PREACHTTY (ONE DICE TWENTY)
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第1話 虚を蹴っちゃった日

ナチュラル女装男の娘オリ主神様転生inBLEACH


 私は可愛い。

 神に愛された容姿を持ってこの世界に生まれ出でた。私こそがナンバワン。

 

 ──そう思っていた時が、私にもありました。

 

 それは高校に上がってすぐのことである。

 親の転勤の兼ね合いで中学までにいた土地からは一切離れ、見も知らぬ街空座町の空座第一高校にやってきた。中々に可愛い制服。グレーを基調としたそれは他に類を見ないデザインで、男子のはジャージと見紛うのが中々に残念ではあるものの、うんうん良い良いとか思っていた矢先。

 中学までと同じように女子の制服に袖を通し、登校……いや凱旋したその初日。

 

 私は、このクラスのレベルの高さに目を灼かれる事となる。

 後色々思い出すことになる。

 

 

 

 

 オハヨー、とか、また同じクラスだねー、とか、そういう「オトモダチヅキアイ」な言葉が飛び交う中で、冷や汗ダラッダラに頭を抱えた生徒が一人──。

 

 私です。イッツミー。

 

華蔵(かぐら)さん、大丈夫?」

「うぇっ!? ……ああ、い、井上さん……ウンダイジブダイジブ」

「そう? ……辛かったら保健室行こうね?」

「アアウン、ワカリマシタ」

 

 でかいな……という印象はおいといて、いやなーんでこんな地下遺跡、もとい近い席に座っとんのや、というツッコミは出席番号順で片付けられる。

 彼女の名。私を気遣ってくれた彼女の名は──そうだな、オムーネのでかい井上といえば誰、というクイズがあったとして、多分百人中百人が同じ答えを出すだろう。

 

「織姫、どうしたんだ……って大丈夫か、華蔵。顔色めっちゃ悪いぞ」

「元からこういう顔ダヨー」

「えぇ……?」

「言っても聞かなくて……」

 

 さらに増えたのは、ツンツン髪の少女。胸は小さいがゴンズイに耐えた有沢とクイズを出されたら誰もが答えられるだろう少女。

 

 伸ばす必要はない。

 ここ、BLEACH世界だ。空座町の時点で気付けよ。

 うわーん井上織姫と有沢竜貴だー! 好きー!!

 

 レベルたけー! セクシー! 胸ー!!

 じゃなくてだね。

 

「アイツ……そういうことかよ……!」

「ど、どうかした?」

「あ、ホントのホントに大丈夫だから」

 

 実は私、所謂転生者という奴である。名前は華蔵(かぐら)蓮世(れんや)

 名前からわかる通り、超絶プリチーにして美少女な私の性別はmale──つまるところ男の娘、という奴だ。いやァどちゃシコ男の娘。なんたって私がキャラメイクしたからね!

 そう、つまり、こっちも所謂ところの神様転生。まぁミスだのなんだのじゃないんだけど、真っ白い空間で新たな生を始める際に好きにキャラメイクさせてもらって、そりゃあもう超絶美少女にしましたとも男で。

 そんで能力的な奴も付けましたとも。

 

 だけどもだっけっど、中学までマージでなんもなかった。マージで。

 なんかすんごい事が起きるとか、こうすんごい事が起きるとか、あー、すんごい事が起きるとか。無かった。びっくりするくらい普通の中学生だった。まぁ美少女……美男の娘としてウハウハな生活を送ってはいたんですけどね?

 だから、まぁやらかしたなーとかは思ってたのよ。バリバリに戦闘系の能力足したから。こんな平和な世界への転生ならもっと生活に役立つ奴取っとくべきだったな、って。

 

 バリバリ戦闘系ですねェ!!

 

「しっかし……相変わらず可愛い顔してんなー、華蔵は」

「まぁね」

「認めるふてぶてしさまでがセットだけど。……コレで男ってんだから、世の中不平等というか不条理というか」

「女子の制服着てるとホントわかんないもんね……」

 

 あぁそう、さっきも述べたけど私はバリバリ男なので、ホントは男子の制服を着ないといけない。しかーし昨今のジェンダー問題から世間体などをガンガンに押し通す事で学校側に女子制服の着用を認めさせたのである! 可愛いは正義! 上目遣いは正義!

 主人公であるイチゴの地毛を認めなかったのは、イチゴが可愛い女の子じゃなかったからだと思われる。だって初期の井上織姫とかパーペキにオレンジ髪だし。途中から茶髪になってったけど。

 

 ちなみにルッキーニ……じゃない、ルッキーアはまだ来てない。確かルッキーアが来るのってそこそこ日数経ってから、且つイチゴの家にトラック(虚)が突っ込んでのうんぬんかんぬんがあってのようやく本編開始、みたいな感じだったはず。

 ルッキーアとの邂逅。ファンなら見たい。見たいよ。ちゃんとBLEACHファンだよ私は。けど、けどだね!!

 いくら戦闘系の能力を持っていると言っても大前提の大問題がある……。

 

 そう。

 

「……」

「ん? なんだよ、華蔵」

「視線に敏感なことで……」

「そりゃお前、そんだけじっと見つめられたら誰でも気付くだろ」

 

 私には──イチゴみたいな霊媒体質がない。

 見えないのだ。ユーレーが。少なくとも中学まで、そして空座町に来てから一度たりともユーレーやホローを見たことが無い。これは由々しき大問題である。

 死神側として最初からいるならともかく、人間側になったのならユーレーを見るスキルは必須だ。でないと戦えな……くもない能力は取っているけど、やっぱり見えた方が良い。

 

 でも霊感ってどうやってあげたらいーんだろ。

 

「……手っ取り早いのは、一篇死んでみる、か」

「人の席の前で物騒な事呟いてんじゃねーよ。つか、なんだ? 何か悩んでんなら相談乗るぞ?」

「のーさんきゅー。黒崎に相談しても『ぶん殴ればいい』とかしか返ってこなそうだし」

「おまっ、もしかして俺の事不良かなんかだと勘違いしてねぇか!?」

「違うの?」

「ちげーよ! そりゃ、まぁ、ちっとは喧嘩したりはするけど……」

 

 霊感を上げる方法。思いつくのは三つ。

 一つは、ゆーたいりだつ~だ。まぁできなくもない。一度霊体を経験しておけば、色々簡単に見えるようになりそう。

 もう一つはホローと戦ってみる、とかかな。見えないけど、見える奴と一緒に戦えばなんとかなりそうではある。

 そして最後は、まぁ二つ目と被るんだけど──。

 

「黒崎」

「なんだよ」

「ちょいと今日の放課後付き合ってくれない?」

 

 瞬間、ざわつく教室。

 途中から出番が完全に消えた事で有名な本匠千鶴や、浅野啓吾、小島水色なんかがこっちを見てヒソヒソと噂話を……。アレ君らイチゴとは高校からの付き合いなんじゃないっけ。ただノリがいいだけ?

 

「別にいーぜ。なんだ、話の流れ的に喧嘩か?」

「みたいなもの」

「あんまし自分から首突っ込むのは避けてきたんだけどな。お前が困ってんなら、ちょっとくらい付き合ってやるよ」

「一護……オレも、行くか?」

「ん? うわ、チャド!? ……あー、どうだ、華蔵」

「戦力は多いに越した事はないからね。ありがたく」

「んじゃーアタシも行こうか? このデカいの程じゃないけど、そこそこやれるよ」

「竜貴ちゃん、喧嘩はダメだよ……。黒崎くんも、茶渡くんも。華蔵さんも、ダメ」

「んじゃ今の話ナシで」

「切り替え早っ!? いーのかよ、なんか大事な事なんじゃねぇのか?」

「いいのいいの。こんな可愛い井上さんにストップかけられたんじゃ、どーしようもないからね」

 

 というか人数多くなりすぎててやばかったから止めてくれて助かった。

 

 そう、三つ目の方法は単純。

 主人公、黒崎一護と共に行動する、だ。彼と一緒にいれば、ホローやユーレーとの遭遇率が上がり、霊圧知覚もできるようになるだろうと踏んだ。

 今その野望は打ち砕かれたけど。

 

 ……まー。

 なるようになるかなー。

 

 一応、浦原商店だけ探してみるかぁ。

 

 

 

 

 

 あった。タウン○ージ最強!

 

「おや、お客さんとは珍しい。いらっしゃいませ」

「あ、こんにちは。……駄菓子屋さん、ですよね?」

「はい、そうですよ」

 

 出迎えてくれたのは浦原喜助……ではなく、高身長眼鏡エプロンお化けこと握菱鉄裁サン。

 あんまり出番らしい出番の無かった彼だけど、いや、いや。

 私が低身長なのは勿論あるんだけど……でっけー。

 

 とりあえず店内に入る。おー、おー。

 浦原商店だー。滾るー。

 

 なんて観光をしつつ、ちっちゃな買い物かごに駄菓子を詰め込んでいく。こっちもこっちで単純に懐かしい。この爪楊枝で食べる餅とか。ねじりん棒とか。人参の形した奴とか。なんだっけこれ、ポップライスっていうんだっけ。

 いや、作中じゃ駄菓子屋としての描写は無いに等しいものだったけど、カモフラージュのためとはいえ品物の充実具合が凄い。なんかこだわりあるんだろうか。……ありそうだよね。凝り性なのは浦原喜助もマユリ様もおんなじだし。

 

 あ、ココアシ○レット。買わなきゃ。

 この歳じゃ煙草吸えないからね。口寂しいんだよね。

 

 そんなこんなしている内に、買い物かごは駄菓子でいっぱいになった。

 ……流石にお会計かな。

 

「はい、27点で1700円になります」

 

 高い。駄菓子屋で支払う金額じゃない。

 でもお金はある方なのでヨユーで払える。高校生にしては財力潤沢な方だよ私。あ、転生者あるあるな株とかはやってないよ。宝くじとかも年齢制限でできないし。単純におバイトですわウフフ。

 

「ありがとうございましたー」

 

 駄菓子のいっぱい詰まったビニール袋を持って、帰路に就く。

 浦原喜助に会えなかったのは残念だけど、良い場所だったな浦原商店。次は下心なく駄菓子を買いに来る事にしよう。

 

「剃刀紅姫」

 

 聞こえない声が聞こえた。感じられない圧が眼前に迫る。

 ──けど、知覚できないのだから無いのと同じ。たとえそれが私の体を真っ二つに切り裂けるものであっても、たとえそれが私の命を容易く奪い得るものであっても。

 

 私は、反応しない。

 反応せずにチュッパ○ャップスを舐め続ける。

 

 その、血色の刃は。

 私の髪の毛、毛先の数mmを切った時点で──消えた。

 

「……危ない危ない。杞憂のしすぎスね……。焦っちゃダメッス、こういうのは……」

 

 聞こえない声と、見えない男。すれ違っても反応しない。ただ、ちょっと切れた髪に違和感を覚えるように触るだけ触って、そのまま去る。

 彼の視界から外れるまで。見えなくなるまで。

 否、家に着くまで──油断はせずに。

 

 

 

「ふぅ~」

 

 夜。お風呂。

 ま、流石にね? 流石に覗いちゃ来ないだろうという意味を込めて。

 

「こっっっっっっわ……。いや怖いわ。マジでギリギリまで当てる気だったやんアレ。私がちょっとでも反応したらザクゥ行く気だったやんこーわ……。リスクヘッジのためとはいえ怖すぎんかソレは。でもこれで近づかなかくなったら怪しすぎるのでまた行く私であったぶくぶくぶく」

 

 えー、浦原喜助。

 やばすぎです。

 

 

PREACHTTY

 

 

 そっから結局イチゴと共に行動するとか、心霊スポットに行く、とかはなく──転校生が来た。

 一目でそうと分かる容姿をした少女。そしてどこかそわそわしているイチゴ。

 

 原作が始まったのだ。

 

「黒崎、転校生と随分と仲が良いじゃん。何、一目惚れ?」

「バッ、ちげーよ! つかどっちかというと疫病がm」

「なんですかぁ黒崎くん。失礼なコトは口にしてはいけませんわよオホホ」

 

 で、出た。初期ルッキーアだ! 第一高校の生徒の時且つ序盤も序盤にだけ見られる棒読みルッキーアだ!!

 

「朽木さん。よろしくね」

「ええ、よろしくお願いしますわ」

 

 ……特にアクションは無し、か。

 やっぱりあのマッドサイエンティストの警戒心が異常なだけで、早々気付かれるもんじゃあない、はず。何故かあの日からずぅっと黒猫が近辺にいるとかそんなことはない。おかげで迂闊に本心も話せない。

 

 一応、イチゴとの関係性はそれなりのものになったと自負している。なんなら井上織姫よりも。まぁこの時期の井上織姫ってイチゴとあんまり仲良くないんだよね。仲良くなるのはおにーたん倒してからだし。

 あ、ちなみに色恋沙汰はないよ。私は私が大好きなので。どちゃシコキャラクリ華蔵ちゃんは、主要キャラ以外の女の子には負けないのである。男? ナイナイ。

 ただ死神に関しては話は別。下心なしでお近づきになりたいおにゃのこがわんさかいる。いやホラ、私カプ厨でもあるから、カップリング破壊とかはNGなんだよね。ごめんな乱菊とか絶対壊したくない。でも公式カプの無い……たとえば七緒ちゃんとかは、是非……とか。

 え、きょーらくさん? いやきょーらくさんは浮竹サンか藍染隊長とのカプでしょ????

 

「ね、華蔵ちゃん」

「うぇっ?」

「聞いてなかったのかよー。今日織姫ん家来ないかって話」

「……忘れてるかもしれないけど、私男だよ?」

「別にそんなの関係ないって。というかアンタ、アタシらにキョーミないじゃん。自分が大好き、って感じでさー」

「そんなことはある」

「あるんだ……あはは」

 

 いやいや、嬉しい事に、中学時代と同じくこうやって女子コミュニティの中に混じっても拒否されないという、美少女男の娘キャラクリの特権がここでも生きている。実際私から一切の下心が感じられない──それはキャラとして見ているため──から一緒にいて楽だとか、見た目がどう見ても女子だから何も気にならないとかのお声を頂いております。

 だからこーやって女子会みたいなものにもお呼ばれしたりするのだ。

 

「んじゃお言葉に甘えて。なんなら夕飯私が作るけど」

「それを狙ってた、って言ったら来なくなるか?」

「まさか。それじゃ、適当にお肉でも買っていくかー」

「え、悪いよ!」

「いーのいーの。まぁ袋持ってくれるとかなら歓迎するけど。勿論竜貴が」

「オッケー、それくらいならお安い御用ってな!」

「……じゃあせめて、お金は」

「織姫がお金出すなら肉買うなんて言わないってー」

 

 尚、井上織姫と有沢竜貴とは名前で呼び合う仲になっている。もっとも私が名前呼びをあんまり好かないので名字呼びをお願いしてはいるが。いやだって、レンヤは男の娘っぽくないでしょ。キャラクリはねー、こっちの手でどーにかなったけど、名前はフツーに親のセンスだからさ。まぁ親も息子がこんな美少女になって、フツーに女装し始めるとは出生時には想像だにしてなかっただろうし。

 女の子っぽい名字だっただけラッキーってことで。

 

「織姫も一袋持ってくれたらいーからさ」

「……うん」

 

 そんな感じで。

 今日の高校生活も、恙なく終了した。フフン、高校の授業などおちゃのこさいさいである。

 

 

 

「おっと」

「きゃっ!?」

「わ、大丈夫かよ織姫ー」

「う、うん。華蔵ちゃんが守ってくれたから……」

 

 こんな街中で大爆走してやがった車から井上織姫を守る。具体的には引き寄せる形で。

 転生者舐めるなよ。ナンバープレート覚えたからな。危険運転のナンバーリストにアップした上であとで警察に通報してやる。フフン、色も車種もタイヤのメーカーも乗ってる人数も何もかも詳細に覚えられてるとは露とも考えないだろう。

 

「おーい大丈夫かー? って、井上に竜貴に華蔵? 何してんだ?」

「夕飯の買い物。そっちこそ、朽木さんと一緒なんて……手の早いことで」

「ちげーよ! お前、そういうのに興味ない癖に他人をくっつけるの好きすぎなんだよ!」

 

 カプ厨ですから。

 

「ごきげんよう、華蔵さん」

「あれ、名前覚えててくれたんだ。こんにちは朽木さん」

 

 初期ルッキーアって一般人の名前全然覚えない印象あったんだけど、やっぱアレなのかな。霊圧が凄いとかなのかな。まだ知覚できないからわかんないんだけど。

 

「で、さっきすげー音したけど、まさか轢かれたりしてねーよな」

「織姫がさっき轢かれかけて、華蔵が助けたんだよ」

「へぇ……大丈夫かよ、二人とも」

「私も織姫も大丈夫だけど、腸は煮えくり返ってるからさ。ほい」

「ん?」

「今メール送っといたから。私達をひき逃げしようとした車の詳細情報。私達はこれから夕飯作りで忙しいから、そっちで通報しといてくれる?」

「え、いやこういうのってされた本人か目撃者じゃないとダメなんじゃ」

「お願いね~」

 

 織姫と、そして竜貴の手を強引に引いてその場を去る。

 あの二人が一緒にいるってことはパトロール中だ。死神の体じゃないときだから違ったような気もしなくもないけど、ルッキーアにあんまり無理な口調使わせるのも不味い。私が笑いそうになる不味さがある。

 だからとっとと退散退散ってね!

 

 さぁて今日は特に記念日でもないのにすき焼きだぞー。

 

 

 

 

 

 ふぅ。

 落ち着け、私。

 

「華蔵ちゃん?」

「どうしたー? 嫌いなモンでも……って自分たちで選んでアンタが作ったんだからそんなものあるはずないか」

「ああ、ダイジブ、ダイジブ」

 

 いやー。

 

 いやー、馬鹿だねー私。私ってホントばか。

 

 コレ正にそれじゃん!

 そうじゃん!

 織姫がひき逃げにあって、竜貴と夕食一緒に食べてて!

 

 ──クマのぬいぐるみが、その額を裂いて落ちる。

 ズシン、あるいはパシン、という音。

 

「な……なんだ?」

「何?」

「二人とも、身を伏せて、固まって……私の後ろにいて」

「う、うん……」

 

 さて、落ち着いたので、正念場だ。

 結局霊圧知覚は育たないままだった。だからどこにいるかはわからない。わからないけど、わかることもある。

 

 例えば。

 

「斬撃──にはちゃぶ台返し!!」

 

 勿体ないけど、すき焼き等々が乗ったテーブルを蹴りあげる。

 すっぱりと切れるテーブル。すき焼きの鍋ごと斬ったか。あとで弁償しよう。

 

 考える。

 ここで織姫が魂魄状態にならなかったら、盾舜六花って開花するのかな?

 

「……なんてこと考えてられる程、私は冷酷じゃないんですねー」

 

 回避する、という選択肢はない。後ろに二人がいるから。

 まぁ盾舜六花が発現しなかったら藍染隊長も彼女に興味を持たないだろう。ワンチャン破面編が発生しないとかあり得るんじゃなかろうか。こう、空座町には何も起きず、私は楽しい高校生活を送りましたちゃんちゃん、が。

 爪には水筒で対処。勿論垂直に受けたらスッパリいかれるので、爪が滑るような角度で受けて、受け流しつつグリンと捻る。

 ……ソードブレイク。失敗した。水筒が凹んだだけに終わる。まぁ耐久力がなー。

 

「か……華蔵、ちゃん?」

「何をやって……」

「まーまー、安心してよ。私、二人が思ってる数十……数百倍は可愛いし──」

 

 拳。面での攻撃はもう逸らしようがない。

 なのでシフトチェンジ。もとい方向性を変える。ゲッツアンドターンで姿勢を切り替え、後ろで怯える二人をゲッチュ。抱き締めてから跳躍し、見えない拳に、その腕に乗る。

 すぐに振り落とされるけど、もうそろ安心時間だ。

 

「数千倍、カッコイイからさ」

 

 今度は尻尾の横薙ぎ。

 家財がバキバキゴロゴロと壊れて行くけれど、それは軌道を読んでください、と言っているようなものだ。ただ、今度は空中に逃げない。逃げたらパンチが飛んでくるだろうから。

 

 だから──少しだけ、笑って。

 

 高速で動く尻尾を踏んで──その顔面を、蹴り、飛ばす!

 

「手応えあり──と。けど、後は頼むよー、幽霊!」

 

 聞こえない声で、誰かが言う。「誰が幽霊だ誰が」と。そして、「だけど……任せろ」と。

 

 まーったく、これっぽちも聞こえていないけれど。

 私達とホローの間に、彼が降り立ったのを感じ……てない。霊圧知覚ゥ……ですかねぇ。

 

 ふむ。

 

「……よーし、疲れた。寝る」

「え!? ちょ、ちょっと、華蔵ちゃん!?」

「大丈夫……じゃない、華蔵、足変な方向に曲がって……!」

「治療とか、病院は、任せた……」

 

 いやね。

 能力はつけたよ。キャラクリの時に。

 でも身体は割とフツーなんですね~。身体がフツーじゃなかったらとっとと殴りに行ってるし蹴りに行ってるんですね~。

 ……ま、これでもし本当に盾舜六花が発現しなかったとしても、問題は無いだろう。原作崩壊も良い所だけど、世界が少しだけ平和になるってだけだ。あーでもどうだろ。藍染隊長に斬られたイチゴとか、盾舜六花じゃないと治せなかったりするんだっけ。いやーでも卯の花隊長がいればまーまーまー。

 

 あー。

 感情に身を任せて行動したけど……これで良かったのかなぁ。

 

 ……ま、友達は見捨てられませんわ。もしダメだったら、近づき過ぎたことが原因ってコトでFA。

 

 頑張れよー、イチゴ。

 私は……少し、寝る、から。

 

 

 

 

 翌日。

 

「ホントだってー。家に横綱が来て、ピストルで穴を開けて帰ったんだって!」

「まーたこの子はトンデモ世界の話を……」

「ホントだよ! ねぇ竜貴ちゃん!」

「あー……うん」

「有沢まで認めるの!?」

「それに、華蔵ちゃんも……ってアレ、華蔵ちゃん?」

「華蔵なら購買にパン買いに行ったよ」

「あ、そっかぁ」

 

 なんか一応万事うまく行ったらしい。

 意識落ちた後の事は知らないけど、原作通りにはなってる……っぽい? 今は身を隠してストーキングナウだけど、会話内容がほぼ原作のソレなので、記憶置換が正常に行われてはいるんだろう。私にはされなかったか、効かなかったみたいだけど。

 

 おにーたんを蹴り飛ばした右足は、治ってる。

 

 ……鬼道つえーよなぁ。アレって人間には覚えられないのかなぁ。滲み出す混濁の紋章したいよなにかにかけてかこつけて。

 

「華蔵」

「うん?」

「その……足はもう、いいのか?」

「足? 何が?」

「あ、いや……なんもないなら、いいんだ」

 

 どこかぎこちないイチゴ。

 対比するように、鋭い目つきで私をみるルッキーア。

 

「ねね、黒崎」

「あ、お、おう。なんだよ」

「私、朽木さんになんかしちゃった?」

「え! い、いや、……ほらルキア、その目つきやめろって! 華蔵が怖がってるだろ」

「怖がってはないけど、なんかしたなら謝らないとなーと思って」

「そこは聞こえないフリをしろよ!」

「おめーとは違うんだよ」

 

 気軽な軽口を叩く。男の娘とはいえ男同士だからね。というか前世フツーに男だからね。イチゴは明るい性格だし、とっつきやすいから話してて楽しいし。

 あと初心だから揶揄いやすい。これがデカい。

 

「一つ、聞きたいのですが……よろしくて?」

「あ、うん」

「では……華蔵さんは、幽霊を見た……といったようなご経験はありまして?」

「あー、黒崎みたいな? ナイナイ。からっきし。見えたら面白そうだなーとは思ってるけど、お腹かっ裁かれた死体とか電気椅子に焼かれた死体とかそういうグロいの出てきたら食欲無くなりそうだし、別に見えなくてもいいかなって」

「いやそんなのオレも見えねぇけど……って、アレ。オレ華蔵に幽霊が見えるって話したっけ?」

「え、こないだ聞いたばっかだけど」

「そ……そうか。いや、悪ぃ、最近あんま物覚えがよくなくてさ」

「あー。わかるわかる」

「わかるわかるってなんだよ。何がわかんだよ」

 

 ルッキーアの目は。

 未だ、鋭いまま──。

 

 ま、別にバレてもいーんだけどね。その方が霊圧知覚育ちそうだし。

 でもまだ、ひーみつv。

 

 

PREACHTTY



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第2話 見えない敵を燃やせ!

オリジナル(適当)鬼道が出てきます。
今後もたくさん出てきます。よろしお願いします。


 織姫のおにーたんを蹴っ飛ばしてから、黒猫との遭遇率が跳ね上がった……気がする。

 あっちもあっちで私が気付いている事に気付いているのだろう、なんの悪びれも無く窓から私の部屋を覗いていたりするからタチが悪い。

 因みに私の部屋はすっごく女の子女の子している。流石にピンク一色、なんてことはないけど、水色とか白とか、ふんわりデコ、みたいな感じの雰囲気が香る灯りのともる大きなおうち。もとい部屋。クローゼットの中も女物の服ばっかりだ。無論、下着も。

 初めの頃はそっと諭そうとしてくれていた両親だったけど、日に増して可愛くなっていく私と私自身が自ら女装をし、それを好み始めたこともあって、今は完全に受け入れてくれている。

 

 それはさておき。

 

 人生二度目の高校生活は、今のところ順風満帆であると言えよう。転勤で友達/Zeroの状態だったにもかかわらず今は新たな友達に囲まれていて、上っ面の「オトモダチヅキアイ」ではない本心から気を許せる仲。

 初めの頃は「原作キャラ」としてしか見れていなかった彼ら彼女らも、原作には描かれていなかった趣味や欠点、長所といった様々が見て取れて、私はもう彼ら彼女らを「人間」として見るようになっている。

 あるいは。

 この高校生活という輪の中で、最もそれを楽しめていないのが私なのかもしれないけれど。

 今は危機だのなんだのを拒否して、スクールライフをめいっぱい過ごせるよう努力しようと思っている。

 

「チャド、どうしたんだよそのインコ」

「昨日……、……。……拾った」

 

 思っていた。

 

 うーん。

 今、学校の屋上にいましてね。いや、おにーたんの件から、結構気を付けるようにはしてたんだよ。原作で起きた事に。

 でも中々何にも起きないなーとか思ってた矢先がコレ。流石にコレは気付きます。

 

 BLEACHの序盤はイチゴとその周囲の友人が覚醒していく様子が描かれる。

 最初は織姫。次は茶渡。その次は……えー、まぁドン観音寺か……。いや、石田だけど。

 まぁそんな具合で今回は茶渡の番、なんだけど。

 

「……ら?」

 

 どうしたものかなぁ。

 結局まだ織姫の盾舜六花が発現したのかもわかっていない。このまま介入して、今度は茶渡の完現術まで削ったら……とかいう不純な考えが、やっぱり心の奥というか、脳裏にこびり付いてしまっている。

 茶渡はもう友達だ。そんな彼が負傷するのを黙って見ているのは……無理かなぁ。

 あーもうあの神様、転生先くらい決めさせてくれよ……。選択肢があったらBLEACHの世界なんて絶対選ばなかったよ。あんな登場人物の誰もが傷つき死んでいくような世界、守りたくなるに決まってんじゃん。

 

「おい、華蔵!」

「ふぇっ!?」

「大丈夫かよ……ずっと深刻な顔して俯いたまま呼びかけても反応ないから心配したぜ……」

「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考えごとしてて」

「考え事? ……そいや、この前井上に止められた喧嘩がどうのって話、解決したのか?」

「え、あー……いや、まだではあるんだけど、黒崎の手を借りるまでもない段階には来てるかなぁ、とは」

「……お前がそーいうんならいーけど、あんま無理すんなよ?」

「おめーに言われたかねーわ」

「はぁ? 人が心配してやってんのになんだそりゃ!」

「ごめんごめんって。ありがとね、黒崎」

「……お、おう」

 

 よし、美少女スマイルで誤魔化せた。

 忘れがちだけど私は非常に可愛い。毎日鏡を見てチェックしているし、笑顔の練習もしているので間違いない。粒揃いな鰤世界においても肩を並べられる程に可愛い。よって私の笑顔は強制力を持つ。私が天に立つ。

 

 うん、決めた。

 

「茶渡」

「ム?」

「今日、茶渡の家行っていい?」

 

 ──瞬間、ざわつく周囲。

 イチゴたちと弁当を食べに来ていた小島水色、浅野啓吾が物凄い勢いで寄ってきて、手を反らせてのヒソヒソ声で話しかけてくる。

 

「おい華蔵! どういうことだよ! お前は女の子が好きだって言ってただろ!」

「華蔵さん、やっぱり男子にも興味あるの?」

「ヒソヒソ声で叫ぶとは器用だね浅野。というか、普通に男友達の家に行くだけだけど。ちなみに好きなのは勿論可愛い女の子だよ。当然だろ」

「だ……だよな。じゃ、なくて……だったらウチにも来いよ! この前誘った時『えぇ……野郎の家は嫌でガンス……』とか変な語尾付けて断ったじゃねぇか!」

「浅野の目は下心しかなかったからなぁ」

「グサァッ……は、反論できない」

「そこは反論しようよ啓吾」

 

 ふんがー!

 いやまぁ、別に行っても良かったんだけど、男同士とはいえ流石に手ぇワキワキさせてる奴のトコには行きたかない。だからモテないんだぞお前。

 

 とにかく。

 

「いい? 茶渡」

「……構わない」

 

 おっけおっけおっけー。

 んじゃ──原作破壊と行きましょうか。

 

 

 

 帰り道。

 軽く暗くなってきた頃合いの道路を、茶渡と、そしてインコとともに歩く。

 

「……」

「アブナイヨ、アブナイヨ」

「だってさ。茶渡、もうちょい壁際にいなよ。車に轢かれても知らないよ?」

「ム……また、壊してしまうか」

「あそっちなんだ」

 

 インコに憑いた子供の目には、映っているのだろう。

 彼の後ろにいるホローが。

 

 それが、その巨腕を振りかぶっているのが。

 

「だから、危ないってば」

「……!?」

「オジチャン!」

 

 結構強めに茶渡のケツを蹴る。

 浮き上がり、前方によろめく彼の体。その背に向かっていた見えない何かが外れる。あー、そろそろ霊圧知覚宿ってくんないかなぁ。見えないの結構きびしーんだけど。

 

「華蔵、」

「逃げろ、とは言わないからさ。私の指示に従ってくれる? 大丈夫、悪いようにはしないよ。そのインコ含めて」

「……わかった」

 

 茶渡もこの時点で何かに襲われている事は気付いていた。わかっていて連れまわしていたしな。

 さてさて、これも正念場かね。

 

「茶渡、相手はデカいサルとコウモリを足した、みたいな体格だよ。腕の長さは約1.5m。手のひら広げただけでも1mはある。全身は4mから5mくらいだろうけど、生憎と見えないんで測りようがない。できるだけ大きめで考えて」

「……ああ」

「今、君を狙って右の拳を振り上げている。──避け方は任せるよ」

 

 見えない。

 見えないけど、わかるものはある。

 

 それは、いわば気配というべきもの。達人同士が感じるアレに近い。

 空気の擦れ、地面の揺れ。本来現世の物質には干渉しない虚だけど、その攻撃やらなにやらは割と破壊をもたらす。その辺、霊子と噐子の関係、だったかな。その辺詳しくないんだけど──。

 

 これだけ悪意があれば、わかるって。

 

「来るよ!」

 

 互いに避ける。

 茶渡は大きくバックステップ。そして私は──強く、踏み込む!

 

「華蔵っ、」

 

 茶渡の焦る声を背後に流しつつ、渾身のハイキック。知らなかったか……美少女とは! 無駄肉をつけないために身体づくりも欠かさないものであると!

 ひ弱な美少女が虚を蹴っ飛ばしたりできるかってんだ!

 

 今のでだいぶ骨にキてるけどね!

 

 風切り音。

 左に転がる。

 

 ……も、ピシッと切れるは私の肩。

 あ、そうだった。こいつ、腕に翼ついてるんだった。あと頭からカエルとか出すんじゃないっけ。流石にそんなのは避け切れないぞ。

 

「大丈夫か」

「あー大丈夫。ちょっと肉削れただけだから」

「……ちょっとじゃないぞ」

「確かにね。美少女の肉こそぐとか、世界の損失だし」

 

 ふぅ、だから肉体の耐久性能はそんなにないんだってば。鍛えてるっていっても美容用だけだし。

 戦闘に耐え得る程じゃ──。

 

「っ、私が飛ぶから、抱えて後ろに!」

「ああ!」

 

 思いっきり茶渡の方向に飛ぶ。それを茶渡が片腕で抱き留め、更にバックステップ。

 

 あっぶなー。

 今の散弾みたいな気配は、使い魔のカエルか。アレ自体も厄介だけど、アレの吐くヒルはくっついて爆発するから絶対に当たっちゃいけない。

 しかし、困ったな。

 今地面にカエルがいると仮定して……それを避けて踏み込む、とか。無理ゲーじゃね? 見えないんだぞ?

 

「華蔵……お前だけでも、逃げろ」

「なーに言ってんの。こんだけやっといて今更逃げろとか、今時ウルトラマンでも言わないよ」

「……ウルトラマンは、喋らない」

「喋るヤツもいるの!」

 

 とりあえず道路に降ろしてもらって。

 ……ふむ。

 

 右腕、そろそろ動かなくなるな。

 コレ使うか。

 

「あんまり褒められたことじゃないんだけどねー。茶渡、君どんだけ高くジャンプできる?」

「……それなりだ」

「今ここに、後方1㎞くらいかな? 自動車が走ってきてる。制限速度守った車がね。……それをぶつける。交通事故になっちゃうけど、私達じゃどーにもできなそうだしさ。でも、ふつーに車走ってきてもアイツは避けちゃうだろうし、車側もブレーキ踏ませないと中の人が死んじゃいかねない」

「ギリギリで現れて、ブレーキを踏ませて、避ければいい、か」

「そゆこと~。んで、私は!」

 

 電柱の陰に隠れる茶渡を確認しつつ、前方に向かってロンダート。

 途端、服の右袖が何かに貼り付かれたかのように凹む。それも複数。更に変な方向に曲げようとしてくる圧力と──何か、液体染みたものがかかった感覚。いいね、それを狙っていたよ。

 

 後方、ライトが満ちてくる。タイミングは任せた。

 

「殺人は楽しかろうが、狙う相手を間違えたね! いいか──美少女の損失は! 世界にとっての損失であると理解しろ!」

 

 跳躍。記憶にある限りのホロー……シュリーカーの口のありそうな場所に、右腕を突っ込む。

 

 キキーッ! というタイヤと地面のこすれる音。そして、空中で止まっている私の足元に突っ込んでくる車。すまんね!

 

 最後に──爆発する、私の右腕。

 

「自分の攻撃で、ダメージ食らってちゃ……ざまぁないね!」

 

 おっと。つい汚い言葉が。

 私は美少女。美少女は汚い言葉言わな……いや、言ってもいい! 美少女が汚い言葉使ってもそれはそれで可愛い!! 昨今はそれが可愛い!!

 

 強めの風切り音。

 右腕を引き戻し、ガードする。

 

 ものっそい衝撃と共に吹っ飛ばされる私。

 今のは……頭突き、か。だけど。

 

 車はしっかりシュリーカーにぶつかったらしい。車体の前方が拉げている。ごめんなー。

 

「華蔵!」

 

 茶渡が空中でキャッチしてくれた。だから、想定していた地面への衝突は起きず。

 けれど──。うん。

 

「茶渡。……限界」

「華蔵!?」

 

 削がれ、潰れた右腕。それ自体は別にどうでもいいんだけど、出血がちょっとやばい。

 美少女華蔵ちゃんは小柄なので、血液総量も少ないのだ。

 

「医者に……」

「黒崎ん家、近いから……」

「ああ!」

 

 上空、羽ばたく音が聞こえ……ない。

 でも逃げたのだろうことはわかる。だって追撃してこないから。あいつも相当なダメージを負ったはずだ。癒すため、ではないだろうけど、態勢を立て直すために一度どこかへ逃げるのだろうことはわかる。

 

 あーあ。

 原作破壊だー、とか意気込んでおきながら、コレ余計な被害増やしただけじゃね?

 あっはっは、私ってほんとバカ。

 

 でもま、茶渡が怪我しなかったんで良かった、って事で!

 

「華蔵……華蔵!」

「安心しなよ……茶渡。死にゃせんからさ。なんてったって、私は美少女……世界の宝……」

 

 そう。

 美少女は死なない。況してや男の娘だ。

 ……比較的、鰤世界は美少女が大量出血しやすい世界とはいえ、だけど。

 

「大丈夫……」

 

 美少女を信じろ。

 

 

 

 

 黒崎一護が高校から帰ったその日の事。

 町医者である己が家──それがとても騒がしく、慌ただしくなっていることに気付いた。

 電話に向かって叫ぶ父親、駆けまわる妹たち。

 

 そして──患者用の部屋の前で座り込む、親友・茶渡泰虎。

 

「チャド? どうしたんだよ」

「……」

 

 何も答えようとしない親友に詰め寄ろうとした──その時だった。

 

「……なんだ? 血の臭い……」

「あ、お兄ちゃんお帰り~。でもちょっと退いて退いて、今そこで交通事故があって、女の子が大変なの~!」

「事故?」

 

 詳しく話を聞く……事は出来なかった。

 相当な容態なのか、父親も電話をしてすぐ患者の元に向かって帰ってこない。妹たちもだ。

 

 血の臭い。ここまでそれがするという事は、相当に血を流している証拠。

 それが、女の子で、大変で、交通事故で。

 

 ここにチャドがいて。

 

「まさかっ」

 

 施術室に入れば──寝台に横たわるは、見覚えのある改造制服。

 

「……華蔵?」

「あァ!? 一護、帰ってきて手も洗ってねぇのに入ってくんじゃねぇよ! 患部にばい菌入ったらどーする気だ! それに、今集中してんだ、さっさとどっか行け!」

「お父さん、これ、応急処置だけじゃ……」

「わかってる! クソ、咄嗟に右腕で全身の衝撃を受け止めたんだろうが……」

 

 微かに見えた、その腕は。

 町医者のできる範囲をとうに超えた──凄惨な。

 

 

 

「ルキア、あれは」

「ああ……この部屋にいてもわかった。アレは、虚の仕業だ。それも……()()、戦ったようだな」

「……アイツは、華蔵は見えてねぇんだよな?」

「の、はずだ。だが……」

「アイツの右腕、お前が治すのは無理なのか?」

「可能だが、今は無理だ。お前の家族がつきっきりで診ている以上、私が現れて鬼道を、というわけには行くまい」

「そりゃ……そうか」

 

 一護の自室。

 騒がしい一階と違って静かな二階には、そのベッドに朽木ルキアが座っている。

 彼と、そして彼女は死神。死神代行と死神。

 現世を荒らす虚を浄化せしめん存在。

 

「……あのインコに憑いていた霊は、虚ではなかった」

「けど、あの霊を狙ってきた、って可能性は十分にあるんだよな?」

「ああ。恐らく華蔵はその場に偶然居合わせ……。いや」

「気付いたか。アイツ、今日自分からチャドの家に行くって言ってた。それも、あのインコ見てめちゃくちゃに深刻な顔して……」

「……見えてはいなくとも、感じたり、聞こえたりするだけの者もいる。一護、お前の霊感体質の、かなり下位と言えるものだ。華蔵はそれである可能性が高い」

「それで、見えないのに虚と戦うなんて無茶を? ……なんつーか、可愛い顔して漢気がすげぇな、アイツ」

 

 軽口を叩きつつも。

 一護はその拳を握りしめる。

 

 十分に。

 彼の中で、華蔵は──大切な友人の一人であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 目を、覚ます。

 

 腕は……包帯でぐるぐる巻き。肩は縫われている。

 感覚は、まぁまぁ、無いかな。

 

 場所は……知らない天井だ……けど、多分クロサキ医院の病室。

 

「起きたか」

「ん……あぁ、茶渡。なに、もしかしてずっと看ててくれたの?」

「……すまない。巻き込んだ」

 

 あー。変な罪悪感植え付けちゃった? ダメだね、やっぱ。感情に従って動いちゃ。少しは計画性というものをだね。

 けど──。

 

「死ななかったでしょ」

「!」

「美少女は死なないんだぜ。世界の損失だからね、世界が守ってくれるんだ。世界は、美しいものを取りこぼさない。それが自分の世界にあるよう引き留める。天国にも地獄にも、決して渡さない……」

 

 腕が熱を持つ。

 大丈夫。なんてったって、私は転生者なのだし。

 日常では役に立たずとも、戦闘で役に立つ能力はいくつか取っている。

 

 大丈夫。

 

「大丈夫。私は、あんな可愛くないのには負けないから。私が負けるのは、私より可愛い子にだけ」

 

 灼熱。

 この包帯が無ければ、赤熱してさえいたかもしれない。

 縫われた箇所も、爆発で潰れた所も──何もかも。

 

「だから、茶渡。自分一人で逃げればいいとか、やめてよね」

「……!」

 

 身体を──起こす。

 そして、包帯を取っていく。

 

「何を……」

「私も行く。というか、あんだけコケにしたんだから、ターゲットを私に変えてくる可能性もあるし。けど、今度は茶渡にも戦ってもらうよ。私のパンチじゃ、当たっても大してダメージ与えられないし」

 

 包帯が外れた。

 そこには。

 

「……それ、は」

「黒崎達には内緒ね?」

 

 無傷の腕が──。

 

 

PREACHTTY

 

 

 走る、走る、走る。

 背後に気配を感じながら、戦いやすい場所まで走る。

 

 原作のような街中はダメだ。というか電柱折るの普通に迷惑過ぎる。

 だから、もっと投げものがあって、もっと人気の無い場所。

 

「左に逸れる!」

「っ!」

 

 当然だけど、機動力はアッチの方が上。空を飛べるのだから。

 けど、小回りの利く飛び方ではないし、攻撃も大振り。使い魔も自動追尾というわけではないから振り払える。

 というかこんだけ戦って一切見える気がしないのはどーなの。もしかして私センス/Zeroなの。

 

「茶渡、あの山入るよ!」

「ああ」

 

 向かうのは山。それも、少し小高く、開けている山。足元に注意は必要だけど、隠れる場所にも投げる者にも事欠かず、さらには木々のざわめきで場所を判断しやすい打ってつけの場所。

 それに、ここなら能力も。

 

「敵はどこだ?」

「私達の上空40mくらいの所を悠々と飛んでる。とりあえず一発お見舞いしとく?」

「ああ……シバタを、持っていてくれ」

「おっけ」

 

 鳥籠を渡される。

 そうして茶渡は、近くに落ちている手頃な石……ではなく、それなりの巨石を持ち上げ。

 

「少し前方に軌道修正。私の指差す方角にいる」

「飛ばした物がどこかへ落ちては事だ……真下に移動しよう」

「了解」

 

 強く前方に身を投げ出し、その巨石を射出した。

 そんなチェストパスみたいな……。

 

 けれど、威力は十二分。

 巨石は空中で不自然に止まり──落ちてくる。

 

「よいしょぉ!」

 

 仰向けの姿勢で動けないでいる茶渡の足を引っ張ってどかせば、頭数mmのトコに巨石が落下。どっかに落ちてもコトだけど、自分に落ちてもコトだっての。

 つか身体重すぎね。

 

「どうだ……?」

「ん-、わかんない。私も見えてるわけじゃないし、どれくらいダメージ食らったかってのはわかんないけど……」

「けど?」

「怒ってるのは確実じゃない?」

 

 ズシン、と。

 落下した巨石の上に、更に何かが落ちてきた。それは岩石の割れ方で判断できる。

 

 素早く立ち上がる茶渡。

 

「茶渡、私が合図したら木の裏に隠れて。良いって言うまでやり過ごして」

「わかった」

「──今!」

 

 二人して木の裏に隠れる。べちょ、べちょ、と、決して美少女に近づけてはならない音が鳴った……気がする。

 それに対し、枝を投げて行く。別になんか特別なもの、というわけじゃない。その辺に落ちてた枝だ。けれどそれが、不自然に固まり、何かが暴れるように微振動を起こすのを見て、成功を悟る。

 

「茶渡! この辺一帯、枝の刺さってるトコ全部薙ぎ払って!」

 

 指示が早いか行動が早いか、茶渡は近くの木を抜き取って、地面に突き刺さった枝を一掃する。その際何かがぶちゅぶちゅと潰れたような気がしなくもない。

 

 ふと、割れた巨石が更に罅割れを起こすのが見えた。

 飛び上がったな?

 

 なら──コレが生きる。

 それは包帯。私の腕を巻いていた包帯。先端に結び付けた石は、錘となりて。

 カウボーイだ。ぐるぐる回して勢い付けて。

 

 投げる!!

 

「……アレか」

 

 何かに巻き付く包帯。ヒュウ、精度いいね、今日の私。

 そして、それが可視化されたが故だろう。

 茶渡は今までの鬱憤を晴らすかのように、周囲にあるあらゆる枝葉や石をその見えないナニカに向けて放ち始めた。

 

 ものっ凄い威力で放たれるそれらは、一発たりとも外すことなく見えないナニカを捉え続ける。

 

「──頃合いだ」

 

 さてさて、ここが正念場だ。別れどころ、といってもいい。分水嶺か。

 能力の方ではなく──この世界のチカラ。

 

 私に、才能があるのかどうか。

 

「散在する獣の骨!」

 

 霊圧知覚はできないけど、ここがBLEACHの世界だと判った時から霊力の集め方は練習している。似た能力が備わっている、というのもあるけど、ほら、鰤世界なら使ってみたいじゃん──鬼道。

 今までは独学でやるには危ないと思ってやってなかった。けど、織姫のおにーたんやこのシュリーカーとの戦いでわかった。

 

 私には火力がない。そりゃ転生チートを使えばもうちょっとマトモに戦えるんだけど、今の状態で、この世界に合った技で敵を仕留めるには足りないものがあり過ぎる。

 全力で虚を蹴った程度で折れる足とか、虚の頭突きを受け止めた程度で潰れる腕とか。

 

 弱い。

 だから、穴埋めに。

 

「尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪!」

 

 この破道は全破道の中で最も愛しているものだ。くーかくさんが使った時のBGMが好きなんだよね。詠唱も好き。

 

「動けば風 止まれば空! 槍打つ音色が虚城に満ちる!」

 

 何より雷は、イメージがしやすい。

 

「破道の六十三! 雷吼炮!」

 

 集めた霊力を──ぶっぱなす!

 それは確実にシュリーカーに着弾する。着弾し、その身を。

 

 

 焼き焦がした。

 

 

 ……。

 あ、これ失敗です。本物は雷のエネルギーなので。

 

 こーれ能力の方です。イメージが先走っちゃったね。

 

「……何をしたのかはわからないが……全身が見えた。まずは翼を潰すか」

 

 だけど、得られたものはあった。

 焼き焦がしたからこそ、燃えたからこそ、その全貌が露わになったのだ。

 シュリーカーについている翼。空を飛ぶためのもの。茶渡が目を付けたのはそれだった。

 

 えーいこうなればやけだ! 私も!

 

「自浄せよ、ロンダニーニの怪物! 一新し・流れ込み・自ら顔を消し去るがいい!」

 

 食らえ適当縛道!

 

「縛道の……えー、十! (ゴク)!」

 

 原作に出てこなかった番号だ。詠唱なんか知らない。ただ、撃の詠唱を考えると多分時代考証からの嘆きなんだろうなーって感じがするので、ソレに寄せてみた。撃は黒犬の松明。今私が行ったのはロンダニーニのメデューサ。

 

 ま、そんな話はともかく、

 

 包帯が固まる。

 まるで石のようになったそれは、シュリーカーが藻掻く事さえを許さない。そこへ飛来する茶渡の砲弾。的確に翼の付け根、つまり弱い部分を狙ったソレは、その翼を少しずつもいでいく。燃えているが故に、口を大きく開け、何かを喋っているような様子が見えない事も無い。

 

 だから、胸を張る。

 

「ハーハハハハ! 美少女に声を届けるには美男になるしかないのだ──そんなこともわからないか!」

「華蔵。俺も聞こえてはいない」

「じゃあ茶渡は美男子ってことだよ。そしてェ!」

 

 もう一度強く地を踏みしめ、宣言する。

 

「私が!! 美少女だ!!」

「……」

「じゃあ後は頼めるな!」

 

 まぁ、元々。

 倒せる、なんて思っちゃいない。というか現世にいるホローって斬魄刀以外で倒しちゃダメなんじゃないっけ。

 ってことでどっちみち、倒す気はなかった。

 

 ただ、目立たせる気が合った。

 人目に、ではなく。

 

 どこぞの死神代行さんへ向けてのメッセージ。

 

 私の肩が、トン、と引かれる。見えない何かに。

 

「行って来い、幽霊!!」

「幽霊ではなく死神だ」

「んぇ?」

 

 おにーたんの時と同じように、()()()()()()()()()を掲げて応援すれば、あらぬ方向からツッコミが入った。

 そこには……とっても鋭い目つきの、ルッキーアが。

 

「詳しく事情を聞かせてもらうぞ、華蔵」

 

 もう随分と弱ったシュリーカーを倒しているのだろうイチゴの――下で。

 尋問が始まる──。

 

「……転校生。話なら、俺が聞く。……華蔵を休ませてやってくれないか」

「何?」

 

 ナイス茶渡!

 

「そゆことで、朽木さん。私、怪我人だから!」

「おい待て! 怪我人はそんな軽快に走らん!」

 

 シバタを置くことも忘れずに。

 

 私は、まんまとルッキーアから逃げ果せたのだった。

 ……いや逃げなくても良かったような気がしなくもないんだけど、ほら、塞とか痛そうだし。

 

 もうちょっとだけ、ね?

 

 

PREACHTTY




原作鬼道考察&適当鬼道解説

縛道の九・撃 考察方法は以下の三つ。

分解して解読する場合

自壊せよ ロンダニーニの黒犬 →イタリアはローマ、ロンダニーニ宮殿もしくは美術品収集家ロンダニーニ邸のこと。黒犬はブラックドック、ヘルハウンドとも。
一読し →シェイクスピアのマクベスにブラックドックを引き連れるヘカテーの描写がある
・焼き払い →ヘカテーは松明を持ってブラックドックを引き連れている。撃が赤い光なのも松明の光?
・自ら喉を掻き切るがいい →自壊せよに同じ。


繋げて解読する場合

自壊せよ、ロンダニーニの黒犬、までがまず一文で、行動詳細が後に述べられている。つまり

自壊せよ、ロンダニーニの黒犬=一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい

つまり「ロンダニーニの黒犬」に何かを一読してそれを焼き払った後、自ら喉を掻き切って自壊しろ、と命じている。
一読して焼き払うものがマクベスだとして、自己の行いを省みて自殺することを示唆している? 縛道なので自縛の意味、自戒の意味。


意訳で解読する場合

 ロンダニーニの黒犬は、まず黒犬が不吉の象徴、死に目に現れるという妖精、あるいは人を食い殺す悪精。
 ロンダニーニといえばピエタ。ミケランジェロの最後の作品であり、視力を失いながらも死の6日前まで手掛けていたという遺作。ならば逆に、ロンダニーニのピエタはミケランジェロの死の前触れであり、製作という体力消費がミケランジェロを殺した、とも捉えられる。また、ミケランジェロ自身も死の予感を覚えていたという。
 つまりロンダニーニのピエタそのものを黒犬だと呼称しているとして、それに対して自壊せよ、と言っていると考える。(よってピエタの言葉の意味だとかは関係ないものとする)

 ミケランジェロが生涯を通して手掛け、その生を閉ざしたロンダニーニの黒犬。尸魂界に信条的に、魂や命に対して「未然に防ぐ」というよりは「起きてしまった事を摂理に沿って還す」があっている気がするので、「自壊せよ」はミケランジェロの生前に、ではなく死後に向けた言葉。
 ミケランジェロの生涯を「一読し」、殺してしまった事を反省しその身を「焼き払い」、「自ら喉を搔き切るがいい」。(「喉を搔き切る」という表現は犬に対して、というより人に対して言っている感じがある。これはロンダニーニのピエタ、その聖母マリアの左腕がイエスの首に伸び、造られずに終わったイエスの右腕が聖母マリアへと伸びているため?)

 要約すると、そのまま悪霊にならず、製作者の死の悲しみに己をも止めろ、みたいな。
 鬼道が対虚の術であることを考えれば、また撃がそこまで拘束力のない低い番台の縛道であることを考えれば、虚に呑まれたプラス霊に対して拘束することで己を取り戻させるための対話に臨む、みたいな効果も期待してたりする?(井上昊が己を取り戻した所をルキアが見た時、特に驚いた様子はなかったため、割合よくあることなのかもしれない)。


以上の考察からの適当鬼道

縛道の十 自浄せよ、ロンダニーニの怪物! 一新し・流れ込み・自ら顔を消し去るがいい! 石(ゴク)

 九で言っているのはロンダニーニのピエタだけど、コレが指しているのはロンダニーニのメデューサ。ピエタと同じくロンダニーニ宮にあった。
 このメデューサは頭が蛇でなく、顔も怪物ではない。言いようのない苦悩と死を凝視させる美しいゴルゴーン。
 つまり怪物に己を浄化して新たな存在になれ! って言ってる。今回は虚に対して……ではなく包帯に使用。ふにゃふにゃの包帯が石のように固くなりました。そんな感じの効果。
 ただし別に鬼道を使ってるわけじゃなくて、転生者能力を使ってるので効果とかあんまり関係ない。以上。


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第3話 虚より、虚寄り

ようやく出てくる転生チート


 茶渡の一件から何事も無い日々がまた始まった──なんてことはない。

 常より晒されるルッキーアの鋭い眼光と、伴って複雑そうな視線を送ってくる黒崎。カモフラージュにつけた右腕の包帯は当然織姫達にめちゃくちゃ心配されるし、その介護と称して竜貴と織姫がウチに来たりなんだり。

 あんまり一人の時間というものがないままに時は過ぎて行く。

 その間なんか多分だけど義魂丸の一件があったりとかグランドフィッシャー、ドン観音寺の件までもが通り過ぎて行った。なんで介入しなかったって、まぁ可愛い女の子が傷つかないから……。

 何よりホントのホントに四六時中織姫と竜貴、そして茶渡がべったりくっついてきているので、イチゴのトコに向かう隙が無いのである。

 

 ただ──こればかりは、対処せざるを得ない。

 

 石田雨竜の件。

 ホローを呼び寄せる撒き餌を使い、どちらがより多くホローを倒せるか対決をするイチゴと石田の話。

 

 それによって出る、被害の話。

 

「華蔵ちゃん……どうしたの? 腕、まだ痛む?」

「車に撥ねられて咄嗟に右腕を盾にするとかどこのバトル漫画だよって感じだよなー」

「織姫、竜貴。傘って持ってる? 折り畳み傘」

「え? ……あ、持ってる……けど」

「傘ぁ? 雨なんか降る気配ないぞ~」

「差してて。こう、ちょっと前向きに」

 

 流石に商店街や公園の方はカバーできない。夏梨ちゃんには申し訳ないけど、原作通り茶渡に守ってもらうしかないだろう。怖いのは、前に私がvs虚戦に干渉してしまった事で覚醒しない、という可能性だけど……たとえしなくても、茶渡ならなんとか戦えそう、ではある。

 友人を天秤にかけることはできないけど、覚醒しない場合のヤバさはこっちの方が上だ。

 盾舜六花が発現しなかった場合、学校に地獄が腰を下ろすことになる。

 

 そろそろ頃合いでもある。

 みんなが覚醒するタイミングであれば──私が能力を使っても、崩玉のソレだと勘違いしてくれる可能性は高い。だから今まで隠してたんだ。隠せてたかどうかは知らないけど。

 

 ようやくマトモに戦える。

 転生先が戦闘のあるファンタジー世界だと思って取った能力群が。

 

「……ね、華蔵ちゃん。竜貴ちゃん。ちょっと教室、戻ろっか……」

「ん-? 何、織姫。風に当たってお腹痛くなったかー?」

「そ……そんなところ」

 

 織姫はもう見えているんだっけ。

 いいなぁ。私はまだからっきしなんだよね。やっぱり一回死なないと見えない気もしてる。

 

「アタシは別にいーけど、華蔵は?」

「華蔵ちゃん……」

「織姫」

 

 織姫が努めて見ないようにしている方向を見る。

 いるのだろう、そこに。

 

 ならば。

 

「竜貴のこと、みんなのこと。頼んだよ」

「! ……わかった!」

 

 竜貴の背を押し、校舎に入って行く織姫たちを後目に、ふぅ、と溜め息を吐いて。

 

 大きく──大きく跳躍する。

 拳には空洞。まるで何か握りしめるかのようにしたソレを、そして振り下ろさんとするかのように上段に構える。

 風を切る音。

 シュリーカーの時とは違う、本当に散弾らしき音。無数の小さな種子の音。

 

 それを、()()()()()()

 

「なにっ!?」

「おー……ようやく聞こえた。あはは、視覚より聴覚が先なんだ。変なの」

 

 それは長大にして巨大。形は刀でなく、双頭槍。

 炎纏う槍。

 

 流石に流刃若火じゃないよ。これからファンタジー世界に転生! って時に他人の斬魄刀なんて能力取る人いないでしょフツー。絶対心開いてくれないし。

 だからこれは、ただの槍。

 燃えてる槍。というか。

 

「……可愛い女の子がデカい武器持って戦うのはロマンでしょ。なら、ロマンといえば、もう一つ」

 

 口に灼熱が溜まっていく。

 喉を通る呼気にザラつきが出る。逆巻く奔流は火の粉を飛ばし、見えない何かに爪を立てる。

 

「ドラゴン・ブレス」

 

 ──あぁ、果たして私の顔は、喉は、今もまだちゃんと美少女だろうか。

 

 それとも──鱗のびしりと生えた、カッコイイ漆黒の爬虫類になってやしないだろうか。

 ああ、虚の姿が見えてきた。視覚もちゃんとか、あるいは。

 

「いい? ここはさ、私のシマなんだよね。美少女の私が仕切ってるシマ。そこにアンタみたいなのが入ってきて好き勝手やられちゃァ──困るワケさ」

 

 喉から出た灼熱を槍に吹きかければ、槍の炎はさらに勢いを増す。

 

 ファンタジー世界に転生すると言われて、能力どうするか、ってなったらさ。

 そりゃ、美少女男の娘にキャラメイクするでしょ。

 そりゃ、身の丈に合わないデカい武器持たせるでしょ。

 

 そんで、そりゃ。

 デカいドラゴンに変身できるようにするでしょ!

 

 まさかBLEACH世界だとは欠片も考えてなかったからね!!!

 

「燃え、尽きろ!」

 

 斬って、燃やす。

 ただそれだけだ。

 たったそれだけで、虚は霊子となって消えて行った。

 

 ハ──流石転生者のチート能力。つえー。

 

 ……槍を消して、炎も、そして腕や顔の龍化も元に戻す。

 

 振り返れば。

 

「──こんにちはァ、華蔵蓮世サン♪」

「……」

「ちょ~っとご同行願えますかねぇ?」

 

 浦原喜助と握菱鉄裁が、そこにいいた。

 

 

 

 

「ちょ~っとご同行願えますかねぇって言ったの聞こえなかったんスかね~」

「今それどころじゃないの! まだまだユーレー出てきてて、みんながみんな安全とはいえない状況で、仲良く談話に花咲かせるとか無理! あとおっさん二人だから無理! せめて美少女連れてきて!!」

「うひゃぁ、言葉の槍が鋭い鋭い。けど、ユーレーが出てきてる事は感じ取れてるんスねぇ。もしかして、見えてたり」

「見えてりゃこんな走り回ってないっての! 見えないから駆けずり回って確認してんでしょーが! つか、アンタら普通に不法侵入者だからね! ここ学校だからね!」

「そー言われると弱いんスけど、まぁアタシらの姿は見えなくなってるんで、今は華蔵サンが一人喚いて廊下走ってるって図になりますね」

「最悪!」

 

 原作では織姫がナムシャンデリアを倒した後、浦原喜助らに連れ去られて事が進んだ──けど、現在。私がそのナムシャンデリアを倒したというのに学校各地での被害が収まっていない。

 多分高い霊力に誘われて来る虚が、本来織姫と茶渡がいなくなれば襲わなくなっていた状況を、私が織姫を逃がしてしまった事により一転、未だ校内に残る私と織姫を狙ってわんさか湧いてきている……という状況なんだろう。

 

 つまり原作より悪化しているんだ、悪い方向に転がってる。

 でも、それでも!

 

「やんなきゃよかったとは思わない! 美少女の損失は世界の損失──美少女の泣き顔は! 世界に雨が降るモノと知れ!!」

「なに叫んでるんスか?」

「自己啓発!」

 

 窓の先。渡り廊下に特徴的な髪を見る。

 背中合わせの二人。片方は空手の構えを、そしてもう片方は祈るようなしぐさを。

 

 逡巡は一切ない。盾舜六花の覚醒なんて知るか。そんなことのために友達を傷つけるようなクズになった覚えはない!

 

 窓を開ける。その縁を蹴る。

 弾丸が如く飛び出した私の体は、その速度に反して落ちる事が無い。それもそのはず、飛んでいるのだから。

 そうして──織姫が何かを決意した顔の、その眼前にいるモヤモヤに、ライダーキック!!

 

「え……華蔵ちゃん!?」

「織姫! ──防御!!」

 

 蹴っ飛ばしたホローが何かを飛ばしてくるのがわかった。

 今、剣をぶん回したら渡り廊下が崩れる。だから。

 

「三天結盾──私は、拒絶する!」

 

 私達の前に出現する三角形の壁……は見えないんだけど、まぁ多分出現したんだろう。ちっちゃい妖精も見えないッスねぇ。

 そこへ突き刺さるは羽根。アビラマ・レッダー的な奴か。特に特殊な効果はない様子だし、貫通力も無いっぽい。

 

 なので、前に出る。

 ライダーキックでぶっ飛ばした窓の向こう。不自然に凹んだ地面に対し。

 

「いいかい、織姫。君も美少女の自覚があるなら──傷ついてはいけない。身体も、心も。傷ついていいのは、美少女の中でも──」

 

 跳躍。

 手に出現させた双頭槍を──思いっきり、ぶっ刺す!

 

「私みたいな、カッコイイ奴だけなんだよ!」

 

 瞬間、穂先から広がる灼熱。鳥の丸焼きだ。はは、熱かろうさ。

 ……今度は聞こえなかったし見えなかったな。まだ不安定なのかな。よくわからない。

 

「ふぅ……おっけー。んじゃ浦原さん、竜貴のことは頼んでいい感じ?」

「え……ちょ、待ってよ、何が何だか……うっ」

 

 浦原喜助が竜貴の前で指パッチンをする。

 

「ハイ、眠らせました。そして、アナタの読み通り、この学校からアナタと井上織姫サンがいなくなれば、虚は襲ってこなくなります。……ついてきてくれますよね?」

「あ……は、はい!」

「私は遠慮しておくよ。もう、覚悟は決まってるから」

「え、じゃ、じゃあ私も! ……あ、れ?」

 

 誘いを断る私に便乗しようとした織姫が、その身をフラりと崩す。

 初めて盾舜六花を使って霊圧消費しすぎたんだっけ? ま、問題はないだろう。確かこの後連れてこられた茶渡と合流して、メノスと戦うイチゴを見るとか。

 

 ……メノスか。ギリアンだけど。

 

「浦原さん……一つ、質問なんだけど」

「何スか?」

「この腕、()()()?」

 

 それは先ほどまで包帯に巻かれていた腕。

 既に白布は解かれ、更には──黒い鱗に覆われた、凡そ人間のものとは思えない腕。

 

「アタシには、見えますよ。でも……フツーの人間には見えないでしょう」

「それは重畳」

 

 全身がソレになっていく。

 黒く。漆黒に。強く。強靭に。大きく、巨大に。

 

 さて──美少女は、どこにいったのか。

 男の娘は、どこにいったのか。

 

 見える人の目には、私は。

 どう映っているのか。

 

「か……ぐら、ちゃん……?」

「そんな姿になって、どこ行くつもりスか?」

 

 果たして、あの日浦原喜助がこちらを試してきたのは、何の意図があっての事だったのか。

 

 関係ない。

 

 私は今から、友達を救いに行く……のではなく。

 

「餌をね。食べに行こうかと」

 

 皆の成長の機会を悉く奪い、事態を悪化させている。

 そんなの知らないね!

 

「じゃ」

「縛道の六十三! 鎖条鎖縛!」

「!」

 

 今まさに飛び立とうとした私の体に、黄色に光る鎖が絡みつく。縛道。使用者は──握菱鉄裁。

 死神の力ではけっして解けないと言われている縛道だけど、今の私には関係な──。

 

「縛道の七十三! 倒山晶!」

 

 更に、周囲に四角推の壁が出現する。

 

「縛道の九十九! 禁!!」

 

 さらにさらに、全身にベルトと鋲による拘束が。

 ……。

 

 えっと、ここまでする必要あった?

 

「スイマセンね、華蔵サン。今のアナタが行っちゃうと何の苦も無く倒せちゃいそうなんで、拘束させてもらいました。大丈夫ッス、オトモダチは無事に帰しますんで……少しの間、眠っててください」

「……次目覚めた時、友達の、誰か一人でも傷ついてたら……駄菓子屋、燃やす」

「それは怖いッスねぇ。じゃあ目覚めは永遠に来ないように……」

 

 龍化を解いても、縛道は絡みついたまま。

 ちぇ、名探偵よろしくちっちゃくなって抜けられるかと思ったのに。

 

 まぁこの辺が潮時か。

 

「私は美少女なので、丁重に運ぶように!」

「俵抱きは禁止スか?」

「当然! 紬屋雨ちゃんに運んでもらう事を所望する」

「注文の多い人だ……」

 

 ふぅ。

 しかし……この感じ、さっきの縛道に、何か混ぜ込んだな。

 死ぬほど眠い。猛獣用の麻酔針を打ち込まれた気分だ。

 

 まったく……美少女を、無理矢理眠らせる、なんて。

 流石は悪鬼羅刹……。

 

 鬼、外道、浦原喜助……。……。

 

 

PREACHTTY

 

 

 世界一可愛い目をパチリと開ける。

 ここは。

 

「お目覚めになられましたか」

「……起きて一番に見るのは雨ちゃんが良かった」

「それは申し訳ない」

 

 和室。眼鏡。エプロン。

 浦原商店の居住スペース、か。

 

 拘束は……されていない。身体に何か封印がある様子も無い。

 

「今何時(なんどき)で?」

「午後九時……という答えは望まれていないのでしょうな」

「うん。あれから何日経ったのかな。家にはまぁ、織姫の家にお泊り、とかで誤魔化してるんだろうけど」

「ご明察です。そして、あの日から既に一週間が過ぎようとしています」

「うん、お泊りにしては長すぎるよね」

「既に夏休み期間入っておりますゆえ」

「夏休み入っても帰ってこなかったら流石に誘拐を疑うよね」

 

 けどまぁ、記憶置換とかでなんとかしてるんだろう。

 ウチの親、ホワホワ系だしなぁ。

 

「……黒崎は、地下。茶渡と織姫は外かな?」

「ほお、感じ取れるのですかな?」

「いや全く。カマかけただけ。てゆかさ、私こんだけユーレーと戦ってるのになんでまだ見えないの? この前の戦いで音はちょっと聞こえたけどさ。あぁ一瞬だけユーレー自体も見えたけどさ」

「霊圧知覚ですか……習得したいものは、それ、と」

「あ、うん。そういうのって他人に教えられるの?」

「感覚の部分が大きいので何とも言えませんが……瞑想と、そして巨大な霊圧の傍にいる事を条件とすれば、可能やもしれません」

「成程? でも私、結構黒崎と一緒にいたと思うんだけど」

「黒崎さんが死神代行となっている時に傍にいた、というわけではないでしょう」

 

 それは、確かに。

 私が一緒にいたのはあくまで人間の時のイチゴだ。まぁ各件の最終盤は見えないイチゴに任せてはいたけれど、やっぱりそれじゃ長く一緒にいたとは言えない。

 とすると。

 

「私を地下に入れてほしい」

「黒崎さんの修行の傍ら、霊圧知覚を鍛える……と」

「うん。戦いや霊力の扱いについては割と問題無くてね。ただ、ユーレーの知覚方法にだけずっと悩んでたんだ。今までは風の動きや塵の揺れ、地面の振動なんかで居場所を特定してきたけど、それじゃあやっぱり反応は遅れる。私は美少女だからその程度で死んだりはしないけど、傷つくのが好きってわけじゃないからさ」

「……いいでしょう。ただし」

「黒崎の修行は邪魔しない。というか、私が来ていること自体悟らせない。でしょ?」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 一応、両親にメールを入れて。

 

 いざ修行部屋へ!

 

 

 

 

 

「黒崎さんは今死神へと変貌する訓練の最中ス。だから、あの大穴にさえ近付かなければとりあえずは大丈夫。約束、守れますか?」

「勿論。雨ちゃんが下にいて上がれない、とかならともかく、美少女じゃないイチゴのために穴の底へ行くなんて愚行は犯さないよ」

「アラ? 彼はアナタの大切なオトモダチだったと思ってたんですが……違いましたかねぇ」

「うん、そうだよ」

「そのオトモダチが死ぬかもしれないというのに……そんな態度でいいんスか?」

「大丈夫。黒崎は死なないよ。なんてったって、美少女である私の友達だからね。美少女の顔が曇るような事……つまり私の友達が死ぬ、なんていう私にとっての悲しい事は絶対に起きない。世界は美少女に優しいんだ。たとえそれが男の娘でもね」

「……なんというか、変な自信に満ち溢れてるんスねぇ」

 

 変なとはシツレーな。

 私はいつだって自信満々なんだ。今の所私より可愛い美少女は現れていないから。空座町の女の子はみーんな粒揃いだけど、私には敵わない。72時間と5日かけてキャラメイクしたどちゃシコ男の娘華蔵蓮世たんには敵わない。

 ゆえに、私の友達は誰も傷つかない。そう胸を張って言える。

 

「そんな美少女サンに問いますけど……どうです。黒崎サンの霊圧、感じ取れますか?」

「……浦原さんは意地悪だね。感じ取れたら今すぐにでも雨ちゃんの頭を撫でに行っているよ」

「しっかし変な話ッスよねぇ。あれだけ強い力を持っていて、霊圧知覚なんて織姫サンや茶渡サンにさえできる事が、アナタにはできない。それは酷く……アンバランスだ」

「アンバランスとか知らないよ。感じ取れないんだから仕方ないじゃん。……とはいえ、ズルをすれば感じられるんだろうことはわかってるんだけどね」

「ヘェ? ちなみにそれは、どんな方法で?」

 

 ──耳だけを龍化させる。

 瞬間、轟音が、爆音が響く。

 

 すぐに戻す。

 

「器用ッスねぇ」

「あの時。私がユーレーを見た時。私の顔は、完全なドラゴンになってた。だからユーレーが見えた」

「一応言っとくと、幽霊じゃなくて虚ッスよ、奴らの呼称は」

「耳もそう。右腕から顔の半分にかけてがドラゴンになってた時、私の耳には虚の声が聞こえた。……だから多分、近道はそれ。だけど」

 

 目を瞑って、瞑想を続ける。

 どこに誰がいるか、はわかる。靴と地面の擦れる音、衣服がはためく音、息遣い、鼓動の音。

 

 でも……霊圧とかいうのが、全くわからない。

 

「仕方ないッスね。じゃあもう少し、穴に近づいてみますか」

「いいの? っていうか、私は黒崎の邪魔する気はないよ。私のせいで黒崎が死神になれなくなる、とか。ヤだからね」

「その程度で集中が散ってしまうようならそれまででしょう。それに、安心してください♪」

「何を?」

「アナタは素質がないワケじゃあありませんよ。ただ少し、鋭敏過ぎるだけで」

「?」

 

 ……これは多分、ヒントだ。

 鋭敏すぎる。

 

 つまり……もっと大雑把でいい、ってこと?

 そういえば、イチゴって霊圧知覚が得意じゃないとか言っておきながら、遠くにいる茶渡の霊圧とかその他霊圧系の知覚めっちゃやってたような。

 

 得意じゃなくても、大雑把でも。

 感じ取れる……のなら。

 

「……浦原さん、ナイフとか持ってない?」

「生憎ながら」

「そっか。じゃあ」

 

 手を、指をドラゴンにする。

 その指先、爪先は──酷く鋭利に。

 

 そしてそれを、自分の耳に持っていって。

 

 ──スッパリと、切り落とした。

 

 流石の浦原喜助も目を見開く。まぁ驚愕過ぎる行為だよね。リスカどころじゃない。セルフ耳なし芳一とか、美少女のやることじゃない。

 

 けどこれで──周囲の音が聞こえなくなった。

 鼓膜潰すだけで良かったんじゃないか説はあるけど、ええいどうでもいい。

 現世の音が消え。

 

 静寂の中に。

 

 濁流が如き、轟音が。

 ……まさか、これ? でもコレは、なんなら常日頃聞こえていたもの。貝殻を耳に当てて「海の音が聞こえるー!」的な音だとばかり思っていた。

 

 違うのか。

 コレか。

 

 ……霊絡、というのは残念ながら見えないし感じ取れないけど……この距離で、わかる。

 イチゴの凄まじい霊圧という音が。

 

 耳をドラゴンにして、戻す。

 そうすると、人間の耳が元通りに。先日腕を治したのもこの方法だ。

 

「いきなり耳を切り落とすのは流石のアタシも驚きましたぁ……今度からやる時は言ってくださいね?」

「もうやらないから大丈夫。それより、霊圧の知覚できたから、雨ちゃん抱っこしてくるね」

「あぁ、はい。あ、傷をつけないよう細心の注意を払ってください。でないと」

「何を当然のことを。美少女は世界の宝。美少女を傷つける事は世界の損失。美少女は世界、世界は美少女。私が美少女を傷つける事などあり得ない」

「そ、そっスか」

 

 穴を覗き込んでいる雨ちゃんに近づく。

 うわー、近づけば近づくほど轟音。私はこんなの聞き逃してたのか。

 

 いや……聞こえてたけど、音だと認識してなかった、って感じか。

 ……強い(匂い)だ。芳醇な……。

 

「うーるるちゃん」

「ひぁ!?」

「ん、オイなんだぁ? ここは部外者立ち入り禁止だぞ!」

「あぁ私、先に修行終わったからさ。美少女で……じゃない、美少女と遊ぶ権利を手に入れたんだ。あそこの店長さんからね」

「終わったぁ? ……何の修行してたか知んねーけど、終わったんならコイツの行く末くらい見守っててやれよ。コイツ今、虚になるか死神になるかの瀬戸際で苦しんでんだぜ。声くらいかけてやったらどーだ」

「ん-? ん-。そうだねー」

「あ、ああ、あのっ、そのっ」

 

 雨ちゃんのツインテールを弄る。

 ──フ、私は確かに男だけど、美少女だ。男の娘だ。雨ちゃんに警戒されること無くその髪を弄っても抵抗されない。あ、勿論変な所は触らないぞ。美少女というのは弁えも兼ね備えての美少女だから。

 

「黒崎!」

 

 声かけちゃダメ、とか言われた気がするけど。

 私が介入した悉くが悪化の傾向をたどっている事に気付いてはいるけれど。

 

 それならそれまでだと、浦原喜助は言った。

 その通りだ。私程度の障害、乗り越えないで何が主人公か。

 

「か……ぐ、ら? 何だよ……来てた、のか」

「見えないけど、そこにいる事はわかる。……敢えて悪役っぽい台詞を言わせてもらおう。フハハハ! 貴様には穴の底がお似合いだ! 一生そこで燻っていろ!」

「はぁ? おい、励ましの言葉とか」

「世界中の美少女は私が頂いていく──うるるちゃんも、朽木さんも、織姫も竜貴も! 千鶴だけはやろう! ではさらばだ!!」

「ちょ、ちょっと、ひっぱらないでください……!」

 

 ──背後、轟音が響き渡る。

 物凄い音だ。音が叩きつけられるかのような、全身を突き抜けるかのような感覚。

 

 そして、その中から──何かが出てきた。

 

 あ。

 ははーん?

 

 私、これ。

 またやらかしたな?

 

「……待てよ、華蔵」

「出てきたんだろうね」

「ルキアを助けるのはオレだ。お前にゃやらねぇよ」

 

 煙が晴れる。

 そこには──死覇装を纏う、イチゴの姿が。……見えない。うん、何かヒトガタがいるのはわかるよ。霊圧で。でも視覚情報が無い。これ修行終わったって言っていいのかな。ダメな気がするな。早とちりした気がするな!

 え、やば、気になる。

 これやばいんじゃない? イチゴ……大丈夫? 虚化経験してる? 一応元から内なる虚がいるから大丈夫だとは思うんだけど、まさか発破かけられて段階飛ばして死神なっちゃうとは思わないじゃん。

 

 うわ見たい! 今のイチゴの姿見たい!!

 

「……予想よりも早いッスねぇ。流石は黒崎サン。んじゃあこのままレッスン3と行きましょうか」

「ああ、望むところだ。……といいてぇトコだけど、華蔵逃がしてからでいいか」

「それなんですが」

 

 浦原喜助は、指を一つ立てて。

 

「レッスンスリーは、本来アタシのこの帽子を落とすこと……だったんスけど。内容変更ス。時間は無制限。んで、華蔵さんにアタシの帽子を持っててもらうんで、それを奪えたら完了。奪えるまで続行。こういう内容でどうでしょう」

「待てよ。華蔵は俺が見えてないんだろ?」

「ええ、恐らくは。ですが問題ないでしょう。見えてなくとも、対処はできますよ。今まで通りにね」

「……なんつーか、華蔵相手じゃやる気出ねーけど」

 

 浦原喜助の帽子が投げ渡される。

 危ないので雨ちゃんを逃がして、と。

 

 懐に入り込んできた霊圧を躱して、足を払う。

 何かがズシャベシャー! と転んだ……気がする。

 

「ほ……ホントに見えてねぇんだよな!?」

「華蔵サン、ホントに見えてないんスよね?」

「霊圧は感じ取れるようになったけど、見えてないよ。ま、見えてなくても黒崎がどういう動きするのかは想像つくし。怖いのは……斬魄刀だっけ? それのリーチくらいかな。それも霊圧知覚でなんとかなりそうだけど」

「あぁ、それは安心してください。今の黒崎サンの斬魄刀は根本からポッキリ折れてますんで、無いに等しいス。なんで、存分に」

「そう。じゃあ」

 

 これもまた、正念場か。

 心を鬼にしろ華蔵。ぶっちゃけこんな展開になるなんて欠片も予想してなかったけど、なっちゃったものは仕方がない。

 この修行はイチゴに斬魄刀の名前を聞き出させる事と、斬月のおっさんに「退けばオイル、臆せばシヌゾ」の名言を言わせるためのパート。

 

 つまり──殺す気で行けって事。

 

「──ッ!?」

「今、掠ったね」

 

 ハイキック。避けられこそしたけど、当たってはいた。

 速度に上方修正をかけて──次は、膝蹴り。

 

「く──うっ!?」

「今のは、手のひらで受け止めようとして、けれど予想外の重さに驚いて仰け反った……って感じだね」

「ほ、ほんとのほんとに見えてねぇんだよな!?」

「ホントのホントに見えてないんスよね、華蔵サン」

「見えないよ。私にユーレーは見えない。けど」

 

 手に、槍を出現させる。

 雨ちゃんやジン太に動揺が走る。ま、斬魄刀に類する取り出し方じゃあないからね。

 

「ユーレーを殺す術くらいは、持っているつもり──偽・翠の射槍(ファルソ・ランサドール・ヴェルデ)

 

 部分龍化を施して──まっすぐに投擲する。

 

 頑張れイチゴ。私程度に殺されるなイチゴ。私は所詮美少女だ。ジャンプ主人公じゃない。美少女で男の娘な時点で世界から愛されまくっているけれど、ジャンプ主人公だって同じだろう。世界からの愛され度合で私に勝て。

 

 でなければ。

 

「やる気が出ない、とかどうせ言ってるんだろうけど。出さないと、死ぬよ」

 

 ここでお前を殺し──私が天に立つ。もとい、私が主人公になる。

 原作のあらゆる美少女を集めて美少女だけの国を作るんだ……王鍵も何もかも私が手に入れてやる!

 

PREACHTTY




鬼道考察

破道の六十三 雷吼炮
散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる

雷吼炮 →金剛杵が雷を操ることから

散在する獣の骨 →ダディーチャの骨/あるいは殺生を禁じていたがために、殺さず、ただ死んでいった獣たちの骨
尖塔 →仏教は仏塔、あるいは舎利塔のことか。水晶の舎利塔も存在する。
紅晶 →紅水晶。ローズクォーツ。鎮静のパワーストーン。他、維持の意味。もしくは紅玻璃。仏教の七宝が一つ玻璃からか。
鋼鉄の車輪 →仏教の法輪、法の車輪。
動けば風 止まれば空 →それは大気。空とは有無、否定と肯定の意味を併せ持ち、二元論の礎でもある。
槍打つ音色が虚城に満ちる →ダディーチャの隠れ家(虚城)でトヴァシュトリがダディーチャの骨から金剛杵を作り出した時の事

上記から、金剛杵が作り出され、雷を操るまでの様子を述べている……ように思う。


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第4話 突入! 死神の世界……じゃなくない?

「行くよ、黒崎!」

「う!?」

 

 踏み込んで斬り上げる。槍とは突くものであると思われがちだけど、斬撃にも長けているからこそのあの全世界シェア率だ。形状は多々あれど、突いてよし斬ってよし、もしもの時は投げて良しと剣より汎用性がある。防御の際も両手で相手の攻撃を支える事の出来る形状だから、力を籠めやすいし。

 剣に劣る点はその威力だろうか。全体重をかけて振るう刀剣に対し、どちらかというと力を籠めるのは足……地面へ向けてである槍では少々差がでる。

 とはいえ今のイチゴは無手に近い状態。未だその名を呼ぶこと無く、未だ私に対して躊躇している様子だから、押し切れる。あ、因みに今のは浦原喜助の反応を見ての感想ね。実際に見えてるわけじゃない。

 

「か、蔵……なんでっ、お前、こんな戦い慣れてっ」

「そらそら、いいのかい黒崎。私みたいな美少女に良いように弄ばれて。ああでも安心して欲しい。美少女の足を舐めて良いのは美少女だけだ。野郎になんか汗の一滴もくれてやるもんか」

「何の話だよ!?」

 

 双頭槍の良い所は攻撃の手を休めなくていい事。弱点は取り回しに若干の難があることと、槍の動きに体を合わせないといけない事だろう。姿勢制御がかなり大事になる。だから結構スタミナを消費する。ま、そのために日々のトレーニングは欠かしてないんだけど。あ、違う。美容用ね美容用。

 ふ、それでも私の腹筋は六つに割れているゼ!

 

 しかし、器用なものだと思う。

 致命傷になりかねないのは意図的にやらないようにしているとはいえ、私の穂先の全てを躱し、時折はその柄で防御し。うんうん、やっぱり目がいいね。

 

「あのー、華蔵サーン。そんな悠長にやってたら日が暮れちゃいますよー?」

「アレ、時間は無制限じゃ?」

「無制限は無制限スけど──殺気が足りない」

「そりゃまぁ、殺す気はないからね。殺す術を持っているからと言って友達を殺す奴ような奴じゃないよ、私は」

「そっスか。じゃあ」

 

 仕込み杖から、剣が抜かれる音がする。

 痺れ切らしたか。じゃあ。

 

「華蔵サンが黒崎サンを殺さないなら──アタシが華蔵サンを殺します」

「──安心しなよ、黒崎。美少女は死なないから」

「啼け、紅姫」

 

 付き合おう。

 

 振り返り、イチゴの前で──肢体を晒す。

 それはまるで、イチゴを守るかのように。

 

「──!!」

 

 見えずともわかるようになった霊圧。

 確実に私の命を刈り取るモノ。例え部分龍化を施した所で生き永らえるかどうかはわからない──それほどに強力な斬撃。見えないはずなのに、赤く見えるモノ。

 

 ああ、けれどそれは。

 

 私の前で剣を突く彼によって──止められた。

 柄も鍔もない、長大な包丁が如き斬魄刀。

 

 ……だと、思う。

 おーいなんでこんな名シーン見せてくれないんだよー!

 イチゴが叫んだ言葉も聞こえなかったし。斬月! に決まってるけどさ。

 

「……何、黒崎。私があんなのに殺されるとでも思った?」

「うるせぇよ」

 

 聞こえない。

 けど、そう言っているのだろうことはわかる。

 

 そうして彼は……私の頭に、手を置いた。

 ようやく、見えるようになるその姿。ああ、やはり、原作通りの。

 

「うるせぇんだよ、てめーはいっつもいっつも。やることなすこと矛盾してんだ。ちっとは有言実行しろ」

「……は? わ──私が何を矛盾したと! それに、言った言葉はちゃんとやってる! 浅野と一緒にするな!」

「そこで啓吾出してくんのはなんかアレだな……。じゃ、なくて」

 

 イチゴの顔は。

 まるで、幼子をあやす近所の兄ちゃん、みたいな。

 

「いいか、黒崎。私は美少女なんだ。美少女は間違わない。認識を、」

「美少女の自覚あんなら、自分の身の安売りはやめろ。井上の時も、チャドの時も。そんで今も。二人とも気にしてたぞ。まるで自分は盾だって、盾として使ってくれと言わんばかりに前に立って、見えない敵に突っ込んでいった、って。それでホントに怪我して帰ってくるんだ、守られた側は堪ったもんじゃねぇ」

 

 おまいうが過ぎる。

 イチゴだってそうじゃないか。原作において、そればっかりじゃないか、イチゴは。

 私は良いんだ。自力で治す術を持っているから。

 

「華蔵」

「ぅ……」

「お前は可愛さとカッコよさを両立してーみたいだが……そりゃ無理だぜ。なんたって」

 

 イチゴが私の頭から手を離す。

 見えなくなっていくその身体に──惜しさを覚えて。

 

 耳と瞳を、縦に割る。

 

「カッコよさは、オレが貰っていくからな!」

「ちょ、警告とか無しスか!? ッ、血霞の盾!」

 

 白光が飛ぶ。

 修行部屋を激震させる威力のソレは、真っすぐに浦原喜助へ向かい──。

 

「ストーップ! 今アタシ帽子無いんスよ、わかってますか黒崎サン!?」

「ああ、わかってる。だけど、アンタコイツを殺すんだろ? なら、オレも覚悟を決めなきゃなんねぇ」

「いやいや、さっきのはアナタ達を本気にさせるための言葉の綾であって──あ、聞いてもらえない感じスね、これ」

「そこで麻酔針の登場である」

 

 プスッと刺す。

 さっき握菱鉄裁が「絶望の縦穴」から昇って来た時、「もしもの時はこれを」と渡されたものだ。曰く某名探偵の奴より威力が高いらしい。なお、ドラゴンになった時の私を眠らせたのもコレだとか。

 

「ナイスです華蔵サン!」

「まぁ身内に対してが一番警戒薄かっただろうし。……これでレッスンは終わりだよね」

「……はい。どうやら丁度、あちらのお二人も終わったようですし……これで」

「うん」

 

 ジン太と雨ちゃんが眠りについたイチゴだろう霊圧を運んでいくのを後目に、急にシリアスになった浦原喜助、握菱鉄裁と対峙する。

 

「最後は──アナタだけっス」

「……うん」

 

 

 

 

 まぁ、簡単な話だ。

 霊圧知覚ができるようになったとしても、見えなきゃやっぱり意味が無い。

 尸魂界は全てが霊子で出来ているんだ。それが見えないとなると、盲目よりも悪い状態……つまり全てが荒野に見える、みたいな事態になりかねない。建物の霊圧を一個一個覚えるなんて狂気の沙汰だし、そうでなくとも尸魂界には無数の魂魄がいるんだ、それをかぎ分ける、なんてのは何百年とそれを行ってきた東仙隊長くらいにしかできないだろう。

 

 だから、最後。

 私が霊的存在を見る事が出来るようになるまでの、修行。

 

「龍化、でしたっけ。アレは無しッス。あれ無しで、アタシたちの波状攻撃を避け切ってみてください」

「武器はアリ?」

「ああ、あの槍は構わないスよ」

 

 うん。

 じゃあ。

 

「お願いします」

「まずは軽く行きますぞ! 破道の四 白雷!」

 

 なーにが軽くか。ソレ人体軽々と貫けるヤツじゃん──とか思いながら、足を開いて姿勢を低くし、双頭槍を回しながら背後へ斬撃。その最中、浦原喜助の口が破道の十一、綴雷電を紡いだことを確認。斬り上げた方ではない方の穂先を地面について、全身を持ち上げる形で跳躍。

 尚も地面を、そして槍を伝ってくる雷撃に、しかたなくコレを蹴り飛ばす。

 

「破道の五十八、闐嵐!」

「いきなり飛ばすじゃん! っ、防ぐけど!」

 

 蹴り飛ばした槍を消し、再度出現させることで竜巻を防ぐ。四、十一からのいきなり五十八はびっくりするでしょ。

 

「……おかしいッスね」

「何が?」

「ホントに見えてないんスか?」

「うん」

「……なら、どうして」

 

 浦原喜助の目が暗く光る。

 

「どうして……鬼道の効果を知ってるんスか? まるで範囲も威力も速度もわかっているかのように避けるし防ぐ……見えていないとは到底思えない」

 

 ……ふむ。

 やばいな、言い訳が思いつかないぞ。

 昔、野良の死神に会った事がある……は、なんで見えてんねんって話だし。

 昔、鬼道衆に会った事がある……は、ンなわけないし、なんで見えてんねんって話だし。

 昔、死神代行だった人に会った事があってー……は、地雷過ぎるし。

 

 えーと。

 

「浦原さん、知っているかな。美少女の衣服は──傷つかないし、汚れない」

「またそれスか」

「故に汚れそうなものには敏感だし、傷つきそうなものの気配は肌でわかる。浦原さんが美少女になればこの感覚も──」

「縛り紅姫」

 

 出ているのだろう網を避ける。そういえば斬魄刀抜いたままだった。あぶなー。

 

「火遊紅姫──数珠繋!」

「ッ、ブレス!」

 

 至近距離での連鎖的大爆発。それに、炎のブレスで対抗する。

 

「──アタシの斬魄刀の能力までも、美少女だから、とかいう誤魔化しで通ると思ってますか」

「えーと」

「一応、もし、わかってないと困るんで言っておきます。──今、アタシらはアナタを疑ってるんスよ。妙に戦い慣れていて、自身の能力も十全に使いこなしていて、それでいて霊圧に対してとんと無知なアナタを。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいだと、アタシは思ってます」

 

 ああ。

 あー、そうか。そうだよね。

 そういうことか。

 

 藍染隊長の手先だと思ってるんだ!

 いや、うん。うんうん。怪しいよね。わかる。

 

「うーん、じゃあ白状するけど」

「はい」

「こう、イメージが見えるんだよね。ああこれは、実際に視覚情報として見えてるんじゃなくて」

 

 アニメや漫画で知ってるから、その鬼道がどのような範囲・効果・速度で襲い来るのかわかる。強度や威力も、何もかも。

 そのイメージが脳裏にこびり付いている。

 

「……言霊を読み取る力」

「成程、それならば納得が行きますな。斬魄刀の始解や技も言霊といえば言霊です。そうあるように、それを放つように斬魄刀へ伝えるための霊的な言葉。鬼道の詠唱は言わずもがな、あるいは一部の虚の能力でさえもそうでしょう」

「だから、たとえば無言で鬼道使われたりすると全く反応できないんだよね」

 

 言葉の最中に放たれた這縄に、何の抵抗も無く捕まる。

 ……実は音で気付いていたけど、これで説得力は出たでしょ。

 

「……とりあえずは納得しました。それで……結局見えないんスよね」

「うん」

「でも、自分の体は見えている」

「あ……確かに」

「その龍を思わせる能力。明らかに霊子体になる力だ。正直肉体から直接霊子になっていく様はアタシとしては見ててヒヤヒヤするんスけど、それは置いておいて……少なくとも自身の体が霊子になったとしても、アナタは見えなくなったりしない。目や耳を龍にしていなくとも、ス」

「ということは、華蔵さんは霊子が見えないのではなく、認識できていないだけ、かもしれませんな。あるいは霊圧を音として感じているように、何か別のものに見えている、とか」

 

 這縄を解いてもらって……自分の腕を見る。

 一度ドラゴンにして。……うん、見える。戻しても、やっぱり見える。

 

 何が違う?

 這縄と、腕。

 見比べる。霊圧の縄は、どこか……透明度の高いゼリーみたいな感じ。大して腕は、しっかりとした作りの漆黒。

 

 違いは。

 

「薄い……んスねぇ」

「うん。多分」

「成程……」

 

 三人が三人わかった。

 これは。

 

「華蔵サン、アナタは己が能力である龍化に慣れ過ぎてしまっている。その身体は霊子密度が果てしなく高い。だから、それが基準になっている。……しかし、フツーの人間の魂魄はもっと密度が低い。鬼道もそうだ。ゆえにアナタの目に映る魂魄や霊的存在は、それこそ大気のように小さな粒にしか見えない」

「ということはさ」

「ハイ。ご想像通り、アナタは視力が悪いんス。暗い部屋でずーっとゲーム機の画面見続けて生きてきた、みたいなもんスからね。近くのもの、遠くのもの関係なく、強い光でも発していないと見えなくなってしまっている。なら」

「眼鏡をかければいい」

「そうス。そして……なな、なんと! ここに霊視用メガネが!!」

 

 ホントに持ってた。

 かけさせてもらう。

 

「おお……。……? 特に、何も変わらないような」

「そりゃそうスよ。だって今霊的存在ここにいないし。けど──縛道の二十一、赤煙遁!」

 

 ぼふん! と、赤い煙が出る。

 おおおお!

 眼鏡を外す。何もない! うおおおお!!

 

「今赤煙遁の致命的な欠陥が見つかった気がしますが、これで解決ですな」

「いやぁ良かった良かったァ……所でですねェ」

「でもお高いんでしょう?」

 

 何か言われる前に、問い返す。

 これは欲しい。必須アイテムだ。これでようやく盾舜六花とか斬月が見れる!

 

 けど、良いものには対価がいる。

 

「いえいえ、お金は取らないッスよ。ただ……」

「まさか……美少女のカラダを……? い、言っておくけど私一応男だからね!」

「はい、そのまさかッス」

 

 大きく後退する。

 

 って、アレ、眼鏡は。

 

「逃げちゃダメッスよ。逃げるならこれはあげない」

「ひ、卑怯な!」

「公正な取引でしょう。……といっても、今のアナタに何をする、ということはありません。アタシが興味あるのは、アナタが龍と呼ばれるものになった時だ」

「どちらにせよ身の危険」

「その時の細胞をちょーっと貰いたいんスよ。それで、それだけでこの眼鏡はアナタに上げます。どうです、良い取引でしょう」

 

 言えない。

 ドラゴンになる能力は転生者チートなので多分調べても何もわからない、なんて言えない。

 浦原喜助の好奇心を満たすものではないですよ、なんて言えない!

 

 言えないし、言わない方が……私に得かなって。

 

「わ……かった。それで手を打つ。だから、眼鏡をください」

「毎度ありッス~♪」

 

 こうして。

 散々の修行とか関係なく、便利アイテムによって私は霊的存在の視覚情報を手に入れたのだった。

 

 

PREACHTTY

 

 

 八月一日、夜。

 

「帰んないんスか」

「メールはしたし。別れの挨拶は、済ませてあるし。あ、遺書も書いてあるよ」

「……死ぬ気スか? そんな人がいると、全体の士気まで下がりそうだ……」

「美少女が死ぬとか本気で思ってるの? さらに男の娘だよ? 尸魂界だって、喉から手が出る程欲しがるって」

「……その言い方だと、尸魂界から戻ってこない、みたいなカンジになっちゃいますけど……」

「確かに。あぁ、美少女はつらいね。二つの世界からモテモテの板挟みだ」

「アタシも……話してると疲れる、って言われる方スけど。華蔵サンも調子いい時はなーに言ってるか全然わかんないッスねー……っと」

 

 浦原喜助と他愛のない雑談をしていると……歩いてくる影があった。

 長身。巨体。

 

「や、茶渡。久しぶり」

「ム……ああ。久しぶりだな、華蔵。腕はもういいのか?」

「前見せたでしょ。あの時点で治ってたよ」

「そうか」

 

 そして更に。

 

「ん、華蔵と……チャド? なんでここに」

 

 イチゴ。すんごいラフな格好で来たな。

 

「朽木ルキアにも、華蔵にも借りがある。……俺も行く」

「ちょ、え……何?」

「なんだ、聞いてなかったのか黒崎。……と、初めましてだね、えっと……」

「華蔵。初めまして、この前空座町を未曽有の危機に陥れようとした滅却師さん」

「うっ……!?」

「ダメだよ華蔵ちゃん。石田くん、反省してるって言ってたし……。ね、石田くん?」

「あ、ああ。……そうか、あの時の襲撃で、直接の被害を被ったのか。それは……すまなかった」

「おかげで私はこの変態店主の実験体にされてるんだよー織姫ー」

「何……?」

「ちょ、華蔵サンややこしくなること言わないで! 正当な取引でしょ、その眼鏡! 結構材料費高いんスからね!?」

「眼鏡? って……ホントだ、華蔵。お前眼鏡かけるようになったのか」

「コレかけてればユーレーが見えるんだよ。あと不思議な壺と、幸運の絵画も買った」

「華蔵さん、それは騙されているよ……」

「だーからややこしくなること言わないで! 売りつけてません、売りつけてませんから! だから黒崎サンも石田サンも茶渡サンもそんな目向けてこないで!」

 

 一気に騒がしくなった夜に、少しだけ笑う。

 ……大丈夫。

 

「それで?」

「うん?」

「茶渡と石田と井上が尸魂界に行く理由はわかったよ。でも……華蔵。お前は何のために行くんだ?」

「え?」

「別にお前、ルキアと特に関係性無いだろ。その……あんまし学校でも喋ってなかったし、虚とやり合ってる時はお前から逃げてたし。お前は何のために行くのか、って聞いてんだよ」

 

 ……。

 ふむ。そういえば、考えたこと無かったな。

 当然の流れで行くものだとばかり。

 

 確かに私、ルッキーアに関りはない。避けられていたような気もするし、避けていたし。

 

 けど、至極単純だ。

 

「だってこれから美少女が処刑されるんでしょ? ──行かない理由、ある?」

「ああ……お前はそういう奴だったよ。久しぶりに痛感した」

 

 それ以外にも、美少女が沢山傷つくし、沢山泣く。

 私は全美少女の味方である。美女も含む。

 

「ハイハーイ歓談はそこまで。尸魂界への門は中で開きますんで、ささ、どぞどぞ」

 

 ぞろぞろと浦原商店に入って行く皆。

 私も、何を言うことなく入って行く。織姫とイチゴの決意の話は、二人の大切な話だから。流石の美少女といえど空気を読む。

 

 そうして入った浦原商店の、その地下。修行部屋。

 織姫が120点のリアクションをした後──ようやくの本題に入る。

 

 浦原喜助が指パッチンして形成するのは、穿界門……にしておこう。今は。

 

「いいですか。アタシたちがこの門を開いてられるのは最大四分。引き伸ばして引き伸ばして四分ス。だから、君達はそれまでに向こう側に辿り着かなければならない。辿り着けなければ現世と尸魂界の狭間で永遠に彷徨うことになる」

「ところがどっこい私がいるんだなーこれが」

「……華蔵サン?」

 

 全身を。

 黒い黒い、ドラゴンに変化させていく。

 この門を通り抜けられるくらいにはスリムに、背は広く、そして速く飛べる姿へ。

 

「わぁ……」

「な……なんだ?」

「これは……」

「ナルホドナルホド……それならば確かにイケそうですね」

 

 そこにはもう、世界一可愛い天使ともいえる美少女華蔵蓮世たんは、いなかった。

 漆黒のドラゴンが、ただ、静謐に首を降ろしているだけ。

 

「何やってるの? 早く乗ってよ」

「あ、声は華蔵ちゃんのままなんだ」

「シュールだな……」

「そこの黒猫も。夜一ちゃんだよね。あんまり爪は立てないで欲しいけど、乗って乗って」

「……一つ、問題がある」

 

 しゃがれた声で、黒猫が喋る。

 もう「キェァアアアアネコガシャベッタァァアアア」の件は済んでいる。

 

「問題?」

「その姿で飛べば確かに早いだろうが──尸魂界に出た時、どうする気じゃ?」

「……」

「死神共は口々に言うじゃろう……虚だ、虚が来た、とな」

「……」

 

 確かに。

 単純にドラゴン型の虚が攻めてきたって思うよね。

 

「しょーがない、走るかぁ」

「それがいいじゃろう」

「あ、元の華蔵ちゃんに戻ったー」

 

 ちょっとは体力消耗を抑えられるかと思ったのに。

 ままならないな。

 でもぶっちゃけ旅禍になるんだから虚の一匹引き連れてても良くね? とか。

 

 ダメか。

 

「話し合いは終わりましたか? んじゃ、開けますよ。──開けると同時に突っ込んでください。いいですね?」

 

 そういえば。

 なーんも聞かなかったけど、私に霊子変換器って効果あるんだろうか。能力で霊的存在になれる体は、果たして器子でできていると言えるのだろうか。

 

 探検隊は何もわからないままアマゾンの奥地へと向かう──。

 

 

 

 

「あれ」

 

 光の中に飛び込んで。

 気付けば……なんか、谷みたいな場所に。

 周りには誰もいなくて。

 

 もしかしてここって。

 

「叫谷……?」

 

 オイオイオイオイオイ。

 もしかして、劇場版デスカー!?

 

 




(劇場版には行か)ないです。


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第5話 必滅必倒! 解放された双頭槍

 劇場版は回避された。

 というのも、ダーク・ワンっぽいのが一人もいなかったから。

 ただただ単純に私だけ弾かれて、断界内の小さなポケットに入り込んだ、ということらしい。……うーん、困った。

 

 これ永久封印とかですか?

 

「……とはまぁ、ならない。何故なら私は美少女だから。知っている。美少女がこの空間を繋いで揃えて最終的に霊王宮へ移動したあのシーンを……」

 

 ああやって作り替える、のとかは無理だけど。

 ──力でぶち抜けばなんとかなるって、藍染隊長に習った。

 

 

 

 完全なドラゴンに変身する。

 そして口元に集束させていくのはドラゴン・ブレス。

 鮮やかな赤と緑の混じったその球は、確かに虚の使う虚閃に似ている。

 

 ……なら、どうせ誰も見てないし、ふざけてしまおうか。

 

偽・王虚の虚閃(ファルソ・グラン・レイ・セロ)!」

 

 断界の壁。叫谷の隔たり。

 ぶち抜くは転生チートの極大火力。

 

 ──見えた、光!

 飛び込めーっ!!

 

 

PREACHTTY

 

 

 ドラゴン状態だと虚に見える、との話を受けて、光に飛び込んだ瞬間に元の姿に戻る。その際動けなくなるだとか身体が痺れるだとかはなかった。ちゃんと霊子変換はされてるってことかな?

 それはそれとして、なーんでお空なんじゃろね。

 

「飛べない美少女は! ただの美少女だけど!! それでも、良い!!」

 

 落ちる。

 落ちて──着地する。ヒーロー着地は膝を悪くするのでやめようね!

 

「……さて、ここは……」

「何者だ……と問うて、答えてくれる存在かな、貴方は」

「あぁ、東仙さん……じゃない、東仙隊長」

「なに?」

 

 その声が聞こえた瞬間に、目を瞑った。

 折角の眼鏡が勿体ないけど、仕方ない。

 

「……すまない。私の名を知っているようだが、私は君の霊圧に覚えがない。名を名乗ってはくれるだろうか」

「華蔵。知らないのも無理はないよ。私が一方的に知ってるだけだし。昔西流魂街で東仙隊長を見たことがあるんだよね。その時……えーと、確かあの、でっかい隊長さんと一緒にいて」

「狛村か。……だが、すまない。やはり覚えがない。──それほどまでに強大な霊圧を宿す存在を、私が忘れる事は有り得ない」

 

 殺気。

 ……誤魔化せないか。盲目相手だと、美少女効果も薄そうだし。確か表情とかはわかるんだっけ?

 

「君は、旅禍か」

「どっちかというと、災禍かな」

「ならば──ここで摘み取る!」

 

 その、剣を。

 槍で受け止める。

 

「斬魄刀……いや、違うな」

「流石隊長格……重さが全然違う。けど」

 

 圧し──返す。

 別に、この人相手には何も隠さなくてもいい。どーせ藍染隊長は全てを知っていそうだから。

 

 だから、ハナから全力でやる。

 更木剣八の敵を一人奪ってしまう事になるけど、黙ってたら大丈夫でしょ。

 

 ワンチャン、ここで倒せたら。

 あんな風に──。

 

「鳴け、清虫」

「いきなり始解は聞いてないな!」

「聞かせるつもりも、談笑をするつもりもない」

「なら仕方がない。ブレス」

 

 超音波を発し始めた清虫。これは堪らんと口から炎を吐き出す。

 あまりに突然のことだ、驚いたのだろう。東仙隊長は私から大きく距離を取った。

 

 そして、己の顔を触り。

 

「……今のは……虚閃か?」

「まさか。死神の巣窟に虚持ってくる馬鹿がどこにいるのさ。それとも何か、心当たりでも?」

「……いや。そうだな、どうやら私は無意識に君を下に見ていたらしい。──旅禍ではなく災禍だと、そういった。ならば私は護廷十三隊の隊長が一人として、瀞霊廷を襲う災禍に対処をするとしよう!」

 

 ああ、また。

 発破をかけすぎて状況を悪化させるのは、ホントのホントに悪い癖だね。

 

「卍解──」

弧月槍(ランサ・アルコー・ルーナ)!」

「清虫終式・閻魔蟋蟀」

 

 途端、全ての感覚が途絶えた。

 いや、触覚以外の、だ。耳も鼻も舌も。何も感じない。目は最初から瞑っているけど。

 

「まぁ、それもアリか」

「何?」

「うーん、一応コレは、礼を言うべきなのかな。──これだけ広いドームなら。どんな姿になっても、外から見えないし」

 

 美少女は傷つかない。

 代わりに傷つくのはドラゴンだ。そしてドラゴンは、際限のない破壊を齎す。

 

「私がいいっていうまで、解除しないでね。でないとバレちゃうからさ」

「──やはり、君は」

跳ね回る虚閃(サルタ・ソブレ・セロ)

 

 真黒の世界に、光が満ちる──。

 

 

PREACHTTY

 

 

 護廷十三隊五番隊隊長藍染惣右介の暗殺。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()は、瀞霊廷中に瞬く間に知れ渡った。それと同タイミングで来た旅禍。結びつけないはずがない。

 隊長格二名が同時にいなくなるという事態に動揺を隠せない隊員も多い。

 そして、旅禍への怨恨も──。

 

「って……コトみたいよ?」

「前者は知らないけど後者は私がやったよ。惨殺ってほど無残にはやってないけど、ちゃんと倒した」

「そっかぁ……。ちなみにお仲間の子は?」

「何に因んでるか知らないけど、特に関係ないかな。あぁ庇ってるとかじゃなくて──あれ、私の獲物だから」

「なんだか可愛い顔して怖いねぇ……」

 

 東仙隊長をドラゴン・ブレスで焼き尽くした後のことだ。

 私としては戦闘不能になるくらいで留めたつもりだったんだけど、夜が明けたらものっそい騒ぎになってた。いやそれはもう見るも無残な、語る事さえ憚られる惨殺死体として発見されたのだとか。

 あ、これハメられたな、とか思いながら、でもそうなると二つの可能性に気を取られる。

 一つは、私が既に鏡花水月にかかってしまっている、という可能性。だから戦闘中も東仙隊長が東仙隊長に見えていた、と。

 もう一つは、戦っていたのは正真正銘東仙隊長だけど、見つかった死体は東仙隊長ではない可能性。

 

 前者だったら不味い。

 後者だったら、ちょっと不味い。どっちにしろあそこで戦わずに逃げた方が良かったのは間違いない。

 

「けどびっくりしたよぉ。戦いとかやめてお茶しない? でノってきてくれるとは思ってなかったもん。ねぇ七緒ちゃん」

「……」

「だって七緒ちゃんっていう美少女とお茶できるんだもん。そりゃノるでしょ」

「あれぇ? もしかしてボク、眼中にない?」

 

 とまぁそんな感じで物凄い殺人犯に仕立て上げられたっぽいので、んじゃまぁもう隊長格全員倒すのもいいんじゃね、とか思いながら来たのがここ、八番隊隊舎。

 いやフツーに隊長格全員倒すのは無理だし。ここが一番楽だし。私死神の中で七緒ちゃんが一番かわいいって思ってるし。

 

「ね、七緒ちゃん。この飲んだくれ捨て置いてさ、私のトコ来ない?」

「……」

「ちょ、ちょっとぉ、流石に目の前で引き抜き行為はマナーが悪いよマナーが」

「じゃあ今から七緒ちゃん暗がりに連れて行くんで、それでいい?」

「それもダーメ。……華蔵ちゃん、だっけ? 君さ、君こそ……ウチに来るってのはどう?」

「京楽隊長……!?」

「それは、死神になれって?」

「そそ。君の事はどーにか匿ってあげるからさ。そうすれば毎日七緒ちゃんにも会えるし、ここで痛い思いして戦ったりしなくていいし。旅禍のお友達も、ボクが山じいになんとかかけあってあげるからさ」

 

 正直。

 正直な話をすれば──魅力的ではあったりする。

 別に、現世に拘る必要はあんまりない。私が霊子変換で器子と霊子を行き来できるとわかった以上、帰りたいときには帰れるのだ。ならば──魂魄として。

 この世界で悠々自適に過ごすのも、悪くはない。

 

 ……当面に面倒ごとが無ければ、だけど。

 

「そんな発言力ないんじゃない?」

「ガクッ……そういう事言う~?」

「そもそも京楽さんが出てきた事が、山本元柳斎重國の命あってこそでしょ。それを覆す、なんて。しかも私達を……ううん、東仙要殺害の犯人である私の罪を隠し通す、なんて。無理でしょ」

「……それじゃ、どうする? 今更戦う? ちなみにボクは嫌だよ。君みたいな可愛い子となんて戦えない」

「それは当然。美少女を傷つけるおっさんなんて言語道断。美少女は世界の宝なんだから、守らなきゃ」

「うんうんそうだねぇそうだねぇ。……でも、それならなんで──槍なんか出しちゃってるのかな」

「飲んだくれのおっさんから、美少女を奪う。──何か問題でも?」

 

 双頭槍と剣が克ち合う。

 初めから、抜くべき相手だと認めてくれたらしい。ありがたいことだ。

 

「……君みたいな小さい子の膂力とは思えないねぇ。ボクの手が痺れちゃいそうだ」

「お相子だよ。だって、私の腕の骨折れちゃったし」

「そうかい? そりゃ悪い事したねぇ。今すぐ回道を──ッ!?」

 

 踏み込んで斬り上げ。そのまま柄を膝で弾いて斬り下ろし。

 左から横に切り裂きながら、前屈みになって槍を自身の背で滑らせて、回転するように位置を移動。そこから連続突き。──も、双頭槍自体が上に弾かれる。

 いい。別に。だから、右の拳を引く。

 

「凄いね、速い速い。歩法もだけど、攻撃速度と攻撃精度がピカイチだ。威力も申し分ない。これ、さっきは冗談めかして言ったけど、このまま隊に入っても十分戦えるんじゃないかなぁ」

龍皮の一拳(プノ・デ・ピエル・ディ・ダラゴン)!」

「!!」

 

 龍化させた腕は霊力と炎を纏い、ゆえに破壊力と貫通力を持って京楽春水に襲い掛かる。

 

 二本目──抜いたね。まだ解放されてない状態で掻き消されたけど。

 

「おおっと、びっくりしたぁ」

「びっくりした程度で済まされると困るんだけどね」

「いやぁ、これは結構な評価だよ? 槍捌きは相当なものだし、炎の威力も人間にしちゃ申し分ない。けど……」

「なら、これでどうかな」

 

 さて──この双頭槍。

 私はBLEACH世界に行くと知らずにつけた能力だけど、あのカミサマは知っていたはずだ。

 ならば、これが何なのか。これがどういうものなのか。

 

 そんなの、自ずと答えも出る。

 さんざん言われてきたことだしね。

 

 

「……(わか)て、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

「!」

 

 

 霊圧が跳ね上がる。霊力が吹き出す。

 

 私の体を、締め付けるように。巻き付くように。

 双頭槍が伸びて……つながった、二本の槍になる。それを両手に持つ。臍や背中が出た露出度高めのファッションは、私が男の娘であるということを一切感じさせない。むしろ美少女らしさを強調する──どこかエロティックな感じ。

 

 ……どうみても斬魄刀の始解ではないな、と思ったそこのアナタ。多分正解です。

 そういうことなんだろうな、って。

 

 私も馬鹿じゃないからね。

 

「これはホントに驚いたな……君、人間だろう? 旅禍の……さっきまでなんだかコワーイ斬り合いをしてた子と違って、正真正銘の人間だ。ただ、何か能力を発現しただけの人間。それが」

「始解なんてことができるはずない……だよね」

 

 だからこれは、始解ではなく。

 今は誰も知らない解放。

 

「改めて──宣言する。私は瀞霊廷中の美少女を貰う。その中には勿論七緒ちゃんも、朽木ルキアも入ってる。──なんか文句ある?」

「いやぁ……参ったねどーも。ちょっと……ちゃんとやんなきゃいけないみたいだ」

 

 その、刀が。

 十字に交わる。

 

「七緒ちゃん、離れててね。──花天狂骨」

 

 次の瞬間、それはどこか青龍刀を思わせる刀になっていた。

 ……解号、言わないんだ。まぁ卍解習得してるから要らないのはわかるんだけど。ちょっと楽しみにしてたのに。

 

「旅禍……華蔵ちゃん。藍染隊長と東仙隊長の殺害容疑で……大人しくお縄についてくれると助かるなぁ」

「七緒ちゃんへの数々のセクハラ、その他女性死神へのセクハラ、痴漢行為多数──大人しくお縄についてくれる?」

「ちょっと、ソレ今言うの無しじゃない?」

「残念だけど──私は、全ての美少女の味方だから」

 

 激突、する。

 

 

 

 

「そろそろ、夜だねぇ……ねね、終わりにしない? ボクもう疲れちゃったよ」

「京楽さんの言う終わり、って。私がお縄につく、ってコト?」

「ま、そうなるよね」

「なら無理かなぁ」

 

 激突した。それはもう激突した。語るに惜しいくらい激突した。ここでは余白が足りないくらいの激突だった。

 それが、夜まで続いた。

 

 ……ホントは、ルッキーアのトコで行われる朽木家のアレコレとか、今丁度行われているだろうシロちゃんギンちゃんイヅちゃん雛森ちゃんのトコとかに行きたい欲はある。イヅちゃん言いづらいな。

 けど──京楽春水が逃がしてくれそうにない。

 背を向ければ。

 簡単に、ズサっと。

 

 流石未来の総隊長だ。単純に強いし、速いし、何より狡猾。

 ホローみたいに私を馬鹿にしていないのも大きい。最初から認めてくれていて、だからこそ──崩せない。

 

「もういいじゃない。何をそんなに頑張るのさ。こうやってちょっと会話しただけでわかるよ。君はむやみやたらに人を殺すような子じゃない。何か理由があったんだろ? 別にボクらに捕まっても、スグに処刑される、ってわけじゃないよ。ちゃんと取り調べして、ちゃんと色々調べて。その上で刑が決まる。本当にやむを得ない理由があったなら、あるいは──()()()()()()()()()()()()、ボクらが口利きできるかもしれない」

「殺人を正当化する理由が?」

「……そうだね。ホントはそんなものあっちゃいけないけど……前提が違えば、全てがひっくり返る」

「それは、たとえば」

 

 大きく距離を取る。

 

「私が──そもそも彼を殺していない、とか?」

「ああそうさ。弁明しないだけで、そういう事にしておいた方が動きやすいとか、そんな理由だけで……君は負ってもいない罪を被っている。そんな可能性もゼロじゃあない」

「じゃあ、見逃してくれる?」

「ここを通らないのなら」

「うん。そうする。どの道朽木ルキアを今救う気はないからね。救っても意味が無いというべきか……」

「そりゃまた、いきなり手のひらを反すね。今の今までそのために戦ってたんじゃないのかい?」

「ううん。私はすべての美少女の味方であって、特定個人の味方じゃないよ」

「そうかい。んじゃさ、こっちから提案、一ついいかな」

「なに?」

 

 京楽春水が、花天狂骨を消す。

 合わせて私もアンフィスバエナを双頭槍に戻す。

 

「ボクと一緒に来ない? ──ルキアちゃんの、処刑の場に」

 

 それは。

 あまりに、願っても無い申し出だった。

 

 

PREACHTTY

 

 

 朝。

 色々な話を詰めた後──双極の丘に向かう。

 ふと見た遠くに、十一番隊と共に走る茶渡を発見する。

 

「どしたの?」

「……いや、なんでもない」

「んじゃ行こうか」

 

 さぁて、やっぱり。

 正念場だ。

 

 

 

 

 

 

 

「──朽木ルキア。何か、言い残しておくことはあるかの」

「はい、一つだけ」

 

 ルッキーアの願い。

 それは、自身の処刑後、旅禍を無傷で解放する、というもの。

 その約束を認可した山本元柳斎重國だけど──ま、嘘だよね。罪人の最期の言葉は聞き届けるものであって、守るものじゃあないから。

 

 そして、双極が解放される。

 

 磔となり、その身を晒されるルッキーア。

 双極はやがて炎の塊となり──巨大な鳥の形を取る。

 名を、燬鷇王。

 

()()()()()

「はい」

 

 その巨大な鳥の出現に、誰が気付いただろうか。

 場から一人、伊勢七緒が姿を消した事に、など。

 

 処刑は行われる。この炎鳥が罪人を貫く事で処刑は終わる。

 

 ゆえに。

 当然に。

 

「さよなら」

 

 ──そんなことは、させない。

 それがジャンプ主人公である。

 

 

 

「双極の一撃を……止めた?」

「馬鹿な、斬魄刀百万本に値する攻撃力を持つ双極の矛を……」

 

 止めた。

 止められた。

 四楓院家の紋のついた装具を纏う、たった一人の旅禍に。双極の矛が止められた。

 

 そして。

 

「な──なんだ、アレは!」

「龍……」

 

 炎鳥の横に──巨大な龍が出現する。

 漆黒の龍。真黒のドラゴン。燬鷇王に勝るとも劣らない大きさのソレは、迷うことなく鳥に食らいつく。

 

「華蔵!」

「あれ、サプライズだったのに。もしかして霊圧でバレてた?」

「バレバレだ!」

 

 いやぁ、熱い。熱いけど、でもそれだけだ。

 ドラゴンは熱に強いとモンハンで教わらなかったのかな!! あ、弱い竜もたくさんいるけど。

 

 私が呑んだ提案はたった一つ。

 双極の破壊。浮竹サンが間に合わなかった場合──というか、イチゴが間に合った、間に合わなかった場合、そのどちらもに出て行って、双極を壊す。それが私の役目。

 願ったり叶ったりだ。

 丁度お腹もすいていたし。

 

「やるねぇ……ボク達、要らなかったかな」

「そのようだ。だが、完全に破壊するにはやはりコレが必要だろう」

「遅いじゃないの、色男。ちょっと本気で遅刻だよ?」

「すまない。解放に手間取った。だが、これで──」

 

 翼をもぐ。もいでもぐもぐする。

 その首に黒い縄のようなものが巻き付く。ああ待って、まだ食べてる途中。

 

「いいかい、華蔵ちゃん! 壊すよ!」

「了解。黒崎、アレ味方。じゃあコレは?」

「当然──オレが壊すものだ」

「待て一護! 何をする気だ! というか何を当たり前のようにあの怪物と話をしている!?」

 

 ルッキーアのことはイチゴに任せる。任せて、私は大きく翼を広げる。

 向かわないといけない場所がある。だから。

 

「私は行くべきところがある。美少女が泣いている。引き留める理由は?」

「ねェな。やりてェ事やれよ。オレもそうする」

 

 言葉は十分。

 一瞬京楽春水に視線を向けて──彼がその笠を上げて、目線を下げたのを境に急加速する。ちなみにさっきまでいた七緒ちゃんは私です。変装です。最後の最後まで反対してきた七緒ちゃんを心苦しいながらに縛りつけてここに出席してました。

 

 そしてまぁ、向かうべき場所はただ一つ。

 

 待っていろ薄幸美少女。君の体は私のものだ!!

 

 

 

 

 高速で空を駆ける黒龍の姿は瀞霊廷中に見られたことだろう。中には当然虚だ虚だと騒ぐ者もいたが、追い縋る事は出来ず。

 私はそこへ、辿り着く。

 

黒龍の吐息(アリエント・ディ・ダラゴネグロ)

 

 辿り着いて開口一番ブレス!!

 その勢いのまま身体を元の形にまで縮め、中の二人に斬りかかる。

 

「おや……一番に来るのが君だとは思っていなかったよ。それに、そんな鬼気迫る表情でどうしたのかな──旅禍の華蔵蓮世くん」

「美少女を救いに来た」

 

 双頭槍は受け止められている。だけど、これなら──雛森ちゃんを引っぺがせる。

 

「そうか。雛森くんが目当てだったか。だけど、少し遅かったな」

「──!」

 

 ぬるりとした感触。

 ……雛森ちゃんが薄幸になるのは止められないとでもいうのか。……いや、傷は浅い。原作程深くない。間に合わなかったけど、遅れてはいない!

 

「──君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。蒼火の壁に双蓮を刻む、大火の淵を遠天にて待つ」

「……七十番台の破道。君は、使えるのかな」

「破道の七十三! 双蓮蒼火墜!」

 

 言いながらぶっぱなすは普通に赤い炎。

 うん、やっぱり使えない。

 鬼道ちゃんと習いたいね。

 

 けれど──それは、ちゃんと。

 彼と、そして市丸ギンをぶっ飛ばすに足る火力ではあった。

 

 

 

「ッ、市丸!? それに……藍染!?」

「おっと。色々と想定外が重なるね」

「すんません。あの子が来るってわかってたら、もうちょいスムーズに進められたんですけど」

「……どういうことだ」

「どういう事も何も」

 

 藍染惣右介が、その刀を抜く。

 それを──日番谷冬獅郎、ではなく、背中に向けた。

 

 そこに大口を開けて噛みついてくる黒い龍。

 

「な、なんだ!?」

「僕は今、虚に襲われていてね。助けてくれるかな、日番谷隊長」

「藍染……今までどうやって、」

 

 口から炎を吐き出せば、シュンと消えた二人が別の場所に現れる。

 

 わかってたことだけど、全然通じないなぁ。

 顔を美少女に戻して、と。

 

「お前は……東仙を殺した旅禍!」

「そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。そして、ほら」

 

 心苦しいけど、投げて渡す。

 できる限りの応急処置を施した、雛森ちゃん。その、けれどグッタリとした身体を、シロちゃんはちゃんと受け止めた。

 

「……雛森!」

「気絶してるだけだよ。傷は、まぁ浅いとは言えないけど、深すぎる事はない。今すぐ治療すれば無事なはず。だから、その子と一緒に逃げてほしいな。私、この二人を食べなきゃだから」

「おぉ、こーわ。食べるとか、もうヒトの言う言葉じゃないやん。ホントのホントに虚なんちゃうの、君」

「さて、どうだか!」

「わお」

 

 槍に炎を纏い、斬りかかる。受けたのは市丸ギンの方。藍染に手を煩わせることなきよう、上手く受け流される。

 そんな最中、更にもう二人。

 

「──旅禍に、市丸隊長、傷を負った雛森副隊長と、日番谷隊長。そして、死んだはずの藍染隊長」

「おや、これは。卯ノ花隊長」

「いえ……四十六室を壊滅させた大罪人、藍染惣右介と……そう呼んだ方がいいでしょうか」

「構わないよ。好きにするといい」

 

 ええい埒が明かない!

 このままじゃ原作通りだ。いや、雛森ちゃんは軽傷で済んだし、後はシロちゃんが納得してくれたら少しはマシになるけど、空間転移で逃げられて、その先でイチゴのお腹ぱっくり事件とかになられると困る!

 

「別て、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)!」

「──……やはりか」

 

 なーんか不穏な言葉を吐かれた気がするけど知らない知らない。

 原作通り卯ノ花隊長に藍染隊長がネタバラシをしていく中、全く動かないでいるシロちゃんが凄く気になる。逃げもしない、加勢もしない。一体どうしてしまったんだろう。

 

「ボク相手に余所見とか、傷つくなぁ」

「美少女が近くにいないと気が乗らないんだよね」

「そらまた、現金やなぁ。でもあそこに乱菊がおるよ?」

「乱菊さんは美少女じゃなくて美女!!」

「なんか面倒な子やねぇ君」

 

 藍染隊長の話が東仙要にまで差し掛かる。

 そういえば結局アレどういうことだったんだろう。と思ってたら、ちゃんと説明してくれた。

 

「つまり……最初から。東仙要は僕の部下だ。……もっとも、アクシデントによって少しばかりの休養と治療をしなくてはならなくなったからね。表舞台に上がれなくなった彼と僕の繋がりに気付かせないよう、旅禍への憎しみの増幅を助長させる、という計画変更を余儀なくされたけどね」

「東仙隊長、全身火傷してて、そない炎熱系の斬魄刀総隊長の以外にあったかなぁとか思てたんやけど、こういう事だったんやねぇ」

 

 こういう事、と指さすのは私の槍。

 燃え盛る槍に、熱さを感じる素振りもなくニヤニヤ対応する様は、いやはやなんともなんとも。

 

 市丸ギンの狙いは知っているけれど。

 それでもなんか煽られてる感あるのは、もう才能だよね。

 

「さて……頃合いだ。ギン」

「はい」

()()()()()()()

「え?」

 

 突然、身体に何か──縛道のようなものがかかる。

 そして、白布が私を含む藍染隊長と市丸ギンを包み始めた。

 

 え。え。

 なんで。

 

「──さようなら。君達とは、もう会うこともないだろう」

「ま──待て!」

 

 あの……え?

 

 

PREACHTTY



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第6話 美少女は引く手数多で困る。

「何を」

「あぁちょっと君、黙っといてくれる? 今から藍染隊長がお話するから」

 

 言って──首に当てられる小さな刀。

 転移先はしっかり双極の丘。そして、阿散井恋次に抱かれたルッキーアも来ている。藍染隊長は彼に朗々と告げる。即ち朽木ルキアを渡せ、と。

 

「……」

「美少女の私が、殺される事を恐れて口を閉じるとでも?」

「閉じれないんなら、首から声でなくするしかないんやけど」

「上等」

 

 自ら、首に当てられた刀に首を突っ込む。噴き出る血は、けれど龍へと変じた首によって作り替わり、治る。

 多少は驚いたのだろう、緩んだ拘束を取って前に転がり、距離を取る。

 

「おっと……危ないことする子やわぁ。すんません藍染隊長。逃げられてしもた」

「構わないよ、ギン」

 

 そして、四番隊からの天挺空羅。

 不味いな、概ね原作通り。ただ、雛森ちゃんとシロちゃんがそこまで重傷じゃない事を考えるに、卯ノ花隊長は出来る限りの速度でこっちへ来てくれているはず。最悪イチゴが藍染隊長の攻撃を避け切れなくとも、織姫が間に合わなくとも、彼は生き永らえるかもしれない。

 ……そんな可能性を見る程私は薄情じゃないけど。

 

 さて、朽木ルキアを渡せ、と言われた阿散井恋次は、しかし。

 

「……断る」

「なに?」

「断る、と言ったんです。……藍染隊長」

 

 ルッキーアを抱え吠える阿散井恋次。

 それでこそだ。それでこそ。

 ならば、彼が傷つくのを黙って見ているなんてできない。

 

 彼の前に立つ。

 

「そうだ、赤毛の死神。君にはその子を守る使命がある。そして、私には」

 

 双槍を構えて。

 未だ瞑ったままの目で、宣言する。

 

「君達の味方をする使命がある」

「……誰だ?」

「通りすがりの美少女だ。大丈夫、君はともかく朽木さんには傷一つつけないと約束しよう」

 

 槍が炎を持つ。溢れ出る霊圧は黒く可視化され、時折火の粉のように光をも遮る黒となる。

 正直な話をすれば、藍染隊長にはルッキーアから崩玉を抜いてもらわなければならないので、ここで無駄に長引かせたくない感はある。もたもたしてると隊長格全員来ちゃうし。

 だからどうにかこうにか阿散井恋次と、そして後で来るイチゴを退避させつつの立ち回りをしなければならない。

 

「待て……オレも戦う」

「ダメだよ。相手は三人いるんだ。一人は朽木さんについてないと、後ろから奪われる」

「なら、オレが」

「そして私は君より強い。私の方がまだ奴らと渡り合える」

 

 ……なんて啖呵切ったけど、正直キツいと思ってる。

 私には、なんていうか、単体用超火力、とでもいうべき技がない。槍技は確かに一対一の技だけど、火力と呼ぶには少しばかり足りないし、かといってドラゴン状態での攻撃は他を巻き込み過ぎるし破壊しすぎる。

 もっと広い空間で使うならまだしも、双極の丘で使うのは不味いのだ、色々と。

 

 不意に、踏み込む。

 

「──!」

 

 ……ハ。

 完全催眠には、かかっていない、はずだけど。

 

 どうして──私の胴体が、泣き別れているのか。

 

「……おや。死んでいないのか。胴を断ち切り、心臓を貫いても死なないとは、頑丈だね」

 

 ああ、言われて気付いた。

 胸に穴がある。

 

「──華蔵!?」

 

 丁度。

 上がってきたらしい。オレンジ色の髪。黒い死覇装。黒い刀。

 お揃いだ。

 

 あぁ、だけど、ちょっと待て。

 今無策に突っ込めば、私の二の舞だ。折角、私が、代わりに斬られたんだから。

 もう少し身体を大事にしなよ。

 

「噛ませ犬も……良い所だったね……」

「あれま、君まだ動くつもりなん? ホントに死ぬよ?」

「死なないよ。美少女は……たとえ、胴体を千切られても……死なないんだ」

「あちゃ~、これ精神論に頭やられてますわ。……もうそろ、大人しくしとき、無理なもんは無理や。そない頭悪ないやろ、キミ」

 

 美少女が精神論。

 ハハ、それは違うよ、市丸ギン。

 美少女は絶対の法則だ。美少女は世界に守られる存在だ。

 

 ……なんて強がってもいられない。

 そろそろ。本当に。

 

 ああ、私は結局ここに何をしに来たんだ。

 何も変えられず。何も成せず。

 

 今、目の前で。

 イチゴが、阿散井恋次が。

 

「……双生樹(アンボース)

 

 ああ。

 ルキアから──ソレが、抜き去られる。

 もう少しだ。もう少し。

 

 それさえ抜いてくれたら、いい。

 

「まだ動く気なん? いい加減にせんと──」

「市丸」

「……あぁ、そやったね」

 

 抜かれた。抜かれたのが見えた。

 

「拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)!」

「……!」

 

 噛みつく。

 ソレは──ルキアを掴む、藍染隊長の腕に。

 槍はない。今、私の体を繋いでいるから。だから武器は、この口しかない。

 そして、ちょっとかわいそうだけど、ルッキーアを藍染隊長の手から引き剥がし──あらぬ方向にぶん投げる。

 

「……まだ動くのか。これは予想外だったな」

「破道の九十六」

「!」

 

 発動しなくてもいい。してもいい。

 どの道同じことをやるつもりだから。

 

 私の顔が──罅割れて行く。

 

「一刀火葬!」

 

 双極に、炎の柱が立ち昇った。

 

 

 

 

「犠牲破道か。完成度は低いようだけど、独学で発動しかけるとはね。余程相性の良い体質なんだろう」

「──無傷か」

「いいや。君に噛まれた腕を、少しだけ火傷したよ」

 

 本当に少しだけだ。

 ()()()()()()

 

「……どうやら君は、とても不思議な身体をしているようだ」

「美少女の体に興味があるの? 残念、美少女の体を触って良いのは美少女だけだよ」

「霊圧も全快している。そこに転がっている彼とは根本から異なるようだね」

「美少女とあんなヤンキーもどきを一緒にしないで欲しいかな」

 

 双頭槍を頼りにくっついた身体は、うん、問題なく動く。

 

 はぁ。

 本当に──私は何をしていたんだか。

 阿散井恋次もイチゴも救えなかった。原作通り生きてはいるみたいだけど、虫の息だ。ルキアは……多分朽木白哉がキャッチしてくれたことだろう。

 

 本当に。

 調子に乗っていたんだろう。今まで、現世で、少しは立ち回れていたから。

 雛森ちゃんとシロちゃんを救えたから。

 

 見誤っていた。藍染隊長との、彼我の距離を。

 

「まだ、やる気はあるのかな」

「ううん。最後のワンチャンスに賭けただけだから。──後は、みんなに任せる」

「そうか──だが、君を逃がさないために、こちらも少々計画を早めたんだ」

 

 彼方より降ってくる兕丹坊と空鶴さんが、空の裂け目に弾かれたのが見えた。

 隠密機動の二人も、数瞬遅れてやってきた乱菊さんやその他隊長格たちも──藍染隊長に近寄れない。

 

 それは、私に対しても。

 

「……え」

「君はここに連れてこられた時点で気付くべきだった。いや……僕達が君に興味を示していると気付いていながら、君は朽木ルキアや阿散井くんのために時を使った。それが全ての分け目だ」

 

 光の出元。空間の裂け目。そこから現れる無数の大虚。

 ざわつく周囲に反し、藍染隊長は──諭すように、静かな声で言う。

 

「言っただろう。君が要を負傷させたせいで、計画の変更を余儀なくされた、とね。僕や浦原喜助が飽くなき研究の果てに辿り着いた一つの"結論"……。君はその『自然発生例』だ。だから、浦原喜助も君の体組織を欲しがった」

 

 地面ごと、身体が浮き上がっていく。

 白い膜。反膜だ。内側から触れても、外に出る事は出来ない。

 

「君を殺し得るのならば。崩玉も同じ方法で壊せる──と。彼はそう踏んだのだろうね」

「だから──これ以上研究させないために、私を?」

「それもある。だが」

 

 続けざまに市丸ギン、東仙要にも反膜が降り注ぐ。

 

「──君は初めから、()()()()だろう」

 

 最中……イチゴと、目が合った。

 いや、他のみんな共だ。織姫とも、石田雨竜とも、茶渡とも。

 

 息を吐く。

 そして、胸を張る。

 

「……華蔵ッ!!」

「黒崎。知ってるだろ? ──私は美少女だからさ。モテモテの引く手数多なんだよ。攫われて当然ってね」

 

 だから。

 

「安心しなよ。こいつら全員殺して、とっとと帰ってくるからさ。──私が天に立つ」

「……」

 

 せめてもの反逆だ。

 台詞奪ってやったわ!!

 

 右斜め後方の市丸が若干吹き出しそうな雰囲気ある。

 

 遠のく。もう声も届かないだろう。

 最後の最後に、織姫を見て、目を伏せて。

 

 私は、黒腔の中に飲み込まれていった──。

 

 

PREACHTTY

 

 

「意外やね。あんな啖呵切っといて、暴れないんや」

「今暴れて勝てたら双極の丘でも勝ててたよ」

「あれ、なに? オモシロい事言いはるやないの。それ、負けを認めてる風に聞こえるけど」

「君達二人はともかく、藍染隊長には勝てないよ。まだね」

「あちゃ~、これ、ボク達なめられてるわ。多分東仙隊長が負けたからちゃう?」

「私のせいにするな。市丸、お前が軽薄な態度を取り続けているからだ」

「えぇ、ボクのせい? 責任転嫁はアカンわぁ。……それで、どっちのせいなん?」

「二人とも美少女じゃないから。藍染隊長も美少女じゃないけど、アレは別次元だし」

「東仙隊長、この子ずぅっと美少女美少女言うてるんよ。ちょっと頭の弱い子なんかなぁって」

「美少女を馬鹿にするな。私は全美少女の味方だ。それには勿論虚も含まれる」

「別に誰も馬鹿にしてないやんか。被害妄想もそこそこにしとき?」

 

 ……虚圏は虚夜宮。その、ある部屋の前で……なんだろう、雑談をする私達。

 こんなことができているのは、偏に藍染隊長がこの場にいないからだ。

 

「私を……虚に紹介する、と。そう言ってたけど」

「そやねぇ。でもま、必要なことだと思うよ? だって君、これからここに住むんやし」

「……」

 

 やっぱりですか。

 あー。

 まぁそういう流れだろうことはわかっていたけれど。

 

 でも現世側にいたかったなぁ。

 竜貴、守れないじゃん。あ、現世侵攻になんとかしてついていけばワンチャン?

 

「あ、ほら。扉開くよ? そない怖がらなくても大丈夫、君は藍染隊長が実験材料として連れてきたんやから、そう簡単に手は出されないと思うし」

「美少女に手を出したらダメってことくらい虚にもわかって欲しいものだけど」

「その常識は多分現世でも通じないんちゃう?」

「……まぁ、虚ならいくらでも殺していいだろうし、構わないよ」

 

 扉が──開く。

 その、明るい部屋の中へ進んでいく。

 

 

「ようこそ、華蔵蓮世。新たなる同胞として、歓迎するよ」

炎痕(ルラマ・ラストローズ)

 

 

 口から業炎を吐く。仲良くする気などサラサラない。虚はどうせ死ぬし、今の十刃には美少女もいない。美女はいるけど。

 だから、一人でも持っていければ後が楽になる。

 

 ──しかし。

 

「……」

「ウルキオラ。下がっていていいよ。今のは、彼なりの挨拶だろうから」

「はい」

 

 止められた。剣に。

 ……第四十刃、ウルキオラ・シファー。

 

「何か、言葉はあるかな」

「ないよ。美少女じゃない奴にかける言葉なんてない。……と、言いたいところだけど」

 

 部屋の隅を見る。

 そこには、壁にもたれかかっているぼさぼさ髪の無精ひげ。

 

「美少女の従属官には、興味あるかな」

「……」

「では、顔合わせはこれで終わりだ。各自戻ってくれたまえ。ギン、彼を部屋に案内してくれるかな」

「はぁい」

 

 ま、そこ以外とは積極的にかかわる事もないだろう。

 心苦しいけど、イチゴたちが来るまでの間……あるいは現世へ侵攻するまでの間、宛がわれた自室とやらでゆっくり過ごさせてもらいますかね。

 

 

 

 

 

 どこまでも続く砂漠。いつまでも続く夜。

 珪砂の砂丘。亡霊の大陸(レムリアンシード)

 

 ある程度歩いた頃合いで、振り返る。

 

「それで、何用かな。ルピ・アンテノール」

「あれ、ボクの名前知ってるんだ。どっかで会った事ある?」

「ううん。ただ、君は惜しいからね」

「……惜しい?」

 

 私を尾行していたのは、長い袖で両腕を隠した少年だった。

 中世的な見た目の、少年。

 非常に惜しい。

 

「もう少し髪を伸ばして、もう少し人を小馬鹿にした態度を抑えていれば──美少女だったのに」

「……ナニソレ。ボクを馬鹿にしてるの?」

「惜しい」

「……ムカつく奴。ま、いいや。──とっとと死んじゃえ」

 

 砂の中から、触手が突き出る。

 

 それを双頭槍で縫い付けた。

 

「!」

「やっぱり暗殺? 理由は……次に空く可能性のある十刃の後釜に、私が任命されそうだから、とか」

「……チ」

 

 まぁそんな感じはしていた。

 グリムジョーの失態は予測できていなかったとはいえ、ずっと十刃になりたがっていたルピだ。

 彼がそれにあこがれた時期がわからなかったけれど、まぁこのタイミングで仕掛けてくるなら彼かノイトラ・ジルガだろうなぁという予感があった。前者は、弱そうだから。後者は、女みたいだから。どっちも理不尽だけど、理不尽なのが虚というものだろう。

 

「縊れ、蔦嬢!」

「別て、双頭龍蛇」

 

 そして、ソレを考えていたのは私も同じ。

 

 もし、私がルピの位置に入る事が出来たら──現世侵攻に入れてもらえるかもしれない。まぁ十中八九無理なんだけど。

 それはさておいといても、彼をここで殺しておくことは非常に大きな意味を持つ。無駄な犠牲……というほど犠牲にはなってなかったかもしれないけど、シロちゃんや乱菊さんの苦しみを減らせるのだ。ハゲとナルシは別にいいんだけど。

 

 考えれば考える程、ここでルピを消すメリットがある。

 

「……それ、死神の始解?」

「私は死神じゃないよ」

「なら──キミは、何?」

「私は」

 

 彼我の距離を一気に詰める。

 迷いなく穂先を向けるのは、ルピの首。迎撃態勢に入った触手群の全てを無視して、彼の体を貫く事を優先する。一撃。二撃。三撃。

 四撃目をギリギリで避けた彼に、槍先から高密度の炎を発射。直撃した。

 砂煙が大きく立ち昇り、同時に黒煙も空へ浮かぶ。

 

「この──虚閃!」

十字痕(クルサール・ラストローズ)

 

 八本の触手より放たれた虚閃を、X字にクロスさせた双槍で叩き斬る。そのままお返しに槍をルピに向け。

 

黒点の虚閃(エンフォーク・セロ)

 

 撃ち、貫く。

 

 煙の中からバッと身を出したルピは、その身を焼き焦がしながらも──笑っていた。

 

「虚閃。今のは、確実に虚閃だね。──ということは、キミは人間でも死神でもなく──虚だ」

紅の射槍(ランサドール・ローホ)

 

 炎纏う赤い槍を射出する。

 するも──避けられた。

 

「ア・ごめーん! ──図星突かれて、動揺しちゃった? 触檻(ハウラ・テンタクーロ)!」

 

 それを好機と見たのだろう、ルピは八本の触手全てを用いて私を囲う。

 さらには。

 

「これで死ね! 鉄の処女(イエロ・ビルヘン)!!」

 

 触手の檻の内部に、無数のトゲを生やした。

 

 

 

 

 

「……手応えアリ。これは、死んだね」

「うん。私が美少女じゃなかったらね」

「! ──ガ、ァっ!?」

 

 燃える。燃える。

 ルピの触手が燃える。トゲの一本一本が、八本の触手が、それを伝い、ルピの本体が。

 

「な……なんでだ! 刺さったはずだ、全身に! それを、人間が……生きてられるはずがない!」

「え? さっき君が言ってくれた通りだよ」

 

 身体に幾本のトゲが刺さっていても。

 どれほどズタボロのぐちゃぐちゃになっていても。

 

 たとえ胴体が上下で泣き別れても、犠牲破道によって頭部が炭化しても。

 

 関係なく、再生する。

 関係なく、生きていられる。

 

「知らなかった? ──美少女は死なないんだよ。それが虚なら、尚更ね」

 

 双頭龍蛇(アンフィスバエナ)が、その両方が一文字に割ける。

 私の目が、縦に割れる。私の口が、大きく開く。

 

「ああ──でも」

 

 ひきつった顔が見える。それは恐怖か。それとも──おぞましさか。

 

「食事の時だけは、私。──美少女じゃないかもしれない」

 

 私は、彼を。

 

 食べた。

 

 

 

 

 

「いやいつなん時でも美少女だが?」

「え、なに? 怖いんやけど。唐突に喋り出して唐突に怒るのやめて? ボク、君の事すっごく苦手やわぁ」

「同じ爬虫類同士仲良くしようよ」

「こわっ、その同族意識こわっ!」

「市丸隊長は蛇でしょ。私は龍。似た者同士じゃん?」

「嫌やわぁ、その括り。というかボクは蛇みたい言われることはあってもホントの蛇じゃないから。君、ホントのトカゲやろ? 一緒にされたらアカンわ」

「自分で自分の事蛇だって思ってるくせに」

 

 ルピを食べてからそれなりに時間が経ったけど、特に何を言われる事なく過ごしている。

 とりあえず美少女には全員声かけてるけど。八割無視される。残り二割は睨まれる。

 まだ十刃が最上級虚で埋まり切ってない時期だ。そうなってくると、必然知性ある話し相手というのが限られて来る。今の十刃は喧嘩っ早いギリアンばっかなんだよね。

 

「正直、暇してるよ。実験材料にする、とか言ってきたから身構えてたんだけど、何にもしてこないし」

「ん-。まぁ藍染隊長には藍染隊長の考えがあるんやろね。ボクにはさっぱりわからんけど」

「それともどっかでモニタリングされてるのかなぁ。いやまぁされるのはぶっちゃけどうでもいいんだけど、だったらもう少し虚くれないかな。私もそれなりにお腹空くんだけど」

「下級虚用の配給なら出してくれると思うよ? ボクにはあんまし美味しそうに見えないけど、必要なら要……東仙隊長に言うてみたら?」

「そんなのあるんだ。……んー、でも、私まだちょっと東仙隊長苦手なんだよね」

「自分がボコボコにしたから……やったりする? それ」

「そそ。惨殺とかはそっちの工作だったんだろうけど、私も私でちゃんと焼き焦がしたし。少しは思う所あるなーって」

「あの人そういうん気にしないと思うけどなぁ。それで一定個人に配給しない、なんて子供のいじめみたいなコトするとも思えないやろ?」

「あぁ、確かに。そういう事に関してはむしろ粛する側か」

 

 ちょっと。

 不味いなぁ、って。思ってる。

 

 ──市丸ギンも、死んでほしくなくなってる。

 会話はダメだってのにね。情が湧くから。

 

「逃げようとは、思わないん?」

「全然。なんならこの天蓋突き破ってどこまでも飛んでいける自信はあるけど、必要性を感じないかな」

「そか」

「私は美少女だからね。引き留められる理由もわかる」

「でも自分男やん」

「──男の娘、というジャンルを知らないと見た」

「うわ、自分今こっわい顔しとるよ?」

「失敬な。私はいつなん時でも美少女だが?」

「顔のこっわい美少女もおるよ」

「それはそう」

 

 ……。

 あぁ、ダメだこれ。

 色々と──計画、変更。

 

 

PREACHTTY

 

 

「あの炎。そして……あの、気配」

「ん、どうしたぁウルキオラ」

「……いや、なんでもない」

 

 どこかで。

 昔、というものを思い出す虚がいたとか、いなかったとか。

 



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第7話 再会、一護と華蔵

 私がやるべきことは何か。

 それは勿論、美少女を救うことだ。具体的に救いたい美少女は、破面で言えばリリネット、ネリエル、ティア・ハリベル以下従属官、チルッチ・サンダーウィッチ、ロリ・アイヴァーン、メノリ・マリア、そしてロカ・パラミア。

 破面だけど、虚だけど、そんなことは関係ない。美少女であるのならば種族などどうでもいいことだ。

 ゆえに当該者とは仲良くなっておくか、監視しておく必要がある。

 

 なんだけど。

 

「華蔵蓮世。君には第七十刃の座に座ってもらう。司る死の形は陶酔。従属官として好きな破面を選ぶといい」

「え、じゃあロリ・アイヴァーンとメノリ・マリアで」

「いいだろう」

 

 というやり取りがあって、もう二人は私のモノである。

 そう。

 十刃になりました。

 

 ……もう完全に虚扱いらしい。別にいいんだけどね。しかしゾマリ・ルルーは何処へ。

 

 とはいえ、現在着々と虚の破面化……崩玉を用いた破面化が行われている。なのでそれ以前にいた十刃はどんどん代替わりしていて、もしかしたら私もそうなるのかな、と。ゾマリ・ルルーと対峙する日が来るのかな、と思いつつ、その前任者たちとの親睦を深めるような日々が続いてしまっている。

 しまっている、だ。本当に。

 

「吾輩もそろそろ用無しだ。嬢ちゃん(ベベ)、君はチョコラテのように甘いが──同時にどこか、仄暗いものも纏っている。()()()()()()()()()()

「……理解はしているよ。陶酔を与えられたんだ。それがどういうことか、なんてわからない私じゃない」

「それならば良い。さて、吾輩はもう行く。嬢ちゃん(ベベ)、その小さな身体でどこまでやれるか、地の底から見上げさせてもらおう」

 

 なんて言って去っていったのはドルドーニ。最後まで私を女の子だと勘違いしていた……あるいはその精神性でも見抜かれていたかだけど、なんというか、良いオッサンだったなぁ。……死んでほしくないなぁ。

 でも美少女じゃないし……ああでも、もう友達になった気もしてるし。

 

「何暗い顔してんのよ、第七十刃様が」

「チルッチ」

「アンタはいいじゃない。どれだけアンタより強いのが現れても、アンタがそっから落ちる事はないんだから」

「……うん」

「あーあ。どうせならアタシも従属官に」

「それだ!」

 

 それだった。

 

 えーこれ美少女ハーレムです。

 

 

 

 

「あの子、着々と自分の周り女の子で囲っとるなぁ」

「……節制という言葉を知らないらしいな」

「ま、良いのと違う? ボク自身が関わらなければ、あの子見てるの好きやわぁ」

「否定はしない。……本気で虚を仲間だと思っている人間など、道化でしかないからな」

「そういう意味で言ったんと違うのですけど」

「気にするな、市丸。私には私の見えている道がある。お前はお前の見ている道で彼を判断しろ」

「……毎度、あの子のこと『彼』って言われると頭んなかぐちゃっとなるなぁ」

 

 

 

 

 チルッチができたからドルドーニも、と思って声をかけたけど、ドルドーニには「そのようなチョコラテのような空間、吾輩は耐えられまい」といって断られてしまった。確かに私含め見た目美少女のきゃぴきゃぴ空間におっさんはキツいか。絵面的にも、本人的にも。

 

 さて、図らずも十刃になってしまった私には、一応戦闘の義務というものが課せられる。イチゴ達と戦うつもりは欠片も、ミリも、これっぽちもない……んだけど、私は美少女を守るものとして強くなる必要があるのだ。プラス、藍染隊長に抵抗できる力を、ね。殺す力じゃないのは、藍染隊長が必要な人材だと理解しているため。

 ロリ、メノリはあんまり強い破面じゃない。チルッチは十刃落ちということもあって十二分な破壊力を有しているけれど、原作通り燃費が悪い。

 

 残念ながら私は人に戦い方を教えられる程器用じゃない。戦闘中の指示はできても常の指導とか無理なので、彼女らをこれ以上強くするくらいなら私がもっと高みを目指した方が速い。

 

 そして、そのためには。

 

「……ううん、薄味」

「そりゃそうでしょ。ギリアンなんか食べたって、得られるものがあるワケないし」

「でも、私はチルッチ達と違って食べて育ってきたわけじゃないからね。今更だけど、共食いをする価値はあるよ」

「……する価値があるヤツは全員虚夜宮に集まってると思うんだけど?」

「それはそう」

 

 こうして虚夜宮の外に出て、虚食……本来は巨大虚とかがメノスになるためにやるような、虚同士の共食いをする必要がある、と考えた。

 もう認めてるけど、私のこのドラゴンになる力は虚化するようなものだ。どこぞのファンタジー世界に行っていれば違ったのかもしれないけど、BLEACH世界でこの能力を解釈すると、そうならざるを得なかったんだと思う。

 となると、この共食いにも意味が出てくる。つまり、進化だ。進化を目指すことで新たな扉が開ける。

 

 そう思っていたんだけど。

 

「……ん-」

「言っておくけど、アタシは別に強い虚のいる場所、なんて知らないからね。知ってたらまず藍染様が掘り尽くしてるだろうし」

「だよねぇ」

 

 普通の虚かギリアンしかいない。

 一応虚の先輩として連れてきたチルッチの言う通り、金の鉱脈は藍染隊長が掘り尽くしてしまっているようで、アジューカスの一匹もいないと来た。仕方なくギリアンを食べているけど、燬鷇王を捕食した時のような充足感は得られない。あぁ、ルピもそれなりに美味しかったね。

 

 ……でもなぁ、流石に虚夜宮内の破面食べると藍染隊長が怒ると思うんだよなぁ。あんまり争うの禁止、みたいな事言ってた気がするし。

 だから、薄味でもチリツモチリツモ。

 ギリアンが数百喰らいあってアジューカスとなり、アジューカスが喰らいあって進化を続けてヴァストローデになるというのなら、ギリアンを数億くらい食べればアジューカス一匹分くらいにはなるんじゃないかと。

 

「そのようなことはない」

「ッ、誰!?」

 

 静かな声。

 即座に反応し、手元のワイヤー付きチャクラムを投げるチルッチ。けれどそれは、いとも簡単に止められた。指先で。ただ、彼以外の部分……つまり足元の珪砂は大きく巻き上がる。

 

「華蔵。部下の躾はしっかりしておけ」

「だってさ。矛を納めて、チルッチ」

 

 その砂が晴れた時。

 

「ウル……キオラ……!」

 

 大人気第四十刃様は、そこにいた。

 

 

 

「そう警戒するな。藍染様の命で、お前の勘違いを正しに来ただけだ」

「私の勘違い?」

「そうだ。……たとえ、今のお前が数億、数十億、さらにそれを超える量の虚を食べた所で、進化も変化も起きん。無駄なコトだ」

「そうなんだ」

「だが──」

 

 ウルキオラは、彼方。

 珪砂の砂丘のその彼方を指差した。

 

()()()()()()()()()。得るものも、あるはずだ」

「同じだと、思ってくれてはいるんだ?」

「知らん。俺は藍染様の命を受けたに過ぎない」

 

 話の最中に、ドラゴンになる。

 黒いドラゴン。黒龍。

 

「チルッチ、先に帰ってて。私、行く場所ができたから」

「え、ええ。それはいいけれど……」

「……それが」

「うん。──嫌な記憶でも思い出す?」

「いや。そのような記憶など、ない」

「そっか」

 

 大きく翼を広げる。巻き上がる砂。吹き上がる暴風。

 皮膜の裏まで真っ黒なこの体は、夜の闇よりも深い。闇に紛れる、なんてことはできないだろう。あまりにも黒が目立ちすぎるから。

 

「じゃあね、ウルキオラ。情報提供ありがとう」

「……」

 

 返事を待たずに飛び立つ。

 大丈夫。

 

 私はそこを、知っているから。

 

 

 

 

 日単位で日が過ぎた頃のことだ。

 ようやくそれが、見えてきた。

 

 この世界に点在する石英の木。石英はパワーストーンとして有名だ。紫水晶、紅水晶、黄水晶、レモン水晶、煙水晶に黒水晶。他にも人工物であることが多いけれど、カルセドニーの各色。カーネリアン、クリソプレーズ、アゲート、オニキス、サードニクス、ジャスパー。

 中でも無色の石英──その表面にバーコート状のギザギザが出ているものを、レムリア大陸からの叡智であるとしてレムリアンシードと呼ぶ。

 レムリア。その名は"レムレスの世界"の意であり、レムレスとは亡霊の事。つまり"亡霊の世界"から漏れ出でたもの、がレムリアンシードだ。かつて原作で石田雨竜が観察していたように、この世界の至る所にレムリアンシードがある。

 

 そしてこれ──この世界に生える石英の木の、その生まれるところ。

 森や林というには密集しすぎている。もはや海か光に近い、無。

 色も無く、音も無く、香りも無く、何に干渉するでも無く、ただそこに在る。

 

 亡霊の始原。

 

 その眼前に降り立つ。

 

「……確かにこれは、壮観だ」

 

 これほどの無は現世にも尸魂界にも存在しない。断界にさえない。

 静かで、苦しい程停まっている虚圏にしかないだろう。

 

「……別て、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

 

 人間の体では不義理だ。

 前に進む。

 

 私の体に仮面はない。私の体に孔はない。

 私は虚ではない。私はその悲しみを経験してはいない。

 

 けれど。

 

「私も、死者だから」

 

 この世界とは違う法則のもと、死んだ。

 この世界とは違う法則のもと、新たな生を受けた。

 

 それはこの静けさを受け止めるに足る器を示し得る。

 魂は。

 

 とうの昔に、

 

 

PREACHTTY

 

 

 現世侵攻が企てられ始めた。

 私がいようがいまいが関係なく藍染隊長は織姫に目を付けたらしく、なんなら「旧知もいることだしね」みたいな事を私を見て言っていたので、ワンチャン織姫も私の手元における可能性がある。ロリメノリが絶対なんかやらかすから置かないけど。

 それはともかくとして、私は猛アピールだ。竜貴をヤミーの大雑把魂吸に巻き込むのはNG。ゆえにイチゴの映像記録係のウルキオラと共に現世へ向かうのは私がいいと、藍染隊長にお願いした。

 

 したら。

 

「……いや! いやぁ、久しぶりの現世! うーん空気が……あぁ薄いなぁ。うーん、器子……生身じゃないからかぁ。うーんうーん、こう、息を吸ったら全身に酸素が満たされていく感覚が無い……」

「当然のことを叫ぶな。お前は虚だ。藍染様も、俺も、他の十刃もそれは認めている。お前自身もだ」

「あのね、私は美少女だよ? 空気を吸って、『きゃぁ、空気美味しい~』って言ってメルヘンワールドに突入しないでどうするのさ。でもまぁなんというか、色のある世界ってやっぱいいね。虚夜宮の天蓋みたいな偽物じゃないしさ」

「どうでもいい」

 

 したら、すんなり通った。

 ……いや、なんか。めっちゃ意見通るというか。風通し良くない? 私別に実験材料らしいこともされてないし。良い組織なんじゃない?

 

「な──なんだなんだ? 隕石か?」

「でも隕石なんかどこにも……」

「つかホントに隕石だったら火災になるぞ!」

 

 おお。

 原作通り人が集まってきた。そして最後に言葉を発した君、正解だ。マジの隕石だったら近づいちゃダメだ。しかもこんな森の中、一瞬で火の海に包まれるぞ。

 原作との違いは、やはりヤミーがいないこと。これに尽きる。

 私は魂吸なんかしないし、ウルキオラもターゲット以外殺す気がない。人が集まってこようと私達には関係ないので、完全に静観状態。このままやり過ごしてイチゴが来てくれたら、「場所を移すぜ」とか言って一般人への被害も無くて済む。

 

 ……だったはず、なんだけど。

 

「──か……華蔵?」

「あぁ、そっか。多少見えるんだっけ。……久しぶり、竜貴」

 

 寄って来た一人。

 ジャージ姿の竜貴が、私に気付いてしまった。

 

「なんだ。その塵は」

「現世での友達。あ、手は出さないでね。出したら普通に離反するから」

「構わん。目標以外に興味はない」

 

 えーと。

 そうそう、まず霊圧を抑えて、と。

 

「本当に……華蔵、なのか?」

「ああ、服とか変わってるから見えないよね。これでも可愛く見えるよう改造したんだけど、藍染隊長が『改造は構わないけれど、ある程度の統一性は欲しいね』とか言って、これ以上を許してくれなくてさ。白、あんまり似合わないよね」

「……何言ってんだよ、華蔵。何か月も行方不明で……私も織姫も、華蔵の家族だって、どんだけ探したと思って……!」

「あれ、遺書はちゃんと書いたはずだけど。部屋のさ、机の引き出しの中。なんならメールで別れの挨拶もしたし」

「遺書? ……遺書?」

「そう、遺書」

 

 竜貴は、物凄く感情を荒げて、心配している、という事を伝えてきてくれている。

 嬉しい。入学してからの付き合いなのに、こんなにも。

 

 だけど今は、ダメだよ。

 そろそろ来るし。

 

「帰ったら探してみてよ。あぁ、そっか。気付いてないのか。──今の私、他の人には見えてないよ。ユーレーだからね」

「う……そ、だろ? なんで、そんな急に。行方不明になる前まで、元気だったのに」

「まぁそういうこともあるよ。美少女だし。美少女は儚く脆いものだからね。いつの間にか死んでる事もある」

「ないだろ、そんなこと!」

「あるんだよ。……それより、そろそろこの辺の人たち連れて逃げてほしいな。じゃないと巻き込んじゃう。この人数は守りきれないよ」

「何言って……」

 

 持ってきた仮面を、お祭りのソレのように頭にかける。ちなみにこれ別に破面の仮面、とかじゃなくて、虚圏に数多存在する骨からいい感じのものを取って来ただけだ。それでもそれっぽく見えるし、藍染隊長対策の目を瞑る、がコレで代用できるのが大きい。

 ただコレつけるとホント完全に十刃の一員なんだよねー。

 

「なんだよ……その、仮面」

「オシャレだよ。美少女だからね」

「ち──違うだろ。だって、それは……あの幽霊たちと!」

 

 時間だ。

 来たのは。

 

「たつきちゃん!」

「有沢、下がれ!」

 

 その拳には、躊躇があった。

 だから、蹴り止める。私の華奢な身体でも、これくらいはできる。

 

「ッ、華蔵……」

「華蔵ちゃん……」

「久しぶりだね、二人も。でも、今は再会の喜びとか分かち合ってる暇ないんだよね」

「何を」

「黒崎だ」

 

 手のひらを、上にして。

 笑う。

 

「黒崎を連れてきて欲しい。そうしてくれたら、他には何もしないから。ね? ウルキオラ」

「……」

「そうだって」

 

 元より一切に興味が無いウルキオラなら、イチゴ以外はフツーに見逃してくれるだろう。

 問題は、私が。

 

 彼ら彼女らにとってそれなりにマストであり──引き戻すために戦闘が行われる、という可能性を考えてなかった事。

 折角ソレ対策に遺書書いたのに。……というか、もしかして、浦原喜助か?

 確かに彼にだけ遺書の存在を明かしている。それで……士気を上げるため、とかで、隠された?

 

「黒崎くんを……って、華蔵ちゃん……何、言ってるの?」

「織姫。今の私は君たちの味方じゃないって事。こっちにも美少女がいっぱいいてね。私はほら、美少女の味方だから。あ、勿論織姫や竜貴が窮地に陥ってたら助けるよ。美少女だし。──だけど、今はこっちにかかり切り。だから──黒崎を連れてきて欲しい」

「……それはできない。華蔵。今ここでお前を倒し──目を覚まさせる!」

 

 ああ。

 やっぱりそうなるんだ。いや別にイチゴを渡せ、と言ってるわけじゃないんだけどなぁ。連れてくるだけでいいのに。

 ……やっぱりこの仮面外した方がいいのでは? これのせいで完全に虚側だと勘違いされている気がする。全然離反謀反の心ありますよ私。

 

「少し、痛むぞ──オオオオッ!」

龍皮(ピエル・ディ・ダラゴン)

 

 ただの部分龍化だ。ただし、皮膚のみの。

 でも、それだけで……霊力砲くらいは防げる。無傷で。

 

「散逸する戦禍、冥庭の難行。妻殺す狂気の涯にて八つに嘆く。縛道の六十 八凱罰元(はちがいばつげん)

 

 そのまま適当縛道で捕縛。効果は小さい百歩欄干って感じ。霊力を編んで作ってあるだけなので、実際の拘束力はそこまででもないけど、私の炎を練り込んであるのでちょっとピリピリするかもしれない。今はこんなので十分だろう。

 

「茶渡くん!?」

「殺してないよ。大丈夫。ああ、でも、そうか。黒崎を呼ぶなら──二人に頼むより、早い方法があったね」

 

 さっき。

 竜貴のために抑えた霊圧を、解放する。

 

 虚圏で暮らし、多少の変化があったとはいえ私の霊圧はほぼ変わっていない。ちょっと成長したくらいか。

 だから、感じるはずだ。わかるはずだ。

 イチゴなら──。

 

 ほら。

 ちょっと──槍を出せば。

 

「……変わったな、華蔵」

「やぁ黒崎。変わったなんてとんでもない。私はいつだって美少女の味方だよ」

「そうか? オレには虚の味方をしてるようにしか見えねぇよ」

「虚にも美少女がいるからね。そこは許してほしい」

 

 振るうつもりなんかなかったけど、身体の前にもってこようとした槍が、巨大な包丁のような斬魄刀に止められていた。

 見るのは初めてじゃないけど。

 向けられるのは、初めてだね。

 

「許すも何も、そっちの奴も、お前も。俺がぶっ倒して……目ぇ覚まさせてやる!」

「ッ、別て、」

「──卍解」

 

 それを見るのは。

 君が、ぼろぼろだった時以来だ。

 

 ああ。

 

「天鎖斬月……」

双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

 

 物凄い霊圧と共に、それは成る。

 黒い刀。朽木白哉が「ただの斬魄刀」と称したのもわかる。多少の装飾がついているくらいで、浅打と見紛うほどにシンプルで小さい。

 私の双頭龍蛇も大きさこそないけれど、ちゃんと特異な形をしているのに。

 

「戦うのは初めてだな」

「そりゃそうでしょ。私、友達に向ける刃なんか持ってないし」

「その割には笑ってるぜ、お前」

「当然でしょ。──久しぶりに友達と遊ぶんだ、楽しくないはずがない」

 

 槍を、突く。

 止められる。何度突いても変わりなく止められる。

 たった数回しか攻撃してないけど、わかる。

 

 迅い。それも、圧倒的に。

 

「解放する必要があったのか?」

「君達なんか勘違いしてるけど、フツーの時の私はフツーに人間の強度だよ。多少死にづらいけど、それだけ。美少女だからね、そんじょそこらの人間とは違うのは確か」

「そうか」

 

 興味ないなら聞くんじゃない。

 こっちはそれなりに頑張ってるんだぞ。イチゴを傷つけないように斬魄刀だけ狙って、且つこっちが怪我しないように避けて。

 これがどんだけ精密な作業か。

 

「……悪い、華蔵。一瞬で決めるぜ」

「それは無理だよ、黒崎。何故って君は、美少女じゃないからね」

「そうかよ」

 

 イチゴが、その額に手を当てる。

 掻き毟るように。

 

 そこから、仮面が。

 

 ──……生成されない。何か、驚いたような顔をして。

 

「っ……!」

「ちょっとは、痛いよ」

「ぐっ!?」

 

 その腹を、思いっきり蹴る。

 ……弾き飛ばさないとウルキオラがなんかしそうだったし。

 イチゴは美少女じゃないからこれくらいの蹴りは耐えられるはずだ。ちなみに美少女も死なないのでこれくらいの蹴りは耐えられるけど、私が美少女なので美少女力のせめぎ合いでちょっと傷つく可能性がある。

 原作はOPtB……通称オサレポイントバトルを導入していたけれど、こと私の周囲に限ってはBSptB、美少女ポイントバトルが基本だ。

 

 なんて冗談を言っていると。

 

「ハァイお久しぶりです、華蔵サン──剃刀紅姫」

「い、きなり攻撃は! びっくりするって!」

 

 二人が──来た。

 

 さて。

 ごめんね、イチゴ。

 今回は、こっちが正念場なんだよね。

 

 

 

 

「浦原さん。そして、知らない女の人」

「夜一じゃ。……そうか、お主の前では猫の姿でしか自己紹介していなかったか」

「ええ、はい。知ってましたけど」

 

 ウルキオラは、まだ帰る気配を見せない。

 ひーっ、この二人相手に一人はキツい。なんたって夜一さんがいるんだ。美少女というよりは美女だけど、十分。私、この人傷つけるの嫌です。

 

「……嫌な予感、当たっちゃったみたいッスねぇ」

「ああやっぱり。私の能力見た時点で、こっちにつくかも、とか思ってたんだ」

「はい。アナタの考え方は人間や死神のそれよりも、虚側だ。その在り方も、霊圧も。だからもしかしたら、と思ってたんスけど……」

「つまり虚はみんな美少女の思考を有してるってこと?」

「その常識の通じない感じがそうだって言ってるんスよ~」

「それはそうかもしれない」

 

 ウルキオラさんまだですか。お喋りで終わりじゃダメですか。

 これもしかして、私の観察も含まれてる? だからすんなり許可下りたのかな。

 

 それなら……夜一さんはヤなので、浦原喜助ともうちょっと遊ばないとダメかな。

 

「で、やりますか? アナタは、アタシ達と」

「やらないって選択肢あるの? そっち側に」

「無いッス。──啼け、紅姫!」

弧月槍(ランサ・アルコー・ルーナ)!」

 

 赤い斬撃を槍で切り裂く。その場を動く気配のない彼に、こちら側から踏み込む。更に右足を深く入れて、前傾姿勢に。そこから弓なりにした右手を一気に解放し。

 

紅の射槍(ランサドール・ローホ)!」

 

 それを、射出する!

 

「血霞の盾」

噛みつく槍頭(ウナ・レヴォルフィオン)!」

「おおっとぉ!」

 

 これは練習してできるようになった、射出した双頭龍蛇の遠隔操作。今はまだ簡単な操作しかできないけど、いつかはファンネルみたいに自分で動いてくれないかなって思ってる。

 

 左の槍で蹴りをガード。

 

「ほう、気付いたか」

「ダメだよ夜一さん。私、美少女や美女の気配には聡いんだから。絡みつく槍頭(セルピエンテ)

「むっ」

 

 思ったより重くない蹴り。その接着面から槍がぐにゃりと曲がり、足へと絡みつこうとする……けど、逃げられる。

 

 ……あれ、もしかして……ちょっとはやれる?

 なんて驕りはダメ。それで藍染隊長に身体両断されたの忘れたのかって話ね。

 

跳ね回る虚閃(サルタ・ソブレ・セロ)

 

 再度手に戻した槍から放つのは、弾性のある虚閃。スーパーボールみたいに周囲を跳ね回り、跳ね回るほどに速度を増していく。ただし小さいのが難点。

 けど、掻き消さない限りはそれなりに面倒な攻撃である上火傷の状態異常付きなので、そっちにつきっきりになってくれるだろう。ああ一般人に当たらないように計算はしてるよ。

 

 それでも、夜一さんと浦原喜助はイチゴや茶渡を抱えて安全圏まで逃げた。賢明な判断だね。なんかのミスで当たる可能性もあるし。

 

「……もういい」

「ん」

 

 ようやく見限りをつけてくれたのか、ウルキオラが空間に指を置く。

 そこに開かれるは黒腔。私は開けないのでありがたい。

 

「逃げるか!」

「あぁ、夜一さん。コレ、自然には消えないから! 上手く攻撃当てて消してね!」

「うっ、お、おう……ではなく」

「んじゃーねー。ああ、藍染隊長にはちゃんと報告しておくよ。みんな頑張ってたって」

「取るに足らない塵でした、と。報告はしておく」

 

 黒腔が──閉じた。

 

PREACHTTY




鬼道考察&適当鬼道解説

縛道の六十一 六杖光牢 雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて六つに別つ

雷鳴の馬車=雷鳴を運んでくるもの=雷霆、雷雲
糸車の間隙=オムパレーの手元
光もて六つに別つ=光で別けて縛る。
上記からヘーラークレースとオムパレーの伝説に準えた縛道かな、と。
ゼウスによって奴隷となったヘーラークレースがオムパレーの元で恋に落ちる伝説

適当鬼道
縛道の六十 八凱罰元(はちがいばつげん) 散逸する戦禍、冥庭の難行。妻殺す狂気の涯にて八つに嘆く。

上記の感覚でヘーラークレースの最初の妻メガラーとの神話を参考に、十二の難行から帰って来たヘーラークレースがリュコスから妻メガラーを救い出すものの、狂気に陥ってメガラーと八人の子供を殺してしまい、嘆くシーンから。


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第8話 美少女と美人

 グリムジョー達が現世に行った。

 流石に二回目、というのは無理……というかグリムジョーが譲らなかったので、私はお留守番。白い死覇装を改造して可愛くしたり、髪を揃えたり、メイクをしたり。いつもやっている事だけど、いつも以上に念入りなお化粧をして、彼らの帰還を待つ。

 どうなるんだろう、とは。思っている。

 ルピの代替として現世に行くつもりだったけど、それよりも前に第七十刃になってしまった。となれば当然、第六十刃になる、なんて事は出来ない。独断行動による東仙要の私刑。それによるグリムジョーの片腕化と、ルピの参入。これらが無くなって、原作がどう変わるのか……が予測できないのだ。

 誰か他の破面が入るのか、それとも誰も行かずにルピ抜きの再侵攻になるのか。

 

「あの……華蔵様」

「うん?」

「あたし達、本当に何もしなくていいんですか……?」

「その……」

「ああうんうん、いいよいいよ。その場にいるだけでいい」

「アタシは?」

「チルッチもだよ。たとえここに外敵が攻めてきたとしても、出なくていい。全部私がやるから」

「……アンタさ、それ本気で言ってる? 従属官の意味、わかってる? それはアタシ達に存在意義が無い、って言ってるようなものなんだけど」

「虚に存在意義なんかないでしょ、最初から。無いものを無理に虚飾して作り出すくらいなら、無い事を受け入れて美しく振舞った方が得じゃない?」

「……時々、アンタの言ってる事って意味わからないわ」

 

 あんまり、三人はお姫様扱い、というのが気に入っていないらしい。弱いのに、虚らしく戦闘欲求でもあるのかな。美少女が傷つくところは見たくないので、どうしても出ようとしたら縛りつけてでも止める気はあるけれど。

 前にも言ったけど、世界には可愛い美少女と可愛くてカッコイイ美少女の二つがいる。可愛い美少女は戦わなくていいのだ。可愛くてカッコイイ美少女に全てを任せていい。そしてそれを苦に思わなくていい。そういう造形でこの世に生れ落ちた時点で、全てが許されるのだから。

 

「いい? 君達は美少女なんだ。世界から愛され、許される存在。ただし、同じ美少女相手には分が悪い。美少女は美少女にしか負けないし、美少女には美少女しか勝てないけれど、同じ美少女が対峙したらより美少女である方が勝つ。ロリ、メノリ、チルッチ。君達はそれぞれ美少女だけど、ロリとメノリじゃチルッチに勝てないだろ? それはチルッチが芯強い美少女だからなんだ。美少女は外見だけじゃない、精神性まで含めて美少女なんだよ。そして三人がかりでも私には勝てない。何故なら現状私は三世界全てにおいて美少女だから。現世、虚圏、尸魂界。ううん、地獄や断界を含めたって私が一番だ。まだ私は私より可愛い子に会っていない」

「……はぁ」

「私が負けるときは、私より可愛い子に会った時だけだよ。だから安心して、私は負けないから」

「あぁ、はいはい。もういいわ。ロリ、メノリ、こいつに何言っても無駄だから。多少の戦闘訓練くらいならアタシが受け持ってあげるから、いつでも言って」

「あ……うん」

 

 うん、今述べたのは本心だけど、一割くらいは「私に何言われても君達を強くする方法なんか知らないよ」の意味が含まれている。槍もドラゴン化も転生するときに取った能力なので、強いて教えられるとしたら霊力に炎を練り込む手法くらいだ。炎を使えない三人に教えて何の意味があるというのか。

 チルッチが二人をもうちょっとどうにかしてくれるなら、それに越した事はない。

 

「それじゃ、私はちょっと出てくるから。──もっと強くなりたいなら、もっと美少女になればいいよ。どの瞬間でも醜くある事を許さない。それが美少女になる秘訣かな」

 

 そう言い残して。

 私は、第七宮を出た。

 

 

 

 

 

 

「娘子」

「うん? あぁ、お爺ちゃんか。どうしたの?」

「どうしたも何も、ここは儂の宮だ。何用か、と問うたつもりだったが」

「シャルロッテさんにね、ちょっと用があって」

「そうか。呼ぶか?」

「いいの?」

「構わん」

 

 現十刃の中で最も仲のいい破面は誰か、と問われた時、意外や意外だろう、真っ先に名を上げるのはバラガンだ。他がとっつきにくいというのもあるけど、この人……この虚案外常識人なんだよね。自分の権力さえ否定されなければ、ちゃんと会話してくれる。

 今用があるシャルロッテ・クールホーンに始まり、フィンドールやアビラマといった声を荒げる者、チーノンみたいにちょっとコミュニケーションがとりづらい者なんかを配下にしているあたり、そしてちゃんと忠誠を誓われているあたりがコミュ力の高さを伺わせる。カリスマもあるんだろう。

 自分の能力に胡坐をかいている、みたいな描写が多かったけれど、それなら部下は恐怖政治が如くどこか「逆らえないがゆえの忠誠」になっていたはず。チーノン・ボウを自らスカウトしに行ったり失望こそすれど部下を信頼して送り出していたりと、ちゃんと王様として君臨していたんだなぁ、と分からされる描写も多い。

 

 ノイトラみたいに性別で判断したりしないし、ザエルアポロみたいにマトモな会話ができなかったりしないし、ウルキオラみたいにこっちに一切興味が無かったりしないし、グリムジョーみたいにヤンキー過ぎて会話自体を嫌ってたりしないし。

 他がダメすぎる、という点も確かにあるんだろうけど、めっちゃいい人な気がする。

 

「バラガン陛下第一の従属官、シャルロッテ・クールホーン。ここに」

「娘子からお前に用があるそうだ。儂は席を外す。好きなだけ語らえ」

「え、いいよ。私達がどっか行くよ」

「構わないと言った」

「あ、行っちゃった」

 

 尊大だけど、どこか私を孫みたいな目線で見ているような気がしなくもない。虚にそういう親子概念があるのかどうかは知らないけど。

 バラガンが姿を消すと、ようやくシャルロッテさんが面を上げる。

 

「それで? バラガン陛下を通してまであたしを呼び出した理由……相応のものがあるんでしょうね?」

「いや、お爺ちゃんに会うつもりはなかったんだよ。ホント、そんな凄い理由じゃない」

「……ま、いいわ。あんたは私と同じくらい美しいし。あたしが美女で、あんたが美少女」

 

 十刃で一番仲良いのはバラガンだけど。

 破面で一番仲良いのは、従属官を除くとシャルロッテ・クールホーンである。最近ドルドーニとは疎遠。

 

「で、何用なのよ。早く言いなさいよ」

「シャルロッテさんってさ、蹴り技得意じゃん」

「ええ、そうね。あたしは斬魄刀戦闘以外なら、体術主体な部分も大きいし」

「私も武器以外の戦闘は蹴り主体なんだよね。だから」

「何? 教えて欲しいって話かしら?」

「教えられても体格違い過ぎてわかんないから、体術だけで組手してほしいな、って」

「……フフ、いいわよ、いいわよ。でもアナタ……この前、ウルキオラと一緒に現世に行った後、報告会で言動が咎められた時……言ってたわよね。『この女の子を傷つけるというのなら、私はいとも簡単に離反するし謀反を企てるし、なんなら殺す』、って」

「あぁ、うん、勿論」

「あぁん、言い訳しないところが流石ね。ええ、そこが気に入っているのだもの。同じ美しいもの同士、華麗なる組手、しましょうか」

「ありがとう」

 

 シャルロッテ・クールホーンはその身の美しさも勿論あるんだろうけど、何より美しいのはその精神だ。彼女は紛う方なき美人であると、私も認める。

 そして、その上で。

 彼は救う必要が無いと思う。いや、正確には……私に救われることを、望まないと。

 

 閑話休題。

 

 折角バラガンに外して貰ったけれど。

 やっぱり、当初の予定通り……場所を移動する。

 

 外の砂漠へ。でないと色々壊しちゃいそうだし。

 

「まず、初めに……わかっているとは思うけれど、蹴り技のリターンとリスクについておさらいしておきましょうか」

「リターンはリーチとインパクト、そして不意打ちや威力、だよね。リスクはバランスが欠けやすい事と、引き戻すのに時間がかかること、小回りが利かない事」

「ええその通り。だから蹴り技主体というのはあんまり褒められた戦闘スタイルではないわ。斬魄刀戦闘のオマケ、格闘戦闘に取り込む、なんかが有効ね。相手も蹴り技主体で戦ってくれるなら話は別だけど、そんな悠長で寛大な相手、中々いないでしょ?」

「うん」

「あんたは一応その双頭槍がメイン武器で、そのサブとして蹴りを主体にしたい、ってことよね」

「そう。でも、私は小柄で、力も無いから」

「ええ。打撃には向かない。狙うべきは相手の関節や頭部と言った弱点……そして、」

「龍化による斬撃。けどこれは今はいいや」

「そこまでわかってるなら、もう言葉は必要ないわね。んじゃ始めるわよ──あんたとあたしの、華麗なる舞踏会(フィエスタ・ディ・バール)をね!」

 

 瞬間、目の前の靴を屈んで避ける。顔面を狙ったハイキック。がら空きの軸足は、けれど続けざまの踵落としによって体を移動せざるを得なくなり、狙うことができない。

 

「そう! 残された足が弱点になるのなら、それを狙われる前に相手を動かし続ければいいの。蹴り技はどれだけ攻撃を続けられるかがキモ。ただしそれでも弱点は存在するわ」

 

 避ける。避けに徹する。龍化をしない私の体躯では、彼の蹴りを受け止める方法が無い。その威力もリーチもかなう事がない。

 だからこそ、間合いを外さない。常に密着する。そのためによく見て避けて、けれど退かない。

 顔面狙いのキック。ここ!

 

「せ、ぁっ!」

「いいわ。そう、蹴り技の弱点は自分の想定していないタイミングで止められる事。今のあんたみたいに上手く相手の内側に入り込んで伸びきった足を蹴り上げれば、相手は態勢を立て直さざるを得なくなる。それこそがス・キv」

 

 シャルロッテ・クールホーンの横っ腹に鋭い蹴りを入れる。今の状態の私じゃコレはダメージにならないけど、本来は龍化して行うので斬撃になる。だから、シャルロッテ・クールホーンは実戦想定で避けてくれる。

 ただし、伸びきった足を崩された後の回避だ。となればバックステップ、とはいかない。上体を反らしての、更に態勢を崩す形での回避。

 

そこ(デビリダッド)!」

 

 小柄である、ということは、身体の伸縮に多少の短縮がかかるということでもある。成人男性な骨格の多い死神や破面戦闘において、それは差はかなりのアドバンテージになる。

 しゃがみ、蹴り払うはシャルロッテ・クールホーンの軸足。どれだけ体重が重くとも、"一本である"という事実はバランス崩壊の一助となる。

 

「いいわ。でも」

「ッ!」

 

 後頭部を狙った襲撃。防御は、ギリギリ間に合った。けれど身体が前方に吹っ飛ばされる。

 何度か回転し、ようやくブレーキがかけられた時には──シャルロッテ・クールホーンの足が眼前にあった。

 

「……参りました」

「ええ」

 

 足が戻され、手が差し伸べられる。

 それを取って立って砂を払えば、さぁ反省会だ。

 

「自分で、何が悪かったのか言えるかしら?」

「……無理な姿勢からでも出せる蹴り技がある」

「正解。その通り、命のかかった戦いだもの。多少体に痛みが走るからといって、己の隙を埋めない戦士はいないわ。軸足を払われても、身体が空中にあって踏ん張れなくても、"足を引き戻す"という動作だけで十二分の威力を発する事ができる。腰に結構クるけどね」

「あとは、挟まれたりとか?」

「そうねぇ。挟まれる、だけで済めばいいケド、そのままねじ切られるとか、へし折られるとか……」

「想像に易いね。加えてここから斬魄刀の斬撃とか、その能力とかが入ってくるんだし」

「それを言うなら、あんただって蹴り以外の技は持ってるでしょ?」

「うん」

 

 息を整えて。

 シャルロッテ・クールホーンが斬魄刀を抜いたのを見て、私も双頭槍を出現させる。

 

「じゃあ、第二回戦ね。今度は武器有の蹴り技」

「虚閃や能力は無しね」

「当然じゃない。それを使われたら、あたしに勝ち目なんか無いし」

「あはは。──じゃあ、行くよ」

「ええ」

 

 剣戟が響き渡る──。

 

 

 

 

「ふぅ、いい汗かいたぁ」

「本当にね。あんたが解放使った時は違う汗もかいたけど」

「まぁ、私の解放はみんなと同じラインに立つ、くらいのものだし」

「その状態だと、たとえ身体が引き千切られても再生するんだっけ? ホント、不思議な身体よねぇ」

「まぁね」

 

 ──サウナ。

 何を言っているんだと思われると思う。虚夜宮に何作ってんだと。

 でも、耐えられなかったんだ。何日もお風呂に入らない生活。死神としての生活が長い市丸ギンや東仙要は特になんとも思わないとか言ってたし、藍染隊長は「そうだね」しか言わないし。虚には当然、お風呂に入ったりサウナで汗を流す、なんて文化はないし。

 私も霊子状態だから入らなくていい事は確かにそうなんだけど、気分というものがある。メンタルコンディションというものが存在する。

 

 だから第七宮に作った。お風呂とサウナを。

 そして、私のサウナ仲間がシャルロッテ・クールホーンなのだ。なんならここきっかけで仲良くなったと言っても過言ではない。

 

「しっかし……」

「なに?」

「見れば見る程、美少女よね、あんた。服着てなくともそうなのが羨ましいわ」

「シャルロッテさんだってすんごい美人じゃん。私の腹筋、ここまで綺麗に割れてないしさー。この広背筋とか、四頭筋とか……流石すぎる」

「触る?」

「さわるー!」

 

 こういうやり取りをほぼ毎度やってる。

 ここにエロスなど存在しない。美少女と美人が互いの筋肉や体格を称え合う──ただそれだけの場。

 

「……ね、華蔵」

「ん」

「さっきも聞いたけど……あんたは、あくまで人間側のつもり……なのよね」

「うん。今更自分を人間である、とは定義しないけれど、味方するのはあっちだよ。あ、でも別に積極的に虚を攻撃する事も無いかな。私の敵はわからないけど、いつだって私は美少女の味方だから。その敵に回るのなら、容赦はしない」

「そ。本当に潔いのね」

「でも、私は友達も大事にするよ」

「知ってるわ。だってあんたは美少女だもの。友達を大事にしない美少女がいるはずがないわ」

 

 シャルロッテ・クールホーンは、私の美少女観に理解を示してくれている。同時に私も、彼の美醜の概念に賛同を示している。

 気高くあるものが美しいと。それは人間だろうが死神だろうが虚だろうが変わらない。

 

「あたし、もうすぐ死ぬんじゃないかって。そう思ってるのよね」

「……え?」

「ほら、藍染様が今何か画策しているでしょう? あの方の考えてることなんてこれっぽちもわからないけれど……所詮破面はあの方の駒でしかない。あたしはバラガン陛下のために死力を尽くすけれど、それを込みで多分あたしは死ぬ。死神、人間、滅却師。どれに勝っても負けても……ね」

 

 シャルロッテ・クールホーンの顔は。

 それでも、悲しいものではなく。寂しいものでもなく。

 

「でもね、あたしも同じ」

「……シャルロッテさん」

「あたしも……あたしより美しいものにしか、負けるつもりはないわ。美しいと、そう認めなければ……どれほど身体を潰されようと、どれほど格差を見せつけられようと、負けてやるもんですか」

「……大丈夫。シャルロッテさんは、美人だから。それは私が保障する」

「ええ、美少女のあんたが保障してくれるなら、あたしの自信もより強固なものになる。……お互い、頑張りましょ。あんたは美少女のために。あたしは己の美しさのために」

「うん。……また遊ぼうね」

 

 そんな感じの、現世侵攻の裏っかわ。

 破面にできた、私の友達の話でした。

 

 

PREACHTTY

 

 

 グリムジョーが敗衄して帰って来た。連れて行った破面らは全員死亡。私が見に行く前に、彼は右腕を失くしていた。原作通り、東仙要に斬られたのだろう。

 

 ここから私がやれることは少ない。

 原作で言う現世侵攻のメイン、ヤミー、ルピ、グリムジョー、ワンダーワイス、そしてウルキオラ。ここにどーにか入れないかなーって思ってるんだけど……どうかなぁ。ルピがいない枠にどーにか入れないものか。

 入れなかった場合、本当にやることなくなっちゃうんだよな。

 

「構わないよ」

「……私が離反する、とか考えないんだ?」

「それでも構わない、と言っている。華蔵蓮世。君がどう行動し、何を思い、何処へ転ぼうとも構わない。私が君に求めている事は、まさにそれだからね」

「あぁ、そう。じゃあありがたく。織姫誘拐はウルキオラがやるんでしょ? んじゃ陽動隊にねじ込ませてもらうよ」

「ああ。ただし、指揮を執るウルキオラの言う事はある程度聞くように」

「はいはい」

 

 やることできました。

 うーん、風通しのいいというか、なんというか。

 

 何しても構わない、と来たか。

 ……確か、私は"崩玉の自然発生例"として、その実験材料としてここにいる、んだっけ。

 だから、思うままに振る舞って、それが起こす事象を観察できればそれでいい、とかなのかな。

 

 ま、藍染隊長の考える事を、原作以外において私が予想できるとは思えない。

 好きにやって良いと言われたんだから好きにやろう。

 

 

 

 

 さて、決行の日。

 黒腔を通るは四人。グリムジョー、ヤミー、ワンダーワイス、そして私。これは余談なんだけど、グリムジョーは片腕を斬られただけで、番号は失っていない。後釜は見つからなかったらしい。だからグリムジョーは復讐心に燃えこそすれど、焦ってはいない。ちょっとイチゴとルッキーアの方が危険かな、とも思うんだけど、ヒラコがいるから大丈夫だろうという信頼もある。

 

「しっかし、十刃三人使って陽動作戦とは、ウルキオラも中々慎重だよなぁ」

「まぁ解放ができないし、尸魂界の補充戦力もそれなりにいるみたいだしね」

「……」

「あああー」

「なぁ、オイ。ここだけの話、俺はこの変なの苦手なんだよ。相手、頼んでもいいか?」

「実を言うとね、私も苦手なんだ。言葉が通じないし、私が話しかけると逃げられるし。でも……」

 

 ヤミーと一緒にグリムジョーを見る。

 

「あァ? なんだ?」

「なんでもないよ、グリムジョー」

 

 溜め息。

 

「無理だよね」

「無理だなァ」

「まぁ……多分、相手にしなくても勝手に何とかすると思うし。気にしなくていいんじゃない?」

「そうすっかぁ」

 

 ヤミーとは、別に仲良くはないけど。

 こいつも割と話せるんだよな。雑魚と思った相手は雑魚としてしか取り合わないけど、一度認めたら普通に仲間として扱ってくれるというか。

 

 そろそろ出口だ。

 さて――ちょっとぶりの現世。

 

 美少女傷つけない程度に、楽しく行こうか!

 

 

 

 

 

「──久しぶりだな、華蔵蓮世。あの時は雛森が世話になった。その事そのものについては、礼を言う。お前の応急処置と助けが無かったらと思うと……ぞっとしねぇ」

「ああ、良かった。雛森ちゃん無事だったんだ。ごめんね、ホントは刺される前に助けたかったんだけど、間に合わなかった」

「いや、大丈夫だ」

 

 えー、凄く友好的です。

 私についているのは二人。シロちゃんと乱菊さん。美少年と美女だ。あーけど美少年は範囲外なんだよねぇ私。

 班目一角と綾瀬川弓親はそれぞれヤミーとワンダーワイスと対峙している。原作とは違う展開だけど、然程大した差にはならないだろう。あ、グリムジョーは当然のように単独行動ね。

 私達に課せられた任務はただ一つ。

 織姫誘拐のための時間稼ぎ、だ。殺せ、とかそういう命令は入っていない。

 

 だから、楽しもうと思っては来たけど、別にこのまま雑談でもいい。

 

「……華蔵蓮世」

「あ、華蔵でいいよ。華蔵ちゃんでも」

「お、おう。あー……華蔵。今からでも尸魂界に戻ってくる気はねェか? お前は……連れ去られただけだろう。藍染には敵対してたはずだ」

「アンタに対して、尸魂界は罪に問うつもり自体ないわ。結果的にアンタは何もやってない。どころか雛森や一護達を守り続けたって誰もが知ってる。藍染側についたとされている今でさえ、こっち側の戦力に致命傷を与えた事は一度も無い」

「ゆえに、今。尸魂界側に戻ると──お前が言うなら、それで終わりだ。勿論死神として、じゃなく、現世の人間として日常に戻り得る。多少の封印や制限はかかるが、人間として生きていく分には何も問題の無いレベルだ。……どうだ?」

 

 物凄い温情措置だ。

 裏切ったに等しいのに、現世へ返してくれる、なんて。

 

 ああ──まぁ。

 私が原作を知らなければ、勢いよく頷いていたんじゃないかな。

 

「ありがとう。でも、ごめんね」

「……そうか」

「私は美少女の味方だから。人間の味方でも、死神の味方でも、虚の味方でも、滅却師の味方でもない。美少女在る所に私はある。あっちにも、私が守るべき美少女がいるんだ」

 

 双頭槍を──向ける。

 笑って。

 

「だから今は、ここで散ってほしい」

「なら、仕方ねえ。──松本!」

「はい! 唸れ──灰猫!」

「霜天に坐せ、氷輪丸!」

 

 まず、一歩。

 二人の中間に入り込んで、シロちゃんへ突きを放つ。

 

「速い──」

「くっ!」

 

 双頭槍の良い所は、前後どちらにも攻撃が放てることだ。普通の槍より威力に劣る分、フェイントなどの小技は長ける。

 シロちゃんの刀が双頭槍に触れた瞬間、こっちの槍が氷出す……けれど、残念。

 瞬時に燃え盛る槍に、シロちゃんが大きく退いた。

 

 相性は最悪だよ。大紅蓮氷輪丸の最終形態になられると困るけど。

 

「唸れ、灰猫!」

黒龍の吐息(アリエント・ディ・ダラゴネグロ)

 

 灰の斬撃。付着したが最後、刀身の無い柄を振るうだけでそこ斬撃が走るとかいう結構凶悪な斬魄刀。その弱点は、灰を付着させなければどうしようもない、ということ。防御にもそこそこ使えはするものの、こうやって吹き飛ばされると苦しい。

 

 背後からの氷撃に、槍で対応。私の炎熱はしっかり彼の氷を溶かしていく。

 

「……随分と余裕だな。解放しねぇのか」

「いやだって、解放したら霊圧上がっちゃうじゃん。ヤだよ、霊圧で一般人気絶させるとか。中に友達とか美少女混じってたらどうするのさ」

「あんた……ほんっとに美少女ありきなのねぇ。あ、そうだ。一応聞くけど、もしここに雛森がいたらどうしてたの?」

「絶対攻撃してないよ。縛道とかで縛っとく。ああでも雛森ちゃん相手に縛道は悪手か。うーん、どうにか雛森ちゃんだけ引き剥がして、日番谷さんと乱菊さんの相手をする……とかかなぁ」

「あたしを傷つけるのはいいのね」

「いや全然良くない。美女だって勿論守りたい。けど、美女は自分の身を護る術を心得ている人が多いからね。美少女と違って私が守るまでも無いって感じ」

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」

「松本ォ! 無駄口叩いてないで、合わせるぞ!」

「はぁい隊長」

 

 私の周囲を囲うように、灰と氷が回転を始める。

 全方位攻撃かな。

 

 ……いや。

 灰が、礫の形を取り始める。それに引っ付いていく氷。これは。

 

大龍硬殻(エンセーラス・エラ・カスカラ)!」

 

 避ける事、溶かすことを諦めて全身に龍皮を纏い、丸くなる。

 射出音。ズガガガガという工事現場みたいな音が周囲に響くけれど、ダメージはない。ただ、引っ付いてくる氷が段々と広がって……。

 あー。

 

「別て、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

 

 そのまま動けなくなりそうだったので、解放した。

 もう少し縛りをしていたかった。結局蹴り技も使えてないし。折角シャルロッテ・クールホーンと修行したのになぁ。

 

「よく溶かそうとしなかったな」

「今の、名付けるなら真空氷礫(ひょうれき)って感じ? 灰猫で鋭い礫の形を形成して、その周囲に薄い氷を這わせた後に灰猫を抜いて、中が真空の氷礫を作る」

「隊長、あたし達の合わせ技、簡単に見抜かれちゃいましたけど」

「うるさいぞ松本。見抜かれたって言わなきゃ見抜けたと確信できなかっただろ」

「あんな確固たる口調で言われたら頷かざるを得ないでしょ」

 

 原作読んでたからわかった。

 日番谷冬獅郎は他のキャラクターに比べても斬魄刀での技が多いからね。しかも漢字と技の内容が一致しててわかりやすいし。あとすぐ説明してくれるし。だからOPtBで負けること多いんだけど。

 

「だが……解放したな」

「さっき言ってたことと違うけど、いいのね?」

「いやだって、そっちが限定解除してる時点で尸魂界側が大丈夫だって判断したって事でしょ。だったらまぁ、同じくらいの力は出すよ」

「そうか。──だが、同じじゃない」

 

 霊圧が集中する。

 空気が冷えていく。

 

「──卍解」

 

 噴き出る。溢れ出る。

 彼の霊圧に、大気の水が怯えている。

 

「大紅蓮氷輪丸!!」

 

 その、姿に。

 

黒龍化(ダラゴネグロ)

 

 あぁ──感化されてしまった。

 

 もしかして、これが狙いなのかな、藍染隊長。




初期十刃の考察。

 初期の十刃は10人ではなく7人だった、と師匠が言ってましたね。名前も十刃ではなかったし、モチーフも人間の死因ではなく七つの大罪だったと。

 そこで、じゃあ誰だったんだ、っていう考察です。
 まず判明している初期メンバーがバラガン、ザエルアポロ、アーロニーロ、ヤミー。

 これを七つの大罪に当てはめると、
憤怒 ヤミー
傲慢 バラガン
強欲 ザエルアポロ
暴食 アーロニーロ

 ……に、なる気がします。諸説あり。
 で、残りの
嫉妬
怠惰
色欲
 なんですが、元々これら十刃の源流はバラガンの配下にあるとされていて、そんなら現バラガンの配下が幾人か入ってるんじゃないかと考えました。まだ破面もどきしかいない時代ですからね。
 なんで、
嫉妬 シャルロッテ
怠惰 チーノン・ボウ
 になるんじゃないかな、と。(シャルロッテが色欲ではなく嫉妬なのは、より高みを目指す=上に嫉妬し続けるの意。色欲というわけでもないですしね)
 で最後の色欲ですが、これは判断が難しい。バラガンの配下に色欲らしい破面はいないし、なんなら作中に登場した破面全てに色欲っぽいのはいません。
 なんで色欲は「いたけど死んだ」か「別に色欲っぽくないけど人数合わせであてはめられた」のどっちかになると思うんですよね。まぁ後者はないです。
 多分、「いたけど死んだ」「いたけど殺された」が正しいんじゃないかなーと。ノイトラ程顕著ではありませんが、女性の破面を嫌う破面は多く、色欲が女性だったら襲われてそうだなー、と。あるいはチルッチとかドルドーニとか、十刃落ちが前任してた可能性もありますが……やっぱりどっちも色欲っぽくはないので、死んじゃったんじゃないかな、と。

 以上煮え切らない考察でした。


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第9話 離反開始! 前々から言ってたことだし

 片や、冷気振り撒く氷の竜。

 片や、炎熱滾る黒鱗の龍。

 

 卍解・大紅蓮氷輪丸。

 そも、卍解とは死神として頂点を極めた者のみに許される、斬魄刀戦術における最終奥義。シロちゃんのこの大紅蓮氷輪丸も、完成状態ではないというのに凄まじい能力を揮う力の権化。具象化に至るまでの積み重ね、そして至ったとしてもさらなる鍛錬を必要とする──ホントのホントに最終奥義だ。

 

 対して私の黒龍化はどうだろう。

 これは結構考えていた事でもある。

 

 生身の私、というのは非常に弱い。たとえ霊子化しようとしていなかろうと、自身の蹴りの威力で自分の骨が折れたり、多少の傷や出血で意識を失ったりと、かなり脆いつくりをしている。人間の少年……美少女であると考えたら当然のことなんだけど。

 では双頭龍蛇はどうだろう。アレを解放だと呼ぶ人もいるけれど、私はそうは思わない。どちらかというとイチゴが死神になるような、死神が浅打を渡されるような、つまりマトモに戦えるようになるための解放であって、死神の始解、卍解や虚の帰刃のような、急激な能力の上昇を指すものではない。

 これはあくまで私が彼らと同じステージに立つための呪文のようなものでしかないのだ。

 

 ならば、龍になることは。

 

「──久しぶりだな。その姿を見るのは」

黒龍化(ダラゴネグロ)。私はそう呼んでる」

「その状態になったってことは──やる気がある、ってことでいいんだよな」

「仕方なくね。大丈夫、殺しはしないよ。ただ」

 

 口元に蓄えるは、メラメラと音を立てる炎。

 

「ちょっとは、熱いかもね。黒龍の吐息(アリエント・ディ・ダラゴネグロ)!」

 

 火炎を吹きかける。

 即座に飛びたち、その場を脱するシロちゃんに、けれど炎は追随する。彼の足、彼の翼。恐らくは体のほとんどが氷でできた彼を、そんなもの一瞬で溶かしきる炎が追い縋る。

 シロちゃんは冷静な目で私の炎を避け続けた後、かなり遠くにまで立って──止まった。

 当然そこに向けて炎を吐く。

 

 しかし。

 

「射程は、ここまでみたいだな」

「……!」

 

 届かない。

 炎の舌先はシロちゃんの眼前を舐めるばかりで、その身に辿り着かない。

 射程。そんなもの考えたこと無かった。

 

「だが、俺の卍解は四方三里に影響を及ぼす。──この程度の距離でついてこられなくなるなら、お前に勝ち目はねぇ」

「ご親切にどーも。なら、伸ばせばいいだけだよ。黒龍の噴炎(ラ・フォムローラ・デル・ダラゴネグロ)!」

 

 口から吐いたものが届かないのなら、砲身を絞ればいい。

 炎というよりは火炎放射だ。範囲は狭まるけど、射程は上がる。

 

「唸れ、灰猫!」

「ッ」

 

 咄嗟に翼をはためかせ、それを避ける。

 首筋に冷気。急上昇!

 

「範囲を狭めるってことは、今まで以上に顔を動かさなきゃならねぇってことだ。そしてよく狙わないといけなくなる。どこか一点に集中する事は、他に対して散漫になることと同義。二対一なんだ、つけ入る隙はいくらでもある」

「それに、巨体過ぎるのも難点よねぇ。どこでも簡単に斬れちゃうし」

「そうかな」

「ッ!?」

 

 それが弱点だというのなら、身体ごと動けばいい。

 ドラゴンが脅威となり得るのは、炎がどうとか、硬いからとか、爪がどうだ、とかじゃない。

 

 大きいから、やばいのだ。

 その翼をはためきで。その足の一振りで。

 世界へ多大なる影響が出る。巨体過ぎるのが難点? まさか。

 

 巨大なら、それだけ。

 

「リーチが長いってことだよ──龍皮の一撃(プノ・デ・ピエル・ディ・ダラゴン)!」

「く──氷輪丸!!」

 

 確かに炎の噴射だけが私の能力なら、そうだったのだろう。

 けれど、違う。私の龍化はただそれだけで強い。ただそれだけで、大いなる破壊を齎し得る。本来は拳で行う、けれど今は翼で行ったただの打撃が、シロちゃんを彼方にまで吹き飛ばす攻撃になれるのだ。

 

「隊長! このっ、唸れ──灰猫!」

 

 灰が付着する。

 ──意識しろ。私の皮は、人間の頃とは違う。

 

 この黒鱗が、どれだけ硬いか。

 

「はぁ──……ッ!?」

 

 刀身の無い刀が、何かに弾かれた。思わず仰け反る乱菊さん。

 灰がついても、巨体故に避けられなくても。

 

 私は硬いのだから、斬れない。

 問題ない。

 

「──ちょっとは、冷てぇぞ」

黒龍の吐息(アリエント・ディ・ダラゴネグロ)!」

 

 暗雲には気付いていた。

 原作を知らなかったら食らっていただろう、降雪。その雪花一枚一枚が、触れたものを瞬時に凍り付かせる凶悪なる雪。

 だけどこれも、溶かしてしまえば問題は無い。

 

 ……ふと、シロちゃんの顔が目に入る。

 冷静な、冷たい目。

 技を打ち破られた時のそれではなく。

 

 ただ対象を観察するかのような、そんな──。

 

「……言ったはずだ」

 

 身体の自由が利かなくなる。

 背中だ。翼や身体じゃあない。背中。首。頭部。意識外の至るところ。

 

 冷たささえない、小さな小さな雪霞。

 

「そんな程度で払ったつもりなら──お前に勝ち目はない」

 

 それが華を咲かせる。一つや二つではなく、無数に。私の巨体を、氷の花が埋め尽くす。

 氷に埋もれていく私の前に、シロちゃんは──日番谷冬獅郎は、ゆったりと降りた。

 

「まだ、名乗ってなかったな。……護廷十三隊十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ。お前には礼がある。だから、痛み無く──その命を終わらせる」

 

 凍り付く身体は、次第に、感覚がなくなって行って──。

 

「氷天百華葬」

 

 私は巨大な氷華となった。

 

 

 

「拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

「!」

 

 

 全身が炎に包まれる。

 私の炎は虚閃の延長線上にある。亜種といってもいいだろう。ゆえに、別に口からでなくとも出せる。スタークのようにノーモーションで、となるとかなりの集中がいるけれど、その時間は今シロちゃんが与えてくれた。

 背中に氷の華が咲いた時点で、準備をしていたんだ。

 

 氷の華が溶けていく。

 燃え盛る黒龍は、果たして彼の目にどう映っているだろうか。氷の竜にとって、私は。

 

「やっぱり、相性は最悪──そうでしょ?」

「……チッ」

 

 技術的に劣る部分は多々あろうが、それをごり押しできるパワーが私にはある。

 

 藍染隊長に監視されているかはわからないけど、何かしらで記録されているだろう今、まだアレを見せるわけには行かないのだ。

 なので、黒龍化だけでなんとかしたい。

 

「お礼にね、一つ、良いものを見せてあげよう」

 

 でも多分それだけじゃあお気に召さないだろうから──私からも、奥義を一つ。

 

 口に集束させるは虚閃の光。

 だけどただの虚閃じゃあない。

 

波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)

 

 私の炎をこれでもかと練り込んだ虚閃。跳ね回る虚閃(サルタ・ソブレ・セロ)から更に派生した、弾性と粘性を併せ持つ虚閃。

 それは、次から次へと燃え移る破壊の力。波状に広がる虚閃だ。

 

「ッ、遅い!」

 

 あぁ、そう。

 だから、早い事は早いけど、避けるのは簡単だろう。

 

 問題は──避けて良いものか、という点。

 

「……ッ、不味い、松本! 灰猫で止めろ!」

「はい!」

 

 一度は避けたシロちゃんたちも気付いたのだろう。

 この炎の波は、止まらない。どこまでもどこまでも広がり続け、どこまでもどこまでも大きくなっていく。回転すればするほど破壊と炎を練りこんで、大きく大きく──強く。

 

 氷で追い縋ろうと、止められはしない。

 灰で追いつこうと、止められはしない。

 

 その輪は──さて。

 どこの山にぶち当たるまで、止まらないかもしれない。

 

「啼け、紅姫!」

 

 ──……え。

 いともたやすく止められた。止められた、けど。

 

 あ、そっか。

 原作と違って、ヤミーの相手を班目ハゲが、ワンダーワイスの相手を綾瀬川弓親がしているから……浦原喜助の手が空いているんだ。

 

 って、ワンダーワイスの相手を綾瀬川弓親?

 ──無理、じゃない?

 

「ふぃー、危ない危ない。段々容赦がなくなってきてますねぇ。今の、どこぞの山にでも当たってたら……地形、変わってたんじゃないスか?」

「浦原さん。こっちにはアピールというものをする必要があるんだよ。藍染隊長にね」

「あっけらかんとしてますねぇ。そんなんでいいんスか? アイゼンサマに怒られちゃったりしないんスかぁ?」

「しないしない。意外と放任主義だからね、彼。それに──」

「それに?」

 

 紅姫に止められた炎の虚閃を。

 再稼働、させる。

 

「!」

「成果は十分だし。──そろそろいいでしょ、ウルキオラー!」

「ああ。丁度、完了したところだ」

 

 案外近くから聞こえた声に、龍化を解除する。

 波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)に浦原喜助が手間取っているのを見届けつつ──空から降り注ぐ光、反膜につつまれて、ほっと一息。

 

 うん、今回も無事、誰に致命傷を与えるでもなく終われたね。綾瀬川弓親と班目一角は知らないけど。

 

「ネガシオンか……」

「うん。……じゃーね、日番谷さん。雛森ちゃんによろしく。あと、なんか気に病んでたら、気にしないでって言っといて。それじゃ、ばいびー!」

 

 こうして。

 私の無理矢理介入☆現世侵攻は、特に何もなく終わったのだった。

 

 

PREACHTTY

 

 

「んー、織姫! 会いたかったよ~久しぶり! この前ぶり!」

「か、華蔵ちゃん……他の人見てるから……」

「見せつけようよ、私達の仲良しさ! あ、前も言ったけどこの子に手ェ出したら殺すから。藍染隊長でもね」

「……華蔵蓮世。少しは口の利き方を」

「構わないよ、要。それに、井上織姫の能力を求めたのは私だ。華蔵蓮世同様、彼女に傷をつけることは、この私も許さない。いいね?」

「織姫織姫織姫~……あぁ、この美少女力。流石すぎる。流石私に匹敵する美少女……!」

「華蔵ちゃん、い、今偉い人がお話してるんじゃ……」

「知らない知らない。あ、じゃあ織姫の部屋行こうか。そこで色々お話しよう。積もる話、いっぱいあるし! いいよね、藍染隊長」

「構わないよ」

「わぁい」

 

 今後織姫が使うことになる監禁部屋に彼女を連れて行く。

 その際様々な視線を感じたけど無視無視。特にノイトラとグリムジョーから鋭い視線を感じたけど無視無視。

 

 

 そうして、部屋に入って。

 

「ふぅ……織姫~!」

「お、落ち着いたんじゃなかったの~!? ちょっと華蔵ちゃん、痛い、痛いよ。そんな強く掴まないで~!」

「いやぁ、だって、久しぶりの織姫だもん。あと竜貴もいてほしかったなー、とか思わないでもないけど、織姫だけでもじゅーぶん嬉しい。安心してね、織姫。私が生きている限り、織姫に傷はつけさせないから。他の十刃でもぜーんぶ殺してあげるから!」

「う……う、うん」

 

 アレ。

 引いてる。

 あ、私学校でこんなテンション高い奴じゃないんだっけ? もう忘れちゃったなぁ。

 

「……本当にね、大丈夫だよ、織姫」

 

 もうちょっとテンションを下げて、言う。

 そして──改造死覇装の一部はだけて。

 

 胸を、出して。

 

「か、華蔵ちゃん!? ……って、え、それ……」

「今の私は、第七十刃(セプティマ・エスパーダ)。数字は能力の優劣じゃないよ。大丈夫、六番にも五番にも勝てる自信はあるから」

 

 右胸に掘られた七の文字。美少女の胸を見られるなんて、同じ美少女の特権だぞ!

 

「そ……そう、じゃなくて……胸、それ」

「ん? ──あ、もしかして」

 

 もうちょっと開ければ。

 ──心臓の、ちょっと上らへんに、ぽっかりと開いた孔。

 

「そりゃ開いてるよ。だって私、虚だし」

「……え、な……なんで」

「というのはうっそー!」

 

 再生させる。

 孔なんか空いてない。双生樹(アンボース)。ウルキオラとは違う、能力として分離した超速再生だ。身体が千切られようが串刺しにされようが、潰されようが凍らされようが──霊力ある限り瞬時に再生する。まぁ限度はあるけど。

 

「……華蔵ちゃん」

「ブラックジョークだよ、織姫。だからそんなに怒らないで」

「やっぱり……もう、元の華蔵ちゃんじゃ、ないんだね」

 

 ──……。

 

 うん。それは、もうね。

 

「何度も言うけど、大丈夫だよ。安心して、織姫。私は……うん。変わっちゃったと思う。元々そうだった、が正しいかな。人間の体は……枷でしかなかったから。だけど、ううん、だからこそ。私は虚側として、君を守るよ。君が誰かを守るためにここへ来たのはわかってる。だから、私は誰かを守っている君を守る」

「……ありがとう、華蔵ちゃん」

 

 大丈夫。

 変質している自覚はあるから。

 

 それでも、私が美少女の味方であることに変わりはない。

 

「それじゃ、私は行くよ。織姫、欲しいものがあったら私に言ってね。第七十刃権限で色々作らせたりできるから」

「う、うん。……あの、華蔵ちゃん」

「ん?」

 

 織姫が、何かを言いかけた。

 けど。

 

「あのね、黒崎く──!?」

「あ……来たね」

 

 虚圏を激震させる霊圧。巨大な二つの霊圧と、そこまででもない一つの霊圧が──この世界に入り込んだことを知らせてくる。

 

「な……なん、で」

「なんでかは、教えてあげない。じゃーね、織姫。君に着くのはウルキオラっていう表情筋死んでる奴になると思うけど、まぁ悪気はないから許してあげて」

「別に許す必要はない。許される理由もない。俺がお前たちに許しを乞う事も無い」

 

 あぁ、来たね。

 

「それじゃ、後は任せたよ、ウルキオラ。わかってると思うけど──」

「何度も言うな。わかっている」

「ならいいや」

 

 部屋を後にする。

 さて……それじゃ、諸々の用事を済ませに行きますか。

 

 

 

 

 

「ドルドーニ」

「む……おお、嬢ちゃん(ベベ)か。久しぶりだな。吾輩に何か用か?」

「別れの挨拶をね」

「……フフ、これはまた随分と、はっきりものを言うようになったな。吾輩と嬢ちゃん(ベベ)は友人……ではなかったか?」

「そうだけど、君は、私に助けられることを望まないと思って」

 

 ここに向かう霊圧。

 覚えのあり過ぎるそれと──救いたいソレ。

 

「その通りだ、嬢ちゃん(ベベ)。吾輩の死に場所は戦いの中だと決めている。誰ぞ彼その庇護など受けない」

「うん。だから、お別れ。私は人間として虚の存在意義を否定するけれど──同時に、その最期にこそ輝くものがあると知っている」

「……全く甘いな、チョコラテのように」

 

 生きている内に輝くのが人間なら、死に際に強い光を発するのが虚だ。死後は死神の領域。

 

「これからどこへ行く」

葬討部隊(エクセキアス)とアーロニーロを潰してくる」

「──は?」

「君の言う通り、もう甘さは捨てるよ。──仲間だと思えないモノには、存在価値を見出さない事にした。ハイエナと失敗作。どちらも必要ないよね」

「ベ……嬢ちゃん(ベベ)、どうしたのだ。吾輩の知っている君は」

 

 そのような暗い顔を、していなかったぞ。

 

 ──言葉は天へと導かれ、消える。

 押し黙ってしまったドルドーニに、けれど続けたい言葉は読み取った。

 

「お互い、良い最期を遂げようね」

「……」

 

 手を振って。

 私は、三ケタの巣を後にした。

 

 

 

 

「これは、これは……第七十刃(セプティマ・エスパーダ)様。何か御用でしょうか?」

跳ね回る虚閃(サルタ・ソブレ・セロ)

「──!?」

 

 遠慮はしない。迷いもない。

 数多の人骨を虚閃で、砕き、中心にいるルドボーンに双頭槍で斬りかかる。

 受け止められたら足払い。空中に避けられたら虚閃。それさえも防がれるなら。

 

紅の射槍(ランサドール・ローホ)

 

 投げる。

 轟音と共に射出された紅の槍は、ルドボーンを捉え。

 

「っ、生い上がれ、髑髏樹(アルボラ)!」

炎痕(ルラマ・ラストローズ)

 

 解放しても攻撃の手休めない。

 

「ご──ご乱心、ご乱心だ! 第七十刃(セプティマ・エスパーダ)様が、我々を裏切っ……」

「初めから、仲間じゃない」

「!」

 

 大口を開ける。

 小さな身体。美少女の体に。

 

 巨龍の口が、帳を上げる。

 

「何故──何故、何故ですか!?」

「何度も言っているけれど」

 

 燃やして、噛んで、飲む。

 無限に生まれようと関係ない。根から引き抜いて、食べきればいいだけ。

 

「私は美少女の味方だから。──可能性の芽ですら、許さない」

「なに、を……」

「恨めばいい。嘆くといい。未遂であろうとなかろうと、私は美少女を傷つけるものを許さない。乱心ではない。離反でもない。謀反ですらない。私は美少女ではない藍染隊長の味方をした記憶は、ひとかけらも無い」

 

 だから。

 

「──美少女でないお前は、死ね」

 

 周囲の砂ごと。

 焼いて──食べた。

 

黒龍虚食(ボラフィダッド)

 

 さて……次だ。

 

  

 

 

「ナ……ナンダヨ、カグラレンヤ」

「侵入者のいるこの時分に、何用だ?」

「君を殺しに来た」

 

 アーロニーロ・アルルエリ。

 十刃の中では唯一のギリアンであり、どちらかというと破面もどき、と言った方がしっくりくる見た目の十刃。第九十刃だ。

 その能力は食した虚の力を自分の物にできる、という能力。食した数は33650体。確かに彼を考えれば、私がどれほどギリアンを共食いしたって進化ができるはずもなかったか。彼がこれだけ食べて、これだけ弱いのだし。

 

 第九十刃(ヌベーノ・エスパーダ)

 その名は、最弱を意味する。

 

「言っている意味が分からないが」

「ドウシチャッタノ? アタマオカシクナッタ?」

「私の司る死の形は知っているでしょ? ──もう、来ちゃったからさ。なりふり構ってられなくなったんだよね」

 

 私の司る死の形は、陶酔。

 これは原作のゾマリ・ルルーでいう藍染隊長への陶酔ではなく、自己陶酔、そして美少女への陶酔だ。ああ、藍染隊長はよくわかっているのだろう。

 そして、いつからか。

 

 抑えが利かなくなってきているのが、わかる。

 

「く──水天逆巻け、捩花! ハ──どうだ、この力。お得意の炎も水の前では」

九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)

 

 作り出すのは、超巨大な炎の球体。

 圧縮に圧縮を重ねたソレは、波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)の逆。内側へ内側へと入り込み続ける液体炎の虚閃が、己自身で強くなり続ける塊。

 

 もっとも、これが太陽光になるとは思えないけれど。

 ただ──単純な破壊力として。

 

黒虚閃(セロ・オスキュラス)

 

 更に追撃をして。

 

 解放される前に、そして認識同期が為される前に──アーロニーロ・アルルエリは絶命した。

 志波海燕の斬魄刀は、一旦預かっておこうかな。

 

 



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第10話 華蔵覚醒、ようやく得た力

「アーロニーロ。やられたよ」

「……知ってる」

「しかも、誰にやられたかわかんないくらいソッコーで」

「みてぇだな」

「……いいの?」

「……さぁな。どうしろっつーんだよ……俺に」

 

 そこに、二人がいた。

 少女と男。

 リリネット・ジンジャーバックと、コヨーテ・スターク。

 

 アーロニーロの死は、彼の霊圧が消えた事でわかったものだ。第九十刃の認識同期の能力ではない。それをする前に、アーロニーロは絶命した。

 下手人は誰か。

 侵入者か。

 

 ──どこまでの十刃がわかっているかはわからないが、少なくとも二人にはわかっていた。

 彼を、仲間を殺したのが誰なのか、など。

 

「……あいつ、多分止まんないよ。スタークだってわかってたでしょ。()()は、確かに虚だけど……あたし達の味方じゃない。みんなが思ってるより、あいつが思ってるより、ずっとずっと狂ってる。ザエルアポロの奴よりも、ずっと」

「……みてぇだな」

「止まんないよ、本当に。もしかしたらスタークのトコにも来るかも──」

 

 言葉はそこで止まった。

 気付いたからだ。己らの部屋。その外にある、燃えるような霊圧に。

 

「……」

「スターク、起きて。寝っ転がってないで起きて……不味いよ」

「あぁ、安心して、リリネットちゃん。私、美少女には何もしないから」

「!」

 

 背後にいた。それは。探査神経をすり抜けたその移動法は、彼が人間であったがゆえにできないと何度も嘆いていたもの。第二十刃の従属官に教えを乞うたり、十刃落ちの元にも足繫く通って──けれどできなかったもの。

 今のは、響転だ。

 

 抱きすくめられる。リリネットが。

 

「ちょ──何すんっ、放せよ!」

「ね、スターク。この前言った通り、リリネットちゃん私にくれない? 一心同体なのは知ってるけどさ、リリネットちゃん可愛いよ。ずるいよ。ねね、ちょーだい」

「バッカじゃないの!? アタシ達が離れるわけないじゃん!」

「あー……まぁ、そうだな。ここにいる間は好きにしてくれていいが、持ってくのはやめてくれ」

「好きにしていいってなんだよ! この馬鹿スターク! って、あっ、ヘンなとこに手入れるなぁ~!」

 

 リリネット・ジンジャーバックがあらぬことをされていても、コヨーテ・スタークは動かない。

 殺意が無い事など初めからわかっていた。彼が仲間ではない事も知っていた。

 

 それは、けれどある意味でコヨーテ・スタークを含む十刃と同じ。ただ、より線引きが明確なのだ。その線の中に入らない限り、彼の目には塵にしか映らない。

 ただし、その線引きの中に入っていたとしても──彼の齎す寵愛は、仲間のそれではない。籠の中の鳥を愛でるような、存在意義の否定。尊厳の破壊。

 司る死の形は「陶酔」。彼の感情の向く先は己でしかない。己に陶酔し、守る己に陶酔し、変わる己に陶酔し。

 

 はじめから、だ。

 コヨーテ・スタークが初めて彼を目にしたときから、わかっていた。

 

「……盗るなよ」

「君が諦めなきゃね」

 

 いつか、コイツは──己の大事なものを。

 

 

PREACHTTY

 

 

 三ケタ(トレス・シトラス)の巣は早々に片付けられた。ドルドーニとガンテンバインは善戦したようだけど、イチゴと茶渡に敗れて──死んだ。私が見に行った時には、そうなっていた。ルドボーンは私が殺したからドルドーニを殺したのはイチゴなのだろう。

 ちゃんとチョコラテを捨てたのか。あるいは、ドルドーニがその命の最期までを削って戦ったのか。

 

「……このまま、ザエルアポロの実験体になるのも……涅マユリに持ってかれるのも、嫌だからさ」

 

 ガンテンバインとは仲良くなる機会がなかったけれど。

 君は、友達だから。

 

黒龍虚食(ボラフィダッド)

 

 せめて、連れて行こう。

 体内に。

 

 

 

 

 

「ちょっと! 出しなさいよ、アンタ! アタシ達従属官を何だと思ってんの!?」

「守るべき美少女」

「またそれ!? いい加減にしなさいよ、アタシだって、ロリとメノリだって、戦えるよう日々訓練してたんだから──」

「え、いいよ。戦わなくて。そういうのは全部私が引き受けるから。君達は死なないで、傷つかないでいてくれたらそれでいい」

「……ッ」

 

 おかしなことを言っているだろうか。

 守り切れる自信が無いから、ここで待っていて。ただそれだけなのに。

 

 私は一人だ。美少女だけど、その手は小さい。

 同時にできることとできない事がある。今だって石田雨竜や阿散井恋次がザエルアポロに対峙していることだろう。イチゴはウルキオラの元に辿り着いているかもしれない。原作通りちゃんとネルが付いていけているのかも心配だし、織姫が変な行動をしないかもわからない。

 美少女と友達と。

 その全てを守るには、足りないものが多すぎる。

 

 だからせめて、従属官として手に入れた君達は、この籠の中で安全を享受して欲しい。それだけなのに。

 

「……ロリ、メノリ! ちょっと下がってなさい! 掻っ斬れ、車輪鉄燕(ゴロンドリーナ)!」

「!」

 

 帰刃。その解号が叫ばれた後、彼女らを閉じ込めるために強化した壁が粉砕される。

 流石は元五番。その威力は折り紙つきだ。

 

 でも、ダメ。

 出て来ちゃダメ。

 

 チルッチの胸元に、手を置く。

 

「え──」

「縛道の四、這縄」

 

 ロリとメノリ、そしてチルッチを霊力の縄でまとめて。

 チルッチの身体にそれを押し付ける。

 

「こ……れ、は」

反膜の匪(カハ・ネガシオン)。大丈夫、永久的に幽閉、なんてことはしないよ。全てが終わったら出してあげるし、私が死んだら出られるように設定してあるから。ロカちゃんにね、改造頼んだんだ」

「そこまでして──そこまでして、アタシ達を戦いに出さない理由は何!? アンタ、もしかしてアタシ達を──」

「うん。信頼してないよ」

 

 だって君達、弱いじゃん。

 

 言えば、チルッチは。絶望の表情を浮かべる。五番らしい表情だね。

 奥のロリとメノリも蒼白な顔で。

 

()()()()()()()。美少女は弱くてもいいんだよ。儚くてもいい。君達が弱い事は、私が君達を愛する事に何の影響も及ぼさない。君達が弱く生まれ、生まれ変わっても弱かったことは、君達を従属官にした私に対して何のマイナスにもならない」

 

 閉じていく反膜の匪の中で、ようやく。

 立っている力さえ失ったように、チルッチが帰刃を解き、その場にへたり込んだ。

 

「何より」

 

 閉じる。閉じていく。

 初めからこうすると伝えておけば良かったかな。それだと、逃げられてしまっていただろうけれど。

 

「君達は──私より可愛くないから」

 

 だから、私に守られなければならない。私と肩を並べたかったのなら、戦闘力なんかじゃなく、美を磨くべきだったね。もっと可愛かったら考えたかも。有り得ないことだけど、もし全てが平和に終わったら……シャルロッテ・クールホーンに弟子入りするのがいいんじゃないかな。可愛さとは、美しさとはなんたるか、ってのを教えてくれるから。

 

「それじゃあ、おやすみ。私の愛しい美少女たち」

 

 反膜の匪が、完全に閉じた──。

 

 

 

 

「ここは……」

「ん? あ、そっか。あのまま進めばそう着くよね。──久しぶり、朽木さん。私の事覚えてる?」

「……!」

 

 チルッチ達を封じた後のことだ。

 自分の宮においてある様々なものを取りに帰ったら──彼女がいた。

 

 ルッキーア。朽木ルキア。

 そっかそっか、そうだよね。原作通り、第九の宮を抜けてきたのなら、ここ。

 第七十刃(セプティマ・エスパーダ)の元に辿り着いておかしくはない。

 

 ゾマリ・ルルーがいない代わりに。

 私が、彼女の相手を……。

 

 うーん。

 

「もしよかったらなんだけど、朽木さん、帰ってくれない?」

「……は? 何を言っておるのだ貴様」

「私、朽木さんを傷つけたくない。美少女だもん。だから、帰って欲しい。今の私、相当狂ってるから、加減利かないんだよ。殺しちゃうかもしれないし、大けがさせちゃうかもしれない。あとほら、私炎熱系の虚だから、朽木さんの氷雪系とは相性悪いでしょ?」

 

 シロちゃんだって私を凍らせられなかったのだ。

 ルッキーアに何ができる。

 

「虚……だと?」

「え? 今更そこ? ……あー、じゃあ、これ見せればいいかな」

 

 言って、胸元を開ける。

 男の娘の露出だぞ。ほら。お金取るぞ。

 

「七……」

「そ。この宮にいる時点でわかってほしかったけど、私ね、藍染隊長から第七十刃(セプティマ・エスパーダ)の座を与えられてるの。七番」

「だが、貴様は人間だろう! 井上や一護たちと同じクラスの……死神でもない、虚として人間社会に紛れていたわけでもない! 貴様は、一護や、仮面の軍勢(ヴァイザード)と名乗る奴らと同じ……虚の力を持っただけの人間だ。違うか!」

「違うよ」

 

 否定する。

 私は人間じゃない。転生者で、美少女で、男の娘で。

 

 虚だ。

 

「ならば、このまま帰るなどという軟弱な答えを出す気はない。貴様には多大なる礼があるが──その上で、圧し通らせてもらうぞ、華蔵! 貴様こそ傷つきたくなければそこを退け! そうすれば見逃してや、」

「あ、じゃあコレあげるからさ。それならいいんじゃない?」

 

 ひょい、と放り投げるは何の変哲もない剣。

 でも、それをルキアの目が、一瞬にして濁る。

 

 見覚えがあったのだろう。無いはずがない。

 それは、先ほどアーロニーロを食べた時に奪った、志波海燕の剣。斬魄刀・捩花なのだから。

 

「……!」

「何故貴様がこれを……って顔であってる? ふふ、まぁ簡単に言えば、さっき志波海燕を食べた虚を私が食べたからね。正確には彼を食べた虚を食べた虚を食べた、が正しいんだけど……。そんな感じで、君の大事な人の遺品をあげるからさ、これで手打ちにしてくれない? 私は虚だけど、朽木さんを傷つけたくないのは本当なんだよ。ね? わかってくれる?」

 

 カランカランと音を立てて落ちた刀を、ルキアは丁重に持ち上げる。

 ふむ、これは……回想シーンでも流れているのかな。敵を目前に余裕が過ぎないか。

 

 それじゃあ今のうちに拘束をば……。

 

「ルキアに向けた手を降ろせ、下郎」

「ッ!?」

「降ろせと言った。聞こえなかったか、下郎」

大龍硬殻(エンセーラス・エラ・カスカラ)!!」

「散れ、千本桜」

 

 最大限引いて、殻に閉じこもる。

 嘘でしょ? 早すぎる。そんな、だってまだ、グリムジョーとイチゴが戦いを始めたばかりの頃合いなのに。

 

 もう来たってことは──何か、予想外のことが。

 

「成程、硬いな。それが破面の鋼皮(イエロ)というものか」

「あー……ううん、違うよ。そもそも私に鋼皮(イエロ)はない。これは私の……あー、なんだろうね? やっぱ鋼皮(イエロ)でいーよ、説明面倒臭いし」

「そうか」

 

 いた。

 長髪。シロちゃんよりも冷たい目。けれど──家族を守ろうとする目。

 

「直接の対面は初めてだね、朽木さん……あー、ルキアと被るから、朽木家当主って呼ぶけど」

「虚からの呼び名など、気にしない」

「ん、おっけおっけー。──私、美少女でも友達でもない人相手なら、普通にやるけど……その前に」

「なんだ」

「朽木さん。どっか安全なトコに置いてきたら? ご当主の斬魄刀も私の解放も、どっちも広範囲技多いから、巻き込みかねないでしょ」

「……」

 

 一瞬だった。

 一瞬消えて、現れる。

 

 合計して二秒くらいだろうか。たったそれだけで、目をわなわなと震わせるルッキーアはいなくなり、静かな顔をした朽木白哉が戻ってきていた。

 

 流石に速いね。

 

 いや、いや。しかし困ったな。

 私、ネリエル救いに行かなきゃいけないんだけど。ルッキーアいい感じに往なして拘束しておくつもりだったんだけど。ルドボーン殺したし、後顧の憂いは絶ったし、って。

 

 こんな早いなんて聞いてないよ。

 これじゃあイチゴvsグリムジョーが始まる前に剣ちゃん来ちゃうんじゃないの?

 

(けい)は」

「うん?」

「かつて双極の丘にて、その命を削り通してまでルキアを守ったと聞く」

「あぁ、まぁね。そのために来てたし」

「──礼は言おう」

 

 言って、目を瞑り──頭を下げる朽木白哉。

 

 それがどれほどあり得ない事なのかを私は良く知っている。プライドの塊……と書くとちょっと印象悪すぎるけど、貴族としての誇りを大事にする朽木白哉のその礼が、どれほど凄いことなのかを。

 

 けれど。

 下げた頭を上げる朽木白哉。

 

 その目にはもう、容赦は存在しない。

 

 ……やるしかないか。

 美少女の家族を怪我させるのは、ちょっと気が引けるんだけど。

 

「別て、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

 

 双頭槍は使わない。あれじゃ速度が足りなすぎる。

 だから最初からこっちで。

 

「……一つだけ聞いておこう」

「いいよ」

(けい)の戦う理由はなんだ。(けい)の目指す先とはなんだ。(けい)はどこを見据え、どこに向かって歩を進めている」

 

 三つやんけ、というツッコミは入れないでおく。

 えーと、で。

 戦う理由と、目指す先と、見据えてる未来と方向性? あれ四つやんけ。

 

「美少女がね」

「……私は真面目な問いをしたはずだが」

「まぁ聞いてよ。この世界ってね、美少女が酷い目に遭う事が多いんだ。ほら、雛森ちゃんとかさ、あんなにかわいい子が、信じてた人に、憧れてた人に裏切られてお腹刺されて……可哀想でしょ? 朽木さんだってそうだよ。全てが仕組まれていた事とはいえ、処刑されそうになって、ご当主にも突き放されて……今は、過去に追いつかれて震えている。織姫も、そう。皆を守るためにここへきて、けれどみんなが追い付いてきちゃって。みんなを傷つけた原因を自ら作ってしまったと後悔して。身体的、精神的問わず、容姿に優れた女の子が酷い目に遭う事の多い世界だ」

「……」

「私はそれを許容しない。守りたい。だって、私の方が可愛いから。その災禍は最も可愛い私に来なきゃいけない。──災禍にすらモテなきゃ、私は最高の美少女にはなれない」

 

 だからね、と。

 何度も吐いた言葉を使う。

 あるいは、チルッチに言った言葉や、今の言葉を聞いた後だと印象が変わるのかもしれないけれど。

 

「私より可愛い子に会いに行く。それが、戦う理由で、目指す先で、見据えてる未来で、方向性」

「……そうか」

 

 そんな子に会って、負けた時、初めて。

 私は全ての責を手放し得るのだから。

 

(けい)にとって、ルキアは──兄より劣るものか」

「うん。私の方が可愛い」

「そうか」

 

 気のせいでなければ、若干。

 空気がコメディに寄った気がしなくも無いんだけど。気のせいだよね。殺し合いだし。

 アニメのおまけパートみたいな気配がしなくもないんだけど……まさかね。

 

「ならば、その身を切り刻もう」

「容姿がわからなくなるくらいに、って?」

「──卍解」

 

 っちょ、嘘、早いよソレは!

 

黒龍化(ダラゴネグロ)!!」

「千本桜景義」

 

 周囲の地面から巨大な刀剣が出現する。それは瞬時に崩れ、ぶわっと桜の花びらが舞い散り踊る。

 龍化した私の巨体を、軽々と覆い尽くす程の量。数億の刃。

 

黒龍の吐息(アリエント・ディ・ダラゴネグロ)!」

「無駄だ」

 

 近づいてくる花弁に炎を吐くけれど、どこを潰した所で関係ない。炎は阻まれ、包まれ、私に追い縋らんと寄って来る。

 

「破道の四、白雷」

「──ギッ!?」

 

 花弁に集中していたら、左の翼に穴が開いた。

 

「い……ったいな! 波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)!」

 

 どこまでも広がる虚閃を放つ。

 それは私を囲う花弁に着弾し──飲み込まれる。

 

「……!」

(けい)の炎が広がり続けるのならば、常に刃を補充し続ければいい。数億を超える刃の内、たかだか数千枚だ」

跳ね回る虚閃(サルタ・ソブレ・セロ)!」

「同じことだ」

 

 打ち消される。掻き消される。

 

 ……能力には、相性というものがある。

 私の能力が、たとえば氷雪系に強いのだとしたら。

 

 弱点は。

 

「終わりだ。──吭景・千本桜景厳」

 

 あまりに圧倒的な、数──。

 

 

PREACHTTY

 

 

 ……。

 ……。

 

「……双生樹(アンボース)

 

 宣言通り全身をザクザクに切り刻まれた私は、龍化を維持できなくなって元の姿に戻り、そのまま墜落した。

 龍化を戻してもダメージは確り刻まれていて、今の私は見るも無残な格好と言えるだろう。

 ああ。

 

 超速再生がなければ、どうにかなっていただろう。

 双生樹(アンボース)。ウルキオラの超速再生とは違う、能力としてある超速再生。

 

「……まだ立つか。格の差がわからないか」

「ううん。わかったよ。格の差っていうか、私がこうもズタボロになる理由が分かった感じ。この前日番谷さんにもこの姿で負けそうになったからね」

「……」

「黒龍化、勝率結構悪いんだよね。美少女じゃない日番谷さんにも、美少女じゃないご当主にも──負けそうになった。これがなんでか、って話」

「まだ、認めないか」

 

 ドラゴンになる。それはロマンだ。

 私が転生するとき、それは最大のロマンだと思って能力を取った。だから、私にとって黒龍化は最終奥義のようなものだった。

 

 だけど。

 

 だけどさ。

 

「やっぱり──可愛く、ないよね」

 

 そう。そうだ。

 自分で言っている事だ。常日頃から話している事だ。

 美少女はより可愛い美少女にしか負けない。より可愛い美少女にだけ、美少女は敗北を喫する。

 

 ならば、私が負けるのは。

 負けそうになるのは。

 

 シロちゃんが美少女だった、とか。

 朽木白哉が美少女だった、とかでない限り──。

 

「私が美少女じゃなくなったから、勝てなかったんだ」

 

 パキ……と。

 頭部の何かが割れる音がした。

 

 立ち上がって。顔を上げれば。

 そのまま、ボロボロと……何かが零れていく。

 固まった血?

 

 いいや。

 

「こちらこそ礼を言うよ、朽木白哉」

「……何?」

「ここへきて、初めて、私は」

 

 全身から霊力が噴き出る。霊圧が変質する。世界が震撼する。私の霊圧に耐え切れず、周囲の壁や床に罅が入り始める。風か、炎か。ついには自宮の壁を粉砕する程にまで威力を増して──尚、止まらない。

 

 成長が。変化が。

 

 進化が!

 

「──おはよう、世界」

 

 龍の顔が割れる。

 虚の面のように、顔の四分の一を龍と残して──私の可愛い顔が、その下より現れる。

 お飾りでつけていた骨のお面はもういらない。

 

 これからは。

 これこそが。

 

「改めて。自己紹介をするよ、朽木白哉。私は第七十刃(セプティマ・エスパーダ)、華蔵蓮世。藍染隊長になーんの力も貰ってない実験材料で──彼を倒し、全世界の美少女を寵愛する者だ」

 

 破面化。

 ようやく私は、みんなに並んだのだった。

 




鬼道考察

破道の三十一 赤火砲

君臨者よ! 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠する者よ。焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ

君臨者 →神
血肉の仮面 →殺人者
万象 →世界を創ったヤハウェ
羽搏き →ミカエル
ヒトの名を冠する者 →モーセ
焦熱と争乱 →ファラオの追撃
海隔て →海を割って
逆巻き →その逆を行き
南へと歩を進めよ →約束の地から離れろ

 史実通りならモーセは殺人者なので約束の地カナンへは入れない……ので、引き戻して戦え! みたいな詠唱かな。赤火砲らしく。

蒼火墜

君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ

前半は同じ。
真理と節制 →出エジプト物語の終盤、モーセの言う事を聞かないユダヤ教徒が不平不満を言うシーンから
罪知らぬ夢の壁 →約束の地カナンは罪人を受け入れない。モーセは幼いころに殺人を犯している。
僅かに爪を立てよ →それでも入りたかったから縋って、でも入れなかった。

 こっちは神話通りの展開な詠唱。蒼火墜の名前からしても、そこで頓挫した、って感じだし。

双蓮蒼火墜

君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ

前半は同じ
蒼火の壁 →罪知らぬ夢の壁の省略じゃないかな
双蓮を刻む →双頭蓮。吉兆の報せ。
大火の淵 →火口。火口の淵。
遠天にて待つ →遠くで待ってますよ。

 ゾーハルにおけるモーセの再解釈。
 夢の中で神より律法を授かったのではなく、神の山ホレブ山で一度生きたまま昇天し、天国で律法を授かったんだ、っていうモーセはもっとすごいんだぞ、さらに天の門番の天使も殴り殺してしまうんだぞ、っていう。

以上より、君臨者よ! シリーズはユダヤ教、キリスト教、イスラム教における予言者(or聖人)モーセに関する話だろうな、と。

 故の強化版なんじゃないかな。


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第11話 激闘! オスとメスと、メスみたいなオス

 

「一つ……問う」

「え……あ、はい」

「お前の目に、あれはどう映る」

 

 静かな塔。そこに、二つがいた。

 第四十刃、ウルキオラ・シファー。

 そして破面達と同じデザインの死覇装を着た井上織姫。

 二人の視線は壁に向いていながら、けれど感じ取っているものは別。

 

「……華蔵ちゃんは、良い子だよ」

「何をして善良と取る」

「華蔵ちゃんは、私やたつきちゃんを助けてくれた。自分がボロボロになっても、死んじゃうかもしれなくても」

「お前を守護する者ならば、例外なく善良だと?」

 

 二人とも、感じている。

 第七十刃の名を与えられた人間のはずだったモノの、変質していく霊圧を。

 

「ううん、そうじゃないよ」

「ならば何をして、アレを善良だと捉える」

「善良……っていうのとはちょっと、違うのかもしれない」

 

 井上織姫の記憶にある少年、華蔵蓮世。

 この世のものとは思えない美しさを持つ、まるで人形のようなクラスメイト。自認が少女である、というわけではない。己を男だと強く自覚していて、それでも可愛くなりたくて、可愛くあると誇りを持っている──そんな友達。

 

 織姫はその在り方を、ただただ凄いと思った。

 

「私はね、あんまり……自分に自信がないけど。華蔵ちゃんは、違う。自分がこの世界に在ることを、心の底から誇ってる。世界に、私達に、これでもかーってくらい、自慢してる」

「……」

「華蔵ちゃんは凄いよ。凄くて、良い子。……だけど」

 

 華蔵蓮世との付き合いは、至極短い。高校に入学してから、席が近かった。己やたつきの顔を見て、驚愕の表情を浮かべていた。自然、良く話すようになって──だからこそ、「この人は私とは違う世界の人だ」と、早い段階でわかった。

 織姫は、いいや、あるいはクラスメイトの全員が感じていたことかもしれない。

 美しさを目指す。美に焦がれる。

 それは特段おかしなことではない。それは別段珍しいことではない。

 

 ただ、熱量が明らかにおかしかった。

 

「だけど……同時に、怖い子、でも、ある」

「怖い……だと?」

「うん。……ホントはね、こんなこと思っちゃいけないってわかってる。お兄ちゃんの時も、学校の時も助けてくれたのに……。でも、華蔵ちゃんが見ていたのは、私じゃないんだ、って。わかってた」

 

 華蔵蓮世は霊を見る事ができない。浦原喜助の作った眼鏡をかけなければ、一切見えない。

 それなのに、身を挺して織姫たちを守っていた。茶渡泰虎を守った。傍目から見れば正義感に溢れ、熱い心を持った少年であると見えるだろう。

 

 けれど、彼の目を一度でも見つめた事がある者なら、その評価は一転する。

 

「華蔵ちゃんは、一つの事に夢中になれる、人生をも捧げちゃえる、凄い子。華蔵ちゃんは、友達を守ってくれる、良い子。だけど……華蔵ちゃんは」

 

 井上織姫は、自分の胸に手を当てて。

 

「──心の無い子」

「心……」

「だから、怖い」

 

 そう、はっきりと言い切った。

 

 心。

 人間は容易くそれを口にする。目に見える物に価値はなく、目に見えぬ物は存在しない。そういった感性を持つウルキオラにとって、どこにも存在しない心など、恐怖を誤魔化すためのまやかしとしか思えない。

 だが──。

 

「奴には、無いか」

「……うん。どこかに……置いて来ちゃったみたい」

「そうか」

 

 これは、華蔵蓮世の知らない問答の一部始終。

 心を知らない破面と、心を持った人間の。

 

 存在しないと否定をする前に、存在しないと断言された、ある人間モドキの――。

 

 お話。

 

 

PREACHTTY

 

 

 右目を隠すように、龍の上顎が黒々と光る。ギョロりとした目。それは世界を見据えるか、あるいは睨み恨んでいるか。

 服装に然したる変化はない。その顔に然したる違いはない。

 ただ霊圧は──もう。

 

 完全に虚のもの。

 完全に、人ではないモノになっている。

 

「……堕ちたか」

「戻っただけだよ。この世界を一枚の紙としか見ていなかった頃に」

 

 織姫に言われた、あの頃の華蔵ちゃん。本当は、そっちこそが偽物だ。

 昔に戻っただけだ。中学よりもさらに昔。"前"に。

 

 ああ──自分でわかる。

 ようやく眼鏡も要らなくなった。この状態なら、わかる。この世界がどれだけ霊子に満ちていて、目の前の隊長がどれほど凄い人で、藍染隊長の霊圧がどれだけ凄くて、他、十刃達の霊圧にどれほど晒されていたのか。

 自分が。

 私が、どこへ足を掛けたのか。

 

「朽木白哉」

「なんだ、破面」

「ここで終わりにしない?」

「……何?」

 

 双頭槍を取り出す。

 わかる。コレが、ちゃんと……斬魄刀になっている事を。今までただの壊れない武器でしかなかったこれと、魂がリンクしたのを。

 随分軽くなった。

 

「私、もう行かなきゃいけないんだよね。助けたい子がいる。でも、ここで君の相手をしていたら、その子を助けられないかもしれない。私の中の天秤はその子に傾くからさ。君の相手は別にしなくていいかな、って」

(けい)がそうでも、私はそうではない」

「君がそうでも、私にとってはそうじゃないんだよ」

 

 コン、と。

 足を鳴らす。そこから、波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)が広がっていく。いつもの三倍以上は遅いソレは──ゆっくり、ゆったりと。

 床を破壊し、巻き込み、燃やし尽くしていく。

 

「朽木さん。山田花太郎。卯ノ花さん、虎徹さん」

「……なんだ」

「そして、君。朽木白哉。──この平面状、波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)の効果範囲内にいる死神の名前」

 

 回転すればするほど、炎は大きくなる。巻き込めば巻き込むほど、炎は強くなる。

 私の宮を容易に破壊するそれは、けれど止まらない。このままいけば他の十刃の宮にも影響を及ぼすだろう。あるいは、藍染隊長のいる場所にまでも。

 

「縛道の八十一、断空」

「無駄だよ」

 

 波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)が断空によって止まる。遮られる。

 ……けれど、断空の形状は長方形の平面だ。この炎が波状である以上、そして強い粘り気を持つ以上──どこか一部が止められたら、他が回り込む。

 

 断空では無理だと判断し、千本桜での対処を始めた朽木白哉に向けて、手のひらを差し出す。

 上向きの掌から、粉でも吹くかのように。

 

 今までにない所作に、千本桜を操りつつも私から目を離さない朽木白哉。

 笑う。

 

 

「──縛道の二十一、赤煙遁!」

「く……」

 

 フ──新技かと思っただろう!!

 そうポンポンと新技が出るか! 破面化っていうのは虚としての力を斬魄刀に収めて新たな一途をたどる、みたいな進化だから、別に破面化した瞬間に新しい技を覚えるとかじゃないんだよ! ポケモンかってーの!

 

 何のために足止めしたと思ってるんだ。

 逃げるために決まってるだろう。そんでもって、千本桜の弱点!

 

 相手がどこにいるのかわからなきゃ、全体攻撃をするしかない!

 そしてそれが出来ない状態なら──。

 

さようなら(アディオス)、朽木白哉! いやぁ、まさに決戦の空気に! そして新たな姿で──脱兎のごとく逃げるのは、あぁ、あんまりにも心地が良いね!」

「待て──どこへ行く」

「美少女が私を呼んでる。──美少女在る所に私在り。こんな美少女のいない空間、そろそろ耐えられないってね!!」

 

 ドルドーニと疎遠になった理由、3ケタの巣に美少女がいないから訪れるのが億劫になったから、だし。

 

 私に気付きを与えてくれたことには感謝しよう。朽木白哉、シロちゃん。

 だけど相性悪い相手とわざわざ戦ってやるほど私は優しくないんだよ! 

 

 じゃ、波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)の対処頑張って!

 

 

 

 

 

 空を飛ぶ。

 破面化して新しい技を覚えるわけじゃない、と言ったな。あれは嘘だ。

 今、私の背にはドラゴンの時の翼がある。生身の頃にはできなかったことだ。部分龍化は防御力や攻撃力を上げたりなんだりには役立ったし、治療にも使えた……けれど、本来人間にないもの、つまり翼や尻尾を生やす、といったことはできなかった。

 それが今、できている。

 これは、ようやく黒龍化が私のものになったことを示しているんだと思う。今までは外付けの力でしかなかったアレが、破面化を経て、私のものに。

 

 真っ黒な両翼。

 これなら小悪魔コーデも似合う。

 

 そして、見つけた。

 黒い霊圧。唯一無二の霊圧。

 成程成程、こんなものを見逃していたんだ、私は。こんなものを見えないとぼやいていたんだ。

 それは疑われるでしょ。見えなくて。

 自分のそれにも、気付かないなんて。

 

 

 轟音を立てて降り立つ。ふわり、の反対。ズシン、あるいはドン!! だ。

 

「──第七十刃(セプティマ・エスパーダ)様……ッ」

「やぁ、テスラ・リンドクルツ。さて、はて、その顔は──私の言いたいことがわかっている、という顔だよね?」

 

 降り立ったのは戦場だ。戦闘痕の激しく残る戦場。

 遠くに倒れたグリムジョーと、油断なく対峙するノイトラ、そしてイチゴ。

 

 私の眼前で冷や汗を垂らす、テスラ・リンドクルツ。

 その腕には──織姫がいる。

 

「テスラ、放してやれよ。それで満足するんだろ? なぁ、七番」

「そうだね。事前に言った通り、この子を傷つけたら殺す。けど……流石はテスラ。まだ、傷つけてはいないようだ。だから、今放すなら許してあげる。──できるよね? 五番の従属官」

「……っ」

 

 解放される織姫。

 その身柄を受け取り、即座にその場を離れる。けれど、遠くに彼女を置いて、また戻ってくる。

 

「か……華蔵、か」

「うん、そうだよ、黒崎。華蔵蓮世ちゃんだよ」

「……随分と……楽しそうに笑ってるじゃねぇか。どうしたんだよ、珍しい」

「とても簡単な話だよ、黒崎」

 

 そのまま、すたすた歩いて。

 

 地面へ蹲る小さな子のもとへ向かう。戦場を横切って、ノイトラとイチゴの間を横切って。

 

「久しぶりなんだ。久しぶり。本当に久しぶりに──私は、美少女を守る戦いができる」

「……何のつもりだぁ、七番」

「やぁ、ネルちゃん。そんなに怯えないで、安心して。──お姉さんが守ってあげるから」

「お前お兄さんだろ」

 

 外野の声を無視して、怯えに怯えている小さな子に声を掛ける。

 しゃがみ込んで。できるだけ、優しく。

 

「あん? ネル? あぁお前、ネルか」

「ひっ……」

「ちょっと、五番。その汚い声と汚い視線を向けないでくれるかな。美少女が穢れる」

「ケッ、ひでぇ言いようじゃねぇか。あぁ、まぁ、お前、女が好きなんだったか。なら、そのみすぼらしいのも囲いに入れるか?」

「勿論。こんなかわいい子捨て置かないよ」

「なら──」

「だから」

 

 砂埃が巻き上がる。

 それは、三日月状の刃と双頭を持つ槍が克ち合った衝撃波によるもの。互いに一歩たりとも譲らないがゆえに、止まっているかに見えたそれも、双方が双方退いたことで仕切り直しとなる。

 

「てめェは俺の敵だァ、七番!!」

「君は私の敵だ、五番」

 

 起こるべくして起きた衝突。

 その火蓋がここに斬って落とされる。

 

 戦場に、自分の上に。女がいるのが気に食わない──それは。

 私の理念に反する。私だって、自分より弱い子が戦っているのを見るのは怖いから嫌だけど、ティア・ハリベルのような強さを持つ者なら別にいい。

 それは当然、ネリエルも同じ。

 

 もう一度刃と槍がぶつかり合う。凄まじい腕力、凄まじい膂力のノイトラに、けれど私の細腕は対抗し、拮抗し、抵抗する。

 破面化で身体能力の向上があったことと、骨や筋肉までもに意識が向くようになって、それらを部分龍化できるようになったことが要因に挙げられるだろう。

 

 今の私は、小さなドラゴンだ。人型の。

 

「なんだぁそりゃ! てめえは()()()()()()する奴だったか!?」

「確かに、十刃の前でこの槍を使う事はほぼなかったかもね」

 

 基本、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)を使わないと話にならなかったから。

 けれど、ようやくこうなって。

 この双頭槍で、打ち合える。

 

 8の字型の両剣。そのくびれの部分に槍を打ち込み、捩じって抑え込む。

 体勢を崩したノイトラに打ち込むのは蹴り。だけどコイツの鋼皮は歴代最硬、例に漏れず私の打撃力ではこれを突破することはできない。

 だから、単純に。

 

黒虚閃(セロ・オスキュラス)

「!」

 

 足先から、黒い虚閃をぶっぱなす。

 ノーモーションでの虚閃というのはかなり難しい。スタークのように霊力を放つことに特別優れている者でなければ、たとえば口だとか、たとえば指先だとか、意識を集中しやすい起点を作らないと咄嗟には出せない。

 その点私はノーモーションこそ無理だけど、普段から全身を燃やしたり槍を燃やしたりしているために、その起点の再設定がしやすい。どこか尖った場所があれば、そこから虚閃を撃てる。この特性は私の蹴り技主体のスタイルにぴったりなのだ。

 

「チッ──おいテスラぁ!」

「黒崎、コイツは私に任せて、織姫を!」

「あ──あ、あぁ」

 

 あぁ、そうか。

 イチゴは私が七番だって知らなかったのか。だからこんなに動揺を。

 

「余所見の暇なんざねぇぞ!」

「してないよ」

 

 背後からの奇襲に、双頭槍の後ろ側で対応する。

 そのままてこの原理で槍を回転させ、刃ごとノイトラを引き摺り持ち上げる。

 

炎雨突(ルラマ・ルヴィア)!」

 

 素早い連続突き。ただし穂先には私の炎がある。

 ただの突きなら避けなかったのだろうが、その炎を見てか、ノイトラは回転させた刃の腹で私を背を押し、自分の体を山なりに飛ばす。

 その後、すぐに体勢を立て直しての斬撃。

 私はこれを双頭槍の柄で受ける。

 

「ヒャ──」

 

 短い歓喜が如き声。

 それと共に、身体に鈍い痛みが走る。いや、鋭いか。わからない。灼熱。

 

 見れば、私の――胸に。

 彼の左手が突き刺さっている。

 

 ……そうだ。彼の鋼皮は最硬。なればその貫き手は、全てを切り裂く矛になる。

 本来、斬魄刀を使わない方が貫通力もせん断力もあるはずなのだ、彼は。

 

「なぁオイ七番! ──お前、人間なんだろ。ならよぉ」

 

 ぶちぶちと何かが音を立てる。

 何かが、引き抜かれる。

 それはどくどくと音を立てるもの。

 それは。

 

「コイツを抜いて、俺達と同じにしてやるよ!」

「構わないよ。けど、美少女の胸に手を突っ込んだんだ。お返しはさせてもらうけどね」

「ッ!?」

 

 引き抜かれたのは心臓。胸にぽっかりと空いた孔からは噴煙が如く血が噴き出るけれど、そんなのどうだっていい。ウルキオラのとちがって私の超速再生は何をされても再生するんだ。条件は勿論あるけど、ただ心臓を抜かれたくらいでどうにかなるものじゃない。

 

 だから、無視して。

 

紅の射槍(ランサドール・ローホ)

 

 超至近距離。

 穂先をその身に押し当ててでの──そして、彼女の模倣である技。

 

「君も孔を隠しているようだからさ。あげるよ、見やすい孔」

 

 それを、射出した。

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……クソ野郎が……」

「あぁ、やっぱり、流石にこの程度じゃ死なないか。ちぇ、折角ネルちゃんを可愛がれると思ったのに」

「キメェんだよ……オスのくせに、メスの格好して……メスに混じって、メスのふりして……」

 

 ノイトラの霊圧が上がっていく。

 ……剣ちゃんが来る前に終わらせるつもりはなかったんだけど。

 

 まぁ、なんか、朽木白哉と違ってまだ来る様子ないみたいだし。

 

「気に食わねェんだよ!! 祈れ、聖哭螳蜋(サンタテレサ)!!」

「奇遇だね、同感だ。美少女が戦場にいる事を気に食わないと言う君の感性。そして美少女に手を出すその心意気。心の底から、大嫌いだよ。──別ちて拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

 

 互いに解放する。

 ノイトラは、四本腕にそれぞれ三日月状の鎌を持ったカマキリのような姿に。

 私は、身体の繋がった二匹の蛇を従える女王のような姿に、それぞれ。

 

 黒龍にはならない。黒龍の力を封じた斬魄刀が双頭槍だというのにそうならないのは、私が拒否しているからだ。そも、あの双頭槍にもちゃんと名前がある。双頭龍蛇(アンフィスバエナ)は解放後のこの体の繋がった蛇のことであって、正式な武器の名前ではない。

 原理としては綾瀬川弓親の藤孔雀、瑠璃色孔雀と同じだ。

 本来の名を呼ばないから、こうやって、中途半端な形で解放される。

 

「死ねや、七番!」

「息絶えろ、五番」

 

 解放したからと言ってやることは変わらない。

 手数が増えたのはどちらも同じ。ノイトラの方が数的に多かろうと、私の方が速度に分がある。更には二丁拳銃が如き虚閃の連弾──それは虚弾ではなく──は、劣化スターク的な使い方もできる。手の数はあちらが上だけど、手数は私の方が上だ。

 

「セェェェアリャアア!!」

十字痕(クルサール・ラストローズ)

 

 ただの大振り。だけどノイトラの膂力が合わされば、それは必殺の一撃になり得る。大して私が選択したのはクロスの斬撃。威力自体はあまり高く無い代わりに、範囲が広く、なにより攻撃を弾くことに特化している。

 

 しかし──。

 

「ッ、」

「どうしたどうしたァ! 自慢の槍が折れちまったじゃねェか、あァ!?」

「折れたなら生やせばいい。何も問題は無いよ」

「どォだかなぁ! 俺の剣にてめぇの槍は耐え切れず! 俺の鋼皮に、てめぇの槍は刺さらねえ! 違ぇか!?」

「違うね」

 

 その通りだ。

 攻撃しても受けても私の槍が綻び、隙をついてもノイトラにダメージを与えられない。それならやる意味が無い。

 これがただの槍なら、そうだ。

 

「さっきの槍の方が良かったんじゃねぇか!? あっちなら、ちっとは──」

「あぁ、やっぱり、評価はしてくれているんだ。じゃあこれは効くよね」

 

 二槍を両手に構える。泳法のバタフライに似た姿勢で、それを。

 

並行射槍(ランサドール・パラレロ)

 

 思いっきり射出する。

 

「ッ──チィ!」

「威力は双頭槍の時と同じだよ。だからまぁ、受けたら風穴が空く。君の認めた通りね」

「う──るっせぇ!」

 

 二本の槍を受けた刃はそのままに、他の腕で槍の側面を叩き、撃ち落すノイトラ。成程、合理的だ。

 

 だけど。

 

「これならどうかな。豪雨の射槍(ランサドール・ルヴィア)

 

 双頭龍蛇(アンフィスバエナ)を千切るたび、新しいものが生えてくる。それぞれが双頭槍で行う射槍と同じ威力。それを、二本。絶えることなく射出し続ける。

 スタークの技とネリエルの技の合わせみたいなものだ。私は両利きなので、どちらもで同じ威力を出せるし。

 

「ぐ……お、ぉおおおお!?」

 

 無限にも思える連続射出。

 だけど、流石に私の霊圧もスタークには劣る。無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)みたいなことはできない。

 

 だから、ようやく射出を終えて。

 

「まだだァ!」

「っ、ぐ!」

 

 飛んできた鎌を、槍で受け止める。

 硬い。重い。強い。

 完全に受け止めたはずなのに、威力を削ぐことができず──槍が、折れる。

 

 射出先の砂埃。そこから飛び出る塊の軌跡。

 それはノイトラ・ジルガ。

 

 六本腕の、ノイトラ・ジルガ。

 

「余裕こいてンじゃねぇぞ!! てめぇはいつも、そうやってオスを見下した目で──」

「見下してなんかいないよ。眼中にないだけ。私の身も心も、目も耳も鼻も口も脳も、美少女のためにあるんだから。野郎には使えないんだよ、残念ながらね」

「うるせぇ!」

 

 空中から、先ほど私がやったように三日月状の鎌を連続射出してくるノイトラ。

 先程私がやったのと同じく、それぞれが私の体を切り裂く威力の鎌。その範囲は槍よりも広く、また、あちらも鎌を生成し続けられる。

 私が死ぬまで、それは終わらないのだろう。

 

 ならば。

 

波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)

 

 縦の波状延焼虚閃。地面に向かうものはすぐに止まってしまうけれど、天に向かう波は空にいるノイトラに直進する。

 空に向かうにつれ巨大になり、速度も上がっていく炎の波。

 ノイトラは、それを。

 

「虚閃ォ!」

 

 自前の虚閃で相殺する。相殺せんとする。

 それこそが、隙だ。

 

豪雨の射槍(ランサドール・ルヴィア)

「チィ──!?」

 

 普通、虚閃というのは撃ち終わるまで撃った側も動けないのが基本だ。スタークという例外を除き、どの虚も、仮面の軍勢でさえ虚閃を撃ち終わるまでその場を移動できない。無論、その後素早く移動してさらなる攻撃を、はできるけど。

 それを、この波状延焼虚閃は解消している。

 巻き込んで進み、大きくなる性質上、波の速度は遅い。代わりに波状延焼虚閃は撃ち出した時点で私の手から管理が離れる。だから、それを置きボムみたいな扱いにして、他の攻撃ができる。

 

 迫りくる虚閃。それに対応しなければならない。ゆえに己の虚閃を撃ったノイトラは、けれど自身の体に孔を穿つ豪雨も迎撃する必要がある。

 火炎と孔。どちらを選ぶか。

 

「クソッ!」

 

 答えは火炎だった。

 虚閃の放出を辞め、撃ち出される槍を弾く方向にシフトする。その代わり、それに対応するのは六本腕の内五本だけだ。

 

 最後の一本は──波状延焼虚閃に突っ込む。

 

「グ──ギ、ィ──ッ、ガ──ァァアアアッ!!」

 

 波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)

 その攻撃の最大のポイントは、回転している、という所にある。

 巻き込んでいるのだ。だから、斬魄刀や虚閃、鬼道など以外で触れると──炎の波に引きずり込まれ、巻き込まれる。

 巨大で力の強いものに体の部位が巻き込まれる、という痛みは、想像に易いだろうか。さらにそれが燃えているとなれば、苦痛は。

 

「ァァアアッ、──ッハァ!!」

 

 だけど、いいや、だからこそ。

 ノイトラはその腕を使った。犠牲にした。

 巻き込まれ、ぐちゃぐちゃになっていく腕を支点に、波を潜り抜けたのだ。そして自ら腕を切り落とし──再生させる。

 実に合理的。実に効率的。

 戦うために、勝つために、生き残るために。そのための犠牲ならば、己が身でさえ厭わない。

 

「……るかよ」

「うん?」

「負けて、たまるかよ……! メスのフリしたオスに、オスであることを忘れたような奴にィィイ──!!」

 

 あぁ、やはり。

 そこが根源なのだろう。

 自分の上に女がいる事が許せない。戦場に女がいる事が許せない。女の格好をして、女に混じり、女を囲うような奴が、気に食わない。

 

 私も、同じだ。

 私も──美少女を傷つけられるのが、気に食わない。

 

「五番。君は勘違いをしている」

「あァ!?」

「別に、私は、オスであることを忘れた事は一度も無い。女の子になりたいとすら思っていない」

 

 なりたかったら、キャラメイクの時に女の子にしてる。

 

「私は美少女で、男の娘だ。──その誇りを忘れた事など、今生、一時たりともない!!」

 

 堂々と言う。良い放つ。

 

「勘違いは晴れたかな──じゃあ、次で、決めるよ」

「うるせぇ……うるせぇうるせぇうるせぇ! やってみやがれ!! この腰抜け野郎が!!」

九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)

 

 口から噴き出すのは、灼熱の炎球。小さな太陽。

 それを穂先に触れさせると、槍が太陽を吸収し、灼熱をそのままに槍の形を保つ。

 部分龍化している私ですら熱いと思うほどの温度。

 

 既に補充した鎌を持ち、真っすぐに落ちてくるノイトラ。

 

 さぁ、やってみやがろう。

 これは。

 私の投擲槍における──最大威力と知れ。

 

太陽の射槍(ランサドール・ソラル)

 

 ちゃんと、踏み込みを入れて。

 その灼熱を──射る。

 

「──!!」

 

 熱は鎌を溶かし、皮膚を焼き溶かし、肉を焦がし溶かし、骨を崩す。

 硬い事は関係ない。これは、ただ。

 太陽に身を投げたらどうなるか、という、子供でも分かるお話。

 

 断末魔は──偽物の空に、散って行った。

 

 

PREACHTTY

 

 

「のい、とら……?」

「ううん、私ー! おはようネルちゃん、第七十刃(セプティマ・エスパーダ)の華蔵ちゃんだよ。五番はね、お空の彼方に消えちゃった。あぁまぁ私の槍が天蓋に刺さってたりしなくもないんだけど、どうせ引っ付いてるのは炭化した身体だろうからもう死んでるよ」

「ヒィィイイイ!? い、いつご、助けてぇ!!」

「ありゃ?」

 

 抱き上げて、精一杯の笑顔で状況説明と君の脅威はいなくなったよってことを伝えたのに……なんか、すんごく怯えられてる。

 

 ガツン、と後頭部を殴られる。

 

「あいたっ!?」

「……ったく、何やってんだオメーは。ネルを放せ、怖がってんじゃねーか」

「おいおい黒崎、私から美少女を奪おうってのか?」

「その美少女がお前から逃げたがってんだよ! 美少女の心も傷つけないのがお前だったんじゃねぇのか、華蔵」

「──おい、あまり的確な言葉を使うなよ。弱るぞ」

 

 ネルちゃんを放す。

 超速でイチゴの方へ隠れるネルちゃん。……うう、ナイスバディの方も見れなかったし、ちっちゃい方にも嫌われた。悲しい。

 

「っていうか、黒崎、テスラは?」

「テスラ? あぁ、あの破面か。倒したよ、なんとかな」

「そりゃ重畳。傷も……だいぶ癒えてるね。織姫の力か」

「ああ。で……お前、さっき第七十刃(セプティマ・エスパーダ)とか言われてたけど……あいつらを裏切った、ってことでいいんだよな?」

「あぁまぁそうだね。裏切ったって言うか、最初から仲間じゃなかった、が正しいけど。あ、怯えないで怯えないで。十刃の仲間じゃないってだけで、破面や虚だからって差別したりしないから。なんなら私も破面だし」

「……それだよ、それ。どういうことだよ。お前は浦原さんの霊子変換機で霊子に変換されただけの人間だっただろうが。それを、なんだって十刃なんかに──」

 

 さりげなく、指を織姫に向ける。

 

「虚閃」

「ッ、何してっ──!?」

「おおっとぉ……何? 俺が現れることわかってたみてぇな攻撃だな、今の」

 

 ……片手で止められたか。

 結構威力込めたんだけど、やっぱ霊圧差が凄いなぁ。

 

「やぁ、スターク。この前私が言った事、覚えてるかな」

「『この子を傷つけたら殺す』……だったか。少なくとも仲間に向ける言葉じゃないが……お前さん、初めから俺達の事仲間だなんて思ってないもんな」

「うん。リリネットちゃんは別だけどね。──それで、スターク。その子の肩に置いてる手、どけてくれないかな」

「別に傷つけてないだろ? ──ちょっと借りるだけだ」

 

 槍を──……。

 

 消えた。織姫ごと。

 いない。

 探査神経にも引っかからない。霊圧知覚にもだ。

 

 ……ほんと、速いなぁ。

 

「華蔵! 井上が……!」

「落ち着いて、黒崎。織姫は殺されてないよ。ただ連れていかれただけ」

「何がただ連れていかれただけだ! その場所は、だって、藍染の!!」

「うん、だろうね。だけど殺されはしないよ。……さて、じゃあそろそろ私も行かないと」

「な……待てよ、まだ何も!」

 

 最後に、響転でイチゴの背後に回り──ネルちゃんを撫でる。

 

「私、自力で黒腔開けないからさ。便乗しないといけないんだよね。──じゃ!」

 

 翼を生やし、飛ぶ。飛び立つ。

 下でイチゴが喚いているけれど、知らない知らない。

 

 色々な物事がだいぶ早まっているからね、ウルキオラもまだ出てこられないだろう。

 なら、無理矢理。

 藍染隊長の開いた黒腔に突っ込めば──私も現世へ出られるはず。

 

 だから、急いで。

 

 急い、で──。

 

 

「どうした」

「……」

「俺がこの場にいる事が、そうも受け入れられないか」

「……なん、で。反膜の匪(カハ・ネガシオン)は、まだ」

「お前のおかげだ」

「……!」

 

 その、緑の目は。

 真っすぐに私を捉える。

 

 いるはずのない虚無が。

 ただ、立ちはだかる。

 

「虚夜宮では、第四十刃以下の解放は禁止されている。……知っているな」

「わ……私は第七十刃だから、関係ないよ」

「先刻、ここをお発ちになられた藍染様より通告だ」

 

 ウルキオラが──その手で、私の胸を、貫く。

 

「グ──!?」

「『数々の離反行為。同族及び十刃の殺害。命令違反。それらを踏まえ、華蔵蓮世。君から第七十刃(セプティマ・エスパーダ)の階位を剝奪する。』」

 

 その手が、引き抜かれ。

 再生していく胸に、新たな数字が刻まれる。

 

「『そして、期待通りの働きを讃え、君に新たな数字を与えよう。』」

 

 7の文字は、反転し、傷を付けられ。

 

「『第四十刃(クアトロ・エスパーダ)。君達は()()として、私が留守の間、虚夜宮を守ってもらう』」

 

 4に、なる。

 

「理解したか? お前の解放は、ただそれだけで空間にゆがみを与えていた。俺がお前の予想より早く出てこられたのは、お前の影響だ」

「──フフ、解放なんて、してないつもりだけどね」

 

 なれば、第四十刃が二人。

 しかも同族と来たか。

 

「はぁ。ウルキオラ、君の相手は黒崎に任せるつもりだったんだけど……前哨戦くらいは、譲ってもらおう」

「藍染様の命令を聞いていなかったのか? 俺とお前で、虚夜宮を守り抜け、とのご命令だ」

「なんで私が虚夜宮を守らなきゃいけないんだよ。私は現世に守りたい子がいるんだ、こんなところとっととおさらばして──」

「……お前が言う事を聞かなかった場合、追加で言付けを受けている」

「……何」

 

 ウルキオラは、虚無の顔で。

 

「『もし、侵入してきた死神を全員追い払った暁には、ウルキオラ。彼のために、君が黒腔を開いてあげてほしい。それが彼への報酬になる』……と」

「うわぁ、部下の欲しいものをちゃんとわかってる上司だ……」

 

 いや、十刃として過ごしてたった数か月だけど、藍染隊長マジでカリスマが凄い。

 あの人社長だったら普通についていきたいもん。国家転覆とか考えそうだからハイリスクハイリターンだけど。

 

「どうする、華蔵」

「……どうするも何も、仕方がない。どうせ藍染隊長達が行った黒腔は閉じちゃったんでしょ?」

「ああ」

「なら──まぁ、やるしかないでしょ。……それに」

「なんだ」

「ん、ううん。保険というものはかけとくべきだなって、痛感しただけ」

 

 侵入者を追い払った暁には、と言っているあたり、殺さなくていいよ、って言ってるようなものだ。

 私のやりたくないことまで含めての命令。ぐぁー、人心掌握術。

 

 ──さて、じゃあ。

 

 保険が生きる事でも願って──虚圏のラスボス、片棒を担がせてもらいましょうか!

 



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第12話 The Flame

突然ヒステリックな描写があります。苦手な方ご注意


 尋常ではない霊圧がそこにあった。

 

 ポッケに両手を入れて、ただ立っているだけのウルキオラ。

 毛先を弄って、壁に背を預けている私。

 

 その背後で織姫がおろおろとしていて。

 

「……来るよ、ウルキオラ」

「お前に言われるまでも無い」

「どっちがどっちをやるか決めようよ。今ここに来ているのは黒崎と茶渡、石田雨竜。尸魂界の隊長格」

「黒崎一護はお前の仲間だったか。傷を付ければ、お前は敵に回るか?」

「どうかなー。確かに私にとって黒崎は友達だけど、藍染隊長に言い渡された侵入者の一人であることは確かだし。何より──」

 

 響転で織姫の背後を取り、その肩に腕を回す。

 

「私の織姫を取っていくナイト様だから──まぁ、いいよ。好きにして。多少の因縁もあるんでしょ?」

「そうか」

「華蔵ちゃ……きゃあ!?」

 

 その悲鳴は、果たして。

 友達同士のスキンシップにおける可愛い悲鳴──ではなく。

 

「な、何で……やめて、華蔵ちゃん!」

「えー、いいじゃん。この死覇装のデザインちょっと硬すぎてさー、織姫はもう少し露出も必要だと思うんだよね」

「いやぁっ!?」

 

 かつて原作でロリとメノリがやったように、ビリビリと織姫の死覇装を破いていく。

 露わになる肩や横腹といった肌が酷く扇情的だ。うんうん、いいね。

 

 それじゃあ。

 

「縛道の一、塞」

「あっ」

「そして、縛道の七十三──倒山晶」

 

 手を縛り、更には霊圧の壁の中に閉じ込める。

 大丈夫大丈夫。それ、外から中は見えないけど──中から外は見えるマジックミラー式だから。

 

 もう、織姫の声も聞こえない。

 

「……随分と手荒いな」

「ん? お気に召さなかった?」

「どうでもいい。ただ感想を述べたまでだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まぁ、バレてはいるのだろう。

 でもどうせ、ウルキオラには何もできない。黒腔が閉じた今、こっちから声を届ける事も出来ないわけだし。

 そして──そうである、ということは。

 私の作戦が上手く行った、ということでもある。

 

 ならば、後は本能の赴くまま、と言う奴だ。

 

「……華蔵」

「うん?」

「一つだけ、問う」

「なに?」

 

 珍しい。

 ウルキオラがリアクション以外で私に話しかけてくるなんて。

 

「──心とは、なんだ」

「……それ、私にする質問?」

 

 驚き過ぎて反応が遅れてしまった。

 それ織姫にしなよ。私じゃないって。

 

「……。……やはり、持たざる者には答えもないか」

「ワオ、いきなり暴言吐くじゃん。私が心無いって?」

「あの女は、そう言っていた」

 

 倒山晶を指差すウルキオラ。

 ……織姫が?

 

 へぇ、それは。

 

 鋭い子だねぇ。

 

「まぁ、私はその答えを知っているけれど、私が教えても意味が無いし、君は納得しないと思うよ」

「だろうな」

「だから、自分で確かめるといい。どれが心なのか。何が心なのか。──彼らと私の違いは、何なのか」

 

 双頭槍を取り出す。

 ウルキオラもまた、己の斬魄刀を引き抜いた。

 

「……あー、そういえば、姿を見ないと思ったら……ヤミーの奴、あんな遠くで遊んでるんだね」

「好きにさせておけ。いてもいなくても変わらん」

「相手は朽木白哉か……。ありがたい限りだけど──」

 

 ドン、と。

 いや、ボコンッ! と。

 この階層の床が弾け飛ぶ。先ほどから感じていた尋常でない霊圧が私達を撫でる。

 

 砂埃と共に出てきたのは──二人。

 イチゴと。

 

「ハハハハ!! おい一護ォ! てめェだけに良い思いはさせねぇぞ!!」

「別に良い思いなんかしてねェよ!! っつか話聞け、俺は井上を助けに──」

「あの女を助けに強ェのとやり合いに来たんだろ!?」

「そりゃ……そうだが、話の順序が」

 

 ああ。

 いないいないと、何故来ないんだろうと思っていたけれど。

 

 やっぱり、今、ここで。

 帳尻が、辻褄が合わせられるのか。

 

「ウルキオラ。黒崎はくれてやる。私は最強と名高い方を貰うよ」

「……ああ」

 

 静止したままのウルキオラは、斬魄刀を抜いた姿勢でその場に。

 そして私は槍を持って突っ込む。途中にすれ違うイチゴになど、目もくれず。

 

第七十刃(セプティマ・エスパーダ)改め第四十刃(クアトロ・エスパーダ)、華蔵蓮世」

「護廷十三隊十一番隊隊長、更木剣八だ!」

「それじゃあ殺し合おう、剣八」

「良いぜ。殺り合おうじゃねぇか、十刃」

 

 物理最強に名高い更木剣八を相手に、手加減や様子見など無用。

 残り少ない私の力を振り絞り、大金星を上げさせてもらおう。

 

 

 ──どうせ、勝てない事はわかっているのだから。

 

「ハハハハハッ!」

「別ちて拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)!!」

 

 なればせめて──彼女らが出てきた時、この虚夜宮に安寧を。

 それが、私の、最期の役目。

 

 

 

 

「オラァ!!」

「ははっ──弧月槍(ランサ・ルーナ・アルコー)!」

「ふんっ……!」

 

 ぶつかり合う。克ち合う。

 既に第五の塔からは外に出て、空中で、砂漠で、更木剣八と斬り合いを続ける。

 

 膂力では完全に劣っている。そもそもノイトラにも勝てなかったんだ、敵うはずがない。

 その代わりこちらには素早さがある。そして。

 

「ハハハハッ! いいじゃねェか!! その目は、戦いを楽しんでる目だ! こっちへ来て初めて会ったぜ、余計な感情を入れてねェその目の奴には!」

「それはこっちの台詞だよ──剣八! その名は最強だ! こっちが全力を出したって、死なないんだろう!? もっとだ、もっと強くなれよ、更木剣八! その限界の先に私が立ってやる!」

 

 ──楽しい。

 純粋に楽しい。今までの戦闘は色んなことを考えながら、だった。

 けれど、そのしがらみから解放された今──戦う事だけを考えられる。

 

紅の射槍(ランサドール・ローホ)!」

「フゥ──ぅッ」

 

 私の投げる槍も、虚閃も。

 更木剣八は──正面からぶつかってなぎ倒す。

 

 そして目で問いかけるのだ。

 まだ行けるだろう。まだ上があるだろう、と。

 

「ゼェァ!」

「ッ!」

 

 ただの袈裟斬り。

 それが、双頭龍蛇を切り裂いて──私の体をも切り裂く。

 

「あっは──」

 

 どうした。なんだ。

 心臓を抜かれて生きていた私が、半身千切られたくらいで動揺するとでも思ったか。

 

九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)

「やっぱり死んでねェか! 死にぞこないの目じゃぁねぇからなぁ、それは!」

 

 更木剣八の剣が太陽に触れる。

 

 たったそれだけで、太陽が二つに割れた。

 

「霊圧だけで──!」

「まだだ、まだあるだろ!?」

龍皮の一撃(プノ・デ・ピエル・ディ・ダラゴン)!!」

「ぐぅっ!」

 

 霊圧を纏っているだけの剣。

 それが、私の炎を切り裂くなんて思ってもみなかった。そういえば私、こういうパワー馬鹿との戦闘経験あんまりないんだよね。ノイトラもパワー馬鹿って感じではないし。

 とりあえず部分龍化した蹴りを更木剣八の横っ腹に入れて、吹き飛ばす。その隙に再生して。

 

太陽の射槍(ランサドール・ソラル)

 

 割れて消えかけている太陽を槍に吸収し、身を引き絞って射出する。

 投擲槍における最大威力。ノイトラをも焼き融かし尽くした灼熱の槍は──しかし、受け止められたのがわかった。剣で、その穂先を正確に捉え……弾く。

 あんな神業を本能だけでやってるんだ。恐ろしいにもほどがある。

 

豪雨の射槍(ランサドール・ルヴィア)

 

 だけど、更木剣八はノイトラと違って一本の刀しか持っていない。

 ならばこの雨のような射槍、捌き切れるか!

 

「はン──」

 

 極光。

 たった一振りだ。けれど、見たことのある一振り。

 

 両手を使った、剣道の上段斬り。

 その霊圧に、私の槍の全てが砕かれる。

 

「……終わりか?」

「まさか」

 

 槍を体に巻き付かせる。

 そうしたのち、全身にかけるは部分龍化。黒龍化ではなく部分龍化の全身ver.は──つまり。

 

 長い爪と、翼と、尾と、びしりと生え揃う鱗。

 所謂リザードマンの類か。それよりかは強い自信があるけれど。

 あ、勿論顔は元のままだ。可愛くなくなったら黒龍化とおんなじだし。

 

「へぇ、なんだ、それがてめェの帰刃とやらか?」

「あっはっは、違う違う。これは……そうだね、戦装束って感じ? 今まで普段着だったからさ、死覇装着た死神相手に普段着じゃァ礼がならんでしょ?」

「そんなこと気にしちゃいねぇが、それでてめェの気分が上がるんならそれでいい。さぁ、来いよ。変わったのが見た目だけじゃねぇ事を」

炎上疾駆(ルラマ・エヘクタール)

「!」

 

 足先から噴射する炎の爆炎で加速し、爪や全身に纏った炎と共に更木剣八へ体当たりをしかける。ただの体当たりだ。だけど、鋭利な鱗と灼熱の炎が渦巻く体当たりは──その刀に止められて尚、彼の身体を焼き削ぐ。

 更木剣八の肌に火傷が刻まれていく。霊圧がその身を覆っていなければ、簡単に炭化していたことだろう。

 その証拠に彼の衣服は燃え尽きて──って、あ。

 

虚閃距離(ディスタンシア・セロ)

 

 咄嗟に零距離虚閃で彼をぶっ飛ばす。

 

 ひらり、ぱさりと落ちるは──裏側がすっごく気持ち悪い眼帯。

 いや、封をするのはいいんだけどさ。常に瞼近辺をこの化け物がグチャグチャ言ってるのってどうなの? キモくないの?

 

 ……纏う炎の量を倍にする。

 吹っ飛ばした先で、髑髏が目に入ったから。

 

 あれは──更木剣八の霊圧。

 死の予感。

 

 すたすたと歩いて戻ってくる彼の身体には、大きな大きな火傷痕。出血は熱によって抑えられているけれど、治ったわけじゃない。

 

「ハ──なんだ、オレの封について、知ってたみてぇだな」

「覚えてないかもしれないけど、私旅禍の一人なんだよね」

「そうか──覚えてねェなぁ!」

 

 斬りかかって来る更木剣八に、私は爪で対抗する。

 ──重っ。

 

 だけど。

 

惨爪炎痕(ルラマ・ラストローズ・ガァラ)

 

 流石に三角形にはできないけど。

 敵の刀が一本ならば、私は両手足五本ずつの爪が使えるわけで。

 

 わざわざ片腕ずつ攻撃したりしない。常に挟撃だ。連撃では弾かれるから、同時に。

 増えていく傷跡。焼け焦げていく身体。

 

 けれど、それでも。

 

 更木剣八は嗤う──。

 

「もっとだ! もっとあげられるだろ!! てめェの本気を見せてみろよ──まだ上があるだろ!!」

「……そうだね。ウルキオラが先にやってから、と。そう思っていたんだけど……そんなこと、もうどうだっていいか」

 

 ……これは、不義理になるのかな。

 もしかしたら君の死に場所を。もしかしたら君が手に入れられたはずの答えを──永遠に失わせてしまうかもしれないけれど。

 私は、美少女の味方だから。

 もう、余計なことは考えないよ。

 

黒龍化(ダラゴネグロ)

 

 瞬時に巨龍となり、飛び立つ。

 

「オイ、どこ行きやがる」

「──第四十刃(クアトロ・エスパーダ)以下の十刃は、虚夜宮を壊さないために天蓋の下での解放を禁じられていてね。私にとっても至極どうでもいい縛りなんだけど──まぁ、同僚が守ってるからさ」

「あー……ごちゃごちゃうるせぇが、要は場所を変えてえってことか?」

「そういうこと。移動中に攻撃しないでくれるなら、背中に乗せていくけど」

「そうしろ。今からこのだだっ広い砂漠を走るだけってのはつまらねぇ」

 

 一旦降りる。

 そして、更木剣八と……目があって、トテトテついてきた草鹿やちるを背に乗せて。

 

 私は、偽物の空を、突き破った。

 

 

 

 

 晴天から一転、静かな静かな夜が現れる。

 変わることの無い月。停滞。この世界は止まっている。白黒で灰色で、無色透明な──亡霊の世界。

 

 二人を降ろして。

 

 私も、元の姿に戻る。

 

「あ? なんだ、そのでけェ姿でやるわけじゃねぇのか」

「だって可愛くないじゃん。というかあの姿でやるんなら、なんのために破面化したんだって話だし」

「えーと……剣ちゃん剣ちゃん! あたしここで見てればいーい?」

「あぁ、離れてな。ちっと熱いからよ」

 

 さて。

 藍染隊長がどこまでわかっていたのかは、もう知る由もないけれど。

 

 今からやるのは……まぁ、正直、二番煎じだ。

 

「別ちて拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

「あー……さっきとなんか変わったか?」

「ううん、まだ。これから変わるからさ、もうちょっと見てて」

 

 双方の槍。

 それぞれが蛇の意匠を象った槍の、穂先。

 

 これを──くっつける。

 食い合わせる。

 

「……先に、ごめんね、と言っておくよ」

「さっさとやれ。戦いの熱が冷めるだろうが」

「そして──後は、任せたよ」

 

 炎。

 炎──。炎だ。

 迸るは、霊圧の炎。雷にも水にもならない、決してなろうとしない、自己主張の激しい炎。

 

 それが、私の身を包み。

 それが、虚夜宮をも包んでいく。

 

 更木剣八が未だ静観を続けているのは、その炎に熱がないからだろう。

 それでいい。別にこれは攻撃ではない。

 

 ウルキオラのそれが、空にある黒い海だと称されたのなら。

 私のこれは──燃え盛る黒い空となるのだから。

 

 同族、と。

 藍染隊長は言った。

 

 

 

「──(へだ)て」

 

 

 

 穂先の付き合わされた、食い合わされた蛇が──完全に繋がる。

 

 

■■■■■(ティル・ターンギレ)

 

 

 走るノイズは、私が失った部分だから。

 

 余計な部分が削ぎ落されていく。必要な部分が足されていく。

 

 翼は龍だ。大きく、強い皮膜。

 尾は龍だ。太く硬く、強い筋。

 瞳は龍だ。縦に割れた憎みの目。

 舌は龍だ。二つに別れた熱い舌。

 

 ようやくこれが──本当に。

 

 私の最強だ。

 

「……準備は終わったかよ」

「うん。大丈夫。──じゃあ、殺し合おう。ああでも、ごめんね。もうこれ以上はないよ」

「そうかよ。んじゃ、武器のなくなったてめェを斬って終わりだな」

 

 大丈夫。

 更木剣八は、失望してなどいない。

 むしろ逆だ。

 

 楽しそうに。

 すごく、楽しそうに。笑っている。少年のように、ワクワクしている。

 

炎槖の槍(ランサ・デル・フューゴ)

 

 まずは、二番煎じを。猿真似を。

 圧縮率は九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)の九十倍。

 

 温度は──1600万度。

 近くにあるだけで私の肌が、肉が、骨が溶け落ちる程のそれ。

 しかし瞬時に巻き戻る私の身体が、その炎熱のダメージを堆積しない。

 

「流石にこれは、避けた方が良いと思うよ」

「余計な世話だ」

「そっか。──じゃあ、死んで」

 

 放つ。

 槍は飛んでいる最中にも空気を焦がし、虚夜宮の天蓋さえをも溶かしていく。

 

 速度自体はそこまででもない。

 ただ。

 

 直前まで受ける気満々でいた更木剣八が、接敵の瞬間に回避を選ぶほどには──ヤバい。

 

 これを、二本。

 両手に出現させる。

 

 鳴るはずの無い心臓が鳴った。

 

「ああ──ああ、もう!」

「ッ、ハハハッ! なんだ──あるじゃねぇか、てめぇにも最強が!」

「最悪だ、最悪だ、最悪だ──ホントに!!」

 

 ヒステリーだ。癇癪を、鬱憤を、更木剣八に叩きつける。

 虚化イチゴ程の機動力や破壊力を持たない更木剣八では、私の動きには付いてこられない。ただその異常なタフさで保っているだけ。

 斬魄刀を持つ手の炭化は始まっている。霊圧を貫通する程の熱量なのだ。

 

「なんで──なんで、なんでなんでなんで!! なんだって!!」

「何怒ってんだてめェ、もっと楽しめよ! これほど心躍る戦いなんだ、最期までやり合おうじゃねぇか!」

 

 

「なんで、君──可愛い女の子じゃないんだよ!!」

 

 

 決めていたはずだ。

 私が負けるのは。

 私の命を掴むのは。

 

 私より可愛い子だ、って。

 なのに、なのに!

 

「別に、私は藍染隊長の口車に乗ったわけじゃない……ウルキオラの黒腔が開かれなくたって、浦原喜助がなんとかしてくれたよ。そのウルキオラだって、もうすぐ死んでしまうんだから、関係ない。関係ない関係ない関係ない」

「あぁ!? さっきから何喚いてやがる!」

「わかってたんだ! 私が念のために作った保険が機能した時点で、私が用済みであることくらい! だってそう作ったのは私だから! だってそうあるようにしたのは、ほかならぬ私だから! ──でも、それでも!」

 

 槍は、更木剣八を、私を、双方を、虚夜宮を、虚圏を、何もかもを灼いていく。

 そうして黒くしていくのだ。黒く黒く、染めていく。

 

 

「私が負けるのは──私より可愛い子が良かった」

 

 

 落ちる。

 何がって、腕が。ぼろ、っと。

 

 

 骨まで炭になった、更木剣八の腕が。

 刀を握りしめた腕は、けれど。熱量に耐え切れず、手首から崩れ落ちる。

 

 

「──」

「……その程度の怪我なら、織姫が治してくれるよ」

「……チッ」

 

 あぁ……そうだね。

 その気持ちは、わかる。

 

 もっと続けていたかっただろう。

 もっと踊っていたかった。もっと遊んでいたかった。

 

 落ちたのは、更木剣八の腕だけじゃない。

 

 私もだ。

 

 私の、全身も、そうだ。

 炭化して、衝撃に耐えられずに砕け散って。

 

 奇しくも、彼と同じく──灰のように。

 

「……自滅か。くだらねぇ幕引きだな」

 

 あぁ、そう言ってくれるのか。

 そうか。そうだね。

 私は、更木剣八なんていう、可愛くない、美少女でもない奴に負けたんじゃあない。

 

 私と言う、華蔵蓮世という、世界で最も可愛い美少女の炎で、焼き尽くされたんだ。

 私が負けたのは。

 

 私だ。

 

 だから──私はちゃんと、私より可愛い子に負けたんだ。

 

「……心の、無い、子」

 

 知っているさ。

 知っていたさ。

 私だって、その言葉を知っていた。

 

 他者と触れ合う時、それは初めて現れる。誰かを想う時、それは私と、その誰かの間に現れる。

 

 もし、世界に自分一人しかいなかったら。

 心なんてものは──無くなる。

 

 結局、私しか見ていなかった私に、そんなものが無かったように。

 

「──あと、は」

 

 頼んだよ。

 

 その言葉が紡がれることは無かった。

 もう、私の身体は。

 虚圏の空に、灰となって消えて行ったのだから──。

 

 

 

PREACHTTY

 

 

 現世。

 山のような死神を前に……コヨーテ・スタークは、大きな大きなため息を吐いていた。

 

 忠誠を誓う藍染惣右介は尸魂界側のトップの手によって封じ込められてしまった。よって、階位的に次であるスターク──を飛ばして、元虚夜宮の王であるバラガンが指示を飛ばしている。

 藍染惣右介の目的である空座町。そのレプリカ。

 大がかりな仕掛けに、けれどまだまだ自分の出番は無さそうだ、と後頭部を掻こうとして……思いとどまる。

 

「それ何? スターク」

「ん? あぁ……まぁ、なんでもねぇよ」

「えー、気になるだろー。珍しいってレベルじゃないじゃん、スタークが戦場に私物持ち込むなんてさ」

「私物……なんかじゃねぇよ。こんなもの……俺だって持ってくる気はなかったさ」

「じゃあ見せろよー」

 

 後頭部を搔こうとしてやめた、右手。

 その手にずっと握りしめているもの。

 

「うるせぇよ、リリネット。静かにしてろ」

「えぇー!」

 

 スタークはそれを、まだ。

 ずっと、ぎゅっと、握りしめていた。

 



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第13話 増殖! 樹に生る果実

 現世は空座町──の、レプリカ。

 本物は尸魂界にあり、このレプリカと入れ替える事で戦闘可能区域にし、藍染の企みを阻止せんとした死神側の作戦は、しかしその要である転送結界……それを織り成す四方の柱での攻防によって、緊迫した雰囲気が張り詰めていた。

 その糸がようやく切れたのは、七番隊隊長狛村左陣がチーノン・ポウを倒した瞬間。

 

 そしてそれは、新たな戦いの幕開けとなる、はじめの一歩であったことなど、言うまでもない──。

 

 

 

 

 

「少しだけ……力を貰っていくよ。ごちそうさ──」

「ごめんね。それを貰うのは、私」

「──ッ!?」

 

 ()()は、突如現れた。

 そこは第二十刃、バラガン・ルイゼンバークの従属官たるシャルロッテ・クールホーンと、十一番隊五席綾瀬川弓親の戦いが終わった場所。

 果たして辛勝と言えるのか。あるいは綾瀬川弓親のプライドさえなければ、とっくのとうに勝っていたのかもしれない戦いは、けれど己の信念のぶつかり合いによって戦いの形を取った。

 

 勝者は確実に綾瀬川弓親だった。

 敗者は確実にシャルロッテ・クールホーンだった。

 

 それは、双方が双方、認めていた。

 けれど。

 

「な……」

「……あんた、どう、やって……ここに」

 

 綾瀬川弓親の始解、瑠璃色孔雀で奪い取ったシャルロッテ・クールホーンの霊圧の一部。それは術者である綾瀬川弓親のもとに、その口に収まるはずだった。

 けれど、それを掠め取った者がいたのだ。

 そいつは弓親から花を奪い、彼が驚く間もなくシャルロッテ・クールホーンの元へ歩み寄る。

 

 霊圧はそう簡単に受け渡しできるものではない。

 ではないが、もし、そういった能力を持つものならば──まずい。

 

 だから、弓親の判断は早かったのだろう。

 

「くっ──咲け、藤孔雀!」

「縛道の六十三、鎖条鎖縛」

「なぁっ、鬼道!?」

 

 より速かったのが、闖入者の動きだった、というだけで。

 そいつは破面の纏う白い死覇装を着ておきながら、鬼道を使った。しかも六十番台の詠唱破棄だ。

 これは弓親の筋力では到底破ることのできない類のもの。素早い束縛に、弓親は捕まってしまう。

 

「──やめなさい」

「うん。手出しはしないよ」

「……してるじゃない」

 

 そこへストップをかけたのは──敵であるシャルロッテ・クールホーンだった。

 これ以上何か、弓親に攻撃が為される可能性を考えたのだろう。ああ、けれど、それは違った。

 

 そいつは、ただ。

 シャルロッテ・クールホーンの霊圧の花を手に、倒れ伏す彼のもとへと歩み、座り込み。

 

黒龍虚食(ボラフィダッド)

 

 ()()()()()()

 

「シャルロッテさん。私は、君を友達だと思ってる。けれど、君は私なんかに救われる事を望まない。それが美しくないと知っているから。だから……最後まで待った。だけど」

「……あら。あんた、それ。取り戻したの?」

「捨ててきた、が正しいかな」

「そ。……はぁ。なんだか、しらけちゃったわね。……いいわ」

「うん」

「──食べなさい」

 

 それは、恐らく、弓親には理解できない光景だったのだろう。

 弓親から見ても美しいと感じるそいつ──少女が、弓親の感性でブサイクとしか思えない破面のその額にキスを落として。

 捕食する、なんて。

 

「なに、を……」

 

 仮にも人型だ。

 双方ともに、虚とはいえ破面となった彼ら彼女らは、確実にヒトに近い形をしている。シャルロッテ・クールホーンなどはもうほとんどヒトだ。

 それを、ぐちゃぐちゃと食べる。それがどんなに恐ろしい行為か。それがどんなに悍ましい行為か。

 

 弓親は今の今まで命の取り合いをしていた敵に、ブサイクだと罵っていた敵に──同情した。

 

「何をしているんだ、君は……今すぐにやめろ!!」

「道半ば。ここで潰える夢を、先へ連れて行く。食べるって、そういう行為だよ」

 

 制止は届かなかった。

 時間にして一分もかかっていないだろう。ガツガツと食われたシャルロッテ・クールホーンの身体は、文字通り一片たりとも残さず平らげられた。

 そして、彼の霊圧の詰まった花も。

 

 少女がそれを食べ終わり、弓親へ顔を向けて、ようやく。

 彼は、彼女が──彼が何者なのかを思い出す。

 

「──ッ、十刃!?」

「あれ、会ったことあったっけ? ……あぁ、現世侵攻の時か。ワンダーワイスを相手に、よく死ななかったね」

 

 荷が重い。

 シャルロッテ・クールホーンと戦った直後の弓親では、そして五席、あるいは三席の力しか持たない弓親に十刃一人は無理だ。

 十番隊隊長、副隊長が揃って倒せなかった敵でもある。

 

「ああ、大丈夫。君に用はないよ。その縛道も、時間が経てば解けるから気にしないで」

「待て、どこへ行く!」

「どこって……決まってるじゃん」

 

 美少女の所に、だよ。

 

 そう言って。

 彼は、その場から消えた。

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡る──。

 

「ん……」

「どしたのさ、スターク」

「いや……ようやく()()みたいなんでな」

「かえる? 何が?」

「お前の見たがってたもんだよ」

 

 そう言ってスタークが、ようやくその右手を開く。

 あるいはその手は、虚圏においてとある十刃の虚閃を受け止めたもの。誰もがただの牽制弾だと思ったソレに隠されていた物の事など、撃った本人と受け止めた本人くらいしか知らない。知らなくて当然だ。

 

 開かれた右手。

 

「おお、やけに素直じゃん。めっずらしい……って、え゛。……スターク、これ、なに?」

「うるせぇよリリネット……だから、知らねえよ。お前が見てぇっつうから見せてやったんだろうが」

 

 コレ。

 ソレ。

 

 スタークの手にあったもの。リリネットが見て、ドン引きしたもの。

 

「……俺だってこんなもん持ってたかねぇよ……」

「あぁ、じゃあ離してくれていいよ」

「うぉっ!?」

 

 それは肉片だった。

 真っ黒な肉片。無理矢理千切り飛ばされたかのような、断面の露わになっていた黒い肉。

 

 そこに、口ができる。口だ。虚無を覚えさせるような口が。

 思わずそれを放ってしまったスタークは悪くないだろう。それほどまでに気色の悪いものだったから。

 

 ああ、けれど──それは正解だった。

 

双生樹(アンボース)」 

 

 ぐじゅる、ぐちゅると大きな水音を立てて、()()()()()

 まず、腕だ。華奢な腕。そして足だ。艶めかしい足。そのまま腰が、背骨が組みあがり、肉が付き──最後に肉片が膨らみ、口と、その顔が現れる。

 

「……あぁ、やっぱりか……」

「うん。ありがとうね、スターク。ちゃんと受け止めてくれて。ちゃんと持ってきてくれて」

 

 龍の鱗がその身を覆う。白い死覇装が生まれ、そして。

 

 それは──生る。

 

「ふぅ──んんんっ、っはぁ。やっぱりいいね、現世の空気は」

 

 アンフィスバエナ。その名の意味は、「両方へ行く」、「どちらも掴み取る」。

 なれば、スタークの目の前で伸びをする少女のような少年は。

 

「おはよう世界。なんらかのアクシデントで私が現世に間に合わなかった時用の保険──そっくりそのまま、デッドでもない完全なコピーの華蔵ちゃんだよ」

 

 華蔵蓮世。 

 その胸の数字がまだ7である彼が、そこにいた。

 

 

 

 

 説明しよう。

 そもそも双生樹(アンボース)とは、超速再生をする能力、ではない。

 

 身体を斬られたり穿たれたりした際に、()()()()()()()()()()()という強い催眠を掛ける能力だ。いや転生キャラメイクの時点ではただの再生スキルだったんだけどね。

 私が常日頃言っていた、手が足りない。分身したい。猫の手も借りたい。立っている者は親でも使う。

 アレは何も、ただの願望、というわけじゃなかったのだ。

 

 まぁなんでやらなかったかって言えば、それなりのデメリットがあるからなんだけど。

 

「──で、だ」

「うん?」

 

 後頭部に突きつけられるは、スタークの指先。

 そこから撃ち出されるものが何かなど、わからない私じゃない。

 

「何をする気かは、聞いておくぜ。俺も自陣に敵を引き入れた戦犯扱いはごめんだからな」

「ああ、それは大丈夫。私は死神の味方でも、虚の味方でもないから」

「……美少女の味方って奴か」

「正解」

 

 だから、と。

 身を翻して、ちょっと機嫌悪めのバラガンの元へ行く。

 

「……娘子か。どうした、隠れてついてきたのか」

「うん。それでね、お願いがあるんだ」

「聞くだけは聞いてやる」

 

 お願い。

 それは。

 

「……構わん。だが、そうなることを予想している、という事実が儂の機嫌を損ねている事を忘れるな」

「ごめんね」

「……良い。行け」

 

 もし、シャルロッテ・クールホーンが敗北した場合。

 その亡骸を、頂けないか、というもの。

 部下が負ける事はないと、一切の疑いを持っていないバラガンにとっては侮辱にも等しいお願いだっただろうに、彼は頷いてくれた。

 

 だから言葉少なに──彼のもとへ向かう。

 私の大事な友達のもとへ。

 

 

 

 

 そして時は今に至る。

 

「──華蔵蓮世か」

「はい。こうして対面するのは初めましてですね、山本元柳斎重國殿」

「……」

 

 恐らく最初に藍染隊長を炎で閉じ込めた以外は何もしていないだろう山本元柳斎重國。

 そんな彼の前に降り立てば、真っ先に彼の副隊長、雀部長次郎が前に出てこようとする。それを制す山本元柳斎重國。

 

「何用か」

「──宣戦布告を」

 

 途端、ざわつく護廷十三隊。

 それはそうだろう。そんなことをこんな至近距離で言う者は中々いない。

 

「ただし、私は藍染隊長のもとで動く、ということでもありません。既に第九十刃、第五十刃を殺し、彼らからも離反しています」

「ほう」

「ゆえ」

 

 目礼。

 

「私は私の目的のもと動きます。都度、虚にも、死神にも敵対する事があるかと思いますが──」

「容赦などせん。──聞きたいことは、それだけかの?」

「……なれば、問題なく」

 

 響転で消える。

 

 これから私がやろうとしていることは、戦場をひっかきまわしまくる、ともすれば戦闘を長期化させ、さらには悪化させかねない悪逆非道な行為だ。

 それをすることに。

 一応、人間だったものとして、許可を取った。ただそれだけ。

 

 更に移動する。

 

「何用だ、華蔵蓮世」

「退いてほしいと言ったら、聞いてくれるのかな、と思って」

「はぁ!? いきなり何言ってんだてめェ、んなことあり得るわけねぇだろうが!」

「アパッチ、そう一々切れないでくださいまし。耳が取れてしまいます」

「だが、今回ばかりはアパッチの言う通りだ。藍染様に連れてこられたわけでもないのに、突然現れて『退け』、だなんて……アタシらが頷くと本気で思ってんのか?」

「ううん、思って無いよ。でも、みんなに死んでほしくないからさ」

 

 ティア・ハリベル以下従属官。

 原作を省みると、彼女らがこれから戦う相手は私にとって複雑な二人だ。

 乱菊さんと雛森ちゃん。

 美少女vs美少女の構図。それは、私が最も恐れているもの。

 

 だけど──。

 

「どうしても戦いに行く、というのなら──私を倒してからにしてよ」

「上等だよ、てめェにゃハナから苛ついてたんだ!」

「ちょっとは待てってアパッチ」

「……ハリベル様」

 

 第三十刃、ティア・ハリベルと目が合う。

 沈黙。

 

「一つだけ、問う」

「うん」

「死神と破面、その双方を敵に回すに足る理由は、なんだ」

「信念」

 

 即答だった。

 だってもう、それ以外残されていない。双生樹(アンボース)は単なる分身能力なんかじゃない。双方を私だと認識する能力は、つまるところ──意図的に起こすスタークとリリネットのようなもの。

 ただし分割されるのは能力でなく、人格でもなく。

 

「それが、存在意義」

「……そうか。相手をしてやれ、お前たち」

 

 あちらの私は多分、死を選ぶだろう。誰と戦うかはわからないけれど、最期の最後には死を選ぶはずだ。

 だってあの時、私が切り離したのは──愛情。

 美少女を愛する感情。己を愛する感情。そう、双生樹(アンボース)で分割されるのは、感情だ。

 

 そのままくっつけば、問題は無いけれど。

 切り離したままどちらかが消えれば、その感情は私の中から失われる。

 

 あちらの私は愛を失った。

 こちらの私は陶酔を失った。

 

 ゆえにあちらの私こそが真の第七十刃であり、私にはもう司る死の形なんてものは残されていない。

 ただ残ったのは、各種陣営の敵である、という事実のみ。

 

「場所を変えるよ」

 

 響転で遠くまで移動する。

 直後、ついてくる三人に笑みを零し。

 

「別ちて拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

「突き上げろ! 碧鹿闘女(シエルバ)!」

「食い散らせ、金獅子将(レオーナ)!」

「絞め殺せ、白蛇姫(アナコンダ)

 

 四者が同時に解放を行った。

 

 

PREACHTTY

 

 

「一体なんなのよ……仲間割れ?」

「さぁな。だが、好機であることは事実だ。仕掛けるぞ、松本!」

「それはやめて欲しいかな」

「!!」

 

 シロちゃんと乱菊さんの前に現れる。

 

 こちらを警戒しながらも、慎重にある方向を向く乱菊さん。そちらでは、確かに……私と、ハリベルの従属官が戦っていた。

 

「あんた……なんで」

「後先を度外視した結果、って奴かな。ま、見ての通りあっちの三人はどうにか抑えるからさ。ここで休んでてくれない?」

「断る。部下をお前が引き留めているのだとして、親玉が残ってる。あいつを片付けなけりゃオレ達は──……」

 

 シロちゃんが彼女を親指で指して。言葉を吐きながら、目を見開く。

 乱菊さんも同じだった。

 

 遠く。

 ティア・ハリベルの――眼前。

 

 そこに、いた。

 今彼ら彼女らの目の前にいるのと、同じ存在が。全く同じ霊圧が。

 

「彼女も勿論抑えるよ」

「……前々から思ってたが、何者だてめェ。既に人間の領域じゃねぇぞ」

「え、だから虚なんだって。破面だよ、私。ほら、ここに仮面あるでしょ?」

「前と違う仮面……前のは明らかに偽物だったけど、アンタまさか」

「あれ偽物ってバレてたんだ……。じゃ、なくて。……うん。正式に、破面になったよ」

 

 ちょっと恥ずかしい。

 偽物の、つまりお飾りの仮面だってバレてたんだ……。そうだよね、信じるの織姫くらいだよね。純粋だし。

 うわ恥っず。

 

「なら、殺さないといけねぇな」

「……やっぱり?」

「ああ。離反して尚も十刃を名乗ってやがるんだ、その本質は藍染の手下なんだろ?」

「うーん、そういう事じゃないけど、そういうことでもあるかなぁ。藍染隊長次第というか」

「何より」

 

 槍を出す。

 瞬時に燃え盛る槍に、氷が直撃する。

 

「未だにアイツを『隊長』と呼んでいる奴を、信用なんてできるか」

「──だよね。それじゃ、やろうか。日番谷さん、乱菊さん!」

 

 灼熱と霜氷が覇を唱える──。

 

 

 

 

「成程。どういう仕組みかは知らないが、お前は私達に明かしていない能力がいくつもあるらしい」

「まぁね。初めから仲間だとは思って無かったし」

「アパッチ達の所に一人。あちらの隊長格の所に一人。地上に一人。スターク達の所に一人。上空に二人。……これ以上はいるか?」

「うん。まだまだいるよ」

「そうか。──それで、私も抑えるか」

「そのために残った。……第三十刃(トレス・エスパーダ)、ティア・ハリベル。第七十刃(セプティマ・エスパーダ)華蔵蓮世がお相手仕る。私とダンスを踊ってくれるかな?」

「フッ、お前では些か身長が足りんな」

「あ、酷い。……いいんだよ、美少女はこれで。これ以上高くなったら美女になっちゃうもん」

「そう拗ねるな。いいだろう、第三十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルが、第七十刃(セプティマ・エスパーダ)華蔵蓮世からの挑戦を受けて立つ。──ただし、私は水で、お前は火。何もできずに終わっても文句は言うなよ!」

「水って高熱で蒸発するんだよ、知らなかった?」

 

 ここでも。

 

 

 

 

「娘子。儂は機嫌が悪いと言ったはずじゃが」

「うん。聞いた」

「……ならば何故、()()は儂の前に立っておる」

「あなたの相手が、美少女だから」

「既に覚悟はしているらしいな」

「うん」

「──待て! 貴様、横槍の上になんだその理由は! 私を愚弄しているのか!」

「ちょ、ちょーぉっと隊長!! いいじゃないスか折角仲間割れしてんスから! なんで声出すんですか!!」

「うるさい黙ってろ脂煎餅!」

「いいだろう──まとめて相手をしてやる。娘子。その身に確と刻め、儂に逆らってはならぬ──その恐怖を」

「お爺ちゃんこそ、この世に絶対は無いってことを知ってもらわないと」

「くっ、行くぞ大前田! あの破面共をまとめて始末する!」

「ど、どっちかが倒れてからでいいと思うんスけど……」

「ならば来なくていい。邪魔だ」

「えぇ……わ、わかりました、行きます、行きますよぉ!」

 

 ここでも。

 

 

 

 

「ただいま」

「……お前さん、よくしれっとしてられんな。ここまでの混乱を戦場に撒いといて……」

「なんなんだよオマエ! 何人目だよどんだけ分裂するんだよ!!」

「君達も他人のこと言えないでしょ」

 

 ここでも、私が現れる。

 

 ……いやぁ、私もここまで大量の双生樹(アンボース)を出したのは初めてだ。おかげで、今私の感情はすっからかん。かろうじて美少女への信仰が残っているから問題ないけど、その他、悲しいとか楽しいとかそういった感情は消えてしまっている。

 各地で戦う私がちゃんと勝利を収めて帰って来れば、私も元通りになるんだけど……はてさて。

 

「で、ここにいるアンタは、俺達と戦うのか?」

「ん-、スターク次第かな。私はリリネットちゃんを助けられたらそれでいいし」

「やっぱり目的はソレか……」

 

 むしろそれ以外に何があると。

 

「んで……そっちの隊長さん達は、どうするんだ」

「いや、こちらを気にせず話を続けてくれて構わない。君達同士に何か蟠りがあるというのなら、それについてオレ達が口を挟む理由はないからな」

「や、久しぶりじゃないの、華蔵ちゃん。双極の件ではどーも」

「あ、久しぶり、京楽さん。そうだ、私ね、最近正式に破面になったよ」

「おや、今までそうじゃなかったのか?」

「うん。えーと、浮竹さんでいいんだよね?」

「ああ。十三番隊隊長の浮竹十四郎だ。華蔵蓮世くん。君の事は、京楽からよく聞いているよ」

「ん。で、そう。つい最近まで私、虚モドキだったんだけどさ。日番谷さんと朽木家当主……朽木白哉さんがあるきっかけをくれてね。ようやく破面になれたんだー」

「そうかい。ボクらはそれを喜んでいいのかどうかわかんないけど、華蔵ちゃんが嬉しそうだから、おめでとうとは言っておくよ」

「ありがと、京楽さん」

 

 和気藹々とした空気は、けれどスタークの溜息によって破壊される。

 あとリリネットの癇癪も。

 

「なんでもいいけどよ、アンタら、俺達を殺したいんじゃなかったのか」

「いやぁ、平和的に行くならそれでいいよ? 痛いの嫌だしね」

「京楽はこう茶化して言っているが、オレも同意だ。特にそっちの子なんか、どう見ても戦える体つきじゃないだろう。君達がどういう上司と部下なのはわかっているが、非戦闘員はどこか安全な所へ置いてくるべきだ」

「おお浮竹さんわかってるぅ。そそ、リリネットちゃんは美少女なんだから、切り傷でもついたら大変大変。その点私が都合の良い存在。なんと今ならタダでリリネットちゃんを遥か彼方まで連れ去ってあげましょう」

「……生憎だが、俺達は上司や部下の関係じゃねぇ。そんでもって、リリネットは非戦闘員じゃねぇ。だから遠くへ引き剝がす必要はねぇし、誘拐犯の手を借りることも無い」

「まさかとは思うけど、誘拐犯って私のこと?」

「他に誰がいるんだよ」

 

 失敬な。

 私にはもう下心なんて高尚なもの残ってないんだ、ただ純粋な気持ちで美少女をここから遠ざけようとしているだけなのに。

 

「しかし、戦うにしても五人じゃ収まりが悪い。やはり初めに君達の蟠りを解いてから事を運ぶべきだ。仲間内に悩み事があると、戦闘にも集中できないだろう」

「白髪の隊長さん、そりゃ余計な世話って奴だ。悩み事も何も、とっくのとうに解消してる」

「そうなのか?」

「ああ」

 

 スタークは、浮竹サンと京楽春水を指差す。

 指して。

 

「まず、アンタらが敵で」

 

 私を指差して。

 

「コイツも敵だ」

 

 ……。

 やっぱりそうなるか。

 

 スタークとだけは、話し合いで解決できたらいいな、って。思ってたんだけどね。

 孤独。仲間が付いてこられないなら、私の一人でも上げるからさ。どこか遠くで安全に、って。

 

 ハリベル達もそうだ。戦いを望まないのなら、どうか虚圏で安らかに、って。

 そう思ってた。

 

 でも、そうか。

 そうだよね。だってまだ──藍染隊長への恩義と忠義がある。

 

 それを解消しない限りは、無理か。

 

「だそうだけど……華蔵ちゃんどうする? 敵の敵は味方っていうし、ボクら共闘しない?」

「しないよ。敵の敵は敵。それに、私はスタークとリリネットちゃんを敵だとは思って無いから」

 

 スタークの横に立つ。

 第一と第七。それが並ぶことなんて、あり得ないことだけど。

 

「いいのかい? 彼、君の事を敵だと言っていたけれど」

「味方からの誤射なんてあるあるでしょ。射線上に入った方が悪いよ」

「虚閃」

「流石にそれは容赦なさすぎでしょ! ッ、龍皮(ピエル・ディ・ダラゴン)!」

 

 肩口からノーモーションで撃たれた虚閃は、溜め無しとは思えないレベルの威力。

 流石は霊圧最高クラス、虚閃馬鹿とまで称されたプリメーラ……。

 

「まぁ、冗談だ。アンタを倒すのは最後でいい。今は隊長さん達を片付ける。いいな?」

「勿論。ああリリネットちゃんは任せて。ちゃんと守るよ」

「ちょ、勝手に決めんな! アタシも議論に混ぜろー!!」

 

 私は槍を、スタークは刀を取り出して。

 渋々と言った様子で、リリネットちゃんも剣を抜いて。

 

紅の射槍(ランサドール・ローホ)

「虚閃」

 

 ここでも──戦いの火蓋が、切って落とされる──!

 

 

 



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第14話 激突! 炎vs炎

 初手の投擲槍は避けられた。

 けれど、態勢の崩れた所を狙ってスライディング気味に突撃。左手を支点に、自分の肘で突き落とした双頭槍の持ち手が、凄まじい速度と威力を伴って反対側の穂先を突き上げる。双頭槍を回転させることでの顎を削ぐような斬撃。

 硬い感覚。これは、ちゃんと剣で受け止められたか。

 

 まぁ受け止めてくれたなら──止まってくれたなら、それはそれでいい。

 

黒虚閃(セロ・オスキュラス)

「!」

 

 穂先より放つは黒い虚閃。

 流石にこれは受け止められないのだろう、即座に距離を取る──白い男。

 

「中々に容赦がないな。それに、驚いたぞ。てっきり君は、京楽の方に行くものだと」

「生憎だけど、私は浮竹さんの能力知ってるからさ。──私みたいなインファイター、苦手でしょ?」

「……成程、因縁や縁といった感情を一切無視した合理的な判断だ」

 

 浮竹十四郎。

 十三番隊隊長であり、病弱な隊長サン。

 その始解の能力は、鬼道系の能力に対する絶対権に近い。あるいはネリエルに似た……。

 

「……攻撃してこないんだ?」

「うん? だって君は今、考え事をしていただろう? それを邪魔する程オレは切羽詰まっているわけではないからな」

「あぁ、そう。じゃあこっちも不意打ちとかしない方が良い?」

「いや、それは構わない。これはオレがそうである、というだけで、君に押し付けるものではないさ」

「それじゃあ遠慮なく──黒龍の吐息(アリエント・ディ・ダラゴン)

「双魚理!」

 

 だろうと思っていたから、予め距離を取っていた。

 公明正大、とても気のいい人──に見えて、この人もかなり"イイ"性格をした人だ。あるいはどこか甘さの抜けない京楽春水よりも。

 先ほどまで私のいた場所の、さらに少しずれたところを熱風が通り抜ける。

 帰って来た自分の技に驚いて咄嗟に逃げるだろう場所、だ。

 

「どうやらこちらの始解を知っているというのは本当みたいだな! どうやって知ったのかは教えてくれないのか?」

「あの時、一瞬見たんだよ。元柳斎重國殿と戦っている浮竹さんを」

「成程、それだけで見破り、それを覚えていたのかい? 確かあの時の君は、藍染から朽木さん達を守る事で手一杯になっていた覚えがあるが」

 

 よく覚えているのはどっちだ。

 ……けど、まぁ。

 

「信じる信じないはどうでもいいし、私の言葉の真偽もどうでもいいこと。それが、私があなたの始解を知っている事実を覆すものになることはないのだから」

「それはそうだが──」

「そして」

 

 もう一度肉薄する。

 先ほどと同じ要領で、けれど今度は反対側に双頭槍を蹴り飛ばし、双魚理を抑える動きにする。この刀は切っ先から霊圧を吸い取り、五枚の札で調節をした後、もう一本の刀から再度放出する、という能力がある。

 なれば刀を抑えてしまえばどうにもできないだろう。

 双魚理をしっかり槍で抑え──口を開く。

 

「!」

炎痕跡(ルラマ・ラストローズ)

「嶄鬼」

「!」

 

 これは入ったと思った。元より病弱な浮竹十四郎がこの至近距離で炎を食らえば、一気に戦闘不能にまで持っていける、と。

 けれどそれは、スタークと戦っていたはずの京楽春水によって止められる。

 

 更には。

 

「虚閃……おっと、いたのか、アンタ」

「……射線上に入る方が悪い、と言ったのは、うん、確かに私だけどね。今この隊長さん二人と私がまとまっているのを視認してから虚閃撃たなかった?」

「らしくないぜ、卑怯な不意打ちが売りの七番がよ。そりゃ敵が一か所に固まってるんだ、いっぺんに掃除したくもなるだろ」

 

 彼への追撃にか、スタークの虚閃が私達を襲った。

 散り散りになって避ける私達。

 

 ああ、狡猾……というよりは面倒臭がり屋がこっちにもいた。

 

 落ち着こう、華蔵蓮世。私の主目的は何か。それはリリネットちゃんを助ける事。そしてそれは、スタークを助ける事と同義でもある。

 たとえ彼が私を敵認定してきていても、彼の排除、などを試みてはいけない。

 

 ふぅ。

 

「……別ちて拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

「なんだよ、もう解放すんのか?」

「当然。流石にね、破面化したといっても、ただの美少女な状態じゃ君の虚閃は受けきれない。加えて気の抜けない隊長さん達がいるんだ、手数は増やしておいて損はないでしょ」

 

 あと、何回も言ってるけどこれは解放じゃないんだってば。

 

「前々から思っていたんだが、君の斬魄刀……槍は、二槍一対なんだな」

「うん? あぁ、まぁね」

「そういう斬魄刀は破面側には沢山あるのか?」

 

 ……ふむ。

 

「まぁ解放すれば二つになったり四つ六つ八つと増えるのもあるけど、最初から槍の形をしていたり、こうして一対の形を取るのは私のだけじゃないかな」

「そうなのか! それは良いな」

「良いとは」

「知っているとは思うが、オレと京楽の刀も二刀一対なんだ。こういったタイプの斬魄刀は、オレ達以外に仲間がいなくてな。敵ながら嬉しく思うよ」

「浮竹ぇ、お前、そんなこと思ってたのかい? それに、そもそもお前さんの刀は解放前は一本じゃない。ボクのとは違うよぉ」

「──あぁ、でも、そうだった」

 

 スタークの方を見る。

 彼は、後頭部を掻くだけ。見せる気は無い、ということだろう。

 

「十刃の中には、一対の解放を見せる奴もいるよ」

「へぇ」

「……なぁ、結局アンタ、どっちの味方なんだ?」

「だから私は美少女の味方だって」

 

 だから。

 

「虚閃」

十字痕(クルサール・ラストローズ)!」

 

 どさくさに紛れてリリネットちゃんに手を出そうとする奴は、許さない。

 

「ちょ、ちょーっと、いきなり本気になり過ぎじゃない? 君達、今の今まで険悪な雰囲気だったのにさぁ」

「前も言ったけど、私は美少女の味方だよ? あはは、七緒ちゃんや清音ちゃんをここに連れてこなかったのは失敗だったね──おっさん二人に容赦ができる程、今の私は余裕がないんだ」

「余裕が無い? ……それは、各地にいる華蔵ちゃんが関係しているのかな?」

「うん。大いに関係している」

「あぁ本当に素直だねぇ。けどいいのかい? そう簡単に手の内バラしちゃって……ボクらだって慈善事業じゃないんだ、こっそり君の分身を殺しに行くかもしれないよ?」

「それはどうぞご勝手に。けど、私はともかくスタークから意識を反らし過ぎたらだめだよ、京楽さん」

 

 槍で切り裂きに来た私と違い──静かに時を待っていたスタークの、その所在を明かす。

 ギロリと睨まれる。

 

「虚閃」

「!」

 

 京楽春水が真下に目をやると同時。彼は霊圧の極光の中に呑まれていった。

 

 

 

 

「アンタは、俺達の事を理解してるんだよな」

「うん。だから、できれば解放して欲しくない。できれば、私が片付けたい」

「それはリリネットに死んでほしくないから、か?」

「そうだね」

 

 スタークは、「じゃあ猶更だ」と呟いて──剣をしまう。

 

「……止めては、くれないのかな」

「別に解放したからといってリリネットが死ぬわけじゃねぇ。コトが終わればリリネットはまた出てくる」

「そういう問題じゃないんだけどね。──なら、仕方がないか」

 

 槍を、スタークに向ける。

 目を細めるスターク。

 

「俺と敵対するつもりはない。アンタそう言ったはずだぜ」

「君が解放しないのならば、君を守るつもりだった。解放しない分の戦力格差は必ず生まれる。あの二人に負けるかもしれない。だから私がその穴埋めになろうとした。だけど」

「だけど?」

「君が解放するというのなら──君を殺さずに倒し、虚圏に連れ帰る、という使命が発生する。死神なんか関係ない、リリネットちゃんの存続のためだけに、私は君達を攫う」

「……ハナから奴らには勝てっこねぇって諦めてんのか」

「私が美少女を守るからね。必然、決着は着かない」

「あー……やっぱ連れてくるんじゃなかった。……思考のどっかに、アンタなら俺達の大事なものを()()()()()()って認識があったんだけどな。気のせいだったか」

 

 それは意外な信頼だった。

 そんな風に思ってくれていたとは露とも知らず。

 

 だけど、それなら余計に安心してほしい。

 私は本気で君を圧倒し、リリネットちゃんごと虚圏に連れ帰るつもりだから。

 

「それをして、アンタに何のメリットがある。虚圏に連れ帰られた所で、俺達がアンタに従属する事はねぇぞ」

「そんなこと求めてないよ。ただ私は、美少女が世界から失われる事が許せないだけだから」

「……リリネット! 来い!」

 

 説得は虚しく。

 私の横をリリネットちゃんが通り抜けて──スタークの元へ向かう。

 

 その頭に、手を乗せて。

 

「蹴散らせ──群狼(ロス・ロボス)

 

 解放を行った。

 

 霊圧が跳ね上がる。吹き上がる。渦巻き、物理的な圧となって私に圧し掛かる。

 ……さて、正念場だ。

 動揺の無い状態の第一十刃、コヨーテ・スターク。未だ藍染隊長に恩義と借りがあると認識している、他の十刃を仲間だと認識している状態での──圧倒。

 それは何よりも難しい事だと思う。彼の心にこびり付いた孤独の陰は、濃くて大きいものだから。

 

 もし私の提案を受け入れるのならば、それは、この環境を捨て──また孤独に戻る事を示している。あるいは、先ほど冗談めかして言っていた言葉にも少しは本気が含まれていたのかもしれない。

 従属する気はない。

 だけど、一緒にはいてほしい……とか。

 

 自惚れかな、これは。

 

「華蔵ちゃん、ボクら、どうすればいいかな」

「遠くで見ててほしい。最初に浮竹さんの言っていた通り、ここから先は内々の事なんで。もし私が勝ったら、彼らは虚圏に連れて帰る。たとえ私が負けたとしても、かなり弱っている彼を相手取るのは造作も無い事でしょ。これは互いに利益のある提案だと思うんだけど、どう?」

「うーん……でも、それをするくらいならさぁ」

「ああ。彼らを殺さず連れ帰る──それが目的だというのなら、話は別だ。協力しよう、華蔵蓮世。オレ達も君を手伝って、彼らの命を拾い上げる。……君の言う美少女云々を抜きにしても、彼らはここで命を散らすべきだとは到底思えないからな」

 

 言って、私の両脇に並び立つ二人。

 ……。

 

「──ごめん、余計なお世話」

 

 それは、スタークを刺激する結果にしかならないから。

 

(へだ)て」

 

 私も、それを解放する。

 

 

 

 

「別ちて拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)!」

「討て、皇鮫后(ディアブロン)

 

 ハリベルとの闘いは、初手解放だった。

 破面同士なのだ。ノイトラのように素の状態で敵を殺す自信があるならともかく、解放した方が早く済むと考えるハリベルならば、そうするのは必至。

 対して私もわざわざ生身で戦う必要はないと、双頭龍蛇を展開する。

 

 そして起こるのは斬り合い──などではなく。

 

豪雨の射槍(ランサドール・ルヴィア)

断瀑(カスケーダ)!」

 

 己の最も得意とする分野。その撃ち合いだ。

 ハリベルは水と斬撃を。

 私は炎と刺突を。

 

 彼女の放つ大瀑布を前に、高熱を纏う双槍でこれを散らしていく。

 能力には相性がある。初めにハリベルが言った通り、私の炎は水に弱い。

 

 けれど、それならば藍染隊長はハリベルを山本元柳斎重國に当てればよかったはずだ。わざわざワンダーワイスなんてものを作らずとも、恐らく流水系最強に数えられるだろうハリベルで事足りた。

 それをしなかった理由はただ一つ。

 

 あまりに強すぎる炎は、水を消し飛ばす──と。

 ソレに尽きる。

 

戦雫(ラ・ゴータ)!」

九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)

 

 大水には太陽で。

 高波には炎幕で。

 

 私の技とハリベルの技がぶつかり合うたびに、周囲に白い蒸気が満ちていく。

 完全に相殺しているのだ。ゆえに互いに決定打はなく、技を撃ち合いがただただ続く。

 

 その均衡が崩れたのは、意外な所からの攻撃だった。

 

「氷輪丸!!」

 

 氷の竜。

 蒸気の詰まった場所にそんなものが登場すれば、私とハリベルは相当な距離を置かざるを得なくなる。

 

「……日番谷さん。どうして、ここに。あっちの私は、まだ負けてないはずなのに……」

「てめェの弱点を突いただけだ」

「私の弱点……?」

 

 なんだろう、それは。

 私にそんな明確な弱点があっただろうか。強いて言えば藍染隊長の完全催眠を始めとした幻覚系の斬魄刀だけど、ヒラコや東仙さんもまだ戦場に出てきていない以上、そんなものに遭遇するとは思えないし。

 私の弱点?

 

 ……うーん。

 

「まぁ、いいや。それで、日番谷さんは何をしにここへ?」

「十刃を討ちに来た。他に何かあると思うのか?」

「つまり──私とハリベル、どちらもを相手にすると?」

「そうだ。当然だろう」

 

 ふむ。

 弱点、とやらが気になるけど──随分となめられたものだ。

 

 乱菊さんとシロちゃん、そのどちらもがいて破面化前の私にも敵わなかったというのに。

 

「らしいけど、ハリベル。どうする?」

「お前が私に敵対しないのなら、初めから共闘して死神を倒せばいいだけのこと。違うか」

「んー。ま、そうだね」

 

 では、と。

 シロちゃんに向き直る。

 

「……卍解。大紅蓮氷輪丸」

 

 私達を相手に迷うことなく卍解するシロちゃん。

 うん。なら、こちらも遠慮はいらないだろう。

 

 ハリベルを助けるために、それを阻止する輩を倒す。

 躊躇はない。

 

太陽の射槍(ランサドール・ソラル)

灼海流(イルビエンド)

 

 炎と水と氷。

 自然界においてあまりに密接な関係を持つ三つが、意思を持ってぶつかり合う。

 

 ただそれは、氷にとってあまりにも険しい苦難の始まりであった。

 

 

 

 

「いや……あの、あのね。乱菊さん。その……私はさ、美少女が好きなのであって」

「何よ~、固い事言いっこなしでしょ~? ねね、アンタ、美少女が好き美少女が好きっていつも言ってるけど、本命は誰なワケ? やっぱり織姫? そうよね、あの子のおっぱいでっかいし……」

「だからその、私は下心とかなく単純に美少女の味方なだけで……」

「またまた。アンタだって男の子なんだから、女の子を見て多かれ少なかれ何か思うトコはあるでしょ? ……それとも不能だったりする?」

 

 えー、今生で最大の敵かもしれませんねこれは。

 

 最初は、良かった。

 乱菊さんとシロちゃん。その両方が臨戦態勢で、緊迫した雰囲気が流れていた。だから私としては良い感じに二人を倒して、縛道とかで縛っておく……あるいは相手をし続けて、ハリベル達を虚圏に返す。そういう手段を取るつもりでいた。

 

 しかし。

 

『松本。オレに作戦がある』

『はい隊長。……はい? え、隊長それ本気で……』

『恐らくは、一番効く。普段からお前がオレにやっている事だ。できるだろ?』

『そりゃできますけど……』

 

 何て作戦会議があった、すぐあとの事。

 

 瞬歩で私の目の前に来た乱菊さん。刀も抜かず、解放もせず、あまりにも無防備な姿で私の傍にきて。

 

 ──私に、抱き着いたのである。

 

 ああ、これは紛う方なき弱点だ。

 私の弱点。いつも公言している、最大の弱点。

 

 ……美少女、美女に手が出せない。

 

 特に乱菊さんは救いたい人の一人だったから、尚更。

 

 そうやって抱き着かれて、酔っぱらってもいないだろうにダル絡みされて、シロちゃんを逃がして。

 今に至る。これは多分演技なんだろうけど、それがわかったところで無理矢理剥がすことはできない。今の私の膂力は、人間の首を簡単にへし折り得るのだから。

 

「……まぁ、実のところを言えば、私は本当に好きな子とかいないんだよね」

「本当に? 誰も?」

「うん。本当に、誰も」

 

 だから、この拘束を諦めるしかない。

 諦めてこのダル絡みと対話するしかない。

 

「乱菊さんが思っているより……私の中には、他者に向ける感情が無い」

「あれだけ美少女美少女言っておいてそれはないでしょ」

「美少女が好きでも、美少女である彼女らが好きなわけじゃない。それは結局、個人に対する感情に乏しいことに他ならない。私にとって美少女とは記号で、アイコンで……私はそれを守りたいだけ。個人に対して劣情を持った事も……ううん、感情を持ったことすらないよ。美少女と友達は守る。それは単純に、私の使命だから」

 

 なんか、喋らなくていい事まで話してしまっている気がする。

 そんなつもりじゃなかったのにな。

 

 ……私は。

 

「ごめんね、乱菊さん」

「え──……ぅっ!?」

 

 それは、未だに隠し持っていたもの。

 黒龍化した私を、そして虚化から戻ったイチゴを眠らせた麻酔薬。

 元の名を、穿点。

 

「ここまで来て、こんなことまでして」

「あ……んた、まちなさ──」

「私を人間として扱ってくれて──ありがとう」

 

 寝ておいて。

 大丈夫。

 

 やるよ。市丸ギンは、私が、必ず──間に合ってみせるから。

 

 

 

 

 

 さて、各地で起こる華蔵蓮世との闘いの中で、最も早く決着がついたのはここ、ティア・ハリベルの従属官との闘いだった。

 それも当然、従属官と十刃では隔絶した力の差というものがある。それは己の仕える十刃の番号に遠く及ばない下位の者であっても同じ。

 

 三人が三人解放を行い、それでも勝てなかったとあって──三人は決意の表情を見せる。

 それは、己らの片腕を用いて合成する彼女らのペット、アヨンを作り出すこと。

 

 果たしてそれは、成しえない。

 華蔵蓮世は美少女である彼女らを救いたいのだ。腕を斬り飛ばすなんてもっての外。それが美少女ではない怪物になるなどあり得ない。

 よって三人は早急に対処された。

 少しばかりヒリヒリする、炎の練り込まれた霊力の鎖。それで彼女らの全身を縛り上げてしまったのだ。こうなっては斬り飛ばすことなどできはしない。

 

 そうして無力化されたアパッチらハリベルの従属官たちは、直後。

 

 とんでもない身の危険に巻き込まれることになる。

 

 

 

「いや、いや! 山本元柳斎重國殿が出てくるとは聞いてないって!」

「儂に名指しの宣戦布告をしておいて、聞いていないとは異なことを言う。突如戦場に現れた複数体の十刃。それが同胞(はらから)へと向き直り、戦闘を行うことで之を救っているとなれば、その真意を測らんとすることは不思議ではなかろう」

「だからって──」

 

 炎が迸る。

 火。火。火だ。

 否、熱そのものかもしれない。

 

 近くにいるだけで喉が枯れ、肺が焼かれていく灼熱は、しかし双方から発されるもの。

 

「華蔵蓮世。藍染からの離反を企て、その意思に逆らい破面を庇う者。故に問う。なぜ、今も尚、藍染を頭と仰ぎ見る。お主の本当の目的はなんじゃ」

「……そんなの決まってる。私は美少女の――」

「戯け」

 

 轟、と。

 周囲、レプリカの空座町が焦げ融け落ちていく。

 既にその刀は抜かれている。炎。炎。

 

 これなるは炎熱系最強の斬魄刀、流刃若火。

 

「本当の目的を聞いた。お主の戯言に付き合うつもりはない」

「……戯言だって? 私の、美少女への気持ちが……戯言?」

 

 ああ、けれど、些細な一言は枯れ葉を山火事へ変える。

 少しばかり逃げ腰だった彼が──山本元柳斎重國に向き直る。

 

 その目は、怒りに燃えていて。

 

「──お爺さん。君、美少女じゃないから。容赦はしないよ」

「来い、(わっぱ)

九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)

 

 言葉と共に生成されるは太陽。

 流刃若火が炎熱系最強の斬魄刀なら──何の因果か、華蔵蓮世は炎熱系最強の破面であると言えるだろう。

 炎対炎。

 

 ぶつかり合いは、いとも容易く周辺域に地獄を齎した。

 



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第15話 死なない世界

「万象一切灰燼と為せ、流刃若火」

 

 振るわれる高熱の一太刀。

 九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)を割断され、ギリギリの所で避けて──己が肌で感じてわかった。

 

 あっちの方が、熱い。

 

 もしかしたら、私の炎は破面の中では最強に近いのかもしれない。ノイトラの鋼皮を融かし貫く温度。少なくとも十刃の中で炎に類する能力を持つ者はいない。虚圏における最強が集まる十刃にいないのだから──その頂点を名乗っても良いだろう。

 けど。

 それでも、その上ででも、あっちの方が熱い。

 

 年季。経験。熟練。

 どれ一つをとってもあちらには満ち足りていて、私には足りていない。

 

「どうした、童。呆けている暇があるのなら、儂に一突きでも入れてみよ」

「悟った。私は貴方に勝つことはできない。恐らく逃げることさえできない。それはこの時点で確定した」

「ほう?」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 他の感情なら、失われて困るものもあっただろう。

 喜怒哀楽の内の一つが失われるのは痛いかもしれないけど、後は任せる。怒りを失い、愛を失った先に何が残るのか。

 

 それでも信念は残る。

 

「死ぬ前に一つだけ訂正させてほしい」

「なんじゃ」

「私は本当に、美しい少女を愛している。戯言ではなく、誤魔化しでもなく。だってそれは、私がこの世に生れ落ちた時から持っている存在意義だから」

「……」

「だから──そこを貶されたのなら、私は報復しなければならない。今、幾人かの私が全力で副隊長各位をこの近辺から逃がした。貴方の霊圧を感じ、元から逃げていた人も多かったけどね」

 

 ああ。癇癪を起したくなる。

 なぜ。あれだけ言っていたのに、私が負けるのは美少女でなく、こんなお爺さんなのか。

 私より可愛い子にしか負けるつもりはなかったのに。

 

 本当に残念だ。

 

黒龍化(ダラゴネグロ)

 

 大きな咆哮を上げて、全身を巨大な龍にする。

 可愛くないから勝率の低いこの姿は、けれど負けが確定しているのならば使っても良いだろう。

 長時間打ち合わなくてもわかる。一太刀も交わさなくともわかる。

 

 私では勝てない相手を、本能的に理解している。

 

「双極を……燬鷇王を破壊した時の姿か」

「うん。私にはいくつかの技があるけれど、炎熱系最強に挑んで散るのならば、これにするべきだと判断した」

「……いいじゃろう」

 

 山本元柳斎重國は、その場を動くことなく。

 剣道のような姿勢で、流刃若火を構える。

 

灼柱虚閃(ラヨ・デル・カロール)。……叶うならば──戦場における全ての美少女が、怪我をすることなく、心を病むことなく──健やかに、また、元の生活に戻れますように」

 

 私の出せる限界の虚閃。

 あるいは王虚の虚閃よりも物理的干渉という点では優れてるだろう。

 

「戦場で敵の息災を願うか」

「美少女に貴賤なし!」

 

 溜めが終了し。

 目をも焼く灼熱が、太陽の光線が山本元柳斎重國一人を狙って発射される。

 

 

「その意気やよし」

 

 

 声は、後ろから聞こえた。

 左目と右目。映す光景が次第にずれていく。

 

 両断されたのだと理解する。

 光線ごと、身体を。私の硬い龍皮さえも、すべてを。

 そして炎が焼いていく。身体を、全てを。

 

「ゆえに、餞別じゃ。お主の信念を踏み躙る言葉──誠にすまなかった」

 

 それが、私の聞いた。

 最期の音。

 

 

 

 

「一人死んだようだな、娘子」

「……うん。あそこまで消し炭にされたら、流石の私も再生できないよ」

「それでも、()()()()()()()()()()()()()とは、並の虚でもそうそうない生命力であろう」

 

 どうやら。

 アパッチ達の方へ向かっていた私が、負けたらしい。

 

 相手は、山本元柳斎重國か。そりゃ負けるよ。格上だもん。

 

「お爺ちゃん……私を、殺さないの?」

「恐怖を覚えさせ、逆らえなくすると言ったはずだ。娘子、お前はまだ儂の恐怖知らなんだ。ゆえに歯向かってきた。だが、これでわかっただろう。……儂は虚圏の王に君臨する者。恐怖を知らぬ者への扱いは心得ておる」

 

 死。

 早々に解放したバラガンを相手にするには、準備不足が過ぎた。

 炎も虚閃も、いつしか消えるものだ。龍とて生物だ。高威力の槍も、速度を削がれたら意味が無い。

 

 彼の前に立ちはだかるには弱すぎた。

 

 死の息吹(レスピラ)

 元々そこまで速いワケじゃない私の響転は簡単に足を捉えられ、首の下までを朽ちさせられてしまった。

 

 だけど、意外なことに──そこでバラガンは滅亡の斧で私の首を斬り、鎖で頭部を縛りつけ、自らの横置いた。

 老いの力に及ばないくらいの距離で。

 

「娘子。お前には目上を敬う礼儀がある。ボスへ向けるものよりも深い敬意を時折覚える。それは何故だ?」

「え……それは、だって、お爺ちゃんは……王様だから。ちゃんと部下を信じて送り出せる王様。自分の力が一番だと思ってたら、全部自分が出て潰せばいい。他者の事を塵だと思っていたら、雑兵の兵団なんか作る意味が無い。……お爺ちゃんは、ちゃんと。従属官のみんなを愛していた。そうでしょ?」

 

 何度も言うけれど。

 バラガンは独裁的ではあるにもかかわらず、部下から慕われる良い王様なのだ。

 藍染隊長のようなやり方ではなく、信頼を築く方法を知っている。

 

 今この状況もそうだ。

 圧倒的な力を見せつけて、けれどまだ殺さない。隷属するのなら生かす。それは一見して恐怖で縛り付けているようにも見えるけど、違う。

 バラガンは対話をする。あるいはそれは、死神に対してまでも。

 初めから自分に対してしか話していない藍染隊長とは、天と地ほども違う。彼は確かに天才だし社長っぽい気質があるのだろうけれど、それは決して王の器に類するものではない。

 

 支配ではなく統治。

 強いからこそ弱きものがどう行動するかを知っている。

 

 老いとは時間。そして時間とは経験だ。

 

「私は、ほら。シャルロッテさんと……親友、ってくらい、友達だったから、わかるよ。お爺ちゃんの事。ううん、だからこそ疑問ではあるかな。一度身内になっておいて、こうやって裏切って……貴方の前に立った私を、どうして()()()()()()()()()()()()()

「……ふん。此度の戦いで、儂は愛用の従属官をすべて失った。であれば、次なる部下が必要だ。そこで……クールホーンの霊圧を少しでも引き継いだ娘子ならば、奴の意義もあったのであろう。そう考えたまでだ」

 

 継ぐ。

 ……ああ。それは、いい考えだ。良い概念だ。

 死を、老いを司るバラガンの口から出る言葉となれば、尚更に。

 

「そこで大人しく見ておれ、娘子。これより儂は、儂のこの絶対の力で奴らを滅し、堂々と虚圏へ凱旋する。安心しろ。お前が気にしているハリベルやハリベルの従属官も、必ず連れ帰る。癪だが、第一十刃(プリメーラ)の小僧共もな」

 

 嬉しい言葉だった。

 ちゃんと見てくれている。ちゃんと私がやりたいことを理解してくれている。

 

 別にバラガンはそもそも人間や死神が嫌いなわけじゃない。自分に逆らう者が嫌いなだけだ。だから、虚圏の王になって、そうでありつづけることができたら──わざわざ現世へ行く事もなかったのではないだろうか。

 藍染隊長さえいなければ。

 虚夜宮で、王として、末永く君臨し続けていたのではないだろうか。

 

 ……ああ、ダメだな。

 砕蜂を無事に帰したいと願うのなら、バラガンをどうにかしないといけないのに。

 バラガンに生きていて欲しい、なんて。また、身に余る願いを。

 

「──お爺ちゃん」

「なんじゃ、娘子」

「ごめんね」

 

 波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)

 

 首一つになっても、生きている。

 なら虚閃が撃てる。単純な話だ。

 

 ああ──これは、本来発生してはならない天秤だ。

 美少女と、友達。それを天秤にかけた時、どちらに傾くか、など。

 

 ──私が持ってきた感情は苦悩。

 ここで私が死んでも、まぁ。

 苦悩がなくなるくらいは、いいだろう。

 

「……理解し得ぬか」

「うん。それでも私は、あっちの隊長さんに傷ついてほしくない」

「幼いな……あまりにも」

 

 バラガンが、その骨の手で波状延焼虚閃を止める。

 

「……なに?」

 

 止めた……ように見えたのは、一瞬。

 回り込んだ波状延焼虚閃がバラガンの身体に纏わりつかんとし──けれど、バラガンが大きく退いた事でそれは回避された。

 

 されてなお、広がり続ける波状延焼虚閃。

 

「これは……」

波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)。……粘性を持った炎の虚閃。その本質は、全てを巻き込んで大きくなり続ける事にある。この波はね、減衰しないんだよ。止め方はいくつかあるけど、少なくとも老いじゃ無理。むしろ時間が経てばたつほど、回転すればするほど──育つ」

 

 死の息吹(レスピラ)に触れた波状延焼虚閃が。バラガンに近づいた波状延焼虚閃が。

 その部分だけを巨大な刈り取り機にして、さらに彼へと迫っていく。

 

「……何故だ、娘子。何故、儂に逆らう」

「できることなら。此度現世に来たみんなは、誰も死んでほしくなかったよ」

「それは、叶わん願いだな」

「うん。だから──多重波状延焼虚閃(アルヴィオン・セロ・ルラマーズ)

「──なんだと」

 

 バラガンの背後。バラガンの横。バラガンの足元。バラガンの頭上。

 正面のものを止め、なおも絡みつくソレに対処している最中の彼のその周囲に、追加で波が花を開く。

 

「──この世には、衰えないものが存在する。その中でも波は、条件さえ整えてやれば……どこまでも、どこまでも飛んでいくものなんだ」

 

 太陽。

 光の下にある、髑髏面に告げる。

 

 割れた。バラガンの骨の一部が、波状延焼虚閃に巻き込まれて破損を引き起こした。

 折れた。指先がへし折れた。零れた。

 

 それは、溜息が。

 

「問うぞ、娘子」

 

 砕け散りながら、バラガンは言う。

 

「誰のために戦う」

「自分のため」

 

 言葉に、バラガンがニヤりと笑う。

 同時、トン、と。

 

 私の頭を撫でる硬質な感触。

 

「それは……なんとも──」

「弐撃必殺」

「──虚しいもの、よ……」

 

 その金色が、視界に入った時。

 

 私の生も、終わっていた。

 

 

 

 

 

 そこは、白い靄のかかった空間だった。

 時折ぶつかり合う衝撃も、靄を晴らすどころか増やす結果になる。

 

 水と炎と氷。

 

 ここが戦場において最も激しく、最も長いぶつかり合いでありながら──三人が三人とも千日手という珍しい状況。

 

「群鳥氷柱!」

「トライデント!」

炎痕(ルラマ・ラストローズ)!」

 

 まただ。

 立ち昇る氷柱を霧の斬撃が切り裂かんとして凍らされ、そこへ炎が入ってまた蒸発する。

 どの順番だろうと同じ。

 ある意味で実力の拮抗した三人では、決着というものが付けられない。

 

「埒が明かねぇな……」

「お前もそう感じていたか」

「それじゃあ、どうかな。ここらで一つ、勝負をしよう。全員で最大威力の技を撃ち合うんだ。それで、一番強ければ勝ち。そのまま相手を殺すも良し、慈悲をかけてやるも良し。簡単じゃない?」

「待て、華蔵。そのルールではそっちの隊長格にとってフェアとはいえない。それに、お前の最大威力の技は炎ではないだろう。ぶつけ合いとしてあまり益のあるものとは思えない」

 

 真面目か。

 炎と水で結託して、プラス私の槍でシロちゃん倒しちゃえば良かったのに。ちゃんと急所外すからさ。

 それで勝ち、でよかったのに。

 

「おい、オレは情けをかけろと言った覚えはねえぞ。ここは戦場だ、不平等くらいある。その上で勝てばいいだけだからな」

「だってさ、ハリベル。仲間にかける情けは君の良い所だけど、敵にかける情けは侮辱とおんなじだよ」

「世界で一番お前に言われたくはないが……まぁ、いいだろう」

 

 ハリベルが、皇鮫后(ディアブロン)を構える。

 私がぐぐいと身体を絞る。

 

 シロちゃんは。

 

「──だから、これも卑怯とは言わせねえぞ」

 

 氷天百華葬。

 小さな呟きと共に──彼の身体が、氷のように砕け散る。

 

 同時。

 

 周囲、何も見えない程にかかっていた白靄の、その全てが凍り付き。

 

 私達は。

 

 

 

 

 

 

「……(へだ)て」

 

 

 感じていた。

 各地の私が散って行くのを。

 

 土台、無理な話ではあった。

 美少女を守るために原作の大筋を変える。それは可能だ。

 だけど、だからといって。運命を変えられたからと言って──私が強くなるとか、そんなことはない。

 

 チート能力は結局この世界用にコンバートされてしまった。それは絶対の力ではなく。

 

 この世界における最強達に対しては──こちらも最強で挑まなければ、無理だ。

 だから、各地へ行った私は、己の最強を封じた。

 

 目的の遂行がメインだ。

 決して、現れた障害を取り除く事をメインにしてはいけない。

 

 

「──蓮華蔵世界(ティル・ターンギレ)

 

 

 槍が消えていく。

 同時、空を黒が覆う。シロちゃんの天相従臨とは違う、あるいは隣にいる京楽春水やどこかにいるだろう浦原喜助の卍解を思わせる、黒。

 真っ黒な霊圧の、海。炎で出来た水が満ちる海。

 

 そこに、幾本もの蓮の花が咲いている。

 

 私の足元にも、巨大な花が一つ。

 

「これは……」

「卍解……いや、帰刃(レスレクシオン)って奴かい、華蔵ちゃん」

 

 雨が降る。

 黒い雨だ。

 

 けれどそれは──非常に高い粘性を持つ雨だ。泥、に近いのかもしれない。

 泥中の蓮とはよく言うけれど、蓮の上に泥の降る世界は、果たして何を意味するのか。

 

「っ、く!?」

「うわわっ、ちょ、ちょっと華蔵ちゃん、こんなのやるなら事前に」

「……! 京楽、不味い! この雨は!」

 

 炎痕。

 小さく、口から──ライターくらいの火を出す。

 

 瞬間、世界が爆炎に飲み込まれた。

 

 

 

 

「……随分と荒っぽい解放を使うな、七番。アンタが今まで見せてたソレとは明らかに違う……途中までしか解放してない、みてぇな事かと思ってたが、とんだ勘違いだったようだ」

「ああいや、それであってるよ。ただ途中も途中、序盤も序盤だったってだけで」

 

 浮竹十四郎も、京楽春水も。

 爆炎に呑まれて落ちた。泥の溜まった蓮の底。あるいはそれを突き破った現世の地上へ。

 

 今ここにいるのは、第一十刃(プリメーラ・エスパーダ)のコヨーテ・スタークと。

 第七十刃(セプティマ・エスパーダ)の私だけ。

 

「ああ、そいや、一応通達だ。藍染様曰く、アンタは第四十刃に昇格だそうだ」

「へえ。別に強さを決める数字でもないのに、数字が上がる事を昇格っていうんだね」

 

 7の数字に傷が入り、反転する。

 このエスティグマ、どういう仕組みなんだか。

 

「しかし……これがアンタの世界。アンタの本性ってワケだ」

「うん。ちょっと珍しいよね。虚でこういう風に世界を変える系、あんまりいないでしょ。どっちかというと卍解に近いけど、でもまぁこれが私の帰刃だよ」

「……俺達の帰刃ってのは、俺とリリネットのような例外を除き、刀剣に込められた虚としての核……つまり元の自分の力を取り戻すモンだ。……それが、こんなカタチになるってことは」

「まぁ、そうだね。……散々名乗っておいてアレだけど、私は虚じゃないよ。虚に似ているもの、という表現が正しいかな」

 

 絶えず降りしきる雨は、当然スタークにもふりかかる。

 だというのに彼が濡れていないのは、偏に虚閃を撃っているからだ。

 

 撃ち続けている。自身の頭上に向けて、連続の虚閃を。

 

「いやまったく、虚圏より息の詰まる世界があるとは思わなかった。……蓮華蔵世界(ティル・ターンギレ)、だったか。そりゃどこの話なんだ?」

「死後の世界だよ。尸魂界でも虚圏でもない、ただただ清く、ただただ静謐な世界」

 

 龍の爪を、両側五本の爪を重ね合わせる。

 手のひらの境。

 

 そこに出現するは、小さな小さな太陽。

 

 降りて触れた泥が太陽に当たるたび、小さな爆発を起こす。

 そう、この泥なるは可燃性の泥。オイルやニトロなんかの爆発物が色々混じったものだと考えてくれたらいい。

 ゆえの爆炎だ。

 この世界で大きな火が立てば、忽ち爆炎が全土を走り抜ける。

 

「お話はこれくらいでいいかな、スターク」

「ああ。……行くぜ」

 

 片方を天に、もう片方を私に。

 それは剣でなく、銃。

 

 お願いだからリリネットちゃんの弾頭は使わないでくれ、と願いながら。

 

無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

金輪光冠短矢(ダルドス・ソラルズ)

 

 細いダーツの形に形成した太陽を、スターク目掛けて投げる。

 迎え撃つは無限に思われる虚閃の軍勢。それは泥を吹き飛ばし、私に向かい。

 

 爆炎が世界を包み込んだ。

 

 

 

 

「……無傷かよ。ったく自信失くすぜ」

「そっちこそ、どうやって避けたの? この世界全体を覆う爆炎なんだけど」

「……別に、泥さえ体に付着してなきゃ自分の身体が燃えることはねぇんだ。だったら、全部の泥を回避して、ダーツから連鎖的に爆発する爆炎に対して自分の虚閃で壁を作って相殺してやればいい。爆発の起点が自分に近い分対処はしやすかったよ」

「ふぅん。やっぱり目が良いね、スタークは。ああ、私が無傷な理由は簡単だよ。フツーに全身散り散りレベルにぶっ飛ばされたけど、再生しただけ。蓮華蔵世界はね、死なないんだ。常若の国だからね」

「……イヤな予感がしてるんだが、確認いいか?」

「うん。勿論君にも適用されるよ」

「あー……もう、確認はしなくてよくなった」

 

 だからこの世界は、確実に助けるための世界でもある。

 傷を負っても治る。死ぬほどのものでも、だ。

 

 ただし、リリネットちゃんを使った弾頭だけはどうなるかわからないから、使う事は控えてほしい。あれは魂を裂いて撃ち出すもの。原作では明言されてなかったけど、アニメ版では「そんな自滅技ある?」ってものになってたから。

 

「さぁ、一番。確実に殺し合おう。絶対に死なない世界で、絶対的な力を使い合おう。そして教えてあげるよ──」

 

 今度こそ、本気の。

 手に湛えるは1600万度の塊。

 

 炎槖の槍(ランサ・デル・フューゴ)

 

 それを出しただけで、世界が明るくなる。燃え続ける。燃え盛る炎の槍。

 少なくとも、何もない虚圏ならともかく──現世で出すべきじゃない槍を。

 

「君達に勝る存在が、こんな身近にいるんだってことを!」

 

 投げる。

 射出する。

 

「──……ああ」

 

 その声は、あまりにも悲痛な。

 

PREACHTTY



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第16話 勝てないとわかっていて

 嘶いたのは爆炎。

 光が溢れ、焼き尽くす焔が世界を真白に染め、溜まった黒を掻き消すと同時。

 衝撃が響き渡る。

 それぞれの身体が遮る光は影を作り出すけれど、それさえも吹き飛ばす純白が轟音を伴って二人の身を包み込む。攻撃の暇など存在しない。ひと時でも防御から意識を外せば、たちまち腕が千切れ、足が炭化し、火だるまになって。

 元に戻る。

 常若(とこわか)の世界。

 絶対に死ぬことの無い、何をされても元の状態に戻る理想郷。

 それは地獄に同じ。

 焼き焦げた空気は肺に痛みを、舌は渇き、喉は荒れ、瞳の水分さえも蒸発する。それでも死なない。慣れかけた痛みは慣れる前にまで感覚を引き戻され、霊圧の守りも虚閃の壁も、炎を中を突き進んでくる超高温の槍に突き破られる。

 それでも死なない。それでも尽きない。

 

「何がしてぇのか、よくわからねえ能力だな」

 

 音が止まる。光が止む。

 そうして降り落ちるは油のような泥。スタークはそれをもう避ける事さえしない。雨。雨の中で、黒く染まりながら声をかける。

 人型の龍。

 双頭の槍も、双つの槍も失くした、鋭い爪を持つ龍。翼をはためかせ、尾を振り回し、火がついていなくとも高温である息を吐き出す生物。

 

「何やっても元に戻るんじゃ、虚しいだけだ。精神に痛みや疲労が累積する……つったって、だったらこんな大規模にする必要はねぇ。拷問用にしちゃ派手過ぎるし、卑屈すぎる」

「拷問用じゃないからね」

「じゃ、なんだ」

 

 黒い。黒い。

 龍の鱗は元より黒であるけれど、それが油の泥に塗れて、さらに黒を増している。

 虚は。

 基本的には体のどこかに白を持つ。バラガン・ルイゼンバーンでさえ、帰刃時の頭部に骨という名の白を持つ。虚の仮面は白い。十刃達の帰刃も、普段着ている藍染によって誂えられた死覇装も、白だ。真黒な死神に対して。

 虚には、何もない。色が無い。

 

「初めに言った通りだよ。ここは死後、本来あるべき世界。虚圏のような寂しい場所でも、尸魂界のようなしがらみにまみれた場所でもない。ここはただの極楽だ」

「極楽ね……」

 

 見渡す限り、どこまでも黒い空。

 虚圏にはまだ月があった。悲しい光を発す、けれど灯りとなるもの。それがここにはない。この世界には黒と、地面に生える蓮の葉しか存在しない。

 泥が堆積しようと、爆炎に包まれようと、毅然とその姿を崩さぬ大蓮だけが、この世界を現実であると引き留めてくれる。そうでもしなければ、目を瞑り、瞼の裏を見ているのではないかと錯覚する程の黒だ。

 黒い。

 黒い。

 

「成程。アンタらしいな」

「うん」

「つまり、ここは──何をしても無駄だとわからせるための世界か」

 

 スタークがどれほど強い虚閃を放とうと。あるいはリリネットを用いた狼達を殺到させようと。自らの首を掻き切ろうと、目の前の龍を殺そうと。

 ここでは関係が無い。意味が無い。無駄だ。

 その炎さえも意味が無い。この泥さえも意味が無い。

 それを理解させるための世界。

 

 虚無の世界だ。

 

「だが──アンタ、さっきいた隊長さん達は治らずに落ちたよな。理想郷ってのはなんだ、人を選ぶのか?」

「そうだよ。赦された者、受け入れられた者、選ばれた者。辿り着いた者達のためだけの楽園を約束の地とする。この世界にいて、常若の恩寵を受けられるのは、ある概念を持つ者のみ」

「……いや、言わなくていい。ちょっとくどくなってきてたんでな」

 

 スタークは銃の底で後頭部を掻いて。ため息をついて。

 

「で、アンタ。俺に何して欲しいんだったか」

「このまま虚圏に帰って欲しい」

「そりゃできねぇ相談だな」

「頷くまで出さない」

「だろうな」

 

 互いに帰って来る答えがわかっていての問い。その問答にさえ意味はない。知っている事を確認するだけ。そうだろうことを再認するだけ。

 だから、と。スタークは一呼吸置いて──問う。

 

「アンタがそこまで諦めてる理由はなんだ。死神たちが強いから、ってだけじゃねぇだろ。藍染様の計画が必ず破綻すると踏んでる理由は、なんだ」

「君達が藍染隊長に殺されることを知っているから」

「──……何?」

 

 それは、知らない事だった。

 

 

PREACHTTY

 

 

 氷が割れる。ワンダーワイス?

 違う。

 

九番目の太陽(エル・ヌベーノ・ソル)!」

 

 背後に太陽を撃ち出して、ハリベルの手を引く。

 その身を抱き寄せ。

 

 斬撃を受ける。

 

「……!」

「華蔵……?」

「──虚閃」

 

 吹き飛ばす。避けられた。けどこれで距離は取れた。

 遠くを見る。黒い世界が向こうに広がっている。まだ無理か。

 

「用済みだ、と。そう告げるつもりだったのだけどね」

「知ってるよ。だから逃がしたんだ。やぁ、藍染隊長。炎の中で、優雅にティータイムでもしてたんじゃ?」

「それが終わっても、十刃の誰一人として隊長格を落とせていなかった。君達を破棄するのに十分な理由だ」

 

 傷は治った。

 まだやれる。

 

「藍染……様……?」

炎痕(ルラマ・ラストローズ)!」

 

 炎を吐く。けれど、手刀の一振りで掻き消される。

 これは少し不味いか。ワンダーワイスの声が聞こえたら全力で退避するつもりだったのに、まさかその前に出てくるとは思わなかった。

 仮面の軍勢も来ていないようだし──。

 

「一つ、聞くけれど」

「なにかな」

「私も用済み?」

 

 聞く。問う。

 私は、他の十刃とは違う。兵としての手駒ではなく、実験材料として手元に置かれた存在だ。

 ならば。

 

「ああ、そうだとも。──君にこれ以上はない。あちらで展開されている君の解放が、君の全てだ。不死の世界。不滅の世界。そんなもの止まりなら、私にとって意味のあるものではないからね」

「それ以上があるとすれば?」

「それ以上があるのなら、今、見せると良い。そうしないのなら、私は君達を用済みとして片付ける」

黒龍虚食(ボラフィダッド)

 

 大口を開くは真っ黒な塊。

 それは藍染隊長を確実に飲み込み──破裂する。

 

「こんなことで意表をついたつもりかな。やはり君の成長はそこまでだ。崩玉の自然発生例。珍しさは、けれど、完成しないのならば価値はないよ」

「……それなら、安心した」

「なに?」

 

 双頭龍蛇を構える。

 

 私の腕に。

 

 ハリベルはいない。

 

「……」

()()()()()()()

 

 当然だ。

 藍染隊長がこれ以上進化すると知っているのだから、奥の手など、切り札など。

 そうそう見せるものか。

 

「だけど、見せる気はない」

「どうしてかな」

「藍染隊長。貴方が美少女じゃないから」

 

 双頭龍蛇(アンフィスバエナ)でさえない、双頭槍を構える。

 

「……今更私に、ただの君の相手をしろと?」

 

 そんなつもりはない。

 だとしても、絶対に勝てない。鏡花水月があろうとなかろうと、霊圧の差は果てしなく大きい。

 

 ゆえにこれは。

 

「──時間稼ぎか」

「あ、うん。そうだよ」

 

 剣を槍で受け止める。

 瞬間、瞬歩で私の後ろに回り込んだ彼からの袈裟斬りを、双頭槍のもう片方の穂先でガード。

 

 そのまま虚閃を放出するも、回避される。あーあー、速度ではもう完全に敵わないか。

 

「君が」

「私が藍染隊長と戦う時に、目を瞑る理由?」

「……ああ、そうだ」

「勿論鏡花水月対策だよ。戦う時だけじゃない、貴方と相対する時は、目を瞑ったり、あるいは目を抉り出してるよ」

 

 腕が、腹が断ち切られる。

 双生樹。分割能力の副次作用たる超速再生は、インファイトにあまりに便利だ。

 

 痛い事は痛いんだけどね。

 

「君は、私を初めて見た時からそれをしていたね」

「懐かしいね。四十六室を出たあたりの、雛森ちゃんを貴方が刺していたところだ」

「あの時から君は私の鏡花水月を知っていた。それは何故かな」

「それはとても単純なコト。知っていたから、知っていた。知っていたから、対策していた。それ以上でもそれ以下でもないよ」

 

 縦に、両断される。

 ──それでも私は再生する。

 

 藍染隊長。その能力は酷く驚異的だけど──コト斬撃という面においては、鏡花水月は単なる斬魄刀だ。燃やすことも、朽ちさせることもできない。

 なら。

 

「君の超速再生は、中々に厄介だね」

「藍染隊長に厄介だと言ってもらえるとは思ってなかったよ」

「君自体の強さはあの黒崎一護に遠く及ばない。どころか、この場に集まった隊長格の誰にさえも及ばない。十刃のいくつかには勝るようだけど、それだけだ」

「その通り。私はほとんど成長していないからね。みんなからいくつかのアドバイスと、私自身の気付き。あの時から私を強くしたものなんてそれくらい」

 

 剣を受け止め、刈り取るような蹴りを繰り出す。亡きシャルロッテ・クールホーンに師事した蹴り技は、けれど悉くが通用しない。

 剣も蹴りも、虚閃も。

 

「だけど私は、美少女だから」

 

 彼方の黒が、晴れていく。

 その中に。

 

 コヨーテ・スタークは──いない。

 

太陽の射槍(ランサドール・ソラル)

「無駄だよ」

「知ってる」

 

 踏み込んで、投げる。

 炎を湛えた槍は、当然の如く避けられ。

 

「!」

 

 その肩口を、捉えた。

 

 

 

 

双生樹(アンボース)

 

 手と手を取り合う。互いにその顔を触りあう。

 美しい顔。可愛い顔。この世で最も愛らしい少女が如き男の娘。

 

 鏡合わせの身体。くっつき、ひたつき、なればそこに境界など無い。

 いつしか私は、一人になる。

 

「成程、背後、遠方からの完全奇襲か」

「……無傷、じゃないね」

「ああ。多少はダメージを負ったとも。君の投槍術の破壊力は、十刃達の中でも屈指のものだからね」

 

 くっついて、記憶を共有する。

 ……スタークの事。ハリベルの事。別にくっついたからといって霊圧が倍になるとかはない。双生樹は感情の分割を基に私の完全なるコピーを作ることができるけれど、だからこそ感情の統合に私への強化は存在しない。別に分け与えてるわけじゃないからね。

 ただ、さっきよりはちょっと、感情豊かになったかな、程度。

 

 前後からの太陽の射槍は、なんとか藍染隊長にかすり傷を与える事に成功したらしい。

 

 ……うーん勝てる気がしないね、この人。

 

「だが、どうやら、時間稼ぎもここまでのようだね」

「なんで?」

「周りを見てみると良い。ああ、目を開く気が無いのなら教えてあげよう」

 

 ──霊圧を知覚する。

 そして、理解した。

 

「……いつの間に」

「君は随分と私にご執心だったからね。気付かなかったのも無理は無い。あるいは、興味が無かったから、ともいえるだろう」

「まぁ……そう、だね。こうなっても、まだ興味はないかな」

 

 こうなっても。

 まだ目を開けていないから、実際に見たわけじゃないけれど。

 

 ──東仙要がいない。そして、狛村左陣と檜佐木修兵の霊圧が地上にある。

 シロちゃんの霊圧が弱っている。その上空には──市丸ギン。

 

 原作においてひよりちゃんがされたことを、シロちゃんがされた……感じか。

 おかしい。何故仮面の軍勢は来ていない? もしかして結界を通されていない?

 

「君の興味が向くのは、相変わらず少女だけかな」

「間違えるな美少女だ。ただの少女を命を懸けて守るとか、そんなヒーローになった覚えはない」

「違いが判らないな」

「分かってもらえるとは思ってないよ」

 

 鱗を這わす。

 黒龍化だ。ドラゴンの形にはならないけれど。

 

 虚圏の私がどうなったかはわからない。だけど、ちゃんと。あっちで原作通りか、それ以上に良い事が起きて、イチゴが帰ってくるのを待って時間稼ぎをし続けるしかない。

 奥の奥の手は確かにある。

 あるけど、それはまだ使えない。使いたくない。

 

紅の射槍(ランサドール・ローホ)

「時間稼ぎに付き合うつもりはないと、今告げたはずだ。理解できなかったかな」

噛みつく槍頭(ウナ・レヴォルフィオン)!」

 

 龍皮も鱗も意味が無いらしい。身体を切り裂かれながら、傷つけられながら、遠隔操作した槍を藍染隊長に纏わりつかせる。再生。再生だ。さらに槍を再装填し、同じことをする。

 

「無駄だ」

波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)!」

 

 縦の波状延焼虚閃。

 複数の槍に絡まれる藍染隊長を巻き込む形で放ったそれは──腕の一振りで払われる。

 槍も、虚閃も。

 

「終わりにしようか、華蔵蓮世。破道の九十」

「ッ──大龍硬殻(エンセーラス・エラ・カスカラ)!!」

「黒棺」

 

 ダンゴムシみたいに丸まって、硬い殻に籠る。

 その周囲を覆っていくは重力の壁。

 

 衝撃に備えろ。意識を失うな。

 重力の圧砕に──。

 

 

 

 

 その時。

 藍染隊長の背後の空間が、割れた。

 

 

PREACHTTY

 

 

「死ぬ前で良かった。……けどやっぱり、黒棺には耐えられないか。良い経験だったね」

 

 ぐちゃぐちゃになった──見るも無残な肉塊になった私を、双生樹で取り込む。

 ギリギリ、生きていた。地面に墜落したのが幸いだった。イチゴにかかりきりになった藍染が追撃してこなかったからだ。

 だからこうして、私はまた生き永らえることができた。

 

 上空では今、狛村左陣がイチゴの手を抑えている所か。

 責任云々の挑発でイチゴを揶揄っている。……そして、集結する隊長格達。シロちゃんは地面で吉良イヅルに治療されている。

 

 ……彼らの矛先にいるのは。

 

「おや、もう回復したのか」

「私が美少女のピンチにかけつけないはずがないでしょ?」

「ふふ、そうだったね。──では、少しばかりの余興と行こう。存分に踊ってくれたまえ」

 

 巨大な剣が降ってくる。

 ソレを虚閃で弾き飛ばし、胸に抱いた美少女を退避させる。

 

「──華蔵蓮世! 何故だ、貴公は藍染から離反したのではなかったのか! 何故今になって藍染の味方をする!」

跳ね回る虚閃(サルタ・ソブレ・セロ)波状延焼虚閃(セロ・ルラマーズ)

 

 問いには答えず、対処の面倒な虚閃を二発連続で発射。

 これで狛村左陣は抑えた。次は、背後からの鎖の音。飛来する手裏剣のような形状の鎖鎌、風死に対しては、部分龍化の手甲で之を叩き落す。空気を切り裂く音。これは刺突。恐らく弐撃必殺と見て、そちらの方向に豪雨の射槍(ランサドール・ルヴィア)

 

 眉間近くへの斬撃。片腕で受けて、切り飛ばされたそれを瞬時に再生させる。

 

「やぁ華蔵ちゃん。さっきはどーも。おかげでボクも浮竹もボロボロだよ。……けど、どしたんだい? いきなり惣右介くんの味方をするなんて。彼は美少女じゃないじゃない」

十字痕(クルサール・ラストローズ)!」

「おおっとぉ」

「虚閃」

「双魚理!」

 

 っ、浮竹サンは普通にいるのか! ならワンダーワイスは本当にどこ行った! フーラーもいないし、仮面の軍勢もいないし!

 

「クソッ……藍染……藍染ンンンンッ!! 卍解!」

「ダメです、日番谷隊長! まだ治療が!」

「そんな状態での卍解は体に障っ」

 

 眼下、氷結。

 シロちゃんの相手はちょっとキツい。仕方ない、私を一人消費する……いや。

 

落炎(ルラマ・カイエンド)

 

 上空に炎を吐き、それを落とす。たったそれだけだけど、これは広範囲への攻撃になる。

 その隙に──イチゴの方へ近づく。

 

「させんぞ、華蔵蓮世!! 天剣!」

「打っ潰せ、五形頭!」

弧月槍(ランサ・アルコー・ルーナ)!」

 

 二つの打撃を弾き、ぶつけ合わせて避ける。

 抱き締める美少女の意識は戻りそうにない。虚ろな目のまま、私の手から離れようとしている。

 

「黒崎!!」

「あ……華蔵」

「みんな催眠にかかってる! 私の声は届いていないし、雛森ちゃんが藍染隊長に見えてる!」

「黒崎一護! 下がれ!」

 

 顎を狙った刺突を避けて、その小さな体に蹴りを入れる。

 ──ごめん! 砕蜂ちゃんだって守りたいけど、今は余裕ない!

 

「だから黒崎! ──受け取れ!!」

「!」

 

 いつか、イチゴが阿散井恋次にやったように。

 私も雛森ちゃんを、イチゴに投げ渡す。

 

 ちゃんとキャッチするイチゴ。

 どうだ、これなら。イチゴが藍染隊長を守っている、なんて図は信じられないだろう。

 

「それは勘違いだよ、華蔵蓮世」

「丁度いい……まとめて殺してやるよ、藍染も! 市丸も!!」

「雛森くんを私に見せる事が可能なら」

 

 シロちゃんの死に物狂いの殺気は──私に向いていない。

 矛先は、確実に。

 

「ッ、龍皮の一撃(プノ・デ・ピエル・ディ・ダラゴン)!」

 

 死に体のシロちゃんを、殴り飛ばす。

 

「黒崎一護をギンに見せる事も、可能だとも」

「えぇ~、ボク、あの子苦手やから嫌やわぁ」

「そう言うな、ギン。なんなら君を黒崎一護に見せて、護廷十三隊に守らせてみるか?」

「あぁそれは面白そう。でも、華蔵ちゃんがそろそろなんかしてくれそうですよ?」

「なに?」

 

 仕方がない。

 もうここまで展開が進んだのなら、藍染隊長の覚醒まで──最大の時間稼ぎをするしかない。

 

(へだ)て、蓮華蔵世界(ティル・ターンギレ)

 

 巻き込むのはイチゴと雛森ちゃんと、隊長格達と、藍染隊長、市丸ギン、そして私。

 黒泥の降る死後の世界。蓮の世界。

 

 私の世界へご招待。

 ここならば──どれほど戦っても関係ない。

 

「うひゃあ、さっき外から見てたけど、中はこないなってたんやねぇ」

「泥の降り注ぐ世界か。些か風情に欠けるな。泥中の蓮とはよく言ったものだが、これでは型落ちも良いところだ」

「うーん、ベタベタするし、ボクこの帰刃十刃の中で一番苦手やわぁ」

 

 ベタベタするだけならザエルアポロも一緒だろうに。

 

「これは……」

「関係ねぇ……藍染は殺す、殺す──」

「やれやれ、またかい。……浮竹」

「ああ。今度は大丈夫だ」

「……卍解、黒縄天元明王」

「ちょ、隊長ォ、なんスかこれ! 真っ暗で真っ黒で……」

「うるさい、黙っていろ大前田」

 

 あ、隊長格だけ巻き込んだつもりが大前田まで巻き込んじゃったか。まぁこっち狙ってきてたし仕方ない。

 

「黒崎」

「華蔵……これ、お前が?」

「うん。じゃあ、雛森ちゃんを頼んだよ」

 

 トン、と。

 彼の肩を押す。

 

 それだけで、イチゴと雛森ちゃんは蓮華蔵世界から排出された。

 

 ここなる理想郷は定めた者しか受け入れない。極楽浄土、ゆえに勝手に出すことも無い。

 時間を稼ぐに持ってこいな解放である自負がある。

 

「痛みで、疲労で。意識を失った人は、ちゃんと出してあげるよ。だからそれまで」

 

 手と手を合わせて、そこに──炎を創る。

 

金輪光冠短矢(ダルドス・ソラルズ)

 

 途端、連鎖的に起きる爆発。真っ黒な世界が真っ白に染まり、中にいる者全てを焼き尽くす。

 そして戻る。戻る。戻って、また焼けて、戻って。

 

「良い時間稼ぎだ、華蔵蓮世」

 

 真白の中で、声がする。

 

「君のおかげで私は──さらなる段階へ進む」

 

 一人、また一人と意識を失っていく中で。

 

「感謝しよう。これで本当に君は」

 

 ──用済みだ。

 

 あと、少し。




鬼道考察

みんな大好き黒棺

破道の九十 黒棺

滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧きあがり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる 爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ

滲み出す混濁の紋章 →ホルスの目。
不遜なる狂気の器 →セト
湧き上がり・否定し →イシスがオシリスを見つけて回収するも、セトがバラバラにする。
痺れ・瞬き →イシスによってオシリスは蘇生されるも不完全で身体が動かず、現世に留まれなかった
眠りを妨げる →冥界で蘇る
爬行する鉄の王女 →イシス
絶えず自壊する泥の人形 →オシリス
結合せよ、反発せよ →イシスとセト。イシスの時はオシリスを積み上げてピラミッドとして建設し、セトの時はオシリスをバラバラにして壊す。
地に満ち己の無力を知れ →これを繰り返す。永遠に。

オシリスとイシスの伝説、及びピラミッドの伝説からかなー。
セト神がイシスに対して無駄だ! って言ってる的な。だから黒棺(オシリスは棺に入った事で死んだ)なのかな。


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第17話 最後から二番目の技

 黒い世界が晴れていく。

 その外にいた黒崎一護が目にしたものは。

 

 意識を失い倒れ行く隊長格達と──。

 

 首を失くした、華蔵蓮世の身体だった。

 

 

PREACHTTY

 

 時は少しだけ遡る──。

 

「月牙──」

「まぁ待てよ、一護。それはまだ早え。それよりも作戦会議と行こうじゃねえか、この嬢ちゃんが稼いでくれた時間を使ってな」

「黒崎、冷静に。ね?」

 

 華蔵蓮世の帰刃。

 初めて見るそれは、中にいるものを死ななくする、という埒外の能力でありながら、闘争本能に在る虚としてはどうにもらしくないもの。

 そこから預けられた雛森桃という少女と共に弾き出されてからの話。

 

 頭に血を昇らせ、己の斬撃を放とうとした一護の元に、ある二人が現れる。

 

「な……親父……? それに、華蔵も……っ、そうだ、華蔵! お前なんでこっちに……剣八に殺されたんじゃなかったのか!?」

「ワオ、それはだいぶ今更だね。けどそうか、私が分裂できることは虚圏にいた黒崎達には伝わってないんだから当然だよね」

「分裂……? じゃあ、あの黒いのの中にいるお前は」

「あっちも私だよ。本物の。こっちも私。あの中の私が持っているのは『信仰』と『友情』。この私が持っているのは『冷静』。感情を媒介に自分を分ける。そういう能力だよ」

 

 なんでもない事のように、華蔵は説明をする。

 嫌な顔が隠せない一護に、同じく彼の父親たる一心も悲しそうな顔をしていた。

 

「そんなのっ」

「ああ、まぁ、倫理的に色々あると思うけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。ほら、雛森ちゃん渡して。こっちで保護するから」

「っ……あ、あぁ」

 

 虚ろな目をした雛森桃を一護は華蔵へと引き渡す。

 同時、瞬歩──否、響転で現れたもう一人の華蔵が、彼女の身柄を引き取って行った。

 

 開いた口は塞がりそうにない。

 

「ま、その気持ちはわかるで一護。俺も最初聞いた時何言うとんのかわからへんかったし」

「ああ、だが、有用な能力だ」

「理性ある虚……というよりは、虚に似た何か、だったか。世の中、何がいるかわからねえな」

「フフ、僕達も似たようなものだしね」

「え……あ、平子!」

 

 そして代わるように現れるは五人。

 一護も顔をよく知る五人……平子真子、愛川羅武、鳳橋楼十郎、六車拳西、有昭田 鉢玄。仮面の軍勢(ヴァイザード)という名を名乗る彼らは、100年以上前に尸魂界で隊長格を務め、そして藍染によって虚の力を植え付けられた者達。

 しかし。

 

「あれ、少なくねぇか? ひよ里とか……どうしたんだよ」

「ひよ里、リサ、白は留守番や留守番。ごっつ強い結界の外でうろうろしてた俺らの前この嬢ちゃんが現れて、条件を飲むなら中に入れる、なんて話に仕方なく耳傾けたら、その三人を連れないなら入ってもいいとか言うやないか。大変だったんやでー、あの三人説得するの」

「結局説得できずに、ハッチの白伏で眠らせたがな」

「元より説得の通じるお三方ではありませんのデ……」

「あー……」

 

 何故その三人を入れなかったのかを理解した一護は、胡乱な目で華蔵を見る。

 片目を瞑り、舌を出す彼に、「コイツにも説得は無駄だしな」と思い直した。

 

「それで……なんだよ、作戦会議って」

「何もなにも、当然藍染のことや。一護お前、あの帰刃が晴れたら、そのまま突っ込んで月牙天衝ー、とかやるつもりだったやろ。というか解ける前からやろうとしてたみたいやし」

「それは……」

「今も私が中で戦っているから、は無しだよ。というか、今も私が中で戦っているからこそ冷静になって欲しいかな」

「……わかった」

 

 頷く一護。確かにこのまま無為に突っ込んだところで、得られるものはない。

 

 と、そこへ──更に一人が到着する。

 

「じいさん!? 今までどこ行ってたんだよ!」

「ワンダーワイスとかいう総隊長専用虚が用意されてたんでな。ソイツはぶっ殺したが、他にも何か仕掛けが無いか見回ってたんだ。総隊長は総隊長で物騒な仕込みをしようとしてたから止めたけどな」

「ふん……こうして集うと、なんとも懐かしい顔ぶれか。100年前に戻った気分じゃ」

「じゃあ私と黒崎だけ未来人だね」

「いや別に俺も100年前に十三隊にいたわけじゃねえけど……」

 

 白く、長いひげを蓄えた老人。

 山本元柳斎重國。尸魂界は護廷十三隊が総隊長、山本元柳斎重國である。

 

「つーか親父! 何しれっと話に混ざって──」

「……ま、聞きてえ事は沢山あるだろうな。嬢ちゃん、あの帰刃ってのはどのくらい保つ?」

「基本は永遠に保つよ。私の心が折れない限りはね」

「嬢ちゃんのメンタル次第ってことか。……よし、まずだな、一護」

「あー、良い、良い。俺から聞いといてなんだけど、別に話さなくていい。今まで話さなかったってことは、話したくない事情があったってことだろ。親父も、あと華蔵も。浦原さんとかも。どんだけ隠し事とか裏とかなんかがあるのか知らねえけど、今の俺は自分に精一杯過ぎて背負える気もしねぇしな」

 

 だから、と。

 一護は、笑う。

 

「全部終わって平和が戻って、本当に話したいって思える日が来たら……飯の時にでも話してくれよ」

「……流石にそれは飯が不味くなるぜ。あと、夏梨と遊子の前で話せってか。中々厳しいコト言うなお前」

「なんで私も黒崎ん家いる前提なの?」

「例え話だ例え話! ったく、面倒くせぇ二人だな……」

 

 華蔵と一心は互いを見て、目を合わせ。

 いやーな笑みを浮かべる。何かしら気が合うらしい。

 

「あー、家族円満はイイコトやけど、そろそろ話し進めへんか?」

「っと、そうだったそうだった。──まず初めに言っておくが、一護。俺達がお前の力になれるのは、初撃の一回だけだ」

「……なんでだよ」

「さっきも見ただろ、一護。今の隊長格達が、雛森って子を藍染だと勘違いして、この嬢ちゃんの声も聞こえずに鬼気迫る顔で追いかけまわしてたの。同じだよ。オレ達も藍染の始解を見てる。見てねぇのは、そこのオッサンと、一護、お前と、嬢ちゃん。この三人だけだ」

「ボクらじゃ二の舞なのさ。初撃以外、ボクらが戦闘に参加すれば、味方を藍染だと見間違えて本気を出して、余計なことをしかねない。だから初撃以外には参加しない」

「そんでもって、初撃で俺達が撃墜されてもお前は気にするな。俺達を気に掛けること自体が隙だ」

「せやなぁ。癪やけど、結局俺達は無力や。100年かけて力つけたかて、何ができるわけでもない。精々がお前らのサポートや。せやから」

 

 平子は、一護に剣を突き付ける。

 真剣な顔で。

 

「そのための作戦会議や。ええか、一護。今から言う事全部覚えるんやで。そんで、失敗しても気負わんでええ。保険は沢山用意しておくからなぁ」

「ついでに言うと、その初撃に俺は参加しねぇ。嬢ちゃんもだ。だから一護、全責任はお前の肩にかかってる」

「いや今平子が和らげてくれた緊張をなんで親父が戻すんだよ」

「つーワケや。ハッチ、この二人と山本のじいさん、外に出したれ」

「はいデス」

 

 突如一心と華蔵、山本元柳斎重國の姿が消える。

 驚きに立ち上がろうとする一護に、仮面の軍勢は制止の手を向けた。

 

「まだやることがあるらしいで。ま、一護。お前は仮面の軍勢の端くれや、こっちはこっちで仲良くしようや」

「いや入った覚えねぇけど」

 

 結界の中。

 男六人が、作戦会議を始める──。

 

 

 

 

「それで、話とはなんじゃ、(わっぱ)

「鬼道を教えて欲しい」

「……何?」

 

 結界の外に出された三人。

 内、一心はこの場にいない者に連絡する事があるとかで、姿を消した。

 

 ゆえに残されたのは二人。

 先ほどは殺し合いを、否一方的な圧倒を繰り広げた、二人。

 

「私の能力は超速再生……勿論それだけじゃないけど、大部分が超速再生による恩恵で賄っている部分が大きい。その能力を万全に活かすなら、犠牲破道を使うのがベストだと踏んでいる。今の所私の使える犠牲破道は一刀火葬のみ。他は知らないし、その一刀火葬だって練度は低い。死なば諸共で突貫するのなら、再生のできない死神より再生可能な私の方がいい」

「……ならん」

「どうしてか、聞いてもいい?」

 

 淡々と、冷静に。

 メリットだけを上げる華蔵蓮世に、山本元柳斎重國は却下を出した。

 

「虚であるお主に破道を教える事、それ自体が危険」

「私虚じゃないんだって。人間襲わないし。別に尸魂界に敵対するつもりもないし」

「ならば尚更許可は出せぬ。虚でも死神でもない者が、尸魂界や現世のために身を焦がす。それはあってはならぬこと。犠牲破道とはその名の通り犠牲を伴って大きな力を引き出す術。その犠牲とは、死神となりし者達の覚悟あってこそのものじゃ」

「けど、その方が絶対効率が」

「笑止千万なり。童、そもそもお主は戦闘者の気質ではないの。治るから傷ついても良い。戻るから身を粉にしても良い。……そんなものは覚悟とは呼ばぬ。少なくとも儂はそれを覚悟とは呼ばぬ」

 

 淡々と冷静であるのは山本元柳斎重國も同じだ。

 否、そこには少しばかりの感情が入っている。あるいは未来、過去。ユーハバッハなる者に言われる甘さと弱さ──それがここにある。

 

「話は終わりか、童」

「……いいや。まぁ、こんなお願いは別に良いんだよ。話は別にある」

「ならば疾く話せ。時間がそう残されているわけでもなかろう」

「うん、じゃあ」

 

 老人と少女……のような少年。

 話す言葉は、少しばかり未来へ──。

 

 

PREACHTTY

 

 

 そして時は戻る。

 

 晴れた帰刃。首の無い華蔵蓮世。倒れ伏す隊長格達。

 

 刀を抜いた状態にある藍染惣右介と、市丸ギン。

 

「月牙──天衝ォォオ!!」

 

 黒い月牙。黒崎一護の卍解状態における飛ぶ斬撃は、その性質として虚の虚閃に近い。

 ほぼ全力と言えるその斬撃は、けれど取るに足らないと藍染惣右介が弾こうとして──。

 

「……何?」

 

 それが突然目の前から消失したことに、驚きの声を発した。

 

「行くぜローズ! 打ち砕け、天狗丸!!」

「そっちこそしくじらないようにね! 奏でろ金沙羅!」

「これはこれは、懐かしい顔だね」

 

 太陽より降るは、巨大な金棒。仮面から覗く瞳は強く藍染を睨みつけ、同時、その金棒に炎が纏わりつく。

 地上より昇るは金の鞭。鳥のくちばしのような仮面は美しい声を奏で、その鞘と斬魄刀をクロスさせて音楽を奏でる。

 

「火吹の小槌!」

「アルペジオ」

 

 空の金棒を受け止めんとした藍染だったが、その身体が動くことはない。音楽が原因だと気付いた時にはもう遅い、破壊の権化が眼前に迫っていて──。

 

「射殺せ、神槍」

「させねぇ! 鐵拳断風、爆弾突き!!」

 

 直撃する。

 愛川羅武の金棒が藍染に、六車拳西の卍解が市丸ギンに。

 それぞれが回避行動を取ることができないのは、鳳橋楼十郎のアルペジオ――相手の身を操る技のせいだ。

 

 地面へと叩き落される二人。

 

「万象一切灰燼と為せ──流刃若火」

 

 その地面が炎熱によって焼き焦がされる。

 地獄が如き炎。永遠に続くかと思われたそれは──けれど、払われる。

 

 無傷の二人。藍染惣右介の右腕によって。

 

「終わりかな?」

匣遺(はこおくり)

 

 そんな彼らの背後に現れるは匣。

 中身は。

 

「成程、黒崎一護の月牙天衝を消したのは君か」

「はい……そしテ」

 

 先ほど消された月牙天衝。

 威力をそのままに、放たれたそれが藍染の首、そこを正確に捉える──。

 

 

「逆や」

 

 

 驚きは三つあった。

 藍染惣右介が自身の首筋に仕込んでいた防壁、その発動が無かった事。

 代わりに鎖骨部に対し強烈且つ凶悪な斬撃が入り込んだこと。

 

 そして。

 

「惜しかった──あるいは、あったかもしれない。私に刃を届かせることが。だが、黒崎一護の意識による斬撃でなく、有昭田鉢玄の狙いならば──鏡花水月の催眠範囲だ」

 

 確実に捉えたはずの藍染が、全く別の場所にいたことである。

 

「ああ、しかし、そもそもが無理な話だったのだろうね。華蔵蓮世が何のために時間稼ぎをしていたのかは終ぞわからなかったが……おかげで、私にとっても幸運が舞い降りたと言えるだろう」

 

 朗々と語る。

 その身。その胸には──美しくも悍ましき玉が埋まっていて。

 

「まったく……崩玉とはよく名付けたものだ。これは、神なる者と神ならざる者の境を崩す──力、だ」

 

 真白の肉が、藍染の身体へと纏わりついていく。

 肉か、骨か、枝か。

 

 揺れる。震撼する。

 生れ落ちんとする新たなる存在に、世界が、地面が。

 

 藍染が姿勢を崩してしまう程の揺れが──。

 

 

 

黒龍虚食(ボラフィダッド)

 

 

 

 その身を、巨大な黒龍が捕食した。

 地面から出てきた、漆黒のドラゴンが。

 

 

PREACHTTY

 

 

「自分の胃袋の中、というのは、中々に得難い経験だと思わない?」

「この現代日本に西洋風のドラゴンがいるってだけで違和感すげぇのに、その腹の中で戦うって発想がまず気味悪いって気付いてほしかったぜ」

「まーまー、中々にオツなもんスよ? 華蔵サンの言う通り、中々無い経験スから。ね、夜一さん」

「ワシは心底寒気がするがのぅ。猫として長く生活し過ぎたか、生物の口の中というのは……こう、本能が」

 

 そこは暗い空間だった。

 各所に設置されたランタンのようなものが無ければ、誰の姿も見えぬほどに。

 

 地面はネタネタとした黒い溶解液が溜まり、それは天井や壁からも滲み出してきている。

 時折空を舞うのは炎。それがこの溶解液さえもが可燃性であることを知らせてくれる。

 

「……華蔵蓮世の胃の中か。あまり趣味の良い場所ではないな」

「美少女で男の娘な私の体内だよ? そんなところに入れるなんて、一生にあるかないか。光栄に思ってくれていいよ、藍染隊長」

 

 ここに集いしは五人。

 浦原喜助、四楓院夜一、黒崎一心、華蔵蓮世。

 そして今しがた飲み込まれた藍染惣右介。

 

 邪魔立てのされないこの場所で始まるは、決戦。

 

「そうか。それは残念だな」

「残念?」

「ああ。折角整えてくれた舞台だが……ものの数秒で終わってしまうのだから」

 

 藍染惣右介の進化が始まる。

 否、少しばかり止まっていたものが再稼働しただけだ。

 骨が、肉が、枝が。

 彼の身体に纏わりつき、絡み合い覆い尽くし──それはサナギとなる。

 

「いいのかい、浦原喜助」

「何がスか」

「この状態になる私を放置している事が、あまりに君らしくない。様子見は事を悪化させる一方だぞ」

「何もしていない? アタシが? ──まさか」

太陽の射槍(ランサドール・ソラル)

 

 爆発が起きる。

 可燃性の溶解液が連鎖的に爆発し、爆炎を伴いながら槍が藍染へと向かう。

 

「ちょ、ちょっと今アタシが話を」

「お前は溜めが長ぇーんだよ! 燃えろ剡月(えんげつ)!」

「その通りじゃな、瞬鬨(しゅんこう)!」

 

 それは燃える斬魄刀。爆熱の槍と爆炎の剣が藍染へと向かい──いとも簡単に跳ね除けられる。

 対鋼皮用の特製手甲を纏い、肩口から高濃度の鬼道を炸裂させる夜一。その一撃は藍染の手に止められ、投げられる。

 背後、忍びよるは華蔵。龍化した拳で藍染を殴る。

 

龍皮の一撃(プノ・デ・ピエル・ディ・ダラゴン)!」

 

 ──も、足先で止められる。蹴とばされ、胃壁へと激突した彼は、しかしその口に赤黒い光を湛え。

 

灼柱虚閃(ラヨ・デル・カロール)

 

 極太の熱線を撃ち放った。

 

 

 

 

「……いやぁ、無理ゲー」

「ようやく理解したか」

 

 こーれ無理ゲーです。

 原作じゃちょっとは効いてた夜一の瞬鬨による打撃も、一心による月牙天衝、私の槍と虚閃の数々も。

 

 効いてない。なーんにも効いてない。

 サナギ状態の藍染に、何の攻撃も通らない。

 それでこれ以上強くなるんでしょ。いやぁキッツいス。

 

「おい、弱音を吐くな華蔵。こっちの士気まで下がる」

「私の言葉程度で下がる士気ってことは、最初から負けそうだって思ってるんじゃない?」

「ほう? しばらく見ん内によく言うようになったもんじゃのう」

「しばらく見ない内も何も、私夜一さんとほぼ関わり合いないでしょ。私をストーキングしてた事以外」

「監視じゃ監視。というか、やはりあの時点で気付いておったのか。曲者め」

 

 軽口を叩くのは余裕が無いからだ。

 さてどうしたものかと考えるも、悉くが潰される。

 

 やっぱりイチゴに最後の月牙をやってもらうしかないのか。

 ──それが嫌で、今。必死で抗ってるんだけど。

 

「浦原さん。プランBで」

「……アタシそれ、OK出した覚え無いッスよ」

「まーまー。死ぬとしてもここにいる私とでっかい私くらいだし。大丈夫大丈夫」

「何か策があるのか。ならば早くしたまえ。──そろそろ揺籃の時が終わるぞ」

 

 早過ぎでしょ。

 もっと後じゃなかった?

 

 ……ま、それはでも、説得力のある言葉だ。

 

「──わかりました。華蔵サン、くれぐれもお気をつけて!!」

「チッ、子供置いて敗走たぁ、俺もヤキが回ったもんだな」

「ぐずぐずしてないで行くぞ! 儂らでは邪魔になる!」

 

 出ていく三人。

 あ、勿論口の方ね。お尻じゃないよ。美少女は排泄しないから。

 

 だから、残ったのは。

 真っ黒な空間と、真っ黒な私と。

 真っ白な藍染隊長。

 

「結局浦原喜助は何もせず、か。戦闘にも参加しないとは、どういうことかな」

「さぁ。気分じゃなかったんじゃないかな」

「そうか。まぁ、どうでもいいことだ。……それで、どうするつもりかな。浦原喜助、四楓院夜一、黒崎一心。彼らの力は私に遠く及ばないとはいえ、君には勝る。君は最上級大虚程度の力しか持たない存在だ。その程度の君が、たった一人で私に楯突く事。それ自体が傲慢だと気付けないか」

 

 気付いている。

 私程度に倒せる相手ではないことくらい、勿論気付いている。だから傲慢じゃない。

 

「……藍染隊長」

「なにかな」

「私の技。ただ捕食するだけの行為に、黒龍虚食(ボラフィダッド)なんて技名付けると思う?」

 

 ただの捕食だ。

 ただ食らいつき、食べる。

 その行為に何か違いがあるわけがない。食べるだけ。噛みつくだけ。

 

 行為自体に何か特殊な意味がなければ。

 そんな技名には、しない。

 

「……何?」

「おかしいと思わなかった? 体内にこんな可燃性の溶解液持ってる事とか、みんなの技や私の槍が飛んで行っても、痛がる素振りも見せないこのでっかい方の私とか」

「……」

「さて──問題。ここ、本当に胃袋の中だと思う?」

 

 浦原さん達を掃いたのは、勿論バックアップをしてもらう意味もある。

 外で待機しているハッチとテッサイサンには封印の準備を、浦原さんには仕込みを、黒崎一心にはもしもの場合の手順を伝えてあるし、恐らく今頃イチゴにそれを手解いている頃だろう。

 けど、彼らを排出したのはそれだけが理由じゃない。

 

 邪魔だからだ。

 

「藍染隊長。貴方は私を『自然発生例』だと言ったよね」

「ああ……確かに言った。君は崩玉の自然発生例。だが、君自身の進化は中途で終わってしまった。その先があるとあの時の君は言っていたが……それを今、見せてくれるということかな」

「ん-、それはそれだよ。今出す方じゃない」

「成程。君は沢山の隠し事を私にしていたようだ。それで、今見せてくれるのは、何かな」

「浦原さん。藍染隊長、貴方が私を『自然発生例』だと捉えたように、浦原さんも私をそうだと断じていた。貴方が私を虚夜宮に招待した時にもそう言っていたよね」

「懐かしい話だ」

 

 だから。

 

「浦原さんは、ちゃんと研究していたんだよ。私から貰った私の細胞で」

「……それは」

「貴方が見限ったものを、浦原さんはしっかり研究し尽くしていた。貴方が自然環境下において進化の先を眺めたものを、浦原さんは殺す術を考え尽くしていた。──それじゃ、最初の問いに戻るけど」

 

 黒龍虚食(ボラフィダッド)。ただ食べるための技。

 そんなものは、存在しない。単なる超速再生に双生樹(アンボース)なんてつけないのと同じだ。

 

「ここ、どこでしょーか」

 

 直後。

 

 空間が、崩れ始める──。

 



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第18話 Pathy&Rect

_人人人人人人人人_
> 突然の最終回 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


「──些末な問題だ。ここがどこであれ。君の胃袋の中であれ、そうでない場所であれ……今の私にはもう関係が無い。今の私はもう」

 

 藍染惣右介の身体に罅が入る。

 それは彼の崩壊を告げるものではなく。

 彼の再誕を祝す圧壊。

 

 今ここに、揺籃の時を終えた藍染惣右介が──その身体を露わにする。

 

「理の、外にいる」

 

 瞬間、胃壁の全てが弾け飛んだ。

 

 

PREACHTTY

 

 

「……?」

「どうしたのかな、藍染隊長」

「……ここは」

「ここはどこかな。胃袋を消し飛ばしたのなら、どこに出るのだろう」

 

 消し飛んだ黒。

 そこから現れたのは、同じく黒だった。

 そして、治る。

 今しがた消し飛ばした胃壁が元に戻る。

 

黒龍虚食(ボラフィダッド)。ただ食べるための能力でなく、そして食べたものを己の力にする能力でもない。そんなのはメタスタシアやアーロニーロの領域だ。私の持つものではない」

「だが、今感じた外側は確かに君の霊圧だった」

「そうだね。内側も外側も、確かに私だよ。なんならもっと消し飛ばしてみてもいい。破道で貫くのもアリだよ。あぁ、けれど、その程度じゃあ出られない」

 

 朗々と語る。

 プランB。外の準備は終わっただろうか。

 

「成程。華蔵蓮世、君の能力が理解できたよ」

「流石は藍染隊長」

「君の能力は、食べたものを消化可能にする能力……違うかな」

「ああ、その理解なら」

 

 奥の方から、黒い溶解液が波となって迫って来る。

 瞬く間に私と藍染隊長を漬けたソレは、ジュウジュウと音を立てて彼の身体を焼き始めた。

 

「80点。それだけじゃない、と言ったところかな」

 

 藍染隊長は、気付くだろうか。

 一生物の消化液程度が、崩玉によって進化しきった己が身を焼くおかしさに。理の外にいるはずの彼が、生物の理に再度囚われていることに。

 

「──同化能力」

「そう。正確には、『食べた対象に華蔵蓮世という能力を獲得させる』能力が正しい。黒龍虚食(ボラフィダッド)を経て私の体内に入ったものは、生物非生物問わず華蔵蓮世になる。華蔵蓮世だったことになる。華蔵蓮世が彼らの能力を獲得したわけじゃないからね、何か特別な力が使えるようになる、とかはないよ」

 

 強制的に『華蔵蓮世』を獲得した対象は、パッシブ能力である『華蔵蓮世』を発動し、双生樹(アンボース)に取り込まれる。分割されていた感情だった事になる。

 ああ、だから、特別な力などは手に入らないけれど、自分のものではない感情が手に入るという点ではメタスタシアやアーロニーロに近いのかもしれない。

 

 かつての私が手に入れていたルピ・アンテノールの自己陶酔は、虚圏に捨ててきた。

 ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオを食べて手に入れた高潔なる怒りは、山本元柳斎重國に焼き尽くされた。

 ルドボーン・チェルートを食んで手に入れた従順たる苦悩は、砕蜂ちゃんに殺された。

 

 シャルロッテ・クールホーンを食して手に入れた篤き忠誠心は、今の私には存在しない。

 恐らく外で失くしかけた『友情』、『信仰』と再融合していることだろう。

 

 この私は、ただひたすらに『冷静』。

 

「崩玉と融合前の藍染隊長だったら、ここに入った時点で己の違和に気付いていたと思うよ。明らかに体内に異物が入り込んだ、とね。けど──奇しくも私は崩玉と似た性質を持っていた。進化の途中に私が入り込んでも、藍染隊長にとってそれは『進化に際して受け入れなければならないもの』でしかなく、また、崩玉との融合が初めてな藍染隊長にとって、それを拒絶していいものなのかどうかもわからない」

「……!」

「ああ、そうそう。さっきの答えね。ここがどこなのか。胃袋の中ではないのか」

 

 私の身長では溶解液の波で埋まって行ってしまう。藍染隊長の首元にまで来ている黒い波は、私を完全に埋め尽くし。

 けれど、声だけがしっかりと響く。

 だってここは。

 

「勿論、胃袋の中だよ。ただ──何重に、何重にも飲み込まれた、ね」

 

 ちゃんと、私の体内なのだから。

 

 崩れ始めた空間は、ただ。

 私と私が、再融合を果たさんとしているだけのこと。

 

 時間稼ぎだ。喋りなんてものは、結局。

 ──双生樹(アンボース)

 

 拝せ、双頭龍蛇(アンフィスバエナ)

 

 

 

 

「おい……おい! 何してんだよ!」

「まーまー落ち着いてくださいよぉ黒崎サン。……これが華蔵サンの出した答えなんスから」

「こんな……こんなことで、どうにかなるワケねぇだろ! 早く華蔵を──」

 

 外。

 崩壊した空座町のレプリカ。

 そこで、()()()()が行われようとしていた。

 

「……」

「……また、こうして二人揃う事になろうとハ。こうして二人、向き合い、鬼道を使うことになろうとは……感慨深いものがありますネ」

「……」

 

 握菱鉄裁。有昭田鉢玄。

 その二人をして行う封印は、恐らく尸魂界における最上の封印の一つになるだろう。

 

 対象は、少女のような少年。

 華蔵蓮世。

 

「騒ぎなや一護。俺達かて気分悪いねん。藍染封印するためとはいえ、こない小さい子犠牲にするんは……フツーに嫌やねん」

「だったらッ!」

「でも、これが一番確実だった。……僕らもね、話を聞かされた時に抗議はしたんだよ。このまま放っておけば際限なく進化し続ける藍染に、そして鏡花水月を解くことのできない僕らにできる最善」

「藍染のリソースをオレ達を騙す事に割かせて、嬢ちゃんの技を確実に当てる。そして人間大に戻った嬢ちゃんが──もう一人の嬢ちゃんと()()()をする」

 

 平子真子が、鳳橋楼十郎が、愛川羅武が口々に言う。

 嫌な顔をしている。それぞれに、口苦い顔を隠せないでいる。

 

 その視線の先。

 封印の中にあるのは、二人だ。

 

 どちらもが華蔵蓮世。

 解放状態にある彼らは互いの腹にその蛇のような槍を突き刺して、ただ黙している。

 

「完全に食っちまえば自分が小さくなっても中のものが出てこない……どころか、中のものも小さくなる。だから、互いに互いの胃を食い合えば際限なく対象を小さくできる。自分たちは超速再生し続け、その二人を丸ごと外側から封印する。……確かにここにひよ里達がいなくてよかったぜ。こんなの……見せられたもんじゃねぇからな」

「それだけやない、あいつらフツーに気分悪いモンに対して暴力振るうからなぁ、今の一護みたいに声荒げてなんなら虚化して、この封印もなんもかんもぶっ壊しそうやわ」

「……だからって、こんなっ……」

 

 黒崎一護の正しい心はこの場にいる者達に突き刺さる。

 というよりは、華蔵蓮世自身からの強い要請がなければ、絶対に取っていない手段だ。山本元柳斎重國とて良い顔をしていない。尸魂界の問題を現世の存在が一身に請け負ったこの結末は、決して受け入れられるものではないのだ。

 

「一護」

「……なんだよ、親父」

「市丸はどうした?」

「え?」

 

 父親である一心から、諭す言葉、慰めの言葉の類が来るものだと身構えていた一護は、その唐突な問いに虚を突かれた顔をする。呆けた声が出る。

 

「市丸だよ。さっきまで藍染の隣にいただろ。オメー、月牙放った後市丸と対峙してたじゃねぇか」

「……!」

 

 いなかった。

 彼の姿がどこにもない。

 霊圧を探れども──いない。

 

「んなモン今は放っておけよ。藍染がいなけりゃ何もできねぇだろ、アイツは」

「せやなぁ。神速で伸び縮みする剣は厄介は厄介やけど、完全催眠に比べたら大したことない。大方藍染捕らえられて負けを確信して、誰にもバレない内に遁走とかなんちゃう?」

「いや、市丸に限ってそんな小物みてぇなことはしないだろうが……確かにこっちが優先なのはそうだ」

「あ、じゃあアタシが探してきますよ。ちょっと気になる事もありますし。鉄裁サン、ハッチサン、この場はお任せしても?」

「はい。お気をつけて、浦原殿」

 

 浦原喜助が消える。

 伴い、もう一人が消えた事には、誰も気付かない。

 

「……ホントにこれでいいと思ってんのかよ、皆……」

「同じこと何回も何回もうっさいわボケ。これでいい、なんて思ってる奴この場におらん言うてるやろ。それに、あの嬢ちゃん曰くこれが絶対に成功するかもわからんっちゅー話や。これが失敗して藍染が出てきたら、頼れるのはオマエとオマエの親父だけ。あと喜助のボケだけや。まだ気ィ抜くなよ、終わってへんねやから」

 

 厳重な、厳重な封印。

 それに──罅が入り始めたのを、誰が気付いたことだろうか。

 

 

 

 

 

「それで? なんでボクをこないな所に連れてきたん? これでもボク、藍染隊長の忠実なる僕なんやけど。藍染隊長があないなことになってるんやから、助けにいかなアカンなぁ思うてた所なのに」

「でもついてきて、って言ったら全然文句言わずについてきたじゃん」

「あら、それ言われると痛いわぁ」

 

 レプリカの空座町。その外れ。

 そこに市丸ギンを連れてきた。

 

「お願いがある」

「おねがい?」

「うん。簡単なお願い」

 

 指を差す。

 その方向は、先ほどまで私達がいた場所。

 

「アレじゃ、藍染隊長は封印できない。本命は浦原さんの施した方の封印。藍染隊長を飲み込んだ際に打ち込んだソレは、崩玉が彼を主と思わなくなった時点で発動する類のもの」

「へぇ、いいの? それ、ボクに漏らして。さっきも言うたけど、ボクは藍染隊長の」

「命を狙っている。私達は同志だと思うんだよね。彼を未だ隊長と呼んでいる者同士」

「……嫌やわぁ。前も言うたけど、その同族意識やめて~。ボクそんな裏切り者とちゃうで?」

「貴方の心境がどうあれ、お願いは聞いてもらう。簡単なこと。単純なこと。──ここから、私を狙撃して欲しい。……これから藍染隊長に成りゆくだろう私を」

 

 市丸ギンの笑みが深まる。

 その意図は。

 

「やーっぱりそういう事スか。おかしいとは思ってたんスよねぇ──ねぇ、華蔵サン」

「二人とも、動くなよ」

 

 意図を問う前に、もう二人がやってきた。

 

 浦原喜助と四楓院夜一。

 彼らが臨戦態勢であることが、私の企てを見抜かれた事への理解となる。

 

「あぁホラ、君企てとか計画とか向いてないんちゃう? 藍染隊長みたいにやりたかったんやろけど、無理やね。色々と杜撰」

「……もしかして今笑ったのって、馬鹿にしてた?」

「うん」

 

 うーん。

 そんなにわかりやすいのかな、私。

 結構策略に長けた……なんてことはないんだけど。

 

 

「華蔵サン。──返してください、崩玉」

 

 

 浦原喜助の言葉。

 それに、どくんと心臓が跳ねる。

 

「それは、アナタみたいな不安定なヒトが持っていていいものじゃあない」

「おかしなことを言うね、浦原さん。崩玉は今も藍染隊長の手にあるよ。ああ、胸にあるよ。あっちでウロボロスやってる私の中にある。その証拠に、浦原さんの封も発動してないでしょ? あれはまだ、藍染隊長に異常な力がある証拠だよ」

「だから彼に自分を獲得させたんスよね。同じく崩玉である自分を。彼の持つ崩玉と、すり替えるために」

 

 ……。

 冷たい目だ。

 いつか、あの修練部屋で。「アナタを疑っている」と言った時と、同じ。

 

「正直に言って、アナタはアタシの作り出した崩玉よりは弱い。願望器たる力を己が身にしか作用させられない劣化品だ。けれど、今の藍染サンにとってはそれで十分だった。そしてその力で進化した藍染サンならば、市丸サンや黒崎サンの力でも止められる。殺し得る」

「劣化品とは酷いなぁ」

「封印が上手く行かず、アナタを逆に取り込んで出てきた藍染サンを、黒崎サン達総動員で弱らせ、最後の最後に市丸サンの卍解で仕留める。最終的にアタシの封で彼自身も封じられ、めでたしめでたし──。こんな所スか、アナタの思い描いたシナリオは」

 

 彼はもう確信している。

 そしてそれは、四楓院夜一も──市丸ギンも。

 この三人、別に繋がっていたわけじゃないだろうに、瞬時に私を敵だと見抜いて徒党を組んだのかな。

 

「それこそまさかだよ、浦原さん。だって浦原さんは私の殺し方を知っている。そんな浦原さんを裏切るわけないじゃん」

「関係ないでしょう。だってアナタ、もう何人いるんスか?」

 

 言葉に。

 物陰から──数十人を超える私が出てくる。

 

「うひゃあ、気味悪い光景やねぇ」

「全員が全員同じ霊圧か……どれが強いこともどれが弱いこともない。完全に同一存在の分身。厄介じゃのぅ」

 

 あるいはルドボーンの能力にも似ていると捉えられるだろう。

 けれど、私のこれは雑兵を創るものではない。

 

「厄介に思う事なんてないよ、夜一さん。私はこの力を美少女を守るためにしか使わないんだから」

「なら、どうして黙って持ち出そうとしたんスか? 今も尚アナタを犠牲にする事に心を痛める皆サンが、そして藍染サンに体を乗っ取られゆくアナタに悲痛な感情を抱く彼らが、死力を決して戦っている。アナタの言うお友達である黒崎サンなんか最たる例です。何故彼らに、自身の力で崩玉をすり替えた事、それを平和のために使う事を教えなかったんスか?」

「……」

「言えませんよね。何故ならそれは、決して褒められた目的ではないから」

 

 いやぁ。

 

 まさか、まさか。

 そこまで見抜かれているとは。

 

 双極の丘では藍染隊長との距離を測り損ねたけれど。

 今回は、浦原喜助という男を見くびり過ぎていたかな。

 

「わかった、わかったよ。そう怖い顔で睨まないで。私は浦原さんと事を構える気はないんだ。殺されちゃうからね。私が本当に殺されるのは私より可愛い美少女を相手にした時だけ。顎髭の剃り残しが目立つようなしがない駄菓子屋のおっさんに殺されるのは勘弁勘弁」

 

 言って。

 手のひらに──それを出す。

 

 小さな結晶。どこか波打つように光を発し、吸収し続ける謎の物質。

 

「ッ──夜一サン、市丸サン、避けてください!」

「チィッ!」

「あれボクのことも心配してくれるん~? まだ敵のつもりなんやけどなぁ」

 

 溢れ出す。溢れ出す。溢れ出すは黒い液体。

 蓮華蔵世界(ティル・ターンギレ)の中に降り注ぐ可燃性の雨。あるいは黒龍化(ダラゴネグロ)時の私の体内にある可燃性の溶解液。

 それと似た、けれど──確実に違う。

 

「一応、真面目な話をするとね、浦原さん」

「……なんスか」

「私は本当に、美少女のためだけに動いているよ」

 

 液体が集束する。

 崩玉を中心に、それは、次第に、刀の形を取り。

 

刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)──そのまま、刀剣解放第三階層(レスレクシオン・ラテラセラ・エターパ)

 

 その軛を解いた。

 

 

 

 

 

「……不思議な感覚」

 

 浦原喜助の言う通り、私なんかより元来の崩玉の方が遥かに出力が高い。

 周囲の願いを具現化する願望器。その力の使い方は、チート能力を使う時のものと酷く似ている。

 

 成程、確かに私は自然発生例だったのだろう。

 外付けの力は確かにそう見えたのだろう。

 

 以前藍染隊長に言ったその先。それは刀剣解放第二階層のことだった。あのレムリアの塊に触れた事で、私はそれを可能とした。黒龍化(ダラゴネグロ)のその先。伽龍化(クエント・デ・ハダス)

 それだけでも相当な強さがあった。

 けれど今、本来の崩玉を手にしたことで──さらに先を手に入れる。

 

 姿に変化はない。

 ただ黒い剣を携えた私だ。その姿はどこか、天鎖斬月にも似ているかもしれない。

 

「……どこ行く気スか」

「だから美少女の所だって。私は常に美少女の味方だよ」

「どこへ行くのかを聞いているんだ!」

 

 決まっている。

 藍染隊長はもう、終わりだ。彼という脅威は去った。私の劣化崩玉を手にした彼は、最後の月牙を使うまでもない、今の状態のイチゴや一心、その他勢力によって倒され、封印される事だろう。

 なれば私が対処すべきは残り。

 

「虚圏だよ。あっちには、守るべきものが増えてしまった。死神が人間を守るなら、私は虚を守る。破面の美少女は、全て。私が守る」

 

 これから来る勢力に対抗する。

 壊滅などさせない。そのために力を欲したのだ。

 

 私が死ぬのは、私より可愛い子に殺される時だけ。

 私より可愛い子が現れない限り、私は死なない。

 

 崩玉は周囲の願望を具現化する。

 この先、全ての障害を討ち果たした後。

 私が強くそれを願ってさえいれば──現れるはずだ。

 

 私より可愛い子が。

 私より可愛くて、強くて、カッコよくて──私を殺す誰かが。

 

「……お友達はどうする気スか。黒崎サンたちは」

「うん? 別に、普通に生活に戻るよ。浦原さんの言う通り、私は何人もいるわけだし。その中の一人を日常に戻せば、彼らも安心でしょ。監視や接触は好きにしてくれていいよ。まぁ、一人殺されても攫われても、すぐに新しいのが補充されるから安心して」

 

 刀を振る。

 それだけで、黒腔が開いた。

 

 そろぞろと集まってくる私。それと再融合し、感情を取り戻していく。

 

 あー。

 あーあー。なんだろ。ちょっと気取りすぎてたなぁさっきまでの私。言えばいいのにね、見えざる帝国の事とか。なんで知ってるんだって言われたら難しいから言わなかっただろうけど。

 割とちゃんとした理由で崩玉欲したんだよ、って。

 

 言っても信じないだろうけどさ。

 

「あー。えーと、いや、今更何言ってんだって思うと思うけど、虚圏来たら全然色々協力とかするから……みたいな。あぁそうそう、市丸ギン」

「ボクの事忘れてるんやとおもっとったけど、ちゃんと覚えてたんやね」

「今色々感情取り戻しててさ。で、そう。乱菊さん。安全なトコに寝かしてあるから、まぁ、挨拶だけでもしてきなよ。どうせこのまま行けば四十六室の決定で捕まっちゃうだろうし」

「なんやの、その心配。余計なお世話やわぁ」

「でも私、乱菊さんの悲しむ顔見たくないから」

 

 遠くに、小さくなっていく藍染隊長の霊圧を感じる。

 イチゴの霊圧はそのままだ。死神の力を失わなかった場合、死神代行消失篇がどうなるのかは定かではないけれど、その時はその時だ。現世に残る私が対処をすればいい。

 

「浦原さん、夜一さん」

「……なんスか」

「なんじゃ」

崩玉(コレ)、取り返したかったらさ」

 

 黒腔に足を踏み入れ──振り向かずに、言う。

 

「私より可愛い子、義骸で造ってよ。そしたらむざむざ殺されるだろうからさ」

 

 私の身体を黒腔が飲み込む。

 そして、その口が閉じて──。

 

 

「華蔵サン──最後にもう一度聞きます」

「ん」

「アナタは、何が目的だったんスか」

 

 思わず笑ってしまう。

 わかっていて聞いているんじゃないかと思うほどに。

 

 

 

「──私より可愛い子に会いに行く」

 

 

 

 黒腔が、完全に閉じた。

 

 

 

PREACHTTY

 

 

 

「ただいまチルッチー! ロリー! メノリー!! ぐへぁっ」

「ただいま、じゃないわよ! ……まさかとは思うけど、全部終わらせてきた、なんて言わないでしょうね」

「全部終わらせてきたよ。まだ先はあるけど」

 

 えー、シリアスな空気から一転、虚圏。

 鉢合わせが起きないように死神たちが退去してからこっそり虚夜宮に戻ってみれば、そこは廃墟も良い所になっていた。

 倒れ伏すヤミーの巨体。吠え続けるクッカプーロ。

 そして水平線上にどこまでも破壊された建造物の数々。

 

 あ、これ波状延焼虚閃の破壊痕ですね。

 

「ああそうそう、で、よいしょ」

 

 お腹を叩き、背中を叩き。

 ゲホゲホと咳き込み始めた私を心配するチルッチ達を余所に──ぐぇっ、と。

 

 あまりにも美少女らしい音を立てて、二つと三つ。

 胃袋を五つ、吐き出す。

 

「えっ」

「ひ……」

 

 ロリメノリの正常な反応に苦笑いする。

 けど、気持ち悪いのはまだまだかもしれない。だってその胃袋から──腕が、這い出てきたのだから。

 

「な──何よ、これ!」

「ああ攻撃しないで。私が連れ帰って来たんだから」

「連れ帰ってきたって、アンタ何を」

 

 いやーな音を立てて、それは。

 彼ら、彼女らは。

 

 胃袋から──その身を脱した。

 

「……ふぅ。こうなるとは聞いてたが……」

「もう少しなんとかならなかったんですの?」

「生きているだけ僥倖だ。文句を言うな、お前たち」

 

 コヨーテ・スターク、ティア・ハリベル、フランチェスカ・ミラ・ローズ、エミルー・アパッチ、シィアン・スンスン。

 黒い胃液に塗れた破面達が、五体満足の姿で現れたのだ。

 

 そして、全員が解放を収めれば。

 

「……う。銃口とかに入ったネバネバが、アタシの、アタシの中に……!」

「リリネットちゃん!」

「うわぁああ近づくなぁ!」

 

 ものっそい拒絶されてるけど、無事でよかった。

 

 一気に女所帯になったせいか、スタークが面倒臭そうな顔をしているけれど、一応ほら、私も男だから安心して欲しい。

 あとはどっかにいるだろうネリエルと、ヤミーに殺されないように退避させてたロカちゃんを探し出して終了かな。

 

 ……霊圧的に、ウルキオラはやられてしまったみたいだ。

 そうなると知っていたけれど……ちゃんと心の在り処を見つけられて死んだと信じたい。

 

「で。帰って来たってことは、アンタ、これからもここにいる気なワケ?」

「え、うん。私十刃だし。第一、第三、第四、あと元第三と元第五。これだけいれば大丈夫だよ」

「……何よその言い方。まるでまだ戦いが残ってる、みたいな……」

「残ってる残ってる。だからパワーアップして帰って来たんだし。あ、戦いに成ったらまたカハ・ネガシオンに閉じ込めるからそのつもりで」

 

 ぶん殴られる。

 だぁって、滅却師の集団にチルッチ達が勝てるとは思えないし。

 

 でも、まぁ。

 

「美少女を守れて、私的にはめでたしめでたしかなー、なんて」

 

 これにてこちらは閉幕、ってね。

 

 

 

 

「あー、華蔵サン。そっちの籠、しまっといてくださいッス」

「えー」

「えーじゃなくて。新入りなんスから、ほら、働く働く」

 

 あらゆる面倒ごとを押し付けられ、めでたく終われなかった方の私の話。

 危険思想の持ち主且つ強大な力持ちということで、浦原商店に雇われる次第となった美少女男の娘華蔵蓮世ちゃんは、浦原商店の一番の新入りとしてこき使われている。

 

 家族には泣かれてしまった。まぁ遺書……は隠されていたとはいえ、お別れメールをしたっきり数か月姿を見せなかったのだ。いくらほわほわ系の家族といえど、心底心配してくれたらしい。そりゃそうだ。というかホントに遺書隠されたのがダメージ過ぎる。

 イチゴや織姫、竜貴達にもかなり怒られた。イチゴには私がそんなに沢山増殖するってこと自体知らせていなかったから、あの場で封印され、藍染隊長に乗っ取られたので最後だと思ってたとかなんとか。それで苦悩してたらケロっとした顔で私が現れるものだから、そりゃそうなる。

 

 今の所崩玉を手にした華蔵蓮世が虚圏の王になった、という事実を知っているのは浦原喜助、四楓院夜一、握菱鉄裁、そして市丸ギンの四人だけ。

 前者三人は尸魂界に対しては口をつぐむだろうけど、市丸ギンがどうするかはわからない。あの後ちゃんと乱菊さんと会ってたみたいだけど、結局投獄は免れなかった。その最中に彼が口を割れば、現世にいる私を含めた華蔵蓮世は大犯罪者。一躍追われる身になるだろう。

 その時イチゴ達がどういう反応を取るかはわからない。死神の力を失っていない彼が、今後どうなっていくかはまだ誰にもわからない。

 

「悩み事スか?」

「どうやったら雨ちゃんを手籠めにできると思う?」

「何考えてんスか何を」

 

 浦原商店の唯一の癒し、紬屋雨ちゃん。

 美少女オブ美少女な彼女は、けれど私には怯え気味。理由は生物的本能がどうのこうの。

 

 目下雨ちゃんの警戒をどうにかといて、私とイチャイチャしてもらうにはどうしたらいいかを考える毎日だ。

 

「まったく……」

「浦原さんは次にこう言う。『わかってるんスか? アナタは要注意観察対象。また美少女美少女って適当なコトばっか言ってると、今度こそ本当に封印されちゃいますよ?』と──」

「言いませんよそんなこと。封印したって意味が無いのは証明されてるんスから。封印も投獄も意味を成さず、現世にも尸魂界にも無数に存在するアナタを一人一人潰して回る、なんて気の遠くなる事誰もやらないスよ」

「とか言って、今着々と私を封印する方法研究してたりするんじゃないの?」

「……まっさかぁ~」

 

 とか何とか言ってるけど、多分その手法が完成しても使ってこないと思っている。

 それくらい、イチゴ達とは仲良くなった自負がある。友達だから、私が封印されたらイチゴは怒ってくれるだろう。助け出してくれるだろう。

 彼の敵に成ることほど怖い事はない。なんたって主人公だし。血筋もやべーし。

 

「ま、大丈夫。現世にも守りたい美少女はいっぱいいるんだ、早々変なコトはやらかさないよ」

「……もし現世から美少女がいなくなったら?」

「そんな世界は滅べばいい」

 

 はっ、つい本音が。

 

 

 なんて。

 そんなところが、こっちの私の物語の閉幕。

 この先色々あるんだろうけど──お約束な台詞を吐いて、物語を閉じるとしよう。

 

「私達の戦いはこれからだ!」

「なんスか突然。打ち切り漫画みたいな台詞スけど」

「エサクタ!」

 

 これにて。

 

PREACHTTY




鬼道最終考察

 破道は神話のアイテムをモチーフにした詠唱であると言えると思います。散々考察を入れてきましたが、オリジナル破道を作るときはあまり仏教とかキリスト教とか関係ない雑多な神話大系から攻撃的、あるいは何々を殺した、などの逸話を持つアイテムを引っ張ってきて、その歴史や神話を分解して韻を踏みながら文章に擦ればいい感じですね。

 縛道は神話を題材にした観劇がモチーフなのかなと思います。後世にて戒めになっている教訓の類から、主に悲劇を中心としたアート作品などが縛道の詠唱の根幹。美術品は悲劇に事欠きませんからね。これも特にジャンル関係なく様々な神話から引っ張ってきている模様。

 尸魂界が英語、虚圏がスペイン語……とかはあんまり関係ない様子。


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