踏み台貴族の俺はなぜか悪役令嬢に目の敵にされている。 ()
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1話 かませ犬VS悪役令嬢

 俺の通う学園には、とある有名な公爵令嬢が通っている。

 彼女が“有名”なのは、王国一の大貴族の長女であるという肩書きもあるが、その最も大きな理由は――。

 

  

「――そこの貴方!入学試験で首席だったって聞いたわ!今すぐ私と魔術の試合で決闘しなさい!」

 

 

 この何者にも平等に向けられる、勝気で負けず嫌いな性格である。

 

 自分よりも上の実力を持つものを叩き潰さずにはいられない。その容赦の無さは、あらゆる場面で自身の上に立つ人間に例外なく向けられた。その抜群の行動力に天性の才能が加わり、いつしか彼女を上回るものは居なくなった。

 

 ……という話を俺が聞いたのはその公爵令嬢――クラリス様に俺がその矛先を向けられた時から、しばらく経ってからのことだった。

 

 そんなわけで、しばらく最強の座を欲しいままにしていた彼女からすれば、俺は久々に見つけた格好の『好敵手(ライバル)』だったのだろう。

 

 隠れた壮絶な努力の末、晴れて王国最高峰の魔法学校に進学し、奇跡的に入学試験で首席を勝ち取った俺は、貴様を逃がすものかという猛獣の如きギラギラとした瞳にじっと見つめられていた。

 

 今思えば、わざと点を落としてでも、俺は首席になる事を回避すべきだったのだろう。高貴な貴族の家の後継ぎに生まれたと言っても天下の公爵家からすれば道端の犬っころに過ぎない。公爵令嬢の誘いを断れる訳が無いし、ましてや公爵令嬢との勝負に勝って良い訳がないのだ。

 

 だが、ここに来るまで僻地の城で未来の領主として魔術の修練を積んでいた俺が彼女のことを知るはずがなかった。それになにより――。

 

  

「……いいだろう。誰だか知らんがこの俺に挑むとは。中々骨のある女じゃないか」

 

 

 ニヒルな笑みでそう言って、公爵令嬢に躊躇なく顎クイする俺。

 

 

 

 そう――あの時の俺は余りにも調子に乗りすぎていたのだ。

 

 

 

 

  あれから、人気のない校舎裏の開いた場所にやってきた俺は、距離を置いて、俺に決闘を申し込んできたあの女と向かい合っていた。

 

 ちなみに、俺の頬にはくっきりと赤く紅葉のような手形が浮かんでいる。頬が焼けたようにヒリヒリする。くそ、あの女……本気でビンタしやがった。

 

「決闘開始の合図はコイントスで行うわ!コインが地面に落ちたらスタートね!」

 

「ふん。いいだろう……」

 

 彼女は機嫌悪げに頷く俺を確認すると、親指でピンとコインを弾いた。空高く飛び上がるコインはゆっくりと落ちていき――。

 

 小気味良い金属音と共に地面に落ちた瞬間、バックステップで距離を取ろうとする俺。しかし対照的に、彼女は一気に地面を蹴ると俺に迫った。

 

 魔術師同士の決闘なのに一体何を考えてるんだ?と思いつつ、俺は冷静に術式を組んで迎撃する。

 

『水弾(ウォーターボール)』

 

 俺の得意魔法である水属性かつ、最も発動時間が短く、使い勝手の良い初級魔法だ。俺は30センチほどの小さな水の玉を6つほど彼女目掛けて射出する。すると彼女は虚空を掴むような動作をして――どこに隠し持っていたのか、いつの間にか大きな剣を持っていた。

 

 見たことの無い魔法だと思った。だが今はどうでもいいと切り捨てる。鉄生成くらいなら出来る人間は少なくない。

 

 彼女は大剣に魔力を纏わせ、燃え盛る炎を発現する。そして、瞬く間に俺が発射した水弾を蒸発させながら、全て叩き斬った。

 

 その時の俺が、前の学校では彼女を上回るものはいなかったという噂を知っていたら、なるほどとすぐに肯定しただろう。彼女は確固たる才能の持ち主であり、技術力も伴った絶対強者であると。そう、確かに――“俺以外には”勝てるはずがないと。

 

 俺は伊達に入学試験首席ではない。我ながら嫌らしいほどに狡猾だった。こういう時のためのトラップを常に幾つも用意している。そして、彼女はその一つを気が付かずに踏んだのだ。

 

 俺は静かに魔力を操作する。

 彼女に叩き切られ、蒸発あるいは散乱した水の粒子が一つに集合し、彼女の死角で大きな水の塊を作った。そしてソレを変形させる。

 最も効率よく相手にダメージを与えられる形に創造――それは大きな槍。

 

 俺との距離を詰め、あともう少しで俺にその剣が届くかという所で、水の槍は後方から彼女を穿った。

 

「っ!?」 

 

 彼女は勢いよく地面に叩きつけられた。 

 といっても、もちろん手加減はしてある。槍と言っても貫通するような形状ではなく、怪我のない程度に打撃によるダメージを与える形状に調整していた。槍を撃たれた彼女は体全体を水で叩きつけられ、立ち上がることすら出来ず、力なく地に倒れ伏している。

 

「……くっ、ま、負けたの……?この私が……?」

 

「ハッ!当たり前だ。なんたってこの俺は“最強”だからな」

 

 眼下に倒れ伏した彼女の悔しげな声に俺がニヒルに笑ってそう返すと、

 

「アナタってスゴく強いのね……!」 

 

 俺を尊敬するような、純粋でキラキラとした目線が俺に向いた。

 

「へっ?」

 

 俺は悔しがる相手や逆切れする相手以外見たことがなかったので、思わず変な声を出してしまった。

 

「さっきなにやったの? 気がついてたら後ろから攻撃を食らってたわ!」

 

 グイグイと聞いてくる彼女に、俺は渋々、彼女が斬った水魔法を背後で合成させて攻撃したことを説明する。

 

「本当に凄いわ……!思いつかなかったわそんな発想!流石私を超えてこの学園の首席を取った人ね!」 

 

 俺を真っ直ぐに見つめて、猛烈に感激している様子の彼女。まるでマタタビを前にした猫のようだ。今にも飛びかかってきそうなほど強い感情が透けて見える。

  

「そうか? ま、まあな……」

 

 思わず得意げになり、頭を掻く俺。あれ……もしかしてコイツ、実は良い奴なんじゃないのか?

 

 そしてついつい親切心からか、アドバイスを口にしてしまう。

 

 そう――これが後々、俺が彼女に付きまとわれるようになる原因だとは知らずに。

 

「……お前。剣が得意なのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「……だとしても、最初から剣に魔力纏わせて一気に近づくなんて強引すぎだろ。折角魔術師なんだから最初は魔法を使って相手を遠距離から牽制しろ。で、近づく隙を探れ。じゃないとさっきみたいに一方的に遠くから魔法撃たれて終わりだぞ?」

 

「うーん、そうかしら……でも、そうね!貴方が言うなら、そうするわ!」 

「あ、ああ……」

 

 あまりにスパッと俺の言うことを鵜呑みにするので、思わず気圧されてしまう。そんな俺を横目に彼女はむくりと起き上がると、

 

「よし!こうなったら、早く家に帰って練習しなくちゃ!じゃあね!」

 

 バイバイと手を振ると、ドタバタと勢いよく走り去っていってしまった。しかも――全身水浸しで泥にまみれ、あちこち透けている状態のままで。

 

「あ、ああ……」

 

 曖昧に頷き、呆然と手を振り返す俺。

……いいのか?アイツあの格好のままで。

 

「てか、結局誰だったんだ、あの猛獣のような女は……」

 

 名前も知らない女に決闘を挑まれる。今日はなんか散々な日だったな。

 

「はぁ……」

 

 俺は、ため息をつくと、なんとも言えない気分のまま家へと帰った。

 

 

 そして、翌日。授業が終わり、俺が帰ろうと鞄に教科書類を詰めていると、バンと大きな音を立てて、急に教室の扉が空いた。

 

「見つけたわよ!」

 

 そして聞き覚えのある高圧的で攻撃的な声、

 それはダンダンと足音を立てながら、俺に近づいてくる。

 

 俺はなんだか嫌な予感がしながら、そっと視線を上げ、その主を見やった。

 

 

「――貴方のアドバイス参考になったわ!さあ、今すぐ決闘しましょう!!」

  

 そこには、昨日も見た、猛獣のような女が腕組みをして立っていた。

 

 

 



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2話 ふん、面白え女

「――お断りだ!」

 

 と即座に断言したものの、俺の叫びは聞き届けられなかった。

周りの生徒がザワザワと何かを騒ぎ立てる中、手首を捕まれ、俺は半ば引きずられるように、教室から連れ出されていった。

 

 場所は昨日と同じ校舎裏。俺は大きくため息を吐きながら言った。

 

「いや、お前な……。昨日も決闘したばかりだろうが……」

 

「それが何よ?別にそんなことどうでもいいでしょ?」

 

 そりゃお前はいいだろうが、俺は大変迷惑を被っているのだ。

 

「昨日の貴方のアドバイスの通りに練習して、何かを掴めた気がするのよ!今日なら“絶対に“貴方に勝てるわ!」

 

 決闘なんて面倒くさい、一切受けてたまるか。と心に決めていた俺だが、しかしその言葉に――カチンと来た。

 

「……おい。今なんて言った? まさかお前がこの俺に勝つだと?……笑わせてくれる」

 

「ええ、勝てるわ!だって私は昨日よりずっと強くなったもの!」

 

「いいだろう……。なら格の違いというヤツを思い知らせてやる……。決闘だ、かかってこい女……!」

 

「うんっ!じゃあコイントスするわね!」

 

 こうして、まんまと勝手に自分で乗せられた俺は、結局2回目の決闘をすることになった。

 

 ピンと弾かれたコインが、風に吹かれ、やや軌道を変えながらも地面に落ちる。

 

 ――その瞬間、俺は昨日同様バックステップして距離を取りながら術式を組む。組むのも、昨日同様に6つの『水弾(ウォーターボール)』だ。

 

 違ったのは、それに対する彼女の対応。彼女はじっとその場に待機し、何やら術式を組んでいた。

 

 どうやら本当に俺のアドバイスを参考にしたらしい。始まってすぐ距離を取らないのは、俺と違って近接での戦闘を想定しているからか。

 

 俺は、創り出した水弾を真っ直ぐ彼女に向けて射出すると、彼女は少し遅れて術式を発動し、自らの全面に大きな炎の柱を創り出した。

 

 見覚えがあった。アレは『炎壁(ファイアウォール)』と呼ばれる中級魔法だ。

 

 目を見開く。まさかあんな短時間の構築時間で、あれだけ高威力の魔法を発動できるとは思っていなかった。

 

 昨日の戦闘で、彼女が剣術に力を入れていたことと、火属性を得意としていたことから、魔法戦では俺に大きく優位があると思っていたが……まさか、俺を超えているとは。想定外だ。

 

 水と炎。本来相性は水が勝つものの、威力に劣る俺の水弾は炎の壁に当たると簡単に蒸発した。隙をつくように一気に距離を詰めてくる彼女。

 

 頭の中をぐるぐる思考が巡る。今からもう一度水弾の術式を構築しても、発動までの時間でまた炎の壁やらを出されて、劣勢に立たされる可能性が高い。近接戦に持ち込まれれば終わりだ。なら俺は一体どうすべきか。

 

 しかし、俺は我ながら嫌らしいほどに狡猾だった。こういう時のためのトラップを常に幾つも用意していた。

 

 さっき俺が出した6つの水弾は炎の壁によってご丁寧に、再合成出来ないレベルで蒸発してしまっている。どうやらキッチリと前回の対策をしてきたようだが……俺が一度に創造できる水弾が6つだと誰が決めつけたのだろうか。

 

 向かってくる彼女。しかし、俺の足元は土だから分かりにくいが、よく見れば不自然に広範囲に渡って濡れていた。

 

 ――無術式魔法。

 

 発動時間と威力に大幅なデバフが掛かるが、術式を視覚出来ないことから、相手に魔法の発動を検知させないという、戦術に多様性を持たせる有能な魔法。

 

 実は、習得自体はそう難しいものでは無い。しかしその方法を知っている人間は少なく、俺も辺境の有名な魔術師に教えを請わなければ一生使えなかっただろう。

 

 決闘開始時、水弾を6つ射出した俺は、その後も地下に向け、継続して無術式で水弾を発動させ続け、水を貯め続けていた。

 

 彼女が俺のすぐ近くまで迫った時、彼女は地面を強く踏み抜いて――地面ごと崩れ落ちる。

 

「――えっ!?」 

 

 水を操作する力があれば、土を取り除いたり、地面をある程度自然に支え続けることは慣れれば、そう難しいことでは無い。

 彼女は俺の創った落とし穴を踏み抜き、地下へと落ちた。そして貯まっている俺が無術式魔法によって創り出した水が猛威を振るう。

 

 ……が、当然俺は寸前で取りやめ、水を操作して彼女を地面に引っ張りあげた。実は粘性も変えられるのだ。まあ、普通の状態が一番威力高くて魔力効率が良いから使わないけど。

 

「まっ、負けたわ……。今日は勝ったと思ったのに……」

 

 地面に尻もちをついた体勢の彼女は、呆然としながら言った。

 そして、すぐに俺に向き直り、キラキラとした目を向ける。

 

「ねえっ!今日は何をしたの!私びっくりしたわ!だっていきなり地面が無くなって落ちちゃったんですもの!」

 

「いや、あれは……秘密だ」

 

「ねえねえ!そんなこと言わずに教えてくれない?私すっごく知りたいわ!」

 

 グイグイと顔を寄せて聞いてくる彼女に、俺は一つため息をつくと、嫌々ながらに、無術式魔法を使って地下に水弾を送り込み、落とし穴を用意していたことを説明する。

 

 彼女はそれを聞いて、興奮した表情で俺の手をぎゅっと握ると、

 

「アナタって本当に凄いわ……!魔法を使ってそんなことが出来るなんて!」

 

「まあ、この程度、当たり前だ……」

 

 純粋な尊敬の眼差しをぶつけられ、少し照れながら、頭を掻く俺。

 

「ねえ、その無術式魔法っていうの私にも教えてよ!」 

 

 その声に、俺は一瞬躊躇したが、ここまでキラキラとした羨望の目を向けられ、俺は完全に調子に乗ってしまっていた。

 

「フッ、そこまで言われては仕方がないな……。けど、この魔法は絶対誰にも教えるなよ?」

 

「うん!約束するわ!」

 

「なら、やり方なんだが……まず――」

 

 

 

※ ※ ※

 

 そして、翌日になり。授業が終わり、帰ろうと鞄に教科書類を詰めている俺に、バンと大きな音を立てて、急に教室の扉が空いた。

 

 俺はそれを察してため息をつく。

 

 聞き覚えのある高圧的で攻撃的な声、ダンダンと足音を立てながら、俺に近づいてくる人影。

 

 俺は猛烈に嫌な予感をしながら、そっと視線を上げ、その主を見やった。

 

 

「――貴方のアドバイス参考になったわ!さあ、今すぐ決闘しましょう!!」

  

 そこには、昨日も一昨日も見た、猛獣のような女が腕組みをして立っていた。

 

「――お断りだッッ!」

 

俺は力強く叫んだ。

 



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3話 もう勘弁してください

 場所は昨日と一昨日と同じ校舎裏。例のごとく有無を言わせず連れ去られた俺は一際大きくため息を吐きながら言った。

 

「お前……本当にいい加減にしろよ?毎日毎日、決まり事のように決闘だ決闘だ言いやがって……。俺も暇じゃないんだよ」

 

「私だって暇じゃないわよ!でも貴方のアドバイスを聞いて練習したわ!強くなったんだから決闘しなさいよ!」

 

「あのな。魔法なんて一朝一夕でどうこうできるもんでもないだろ?百歩譲って1週間みっちり練習してきてからにしろよ……」

 

「ううん!必要ないわ!だって、私は昨日の貴方のアドバイスで最強になったんだもの!今日なら絶対に貴方に勝てるわ!」

 

「――待て、今お前、なんて言った。“最強”だと?」

 

 決闘なんて気も心も疲れること、もう一切受けてたまるか。と心に決めていた俺だが、しかしその言葉にカチンと来た。

 

「まさかお前、この俺を差し置いて、“最強”を名乗るつもりじゃなかろうな……?」

 

「そのつもりよ!昨日練習した今の私は最強だわ!」

   

「ハッ……。よし、いいだろう……。それならもう一度実力の差というヤツを思い知らせてやる。今度はそんな減らず口を聞けないよう完膚なきまでにな……!決闘だ、かかってこい女!」

 

「うんっ!じゃあコイントスするわね!」

  

 こうして、またも、まんまと勝手に自分で乗せられていった俺は、結局決闘をすることになった。

 

 

 

 ピンと弾かれたコインが空中を舞い、真っ直ぐ地面に落ちる。そして金属音が鳴り――3回目の決闘が始まった。

 

 その瞬間、俺は連日同様バックステップして距離を取りながら術式を組んだ。組むのも、同様に6つの『水弾(ウォーターボール)』だ。これが俺にとって最も戦術的に安定した動作である。

 

 対して、彼女も前回同様、じっとその場に待機し、術式を組んでいる。

 

 また『炎壁(ファイアウォール)』か? なら水弾を射出しても無駄になってしまうな。

 

 俺の水属性魔法のいい所は、時間経過によって魔力が拡散されにくく、水を大量に貯めて一気に放出することが可能で、落とし穴のような多彩で強力な戦略が取れるところだ。まあ、その代償として威力は最弱クラスなんだが。

 これが例えば火属性魔法とかだと、高威力な分、発動した瞬間あっという間に魔力が空気中に拡散され、消えていってしまう。

 

 そんな水属性魔法だが、前回の決闘で彼女にその戦略を知られてしまった以上、わざわざ燃費の悪い無術式魔法を使う必要は無い。俺は堂々と自分の最大限度で術式を組んで、地下と自身の周囲に水弾を発現し続ける。――剣を手に近づいてくるであろう彼女を迎え撃つ構えだ。

 

 暫くして、彼女は術式を発動した。創造されたのは炎壁――では無く、4本の炎の剣であった。

 無論知っている。中級魔法の『炎剣(ファイアソード)』だ。それにしてもこの発動速度――やはり彼女には高い魔法のセンスがある。

 この女、こんな魔法まで使えたのかと、心の中で愚痴を吐き捨てた。

 

 たかが『4本』とは言っても、他属性より威力に優る火属性な上に中級魔法。俺の水弾程度ではとてもじゃないが話にならない。単純な火力勝負の土俵まで持ち込まれてしまい、俺としてはかなり厳しい状況だった。

 

 俺はふーっとため息をついた。……仕方ない。使うしかないか。

 

 俺は、自分の周囲に巡らせていた水や、罠として地下に張り巡らせていた水を回収する。俺の目の前で目まぐるしく集合・合成し、身の丈を超える大きな塊となる水。俺はそれを変形させる。

 

 最も効率良く火を鎮める形に創造――それは、粘性の高い4本の盾。液体は粘性が高ければ高いほど、蒸発速度が小さい。つまり、炎により強くなる。水の粘度変更はこういう特殊な場面で案外役に立ったりする。

 

 真正面からぶつかり合った互いの魔法は、やがてお互いに相殺され、消えていった。

 しかし、俺の貯水は全て無くなってしまった。さて、どうするか。

 

 強く地面を蹴る音。彼女はその隙を逃さず勢いよく俺と距離を詰めようとする。

 俺は瞬時に術式を展開し、水弾を幾つか生成。合わせて周囲に僅かに散らばっている水粒子を合成し、集まった水を槍上に変形させる。しかしコイツは射出せず、相手の行動を牽制する用途に留めておく。

 

 彼女はそれを確認し虚空を掴むような動作をすると、いつの間にか身の丈ほどの大剣を手に持っていた。たとえ槍を撃っても何時でも叩き斬れるぞという反撃の構え。

 

 それにしても……またあの謎の魔法か。確か1回目の決闘の時にも使っていた。

 

 改めて術式を見ると、ただの鉄生成魔法とは思えない。彼女の仕草も、まるでどこかから剣を取り出しているかのような――。

 

 考えながら、手を休めず術式を構築し続ける。瞬く間に幾つもの水弾が出来上がっていく。それを今度は順次、手を加えずにそのまま発射する。

 

「ふんっ!」

 

 驚きの速さで術式を展開し、剣に煉獄を纏わせた彼女は、水弾を一息に叩き斬りながら近づいてくる。

 やはり身体能力もずば抜けて高い。それに今回は前より炎の威力をかなり強めている。斬った水を俺に再利用させない為だろう。大雑把そうな性格の割に、反省を生かし、事細かにキッチリ対策しているようだ。

 

 ジリジリと後退し距離を空けながら、水弾で応戦する俺。しかし距離はどんどん狭まってゆく。客観的に見れば正しくジリ貧の状態であったが、しかしまだ切り札は残されていた。

 

 俺は、彼女の攻撃を妨害するのに最低限必要な水を残して、残り全てを地下に貯蔵し続けていたのだ。使ってないトラップはまだある。こいつを上手く使えば、あの猛獣のような女を叩き潰せるかもしれない。

 

 だが、走り、向かってくる彼女の周囲に突如、数多の火の玉が出現し始めた。

 

「はっ?」

 

 思わず声を上げる俺。アレは初級魔法の『火弾(ファイアボール)』だ。なんでいきなり出現した?

 

 しかし俺には思い当たることが一つあった。

 昨日俺がアドバイスとして教えた無術式魔法。まさか彼女は、それを家に帰ってからの半日経たずで習得したというのだろうか。俺は泊まり込みで必死に練習して2週間掛かったというのに?

 

 しかし、目の前の現実がそれが真実であると示していた。次々と容赦なく射出されていく火弾。魔術的センスに優れるものの魔法は、悔しいが……これまでただひたすらに初級魔法を極め続けた俺の水弾より、量も質も勝っていた。

 

 貯蔵した水を使っても、暫く火弾を耐え凌ぐのが精一杯。距離を詰められることを避けるのに回すだけの水量はとてもじゃないが無い。絶体絶命の状況。……だが、

 

「――フッ」

 

 俺はニヒルに笑う。

 

 しかし。俺は我ながら嫌らしいほどに狡猾なのだ。だから、こういう時のためのトラップを常に幾つも用意している。

 

――万に一つも、負けることなど有り得ない。あってはならない。

 

 俺は魔力を操作した。対象は、地下に張り巡らせた俺の最後の切り札――水。

 それを細かく分裂させる。そして創造――霧をイメージする。

 

 瞬間、地下のあちこちから水蒸気から吹き出し、爆発するように一瞬にして周囲が靄に包み込まれ視界を塞いだ。1m先の景色も見えない程に。

 

 足音が聞こえる。戸惑う呼吸が聞こえる。メラメラ炎が燃え盛る音がする。なぜなら、蒸気化した水粒子が振動し、彼女の居場所を教えてくれる。

 だから例え俺の視覚では見えなくとも、俺の聴力では聞こえなくとも、俺には彼女の行動が手に取るようにわかる。

 

 時間を稼がなければならない。

 

 俺は、彼女の周囲あらゆる方向から牽制するように水弾を放ち、身を隠しながら、不安を煽り、魔力を削り、焦らしていく。

 

 蒸気を剣で扇ぐように振り払い、炎が空間を焼き払う。どうにか視界を確保しようとする彼女だが……しかし、そうはさせない。俺は水弾を地下に向けて撃ち込み続け、霧を追加。常に曇った視界を維持する。

 

 時間が経つ度、どんどんと地中に貯まっていく俺の水魔法。やがて、ようやく彼女が蒸気の中で俺を見つけた時には、俺は中級魔法4つ分の水源を所有していた。

 

「喰らえ」

 

 俺はそれぞれを巨大な4本の槍に変形。彼女に東西南北4方向から迫り来る槍は1つが1つが炎剣2つ分程度の威力を保有している。霧に対抗するため、術式を剣のみに纏わせていた彼女では、コレはとても対処しきれない。

 

「ッ!?」

 

 4本の槍は彼女を思うがままに蹂躙し――などということは無く、俺は魔力を操作し、攻撃を寸前で止めて水を槍から元の液体へと戻してやる。

 

 こうして、3回目の決闘も、俺の勝利にて幕を下ろした。

 

 

 

  俺がパンパンとズボンの埃を払っていると、彼女は我に返ったように体を震わせた。やがて大きく歯を食いしばり叫んだ。

 

「あっ!……私、また負けたのね!悔しいわ!」

 

 その割には彼女の表情は実に晴れやかに見えた。

 そして、俺に向き直って、快活な笑顔を浮かべて、

 

「ねえ、今日は急に周りが何も見えなくなったわ!一体何をしたの!?」

 

 俺は面倒くさげにため息をつきながら、

 

「……はぁ?教えるわけあるか。俺の重要な戦術の1つだぞ」

 

「なによ、ケチ……。そのくらい教えてくれてもいいじゃないの!」

 

 プンプンと怒る彼女。俺はワガママな子供を相手にする親の気分になってきていた。

 

「あのなぁ……少しは自分で考えてみる気は無いのか?」

 

「考える?うーーん……」

 

 そうして、彼女は暫く唸り続けると、ポンと手を叩いた。

 

「分かったわ!貴方、上級魔法を使ったのね!すごい魔法だわ!」

 

 キラキラとした目で感心したように俺を見つめ、コクコクと頷く彼女に俺は胸の前で手を交差し、バッテンを作る。

 

「違う。全然違う。大ハズレ」

 

「ええ!?嘘っ!」

 

 まるで当たっているのを100パーセント信じていたかのように残念がる彼女だったが、俺はそれを聞いて、心の中で誇らしい気持ちであった。

 

 上位魔法?そんなもの、俺が使える訳が無い。

 上級魔法なんてのは、魔術のセンスに優れたごく一部の人間にしか使えないからだ。雲の上のような存在にしか使えないのだ。

 対して、俺のセンスでは、中級魔法すら戦闘じゃまともに使いこなせない。そんな人間に上級魔法なんてとてもじゃないが、使えるはずがない。

 

――だが、魔術師はセンスが全てではないと、俺は信じている。

 

 初級魔法しか使えない、センスの無い俺でも、工夫次第で才能を持った人間に勝つことが出来る。たとえ初級魔法でも、使い方次第で上級魔法と遜色ない働きが出来る。

 

 だから、その言葉は俺にとっては最大級の褒め言葉でもあった。

 

 仄かに笑みを浮かべる俺だったが、その間、目の前の彼女は俺の外れという言葉を聞いて暫く考え込んでいたようだ。うんうんと唸り続け――やがてカッと目を見開いた。

 

「やっぱり私にはさっぱり分からないわ!ねえっ私に教えてよ!お願いだから!お願い!」

 

 俺の両肩をガッチリと掴んで揺らしながら、グイグイ聞いてくる彼女。

 

 俺は何かを思案してから、ガックリと首をもたげ、大きな大きなため息をつくと、頭痛に表情を顰めながら、またも結局。彼女に、地下に貯めていた水を、霧状に変形して視界を奪ったことを説明していた。

 

 彼女はそれを聞いて、興奮した表情で俺の手をぎゅっと握ると、

 

「水魔法を霧状にするなんて!そんなこと思いつくなんてすごい発想力ね!流石だわ!」

 

「そ、そんなこたぁねえよ……」

 

 純粋な尊敬の眼差しをぶつけられ、歪む表情を必死で堪え、そっぽを向く俺。

 そんな俺に回り込むようにして、彼女は聞いてくる。

 

「ねえ!ねえ!それって私にもできるかしら!」

 

「うん?……んーー……まあ、火じゃ難しいだろうな。だが、火なら煙は利用できるんじゃないか」

 

「えっ?なにそれ?」

 

「つまり、例えば――」

 

 俺は思いついたことをつらつらと話していく。それを聞いて目の色を変えた彼女はコクコクと頷き、必死で話を聞いていた。

 

「なるほど!貴方のアドバイスは本当に参考になるわね!」

 

「そりゃ、良かったよ……」

 

 俺は一体何でこいつとの決闘に付き合い、更になぜ助言なんて与えているのだろうか。

 

「はぁ……」

 

 ……もう帰ろう。もう日も暮れてきた。

 

 そう思い、バックを肩に掛けた俺だったが――思考を巡らせ、必死で俺が話した内容を吟味している彼女を見て、ふと疑問に思ったことが口から零れた。

 

「……なあ、なんでお前そんなに強くなりたいんだ?」

 

 俺の声に彼女はキョトンとした表情をすると、立ち上がり、ピッと雄々しく胸を張って、

 

「そんなの決まってるじゃない!“カッコいいから“よ!」

 

「はぁ、カッコいいから……?」

 

 俺は怪訝な目を向ける。しかし彼女の目は、俺に羨望の目を向ける時と同様に真っ直ぐだった。本気の目だ。

 

「なによ!おかしい!?」

 

「いや、別におかしくはないが……」

 

――子供っぽい。

 

 口には出さずに心の中で呟く。

 

「でしょう!将来、世界最強の魔術師になって、剣士にもなることが私の夢よ!」

 

 そう言って、雄々しく胸を張る彼女。なるほど。実に子供らしく、大きな夢だ。

 

 俺は思わず微笑ましい目で彼女を見つめた。

 

 彼女はふと、俺に向き直って、

 

「それより、貴方が聞いたんだから、そっちも教えなさいよ。貴方はなんで強くなりたいの?」

 

 唐突に聞かれ、俺は思わず口を閉ざした。

 

 ……なぜ、俺が強くなりたいのか、か。

 

 それは……決まっている。俺にとっては毎日何度も思い起こす、極々当たり前の話である。

 

 だからその瞬間、俺はいつもの様に静かに過去を思い起こしていた。

 

 

 それでいて――記憶を深く抉りこむように。



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4話 “戦え”

 俺がまだ幼かった頃の話だ。

 

 俺の父は、辺境の小さな領土を治める領主であった。貴族としては決して高い位ではない。だが、父は領主としてこの上なく、民のことを考えて振る舞う人徳であり――そして何より、国内でも有数の強大な魔術師であった。

 

 争い事があれば、領主自ら率先して最前線に立ち、魔術を行使して民を守る。政治や外交には疎い父であったが、魔術師としての才は王国だけでなく、他国の権力者からも一目置かれていた。

 

 そんな父は常に多忙で、一人息子の俺ですら、殆ど顔を合わせる機会はなかった。偶に会えた時も、表情を崩して俺の頭を撫でながら、何事か思案を巡らせていた。

 

 領民からの尊敬と信頼の眼差しを一点に集める父親の背中は、その頃の俺にとっては、太陽のように輝いて見えた。

 

 

 そして、当然のように憧れを覚えた俺は、父のような偉大な領主になりたい。だから自分も魔術を学ぶんだと活気よく叫ぶ。

 

 

 しかし、母が儚げに返した言葉を、俺は今でも強く覚えている。

 

 

『――魔法はね。才能が全てなのよ。だから……貴方は残念だけど――魔術師の道は諦めた方がいいわ』

 

 

 そして、領主として民を支える為の、別の道をつらつらと提示していく母。

 

 しかし幼い俺には、母が何を伝えたかったのかなんて分からなかった。ただ、自分の夢が事も無げに否定されたことに青い怒りを爆発させていた。

 

 母の制止を振り切り、強引に許可を取り、俺は家を出て、地元の魔術学校の中等部に入学する。

 

 寮に移り住むようになったその頃の俺は、持てる時間を全て捧げるかのように、父のような強大な魔術師を目指して修練を積むようになった。

 

 魔術の知識を深め、魔術の種類やそれに対する対策を学ぶ。効率の良い術式の構築の仕方を学び、やがて俺は一度に初級魔法の『水弾』を3つも同時生成出来るようになった。当然のように、学校の成績は常に1位をキープしていた。

 

 だが、それに対する教師の反応があまり芳しくなかったことは覚えている。

 

 そして、俺自身も、高等技術を達成したことは事実であったが、試合における自身の魔術の威力が思い通りのものでは無いことに違和感を感じていた。

 

 それから、時間が経てば経つほど、次第に周りの生徒が、俺の実力に追いついてくるように感じるようになった。俺が水弾を4つ生成できるようになっても、爆発的に成長する彼らとの差は段々と縮まっていく。

 

――俺は周りのヤツらと違って、こんなにも全力で努力しているのに、なぜ思うように成長しないんだ?

 

 理解不能な状況に、ただ追い付かれる焦燥感だけが募った。

 

 そしてある時、授業の中の模擬試合で。俺は初めて敗北を経験した。

 

 相手は、魔術の授業をまともに受けておらず、いつも怠けてばかりのやつだった。だが、そいつが何の気なしに使った魔法は雷属性の魔法だった。後に聞いた話では、試合の前日かそこらに、新たに覚えたのだという。

 

 迸る閃光。

 水弾を幾つ作ろうともどうしようもなかった。水魔法をものともせず貫いてゆく電撃に、とても対処など出来るはずがない。

 

 なすすべもなく一瞬で勝負がついた。俺は無残に地に倒れた。

 

 家に帰った俺はベッドに倒れ込み、涙を流しながら絶望していた。

 

 必死で限界まで魔術を努力し続けた俺に、その敗北が受け入れられるわけがなかった。

 

 一方で敗北の理由は明確に理解していた。そして、俺はようやく母の言葉の意味を理解したのだ。

 

 ……いや、本当は知っていたが、ずっと目を逸らしてきただけなのかもしれない。

 

 

――魔術とは、才能が全てである。

 

 魔術師としての格は、生まれた時の魔力量や、魔力の種類によって全て決まっている。

 どんなに努力しても決して追いつくことの出来ない格差が存在しており、100の努力より1の才能こそが力を示す世界。

 

 それが『魔術』に対する世界の常識であり、絶対不変のルールであった。

 

 

 俺は初級魔法しか使えず、使える魔法の種類も最低ランクの威力である水魔法のみ。

  

 全体から見れば、魔法が使えるだけまだマシではあるのかもしれない。だが、魔術師としては最弱としか言いようがない、呆れてしまうほどの才能。

 

 故に。過去の母の言葉は、俺にこの絶望を味合わせたくなかったが為の助言であったのだと。俺はこの時ようやく理解した。

 

 俺の武器は30cm程の小さな水の球体を4つのみ。そんな貧弱な攻撃でどうやって、炎や雷を自在に扱う“本物”の魔術師を倒すことが出来ようか。

 

 俺は世界に絶望し、嘆き――。

 

 そして、一晩が開けて――俺は一転して激怒した。

 

 こんな理不尽なことがあってたまるか、と。

 

 生まれた時に全てが決まるなら、俺のこれまでの努力は一体何の意味があったのだと。

 

 努力して努力して、限界まで努力しても、生まれた時の運が悪かったと言うだけで辿り着けない境地がある?ふざけた事を抜かすな!

 

 俺は絶対に認めない。

 

 ……才能がない? 魔術の才能が無くたって何も問題は無い。

 

 魔術の才能がないなら、他の才能で補完すればいい。どんな戦術でも、どんな姑息な手でも、利用できるものなら全て利用する。勝つためなら何でもやる、全てを捧げてやる。

 

 

 だから――。

 

 

※ ※ ※

 

 

 俺は目の前に立って、じっと俺のことを見つめている猛獣のような女に口を開いた。

 

 

「俺が強くなる理由は、ただ一つ。強くありたいからだ。強大な魔術師として、領民を最前線で守り抜く。多くの人に信頼された父のような立派な領主になる。それが俺の責務で、ただ一つの……夢だ」

 

 そう、真剣に彼女の目を見つめ返し――答えていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「へえ!じゃあ、私と同じ理由じゃない!」

 

 しかし、彼女は俺の理由を聞いて、うんうんと頷き、嬉しそうにニマニマ笑いかけてきた。

 

「……はぁ?一緒って何がだ?」

 

 俺は呆れたように返す。だが、彼女は真っ直ぐな視線で自信満々に胸を張って、

   

「だって貴方は、父親みたいにカッコいい人になりたいんでしょ!なら私と一緒じゃない!」

 

 

 反射的に否定の言葉を投げかけようとする。しかし、ふと思いとどまった。

 

 確かに、俺は父のような立派な領主になりたいと思っている。なぜなら、俺は父の強さや志に憧れを持っているからだ。領民からの信頼を一手に引き受けた父の姿を尊敬しているからだ。

 

 そんな父のようになりたい。それは言い換えれば、確かに俺は彼女と同じような目的を抱いているのかもしれない。

 

 強くて、優しくて、頼りになる――そんな格好の良い人間に。

 

「そうだな……。俺もお前と同じかもな」

 

 同意する俺に、

 

「かもじゃないわ!一緒よ!」

 

 彼女は左右に首を振ると、とことこ近づいてきて、ギュっと両手で包むように俺の手を握った。

 

「お、おい……」 

 

 思わず顔を赤くする俺だったが。彼女は表情を変えずに手をブンブン振ると――やがて、俺をキラキラした目でじっと見つめて……。

 

 

「――そういう訳で、明日も決闘よ!!明日の放課後、ここに集合にしましょう!ね、いいでしょ?」

 

 

「……は。ハァッ!?ちょっと待て!!」

 

 慌てて止めようとする俺に、彼女はなにかに気づいたようにふと、時計を目を留めると、

 

「あっ!もうこんな時間!? ゴメンなさい……私もう帰らなきゃ。今日は本当にありがとう!じゃあねっまた明日!!」

 

 俺の制止の声も聞かずにバタバタと走り去って行ってしまう。

 

「ちょ……おま……だから……」

 

 しかし、彼女はもう既に声の届く範囲から消え去っていた。

 

 日が暮れて、ヒグラシの鳴き声が響き渡る中、俺は引き留めように伸ばしていた手を引っ込める。そして、

 

 

「ふざけんなーーーーー!!そんなもんお断りに決まってるだろうがーーーーーッ!!」

 

 

 黄昏に染まる空に向かって、俺は雄々しく思いっきり声を張り上げた。

 



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5話 だが断る

 翌日の昼休み、人気のない食堂の隅。小声でぶつくさ文句を言いながら、魔術本片手に飯を食らう俺。

 

 考えていたのは勿論、もはや恒例になりつつある、彼女との放課後の決闘のことだ。

 

 正直言って、面倒くさい。それに、その感情の他にも、得体の知れない焦燥感を胸の内に感じていた。

 

 ……当然自覚している。これまでの俺がジリ貧であることは。

 

 魔術における、センスという大きな壁。今までの俺は、“戦術”という強力なカードで彼女と勝負し打ち勝ってきた。

 

 しかし、決闘の度、俺のアドバイスや戦略を要領良く吸収し、日を追う事に強くなっていく彼女。

 

 彼女は才能による飛躍的な成長という無限の可能性を持っているが、対して俺は、恐らく殆ど上限に達しているであろう魔術師としての能力と、それを広げる唯一の手段である、枚数の限られたカードしか持ちえていない。

 

 そのカードも、急ごしらえで簡単に手に入るようなものではなく、先人が積み上げてきた知恵に、自身のアイデアを交えて考案し、長い時間練習を重ねて、己の努力や試行錯誤の末にようやく確立させたもの。

 

 貴重なソレが、毎日、一枚二枚と俺の袂を離れていく感覚。

 

 本気で勝つなら、戦術をバラすべきでは無かった。アドバイスなど与えるべきでは無かった。当然、俺は彼女を決闘の約束ごと突き放すべきであった――だが、出来なかった。

 

 その理由は、正直に言えば、自分でもよく分かっていない。

 しかし、きっとこれから先の俺も変わらないだろうと思う。

 

 例え勝ったとしても、きっと俺は、無駄に強者の余裕を見せつける。だからこそ、何より俺自身が、己を沼地に深く落とし込む。

 

 ……そして、何れ負けるのだろうか、俺は?

 

 首を振る――違う、とすぐに断言する。

 

 俺は勝たねばならない。何としてでも、利用できるものは全て利用してでも、黒星を作ってはならない。決して壁を越えることを諦めてはならない。

 

 なら、これから先、俺がすべきこととは一体――。

 

 

「――あら、こんな所で会うなんて奇遇ね!」

 

 

 その時、すぐ後ろから聞き慣れた、高圧的で――しかし少し嬉しそうな声。

 俺は思わず、反射的にブルっと体を震わせる。そして、ギギギ……と油の切れた機械のようにぎこちなく後ろを振り向いた。

 

「ねえ!貴方聞いてるの!……って、何読んでるの?」

 

 そうやって、食事のお盆を手に、俺の本の中身を覗き込んでくる彼女。

 

 幻聴?幻覚?……いや。違う。

 

「はぁっ!?な、なんでいるんだお前!?」

 

 俺は机をガタガタ揺らしながら驚く。彼女はガシッと腕組みをして、

 

「別にどこに居たっておかしくないでしょ?同じ学校なんだし。それより、お昼一緒しましょう!」

 

「断る!」

 

 申し出を即座にキッパリと否定した俺だったが、その時には既に、彼女は隣の椅子を引いて座っていた。

 

 隣にいる俺を見て、嬉しそうにニマニマしている。

 

「……な、何だよ」

 

「ううん!なんでもない!」

 

 そう言って、礼儀正しく、しかしモリモリご飯を食べ始める彼女。

 俺も、なんだか魔術指南書を読む気にはならず、彼女に語りかける。

 

「お前な……俺とじゃなくて他の奴と食えばいいだろ……」

 

 彼女は顔を上げると、キョトンとした表情で、

 

「貴方も1人なんだから別にいいじゃない?一緒に食べましょう!」

 

「おい、お前と一緒にするな。俺はな、別に相手がいないとかじゃなくて、魔術の勉強をしなきゃいけないから、“あえて”1人なんだよ」

 

「私だって同じよ!相手なんていらないわ!でも、貴方は別よ!」

 

「……はぁ?なんで」

 

「だって、貴方は強いじゃない!」

 

 ……強い、か。

 

 俺は顔を顰めて、

 

「で、今から決闘でもするのか?一応言っとくが。無理だぞ?」

 

「うん?決闘?……それは放課後でしょ?」

 

「ああ。まあ、そうだけど……。そりゃ、良かったよ……はぁ……」

 

 まさか昼もかと思い、戦々恐々としていた俺だったが、コイツがそこまで鬼畜じゃないと知って、ホッとひと安心した。 

 流石に1日二回も決闘に付き合わされたら、たまったものではない。

 

 そこでふと、食堂の周りを見渡すと、俺たちの居る辺りの席だけポッカリと空いていた。視線も多く集まっている。が、目線が合うとふいっと逸らされる。

 

「……なあ、なんか凄い見られてるんだが。お前……何か迷惑掛けるようなことしたんじゃないだろうな……」

 

「してないわよそんなこと!」

 

 いきり立つ彼女。だがその言葉を信じられるわけがない。なにせ一番の被害者は俺だ。

 

「お前……。悪いことしたんなら、正直に言えよ。…… な? なんなら、俺も一緒に謝ってやるから……」

 

「してないって言ってるでしょ!だからその生暖かい目線やめてちょうだい!」

 

 そう言ってプイッと視線を逸らす彼女。

 

 ……いや、信じられん。やってる。コイツは絶対何かやらかしてる。

 何ならすでに被害者の会でも立ち上がってるんじゃなかろうか……。

 

 呆れたようにため息をついた俺の隣では、お行儀は良いながらもガツガツと勢いよく、彼女が食事を貪っていた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

 礼儀正しくパチッと手を合わせる彼女。とっくに食べ終わっていた俺は魔術本から顔を上げた。

 時計を見ると、休憩時間終わりまではあと10分ほどしかない。

 

 そろそろ教室に戻るかと、本を閉じて椅子から腰を上げると、彼女の真っ直ぐな目が俺を見つめていた。

 

「ねえ!お話ししましょう!」 

 

「話?……って何の?」

 

「勿論、魔術のことに決まってるでしょう!」

 

 腕を組み、偉そうな彼女に、俺は肩をすくめて苦笑する。

 しかし、次の言葉に、俺は心臓が止まりそうになった。

 

「――ねえ、なんで貴方、初級魔法しか使わないの?」

 

 心底不思議そうな表情。

 

「それに使う魔法も水魔法だけよね?なぜかしら?」

 

 言葉に詰まりながらも何とか口を開いた俺は思わず見えを張り、虚言を口にしていた。

 

「フン……そんなことも分からないのか。お前なんぞには初級魔法で十分ってことだよ」

 

「うん……そうね。私もっと頑張らなきゃ!」

 

 悔しそうな表情をしてから、決意を新たにガッツポーズする彼女。

 

「今日の放課後の決闘忘れないでよね!ぜったい、ぜっーたいに貴方の本気を出させて見せるんだから!」

 

 ビシッと指を俺に突きつけ、言い放つ。

 

 だから、俺は――。

 

 

「やれるもんならやってみな!受けて立ってやる!なにせ、俺は“最強”だからな!」

 

 

 彼女と同じように腕を組み、向かい合って偉そうに言い放った。 

 

 こうして、まんまと勝手に自分で乗せられ、俺は結局4回目の決闘をすることになるのだ……。

 

 いや本当、何やってるんだ俺は……。



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