮らしをしていたのだが、外出中に二人きりのところを襲われてレミアは重傷を負い、フューレンまで連れてこられた。

 訳も分からず怖い思いをしてきた彼女は大人に対し恐怖心を抱いていた為、助け出された直後は暴れてハジメやノイントを引っ掻き逃げ出そうとしたが医師アランの説得でようやく自分が助け出された事を知り安堵の泣き声を上げた。

 

 その後は再びフリートホーフの人間に連れ戻される事がないよう、トレイシーの指示でハジメ達の旅に同行してエリセンまで送り届けることが決まった。

 しかしフューレンに滞在中、彼女の前に突如現れた魔王アダムが魔法をかけて、精神はそのままに肉体だけ17歳の少女として急成長をしてしまった。その際にアダムから指摘を受けて、ミュウはハジメに恋心を抱いていた事を自覚する。

 

 宿場町ホルアドでハジメがオルクス大迷宮から戻ってこなくなったという話を聞いて少し落ち込んだが、リンネ達の嘘に騙されて先に湖の町ウルへ彼女達と向かい、現在は水妖精の宿で看板娘兼従業員として働いている。

 

 見た目が女子高生、中身は幼女のとんでもない娘。原作と近い出会い方をして、ハジメがお兄ちゃん呼びを嫌わなかった為に彼のお兄ちゃん呼びが定着しつつある。彼に抱いているものは顔も見たことない亡き父から貰う筈だった父性というよりは歳の離れたお兄さん的な相手に向ける思慕の感情。原作ほど天真爛漫さが見えていないのは奴隷として監禁された期間が長く、無自覚のうちに精神が疲弊しているため。まだ精神が幼く善と悪が何なのかハッキリとは分からないが、自分にとって嫌な事をする相手=悪という認識は持っている。当然だが戦闘力は皆無である。

 

 好きなものはレミアとエリセンの人達、ハジメお兄ちゃん。好きな色は青と緑。お人形さん遊びや絵本を読んでもらう事が好きだが、ハジメに好意を向けてからはそれを卒業しなきゃいけないと思って苦悩している。

 嫌いなものは怖い大人、怖いモンスター、レミアと離れ離れでいることが寂しいと感じている。

 

 まだ恋というものが何なのか分からず、彼女の心の中で好きと嫌いに分かれている。レミアや優花達の事は勿論好きだが、ハジメに対する好きがそれとは少し違うことを自覚している。だが自分と彼の歳の差で結ばれる可能性が低いことも何となく理解しており、そのことを意識すると胸が苦しくなる為、あまり考えないようにしている。

 




 こうやって書くと主要人物、殆どが異性に求めるものが大きすぎるし重すぎる…!まともなのがアルテナとミュウくらいしかいねえ…各ハンター達もクソ重いし帝国勢、公国勢も…うん…空気感の軽い純愛出来そうな要員が今のところ清水くんだけとかどうなってんだこの作品。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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地図付きトータス大陸と各勢力解説っぽいもの

 生存報告を兼ねてリハビリがてら、主要人物紹介を書いている時にふと思いついて海外サイトのインカーネイト無料版を利用して地図を作りました。商用利用ではないから多分大丈夫(怒られたら消します)「はえ~主人公こんな荒野のど真ん中で死にかけたんか~」とか「リンネ姉貴、園部さん背負ってこの距離横断したんか…」とか前作を思い出しつつ見て貰えたら嬉しいです。


 

 

【挿絵表示】

 

 

ヘルシャー帝国

 人間族の国の中で最も戦力が整っている。帝都グラディーウス周辺は北側を除いて平地、北側は高低差の激しい森丘が海沿いにまで続いており人間はあまり住んでいない。明記されていない西の海沿いには交易都市や小さな村落が幾つも点在している。

 

 ブルックの町はライセン大峡谷から最も近く、近くを流れる川はハルツィナ樹海から帝都まで続いて北西の海へと流れている。水棲モンスターの被害はあるものの、ハンターの数が他国に比べて桁違いの為、今のところ大した問題にはなっていない。町の規模は小さいものの、ライセン大峡谷から時期になると現れる超巨大なモンスターを撃退する為、中隊規模の戦力(100人)が駐留している。

 

 ハイリヒ王国との国境線は北は商業都市フューレンから南のウルディア山脈の端まで。ハルツィナ樹海の南に広がる湿地帯と陸珊瑚の台地は前人未踏の土地であり、魔人族も不用意に踏み込めず国境線は特に定まっていない。

 

 ゲブルト村からライセンの荒野は平地が続き、南のウルディア山脈に隠れた竜人の里周辺は標高の高い険しい岩山が連なっており帝国側から侵入することはほぼ不可能。村には小隊規模の戦力(25人)が駐留している。

 

 

ハイリヒ王国

 人間族の中で最も人口は多いが戦力に乏しい。王都の北側は聖教教会の治める神山があり、更に北へ進むと広大な穀倉地帯を所有する王国貴族ベレジナ領が広がっている。ベレジナ領の東西は国に属さない少数民族が住んでいたが、大半の民族が教会の教義に逆らった為、異端者として滅ぼされている。運よく生き残った者達だけが密かに帝国領へと落ち延びてひっそり暮らしている。

 

 王都の南側には治癒院が建てられており、優れた治癒師は大半がそこで働いている。治癒院の運営母体は教会であり、信者と教会に多額の寄付を行っている貴族を優先的に治療する仕組みになっていて、それ以外の患者には高額の治療費を支払わせている。

 

 商業都市フューレンは王国と帝国を結ぶ交易の盛んな都市であり、川の中州だった場所に土台を作り建物を建てた。冒険者ギルド、ハンターズギルド両方共にあるがモンスターの被害は少なく、王国側がハンターを嫌っている事もあってハンターの利用者は少ない。

 

 宿場町ホルアドは帝国から公国に向かう際、必ずといっていいほど利用する。フューレンほど活気はないが行商人も頻繁に行き来する為、各地の耳よりな情報が集まりやすい。ライセン大峡谷、アンカジ砂漠、ウルディア山脈の三カ所でクエストを受けられるという利点から利用するハンターが多い。町中にあるオルクス大迷宮は冒険者が腕試しに潜ったりすることもあるそうだが、大抵はモンスターの洗練を受けて死に物狂いで逃げ帰ってくる。

 

 湖の町ウルはウルディア山脈の麓にあって高低差を利用した棚田の稲作が盛んである他、時期によってはウルディア湖で漁業が行われる。ウルディア防衛砦には大隊規模(500人)の帝国軍が駐留しておりシュネー雪原とウルディア山脈を越えて侵攻してくるガーランド軍の対応にあたっている。ライセンの荒野の近くは険しい岩山が連なっており、人間や魔人が近づくことはない。

 

 余談だが魔国ガーランド、アンカジ公国の水源となっているのは大半がウルディア山脈から溶け出した雪解け水が川となって流れていったものである。大陸の中で最も標高が高いのは中央のウルディア山脈と北東に広がるグリューエン火山の二カ所。

 

 

アンカジ公国

 人間族の中で最も人口が少なく、戦力と呼べるものは少ない。首都ラ・ダッカを中心に小さな集落が川の近くで生活を送っている。2年前に原因不明の疫病が流行ってからは特に水源を守るように固まって生活する者達が増えた。大昔は国と呼べるものがなく、遊牧民族が複数の部族で水源を巡って争いをしていたらしい。その時に共通して彼らが信仰していた上位存在が亜人族のような見た目をしていたらしく、疫病流行の際に亜人の奴隷が活躍した事もあり、公国の人間は亜人を好ましく思っている。しかし環境的にアンカジは大半の亜人が住めるような土地ではない。

 

 海上都市エリセンは公国、王国に流通する魚の大半が獲れることもありそこに住む海人族が教会から排斥されない理由の一つでもあった。水棲モンスターの被害が多い事から、例外のハンターと呼ばれるレクタ・ナムンシイが常駐している。

 

 

魔国ガーランド

 人間と敵対する魔人族の国。魔王アダムが王位に就く前はアルヴ教による統治で問題も多かった。大昔は魔人族の中にも複数の少数民族が居て、()()()()()()()()()の2種族は特に少数民族の中でも突出した能力を持っていたという。

 

 西側にも魔人族は暮らしているが、殆どが戦いを好まない中立主義の集まり。ウルディア山脈から流れる二つの大河と湖を越えた先、湿地帯と陸珊瑚の台地に軍を派遣しないのは中立派との衝突を避ける為と、モンスターによる襲撃で無駄な損害を出さない為である。ガーランド側最大の敵である帝国も同様の理由で軍を南下させることはないのが不幸中の幸いと呼ぶべきか…

 

 東側に町や集落はなく、進軍するにも正規ルートが存在しない広大なアンカジ砂漠を越えなければならない為、西側同様に軍を派遣することはまずない。

 

 海上戦力を使って攻めないのは南の温暖な気候を気に入った水棲モンスターの数が北東の海上都市エリセンと比べて圧倒的に多い為、魔人族でも迂闊に船を出したら襲われるから。

 




 まだ続きが書けそうにないのでちょっとしたアンケートをやろうと思います。なんで続きが書けないかは分かりません(私が知りたいくらいです)続きが書けそうになかったらモチベ次第で明日には主要人物紹介くらい書けるかもです…

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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ライセン大峡谷での再会、思いがけない帰郷


 ヘルシャー帝国の革命から数日が経ったある日の帝国領辺境のゲブルト村。
帝国の皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが行った改革により、村は以前よりも遥かに賑わい、離れたところにある隣町ブルックと同じようにハンターズギルドが集会所を設置するまでに至った。

 亜人族の国家フェアベルゲンと帝国が対立関係にあった事で、ハルツィナ樹海に足を踏み入れたハンターが亜人族に襲われる事例が幾つもあった。

 数週間前、ゲブルト村に住む例外ハンターの活躍でフェアベルゲンとの和解が成立し、帝国が数年前から実施していた亜人の奴隷制度廃止と奴隷だった亜人達の返還を条件に、ハルツィナ樹海で人間が活動する事に対して亜人側から手を出さない事を約束させた。
その後ゲブルト村を拠点にして今まで足を踏み込み辛かったハルツィナ樹海に挑む命知らずなハンター達が増えて、ハンターズギルドが町と同規模の集会所を設置することになった。

 そんなゲブルト村の集会所から飛び出す三人のハンターがいた。
一人は身の丈よりも巨大な大剣”ハルバードLv4”を背負い、全身”バトルSシリーズ”を装備した無精髭の男。彼は後ろを追いかけてくる二人の仲間に向かって叫ぶ、

「お前ら、さっさと済ませるぞ!」

「んもぅ!一人で突っ走らないでよ!」

「は、はひぃ、今行きますぅ…!」

 いつも猪突猛進な男の相棒として振り回されっぱなしな弓使いの女ハンターは”フロギィリボルバーⅢ””レイアSシリーズ”を装備した橙色のショートボブヘアーの少女。

 そんな二人の後を小走りで追いかけるのが、ハンターズギルド始まって以来初の亜人族ハンターの少女。まだハンターになったばかりの彼女は”レザーシリーズ””アイアンハンマーLv2”を装備して、特別にレザー頭装備の帽子部分に穴を空け、そこから兎耳をぴょこっと出している。

 村を囲う柵を通過して、見張り台に立つ兵士から手を振られながら三人は受注したクエストの目的地であるライセン大峡谷に向かった。
この後、三人にとって意外な人物と再会を果たす事になるとは夢にも思わなかった。



 

 今、オルクス大迷宮の最奥にある屋敷から転移してきた俺達の目の前には荒涼とした大地が広がっている。赤茶けた土の色と、洞窟から降り立った先で空を除く視界の前後を埋める約50mの岩肌には見覚えがあった。

 

「…ライセン大峡谷か?」

 

「そのようですね。この場所には見覚えがあります」

 

 俺の呟きに教授が同意して周囲の景色を見渡す。

…あの人、アーティア装備で視界の殆どは塞がれてる筈なのに…見えるのか?

俺と教授、ルゥムさんの3人でアレーティアを守るように周囲の状況を探る。

 

 洞窟を出る直前、モンスターの咆哮が聞こえた。

この景色同様、あの鳴き声には覚えがある。ブルックの町からフューレンに向かう途中で、いま俺が背負っているヘビィボウガン”老山龍砲”の最初の獲物だった。

 

―――オオオォォォッ!

 

「………!」

 

「―――いましたね」

 

「あそこかっ…!」

 

 またアイツが叫んで、声のした方を向いていたルゥムさんが先に反応する。

次いで教授、俺が目を向けた先で大量の砂塵が舞っていた。

俺の視界の端、岩肌にベチャリと黄緑色の粘液がついていたのを見て確信する。

この先にいるのは蛮顎竜”アンジャナフ”だ…!

 

「―――回り込むんだ!」

「はいっ…!」

「…!アッシュ、後ろ―――」

 

 谷底で反響する人の声、間違いなくアンジャナフと戦っているハンターの声だ。

狙いが外れた巨大な矢が岩肌に当たってはじけ飛ぶのが見える。

 

「教授、ルゥムさん…!」

「分かっていますよ。君は後方支援を」

「はいっ!」

 

 教授の言葉に俺が返事をすると同時にルゥムさんが真っ先に駆け出していく。

あの人の持っている太刀”鬼哭斬破刀”は雷属性だ。火属性のアンジャナフとの相性はあまり良くないが、攻撃力自体が滅茶苦茶高い太刀だから真正面から戦っても苦戦することはないだろう。

教授の片手剣”神封龍剣【絶一門】”も龍属性の属性攻撃力が高い武器だが、そもそも上位を越えた規格外の性能を誇る武器だ。あの人自身の強さもあって、攻防一体の片手剣にアンジャナフは手も足も出ない。

 

「アレーティア、後ろの警戒を頼む!」

 

「ん、了解!」

 

 ハンターである俺達3人とは違い、アレーティアは現状非戦闘員の扱いだ。

あのとてつもない魔法を使って援護して貰えると助かるが、ここはライセン大峡谷。

理由は分からないが、此処では魔法の一切が使えなくなるらしい。

洞窟に転移した時、彼女が魔法を試しに発動しようとして魔力を下に吸い取られ、ムッとした表情を浮かべていたのを覚えている。

 

「――――――っ見えた!!」

 

 凸凹の岩を足場に走るというよりは跳ねるような動きでアンジャナフの近くまで来た。

狂暴な性格とは不釣り合いなピンク色の毛皮と、退化して飛行能力を失った背中の翼。

赤熱化した鼻から零れる火花を見て炎熱蓄積と怒り状態に移行していると気づいた。

無言で抜刀し、距離を詰める二人に代わって、俺は戦っていたハンター達に叫ぶ。

 

「援護するぞ!!」

 

「ッ!ありがとう!!」

「すまん、回復中だ!助かる!!」

 

「―――っい、いまのって―――」

 

…んん?なんか今聞こえた二人の声は聞いた事があるような…

帝都の北、森丘で偶然再会した同期のハンター二人の声がした。

しかも最後に驚愕の声を上げた少女の声にもすごく聞き覚えがある。

ハルツィナ樹海で怪我していたのを助けた、亜人族の可愛い女の子のような…

―――って、んなこと暢気に考えてる場合じゃねえな!!

 

「食らえ…!」

 

 展開と同時に胴体へ狙いをつけた俺は迷いなく引き金を引いた。

老山龍砲に装填されているのは”通常弾Lv3”反動はデカいが、威力は一級品だ。

谷底に響き渡る銃声、掌に収まる礫ほどの弾丸が音の壁を突き破り、真っ直ぐと飛んで行ってアンジャナフのピンク色の毛皮に覆われた肉に突き刺さる。

痛がる様子もなく、ギロリとアンジャナフの黄色い瞳が俺に向けられた。

 

 通常弾が大したダメージを与えられないことくらい承知していた。

頭部狙いならそれなりに怯みも期待出来たが、硬い毛皮と鱗、筋肉に守られた胴体だ。弾丸が弾かれることなく、狙い通り俺に注意を惹きつけられただけ良しとする。

―――その隙に、二人の刃がアンジャナフの体に届く距離までの時間は稼げたからな。

 

―――グルォオッ!?

 

 青と白、赤と黒の雷光が迸りアンジャナフの巨体が地面へと横倒しになる。

ルゥムさんの抜刀ダッシュから始まるダッシュ溜め、ダッシュ溜め斬りのコンボ。

教授の抜刀ダッシュからのジャンプ回転斬り。

二撃をまともに食らって倒れた時点でアンジャナフの死は確定した。

 

「今です―――!」

「………(こくっ)」

 

「了ッ解ぃぃぃ!!」

 

 俺は既に老山龍砲の弾倉を通常から特殊仕様の狙撃竜弾に変えている。

地面にスライディングする形でうつ伏せになって照準器(スコープ)を覗き込む。

ガンナーの猛者であれば照準器を覗かない(ノンスコープ)でこれを当てることが出来るかもしれないが、俺にはまだそれだけの経験はなかった。

地面で藻掻くアンジャナフの頭目掛けて引き金を引いた。

 

 ドンッ!!!ズドドドドドド!!

 

 いつ聞いても狙撃竜弾の直撃の音と、連鎖爆発は気持ちがいい。

怒り状態になった時点で疲労困憊だったアンジャナフが死にかけとなる。

罠や捕獲用麻酔玉があれば捕獲も視野に入れたいが、今回はそんな余裕もない。

 

「終わりですね」

「………」

 

 頭の前まで回避攻撃で距離を詰めた教授のシールドブロウ連打。

ルゥムさんの瞬間移動の如き前進と強力な斬撃を組み合わせた瞬斬。

これを食らってアンジャナフは口から炎の代わりに血を吐いて動かなくなる。

 

 時間にして凡そ30秒弱、多分このアンジャナフは下位の個体だろうな…

もし上位個体だったら、老山龍砲の弾は弾かれていただろうし、二人の攻撃を食らっても倒れていなかった可能性がある。

…稀にいる上位を越えた個体とかじゃなかったのが幸いだった。

もしそんなのが相手だったら俺は手を出す事も出来ずにやられていた。

 

 まあ、何はともあれ…これで周囲の安全確保は出来た。

俺はうつ伏せの状態から立ち上がって、老山龍砲を背負おうとして――――――

 

「あーっ!!!やっぱりハジメ君だ!」

「久しぶりだな…というか、お前どこから来たんだ…?」

 

「っ!?その声、やっぱ”リーナ””アッシュ”か!!」

 

 俺達3人が助けたハンターというのは、同期のリーナとアッシュだった。

森丘で会った時とは違い、アッシュは骨と鉱石素材の大剣”ハルバード”の強化版と上位の皮と鉱石素材で作れるバトルSシリーズ防具を、リーナは背負っているのは鳥竜種の弓と俺がハルツィナ樹海で戦った事のある雌火竜”リオレイア”のシリーズ防具を着ていた。

 

「お前ら帝都を離れたのか?」

 

「うん、今はゲブルト村の集会所を拠点に活動してるんだ~」

 

「ゲブルト村で!?というか、あそこに集会所できたのか…」

 

「少し前に出来た新しい集会所だからな。―――ハジメ聞いたぞ?ブルックの町で、お前が例外のハンターと一緒にあのラオシャンロンの討伐クエストに挑んだって…無茶するなぁ相変わらず」

 

「それに関しては俺はほぼお荷物状態だったよ。その例外ハンターと二人いた偉大な先輩ハンターがいなかったら、俺は確実に死んでた…そんくらい強かったよ、老山龍は…」

 

 懐かしい同期との再会に思わず頬が緩んで、驚きの事実を知りながら俺はこの辺りがゲブルト村に近い場所で、集会所のある設備を今後に使えると閃いた。

 

「…なぁアッシュ。ゲブルト村の集会所に伝書鳥はいるか?」

 

「あ?伝書鳥?そりゃいるけど…」

 

「…なら、決まりだな…この後、俺は村に――――――」

 

 と言いかけた俺の体にドン!と強い衝撃が走って言葉が途切れる。

何かが体当たりして、俺の体が遥か後方へと転がっていくのに気づいた。

大して痛くはないが、次の瞬間俺の耳が死ぬことになった。

 

「ハジメざああああああんっっ!!!どおして私になにも言わず村を出ていっちゃったんでずがあああぁ!!?私っ!ずっと寂しかったんですぅぅぅぅ!!」

 

 キンキンと甲高い濁点付きの泣き声を上げながら、俺の胸倉を掴んで揺さぶるウサ耳の少女。

背負ったハンマーを見て「あぁ」と俺は悟り、罪悪感と喜びの入り混じった声で問いに答えた。

 

「…すまなかった”シア”色々あって、お前が帰って来るのを待っていられなくなって…」

 

「フ”ヴぅ”っ”!ふ”え”え”ぇ”ぇ”ハ ジ メ さ”あ”ぁ”ぁ”ん”!!!」

 

 女の子が出しちゃいけない鼻の啜り方と男顔負けの泣き声。

彼女は”シア・ハウリア”俺がかつてゲブルト村にいた頃に助けた兎人族の少女で、俺が村からいなくなった後ハンターになっているだろうとは思っていたが…まさかリーナ達と一緒にいるとは…

そんな俺の様子を見てリーナとアッシュがニヤニヤと笑っている。

 

「…なんだお前ら、言いたい事があるなら言えよ…」

 

「ん~?べーっつぃ?ハジメ君が見ない内につよーいハンターの先輩達と仲良くなって、女の子を置き去りに旅に出た酷い男だーとか思ってないよー?」

 

「そうだなぁ…シアが泣くのを見る度に慰めてた俺も別に思うところはないぞ~?」

 

「…色々あるんだ俺にも…村に戻るまで全部話すから…」

 

 前は俺の素性を知られたくなかったから、同期の皆には黙っていた。

けど、もう隠す必要もなくなった…俺が神の使徒だった事やこれまでの事。

湖の町で待っている彼女達にも俺の無事を伝える必要があった。

まだスンスンと鼻水を啜って泣き顔のシアが俺の言葉を聞いて、とりあえずは納得してくれたのかスッと離れていく。…俺のボーンメイルが鼻水と涙でえらい事になってるが、俺のせいか…

 

 俺達が会話を終えると、先にアンジャナフの剥ぎ取りを終えた教授が近づいてきた。

珍しいアーティア装備の教授と終始無言+無表情のルゥムさんにリーナ達は戸惑ったが、ルゥムの名前を聞いて彼女が噂の雷光剣鬼と知った二人は目を丸くして仰天する。

 

「強いとは思ってたけど、マジで最強の太刀使いだったのか…」

 

「は、ハジメ君…こんな凄い人達と何処で知り合ったのよ貴方…」

 

「…いやホント、村に帰るまで全部話すよ…これまでのこと」

 

 まだハンターになりたてのシアは二人が強い以上のことは分からずキョトンとしている。

とりあえずは3人のクエストの目標であったアンジャナフの討伐は終了ということになり、その場に言わせた俺達3人は探索の最中に出くわしたという体裁で報酬は無し。代わりに剥ぎ取りだけは参加させて貰う事にした。

…剥ぎ取り場所が悪かったのか、俺は蛮顎竜の鱗3枚しか剥ぎ取れなかった…解せぬ。

 

 あとずっと後ろで警戒してくれていたアレーティアが、何故かシアを見る目が鋭い。

俺が何か気になる事でもあるのかと聞いたら「別に…何でもない」とそっぽを向かれた。

…なんか少し前に誰かが似たようなリアクションをしてたけど…まさか…そういう事か?

 

………いや、いやいやいや!それは絶対にない。自意識過剰すぎるぞ俺…

こっち(トータス)に来てから女運が向いてきたとは思うが、複数人に好意を向けられて感覚がバグってんじゃないのか…?アレーティアがさっきの俺とシアのやりとりを見て()()()()()とか…思い込みも大概にしろよな…

 

「――――――相変わらず鈍いなぁハジメ君」

 

 おいリーナ、小さい声で言ったから聞こえないと思ったら大間違いだぞこの野郎。

鈍いってどういう事だ。まだお前とアレーティアは名乗り合ってすらいないだろうが…

 

 

 

 

 

 

―――そんなこんなでまだ陽が真上に来ない内に、俺達はライセン大峡谷を出た。

俺は掻い摘んで神の使徒だった事や、それが理由で村を出た事、途中でオルクス大迷宮から抜け出せなくなった事や、アレーティアの事を本人の証言含めて話した。

 

 想像していたよりもアレーティアの話がヘビーだったらしくリーナ達はショックを受けている。

元から涙もろいのか、シアがポロポロ涙を零してアレーティアに話しかけた。

 

「大変ッ…だったんですね…!アレーティアさん…グスッ!」

 

「―――ん、ありがとう…でも、そんなに泣かれると…困る」

 

 さっきの鋭い目つきはどこへいったのやら、シアの純粋さにアレーティアがたじろいでしまう。

次に俺の方へと3人の視線が集まった。神の使徒についてシアは以前話した事があったが、過去の話をしたらまたぶわっと涙を溢れさせた。

…暫く見ない内に感情の起伏が激しくなったなシア…これが素なのか…?

 

「そんな事情があったなんて…ハジメさん、さっきはすいませんでしたぁ…!」

 

「謝らなきゃいけないのは俺の方だ。俺の勝手な都合で、帰りを待てなかった…それは俺の怠慢に他ならない。本当に悪かったなシア。それと遅くなったが、ハンター試験合格おめでとう」

 

「は、ハジメさん…えへへっ…ありがとう御座います!」

 

…うん、やっぱりシアは泣き顔より笑顔が一番よく似合う。言葉には出さないけどな。

そんな風に俺がシアと話していると、後ろでリーナがヒソヒソ声でアレーティアと話す。

 

「やっぱりハジメ君って無自覚な女誑しなのかなぁ…あんな台詞を躊躇いなく吐けるなんて、あのイケイケな見た目も相まって普通の女の子なら簡単に落とせちゃうよね~」

 

「ん、大迷宮でずっと見て来たけど…ハジメは天然の乙女殺し。あと可愛い」

 

「えっ可愛い?…あ~でも…分からなくは…ないかな?」

 

 だから聞こえてんだよ、つーかアレーティアさん貴女まで何を言うてはるんですか。

可愛いとか言わないで貰えますかね…恥ずかしいのも相まって顔が赤くなるんだが…

―――それと後ろで口を震わせて笑い我慢してるアッシュ。お前後で集会所裏来い。

 

「…それにしても、ハジメ君がまさか異世界から来た使徒様だったなんてね~」

 

「元な、元。とっくの昔に辞めて、今は善良な一市民のハンターだってーの」

 

「そんな普通の仕事みたいに辞められるものなのか神の使徒ってのは…」

 

「細かいこと気にすんなよアッシュ。ストレスで禿げるぞ?」

 

「おいコラ!ハジメ、テメェ俺の髪に触れるとはいい度胸だな殺すぞ銀髪赤目野郎」

 

「やれるもんならやってみろや顎髭チンピラ野郎」

 

「もぉ~二人とも!再会して早々喧嘩しないでよぉ!」

 

 この程度は喧嘩の内にも入らない。同期の男ハンター同士のじゃれ合いなんだが…

以前にも似たようなことをレイと訓練所でやらかして、同期のリーナを始めとする女達に止められた際にそれを伝えたんだが、一同声を揃えて「バカじゃないの!?」って怒られたっけか。

肉体言語のコミュニケーションほど分かり易いものはないと思うんだが…

状況が呑み込めないのか、リーナの後ろでシアもオロオロしてる。

 

「お、お二人とも…喧嘩はダメですよぅ…!」

 

「喧嘩じゃないぞシア。ハジメが俺の触れちゃいけない領域に触れたのが悪いんだぁ」

「そうだぞシア。アッシュが俺の見た目を馬鹿にしたから俺は怒ってるだけだぁ」

 

「「………あ゛?なんだとコノヤロウ!」」

 

「二人ともいい加減にしなさああぁぁぁぁい!!!」

 

 結局俺とアッシュはゲブルト村に戻るまでリーナからたっぷりお説教を食らった。

アレーティアに呆れられ、シアに心配され、ルゥムさんは無表情だけど視線が時折動くシアのウサ耳に向けられている。教授は暢気に「いやぁ、今日も良い天気ですねえ」と呟いている。

 

…この後、村に着いてから衝撃的な話を聞くことになると俺は想像もしていなかった。

オルクス大迷宮を出た時から、それよりもずっと前から、いつかこうなるとは思ってはいた。

過去の事もあって「こうなって欲しい」と思う心が無かったと言えば嘘になる。

ハイリヒ王国と聖教教会。今後の大迷宮探索で最も障害になると思っていた二大勢力が、帝国によって崩壊に追い込まれたなんて…

 




 転移先を多数考えましたが、この流れだけは原作リスペクトで締めました。
何気に第一作目の初期から久しぶりのハジメ君視点の話になりましたが、違和感があったら教えて下さい。タグで表記している通り本作は第三者から始まってハジメ君視点で物語をどんどん進行するつもりなので…

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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辺境の村にただいまとさようなら


 ゲブルト村の村長宅から歩いて数分の所にあるハンターのマイハウス。
開けっ放しの扉の奥で、家の主は静かに武器の手入れを行っていた。
アイテムボックスの前に机を持ってきて、愛用の武器を上に置く。

 白い鱗に深緑色が差した独特なカラーリングのヘビィボウガン。
カスタマイズで先端をロングバレルに改造したそれはある条件を満たすと、通常のヘビィボウガンにはない機能を解放する仕掛けが施されている。

「…こいつを眠らせて…どれだけの月日が経ったんだろうな」

 男はそう呟いて、銃身下部についた傷を指でなぞる。
並のモンスターでは傷一つ付けられないこの武器に傷がついたのは、男が村に戻ってくるよりもずっと前のこと。

 辺境最優と呼ばれるようになった()()()()()()()()()()()
彼が視線を窓の外に移すと、丁度その時と同じような霧が樹海にかかっていた。
霧を見る度に男の四肢は疼いて、脳裏に激闘の光景が過ぎる。
根拠はない。だが百戦錬磨の彼が持つ第六感は新たな戦いの予兆を感じていた。



 

 ゲブルト村に戻ってきて早々、俺は驚愕で言葉を失った。

辺境の村と呼ばれた場所が、ブルックの町と同じ活気に満ちている。

畑と草原の間に家が何件か建っているだけだった景色は、逆転して今や新品の建物や人々の間に草花が顔を覗かせている。

 

 何よりも驚いたのは村を囲う木の壁だ。

以前は飼い慣らしている家畜や草食竜の脱走防止目的で柵を立てていた。

柵が消えた代わりに、立派な木の壁がゲブルト村全体を囲っている。

 

 しかも村の中心部にしかなかった筈の櫓が四方に設置されていた。

南の湿地帯、西のハルツィナ樹海、東の荒野、そして俺達が今歩いている北側、ライセン大峡谷に通じる帝国街道を見渡せる。

 

「たった数週間でここまで変わるのか…!?」

 

「えへへっ♪驚きましたか?でも、ハジメさんのお陰なんですよ?」

 

「…どういう事だ?」

 

 シアの説明によると、兎人(ハウリア)族がゲブルト村に住み始めたという話を何処から聞きつけたのか隣の町ブルックから商人が足繫く通うようになった。

兎人族は亜人族の文化や食事などを快く商人達に提供し、商人達はそれらを商売に利用する代価として彼らに人間族の文化を提供する。

 

 こうした交流が盛んになったのと、ハルツィナ樹海でハンターが活動しやすくなったとの報告を受けたハンターズギルドにより、ゲブルト村の集会所が設立したことで現在の活気に至ったのだ。

 

「それなら俺のお陰というより、急な話にも関わらず皆を受け入れてくれた村長や話を通してくれたアゥータさんのお陰じゃないか?」

 

「勿論アボク村長にもアゥータさんにも感謝しています。でも、最初に私達を…私を助けてくれたのはハジメさんです!だから、私から見て今の幸せがあるのは全部ハジメさんのお陰なんです!」

 

 両手を握り締めて力説するシアの言葉に思わず頬が緩みそうになる。

自分のしたことが、誰かの幸せに繋がっているのがこんなにも誇らしい。

言葉には出さずとも、表情筋が本心を曝け出しそうだ。

 

 

「ハジメ君!?もう帰ってきたのかい!」

「坊やじゃない、随分と早いお帰りだねぇ~!」

「おいハジメェ!帰って来るのが早いなら先に言いやがれ!」

 

 村の中に入ると、村人達が次々に顔を出して声を掛けてくる。

雑貨屋のアイテム夫婦、夫のテムさんが驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべ、農場長のニッカさんは元気な笑い声を上げ、俺の師匠こと鍛冶屋のヘファイさんは額に皺を寄せながら怒鳴った。

 

「あ、あはは…色々ありまして…とりあえずただいまです」

 

「ふむ…ブルックの町での一件*1は聞いてるよハジメ君。老山龍を相手に生き延びただけでなく、討伐に貢献したとは…凄いじゃないか」

 

「村長!…ありがとう御座います」

 

 本当はあのラオシャンロン戦の功労者は自分以外の3人だと言いたかった。

だけど朗らかに笑みを浮かべて褒めてくれるアボク村長を前に、ちょっと見栄を張った。

貴方達が助けてくれた自分(ハジメ)が、こんなにも活躍出来ているんですよと…

さっきのシアが言う事を真似て…これも全て、貴方達のお陰だと心の中で呟いた。

 

「ようハジメ随分と早いお帰りだな?しかも随分と妙な連れがいるときた」

 

 俺にとって最初の先輩ハンターにあたる人、アゥータさんが自分の家から顔を覗かせた。

アゥータさんの言葉に村の人達も俺から後ろにいるアレーティアと教授に注がれる。

特に見た目がとんでもない美少女なアレーティアは男衆から凝視されていた。

本人は涼し気な表情をしているが、隣にいるシアがあおりを食らってたじろいでしまう。

 

「これはこれは辺境最優の…お久しぶりです」

 

「アンタと会ったのは霞隠れの攻略を聞きにいった時以来か、信心深き狩人さんよ」

 

「??お二人は知り合いなんですか」

 

 俺が口にしようとした疑問を、シアが先に言ってくれた。

アゥータさんと教授、二人の共通点は例外と呼ばれるハンターであること。

辺境最優がアゥータさんの称号だってのは聞いた事あるけど、信心深き狩人って教授のことだったのか…けどこれまで大迷宮で一緒にいる中で信心深そうな発言と振る舞いは一度も見なかったな…どうしてこの人にその呼び名がついたんだ?

 

「初の顔合わせは10年以上前、王国での調査依頼の時だったか?アンタ昔から変わってねえなぁ」

 

「貴方はあの頃から更に狩りの腕が上達したとギルドの方で評判を聞いております。――――――それと…()()()()()()は本当に残念でした…」

 

「…ああ、アンタほどの人が気にかけてくれたんならあの人も本望だろうよ」

 

「…あの人?」

 

「ん―――あぁ、昔いた俺の先輩にあたるハンターのことだ。少し前に死んじまったけどな」

 

「………」

 

…一瞬だけど、アゥータさんの頬の口角が下がったのを俺は見逃さなかった。

アゥータさんの先輩と聞いてリンネさんが脳裏を過ぎるけど、死んだってことは違う人のようだ。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()だと思う。

ルゥムさんの表情は変わらないけど、何処か寂しそうな眼をしているような気がした。

 

 教授との会話を終えたアゥータさんは次にアレーティアへと話しかけた。

美少女と聞いてアゥータさんがダル絡みするかもと俺は警戒したが…

意外にもあっさり名乗って握手を交わすだけで二人の会話は終わった。

 

「さて、積もる話も大分あると思うが…まずお前らが行くべきはあそこ…だろ?」

 

 アゥータさんが指さす方、そこには村で一番の大きさがある建造物があった。

ブルックの町で見たのと形は少し違うけれど、無数の煙突から煙を立ち昇らせて多くのハンターが出入りし、食器の音や賑やかな音楽を奏でる光景だけはどこでも変わらない。

 

 俺はその言葉に頷いて集会所の方へ向かった。

話さなきゃいけない事が山ほどあって、どこから話すべきか…

ギルドの職員さんが頭を抱える未来が容易に想像出来てしまった。

 

「ハジメ君そしたら私達はクエスト達成の報告にいくから別行動だね」

 

「また後で面白い話聞かせろよ、あと金あるんなら一杯奢れ」

 

「あぁ、後で時間があったら話そうリーナ。あとアッシュ、偶然とはいえクエスト手伝ったんだから逆にお前が奢れよな」

 

「ハジメさん!私もお二人の方へいってきます、また後で!!」

 

「おう」

 

 クエストカウンターの方へ向かうリーナ達3人に軽く手を振って見送る。

すると後ろからついてきたアレーティアが音もなくスッと俺の横に立って口を開いた。

 

「ハジメ、なんだか嬉しそう」

 

「…あぁ。この短時間で嬉しい事が起こりすぎてな…」

 

 暗い大迷宮を抜けて久しぶりの地上に出られらたこと。シアがハンターとして立派にやっていけてること。リーナ、アッシュの二人と久しぶりに会えたこと。ゲブルト村がどんどん豊かになっていること。これだけ幸せが続くと、思わずニヤけてしまいそうだ。

 

「…フフ、ハジメの嬉しそうな顔…可愛い」

 

「っ…!?可愛いはやめろ…恥ずかしいから」

 

「恥ずかしがるところも可愛い」

「………(こくこく)

 

「ぐっ…!」

 

 俺とアレーティアが話している間に教授がギルド職員を呼び止めた。

教授の名前を出した途端、驚愕で目を見開いた職員は脱兎の如く駆け出して、集会所の管理者であるギルドマネージャーを呼んで戻ってくる。

50代くらいの眼鏡を掛けた神経質そうなギルドマネージャーが口を開く。

 

”シン・クロノワ”確か貴方はハイリヒ王国の宿場町ホルアド集会所で宿泊施設を利用して以降、半月前から消息不明との報告を受けていましたがどうやってここに?」

 

 ギルドはハンター達が何処にいるか集会所の利用記録を調べて辿るらしい。

当然俺もホルアド集会所に数日前までいた事になっている。ギルドマネージャーは眼鏡の縁を親指と人差し指で摘まんで位置を直し、教授に返答を促す。

 

…しれっと教授の本名が出て来たんだが…シンって言うのか教授…

あいつ(レイ)もそうだが、大人の都合でロボットアニメの主人公から敵側になってそうな名前だな。

まぁそれを言ったら俺も牙突しそうな名前って言われそうな気がするけど。

 

「ホルアドにある大迷宮の調査。そちらがひと段落ついたのでご報告に参りました」

 

「大迷宮…ですか。調査記録と証拠になる物を提示して頂きます」

 

 ギルドマネージャーがそう言うと、教授は後ろを振り返ってアレーティアの方を向く。

指示を理解した彼女は自分の指に嵌めた宝物庫の指輪を抜いて教授に渡す。

彼から指輪を受け取ったギルドマネージャーは困惑の表情を浮かべる。

 

「…これは…アーティファクト…ですね」

 

「ご明察の通り。そこに調査記録と大迷宮内で採取した素材が入っています」

 

「ほう。ほうほう…全て…ときましたか」

 

 此処から先の話は立ち話でするべきではないと判断したギルドマネージャーに促されて、俺達4人は普段ギルド職員しか足を踏み入れない専用通路を使って資料保管庫のような部屋に入る。

ツンと鼻を刺すインクと紙の臭いが、懐かしい母の職場を思い出させた。

ギルドマネージャーと向き合う形で適当な椅子に座ると、スッと指輪を返される。

 

「実際に使って危険はない事を証明してください」

 

「分かりました。ハジメ君、お願い出来ますか?」

 

「…はい。記録用紙と素材は何を出します?」

 

「最下層にいたあの竜(ゼノ・ジーヴァ)と、屋敷で見つけたアーティファクトを」

 

 教授に言われて指輪を嵌めた俺は頭に指示されたものを一つずつイメージした。

羊皮紙数巻き、ゼノ・ジーヴァの鱗、スリンガーの現物と未完成の設計図。

何もないところから机の上にどさっと物が現れてギルドマネージャーが唖然とする。

 

「そ、そのアーティファクトは一体…」

 

「…俺も詳しいところまで調べた訳じゃないんですけど、使う時のイメージはアイテムボックスに近い感覚があると思います。こちらが教授の記録になります」

 

 それから数分間、俺より先に大迷宮の表の最奥まで辿り着いた教授が話す。

モンスターが倒される度に湧き出る仕組みを話した時は流石に頭を抱えていた。

最初は誰だってそういう反応するよな。俺も未だに作った奴頭おかしいって思うし。

 

 次に真のオルクス大迷宮と封印部屋にいたアレーティアについて。

彼女が吸血鬼と知ってギルドマネージャーが怯えたりしないか内心不安だったが、意外にもそこはあっさりと「そうですか。それは大変でしたね」の一言で納得する。

寧ろ封印部屋を守っていたゴウガルフとタイクンザムザを教授が一人で討伐したと聞いた時の方が「また異例の昇格措置を取るんですか…」と眉間に皺を寄せて呻き声を上げていた。

 

 俺が来た経緯を知ると、ギルドマネージャーは「ああ、老山龍討伐の…」と言った。

表と違って、真のオルクス大迷宮に居たモンスターの名前を聞くたびに彼の表情は曇り、遂には「…例外の…また、書類地獄…デスマーチ…ぅぅ」と頭を抱えている。

多分俺らのハンターランクを上げなきゃいけないけど、手続きが面倒だと思ってるんだろうな…

中間管理職の苦労っていうのはどんな世界でも共通のものらしい。

 

 けどこれまでの話が全部、オスカー・オルクスの屋敷で知った事に比べればマシな部類だった。

ギルドマネージャーの目が見開かれ、羊皮紙を持つ手が小刻みに震えている。

 

「……これは……どういう……?そんな、けど…まさか…」

 

「この件に関しては一度本部へ持ち帰った方が宜しいかと。情報が少なすぎるうえに、どう対処するべきか慎重に話し合う場を設けるべきでしょう」

 

「…そのようですね。これは私の手には余ります」

 

 冷や汗を浮かべたギルドマネージャーが眼鏡を外してハンカチでレンズを拭いた。

それから新種の古龍を討伐した話を聞いて、とうとう彼は「ああ…さよなら私の平穏」と嘆く。

…なんか申し訳ないな…ルゥムさんはいつも通り無表情で首を傾げているけど。

 

「実は帝国内で移動が制限されていまして…王国革命の話はご存知ですか?」

 

「ええ、此処に来るまでに聞きました。大変な騒ぎのようですね」

 

「大変なんてものじゃありませんよ…我々はこの争いに関して一切の手出しをしない事を条件に軍の行動を黙認していたのですから。それなのに皇帝陛下からの王命でサー・ミッドガルを帝国軍に配置しろとかで上は大騒ぎですよ」

 

 ミッドガルさんの名前を聞いて俺は弾かれたように席から立ち上がる。

ホルアドで出会い、オルクス大迷宮でクラスの連中を助ける手伝いをして貰った。

ハンター達の頂点に位置する人で、英雄狩人と呼ばれている。

そんな人が軍に移動するって…

 

「ミッドガルさんが…どうしてそんな急に…!?」

 

「私にも分かりませんよ。ただ、皇女殿下が新たな部隊を新設されるとかでそこにハンター経験のある者を数人入れて魔人族の支配種に対抗する必要があるとかで。ハァ…こっちとしては彼の引退だけは避けて欲しかったんですけど…ハァ」

 

「彼の力は、災いの象徴たる古龍を抑止するのに適していましたからね」

 

「そうなんですよ。辿異種や二つ名を狩れるのなんて、例外の貴方達くらいしかいない。ここ最近は各地でモンスターの動きが活発化しているとの報告もあって、出来ることならハンターの数を増やして対処に宛てるつもりだったんですが…」

 

「…こうなっては、貴女が頂点の存在になってしまいますね。雷光剣鬼」

 

「………?」

 

 ミッドガルさんと並ぶハンターランク999のルゥムさん、話の内容を理解していないのか或いは理解するつもりがないのか教授達に見つめられても変わらず無表情で首を傾げる。

ギルドマネージャーが深い溜息をついて「よいっしょ」と席を立った。

 

「報告ありがとう御座います。ハンター3名へのギルドからの報酬とハンターランクの件については時間を頂けますか?それと、そちらのアーティファクトはギルドで保管しても構いませんね?」

 

「ええ、構いませんよ」

「………(こくこく)」

「………はい」

 

…本当は次の大迷宮を調べるのに必要な指輪だけは持っていたかった。

けどこればっかりはどうする事も出来ない個人的な我儘だ。我慢するしかない。

ギルドマネージャーへと頭を下げて、俺達は集会所の外へ出た。

 

「さて、これで報告の義務は済みましたが…これからどうしますか?」

 

「…俺はウルに向かうつもりですが、さっきの話を聞く限り王国まで行くのに時間が掛かります。一先ずは伝書鳥でウルに居るノイント達に状況を知らせて、この村に暫く留まって先を考えます」

 

「成程。…ルゥムさん貴方は――――――」

 

「………」

 

「ん、ルゥムはすぐに発つって言ってる」

 

 言葉を発さないルゥムさんの代わりにアレーティアが話す。

ルゥムさんは俺や教授とは別件でホルアドに滞在しており、次に向かうのはアンカジ公国だった。

踵を返して村の出口に向かう彼女に改めてお礼を言った。

 

「ルゥムさん、大迷宮であいつ等を助けてくれた事、その後何度も俺を助けてくれた事…本当に、ありがとう御座いました!この御恩はいつか必ず…」

 

「………(こくっ)」

 

 頷いて、ルゥムさんは二、三歩進んで俺の方へと向かってきた。

スッと伸ばした手は俺の頭に乗せられて、優しい手つきで撫でられる。

人前で恥ずかしいとは思うが、彼女なりの別れの挨拶なのだろう。

 

 それに…こうして人に頭を撫でられるのは、内心悪い気はしないと思っていた。

小さい頃は親にこうやって褒められたりしたけれど、大きくなったらそれが無くなる。

当たり前のことだが…それでも時々、こうして誰かに褒められるのが嬉しいと感じてしまうのは…まだまだ俺が子どもなのかもしれないな。

 

*1
老山龍討伐戦のこと。ラオシャンロン討伐に下位の駆け出しハンター(ハジメ)が参加して生還した話は帝国中でちょっとした話題になっている。 ※前作「モンスターハンター・トータス」第三章後編




 これまでのゲブルト村の規模がモンハンで云うところのココット村くらいの規模だったのが調査拠点アステラ並の進化を遂げてましたとさ。
ルゥム姉貴は此処でいったん離脱、暫くは出て来なくなるかな…?

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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新たな装備・瞬速を持つ鬼人の力 前編


 ハジメが村に帰ってきた話は一時間も掛からず広まった。
村に住む者達は村を豊かにしてくれた恩人の思ったより早い帰還に驚く。
噂を聞きつけて村の外から来た者達は若き狩人の卵に期待の眼差しを向ける。

 集会所の酒場でクエストの達成報告を終えたアッシュ達は休憩していた。
彼らの視線の先には熱心に同期(ハジメ)の話をする村の人達。
この村に来る前から3人も噂を耳にしていた。

「あいつ、訓練生時代から変わった奴だとは思っていたが…予想の斜め上をいきやがったな」

「まさか私達の同期が古龍討伐に参加していたなんてね~。まぁこの短期間で上位昇格まで上り詰めた私達も人のこと言えないんだけどさ~」

「本当にハジメさんもリーナさん達も凄い人です。初めて会った時からずっと―――」

 因みにリーナとアッシュ、2人のクエストクリア回数は1()0()0()()()。ハンターになって半年も経たずここまでの実績を積む者は稀である。
しかもリーナ達の代は()()()()()()()()()()()()5()()上位相当のHRに到達している者がいた。
これにハジメが加われば、同世代から8人の上位ハンターが排出されるだろう。

「その内、俺らの代から次の例外に選ばれる奴が出たりしてな?」

「ありそうねえ~…なんだったらハジメ君は条件だけなら満たしてると思うけど…」

「…それでも、ハジメさんはなんだかんだ理由つけて例外にはならないかもしれません」

「分かってるねえシア~。ハジメ君も遠慮せずに称号だけ貰っちゃえばいいのにね~」

 そうこうして3人が話していると、ギルドマネージャーと話を終えたハジメ達が出てきた。
リーナが立ち上がって声を掛けようとしたが、先にルゥムが集会所の外へ出てしまう。

「あれっ?あの人、ここで泊っていかないのかな…」

「つうか今、村の外に出ても関所で門前払いを食らっちまうだろ」

「そこは例外だし大丈夫なんじゃない?多分だけど帝国もギルド最強戦力を辺境に3人も置くのは非効率的だって思ってるし」

「…どうして非効率なんですか?」

「そりゃシアお前、例外ってのは1人居るだけでその周辺地域のモンスターを狩り尽くせるような化けもの連中だからな。ギルドとしては各地の…特にモンスター被害が増えてる公国側を重点的に例外のハンターを配置しようって考えてんのさ」

「公国…ですか?」

「そういやシアは帝国の外はあまり詳しくないんだっけ?面白いところだよアンカジ公国は。国土の大半が砂漠に覆われてる年中猛暑の国!ハンターでも滅多に足を踏み入れない砂の海を北に進めばグリューエン火山が、東にいけば公国の首都を挿んで海上都市エリセンがあるの!」

「ね、年中暑いんですか…ちょっと怖いですね」

 余談だが亜人族の基礎体温は人間より高めである。
身体を構成する物質の殆どは同じでも、筋肉や骨の造りが違う。
故にシアは戦いに不慣れだったが、ハンターになれる資格を得た。
抵抗感はまだ残っているが生き物を殺す感覚にも徐々に慣れてきている。

「あ、ハジメ君どこか行くみたい」

「えっ!?」

 リーナの声に反応してピクッとウサ耳を立てたシアが彼を探す。
集会所の受付嬢に羊皮紙の巻物を渡して、集会所を出ようとしている。
教授は反対に集会所二階へ上がる階段に向かい、アレーティアはハジメについていった。
ハジメの後を追いたいシアがそわそわしているのを見てリーナがニヤリと笑う。

「シア、報酬の山分けも終わったし。ハジメ君の方に行っていいよ~?」

「そ、そんな…でも次のクエストの準備とかやる事が…」

「気にするなシア、まだ次は決めてない。決まったら声をかけるさ」

「…了解ですぅっ!ありがとう御座いました!」

 スッと席を立ってから、アイアンハンマーLv2を背負ったシアは2人に頭を下げる。
レザーヘルムにすぽっとウサ耳を通して、そそくさとハジメ達の後を追う。
それを見守るリーナが優しい目で見つめているのを横にアッシュがぽつりと呟いた。

「…早くお前も会えるといいな」

「…うん…もう少し、頑張ったら…会いに行くつもり」



 

「は、ハジメさーん!待ってくださいぃ~!」

 

「…シア?」

 

 伝書鳥をウルに向けて飛ばすことが出来た俺はアレーティアを伴って集会所を出る。

一度マイハウスへ向かおうと思っていたが、予定を早めて鍛冶屋にいる師匠のところへ挨拶しにいくついでに集まった素材で武器を作る事にした。

そこへ後ろからシアに声を掛けられて立ち止まる。

…そうだ、後で時間があったら話そうってリーナ達に伝えてたな…

 

「悪いなシア、俺はこれから鍛冶屋に向かうつもりなんだ。話はもう少し後で」

 

「だ、大丈夫ですぅ!私も、鍛冶屋に用があったので!」

 

「?そうか…なら一緒に行くか?」

 

「…はいっ!」

 

 シアの後ろで意味深な笑顔を浮かべているリーナ達に手を振られた。

あいつ等が何を考えてるのか予想はつくけど、聞いてもはぐらかされるだろうな。

歩き出した俺の右隣りにシアが、左隣にアレーティアが並んで歩く。

絵面だけ見れば両手に花だが…こういう経験がないから、変に落ち着かない。

すると俺を挟んでアレーティアの方からシアに話しかけた。

 

「…シア…ハジメとはどういう関係?」

 

「は、はい?どういうって―――」

 

「ハジメの恋人?」

 

(――――――ッ!?)

 

 アレーティアの思いもよらぬ問いかけに心臓がドクンと大きく跳ねた。

でも動揺するとそれをネタに弄られると思って俺は表向き平静を装う。

一方で質問された当の本人、シアは顔を真っ赤にして慌てふためいている。

 

「ひぇっ!?そ、それは…いえ、恋人という訳ではなく…ぅぅ」

 

(…シア、そこで俺に助けを求めるのは止めて欲しかったな…)

 

 シアが困った顔で上目遣いに俺を見て、アレーティアの視線も俺に移る。

ただ一言「違う」と答えればいいのに、俺は咄嗟に言い訳をしてしまった。

 

「シアは立場上俺の後輩だよ。…と言ってもハンターになってから一度も顔を合わせてなかったから、シアがどう思っているかは分からないけどな」

 

「…えっ!?………そ、そうですよね!後輩、そう後輩ですぅ!……ぅ~」

 

…なんかシアのウサ耳が垂れて顔が下の方を向いているんだが…あからさまに期待していた返事が出なくて私落ち込んでますオーラが漂っている。

しかもそれを遠目に見ていた兎人族達から物凄い形相で見つめられた。

…そんな目で見られてもな…事実だし、それに万が一なんてことあり得ないだろ。

 

「…ふぅん…ただの後輩なんだ?」

「…ぅぅ~」

 

「アレーティア、あまり揶揄うなよ。シアもそこは胸を張ってただの後輩だと言い切ってくれ」

 

「…ハジメ、やっぱり朴念仁」

「…ただの後輩じゃ、ないですぅ…」

 

 俺の言ったことの何が不満なのか両サイドから小声で不満そうな声が聞こえる。

朴念仁と言われるのは心外だが、シアのただの後輩じゃないなら俺にとっての何なんだ…?

そんな事を話している内に懐かしい鍛冶屋の建物の前まで来た。

前見た時より煙突から濃い煙が出ている…村を出て一、二週間しか経っていない筈なのにこの建物の前に立つと懐かしいと思ってしまう。

 

「師匠!」

 

「おう、待ってたぜハジメ」

 

 入り口を通ってすぐに紅蓮の炎を内で滾らせる炉の前に立つヘファイさんに目がいった。

普通の人なら嫌がる鉄錆と油、焦げ臭い鍛冶屋独特の空気が俺は好きだ。

胸いっぱいに空気を吸い込みながら作業を止めたヘファイさんに話しかける。

 

「今日は師匠に()()してもらいたいものがあるんです」

 

「鑑定して欲しいものだぁ?どれ、アイテムボックスから取り出して見せてみな」

 

 師匠が指さす方に視線を移すと、見慣れたアイテムボックスがあった。

青色の巨大な箱の中身はドラえもんの四次元ポケットのように沢山のものが入る。

けれど、ギルドの承認がないと設置されないアイテムボックスがどうして此処に?

俺が疑問の表情を浮かべると師匠はへっと笑って答えてくれた。

 

「この村も最近は外のハンターが樹海入りで滞在するようになってな?村に新しい工房を構えるんじゃ費用が掛かるからってんでギルドの方から此処にアイテムボックスを置かせてくれとさ」

 

「ギルドの方からお願いされたんですか?」

 

「おうよ。ついでにギルド公認でハンターの装備品も弄る許可が降りてなぁ、まったく…俺はもう若くねぇってのに、コキ使われる日が来ようたぁ鍛冶屋冥利に尽きるってもんだ」

 

「凄い…凄いですよ師匠!」

 

「…ハジメよぉ、その師匠ってのはやめろや…後、さっさと物を出しやがれ!」

 

 師匠の怒鳴り声に初めて会うアレーティアはビクン!と驚いて肩を竦ませる。

一方でシアは大分慣れてきたのか「たはは~相変わらずですね~」と朗らかに笑っていた。

師匠に怒鳴られるのも懐かしくて、俺はほんの少し笑みを浮かべながらアイテムボックスを漁る。

 

 俺が想像していた通り、オルクス大迷宮で集めてきた素材はアイテムボックスから出てきた。

教授の仮説にすぎなかった宝物庫の指輪とアイテムボックスは同じ概念を持つアーティファクト。しれっとその仮説が正しいことをこの場で証明したのだが、それに気づいてるのは教授からその話を聞いた俺とアレーティアだけ。

 

 両手で抱えた目的の物をカウンターテーブルの上に置いた。

”太古の塊”2個 ”なぞのお守り”1個 ”光るお守り”2個 ”古びたお守り”1個

シアはお守りのことは知っていても太古の塊を初めて見たのかキョトン顔で首を傾げる。

 

「…?ヘファイさん、これなんですか?」

 

「こいつぁ太古の塊っつー大昔のハンターが使ってた武器が風化して出来た代物だ。俺ら鍛冶職人なら鑑定して元はどんな武器だったのか分かるのさ」

 

「大昔のハンターが使ってた武器!?そ、そんなものが―――」

 

「ただ鑑定したんじゃ使い物にゃならねえだろうな。けど、太古の塊から出来る武器には稀に今の技術じゃ一から作ることの出来ねえ失われた系統の武器が含まれてる事があるんだよ」

 

「…なんだかアーティファクトみたいですね」

 

「かもな。まぁ、何が出てくるかは鑑定してからのお楽しみって奴だ」

 

 言うや否や、師匠はこれまで炉の前で槌を振るう時とは違う、指の細やかな動かし方で太古の塊を手に持って角度を変えて見たり表面を軽く擦ったりしてその正体を露わにする。

鑑定の途中で表面の錆や凝固した土が取れて、その武器の姿が露わになった。

 

 刃の大きさは片手剣のそれと変わらず、柄や鍔に余計な装飾は施されていない。

()()()()()()()()塊の中から出てきた時点でそれが何の武器なのか分かった。

シアも隣で「あっ!」と分かったように声を上げる。

 

「こいつは大昔からある鉱石系の双剣”ツインダガー”だな」

 

 双剣は移動に優れ、属性攻撃力が他の近接武器に比べて高いのが特徴だ。

長所が似ている片手剣から盾で守るというメリットを失った代わりに、攻撃の回数を増やして素早く移動できる他、双剣の適性を見出された者が発動出来る”鬼人化”で更に身のこなしが軽くなる。

俺も適性はあって訓練所で使ったことは何度かあるが、実戦ではまだ一度も使っていない。

ふと脳裏に大迷宮で得た経験から次に自分が何を努力するかを思いつく。

 

(…ガンナーとしての立ち回りはある程度覚えた。だが近接武器を使う仲間の動きを見て慣れるより、自分で使った感覚を身体に馴染ませれば自然と連携に活かせるんじゃないか…?)

 

 大迷宮ではヘビィガンナーとして後ろから仲間に誤射しない事を大前提として、牽制と陽動を主体にした立ち回りでルゥムと教授に前衛を張ってもらった。

一つの武器種を極めるより前に、全ての武器を十全に使いこなす方がいいかもしれない。

 

「師しょ―――ヘファイさん、後でツインダガーの強化先を調べて貰えますか?」

 

「おうよ。んじゃ残り鑑定を手早く済ませちまうかぁ!」

 

「はいっお願いします!」

 

 太古の塊はあと1つ、最初に鑑定した物よりこっちは一回り大きかった。

再び鑑定を無言で待つ間、ふと師匠が背を向けながらアレーティアに話しかける。

 

「そっちのちっこいのは初めて見る顔だな?お前さんと一緒に来たみたいだが…」

 

「…アレーティア、それが私の名前…」

 

「ほおん…随分と良い名前だな。どこかの貴族様かい?」

 

「…確かに昔は偉い身分…だった。でも…今は違う」

 

「そうかい。ま、なんでもいいさ…ゆっくりしていきな」

 

「ん…そうさせて貰う」

 

 ヘファイさんはアレーティアが自分より年上だなんて思ってもいないんだろう。

けど見た目からは想像もできない大人びた喋り方に、何となく訳ありというのは察している。

お互いに口数が少ないというのもあってまた無言の間が流れた。

 

「よし、鑑定出来た。…けど、こいつぁ…なんて言えばいいんだ」

 

「――――――これ、は何ですかね?」

 

「名前付けるンなら”凄く風化した大剣”ってぇところか…」

 

「…これ、使えるんでしょうか?」

 

 相手がモンスターかそれ以外かで質問の答えは変わってくるぞシア。

モンスター以外に使うことなんてあり得ないしな。んな事したらハンター辞めさせられちまう。

ただもしもを前提に考えるなら人相手なら普通に使えるだろうな。

斬ることを目的とせず、叩きつぶすハンマーみたいな運用になるけど。

 

「切れ味は最低値の真っ赤、会心率も無いどころか最悪マイナス補正が掛かるだろうよ。こんなもん使うくらいなら工房で売られてる一般武器のがマシだと思うぜ俺ぁ」

 

「…ただのなまくら?」

 

 アレーティアの言う通り、これは()()()()と呼んで差し支えない大剣だ。

何らかの強固な鉱石が素材に使われているから、人程度なら重さも相まって軽く殺せるだろう。

だがこれでモンスターを倒せと言われたら、正直アプトノスでも刃が肉の奥まで届くか怪しい。

 

「…磨けばまともな形に戻せるんじゃねえか?どんだけ素材が要るのかは分からねえけどよ」

 

「…これは別の機会で強化します…」

 

「それがいいな…それじゃ気を取り直してお守りの鑑定いくぜ…」

 

「お願いします」

 

 お守りを鑑定することで、スキルが付与された護石が出来る。

以前はルゥムから貰った護石を一生大事に使おうと思っていたハジメだが、今後使う武器によっては付与されたスキルが合わない事も考えて、あの護石自体はプレゼントされたものとして大事に保管する一方で、使うものは最適なものを選ぼうと決めた。

 

 太古の塊と違って、特殊な工具を用いて中に秘められた力を調べるのがお守りの鑑定だ。

淡く白い光を放つ謎のお守り、一段階強い黄金色の光を放つ光るお守り、そして光の強さは光るお守りと大差ないが光の色が真っ赤な古びたお守り。

全てを調べ終えたヘファイさんがふぅーと息をついて椅子に腰かける。

 

「…どうでしたか?」

 

「ん、俺ぁハンターじゃねえからアタリかハズレかは分からねえけど…とりあえずこんなもんだ」

 

 そう言ってヘファイさんは羊皮紙に護石一つ一つの名称と効果を書き出してくれた。

 

・謎のお守り→闘士の護石(採取+4)空きスロット:0

 

・光るお守り→騎士の護石(砲術+3)空きスロット:2

       城塞の護石(榴弾追加+1,採取-7)空きスロット:3

 

・古びたお守り→女王の護石(スタミナ+2,属性攻撃+2)空きスロット:3

 

…確かにこれはアタリかハズレか、駆け出しの俺には判断し辛いな…

後でアゥータさんか教授辺りにでも聞いてみるか…なんか馬鹿にされそうな気もするけど。

空きスロットがあるのは便利だし、最悪の場合は装飾品で防具のスキルを活かす方を取るか。

 

「これで鑑定は終わりだ。そんじゃ本命の方に移るか?」

 

「…ですね。正直、こっちを楽しみにしてました…!」

 

 ニヤリと笑ったヘファイさんがカウンターに広げたのは開発可能な武器と防具の設計図。

護石と二つの武器を一旦アイテムボックスへしまって、俺はさっと一覧を眺める。

大迷宮で山ほど集めた素材で、俺はやっと駆け出し装備からオサラバ出来るんだ…!

 

「…ハジメさん、物凄くテンション上がってますね…」

「…ハジメはああいう所があるから可愛い…」

「それは…私もアレーティアさんに同意見です~」

「ん、シアとは仲良くなれそう…宜しく」

 

 あーあーあー!後ろでなんか言ってるけど聞こえなーい。可愛いとか言われても嬉しくなーい!

ヘファイさんに持っている素材と数を一つ一つ確認しながら、新装備の生産に取り掛かった。

 




 タイトルで次に使う武器をバラしていくスタイル。
因みに防具表記とかスキル構成は例の如くご都合主義でごっちゃになってます。
(スキルに関しては掘る方のお守りは過去作のスキルポイントで発動、防具だけ共通でワールド~ライズのLv発動に変えました)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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新たな装備・瞬速を持つ鬼人の力 後編


 真っ赤な炉の中で鉄鉱石を溶かし、銑鉄から炭素を除去して鋼へと変える。
それを鎧の型に流し込むことでハンター達が使う防具の基となる。
ヘファイは工房の中で滝のような汗を流しながら、黙々と作業をしていた。
彼の背後には新装備の完成を楽しみに待っているハジメと、そんな彼の様子を見て楽しそうに話すシアとアレーティアの姿があった。

(…ワシの鍛冶場がこんなに賑わうなんざ、少し前には想像も出来なかった…)

 耳障りとは言わないが、それでも慣れない環境の変化に戸惑いはあった。
彼が人生の大半で向き合ってきたのは、今も目の前で変化を続ける鉱石達だった。

 余談だが、トータスに於いて製鋼の技術を持つ鍛冶職人はあまり多くない。
現代人が長い歴史の中で培ってきた技術の道を、飛び越える存在があったから。
それはヘファイの後ろにいるハジメがこの世界で得た最初の異能の力。
錬成師の存在が、鉱石の歴史を狂わせたといっても過言ではない。

 人型の生き物の中から稀に天職を持って生まれる者達がいる。
戦える技能を持つ天職、魔法の力を引き出す天職、守る技能を持つ天職、そして…錬成師や治癒師といった事象を変える天職。
前者は稀であり、後者はごく一般的なありふれた天職として認知されていた。
だがそれは()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 天職を持って生まれなかった者達はハジメ達の世界と同じ、戦える力を自力で体得し、魔法の適性を得るために理解を深め、物を作ったり直したりする技を先人達から学んだ。
錬成師が「錬成」の一言で鉄を瞬時に鋼へと変化させるに対し、鍛冶職人は製鋼技術を持つ師匠に弟子入りしてから技術を学ぶのに数年。技術を完全に受け継いで独り立ちした後も研鑽は一生と言われている。

 錬成の力を持たない職人達が、錬成師に思う所がなかったと言えば嘘になる。
ヘファイも若い頃は自分に出来ないことを易々やってのける錬成師達を妬んでいた。
ヘルシャー帝国には錬成師の力を持って生まれる人の数が少なく、殆どが国や貴族の専属にされている。一方で凡百の鍛冶職人達が非効率的だと軽んじられていた時代もあった。

 それがある時、ハンターの装備を作製するにあたってギルドは錬成の使用を禁じた。
モンスターの素材(主に鱗や爪、皮など)を主とする武器・防具に、錬成が適応されない事が理由の一つであったが、一番の理由は国からの指示だった。
上記の錬成師と鍛冶職人の差別化が職人の減る原因となり、戦争で必要な兵器の量産に不可欠な技術者不足が深刻なものになっていたからだ。

(錬成師が、鍛冶屋(ワシら)の弟子になるとは思いもせなんだ…)

 ハジメのことをアゥータから紹介された時、ヘファイには戸惑いがあった。
流石に年を取って錬成師に敵愾心を抱くようなことはなくなったが、それでも「自分達にあんな便利なものがあったら…」と羨むことは多々ある。
だから村に来た若い彼を精々こき使ってやろうと考えていた。
しかし、彼はこき使われるのを嫌がるどころか、むしろ嬉々として働いてくれた。

(誰かの役に立って、褒められることが嬉しい…か)

 ハジメが村に来た夜、宴の席で酔った拍子にポロっと口にした言葉を聞いた時、ヘファイは鍛冶の道を歩むと決めた若き日の自分を思い出した。
以来それから錬成以前に鍛冶の知識がド素人だったハジメに一つ一つ教えていた。
炉の使い方、道具の使い方、火の管理、鉱石の覚え方と使い道等々…
彼がハンターになってから必要ないものと切って捨てられるのかと心配していたが…

(…野郎、まだ熱心に見てやがらぁ…ったくよぉ)

 振り向かなくても、ハジメのキラキラした眼差しがヘファイの手元に注がれているのを感じる。
いつか彼がハンターでいられなくなった時、鍛冶屋を継がせるのも悪くないかもしれない。
そんな事を頭の片隅で考えながら、ヘファイは次の加工へと移るのだった。



 

「そら完成だハジメ、着心地を確かめてくれい」

 

「おぉっ!待ってました!!」

 

 おやっさんに通されて鍛冶屋の奥で作られたばかりの防具に胸が高鳴る。

台の上に並べられた5つの防具は順に頭、胴、腕、腰、足の順で完成されていた。

まずは頭、ハンターの文字通り顔となる装備に手を伸ばす。

 

 素材は大迷宮で戦ったモンスター痺賊竜”ドスギルオス”の皮と鱗で出来ている。

真っ黒なシルクハットを思わせる頭に赤いゴーグルが煌く。ペストマスクを彷彿とさせるフルフェイスのそれは今まで見てきた装備の中でアーティアに次ぐ異様な雰囲気を放っていた。

 

頭装備”ギルオスヘルムβ”(笛吹き名人Lv+1)空きスロット:1

 

「…これは」

 

「そいつの皮と鱗は雷と龍属性に強いが、水には弱い。気をつけなぁ」

 

 被ると視界が真っ赤…という訳ではないらしい…見た目だけで戦闘に支障はないか。

既に頭防具だけで興奮冷めやらぬ中、二番目に手を伸ばしたのは胴防具。

 

 橙色の皮は毒狗竜”ドスフロギィ”と子分”フロギィ”の素材だ。

右肩から左脇腹に巻かれたベルト、近代的なデザインは西部劇のカウボーイっぽくて良い。

 

胴装備”フロギィSメイル”(毒属性強化Lv+1,速射強化Lv+1)空きスロット:1

 

「こいつも雷に強いが、氷と水には弱い」

 

「いいですね…これは、すごくいい」

 

 頭と胴の見た目はミスマッチかと思ったが、これはこれで悪くなかった。

順番にいって次は腕…貴重な鉱石類を大量に消費したが…その分防御力が桁違いだ。

これまで使ってきたアロイアームとは比べものにならない強固な造りの腕防具。

 

腕装備”ハイメタアームβ”(防御Lv+2)空きスロット:1

 

「こいつは生産素材を旧式で済ませたが、仕様は新型になってる。氷耐性が上がった分、雷耐性が落ちてるのに注意しろよ」

 

「はいっ!」

 

 旧式では新型と真逆で雷耐性が高く、氷耐性が下がっていたらしい。

更に新型のデザインは胴と腰も合わせるとずんぐりむっくりした見た目になる。

これで動きが阻害されないんだから改めて防具の凄さを思い知ったよ。

 

 残り二つ…腰の装備はハイメタに合わせたのか、ゴツゴツとした見た目をしていた。

スカートアーマーの表面に使われているのは岩竜”バサルモス”の素材だ。

全体を統一したデザインを見せてもらったが、正統派の甲冑を彷彿とさせる。

今回は素材が足りず腰だけの生産になったけど、スキルが魅力的だった。

 

腰装備”バサルSコイル”(砥石使用高速化Lv+2,防御Lv+2)空きスロット:2

 

「物理的なダメージには強いが、こいつは水と龍に弱い。頭と胴も合わせてかなり弱体が入ってるから気を付けろ」

 

「了解です。…そういえば…」

 

「あん?どうした」

 

「――――――あぁ、いや…なんでもありません。独り言です」

 

 思い返すと水属性のモンスターとはあんまり戦った事がなかったな…

フューレンの近くを流れる河には時々海から遡ってくる水竜とか水棲獣がいるらしいけど。

後はミュウの故郷エリセンは海の上にあるって聞いたし…話に聞いた海竜種とやれるんだろうな。

 

 そんな事を考えながら遂に最後の防具…上位になってもお世話になります先生。

胴体や腰にこれでもかと使われているピンク色の鱗や甲殻だが、足にはあまり見られない。

代わりに白布に青みがかった脚絆の膝部分だけ甲殻の一部が使われている。

 

足装備”クックSグリーヴ”(攻撃Lv+1,防御Lv-1)空きスロット:2

 

「防御が下がっちまうのが難点だが、攻撃の底上げと火耐性プラスだ」

 

「……ッおぉ、うぉぉぉっ」

 

 思わず心の中で抑えきれなかった感動の声が漏れてしまった。

おやっさんが「ガキみてぇにはしゃぐなよ」と笑っているが、こればっかりは仕方がない。

するとカウンターの方からアレーティアとシアの呼ぶ声がした。

 

「ハジメ、着替え終わった?」

 

「ハジメさん、早く見たいです!」

 

(…よし、二人にもお披露目だ…)

 

 俺は2人の呼ぶ声に応えて防具を着けたままカウンターの方へ向かう。

この時俺は少し勘違いをしていた。俺にとってのカッコいいの方向性が、十代半ば(片方は中身三百歳だけど…)の感性を持つ女の子には理解出来ない代物だった。

 

「「………」」

 

「……え、ノーコメント……?」

 

 唖然とした2人の顔を見て思わず心の声を口に出してしまった。

しかし鏡に映る自分の姿を見て、ようやく俺は見た目のインパクトに気づく。

頭防具の時点でヤバかったのだ。よくよく考えてみればシルクハットにペストマスク、血のような赤色のゴーグルを着けた人が町中を歩いていたら誰だって言葉を失うだろう。

 

「…あ、えっと…似合うと思いますよハジメさん!」

 

「…んっ…独特なセンス」

 

「…う、うん。絶妙な間を置いたフォローありがとう2人共…」

 

 後ろでおやっさんが「まぁ、こうなるだろうとは思ってたよ」と呆れかえっている。

そういえば防具を選ぶ間、何度か俺の方を見て「本当にこれでいいのか?」って確認してたけど…あれは稀少な素材の消費を気にしてたんじゃなかったのか…先に言ってくれよおやっさん。

 

「…そんで、武器はどうすんだハジメ?」

 

「さっきのツインダガーを強化して装備しようかなと…強化先の図面を見せて貰えますか?」

 

「あいよ、ざっとこんなもんだ」

 

ツインダガー(Lv1~Lv7まで強化可能)

 

派生1(ツインダガーLv3から)

デュエルツインダガーⅠ

ビークダガーⅠ

マクロピアサー

ハリケーン

オーダーレイピア

 

(攻撃力と切れ味優先ならツインダガーLv7まで上げるのが無難か…)

 

 ふと双剣の強みを思い出して、その考えは早計だと頭の中から除外する。

双剣の強みは攻撃の手数と、武器に付与される属性ダメージの蓄積値だ。

無属性武器のツインダガーではそれが生かし切れていなかった。

属性の相性に振り回されないという点では使い道があるかもしれないが、それだけの為に稀少な鉱石類を消費してまで強化するべきか迷う気持ちもある。

 

 そして何よりも…何よりもだ。

さっきから俺の目が釘付けにされているのは一番下の図面。

”オーダーレイピア”…なんだこのクソカッコいい見た目の双剣は!?

あれか?キ〇トさんになって「スターバーストストリーム!」って叫ぶ為の武器か!

水属性というのも今後使い道は増えてくるだろう…よし、これを作ろう。

 

「―――おやっさん、このオーダーレイピアを―――」

 

「…あぁ、ハジメ…すまねえがそいつは作れねえな…」

 

「えっ!?どうしてですかおやっさん!!」

 

 この時俺はショックのあまり見るべきものを見ていなかった。

ツインダガーLv3まで難なく作れて、オーダーレイピアを作れない理由、それは―――

 

「…お前さん…”黒真珠”持ってねえだろ?」

 

「………」

 

―――ここにきて痛恨の素材不足が、俺の夢を粉々に打ち砕いたのだ。

俺はショックのあまりその場で膝を着いて項垂れる。後ろで見ていた2人が急に落ち込んだ俺を見てオロオロしているが、それすら気にかける余裕もなかった…

 

「俺の、夢が……双剣で…スターバスト…したかった…グスッ」

 

「は、ハジメさん元気出して下さい!素材が足りなかったら、集めにいけばいいじゃないですか!たしか南の湿地帯に甲殻種が沢山居るから討伐依頼が出るかもってギルドの人が―――」

 

「ッ!!?」

 

 砕けた筈の夢に希望の光が差し込む。

顔を上げた俺を覗き込むシアが、この瞬間は眩しいくらいの救世主に見えた。

ガッとシアの肩を掴んで顔を近づける。

 

「ハ、ハジメさん―――!?か、顔がちか―――」

 

「今の話マジかシア!?」

 

「えっ、い、いまのって―――「甲殻種の討伐依頼だ!」―――は、はいぃ…多分ですけど…」

 

「…マジか、マジかマジかよオイ…渡りに船ってまさにこの事じゃねえか…!」

 

 既に防具作成と武器強化の代金はおやっさんに支払ってある。

急いで立ち上がった俺はおやっさんに頭を下げて、シアの手を引いて鍛冶屋を飛び出す。

呆気に取られていたアレーティアが小走りでついて来る。

 

「は、ハジメ…待って…早すぎ…!」

 

「2人共ついてこいぃぃぃ!今夜は飽きるほどカニ鍋食わせてやるぜええええ…!」

 

 向かう先は集会所、受けるクエストは甲殻種の討伐依頼。

そこで確実に黒真珠が手に入る。そうしたら…そうしたら俺は…俺は…!

 

「わはははははっ!!ハンターライフ最高ーっ!!」

 

「は、ハジメしゃん待ってくだひゃいぃぃぃ腕千切れますぅ…!!」

「ぜ、ぇ…ひゅ…肺が、裂ける…!」

 

 この後、集会所に着いてから汗まみれのアレーティアに滅茶苦茶怒られた。

シアは流石ハンターになった事もあって、息一つ切らしていなかったが。

鬼気迫る顔でクエスト受注をしに来た俺に、受付嬢さんも軽く引いていた。

 




 絶対にどのシリーズでも完成しない夢のキメラ装備(頭と腕はMHW、胴と腰はRISE、足だけXX)スキル表記だけMHW仕様に(MHXXのマイナススキルは数値で妥当なLvに換算しました)
現状ハジメの装備ステータスはこんな感じです。

攻撃力:100
武器の切れ味:緑
武器の会心率:0%
防御:224
火耐性+5 水耐性-9 雷耐性+2 氷耐性-3 龍耐性-2

余談ですが大迷宮で使っていた老山龍砲(MHXX)の攻撃力は310。原作ではG級から討伐可の古龍武器だから仕方ないとはいえ、攻撃面で大幅な弱体化を食らった感が否めない…

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沼地の蟹にはご用心!


討伐クエスト

沼地の蟹にはご用心!


目的地:沼地

制限時間:50分

契約金:300ルタ


メインターゲット 報酬金 2400ルタ

ガミザミ20匹の討伐


サブターゲット 報酬金 600ルタ

ヤド真珠1個の納品


クエストLV ☆☆

―――――――――――――――――――――――――――――――


主なモンスター

―――――――――――――――――――――――――――――――

ガミザミ

ショウグンギザミ


受注・参加条件

―――――――――――――――――――――――――――――――

条件なし


失敗条件

―――――――――――――――――――――――――――――――

報酬金ゼロ

タイムアップ


依頼主 憂いを帯びた帝国兵

―――――――――――――――――――――――――――――――

我々は偵察任務の為、沼地に一個中隊を率いて向かう事になった。

しかし今、沼地にはガミザミの群れが至る所に潜んでいる。

1匹だけなら脅威にもならないが、桁が一つ増えると話は別だ。

更に運悪く成長した個体のショウグンギザミまで生息が確認された。

ショウグンギザミの討伐依頼は別に出している。

君達は沼地に潜むガミザミを残らず掃討してくれ!




 

 ハルツィナ樹海から南へ、或いはゲブルト村からライセンの荒野を挟んで南東へ。

帝国領が温暖期を迎えようとしているのに対して、沼地は昼間でも肌寒いという。

俺は頭上を見上げ、青空と灰色の厚い雲の境界線に自分達は立っているのだと感じる。

 

「此処が沼地…」

「シアも此処に来るのは初めてか?」

 

「はい。フェアベルゲンに住んでいた頃も、此処に足を運んだ亜人はいませんでした。樹海の外が危険だと言われていたのもありますが、特に沼地は踏み入った亜人族が一人も帰ってこなかったって話が有名でしたから」

 

「…天候が変。さっきまで晴れてたのに、ここら辺だけずっと曇ってる」

「此処で生きる動植物は、太陽の光を浴びなくても成長出来るんだろうな」

「ん、多分そう…あれとか良い例」

 

 そう言ってアレーティアが指さす方に俺とシアは視線を上から横に広がる池に移した。

沼地のベースキャンプが設置されている池の端には、巨大なハスの葉擬きが群生している。

アレーティアがツカツカと前に進んで…唐突にハスの葉擬きの上へと飛び乗った。

 

「ちょ!?アレーティアさん、危なぃ―――あれ?」

「…問題ない。この植物は人の重さくらい平気で支えられる」

 

「…知ってるのか、この植物の事」

「ん、昔読んだ本にあった内容覚えてる。ハジメ達が乗っても平気」

「…マジか、ちょっと試してみようぜシア」

 

 余談だがハンターの装備は武器の重量を除いて最低でも40㎏はある。

そこに鉱石やモンスターの鱗などの追加で最大80㎏の重装備があるという。

 

 因みに双剣は片方だけで1,2㎏の重さ、ヘビィボウガンは平均20㎏前後。

シアの装備しているハンマーは平均30㎏と全武器中最大の重さである。

これでハスの葉擬きに3人乗った途端に池に落ちたら笑い話では済まない。

…まぁ武器背負ってでも水中泳ぐ訓練は受けてるから、自力で浮かび上がれるけど…

 

「えっ…あ、はい…大丈夫、ですよね?」

「大丈夫だ、問題ない」

「?どうしてハジメが大丈夫だって言うの?」

 

「…スマン気にしないでくれ、言ってみたかっただけだ」

「…??」

 

 こういう時、清水が居たらネタに反応してル〇フェルの台詞とか返してくれんだろうなぁ…

アレーティアの手招きに俺は躊躇わずハスの葉擬きの上へ飛び乗った。

…飛び乗った時の衝撃で微かに水面は揺れても、ハスの葉擬きが下に落ちる様子はない。

それを見たシアも覚悟を決めたのか目を瞑ってピョンと飛び乗る。

また水面に波紋が広がるけれど、それでもハスの葉擬きは微動だにしない。

 

「わ、わっ…凄いですぅ!」

「まさか、こんな植物が沼地にあるなんてな…」

「この植物は見た目よりずっと頑丈。長寿なのも理由の一つ」

 

 それから少しハスの葉擬きを調べていると、近くの水中に魚影が見えた。

濁った池の中でも元気に泳いでいるところを見る限り、水質に異常はないようだ。

もう調べるものはないと確信して、ベースキャンプ脇にある支給品BOXを漁る。

 

・地図4枚

・応急薬3個セット×4

・携帯食料2個セット×4

・携帯砥石2個セット×2

・ホットドリンク4個

・通常弾Lv2×30

・散弾Lv1×10

 

「シア、持っていく物はあるか?」

「私、ホットドリンク持ってきてないので貰います」

「俺は1個あれば十分だ。アレーティアが残り1つを持っていくといい」

 

「…ハンターじゃない私が使ってもいいの支給品(これ)?」

「…多分大丈夫だろ、ホットドリンクは持ち帰りアリって聞いたし」

「たしか弾とかも持ち帰り可でしたよね」

 

「―――持っていくか!弾と瓶の残り!」

「了解ですぅ!」

 

「………」

 

 やめてくれアレーティア、そんな蔑む目で俺とシアを見ないでくれ…

仕方ないんだよ…!弾代の節約とか考えたら、支給品でも持ち帰って良いって言われたら、お持ち帰りせずにはいられないのがハンターの性なんだ…!

―――と、そんな事もありつつ。俺は地図を広げて行き先をシアと話し合う。

当然だが支給品BOXの中にあった弾と瓶は俺のポーチに収まっている。

 

「此処からどう動くのが正解だと思うシア?」

「ん~…ガミザミって確か地中に潜んで獲物を襲う習性があるって本に書いてありましたし…群れで住むならここからエリア5経由でエリア6に進むのはどうですか?」

 

「エリア6…湿地帯と枯れた木々の生える場所だな。此処から更に南下すると帝国領を越えて魔人族の領域に直結するエリア8に出る。東側の壁沿いに進むと洞窟があって、エリア7…か」

 

「…何か気になる?」

「ん、依頼主がショウグンギザミも徘徊してるって話。こいつはクエストの対象外だから狩る必要はないんだが、遭遇した場合を考えると少し厄介でな…シア、こいつとの戦闘経験は?」

 

「…うぅ、まだないですぅ…」

「そうか。…いや、気にしないでくれ。俺もルゥムさん達に付いていって倒したくらいだから、経験は無いに等しい。…ショウグンギザミと遭遇しても、戦わない方針でいくか…異論はあるか?」

 

「ん、私は特にない」

「私もありません」

 

「よし、それじゃ時間も惜しいし…行くぞ!」

 

 こうして俺とシア、付いてきたアレーティア3人での沼地の初クエストが始まった。

まさかこの時は俺が心でボヤいた事が現実で言霊となって現れる等と思いもしなかった。

 

 

「おぉぉ、っらぁ!!」

 

 草食獣のモスと甲虫種のカンタロスの徘徊するエリア5を通過してエリア7の湿地帯に到着。

運良く地表に姿を現していたガミザミを見つけて、俺は声を上げてツインダガーを抜く。

当然ガミザミもこっちに気づいて奇怪な声を上げる。…が、もう距離は十分詰まった。

 

「せぇあ!」

 

 ツインダガーの先端をガミザミの鋏目掛けて突き出す。

狙うのは殻の間、節足動物特有の複数個所ある関節の隙間に刃を食い込ませる。

突き刺すと同時に青い血が噴き出したのを目が捉えた瞬間、外へ向けて左右の剣を振り抜く。

怯んだ隙を逃さず左の剣で逆袈裟に斬り、斬った箇所目掛けて右の刃で更に奥へ切り込む。

 

 表面の殻を幾ら攻撃しても致命傷にはならない。

鋏という攻撃手段を失ったガミザミに脅威はなく、狙うは一点。

 

「その殻に包まれた血肉、此処でブチ撒けぇっ!!」

 

 左手の剣を逆手に持ち替える。

黒々としたガミザミの瞳の間、脳天目掛けて振り下ろせば勝負は終わりだ。

 

―――ギ、ギィィィッ…

 

 最後の一声を上げて、ガミザミは泥の中に伏してピクピクと痙攣し始めた。

泥水の中にガミザミの青い血が混じり、何とも言えない異臭が鼻腔を突く。

俺が一匹目を仕留める一方で、シアも自分の狙いに向かっていた。

 

「せやぁぁ!でえぇぃっ!」

 

 アイアンハンマーの溜めダッシュから、一段階の溜めで振り下ろしからのアッパー。

ガミザミとの相性は打撃>斬撃/弾、シアのハンマーは全ての攻撃が最大の効果を発揮する。

背負っている貝殻ごと甲殻を粉々に打ち砕き、辺り一面に青い血と殻の破片が飛び散った。

 

「やるなシア!」

 

「はいっ――――――ッ!!ハジメさん、()()()()()()()()()()!」

 

「は?―――って、おぁっ!?」

 

 シアの言葉に俺は自分の耳を疑い、一瞬動きを止める。

その隙を逃すまいと地面から飛び出してきた青い鋏が、胴体を切り裂いた。

油断したな…潜ってるガミザミもいたのか…!

大して鋏の攻撃が効かなかったのは防具のお陰だろう。

けど、今のシアの気づきは…

 

「大丈夫ですかハジメさん!?」

「これくらい掠り傷だ。それよりもシア、今のって――――――」

 

「あ、はい…私の()()()が教えてくれたんです」

「…未来視?」

 

「そういえば、アレーティアにはまだ話してなかったな」

 

 泥の中からのそのそ出てくるガミザミを狩りながらシアの事を話す。

亜人族でありながら魔力操作をその身に宿し、固有魔法・未来視を持っている事。

占術師の名前を聞いた途端、アレーティアは目を丸くして驚いた。

 

「…私の時代でも占術師は稀な存在。生で見るのはシアが初めて…」

 

「そ、そうなんですか…えへへ、なんか照れ臭いですね…」

 

「なぁ、シア。未来視の反動とかは大丈夫なのか?」

 

 以前シアはこの未来視を制御できずに頭痛や倦怠感に悩まされていた。

今の未来視にしてもシアが自分の意志で発動させたというよりは勝手に未来を見せただけ。

俺が心配そうにしているのを察したのかシアは満面の笑みで頷き答える。

 

「大丈夫です!頭痛も倦怠感も、ハンターになる地獄の訓練に比べたら可愛いものですよ!」

 

「…成程…」

 

 妙に説得力のある言葉だった。

確かに死ぬ一歩手前まで心身共に追い詰められる訓練よりはマシかもしれない。

それを知らないアレーティアがドン引きした顔で見ていたが、こればっかりは俺も同意する。

 

「それよりも、この辺りのガミザミはもう狩り尽くしちゃったみたいですね」

 

 シアに言われて無意識の内に狩っていたガミザミの死体からツインダガーを引き抜く。

シアが2体、俺が3体。合計5体か…残りは洞窟の中、エリア7の方か?

 

「…みたいだな。どうする?危険を承知で洞窟に入るか」

 

「…最短で終わらせた方がいい。雲行きが、怪しくなってきた」

 

 アレーティアに言われて空を見上げると、さっきより雲が黒寄りに色濃く厚みを増していた。

この辺りは年中雨が降るって話だしな…俺は気にしないが、2人はあまり好ましくないみたいだ。

 

「このまま洞窟にいきましょうハジメさん!」

「…だな。よし、さっさと終わらせて村に戻るぞ!」

 

 それで俺は報酬の黒真珠を手に、念願のオーダーレイピアを作るんだ…!

あぁ~楽しみだなぁ…あんなカッコいい双剣、一度は使ってみたかったんだよなぁ~。

 




 原作にはないガミザミ部位破壊描写(グロ)
幼少期、無邪気に池のザリガニを捕まえて鋏をプチってた頃を思い出します…
それと感想の方で一作目の更新が遅れている件につきましては、誠に申し訳ございません。一人称視点で書こうか三人称視点で書こうか悩んでいる内にグチャグチャになって完成にもう少し時間が掛かりそうです(頑張れば今日中)

 作者は誰かにケツを叩いて貰えれば踏ん張ってペース早める馬みたいな奴なので、感想だけに限らずメッセージなどで気になる事はどんどん言ってください!
え?イラストを描く呟きはどうなったって?………(無言で目逸らし)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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思いがけない再会・湿地帯


 強めに降り始めた雨はすぐに土砂降りへと変わり、地面の土を伝って地中の鍾乳洞にまで水の雫がポタポタと垂れ始めていた。
ダヴァロス・レヴァナントはその音でぼんやりを目を開ける。
周りの景色が見づらいことから、愛用の眼鏡を掛けていないのだとすぐに気づく。

「…セレッカ、そこにいますか?」

「お、隊長目が覚めた?おっはよー!ほい、眼鏡」

 相変わらず五月蠅い声だと若干苛立ち交じりに目を細めながら、部下のセレッカ・エルンストから渡された眼鏡の縁を掴んで耳へと掛けてから身体を起こそうとして―――

「う、ぐ…!?」

 全身に走る激痛にダヴァロスは思わず呻き声を上げる。
慌ててセレッカが彼を横にして、額に浮かぶ汗をハンカチで拭いた。
…そのハンカチはダヴァロスの私物なのだが…

「あ~まだ起きない方がいいっすよ隊長。()()()()()()()()()()()()()()

「…アレの攻撃を食らって、それで済んだのは奇跡ですかね…」

「奇跡も奇跡、これぞアルヴ神の信仰が為せる業って奴ですかね~。…ところで隊長ってアルヴ信者でしたっけ?ちなみに自分は特に信仰とか興味ない派っス」

 サディスト気取りの解剖狂いことセレッカが信仰心を持っている筈もない。
彼は只、自分の好奇心と探求心を満たすためだけにモンスターを支配し、研究している。
神の信仰も種族同士の争いも、彼は周りがやってるからそれに倣っているに過ぎなかった。

 ダヴァロスも似たような理由で、ただ魔王アダムに命じられて行動している。
あの強大な存在を前にして、自分の保身と生活の安定のために軍へ入隊した。
知的好奇心を優先する一方で、与えられた任務を淡々と遂行していた…この間までは。

「…私も、信仰はあくまで知識の一つとして覚えているに過ぎません」

「ですよね~!隊長がお祈りしてるところなんて見た事ないですし」

「…アレの追撃を振り切って、何日が経過しましたか?」

「ん~軽く一、二週間は過ぎたんじゃないっすか?昼夜問わず隊長担いだ状態でアレに追っかけ回されて、休む間もなく此処に逃げ込んだっスから」

 二人の間で交わされるアレとはモンスターの事である。
ハルツィナ樹海を離れ、一度はガーランドへ帰還する事も考えた二人の前に突如として現れたモンスターは、周囲のモンスターを食い荒らして暴れ狂い、殺し損ねたダヴァロスをずっと追いかけていた。

「…アレは、なんなのでしょうね…」

「いやぁ~!今まで色んなモンスターを見てきましたけど、アレは規格外っすね!支配できたらフリード将軍お気に入りの輝界竜にも劣らない強さなんじゃないかと思ってたけど、そもそも支配出来るか怪しいもんですよアレは!」

 絶え間なく行われる捕食行為、涎を垂らして歩く姿は見る者に恐怖を感じさせる。
ひとたび暴れれば周囲の物を全て壊してしまう。暴虐で、残忍で、凶悪なモンスター。
その顔を思い出すだけで、ダヴァロスは襲われた時の痛みを思い出してしまう。
黒狼鳥イャンガルルガの歴戦個体すら可愛いと思えるほどの圧倒的存在感。
二人はアレがこの湿地帯に居ない事を心の底から願うばかりだった。

「――――――ところで、地上が何やら騒がしいようですが」

「あ、隊長も聞こえます?なーんかさっきから聞き覚えのある蟹っぽい鳴き声がするんですよねー…それに、他にもこの辺をうろついてる奴が何人かいるみたいです」

「…偵察を、お願いできますか?セレッカ」

「うへへっ!隊長ならそう言うと思ってましたよ。りょーかいしました!セレッカ・エルンスト、これより隊長の安全を確保する為に、周囲の偵察へ向かいます!」

 こうして寝たきりのダヴァロスに治療中ずっと預かっていた―――というか邪魔だったから勝手にセレッカが没収していた―――彼の私物を返して、セレッカは陽気に鼻歌を歌いながら洞窟の奥へ消えていった。



 

「寒っ…洞窟内は冷えるな。二人ともホットドリンクは飲んでおいた方がいい」

 

「りっ、了解っ…ですぅ」

 

「ん…そうする」

 

 洞窟の中に響く雨水の滴る音を聞きながら、双剣をしまって赤い色の液体(ホットドリンク)を口に含む。

唐辛子特有の辛味成分とにが虫の苦味エキスが混ざり合った、中華スープと栄養ドリンクの間みたいな味のそれを飲むだけで身体が芯から温まる。

 

 後ろでアレーティアが凄まじいものを見る目で瓶を凝視していたが、隣でシアが普通に飲んでいるのを見て覚悟を決めたのか、ぐっと一息で飲み干してからケホケホと咽ていた。

 

(地図通りならそろそろ…)

 

 鳥竜種サイズのモンスターなら通れそうな洞窟を進んでいくと、開けた場所に出た。

降りていくよりも上っていく方が道中多かった事から、どうやら平地より高い場所にこの洞窟は存在しているらしい。北側、丁度俺達のベースキャンプが設置された方向の空模様が見えるようになっていた。

 

 エリア7…地図で見るよりも洞窟内は広く見える。

正直、今は幻の魚よりもそいつらを餌にしてそうなガミザミが居て欲しいものだ。

俺の心の願いが通じたのか、開けた洞窟内には見慣れた小蟹の群れ…10匹近くいた。

 

「アレーティア、少し下がっててくれるか?」

 

「ん…後ろを見てる」

 

「頼む。…シア、準備はいいか?」

 

「バッチリですぅ!」

 

「よし――――――狩るぞ!!」

 

 ツインダガーを抜いて鬼人化した俺が走り出すのとアイアンハンマーを溜めた状態で走り出したシアが左右に展開して10匹のガミザミを挟み込むように襲い掛かる。

縄張りへの侵入者にガミザミ達が一斉に声を上げて鋏を打ち鳴らすがもう遅い。

 

「うりゃああぁぁっ!」

「ッしぇゃあああああぁぁぁぁ!!」

 

 狩人二人分の叫びに混じり、ガミザミの血飛沫と断末魔がエリア7中に木霊した。

アレーティアは終始その光景を視界の端に捉えつつ、周囲の警戒を続けている。

彼女の耳も、そして戦っている俺達二人の耳にも、外の音は聞こえていた。

雨の降り続く湿地帯に響き渡る、鎌蟹の叫び声が。

 

 

 俺とシアの狩りが終わったのは洞窟に入ってから約五分後の事だった。

痙攣する最後の一匹から互いに武器を引き抜いて、シアはレザーに付いてしまったガミザミの肉片を気持ち悪そうに見ながら手で払い落せる分だけ払い落し、俺はマスクに飛び散ったガミザミの青い血を指でサッと拭う。

 

「これで残り5…か」

 

「うぅぅ…泥と血でべとべとですよぅ…」

 

「シア、そこの水溜まりで洗うといい。雨水の溜まったものだけど、泥水よりはマシ」

 

「…うぅ、そうさせて貰いますぅ…」

 

 アレーティアのアドバイスを受けて、シアは溜まった雨水を手で掬い、レザー装備とアイアンハンマーの先端にこびりついた汚れを落とす。

俺はまだこの後5匹のガミザミ狩ることを考えて、どうせ汚れるしクエストが終わってから帰りにベースキャンプで洗えばいいだろうとそのまま放置する事にした。

マスクに汚れさえつかなければ狩りの妨げにはならないしな。

 

 ただ夢中で斬り続けている内にツインダガーの切れ味は落ちていたのは宜しくない。

二人の下へ歩いていく前に、その場にどっかり腰を下ろして武器を研ぎ始める。

もし切れ味が落ちてる状態でさっき聞こえてた奴が此処に来たら――――――

 

「ッ!?ハジメ、シア。何か近づいて来る!!」

 

「う、へぇっ!?」

 

(クッソ、フラグ建設は心の呟きも該当するのかよ!!)

 

 ついさっき俺達三人が通ってきた通路を駆け下りて来る足音が三人分。

それと同じ距離で走ってくる二足歩行の独特な足音、そして…鋏を打ち鳴らす無数の脚音。

近くにいたシアの後ろで両手を前に突き出し、いつでも魔法を打てるようにアレーティアが構えると、シアも手に掬っていた水を顔に掛けて気持ちを切り替え、鋭い目つきでハンマーの柄を握る。

なんとか研ぎが間に合い、ツインダガーを抜刀して俺も身構えた。

 

 直後、暗がりから飛び出してきたのは魔人族の男。

雨除けの外套に身を包んでいて姿形は人間と変わりないが、肌の色や気配が若干違っている。

後に続く魔人族の少女は浅く焼けた肌色に赤色のツインテール。腰に剣を提げていた。

その後に飛び込んできたのは――――――

 

「なっ…ハジメぇ!?」

 

「清水!?お前なんでこんな所に!!」

 

―――グエエエェェェッ!

 

 前見た時より顔色は良くなっているが、相変わらず死んだ魚の目をした友人・清水幸利。

彼を守るようにして後ろから迫ってくる相手に悲鳴を上げる巨大な掻鳥クルルヤックだった。

クルルヤックが幸利達を襲わないことから、すぐに支配種だと気づけた。

ただ…あのクルルヤック、どこかで見たような…?

 

 それを思い出すより先に、洞窟の狭い道を無理やり進んできた一体のモンスターが現れる。

正直、ここでの遭遇は可能性として視野に入れていたが…こんな形でとは思わなかった…!

甲殻種・鎌蟹”ショウグンギザミ”が魔人族と幸利を追いかけてエリア7に入ってきた。

 




 魔人族の戦力をめっちゃ盛った気がするけど、フロンティアハンターが二人相手になる訳ですしこれくらいは…(極み個体だったら預けていた武器解放も止む無し)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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湿地帯の将軍・鎌蟹


 ハジメ達がクエストを開始してから30分が経過。
当の本人達は時計なんて便利な道具を持っておらず、太陽か月の位置で時間経過を把握するよう訓練を受けているのだが、湿地帯ではそれで確かめることも儘ならない。

 そして予想もしなかった魔人族、ショウグンギザミとの遭遇が、彼らの予定を完全に狂わせた。
ショウグンギザミと戦う事も出来たが、魔人族を放置するわけにもいかず…
だからといって戦う相手を逆にするのは自殺行為だと馬鹿でも分かる。

 そもそも魔人族と戦う術を持っているのは3人の中でアレーティアだけ。
ハジメとシアは武器を使わずに素手で魔人族を拘束するしかなかった。
もっとも二人がその気になる可能性は限りなくゼロに近いが…

 獲物を選ばず暴れ回ったショウグンギザミから逃げている内に、アレーティアとシアは近くにいて逸れずに行動できた。洞窟の奥寄りにいたハジメがショウグンギザミを惹きつけて行方知れずとなっている。

 追われていた魔人族側、幸利と彼の操る支配種クルルヤック、副官のフラウは彼女達と同じ方向へ逃げ、結果としてエリア6の湿地帯に戻ってきていた。

「――――――ッ!」

「あ、わ、わわ…!」

「………」

 お互いにホッと一息ついたのも束の間、一触即発の状態に陥った。
フラウが腰の細剣(レイピア)を抜き、シアに向かって切っ先を向ける。
向けられたシアは手にしたハンマーを向けることが出来ず途方に暮れて、代わりにアレーティアが彼女を庇う様に立って両掌をフラウに向けて魔法が撃つ構えを取った。

―――グエエェッ、クエェケケケッ!

 クルルヤックが威嚇する声を聞き、幸利はこの状況は良くないと判断した。
実戦経験の浅い彼だが、トータスに来てから最強と呼べる存在と最弱である自分、その間にいる者達を数多く見てきたお陰で、目の前の少女2人が数的不利にありながらも実力だけは自分達を上回っていると直感で気づく。

(特に金髪の小さいのはやばい…ここは一つ穏便に…!)

「―――な、なぁフラウ。クルルヤックも…今は戦ってる場合じゃないと思うんだが…」

「…清水様、何故ですか!?ここは敵地!目の前にいるのも任務遂行を妨げる敵!敵は排除して、我々は任務を完遂しなければここに来た意味が―――」

「だからだよ。任務達成にはあらゆる手段を尽くす必要がある。…それがたとえ、敵対する人間側と戦わない選択肢であっても…な。そっちのお2人さん…はどう思うよ、この状況で?」

 幸利に声を掛けられて、シアが彼の言葉に同意するように首を何度も縦に振る。
それでもまだ剣を構えたままのフラウに対し、アレーティアがゆっくりと手を下ろす。
彼女の紅い瞳は、目の前で不敵に笑っている―――ように見えるが、内心かなりパニクってる―――幸利が何を考えてこのような提案をしてきたのか、真意を掴みかねていた。しかし…

「…私達はハジメと…さっき一緒にいたハンターと合流する事を望んでいる。そっちも一緒にいた青髪の男と合流する事が望みなら、ここで争うのは互いに利がない」

「………分かりました。ひとまずこの場は休戦と致しましょう」

「あぁ…そっちのウサ耳の君も、それでいいよな?」

「は、はひぃ!勿論ですぅ…!」

 ようやくフラウが細剣を下ろして幸利は胸を撫で下ろす。
それからまだ威嚇していたクルルヤックに「もういい」と言って静かにさせると、彼は深い溜息をついて後ろの切り株に腰を下ろしてから、改めてアレーティア達に話しかける。

「ところで君達は「アレーティア」「わ、私はシアといいます!」…アレーティアさんとシアさんは、ハジメとはその…どういう関係なんだ?」

「…色々あってハジメに救われた」
「私も似たようなものです。…貴方は?」

「俺?…うーん…どこから話せばいいものか…」

 両者の出会いが、後に戦争の渦中でありながら暗い影を落とすことなく命のやり取りを繰り広げた稀な例として歴史に記されることを、まだ誰も知らない。




 

(参ったな…こいつの相手は二度目とはいえ、この武器ではこれが初だ…)

 

―――シャアアァァ!

 

 シア達と逸れた後、魔人族のレイスを狙っていたショウグンギザミはいつの間にか魔法で姿を暗ませた奴の代わりに、ガミザミの血の臭いを体中に纏わせた俺を見て標的を変更する。

 

―――間違いなく、目の前の人間は同族を殺した。

縄張りに入ってきて消えた奴も絶対に殺す。一緒にいた掻鳥も殺す。

だがそいつらより先に…武器を構えて戦う意思を見せたコイツ(ハジメ)を殺す!

黒々とした瞳がそう言っているように見えた。

 

「おっと!ぁっぶねぇ…」

 

 折り畳まれた鋏が頭上に迫り、舌打ちと共に後ろへバックステップを踏む。

衝撃で水をたっぷり含んだ柔らかい地面が割れて、辺りに泥水の飛沫が飛び散った。

対抗するようにツインダガーの切っ先をショウグンギザミへと向けて考えを巡らせる。

 

(こいつの爪も脚も、共通して刃が通りにくい……シアの武器、ハンマーの打撃があれば部位破壊で転倒狙いからワンチャンあったかもしれないが……。……いや、此処でないものねだりしても始まらないか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!)

 

「やるぞぉ!!おっしゃぁぁぁ!!」

 

 自分を鼓舞する為の掛け声を上げる。

俺は鬼人化してショウグンギザミとの距離を詰めようと駆け出す。

対する向こうは左右交互に牽制攻撃を仕掛ける。

 

「――――――ッ!」

 

 走るだけでは避けきれない。そう判断して足の裏側に力を込める。

フッ!と息を切って前のめりに急加速する体。

左右から迫る鋏の攻撃を掠りもせず奴との距離を詰めた。

 

 これが双剣の長所である鬼人化の高機動力だ。

常時スタミナが減る…人体で云うところの筋肉や関節の動き、血液や酸素の活動が人体の害となる一歩手前まで追い込まれる極限状態になってしまう。

その代わり、双剣使いは身のこなしが近接武器で一番軽やかになる。

 

「ふぅ、はッ!せぇッ!ぜぁっ!」

 

 鋏の下、藍色の殻に包まれたショウグンギザミの本体を支える脚の近く。狙いを定めた脚一本に集中してツインダガーを振るう。

足下に入り込まれたショウグンギザミは諦めずに鋏で俺を攻撃しようとする。

 

 だが、それも俺にとって想定の範囲内だった。

距離を詰めた時から、関節可動域を外れた場所に立つことを意識していた。

虚しく空を切る鋏を視界の端に捉え、俺は勝気な笑みを浮かべる。

 

 これがショウグンギザミの弱点の一つである。

懐に入ってさえしまえば、攻撃に於いてはハンターが一歩先をいく。

賢い個体ならそれを理解してハンターを懐に入れさせないようにするのだが、幸運な事に眼前の個体は只の上位個体。自身の体の大きさを気にして戦うほどの知能はなかったようだ。

 

―――ギシイィィィッ!

 

「甘ぇ!!」

 

 煩わしいと言わんばかりにショウグンギザミは右回りに回転して吹き飛ばそうとしてくる。

俺は攻撃の手を一旦止めて、迫りくる鋏、脚、ヤドの隙間を狙ってステップ。

腰を低く落とした鬼人化時のみ使える”鬼人回避”

全ての攻撃を避けた直後、全身から発せられる異様な重みでスタミナの限界に気づく。

 

(…ちッ、鬼人化解除…!)

 

「―――ッふぅぅ!」

 

 じっとりと項に汗が滲んで、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。

ここから数秒間、最低でも5秒以上は鬼人化を使わずに攻撃する必要があった。

その隙を逃さずショウグンギザミは鋏を使って地中へとその身を隠す。

 

「不味いな…このままだとッ―――!?」

 

 口から思わず零れた不安は一秒半で的中する事になった。

地面の揺れを感じて、俺が武器を納刀して走り出そうとした瞬間。

足下から飛び出してきた一対の鋏が脇腹を殴りつける。

 

「ご、ぁ…っ」

 

 うめき声を上げて衝撃を受けた体が壁際へと体が転がっていく。

喉奥からせり上がる血を吐き出して、襲ってくる痛みに苦悶の表情を浮かべた。

…だが、覚悟していたよりもダメージは大きくなかった。

 

 そこで俺は初めて自分の着る防具が以前とはけた違いの性能だった事を思い出す。

上位防具単体の防御力に加え、スキル”防御”Lv3の発動がダメージを抑えていた。

血をペッと吐き出してから不敵に笑って起き上がる。

 

「くっはは!…効いたぜ、()()()?」

 

 再び足下が揺れる。しかし既に武器は納刀済み、同じ轍は踏まない。

迫りくる鋏を、前方にローリングして躱した。

また震動、躱す。震動、躱す。震動―――5回目でようやく地中からの追撃は止む。

地面を掘り起こして奴が出てくる所に向かってツインダガーを抜き放ち襲い掛かる。

 

「こいつはお返しだ!」

 

 鬼人化からの連撃を、狙っていた脚目掛けて繰り出す。

一度振り回したら止められない。隙だらけになるのを承知の上で双刃を叩き込む。

 

「オオオオォォォォ――――――チェストォ!!」

 

 上段に構えた双剣を地面へ叩きつける勢いで振り下ろす。

鬼人化の連撃に耐えきれなかったショウグンギザミの脚を包む甲殻がひび割れる。

 

―――ギシィィッ!?

 

 狙い通りに転倒したところを間髪入れず、鬼人化を継続して二度目の連撃を食らわせた。

今度は脚ではなく本体、硬い殻に包まれた箇所を執拗に何度も刃で切りつける。

転倒から復帰して、ショウグンギザミの体に変化が現れた。

俺もスタミナが限界を迎え、鬼人化を解いてから後ろへ二歩跳んで構え直す。

 

 棍棒のように畳まれていた鋏が、呼び名の通り鎌状へと展開される。

口から頻りに泡を吐いているのは怒り状態に入り、体内の運動が活発になっている証拠。

 

「よっしゃあ…やってやらぁな…!」

 

 さっきの攻撃を食らって必要以上に恐れる事はないと理解した。

体に戦いの熱が入り過ぎた反動で、脳内麻薬(エンドルフィン)がドバドバ溢れて来るのを五感が感じている。

遠くから誰かの視線を感じるけれど、そんな事も気にならないくらい……

 

「俺とお前、どっちが狩られる側か、タイマン勝負だカニ野郎ォッ!!」

 

―――ギシシィィィッ!

 




 まずは皆さま投稿が遅れてしまった事を深くお詫び申し上げます。
活動報告の方にも書きましたが、ぶっちゃけ仕事に忙殺されていた+遊び呆けていたのが原因です。主にAPEXです。全部APEXが悪いんです(責任転嫁するプレイヤーの屑)
そして週末に競馬の宝塚記念…おどれはやる気あんのかオォン?(自問自答)
ついでに大して重要じゃないけど本作初のアンケートやります。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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新たな力の鼓動


 ハジメ達が村を飛び出して少し後のこと。
彼がとんでもない見た目の防具を着て湿地帯へ飛び出していった事が村中に広まった。
もはや保護者と言っても差し支えないアイテム夫婦は彼を心配し、事情を知っているヘファイが呆れ、年老いた村長アボクは若者の活発な動きに感心してウンウンと頷いている。
そんな中、武器の手入れを終えたアゥータがアボクの下を訪れていた。

「爺ちゃん。ハジメには例の話をしたのか?」

「…いや、まだ言っていない」

 ゲブルト村が発展する一方で、解決しなければならない問題も増えていた。
規模が大きくなった事で余所からの出入りが増えた分、治安の悪化が懸念されている。
王国での暮らしが厳しくなると踏んで帝国内にこっそり忍び込む者が増えているのだ。

 特に多いのがハンターの活躍で仕事を失った元冒険者。
彼らの多くは無法者であり、亜人を奴隷扱いする者が多い。
帝国軍を駐留させているとはいえ、村の巡回等に人手を回す余裕はなかった。

 樹海の一件で数は抑えられたが、村の若い労働力は兵役義務が課せられてしまい、今ゲブルト村では広大な畑を管理する人手が圧倒的に足りていなかった。
兎人族や獣人族も手伝ってくれてはいるが、彼らに農耕の知識は殆どない。
教えながらでは作業が捗らず、かといって無理に仕事をやらせる事は論外である。

 それを解決する為にアゥータは帝都グラディーウスへ赴いたのだが…
「想定済みだ」の一言で返されてしまい、詳細はつい先日手紙で届けられたのだ。
だがその内容を読んだ瞬間、彼とアボクは頭を抱えた。

「そう…か。出来るだけ早く済ませちまった方がいいかもしれないな。あの皇女様の事だ…予定を早めて今夜中にでも村に御一行様を引き連れて来ちまいそうな予感がするよ」

「そうなれば…彼にとっては些か居心地の悪い場所になってしまう…か」

「…ま、今の俺はあいつの先輩だ。…出来る限りの努力はしてみるさ」

「…頼む」

 憂いを帯びた瞳で湿地帯の空を見つめるアボク。
村の住人達にも周知徹底を図ろうと、アゥータは村長宅を出ていった。




 

―――ギイイィシィィィッ!

 

(距離を詰めて、右の鎌で袈裟斬り…!)

 

 怒り状態へと移行したショウグンギザミが先に攻撃を仕掛ける。

展開された鎌の先端を俺は目で捉える。

十分に距離を取る為のステップを踏むと同時に、空気を裂く音。

 

 背中にじっとりと嫌な汗が滲んだ。

アレはまともに食らいたくないな…致命傷まではいかないが、確実に体力の半分は持っていかれる。

何とかしてコイツとの勝負にケリをつけたいところだが…

 

(――――――隙は……ある訳、ないかっ!)

 

 モンスターが怒る姿は傍から見て、冷静さを欠いているように見えるが実際は違う。

この感覚は対峙するハンターにしか分からない。

忙しなく動き回る奴の目は、俺の一挙手一投足に向けられている。

息遣い、重心の傾き具合、視線…戦いに於ける観察力は向こうが上だった。

 

 俺は思考を巡らせようとして、再びショウグンギザミの追撃が繰り出される。

今度は左の鎌で地面ごと俺を掬い上げるような逆方向からの袈裟斬り。

もう一度バックステップで躱そうとして―――

 

「ッ!?」

 

 視界の端で動く右の鎌の存在に遅れて気づいた。

俺が後ろへ跳ぶことを分かっていて、右の鎌で横払いを仕掛けてきた。

 

(完全には避けられないか…っ)

 

 片足が地面に着いた瞬間、咄嗟に仰向けの姿勢を取ろうと動いた。

結果。鎌の先端が脇腹を軽く裂いて俺の体は泥の地面に二回転半打ち付けられる。

 

「くっ…やってくれるな…!」

 

 大した怪我ではないが、脇腹に手を当てるとベットリ赤い血が付いていた。

中の臓物を引っ張り出されずに済んだのは右の鎌に気づけたからだ。

 

 敢えて俺の方から距離を取って向こうが疲れるのを待つつもりだったが…

逃げ隠れ、回復する余裕がないのを考えたらこれは間違いだったな。

 

(逆にこっちから攻める!懐にさえ入れば…!)

 

「フッ――――――!」

 

 鬼人化からツインダガーを逆手に構えて走り出す。

ショウグンギザミが鳴き声と共に左右の鎌を大きく広げた。

自分の鎌を交差させて突っ込んでくる俺を真っ二つにするつもりか…!

 

「面白い!!」

 

 走っていった時点で俺に残された回避手段はたった一つ。

鎌同士が触れる直前での鬼人化回避で奴との距離を一気に詰める。

そこからは最初の戦いと変わらない。

奴の脚を破壊して、転倒した瞬間…一気にカタをつける!

 

 防具の内側、体の中で心臓の鼓動が加速する。

全身の血流が高熱に侵されて、視界はスローモーションと化す。

両目が捉える鎌と本体の動きにブレはなく、息遣いだけが鮮明に届く。

だからこそ、一対の鎌の接近と同時にある事が分かった。

 

(………この軌道、避けられないのか!?)

 

 片方の鎌は水平よりに、もう片方は地面から掬い上げる角度をつけた逆袈裟に。

鬼人回避でも避けられない…!どっちかを避けようとすれば確実に残りが掠る!

ショウグンギザミの瞳が笑っているような気がした。

まんまと俺は嵌められたのだと、奥歯を全力で噛み締める。

 

「…ふ、ざける…なあああああぁぁぁぁ!!」

 

 こんなもの当たってなるものか。

この程度の相手に一度だって敗北してなるものか。

俺はもうあの時の弱い俺じゃない。

 

「おああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 まだ、何かある筈だ…!

考えていたら遅すぎる、先に体を動かす事だけ考えろ!

痛みを怒りに、怒りを力に…死の恐怖何するものぞ。

 

駆けろ、駆けろ、避けろ、避けろ――――――跳べ!!

 

―――次の一歩を踏み出した時、自分の意思とは関係なく体が動いた。

逆手に持っていたツインダガーを前方に構えて腰を落として足の裏に力を溜める。

一対の鎌が拳一つ分にまで迫る瞬間、ショウグンギザミの本体へ飛び込む。

 

 鬼人回避やローリングとも違う…双剣の切っ先を突き出してのダイブ。

地面を蹴った脚から捻り込む力が加わり、視界が360度を繰り返し回転する。

 

―――シャァァァッ!?

 

 最初に感じたのは、硬い殻に鋼鉄の刃が弾かれる嫌な感触。

だけど逸れた刃の切っ先が黒々とした柔らかい球体…奴の目玉を貫いた。

ショウグンギザミの悲鳴が俺の耳元で反響する。

 

 回転しながらの斬撃はそれでも止まらない。

目玉を貫通した勢いを殺さず、殻の中でも比較的柔らかい頭部に切り込む。

刃が回転して殻と肉を抉る様は、さながら掘削機(ドリル)のようだった。

 

 全身に生温かい青い血が降りかかる。

息の続く限り、俺はカッと目を見開いて雄叫びを上げた。

 

「ウオオオォォォォォォォッ!!!」

 

 

 奴の悲鳴が聞こえなくなるまで、その攻撃が止んだ後も俺は一心不乱に双剣を振り続けた。

後に残っていたのは獣のような息遣いの俺と、とっくに事切れていたショウグンギザミの死体。

後から襲ってくる疲労感に耐えながら、さっきの動きを思い出す。

 

「…あれは…」

 

 ()()()()()()()()使()()()使()()()()()()()

教本にも載っていない、陳腐な表現かもしれないが()()()のようなもの。

どうして俺がそれを使えたのか、自分でも分からなかった。

 

(…剥ぎ取り…してる場合じゃねえな)

 

 ゆっくりと息を整えて、顔を覆うマスクにこびりついた血と肉片を手で払い落す。

戦いの間に逸れてしまったシアとアレーティアが心配だ。

もし魔人族と戦うような事になっていたら、二人の身が危ない。

生臭い死体に背を向けて、来た道を引き返す。

 

(どうか無事で…無事でいてくれ…二人とも…!)

 

 




 サンブレイクのダウンロードが終わりそうなので更新しに来ました()
前書きの方で例のアレらがどうなるのかお分かりですね…ハジメ君ドンマイ!
作中ちょびっと触れましたが、まだこの世界にスタイルは定着してません(またしても知ってるのが恐らく例外連中だけとかいう理不尽…後輩に優しくない先輩達だぜ!)

 アンケートの方を軽く見たらほぼ推進派でびっくら仰天です。
うどんやのモンハン薄い本シリーズ読んでこなきゃ…(使命感)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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念願のオーダーレイピアを手に入れたぞ!


 ハジメが戦いを繰り広げている間、一人逃げ延びたレイスはどうなったかというと…

「…それで?」

「ん?―――あぁ!連絡が途絶えてた件っスか?そりゃあ魔王様には申し訳ないって思うスけど…こっちもこっちで色々あったんスよぉ!言い訳くらいはさせて貰えますよね?」

 近くの偵察に来ていたセレッカの”気配察知”に引っ掛かり、こうして出会えた。
ガーランドへの帰国と定期連絡が出来なかった理由を聞いたレイスは周囲にそれらしいモンスターの痕跡がなかった事を伝えた。
一安心も束の間、彼らはショウグンギザミと戦うハジメを遠くから観察している。

「おぉ~前とは防具が違うけど、あれはいつぞや樹海で会った少年じゃないっスか!」

「樹海…例の亜人族の一件に絡んだ帝国側の人間か」

「そうそう、それっス!しっかしなんでまたこんな所に?」

 二人が話している間に戦いも終わりが見えてきた。
ショウグンギザミと一進一退の攻防を繰り広げているように見えるが、回復の手段があるハジメの優勢を遠目に見ているレイス達は察している。

「どうする?奴が疲弊した後で襲うなら容易いが…」

「ん~でも魔王様から極力手は出すなって少し前に命令されてなかったっスか?」

「…お前、少し前ってそれ十数年前の命令だと思うが…」

 あの時の事を二人は…いや、あの場にいた軍の重役達は今でも覚えている。
アダムから突然の招集を受けて集まった者達に言い渡されたハンターを殺すなという命令。
当然そんな命令に納得がいかない将軍フリードや数人が食って掛かったが、アダムは「命令が嫌なら心の片隅にでも留めておいてくれ」と言って聞く耳を持たなかった。
人間達のところへ何時ものように単独で乗り込んでいった彼が酷く落ち込んでいた。
何があったのか…それを聞くことは誰一人として出来なかった。

「じゃあ殺します?隊長は半死半生みたいな状態で寝てるから自分とレイスさんだけっスけど」

「…いや、部下が二人いる。片方は魔王様お気に入りの奴だ…何かあっては示しがつかない」

「フーンお気に入りっスか?会って話してみたいっスねえ」

「…この場は奴を見逃す。責任は俺が取る」

 ハジメが洞窟を出ようとするのを見届けて、ダヴァロスと合流した二人も移動を開始した。



 

 ショウグンギザミが無理やり通った後で洞窟から外に出る道は少し広々としていた。

雨の音が聞こえてこない…戦ってる内に雨は止んだのだろうか?

外の光に近くづくと、遠くない距離に生き物の気配を感じる。

 

 飛び出してすぐに見慣れた青髪のウサ耳に金色の長い髪、シアとアレーティアの姿を見つけた。

二人が無事だった事に安堵したのも束の間、二人と対峙する形でいる幸利と魔人族の少女が見える。

 

「シア、アレーティア無事か!?」

 

「ハジメ!」

「ハジメさん!私達は平気です!でもその怪我―――」

 

「よう、フューレンで会った時から随分と変わったなハジメ?」

 

「清水…!――――――そりゃハンターだからな、前より強くなってんだよ俺も」

 

 口にした言葉に偽りはない…が、ほんの少し見栄を張ったのは事実だ。

フューレン以降、ティオとの戦いを除いて本格的に一人で狩りをした事は一度もない。

オルクス大迷宮では殆どルゥムさんと教授に助けて貰ったからな。

あれだけで経験を積んで強くなったと言い切れるほど俺は自惚れてない…ハズ。

 

「前より強くなった…ねぇ?それじゃ今からやるかい、こいつとさ…」

 

 そう言って幸利が背後にいる巨大なクルルヤックを指差すと、それに反応して鳴き声を上げる。

改めて見直すと、あのクルルヤックが以前フューレンで見たのと同一個体だと分かった。

体の大きさだけじゃない…総合的な戦闘力は通常個体を遥かに上回っているだろう。

俺一人なら何とかなるかもしれないが…今は――――――

 

「…悪いが、今は別のクエストをやっている最中なんでな…予定が合わん」

 

「…そうか。なら仕方ない」

 

「ッ!清水様、敵を前にして戦わないと仰るのですか!?」

 

 幸利が納得してウンウン頷く横で魔人族の少女が食って掛かる。

話を聞くうちに彼女の名前が”フラウ”というのは分かったが、気安く名前では呼べなさそうだ。

彼女の言う通り俺達は人間側で、向こうは魔人側…今が戦時中だしこんな風に出会ったら問答無用で殺し合いが当たり前…なんだけど、幸利にその気はないようだ。

 

 俺がいない間にどうやら自己紹介程度の会話はしてたらしく、幸利がアレーティアに尋ねる。

確かに彼女はハンターじゃないし、俺やシアを守る為に戦うつもりでいた。

どうやら幸利達から見てもアレーティアの魔法の強さは規格外のようだ。

数分もしない内に話し合いは終わり、幸利は移動するぞとクルルヤックに促す。

 

「―――てな訳で、俺達は逸れた仲間と合流したいんだが」

 

「構わないぞ。俺らは最初から戦うつもりなんて無いからな」

 

「そうか、そりゃよかった。それじゃ―――「清水!―――なんだ?」

 

「…また、何処かでな」

 

 こんな形でしか会えないかもしれないが、それでも幸利とは友人だ。

たとえ次は殺し合いになると分かっていても、再会を願わずにはいられない。

あいつの隣にいたフラウが驚いた顔で俺を見るが、あいつはニヤリと笑って言葉を返す。

 

「…あぁ、また何処かで会えたらな」

 

「次はとっ捕まえる準備しておくから、今から覚悟しておくんだな」

 

「抜かせ、こっちも万全の状態で襲うさ。命乞いの練習でもしておけよ」

 

 悪意はないが敵意はある、そんな状態でお互いに笑顔を向けながら別れを告げる。

横に居たシアとアレーティアが向こうの彼女と同じように驚いた様子で俺を見ていた。

幸利達の姿が居なくなったのを見届けて、ようやく一息つけると木の切り株に腰を下ろす。

 

「…フーッ…やれやれ、ようやく落ち着けるな」

 

「ハジメ。洞窟にいたモンスターは…?」

 

「きっちり仕留めて来たさ。来るのが遅くなって済まなかった」

 

「いえ、そんな全然!私の方こそ逸れて助けに入れず、申し訳ないですぅ」

 

「気にするなシア。お前がアレーティアと一緒にいてくれたから、幸利も手を出さなかったんだ」

 

 二人も木の切り株に腰掛けて、お互いどんな状況に置かれていたかを話す。

俺は話をしながら、アイテムポーチを漁って回復薬を一瓶取り出して飲み始めた。

既に自然治癒力のお陰で傷の殆どは塞がっているが、完全に傷を治す必要があった。

 

「清水さんから聞いたんですが、ハジメさん髪の色は元々黒かったって本当なんですか?」

 

「ん、あぁそういえば言ってなかったな。俺の見た目は帝都の集会所でギルドのアイルーに変えて貰ったんだよ。同期との宴会の余興でな、目の色も違う」

 

「…そう…」

 

 目に見えてアレーティアが落ち込んでいた…同じ目の色だったから親近感があったのだろう。

ちょっと申し訳なさそうに微笑んで彼女の頭にポンと手を置くと、少し照れ臭そうにはにかんだ。

横でシアが不満そうに頬を膨らませている。…慰めるつもりでやって深い意味はないんだけどな。

 

「…それと、幸利からハジメ達の苦労聞いた。…大変だったって」

 

「ハジメさん!私と出会う前にそんな苦労してたなんて…!」

 

「…まぁ、過ぎた事だから。あんまり気にしないでいいぞ?」

 

「それは無理」

「そうですよぅ!」

 

(…二人も俺より激重の過去持ってんだろ…っては触れないでおくか)

 

「それで、これからどうする?」

 

「清水はああ言ったけど…もう一人の魔人族がどうするか分からない以上、長居は出来ない」

 

「…でも狩猟対象のガミザミ、まだあと数匹残ってますよ?」

 

「最低限そいつらだけでも仕留めて戻るぞ。洞窟の鎌蟹は…諦めよう」

 

 ちょっと苦労したから剥ぎ取りくらいはしたかったけど、あそこに戻るのは一番リスクが高い。

幸い俺達が通ってきた湿地帯のエリアならガミザミが沸いてる可能性はある。

ベースキャンプからそう離れていなければ何かあっても対処出来るだろう。

…もう一つの心残りがあるとするなら…俺は少し前まで双剣を握っていた両手を見つめる。

 

(…初めてだった、双剣を使ったあの感覚…あれはまるで―――)

 

「ハジメ?」

「どうしたんですか?」

 

「ん、いや…何でもない。―――さぁ!クエストの残り時間も少ない、急いで終わらせるぞ!」

 

「了解っ!」

「了解ですぅ!!」

 

 

 こうして俺とシア、二人でパーティーを組んだ初クエストはアクシデントもあったが無事終了。

ゲブルト村へ戻った頃には雨も上がり、空が色鮮やかな黄昏の時を迎えていた。

ギルドで査定する間、俺は狩猟の神様(仮)に祈る形で報酬を待った。

結果は―――――

 

湿地帯で獲得した素材一覧

・鎌蟹の小殻×14個    ・とがった爪×8個    ・黒真珠×4個

 

「ぃいよっしゃああああああぁぁぁぁーーーっ!!!」

 

―――と大声で吠えた結果、巡回をしていた通りすがりの帝国兵に怒られてしまった。

ギルドの受付嬢にはまた軽く引かれて、遠目に見ていたリーナ達に呆れられた。

そんな事があっても俺の心はフリーダム、おやっさんの工房目指して猛ダッシュ。

 

「師匠、師匠!!持ってきましたよ黒真珠、これで作れますよね師匠!?」

 

「あ、あぁ分かった分かったから!ちったぁ落ち着けハジメ!」

 

 この後、工房の奥へ引っ込む前に師匠から一発拳骨落とされてようやく落ち着きを取り戻した。

これで念願のオーダーレイピアを作れるが、ツインダガーとはお別れになる。

 

(また別の武器を作る機会があったら…よろしく頼むな)

 

 それから暫くの間、師匠が金槌を振るう音や真っ赤に焼けた武器を水につける音を聞く。

工房の奥から師匠が出てきて、バッと立ち上がりカウンターの方へ駆け寄る。

 

 ”オーダーレイピア”…元は都市部を守護する騎士が儀礼等に用いる細剣だという。

ハンター用に改良された二振りの剣は、飛竜の硬い甲殻をも易々と穿つ力を纏っている。

 

 遠目に見ると同じ見た目だが、左右の剣にそれぞれの特徴があった。

右手に持つ細剣の刃は薄いピンクの色を帯びて、左手の方は刀身が幅広で薄紫色になっている。

性能的に違いはなく、このオーダーレイピアには色合いに相応しい水属性が宿っていた。

 

「お、ぉ…!か、っけえぇ…!!」

 

 このデザイン考えた奴は神だろ!いやマジで神様ありがとう、ありがとう御座いました!!

流石に室内でチャンバラごっこよろしく振り回す訳にはいかず一先ずは鞘に納める。

それからツインダガーの代わりに背中で交差して装備するんだが…

 

 これで全身真っ黒な装備に着替えたら完璧なんだよなぁ。

あぁ~でも、そうするともう片方の剣は黒くないと違和感あるよな。

風の噂で聞いた事がある。武器の性能はそのままに、見た目だけを変更する竜人の秘術。

それでどうにかしてこの剣の片方だけを真っ黒な片手直剣にしてくれねえかなぁ~。

 

「…ハジメ、完全に自分の世界に入り込んで私達のこと忘れてる」

 

「あはは…なんというかハジメさんのああいう所を見てると、微笑ましいですよね」

 

「…同意。でもちょっとはこっちに気づいて欲しい」

 

…後ろから聞こえてくる声ですぐ正気に戻って二人に謝ったのは言うまでもない。

 




 世間のモンハンプレイヤーがサンブレイクへと突入する中、ハンターランクを上げてる上位止まりのプレイヤーが居るらしい()
その一環で高難易度バルファルクに挑戦しましたが、二~三回失敗して太刀に切り替えてからようやっと倒せました。
早くサンブレイクで実装された新技使いたいなぁ…(遠い目)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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劇的ビフォーアフター・マイハウス


 ハジメ達が去って暫く後のこと。
湿地帯最大広さを誇るエリア8、ススキ属めいた植物の群生地にて…

「へーっ、君が神の使徒を裏切った魔王様お気に入りの子かぁ!俺セレッカ、よろしく!」

「あ、ご丁寧にどうも…清水幸利です」

「…ダヴァロス・レヴァナントです。このような所から申し訳ありませんね」

「いえいえお気になさらず…怪我、早く治るといいですね」

 レイス、セレッカ、ダヴァロスの三人と合流した幸利、フラウ。
フラウに治癒魔法の心得があったお陰で移動にも体が耐えられるくらいには回復したが、それでもダヴァロスは現在戦える状態ではない。
彼らがこの見晴らしのいい場所を合流場所に選んだのは理由があった。

「…レイス隊長、周辺にモンスターの痕跡はあります…が、気配は感じられません」

「…あの鎌蟹の仕業ではないな。セレッカの話にあった例のモンスターがやったのか?」

 既に雨が降った後で痕跡は薄れているが、それでも微かに暴れた形跡がそこら中に残っている。
特徴や生態から察するにこれまで魔人族が支配下に置いてきたモンスターとは別格の存在。
ガーランドにある帝国から盗み出した資料等を漁れば該当する名前は出てくるかもしれないが…
この場にいる五人(と一匹)には分からなかった。

「その可能性は十分にあります。…負傷したダヴァロス様をお連れしてガーランドに帰還する事は困難を極めるかと。ここは一つ、ハルツィナ樹海に身を潜めてみてはどうでしょうか?」

「…それこそリスクが高いのではないかと思ったが…成程、考えたなフラウ」

 フラウがハルツィナ樹海へ一時的に移動する事を進言した理由は幾つかある。
一つはダヴァロスの治療に使える薬草などが樹海なら容易に手に入るから。
もう一つはダヴァロス、セレッカの二人が樹海で調査していた事もあり、湿地帯よりは身を隠せる場所に心当たりが多いだろうと思ったからだ。
レイスもそれに気づいて感心したように微笑を浮かべ、チラとセレッカに目線で尋ねる。

「そっすね。樹海ならモンスターだけ気をつけていれば亜人に襲われる心配もないですし」

「…警戒するとしたら…樹海の近くにある帝国の村…ですかね」

(村…か。多分ハジメもそこにいるんだろうなぁ…)

 案外再会するのは早いかもしれないと内心思いつつ、幸利もフラウの提案に頷く。
満場一致で行動方針が固まり、クルルヤックに先陣を切らせて魔人族達の移動が始まる。

 余談だが幸利がハジメ達を見逃した事を、何故かフラウはレイス達に報告しなかった。
どうして彼女がそれを言わなかったのか?
それが聞きたくて幸利は胸にちょっとしたモヤモヤを抱えながら歩いていた。



 

「―――フッ、ハッ!どりゃァ!!」

 

 俺は師匠から許しを貰って、鍛冶屋の裏にある資材置き場で廃材を案山子に見立ててピッカピカの新武器オーダーレイピアの使い心地を確かめていた。

 

 他にもショウグンギザミとの戦いで感じたあの違和感を確かめる為に剣を振っている。

前に突き出して外側に切り開く普段の動きを試してみるが…これじゃない。

 

「シッ!ゼァッ!」

 

 鬼人化してからの多段階斜め回転斬り…これでもない。

あの時、あの瞬間に何を思い、どんな構えでショウグンギザミへ突っ込んだのか…

頭の中に靄が掛かったように答えが出せずにいる。

そんな俺を遠目に見守っていたアレーティアが静かに近づいてきて、双剣を振る手を止めた。

 

「…どうした?」

 

「…もう、日が暮れる…今夜の宿」

 

 言われてふと思い出す。

ゲブルト村で住んでいた事もある俺はマイハウスを持っているが、一緒に来たアレーティアの寝る場所をこれっぽちも考えていなかった。

心配そうな目で見ている彼女に少し罪悪感を抱きながら頭を下げる。

 

「…悪い…ちょっとはしゃぎ過ぎたな」

 

「…ハジメが楽しそうだったから、全然大丈夫」

 

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 オーダーレイピアを背中へと交差して納刀し、廃材の案山子を急いで片付ける。

師匠と何か話していたシアも来て、これからどうするかを尋ねた。

 

「シア、俺のマイハウスはまだ誰も使ってないか?」

 

「…あー…えっと、そのこと…なんですけど…」

 

 ん、もしかしてシアの反応から察するに…誰かに使われていたりするのだろうか?

そうなると俺も宿無しになってしまうな。最悪の場合は集会所の二階の宿屋を借りるが…

 

「もう使われてたりするのか?」

 

「いえ…使われてはいないんですが…そのぅ…私が言葉で伝えるより、ハジメさんに直接見て貰った方が早いかも…ですぅ」

 

「???」

 

 なんか引っ掛かる言い方だな…得体の知れない不安感を抱きつつ、シアの後を付いていく。

俺の後ろにアレーティアも続いて三人で鍛冶屋の入り口脇から中に向かって声をかける。

 

「師匠、これで失礼します!色々とありがとう御座いました!」

「…ハジメが来るときに、私もまた来る」

「ヘファイさーん、ありがとう御座いました~!」

 

「おーう、もう暗くなるから足下に気ぃつけて帰れよ!」

 

 煙突から煙が立ち昇っているところを見るに、師匠は夜も仕事をするつもりだ。

もうかなり歳を取ってる筈なのに…疲れの色一つ見せずに金槌を振る姿は流石というべきか…

俺の錬成で少し仕事を手伝いたいと思ったが…多分「お前はお前のやる事に集中しやがれぃ!」って怒られるかもなぁ。

 

 師匠の言う通り、夕焼け空も引っ込んで辺りは暗くなり始めていた。

前よりもゲブルト村に活気がある分、道の灯りは増えたが…それでも道を外れれば真っ暗だ。

後ろをついてくるアレーティアに逸れるなと言おうとしたが…

 

(…たまに忘れそうになるんだが、彼女がこの中じゃ最年長だったな…)

 

「ハジメ、失礼なこと考えてる?」

「えっ!そうなんですかハジメさん!?」

 

「―――気のせいだろ」

 

 女の勘って奴は怖えなと改めて思った。

 

 

 シアにマイハウスの事を尋ねた時、微妙な表情で言い淀んでいた理由が判明した。

俺の住んでいたマイハウス(ワンルームの丸太小屋(ログキャビン))があったところに、二階建ての木造建築物(ログハウス)が建てられていた。

 

 落ち着いて、目を閉じて深呼吸。

瞼を開いて再確認…頭では理解しても心が受け入れてないんだ。

…うん、なんとなく面影あるなと思ったけど間違いなくマイハウス(過去形)だこれ。

 

「…凄くいい所に見えるけど…ハジメの様子が変」

 

「うん、凄く良い建物だと思うよ、うん。…ところでシア、俺のマイハウスは?」

 

「…これです。一から説明する長くなるんですが―――」

 

 そう言いながらシアに先導されて俺とアレーティアはマイハウスの中に入っていく。

入る前にチラっと見たけど井戸は昔のままで、近くに石造の洗い場とか石窯が見えたんだけど。

しかも周りが只の草原だったのに整地されて一部畑っぽくなってるし…

 

 中に入ると前はなかった獣皮の絨毯が敷かれている事に気づいた。

こっちでは家の中で靴を脱ぐという習慣がない事は知っていたが、踏むのに若干躊躇う。

 

 明るい色の木材で作ったばかりの新品であろう大きなの机と同じ材質の椅子が数人分。

机の上には花瓶に入った花…枯れてる様子がないって事は誰かが毎日用意しているのだろう。

衣装箪笥や食器棚等の家具全般が色合いを明るめに統一されていて温かみを感じられる。

 

「この建物を作ろうと提案したのは…実は父さまなんです」

 

「カムさんが?」

 

 村に戻ってきた時に少し顔を合わせたが、どういう経緯でこんな事をしたのだろう。

…いや別に怒ってるとかじゃなく普通に素敵な家だとは思うんだが…

 

「ハジメさんが村を出ていった後、私が戻ってきた時にはマイハウス改装計画の許可をアボクさんから貰ってたみたいで…ハジメさんが戻ってきた時、最初に言うつもりだったんですが…」

 

「色々あって忘れてたと?」

 

「…うぅ、ごめんなさい」

 

「いや、別に謝られる事なんて無いと思うんだが…」

 

 こぢんまりした以前のマイハウスはあれで味があったけれど、今のマイハウスも悪くない。

気になるのは人が住んでいるか否かだが、建物自体は使われている形跡がなかった。

 

「…それじゃあ今日から暫くの間、此処を使ってもいいのか?」

 

「も、勿論ですよぅ!村に来る他からのお客様は別の宿屋を用意してますし、ハジメさんやルゥムさんが使ってたマイハウスはお二人を優先的にと言われてますから!」

 

「そうか。…アレーティア、暫く此処に泊まろうと思うんだが…」

 

「ん、了解」

 

 なんとかアレーティアの寝床問題を解決したと思ったのだが―――

 

「えっ!?こ、此処に泊まるって…お二人一緒にですか!?」

 

「???そうだけど、何か問題ある?」

 

 シアが物凄い形相でアレーティアに詰め寄っている。

…考えてみれば、恋人でもない男女が同じ屋根の下で寝食を共にするのは些か問題があるか…

 

「…俺はギルドの宿に泊まるつもりだが…「えっ」うん?」

 

「…私、ハジメと一緒がいい」

 

「………」

 

…頼むから、頼むから返答し辛いドストレートな一言を放つのはやめてくれ。

シアがもう驚愕通り越して生きる事に絶望してた時の俺みたいな顔になってるぞ…

 

「…あのなアレーティア。大迷宮では他に選択肢がなかったから近くで睡眠を取っていたが、此処ではその必要がないんだ。だからその…俺と一緒がいいって言われるのは男として嬉しいとは思うが、周りからの視線とか色々な…問題があるんだ、分かるだろ?」

 

「気にしない」

 

「いや気にするのは俺の方であって―――」

 

「だ、だったら私もハジメさんのマイハウスに泊まります!!それなら問題ないですよね!?」

 

 シアよ、何をどうしたらそれが問題ないという結論になるんだ。

アレーティアがスッと目を細めて見上げる形でシアをジッと見つめる。

 

「それはどうして?」

 

「ど、どうしてってそれは―――」

 

 どうしてなのか、それは俺も気になるんだがシア…

言葉に詰まった彼女を見つめるアレーティアの赤い瞳がキラリと怪しげに光った。

 

「…ふぅん…」

 

「な、なんですか…?」

 

「…別に。貴女が一緒でも私は問題ない」

 

「…えっ?」

 

 なんか二人の間に漂っていた不穏な空気が霧散しつつあるけど…いや待たれい。

問題はあるよアレーティア、二人がここで寝泊まりするのに問題はなくても俺は問題だらけだろ。

シアも毒気を抜かれて口を開けっぱなしのまま呆けていないでなんか言ってくれ。

 

「…そ、それじゃあ…ええっと…暫くの間、宜しくお願いします」

 

「ん、よろしく。それでシア、寝床はどこ?」

 

「あ、寝床は二階にあるんですよ。案内しますね」

 

「―――よし。じゃあ二人仲良くここで―――「ハジメも来る」えぇ…」

 

 こうして俺、アレーティア、シアの三人共用マイハウス生活が始まったのだった。

…えっ?無理やりにでもマイハウスを出て行けば良かったんじゃないかって?

ぶっちゃけ美少女二人と同棲がしたくなかったと言ったら嘘になりますごめんなさい。

 

 余談だがシアから聞いた話。このマイハウスはもっと大人数でも泊まれるとかなんとか…

…まぁ、そんな大人数で寝泊まりするような事にはならないだろう…多分!

 




 MHW要素マイハウスのランクアップ(ハジメ君も環境生物の全コンプ…しよっか!)ちなみに作者はまだ勲章コンプしてません(攻略情報を見ずに初見で捕まえようとする謎の意地)

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賑やかな食事と…


 活気あるゲブルト村の道から数メートル離れれば、真っ暗な樹海がある。
教授は一人で黙々と辺りの地面を探索していた。
ふと彼の足元で何かが光り、彼はスッと屈んでそれを摘まみ上げる。

 それは人の拳くらいの大きな雷光虫だった。
甲殻によって守られた翅を開くと、放電器官が露出して青白い光を放った。
手のひらに生じる刺激に対し、教授は身じろぎ一つせず静かに雷光虫を観察する。
やがて雷光虫は何かに惹かれるように飛び立って樹海の奥へと消えていく。

 一匹、また一匹と…無数の雷光虫が暗闇の中に姿を隠す。
教授はそれが何を意味するのか理解して、やれやれといった風に首を振る。

「彼の傍にいると…退屈しないという事ですか」

 暗闇の奥深く、未だ多くの亜人が暮らす樹海で…一匹のモンスターが吠えた。



 

 洒落た木の螺旋階段を上がると二階は四部屋全てが寝室になっている。

俺は内心ホッと胸を撫で下ろした。もし共用の部屋とかでアレーティアが「一緒に寝る」とか言い出したら流石にヤバかった。

当の本人は特に不満そうな反応もしておらず、やや満足気に部屋の中を眺めている。

 

 四部屋の内一つは以前俺が使っていた家具とベッドがそのまま残っていた。

シアに「流石に頭装備外さないと危ないヒトみたいですよぅ」と言われ、ほんの少しだけ傷つきながらも村の中でいつまでも来ている必要はないと思って脱いだ。

 

「ふ、はぁ~…」

 

 ギルオスヘルムβを被っている間は熱気が籠っていた。

外した瞬間、開けっ放しの窓から運ばれる冷たい夜風が顔を気持ちよく撫でる。

よく見たらこの部屋だけアイテムボックスが設置されていた。

オーダーレイピアは身に着けたまま、ハイメタアームβも外していつもより少しラフな格好に。

 

「………」

 

 夕食はシアとアレーティアの二人で作ってくれることになっている。

呼ばれるまではまだ時間があった。俺はそっと部屋の扉を閉めてベッドに体を投げ出す。

 

「だっはぁぁぁ~…つっかれたぁ…」

 

 防具を二つ外すだけで、今だけは警戒を解いていいのだと体が認識する。

張り詰めていた神経と凝り固まった筋肉を、柔らかなベッドが包み込んでくれた。

思わず枕に顔を埋めてスーッと匂いを嗅いで…

 

(………あっ、やべ)

 

 鼻腔を擽る仄かに甘い香りは女性特有の匂いだ。

もし俺が出て行ってから寝具がそのままだったなら、このベッドは優花が使っていた。

つまり俺は同級生の女子が眠っていた枕に顔を埋めて匂いを嗅いでいる変態という事に…

 

「………うん、気のせいだな」

 

 とはいえ…罪悪感交じりに元々此処は俺のベッドだったという言い訳を頭の中でフル回転させて、俺は匂いを嗅いでなかった…未遂だったということにする。

誰かに見られていた訳ではないし、匂い嗅いで興奮したとかそんな事はない。

 

…匂いで思い出した…ノイントは何故あんな癖が付いたんだろう?

一種のアロマテラピーとも考えたが、アラン医師は精油などを使ってなかった。

しかも反応したのは精油などではなく俺の体臭…

俺は精油とか整髪料なんかは付けていないし―――この世界では男がそういったものを使う文化はあまり根付いていないようだ。あっても貴族の香水とか―――俺自身、体から変な臭いがしているとかは考えにくい…というかそうであってくれ頼むから。

 

(女の子に体臭云々言われたら…多分、一週間は凹むな…俺)

 

 結局、ノイントの匂いフェチに関してはその答えを本人のみぞ知る…か。

そんな事を考えていると、ご飯の準備が終わったのだろう…シアが呼んでいる。

 

「ハジメさーん。ご飯できましたよー!」

 

「分かった、今いく!」

 

 返事をしながらアイテムボックスの蓋を閉め、部屋の灯りになっていた蝋燭の火を消す。

漂ってくる良い香りと彼女とのやり取りが、故郷での日々をぼんやりと思い出させる。

部屋で作業に熱中する俺と父さんを母さんが呼びに来る構図。

食卓ではお互いの仕事の進み具合や明日の予定なんかを話し合っていたか…

 

(二人とも…ちゃんと飯食ってるかな…)

 

 俺が行方不明になって落ち込んではいるだろう。

食事や睡眠を取らないような事態にだけはなっていない欲しいと願うばかりだった。

 

 

「おぉ…」

 

 食卓に並ぶ様々な料理を見て思わず驚きの声が出てしまった。

主食の麺麭はトースターも無いのにどうやったのか、表面に軽く焦げ目が付いていい香りがする。

皿に盛られた薄切り肉と軽く炙って香草を添えられた腸詰、サラダは色々な野菜が入っている。

スープは色と香りはミネストローネ風だが、日本人の俺から見ると豚汁に見えなくもない。

熟成された乾酪がスライスされて共用の皿に載せられていた。

 

「この短時間でこれだけ準備したのか…たった二人で?」

 

「ん、これくらい調理器具が揃ってたら簡単」

 

「スープはただ野菜とか肉の余りを刻んで煮込んだだけですしねー」

 

 こんなに食料とかマイハウスに置いてなかったと記憶しているんだが…

そんな事を考えていると、俺の表情を見て察したシアが自宅から持ってきたのだと説明する。

シアの自宅…兎人族が集団で生活を送っている家の奴を持ってきたのか?

 

「悪いな、今度何かでお返しを―――」

 

「い、いえそんな…!私達はハジメさんに返しても返し切れない恩がありますから…」

 

 彼女曰く兎人族の全員が俺の名前を聞くだけで感謝の言葉を口にするとか…

いや、流石に全員はねーよ!と思ったが彼女の表情は本気だった。

向かいに座ったアレーティアもシアの言葉にうんうんと頷いている。

 

「村の人達がハジメを見る表情だけで分かる。凄い人気者」

 

「そうなんですよアレーティアさん!」

 

「とりあえず飯食おうぜ。冷めちまう前に」

 

 これ以上話していると、二人が口を揃えて俺を褒め殺しにしかねない。

それを避けるべく目の前の食事へ誘導すると、二人もそっちに意識が向いた。

早速両手を合わせていただきます…と思ってふと気になる事を口にする。

 

「二人は食べる前に何か特別な事をやったりするのか?」

 

「…特別な事?」

 

「俺の故郷じゃ必ず食べる前に両手を合わせていただきますって言うんだが…」

 

「あぁ~…私達のご先祖様は…種族内の信仰とかにもよりますけど、食事の前に必ず感謝の祈りは捧げてたみたいです。…今の子はそういうの無しに、各々好き勝手に食べてますね」

 

「ん、私の国は家族で食事をする時だけ。一番偉い人が酒杯を口にしてから食べる」

 

 こっちに来てから時々気にかけてはいたが、やっぱり国や種族で風習があるんだな。

特に深い意味はないが、こういう機会があったらそれぞれのやり方を試してみないかと提案する。

 

「ん、面白そう…ハジメの故郷のやり方、最初に教えて」

 

「お願いします」

 

「よし。まずはこうして…手を合わせてだな…」

 

 合掌して指の先を顎と口の間くらいの高さに合わせ、言葉と共に礼をして―――

 

「いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 人によっては箸を指と指の間に挟んだりもするが、この世界に箸という食器は存在しない。

けどいつか、そう遠くない日に錬成で箸を自作して見たいとは思った。

故郷で見た職人のそれには遠く及ばないかもしれないが…

 

(必要なのは箸に適した木材と、漆か樹脂だな…幸いどっちも近くで集められそうだ…)

 

 等と頭の片隅で考えながら、ナイフとフォークを手に久しぶりの豪華な食事を堪能する。

腸詰は切れ込みを入れると中から油がじゅわっと染み出て食欲をそそる。

口に入れると中の皮がパリっと香ばしく、肉は程よく柔らかい。

 

「んん、こりゃいけるな!香りが良いから脂のしつこさが気にならない」

 

「ん、香草選びと焼き具合は私がやった。あまり時間をかけないのがコツ」

 

「ハジメさんハジメさん!こっちのサラダも美味しいですよ!」

 

 シアに言われて口の中の腸詰を咀嚼しながらフォークでサラダを突っつく。

刺しただけで今の腸詰と似たパリっという音がして新鮮な野菜だと分かった。

かけられたドレッシングは甘酸っぱくて野菜の青臭さを程よく緩和している。

 

「む…美味い!このサラダはシアが?」

 

「はい!ニッカさんの畑で今朝取れたものを使ってます!ドレッシングは自作です!」

 

「ハジメ、これ」

 

「お、サンキュ…あむっ」

 

 アレーティアから差し出された麺麭を手に取ると、まだほんのり表面が温かい。

硬めの麺麭は手で一口サイズに千切ってから口に入れる。

肉、野菜と来て主食の麺麭がそれらを包み込んで言葉に出来ない満足感が生まれた。

 

 今度は二人に言われるより前にミネストローネ風の汁物を一口啜った。

濃厚…だけど味にしつこさを感じない。細かく刻んだ野菜は柔らかくなっている。

チラと横目で見ると、シアが麺麭を千切って汁物に浸している。

…成程、そういう食べ方もアリなのか…

 

「ハジメ、ハジメ」

 

「ん…おぉこれは…!?」

 

 アレーティアが再び差し出した麺麭は一口サイズにカットされていた。

しかし注目すべきはそれだけではない。スライスされた乾酪が溶けて上に乗っている。

 

「一体どうやって…」

 

「…フフン」

 

 誇らしげに笑みを浮かべたアレーティアが人差し指をピンと立てて、その先から火を出す。

成程、超弱めの火で乾酪を溶かして麺麭に乗っけたのか…しかしこれは…

口に入れると、故郷でよく食べていた休日の朝を思い出させる味がした。

 

「美味い。口の中が幸せだ…」

 

「あっずるいですハジメさん!アレーティアさん、私にも―――」

 

「ん、準備するから待って」

 

…こんな風に誰かと楽しく食事を取るのは、ホルアドに来る前の野宿以来だったか…

あの時はあの時で、俺自身色々抱えててまともに飯の味も楽しむ余裕がなかったけど。

願わくばこの穏やかな食事が毎日あって欲しい。

 

 

 食事の時間はあっという間に終わった。

少し膨らんだ腹を擦って、俺は椅子に凭れ掛かって満足気に息をついていた。

 

(途中から二人にめっちゃ食べるのを勧められたんだよな…)

 

 その様子ときたら、田舎の婆ちゃんを彷彿とさせる。

…故郷で元気にしてるかなぁ…風邪とか引いてなきゃいいけど…

シアはこっちで寝る為に態々服とか諸々家から持って来るらしい。

それなら向こうでと思ったが、縋るような目をされて言えなかった。

 

「ハジメ。洗い物…終わった」

 

「お、悪いな…それくらいは俺も手伝おうと思ったんだが…」

 

「いい。此処で寝泊まりさせて貰う…お礼の代わり」

 

「礼なんて気にしなくていいさ。此処は俺も借りてるようなものだしな」

 

 食後のお茶くらいは自分で淹れようと席を立つ。

すると突然、アレーティアにフロギィSメイルの裾を掴まれて俺は足を止めた。

 

「ん、どうしたアレーティア…?」

 

「………」

 

 心なしか顔が赤い…熱でもあるんじゃないか?

等と漫画にありそうな台詞を心の中で呟きつつ、彼女の言葉を待つ。

下腹部の前で両手を合わせてモジモジしていたアレーティアが、ようやく口を開く。

 

「…ハジメ…お願いが…あるの」

 

「お願い?」

 

「…ハジメの…」

 

「俺の?」

 

「………ハジメの血が、飲みたい」

 

………マジかよ。

 




…さーてR指定で書くべきか通常で書くべきか迷うなぁこの展開…

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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飢えたドラキュリーナに狩人の血を


――――――夢を見た。
懐かしくて、醜い、悪臭を放つ夢だった。
何人殺したのか分からない。
何人殺したのか覚えていない。
けれど…最後に殺したあの人の最期だけは、鮮明に覚えている。

 彼女は血に塗れた礼服のまま、大好きだった―――の下へ向かう。
物心ついた時には病床に伏せ、その命は風前の灯だった。

 帝国一と言われた美貌は病で醜悪と呼べるほどに歪み、彼女の頭を何度も撫でてくれた手は日に日に痩せ細って動かす事すら儘ならない。

 彼女の足音に気づいて、顔を向けるが―――は目が見えない。
―――のベッドに近づく彼女の手には血まみれの剣が握られている。
彼女と―――、二人と血の繋がりのある者達の命を奪った刃だ。
その刃で最後に切り伏せるのは―――の首一つ。

 それで彼女という人間は完成する筈だ。
胸に抱いた野望を、人間という種族を存続させる為のスタートラインに立てる。

「――――――ぁ、あぁ、あああぁぁぁ!」

 しかし剣を持つ彼女の顔は溢れんばかりの悲しみを滲ませていた。
―――は大事な人だ。―――が居なければ自分はこの世にいないのだから。
殺すのなんて間違っている。もっと別の方法がある筈だ。

 だから―――お願いだ…貴女が一言、彼女に言ってくれればいい。
「死にたくない」「生きたい」…そう願えば彼女は剣を振らずに済む。
脈々と続いた血まみれの風習に終止符を打つことが出来るのだ。

「■■■■■。貴女はいずれこの国をあの人と並んで背負って立つ者になるのです。…きっと貴女なら大丈夫よ、貴女はとっても強いのだから。ほら、涙を拭いて…それで…」

 彼女はそれ以上―――に喋らせまいと剣を握る手に力を込める。
こんな度し難い事が、許されていいのか。神は、何もしてくれないのか。

「…そう、それでいいのよ…貴女はこれから先、多くの苦難を乗り越えて、多くの敵に克つ…そんな貴女がこんな所で立ち止まってはいけないわ」

「――――――――ああああああああぁぁぁぁ!!!」

 獣地味た叫び声を上げながら、彼女は―――に向かって剣を振り上げる。
誰でもいい、今この瞬間に誰かが止めてくれたなら、彼女は変われるだろう。
花を愛で、年頃の町娘のように、純粋で穏やかな時を過ごしていける筈だ。

「…貴女は、とっても強くて優しい…自慢の…」

「ッ!」

 グチャリ。
鋼の刃が―――の脳天を砕いて辺りに血飛沫が舞う。
彼女は再び剣を引き抜いて、―――の心臓目掛けて剣を突き立てる。
とっくに事切れているだろうに、それが分かっていても手を止める事は無かった。

 この時から、否…こうなると知った時から彼女は壊れていた。
女だてらに勇ましく敵を討ち滅ぼす救国の英雄などと大層なものではない。
未来の為にと剣を振るいながら、血の繋がりすらも断ち切るロクデナシだ。



 

 「血が飲みたい」―――――――――アレーティアの発した言葉に俺は軽く目を見開いた。

大迷宮で出会ってから今の今まで特にそれらしい素振りも見せなかったから気に留めていなかったが、彼女は正真正銘の吸血鬼だった。

血を吸わなくても人間と同じ食事で生きられるとはいえ、渇きは感じていたのだろう。

 

「ずっと、言おうか迷ってた…」

 

 その迷いが何を意味するのか、敢えて口に出さなくても察しは付いている。

いきなり血を吸って良いかと聞かれて「はい、どうぞ」と安易に答えられる奴はいない。

この世界で吸血鬼を知る者は殆どいないかった。

彼女の言葉を聞いて、どんな反応をするか想像に難くない。

 

「嫌だったら…断って。…もう…二度と、言わないから」

 

 軽薄に「あぁ、分かった」とは答えられない。

アレーティアがこれ程まで思いつめた表情をしているのだから、俺も慎重に考えて答えを口に出す必要があった。

…とはいえ、内心血を吸われるくらいは構わないと思っているんだが…

流石に致死量吸われてころっと死ぬなんて事態は避けたい。それはしっかり確認しよう。

 

「幾つか質問してもいいか?」

 

「………?」

 

「その…これは俺の故郷にあった吸血鬼の伝承云々、創作物から来るただの疑問なんだが…例えばの話、アレーティアに血を吸われたとして俺が他の生き物に変化したりという事はないか?」

 

 我ながら馬鹿な質問だとは思うが、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。

彼女は驚いて少し目を見開いたが「そんな話は聞いた事がない」と答える。

ふむ…どうやら血を吸う事で起こる副作用的なものはないと考えていいようだ。

 

「血をどれくらい吸うか、それは教えてもらえるか?」

 

「…ゴブレット一杯分あれば満足…」

 

 酒杯…500ml…いや300mlもあれば足りると考えるべきか…後は頻度だな。

 

「暫く…ってのは具体的にどの程度なんだ?」

 

「ヒトそれぞれ。…毎日欲しいと思う吸血鬼もいるし、月に一度しか吸わない吸血鬼もいる…私は後者…我慢すれば何百年吸わなくても平気だったから」

 

 これ以上質問することはなく、俺はもう一度下を向いて顎に手を当て考え込む。

この先どれくらいアレーティアと一緒に居るか分からない以上、吸血行為を一度きりにしてしまうのはなんだか可哀想な気がした。

俺自身オルクス大迷宮で彼女(と教授)に救われた恩義を感じているし、何よりも吸血鬼に血を吸われるという貴重な機会を前に好奇心が芽生えている。

 

(…それに加えて…な…)

 

…と心の中で呟いて、アレーティアの顔色をチラと窺う。

彼女の不安そうな赤い瞳が静かに俺の答えを待ち続けていた。

 

(300年以上も血を吸ってない…。…常人なら耐えきれず発狂しちまいそうだな…) 

 

 彼女の言葉を信じるなら、吸血行為に理性を崩壊させるほどの衝動はない。

だが毎日でも血を欲しがる吸血鬼も居たという事実を聞いたうえで、彼女の中に吸血への渇望が確かに存在していることを強く感じられる。

同時に不安なのだろう。恐れられて突き放されるのが怖いのだと顔に出ていた。

 

「――――――アレーティア」

 

「………ッ」

 

「俺の血で、本当にいいのか?」

 

 血を吸わせること自体にもう躊躇いは無くなっていた。

最後に確認したかったのは、俺自身の心に生じた不安の解消である。

彼女は高貴な身分の吸血鬼だ。そんな彼女に対して血を捧げるのが、俺のような平凡で取柄のない男であっていいのか…吸って後悔しないかという問いかけだった。

 

「…いい。ハジメの血が…吸いたい」

 

「………フゥ、分かった。それなら俺は構わないぞ」

 

「っ!!いいの?本当に?」

 

 さっきまでの不安だった表情が吹っ飛んで、一気にパァッと花が咲いたような笑顔になる。

普段は口数も少なくルゥムさんとよく似て表情の変化が乏しいアレーティアにそんな表情をされて思わず胸が高鳴ったのを誤魔化す様に咳払いを一つして返事に余計な一言を付け加える。

 

「あぁ。もしかしたら不味いかもしれないが…それでもいいなら、な」

 

「…不味いなんてこと、ない…匂いで…分かる」

 

「匂い…体臭ってことか?」

 

「違う。吸血鬼にしか分からない…血の匂い」

 

 彼女達にしかない特殊な嗅覚という奴だろうか?

しかし…ここでも匂いか…こっち来てから水に濡らした布で身体を拭く事はあっても風呂に浸かってないから不安なんだよなぁ…ましてや今日は湿地帯で泥と血にまみれた後だし…

 

 

「…時間も惜しいから、手早く済ませる」

 

「おう、分かった。俺はどうすればいい?」

 

「…まず、服脱いで…上だけでいい」

 

 アレーティアに言われた通り、俺はフロギィSメイルと中に着ていたインナーを脱いだ。

幸い食後で身体も温まっていたし、今日の夜はそこまで冷えなかったから抵抗感は無かった。

…彼女の前で(上半身だけとはいえ)裸になるのは少し恥ずかしいと思ったが…

 

(疚しいことは何もない…これは只の恩返し…そう、彼女達にとって当たり前で、その手伝いをしているだけに過ぎない…!よって俺の行為は一切法律的にアウトじゃない…筈!)

 

「椅子に座ったまま…力抜いて、少し俯いた感じで…」

 

 こういう時、故郷の自室にあるゲーミングチェアのような肘掛けが恋しくなる。

硬い木の背もたれに肩甲骨を当て、(うなじ)を露出させると後ろでヒュッ息を呑む声。

首筋は人体の中で一番血を吸いやすい。それは現実でも創作物でも変わらないようだ。

 

「…ハジメ。…目を瞑って…」

 

「…分かった」

 

 五感の中で常に意識が集中している視覚を閉じれば、他の感覚器官全てに意識の残りがいく。

膝の上に置いた両腕の内、右手に柔らかな人の手の感触を感じた。アレーティアの両手だ。

 

「…ふぅ…すぅ…」

 

 右の耳から伝わる彼女の吐息が首筋に当たると、自然と肌が粟立つ。

興奮は…してないと言えば嘘になるが、流石に変態すぎるので自重している。

 

「…ふ、ぁ…」

 

 ぬちゃと微かに湿った音が聞こえたのは、恐らくアレーティアが口を開いたからだろう。

右手を掴む彼女の両手にほんの少しだけ力が込められて、自分とは違うひんやりとした肌の温度に心地よさを感じながらも、鼻呼吸だけで精神を落ち着かせる。

それもあまり音が大きくならないよう長めに吸い、ゆっくりと時間をかけて戻す。

 

「―――――――――ッ」

 

 コリッ、ズブリと生温かい感触を首筋に感じた直後。

鋭い犬歯が皮膚を突き破って、思わず息を止めてしまった。

数秒間、体を硬直させてから彼女の反応を待つ。

 

「…ん、く…ふー…ふー…」

 

(…鼻息が、くすぐったい…)

 

 完全に首筋へ口をつけた事で、彼女は鼻で呼吸するしかないのだろう。

肩から鎖骨にかけて皮膚を撫でるそれに身悶えしないよう奥歯を噛む。

意識的なものか、或いは無意識なのか…右腕を掴む彼女の手から更に力が込められた。

 

「…ぢゅるぅ!…んぅ、チュ…んく、んく…」

 

 口の中に溜まった唾液に混じる俺の血を吸い上げる彼女の声は、官能的という他なかった。

こくこくと喉を鳴らして飲む彼女の気配は、目を閉じていても分かるくらい満足気だった。

このまま静かに吸血が終わるのを待とうかとリラックスしかけた次の瞬間―――

 

「…ん、れるぅ…じゅる、ぐちゅっ…ふぅ……んん!」

 

「…ッ!」

 

 アレーティアの牙で穴の開いた周りを、生温かい柔らかな何かが這っている。

それが彼女の舌だと分かるや否や我慢出来ず息を呑み、口の中に溜まった唾を飲み込んだ。

下腹部の血流が激しくなるのを精神力だけで止め、意識を別のことに集中させようとする。

しかし血を吸われた反動なのか、頭に血が回っていないからか、全然集中できない。

 

「くちゅ、くちゅ…チュルッ、っちゅっ…ぷぁ―――ハァハァ」

 

 ほんの数秒だが彼女は鼻で呼吸することを忘れていたのだろう。

首筋から口を離して息を荒くして…程なくして血が溢れそうになった首筋へ噛みついてきた。

二度目は牙を立てず、淫らな吸水音を立てて俺から血を貪る。

 

 これはただの吸血行為、性的な行為とは一切関係なく、彼女達にとって当たり前のこと。

…そう割り切ったつもりだが、内に眠る性欲(本能)は体を正直にさせようと働きかけて来る。

 

 そのつもりはなくとも、彼女との淫靡な行為を妄想に描こうとして思わず喉を鳴らした。

すると俺が痛がったと思ったのか、彼女は吸血を止めて話しかけてくる。

 

「…っハジメ、痛かった!?」

 

「………いや、平気だ。…まだ飲むか?」

 

「…ん、ごめん…もうちょっと…欲しい」

 

「…分かった。済んだら、教えてくれ」

 

 俺の言葉に対してアレーティアからの返事はない。

代わりに彼女は再び俺の項へと口をつけてまた血を吸い始める。

一心不乱に、時折鼻息で首筋を擽り、舌で舐めてを繰り返した。

彼女に気づかれないよう、薄汚い欲望を振り払うことはモンスターと戦うよりも大変だった。

 

 

 アレーティアから「もう終わった」と告げた時、どっと疲れに襲われたのは言うまでもない。

血を吸われた事で貧血気味になっているのかもしれないが…それ以上に欲望と理性の衝突が…

 

「ハジメ…ありがとう…ご馳走様」

 

「うん?おぉ…どういたしまして。あと、お粗末様でした…ふぅ~」

 

「…終わった後でいきなりこんなことをお願いするのはどうかと思うけど…。また…ハジメの都合がいい時に―――」

 

「あぁ、お安い御用だ。…ちょっと今はこのままにさせてくれ…」

 

 背もたれに寄り掛かって両手をだらりと宙ぶらりんにしてだらしなくしていたが、少し気になって俺は首筋へと片手を当てる。

血はもう止まっており、穴の開いた場所を指で押しても痛みは感じなかった。

少ししたらいつものようにお湯を沸かして体を拭いて寝ようと思ったのだが―――

 

「は、ハ…ハジメさん!?アレーティアさんと、な何をしてたんですぅ!?」

 

 すっかり忘れていた。寝る為の荷物を纏めて持ってきたシアが入り口で棒立ちしている。

部屋に戻ってきたら男が上半身肌で椅子に座ってたらそりゃあビックリするよな。

…と思ったが、どうやらアレーティアの方も何やら気になることをしていたらしい。

丁度俺の死角になってる背後にいたから気づかなかった。

 

「…あ、シア…」

 

「何って…アレーティア、話しても大丈夫か?」

 

「ん、人に話されて困るようなことじゃないから平気」

 

 吸われてる最中を見られたら流石に俺も動揺したが、事後なので特に問題はない。

フロギィSメイルを着直して椅子に座ったまま首だけシアの方に向けて事情を話す。

 

「シア。会った時に聞いたと思うがアレーティアは吸血鬼でな、暫く血を吸ってなかったから吸いたいってお願いされたんだよ。んで吸い終わって今に至るってことだ」

 

「な、なんでハジメさんなんですかぁ!わ、私でも良かったじゃないですかぁ!」

 

「…偶々吸いたいと思ったのがハジメだった。シアが吸っていいって言うなら…」

 

 アレーティアの赤い瞳が妖艶な光を浮かべ、挑戦的な目つきでシアを見上げる。

シアは自分がさっきまでの俺の体勢で吸われている姿を想像したのか、顔を真っ赤にした。

…ウサ耳美少女と吸血鬼美少女か…アリだなとか内心妄想を膨らませて萌える。

 

「なっ、ななな…そんな急にいい言われてももも…!」

 

「…本気にしないで…」

 

 ジト目でアレーティアに見られたことでシアは我に返って恥ずかしそうに俯く。

余談だが彼女曰く俺の血は吸血鬼基準でそれなりに美味だったそうな…

俺としては普段から脂っこいものばっかり食ってるから血がドロドロになってないか心配だったが、どうやらそれなりに健康状態は整っていて悪くないそうだ。

血を吸っただけで生き物の状態の良し悪しが分かる吸血鬼の凄さを改めて知った。

 

 そんなこんなでひと悶着ありながら、改装されたマイハウスでの一夜が終わる。

それぞれの自室へと戻り、俺はベッドの上に寝転がって静かに天井を見つめていた。

自然と瞼が重くなり…このまま夢の世界へと旅立とうかという時だった。

 

「おーいハジメぇ、まだ起きてるかー?」

 

(…ん、この声は…アゥータさんか)

 

 開いている窓の外、マイハウス前の松明の近くでアゥータさんが手を振っていた。

こんな夜遅くに何の用だろうか…?まさかモンスターが村の近辺にでも現れたのか?

そうだったとしたら早めに動いた方がいいとベッドから起き上がり窓から顔を出す。

 

「起きてますよ。どうしたんですか、こんな時間に」

 

「おう、ちょいとお前さんに来て欲しい用事が出来てな。いけるか?」

 

「(用事…なんだろ)分かりました。着替えて準備します」

 

 この時、まさかあんな事になるなんて思いもしなかった。

俺がトータスに来て初めて得た安息の場所で、息苦しい思いをすることになるなんて…

 




 クソ悲しいエピソードの断片書いた後にちょいエロとかいう情緒ぶっ壊れな奴。
そして最後の二行だけで分かるハジメ君の平和なスローライフ終了のお知らせ。

 これを書いてる間にプレイしてるゲームで新キャラが出て発狂したり相変わらず競馬で負けたり仕事で挫けそうになったり色々ありましたが元気です(白目)

 R指定の方は現在資料集め(エロゲ)をプレイしつつ熟考中です。
出来ればR指定くらいはねっとりしっとり濃い目に書きたいので……

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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葛藤は夜明けまで続いた


 神の使徒と皇女トレイシーを乗せた馬車は帝都グラディーウスを出発した。
途中でブルックの町を経由して馬の小休止も挟みながらゲブルト村を目指す。
トレイシーと同じ馬車に乗り込んだ愛子は彼女と二人で話していた。

「再度確認しておくぞ作農師。お前達はこれから向かう村で農民として働いてもらう。これに対し異論はないな?」

「…はいっ」

「だが雫は別だ。アレは私の側近として手元に置く。これは本人たっての希望であり、お前達の裏切りを抑止する為の人質だ。…それも理解しているな?」

「………」

「…そこを沈黙で返すか…いやはや教職者というのは難儀だな」

 本来であれば沈黙する事すら許されない立場だというのに、それを貫く愛子の姿勢は立派とも言えるし愚かとも言える。
だがトレイシーは心底楽しそうに笑い声を押し殺して彼女を値踏みするように見ている。

 帝都グラディーウスで数日過ごす間に雫と愛子は揉めに揉めた。
これ以上生徒から死者を出す事のないように動かなければと思った矢先に、雫だけが皇女の部下として戦場へ赴くと宣ったのだ。

 どれだけ愛子が説得しても彼女の意思は揺るがなかった。
最終的に雫が「この条件が飲めなかったら私達は終わりなんですよ畑山先生。それを理解してるんですか?」と非情な現実を突きつけて愛子が言い負かされたのだが…

(私は…教師失格ですね。…今更…ですが)

 教え子が二人も死んで、今更教師を名乗る資格など自分にはない。
それでもまだ折れるわけにはいかないと彼女の心は訴えている。
圧し掛かる重圧に負けないよう自分を奮い立たせるのがやっとだった。

「そら見えて来たぞ。あそこがお前達の住む村だ」

「…あれが…」

 ゲブルト村は愛子が想像していたよりも立派な櫓に囲まれた豊かな場所だった。
真夜中という事もあり住民の姿は見えないが、巡回する兵士の姿は見えた。
すれ違う兵士達は皇女専用の馬車を見てビシッと背筋を正す。

 村の中心部で馬車が止まると、数人の村人が出てきた。
初老の男性に赤い髪の青年。そして…白い髪と赤い瞳の少年。
トレイシーは意外そうに眉を上げて「ほう?」と呟いた。

「錬成師の小僧が村に戻っているとは、流石に驚いたな」

「ッ!!?いま、なんて…錬成師?」

 愛子の聞き違えでなければ、錬成師という単語から連想出来る人物は只一人。
少し前にウルで優花から聞かされた話を照らし合わせて彼しかいない。
頭が混乱する彼女の前で馬車の扉が開かれる。

「久しいなアボク。急な頼みを聞いて貰った事、感謝するぞ」

「は、皇女殿下の頼み事とあらば…私に拒む理由は御座いません」

「うむ。―――さて作農師よ、後はお前達が話を進めよ」

 後ろで馬車から生徒達が下りてくる。
中には真夜中という事もあり眠そうに目を擦る者もいた。
だが愛子と同じように優花も信じられないものを見るように目を見開く。

「…南雲…!?」

 たった一言。彼女がその名前を発しただけで空気は一変した。



 

 馬車から降りてきた顔ぶれを見て、俺は言葉を失った。

「どうして」「なぜ」「なんで」…疑問の単語が幾つも脳裏を過ぎって渋滞が起きている。

横からスッと顔を覗かせたアゥータさんが苦笑交じりに口を開く。

 

「皇女様の命令でね。お前さん個人としては思うところがあるだろうが…」

 

「………」

 

 トレイシーさんの名前が出たことである程度の経緯は想像できる。

リーナ達から聞いた王国での一件と目の前の彼らが此処に来た事が関係している事は明らかだ。

王国に居られなくなった…或いは王国で放置するのは危険と判断されたのか?

 

 革命直後に不安要素として抹殺されなかっただけマシなのか。或いは―――可能性は低いが―――トレイシーさんの温情で俺の同郷だったから命だけは助けて貰ったのか…まぁ、その可能性は低そうだけどな。他に何か目的があったとしても俺には関係ないと思いたい。

 

「―――南雲くん?」

 

 そんな事を考えていると、クラスメイト達の中から覚束ない足取りで前に進み出る人がいた。

あぁ、暫く見ない内に窶れちまってるな畑山先生…あいつ等(檜山達)に何があったのか聞いたのか。

…しっかし見ただけで俺が南雲ハジメだと、どうして分かったんだこの人…

 

……うん?あぁ、成程……そういう事ね。

馬車から降りてきたクラスメイトの中に見慣れた顔が混じっていた…優花だ。

優花に聞いたから俺だと分かったのね…これで合点がいった。

アイツが先生たちと一緒にいるって事は、ノイント達は無事にウルへ着いたのだろう。

 

「本当に…南雲くんなんですか?」

 

「………」

 

 ここであっさりと返事をしても良かったが、心に微かな躊躇いが生じて無言を貫いた。

後ろに見えるクラスメイト達の暗い表情からして、俺は無愛想な顔をしているのだろう。鏡がないから確かめる事は出来ないが、自然と頬の口角が下がっているのは自覚していた。

沈黙が数秒続いて、後ろから誰かに指でトントンと肩を叩かれる。

振り返るとアゥータさんに代わって村長のアボクさんが俺の後ろに立っていた。

 

「ハジメ君、この場はひとまず私に任せて貰えないか。前もって彼女達が来ることを君に知らせようと言い出したのは私なんだ」

 

「村長………分かりました」

 

 俺は頷いて村長と場所を入れ替わるように一歩下がる。

畑山先生は何か言いたそうに俺の方へ手を伸ばそうとして…さっと引っ込めた。

あぁ…園部の言ってた通りだわ。これはかなり精神的に参ってるみたいだな。

 

 なんとかしてやりたい…と思う反面、当然の結果だ。仕方ないと思う気持ちもある。

天之河の扇動からクラスメイト達の暴走に至るまで、最初に畑山先生が止めていればこんな事にはならなかっただろう。

…アンタが何もしてくれなかったからあんな目に遭ったんだぞこの野郎…と苛立ち交じりに罵倒したい気持ちも無いと言ったら嘘になる。

 

 たが此処でこのヒトにそれを言ったら、確実にこのヒトは自責の念で潰れてしまう。

だからほんの少しだけ心に残った同郷としての情と、只の社会科教師だったのにこんな事に巻き込まれてしまった事に対する哀れみその他諸々を理性として働かせる。

 

「遠路はるばる辺境のゲブルト村に、ようこそおいで下さいました神の使徒様。私はこの村の村長を務めておりますアボクと申します。後ろに居ますのは私の孫で、この村のハンターをしているアゥータと――――――」

 

 村長が言葉を切って俺の方へ視線を投げかけたのでようやく口を開いた。

 

「……アゥータさんの後輩でハンターをやってる……南雲ハジメだ」

 

 それだけ言い終えて「家に戻ってもいいぞ」と後ろのアゥータさんに囁かれて小さく頷いた。

朝起きて、いきなり村の中にこいつ等が居たらもっと混乱していた。事情を知っていて拒むことの出来なかった村長がわざわざ俺に気を遣ってくれたのだろう。

 

「…村長、俺はこれで―――」

 

「…あぁ、ありがとうハジメ君。夜遅くに済まないね」

 

「いえ…。…ありがとうございました…おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 何か言いたそうにしていたクラスメイト達に背を向けて、足早にその場を離れていく。

人前で動揺を悟られないように平静を保っていたが…それでも胸の奥のモヤモヤが収まらない。

マイハウスの扉を開けて寝室へ向かおうとしたところで声をかけられた。

 

「ハジメさん、どこかいってたんですか?」

 

 寝巻に着替えたシアだ。

…ハンターとして活動してる時や初めて村に来た時とは違い、なんというか…可愛いな。

とは思っていても口に出す事は出来ず、少し躊躇ったが何があったかを打ち明けることにした。

 

「…悪いシア、ちょっとだけ…愚痴に付き合って貰えるか?」

 

「へっ?ぐ、愚痴…ですか?」

 

「…もう寝る前だってのに…すまんな」

 

「い、いえいえ!大丈夫ですよ私は!私でよければお付き合いしますよぅ!」

 

…困惑の表情から一転してシアの明るい笑顔が、この瞬間だけは救いに思えた。

食事の時とは違い、部屋の灯りは机の上の蝋燭だけに留めて椅子に腰かける。

話をするのに十分も掛からなかった。

初めて会った頃に神の使徒だった事を話していたからシアは事情をすぐに察してくれた。

 

「…それは…大変なことになりましたね」

 

「あぁ」

 

「ハジメさんは…どう思ってるんですか…その、神の使徒の人達を…」

 

「…どう思ってる…か」

 

 改めて聞かれると答えに詰まる質問だった。

好きか嫌いかの二択で聞かれれば、当然後者を答えるだろう。

だが全体ではなく、個人として見るなら例外も何人かいる。

 

「…分からないってのが正直な答えだな…」

 

 シアは何も言わず黙って俯いたが、きっと彼女も答えが出ない事くらい分かっていたのだろう。

漫画やドラマじゃないんだ。あれだけ酷い目に遭った過去をあっさり水に流して、これからは仲良く協力して村の為に尽くそう!なんて簡単には割り切れない。

グッと思わず机の上に置いた拳を握り締める。

するとシアの手がそっと俺の拳を包み込むように伸びてきた。

 

「大丈夫ですよハジメさん」

 

 俺より一回り小さいが…それでもハンターとして鍛えられた手の感触は俺と同じだ。

顔を上げてシアは優しく微笑みながら励ますように言葉を続ける。

 

「どんな事があっても、ハジメさんなら乗り越えられると私は信じてますから。こんな風に…辛い事とか悩みがあっても、私がいつでも聞いてあげます」

 

「シア……」

 

「えへへ。私じゃ、頼りないかもしれないですけどね」

 

「そんな事はない。…ありがとな、話聞いてくれて」

 

 シアに本心を打ち明けたお陰で、胸のつっかえが少しだけ取れた気がした。

 

 

 寝室へと入っていくシアに何度も感謝の言葉を送り、俺も自室に戻ってベッドに寝転がった。

しかし根本的な解決に至っていない悩みに邪魔されてさっきまでの眠気は完全に消えている。

こういう時は一狩り…と言いたいところだが、真夜中にあの恰好で動き回るのは止めておいた。

久しぶりだが錬成の自主練習をする事に決めた。

 

(材料は…こんなもんか)

 

 タウル鉱石、シュタル鉱石といったハンターの武具に使われない大迷宮での戦利品。

何かいい使い道はないかと思案したものの、そもそも加工技術が俺には備わっていなかった。

だからこうして自分の物なら失敗しても損はないかとアイテムボックスに取っておいたのだ。

 

(イメージは…そうだな、食器類でいいか)

 

 先ずは硬度の高いものを変形させて自分の思い描いた通りに作る事から始める。

忘れかけていたが俺の錬成技能も知らない間にそこそこ進化していたようだ。

錬成[+鉱物系鑑定]でタウル鉱石がどういうものか瞬時に理解出来た。

 

 基本色は黒。熱と衝撃に強い…ね。

私生活で使う分には困らないだろうと一つ目は平らな皿に決めた。

 

「”錬成”」

 

 体から魔力を吸い取られる感じは何時になっても慣れないが…以前のような疲労感は感じない。

後は掌に神経を尖らせて、タウル鉱石の塊を頭の中の皿のイメージに重ね合わせていく。

錬成の光が迸ること数秒。手を退かすと真っ黒な皿もどきが置かれていた。

 

(ダメだな…表面が凸凹しているし彫りが甘い…)

 

 洋風な丸い皿をイメージしたのに、出来上がったのは魚の刺身を載せられそうな和風の皿。

これはこれで使い勝手は悪くないのかもしれないが、俺は納得がいかずむぅと頬を膨らませる。

 

「もう一度だ…”錬成”」

 

 一度錬成したものを再錬成すればいいと思うが、失敗作はそのままにして次の鉱石を使う。

これは挑戦する自分への戒めという意味もあるが、次に錬成した作品とその前の作品の出来栄えを比較して何処を改善すればいいのか、ヒントを見つけたかったからだ。

 

 今度は彫りが深すぎて、皿というよりは器…スープ皿に近い形になってしまった。

一個目と二個目の失敗作を脇に退かして、一度大きく息を吸い込んでから気を静める。

両手で髪をバサッと掻き上げてから、気合を入れる為に両手で頬を叩く。

 

「集中だ、集中!」

 

 クラスメイトの事とか、これからの村での生活とか、不安なことは一旦忘れろ。

他を気にする余裕があるなら、自分の持つどんな力も最大限生かす努力をするべきだ。

ハンターとしても錬成師としても…何より人としてまだまだ俺は半人前なんだから。

 

「想像しろ…想像を、指先の物に投影するんだ…”錬成”!」

 

 結局この自主練はいずれ魔力が尽きて倒れれば眠れるだろうと楽観視していた俺が外の様子も気にせず、適度に休憩を挟みながら続けた結果…夜明けを迎えてしまった。

胸のつっかえは消えて…この先の事に対する自分の心構えを固めた。

 




 更新が遅くなってしまい申し訳ありません…例の如くモチベがry
外伝とR指定の方もあれやこれやと思考を繰り返す内にスランプ気味になっていますが、今週中には上げようと思います。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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夜明けの村にて


 月明りも届かない夜の樹海を、森人の青年が駆け抜けていた。
彼の体には無数の焼け焦げた痕や切り傷があり、至る所から出血している。
適切な処置を施さなければ出血多量で死ぬかもしれない。

 それでも彼は走るのを止めない―――否、止められない。
後ろから聞こえてくる遠吠えにも似た咆哮と、金属を擦り合わせる音。
どうして、どうしてあんな化け物がフェアベルゲンに現れたのか…

 あんな奴らを止められる戦士など森人にはいない。
如何に先祖返りの族長といえど、強さの底はヒトの枠を出ないと知れている。

「誰か…助けて…誰か…!」

 直後、青年は何かに躓いて斜面を転がり落ちる。
もはやこれまでかと痛みから逃れる為に彼の意識は闇に沈んでいく。
最後に体が冷たい水に打ち付けられる音と肌寒さを感じた。



 

 無我の境地で続けた錬成の自主練は思ったよりも捗った。

皿や椀の形をイメージ通りにするまで二、三時間。そこから更に集中力を高める為にナイフやフォークといった細かな物を錬成を繰り返し、空が明るくなり始めた頃には安定してそれらの物も錬成出来るようになった。

 

 ステータスプレートを確認すると錬成の派生技能”精密錬成””複製錬成”が追加されていた。

これまでは鑑定・分離・融合・圧縮しか出来なかった為、新たな技能の獲得は何気に嬉しい。

特に”複製錬成”に関しては日用品のストックを作るのに最適だ。今回は食器類だけに抑えていたが、いずれは故郷の機械などを模して工作などしてみるのもいいだろう。

 

「ん、ん゛~っ!!―――ったはぁ~腰いって」

 

 ずっと座りっぱなしで錬成をしていたから、腰の骨がぎちぎちと悲鳴を上げていた。

立ち上がり両肩をグルグル回し、上半身を左右に振るとゴキゴキと小気味いい音が鳴る。

 

「――――――さてと」

 

 錬成で作った失敗作(ゴミ)の山を机の脇にある空の木箱へと集めて蓋をする。

もう残しておく必要もないので失敗作たちは次の錬成の自主練で使うために取っておく。

ふとステータスプレートに視線を落とすと、気になる技能があった。

 

「……生成魔法……か」

 

 オルクス大迷宮の創造主、解放者オスカー・オルクスから受け取った神代魔法。

使用者の魔力を付与して鉱石類に異なる性質を与える魔法らしいが…

自分の魔力量がどの程度なのか不明なうえに、用途も思いつかない。

かといって無用の長物と切って捨てるには惜しい技能である。

 

「…まぁ…追々調べてみりゃ分かるか…」

 

 俺一人の頭で考えるには知識不足だと重々承知している。故に神代魔法の事をよく知る人物を探すか、それらしい技能についての専門家に話を聞いて貰って使い道を探すのが妥当な判断だ。

ステータスプレートの表面に付着した唾液を拭きとると、映し出されていた情報は消える。

…毎度のことだが、どう見てもこの大きさと形からスマホにしか見えないんだよなぁ…これ。

 

 等とぼんやり思っている間に体を解す準備運動も終わり、俺は窓の外に目を向けた。

湿地帯の雨雲がこっちに流れてくる事は無かったようだ…群青の空を見て満足気に息を吐く。

背中に手を回すと、オーダーレイピアのひんやりと冷たい刀身が指先に触れる。

 

「……久しぶりに村の周りでもぶらついて、適当な場所で昨日の続きやるか」

 

 ショウグンギザミとの戦いで無意識に行った動きを再現すること。

実際にモンスターと戦った方が思い出して身に付くのも早い気はするが、時間が掛かるだろう。

音を立てないようにそっと部屋を出る。…流石に二人はまだ寝てるみたいだ。

突然いなくなっていたら驚かれるだろうと思い、下の机に書置きだけ残して俺は外に出た。

 

 空気はひんやりとして肌に心地よい風が吹き抜ける。

遠くに見える建物に灯りがつく様子はまだない。

道に等間隔で置かれた松明も少し前に燃え尽きたのか、近くを通ると木炭独特の香りがした。

 

 歩くこと五分。村の囲いを抜けて、流れの緩やかな浅い川の近くに探していたものを見つけた。

それは以前、俺がライセン荒野から引っ張ってきた大岩だ。

 

 これまではこれを持ち上げたまま姿勢を維持して足腰を鍛えたり、紐を巻きつけて牽引する等のトレーニングをしていたのだが…錬成で試したい事があって予定を変える。

 

「―――"錬成"」

 

 大岩に手を当てて詠唱を省略し、脳裏に大きなバーベルを思い描く。

”精密錬成”を使うまでもなく、100㎏の重さはあるバーベルもどきに形を変えた。

細かいところは分からないが、原子構造まで変わっているなら重さも変化している筈。

 

「…おっ」

 

 思った通り、片手で持ち上げようとした時に感じた重みは大岩の時と大差ない。

持ちやすい形になった分、楽になるかと思ったが寧ろ片手では上げるのが限界だった。

一度地面へと下ろしてから姿勢を整えて、両手で掴んで持ち上げる。

 

 腕に来る重みは大剣やハンマーの比じゃない。油断して落とせば下にある俺の足は防具を履いているとはいえ無事じゃ済まないだろう。

胸の高さまで持ち上げて、両脇を締めない適度な感覚を維持しつつゆっくり水平の位置まで下ろしてから、スッと息を吸い込んで胸の高さまで持ち上げ……それを繰り返す。

 

「フッ―――フッ―――フッ―――」

 

 回数は100を目安に、腕の筋肉が痺れを感じる直前までこまめに休息を挟んで行う。

次はバーベルを水平に持ったまま上下には振らず屈伸運動(スクワット)を始める。

この時点で少し汗はかいていたが、夜明け前の冷たさも相まって丁度いい感じだった。

 

 

「――――――ふぅ、こんなもんか」

 

 最後に腕立てと走り込みをして、()()()()は終わった。

汗を拭い、背中で使われるのを今か今かと待ち望むオーダーレイピアを掴む。

訓練はこれ(武器)を使い初めてからが本番だ。

意気揚々と両手に持ったオーダーレイピアの振り心地を試して後ろを振り返ると―――

 

「「あっ」」

 

「………」

 

 いつの間にか此方を見ていたクラスメイトの2人…坂上と谷口と目が合う。

どうやら訓練に集中し過ぎてこいつ等が近くに居た事に気づかなかったらしい。

不甲斐なし…これがモンスターなら気づかない筈ない等と言い訳をするつもりはない。

存在の大小に関わらず、周囲の警戒を怠る時点で狩人としては三流も良い所だ。

 

「………」

「お、おはよう南雲っち!」

 

「……ん、あぁ……おはようさん」

 

 何も言わずに視線を逸らす坂上に対し、ぎこちない笑顔で挨拶をしてくる谷口。

クラスメイトの中だとこの二人…特に坂上は苦手な部類だ。天之河や檜山に比べれば積極的に関わらないだけマシってだけで、優花や幸利とは雲泥の差だ。

 

 谷口は…根は悪い奴じゃないと頭で理解していても、天之河と仲がいいという要素だけで身体が拒絶反応を起こしてしまう。…あと俺は心根が陰キャ寄りだから対極に位置するガチ陽キャの谷口に絡まれると精神的に疲れる。

 

 出来れば挨拶もしたくなかったが、無視をするのも気分が悪い。

だからそっけなく返してからは気にする様子もなく訓練に戻った。

 

「き、昨日はビックリしたね~!まさか南雲っちがこの村にいるなんて…」

 

「…そうか…」

 

「私達ね!皇女のトレイシーさんって人に言われてこの村で農作業をするんだって!」

 

「…そうか…」

 

「いやー鈴は農業未経験だから、畑山先生に色々教えてもらわなきゃだー!あっはっは…はは…」

 

「………そうか」

 

 ん゛え゛ぇ゛訓練に集中出来ないぃ…と心の中でぼやきたいが、これもまた訓練と割り切ろう。

人に声をかけられた程度で動きを疎かにして意識を乱すのなら、それはいずれ狩りの最中に起こる予想外のアクシデントに落ち着いて対処出来るかの有無に関わってくるだろう。

アゥータさんなら、飄々とした態度で動じることなくそれを平然とこなせるのだ。

目指すべきはその領域だ。この程度の事で一々精神的に動揺してどうする…!

 

「………あぅ」

 

 どうやら俺が同じ言葉しか返さなかった事で谷口の方も言葉に詰まってしまったようだ。

ちょっと申し訳ないと思いつつ、訓練中なんだから察してくれよと心で呟いた。

すると…これまで黙っていた坂上が初めて口を開く。

 

「…南雲、お前はどこでそんな力を手に入れたんだ?」

 

「…あぁ?」

 

 何を言い出すかと思えばそれかよ…まぁ、こいつらしいっちゃこいつらしいのか…?

てっきりこいつ等を見捨てたことで天之河みたくギャアギャア騒ぐのかと思ったぜ。

ワンチャン…これはあくまで希望的観測に過ぎないが…天之河とセットにならなきゃ割とまともな部類なのかこいつは?―――っと、そろそろ質問に答えなきゃいかんな。

 

「…基礎的な体力と筋力はッ、訓練所で、死ぬほど努力して…っ!帝都にある訓練所でな…ッ―――それ以上の特別な事は何もしちゃいねーよ」

 

 右脚から踏み込んでステップの要領で逆袈裟に右回りで二回転。

着地後に左右の剣を交差して一歩半進んで斬る。間髪入れずに攻撃を躱す想定で横に転がる。

動きながらも息をつくついでに俺が答えると、坂上は急に下を向いた。

 

「……なら、どうして」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?って質問なら答えるまでもない。訓練の方向性と質が違うんだ、根本的な部分からな。王国でやってたのは対人…魔人族との戦闘を意識した集団での白兵戦と魔法戦だ。そんなのはモンスター相手に何の役にも立たない」

 

「……ッ!!」

 

 役に立たないと言われて坂上は怒りを露わに顔を上げたが…すぐに悔しそうな顔で俯いた。

もう無い片腕と、オルクス大迷宮でクラスメイトが二人も死んだ事実が全てを物語っている。

余計だとは思ったが…この際、俺も言いたい事をハッキリ言っておくかと言葉を付け加えた。

 

「それにな―――お前らが俺にしてきた事は勿論、八重樫があれだけ怒鳴ってキレちらかしたのにまだ分からねえ訳じゃねえよな?」

 

「それは…ッ!確かに、檜山達はやり過ぎたところもあったかもしれねえけどよ…!」

 

「あいつ等だけじゃねーぞ?お前とお前の親友も、ことある毎に俺の事を散々下に見てボロクソ言っただろうが」

 

「なっ!?あれは光輝がお前を―――」

 

「俺を…なんだ?思いやるにしちゃあ言葉が随分と上から目線だったろうが。お前らに何を言われたか、俺は一言一句忘れてねえぞ」

 

 こいつをまともな部類かと思った数分前の俺をぶん殴りたい。

集中しているつもりだったが、無意識に体は怒りで熱を籠らせていた。

手を止めて振り返り、目を細めて睨みつけながら坂上に向けて言い放つ。

 

「この村でお前らが何をしようが俺にどうこう言う資格はない。…だからお前らも俺がこれからする事に一々口を挟まず、気に入らないからって突っかからないでくれ。同じクラスの人間であることを除いて俺とお前達は―――他人なんだからな」

 

 坂上は何も言えなくなったのか、怒り半分悔しさ半分といった表情でまた下を向く。

横にいる谷口はギスギスした空気を変えようと何か言おうとしてアワアワしている。

…これ以上は訓練をしても身にならないな…正直、俺も井戸の水で頭を冷やしたい。

 

「もう家に戻る。…じゃあな」

 

 そのつもりはなかったが、地面に放り投げたバーベルもどきが真っ二つに砕けた。

物に八つ当たりするとは…やっちまったなぁ、反省…等と心で呟いて二人を横切って村に戻る。

 

 

「――――――な、南雲くん!?」

 

(…今度はこいつかよ…まぁ、いいかもう…)

 

 マイハウスが見えてきたところで前の方から走ってきた八重樫に声をかけられる。

一々こいつ等に反応しないよう慣れなきゃいけないってのに…はぁ、前途多難だな…

 

「…なんだ?」

 

「あ、えっと…坂上くんと鈴を見なかった?」

 

「あいつ等なら向こうにいる。さっき会った」

 

「そ、そう……坂上くんが何か失礼なことを言わなかった?」

 

「………さあな」

 

 言わなかったと嘘をついても良かったが、それはそれでなんか癪に障るので誤魔化した。

しかし八重樫は察しがいいからすぐに頭を抱えて「あぁ~もうなんでまた」とその場で蹲る。

…俺が言えた義理じゃないが…こいつもこいつで面倒臭い性格してんな。

 

「別にお前が気にする必要はないだろ」

 

「…それは、そうかもしれないけど…」

 

「あいつにも言ったが、俺達はお互いに不干渉でいる方がいい。過去の不仲なんてこの村の人達には関係ない事で余計な気を遣わせたくない。…お前も、無駄に面倒を増やすのは嫌だろ?」

 

「…そうね…。あぁ、でも…南雲くんは知らないかもだけど、私は皇女様のお付きになったから、基本的にこの村に居ることはないの。皆の面倒は先生に任せたわ」

 

「トレイシーさんの!?」

 

「ええ、そうよ」

 

 あっけらかんと言うが…まさか八重樫が俺と同じトレイシーさんの関係者になるとは…

それでか…クラスの連中のごたごたでもう気を揉む必要もないから若干表情が明るいのは。

 

「…あの人から俺のことは聞いたか?」

 

「ある程度は…ね。…安心して、誰にも言うつもりはないし…それに―――」

 

 聞けば八重樫達もトレイシーさんからこの世界の真実を知ったらしい。

ついでに昨日は姿が見えなかった天之河がどうしたのかとこっそり聞いたが、あいつは重傷負って動けないからハイリヒ王国の治癒院に中村や近藤たちと一緒に残っているとか。

フッ――――――やったぜ、一先ずは不安の種が解消された。

等と思っていると八重樫がクスクスと笑っている。

 

「…ふふっ光輝がいなくて、ちょっと安心した?」

 

「まぁな。…つうかお前は平気なのか、アレでもお前の幼馴染なんだろ?」

 

 こんな風に思われて、普通なら怒ると思うんだが…

しかし八重樫は「別に?」と笑顔のままあっさりと答えた。

 

「光輝が南雲くんにそう思われるのは過去の言動からして当然だし、近藤くん達だって自分勝手に動いてああなったんだから自業自得よ。そこまで私が思ってあげる義理はないわ」

 

「…なんかお前、色々吹っ切れてんな…今迄で一番いい笑顔浮かべてんぞ」

 

「そう?――――――あっ、そうだ!南雲くん、実は伝えておきたい事が―――」

 

「し、雫ちゃーん!待ってー!」

 

 言いかけた八重樫の後ろから聞き慣れた(あんまり聞きたくなかった)声が聞こえてくる。

黒い髪をゆらゆら揺らしながら寝間着姿のまま走ってきたのは白崎だった。

天之河や近藤たちを警戒してコイツの存在を忘れていた…!

 

「あっ、昨日村長さん達と一緒にいた―――」

 

「…香織。このヒトが前に話した人よ」

 

「えっ、このヒトが!?」

 

「………」

 

…え、なんだこれ白崎の反応がいつもと違っておかしいぞ…

頭でも打った…ってそういや大迷宮でなんかそれっぽい怪我負ってたっけ。

………おい俺の第六感、その圧倒的既視感の六文字をチラつかせるな。

八重樫と話していた白崎は俺の方へ向き直って深々と頭を下げる。

 

「えっと…初めまして。私、白崎香織です。雫ちゃんが貴方とは面識があるって聞いているんですが…ごめんなさい、私記憶が無くて…覚えていないんです」

 

(うわあああああああやっぱりそのパターンかぁああああああ!!)

 

 テンプレじゃねえかあ!とこれを書いて苦笑いしている天上の神に向かって吠える。

シア、ノイントに続いて白崎までも記憶喪失とかどうなってんだ!!?

複雑な感情持ってて一番接し辛い奴がこうなったら余計手に負えんわあぁぁぁっ!

 

「…ごめんなさい南雲くん伝えておきたい事っていうのは、この事よ…」

 

「………そうか」

 

 仰ぎ見た空に橙色の光が差し込もうとしていた。

朝が来る。きっと今日は色々と苦労するんだろうな…精神的に。

…もうしてるだろとか無粋なツッコミは心の中だけに留めておいた。

 




 脳筋、陽キャと陰キャは分かり合えない(至言)
余談ですが活動報告の方に以前と同じような二次創作の作りかけプロットを投稿しました。
ぶっちゃけこれ書いて一日終わった感あります。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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乙女の心は複雑怪奇 前編


 ブルックの町からゲブルト村へ続く街道をハンターが三人歩いていた。

「む~…ねえグランツ~!なんで移動に馬使わないのさ~!」

「しょうがねえだろラウラ。今は国内外での移動に一部制限が掛かってるんだから、通行止め食らって申請書通したら何日も掛かるんだよ」

「だからってさぁ…こっそり町を抜け出して、徒歩でハルツィナ樹海に向かうって、すっごく非効率的じゃない?商人の荷馬車に便乗するとかさ~やり方は色々あったでしょ~」

「だーっ!俺に文句を言うな俺に!決めたのはシグだぞ!」

 三人組のリーダー格であるシグは後ろの二人が言い争ってもまるで意に介さず、黙々と遠くに見えるハルツィナ樹海を目指して歩みを進めていた。
兜に隠れてその表情は窺えないが、歩く姿に感情が現れている。

「ちょっとシグ!一人でズンズン先にいっちゃわないでよー!」

「ったくウチのリーダーは…マイペースなのは相変わらずだぜ…」

(…ただのキノコ集めと思ってたが…依頼主の話とギルドから寄せられた情報を照らし合わせるなら…恐らく…)

 このクエストは一筋縄ではいかない。
数多くのクエストをこなしてきた彼の勘がそう告げていた。
英雄の引退騒動で不機嫌だった彼が、ほんの少し良くなるくらいには…

「楽しみだぜ…ハルツィナ樹海での狩りがよぉ…!」

 彼の目には樹海の端に隣接する村など入ってもいなかった。



 

 白崎が記憶喪失になっていたという衝撃的な話を聞いた後、八重樫が坂上達を呼びに行くというので俺は混乱する頭を整理整頓したい思いもあってその場ですぐに別れた。

 

 去り際に俺とはどういう関係だったのか白崎に聞かれたが…

クラスの面倒事(天之河とその他)を引き連れて話しかけてきた事くらいしか覚えていない。

記憶のない本人に言うのは酷かもしれないが、迷惑してた事を隠さず伝えると―――

 

「そう…なんだ…ごめんなさい」

 

 あからさまに落ち込んでいる様子だったので慌ててフォローしてしまった。

…細かい事を言うなら、白崎が絡んでくる=あいつ等が俺に突っかかってくるだからな…

横で申し訳なさそうにしている八重樫曰く「周りが全く見えてなかった」そうだ。

 

 どうして俺と話す時だけそうなのかは…まぁ…()()()()()…なのか?

記憶を無くした今となっては確かめる術もないし、俺としても今更そんなものを向けられても反応に困る。…というかそれで記憶取り戻したとかになったら余計ややこしくなるから絶対に却下だ。

 

「…もう気にしなくていい。…過ぎた事…だからな」

 

「…うんっ、そうだよね!過去は過去、今は今!記憶がなくても、私は今出来ることを精一杯やるだけだから!―――ありがとね、南雲くん!いこう、雫ちゃん?」

 

「え、ええ…。それじゃ南雲くん、またね」

 

「おう」

 

 八重樫は前からそんな気はしてたが、白崎もクラスメイトのいざこざが無ければ普通に話してて不快感を感じるような娘ではなかった。これが二人の素…なんだろうな。

八重樫はトレイシーさんの所で働くって言ってたし…顔を合わせる事も少なくなるんだろうけど、白崎はこの村に留まるみたいだし…まぁ、何か困った事があったら手を貸すくらいはしてやるか…

 

―――さて、陽も顔を出してきた事だし…俺も帰って朝飯を―――

 

「なっ、南雲っ――――――!!」

 

(…二度あることは三度ある…ってか)

 

 聞き慣れた声のする方に顔を向けると、優花が小走りに駆け寄ってきた。

昨日は他の奴らもいたから話もせずにさっさとマイハウスに帰ったんだよな。

周囲を軽く見回して、周りにクラスメイトがいない事を確認する。

 

「園部。昨日は悪かったな、顔を合わせたのに声も掛けられなくて」

 

「……南雲……あんた、あの時―――」

 

 クラスの奴らと一緒にいるって事は、俺が嘘ついた事も知ってて当然か…

 

「悪かった。あの時はお前達に余計な心配をさせたくないと思ってつい―――」

「―――――――――ッ!」

 

 キッと鋭い目で睨む優花の勢いに怯んで一歩後退る。

ブルックの町でもそうだったが…女の子にこういう反応をされると動揺してしまう。

 

「心配…したんだから…!南雲が私やノイント達を気遣って嘘ついたって事は察しがついたわ…!でもっ!!…それでも…アンタが無事かどうか…それが分からなくて、私っ…」

 

「………すまなかった」

 

 バレてしまった時を考えなかった訳じゃない。ただ、結果的に無事であれば少し怒られる程度で済むのだと、自分の事を軽んじていた事は否定できなかった。

目の前で小刻みに肩を震わせている優花を見て、罪悪感が胸を締め付ける。

それから暫く優花が落ち着くのを待ってからホルアドで起きた事の顛末を話した。

 

 

 俺の話を聞いた後、優花はウルに着いてからの話を教えてくれた。

ノイント達はリンネさんの宿屋に暫く泊っているのか…手紙もそろそろウルに着く頃か?

宿代はリンネさんがある程度負担してくれるらしいが、俺が元々払う予定だったのだからきっちり全額支払うように次の手紙に書いておこう。

 

 ミッドガルさんとマリアンナさんがウルに居た優花達を途中まで護衛したらしい。

じゃあ二人は今、帝都グラディーウスに居るのか…酒奢って貰う約束、忘れてませんからね。

ようやく話せる相手とも話し終えて、マイハウスに帰ろうかと思ったのだが…

 

「―――なぁ、園部」

「…なに?」

 

「もし良かったら俺の家で飯でもどうだ?」

「…えっ」

 

 まだ先の話だがノイント達にも改めて嘘をついたことを謝るつもりだ。

だからその一歩目として、優花にここで俺が出来る俺なりの誠意を見せたかった。

こんな事(朝飯)でしか誠意を見せられないというのも情けない話だが…

言葉で誠意をキチンと伝えられるほど、俺は器用な男じゃない。

 

「…いいの?」

 

「迷惑でなかったら…な。心配かけた罪滅ぼしをさせてくれ」

 

 クラスメイトの女子を朝飯に誘うってのは人生でそう出来る体験じゃないだろう。

しかし邪な感情がある訳でもなく、他にもちゃんとした理由があって誘ってる。

問題は優花がこれに対して肯定的な態度をしてくれるかだが…

 

「…南雲の家でご飯かぁ…」

 

 んん~小声でなんか言ってるけど聞き取れない…表情がどちらともいえない…

男の手料理なんて嫌がられるか…と不安に思っていた直後、彼女はあっさりと答えた。

 

「…うん…じゃあ…ご馳走になろうかな?」

 

 良かったと内心ホッとしつつ、優花の浮かべた表情に微かな違和感を感じた。

独り言を言い終えた後から、ほんの少しだけど頬に朱が差しているような…

怒ってた時はそんな風には一切見えなかったのに、この瞬間だけ色気づいた…

…いや、ないない…俺の考えすぎだ考えすぎ。

 

「じゃ、ついてきてくれ―――といっても、すぐ目の前にあるんだけどな」

 

「えっ…?ひょっとして、あの立派な家が南雲の…?だって前は―――」

 

「あぁ、それも含めて話したい事が山ほどあってな」

 

 いつまでも立ち話している訳にもいかず、マイハウスに向かって歩き出す。

優花の横を通り過ぎようとした時、髪の毛にキラリと光るものが見えて足を止める。

明るい茶髪の中でひと際目立つそれは、ブルックの町で彼女に買った髪飾りだった。

 

「園部、その髪飾りは…」

 

「えっ…?あぁ、これすごく綺麗だし、使い心地よくてずっと使ってるのよ。…あの服は流石に人前でずっと着てるのは恥ずかしいから…大事にしまってるわ」

 

「…そうか」

 

「…クラスの皆には内緒にしてよ?」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 アセビの花を模したクリスタルの髪飾り…気に入ってくれてたんだな…

家族以外の人に何かをプレゼントするのはあれが初めてだったかもしれない。

ちょっとだけ嬉しさと照れ臭さで頬が緩みそうになったのを引き締める。

 

 マイハウスの中に入ると、まだ部屋の中に明かりがついている様子はなかった。

しかし微かに上の方から物音がする…方向的にシアの泊ってる部屋か?

アイツもハンターだし、俺のように訓練所で早起きする癖がついたのだろう。

 

「…南雲、他に誰かいるの?」

 

「ん、あぁ…実はな―――」

 

 二人の事を話したら優花は案の定…というか予想していたよりも驚いていた。

優花と入れ替わりで村に戻ってきたシア、大迷宮で色々あって行動を共にしたアレーティア。

片や歳の近い兎人族の少女、片や見た目だけなら年下だが超絶年上の吸血鬼の少女。

吸血鬼と聞いて彼女は少し身構えたが、いきなり噛みついて血を吸おうとするような事はないと伝えるとすぐに安心してくれた…のだが――――――

 

「…ふぅん…南雲が血をあげたんだ…」

 

「あぁ、俺の血なんか美味しくないと思うんだが、本人も他に頼める相手がいなかったし、断りきれなくてな。―――ところで園部、なんで急に不機嫌そうな顔を?」

 

「は?別に不機嫌じゃないけど?」

 

「いや、どう見てもさっきとテンション違うだろ…」

 

「別に、さっきと何も変わらないし…」

 

…これはあれか?見知らぬ少女を二人も部屋に連れ込んでる俺に対する不信感が募ってるのか?

だとしたら優花の怒りは正しい。俺だって普通に考えたら自分の家に女の子を泊めたりしない。

アレーティアは天涯孤独の身。今回ばかりは仕方なかったんだ。

シア…は謎なんだよなぁ…兎人族の人達と同じ家で住んでた筈なのに…

 

「…兎に角、二人が起きてきたら改めて話すよ」

 

「…分かった」

 

 そんなこんなで朝食の準備に入る訳だが…何故か隣に優花の姿が。

いや、そんなさも当然のように一緒に作りますみたいな雰囲気出されても困る。

 

「…園部、誘ったのは俺なんだし…お客さんとして寛いでくれてる方が…」

 

「…私も久しぶりに料理したいと思ったの…ひょっとして…迷惑?」

 

 ウッ…そんな風に上目遣いで聞かれると男はNoって言えないんだぜ…?

とはいえ、まぁ…優花がどんな料理を作るのか気になるところではある。

今まで接点のなかったクラスメイトの違う一面を見られるのは中々に興味深い。

 




 すいません私事ですがコロナに罹りそうになったりショッキングな出来事が起きたりと色々あったのでこれ以上筆が進みませんでした…前後編に分けます。
外伝の方は明日には投稿できるよう努力します…

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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乙女の心は複雑怪奇 後編


 まな板の上で野菜を刻む音がテンポよく聞こえる。
トータス(こっち)に来てから一度も腕を振るう機会がなかった優花にとって、ある意味至福の時間だった。
遠くに感じる故郷と両親、両親が営む洋食屋との繋がりが料理(これ)にはあるからだ。
そして何よりも――――――彼女が視線を向けた先には彼がいる。

「………」

「―――ん、どうした?」

「…な、なんでもない!…ただ、ちょっと意外だったなって」

 優花の横で慣れた手つきで野菜の皮をむくハジメと何気ない会話をする。
好きになった相手と、こうして同じ台所に立てるのは彼女にとって幸福な事だった。
見つめられている事に気づいたハジメに尋ねられて、優花は適当に返す。

「意外?」

「うん。南雲って自炊するイメージがなかったから…」

「自炊っつってもこんな皮むきとか適当な料理2,3品作れる程度だぞ?」

「普通の男子高校生なら、十分凄いと思うけど?それ」

「そうなのか。…両親の仕事が忙しい時は、コンビニ弁当で済ませようとする事が多かったからな。自然と飽きが来て…気づけば家事炊事を手伝って、こっちに来てから大分上達した感じだな」

「そっか…」

 周りと関わってこなかったから、ハジメは普通の基準が時々分からなくなる。
だからこうして優花と話していると、それが分かる時があって内心嬉しかったりする。
優花も、好きな彼の知らなかった一面を知れて、顔には出さないが喜んでいた。

 そして遂に…二人きりの時間も終わりを告げる。
二階から扉を開く音がして、続いて二人分の階段を下りる音。
ハジメは淡々と野菜の皮を剝いているが…優花は手を止めて後ろを向いた。

「ん、ふぁ…ハジメ、おはよ――――――えっ?」
「おはようございますハジメさ………うぇっ!?」

「………あ、えっと…どうも、お邪魔してます」

 金髪赤目の小柄な美少女…アレーティアは寝ぼけ眼を擦りながらその場で固まった。
水色髪に青い目のグラマラスなウサ耳美少女…シアも朗らかな笑顔から一転、見知らぬ少女が台所に立っていた事に驚いて口を開けたままぽかんとしていた。



 

 朝食は軽めに薄く切った麺麭、芋っぽい根菜をペースト状にして焼いたものに、他の野菜をのせて食べる。味と触感はポテトサラダに近く、個人的にはもう少し塩気があった方が嬉しい。

 

「「「………」」」

 

(…なんて暢気に心の食レポしてる場合じゃないか…)

 

 アレーティア、シア、優花の三人はお互い見合ったまま食事の手が止まっている。

俺が促して席に座らせたんだが…向かい合う形になったのが逆効果だったか…

 

「とりあえず自己紹介…しとくか?」

 

「…そ、そうね。―――私は園部優花。下の名前で呼んでいいから」

 

「…私はアレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。フルネームだと長いからアレーティアでいい」

 

「シア=ハウリアです。…ええと、それで早速お聞きしたいんですが…優花さんはハジメさんと、その…どういうご関係なんでしょうか?」

 

「…どうって聞かれると…ハジメは命の恩人で…あ、あと二人は―――」

 

 優花が会話の途中で俺に視線で問いかけて来る。

恐らく神の使徒であることを話して良いかの問いかけだろう。

既に話してあるし問題ないと俺は首を縦に振った。

 

「―――うん。私は神の使徒で、ハジメと同じ世界から来たの。その頃は特に接点とか無かったんだけど、こっちに来てから色々あって、ハジメとは交流を持つようになった……でいいのかな?」

 

………いや、俺に正解を聞かれても困るんだが…まぁ、概ね合ってるんじゃないか?

しかし命の恩人ってのは大袈裟だな…間違ってはいないが面映ゆいな。

アレーティアがチラと俺の方を見ていたが…俺から特に言う事はないぞ。

 

「…その色々が聞きたい」

「わ、私も気になりますぅ…その…ご迷惑でなければ…」

 

「ちょっと長い話になるけど、大丈夫?」

 

 それから五分か十分間、優花視点での俺と関わった経緯を話しだした。

…改めて聞いたが、魔王って奴ともし出会ったら色々文句を言っておいてやるか。

以前は関心のない相手だったが、優花を殺そうとしたり、ミュウに変な魔法かけたり、幸利―――のことは本人が幸せそうだし言及しないでおくか。

 

「あっ!その日ってたしか私が帝都に向かった日ですよね?」

 

 シアにそう聞かれてその日の事を思い出したが、確かに直後の事だったな。

…村の人達は戻ってきたシアに優花達が来た事を話さなかったのだろうか?

 

「そうだな。…カムさんとは面識があったんだが、何も聞いてないか?」

 

「初耳ですね…後で父さまに聞いてみます」

 

「…優花、ハジメから聞いた神の使徒と印象が違う」

 

「…多分アレーティアの言う神の使徒の印象って天之河(あいつ)らのこと?」

 

 アレーティアは俺が使徒達から受けてきた仕打ちを聞いて、あまりいい印象を持っていない。

…そういう負のイメージを持たせたのは俺が原因なんだが…失敗だったな。永山達はまた別として、優花や幸利みたいにマトモな奴もいるって事を付け加えておくべきだった。

…いや、幸利はマトモ…なのか?まともに見えて復讐に突っ走ってるやべー奴だったか。

まぁ、俺も人の事をとやかく言えないんだろうけどな!

 

「…あー…悪いな園部。アレーティアには初めて会った時に聞かれて神の使徒をちょっと私怨込みで伝えてるんだ。…アレーティア、園部は前に話した奴らとは別だから安心してくれ」

 

「…ん、分かった」

 

 別と俺が口にした時、ちょっとだけ優花が目を見開いていたが…驚くようなことか?

しかもアレーティアとシアまで俺と優花を交互に凝視してるし…何が言いたいんだ。

話も終わりが見えて来たので、俺が昨夜あった事を簡潔に伝える。

 

「王国の一件で神の使徒は皇女様預かりになったんだ。それで、この村に来て再会したんだが…湖の町まで護衛って約束を反故にしちまったから、心配かけた詫びも兼ねて今に至る」

 

「ありがと南雲。それで間違いないわ」

 

「ん…納得した。それじゃあ次は―――」

 

「あ、時系列で話すなら私から先にいいですか?」

 

「分かった。シアが話し終えたら次は私」

 

 優花の話が終わったことで、今度はアレーティアとシアが俺との出会いを話し出す。

優花とシアはお互いに俺に助けられた同士で何か思う所があったらしい。

そして記憶喪失の下りで優花がチラと俺の方を見たが…言いたい事は分かる。

 

 この場にはいないノイント、さっき会った白崎…そして今目の前で話してるシア。

三人とも記憶喪失という共通点があり…髪型もちょっと似てたりする。

そう遠くない日に三人で顔を合わせたらどんな会話が生まれるのか、ちょっと気になった。

 

「…あ、亜人族で思い出したんだけど。…ハジメ、エタノって狐人族の女の子と仲良さそうだったけど…あの子とは―――」

 

「こ、こここ孤人族ですかぁ!?は、ハジメさん、どどどどういう―――」

 

「落ち着けシア。…エタノとは樹海で薬の材料探しの時に出会ったんだ。狐人族も今はフェアベルゲンを出て、外で活動してるらしい。んでエタノは商人として俺に商談を持ち掛け来たんだ」

 

「ほっ…本当に、それだけ…なんですか?」

 

「………………あぁ、他意はない」

「…怪しい」

「今の間はなんなのよ南雲…」

 

 はいそこの二人、答えに詰まったからといって返事までの間を指摘しないー。

…エタノの奴、フューレンに残って商人として腕を磨いてるんだろうけど…元気にやっているだろうか。亜人だからといって変な奴らに絡まれていないか心配だ。

―――ん?亜人??―――亜人…森人…――――――あっ、やべっ!?

 

「そうだシア。お前に話しておくことがあったんだ」

「え?な、なんですか急に―――」

 

 色々な事が起こりすぎて俺もすっかり忘れていた…

アルテナから頼まれていたシアと友達になりたかったという話を伝えた。

 

「…そう…ですか。アルテナさんが…」

「シアはアルテナと面識があるのか?」

 

「…集落の中を歩いている姿を見たことは何度かあります。でも、ご存知の通り私は忌み子でしたから、外にもあまり出られず…友達を作ることも出来なくて」

 

「………」

 

「アルテナさんの申し出は嬉しいと思うんですが…その…」

 

 そう言いかけてシアは樹海での一件を思い出したのか、ブルリと身を震わせる。

彼女の母親…アイリスや他の森人族がどういう反応をするか…だよなぁ。

フェアベルゲンが中立を貫くようになったとはいえ、俺達が歓迎されないのは明白だ。

ましてや忌み子としてシアを一度は殺そうとした連中…アルテナには悪いが…

 

「向こうから来る…しかないよなぁ…」

 

「…うぅ~…」

 

 シアの耳があからさまに垂れて落ち込んでいるのが分かる。

何とかしてやりたいとは思うが、俺も森人族からかなり恨まれてるだろうしなぁ…

ん―――おっと、話が逸れたな。

 

「まぁこの話はまた別の機会に…んで、兎人達が村に移り住んだ直後だったか」

 

「私と父さまが、アゥータさんに帝都行ったのと入れ替わりで優花さんが来た…ですよね?」

 

「うん、それでブルックの町、商業都市フューレンを経由して宿場町ホルアドにあるオルクス大迷宮へハジメがいったっきり戻らなくて―――」

 

「私の話に繋がる。…出会った時、ハジメは死にかけだった」

「あ、ちょ待てアレーティアその話は―――」

 

「「はあああぁぁぁっ!!?」」

 

 俺の制止の声は遅かった。素っ頓狂な声を上げて席から立ち上がったシアと優花。

アレーティアは「あっ…」と呆けた顔のまま俺の方へと目を向ける。

うん…出来ればそこらへんの話は伏せて欲しかったかなー…ってもう遅いか。

 

「ハジメあんた死にかけたってどういう事よ!?さっき何も言わなかったじゃない!」

「いや、別に言わなかったのは聞かれなかったからであって―――」

 

「お体の方は大丈夫なんですか!?まだどこか痛む所とか…」

「大丈夫だって!怪我したのも随分と前だし…っつーかシア、お前もハンターなら俺らの体がヒトより頑丈なことくらい知ってるだろ!」

 

「で、でもそれで死にかけるって相当―――」

「そうよ!あんた、また無理してるんじゃないでしょうね!?」

 

「だああぁぁ!!お前ら落ち着けえっ!見ての通り、頗る健康的だから俺!…なっ!?だから、いったん落ち着いてアレーティアの話の続き聞けって!」

 

 まだ疑いの目を向ける二人に肩をブンブン回して健康ですアピールをする羽目になった。

余談だがアレーティア曰くあの時の俺は腹からモツが出てたらしい。流石に食事中(俺は食事後)でそんな生々しい話を出すのはまずいと判断してやんわり表現に留めてくれた。

 

 それからアレーティアは自身が教授に助けられた話から囚われていた経緯、それから俺、ルゥムさん、教授と一緒に真のオルクス大迷宮を進んで地上に出た話をした。

話の中に出てくるモンスターの名を聞くたびに、シアは目を真ん丸にして驚いていた。

…ほんと、よくあの地獄から下位装備で五体満足に生還出来たもんだよなー…

 

 アレーティアはゼノ・ジーヴァとの戦闘後、俺が落石でノックアウトされた話は黙っていてくれた。またそれで二人に騒がれたら堪ったもんじゃないという俺の思いを察してくれたのだろう。

そして――――――

 

「…ごめん、大迷宮の奥で何があったかは詳しく言えない…」

 

「…皇女様絡みのトップシークレット…って言えば分かるか?」

 

 シアは、とりあえず人に言えないような内容なのだろうと察してくれた。

優花はフューレンで聞いた話を思い出したのか、表情から動揺が伝わってくる。

…まぁ、その内容だけじゃ留まらないくらいヤバい真実が眠ってたんだ…とは言えない。

言ったら確実に二人とも驚きのあまりひっくり返る。

 

「それから転移の魔法でライセン大峡谷に移動したのが、つい昨日のこと」

「あ、それでハジメさん達があの時突然現れたんですね!!」

 

「そういうこった。…あー…それと…この話は言うべきか迷ってたんだが…」

「…なんのこと?」

 

「昨日のほら…湿地帯で会った奴のことだよ。園部はまだ知らないだろうから、一応警告くらいはしておこうかと思ってな…」

「「あぁー…」」

 

 フューレンの闘技場で会った時よりは表情が幾らか穏やかになっていたとはいえ、幸利のクラスメイトに復讐する意思は変わっていない。

それは当然、優花にも向けらている。…というか引き止めようとしたからある意味一番恨みが深い可能性も考えられた。

 

 俺としては友人の復讐を止めようとまでは思わないが、優花が殺されそうだったら助ける。

一度は救った命だし、俺にとってクラスメイトで数少ない理解者だ…死んでほしくはない。

結果的に幸利と敵対することにはなるが…それはあいつが魔人族の側に付いている時点で避けようのない運命だ。悔いが残らないよう全力で迎え撃つ。

 

「園部。実は昨日村から南に進んだところにある湿地帯で―――」

 

 俺がその話を言いかけた時、マイハウスの玄関の扉が控えめにノックされる。

会話を止めて俺は席を立とうとしたが、扉に一番近い椅子に座っていたシアが先に動いた。

 

「私が対応しますから、ハジメさんは話の続きを優花さんに…」

 

「助かるシア。―――それでその湿地帯で、清水の奴と遭遇した」

「ッ!?それ、本当なの…南雲」

 

「…魔人族と一緒に来てたから、何か目的があって来てたみたいだ。…これからこの村で過ごすのなら、一応警告はしておいた方がいいだろうと思ってな…」

 

 村の方にまで少数で攻めてくるとは考えにくいが、万が一ということもある。

支配種数体程度なら俺が出るまでもなくアゥータさん達が瞬殺するだろう。

魔人族の相手を帝国兵だけでやれるか難しいところだが、向こうはアレーティアの持つ魔法の戦闘能力を警戒していた。最悪の場合は彼女に協力して貰えれば勝負はこっちが優勢だ。

そこで話を切り上げ、シアが向かった扉の方へと視線を移そうとして―――

 

「――――――ほう、魔人族?随分と興味深い話をしてるな錬成師」

「…いま、なんて…?…清水君が…?」

 

「!!トレイシーさん…それに――――――」

 

 聞き覚えのある凛とした声の主、トレイシー・D・ヘルシャーが家の中に入ってきた。

彼女の背後で声を震わせながら現れたのは…今この村で俺が一番会うのを躊躇っていた相手。

優花が驚いた様子で弾かれたように席から立ち上がったのと、俺が声を発するのは同時だった。

 

「畑山…先生…」

 




 作者も忘れかけていたキャラ同士を繋ぐ要素をしれっと回収して今後に繋ぐ。
そして避けて通れぬ話し合い、原作ほど一方的ではないにせよギスギスするんだろうなぁと今から考えるだけで作者の胃が痛い件。
ちなみに清水君はクラスメイトが村に居ることは知りません。知ってたら即レイスさん達を無理やりにでも言い包めて襲いに来ます(なお、戦力差があり過ぎて勝てない模様)

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マイハウスでの話し合い


 ゲブルト村に神の使徒一行が到着した次の日の朝。
ハジメが優花、シア、アレーティアの三人と朝食を摂っている頃。
遠く離れた湖の町ウルの集会所に一羽の鳥が辿り着く。
ライセンの空を越え、夜通し羽ばたいて来た連絡鳥を労うように、ギルド職員が優しく顔を撫でると、鳥はうっとりとした表情を浮かべて泊り木へと飛んでいった。

 巻かれていた手紙の宛名を見て「あぁ」と納得した表情のギルド職員。
ここウルの町の集会所にハンターが訪れることは滅多になく、故にハンター同士で使用される連絡鳥もあまり飛んでこないのだ。

 受付嬢に手紙を持っていくとの言伝を残し、職員は建物の外へと出る。
湖の町ウル…いやハイリヒ王国全土は現在ヘルシャー帝国の支配下にあり、町の至る所を兵士が巡回して回っているのだ。

 だがウルの住民達は他の町と違って息苦しそうな雰囲気はなく、中には和気藹々と世間話に花を咲かせる住民と兵士の姿まで見受けられた。

(これも全て、あの人が居てくれるお陰なんだろうか…)

 手紙の宛名「リンネ」の名前を見てギルド職員はふと昔のことを思い出す。
ギルドで働き始めて数年が経ち、王国内の閑散とした集会所を転々としていた彼がウルへの配置決めを上司から告げられた時は正直気乗りしなかった。

 他と比べ、モンスターの被害が少ないハイリヒ王国で、危険な場所がウルだったからだ。
近くにあるウルディア山脈からモンスターが餌を求めて町の近くに現れる事もあり、ウルディア湖にも時々だが水棲のモンスターが出現する。

 ハンターは王国内で自分達が忌み嫌われている事を知って、活動を控えめにしており、緊急クエストという形で出さない限りウルにハンターが助けに来る事は滅多にない。
緊急クエストは文字通り緊急性のある依頼であり、それを受注して達成したハンターにはハンターランクの上限解放が義務付けられている。
更に報酬額も一般のクエストより高く、あまりに緊急クエストが多過ぎると本部からネチネチ嫌味を言われるのだ。

 それでもウルが現在も平穏を保てているのは、かつて最強と謳われた女ハンターが宿屋の女主人兼用心棒として居てくれるからだろう。
そんな事を思っている内に職員は水妖精の宿の前に来た。
扉を開けるとすぐに元気のよい女の子の声が聞こえてきた。

「いらっしゃいませなのー!」

(………あれっ?こんな可愛い従業員の娘、いたっけ………)

 彼の前に現れたのはエメラルドグリーンの髪を靡かせた十五、六歳の女の子。
背丈に対して大きめの双丘がぷるんと揺れて、思わず視線がそっちに泳ぐ。
―――が、彼も仕事で此処に来ていることを思い出しすぐに咳払いで誤魔化した。

「ごほん!失礼しました。―――私はハンターズギルドの集会所より手紙を持って参りました。リンネ様はいらっしゃいますか?」

「リンネお姉ちゃんにお手紙?うん、いま呼んでくるのー!」

(…なんというか、見た目より幼い感じがして…可愛い)

 等と心の中で呟いていると、すぐ後ろからトントンと肩を叩かれた。
一切気配を感じなかった彼がギョッとして振り返ると、また見知らぬ美少女が立っていた。

「ミュウがリンネ様を呼んでくるまで、此方でお掛けになってお待ちください」

「あ、あぁ…どうもご親切に…」

(また見たこともない女の子だ…髪、真っ白…いや銀?)

 先ほどの少女…ミュウの保護者兼宿泊客であるノイントに促されて職員はカウンター脇にある椅子に座った。
カウンターでは宿屋のオーナー(表向きはそうなっている)であるフォスが調度品を磨いており、にこやかに会釈する。

「どうもギルドの職員さん。騒がしくてすいませんね」

「いえ、そんな事は………新しい従業員を雇われたんですか?」

「あぁ、彼女達は正規の従業員じゃないんですよ。なんといいますか―――リンネさんのお知り合いの連れでして」

「………成程」

 詳しい事情を知らされていないのか、フォスの表情から職員はそれを察する。
程なくして二階に駆けあがっていったミュウが小走りで戻ってきた。
後に続いてリンネと、フードを被った女性が姿を現す。
フードから覗く艶やかな黒髪と特徴的な目元に職員はふと違和感を感じる。

(……あれ?あの顔つき……似たような顔を何処かで―――)

「やっ職員さんお待たせー!アタシに手紙って誰から~?」

「あ、はいっ!ええっと差出人は―――南雲ハジメとなっております」

「ええーっ!ハジメお兄ちゃんから!!?」

 受取人のリンネではなく、隣にいたミュウが大きな声を上げて驚いた。
その際に離れたところでフォスの手伝いをしていたノイント、リンネの後ろに立っていた黒髪の女性…ティオもピクリと反応する。

「そっかぁハジメ君から。―――ん、受け取るわ。ご苦労様」

「はい。―――では私はこれで」

 職員は手紙を渡すと、リンネ達に頭を下げて宿を後にした。
リンネは空いてるテーブルの一角にミュウ、ノイント、ティオの三人を座らせて見えるように手紙を開封して中を見せた。

「―――あら、ゲブルト村にいるのね彼」

「…ゲブルト村…ですか?」

 首を傾げるノイントを見て、そういえばとリンネは気づいた。
優花は知っていたが、この三人は村にいったことがなかった。
帝国領の端、ハルツィナ樹海の近くにある辺境の村だと伝えると―――

「…む、オルクス大迷宮は王国の町ホルアドにあった筈じゃ。何故(なにゆえ)ハジメは帝国の端から手紙を…?」

「さてね~…この手紙の文から察するに無事ではあるみたいだけど…」

 手紙の内容は要約すると勝手にオルクス大迷宮に戻って離れてしまった事への謝罪と出来るだけ早いうちにウルへ向かう事が書かれていた。
しかし…とリンネは思う。今は国の間で行き来するのが厳しい状況であり、いくらハジメがトレイシーから特別視されていても、すんなり此処へ辿り着けるだろうか?

(こりゃもう少し、この娘達の面倒を見てあげなきゃいけないわねえ…)

 この四人の中では年齢的に下から二番目(最年長がノイント、次にティオ、一番下がミュウ)のリンネが纏め役というのも変な感じだが…
今はどんな顔をしてるか分からない可愛い後輩に、再会したらなんて文句を言ってやろうかリンネは少しだけ考えるのだった。



 

 マイハウスの中に漂う雰囲気は、ハッキリ言って最悪なものに変化しつつあった。

それなりに美味しかった朝食の余韻は消え失せ、代わりに不快感が胸の奥から湧き出る。

口角が自然と下がり、無意識に視界が狭まっていく。

 

「―――く、ははっ!錬成師よ…こうなると雫から忠告は受けていたが、少し露骨すぎるぞ?」

 

「――――――申し訳ありません皇女殿下」

 

 目線の先が暗い表情の畑山先生(不快感の発生原因)からトレイシーさんへと向いた。

…彼女の言う通りかもしれない。人前でこんな表情を浮かべるのは些か失礼だろう。

右手で目元から口元まで覆い隠すようにして、指で目の端を優しくマッサージする。続いて表情筋の集まる頬肉を揉むようにして解すと、ようやくいつもの表情が戻ってきた。

 

「失礼しました。…此方に来た…ということは―――」

 

「あぁ、昨夜ギルドの者が私の所へ来てな。…話を聞いた時は我が耳を疑ったが…それの真偽を確かめるついでに、余計なことかもしれないがお前の抱えていた問題を解決する為、この者の随伴として此処に来た」

 

「ご足労頂き恐縮です。大したものはありませんが持て成しの準備を―――」

 

「不要だ。断りもなく押しかけたのは此方なのだからな」

 

 俺がトレイシーさんと話している間、畑山先生は信じられないものを見るような目をしていた。

以前の俺なら同じ敬語で話していても、こんな真剣な表情をしなかったからだろう。

恥ずかしい話だが、家族にもこんな顔で話したことは一度もない。

 

―――と、後ろで俺達の話を聞いていたシアが恐る恐る口を開く。

アレーティアはまだ口を開くタイミングではないと察してか、椅子に座ったまま寛いでいる。

 

「あ、ええっと…私はお邪魔でしたら退席した方が…宜しい…でしょうか?」

 

「フム……そうだな。これから話す内容は、情報を持つべき者だけに絞りたい。兎人のハンター、すまないが少しの間外で待っていて貰えるか?」

 

「は、はいぃぃっ!」

 

 相手が皇女様ということもあって、シアは委縮して小刻みに震えていた。

彼女の震えに合わせて耳と尻尾がピクピク動いていたのにちょっとだけ視線が吸い寄せられる。

食器をそそくさと片付けてから、シアは俺、優花、アレーティア、トレイシーさん、畑山先生の順に頭を下げてピューッと擬音のつきそうな勢いでマイハウスの外へ出ていった。

 

「―――あっ…それじゃアタシも「いや待った」っ…南雲?」

 

「トレイシーさん。シアは今回の件に無関係でしたから退出させましたが、園部に関しては後者…俺が抱える問題の解決に必要な存在です。この場に同席する許可を頂けないでしょうか?」

 

「フム…話を早く終わらせて貰えるなら、此方としてもありがたい。…よかろう、同席を認める」

 

「ありがとう御座います」

 

「ちょ、ちょっと南雲!?そんな急に「園部…頼む」―――っ!!」

 

 いきなりの事で混乱する優花に目を向け、次に暗い面持ちの畑山先生を見て促す。

優花はハッとした表情になり、俺が言わんとしている事を察して首を縦に振る。

 

 俺の抱える問題については、優花に中立の立場として居て貰わなければならなかった。

畑山先生が俺に対して何を言い、俺がなんて答えるかは想像に難くない。

そんな中で俺の言葉に足りない部分があった時、即座にフォローを入れられるのは、クラスメイトの中で唯一(この場にいない幸利を除き)本音を話せた優花だけ。

逆にいま精神的に参っているであろう畑山先生のフォローをして、その意思を汲んであげられるのも誰よりも先生を思いやっている彼女しか適任はいないだろう。

 

 大迷宮で俺達が知った話は俺の個人的な問題を片づけた後でしっかり話し合えばいい。

トレイシーさんが連れて来たとはいえ畑山先生はシア同様、完全な部外者なのだから。

優花も同じ事が言えるし、何よりも………今の彼女には刺激が強過ぎる話だ。

 

「…分かった」

「…助かる」

 

「―――さて、まずは話の前に初対面の者同士、自己紹介を済ませておこうか?」

 

 そう言ってトレイシーさんは家の中心に向かってゆっくり歩みを進める。

椅子に座っていたアレーティアが立ち上がり、彼女と向かい合う形で片膝をついた。

 

「この国の皇女殿下とお見受けします。私の名前はアレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール…ここより遠く離れた地の底のオルクス大迷宮で囚われの身となっていたところを、ハンター達に助けられ、帰る国も行く宛もなく、今はそこにいるハジメの供をしております。断りもなく領地に踏み入ったご無礼、どうかお許しを」

 

「帝国皇女トレイシー・D・ヘルシャーだ。…かつて一つの時代に極限の栄華を築いた一族の生き残り、亡国の姫とこのような形で会えたことを嬉しく思う。領地に踏み入った件は気にせずともよい。狼藉を働いたとなれば捨て置けぬが、貴殿がそのように振る舞う等と私は思っておらぬのでな。…面を上げよ。貴殿の入国を歓迎しようアレーティア殿」

 

 深々と頭を下げたアレーティアに対し、トレイシーは柔和な笑みで手を差し伸べる。

それを両手で包み込むようにして、彼女は言われた通り顔を上げて同じく頬を緩めて微笑んだ。

 

「皇女殿下の寛大な御心に、深く感謝申し上げます。…それと早速ではありますが、今後私のことはアレーティアと…呼び捨てにして頂いて構いません」

 

「…了解だ。私のことも気軽に名前で呼んでくれないか?敬語も必要ないぞ()()()()()()

 

「…ん、分かった。これから宜しく()()()()()

 

 年齢的にはアレーティアが圧倒的に年上なのだが、両者の振舞いは身長差を除いて国を統べる立場にあった者の威厳(カリスマ)に満ち溢れている。

すぐ横で傍観していた俺は、二人が言葉を交わす僅かな間に圧倒されていた。

 

 

「―――フム、私は此処で傍観に徹するつもりだが…錬成師、お前とはかつて交わした約束があるな。言い返す言葉に詰まった時は目線で私に合図を送るといい」

 

(…願わくば初手からトレイシーさんに圧力掛けて貰って完封したいところだけど―――)

 

 椅子を二人分、部屋の隅に置いてトレイシーとアレーティアが腰掛ける。

気を利かせた優花が用意してくれた茶器を持ち、二人は俺と畑山先生を交互に見ていた。

俺は畑山先生と向かい合う形で座り、優花が奥の誕生日席に座って場は整う。

 

(…さてと…畑山先生から口を開くまで待つか…いや、此処は敢えて―――)

 

「先生」

「―――ッ!」

 

「これから話す事は、俺にとって()()()()()()()です。だから、先生が俺にどれだけ思いやりのある言葉を掛けたとしても、俺の意思は変わりません。それでも先生は俺と話がしたいですか?」

「………」

 

「なっ…南雲、流石にアンタそれは―――」

 

 冷酷に思われるかもしれないが、分かり切っている答えを先に出した方が後が楽になる。

顔を上げて、ようやく真正面から俺を見た畑山先生の目元に、薄い隈が出来ていたのにこの時初めて気づいた。…生徒が死んでるんだし…当然っちゃ当然の反応だが…やっぱり強いなこのヒトは。

窶れきって、全てを投げ出したくなるような状況に置かれても…()()()()()()()

 

 慌てて制止の声を掛けようとした優花にチラと視線を向ければ、彼女はすぐに口を閉ざす。

まだ話は始まってすらいない。ここで止められてしまったら全てが無意味になってしまう。

 

「…話を…聞いてくれますか?」

「ええ。その為にわざわざ来てくれたんですよね?」

 

 それから畑山先生は胸に手を置き、大きく息を吸ってから表情を切り替えた。

ずっと前から…学校に居た時から時々見ている。真剣な話をする時の表情だ。

 

「―――先生(わたし)は南雲くんに謝らなければならないと思っています」

 

「…俺だけ…ですか?」

 

「…いいえ。いなくなってしまった清水くん、死んでしまった檜山くんと中野くん。大怪我をした天之河くんや坂上くん…生徒の皆さんに対して…謝っても許されない事を、先生はしました」

 

「………」

 

 畑山先生がしている罪の告白。

それは「生徒達が危険な行動を取ろうとした時、咄嗟に止められず、挙句の果てに生徒達の行動を他人任せにしてしまった教育者兼保護者としての怠慢」だった。

 

 俺は何度となく思った。

あの時、召喚された時にイシュタル教皇の甘言に乗せられて、暴走した天之河とそれに賛同した生徒達を無理やりにでも止めていれば…こうはならなかったんじゃないかと。

 

 他人より恵まれた天職とステータスを与えられた事で、神の使徒等と仰々しい呼び名で呼ばれたことで自分達を特別な存在か何かと錯覚し、傲り昂った檜山達に俺が虐められることはなかったかもしれない。

その中で劣等感に苛まれた俺が、死を覚悟して神の使徒を出て行かなかったかもしれない。

俺がいなくなった事で虐められ、いなくなった清水も残っていたかもしれない。

オルクス大迷宮に挑むことはなく、無駄な犠牲を払わなかったかもしれない。

 

(―――だけど、そうはならなかった)

 

………そうだ。所詮これは只の可能性の話に過ぎない。

逆にあの時、もし畑山先生が戦争をさせない選択肢をイシュタル教皇に突きつけていたら、先生か…戦争参加を拒んだ生徒の何人かは教会に消されていたかもしれない。

俺がもっと酷い目にあっていた可能性だってある。

 

 全ては「~していれば」「~だったら」過ぎた事への後悔でしかなかった。

時間を巻き戻すことは不可能であり、今を変えることは出来ないのだから。

 

―――だからこそ、このヒトは「あの場で自分が()()()()()()()()()()()」を悔やんでいる。

 

「ごめんなさい…本当に…ごめんなさい…っ」

 

 つぅ…と畑山先生の瞳から涙が溢れて頬を伝い、スカートの上に一粒が零れ落ちた。

俺は何も言わず、ただ黙って彼女の謝罪を聞くだけに徹する。

だが一緒に聞いていた優花は耐えきれなかったのか、席を立って畑山先生に縋りつく。

 

「先生が―――愛ちゃんだけが悪いんじゃないよっ…!私も、他の皆も…っ!先生の言葉をちゃんと聞いて…あの場で冷静になって、考えを出せていれば…こんな事にならなかった!…だからっ…愛ちゃん一人で、抱え込んじゃ…ダメだよっ」

 

「……園部さん」

 

(お前の言う通りだ園部。けどな…お前だって、抱え込んでただろ…)

 

 友人たちと再会出来て、少しは心の余裕が出来るだろうと思っていたが甘かった。

言葉にして指摘することはなかったが、優花の精神も未だ完全に回復しきっていない。

同じく精神的な方で重傷だった筈の八重樫があそこまで回復して振り切れたのは、何かきっかけがあったのかもしれない…参考までに聞いておくべきだったか…

 

 畑山先生が泣き止むのを待って、俺は乾いた唇で閉ざしていた口を開いた。

 

「先生の謝罪は受け取りました。現状、俺に先生を非難する意思はありません。勝手に使徒を辞めて帝国の下に付いた俺が言うのもなんですが…今、先生たちに必要なのは休息だと思います」

 

「…休息…」

 

「はい。―――俺がこの村に来てから、今のハンターという肩書を得るまで。俺にとって一番幸せだった時間は、村の人達と一緒のテーブルを囲んで、楽しく喋りながら食事を摂る事と、ベッドで静かに眠る事でした。…先生とクラスの皆には、それが必要です」

 

「南雲くん…」

「南雲…」

 

(まぁ天之河と近藤達はそこに含まれないまま、野垂れ死んでしまえと思ってるけどな!!)

 

―――等と心の悪魔が邪悪な囁きをしてくるが、そこは敢えて空気を読んで黙っておく。

 

「この村の人達は異世界人だ神の使徒だと、貴女達を特別視する事はありません。この世界に於けるほかと変わりない只の個人として、村の為に働いてくれるなら…それだけでありがたいんです」

 

「………ッ」

 

「先生…南雲の言ってることは間違ってないよ。この村の人達はみんな優しいから…今は少し私達も先生も…休んだ方がいいんだよ…きっと」

 

 初めてこの村で目覚めた時、使徒である以前に一人の少女として温かく迎え入れられた優花。

彼女の言葉には言葉以上の体験による説得力が含まれていた。

先生の謝罪を受け入れて、彼女と優花が落ち着くのを待ってから続きを話す。

 

「園部には話していますし、先生も彼女から聞いていると思いますが…念のために俺からも直接伝えておきます。…近いうちにこの村を出て、オルクス以外の大迷宮へと向かいます」

 

「ッ!?そ、それはダメです南雲くん!危険過ぎます!!」

 

 顔を上げて毅然とした態度で反対する畑山先生。

…当然の反応だな。これ以上、生徒を危険な目に遭わせたくないのだろう。

けれど―――対する俺も真剣な表情で言い返す。

 

「大迷宮が危険な場所であると、百も承知の上で言っているんです。ハンターになった時から常に死と隣り合わせの生活を送ると、覚悟はしてました。それに―――これはまだ一部の人にしか言ってませんが、俺はオルクス大迷宮を完全攻略しています」

 

「なっ!?」

「………」

 

 畑山先生は驚きのあまり目を見開いて言葉を失った。

先にアレーティア達と話していた優花は俺らが地上へ戻ってこれた話を聞いて、なんとなくそれを察していたのだろう。大した動揺は見せなかった。

トレイシーさんが口端でニィと笑い、アレーティアは視線を明後日の方に向ける。

 

…我ながらズルいとは思うが、俺は先輩ハンター達(ルゥムさん、教授)に助けられて大迷宮から出て来れたのだ。

先生が真実を知らないのを良い事に、ちょっとだけ事実をぼかして伝えた。

 

「現状、大迷宮が故郷へ帰る唯一の手段だと仮定して、これに挑まない理由はないでしょう。時間が長引くほど、戦争に巻き込まれて死ぬ確率だって上がるんですよ?多少のリスクを冒してでも、大迷宮に挑む価値はあると思います」

 

「それは…!確かに、そう…かもしれませんが…っ―――」

 

「安心して下さい先生。なにも俺一人で大迷宮に挑む訳じゃありません。他のハンターや冒険者にも協力を仰いで、万全を期すつもりですよ。神の使徒(天之河達)と同じ轍を踏むつもりはありませんから」

 

「………」

 

 畑山先生は何も言い返せなくなって下を向いた。…舌戦と呼べるほどのものではなく、ただ一方的に俺が言いたい事を言っただけかもしれないが…これで諦めてくれれば良いのだが。

優花に視線を向けて「話は終わりだ」と伝える。

彼女も何か言いたそうにしていたが、やがてゆっくりと首を縦に振った。

 

「―――さて、私の出る幕はなく問題が片付いたと見ていいか?」

 

「俺はそのつもりです。…先生はどうですか?」

 

「…南雲くんの言葉に、返す言葉が今は思いつきません。ひとまずは南雲くんの意見を尊重しようとは思います…ですがッ―――」

 

「分かってますよ。先生を心配させるような危ない目には遭わないよう努力します。何でしたら月に一度か週に一度、他の土地に行っても俺が無事だと分かるように手紙でも送りますか?」

 

「…そうして頂けるのであれば…」

 

「ありがとう御座います。それじゃ先生―――」

 

 もう用は済んだと言わんばかりに席を立って玄関の方へ歩いていく。

優花に伴われて、暗い雰囲気のまま畑山先生は退出しようとして―――

 

「…最後に聞かせて下さい。…その、さっき清水くんがどうとか話していたのは…」

 

「…あー…聞いてしまった以上は答えないわけにはいきませんよね。…正直アイツはもう先生達と分かり合えない場所に居るんですよ。魔人族の協力者、使徒の裏切者として…自分を虐めていたクラスの連中に復讐する為にね。…それで、その清水がこの村の近くにいて俺が偶々出会ったので、園部に気を付けろって警告してたんですよ。―――話はこれでお終いです先生」

 

 最後の超爆弾発言で、ついに畑山先生は絶望一色に染まった顔をする。

優花は何も言えず、ただ彼女の肩に手を置いて「いこう先生」と促していた。

出来るだけ誤魔化しておきたかったんだが…まぁ、いつかバレるしな。

後々になって知るより、今の内に知って後でちゃんと答えを出せるようになっておいた方がいいだろ。…その事実に耐えられるかは別だけど。

 

…あの人のメンタルケアが出来そうな人がいないか…村長に相談してみるか…

と、二人が居なくなった後でトレイシーさんが意外そうに笑う。

 

「…フフッ!神の使徒を嫌悪している割には、優しく接しているじゃないか?その態度はまるで、以前お前が話に聞かせてくれた()()()()という奴そのものではないか」

 

「うへっ…勘弁してください…男のツンデレとか誰も得しませんよ。…まぁ、昔はあんな顔をするところなんて想像も出来ないような女性(ヒト)でしたから。…そうなっちまった原因が俺にもあるって思ったら、追い打ちかけて心折るのだけは避けたかった。…それだけですよ」

 

「そうか。―――では例の件について詳細な報告を聞こうか」

 

 トレイシーさんが目を細めた瞬間、部屋の温度が下がったような気がした。

口元は余裕の笑みを浮かべているが、目だけは笑っていない。

流石の俺も僅かに息を詰まらせて、一度咳払いをして意識を切り返す。

オルクス大迷宮で、オスカー・オルクスが伝えてくれた話をする。

 

 トータスの滅亡、世界の終末装置、大陸の西で語り継がれる御伽噺、東の民に伝わるわらべ歌。

何も知らない人に話せば荒唐無稽な話だと笑われるかもしれないが、ハンターと深く関わっているトレイシーさんは徐々に表情を険しくさせていった。

 

「…反逆者…いや解放者と呼ぶべきか。まずは彼らに敬意を表するべきであろうな。命絶えようともこの話を後世にまで伝えてくれた事に…」

 

 その通りだった。オスカー・オルクスが教えてくれなかったら、よしんば俺は故郷へ帰れたとしてもこの世界に住む人たちは一人残らず死んでしまっていた。

改めて隠れ家の庭にぽつんと建てられた墓の下に眠る主に感謝する。

 

「御伽噺にわらべ歌か…帝国の歴史を研究者達を総動員させて、ハンターズギルドに協力を持ち掛けたとして…真実に辿り着けるかどうか…。…あの男は何か言っていたか?」

 

「あの男…教授の事ですか?」

 

「あぁ。奴は例外の中でも一、二を争う卓越した頭脳の持ち主だ。あいつ程の者がその屋敷で調べた情報から何も得られなかったとは考えにくいが…?」

 

「…古龍種、それに近いモンスターが滅びの元凶かもしれないと言っていた」

 

 横で聞いていたアレーティアが先に答え、俺は別の話をする。

 

「キョダイリュウ、デンセツ、ヨミガエル…古い文献の中で記されていた三つの単語です。安易な発想に過ぎませんが、天と地を覆いつくすほどの巨大なモンスターだと俺は考えました。ギルドの記録に残っているモンスター以上の、何かであると…」

 

「…あの老山龍よりも巨大な竜か…想像したくもないな」

 

 ラオシャンロンを越えるサイズともなれば狩猟は困難を極めるだろう。

それにラオシャンロンはあれで特殊な生態を持っていない古龍だったから狩れただけで、その伝説の存在がそれを遥かに上回る力を持っていたら手に負えない。

俺が今まで出会って来たモンスターで例えるなら、ラオシャンロンを越えるサイズでバルファルク並の戦闘能力を有し、ベヒーモス並みに凶暴という事になる。

 

「…これ以上の目ぼしい情報は得られませんでした。教授は、他の大迷宮にも潜れば新しい文献が見つかるかもと言っていましたが…」

 

「大雑把な場所が判明しているのは樹海、大峡谷、火山、雪原の四カ所」

 

「前者は此処からそう遠くない…三つ目の場所も分かる。だが四つ目の場所は少々厄介だな」

 

 シュネー雪原は人間族と魔人族が主戦場としている場所だった。

足を踏み入れた事があるハンターは例外の人達でもごく僅か。

モンスターの強さも未知数であり、魔人族に襲われたら一巻の終わりだ。

…都合が良すぎるとは思うが、この話を魔人族側にも伝えて一時休戦とか…

 

「無理だろうな。連中が信じるとは考え難い」

「ん、そこは私もトレイシーと同意見。両方を相手にするしかない」

 

「ですよねぇ―――てか、しれっと俺の心を読まないで下さい」

 

 しかし二人は何も言わず、俺のツッコミはスルーされた…チクショウ。

まぁ、我ながら甘い考えだと思ってはいる…いるが…そう思わずにはいられない。

世界を滅ぼすかもしれないほど強大なモンスターを相手しながら、魔人族との戦争も進めなきゃいけないってのはハッキリ言って人間側がハードモード過ぎる。

モンスターがいる時点で大分ハードだけど、状況が悉く悪い方向に転がっていた。

 

「そう悲観的になるな錬成師。王国と教会を黙らせただけでも、我々としてはかなり良い方向に事が進んだと思っている。今後、お前達の活動が連中に脅かされないだけでも十分過ぎる収穫だ」

 

「それは…たしかに、そうかもしれませんね。…改めてありがとう御座います」

 

「…前から思ってたけど、その王国と教会は人間側がこれだけ追い詰められていたのに生活も態度も余裕綽々だったって…同じ人間としてどうなの?」

 

「…そう言われると、我々にとって魔人族よりも厄介な存在だったか」

「採取クエスト中に邪魔する小型モンスター並にウザい奴らだな」

 

 俺とトレイシーさんから返って来る答えを聞いてアレーティアの顔が引き攣る。

いや、これでもギギネブラの皮くらい分厚いオブラートに包んだ表現なんだぜ?

あのお姫様には悪いけど、王国に居る間の記憶で碌なものがないんだよ。

…そういや聞きそびれてたけど、リリアーナ王女は生きているんだろうか?

 

「トレイシーさん。…これはあくまで興味本位に過ぎませんが、革命の騒ぎで国王エリヒドが死んだのは聞きました。…他の王族は…」

 

「リリアーナの奴はアンカジ公国に人質という体裁で連れていかれた。ハイリヒ王国は王位継承権を息子のランデルに譲り、女王ルルアリアが補佐しながら現状帝国の属国という事になっている」

 

…ランデルって確かまだ小学生くらいの子供…だったよな?

それに王位を継がせるって……うん?……あぁ、成程そういう事ね。

帝国にとって都合のいい傀儡政治を敷かせるなら、確かにうってつけの相手だ。

リリアーナ王女だと無駄に知恵が回りそうだし、弟の方が適役っちゃ適役か。

しかし女王ルルアリアの方は大丈夫なのか、自分の旦那殺した相手にすんなり従うか普通?

 

「その心配は不要だ。女王ルルアリアは下級貴族の出、その血は王族から程遠く亡き先王と比べて貴族連中からの人望は薄い。思慮深く、自分の命より子の未来を思う母親の鑑だ。反抗すればどうなるか分かっていて、その危険を冒すほど愚者ではないさ」

 

「…成程」

 

 もう心の声を読まれることにも慣れて―――いや、慣れねえな!?

俺もなんかルゥムさんみたいな無表情で生活できるよう訓練するべきか?

…いや実用性がないし、多分どこかで挫けそうだからやめておこう。

 

「―――ハジメ、話が大分逸れてる」

 

 アレーティアに言われて気付く、終わった国の話なんかしてる場合じゃなかったな。

あの屋敷で考えていたことを、この際だからトレイシーさんに尋ねておく。

彼女の返答次第で、さっき畑山先生に俺が言った言葉は嘘になるからな…

 

「トレイシーさんは現状、大迷宮の探索を誰に任せるつもりなんですか?」

 

「む?そうだな…他の大迷宮がオルクスと同じようなものであれば、やはり例外の奴らに一任するのが良いと思っているが…どうした錬成師、何か言いたそうだな」

 

「―――やっぱり、それくらいお見通しですか。…正直に言います…俺がギルドに提出した物の中で、大迷宮の探索に必要な攻略の証とされる指輪の所有権を頂けないでしょうか?」

 

 無理は百も承知、玉砕覚悟でそのお願いを口にした。

彼女は暫く真顔でジッと俺の顔を見つめていたが、やがて得心がいったのかニヤリと笑いながら、指で机の上をトントンと叩く。

 

「――――――フッ、そうか。言われてみれば…あの指輪、いや大迷宮の情報はお前が喉から手が出るくらい欲しているものだったな。しかし…それが()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ッ!!それ、は――――――」

 

 トレイシーさんの問いかけに、俺は即答する事が出来なかった。

世界の命運を左右するかもしれない大迷宮の調査に必要不可欠な指輪。

それを駆け出しのハンター如きに預けるなんて普通あり得ない話だ。

その時、言葉に詰まった俺の横で静かに見守っていたアレーティアが口を開く。

 

「…ハジメに託すのが一番良い選択とは言えない。けれど…私は知ってる。駆け出しである筈のハジメが、オルクス大迷宮から生還出来た事を」

 

「アレーティア…」

 

「確かにそうだな。だがそれはあの二人が居たからではないか?」

 

「それはそう。だけど、あの二人が大迷宮を攻略する結果を生んだのは、ハジメが使徒達を助けるために動いたから。ハジメがオルクス大迷宮攻略の立役者とも言える」

 

「…他の大迷宮でも、そうなる。…お前はそう言いたいのか」

 

「可能性は大いにある。…ううん、寧ろ…()()()()()()、可能性は他よりずっと高い」

 

「――――――フム。この短期間で、随分と錬成師に信頼を置いているのだな?」

 

「生きるか死ぬかの場所で背中を預けた。信頼があって然るべき」

 

 二人が俺の事で話してる間、俺自身は一度も口を挟むことが出来なかった。

トレイシーさんは再び値踏みするような目で俺とアレーティアを見比べる。

やがて口元にいつものような笑みを浮かべて口を開く。

 

「―――ふ、くくっ!()()()()()()―――か。成程、妙に説得力のある言葉だ」

 

「…トレイシーさん…」

 

「…ま、この場で返答は出来ぬ。この情報を一度帝都にいる皇帝の下に持ち帰らなければならんのでな。お前達には近いうち、帝都に来て貰う…そこで答えるとしよう。異論はないな?」

 

「…はいっ…!」

 

「アレーティア、お前もそれでいいか?」

 

「ん…それが妥当。無理を言ってるのはこっちだから」

 

 こんな形でトレイシーさんとの話し合いは終わった。

去り際に「昼前には村を発つ。雫にも別れの挨拶を済ませておけ」と言われたのだが…

まぁ、達者でなくらいは言っておいてやるか。

 




 平日にちまちま書いてる奴に直して付け足してを繰り返したらこんな文字数になってしまった…一部内容が重複していたら申し訳ないです。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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特別任務「ハルツィナ樹海ツアー」①


 畑山愛子という女性は、ごく普通の家庭に生まれ、平凡な人生を送ってきた。
平凡という二文字で一纏めにはしているが、当然その日々には辛い事や苦しい事もあった。
乗り越えて人間的に成長する事もあれば、後悔して今も引き摺っている失敗もある。

 数えられるくらいの友人は歳を重ねる毎に疎遠になっていき、兄妹も同然に育っていった幼馴染とも教師になる為に故郷を出ていったっきりまともに顔も合わせていない。
百を超える生徒達と顔を合わせ、それぞれに合わせた話をしながら教師間の良好な関係も保つ。
大人になれば、否応なしに時間の流れを早く感じるものだ。

 幼い頃の趣味は両親祖父母と一緒に農作物を収穫したり、野山で男の子たちに混じってわんぱくに遊ぶ事だったが、それも成長に合わせて記憶から薄れていき…忙しい日々に追われる内に趣味と呼べるものすら無くなっていた事に気づいたのはつい最近の事だった。

 読んでいる本は小説から小難しい学術書や教育者向けの教本に代わり、料理は自炊をする気力がなくなって次第にコンビニ弁当で済ます事が多くなっている。
外に出るのは生活必需品を買うついでに女としての身だしなみを整える時くらい。
休日なんてものは教師にとって無いのが当たり前というもの。

 教師になった志望動機など本人はとうに忘れた。
研修生だった頃はそれなりに夢や理想があったのかもしれないが、教職に就くという事が現代日本に於いて如何に厳しい道であるか身を以て知った時には本心と建前が反転していた。

 生徒第一に考え、事なかれ主義に尽くし、保護者達から煙たがられないよう上手く立ち回る。
まさに現代日本の教育機関が是としている理想の教師像ではないか。
学校で起きている虐め?生徒の自殺?不登校問題?
そういったものは教師という個人の後ろに控える大規模な組織が情報操作で有耶無耶にすれば世間から暫くバッシングを受けてもすぐに鎮火する問題だから見て見ぬフリで通せばいい。

 愛子がまだ若いから、経験不足というのも理由の一つだが、そういった教育者の()()()()をよしとしなかったからクラスの担任になれなかったのだろう。
責任感が強く、真面目で人当たりの良い彼女が教育者として高い評価は貰えない。
()()()()()()ほど問題を起こす火種になりかねないからだ。
中途半端に生徒と向き合うだとか、子供達の為だからとお節介を焼いた結果が不平等を生徒達に感じさせ、不満を募らせ、学校内の秩序を乱す事になる。

 彼女の上に立つ管理者達…学校で云うところの教頭や校長は口に出せばセクシュアルハラスメントとして自分達が批判されるだろうから言わなかったが、体が小柄な愛子のような教師は、今時の発育の良い子供たちから過小評価される傾向にあると思っていた。

 教師は威厳…とまではいかないが、生徒に模範的な大人として見られる必要があった。
それは頭の良さや体の大きさといった単純な要素でしか表現出来ないものだ。
だから半ば泣き寝入りのような結果になったとしても、いじられキャラで通すしかない。
そうすればいざという時に教師としての責任を追及されても多少の温情が与えられるからだ。

…結局のところ、愛子は理想とする教師の姿とありふれた教師の実態の境界線に立っていた。
それが裏目に出て現状を取り巻く環境が追い打ちをかけるように彼女を苦しめている。

―――故郷へ帰ったとしても、自分に待つ未来が如何なる地獄にも匹敵しうる辛い現実である事も、愛子はなんとなく察しているのだろう。

……いっそ死んだのが生徒ではなく()()()()()()()()()()()()……

 そんな心の独り言に、彼女は気づいていないフリをしている。
だが悲しきかな。人に嘘をついたり、人を騙したりすることのできない人間が、自分自身の本心を欺くことなど到底無理である。



「「………………」」

 青空に浮かぶ太陽が煌々と大地を照らし、ゲブルト村は活気に包まれている。
そんな村の中で彼女達…優花と愛子だけが暗い面持ちで寝泊まりしている家に向かっていた。
愛子は自分が思い詰めていた事で生徒達を安心させるどころか、まったくの逆で心配されてしまった事で不甲斐ない自分に苦しんでいる。

 優花は並んで横を歩き、時折何かを口に出そうとして暗い表情の愛子を見て黙るを繰り返した。
愛子を慕う一方で、ハジメの事も大切に思っているからこそ複雑な気持ちになってしまう。
理想は両者が和解する事だが、それがどれだけ難しい事かも優花は十分理解している。
だからもし自分が余計なことを言って事態を悪い方向に動かしてしまったらどうしようと、不安で堪らず愛子に対して何も言えなかった。

 思考と感傷にばかり意識を向けていたせいで、愛子はガッと足元の石に躓いてしまう。
「あっ!?」と声を上げた時、反射的に優花も彼女の手を離してしまった。
彼女が前のめりに倒れようとした瞬間―――ザッ!と前の方から地面を蹴る音がして―――

「おっと…大丈夫かいアンタ?前方不注意だぜ」

「…ッ…あ、ありがとう御座います…!?」

 ハッと我に返った愛子の体を支えたのは赤い髪のポニーテールの青年…アゥータだった。
愛子の体を片手で軽々支えられる彼の逞しい腕の感触に彼女は思わずドキリとする。
耳元に光るピアスを揺らしながら、彼女を立たせてからアゥータは口を開く。

「よっ、昨夜以来だな作農師の先生さん。朝から何処かへお出かけかい?」

「…え?…ぁっ…その…」

「あ、アゥータさん。私達は―――」

 もしかして村から逃げ出そうとしたのかと暗に疑われていると思った愛子は青褪めた。
隣にいた優花もそれを察して慌てて弁明しようとするが、さっきの事を言えず口ごもる。
この村で一番偉い村長アボクの孫である彼に悪い印象を持たれるのは不味い。
村八分というものの恐ろしさを出身地が田舎である愛子はよく知っていた。
だがアゥータはニヤついた表情のまま、口元に手を当てて笑い出す。

「ぷふっ、くくくっ!心配すんなって、そんなに身構えなくても…ハジメのマイハウスからあんた等が出て来て、暗い顔で歩いてる一部始終を見てた。何があったか容易に想像がつくよ」

「…アゥータさんは、ハジメ君から事情を聞いているんですか?」

「あぁ。園部の嬢ちゃんが姐さんと村に来た時、ハジメが話してたのを横で聞いてたからな」

 それを聞いて愛子の表情はまた暗くなる。
優花が死にかけた時、自分が何も出来なかった事を思い出したからだ。
横で当の本人が心配そうに見守っているのにも気づかず、思いつめる愛子。
アゥータはそんな彼女の姿を見て僅かに口角を下げて黙っていたが…

「――――――まぁ、この件に関しちゃ俺は首を突っ込まねえよ。てかそんな事したのが姐さんにバレたら間違いなく殺される…。強いて言うなら、俺はこの村の味方だ。()()()()()()()()()()

「……えっ?あっ―――」

「ちょ、アゥータさん!?何処に―――」

 突然愛子の手を取って歩き出したアゥータ。
慌てて優花はそれについていくが、向かう先は家とまったくの別方向。
彼の視線は昼夜絶えず煙突から煙を出し続ける村で一番賑やかな建物に向けられていた。

「ついでに言うと俺は、女の悩みを放っておけない主義でね…」

「な、なにを言って…?」

「まぁいいから任せなって。作農師の先生」
 
 彼の不敵な笑みに対し、愛子は困惑しながらただ首を縦に振る事しか出来なかった。



 

「ハジメ。今日の予定は決まってる?」

 

「ん?いや…特に決まってはいないが…」

 

 トレイシーさんとの話し合いが終わって、シアが戻ってくるまでの間。

アレーティアと食べ終わった食器と使った調理器具を洗っていた。

洗剤なんて便利なものはこの世界にないから、水とタワシっぽいものを使って丹念に汚れを落としてから風通しの良い場所に洗ったものを置いて乾かす。

そんな中で彼女から聞かれた事に対し、少し間を置いて答える。

 

「昨日は色々と邪魔されてちゃんとクエストが出来なかったからな…シアの実力を改めてこの目で見てみたい気もするが…」

 

「…それなら私は村の中を見て回りたいから、今日は別行動」

 

「…いいのか?村の人達に挨拶するなら俺も一緒に―――」

 

「子供じゃないから、そういう気遣いは不要。ハジメは自分のやりたい事を優先して」

 

 アレーティアに言われて心の中で確かに…と納得する自分がいた。

大迷宮からずっと一緒に居たから常に離れず行動するべきと思っていたが、彼女が村の中を出歩くのに一々俺が付いていく必要はないだろう。既にトレイシーさんとの面識があるし、俺の連れだって言えば大抵の人は納得してくれる。

 

 それに…自分でも言っていた通り、昨日のイレギュラーもあってシアのハンターとしての腕前を、きちんと見れていなかったのが気にかかっていた。

欲を言うなら昨日からずっと抱えている悩みを解決するヒントも狩りの中で得られる筈だ。

世界存亡の一大事を、とりあえず頭の片隅に置きながら普通のハンターとして、本来あるべき姿とこの村で過ごしてきた普通の日常に戻ろう。

 

「分かった。それなら俺は夕方まで集会所の方にいってる」

 

「ん、昼食は各自で…夕食は私が作る」

 

「決まりだな。それじゃ洗い物も済んだし…いってくる」

 

「いってらっしゃい、ハジメ」

 

…なんというか…こう…実家で家族と話してる感覚でフランクに今日の予定とか話し合ったが…

本来こういうのって付き合ってもいない男女が一つ屋根の下で交わす会話の内容なのか!?

か、勘違いしてる訳じゃないぞ?俺みたいな凡庸さが取り柄の男が、アレーティアみたいな美少女とそんな関係になるとか…あったらそりゃ嬉しいけど、普通に考えてあり得ないだろ。

 

「………恋人の会話みたい………って思った?」

 

「んなっ!?あ…いや、俺はそんな事―――!」

 

「…フフッ冗談。ハジメ、顔真っ赤にして可愛い」

 

「~~~っ」

 

 こんにゃろう!!人が初心だと分かってて弄りやがったなぁ!!?

いつか絶対に立場逆転してみせるからな…と思ったけど、内心無理だなと思っている。

恐らくこれから先も俺は余裕のある年長者には敵わないのだろう。

 

 

「あっ…ハジメさん!お話、終わったんですね?」

「おう。今日これから集会所に行くつもりだが…シアはどうする?」

 

「私もリーナさんとアッシュさんにお会いしたいので、一緒に行きます」

「そうか、あの二人も居たか…良かったら4人でクエストに行かないか?」

 

「えっ…いいんですか!?」

「昨日は結果的にクエスト達成は出来たものの、イレギュラーも多くてシアの動きをよく見れなかったからな。先輩として、今度こそじっくり観察しておきたいんだが…」

 

「あぅ…じっくりと…ですか」

 

 そう言うとシアは顔を赤らめて、臍の辺りで指を組んでモジモジしだす。

…正直、両腕に挟まれた立派な双丘が強調されるからそのポーズは止めて欲しいんだが…

確実にそれを俺が指摘したら今のような反応じゃ済まないだろう。

最悪シアの方から距離を置かれて俺が社会的・精神的な意味で死ぬことになる。

 

「樹海ならイャンクック辺りの狩猟クエストくらいあるだろうしな。背中のこいつの使い心地も、練習だけじゃなく実戦で試しておきたいってのもあるんだ」

 

「…はいっ、分かりました!それじゃあ、ご一緒させて頂きますね」

 

「此方こそ、宜しく頼む」

 

 シアの隣に並んで、二人で集会所の方へと歩き出す。

ふと彼女はアレーティアの姿が無い事に気づき、キョトンとした顔で首を傾げた。

 

「……?ハジメさん、アレーティアさんは一緒に来ないんですか?」

 

「あぁ。アレーティアは村を見て回りたいから、今日は別行動するってさ」

 

「そう…ですか。分かりました」

 

 それからシアと他愛もない話をした。

訓練所での暮らし、鬼教官ことシュヴァルツさんのしごきに初狩猟の感想。

種族も性別も違うけれど、こればっかりは出てくる答えが共通していた。

 

「「しんどかったなぁ~(ですねえ)」」

 

 二人で暫く顔を見合わせてから、クスクスと笑い合った。

…あぁ…なんというか…こういう話の出来る相手ってのは…いいもんだな。

等と話している内に集会所が見えて―――って、なんか見慣れた人が入り口付近に立ってる。

さっきまでの楽し気な雰囲気が一転して、胸中に不穏な空気が渦巻く。

 

「…あれ?あの人達はさっき皇女殿下と一緒に居た…」

 

「…先生…それに園部…」

 

 向こうもこっちに気づいて口を開きかけたが…すぐに閉ざして目を逸らした。

…仕方ないとはいえ、話の内容が内容だったしなぁ…適当にやり過ごすか。

 

「―――よう」

「あ、うん…」

 

「…どうも」

「………」

 

 優花には砕けた口調で、先生にはきちんと目上の人に対する口調でそれぞれ声をかけた。

優花の方は気まずそうな顔で返事をしてくれたが、畑山先生は頷きだけ返して目を逸らされる。

二人とはこれ以上話す事もないし、そのまま集会所の中へ入ろうとしたのだが―――

 

「あ、ハジメくんとシアちゃん!おっはよー」

 

「ん…?お、リーナ!おはようさん。アッシュもな」

 

「おう、おはようさん」

 

 中から出てきたリーナとアッシュの姿を見て、また少しだけ心穏やかに笑みを浮かべられた。

しかし装備を整えて出てこようとしたところを見ると…もう二人はクエストに出るところなのか?

 

「…もしかしてお二人は、既にクエストを受けたんですか?」

「ん?そーだよ。…あ、でもまだ二人枠が余ってるから、良かったら二人も参加する?」

 

「いいのか?丁度、俺も二人を誘ってクエストに行こうと思ってたんだ」

「そりゃ奇遇だな。…まだ出発まで余裕あるから、受付で手続きを済ませてこい」

 

「分かった。いくぞ、シア」

「はいっ!」

 

 なんという幸運…とこの時俺は思っていたが、数分後に死ぬほど後悔する事になる。

受付嬢から渡されたクエスト内容を見て、採取ツアーだと思い込んで適当に名前を書いた。

故に気づけなかった。クエストの種別が”特別任務”となっていたこと。

クエストの依頼主が”アゥータ”さんで、達成条件と失敗条件に特殊な文言が入っていたこと。

そして―――どうしてハンターでもない二人が集会所の前にいたのか?

ちょっと考えれば分かることに気づけなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

クエスト名[ハルツィナ樹海ツアー]

 

条件:指定ルートに沿って、対象の護衛と調査

(護衛対象の安全確保を最優先とする)

目的:周辺環境の調査と護衛

依頼主:アゥータ

報酬:15000ルタ

契約金:3000ルタ

 

今日は絶好の探索日和だ。そうは思わないかハンター諸君?

てな訳で村の新たな一員、神の使徒御一行を連れてのツアーだ。

樹海の奥までは進まずに、入り口付近を回ってくれりゃいいんだ

追伸:狩りも大事だが、人との付き合い方も勉強しとけよ後輩!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 




 アゥータ先輩まさかの先生の味方をする(間接的に手を貸しただけなので本人はセーフと思っていますが、リンネさんがこの場にいたらチョークスリーパーかましてます)

 前書きの方で書いた先生の軽い経歴紹介的なコーナー。人生にそこまで山も無ければ谷もなく、強いて言うなら超ブラックな仕事ランキング上位である教師になった時点で恐らく私生活が壊滅的になっているであろうという個人的な妄想(教師になったら休みなんてほぼ無いという話を聞いて目ん玉飛び出ました。そんなんでこの先も教師になろうって人が増えるとは到底思えないんですがそれは…)作者のように飲酒量が増えないだけマシなのだろうか…?

 今週は土曜日も頑張ったので来週、再来週あたりは連休貰えて更新頑張れる…かな?(外伝とまだ書きかけのR18から目を逸らし)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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特別任務「ハルツィナ樹海ツアー」➁


 こいつ(ハジメ)の話を聞いた時、俺は古い鏡を見せられているのかと思った。
生きてきた世界は違えど、所詮は人間というべきか。信条や主義主張が違うだけで気に入らない他者を貶めようとする腐り切った性根は異世界でも健在らしい。
エヒト神に遣わされた”神の使徒”…なんてご大層な名前の割に、俺達と同じ穴の狢か。

 だから皇女様に話を持ち掛けられた時、俺は初めて彼女の命令に逆らおうとした。
冗談じゃない。やっと平穏が訪れた俺達の村に、これ以上異物を連れ込まないでくれ。
爺ちゃんは優し過ぎるんだ…子供だからってなんでもかんでもホイホイ村に受け入れたら、いつか村人達の暮らしに綻びが生じるって分かってるだろうに。

 ルゥムがハジメを連れて来た時も、内心ハジメがさっさと村から出ていってほしいと思った。
…結果的に村が豊かになって、村の皆がより一層楽しそうに過ごせるようになったから、今となっては手放したくない人材だ…とは本人に言うつもりはないが。
あいつにも帰りたい故郷がある。此処に縛るのはあまりにも残酷だろう。

 あの人が死んで、姐さんが生きてた事を知れて、ようやく何もかも落ち着いて来たのに…
()()()()()()()。変わっていく世界から、大切な何かが消えてしまうのが堪らなく怖い。
…だが一度恐怖を心に抱えてしまったら最後、ハンターとしていつか致命的なミスを犯す。

 だから俺は恐怖を忘れられるよう、浴びるほど酒を飲み、娼婦を抱いて、狩りに励む。
煙草を吹かすのもその一環だが…これはあの人の事を忘れないように、俺が真似しているだけだ。

 神の使徒達のリーダー役…というか皇女さんが一番お目当てで連れて来た作農師の女。
ハジメは先生と呼んでいたが、歳も俺より下で小柄な彼女の姿に威厳とかは感じられなかった。
俺の中で先生って呼ぶ人のイメージがおっかないモンスターになってるからかねえ…
…まぁ、何にせよ…賽は投げられた。神の使徒様御一行は村に着き、不運にも居合わせたハジメは一度自分が捨てようとした過去と向き合わなきゃいけなくなっちまった訳だ。

 あいつの先輩であり、将来村を背負って立つ者であり、臆病者の俺に出来ること。
それは、あいつ等の間にある蟠りを早めに解消してやることだ。
ハジメ、神の使徒、作農師、皇女様…誰の為でもない。
村の発展と俺の心の安寧を取り戻す為に、精々利用させて貰うぞ…と。
あとは―――――――――俺の時みたいに、死んでから後悔してるんじゃ遅いからな。



 

 ハルツィナ樹海へと通じる道に、前見た時はなかった立派な木の門が建てられていた。

その入り口に集まっていた神の使徒(クラスメイト達)と、畑山先生それに………

武器も持たず、門に寄り掛かって煙草をふかしているアゥータさんへと詰め寄る。

 

「お、来たかハジメ」

 

 アゥータさんが俺の名を呼んだ瞬間、先生と使徒達の視線が一斉に俺へと向けられた。

今の俺はギルオスヘルムβのお陰で顔が見えない状態になっている。

大迷宮の時とは使っている武器も違うし、流石に言われなきゃわからなかったみたいだ。

 

 傍らで見守っていたリーナ達も、俺が装備を着て来た時は苦笑していたが…

うーん…俺的にはこの見た目でも十分カッコいいと思うんだがな…やっぱ見た目不審者か。

―――ってそんな事はどうでもよくて―――!

自分の心の中に突っ込みを入れ、ギルオスヘルムβのマスク越しに話しかける。

 

「………どういうつもりで―――」

 

()()()()()()()()()って?逆に聞くが、俺の立場になって考えてみ?」

 

 言葉を遮られ、先に質問を投げかけられた為、黙って下を向き思考を回す。

 

 アゥータさんの立場…村の次期村長であり、俺にとって先輩にあたるこのヒトの考え…

利害や損得の勘定で考えるなら、俺と使徒達の不和が村に悪影響を及ぼしかねないからというのがまず一つ目。二つ目にここで先生に恩を売っておけば、村に馴染みやすくなるから…と思われる。

 

 この時点で俺に文句を言う資格はなく…数秒が経過した後、深い溜息と共に答える。

 

 ちなみに俺とアゥータさんが話してる間、男子共の目はリーナとシアに向けられていた。

八重樫や白崎ほど美形ではないが、それでも同期ハンター達の中では一番女性らしさがある。

シアは言うまでもなく美少女であり、ウサ耳も相まって注目度は高い。

 

 止めろお前ら、気持ちは分かるが俺の同期と後輩をそんな目で見るんじゃねえ。

そんなんだから女子達から白い目で見られるんだよ。ほら、辻達がジト目になってる。

 

「…はあ~分かりました。分かりましたよ。やりゃいいんでしょ、やりゃあ!」

 

「よし!それでこそ自慢の後輩だ。後で一杯奢ってやるから、機嫌直せって」

 

「あ、あのぅ…」

 

 恐る恐るといった様子でアゥータさんの後ろから遠藤が声をかける。

クラスの連中は「うわっ!?遠藤いたのか!」「居たよ!」とお決まりのギャグをやっているが、俺もアゥータさんも近づいて来るコイツの存在には気づいていた。

足音を消してないし、気配だって普通にしているんだから…気づかない方がおかしいだろ。

 

※ このハンター達は特殊な訓練を受けています。原作の常識で考えてはいけません。

 

「それで俺達はこれから…何をするんですか?」

 

「んお、そうだったな。お前らにはまだ説明してなかったか……てな訳で、先生」

 

 アゥータさんは遠藤とクラスメイト達から、端っこに立っている先生に声をかける。

優花が驚いた様子で気づくも、心ここにあらずといった様子の先生は数秒遅れで反応した。

 

「――――――えっ!?」

 

「なーに自分も参加する側で突っ立ってんだ。アンタはこいつ等の保護者なんだろ?さっき教えた通りのことをこいつ等に伝えりゃいいんだよ。ほれ、号令号令」

 

「そ、そうですね。では――――――皆さん、今日からこの村で生活することになった訳ですが、私達はこの村…いいえ、この世界についてまだ多くを知りません。この村の近く…門の向こうに見える樹海には、モンスターが多く生息しているそうです」

 

 モンスターという言葉を聞いて、クラスメイト達の間に動揺が広がる。

そりゃそうだよな……俺達みたいな頑丈さを持たず、武器や防具もほぼ対人を想定した作りの装備で飛竜種やら古龍が居る階層に飛ばされるって下手すりゃトラウマものだしな。

先生は全員の顔を見て、意を決したように今まで触れなかった話題について口を開いた。

 

「…私が至らなかったばかりに…二人の生徒が亡くなってしまいました。……もう二度と、彼らのような犠牲を払わない為にも……!皆さんには、出来る限りこの世界で生き残れる術を学んで欲しいんです…お願いしますっ!」

 

「先生…」「畑山先生っ」「………っ!」

 

「………」

 

 先生とクラスメイト達のやり取りを聞いて、俺が口を挿むようなことは何もない。

この人にはこの人だけが負わなきゃいけない責任があって、こいつ等はそれに応える義務がある。

俺やリーナ達はその手伝いをする為に呼ばれただけだ。

…と、不意にリーナが指で俺の肩をトントンと叩いて話しかけてきた。

 

「ハジメ君。今の話聞いてると君の知り合いが死んでるみたいなんだけど…」

 

「知り合いというか、俺が神の使徒を抜けるに至った原因その1とその2だな。他の奴らも酷い目にあったらしいけど……まぁ、今の俺には関係ない事だ。あくまで俺はクエスト受けに来ただけの通りすがりのハンター……だからな」

 

「ふぅん、そっか……じゃあ私達がなんか気を遣ったりとかは――――――」

 

「全然しなくていい。訓練時代の時みたく、普通にやろうぜ」

 

「…りょーかいっ!」

 

 こういう所で気を利かせてくれるからリーナって仲間受けがいいんだよなぁ…

………まぁ、そんなリーナでも相容れない奴らはいるが………特にあいつは俺でも無理だしな。

あいつは檜山達みたいな嫌いじゃないんだが…どうにも言葉遣いとか性格がな…

 

 そうこうしている内に向こうの話が終わり、先生は俺達の方へと一歩進み出た。

クエスト受諾者(リーダー)であるリーナが先頭に立って口を開く。

 

「それではこれから私達4人が皆さんの護衛を務めます。私はリーナ、後ろの大きな剣を持っているのがアッシュ、ハンマーを持っているのがシア、二振りの剣を持っているのがハジメ。これから向かう樹海の入り口は比較的温厚なモンスターが多いとはいえ、時間帯や季節によって凶暴なモンスターも出てきますから、何があっても私達の目が届く範囲にいるようにお願いします」

 

「今回、護衛依頼を出した使徒の保護者で、畑山愛子と言います。今日は宜しくお願いします」

 

「あぁ、任された」

「よっ…宜しくお願いしますぅ…!」

 

 アッシュとシアが挨拶を返したので、必然的に先生とクラスメイト達の視線が俺に集まる。

ギルオスヘルムβのお陰でマスク越しの安心感があり、比較的気にすることなく返せた。

 

「……よろしく」

 

………返せた……筈だ。

先生の曖昧な表情とクラスメイト達の反応が微妙なので、ちょっと自信がなくなる。

しかし、いつまでも此処で突っ立っている訳にもいかないとリーナが歩き出す。

 

「それじゃあ先ずは門を出て少し歩いたところにある私達ハンターが使うベースキャンプへ向かいます。先頭は私が、左右の警戒はアッシュとシアが、殿をハジメが務めます」

 

 殿か……連中の一番近くを歩くことになるから、正直乗り気ではないが……

持っている武器的にもリーナが先頭は理にかなっているし、動きの遅い武器持ちの二人が殿は難しい…とするのであれば、必然的にこの4人の中で動きが素早い俺が適任ってことか。

 

 クラスメイト達の隊列はアゥータさんと先生を先頭に坂上と谷口、白崎の三人。

続いて中団グループ左右に永山と野村、間に辻と吉野、後ろに遠藤の五人。

最後方に園部がいて、相川、仁村、玉井の三人が菅原と宮崎を囲むようにいる…か。

歩き出した隊列が全体的に見える位置で歩き出すと、園部が小さな声で話しかけてきた。

 

「南雲……ごめん。こんな事になっちゃって……」

 

「謝るな園部。このクエストの発案者はアゥータさんだ。お前も先生もあの人を頼ったに過ぎない。…急な話で驚きはしたが、確認もせずに依頼を受けた俺にも落ち度がある。…それにこの世界で生きていく術を学ぶってのは間違っちゃいない。寧ろ遅すぎるくらいだがな」

 

「…私も出来るがあるなら、やらせて貰うわ…」

 

「護衛に関しちゃ俺一人なら不安かもしれないが、リーナ達がいるなら問題ない。ここに来るまでにあいつ等の活躍を聞いた。シアも樹海で暮らしてた兎人族だ、場慣れと経験則であいつに勝てるとしたら…先生と並んで歩いてるアゥータさんくらいだ」

 

「…あの人、ハジメの先輩でリンネさんの後輩…だよね。やっぱり凄い人なの?」

 

「数百、数千いるハンター達の中でも”例外”と呼ばれるハンター達の一人だよ」

 

「……例外……ミッドガルさんとマリアンナさんと同じ?」

 

 二人の名前が優花の口から出たことに少し驚いたが、二人は帝都までの護衛をやってたな。

あの人達が居れば荒野に常駐してるようなモンスターくらい瞬く間に片付けられるだろう。

バルファルクみたいなヤバいのが突発的に襲ってきても、多分あの二人なら倒せると思えた。

 

「あぁ。実はオルクス大迷宮に向かった時に、一緒に来てくれてたのがあの二人と…昨日入れ替わりで村から出て行っちまったルゥムさんって人なんだ」

 

「…そっか。会ってみたかったかったなぁ」

 

「クラスの奴らだと…大迷宮に潜ってた奴らは面識があるかもな。…もしかしたら、何かの拍子でまた村に来ることもあるだろうし――――――」

 

 そんな事を長々話していたら、自然と園部の親しい友人である宮崎達の視線が向けられていた。

優花も思わず「あっ」って顔をしてるが、向こうは向こうでなんか話しかけ辛そうにしている。

…あいつ等とは話したこと一度も無かったんだっけか…まぁ、ここは一つ…。

 

「―――っと、あんま話に集中し過ぎて職務怠慢になっちまうな。話はまた後でな、園部」

 

「え、あ…うん…」

 

……なんでちょっと寂しそうな顔するんだ?俺よりも友達を大切にしてやれよ。

等と口には出さないで思っていると、優花はゆっくりと宮崎達の方へ戻っていった。

距離が空いてしまったことに…間違いはない筈なのに…ちょっとだけ寂しいと思った。

 

 う~ん…短期間で優花と話す事が増えたからか…?参ったな、どうにも…

大人数の徒歩での移動なので、普段から既にベースキャンプに着いているところだが、まだ樹海と村の中間地点にある草原の道を歩いている。

見渡す限り脅威となるモンスターの姿や気配もなく、前の方の会話が聞こえてきた。

 

「ねえ優花っち。ウルに戻ってきてから思ってたんだけど……南雲っちと仲良くなった?」

 

「…えっ!?えぇ、まぁ…そうね。助けて貰って…色々と世話になっちゃったし…」

 

「…へえ~色々とお世話されちゃったんだ~…ふぅ~ん」

 

 優花さんや…その答え方じゃ頭お花畑な女子はそっちの意味で捉えかねないぞ。

と俺から口出すことはなく、淡々と仕事をこなしながら会話だけ耳で拾った。

顔を赤くした優花がムッとした表情で宮崎に言い返す。

 

「そういう変な捉え方はしないで頂戴。南雲は本当に命の恩人なんだから、今だってこうして私達の為に嫌々でも手を貸してくれてるのにそういう変な勘繰りをするのは南雲に対して失礼よ」

 

「ちょ!そんな怒らないでよぉ…やけに親し気だったからつい…ねえ?」

 

「いやアタシに振らないで欲しいんだけど。…まぁ、奈々の言う事も分かる気はするけどね。南雲君が優花の命の恩人だとして、それでどうしたらあんな親し気に話せるわけ?」

 

 話題を振られて戸惑いながらの答えた菅原の言わんとしていることも分かる。

俺とクラスメイト達は絶賛仲違いしている(永山達、八重樫達とは和解?したが)

そんな俺と優花が仲良さそうに話していたら、普通何かあったと考えるのが自然だ。

優花はやや狼狽えながらも、平静を装って淡々と事実だけを述べていく。

 

「…いま愛ちゃんと話してる男の人がリンネさんと知り合いだったから、そこらへんの繋がりでよ…ウルに来るまでの護衛もして貰ったし…」

 

「ええ~それだけの理由で?」

「なんか余計に気になる言い方だよ優花っち~」

 

(確かにその言い方だと、ちょっと苦しい気がするぞ園部)

 

 心の中でツッコミを入れつつ、何処かのタイミングで助けるべきか迷っていた。

すると今度は園部パーティーの男子…相川達がこっちをジロジロ見ている。

俺が無言で顔を向けると、向こうはギョッと驚いて前に向き直る。

 

…おい、ちょっとその反応は失礼過ぎるぞ…ていうか若干傷ついたぞコラ。

いくら見た目がおっかないからって目が合った瞬間に顔を逸らすとか一番心に刺さるんだが?

しかし俺から話しかけるのも気が引けるしなぁ…やれやれ前途多難だ。

この鬱憤、如何にして晴らしたものかと青空の下で考える事にした。

 




 大したことではありませんが、R18版を密かに投稿しました。
言うまでもなく表現力に乏しいので読み物としては些か本編よりクオリティが下がっていると思いますので、ご了承ください。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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特別任務「ハルツィナ樹海ツアー」➂


 ハジメ達がクラスメイトを連れてハルツィナ樹海へと出発した直後。
アレーティアは村人たち一人一人に挨拶をして回っていた。ハジメの知り合いという事もあるが、元々他所からの来訪者を拒んだりしない人柄の良い者の多いゲブルト村で彼女が馴染むのはあっという間だった。
そして当然、背丈が頭一つ大きいということで村の子供達に慕われる。

「キューケツキのお姉ちゃん髪きれー!」
「ん、ありがとう。貴方の髪も綺麗…親に感謝」

「アレーティアお姉ちゃんはハジメお兄ちゃんの友達なの~?」
「そう。ハジメは命の恩人で、大切な人」

「そうなんだー!じゃあハジメお兄ちゃんの恋人になったりするの~?」
「えー!ずるーい!アタシがお兄ちゃんのお嫁さんになるんだもーん!」
「ねえねえお姉ちゃん、村の外ってどんなだったか教えて教えてー!」

(……予想以上に気に入られた)

 見た目が美しいということもあって、子供達からは頼れるお姉さんとして見られている。
アレーティア自身、そういう風に見られる事があまりなかったからちょっと喜んでいた。
子供達を連れて歩きながら、まだ挨拶していない人達がいるであろう方へ向かおうとして―――

―――にゃっ、にゃおぉ~ん。
―――ぶるにゃあーん。
―――ぎゃ、ぎゃぎゃっ!

「ふふ、うふふふっ…良い子良い子ね~…あぁ~此処は天国ねぇ…」

(………昨日は村に居なかった、顔立ちが少しハジメと似てる………?)

 村の中に植えられた大きな木、そこは獣人族が住まいとしている。
木の根元、芝の上に座り込んだ雫がアイルー、テトルー、ガジャブーの子供と戯れていた。
大人になった獣人達は村の様々な施設で働いているのだが、子供達は住処でお留守番が基本だ。

 偶々村の中を散策していた雫は偶然彼らと出会い、懐かれて今に至る。
通り掛かりの村人から既にモンスターの一種だと説明は受けている雫だが、目の前の愛くるしい毛玉がモンスターかそうじゃないか等どうでもいい。
今は他の事を忘れて、その手で小さな毛玉に癒されたい一心だった。

「うふっ、ふふふふっ。よーしよしよし――――――ぁっ」

 アレーティアと子供達がぽかんとした表情で見ている事に気づいた雫の顔が固まる。
撫でていた手が止まったことで彼女の膝の上に座っていたアイルーの子供はサッと下りた。
雫は名残惜しそうに手を伸ばすが、視線だけはアレーティアの方に向けられていた。

「――――――え、ええっと…その…初めまして?」
「ん…初めまして。………今のは見なかった事にした方がいい?」

「………………そうね、そうして頂戴」
「分かった。―――それで出会って早々に貴女に尋ねたい事がある」

「??何かしら」
「貴方はハジメと知り合い?」

「ッ!……ええ、そうね……知り合い……ではあるわ」
「…そう。ハジメが言ってた神の使徒?」

 ハジメの名前が出たことで雫は目を見開き、暫く思案した後ゆっくりと立ち上がる。
服の裾に付いた土汚れを払い落とし、アレーティアと向き合って話し合う。
彼女の周りにいた子供達はまたハジメの知り合いが現れた事ではしゃいでいた。

「ええ、その一人が私。…八重樫雫よ」
「私はアレーティア。…これで私が知り合った神の使徒は、ハジメを除いて貴女が二人目」

「二人目…ってことは、他の誰かともう知り合ったのかしら?」
「ん…園部優花と、ハジメの家で今朝食卓を囲んだ」

「そう………えっ?いま、なんて言ったの―――南雲君の家で―――園部さんが?え?うそ?」
「本当のこと。私とシアって兎人族の女の子と園部優花の三人は、ハジメの家で朝食を食べた」
「………なんか彼…物凄く女の子との距離が縮まってるみたいね。良い事…なのかしら?」

 以前であれば雫の親友である香織が「どういうことかな?」と般若の形相を浮かべ、慌てた雫が彼女を落ち着かせようと必死になって苦労する展開もあったかもしれないが…今の香織はハジメに全くそういう感情を抱いて無さそうだった。
アレーティアにじっと赤い瞳で見つめられて、雫は少し顔を赤くしてドキッとする。

「…な、何かしら…?」
「…貴女はハジメをどう思ってる…?」

 その質問を聞いた雫は、アレーティアが見つめてきた理由が瞬時に分かった。
異性のしての付き合いかまでは分からないが、目の前の少女はハジメとかなり仲が良い。
そんな彼女が雫達…神の使徒に抱く印象がどういうものなのか?
彼から聞いているのなら、恐らく相当良くない印象なのだろうという事だけは分かる。
…主に雫の幼馴染であり、この場にいない勇者の彼とか檜山達(檜山と中野は死んでいて、残りは近藤と斎藤の2人だけ)が原因だが…

「――――――南雲君には悪い事をしたわ。ううん、彼だけじゃない…色んな人に…私はたくさん迷惑をかけた。きっとこれから先も、迷惑をかけ続けると思う」

「………そう」

 天之河や檜山達の悪行を未然に防ぐ、或いは悪行をした後できちんと罰する事が出来なかった。
本来それは愛子のすべき事なのかもしれないが、作農師として各地を転々としていた彼女には到底出来ることじゃない。…となれば、その役目は必然的に雫へと回ってくる。
それが出来なかったが故にハジメはいなくなり、幸利は敵対する道を選んだのだから。

「謝ったから許して貰える…なんて軽く考えるつもりはない。寧ろ私は()()()()()()()()()()()…そうでも思わなきゃ私自身、いまこうして生きる事すら儘ならないもの…」

「………」

 静かに語る雫の表情を目にしたアレーティアは、少しだけ神の使徒の評価を改めた。
ハジメが言ったように、きっと使徒には悪い人も良い人もいる…だけど雫はそのどちらでもない。
彼女の瞳が心の奥に抱えた闇を物語っていた。
それは決して今知り合ったばかりのアレーティアが触れていいものではないと分かる。

「――――――ごめんなさい。質問の答えになっていなかったわね。……私が南雲君をどう思っているのかって……以前はただ心の強い人って印象を受けたけど……そうじゃなかった。彼も年相応の男の子なんだなって…さっきの話を聞いて、改めてそう思った」
「……分かった。答えてくれて、ありがとう」

「…さて、と…私、もうそろそろ村を出なきゃいけないの。アレーティアさん、また会う事があったら次は帝都かしらね。南雲君にもそう伝えて貰える?」
「……ん、伝えておく」

「ありがとう。私のことは次に会えたら名前で呼び捨てにして貰って構わないから」

 そう言って村の中心へと向かって小走りで去っていく雫にアレーティアと子供達は見送る。
アレーティアは走っていく彼女の後姿がほんの少しだけ何かに対する覚悟を決めたように見えた。




 

 ゲブルト村を出て三十分くらいが経った頃、ようやくベースキャンプが見えてきた。

俺が見るのは初めてだが、テントや支給品/納品BOXの配置はライセン大峡谷のそれと似ている。

他のハンター達が使っている形跡はなく、アッシュが焚き木に火をつけた。

 

「此処が出発地点だけど、休憩は必要かな?」

 

 リーナがクラスメイト達の顔を見渡すが、疲労しているのは畑山先生と宮崎達だけか。

腐ってもオルクス大迷宮に挑んでた面々は歩きでの移動にかなり慣れ親しんている。

優花は先生達ほどじゃないが…流石にちょっと休憩させた方がいいか…?

 

「この辺りの植物とかでも説明できるものはある。俺は周辺の見回りをしておく」

「あっ、ハジメさん!それなら私も同行しますね」

 

「うん、それじゃ五分後に。それまで先生さん達は休憩ね~」

 

「はっ、はいぃ……」

 

「…ハジメ、この辺りだと薬草とかカラの実くらいしか拾えないぞ?」

「それで良いんだよアッシュ。そいつら、知識に関しては王国民並だからな」

 

 俺とアッシュの会話を聞いて一部の生徒はムッとするが、事実なので言い返せない。

今この場にはいないがメルドさんや…薬草とかサシミウオとかその辺で拾って食えば傷を治せる物の説明くらいは講義とかで出来なかったのか…と嘆く。

若干棘のある言い方だが、アッシュ達はそれで伝わったみたいで納得している。

 

「…成程、分かった。それじゃ説明はリーナ、頼めるか?」

「りょーかい。ハジメ、シアちゃん。気をつけてね~」

 

 若干数名の視線を背後に感じながら、道なき草原の中へとシアを伴って歩き出す。

歩いてすぐに向こうの会話の声は聞こえなくなり、鳥や虫の鳴き声と風に揺れる草木の音だけが辺り一帯を占めている。ようやく詰まっていた気持ちを吐き出せるようで、フゥと息をついた。

 

「ハジメさん、無理とかしていません…よね?」

 

「…大丈夫だ。昨日シアに話を聞いてもらったし、今朝の一件でも大分吐き出せたんだしな…無理なんてしてないさ」

 

「…分かりました。もし辛くなったら、いつでも頼って下さいね?」

 

「…ハハッ、後輩の癖にちょっと生意気だぞシア。―――と言いたいが、頼りにしてるよ」

 

「はいっ!―――えへへ」

 

 いつまでも情けない姿を見せている訳にはいかない。

草原の中を歩きながら周囲を見渡していると、不意にシアが一歩前に進み出る。

 

「――――――向こうの茂みの奥。小型の虫系モンスターが2,3匹います」

 

「ん、そうか…流石だなシア」

 

 兎人族特有の聴力で、見えない草むらの中を這う甲虫の存在にいち早く気づけた。

これが更に視界の悪い樹海内であれば飛び交う牙獣や鳥竜、果てには空を舞う飛竜にすら気づけるのだから大したものだ。

しかし甲虫程度じゃシアの実力を測るには物足りな…あっ、そうだ。

 

「シアは此処で待機しててくれ。1匹は確実に原形を残したまま持ち帰りたい」

 

「…そうですか。分かりました!周囲の警戒してますね」

 

「頼む」

 

 オーダーレイピアを抜いて、シアの指さした場所に向かうと…カンタロスが3匹いた。

見たところ上位個体でもなさそうだし…倒し方に気をつけないと全部バラバラにしちまいそうだ。

向こうの俺の存在に気づいてビョンとその場で跳ねてから小さな口元の鋏を打ち鳴らす。

 

 鬼人化するまでもない。抜刀したまま歩いて近づき、2匹は袈裟斬りにして両断する。

残り1匹が飛び掛かってくるが片方の剣で受け流し、そのまま地面へと降りた瞬間―――

 

「おらっ!」

 

 クックSグリーヴを履いた爪先で思い切り横っ面を蹴飛ばす。

ギィ!?と苦しそうな呻き声をあげるが流石に一撃じゃ倒れないか…ならもういっちょ。

 

「これで、どうだっ!おらっ!死ねオラッ!」

 

 ちょっと口が悪いのはさっきのモヤモヤを晴らしたかったから…他意はない。

5,6発目の蹴りが強過ぎたのか、カンタロスは宙を舞って仰向きにひっくり返る。

暫く肢をモゾモゾ動かして暴れていたが…やがて力尽きて痙攣を始めた。

 

(本当ならここで剥ぎ取りと言いたいところだが――――――)

 

「ハジメさん、終わりましたか~?」

 

「おう。まだ時間に余裕はあるが、ベースキャンプまで一度戻るぞ」

 

「了解ですぅ!―――って、え…それ持ち帰るんですか?」

 

「あぁ。こいつには悪いが神の使徒御一行様の為の教材になって貰う」

 

 うへぇとシアが気持ち悪そうにするが…お前も訓練所で似たようなこと教わっただろ?

俺も初見は同じような反応をしたが、露骨に嫌がると教官から訓練所の周りを延々と走るよう命令された挙句「命のありがたみを分かっていない。飯抜きだ!」って言われるからあまり顔に出さないようにしてるんだよ今は。

 

 それに…な?あいつら思ったより余裕そうだし…ここらで一発かましてやるのよ。

なぁに悪意があってやる訳じゃないさ。俺はただ親切に教えてやるだけだ。

最初からアプトノスとかの解体でも良いんだが…最初は小さい奴から…な?

 

「…ハジメさぁん。悪いこと企んでるって顔してますよぉ…」

 

「気のせいさシア気のせい。………クククッ」

 

 

「ようハジメ戻ったか。――――――お前、なに持って来てんだ」

 

「なにって…この村で暮らすなら、これくらい見慣れて貰わなきゃ困るでしょう?」

 

 草むらから出てベースキャンプ近くの岩場に寄り掛かっているアゥータさんと話す。

クラスメイト達はリーナが訓練所で教わった薬草の使い道や効能を簡単に説明している。

ぶっちゃけ俺らの時はワザとモンスターの攻撃食らってから使って効果を実感するってのが訓練での当たり前だったんだが、こいつ等にそれは無理だしな。

 

 俺が手に持っているカンタロスの死骸を見てアゥータさんが引き攣った笑みを浮かべる。

持って移動してから数分が経過しているというのに、まだ肢がピクピク痙攣していた。

 

「…へっ、よく言うぜ…わざわざそいつを選ぶことに悪意を感じるぜ?ハジメよ」

 

「やだなぁ、アゥータさん人聞きの悪いこと言わないで下さいよ。善意ですよ善意」

 

 クラスメイト達に混じって畑山先生もリーナの講義?に聞き入っていた。

まぁ、あの人の背丈なら生徒に混じってても違和感ないんだよなー…本人の前では言わんが。

と、俺の接近に気づいた最後列にいた相川がカンタロスの死骸を見てギョッとする。

それにつられて他のクラスメイト達も俺の方に視線が移り、女子達は小さく悲鳴を上げた。

 

「あ、おかえりハジメくん。―――ってそれカンタロスの死骸じゃない」

 

「あぁ、話の邪魔して悪いとは思うがリーナ。こいつ等もいずれ肉の解体とか学ぶ必要があるし、先ずはこいつで慣らしておこうと思ってな。新鮮な内に済ませちまってもいいか?」

 

「成程そういう………でもカンタロスを使う必要……あるかなぁ?」

「…いや考えるまでもなくねーよ。普通にアプトノスとか―――」

 

「そりゃ尤もだが、アッシュよ。こいつら殆どアプトノスを見たこともねえって奴らばっかりなんだ。あんなデカい奴、俺らでも解体に手間がかかるってのに、こいつ等じゃ時間をかけ過ぎて他のモンスター達を呼び集めちまうよ」

 

「………そういう事なら確かに、カンタロスでいい………のかぁ?」

 

「そうそう、いいんだよ。もしかしたら食う機会だってあるかもしれねーし」

 

「「いやそれは絶対にない(ねえ)よ」」

「ハジメさん、流石にこれは私もお二人と同意見ですぅ…」

 

 ですよねー。自分でもそう思ったわ。

聞いた話だが世の珍味に飢えた美食家の中には虫料理を好む者もいるという。

そして連中、何をトチ狂ったのか虫のモンスターを食べたいと言い出したのだ。

しかも食った奴の中には美味だと答える奴もいたとか…味覚の正気を疑うぜ。

 

「……と、言う訳で。こいつの生態を軽くだが説明するぞ~」

 

 俺の言葉に返事を返すクラスメイトは一人もいなかった。

全員、優花も含めてまだピクピク肢を痙攣させるカンタロスに目がいっている。

 

「こいつは甲虫種の小型モンスター・カンタロス。主に湿地帯や森林…草木が生えてて湿気と暗い場所のある土地ならどこでも住みつける巨大昆虫の一種だ。襲われた時は肢の棘と二本の角に注意すること。バッタみたいに飛び跳ねる点に気を付けろ。数匹程度なら脅威とは呼べないが、数を増やすと五十以上の群れになることも珍しくない。戦う時は斬撃じゃなく打撃で仕留めることをお勧めする。こいつらの甲殻は加工次第で飛竜種の鱗並の硬さに匹敵するが、物理的な衝撃には弱い。――――――何か質問はあるか?」

 

「…そ、それじゃ一つ聞いてもいい…かな?」

 

 珍しく手を上げて発言したのは坂上の横に座っていた谷口だった。

俺が頷くと谷口は俺の武器とカンタロスを見比べながら質問を口にする。

 

「南雲君はどうやってそれを倒した…のかな?武器に体液とか付いて無さそうだし…」

 

 谷口の質問にクラスメイト達から「確かに…」「魔法?」といった疑問の声が上がる。

成程ね…こいつ等はカンタロス一匹にも数の暴力で、魔法とかバンバンぶつけてたのか…

まぁ、ハンターみたいな膂力もキック力も無いんだし間違ってはいない…のか?

嘘をつく必要もなく、俺は淡々と事実を口にする。

 

「蹴った」

 

「………へ?」

 

「5,6発蹴り入れて倒した。剣で一撃でも食らわせたら原形残せないからな」

 

「5,6発だぁ?俺の時は3発で倒せたぞ」

「アッシュ。あれはドリンクスキルで蹴りのダメージが上がってたからだよ」

「へえ~そんなドリンクスキルあるんですねぇ。今度調べてみますぅ」

 

「「「「「………………」」」」」

 

 あまりに常軌を逸した回答と、他3人のハンター達の会話にクラスメイト達が絶句する。

質問した谷口も頬を引き攣らせて「そ、そっかぁ…蹴って…鈴達が苦労してた魔物を蹴りだけで南雲君は…」と後半はなんか落ち込んだように俯いて座り込んでしまった。

さて…見渡しても他に質問したそうな奴もいないし、本題に入るか。

 

「よし、説明は終わりだ。…早速だがお前らの中の誰か一人にコイツを解体して貰う」

 

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

 そんなに驚くようなことかねえ…?

まぁ…こんなのはまだ序の口。こっから吐かないよう精々気張れや。

 




 ハジメ君との実力差というよりも、まずは慣れて欲しい生き物の解体。
最近の学校では魚とか蛙の解剖をやらないらしいですね(作者はぼんやりとですがフナの解剖だけやったのを覚えています)
最終的には一人でアプトノスを解体(狩らないにしても)くらいは出来るようになって貰わなきゃ困りますねえ。悪意ある誘導?なんのことやら(すっとぼけ)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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特別任務「ハルツィナ樹海ツアー」④


 野村健太郎はどこにでもいる普通の男子高校生……だった、ほんの少し前までは。
少し前まで悪しき魔人族と戦う為に神エヒトが異世界から召喚してきた神の使徒の一人。
今はヘルシャー帝国の捕虜として、ゲブルト村に連れてこられた。
彼は今、信じられない光景を目にして唖然としている。

「とりあえず誰でもいい。やる気のある奴が居たら手ぇ挙げてくれ~」

 オルクス大迷宮で散々彼や他のクラスメイト達が苦戦して倒した虫のモンスター・カンタロス。
それをたった5,6発の蹴りで倒したハジメが、石の台座に載せて解体を手伝えと言い出した。
何の意味があってそんな事をするのかと思い、健太郎は困惑する。
他のクラスメイト達もそれは同じようで、代表で優花が彼におずおずと話しかけた。

「……ね、ねえ南雲?それを解剖するのはどうして?」

「ん?あぁ、そういや説明を省いちまったな悪い悪い。―――これからお前達は村で生活するんだろ?肉とか魚とか食いたきゃ自分達で捌くのは当然だし、村の人達の手伝いでいずれはそういう事をやらなきゃいけない。―――ってな訳で、早いうちに慣れて貰う為にこいつを選んだ。あくまでこいつは序の口、この先ケルビとかアプトノスを捌くことだってあるかもしれないだろ?」

「…け、ケルビって…あの鹿みたいな生き物よね…?」

「あぁ。……やってみるか園部?」

 健太郎達には聞き覚えのない名前だが、要はこれから鹿みたいな生き物を解体したりするのに慣れて貰う為に、まずは簡単な虫から始めようという事らしい。
ハジメに尋ねられた優花は青褪めた表情で首を横に振る。
彼女に続く形で女子全員が首をブンブンと振っていた。

「うーん…虫だからやっぱり女子は抵抗あるかぁ…男子はどうだぁ?」

 当然健太郎もノーと言いたかった。
だが全員がノーと言っていたら、今後の生活で困るのは目に見えている。
誰か一人でも捌き方をマスターして貰って、徐々に浸透させていけばいいだろう。
そんな風に考えた愛子がすくっと立ち上がり、引き攣った表情のまま口を開く。

「…せ、先生が…やります!南雲くん、ご指導のほどよろしくお願いしますっ…!」

「ん、分かりました。後もう一人くらい…先生の助手になろうって奴は?」

 これが虫の解体でなければ愛子の護衛隊をやっていた生徒達が声を上げただろう。
しかし相川達はすっかり見なかったモンスターの姿に怯んでしまっていた。
健太郎はふと、視界の端に映る綾子の後ろ姿を見て年頃の男子らしい考えが浮かぶ。

(……後で教えるって名目で綾子と二人きりで話せる機会とかあるんじゃね!?)

 彼らにとってモンスターは恐ろしい存在だった。
だがそれは、あくまで生きている状態での話だ…目の前の虫は確実に死んでいる。
直接触りたくないとか、臭いが気になるとか些細なことを気にしてはいられない。
この瞬間だけはモンスターに対する恐怖心より彼の下心が勝ったと言えよう。

「―――お、俺がやるぜ!」

「お前は……野村か。分かった、前に来い」

「おうっ!」

 男子達の「お前正気か!?」という視線と、女子の「野村くん頑張って!」という視線を受けながら、健太郎は間をすり抜けてカンタロスが横たわる石の台座の前までやってきた。
傍らにいる愛子が心配そうに横目で顔色を窺うが、彼はキュッと口を結んで覚悟を決める。

「じゃ、解体始めるぞ~」

 緊張する二人とは真逆に、当たり前のことを淡々と説明するだけのハジメ。
これが実は彼によるちょっとしたクラスメイトへの仕返しだと分かっている彼の同期や後輩、先輩ハンター達は苦笑して事の成り行きを見守るのだった。



 

 女子達が拒絶することは予想していた。

だから男子の誰か…理想は永山、妥協で坂上…に覚えて欲しかったんだが、先生が自分からやると言い、後に続いて何故か自信満々といった様子の野村が手を挙げた。

視界の端に映るリーナ達に、周辺の警戒を目で合図しながら説明を始める。

 

「まず注意すべきはこいつの肢。近くで目を凝らさなきゃ分からない、小さな棘が無数に生えてるのが分かるか?こいつらは角と羽で攻撃する以外にも、捕まえた獲物を離さないようにする為に、肢の棘を食い込ませるんだ。これに触れないよう、肢を根本から引き千切って貰う」

 

「…えっと…道具とかは…?」

 

「今回は…そうだな、特別に俺が使ってる剥ぎ取り用ナイフを貸す。こいつは飛竜の鱗も剥ぎ取れるくらいに切れ味が鋭いから、使う時は十分注意しろよ。うっかり落として足の指とかちょん切れたら流石に応急薬とか使っても治せないからな」

 

 それを聞いた野村の顔が青褪める。

お前らは王国から貰ってた武器でこいつ等くらい斬れなかったのか?…斬れなかったんだろうな。

何気にカンタロスの殻は加工次第で鉱石防具にも引けを取らない性能を発揮する。

恐らくこいつ等がカンタロスを倒す時は、火属性の魔法でも使ったのだろう。

 

 確かに甲虫種だけに絞ればそれは有効な手段だが、素材が得られない時点で論外だ。

あと大迷宮内でそんなに火を使ったら酸素とかヤバいだろ常識的に考えて。

ハルツィナ樹海とこの村の草原で同じような事をされて火事にでもなったら困る。

剥ぎ取り用ナイフを鞘ごと外しながら二人の前に置いて、そんな事を考えるのだった。

 

「…うぉ…すっげえ重い。こんな小さい刃物なのに…」

 

「…それじゃあ野村くん。先生が肢を引っ張るので、付け根に切れ込みを入れて下さい」

 

「っ!…はいっ」

 

 そんな大手術でメスを入れるかのような精密な作業とかじゃないんだけどなぁ…

ただ肢の棘に刺さらないよう気をつけて、肢の根元に切れ込みを入れて後は力任せに引き千切る。

野村は目を見開き、剥ぎ取り用ナイフでカンタロスの肢の根本を切っていく。

先生はそれを見て、棘が生えていない所を掴んでゆっくりと引っ張る。

その際に俺は本体が動かないように両手で抑えておく。

 

「―――っ、取れました!」

 

「よ、よかったぁ…上手くいったぁ」

 

 いや…いやいやお二人さん、喜んでるところ悪いが…まだ肢は五本残ってますぜ。

他のクラスメイト達も俺と同じ意見なのか、二人の喜ぶ様子に微妙な表情を浮かべる。

…見てる側は暢気でいいなぁ?やっぱり無理やりにでもやらせるか。

―――と俺が考えていた事を防具越しに仕草から読み取ったのか、また不安そうに優花が見つめてきた。…そんなに心配しなくても強制はしねえっての。

 

 それから二本目、三本目までを野村が剥ぎ取り用ナイフで根元を切り、先生が引き千切る。

そこで一旦俺から声をかけて二人の役割を交替させた。

意外にも非力と思っていた先生は、野村よりも手際よく切り込みを入れていった。

女子達から感心する声が漏れ、何故か野村は悔しそうにしている。

 

……あー、そういう事ね……何で自分から手を挙げたか謎が解けたわ。

気持ちは分からなくもない。こういう時、男子は女子にカッコいいところ見せたいって思うよな。

理由はどうあれ、真剣に学んではいるようだったし…よしとするか。

 

「…南雲くん、肢の解体が終わりました」

 

「ご苦労様です。取った肢はそこの袋に入れておいてください」

 

 本当は肢の中にある肉を穿り出して、殻だけの状態にして欲しかったんだが…

流石に時間が掛かるだろうし、肉の感触は胴体でしっかり覚えられるから良しとしよう。

肢を失い、達磨状態になったカンタロスから緑色の体液がダラダラと零れている。

それを見た女子達は気持ち悪そうに口元を抑え、男子達も顔を顰めていた。

ちょっとだけ呆れて溜息を吐きながら、注意喚起を込めて静かに顔を上げ口を開く。

 

「……この先は()()()()()じゃ済まねえからな?」

 

(カンタロスの解体程度でヒィヒィ言ってたんじゃ、アプトノスはどれくらいかかるのやら…)

 

 カンタロスの解体に於いて、もっとも難しく入手難易度も高い素材。

それが”カンタロスの頭”だ。鋭利な翅の付け根から前足の付け根辺りまで。

加工には特殊な素材が必要とされているが、用途は多く欲しがるハンターも少なくない。

当然それを知っている商人達が高値で買い取る事もある訳で…

 

「次は二人が引き千切る側で、俺が切ります。先生、ナイフを」

 

 先生から剥ぎ取り用ナイフを受け取って、仰向けにしていたカンタロスをうつ伏せに。

二人と違ってハイメタアームβを着けたままの俺は手を傷つける心配がない。

多少強引にやって棘が刺さったところで問題にはならない。

これが麻痺針を持つランゴスタなら、また話は変わってくるかもしれないが…

 

 野村が下側の小さな角を、先生が上の大きな角を掴んで目線で合図を送ってきた。

俺は頷き、刃物の先端を翅の付け根に刺し込んでから甲殻の曲線に沿って押し進める。

胴体から溢れて来る緑色の体液がアームの表面に付く。

それを見てまたクラスメイト達は「んひぃ」と嫌そうにするが、俺はまったく気にしない。

 

「………よし、引いてくれ」

 

「はっ、はい!」

「分かった…!」

 

 二人は呼吸を合わせてぐっ!と力強く引っ張り…ブチブチと肉の千切れる嫌な音がする。

俺が切り込みを入れたのは甲殻と翅を繋ぐ表面部位だけ虫の臓物や血管はそのままだった。

今度こそ限界だった女子数人が立ち上がり、草むらの方へ走っていった。

カンタロスの頭を持っている野村と先生もさっきより顔色が悪そうだ。

 

「……ご苦労さん。その頭も袋の中に入れておいてくれ」

 

「…ぅっ…お、おう」

「わかり…ました」

 

 誰しも通る道…ってのは故郷じゃ無いよな。こっちの世界限定か。

そんな事を思っていると、草むらの方にいっていた女子達が何やら騒がしい。

目を凝らすと、草むらの奥で見慣れた小柄な草食獣がこちらをジッと見ている。

 

―――キュルルッ、キュゥッ。

 

「……あれは”ケルビ”か。都合よく次の獲物が、向こうからやってきたな」

 

「―――都合よく?……っ!な、南雲くん。それはまさか―――」

 

 先生が何か言いかけていたのを無視して、近くにいるリーナに目で合図した。

ガシャンという音に女子達が振り向き、リーナは弓を展開して矢を番えている。

”フロギィリボルバーⅢ”…見た目と使い勝手の両方で評価は高いと聞く。

握りの部分にあるリボルバー拳銃のシリンダーも相まって、現実的にはあれがボウガンと呼ばれる武器に一番近い形してるんだよなぁ…細かいこと気にしてたら負けか。

 

「ごめんね。そこ退いて貰っていいかな?」

 

「……えっ。まさかあの鹿を――――――!?」

 

 谷口が気づいたようでリーナを止めようとするが、既に弦は引かれて溜めが終わっていた。

バシュッ!という音で()()()()がケルビ目掛けて飛んでいく。

”連射Lv3”…合計3本の矢がケルビの胴体を貫いて、鮮血が辺りの草を赤く染める。

流石リーナ、俺らの世代内で最高適性値の弓使いは伊達じゃない。

 

「ふぅ~。流石にあれ外したら訓練所で再講習待ったなしかな」

 

「お見事。…アッシュ、死体の回収を頼めるか?」

 

「おう、ちょっと待ってろ」

 

「私、引き続き周囲を警戒してますね!」

 

「頼む」

 

 二人にそれぞれ指示を伝えていると、クラスメイト達の表情がまた暗く沈んでいる。

…カンタロスを持ってきた時は既に死んでいたから何も言わなかった。

目の前でケルビ―――もっとも身近にいる動物に近い姿のモンスター―――をあっさり射殺したんだから流石にショックを受けてるよな。

ちょっと配慮が足りなかったかなとか思った矢先、谷口が小さな声で呟いた。

 

「………かわいそう」

 

 リーナが弓を畳みながら申し訳なさそうに笑って視線を逸らす。横で聞いていたシアは何か言おうとして口を開きかけたが、それより先に俺が動いた。

…流石に今のは聞き捨てならない。同期(リーナ)に対する言葉だけじゃなく、今までこの世界で散々な目に遭っていながら、平和ボケしたお花畑脳からまだ解放されきっていないこいつ等の甘さに対して、湧き出る苛立ちを隠せなかった。

固まっている女子達の前に歩いていき、谷口を真正面に見据えて棘のある言葉を放つ。

 

「見た目の気持ち悪い虫は殺されても何も言わない癖に、可愛らしい鹿は殺されて可哀想?――――――聖教教会とよく似た独善的な差別意識が随分と染みついてるんだな」

 

「………ッ!」

 

 悲痛に表情を歪め、か細く息を吸う声と共に谷口は下を向いて黙り込む。

女子達はそれを見て俺に言い過ぎだとでも言おうとしたのだろうが、身長差とギルオスヘルムβの見た目の威圧感で「あ?」と一言呟いて黙らせた。

 

「…ハ、ハジメくん。私は気にしてないから、その辺で…」

 

「勘違いするなリーナ、俺はお前の為に怒ってるんじゃない。こいつ等はこれまで大迷宮で何人も犬死にさせておきながら、おめおめと生き永らえて…少しは辛い現実を前に、能天気な考え方も心構えも変われるんじゃないかと期待したが…期待外れだ」

 

「おいっ、それは言い過ぎだろうがよ南雲!」

 

「お前達が王宮で召使に身の回りの世話をされて何一つ不自由ない生活を送ってる間、俺は血反吐を吐く思いで努力を重ね、この世界の価値観も生活も身に着けたんだ。言い過ぎて何が悪い?――――――これでもまだ言い足りないくらいだ!!!

 

 谷口を庇ったつもりで俺の前に立った坂上も、初めて聞く俺の怒号に怯んで後退る。

言いたい事を言ってもスッキリしない。逆に胃の奥でキリキリと痛みが増して、更に積もる怒りの熱で頭が痛くなってきた。

そんな時だった。これまで静かに見守っていたアゥータさんが俺の方へと歩いてきて、苦笑を浮かべて手を俺の頭に乗せ、ゆっくりと口を開く。

 

「そんなにカッカするなよハジメ。こいつ等が今通ろうとしている道は、お前が通ってきた道だろ?将来を心配してやるのは良いが、余計に仲を拗れさせるような事は言ってやるなよ」

 

「ッ!!俺は、こいつ等の心配なんてしてな―――」

 

「いや、してるよ。心配してなかったら、わざわざ依頼内容に書いてない事を、時間を割いてまで教えようなんてしない筈だ。俺の言ってることは間違ってるか?」

 

「…あくまで村の為です」

 

「…フッ、今はそういう事にしておいてやるか。…んで使徒の坊主達に嬢ちゃん達よぉ、あんまり俺は他人に厳しい事を言いたくねえし…そういうのはそこで心配そうな面して突っ立ってる先生のやる事だ。俺が言うべき事は一つだけ…弓使いの嬢ちゃんは、依頼された仕事を果たしただけだ。――――――思ってても、そういうのは露骨に態度で出さないでやってくれ」

 

 こういうのを大人の対応と言うのだろう。

俺の精神がこれくらいの立ち振る舞いを当たり前とするにはまだ幼稚すぎる。

そんな風に思いながら、そもそもこうなった事の発端は貴方だとボソッと呟いた。

 

「ク、ハハッ。確かに…俺が一番他人のこと、あれこれ言えねえ立場だったか…」

 

「………いえ、俺も少し熱くなり過ぎました。…今は仲裁に感謝しています」

 

 俺とアゥータさんが話してる間に、リーナも谷口から半泣きで謝られていた。

しかしリーナの方はまったく気にしていない様子で、寧ろさっきの態度に感謝を述べている。

 

「私達ハンターは殺すのが当たり前になっちゃうから、生き物を殺して可哀想とか、残酷だとか…あんまり感じなくなっちゃうんだ。だから、貴女達の反応が人として正しくて、当たり前なのよ。―――慣れて欲しいとは思うけど、その気持ちも忘れずにいてあげて?」

 

「うぅっ…ふぇ…本当にごめんなさいぃ…」

 

「うん。私も気遣いが足りなかったから、お相子ってことでこの話はお終い…ねっ?」

 

 あそこまで女の子に泣かれると、流石に俺も言い過ぎたと反省せざるを得ない。

独善的な差別意識とあいつ等に向けて言った言葉が、自分にも刺さっているような気がした。

 

 それからアッシュの持ってきたケルビの解体は、リーナが代理で教えることに。

俺も頭を冷やしたかったし、何よりまたクラスメイト達と距離を置きたかった。

さっきの事を気にしていた谷口が、覚悟を決めた表情で解体の手伝いに名乗りを上げる。

助手には実家が洋食屋という事もあり、生肉に抵抗があまりない優花が付いた。

―――先生は終始何も出来なかったことに対して自分を責めていたようで、離れたところで解体の作業を見守る俺にチラチラ申し訳なさげに視線を送っていた。

 




 次回の前書きは先生視点でのスタートになる……予定!
ハンター達の感覚がアレなだけで、谷口さん達のリアクションが人として普通っちゃ普通なんですが…スーパーで切り売りされてる肉を普通に食ってて、それがいざ目の前で肉が切り売りされるまでの過程を目にして、反応が可哀想だと…ねえ?(しかもカンタロス先輩の時は無反応どころか嫌悪感MAXだったことも含めれば猶更)

 リーナさんはこういう反応されても引き摺ったりはしないメンタル強めの娘です。
(アッシュの場合はやれやれで流し、シアは凹む。ハジメだったらキレてた)←このリアクションで各々の精神年齢が分かる主にシアとハジメ、リーナとアッシュのペアが近似値。

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特別任務「ハルツィナ樹海ツアー」⑤


 今更だと分かってはいるが……私は教師失格だ。
谷口さんの反応は当然の反応だった。しかし彼女……いや、自分達は戦争に参加した時点で命を奪う覚悟をしなければならなかった。
大迷宮で既に何十匹も殺してきている筈なのに、どうしてそんな言葉が出てくるのか?

 きっと彼女達はその場の空気に流されていたのかもしれない。
大迷宮という危険な場所に潜むモンスター達は危険だから倒さなきゃいけない。
暗く、おどろおどろしい雰囲気が充満したあの場所では生き物を殺すことに罪悪感を感じる余裕すらなかったのだろう。
だから青空の下、穏やかな草原の中で、鹿のような見た目のモンスター…ケルビがリーナさんに射殺された時、当事者ではなかったからあんな事を言ってしまった。

 それに対して南雲くんが怒った。
彼の言い放った独善的な差別意識という言葉は、生徒全員と…私の胸に深く突き刺さる。
彼が虫のモンスターを殺して持ってきた時、私達の多くは「気持ち悪い」という嫌悪感剥き出しの表情をするだけで、特に可哀想等と思う事をしなかった。一方でケルビが殺された時、私達は言葉に出さなかっただけで谷口さんと同じ気持ちを抱いていた。

 その後、険悪な雰囲気になりかけていた私達と南雲くんの間にアゥータさんが仲裁に入ってくれたお陰で場の空気は落ち着いたが、同時に私は何故あの時生徒達に対して声を上げられなかったのかと自分に対して憤りを感じていた。

 今朝の一件で南雲くんの考えを知った上で、彼らの先生として責任を果たせずにいる。
彼に謝りたい気持ちと、改めて谷口さん達にこの世界で生きていく事への心構えを真剣に話さなければならないと心に誓った。

「よっ、センセ。色々とお悩みのようですね?」

「…アゥータさん…。…先ほどはありがとう御座いました」

「ん?――――――あぁ、お礼を言われるほどの大したことはしてませんよ」

「それでも…本来は私が仲裁をする立場の筈なのに…私は…」

 この村に来てまだ一日しか経っていないが、アゥータさんには感謝している。
私達が神の使徒だからといって変に畏まったりせず、寧ろ友好的に受け入れてくれた。
改めて私が感謝を口にしようとする前に、彼が先に南雲くんの方を見ながら口を開いた。

「……ハジメのああいう態度に、俺個人としても思う所はありましてね。……恥ずかしい話、俺にも今のハジメと似た時期があったんですよ。だからですかね…他人事だとしても、傍観してるだけってのは…なーんかむず痒いっつーか」

「………」

 頭の後ろで手を組みながら暢気に話はいるけれど、彼の言葉に嘘偽りはないと感じた。
遠い目をした彼の横顔をじっと見上げていると、また彼は懐かしむように話す。

「―――昔のゲブルト村は、今のような生活が送れる状態じゃなかった。農作物を実らせても徴税で殆ど持っていかれちまって、肉や魚を獲る為にモンスターのいる草原や樹海に入っていった村人が襲われて死ぬことも珍しくない。若い奴らは皆、外に出稼ぎにいったっきり…俺みたいに戻ってきた奴もいたけれど…戻ってこなかった奴の方が多かった」

 言葉の最後に、微かだが怒りの色が滲んでいた。
戻ってこなかったという言葉の中に、死以外の意味が含まれているのだろう。
危険な村での生活を捨て、一人で稼いで食っていく道を選ぶ。
その考えを頭ごなしに否定するつもりはないと彼は言った。
だが、それは…言い換えれば故郷を見捨てたということ。

「……恨んでいるんですか……今も、その人達を?」

「――――――ハハッ、まさか?そんなどうでもいい奴らの為に心を割くのは馬鹿らしいでしょ。たとえ心で納得していなかったとしても、頭では理解する。いや……理解させるんですよ」

「……そう、ですか……」

 彼の言葉はまさに、今私達に必要なものだったのかもしれない。
()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
頭で理解さえしていれば、体は自然と脳の命令に従って動いてくれる。
鋼の精神力とでも言うべきそれを、私達はこの先身につけなければならないのだ。
―――――――――と次の瞬間、彼の口から零れた言葉に私は耳を疑った。

「――――――だからこうして、生きるか死ぬかの世界と無縁に過ごしてきたあんた等を見てると――――――妬ましくて、憎らしくて、殺してやりたいとさえ思いますけどね

「っ!!?」

「―――――――――なぁんて!冗談ですよ、センセ。ほら、そろそろ移動しますよ」

……背筋が凍り付いてしまうような鋭い殺気と、呪詛のような呟き。
私の聞き間違いだと思いたかったが、再び口を開いた彼がわざとらしい笑みを浮かべて私を急かしたことで、さっきのは彼の本音だったと察した。
南雲くんが、私が、生徒達がそうであるように…彼にもあるのだ。
人には決して見せることのない()()()()()というものが……



 

 草原を抜けて緩やかな斜面のある丘の麓、樹海から流れる小川の近くに来た。

ケルビの一件以降、俺はクラスメイトの誰とも口を利いていない。

向こうも俺に話しかけ辛いようで、時折チラチラ見ては顔を逸らしてを繰り返す。

正直鬱陶しいとは思うが、それでもアゥータさんに言われた事を思い出して我慢する。

 

「ハジメさん。えっと、その…元気、出して下さい…」

 

「…あぁ…悪いなシア、結局気を遣わせる羽目になっちまって」

 

 なにが訓練時代の時みたく…だ。これじゃ()()()()()()()()()()()と同じじゃないか。

したくもない愛想笑いを浮かべて、胃がキリキリするほどの窮屈さを覚える。

俺が目を伏せて申し訳なさそうにすると、シアは慌てて首を左右に振った

 

「いえそんな、気にしないで下さい!さっきの事は私も思う所はありましたし…」

 

「俺が余計な事を考えたのがそもそもの間違いだったんだ。…この先、クエストが終わるまで俺は黙って動いた方が良いのかもしれないな…」

 

「………余計な事じゃ、ないですよ………きっと」

 

「………そうか。………そうだといいな」

 

 そうこう話している内に、リーナがクラスの奴らに対し、小川の傍に生えている濃い青色の草を手に取って説明を始めている。

……あれは”流水草”か。多量の水分を蓄えて成長する性質から、水源の近くにしか生えない植物で、通常弾Lv1との調合すれば水属性の弾”水冷弾”になるとは聞いていた。

それ以外の使い道がないから、ガンナー以外には無縁のアイテムらしいがな……

 

(―――――――――んん?)

 

 ふとリーナ達の居る方から左側…丘の向こうから聞き慣れない音が聞こえてきた。

甲虫種の足音や羽音、草食竜の足音や鳴き声とも違う…四足歩行の素早い足音。

俺よりも聴覚に優れたシアがスッと静かにハンマーの柄へ手を伸ばす。

 

「…リーナさん、講義の中断を。……何か来ます」

 

「……了解。それじゃ話は一旦止めて、すぐに移動するよ」

 

「アッシュはリーナの方へ合流。シア、行くぞ」

 

 不安そうな顔で辺りを見渡すクラスの奴らは、まだ近づいて来る気配に気づいていない。

まぁそれも当然か…流れる川の水音、風に揺れる草のさざめき、樹海の方から偶に聞こえる小動物の鳴き声その他諸々…完全に聞き分けるのは無理だからな。

警戒する俺とシアが丘の方へ近づくと、向こうの足音がパタリと止んだ。

 

「…何でしょうか?」

「あまり大きくはないが、群れで動いてる。数は…3か4…いや、もう1匹増えてるな」

 

「この辺りで該当する小型は…」

「”ランポス” ”ジャグラス” ”マッカォ” …多分ジャグラスだろう」

 

「こっちに気づいたんでしょうか?近づいてきませんね…」

「仕掛けるなら早い方がいい。親玉も来ると厄介になる」

 

 腰を低くしてしゃがんだ姿勢のまま片方の手は地面に着けて斜面を登っていく。

次第に鳴き声は大きく、複数の咆哮から聞こえてきた。

丘の頂上にまで来て、そっと頭だけを覗かせると――――――

 

「――――――アタリだ。だが…確かに様子が変だ」

 

「こっちを向いてませんね……寧ろ、その逆……」

 

 鮮やかな黄色と深緑色が混ざった鱗を纏う細長の胴体、背中の赤い棘。

ジャグラスは丘に対して背を向ける形で、ギャアギャアと鳴き声を上げている。

俺とシアは全く同じ疑問を口にした。

 

「……樹海の方から来たのは間違いない……か」

 

「かなり興奮しているみたいですね。此方に全く気付いてません」

 

 不利と感じれば木の上にも逃げられるジャグラスが樹海の縄張りを追われて此処まで来た。

それだけで何か不穏な空気を感じ取れるし、何よりも湿地帯での一件がある。

魔人族絡みとなれば何が起きても不思議ではない。

 

「俺が仕留める。シアは此処で周囲の警戒を…特に樹海側を念入りに頼む」

 

「…分かりました。ご武運を」

 

 俺は後ろを振り返って、離れたところで安全を確保しているリーナ達にハンドサインを送る。

モンスターの数・こっちの出方・現状維持。

伝えたかった三つの項目を、彼女は素早く理解して頷いた。

アッシュが大剣を抜いて周囲を警戒し、アゥータさんがそれを補助している。

ふと、此方を心配そうに見ている先生と目が合った。

 

…さっきの事もあり、俺は黙って前を向いて目が合ってないフリをした。

静かに、ゆっくりと立ち上がってオーダーレイピアを抜刀し、丘を駆け登る。

斜面を滑り落ちる音でジャグラス5匹の視線が一気に集まった。

 

「―――シィッ!!」

 

 怒号一閃。一番近くにいた1匹目に対し、左右の剣で連撃を叩き込む。

致命傷に至らなかった場合を想定して、動きを阻害する筋肉が集中する後ろ足と、攻撃手段の一つである顎の噛みつきを出来なくする為に半開きになっていた口の端、計二カ所を切りつける。

 

―――グギャア!?

 

 

 悲鳴と共に後ろ足二本で一瞬立ち上がったジャグラスは、そのまま横向きに前の方へと倒れる。ビクンビクンと体が跳ねているのところを見るに、どうやら二撃だけでトドメになったらしい。

 

―――ギ、ギャアギャアッ

―――グギルルァ!

 

「…チッ」

 

 当然、仲間がやられて残りの4匹は黙っていない。

怒りの鳴き声を上げ、近くにいた2匹のジャグラスが挟撃で襲い掛かる。

噛みつこうとしてくる左の奴を双剣の刃で身体ごと受け流し、もう片方の引っ掻きは敢えて背中で受け止めた。

ピリッとした痛みが走るも、大して血は出ない。

 

「―――ッらあ!」

 

 仕返しのつもりで振り返ったと同時に右の剣で背中の棘を切り飛ばす。

斬りつけられた方は呻き声を上げて後ろへ下がり、受け流された方が再び俺に噛みついて来ようと横から仕掛けてくるが――――――

 

(そんくらいの攻撃、避けられるんだよ!)

 

 足で斜め前へ数歩ステップを刻み、仕掛けてきた奴は牙をガキンと打ち鳴らす。

左の剣を逆手に持ち替えて、噛みつきに失敗したジャグラスの胴へ突き刺した。

 

―――ギァァッ!?

 

「この…っ!」

 

 悲鳴を上げて逃げ出そうとするのに対し、俺は突き刺した剣をそのまま下腹部の方へと押し込み、胴体を輪切りにするイメージで吠える。

 

「おらぁ!!」

 

 全身の力を込めた結果、切り開かれたジャグラスの腹から臓物が零れ落ちる。

傷口と口から血を吐き出し暴れた奴の血が、青々とした草むらを、俺の防具を、双剣を、奴自身の黄色い鱗を、真っ赤に染めていく。

それから二秒か三秒が経ち、倒れて動かなくなった奴の腹から剣を抜いて血を払う。

 

 2匹がやられ、3匹目も傷を負わされたことで形勢不利と見たのか。

背中の棘を切られたジャグラスと合流した残り2匹は距離を取っている。

 

「―――――――――逃げられると思うなよ」

 

 俺は目を見開き、奥歯を強く噛み締めながら低い声で唸った。

こいつ等は運が無かった。もし今が探索の最中であれば、此処が樹海の中だったなら、こいつ等を1匹残らず殺す理由はない。

 

 今が要人護衛の特別任務中で、此処が樹海と村の境界線である草原だから、そして何よりも―――非常に個人的な事情で虫の居所が悪いから、こいつ等には此処で死んでもらう。

 

 オーダーレイピアの切っ先から血が滴り、足元の事切れたジャグラス達の血だまりをゆっくりと歩く足音交じりに3匹との距離を詰める。

この程度であれば鬼人化をする必要はなく、1分も掛からないと思った直後だった。

 

「ハジメさん!!右奥の樹海、木々の奥から何か来ます!!」

 

「っ!!」

 

 シアの声に反応して、俺はジャグラス達から視線を外した。

奴らも後ろから迫ってくる気配に気づいたのか、後ろを振り返っている。

ハルツィナ樹海の巨木が揺れ、何十匹もの鳥達が空へ飛び立つ。

目を凝らそうとした次の瞬間、木々を薙ぎ倒して何かの正体が露わになる。

 

「ハジメさん、あのモンスターは…!?」

 

 シアの驚く声を聞き、俺は見た目で該当するモンスターの名前を思い出す。

濃赤色の甲殻に身を包み、渦巻く炎を彷彿とさせる突起のある背部。推定”獣竜種”それから―――他のモンスターにない()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その刃物のような尻尾を攻撃手段に用いる姿から、別名”斬竜”―――

 

「――――――”ディノバルド”!!

 

 驚愕はそれだけに留まらなかった。

俺はディノバルドの後を追いかける、現れた三人組のハンターの存在に気づいた。

先頭を走るのは黒と黄緑色の刺々しい甲冑を着た太刀使いの男、白と鮮やかな赤の和服を着た操虫棍使いの男、北国の民族衣装のようなものを着た剣斧(スラッシュアックス)使いの少女。

顔が隠れている太刀使いを除き、それに追走する二人には見覚えがあった。

 

「っ――――――”グランツ””ラウラ”!」

 

 あの二人と一緒にいるって事は……まぁ、前を走るのはアイツしかいないよな。

よりによって今一番会いたくない奴とこんなタイミングで顔を合わせる事になるとは…

向こうも俺の存在に気づいたのか、操虫棍使いのグランツが声を上げようとして―――

 

「―――俺の邪魔ァすンじゃあねぇ!!其処の格下ァ!!!」

 

 太刀使い”シグ”のひと際大きく、ガラの悪い怒鳴り声が草原中に響き渡った。

 




 早速登場ガラの悪いハンター枠で知られるシグさんを微妙に分かりにくいキャラで例えるとこうなる(某ヒロアカで爆発個性の暴力系ヒロイン兼幼馴染、某海賊漫画で磁力使う3船長の一人)

 最初イメージしてたのは三人のハンターがモンスターに追いかけられる(2ndGのオープニングにあった一場面)だったのが、何故かモンスターが三人に追いかけられる事に……

 前書きのアゥータさんの台詞はファイヤーエムブレム風花雪月に登場するキャラクターの台詞をほぼ丸パクリしてます(※ストーリーを見て分かる激重感情持ち)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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灼熱の刃を討つ


 ハルツィナ樹海は主に三つの区域で特徴が分かれている。
ゲブルト村やフェアベルゲンの集落がある中央の鬱蒼としたジャングルのエリア。
北へ進むと広がる山岳エリアは緑が減っていき、東に進むとブルックの町に繋がる街道へ出る。
南には湿地帯と川で繋がる水源エリアの他に陸珊瑚(おかさんご)と呼ばれる陸生の珊瑚が長い年月をかけて成長し、高低差のある台地が広がっていた。

 クエストリーダーのシグは丘の途中で街道を逸れて山岳エリアに向かっている。
彼らの目的は樹海でしか手に入らない”深層シメジ”の採取・納品。
これまで深層シメジが多く発見されたのは山岳エリア。事前の調査でそれを知っていたシグは、村を経由してベースキャンプから向かう正規ルートを無視する方法を選んだ。

 山岳エリアには温厚なモンスターが居らず、飛竜種や獣竜種といった比較的サイズの大きいモンスター達が巣を作り、近隣を狩り場にしている。
普通のハンターであれば、自ら危険を冒すような真似はしないのだが……
この三人――――――特にリーダーのシグはその逆をゆく。
敢えて危険を冒し、場数を踏むことで自らの名声に箔をつけ、確かな強さを得られるのだ。
言葉にすれば簡単だが、彼は……()()()()()を持ち合わせていなかった。







―――グルヴォオオオォォォ!!!

 山岳エリアの最下層、菌糸類が群生する場所の中心でディノバルドが吠える。
相対するシグ達…ラウラとグランツの手には深層シメジが抱えられていた。
咆哮に怯む二人の前に立つシグ一人だけ、涼しい顔で相手を見据えて口を開く。

「お前らキノコ(そいつ)は後回しだ。先にこいつをブチ殺す」

「ええ…態々戦わなくてもいいじゃん。今回は採取がメインなんだしさ~」

「諦めろラウラ。向こう(斬竜)あいつ(シグ)も、お互い逃がす気はないって顔に書いてあるぜ」

 二人がスゴスゴと諦めてアイテムポーチへと深層シメジをしまっている間、太刀を抜き放ってシグはディノバルドの真正面へと駆け出していた。
ディノバルドは後ろへ下がった―――ように見せかけて尻尾の大剣をシグの頭上へ振り下ろす。
しかし彼は切っ先が届く直前で斜め前へと転がってそれを躱した。

 尻尾を叩きつけたことで後ろを見せたディノバルドは体勢を立て直す時間がかかる。
その隙を逃さず足下に辿り着いたシグは踏み込み切りを食らわせた。
足の表皮が裂けて血は出るが、血の量を見て大したダメージになっていないとシグは毒づいた。

「チッ、浅かったか」

 ディノバルドはサイドステップで再びシグと距離を取り、側面から噛みつこうと突進する。
シグは横目でディノバルドの動きを追いながら、奴がさっきまで立っていた前の方へ転がった。
当然噛みつきは失敗に終わり、転がった彼の背後でガキンッ!と牙を嚙合わせる音が響く。

「ハッ…カスみてえな攻撃、俺には当たらねえんだよ!!」

 背を向けた状態から背後のディノバルドへ振り返り、ディノバルドの横っ面を太刀で突く。
威力の低い攻撃だが、足よりも肉質の柔らかいディノバルドの顔に刃が深く突き刺さった。

 窪んだ瞳の奥が彼の姿を映し出し、顔を覆う鱗がざわめきだした。
刺した刃をすぐさま引き抜いて、シグは更に切り上げ、振り下ろしの二撃を放つ。

 そこへ、深層シメジを収納したグランツとラウラの二人も参戦する。
完全に二人の存在を度外視していた結果、ディノバルドの胴体はがら空きだった。

「隙ありぃ!」

 鋭利な見た目のスラッシュアックスを斧の状態にして突進斬りで仕掛ける。
顔の方に向かって斜めに走るグランツは薙刀のような見た目の操虫棍を構えたまま、左手にセットされているハサミのついた巨大なカナブンもどき”猟虫”をディノバルドの顔目掛けて飛ばす。

「ほいっ、と…頼んだぜ!」

 シグに執拗な攻撃を繰り出そうとしたディノバルドだったが、猟虫が反対側の目を執拗に攻撃したことで動きが止まり、立て続けにラウラからの斧状態でのぶん回しを喰らって遂には怯んだ。
その隙を彼が逃すはずもなく、兜の奥で凶悪な笑みを浮かべる。

「余裕かましてンじゃ……ねぇぞ!」

 間髪入れず”気刃斬り”から”気刃大回転斬り”のコンボ技を叩き込む。
通常のハンターであればそこで太刀を納刀する為、大きな隙が出来る筈だが―――彼は背中の鞘を左手で持ち左腰に添え、片手で太刀を回しながら左腰の鞘へと納刀する。
それは太刀使いの中でも熟練の使い手しか知らない”特殊納刀”の構え。

「………」

 立て続けに三人からの攻撃を受けたディノバルドの体は、熱を帯びて怒り状態へと移行する。
当然足下に群がる三人を怯ませるほどの咆哮を行うのだが―――この時はそれが悪手となった。
鼓膜を突き破る程の爆音が鳴り響くまでの一呼吸…彼にとって充分過ぎる隙だ。

「―――ぜぇらああああぁぁぁ!!」

 怒号と共に瞬く間に鞘から抜いた太刀を逆袈裟に振るう。
開きかけたディノバルドの下顎を、電撃の迸る刃が切り裂いた。
それだけでは終わらず、シグは持っていた鞘を投げ捨てて逆袈裟に振った刀を両手に握り直し、刃の向きを変えて袈裟斬りを繰り出す。
”特殊納刀”からの繋ぎ最速のカウンター”居合抜刀斬り”だった。
同じ個所を二度切り付けられたことで咆哮は遮られ、再度ディノバルドは怯む。

 再び”気刃斬り”の連撃と”気刃大回転斬り”を放ち、太刀の刀身が白銀から黄金に光り輝く。
追撃の一手と言わんばかりにラウラは剣斧を握る手元のに目を向ける。
剣斧最大の特徴である”スラッシュゲージ”の薬液充填量が最大充填が終わっていた。

「じゃあこっちも――――――いくよぉっ!!」

 ハンターの武器種中、最大級の攻撃のリーチを誇る斧が音を立てて()()する。
竜人族から伝わった工房技術の一つ、銃槍(ガンランス)に並ぶ変幻自在の斬撃武器。
刃が回り、火花を散らしながら武器の形が斧から巨大な剣へと変わっていく。
瓶に詰められた薬液が刃へと伝わり、素材単体では成立しない特殊な力を生み出す。

「お、りゃ、りゃりゃりゃぁぁぁ!!」

 彼女の持つ剣斧に付与された”強撃ビン”は武器の攻撃力を更に増加させる。
斧に比べて平均的なダメージの剣だが、それを手数と薬液の力で補う。
赤い光の軌跡を斬撃で描きながら、ラウラの振るう剣斧がディノバルドの足を切り刻む。

「こいつで……!」

 怒涛の連続攻撃を喰らって、ディノバルドの忍耐力も限界だった。
そこへグランツは更なる追撃の為、操虫棍を使って空中へと舞い上がる。
猟虫が集めてきた特殊な”エキス”で使用者であるハンターの肉体を強化。
飛び道具でない限りは届かない、ディノバルドの背部に向かって刃を振るう。

―――グルオォォォ…!

 足下がふらついたディノバルドが地面へと倒れれば、そこからは一方的な蹂躙が行われる。
頭部の部位破壊を執拗に繰り返すシグの”気刃斬り”による猛攻、足から胴にかけてラウラの剣斧は薬液の効果を最大限発揮する大技”属性解放突き”を放ち、猟虫のエキスにより強化されたグランツの操る操虫棍の連続攻撃。

 ようやく起き上がったディノバルドは野生の直感でようやく理解し、恐怖する。
小さく、貧弱に見えた目の前の三人が()()()()()()()()()()()()()

 唸り声をあげて、弱みを見せないようにディノバルドは移動を開始した。
山岳エリアは住処として申し分ないが、ディノバルドにとって戦いづらい場所である。
もっと開けた場所であれば、自慢の尻尾を存分に振るうことが出来る。
それでこの三人を仕留めることさえできれば、深い傷を負ったとしてもなんとかなるだろう。
背を向けてエリアを移動するディノバルドに対し、シグは怒鳴り声を上げて追いかける。

「―――逃げんな!待ちやがれテメェ!!」
「おいシグ、お前目的を忘れてるんじゃないだろうな!?」
「あっ!!もうっ、シグもグランツも置いていかないでよー!!」

 先に武器をしまっていたシグに対し、やや遅れてグランツが焦りながら後を追う。
更にその後ろを”属性解放突き”の反動で斧の状態に戻った剣斧を畳んで背負うラウラが走る。

「だからお前は防具に”納刀術”つけておけってあれほど言っただろうが!」
「そんなのつける余裕なんてないもーん!だったらグランツが装飾珠を作って私に頂戴よー!」

「こっちもそんな余裕ねえよ!?お前とあいつにアイテム貸して貧乏なんだよ!」
「アタシもアタシでお金カツカツなの!っていうかこのままだと山岳抜けちゃうよ!?」

「くっそ、あいつ”ストライカー”の癖に…太刀はスタミナ気にせず戦えていいなぁ!」
「だったらグランツは”エリアル”辞めればいーじゃん!アタシみたく”ギルド”のままとか―――」

「お前らぁ!!なぁにペチャクチャ喋ってンだ!?さっさと来いやぁ!!」

「「分かったから先走ってんじゃねえ!!この頭ドスファンゴが!!!」」

―――と、こんな感じに騒ぎながら三人は山岳エリアを抜けて、ジャングルのエリアに入った。
ディノバルドは木々を薙ぎ倒して樹海を飛び出した先で別の集団と遭遇し、それを追ってきた三人も、その集団の中に見慣れた者達の姿を見つける事となる。



 

 まさかこんな時に、こんな所でシグ達と再会するとは思わなかった…

けど今はそれよりも眼前で立ち止まり、此方を威嚇するディノバルドが問題だ。

 

 ジャグラス程度なら何十匹襲って来ようが、なんとでもなる。

だがディノバルド並みにデカいモンスターが暴れた場合、流れ弾でクラスの奴らが死ぬ。

後ろでシグの怒鳴り声を聞いて唖然とするシアに振り返って、俺は負けじと大声で叫ぶ。

 

「シア!リーナ達と合流して、村まで全速力で戻れ!!」

 

「っ!?…わ、分かりました!!ハジメさんは―――」

 

斬竜(こいつ)を……此処で仕留める!!」

 

 サッと身を翻して丘を駆け下りていくシアの方から前へと向き直り、ディノバルドを睨む。

向こうも俺に敵意を剥き出しにしており、剣のような尻尾が地面をバシッと叩いた。

叩いた瞬間、尻尾の切っ先と触れた植物が切り裂かれているのを見て内心ぞっとする。

 

 俺は斬竜と戦った事がない。

目の前にいるこいつは、大迷宮で戦ってきた相手とほぼ同格か…或いはそれ以上。

一つ違う点があるとすれば、こいつは明らかに弱っている。

その理由は、こいつの真後ろから聞こえてくる怒鳴り声の主が教えてくれた。

 

「格下ァ!!俺の獲物横取りするンじゃ――――――!?」

「おっと、肩借りるぜシグ。ほい、ほい到着…っと」

 

(っ!?なんだ…今のグランツの動き…跳んだ?)

 

 怒鳴り声を上げようとしたシグの背後からグランツが跳び上がり、シグの肩に足を掛けて更に空中高くへと上昇すると、操虫棍の技を使って俺の眼前に降り立った。

途中でディノバルドの背の軽く超えた空中移動は、操虫棍の基本動作だ。

 

 だが、最初に行った跳躍は操虫棍を使っていない状態で行われた。

重い装備を見に纏うハンターが、あれほど高度な跳躍を行うなんて話は聞いたこともない。

だから目の前で起こった光景に俺は目を見開いて驚愕していた。

肩に足をかけられたシグは前のめりになって踏み止まり、グランツに吠える。

 

「グランツ!テメェ、どういうつもりだゴラァ!?」

 

「いーから此処は俺に任せて、お前はラウラとそれの相手しててくれよ」

 

「ぜぇ、ぜぇ、ひゅう…あんた…ら…置いていかれるかと…思ったわよ…」

 

 シグの背後から肩を上下に揺らしながら呼吸を整えるラウラが顔を出す。

シグはまだ何か言いたそうにしていたが、ディノバルドの視線がシグの方に向く。

俺はグランツと向かい合い、シグとラウラはディノバルドの相手をすることになった。

 

「久しぶりだなハジメ。帝都で別れて以来か?」

 

「…久しぶりだなグランツ。けど、今は悠長に話をしてる場合じゃ―――」

 

「分かってるさ。シグには後で俺から言っておく。此処は一つ、共闘といこうか?」

 

「…あぁ」

 

 さっきの動きについて聞きたかったが、それは後にした方がいいだろう。

のんびりとした様子で喋るグランツの背後で、ディノバルドが二人に襲い掛かった。

口から吐き出された真っ赤なマグマのような半固体のブレスを吐き出す。

 

 太刀を抜いたままのシグは当たる直前で転がって避け、ラウラもそれに倣ってブレスを躱す。

地面に付着した真っ赤なそれは、火柱を上げて数秒の後大爆発を起こした。

あれが獣竜種でも五本指に入る脅威の存在たらしめるディノバルドの攻撃の一種”劫火の砲弾”

 

(当たったらヤバいな…それに着弾後も気をつけないと…)

 

「よし…それじゃ、行くぜ!」

「応ッ!!」

 

 オーダーレイピアを抜いた直後に”鬼人化”

グランツの脇を通り抜けてディノバルドへと迫る。

グランツはさっきと違い、操虫棍を使って空中へと舞い上がり攻撃を仕掛けた。

 

 俺が狙うのは足一択。

双剣のリーチじゃ地面から離れたところにある胴体へ攻撃を当てるのは難しい。

顔の位置は胴より低いから、狙う事は出来るが、未知の相手に正面切っての戦いは避けるべきだ。

 

 同じく足狙いで来ていたラウラと目が合う。

あの防具は…見たことがないな…飛竜種の素材じゃないって事だけは分かる。

毛皮の質感的に牙獣辺りか…?見た目がアイヌの民族衣装っぽいのも見てて新鮮だ。

 

「や、ハジメくん。―――随分と個性的な装備を着てるんだね?」

 

「手持ちの素材じゃ、統一するのが難しかったんだよ。これでもスキルと属性耐性にはそれなりに気を配って作った方なんだぜ?」

 

「成程。後でじっくり聞かせて貰おうか…なっ!!」

 

「そうして…くれっ!!」

 

 話をしながら、ラウラは剣斧を斧の状態でぶん回し、俺は双剣で切り刻む。

お互いに武器が誤って当たらないように気を遣いながら、狙う足を目線で教える。

俺は左足を、ラウラは右足を。ディノバルドが動いたら今度は逆を。

 

―――グルルルッ!

 

 唐突に、ディノバルドが尻尾を近くの岩場で擦り始めた。

太陽の光が反射して、鈍色の輝きを放っていた尻尾の全体が赤熱化し始める。

発火性の強い鉄分を含んだそれに摩擦熱を蓄積させたことで起こる現象”尻尾赤熱状態”だ。

 

 ハンター達からは尻尾の部分だけを指して”灼熱の刃”と恐れられている。

怒り状態の時にあれを発動されると、こっちとしてもより注意を払う必要があった。

だが、そんなの知った事かと言わんばかりにシグは奴目掛けて突っ込んで行く。

 

「格下が一人加わったからってぇ!!俺達のやる事ぁ変わらねェンだよォォォ!

 

「…さっきから格下、格下と…人を下に見てんじゃねぇ!!!」

 

 こんな時に言うのもなんだが、俺はシグが嫌いだ。

そして向こうは俺よりも俺のことが大っ嫌いだ。

同期であいつと仲良い奴なんて、それこそ此処にいるラウラとグランツくらいしかいない。

 

 でも、嫌いである云々を抜きに…シグのハンターとしての腕は同世代で群を抜いている。

教官に教わった通り、初心者らしい動きを覚えて実践するだけなら俺とレイが一番だった。

シグは訓練所に入った時から、既に上位ハンター並の立ち回りを披露していた。

 

 罵詈雑言を吐きながら太刀を振るうシグは、兜で隠れて表情こそ読めないがモンスターの位置だけでなく、周囲にいる俺、グランツ、ラウラ…三人の位置取りを()()()()()()()()()

 

 攻撃リーチの広い太刀をどう振れば味方に当たらないか。

どのタイミングなら動き回るモンスターと味方の距離を一定に保てるのか。

あらゆる側面から狩りを俯瞰し、困難な状況も即座に切り抜ける。

天性ともいえるハンターの才能がシグにはあった。

 

「――――――!!」

 

 死角外から迫る尻尾の叩きつけを”見切り斬り”で避けて”気刃大回転斬り”で反撃する。

太刀使いではルゥムさん以外に見た事はなかった”特殊納刀”からの”居合抜刀斬り”も使う。

 

 あの場では咄嗟に共闘の二文字が脳裏を掠めたが、今はその言葉が消えている。

ハッキリ言って俺は未知の相手に恐る恐る切り込んでいくのがやっとだった。

対するシグは攻撃の手を休めることなく、ディノバルドをどんどん追い詰めていく。

 

 次の瞬間、シグが攻撃していたディノバルドの頭部の下…紅い光が灯っていた喉元が爆発した。

ディノバルドは悲鳴を上げながら仰け反って、横向きに倒れ込む。

 

 臨戦態勢となったディノバルドが喉元にさっきもブレスとして吐き出したマグマのような半固体の物質を溜めることは知っていた。その状態を”ノド溜め状態”と呼ぶことも。

だが頭部を攻撃したことで、口内のマグマが爆発するというのは初耳だった。

 

「こいつでトドメだ!!」

 

 シグの勝ち誇った声でハッと我に返り、距離を詰めるラウラとグランツに俺も続いた。

”鬼人化”からの連撃を叩き込めば、他三人の攻撃も合わさりディノバルドを倒せる。

そう思って三人を見た時――――――俺は異様な光景に目を見開いた。

 

「―――――――――は?」

 

 シグ、ラウラ、グランツの三人が取った行動が何だったのか、全く理解出来なかった。

太刀とシグ自身が纏うドス黒いオーラを乗せたバックステップからの回転斬りと時間差で発生する斬撃、燃えるようなオーラを纏ったラウラの巧みなバランス感覚によって制御された斧の状態から繰り出される連撃、さっきも見せたグランツの跳躍力と操虫棍による渾身の叩きつけ。

 

 時間にして五分にも満たない、あっけない狩りの終わりだった。

倒れてから起き上がることなく息絶えたディノバルドを前に、俺は呆然としていた。

 




 前書きの方が長くなってしまった……
ハジメはまだ狩猟スタイルも狩技も知りません(リーナ、アッシュも同様)
余談ですが作者の考える強さの次元
秘伝書(型)>>>各狩猟スタイル・狩技>翔蟲>スリンガー・クラッチクロー>初期
例外ハンターはぶっちゃけるとこれら全て(翔蟲やスリンガーといった本作に於けるロストテクノロジーは除く)を十全に使いこなせる化け物です。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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耳長の亡者は樹海に誘う


 4人のハンターが神の使徒を連れて、ハルツィナ樹海に訪れている時のこと。
ゲブルト村は短期間で大きく発展したとはいえ、村人達の生活は依然と変わらない。
男衆は畑仕事に精を出し、女達は各々家事に従事し、子供達はどちらかを手伝う。

「おーい早くしろよー!」
「遅いなぁ、おいていくぞ~!?」
「ま、待ってよぉ……」

 10歳になったばかりの男の子が3人、樹海から流れてくる川の近くで魚を釣っていた。
桶の中で2,3尾のサシミウオが跳ねており、一番足の遅い子が2人に急かされて帰りを急ぐ。

「へへっ、今日の釣りしょーぶは俺の勝ちだな!」
「えーっ!やっぱり俺の釣ったやつのほうが大きいって!」
「違うよ、僕の釣った奴が並べたときに一番大きかったもん」

 どこの村でも見かける、普通の子供が交わす日常的な会話。
彼らはいつも通り家に帰って、両親と一緒に釣った魚を焼いて食べる。
その後は日が暮れるまで他の子供達と遊んで、夜はご飯を食べて両親と一緒のベッドで眠る。
この日も毎日と変わらない時間が続く――――――筈だった。

「……うん……?あれ……?なんか変な臭いする?」

「えっ?……あ、ほんとだ。なんの臭いだろ……」

「とーちゃんがアプトノス解体した後の臭いに似てるかも……」

 彼らは足を止めて周囲を見渡し、足の遅かった子が見慣れた風景の中に生じた変化に気づいた。
川の流れが緩やかになる湾曲したところに、流木と何かが引っ掛かっている。
2人にそれを指差して伝えると、彼らもそれに気づいて恐る恐る近づいていく。
異臭はどんどん酷くなり、そして―――――――――

「う、うわあぁぁぁっ!」
「ヒッ、人が……死んでる!?」
「だ、誰か呼ばなきゃ…お、大人のひと―――!!」

 彼らが目にしたのは、服の襟が流木に引っ掛かって息絶えている森人の死体だった。
虚ろな顔で虚空を見つめている彼の背には、火傷を伴う大きな裂傷の痕。
3人は釣竿とサシミウオの入った桶を放り出して一目散に駆け出す。
川の流れる音に混じり、森人の死体の周りを無数の蝿が耳障りな翅音の鎮魂歌を奏でる。



 

 ディノバルドの素材を剥ぎ取った後、村までの道をグランツ達の前を歩く。

三人が見た事のない動きをした事に対し、驚きのあまり一言も発せずにいた俺を見たシグは嘲るように鼻で笑い、ラウラとグランツに後を任せて離れ、村の集会所がある方へ去っていった。

 

 出発前の集合地点でリーナ達が待っていた。

彼女の隣でシアが此方に向かって大きく手を振るのを見て、少し頬が緩んだ。

 

「お疲れ様ハジメくん。―――グランツ達は、ギルド本部で見かけて以来かな?」

 

「あぁ、そうだな。…さっきハジメがお前の名前を呼んでたから、お前とアッシュが居るとは分かっていたが…。…フム、さっきから離れたところでこっちをチラチラ見てる連中と……あの時のハジメが言ってた事から察するに……なんか迷惑かけちまったか俺達?」

 

「ううん、気にしないで。危険になったら村まで戻るのは想定の範囲内だったから」

「…流石に斬竜が出てくるのは、予想してなかったけどな」

 

「ごめんねアッシュ。シグが一人で突っ走って、アタシらも追っかけるのでやっとだったのよ」

「それで……?当の本人が見当たらないぞ」

 

「お前らと会ったら間違いなく揉めるだろうと思ってな、元々俺達は樹海で採取クエストの途中だったんだ。クエストリーダーのアイツに、ギルドへの報告と採取品の納品を頼んでおいたのさ」

 

「そうだったのか。…気を遣わせたみたいで悪いなグランツ」

 

 四人が話しているあいだ、俺はずっとあの時の三人の動きについて思考を巡らせていた。

あの体から溢れていたオーラのようなものは何なのか?どこでそれを覚えたのか?

それは俺にも覚えられるものなのか?効果やデメリットはあるのか?

……考えれば考えるほど、疑問が湧き出て自然と黙り込んでしまう。

返事をしなかった事に対して気になっていたのか、リーナが顔を覗き込んでくる。

 

「…何かあったのハジメくん。さっきからずっと黙ってるけど…?」

「ん……あぁ、悪いリーナ。考え事してた…そうだな――――――」

 

 今この場にシグがいないのはチャンスだった。

軽く目を瞑ってから、意を決してグランツ達の方へ顔を向ける。

 

「グランツ、ラウラ。聞いてもいいか?」

「あ~……ひょっとしてさっきのアタシ達が使ってたアレについて知りたいとかそういう質問?」

 

「…そうだが。…その様子だと―――」

「…悪いなハジメ。さっき別れる直前に「格下野郎に聞かれても、教えてなんかやらねぇよ」って言えとアイツに念押しされてんだ」

 

(――――――シグの奴…頭ドスファンゴの癖にそこらへんは抜かりねえか…)

 

 ハンターが得たモンスターに関する情報はギルドへ報告、情報の共有化が義務付けられている。

だが武器・防具、スキル等に関して新たな発見等があった場合、報告の義務は発生しない。

武器・防具に関しては生産者から、製造方法や名前の由来などを秘匿する為という理由が挙げられ、その他については少々複雑で、同一の存在に対して新たな発見が複数寄せられた時、ハンターの間で異なる意見が出て度々論争を起こすといった事例が過去に存在するからだ。

 

 例えの一つとして、強走薬の効果について。

ハンター達の活動力(スタミナ)を一時的に底無しへと変化させることで知られていた強走薬だが、ある時一人のハンターがこんな報告をギルドに挙げた。

 

「スタミナの減りが遅くなっただけで、無尽蔵に走れなくなった」

 

 これに対して古くから強走薬を愛飲している古参ハンター達はそのハンターが嘘をついていると頭ごなしに否定し、嘘つき呼ばわりされたハンターは同じような効果を受けたハンター達を集め、嘘ではないことの証明を彼らの前でしてみせた。

 

 そこからは先は口にするのも憚られるハンター同士の無益な口論が三日三晩続き、最後はギルド本部が「場所や使用する材料の原産地、使用者によって効果に多少の変化が生じることもある」という結論を下し、不毛な議論は終わった。

 

―――話を戻して、さっきのアレについては手掛かりすら掴めなくなった。

グランツとラウラの二人は、シグと違って癖もないし会話も成立するから仲は悪くないと思うが、俺の頼みとシグの言葉…二人はどちらを優先するかと聞いたら迷いなく後者を取る。

それほど三人の関係が深いということは同期の間では共通の認識だった。

 

「分かった。……アイツも集会所に着いてるだろうし、此処で解散にしておくか?」

「あぁ、そうだな。またどっかで話す機会があったら話そう。いくぜ、ラウラ」

「了解。んじゃ三人とも、じゃーねぇー」

 

「えぇ、また」

「おう」

 

 歩いて去っていく二人を見送ると、入れ替わるようにクラスの奴らがゆっくりと近づいて来る。

…手掛かりは掴めなかったが、俺としてはそれなりに得るものがあったクエストだった。

さっきの事を水に流して…とはいかないが、もう感情に身を任せて怒ったりするのは止めよう。

 

「一人も欠けていないし、怪我もしてないな?」

 

 俺の問いかけに男子達、女子達でそれぞれ顔を見合わせて小さく頷いている。

…やっぱり、さっきの事で向こうも話しかけ辛くなっているよな…と思っていたら、優花と永山がクラスの奴らの間を通って一歩前に出てきた。

 

「大丈夫だ」

「平気よ南雲。…ありがとう守ってくれて」

 

「…感謝されるような大した事はしていない」

 

 優花から感謝されるも、他の奴らも見てる手前そっけない返事で済ませてしまった。

彼女は「…それでも、ありがとう」と小声で言い、疲れた様子の宮崎達の方へ戻っていく。

再び入れ替わるように、今度は見張り台の方から降りて来たアゥータさんが先生と一緒に来る。

 

「お疲れさんハジメ」

「アゥータさん……依頼内容はまだ完全に達成されていませんが……どうしますか?」

 

「う~ん…俺としてはもうちょっと奥まで進んで色々とこいつ等に教えてやりたかったんだが…さっきの事もあるしな。暫くは村の中で大人しくしてた方がいいかもしれねえ…依頼自体はサブターゲット達成って形で完了しちまっていいぜ。報酬は集会所で受け取ってくれや」

 

 アゥータさんと話している間、ふと俺は樹海の方へ視線を向ける。

…シグ達が襲われた山岳地帯からディノバルドが現れた事、それ自体は不思議な事じゃない。

しかし、それより前の出来事…あのジャグラス達が少数であそこに現れた事が引っ掛かる。

 

 戦っている間はそこまで考える余裕はなかったが…今になってある可能性に思い至る。

湿地帯で偶然出会った幸利と魔人族と今回の件。

関わりがあると断言は出来ないが、その逆も無いと切って捨てるのは早計だ。

………今からでも調査をしておくべきだろう。

 

「………………」

 

―――幸い、防具で顔を隠しているお陰でクラスメイト達の方を見ても気づかれる事はなかった。

まだこの事をあいつ等に話す必要はない。

魔人族が関係しているかまだ分からない現状で不安を煽るのは拙い。

下手をすると村にまで迷惑が掛かってしまう…俺が取るべき行動は一つか。

 

「一度、戻って樹海の方を探索しようと思う。…お前らはどうする?」

 

 振り返って後ろで警戒を解いたリーナ達に話しかける。

矢筒を腰から外して喉の奥で「ん~」と声を上げながら、リーナは腰をトントンと叩いて言った。

 

「そうだね……私は少し休憩して、集会所で別のクエストを受けようかなって考えてる。――――――ついでにギルドで樹海の事を話しておけば、情報の共有化も出来るでしょ?」

「俺もリーナと同意見だ」

 

 二人の答えを聞いて頷き、残る一人…シアの返事を待った。

彼女は俺と二人を交互に見てアワアワしていたが、リーナがウインクと一緒にサムズアップを送ると、ほんのり顔を赤くしながら意を決した表情で俺の方に体ごと向き直る。

…どういう意味だったのかは敢えて聞くまい…

 

「わっ、私は…ハジメさんの調査に同行しても…いいですか?」

「……そうだな。樹海に詳しいシアが居てくれると助かる」

 

 まだ明るいとはいえ、地図を片手に樹海の中を手探りで調べるのは骨が折れる。

樹海の中を動き回るのに、土地勘のあるシアが同行してくれるのは心強い。

もし何かあった時の備えとして、伝達を頼む事が出来るのも理由の一つだ。

 

「それじゃあ、リーナさんとは此処で一旦お別れですね」

「うん。二人の報酬は集会所の職員さんに預けておくから」

 

「分かりました!」

「分かった。それじゃあ――――――」

 

 

 

「「「ハジメにいちゃーん!!!」」」

 

 

 

 

 シアに出発を促そうとした俺の言葉を遮って、聞き慣れた村の子供達の声がした。

声のする方に振り向くと、村の近くにある川の下流から3人の子供が駆け寄ってくる。

恐怖で引き攣った顔で息を切らしながら、3人は俺の前で止まって一斉に口を開く。

 

「か、川の方にっ…変な人がいた―――」

「流木に引っ掛かってたんだよ!やな臭いがっ―――」

「こ、声を掛けたけど動かなくて、それでっ―――」

 

「落ち着けお前ら…!川の方に人がいて、それでどうしたんだ?」

 

 3人の様子は明らかに普通じゃない。

少し前の嫌な想像が脳裏を過ぎって、自然と背筋が寒くなった。

そして俺は―――1人の子供が涙目で口にした言葉を聞いて驚愕する。

 

「みっ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「―――ッ耳の長い男!?」

「ハジメさん…それって―――!」

 

 この辺りでそんな特徴を持つヒトなんて彼らしかいない。

しかし……何故という疑問が即座に浮かぶ。

樹海から出てこない彼らが、人間の住む村に近い川に……

……だけど今は疑問を解消する時間はない。

頭防具をずらして素顔を晒し、3人の目線に合わせて話しかける。

 

「場所はいつも村の皆が使ってる川で間違いないんだな?」

「そ、そうだよっ。サシミウオがいっぱい釣れるところの近く!」

 

「……分かった。アゥータさん!そいつ等とこの子達を連れて、今の話を村の人達に!」

「あぁ、そっちは俺に任せろ」

 

 突然の事に戸惑うクラスメイト達の前で、状況の深刻さをいち早く理解したアゥータさんが頷いて3人の子供に村の中へと入るよう促す。

死体を見てかなりショックを受けているようだし…誰か大人の人が傍に居てやらないとな…

 

「シア、予定変更だ。川に向かうぞ」

「はいっ!」

 

「リーナ、斬竜の話と今の話をギルドに報告してくれ!」

「分かった!」

 

「アッシュは村に駐留してる帝国軍に同様の連絡を!」

「おう!」

 

 シアを連れて、川の流れる方へと一目散に駆けて行った。

後ろから先生の呼び止める声がした気がするが、気にしている余裕なんて無かった。

 

 嫌な予感ほどよく当たる。

この後、俺は何度も心で同じ事を呟くのだった。

 





 お久しぶりです。
読者の方々にまずは謝罪を、二週間以上も更新を怠ってしまいました。
リアルが忙しかったというのも理由の一つですが、完成する度に「なんか違う…」と書き直してはプロットを作り直し、息抜きで単発作を量産したりと余計な時間の消費を繰り返している内に更新が滞ってしまい……本当にごめんなさい。

 これから年末が近づくにつれて更に忙しくなるので、タグ一覧から週一更新を削除し不定期更新に切り替えようと思います。
未完のまま放置したくはないので更新は続けますが、またどれくらい掛かるかは分かりません。

 更新に関係するかは分かりませんが作品内容に関するアンケートを用意しました。
お手間を取らせて申し訳ありませんが、回答を頂ければ幸いです。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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調査、そして樹海へ…


 ダヴァロス、セレッカの二人が調査し尽くしたハルツィナ樹海で、モンスターや亜人、人間から見つからない場所を見つけるのは容易い事だった。
湿地帯から迂回して陸珊瑚とジャングルの境界線を進み、濃い霧で包まれた木の根元に隠れ、治療が必要なダヴァロスの為に幸利達は現在ジャングルの中を探索している。

「ヤック、なんかあったらすぐに教えろよ?」

―――ゲエェェェッ、ケケケッ。

 支配種のクルルヤックへと指示を出して、幸利は足元に生える青草とにらめっこする。
薬草を採ってこいと、一応の上司であるレイスに命令されたのはいいが……

(どれがその薬草なのか全くわからないんですけど!?)

 彼は薬学に関してはド素人であり、医学的知識も高校生が習う保健体育で止まっていた。
普段から何十種類もの植物を採取するハンターであれば探し当てるのも容易かもしれないが…

(んな簡単に探せるか!!)

……と文句を言いたいが言えない。命令してきた相手(レイス)は今の彼にとって上官。
上官の命令に、部下は絶対服従。それが軍隊であれば猶更だ。
更に幸利は人間ということもあり、軍の上層部からまだ信用を得られていなかった。

 行方不明となっていたダヴァロス達を捜索し、合流してガーランドに帰還するのが今回の目的。
それが達成されてようやく幸利は僅かだが信頼を得ることが出来るのだ。
彼も最初は内心どんな事でもやってみせると覚悟はしていたのだが……

「……はあ~……腰いてえ……」

 予想もしなかった肉体労働を前に、ちょっとだけ挫けそうになっていた。
幸利は中腰の姿勢から立ち上がって、泥まみれの手の甲を使い腰を叩く。

 絶えず霧が発生するこのジャングルでは基本的に地面や草木がジメジメしている。
今はまだ涼しいが、陽が昇り始めてからは熱帯雨林と化すこともあるらしい。
薬草探しが長引けば、もっと苦しい思いをすることになる。

「勘弁してくれよぉ」

 一人虚しくボヤいても、この場には彼を補佐する副官のフラウは居ない。
彼女は治癒魔法の使い手であり、現在はダヴァロスの治療にあたっているのだ。
木々の隙間から覗く太陽の位置を確認して、もう少し頑張ろうと心の中で自分に檄を飛ばして幸利が移動しようとした次の瞬間――――――
バチッ!と足下で何かが光り、幸利の足裏に鋭い痛みが走る。

「あだっ!?……なんだこりゃ。―――――――――でっけぇ、虫」

 一歩半後ろに下がって地面を見ると、野球ボールくらいの大きさはある虫がいた。
パっと見はカブトムシの雌に見えなくもないそれは、青白い光を尻の辺りから放っている。
ブーンと翅音を鳴らして飛び立った虫の翅の辺りから電流が迸った。
じっくりと観察は出来なかったが、幸利はそれの仕組みを即座に見抜く。

(放電する虫…たしか過去に支配した事のあるモンスターの本に書いてあったな。衝撃を与えると体内の発電器官を利用して獲物を襲う時や外敵から身を守る為に使うこともあるとか…)

 この虫単体はモンスターと呼ばず、ハンター達の間では”雷光虫”と呼ばれているらしい。
その特性を利用して武器や防具に使用される他に罠の素材にもなったりするとか…
魔人族は雷光虫が異常成長を遂げて甲虫種のモンスターとなった時に支配した記録があった。

(次からは踏まないように気をつけないとな……っ)

 飛び去って行く雷光虫を見送った幸利は、ここで周囲の異変に気付く。
時々遠くからモンスターの鳴き声が聞こえる程度だったのが、今は無数の翅音に支配されている。
そこら中で雷光虫が青白い電気を放ちながら飛び回っているのだ。

「……気味が悪ぃな……」

 幸利は踏まないように気をつけるだけと思っていたが、このままだと立っていようが中腰でいようが飛んでくる雷光虫と何度もぶつかる事になりかねない。
確証は得られないが、嫌な予感がしてその場を離れようとする。
そして…虫たちが一点に向かって飛んでいく方から、大きな足音が近づいて来ることに気が付いた。

「――――――ヤック!」

―――グゥグゲエェッ!

 クルルヤックが気配に気づくのと、彼が()()を見たのは同時だったらしい。
嘴を鳴らして足の爪を地面へと突き立てたクルルヤックは臨戦態勢に入った。
だが幸利はクルルヤックの眼前に手を出して動かないよう命令を送った。

「此処から離れるぞ。…アレには構わず、極力音を立てずに全力でな…」

 幸利に促されて、それを睨みながらクルルヤックは渋々後ろに下がる。
その後に続いて彼はゆっくりと濃い霧の中に姿を隠す。
彼らが見たもの、それは――――――放電する虫を従えた四足の牙竜の姿だった。



 

「これは……」

「……酷い」

 

 村の子供達が来た道を辿ってすぐに俺達は森人の死体を見つけることが出来た。

流されないように死体の両脇へ手を回し、川から砂利の上へ引き上げる。

亜人の死体に触れるのは抵抗感があったけれど、シアにやらせるのも酷だと思い俺がやった。

 

 うつ伏せの死体を一目見てすぐに分かったのは、背中に出来た火傷を伴う大きな裂傷。

恐らく死因はこれで間違いない。身に纏っている服に染みた血の汚れが黒々としてる事から、少なくとも負傷してから数時間以上経過している事は間違いない。

その他にも手足に擦り剝いた痕が幾つも見受けられる。

樹海からここまで川に流れ着くまでは僅かにだが息はあったのかもしれない。

 

(……もっと早くに見つけていられたらな……)

 

 死因はざっとだが判明した。

重要なのはここからだ。何故、森人族の死体が川を伝ってここまで流れ着いたのか?

樹海の中で何かに襲われたとするなら、それは一体何なのか?

 

「モンスターにやられたのか、或いは魔人族にやられたのか…」

「モンスターであれば死体の損壊が少ないことが気になります。逆に湿地帯で私達が遭遇した魔人族の仕業だと仮定しても、彼らに森人族を襲うメリットはあるんでしょうか?」

 

 シアの言う通りだ。

モンスターに襲われたと仮定するなら、体に食われた痕跡がないというのは引っ掛かる。

魔人族は、フェアベルゲンの亜人に対して攻撃をする理由がない。

わざわざ中立になった亜人を襲い、敵対するような行動を取るとは考えにくいが……

 

「……ダメだな。ハンターでしかない俺達の頭じゃ、結論まで辿り着けない」

「帝国軍の人達が来るのを待ちましょう」

 

 

 

――――――死体の周りを調べてから五分と経たない内に軍の人達が到着した。

 

 

 

「よぉハジメぇ。帰ってきたなら挨拶くらいしに来いよ」

「随分冷てえじゃねえか」

「俺達とは遊びの関係だったのかぁ?」

「勘弁してくれよ。俺にそっちのけはねえぞ」

 

 来てくれたのはやはりというべきか、ゲブルト村では見知った顔の帝国軍の四人だった。

哨戒や警備を担当している分隊の隊長であるグリッドさん、アシルさん、ボット兄弟。

グリッドさんに言われて内心「あ、やべ」と顔を引きつらせる。

村に帰ってきた時に主な人達と言葉を交わしていて、四人のことをすっかり忘れていた。

 

「グリッドさん…すいません。色々ドタバタしちまって…」

 

「へっ、まぁ凡その事情は村長から聞いてっから。今回は大目に見てやるよ」

「許してやるから酒奢れ酒」

「どうせハンターになってがっぽり儲けてんだろ~」

「よぉ、シアちゃんも一緒だったか。どうだい?今夜あたり俺と呑みに―――」

 

「「「おい抜け駆けしてんじゃねえアシル!」」」

 

「あ、えぇっと…皆さん。おふざけはその辺で…」

 

 シアに諫められて、グリッドさん達はおちゃらけた雰囲気を引っ込ませる。

それから引き上げた森人の死体について、俺が調べた限りの報告をした。

彼らも傷痕や周囲の状況から森人が殺されたのは樹海だと予想を立てる。

 

 今のところモンスターに襲われたのが死因というのが有力説だった。

魔人族については湿地帯での一件をギルドから聞いてはいたらしく、近いうちに哨戒を行うつもりだったとアシルさんが話の最中に教えてくれた。

 

「何にせよ、こいつが此処にあるってのが問題だな」

「帝国の村に近い川で森人が死んでいたってのはなぁ…」

「ついこの間、協定を結んだばっかりだぜ?」

「弁明の余地なく、今にも木々の向こうから矢が飛んできそうだ」

 

 アシルさんが何気なく言った言葉でシアが僅かに肩を震わせた。

俺が軽く咳払いをすると彼女のように気が付いて「冗談だよ」とアシルさんは訂正する。

だけど四人の思っている事が現実に起きてしまう可能性は否定できない。

 

 森人族が帝国の村の近くで死んでいた…殺したのは帝国の人間かもしれないと向こうは疑う。

報復を考えた森人達によって樹海内のハンターや冒険者が襲われる最悪の状況。

これでは依然と何も変わっていない事になってしまう。

 

(……まず俺達の方から向こうに接触するのがよさそうだな……)

 

 森人族が樹海から出てくる可能性は限りなくゼロに近いが、行方が分からなくなった仲間の跡を追ってこの川にまで来る可能性もあった。

そうなるより先にこっちから川を遡って森人族と接触し、探している森人がモンスターに襲われて既に亡くなっている事を告げる。

その後は彼の遺体を回収或いは調べたいと向こうが言ってくる事を想定して川まで案内する。

 

「…これ以上、遺体に触れるのは止めておきましょうか。―――グリッドさん、俺はこのままハルツィナ樹海に向かって、この遺体を探しているかもしれない森人族と接触してみようと思います」

「…悪くない案だが、下手すりゃお前…殺されるぞ?」

 

「他の方法を考えている余裕もなさそうですし、此処は俺に任せて下さい」

「えらく自信たっぷりじゃねえか。何か考えがあるのか?」

 

「この間の件で森人族は俺の顔を覚えている。俺の言葉ならある程度は耳を傾けてくれます」

 

 俺はこの時、咄嗟にアルテナの名前を出すべきか迷った。

長老アルフレリックの孫、族長アイリスの娘である彼女から寄せられる信頼を利用して、この件を丸く収めようと狡い考えが脳裏を過ぎったからだ。

 

 絶対とは言い切れないが、アルテナは森人でありながら俺に対して信頼を置いている。

そんな彼女の心を…悪く言えば私欲のために利用するなんて事は出来ればしたくない。

 

 村の人達や仲間達(ハンター)を守りたい。その為に、森人が殺された件に関して人間族は関与していないという俺の主張はアルテナが俺に向ける信頼と何の関係もない。

全てにおいて確証が持てない以上、俺個人の価値を賭けて事態の収拾にあたるしかないだろう。

あとは…もし話をする余地もなく殺されそうになったとしても、前よりは頑丈な防具が、森人の矢から俺を守って逃げ切れるだろう………多分。

そんな事を考えていると―――――――――

 

「ハジメさんだけじゃありません。その時は私も同行します」

「っ!?シア、お前それは―――――――――」

 

 一度は森人達に命を狙われた彼女が、再び彼らと会うのは危険だ。

そう言いかけた俺に対してシアは毅然とした態度で告げる。

 

「森人族は思慮深く、礼節を重んじる種族です。此方が誠意を以て嘘偽りなく話をすれば、向こうも必ず問答無用で矢を射かけたりすることはありません」

 

(……思慮深い?礼節を……重んじる??)

 

 俺が知っている森人族はそういう認識がまったくないんだが?

ワザとらしく顎に手を当てて考える素振りをみせた俺に向けて、シアは申し訳なさそうに苦笑する。…まぁ、とりあえずこの場では()()()()()にしておくか。

 

「………分かった。この件に関しては俺からギルドと村の連中に伝えておく。万が一に備えて救難信号はいつでも撃てるようにしておいてくれ」

 

「「ありがとう御座います」」

 

 

 森人族の遺体が他の動物に食べられたりしないよう、グリッドさん達に後を任せて俺とシアは川を逆行して樹海の入り口にまで向かった。

道中小型モンスターに襲われるなかったのはあの斬竜が暴れてくれたお陰だろう。

 

 だが、ここから先は違う。

ハルツィナ樹海の巨木が、俺達を見下ろす様はまるで門番のようだ。

以前と違うのはシアが守られるだけの存在じゃないこと。

あの時の俺はアゥータさんに頼る側だったが、それが今度は俺が頼られる側になる。

 

「シア。先導は任せたぞ」

「……はいっ」

 

 樹海の中を進むのであれば、此処が生まれ故郷である兎人族のシアを頼る他ない。

俺の中途半端な経験と記憶だけではこの樹海を進むことは困難だと知っている。

今、俺がしなければならない事は―――目の前にいる後輩(シア)の背中を守ってやることだ。

 




 私事ですがwacomのペンタブを購入しました。
まともに絵を描くのは学生以来なので暫くはトレスで練習を重ね、オリジナルを書けるようになってから挿絵にしようと思います。
(モチベ上げる一環でキャラメーカー等を使った原作キャラ、オリキャラを作ってました。まだ女の子だけですが…野郎共も気が向いたら作ろうかな)
リンネさんが何気に一番早く完成するかも?

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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旧きものは目覚め、新しき者は樹海は誘う


 ハルツィナ樹海の深部、そこには亜人が古より神聖視する大樹があった。
”ウーア・アルト”と呼ばれる大樹は異質な雰囲気を放っている。
辺り一面の草木が青々とした枝葉を広げているのに対し、ウーア・アルトは()()()()
根元から枝の先に至るまで彼は果てているのだ。

 だが、この大樹は死んでいない。
枯れ木のような見た目をしていながらも、根から養分を吸収し樹は呼吸している。
どのような理由でそうなったか定かではないが、大樹はモンスター達を寄せ付けず、年中深い霧に覆われている事から亜人族の間では特別な樹として認知されていた。

 そんなウーア・アルトから、亜人が暮らす国フェアベルゲンまで続く道に異変が起きていた。
筒状のイネ科の植物が突如地面から無数に生えて周囲の生態系に変化を及ぼしている。
地面に咲いていた花がぐったりとしな垂れて、木々の根本が所々腐り始めていた。

 筒状のイネ科の植物…それは竹である。
この世界の住人、亜人や人間はあまり竹に馴染みがない。
唯一、特殊な環境下に身を置く竜人族だけが竹と縁ある種族なのだが…これはまた別の話。

 これまでハルツィナ樹海で自然に生えることがあっても、環境を壊すほどの竹が出てくることはなかった。故に亜人達は初めての出来事に困惑していた。
当然、彼らも黙って竹が侵食していくことを見過ごすはずはなく早々に伐採を始める。 
だが竹の成長スピードは凄まじく、伐採した翌日には倍以上の長さに育つ。

 それどころか、侵食する竹は()()()()()()()()()()()()()というものまで出てくる。
地下茎が地中に広がってしまい、根元まで掘っても徒労に終わってしまう。
長老たちは原因を調査する為に大樹へと調査隊を派遣したのだが……

 何日経っても調査隊が戻ってくることはなかった。
不審に思った彼らが調査隊の進んだ道の先で見つけたのは―――
恐怖と驚愕に染まった顔で、竹に貫かれて死んでいる調査隊の者達だった。

 これが彼らが後に迎える最悪の日々の始まりだと、思い知るのは数日後の事。
樹海全体が竹害の影響を受ければ、当然それはモンスター達にも伝わる。
モンスターの侵入を比較的阻んでいた水晶の効力が失われ…フェアベルゲンの悪夢は始まった。



「お爺様。替えの水をお持ちしました」
「…ありがとうアルテナ。そこに置いてくれ」

 フェアベルゲン内、森人族の集落中心にある族長の部屋にて。
長老アルフレリック・ハイピストはやつれた表情で看病をしていた。
そんなところへ水を汲んだ桶を持って現れたのは孫娘のアルテナ。
彼女は元気のない祖父を少しでも元気づけようと、隣に座って寄り添う。

「大丈夫ですわお爺様。お母様はきっと良くなります…きっと…」

 二人が見守る先…寝台の上に族長アイリス・ハイピストは横たわっていた。
顔半分を覆う包帯で全てを見ることは出来ない。凛々しく気丈に振る舞う普段の彼女からは想像も出来ない、苦悶に満ちた吐息が半開きの口から時折「こひゅう」と漏れている。

 アルテナは祖父を心配させまいと泣きたい気持ちを抑えて気丈に振る舞う。
だが瀕死の母親を前に、涙が滲んで鼻の先がツンと熱を帯びる。

(どうしてこんな事に…何故、私達ばかりがこんな目に…)

 数日前まで普段通り政務を行っていたアイリスが大樹ウーア・アルトの異変と調査隊の死を聞くや否や、戦士を率いて集落を飛び出していった。
何かあったとしても先祖返りのアイリスなら無事に戻って来てくれるだろうと思っていた…
戦士の半数が死に、生き残った部下がボロボロの彼女を連れて戻るまでは。

 フェアベルゲンの周りには、これまでにない数の凶暴化したモンスターが跳梁跋扈している。
彼らは運悪く、その内の数体と遭遇してしまい、各個に応戦するも為す術なく撤退させられた。
その中でアイリスは毒や麻痺を持つ危険なモンスターを一人で相手にし、これを撃退したという。
部下達が駆け付けた時には立っているのがやっとの状態だった。

 アルフレリックはすぐに事態の異常さに気づいて虎人族、熊人族に伝令を送った。
だが伝令は戻らず、代わりに来たのは息絶える直前で救援を伝えにきた両種族の伝令役。
他の種族も既に壊滅状態で、樹海に耐えず漂う霧やモンスター除けの水晶がモンスターに対し効果を発揮しなくなっている事を、亜人族全体が理解したのはこの時である。

 そして現在、アイリスは外傷こそ少ないが猛毒に侵され虫の息。
森人族にはこの毒に対する解毒の心得を持つ者がいなかった。
モンスターと戦わずに、他種族との争いも避けてきた穏健派の弊害である。
彼らが保管している先祖の古文書を調べれば、もしかしたら解毒の方法も分かるかもしれないが、それを調べて実践する間にアイリスは死ぬだろう。

(死なないで、お母様…どうか、どうか死なないで下さい…!)

 アルテナは自らの非力を憎まずにはいられなかった。
族長の娘という立場に甘んじることなく、モンスターの事や医術の心得を学ぶ機会は幾らでもあった。それを無意識の内に先送りにしていなければ、こんな事にはならなかったかもしれないのに。

 だが、いつまでも過去を悔いてはいられない。
動けない母アイリスと、意気消沈している祖父アルフレリックに代わって―――

「お母様に代わり、戦士達の指揮は私が引き継ぎます…お爺様」
「………あぁ頼む」

 争いとは無縁に生きて来たアルテナが口にした覚悟の言葉にも、娘が死ぬかもしれない現実を前に打ちひしがれていたアルフレリックは眉一つ動かさず淡々と返事をする。
そん
 な時、部屋の中に森人の青年が入ってきた。
生き残った戦士の一人、今はフェアベルゲン周辺の哨戒任務に当たっている若者だ。

「長老。樹海内に人間達が侵入したと哨戒の者より報告が――――――」
「っ!いま長老は動ける立場にありません。今後そのような報告は族長代理である私になさい!」

「はっ、も…申し訳ございませんアルテナお嬢様……いえ族長代理!」
「…詳細は外で聞きましょう。お爺様…行って参ります」
「………………」

 とうとうアルテナの声掛けにもアルフレリックは返事すらしなくなった。
こんな風に老いてやつれた祖父の姿なぞ見たくなかったとアルテナは内心悲しい気持ちになる。
だがそれも自分がまだまだ未熟なせいであるからだと言い聞かせ、足早に部屋を出て行く。

 アルテナは木々の間に架けられた橋を渡りながら、後ろを歩く部下からの報告に耳を傾ける。
集落の中は混沌と化していて、そこら中から苦悶に満ちた声と不安の声が聞こえてきた。

「樹海に入ってきたのは、族長が前に捉えた忌み子の兎人ともう一人…顔は何やら奇怪な面に覆われて見えませんでしたが、恐らくは帝国のハンターかと…」
「―――――――ッ!?それ、は……確かな事実……なのですか?」
「は、哨戒の者による技能”遠視”での確認なので間違いはないかと……アルテナ様?」

 困惑する部下の前で、アルテナは心に一筋の光が差し込んだように思えた。
この世で忌み子と呼ばれる兎人は、アルテナが知る限りただ一人の少女しかいない。そして、彼女と共に現れた者がハンターであるならそれは確実に………

(シア様、ハジメ様!)

 その後報告を聞き終えて間もなく、彼女は大慌てで部下に出撃を命じ、自ら出る事を告げた。
戦士達の中には彼女が集落の外に出る事を危険だと止める声もあったが、彼女はそれを否定した。
集落の中にいようと外にいようと、既にもう亜人族(自分達)はモンスターに襲われる死の危険と隣り合わせの状況に置かれているのだから。



 

「――――――ハジメさん。止まって下さい」

「…何かいるか」

「…あまり大きくはありませんが、この先の開けたところに数匹…」

 

 シアに先導役を頼んでハルツィナ樹海を進む最中、俺は改めて兎人の凄さを痛感した。

亜人の中でも争いとは無縁に生きて来た兎人族だが、その身に秘めた身体能力は戦いに特化している熊人や虎人よりも優れていると対人戦素人の俺でも断言できる。

 

 五感の内、聴覚が最も発達している兎人族は何百メートル離れていようが小さな虫の羽ばたきすら聞き分けてしまう。そのうえ足回りが柔軟かつ力強く、兎人族の子供でも新体操のプロ選手並に動き回れるのだから持って生まれた生存力が人間とは桁違いだ。

 

 ハンターとして訓練を受けたシアは元々あった身体能力を更に成長させて、普通のハンターなら出来ないであろう装備を着けたままの状態で地面を蹴って宙に飛び上がり、木の幹を足場に高い所の枝まで登ることが出来た。

これを攻撃に活かしたら、恐らく通常の攻撃でも人間のハンターとは桁違いのダメージが叩き出せるだろう。

 

 極力音を立てないように枝から降りてきたシアが報告をしに来る。

 

「1匹はドスランポス、周りにランポスが3匹見えました」

「リーダーの率いる群れか……個体としての強さはどれくらいだ?」

 

「…トサカの発達具合や体の大きさからして、恐らく下位の個体です」

「下位個体…出来るだけ戦いを避けて通りたいが―――」

「――――――ん、ちょっと待ってください。……大丈夫です。向こうが先に移動を始めました」

 

 目と耳の両方でいち早く状況を確認出来るシアに、俺はかなり助けられていた。

彼女に先導されながら樹海の中を進んでいると、オルクス大迷宮で見つけたスリンガーの事をふと思い出す。

 

 もう俺の手元には既に無いが、あれをどう使うのか時々考えてしまう。

視界の先に映る木々の上、丈夫そうな枝の根本なんかに巻き付ければ普通のハンターもシアのように高い所へ上ることが出来るようになるんじゃないか?

 

 俺は他にも錬成という手も考えたが、技能使用による肉体の疲労や錬成発動時に発生する光や音が狩りの妨げになるんじゃないかと思って実行には移せない。

 

「…なんだか変な感じです…」

 

 あれこれ考えていると、不意に前を歩いていたシアがそんな事を言いだした。

 

「樹海全体の空気が、重苦しくて…まるで樹海そのものが病気にでもなったみたいです」

「…病気…言われてみれば、前来た時よりも小動物の声が聞こえないな」

 

 シアは自慢の耳で多くの生き物たちの声や音を拾って、俺より先に違和感に気づいていた。

心なしか表情が険しい…目を細めては何かを堪えるようにグッと奥歯を噛みしめている。

…まさかと思い、止まるよう合図を出してシアに尋ねた。

 

「…シア、まさかとは思うが…」

「っ…すみません。こんな時に…未来視が…」

 

 シアは天職”占術師”であり固有魔法”未来視”という稀有な技能を生まれた時から持っていた。

日に一度、術者の意思とは関係無しに発動するそれは起こり得る未来を術者に見せるという。

だが制御されずに発動する未来視の反動は大きく、酷い頭痛や倦怠感に襲われる事もあるらしい。

 

「この先には確か浅い洞穴があったな。そこで休むか」

「い、いえ…このくらいの事で立ち止まったら――――――」

 

 まだ制御には至っていないが、どうやら痛みに対する耐性は自然と身に付いたようだ。

だからといってこのまま歩かせるのも酷だろう…ちょっと心を鬼にして説得する。

 

「此処が樹海の中って事を忘れるなよ。さっきみたいな弱いモンスターばかりじゃない、俺達じゃ手に負えない化け物が突然出てくる可能性だって十分にある。万全の状態を常に維持しないと背中を預ける相手に迷惑を掛ける事になるんだ…言った通りに休め」

 

「……そう、でした。…ごめんなさい」

 

 あからさまに落ち込んだ様子でシアは俯き、洞穴の方へと歩いていった。

…ちょっと言い過ぎた気もするが、俺がハンターとして彼女の先輩である内はこういう所は早めに指摘して改善していかないと、いざ他のハンターと組んだ時に危険が生じる。

彼女が死ぬ可能性を1%でも減らしたいと思うからこそ指導は必要だと割り切らなければ…

 

「そこで座ってろ。……まだ痛むか?」

「………ごめんなさい」

 

………まぁそれはそれとして。落ち込ませたのが俺なら、慰めるのも必然的に俺の義務だ。

アイアンハンマーLv2を壁際に立て掛けてしゃがみ込んでいるシアの横に腰掛ける。

オーダーレイピアの切っ先が微かに地面の先を擦ったが、気にせず話を続けた。

 

「もう謝らなくていい。俺の言った事は理解してくれてるんだろ?また同じ事があった時に、判断を間違えなけりゃそれでいいんだ。だからまぁその…なんだ…そんなに落ち込むな」

「………はい」

 

 横目でチラチラ俺の顔色を窺うシアは、まだ暗い表情が拭いきれていなかった。

…参ったな…こういう時に気の利くジョークの一つでも言えればいいんだが…そういう器用さは俺には無い。出来ればこの話はあんまりしたくなかったんだが…

 

「……ぶっちゃけな。俺も樹海に入る直前まではシアにとっての先輩なんだから頼られる側としてちゃんとしなきゃなって思ってたんだ」

「そう…だったんですか」

 

「あぁ、だけど入る直前に俺はシアに「先導は任せた」って言っちまっただろ?いきなり先輩が後輩に道案内を頼む形になっちまって…あー俺はなんて優柔不断で頼りがいのない先輩なんだーって内心すげぇ落ち込んだよ」

「そんな事ありませんっ…ハジメさんが頼りがいのない先輩だなんてことは――――――」

 

「いやーその前もさ?神の使徒の護衛の時とかも俺、先輩らしいこと殆ど出来ないし、挙句の果てにシア達が我慢してたのに俺だけみっともなくキレて情けないったら…」

「あ、あれは私も思う所ありましたし…それに――――――」

 

「湿地帯じゃ自分勝手に二人を連れてきたってのに、魔人族と遭遇して危ない目に遇わせちまうし、ほーんと俺ってとことん先輩って肩書が似合わない男なんだなって―――」

「~~~ハジメさんっ」

 

 突然シアが声を張り上げて俺の言葉を遮り、フロギィメイルSの裾を掴んでくる。

顔を向けて「どうした?」と聞いたら彼女「あうあぅ」と悩む素振りを見せてから、やがて意を決したように座った状態で体の向きを俺の方へ向けてから口を開く。

さっきよりはマシな表情になっている…

…よし俺の思った通り…鉄板の自虐ネタで和ませよう作戦を選んで正解だったな。

 

「…私は…ハジメさんのこと、ハンターになる前から尊敬してます。命の恩人…ですし。私が危ない目に遭った時、真っ先に私を助けてくれた。私が尊敬する貴方自身が……情けないだなんて……そんな事、言わないで下さい」

 

「………そう、か」

 

 前言撤回。自虐ネタで和むどころか、逆に重い雰囲気にしてしまった…

何か言わなければと平静を装いつつ懸命に思考を回しても、コミュニケーション能力の乏しい俺は気の利いた一言すら出てこない。

このまま微妙な空気が流れてしまうのは拙いと感じた、その時―――――――――

 

「――――――ぁ、ぐぅっ!?」

 

「!!シアッ」

 

 シアが突然頭を押さえて苦しみだした…さっき発動しかけた未来視が再び何か見せようとしているようだ。

こめかみに手を当て、目を瞑った彼女に何か手助けを必要か俺が手を伸ばそうとして――――――

 

「―――ハジメさん、外にっ――――」

「なにっ―――!?」

 

―――ギシャアアアァッ!!

 

 突如、洞窟の外からモンスターの叫び声が響き渡る。

俺達二人は弾かれたように立ち上がって、俺は背にしたオーダーレイピアを、シアは壁に立て掛けたアイアンハンマーLv2を持って入り口の方を見た。

 

「この…モンスターは…っ」

「…図鑑で見たことがある…こいつは――――――」

 

 血のように赤い瞳と対照的な青白い鱗、純白の体毛に覆われたモンスターが入り口の前に居た。

尖がった顔立ちは蛇を彷彿とさせ、細身の体とは対照的に太く長い尻尾を生やし、それらを支える四肢の先から黒い鉤爪が見える。

 

 背の高い木々が立ち並ぶ樹海や山岳地帯に棲むと言われる牙竜種。

鉤爪で木々によじ登る他に、前脚と後ろ脚の間にある皮膜を広げて空中での滞空と滑空が可能で、体毛は静電気を溜めやすい性質を持っているとされ、体内にも電気袋が確認されている。

これらの能力を駆使して木々の間を飛び移り、狩りを行う姿から付いた別名”飛雷竜”―――

 

「「”トビカガチ”!!」」

 

―――シャアァァァ…グルルッ…!

 

 ここに来て厄介な奴と遭遇してしまった。

偶然か、或いは俺達の見落としか…どうやらこの洞窟と周囲一帯が奴の縄張りだったらしい。

 

 奴の縄張りと気づいたのは洞窟の地面に散らばっている体毛に今更気づいたからだ。

土の中に埋もれて植物と見間違えていた…観察力が足りなかったか…!

トビカガチの瞳が見開かれ、僅かに開かれた口の中から覗く無数の牙から血が滴り―――

 

(――――――血?)

 

 不用意に動けば即戦闘となる状況下で、トビカガチを観察していた俺はある事に気づいた。

背後で息を呑むシアの様子からも俺と同じ発見をしたらしく、小声で話しかける。

 

「シア。あのトビカガチ――――――」

「…私もいま気づきました…あれは――――――」

 

((―――()()()()()()()?))

 

 トビカガチの牙から滴る血は奴自身の血だった。

それだけじゃない…よく見ると青白い鱗が所々剥がれたり傷ついている。

威嚇時は逆立っていた体毛も今は通常の状態に戻っていた。

 

 俺達が縄張りに踏み込む前に何かと戦っていたのか?

傷を負いながらもトビカガチは勝ち残り、傷を癒すためにこの縄張りに戻ってきた。

そう考えるのが妥当かもしれないが、別の可能性もあるが………

 

「――――――考える時間も惜しい。一気にカタをつけるぞ、シア!」

「っ……はい!」

 

 背後でハンマーを構えるシアの体調はまだ万全の状態に戻っていなかった。

なるべくトビカガチの注意を俺に惹きつけて、早々に倒さなければ厄介な事になるかもしれない。

 

―――グルル、ガッ―――!?

 

「――――――ハァッ!!」

 

 戦おうとして体の何処かに負った傷が痛んだのか、トビカガチが一瞬怯む。

その一瞬の隙を逃さず、俺は”鬼人化”してオーダーレイピアを抜刀し真正面から突っ込んだ。

俺の突進に対し、トビカガチは大口を開けて噛みつこうとする。

 

「シッ――――――」

 

 青白い電気が迸るトビカガチの牙が触れないギリギリの距離で鬼人回避を使い、右の壁際へと体を移動し、そこで動きを止めず次の行動に移る。

右の壁際で、俺に残された行動は後退か被弾覚悟で左に避けるか、或いは――――――

 

「ふ、はっ!っぜえあぁぁぁ!」

 

 鬼人回避で前へと踏み込みトビカガチとの距離を詰めながら体を左に回転させ、その勢いに乗せたオーダーレイピアの二振りによる斬撃…”鬼人突進連斬”を食らわせる。

切りつけた箇所に水飛沫が上がり、トビカガチは痛みを感じると同時に嫌そうな素振りを見せた。

水属性はこいつの弱点になるらしい。逃さず連撃を叩き込む―――!

 

「まだまだぁっ!」

 

 今度は右からの逆袈裟による小ジャンプに合わせた二連撃”大回転斬り”

大回転斬りに続けて”二連大回転斬り”もお見舞いしようと隙を見せてしまい―――

トビカガチがやられっぱなしでいる筈もなく、波打つ尻尾を振り回して俺に叩きつけた。

 

―――シャアア、アアァァァッ!

 

「ごぁ…っ!?」

 

 狭い洞窟内の壁にぶつかって、内臓がシェイクされるような感覚に思わず呻き声を漏らす。

口の中に血の味が滲んでいないということは、恐らくダメージ自体はそんなに食らっていない。

俺は膝を着きそうになり、片足を一歩前に踏み出して留まるが、その間にトビカガチが距離を詰めて再び牙を突き立てようと襲い掛かってきた。

 

「くっ!」

「ハジメさん!」

 

 鬼人回避を連続で使ってトビカガチの噛みつきを避ける事は出来たが、スタミナの消耗は激しく俺の意志に反して強制的に鬼人化が解除された。

入れ替わるようにアイアンハンマーLv2を最大まで溜めたシアがトビカガチへ肉迫する。

 

「せやぁぁぁっ!」

 

 移動したままの溜め状態で繰り出されるハンマーの回転攻撃。

一撃、二撃とシアはトビカガチの前脚に狙いを定めて叩き込んでいく。

空中を薙ぐ重厚感のある音が繰り返される中、遂に()()()()と嫌な音がした。

トビカガチの攻撃を受けていた前脚の関節が、曲がらない方向へと曲っている。

 

―――ギシャアァァァァ!?

 

 支えの一つを失い、痛みに耐えきれずトビカガチはその場で転倒してしまう。

シアは溜め回転攻撃のフィニッシュ”強アッパー”をダメ押しで転倒直後に露出したトビカガチの内腹目掛けて放ち、トビカガチの口から大量の血が吐き出される。

 

「畳みかけますっ」

「あぁ!」

 

 スタミナが中途半端にしか回復していない以上、鬼人化に移行するのは時間の無駄だ。

俺はそう判断して素の状態で距離を詰め、トビカガチの頭部、首を狙って切り刻む。

シアは俺にハンマーが当たらないよう胴体の内側という柔らかい箇所へ的確な振り下ろしを何度も何度も行い、倒れていたトビカガチは起き上がる前に弱っていった。

 

――――シャ、ギエェェェ…

 

 最後の悪足掻きでトビカガチは溜め込んだ静電気を解放、尻尾を俺達に向かって横に振り回そうとしたが直前でオーダーレイピアの片方が奴の首を貫通し、ハンマーの振り上げ攻撃が骨を砕く嫌な音を響かせて奴の動きは止まった。

 

 足の支えが失われ、トビカガチの体が壁の方へ背を向けて横に倒れた。

倒れる直前で俺は剣を引き抜いて、足下の地面に血を振り払ってから鞘に納刀する。

 

「……狩猟完了……ですね」

「そうだな。だけど――――――」

 

 戦いの熱が引いていくのと同時に、最初の疑問が戻ってくる。

恐らく俺達が今いる洞窟と洞窟の外周囲一帯を縄張りにしていたトビカガチ。

手負いであれだけ動けた時点で、あれは上位個体と見て間違いないだろう。

 

 だがそんなトビカガチを、一体誰がここまで弱らせたというのか?

その答えを考えて数秒も経たない内に、洞窟の外から足音が聞こえてきた。

 

「っ!ハジメさん……この足音は―――」

「分かってる。……思ったよりも早く会えたな」

 

 人間サイズの生き物が発する足音、草だらけの外と違って茶色の土がむき出しになっている洞窟の中ではペタペタと肌の特徴的な音が、近づいて来る奴らの正体を教えてくれる。

以前のことを思い出して咄嗟に体が動き、シアを庇うように音の方を見据える。

 

 案の定、俺の予想は当たっていた。

薄暗い洞窟の中で数人分の足音が止まり、代わりに弓の弦を張るが聞こえた。

俺とシアが無言でその場に立ったままでいると、向こうから口を開く。

 

「帝国のハンター、それに兎人の忌み子。樹海に何の用があってきた」

「―――あんた等の長老…いや族長でも構わない。伝えるべき事があって此処にきた」

 

 暗闇の中で頭防具越しでしか認識出来ないが、入り口の方に浮かび上がったシルエット。

久しく見ていなかった尖がり耳は間違いなく亜人、森人族であることの証だ。

 

「我々はお前達を二度と害することはしないと誓った!樹海の中でお前達が何をやっていようが我らは不干渉を貫くつもりである!だが集落への侵略行為とあっては見過ごせぬ!」

「違いますっ、私達は村の近くで倒れていた森人の事を伝えにきただけで―――」

 

「何だとっ!!?」

「貴様らっ…我らが同胞に何をしたっ!!」

 

 シアの言葉に対し、弓を握る森人達の気配が鋭くなったのを感じる。

…だから言ったじゃんシア。あいつ等のどこに思慮深く、礼節を重んじる要素があるのかって。

ぼやきたくなる俺と、なんとか弓を下ろして貰えないかシアが考えを巡らせようとした次の瞬間―――

 

「おやめなさい!この方々に弓を向ける事は、この私が許しません!!」

 

(この声は……)

「……えっ?」

 

 忘れる筈もない、ゲブルト村を出る前に樹海で聞いた彼女の声だ。

背後でシアが驚いて声を上げ、恐る恐る俺の肩越しに洞窟の入り口に顔を覗かせる。

先ほどまで弓を構えていた森人達が跪いて頭を垂れる先にいた人物。

 

「―――ようやくお会い出来ましたわね。ハジメ様、シア様」

 

「あ、貴女は……」

 

 アルテナ・ハイピストはまるで俺達の来訪を待ち望んでいたかのように微笑んだ。

 




 まずは皆さま遅くなりましたが今年もよろしくお願います。
年末年始ほぼ仕事漬けで繁忙期から微妙に解放されました。
投稿が遅くなったこと、誠に申し訳ありません。

 アーマードコアの新作発表が出たりFGOの最終章プレイしたり今季アニメ見たり競馬で収支マイナス10万突入したり色々ありましたがなんとか生きてます。
今回の話は去年から寝かせておいたものに色々手を加えてようやく完成したものなので、次回以降は更新重視で1話の内容がかなり薄くなってしまうかもしれません。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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もどかしい樹海の夜に月は顔を覘かせない


 ハジメとシアがハルツィナ樹海を進んでいる間。
アゥータは神の使徒を愛子に任せて、ギルドの集会所へと向かった。

 3人の子供が森人の遺体を見つけてしまった事は、アボク経由で村の住人達に伝わっている。
村の外から来た者達には暫く外に出ないよう連絡を回し、駐屯兵に周辺調査を依頼済みだ。

「樹海を含む村周辺の探索、クエスト全てを一時的に制限ですか?」
「あぁ。最悪の場合を想定して…な」

 集会所の奥、ギルド関係者以外は許可が下りなければ入れない部屋で彼は話を進める。
彼と話をしているギルドマネージャーは眼鏡の奥をキラリと光らせて言葉を返す。

「辺境最優と呼ばれた例外の貴方がそこまで言うのであれば、我々も此処にいるハンター達を守る立場として、言われた通りに動くつもりですが……原因の調査報告はいつ頃になりますか?」

「…ハジメとシア、先に調査へ向かった二人が戻ってこない事にはどうにもな…」

 アゥータの返答に、ギルドマネージャーは眼鏡のずれを直しながら渋い顔をする。
亜人族から襲われる事はないと伝わってからというもの、ハルツィナ樹海のクエストはこの短期間で爆発的に増加した。

 樹海には珍しい動植物が多く、それらを必要とする者は数え切れないほどいる。
帝国お抱えの学者達もこれまで止まっていた調査を進められると躍起になっていた。

「この村の住民や商人達を危険に晒す訳にはいかないと重々承知しています。…しかし先に調査へ向かったお二人がいつ戻ってくるか分からない以上、此方としても意見せざるを得ません」

「―――というと?」

「実は…昨夜、樹海を探索していた教授から、これが…」

 苦虫を嚙み潰したような顔で、ギルドマネージャーは引き出しから一枚の羊皮紙を取り出すと、アゥータに内容を見せた。
黙ってそれを読み進めていく内に、彼は顔を顰めて奥歯を噛み締める。

「…最悪だ。よりによってこんな時に…」

 教授はギルドから依頼を受けて、編纂者として活動している。
その中には古龍の生態調査も含まれていた。
アゥータが古龍を一人で討伐して例外の仲間入りを果たせたのも、教授が齎した調査結果に拠るものが大きい。
 
 かつて彼がギルドに提出したある物が事の発端となる。
ハルツィナ樹海の奥深く、亜人族が神聖視する大樹ウーア・アルトに関する過去の文献。
太古の時代に樹海へと踏み込んた狩人の祖と言われる者達かが遺した文献に、このような事が書かれていた。

古より足跡を辿り、命芽吹く緑の海の最奥にて

我らは更なる叡智の高みへと歩みを進めた

さりとて後に続く者よ、決して侮ることなかれ

此処は命巡る場所、挑む者を更なる高みへと誘う場所

証を得た者を、この地に息づく者を、防人は全て大地へと還す

雷を纏う牙が群れを成し、鋼の尾は刃となりて暁に染まる

我らに止める術はなく、後に続く者へと命運を委ねるため是を遺そう

 
 そして昨晩、教授はある虫の活動が活発化している姿を樹海で見たという。
それは()()()()()()()が現れる時の前兆であり、それとは別の()()()()()()()()()()()は既にアゥータ達の前に現れていた。

 二つの出来事は、文献の記述と一致している。
これ以外でも教授は過去に起こった数々の現象と今起こっている異変を同一視していた。

 トータス各地で起こっている異変がハルツィナ樹海でも起ころうとしている。
老山龍ラオシャンロンの予想よりも早いライセン大峡谷への侵攻、商業都市フューレンを襲った天彗龍バルファルクの出現、オルクス大迷宮の地下で発見された未知の古龍種ゼノ・ジーヴァ、その全てが何かと関係しているように思えてならない。

(…あの人が此処にいてくれたら…こんな時でも俺は、あの人のように余裕の笑みを浮かべて、サクッと解決出来たりしていたのかねぇ…)

 ないものねだりをしても始まらない。
気持ちを切り替えようと、席を立って窓の外に目を向ける。
辺境最優の険しい表情は、暗闇に染まる樹海を凝視していた。



 

「ひとまず話は後で。お二人を集落までご案内しますわ」

 

 アルテナにそう言われて俺とシアは彼女らについていく事となった。

前とは違い手を縛られたり、剣や弓を突きつけられはしなかったが、それでも俺達に対する視線…特にシアは忌み子と呼ばれていた事もあって嫌悪の念を向けられている。

 

 それに気づく度、腹の底から怒りが湧いてしまい、俺はシアを庇う様に歩き、嫌な目で見てくる相手に対して睨み返した。

彼女は「気にしていませんよ」と苦笑いで誤魔化しているが、内心傷ついているのは明らかだ。

アルテナがそれを知って部下達に「お止めなさい」と怒られるまで空気は最悪だった。

 

「……お気を悪くしたのなら謝罪します。あれから私達亜人も樹海に入ってきた人間を襲う事がなくなったとはいえ、過去の遺恨が完全に無くなった訳ではないのです」

 

「これに関しては、アルテナが謝るような事じゃないだろ。会って話をすると決めた時点で、俺もある程度は覚悟していたさ……」

 

「……あの、本当に私は大丈夫ですから……」

 

 帝国が亜人にしてきた仕打ちは俺も知っている。

帝国のハンターとして亜人族から認知されていた俺がその扱いを受けることは理解していた。

 

 だがシアに対する彼らの感情は理解出来ない。彼女が他の亜人に危害を加えた訳でもないのに、ただ魔力を持って生まれただけで忌み子と罵り殺そうとするのは……

少し目の俺とクラスメイトの関係を見せられているみたいで気分が悪い。

 

 以降は特に会話もなく、モンスターに遭遇することなく森人の集落に辿り着く。

集落の中に入ってすぐに気づいたが、空気が集落の外に広がる樹海と大差なかった。

常に気を張っていなければ、息をつく事も儘ならない緊張感。

後ろを歩くシアの耳が、周囲を警戒しているのが視界の端に映る。

 

 行き交う森人達が戦士達の帰還に気づいて駆け寄ってくるが、同時に俺とシアの存在に気づいて驚愕で目を見開き、さっきと同様のやり取りが繰り返される。

 

 アルテナは部下達に「此処で結構です。お前達は下がりなさい。以後は哨戒の者と合流して交替で休息を取るように」と告げ、一部の者はアルテナが俺達と三人だけで話すことに嫌な顔をしていたが彼女は毅然として有無を言わさず部下達を解散させた。

 

「……それで……先ほど仰っていた森人の事を話して頂けますか?」

 

「あぁ」

 

 俺はアルテナに死んでいた森人の男について調べて分かった事と、ある程度の予想を話した。

すると彼女は「そういう事でしたか…」と呟いて悲しそうに目を伏せる。

慰めの言葉を掛けるべきだったが、先に彼女の方から口を開いた。

 

「事の発端は大樹ウーア・アルト周辺で起こった異変でした」

 

 彼女はハルツィナ樹海の奥地、大樹ウーア・アルトで起こったことを話してくれた。

大樹ウーア・アルトが何なのか俺は知らなかったが、隣にいたシアが「ハルツィナ樹海に亜人族が国を築く前からある特別な樹だとお父さまから聞いたことがあります。私は見たことがありませんけど」と小声で教えてくれた。

 

 また、これも前回俺がフェアベルゲンに連れてこられた時には気づかなかった事だが…フェアベルゲンがこれまでモンスターにあまり襲われず過ごせていた理由。

それはフェアベルゲンの周囲に置かれている”フェアドレン水晶”のお陰だという。

詳細は分かっていないが、フェアドレン水晶には生き物を寄せ付けない不思議な力があり、大抵のモンスターもこれのお陰で集落に近付く事はなかったらしい。

 

 だがそれも少し前までの話。

大樹で異変が起きた直後、フェアドレン水晶の効力は失われ…フェアベルゲンは大混乱に陥った。

戦える亜人は集落に近付こうとするモンスターを追い払おうと奮戦してはいるものの、負傷者や犠牲者が増えるばかりで生活圏は徐々に縮まってきている。

 

 俺達が川で見つけた森人は、恐らく行方不明になっている戦士の内の誰かだろうとのこと。

大樹ウーア・アルトの調査に向かった森人の戦士が数名、未だに行方不明になっているらしい。

分かっているのはモンスターに襲われたという生き残りの報告だけ。

 

(俺達が見つけた奴は致命傷を負いながら川に落ちてあそこまで流れ着いた。…残りの奴は…)

 

 悲しんでいるアルテナを前にして、俺は頭の中で思った事を口には出せなかった。

恐らく彼女もそれは理解しているのだろう。…だがそれを心で受け止めきれるかはまた別だ。

 

「ハジメ様、シア様…どうか私達を、私達の国フェアベルゲンを…助けて下さいっ」

 

(人払いをしたのはこのためか…)

 

 俺達に向き直り、涙を堪えたアルテナは深く頭を下げる。

…俺個人としては彼女の願いを叶えたいと思っていた。でも考え無しに答えを口には出来ない。

あまり触れたくはなかったが、俺は彼女に向かって問いかけた。

 

「アルテナ。助けを乞うお前の気持ちは理解出来る。……けど、それはお前の母親でもある族長とその父、長老からも同意を得ての発言なのか?」

 

「……いいえ。お母様―――族長は先の戦いで深手を負い、現在は床に臥せています。長老も今は心を痛め、責務をまっとう出来る状態にありません。…ので、これは私の…独断ですわ」

 

「――――――そうか。……それだと助けを呼ぶことは難しいな」

「っ!?ハジメさんっ――――――」

 

 俺の返事にシアが耳をピンと立てて反論しようとするが、それを手で制して話を続ける。

 

「仮にこの場で俺が了承しても、必ず助けが来ると確約は出来ないんだ。…シア…お前も村の一員なら、それくらいの事は理解しているだろう?」

 

「……それは……そう、かもしれませんが……」

 

 この国を助けるという事は、それなりに大掛かりな準備が必要となる。

フェアドレン水晶とやらが効力を取り戻すまでの間、集落に近付いて来るモンスターを追い払う為にハンターの力が必要不可欠だ。

ギルドが依頼という形で請け負えばこの問題は解決するが、受ける者が俺達以外にいるか怪しい。

 

 次に負傷者の手当てに必要な薬や包帯、水や食べ物といった救援物資。

アイテムボックスでも設置出来れば大半の問題は解決するが、設置にはギルドの協力が必要不可欠な上に、使えるまでどれくらい時間が掛かるのか分からない。

荷車で運ぶにしても、まともな道のない樹海の中をどうやって運べというのか。

 

 そして何よりも…それらを準備し実行に移す事でゲブルト村(帝国側)に得はあるのか?

物も人も易々と消費出来るものではない。小さな辺境の村であれば猶更だ。

以前より賑わっているとはいえ、まだまだ発展途上の村にそんな余力は残っていなかった。

 

「一先ずはアボク村長とアゥータさん、ギルドに今の話を伝えてから今後の対応を話し合う。……この人達だけで、決めきれる問題だと判断されたならまだ希望はあると思うが。…無理だろうな」

 

「……ええ、仰る通りです」

 

 既に相互不可侵という条約を結んだ他国を助けるという行為に対し、決定権は自国の最高権力者…ガハルド皇帝やバイアス皇子、トレイシーさん達に委ねられる。

俺達が樹海から村に戻り、村の中で話を纏め、村から帝都まで日を跨いで謁見の許可を貰って…

 

「そんな悠長なことしていたらっ――――――」

「間違いなく、フェアベルゲンは崩壊する……確実にな」

 

 俺の言葉で再びアルテナの顔がまた悲痛に歪む。

シアも頭で理解はしているものの、納得いかない表情で悔しそうに俯いていた。

気持ちは痛いほど分かるが、いくら考えても良い案は一つも出なかった。

 




 読者の皆様お久しぶりで御座います。
数か月も更新を止めて失踪して申し訳ありません…orz
内容はかなり薄めになりますが、リハビリも兼ねて更新を再開しました。
外伝の更新、第一作目の補完も順次取り掛かっていこうと思います。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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兎人少女の成長


 ハルツィナ樹海の緑を支えるのは無数に流れる川。
それらは全て陸珊瑚が源流であり、樹海を通じてライセンの荒野と湿地帯にたどり着く。

 川の中には地表ではなく、地中に出来た僅かな隙間を通るものもあった。
ダヴァロス、セレッカが見つけたのは自然に生み出された丘のトンネル。
小動物が使っていた洞穴を拡張し、魔人族一行は幸利が戻るのを待っている。

「……追ってきて、ないよな……?」

―――クェッ

 背を低くして霧に紛れ、幸利は背後を振り返ってクルルヤックに聞いた。
モンスターだからヒトの言葉は喋れないが、自分を支配する彼の発する声のニュアンスをなんとなく理解したのかクルルヤックは「うん」と相槌を打つように小声で一鳴きする。

「はぁぁ~マジで怖かった。……あんなヤバい奴がいるとか聞いてないぜ」

―――ケェェ

「もう少し集めた方がよかったんだが、流石に戻りたくはねえよなぁ」

―――グエェェ…

 そうボヤきながら手元の袋を覗き込んだ幸利は前に向き直る。
視界を濃い霧と草木に覆われているが、彼の耳には流れる水の音が聞こえていた。
もう屈んでいる必要はないと立ち上がった彼を見て、クルルヤックもそれに倣う。



「お帰りなさいませ幸利様。ご無事で何よりです」
「…お、おう。ただいまフラウ」

(お帰りなさいませとか言われたの人生で初めてかも…メイドさんかな?)

 ダヴァロスの治癒が終わり、洞穴の周囲を監視していた幸利の副官フラウ。
クルルヤックと共に戻ってきた彼の下へ一目散に駆け寄って敬礼する。

 まだ自分が軍属であるという実感がなかった幸利は挙動不審に返事をしながら、頭の中でフラウがメイド服を着ている光景を思い浮かべていた。
この場合は自分がご主人様になるのかと少し興奮したのは彼の心の中だけの話。

「これ、頼まれてた薬草……で合ってるか?」
「確認します。……はい、大体は合っています」

「大体はって、もしかして違うの混じってた?」
「…右手前のは”ツタの葉”で、袋の奥にくっついているのは”ネンチャク草”ですね」

 そう言ってフラウが取り出したツタの葉は、葉の色が薬草と似ているが葉の形が違う。
逆にネンチャク草は葉の形が似ているものの、葉の色が白っぽい。
手にした時、薬草と同じだと彼の目が錯覚してしまったのだ。

「マジか。すまん、見分けつかなくてさ…」
「いえ、本来であれば薬草採取等(この程度の事)は部下である私の務め。それを幸利様に一任したのがレイス旅団長とはいえ、私自身なにもお力添えが出来ず…副官として不甲斐ない」

 頭を下げそうになった彼を止め、フラウは申し訳なさそうに目を伏せる。
数秒の沈黙、支配者から指示を貰えないクルルヤックは暇そうに首を傾げた。

「いや、いやいやそんな事はねえって!俺から見ればフラウはすげぇよ。何種類も魔法使えて体力だって俺よりあるし、まだ俺と同じ十代…てか年下だろ?むしろそこまで頼りきりってのは上司として俺が情けないっつーか」
「そのような事はありません。上の者は下の者に仕事を与え、極力動かず部下の働きを見守るものです。士官学校ではそう教わりました。ご自身を情けない等と卑下されることは…」

 まだ上司と部下の関係になって数日しか経っていないが、お互いに思うところはあった。

 幸利から見てフラウ・フォン・ニーベルは優秀で真面目な女の子。もしクラスメイトだったら嫉妬の対象として視界にも入れたくないタイプだが、それが自分の部下になって、どう接したらいいか分からず困っていた。

 逆にフラウから見た幸利は卑屈で面倒臭がりな青年。恵まれた環境で育ってきた彼女にとって最も無縁なタイプの人間で、それが自分の上司になって、彼を理解するためにずっと観察していた。

 そして今、幸利は自分でも知らず知らずのうちに人間的成長を迎えようとしていた。
他でもない大人のように振る舞いながら、まだ少女らしさが拭いきれない彼女のお蔭で。

「…そうかぁ?―――それじゃ、フラウも自分を不甲斐ないとか言うなよ?」
「……えっ」

「フラウは与えられた仕事をしっかりこなして、出来なかった仕事に関しては俺が何とかした。それが出来なかったってのも、そこまで手が回らないから…まぁ、そりゃ当然だよな?頭は一つ、手足は二つしか付いてねぇんだから、一人で出来ることなんて限られてんだ。だから、不甲斐ないって自分を戒めるより、俺の仕事ぶりをきっちり評価してくれ」
「…私が、幸利様の評価を?」

 驚いた顔のフラウの問いに、幸利は照れ笑いで誤魔化しながら答えた。

「よく出来ていたら良しと、出来てなかったら極厚オブラートに包んでダメだと言ってくれ。俺は褒められれば()()伸びるタイプだからな」
「…そこは多分なんですか」

「…覚えの悪さに関しては自覚してっからさ…ウン…悲しいことにね」

 段々と言葉が尻すぼみになってしまう彼を、フラウはなんとも言えない目で見つめる。
しかし彼の言っている事を理解し、彼女の中で彼に対する印象もまた変わった。



 

 故郷フェアベルゲンを助けたいというアルテナとシアの気持ちは理解できる。

けれども一個人の力で救える範囲はたかが知れていた。

ゲブルト村の協力を得なければ、彼女達の望みを叶えることは不可能だ。

 

 相互不可侵の条約を結んでからまだそんなに日は経っておらず、亜人族の中には人間族に対する遺恨を抱き続けている者がいるのも事態の停滞を後押ししていた。

 

 

「賛成出来かねます。彼らは信用に値しない!」

「私もです。アルテナ様、どうかお考え直しを―――」

「そもそも何故このような下賤な者を集落に入れたのですか!?」

 

(……こうなる事も、分かっていた)

 

 三人で話していても埒が明かない。

結論を出すには他の亜人族からの同意を得る必要があった。

アルテナが近隣の部族を招集し、急きょ開かれた話し合いの場にて。

 

 彼らは人間である俺や忌み子のシアが集落内に居る事に苦言を呈し、人間族に助けて貰おうというアルテナの提案に対し猛反対した。

俺とシアは話し合いの開かれた広間の隅に控えており、俺は時折向けられる嫌悪の視線からシアだけでも遮ろうとさりげなく彼女の前に立つ。

 

「考え直せという意見に対して私からも質問を返させて頂きますわ。ではどのようにして、集落に攻め入るモンスターから同朋を守り、ウーア・アルトの異変調査と解決を行うのですか?」

 

「そっ、それは……」

 

 反対意見を口にしていた一人が狼狽えて、周りに返答を促すが無視される。

 

(当然だな。こいつらの意思はあくまで俺やシアを樹海の外に追い出したいというだけ。アルテナが提示しているフェアベルゲンの問題解決には何も考えを用意していないだろう)

 

 反対派が一時的に黙ったことで、アルテナはどちらともいえない曖昧な表情をしている中立派の亜人族に向かって話し始める。

 

「此度の問題、もはや我々だけで解決出来ないことは聡明な方々ならお判りでしょう。彼ら帝国の狩人に協力を得ることが出来れば、モンスターの撃退は容易。足りなくなっている医療品、食料も提供して頂くことで集落の守りをより堅固にすることも可能な筈!」

 

「――――――アルテナお嬢様。一つお聞きしても、よろしいかな?」

 

「……なんでしょうか。鳥人族の相談役」

 

 これまで黙っていた中立派の中から手を上げて発言したのは、以前見た亜人族の中でもあまり目立った動きを見せていなかった鳥人族の老人だった。

人の立ち姿に臀部の尾羽や人間で云う肩甲骨に該当するところから生えた翼をしきりに動かしながら、彼はアルテナの目を見つめながらゆっくりと口を開く。

 

「貴女様のご意思は理解できました。仰る通り、もはや亜人の力だけでフェアベルゲンを守り切ることなど不可能だということも。ただ、儂は疑問に思うのです。彼ら――――――人間族が亜人族を助けることに如何ほどの利点があるのか」

 

「…!それ、は…」

 

(さて、どうするアルテナ……この状況も予想はしていただろう)

 

 言葉に詰まるアルテナを前にして、俺とシアは口を挟まない。

反対派の亜人族から余計な反感を買わないようにと事前に決めていたことだ。

 

「…おっしゃる通り。既に相互不可侵の条約を結んだ人間族が、私達を助けることで得られる利点は現状無いと言っていいでしょう。…事が全て終わった後に要求されるというのであれば、それに応じるまでとは考えておりますわ」

 

「成程。――――――では其処にいる狩人殿に伺いしましょうか」

 

 アルテナの回答に頷いた鳥人族の老人は、次に俺を見て同じ質問をする。

ある程度こうなる事も予想して、回答は決まっていた。

探るような老人の目に対し、頭防具を脱いで真正面から見つめ返す。

 

「…なんだ面妖な見た目で隠していただけで、中は只の小僧ではないか」

「あのような者に問うたところでまともな答えなど返ってくるものかよ」

「相談役殿も耄碌されたか。…鳥人族だけに頭の出来は相変わらずだな」

 

 まだこの場では若い部類の俺を見た反対派の亜人から嘲るような小声が聞こえた。

後ろでシアが、視界の端に映るアルテナがそれぞれムッとした雰囲気になる。

更に老人を馬鹿にされた護衛らしき鳥人族が反対派に向けて殺気を放つ。

 

(二人は兎も角…お前らが内ゲバしてる場合かよ…)

 

 そんな突っ込みを心の中に留めて、俺は口を開いた。

 

「アルテナの回答と同じだ。俺たちが亜人を助けても得られるものは少なく、むしろ救援のために資源を消費する損の方が大きいことは否めないな」

 

「では何故(なにゆえ)?それを分かっていながら―――」

 

「…今はない利益が、いずれ此処で恩を売っておけば生まれる可能性も考慮して…だ。あとこれは完全に損得抜きの感情論として、ここにいるシア・ハウリアが助けることに賛同しているからだ」

 

 名前を呼ばれてシアは驚いた様子で顔を上げるが、それは反対派や中立派も同じようだった。…そうだろうな…普通なら自分達が迫害してきた相手に助けられるなんて考えないだろう。

唖然としている反対派に代わって鳥人族の老人がゆっくりと尋ねる。

 

「…そこの娘は忌み子として一族諸共に迫害を受けた身。…我々に対して少なからず遺恨があると思うのだがね…」

 

「――――――シア。自分で話せるか?」

 

「はいっ」

 

 今まで言葉を発さなかったシアが、決心した表情で一歩前に進み出る。

当然、さっきまで俺によって遮られていた嫌悪の視線が向けられた。

それでも彼女は真正面からそれを受け止め、本心を口にした。

 

「確かに私は迫害された身です。あなた達を恨む気持ちがないと言ったら嘘になります。でも……それでもフェアベルゲンは私の生まれ故郷なんですっ。私の親と兎人(ハウリア)族のみんなも同じ……だから……守りたいと―――」

 

「……シア様」

「………」

(故郷を守りたい。その一点に於いては俺を除くこの場にいる全員がそうだ)

 

 アルテナは嬉しく思う一方で過去の事を思い返して罪悪感を募らせ、同様に質問した鳥人族の老人も言葉が出ず俯いて沈黙を貫いていた。

一歩前に進み出て、再びシアの前に立った俺は全体を見回しながら話に割り込む。

 

「シア、もう十分だ。――――――このまま此処で俺らとアンタ等が話し合っても進展しない。この話を村に持ち帰って、準備を整える必要がある」

 

「…そうであろうな」

 

「ッ…ダメだ!我々を奴隷として虐げてきた貴様らを今更信じられるか!」

「恩を売った後で俺たちに無理難題を言って従属を強要するつもりだろう!?」

「こいつらを外に帰したりなんかしたら、それこそフェアベルゲンはお終いだ!」

 

(此処まで腹割って話しても、これか……だが、こればっかりは―――)

 

 反対派の声に俺が反論することは出来ない。

俺は彼らの言う帝国がしてきた奴隷制度の実態を目の当たりにしていないから。散々酷いことをしておきながら、急に手のひらを返して助けると言われても信用できなくて当然だ。

 

 その点ではアルテナとシアは自分達や親しい者達が奴隷にされなかったから、意識的に切り替えられることが出来るのであって、身内が奴隷被害に遭った亜人の恨みが消えることはないだろう。

俺が黙っていると、痺れを切らしたアルテナが声を荒げる。

 

「~~~っ!!では、どうしろと!?モンスター共に蹂躙される事をお望みですか!」

「お気を静められよアルテナ殿。怒りに身を任せても事態は進展しない」

「しかしっ――――――」

 

 場の空気が再び重苦しく、ギスギスしかけた時だった。

恐る恐る手を挙げたシアに全員の視線が再び集まる。

 

「あの…もし、よかったら…私の提案を聞いては貰えないでしょうか?―――その、反対派の方は私とハジメさん二人が村に戻って、此処での約束を反故にすることを危惧されてるんですよね」

 

「そうだ!忌み子なら我々に復讐するつもりで、期待させておいて何食わぬ顔で樹海を見捨ててもおかしくはない!」

「人間どもの村で、我々の醜態を酒の肴にでもするつもりだろう!」

「卑しい裏切者の兎人族め!」

 

「………」

 

―――少しだけ、強く握りしめた手を覆うグローブの金属が軋みを上げた。

反対派がビクッと震えて俺を睨みながら後退りする。

シアは片目で振り返り「大丈夫ですよ」と言ってくるが……

 

(それでも腹が立つものは腹が立つ。……とはいえ、当の本人にこれ以上気を遣わせるのも先輩として情けないし、何より彼女に申し訳ない。……苦手だが、此処は怒りを抑えないとな)

 

「―――私がここに残って。集落の近くで暴れるモンスターを一体でも多く撃退します。その代わりとして、ハジメさんを村まで帰して欲しいんです」

 

「なっ!?シア様、それはあまりに無謀が過ぎますわ!!」

 

「同意見だ。シア、それなら俺が此処に残って――――――」

 

「それだと意味がありません。ハジメさん、彼らから信頼を得るための第一歩として、彼らが()()()()()()()忌み子の私が、いつでも彼らの手で殺せる距離にいることが重要なんです」

 

 シアの考え方は理解できるが、賛同は出来ない。

自分を事実上の人質にして、事を進めろと言っているのだから。

…だけど彼女の提案が一番確実性が高いのは事実だ。

 

 そして彼女の言葉に対し、これまで文句を言ってきた反対派の亜人が何も言わない。

鳥人族の老人がアルテナを促し、彼女も閉ざしていた口を開く。

 

「……沈黙は肯定とみなしますわ」

「決まりですね。……ハジメさん」

「…………分かった」

 




 ゴールデンウィークでまともに書く時間が確保できた…
前書きが夜中テンションで書いたのに内容的に良さげになった…何で…

感想、質問、ご指摘などお待ちしております。


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悪意の誘惑、善意の疾走


「――――――以上がダヴァロス、セレッカ両名からの報告になります」

『ご苦労レイス。しかし不運だったなダヴァロス、セレッカ』

「…いえ、報告出来ず魔王様のお手を煩わせたのは私の不徳の致すところ。名誉を挽回するより先に、罰を受けることも重々承知しています」

 幸利とフラウが甘酸っぱい青春の場面に浸っている間、レイスは魔王アダムから渡された連絡用のアーティファクトを用いた定時連絡を行っていた。
まだ傷が完全に治っていないダヴァロスは許しを得て椅子に座らされているが、レイスとセレッカの二人は跪いて頭を垂れている。

 二人が定期連絡をしなかった理由は簡潔に纏めるとモンスターに襲われたからだ。
無論、イャンガルルガを支配種として使役するダヴァロス程の実力者であれば大抵のモンスターは戦う前に従わせる事も可能なのだが―――

―――不運にも二人が遭遇した相手は古龍にも匹敵する存在だった。
例外含め歴戦のハンターをして「アレの相手はあまりしたくない」と言わしめるほどの。

 戦わせるべき支配種も失って、戦力不足だった二人は為す術なく逃走を選択。
だが相手は執拗に彼らを追い回し、湿地帯手前でようやく撒くことが出来た。
今そいつが何処で何をしているか二人は知らないし、知りたくもない。そいつとの遭遇は後に二人の魔人生で数少ない死を覚悟した瞬間と言える。

『罰は不要だ、叱責もな。お前達の働きは十分なものであり、それは名誉の負傷だ』
「…寛大なお言葉に、感謝の言葉もありません」

「…口を挿む無礼をお許しください魔王様。魔王様がお決めになった事に対し、異を唱える者は居ないと私は思っています。…が、我が軍には今回の件で旅団長らに対する不信が生まれるかと…」

 レイスは特殊部隊という肩書もあり、アダムに率直な意見を口に出せる数少ない逸材である。
上の存在には最大限の敬意を払う事を常とするフリード将軍からは時々「不敬!不敬!」と睨まれているが、彼や諜報部のミハイルではアダムの暴走を止められない。
故に意見具申出来る彼を始めとした特殊部隊所属の隊員は一定数必要だった。

 彼の言葉を聞いてダヴァロスは申し訳なさそうに目を伏せる。
立体映像で玉座に腰掛けるアダムは肘をついて問いを返した。

『―――成程。もしこれがバルバルス市民らの耳に入れば軍の士気に関わると』
「言の葉にするのも憚られる事と承知の上では御座いますが――――――」

『…大衆の注目は今やシュネー雪原の戦いに向けられているが、もしお前達二人の事が知られれば少々厄介なことになりかねないか…何かしら功績を立てて、誤魔化す必要があるやもしれんな』

「汚名を返上する機会を頂けるのであれば、どのようなご命令でも―――」
『フム……む?そういえば幸利とフラウはどうした。姿が見えぬようだが―――』

「…申し訳ありません。この隠れ家を出てすぐの所で何やら話しているようで…魔王様のご命令とあらば、即座に連れて参りますが―――」
『頼めるかレイス』



「清水幸利、フラウ・フォン・ニーベル。魔王様がお呼びだすぐに来い」

「アダムが?あぁ、今行く―――」
「―――は、はいっ!」

 名前を呼ばれて幸利は向き合って話をしていたフラウから彼女の背後にいるレイスに視線を移し、フラウは肩越しに振り返って魔王に呼ばれてると聞き、驚きながらも足早に向かった。
洞窟内に戻ると立体映像のアダムが二人の様子を見て何かを察したように笑う。

『どうした幸利。フラウと二人だけでオレに内密の話をするなど…疚しいことでもあったか?』
「ばっ、おまっ…!?そんなんじゃねーし!ちょっと先輩風吹かしただけっての!」
「幸利様、魔王様に対しそのような言葉遣いで接するのは―――!」

『フハハハ!よいよい、許す。――――――さて、本来であれば旅団長と旅団長付きの副官以外に()()を使って話すことなど無いのだが…レイス達からの報告と、俺が知り得た情報を統合すると…少々面白いことになってきたのでな?気紛れにお前達を同席させた』

「気紛れって…まぁいいけどよ。何が面白いんだ?」

 アダムの発言にダヴァロスとレイスは眉を顰めるが、幸利達はそれに気づいていない。
立体映像の玉座に座ったままの彼が幸利を手招きする。

『俺にとっては取るに足らぬ些事ではあるが、お前にとっては知っておいて損のないことだ』

「―――――――――なにを?っ!!」

 実体を持たないアダムの指先が幸利の額に触れると、脳裏に何処かの景色が流れ込んでくる。
空を飛ぶ鳥が真下に広がる大地を見下ろすような視点に始まり、緑色で埋め尽くされた場所…ハルツィナ樹海を通過して、すぐ傍にある人間達が暮らす村に景色が切り替わった。

 傍から見れば何が起きているか分からず、フラウはただ困惑していた。
それを知っているレイスは淡々とした様子で独り言のように彼女へ教える。

「…これは魔王様の”遠視”だ。本来は使用者の視覚から限界以上まで見渡せるようになる能力だが、魔王様の遠視は大陸の果てまで見通せる」

「なんと…」

『そしてオレは遠視で得た視覚情報を、魔力に置換し他者へ共有する。さて―――』

 幸利の脳裏に映ったのは人間の村人達に混じる亜人や草食竜、そして…
大きめの家で暮らしている元クラスメイト達の姿だった。

(なんで、こんな所にあいつ等が…)

 困惑する彼を見て愉快そうに笑みを深めたアダムはレイス達へと話しかける。

『お前達には口頭で伝えてやろう。そこから樹海を出てすぐ近くに、人間達の村がある』
「人間達の村……たしかに、それらしいものがあったのは私も把握しています」
「湿地帯で奴らと遭遇したのは、そういう事でしたか…」

『いま、その村には神の使徒がいる』
「「「……!!」」」

『―――レイス、ダヴァロス。さっき話した事だが、こいつ等を襲撃したという事実だけで汚名を返上する為の功績としては十分過ぎると思わないか?』
「襲うというのですか。人間族の村を…我々だけで」
「…可能とは思いますが、しかし――――――」

 二人の言葉にますます凶悪な笑みを浮かべ、アダムは幸利をチラ見しながら言った。

『あぁ、お前達は後方支援…いや体裁としては指揮官という事にしておけばよい。実際に村を襲うのは幸利ただ一人。狙いは――――――神の使徒の抹殺だ』




 

「―――シア、何度も言うが無理はするなよ。危険と思ったら退け」

「分かりました。…でも、集落が危なかったら多分私は――――――」

 

 結局シアの勢いに押されて、俺はゲブルト村まで戻ることが決まり、彼女は一人フェアベルゲンに残ってモンスターの襲撃に備える事になった。

…俺が亜人族を裏切らない為の人質として。

 

 持っていたアイテムを全てシアに預け、彼女が少しでも助かる確率を上げておく。

此処にはベースキャンプもアイテムボックスも無かった。

ギルドのアイルー達もベースキャンプがない場所には来れないだろう。

ハンターの常識である()()()()()()()()()()()()()は通用しない。

 

「命を賭けて…とか言ったら本気で怒るぞ。仮に集落が持たないと判断したら生き残れる最小限の人数だけで逃げるか身を隠すかして持ちこたえろ。…多少の犠牲は受け入れるんだ」

 

「………」

 

 彼女が故郷を想う気持ちは、恐らく死の恐怖すら凌駕するかもしれない。

でも俺はそれを望まないし、そんな事にはさせないよう何度でも念押しをする。

 

「何があっても必ず生き残れ。お前の出した条件に対する俺からの命令だ」

「………はいっ」

 

「ハジメ様、シア様。こちらの準備が整いました」

 

 アルテナに呼ばれ部屋の外へ出ると嫌でも視線が集まる。

既に森人族の集落以外は危機的状況に陥っており、助けを求める他の亜人達が大挙として押し寄せていた。

当然彼らは俺とシアが此処にいることを知らず、見た瞬間に露骨な嫌悪感を剥き出しにする。

 

「…ハジメ様。樹海の外まで最短の道を通る為に、こちらを―――」

「……これは、確か……」

 

 横を歩くアルテナがランタンのようなものを差し出してきた。

俺が手に取ると、中から緑色に光る蟲が群れとなって宙に漂い始める。

 

 その光景には見覚えがあった。

以前アゥータさんと一緒に捕まって連れてこられた時、森人族が使っていた。

あの時はこれが何なのか聞いてもまともに答えて貰えなかったが…

 

「私達、森人族が古くから使役する”導蟲”と呼ばれているものですわ。特定の臭いや物質に反応する習性を利用し、モンスターとの遭遇を回避する為の道案内をさせているのです」

 

「どうしてこれを俺に…?」

 

 古くから使役している…という事は一族の秘伝的なものと考えるのが妥当。

そんな大事なものを部外者、しかもかなり恨みを抱かれている人間に渡すというのは…

 

「国を守る為ならば、たとえ門外不出の秘術であろうがアーティファクトであろうが、私は誰かの手に委ねることも躊躇わない。後で、どのような罰を受けることになったとしても…」

 

「…お前が罰を受けるような事にはならないし、俺がさせない。その為に行くんだ」

「ハジメ様……」

 

「そうですよ。それに…()()()()()()()…まだ果たしていませんから」

「シア様……っ」

 

 感極まって涙を浮かべているがアルテナよ、まだ助かった訳じゃないぞ。

寧ろここからが俺にとって正念場になる。

導蟲を使って最短ルートでゲブルト村まで辿り着けたとして、そこからアゥータさんやアボク村長に協力を得られるまでの時間は一分一秒でも縮めたい。

 

(もし協力を得られなかったときは……)

 

 考えたくはないが、常に最善を望みながらも最悪の状況も想像する。

シアと俺、二人のハンターだけでこの異変を解決出来るのか…?

この異変を起こした元凶の正体が不明なうえ、亜人族を守りながら戦わなきゃいけない。

無理ゲーにもほどがあんだろフ●ム世界かよ此処は。

 

(――――――いや、出来るかどうかじゃない…か)

 

 故郷を守りたいってシアの思いは、俺が今までやってきた事と同じだ。

死にたくはないし、死ぬつもりもないけどな……

いずれ来る世界滅亡っつー途轍もない問題を解決しなきゃいけない。

世界に比べりゃ国を守るくらい―――!

 

(―――ってカッコつけたいけど、実際問題どうすりゃ正解に辿り着けるのか…)

 

 暗闇の樹海を、導蟲に付いていきながら俺は考え続けた。

思考に意識を向け過ぎていたからか、後になって気づかなかった事に後悔する。

離れたところから尾行している()()の存在に…

 




 サブタイトルの疾走が失踪になって危機感を抱く今日この頃。
次はもしかしたらハジメ視点を一旦外してシア視点でのちょっとした狩りシーン?になるかも。主人公がMHWプレイ初期の作者みたく森の中を走り回ってる間、原作とは違う方向でお清楚パワー系ファイターになったシアさんに奮闘して貰いましょう!

・魔王様の”遠視”技能についての補足
簡単にいえば通常の遠視は目が望遠鏡みたいになるのに対し、アダムの遠視は視点そのものが切り替わって衛星写真みたいに(本人曰く大陸全土が効果範囲)変えられることが可能

・導蟲
原作「モンスターハンターワールド」では第一期調査団が発見した
ゲーム内では所謂ナビゲーションとして機能する(ゼル伝のナビィ的な)
本作に於いては森人族の秘伝として伝わっているが…?

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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兎人少女の奮闘


 足下がどうなっているかも見えない闇夜のハルツィナ樹海。
導蟲の微かな光を頼りにハジメは走る。
パルクールをしているような感覚で木の根を跳躍して避け、斜面を滑って進み、段差を飛び降りては回転して受け身を取り、目的地のゲブルト村へ向かう。

(速く、もっと速く、もっと速く――――――!)

 シアがフェアベルゲンに残ると言った事に対し、まだ納得していなかった。
あの場に於いては最大限ベストを尽くした選択と言えるだろう。

 だが反対派の亜人達と同様に、ハジメも今の亜人族は信用出来ないと思っている。
シアが殺されるかもしれないと考えただけで、彼自身冷静でいられなかった。

 飛び降りた先の水溜まりに着地した瞬間、派手な泥混じりの水飛沫をまき散らす。
その音で周囲のモンスター達が騒ぎ立ててもお構いなしに走り続ける。
時間にして凡そ5分~10分の移動時間が、彼は数時間経ったように感じられた。
そして――――――

「松明の明かりっ…戻ってこれた――――――!」

 木々の隙間から遠くに見えた荒野と平原の境界線にある村の囲い。
普段よりも多くの松明が設置されて、囲いの外を帝国兵が周囲を巡回している。
走るペースは落とさず、頭だけは冷静にこれから話す内容を整理していた。







(おいおい、なんつー鬼スタミナだよ…追いつくのでやっとだぜ…)

 ハジメがゲブルト村に走っていた道の遥か後方で、幸利は彼の異常な運動能力に呆れていた。
相棒のクルルヤックがそれを見て唸り声を上げると、嘴の先を指で擽り落ち着かせる。

 ハジメがフェアベルゲンを出た直後の出来事だった。
魔王アダムから神の使徒の抹殺指令を受けた幸利は、隠れ家を離れて単独で村の近くまで潜入しようと考えていたのだが、偶然ハジメの姿を見つけ、尾行し今に至る。

 まだ余裕がありそうなハジメは樹海を抜け出して草原を駆けていく。
幸利は一旦止まって茂みに腰を下ろして息を整える。

「はぁ…やってやるとは言ってみたものの…具体的にどうっすかなー…」

 頭上の木々を見つめながら独り言を口にした幸利。
その横でクルルヤックは主人の困っている様子を見て不思議そうに首を傾げる。

(あくまで殺すのは神の使徒(あいつら)だけ…村人とか帝国兵は対象に含まれてないし、余計な敵を作らず放置ってのが安定なんだけど…邪魔するならやっちまうか。それよりも問題は――――――)

 そっと視線を茂みの向こうにある村へと戻して幸利はある一点を注視した。
村の中で最も活気のある大きな建物には、ハジメとよく似た格好の連中が何人も見える。

(モンスター殺しの専門家、帝国のハンター……魔人族(俺たち)には直接攻撃してこないらしいけど……)

 後ろのクルルヤックと彼らを見比べる。
戦力差は言うまでもなく幸利の側が不利であり、失敗したら一巻の終わりだ。
レイス達は手出しせず見ているだけで、アダムから指示があるまでは待機と言われている。

(手駒が圧倒的に足りねえ…俺含めてたったの2かよ…)

 村の総戦力を大雑把に100と設定しても50倍の戦力差がある。
殺さなければならないのは100の内に入っているかも怪しい5~10程度の有象無象。
だがそこに辿り着くまでの良い案が浮かばなかった。

「どうすっかなー……なんか方法が……あっ!」

 突然幸利の頭の上に豆電球のような閃きが降って湧いた。
手駒が足りなければ()()()調()()()()()()()のだ。

―――クルァ?

「思いついちまったぜぇ相棒…最強の作戦をよぉ…!」

 主人の様子が変なことに気づいたクルルヤックが声を上げると、悪魔のような笑みを浮かべた幸利の視線は村ではなく…樹海の至る所から聞こえてくる無数のモンスター達へと向けられていた。



 

「………流石に何も残ってませんよね」

 

 私は集落のどこにいても気持ち悪いものを見る目で見られると分かっていたから、兎人達が以前暮らしていた場所に腰を落ち着けていた。

 

 兎人族全員が忌み子である私の存在を他の亜人族から隠そうとしていた事実が判明し、集落を出て行った時からこの場所の時間は止まっている。

行き先や手掛かりを調べようとした他の亜人達によって荒らされた部屋の中は掃除されている筈もなく、湿気や植物の影響でほんの少し嫌な臭いが充満していた。

 

「……ッ」

 

 座って一息ついた瞬間、抑えていた恐怖心が溢れて指先が震える。

―――本当は怖かった。どんなモンスターが襲ってくるのか、私一人でどこまで持ちこたえられるのか、ハジメさんが戻ってくるまでに私は生きていられるのか―――

 

(――――――でも、私は―――)

 

 あの時、どうしてあんな事が言えたのか自分でも不思議だった。

自分を犠牲に…なんてきっと記憶を失う前の私なら絶対に言えない言葉の筈だから。

一族の皆から愛され、守られてきた私が私の命を粗末に扱う事は絶対に許さない。

もし、そんな事があったら…それは私が大切に思っている人達と私の命を天秤にかける時だ。

 

(今の私に出来る事は、これくらいしかないから―――)

 

 私がこんな事を思って、行動出来るようになったのはハジメさんのお陰だと今でも思う。

樹海の入り口で倒れていた私を一目見た途端に助けてくれた。

昔、大人達から聞かされた人間のイメージとは大きくかけ離れている。

 

 亜人を奴隷にしてきた帝国の人間は粗暴、野蛮と言われていた。

それが私を見るなり彼らは私を治療し村へ運び、寝る場所や食べる物を無償で提供してくれた。

彼らには何のメリットもなかったのに父様達を助ける為に協力までしてくれて…

 

 帝国は変わった―――私がそれを理解したのは帝都グラディーウスに着いてからだった。

亜人の私を当たり前のように通し、奴隷用の首輪がついていなくても普通に目を合わせて、隣人のように気さくな挨拶を交わしてくれる通行人が沢山いる。

初めて見る人間の世界に心躍らせたのは内緒だ。

 

 あの時は遊びにいったわけじゃなかった。

ゲブルト村で生活を送れるようになった私が、新しい生き方を自分で見つける為に憧れた人の背中を追いかけようとハンターになる為の訓練を受けに行った。

結果的にはハンターになれたけど、正直訓練所での日々はもう思い出したくない。

 

(ハジメさんが、私にしてくれたように…)

 

 今度は私がフェアベルゲンを…アルテナさんを助ける番だ。

母様、お墓の手入れもお花も用意出来ていない親不孝な娘ですが

今だけは…どうか今だけは私に戦う勇気を下さい。

 

―――オォォォッ!

 

(来た……っ!)

 

 かつての集落を飛び出し、太い枝から枝に飛び移って声のした方へと向かう。

眼下の集落で誰かが何かを言っている声が聞こえるが私はそれを無視する。

 

 集中しろ、もう誰の声も聞かなくていい。

背中を預ける仲間がいなければ、戦いに言葉は不要だ。

私がモンスターを狩るか、私がモンスターに狩られるか…

 

「―――――――――近い!」

 

 集落の一番端、鳥人族が集まっていた場所にモンスターが近づいていた。

青い毛並みに頭部から背部の特徴的な甲殻を持つ四足のモンスター。

記憶を手繰り寄せ、該当するモンスターの名を口に出す。

 

「ッ…アオアシラ!」

 

―――グルアァッ!

 

 戦った事はない相手でも、モンスター図鑑にはその生態が事細かに記されていた。

青熊獣は温暖湿潤の樹海、湿地帯を中心に帝国領内で多くの個体が棲息している。

川で魚を獲ろうとした亜人族が遭遇し、命からがら逃げかえってくる話は珍しくない。

 

 今まではフェアドレン水晶のお陰で近づいてこなかったアオアシラが近づいて来た事で鳥人族はパニックを起こしている。

戦おうという意志のある者は殆ど居らず、背中の羽で高い所へと逃げていく。

私はその間をさっと通り抜け、アオアシラのいる場所の手前で立ち止まり大きく息を吸う。

 

「いきますっ!!」

 

 背中に引っ掛けていたアイアンハンマーLv2の柄を両手に持って体の正面で横に構える。

向こうも私を獲物と認識したのか、舌を出してゆっくりと近づいて来た。

 

「フッ…!」

 

 息を短く吐いて地面を蹴り、こっちから先に仕掛ける勢いで距離を詰めた。

するとアオアシラは唸り声を上げ、姿勢を低くして前足に力を溜める。

 

(飛び掛かり、右に前転で回避―――!)

 

 予備動作が長かったお陰で余裕を持ってアオアシラの飛び掛かりを回避できた。

こっちを向く前に私の方から前転で更に距離を詰め、一撃の振り下ろしをお見舞いする。

 

「はぁっ!」

 

 アオアシラの左わき腹、青い体毛と甲殻の分かれ目に鎚の面がめり込んだ。

うめくような声をあげたものの、向こうはお返しを言わんばかりに後ろ足だけで立ち上がり、右前脚の爪を大きく振りかぶって薙ぎ払おうをしてくる。

 

「ッ!」

 

 これも後ろに跳躍回転して回避、空を切る爪の音が耳にぞわっと伝わった。

 

(一撃は重いけど…大した相手じゃない。…これなら勝てる!)

 

 今の攻撃と回避だけで、このアオアシラは下位個体だと直感で気づく。

上位個体であれば追撃の飛び掛かりか両前脚の爪による交差斬りが来るはずだから。

獲物と戦う事に慣れていない…勝機は十分私にある!

 

「ふうぅぅ…!」

 

 正面に構えていたハンマーを身体より後ろに引いて上半身に力を溜める。

それを隙と捉えたアオアシラが再び真っ直ぐ此方に飛び掛かってきた。

転がって交わす必要もなく半歩後ろへ下がってやり過ごし――――――

 

「せやぁぁぁっ!!」

 

―――グルォッ!?

 

 溜め三段階目による小アッパーから渾身の振り下ろし。

骨の砕けるような音に混じり、アオアシラの頭部から鮮血が足下に飛び散った。

すぐにハンマーを引いて後ろに転がって構える。

今の一撃がかなりの痛手になったのか、アオアシラは私を睨み警戒していた。

 

―――グルオオアァァァッ!

 

「怒り形態…!でも、このままっ――――――」

 

 さっきよりは怒り状態で攻撃から追撃までの時間差が減ったものの、単調な動きのアオアシラに苦戦することもなく…

 

「これでっ…トドメですっ!」

 

 回避と攻撃を繰り返す内に瀕死となったアオアシラの顔に横振りの一撃を食らわせる。

途中で眩暈を起こして倒れるほど、頭部に打撃を食らい続けた奴の最期はあっけないものだった。

倒れたアオアシラを前に、私もハンマーの先端を地面に下ろして一息つこうとして――――――

 

―――ギシャアアァァッ!

 

「うわああぁぁっ!盾蟹だぁぁ!」

 

「っ!!次はあっちの方……!」

 

 剥ぎ取る時間もなく、ハンマーを背中に戻して木の枝へと跳躍。

声の上がった方へ駆けていくと、樹海の中では見覚えのないモンスターが見えてきた。

 

「ダイミョウザザミ…!?どうしてこんな森の中に…」

 

 豊富な水資源を生息地にするダイミョウザザミは、この辺りだと湿地帯か帝国最北端の港近辺にしか現れないと図鑑には書いてあったけど…考えても仕方ない。

異変の影響と今は割り切って、戦いに集中するんだ―――!

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

―――ギシイィィッ!

 

――――――時間にして凡そ10分弱が経過した。

巨大な一本の角を生やした飛竜の骨を背負ったダイミョウザザミは藻掻くように鋏を動かしていたが、口から泡塗れの血を吐いて遂に動かなくなる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 甲殻種の青い血まみれのハンマーを地面に刺して、私は息を整えていた。

結果的にこのダイミョウザザミも下位個体だった。

 

 でも硬い背中のヤドに振り下ろしを弾かれた時に反撃で薙ぎ払いの鋏を貰ってしまった。

幸い回復薬で傷は塞がったけれど、こう易々と何度も攻撃を受けるわけにはいかない。

 

(でもこれで、少しは――――――)

 

―――グルアアァァッ!

 

「ッ……またっ!?」

 

 悲痛な声を上げて、疲れた体に鞭打って私は地面を蹴り声のした方角へ向かう。

ハジメさんが戻ってくるまでの間、私一人で必ずここを守り切る……!

 




 シアの状態はまさにモンスターハンターライズで云うところのソロ百鬼夜行やってる感覚(兵器無し、支援無しのクソ仕様)精神面で反撃の狼煙上げてるから下位個体をサクサク狩れてる(なお本人の体力が持つかは別問題)
そんなヤバい群れを里人で撃退出来るカムラやっぱ魔境だわ…

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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焦りは禁物、無理せずいきましょう


「すいませんでした!これで勘弁して下さい!」
「あぁ!?寝惚けたこと言ってんじゃねえぞオラッ!」

――――――あぁ、これは私が他人に初めて憧れを抱いた時の夢だ。
町中で素行の悪い不良集団に粗相をしてしまった子供と老人を、助けようと両者の間に割って入った少年。
勿論、不良たちはそんな彼を力で屈服させようと罵倒を浴びせながら殴る蹴るの暴行を加える。

「このガキ!謝ったくらいで済むわけねえだろうが!」
「ごめんなさい…ごめんなさい…!でも、どうかこれで…っ…」

 でも彼は折れない。
胸倉を掴まれ顔を殴られ、何度も腹を蹴られ、地面にこすりつけた頭に罵倒と唾を吐かれても。
子供の行いを許して欲しいと謝り、懇願し続けてボロボロになっていた。

 私は心の中で子供と老人を助けたいと思っても、怖くて動けずにいる。
だから私じゃない誰かがなんとかしてくれることを願っていた。
そんなドラマみたいな出来事が、起こる筈ないと心の奥底では諦めていながら。

 少年の登場は私の願いを叶えてくれるもので、私の知っている常識を覆すものだった。
自己を犠牲にして他者の為に不当な暴力に耐える。
彼が目の前でやってみせた事は、凡そ十代の子供が簡単に出来る事じゃなかった筈だ。

 やがて少年に対する不良たちの暴行は、私と同じように遠くから眺めているだけの誰かがせめてもの善行として通報した警察官の到着によって終わった。

 顔中に痣を作り、血を滲ませながら少年は背後にいた老人と子供から感謝される。
彼は「大したことは何もしてませんよ」と朗らかな笑みを浮かべ、きちんと子供には不良たちの服を汚してしまった不注意を咎め、老人にも子供からあまり目を離さないようにやんわりと伝えた。

「き、君!せめて手当を――――――」
「あ~…いやホント、大丈夫ですから!僕はこれで…」

 警官達の気遣いを断り、少年は足早に群衆の中へ消えようとする。
一部始終を見ていた私は人込みを強引にかき分けて彼の方に駆け寄った。

「あ、あのっ…!」
「おぉ…いてて――――――はい?」

 どうして彼を呼び止めたのか、現在(いま)の私はその理由を知らない。
正義の味方と呼ぶに相応しい、彼の行動に対する人としての憧れだったのか。
或いは単なる過去の私が少女漫画に憧れて、彼に一目惚れしたのか。

「なんで貴方はあんな事が出来たの…?」
「え?――――――あぁ!さっきの見てたんですね」

「どう見ても貴方は彼らと無関係の通りすがりだったよね?あの子供と老人を守る理由も、あの不良たちに頭を下げる必要も無かった筈だよ?それなのに、どうして貴方は……」

「……うーん、どうしてと聞かれても……なんて答えたらいいのかなぁ」

 少年は返答に迷っているのか、服の汚れを落としながら視線を逸らす。
数秒の沈黙を経て、彼は照れ臭そうに微笑を浮かべながら言った。

「本当はアニメや漫画のヒーローみたいに颯爽と現れて、あの不良達をやっつけられたらいいなと思ったんだ。…でも、僕にはそんな力がないから…多分あれが僕に出来る()()だったのかな」

 純粋なエゴイズムとは少し違う。
少年の答えは理想に対する自己分析を行った結果、彼が選んだ最善(ベスト)の選択だ。
しかし選択肢の先に待ち受ける理不尽な暴力も容易に想像出来た筈。

「――――――怖くは、なかったの?」

 私の問いかけに、彼はブンブンと首を横に振って答える。

「めちゃくちゃ怖かったし痛かったよ!暴力反対!――――――でも、うん。…あれを黙って見ているだけで止めもしなかったら、僕はそれをずっと後悔するから。だったらいっそ思い切って行動した方がマシかなって――――――長くなっちゃったけど、これが僕の人生に於ける姿勢(スタンス)なんだ」

「―――――――――!」

 過去の私が胸に抱いたときめきは、単純な恋心とは少し違っていた。
美辞麗句を並べ、正義感に酔い痴れるだけなら誰でも出来る。
確固たる信念を持って、苦難の道を進む事は容易じゃない。

(いつか私も、貴方みたいに――――――)




 

「――――――成程。事情は理解した」

 

 村民会議で使われる一室に集まったのは俺を除いて五人。

アゥータさん、アボクさん、グリッドさん、カムさん、ギルドマネージャー。

フェアベルゲンでアルテナから聞いた話を簡潔に伝えた。

そしてシアが故郷を守るために一人残ったことを聞いて、カムさんは激しく動揺する。

 

「なんて無茶なことを…!」

「…本当に申し訳ありません。シアを止められなかったのは俺の責任です…」

 

 あの場ではあれしか手が無かったとはいえ、それで良かったとは思わない。

俺が席を立って深々頭を下げると、カムさんは首を横に振った。

 

「…いいえ、私達の恩人である貴方を責めるつもりはありません。記憶を失うより前から、シアは強情なところがありましたから…」

「……それでハジメ。お前が森人族の嬢ちゃんから頼まれた事はどうするんだ」

 

 グリッドさんの指摘に頷いて、俺は村長とアゥータさんの方に向かって頭を下げた。

 

「俺の独断で引き受けた事ですが、俺一人の力では解決できません。…本来なら、こんな事を頼むべきじゃないと分かっています…それでも――――――!」

「亜人族を助ける為に村から人と物を出してくれ……と?」

 

 言葉を遮って真正面から俺を見下ろすアゥータさんの目は冷ややかなものだった。

…分かっていた。この人は村人を、大切な家族を危険に晒すような事を許さない。

付け加えるなら国家間の問題に、一介のハンターと辺境の村が関わっていい筈がない。

 

「お前のことだ。俺が口に出さなくても、俺の言いたい事くらい分かってんだろ」

「……はい」

 

「事態は急を要する。……けどな、皇帝の許しもなくフェアベルゲンに手を貸した事が知られれば、お前も俺達もタダでは済まされない。それを分かっててお前は―――」

 

「……村の人を、帝国を関わらせる事が問題であるなら……物資の方は俺個人で限界まで用意します。運搬も、フェアベルゲンの防衛も、俺が―――」

 

「それは出来ないよ。今の君は帝国の一市民であり、それと同時にギルドのハンターだ。ギルドはハルツィナ樹海周辺地域にハンターが近づくことを禁止している。君が樹海へ向かうなら、ギルドのルールに則って君を処罰する事になる」

 

「………!」

 

 ギルドがハルツィナ樹海行きを止めている話は初耳だった。

けどアゥータさんの表情を見て少し考えれば、それが当然の事と理解出来た。

亜人族が混乱に陥っている中、ハンターに及ぼす危険は計り知れない。

ギルドマネージャーはアゥータさんと目を合わせ、一枚の羊皮紙を見せる。

 

「…本来なら例外のハンター達だけに開示する情報なんだけどね。此処にいる人達と君には、念のために話しておくべきだろう」

 

 内容は教授の調査によって樹海の異変の原因と思われるものについてだ。

思わぬ人物から異変の答えが出てきて驚いたが、内容を聞いて更に驚愕する。

 

「ウーア・アルトでイネ科の植物(タケ)が急激に成長・繁殖する現象は大昔にもあった。まだハンターやギルドの概念がなかった頃、帝国の祖先達が生きていた数百年…下手したら数千年前の事だけどね。…そしてこの異常現象が起こったと同時に…こいつが現れたんだ」

 

 ギルドマネージャーの懐からもう一枚、モンスターが描かれた羊皮紙が取り出される。

四足で歩き、黒を基調とした体は山吹色の体毛が一部を覆っていた。

頭部には紅色の角を生やし、先っぽは竹の子を彷彿とさせる尻尾が生えている。

その見た目から俺は瞬時に「牙竜種か獣竜種」だと思った。

だがギルドマネージャーから告げられた単語を耳にした瞬間背筋が凍った。

 

「こいつの名は雅翁龍”イナガミ”―――全てが謎に包まれた古龍種だ」

「っ……古龍」

 

 ラオシャンロン、バルファルク、ベヒーモス…あいつ等と肩を並べる奴が樹海に…?

記憶に刻まれた強烈な戦いの光景を思い出し、抑えていた心の焦りが表情に出始めていた。

愕然とする俺から視線を外し、アボクさん達に説明するギルドマネージャー。

 

「ギルドではこれまで数多くの古龍を観測してきましたが、その大半は謎に包まれたまま。雅翁龍もその内の一頭であり、ハルツィナ樹海の何処かに潜んでいると睨んでいましたが…」

 

「お前の話と教授の調査で、嫌な予感は確信に変わったわけだ」

 

 もう一刻の猶予もない。

フェアベルゲンが陥落するのも時間の問題だと頭の中で警鐘が鳴っている。

顔を上げ、もう一度アゥータさんの方に向き直って俺は口を開く。

 

「じゃあ、猶更シアを助けに――――――」

()()()()()()()()()()()?」

 

 アゥータさんの鋭い指摘に頭を殴られたような衝撃を受ける。

まだ誰も、例外のハンター達ですら狩った事のない古龍が襲ってくるかもしれない状況下でフェアベルゲンの住民を守る…そんな事が俺に出来るのか?

他のモンスター達も襲ってくる。むざむざ死ににいくようなものだ。

 

「で、では私を行かせてください―――!ハウリア族の長として帝国市民権の名誉を皇帝陛下より賜りはしましたが、それは元より一族を存続させる為!勝手ではありますが私は今この場で市民権を放棄し、ただの亜人として…娘を助けに――――――」

 

「カム殿、少し落ち着かれよ。そのような短絡的な考えで樹海に踏み込めば、油断と焦りで命を落とす事になりかねませんぞ。第一そのような事、貴方を慕うハウリアの者達が許すとお思いでか」

 

「アボク村長ッ…しかし、このままではシアが――――――」

 

 俺が言葉に詰まっていると、カムさんが自分の立場を捨ててシア救出に動こうとする。

アボクさんがそれを制止しようとするが、耳を畳んで頑なに受け入れようとしない。

こうなるとギルドマネージャーも難しい顔になり、アゥータさんは俺をじっと見つめたまま。

 

(どうすればいい、どうしたら納得させられる…!俺が出来る事は何だ!?)

 

 思考をフル回転させて、何か言わなければと口を開こうとした次の瞬間――――――

 

「きゃっ!?いったぁ~……あ―――」

「ドアに寄り掛かり過ぎ…お陰でバレた」

 

 扉が開いて、部屋の中になだれ込んできたのはアレーティアと白崎だった。

扉の外に二人がいたと気づかなかった事もショックだったが、それは一先ず置いておく。

 

「っ……白崎、アレーティア!お前らなにやって―――」

 

「え、えぇ~っとぉ…その…ごめんなさい。偶々南雲君を見かけたら、なんか焦ってるみたいで…一緒にいたウサ耳の女の子もいないし…何かあったんじゃないかなぁ~って、さっき知り合ったばかりのアレーティアさんに尋ねたんだけど…」

 

 俺が知らない間に白崎とアレーティアが打ち解けていた件について。

今はそれをとやかく言うまい。…けど、村人達にも内緒の話を聞かれるってのは…

 

「おいおい使徒の嬢ちゃんにハジメの連れの嬢ちゃん…なぁに盗み聞きしてやがんだ?」

 

 アゥータさんの視線が俺から扉の前で倒れている二人に向けられた。

口調は軽いが、言葉の端々に僅かな怒りが込められている。

白崎が申し訳なさそうに笑う横で、アレーティアは冷静に服の埃を払いながら答えた。

 

「村の中を行き交う兵士の会話から凡その事情は把握してる。香織の話を聞いてハジメの後を追ったら偶然話を盗み聞きする形になった。―――心配しなくても人に言いふらすつもりはない。言いふらしたとしてもこの村では余所者でしかない私の話を真に受ける住人はいないと思うし」

 

「……成程、偶然じゃあ仕方ない……って言うと思うか?」

 

「全然思わない。盗み聞きの罰が必要なら、後で幾らでも受ける。――――――そんな事よりシアを助ける話の続き。帝国の人達はトレイシーの指示待ち、ハジメも立場上いけないと言うのなら…代わりに私が行く。それなら問題はない」

 

「っ!?アレーティア、それは――――――」

 

 確かにアレーティアの言う通り、自由に身動きが取れる立場なのは彼女だけだ。

だが危険過ぎる。幾ら自動再生持ちの吸血鬼といえど単身樹海に乗り込むというのは…

俺が止めようとした途端、白崎も何かを思いついたように手を上げて口を開く。

 

「あ、それじゃあ私も!私も実質アレーティアさんと同じ余所者だからシアさん?を助けに動いていいと思うけど、駄目かな?いいですよね!ねっ、南雲君!」

 

「はあっ!?白崎、お前……」

 

 こいつ記憶失ったシアとは対照的に前と大して変わってねえ気がするんだけど。

この猪突猛進ぶりはいつぞやの鬱々とした俺のトラウマ時代を思い出すから止めて欲しいんだが…

俺が困惑していると、アゥータさんは呆れたように溜息をついて答える。

 

「お前らは余所者でも村の大切な労働力だ。勝手に死なれちゃ困るって―――」

 

「えっ?でも村で必要とされてるのって()()()()()()だけですよね?トレイシーさんと雫ちゃんの話聞いてて私思ったんですけど、私達って先生と雫ちゃんのオマケとしてここにいるのであって、帝国の人達からしたら居ても居なくてもいい存在なんだなって思うんですけど――――――」

 

「―――――――――」

 

…白崎、お前変な所で頭が回るよな…その地頭の良さをもっと別の方向に活かせなかったのか…?

それに気づいてるのかお前、自分で「(先生と八重樫を除く)神の使徒は無価値な存在だから死んでも大丈夫です!」って言ってるんだが…

流石のアゥータさんも硬直してるし、カムさんとギルドマネージャーがドン引きしてるよ。

 

「…おい白崎、お前状況分かってんのか?樹海ってのは昼間に見た奴と同じような化け物が山ほどいる危険な場所だ。シアを助けたいって気持ちに賛同してくれるのは嬉しいけど――――――」

 

()()()()になるし()()()()()()()()…だよね。うん、それくらいは分かってる」

 

「だったらどうして――――――」

 

「困ってる人がいて、助けを求めているなら……助けてあげたいと思ったからかな?私って治癒師みたいだし、実感は湧かないけど…この世界の普通の治癒師より力はあるみたいだから……それを持て余しているだけなんて勿体ないし、人が死ぬのを黙って見ているだけなんて耐えられない」

 

 白崎の言葉を聞いてドン引きしていたカムさんが一転して感動している。

正直俺も彼女がここまで人を助けることに強い拘りを持っているとは思わなかった。

アゥータさんは何と言うべきか俯いて考えているようだった。

そんな中、アボクさんはやれやれといった風に首を振って明後日の方を向く。

 

「――――――皇帝陛下への弁明は、後で考えるとするか」

「っ!!?爺ちゃん、何言ってんだ!まさか――――――」

 

「そのまさかだ。静観するつもりでおったが、こうなっては致し方あるまいて……シアも村の住民だ。見捨てるような事があってはこの地を守り続けてきた先祖に顔向けが出来んよ」

 

「っ…それじゃあ――――――!」

 

「ギルドマネージャー。私から特別任務としてハジメ君含め四人のハンターに()()()()()()()()をお願いしたい。目的地はハルツィナ樹海、亜人族の国フェアベルゲンじゃ」

 

「……特別任務なら仕方ありませんね。ただ、受注するハンター達には事前に危険を周知しておく必要がありますので人手が集まるかどうか……」

 

 思わぬ人物から助け舟が出たことで事態は急変を迎えた。

ただアゥータさんは納得がいっていない様子でアボクさんに食って掛かる。

 

「爺ちゃん、今度ばかりはいくら何でも無茶が過ぎる!公私混同どころの騒ぎじゃない、村の安全に関わる事だぞ!?村長のアンタがこんな事を認めたって帝都の連中が知ったら――――――」

 

「アゥータ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そう師に教えられたのではなかったか?」

 

「っ!!それは、いま関係ねえだろ…ジジイ!」

 

…アゥータさんのアボクさんに対する呼び方が「爺ちゃん」から「ジジイ」になった。

多分だけど、一瞬垣間見せたその態度がアゥータさんの素なんだろう。

それを知ってかアボクさんは冷静沈着に話を進めていく。

 

「いいや、ある。ハジメ君がハウリア族を助けた時のように…あの時お前は考えるより先に動けていただろう?師の教えを、片時も忘れていなかったお前が…何に焦っている?」

 

「焦ってなんかいねぇ!…チッ、もういい分かったよ。勝手にしろ!!」

 

 イライラした様子で部屋を出て行くアゥータさんを、俺達は黙って見送る事しか出来なかった。

アボクさんは「やれやれ…あいつもまだ幼いな」と椅子に座り直す。

 

「…すみませんでした村長。俺のせいでこんな事になって…」

「起きてしまった事は仕方がない。それよりも今は――――――」

 

 フェアベルゲンを助ける為の準備を進める話し合いが始まる。

ギルドマネージャーは集会所へ特別任務発注の為にと出て行った。

いなくなった二人の代わりにアレーティアと白崎が席に着く。

 

(アゥータさんには悪いと思うけど……シア、アルテナ……なんとか此処まで持ってこれたぞ)

 

 最大の山場は乗り切ったと見ていい。

後は準備にかかる時間をどれだけ短縮出来るかが勝負だ。

……頼む、あと少し持ち堪えてくれ……!

 




 ちょっと駆け足気味に終わったけど次に繋げられそうだからヨシ!
現状ゲブルト村にはハジメやサブキャラ除いても、上位ハンター数人と下位ハンター数人程度は居ますが…果たして引き受けてくれるのか…?

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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フェアベルゲン救援隊、結成と始動


「俺は、間違ってなかった……と思う」

 この言葉を口にした事、彼は後にどれほど後悔した事か。
夕暮れの帝都グラディーウス郊外にある墓地。
そこにある大半の墓石の下に刻まれた名前の骸はない。
ある者は骨も残さずモンスターの腹に消えて、ある者は未開の地で土壌の養分と化しているか幼虫(ウジ)の苗床になっているのだろう。

 此処は志半ばに散ったハンター達の最期を遺す場所だ。
赤髪のポニーテールを風で揺らしながら、青年は目の前で立ち尽くす一人の女に話しかける。

「あの人が居たから、俺も姐さんも助かったんだ。だから……」
「………………」

 女の耳に彼の声は聞こえていても、その言葉が届くことはない。
思考を停止して、糸が切れた人形のように喜怒哀楽の表情を失った彼女は墓石を見つめたまま。
唯一彼女をヒトたらしめているのは、真っ赤に充血して泣き腫らした目と微かな吐息だけ。

「……姐さん」
「………………」

 どんな言葉を掛けても届かない。
…いや、或いはこれを言葉にすれば彼女もきっと…
彼は心の中で決意を固くして、ゆっくりとそれを口にする。

「……アンタがずっとそのままじゃ、あの人だって安心して眠れ――――――!?」

 ヒュと風を切る音がしたと彼の耳が認識した瞬間、視界は空を見ていた。
鈍い音がして後頭部、両肩、背中、腰から同時に痛みが襲ってくる。

「ガ、ハッ!?」
「黙れ…クソガキ…!…お前が、お前如きが隊長(あの人)を語るな…!」

 地の底から亡者が話しかけてきているような、冷たく掠れた彼女の声が彼の鼓膜を突く。
どろりと歪む視界の向こうに映る彼女は、目を大きく見開いて()()が彼の首を圧し折らんばかりの力で締めている。

「あ、ねさん…やめ――――――」
「死人が安心して眠る?笑わせるな骸はどう取り繕おうとも骸だ。眠りもしなければ目覚めることもない。魂なんて曖昧な概念で死者を偽ろうとするな。死ねばそいつは終わりだ、終わりなんだ解るか」

 こんな状態の彼女を、彼は一度も見たことがない。
ただ怒り狂うだけなら何度も経験しているが、今の彼女はそれだけじゃない。
後悔自責憤怒殺意喪失感…あらゆる負の感情が彼女の内に溢れている。

「…ア…!?ガッ…ネ…さ…」
「あの人は死んだ?あの人はもう居ない?そんな事をお前に言われなくても、私自身がよく理解しているんだよ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは他でもない私なのだからな!?」

 白目を剝いて気を失う寸前の彼から手を離して彼女は墓地を立ち去ろうとする。
彼女の空色の長髪は強く吹き荒れる風で乱れ舞い、握り締めた拳からは血が点々と滴っていた。

「――――――ごほっ、こほっ!姐…さん」
「…あの人が死んだ時点でクランは解散した。テメェにもあの娘にも叩き込めるだけの知識と技は叩き込んだ。後は好きな所で好き勝手にやれ、生きるも死ぬも自由だ。……私もそうさせて貰う」

 どうしてこの時、彼女を止められないにしても彼女の後ろをついていかなかったのか。
もしついていく勇気が彼にあったなら、彼女が剣聖としての役目を終えることはなかったのに。
彼はまた大事だと思っていた事をおざなりにした。
何度悪夢に見ても、平静を装う為に彼は虚空に向けて延々と言い続けるしかない。

「それでも俺は、間違ってなかった」



 

「皆の者、既に伝わっていると思うが改めてワシから話す。ハルツィナ樹海で起こっている異変と、亜人族の国フェアベルゲンの危機についてだ―――――」

 

 アボクさんのお陰で村中の人が夜でも素早く動いてくれた。

薬草、アオキノコ、ハチミツ、げどく草、ウチケシの実、サシミウオといった回復薬や状態異常回復の元となるアイテムが木箱いっぱいに詰まって集められる。

アボクさんが村人達に説明をしている間に俺はグリッドさん含め帝国兵の人達と協力して荷車に木箱を積んで運び役であるアプトノスを荷車の紐と結ぶ。

 

「―――よってワシらは皇帝の許しなく相互不可侵の条約を結んだ亜人族を助ける。処罰を受け入れられぬという者は遠慮せず家に戻ってよい。それを咎めたりはせん」

 

「まさか!ここまで話聞いて家に篭るってのは無しだぜ村長!」

「シアちゃんが危ないんだろ?助けるしかねえよ!」

「ここいらで亜人に恩を売っておくってのも悪くはないだろうしな!」

 

 村人達の言葉を聞いて俺は目頭と胸の奥が熱くなる。

隣で木箱を持ち上げていたグリッドさん達がやれやれと呆れて笑っているのを見て、ふと気になったことを作業しながら訪ねた。

 

「グリッドさん達は、大丈夫なんですか?俺達よりも立場的に危ないと思うんですけど…」

 

「あぁん?そりゃハジメお前…ヤバいだろうな。超がつく軍記違反の見本市だ」

「連隊長殿から怒りの鉄拳が飛んできますかねぇ小隊長」

「鉄拳だけならまだ可愛いもんだ。減給なんざされた日にゃ俺は首括るね」

「…頼むからバイアス将軍直々ってのは勘弁して欲しいぜ。まだ死にたくない」

 

 帝国軍の所属であるグリッド達が率先して条約を無視するなど軍法会議待ったなし。

死なないにしても死ぬほどつらい目に遭わされるんじゃないかと危惧してハジメは四人に「後は俺がやりますから、皆さんは表向き何もしなかったという事に―――」と言いかけたのだが…

 

「馬鹿だなお前。何もしなかったら余計に怒られるわ」

「胸倉掴まれてお決まりの兵卒からやり直せ!って言われるでしょうねぇ」

「もう手遅れだし、シアちゃんに死なれでもしたらそれこそ自決するわ」

「どうせ軍記破るならド派手に破った方が後腐れなくていいだろうしな」

 

 四人の言葉でまた嬉しさと頼もしさが倍増する。

すると後ろの方でガヤガヤと、聞き慣れた(出来れば聞きたくない)クラスメイト達の声がした。

振り返ると白崎が畑山先生にフェアベルゲン救援隊への参加を反対されているようだった。

 

「ダメです白崎さん!貴女はいま記憶を失って危機感に欠けているんですから…!ハルツィナ樹海には危険なモンスターが居て危険ですし、ここは彼らに任せて――――――」

 

「お言葉ですが畑山先生!あそこに見える物資は、樹海の中を速く進む為の最小限に留めてあるんですよ!?仮に現地で物資が不足したら、村に戻ってまた物資を用意してと二度手間三度手間になるのは明白です!であるのなら、この場に一人しかいない治癒師の私が、向こうで治療にあたるのが物資の消費を最大限抑えられる良い方法だと思いませんか!?」

 

 うわぁ…白崎の奴、あそこまで畑山先生に食って掛かるところ初めて見たわ。

畑山先生の言ってることは正しいんだけど、俺的には確かに白崎が居る方がありがたい。

彼女の言葉通り木箱の数と重さはアプトノスが走れる程度まで抑えてある。

それは道中モンスターに襲われても逃げ切れるだけの足を残す為の備えであり、最初から進んで救援に名乗り出た白崎を人数に加えての計算だった。

 

(というか白崎さんや。お前以外にも一応治癒師はいたと思ったんだが―――)

 

「あ、あの~白崎さん。私も一応、治癒師なんだよね~…アハハ…」

「えっ!そうだったの!?ごめんなさい、えっと――――――」

 

 そうそう永山パーティーの辻だよ、俺も天職と名前が一致してなかったのはここだけの話な。

白崎の方は記憶を失ってから改めて全員の名前を聞いて回ったそうだが、それでもいざ話をすると頭の中で顔と名前が一致しないように見えた。

 

「”辻綾子”よ」

「ごめん辻さん!それじゃあ辻さんも一緒に来て貰えないかな?二人も居れば―――」

 

「ま、待てよ白崎さん!あy…辻さんは俺らのパーティーの一員なんだ。急にそんなことを頼まれてもはい、分かりましたって返事は出来ねえよ!っていうかハルツィナ樹海はオルクス大迷宮並みに危険なんだろ?猶更行かせられねえよ」

 

(今のは野村が正しい。…俺個人としては白崎と同意見なんだが…)

 

 辻の手をギュっと握り、何かを期待しているような眼差しでじっと見つめる白崎。

そんな彼女の以前からは想像も出来ない変わり様に辻は少々面食らっている。

慌てて野村が間に割って入ろうとするが、先に白崎が「あっ」と口元に手を当てて気づいた。

 

「…そっか……そうだよね。これから行くところは危ない場所だし、急にこんな事をお願いするのは迷惑だったよね…辻さん、野村くんも…ごめんなさい」

「‥…え、えっ?いや、そんな謝らなくても」

「へっ?いや…えと、まぁ…うん」

 

(会話の勢いがマシンガンってレベルじゃねえぞ、前よりも押せ押せになってないかコイツ!?)

 

 自分の非を即座に理解して相手に対し躊躇いなく謝った。

本当に目の前の彼女が、俺に間接的トラウマを与えた少女なのか疑わしくなる。

というか畑山先生が猪突猛進ぶりに勢いで負けて話に入れていない件。

 

「うーん命の保障には代えられないし…仕方ないよね…うん。それなら私が治癒師として二人分頑張ればいいだけだし!――――――よしっ、それじゃあ皆は村に残ってて!南雲君、道中の護衛をお願いしていいかなっ!?」

「お、おう…言われずともそうするつもりだが…」

 

「っ…南雲君も行くつもりなんですか!?」

 

…なんか畑山先生の制止の勢いが俺の方に向けられそうな気が…

内心身構えたが、彼女は何やら言葉に詰まっている様子だった。

 

「……う、えっと……その――――――」

(……ああ~昼間の件で俺を止めるのが気まずいって感じか……)

 

 俺の家での話し合いと、クラスメイト達に俺がキレたことで負い目を感じてるのか。

正直それを利用してこの場を勢いで押し切るのは、後で悔いることになりかねない。

さりとて無視するのもお互いに気分悪いし、出発まであまり時間がないし…どうするか。

 

「―――愛ちゃん。ここは村の人達と南雲を信じよう?」

 

 俺が何か言うべきか迷っている間に、畑山先生の肩にぽんと手を置いた優花が説得してくれた。

畑山先生は縋るような目で優花の方を見て、優花はこくりと頷いて俺に視線を送る。

…俺に何か言って欲しいって目だな…まぁ此処は穏便に――――――

 

「畑山先生。あくまで俺の感覚ですが、樹海はオルクス大迷宮ほど命を落とす危険は少ないと思います。それに今回は戦闘が目的ではないので極力戦闘は避けられる筈です…そうなるよう俺が全力を尽くします」

 

「南雲君……」

 

「だから…虫が良すぎると分かっていますが…()()()()()()()()

 

 あーあーあー口にすると内心すっげえ恥ずかしい台詞ぅ!

でも効果は覿面のようで、畑山先生の表情は心なしか緊張が解けている。

後ろでグリッドさん達が声を押し殺して笑っているけど、ここは我慢だ俺…我慢…!

 

「――――――分かりました…南雲君を信じます。必ず無事に帰ってきて下さい!」

「勿論です。―――白崎、荷台に乗れるか?」

「うん!それじゃ皆、いってくるね!!」

 

 両手を合わせて祈るように目を閉じる畑山先生の横を駆け抜けた白崎が荷台によじ登る。

…前と来ている服が違う(前は尼僧服、今は村人と同じシャツと半ズボンスタイル)からって随分と登り方がわんぱくだな。

登った時に上の木箱が揺れたのを気にして咄嗟に手で抑えた。

 

「あ、ご…ごめんなさい」

「…平気だ。それよりもアレーティアは――――――」

「ん、私ならもう乗ってる」

 

 荷台の隙間から音もなく顔を出したアレーティアに驚き心臓が飛び跳ねた。

俺よりも先に気づいていたらしく白崎は「ちょっと前から居たよ?」と首を傾げる。

 

「お前の魔法はモンスターの動きを止める有効打にはなる。俺ら護衛のハンターだけじゃ手に負えない時は……頼めるか?」

 

「問題ない。いざとなれば樹海丸ごと燃やすのも凍らせるのも可能」

 

 それはそれでダイナミック過ぎる環境破壊だからハンター的に見過ごせない止めてくれ。

 

「…冗談」

「うわぁ…アレーティアさん、そんな凄い魔法使えるんだ!頼りになるね!」

「……ん、頼られるのは……悪い気はしない」

 

 白崎に尊敬の眼差しを向けられて、アレーティアは照れて頬を朱に染める。

話している間に、他の荷車の準備も出来たらしくアボクさんから声が掛かった。

 

「ハジメくん!君が先導役として隊列の先頭にいってくれ!!」

「分かりました!―――二人とも、行くぞ!」

 

「うん!」「了解!」

 

 

「や、ハジメくん」

「此処に来て二度目の特別任務だな。それもこのメンバーで」

「リーナ、アッシュ!そうかお前らは受けてくれたのか…」

 

 隊列の先頭で俺を待っていたのはアボクさん、カムさん、ギルドマネージャーの他に獣人族達。

そして昼間と変わらない装備のまま笑みを浮かべたリーナ、アッシュの二人だった。

 

「すまない。こんな事になって…」

 

「事情は依頼を受けた時に聞いたよ!早くいってシアちゃんを助けよう!」

「俺達以外のハンターは皆受けなかった。…ただシグ達は…」

 

「…?シグ達がどうかしたのか」

 

 特別任務を受けたのは此処にいる三人。

他のハンター達の協力が得られなかったのは残念だが、二人が居てくれるだけでもありがたい。

アッシュが言い淀んだことが気になって俺が尋ねようとするとギルドマネージャーが答える。

 

「つい数分前、教授が三人組のハンターを連れて樹海の奥地、大樹ウーア・アルトへ向かいました。目的は今回の異変の元凶とされる古龍イナガミの討伐或いは撃退だと仰っていました」

 

「ッ…シグ達と教授が!?」

 

「念のためにギルド所属のアイルーをオトモとして同行させました。あの方なら早々やられるような事はないと思いたいのですが―――」

 

…シグ達は未だに一度も古龍と戦った事がない。

そんな駆け出しハンター三人を連れて古龍と戦うなんて、何を考えているんだ…?

 

(――――――だけど、あの三人ならもしかしたら?)

 

 昼間に見た光景を思い出し、あの三人の実力は確実に俺より上だと思い知らされる。

希望的観測かもしれないが、教授達がイナガミを何とかしてくれる事を願いたい。

 

「…分かりました。人数の規則上、応援にいくことは難しいかもしれませんがこっちの問題が解決次第そっちの確認にも向かいます」

 

「お願いできますか。…情けない話、あの方は一見理知的に見えますが、自分の中で結論を下して行動に移したら、ギルドの誰も止められないのですよ…」

 

 何の考えもなしに動く人じゃないという事はオルクス大迷宮でよく理解していた。

此処で懸念すべきは彼らの通った後、他のモンスター達にどう影響するのか…

俺がそれを考えようとして足下で何かがちょこちょこ動き回る。

 

「……うん?」

 

―――ニャア、ニャア(お兄さんお兄さん)ニャオーン(そこでボク達)プルルァニャ!!(獣人族の出番ニャ!!)

 

―――みゃあ、みゃ~あ(ボクらが、モンスター達の囮になる)みゃあーん(その間に移動するニャ)

 

 村に住む獣人族達がここぞとばかりに武器を手に整列していた。

離れた荷台の上で白崎とアレーティアが「毛玉の天国」とか喜んでいるが無視しよう。

……いや俺もぶっちゃけ今が急ぎじゃなきゃこの毛玉の群れに飛び込みたいけどね!?

 

「お前達が囮に?それは…ありがたいが危険だぞ?やれるのか」

 

―――ヂャヂャヂャ(囮部隊は二つに分かれる)ヂャヴァバババッ(自由に遊撃組と荷台を防衛組ダ!)

 

―――ニャ~ゴ(心配は無用)グルニャアーゴ(樹海は我らの庭も同然)

 

―――グギャギャ(ハンター達には)ギャルギャギャギャ!(アイルー達の戦士を4体同行させる!)

 

「…いいんですか、村長」

「彼らも話を聞いて生まれ故郷を守りたいと協力を申し出た。存分に活用してくれ」

「ギルド的には抜擢された4匹のアイルーをオトモとして仮登録させておきますので」

 

 アボクさんが了承したのなら、俺から言う事はないな。

ただ全員欠けることなく無事に村まで戻ってくることは前提条件にしてくれ。

改めてフェアベルゲン救援隊(仮称)結成か……一刻の猶予もない。

 

 俺に号令を求めるようにアボクさんが目線で合図を送る。

傍らで拳を握るカムさんの口に出さない言葉が見ただけで伝わってきた。

兎人(ハウリア)族は全員が村に残る。

彼らがフェアベルゲンに行けばまた別の問題が生じるからだ。

彼ら全員、思っている事はカムさんと同じだろう。

 

(シアも、貴方たちの生まれ故郷も守ってみせます……必ず……!)

 

「――――――任務開始だ、いくぞっ!!」

 

「「「「「「「「「「「「おおぉっ!」」」」」」」」」」」」」

 




 補足ですが救援隊の大雑把な構成メンバー・役割
・ハジメ、アッシュ、リーナ(モンスター討伐、撃退がメイン)
・4体のオトモアイルー(囮部隊は別扱い、ハンターのサポート)
・村人男衆が約10人(物資の運搬と応急手当等がメイン)
・アレーティア(魔法による荷車の防衛)
・白崎香織(重傷者の治療等がメイン、その他雑用も本人希望)

 畑山先生他神の使徒達はお留守番、アゥータさんも多分今頃ふて寝してます。
教授と三馬鹿は初見フロンティア古龍討伐の緊急クエストやってます。

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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兎人少女の挑戦・前半「夜に動く小山」


 ハジメ率いるフェアベルゲン救援隊が出発するより少し前。
ギルドからクエスト遂行の一時中断とハルツィナ樹海へ向かう事を制限されたハンター達の多くは稼ぐことも出来ないならと早々に寝床へ向かってしまった。
一部の物好きなハンター達も、後にギルドマネージャーから張り出された古龍出現の情報を聞いて恐れ戦き、災害級のモンスターが過ぎ去るのをじっと待っている。

 教授はギルドマネージャーと話を終え、件の古龍イナガミの討伐クエストを受注していた。
クエスト制限下で張り出されたそれに他のハンター達は興味本位で目を通すが、内容を見た途端に血の気が引いた表情で逃げ出す。

 彼らの多くは崇高な目的や正義感など持たず、ただ己の力が届く範囲での稼ぎがしたいだけ。
挑めば確実に命を落とすと分かっている相手と戦う命知らず身の程知らずはそうそういない。
だがこの時、この集会所にはハジメの同期で最も頭の螺子が緩んだ馬鹿三人組がいた……

「オイ、そこにいる()()()()()()()。お前がこれのクエストリーダーか?」

 声を掛けられた教授はアイテムボックスから一歩離れて彼の方へと振り返る。
そこには討伐クエストの受注者リストに三人分の名前を雑に書いた太刀使いの男シグがいた。

「ええ、そのクエストは私が受注したもので相違ありません。しかし”ゼクスシリーズ”の貴方……見たところハンターランク上位に昇格したばかりに見えますが――――――」

 古龍討伐クエストは上位ハンターの中でもギルドマスターか例外のハンターに実力を認められた者しか受けられない超高難易度クエストだ。
以前ライセン大峡谷に現れた古龍ラオシャンロンを討伐した四人の内、ハジメとテレサベルを除く二人…ロスマンとアイクがそれに該当する。

 自信ありげに兜の中で笑みを浮かべているのが、同じようにアーティアの重ね着装備で顔が隠れている教授でも感じ取れた。
やんわりと彼の自尊心を傷つけないように言葉を選んで断るつもりだったが―――

「アァ!?ランクなんざ今重要な事じゃねえ、質問してんのは俺だ。こいつぁ古龍の討伐クエストなんだってな?古龍狩り……俺にも一枚嚙ませろよセンパイ」

―――どうあっても参加する意思は変わらない様子だった。
そこへシグの仲間であるスラアク使いのラウラと操虫棍使いのグランツがすっとんでくる。

「ちょ―――ちょっとシグ!?アンタ何とんでもない事言ってんのこのバカ!」
「つーかお前さ、初対面の先輩にいきなり失礼過ぎるっての。…いやーすいません先輩、こいつ昔っからこうなんですよ。ガキの頃から口悪くてホントに困ってて…」

「うっせぇ!戦う気が無ぇならテメェ等も他の腰抜け共と一緒に留守番してろ!」

 シグの言葉を耳にした先輩ハンター達がピクッと反応し、怒りのオーラをメラメラと発する。
それに気づいているラウラがアワアワしだし、グランツは額に手を当てて呆れた。
一方で教授は何も言わず、静かに彼ら三人の特徴を捉えていた。
数多くのハンターを見てきた彼の目が、装備品の状態で彼らの力量を一瞬で見抜く。

「……成程。貴方達は既に()()まで辿り着いているのですか……」

「あ!?なんだ声ちぃせえよもっとハッキリ喋れやテメェ!!」

「アンタ本当にそんな口の利き方してると、マジでいつか痛い目見るからねっ!?ていうかさっきの!!アタシは()()()()()()なんて言ってないわよ!古龍狩り、やってやろうじゃないの!」
「お前らやる気だけは一流だよホントに……。まあ…ってな訳で先輩、俺ら三人足手纏いにならない程度にアシストしますんでお零れに預からせて貰えませんかね?このとーりっ!」

「おやおや…そうですか。それほどの熱意があるなら、断る理由はありませんね」

 教授はギルドマネージャーにもう一度会ってシグ達のクエスト参加許可を貰う。
本来なら止めなければならない立場の彼だが、例外である教授が太鼓判を押したハンター三人を止めることは出来ないだろうと判断し、諦めの境地で許可を出した。
条件としてギルドのアイルーを同行させたのは彼なりに出来る自己保身の策だった。

「…マネージャーさん」

 ギルドマネージャー専用の椅子に腰かけた彼の前に、元気ドリンコが入った瓶が置かれる。
彼が顔を上げるとギルドガールズの一人が立っていた。
クエスト受注の仕事が無くなって窓口に立つ必要がなかった彼女らは奥に引っ込んで他の職員の仕事を手伝っていたのだ。その内の一人、下位クエストを担当する赤いメイド風ドレスに身を包んだ少女である。彼女は彼と教授達のやり取りを一部始終見ていたのだ。

「こんなものしかあげられませんが、元気出して下さい」

「…うん、ありがとうね…」

 ハンター達が受付嬢を天使だ女神だと呼ぶ理由がこの時分かったギルドマネージャーだった。



 

――――――どれくらいの時間が経ったんだろう。

ハンマーの柄の先を地面に刺し、肩に寄り掛からせる形で杖代わりにして休む。

 

 目に映るのは赤、赤、赤…未来視の悪夢で似たような光景。

恐怖はない。戦いが始まった時点で感情(それ)を抱える必要はないと体が理解しているから。

疲労は限界だ。何十匹というモンスターの頭を潰し骨を砕き、死体の山を積み上げた代償だ。

意識も曖昧だ。自分がいまどこに立っていて、何をしているのかさえ忘れかけている。

 

「………っ!ぅ、ぐ……ぁ!」

 

 まただ…私の中に眠る占術師の未来視が、私の意志に関係なく未来を見せつけてくる。

目を閉じた先、黒い意識の世界に広がるのは樹海の何処か。

フェアベルゲンの中に踏み込んでくる新しいモンスター達の姿だった。

 

「――――――はぁ、はぁ、ふ、ぐっ……!」

 

 ハンマーの柄を握る両手指の先が痺れていても、手放すことだけはしない。

歯を食いしばって立ち上がり、未来視の反動でまだ痛む頭とふらつく体に鞭打つ。

武器を背中に引っ掛けて納刀し走れと訓練所では教わってきた。

 

 だけど私は亜人だから、重いハンマーであろうと両手で構えたまま走れる。

訓練所にいる間、ずっとそれを教官に叱られて不思議に思っていたけど、周りに合わせなきゃいけないから態々武器をしまって走る事を意識してきたけど、今はそれをする必要がない。

 

 木の幹に絡まった蔦に捕まって、足の力だけで枝分かれしているところまで駆け上がる。

太い枝から他の木の枝へ、跳ねては飛び移りを繰り返して未来視で見た場所へ向かう。

 

「!!―――見つけたっ」

 

 未来視で見たモンスターはまだ中に入ってきていなかった。

だが私達兎人族の特長である長い耳が、あまり遠くない距離にいるモンスターの気配を察知する。

フェアベルゲンと外の境界線に位置する木の上まで飛んで、目標の姿を捉えた。

鳥竜種”ドスランポス”とその子分”ランポス”が群れで押し寄せようとしている。

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

 モンスター達の注意をこちらへ逸らすと同時に木の上から飛び降りた。

仕掛ける直前にハンマーを上段に構えて振り上げ、力を溜めて狙いを定める。

 

(親玉を討てば、子分は散り散りになる筈……!)

 

 ドスランポスが顔を上げてこちらに気が付いた時には、既に私はハンマーを振り下ろしていた。

ごきゃっ!と朱色のトサカごと頭部の骨を粉砕する勢いで、ドスランポスの体は地面に沈み込む。

鮮血が飛び散り、辺りをまた血の池に染め上げる。

 

―――ギャ、ギャアギャア!?

―――ギャオゥッ、ギャオッ!

 

 狙い通り、ドスランポスがやられた途端にランポスの群れはリーダーを失って混乱し、一目散にフェアベルゲンとは反対方向の来た道へと引き返していく。

それを見送る私の足下でドスランポスの死体が死後痙攣を起こしている。

 

「……っはぁ、はぁ、はぁ」

 

 潰した頭からハンマーを離すと、付着した肉片の一部がベチャベチャと地面に落ちていく。

呼吸を繰り返す度、血の臭いで全身が満たされていくのを感じた。

少し前の私なら、この状況に悲鳴を上げて近くの茂みで嘔吐していただろう。

 

「……あは、はは……」

 

 今更自分の変わりように驚いてしまい、狩った後の余韻も相まって掠れた笑い声が零れる。

今が昼なのか夜なのか、時間の感覚はとうに忘れ、ひたすらモンスターを狩り続けた。

 

―――どうして?私を忌み子と罵り、一族諸共に殺そうとしてきた相手を、どうして私は守る?

故郷への愛着だけで彼らを守っている訳ではない。私は、アルテナさんという初めて出来た同い年の友達を助けたいと思ったからだ。

 

(――――――あぁ、そういえば…まだちゃんと――――――)

 

「………いぎっ!?」

 

 また、こめかみが割れるような痛みと共に未来視がロクでもない未来を見せつける。

私はこの未来視が嫌いだった。頭が痛くなるし、体も怠くなって、近くに誰かいた時はいつも余計な心配をかけてしまうから。

 

 でも、これがあったお陰で一族の皆を助けられた。ハジメさんにも出会えて、ハンターになった今の私がある。望まず得た力だとしても、感謝すべきなんでしょうか…?

 

「――――――これはっ!?急がないと――――――」

 

 未来視で見えたのは先ほどのモンスターとは比にならないほど手強い相手だった。

今度は近くに刺さっていた岩を足場に跳躍して枝へと移り移動する。

 

 目的の場所へとたどり着く前から、モンスターの姿は視界に捉えていた。

小山のような巨躯を持ったそれの足下で、亜人族の悲鳴が聞こえる。

 

「あなたの相手はっ…私です!!」

 

 本来は落下中に行う溜め攻撃を、水平に枝から枝へと飛び移る間に行う。

ハンマーの先が相手の体に触れると直感で気づいた瞬間に横向きで叩きつけを繰り出す。

これも本来の使い方ではなく、無理な動きをした私の両腕が軋みを上げる。

 

「っ…忌み子!?」

「何故、こんなところに―――」

 

 着地した私の姿を見て驚愕の声を上げたのは狼人族だった。

虎人、熊人に続く武闘派の種族で族長が戦士団の団長をしているらしい。

その団長の名前までは憶えていなかった。私にとっては自分達の一族を殺そうとしてくる相手だったし、覚える必要がなかったから記憶の片隅に種族の名前と特徴を留めておく程度の存在だ。

 

「…逃げて下さい。森人族の集落は無事です」

 

「に、逃げろだと!!我ら狼人戦士に向かって忌み子風情が―――」

「止せ!ここで今そんなものの相手をしている場合か!」

 

 一人が私に向かって牙を剥き出しにするが、それを団長さんが制止する。

その間にも私に攻撃を食らったモンスターは敵意を向けて襲ってきた。

 

「―――ッ!!」

 

 地面に角を突き立てて巨体が突っ込んでくるのを横に跳んで躱した。

狼人族の二人もなんとか回避には成功したが、すっかり戦意を喪失している。

私は横にハンマーを構えて地面から角を抜いて顔を見せるモンスターと向き合う。

 

「……尾槌竜”ドボルベルク”

 

 今まで私が戦ってきた青熊獣、盾蟹、怪鳥、水獣、賊竜とは比べ物にならない。

茶色い鱗と殻に刻まれた傷痕は見紛うことなき上位個体の証。

蛮顎竜ですらリーナさん達と協力しなければ倒せなかった私にとって…一番の強敵…!

 

―――グルブオオォォォォォ!!!

 




 余談ですがシアがフェアベルゲンで狩ったのは呼び名がついていないドス鳥竜も含めて20体近くになります(小型は大型が片付けてくれたから直接狩ったのは大型より少ない)フェアベルゲンに攻めてくる小型が少ない理由は他にもありますがね…
ハンマーっぽい特徴持ってるモンスターvs某ゴッドイーターみたいな動きしてるハンマー使い
原作だと名前あるっぽいけどこれ以上出番あるか分からないから名前ハブった狼人族の団長さん(団長って聞くとED流しながら人差し指立てて倒れてる某ガンダムのミームしか出てこない…)
この調子で投稿、止まるんじゃねえぞ…

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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兎人少女の挑戦・後編「月下雷鳴」


「―――アルテナ?」

「!!お母様っ…」

 遂に寝不足で横になった祖父アルフレリックに代わって、集落の防衛指揮を務めていたアルテナは休息の合間に母アイリスの様子を見に行った。
そして偶然、彼女が部屋に入ってきた気配に気づいたアイリスが目を覚ます。

「良かったです。もう目を覚まさないのではないかと…」
「…私、は…何故助かった…」

 猛毒に侵され、瀕死の重傷を負っていた彼女が助かった理由をアルテナは話した。アイリスが意識を失ってから目を覚ますまでの間に起きたことを。

「―――あの兎人族の娘が?」
「はい。此処にある回復薬と解毒薬を調合し、提供して下さったのです」

 それはシアが防衛に出るまでの僅かな間、ハジメと一緒にいる時は敢えて深く聞かなかったアイリスの容態をアルテナに尋ねたのだ。
深刻な顔で危篤状態にあると告げたアルテナに、シアは前もって集めていた集落の中に生えていた薬草とアオキノコ、げどく草を調合して渡したのだ。
アルテナは二つのアイテムの効果を知らなかったが、シアの言葉を信じてアイリスに与えた。
 
「…解せんな…何故、あの娘は私を助けたのだ…」

 忌み子として一族諸共捕らえて処刑しようとした自分を恨んでいる筈だ。アイリスがそんな風に考えていると表情から読み取ったアルテナは首を横に振る。

「シア様は、お母様を恨んでなどおりません。ただフェアベルゲンを、生まれ故郷を守りたいと…だから、シア様は今も集落の外でモンスターと戦っています。ハジメ様が…援軍を連れて戻ってくるまで…たった一人で」

「……一人で…だと…?」

 起き上がることが出来ないアイリスに、娘の言葉の真偽を確かめる事は出来ない。捕らえた時はなんの抵抗もせず、ただ命乞いをするばかりだったシアが、あの恐ろしいモンスター達と戦っている姿が、アイリスには想像出来なかったのだ。



 

「くっ――――――!」

 

 咆哮をまともに食らって足の動きが数秒止まる。その隙を狙ってドボルベルクは湾曲した一対の角で私の方に向かって突進を仕掛けてきた。

角の先端が触れる直前に体が咆哮の怯みから解放され、自分の思考を回避に専念して横へ跳躍する。ドボルベルクの攻撃と私の回避、時間にして5秒に満たない間だった。

 

 私が選んで跳躍した場所は運良く巨体の触れない位置だった。さっきまで立っていた地面が抉れ、周囲の木々が揺れるほどの衝撃を足の裏に感じて冷や汗が滲む。

 

(こんな攻撃、そう何度も上手く避けられない…!)

 

 アイアンハンマーLv2を身体の右に構えて駆け出す。

ドボルベルクが地面から角を抜き、顔に飛び散った土を払おうと顔を震わせた隙を狙う。

 

「はぁっ!」

 

 足を止めたと同時に退化した左前足の付け根に向かって鎚の先を叩きつける。

メキャッという音はしても、血が出るまでのダメージは与えられなかった。

代わりに苔むした甲殻の表面に罅が入り、欠片がポロポロと崩れ落ちる。

 

―――オオオォォォッ!!

 

「くっ…!」

 

 ドボルベルクは私を上に打ち上げようと狙って、斜め下から角の先端が迫ってくる。

私は後ろに跳ぶのではなく、敢えて迫る巨体の頭と地面の隙間に転がって避けた。

レザーの表面をドボルベルクの下半身に生えた髭が擦れる。

 

 転がった先でハンマーを構え直し、今度は後ろ右足を殴りつける。

左前足に比べて甲殻の厚みは減っていた。めり込んだ先から砕けて僅かな血が飛び散った。

 

(よし、狙いは足に集中して―――――――ッ!?)

 

 冷静に狩りの順序を頭の中で組み立てようとした直後、ドボルベルクは三度目で異なる動きをした。その巨体を生かしてタックルでもしてくるかと思われた尾槌竜は、私がいる方向とは反対方向に二歩、三歩と歩みを進め―――

 

―――ブルオォッ!

 

「あぶなっ…!」

 

 頭上に広がる球状の塊を先端に備えたドボルベルクの尻尾が迫っていた。

向こうとの距離を維持していたかったけど、前に転がったのでは、あの長太い尻尾の振り下ろしを避けることは出来ない。覚悟を決めて後ろへ二度転がって避ける。

 

(未来視を使うまでもない。この距離で尾槌竜が取る次の行動は――――――!)

 

 こちらに向き直り、後退りと同時に尻尾を振り上げる予備動作は聞いたことがある。ドボルベルクを狩ったことのある先輩ハンターが、最も警戒すべき攻撃だと主張しギルドのモンスター図鑑にまで追記させたそれは…

 

(全身を使った”大回転攻撃”!)

 

 周囲の木々を薙ぎ倒し、岩々を吹き飛ばし、足を軸に回転させながら距離を詰めてくる。

すぐに武器を納刀して、私は近くの地面から顔を覘かせていた木の根に足をかけて―――

 

「ふっ…!」

 

 木の根を踏み砕く勢いで、空中に跳び上がり木の幹に生えていたツタの葉を掴んだ。

眼下のドボルベルクは私が地面から木の幹に移動した事を回転しながら捉えている。

振り回していた尻尾を地面に叩きつけて回転を止め、その巨体を木にぶつけた。

 

「はっ―――!」

 

 衝撃で木が倒れる前に、私の体は木の幹を蹴って宙に躍り出る。

同時にハンマーを頭の上で構えて、ドボルベルクの弱点といわれる部位に狙いをつけた。

 

(背中にある固形の脂肪が詰まったコブ…!これをっ!!)

 

「はああぁぁぁっ!!」

 

 溜まった力を解放する掛け声と共に、ハンマーでドボルベルクのコブを叩く。

先ほどの足とは比較にならない破壊音と、大量の血がひび割れた中から噴き出てくる。

 

―――グルオァァッ!?

 

(効いてる!このまま一気に――――――)

 

―――グオオォッ!

 

 逸る気持ちを抑えられず、私は地面に降りて再度攻撃に移ろうと動いた。

それが間違いだった。痛みで怯んだかに思われたドボルベルクの巨体が私の方に傾き、後ろ足を深く地面へと沈みこませた時点で気づいた時には遅い。

 

「―――――ぐあっ!?」

 

 ドボルベルクが繰り出したのは、地面へと降りてきた私に対する巨体でのタックルだった。

回避を考えなかった私の体は苔むした甲殻の硬さをまともに受けて数メートル後方へと吹っ飛ぶ。

 

(骨が、砕ける…!防具で防いでる筈なのにっ、皮膚が摩擦熱で痛い…!)

 

「か、はっ!こひゅっ…!ぜぇ…ひゅぅ…」

 

 たった一度の攻撃ではどれだけ痛みが強かろうが、鍛えられた私の身体が気絶することを拒み、反射的に地面から起き上がって息を整える。

顔についた汚れを落とそうと手の甲で拭うと額にぬるっとした感触がした。

掌にこびりついたのは赤い自分の血。

 

「……はぁ、はぁ…っ!この程度なら…」

 

 吹き飛ばされて地面を転がった時、石か何かにぶつかっていたのだろう。ハンターになったお陰で得た異様に早い自己治癒力のお陰で出血はもう止まっている。

浅い切り傷程度で済んだのは幸いだった。もし当たり所がもう少し酷かったなら、骨の二、三本は折れていてもおかしくない攻撃だった。

 

―――グルオオォォッ!

 

(これは……!もう一度、さっきの攻撃がくるっ……!)

 

 私との距離が離れた事で、ドボルベルクは尻尾を振り上げて大回転攻撃の構えを取る。

さっきよりも遠くにいて体当たりなら当たらないと油断してしまいそうになるが―――

 

 ドボルベルクの巨体は信じられない事に、遠心力を利用して空中へと打ち上がった。

周囲に伸びる木の枝を粉砕しながら、私の周囲に黒い影が出来たことで狙いに気づく。

 

(っ…跳んだ…!!あの巨体で、地面丸ごと私を押し潰すつもりですか…!)

 

「…くっ、う、あぁぁっ!!」

 

(こんなところで、やられる訳にはいきません…!)

 

 脳裏に過ぎったのはアルテナさんの少しだけ安心した様子で笑みを浮かべる姿。

誰に何を言われようと、忌み子だからと私を迫害する他の亜人とは違うあの人を守るために。

 

 無様と言われようがお構いなしに、武器をしまってドボルベルクの落下攻撃から逃れる。

走りからの飛び込みでまた顔や防具が地面の泥にまみれ、口の中でじゃりじゃりと嫌な音がする。

 

「…っ!ぺっ……」

 

 起き上がり、振り返るとまだドボルベルクは地面にめり込ませた自分の巨体を動かせていない。

あれだけの高さからまともに衝撃を受けて、ダメージは無くても復帰に時間が掛かる。

その隙を逃さず唾を吐くと同時にドボルベルクの頭上に向かってハンマーを振り回した。

 

「やああぁぁぁっ!!はあぁぁぁっ!っだあああぁぁ!!」

 

 溜め攻撃からの斜め振り下ろし、斜め振り上げ、振り下ろし二連撃、そして―――

 

「ふ、っとべえぇぇぇっ!!」

 

 ドボルベルクを真似るように、足を軸に体を回転させて繰り出すアッパースウィング。

鉄塊が巨大な角を、閉ざしていた口に隠れた歯と唇ごと砕いて眉間を凹ませる。

 

―――グギ、オォッ…!

 

 その場から起き上がることも出来ず、ドボルベルクの体は再び地面へと倒れ込む。

アッパースウィングを繰り出した直後の硬直状態で、自由を利かせられる目だけが動かせた。

そして目で見て確信を得た。ドボルベルクの赤い目に浮かんでいた瞳孔が消えている。

 

(眩暈を起こした…!最大にして、最高の攻撃チャンス…!)

 

「もういっちょおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 今度は焦らず、力を溜めて、溜めて、溜めて―――最高威力のそれを頭蓋へと叩き込む。

岩を叩いた時のような感触と細かな振動が、ハンマーを握る手に感じた。

ドボルベルクの目が見開かれ、最期の抵抗と言わんばかりに尻尾を振り上げたが―――

 

―――……グ、ゥ……

 

 尻尾は力なく地面へと倒れ込み、それからドボルベルクが二度と動くことはなかった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 横たわる死体に追い打ちをかけようとしていた手を止め、ハンマーの先を地面に下ろす。

肩で息をしながら、強敵を倒せたことに安堵したのも束の間―――

 

「…っ!?うぐ、ああぁぁぁっ…」

 

(こんな、時に…またっ!!)

 

 こめかみから針を刺して頭の中を抉るような痛みが襲う。

ハンマーを杖代わりに膝から崩れ落ちそうな体を片手で支え、もう片方の手で頭を抑える。

未来視が何を見せようとも、私は自分のやるべき事を……!

 

――――グオオオオォォォォン!!

 

「………は?」

 

 脳裏に過ぎったのは青白い雷光を纏うモンスター。

そして…そのモンスターが持つ鋭い爪で袈裟斬りにされる私の姿。

未来視でそれを知った直後、辺りに木霊する狼の遠吠えを彷彿とさせる咆哮。

 

 戦いに集中していて気づかなかった。

私と死体の周りに無数の雷光虫が漂っていたことに…

耳が近づく足音を拾い、私はゆっくりと気配のする方へと振り向いた。

 

「……そん、な……なんで、なんでこんなモンスターが…此処にっ!?」

 

―――グルルルルル…

 

 胴体を覆う碧色の鱗、頭から尾にかけて背面と脚に纏う黄色の甲殻、腹部と首回りから生える白色の体毛。鋭い爪を生やした強靭な四肢は機敏な動きを可能とする牙竜種の特徴だ。

モンスターとしての危険度はドボルベルクと並んでいるが、実際に両者と戦ったことのあるハンターならどちらがより脅威なのか考えるまでもなく「ドボルベルクの方がマシ」と答える。

 

 目の前にいるモンスターには、絶対強者と恐れられるティガレックス同様に異名があった。

反射的に武器を構えて、シアは戦いを避けられないと覚悟を決めてその名を口にする。

 

「――――――無双の狩人―――雷狼竜”ジンオウガ”―――!」

 




 前書きが短すぎる気もするけど、書き足して中断して放置してを繰り返してたら内容忘れそうだからこれでいいかなと思い切りました。
毎度の私事ですがお馬さんで給料一か月分吹っ飛んだので暫くは土日に執筆が出来そうです()

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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始動、焦燥、兆し、蛮勇

※更新に行き詰ったので告知無しで視点変更多々ありの同時進行になります。


 

(――――――お、ハジメの奴が動いた。俺も準備するか…)

 

 ゲブルト村から離れて湿地帯とハルツィナ樹海の間にある丘の上で幸利は様子を窺っていた。

彼の視界に映るのは隊列の先頭で松明を手に樹海へと消えていくハジメらしきハンターの姿と、彼の後に続く草食竜アプトノスに牽引される荷車。

 

(しっかしバカみたいに魔力消費しちまった…なるべく早めにカタつけねえとな)

 

 丘を下ったところにある草むらの中には彼の相棒であるクルルヤックと同様に変成魔法による支配をかけられた小型モンスターが潜んでおり、支配者の号令を今か今かと待ち焦がれている。

彼がこの短時間で従えた支配種の数は()()体。支配するモンスター達の個々の強さは下位相当だが、この数を従えられるのは魔人族の中でも数人しかいない。

 

 この世界(トータス)に召喚されてから1,2ヵ月しか経っておらず、変成魔法を使えるようになったのは()2()()()()。たったそれだけの時間で、これだけの支配が可能な変成魔法の使い手として異常な成長力を持っていることに彼自身はまだ気づいていなかった。

 

(…あいつ等をこの手で殺す…か)

 

 恨みのあるクラスメイト達への復讐を考えなかった訳じゃない。しかし、それは魔人族の側について戦う清水幸利という主役が用いるべき言葉ではない。

どれだけ虚勢を張っても、彼の心の中には人殺しに対するほんの僅かな躊躇いがある。

 

(正直、こうなる前はノリノリで無駄な妄想を幾らでも膨らませてたけど…やっぱマジになると思うところはあるんだよなぁ。…だからと言ってアイツ(アダム)の命令を無視する訳にはいかねーし…)

 

「あ~考えると余計にこんがらがるな畜生!もう考えるのやーめた!」

 

 無駄な思考に走るから決断が鈍る。歴史の偉人たちも、アニメやゲームで死んでいった登場人物達も大概はその無駄な思考に気を取られ過ぎて目的を果たせず死んでしまう。

自分は違う…等と驕る気は更々ない。ただ、もし自分がそうなってしまいそうだと感じた時にどうすればいいのか幸利は分かっていた。それはスプラッター映画やホラー映画に登場する殺人鬼にありがちな思考、即ち―――

 

(殺すのに一々考える必要なんてねえ!無心だ無心!)

 

 子供が足下の虫を何も考えずに踏み潰すのと同じように、幸利はかつての知人(クラスメイト)を殺せばいい。

クルルヤックのところまで歩いていき、首根っこを軽く叩いて彼が促すとクルルヤックは背を低くする。背中の棘に気を付けながらクルルヤックの背に跨って彼は空を仰ぎ見る。

 

「やれるだけやってやるさ。…へっ、どうせお前の事だから遠視魔法とかで上から覗き見してんだろ?―――お前の片腕になって、いつかお前を越える奴の働きを、しっかり見とけよ魔王サマ」

 

 ハジメ達が樹海に入って暫く経った後、村の南門でモンスター襲来の警鐘が鳴らされた。

 

 

「邪魔だ退けぇっ!」

―――ギヤアァァッ!?

 

 導蟲が進もうとした先に、小型の鳥竜種ランポスが飛び込んでくる。

向こうが此方に気づいて牙を剥くよりも先に、双剣オーダーレイピアの片方の剣で首を刺して動きを止め、残るもう片方の剣を頭へと貫通させる。首を刺されて抵抗した際にランポスの爪で胴防具フロギィSメイルの皮が引っ掻かれるが、気にせずそのまま息の根を止めた。

 

「…よし。―――リーナ、アッシュ!そっちは!?」

「大丈夫だよハジメ君!こっちも片付いた」

「こっちにはいねえ!つーかこの辺り、奴らの縄張りにしちゃやけに数が少なくねえか?」

 

 アッシュの言葉が頭の片隅に引っ掛かるが、いま樹海に起こっている異変のことをこの場の誰よりも先に教えられた俺の頭は既に答えを出していた。

 

「モンスター除けのフェアドレン水晶が使い物になってないんだ!此処にいた縄張りのボス含めて大半はフェアベルゲンの方にいってるのかもしれねえ!!」

「…そっか!だからここにいるのは巣を守る雌の個体だけって訳ね…!」

「そういう事かよ…そりゃもっと急がねえとヤベぇかもな!」

 

 刃を引き抜いて、こびりついた血を振り払って鞘へと納めながら後ろを向いた。

俺達3人が狩っている場所から10m以上離れた地点で、救援隊の荷車が動き出す。

荷台の最後尾に乗っていたアレーティアから後ろの安全が確保出来たとハンドサインを送られる。

 

「頼むぞ導蟲!最短距離でフェアベルゲンまで連れて行ってくれ!」

 

 その言葉に反応したのか、或いは安全が確保出来たと分かったからか、周囲に散って隠れていた導蟲が淡い緑色の光を放ちながら戻ってきて荷車を牽いたアプトノスも通れる道を飛んでいく。

 

 駆け足のままアイテムポーチの中から松明と携帯食料を取り出す。

右手に松明を持って、左手で携帯食料を噛まずに飲み込む勢いで腹へと納めた。

走れば走る分だけスタミナは消費していくが、これを食べるだけで回復は済ませられる。

 

(大型と遭遇しないのは…やっぱりあいつ等が働いてくれているお陰なのか)

 

 村を出発して樹海に入るまで近くを一緒に並走していた獣人族。

樹海にずっと住んでいた彼らは大型のモンスターを避ける方法やコツを知っており、またどうすれば奴らを動かせるか熟知している。

彼らが囮になってくれているお陰で、大型とやり合うどころか遭遇すらしていない。

 

「間に合ってくれ…シア、アルテナッ!」

 

 松明で照らされた道の先を一歩踏みしめる度、心臓の鼓動が早くなっている。

今この瞬間にもシア達の身に何かあったらと思うと、頭がどうにかなってしまうそうだ。

 

 

 

「…南雲くん、かなり焦ってるね…」

「ん…シアのことが心配だから。焦るのは当たり前…でもあまり良い傾向じゃない」

 

 荷台の後方から前を走るハジメの姿を見つめているアレーティアと香織。

これまで二人の間に面識は無かったが、互いにハジメの知り合いという事で会話は成立している。

 

 片や300年を孤独に生きた吸血鬼族のお姫様、片や異世界から召喚された神の使徒の治癒術師。前者は現在進行形でハジメに好意的であり、後者は過去形でハジメに好意を抱いていた。

 

 冷静にハジメの状態を分析するアレーティアの横で、香織は少しだけ悔しそうな顔で俯く。

 

「私も助けになれたら良かったんだけど…」

「今はまだその時じゃない。もどかしいかもしれないけど…我慢」

 

 二人の足ではずっと走り続けているハジメ達3人に追いつけず、モンスターと遭遇して戦っても勝てる可能性は限りなく低い。

アレーティアなら得意の魔法で小型程度は倒せるかもしれないが、大型が相手となれば話は別だ。香織に至っては後方支援の治癒術師であり明確な攻撃手段を持たない。

 

(…我慢。…そうだ、今はまだ私が動く必要がないだけ。集落についたら必ず役に立つんだ…!)

 

 アレーティアに言われた言葉を頭の奥で繰り返し、香織は気持ちを切り替えて前を向く。

落ち込んでなんかいられない。助けを待つ人々を救う為に、意志を強く持たなければ。

 

「…うん…そうだよね!」

 

 香織が再び強気に笑みを浮かべた事でアレーティアは少し安心してある事を提案する。

 

「…ただ、強いていうなら私が香織に教えられる事が一つあった」

「えっ…何かな?」

「治癒魔法は専門外だけど、魔力の扱いについては先生になれる」

 

 アレーティアは自身の持つ”魔力操作”について現代の魔人族より多くの事を知っている。

吸血鬼族の魔法に対する知識は神代のそれに匹敵する代物であり、一族の長として育てられた彼女は教えられたことや本の記述を全てを暗記していた。

故に人間族が詠唱を用いなければ魔法の効力を最大限引き出せない問題の解決策も分かるのだ。

 

「香織は自分の体に流れる魔力がどういうものか理解してる?」

「えっと…うん!なんとなくだけど、人間の血液とかそういうのとは別の感じ…体の中っていうよりは外側にこう…纏ってるような感じなのかな?これが魔力だよね」

「そう。その感覚が分かっているなら話は早い」

 

 内心驚きつつアレーティアは香織への評価を改める。

神の使徒がどの程度の魔法を使えるのか、ハイリヒ王国が魔法をどの程度まで理解しているのか、ハジメや教授から話を聞いた時は低次元であると思っていた。

しかし、いま香織が言葉にした魔力を纏っているという表現は”魔力操作”を獲得する鍵だ。

体に纏う魔力を認識しているのなら、後は意識だけで魔力を操る術を身に着けるだけだった。

 

「その纏っているものを、人間は言葉で表現する。表現の近い単語を口に出して頭の中で術式を組み立てて、完全に詠唱することで魔法を完成させる」

「組み立て…完成…要はプラモデルだね!」

「…ぷらもでる??…何それ」

 

 アレーティアの言い回しに首を傾げていた香織が想像したものは異世界にない現代用語。

困惑する彼女を前にキョトンとしていた香織は暫く呆けた後「あっ!?」と声をあげる。

 

「ご、ごめんね!こっちの世界にはないものなんだよね!えっと…つまり…模型ってこと!」

「模型…うん、それなら例えとして的確」

「火の弾を撃つ魔法を模型として、火とか弾とかの単語を模型の部品として組み合わせる!」

「ん、正解。それが今の時代の人間のやり方。…魔法を確実に発動させる為に詠唱で術者のイメージを固定化させる事と、魔法の威力を安定化させる事が必要だった。…今から私が教えるのは魔法を詠唱による発動じゃなく、感覚で発動させるやり方」

 

 そう言ってアレーティアは人差し指をピンと立てて香織に注目するよう促す。

香織の両目が彼女の指を見つめると、指先から突如としてピュッと透明な水が出る。

 

「わっ!?今のって、詠唱せずに魔法を発動したの?」

「ん、魔力を水に置き換えて指先から放出させた。威力を抑えたから水属性魔法の”水弾”にはならなかったけど…やろうと思えば時間差なしでどんな風にも変えられる、”水槍”にも”水壁”にも…」

「魔力を水に置き替える…」

「詠唱で魔力に特定の性質を与えるんじゃなくて、想像で魔力を変化させてるだけ」

 

 物は試しと香織は掌の内側を上に向けて、想像力を働かせるために目を瞑った。

体に纏う質量を伴わない非科学的存在を、形あるものへと変化させる。

 

「………??うぅん……」

 

 言うは易く行うは難し。アレーティアから見て香織の魔力は手の方へと集まっているように見えるが、本人のイメージが纏まっていないせいか魔法の領域にまでは至っていない。

 

「……最初から無詠唱は流石に難しいかも。単語だけで試してみる?」

「…うん、そうだね!」

「それと香織が得意にしてる魔法だけに絞ってみるのが効率はいいと思う」

「っ!!それなら治癒魔法が得意かな?」

 

 ハンター3人が進路を確保しようと奮闘する中、彼女達も目的は違えど奮闘しているのだった。

 

 

 フェアベルゲンを避けるように南に迂回して、ハジメが救援隊と樹海に入るより前のこと。

樹海の中を四人のハンターと一匹のオトモアイルーが更に奥へと進んでいた。クエストリーダーの教授が先頭を歩き、半歩遅れてシグが、そこから1~2メートル離れたところをラウラとグランツの二人が周辺警戒に徹している。

 

 本来であれば先頭を歩く者が率先して周囲にモンスターがいないか注意を払うべきだが、教授は既にこの辺り一帯からモンスターが逃げ出している事に気づいており周囲を警戒する必要はないと、三人にもそれを伝えていた。

 

 単純馬鹿のシグはそれを信じて―――というか何が襲って来ようと返り討ちにしてやるという考えで―――彼に倣ってズンズン歩いている。ラウラとグランツは教授の言葉に半信半疑で一応の警戒をしてはいるものの、歩くペースだけは前の二人に合わせていた。

 

 ギルドから派遣されたオトモアイルーはそんな四人に何かあった時、すぐにギルドへ連絡が出来るように救難信号を背負ってラウラ達の後ろをついてきているのだが、彼だけは樹海に入った時から異様な恐怖を感じていた。

 

 斜面や断崖の多い北側に比べて、南側は平坦な地面が続いている。熱帯雨林とはいえ陽が沈むと、湿地帯から流れ込む風に不気味な肌寒さを感じる。

それぞれが手にした松明の明かりが照らす周囲には大きな変化はなく、四人と一匹の周りには風に揺れる植物のさざめき以外、生き物の気配がなかった。

 

(おかしいニャ…さっきからお腹の奥がブルブル震えてるニャ…)

 

 樹海の中にいて()()()()()()()()()()。それ自体が異常であることをアイルーは知っている。

かつて野生の中で生まれ育ち、人間達の暮らす国に移り住んでからこんな経験はしなかった。

自身の第六感が「ここは危険だ。早く逃げろ」と警鐘を鳴らしているのだ。

 

(うぅ…でも僕は逃げられニャい…お仕事サボったら叱られるニャ)

 

 悲しきかな、人間社会の歯車と化した時点でアイルーに選択肢など無いに等しい。

ギルドの職員として、今は臨時のオトモアイルーとして職務をまっとうする。

 

 しょんぼりと肩を落として四人に従うアイルーから漂う哀愁。

それに気づいていたのは周辺警戒ついでに彼の姿を視界にいれたラウラとグランツだけであった。

 

((…どんまい))

 

 四人と一匹が樹海の中を移動して数時間が経過した。

木々の入り組んだ迷路を抜けて、薄くなった霧の中を進んだ一行は開けた場所に出る。

教授とシグは同時に足を止めて松明をアイテムポーチへと収納する。ラウラ達は少し遅れて二人と同じ動きをし、アイルーは臭いを嗅ぎながら周囲に見える景色の変化に気づく。

 

 今まで見てきた木々はいつの間にか姿を消し、辺り一面を覆いつくすのは青緑色の竹林。

それらはまるで、四人と一匹を囲う様に生えていた。

此処からは絶対に逃れられないという恐怖感を煽る一方で、()()()()()()()()()()()()と何かを護っているかのような雰囲気を放っている。

 

―――不意に月明りで照らされた地面に黒い影が差す。

ラウラとグランツは影の差してきた方向に顔を向けて、それまで()()が近くに来ていた気配を感じなかったことに驚愕した。

 

「どうやら、此処で戦う事をお望みのようですね」

「ハッ!上等だ、古龍の死に場所にゃお誂え向きだぜ」

 

 教授が片手剣”神封龍剣【絶一門】”の柄を握り、シグも太刀”飛竜刀【ベリル】Lv4”を抜く。

エメラルド色の刀身が宝玉の如き光を放って美しさを演出するが、柄から切っ先にかけて荒々しい見た目は素材のモンスターと装備している彼の性格を連想させる。しかし、そんな評価とは真逆にこの太刀が持つ性能は万人向けの扱いやすさを重視したものであった。

 

「…やっば、なにアレ見た事ないタイプなんですけど…!」

 

 恐怖を通り越して、期待と興奮に身を震わせたラウラが笑みを浮かべて武器を展開する。

彼女の武器、スラッシュアックス”巨獣剣斧”は同モンスターの武器種の中では比較的シャープで鋭利な印象を受けるが、会心率を犠牲にした高攻撃力特化という剣斧適性が同期の中で断トツ一位だった彼女に相応しい脳筋性能だった。

 

「お前ら、今回ばかりはマジで猪突するんじゃねえぞ……死なれたら困るからな主に俺が」

 

 普段はシグとラウラに振り回されている苦労人のような振舞いのグランツも、初めて戦う眼前の敵がこれまでと比べ物にならない強さを秘めていることを肌で感じる。軽口を叩きながら、武器を構える時の表情が誰よりも強張っていた。

操虫棍”狐薙刀ツユサソウランLv3”は日本古来の薙刀―――トータス出身の彼らには分からないが―――を模した作りで、違うのは反対側に刃のような虫笛が付いているところくらいだ。

飛竜刀【ベリル】と同じく、この操虫棍も高水準に纏まった性能を持っている。

 

「さぁ、始めますよ」

「仕切ってんじゃねえ!一番手は俺が貰うぞ!!っらあぁぁぁ!!!」

「無理だと思うけど、なるべく早く倒れて頂戴よねぇっ!」

「人の忠告くらい、偶には聞けってんだこの脳筋共があぁぁ!!」

 

曰く「途方もない時が経とうが、かの古龍は護るべき一つ所に居続けた」

曰く「樹海の主の帰りを待ち続け、生き永らえ、踏み入る者に容赦なく牙を剥く」

曰く「優雅な立ち姿に惑わされたなら、そのものは永遠の眠りへと誘われる」

 

 今まさに雲に隠れようとする月を背負う様に、雅翁龍”イナガミ”は敵意を露わにする。

鋭い爪を生やした四肢で地面を蹴るように跳び上がり、四人と一匹の前へと着地した。

辺り一帯が青緑に埋め尽くされ、天には漆黒の夜空が広がっているというのに…イナガミの体から生えた山吹色の鬍は真昼に咲く大輪の花のように強烈な存在感を放っていた。

 




 少し前に書いてた奴と一週間くらい前に書いてた奴をごちゃまぜにしたので前書きがお知らせだけになってしまった…(しかも此処まで書いておきながら前々から考えてた展開より昨日考えた展開の方が面白そうとかプロット全崩壊するガバガバ具合)
仕事がしんどいとか執筆が進まないとか現実逃避して三連休もMHW:IBやってました、まだHR・MR共に上限までは遠い道のりです(相変わらず重ね着オルムングβ頭装備だけは外さない)

感想、質問、ご指摘等お待ちしております。


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