先を知るだけの男 (emiya halucon)
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この世界は

 

俺の名は篠織 春(ししょく はる)

 

死んだと思ったら意識はあるのに何か聞こえるけど何も見えないよ!

 

.........ナンデ?

 

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そんな事を考えていた時期もありましたが私は元気です(白目)

 

3ヶ月ほどが経った。目が見えるようになり、それなりに自身の状況が分かるようになった。

 

まぁ、色々要約すると俺は転生をしていた訳だ。

 

 

 

 

 

 

...............................マ?

 

 

 

 

 

「転生」最近流行りのトラックやら殺人犯やらで死んで神様がナンやカンやするあれだ。(語彙死)

 

 

正直に言おう。クソ辛い。

 

別に、転生自体はいいのだ。いや、よくないけど。

 

ただ、母親からの授乳という最大限の羞恥プレイによりオレノココロハボドボドダァ!!

 

 

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そんな魂の叫びからさらに3ヶ月.....

 

俺は.....念願の離乳食を食らっていた。

 

(うめぇ!マジうめぇ!生きててよかった!)

 

生まれてから初めて食事のありがたさを知った気がする。

 

母乳は、血液のような味がしたのでそれ含め感動が割増してる希ガス。マジで

 

そんな事を考えていると、俺の今世のクッソ美人な母親が話しかけてくる。

 

「いっぱい食べてくれてよかったわ〜。授乳してた頃は、あんまり飲んでくれなかったから。」

 

当たり前じゃ!こちとら精神年齢20手前やぞ!どこの誰がこんな歳で母親の乳吸うんじゃ!コラァ!

 

....................俺です。授乳ありがとうございました。ママ上。

 

内心で感謝を述べつつ、離乳食を食い漁った。

 

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色々あったが、俺が生まれてから6年が経った。この頃になると大体のことが一人でできるようなったので嬉しい限りだ。

 

そう...おむつを変えたり食事のたびにあーんして貰ったりする必要はないのだ。

 

.......遂に....遂に戻ってきたーーー!!(エボルト並感)

 

俺は自由になったのだ!........まぁ、子供なので行けるところは限られてるけどな!涙

 

後、普通に学校に行き出したので、自由な時間も減った。(クソ

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

学校に通い、5年生になっても20手前の精神年齢の人間に友達などできるはずもなく、ぼっち生活を送っていた。

 

まぁ、前世より技術が発達してるから一人で遊ぶものには事欠かないけどな!(ヤケクソ

 

授業も暇なので、前世の曲の歌詞を思い出しながらノートに書き綴る毎日だ。

 

え?そんな事してて飽きないかって?飽きるに決まってんだろヴァカめ!(逆ギレ

 

 

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そんな毎日を送っていたある日、クラスに転校生がきた。

 

まぁ、どうでもいいんだが。

 

暫くして転校生がクラスに馴染んできた頃、俺は生まれてきて一番の衝撃を受ける。

 

「〇〇ちゃんって、なんで転校してきたの?」

 

「それがね、前の学校に犯罪者がいたんだ」

 

「不審者でもいたの〜?」

 

「ううん。クラスメイトの子が人を銃で撃ち殺したの」

 

「えぇ何それ?」

 

「詳しくは私も知らないけどーーーーーーー

 

そんな物騒な会話が聞こえてきた。そんなこともあるんだなーと呑気に考えていた。が、転校生の前の学校の場所を思い出す。

 

転校生が来た時、前の学校は東北だ、といっていた気がする。

 

俺はその時、嫌な予感と共に前世にあったある記憶を思い出す。すぐさま席を立ち、転校生に詰め寄った。

 

周りは驚いていた。まぁ、そりゃそうだろう。いつも何も喋らず、話しかけてもあからさまな塩対応なやつが自分から近づいてきたのだから。

 

「その犯罪者とやらの名前を教えてくれ!」

 

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放課後、俺はどこかうわついた気持ちと、冷や水を浴びせられたような、相反する精神状態で帰路についていた。

 

あの後、告げられた名前は衝撃的だった。

 

ーーー朝田詩乃。

 

そう、あの朝田詩乃だ。

 

生まれてから12年、俺はようやく自身がきた世界を知ったのだ。

 

そう、この世界は、かのソードアートオンラインの世界だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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プロローグ

次の日のこと。俺は授業もまともに聞けず(いつも聞いてない)帰路についていた。

 

どうすればいいーーー

 

頭の中ではそればかり考えていた。

 

そう思いながらも答えは出ている。

 

(関わらなければいい)

 

単純だ。関われば、2年間の地獄。その後もずっと苦しむことになるかもしれない。

 

なら、関わらない。これに尽きる。

 

そうすれば、平凡に生きられる。

 

それでも、夢があった。

 

(俺も、物語の登場人物にーーー)

 

何より、あの氷のスナイパーに出会いたい。とも、思ってしまったのだ。

 

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それから時は流れ、ナーブギアが世に出回り、俺はSAOの中にいた。

 

とはいっても俺はまだ、デスゲームをやってる訳じゃない。

 

じゃあなんでSAOやってんだって?ベータテスト応募して当たったからに決まってんだろ!(クッソ豪運)

 

まぁ当たった時は発狂しかけたが。

 

そう、結局俺は自身の夢を諦められずがっつり関わることにしたのだ。

 

まぁ、今は何もかも忘れて楽しんでるけどな!

 

「FOOOOOOOOOO!!」

 

フィールド上を走り回りながら、目につくエネミーをソードスキルで粉砕していく

 

正直、クッソ楽しい。

 

前世にもなかった圧倒的な解放感と敵を倒す達成感。

 

これは病みつきになる気持ちも分かる。

 

散々楽しんだ後、俺は本来の目的を果たす事にした。

 

「そんじゃ、主人公を探すか」

 

俺はあの勇者然とした見た目の主人公を探そうとした時の事、一目見ただけプレイヤースキルがずば抜けているのが分かる主人公(キリト)が走り回っているのを見つける。

 

うん見つけたわ。あれ絶対キリトだわ。

 

あの勇者面はキリトだわ。

 

全速力で近づき、 コミニュケーションをとる

 

「あ、あの!できれば、俺と一緒に攻略してくれませんか!」

 

.......セリフは考えとくべきだったかもしれん。完全に変なやつだ。

 

「お、おう、いいけど、かなりハイペースで進むぞ。」

 

そんな俺に主人公は驚きつつも、返事を返してくれた。

 

(ヨシっ!とりあえずこれでヨシっ!)

 

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と、喜んでいたのがひと月前の事。

 

あの後、彼は宣言通り圧倒的なスピードでフロアボスを倒して行った。

 

俺?金魚の糞みたいなもんだったよ(白い目)

 

「これで6階層突破だなハル」

 

「ああ」

 

「今日はこの辺でやめとくか?」

 

「冗談。まだ行くぞ」

 

「了解」

 

あの絶望的なコミュニケーションの後、無事パーティを組むことが出来た俺だが、順調に仲良くなれたと思う。

 

6層まで来てかなり慣れてきたのもあり、攻略スピードは確実に上がっているが、キリトが異常なスピードで敵を倒していく。

 

 

…………俺が一体倒してる間に2体倒してるの何?

 

そんなこんなで2ヶ月という期間はあっという間に過ぎていき、残り時間は1時間を切り、俺たちは10層を突破した所で相談していた。

 

「残り1時間弱か。どうする?」

 

「そりゃ最後まで遊び切る。だろ?」

 

キリトは最後までやり切るつもりのようだ。ならーー

 

「だな」

 

これまでの時間に比べれば1時間なんて瞬きのようなもんで、あっという間に残り2分。視界にはカウントが出ている。

 

「次会うのは製品版だな」

 

「ああ。これまでありg」

 

「おっと、それは次会った時にしよう」

 

キリトが虚を疲れたような顔をした後、ニヤッと笑いーー

 

「わかった。またな、ハル」

 

「ああ、また」

 

こうして俺たちは別れを惜しみながら現実世界へと戻った。

 

これが俺とキリトとの出会い。そしてこれから始まるデスゲームの序章だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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地獄の始まり

そうして別れを告げ、数ヶ月が経った。

 

2022年11月6日 日曜日

 

この日、俺は再びナーヴギアを被り…………深呼吸をしていた。

 

………ビビりとか言うなよ。こちとら今からデスゲームになると分かってるところに凸るんだよ!クソ怖ぇよ!(チキン)

 

「フゥ………いくか……」

 

「リンクスタート!」

 

(次このセリフを言うのは2年と少し後だな)

 

そう思いながら意識はソードアート・オンラインの中へと飛んでいく。

 

ベータテストの際、作ったキャラデータですぐさまログインする。

 

ーーーーーーー最初に感じたのは自身を撫でる緩やかな風と美しい街並みだった。

 

帰ってきた……帰ってきてしまったんだ。この世界に。

 

これから先、地獄になる世界に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ログインしてからの行動は決めている。キリトと合流することだ。

 

関わると決めたのもある、だが何よりもこの世界に転生して始めて出来た[友達]なのだ。だから真っ先に会いたかった。

 

キリトが居るであろう裏道の武器屋へと走るとすぐにあの勇者然とした逞しさを感じる顔を見つけた。

 

「キリト!」

 

相手もこちらに気づいたようで、笑みを浮かべてこちらに近づいてきて

 

「お前ならすぐにログインすると思ってたよ」

 

「俺はてっきり攻略を始めてるもんかと思ってたよ」

 

「行こうかと思ったけどどうせ、どこぞのゲーム廃人がすぐ来ると思ってな」

 

「どの口が言ってんだよ」

 

そうやって談笑をしていると誰かから声を掛けられ、後ろを振り向くと、そこに居たのは見覚えのある赤髪にバンダナをつけたプレイヤーだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

始まりの町から、西の方角にある草原へ俺たちは来ていた。

 

見覚えのある赤髪のプレイヤーの名は俺の予想通り、クラインだった。

 

原作と同じく、迷いなく裏道に入った俺たちを見てベータテスターだと当たりをつけ、今こうして、ソードスキルを教わっている。

 

 

ーーーとはこうズバーン!て打ち込む感じで………」

 

 

そうこうしているうちにクラインはソードスキルの感覚を掴んだようでイノシシを倒して、歓喜に打ち震えていた。

 

……………まぁ、雑魚だと知るとかなり落ち込んでいたが

 

そうして、運命の時が来る。

 

「あれっ?」

 

クラインの声が響く

 

「なんだこりゃ。…………ログアウトボタンが、ねぇよ」

 

その一言に俺は覚悟を決める。

 

「なぁ、ハルお前も確認してくれ」

 

キリトに言われるがまま、俺はウィンドウを開きログアウトボタンを確認する。

 

「俺もない」

 

クラインが頼んでいたピザが食べられないことを悲観し、キリトと会話をしていた時。

 

鐘のような音とともに俺たちは青い光に包まれ飛ばされる。

 

…………………来たか

 

光が薄れると同時に風景が戻る。が、そこは草原ではなく広大な石畳に周囲を囲む街路樹と、中世風の街並み、そして正面遠くに黒光りする宮殿。

 

間違いなく、俺たちは始まりの町の中央広場にいた。

 

他のプレイヤーと続々と広場に転移されてきている中、俺はこれから起こる事にどこか興奮していた。

 

(馬鹿な話だ。これから地獄が始まるのに、興奮してるなんて)

 

「あっ………上を見ろ!!」

 

誰かが叫ぶ

 

俺たちは上を見上げ、そして、そこに異様なものを見る。

 

第1層の天井でもあり、第2層の底でもあるその場所を、英文が埋めていく。

 

広場のざわめきが無くなり、そこにいるプレイヤー達が耳をそばだてる。

 

そして、血液の雫のようにどろりと垂れ下がったナニカが空中に彼を形作る。

 

ーーーーーーそこには

 

真紅のフード付きローブを身にまとったGM(茅場晶彦)の姿があった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから語られたのは、原作通りの事だった。

 

ログアウト出来ないのは仕様であること。

 

この世界で死ねば現実でも死ぬこと。

 

 

 

 

そして、解放されるにはこのゲームをクリアすること。

 

 

茅場が現状を説明したあと、俺たちのインベントリに手鏡が送られる。

 

何の変哲もない手鏡。だが、そこにいた人々に現実を認識させるには十分なものだった。

 

俺やキリト、クラインそれ以外にも視界に移るプレイヤー全員を白い光が包み込む。

 

二、三秒で光は消え、元の風景が現れる。

 

そうして目の前にいたのは、中性的なイケメン(キリト)野武士(クライン)だった。

 

キリトやクラインがお互いが誰かを確認している。

 

俺はそれを見ながら場違いな事を考えていた。

 

ーーーーーーーーこの主人公(キリト)イケメンすぎる!!。

 

そんな事を考えていると、キリトとクラインから声を掛けられる。

 

「「お前がハルか!?」」

 

突然声をかけられ、びっくりしたが手鏡を見て驚いた振りをして答えておく。

 

「あ、あぁ、そうだ。」

 

何故リアルな顔が再現されているのかキリトとクラインが話しているのを尻目に、俺はこれからの事を考える。

 

ーーーーーこの後、キリトに連れ出されたクラインとの感動的(^U^)な別れがあるはず、それに備えて別れ際の捨て台詞を考えてよう。

 

そんな事を考えていると、キリトに街路へと連れ出され、共にこの街を出ることを提案される。

 

「いいか、よく聞け。俺はすぐにこの街を出て、次の街に向かう。お前達も一緒に来い」

 

その言葉の後、理由を長ったらしく説明したキリトに俺は即座に返答を返す

 

「俺は行くよ。クラインは?」

 

「俺は……俺は、前に言った通り、他のゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んでソフト買ったんだ。そいつらもさっきの広場にいるはずだ。置いて………いけねぇ」

 

キリトは息を詰め、唇を噛む。

 

原作と違いベータテスターである俺がいることを考えても、クラインの仲間を、連れて行くのは厳しいだろう。

 

彼らの正確な人数は覚えていないが4人はいたはず、俺たち2人ではその人数を守りながら次の村まで行くのは困難を極めるだろう。

 

クラインはキリトの考えが読めたのだろう。

 

「いや…………おめぇらにこれ以上世話んなるわけにゃ行かねぇよな。俺だって前のゲームじゃギルドのアタマはってたしよ。大丈夫。今まで教わったテクで何とかしてみせら。それに………これが全部悪趣味なイベントの演出の可能性だってあるしよ。だから、おめぇらは気にしねぇで、次の村に言ってくれ」

 

キリトがどこか苦しそうな顔でクラインに別れを告げ、続いて俺も別れを告げる。

 

そうして街路から街を抜けようとすると、クラインに声をかけられる。

 

「キリト!ハル!」

 

俺たちはクラインの方を向く。

 

クラインが何かを言おうと頬が動くが、続く言葉はなかった。

 

俺たちは1度手を振り、体を次の村へと向けた。

 

五歩ほど離れたところで、もう一度俺たちの背中に声が掛けられた。

 

「おいキリトにハルよ!おめぇら、本物は案外カワイイ顔してやがんな!結構好みだぜオレ!!」

 

俺たちは向き合って苦笑いし、肩越しに叫んだ。

 

「「お前もその野武士ヅラの方が二十倍似合ってるよ!!」」

 

そうして俺はこの世界で二番目に出来た友人に背を向け、ひたすら歩いた。

 

始まりの北西ゲート、広大な草原と深い森、それらを超えた先にある小村ーーーそしてその先に続く地獄を見据えて、俺たちは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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死なせない

クラインと別れてから1時間弱、俺とキリトはホルンカの村に辿り着いた。

 

着いてから俺たちは真っ先に武具屋へと向かい、防具を新調する。クラインと共にモンスターを狩って、手に入れた素材をまとめて売却し、それによりわずかばかり増えた金貨(コル)をほぼ全額使い、そこそこの防具を購入する。

 

キリトは茶皮のハーフコートを、俺は初期装備とあまり変わらない見た目の皮装備を着用し、次の目的である道具屋へと駆け込む。

 

そして、回復ポーションと解毒ポーションを有り金全てをはたいて購入。これによりこの村に来た一番の理由をこなす準備が出来た。

一番の目的とは、アニールブレードを手に入れる為のクエスト────重病で床に伏した娘を治す為に、西の森に生息するネペントの胚種を取ってきてほしい。というクエストだ。

 

このクエスト自体は少し手間がかかるが難しい訳ではない。

 

重要なのは、話しかけてくる人物(プレイヤー)だ。

 

噂をすればなんとやら、俺たちがクエストをこなしていた時、一人のプレイヤー

 

━━━━━━━━コペルが話しかけてきた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

あの後、コペルと話し、協力してクエストをこなすことになり俺たちは花つきのネペントを探して大量のネペントを倒していた。

 

「これで、八、十!」

 

「早すぎるんだよ!」

 

キリトがとてつもない速度でネペントを倒しているのを尻目に俺はようやく七十体目を倒した。

コペルは慎重にネペントを倒していくものの常に周りを見渡し、()()()を探しているようだ。そうして順調に倒していくと、遂に目的の[花つき]を発見した。

 

俺たちは互い互いの顔を見合わせ、すぐさま接近しようとすると、キリトが手で制止してきた。

左手の人差し指を立ててみせ、それを遠ざかっていく[花つき]の奥に向ける。

その場所をよく見ると、木々に遮られ見えにくいものの、その方向にネペントの影がもう一つーーーーーー[実つき]のネペントがそこにはいた。

 

その後、キリトはしばらく逡巡した後、口を開いた。

 

「どうする……」

 

無意識に呟いたであろう言葉に、コペルが瞬時に反応する。

 

「ーーー行こう。僕が実つきのタゲをとるから、キリトとハルが速攻で[花つき]を倒してくれ」

 

そうして、コペルは返事を待たず、足を踏み出す。

 

「………解った」

 

キリトが答えると同時に俺も花つきへと歩を進める。

 

コペルの接近を察知した花つきがぐるっと体を反転させ「シャアアアアッ!」と吼える。右に迂回し、実つきを目指すコペルを、花つきが追う。

その隙を利用し、俺とキリトは花つきに肉薄。お互いの剣を振りかぶった。出現率一パーセント以下だったかなんだったかのレアモンスターとはいえ、花つきのステータスは通常のネペントとさほど変わらない。

攻撃防御共に多少高いとはいえ、1時間以上の狩りでレベル3に達した俺達には無視できる差だ。

 

ベータ時代に、積み重ねた戦闘経験のお陰で俺たちの連携に隙はなく、ネペントのツル攻撃を弾き(パリィ)跳び(ステップ)で回避し、スイッチを繰り返し、最後はキリトの《ホリゾンタル》によりトドメを刺した。

 

キリトがネペントの胚種を拾い上げた後、俺たちはすぐさまコペルの元へ向かう。

 

「すまん!待たせた!」

 

キリトがそう叫ぶのを横目に、俺はコペルの一挙一投速を見る。キリトがコペルの目付きから何かを感じ取り立ち止まった瞬間、俺は飛び出し、実つきの茎に向けて、《ホリゾンタル》を叩き込んだ。しかし、削りきれず、コペルの《バーチカル》は正確に実を切り裂いた。パアァァン!と、凄まじい音と共に異様な臭気が立ち込める。

 

「クソッ!」

 

悪態をつきながら俺は辺りを見渡すと、いくつものカーソルが出現するのを見た。総数は三十程だろうか。そうして、この状況から脱出する方法を考えていると、コペルが近くの薮へと走り始めた。キリトが「無駄だよ……」と、声ならぬ声を出していた。ーーーーーそう、正しく無駄なのだ。コペルが今使った(隠蔽)《ハイディング》スキルは、便利ではあるものの、()()()()()()()()()()()()()()()には効果が薄いのだ。今この場にいる、リトルネペントみたいなモンスターには。

リトルネペントの一部は、明らかにコペルの隠れる薮を目指している。コペル自身も自らが狙われていることに気づいているだろう。

それを見たキリトが俺に何かを言おうとした瞬間。俺はコペルのもとへ走る。

俺はこの世界に来てから、ステータスの振りを全てAGI(敏捷性)に振っていた。理由は、俺の戦闘スタイルがヒット&アウェイ中心のものであった為である。それを発揮し、ネペント達に一撃づつ攻撃する。当然、タゲは攻撃していないコペルではなく、俺に向く。それを確認した俺は、キリトに向けて叫ぶ。

 

「こっちは俺が引きつける!キリトはコペルと一緒に切り抜けろ!」

 

「なんでそんなことを!」

 

「コペルにはしっかりと謝罪するまで生きててもらう!」

 

「なっ?!」

 

その声はキリトの声か、コペルの声か。雄叫びをあげるネペントに邪魔をされ分からなかったが、続けてキリトに指示を出す。

 

「クエストを受けた民家で会おう!」

 

そう言って俺は森の奥へとネペントを引きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一時の別れ

その後の事、俺たちは無事、民家で再会することができた。引き付けていた時に花つきを発見した俺はちゃっかりネペントの胚種をゲットし、民家へと戻った。

キリトは泣きそうな顔で、俺の肩をつかみながらよかったと連呼していたが、後ろにいたコペルは居心地が悪そうな、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。

そんなコペルに、俺は声をかける。

 

「コペル」

 

ビクッとコペルの体が飛び跳ねた後、恐怖の視線でこちらを見る。

 

「な、なに?」

 

平静を取り繕うコペルに俺はいつもより大きな声で言う。

 

「自分のやったことは、わかってるよな?」

 

「…………」

 

「お前のやったことがどういう意図なのかは大体分かる………けどそれを攻める気はねぇ」

 

それを聞き、コペルの目が驚愕に見開かれる。

 

「……なんで、そんなことが言えるんだよ……」

 

「このデスゲームに置いて、他の誰かより、自分を優先するのは俺も理解できるからだ。」

「お前のやったことは許されることじゃあない、でもだからといって、お前を死なせる事はしない」

 

「お前がネペントと戦っていた時、その時の技術は目を見張るものがあった」

 

「だから、生きてこのゲームの攻略に生きて貢献しろ」

 

「それでいいか?キリト。」

 

「………お前がいいって言うならそれでいい」

キリトは少し不満げに言った

 

それを聞いたコペルは泣きそうな声で「ごめんなさい」と、言っていた。

 

その後の俺たちは、実つきを倒した際にPOPした花つきのネペントの胚種を渡し、武器をアニールブレードに変更した。

 

そこで俺は提案をした。

 

「俺たち別々で戦わないか?」

 

「は?」

 

キリトが疑問の声を上げる。

 

「今の俺たちの連携は自惚れじゃなけりゃ、アインクラッド内でも上の方だろ?」

 

「そうかもな」

 

「でも、いつまでも二人で戦えるわけじゃない、この先のボス攻略で役割によっては別のパーティて戦う時だってあるはずだ」

 

「だから、お互いソロプレイで行こうって?」

 

「まさか、ソロとは言ってないお互い別のパーティで戦う事に慣れようって話」

 

適当な理由を並べ、キリトがアスナと出会う流れをつくる。それがこの提案の目的だ。

キリトは納得していないような顔をしていたが、少し考え込んだ後、こちらに顔を向け言った。

 

「わかった」

 

俺は提案が通ったことに感謝しながら返答する。

 

「なら、次会うのは迷宮区手前の[トールバーナ]にしようう。」

 

そうして、ベータ時代から常に一緒に戦っていた俺たちは別れた。その時の俺はコペルを生存させたことに舞い上がって分かっていなかった。

ーーーーーー誰かを助けることは誰かを助けないことだってことをーーー

 

 

 

 

 

 



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再会。そして戦い

一月後の事、俺はトールバーナに続く道を歩いていた。

前方を見ると、うっすらと次の階層へと続く塔と街並みが見えてくる。その光景を眺めながら、俺は考えていた。

 

(原作と変わらず、ひと月で2000人が死んだ。)

 

俺は、たったひと月で五分の一のプレイヤーが死んだことに実感を持てず、現実から目を背けるようにキリトが今、何をやって(フラグをたてて)いるかを想像していた。

 

(そろそろアスナ(後の嫁)と出会って、介抱している頃だろうな。)

 

そんことを考えているといつの間にかトールバーナの入口に着き、視界には【INNER AREA】と表示されていた。動くのはネズミ(アルゴ)から聞いた明日の夕方にある攻略会議だ。それまで俺は体を休めることにした。適当な宿に入り、ベッドに寝転ぶと、この街までの道のりがそれなりに険しかったのもあり、すぐに意識は夢へと落ちた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日の夕方ーーーーー俺は、トールバーナの噴水広場にきていた。今から始まるようで、広場の中央に青髪の青年(ディアベル)が立っていた。それを確認した俺は、後ろ側の段差を見渡し、目的の人物"達"を見つける。

 

「よォ、キリト。ひと月ぶり」

 

それを聞いたキリトは一瞬固まった後、ものすごい速度でバッとこちらに振り向いた。

 

「ハル!」

 

「俺がソロで頑張ってる間にナンパとはやるじゃん」

 

「違う!これはーーーー」

 

キリトが必死に否定しているのを見たフード付きの子(アスナ)はキリトの意外な反応を見て、驚いているようだ。

 

「ーーーハル。いまさっきソロって言ってたがパーティは組まなかったのか?」

 

………まずい。あくまでアスナと出会わせるための嘘だったので、パーティは組んでいなかった。すぐに頭を回しあたりざわりのない返答をする。

 

「パーティをもうしこんでもなかなか相手がOKしてくれなくてな。結局ソロでここまで来たんだ」

 

「そうだったのか。まぁ俺も似たようなもんだしなんとも言えないな」

 

上手くごまかせたようでよかった。そんな会話をしているとディアベルが全体に声をかける。

 

「はーい!それじゃ、5分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます!ーーーーー」

 

そうしてあのトゲトゲ頭(キバオウ)がちゃちゃを入れに来る。

 

「ちょお待ってんか!」

 

全体が静まり返り、全体の視線がトゲトゲ頭へと刺さる。

 

「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと仲間ごっこはでけへんなーーーー」

 

しっかりとエギルに論破されたトゲ()を見つつ、俺は1層のボスのこと(ディアベルの死因)を考えていた。

 

ーーーーーAGI(敏捷性)を中心に振っている俺のステータスではボスのスキルを弾くことはできないだろう。つまり、ディアベルを助けるには、エギルのようなSTR(筋力)に振っているようなプレイヤーに攻撃を弾いてもらうか、そもディアベルを行かせない必要がある。だが、ディアベルが俺の制止を振り切る可能性がある上、俺の指示を聞いて素早く動けるプレイヤーがいるかどうかも分からない。

これでは助けることは不可能に近いだろう。

どこかに俺の指示に素早く反応できるプレイヤーでもいればいいんだが……………ーーーーいるじゃん。真横に。しかも全プレイヤーで一番反射神経が高いじゃん。

 

 

ーーーーーよし。作戦は決まった。あとは俺次第だ。

 

 

思考の海から浮上すると、目の前に騎士(ディアベル)様が前に来ていた。しばし考え込む様子を見せた後、爽やかに言った。

 

「君たちは、取り巻きコボルドの潰し残しが出ないように、E隊のサポートをお願いしてもいいかな」

 

翻訳すると「ボス戦の邪魔にならないよう、後ろで大人しくしてろ」だ。トゲの立たない言い方ができるのは、彼の人柄故か。それを聞いたアスナは一瞬、非友好的な反応を仕掛けていたが、キリトが無事手綱を握り、止めていた。

ディアベルが去った途端、左耳から剣呑な響きを帯びた声が聞こえた。

 

「……どこが重要な役目よ。ボスに一回も攻撃出来ないまま終わっちゃうじゃない」

 

「し、仕方ないだろ、三人じゃスイッチでPOTローテするにも時間が足りない」

 

キリトが理由を説明するも、箱入り娘殿には伝わらなかったようで疑問の声をあげていた。午後5時半、会議が終わり、集団はお友達同士で酒場やレストランへと消えていった。そんな中、アスナが疑問を投げかける。

 

「……で、説明って、どこでするの?」

 

「あ、ああ………俺はどこでもいいんだが、ハルはどうだ?」

 

「俺はその辺の酒場でいいけど、フードさんはそうじゃなさそうだぞ」

 

「ハルさんの言うとおり、誰かに見られたくないわ」

 

「なら、どっかのNPCハウスとかーーーー」

 

そうしてキリトの提案全てが叩き潰された後、アスナはため息混じりに話し出す。

 

「……だいたいこの世界の宿屋なんて、部屋ともよべないものばっかりじゃない。部屋にベッドとテーブルがあるだけで、それで一晩五十コルも取るなんて。食事とかはいいけど、睡眠だけは本物なんだから、もう少しいい部屋で寝たいわ」

 

「え………そ、そう?」

 

キリトが思わず首を傾げるのを見て、俺はアスナにおしえることにした。

 

「フードさん。この低層フロアで【INN】って看板がある場所はとりあえず寝泊まりできる店ってだけで、コルを払って借りれる部屋は宿屋以外にもあるんだぜ」

 

そう言うと、アスナの唇がぽかんと丸くなった。

 

「な…………そ、それを早く言いなさいよ………」

 

それを聞いてキリトが風呂付きの部屋に泊まっていると自慢した瞬間、アスナの目付きが変わった。それを見て俺は、(こいつよく墓穴掘るよな………)なんて考えていた。

 

その後素人童貞(キリト)お風呂魔人(アスナ)の圧に負け、自身の宿場へと案内して行った。

 

「…………帰るか…」

 

俺には泊まる所があるんだ。だから決して羨ましいとかそんなことはない。決してない。多分、きっと、maybe

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ボス戦当日。

 

午前十時に噴水広場に集合した四十四人のプレイヤーはどこか剣呑な雰囲気を漂わせながら、迷宮区に入るのを待ちわびていた。

 

そんな中、横のキリト(素人童貞)はアスナを見つめていた。

 

「………何見てるの」

 

「な、なんでもない」

 

(ヘッ!ざまぁみろ!)俺はキリアス大歓迎だが、それはそれ、これはこれだ!ヴァカめ!内心そう思っていると、

 

「おい」

 

後ろから、枯れたサボテン(キバオウ)がいた。俺は唖然としているキリトを横目に、キバオウの発言を聞く

 

「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んどれよ。ジブンらは、わいのパーティのサポ役やからな」

 

「………………」

 

キリトは黙り込んだままだ。

 

「大人しく、わいらが狩り漏らした雑魚コボルドの相手だけしとれや」

 

「(わざわざ言いに来るなんて、ご苦労なやつだな)」

 

「なんやて!?」

 

?………反応を見るに、声に出ていたようだ。ボス戦前に変な事になっても面倒だ、誤魔化そう。

 

 

「ご苦労様って言ったんだよ、サボt…キバオウさん」

 

そういうとサボテン(キバオウ)は気に入らなさそうな顔をしながら去って行った。

 

そんな小競り合いもしばしば、ディアベルが声を張り上げる。

 

「皆、いきなりだけどーーーーありがとう!たった今、全パーティ四十四人が、1人もかけずに集まった!」

 

途端、周辺から歓声が飛び出す。ディアベルは全体を笑顔で見渡し、右拳を突き出して叫んだ。

 

「今だから言うけど、オレ、実は1人でもかけたら今日は作戦を中止しようって思ってた!でも………そんな心配。みんなへの侮辱だったな!オレ、すげー嬉しいよ……こんな、最高のレイドが組めて………。まぁ、人数は上限にちょっと足りないけどさ!」

 

ディアベルの激励が全体を浮き立たせる。

ーーーー危険だ。これほどのリーダーシップを持つディアベルを賞賛したいが、ここまで盛り上げれば油断を生む可能性があるだろう。

キリトもそう考えているのか、どこか不安げだ。

そうして、周りがひとしきり喚いたところで、ディアベルが歓声を抑えた。

 

「みんな………もう、オレから言うことはたったひとつだ!」

 

「…………勝とうぜ!」

 

そうして俺たちは迷宮区へと向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

午後十二時半。

俺たちは誰一人犠牲を出さず大きな二枚扉の前にいた。

 

「……ちょっといいか」

 

キリトがアスナへとコボルドの攻略法を教えている。

 

俺は、その間にやるべきことを考える。

今回で重要なのは、ディアベルを死なせないこと、そしてキリトをに一人にしないこと。それを達成しなければ、解放軍は腐敗し、キリトは苦しむだろう。それを防ぐことが俺の任務だ。

 

そうして戦いは始まる。

 

「ーーーーーー行くぞ!」

 

ディアベルの一言と共に、俺たちはボス部屋へと駆け込む。入ると同時に部屋に明かりが灯り、部屋の主が咆哮する。そこには、前世、そして今世でも変わらない、毛皮を纏った獣人が、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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勝利、増えた犠牲者

戦闘は順調に進んでいた。

 

俺はこぼれてきた《センチネル》の相手をしつつ、最前線を凝視していた。

 

ーーーーーそして、その時は来る。

 

ボスの体力ゲージが最後の一本に突入し、腰に携えた剣を抜く。ボスの無敵モーションが終わり、キリトがボスのソードスキルに呼応するように声をあげた直後、俺はキリトに指示を出しながら、飛び出した。

 

「キリト!次のスキルを弾く!来い!」

 

その指示に戸惑いつつも反応したキリトは、俺と共にボスへと走る。一番先頭にいたディアベルが空中に浮かされ、トドメのスキルを打たれる瞬間。

 

「キリト!合わせろ!」

 

「ああ!」

 

そして、二人でタイミングを合わせ、振るわれた野太刀を弾く(パリィ)。ーーーが、二撃目のスキルを、弾いた瞬間。俺の剣は、破砕音と共に砕け散った。

ーーー武器破壊(アームブラスト)。スキルの出始めや終わりに武器の脆い部分を突くことで、耐久力を無視して破壊できるシステム外スキル。

 

(モンスターも使えるなんてーーー)

 

「ハル!」

 

キリトの声が聞こえたと思った直後、俺の体は吹き飛ばされる。ボスの三撃目のモーションにより、吹き飛ばされたのだろう。何とか受身をとり顔をあげようとすると、ボス部屋に()()()の破砕音が響き渡った。

 

ーーーイヤな予感がする。

 

視線をあげると、砕け散ったと思われたディアベルは生きていた。だが、前方にいたプレイヤーが2人減っている。

 

ーーーー死んだのだ、二人。俺がタイミングを読まず攻撃をしたばかりに。

 

目の前で、(タンク)隊が前に出て、ディアベル達を救助している。俺は、固まったまま、動けなかった。

 

(死んだ。死なせてしまった。二人も。)

 

頭の中は、それだけだった。

 

 

 

「ーーール!ハル!」

 

キリトの呼び掛けに俺はようやく、硬直が解ける。

 

「全体が動揺してまともな指示が出せてない!だから、俺たちで奴を獲る!」

 

その言葉を聞いて何とか立ち上がり、ボスを睨む。

 

(ーーーーそうだ。今はヤツを倒さないと。)

 

頭の中を、それだけで埋めつくし、死んでしまった現実を上塗りする。

 

俺はメニューから、予備の剣を取り出し、キリトと共に走り出す寸前、アスナが横に走ってきた。

 

「わたしも行く。パーティだから」

 

「………解った。頼む。」

 

キリトがそう返答すると同時に俺たちは、一気に走り出す。

 

隣を走るアスナがフードを引き剥がしたのを合図のように、キリトが全体へ指示を叫ぶ。

 

「全員、出口咆哮に十歩下がれ!ボスを囲まなければ、範囲攻撃は来ない!」

 

キリトの声の残響が消えると同時に、最前線のプレイヤー達が、俺たちの左右を、一斉に後方へと動く。それを追うように、ボスも体の向きを変え、俺たちと正対する。

 

「アスナ、手順はセンチネルと同じだ!……行くぞ!」

 

キリトが指示を出し、アスナが返事をする。前方ではコボルド王が野太刀を、左の腰だめに構えようとしている。そのモーションを見て、俺はキリト達に指示を出す。

 

「俺が防ぐ!叩き込め!」

 

返答はなかったが、確かに通じた。

 

「う……おおッ!」

 

俺の叫びとともに放った《レイジスパイク》と敵のスキル《辻風(ツジカゼ)》が交差する。大量の火花とともに、剣技を相殺し、余波を殺しきれず、俺は三メートル以上ノックバックした。

生まれた隙をーーー二人が捉える。

 

ボスの体力ゲージが確かな幅で減少する。その後も同じように、俺が弾き、二人が攻撃を入れる。それを繰り返し続け、十二回ーーその流れは途切れた。

 

「ッ?!」

 

上段と読んだ刃が、半円を描き、真下に回った。ーーーランダム技《幻月》(ゲンゲツ)。攻撃を叩き込んでいた二人が気付いた時には、真下から跳ね上がる野太刀が俺を捉えていた。

二度目の衝撃。全身が痺れ、HPゲージが二割を切る。吹き飛ばさた俺を見て、ボスから視界を外してしまった二人に、ボスは高くきりあげたままの刃を血の色に光らせ、二度目の《緋扇》(ヒオウギ)を放とうとする。

 

(駄目だ!後ろからーーー)

 

それを口に出す前に俺の後ろから巨大な影が飛びだす。

 

「ぬ……おおおッ!!」

 

太い雄叫びと共に、緑色の光芒ーーー両手斧系ソードスキル《ワールワインド》が、ボスの攻撃をはじいた。ボス部屋が震えるような衝撃が生まれ、イルファングが後方にノックバックした。

割って入ったのは、褐色の肌とマッシブな体型のお人好し、エギルだった。床にひざまずいたままポーチのPOTを探る俺を肩越しにみて、ニヤリと笑う。

 

「ディアベルさんの指示だ。あんたがPOT飲み終えるまで、俺たちが支える。ダメージディーラにいつまでも(タンク)やられちゃ、立場ないからな」

 

「………ありがとう、頼んだ」

 

俺は礼をいい、込み上げてきた何かを回復ポーションで飲み下した。

前身してきたのはエギルだけではなく、彼の仲間のB隊をメインに数名が回復を終え、復帰したのだ。

 

後ろを見ると、立て直している様子のディアベル達が戦っているのが見える、前方のキリトは最前線のプレイヤーにボスのスキルの対処を支持しながら戦っていた。

 

ーーーー情けない。

 

大幅に削られた俺の体力ゲージは、POT一本程度では全快には程遠く、ポーションのクールタイムを憎々しげに見つめることしか出来なかった。

 

キリトが指示を出し、壁役がそれをガードし、その隙をアスナとキリトが攻撃する。綱渡りのような戦闘が五分ほど続き、ボスの体力ゲージが三割を切った時、壁役の一人が足をもつれされた。よろめき、立ち止まったのはイルファングの真後ろ。

 

「…早く動け!」

 

反射的に叫んだキリトの指示も虚しく、ボスが《取り囲まれ状態》を感知し、一際獰猛に吼え、全方位攻撃である、旋車(ツムジグルマ)の予備動作を起こす。

 

それを見て、反射的に飛び出す。

 

剣を右肩に担ぐように構え、一気に近づく。片手剣基本突進技《レイジスパイク》。発動の瞬間、俺は野太刀にスキルを叩き込み、モーションを遅らせる。それが成功すると同時に、俺はキリトの名を叫ぶ。

 

「キリト!」

 

意図を察したキリトが走る音がするーーー

 

「ウォォッ!!!」

 

キリトの叫び声と共に重い斬撃音が鳴り、ボスが床へと叩きつけられる。

 

「ぐるうっ!」

 

喚き、立ち上がろうと手足をばたつかせる。人型モンスターの特有のチャンスモーション、転倒(タンブル)状態ーーー

 

()()()()()()()着地したキリトは、肺から空気を絞り尽くすほどの声で叫んだ。

 

「全員ーー全力攻撃(フルアタック)!囲んでいい!」

 

「お………オオオオ!!!」

 

エギルら六人が叫び、色とりどりのソードスキルがボスに叩きつけられる。ボスのHPゲージが、これまでとは一線を画す速度で削られていく。だが、エギル達が次のスキルの予備動作(プレモーション)に入ったと同時に、ボスは立ち上がるべく上体を起こした。

 

「………間に合わないか!」

 

キリトが小さく叫んだ後、俺とアスナに声を上げる。

 

「ハル!アスナ!最後のスキル、一緒に頼む!」

 

「「了解!!」」

 

エギル達の隙間を駆け抜け、アスナが渾身の《リニアー》を放つ。遅れて、黄緑色の光芒を纏った俺の(ソニックリープ)が、ボスの体を貫く。

HPゲージ………残り数ドット。

獣人が、ニヤリと嗤った気がした。それに対し、こちらも笑い、心の中で返答する。

 

(すまんが、本命は俺じゃない)

 

後ろから主人公(キリト)が、右肩から腹までを切り裂く。

 

「お………おおおおおッ!」

 

前身全霊の気勢と共に、キリトが剣をはね上げる。

ーーー片手剣二連撃技《バーチカル・アーク》

 

コボルド王の巨躯が、不意に力を失い、後方へとよろめく。

天井へと細く高く吼えたあと、体に無数のヒビが入る。野太刀が床に転がる音と同時に、アインクラッド第一層フロアボス、《イルファング・ザ・コボルドロード》は大きい破砕音を響かせ、四散した。

 

 




ボスの体力増やしちゃった。


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ビーター

ボスが消滅すると同時に、センチネルも四散したようだ。

周囲の壁の松明の色が、明るいイエローへと色を変える。

薄暗かった部屋が、明るくなりどこかから涼しい風が吹いて激戦の余熱を押し流した。

 

ボスを倒した後の静寂の中、キリトが警戒し続けている。その警戒もアスナがキリトの右腕を下ろさせたことで終わったようだ。

 

「お疲れ様」

 

俺とキリトに視線を向けながら言われた言葉に、体の力が弛緩する。ーーー知らぬ間に俺も緊張が抜け切ってなかったようだ。それに気づくのをシステムが待っていたかのようにメッセージが視界に流れる。獲得経験値。分配されたコル。そしてーーー獲得アイテム。俺の獲得欄には、"あの"コートは入っていなかった。

 

そうして、皆が喜びに浸っていたところに後ろから叫び声が聞こえた。

 

「ーーーーなんでだよ!」

 

周りが静寂に包まれ、ボス部屋のプレイヤー全てがそちらに視線を向ける。

 

「ーーーーなんで、あいつらを見殺しにしたんだ!!」

 

C隊のメンバーのひとりがそう叫んだ。

 

ーーーそれを聞いた瞬間。目を逸らしていた現実に向けさせられる。

 

「見殺し…………?」

 

キリトが呟くように言った。

 

「そうだろ!だって………だって"アンタら"はボスの使う技を知ってたじゃないか!アンタらが最初からあの情報を伝えてれば、あいつらは死なずに済んだんだ!」

 

その叫びに、残りのレイドメンバー達がざわめく。

 

「そういえばそうだよな………」「なんで………?攻略本にもなかったのに……」などの声が生まれ、徐々に広がっていく。その疑問に答えるのはキバオウのE隊の一人。近くまでやってくると、俺たちに右手の人差し指を突きつけ、叫ぶ。

 

「オレ……オレ知ってる!こいつらは、元ベータテスターだ!だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ!知ってて隠してるんだ!」

 

原作通りカタナのソードスキルを知っていた人であるキリトと、そして俺に疑念の声が上がりだす。

 

代わりに、C隊の別のプレイヤーが、再度何かを叫ぼうとして、それを(タンク)役のメイス使いが否定する。

 

「でもさ、昨日の攻略本に、ボスの攻撃パターンはベータ時代の情報だ、って書いてあっただろう?彼が本当に元テスターなら、むしろ知識はあの攻略本と同じじゃないか?」

 

「そ、それは………」

 

矛盾点を突かれ押し黙ったE隊メンバーの代わりに、C隊のメンバーが憎悪溢れる思い込みを口にした。

 

「あの攻略本が、ウソだったんだ。アルゴって情報屋がウソを売りつけたんだ。あいつだって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことなんて教えるわけなかったんだ」

 

周りの雰囲気が少しづつ悪くなるのを察したキリトがシステムメッセージがあるであろう場所に目を向けた。

 

アスナとエギルが声をあげようとして、キリトが手をかざすことでそれを止めた。

 

ーーー待ってくれ。その言葉が口から出る前に、キリトが口を開いた。

 

「元ベータテスター、だって?……俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

---待て。

 

「いいか、よく思い出せよ。SAOのCBT(クローズドベータテスト)はとんでもない倍率の抽選だったんだぜーーー」

 

ーーー待ってくれ。

 

「ーーずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜーーー」

 

ーーーー俺は、お前にそうしてほしくなんか

 

「……《ビーター》、いい呼び名だなそれ」

 

ーーーーーーなかったのに。

 

その後、俺はキリトを呼び止める事が出来なかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーどうすれば

 

そう考えながら、俺はいつの間にかトールバーナの転移門前に来ていた。そこでようやく答えが出た。

 

ーーーキリトに謝ろう

 

俺は、二層に向かうプレイヤーに揉まれながら、転移門をくぐり抜けた。転移先でキリトを探そうと、辺りを見渡そうとすると、見覚えのあるフードを被った女性プレイヤーが俺の横を通り過ぎた、次いで男性プレイヤー二人が俺の体にぶつかりながら女性プレイヤーを追う。

 

(そういえば、こんなのあったな)

 

心の内でそう思いながら、それを見逃そうとする。

 

(どうせキリトが解決するさ。………ん?キリトが?………………)

 

気づいた頃には視界から消えており、俺は慌てて後ろをおった。

 

「「ごっ……ござるぅぅぅぅッ!!」」

 

 

ーーーーそっちか!

 

それを聞いた俺は、すぐさま声のした方へ走る。

着いた頃には全て終わっていたようで、アルゴがキリトの背中にしがみついていた。

 

「そんなコトされると、オネーサン、情報屋のオキテ第一条をやぶりそうになっちゃうじゃないカ」

 

………アルゴって、こんな声出すの?

 

「ハル?」

 

「ハル坊?」

 

そう思っているとキリトとアルゴがこちらを向いていた。

 

…………口に出てた。

 

最近考えが口に出すぎているかもしれない。気をつけなければ。でも、今はそんなことよりやることがあった。

 

「キリト、さっきなんにも言ってやれなくてすまなかった」

 

腰を90度に折り曲げ、誠心誠意謝罪する。

 

「ーーーーー」

 

キリトからの返答はない。どう思っているのかが分からない。不安を感じながら、返答を待つ。

 

「なんだ、そんなことで悩んでたのか」

 

「ーーーーなんでそんなことが言えるんだよ。俺はお前の仲間なのに、反論する素振りすら見せなかったんだぞ!」

 

「何か言おうとしたんだろう?でもそれより先に俺が喋ったから何も言えなかった。違うか?」

 

「なんで、」

 

ーーー分かるんだ。その言葉を口にする前にキリトが発言する

 

「これでもベータ時代からの付き合いだ。その程度は分かるよ」

 

「でも、俺のせいで死なせたのに、お前に全部背負わせてしまった」

 

「しょうがないさ。そういう運命だったんだ」

 

そう言いきったキリトを見て、視界が滲んだ。

 

「おい、泣くなよ」

 

「なん、で、お前はそんなに強いんだよ!」

 

「強くないよ。でもあの時はそうするべきだと思ったんだ」

 

そう、この日、俺は生まれてから初めて泣いたんだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

そうして、涙腺が落ち着いた頃ーーー

 

「いやー、なかなかレアな物見れたヨ、ハル坊」

 

「うるさいぞ、アルゴ」

 

アルゴに弄られながら俺は思い出したかのように聞く。

 

「そういやアルゴ、なんで追われてたんだ?」

 

「この層の隠しスキルの情報で追われてたんだヨ」

 

「ま、ハル坊のレアな姿を見れたから特別に教えてやるヨ、ただし、どんな結果になってもオイラを恨まないって約束しろヨ、キリト、ハル」

 

「「解った」」

 

そうして俺たちは隠しスキルの情報を教えてもらい、アルゴ共に、岩壁をよじ登り、洞窟に潜り込み、ウォータースライダーじみた地下水流を滑る。戦闘は三度ほどあったが、レベルも技術も並のプレイヤーではない俺たちには大した苦ではなかった。

 

「………ここか?」

 

岩山の頂上近くにある、その小屋を見てキリトが言った。

その問いにアルゴは頷くと躊躇せず小屋に歩み寄った。続いた俺たちの前で、アルゴが勢いよく扉を開ける。

中にはいくつかの家具と、筋骨隆々のNPCがいた。見た目のインパクトは強大で、つるつるのスキンヘッドと豊かなヒゲがそれをさらに強調している。そして、頭上にはクエスト開始点の証である金の!マークがあった。

それを見た俺たちに、アルゴが語る。

 

「アイツが、エクストラスキル《体術》をくれるNPCだヨ。オイラの提供する情報はここまで。クエを受けるかどうかはキー坊とハル坊が決めるんだナ」

 

「………た、体術?」

 

キリトが疑問の声を上げるのを聞きながら、俺はそのスキルの有用性を思い出す。

 

(アニメでは、キリトがクラディールにやべぇパンチを喰らわせてた。威力がどれぐらいかは分からないが取っておいて損はないはず)

 

そう結論づけた俺は、話し合っているキリトとアルゴを横目に小屋に踏み込んだ。

 

「入門希望者か?」

 

「……そうだ」

 

「修行の道は長く険しいぞ?」

 

「望むところ」

 

短い問答を終えると、頭上の!マークが?マークへと変わり、視界に受領ログが流れた。その後、キリトも受注し、

オッサン改め師匠(筋肉モリモリマッチョマンの変態)の案内について行くと、小屋の外、岩壁に囲まれた庭の端にある()()の岩の前に着いた。それをポンと叩き、左手であごひげをしごきながら言った。

 

「汝らの修行はたった一つ。両の拳のみで、この岩を割るのだ。為し遂げれば、汝らに我が技の全てを授けよう」

 

ーーーーーデカすぎんだろ。

 

そんな感想(絶望)を浮かべながら、俺たちは顔に墨をくらい倒れた。

さらに、アルゴの深い哀しみと共感ーーーそして爆笑をこらえる表情を見て、キリトはアルゴのヒゲの真相を知ることになったのだった。

 

ーーーー岩?三日かけて割ったよ。ちくしょう。

 



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救えなかった者たち、そして試練

あの修行の後、キリトの提案により、別行動をすることになった。

 

ーーーー本当に大丈夫か?」

 

「ああ、ビーターの俺といると良くない噂が立つ」

 

「俺は気にしないぞ」

 

「俺が気にする」

 

キリトが食い気味にそういった。

 

「わかった、でもたまにはパーティ組もうぜ」

 

「ああ、その時はよろしく」

 

そうした会話をして俺たちは再び別れた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

四ヶ月程の時が流れ、二十五層のボス部屋にて。

 

キバオウの怨嗟の声がボス部屋に響き渡る。

 

「………何人、死んだ」

 

「………解放隊も合わせて、四十四人」

 

俺の無意識の問いにキリトが答える。

 

ーーーーーまた、死んだ。

 

叫ぶキバオウをと俯いたディアベルを見て、その場にいたプレイヤー全てが沈鬱な表情を浮かべている。

そこに、クォーターボスを倒した喜びは一切なく、俺たちはただ、死んだ人間のことばかりを考えていた。

俺たち攻略組は亡霊のような顔をしているキバオウを連れ、二十六層の転移門を解放する。

転移してくる下層のプレイヤー達が俺たちを見つけ、喝采を送る。だが、俺たちの表情を見て察したのだろう。

少しづつ喝采は収まり、そこにいたプレイヤー達は何も言わず憐れみの視線を送ってくる。

 

「キリト、俺は下層の宿に行くよ」

 

「……ああ」

 

俺はその視線に耐えきれず転移門から下の層へ行こうとして、着いた先はーーーーー見たことの無い場所だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーなんだここ?

 

転移門に入った俺が見たのは見なれた下層の街並みではなく、とても綺麗な平原だった。

 

「……とりあえず、周りを探索するか」

 

なにかの隠しマップなのだろう、と当たりをつけ、そこらを探索していく。

周辺を探索したが、なにかある訳でもなく。そこは、爽やかな風が吹く平原だった。

 

ーーーーーーまるで第一層のように。

 

頭の中にあの日の記憶が蘇る。まだ、夢を見ていたあの頃を。

 

そんなことを考えていると、目の前に何かが飛んでいた。

 

ーーー蛍か?

 

光の玉のような何かに誘われるように後ろをついて行く。

一時間ほど歩いただろうか。平原から森へ、そしてその森を抜けたところでそれを見つけた。

 

円形上に敷かれたレンガとその中心に立つ短剣を。

 

発見したその場に、(トラップ)を警戒しながら進む。

中心の短剣を抜き去った途端、空気が変わる。

 

ーーーートラップか!

 

そう思ったが、何も起こらず、俺は困惑する。

 

「いったい、なんなん……」

 

言い切る前に、頭上から嫌な予感を感じた俺はAGI補正(敏捷性)全力で飛び抜く。俺のいた場所に、真っ白な騎士が現れた。顔は兜により一切見えず、右手には綺麗な装飾が施された剣を握っていた。

その騎士が構えると同時に、体力ゲージが現れ、レンガに沿って見えにくい壁が立ち上がる。

 

「ソロでボス戦かよ!………やるしかないな」

 

俺が構えたのを見て、騎士が圧倒的な速度で切りかかってくる。

 

ーーーー早い。

 

咄嗟に左手に握ったままだった短剣と背負っていた直剣を交差させて防ぐ。

 

「っ!」

 

ーーーー重い。

 

ステータスが速度特化とはいえ、防いだ上でHPを数ドット削られる。

 

 

「……なんなんだよ!もう!」

 

こうして、俺の戦い(ボス攻略)が始まった。

速度を活かして、ヒット&アウェイ。これを繰り返し続けるも、相手の体力ゲージは殆ど減っていない。逆にまともに食らっていないはずの俺の体力は七割を切っていた。

 

(重い上に早いせいで避けれない、防ぐ以外の手段がない!)

 

そこからさらに打ち合い、俺の集中力は確実に削られていた。

 

(もう限界だ。攻撃へ反応しきれない)

 

首の皮一枚繋がっているものの、いつ切られてもおかしくない状況だった。

そして、ついにその時がくる。

 

「あっ」

 

剣が手から叩き落とされる。そして、ざしゅっ!という音とともに俺の体力ゲージがものすごい勢いで減少し、残り数ドットという所で止まる。

 

ーーーーー終わりか

 

そう思い、目を瞑り、来るであろう衝撃に備える。

 

ーーーーー?

 

だが予想していた衝撃は来ず、視線を上げると騎士が後ろを向いていた。

 

「また明日来るといい……」

 

その言葉が聞こえた瞬間。左手に握っていた短剣がひとりでに動き、中心へ戻った。

 

それを見届けた後、物凄い衝撃を受け、俺は森の中へと吹き飛ばされた。

 

(そういう感じか)

 

吹き飛ばされた体制のまま、俺は奴に勝つための方法を考える。

 

翌日。俺はまたあの広場に来ていた。

 

(今回で勝つ)

 

昨日、攻撃パターンを頭の中で反復し、対策を立てた俺は広場の短剣を抜いた。

 

昨日と同じとおり、騎士が現れ俺が構えると同時に切りかかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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越えた試練、新たな絶望

変なフィールドはさっさと(○・ω・)ノ----end-----


この謎のマップに来てから二ヶ月が経とうとしていた。

 

俺は未だ、あの騎士に勝てず何度も再戦を挑んでいた。

二ヶ月前の再戦の後、一度撤退しようと思い来た道を戻ろうとしたが、ここに来た時の道は閉じられ、転移結晶も使えず、せめて連絡でも、と思い立つも連絡すら取れない状況だった。

 

(奴を倒す以外、ここから先へは進めない)

 

そう結論づけた俺は今日も騎士へと挑む。

 

円形のレンガの中央に立ち、短剣を抜く。この二ヶ月、何度も同じことをしては負けている。

流石にここまで負かされると心も疲弊しており、毎日惰性で挑んでいる所がある。

現れた騎士にもう何度目か分からない宣言をする。

 

「今回こそは勝つ!」

 

いつも通りの剣戟の応酬が始まった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

今回もいつものように()()()()()()まで削った。

ここからの戦いで毎度負けているのだ。

騎士がいつもの台詞をはく。

 

「……ここから本気だ」

 

強がりではなくこれは本当のことで、最後のゲージになると殺人的速度まで跳ね上がり、ソードスキル扱う暇すら無くなる程の圧倒的な連続攻撃を繰り出してくる。

俺はこれで毎度負けている。

 

(クソが……早すぎるんだよ)

 

目は()()()()。だが、体がついてこない。これが続くばかりで突破できていないのだ。

 

(どうすれば、対応しきれる)

 

その時、飛んできた攻撃を左手の短剣で防ぐ。

 

(くっ……相変わらず重い)

 

そこでようやく俺は気づいた。

 

(()()()()()()()()()())

 

思い返してみれば、毎度馬鹿正直に受け止めていたが、騎士道精神なんぞない俺にそうする必要はなかったのだ。

気づかなかったのは、相手がどこか清廉さを感じる白の騎士故か。

そこからは早いもので攻撃をいなし、その隙に攻撃を入れる。それを繰り返していると遂に相手の体力ゲージが底をつき、膝を着いてこう言った。

 

「……見事だ。試練を越えた汝にその短剣を与えよう。そして汝にさらなる試練を」

 

その言葉と同時に、視界に報酬画面が流れる。ソロで倒したからなのか、かなり多めのコルに経験値、そして二ヶ月間使い続けた短剣が手に入った。

 

ーーーーーカルンウェナン

 

それがこの短剣の名前らしい。原典は確か、アーサー王の武器だっただろうか。そう考えていると、視界が光に包まれた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

光が収まると、見たことのない街並みが見えた。

 

ーーーーーまた違うマップ?

 

そう思ったが、周辺にプレイヤーらしき人々がいるのを見るに違うようだ。

 

近くにいるプレイヤーに話しかける。

 

「すいません」

 

「?」

 

「ここは何処ですか?」

 

怪しむような視線を向けられる。

 

(……しまった。記憶喪失のようなセリフだった)

 

気づいた俺は訂正する。

 

「すいません、ここは何層ですか?」

 

言い直すと、奇妙な顔をしながら答えてくれた。

 

「二十七層だよ、自分で転移してきたんじゃないのか?」

 

「あー、命からがら狩場から転移したもので」

 

それを聞いて、納得したようなしていないような顔をしながら彼は去っていった。

 

(二十七層か、俺があの場所にいる間に順調に攻略が進んでいるみたいだな)

 

俺は転移前、死んでしまった解放隊の人たちを思い出す。

 

(あれだけ死んだのに、二ヶ月で何とか立て直した上に攻略までしたのか)

 

復活した攻略組に内心で賞賛を送り、俺はなぜこの層に来たかを考える。

 

(でも、このタイミングならもっと進んでたはずだ。なんで俺は二十七層に飛ばされた?)

 

なんの意味も無いかもしれない事を考えながら、俺は記憶

を呼び起こす。

 

(確か二十五層攻略の後、キリトは前線から退き、月夜の黒猫団にーーーー)

 

そこまで考えてようやっと思い至る。

 

(彼らが壊滅したのはキリトが入ってから二ヶ月程だったはず。場所は確かーーー)

 

俺は大急ぎで、先程のプレイヤーにもう一度話しかける

 

「この層の迷宮区は何処だ!?」

 

 



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最悪の再開、サンタへの挑戦

場所を教えてもらった俺は、できる限り装備を外した状態で迷宮区を駆けずり回っていた。

 

(これ以上キリトに背負わせたくない!)

 

そう思いながら、走る。

 

そうしてそれらしき声が聞こえた。

 

ーー待てっ!!」

 

その声の方向へ一気に走る。が、声がしたであろう部屋に飛び込んだ瞬間、目の前で、扉がしまった。

 

「なっ………!」

 

その衝撃で、俺は弾き飛ばされる。

 

「っ!」

 

ーーー俺の目の前には、無慈悲にも閉じられた扉が、あった。

 

「嘘……だろ?」

 

ーーー待て。落ち着け。

 

(まだ、壊滅するって決まったわけじゃない。俺がいることで変わることがあるかもしれない)

 

そんな儚い希望に縋り、俺は扉が開くのを今か今かと待った。

 

数分後、中から出てきたのはーーーキリトだけだった。

 

「キリ……」

 

その言葉は途中で遮られた。

 

 

ーーーーその()が泥のように、濁りきっていたから。

 

騎士に言われたセリフを思い出す。

 

「ーーーー汝にさらなる試練を」

 

これが試練。間に合わなかった俺に与えられた試練(絶望)だった。

 

ーーーーーーーーーー

 

それがあった日から俺はキリトに連絡する事も出来ず、ただ時間だけが過ぎていった。

 

攻略組から失踪していた二ヶ月間の事を聞かれたが、前線から少し離れたかったと適当な事を言って誤魔化した。

 

あの騎士は強すぎる、何より、あの場所への行き方を俺は知らない。

しかもこの短剣は性能があまりにも高い。

攻撃力こそ他の短剣より少し高い程度だが、装備しているだけでAGI(敏捷性)にとんでもないブーストがかかる。

この短剣を求めたばかりに新たな死者が出ないようにしたかった。

 

そうしてキリトと話すことも無いまま、時は過ぎていき、気づけば十二月、そう、"十二月"だ。

モミの木の下での戦闘を控えた俺は、キリトを探し回っていた。

というのも、俺はキリトが何層で戦ったのかを覚えていなかった。そのため、アルゴから位置の情報を買おうとしたが、キリトは莫大なコルで口止めをしているようで情報を教えてくれなかった。

 

「どうしてもなのか?」

 

「オレッちとしては教えてやりたいんだけどナ。でも、あんな顔で言われちゃあ、ナ」

 

「アイツが死のうとしてても、か?」

 

それを聞いたアルゴの表情が変わる。が、

 

「……………」

 

ーーーダメか。

 

諦めた俺は、またキリトを探しに行こうとした。

 

「ハル坊!」

 

「?」

 

「キリトは三十五層の情報を知りたがってる!」

 

(素直じゃないな)

そう思いながら、来るクリスマスに備え俺はレベリングをすることにした。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

十二月二十四日。俺は三十五層の《迷いの森》へ来ていた。

 

(デカいモミの木が見えるのに辿り着けないっ!)

 

俺は背教者ニコラスが現れるモミの木へと向かっているのになかなかたどり着けないでいた。

というのも《迷いの森》はその名の通り、迷うようにギミックが仕込まれている。

ギミックはフィールドが無数の四角いエリアに区切られており、それぞれを結ぶポイントがランダムで入れ替わるというモノだ。

 

(なんでマップを買わなかったんだ俺は!)

 

マップがあればそれなりに楽なのだが、入手先がこの迷いの森だけで手に入る限定アイテムな上に、マップがある宝箱もランダムな為、昨日までの探索では見つからなかったのである。(運悪っ)

 

(こんなことなら、高くついても情報屋から買うべきだった)

 

遅すぎる後悔をしていると、遠くから剣戟音が聞こえてくる。

 

(もしかして、クラインか!?)

 

そう、あたりをつけ音の方へ一気に走る。

 

ーーーーーいた。

 

風林火山と聖竜連合が戦っている。

 

「クライン!」

 

「ハル!?」

 

クラインが驚愕の表情を浮かべた後、すぐに気を取り直し、叫んだ。

 

「キリトが奥のボスと戦りあってる!頼む!」

 

「任せろ!」

 

そう言うと、俺は一息にボスへのワープゲートに飛び込んだ。

視界が切り替わるや否や目の前に体力数ドットのキリトに振り下ろされる斧を見る。

 

「ふっ!」

 

瞬時に剣を抜き、ソードスキルの構えを取る。()()()()からライトエフェクトが現れ、《レイジスパイク》で振り下ろされる斧との間に突進、そして左手のカルンウェナンから、《エレメンタリィエッジ》を放つ。何とか斧を止めることが出来た。

 

(騎士ほど重くはないな)

 

そう考えていると、後ろから声がかかる。

 

「ハル?」

 

声に反応して後ろを見ると、唖然とした表情のキリトがいた。

 

「………話は後だ、とりあえず倒すぞ」

 

「それじゃあ……駄目なんだよ。」

 

「ドロップアイテムはお前にやる。だからやるぞ」

 

「………」

 

その言葉を聞いて、キリトが無言で立ち上がる。

それを肯定と見た俺は、()()()()()()()短剣と直剣を構える。

 

ーーーさて、仕切り直しだ。

 

サンタのおぞましい叫びを合図に、俺とキリトは飛び出した。

戦いは十数分で終わりを告げ、剣を収めると同時に、大きな破砕音と共に《背教者ニコラス》は砕け散った。

ウィンドウを開きアイテム新規入手欄を確認する。多くのアイテムの中に《還魂の聖晶石》がないのを見るに、キリトのアイテムポーチに流れたらしい。

 

「サチ……サチ……」

 

無意識なのだろう。サチ(死んだ者)の名前を口に出しながら、キリトは震える指でウィンドウがあるであろう場所をタップする。

 

「うああ……あああああ………」

 

《還魂の聖晶石》の文章を読んだキリトから獣のような叫び声が漏れる。

 

「あああ…………ああああああ!!!」

 

絶叫しながら何度もブーツでアイテムを踏みつけるキリトを俺は止める。

 

「やめろ!キリト!」

 

「うるさい!」

 

「そんなことをしてもなんにも変わらない!」

 

ーーーどの口が言うんだか。死んだのは俺のせいなのに。そう自虐的に思いながら、キリトを止め続ける。

数分後、動きが収まったキリトの脇の間から腕を抜くと、キリトが俺に話しかける。

 

「殺してくれ、ハル」

 

本来なら口に出なかったはずの本心。それを聞いた俺が出来ることなどひとつしかない。

 

「殺さない」

 

「どうして!」

 

「俺も、黒猫団の連中も、お前に死んで欲しいなんて思わないからだ」

 

「なん、で」

 

――――分かるんだ。そう言おうとしたであろうキリトに続けて語りかける。

 

「二ヶ月間とはいえ、一緒にいた黒猫団の連中はそんなことを言うと思うのか?」

 

「当たり前だろ、俺のせいで死んだんだから!」

 

「お前のせいではあるだろう」

 

「ならっ……」

 

「でも、その事で今生きているお前に恨み言を吐くような奴らじゃないっていうのはお前が一番分かってる。そうだろ?」

 

「っ…………なら、どうすればいいんだよ!」

 

「生きろ」

 

「生きて、覚え続けろ」

 

「そんな権利、俺にはない!」

 

「あるさ。それが死者へのせめてもの手向けだ」

 

その言葉を聞いて、キリトは押し黙る。

 

「俺は帰る」

 

一言そう言って俺は去ろうとする。

 

「待ってくれ」

 

「?」

 

「これをお前に」

 

そう言ってキリトが《還魂の聖晶石》を投げ渡す。

 

「いいのか?」

 

「ああ」

 

「そうか、わかった」

 

そう言って俺はワープゲートからフィールドへ戻ると、戦いを終え、疲れきった様子のクラインがいた。

 

「ハル!キリトは!」

 

「さぁな、でも、多分大丈夫だろ、俺は先に帰るよ」

 

(後は、サチさんの遺言に任せることにしよう)

 

そう思いながら俺は《迷いの森》を後にした。

 

 

 

 

 

ちなみにこの後、めちゃくちゃ迷った。

 



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竜使いとの出会い

あれから二週間が経ち、俺は攻略組と共に五十層を攻略した。その際、キリトが遂に《エリュシデータ》を手に入れた。

 

それから一ヶ月と少しが経った頃、キリトが俺の事を三十五層へ呼び出した。

街に出てすぐ、ええーそりゃないよと、不満の声が聞こえた方を見るとキリトとちっこい女の子がむさいオッサンたちに絡まれていた。

 

「キリト!」

 

「来てくれたかハル」

 

静かになったオッサン達を横目に見ながら続ける。

 

「お前から呼ぶのは珍しいからな。ところで、なんでナンパされてるんだ?」

 

「違う!」

 

いつものようなやり取りをしていると、横のちっちゃい女の子(シリカ)がキリトに聞く。

 

「キリトさん、この人は……」

 

「こいつは仲間のハルだ。今回の事で協力してもらう事にした」

 

「何に協力するかは知らんがとりあえず勝手に決めたのは許さん」

 

「そうだシリカ。こいつにはあるスキルがあってだな……」

 

「すいませんでした。協力させていただきますキリト様」

 

あっぶねー。こいつ、俺が隠してる事で脅してきやがったぞ。立ち直って欲しいとは思ったが、こんな方向に捻じ曲がるとは。

そう思っていると横から声がかかる。

 

「おい、あんたらーー」

 

その声に視線を向けると、そのままキリト達に絡んでいたプレイヤーが話を続ける。

 

「見ない顔だけど、抜け駆けはやめてもらいたいな。俺たちはずっと前からこの子に声掛けてるんだぜ」

 

「そう言われても……成り行きで……」

 

キリトが困ったような顔で、頭を搔く。

 

(このコミュ障め)

 

そう思った俺は、キリト達の前に立ち口を開く。

 

「この子とは今会ったばかりだが、いい大人が寄ってたかって女の子を所有物みたいに扱うなよ」

 

「しょ……所有物なんて…」

 

男達が反論しようとするが、俺はそれをねじ伏せ、続ける。

 

「だってそうだろ、俺たちが先に誘ってたんだからこっちに来いって、彼女の意思を無視してるじゃないか」

 

男達はバツが悪そうな顔で、どこかへ去っていった。

 

「あ、あの…ありがとうございます!」

 

「大したことじゃない。けど、ああいう手合いはキッパリと断る事だ」

 

「は、はい」

 

「こいつは言い方はキツいが、良い奴なんだ。仲良くしてくれ」

 

キリトから謎にフォローが入る。

 

「余計なお世話だ」

 

「ふっ……ふふふ」

 

「?…なんだよ」

 

「いえ、おふたりとも仲がいいんだなって」

 

それを聞いて、お互いに顔を見あわせた後、すぐにシリカの方を向き、

 

「「まさか」」

 

前言撤回、仲良しかもしれん。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

シリカの案内で俺たちは《風見鶏亭(かざみどりてい)》の前にいた。

 

「あ、おふたりのホームはどこに……」

 

「ああ、いつもは五十層なんだけど……。面倒だし、俺もここに泊まろうかな」

 

「なら、俺もだな」

 

「そうですか!」

 

嬉しそうにシリカが両手をぱんと叩いた

 

「ここのチーズケーキがけっこう行けるんですよ」

そう言いながら俺たちの袖を引っ張って宿屋に入ろうとした時、隣の道具屋から四、五人の集団が出てくる。

 

ーーーー来たか

 

最後尾の女性プレイヤー(クソビッ〇)がシリカを見て近づていてくる。

 

「あら、シリカじゃない」

 

ロザリア(クソビッ〇)が話しかけて来た。

 

「………どうも」

 

呼び止めたロザリアにシリカが仕方なさそうに返答する。

 

「へぇーぇ、森から脱出できたんだ良かったわね」

 

ロザリアは、どこか喜色を感じさせる声色でそう言った。

 

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

 

「要らないって言ったはずです!ーーー急ぎますから」

 

会話を切り上げようとするシリカを尚もロザリアは話し続ける。

 

「あら、あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

シリカが唇を噛む。当然だ、使い魔は格納できない。居ないということはそういうことだと分かってるだろうに、ロザリアは発言をやめない。

 

「あらら、もしかしてぇ………?」

 

「死にました……でも!」

 

「ピナは、必ず生き返らせます!」

 

いかにも痛快と言う風に笑っていたロザリアが少し驚きの表情を見せた後、小さく口笛を吹く。

 

「へぇ、てことは《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

 

「「できるさ」」

 

俺とキリトが同時に答える。

 

「そんなに難しいダンジョンじゃない」

 

ロザリアはあからさまに値踏む視線で俺たちを眺め回し、再び嘲るような笑みを浮かべた

 

「あんたたちもその子にたらしこまれた口?見たトコそんなに強そうじゃないけど」

 

悔しさからか、シリカの体が震えている。

 

(一人で戦うことすら出来ない臆病者のくせに)

 

「なんだって!?」

 

ーーーーおっと、口に出てた。

 

「さぁ、なんの事だ?」

 

ロザリアがこちらを睨みつけるが、俺たちはそれを無視して《風見鶏亭(かざみどりてい)》へ入った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

風見鶏亭(かざみどりてい)》のチェックインを済まして、カウンターで注文を済ました俺とキリトは、シリカの座る席へと向かう。

腰掛けた俺たちにシリカが口を開くも、キリトが手で制し、軽く笑いながら言った。

 

「まずは食事にしよう」

 

ちょうどその時、ウェイターが湯気の立つマグカップを三つ持ってきた。

目の前に置かれたそれには、不思議な香りの赤い液体が満たされている。

 

「パーティ結成を祝して」

 

というキリトの声にこちんとカップを合わせ、全員が熱い液体をすすった。

 

「……おいしい……あの、これは?……」

 

キリトはにやりと笑うと、言った

 

「NPCレストランはボトルの持ち込みもできるんだよ。俺が持ってた《ルビー・イコール》っていうアイテムさ。カップ一杯で敏捷力の最大値が1上がるんだぜ」

 

「そ、そんな貴重なもの……」

 

「酒をアイテム欄に寝かせても味が良くなるわけじゃないしな。俺、知り合い少ないから、開ける機会もなかなかないし……」

 

「自分で言ってて悲しくならないのか?」

 

「うるさいな」

 

そんな会話にシリカは笑いながらもう一口飲んだ。やがてカップが空になり、視線をテーブルの上に落とし、呟いた。

 

「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」

 

その発言にキリトが真顔になり、カップを置き、言った

 

「君は……大規模ネットゲーム(MMO)はSAOが……」

 

「初めてです」

 

「そうか。ーーーどんなオンラインゲームでも、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーは多い。善人にも悪人にもなる、所謂ロールプレイと従来入ってたんだろうがな。でも俺はSAOの場合は違うと思う」

 

キリトの目が鋭くなる。

 

「今はこんな、異常な状況なのにな……。そりゃ全体が協力してクリアを目指すのは不可能だってのは解ってる。でもな、他人の不幸を喜ぶ奴、アイテムを奪う奴、ーーー殺しまでする奴が多すぎる」

 

キリトは怒りと悲しみが混じった目でシリカの目を見る。

 

「俺はここで悪事を働くプレイヤーは、現実世界でも腹の底から腐ったやつなんだと思ってる」

 

その言葉に気圧されたシリカの表情に気づき、すまない、と軽く笑いながらキリトは言う。

 

「……俺だって、とても人のこと言えた義理じゃ」

 

「キリト、もういい」

 

「……すまん」

 

それを見てシリカが何かを悟ったような表情を見せ、口を開いた。

 

「キリトさんは、いい人です。あたしを、助けてくれたもん」

 

「……俺が慰められちゃったな。ありがとう、シリカ」

 

「………別に感謝されたい訳じゃないが、俺はどうなの?」

 

俺がそう言うと、キリトとシリカが吹き出す。

 

「笑うことないだろ!?」

 

「「だって面白いもん」」

 

「扱いが理不尽!」

 

そんな会話をしていると、時刻は既に夜八時を回っていた。

明日の四十七層攻略に備えて早目に休むことにして、俺たちは《風見鶏亭(かざみどりてい)》の二階に上がった。

キリトと俺が取った部屋は、偶然にもシリカを挟む形になった。

顔を見合わせ、笑いながらおやすみを言う。

そうして俺は部屋に入る振りをして、すぐにキリトの部屋に行く。

 

「邪魔するぞ」

 

「おう」

 

扉の横に陣取り、話を聞く。

 

「んで、さっさと本題に入るが、珍しく呼び出して何の用だ?」

 

「少し前の話なんだがーーー」

 

そこで俺は、壊滅したギルド《シルバーフラグズ》のことを聞いた。

 

「……なるほどな、いつものお節介か」

 

 

「お節介ってわけじゃない………ただ、」

 

「[同じだ]って?」

 

「………」

 

「やめとけ、お前とそいつは何もかも違う。同情するのは逆に失礼だ」

 

「そうだな……」

 

そんな会話をしていると、扉を二度叩く音が聞こえた。キリトが応答するとシリカが入ってくる。

 

「あれ、どうかしたの?」

 

「あのーーーええと、その、あのーーよ、四十七層のこと、聞いておきたいと思って!」

 

鈍いキリトは訝しむ様子もなく頷く。

 

「ああ、いいよ、階下に行く?」

 

「いえ、あのーーー良かったら、お部屋で……」

 

「言っとくが、二人きりじゃないぞ」

 

「へっ?わっ!」

 

扉の横にいて気づかれなかったのだろう、シリカが驚いた様子でこちらを見る。

 

「いっ居たんですね!」

 

「酷くない?」

 

そんなことがありつつも、キリトが《ミラージュ・スフィア》を使い、シリカに説明していく。

 

「ーーこの橋を渡ると、もう丘がみえ……」

 

不意にキリトの声が途切れ、こちらを見る。それを見た俺はすぐさま扉を開けた。

 

「誰だっ……!」

 

扉を開けると、誰かの背中が見え、階段をどたどたとかけ降りていった。

 

「な、何……!?」

 

シリカが疑問の声を上げる。

 

「……聞かれてたな……」

 

「扉の真横にいたのにすまんな」

 

「気にするな、お前の索敵スキルは俺程じゃない」

 

「聞かれてた、って……ドア越しじゃあ声は聞こえないんじゃ……」

 

「聞き耳スキルが高いとその限りじゃないんだ。そんなの上げてるやつは……なかなかいないけど……」

 

「でも、なんで立ち聞きなんか……」

 

「ーーー多分、すぐに解るさ。ちょっとメッセージ打つから、待っててくれ」

 

それを聞いたシリカは、ベッドに丸くなり、キリトの横顔を眺めながら寝てしまったようだ。

 

(俺の影、薄くない?)

 

この後部屋に戻り、ふて寝した

 



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タイタンズハンド

起床アラームにより起きた俺は、キリトの部屋へ赴き、ノックする。すると慌てたような声が聞こえ、扉が開いた。

 

「ど……どうぞ」

 

シリカが扉を開いたようで、俺のノックにより起きたであろうキリトに開口一番、

 

「昨晩はお楽しみでしたね」

 

「違う!」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

一階に降り、四十七層《思い出の丘》挑戦に向けてしっかりと朝食を取り外に出ると、明るい陽光が街を包んでいた。

視界にはこれから冒険に出かける昼型プレイヤーと深夜の狩りから戻ってきた夜型プレイヤーが対照的な表情で行き交っている。

隣の道具屋でポーション類の補充を済ませ、俺たちはゲート広場へ向かった。

ありがたい事に昨日の勧誘組(やばい大人たち)とは出会わず転移門に到着した。

シリカが転移先の街の名前を知らず、手間取りかけたが、キリト(人たらし)が手を握り、一緒に転送されて行った。

 

ーーーあの人たらしは何人侍らせれば気が済むんだ?

 

そんな事を思いながら俺も転送された。

 

転送されると、キリトがシリカに四十七層の解説をしていた。

 

「この層は通称《フラワーガーデン》って呼ばれてて、街だけじゃなくフロア全体が花だらけなんだ。時間があったら、北の端にある《巨大花の森》にも行けるんだけどな」

 

「それはまたのお楽しみにします」

 

シリカはそう言い、周りの花を見たあと、立ち上がって改めて周囲を見回してここがデートスポットであることに気づいた様で、顔が少し赤くなっていた。

 

「さ……さぁ、フィールドに行きましょう!」

 

顔の赤さを、誤魔化して元気よくシリカが仕切り直し、俺たちはゲート広場を出た。

道を歩いているとシリカが口を開いた

 

「あの……キリトさん。妹さんのこと、聞いていいですか……?」

 

「ど、どうしたんだい急に」

 

「あたしに似てる、って言ったじゃないですか。それで、気になっちゃって」

 

「なるほど、そうやって口説いたのな」

 

「口説いてない!……話を戻すが、まぁ、仲はあんまり良くなかったな」

 

「妹って言ったけど、ほんとは従妹なんだ。ーーー」

 

キリトの話を俺たちは黙って聞いていた。

 

「ーー好きじゃないのに頑張れることなんかありませんよ。きっと、剣道、ほんとに好きなんですよ」

 

シリカがキリトのことを慰め、ようやく冒険開始と言ったところだ。にしても、

 

「年下に慰められる全身真っ黒の不審者か……」

 

「ほっといてくれ!」

 

いつものようなやり取りをしながら数分後。

 

目の前には触〇プレイをされているシリカがいた。

 

「きっ、キリトさんハルさん助けて!見ないで助けて!!」

 

「そ、それはちょっと無理だよ」

 

「まぁ頑張れ」

 

俺とキリトが視界を塞ぎながら言うと、俺たちが加勢する気がないとわかったのだろう、巨大な花のようなモンスターに怒りをぶつける声が聞こえた。

 

「こ、この……いい加減に、しろ!」

 

破砕音が聞こえたので俺は視界をおおっていた手をどける。

 

「……見ました?」

 

「「……見てない」」

 

そんな戦闘(面白シーン)を見たあとも五回ほど戦闘したところで、シリカがようやくモンスターの姿にも慣れ、俺たちは順調に進んでいった。

赤レンガの街道をひたすら進むと小川にかかった小さな橋があり、その向こうに一際小高い丘が見えた。道はその丘の頂上まで続いているようだ。

 

「あれが《思い出の丘》だよ」

 

「見たとこ、分かれ道はないみたいですね?」

 

「ああ、ただ登るだけだから道に迷うことは無いけど、モンスターの量は相当らしいな。気を引き締めていこう」

 

「はい!」

 

「おけ」

 

「お前は余裕だろ」

 

「バレたか」

 

そんな会話をしつつ、大して苦戦せずに頂上へとたどり着いた。

 

「うわあ………!」

 

シリカが歓声を上げる。

 

(やっと着いたな)

 

シリカがあるはずの花がないと叫んでいたが、少しづつ芽が伸びたのを見て、その声は消える。

息を詰めて知っている俺ですら咲く様子を見守っていた。

咲ききったそれにシリカが手を伸ばし、茎に触れるとその茎が砕け、光る花だけがシリカの手に残った。

 

「これで……ピナを生き返らせられるんですね……」

 

「ああ。心アイテムに、その花の雫を振りかければいい。でもここは強いモンスターが多いから、街に帰ってからの方がいいだろうな。もうちょっと我慢して、急いで帰ろう」

 

「はい!」

 

キリトの提案にシリカが応え、俺たちは帰路に着いた

 

(まぁ、本番はこっからだな)

 

先程の橋を渡ろうとした時。キリトがシリカを手で止める。俺たちは道の両脇にある木立を睨めつけ、口を開いた。

 

「「ーーーそこで待ち伏せてる奴、出てこいよ(きな)」」

 

「え………!?」

 

シリカが慌てて木立に目を凝らすが、見えないだろう。()()はそれなりの隠蔽スキル持ちだ。不意に木の葉が動きロザリア御一行(クソビッ〇とその囲い)がでてきた。

 

「ろ………ロザリアさん!?なんでこんなところに………!?」

 

シリカの問いには答えず、ロザリアは唇の片側を吊り上げ笑った

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、剣士サン達。侮ってたかしら?」

 

そこまで言ってようやくシリカに視線を移す。

 

「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん」

 

一秒後、ロザリアの言葉が続く。

 

「じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい」

 

「………!? な……何を言ってるの……」

 

その時、無言だったキリトが進み出て、口を開いた。

 

「そうは行かないな、ロザリアさん。いやーーーー犯罪者(オレンジ)ギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん、と言った方がいいかな」

 

ロザリアの眉がぴくりと跳ね、唇から笑いが消えた。

シリカが掠れた声で問い質した。

 

「え……でも……だって……ロザリアさんは、グリーン……」

 

その疑問に俺が答える。

 

「オレンジつっても全員じゃないことが多い。グリーンが街で獲物を見繕って、パーティに取り入って、待ち伏せポイントに誘導する。昨日俺たちの話を盗聴してたのも奴の仲間だ」

 

「そ……そんな……」

 

俺の言葉にシリカは愕然とする。

 

「じゃ……じゃあ、この二週間、一緒のパーティにいたのは……」

 

「そうよォ。あのパーティーの戦力を評価すんのと同時に、冒険でたっぷりお金が貯まって、おいしくなるのをまってたの。本当なら今日にもヤっちゃう予定だったんだけどー」

 

シリカの顔を見ながら、ちろりと舌で唇を舐める。

 

「一番の獲物のあんたが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテム取りに行くって言うじゃない。《プネウマの花》って今が旬だから、とってもいい相場なのよね。やっぱり情報収集は大事よねぇ!」

 

そこで言葉を切り、俺たちに視線を向けて肩をすくめた。

 

「でもそこの剣士サン、そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて、馬鹿?それとも本当に体でたらしこまれちゃっ「彼女を馬鹿にするなよ」……あ?」

 

俺が言葉を切る形で続ける。

 

「彼女はピナを生き返らせる為にここまで来た。命懸けで」

 

そう、彼女はただのデータであるはずのピナに対してあまりにも誠実だ。ーーー何もかもを隠している俺と違って。

 

「その彼女に対してお前が侮辱できることなんてない」

 

ロザリアを睨み付けてそう言うと、キリトが冷静に続ける。

 

「馬鹿なわけでも、たらしこまれたわけでもない。俺とハルもあんたを探してたのさ、ロザリアさん」

 

「……どういうことかしら?」

 

「あんた、十日前に、三十八層で《シルバーフラグズ》っていうギルドを襲ったな。メンバー四人が殺されて、リーダーだけが脱出した」

 

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

眉一筋動かさず、ロザリア(クソビッ〇)が頷く。

 

「リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれる奴を探してたよ」

 

キリトが冷気と鋭さを感じる声で言った。

 

「でもその男は、依頼を引き受けた俺に向かってろあんたを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ったよ。ーーーあんたに奴の気持ちが解るか?」

 

「解んないわよ」

 

面倒そうにロザリアは答えた。

 

「何よ、マジんなっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントに死ぬ証拠ないし、そんなんで現実に戻った時罪になるわけないわよ。だいたい戻れるかどうかも解んないのにさ、正義とか法律とか、笑っちゃうわよね。アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込む奴がね」

 

ロザリアの目が凶暴な光を帯びる。

 

「で、あんた、その死に損ないの言うこと真に受けて、アタシらを探してたわけだ。ヒマな人だねー。ま、あんたの巻いた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど……でもさぁ、たった三人でどうにかなると思ってんの……?」

 

そう言ってロザリアが合図を出すと、道の両脇の木から新たに、十人のプレイヤーが出現した。

男たちが、シリカに嫌な視線を投げかけてきた。

それを見てシリカがキリトのコートの陰に身を隠した。

 

「キリトさん、ハルさん……人数が多すぎます、脱出しないと……」

 

「だいじょうぶ。俺が逃げろ、と言うまでは、結晶を用意してそこで見てればいいよ。ハル、一応シリカを頼む」

 

「任せろ」

 

そう言ってすたすたと前に向かって歩き出すキリトをシリカが大声で呼びかける。

 

「キリトさん……!」

 

その声がフィールドに響いた途端ーーー。

 

「キリト……?」

 

族の一人が記憶を探るように視線を彷徨わせる。

 

「その格好……盾無しの片手剣……。ーー《黒の剣士》……?」

 

急激に顔を蒼白にしながら、男は数歩後ずさった。

 

「それにーー短剣を腰に掛けた片手剣使い……《ブラウニー》まで……!」

 

「……ブラウニー?誰が?」

 

ふと俺が疑問を口にすると、盗賊が答える。

 

「おまえだよ!」

 

そんな名前つけられてのか、普通に知らなかったな。呑気に考えているとぽかんと口を開けていたロザリアが、我に帰ったように甲高い声で喚いた。

 

「こ、攻略組がこんなとこをウロウロしてるわけないじゃない!どうせ、名前を騙ってビビらせようってコスプレ野郎に決まってる。それにーーもし本当に《黒の剣士》と、《ブラウニー》だとしても、この人数なら二人程度余裕だわよ!!」

 

その声に勢いづいたように先頭に居たオレンジプレイヤーも叫ぶ。

 

「そ、そうだ!攻略組なら、すげぇ金とかアイテムとか持ってんぜ!オイシイ獲物じゃねぇかよ!!」

 

口々に同意の言葉を喚き、賊たちは一斉に抜剣。それを見たシリカが叫んだ。

 

「キリトさん、ハルさん……無理だよ、逃げようよ!!」

 

動かないキリトを見てシリカが俺に助けを求める。

 

「ハルさん!キリトさんを止めてください!」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ、心配するならあっちのオッサン共を心配してやれ」

 

そんな俺たちの会話を聞いて尚、動かないキリトを見て諦めと取ったか、ロザリアと愉快な仲間たちは武器を構え、我先にと走り出した。

 

「オラァァァ」

 

「死ねやぁぁぁ!!」

 

立ち尽くすキリトを囲み、同時に九発もの斬撃を叩き込む。ノックバックによりキリトの体がぐらぐらと揺れる。

 

「いやあああ!」

 

シリカが両手で顔を覆い叫ぶ。

 

「やめて!やめてよ!キリトさんが、し……死んじゃう!!」

 

その言葉に耳を傾けるはずもなく、男たちはひたすらに攻撃を続ける。

その様子を見てキリトに駆け寄ろうとするシリカの肩に手を置き、引き止め、キリトの体力ゲージに向けて指を指す。

体力が回復していることに気づいたのだろう、疑問の表情を浮かべ、シリカがこちらを見る。

やがて、男たちはキリトの体力が減らないことに気付き、戸惑いの表情を浮かべた。

 

「あんたら何やってんだ!さっさと殺しな!」

 

苛立ちを含んだロザリアの命令により、再び攻撃がキリトに降り注ぐが、やはり体力は減らない。

 

「お……おい、どうなってんだよコイツ……」

 

その疑問にキリトがようやく口を開いた。

 

「ーーー十秒辺り四〇〇ってとこか。それがあんたらが俺に与えるダメージの総量だ。俺のレベルは78。ヒットポイントは一四五〇〇………さらに戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルによる自動回復が十秒で六〇〇ポイントある。何時間攻撃しても俺は倒せないよ」

 

それから、キリトは回廊結晶を使い《タイタンズハンド》を全員黒鉄宮の監獄エリアへとぶち込んだ。

ロザリアが少し抵抗したが、キリトが強制的に投げ込んだことにより、監獄エリアへと消えていった。

立ち尽くすシリカにキリトが囁くように話しかける。

 

「……ごめんな、シリカ。君を囮にするようなことになっちゃって。俺の事を言おうと思ったんだけど……君に怖がられると思って、言えなかった」

 

シリカは必死に首を振り否定していた。

 

「街まで、送るよ」

 

そう言ってキリトが歩き出すがシリカが声をかける。

 

「あーーー足が、動かないんです」

 

「ぶっ」

 

「笑わないでくださいよ、ハルさん!」

 

「いや、すまんな」

 

俺が笑いながら言うと、張り詰めていたモノが緩んだようで、そこでようやくシリカも少し笑うことができた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

二十五層の風見鶏亭(かざみどりてい)まで、俺たちはたくさんの事を話した。デスゲームが始まった時の話や、アスナの話、そしてリアルでの話をしているとあっという間に着いてしまい、別れの時が来た。

 

「キリトさん、ハルさん……行っちゃうんですか…?」

 

「ああ……。五日も前線から離れちゃったからな。すぐに、攻略に戻らないと……」

 

「そう……ですよね……」

 

明らかにしょげているシリカを見かねて口を開く

 

「そう辛気臭い顔するなよ、今生の別れってわけじゃない」

 

「…で、でも…!」

 

ーーーそんな保証は無い。そう言おうとしたのだろう。でも、

 

「安心しろ、こいつは死なないさ。そこらのGより生命力がある男だ」

 

「おい、その言葉は聞き捨てならないな」

 

キリトのツッコミを無視しながら話を続ける。

 

「それに死にそうになったら俺が助けるさ。不本意な事にこいつの専属サポーターらしいからな」

 

「まぁ、だからそんなに心配すんな、この程度のゲームさっさとクリアしてやるとも」

 

「ハルの言う通りさ、だから、次は現実世界で会おう。そうしたら、また同じように友達になれるよ」

 

続けてキリトがそう言うと、シリカがそっと目を閉じ、呟いた。

 

「はい。きっとーーーきっと」

 

これがこのゲームで、最初で最後の竜使いとの会話になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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新たな剣

シリカの一件から三ヶ月と少しーーー

 

俺は四十八層主街区《リンダース》に来ていた。

 

なぜここに来たかは二日前に遡るーーー

 

 

 

 

俺は五十九層の迷宮区にてレベリングをしていた。

 

七十体程倒し、一度休憩を取るために安全地帯へと向かい、入手したアイテムを確認する。

 

(大したアイテムは……これは?)

 

ページをスクロールしていくと、見慣れないアイテムを見つけた。

 

(ウィンドニウム鉱石、か。何に使うんだ?)

 

そのアイテムを見た俺はかなりモンスターを倒したのもあり、撤退することにした。

 

迷宮区から出てすぐにアルゴに連絡し、鉱石のことを聞いたところ、情報量一万コルと引き換えに確かな情報を教えてくれた。

 

(軽めで攻撃力が高い直剣が作れる、ね。なら、リズベットに頼もう)

 

まぁ、そんな感じでこの階層に来ているわけだ。

 

リズベットとは店の開業からすぐの付き合いで、ある時、武器の修繕をどこでしようかと迷っていると、頭の中にリズベット武具店が浮かんだことが始まりだ。

 

そんな回想はともかくさっさとリズベット武具店に向かおうとすると、すぐ近くのカフェの近くを走るリズベットを見つけた。

 

(なんでリズベットが?…………あ、主人公に振られたやつか)

 

最近、虫食いになりつつある記憶を呼び起こしながら、リズベットを追うことにした。

 

街を囲む城壁の手前にある等間隔に植えられている木の下で立ち止まったリズベットを見つけ立ち止まる。

声を押し殺し泣き続けるリズベットに声をかける。

 

「リズベット」

 

「……なんで、あんたが」

 

「お前に頼みたいことがあってな。転移してきたらちょうどお前が走ってるのを見たんだ」

 

「……それで、追ってきたわけ?」

 

「そゆこと」

 

それを聞いたリズベットは自嘲気味に口を開く。

 

「あたしね、振られちゃった」

 

「あたしだけが好きだと思ってたのに、あたしよりもっと凄い人がその人のことを好きだったの」

 

凄い人とはアスナの事だろう。まぁ、美人だし、強いしでそこらの奴では叶わないことは確かだろう。

 

「そんでキリトを諦めたわけか」

 

「あんたの知り合いだったの!?……ていうかなんで分かるのよ」

 

「勘だ。あのリズベットがこんな短期間で惚れるのなんかあの変人中性イケメンしかいない」

 

「あの、って………あんたあたしのこと何だと思ってるわけ?」

 

「変人に惚れる変人」

 

「殺す!」

 

「お許しください!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ーーーーまぁ、わかってやってくれ。キリトは人との繋がりを極端に恐れてる」

 

ーーー俺のせいで。喉元に出かかったその言葉を飲み下して続ける。

 

「お前と、似たような理由だ」

 

「ーーーそう」

 

 

そんな問答をしているといつの間にかリズベットの涙も収まっていた。

 

「……元気づけてくれてありがと」

 

「おう」

 

「あんたのヘッタクソな慰めのお陰で、立ちなおれた気がするわ」

 

「ヘタクソて……」

 

「だってヘタクソじゃない」

 

「はいはい」

 

 

「そういや、さっき依頼って言ってたわね?何すればいいワケ?」

 

 

「そんじゃ、振られたばっかで悪いが武器の作成を頼む」

 

 

「掘り返すならアホみたいにコルとるわよ」

 

 

「すんませんでした」

 

 

そんな会話をしていると後ろから事の原因(キリト)が現れた。

 

「リズベ……ハル?」

 

 

「よう、必然だな」

 

 

「なんだそれ」

 

いつものような会話をしていると、リズベットが口を開く。

 

 

「ハルは追ってきたからまだしも、キリトはなんでここがわかったの?」

 

「あの「どうせ、この街の一番高い塔から見渡したんだろ?」

 

 

「……よくわかったな。キモイぞ」

 

 

「お前みたいな人たらしのやることなんざ誰でもお見通しなんだよなぁ」

 

 

「煽ってるのか?」

 

 

「そう思いたいならどうぞ」

 

 

「やるか?」

 

 

「受けて立つが?」

 

 

キリトの余計な一言により今くだらない戦いが始まーー

 

 

「ちょっと待ちなさい!しょうもないことで喧嘩しないで!」

 

…っと思ったが観客に止められたので素直にやめた。

 

 

「そういや、キリト」

 

 

 

「?」

 

 

「お前はもう少し周囲の事を見た方がいい」

 

 

「???」

 

さも何を言っているのか分からないという顔をしているキリトを連れ、俺たちはリズベット武具店へと向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リズベット武具店に入ると、中にはアスナがいた。

 

「リズベット!……なんでハルくんも?」

 

 

「ちょうどリズベットに依頼があってな。たまたま見つけたんで、拾ってきた」

 

 

「そんな猫みたいな扱いしないでよ」

 

 

リズベットが抗議の声を上げるが、それを無視して、リズベットに依頼を伝える。

 

 

「ーーーーーなるほど。この鉱石で剣を作って欲しいわけね」

 

 

「ああ、多少短くてもいい、軽くて攻撃力の高い直剣が欲しい」

 

 

「言っとくけど、ランダムだからそう上手くは行かないわよ」

 

 

「アインクラッドで最高の鍛冶師殿が作るものなら粗悪品は出来ないだろ?」

 

 

 

「おだてても何も出ないわよ。………そこまで言われたらいいのを作らないとね」

 

 

 

「そんじゃ頼むぜ鍛冶師殿」

 

 

「任せなさい」

 

リズベットがハンマーを振り下ろし、金属を叩きつける規則正しい音が響く。叩く度に鉱石の形が変わっていき、やがて剣の形になった。

数秒かけ、オブジェクトのジェネレートが完了し、一本の剣が姿を現した。

ダークリパルサーのような美しさは無く、刀身が緑がかっていた。直剣にしては少し短く、短剣よりは長い、なんだが中途半端な剣だった。

それをリズベットが軽々しく持ち上げポップアップウィンドウを開いた。

 

 

「名前は……《ディタミネーション》ね。あたしが聞いたことない剣だから、今のところは情報屋の名鑑にも載ってないはずよ。ーーーどうぞ、試してみて」

 

 

(ディタミネーション、決断か。俺にはとことん似合わんな)

 

 

無言でその剣を受け取りその軽さに驚きつつも、剣を振るう。

 

 

「お気に召した?」

 

 

リズベットが俺に訊ねる。

 

 

「ああ。……軽くて使いやすい。いい剣だ」

 

 

「なら良かったわ」

 

 

「………ねぇ」

 

 

「………?」

 

 

「そういえば、あんたいっつも腰に短剣引っさげてるのはなんで?」

 

 

「………お前には言っとくか。多分キリトにも見せてもらっただろう?」

 

 

「……ええ」

 

 

「俺にも似たようなものがある」

 

 

そう言って俺は《カルンウェナン》と《ディタミネーション》を構え、()()()スキルを放った。

 

 

驚いた顔をしながらリズベットが口を開く。

 

 

「……キリトやアスナにあんたといい、あたしの周りは凄いやつが多いわね」

 

 

「リズベットも十分凄いさ。戦うこととは別のことで誰かを支えてる」

 

 

「あんただって知らない間に誰かを支えてるハズよ」

 

 

「いや、俺はそんなことない、いつも自分の都合ばっかりだ」

 

 

「それは「そういや、お代はいくらだ?」

 

 

リズベットが言いかけた言葉を遮って話をそらす。

 

 

「………いらないわ」

 

 

「いいのか?」

 

 

「ええ、さっきのやつ秘密なんでしょ?情報量よ」

 

 

「ありがとう」

 

 

「はぁー、一日に二回もタダ働きするとは思わなかったわ」

 

 

「タダにしたのはそっちだろ」

 

 

「うるさい」

 

 

そんな会話をしながら、俺はこの先にあるラフィンコフィンとの戦いを考えていた。

 



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血に塗れた手

新たな武器を手に入れてから二ヶ月がたったある日、俺は攻略組とラフィン・コフィンのアジトへと向かっていた。

 

事の始まりは一週間程前、罪悪感に耐えかねたラフコフのメンバー(PoH)がアジトの場所を密告したことから始まった。

 

そこからは早いもので、捜索に費やしてきた八ヶ月が嘘のように、あれよあれよと事が進み今に至る。

 

 

「アスナ、やっぱりやめておこう」

 

 

「どうして?今だからこそやるべきよ」

 

 

「奇襲される可能性がある。それも、相手が万全の状態で」

 

 

朧気な記憶でも覚えている犠牲を俺は回避したかったが、アジトを突き止めた攻略組は止まってくれなかった。血盟騎士団のアスナも同じように。

 

 

「それは何度も聞いた、だからこうしていつ襲われても良いように警戒して進んでるんじゃない」

 

 

「だが、簡単に捕縛できるとは思わない」

 

 

「……その場合はやむなしよ」

 

 

「ーーーやれるのか?」

 

 

そう言うとアスナが覚悟を決めた瞳を見せる。

 

 

「…そうしなければならないならね」

 

その目を見て、俺は最後の説得を諦めた。

 

 

「………わかった、もう何も言わん。アスナの命令通りに動こう」

 

 

「助かるわ」

 

 

そういうと、俺は後ろにいるキリトの元へ向かった。

 

 

「キリト」

 

 

「どうした?」

 

 

「……もし、犠牲者が出そうになったら伝えてくれ。俺の速度ならまず間に合う」

 

 

「……わかった、無理はするなよ」

 

 

「お前が言うなよ、お人好し」

 

 

「そっちこそ」

 

 

いつもの軽口を叩き合い、お互いに心を落ち着かせる。

 

そして、襲撃が始まる。

 

上にあった足場からラフコフの構成員が飛び降りてくる。

たったそれだけで攻略組全体が混乱状態に陥った。

 

「ははははっ!」

 

 

「うぁぁぁ!!!」

 

辺りから悲鳴や笑い声が聞こえてくる。

 

 

「死ねぇ!ブラウニー!」

 

 

その混乱に乗じて一直線にラフコフが向かってきた。

 

 

その攻撃を受け止め、反撃を食らわす

 

(落ち着け、捕縛優先だ。誰も死なせずにくぐり抜ける!)

 

攻撃を捌き、死角から襲ってくる別のラフコフの攻撃も躱す。

 

それを繰り返した結果、周辺のラフコフの武器の耐久値は順調に削れており、一部の武器は壊れ始めていた。

 

 

(この調子なら!)

 

 

戦う方向になった時、俺が考えついた方法はこれだった。ヒット&アウェイで武器を壊す。これを繰り返すことだ。

 

 

相手をしているラフコフ達の武器が壊れ、周辺の鎮圧が終わろうとした時、

 

ーーーー誰かの悲鳴が聞こえた

 

 

「嫌だぁぁぁぁ!!!」

 

 

その声が響いたと同時に、()()()の破砕音が聞こえた。

声の方向へ向くと、戦闘開始時にいたはずの聖龍連合のプレイヤーが一人消えている。

 

(ーーーそんな)

 

考える暇もなく、後ろからラフコフのメンバーが飛びかかる。

 

 

 

「死ねぇぇぇ!」

 

 

狂気を含んだ嗤い声に驚いた俺は反射的にソードスキルを放ってしまった。

 

ーーー《メテオブレイク》七連撃のソードスキル。

その一撃目で相手の武器は壊れ、続く六連撃が残った体力を吹き飛ばした。

 

 

「ヒヒヒっ!人殺しっ!」

 

 

そうして狂気的な笑みを浮かべながらそのプレイヤーは破砕音と共にこの城から退場した。

 

 

(殺、した。俺が、この手で)

 

 

覚悟なんてできちゃいなかった。

攻略組が警戒していれば変えられるかもしれない。そんな甘い考えは一瞬にして打ち砕かれた。

 

(ーーキリトは)

 

呆然としながらふとキリトの方を見る。

 

ーーーそこには驚いた顔で、どこかを見るキリトがいた。

 

その視線の先を見ると多くのアイテムが落ちている。

 

 

落ちているアイテムは他のプレイヤーのアイテムだ。おそらく、ラフコフの。

 

 

それを見た瞬間、俺は腰の短剣を抜いた。

 

 

(やらなきゃ)

 

 

辺りから悲鳴が聞こえる。

 

 

(俺が)

 

 

狂気じみた嗤い声が聞こえる。

 

 

(やるんだ)

 

 

周りの悲鳴と嗤い声がいっそう強くなった瞬間、駆けだした。

 

近くにいたラフコフ五人を通りすがりざまに斬り殺す。

 

彼らの装備は余りにも貧弱で、一度のソードスキルで儚く砕けて言った。

 

破砕音を聞きつけた他のラフコフが迫ってくる。

 

「うぉぉぉっ!!」

 

それをーーー容赦なく斬る。全力のソードスキルは、武器ごとラフコフを両断した。

 

そんなことを続けて、ラフコフのメンバーが目に見えて減りだした頃、三つの影がフィールドから逃げ出そうとしているのが見えた。

 

この襲撃の主犯格である幹部たちだろう。

 

そう当たりをつけ、俺は迷いなくそのうちの一人の首を狙って飛びかかった。

 

 

ぎぃぃん!っという耳障りな音が響き、俺の一撃が()の武器友切包丁(メイト・チョッパー)により防がれた。

 

 

「oh……誰かと思えば、ブラウニー様じゃないか」

 

 

そのニヤついた顔を見ていると、怒りが沸いてくる。

 

 

「逃げられると思うなよ。PoH」

 

 

逃げ出そうとしていたのはやはり幹部格の三人だった。

 

友切包丁(メイト・チョッパー)を蹴り、後ろに飛んだのを見て、横の二人がそれぞれの武器を構える。

 

それを見て、俺も武器を構えるが、おもむろにPoHが構えを解く、それに続いて、横の二人も武器をおろした。

 

 

「……なんのつもりだ」

 

 

「いや、お前の顔を見てやめようと思ってなァ」

 

 

「なに?」

 

 

「気づいてないのか?お前、俺たちと同じ顔してやがるぜ?ーーーーま、ここで殺しても面白くなさそうなんでな、撤退させてもらうぜ」

 

 

「まて!」

 

 

「イッツショータイム、ブラウニー」

 

背を向けて走り去る三人を追おうとするが、後ろからラフコフのメンバーが襲いかかってくる。

 

降り掛かってきた刃を弾き蹴り飛ばし、怒りのまま叫んだ。

 

「逃げるなぁ!()()()()()()()()()()!!」

 

 

本人しか知らないハズの名前を叫ぶ。

 

その叫びは周りの音にかき消されたが、確かにPoHには聞こえたようで、彼は驚いた様子でこちらを見た後、去っていった。

 

その背を追おうとして、蹴り飛ばしたラフコフが斬りかかってくる。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

一切の躊躇いなく剣を振るうが、目の前のこいつはこちらを殺すのではなく、留めて置くことが目的のようで、武器を破壊することすら出来なかった。

 

それを認識した俺は、無力化ではなく、体力を全損させることにした。

 

 

(こんな奴ら生きてたってろくなことをしない)

 

 

脳裏に浮かぶのは、まだ会ったことの無い()。先程逃がしてしまった、新川昌一によって闇に呑まれた人物だ。

 

 

(目の前のこいつが同じような事をしない保証がどこにある)

 

 

ドス黒い感情が滲み出る。

 

 

(ーーーそれなら、ここで確実にーー)

 

 

武器を弾き(パリィ)明確な隙が出来たそいつに、剣を振り下ろす。

 

 

ーーーーよりも前に、誰かが目の前のそいつを捕縛した

 

 

驚いて視線を向けるとそこにはキリトがいた。

 

 

「……もういい。もう、終わった」

 

 

そう言われて周りを見ると、攻略組は武器を収めて、他のラフコフのメンバー達を捕縛している。

 

 

(今、俺は、何を)

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

襲いかかって来たメンバーを捕縛したキリトに質問する。

 

 

「何人、死んだ?」

 

 

「攻略組が九人、ラフコフのメンバーが、三十四人だ」

 

キリトが暗い顔でそういった。

 

ーーそのうちの十三人は俺だ。

 

そういうとキリトが驚いた様子でこちらを見る。

 

 

「……お前は、何人だ?」

 

キリトにそう質問すると、キリトの体がビクッと反応し、視線を下に向け、しばしの逡巡の後、口を開いた。

 

「……二人だ」

 

 

「……そうか」

 

(変わらなかった……か)

 

それを聞いた俺はポーチから転移結晶を取り出す。

 

 

「ハル、どこへ行くつもりだ?」

 

 

キリトが不安そうな顔でこちらを見る。

 

 

「……さぁな」

 

 

「ちょっとまーーー」

 

 

キリトの声を無視して、俺は転移先を指定した。

 

俺はもう、その場に居られなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

視界の光が止み、いつもの街並みが見えた。

 

ゆっくりと歩き、いつも泊まっている宿へと向かって歩いていく。

 

 

頭の中からPoHの言葉が消えない。

 

 

(同じ顔、だと?)

ーーそんなわけが無い。と、思いたかった。

 

あの時の俺は、人を殺す事を躊躇しなかった。それどころか、死んでしまえばいいなどと思っていた。

 

(もしかしたら、あの時、俺は本当に同じ顔をしていたのかもしれない)

 

(ーーー殺人鬼と、同じ顔を)

 

そうしていつの間にか泊まっている部屋に着き、中に入った瞬間、体からフッと力が抜け、扉にもたれ掛かる形で倒れる。

 

何かの状態異常にかかったのかと視界に写るカーソルを見るが何のアイコンもなかった。

 

そこでようやく気づいた。俺は今、想像以上に疲弊しているんだと。

それも、身体的ではなく精神的に。

 

唐突な眠気が俺を襲い、俺の意思に反し瞼が落ちていく。

 

(出来れば、殺したくなかったなぁ………)

 

そんな後悔と共に、俺の意識は途切れた。

 

 




書き溜め消えたので更新ペース落ちます。


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まさかのストレート

書き溜めが無い=死


ラフコフ討伐戦から二ヶ月。俺はほぼ毎日、最前線の迷宮区で戦い続けている。

 

それは頭の中にずっと悲鳴と嗤い声が響いているからだ。

 

でも、剣を振るっている時だけはあの時の悲鳴と嗤い声が消えるから。

 

振るうのをやめれば、またそれらが俺を襲う。

 

それが怖くて、どれだけボロボロになっても振るうのをやめられない。

 

ーーーこの世界(SAO)に来た時、何もせずに現実に帰れるだなんて思っちゃいなかった。

 

もしかしたら、誰かを殺すことだってあるかもしれないとも思っていた。

 

でも、誰かを殺すということは想像以上の覚悟が必要で、想像以上の()()がいることだった。

 

 

人を殺して初めてそれがわかった。

 

 

あの戦場で、俺は十三人の命を奪った。

 

 

いや、それどころか俺は沢山の人を見殺しにしてきた。

 

 

一層では、名も知らぬ二人のプレイヤーを死なせ、キバオウの一件では解放隊を見殺しにし、騎士を倒せなかったばかりに黒猫団を救えず、ラフコフの時には、攻略組を死なせるどころか、自らの手で十三人の命を奪った。

 

 

PoHは感じ取っていたんだろう、俺がどういう人間なのかを。

 

 

それがわかって、死にたくなった。

 

 

剣を振っている間、何度も死のうとした。

 

 

だけど、手を抜けば、あの声が戻ってくる。

 

 

だから全力で剣を振って、そのまま死にたかった。

 

 

ーーーーーそんな毎日だったから、今日が()()()だなんて気づかなかった。

 

戦っていたモンスターが砕けるのを確認した俺は、次のモンスターを探そうとした。

 

だが、少し離れた所から誰かの喚き声が聞こえてくる。

 

 

「ーーーしろだと!?手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのか!?」

 

 

聞き覚えのあるその声に誘われるようにフラフラと歩いていく。

 

 

俺が着いた頃にはもう、口論の火種である人物はいなかった。

 

 

そこに居たのは、この二ヶ月、顔すら見なかった奴らだった。

 

 

 

「……大丈夫なのかよあの連中……どうした、キリト?」

 

キリトが俺を見て驚きの表情を見せ、その顔を見たクラインがキリトの視線の先を見る。

 

 

「……おめぇ、ハルじゃねぇか!」

 

 

クラインが嬉しそうな表情でこちらに来た。

 

 

 

「この二ヶ月間連絡もつかねぇし、何してたんだよ」

 

 

クラインが俺に疑問を投げかける。

 

 

「……この階層のモンスターを狩ってた」

 

 

 

「狩ってたって……あれからずっとか!?」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

「なんで一人でそんな……」

 

 

 

「……………」

 

 

 

クラインの質問に答えず、何も言わない俺にキリトが近づいてくる。

 

 

「キリトくんいったい何……?」

 

アスナの言葉を遮るように、キリトは右手を振り上げ、俺の顔に綺麗なストレートを入れた。

 

 

「へぶっ」

 

 

自分でも分かるくらい情けない声と共に、俺は後ろに吹き飛んで、後頭部を強打した。

 

体力ゲージが減少し、俺は抗議の声を上げようとする。

 

 

「…なにすん…」

 

 

「今、なんて言った……」

 

 

明らかな怒気を帯びながらキリトが口を開いた。

 

 

「………」

 

 

驚いて固まる俺にキリトが再度問う

 

 

「なぁ、なんか言えよ……!」

 

倒れた俺の胸ぐらを掴み、持ち上げてがくがくと揺らしながら、キリトが叫ぶ。

 

 

「二ヶ月ここで戦ってた!?こんなボロボロになるまで!?」

 

 

「死のうとしてた?よりによって俺に生きろって言ったお前が!?」

 

 

視界が揺れ、何かを話そうとしても、揺らされた体ではまともな言葉が紡げない。

 

 

「ちょっ、まっ、て!」

 

 

俺がそう言うとキリトが手を放し、息を荒げながか悲痛そうな表情でこちらを見る。

 

それを見た俺に言わないと言う選択肢はなかった。

 

 

 

「…怖かったんだ。……PoHに言われたことが忘れられなくて」

 

 

「一体何を言われた?」

 

 

キリトがそう問う。

 

 

「お前は、俺たちに似ている。と、言われたんだ」

 

 

「そんなわけ……」

 

 

「そうなんだよ俺は、俺もアイツらと同じただの人殺しだ」

 

そうだ、俺も結局アイツらと変わらない。自分の都合で人を殺した。

 

 

「違う……ッ!」

 

 

「違うわけがない」

 

 

「違う!お前はあの時、いや、あの時以外にも誰かのために戦ってた!」

 

 

キリトがそう叫んだ。でもーーー

 

 

「誰かの為になんか戦ってない。俺はいつも自分の為に戦ってた」

 

 

それを聞いたキリトが何かを確信した表情を見せ、俺に問い質した。

 

 

「嘘だろ?」

 

 

「は?」

 

何を言ってるんだ?ーーーそう思う俺をよそにキリトは話を続ける。

 

 

「だってお前はあの時、俺を呼べ。と、いったハズだ」

 

 

 

驚愕に目を見開く。

 

 

(そうだ、俺はあの時、キリトにそう言った)

 

 

あの時の俺は犠牲者を出したくなかった。攻略組もラフコフも。

 

結果はあの通りだったが。

 

 

「少なくともあの時は誰かを助けようと考えていたんじゃないのか?」

 

 

キリトの言葉にいつの間にか変わっていた自分に気づいた。

 

ーーーー最初は、関われれば十分だった。

 

 

ただキリトの横で一緒に、この物語(SAO)を見れれば、それで。

 

 

でも攻略を進めていく度に、死んでいくプレイヤーを見て、俺は、いつしか死を忌避していたんだ。

 

 

自分も、他人も、関係なく。

 

 

それはきっと、キリトが、いや、皆がいたからだ。

 

 

皆と関わるうちに、段々、この世界が物語から現実に変わっていった。

 

だからもう、誰も死んで欲しくなかったんだ。

 

 

それに気づいた時には、もう、声は消えていた。

 

 

「………なぁ、俺はまだ、お前たちの"友達"か?」

 

 

「当たり前だ、バカ」

 

 

嬉しそうな表情でいつもの軽口が飛んでくる。

 

 

「バカ言うなよ」

 

 

「一人で抱え込むようなやつはバカだ」

 

 

いつもの軽口を叩き合い、無意識に口角が上がる。

 

それを見た周りの連中の顔がなんだか、変な顔になる。

 

 

「………なんだよ」

 

 

「「べつにぃーー」」

 

 

アスナとクラインが微笑みながらそう言った。

周りの空気が和やかになり、俺もそれにつられかけた時、

 

 

 

(解放軍!)

 

 

先程キリトからマップをかっさらったやつらを思い出す。

 

 

「解放軍がどうかしたのか?」

 

 

キリトが俺に問う。

 

 

(また口に出てた、じゃなくて!)

 

 

「解放軍が、危ない!」

 

 

「……どういうこと?」

 

 

アスナも疑問の表情を浮かべる、俺はそれに対して返答した。

 

 

「アイツら、あれだけの数でボス攻略をするつもりだ!」

 

 

「「「な!?」」」

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

俺の提案により安全エリアを出てから二十分。軍の姿は影も形もなかった。

 

 

「いねぇな………ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」

 

 

「いや、確実にいる。絶対だ」

 

 

 

クラインがおどけたように言うが、俺は知っている。この先のボス部屋に彼らはいると。

 

 

「そういや、どこでそれを知……」

 

 

クラインが俺に喋りかけた時、それは聞こえてきた。

 

 

 

「あぁぁぁぁ………」

 

 

回廊内を反射しながら俺たちの耳に届いてきたその声をきいて、真っ先に俺が駆けだした。

 

 

「ハル!」

 

 

キリトが俺を静止するが、それを振り切って走る。

 

 

「悪い、先に行く!」

 

 

AGI(敏捷性)ガン振りのステータスに短剣のAGI(敏捷性)補正をフルに使い、走る。

やがて、彼方に大扉が見えた。解放軍のいる()()扉が。

 

扉は既に開いており、内部に揺らめく青い炎が見える。

その中には蠢く巨大な影と、断続的に響く金属音。そして悲鳴。

 

その悲鳴がラフコフ戦の事を思い起こさせるが、それらを振り切り、中に飛び込んだ。

 

 

こちらに背を向けるボスに渾身のソードスキルを放つ。

 

 

攻撃を受けターゲットがこちらに向いたのを確認して、直剣を構えた。

 

 

《ザ・グリームアイズ》がこちらに向けて咆哮する。

 

空気がびりびりと揺れ、ボスが腕を振り上げた。

 

その予備動作を見た俺は、振り下ろされる剣をいなしながら、横にステップすることで回避した。

 

 

「俺が引き付けてるうちに逃げろ!」

 

 

 

俺がそう叫ぶと、解放軍の一人が叫ぶ。

 

 

「だめだ……!く……クリスタルが使えない!」

 

(そんなことは知ってるんだよ!)

 

心の中で解放軍に理不尽な悪態をつきながら叫ぶ。

 

 

「なら、ボスの横を通って逃げろ!そっちには行かせない!」

 

そうすると、司令官の男ーー確かコーバッツだったか。そいつが俺に叫ぶ。

 

 

「何を言うか……ッ!我々解放軍に撤退の二文字はありえない!戦え!戦うんだ!」

 

 

「なっ……!」

 

 

コーバッツは司令官として、いや、人として間違った指示を出した。

 

 

「馬鹿野郎……!」

 

 

俺は少し前までの自分を棚に上げ叫んでいた。

そのまま、ボスの攻撃を捌いていくがいつまで持つか分からない。

 

 

(どうする、どうしたら撤退させられる!?)

 

 

考えてもコーバッツを説得できそうな言葉すら思いつかない。

加えて、息付く暇もないほどの攻撃。

 

いつ戦線が崩壊してもおかしくないのが現状だった。

 

 

「ハル!」

 

 

「ハルくん!」

 

 

そう考えていると、後ろから二人の声がかかる。

 

(来たか!)

 

戦闘が始まって一分と少し、どうやら追いついたようだ。

 

 

「結晶無効化空間だ!そのせいで軍が撤退出来ない!」

 

俺が短的に現状を伝えると二人が絶句する

 

「な……」

 

「なんてこと……!」

 

「キリト、アスナ!俺がこいつを引きつける!二人は軍の連中を撤退させてくれ!」

 

 

「一人じゃ無茶だ!」

 

キリトがそう叫ぶと、タイミングを見計らったかのようにクライン達六人が追いついてきた。

 

 

キリトがクライン達に素早く現状を伝え、俺に指示を出す。

 

「ハル、俺とアスナが加勢する!クライン達が救助だ!」

 

 

簡潔に伝えられたそれに返答する。

 

 

「了解!」

 

 

七十四層ボス攻略戦の始まりだった。



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二つの二刀流

 

あれから数分、ボスの攻撃に対し、俺たち三人は苦戦を強いられていた。

 

クライン達は軍の連中を部屋の外へ引き出そうとしているが、俺たちが中央で戦ってる上、コーバッツが動こうとしないために遅々として避難が進まないのが現状だった。

 

さらに、ボスの攻撃はAGI(敏捷性)に振っている俺では防御しても受け止めきれず、毎度吹き飛んでしまい、それならと三人同時のソードスキルで弾き(パリィ)と反撃を同時にこなしても削れるのは数ドット。

 

正直、ジリ貧だった。

 

そんな中、キリトがまともに攻撃を受けてしまった。

 

 

「ぐっ!」

 

 

「キリト!」

 

 

「キリトくん!」

 

 

次いで振り下ろされた二撃目をキリトが弾き、無理やりブレイクポイントを作った。

 

 

「ハル!アスナ!十秒持ちこたえてくれ!」

 

 

ーー来た!

 

 

「任せろ!」

 

俺はそういうと、()()()()からソードスキルを放ち、ボスの攻撃を弾く。

 

ほんの数秒の攻防の後、後ろからキリトの声が聞こえた。

 

それを聞いた俺とアスナは全力のソードスキルを放った。

 

 

光芒を引いた一撃がボスの剣と衝突して火花を散らす。

 

大音響と共に双方がノックバックし、間合いが出来た。

 

 

「スイッチ!」

 

 

キリトがそう叫ぶと同時に飛び込んだ。

 

攻撃を弾かれ、動きを止めていたボスがキリトに向かって剣を振りかぶる。

 

蒼炎を纏ったその剣をエリュシデータで弾き、間髪入れず先程の隙で装備したダークリパルサーを背中から抜き、そのまま、ボスの腹に叩き込んだ。

 

「グォォォォ!」

 

 

憤怒の叫びを上げながらボスはその大剣を振り下ろした。

 

キリトがそれを両手の剣を交差して受け止め、押し返した。

 

そうして体制が崩れたボスをあの十三撃が襲う。

 

 

「うおおおおああ!!」

 

キリトが咆哮とともに左右の剣を叩き込む。

 

 

ーーーどれだけの攻撃を受けようと。

 

 

「ハルくん!?」

 

 

アスナの驚愕する声が聞こえる。が、構わず飛び出しキリトに襲いかかる攻撃を弾いた。

 

 

キリトの方を見るとアスナと同じような顔をしてこちらを見ている。

 

 

それに対して、叫んだ。

 

 

「全部防ぐ!だから、やれ!」

 

 

そう叫んだ俺に頷いたキリトが先程よりも、もう一段階早く攻撃を繰り出す。

 

 

その連撃を止めようとするボスの攻撃を逸らし、弾き、相殺。

 

そして俺とキリトの攻撃が重なりーーー

 

 

 

「「ウォォォォ!!」」

 

 

ーーー咆哮とともに、()()の光が《ザ・グリームアイズ》の体を貫いた。

 

 

「ゴアァアアア!!!」

 

 

瞬間、ボスが絶叫し、その全身が硬直した直後。

 

グリームアイズは、膨大な青い欠片となり、爆散した。

 

 

それを見届けた俺たちは納刀し、自身の体力ゲージを確認する。

 

 

まともにヒットしなかったとはいえ、俺の装備が比較的軽装なのもあり体力は少々減っていた。

 

それを見て、ふっ、と体から力が抜け、意識が暗転した。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「………ル!ハル!」

 

 

クラインの叫びに意識が呼び起こされる。

 

 

「………起きて直ぐに落ち武者の顔を見ることになるとは」

 

 

「やかましいわ!」

 

 

クラインに軽口を叩きながら、体を起こす。

 

 

「バカッ……!無茶して……!」

 

 

その声の方を見ると、アスナがキリトに抱きついていた。

 

 

「……あんまり締め付けると、俺のHPがなくなるぞ」

 

 

冗談めかしてキリトがそう言うと、アスナが真剣に怒った顔をして、回復用のポーションを口に突っ込まれていた。

 

 

「フッ」

 

 

その様子があまりにも面白くて笑みがこぼれる。

 

 

キリトから抗議の視線が飛んでくるがそれを無視して、真っ先にクラインに問う。

 

 

「軍は?」

 

 

「……コーバッツの野郎が撤退しなかった時はヒヤヒヤしたが、なんと、誰も死ななかったぜ!」

 

 

それを聞いて、溜まった疲労とともに息を吐き出す。すると、クラインが当然の疑問を投げかけてきた。

 

 

「そりゃあそうと、オメェら何だよさっきのは!?」

 

 

「……言わなきゃダメか?」

 

 

キリトがそう言うと、クラインが直ぐに言葉を返した。

 

 

「ったりめぇだ!見たことねぇぞあんなの!」

 

 

気づくと部屋にいる全員が沈黙して俺の言葉を待っている。

 

キリトと顔を見合わせ、お互いに頷くと、先にキリトが口を開いた。

 

「ーーエクストラスキルだよ。《二刀流》、で」

 

 

「俺も同じくエクストラスキル。《神速》」

 

おお……というどよめきが、いつの間にか戻ってきていた、コーバッツ含めた軍の連中と、クラインの仲間の間に流れた。

 

「しゅ、出現条件は」

 

「「解ってりゃもう公開してる」」

 

クラインの疑問に一言一句違わず、同じ言葉を吐く。

 

 

首を横に振った俺たちに、カタナ使い(クライン)も、まぁそうだろうなぁと唸る。

 

エクストラスキルは出現条件が分かっていないスキルが多い、但し、俺の場合はほぼ確実にユニークスキルだろう。

 

 

そんな確信があるのは俺のスキル、《神速》の内容のせいだ。

 

このスキルを手に入れたのは1年ほど前の事。第四十層フロアボス攻略会議の少しあとーーーー

 

 

その日の俺は、会議が終わってすぐに、迷宮区でレベリングをしていた。

 

四十体程のエネミーを倒すとレベルが上がったので、安全エリアにてスキルを割り振っていた。

 

 

ウィンドウを見ながら、どのスキルを強化するかを考えて、ウィンドウをスクロールすると、見慣れないスキルが見えた。

 

 

(なんだこれ?神速?)

 

 

そこには、見たことも聞いたことも無いスキルがあった。

 

 

慌ててスキル詳細を見ると、とんでもないことが書いていた。

 

 

《神速》(パッシブ)

 

敏捷性+30%

 

装備重量が特定以下であればスキル使用可能。

 

ソードスキル使用後、一定時間防御力-20%

(この効果はソードスキル使用の度、効果時間がリセットされる)

 

書かれていたのはその三つ、一番上は素直にありがたいが、それ以降が非常にまずい。

 

その文章を見た俺は直ぐにウィンドウを切り替え、今の装備より少し重い装備に替え、ソードスキルの構えを取る。

 

だが、ライトエフェクトもシステムのアシストも発生する気配がなく、ただ、安全エリアで構えを取る変人と化しただけだった。

 

咳払いをして仕切り直し、いつもの装備に戻し、ソードスキルを放つ。

 

 

問題なく発動したものの、体力ゲージの下を見ると、防御力ダウンのデバフがかかっており、それを見て、俺は頭を抱えた。

 

 

「嘘……だろ?」

 

 

この世界において致命的なパッシブ(ハズレ)スキルを手に入れてしまったことに気づいた俺からそんな声が漏れる。

 

迷宮から出て、宿に帰った後、このスキルがユニークスキルだと確信した俺は、ヒースクリフ(茅場晶彦)への恨み事を吐きながら寝た。

 

数日後、擬似的な二刀流が可能なことに気づいてからは、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちを抱えながら、エネミーに八つ当たりした。

 

 

まぁ、短剣と軽めの直剣ぐらいでしか二刀流出来ないけどな!

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

場面は戻り、七十四層。

 

 

「ったく、水臭ぇな二人共。そんなすげぇウラワザ黙ってるなんてよう」

 

「スキルの出し方が判ってれば隠したりなんかしないさ。でもさっぱり心当たりがないんだ」

 

 

「俺もだ。………つっても俺の場合はキリトと違って代償が致命的だけどな」

 

 

「カワイソウダナー」

 

 

キリトが棒読みでこちらに話しかける。

 

 

「てめぇの訓練手伝ったのは俺だぞ!」

 

 

「その節はどうもありがとうございました」

 

 

「感謝の気持ちが感じられねぇ!」

 

 

いつもの軽口が始まる。が、それより軍の連中だ。

 

 

「……コーバッツ」

 

 

俯いているコーバッツに話しかける。直ぐに顔をあげたコーバッツに語りかける。

 

 

「あんた、指揮官なんだろう?」

 

 

「……そうだ」

 

 

自分一人で勝手に死ぬのとはワケが違う。

 

 

「あんたは部下の命を預かる立場だ。それだけは自覚しとけ」

 

「……ああ」

 

素っ気ない返答をしたコーバッツは自らの判断が間違っていたことには気づいたようだった。

 

 

短い言葉を交わし、キリト達の方へ戻ると、軍の連中がキリトとアスナに礼を言っていた。

 

 

「ハル、転移門アクティベートしに行くぞ」

 

 

「キリトは……」

 

突然話しかけてきたクラインの視線の先を見ると、なんだかイイ感じの空気を感じた。

 

 

「……なるほどな」

 

それを見て、訳を理解した俺はキリトに近づき、一言。

 

 

「キリト」

 

 

「?」

 

 

()()()はすぐ行くから、ゆっくりしとけよ」

 

「?……ああ」

 

相変わらずの朴念仁とアスナを放って、俺達は七十五層へ上がった。

 




なかなか進まない


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自分なりのプライド、それとイチャコラ

最後の投稿から10日ってマ?


翌日、俺とキリトは朝からエギルの店の二階にいた。

 

椅子にふんぞり返って、奇妙な風味のするお茶を啜るキリトと、昨日の疲労が抜けきっておらずげんなりする俺。

 

というのも、昨日の一件によりアインクラッド中が俺たちの話で持ち切りだった。

 

本来なら、フロア攻略でも十分な話題なのに、今回はおまけが多すぎた。

 

曰く《軍の大部隊を壊滅させ()()()悪魔》、曰く《それを撃破した二人の二刀流使いの五十連撃》……。

 

尾ひれがついたその噂は一瞬にして広がり、何処で知ったのか、情報屋が俺とキリトの宿にまで押しかけてくる始末。

 

しかも、脱出のために転移結晶まで使わされるハメになった。

 

「引っ越してやる……どっかすげぇ田舎フロアの、絶対見つからないような村に……」

 

「引っ越してやる……誰も泊まらないような、一層のボロ宿に……」

 

そんな俺たちにエギルがにやにやと笑顔を向けてくる。

 

「まぁ、そう言うな。一度くらいは有名人になるのもいいさ。どうだ、いっそ講演会でもやってみちゃ。会場とチケットの手筈は俺が」

 

「するか!」

 

キリトが叫びながら右手のカップを投げつけた。が、システムが投剣スキルを発動してしまい、猛烈な勢いでエギルの頭の横を通り、大音響を鳴らしながら部屋の壁に激突した。

 

 

「おわっ、殺す気か!」

 

 

エギルの大袈裟な反応にキリトがワリ、と形だけの謝罪をして再び椅子に座った。

 

エギルは今、キリトが昨日の戦闘で入手したお宝を鑑定している。度々奇声をあげているのを見るに、それなりの貴重品もあるらしい。

 

下取りした売上は俺とキリトで山分けしようという話になったが、俺が辞退したのでアスナと山分けすることになった。………クラインェ……

 

 

そんなアスナが約束していた時間に来ず、もう二時間が経過している。

 

 

そんなアスナを心配して、キリトが目に見えて不安そうだ。

 

 

「そんなにアスナが心配か?」

 

 

俺がそう言うと、キリトがもの凄い速度でこちらを見る。

 

 

「まさ……」

 

 

キリトが言い終わる前に誰かが階段を駆け上がる音がしてすぐ、勢いよく扉が開かれた。

 

 

「よ、アスナ……」

 

 

そこにいた人物にかけた言葉が途切れた。

 

ーーーそこにいた彼女が明らかに調子が悪そうにしていたからだろう。

 

顔面を蒼白にし、泣きそうな顔で彼女ーーーーアスナは言った。

 

 

「どうしよう……キリト君、ハル君……」

 

「大変なことに……なっちゃった……」

 

 

そこで聞かされた話は俺の知っている内容と少し違っていた。

 

 

エギルが新しく淹れた茶を飲み、顔に血の気が戻ったアスナがぽつりぽつりと話し始めた。

 

 

「昨日……あれからグランザムのギルド本部に行って、あったことを全部団長に報告したの。それで、ギルドの活動をお休みしたいって言って、その日は家に戻って……。今朝のギルド例会で承認されると思ったんだけど……」

 

アスナが視線を伏せて、お茶のカップを両手で握りしめながら言った。

 

 

「団長が……私の一時脱退を認めるには、条件があるって……キリト君、ハル君と……立ち会いたい……って……」

 

 

「な……」

 

 

(ボス戦で神速を使った時点で予想はしていたが、本当に来るなんて)

 

驚くキリトを横目に俺は考える。

 

 

(今の俺で届くのか?あの化け物に)

 

 

推測だが、原作でキリトが勝てたのは、キリトが人間の可能性を見せたからだ。

 

そうでなければ茅場はあの一撃を受けなかっただろう。

 

だが、今回は原作と違い俺がいる。

 

もしかしたら俺も最終決戦に挑むチャンスがあるのかもしれない。

そして、それを掴むには今回で茅場を追い詰めなければ。

 

だからーーー

 

 

(今回で茅場に剣が届くかどうか、それが重要だ)

 

 

そうして、俺たちは五十五層主街区グランザムにある血盟騎士団本部に向かった。

 

ーーーーーーーーーー

 

巨大な扉の前で立ち止まり、塔を見上げる。すると不意にアスナが口を開く。

 

「昔は、三十九層の田舎町にあったちっちゃい家が本部でね、みんな狭い狭いっていつもより文句言ってたわ。……ギルドの発展が悪いとは言わないけど……この街は寒くて嫌い……」

 

どこかしんみりとした空気を払うようにキリトが口を開いた。

「さっさと用を済ませて、なんか温かいものでも食いに行こうぜ」

 

 

「もう、君達は食べることばっかり」

 

 

「俺もセットか?」

 

 

一括りにされ、不満の声をあげる俺にキリトが俺を煽るような表情を浮かべるが、アスナに右手の指を軽く握られ、少し顔を紅潮させていたので許すことにした。

 

 

……握った本人は「充電完了!」なんて言ってるがキリト(童貞)にはクるものがあると思う。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

幅広の階段を昇った所の大扉の両脇にとても長い槍を持った重装甲の衛兵が待ち構える。

 

アスナが前に出るとその衛兵たちは槍を捧げて敬礼した。

 

 

「任務ご苦労」

 

 

ピシッと片手で返礼する仕草や颯爽とした歩き方を見ていると、ほんの数分前までの抜けた彼女と同一人物とは思えない。

 

……まぁ、それほどまでにキリトの傍は安心できる場所なんだろう。

 

そんなことを考えながら衛兵たちに一礼して目的地がある塔の階段へと足を踏み入れた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

巨大な螺旋階段を昇っていく。

 

そうして、いくつもの扉を通り過ぎて、ようやくアスナが足を止めた。

 

「ここか………?」

 

辟易とした様子でキリトがアスナに質問する。

 

 

「うん……」

 

 

アスナが気乗りしない様子で頷く。が、すぐに意を決したように、右手をあげると扉を数回叩き、答えを待たずに開け放った。

 

内部から溢れた光に俺もキリトも揃って目を細める。

 

中は塔の一フロアを丸ごと使ったアニメ通りの広い部屋で、壁は全てがガラス張りだった。

 

中央には半円の巨大な机が置かれ、その向こうに並んだ五つの椅子にそれぞれ人が座っている。

 

左右の四人は見覚えがなかったが、中央にいる男だけは見間違え用がなかった。

 

ヒースクリフ(茅場晶彦)だ。

 

いつも余裕のある笑みを浮かべ、周りに指揮をする様子だけ見れば、理想的な指揮官と言えるだろう。だが、正体はこの地獄を作った原因だ。

 

そんな彼はアスナの言葉を待つかのように沈黙を保っている。

 

やがて、アスナがブーツを鳴らし机の前に行くと、軽く一礼して、口を開いた。

 

「お別れの挨拶に来ました」

 

その言葉にヒースクリフはかすかに苦笑し、

 

「そう結論を急がなくてもいいだろう。彼らと話させてくれないか」

 

そう言ってこちら側を見据えた。

 

俺達もアスナの隣まで進みでる。

 

「君たちとボス攻略以外の場で会うのは初めてだったかな」

 

「いえ……前に、六十七層の対策会議で、少し話しました」

 

少し気圧されているキリトに続いて口を開く。

 

「俺もその時に。あの戦いで死者が出なかったのはあんたのお陰だ」

 

「そんなことはないとも、あの時、誰もが必死に戦ったからこそ死者は出なかった。トップギルドなどと言われる私たちですらギリギリだった。ーーーなのにキリト君、君は我がギルドの主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」

 

「貴重なら護衛の人達に気を使った方がいいですよ」

 

見た事はないが、クラディールの事だろう。キリトがヒースクリフの発言にぶっきらぼうに言い返す。

 

それを聞いて、机の右端に座っている厳つい男が血相を変えて立ち上がろうとした。ヒースクリフがそれを軽く手で制し、

 

「クラディールは自宅で謹慎させている。迷惑をかけてしまった事は謝罪しよう。だが、我々としてもサブリーダーを引き抜かれて、はいそうですかという訳にはいかない」

 

 

「故に、欲しければ剣でーー《二刀流》で奪い給え。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくがいい。だが、負ければ君が血盟騎士団に入るのだ」

 

「………」

 

キリトが何かを考えた様子で黙り込む。

 

そんな時、アスナが我慢しきれないという風に口を開いた。

 

「団長、わたしは別にギルドを辞めたいと言ってるわけじゃありません。ただ、少しだけはなれて、色々考えて見たいんです」

 

尚も言い募ろうとするキリトがアスナの肩に手を置き、一歩前に進みでる。

 

「いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」

 

そんな宣言を行ったキリトを見ながら、俺はようやく気づいた。

 

「………ちょっと待ってくれ」

 

重い空気を壊すように口を開く。

 

「それ、俺関係なくないか?」

 

当然の疑問だった。

 

その発言に周辺が固まり、

 

ヒースクリフがこちらを向いた。

 

「ーーーふむ、確かにそうだねーーーでは、こうしようハル君、君が勝てば一つ、私個人にできることをなんでも聞こうーーーーもちろん、負ければ君も血盟騎士団に入ってもらうが」

 

 

「断ることは?」

 

俺がそう言うと、予想していたとでも言うような顔で口を開いた。

 

 

「この世界においてたった三人しかいないユニークスキル使いだ。どうせなら君も出たまえ。元々、会場の盛り上げ役に適任だと思って君に声を掛けたーーーまぁ、断るならば引き止めないがね」

見え透いた挑発だ。お前はあくまで余興だ。と

 

……なるほど。

 

 

ーーーなら

 

 

「いいぜ、出てやる」

 

 

「嬉しいね」

 

 

またも予想通りと言いたげな顔に一言くれてやった。

 

 

「そんで、その澄ました面を剥がしてやるよ。聖騎士殿」

 

お前が気にするべき相手はキリトだけじゃない。と、そんな視線をこめて。

 

 

「楽しみにしておくよ()()()()()

 

俺の発言に呆気に取られていたヒースクリフが口端を歪めそう言った。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「もー!!ばかばかばが!!」

 

再びアルゲード。エギルの店の二階。様子を見に来たエギルを一階に追い払い、俺たちは必死にアスナをなだめていた。

 

「私が頑張って説得しようとしたのに、なんであんなこと言うのよ!……特にハルくん!」

 

 

「俺?」

 

 

「そうよ!君まで闘う必要なかったのに!」

 

 

「それは……なんというか……ノリ?」

 

 

「そんな理由で!?」

 

そうして俺への説教が終わったあと、アスナは、キリトの座る椅子の肘掛にちょこんと腰を乗せ、小さな拳でキリトをぽかぽか叩いている。

 

ーーーーーこれはなんだ?見せつけられるとかそういうプレイなのか?

 

 

「んなわけあるか!」

 

キリトが俺に抗議の声を上げる。

 

(また口に出てたなー)

 

深刻な自分の癖のことを考えつつ目の前のカップルがどれほどで収まるかを見ることにした。

 

 

まぁ、収まらんかったが。

 



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