Fate/kaleid Fantasy 星を繋ぐ者 (織姫ミグル)
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第1章

 

星々の光が人口の都市に降り注いでいた。

まばらな電灯しかないその広大な空間は、かえって星の光を強調させている。

 

 

「····················ッ!!」

 

 

日本ではないにしろ、地球ではないにしろ、その星は確かに太陽系の一部である。

 

この星で唯一の首都。その中心にそびえ立つ建物からやや外れたあたりに、大きな新都市が設立されていた。崩壊したビルの中で聞こえてくる冷たい音。周囲に人がいないのはそこはもう見捨てられた場所だからか、あるいは単純にもう夜中だからか。

 

 

そんな中に、クラウド・ストライフはいた。

 

 

ツンツンとした金髪。世間一般の平均身長よりも高い背丈。左右非対称の黒の服装。そして腰には特注品ベルトにぶら下がったいくつもの剣があった。合体剣。それぞれの名称は決まっていないが、六つの武器を合わせれば巨大な大剣となる。

 

彼は広大な新都市を走っている。

 

いや、走っているという表現は間違っている気がする。

クラウドは肉体改造された超兵士、『ソルジャー』だ。『ソルジャー』とは、『ジェノバ』と呼ばれる宇宙からの災厄の細胞の一端を分け与えられた者のことである。適合したものは超人的で並外れた戦闘能力を手にすることになる。

 

しかし、彼の場合は特別だ。

 

彼は“元”ソルジャー····················正確には違うが、ほぼ同じ理屈だ。普通のソルジャーと違って別の方法でその力を宿すことができた彼は、普通のソルジャーをも凌駕するほどの実力を持っている。

 

つまり、クラウド・ストライフはまともな人間ではなかった。

 

『ソルジャー』としての力を発揮する彼は、瞬間的に音速すらも超えることができる。

 

 

「く····················ッ!!」

 

 

しかし、それほどの力を使ってでも、クラウドは目的を果たせずにいた。

そう、わざわざそんな超常的な力を振るうからには、超常的な力を振るわなければならない理由というものがある。

 

クラウドにとっては、目の前の敵がその理由だった。

 

 

「はああああああああああッ!!」

 

 

彼はただ叫ぶ。

黒い闇に覆われた謎の影。大柄な男で、一見すると野蛮にも見えるが、あらゆる部分に繊細さを感じる。影は無言で影のコートの内側へ手を伸ばすと、その中から二メートルを超える長刀を取り出す。どこからともなく現れた影は左手を振るい、空気を切断する。

 

変化があった。

 

景色がねじれたかと思ったら、次の瞬間には鉄骨の詰まった建物が崩壊していた。

 

景色を切断するほどの刀。その異様な武器を構えて、影は口だけを動かして言葉を発さずにポツリと呟いた。

 

 

『········································』

 

「····················ッ!!」

 

 

槍のような長い刀の先端がギラリと光る。

 

次の瞬間、刀から発せられた影を纏ったかまいたちが透き通るほどの鋭い一撃となってクラウドに迫り来る。

 

しかしその影が動く前に、クラウドは腰に待機させていた他の剣の柄へと手を伸ばし、手に持つ剣へと合体させ、容赦なくその一撃を両断した。切断音は落雷のように一瞬遅れるようにやってくるほどの勢い。

 

恐るべき切れ味を見せたが、影は動じない。クラウド自身も顔をしかめている。余計な手順を差し込まれたことを自覚する。衝撃波を切断するために破壊力のある大剣にしてしまった動作を行ったことで影へ一瞬の猶予を与えてしまい、その間に影は跡形もなく消えていた。

 

クラウドとて、それを理解した上で剣を構える。

 

その時、首筋に悪寒を感じた。その悪寒を感知した瞬間にしゃがむと、目の前にあった建物が真っ二つに切断されていた。

 

 

「ッ!!」

 

 

自分の体制を立て直そうとして横方向を描いて移動するも、影が後を追ってくる。弄ぶように刀が振るわれ、クラウドもそれに対応する。一瞬自分の影とにらめっこしているような錯覚すら感じたが、影は自分とは似ていない。

 

腰まである長髪野郎からの挑発に歯噛みするクラウドは同時にこう思う。

 

 

(何なんだこいつ!?)

 

 

仕事の宅配を終えて帰ってきていた時のことだった。

自分の愛機を走らせていつものように道路を滑走していた時、その影は現れた。なんの前触れもなく、現れたのだ。

 

何者だと思う余裕すら与えてくれず、影は襲いかかってきた。

 

疑問よりも先にクラウドは愛機から得物を取り出し、対抗した。

 

そしてそこから意味不明の戦いが始まったわけだが、相手がどう考えても一筋縄ではいかない。

 

 

ゴッキィィィン!! と甲高い金属音が鳴り響く。

 

 

クラウドの剣と影の刀がぶつかり合う音だった。しかし妙な違和感を抱いた。見ればクラウドの刀身の側面に影がまとわりついていた。すると、手前に引っ張られる感覚がやってきた。強引に軌道を捻じ曲げられた大剣は、クラウドの手首をひねったような痛みを走らせる。

 

直後だった。

 

クラウドの後方から何かが割れる音が聞こえてきた。

視線をそちらに向けると、景色が割れていた。文字通り、景色が割れていた。空中にヒビが入り、亀裂がどんどんと広がって行く。

 

その瞬間、クラウドの前方からゾワリという感触が伝わった。クラウドは慌てて正面へ意識を向け直したが、遅かった。

 

息がかかる距離で、影がニヤリと笑っている。

 

 

「ッ!?」

 

『······························』

 

 

死角から放たれた一撃は、クラウドに鋭い痛みを与えていた。

 

だが、体自体は無傷。腹の内側で出血が起きている程度だった。

 

 

「がッ!?」

 

 

鮮やかな蹴りが放たれたと理解するのは赤い鮮血を口から吐いた後だった。

 

クラウドの体は強引に空中へと舞い、方向としては後ろへと飛ばされていた。腹にやってきた痛みによって意識が薄れゆく中、クラウドは前方を改めて見る。

 

影は口だけ動かし、何かを呟いていた。

 

読み取る術を学んでいたわけではないが、クラウドは咄嗟に理解した。

 

影が言った言葉、

 

 

『セイハイ』

 

 

その意味もわからず、動きを封じられたクラウドは亀裂へと吹き飛ばされる。

 

亀裂がクラウドの体を飲み込んだその瞬間、

 

 

世界は···············崩壊した。

 



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第2章

 

 

 

 

 

『問1:三角形ABCは、AC=9.5cmで、面積が15c㎡ です。BCのまん中の点をDとすると、角ADC=135°になりました。このとき、ABの長さは何cmですか?』

 

 

 

 

 

『問2:1円玉・5円玉・10円玉が、合わせて20枚あります。合計70円にするには、それぞれ何枚ずつになる?』

 

 

 

 

 

『問3:ジュース1本が120円で、1本に券が1枚付いてきて、券8枚でそのジュースと交換できます。(交換したジュースにも券が付いてきます)最低300本のジュースを買うとすると、安くていくらになりますか?』

 

 

 

 

 

『問4:とある本棚には、上段・中段・下段の3ついていて、全部で150冊の本があります。中段の棚からは5分の1の本を取り除き、上段の棚から18冊の本を下段に移動しました。その結果、上段と中段の本の数が同じになり、下段の数は上段の本の1.5倍に。さて、初めの段階で上中下段には、それぞれ何冊本があったか求めて下さい』

 

 

 

 

 

『問5:彼女aは彼氏bと恋愛関係のもつれが原因で別れることになりました。彼氏bは彼女aと同棲していましたが、別れることにより私物を持って出ていかなければなりません。彼氏bは引越しのため、車を運転して家から引越し先までの距離を往復した。行きは時速40km。戻りは時速60km。では、彼氏bの車の平均時速は?』

 

 

 

「ほんぎゃああァァーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!」

 

「イリヤ!?」

 

 

紙に印刷された細かい質問文の文字を追っかけて行くごとに少女の眉間の皺の数は増えて行き、許容量を超えたところで、彼女は大量に置かれた紙束を真上に放り上げ、両手を天井に伸ばしたまま甲高い奇声を上げた。

 

 

「なんで小学生にこんな難問突きつけるかなぁぁぁぁぁああああああ!? うちの学校はああああああああああっっっ!!???」

 

「イ、イリヤ!! 煮詰まっているのはわかるけど奇行に走らないでっ!」

 

 

バサバサバサー!! と大量の鳩が今日も平和を知らせるように空へと飛び立った後に舞い降りてくる平和の象徴である白い羽根のように降り注ぐ宿題の中、同じクラスメイトの“美遊・エーデルフェルト”が慌てて止める。

 

 

「相変わらず集中力ないわね〜」

 

 

自称姉、時々妹になる立場が情緒不安定な“クロエ・フォン・アインツベルン”は呆れたように目を細めている。

 

七月上旬、とある街の一角にある何の変哲も無い家だった·······とは言っても、家の中までもそうであるとは限らない。

 

そもそもにおいて、だ。

 

 

彼女たちは普通ではない。

 

 

何故かって? 今にわかる。

 

 

『いつもの日常が見れて幸せですね〜。これを見ると日本は平和だってことを自覚させてくれます』

 

『·········これを見て平和と呼べるのでしょうか? 私はこれからの日本のために貢献する社畜になるための訓練を見ている気分です』

 

「わァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!」

 

「イリヤ落ち着いて!?」

 

 

小学生向けの部屋に絶叫が響き渡る。

生物の声ではなく機械的な声に“イリヤスフィール・フォン・アインツベルン”は嫌な未来を想像してしまって思考を爆発させた。

 

『夏休みの宿題・数学計算問題集』とプリントされた紙が散らばった部屋の中、イリヤはふしぎなおどりを踊っていた。

 

思考は完全に停止。

そう、宿題。夏休みの宿題。小学生の問題だっていうのに数学と書かれたことについては今は触れないでおいて、イリヤたちは苦難にぶち当たっていた。

 

この夏、もうちょっとドラマチックな日常を送るはずだったがそうはいかなかった。

 

夏休み前にはドラマチックというか、アニメチックでファンタジックかつアクロバティックな平穏とはかけ離れた日常を幾度も過ごしてきたわけだが、普通の日常というものに苦しめられる日が来ようとは。ある意味、“彼女達の敵”よりも厄介だった。

 

ここで日にちを見てみよう。

 

壁にかけられた時計とカレンダーが見えますでしょうか? 今日の日付と今の時刻がわかります。

 

 

七月十五日の17時47分の夕方にございます。

 

 

ん? 焦らなくても良くないと思ったそこの貴方、違うんです。

 

彼女達にはある“足枷”がある。

 

先ほど申したが、彼女達は普通ではない。普通ではない日常を送っている。

 

“魔法”ってものを聞いたことあるだろう。彼女達はその魔法··············正確には“魔術”であるが。その魔術を使って街中に仕掛けられた時限爆弾を秘密裏に解除していくという、一般人からすれば意味不明な任務を、彼女達は手伝っている。

 

ここで、手伝っているという単語が重要だ。

 

手伝っている、正しくは手伝わされていることにより、彼女達は平和な日常を過ごす時間がない。いわゆる非日常と日常の両立というわけだ。だから早めに宿題をやっていかないと、残り時間をあっという間に使い切って提出できなくなるなんて運命になりかねない。

 

というわけで、彼女達は早めに勉強に臨んでいる。

 

しかし。

 

しかし、だ。

 

 

「こんな堅っ苦しくて文字だらけの説明をズラズラ並べられたらかえって情報整理が追いつかない! 面倒臭いバリヤーに思考が全部弾かれてるんだよぉ!!」

 

「は、はぁ·······」

 

「むしろ重要なのは問題だよ!? 制限時間いっぱい使って私たちの頭脳を活性させるのも大事だけど、なんで言葉だらけの問題集をこんなにたくさん作るの!? なんか妙に切ない問題もあったし、小学生にやらせるレベルじゃないよ!! 頭がパンクだよ!! まずはなぜ別れることになったのかとかの原因を徹底的に調べて和解させてよりを戻させるほうが絶対手っ取り早いよっ!!???」

 

『ルビーマジカルハリセンチョップッ!!』

 

「ふぎゃんっ!?」

 

 

··············もう問答無用でハリセンを取りだして、頭を引っ叩いて『黙ってやれ』の一言で済ましたほうが手っ取り早いと思うので、イリヤの相棒である『魔術礼装:ルビー』はシークレットデバイスハリセンモードで後頭部を思いっきり叩く。

 

こてん、と。イリヤは力なく首を横に傾けた。

 

頭がスッキリ。思考がクリア。

 

正常になったことを確認したルビーは、イリヤに向かって、

 

 

『全く、そんなことでどうしますか。そんなことでは魔法少女として失格ですよ? 大量の宿題を目の前にして苛立つのはわかりますが、ほかの二人に迷惑をかけちゃダメですよー?』

 

「ル、ルビー?」

 

『イリヤさん。人というのは苦難にぶち当たって、それを乗り越えてこそ成長するんです。強者を弱くすることによって弱者は強くはなりません。乗り越えられない苦難なんてないんですから、そんなに自棄にないでください』

 

「····························うんそうだね············ごめん」

 

 

ルビーがまともなことを言っている。

いつもの彼女ならふざけたことを言って余計に苛立たせると思うが、流石に空気を読んでくれたようである。ふざけた態度でいつもイリヤの精神を狂わせる厄介物であったがこれでも一応、いかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な「結果」をもたらすことができる数少ない『魔法使い』が作った魔術礼装、唐突な正論にイリヤは反論せずにただ反省している。

 

 

『でも、イリヤさんの気持ちはわかりますよ。あの”ダメダメ元マスター”の不手際によってとばっちりを喰らわされて、それに加えてこんなに宿題があっては参っちゃいますよね························』

 

 

事情も事情だ。

ルビーとその妹の“サファイア”の元の持ち主が、任務の貢献の取り合いが原因で愛想を尽かされ他ことが原因で、イリヤは強引に『魔法少女』になってしまった。

 

元はと言えばルビーが自分を勝手にマスターにしたというのが一番の原因であるが、それでもいまでは良いパートナーだ。いつもはふざけてるが重要な場ではちゃんと魔術礼装らしくサポートしてくれるのを見ると『いつもこうならいいのになー』などと生真面目でいてほしいなーなんて願望を頭の中で考えていたイリヤであったが、

 

 

『と、いうわけで。気分リフレッシュのためにいますぐイリヤさんは私が作ったスクール水着セットに着替えるべきだと思います!!』

 

「はぁ!?」

 

『堅っ苦しいこの空気と夏特有の暑さが原因だと思うんですよね! 少しでも気分をリフレッシュするために上下セット露出少々控えめ(ココ重要)の水着に着替えれば、夏気分も味わえて気も紛れると思うんですよ!!』

 

「ぶふっ!? な、何よスクール水着セットって!? ルビーが言うと絶対にPTAも教育委員会も推奨していないような響きなんですけどぉ!?」

 

『そ〜れジャパニーズスターイル!!』

 

「そんな際どいラインが目立つスクール水着のデザインのどこに日本文化があるって言うのォォォォォッ!!???」

 

 

前言撤回。

いつものルビーでした。

 

イリヤはルビーの出した言葉では絶対に表現することが許されないスクール水着に総毛立った猫みたいな甲高い声で抗議するが、ルビーは止まらない。

 

 

『良いから! 絶対に良いですから! 絶対に似合いますから!! そして世間への言い訳とか辻褄とかこっちで合わせておきますから!! イリヤさんは何も心配せず何も考えずに黙ってその純白な肌を強調していれば良いんです!! それほどまでに透き通った肌を有効活用しないと、貴重な資源が無駄遣いになっちゃいますッ!!!!!』

 

「何が言いたいのかほとんどわかんなかったけど絶対嫌だッ!!」

 

『口で言わねえとわかんねぇか!! その純白な肌が夏の紫外線に焼かれてしまう前にどうか私めに公表してください!!』

 

 

先ほどの生真面目さがあった相棒はどこ行ったのか。

あまりにも脱線していくルビーに対し、イリヤは全力で拒否する。そんな様子を見てか、黙っていられなくなったもう一つの魔術礼装がついに動き出す。

 

スパーン!! と叩くと見せかけてバットのごとく大きく振りかぶって唯一の姉を壁に叩きつける。

 

 

『ユアッシャーッ!?』

 

 

そんな唯一の姉が生きていたという痕跡を残すかのように、壁に羽の生えた星型が埋め込まれた。

 

 

『イリヤ様、少々お疲れのご様子ですのでここは一旦休憩するべきかと。時間も時間ですし、おそらく“士郎”様達が夕飯の準備を済ませていることでしょう。美遊様達も一旦手を止めて休憩することを推奨します』

 

「う、うん」

 

「そうだね」

 

「あー、疲れたー」

 

 

割と冗談抜きのリアクションをしているルビーを無視して、それぞれ休憩に入る。

 

時間はもう18時。

 

昼から勉強漬けではそりゃあが気が参るのは当然である。休憩に入った三人は泊まり込みが決定しているのを良いことに、下の階へと降りていく。

 

 

『イ、イリヤ···············さん······························』

 

 

忘れ去られたルビーの意識は旅立ちました。

その時、夏の夜空に一つの星が流れ星になって落ちていくのが見えた。

 

流れ星にお願い事をすれば願い事が叶うなんてことはよく聞くが、イリヤとしては心の中でこう思うしかない。

 

願わくば、その一撃の影響で変人に染め上げられた愛機がちゃんとした性格になりますように、と。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

夜の七時。

星空に覆われた冬木市はまだ暑さを残している。夏休みを満喫している学生達はちゃんと帰宅時間は守ってそれぞれの家を目指して流れていく。

 

そんな中で、たった一人だけ帰宅時間を守らないものがいた。

 

冬木市の北の地下にある大空洞。

 

そこで一人の少女が目を閉じて、一般には使われていない言語を使って唱え出す。

 

 

Anfang(セット)

 

 

用いるのは特殊な道具。

宝石、といったおそらく日常ではあまり見ることがないものを使って何かを行なっている。

 

 

Beantworten Sie die Forderung des Abgeordneten(管理者の名において要請する)

 

 

空洞に発せられるのはオカルト的な残滓。

空洞に広がる異能の力を組み直し、魔術師の少女“遠坂凛”は魔力を込めた宝石を羊皮紙の上へと掲げる。

 

 

Boden:zur Stromung(地から流)Stromung:zum blut(流は血に)Blut:zum Pergament(血は皮に)

 

 

手に持つ宝石は一般人が見たらただの高価な石。

しかし、彼女が持つとその宝石の価値はさらに上がる。彼女の手からこぼれ落ちるように手放された宝石は淡い光を放って紙の上へと落ちていく。

 

 

Abscbrift(転写)

 

 

今現在抱えている『問題』と『戦い』が、宝石によって記される。

 

混乱に満ちたこの街を解決するための突破口を導き出すために、彼女は手際よく的確にその答えを引き出す。羊皮紙に落とされた宝石は火へと変わり、紙を焦がす炎は隙間など関係なしに歪な形を描きながら燃えていく。

 

その時、

 

 

「これって··················」

 

 

ある一点に目が行った。

組み上げた魔術が原因を解き明かすが、そこに映されたものに彼女は目を見開く。

 

 

「嘘でしょ··················っ!?」

 

 

原因は明確。

彼女が相手をしてきたものの正体をさらに深く調べるためにやってきたが、それ以上のものを見たからだった。

 

左下にある点。

 

そして、小さいが左上、右上と右下にそれぞれある一点。場所を特定すると、左上が教会辺り、右上が寺辺り、そして右下が先日とある剣士の亡霊と戦った橋辺り。

 

それを見て、遠坂凛は驚愕の言葉を紡いでいく。

 

 

「まだ、終わってなかったって言うの!?」

 

 

この事実を知らせるため、凛は急いで魔術礼装を預けてある少女たちの元へと突っ走って行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

(ぅ························)

 

 

クラウドの意識は少しだけ断絶していた。

滲むように戻った意識は、まず始めに鉄臭い匂いを感じ取った。次に痛み。頭の芯がそれを知覚して途端、全身から津波のように激痛が押し寄せた。意外にも普段最も頼ってるはずの視覚や聴覚が一番遅くやってくる。

 

薄暗い闇。

 

どことなく異様な空気が目立つ空間。

 

あちこちの建物が引き千切れ、アスファルトが砕かれ、砂塵が舞う赤い鉄橋。見覚えのない夜景に目を疑う引き千切られた惨状。

 

そして、手の中にある剣の感触。

 

 

「ッ!?」

 

 

ようやく状況を思い出したクラウドは慌てて手をついて起き上がろうとする。

 

そこで、自分の口から熱い何かがこぼれ出る。手で触れたら指が赤く染まる。生暖かく、頭の眩むような鉄臭さ。

 

鮮血。

 

しかしクラウドはそれほど出血はしていない。良くて腹に鈍痛が押し寄せてきているくらいだ。唇から赤い血の筋を垂らし、頰を赤く変色させて剣を杖代わりにして起き上がる。

 

 

(························ここは?)

 

 

自分がいた街とはかなり違う景色にクラウドは首を傾げた。

違和感だらけの街並み。見覚えがないと言う理由の他に、もう一つ別の理由があった。

 

ここはまるで作られた空間。

 

リアリティがない街作り。

 

そして何より、人の気配がない。

 

空が暗いことから今は夜の10時過ぎか。確かにこの時間帯なら主要な交通機関は眠りについている。時間帯によって道路の交通量が変化することは珍しくはない。だとしても、午後10時を過ぎたとはいえ街には夜遊び派の連中が全然普通に動いている時間のはずだ。

 

と、そこでまた違和感が生じた。

 

不自然なまでに無人の風景に得体の知れない悪寒を覚えたクラウドは思わず剣を構えた。

 

次の瞬間、

 

 

 

ドガァァァァァァアアアアアアアアッ!!

 

 

 

「っ!?」

 

 

避けろ、と頭が悲鳴をあげたので横にスッと動いてみたら何かが降ってきた。

 

粉塵が、闘気を可視化したようにそいつを取り巻き、吹き散らされる。

 

しばらくして闇が拭われる。だが正体が明かされることはない。

あくまで光源は街灯のみ。夜を払うほど強い光が追加されたわけではない。ただ、その影が薄闇が広がる空間からやってきただけ。それだけなのに、まるで闇の方が影から遠ざかったように感じられた。

 

影が濃いため正体がわからない。

 

が、なんとなくだがそいつの正体は理解できた気がした。

小柄ながらも屈強な体つき、そこに健全さはない。長い髪に両手に剣のような銃を手にしている。

 

知らないやつだが知らない奴ではない。

 

見たことのある特徴に、クラウドはかつてないほど警戒心を強める。

 

かつて一度出会った──────思い出の奥から飛び出してきた忌まわしい男の残留物。クラウドの力があってかろうじて打ち倒したが、横からかっさらうように蘇った男の器。

 

器であり人形。

そして同時に、『ソルジャークラス1st』としての資質をも持ち合わせた者。

 

 

「······························思い出にはならない、か」

 

 

かつて言った男の言葉が蘇る。

 

宣言通り、てことか。

やってくれる、とクラウドは心の中で毒づいた。星の機能を麻痺させるほどの男の残留物の一人。

 

影を身に纏ったかつての敵に苛立つことはなくクラウドは現実を受け入れて得物を構え直し、人生を狂わせた元凶の一人をうちのめすべく、超人的な脚力でそいつへと向かっていった。

 



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第3章

 

 

午後八時。

普通なら良い子達は眠る準備をする時間帯だ。

 

だが、彼女たちは普通ではないので問題ない。

 

イリヤたち魔法少女達は隠れ家、もしくは作戦アジトとして使っている向かいの家にやってきていた。イリヤ、美遊、クロの三人は夜空が差し込んでくる窓際の席に座り、基本的なお菓子やジュースを退屈しのぎに定期的に摂取しながら、目の前にいるちょっとカリカリしている遠坂凛と、ナイスバディでめっちゃエレガントな服装に身を包んでいる、“ルヴィア”の話を聞いていた。

 

 

「····································本当ですの?」

 

「えぇ············ついさっき確認したわ」

 

 

だが、空気はかなり真剣であった。

イリヤ達はまだ魔術についてよくは知らないため詳しいことはわからないが、凛とルヴィアはイリヤ達がいるにも関わらず二人だけで話を進めていく。

 

 

「しかし、ほぼ全てのクラスがもうここに揃ってますのよ。セイバー、ランサー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー················そしてアーチャー」

 

「えぇ。アーチャーに関しては今はクロが持っているからそこは置いておくとして、七つのクラスサーヴァントを倒した今、これ以上はないと思っていたけれど、実際サーヴァントの反応を検知したわ················それも四つも」

 

「「「!?」」」

 

 

凛が怪訝そうに言った言葉に魔法少女三人組が驚いている。特に、美遊が言葉をなくすほど驚いていた。

凛が持ってきた羊皮紙にある黒い模様、正確に言えば黒い斑模様のような物が写っていた。

 

 

「この町の地脈図。以前、地脈の正常化を行ったからその経過観察のため撮ったレントゲン写真みたいなものよ。分かるかしら? 左下、右下、左上に右上の方················」

 

「················確かに」

 

 

言われて見てみれば、北東、南東、南西、北西の方に四角いマークのようなものがあった。地脈の収縮点に正方形の場。正確には正方形ではなく立方体。虚数域からの魔力吸収が行われているというが起こっているということを示している。

 

それはつまり、

 

 

「新たなクラスカード。それも四つ分追加というね」

 

 

明らかに無視できない言葉に、全員が目を見開いている。

 

 

「新たな···········クラスカード───」

 

「協会も探知できなかったんでしょうね。一番気になるのは、何故か四つのうち三つは反応が小さいということよ」

 

「とはいえ、なぜこのタイミングで黒化英霊が··············?」

 

「さあね。それを調べるのが仕事よ。何よりまずは、左下のは後回しにして、他の三つを優先した方がよさそうね。弱い順に行けば、右下、左上、右上って順で対処していきましょうか」

 

 

確かによく見ると北東、南東、北西の立方体は南西のと違って小さい。

そこから考えられるのは、この三つはおそらくそこまで強くないのだと思われる。

 

つまりは優先順位が簡単に組みやすくなるということだ。

 

 

「新しい···········カード?」

 

「ふ〜ん···········面白くなりそうね」

 

 

イリヤとクロがその話を聞いてそれぞれ反応する。

クラスカードはもともと7枚············それが8枚目になり、9枚目、10枚目、そして11枚目となった。事態は完全に収束を迎えたはずだったのに、ここにきて新しい脅威が現れた。

 

········いよいよきな臭くなってきた。

 

あんな恐怖の塊みたいな事件がまだ終わっていなかったという事実にイリヤは目を見開き状態を保つ中、クロはなんとも余裕そうにしている。

 

 

「新しい···········か、カード······················」

 

「?」

 

 

だが、そんな中で美遊の顔が異常に青ざめている。

イリヤは美遊の方を見るが、そんな視線に気づくこともなく彼女は震える声で、

 

 

「そんなもの···········あるはずない······················っ!」

 

 

ありえない。

そんな気持ちを表すようにして重たく言葉を吐いた。イリヤはそんな彼女を見て首を傾げているが、結局彼女が何故そんなにも青ざめているのかがわからなかった。

 

それよりもだ。

 

新たなカードがあると判明した以上、手を打たなくてはならない。じゃないと、あのとんでもない『おじいちゃん』が黙ってない上に、ヘマをしたということがバレて弟子入りが無しになるどころか除籍にさえなりかねない。

 

というわけで、だ。

 

 

「ま、そんなわけであなた達にはまた働いてもらうわよ。異論はないわね三人とも?」

 

 

凛に促されるように言われると、三人はいかにもやる気って感じで頭を下げる。

ここまで関わってきた以上、最後までとことんやり切る。今日の今日までにいろんなことがあって、みんな変わってきていた。

 

特に、イリヤが変わった。

 

イリヤは元々普通の小学生だった。普通に朝起きて、普通に朝ごはんを食べて、普通に学校行って勉強し、普通に帰ってきてご飯を食べ寝る。そんなごく平凡な日常を送っていた時、あの手のつけられない厄介者、魔術礼装『カレイドステッキ:ルビー』が現れた。こいつによって過ごしてきた日常はあっという間に崩壊し、今では元マスターの遠坂凛の命令を聞かなくてはならない、いわゆる使い魔となっている。

 

美遊もイリヤと同じように、ルビーの妹である『サファイア』のマスターになったことで、元マスターのルヴィアの使い魔····················というよりかは召使いか。そんな元マスターに代わって、イリヤと美遊は二人の使命を引き継ぎ『クラスカード回収の為の黒化英霊の殲滅』という危険な任務に挑むことになった。

 

剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)

 

これらのカードを2人は回収し、使命を終えた。

 

それから何やかんや幸せで平穏な日常を過ごしていたわけだが、トラブルによりアーチャーのカードを核としたイリヤの元の人格、『クロ』が体を手に入れて現世に誕生した。

 

と、簡単に今までのあらすじを紹介したところで、イリヤは凛に質問する。

 

 

「それで·········」

 

「ん?」

 

「対処って、具体的にどうするんですか?」

 

 

答えなんてとっくに知ってるのに質問してしまった。

質問というよりかは、確認といった感じか。未知なる相手、七つのクラスとは違うサーヴァントである可能性も考慮して、奴らに対してどう対処するかの質問だった。

 

 

「簡単よ」

 

 

凛は遮断するかのように言い放った。

 

そこには一切の同情もなかった。無論、迷惑極まりない英霊達に対してだ。

 

彼女は優秀。そして根本的なところでは少々黒い心を持つ彼女は、人が優雅に暮らしていたというのにぶち壊しやがってという憎悪を込めて、英霊達の事情や奴らの存在そのものをなぎ払うような口調で、こう言った。

 

 

「今まで通り目障りな亡霊の英雄様達には即刻退場してもらうに限る。というわけで今から早速、ここから近い橋のところに向かうわよ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

少女達は夜の街へと繰り出していた。

一応言っておくが色っぽい展開が待っているわけではないので、そこは理解するように。

 

とはいえあまりにも唐突なことだったので、少女達はそのまま出てきてしまったわけだが、この時期の夜にその面子はちょっと警察の目に止まりそうだった。

 

が、ここには誰もいない。というよりかは、誰かがいるのに気づかない。『風景に溶け込む』ことを目的とした魔術を使用して、人の流れは自然に、それでいて警察の目をかいくぐるほどの高精度な術式が組まれていた。

 

 

「じゃ、準備はいい?」

 

「「「はい(ええ)!!」」」

 

 

三人は強くうなづいた。

決意の固さは今までのおかげか、少女達の覚悟は並みの魔術師をも上回っている。

 

 

『じゃあイリヤさん! 行きますよぉっ!』

 

「うん! 接界をお願いルビー!」

 

『か〜しこまりぃ!』

 

 

イリヤたちの存在する現実世界とカードの眠る目的地である鏡面界を繋ぐのはカレイドステッキであるルビーとサファイアの仕事だ。

 

 

『半径2mで反射路形成、鏡界回路一部反転します!』

 

 

半径2mの範囲に魔法陣が描かれ、輝く。

2つの世界をルビーが繋いでいるのだ。

 

 

『行きますよ~··················接界!!』

 

 

グワンと、地面と視界が大きく揺らぐ。表現しようのない幻想的な空間が辺り一面に広がる。そして視界が眩い光に包まれ···························

 

 

···························辿り着いたのは、鏡面界の赤い橋だった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「························久々だなぁ」

 

「············うん」

 

 

見慣れた光景ながらも見慣れない光景。

普段から目にしている風景の場には周囲を無意識に警戒させる圧迫感が漂っている。

 

この場所には、前も訪れていた。ずっと前、まだ美遊がイリヤのことを親しい友達のように”イリヤ”と呼び捨てで呼ぶ前だった。

 

5枚目のクラスカードの黒化英霊と戦ったのは、戦場に再び戻ってきた。あの頃に活躍したアーチャーのカードは、今はクロの核となっている。ある意味でクロはここに来るのは初めてだが、しかし初めてではない。イリヤと分離する前、セイバーと戦ったのがイリヤの体を借りたクロだった。故に、彼女は自分だけの体を手に入れて、初めてこの地に足を下ろしていた。

 

三人は慣れてはいるものの、プレッシャーで埋め尽くされた空気を感じて三人は緊張している。

 

 

「みんな、気を抜かないように」

 

「相手がわからない以上、油断は禁物ですわよ」

 

 

頼れるおねぇさんオーラを出しながら、普段よりも真剣な表情で年長者組の二人は言った。

 

三人はただ黙って頷く。息を飲み、未知の相手が現れるのを待つ。

 

 

と、その時だった。

 

 

 

ドガァァァァァァアアアアアアアアッ!!

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

鼓膜どころか体全体を響かせる衝撃が、景色全体を伝って少女達の元まで届いた。

 

先程まで全く音がなかったのに、なぜか橋の方が一層騒がしくなった。打撃音、というよりかは岩盤同士がぶつかり合っているような衝撃音に、世界そのものが砕け散る音、魔力が放出される音や肉が裂かれ血が噴き出る音。その違和感に、少女達は即警戒態勢。地下鉄のホームで列車が近づいてきた際にやってくるような空気の塊のさらに上位の感覚。

 

ただ単純に、『巨大なもの』が近づいてくることで巻き起こる、余波のような何か。

 

··············何かが戦っている。

 

 

「美遊! クロ!!」

 

「うん!!」

 

「えぇ!!」

 

「先に行きます凛さん!! ルヴィアさん!!」

 

「ええ! 私達も後から追いつくわ!!」

 

「気をつけて行ってきなさい美遊!!」

 

「「はい!!」」

 

 

少女達は走りだす。

 

未知なる相手が待つ、戦場へと···································

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

普段なら起きない爆発音が深夜の冬木に炸裂する。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

爆風は自称ソルジャーの元へと伝わってくる。

 

 

『ッ!!』

 

 

影が操るのは瘴気に似た何か。

影によって明らかにヤバそうな空気が操られ、橋の上を響かせるような銃声がクラウドの武器へと放たれる。

 

収束された一撃は重く、影になって放たれた一撃はクラウドの態勢を強引に変化させる。耐えきれないわけではない。ただ連続で放たれては対処が大変になる。

 

それだけじゃない。影が操るのは手に持つ武器だけではない。

 

橋全てに影が広がっており、この未知なる空間そのものが影によって掌握されていた。元々人工的に作られた科学的な作りの橋には亀裂が入り、一瞬の隙間もなくダメージが入る。それらは隅々まで張り巡らされ、クラウドの精神を不安定にさせるかのように取り囲む。

 

 

「···············っ!!」

 

 

多種多様な攻撃がクラウドを襲う。

 

一つ一つの弾丸が複数飛んだ。弾丸にしては鞭のようにしなる軌道を描き、様々な角度から撃ち込まれる。中には影を纏ってボール状の巨大な影の塊がいくつも上空に築き上げられ、縦に振り下ろされる。

 

だがクラウドも黙ってない。大剣を分離させて両手に持ち、それらを全て叩き斬る。もしくは剣から衝撃波を放ち、相殺。追加で放たれれば、クラウドはそれらの隙間をかいくぐり、クラウド自身が影の懐へと踏み込んだ。

 

────────それぞれが必殺と言えるような攻撃を組み合わせ、さらに死亡率を跳ね上げた上での戦略。

 

影にはちゃんと意識がある。と言っても自我があるかは別問題だが。影の予想では七秒くらいでクラウドは致命傷を負うはずだった。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

だがその期限を過ぎてもクラウドは反撃する。

 

次々と形を変えて放たれる弾丸に対し、クラウドも衝撃波を三本の鋭い爪の如く放ってこれに応じる。

 

影と真空刃。二つの攻防戦は互いを食い破り、隙を突き、裏をかいて、限りあるその命を奪っていく。

 

異様な空間で繰り広げられる戦いは、圧倒的な心理戦を頭で行いながら、しかも同時に剣術としての直接的な肉弾戦をも並行的に展開させる。どちらか片方すら並みの人間では追いつけない所業を同時に行っていく。

 

複数の爆裂が橋の上を木霊する。クラウドと影が空間に霞む。

 

剣と銃は様々な角度を描きながら振るわれ、交差し、激突する。

 

 

(····················やっぱり、こいつは··········ッ!!)

 

 

融合機能を兼ね備えた武器を同時に振るいながら、クラウドは歯を食い縛る。その表情を作るのは、苦痛からではない。

 

思い出だった。

 

 

(····················“あいつ”の····················っ!!)

 

 

留まりしかつての英雄の思念体のそのまた思念体。

思念体を倒しても、その思念体が蘇って襲ってくる現状に、クラウドは苛立つ。

 

苛立つ原因は何か、簡単で呆れた理由だった。

 

しつこい。

 

それだけであった。

 

 

『········································!!』

 

「?」

 

 

と、大剣と銃器がぶつかり合う中、影の声が通る。

 

 

『··················································!!』

 

 

しっかりと、断片的な言葉を述べる。

 

 

『·································に·················い········································さん』

 

「!?」

 

 

確かに聞こえたはっきりとした言葉にクラウドは動きを止める。

初めて聞いた影の声を聞いてクラウドの動きがわずかに鈍ったところで、影の攻撃がさらに苛烈さを増して襲いかかる。

 

一瞬で間合いを詰められたり、差を引き離そうとしたり、しかしクラウドもさらに逆転し返すべく大剣を振るう。

 

忙しい中で放てられる技は限られてくる。衝撃波を飛ばすくらいしかできなかったが、それを放つために決められる精神力を透き通るように研ぎ澄ませて放つ。

 

だが、影には通用しない。

 

あの思念体よりもさらに強化された思念体。同等以上の力を持って立ち塞がる影は、ソルジャーの力に加えて、『英雄』という特性までも利用して、己の肉体を徹底的に強化している。クラウドですら瞬間的に踏み込むことがやっとの世界を、影は難なく突き進む。

 

まるで····················『天使』だ。影が司る力は、『半天使の英雄』。

 

 

(やっぱり、分離してもあいつの思念体ということだけはある)

 

 

奇しくも、あの忌まわしい英雄の力を有した強敵。

 

 

(だがありえない。あいつにはそれ以上のものを感じるッ!! あいつとは別の····················概念的な何かがッ!!)

 

 

似たような力を振るうとは思えない連撃。

不完全で一部しか宿ってないとはいえ、ここまで苦戦することに違和感を感じるクラウド。

 

明らかに別の力が宿っているとしか思えない。

 

 

『ッ!!』

 

 

影が吐く音が聞こえた。

その時、一瞬ふわりとした感覚がクラウドを包む。

 

それは影が苛烈な連続射撃に連続攻撃を止めて力の収束を行ったのだと気づいた瞬間、渾身の一撃が来た。

 

 

「がッ!?」

 

 

肩が内側にめり込んでいる感覚がクラウドを襲う。

弾丸や刃が体を貫通したことはあったが、今まで以上の痛みがやってきた。あまりの痛みに膝をついてしまった。

 

なんと言えばいいのかわからない。

 

自分の弱点というか、自分が受けたことのある攻撃が放たれたことでダメージが倍増したという感じだ。

 

意味がわからない。

 

意味がわからないが、影は至近距離まで近づいて、感情のない笑みを浮かべる。

 

 

そして、

 

 

カチャ····················

 

 

「!?」

 

 

銃の内側から発せられる音がクラウドの頭蓋骨を刺激する。

 

込められたのは弾丸ではなく、絶望。

 

しかし痛みによって動きを止められ、チェックメイトを取られたクラウドには応じる余裕もなかった。

 

襲いくる絶望感に立ち向かう唯一の手はないか。

 

 

(····················くそ····················っ!!)

 

 

手も対策もない。

もはや鍔迫り合いも許さない影に、クラウドは影の顔を見据える。

 

終わりだと言わんばかりの笑み。

 

そして、影の指はゆっくりと引き金に引っかかり、ゆっくりと引かれて行く。

 

絶望の再来を自覚したクラウドは目を瞑る。

 

 

 

 

その瞬間、確かに声を聞いた。

 

 

 

 

砲射(シュート)ッ!!」

 

 

 

 

 

ドガァァァァァァアアアアアアアアッ!!

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「!?」

 

 

目の前に、おかしな格好をした少女が現れた。

 

マリンと同じくらいの子供が、ちょっと世間一般から見ればおかしな目で見られてしまいそうな服装を着て、クラウドの前に現れた。

 

 

「イリヤ!!」

 

「先行し過ぎよ全く!!」

 

 

と、また別の声が上から降ってきた。

 

二人の女の子が追加される。一人は先にきた子供の2Pのような青服バージョンを着た黒髪の少女、もう一人はまじで先にきた子供の2Pのような顔つきをして服装は結構破廉恥な衣装を着ていた。

 

 

『おや、なぜこんなところに超レア物のイケメン男子がいるんでしょうか? というか、美少女達に助けられるイケメンとかめちゃくちゃ興奮する展開じゃないですか〜!!』

 

『相変わらずの姉さんはほっときまして······················どうやらあなたは普通の人間のようですが、どうやってこの鏡面界に足を踏み入れたんでしょうか? 魔術師············には見えませんが、あなたは一体何者ですか?』

 

「·································?」

 

 

理解が追いついていないクラウドを他所に、少女の持つおもちゃのような物が急に話しかけてきた。

 

 

「なんであれ、今は目の前の相手に集中だよ!!」

 

「うん··················質問についてはあとでいくらでもできる」

 

「そこのかっこいいお兄さん、ちょっと待っときなさい。あとでいくらでも相手してあげるから」

 

 

ある者は杖を携えて降り立ち、ある者はそれと対となる杖を構えて、ある者は何もない空間から二本の短剣を生み出す。

 

 

死や恐怖、そして絶望といったものを恐れぬ少女達はあっという間に集合すると、まるで満身創痍のクラウドを守るように布陣を築き上げた。

 

 



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第4章

 

 

影に言葉など必要ない。

 

 

「行くよ美遊!!」

 

「うんイリヤ!!」

 

「「チャージ十倍············全力放射(シュート)!!!」」

 

 

一撃入れるだけで話し合いが開催されるからだ。

放たれた魔力は雷光のような速度で一直線に突き進むと、その魔力砲が一気に影へと迫り、そして起爆した。

 

閃光が吹き荒れ、爆風が撒き散らされ、直撃を受けた影だけでなく、周辺のアスファルトまで容赦無く粉々に打ち砕く。

 

 

「····································」

 

 

いきなり現れたマリンとデンゼルくらいの子供が、ちょっと変な格好をしておもちゃのようなステッキを振るうと、そこから光源を纏った何かが勢いよく発射された。クラウドは面食らって唖然としていたが、二人は振り返りもしない。その肩からはピリピリとした感情だけが伝わってくる。

 

 

「や、やった?」

 

「油断しないでイリヤ。こんなのでやられるなんて思えない」

 

 

もうもうと立ち込める粉塵を睨みつけ、二人はステッキを構えたまま眼光を鋭くさせる。灰色のカーテンを手に持っていた銃剣で掻き割り、ほとんど無傷の影が出現したからだ。

 

 

「やっぱ、そう簡単にはいかないよね」

 

「でも·········」

 

「うん!!」

 

 

臆するどころか、逆に一歩前に踏み込む。

表情は真剣ながらもどこか笑っている二人には異様な力が集まりつつ、鼓膜を破るような爆音を聞いたクラウドは、何が起こっているのか思考を空白にしていた。

 

だが、いつの間にか戦闘の空気はガラリと変わる。

 

 

「それじゃ、さっさと·········!」

 

「うん! 終わらせる!!」

 

 

二人はさらに一歩前へ。

 

決定的な射程圏に踏み込んだ二人は、呆然とするクラウドをほったらかしにして激突する。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

深夜の鉄橋に爆音が再び炸裂する。

影は二人とは全く違う力を操るものの、その力はどちらに対しても有効。

 

半歩遅れて、二人は一旦別れながら空中を飛んだ。

 

影の攻撃は遠距離からの攻撃。故にいつまでも同じところにいるのはナンセンスだ。影の攻撃は軌道を歪め、追尾するように二人の後を追っかけている。

 

 

「ルビー! 物理保護いくよ! 錐形(ピュラミーデ)!!」

 

『了〜解です!!』

 

 

一瞬止まって後ろを振り向いて追尾弾を防御で消滅させる。

 

 

「サファイア!!」

 

『了解です』

 

 

美遊の方も防御を展開させる。

二人の防御は魔力を押し流して形成された盾は、どんな攻撃も許さない。

 

 

「クロ!」

 

「わかってる!!」

 

 

と、イリヤに似た少女、クロが影に向かって突進して行く。

 

 

投影(トレース)!」

 

 

短い詠唱を終えると、手に持っていた剣に何か緑色の線が浮かび上がる。

刃が今以上に強化された剣は、ちょっとやそっとの攻撃では壊れない。耐久値が強化された武器は影へと迫る。

 

 

『ッ!!』

 

「はぁ!!」

 

 

ガッギィィ!! と、岩同士がぶつかる轟音と共に、クロの武器が影の銃剣とぶつかる。

本来ならば彼女の方の武器が壊れていただろうが、強化された武器はいつもより形状を保っている。

 

だが、それを見てクラウドは別のところで驚いていた。

 

 

(影の速度について行っている?)

 

 

あの影は一部とはいえ『ソルジャー』としての身体能力を有している。普通の人間、ましてや子供がついていけるものではないだろう。その速度は圧倒的で、生身の人間なんかでは追いつけるものではない。本来ならば、彼女たちの手に負える相手ではないのだ。

 

それについて行っている。

 

タークスでも苦戦していたのにだ。

 

半歩遅れてかろうじて追いつく程度のもので、反撃に転じるだけの余裕はない。だがしかし、確かに攻撃と防御自体は成功している。何故だと、疑問に感じるクラウドだったが、直後にその正体を看破する。

 

チームワークだ。

 

三人の少女たちの動きには、一定の規則性がある。単に効率的な戦闘を行うための布陣とはまた違い、一種の規則性が見て取れる。影を基点とするように全体へ散って中心にいる敵へと攻撃。魔力弾での遠距離攻撃のサポート、そこから接近戦を得意とする褐色の少女の突進。褐色の少女を先頭にして戦闘している。

 

それは時にまとまり、時に散らばり、砂時計の砂のように、各々の攻撃が最大ダメージへと変貌する。

 

互いが互いの動体視力や運動能力を補強しあい、そして増強させている。まるでどんな相手でも戦い慣れているかのような挙動に、クラウドだけでなく影も眉をひそめる。

 

そこから読み取るに、彼女たちはただの少女ではない。幾度もああいう相手と戦ってきたんだろう。あの影とは戦うのは初めてだ。だが、影自体とは戦うのは初めてではない。その辺りの事情が加味され、彼女たちは影の速度・筋力・知性に目が慣れてしまっているということだ。

 

そして、その経験を活かすだけのチームワークがあり、こうしてリアルタイムで戦略を組んで影の動きについてきたというわけだ。

 

 

(············でも)

 

 

それでも遅い。

 

 

『············!!』

 

「!?」

 

 

影がズォ! とクロに迫る。

 

姿や動作を認識する前にクロに向けて横薙ぎに銃剣が襲いかかる。かろうじてクロは受け止めるも、影はそれ以上の速度でクロへとさらに迫る。連続攻撃をクロは弾き返すも、ついて行くのがやっとという印象。

 

剣と銃剣がぶつかり合うたびに軽い衝撃波が生まれ、衣服を割いて衝撃を逃した時には次の一手が繰り出される。

 

 

「くっ!!」

 

 

クロは剣を振るおうとするが防御しかできない、させてくれない。連撃は相手の攻撃を許さないほど洗練された命中率。攻撃を振るおうとすればそこに攻撃が加わる。それを何度も繰り返しているとどうなるか。

 

答えは単純だ。

 

 

パキンッ!!

 

 

「!?」

 

 

予想はしていた。

それでもそれが来れば武器の所持者である本人には大きなショックとなる。衝撃の伝導よりも素早く振るわれた影の連撃を、彼女の持っていた干将・莫邪を犠牲にして軌道を遅らせる。

 

 

「クロ!!」

 

 

その間にイリヤがクロの首根っこを掴んで退避させる。

連撃は尚も続いていたが、それは虚空を斬るだけで終わる。ついさっきまでクロが立っていたところには攻撃が幾度も通過し、鉄橋の空気を切り裂いていた。あんな人を切りにくそうな銃剣でも、肉を削ぐだけの威力はあるということ。空気をまとって放たれる斬撃は景色を切断している。

 

標的が目の前からいなくなったことをやっと認識したのだろう。すぐに別の動きへと切り替える。

 

 

「イリヤ!! クロ!!」

 

「「!?」」

 

 

美遊が呼んだ時にはすでに後ろにいた。

 

影はさらにクロを連れたイリヤを追おうと跳躍する。跳躍するとともに銃剣の銃口は二人に向けられ、何発もの銃弾が彼女たちに迫る。

 

 

「掴まっててクロ!!」

 

「!!」

 

 

避けるように不規則な軌道を描いて空を素早く移動する。

リロードもなしに放たれる銃弾はある意味チート。銃剣内で自動的に精製されるのか、どちらにしても弾丸が尽きることはない。まともに喰らった訳ではないが、銃弾は彼女たちの衣服を掠め、少女たちの肌をも掠めている。

 

やろうと思えば当てられるのに、影は何故かそうしない。

 

 

「遊ばれてるわね··················ッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

ニチャァ! と口を歪める影を見て察する。

 

この世界には二種類のハンターが存在する。

一人は、確実に獲物を仕留めて自分の腕に自信を持たせる普通の狩人。もう一人は、獲物をじわじわと追い詰めて悶え苦しむ様子を楽しみながら快楽を得て、最後にトドメを刺して最高の悦びを見いだす少々イかれてた狩人。

 

こいつは圧倒的に後者。

 

放たれる弾丸はわざとらしく少女たちのすぐ横を通り過ぎ、当たるか当たらないかの距離からじわじわと死へと近づけていく。攻撃できる隙はなく、いつまでも逃げることしかできない。

 

 

「イリヤ!!」

 

 

ならば別の駒が動けばいい。

 

美遊が追いかけられているイリヤの代わりに攻撃を加える。そうすればイリヤたちは危機から脱することができると、そう思ったからだ。

 

しかし、だ。

 

銃は一つではない。二つもあるのだ。

ならば、一つを別の標的に変えればそいつにも銃弾が放たれる。

 

故に、美遊にも銃弾が放たれる。

 

 

「!?」

 

『美遊様!?』

 

 

美遊はイリヤたちを救うことしか考えていなかった。

なので、ほぼ何も考えずに突っ込んでしまった。突如一丁の銃剣の銃口がイリヤたちから美遊へと向けられ、その銃口から恐るべき速度で影を纏った鉛玉が発射される。

 

防御の展開は間に合わない。

 

ならば、

 

 

「サファイア!!」

 

『物理保護全開!!』

 

 

無数に撒き散らされる弾丸が彼女の体にまともに直撃した。

 

しかし、傷はない。

 

よくて軽い内出血が起こっているぐらいだった。体全体に防御の膜を展開したことによって、弾は彼女の体を突き抜けることはなかった。

 

だがしかし、それでも痛みはやってくるものだ。

痛みによって体が一時的に止められた美遊は思わず地面へと降り立ち、膝をついた。

 

 

「美遊!?」

 

「だ、大丈夫·········」

 

 

イリヤたちの方が危険だというのに、仲間の心配をしている。

イリヤは逃げ回りながら美遊に声をかけると、美遊は苦笑いで返した。

 

だが、このままではまずい。

 

イリヤは逃げることに必死。クロを離そうにも離した瞬間に鉛玉が送られる。攻撃が加えられないことに奥歯を噛みしめるイリヤとクロ。

 

攻撃の種類も威力も違う。質と量を同時に兼ね備える影は、歪んだ笑顔を受けべている。

 

そしてついには、

 

 

バンッ!!

 

 

「ああッ!!!??」

 

「イリヤ!?」

 

『イリヤさん!?』

 

 

イリヤの体が一瞬がくんと下がった。

クロとイリヤの持つステッキが心配そうに声をかけるも、イリヤは唇を噛んで再び軌道を戻す。

 

 

「··················ッ!!」

 

 

その時、イリヤは影を見ると同時に自分の足を見る。

 

一本の赤い線がイリヤの足に刻まれていた。

だが、今のイリヤにその事実に目を奪われているだけの余裕はない。

 

 

「··················ッ!! サーヴァントは!?」

 

「··················いない?」

 

 

イリヤを追いかけていたはずの影の姿がどこにもなかった。

 

どこに行ったのかと探し回っていると、

 

 

「イリヤ!! 前!!」

 

「「!?」」

 

 

下にいる美遊が叫んだ。

 

その叫びに反応するように二人は前を見る。

 

そこには、二丁の銃剣を手に待ち構えていた影の姿があった。真上を取られてイリヤたちの方向進路はその影がいる先。つまり、自ら影の方へと進んでしまっていたということ。

 

 

チェックメイト。そう言うように影は引き金を引く。

 

 

そして、これからくる運命を目の当たりにしないように二人は目を瞑る。

 

 

「はあああああああッ!!!」

 

 

そう思った瞬間、影の体は水平に十五メートルほど吹き飛ばされていた。

 

ゴッシャア!! という鈍い音が二人の鼓膜を揺らす。

 

何が起こったのかと二人は目を開けると、影がいた場所にあのツンツン頭のイケメンさんがいた。

 

三人はそのまま着地体勢を取り、地面へと降り立つ。不安定に崩壊していた足場に降り立った三人のうち二人はイケメンさんへと視線を向けている。一方で、イケメンさんであるクラウドは吹き飛ばした方へと視線を固定する。

 

 

「あ、あの··················」

 

「····································」

 

 

イリヤが声をかけるもクラウドは応答しない。

すると彼は手に持っていた大剣から一本の剣を取り外した。

 

異様な大剣のギミックにイリヤは驚いているものの、クラウドは構え直して、目を合わせずに語る。

 

 

「油断するな」

 

「「!?」」

 

「あいつはお前たちが思ってるより手強い」

 

「は、はい!」

 

「···························」

 

 

イリヤは応じるようにルビーを吹っ飛ばされた影の方へと向け直し、クロも怪訝そうな顔しながらも再び両手に剣を出現させる。

 

すると、吹き飛ばした方向からシルエットがゆらりと現れる。

 

 

「イリヤ!!」

 

「美遊!!」

 

 

追加でもう一人、クラウドたちに並ぶように降り立った。

 

両者は動いていないのに、ただ重心だけが下に落ちる。

 

 

「「「「ッ!!」」」」

 

『ッ!!』

 

 

眼光が同時に交差した瞬間、両者ともに飛びかかった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

クラウドは正面から影の元へと飛び込んで行く。

 

影がそれに応じる前に、左右から後方から、次々と武器を持った少女たちが襲いかかった。

 

クラウドの二本、イリヤの一本、美遊の一本、クロの二本。合わせて六本の武器が影の体へと向かい、仮にそれを凌いだとしても、さらに別の攻撃が追加で襲いかかる。

 

常人ならば、まず対処できぬ数。

 

しかし影は応じた。

 

放たれた銃弾は的確にそれぞれの持つ武器へと当てる。それにより軌道を逸らされ、武器は本来描くはずだった軌道から外れ、虚空を斬るだけで終わった。

 

 

『〜〜〜っっっ!! イッタイですねもう〜っ!!』

 

『まさか私たちに攻撃してくるとは··············ッ!!』

 

 

イリヤと美遊の持つステッキ、ルビーとサファイアが痛みの声をあげる。

ただのおもちゃだと思っていたが、どうやら違うらしい。そして、あれにも痛覚ってあるんだなとクラウドは思った。

 

なんてことは置いておき、影は周囲にばら撒くように銃弾を放つ。一連の動きは、ほとんど爆発だった。影を中心に、鉛玉が全方向へと発射される。

 

 

「退がれッ!!」

 

「「「!!」」」

 

 

追加攻撃を加える寸前だった三人は、クラウドの一声で足を止め、すぐに退避した。

 

そこへ、影の体がスケートのように滑り込みながらイリヤの方に飛び込んでくる。とっさに身構えるイリヤの防御の網をかいくぐるように、振り上げられた銃剣はやや斜め方向から彼女の頭蓋骨めがけて一気に振り下ろされる。

 

だがその一撃は当たらない。

 

ガキンッ!! と、横槍が入ったからだ。

 

見ると、いつの間にかイリヤの横にはクラウドがおり、イリヤと影の間に剣を差し込んでいた。小さな壁が築き上げられたことにより、イリヤは無傷だった。

 

 

「あ、ありが················」

 

「来るぞッ!!」

 

「!?」

 

 

お礼を言い終わる前に、クラウドは再び激突する。

 

次元すら撃ち抜きそうな銃剣は剣の役割から銃の役割へと切り替えられる。銃口はイリヤへと向けられていたが、それをクラウドが応じた。様々な武器を大剣から取り外して補強し、影について行く。一撃、二撃、三撃と、影に対して半テンポ遅れる挙動ながらも銃弾を弾き返すことに成功する。

 

 

「イリヤ!!」

 

「ッ!!」

 

 

そんな二人の応援に回るため、美遊とクロが様々な角度から影へと攻撃を加えるが、恐るべき速度で放たれる銃弾によってまたもや軌道を逸らされる。

 

まるで要塞。

近づこうとすれば鉛玉が送り込まれ、誰にも近づけないようにしている。クラウドと刃を交えつつ、片手間のような素振りで周囲の攻撃を牽制し、そして隙あらば銃口を向けて影の塊で反撃に転じる。

 

猛攻をさばきながら、クラウドはイリヤへと目配せする。

 

 

「················っ!!」

 

「················あ」

 

 

一度態勢を整えるためにクラウドは叫ぼうとするも、そこで影からの攻撃がきた。

思わず構えた合体剣から取り外した剣が弾かれ、衝撃波に薙ぎ払われたクラウドの体が地面に二、三回と跳ね上がる。

 

 

『························』

 

「ッ!!」

 

 

荒い息を吐くイリヤを見て、影は銃剣を構え直す。

トリガーを引く手に力が篭る。影の射程から逃れるのは不可能。

 

イリヤは怖がっているのか次の行動に移せない。

 

攻撃を回避することも、防御することも。

 

 

『························』

 

 

影はつまらなそうに息を漏らし、とどめを指すべく前へ。空気を引き裂き、戦闘機のような速度で必殺の間合いへ飛び込もうとした影は、

 

 

ガクン!!

 

 

『················っ!?』

 

 

その動きが何かに縫いとめられるように停止した。

 

いや違う、痺れているのだ。

 

体が麻痺して動けなくなっている。

 

 

「················やっと効果が出た」

 

『ッ!?』

 

 

影は驚いて自分の体に目をやる。

 

彼の行動力は今も健在のはず、なのになぜか動かない。こいつらに拘束されたのか、だがあり得ない。そんな隙はなかったはずだ。現にそうした動作は一切なかったはずだ。

 

だが、後ろから聞こえてきた二人の少女の声で、すぐに理解した。

 

 

「ようやく止まった」

 

『!?』

 

「ほんと、息止めとくの辛かったのよね」

 

 

気が付いた時には見向きもしなかったあの二人の少女の声が割り込んでいた。

 

そして、少女の一人が先ほどとは変わった姿になっていた。肌が黒く、骨のような仮面をつけていた。

 

 

『毒の娘』

 

 

その爪も、肌も、吐息でさえも全てが猛毒になる能力。

 

つまり、影を止めたのは拘束ではなく、毒による麻痺。

 

いつから? いつ攻撃を加えられた? なんて疑問はもうどうでもいい。

 

美遊が纏っている力は体そのものが兵器でもある暗殺者の能力。故に彼女が今この場に存在するだけでフィールドは毒に包まれる。つまりは攻撃は加えていない。自分の体が動かなくなったと認識した頃にはもう遅い。攻撃を止めてしまった自分は隙だらけ。

 

その様子を見て、イリヤは薄く薄く笑っていた。

 

 

「私とあの人にしか集中していなかったのがあなたの敗因だよ!!」

 

『!?』

 

「イリヤ!!」

 

「うん!!」

 

 

前につんのめる形になった影に向けて、イリヤは一枚のカードを取り出すと、

 

 

「クラスカード『ランサー』··············限定展開(インクルード)!!」

 

 

イリヤが叫ぶとカードはルビーの中へと消え去り、そのステッキは形状を変えた。

 

血のように赤く、細い一本の槍。

 

その槍がイリヤの手に具現化されると、全身に力を込め思いっきり地面を蹴った。

 

身体能力が強化されたために爆音が炸裂する。それが人間の足が地面を蹴った音だと影が知覚した時には、すでにイリヤが目の前にやってきていた。

 

 

「終わりだよッ!!」

 

 

槍は自動的に胸へと狙いを定める。

それに合わせるように槍の柄を構え直し、槍と手のひらの間の摩擦を軽減させることで、槍を突き出す速度と威力を倍増させる準備をする。

 

これから放つ一撃は、必ず心臓を穿つ一撃。

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!」

 

 

ドバァ!! と、イリヤの手の中で槍が爆発した。

比喩などではない、本当にイリヤの持っていた槍が雷光と化した。一直線に飛び出した鋭利な一撃が確実に影の真ん中へ容赦無く突き刺さり、鮮血がその背中から吹き出して深夜の暗闇を引き裂いた。

 

 

『〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!???』

 

 

衝撃を受けた影の体は風穴を開けながら大きく吹き飛んだ。

 

深夜の暗い橋に声にならない絶叫が響き渡る。そして、次に影が目を開けた時には自分の体が空中分解するようにこの世界から消えていた。

 

 

「························」

 

 

イリヤはただまっすぐに槍を伸ばしていた。

 

その細い槍の先には、『一枚のカードの破片』らしきものが刺さっていた。

 

三人が決着を終えたことを確認すると、そのカードが一体なんなのか確かめるために一箇所に集まる。クラスカードのようだが、カードの右下部分だけがそこにはあった。

 

そこに書いてあるクラスは、断片的だったので最後の文字しか読めなかったが、そこにはこう書かれていた。

 

 

《········ber》、と。

 

 

「って、そんなことよりも“あの人”!!」

 

「「!!」」

 

 

三人はここでようやく思い出す。

 

謎のイケメンさんが影に吹き飛ばされていたことを。それを思い出した三人は吹き飛ばされた方を見る。

 

すると、遠くの方で、気を失っているのかピクリとも動かないイケメンさんが地面の一部となりつつあったのを確認した。

 

 

「た、大変!! 早く凛さんたちと合流しなきゃ!!」

 

 

慌てるようにして一番手にクラウドの方へと走っていくイリヤ。

その様子を見た美遊もその後について行き、クロはやれやれといった感じで肩をすくめて歩いて行く。

 

その叫びは微かにクラウドにも届いていた。

 

薄れ行く意識の中で最後に見たのは、こちらに向かって何度も呼びかけるように叫んでいる白い少女の姿だった。

 

 



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第5章

 

 

「············何とか終わったわ。正直、治療系の魔術は久しぶりだから安定した容態とは言い難いけど」

 

 

とある一部屋から出て来た遠坂がそう言った。

病院にしては設備が整っていない。最低限の治療が施せるように医療キットなんかは置いてあるものの、本格的な治療をするならもっと繊細な機械や専門的な器具を使わねばならないだろう。

 

だがここではそんな科学的で現実的なものの代わりに、非現実的な技術が使われている。

 

魔術という非現実的でファンタジーチックな技術を扱う事に長けた彼女はその道のプロフェッショナル。どういった原理なのかというのはそういった道を極めた人にしか理解ができない。この技術は一般的には知られていないので、常人が理解するのは時間がかかるだろう。

 

現在、そんな非現実的な力を扱う者達がとある洋館に集まっている。大勢、と呼んでもいいのかも知れない。ここの主人が雇うメイドも多少はそっち側の人間が混ざっているだろう。というか、およそ八割がそっち系だと推測される。その中で、さらに上のランクだと思われる少女たちが薄暗い廊下の中で話し合っていた。

 

彼女達はそういう技術を扱う集団ではあるが、それが具体的にどんな組織を差しているのかは、今とある一部屋で眠っている『運び屋』にはわからない。

 

有り体に言えば胡散臭い集団と見られてしまっても文句は言えないのだが、どちらかというと現段階では眠っている男の方が怪しすぎるだろう。格好も現代的ではあるものの、どう考えても今時のファッションではない。明らかに不自然なデザインをしていて、その格好で街を歩けば不審な目で見られるだろう。

 

何より、腰にあった六本の武器。どう考えてもコスプレ目的で作られた小道具ではない。第三者に銃刀法違反だと判断されるのには十分すぎるほどの違法な凶器。さらにはポーチの中にあった色鮮やかな『水晶玉』。手のひらサイズであることから少なくとも儀式や占い用に作られてものではない。

 

格好といい、持っていた武器や道具といい、この中で一番おかしいのは彼の方であった。

 

 

「大雑把に言って、普通の人間なら絶対安静、といった所でしょうね。細かい内訳で言うと、まずは全身打撲と脳震盪。あとは右肩、左足首の関節の脱臼。あとは、内臓も圧迫されていて」

 

「············つまり、予断を許さないってこと?」

 

「············とも、言い難いのよね」

 

 

黒褐色の女の子クロが慎重に言葉を選びながら尋ねると、遠坂は重たい息を吐いた。

 

 

「不幸中の幸いとでも言うべきなのか············一番怖かったのは意識を失って呼吸機能が停止して脳へ酸素が回らなくなっていた危険性だけど、こっちのダメージは心配なさそう」

 

 

遠坂は部屋の向こうにいる男性の姿を思い浮かべながらスラスラと続ける。

 

 

「でも、それよりも気になるのは、あいつの生命力」

 

「「「?」」」

 

「何故かわからないけど············私が治療を施すよりも先に、あいつの細胞が自己回復を始めてた。常人よりも異常なスピードであれだけの負傷をなかったことにしようとするかのように、ね」

 

 

つまり、自然に細胞が自己修復を始めているということ。

 

それも、普通の人の何倍ものスピードで怪我を治しているとのこと。擦り傷程度ならあまり違和感が感じられないが、全身打撲と脳震盪、右肩と左足首の関節の脱臼を加えて内臓も圧迫されているものまで異常な速度で回復しているとなると、あまりにも奇妙に思える。

 

 

「とにかく、まだ全てが終わったわけじゃないということですわね」

 

 

この中で唯一『突出』しているエレガントさに金をかけているであろうルヴィアが念を押すように遠坂に聞いた。

 

 

「あ、あのう」

 

「「?」」

 

 

と、おそらくこの中ではかなり控えめな女の子、イリヤが恐る恐る手を上げて年長者組に話しかける。

 

 

「もし話ができるようなら、一言でもお礼を言っておきたかったんですけど」

 

「··············気持ちはわかるけど、今は絶対安静。それにかなり疲れが溜まっているみたいだし、異常な回復速度もあっても今は体は治療に専念していて体力レベル的に覚醒するとは思えないわ。今は休ませてあげましょう」

 

「·····················はい」

 

 

今は待つしかない。

 

遠坂の治療もあってさらに回復速度はぐんと引き上げられたとはいえ、今現在彼の体は負傷箇所の修復に力を入れているためにしばらくは目を覚まさないだろう。負傷を回復し終えても、その疲れを癒すために今度は体は休みに入る。時間的に考えたら、早くて明日かそれくらいだろう。

 

 

「ま、今夜はもう遅いし。あの人のことはこっちで見ておくから、今日はもう帰りなさい」

 

「え? でも················」

 

「あの人の心配するくらいなら夏休みの心配をなさい。宿題、まだ終わってないんでしょ?」

 

「「「はっ!?」」」

 

 

と、ここでようやく思い出す。

 

まだ大量の宿題が残っているということに。期間がまだあるとはいえ、あんなふざけた難題がまだ大量にあって、全部やるのに毎日進めたとしても夏休み期間中に終わらせられるかわからないほどだ。頭脳が焼き切れるほど酷使しなければ解けない難題を頑張って終わらせなければならないことを彼女達は忘れてしまっていた。

 

 

「今日は美遊もイリヤのところで泊まり込みで勉強をするんでしたわね? あの方は我がエーデルフェルト家の名にかけて責任を持ってお世話を致しますわ。安心して勉強に励んできなさい」

 

「················かしこまりました」

 

 

流石に家主の命令には逆らえないのか、美遊は素直にルヴィアの申し出を受け入れた。

 

実際正直に言えば、ここでイリヤ達が出来ることは何もない。魔術が使えると言っても、彼女達はどちらかというと戦闘向きの魔術しか使えない。回復系の魔術を使えたとしても微力な回復力しか出せないだろう。

 

 

「じゃ、今日は一旦解散。カードのことはまた明日話し合いましょう。今日はそれぞれゆっくり休んで」

 

「「「はい!」」」

 

 

遠坂の珍しい小さな優しさに甘えて今回の作戦タイムはこれにて終了。

 

明日の朝から夏休みの宿題に取り組むにあたって、少女達は一度向かいのイリヤの家へと戻っていった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ルヴィアの屋敷を中心としたこの場所は、外からでは立派な屋敷にしか見えない。一般人に魔術を見られたり知られたりしたら面倒なことになるため、その対策として認識阻害の結界が張られているからか完璧に風景に溶け込み、何かを隠しているという素振りは一切見せない。

 

もしもこの状況を要人護衛の専門家が見れば舌を巻いただろう。そして、この屋敷は専門家にすらその正体を勘付かせない。

 

セキュリティに関しては科学よりも優れている。侵入者が少しでもその領地に足を踏み入れた場合、侵入者を知らせる魔術が発動。即屋敷全体に異常事態を知らせられる。ついでに、屋敷にはアサルトライフルやらガトリングガンやら、なんならRPGまで備え付けられている。立派な屋敷に見えて、殺意に満ちすぎているこの場所は秘密の作戦を練るにはとてもふさわしい場所であった。

 

魔術協会の一角、時計塔からの命を受けて任務に当たる回収係の中心人物である遠坂とルヴィアは、二人だけで今後のことについて話し合っている。彼女達は普段仲が悪く、視界に入るたびに何かしら文句をつけてそこから喧嘩へと発展するのだが、真剣な話となるとそういうのは一旦置いておくという切り替えができる。

 

 

「で、どうするつもりですの?」

 

 

家主であるためこの屋敷の電気代とかそういう費用に目を通しているのだろう。ルヴィアは机に並べられた資料を見ながら遠坂に尋ねた。

 

 

「アイツのこと?」

 

「新たなクラスカード」

 

 

短くそれだけを伝えた。

 

遠坂の表情がわずかに変わる。彼女は周囲を確認しながら、

 

 

「普通なら協会に報告、大師父の指示を受けるべきなんだろうけど········」

 

「何か問題でも?」

 

「まあちょっとだけ、ね」

 

 

遠坂は怪訝そうな顔をして自分の考えを述べる。

 

 

「事態は一刻を争う。下手をすれば、状況は既に最悪となっている可能性すらある。正直言って、まずい状況なのは間違いない。時間が経ちすぎてるし、あれから何日経った? 二ヶ月弱? もしも想像通りだとしたら、最早私達の手には負えなくなるレベルになってるかもしれない。あんたも見たでしょ、今回現れたサーヴァントの一人を」

 

「··············えぇ」

 

「今までとは違って明らかに常軌を逸している。イリヤからも後から聞いたけど、動きに知性が感じられた。それに今回回収した『これ』」

 

 

と、遠坂はルヴィアの前に置いてあるカードを指差す。

 

そこには今日回収した『カードの破片』があった。《········ber》、と断片的には書かれているが、この文字列からしておそらくSaberだろう。しかし違和感に感じるところが多数ある。

 

 

「セイバーにしてはそれらしい戦い方がなかった。聞いた限りでは相手は銃を使用して戦ってきたらしいし、そんな相手が何故セイバーのクラスなのか、そしてなぜそのサーヴァントから回収したカードが破片の状態だったのか。謎が多すぎてどう報告したものかわからないのよね」

 

 

ルヴィアはそれについて意見しようとしたが黙った。

 

答えがわからないのではない。思いはしたが、口に出すのが憚られたのだ。

 

 

「········もちろんいくつかの仮設なら容易く立てられる」

 

 

遠坂が、やがてポツリとそう言った。

 

 

「ただ、それが········今回の件とどう関わってくるのか。新しいサーヴァントは他の三つに共通するものなのか。その辺りで思考が止まってしまう。どうにも、まだ私達の知らない情報が隠されていそうな気がして、ね」

 

「········協会や大師父でもわからない何かがあるとでも言いたいんですの?」

 

「まさか、そこまでは言わないわ。ただちょっとわからないことが多すぎてどう話したらいいのか悩んでるだけ。そこまで大事ではないわ」

 

 

と、そこで遠坂の言葉が途切れた。

 

違和感に気付いたのだ。

 

 

「················」

 

「················」

 

 

二人の間には言葉すらなかった。

 

理由は単純。静かすぎるからだ。

 

この豪邸は一見すれば豪華な豪邸だが、実際は魔術師が作り上げた工房・城塞である。魔力が外に漏れないように入念な計算、認識阻害の結界もキチンと張られた上で建てられている。それ故に、外にまで魔力が漏れる事は本来ならあり得ないのだ。

 

なのに、

 

 

(··········気配が)

 

 

消えているのは屋敷の周りに漂う魔力。いや、正確には消えてはいない。漏れているといった感じで、魔力の流れが変わっている。

 

そして人の気配。

 

いつの間にか、屋敷のメイド達の働く音が止んでいる。何らかの手段で人の思考を操られた。それも、仮にも主席候補のルヴィアの目をかいくぐるほどの高精度で。

 

 

「··········」

 

「··········」

 

 

言葉なく二人は話し合う。

 

先に気付いたのは遠坂ではあったが、全ての事態を把握し終えたのはルヴィアであった。ルヴィアが指を鳴らすと、ルヴィアのすぐ後ろに“一人の男”が現れた。

 

この男はルヴィアの執事である。

 

白髪に髭を蓄え眼鏡をかけた老人。かなり引き締まった体つきをしており、体には無数の古傷がある。その執事に指先だけで挨拶すると、彼はただ無言で頷いてそのまま何処かへと静かに消えていった。

 

周囲を警戒する遠坂は、ある感覚を新たに得た。

 

それは圧迫感。

 

地下鉄のホームで列車が近づいてきた際にやってくるような空気の塊にも似た感覚。ただ単純に『強大なもの』が近づいてくることで巻き起こる、余波のような何か。

 

遠坂とルヴィアは窓から静かにそちらの方へと目を向ける。

 

そこには、

 

 

「あれは··············っ!?」

 

「ッ!?」

 

 

赤髪のスーツ女性が、外からこちらを睨んでいる姿があった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「················ッ!?」

 

 

クラウド・ストライフの目に光が飛び込んでくる。

 

光が目に入ってきたことで、その視界の先にある景色を瞳を通じて脳内に投影されていく。だが、その景色を見ても自分が一体どこにいるのかは把握できなかった。それどころか、特定すらできなかった。自分が横になっているのは、ベッドだったもの。かつては高級感あふれる寝具だったのだろうが、今は足の部分から崩壊しており、ベッドの形をかろうじて保っている状態だ。

 

見覚えはない。

 

周りを一周回って見ても自分が今どこにいるのかわかっていない。ここが具体的にどこだかはわからないが、住宅街にある家なのだろうか。小さな寝室のような四角いスペース。壁際にある棚の上には、自分の装備が置いてあった。

 

何かと疑問形になっているのには理由があった。

 

そもそも、屋根がない。

 

四方の壁の内、外に面した一面がごっそりと砕けて消えてしまっている。瓦礫の散らばる室内に、焦げ臭い匂いが鼻についていた。

 

頭上に星空が輝いているところから察するに、今は夜のようだが、それにしては砕けた壁の向こうに広がる景色が妙に明るい。日没の瞬間のような、地平線の向こうからぼんやりと薄いオレンジ色の光が漏れているように見えるのだ。

 

 

「こ、こは········?」

 

 

痛みが身体中を走り抜ける。

 

耐えられない痛みではない。しかし意識を保てるかまだわからない。目覚めたばかりの上に痛みまであって意識が混濁してしまっている。壊れた家で寝かされている、この状況だって現実味がなさすぎてついていけない。

 

ただ何となくわかるのは、今この場にいるのは危険だということだ。

 

現状から見て、おそらく崩壊したのはつい最近。それも数秒ほど前くらいだ。おそらく自分は崩壊する前のどこかの家で寝かされていたが、原因不明の事態によって家は崩壊し、その拍子に自分の寝ていたベッドまで壊れてしまい、その時の衝撃で目を覚ましたんだろうと憶測する。

 

真下には錆びついた不発弾が埋まっている地面の上にテントを張って、ここは安全だからゆっくり休んでいきなさいと言われたように、何か絶対見過ごしてはならない現状が起きてしまっている。

 

と、そんなことを朦朧とした意識の中で考えている最中、

 

 

「········っ!?」

 

 

何かの気配を感じ取った。

 

気配の震源地はおそらくこの建物の外。それが原因でこんな状態になったのだと推測される。

 

 

「················ぐっ!!」

 

 

ダラリと下がった己の手に、次第に力が戻る。

 

意識が戻るに呼応して、頭の中に血液が巡るのがわかる。

 

影。

 

少女達。

 

クラウドはあの影の一体に投げ飛ばされて意識を失ったが、おそらく彼女達の戦いは続いているはずだ。そうであって欲しい。もちろん『気を失っている中で彼女達は無事に勝利していた』という可能性もゼロではない。しかし、彼女達には悪いが、どうしてもそのビジョンは頭に浮かばない。

 

あの影は一部とはいえ、怪物だった。

 

そしてこの気配の感じ、おそらく影とは別の存在。そしてその影よりも強い。現状から察するに、新たに敵が追加されたと見える。

 

自分のような意識が回復したばかりの奴が立ち向かったところでどうにかなるわけではないのはわかるが、それでも戦力が少しでも多いほうがいいに決まっている。

 

 

「················っ!!」

 

 

クラウドは立ち上がる。

棚に置いてある六つの剣を腰に収めていく。

 

わけのわからない事が起きている現状でできるのはそれしかない。

 

名もなく、英雄になれなかった英雄は剣を取る。

 

名も知らない少女達を救うべく、事情も何も知らないままクラウドはさらなる戦いの道へと突き進む。

 



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第6章

 

 

「え? 何か言った?」

 

 

突然、イリヤが何かに気づいたように顔を上げる。

 

 

「? どうしたのイリヤ?」

 

「なにが?」

 

『なんですか?』

 

 

美遊とクロとルビーが訊ねるが、イリヤは特になにも答えることなく首を傾げる。

 

 

「·········あれ?」

 

『空耳ですか、イリヤさん?』

 

「ボケるには早すぎるんじゃないー?」

 

「うぬぬ·········」

 

 

イリヤに瓜二つの少女、クロはベッドに寝転びながら雑誌を読む。そのベッドの下で、クローゼットの中から取り出して持ってきた机の上で宿題を黙々とやっている美遊は二人の会話を聞きつつ、目の前の課題に集中する。

 

 

「それより水着は決めたの?せっかく海で誕生会開いてくれるんだからニュー水着買うんでしょ?」

  

「んー、欲しいところだけどセラが買ってくれるかどうか怪しいところなんだよね······」

 

 

アインツベルン家には、メイドの“リズとセラ”がいる。

 

リズはとにかく不思議ちゃんで、無表情ながら変な動きをしたり問題発言をポロっと言ったりするような奴でよく家でくつろいでいるのだが、しっかりもののセラがアインツベルン家の家事を一手に引き受けている。当然、お金の管理もセラがしているためイリヤ達は彼女に頭が上がらないのだ。

 

 

「『では、それが誕生日プレゼントということでいいですね?』とか言いそう」

 

「あはは言うねー。セラってばメイドのくせにケチだから。ま、私はお小遣いで好きなのいくらでも買えるけどー」

  

「えっ!? ど、どういうこと!? なんでそんなにお金持ってるの!?」

 

「ちょっと前までお金持ちの家の子でしたからー?」

 

「ルヴィアさん!?」

 

「月のお小遣いとして十万円もポーンと渡してくれたわ」

 

「じゅうまん·······っ!?」

 

「ミユの方はもっと凄いわよ、メイドの給料があるからね。もう三百万以上貯めてるんじゃないかしら。ねぇ、ミユ?」

 

「·········別に」

 

「さん·········っ!?!?」

 

 

イリヤは衝撃的な額に驚愕し、その重みを擬似的に体験するかのように打ちのめされる。

 

三百万という巨額の重みを知ったイリヤはゆっくりと立ち上がり、静かに課題に取りかかっている美遊に近付いて言った。

 

 

「ミユ······」

 

「? 何、イリヤ?」

 

「私·········ミユと友達になれて良かった」 

 

「「······」」

 

 

イリヤの目に諭吉が宿っておられる。

 

明らかに別のものに目が眩んでいるイリヤは、瞳を輝かせながら美遊に眼光を浴びせ、その手を優しく包み込む。

 

 

「······イリヤ」

 

「あなた、それ今言うには最低のセリフよ」

 

『魔法少女にあるまじき現実主義ですね』

 

 

イリヤのその最低な台詞に、適切なツッコミを入れるクロとルビー。

 

美遊に至っては苦笑を浮かべるしかできなかった。

 

 

「はぁ、まぁいいや。ルヴィアさん家のお金持ちっぷりは今に始まったことじゃないし。水着はセラの機嫌がいい時におねだりしてみる方向で」

 

「殊勝なことねー、まぁ頑張りなさい」

 

 

クロはイリヤのベッドで猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしながら話す。その様子を見ていたイリヤは、危機感を持っていないクロに対して注意する。

 

 

「それよりクロ。あなた人の部屋でゴロゴロしてるけど宿題はやったの?」

 

「人の部屋っていうか私の部屋でもあるんだけど」

 

「まだ言うか·········」

 

「宿題ならホラ、イリヤとミユが今やってるし」

 

「写させないからね!」

 

「宿題は自分でやるべき······」

 

「あーあ、二人とも口うるさくてドケチ·········ぶー」

 

 

口を3の口にしてむーっと尖らせて不貞腐れるクロに、我慢ならなくなったイリヤが反論する。

 

 

「な······なんですと!? もう! ちゃんとしてよね! クロが怒られる時ってなぜかいつも私もセットにされるん······だ···から·········」

 

「·········イリヤ?」

 

「? なに??」

 

 

イリヤはどうにかしてクロに宿題をやらせるようにとあらゆる手段を使って説得しようと試みたが、その途中で思考が途切れた。

 

音が聞こえたからだ。

 

急に黙ったイリヤに、クロと美遊は首を傾げる。

 

 

「やっぱり聞こえた·········! 変な音!!」

 

「は? 何も聞こえなかったわよ? また空耳·········」

 

 

その時だった。

 

ズンッ! と。

 

轟音を中心とした戦闘の物音が、突然ピタリと止まった。大富豪の屋敷が本来待っているであろう、耳が痛くなるような静寂がゆっくりと戻ってくる。

 

そしてまた数秒後、

 

ズンッ! という振動音がイリヤ達の身体の芯を揺らす。

 

 

「イリヤ······」

 

「うん·········これって」

 

「ルヴィアさん家から········?」

 

 

ようやく、全員が異常事態に気付いたらしい。

微かな振動音が向かい側のエーデルフェルト家から聞こえた。この時間帯ではまずありえない轟音が鳴り響いている。

 

認識阻害の結界があるとはいえ、ご近所の迷惑にはならないように配慮している家からここまで届くほどの衝撃。

 

イリヤとクロと美遊の三人は顔を見合わせると、急いで正門の方へと走った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「あれー? なんともないね·········」

 

 

宿題を一時中断して自宅から出てきたイリヤとクロと美遊は、門の格子からエーデルフェルト邸を覗きこむ。

 

しかし何の変化も見られなかった。

 

いつものようにそこには大きな屋敷が建てられており、轟音が鳴り響くような要素は何一つなかった。

 

 

「気のせいだったのかな?」

 

 

首を傾げるイリヤ。

だがそれにクロと美遊は首を横に振る。

 

 

「······いえ、確かこの家には認識阻害の結界が張られているから、外からじゃ分からないわ。中で何か起こっても、普通は外の人間に気付かれる事はないの」

 

「近隣の人に魔術の存在を知られては行けないから、普段はいつもの様子の光景を外側に映し出しているから確実に中では何か起こっている」

 

 

クロと美遊がその可能性を一蹴する。

 

その説明を聞いたイリヤは一つの可能性にたどり着く。

 

「ということは、さっきのは·······」

 

『想定以上の【何か】が起きた······ということでしょうか』

 

「「「·······」」」

 

 

イリヤの代わりに代弁してくれたルビーの言葉に三人は息を呑む。

 

たしかに、外から見ただけではいつもの光景が映っているようにしかみえないが、魔術に深い関わりがある三人はこの中から微かに感じ取れる魔力の残滓に気付いていた。

 

どう考えても、異常が起きている証拠だ。

 

 

「·······開けるよ」

 

 

冷や汗をかきながらも、クロは恐る恐る門に手を掛ける。

 

イリヤと美遊は息を呑みながら頷く。

 

そして、門がゆっくりと開かれる。ギギィ、という軋む音が鳴り、内側に開かれていく門。

 

そして、三人はここでようやく正しく状況を認識する。門の向こうでは、想像を絶する光景が広がっていた。

 

豪華な造りで、見る者を圧倒していたエーデルフェルト邸、それがどこにもなかった。

 

いや、あるにはあった。

 

しかし、街路樹はなぎ倒され、敷き詰められていた通路のレンガはえぐられ、吹き飛ばされており、芝生にはところどころクレーターができて、あれだけ立派だった家屋も、まるで震災にでもあったかのように、天井から叩き潰され、無残な姿になり果てていた。

 

思わず絶句するイリヤとクロと美遊。

 

そんな彼女達の視界の中に、潰れた屋敷を背にしながらゆっくりとこちらに歩いてくる“女性の姿”があった。

 

髪をベリーショートに切り揃え、ピシッとしたスーツ姿をした男装の麗人。背中には図面か紙面ポスターでも入れるような筒を背負っている。

 

雄々しく歩いてくるその女性からは、敵意が感じ取れた。幼い子供達でも感じ取れるような尋常ではないほどの敵意。

 

それがそれぞれの胸を貫いたとき、思わず一歩引いてしまっていた。

 

それでも、彼女は構わず話しかける。

 

 

「······侵入者の警告音が鳴りませんね。見たところ子供のようですが、貴女達も関係者のようだ」

 

 

重い声で告げられる言葉。

敵意の他に殺気すら伴ったその声に、思わずイリヤ達は身を竦める。

 

 

(な······なに········!? この人······ッ!?)

 

「援軍だとしたら、一足遅い」

 

 

それが合図。

 

次の瞬間には女は背に背負っていた筒を置いてけぼりにするかのように捨て、通路のレンガを粉砕するほどの脚力で地を蹴り、距離を一気にゼロにまでさせる。

 

いち早く反応したのは、クロであった。

 

 

「!!」

 

 

とっさに投影(トレース)という短い詠唱を唱えると、クロの手に現れる干将・莫邪。繰り出される連撃の拳を、クロは両手に構えた黒白の剣で防ぐ。

 

女が繰り出した拳を、クロはどうにか弾く事に成功するが、

 

 

「······ッ!? 素手·······!?」

 

「ほう」

 

 

重い金属でも当てられたかのような衝撃に、クロの右手は麻痺を覚える。クロはなんとか防いだものの、その一撃を防いだことに女は意外そうな顔を見せた。

 

防がれるとは思っていなかったのだろう。こんな幼い少女に、自分が遅れを取るはずがない、と。

 

しかし、相手はどうやら一筋縄ではいかないようだ。ならばもう、容赦はしない。

 

臨戦態勢へと切り替えたクロはアーチャーの姿に変身し、呆然としたまま突っ立っているイリヤと美遊に声をかける。

 

 

「イリヤ! ミユ!! ボサッとしない! こいつは敵よ!!」

 

「うっ、うん! ルビー!!」

 

「サファイア!!」

 

『『·······ッ!!』』

 

 

しかし、ルビーとサファイアは返事をせずその場に浮遊したまま

 

 

「······ルビー!?」

 

「どうしたのサファイア!?」

 

 

イリヤと美遊はそれぞれの相棒に呼び掛けるが、ルビーとサファイアは戸惑っているのか、返事をしない。

 

その間にもクロと女の戦いは続く。

 

クロは双剣で彼女の攻撃を受け流していく。ほぼ一方的に攻撃を受けるのみで、女性は目にも止まらぬ早さで鋭い拳を当て続ける。

 

連撃を繰り出され、クロも干将・莫邪で対抗するが、防戦一方で攻撃できる隙がない。

 

女の拳の速さと、重さが桁違いなのだ。

 

 

「こいつッ!!」

 

 

クロは起死回生の一手として強引に反撃に出る。

 

女性のグローブには硬化のルーン魔術がかけられている。並大抵の攻撃では傷一つつかない強固さを持っているのだ。

 

だからこそ、クロはその攻撃を逆手に取った。

 

女が繰り出した拳に合わせ、足を蹴りつけ空中で宙返りすると同時に、大剣を数本を投影して地面に向けて射出する。

 

壁を作り出すように女性の眼前に突き刺さる剣達。

 

だが、それらはなんの意味も為さなかった。

 

女性は何の問題もないように右手を無造作に横なぎに振るい、地面に作り出された壁を一瞬にして砕け散らした。まるでバターを切るかのように、簡単に砕いていく。これだけでもこの女の戦闘力がどれだけ桁違いであるかが、良く分かる。

 

だが、クロが狙ったのはその一瞬の隙であった。

 

砕け散る欠片の向こう側に、弓を構えた少女の姿があった。

 

 

「バイバイ」

 

 

そう言い放つと同時に、魔力が込められた矢が放たれた。並の人間が食らえば、一溜まりもない威力。

 

それを見据えていた女性は、ただ一言、こう告げた。

 

 

「その戦法は、()()()()()()

 

 

矢が直撃する直前。

女性は驚くべき方法でその攻撃を回避した。

 

命中直前、女性はただ迫り来るクロが繰り出した一撃を片手で軽々と掴んで止めてしまった。

 

 

「「ッ!?」」

 

「デタラメ······すぎるわ」

 

 

もはやそれは人の常識には当てはまらない。

 

やっていることが、人間としてのルールを越えているのだ。

 

 

「返しましょう」

 

 

そう告げると、彼女は放たれた矢を投げ槍のようにして投げ返す。

 

 

「ッ!?」

 

 

クロは避けれもしなかった。

彼女の放つ一撃が音速を越えていて、回避する暇も与えなかったのだ。着弾と同時、クロはそのまま崩壊した屋敷の方へと吹き飛ばされる。

 

 

「「クロ!!」」

 

 

イリヤと美遊の二人が吹き飛ばされたクロの名を叫ぶ。

 

何も出来ず、戦いを任せっきりだったことを嘆き、いよいよ二人は自分達の相棒であるステッキを掴み乱暴に振る。

 

 

「ルビー! ルビー! どうしちゃったの!? 早く転身してクロを助けなきゃ!! ねぇってば!?」

 

「サファイア!?」

 

『『······』』

 

 

イリヤと美遊が必死に叫んでも、二つのステッキは応答しない。

 

 

五芒星(ペンダラム)に鳥の羽、どうやらそれらがゼルレッチ卿の特殊魔術礼装のようですね」

 

 

女性はグローブをはめ直し、指をゴキゴキと鳴らしながら脅迫するように話し出す。

 

 

「なぜ貴女達が持っているのか分かりませんが······抵抗しなければ身の安全は約束しましょう」

 

「あなたは······いったい······ッ!?」

 

 

イリヤが疑問の声を上げるも、それに反応したのは女性ではなく、今まで沈黙を貫いていた相棒のステッキだった。

 

 

『······彼女の名前は“バゼット・フラガ・マクレミッツ”。魔術協会に所属する封印指定執行者で、私達がやってきたカードの回収任務······その、“前任者”です』

 

 

ルビーの説明と共に、バゼットという女性は臨戦態勢を整えたのか拳同士をぶつけ合い冷たい金属音を響かせる。

 

 

「前任者······って?」

 

 

ルビーのその言葉の意味をよく理解できなかったイリヤに、サファイアが説明する。

 

 

『不思議に思ったことはありませんか? 私達が回収任務を始めた時、最初から手元に二枚のカードがありましたでしょう? 『アーチャー』と『ランサー』······それを仕留めたのが、彼女です』

 

「「······ッ!!」」

 

 

イリヤと美遊は目を見開く。

 

そうだ。

 

そう言えば確かにおかしいと思っていた。何故既に手元にアーチャーとランサーの二枚のカードがあったのかを。

 

ひどく単純な話で、既にもう誰かが仕留めていたのだ。

イリヤ達がルビーやサファイアの力で、更には凛やルヴィア達、全員の力を合わせることでようやく倒したほどの黒化英霊を、たった一人で。

 

それが今目の前にいる女性、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 

イリヤ達は、黒化英霊の恐ろしさを嫌という程知っている。どれもとんでもない強敵だった。それを皆で協力して必死に倒したというのに、この女性は一人で二体も倒した。

 

その事実に、二人は戦慄する。

 

 

「そう、カード回収の任務は私が請け負っていました。ですが、回収開始後まもなくゼルレッチ卿が介入。私は任を外されました」

 

『任務は凛さんとルヴィアさんが正式に引き継いだはず········それがなぜ今になって貴女が出てくるのですか?』

 

 

冷や汗をかきながら訊ねるルビーに、バゼットは目を瞑りながら答える。

 

 

「上の方でパワーゲームがあったと言う事です」

 

 

魔術協会の上層部ではいくつもの派閥に分かれ、権力争いが常に行われている。どうやら今回の騒動は、その関係で生じたものらしい。

 

 

「すでにこの屋敷からは四枚のカードを回収しました······しかし、足りません」

 

 

拳を重ね合わせ、鋭い金属音を響かせる。

 

 

「残りのカードを持っているのなら渡しなさい。抵抗するならば強制的的に回収を執行します」

 

 

その言葉に、身構えるイリヤ達。

 

 

『······クロさんとの戦いを見ましたね? 彼女は素手で英霊に匹敵する正真正銘の怪物です』

 

『今のミユ様達では勝ち目はありません·······どうなさいますか?』

 

 

それはもはや確認だった。

 

勝ち目はない。

 

そうだとわかっていても、二人の相棒は敢えて闘志を振るい立たせるために、最終確認をする。

 

そして、二人の答えは決まっていた。

 

 

「ルビー·······転身お願い」

 

「サファイアも·······」

 

『正直言って今のイリヤさん達に勝算はありません。彼女の目的がカードだというのなら素直に渡すのがベストです·······』

 

『それでも、やりますか?』

 

 

その言葉に、二人は強く頷いた。

 

 

「ルビー!!」

 

 

そのときイリヤが叫ぶ。

 

 

「今まで何度も危ない戦いがあったよ。ミユなんか一人で死地に残ったこともあった。私達は命懸けでカードを集めたんだ。それが前任者だか知らないけど、勝手に持っていかれるなんて納得いかない」

 

『イリヤさん·······』

 

「でも、それよりも······ッ!!」

 

『ミユ様········』

 

 

イリヤと美遊は崩壊した屋敷の前に倒れているクロを見る。

 

そして二人は、拳を強く握り締めた。

 

岩をも砕き兼ねないほどの力で。

 

 

『········やれやれですね』

 

 

そしてイリヤと美遊の姿が閃光に包まれる。

 

転身を済ませた二人は、覚悟を決めたように、目の前の敵に向かってこう宣言する。

 

 

「「私達の友達を傷つけた。それだけは絶対許せない!!」」

 

 

イリヤと美遊の姿を見たバゼットは呟く。

 

 

「·······先程の少女の力、あれは間違いなくアーチャーのものでした。そして貴女達はゼルレッチ卿の礼装を使う。なにやら事態は協会の認識以上に混沌としているようですね。しかしなんであれ、私の仕事は変わりません」

 

 

グローブをはめ直すと、バゼットは言う。

 

 

「さぁ、始めましょうか」

 

 

その言葉が戦闘開始の合図だった。

 

バゼットが、全力を持って迫り来る。

 

グローブかけられている硬化魔術の一撃が、二人の眼前にやって来る。

 

光が吹き荒れた。

 

イリヤと美遊が身構えた······その時だった。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

ガキン!! と。

 

両者の間に、重たい音が鳴り響いた。

 

ハッと、イリヤ達は顔を上げた。

 

善悪強弱問わず、魔術という特殊な力がかけられていても問答無用で防いだ音。それをしたのはイリヤでも美遊でもなかった。

 

 

「······え?」

 

「······ッ!?」

 

 

二人は目を見開く。

 

自分の口から漏れでた言葉が耳に入り、それをきっかけにするように、全ての現状を把握出来た。

 

黒化英霊をも打ち砕く一撃が迫ってきていたにも拘わらず、正真正銘、その一撃は簡単に防がれていた。

 

これまで通りの風景。

 

そして、その中心に立っているのは、

 

 

「······何者ですか、貴方は?」

 

「······ただの、運び屋だ」

 

 

クラウド・ストライフ。

 

バゼットの魔術攻撃を真正面から押さえつけ、幼い二人を守るように壁となって立ち塞がった青年がいた。

 

 



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