好きな勝負師キャラで雀卓を囲ませてみた (ゾネサー)
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喰【であう】

「ヤコ! 食事に行くぞ!」

 

 ある日の放課後だった。突然……なのはいつものことだけど、あろうことかネウロが私を食事に誘った。普段の私なら、訝しんだだろう。だが、その日の私は普通では無かった。あろうことか遅刻を回避するために朝ご飯を抜いてしまったのだ。お腹が空いていた。ネウロはそれを見抜いていたんだろう。私の二つ返事のスピードにも負けないくらいの速さで、それを発動させた。

 

「魔界777ツ能力(どうぐ) 気まぐれな招待状(イビルレター)……」

 

 暗闇が私達を包み込んだ。……いや……正確には私達だけでは無かった、みたい。

 

 ある日の放課後だった。僕は自分の部屋でデッキを調整していたんだ。明日城之内君達とデュエル大会を開くことになっていたからだ。明日を楽しみにしながら、魔法カードを1枚入れるか入れないか、そんなことをもう一人との僕と相談していた時だった。暗闇が僕達を包み込んだかと思うと、一筋の光が奥へと続いていたんだ。明らかに僕の部屋ではない、別の空間。

 

「何者かが俺達を呼んでいるようだな」

 

「行くしかない……みたいだね」

 

 僕達は戸惑いながらも、導かれるように光のロードを進んでいったんだ。

 

 ある日の放課後だったのだ。あおいはピッチャーとしてマウンドに立っていたのだ。

 

「にゃんこボールなのだ〜!」

 

「…………」

 

「ああっ! あっさりホームランにされたのだ〜!」

 

「……あおい。そろそろ真面目にやろう」

 

 今日はコンビ練習であおいはいつものように九十九と組んでいたのだ。そろそろにゃんこボール2号をお披露目しちゃおう、なんて考えていた時だったのだ。暗闇があおい達を包み込んだのだ。九十九は困惑してるけど、あおいは実は既視感があったのだ。夢か現か、それすらも分からないけど、確かな記憶。土管のような穴の先で、キツネと繰り広げたチンチロリン。あの光の先には同じような光景が待っている気がしたのだ。

 

 時間は覚えていない……。闇が迎えに来た。

 

「うわっ! どうなってるんすかこれ!?」

 

「さあな……」

 

「さあなって……。そんな他人事みたいに……。どこからも出れないんすよ〜!?」

 

「出口ならあるだろ。目の前に……」

 

「目の前って……ええ〜!? ちょっ、待ってくださいよ! アカギさーん!」

 

 治が騒いでいるが、進む他に選択肢が無いのは明らかだ。わざわざ不吉な光が照らしてくれている。オレは進んだ。

 

「料理はどこ……?」

 

「味わえるのはもう少し先だ。イビルレターの案内先は招集された者の勝負を成立させる場所……。もっとも我が輩、どちらも指定していない。インスタントを喰らうつもりはないからな」

 

「……!!」

 

 私はようやく気付いた。これはネウロの食事だ。海鮮料理か、中華料理か。バイキングなら略奪者(バイキング)扱いされないように気を付けなきゃと、楽しみにしていたのに。

 

「……でも『謎』じゃなくても食べられるの?」

 

「勝負で生み出される謎もある。……そうだな。ヒステリアの爆弾に近い」

 

(……なるほど。知性・悪意・向上心が欠けることなく、詰まってるってわけね。爆弾も、勝負事も)

 

「……さあ、着いたぞ。ここが……今日の料亭だ」

 

「えっ!? ここって……?」

 

 トンネルのような永遠に続くかと思われた空間は意外にもすぐに開けた。その先にあったのは……雀卓だった。

 

「ほう……。麻雀か」

 

「やったことあるの!?」

 

「無い」

 

「無いって……勝負成立させるとか言ってたのに!?」

 

「ランダムに選んだ者が共通して精通している勝負などあるものか……。あくまで成立させるだけだ」

 

(さすが魔界の道具……。相変わらず融通が効かないっ!)

 

「あんたはそれで平気なの……?」

 

「我が輩を誰だと思っている……? 魔界の謎を喰い尽くした男だぞ——」

 

 私は、息を呑んだ。麻雀は詳しくないけど、知恵を使った勝負であれば、ネウロは負けない……。そう思えたからだった。

 

「わっ! こんな空間に繋がってるなんて……。それに君達は……?」

 

「麻雀なのだ……!? やっぱりあおいの勘は当たってたのだ!」

 

「まさか本当に賭け事とはね……。この方達は……?」

 

「誰なのだー?」

 

「……ああっ! これって……! なんでこんなところに……!? って他にも人がっ……!?」

 

「ククク……」

 

 鬼が出るか蛇が出るか……そう思っていたが。一見愛想の良い、物の怪の巣だな……。

 

「アンタがオレの相手か?」

 

「いえいえ! わたくしは先生の助手でございます」

 

「ちょ、ネウロ……!」

 

「ふーん……。オレ達を呼び寄せて、何が目的だ……?」

 

「え! アカギさん……! この人達ももしかしたら僕らと同じかもしれませんよ!」

 

「落ち着きすぎている……」

 

「は……?」

 

「動揺が皆無……。ここまで異様な手段で連れて来られて、見知らぬ者が現れたら普通お前のように警戒する。この二人にはそれが見受けられない……」

 

「うっ……!」

 

(ね、ネウロ! いきなりバレちゃってるよ……!?)

 

(……ふむ……)

 

「……お察しの通り。招かせていただきました」

 

「目的は?」

 

「見ての通り。打ってもらうだけで構いません」

 

「…………」

 

 ……分かることの方が少ないが、分かることもある。今オレ達に逃げ道は無い。そして後にある保証も無い。この言葉が嘘であれ、真実であれ。道は一つ。歩くさ。オレはオレらしく……!

 

 これから始まるゲームと良く似たものを僕は知っている。でも、なんだろう……。似て非なるもの、そんな感じがしたんだ。

 

(だな……。これは闇のゲームじゃない。俺もそう思うぜ。……だが)

 

(うん。それでも何が起こるか、分からない。目の前のゲームに集中しよう)

 

(ああ)

 

 

 あの時と同じように大事なものを賭けさせられるのだろうか。片付けたばかりの夏休みの宿題で済めばいい。両親そのものや家族との記憶などを賭けられては堪らない。あおいの中には期待と不安が入り混じっていたのだ。来るまでは期待の方が大きかった。いざ来てみれば……不安が心の中に広がってきた。

 

「……約束してほしいことがあるのだ」

 

「なんでしょう?」

 

「もしあおいが1位になったら、みんなを元の場所に返してほしいのだ」

 

(……丁度いい)

 

「宜しいでしょう。1位になった者のみ、敗者に要求を一つ行う。敗者はそれを断ることが出来ない。これをルールとします」

 

「その言葉、努努(ゆめゆめ)忘れちゃだめなのだ」

 

「あおい……」

 

 九十九がなんとも言えない表情で見つめてくる。分かってるのだ。こんな口約束に大して意味はないことを。それでも、確認せずにはいられなかったのだ。

 

 説明しても信じてもらえないだろうけど、ネウロの言うことは本当だ。ネウロはただ人間の可能性を垣間見たいんだ。あるべき段階をすっ飛ばしているけど、ネウロは人を殺さない。帰さない、というだけじゃなく。記憶なんかを賭けたりもしない。忘れるということは、進化をも忘れてやんわりと死ぬということだからだ。

 

「……質問が済んだところで、ルールの説明といきましょう。といっても単純です。半荘戦をやっていただきます。トビは無し。任意のタイミングでパートナーとの交代・相談も可能です。望むのであれば、他グループへの会話を遮断する仕掛けが施されています」

 

「交代って……。あの男の子だけ、一人なのだ」

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ」

 

「え?」

 

 どうやら彼女は年齢的には先輩に当たるみたい、そんなことを考えながら僕は首から下げた千年パズルに手を伸ばした。

 

「……俺達は二人で一人だ。どうやって貴様がそれを見抜いたか、気になるところだがな」

 

「ふふ……」

 

「……??」

 

 ちょっと喋り方が年上兄ちゃんぽくなったけど、男の子が一人なのは変わんないのだ。……よく分かんないけど、納得してるみたいだから触れずにおくのだ。今分からないこと全部を分かろうとする余裕なんてないのだ。

 

「さぁ……俺とゲームをしようぜ!」

 

 俺は威勢よくそう宣言した。麻雀、というゲームのルールを知らないとは今誰も思わないだろう。あるいは結果次第で罰ゲームが執行される可能性がある。聞いても嘘を吹き込まれる可能性は低くない。それより、情報でアドバンテージを取られてしまうことを避けたんだ。

 

(大丈夫。僕達ならいけるよ)

 

(ああ! 共にいくぜ! 相棒!)

 

 こうして俺達の決闘が始まったんだ。



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筒【かこむ】

『ヤコ。お前が座れ』

 

『え……!?』

 

 前触れもなく、望んだだけで他のグループと会話が遮断される。そのことに驚く間もなく、それ以上の驚きが私を襲った。冗談でしょ……?

 

『ちょ、ちょっと待ってよ! 私麻雀なんて、一回しか打ったことないよ!』

 

『ちっ……。ルールを貴様の脳に捩じ込もうと思っていたが、いらないのか』

 

 ネウロが取り出したネジのような道具の使い道は考えないようにし、私は話を続ける。

 

『しかも家族で打った程度で……』

 

 昔運良く……いや、悪く? お父さんのプライドをズタズタにしてしまった時の苦々しい思い出が私の脳を駆け巡る。あと、その時のお父さんの凄い表情も。

 

『問題ない。ハナから貴様に技術の期待などしていない』

 

『大体アンタが打てばいいでしょっ!』

 

『ダメか……?』

 

『ダメに決まって——』

 

『ダメか……?』

 

(打たなきゃ……殺す気だ!!)

 

 押し問答は一瞬にして露と消え、私はただただ押し切られた。いつもこうだ……。

 

「おっ。聞こえるようになったのだ」

 

「あ……えと、よろしくお願いします……」

 

「よろしくなのだ〜!」

 

「あおい。相手は超常的誘拐犯の一味だ。馴れ合わない方が良い」

 

(うっ……。私も化け物に数えられてる……)

 

 私と同じくらいの年の女の子が左隣に座っていた。名はあおいというらしい。そのことに安堵を覚えたのも束の間、相手からすれば私もネウロとなんら変わらないことを思い知る。そして私は脱力感を覚えてしまった。あえて起こったことをそのまま言うなら、お腹の音が鳴っちゃったんだ。

 

「およ? お腹空いてるのだ……?」

 

「はい……。本当は食事にありつける予定だったんですけど……」

 

「ふぅむ。随分と間抜けな誘拐犯なのだ」

 

「あはは……」

 

「ほれ。干し芋を分けてあげるのだ〜」

 

「え……?」

 

 私が乾いた笑いを漏らしていると、あおいさんが私の口に干し芋を差し出して来た。お腹が空いていた私は思わず口を開いて食べてしまう。

 

「うまいっ……! これは向日葵堂のっ!?」

 

「おお〜。食べただけで分かるとは只者じゃないのだ」

 

「あおい……!」

 

「安心するのだ九十九。あおいはこう見えて人を見る目はあるのだ。この姉ちゃんはどうも悪者じゃなさそうなのだ」

 

「わ、分かってくれますか……!?」

 

「それなら、私達を元の世界にすぐに帰してほしいものだけどね……」

 

「うう……ごめんなさい。あの鬼畜男が満足するまでは、いくら私が進言しても無駄なんで……ギャ——」

 

「おや。また途切れたのだ」

 

「……なんだか、この世のものとは思えない断末魔が一瞬聞こえたような気がするね」

 

(やはりな。後ろのあの男こそが……)

 

(まずは彼を引っ張り出すところからだね)

 

 俺達は正面に目をやりながら、男に強く意識を向けていた。そうしていると先程干し芋を頬張っていた女性が戻り、ようやく左隣も会話が聞こえるようになったところで全員が卓についた。

 

(あれっ。あのアカギって人じゃないんだね)

 

(ああ……。意外だな)

 

(うう〜っ! どうなっても知りませんからね!)

 

「……準備は整ったんだろう? 配牌を始めようぜ」

 

(おっと。待たせておいて随分と挑発的な言い草なのだ)

 

「ええ。配牌は2牌ずつ山から手動で取り出す形式で、親から子へと反時計回りの順番で行わせていただきます。……ほら、先生」

 

「わ、分かったよ」

 

 ……助かったな。どうやら牌という物を用いるゲームのようだが、俺達は取り出す規定の枚数を知らない。ふむ……取り出した枚数は14、13か。親からの順番という説明だけで成立している以上、親は一人。となれば子は三人のはずだ。ならば俺も13枚取り出せばいいだろう。

 

 ——こうしてゲームが始められた。ルールの説明が終了した今、不思議なほどの沈黙の中で牌が引かれ、捨てられていく。

 

(なんだ? この文字が書かれた牌は……)

 

 遊戯達は手元の牌のほとんどは1〜9の数字を指していること、どうやらそれらは1つのみ存在するのではないこと。この二つをひとまず把握していた。が……それでも分からないことだらけだった。ちょうど今引いた字牌。それにゲームの勝利条件。

 

(……デッキの中に入れられる同じカードの上限は3。このゲームにも上限があるかもしれない。そして複数枚の投入が指すのは、手札への加えやすさだ)

 

 少ないヒントを足掛かりに遊戯は重なった牌は保持しようと考えた。そのため他の人の真似をするように、ツモった字牌を河にそっと置いた。

 

(……ええい! アカギさんは好きにやっていいって言ったんだ。なら、もう好きにやっちゃお!)

 

「ポンッ……!」

 

(なにっ!?)

 

 アカギの代わりに席に座る治の行動に遊戯は目を見張った。自身が捨てた牌を彼が拾い上げると、自身の中から倒した同種の二牌……南を合わせて、三枚セットにして横に置いたのだ。そして手元から4つの筒が描かれた牌が切り落とされる。

 

(ポンと宣言することで相手の牌のコントロールを奪えるのか。同じ種類であることが発動条件のようだな)

 

(この異様な状況。迂闊な鳴きはしづらい。好きに打てと言われて素直に打てるのはある種才能かもな……)

 

(後のことはアカギさんに任せられるんだ! とにかくやれることをやるぞ!)

 

「チー!」

 

(むっ……!?)

 

 4のシリンダー牌は重ねにくいはず、そう思った遊戯はツモった牌を見分けがつきやすいように適当に分けたグループの中に入れると、自身の手から同様の牌を切った。すると思わぬ発声に再び眉がひそめられる。そんな彼をよそに、あおいは456の筒子を横へと払った。

 

(連続した3つの数字か……なるほどな。しかも左の奴にしなかったということは、チーは前の番の者にしか出来ないというわけか)

 

 遊戯は早くも麻雀の要領を掴みつつあった。3がキーワードと思った彼は、同じ牌を3つ重ねる・連続した3つの数字を作る。この二つを要点に手を仕上げつつあった。だが、彼はまだ知らないことがあった。

 

(この時、牌は14。3で割り切れる数字ではない。残り二つの牌で求められる工夫はなんだ……?)

 

 彼はツモった6の索子をそのまま切る。するとあおいは目を光らせた。

 

「チー!」

 

(またか……。これで……三回目だ)

 

(ふふ……好戦的な博奕猫だな)

 

 ニャアニャアと猫の鳴き声すら聞こえてくるような鳴きっぷりにアカギはさりげない笑みを浮かべる。

 

(前進するタイプか……)

 

「ロンッ!」

 

「なっ……!」

 

 赤ドラを全てに含ませた三色同順を完成させたあおいだったが、最後の捨て牌……危険牌と予感しながらも切った2萬を掻っ攫われてしまう。

 

「南混一色イッツー。7700……!」

 

(俺が奪われた牌をチラッと見たな。ナンは南のことか。字の書いてある牌と萬が書いてある牌のみで構成されている……。しかも……)

 

 遊戯は治が鳴いた南と789の萬子に目をやり、再び公開された手牌に目をやった。

 

(手を公開したということはロンは決め手なんだ。彼女の二萬と書いてある牌を合わせて1〜9が揃っている。これらは……)

 

 治の頭上に浮かんでいる25000という数字が32700となり、あおいは逆に25000から17300へと変化したことで、遊戯達は確信に至った。

 

(決着時の点数を高める効果があるんだ。そしてロンされた相手はその点数分手渡さなくてはならない……)

 

(そういうこと、だね。後はその決着の条件だけど……あの人の手を見て)

 

(俺も気になっていた……。西が2枚重なっている。俺達に割り振られている方角だから、他の者には使えない可能性も考えていたが……。なるほどな。あれが最後の条件!)

 

(うん! 3枚組を4セット、同じ牌を2つ重ねた組を1セット……! これが決着の条件だ! 全体的に龍札(ドラゴン・カード)に似ているね)

 

(つまり勝つ為にはこの決着により点数を奪い、戦いが終わる瞬間に最も高い点数を保持していればいい!)

 

(今の決着でランプが次の人に移った……)

 

(誰かがゲームを終わらせると、次に移るということか……。これを繰り返すわけだ。光明が見えてきたぜ!)

 

 

『危なかったー。混一色だと思ったから萬子と字牌は残しておいたんだよねー。良かった良かっ……ぶっ!』

 

『このゾウリムシが』

 

『相変わらず微生物から抜け出せないっ!』

 

『奴はただ役通りに手を進めただけだ。あの程度の狙い、我が輩でも読めるぞ。ワラジムシめ』

 

『我が輩ですらって……そりゃアンタなら読めるでしょ』

 

『この程度であればな』

 

『……?』

 

『今は様子見しようと構わぬ。が……その代わりよく見るのだ。分かったな』

 

『う、うん。分かった』

 

 

『8巡目の1萬切り……あれは怪しかったのだ! やっちまったのだ〜!』

 

『78が揃って両面待ちだったところをわざわざ鳴いたしね。その巡目で2萬をツモってしまったのは、アンラッキーだった』

 

『うう……その時は我慢できたのに、最後まで直感を信じられなかったのだ〜! チーせず手直しするべきだったのだ!」

 

『まさに後の祭りだね。……まだ勝負は始まったばかりだ。平常心を失ってはいけないよ』

 

『うむ! あおいらしく、ガンガン攻めていくのだ!』

 

『……まあ、それが君の平常心なのかもしれないね』

 

 

『や、やりましたよアカギさん!』

 

『一度の勝ちで浮かれすぎじゃないか?』

 

『浮かれますよ! だってあの何してくるか分からない人達の親をまず蹴れたんですから!』

 

『今回は何も出来なかったんだ』

 

『え?』

 

『捨て牌を見れば分かる。フラフラと迷った挙句、最後はベタオリだ……。闘う気配も無い』

 

『た、確かに……言われてみれば』

 

 アカギにそう言われ、治は弥子の捨て牌を確認する。実は手の整え方も甘く、弥子は相手に関係なくアガりの形からも遠かった。手としては筒子の混一色を目指せそうだが、字牌を捨ててピンフ・タンヤオのつく好形にも移れそう。そんな迷いが浮かび上がるかのような捨て牌だった。例えるならそう……二つの宝が記された地図を持ったチンケな海賊! とりあえずその辺りには向かっては見たものの、一向に辿り着けない。難航! 膠着! 停頓! 嵐とも言えぬそよ風に怯え、退却!

 

『なんだあ。そうだったんですね』

 

(浮かれていい、という話でもないが。今はまだ序盤も序盤。正体・頭角を現す瞬間を見逃してはいけない。……他の奴らも含めて)

 

『よーし! このまま波に乗りますよ〜!』

 

 先制はアカギ・治陣営。流れが良いまま親番が回ったことで勝利の波に乗ろうとやる気を出す治に対し、アカギは遠いさざ波の音に耳を澄ませるのだった。



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索【ろてい】

 配牌が終えられ、東二局が始められた。親の治から淡々と牌が置かれる音が響いていく。そんな中、遊戯達は気になっていることがあった。

 

(方角が変わった……。どうやら親は必ず東になるようだな)

 

(けど中央に表示されている方角が東のままなのは気になるね)

 

(ああ……。親の切り替えが条件ではないみたいだな)

 

 彼らは静かに、されど心の中で相談を重ねていく。もっとも相談は彼らだけの特権ではない。だがアカギは好きに打たせているため、九十九は迂闊なアドバイスはむしろ惑わせるからと、今は打ち手に任せていた。

 

(あおいの手にはドラの1索がある……。だが端牌は手に絡めにくい。捨てるなら早めに決断したいところだが。……!?)

 

(3索……!)

 

 九十九がドラ表示牌の9索を見ながら思案していると、6巡目。ツモった牌を手牌の上に置いたあおいはどうすべきか悩んでいた。

 

(7・8の索子、1・3の索子。どちらを取る? 普通に考えれば両面待ちの前者だが。既に6は2枚、9は1枚捨てられ、残り枚数は2索と同じだ。だが一度捨てたならば、再び引かれた時に捨てられやすい。やはりここは前者に分があるか)

 

(8萬・4筒・6筒の対子に近い牌をツモってたら、切ろうと思ってたのだ。けどここで3索を引いてくるのは、流れを感じるのだ! あおいは自分の直感を信じるのだ!)

 

(……やっぱりね。君ならそうすると思ったよ)

 

 決断したあおいは3索を手牌に入れると、8索を弾き出した。その選択に九十九は呆れたような、それでいて安心したような微笑みを湛えた。……そして、次巡。

 

(……来てくれると思っていたのだ……!)

 

(相変わらず、とんでもない引きだね)

 

 あおいは自らの手で引き寄せた。2索を、そして流れを。

 

(これでテンパイだ。今なら一盃口(イーペーコー)も狙えるが……5筒待ちだ。中央の牌は捨てられにくい……。ダマテンで待機し、手変わりを待つのが無難だが……)

 

「リーチなのだー!」

 

(だろうね)

 

(……あおいさん。7・8で並んでた索子を崩した。何か企んでるんだ……)

 

 弥子はリーチにビクッと肩を震わせると、あおいの捨て牌を確認する。すると連続して手から切られて並んでいる牌を目にし、阿佐田あおいという人物の人となりを感じ始めていた。

 

(1000点減った……? リーチ、ということはあと一手という意味だ。それを宣言したという意味だろうが……)

 

(加点じゃなく、減点というのが気になるね)

 

(わざわざ相手に状態を伝え、点まで減らしたわけだからな。相応のメリットがあるんだろう)

 

 一方、あおいの頭上の数字が16300まで減少したのを確認した遊戯達はリーチについて断片的ながら情報を掴んでいた。そうしていると弥子が手から安全そうな牌を切り、治に順番が回った。

 

(うっ……! 赤ドラの5筒……!)

 

 彼も前の局の勢いそのままに実は6巡目でテンパっていた。役は七対子(チートイツ)。しかしリーチしなかったのには理由があった。1索待ちだったからだ。リーチしてはドラは警戒されて出してくれないかもしれない。そんな思いから留まったが、引いた5筒を見て顔を顰め、慌てて取り繕った。

 

(危険牌だ……! これは切れない。思い切って1索を切るか……?)

 

 治は牌を一旦手牌の上に置くと、考え込んだ。そしてふと、後ろを見る。

 

(うっ……!)

 

 助けを求めようと見つめた彼にアカギの鋭い視線が突き刺さり、避けるように前に向き直った。好きなように打て、と言われた治だったが、それは自分の力で打てということでもあり、つまりは一切の相談を禁じていたのだった。

 

(……順子の目がある牌を捨ててのリーチだ。2・3索を揃えて1-4待ちに切り替えたのかもしれないし、もっと最悪に刻子狙いだってある! しかもそれなら順子を捨てる理由も生まれる……。ダメだ……! ダメっダメっ……! 1位なんだ。ドラの振り込みなんて最悪っ!)

 

 治、打7索……! 対子、そしてテンパイを崩しての苦肉の1打……! あおいのリーチに妥協! 譲歩! 屈服……!

 

(……牌を重ねることに意識を向けすぎたか。3連続のことも踏まえて、端から切った方が良かったんだ。……仕方ない。ロン、というやつを避けた方が良さそうだな)

 

(リーチの詳細もまだ分かってないしね)

 

(……! あの人達6索を早めに切ってたけど、7索を持ってたんだ。対子系の待ちだったのかな。それを切ったってことは……降りた、のかな)

 

 遊戯も手牌から7索を捨てると、あおいが一発ツモを狙って引く……が、ならず。そのまま捨てられると、弥子も再び北を落とす。

 

(うっ……!)

 

 治のツモは……5筒。そして打7索。張り直す……! 張り子の虎と化した手が一転して本物の虎へと転じる……!

 

(1索を捨ててればアガってた……。……いやいや! その前に振り込んでたらそこで終わりなんだ。これはツイてる! 赤ドラを加えて張り直したんだから!)

 

(連続して手出しの7索……これはチャンスなのだ! ……!)

 

 遊戯がツモった北を捨て、あおいの番。7索の連打を見た彼女は親が自ら流れを切った、と感じ取った。そして流れは今自分に来ているのだ、と。だからこそ、彼女は手にした牌を見てチェシャ猫のようにふてぶてしく笑った。

 

「カンっ……!」

 

「「……!!」」

 

「……?」

 

「ふっふっふ。まだ北は1枚残ってるはずなのだ! ドラ4カモンなのだー!」

 

 東を暗カンしたあおいは意気揚々と新たなドラ表示牌をめくる。

 

「むぐぐ……! 7索は全滅なのだ〜!」

 

(ううっ……。こうなると対子を落とした僕が一番損した気が……)

 

(……どうやらカン、というのは4つの牌を重ねることのようだな。これによりドラというものが発生すると。だが引かれたのは緑の6。6に対する7。そして彼女が北を望んだ理由。これらから導かれる答えは……)

 

(方角と引く順番も踏まえると、一つ先の牌がドラだってことだね)

 

(だな。そうなると最初に親が開いた牌も同様のものなんだろう)

 

「まだなのだ! リンシャンが残ってるのだ!」

 

(……! 新たに牌を引くのか?)

 

(牌は捨てていないみたいだけど……。そういえば3×4+2で14だったはずだよね)

 

(そうか。あの4枚は3枚分の扱いで、1枚不足した分を補うためのドローというわけか。……ということは、牌は1種類につき4枚が上限の可能性が高いな)

 

 遊戯は先程あおいが発した「7索は全滅」という言葉を思い出しながら捨てられた牌を確認し、その推測を確信で染めていくのだった。

 

(残りの5筒は3枚以下……! 1枚くらい誰か握ってるかもだけど、1……いや、2枚くらいは残ってるはずなのだ!)

 

 あおいは期待と祈りを込めるようにしながら王牌に手を伸ばした。実際は望み通りにいかず、九十九の危惧した通り5筒は治に2枚握られ、残り1枚。

 

(そろそろ終わりも見えてきたのだ。ここで引かなきゃ流局も……。築き上げた流れが、水の泡なのだ。けど逆に言えば、ここで引けば……!)

 

 ここが勝負の分水嶺! 勝負師として感じ取った感覚に身を任せ、あおいは迷わず牌を引き抜いた。

 

(一気にあおいのペースへと飲み込めるのだ……!)

 

「ツモなのだ〜!」

 

「ああっ……!?」

 

(ツモ……ロン以外の決着手段か。ロンと違うのは自らの手で引いた時、というわけか)

 

 残された最後の1枚は進んだ先にあった。勢いよくあおいの手牌が開かれ、高々とツモアガりが宣言される。静けさは消え去り、どよめきが場を包み込んだ。

 

「さあっ! お楽しみの裏ドラなのだ〜!」

 

(裏ドラ? ……あのセットされた牌をオープンするのか)

 

 上機嫌を隠す様子もなくあおいは両手で猫が手を丸めるようなポーズを取ると、ドラ表示牌の真下にある牌を開いた。

 

「あっ! 3萬と……4筒!?」

 

「ふふふ、なのだ〜! リーヅモリンシャン一盃口東ドラ3! 8000・4000なのだ〜!」

 

「すごっ……! 倍満じゃん……!?」

 

(し、しまった! あの時1索を落とさなかったばかりに、こんな親かぶりを……!? 安全を買ったつもりだったのに……)

 

(……いや、これでいい)

 

 親の明確な弱みである、ツモ時に子の倍支払わなくてはいけない決まり。直撃を嫌うあまり、こちらの危険が迫る仮初の安全を品定めせず購入してしまい、治は悔いていた。が、アカギはさほど気にした様子もなく、その真意を吐き出すタバコの煙に巻いていた。

 

(……彼女のおかげで多くのことが分かったな)

 

(うん。まずはリーチ……。引いた牌を今まで一旦置いたりしてたのに、あれをしてから迷わず墓地に捨てていたこと)

 

(あの宣言後はあと一手という状態を崩してはいけない、というわけだな。そしてリーチによる決着で、裏ドラというものが明かされた。恐らくあれがリーチによる特典なのだろう)

 

(僕もそう思うよ。リーチはロン、というものを避けにくいリスクが発生してる。となると相応のリターンが必要……あれはツモ、によるものじゃないはず)

 

(同感だ。ツモとロンの違いも明確にあったな。8000・4000……親は8000点。子は4000点。つまりロンは対象となる相手に、ツモは全員に支払わせるんだ)

 

 彼らの頭にある数字が変動していく。弥子・遊戯は同様に21000に減少。治は32700から24700へ。対してあおいは16300から33300へと増加していった。リーチで支払った1000点も戻ってきていることを確認しながら、遊戯は今回の点数の高さを感じていた。

 

(ドラ、の条件は確認した通りだが。その意義はドラ3と言っていたことからも、得点ボーナスが入ると見ていいだろうな)

 

(うん。さっきの人より点が高い理由にもなるね。リーヅモリンシャン。これは多分リーチ・ツモ・リンシャン。状況を考えればリンシャンはカンでツモ決着をした時のことだ。イーペーコー……はよく分からないけど)

 

(気になる部分はあるが、断言はできないな。それとトン、と言った時。彼女はあのカンされた牌を見ていた。東のことで間違いないと思うが、彼女に割り振られた方角は西……となれば)

 

(この中央に表示された方角は、全員得点ボーナスとして扱えるんだ!)

 

(そういう意味だったんだな。……よし。概ねルールは把握出来たはずだ。次は俺の親……ツモで終わると損害が大きい。リスクはあるかもしれないが、攻めてみるぜ!)

 

(うん! 行こう!)

 

 そして東三局が始められた。ここまでは手探りで様子見していた遊戯達だったが、相手の攻撃を凌いだ返しのターンのように攻勢へと移ろうとしていた。そんな気概が引き寄せたのだろうか。あるいはデュエリストとしての引きの強さか。彼の手札として収められた14の牌には2対子・3順子が揃っていた。そう、テンパイだ。

 

(これは……!)

 

 彼らは心の中で顔を見合わせ、頷いた。そして唯一あぶれた南を召喚するがごとく勢いよく叩きつけ、鋭く宣言した。

 

「リーチだ!」

 

「……! ……? ダブリーじゃなく……?」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「ダブルリーチのことなのだ。ほら、1巡目のリーチは鳴きが入ってなければ2ハンつくのだ」

 

(……まずいな。鳴きもハンも何のことか分からない。とりあえず合わせておくか……)

 

「あ、ああ。そうだったな。うっかりしてたぜ」

 

「さては男の子兄ちゃん緊張してるのだ? リラックスリラックスなのだ〜」

 

(男の子兄ちゃん……凄いあだ名つけられちゃったね)

 

「だな……。もう少し落ち着くことにするぜ」

 

「そうそう。と、落ち着いてもらったところで悪いけど、どうやら流れはまだあおいにあるみたいなのだ〜」

 

「え?」

 

 人の良い笑みから一転し、わざとらしいくらいに悪い顔をしたあおいは手牌を公開した。

 

「九種九牌なのだ〜!」

 

「鬼だね、あおい……」

 

(手を見せたってことは……決着ということか? 見たところ、3×4+2の形ではないようだが……)

 

「男の子兄ちゃんも凄いけど、あおいも運には中々自信があるのだ〜。席順も良かったのだ! 字牌が少し心許ないけど、十種十牌あったからダブリーじゃなかったら、国士無双狙ってたのだ〜」

 

(字牌……文字が書いてある牌のことか。十種十牌に国士無双……そういえばやけに、1と9が多いような……)

 

「どうやら連荘する方式みたいなのだ。早速1本場に入るのだ〜。シュババッとねー、なのだ〜」

 

(最後のは私以外に伝わらないだろう……)

 

(レンチャン、1本場……まずいな。専門用語がよく分からない)

 

(……ははーん……)

 

 九種九牌とは字牌と数牌の1と9……いわゆるヤオチュー牌と呼ばれる牌が1巡目で9種類以上揃っていれば、公開することで流局とする取り決め。しかし流局そのものの意味もよく分かっていない遊戯達は、再び親として打つことを理解するまで時間がかかった。これにより先程のダブルリーチでのミスも含め、彼らが初心者であることを露呈してしまう。

 

(……怪しいな、とは思ってたんだ。やけに最初から中張牌を捨ててたし、打ち方もどこかぎこちなかった。けど降りは出来てたし、何より表情が堂々としてたから、ただ慣れてないだけだと思ってたのに……)

 

(……これで、この場にいる全員が認知したことになるか)

 

(どうやら、バレちゃったみたいだね)

 

(ああ……そのようだな。だが、恐れて何もしないよりずっといい)

 

(うん!)

 

 そのことを遊戯ら自身も分かっていた。だが彼らは伏せられたトラップに臆せず、攻めることを選んだ。裏目に出た場合、大事なのはその後の対応であることもよく分かっていた。

 

(……実質これで打つのは3回目。だが、捨て牌に明確な意思がある。早くも順応したか。麻雀は初心者でも、勝負においては真逆のようだな……)

 

 東三局1本場。配牌はまずまずだったが、比較的揃えやすい順子に意識を向けて遊戯は手を整えた。結果8巡目でテンパイの直前、イーシャンテンまで辿り着く。

 

(これで2の部分……牌の重なりが出来た。となれば3445の萬の牌と、6788のシリンダー牌……要らないのは、こっちだ!)

 

 念願のアタマを引き入れた遊戯はさほど迷わずに8筒を捨てる。これまでの経験だけで、そうした方が手を作りやすいことを感じ取っていたからだった。

 

(8は既に1枚捨てられてる。あの女の子が捨てたわけじゃないけど……)

 

 流れに乗るあおいは7巡目でリーチをかけていた。ロン……振り込みを避けるため、彼らは捨てる牌にも慎重だった。

 

(彼女は1枚目で9のシリンダー牌が出ている。手元に8があった場合、7が来たら3連続だ。あるとしたら1枚だから最初から重なっていた訳でもない。6・7並びで5と8狙いも5を捨ててリーチしているため、あり得ない。これは通る!)

 

 基本的なルールを把握したことで遊戯達は勝つための戦術を組み上げられるようになった。つまり相手の狙いを読み、その上をいく……駆け引きの場にようやく参加可能になったのだ。

 

(……くくく……。ダブルリーチを知らないなら当然、これも知らないのだ!)

 

「ロンっ……!」

 

「なにっ!?」

 

(そんなっ! 読み間違えた……!?)

 

「裏は……むぅ、乗らなかったのだ。どれかに引っかかって欲しかったのだ」

 

 そんな彼らの対応だけでは避けられない露呈の代償があった。つまり把握していない、未知の部分。そこをあおいは狙い打った。

 

「それでもリーチ一発タンヤオ……七対子(チートイ)!」

 

(先程の九種九牌はどうやら決着とはまた別の手段のようだった。だが、これは明らかな決着。だというのに……なんだ? この意味不明な手札は……!)

 

(重なってる牌が……7つ、だなんて……)

 

 彼らはこれまで3×4+2が絶対的な条件だと思っていた。そのため例外的な形である2×7の七対子に理解が追い付かず、しばらくの間呆気に取られていた。

 

「悪手だ……」

 

「え……?」

 

 アカギが小声で漏らした一言が気になった治だったが、供託も入り42600点と抜きん出たあおいに流れよく親番が回ってきたことで、彼女への警戒心を強めて今は目の前のことに集中するのだった。



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萬【ひとつ】

「リーチっ!」

 

「うわっ! もう!?」

 

「良い巡りなのだ〜♪ あかねっちのすぴにんぐたーとるくらい回ってるのだ〜」

 

(ノリノリだね……)

 

 東四局、親のあおいは5萬を引き入れたことで4巡目にして早くもテンパイに辿り着いていた。すかさず宣言されたリーチが、卓に座る三人の肩を震わせる。仕掛けられた速攻は手の整っていない三人を非常に困らせた。なにぶん捨て牌が少なく、待ちが読みづらかったからだ。

 

(西、白、1筒、8萬……ううん……情報が少なすぎて、よく分かんないな)

 

(字牌を優先して整理したんだ。メンタンピンっぽい感じはするけど……)

 

(……恐らく捨てられた牌は待たれていないはずだ)

 

 弥子は迷ってから自風牌の南を、治はピンフ・タンヤオのつかない中を、遊戯はフリテンを知らないながらも手を完成から遠ざける必要はないという理由から現物を切った。

 

「一発ツモは……ううむ、そう上手くはいかないのだ」

 

 次順、あおいは待ちを引けずそのまま中を切る。

 

(うっ。一巡の間に捨てられる牌が広がってくれなかった……)

 

 弥子の手には現物がなく祈るようにツモるも、元々種類の少ない捨て牌相手には分の悪い話だった。

 

(……仕方ない。せめて端っこの牌なら……)

 

(むっ……。安目が出たのだ。……アガれる時にアガっておくのだ!)

 

「……ロン!」

 

「げっ……!?」

 

 弥子は渋々9索を捨てたが、あおいの待ちは6-9の索子。タンヤオがつかないことに顔を顰めたが、欲張って連荘を逃したくないという心理が働き、ここは多少の減点には目がつぶられた。が、その目はすぐに裏ドラへと向けられる。早い切り替えだった。

 

「裏ドラは……。むっ! ……6萬なのだー。リーピンのみ、2900。……でも! 連荘なのだ〜!」

 

 あおいは裏ドラを引けることに喜び、手持ちに無い牌を指定されむかっ腹になり、親の恩恵がほとんどない安アガりに哀しみ、親が続けられることに一転して表情筋を緩ませた。

 

「ほっ。た、助かったー……」

 

「次はこうはいかないのだ。覚えておくのだー!」

 

「見事なまでに三下感溢れるセリフだね……」

 

(……どうしたの? もう一人の僕)

 

(いや……先程のタンヤオが気になってな。今までの手から推測するに、字牌を含めずに作ることだと考えていたんだが……)

 

(ああ……七対子の方に気を取られてたけど、そういえばあったね。ううん。確かに字牌を含んでる時には宣言されてないね。何か他にも条件があるのかな。……そういえば)

 

(どうした?)

 

(あおいさんが九種九牌を宣言した時に、十種十牌と言ってたなって……。あの時確か字牌が4つあって……残り6つに該当しそうだったのが)

 

(……それぞれの種類で揃っていた1と9……!?)

 

(……うん。十種十牌って10種類の牌が1枚ずつあるって意味でいいと思うんだ。これって字牌と同列に1と9を数えてるよね?)

 

(……確かに……。そうか! 今の手には字牌は無くとも緑の9が入っていた。つまり1・9・字牌を含まないことが条件なのか!)

 

(1・9を除いた数字が連続で並ぶと、その両横がどちらも3連続として成立する牌になる。そうなるとタンヤオは狙いやすそうだね)

 

(それにロンやツモ、の確率も上がるというわけか。なるほどな……)

 

(それと、僕はレンチャンが気になったよ。今までだったら決着がついたら次の人に順番が回っていたよね?)

 

(そうだったな。……違う点があるとすれば、初めて親が勝利したことか)

 

(あっ、そうか! ってことは……子が勝利することが次に進む条件なんだ)

 

(だと思うぜ。彼女は今調子が良い……。まず間違いなくここで荒稼ぎを狙っているはずだ。断ち切るぜ……!)

 

(うん! そうしよう!)

 

 東四局1本場が始まった。あおいは手にした14牌を見て不敵に笑い、迷わず東を叩き落とす。

 

(……おかしいな。東は彼女に割り振られた方角でもある。いきなり捨てるような牌には思えないが……)

 

(それだけ……良い手が揃ってるってことなのかな)

 

 遊戯達の予想は一部至らないが、概ね当たっていた。成立している順子は1組だが、順子の芽となる箇所に対子も見受けられ、テンパイ時のタンヤオ、また引き次第ではピンフもつきやすい。その邪魔になる東は下手にとっておいて場風牌として鳴かれても面倒なので、狙いを絞ったあおいは早々に見切りをつけていたのだった。

 

(うっ……。東……!)

 

 そんな彼女の狙いが功を奏したか、弥子は第一ツモで東を引いて対子としていた。

 

(もう一枚を待つしかないか……)

 

 彼女はもう一枚の東が出ることを祈りつつ8筒を落とす。親がいきなり切ったのだから案外すぐ出るかもしれない。そう思っていると……

 

(チャンタ系の配牌だ……)

 

 治の第一打は4索。ならばと遊戯に期待する弥子だったが、その後鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

「チー!」

 

(……! 速攻なのだ!?)

 

 2・3の索子にくっつけて遊戯は早々に鳴いてきた。落としたのは役牌の発。彼女は発も1枚握っており、冷や汗が頬を伝っていた。

 

(発なら混一色の可能性は少し減ったのだ……。……ただこの男の子兄ちゃんは初心者のはずなのだ。案外手が整わないうちになんとかしようと無理に鳴いちゃった、なんてこともあり得るのだ)

 

 警戒しつつも彼の経験値を考えれば慌てることはないか、と思い直したあおいは早速萬子の345で順子を成立させ、手拍子で3萬を捨てた。

 

「ポン!」

 

(……!)

 

「んなっ!」

 

 それを逃さず遊戯は鳴いた。他からはそう見えずとも、遊戯は先程からこの鳴きという行為に不安を覚えていた。しかしあくまで彼は堂々とした表情を浮かべる。今まで経験してきたゲームの数々が知らずのうちに彼をそうさせていたのだ。

 

(タンヤオ……? ……ま、まあいいのだ。これでまたツモが……)

 

「……! ポンッ!」

 

「むぐっ!?」

 

 遊戯が切ったのは最後の東だった。暗雲をかき消す希望の光に弥子は迷わず飛びつき、代わりに2索を差し出した。

 

(……まずいのだ。ここまではあおいの早アガりで圧倒してきたけど、この流れは……)

 

(まずいな……もし3萬が残ってなかったらこの手は……)

 

 三色同順を含めたチャンタを目指していた彼は手牌の1・2の萬子と鳴かれた3萬を見て嫌な予感に包み込まれていた。しかし速攻気配のこの場において、手の変更は難しいと感じ取った彼は一筋の光を信じてチーを宣言していた。

 そしてさらに場が3巡回った時だった。あおいも弥子も上手く手を揃えてきたところで、静寂を切り裂く攻撃宣言が響いた。

 

「チー!」

 

(3副露……!?)

 

 5筒・7筒の間に飛び込むように捨てられた6筒を遊戯すかさず受け止め、打3筒……!

 

(ぐっ……!)

 

 その次の4筒ツモであおいは345の筒子の順子を完成させ、同じく打3筒……! イーシャンテン……!

 

(……さすがに侮れないのだ。捨てられたのは発・東・9萬・2萬……そして整理した3筒……タンヤオが成立しやすいように打ってる。ネックだったはずのカンチャン待ちもクリアした……まずテンパイ。ぐぐ……あの一巡飛ばしは痛かったのだ)

 

 リードしているあおいがバラバラな鳴きにここまで警戒を露わにしているのは理由があった。その理由とはドラ。今回のドラ表示牌は7萬。よって8萬がドラ。タンヤオで使用するには9が近く使いづらいが、対子や刻子としてならば話は別。

 

(残る6萬は1枚。8萬を順子で使うには少し分は悪いはずなのだ。誰か切り離してもいいのに、まだ捨てられない……。もし男の子兄ちゃんが暗刻で持ってたらタンヤオにドラ3で8200……直撃を受けたらさすがに手痛いのだ)

 

 弥子はここで遊戯の現物である発を切り離した。これが誰にも鳴かれず流れると、治は遊戯のテンパイ気配を察して、手の完成が間に合わないことを感じ取っていた。1萬を引いたことで2萬を落として対子に出来たものの、遊戯には確実に拾われない1萬をそのまま落とし、防御へと入る。

 そして遊戯のツモ……アガるのか否か、その注目が否が応でも集まっていた。が……ならず。遊戯はツモった7萬をそのまま落とした。

 

「……! ポン!」

 

「うう……! さっきからみんなが意地悪するのだ〜!」

 

「君も良く鳴いて私の番を飛ばすけどね……」

 

 ツモの邪魔をされまくりのあおいが嘆く中、7萬を鳴いた弥子は9萬を河へと捨てた。

 

(そうか。萬子の混一色……。今のでテンパイかなあ。……! ……ここで2筒か……)

 

(これで7萬は種切れ……! 8萬を含めた順子は絶対に完成しなくなったのだ……!)

 

 彼女の捨て牌に遅れて浮かび上がっている萬子や字牌を見てその真意を探った治は3筒を切り捨てる。そして再び……遊戯のターンが回ってきた。

 

(この時を待っていたぜ……!)

 

 彼は5枚目の牌をドローすると、元々手にあった4枚の伏せ牌をオープンさせる。

 

「カンっ……!」

 

「「「なっ……!?」」」

 

 虚を突かれたように各々が目を見開く先には4枚の北があった。そう。彼は元々テンパってなどいなかったのだ。

 

(……一体何のつもりなのだ。それならさっさとやっちゃえば良かったのだ?)

 

(うっ……! そうだったんだ。焦らなきゃ良かった……)

 

「新しく開くのはここで良いんだよな?」

 

「え? あ、はい……」

 

 あおいがやっていた時のことを思い出しながら遊戯は指を差す。位置関係は変わらないことを確かめた遊戯は更なるドラ表示牌を発動させた。

 

「……! うっ……ぐっ! 2萬って……!」

 

「3萬のポンに乗ってそのままドラ3じゃん……!?」

 

「なんて引きしてるのだ……!」

 

「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ! 確かリンシャンとやらがあるんだったな……!」

 

「まさか……」

 

 続いてリンシャン牌が引き抜かれた。それと同時に遊戯はふてぶてしい笑みを湛え、手にした9萬をそのまま墓地へと捨て去った。

 

「ふふ……残念だ。さあ、お前のターンだぜ!」

 

「男の子兄ちゃん、勝負になると性格変わりすぎなのだ……! そう来るなら、今のアガりを逃したことを後悔させてやるのだー!」

 

(アガり? ……そうか。決着のことか)

 

(裸単騎ははっきりとした弱点があるのだ! 捨てられる牌の種類が限られまくる! だからテンパイまで辿り着ければ、むしろ不利なのはあっちなのだ!)

 

「……!」

 

(引くか! そこを……!)

 

 遊戯の挑発に乗ってあおいが引き抜いたのは赤ドラの5索。これが3・4・6・7の間に入り込む……!

 

(テンパイ! 後は6索か7索さえ通れば……!)

 

 あおいは興奮を可能な限り抑えつつ、一度5索を手牌の上に置いて遊戯の方を見た。

 

(……まさか、あれが6か7の索子なんて。さすがにそれは考えすぎなのだ。残してもフリテンになる9萬を捨てた以上、実質1択。……いや……まさか。わざわざカンを待ったのは……。6を捨てればシャンポン待ちで確定三色、7を捨てれば2-5-8の三面待ちでピンフがつく。今は出来ればアガりやすい後者が良いのだ。けどそれ自体が誘導されているような……)

 

 単騎待ち。それは現物以外の全てを危険牌とする待ち。低いとしても、振り込む危険は0ではない。そう、万が一の場合があるのだ。

 

「どうした? 俺を後悔させてくれるんだろう?」

 

「ぐぬぬ……」

 

「あおい。落ち着くんだ。彼は誘っているんだ……君の焦りを」

 

「九十九……。そう、かもしれないのだ。けど……」

 

(ここで現物を落とせば実質アガり放棄。今あおいは親なのだ。誘いに屈するのも安全とは言えない……。……決めたのだ!)

 

 あおいは九十九に宥められ、一度周りを見渡す。そして親番のランプとカンされた北に目をやり、5索を手牌に引き入れた。

 

(ピンチとチャンスは常に表裏一体! 今あおいが相手の立場なら、ピンチにビビって降りてくれた方が助かるのだ。幻想に恐れて相手を助ける。そんなのは——)

 

 そして対子になっている7索のうち1枚を引き抜き、彼女が得意とするにゃんこボールを投げる時のように腕が振り切られた。

 

(——勝負師の名折れなのだ!)

 

「リーチ……!」

 

 あおいにはリーチをかけない選択もあった。しかしここで弱気になることこそ相手の思う壺だと、勝負に打って出た。

 

(高目ならリータンピン三色。3萬にも乗ってくれたし、裏ドラもつきやすいから、倍満もある……! リーチしないで満貫辺りまでなら、安心を残しちゃうのだ。相手にもうあおいとは勝負したくないと思わせるほど徹底的にやるのだ……!)

 

 賽は投げられた。その出目は相手と同じなのか? 肌にひりつく空気を覚えながら、あおいは挑戦的な眼差しを遊戯に向ける。

 

「ふ……」

 

「……!」

 

 遊戯が静かに口角をあげると、あおいの背筋に悪寒が走る。——まさか、と思わずにはいられなかった。しかし視線だけは逸らさず、ただ前だけを見つめていた。

 

「安心しな。その牌じゃないぜ」

 

「……! ふふふ。当然なのだ。麻雀の神様はあおいをいつも見てくれているのだ〜!」

 

 あおいの賽は猫のように飛びつき、遊戯の賽を真っ二つに割った。割れた賽が合わさって7ということもなく、彼女らは不揃いの笑みを湛える。

 

「あおい。リーチした以上、危険は去っていないよ」

 

「分かってるのだ。でも先に危険を味わうのは、男の子兄ちゃんの方なのだ」

 

(……! 8萬……!)

 

 通ったことで弥子に順番が回る。あおいが兼ねてから危惧していたドラの8萬。実は弥子が対子で抱えていた。そして今、さらに重なりドラ3の暗刻を完成させていた。

 

(カンをしてドラが乗ったのは偶然なんだ。あの人が単騎待ちで待つとしたら……ドラの8萬! これが一番可能性が高い! 出しちゃダメだ!)

 

 加えて、弥子は先程のポンで既に混一色のテンパイに辿り着いていた。待ちは3-6の萬子。この4・5の萬子は弥子の初期配牌からあった。順子を揃えやすい心強い味方。しかしあおいの3萬を遊戯にポンで奪取され、しかもあおいが6萬をアタマにしていた事情からずっと完成していなかった。弥子はこの2牌のどちらかを落として、単騎待ちにしようか逡巡する。そうすれば対々和もつくからだ。

 

(あおいさんは……さっきと同じピンフっぽい。となるとこの2枚はいかにも危険そう。3萬を早めに切っていたけど……1-4-7、2-5-8待ちは普通にあり得るよね。さっきと違ってカンもあるし、安めでは済まなそう。そうなると切れないな……こっちにしておこう)

 

 ドラの8萬はとても切れず、かといって中央付近の数牌である2枚も切れず。弥子はもう一つの選択肢を選んだ。8萬の暗刻は維持したまま、もう一つの暗刻を対子に変える選択だった。

 

「それはどうかな?」

 

「ん……どういう意味なのだ?」

 

「俺より先に危険を味わう者がいるだろう?」

 

「え……」

 

 遊戯の視線があおいから弥子へと移る。彼女は遊戯の伏せていたトラップのトリガーを踏んでしまったのだ。

 

「ロン……!」

 

「うそっ!?」

 

 開示されたトラップは……南。

 

(きた)は……ホクでいいのか?」

 

「え? あっ……ああ。方角は東から順番にトン、ナン、シャー、ペーです」

 

「ありがとう。(ペー)ドラ3だ……!」

 

(そんなっ……。残り1枚の南。ドラが乗って、さらにそんな薄いところで……)

 

 雀荘で働いていた経験もある治の助けを借りつつ、遊戯は役を高らかに宣言した。

 

(9300。いや、彼女のリーチを含んでいるから……奪ったのは8300か)

 

 これにより11700だった遊戯の点数は21000にまで回復し、弥子は対照的に9800まで削り取られる。

 

「ふふ……悪いな。これでアンタらが代わりに最下位だ。……良いのか? このまま指を咥えて見ているだけで……」

 

(……ほう? 我が輩を呼ぶか)

 

「元々俺達を呼び出したのはアンタなんだろう? その少女じゃない……。なら、出て来いよ。俺達は待ってるぜ。最初からずっとな……!」

 

「……くくくっ」

 

「……? 何がおかしい?」

 

「いや……失礼。わたくしにとっては新鮮だったものですから」

 

(魔界で我が輩を呼びつける者など魔界王くらいだった……。もっとも最終的には我が輩が呼び出して、放置したがな)

 

「いいでしょう。貴方がたがそれを望むのであれば……お付き合いいたしましょう」

 

(ほっ……。ようやくネウロが打ってくれるんだ)

 

「……気を抜くな」

 

「え——」

 

 席を立った弥子はすれ違い様に発された言葉に振り向いたが、その時には既にネウロは仮初の丁寧口調で彼らと話していた。

 

「さて、南場を始めるといたしましょう。そちらの方も準備はよろしいですか?」

 

「……ああ。問題ない」

 

(……! あの人も出てきた……!)

 

 ネウロが右隣に向かって話しかけると、そこに座っていたのはアカギだった。東場の幕が閉じられたのも束の間、新たな闘いの幕が切って落とされようとしていた——。



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白【フェアプレー】

 東四局が終わってすぐのこと。遊戯がネウロを挑発している最中、治はアカギと話をしていた。

 

『対面の女の子もイケイケでしたけど、あっちの男の子もヤバイっすよ! なんスか! あの無茶苦茶な裸単騎……! まるで……そう! アカギさんみたいな……!』

 

『クク……随分な言い様だな。だが、違うな。見事だった。彼は実はさほど無茶はしていない』

 

『いやいやいや! どうしたらそんな風に見えるんスか!」

 

『今の戦術で肝要となる部分は二つ。まず一つはタンヤオを匂わせて、あたかもテンパイのように見せたこと』

 

『速攻で1位の親蹴り……それ自体はまあ、何もおかしくないですけど。あの4牌が北なんて。揃ってたならやるか、やらないなら落とすか……普通はそうしませんか?』

 

『だが、あの状況での普通は違った。治……お前はアレを見て、どう思った?』

 

『どうって……勿論テンパイだと思ったので、ちょっと厳しいなと思って防御に……ああっ!』

 

『そうだ……。もし先にカンをしてドラが乗れば良いが、そうでなかった場合。あの手に守りに入ることはないだろう』

 

『確かに……自風牌のみですし、もし振り込んでも2000点払って親蹴りなら悪くないですから』

 

『それが大事だった。つまり早めのテンパイで、かつ少なからず高い可能性をよぎらせた。となればお前のように手を諦めるか、あるいは……手の完成を急ぐだろう』

 

『急ぐって……あっ! 上家の女の子ですか?』

 

『そうだ。彼女は萬子の混一色であのテンパイ気配を察してから7萬をポンし、9萬を捨てた。そしてもう一つ……序盤のことだ。3萬を鳴かれ、彼女は少なからず動揺が顔に出ていた』

 

『えっ。そんなに驚いてましたっけ?』

 

『お前も含め、殆どは下家のポンに気を取られていたからな。気付かないのも無理はない。が……オレからは見えた。つまり彼女の手にはチー可能な牌があったんだろう。捨て牌に付属する牌は無いから、あの時も手にあった。しかし鳴かれた3萬の入手は難しいと思っていたはずだ』

 

『ええ……。僕も、もうこれは誰かの面子に使われてそうだなって』

 

『だから彼女はチー可能だったどちらかの牌を対子にしてから動きたかったはずだ。そうしてもう一方を捨てれば、残るは恐らく7・7・8・8・9……』

 

『うっ……! 6-9待ちにシフト出来る……!』

 

『クク……アガればハネ満だ。良い手じゃないか。だが彼女は手を急がされた……自分の意思では無く、場の状況によってな。テンパイにはなっただろうが、アガりやすさは代償になった。彼はその状況が欲しかったんだ』

 

『つまり……時間が欲しかったんですか?』

 

『ああ。彼がカンをしても問題ない牌を手に入れるまでのな。もし手に入らないのであれば、4枚も安牌があるんだ。見た目ほど無茶じゃないだろう?』

 

『そ、それはそうですが……。カンをしても問題ない牌って言われても。南が出る保証なんて』

 

『あるさ……。それが二つ目。ここまでの戦いで見せた彼女……上家のクセ。彼女は振り込めないと思えば、自風牌をとりあえず切る……』

 

『……言われてみれば何回か、そうしてましたね。で、でも! カンした結果、ドラが乗らなかったら……!』

 

『関係無い。彼女にはもう一人振り込めない相手がいたからな』

 

『あ……ああっ! 親の女の子……!』

 

『そう。彼女は前の局でも振り込んでいるし、一番警戒していたのは親の方だろう』

 

『でも……もし、親が降りちゃったら……』

 

『彼女の第一打は東だ。手は良かった。子が降りる理由になるハッタリのタンヤオも、安めの可能性と彼女の性格を考えればこの時点でのオリは無い。……ここまではいいな?』

 

『はい……。それは、僕もそんな気がします』

 

『なら後は簡単だ。ドラが乗らなければ好形の親が攻める。そしてタンヤオでのテンパイを警戒して手を急いだ下家。分があるのはどちらだ……?』

 

『それは……流れも良いですし、少なくとも下家のアガりよりは親のテンパイの方が早い気がしますね』

 

『そうだ……。親からリーチ棒が出て、そのツモでアガれなかった瞬間。彼女から南が弾き出されるだろう。……な。大した無茶じゃないだろう?』

 

『ほ、本当だ……。そんなところまで、考えられていたなんて……』

 

『ククク……。彼は機に従っただけさ。ドラが乗ったのは偶然。しかし……偶をも感じ取ったのかもな。勝負勘ってやつだ』

 

『アカギさん……』

 

『この勝負……。あの男は一つ保証した。1位の者には帰還を望む権利を与えると。ひとまずあの言葉を信じるとするなら……オレ達三人が協力する、そんな手もある。だがそれでは意味が無い。彼が強者であれば意味を成さない、というだけでなく。それ以前にこの権利はヤツの納得により成り立つからだ』

 

『……! さっき打つ前に相談した時に、言っていましたね。経緯はどうあれ、彼らとは勝負しかないと』

 

『だからオレは全員の様子を窺った。これから先の勝負、情報がモノを言う場面が必ず出てくるからだ』

 

『あっ……! まさか七対子が悪手っていうのは……』

 

『そう……彼は無知であることには無防備だ。あの手は後半戦。重要な局面で切り出すべきだった。それはオレ達にとって攻撃だけでなく、防御にも影響してくるからだ』

 

『ううっ! なるほど……』

 

『南場からは間違いなく彼の仕掛けは増えるだろう。東場とは様相が変わってくる。……あの男も出てくるみたいだしな』

 

『え? ……ああっ!』

 

『ハハハ……。挑発でもしたようだな』

 

『笑ってる場合じゃないっすよー! あのまま余裕こいて後ろにいてくれたら良かったのに……』

 

『いや……彼がやらなければオレが引き摺り込む予定だった』

 

『え?』

 

『後になればなるほど、情報を一方的に奪われるだけだ。出るタイミングはせめて同じでないとな……。……代わろう、治』

 

『あ……お願いします! アカギさん!』

 

「さて、南場を始めるといたしましょう。そちらの方も準備はよろしいですか?」

 

「……ああ。問題ない」

 

 こうしてメンバーが入れ替わり、南場へと突入した。まずは先程の局で使用した牌が裏側表示でシャッフルされると、山が築き上げられる。今回はあおいの山から順番に牌が引き抜かれ、そして各々手牌が見やすいように整理を進めていく。

 

(うわっ! 酷い配牌。うう……本当にあるのかな、流れってやつが。……え?)

 

 ネウロの配牌はお世辞にも良いとは言えず、弥子は先程の自分の振り込みのせいかと自責の念に苛まれていた。しかし手牌を見るネウロの目に気付いた弥子は思わず困惑する。

 

(謎を食べ終えた後の犯人を見る目に似てる……。興味が無い?)

 

 すると次の瞬間。彼女は信じられないモノを目にしていた。声をかける間も無くネウロの声が、周りに響き渡る。

 

「ダブルリーチ」

 

「なにっ!?」

 

「またなのだ!?」

 

 配牌時のテンパイを意味するダブルリーチの宣言にどよめきが場を満たしていく。しかし、それだけでは済まなかった。

 

「……九種九牌だ」

 

(ん……?)

 

「そんな……また起こったのだ!?」

 

 東三局を再現するかのような展開を入れ替わったばかりの二人が起こし、あおいは混乱を抱えて驚愕していた。

 

「いや。黒が限りなく混じったグレーな謀略さ……」

 

「どういうことなんだ?」

 

「『燕返し』だ」

 

「うっ……。イカサマしてたのだ!?」

 

「燕返しとは?」

 

「手牌と自分の山をそっくりすり替える技なのだ! ……でもあおいが練習した時には、良くても3秒はかかったのだ!」

 

「そう……。だが理牌に気を取られた瞬間、それは行われた。もっともオレ自身、見えなかったがな」

 

(私は後ろから見てたのに、動きが見えなかった。ネウロが本気で動いたんだ……)

 

「じゃあ。イカサマだって言い切るのは良くないのだ」

 

「……。つまりわたくしが燕返しをしたと断定した別の理由があるのですね?」

 

「その通り。さっき嬢ちゃんの山から牌を取った際に、山の下段の1牌の向きを少しだけ逸らしておいた……」

 

「ええっ!? そんな動き見えなかったですけど……」

 

「山の死角を利用させてもらった。そちらからは牌を引き抜く動作にしか見えないだろう。それに気付いたところで、偶然当たった程度にしか思わないくらいの差さ。オレがそこの違いを注視していたことそのものに気付かなければな……」

 

「うっ……!」

 

(そうか……人の心理が絡んだ作戦。それじゃあ感情が理解出来ないネウロには読み切れない……)

 

「……つまり、今の山……とやらは」

 

「違うな。配牌終了時と、今現在では」

 

「……なるほどな。相手のイカサマを確認したからこそ、お前も燕返しにより望んだ手へと入れ替えたわけか」

 

「……気付いていたのか」

 

(すり替えに気付いてからやったとはいえ……ほんの1秒でやれたんだがな)

 

「ああ……。ヤツが何をしてもいいように警戒していた。もっとも肝心の相手が見えず仕舞いだったがな」

 

「俺も現場は見えなかった……。よって普通の状況であれば、水掛け論にしかならない」

 

「わたくしが自主的に認めると?」

 

「アンタの牌……そっちの嬢ちゃんの前局での最終形だろう?」

 

「なっ! あおいのを盗んだのだ!?」

 

「潔白を証明したいなら見せてもらうのが一番、というわけか」

 

(……なるほどな。定向進化か……)

 

「ああ〜! 完全に同じなのだー!」

 

 ネウロの手は高目なら三色同順がつく索子の2-5-8待ち。アタマも同じく6萬だった。あおいは公開された手を見ると、指を差して訴える。

 

「泥棒なのだー! そんな手で勝とうなんて卑怯なのだ!」

 

(……あおいもイカサマ有りの人間だということは胸の内に秘めておこう)

 

「いや……それも違う。彼のことを見誤っている」

 

「えっ?」

 

「アガる時にどちらにせよ手は公開されるんだ。嬢ちゃん。アンタなら手をそのまま奪えるなら、誰を狙う……?」

 

「そりゃあ……男の子兄ちゃんのなのだ。配牌と同時に天和なのだ」

 

「そうだ。なら何故嬢ちゃんの牌を奪った?」

 

「……むー。勝つつもりならしない……なんて言っても、勝つこと以外を目的にしたイカサマなんて……」

 

「……そうか……。試したんだな。ゲームに招き入れた者として、同じ場に座る資格があるかどうかを」

 

「ククク……。そうだろ? そろそろ化けの皮を剥がして、見せたらどうだ? 怪奇な本性を……!」

 

「……素晴らしい。それでこそ……我が輩の脳髄の空腹を満たし得る」

 

「……! な……なんだ……これは」

 

「顔が……鳥さんみたいになったのだ!?」

 

 彼らの返答に心の底から満足げに笑ったネウロは魔人としての本来の姿を見せた。山羊のようなツノと鳥のようなクチバシを持った生物への変化に、この場にいる全員が呆気に取られていた。

 

(ネウロが本来の姿を見せた……。この人達に、強い興味を持ったんだ)

 

「……さすがに度肝を抜かれたよ。不可思議な力はその異能によるものか」

 

「その通り。我が輩は魔人……魔界よりこの世界へとやってきた」

 

「ま、魔人? 良くわかんないけど、喋り方も変わって……猫被ってたのだ!? あおいとも被ってるのだ!」

 

「……あおい。今は口を挟まない方がいいよ」

 

「魔界か……聞いたことない世界もあるもんだな。だが、時に時間や空間を超えて世界は交わっている……今も尚」

 

「そういうことだ。さて……人智を超えた力を有していることを今更隠すつもりはない。我が輩、やろうと思えば一瞬のうちに全部の牌をヤコに食らわせることもできる」

 

「やらないでよ!?」

 

「だがそれでは勝負そのものが成り立たぬ。我が輩としても目的を果たせない。今後我が輩は勝負に支障を来す真似はしないと約束しよう」

 

「……良いだろう。だが、覚えておくんだな。もしそのルールを破ったら……」

 

「……!」

 

 遊戯……正確に言うのであれば彼の中に眠るファラオの魂。彼の意思でパズルの千年アイテムとしての力が解放されると、額にウジャト眼の紋様が浮かび上がった。

 

「運命の罰ゲームが待ってるぜ!」

 

「……ふふ。味わってみたいところだが、やめておこう。それより味わいたいものがあるのでな」

 

 ネウロが魔人としての姿を現したことで、遊戯も闇の番人としての扉を開いた。こうして約束が交わされたところで勝負再開。混迷の最中、迷路の出口への道標となる牌が配られていくのだった。



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発【しかけ】

(なんて配牌だ……。上家に親を蹴られてからのあおいの困惑が映し出されている気すらするよ)

 

 南一局1本場。ここまで好配牌が続いていたあおいだったが、滞る流れそのままにバラバラの配牌となっていた。それを後ろから見た九十九は、先程の衝撃もあって無理もないと感じていた。……しかし、それは彼女の視点での感想。実際には多少の違いはあれど、配牌は全員悪く、未だ流れは混迷の最中で漂っていた。

 

(……さっきみたいに手を入れ替えない。約束通り、イカサマ無しでいくんだね)

 

 ネウロの配牌も多分に漏れず悪形だったが、彼は人と同様の動きで牌を引き、そして切っていく。

 

(……くっ。ある程度目指す形が分かっていれば、それに向かえるんだが)

 

(この手じゃ絞れないね……)

 

 手なりに整える、ということも簡単ではない場面。雀士としての実力・経験を問われ、遊戯達はまだその答えを知るには知識が足りなすぎた。

 

(……やっと9種類……!)

 

 あおいは七種八牌のヤオチュー牌の偏りを逆用し、開き直って国士無双を狙っていた。しかし8巡目でようやく九種十一牌。混老頭へのシフトも難しく、一か九かの賭けは手厳しい結果となっていた。

 

(来たあっ……! テンパイ! 4萬のカンチャン待ち……!)

 

 あおいが対子の西を崩し、9巡目へと突入する。するとアカギは捨て牌が裏目に出ることなく、カンチャン待ちの8索を引き入れ5索を捨てればテンパイというところまで辿り着いていた。

 

「…………」

 

(うっ! リーチは無しか……。確かに心細いけど、9索があるからタンヤオがつかなくて役無し……ロンアガりが出来ないなあ。6索を引き入れるか、ツモりたいな。安手でいいから、あの魔人の親を蹴るんだ……!)

 

 アカギは5索を捨てるも、リーチは宣言せず。場に4萬は1枚も出ていなかったが、かえってそれが彼に予感を過ぎらせていた。そして10巡目……。

 

「リーチ」

 

「……!」

 

 静寂を保っていた場にネウロがたった一言。それだけで戦慄が走っていった。

 

(く……厳しいな)

 

(モタモタしすぎたのだ……)

 

(……2萬切りリーチか)

 

 リーチがかかってすぐのアカギのツモは……2萬。たった今切られたネウロの現物。しかし、アカギは一度手牌の上に収めた。

 

(やった! 5萬切りでピンフがつく……。あの人は8萬も切ってるし、5萬はドラ表示牌。単騎やシャボ待ちは考えづらい。可能性の低いカンチャン待ちを恐れるよりは、リーチをかけずに親蹴り出来る形を整えるのが最善! しかも彼の現物に1萬もある。いかにも出した現物を奪える形だ!)

 

 後ろで見ていた治の判断は5萬切り。ネウロの捨て牌を吟味しての判断だった。1萬にまで目を通した彼は、案外次のネウロのツモより早く断ち切れるのではないかと予測する。すると奇遇と言うべきか、アカギも1萬に着目していた。

 

(……1萬が出たタイミングが遅い。つまり必要になる可能性があった牌だ)

 

 アカギは捨て牌のゾーンを見ていた。危険エリアと安全エリア、どちらか甲乙つけ難いノイズ。この三種でネウロの捨て牌が分けられていく。

 

(その後……2萬の前の2牌はツモ切りされた牌だ。彼は何らかの理由で3萬のペンチャン待ちを絶っている。そして2巡を挟み、2萬の方も切るに至った。何故か……?)

 

(えっ!)

 

 ——ダン! アカギの捨て牌が河へと流されていく。彼が切ったのは……2萬。安全に通る牌だった。

 

(……らしくないな。アカギさんなら、5萬を当然のように通しそうなのに)

 

 10・11巡目と何事もなく終わると、12巡目。牌を引き抜いたネウロの眼光が鋭さを増した。

 

「ツモ。裏ドラは無し……リーチ・メンゼンツモ・発・ドラ1。4100オール……いただくとしようか」

 

(うわあ。他の人から点数を奪えることが心底嬉しそう……)

 

(へえ……。方角が書いてない字牌は全員問題なく使えるみたいだな)

 

(ああっ……! 3-6、5萬待ち……!?)

 

 ネウロの手はアタマが未確定の状態で萬子の4・4・4・5が構えられていた。予想外の待ちに治はダラダラと冷や汗をかく。

 

(2萬をギリギリで切り離した理由として4萬に対する手の好転が考えられる。可能性が最も高いのは5萬のツモ。つまり両面待ちへの変化だ。しかし彼への5萬は安牌とは言えないと思っていた。手の好転が必ずしも待ちの広さを指しているとは限らないからだ)

 

 アカギが捨て牌から見た景色はネウロが辿ってきた軌跡が映し出されていた。その光景を揺るがず信じ切ったアカギは静かに自分の手を伏せる。

 

(彼はオレたちの中では最も速くテンパイに辿り着いた。3萬のペンチャン待ちがあったことからも想像がつく。しかしリーチして安手では割に合わないと考えた可能性……。これを踏まえれば、好転は何もアガりやすさだけではない。ドラの6萬を絡められる可能性。2萬・4萬からの4萬・6萬へのカンチャン待ちのシフトもあり得たし、4萬が暗刻で揃っており、一旦は2萬との2・3待ちで構え……5萬か6萬を引き入れての3・5・6、あるいは5・6待ちへの手変わり。これらを踏まえると、5萬は6萬に次いで本命と言える……)

 

 相手からは見えずとも確かに指に触れている5萬を柔らかい眼差しで見つめたアカギは名残惜しさは覚えずに全ての牌を狭霧へと放り込んだ。洗牌が済まされ、もはやアカギ自身もその在り処は分からない。代わりにネウロの在り処を突き止めようとしていた。

 

(先程の手と捨て牌……非常に合理的な打ち方だ。手の整え方もそつが無く、リスクとリターンが見合っている。彼は勘に頼らず……理で動くタイプだ)

 

 テンパイまで辿り着いた二人の整え方にそれは顕れていた。ネウロは低い確率には極力頼らず、裏目に出るような決め打ちは避けていた。逆にアカギは理を備えつつも時には直感を信じて手を仕上げていた。

 

(この一局が本当の姿とするなら……)

 

 先程のダブルリーチで支払った点棒も回収し、1万を切った持ち点も22100まで回復したネウロ。とはいえまだ2位。40400点で1位のあおいとの差はまだ十分にあった。

 

「ポンッ!」

 

(2-5-8、3索待ちに受けて親を早く終わらせるのだ……!)

 

 配牌時の彼女の手は筒子を二つ落とせば混一色が狙いやすい好形だった。しかし遊戯の捨てたカンチャン待ちの8筒を見て1巡目から早々に鳴いた彼女は6巡目、ネウロのリーチにも構わずアカギが落とした生牌の中を鳴いて3・4・4・4・5・6・7・7の索子のうち7を払い落としていた。

 

(手を急ぎすぎだ……!)

 

「ロン」

 

「うっ……! 4-7のノベタン待ちなのだ……!?」

 

(どうして……。切った5索を残しておけば5-8の両面待ち。ピンフもついたのだ……。……! あっ……!)

 

 彼の手に残された4索を見てあおいはドラ表示牌を改めて確認した。3索……つまり4索はドラ。彼女自身ここまでの速攻を仕掛けたのはなんとしてもドラを抱えてアガりたいという気持ちの表れだった。

 

(切ってくれれば鳴いてテンパイ、中でぴったりアガれたのに。……ドラを奪られるのは鳥魔人にとってもリスクが大きい。それに逆にあっちがドラを奪える可能性もあったのだ。リスクを留めつつ、アガりやすい待ちはキープしてきてたのだ……)

 

 5索が切られたタイミングから3、あるいは7のカンチャン待ちから2か8を引いての1-4、6-9待ち辺りと睨んでいたあおいだったが、ドラ関連の手変わりを失念してしまっていた。しかし気付いた時にはもう遅かった。

 

「リーチ・タンヤオ・ドラ……裏ドラが6筒に乗り、12600。貴様の築き上げてきた点棒は砂上の楼閣だ。脆く崩れ去るがいい」

 

「ちょ……ネウロ。言い過ぎだって!」

 

「ぐっ……! あおいは何度でもたて直してみせるのだ……! いつかは本物が出来上がるのだ!」

 

(……諦めないんだ。あの女の子。私と同じくらいの歳なのに、芯に強いものを感じる……)

 

「……ああ。君なら出来るさ。だからこそ、一旦ここは下がるんだ。落ち着いて態勢を整えてくれ」

 

「……分かったのだ。この局は任せたのだ」

 

「任されたよ」

 

 ネウロが34700でトップに躍り出ると、27800点まで下がりこのままではズルズルと落ちてしまうことを危惧した九十九が交代して席についた。

 

『親はやはり入る点が大きいようだな。迂闊には攻め込めないぜ……』

 

『必ずチャンスは来るよ。その時が来たら逃さないようにしよう』

 

『ああ!』

 

 

『あそこで中切りは危険すぎますよ……!』

 

『そうか? 上家は最初の3巡で手から自風牌を含めた役牌を切っている。その後の捨て牌を見ても典型的なメンタンピン系の手だ』

 

『だからっていきなり切らなくても……もしかしたら重なってささっとアガれたかもしれないのに』

 

『いや……対面は明らかに速攻気配。だが筒子をツモ切りしていることから混一色ではなく、9筒を含むためタンヤオがつかない。俺の手に8萬の暗刻があり、下家が8萬を切ったことから三色でもない。上家の南・発、下家の白切りに反応が無かった。しかも北は自身の手から落としている。中の対子か暗刻……握っている可能性はかなり高かった』

 

『高かった……って、じゃあ尚更切らない方が良かったんじゃ?』

 

『オレが欲しかったのは闇……彼女達には光となってもらった。魔人の目を惹きつけ、眩ませる……そんな光にな』

 

『……?』

 

 南一局3本場。バラバラな配牌にも九十九はさほど気にする様子は無かった。

 

(一旦場が落ち着くのを待つんだ。オーラスは私達……このまま2位をキープしていくことが大事なはずだ)

 

(防御か……愚かな選択だ)

 

 早々にオリ気配の九十九を見て魔人は彼女が溜め込んでいる安全牌になりやすい1・9の数牌に目をつけていた。

 

(我が輩は攻めるのが大好き……。攻め込ませた時点で、貴様の負けなのだ)

 

 ドSの本性が刺激され彼はドラの中を暗刻で抱えると、リーチはかけず早々に対子を崩しておいた2萬を罠に1-4の両面待ちで構えた。

 

(そろそろテンパイがあってもおかしくないか……)

 

 9巡目。親の現物である9筒を切った九十九はネウロの捨て牌を含めて3枚切られている2萬から1萬は安全な可能性が高いと踏んで、次は1萬を切ろうとしていた。

 

(発か……。我が輩が序盤に1枚捨て、ドラ表示牌に1枚。役牌としての成立はあり得ん)

 

 10巡目に入り、ネウロのツモは発。リーチもないこの場においてさほど警戒することもなく、そのまま切られた。

 

「ククク……2人で麻雀を楽しむなよ」

 

「何?」

 

「オレ達が見えていないのかってことさ。ロン……! 二盃口のみ。6100だ」

 

「……! ……やってくれる」

 

 アカギの手は一盃口を2つ完成させることにより成立する二盃口。残りの条件は他の手と同じくアタマを作ること。アカギのアタマはたった今成立した。つまり、発の地獄待ち……!

 

(王牌にあればその時点で成立しない……。考え難い手だ)

 

(闇に潜む偶を無視すべき必の光……それがあって初めて、理に従う者の土台は砂と化す……)

 

『九十九。おかげで落ち着いたのだ……。親も冷房兄さんが切ってくれたし、あおいももう一度頑張るのだ』

 

『……悪いね。何も出来なかったよ。私では力不足だった』

 

『いや……力はあおいも多分、足りないのだ。でも麻雀には偶然の力がある……そのことに気付く猶予を与えてくれたのだ』

 

『偶然か……私ではそこに身は託せない。せめて君の背中を後押しするよ』

 

『うむっ。思い切り押して欲しいのだ〜!』

 

「これでお前の親は終わりだ……。さあ、どうする? 異形の者……!」

 

「……良いだろう。我が輩も切り札を使うとしようか」

 

「切り札だと?」

 

「また何かイカサマでもするつもりか?」

 

「必要ない。我が輩は既に育てていた。切り札をな」

 

「えっ。ちょ、まさか……!」

 

「そのまさかだ。やれ、ヤコ。……人の心理が絡まり合うこの卓において、貴様で勝てないというのであれば、我が輩の負けだ」

 

「……やっぱりそういう意味だったんだね。後ろから見てて……そんな気はしてたよ」

 

「ほう? 嫌と言わないのか」

 

「嫌と言ってるところを無理やりやらせたいのかもしれないけど……やるよ、私」

 

(あの女の子だって諦めずに戦ってるんだ。私だって……やってみせる!)

 

 こうしてあおいが席につくと同時に弥子も戻り、南二局が始められたのだった。



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中【うずまき】

 南二局……! 親はアカギ……! 先程の局で1位のネウロから直撃を奪い、持ち点は26700……! 28600になったネウロ、27800のあおいに追随……! 

 

(さすがに魔人なんてものを見せられて、人間を警戒するほどひねてはいなかった……。ならば狙いは……)

 

(え!?)

 

 アカギの第一打は1筒。序盤に整理されやすいヤオチュー牌。しかし後ろで見ていた治は内心かなり驚いていた。

 

「ポンッ」

 

 2巡目。あおいが整理した字牌の西をアカギは早々にメンゼンを崩して奪い去り……

 

「ポン……!」

 

「むっ……」

 

(索子の混一色……? ドラも東だし跳満を狙いやすくて、あり得るのだ)

 

 4巡目。カンチャン待ちの8索は引けずとも、7索に接続する6索を引き入れあおいは9索を切った。するとその牌も鳴かれ、あおいは中張牌も遠慮なく捨てられている萬子や筒子を見て混一色を警戒する。

 

(う……また順番を飛ばされた。この人は隙が見当たらない……手が整ってないのに無理に鳴いたりはしないはず。配牌からある程度完成形が見えてたんだ。……となれば……)

 

(ターンスキップのおかげでドローをする機会が増えた……。デュエリストにとって手札とは可能性。それが広がったならば、相手のトラップを警戒しつつも、前へ進むべきだ!)

 

 弥子と遊戯もアカギの手を考慮しつつも、手を進めていく。しかし順番に恵まれない弥子に対し、遊戯は東四局であおいがアガったピンフの形を目指して着実に手を進めていった。

 

「リーチだ!」

 

(ここは下手に様子見に回るより、流れに身を任せた方が上手くいきそうだもんね)

 

 8巡目。ドン、と効果音が響きそうなほど勢いよく遊戯はリーチ棒を場に投げ払った。

 

(むむむ……)

 

 8筒切りのリーチにあおいは鳴くべきかどうか考え込む。しかし鳴くことで打ち出される6索が混一色気配のアカギ、リーチをかけた遊戯に怪しく、逡巡してしまう。

 

(鳴いても2萬のカンチャン待ち……イッツーのみで値段も安い。ちょっと厳しいのだ)

 

 結局鳴くことはせずに彼女はツモへと移る。すると引き寄せたのは3枚目となる7索だった。

 

(……! よし……。ここは安全を買いつつも、ツモ次第ではあおいが掻っ攫えるのだ)

 

 遊戯の捨て牌に1萬も3萬もあることを確認し、彼女はひとまずカンチャンの整理を優先した。

 

(……えっ?)

 

 捨てられた1萬に治が違和感を覚えたのも束の間、アカギは有効牌を引き入れてみせる。するとノータイムで5索が手出しされた。

 

(5索は現物じゃないのだ……!)

 

(いかにもな危険牌を……!)

 

「フッ……やるな」

 

「ククク……どういたしまして、と言っておこうか」

 

(リスクがあっても通す価値があった、となればこれで混一色のテンパイと見るべきなのだ)

 

『通ると分かっていたんですか?』

 

『いや……ただの推測さ。確信を持てるような捨て牌じゃない』

 

『ここで一発で振り込めばラスもあり得るのに……』

 

『最後はどれだけ自分の考えを信じられるかどうかさ。一発の有無で揺らぐようなら、博徒としてはそこまで……』

 

(他の誰かが言うなら結果論のようにすら感じられるのに……。アカギさんが言うと、とてもそうは聞こえない……)

 

『さて……俺達の狙いがデッキにどれだけ残っているか』

 

『今僕達からは計7枚あるように見えるね』

 

『0では無いと信じたいが……』

 

 自らが構築したデッキではない山札に幾許かの不安を抱えながらも、自らの決断まで揺らがせることなく彼は牌を引き抜いた。

 

(……引けないか。容易くは終わらないようだな)

 

(でもまだチャンスはあるよ。狙いの一方はこれまでの感じを見るに溢れやすそうだし)

 

(そうだな。しかもそちらは4枚だ。たとえ出さずともアガるのは簡単じゃない)

 

 遊戯からも5索が切られると、あおいの手からは3萬が、弥子からも手出しで5索が切り離された。そうして遊戯の次のツモアガりも成されず、あおいのツモ。

 

(……! ここで5索とはね……。どうするあおい? 私なら正直それを切るが……)

 

 彼女のツモは赤ドラ、山に残された最後の5索だった。これにより5・6・7・7・7でアタマとシュンツが完成し、8筒待ちのテンパイが視野に入る。

 

(問題はこれが通るかどうか……。通りさえすれば、8筒は男の子兄ちゃんの現物……ポロッと出て、イッツードラドラの満貫なんてことも)

 

 同様に赤ドラである5筒に目をやりながら、あおいが指をかけたのはカンチャン整理をしているうちにやってきた2索だった。

 

(5索が切られている以上、男の子兄ちゃんには通る……はず。腹ペコ姉ちゃんは比較的序盤に1枚切ってるし平気。問題は冷房兄さん……)

 

 既に混一色テンパイであると読み、しかも自分の手中に後半側の索子が集まってきていることから、あおいには2索がいかにも危険牌のように思えてしまう。手はやがて5索へと伸びていった。

 

(……いや……! あれだけ早い仕掛け。腹ペコ姉ちゃんが2索を切った時点で鳴いたっておかしくないのだ。鳴けない2索の単騎待ちとかそういう線はあるけど、最も怖い2-5待ちはもう消えてるのだ。推測でしかないけど……。安全だけを買う者に運は味方してくれないのだ!)

 

 その手がツモ切りに移りそうになったところで、あおいは胸中に浮かび上がった不安を薙ぎ払い、2索は通るという読みを信じて自信満々の表情で打ち出した。

 

「ククッ……そこを出すか」

 

「……!!」

 

「悪くない判断だ……」

 

「……! あ、あったりまえなのだ! あおいは世界一の勝負師なのだ!」

 

「また随分大きく出たね……」

 

 2索はそのまま引っかかることなく包囲網をくぐり抜けていった。そのことにあおいは表情には出すまいとするも、正直なところ緊張が走った表情が一瞬安心に彩られ、その後また自信満々になるという忙しない表情筋の動きを見せた。

 

(……! ようやく来た……!)

 

 そうして回ってきた弥子のツモ番。早々に一つの役に狙いを絞っていた彼女の狙いが皆に遅れながらもようやく成就していた。テンパイに至った彼女はどちらを切るべきか一応悩んだものの、答えは既に出ていた。

 

「えっ! 3索切りなのだ……!?」

 

 あおいは最後の5索の行方を知っていたので3-6待ちではないことは承知の上だった。しかし知る由も無い彼女が、他の可能性も十分ある生牌の3索を切っていく様に驚嘆していた。

 

(あなたの狙いはこれじゃない……)

 

『……まずいかもな』

 

『えっ?』

 

(先を歩く者と後を追う者。牽制出来る前者が優勢と見れなくもないが、追従する者の利が背を刺すか……)

 

 アカギはそのまま3萬をツモ切りすると、遊戯は3索をツモ切りし、あおいの番へと回る。

 

(来るのだ〜! ここで引いてしまえば、一気に1位フィニッシュが見えてくるのだー!)

 

「……!」

 

(7筒……!)

 

 あおいが引き当てたのは生牌の7筒。すぐにはツモ切りとはいかず、手牌の上に置かれる。

 

(選択肢は三つだ。7筒を切るか。9筒を切るか。降りるか。……降りると言っても、2・3巡すれば怪しくはあるが……)

 

(ここで降りるくらいならさっき通したりはしないのだ。あおいの信じる道は常に前進! 問題はどっちに進むべきなのか……)

 

 7筒を落とせば変わらずイッツー狙いの8筒待ち、9筒を落とせば役無しで索子の4-7と筒子の7の3面待ちへと変わる。しかし9筒も同様に生牌だった。

 

(空腹姉ちゃんが筒子の混一色……にはちょっと見えないのだ。そういえば男の子兄ちゃんは8筒切りリーチ。近い9筒を持っている可能性は十分にあるのだ。8・9での7のペンチャン待ちとか……。そう考えると8筒をもう1枚持ってたからここまで出ない……?)

 

 色々と脳裏によぎったあおいだったが、ドツボにハマりそうな気がして考えを中断すると自らの直感に委ねた。

 

(親以外への振込みをあんまり恐れても良くないのだ。混一色の冷房兄さんには通る以上、タンヤオがつかない9筒なら痛手は考えづらい。7筒もまだ生牌。ここは待ちを広げた上で——)

 

「——リーチ!」

 

(あおいがささっとアガってしまえば良いだけの話なのだ!)

 

 彼女の中で7筒切りも十分に考えられたが、待ちを広げてツモアガりを狙いやすい9筒切りの方が彼女の感覚に合っていた。

 

(どうだ……? 通ったか?)

 

「それを待っていたぜ! ロン……!」

 

「うっ……! 東がアタマのピンフなのだ!?」

 

 しかし切られた牌は遊戯の6-9待ちへと飛び込んでしまった。リーチ・ピンフ・ドラ2の7700が彼女に突き刺さる。

 

(しまった……。赤ドラが2つ来てたし、南場だからドラ関連は薄いと思ってたけど……アタマに使うパターンが抜けてたのだ……!)

 

 対面が使ってるとばかり思っていた東が顔を覗かせ、あおいは自分の中に潜んでいた思い込みに気付かされていた。

 

「……悪いな。頭ハネだ……! 混老頭・対々和・三色同刻……!」

 

「何っ!?」

 

「えっ!? 混老頭なのだ!? だって、第一打は……」

 

 しかし、さらなる驚きが彼女を襲った。混一色と思い込んでいたアカギの手は西・9索×3に加え、1萬×2、9萬×3、9筒×2+1……のヤオチュー牌のみからなる混老頭(ホンロウトウ)だった。さらに対々和(トイトイ)三色同刻(ドウコウ)を加え、18000の直撃……!

 

「あなたは最初から混老頭を狙っていた……。だからこそ、最初に1筒を落とした。最後の、この瞬間のために」

 

「……! やはり……」

 

「ロン……! ドラ2七対子です」

 

「ええっ!? まさかなのだ!?」

 

 これ以上の驚きは無いとすら思ったあおいだったが、そんな彼女はさらに驚くハメになった。東を含めた弥子の9筒待ち七対子にも刺さり、計算上6400の直撃となる。

 

(うっ。暗刻の2索を落として七対子一点狙い……やたら生牌が多かったのはこれだけ対子だったから……)

 

(……6のシリンダー牌が重なっている。7枚となれば引けそうな気がしていたが、下手をしたらデッキにいないこともあり得たのか。奥が深いな……)

 

(この待ちは明らかに俺の手を読んで、頭ハネを狙ったもの……。やってくれる)

 

「……もしかしたら、とは思ってたけど。私もまさかだよ……」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「あっ。ええと、頭ハネっていうのは同時にロンがあった場合、振り込んだ人から見て一番ツモが近い人にアガりの優先権があるというルールです」

 

「つまり彼女がアガり……というわけか」

 

「でも三人同時の場合はそうじゃなくて……三家和(サンチャホー)流れ……先程の九種九牌のように流局の扱いになるんです」

 

「……! なるほどな……。三人に対して一人が得点を全て払うのは酷というわけか」

 

「……あ……危なかったのだ……!」

 

「まさか飛び込んだ先が台風の目とはね……。運が良いんだか、悪いんだか」

 

「全てが運では無いさ。そっちの嬢ちゃんに感謝するんだな」

 

「ありがとなのだ〜!」

 

「さっきの干し芋のお返しかな? ……なんて。私も親にアガられると困るからだったりするんだけど」

 

「ふっふっふ。けれどあおいは恩を仇で返すタイプなのだ! 覚悟しておくのだ!」

 

「おおよそ自称したくないタイプだね……」

 

「あはは……お手柔らかにお願いね」

 

 こうして南二局1本場へと突入し、各々配牌へと勤しんでいく。

 

『今のはさすがに危なかったね』

 

『……一生分の冷や汗をかいた気がするのだ」

 

『それでも君が行くと言うなら、私はその背中を押すよ』

 

『頼むのだ。守りに入って勝てる相手じゃないのだ。勝てるチャンスがあるとすれば、運をも味方につけての……』

 

『……!?』

 

 配牌が終えられ、再び親のアカギから牌が切られていく。7巡ほど動きが見えず、水面下で場が動いていた中……

 

「チーなのだ!」

 

(……タンヤオ、か? ドラが出せなくなるが……)

 

(親を終わらせるための策……なのかな?)

 

「ポンなのだー!」

 

 遊戯が手放した3索を鳴いたあおいは2・4の索子と一緒に横に払うと、そのすぐ後の弥子がツモ切りした発を鳴いて一気に2フーロとしていた。

 

(なるほどな。これならドラが含まれる可能性が出てくる。混一色は……見た感じ無さそうだが)

 

(無いとは思うけど……緑一色なんてことも、あるのかな)

 

 7索など複数の索子が早めに切れていることから混一色は予想しづらかったが、赤色を含まない純然たる緑の牌……2・3・4・6・8の索子と発によって構成される役満、緑一色の存在がチラつく。

 

(……彼は緑一色は知らないだろう。となれば混一色の警戒を消せば、鳴きやすい。あり得ないとまでは言い切れないが……)

 

 しかしアカギは別のことに思いを巡らせていた。捨て牌を改めて見渡し、ツモった牌を手中に収める。

 

(これほどの巡目なら字牌整理は済んだはずだ。そして明らかに対子場……。となれば、まだ場に出ていない白の持ち主は……)

 

 アカギが収めたのは字牌の中。白・発・中の刻子を作ることで成り立つ役満、大三元を警戒しての行動だった。

 

(うっ……とうとう引いちゃったのだ)

 

 そして、10巡目。ツモに顔を顰めつつあおいがそのまま切ったのは6索。自ら緑一色の可能性を大幅に断つ一打だった。

 

「ポン!」

 

 すかさず鳴きを入れたのは遊戯。先程アカギが成した対々和から対子・刻子のみでの構成がアガりの条件……役になることを察しての判断だった。

 

(さすがにそろそろ何人かはテンパイ……だからこそ、邪魔なら……)

 

 次に引いた3索をもはや開き直るように堂々と出したあおいは、むしろ安アガりと警戒を解いてもらえるのではないかと期待した。

 

(死神に魅入られてしまったか。さっきの局で天から恵まれた牌で仕留められなかった代償ってところだな)

 

(アカギさんはどっちを残すんだろう。……えっ!?)

 

 するとアカギは次にツモった牌も手に残し、四暗刻単騎待ちのテンパイを崩してしまう。

 

(発を鳴かれたのに滞りが……。誰かと手が被ってる? それなら……ここは仕掛け時だ!)

 

「リーチ!」

 

「……! ポン……!」

 

 その次巡。弥子のリーチ牌をすかさず遊戯が鳴いて真っ向から勝負に打って出た。

 

(リーチなら……中が出るかもなのだ)

 

 あおいの待ちは2萬と中のシャンポン待ちだが、2萬は既に2枚切れているため、実質中待ち。そう、大三元にのみ狙いを絞った待ちだった。恐る恐る切った牌はなんとか二人の間を通り抜けていく。

 

(ここは引くわけにはいかないぜ!)

 

 遊戯のツモ切りは6萬。危険牌ではあったが、弥子はそれに当たることは無かった。

 

(げっ……! ドラの1萬を引いちゃったのだ……)

 

 するとあおいが引き当てたのは生牌のドラ。なんでも切るつもりでいた彼女だったが、さすがに易々とは切れず、勢いよく振り払ってしまいたい気持ちを抑え込んで考え込んだ。

 

(……2萬は4つ見えてるから、1萬がピンフで狙われるってことはないのだ。親の対子崩しがいかにも2つあるうちの1つ崩した感じだけど、それ狙いは無さそうなのだ)

 

 とりあえず最も恐れるべき親からは平気とあおいは判断した。残るは二人。

 

(腹ペコ姉ちゃんは嫌に2萬の出が早いのだ。1・1・2だとしても1・1・2・3なり、1・1・1・2なりで必要になる可能性があるのに。ドラなのにペンチャン整理をすぐさま敢行してたまたま重なったってのは不自然……よし、無いと見るのだ!)

 

 所持していればかなり持っていかれることが予測される弥子に対しても、今回リーチまでに結構時間がかかっていることを加味してあおいは待ちでは無いと読んだ。

 

(問題は男の子兄ちゃん……正直、ちょっとありそうなのだ。北鳴いてるし、混一色じゃ無さそうだし、まず対々和……ドラを含んでのって可能性はあるのだ。にたっち風に言うならあり寄りのありなのだ)

 

 自分のテンパイ寸前で捨てられた2萬、その時点ではメンゼンであったことも考えると、彼女はいかにもありそうに感じられていた。

 

(……ここは2萬切りで小三元にして、3萬のペンチャン待ちに受けるのが丸い……? 冷房兄さんに怪しくなるけど……)

 

 曲げての振込みは彼女が最も嫌うところだった。皆が口を挟むことなく静かに決断を待つ中、あおいはとうとう判断を下した。

 

(……1萬を対々和に振り込んでも満貫辺り。それを恐れて役満を失うなんて、ごめんなのだ。降りず、折れずに……ここは初志貫徹! 勝負を決めにいくのだ!)

 

 あおいの最終判断は危険を省みず、1萬切り。

 

(さあ、どうなるのだ……!)

 

(よ、よくドラを切るなあ……。すごい度胸)

 

「……この場合でも」

 

「むむっ……?」

 

「カンは、出来るんだよな」

 

「「「……!」」」

 

「……ええ。望むのであれば、出来ますよ」

 

「なら、遠慮なくやらせてもらうぜ」

 

(道理で生牌だったわけなのだ……!)

 

「暗カン……ツモで4つ揃えた時と違って、こちらは明カンと呼ばれています。メンゼン……鳴きなしの状態が崩れる他、新たなドラ表示牌は打牌後に開かれます。また、今回の場合大明カンの責任払いが発生する可能性がありますね……」

 

(……さすがにその可能性は考えてなかったのだ)

 

「良ければ説明してもらえないか?」

 

「簡単に説明すると貴方が嶺上開花によりアガった場合、ツモアガりになりますが、カンをさせたあおいが全て支払うことになります」

 

「なるほど。ロンと同じような処理になるわけか」

 

「そういうことです」

 

(ドラも4つになったし、ここで引ければ多分1位になれるね)

 

(ああ。勝負の瞬間は逃さなかったようだぜ)

 

「頼むのだ〜。勘弁なのだ〜」

 

「引いても恨みっこなしだぜ」

 

(……さて、我が輩に何を見せてくれよう。奇跡か、あるいは……)

 

「……ドローッ! ……!?」

 

 引き抜いたリンシャン牌は……中。

 

「……少し、考えさせてもらうぜ」

 

「ふ、ふぅ……助かったのだ〜」

 

 予想以上のピンチからひとまず脱したことにあおいが安堵する中、今度は遊戯達がどうすべきか考え込んでいた。

 

(ここまで来たら攻めたいところではあるけど……)

 

(攻めの瞬間こそ隙が生まれるものだ……。一旦落ち着いて考えてみようぜ)

 

(そうだね。その牌はまだ場に出てない……。しかも3つ揃えると得な牌だよね)

 

(ああ……。問題は今この牌がどれだけ危険か、だが……)

 

(どうしたの?)

 

(……いや尽きている方角の牌に対して、残り3つの牌がどれも生きているなと思ってさ)

 

(……! そういえば……)

 

(このゲームはかなり奥が深いようだ。俺達の知らない可能性をまだまだ秘めている……。そこにはある程度の法則性が感じられる。……俺はこの感覚を信じるぜ!)

 

 遊戯の決断は……ドラ4を諦めての降りだった。半端に未練を残さずに、既に1枚河に見えていて安牌の可能性が高い対子の南が叩き落とされる。

 

(げっ。ダブ南だったのだ!? 読みが甘かったのだ……)

 

(ほう……素晴らしい……。知識は無くとも、自らの知恵で唯一の正解を導いたか……)

 

 実は弥子と遊戯はどちらも1索の対子を持っており、切ってしまえば振り込みが決まっていた。

 

「確かここで開くんだったな」

 

 ドラ表示牌が開かれるとそこにあったのは南だった。遊戯はアガり牌を引き当てられなかったことになんとなくの納得を得る。

 

(で、でも手出しの南ってことは降りなのだ。まだ大三元のチャンスは残ってるのだ)

 

 続くあおいが6萬をツモ切ると、弥子が引き抜いたのは2筒だった。

 

「……! ツモ……!」

 

「うっ……!?」

 

「ほう……。三暗刻を成立させたか」

 

 唯一彼女に残されていたアガり牌が引き抜かれ、高々とツモアガりが宣言された。大物手の不発にあおいはさすがに焦りを顔に浮かべる。

 

「裏は発と……9索! よしっ。リーチ・ツモ・三暗刻・裏ドラ2、1本場も入って6100・3100……!」

 

「やられたぜ……」

 

(カンをしてアガりを逃すと代償があるもんだな……。しかしあそこは行ってよかったはずだ)

 

『ううっ……。蹴られた上に親被りまで……。これで僅差からだいぶ離されちゃいましたね』

 

『……ふっ、地獄行きの切符を切るよりは大分マシさ』

 

『え?』

 

『この世の終わりみてえな顔をする局面じゃねえってこと』

 

 そう言うとアカギは手中に残された中と共に、白も闇へと葬り去ったのだった。



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対【おあいこ】

 アカギの親が終了し、南三局へと舞台が移っていく。現在トップは42200点の弥子・ネウロ。次点が24600点のあおい・九十九。3位が20500点のアカギ・治。そしてラスは12700点の遊戯となっていた。

 

(ピンチはチャンス。こんな時だからこそ、落ち着いていこう!)

 

(ああ!)

 

 遊戯達は落ち込むことなく、ここでの親に気合いを入れていた。そんな彼らの気概が牌にも伝わったのだろうか。配牌時点で彼の手はある役のリャンシャンテンだった。

 

(……この手札に俺達の命運を託すぜ!)

 

 早々に7筒が場に放たれると、次のあおいのツモも同調するように7筒だった。

 

(一盃口系が暗刻系……まだ絞りかねるけど、まあまあの配牌なのだ)

 

 大三元の不発もなんのその。彼女の攻めっ気に牌が同調しているようだった。

 

(もう一度三暗刻狙いかな……? 出来ればもう少し速い手の方が良かったな)

 

 1位で逃げ切りを狙う弥子の配牌もアガりに向かれそうな配牌ではあったが少々重く、彼女の望みとは合っていなかった。しかし先ほどアガれた役ならリーチをかけずにすんなりツモアガり、そういう事態も彷彿とさせていた。

 

(対子場が続くか……)

 

 アカギの配牌は混雑していたが、縦に伸びる第一ツモに合わせるように横に無理に拘らず彼は打牌を行なっていく。

 

 そうして皆メンゼンで手を進めていき、7巡目——。

 

「リーチだ!」

 

 機先を制するリーチが親から解き放たれた。

 

(待ちはなんなのだ……? チャンタ……いや7筒の捨てが早い。……落ち着くのだ。あの兄ちゃんは知ってる役で来るはず。となれば定期的に狙ってるピンフ辺り……。今回はドラが南だし、何よりあおいが暗刻にしてるから親でもそう高くはならないのだ。連荘狙いの安手も十分考えて……)

 

 どんどんと縦に伸びる手牌。彼女自身もそう来てくれる確信があり、くっついてない牌は遠慮なく払っていた。危険そうな牌から整理していたため、無事遊戯が最後に切った現物の1索に合わせつつ、アガりを諦めてはいなかった。

 

(……ダメだ。ツモが伸びない。生牌多いけど……誰かに食われてるのかも)

 

 三暗刻を目論んでいた弥子だったが暗刻1つ順子1つ対子2つと悪くはないものの、第一ツモからあまり手が進んでいなかった。

 

(……仕方ない。ここはさすがにいけないよ)

 

 遊戯の一つ前の捨て牌である9索、その暗刻を払う。実質的にアガり放棄であると彼女は予感していた。

 

(恐らく彼の役は……)

 

 捨て牌の傾向からアカギは役を予想する。彼は前半に打たれた牌のほとんどは既に切られた牌、後半はその逆であると感じ取っていた。

 

(……間に合えばいいが)

 

 手にした牌を見てアカギも暗刻を崩し遊戯のツモとなるが、一発とはいかずにそのまま中が切られた。

 

(う……さすがにこれは鳴けない)

 

 途中重ねた中の字牌だったが、手を崩した後に手のひら返しとはいけず、弥子はアカギの手を気にしつつやむなく現物として中を差し出した。

 

(……ふ。そう甘くはいかないな)

 

 狙いとは異なる1索をツモ切りしつつ、アカギは対面の動向を窺う。

 

(よし……7筒! これで……!)

 

(あそこから揃えるか……!)

 

 最後の7筒を引き入れ、あおい暴挙の二連続役満テンパイ……! 片アガり一盃口を崩し、8筒・5萬のシャンポン待ち四暗刻テンパイへと受ける。

 

(最初に7筒捨てってことは9筒はまず待ちじゃないのだ! それに9筒はさっきあおいを助けてくれたし、今回もきっとそう!)

 

(勝利へと続く道は派手さのカケラもない地べたを這う道……。いわゆる地道の先にあるもの……)

 

「ロン!」

 

「んなっ! なんでなのだ〜!」

 

「アンタが教えてくれたんだぜ? 7つの牌の重なりからなる一手……」

 

「あ、あああっ……! 七対子……!?」

 

(……最初からこの未来に賭けていたんだ。裏目だって十分あり得るのに、身を委ねられる勝負感……!)

 

「さて、セットされた牌をオープンさせてもらうぜ! ……よし! 8筒ってことはドラが2つ! リーチ・七対子・赤いドラ・ドラ2分をいただこうか!」

 

「ここに来ての親っパネは大ダメージなのだっ……!」

 

 遊戯のダイレクトアタックが炸裂し、あおいのライフポイントが削られた。これにより遊戯は30700点、あおいは6600点となり、順位が逆転してしまう。

 

「ポン……!」

 

 そして次局。連荘の勢いを乗せるがごとく東・中を鳴いた遊戯は迷うことなく筒子の混一色を目指していた。

 

(振り込まないことは出来るけど……それじゃダメだ。勢いそのままにツモられて逆転されちゃう。……! 5筒が重なった……なら。ピンフを目指そう!)

 

 ピンフのイーシャンテンにたどり着いた弥子は自風牌でピンフの条件を満たさず、既に遊戯によって1枚捨てられている西の対子を崩した。

 

「……リーチ!」

 

「……!」

 

 そのすぐ後、アカギがツモ切りリーチによって果敢に切り込んでくる。

 

(ツモ切りリーチ……。対面の人が2フーロになって振り込みやすくなったから……? 追っかけリーチみたいな)

 

(明らかな混一色に振り込まない防御策を切り替えたって辺りなのだ?)

 

(狙いが近いと読んでドロー勝負に出たのかもな。望むところだ!)

 

 各々その思惑を捉えながら打牌を行っていく。一発のリスクがあるこの巡目。遊戯はアカギの自風牌かつ生牌である北をツモ切りしていった。

 

(勝利とはリスクと等価交換で得るもの。それが骨身に染みているようだな……)

 

(よしよし。リスクを背負うのにも順番があるのだ。運も実力の内なのだ!)

 

 混一色テンパイ気配の遊戯に北を切り出せないでいたあおいは両者へのリスクを負わずに北を叩き落とし、かつメンゼンで萬子の混一色をテンパっていた。とはいえ振り込みが即致命傷になる彼女はリーチとはいかず、ラス親を見据えてダマで構えた。

 

(……! 張った……! ピンフのみの安手だけど、親蹴りには理想的。ダマで流す……!)

 

 3・4の並びの萬子に5萬がひっつき、弥子は索子の1-4-7待ちでテンパイまで辿り着いていた。そして先程の片割れである西を手にし、周りを警戒する。

 

(親の遊戯さんはツモ切り、まず通る。下家のアカギさんもツモ切り、一応リーチ無しで出アガり出来なかったってことも考えられるけど……つまり役無しになるから点差を考えればむしろ親蹴りとして良い。問題は上家の女の子……萬子や字牌の切れが遅くて混一色っぽい。しかも手変わりがあった……)

 

 そうして弥子はあおいの捨て牌に目をやる。何せ萬子の8がドラであるため、振り込むのは危険であると思えたからだった。

 

(……無い! 北が手にあったのは振り込みが怖かったんだ。となれば親の現物の西があれば先に切るはず。張ってるとしても別のところ……!)

 

(ドラでも良いけど5萬でも良いのだ。現物だったり筒子じゃなかったりでどっちの兄ちゃんにも通るし、そこをあおいが華麗に掻っ攫っちゃうのだ!)

 

 互いの視線が交差した数瞬後、弥子はもう一つの西を払ってピンフの構えを取った。

 

「……ロン!」

 

「え……っ」

 

「ふっ……よくよく地獄待ちが好きな男だ」

 

「ま……さっきアンタにやったのとは少々話が変わってくるけどな」

 

「……! ……三色チャンタ。先程の西でもアガれたわけか」

 

 アカギの手牌はそれぞれの1・2・3に加え、筒子の7・8・9。そして唯一ポツンと残っていたのが西だった。

 

「こ、この局面でなんでアガらなかったのだ!?」

 

「簡単な話さ。満貫じゃ逆転に至らない」

 

「……やるな。その隙に俺がアガる可能性があったにも関わらずか」

 

「可能性を恐れて勝機を逃す……それこそ凡夫の発想だ」

 

「言いたいことは割と分かるのだ。けどそれならテンパイになった時点で即リーしちゃえばいいのに」

 

「そうしたら彼女は西を出さないさ」

 

「……! ……そこまで分かっちゃいますか」

 

「なるほどな……」

 

「え? え? あおいだけ置いてけぼりにしないで欲しいのだ!」

 

「先程君が親を担当した時に俺が彼女からアガりを得たことがあっただろう?」

 

「あれは見事だったのだ! 降りの自風牌を裸単騎で……って」

 

「人は一度ハマった策ほど警戒する……。だからこそ対子崩しを彼女から行う偶機を俺は待った。自ら退路を絶ったのだから、そこに他人の意思は絡まない」

 

(……やられた。そこまでは読めなかった)

 

「ううむ……てことは一発が入るところまで想定内……」

 

(こんな誰もがアガりを欲する大一番でなんて心臓してるのだ……)

 

 裏ドラは乗らなかったもののリーチ一発・三色同順・チャンタの12300点。高得点といって差し支えない値段の手を1位に直撃させたアカギは32800点となり、29900点となった弥子を抑えてトップへと踊り出していた。

 

「だが、まだ勝負は終わってないぜ」

 

(うん! 食らいついていこう!)

 

「そう……勝負を今終わらせにいけなかったことを後悔させちゃうのだ」

 

「あおい……無理に強がらなくても」

 

 親を蹴られたものの30700点と肉薄する遊戯が気合いを入れ直す中、一人6600点と手厳しい立場に立たされたあおいも奮起していた。

 

「勘違いしてるのだ。ここで大事なのは強がることじゃない。勝手に弱いと負けを認めて楽をさせてしまわないことなのだ。……さぁ、お兄さんお姉さん達。最初で、最後のオーラスの始まりなのだ」

 

(ラス親の彼女には連荘という選択肢がある。が……博徒として、いや。勝負師としての勘とでも形容すべきか)

 

(徹頭徹尾、ワンショットキルを狙ってくる気配。それはこれまでも感じ取れたが……)

 

(あの子は貫き通すつもりなんだ。歩んできた道を)

 

 頭上に浮かぶ点数を見てむしろ掻き立てられるようにふてふでしく笑ったあおいは運命を手繰り寄せるように牌へと手を伸ばしたのだった。



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順【ならび】

 南四局……オーラスへと突入した。現時点でのトップは32800点のアカギ。それを追うは30700点の遊戯、29900点の弥子、そして6600点のあおいだった。

 

(麻雀の神様はあおいに最後のチャンスを残してくれたのだ)

 

 あおいは巡ってきてくれた親番に逆転劇の可能性をひしひしと感じ取りながら、神を頼みにしつつ、自らの運も上乗せするかのように配牌を引き寄せていく。

 

(トップとの点差は2900。点差としては大した差じゃないけど……)

 

 弥子には見た目ほど簡単にはいかないことが嫌でも感じ取れた。ここまでの乱打戦で自分も含めた三人が大きめの放銃をしているのに対し、視線の先にいるアカギはあろうことか振り込まずに来ていたからだった。彼女は改めて気を引き締めると、一つ一つ大事にするように牌を引き入れていく。

 

(さて、点差は僅かばかり。対面の嬢ちゃんも大物手が入れば逆転もあり得るだろう。だが……オレはありのままを受け入れるだけさ)

 

 特別変わった様子もなく、アカギは牌を次々と引いていく。

 

(2100点か……。近くて遠い差だぜ)

 

(3位の子より800だけ近い。きっとこの差は小さくないはずだよ)

 

(相棒もそう感じるか。なら、仕留めにいくぜ!)

 

 彼らの行うデュエルモンスターズでもそうだった。例えライフが100になろうと、0にならなければ逆転の余地があった。だからこそ息の根を止めるためのもう一撃を為すべく、遊戯は牌を引き抜いていった。

 

(なんて緊張感なんだ……。もう口を挟むことなんて出来やしない)

 

(これだけ近くにいるのに。まるで4人だけが別空間に切り離されたかのように感じられるよ……)

 

(……人間とは面白いものだな。運命は生まれた時点で決まっている。そんな魔人の常識などいとも容易く壊していく)

 

 観戦する2人が固唾を呑んで見守る中、ネウロは弥子を含めた4人に興味が強くなっていくのを感じていた。特に自らも叩き落とそうとし、何度も策略に嵌められているあおいが、運命の変化を追いかけていく様が彼の抱く人間への興味そのものを表しているようだった。

 

(麻雀はギャンブル……運が大きな要素なのだ。それだけで勝てれば苦労はしないけど……運を生かすのも技術。後はあおいにその器があればいいのだ)

 

(……配牌は正直良くない。けど手を間違えなければ可能性はある……はず!)

 

(磁場が偏っている……。この卓を囲む4人の意志が輻輳(ふくそう)しているわけか。面白くなりそうだ)

 

(……これを良いと捉えるべきか、悪いと捉えるべきか。どんなカードも使い手によって真価を発揮することができる。俺がそんな真のデュエリスト足り得るかで、この牌の真価も決まる……)

 

 配牌が終了し各々の思惑が複雑に絡まりあっていく。それを徐々に解くべく、親のあおいから打牌が開始される。

 

(……!? あおい。どうして……!)

 

 ——ダンッ。痛快な打牌音が静かな空間に響き渡る。あおいの第一打は南。場風牌であり……ドラでもあった。

 

(相当手が早い……? ドラをいきなり放棄するほどに)

 

(攻撃力の高い手札にするのにも必要なはずだが……真意はなんだ?)

 

(連荘無し宣言すらブラフと考えさせられるほどの第一打……だが)

 

 まるで打牌と同時に波紋が広がっていくかのように3人の心が揺れ動く。そんな中でも鳴きがない以上、麻雀は止まらず。弥子がドラ表示牌かつオタ風の東を切り、アカギの第一ツモ。

 

(この手であおいが思いつく大きめの役は3つ。全てに可能性を残すなら、南は必要なのだ。でも追い込まれているのに、そんな悠長な真似はしてられないのだ。ドラなんてことを忘れてしまえば、全員鳴ける場風……タイミング次第では特急券も良いとこなのだ)

 

(……ククク。まずは祝福ってことか。命知らずに……!)

 

 アカギの第一ツモは南。これが既に手にしていた南と重なり、対子を完成させる。そして山にまだ残っているのか、そんな考えより先に、博奕に生の実感を覚えていた。

 

(入った……! ここさえクリアしちゃえば)

 

(やはり……そうか。恐らく俺達は誰よりも速く……あと一手まで持っていける)

 

 ペンチャン待ちを早くも引き入れた遊戯。これで早くも彼らはリャンシャンテンとなった。しかし、そんな遊戯な顔色は悩ましさで彩られていた。

 

(一つ一つの選択が命取りになる……。あおいはこんな重いギャンブルはたまにでいいのだ)

 

 遊戯から出た4筒に身体を強張らせた彼女は思い留まると、引き抜いた牌も4筒であったことに再び身体が痺れる感覚を覚えた。たった一巡でこれだけ神経を使うのは性分に合ってるようで合ってないのかな、なんて考えながら、彼女は8萬を手出しで払う。

 

(……落ち着くんだ。まだ手の先がタンヤオと決まったわけじゃない。焦って両面待ちを鳴くと、出口が閉じる……!)

 

 同様の感覚を弥子も味わいながらツモに移ると浮いていた牌にくっつく引きだった。息をゆっくり吐き出して可能な限り落ち着きながら、白を打ち出していく。

 

(……この局、オレのリーチが持つ意味は大きい)

 

 危険牌の振り込みを止められないリーチ。それをしてしまえば差を縮めるのに必要な点が半分で済む。それに加えてアカギは1000点のリーチ棒を差し出すこと自体危険だと感じ取っていた。そして南を過信することなく、手を進めていく。

 

(……赤いドラが望ましかったが、贅沢は言えないな)

 

 続けて有効牌の5萬を引き入れた遊戯は早くもイーシャンテンに辿り着いていた。6萬を出しながら、彼は早ければ次巡で迫られることになる選択を熟考する。

 

(……すごいね。歪にも、綺麗なようにも見えるよ)

 

(あり得るかもしれないのだ。アガったら死ぬなんて物騒な謂れのあるあの役満が)

 

 あおい自身有効かどうか測り兼ねるような引きだったが、指の感触は悪くなかった。そして相手を見ながら、堂々と赤ドラの5萬を河へ流した。

 

(5萬・8萬の並びは多少野暮ったい。しかし彼女は一つでもハンを上げる必要がある。となれば……ドラに頼らない大物手での勝負だろうな)

 

(くっ。彼女が既に持っていたのか)

 

(……! 欲しい……。今なら行っても。……いや、今は良くても。後のことを考えたら)

 

 喉から手が出るほど欲しい牌を片や固唾を呑んで見守り、片や伸ばしそうになった手を必死にツモに向けた。引き入れた牌はカンチャン待ちのところにもう一つのカンチャン待ちを作るという悪くはない引き。

 

(今無理に形を完全に決めて蓋をするのは悪手。早々に決めて良いのは、この4人の中で1人だけ……)

 

 そんな中、アカギは真っ直ぐアガりに向かうなら払って良い牌をあえて残していく。

 

(そう上手くはいかないか)

 

 次の遊戯は一気にテンパイとはいけず、引いた4索を迷うことなく打ち出す。

 

(……3筒が対子に。これをどう捉えるか……)

 

 7索を差し出したあおいはこの先に続く岐路を見据える。時には離れ、時には交差すらしてしまう複雑な道。しかしあおいは牌が行く先を照らしてくれることを感じ取る。彼女はこの大一番でも自然体だった。

 

(まだ4巡目だけど……。誰かテンパイになってもおかしくないな)

 

(東か……面白い牌だが。……ここは違う)

 

 弥子、アカギと手が進むことなくツモ切りが続いた。ここまで同じ卓を囲んできたからだろうか。双方が互いにテンパイから遠いことを感じながらも、同時に誰かのテンパイ気配がすぐそこまで迫っていると思っていた。

 

(……! もう一人の僕……)

 

(ああ……。これで)

 

 その予感はすぐに現実のものとなった。遊戯の手に暗刻が増え、これにてテンパイ。遊戯は他の三人をチラッと見ながら、抱いていた予感が的中したことを感じ取る。

 

(問題は……ここからだ)

 

 すると遊戯は手牌に目を落とした。タンヤオ、ピンフ、チャンタ、イッツー……今まで見てきた役を脳裏に浮かべながら、彼は改めて一つの結論に至った。

 

(ドラも無し。この手札は……リーチ以外に何も付随しない)

 

(これまでの得点計算を考えれば……2100は得られない。一度この形を崩すか、それとも……)

 

(……恐らくデッキにまだ狙いの牌は眠っている。そしてこのデュエルだけは全員が勝利を得に来る。となればアガることが可能、というだけではなく……)

 

 遊戯は再び視線を上げて右の方を見つめると、やがて決断に至った。

 

(相棒。俺はこの手に賭けるぜ!)

 

(……!)

 

 残していた自風牌の北が場に弾き出されると同時に曲げられた。

 

「リーチ……!」

 

(確かに裏のドラがつくかもしれないし。ツモもあり得る。あるいは彼女がやったようにカンだって……)

 

(あおいより速いとは生意気なのだー。……ま、想定内なのだ。どう考えてもあおいだけ狙うべき点が高いのに一番乗りまで欲張るほど欲しがりさんじゃないのだ。片方だけで我慢する偉い子なのだ)

 

 響き渡るリーチ宣言に周りの観客はいざ知らず、卓を囲む三人にさほど動揺は見受けられず。有効牌をツモれなかったあおいだったが、気にする素振りもなく手出しで6萬を払った。

 

(……一発って線もあったけど、それはしてくれなさそうかな)

 

(これは現物だから勿論通る。問題は……)

 

 弥子は少し考え込む。現物を払いたい気持ちもあるにはあった。しかし守りだけで勝てない現状、2筒を出す判断までさほど時間はかからなかった。

 

(4筒が1巡目に出てる……。3・4での2-5待ちも考えづらい。1・3のカンチャン待ち、2筒単騎待ちだとしたら最初の判断が決め打ちすぎる。チャンタなら得点状況を考えればリーチがいらないことはあの人なら分かるはず。絶対なんて言えないけど、これは通す!)

 

(……振り込まないことは勿論だが。他の二人にアガられても意味は無い。となれば……)

 

 アカギも手出しで2筒を合わせ打ちした。弥子がその真意を図る中、あおいはリーチされた時より心中穏やかでは無かった。

 

(先制はした。しかしもたつけば反撃が来る。決めてしまうのが一番だ)

 

 遊戯が引き抜いたのは3筒。待ちとは異なる牌に遊戯は息をゆっくり吐き出しながら、場へと切り出した。

 

(……ポン……いや、チーすれば……)

 

 焦りはそのままに彼女の心拍数を上げていく。ここで鳴けばという囁きが果たして天使と悪魔、どちらからなのか。耳を塞いでしまいたくなるくらいの圧迫感が彼女を襲う。

 

『あおい。落ち着くんだ』

 

『……! 九十九……』

 

『最初で、最後のオーラスなんだろう? 君は、君らしく。自分を信じられなくなった時点で勝負師失格とはあおいの言葉だよ』

 

『……ふふっ。サンキューなのだ』

 

『どういたしまして』

 

 九十九の言葉に彼女は迷いを吹っ切り、微笑みで表情を彩った。そして彼女は天使も悪魔も信じず、己の勝負感のみに託し、ツモへと移った。

 

(やれやれ……今日はどうやら愛されちゃってるみたいなのだ)

 

 引いた牌に呆れんばかりの溜め息を吐き、周りから不思議そうに見られると、彼女は手出しで9萬を送り出した。

 

(さっきみたいな七対子狙いならあおいだったらダマで適宜待ちを動かせるようにするのだ。今回は無いと見るのだ)

 

(やはり……彼女の狙いはほぼ決まりだな)

 

 9萬が奪われることなく収まると、弥子は白を、アカギは4筒をツモ切りで送り出した。そして次なる遊戯のツモは6索。

 

(中々引けないね)

 

(ああ。そう容易くはいかないだろうな。見た目ほど数があるとは限らない)

 

(でも……一発が消えた今、ツモが無いとまずいんじゃ)

 

(いや……そうでもない。そろそろだ……)

 

(……?)

 

(感じないか? 相棒)

 

(……そうか! もう一人の僕のリーチにも真っ向から勝負してくる。彼女なら……!)

 

「リーチなのだー!」

 

(良かった……! まだ残っててくれたのだ!)

 

 引き抜いた牌にこれ以上なく頬を緩ませたあおいは迷わずリーチをかけた。同時に1000点の価値があるリーチ棒が場へと放られる。もう一人の遊戯はようやく得心がいった様子だった。

 

(東……? 南をあれだけ早く捨てたのに)

 

(十中八九の安全牌として手に残しておいたようだな。テンパイに至っても飛び出す牌がロン牌ではな)

 

 リーチ棒と共に場に出された牌は既に3枚見えている東。アカギに少し遅れて弥子も彼女が既に特定の手に狙いを定めていたことを理解する。

 

(現物以外で100%安牌なんて無いってのが麻雀の定めだけど、今回に限っては自信を持って安牌と言い切れるのだ! ここさえクリアしちゃえば後は……)

 

(どちらが先に狙いの牌を手に入れるか……。まさしく最後の勝負だな)

 

 遊戯とあおいの視線がぶつかり合う。互いに笑みを湛え、退路を絶った者同士引く気はさらさら無い様子だった。

 

(……ここから振り込まずにアガる道は……)

 

 一人ならいざ知らず、二人分かけられたリーチが包囲網を広げていた。全てが当たり牌のようにすら錯覚するほどのプレッシャーが彼女に襲い掛かる。

 

(遊戯さんは6索が切れたから両面待ちなら通る。……ここであおいさんがリーチで追いかけてくることが読めない彼じゃない。となればタンヤオやチャンタでも使える3索単騎での勝負はしてこない!)

 

 考えに考えた弥子の選択は……対子の3索崩しだった。バクバクとうるさいくらいに響く心臓が破裂しないよう、後は声が掛からないことを望むばかりだった。

 

(2人の手変わりが消えた今……この瞬間を待っていた!)

 

「チー」

 

「……!!」

 

 掛けられた声に弥子の身体がビクっと震える。ロンではないことに安心すれば良いのか、鳴かせてしまったことに不安を抱けば良いのか。頬を伝う冷や汗を彼女は拭うと、彼が鳴いた牌をしっかり確認する。

 

(1・2・3……チャンタか混一色? 2筒の出が早かったし混一色かな……。決めつけは出来ないけど)

 

 アカギから8萬が出されると、次の遊戯の番で2萬が切られた。

 

「……ポン!」

 

 意を決して鳴きを入れた弥子は残された3索を手にする。

 

(どちらにせよこの人には怪しい。けどこの状況、結局一度諦めた3索は捨てるしかない。この人もそれを分かっていて……)

 

「チー」

 

 顔を見つめながらもやむなく弥子はもう一方の3索を切ると、再びアカギからチーの宣言が聞こえてきた。先程のように驚きはしなかったものの、してやられたという思いが彼女の中に浮かび上がってくる。そんな気持ちを受け止めた上で弥子はアカギの一挙手一投足を見逃すまいとしていた。するとアカギは鳴いてから迷わず白を場へと送り出した。

 

(また1・2・3……! しかも白じゃチャンタも混一色もあり得る! 隙を見せてくれない……)

 

「ポン!」

 

 すかさず捨てられた9索にも鳴きを入れ、アカギはあっと言う間にに3フーロとなった。そして河には彼の自風牌である西が流されていく。

 

「くっ……恐れ知らずだな」

 

「よく知っているさ……。恐れ慄き立ち止まるのは愚の骨頂だということをな」

 

「ふふ……違いないぜ」

 

 遊戯は死地に飛び込んでくるアカギに目を細めつつ、再び引いた牌を墓地へと捨て去った。

 

(多分これであの人もアガれる形になったはず。でもこっちはリーチをしているからそれを避けることは出来ない……)

 

(ああ。だが……俺も無策じゃないぜ。今回は全員勝利が絶対条件と言っても過言じゃない。彼らがチーやポンを仕掛けることは事前に考えていた)

 

(……! 確かに狙いの一つはタンヤオを狙うならどうしても邪魔だね。けどもう一つは……)

 

(先程彼がチャンタというものでアガっただろ? 123、789と字牌のみだった。つまり字牌、それと同列の扱いが可能な1、9を使った3枚ペア……これを狙う場合は456は使えないはずなんだ)

 

(あっ、そうか! つまり仕掛けた彼らがその牌を引いてしまったら)

 

(もう後戻りは出来ない……)

 

 既にリーチをかけ、やれることが限られる遊戯だったが、最後の策を闇に仕込んでいた。その前に右隣のあおいがあっさり出すかもしれないし、逆にアガられてしまうかもしれない。だが彼は勢いだけではなく、勝利へ繋ぐための判断に全てを賭けていた。

 

(……むぅ。引けないのだ。けどこの役に賭けるしかなかった。だから先にリーチをかけてた男の子兄ちゃんが出すか、あおいが引くか。それかどうしても来て欲しくないタイミングで他の二人に渡るか。誰も防ぎようのない偶然の力……最後の最後、あおいが信じられるのはそこなのだ)

 

 彼女はリーチという行為が嫌いではなかった。良くも悪くも自分の天運を示してくれるような気がしているからだった。甘酒神社で引いたおみくじのような感覚ですらあったが、彼女は不確定だからこそ面白いと思っていた。

 

(4索……! 3索は捨てるべきじゃ無かった? ……いや捨ててなければ鳴きが無かったから、掴む牌じゃなかった。言ってしまえば……あの人に掴まされた!)

 

 弥子も先程のポンでテンパイに辿り着いていた。待ちは萬子の5-8。しかしツモアガりとはいけず、それさえもアカギに仕組まれたようにすら思えていた。

 

(遊戯さんには現物。あおいさんは現物じゃないけど……彼女は配牌時にあった5689の萬子を捨ててる。あと7索の切れが早い。アカギさんがあれだけチャンタ寄りの索子を固めてることも踏まえれば……索子は彼女の待ちじゃない)

 

(対面の嬢ちゃんが清一色ってことには気付いてるんだろう? 筒子を引いたか……。あるいは……索子か)

 

(……あの人は二人のリーチを見てから動いたんだ。となればその前では混一色かチャンタか決定してない。あれは生牌の1筒に厳しいと判断しての2筒切りで……。そこから残していた8萬を落とした。……混一色への移行、と読む! なら……)

 

(……馬鹿な。ここでテンパイを崩すだと。確かに5・8の萬子の残りは少ない。しかし……)

 

 弥子の最終決断は6萬切りだった。

 

(4索を残して使うにしてもフリテンの可能性が高い。どちらにせよ切るのであれば……。その上、手直しが間に合うかも分からず、場合によっては役が消える。ここに来て心が弱い方に流れたか?)

 

(アカギさんはリーチをかけてるわけじゃない。となれば……あるはずだ。手変わりを要求されることが。この人達相手に弱気になっちゃダメ! 薄い可能性でも賭けるんだ!)

 

 そして次巡、7萬が切られる。このターツ切りが奪われず通り過ぎた最中、別の波がアカギを襲った。

 

(7筒か……。ふふ、牌に試されているのか)

 

(4筒がさっき出たからここは勝負でも……えっ? えええっ!)

 

 長考に入ることなくアカギは索子のターツに指をかけた。そして赤ドラの5索を惜しげもなく放り出す。

 

(筒子の6・7・8・9がいずれも生牌だ……。ここまで多くの牌が流れてきた。オレが見るに……彼の待ちも筒子。一番乗りのリーチ故に彼女の手は絞れなかったのだろう。ドラの南が混一色・清一色を否定しているようにすら思えるだろうからな……)

 

(最後の赤ドラをここで切るなんて……。万が一あおいの当たり牌だったら、とんでもないプレゼントなのだ。そりゃ読まれてるとは思うけど……ドラは読みを狂わせる。ましてやこんな局面で切るなんて、どれだけの修羅場をくぐってきたのだ……)

 

 さらに次巡ターツ崩しの6索が通る。5索ツモ、手出しの赤ドラという引っ掛けもあり得ると見ていた弥子もようやく警戒を解いて4索を手放した。

 

(す、すごい。8筒を引いた……!)

 

(南の引き入れか鳴きも視野に入れていたが……こう来たか)

 

 残り巡目を考えて4フーロの裸単騎も辞さない覚悟のアカギだったが、引いたのは8筒。これによりチャンタでの9筒待ちへと受ける。

 

(……決着まであと僅かだな)

 

(これが最後……いや、あれだけ鳴きがあったおかげで、もう一回あるのだ)

 

 巡りに巡り……20巡目。引き抜いた3索は彼女の待ちではなく、あおいはやむなくその牌を切り捨てる。

 

(あの判断が正しかったのかはこの牌にかかってる。来て……!)

 

 遠回りの代償は大きく、弥子はテンパイに至っていなかった。最後の一牌に望みを託した彼女は恐る恐る手を伸ばし、覚悟を決めて力強く引き抜く。

 

(……! よしっ)

 

 引き抜いた牌は7筒。これによりテンパイ形にすることが可能になった彼女は安堵に溺れることなく、考え込む。

 

(……この手でつく役はタンヤオくらい。だから、5-8のノベタン待ちに受けるのが基本……だと思う。けど捨て牌を考えれば……)

 

 弥子は5筒を手に取る。この牌は二人がリーチをかけてから途中であおいが1枚捨てていた。アカギに対しても鳴き牌を再確認した彼女はこれを場に送り出す。

 

(早めのリーチの代償だな……。決着が長引くことで、捨て牌が判断材料の宝庫と化す。……! 6筒か……)

 

(そ、そんな……。よりによって!)

 

 5筒を横目にアカギが引き抜いた牌は6筒。これにより手牌がアガりの形にはなったものの……

 

(チャンタの裏目を引くとはな。……いや……。あの嬢ちゃんのポンで掴まされた、か)

 

 牌から弥子に視線を移したアカギはやがて観念したように微笑みを湛えると、南に手をかけた。

 

(6筒を切ってもフリテン……。次に出るのが南の可能性はある。だから裸単騎に繋げる選択もある、が)

 

 そして彼はそのまま南を場に弾き出した。

 

(アガりを諦めないこととヤケになることは違う……。牌の流れがオレに示した道だ。受け入れるさ)

 

(これでアカギさんはロンが出来ない……。もう連荘に賭けるしかないんだ)

 

 弾き出した牌にいつまでも目をやることは無く、アカギは前を見る。たとえどんな結末であろうと、彼はそれを受け入れようとしていた。

 

(……ふふ。引きには自信があるつもりなんだがな)

 

(みんなの思惑が交わりあってる……。これはもう、誰かが他の誰かの危険な牌を引いてしまうか。そういう勝負なのかもしれないね)

 

(だな)

 

 すると遊戯が引いた牌は南だった。アガりには繋がらず。されど振り込みもせず。この勝負の行方はあおいに託されることになった。

 

「……水面下での駆け引きはこれまでなのだ。良くも悪くもこれで決まるのだ」

 

「……! そうなのか?」

 

「ああ……そういえば最もメジャーな流局が今回は一回も無かったのだ。麻雀では残り14枚は王牌(ワンパイ)って言って必ず残さなきゃいけないのだ。ドラ表示牌とかカンした時のドラ表示牌とか……役割がある牌なのだ」

 

「なるほどな……。つまり、その牌が……最後の牌になるんだな」

 

「その通り。さて、覚悟は出来たのだ?」

 

「……ああ」

 

「うん。私も……出来てるよ」

 

「冷房兄さんは?」

 

「とっくにしているさ」

 

「あおいもなのだ。もっとも覚悟は覚悟でも……」

 

 21巡目。あおいは溜めに溜めると、最後の牌を勢いよく引き抜いた。

 

「麻雀の神様に愛される覚悟なのだ! ……!」

 

 引き抜いた牌をあおいは誰よりも早く確認し、目を見開いた。

 

「……ふふっ。愛されすぎ、なのだ」

 

「……!」

 

 あおいの手牌は筒子の1・1・1・1・2・3・3・4・赤ドラの5・8・9・9・9だった。そして引き抜いた9筒に彼女は呆れるように笑ったかと思うと、不敵な笑みへと忙しなく変えて捨て去った。

 

「ロン……! その牌、いただくぜ!」

 

「男の子兄ちゃん……!」

 

 遊戯の待ちは筒子の6-9待ち。ピンフもつかない形ではあったが、リーチをかけていた彼は迷わずロンを宣言した。しかしまだ勝ちを確信したわけではなかった。

 

「無いさ。オレからは」

 

(うう……最後の6筒が無かったら、チャンタで……)

 

 その意図を汲み、アカギは自分からロンの宣言を拒否した。そして……

 

「……ロン……! 頭ハネ、です」

 

「なにっ……! しかし……」

 

 弥子の牌が倒された。筒子の6・6・7・8により6-9待ち。しかし手牌に役牌も無く、遊戯にはリーチがあった自分とは違ってアガりの条件を満たしていないように思えた。

 

「役は…… 河底撈魚(ホウテイロン)!」

 

「ここで最後の捨て牌に対してのみ適用される役、なんて。その手は普通に考えたら6筒でのタンヤオアガりしかないのだ」

 

「……やってくれるぜ。そんな大勝負に打って出るとはな」

 

「まあ、それしかテンパイ形が無かったのかもなのだ」

 

「いや。さっき6筒を落としていれば、タンヤオが残る5-8のノベタン待ちだ。……お見事」

 

「……! あ、ありがとうございます」

 

「そんな形で回避されるなんてな……。参ったぜ」

 

「ううん……みんなして筒子の7・8を使いすぎなのだー!」

 

「勝負を決めようと、リーチをかけたのが仇になったな。変化を捨てたことで後手で対応する隙を与えてしまった」

 

「この待ちならいけると思ったのに……麻雀は奥が深いのだ! 完敗なのだ!」

 

『……食事の時間だ』

 

『……!』

 

『負けを認めたこの時こそ。謎のエネルギーが放出される瞬間。知恵を絞り、策を練り、それが複雑に絡まり合い……エキスとなる』

 

 魔人ネウロは全員が勝負に費やした謎を喰らう。河底ロンに加えて、二人が出していたリーチ棒が与えられ、計3000点。これが29900点だった弥子に加算されると、32800点のアカギを僅かに上回る32900点。こうして弥子の逆転勝利により、勝負の幕は閉じられたのだった。



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流【ひととき】

「さて、俺たちは負けた……」

 

「ルールに則った勝負の結果だ。逃げも隠れもしないぜ」

 

「そ、その通りなのだ! ……でも、命だけは見逃してほしいのだ……」

 

「そ、そんな。命だなんて! ね、ねえ。ネウロ?」

 

「……それを決めるのは我輩では無い」

 

「まさか気まぐれな招待状(イビルレター)が勝手に……!?」

 

 手加減の知らない魔界道具のもたらす末路を想像して、私の背中に嫌な汗が滲み出てきた……。

 

「忘れたか? 要求を行うのは1位になった者のみ。この場でその条件を満たす人物はたった一人しかいないだろう」

 

「えっ。それって……」

 

「上質な味だった。それは貴様への褒美だ」

 

 危害を加えるつもりはない、とは思っていたけど。私はようやく理解した。これは……一生に一度の食事なんだって。

 

「……じゃあ要求しますね」

 

「ごくりなのだ……」

 

「皆さんのことを、話して下さい」

 

「……へっ。そ、それだけなのだ?」

 

「要求は一つだけだったはずだぜ。それで良いのか?」

 

「はい。ええと……私、実は女子高生探偵をやっているんですけど、まだまだ未熟者でして……。きっともうこんな出会い無いから。良ければ知りたいんです。色んな人の、色んな人生を」

 

「オレは過去を語るのは性分では無い……」

 

「……!」

 

「だが、勝者の要求だ。良ければも何も無い。語るさ。お望みであればな」

 

「あおいもノープロブレムなのだー! あおいと同じくらいで探偵やってるなんて凄いのだ!」

 

「俺もだ。俺自身、どんな人生を送って来たのか探っているところはあるが……」

 

「そういう相談に乗れるようになれたら、と思っているので……お願いします!」

 

「……ああ。分かったぜ」

 

 こうして私はみんなから話を沢山聞かせてもらった。時間にしたら1時間も経って無かったと思う。

 

「——というわけであおい達は甲子園目指して、日夜眠る時間も惜しんで頑張ってるのだ!」

 

「最後の部分は気にしないでください。睡眠不足は運動に悪い影響しか与えないので、ちゃんとスケジュールを管理して行なっています」

 

 でもみんな本当にビックリするくらい違う人生を歩んでいて。想像もしないようなことをしていて。ネウロが人間の可能性に惹かれているのも分かるくらい、限界や当たり前なんて言葉を置き去りにしていて。全く違う人生を送ってきた人達が関わりあうからこそ、抱える事情が複雑で、簡単には理解出来なくて、だから私はもっと色んな人の価値観を知りたいなって思ったんだ。

 

「探偵! 急でワリぃけど、今日の夜空いてるか? 望月のオッサンがメンツも揃ってねえのに勝手に麻雀の予定を入れやがったんだ」

 

「麻雀かあ……」

 

 イビルレターの効力が切れてからというものの、あの人達とは会っていない。女子高生じゃなくなったから、ただの探偵になった今でもふとこの時のことを思い出すことがある。一期一会なんて割り切るには衝撃的なことばかりだったけど、そんな衝撃的なことでも長い人生の中では一瞬で、でも確かにあった大切な一時(ひととき)。私の広げていきたい価値観の中に確かに入っているんだ。

 

「久しぶりにやろうかな。自風牌狙われないようにしなきゃ」

 

「あ?」

 

「ふふっ。なんでもない」

 

 気まぐれな招待を受けた私はもしかしたらあの人達と会ったりして……なんて思いながら、食事に行ったんだ。



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