悪魔憑きと盲目青年 (桜桃 )
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亜里沙
「平凡な一日が始まる」


 清華(せいか)高校の裏手にある旧校舎。二階の奥にある教室には、一人の青年が住み着いていた。

 その青年は月光が照らす中、窓側に置いてある椅子に座り、ただひたすらに窓の外を眺めている。そんな彼の手には、握りつぶされている新聞紙の切り抜きが力強く握られていた。皺が寄ってしまい、記事が読めなくなっている。

 

 夜空には大きな満月が昇り、月明りが教室内に差し込み木製の床を転々と照らす。

 窓側に座っている青年の黒髪も、差し込んでいる月明りによってキラキラと輝いていた。月光により、青年の姿がはっきりとしてくる。

 

 露出が少ない色白の肌の上には、鎖骨が見えるほど襟が広いTシャツを身にまとい。さらに、黒いジャージのチャックを胸辺りまで着ている。肩には羽織るように白衣を靡かせていた。

 

 ずっと閉ざされた口元が楽しそうに不気味に歪み、白い八重歯が赤く染まっている唇から覗く。

 顔を上へと傾け、夜空を見上げている青年だが。そんな彼の目元には、あるはずの眼球が無く、窪んでいた。黒い闇が広がっており、見ていると吸い込まれてしまいそうな感覚が襲う。

 

「夜空に昇る月、今は昔ほどくすんではいないだろうか。今の俺には、確認する術は無いが。今日もまた、変わらない日常が始まる」

 

 青年が低く、かすれたような声で呟いた時。教室のドアがゆっくりと開かれ、藍色の髪を揺らしながら彼へと近づく一人の女性が姿を現した。茶色の両目は、窓の外を見あげている青年に注がれる。

 

「いつもの日常かは分かりませんよ。()()()()は、どこで切れるか分からない。その時は、お願いします」

「俺の手が必要ならな」

 

 夜空から顔を逸らし、青年は立ち上がる。そのまま女性の隣を通り抜け、廊下の方へ。青年に対し手招きをしているように見える光の届かない闇、そんな闇の中へと吸い込まれるように、姿を消した。

 その際、もう必要ないというように強く握られていた切り抜きはひらりと落ちる。

 床に落ちた新聞紙の切り抜きはしわくちゃで読めない部分が多い。だが、大見出しだけはギリギリ読めた。

 

 ぼろぼろで、所々破れてしまっている新聞紙。そんな中、唯一読める大見出しには”大量殺人”という文字が、ゴシック体で書かれていた。

 その新聞紙を拾いあげた女性は、月光を背中に何も思っていない。感情を察することができない瞳で見下ろしている。

 

「私との約束……覚えていますよね? 魁輝月海《かいきるか》さん」

 

 女性はそのような言葉をこぼし、手に持っていた新聞紙をポケットに入れる。 

 瞳を揺らしながら、立ち止まっていた足をゆっくりと動かした。そのまま、彼の姿を追うように、教室を後にした。

 

 ☆

 

 清華(せいか)高校の新校舎。太陽が校舎へと向かっている生徒達を優しく照らす。

 気温は高く、少し熱いくらいだ。額から汗を流している人もいる。それでも、楽し気に話している人や、友人とかけっこをしている姿も見えた。

 

 そんな中、一人の女子生徒が片手に本を持ちながら歩いていた。

 

 藍色の顎まで長い髪が風に揺れ、邪魔なのか右耳に横髪をかけ赤いヘヤピンを付けている。

 茶色の両目は、右手に持っている本に向けられていた。だが、その瞳には生気を感じない。

 本を見ているが、本当に読んでいるのか分からない。違う景色を見ているようにも感じてしまう。黒く濁り、光を感じる事ができない。

 

 そんな彼女は周りの行動など一切気にせず、一直線に自身の教室へと向かっていた。

 

 教室の中に入り、自身の席についてからも本を離さず読み続ける。そんな彼女の名前は、鈴寧暁音(りんねあかね)

 一人でいる事が多く、色んな本を図書室から借りて読んで日々を過ごしていた。そんな彼女とは周りの人も関わりにくく感じているらしく、少し距離を置いている。

 

 暁音が教室で本を読み始めてから五分ほどした時、教室に明るい茶髪を揺らしながら一人の女子生徒が入ってきた。

 その人に気づき、先程まで会話を楽しんでいたクラスメートが笑顔で挨拶をし手招きしている。

 

「あ、おはよう亜里沙(ありさ)

「おはよう!」

 

 亜里沙と呼ばれた女子生徒は、制服のスカートを膝上くらいまで短くし、茶髪を後ろで高く一つに結びゆらゆらと揺らしている。

 元気に挨拶を返した彼女は、声をかけてくれた女子生徒の輪に入っていった。

 

 そんな彼女を、暁音は何か気になるのか。本を読む手を止め、横目で見ている。

 

「…………私では、分からないわね」

 

 誰にも聞こえないような小さな声で呟き、右手で顔にかかっている髪を耳にかけ直し、再度本へと目線を戻した。その時、なぜか首を傾げ、前のページと開いていたページを見比べ始める。

 

「…………あ。どこまで読んだっけ……」

 

 ☆

 

 放課後。暁音は誰とも話さず、鞄に教科書を入れていた。その時、筆箱のチャックが開いていたらしく、油断していた彼女は中身を床へとばらまいてしまった。

 まだ教室内に残っていた人達は一瞬、音が聞こえた方に目を向ける。だが、すぐに目を逸らし、帰ってしまった。関わりたくないという気持ちが駄々洩れだ。

 暁音はそんな周りには一切目もくれず、めんどくさいと思いながらもその場にしゃがみ、床に落ちたペンや消しゴムなどを拾い上げる。

 

「あ」

「手伝うよ」

 

 暁音がペンに手を伸ばした時、視界の端から自分のではない女性の手が伸びてきた。その事に驚きつつ、暁音は無表情のまま顔を上げ誰が手伝ってくれているのかを確認した。

 

「貴方……」

「えへへ、手伝うよ。筆箱のチャック閉めるの忘れちゃうよねぇ」

 

 少し高い声で話しかけてきたのは、佐々木亜里沙。朝、みんなと挨拶をして友達の輪に入っていった女子生徒だ。

 活発そうで、元気な笑顔を暁音に向ける。

 

「ありがとう」

「いえいえ。ねぇ、鈴寧さん。本好きなの? いつも読んでいるよね」

 

 ペンを拾いながら亜里沙は、笑みを浮かべながらナチュラルに問いかけた。だが、その笑みは心からのものではなく、まるで張り付けているようにも見える。

 無理に笑みを浮かべ、頑張って会話を繋げているように感じるが、そんな彼女に気づかず、暁音は自分のペースで返していた。

 

「そうね」

「好きじゃないと読めないよねぇ。あ、これで最後かな?」

「うん、無さそう。ありがとう佐々木さん」

「全然大丈夫だよ。こうやって話せるきっかけにもなったし」

 

 そう言いながら、亜里沙は床に落ちていたピンク色のカッターナイフを手に取り渡そうとした。だが、何故かいきなり浮かべていた笑みを消し、彼女は急に真顔へとなり手に持っているカッターナイフを見下ろす。

 落ちた時に刃を押し出す部分が何かにぶつかってしまったのか、少しだけ刃先が出てしまっていた。あまり使われていないのか、刃こぼれどころか汚れすらついていない。綺麗な状態が保たれている。

 それを戻そうとはせず、亜里沙は見つめるのみだった。

 

「…………このカッター」

「? どうしたの?」

 

 固まった亜里沙に暁音が問いかけると、はっとなり慌てた様子で笑みを繕い「なんでもないよ」と伝え、刃を戻しカッターナイフを渡した。

 

 不思議に思いながらも暁音は受け取り「ありがとう」と口にする。そのあと、慌てた様子で亜里沙は立ち上がり、手を振り廊下へと行く。その際、袖の隙間から赤い線のような物が、見え隠れしていた。




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「伸びきっているな」

 教室を出た暁音(あかね)は、玄関に向かい外に出た。だが、なぜか校門の方には行かず、校舎裏へと回る。

 教室での出来事がまだ頭の中に残っているのか、眉間に皺を寄せ右耳に垂れている髪をかけた。

 

 朝より気温が上がり、風も吹いていない。蝉の声が聞こえる校舎裏を、暁音は振り返ることはせず、前だけを見て歩みを進める。額には薄く汗がにじみ出ていた。

 

 校舎の裏には大きな山がある。下級生が山の上から駆け下りたり、板を利用した簡易的なそりを使って遊んでいる姿があった。笑い声が暁音の耳にも届いているはずだが、表情一つ変わらず、山の下で見あげるのみ。

 

 自然の匂いが鼻をくすぐり、先ほどまで吹いていなかったはずの風が暁音の髪を揺らす。

 黒く濁っている茶色の瞳を向けているのは山の上。下級生の邪魔にならないように山の端に移動して、登り始めた。

 

 周りの人達は遊ぶことに夢中になっており暁音に気づいていない。それが逆に彼女にとって都合がよく、慣れた足取りで山頂に。木々がたくさん立ち並ぶ森が目の前に広がっている。

 まだ太陽が大空に昇っているため明るく、暑いくらいだ。だが、目の前にある森の中は薄暗く、陽光を遮断している。気味悪く寒気がする光景だが、暁音は全くそんな空気など気にせず一本道である森の中に入った。

 

 自然の音が響いている道を進み続けると、どんどん道が広くなり始めた。太陽の光も彼女の元に届くようになってきた。

 頬を伝う汗を手の甲で拭いながら歩いていると、いきなり冷たい風が暁音の頬を撫でる。いきなり空気が変わり、異世界にでも迷い込んでしまった感覚になってしまう。

 

 そんな道を進むと、途中で木が途切れ周りを見渡す事ができるようになった。

 辿り着いた先にあったのは、古い大きな建物。数十年前に新校舎が建てられ、使われなくなってしまった青華高校の旧校舎だ。

 

 使われなくなってから整備も何もされなくなってしまったため、壁画は所々剥がれ、雑草は手入れがされていなく生え乱れている。

 窓にはヒビが入っていたり、玄関のドアに取り付けられていたであろう南京錠は、意味もなく風に揺られていた。

 

 人ではない何者かが現れそうな雰囲気の校舎に、暁音は当たり前のように入っていく。

 ドアからはギギギッという、今にも壊れてしまいそうな音が聞こえたが、暁音は気にせず開けて校舎の中に入る。

 中も外と同じくぼろぼろで整備されていない。それどころか、掃除すら全く行っていないため、埃が端に溜まっている。暁音が歩く度埃が舞い上がり、宙に漂う。

 

 廊下の端にはダンボールや、もう使われていないであろう教材が至る所に落ちていた。大きな三角定規や黒板用のコンパス。音楽で使っていたであろうメトロノームまで廊下に投げ出されていた。だが、それはすべて廊下の端に歩くのには特に支障はない。

 

 彼女は床に転がっている物やドアが壊れ中が丸見えの教室などに見向きせず、上に続く階段を上り二階に。

 二階も一階と変わらず、歩くには特に支障はないがいろんな教材が転がっていた。

 

 そのようなものなど気にせず、前を向き歩き続ける。すると、一つの教室の前で立ち止まった。

 

 彼女の目の前には、他の教室とはなんも変わらないドア。黒に染まっていたり、ガラスにひびが入っていたりと。触れたいとは思えない。

 そんな、ドアの上にあるプレートには、"3ーB"と描かれている。そのドアをがたがた音を鳴らしながら開き、教室に入り周りを見回し始めた。

 

 中にも埃が舞っており、机や椅子が散乱している。しかも、散乱している机や椅子は使えるものではない。足が曲がっていたり、背もたれが破壊されている。

 唯一、黒く破れているカーテンがかけられている窓側に置かれている椅子だけは壊れておらず、ほこりもかぶっていない。普段から使われているらしい。

 

 そんな教室を見渡していた暁音は、またかと言葉をこぼし眉間に皺を寄せる。呆れながらも、なぜかいきなり黒板の前にある教卓に目線を送る。

 少しめんどくさそうに、目線を向けた教卓へと歩き始めた。

 

「また寝ているんですか、月海(るか)さん」

 

 歩きながら誰もいない空間に声をかけ始めた。だが、返答はない。その事にため息をつき、教卓を覗き再度同じ名前を呼んだ。

 

「これは、完全に寝ていますね。よく、そんな体勢で寝れますよね……。体、痛くないですか?」

 

 教卓の下には、一人の青年が片膝をつき顔を埋めながら眠っていた。その辺りだけは、青年が眠っていたからなのか汚れていない。

 

「あの、月海さん。起きてください。起きて下さいよ。ちょっと……」

 

 右手を伸ばし、体を揺さぶるが起きる気配を見せない。

 諦めた暁音はため気をつき、その場から立ち上がった。そのまま、肩にかけていた鞄を教卓に置き呆れたように空へと少しの怒りをこぼす。

 

「まったく……。宣伝をしてはダメ、名前を出す事はダメ、案内するのもダメ……。克服する気ゼロなのがまるわかり」

 

 暁音がため息を吐くと、教卓がカタカタと揺れ始めた。その事に気づき、横目で教卓を見る。

 そこから、のそのそと。先ほど片膝を立て眠っていた男性が、教卓に片手を付いて立ち上がった。あくびを零し、眠たげに暁音を見る。

 

「ふ、ふぁぁぁああ……。あれ、来てたの?」

「おはようございます、月海さん。今日は誰か来ましたか?」

「来たと思う? そもそも、人が来た瞬間僕は逃げるよ」

「そうですよね。極度の人見知りが他人の話を聞くなんて有り得ませんよね」

「分かってるじゃん。なら、聞かないでよ」

「私と話す時はうるさいくらい饒舌なのに、なんでですか」

「君は他人ではないでしょ。毎日飽きもせず放課後にここへと来て、頼んでもいないの留まるじゃん。誰も頼んでいないのに」

「私がいなかったら貴方はご飯すら食べないじゃないですか。()()、道端とかで倒れられていても困るんですよ」

 

 教卓から現れた男性は、開口最初に低い声で暁音に問いかけた。

 淡々と会話を続けている彼は、自身の少し跳ねている黒髪を掻きながら、暁音の隣に移動する。

 肌白で白いTシャツに黒いジャージ。なぜか、白衣を羽織のように肩にかけている。黒い靴下に、楽なのか。なぜかベランダサンダルを履いていた。

 

 顔は前髪が長く上半分が見え隠れしている。だが、目元に赤い布が巻かれているのは確認することができた。頭の後ろから垂れている布が、彼の動きに合わせるようにひらりと揺れる。

 

 見た目だけで異質な存在のように感じるが、それだけではない。

 猫背だからなのか、彼が纏っている雰囲気が不気味に感じる。身長も百八十越えなため高く、上から押しつぶされそうな威圧に普通の人なら近づきたくない。

 声もただの低音という訳ではなく、その中には甘い、妖艶的な物が含まれているように聞こえてしまう。だが、そこから発せられるのは気だるげな言葉。

 

 そんな言葉をかけられている暁音は、いつもの事なため気にせず鞄の中に手を入れ何かを取りだした。その手にはおにぎりが二つ握られており、月海へと渡される。

 

「…………いらなっ──」

「あ"ぁ"??」

「タベサセテイタダキマス」

 

 最初は断ろうとした月海だったが、暁音の怒りの声により素直に受け取る。サランラップを剥がし、おにぎりを食べ始める。

 

「まったく……。月海さんは、人の話をしっかりと聞きその人にあったアドバイスができる。それを活かせるようにこの教室で"悩み相談所"を開設したというのに……。どうして宣伝をしてはダメなんですか?」

「それも君がやろうと言って、無理やりやらせているようなものじゃん。僕はやりたくない」

「人見知りを克服する目的があるじゃないですか」

「僕は頼んでない」

「私が気になるんです」

 

 そんな会話をしていると、いきなり教室のドアがガタガタと音を鳴らしドアが開かれた。

 

「開けずらいね、このドア。まぁ、使われていないし仕方がないか。鈴寧さんがいつも放課後はどこか行っていると思っていたけど。こんな所で()()は危ないんじゃない? 何をしているの?」

「佐々木さん? なんでこんな所に。それに、一人じゃ──うん。一人だね」

 

 隣を見ると、先程まで居たはずの月海が一瞬にして姿を消していた。そして、教卓に目を向けると、微かにそちらから音が聞こえる。

 

 ドアが開かれた時、月海は瞬間移動と思わせるほどのスピードで教卓へと隠れた。そのため、今ドアから入ってきた佐々木亜里沙(ささきありさ)は月海の姿を確認するこ事ができなかった。

 

「ねぇ? こんな所で何をしているの?」

「特に。それより、貴方はなぜここにいるの?」

「少し貴方が気になってしまって。こんな所で何をしているのか」

「特に何もしていないわ。これでいい? 早く帰った方がいいわよ」

「何もしていない訳がないと思うのだけれど?」

「しつこいよ。何もしていないから、気にしなくていい」

 

 亜里沙の問いかけに、暁音は誤魔化すように返答。だが、それでもしつこく聞いて来る亜里沙に暁音は眉をひそめ、今度は強めに返した。それを怒ったと勘違いした亜里沙は、途端に顔色を悪くし体が震え始めてしまう。

 

「っ、ご、ごめん。そうだよね。しつこかったよね……。ごめん」

「え、いや。そんなに謝らなくていいんだけど……」

「そ、そうだね。それじゃ、私は行くね。本当に、ごめん………なさい」

「あ……」

 

 顔を俯かせ、笑顔で誤魔化しながら亜里沙は足早に教室を後にしてしまった。

 なぜあんな反応をしたのか理解できない暁音は、その場に立ちすくみドアの方を見ているだけ。

 

 教卓からは、月海が気づかれないように顔を覗かせ亜里沙を見ていたが、去っていったあとは座り直し空を向く。何か考えるような表情を浮かべ、息を吐いた。

 

「…………()()()()()()()()

 

 そんな言葉を零し、そのまま教卓の中へと体を戻してしまった。




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「力を貸して」

「はぁ………」

 

 暁音(あかね)は結局、亜里沙の考えていたことが分からないまま旧校舎から帰ってきた。

 今は自身の部屋にある一人用ベッドの上で横になっていた。天井を見上げ、ため息を吐く。

 

「一体、なんだったのかな。月海さんはなにかわかっている様子だったけど、聞いても答えてくれなかったし……」

 

 そう言葉を零すと、体を横にし目を閉じた。

 

「まぁ、佐々木さんが何を考えていても、それがあの人の考えなら私からは何も言えない。私がやるべき事は、()()()()の月海さんと交わした約束を果たすだけ」

 

「自由を手にするために、私は殺されてみたい」と、最後に言葉を零した。

 

時計の音が彼女の寝息と共に流れ、時を刻む。静かな空間に、外を自由に吹いている風の音が響いていた。

 

 ☆

 

 次の日も同じく、新校舎で本を読んでいた暁音。

 教室内は昼休みなため、騒がしい。そんな中、亜里沙が他の人と楽しく話している声が教室内に響く。

 地声が高いからよく響き、笑い声は明るく活発な印象を与える。人を元気にさせるような人柄なため、自然と人を集めていた。

 

 そんな声は本に集中している暁音にも届き、チラッと目を向ける。

 

「幸せそう。よかった」

 

 その言葉を零し、再度目を離す。その際、垂れている髪を耳にかけ直した。

 

 亜里沙は楽しく話しており、笑い声をあげる。だが、みんなが自身から目を離したのと同時に、右手で自身の左腕を強く掴む。

 顔を俯かせ、髪で表情を隠してしまう。

 

「笑っていれば……、それが私だ」

 

 そんな言葉は、教室の騒がしい声によりかき消されてしまった。

 

 ☆

 

 放課後。暁音はいつものように旧校舎に向かっていた。だが、今回は一人じゃない。

 

「…………何か用?」

「特に何も無いんだけど、やっぱり気になってしまって」

「早く帰った方がいいよ」

「やっぱり、ダメかな……」

「私的にはどっちでもいいけど」

「やった」

 

 暁音の後ろを亜里沙が付いてきていた。彼女の質問に少しだけ不安げに瞳を揺らすが、最後の暁音の言葉でパッと笑顔をなり喜びを表現する。その笑顔は、何か作っているようにも見えるが、暁音にはそれが分からないらしく何も気にせず歩みを続ける。

 

 二人はお互いに何も発することなく、無言のまま旧校舎に辿り着いた。そして、当たり前のように中へと入る暁音と、珍しいものを見るように周りを見回している亜里沙が廊下を進む。

 

 月海が居る教室に辿り着き、ドアを開け中へと入る。前回同様、月海の姿はなく暁音は溜息をつき真ん中にある机へ鞄を置いた。

 

「あの、答えたくなかったらいいんだけど。なんで鈴寧さんはこんな所に来るの?」

「ここで悩み相談所を設けているから」

「え? 悩み相談所?」

「そう。まぁ、私が悩みを聞くわけじゃないんだけど」

「どういうこと?」

「そのうちわかる時が来るかもしれない」

 

 曖昧な言葉をこぼしながら、暁音は教卓に目線を向ける。

 そんな彼女の考えていることが分からないらしく、亜里沙は首を傾げた。

 

「うーん? えっと。とりあえず、貴方以外にも人がいて、ここで相談場を開設しているってことだよね?」

「そうだよ」

「お金取るの?」

「取らない」

「そうなんだ」

 

 そんな会話を交わしていると、色んな所に興味を持ち始めた亜里沙は、周りを見回しながら歩き始める。

 暁音の隣を通り抜けようとした時、足元を見ていなかったため、彼女の鞄が乗っている机を蹴ってしまい落としてしまう。運悪く、チャックが開いてしまっていたらしく、中身が出てしまった。

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 亜里沙が慌ててしゃがみ、手を伸ばす。

 暁音は「大丈夫」と言いながら一緒に拾う。その際、亜里沙の手首が目に入ったらしく手を止めた。

 

「…………ちょっとごめん」

「え、ちょっ──」

 

 いきなり亜里沙の腕を掴み袖を上げた。いきなりのことで反応出来なかった彼女は、声を上げるだけ。

 

「貴方……」

「っ……」

 

 袖を上げた亜里沙の手首には、リストカットの痕がくっきりと残っていた。

 

「これ……」

「こ、これはただ転んだだけ!」

「いや、でもこれは――」

「あ、私この後用事あったの忘れてた! 鞄を落としてごめんね! それじゃ明日!」

「え、待っ──」

 

 掴まれていた手を振り払い、亜里沙は笑みを張りつけたまま逃げるように教室を出ていってしまった。

 暁音は止めようと追いかけるが教室から出る直前、後ろからの低い声に止められる。

 後ろを向くとそこには首に手を置き、コキコキと音を鳴らしながら立っている月海の姿があった。

 眠たそうに欠伸をこぼし、涙を拭く。そんな姿の彼を見て、暁音は冷静になるため胸元に手を置き、深呼吸した。

 

「私、余計なことを言ってしまったわね」

「本当だね。リスカする人の心境は様々。不本意に問いかけるのは得策じゃない」

「ごめんなさい」

「僕に謝ったって意味は無いでしょ。僕が実際に言われたわけじゃないんだから」

「そうね」

 

 表情が変わらないため、落ち込んでいるのかわからない。そんな暁音を目の前に、月海は淡々と言葉を繋げつつ窓側にある椅子に腰かける。それと同時に閉まっていたカーテンを開けた。

 背筋を伸ばし、窓を見上げる月海は夕暮れの光も加わり綺麗に映る。

 元々顔が整っていない訳では無いため、普通にしていれば美青年だ。

 

「リスカをするほど悩んでいるということですか?」

「それは本人しか分からないよ。興味本位でやる人もいるし、本当に重い悩みを抱えている人もいる。でも、それは自ら話そうと思わなければ人に伝えることなんて出来やしない。誤魔化されて終わり」

「どうすればいいの? もっと距離を縮めればいい?」

「仲良くなってからリスカに走っているならいけるかもしれないけど、リスカをしている人と仲良くなるのは簡単じゃないよ。その人は、人を信じるのが怖い人かもしれないし、心から他人を信じるのが難しいかもしれない。それに、今回の人の場合、自分で()()()()()()()()をしている可能性がある。簡単には聞けないよ」

 

 暁音は冷静に口にしている月海の隣に立ち、同じ景色を見る。

 

「ねぇ。あの子の心は()()()()?」

「伸びきってはいるよ。正直、一度切った方がいい」

「それ、修復できるの?」

「…………君の相棒の力を借りれば出来ると思うよ」

「…………私、何をすればいい?」

「実行するの?」

「うん。あの子を助けたいと考えているよ」

「また始まった。君のそういうところ、本当に嫌い」

「どういうところなのか分からないけど。私は言われたことを実行しているだけ」

「はいはい」

 

 そんな会話を交わした二人。すると、いきなり暁音の後ろに黒いモヤが現れ、そこから少年姿の()()が現れた。

 

「アカネちゃん、僕の力を利用する?」

 

 その声は嬉しそう跳ねており、振り向いた彼女は表情一つ変えずに頷いた。

 

「うん。君の力が必要みたい。また、力を貸して? ()()()()()──」




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「私は私なの?」

 暁音(あかね)亜里沙(ありさ)は、前回旧校舎で交した会話のせいで気まずくなっていた。

 

 暁音は特に気にしていないように振舞っているが、亜里沙が逃げるように顔を逸らしてしまう。

 なにか怖がっているような表情を浮かべており、暁音は不安げに眉を下げため息をつく。

 

「これ、私が原因なんだよね。()()()()()のも時間の問題っぽいな」

 

 そんな言葉を零し、いつも通り席につき本を読み始めた。

 

 ☆

 

 それから数週間の時が過ぎる。

 今は逃げる事までしないが、亜里沙は暁音に話しかける事もしない。

 外から暁音は亜里沙を観察するように本の隙間から見ており、放課後旧校舎へと行き月海(るか)に報告。それを聞いている彼は、相槌を打ちながら顎に手を当て考える。眉間に深い皺を刻んでいるため、良い方向に進んでいないのはわかる。

 

 

『多分、もうそろそろだと思う』

『みたいだね。直接見たのは二回だけだけど、その時でもギリギリ保っていた。初めてここに来た時も伸びきっていたしね。()()()が』

『月海さん』

『…………はぁ、分かってるよ。できる事はする。君も、ちゃんとしてね。あと、結果は期待しないで』

 

 

 そんな会話を交した次の日。

 暁音は亜里沙に声をかけようと近づいた。だが、本人は気まずそうに距離を置いてしまい躊躇する。

 

 話せないまま時間が過ぎ、あっという間に放課後になってしまった。今は掃除の時間。亜里沙はクラスメートと一緒に話しながら雑巾を片手に持っている。

 

 暁音はそんな亜里沙の様子を見て、話しかけるのを諦めた。

 

「まぁ、今日じゃなくても…………」

 

 鞄を片手に、暁音は旧校舎に行こうと教室のドアへと向かう。最後に、気づかれないように横目で亜里沙を見る。

 亜里沙は雑巾かけをしようとしているらしく、バケツの近くに移動してしゃがんだ。

 

 そんな様子を見ていた暁音は、微かな違和感を感じ立ち止まる。

 

 普通なら袖を汚さないためめくるはずなのだが、話す事に集中している亜里沙は捲らずバケツに手を入れてしまう。

 案の定、袖は濡れてしまった。

 

「あれ、亜里沙ちゃん。祖で汚れているよ。捲ってあげるね」

「え、だ、だいっ――……」

 

 触れられるのを拒もうとした彼女だったが、遅かったらしく袖が捲られてしまう。

 

「――――え、亜里沙ちゃん。その、手首……」

「…………っ……」

 

 袖を捲った友人は、隠れていた赤い傷を見つけ目を開く。思わず問いかけてしまった友人の言葉に、亜里沙は答える事ができず俯いたしまう。

 

「それ、どうしたの?」

「なんでそんな事してるの?!」

「何かあるなら話を聞くよ?」

 

 次から次へと心配の言葉をかけられており、何も答えられず亜里沙は周りの視線から逃げるように俯き続けた。

 左手首を強く掴み、後ろへと下がる。顔を青くさせ、言い訳をしようと目を泳がせていた。だが、次から次へと質問攻めされ言葉を繋げる事が出来ていない。

 このままでは心が壊れてしまう可能性がある。

 

 暁音は立ち止まったまま、表情一つ変えず見ている。だが、何かに気づきはっとなる。

 

「ここで声をかければいいのかな」

 

 誰に聞くでもなく、小さく呟き暁音は足を踏み出した。

 その時「こんな時は、確か……」と考え始める。

 

 亜里沙の前に立った時には、考えがまとまり顔を上げる。その表情は、少し焦っているようにも見え、本気で亜里沙を心配していた。

 

「鈴寧ちゃん…………」

「大丈夫?」

 

 定番の言葉を投げかけた暁音。そんな言葉に少し驚き、亜里沙は目を泳がせ逃げるタイミングを計っていた。その時、教室の後ろから驚きの声が聞こえ始めた。

 その声反応し、亜里沙含め女子生徒は教室の後ろを見る。

 

 黒い髪で顔半分を隠し、白衣を靡かせている一人の男性が真っすぐ亜里沙の所に移動して腕を掴んだ。

 

「言っておくけど、これは君に好意を持っている訳では無いから。勘違いしないでよ」

 

 低音で口にすると、暁音の隣を通り教室を後にした。

 

「えっ、()()()()!?」

 

 振り返りながら叫び、暁音は月海の背中を追いかけるようにその場から走り出す。

 

 何が起きたのか分からないクラスメートは、お互い顔を見合わせ無言。だが、追いかけようとする人はいなく、ただ顔を見合わせるだけだった。

 

 ☆

 

 新校舎を出て裏山へ。そのまま旧校舎へと走る月海と亜里沙。 

 周りは夕暮れでオレンジ色に輝き、裏山を照らす。だが、木々で遮られているため、森の中は薄暗い。歩き慣れていない亜里沙は、腕を引っ張られながらも転ばないように消えお付けていた。

 

「あっ、あの!! 誰ですか?!」

「い、いいいいい今話しかけないで。君の声を聞いただけで足が震えそうになる」

「なんでですか?!」

「だから話しかけないでって!」

 

 走りながら震える手で亜里沙の手首を掴み、月海は旧校舎の中へと入っていった。その後ろを少し遅れて、暁音が入る。

 

 廊下を走っている時、亜里沙は我慢の限界になったのか手を振り払い立ち止まる。

 

「一体なんなんですか!! いきなり人を引っ張ってきて。それに、なんで旧校舎なんかに連れて来るんですか!!」

「だ、だからぁ。お、おおおお大きい声出さないでよ……」

「…………本当になんで、連れてきたんですか……」

 

 手を振り払われた月海は、怯えながら亜里沙から少しだけ距離を置きしゃがむ。

 顔色が先ほどより悪く、体を小刻みに震わせながら頭を抱え、何とか亜里沙の言葉に返している。

 そんな彼の姿を見た亜里沙は、本気で何がしたいのかわからず困惑するのみ。疑問を口にするが、返答はない。

 二人の中に微妙な空気が流れた時、遅れて追いかけていた暁音がやっと追いついた。

 

「はぁ、はぁ。やっと、追いついた」

 

 肩で息をしながら汗をぬぐい、暁音は今の状況を理解しようと周りを見回す。そして、月海の姿を確認した後、何してんだと言いたげな顔で彼を見た。

 

「あの、いきなりなんですか。貴方は誰ですか。一体何を目的として私をここに連れてきたんですか!」

「君、僕に答えさせる気ある? そんなに次から次へと質問されても答えられないんだけど。そこはしっかり考えてよ」

「…………月海さん。白衣を頭に被りながらのその言葉は……かっこ悪い」

「うるさい」

 

 極度な人見知りなため、月海は人の顔を見て話す事が出来ない。今も質問攻めにされているため、顔を白衣で隠しながら言葉を発している。

 怖がってはいるが、それでも嫌味ったらしい口調で言い放っているのはさすがとしか言えない。

 

 二人は月海の姿に溜息をつき、顔を見合せ暁音が先に口を開いた。

 

「ここまで引っ張ってしまったのはごめんなさい。でも、あのままあそこにいたら佐々木さんは危なかったと思う」

「…………どうして」

「多分、無理やり閉じ込めていた思いが溢れて後悔するこ事になってた」

 

 冷静で感情のない暁音の言葉に、亜里沙は拳を握り顔を逸らす。

 

「溢れると、どうなるのよ……」

「そうね……。貴方が貴方ではなくなるわ」

 

 一度考えるように言葉を止め、()()()()()()()()()()()()口調で暁音は亜里沙に伝えた。まるでそう言わなければならないような。どこか芝居めいているような。どちらにせよ、暁音の本心ではない。そんな彼女の言葉に、亜里沙は目を開き固まった。

 暁音の芝居には気づかず、震える口を静かに開く。

 

「私ではなくなる。なら、今の私は何?」

 

 亜里沙の言葉を暁音は理解できず首を傾げた。答えようともせず、時間だけが刻一刻と過ぎていく。

 亜里沙は我慢ができなくなり、再度口を開いた。

 

「私ではなくなる。でも、今の私が私である証拠は。今の私が、本来の私である証拠はなに? 私ではなくなるって、どういうこと?」

「…………」

 

 亜里沙は壊れたおもちゃのように、同じ事を。似たような言葉を問いかけ続ける。その声には抑揚がなく、暁音は今までの空気とは明らかに違う亜里沙を感じ取ってしまった。冷や汗を流し、逃げるように後ずさり始める。

 

「私が私ではなくなるなら、今の私を教えてよ。ねぇ、私はなに。今の私はなんなの。ねぇ、今の私は私なの?」

 




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「私の存在価値はない」

「あの、落ち着いて佐々木さん」

 

 どんどん近づいてくる亜里沙に、暁音はどうすればいいのかわからない。とりあえず落ち着くように伝えるが、それ以上の言葉が思い浮かばず言葉が続かない。

 暁音の声は亜里沙に届いているが、それでも彼女は気にせず、暁音に同じ事を何度も何度も問いかけ続けた。

 

「そんな事簡単に言わないでよ。私が私ではなくなるなんて。そんなの分かってるよ。今がもう私ではない。私は何も出来ない。ただ、笑っていればごまかせる。笑っていれば周りの人も笑ってくれる。でも、私は笑いたくない。疲れるんだ。でも、でも──」

 

 暁音に近付いていた足を止め、亜里沙はいきなり頭を抱え始めた。頭の中に今までの行いや、不安などが流れ、我慢できずしゃがんでしまう。膝に顔を埋め、体を震えさせる。そんな彼女に暁音は憐れみの瞳を向け、なんと声をかけようか悩みながら口を開ける。だが、そこから発せられるのは言葉ではなく、空気。何を言えばわからず、口を閉開させるのみ。

 

 暁音がなんと声をかけようかなんでいると、亜里沙は少し落ち着いてきたのか。顔を上げず小さな声でぼそぼそと何かを話し出した。

 

「…………私は、なんで存在しているのか分からないの。何も分からないの。私は、普通の家庭で生まれて、周りの人には恵まれている。でも、それでも心が落ち着かない。他の人なら流してしまいそうな事でも、私は気にしてしまう。誰にも言えない。こんな訳の分からない感情。だから、こうするしかないの。こうするしか、無いんだ」

 

 元から小さかった声はもっと小さくなり、最後は耳を澄まさなければ聞き取ることすら出来ないほどになってしまった。

 そんな彼女を目の前にして暁音は視線を一度、亜里沙の後ろで座っている月海へと移す。視線を感じたのか、彼は合図を送るように小さく頷いた。

 月海の合図にわかったと、暁音も頷き返し、もう一度亜里沙に視線を戻した。彼女と同じ目線になるようにしゃがみ、支えるように肩に手を置き、極力優しく話しかけた。

 

「それでも、自分を傷つけるのはだめよ。それは一時的でしかない。解決なんてしないのよ。ねぇ、ここで悩みを話してみない? 少しは心が楽に──」

 

 暁音の言葉を耳にしていた月海は、白衣を戻すと布で見えないはずの目を二人へと向ける。めんどくさいと思いつつ、その場にゆっくりと立ち上がり「思った通りか」と言葉をこぼした。

 

 亜里沙は暁音の言葉を聞いた瞬間、心の中で渦巻いていたどす黒い感情があふれ出い、顔を上げ甲高い声で叫び出した。

 

「うるさい!!! だから嫌なんだよ!! そうやって何も分からないくせに"やめろ"という言葉だけをぶつけてくる奴らは!! もううんざりだ! 辞めれたら辞めてるし、言われただけで辞めれるならこんなにやっていない!! 何が話を聞くだよ!! どうせ聞いたところで分かってくれないくせに!!」

 

 悲痛の言葉を荒い息で亜里沙は言い放った。そんな彼女を見上げる暁音は、無表情のまま横目で月海を見る。

 彼は視線を受け取り、口をゆっくりと動かした。

 

『き れ た』

 

 口の動きを見て理解した暁音は、顔を戻し先ほどと同じ顔で亜里沙を見上げる。

 

 興奮しているのか顔を赤くし、血走った瞳を暁音に向けていた。怒りで体は震えており、下唇を噛み何かに耐えている。いろんな感情が暁音の言葉で吹き出してしまい、どうすればいいのかわからず手を強く握り、苦痛の表情を浮かべてた。

 

「もう、何が何かわからないんだよ。何も出来ない、何も分からない。なにに悩んでいるのかも分からない! ただ、モヤモヤするだけ。それをどうにかしたいからリスカをしたの! 何も分からないから! どうする事も出来ないから!! もう、こんな……こんな私なんて――」

「あ……」

 

 亜里沙は我慢しきれず両手で頭を抱え、今彼女を苦しませているすべてを吐き出すかのように。喉が切れてしまいそうなほどの声量で叫んでしまった。この場では言ってはいけない、禁句を――……

 

「私なんて()()()()()()()()()()()!!」

 

 興奮して出てしまった亜里沙の言葉。その言葉により、その場の空気が一変する。

 先程まで明るかったはずの辺りは急に暗くなり、なぜか外が荒々しく風が吹き荒れ始めた。

 外の木が斜めに倒れ、風が窓をガタガタ鳴らす。こんな古い旧校舎など、簡単に壊れそうに感じ、恐怖する。

 

 いきなり場の空気が変わってしまったため、亜里沙はこみあげていた感情が困惑に変わり、忙しなく周りを見回し始める。何がどうなってしまったのか。なぜいきなり、この場の空気が冷たくなったのか。

 暁音は知っているため慌てず、何かを感じ取るように顔を俯かせ瞳を閉じた。

 

「これでよかったのかしら……」

「な、何よ急に……」

「……そうね、簡単に言うと。貴方は今、言ってはいけない言葉を言ってしまったの。後はもう、(もう一人の月海さん)がどう行動するかになっているわ。頑張って」

 

 冷静に暁音は、閉じていた瞼を開けまっすぐ亜里沙を見ながら口にした。

 亜里沙は驚きと困惑のまま。感情に身をまかせ口を開こうとした時、背後で何かが動く気配を感じ固まった。

 恐怖で体を小刻みに震えさせ、額から冷や汗を流す。それでも背後で何が起きているのか気になってしまった亜里沙は、ゆっくりと。後ろで動いている()()を見る。

 

 亜里沙の視線の先には、顔を俯かせている月海がいた。髪が彼の顔を隠してしまい、表情を見る事ができない。猫背だった背筋をゆっくりと伸ばし、顔を上げた。

 散歩をするように床をギシキシと鳴らし、目元に巻いている赤い布の端が彼の後ろで揺れながら亜里沙へと近づき始めた。

 

 長い前髪を揺らし、口の端は横へと延びる。白い八重歯がちらりと見え、下唇をなめる。

 

 先程までの空気とは代わり重く、不気味な何かを纏っているように感じる月海から逃げるように。亜里沙は、歯をカタカタと鳴らし、暁音に助けを求めようと手を伸ばす。そんな手を、暁音はよくわからないまま見つめるのみ。首を傾げどうすればいいのか考えるが、横に垂らしている自身の両手を動かそうとしない。

 助けて、と。言葉を発しようとしたが、それより先に月海の声が先に廊下へと響く。

 

「おい。()()()()()()()()()

 

 声自体には大きな変化はない。だが、先ほどの月海とはまるで違う。少し楽しげな低い声が風の音と共に、三人がいる廊下に響く。

 顔を俯かせながら、月海は右手を頭まで上げ目元に付けている布を握った。

 

「"死んでしまえばいい"か。なら、お望み通りにしてやるよ」

 

 亜里沙は暁音に伸ばした手をそのままに、後ろから近づいて来る月海を見る。

 怖くて、怖くて仕方がない亜里沙は、近くに立っていた暁音の両肩を掴み縋りつく。どうして自分に縋りついて来るのかわからない暁音は、亜里沙の右手に自身の手を添え月海を見た。

 

 そんな目線など気にせず、月海は笑いながら足を止めず近づいていく。一人の足音だけが聞こえ、風の音が響く廊下に反響して亜里沙を恐怖の感情で包み込む。

 

 自身の肩を掴み震える亜里を暁音は見下ろし、眉を顰める。どうすればいいのか悩んでいるうちに、足音は止まる。月海が手を伸ばせば二人に届く距離まで近づいていた。

 

 暁音は月海を見あげ、彼は視線を感じ取り顎をくいっと動かしそこをどけと指示を出す。

 素直に従った暁音は、掴まれている両肩にある手を容赦なく払う。そのことに亜里沙は驚き、目を開く。小さな声で暁音の名前を呼び、再度手を伸ばすが意味はなく、空を掴む。

 いきなり後ろに引っ張られ、亜里沙は手を伸ばしながら、首を回し後ろを見る。同じタイミングで、月海は赤い布を引っ張りッくしていた目元を露わにした。

 

「死にたいのなら、()()()()()()()()

「ひっ?! きゃぁぁぁあああ!!!!」

 

 露わになったはずの月海の目元には、なぜかあるはずの瞳がない。ぽっかりと二つの穴が空いており、闇が広がっている。

 口元は酷く歪んでおり、怯える彼女を見て楽しんでいた。

 

 叫び声と共に、月海に掴まれていた肩を大きく動かし払った。そして、暁音を思いっきり押し走り出した。

 そんな彼女の後姿を暁音は無表情で見ており、月海へといつものように話しかける。

 

「やりすぎないでください。可哀想ですよ」

「あぁ? うるせぇよ。死にてぇ奴なんざこの世に必要ねぇんだ。死を望んでいるなら、お望みを叶えてやるのも、他人である()の仕事だろ?」

「ただ、人が恐怖のどん底にいるのを楽しんでいるだけでしょ」

「そんなこと言うなら、先にお前を殺してやろうか?」

「どちらでも構わないですよ。ただ、そうなると貴方との()()が果たされずに終わってしまうだけです」

「つまんねぇ返答だなぁ。まぁ、今はどうでもいい。邪魔すんじゃねぇぞ」

「わかっています。早く、()()()()()()()()()()()

 

 抑揚のない暁音の言葉を耳にし、月海は窪んだ目を向けたかと思うと、すぐに逸らし亜里沙が去っていった方へと歩き出した。

 

「"()がために働け。()がために手を伸ばし続けろ。何も出来ないからこそ、()がために生き続けろ"か。月海さんとの約束とは、大違いなのよね」

 

 胸元に手を置き、暁音は言葉をこぼす。

 去っていった二人の後ろを追うように、暁音は足を一歩前へと踏み出した。




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「死にたくないんか?」

 亜里沙(ありさ)は、いきなり豹変した月海(るか)から逃げるため。埃や段ボールなどが転がっている、長く続いている廊下をただひたすらに走っていた。

 

「はっ……っ……。なんなのよ。あの男!! さっきとはまるで、別人じゃない!!」

 

 彼女の月海に対する第一印象は、情けない人だった。怯えているくせに、なぜか人を引っ張り旧校舎へ。そのあともなぜここに連れてきた理由を話そうとしない。いや、話したくとも、怯えすぎて離せない状態だった。だが、今はまるっきり違う。

 

 人が怯えている姿を楽しみ、何をしでかすかわからない。何をされてもおかしくない状況を理解してしまい、亜里沙は泣きながら逃げるしかない。

 

 息を切らし、もつれる足を何度も立て直しながら必死に玄関へと向かって走る。その間も窓はガタガタと音を鳴らし、廊下をどんどん闇へと吸い込んでいく。

 視界が悪くなっていく中、亜里沙の前方に目印のように淡い光が見え始めた。

 

「見えた!!」

 

 涙でぼやける視界に映る光。亜里沙は瞬間的に玄関だとわかり声をあげる。そのまま走り、玄関へとたどり着きドアノブを握り、勢いよく押して駆けだそうとした。だが、なぜかドアが開かない。ガシャンガシャンと音を鳴らすのみ。

 

「っ、なんでよ!! どうして!! どうしてドアが開かないの?!」

 

 焦りや怒りで感情的になっているため、力任せで開けるしか今の彼女の頭にはない。だが、よく見てみると。このドアには鍵がなく、外に付けられていた南京錠は小合わされていたはず。

 古く、整備されていないドアなため。無理開けようとすれば簡単に壊れてもおかしくない。そのはずなのに、亜里沙はドアを開けることや壊すこともできない。ただただ音を鳴らすだけ。

 

 そんな時、後ろからぺた……ぺた……という足音が響く。

 

「ひっ!?」

 

 音が聞こえた瞬間、亜里沙は肩を大きく震わせた。顔を真っ青にし、ドアから手を放さず、首だけをおそるおそる後ろへと振り向かせる。

 

 まだ、足音を鳴らしている人物の姿は見えない。だが、どんどん足音が大きくなっているため近づいているのは容易にわかる。

 ドアを背にどんどん近づいてくる足音の方を、亜里沙は怯える瞳で見続けた。

 

 すると、大きく伸びている影が曲がり角から姿を現した。その影はユラユラと揺れ、何かを探すように首を左右に動かしている。

 

 体が震え、恐怖が亜里沙の身体を拘束する。動く事ができない体で人影を見ていると、足を止め腕を動かし始めた。

 人影の手は胸元まで上げられ始め、その手には細長い"何か"が握られている。先端が尖っているため、今の亜里沙の脳内ではその影を鋭利な刃物と解釈。

 

 がたがたと震える足が、相手の持っている物を理解した時。とうとう我慢できず崩れ落ちてしまった。腰が抜け、再度立ちあがることができない。口を塞ぎ、なるべく音を立てないように、人影の反対側へと下駄箱の影になるように這いつくばりながら逃げる。

 

 ゆらゆらと動いている影が見える曲がり角から、白い靴下とベランダサンダルが顔を覗かせた。そこから徐々に白衣や黒いジャージが見え始め、口をつまらなそうにへの字にしている月海が完全に姿を現した。そんな彼の手には、キラリと光るカッターナイフ。握る部分には赤黒い何かが付着していた。

 

「鬼ごっこは、もう飽きたなぁ」

 

 低く、重苦しい声でつまらないというように呟き、誰もいないように見える玄関にない瞳を向ける。

 姿を現してしまった月海を見て、下駄箱で姿を隠していた亜里沙は動けなくなってしまった。

 

 息を殺し、この場を耐えしのごうと口に手を当てる。かすかな音すら出さないように気を付け、ただひたすらに月海が去って行くのを舞った。

 

「さぁて。切れた糸は、修復できるかねぇ?」

 

 見回していた顔を下駄箱でぴたりと止める。誰に問いかけるでもなく、言葉を零した。その言葉の意味を理解できない亜里沙は、涙を浮かべ動かず耐えしのぐ。

 

 すると月海は、地面に転がっているダンボールを思いっきり蹴りあげた。

 亜里沙が隠れている下駄箱の近くにある壁へとぶち当たり、中に入っていた教材が床に転がる。何が起きたのか理解できない彼女は、体をビクッと、大きく震わせた。

 

 また近づいて来る足音。もう我慢できなくなった亜里沙は恐怖で失禁してしまう。それでも動けずへたり込んでいると、下駄箱に色白の手が伸びた。そこから顔を覗かせたのは、歪で、狂気的な顔を浮かべた月海だった。

 

「見つけたぞ」

「あ……あぁ…………」

 

 カタカタと震え、見上げるしかできない。目元にとどまっていた涙は頬をつたい、スカートを濡らす。

 逃げようにも体が言う事を聞かず、声を出そうにも喉がしまってしまい言葉を発する事が出来ない。

 

 顔だけを覗かしていた月海が、どんどん亜里沙に近づき、手を伸ばせば届く距離にまで来てしまった。

 

「もう、ここからは逃げられねぇぞ」

 

 亜里沙を見下ろし、そのまま腰を折り亜里沙の肩を掴む。

 口が裂けそうなほど口角を上げ、窪んでいる両眼で目の前で震えている亜里沙を見つめた。

 

「おめぇはさっき、言ったよなぁ? 『死んじゃえばいいんだ』とな。自分の言葉には責任を持とうぜ? なぁ?」

 

 ねちっこく、人を馬鹿にするように口にすると、相手が女性というのも関係なしに両手で両肩を掴み無理やり立たせた。

 

「きゃぁ!!」

「何だお前、おもらしか? どんだけ怖がってんだよ」

 

 亜里沙の下半身と床を見て、月海は少しだけ驚いたように遠慮なく口にする。今は恥ずかしいという感情より、恐怖が上回っている状態。それでも少しは恥ずかしいため顔を赤くし、涙がとめどなく流れ、顔を俯かせる。

 

「まぁ、いいわ。お前がどんな状況だろうと関係ねぇ」

 

 掴み、亜里沙の身体を浮かせていたが。そのまま掴んでいた手を緩め彼女を落とす。足に力が入っていないため、濡れている床へとしりもちを付いてしまった。

 

「んじゃ、殺らせてもらうぞ? いいな。だって、自分で言ったんだからよ。せいぜい地獄で、自分の言動を恨むんだな」

 

 その言葉と共に、月海は片手に持っていたカッターナイフを振り上げた。月光を反射し、きらりと刃が光る。

 むき出しになっている刃に、亜里沙の怯えた顔が映った。涙でぐしゃぐしゃになり、ただ見あげることしかできな彼女に向けて。

 

 唇が避けるほど横へと伸ばし、白い歯を見せ。笑顔のまま、亜里沙目掛けてカッターナイフを振り下ろした――……

 

 

「い、いやだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」

 

 

 亜里沙の、喉が裂けそうなほどの甲高い叫び声が廊下に響く。そんな声が響いた瞬間、月海のこめかみがピクリと動く。振り下ろしていたカッターナイフを、彼女の右目に当たる直前で止めた。

 

 衝撃に備え目を閉じていた亜里沙は、いつまで経っても何も来ない事を不思議に思いゆっくりと目を開ける。すぐ目の前には止まっている刃先があり、驚きと恐怖で咄嗟に動く事も声を出す事すらできないでいた。

 

「…………おい。今、なんて言った」

「…………え?」

「今お前、"嫌だ"と、言ったか?」

 

 月海の突然の質問に答える事が出来ず、窪んでいる両眼を見る亜里沙。

 闇が広がり、目の前にいる亜里沙を吸い込もうとしているように感じる。だが、なぜか目を離すことができず見続ける。

 

「おめぇ。死にたくないんか?」

 

 刃先を向けながら、月海は抑揚のない口調で彼女に問いかけた。

 




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「殺してやるよ」

 月海の言葉には感情が乗っておらず、淡々としている。無表情から発せられているため、感情を読み解く事ができない。今もなお、亜里沙をいつでも殺せるようにカッターナイフを下ろさない。

 

 何が起きたのかわからない、何をすれば正解なのかわからない。そのような状態なため、亜里沙は困惑で動けず目を離せない。

 

 彼の質問に答えられないでいると不機嫌そうに、月海は手に持っていたカッターナイフを下げた。刃をしまい、ポケットへと戻し先ほどとは違う言葉を問いかけた。

 

「お前、なぜ逃げた」

「え」

「さっきからてめぇは『え』しか言ってねぇじゃねぇか。なんだ? 日本語わかんねぇのか? 残念ながら俺は日本語しか知らん。それが通じねぇんなら、殺す」

「待って待って! おかしい! 絶対におかしい!!」

「なら、さっさと答えろ。お前は、なぜ俺から逃げた」

「えっと……怖かった……から」

「なぜ怖かった。何が怖かった」

「…………えっと」

「正直に言えや」

「あ、貴方が怖かった……」

 

 カッターナイフから開放された亜里沙は顔を逸らし、月海の圧に押されつつボソボソと答える。その言葉に、月海は感情を変えず、低く少しかすれた声で淡々と質問を続けた。

 

「具体的に、何が怖かった」

「…………」

「これか?」

 

 月海が自身の目元を指す。その事に、亜里沙は戸惑いながらも小さく頷いた。

 

「あと……カッターナイフ……」

「なるほどな。つまりお前は、"殺される"と思って逃げたんだろ」

「……………え」

「人間が恐怖を感じる時、それは大抵自分に危ない事が起きると脳が勝手に変換した時だ。今回てめぇは、”自分は殺される”と、おめぇの脳が変換した。だが、さっきてめぇは言っただろう。自分なんて死んじゃえばいい、とな。俺はそれを叶えてやろうとしただけなんだが。なぜかお前は逃げた。なんでかわかるか?」

 

 月海の言葉に亜里沙は反応しない。滅多な事を言うと今度こそ殺されると思い、迂闊に話せず体を震わせるのみ。だが、次の彼の言葉で肩を大きく飛び跳ねた。

 

 

「お前は、死にたくないんだよ」

「……っ?!」

「本気で死にたいと思っている奴は、俺から逃げねぇ。恐怖を感じているということは、てめぇがまだ現世に心残りがあるからだ。まぁ、単純に痛いのが怖いって感情もあるかもしれないがな。てめぇの場合は前者だろ」

 

 亜里沙の心に問いかけるように話し、月海は大きく溜息をつき頭を搔く。そして、いきなり人の名前を何もない空間に呼んだ。

 

「ムエン」

「はい!!」

 

 月海が呼ぶと、何も無かった所から急に少年のような姿をした人物が姿を現した。だが、ただの少年ではない。

 

 おかっぱのような黒い髪型に、右目は真紅色。左目は藍色と左右非対称の瞳。白いワイシャツに黒いベスト。肩にかけているだけのジャケット。足元には革靴が履かれていた。 

 白いワイシャツはサイズが合っていないのか、両手をすっぽりと隠してしまっている。

 

 ぱっちり二重のオッドアイは、月海の窪んでいる両眼に向けられ。にんまりと、楽し気に右手を口元に持っていき笑う。

 

「僕の力、これ以上使うの?」

「あぁ。今以上の力を俺に貸せ」

「わかった!!!」

 

 子供のように無邪気な返事をし、ムエンは空中を舞う。そんな少年の背中には、悪魔のような翼があり小さくパタパタと動いていた。

 突如現れた子供に驚き、口をあんぐりとさせまだ床に座り込んでいる亜里沙。そんな彼女と目線を合わせるため、月海は目の前でしゃがみ右手を彼女の両目へと伸ばし覆った。

 

「へっ、あ、あの……」

「おめぇは、死にたいんじゃねぇ。ただ、どうしようもない感情を"死"という言葉でごまかし、逃げているだけだ。”死にたい”と口にし、”死”を理由に自分の感情と向き合わず逃げているだけだ。”死”を、逃げるために使うんじゃねぇ。”死”は自分を奮い立たせるために使うんだよ。死という恐怖から逃げ続け、現世で抗い続けるために利用しろ」

 

 抑揚がなく、何を思っての言葉か分からない。だが、亜里沙には何か通じるものがあったらしく、覆い隠されている目元から一粒の涙が流れ彼の手の隙間から落ちる。

 

「それでも死にたくなったらいつでも来い。俺は旧校舎二階、3ーBにいつでもいる。その時は必ず──殺して(解放)やるよ」

 

 その言葉を最後に、亜里沙は何故かいきなり体から力が抜けたように床へと倒れ込んだ。閉じられている瞼からは涙がこぼれ、頬を伝う。だが、表情はなぜか清らかで、安心したように見えた。

 そんな彼女を、月海は闇に染っている両眼で見下ろし、その場を後にしようと立ち上がり歩き出す。だが、廊下の奥から名前を呼ばれ、その場に立ち止まった。

 

「月海さん。結局、殺さなかったのですね。死にたがっているのかと思っていました」

「うるせぇよ。この後はお前の好きにしろ」

 

 暁音の言葉を適当にあしらい、月海は暁音の横をすり抜ける。その際、任せたというように彼女の肩に手を置き、先の見えない暗闇へと姿を消した。

 

 外はいつの間にか風がおさまっており、雲が流れ月が顔を見せている。

 暁音は窓に近づき、煌々と輝いている月を見上げた。

 

「……どうして人は死にたいと口にするのに、死なないんだろう。死にたいのなら、死ねばいいのに」

 

 呆れたように言葉をこぼし、床に倒れてしまっている亜里沙へと近づいていく。その場でしゃがみ、規則正しい寝息を立てている亜里沙の頭に手を伸ばした。

 サラサラな髪を撫でると、すり寄るように暁音のぬくもりを求める。

 

「…………暖かい」

 

 すり寄せられると暁音は驚きで一瞬目を開く。だが、すぐ冷静になり、手を離す。後ろにはムエンが飛んでおり、小さな翼がパタパタと動かしている。

 

「お疲れ様、ムエン」

「アカネ!!! 僕、頑張ったよ!!」

 

 声をかけられ、頬を染め嬉しそうに翼を動かし感情を表す。そんな少年の頭を撫で、暁音は再度お礼を口にした。

 

「旧校舎のドアを開かないようにしたり、彼女を眠らせてくれたり。色々やってもらっているんだけど。最後の仕事もお願いしていい?」

「もちろんだよ!! アカネのためなら頑張るよ!!」

 

 両の拳を握り、床に倒れている亜里沙へと近づいていく。そんな少年の後ろ姿を見続けていた瞳は、今回の出来事に終わりを告げるように、そっと閉じられた。

 

「死を逃げる理由に使うな──か。私の場合は、なんなのだろうか。失ったと言われた感情を取り戻すため、死を利用した。この、月海さんとの約束は……」

 




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「死んでください」

 次の日。暁音はいつものように本を片手に教室へと入る。黒板の方から人を心配するような声が聞こえ、本から顔を上げた。そこには、一つの人溜まりができている。

 中心には昨日、月海に追いかけられていた亜里沙の姿。笑顔で周りの人と話していた。

 

「ごめんね亜里沙ちゃん。私達、昨日何も考えずに聞いて……。でも、何か悩んでいたら力になりたいの」

「そうだよ! 私達、友達じゃん! 何かあればなんでも言ってよ! 小さな事でもいいからさ!」

 

 亜里沙の友人達は心配そうに眉を下げ、亜里沙の手を優しく握り気持ちを伝えている。その言葉は温かく、優しい。嘘や建前ではなく、本心なのだとわかる。

 そんな友人達の言葉に、亜里沙は笑顔を浮かべて「ありがとう」と返している。その笑顔も前までとは違うもの。

 心から本気で笑っているのが伝わる、清々しい笑顔だった。

 

 暁音はそんな彼女の笑顔を見て、顔を逸らす。本を閉じ、鞄にしまいながら自身の席に座った。

 

「記憶は無いみたいね。良かったわ」

 

 誰にも聞こえない小さな声で呟き、無表情のまま教科書などを机の中に入れ始めた。

 

 ☆

 

 放課後になると、暁音は当たり前のように旧校舎へと向かった。迷うことなく、慣れた手つきで3ーBへと入る。

 そこには珍しく、窓側にある椅子に座っている月海の姿があった。

 

 暁音はそんな彼を見て、教室の中で唯一埃がかぶっていない教卓に鞄を置き、窓側に近付いていく。隙間風が月海の黒い髪と垂れている赤い布が揺らしていた。

 暁音の気配を感じた月海は、体をピクッと動かし彼女の方に顔を向ける。その両眼には赤い布が巻かれていた。

 

「どうしたの。今日は寝てないよ僕。ご飯もしっかりと食べた。安心しっ──」

「月海さん」

 

 いつもの小言を言われると思って、月海は先に言い訳のように言葉を繋げる。だが、暁音はそんな言葉など聞いておらず、はっきりと彼の名前を呼んだ。そして、彼を見下ろしながら、迷いなく口を開いた。

 

「死んでください」

 

 はっきりと伝えられた言葉に、月海は固まり顔を俯かせる。すると、いきなり彼が待っといた空気が変わった。

 何も口にしない月海。先ほどまでのやわらかい空気は消え去り、トゲトゲとした。体に突き刺さるような空気が暁音を襲う。だが、その場から動かず目の前でうなだれている彼を見下ろし続けた。まるで、何かを待っているように。

 

 暁音が見下ろしていると、月海がゆっくりと動き始める。流れるように目元に巻かれている赤い布を乱暴に取り、床に投げ捨て不機嫌そうに舌打ちをし彼女を見上げた。

 

「てめぇ。意味もなく俺を()()()()()()()()()

「ごめんなさい。でも、貴方に聞きたい事があったんです。だから、貴方を呼び起こした。直ぐに終わります」

「なら、要件だけを口にしろ」

「はい。まず、昨日の女子生徒。佐々木亜里沙さんは、もうここには来ないと思います」

「ちっ、そうかよ」

 

 暁音の言葉で月海の()()()()が表側へと出てきた。

 

 月海は簡単に言えば『二重人格』。

 二重人格とは、人格障害の一種。 自我が二つに分裂する障害のこと。二重人格の人は、二つある人格をうまくコントロールできない場合がほとんど。

 

 軽度の二重人格の場合は、すぐに治療で治せる。だが、放置してしまった場合、悪化してさらに人格が分裂してしまう可能性もあった。

 

 今の月海は、二つの人格が分裂しそれぞれに自我がある状態。これ以上悪化してしまうともっと人格が分裂してしまい”解離性同一性障害”と呼ばれるものへとなってしまう。これは、簡単に言えば”多重人格”。

 一つの体にいくつもの人格が出てきてしまうものだ。

 

 こうなってしまうと治療は難しいため、月海は今のうちに治療する必要がある。だが、それは本人が断固拒否しているため、治療する事が出来ない。

 

 月海の場合、主人格と裏人格が入れ替わるためのスイッチがあった。それが、先程暁音が口にした言葉。

 

【死】

 

 どんな状況、会話でさえ。言葉の中に『死』という単語が入っていた場合、裏人格が表側へと出てきてしまう。

 

 主人格はマイペースで他人と話すのが苦手な人見知り。比較的なんの被害も周りに与えない。だが、裏人格は別。

 荒々しい話し方に、行動一つ一つも危険。人の命すらも簡単に見ており、カッターナイフを片手に人を追いかける。

 暁音自身、何度か人を殺めているところを見た事があった。

 

 そんな彼と、暁音はある約束をしていた。それは、お互いの目的や娯楽を合わせた約束。誰も理解できないような、やろうとも思わない約束を。

 

「あの。約束、覚えていますか?」

「あぁ? そんなもんを確認するためにわざわざ俺を呼んだのかよ」

「それだけでは無いですが……。気になっていたのは確かです」

「るせぇわ。俺が忘れるわけねぇだろ」

「確かにそうですね。貴方が忘れるわけがありません。だって、貴方から言ったのですから」

 

 暁音は一度瞳を閉じ、数秒考えたあと。再度藍色の瞳を見せ、確認するように口を開いた。

 

「"私が自身の感情を取り戻した時、貴方は私を殺す"」

 

「間違えていませんよね?」と、月海へ確認をとる。彼女の言葉に、小さく彼は頷き暁音を見上げた。何もない空洞が暁音の目と合う。

 

「ですが、私は既に自身の感情はあります。それを言っても、貴方は否定するだけでしたが……。それに、この約束に何かメリットがありますか?」

「てめぇがよえーからだ」

「それも。その言葉がいまいちよく分かりません。弱いとは一体なんの事ですか? 物理的に弱いのは仕方がありませんよ?」

「その弱いじゃねぇ。いいか? お前は()()()()()()()()。それにより、自身への興味がなくなっちまった。だからこそ、興味を持たせてやりてぇんだ。単なる暇つぶしだも兼ねてな」

「暇つぶししていないで、早く私を殺せばいいのに。今なら簡単に殺せますよ。人を、殺したいでしょう?」

「そこだ。おめぇのそこが気に食わねぇ。つまんねぇんだよ。もっと、死を怖がれ。抗え。だから、今のお前はよえーんだよ」

 

 月海は眉間に皺を寄せ、いらただしげに口にする。その言葉に思考を巡らせるが、暁音は理解できず首を傾げた。

 

「なぜ、死を怖がれば弱くないのですか? 普通、怖がっている方が弱いと思うのですが」

「それくらい自分で考えろ」

 

 そこで会話が終わってしまった。

 月海の言葉を理解できていない暁音は、顎に手を当て考え続ける。だが、やはり分からないらしく眉間に皺を寄せた。

 

「…………はぁ。一つだけ聞く。おめぇは、死にたいんか?」

「自ら死にたくはありませんよ」

「なら、なぜそんな約束をしている俺といる。なぜ俺から逃げない。約束をしたところで、それはただの口約束だ。契約などをした覚えもない。逃げようと思えば簡単に逃げられるだろ」

「逃げる必要が無いので」

「………やっぱり、死にてぇんじゃねぇの?」

「ですから、自ら死にたくはありませんよ」

「なら、今ここで試してやろうか?」

「構いませんが、意味ありますか?」

「…………ちっ。それもそうだな。結局のところ、おめぇは今何がしたいんだ。なんのためにここに来た。要件をいい加減話せ」

 

 どうでもいい話ばかりされ、月海は徐々に怒りが込み上げ、貧乏ゆすりをしながら暁音の次の言葉を待った。

 

「今までの話も要件だったんですけど……。そうですね。一番気になったことを話してもいいですか?」

「手短なら許してやるよ」

「ありがとうございます。では、答えていただきたいです。今回、なぜ貴方は佐々木亜里沙さんを殺さなかったんですか?」




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「部長なのだから」

 暁音の質問に、月海は片眉を上げ「あ?」と不機嫌そうな声をこぼす。だが、彼女は気にせず同じ質問をもう一度ぶつけたため、月海は頭を掻きながら吐き出すように答えた。

 

「はぁ。死にたいと本気で思ってなかったから。これでいいか?」

「ですが、自分で"いなくても良い"と言っておりました。その時点で貴方なら殺せたはず。なぜ、わざと逃げる時間を与えたのですか?」

「出来ねぇよ。俺にはあれで精一杯だ」

「何を言っているんですか。あんなのが貴方の本領の訳が無いでしょう。五年前の大量殺害事件。犯人は自分だと、貴方が言っていたではありませんか」

 

 天気でも聞いているような口調で暁音は問いかける。その問いに、月海はめんどくさいと言いたげに暁音を見上げ続ける。お互い何も話さず、風の音だけが静寂な空間に音を鳴らす。

 痺れを切らした暁音は、再度口を開き質問した。

 

「貴方は一切証拠を残さず、何十の人を殺した。そんな人が佐々木さんを殺せないはずがない」

 

 言い切った暁音の瞳は黒く濁っており、生気を感じる事が出来ない。月海もそれを感じ取り、口を閉ざし続ける。だが、今度は月海が我慢できなくなり、暁音から顔を話す。

 ため息と共にぼそぼそと、小さな声でやっと答える。だが、それは答えと呼べるものではなかった。

 

「めんどくさかった。これでいいか。俺はもう疲れた、寝る」

「え、あの……」

 

 それだけを零し、月海は暁音の制止など聞かず椅子から立ちあがった。ペタペタと足音を鳴らし、教室を後にしてしまった。

 残った暁音は、全く理解できず不機嫌そうに眉をひそめる。

 

「もしかしてまた、余計な事を言ってしまったのかしら」

 

 重い空気の中、暁音はなぜ月海が教室を後にしてしまったのか。なぜ、明確な理由を教えてくれなかったのか。それを考える。だが、何も思いつかず息を吐き、鞄を片手に彼と同じく教室を後にした。

 

 ☆

 

 旧校舎を後にする暁音に、一人の女子生徒が近づいていく。その人の手には一眼レフカメラが大事そうに握られていた。

 

 口元には笑みを浮かべ、背中くらい長い髪をハーフアップにし、風でゆらゆらと揺らしながら歩く。指定の制服を身にまとい、スカートは膝より上。

 コツコツとローファーの音がどんどん暁音に近付いていく。

 

 足音が聞こえ始め、暁音は前に進めていた足を止めた。顔を上げ、音の方に目線を向ける。

 月光が届かない、闇が広がっている森の中。一人の女性が姿を現した。

 

「こんにちは、鈴寧(りんね)さん」

多羽田(たばた)さん。こんにちは。こんな所でどうしたの?」

 

 女子生徒の名前は多羽田梨花(たばたりか)。一眼レフカメラをいつも握る程好きで、部活も写真部に入部していた。外から物事を眺めるのが好きらしく、友達の輪へと自ら入ってはいかない。

 

「こんな所に貴方が求める物はないと思うわよ」

「あら、あるじゃない」

 

 梨花の言葉に、暁音は首を傾げる。

 

「前に教室へと入ってきたイケメン君。紹介してくれない?」

 

 片目を閉じ、パチンとウィンクしながら梨花は口にする。

 

「…………い、イケメン? 誰?」

「あの人だよ。黒髪に、白衣。あと、赤いハチマキしてた? かな。そんな人に覚えない?」

 

 細かく説明されてもなお、暁音はポカンとしている。すぐに思い浮かばず、空を見上げ唸る。

 

「あ、もしかして月海さんの事?」

 

 やっとわかった暁音は、梨花を見直し聞いた。

 

「あの男性、月海さんという名前なのねぇ。会わせてくれない?」

「私は構わないけど、今は寝ているからやめておいた方がいいわよ。何されるか分からない」

「なら、明日はどう?」

「…………話が出来るか分からないけれど。それでもいいの?」

「構わないわ。諦める気ないもの」

「わかったわ。なら、明日の放課後に」

「えぇ。嬉しい」

 

 次の日の約束をし、そのまま梨花は手を振り旧校舎とは反対側へと歩き始める。カサカサと葉が重なる音が闇に響く中、彼女は苦しみや悲しみといった負の感情が込められた言葉を吐き捨てた。

 

「諦める訳にはいかないのよ。私は、部長なのだから……」

 

 先ほどまで浮かべていた笑みを消し、眉間に深い皺を刻む。歯を食いしばり、悔しげに顔を歪めた。垂らしている手には自然と力が込められており、微かに震えている。

 

 完全に梨花を見送った暁音は、森に向けていた瞳を背中に背負っている旧校舎に向けた。

 

 月明かりが、静かに佇んでいる旧校舎を不気味に照らしている。風が吹くと、周りに立ち並んでいる木々から踊るように揺れ、葉を舞わせた。まるで、異世界への扉が開かれるのではないかと思うほど不気味に建たされている。

 

 風で髪を揺らし、暁音は旧校舎を見上げる。右手で髪を耳にかけ、考えるように瞳を閉じた。

 

「失った感情なんて、一体何なんだろう。弱いとは、何を指しての言葉なのかな」

 

 そんな疑問をこぼし、暁音は旧校舎に背を向けそのまま帰宅した。

 

 そんな彼女を見下ろしている人影が、旧校舎の二階に映っている。月海が窪んでいる両眼を外へと向け、腕を組んでいる姿が月明りに照らされていた。

 

「なぜ殺さなかった……か。はぁ、俺が切る前に、想いの糸が繋がったから……と、言ってもわからんだろうな。めんどくせぇ」

 

 それだけをこぼし、窓から離れる。

 

「今日もまた、平凡な一日が終わった。俺の捜し物は、いつ見つかるのかねぇ〜」

 

 気だるげにつぶやき、廊下へと姿を消した。




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梨花
「そのうちわかるよ」


 暁音はいつもと変わらない学校生活を送り、放課後になった。

 いつものように慣れた足取りで旧校舎へと向かって行くが、今日はいつもとは違う。

 彼女の後ろには、首に一眼レフカメラを下げた多羽田梨花(たばたりか)がワクワクと、笑みを浮かべながら付いてきていた。

 

「何を期待しているのか分からないけど、とりあえず後悔だけはしないようにね」

「全然大丈夫よ!」

「そう。それならいいけれど」

 

 その後はお互い何も話さず、無言のまま旧校舎へと辿り着いた。

 何時壊れてしまってもおかしくないドアを潜り、二階へと続く階段を上る。床からギシギシと音がなり、歩く度埃が舞う。そんな状況なため、先程まで笑顔だった梨花は不安になり、眉を下げる。

 

「床、抜けないよね?」

「足踏みでもして試してみたら?」

「嫌よ……。もしも、があったら怖いもの」

「そう」

 

 短い会話を交し、目的である"3ーB"に辿り着く。

 ノックなどせず、建付けの悪いドアを当たり前のようにスライドさせ中へと入る。中心まで歩き、鞄を机に置くと暁音は周りを見回し始めた。

 

「ねぇ、月海さんって人、どこ?」

 

 梨花が質問するように、教室の中には誰もいない。人の気配も感じず、もぬけの殻状態。

 

 暁音は梨花の質問に答えず、またいつものように教卓の下で寝ていると思い、近づいていく。腰を折り、中を覗き込むが誰もいない。

 

「……今日はいないみたいね」

「そう、簡単に会えないかぁ」

 

 暁音が言うと、梨花は短いため息をつき教室を出ていこうとする。

 

「結構あっさりなのね」

「待っていたいのは山々なんだけど。写真部の部長として、色んな写真を収めなければならないの。残念だけれど、また明日にするわ」

 

 暁音の方を向き伝えると、そのまま手を振って「また明日」と去っていく。あまりにあっさりしすぎているため、暁音が呆気に取られていると、梨花とすれ違い様に後ろ側から月海が教室へと戻ってきた。

 

「…………ん? そんな所で立ちすくんでどうしたの。トイレなら早く行ってきなよ。ここは女子トイレじゃないよ」

「……安心してください、トイレじゃないので。それより、貴方にお客さんが来ていたというのに、どこに行っていたのですか?」

 

 溜息をつき、暁音は何も考えていない月海に問いかけた。

 

「教える必要ある? それに、お客さんって何?」

「教える必要は無いかもしれないけど、私が個人として気になったから聞いただけ。答えたくなければいいです。後、お客さんとはまた違うかもしれないのですが、月海さん目当てで来てくれた方が先程お帰りになられました」

「ふーん。興味無いけど」

 

 それだけを口にし、月海は教室の奥へと移動。窓の近くに置いてある椅子へと腰を下ろし夜空を見上げ始めた。

 目元に巻かれている赤い布に、夕暮れが当たりオレンジ色に輝く。

 

 今の彼の目には、どのような景色が見えているのか。彼は普段、何を見ているのか。

 周りの景色が普通に見える暁音には分からない。けれど、それを聞く事はせず今まで過ごしてきた。暁音自身、わざわざ聞くほど興味があったわけではない。だが、今はオレンジ色に輝いている目元を見て、少しだけ気になり問いかけてみた。

 

「……そういえば。月海さん」

「なに」

「月海さんは、病気で眼球を取り除いたんですか?」

「なんで?」

「別に。答えたくなければ無理には聞きません。すいません」

 

 すぐに謝罪を口にした暁音に、月海は顔を向け小さく息を吐く。めんどくさそうに頭を乱暴に掻き、苛立ちを隠しもせず暁音に吐き捨てる。

 

「んで。聞きたいの? 聞きたくないの? どっちか決めてくれない? そうやって保険かけるの本当に面倒くさい。質問されている僕の身にもなってよ。結局どうしたらいいんだよって気持ちだよ? 答えたくなかったら普通に言うし、余計な保険をかけないでくれないかな。めんどくさい」

「……すいません。なら、教えていただけると嬉しいです」

 

 月海の言葉に怒る事はせず、暁音は再度問いかけた。だが──

 

「めんどくさい」

「…………その言葉こそ、こっちはどうすればいいのか分からなくなるのですが。ふざけていますか?」

「至って真面目」

「答えてくれるのですか、くれないのですか。早く答えていただけると助かります」

 

 さすがに少しイラついたのか。目を吊り上げ、強い口調で再度彼へと聞く。その様子に、月海はげんなりしたように仕方なく答えた。

 

「はぁ。別に、病気じゃないよ。でも、取り除()()()のは間違いない」

「? どういうことですか?」

「そのうちわかるよ。どうせ、()()()は僕の事を諦めていないからね。まぁ、出会う事はオススメしないけど」

 

 含みのある言葉に暁音は首を傾げ、顎に手を当てる。月海が何を言いたいのか思考を巡らせ、理解しようとしたが無理だった。

 その様子を、月海は気にせず顔を逸らし立ち上がる。

 

「とりあえず、今は気にしなくてもいい。僕は寝るよ。じゃぁね」

 

 そう言って、月海は暁音の返答を待たずにそのまま教室を後にしてしまう。

 残された暁音は、月海が出ていった方を見ながら引き留めようとはせず、動かなかった。

 

「…………まぁ、いいか」

 

 息を吐くように言葉を零し、鞄を手にし教室を出ていった。その時、閉まっているカーテンに青年くらいの黒い影が見え始める。その人影の左右には、大きい翼みたいなものが広がっていた。

 

 口元に、異様な笑みを浮かべながら。人影は、廊下へと消えた月海を見続けていた。

 




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「一番に」

 旧校舎を出た梨花は、貼り付けていた笑顔を消し夜空を見上げる。冷たい風が吹き、彼女の髪を揺らした。

 夜空を見上げる瞳は濁っており、その中には微かな恐怖と強い意志が見える。だが、瞳は少し揺れており、逃げるよう夜空から視線を外した。

 

「もう、お母さんは寝たかな。いや、確実に起きているか」

 

 そのような事をぼやきながら、梨花は目の前に広がる森に目を向けた。

 先を見通す事ができない道をただひたすら眺めた後、重い足取りで前へと進む。首にかけている一眼レフカメラを不安そうに撫で、葉が重なる音を耳にしながら森を後にした。

 

 ☆

 

「ただいま」

 

 梨花は旧校舎から真っ直ぐ家に帰り、三角屋根の一軒家のドアを開けた。

 小さな声でか細く帰った事を、中にいるであろう家族に知らせる。だが、その声に返答はない。

 リビングに続く廊下は暗く、人の気配が感じない。その事に、彼女は安堵の息を吐いた。

 微かに震えている体で靴を脱ぎ、足音を立てずリビングへと向かう。

 

 恐る恐るドアを開けると、いきなり中から女性の凛とした声が聞こえた。その事に対し、梨花は体を大きく震わせ顔を青くする。視線を漂わせながら、聞こえるかわからないほどか細い声で話しかけた。

 

「お母さん……。た、ただいま……」

「こんな時間まで何をしていたのかしら。まさか、遊んでいた訳ではないわよね」

 

 真っ暗なリビングの中心で椅子に座り、顔を俯かせながら女性ははっきりとした口調で言う。その声には怒りが込められているように感じ、梨花は肩を大きく震わせた。

 異様な雰囲気を纏っている女性を目の前にし、梨花はドアに縋るようにその場から動けない。カタカタと体を震わせ、目線を床にそらした。

 

「答えられない事をやっていたのかしら?」

 

 やっと顔を上げ、女性は目線を彼女へと向けた。その女性の表情は、文字通り『無』そのもの。感情がなく、瞳に光がない。

 カタンと音を鳴らし、女性は椅子から立ち上がり梨花の方へと歩き出した。

 

 まだ体を震わせている梨花は、そんな彼女を目にしてもなお動く事ができずドアノブを強く握る。

 目の前まで歩いた女性は立ち止まり、梨花を見下ろす。その圧迫に耐えきれなくなった彼女は、何とか遅くなった理由を話そうと青く染まっている顔を上げ口を開いた。

 

「ち、ちがうよ、お母さん。私、部活で──」

「っ。部活、ですって?」

 

 言ってから梨花は『しまった』と、顔を今より真っ青にし目の前にいる女性を見上げた。先ほどから震える体は止まらず、落ち着こうと胸元に似てを持っていく。ぎゅっと制服を握るが意味はなかった。

 

「貴方は……。だから、私は言ったのよ。部活なんてやめなさいと。部活があるから勉強の時間が減り、貴方はどんどん馬鹿になっていく。このままじゃ一番じゃなくなって、私の周りからの印象が悪くなるでしょ!!!!」

「いっ!! や、やめて!! やめてよお母さん!!」

 

 いきなり女性は、興奮したように梨花の髪を両手で鷲掴み、乱暴に上下に動かし始めた。

 梨花は痛みと気持ち悪さで涙を滲ませる。何度も「やめて」と口にするが、その声は女性の耳には入っていない。手を止める事をせず、罵詈雑言を浴びせ続けた。

 

「貴方のせいで私は色んな人に捨てられた! あんたが馬鹿だから! 何も出来ないから! せめて勉強ぐらいはやりなさいよ!! 何も出来ないゴミが!!!」

 

 実の娘にかける言葉ではない。

 次から次へと飛び出すのは、人を人とも思っていない暴言だった。

 

 梨花は口を結び、この瞬間が終わるのをただひたすらに待っていた。

 涙を目に溜め、歯を食いしばり、ただひたすらに。すると、ようやく頭が冷えてきたのか。女性は床に叩きつけるように梨花の頭をたたきつけ、手を離した。

 

 ガタンと、大きな音を立て梨花は床に倒れ込んでしまった。

 

「どうして、貴方のような出来損ないが生まれてきてしまったのか。私は、こんな子なら要らなかった」

 

 床に倒れ込んでしまった娘など一切気にせず、彼女は通り過ぎ、言葉を吐き捨てそのまま家を後にした。

 

 玄関の扉が閉じる音が聞こえた時、梨花はムクリと体を起こしそちらへと目を向ける。

 完全に女性の姿が無くなった事を確認すると、震える足に力を込めその場に立ち上がった。

 

「…………一番に、ならないと」

 

 憎しみや怒り。悲しみなどが込められた言葉はすぐに消えてしまう。彼女の表情は固く、濁っている瞳は何も写さない。薄く開かれている瞳は、自身の部屋につながるドアへと向けられた。

 

 梨花はリビングの扉を閉め、姿を消した。




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「殺せ」

「今日も?」

「出会えるまで毎日だよ」

「私はいいけれど、正直出会えるか分からないわよ?」

「いいの。そのうちタイミングが合えば会えるよきっと」

 

 暁音と一緒に旧校舎に向かって、そんな会話をしている梨花(りか)

 首にはトレードマークの一眼レフカメラ。軽やかな足取りで暁音の後ろを歩いていた。

 廊下はギシギシと音を鳴らしているが、もう慣れた梨花は最初ほどビビらず。逆に暁音を先導するように歩く。

 道を覚えた梨花は、迷わず3―Bへと辿り着いた。

 

 ドアを開き、教室の中に入る。二人は周りを見回し、探し人がいないか確認していた。だが、見たところ人らしきものはいない。

 

「今日もいないらしいわね」

「もう一週間も通っているのに。今日は戻ってくるまで待っていようかな」

 

 悩まし気に頭を抱え、「うーん」と唸る。

 

「そういえば、もう一週間か。諦めないね」

「何度も言うけど、私は部長として諦める訳にはいかないのよ。絶対に」

「他にも色々あると思うのだけれど」

「もう撮り尽くしてしまったの。それに、周りの人と違う物を撮らなければ、私は部長ではいられない。生きている価値もない。だから必ず、部員を驚かせるような写真を撮り続けなければならないのよ」

 

 一眼レフを握る手に力が込められる。指先が白くなり、カタカタと震えていた。それを見た暁音は、ため気をつき教卓へと向かって歩き出す。

 

「どうしたの?」

「一週間前の最初の一日は確かにいなかった。でも、最近はこの教室に居るのよ。教室の中には、ね」

 

 暁音の言葉に梨花は首を傾げる。そんな様子など気にせず、彼女は教卓の近くでしゃがみ中をの覗く。

 中を見た暁音は、呆れたように目を細め右手を伸ばした。

 

「起きてください、月海さん。お客様です」

「………ん。……あ? お客?」

「はい。悩み相談所としての最初のお客様かもしれないです。お話を聞いてあげていただけませんか?」

 

 片膝を抱え、目元に赤い布を巻いた月海が俯かせていた顔を上げ彼女を見る。目元では判断できないが、しっかりと受け答えはしているため起きてくれた事はわかった。だが、まだ眠いらしく。あくびを零し、頭をコクリコクリと泳がしていた。

 

 暁音は月海の反応を見ているが、関係なく両手で腕を引っ張り無理やり梨花の元へと出す。まだ意識がはっきりしていない月海はされるがまま、教卓から顔を出した。

 

「なっ、おい! イキナリなんだ………ひっ?!」

 

 教卓から顔を出した月海は、見えていないにもかかわらず恐怖の声をこぼす。顔を真っ青にし、微かに体を震えさせ始めた。

 まさかまだ距離がある状態でここまで怯えるなんて考えていなかった暁音は、眉を顰め不安げに彼を見上げた。

 

「この距離でもダメなんですか」

「どんな距離でも見知らぬ人の気配を感じたらダメに決まっているだろ」

「…………気配に敏感なんですね」

 

 暁音が聞いた時、力が緩んでしまったらしく月海が彼女の手を振り払ってしまった。その隙に教卓へと戻る。ぼそぼそと文句を口にし、膝を抱え怯えてしまった。

 その様子を梨花は、やっとお目当ての人に出会えた感動で目を輝かせ、カメラを構えた。

 

「あ、あの。もう一回顔を見せていただけませんか?!」

「あ、ちょっと……」

 

 梨花が月海の隠れている教卓へと近づいていく。そして、遠慮など一切なく笑顔で覗き込んでしまった。

 

「……あれ?」

 

 すると、なぜか梨花は不思議そうな声を上げ、顔を上げた。その理由は、教卓に月海の姿がないから。いつの間にか姿を消してしまい、暁音はもはや呆れを通り越して感動している。こんなに早く、しかも二人に気づかれず移動してしまった月海の行動技術には、拍手すら送りたい。

 

 固まっている暁音を気にせず、梨花は首を傾げながら教室を見回している。その時、気配を完全に消して奥のドアから逃げようとしている月海を発見。

 すぐさま上手く机を避け、月海へと近づこうと走り出した。

 

「待ってください!!」

「ひっ!? く、くるなぁぁぁあああ!!!」

 

 視線に気づいた月海は、付き合いの長い暁音ですら今までで聞いた事がない叫び声を上げ、廊下へと飛び出す。

 彼の後姿を離さず、梨花は目を輝かせながら逃がすまいと追いかける。

 

 そんな二人を暁音は、廊下に出て無表情のまま見続けていた。

 

「…………月海さんはどうして、見えていないはずなのに荷物が沢山ある廊下をあんなに全速力できるんだろう」

 

 疑問を口にし、二人が去っていった方向へと歩き出した。

 右手で、垂れている髪を耳にかけながら。

 

 ☆

 

 月海は廊下を必死に走っていた。後ろからは彼を追いかける足音。聞こえなくなるまで走り続けるのかと思いきや、月海が走っている廊下の前方から男子トイレを知らせる看板が見えてきた。

 

 旧校舎の間取りはもうすべて頭の中に入っている月海は、迷いもせず男子トイレへと入っていく。

 数個しかない個室の、一番奥へと入り震える手で鍵を閉めた。

 まだかたかたと震えており、両腕で体を抱き込んでも意味はなく。走ったため肩で息をしていた。

 

「まったく。全部、あいつのせいだ」

 

 憎しみの声を出し、タイルの壁に背中をつける。

 今彼がいる男子トイレは、薄汚れてはいるが使えないほどではない。臭いはどうしてもトイレなため、鼻につくのは仕方がない。だが、今の月海にはそんなのどうでも良かった。早く、追いかけられているこの状況をどうにかしたい。その一心で隠れていた。

 

『おーい。どこに行ったんですかぁ? るーかーさーん!!!』

「なんで、僕のなまっ──あいつが呼んでいたからか……」

 

 廊下から明るい声で名前を呼ばれ、月海は右手で顔を覆い隠す。そんな時も男子トイレの出入口では梨花が名前を呼び続けており、出るに出れない状況。さすがに中には入ってこないらしく、ひとまず安心だ。

 

 胸元を強く握り、息を一定にするように呼吸を繰り返す。息が整うにつれて、体の震えはやっと止まり始めた。

 顔をトイレの出入り口に向け、今後どうするか考え始めた。

 

「…………ここは二階だから窓からは不可能だろうな。さて、どうするか……」

 

 顎に当てていた手を離し、天井を見上げながら呟く。すると、いきなり月海の中に声が聞こえ始め、月海が苦しみだした。

 

『殺せ。殺せ──』

 

 低く、圧のある声。今にも押しつぶされてしまいそうな声が非道な言葉と共に月海の頭の中に響く。その事により、彼は頭を支えその場にしゃがんでしまう。せっかく止まった震えが再度体を襲い、歯をカタカタと言わせる。先ほどより震えが大きく、怯えている様子だ。

 

「や、やめろ……やめろ……」

 

「やめろ」と何度も呟くが、月海の頭を埋め尽くす言葉は鳴り止まない。

 

『殺せ。殺せ。邪魔なのなら、殺せ』

 

 小さかった声はどんどん大きくなり、月海は耐えきれず両耳を塞ぐ。だが、外部からの音ではないため意味が無い。

 小さくなるどころかどんどん大きくなる。周りの音が全く聞こえなくなるくらいの声量で頭を埋め尽くされ、体から力が抜けてしまい壁にもたれこむ。

 

「やめろ、やめろ!!」

 

 苦しげに叫び、悶え苦しむ。それでも声は止まってくれない。月海は我慢の限界になり、顔を歪ませながら右手をポケットの中へと入れた。

 

『殺せ。邪魔なモノは全て。殺せ。昔の、ように──……』

「やめろぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 ポケットから出た手には、カッターナイフが握られていた。刃が電気に照らされ銀色に輝き鋭く見える。

 

 そのカッターナイフを何を思ったのか月海は、自身の首元へ突き刺そうと。一心不乱に引き寄せた──……




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「見えないんだよ」

「何をしているんですか!」

 

 ドゴンッと。何かが壊れたような音と共に、慌てたような女性の声が男子トイレに響く。右手を伸ばし、刃が出ているカッターナイフを躊躇することなく握った。

 刃は月海の喉仏に当たる直前で止まる。だが、刃先が当たってしまい一粒の赤い雫が零れ落ちた。

 

 暁音も止めるため、月海の手だけではなく刃まで強く握ってしまったため血がしたたり落ちる。

 

「はぁ……っ……」

「また、聞こえたんですか? 大丈夫ですよ、月海さん。やりたくない事はしなくていいんです。したくないのなら、自分の想いに従っていいんですよ。他人に従うなんて、貴方ではないでしょう?」

 

 汗が額から大量に流れ、荒い息の中。月海は何が起きたのか理解できず、顔を隣にいる暁音に向ける。

 震える月海の背中を擦りながら、彼女はソッとカッターナイフを取り、安心させるように声をかけた。

 今だに息が荒い月海は、隣に立つ暁音を見るが動こうとしない。聞こえているのかいないのか。反応がないため、暁音はわからない。それでも、極力優しく、丁寧に。安心させるように声をかけ続けた。

 

 すると、月海の息はどんどん落ち着いていき、霧がかっていた頭の中がすっきりしてくる。声もどんどん薄れていき、聞こえなくなった。

 今では暁音の声の方が耳に入り、落ち着いて来る。高鳴っていた心臓も、徐々に収まってきた。

 

「君……。ここ、男子トイレ」

「中から叫び声が聞こえたので。鍵が壊れかけていたのが幸いでした。大丈夫ですか?」

「…………あぁ、助かったよ」

「それなら良かったです」

 

 ホッと息を吐き、暁音は血のついたカッターナイフをハンカチで拭き取り刃をしまう。流れるように、持ち手部分を向け月海へと返した。その手からは血がまだ出ており、ハンカチを赤く滲ませる。

 戸惑うようにカッターナイフを受け取った月海は、暁音の手に触れてしまった。その際、濡れた感覚があったらしくカッターナイフをポケットに入れながら彼女を見下ろした。

 

「手……」

「このくらい大丈夫ですよ。舐めていれば治ります」

 

 なんてことないように暁音言い、月海から顔を逸らし手洗い場へ。蛇口をひねり手を洗い始めた。

 一切顔色を変えないため、痛感がしっかりあるのかわからない。そんな暁音に顔を向けたまま、月海は眉を顰める。

 

「本当に大丈夫? 君は、感情が自分でわかってないから危ない」

「月海さんにそんな事言われるなんて思わなかったので驚いています」

「僕のせいで死んでもらったら後味が悪いからだよ。勘違いしないでもらえる?」

「そうですよね。知ってました。それこそ安心してください。手を切っただけでは死にませんので」

 

 月海の言葉に驚き、暁音は目を開きながら蛇口を閉める。だが、次の言葉により肩を落としげんなりした顔を浮かべ月海を見た。

 そんな目線に気づいているはずの月海だが、無視し怪我をしている暁音の手に右手を伸ばし手首を痛まないように優しくつ掴む。

 

「え……?」

「ひとまず、保健室に包帯とかあるはずだから行くよ。このまま放置はさすがに僕が悪人になりそうだから」

「でも……」

 

 暁音は不安げに眉を下げ、男子トイレの入口に目を向ける。そこには、驚きで目を開き固まっている梨花の姿があった。何が起きたのか理解できず、ただただ立ち尽くしている。

 

 月海も気配は感じているはずだが、それでも先程逃げ回っていた人物とは思えないほど堂々と歩き、彼女の前を横切った。

 暁音は腕を引っ張られているため、ついて行くしかない。

 

 廊下を引っ張られるように歩いている時、ふと。暁音は後ろを振り返った。そこには、なぜか恨めしそうな瞳を浮かべ、暁音を見ている梨花と目が合う。

 その瞬間、悪寒でも走ったかのように彼女は顔を青くし、体を大きく震わせた。

 

「どうしたの?」

「…………あの。あの人、想いの糸は、どうなっているん……ですか……?」

 

 前を向き直し、暁音は恐る恐る月海に問いかけた。すると、彼はバツが悪そうにボソッと呟く。

 

「それが、()()()()()()()。想いの糸が」

 

 ☆

 

「なんで。なんで、私ではなく、あっちなの? 成績とかでは負けていないのに。どうして。どうして……」

 

 廊下を走る二人の背中を見て、梨花は小さな声でぼそぼそと困惑の言葉を呟く。

 顔を俯かせ、埃で汚れている床に目を向け。口元に手を持っていき、微かに震わせた。

 何度も何度も「なんで」と呟き、俯かせていた顔を上げる。だらんと両腕を垂らし、ふらふらと動き始めた。足取りが危なく、まっすぐ歩けていない。天井を見上げ、ゆっくりと歩き出した。

 

「なんで……。いや、なんでじゃない。私は負けているんだ。一番じゃないんだ。だから、私はいらないんだ。早く、早く。あの人をカメラに収めて、一番にならないと。なんでもいい。一番にならないと、私は――……」

 

 見上げていた顔を、二人が去って行った先に向ける。真っ暗な道が続き、シンと沈みかえっている廊下。

 

「一番に、一番に……」

 

 廊下を見る瞳は血走っており、勝機を保てていない。同じ言葉を呟き始めたかと思うと、いきなり口を両端に伸ばし笑い始めた。その声は冷たく、血の気がよだつほど冷徹だった。

 

「早く、見つけないと」

 

 笑い声はすぐに収まり、静かな廊下には梨花の足音だけが聞こえる様になった。

 

 ☆

 

 梨花から逃げるように、二人は廊下を走っていた。その際、月海がこぼした言葉に暁音が驚きで目を開いていた。もう彼女の姿が見えない後ろを、暁音は肩越しに見返す。

 人影はなく、闇が広がっているのみ。光がないため、二人からでは梨花が今どのような動きをしているのかわからなかった。

 

「想いの糸が見えないって事は……」

「そうだね。まぁ、まだ様子を見てもいいんじゃない? 無理やり手を伸ばす必要も無い」

 

 確認するように暁音は問いかけ、平然と月海は答える。そうな会話をしながら走っていると、”保健室”と書かれたプレートのある教室が見えてきた。

 ドアの建付けは少しだけ悪く、開ける際に大きな音を鳴らす。だが、慣れた手つきで月海は開け暁音の手を引っ張り中へと入った。

 

 保健室は普段、月海が寝るために使っているため、二個あるベッドのうち窓側にある方は綺麗に整頓されている。隙間風がベットを仕切っている破れた白いカーテンをかすかに揺らしていた。

 

 少しだけ息を切らしている二人は。保健室を見回しその場に立ち止まる。だが、すぐに月海が暁音の手を自身の前に引っ張り、ベットに促すように言う。

 

「あのベッドに座って」

「なんで、こんなに綺麗なんですか?」

「僕が使ってるから」

「納得です。教室でずっと寝ているわけではなかったんですね」

 

 月海の手から離れ、ベットに座りながら暁音は何かを探している月海を見る。

 彼は薄汚れてしまい、白かったはずの棚へと近づき扉を開けた。中は沢山の物が入っているわけではなく、必要最低限しか入っていない。その中から、まだ使えそうなガーゼや包帯などを手に取り棚の扉を閉めた。

 

「痛かったら言って」

「今の段階で大丈夫なので、問題は無いかと」

「あっそ」

 

 棚から応急処置用の道具を取り出した月海は暁音の前にしゃがみ、優しく彼女の怪我している手を掴む。

 手のひらを開くように口にし、暁音は言われた通りに手を開いた。その手のひらはぱっくりと切れており、傷口から血が流れ出る。そのため、暁音の手は真っ赤に染まっていた。

 

 月海はそっと手で触れた後眉をひそめた。暁音の手に触れている月海の手にも血が映り、少しだけ赤くなっている。それを感じ取り、血の量を大体把握した月海は先程よりより深く皺を寄せた。

 浅く息を吐き、準備していたガーゼでまず止血をし始める。消毒液がないため、圧迫止血をしてそのまま包帯を巻く。その手つきも慣れたものでテキパキと巻いており、直ぐに完了した。

 

「きつくない?」

「…………大丈夫そうです」

 

 動きを確認するため、暁音はグーパーと動かす。動かすのに支障がなく、彼女は大丈夫と返した。

 返答を聞いた月海は立ち上がり、余った包帯などを再度棚へと戻し始める。何も話さず、淡々と片づけていた。その背中はいつもより小さく見え、暁音は自身の手をさすりながら平坦な言葉を言った。

 

「ありがとうございます」

「僕の責任だから。礼はいらない」

 

 棚に戻し、扉を閉じる。ペタペタと、足音を鳴らしながら暁音が座っているベットに向かい座った。

 どちらも口を閉ざし、何も話さない。カーテンが揺れ、外の風が旧校舎を囲っている木を揺らす。

 無言の時間が進む中、最初に口を開いたのは暁音の問いかけだった。

 

「…………月海さんは、もう一人の月海さんになっている時の記憶は、無いんですね……?」

「いきなりだね。まぁ、今の君の質問に答えるとすると、答えはイエス。何をしているのか予想は出来るけど、記憶自体はないから憶測しかできない」

「知りたいと、思いますか?」

「それを聞いてどうするつもり? 何か変わるの? 君が何か出来るの?」

「…………すいません」

「謝るくらいなら最初から言わない方がいいよ。まぁ、僕的にはどっちでもいいけど。聞きたいなら言うし、どうでもいいなら言わない。でも、聞いたとしてそれは君に対して有力な情報ではないのは確実。君の頭の容量もしっかり考えてから聞きなよ」

 

 月海からの怒涛の返答に暁音はあえて何も返さず、ジトッと彼を見ている。

 そんな視線など何処吹く風。彼はそっぽを向いて、空を眺めていた。

 

「…………はぁ。ひとまず今のは後にして──」

 

 顔にかかっていた髪を耳にかけ直しながら、暁音は話題を変えようとした。だが、その仕草を感じ取った月海は、いきなり左手で暁音の口元を抑える。目線だけを月海に向けると、彼はドアに顔を向けていた。

 

「来たみたいだね」

 

 彼の言葉に少し驚き、暁音は目を開いた。すぐに月海と同じくドアへと向き、何があっても動けるように備える。

 二人が待っていると、廊下からどんどん大きくなる足音が聞こえ始めた。




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「逃げないでよ」

 足音はどんどん二人のいる保健室へと近づいてくる。月海は暁音の口を抑えながら、ドアへと警戒心を向けていた。険しい顔を浮かべ、次の行動を考える。その時腰を少し浮かしながら、横にある枕を一瞬見た。

 

『ねぇ、月海さん。鈴寧さん。どこにいるのぉ? 何もしないからぁ〜姿を見せてよ〜』

 

 まるで、かくれんぼでも楽しんでいるかのように二人を探す声。名前を呼ぶ度、クスクスと笑う声が聞こえる。

 徐々に近づいて来る足音を聞きながら、保健室の中で待機していた二人は眉を顰めた。

 

 月海は暁音の口を押えていた手を離し、彼女はベットに手を付ける。

 

 

『ふふっ。ここかなぁ〜??』

 

 足音が保健室の前で止まる。二人は固唾を飲み、汗を滲ませる。緊張で荒くなる息を、月海は口を閉ざし耐え。暁音は軽く腰を浮かせた。

 二人が緊張の中ドアを見つめていると、ガタガタと震え始め開かれる。そこには、顔を高揚させ、楽し気に笑っている梨花の姿があった。

 

「あはっ! みーつけたぁー!!!」

 

 二人の姿を確認した梨花は、片手に一眼レフを持ちながらカメラに月海を収めようと動く。赤く、艶やかな下唇を舐め。カメラに収まっている月海を見ながら近づく。

 レンズの中にいる彼は、眉間に深い皺を作り口を微かに震わせていた。

 

 視線を感じている月海は、左手で拳を作り脂汗を滲ませる。それでも、二人は動かず梨花を見続けた。

 

「あら。今回は逃げないんですね。なら、その姿を、カメラに写してもいいという事ですよね!!」

 

 豹変してしまった彼女は、潤んだ瞳を月海に向けて離さない。赤い唇は横へと伸び、白い歯を覗かせる。カメラのレンズには、今だ月海が映され続けている。

 

 さすがに危険を感じ始めた暁音は、逃げようと視線を少し動かした。その時、月海が傷に響かないよう、優しく暁音の手首を掴む。

 

「え」

 

 自身の右手に暁音が目線を落とした時、月海はベットの端に置かれていた”物”に手を伸ばし、勢いよく投げた。それは、月海が寝る時に使っている少し大きめな柔らかい枕。枕自体には殺傷力はないため、月海に目線を向けていた梨花は簡単に避けてしまう。

 

「危ないなぁ。って、あれぇ? また、鬼ごっこ?」

 

 枕を避ける際、月海達から目を離してしまった。その隙を付き、月海は暁音の手首を掴み引っ張る。梨花の視界をすべて理解し、死角になるところを通り廊下へと出た。そのまま、廊下を走り梨花から離れる。

 

 足音がどんどん遠ざかり、梨花は唖然とした。だが、すぐに笑みを浮かべ、廊下を見る。

 

「そっかぁ、鬼ごっこかぁ。あは、あはははは。あははははは!!! いいよ! やってあげるよ!!!」

 

 甲高く、叫びに近い声を上げ、梨花は廊下へと出て二人を追いかけ始めた。

 

「私は、一番よ。私が一番なの。一番になっていないと、いけないの。私は……私は……」

 

 ☆

 

「月海さん! なぜ逃げるのですか!」

 

 保健室から逃げた月海と暁音は、真っすぐ廊下を走っている。引っ張られるがまま、暁音は月海の後ろを走る。その際に、なぜ逃げるのか困惑の色を滲ませている声で問いかけていた。

 

「今のあいつは何をするか分からない。まだ、殺意を向けてくれた方が助かるよ。対処法を考える事が出来るからね。でも、今のあいつの対処法は分からない。だから、分かるまで逃げるしかないんだ」

 

 廊下を走り続けると、目の前に下りの階段が見えてきた。

 月海はその階段を下ると。そう思ったが、なぜか隣にある登りの階段を使い駆け上がり始めた。

 

「え、この上は確か屋上?」

「うん」

「逃げ場なくなりませんか?」

「知ってるよ」

「どうするつもり何ですか?」

「見ていればわかる」

 

 そんな会話を交わしながら屋上へと向かい、錆びている鉄製の扉を開くためドアノブを握る。錆び付いており、開ける際不協和音が響き耳を塞ぎたくなった。だが、そのような事など気にせず、月海は勢いよく開け、暗雲が立ち込めている外へと出た。

 

 時間が進み、雲も太陽を隠してしまっているため暗い。風も強くなってき、二人の髪を荒々しくそよがせる。

 雨の匂いが鼻を掠める中、暁音は自身の髪を抑え視界をクリアにする。

 

 中心で立ち止まった月海は、白衣が風で翻す中、黒い雲が立ち込めている空を見上げていた。

 

「一体、何をするつもりですか?」

「想いの糸が見えないという事は、僕に会う前にはもう切れてしまっているのが可能性の一つにある」

「可能性の一つ……。そのような言い方をするという事は、他にも可能性が考えれるという事ですか?」

「そうだね。もう一つは滅多にない可能性だからあまり考えてなかったけど。今回は確率的に後者の方が高い」

 

 淡々と話す月海の言葉を、暁音は何も言わず聞いている。すると、またしても足音が聞こえ始めた。

 

「来た……。あの。その後者は一体、どのような理由があるのですか?」

「それは──……」

 

 彼が質問に答えようとした時、扉が不協和音と共に開かれた。そこには狂気的な笑みを浮かべた梨花が、一眼レフカメラを片手に立っている。血走らせた目は、屋上の中心に立っている月海へと向けられていた。

 

「ねぇ。逃げないでよ」




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「死んでもらおうか」

 梨花は屋上の中心に立っている月海へと歩み寄る。

 コツ……コツ……と、足音を鳴らし、両手で大事そうに一眼レスを握る。そんな彼女を目の前にし、月海は両手を白衣のポケットに突っ込み暁音を守るように前に出た。

 

「き、君は何がしたいんだ。何を目的としている。君を動かしているのは、一体なんなんだ」

 

 一粒の汗をにじませ、低く甘い震える声で月海は、今にも何かをしでかしそうな梨花へと問いかける。だが、その問いに返答はない。

 どんどん彼に近付いていく足音だけがコツ……コツ……と響き、夜風が三人を包み込む。

 

「何がしたいのか言ってくれないと、こっちも対処ができない。君の場合、もう後戻りができないところまで進んでしまっている。僕の声が届いているのなら、一度足を止めてくれ」

 

 語りかけるように優しく言う月海の言葉は、今の梨花には届かない。あと数歩で手が届く距離まで近づいたかと思うと、今まで大事に握っていた一眼レフから手を離した。

 

「私は、一番に。一番いならないといけないんだ!!」

 

 手を離した梨花の手は、スカートのポケットに入れる。中に入っている物を握り、取り出すのと同時に地面を蹴り、飛びつくように月海へと走り出した。

 ポケットから出した右手を左側へと寄せ、そのまま横一線に払う。その手には銀色に輝くカッターナイフが握られていた。

 

「月海さん!!!」

「っ!」

 

 足音と隠しきれていない気配を感じ取り、間一髪。月海は一歩後ろに下がり、回避することができた。暁音はホッと息を吐き、胸をなでおろす。だが、安心するのはまだ早い。

 

「私は、一番。誰にも……、誰にも負けては、いけないの……」

 

 梨花は避けられた事など気にせず、払った状態で固まり同じ言葉を繰り返し始めた。

 横から見ていた暁音は、取り乱している梨花を見つめ動かない。そんな目には、彼女を憐れんでいるような感情が込められている。小さな声で、誰にも聞こえないように「かわいそう」と呟いた。だが、近くにいた月海には聞こえ、馬鹿がと思いつつ梨花から意識を逸らさないよう向け続ける。

 

「どうして、一番にならなければならない」

 

 月海が質問をすると、梨花はやっと動き出し立ち直した。口を動かし、質問に答えたが、その声は先程までのトーンとは違い、低く重たい口調。鼓膜を揺すり、脳に響く。明るい声からの豹変なため、普通より恐怖を煽られる。

 

「うるさい。関係ないでしょ」

「こっちは怪我をするところだったんだ。関係ない訳ないだろ。本当はこのまま君を置いて僕一人だけ逃げたいくらいなんだ。正直、君がどうなろうと、僕には関係ないからね」

 

 月海の言葉に梨花は何も返さず、逃げるように顔を俯かせた。すると、徐々に感情が高ぶっていく。息が荒くなり、カッターナイフを握る手に力が込められる。

 

「もう、私は…………」

 

 掠れた声が零れ、ゆっくりと下げられた顔を上げた。

 

「っ…………」

 

 血走らせた瞳がまっすぐ、月海を射抜く。憎悪、怒り、悲しみ。負の感情以外感じ取ることができない瞳に、月海は緊張で息を飲む。

 

「私は。私は……」

 

 頭を抱え始め、梨花は「私は」と呟き続ける。何かを言い聞かせるように。何かに対抗するように。何度も呟き続ける。

 

「もう、無理。無理……。私には、もう無理なんだ。何もできないんだ。あは、あはっは。はははははっは!!!!!」

 

 狂ったような高笑いが屋上に響き、月海と暁音は梨花の笑い声で押しつぶされそうになる。

 梨花は両手を大きく広げ、暗雲を見上げた。その目からは透明な涙が溢れ、頬を伝い零れ落ちる。

 

 彼女の高ぶった感情を抑えようとするように、空から沢山の雫が落ちてきた。三人を濡らし、地面に色を付ける。吹き荒れ始めた天候すら気づかないほど梨花は感情的に不安定になってしまい、月海や暁音もそんな彼女を目の前に何も言えなくなってしまった。

 暁音は表情を変えず、風で視界を遮る髪を抑え。月海は梨花と適度に距離を取り、緊張の面持ちで次の行動に神経を使う。気づかれないように、右手を白衣のポケットに入れた。

 

「あぁ。そうだ。そうだ……。一番になれないのなら……。一番に、なれない私。もう、要らない子……。こんな私、()()()()()()()()()()()

 

 笑い声が収まったかと思うと、見あげていた顔を二人に向ける。一定の抑揚。感情の込められていない低い声で、梨花は呟くように言葉を零した。

 

 その言葉は雨音にかき消されるほど小さかったが、月海の耳にはしっかりと届いた。

 この場が凍り付き、月海の雰囲気が変わる。暁音は纏っている雰囲気が変わった月海を見て、小さな声で「始まった」と悟ったように口にした。

 

 

 

 

 

「なら、()()()()()()()()




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「いただきます」

 異様な雰囲気を纏った月海は、目元に巻かれていた赤い布を掴む。その直後、背後に黒いモヤが現れ始めた、それは徐々に形を作り、一人の()()になっていく。

 

『やりますか、月海』

「あぁ、今回は特に気にする必要は無い。ムエン、お前が持つ悪魔の力を、俺に貸せ」

『承知』

 

 ムエンと呼ばれた180センチある青年は、口の端を上げ白手を身につけた手を左右に広げ始めた。肩にかかってる黒いジャケットが風に吹かれ翻る。

 床に足をつけ、革靴特有のコツッという音を鳴らす。その瞬間、月海の背中へとモヤと共に溶け込むように姿を消した。

 

田端梨花(たばたりか)。貴様は、本当に死にたいと思っているか?」

 

 掴んでいた赤い布を取り、風に舞う。月海はその場から足を踏み出し、そのまま梨花へと近づいていく。そんな彼の右半身は、徐々に黒く染っていった。

 右の顔半分が黒く染まり、首も痣のようになっている。口元に浮かんでいる笑みは酷く歪んでおり、窪んでいる両眼も楽しそうに笑っているように見えた。

 

 先程までとは違い、口調は荒く一人称が"俺"になっている。裏人格である月海が梨花の言葉によって目覚めてしまった。

 

「私は、もう……疲れた」

 

 豹変した月海に気づかず、梨花は何も写さない瞳で彼を見上げた。そんな瞳にすい込めれるように月海は顔を下げ、見えていない視界で彼女を見る。その際、ポケットに入れていた右手を抜き出した。

 

「そうか。なら、俺が殺してやるよ。いいよな?」

 

 取り出したのは、使い古されたカッターナイフ。持ち手には赤黒い物が付着しているが、刃は何度も変えているのか銀色に光り月海と梨花を映す。

 

 彼の問いかけに、梨花は小さく()()()。それにより、カッターナイフの刃を梨花の首筋に添える。

 逃げようとしない彼女の行動を心からの肯定だと判断した月海は、添えたカッターナイフを迷うことなく動かし頸動脈を切った。

 

 血が噴水のように溢れ、梨花は最初理解できず目を開き困惑した。だが、すぐに意識が無くなり始め、開かれた瞳は徐々に閉じかける。

 その時、口が微かに動きを見せかすれた声を出した。雨音で消えた声だったが、月海には聞こえ、口元に笑みを浮かべ優しく息を吐く。

 

 

 

 

 

『      とう』

 

 

 

 

 

 

 空中に舞った鮮血は、時間が止まったように地面に落ちない。何かの形を作るように、数個の塊が生成される。それは、まるで赤いユリ。

 花びら一つ一つが外に開き、綺麗に咲き誇る。空中を舞い、地面に落ちると弾けるように消えてしまった。

 

 梨花の瞳から光が消え、体からは力がなくなり地面へと倒れ込む。そこへと降り注ぐように、まだ舞っているユリの花がゆっくりと回転しながら落ちる。まるで、彼女が苦しみから解放されたのを、祝っているように。

 

 倒れ込んだ彼女を見下ろし、()()()()()()()に握られているカッターナイフを静かに月海は下ろした。

 彼の後ろに立っていた暁音は、赤いユリを見つめ手を伸ばす。だが、風に乗っているユリは掴もうとした彼女の手から逃げるように逸れた。それにより、なにも掴めなかった右手は、握ったまま自身の胸に引き寄せられ、なにも掴んでいない手のひらが開かれた。

 

 何もない手のひらを見つめ、暁音は濡れている事など気にせず顔を上げる。

 今だこと切れている梨花を見下ろしてる月海に近付くため、右手を下ろし足を踏み出した。

 

 暁音が近づいて来ている事に気づいている月海だが、一切動く事なく見下ろさ偉続ける。

 全てが終わったというように、先ほど月海の体に溶け込んだムエンが青年の姿で現れた。無表情で、目の前で倒れ込んでいる梨花の事などなんとも思っていない。

 目を細め、つまらないというようにモヤに包まれ姿を消した。

 

 二人は無言のまま梨花を見下ろし続けたが、暁音が確認するように目線は固定しながら問いかけた。

 

「本当に死んだのですか?」

「当たり前だろうが。俺がここまでしてやったんだ。ここで死なずにいつ死ぬんだよ」

「そういう事ではないような気がします」

「なら、なんだよ」

「……なんでもありません」

「結局それかよ。なら、最初からなんも言うんじゃねーよ」

「……今回、田端さんは心から死にたがっていたという事で間違いはないのでしょうか」

 

 表情一つ変えず二人は淡々と話していたが、月海の物言いように呆れた瞳を向け始める暁音。

 これ以上突っ込んでも仕方がないと思い、ため息をつきつつも違う質問を問いかけた。

 

 月海は質問されているにもかかわらず、何も反応を見せない。不思議に思い、暁音は隣に立つ月海を見上げる。

 答える気がない月海だったが、彼女からの視線に耐え切れなくなり。めんどくさそうに頭を掻き、顔を暁音に向けた。

 

「お前、自分で気づいてねぇの? それか俺を馬鹿にしてんのか? もし俺を馬鹿にしているのなら今ここで殺してもいいんだぞ」

「殺すのならどちらでもいいですよ。ただ、そうなると約束とは異なってしまいますが、いいのですか?」

 

 暁音は”殺す”と言われているにも関わらず、一定の口調を崩さず淡々と返し続ける。

 

「それはそれで面白くねぇな」

「そこが基準なんですね」

「当たり前だろうが、んな事をいちいち言ってんじゃねーよ。それだからてめえは自分についてもわかんねぇーんだろうが。少しは考えてから発言しろ」

「そこまで言いますか。まぁ、いつもの事なので良いですが」

「ふん!」

 

 腕を組み暁音に言い放ったあと、月海は遠慮なく梨花の上を跨ぎ屋上を出ようとする。その時には、黒く染っていたはずの右手はいつもの肌色になっており、カッターナイフの刃も戻されていた。

 

「それで、放置ですか……」

「ここからはてめぇらの仕事だろうが。いつもみたいにやっておけ」

「別に構いませんが……。本当に。ムエンに会う前は一体、どのように証拠を隠していたんですか」

 

 暁音の言葉には答えず、月海は屋上から姿を消した。そんな背中を見つめ、呆れたように息を吐きムエンの名前を呼ぶ。すると、暁音の右肩辺りに黒いモヤが現れ小学生くらいの少年が姿を現した。

 

「食べてもいいの??」

「えぇ。いいわよ」

「わぁい!!!」

 

 姿を現したムエンは、暁音の返答に子供のように両手を上げ喜んだ。暁音の周りを飛び回り、目を輝かせる。

 

 目で追っていた暁音の正面で止まり、今まで隠れていた白い牙を口の隙間から覗かせ始める。袖で隠れている右手を口元に持っていき、黒いもやを作り出す。口からも息を吐く度、同じモヤが吐き出されムエンを包み込む。

 

「それじゃ、"いただきます"」

 

 渦の中に閉じ込めるようにムエンを包み、姿を眩ませる。徐々にそのモヤは月を覆い隠す程大きくなっていき――――弾けた。

 

 中から現れたのは、黒い毛並みを纏った月の光を隠してしまうほど大きい狼。

 全身黒い中、赤く光る両目。その瞳は屋上の床で横になっている梨花へと注がれた。

 

 ガァァァァァァァァァァァアアアア!!!!!!

 

 地面が震えるほどの遠吠え。空気が震え、この場のすべてを今。ムエンが支配した。

 暁音は雨が降り注ぐ中、ムエンの遠吠えを耳にしつつも見上げるのみ。この後、何が起きるのかもうわかっているため冷静に見届ける。

 

 地面に転がっている梨花に狙いを定め、ムエンは大きく口を開く。ブラックホールが広がっているように感じる大きな口内。上下には、簡単に人間の体など嚙みちぎる事が出来そうな牙が並んでいた。

 

 開いた口をどんどん花びらと共に髪を揺らしている梨花へと近づけていき、頭から咥えた。そして、夜空を見上げ、残りの下半身も口の中へと放り込む。喉が上下に動き、彼女はムエンのお腹へと入って行った。

 

「少しは力を蓄えられた?」

「うん!! 美味しいよ!!」

 

 狼の姿だったムエンは、満足するとすぐに少年の姿へと戻り、暁音の肩に乗る。おいしかったらしく、頬を薄く染め舌を出し返答した。

 

「それなら良かった」

 

 そのような言葉を交わし、暁音もムエンと共に屋上を後にする。

 残されたユリの花は、風に吹かれ宙を舞い、夜空へと舞い上がった。




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「利用しようとも」

 3ーBには、月海が窓側に置かれている椅子に座り背もたれに寄りかかっている姿があった。

 目元に巻かれていた赤い布は解かれ、窪んでいる目元が露となっている。

 

 無の表情で、ただひたすらに夜空を見上げている。今は月を隠していた雲が流れ、月光が旧校舎を照らす。

 

 ふと。夜空から目を離し、自身の右手に移した。今は何も握られていなく、黒く染ってもいない。ただ、細長い指が開かれている肌色の手。

 

 何も見えないはずの窪んだ目で見下ろし、そっと拳を握る。そのまま顔を上げ、再度外を見た。

 

「……俺の視界を奪った奴。もう一人の俺の人生を狂わせた奴。俺を()()()()()元凶。全てを見つけ出し、殺してやる」

 

 抑揚がなく、感情が抜けているような口調で彼は、誰もいない教室で呟いた。

 握られた拳は、そのまま力なく横へとたれる。

 

「誰を、利用しようとも──……」

 

 ☆

 

 次の日。暁音はいつものように学校へと向かっていた。

 片手に本を持ち、周りなど一切気にせず目的である教室へと入る。教室内は賑わっており、いつもと変わらない。

 

 笑い声が響き、活気のある教室内。そんな中、写真部の部員が部長を呼びにやってきた。

 

「"多沼"部長! 今日の部活なんですが……」

「はいはーい。今行くから待ってね!」

 

 多沼部長と呼ばれた女子生徒が、廊下へと小走りで向かっていく。そんな彼女の背中を暁音はジィっと見る。だが、すぐに手に持っている本へと視線を落とした。

 

「しっかりと、()()()()()()

 

 その後は教室内に教師が入って来るまで個々で自由に行動し、朝のHRまでの時間を過ごした。

 

 ☆

 

 放課後になり、暁音は今旧校舎の屋上にいた。

 周りには誰もいなく、もう夜になってしまっているため辺りは暗い。今日も昨日ほどではないが、雲が空を覆い夜空を隠してしまっている。

 

 冷たい風が暁音の頬を撫で、髪やスカートなどを揺らす。今にも雨が降りそうな雨雲を見上げ続けていると、屋上のドアが開く音が聞こえ始めた。

 

「そこで何してるの」

「…………いえ、特に何も。ただ、あともう少しで雨が降りそうと考えていただけです」

「なら、さっさと帰った方がいいんじゃないの?」

「まだ、ここに居たいなと。ダメでしょうか」

 

 見上げていた茶色の瞳を下ろし、暁音は後ろに立っている月海を見る。無感情で、濁っている瞳からは何も感じ取れない。月海は暁音が立っている場所に顔を向け続け、いつものようにつらつらと言葉を発する。

 

「それを僕に聞いてどうするの? 君の勝手にすればいいじゃん。今までも僕の意見なんて何処吹く風だったんだから。まったく、少しは人の意見に耳を傾ける事もした方がいいと思うけどね。だから、今でも友達一人出来ないんじゃないの」

「別に。月海さんの意見は大抵『やりたくない』や『めんどくさい』などじゃないですか。そんなの意見ではありませんよ」

「いや、これも立派な意見だよ。意見って意味知ってる? あるものに対する主張や考えって事だよ。僕は君がやりたがっている"悩み相談場"をやる意味が無いという考えを持ち、それを主張しているんだ」

「屁理屈……」

「言葉はしっかりと理解してから使わないと今みたいになるよ。国語をもう少し勉強したら?」

「もういいです……」

 

 月海に呆れ、暁音は再度夜空を見上げる。

 釣られるように、月海も見えない視界を空へと向けた。すると、二人の気持ちに同調するように涙のような雨が降り注ぎ始める。

 雫が二人を濡らし、徐々に激しさを増す。だが、その場から二人は動こうとせず雨が降り注ぐ夜空を見上げ続けた。

 

「……しっかりと記憶、改変されていましたよ」

「へぇ。まぁ、今の僕には記憶なんてないから関係ないけどね」

「全く関係ない訳ではないと思いますが……」

「確かにそうだね。でも、君の知っている僕を僕は知らない。関係ないと思うのも仕方がないと思うけれど?」

「あの、ずっと気になっていたのですが。もう一人の月海さんになっている時、今の貴方の意識はどこにあるのですか?」

「それ、今この状況で聞く事?」

 

 雨が降っている中の事を口にしている月海は、手のひらを上に向け雫を受け止める。

 二人の髪から、頬から。服から雫がしたたり落ち、このままだと風邪をひいてしまう。

 

「とりあえず、今日は帰った方がいいよ。もしかしたら、人ならざる者が君を探しているかもしれない」

 

 それだけを伝え、月海は暁音に背中を向け屋上を出て行ってしまった。人生の悲哀を感じさせる背中を、暁音は何も言わず見届ける。

 

「やっぱり、答えたくないのね。いつも、もう一人の月海さんの話をすると逃げるようにいなくなる。他の事なら倍で返してくるくせに……」

 

「自分からは言うのに」と口にし、胸元に右手を置き瞳を閉じる。胸元に手を置いた時、巻かれている包帯を思い出し、閉じた瞳を開け右手を見た。

 

 雨が当たっているため、水分を含みほどけそうになっている。そんな包帯を撫で、両手を垂らす。

 

「帰ろう。本当に、風邪をひく」

 

 そのまま屋上を後にし、傘すら差さず帰宅した。




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アザエル
「関係ないわね」


 雨に打たれた次の日、学校は休み。

 暁音はいつも朝六時半に起きており、それは休みでも変わらずだった。だが、今日はなぜか起きる気配を見せない。

 

 布団をかぶって寝ているが、寝苦しそうに唸っており薄く汗を流している。息が少しだけ荒く、眉間に深い皺を寄せていた。

 時計はもう九時を回っており、普段ならもう起きている時間。

 

「ん……。……あれ」

 

 薄く目を開けた暁音は、近くに置いていたスマホの画面を見てゆっくりと体を起こした。まだ視界がはっきりとしておらず、何時か理解が出来ていない。

 

「っ!」

 

 体を起こすと、頭痛が走り顔を歪ませる。眉間に皺を寄せ、目を閉じ視界を遮った。何とか痛みがなくなるのを待っていると、数秒で落ち着き始め浅く息を吐く。

 ベットに座り直し、頭を支えていた手を下ろし空を見つめた。

 

「っ………はぁ。寝すぎたのかな……」

 

 やっと意識がはっきりしてきた暁音は、のそのそと動き始めベットから降りた。

 

 暁音の部屋はシンプル。壁側に白い机と本棚。それに合わせ、テーブルやベットも白。だが、ラグや掛布団などは黒色。

 モノトーンでまとめられ、余計な物ないため落ち着いている部屋に見える。

 

 壁側にあるタンスからジーンズと白い長袖。深緑色のフード付きパーカーを取りだし身につける。

 部屋を出て廊下を歩きリビングへと続く扉を開いた。

 

「おはようございます」

「あら、おはよう。今日はこんな時間まで寝ていたの? もしかして、どこか痛い?」

 

 リビングには、ピンク色のエプロンを身につけた女性が一人、お皿を手にし暁音に挨拶を返した。珍しい時間の起床なため、心配そうにみゅを下げている。

 

「大丈夫ですよ、知里《ちさと》さん。それより、今日はパートじゃないのですか?」

「……そぅ。今日は休みよ。でも、この後用事があるから出なければならないの。暁音はどこか行く予定ある?」

「はい。少し出かけようと考えています」

「わかったわ。なるべく早く帰ってくるのよ? 最近本当に遅いのだから、お母さん心配よ」

「大丈夫ですよ」

 

 暁音がリビングの中心にある四人かけのテーブルに席着くと、知里と呼ばれた暁音の義母は、一度キッチンへと行き何かを手に戻ってきた。

 

「簡単な物でごめんなさい」

「いえ。いつもありがとうございます」

 

 キッチンから持ってきたのは、お皿に乗せられている香ばしい匂いを漂わせた白米と目玉焼きの乗ったお皿。お味噌汁だった。

 簡単な物と口にしていたが、しっかりと作ってくれている。その事に暁音はお礼を口にし、箸を持ち食べ始めた。

 

「しっかり食べてね。お母さんはもう行くから」

 

 微笑みながら優しく伝え、ピンクのエプロンを取り椅子の背もたれにかける。

 

「わかりました。お気を付けて」

「うん、ありがとう。行ってくるわね」

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 

 少しだけ悲しい顔を浮かべた知里は、そのままリビングを後にして玄関の方へと向かっていった。そんな背中を暁音は、白米を口に含みながら見届ける。

 

「また、()()()か。まぁ、私には関係ないわね」

 

 お味噌汁を飲もうとした時、いきなり箸を落としお椀を勢いよくテーブルに置いた。目を強く閉じ、頭を抱え始めてしまう。眉間には深い皺が刻まれており、苦しそう。

 

「っ! うぅ……」

 

 数秒耐えていると、すぐに落ち着いてきたらしく、息を吐き顔を上げた。額からは大粒の汗が流れ出ており、気持ち悪そうに右手で拭う。息苦しそうに顔を歪めているが、目の前に広がっている温かいご飯を見て目を細めた。

 

「一体、朝から何なのかしら」

 

 箸に手を伸ばし、残りのご飯を食べ始めた。

 

 ☆

 

「月海さん。今日も寝ているのですか」

 

 暁音は朝、身にまとったパーカーと肩掛け鞄を持ち、月海のいる旧校舎へと向かった。今は、”3-B”の教室におり、誰もいないように見える空間に声をかけている。

 

 彼女の声に反応するものはなく、微かな風がカーテンを揺らすのみ。音は何も聞こえず、シーンしていた。

 その事に対し、暁音はため息をつき教卓へと向かう。黒板の前でしゃがみ、中を覗き込んだ。

 

「月海さん、起きて……あれ」

 

 声をかけようとしたが、目の前に目的の人がおらず途中で止めてしまう。だが、教卓の中には埃がないため、ここにいたのはあきらか。

 暁音はその場から立ち上がり、教室内を見回す。

 

「また、トイレかな」

 

 ため息をつき彼女は、比較的綺麗な窓側にある椅子に座り、月海が来るのを外を眺めながら待つ事にした。

 

 外は晴天。風も強く吹いているわけではないため心地よい。

 雲が横へと逸れ、太陽が強調し過ぎず森や旧校舎を照らす。風で木々が踊るように揺れており、それを見ているだけで気持ちが落ち着く。

 

 いつもより沢山寝たはずなのだが、睡魔が襲ってきてしまい目元をこすり始める。そのまま、太陽の日差しを受けながら顔を俯かせ瞳を閉じた。




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「明日もまた」

「ん。……っ。あ、あれ」

 

 暁音は意識が浮上し、唸り声をあげながら目を覚ました。辺りに何か違和感を感じ、目元をこすりながら瞳を開け周りを見回し始める。

 

「周りが暗い? 今何時だろう」

 

 ポケットに入っているスマホを手に取り、画面をつける。そこには”19:38"と表示されていた。その画面を見た瞬間、一気に目が覚めたらしく勢いよく立ちあがった。

 

「もうこんな時間!」

「うわっ!!」

 

 ガタンッ――

 

「……あ。ご、ごめんなさい」

 

 暁音の声に驚き、いつの間にか戻ってきていた月海が驚きの声を上げた。それと同時に机へと腰を預けていた彼は、床へとしりもちを付いてしまう。痛そうに腰をさすっている。

 咄嗟に謝った暁音は、立ち上がったのと同時に落ちてしまったひざ掛けに気づき手に取った。

 

「これって」

 

 あまり大きくないひざ掛け。端の方は糸がほつれ、小さな穴も開いている。あまり気にならないが、赤いシミみたいなものも染みついていた。

 暁音はそんなひざ掛けをまじまじと見た後、床へと崩れ落ちていた月海に視線を移す。

 今は腰を抑えながら立ち上がり、いつも暁音が鞄を置いている机に寄りかかろうとしているところだった。

 

「これ、月海さんのですか?」

「……別に。僕のじゃない」

「なら、これは誰のですか?」

「誰のでもないよ」

「…………ありがとうございます」

「なんの事か分からないな」

「素直にお礼を受け取ってください」

「うるさい」

 

 バツが悪そうに顔を歪め、月海は暁音から顔を逸らす。髪の隙間から見える耳は淡く染まっており、暁音は薄く笑みを浮かべ目を細める。

 何も言わず手に持っているひざ掛けを畳み、月海に返そうと歩みを進めた。その際、外からの薄い灯りが気になり窓の外に目を向ける。

 

 外は暗くなっており、星が散りばめられている。三日月が昇り、見上げている暁音の瞳に映っていた。雲が漂い、横へと流れている。暁音を照らしていたのは、旧校舎を照らす月明りだった。

 

 そんな夜空を眺めている暁音の頬は少しだけ赤い。

 月海はカタンと音を鳴らし立ち上がり、暁音の隣に移動し一緒の景色を見上げた。

 

「そういえば。月海さんは視力がないんですよね?」

「見ていればわかるでしょ。これで見れたら透視の能力を持っている人だよ。眼球もないから透視を持っていたところで見る事が出来ないけどね」

「…………はぁ。一言多いのは置いておいて。どうやって歩いたり走ったり、ピンポイントに頸動脈を狙ったりしているんですか?」

「走るのは、物の気配を感じ取っているからだよ。人の気配は敏感に感じる事はできるし、物も何となく『ここに何かある』というものを感じ取れる。頸動脈を狙ったりとかは知らない。やっているのは僕じゃないんだ。しっかりと本人に聞いて」

「今、呼んでもいいんですか?」

 

 暁音の一言に、月海はなぜか開きかけた口を閉じた。いや、口元をへの字にし夜空を見上げている。少し、不貞腐れているように見え、暁音は目をぱちくりさせながら彼を見上げた。

 

「君は、僕よりもう一人の僕の方が好きだよね。何、平和な生活はもう飽きたの。もっと刺激的な人生を歩みたいのよって? 馬鹿なの?」

「それはないので安心してください」

「それにしては前もいきなり呼び出してた」

「用事があったからです」

 

 月海が言っている"前も"は、亜里沙の時の事だ。

 なぜ、月海は亜里沙を殺さなかったのか。暁音には分からず、直接聞くため『死んでください』と、呼び出していた。

 

「その用事は、どうしても済まさなければならない用事だったの?」

「そうですね……。私自身、分からない事があり、それを聞かなければ落ち着かなかったので」

「それ、僕じゃダメなわけ?」

「え? いや、でも。今聞いたら分からないって言っていたじゃないですか」

「確かに、もう一人の僕が行った行動については、もう一人の僕しかわからない。でも、人の感情を読み取るのは、今の僕でも出来るよ」

「……なんで、不貞腐れているんですか?」

「不貞腐れてない」

 

 間髪入れず否定する月海だが、頬を膨らましそっぽを向いているため、明らかに不貞腐れている。そんな彼に、暁音は首を傾げた。

 

「……まぁ、いいです。とりあえず、今回はもう帰りますね」

「なんのために来たの?」

「もしかしたら相談所に誰か人が来るかもしれないじゃないですか」

「まだ、そんな事を言っていたの」

「当たり前です。私の目的は、自分の感情を取り戻す事みたいですが。貴方の極度な人見知りを直すためでもあるんですから」

「それも人に言われてやっているだけでしょ」

「否定はしません。ですが、やると決めたのは私なので、私の意志でもあります」

 

 二人の会話はいつも淡々としている。お互いあまり感情を表に出さないため、はたから見れば仲がいいとは到底思えない。だが、二人はこれが普通なため気にしていない。

 暁音は時間を再度見て、彼の隣を通り過ぎ鞄を片手に持つ。そのまま廊下へと歩き出した。

 

「また、明日も来ます」

「来ないでいい」

「次はご飯を持ってきますね」

「だから余計なことを──」

「それでは、また明日」

 

 月海の言葉を全て無視し、暁音は教室を後にし廊下を歩き始めた。

 彼はそんな彼女に対し、違和感を感じ顎に手を当て首を傾げる。だが、数秒後何も思いつかなかったらしく、そのまま手を垂らし暁音と同じく教室を後にした。

 

「明日もまた、平凡な一日。何も無いまま、終われば楽なんだけれど」

 

 そのまま廊下を進み、闇の中へと姿を消した。教室には、風で揺れるカーテンと。

 

 窓の外に、黒い人影。風に舞い、ウェーブかかった長い髪を揺らしている。口元だけがカーテンの破れている所から見え、鋭く尖った八重歯が横に引き延ばされた赤く艶やかな口から覗き見えた。




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「あやつを殺すために」

 暁音は旧校舎を出て、街灯が照らす夜道を一人で歩いていた。

 

 彼女の家から学校までは、長い住宅街を歩かなければならない。今は暗いため、街灯の光と、ポツポツと点いている住宅の灯りしかない。

 

 風が吹き、地面に落ちている葉やコンビニの袋などが舞いあがる。暁音の髪も揺らし、邪魔に思ったらしく耳にかけた。その時、前方から人影が見え始める。

 まだ、夜八時なため人が歩いていてもあまり不思議ではない。仕事帰りの人や、学校の部活帰りの生徒の可能性だってある。そのため、暁音は気にせず歩き続けた。

 

 前方から来る人とすれ違った時、何故か急に右手首を捕まれてしまった。

 

「っ、なんですか……って、瑠爾(るに)?」

「やぁ、暁音。こんな夜にどうしたの?」

 

 いきなり掴まれた事により、暁音は驚きの声と共に不機嫌そうな声色でその人を見る。その時、口から飛び出した文句が止まり見上げる形となった。なぜなら、その人は暁音の知っている人だったから。

  

 漆黒の瞳を彼女に向けながらボストンバックを片手に持ち、ジャージを身にまとった青年。名前は明楽瑠爾(あきらるに)。彼女の意外な反応に不思議そうな顔を浮かべながら目を合わせるように立っていた。

 

 瑠爾と暁音は、中学生まで一緒の学校に通っていた幼馴染。

 黒髪を耳の辺りで切りそろえ、優し気に微笑むやわらかい口元。端正な顔立ちをしており、小さな頃から人気者だった。

 

「夜に女性が一人でこんな所歩いていたら危ないよ?」

 

 男性にしては少し高めな声。口調も優しげなため耳にスゥっと入ってくるため心地よい。ずっと聞いていたくなる声だ。

 

「平気よ。いつもこんな感じだもの」

「それはそれで危険だよ。もし良かったら送っていくよ?」

「あともう少しだし大丈夫」

「俺が心配なんだよ。仮にこのままほっといて、もし幼馴染に何かあったら……。考えただけで怖いよ」

 

 わざとらしく両手で自身の体を包み込み、ガタガタと震わせる。そんな彼を見て、暁音はこれ以上断ってもめんどくさいだけと悟り、深い溜息を吐き「わかった」と了承。それを聞いた瑠爾は、小さくガッツポーズをした。

 

「そんなに喜ぶ事?」

「最近お話もできていなかった訳だしね」

「学校が違うし、仕方がないよ」

「そうだけどさぁ」

 

「ぶー」っと、子供のように不貞腐れている彼に対し暁音は特に何も言わない。二人の足音だけが聞こえる中、静かに二人は帰路を進む。

 風が二人の髪を揺らし、頬を撫でていた。その時、暁音は右手で横髪を耳にかけ、おもむろに口を開いた。

 

「瑠爾、何か変わった?」

「え?」

「なんか、昔と違う気がする」

「そりゃ、もう何年もあってなかったし、変わるでしょ?」

「見た目とかではないんだけど」

「どういう事?」

「いや……、何でもない」

 

 不思議に思いつつ、暁音はこれ以上追及しようとはしないで口を閉ざした。その時、前方から千鳥足で、四十台くらいのおじさんが手に酒瓶を持ちながら歩いてきた。茶色のスーツなため、闇に溶け込んでいる。

 二人は話に夢中になっていたため、気づかない。そのまま、瑠爾と肩がぶつかってしまう。

 

「おいおいぃ~。らりぶつかってきてるんれすかぁ?? しゃざいもらひに~、さろうとしてなぁいれすか????」

 

 目を付けられた瑠爾は、苦笑を浮かべながら謝っている。口からは強いアルコールの匂いが漂い、瑠爾だけではなく暁音も薄く眉間を寄せる。鼻を掴みたい衝動を抑え、何とか暁音に近付かれないように瑠爾は制止しながら謝っていた。

 

「本当にすいません。前を見ておらず」

「これだからいまどきのわかいもんはれいぎがなってないんだ。ここでじょうしきをわからせて――――」

 

 酔っ払いが酒瓶を持っていない手で瑠爾の肩に置こうとした時、いきなり血しぶきが舞った。

 

「――――え?」

「っ…………!!」

 

 酔っ払いは上を見上げ、暁音は目を見開き驚く。血しぶきは空中を飛んでいる()()()()()()()()()から降り注ぎ、酔っ払いを赤く染める。

 何が起きたのか理解できず、酔っ払いは瑠爾に伸ばしていた手を見た。そこには、肘から下がない。赤い液体があふれ出ており、ボタボタと地面を赤く染めていく。

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 やっと状況を理解できた酔っ払いは崩れ落ち、自身の腕を掴む。その際、手に持っていた酒瓶が地面に落ち大きな音を立て割れる。

 

 今唯一平然としている瑠爾は、目の前で痛みに苦しんでいる酔っ払いを細められた瞳で見下ろす。軽蔑しているような、氷のような瞳。冷たくて、人をなんとも思っていない。

 

 後から見ていた暁音は今だ動く事ができず、体を硬直させる。今動いてしまえば、次のターゲットは彼女になる。

 今死ぬ訳にはいかない暁音は、ただただ見ているしか出来なかった。

 

「る、に?」

 

 困惑の声。暁音の言葉など気にせず、瑠爾は目の前で苦しんでいる酔っ払いを見続ける。

 

「まったく。そんな汚い手で触らないでほしいのぉ。汚らわしい」

 

 今まで暁音と会話していた瑠爾とは思えないほど別人になっていた。声は地を這うほど低く、凍るように冷たい。そんな彼の左手は、赤く染まっており。爪は鋭く染まっていた。

 

()()()()()()

 

 地面で蹲っている酔っ払いを、今度は蹴り上げた。

 

「がは!?」

 

 腹部を蹴り上げられた事により、口から唾液と共に吐血。だが、気にせず蹴り続ける。

 

 腹部や顔を殴り、残っている片腕を踏み折る。鈍い音が響き、酔っ払いの叫びが路上を埋め尽くす。それでも瑠爾はやめない。暁音も止めることができず、立ち尽くすのみ。

 

 瑠爾が攻撃をやめた時には、酔っ払いは動かなくなっていた。左手は変な方向に折れ曲がり、顔はもう誰かわからない程崩れている。まだ右手からは血が流れ出ており、血だまりを作り出す。

 

「…………」

 

 こと切れている酔っ払いを見下ろし、瑠爾は左手についた血を舐めた。

 

「さて。ごめんね、暁音」

 

 自身についた血など気にせず、後ろで動けずにいた暁音を振り返り笑顔を向ける。その笑顔が狂気的で、思わず後ずさってしまう。

 

「なんで逃げるの? 怖くないから、こっち来て」

「…………貴方、だれ?」

 

 絞り出した暁音の声を耳にし、瑠爾は焦ることなく、にんまりと笑った。

 

 空気が一変する。冷たい風が二人を撫で、月明りが照らす。街灯が点滅し、なぜか消えてしまった。

 辺りが暗くなり、視界を遮断する。暁音は暗闇に目が慣れておらず、前に立っている瑠爾を見失わないため目を細める。数回瞬きをし、いつ動こうかタイミングを計っていた時。

 

「――――っ!?」

「君はまだ、使えそうだから殺さんよ」

 

 瞬きをした一瞬。暁音の視界から瑠爾が消えた。

 気づいた時には遅く、背後に回られ腰と顔を固定される。

 

「君はまだ利用できるからのぉ。()()()()()()()()()

 

 耳元で囁かれ、暁音の体に悪寒が走る。

 目線だけを後ろにいる瑠爾を見た。

 

「…………あ」

 

 暁音の視界が、赤色で埋められた。

 

「今はまだ――……」

 

 赤色で埋め尽くされた視界を最後に、暁音は意識を失った。

 

「にしても。人の感情にここまで敏感な人がいるとはのぉ。本人は無自覚らしいが」

 

 妖しく笑い、夜空を見上げた。月が彼の瞳に映り輝いていた。




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「これなら」

 次の日。暁音は、いつの間にか自室のベットで横になっていた。目を覚まし、頭を支えながら起き上がる。そして、何事もなかったかのように出かける準備を始めた。

 

「…………」

 

 何も口にしない暁音だが、昨日の夜から朝にかけての記憶がなく不思議に首を傾げる。記憶を思い出そうとしても、霧がかかった様に記憶が覆い隠されており思い出せない。

 

 着替えながら思い出そうと頭を回転させたが、すぐに疲れてしまったため諦めた。

 

 白いシャツにピンク色のパーカー。昨日と変わらずラフな格好をした。暁音は気づいていないが、昨日より頬が赤く染まっている。

 少しふらついているようにも見えるが、本人は気にせず壁に手を付きながら靴を履き、曇っている空の下に出た。

 そのままいつものように旧校舎へと向かって行く。

 

 風が冷たく、肌寒い。枯葉が風に吹かれ舞い上がり、暁音の足元を通過した。寒空の中、彼女はピンクのパーカーを握り口元に持っていき寒さを凌ぐ。

 

「今日は、少し肌寒いな」

 

 体を微かに震わせながらも足を止める事をせず、真っすぐ旧校舎へと向かったため三十分しないうちに辿り着いた。

 玄関を入り、迷わず月海がいるであろう教室へ埃の舞う廊下を進む。息使いが徐々に荒くなっていき、寒いはずなのに汗を流していた。パーカーの下に来ている白いシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。

 汗を少しでも乾かそうと胸元をパタパタと動かし、空気の入れ替えをしながら歩いていると、いつもの教室に辿り着いた。

 

 ドアを開くと、中には窓の外を眺めている月海の姿があった。目元には赤い布が巻かれているため、見ていると言うより感じ取っていると言った方がいい。

 そんな彼を見て、暁音は声をかけ鞄を手に持ちながら隣へと移動した。

 

「っ! って、君か……。今日も来たんだ」

「来ると言ったじゃないですか」

「…………ん? ねぇ、今日なんか違くない?」

「え? 何がですか?」

「なんか。今日の君、存在感がない」

「言い方……。いつもは存在感あるんですか……?」

「今よりかはある。普通にドア入ってきたら分かるし」

「あぁ。だからさっき、珍しく驚いていたんですか」

「ドアの音すら聞こえなかったけど」

「それは特に意識してないです」

 

 暁音が言うと、月海は何を思ったのか左手を伸ばし彼女の右手を握る。すると、険しそうに顔を歪め立ち上がった。

 月海は一般男性の平均より身長が大きいため、猫背だとしても威圧感があり恐怖心んが芽生える。だが、暁音は慣れているため気にしない。

 

 威圧感より、月海の言動と行動の方が気になり、困惑していた。

 目をぱちくりさせ、見下ろしてくる月海を見上げる。

 

「なんか、熱い」

「そんな事ないと思いますよ。逆に肌寒いです」

「…………君は馬鹿なの?」

「成績は悪くないですよ」

「頭の馬鹿さ加減は、なにも成績だけで左右される訳じゃない。頭が良くても行動が馬鹿だったらそいつは馬鹿の仲間入り。成績が悪くても行動が理にかなっているのなら馬鹿ではない。それで考えれば、今の君は誰もが認める馬鹿だよ」

 

 その言葉と同時に、暁音の手を引っ張り月海は教室を出ようとする。見た目は細く、色白なためか弱く見える。だが、さすが成人男性。女子高生である暁音など、簡単に引っ張り廊下に出る事が出来た。

 

「あの、どこに……」

「保健室」

「え、なんで?」

「君が馬鹿だから。馬鹿に効く薬を探すためだよ」

「馬鹿にしているんですか?」

「事実を口にしているだけだから」

 

 それ以上は何も言わず歩き続ける。だが、暁音は納得しておらず、眉間に皺が寄っていた。

 コツコツと足音が響く廊下。だが、その足音は等間隔ではなくまばら。ふらついているような音が響き、見えていない月海でも今の暁音がふらつきながら歩いているのがわかった。

 少し歩いたところで月海が立ち止まり振り返る。そのことに驚き、一緒に立ち止まる。

 

 先ほどから月海が言葉足らずなため、今の現状を理解できない暁音はイラつき始めていた。彼が何を考え、何をしようとしているのか察することができず唇を尖らせていた。

 

「君……」

「…………? 今度は何ですか?」

「…………はぁ。言っておくけど、僕のこれからの行動に後ろめたい事とか一切ないから。勘違いしないでよね」

「それはどういう――」

 

 意味が分からない月海の言葉に暁音が問いかけようとすると、いきなり彼が彼女の横に移動し腰を折った。

 彼女の膝裏に右手を滑り込ませ、背中を支えるように左手を添えた。そのまま、曲げた腰を伸ばし立ち上がる。

 

「…………え」

「少しでも動いたら落ちる(落とす)からね。気を付けた方がいいよ」

 

 月海の言葉に暁音は何も言わず見上げるのみ。月海の無表情を見つめ、彼がそれに気づき「何」と不機嫌そうに問いかけた。

 

「なんでもないですよ。驚いただけです」

「あっそ」

 

 そんな短い会話を交わし、月海は廊下を進む。

 月海の行動に困惑している暁音は言葉が口から出ず、見あげるのみ。すると。目的の場所に辿り着き立ち止まる。

 目の前には木製のドア。上にあるプレートには”保健室”ト書かれている。

 

「ついたぞ」

 

 言葉と共に扉を足で開け、窓側にあるベットに向かう。

 白いシーツがひかれているベットに暁音を座らせ、自分は出入り口付近にある棚へと向かい何かを探る。だが、探している物が見つからず肩を落としてしまった。

 

「何を探しているんですか?」

「馬鹿にも効く薬」

「…………そんな物あるわけないでしょ……」

「馬鹿だから分からないのか。なら、今の君にも分かるように言ってあげる。万能薬であるロキソニンを僕は今探しているの」

「ロキソニン? なんでですか?」

「…………はぁ。もっとわかりやすく言わないとダメなのか。今の君の体内には──というか、もう……。風邪なんだよ君。熱もありそうじゃないか。だから存在感がないんだよ。浮いているような、空気のような。とりあえず、感じにくい状態」

 

 頭を掻き、めんどくさいというように説明した。

 何で保健室に来て、ロキソニンを探していたのかやっと理解できた暁音は、納得したような声を上げ月海を見る。

 

「あぁ、なるほど。だから昨日、瑠爾もあんなことを言っていたのか」

「瑠爾?」

「幼馴染ですよ。昨日の夜、偶然会ったんです」

「学校違うの?」

「違います。なので、最近は会っていなかったのですが……。あんな偶然があるんですね」

 

 暁音の言葉に月海は首を傾げている。何か引っかかりを覚え、顎に手を当て考え始めた。

 

「何か?」

「いや、ちょっと……。とりあえず、今は薬がない。寝てれば大丈夫?」

「全然大丈夫ですよ。寝なくても特に」

「馬鹿は風邪をひかない。成績優秀なんでしょ? だったら馬鹿に墜ちる前に素直に寝な」

「…………月海さん、おこっ──」

「さっさと寝ろ」

「はい……」

 

 表情はいつもと変わらないが、口調がいつもと違う。声色もいつものやわらかい物ではなく、刃のように鋭い。いつもより低く、さすがの暁音も頷くしかなかった。

 素直に従おうと暁音は、スニーカーを脱ぎ横になる。月海はその様子を、赤い布が巻かれている目で見る。

 

 自分では気づいていなかったが、相当体に負担があったらしく、目を閉じると直ぐに寝息を立て始めた。

 

 月海はそんな暁音に対し溜息をつき、ベットに腰をかける。

 彼女は少し息が荒く、汗を流していた。頬は真っ赤に染まっており、微熱ではない事が容易にわかる。

 

「…………」

 

 右手を伸ばし、優しく頭を撫でてあげると突然彼は難しい顔を浮かべ始めた。口をへの字にし、眉を下げジィッと見下ろす。

 

「……………………ぁぁぁあああ。くそっ!」

 

 頭を掻き回し、何を思ったのか月海は立ち上がり保健室を後にした。そして、荒い足取りで廊下を進む。

 向かったのは"家庭科室"と書かれたプレートがある教室。木製のドアを手で開け、中へと入った。

 

 中にはもう何年も前になると思わせるミシンや冷蔵庫。六個はある大きなテーブル。その上には、様々な服が散らばっていた。

 そんな中、月海は散らばっている服を見回し近づいていく。

 

「…………これなら、周りの目を気にしなくて……いいか」

 

 一つの服に手を伸ばし、震える体を押さえ着替え始めた。




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「知ってるの?」

 周りは賑やかな住宅街。ママ友と思われる子供連れが沢山おり、人の邪魔にならないように道の端で話している。

 他にも、車の通りはあまりないためか。子供が自転車に乗り楽しそうに話していたり、歩きながら何かを見せあっている人の姿もあった。

 

 そのような、楽しそうな空気が満ちている場所に一人。どんよりとした雰囲気を纏った青年が、家を囲っている壁に手を付きながら、ゆっくりと歩いている姿があった。

 

 黒いロングパーカーを身にまとい、フードを深く被り顔を隠している。ジーパンにスニーカーを履いて、なるべく目立たないように人を避け、ただひたすらに歩いていた。

 フードから見え隠れしているのは黒い前髪と赤い布。口を結び、顔を隠すようにフードを右手でしっかりと抑えていた。

 

「やっぱり、外になんて出るんじゃなかった……」

 

 震えた声で呟いたのは、先程旧校舎の家庭科室で着替えをしていた月海だった。

 カタカタと足を震えながらも一歩、また一歩と。前へと進み、目的地へと向かっている。だが、もう旧校舎から出て一時間は経とうとしていた。

 普通の人ならもう買い物は終わり、旧校舎に戻っている時間。

 

 月海は周りの人や物に怯えながら、一歩一歩。ナマケモノのようにゆっくりと歩いているため時間がかかっていた。それだけではなく、人込みを避けるため何度も道を変え遠回りしていた。

 

 そのようなペースでやっと辿り着いたのは薬局。

 目の前に建っている建物を見上げている彼の顔は青い。息も絶え絶えで、今にも倒れてしまいそうな顔色をしていた。

 

 見上げていてもどうする事も出来ないため、月海は不安げにドアを見えない目で見つめる。眉間には深い皺が刻まれ、苦々しい顔浮かべつつ。数秒の間をえて、お店の中へと足を踏み入れた。

 

 お店の中からは、少し優しい音楽が流れ空調もちょうどいい。様々な物が棚に置かれてあり目移りしてしまう。だが、月海は他の物には一切目をくれず、一つの棚へと向かって行った。

 その棚の上には『風邪薬』と書かれている。

 

 棚に置かれている薬を一つだけ手に取り、その後は軽い食べ物を数個持って真っ直ぐお会計へ。

 レジの人に話しかけられるだけで肩をビクつかせ、キョドり気味に返答している。そんな彼に店員は不思議に首を傾げるが、特に何も言わずお釣りを渡して見送った。

 

 そのままお店を出て人がいない建物の隙間へと逃げるように入っていく。

 薄暗くなっていく道。周りは高い建物に囲まれているため、太陽の光が遮断されていた。

 月海はそんな道の途中で止まり、後ろをゆっくりと振り返った。そこには誰もおらず、暗闇が道を包み込んでいるのみ。

 

 人の気配を感じない事がわかり、再度前を向き直す。そのまま壁に背中を預け、ずるずるとしゃがんでしまった。

 

「…………………はぁぁぁぁぁあああああ」

 

 今までにないほどの長いため息を盛大に零す。

 顔を両腕で抱えている膝に埋め、動かなくなった。袋がカサカサと音を鳴らし、彼の手からするりと落ちる。

 力が抜けた月海の手は、何も握らず、落ちた袋に手を伸ばす事もしない。同じ体制のまま、時間だけが過ぎる。

 

 それから数分後、月海はやっと動きだし顔を上げた。落ちた袋からは、水やおにぎり。一番重要な風邪薬が顔を覗かせている。

 のそのそと動きだし、地面に落ちた袋を拾い立ちあがった。

 

「早く、帰るか……」

 

 顔は青いままだが、来た道を戻ろうと顔を向ける。その時、背後から男性と思わしき声が聞こえ立ち止まった。

 その声は甘く優し気に聞こえるが、何かを企んでいるようにも感じ怪しい。そのような声の人に声をかけられたため、月海の肩が大きく飛び跳ね周りを見渡し始めた。

 

「え、僕……?」

「そう。貴方ですよ。魁輝月海(かいきるか)さん」

 

 いきなり月海の背後から一人の青年が姿を現した。今にもぶつかりそうなほど近く、彼の耳元で囁くように名前を口にする。それにより、彼は恐怖と困惑でその場から動く事ができず、顔を少しだけ動かし人物だけでも確認しようとした。

 

 見られている彼は、深緑色のウェーブかかった髪を翻し、鎖骨が見えるくらい広い赤いTシャツ。その上には黒色のロングパーカー。スキニーズボンを履き、革靴でコツコツと音を鳴らしていた。

 

「っ! 君、どこから来たの。気配なんて全く感じなかったけど」

 

 やっと我に返り動けるようになった月海は、掴まれていたわけではないため。その場から勢いよく前へと移動し、すぐさま人の気配を感じ取った方向に振り向いた。

 

 額から汗を流している月海を、少しニヤついた顔を浮かべながら見ている青年。その視線はねっとりとしており、うす気味悪い。怯えとはまた違う思いで、月海は体を震わせた。

 

「な、なに……?」

「ほぅ。()の事を忘れておるのか。それは、実に残念だ。魁輝月海よ」

「は、忘れてる?」

 

 距離をとりつつ、月海は何かを思い出すように眉間に皺を寄せる。だが、何も思い出せなかったため、言葉を発する事ができない。

 

「と、いうか。なんで、その名前を()()()()()?」

 

 体はまだ震えているが、恐怖より嫌悪感の方が強く口を歪ませる。そんな彼の反応を楽しむように、男性は下唇を舐め妖艶に笑った。

 その美しさが逆に恐ろしく、月海は肩を大きく跳ねさせ、我慢の限界に達し青年とは反対の方向に駆け出した。

 

「ほぅ、逃げるか。ここで見逃しても良いが……」

 

 艶やかな唇から覗き見える白い八重歯。逃げる彼の背中を見て、赤い瞳を歪ませ怪しく笑う。

 

「今度こそ、あやつの心をここで壊し。眼だけではなく、感情を――……」

 

 喉を鳴らしながら楽しげに笑い、青年は革靴を鳴らし歩き出した。

 




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「信喜海大」

「………ん。あれ、月海さん?」

 

 暁音はベットの上で目を覚まし、月海が居ない事に気づくと体を起こし周りを見回した。だが、探し人はどこにもいない。気配すらなく、不思議に首を傾げる。

 

「……なんか、嫌な予感がする」

 

 目を伏せ、暁音は右耳に少しだけ乱れている横髪をかける。そのまま慌ててベットから降り、床へと立った。すると、軽く頭痛が走り顔を歪ませる。まだ本調子ではないため、安静が必要だ。

 右手で頭を支え、眩暈で力が入らずその場に片膝をついてしまう。

 

「っアカネ! 大丈夫?」

 

 小学生くらいの悪魔、ムエンが黒いモヤと共に姿を現し、心配そうに暁音へと近づき顔を覗き込んだ。不安げに眉を八の字にし、彼女の肩に手を置く。

 

 暁音の顔色は悪く、汗がにじみ出ていた。息が荒く、症状はまだ良くなっていない。

 

「まだ寝ていた方がいいよ?」

「平気。それより、嫌な予感がするの。月海さんの身に何か……」

 

 ベットに手を置き、ふらつきながらも立ち上がり廊下へと出る。

 ムエンはそんな彼女を心配そうに見ていたが、下げていた眉を上げ、人差し指と親指で乾いたような音を鳴らした。すると、黒いモヤがムエンを包み込む。そして、次に姿を現した時には少年ではなく、青年へと姿を変えていた。

 佇まいはどこかの執事を連想させ、少年の時とは違った雰囲気を醸しだしながら暁音の隣に移動した。

 

「どちらに向かいますか、暁音」

「ムエン……。その姿、力を消耗するからあまり使わない方が……」

「暁音のためなら何でもしますよ。さぁ、ご命令を」

 

 丁寧な口調。動作一つ一つに品ががあり、高貴な印象。

 右手を胸元に持っていき腰を少しだけ折る。その言葉と行動に、暁音は頷き口を開いた。

 

「まずは、私をこの旧校舎にある"家庭科室"に連れて行って」

 

 ☆

 

 狭く、ジメジメとした路地裏を月海は青い顔を浮かべながら走っていた。

 所々にはゴミ袋や自転車が投げ捨てられており道を塞いでいる。だが、何一つぶつかる事なく、体をねじったり横に避けたりと。見えないはずの視界で全て避けながら走っていた。

 

 口元を恐怖で歪ませ、荒くなる息など気にせず先ほどの青年から逃げる。だが、なぜか一向に人通りのある道に出る事ができない。無限に続く道をただひたすらに走っている気分になり、精神的にも追い込まれる。

 

 恐怖が月海の身体を襲い、それに加え逃げる事が出来ない空間。元々慣れない住宅街を歩いて疲弊していた体だったため、月海の体力やメンタルは限界を迎えていた。

 

 とうとう月海は逃げられないと悟ってしまい、舌打ちを零しながら足を止めてしまった。膝に両手を付け、額から流れ出る汗を右手で汗を拭う。

 

「ど、どうなってんの。これじゃ、まるで……」

「人を追い込めている時のもう一人の自分のよう──だと、思ったかのぉ」

「っ?!」

 

 月海は慌てて声が聞こえた、自分の後ろを振り向く。だが、そこには誰もいなく、光がない闇が広がるのみ。先を見通す事が出来ず、何もない空間から逃げるように自然と後ずさる。体がカタカタと震え、手に持っていたビニール袋が地面に落ちる。

 

 どんどん後ろに下がり、恐怖(暗闇)から逃げようとする。だが、背中に何かがぶつかってしまい、確認するためゆっくりと首だけを回した。

 

「っ、完璧にからかってんじゃん…………」

 

 後を見るが、何もない。壁にぶつかっておらず、人もいる訳がない。

 手の上で踊らされているような感覚になり、苛立ちと焦りが今の月海を奮い立たせた。

 拳を握り震わせ、刃を強く噛みしめる。それでも、今の現状を冷静に考えるため、落ち着きを取り戻す。

 

「………………ふぅ。これは多分。暁音の所にいるムエンと同じような力かな」

 

 深呼吸をして、空を見上げる。周りが高い建物に囲まれているため空を見る事が出来ないが、それでも落ち着く事ができ冷静に分析を始めた。

 

「そういえば、あいつ。我の事を覚えていないのかって……。もしかしてあいつ」

 

 何かを思い出したのか、月海はハッとなり前方に顔を向けた。すると、上から楽しげな声が聞こえ始める。

 

「ほぅ。思い出したか月海よ。いや、思い出したのであればこちらの名前で呼ばせてもらおう。信喜海大(しきかいと)

「っ、その名前で呼ぶな!!!!!」

 

 上空から人の名前が聞こえたかと思うと、いきなり月海が上を見上げ叫んだ。そこには、黒い翼を広げ、妖しい笑みを浮かべ彼を見下ろしている青年の姿がある。重力など関係なしに、建物の側面に足をつけ立っていた。

 

「なぜ怒る。こちらの方が本名だろう信喜海大よ。生き物にとって、名前は大事なものだろう? 忘れてはいかんよ」

「黙れ!!! それ以上その名前を呼ぶな、その名前を口にするな!!」

「哀れやのぉ海大や。両親からはネグレクトを受け、友人には裏切られ。唯一仲間だと思っていた幼馴染には──……」

「黙れぇぇぇええええ!!!!!」

 

 青年が楽し気に口元へ手を持っていき話している時、月海は喉が裂けそうな程の声量で叫び散らした。

 地面に落ちていた石を拾い上げ、前に立っている青年へと感情のままに投げた。だが、それは片手で受け止められてしまう。

 

 垂れている髪は風で揺れ、組んでいた両手は石を受け止めるためにほどく。その行動全てに余裕があり、逆に月海はいつもの冷静さが欠け、感情のままに行動してしまっている。余裕がなく、判断力が鈍っていた。

 

「そう取り乱すでない。まだ、心が壊れるのは()()

 

 取り乱している月海を見て、青年はコツ……コツ……と。革靴を鳴らしながら徐々に月海へと近づいていく。

 ゆっくり移動している青年の動きを感じ、月海は顔を逸らさないように気を付けながら横に一歩。足を踏み出した。その瞬間、青年は姿を晦ませ。いつの間にか月海の目の前に現れた。

 

 目の前に突如として現れた気配により気が動転してしまい、月海は何も行動できなかった。体が硬直し、何もできない。青年の赤い瞳が、彼を逃がさない。

 

「まだまだ、こんなに綺麗ではないか。ダメだ。このままでは、面白くない。もっと、我好みの黒い感情を寄越すのだ。昔、幼馴染に裏切られた時のような感情を」

 

 両手を月海の顔に添え、生き物とは思えない異様な笑みを浮かべながらねだる。不気味な笑い声が裏路地に響き、月海は体を大きく震わせる。

 

 絶望的な状況。逃げられず、体が動かない。その時、どこからか女性の冷静な声が響いた。

 

「そんなに相手が怖いなら、()()()()()()()()()。月海さん」

 




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「生みの親」

 路地裏に響く冷静な女性の声。その声から発せられる言葉は辛辣で、この状況では絶対口にしてはならない。

 

 その声が聞こえたのは、青年の後ろ。陽光が差し込まない闇、見通す事がで出来ない道。そのような通路から少しずつ姿を現したのは、サイズが合っていないジャージを羽織り、顔を赤く染めている暁音だった。

 

 少しふらついておりまっすぐ歩けていない。それでも月海の元へと歩く。暁音の息遣いだけが聞こえる道で、余裕を崩さなかった青年がやっと眉を顰め笑みを消した。だが、暁音は今の段階でふらついているため警戒する必要がないと判断。すぐに月海へと目線を向けた。

 

「――――なっ!」

 

 いるはずの彼が気配を感じさせる事なく姿を晦ませていた。目を驚きで見開き、周りを忙しなく見渡した。

 暗闇を見渡し月海を探すが、隠れられる場所がないにも関わらず見つけられない。闇に潜み、気配を完全に消していた。

 

 青年は落ち着くため、一度瞳を閉じる。その時にも気配を感じ取ろうとしたが、暁音の気配しか感じ取れず目を開けた。

 

「っ!」

 

 開けると目の前に暁音がおり、先ほど感じ取った気配とは異なって体をびくつかせた。

 彼女は何も口にせず、虚ろな瞳でのみ。だ見上げるが、焦点が合っておらず本当に青年を見上げているのかわからない。心の奥を見ているような瞳に、青年は胸糞悪いと鋭い視線を返した。

 

「無駄よ」

「なに?」

「気配を探ろうとしているみたいだけれど、それは無駄なあがき。だって、月海さんは今までずっと、気配を消しながら生きてきていた人なの。簡単に見つかるほど、愚かで馬鹿じゃないわ」

 

 虚ろな目とは裏腹に、しっかりとした言葉を伝える。迷いのない言葉が放たれ、青年は肩眉を上げ「なに?」とぼやく。

 

「なるほど。熱で視界が曖昧という訳かのぉ」

 

 「ふむ」と。顎に手を当て、青年は右手を彼女へ伸ばし肩を掴もうとした。

 

「見つからないのであれば、次の玩具は──」

 

 暁音の肩に青年の手が触れそうになった時、何もない空間から突如として彼女を守るように。黒いモヤが現れ、触手のような物が伸びてきた。そのため、青年は咄嗟に手を引っ込め一歩後ろに跳び距離を取った。

 

 狙いを失った触手は、うねうねと動きながらモヤの中に引っ込んでいった。代わりに、小さな手が伸びてきた。徐々に手だけではなく、おかっぱ少年の姿がモヤの中から現れ、暁音を守るように前に立ちはだかる。その少年は、暁音に憑いている悪魔、ムエンだった。

 

 冷静に見える姿だか、普段クリンしているパッチにな目は細められ、左右非対称の瞳が青年を射抜く。

 

「今、アカネに触れようとした? その、汚らしくて、誰も触れたくないような汚物で。触れようとした? 許さない、許さないよ」

「なるほど。悪魔憑きの少女だったか。これは少々厄介なモノを連れておる……」

 

 ムエンは青年を睨み「許さない」と、壊れたおもちゃのように呟き続ける。射抜いている真紅と藍色の瞳は、怒りで血走らせており鋭い。睨まれただけで足が竦んでしまいそうになる。

 そんな瞳に睨まれている青年は、何も気にしておらず考え始めた。

 

「だが、その悪魔。随分弱く見えるが、まだこの世に出て日が浅いひよっこかのぉ?」

「そんなのあんたには関係ない。許さない、アカネに触れようとしたコト。絶対に、ユルサナイ」

「だからなんじゃ? 許さないからなんだというのだ?」

「はらわた引っ張り出して、脳髄を吸い取り、生き地獄を味合わせた後――――コロシテヤル」

 

 歯を食いしばり、強く拳を握る。眉間に深い皺が刻まれ、細められている両目からは殺気しか感じない。殺すしか選択肢がムエンの中にはなく、鋭く尖っている爪を露わし構えた。

 

「子供にもかかわらず、良いものを持っているらしい。これは、ほしいのぉ。()()()()()()()?」

「食べてもいい? どういう事?」

 

 青年の言葉に対し、暁音は肩眉を上げ問いかける。ムエンもわからないらしく、すぐに動こうとはせず身構えた。

 

「そうじゃのぉ。簡単に説明をすると、我は食べたモノの力を吸収することができるのじゃよ。見た目や性格、力なども。すべてを我の物にするのが可能じゃ。このように――……」

 

 右手で自身の顔を覆ったかと思うと、次の瞬間には違う顔になっていた。

 

 髪は短くなり、色は黒色に変化。目元も黒くなり、口元には優し気な笑み。その顔は、暁音の幼馴染である瑠爾そのものだった。

 暁音はその顔を見た瞬間、昨日の出来事を思い出し、目を大きく開く。予想外の展開位に思考が負いつがず、彼女は目を開いたまま目の前にいる瑠爾を見続けた。

 

「思い出したようじゃのぉ。まぁ、そのように催眠をかけたから当たり前じゃが」

「お前、アカネになにをした!!!!!」

 

 見た目が変わった青年にムエンが怒りのまま突っ込んでいく。その時、何もなかった地面から突如として複数の黒い手が現れ、ムエンを掴もうとした。

 

「っ!! 小癪!!」

 

 複数の手をすべて見極め、体を捻りながら手の届かない所まで上空に飛びあがる。

 

「ほう、逃れる事が出来たか。ならば――――っ!?」

 

 背後から微かな人の動きを感じ取り、咄嗟に膝を曲げ屈み振り向きながら前に一歩飛んだ。

 青年の目の前には、鋭く光るカッターナイフの刃。もし気配に気づかず、ムエンに攻撃を仕掛けていれば、青年に向けられた刃の餌食になっていた。

 

「……──ちっ」

「危なかったのぉ。あともう少し気づくのが遅ければ殺られていたかもしれぬ」

「嫌味か?」

「今の現状を元に述べただけじゃよ」

 

 青年の首を狙ったのは、赤い布を揺らし、フードを取った月海だった。

 先ほどまでの弱弱しさはなく、別人のような雰囲気を纏っている。裏人格である月海が暁音の言葉により表側へと姿を現していた。

 

「ほぅ。そちらさんに会うのは初めてかのぉ」

「ゴタゴタ余計な事を喋んじゃねぇよ。耳障りだ」

「会話は大事なコミュニケーションの一つだと考えておるんじゃが」

「黙れ。てめぇなんぞと話す事なんて特にねぇよ。それに、コミュニケーションなんざとる必要もねぇ。今ここで死ぬんだからな」

 

 何時ものように月海は、目元に巻かれている赤い布に手をかけ引っ張る。そして、闇が広がる目元を露わにした。

 青年は避けたのと同時に顔を元に戻し、緑色の長髪を揺らす。

 

 片手に持っているカッターナイフを弄び、月海はいらだつ気持ちを抑え青年を見た。

 余裕そうに笑っている青年に対し、月海は今まで我慢していたモノを出し切るように低く、重い口調で言い放った。

 

「今ここで、殺してやるよ。(もう一つの人格)の生みの親である貴様をな」




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「任せたわ」

 月海の言葉に、先程より大きく口を開き笑い声を上げた青年。その声が不快に感じ、月海は眉間に皺を寄せ唇を尖らせる。

 警戒の色を滲ませ、カッターナイフを一度持ち直した。青年はそんな彼を見て、大げさに肩をすくめる。

 

「まさか。そんなちっぽけな刃で我の事を斬れると? 我も舐められたものじゃな」

「カッターナイフをなめんな」

 

 きらりと光る刃をむき出しにして、月海は目の前にいる青年を警戒した。怒りという感情で今すぐにでも青年を葬り去りたいと思っている月海だったが、そんな感情だけで動けば確実に殺されるため何とか冷静を保っていた。

 

「今の主に興味はない。元の主の方が面白い反応をしてくれる。戻ってはくれぬか?」

「断る。てめぇの歪んだ趣味に付き合う義理はねぇ」

「それは残念じゃ。無理やり引きずる出す事が出来るじゃろうか」

 

 どのようにすれば自分の思い通りになるか。青年は顎に手を当てながら考え始めた。その動きを見て、月海は表情を変えずに問いかけた。

 

「今考え事なんてな。随分と余裕じゃねぇか。あれは大丈夫か?」

「踏む、あれとな?」

「あれ」

 

 月海は左手で青年の後ろを指さした。その先には、青年の心臓を狙うムエンの姿。鋭い爪を立て、青年の左胸に突き刺そうと繰り出した。それを、咄嗟に体を翻し避ける。その際、完全に避ける事ができず、横腹を掠めた。

 

「ちぃ!! 忘れていたわい」

「避けないでよ。そのまま死んで」

 

 いつの間にかムエンの姿が変わっていた。少年から青年の方に姿を変え、黒い翼を羽ばたかせる。いつも付けているはずの白手は脱いでおり、黒い爪、悪魔の証である逆さの五芒星が浮き出ていた。

 

 攻撃を避けられたムエンは、月海の隣に立つ。左右非対称の瞳を青年から離さず、いつでも殺せるように右手を構えた。

 

「二対一か。少しばかりこちらが不利じゃのぉ」

 

 現状を整理するため、呟いた青年の目線は、先ほどから動こうとしない暁音に向けられた。

 ムエンは瞬時に青年の思惑を感じ取り、慌てて暁音へと飛んでいこうと羽を動かす。だが、地面から先ほどと同じく無数の手が現れムエンの足を掴んでしまった。

 

「うわ!? ちょっ、はなして!!!」

 

 掴まれた足を動かし振り払おうとしたが、次から次と黒い手が伸びムエンを拘束する。

 月海はカッターナイフで手を切る。意外と簡単に切ることができ、次々と切りながら青年の動きを警戒していた。

 早く暁音の所へと向かわなければならないといけないが、それを許してくれない無数の手。

 

「ムエン!! 姿を変えろ!!」

「っ、わかった!!」

 

 一瞬で青年から少年に変化し掴まれていた体の拘束を解く。すぐさま掴み直そうとしている手を月海はカッターナイフを水平にし、横一線に払った。それにより、手は簡単に切られ、溶けるように地面に落ちた。

 

 二人は暁音の方へと走り出したが、遅かったらしく青年は暁音後ろに移動し、腰と顔に手を回し動けないようにしていた。

 

「アカネ!!!」

 

 ムエンが喉が切れそうなほどの声量で叫ぶが、青年は気にする様子を一切見せず二人をあざ笑う。

 暁音は苦々しく顔を歪め、肩口から覗かせている青年を睨みつける。体を捻じり、逃げ出そうと腰に回されている手を掴むが、力では勝てる訳もなく。逆に腰に回されている手に力が込められてしまった。

 

「くっ…………」

「無駄に抵抗しない方がよいぞ。主のような弱い人間は、これより力を込めてしまうと骨が折れてしまう恐れがある。もしかすると、誤って殺してしまうかもしれん。我に殺される訳にはいかんのじゃろ?」

 

 耳元で囁かれるように悟られ、暁音は渋々掴んでいた手から力を抜いた。

 

「よい子じゃ」

 

 甘く、人を誘惑するような声で囁く。

 今にも飛びつこうとしているムエンを抑え、月海は冷静な面落ちで暁音達を見ていた。

 

 ムエンは歯を食いしばり、こぶしを握る。相当強く握ってしまい、血がしたたり落ちていた。我慢の限界が近いムエンに対し、月海は落ち着いた声色で言う。

 

「落ち着けムエン。あいつは暁音を殺そうとしていない」

「なんでわかるの」

「殺してしまえば、人質がいなくなる。それに、お前が力を暴走させるのもできれば避けたがるはずだ。お前は暁音が絡むと豹変するしな。それはあいつも感じ取っているはずだ」

 

 冷静に分析しながら伝え、ムエンは歯を食いしばりながらも耐えることにした。感情のまま動き、もしもの事があれば。彼は一生後悔する事になる。それを懸念し、耐え続けた。

 

 むやみに動こうとしない二人を見て、青年はつまらないという視線を浮かべた。

 

「どこまでその冷静を保つ事ができるかのぉ」

 

 暁音の頬を撫で、誘惑するように頬ずりをする。

 ずっと冷静を保っていた月海だが、握っているカッターナイフに力が込められ、自然と口から舌打ちが零れる。ムエンも鼻息が荒くなり、鋭く尖っている爪をわなわなと震えさせた。

 

「もう、無理なんだけど。ねぇ、ルカ!!!」

「まだ駄目だ。今下手に動けば、暁音が殺される。耐えろ」

 

 気持悪そうに顔を歪め、顔だけでも逸らそうとする暁音。助けを乞うように二人を見た。そんな目に焦りが募る月海だが、息を飲み打開策を考え続ける。

 

「そういえば、あいつはムエンを怖がっているような気がする。それに、意識を四方に散らすのが苦手な印象。俺と会話していた時、ムエンの気配をギリギリまで感じ取れなかったみたいだしな」

「なら、まず気を逸らしてアカネを救出。そこから二人で畳みかければ」

「いや、そう簡単にいかねぇよ。余計な動きを見せれば暁音が殺される」

「なら、どうするの?」

「…………そうだな。余計な動きを見せずに気を逸らせる事が出来れば、チャンスが訪れる」

「なるほど。それなら、できるよ」

「んじゃ、任せたわ」

 

 青年に聞こえないように簡単に作戦を伝え、ムエンは暁音達の足元ん目を向けた。




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「もらった」

「何を話しているかわからんが、下手な動きを見せればこの娘がどうなるか…………。安易に分かるとじゃろぉ?」

「そうだな。今俺達が動けば、そいつは簡単にあの世逝きだろうな。もう、赤子をひねるより簡単なんじゃないか」

「そうじゃのぉ。じゃから、余計な事をしない方が良い。こやつを悲しませたくないじゃろ?」

「安心しろ。そいつは死ぬ事に対してなんとも思ってない」

「それにしては、嫌がっているみたいじゃがのぉ」

「お前の事が嫌いなんだろ?」

「それは残念じゃのぉ」

 

 二人の会話に、暁音は体を固定されていることとは別にげんなりした。何言ってんだろうと思いながらも、暁音は逃げるタイミングを計っている。だが、熱で集中力も欠け、頭痛や関節の痛みも気になり始めた。早くどうにかしなければ、熱で倒れる可能性もある。

 

「残念と思ってないな。まぁ、思っていたとしても、そいつは俺のもんだ。誰にも渡さねぇし、殺させねぇ。たとえ、お前のような人外相手だとしても」

「人外か。そういえば名乗ってなかったのぉ。我は堕天使、アルエザ。これからは気軽に名前を呼んでもらえると嬉しいのぉ」

「キモイ断る興味ねぇ」

「…………さすがに傷つくのじゃが」

「そのまま精神的にも肉体的にも死ね」

「ひどいのぉ」

 

 クスクス笑いながら、アザエルは月海とムエンを見る。その時、先ほどとは違う違和感に気づき笑みを消した。

 口を閉ざし、瞬きを繰り返す。違和感はあるが何が違うのかわからず、目を細め違う所を探す。

 

「…………下手な動きをするなと。我は言ったんじゃがのぉ」

 

 何かに気づいたアルエザは、暁音の顔から手を離し指を鳴らす。その時、ムエンの後ろの地面から突如として、黒い水のようなものが飛び出してきた。

 高い波のようなものが二人に向かって降り注ぎ始め、慌てて走り間一髪避け地面に倒れ込む。

 ムエンは驚きながら後ろを振り向き、月海も同じく片膝を立て後ろを見た。

 

 地面に黒い液体が広がり、うようよ動いている。波のようなものは、スライムのように動き一つに集まり大きな物体になった。触手のようなものが伸び、二人を襲う。

 

 月海は瞬時に立ちあがり、カッターナイフを構え切り落とす。ムエンもすぐさま空中に舞い、黒いモヤを操り小さな鎌を二つ作りだし次々と切り落とし続ける。だが、無限出てくる触手は元をどうにかしなければどうすることもできない。

 

 月海は触手の気配を全て感じ取り、顔色を変えず踊るように避けている。その様子を感心したようにアザエルは見ていた。

 

「貴方は月海さんを舐め過ぎよ」

「どういう事じゃ?」

「貴方が思っているより、月海さんは強いという事よ」

「なるほどぉ」

 

 まだいまいちわかっていないような態度のアザエルを気にせず、暁音は真っすぐ。二人の動きを見ながら質問をした。

 

「それより、瑠爾はどうしたの?」

「ん?」

「貴方、さっき食べた人物になれるといっていたじゃない。もしかして、瑠爾を食べたの?」

「そうじゃよ? お主に近付くため、利用させてもらっただけじゃが。何かあったか?」

「……………………そう」

 

 人を殺したとは思えないほどサラッといい放たれ、暁音の元から死んだような瞳はもっと黒く濁り触手から逃げている二人を見続ける。

 

「どうしたんじゃ?」

「なんでもない」

 

 暁音の反応が曖昧過ぎてアザエルは困惑する。もっと泣きわめいて絶望の顔を浮かべると思っていたアザエルからすると、なんともつまらない反応。だが、アザエルにとって暁音の反応はどうでも良かった。今一番見たいのは、表人格の月海の絶望したような顔。それが一番欲しいと思っていた。

 

「ねぇ、貴方は月海さんのなに? どこで月海さんをみつけたの?」

「気になるかのぉ?」

「うん」

「素直じゃのぉ…………。調子が狂う。ま、まぁ良い。簡単に教えるとな、あやつが過去。絶望していた時に出会う事が出来てのぉ。その時の顔がたまらなくて、輝いて見えて。もう、離したくないとも思った。だが、あやつはそんな我の気持ちを無視し姿を晦ませた」

 

 話しているアザエルは、最初顔を高揚させ万感胸に迫るような面持ちで語っていたが、徐々に冷めていき、口調が淡々となる。見上げると、赤くなっていた頬は白く、横に伸びていた赤い唇は閉じられた。

 目は細められ、カッターナイフを握る月海へと向けられている。

 

「あんなに素晴らしく絶望の淵に落ちた顔は見た事がない。床にうなだれ、両目から流れ出る雫は綺麗に輝き。泣き叫んでいる声はのどが切れ掠れていた。そして、何より。人を怨み、呪い、憎悪の塊りと化したあの瞳。たまらなかった。だから、もらっただけだというのに、あやつは…………」

「…………え? もらった?」

 

 黙って聞いていた暁音だったが、一つの引っかかりを感じ聞き返した。

 

「そうじゃ。もらったんじゃよ。あやつの、きれいに黒ずんだ。左右色違いの瞳をのぉ」




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「行くかのぉ」

「もらったって。それじゃ、今。月海さんの目が見えないのは、貴方のせいなの?」

「せいという言い方心外じゃが、あながち間違え取らんな」

 

 クククと喉を鳴らし、パーカーのポケットをチラッとみる。だが、すぐに月海へと顔を逸らす。

 暁音はアザエルを見上げ、目を疎ほめる。何かを企んでいるような表情を浮かべ、そっと目を逸らした。

 

「それじゃ、貴方は月海さんを殺す気はないという事ですか?」

「これ以上抵抗しなければじゃな」

「そう。それは少し心配ね」

「? どういう事じゃ?」

「さぁ」

 

 表情を変えず暁音は月海を見る。意外な反応をした彼女にアザエルは、怪訝そうに顔を歪める。だが、すぐに月海を見た。

 今だスライムのような物体にてこずっている二人は、体力が削れ、動きの切れがなくなってきていた。息も切れ、肩を上下に動かしている。

 

「もう諦めたらよいのにのぉ」

「そうですね。貴方が殺そうとすれば、力の差に絶望して諦めるかもしれませんね」

「む? それはお主にとっても悪いことなのではないのか?」

「そうね。だから、できる限り辞めていただきたいわ。あと、体が熱くなってきて、視界も悪くなったきたの。だから、抑えなくとも逃げないわ。離してちょうだい?」

「それは無理な相談じゃのぉ」

「知ってた」

 

 暁音は突如俯き、妖しく笑った。

 

「まぁ、もうどうでもいいけれど」

「? さっきからなんじゃ。お主、こんなにおしゃべりだったか?」

「さぁ。熱でおかしくなったのかも」

「一体、さっきからなん――……」

 

 アザエルの声が途中で途切れる。それと同時に、暁音は拘束が解け前方に倒れそうになった。

 

「あっ…………」

「間に合ってよかったわ」

「ありがとうございます」

 

 月海が右手を前に出し、暁音を引き寄せ自身の胸元へと抱き込んだ。

 

「あっつ」

「熱が上がったみたいです」

「早く終わらせねぇとおめぇが死ぬな」

「…………貴方に殺されないのは少し嫌ですね」

「そうかよ。なら、頑張って耐えるんだな」

 

 暁音を抱きかかえ、アザエルを見る。目の前には、大きな獣に嚙みつかれ、うなだれているアザエルと。普通の狼の何十倍の大きさはある獣がいた。

 

「ムエン、まずいだろうが、そいつを食えば栄養が手に入るかもしれねぇぞ」

 

 大きな狼姿のムエンは、噛みついているアザエルを呑み込もうと顔を上に向けた。だが、それより先にアザエルが意識を取り戻し動き出しt。

 

「いたた…………。まさか、いつのまにか悪魔が地面に潜んでいたとな。まさか、それを悟られぬよう。お主は我に話しかけていたと?」

「さぁね」

「やはり、手を抜いておると、こっちがやられてしまう。さすがに本気で殺してやろうぞ。死ぬのは、嫌じゃからのぉ」

 

 グググと動きだし、ムエンから逃げようと両手で口を開かせる。だが、そう簡単に解放させるわけもなく。ムエンは顎の力を強めアザエルの身体を嚙み千切ろうとした。お互い力の押し合いになり、顔を歪める。

 

 ギリギリと押し合いの中、なぜかいきなりムエンが苦しみだした。

 

「ムエン!?」

「何が起きた」

 

 ムエンはアザエルを咥えたまま、痛みから逃げるように顔を大きく振り暴れ始める。重い音が響き、左右の建物に体をぶつける。苦しげに叫んだ時口が開かれ、隙間からアザエルが抜き出してしまう。

 完全に体を抜け出させ下へと落ちていく。地面に足を付けた瞬間。バタンと大きな音を鳴らしムエンが倒れてしまった。それと同時に、金属が落ちたような、カランという音も月海の後ろで響いた。

 

 大きな体は徐々に小さくなり、瞳を閉じた少年が体を丸め倒れていた。肌が黒くなっているところがあり、痣のようになっている。その痣は、徐々に広がっていきムエンを包み込もうとしていた。もし、この痣が体に害をきたすものならムエンの命が危ない。

 

「ふぅ。危なかったのぉ」

「ムエンに何をしたの?」

「大したことはしておらん。少しばかり我の気を体内に充満させただけじゃよ」

「おめぇの気?」

 

 肩眉を上げ、怪訝そうに問いかける。

 

「そうじゃ。ちなみに、人間が我の気を吸い込んだら一瞬で死ぬぞ」

「猛毒みたいなものか」

「簡単に言えばな」

 

 服に付着した血痕など気にせず、汚れを払う。手についた血はなめとり、光る瞳で月海を睨んだ。

 次の狙いは月海に定め、浅く息を吐く。手を横に垂らし、ゆらりと体の向きを変える。

 

「彼女の言葉に従い、本気で殺しに行くかのぉ」

 

 妖しく光る瞳に睨まれ、暁音は思わず月海にしがみつき。月海はただただ見返し、次の行動に備えた。

 




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「お前がな」

 暁音はいつものように朝目を覚まし、リビングで朝食を食べて学校に向かう。だが、今は何故か一人ではなく、隣に男性が一人居た。

 

「なんでいるの」

「心配だからだよ」

「今までそんなことしてこなかったじゃん」

「久しぶりに会ったら熱。それに気づかずどこかに向かっていたじゃん。そんなの見たら、普通に心配するよ」

「偶然だよ」

「その偶然を起こさないように、今一緒に学校向かっているの」

「そっちの学校は大丈夫なの?」

「普通に間に合うから問題ないよ」

「そう」

 

 そんな会話をしてるのは、暁音の幼馴染である瑠爾(るに)

 隣で本を読みながら歩いている暁音を横目で見て、ため息をついている。

 

「普段からそんな感じなの?」

「うん」

「それ、しっかりと読めてる?」

「うん」

「…………にしては、表紙上下逆なんだけど」

「え? そんなこと…………あ」

 

 確認するように表紙を見ると上下逆になっていることに気づく。何事も無かったかのように直して、再度読み始めた。

 

「なるほど。表紙だけが逆になっていたのか……」

「昨日家で落としてしまった時、表紙が取れて慌てて直したんだけど。多分、その時に間違えた」

「しっかりしているように見えて、そうでも無いよな。暁音って」

「そんなことないよ」

 

 そんな会話をしながら歩いていると、どんどん周りに暁音と同じ制服を着た人達が見えてきた。その人達は、何故か暁音達に目を向け頬を染めたり、ピンク色の声を上げている。

 そんな視線や声が煩く感じでいるのか、暁音は眉間に皺を寄せ何かを言いたげに隣に立っている瑠爾を見た。

 

「え、何?」

「…………別に。早く学校行ったら?」

「え」

「ほら、もう私の学校には着いたから」

「いや、まだ見えて──」

「ここまで送ってくれてありがとう。それじゃ」

「あ、ちょっ──」

 

 暁音は瑠爾を振り切るように歩みを早め、歩き去ってしまった。その際、こだわりというように本からは目を離さない。にもかかわらず、誰ともぶつからないのはある意味すごい。

 

 そんな彼女の後ろ姿を唖然と見て、瑠爾の無意味に伸ばされた右手は空を掴んでいた。

 

「な、なに?」

 

 目元に薄く涙を浮かべ、悲しげな声をこぼし、瑠爾は肩を落としながら鞄を握り直し自身の学校へと向かって行った。

 

 ☆

 

 いつものように学校を終え旧校舎へ。3ーBには変わらず月海が窓の外を眺めていた。

 今はまだ日は昇っており明るい。

 

「月海さん。こんにちは」

「あぁ」

「何を見ているんですか」

「闇」

「…………それは分かっております」

「なら、聞く必要ないじゃん」

「そういう意味ではありません」

「へぇ」

 

 興味なさげに会話を終わらせ、月海は顔を窓から離した。そして、暁音の方に向ける。

 いきなり顔を向けられた彼女は驚きで少し目を開き「なんですか」と問いかける。

 

「なんで君はここに来るの?」

「それは月海さんにおんがえっ──」

「それだけじゃないでしょ。他にもあるはず。君をつなぎ止めている何かが」

 

 暁音の言葉をさえぎった月海の言葉に、彼女は肩を少し震わせる。目線を泳がせ、なにか言おうと口を開く。だが、言葉にならず直ぐに閉ざしてしまった。

 暁音の困惑が月海に通じたのか。溜息をつき、乱雑に頭を掻く。

 

「もしかして、もう一人の僕に口止めされてるとか?」

「………ソンナコトナイデス」

「声ちっさ」

 

 暁音は誤魔化す言葉が思いつかず、とりあえず否定だけを口にしていた。

 

「別に、口止めされていたらいいよ。なにか考えがあるということだし」

「どういうことですか?」

「もう一人の僕が、今の僕に知られたら不味いことって無いんだよ。だって、どうせ僕は僕だ。性格や思考などが大きく変わるわけじゃない。内に秘めている今の僕の感情を、もう一人の僕が発散してくれているに過ぎない。なら、なんで君に口止めをしているか。これは僕の勝手な想像だけど、今の僕に知られると、心底めんどくさいことになる。そう、考えているんじゃないかな」

 

 月海は顔を逸らし、近くにある机をトントン叩きながら口にする。その言葉に、暁音は首をかしげ口を開いた。

 

「心底めんどくさい、ですか? そんなことないと思いますが」

「なら、教えて」

「それはちょっと」

「あっそ」

 

 しっかりと月海の申し出を断り、暁音は顔を背けた。

 

「だって──……」

 

 ──────────────────

 

『おめぇはくそよぇな』

 

『そりゃ。貴方みたいにそんなカッターナイフで相手を殺すほどの力は、私には無いですよ』

 

『そうじゃねぇ。おめぇは、もう諦めている』

 

『諦めている?』

 

『そうだ。おめぇには自分を強くする意思がねぇ』

 

『意味がわかりません』

 

『だから、俺がてめぇの意志を引き出してやるよ』

 

『……え?』

 

『おめぇが「死ぬのが怖い」と思うまで、俺はてめぇを"死"という物の近くに居続けさせてやる』

 

『なんですかそれ』

 

『おめぇが自分の意思で逃げたり、身体を震わせ怖いと感じた時──俺がお前を殺して(解放)やる。今の地獄(現世)から──……』

 

 ─────────────────

 

「だって」と口にしてから、その後の言葉が繋がらない。月海は不思議に感じたのか片眉を上げ「どうした」と、問いかける。

 

「…………いえ、なんでもありません」

「なんなんだよ」

「多分、そのうち知ることになるかと」

「そんなの当たり前じゃん。僕は完全なる無関係ではないんだから」

「そうですね」

 

 その後は特に会話をせず、二人はそれぞれの事をして時間を過ごした。

 

 それから夜になり、暁音はいつも通り旧校舎から出て帰宅。

 教室に残った月海は、外を歩いている暁音を見届けながら、ソッと口を開いた。

 

「なんか、もう一人の僕の方が、暁音と距離近くない?」




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「主の命」

 肉が切れる音。紫の血が飛び散り、地面や床を汚す。月海にも降り注ぐが気にせず、口元に付いた血を軽く舐めた。

 

 倒れかけるアザエルの身体から、いきなり噴水のような霧が噴射され三人を包み込む。いきなりだったため、逃げる事ができず、月海は顔を覆い、暁音はムエンを庇うため覆いかぶさった。その時、ムエンは目を覚まし横眼だけでアザエルを見た。

 

「アカネ…………」

「っ、ムエン。起きたんだね、おはよう」

「アカネ、あいつ。ルカ一人じゃ、危ない、かも…………」

「えっ…………。でも」

 

 暁音はムエンの言葉に胸騒ぎがし、ゆっくりと月海の方へ顔を向けた。

 今はまだ、何も見えない。黒い霧に囲まれ、視界が悪く月海がどこにいるのかもわからない。

 

 目を細め、先を見ようとした時。霧がどんどん晴れていき、視界がはっきりとしてきた。

 

「あ、月海さん!! だいじょっ――……」

 

 暁音の言葉か止まる。目を大きく開き、口を震わせた。喉が締まり、声が出ない。心臓が大きく波打ち、ムエンを支えている手から力が抜けた。

 ムエンは目を伏せ、翼をゆっくりと動かし飛び月海へと向かう。

 

「…………即死…………」

 

 月海は地面に仰向けで倒れていた。左胸に、大きな穴を開けて。

 

 

 

 

 

 

 

「んなわけあるか」

「あっ…………」

 

 死んだと思った月海は、なぜか起き上がり苦い顔を浮かべた。怪我していないのか、体は軽そう。普通に立ち埃を払う。

 

「なぜ。手ごたえはあったはず」

「なんでだろうな。まぁ、俺が天才だって事だ、諦めろよ堕天使」

 

 驚きで目を開き、その場でわなわな震えるアザエルを面白おかしく見て、白い歯を見せ笑った。その笑顔が悪魔のように歪み、人を陥れる事でしか快楽をえられないような。狂うた笑顔を浮かべ、アザエルを見る。

 

 そんな笑顔を向けられ、アザエルは勝ち誇った顔が絶望の顔に切り替わる。顔色が悪くなり、口元を震え始める。がくがくと膝が笑い、近づいて来る月海から逃げるように後ろの下がる。だが、膝が震えてしまいうまく下がれずもつれてしまった。

 しりもちを付き、それでも逃げようと地面に這いつくばり腕だけの力で逃げようとした。

 

「情けねぇなぁ。それでも堕天使かお前。ただのか弱い人間にそんな体たらく、見せてもいいのか? まぁ、俺は楽しいからいいんだけどな」

 

 ペタペタと。這いつくばっているアザエルの後ろを歩きながら、月海は楽しみながら見下ろす。

 

「お前、もう一人の俺の絶望する顔が好きなんだろ? させてみろよ。今の俺を引っ込め、もう一人の俺を引きずり出させてみろよ。なぁ、堕天使の底力、俺に見せてくれよ!!!!」

「ぐっ!!!」

 

 背中を踏みつけ、呻き声をあげさせる。

 

「お前にはそんなに恨みはねぇが。お前は俺の気持ちわかるだろ? 人が絶望で叫んだり、顔を歪めたり。泣き叫んだりする所を見ると、興奮するよなぁ。体に甘いような痺れが走って、気持ちがよくなる。この感覚が、たまらなく良い。お前も、こんな感覚が好きで、人を陥れるんだろ? なぁ、答えてくれよ」

 

 ゴス、ゴスと。何度も何度も踏みつけ、そのたびにアザエルはカエルが潰れたような声が口から飛び出す。

 

「ぐっ、なめるなよ。人間!!!!」

 

 アザエルは怒りに任せ叫び、月海を睨み上げる。そんな瞳も今の月海にとってはご褒美。興奮で顔を高騰させ、横に引き延ばされている唇をぺろりと舐める。

 その顔を見た瞬間、アザエルはこれ以上逆らってはいけないと即座に感じ、歯を食いしばる。そして、手のひらを地面に付けた。

 

「必ず、この屈辱を晴らしてやる。このままで終わると思うなよ」

「っ!? ちっ!!」

 

 アザエルは地面を黒く染め、月海が止めようと手を伸ばすが間に合わず、溶け込むように消えてしまった。

 

「ムエン!!」

「わかってる!! 絶対に逃がさない!! ()()()()は、絶対だ!!」

 

 ムエンは両手を広げ、地面につける。すると、そこから徐々に地面が黒くなり、見えない何かを追いかけるように伸びていく。

 数メートル先まで延び、止まった。

 

 次の瞬間――……

 

 

 ギャァァァァァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!!

 

 

 

 地を這うような凄まじい叫び声が地面から響き、暁音は思わず顔を歪め耳を塞いでしまった。

 

 地面が盛り上がり、そこから大量の紫色の血が噴射した。




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「私にだって」

 上から降り注ぐ血。月海は顔を上げ、暁音は耳を塞ぎながら月海と同じ場所を見る。そこには、黒い影に体中を貫かれている、アザエルの姿があった。

 

「あれは…………」

「これが、あいつの最後だ。俺の目を奪ったんだからよ、これが妥当だろ」

「妥当の意味を今すぐ調べたくなってくる光景なんですが」

 

 項垂れ、もう指一本すら動かす事が出来ない状態のアザエル。気を失ってしまい、何も抵抗ができない。

 そんなアザエルを、ムエンは冷めたような瞳で見あげ、次の指示を仰ぐため月海をチラッっと見る。

 

「…………もう大丈夫だろ。食っていいぞ、ムエン」

「わかった」

 

 ムエンは月海の指示に従い、姿を変え始めた。

 黒い霧が少年を包み、どんどん大きくなる。そこから姿を現したのは、毛並みが良い、月を覆い隠すほど大きな狼。

 

 この街全体に響き渡る程の咆哮を上げ、口を開いた。黒く染まり、ブラックホールのような空間が広がっている。その時、薄く目を覚ましたアザエルが動き出し目の前の光景に絶句。

 

「や、やめろぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アザエルの叫び声は、そのうち聞こえなくなった。

 ムエンは先程のアザエルの気を警戒していたが、何もない事がわかり姿を少年に戻る。力を使い過ぎて、ふらふら。暁音が慌てて抱きかかえたため、地面に落ちる事はなかった。

 

「あの、何が起きたのか理解できなかったんですが」

「だろうな。まぁ、無事だったんだからいいだろ」

「そういう問題ではないと思います。あの、その胸は大丈夫なんですか?」

 

 まだ胸から落ちる血を見ながら、暁音は問いかける。

 

「問題ねぇよ。ひとまず旧校舎に帰るぞ。どうせ色々話さねぇとならんし、座りてぇ」

 

 月海はそれだけを言うと、暁音を無視して歩き始めてしまった。そのため、暁音もムエンを抱えたまま無言でついていく事にした。

 

 

 

 ☆

 

 旧校舎の教室。いつもの3―Bに辿り着いた。

 月海はいつもの、窓側にある椅子に座り。暁音は隣に立つ。ムエンは寝息を立て安心したような顔を浮かべ暁音の腕の上で眠っていた。

 

「月海さん。教えていただいてもいいですか? あの方との繋がりを」

「…………」

 

 暁音の質問に答えず、月海は黙って夜空を見上げていた。暁音は頬を染めながら、一緒に見上げる。

 瞳が少し潤んでおり、涙の膜か張っていた。かすかに体が震えており、立っているのもやっとな状態。

 暁音の違和感に気づいた月海は、、見あげていた顔を下ろし彼女に向ける。

 

「お前、もうそろそろ限界か」

「みたいです。体に力が入らなくなってきました。一回帰りますね。今回の事は必ず次、聞かせてください。お願いします」

 

 そのまま返答を待たずに教室を出ようとフラフラな足取りで廊下へと向かって行く。そんな暁音を月海は見ていたが、ふと。忘れていることに気づき声をかけた。

 

「おい。そういえばお前、俺の目――……」

 

 問いかけようとした時、暁音の身体がぐらりと傾いた。

 

「っ、っと。…………どんだけ無理してたんだよこいつ」

 

 咄嗟に椅子から飛び上がり、暁音が倒れる前に抱き支えた。ムエンの事もしっかりと掴み、地面に叩き落される前にキャッチ。首根っこを掴んでしまったが、相当疲れているムエンは、鼻提灯を浮かべながら爆睡中。

 ムエンが起きなかったことに安堵し、月海は倒れてしまった暁音を見る。

 

 片膝で腰を支え、右腕で頭を持つ。体から力が抜けているため、両手などはだらんと横に垂れていた。

 

「…………だからこいつは油断ならないんだ。自分の体調不良に気づかねぇとか。あほすぎだろ」

 

 そのような言葉を零し立ち上がった。暁音を横抱きにし、ムエンを彼女のお腹に乗せる。そのまま廊下を出て、真っすぐ保健室に。

 置く側にあるベットに優しく下ろし、ムエンを横にずらした。かけ布団をかけ、月海も横に座る。

 

 月明りが三人を優しく照らしており、暖かい光が包み込む。月海はそんな光が眩しく感じ、そっと手で隠す。

 何も見えない視界で、月海は何かを見続けている。それは自身の過去か。それとも、今日の戦闘の事か。

 

 今回の戦闘ではムエンの力が勝敗を決めたといってもよい。だが、それだけでは確実に押され負けていたかもしれない。

 勝利を手にできた要因は、月海が持つ普通の人では到底出す事が出来ない独特な殺気。

 

 元々不思議な空気を纏っている月海。放っている雰囲気も他の人とは異なり、異質。近づくことすら躊躇してしまいそうになる。そんな彼が、本気で人に殺気を出してしまえば、いくら堕天使だったとしても、簡単に呑み込まれてしまう。呑み込まれてしまえば最後。

 恐怖で体が動かなくなり、声すら出ない。その隙に相手を殺してしまえば、あとは簡単。

 証拠隠滅にムエンが食べてしまえば何の問題もない。

 

 暁音と出会う前。まだ、月海の裏人格が表に出続けていた時。彼は誰でもいいからと思いながら、片手に包丁を持ち人気のない道を夜な夜な歩いていた。

 

 人か近付いてくれば独特な雰囲気で呑み込み、心臓を一発で狙い殺していた。

 気持ちが高ぶっている時は一発で殺さず、何度も何度も体に刃を突き刺しゆっくりと殺していた。その際、人は驚きや苦痛の叫びをあげながらこと切れるため、それを楽しんでいた。

 その度、ムエンが死体を食べ証拠を隠滅。お互い自分にとって有益な事だったため、そんなことをやり続けていた。

 

「…………んん! あ、ルカ」

「起きたかムエン。体の方はもう大丈夫なのか?」

「大丈夫」

 

 ムエンは目元をクスちながら起き上がり、ベットに座り直す。月海を見上げ、あくびを零した。

 

「ムエン」

「どうしたの?」

「お前は、暁音が好きか?」

 

 月海の何の脈略もない質問に首を傾げつつも、ムエンは笑顔で元気いっぱいに頷いた」

 

「大好きだよ!! ルカと同じくらい大好き!!」

「そうか」

 

 少し嬉しそうに微笑みながら、月海はムエンの頭をなでる。心地よさそうにムエンは頬を染め、「えへへ」と笑った。

 

「いきなりどうしたの? ルカがそんな事聞くなんて。もしかしてるかも風邪?」

「そんな事ねぇよ。ただ、このままこいつを俺達の勝手に突き合せられねぇかと思っただけだ」

 

 抑揚のない言葉。感情が載せられておらず、まるで業務連絡をしているように聞こえた。

 

「もうそろそろ、暁音との契約を解除し、記憶を奪い自由にさせる必要があるな」

「え、アカネともうお別れなの?」

「あぁ。元々、こいつは巻き込まれただけだ。こいつの目は俺好みだったし、もう一人の俺が勝手に手をさし伸ばしただけ。こいつは助けられたと思っているがそれは誤解だ。俺たちの気分が、こいつを中途半端にしちまった。なら、こいつのこれからには俺たちはいない方がいいだろう。目も戻ってきたしな。ここにいる必要はなくなった」

 

 月海は暁音のポケットを探り、小瓶を取り出した。

 小瓶の中には、赤色と黒色の瞳が液に漬けられ泳いでいる。

 

「ここでこいつとはお別れだ。約束はもう、考えなくてもいい。お前の感情は、もうすぐで戻るだろう」

 

 月海は立ち上がり、眠っている暁音を見下ろした。右手で彼女の頭を優しく撫で腰を折り、額に軽いキスを落とす。

 

「人のために怒れるようになったお前は、もう安心だ。あとは、俺以外の普通の人間と関わり、プラスの感情を取り戻せ」

 

 足音を鳴らさぬよう、月海は廊下に姿を消した。最後に、ムエンに記憶を抜いておく言うに伝えて。




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真実
「残して」


 朝日が昇り、旧校舎が明るくなる。雲が横に流れ、風が旧校舎を囲う木の葉を揺らす。

 自然の匂いが窓の隙間から保健室に入り、鼻をくすぐる。

 

 髪がゆらゆらと揺れ、破れているカーテンもふわりと動き暁音の横をそよぐ。

 

「…………ん」

 

 暁音が風に誘われるように動き出し、目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、目をこすりながら周りを見渡す。そこにいつもの人がいない事に気づき、一瞬首を傾げた。

 

「…………月海さん?」

 

 探し人の名前を呼ぶが、いつもの気だるげな声が聞こえない。

 

「ムエン、月海さんはどこ? …………ムエン??」

 

 ムエンの名前を何度も呼ぶが、出てこない。いつもは間髪入れずに出てくるが、今はなぜか何度読んでも意味はない。こんな事初めてなため、暁音は少し焦りベットから降りた。

 

 廊下を左右見るが、人の影どころか気配すら感じない。いつもはなんとも思わない廊下だが、少し不気味に感じ、暁音は微かに体を震わせる。

 肌寒い空間が続き、廊下に出るのを戸惑っているが、保健室にいても探し人は見つからないため意を決して一歩、前に出た。

 

 何も話さず、不安げに左右を見ながら歩いていると見覚えのある教室にたどり着いた。

 プレートには3―Bと書かれている。

 

 教室のドアを開け、中に入った。中には誰もいないため、暁音は肩を落とす。だが、すぐさま教卓に向かい中を覗き見る。しかし、そこにも誰もいない。

 暁音はため息を落とし、悲し気に目を伏せる。

 

「…………飽きられちゃったのかな」

 

 静かに呟き、立ち上がった。そのまま廊下に向かい、消えてしまった。

 

 ☆

 

 数日が経ち、暁音は毎日同じ時間。同じ道で何も変わらない時間を過ごしていた。だが、毎日不満があるような顔を浮かべている。

 放課後も、最初は旧校舎に向かっていたが、もう誰もいない旧個社に言っても意味はないと察し、今は行っていない。

 

 授業が終わり、真っすぐ帰宅。部屋に籠り、勉強の日々。特に強制されているわけではないが、他にやることがないため、暁音は教科書を開きノートに筆を走らせていた。

 

 集中していると時間が進むのが早く、いつも数時間も勉強していた。だが、いつも満足したような顔は浮かべず、不満のある顔をしていた。

 

 今も勉強をするため机に向かっていた暁音だったが、目元に疲労が蓄積されていたらしく、視界がぼやけ始めた。

 シャープペンを置き、目元を手でつまむ。天井を見上げ、淡く光る電気を見た。

 

「…………こんなに時間は、長かったのね」

 

 物哀しい雰囲気を漂わせ、背もたれに思いっきり寄りかかる。ギシギシと椅子が音を鳴らす。音楽などが流れていない静かな空間なため、椅子の音が響き鼓膜を揺らす。

 

 窓の外に目を向けた。雲が漂い、月を隠してしまっている。薄気味悪く、何が出てきてもおかしくない。

 そんな外を窓から見ていた暁音は、何か気になり窓を開け、ベランダに出て見下ろす。

 

「…………月海さん。今、どこで何をしているの。私は、やっぱり邪魔だったのかな」

 

 瞳を閉じて部屋に戻り再度、机に向かった。だが、やはり筆は進まず、結局勉強は諦めベットに横になってしまった。

 

 ☆

 

 朝教室で本を読んでいると、教師が険しい顔を浮かべながら入ってきた。手には沢山のプリントを抱えており、教卓に置いた。

 暁音は教師が入ってきたことで読んでいた本を閉じ、顔を上げる。その時、癖のように右手で右の横髪を耳にかけた。

 

「えぇ…………。皆さんは朝のニュースを見ましたでしょうか」

 

 重苦しい口を開き、教師は朝のニュースについて話しだした。

 

「ニュースになっていました、大量殺人失踪事件について、朝の会議で話し合いました。ニュースを見ていない生徒は今から配るプリントに目を通してください」

 

 教師は教卓に置いたプリントを手にし、一番前に座っている生徒に人数分渡した。そのまま一枚だけを手にした生徒は、慣れた手つきで居城に回す。

 暁音は一番後ろなため、もらった瞬間にプリントの内容に目を通し始める。そこには、大見出しで”大量殺人失踪事件”と、書かれていた。

 

「こちら、ここ一週間のニュースをまとめた物になります。事件現場には血痕だけが残り、他には何も証拠は残されていない。狙いもわからず、殺害方法や誰を狙っているのかもわからない。事件が起きた場所がここから近いこともあり、これからは一人で登校下校はせず、必ず集団で帰宅するように。時間は夜に起きているため、部活動も早くに切り上げるようになり、みんなも夜は出歩かないように。これは、以前世間を騒がせた殺人事件に似ている事から、同じ犯人だと考えられている。今だ犯人は見つかっていない。気を付けるように。以上」

 

 教師はこのまま朝のHRを終らせ、教室をあとにした。

 教室内では「このニュース見たぞ」や「怖いよぉ」などの声が飛び交う。そんな中、暁音は冷静に配られたプリントを見て何かを考えこんでいた。

 

「血痕だけを、残して…………」




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「いつもの場所」

 放課後になり、暁音は教師の忠告を聞かず一人で帰宅していた。

 旧校舎に行かなくなり、他にも寄る所がないため真っすぐ家に帰りドアを開ける。中には暁音と一緒に住んでいる知里が、リビングでテレビを見ていた。

 

「あら、お帰りなさい。最近は早いわね」

「寄る所がなくなってしまったので。ところで、何を見ているんですか?」

「最近世間を騒がせているニュースよ」

 

 テレビには”大量殺人失踪事件。犯人は今だ逃亡中”と大きく書かれていた。それだけで暁音は、朝のHRの話なんだとすぐに理解できた。

 暁音は鞄から配られたプリントを取り出し、知里に渡す。そのプリントを受け取り、彼女は険しい顔を浮かべた。

 

「やっぱり学校でも騒がれるわね。これからはお迎えに行きましょうか?」

「大丈夫ですよ。それじゃ、部屋に戻ります」

 

 そのまま部屋に戻る。そんな背中を知里は、何か言いたそうに口を開き手を伸ばす。だが、何も口にできず、見送ってしまった。

 

 暁音は部屋のドアを開け、楽な格好に着替え鞄から教科書を取り出す。机に置き、回転する椅子に座った。

 ペンを動かし始め、ノートを開く。部屋の温度が少し高く、暁音はノートを開いてすぐ窓を見た。

 

「少しだけ開けようかな」

 

 窓まで歩き手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 ”アカネ”

 

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 男子にしては高く、聞き覚えのある声が聞こえた。その瞬間、目を開き勢いよく窓を開けた。

 ベランダの先には、半透明の少年が黒い翼を羽ばたかせ飛び暁音を見ている。

 

「ムエン!!」

 

 声を張り上げベランダに飛び出し手を伸ばしたが、ギリギリのところで届かない。ムエンが少し手を伸ばせが届く距離なためむず痒い。

 

「ムエン!! 今までどこにいたの!! 私はどうすればいいの!? 月海さんは、何をしているの!?」

 

 暁音が何を問いかけてもムエンは答えようとせず、顔を俯かせる。体を乗り出し、ムエンの名前を何度も叫ぶ。

 

「ムエン!!!!!」

 

 甲高い声で力いっぱい叫んだ瞬間、部屋の外から駆けているような音が聞こえ始めた。その音すら今の暁音の耳には届いておらず叫び続ける。

 

 …………――――バン!!!

 

「暁音ちゃん何しているの!?」

 

 大きな音を出し、ドアが勢いよく開かれた。それと同時に知里が駆け込むように中に入りベランダに走る。体を乗り出し、()()()()()空間に手を伸ばしている暁音に走り肩を引っ張った。でも、暁音の力が強くベランダから離れさせることができない。

 

「暁音ちゃん!! お願い、変な事はやめて!!」

「ムエン!! 私は、貴方達にとって邪魔だったの!? お願い、教えて!! 私は、貴方達にとってただのお荷物だったの!?」

 

 何もない空間に叫び続けている暁音を、知里は不気味に感じつつもこのまま手を離せば落下してしまうという思考が過り、険しい顔を浮かべながらも暁音をベランダから離れさせようとする。

 

「ムエン!!!」

 

 最後の力を振り絞るように暁音が叫ぶと、ムエンはやっと口を開いた。

 

 ”よ る い つ も の ば しょ”

 

 口だけを動かし、ムエンはそれだけを伝えるとその場から消えてしまった。それにより、暁音の身体から力が抜け、知里の力だけでも引っ張る事ができた。

 後ろに二人で倒れしりもちを付く。

 

「っ、たた…………。あ、暁音ちゃん!! 大丈夫!?」

 

 床に倒れ込んでいる暁音に呼びかけるが反応はない。肩を揺さぶり起こそうと手を伸ばすと、触れる手前で暁音がぴくっと動きだす。体を起こし、顔を上げる。その顔には驚きが滲みだされており、目を大きく広げていた。

 

「あ……暁音……ちゃん?」

 

 暁音は知里に気づいておらず、窓の外を見上げる。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「夜、いつもの場所…………」

 

 言葉を零し、暁音は立ち上がった。その目はいつものくすみ、濁っているような瞳ではなく。ギラギラと輝かせ、何か希望を持っているような瞳を浮かべている。そんな瞳を見た知里は名前すら呼びかける事ができず、ただただ困惑するのみ。

 

 どうする事も出来ない空気が流れ、二人はしばらくその場から動く事ができなかった。

 

 ☆

 

 月が昇り、星が夜空にちりばめられている。綺麗に輝いており、天体観測にはちょうどいい。だが、今外に出るための服に着替えている暁音は天体観測するための準備をしている訳ではなかった。

 

 白いTシャツにピンクの上着。ジーパンに、ポケットにスマホ。

 いつも休日の時に旧校舎に行く時の服装に着換えた。

 

 もう十二時は回っており、リビングの部屋の電気は消されている。知里はもう寝たらしく、人の気配はなく、暁音は足音などに気を付けながら玄関に向かった。

 いつもの履き慣れている靴を履き、ドアをゆっくりと開け外に出る。音を鳴らさないように、開いたドアを閉めた。

 

 満点の星空の下を歩き、街灯がチカチカと点滅する。電柱には”チカン注意”という破れているポスターが風に揺られ貼られていた。

 

 一人分の足音が響く道路で、暁音は慣れた道を歩き続け目的地を目指す。

 

「いつもの場所。私達にとってのいつもの場所と呼ばれるのは、あそこしかない」

 

 真っすぐ前だけを見ており、ただひたすらに一つの場所を目指す。

 数十分歩いた後、暁音の視界には月明りに照らされ、不気味に輝いている旧校舎が映し出された。




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「いい加減にしろよ」

 風が旧校舎の周りに立ち並ぶ木を揺らす。気持ちよさそうに空を舞っている葉が月光に照らされ、地面に落ちる。

 暁音は舞っている葉を掴もうと手を伸ばしたが、ひらりと避けられ交わされる。追いかけようとはせず、去ってしまった葉を見送る。

 

「久しぶりに来たかも」

 

 再度旧校舎を見上げ、暁音は歩き出した。

 外れている南京錠を取り、古く壊れてしまいそうなドアを開け中に入る。ギシギシと音が鳴り今にも崩れそう。そんな廊下を難なく進み、階段を上る。

 

 風が窓をガタガタと揺らし、月明りが旧校舎の廊下を照らしていた。埃が光に照らされ、幻想的に舞っているように見える。

 廊下の機材や段ボールは暁音が行かなくなってから何も変わっていない。端に寄せられているため、歩くには特に障害はない。

 

 月海の所に通っていた時のように、慣れた足取りで廊下を進む。すると、”3―B”と書かれているプレートが見えてきた。そこが暁音の目的の場所。

 前まで放課後は必ず通っており、おにぎりを届けていた。やる気のない悩み相談所を開設し、何とか人見知りを改善させようとした場所。いつも月海が窓側にある椅子に座り、夜空を見上げていた場所。

 

 暁音は目の前にあるドアに手を伸ばし添えた。緊張しているらしく、手汗がにじみ出ている。息が少し荒くなり、唇が震える。手も震えており、ドアを開けることができない。

 中に目的の人がいるのかわからない恐怖と、開けてもいいのかという疑問。

 

 色んな思考が暁音の頭を駆け回り体を拘束してしまう。添えたまま動かすことができない手はカタカタと震え、力が入らない。

 白い息を吐き、自身の手を見下ろす。

 

「…………っ!!!」

 

 ここで引き返せば必ず後悔する。そう考え、暁音は意を決して右手に力を込め勢いよくドアを開いた。

 

「…………月海さん」

 

 教室の中に入り窓側を見る。そこには、月明りに照らされている月海の姿があった。

 

「…………何で来たの。ニュース見てないわけ? それとも、殺されに来たの?」

 

 窓から目を離さず、月海は淡々と問いかける。赤い布を揺らし、腕を組んだ。足を組み直し、月を見上げ続ける。

 暁音は教室の出入り口から歩き出し、月海に近付いていく。でも、なぜか月海がその歩みを止めさせた。

 

「止まって」

「…………なんで」

「これ以上近づいたら、間違えて殺しちゃうかもしれないよ」

「私は構わないですよ。怖くないので」

「…………ハハッ。そっか、君はやっぱり変わらないんだね」

 

 から笑いを零し、月海は一度顔を俯かせる。だが、すぐに顔を上げ暁音に向けた。その顔は優し気に微笑まれており、逆にそれが不気味に感じる。今の月海は何をするかわからない。そんな空気を纏っており、暁音も迂闊に動く事ができない。

 

「る、月海さん。今まで、何をしていたんですか?」

「そうだね。まぁ、ニュースを見ていたらわかるんじゃない?」

「やっぱり。今世間を騒がせている”大量殺人失踪事件”。犯人は貴方なんですか? 月海さん」

 

 暁音は確認の意も込めて、緊張を滲ませながらも問いかけた。

 

「君がそう思うならそうかもね。僕かもしれないし、違うかもしれない。真実は自分の目で確認しないと、人間は心から信用しない。人の言葉は儚くて崩れやすい。簡単に消えてしまう。だから、君も人の言葉に惑わされないで、これからの人生歩んだ方がいいよ。僕なんかに関わらないで、誰にも縛られないで。君はもう、前みたいに縛られていないんだから」

「それは貴方のおかげですよ、月海さん。貴方が私を助けてくれた。貴方が私を家族という名の地獄から救い出してくれた。手を差し伸べてくれた。私はずっと縛られてた。親は完璧主義さで、ほんの少しの失敗も許してはくれなかった。テストでは満点じゃなければご飯は抜き、運動も一位じゃなければ部屋に監禁され、一日のスケジュールはすべて分刻み。もう我慢の限界で、何もかもどうでも良くなった私の手を救いあげてくれた。だがら、今度は私があなたを助けたいの。これは親から言われていた事をやろうとしているんじゃない。私の意思で、貴方を助けたいと思ったんです」

 

 抑揚がなく、淡々としている口調のだが、月海を見る瞳には力が込められており簡単には引かないだろう。月海も見えない視界で感じ取り、口を閉ざす。

 静かな空気の中、二人の息遣いだけが静かな空間に聞こえる。

 

 静かな空間を壊したのは、月海の荒々しい言葉だった。

 

「はぁ。お前、いい加減にしろよ?」




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「好きなのか?」

「…………え。月海さん?」

 

 表人格と話していたと思い込んでいた暁音は、いきなり荒くなった口調に驚き目を開く。入れ替わりの言葉も言っていないため、今裏人格が出てきたとは考えにくい。

 

「別に難しい話じゃねぇよ。俺が表人格の性格をまねただけだ」

「何のためにですか…………」

「気分」

「…………殴ってもいいですか?」

「倍で返される覚悟があるならやってみろよ」

「遠慮します」

「なら最初から言うな」

「すいません…………」

 

 人を挑発するような物言いに呆れつつ、暁音は久しぶりの会話に笑みが零れていた。肩をすくめ、止められた足を再度動かし今度こそ月海の隣に立った。

 

「月海さん」

「おー」

「なんで、今まで姿を晦ませていたんですか」

「それより、お前がなんでここに居るんだよ。その事に驚きだわ」

「え、私はムエンに言われて。夜、いつもの場所と言われたので来てみたんですが。月海さんの指示じゃないんですか?」

「俺はお前の記憶を消せと言ったはずなんだがなぁ」

「…………え?」

 

 月海の何気ない言葉に驚き続きの暁音。月海は窓に顔を戻し月を見上げ始めた。

 

「あの、何がしたいんですか?」

 

 月海が何を考え、何がしたいのかわからず、暁音は困惑を隠しきれず裏返った声で問いかける。その問いに返答はなく、月海は懐から一つの箱を取り出した。その箱は白く、英語で名前が書かれている。

 月海はその箱から一本の白い筒状の物を取り出し口に咥えた。

 

「それ、煙草? 月海さん、煙草吸う人でしたっけ?」

「興味本位でもらった」

「もらった?」

「もらった」

「誰に?」

「誰なんだろうなアイツ。手当たり次第に狙ってっからわからん」

 

 今の言葉で全てを察した暁音は呆れて物が言えない。最初の会話は何だったのかと頭を抱え始める。

 

「えっと。結局何がしたいんですか」

「俺は人を殺したい。ムエンは人を食べたい。俺達はお互いの欲を考えた結果、一緒に行動する事を決めた。だが、ここにお前が入る隙は無い。つまり、ここにお前がいても意味はないという事だ」

「つまり、私は貴方達にとって邪魔な存在だったという事でしょうか」

「そうお前が思ったんなら、それが正解なんじゃねぇの?」

 

 曖昧な返答。肯定でも否定でもない。だからこそ暁音は迷い、顔を俯かせてしまう。どうするのが正解なのかわからず、次の行動に移れない。その時、何もない空間から一人の少年が姿を現した。

 

「ルカ。どうしてそうやって突き放そうとするの? 僕には記憶を消してもう近づくなって言ってた。理由も理解できないし、納得なんてできるわけないじゃん」

「お前が余計な事をしなければこいつはあのまま平穏な人生を歩めたのによぉ」

「…………え、平穏なって……。どういう事ですか?」

 

 白い煙を吐き出し、バツが悪そうな顔を浮かべ月海は口を閉ざす。だが、二人は次の彼からの言葉を待ち続ける。

 ずっと顔を逸らし、二人の視線から逃げていた月海だったが。二人からの視線は途切れることはなく、ずっと見られ続けていたため我慢の限界になり、深いため息とともに口を開いた。

 

「お前は俺と一緒にいるべき人間じゃない。本来は約束で、俺がお前を殺すんだが。もうそれも意味はない」

「なぜ意味がないのですか?」

「お前の感情を俺が呼び起こすのは不可能だと考えたからだ」

「な、なんでですか!!」

 

 とうとう見捨てられたと感じてしまった暁音は、焦りを滲ませ身を乗り出し感情のまま聞いた。

 ここまで暁音が感情を出すのも珍しく、ムエンは少し驚いている。だが、肝心の月海は何も反応見せず淡々としていた。

 

「なんでじゃねぇよ。そもそも感情は他人にどうにかされて芽生えるもんじゃねぇ。自分で感じ、考え、心の内で芽生えるものだ。そのきっかけは確かに周りが与えるものだが、それを俺はできない。おそらく、表人格である俺もな」

「なんで、言い切れるんですか」

「今まで一回か感情というものを感じた事はあるか? まぁ、怒りとかはあるみたいだが、喜びや悲しみなどはあったか? 人が死んでもお目は何も感じなかった。つまり、違う方法じゃなければお前は感情を芽生えさせることができない。だが、俺はその方法を知らない。理由は以上、解散」

「しませんよ。…………理由は理解できました。ですが、それを納得することは出来ません。私は確かに貴方と約束しました。あの日、あの時、あの場所で。私が人生を諦めた時、貴方が手を伸ばし現世に残してくれた日のように。でも、それはあくまで私と貴方が出会うきっかけとなったに過ぎない。それからの人生は私が貴方と一緒に居たかったから。その理由だけでは、今の貴方の隣にいる理由ではだめですか?」

 

 暁音はむきになっており、絶対に引かない意思を見せている。月海は彼女の言葉を耳にし、眉を顰める。暁音の言葉が理解できず、頭の中で整理していた。

 

「…………お前、何言ってんだ?」

「貴方とこれからも一緒に居たいと言っているんです」

「何言ってんの」

「言葉が理解できないんですか? わかりやすい言葉しか使っていないと思うのですが」

「そうじゃねぇよ。お前、その言葉は俺以外の奴に使え。使うタイミングを間違えるな」

「何を言っているんですか。私は貴方にしかこんな事思いませんし、興味もありません。貴方だから言っているんでっ――……」

「あぁ。もういい、わかった。ひとまず、お前がそういうやつなのはわかった。だから俺から離れろ」

「嫌です」

 

 暁音は子供のように唇を尖らせ、月海の白衣を掴む。もう、いなくならないため。離れないようにするため、暁音は月海に縋る。

 掴んでいる手が緊張と恐怖で微かに震えており、振りほどく事が出来ず月海は苦い顔を浮かべていた。

 

「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ。もういいわ。お前に期待するだけ無駄だったわ」

 

 顔を覆い、うなだれる月海を、首を傾げながら暁音は見ている。月海が何を思っているのかわからず、少し焦り始め「あの、大丈夫ですか」と、問いかけている。

 

「…………っ。お前、俺の事が好きなのか?」

「好きという感情がどのような物かわかりませんが――――あー…………。貴方が思うのならそうなんだと思います」

「ふざけてんのか?」

「どうなんでしょうか」

 

 フフッっと笑い、暁音は安心したような顔を浮かべた。その顔に月海は呆れ、ため息をつくしかなかった。




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「人生終わりだそ」

「ひとまず、この話は終わりだ。お前は帰れ」

「嫌です」

「かーえーれー」

「いーやーでーす!!」

 

 子供の喧嘩のような言い争いを繰り広げている二人。お互いふてくされたような顔を浮かべ言い争っているが、暁音はイキイキしており少し楽しそうに見える。

 

「私、もう貴方とは離れませんから!! 絶対に離れません!!」

「俺よ居たところで意味はねぇだろうが、お前の特になる事は一切ねぇ!!」

「解くとか利点とかそういう物ではないんです。これこそ私の感情で貴方と一緒に居たいと伝えているんです。お願いします、許してください。貴方と一緒にいる事を許してください。お願いします」

 

 腰を折り、暁音は一生懸命にお願いをした。その様子に月海はもう何も言えなくなり、口を閉ざす。

 数秒間考え、諦めたようにため息をつき頭を掻いた。

 

「はぁ。もう、好きにすればいい。もうめんどくさくなったわ」

 

 もう今の暁音を説得する事は不可能だと判断し、折れた形で月海は頷いた。

 彼の返答に暁音はバッっと勢いよく顔を上げ、喜びで顔を高揚させる。目をキラキラと輝かせ、ガッツポーズをする。

 何でそんなに喜んでいるのかわからず、月海はバツが悪そうに顔を歪めた。

 

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「なんでそんなに嬉しそうにするんだよ。気持わりぃな」

「え、嬉しそうですか?」

「今まで見た事がないような顔していたぞ」

「どんな顔してたんだろう」

「今鏡見たらいいんじゃねぇの?」

「今も嬉しそうな顔してます?」

「してる」

「嘘」

「本当だ」

 

 暁音は自身の頬を触り確認し始める。そんな彼女を月海はげんなりした顔で見ており、呆れている。そんな彼にムエンが翼を動かし近づきながら口を開いた。

 

「やっぱり、アカネはルカが好きなんだよ。だから、ルカといなかった数日ずっと上の空だった」

「そもそもお前が記憶を消さなかったからだろうが。何で消さなかったんだよ、話が違うだろうが」

「でも、消さなくてよかったじゃん!! こうして、アカネに笑顔が戻った。僕はそれだけでとても嬉しいよ!!」

 

 満面な笑顔でムエンは言い放ち、天井を飛び回る。

 

 なぜ自分と入れることにこんなに喜べるのか。月海は本気で理解ができず、険しい顔を浮かべる。

 

「そういえば、あいつ。やっぱり感情が戻ってねぇか?」

 

 そう思い、月海は自身の目元に巻いている赤い布を掴み、いつものように引っ張った。瞼はなぜか閉じられており、いつもの闇は潜まれている。

 暁音はまだ頬を自身の両手で挟みながらも、視界の端で動き出した月海を横目で見た。

 

「月海さん?」

 

 顔を俯かせ、動かなくなってしまった月海の名前を呼ぶ。すると、その声に答えるように彼が動き出し、顔を上げた。

 閉じられていた瞼はゆっくりと開かれ、暁音に向けられる。

 

 瞼に隠されていたのは、まるで星が瞳の中にちりばめられているような二つの瞳。左右非対称に輝き、月の光も相まって幻想的に暁音の瞳に映る。

 無意識になのか、月海の口元の端は微かに上がっており、優しく微笑んでいた。そんな顔で見られ、暁音は先程より頬が染まり値を大きく開き月海の表情に見惚れてしまった。

 

「月海さん…………。目が…………」

「あ、あぁ。お前があいつから取り戻してくれたんだろうが」

「私が? …………あ」

 

 暁音は月海の言葉を理解できず首を傾げたが、すぐに思い出し手をたたく。

 

「あの時は私も必死で…………」

「それでもお前が俺の目を取り戻した事には変わりねぇ」

 

 笑顔を消し左右非対称の瞳は夜空へと向けられ、月明りが月海の赤と黒の瞳を照らす。星空が月海の瞳に映り、暁音はそんな月海の瞳を今だに見続けていた。

 

「…………なんだよ…………」

「綺麗だなぁと、思って…………。月海の瞳」

「…………は?」

「左右で色が違うんですね。生まれつきですか?」

「まぁな。生まれた時かららしいぞ」

「そうなんですね。間違えたんじゃないかと心配になりましたよ」

「どうやって間違えるんだよ」

「私もあまり確認しなかったので」

「どう確認するつもりだったんだ?」

「…………どうしましょう」

「知らん」

 

 月海は無理やり会話を終らせ、項垂れる。深いため息をつき、肩を落とした。そんな月海の様子を見て、暁音はなんで疲れて様子を見せているのかわからず名前を呼びながら顔を覗こうとする。

 

 げんなりした顔を浮かべている月海は、顔を近づかせてきた暁音を見るため顔を上げた。その時、あともう少し近づけばキスしてしまいそうな距離になっており、彼はさすがに驚き目を大きく開き動かなくなる。

 

「あ、大丈夫ですか?」

 

 暁音は距離の近さは気にしていないようで、表情一つ変えず問いかける。

 

「…………っ!! ちけぇ!!!」

「痛っ!! 酷いです…………」

 

 暁音の顔を鷲掴みぐいっっと押した。その事で彼女の首がグキッっという嫌な音を出してしまい、暁音は月海から離れ首を抑え恨めしそうに彼を見上げた。そんな彼女など気にせず、月海は椅子から立ち上がり、廊下の方に歩みを進めた。

 

「どこに行くんですか?」

「どっか」

「…………また、殺人を犯しに行くんですか?」

「そうだったらどうするつもりだ?」

「私も行きます」

「いいのか? お前はまだ逃げられる。無理に俺の趣味に付き合う必要はねぇんだ。俺がへましたらお前も人生終わりだぞ」

「それでも行きたいです。行かせてください」

 

 月海は暁音の言葉を耳にしつつも、廊下からは目を離さず立ち止まる。ムエンは二人を交互に見ており、少し不安げに月海へと声をかけた。

 

「ルカ、どうするの?」

 

 すぐに返答はない。暁音は催促することはせず、月海からの返答を待つ。

 

 数秒間、沈黙が続き風の音だけが三人を包み込む。昇っている月は変わらず煌々と旧校舎を照らし、教室内を明るくしていた。

 暁音の背中を照らし、影を作る。縦に長く伸び、月海に触れようとしていた。

 

「――……」

 

 月海は覚悟を決めたように、重い口を開いた――……




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「次は」

 夜、月明りが照らされる夜道。一人のサラリーマンの男性が帰宅していた。片手に付けている腕時計を確認しながら焦り気味に歩いている。

 腕時計が指している時刻は23:46。残業で遅くなってしまい、慌てて帰宅していた。

 

「早く帰らないと…………」

 

 ポケットに入っているスマホが音を鳴らし通知を知らせる。その画面には、今世間を騒がせている”大量殺人失踪事件”の最新ニュースが映されていた。だが、男性は通知に気づかず、駆け足で夜道を進んでいた。

 

 街灯が点滅し、辺りが見渡せなくなる。雲が月を隠し、男性の周りが完全に暗くなってしまった時。ペタ……ペタ……と。サンダルの音が聞こえ始めた。

 

 辺りは暗く誰がいるのかわからない。男性も足音は聞こえてるが人の姿を確認する事が出来ず、眉間に薄く皺を寄せる。

 一瞬だけ止めた足を再度動かし、足音を鳴らし始めた。だが、重なるようにサンダルの音も聞こえる。

 

 男性の足音とサンダルの音が響き、恐怖心が込み上げてくる。姿が見えず、足音だけが聞こえる状況なため無意味に周りを見渡し警戒していた。

 

「…………ヒッ」

 

 後を確認しながら歩いており、ゆっくりと顔を前方に戻した時、人影が現れ声が口から洩れる。

 

「だ、誰だ?」

 

 目を凝らし、前にいる人を見る。その人影女性らしく、スカートを風に揺らし立っていた。肩より少し短い髪に、学校指定の制服。癖のように右手で右側の髪を耳にかける。

 

「貴方に恨みはないですけど、すいません。私のために、死んでください」

 

 コツ……コツ……と。履いているローファーの音を鳴らし、物騒な言葉を吐きながら女性は男性に近付いていく。

 異様な雰囲気を纏っている女性に男性が戸惑い、近づいて来るのと同じタイミングで後ろに下がる。距離を近づかせないようにしていた。だが、その時後ろを見ていなかった男性は背後にいた人に気づかずぶつかってしまった。

 

「あ、あの。助けてください!!!」

 

 情けない姿など晒しているが気にせず、縋るようにぶつかってしまった人に助けを求めた。だが、それは間違いだった。

 

「あ、あ……。なん、で…………」

 

 次の瞬間、男性の足元が赤く染まっていく。その赤色の液体は、男性の腹部から流れ出ており、その腹部は銀色に輝くカッターナイフが刺さっていた。

 

「こんな時間に夜道を歩いていると危ないぞ。しっかりニュースを確認しないからこうなるんだ。まぁ、俺的にはターゲットが揚々と歩いているからいいんだけどよ」

 

 そう口にし、目元に巻いている赤い布を靡かせ、白衣を纏った青年が勢いよくカッターナイフを引き抜いた。

 

「がはっ!!」

 

 そのまま男性は血だまりに倒れ、動かなくなった。

 

「お疲れ様です」

「もっと耐えてくれれば面白かったんだけどなぁ」

 

 もう動かなくなってしまった男性を見下ろし、つまんないというような顔を浮かべた。

 

「もういいの?」

「あぁ、構わねぇよ」

「やった!!!」

 

 青年の左側から黒いモヤが現れ少年の形を作る。そこから現れたのは、黒い髪のおかっぱ少年。自身の背丈にあっていない執事のような服を纏い、袖で隠してしまっている両手を上にあげ喜びを表現した。

 下唇を舐め、狂気的な左右非対称の瞳を浮かべる。我慢できないというように口から息を吐いた。その息は黒く、どんどん増え少年を包み込む。

 そのモヤは徐々に膨らみ、周りの建物を超える大きさの狼に変貌した。

 

 狼は大きな口を開き、ブラックホールのような口内を覗かせ、地面に倒れている男性に向ける。そのまま屈み、男性の上半身咥える。

 体を戻し、顔を上へと向け、口を開いた。男性の身体が吸い込まれるように、狼の体内へと消えてしまった。

 

 人間を一飲みし、残ったのは血痕のみ。

 狼は男性を完全に腹の中に入れると、少年の姿に早変わり。お腹をポンポンと叩き、唇を舐め満足そうな顔を浮かべた。

 

「少し辛かった」

「でも、うまかったんだろ? 満足そうな顔を浮かべてんじゃねぇか」

「うん!!!」

 

 さてと、というように。少年は笑顔を消し、残された血痕を見た。

 

「消さないとだめだね」

「任せたぞ」

「了解だよ!!」

 

 カッターナイフの刃を拭きながら、青年は少年にお願いした。その言葉に元気に返事をし、血痕に手を伸ばした。

 

 少年の左右非対称の瞳が真紅と藍色に輝き、少年の出した手に連動するように路上に付着している血痕光り、ウゴウゴと動き出した。

 少年が手を上に動かすと、血痕も同じ動きをする。空中に浮かび、雫となり少年の周りをくるくる回る。

 赤い雫を動かし始めたかと思うと、少年が指を鳴らした。それと同時に、赤い雫はパンと弾け、雨のように地面へと降り注ぎ姿が消える。

 

「これで終わり。またほかの人を探しますか?」

「いや、もう朝日が昇る。お前は寝る時間も考えねぇとダメだろ」

 

 女性が青年の隣に移動し問いかけた。その問いにすぐ返答。足を踏み出し、青年は帰路に向かった。

 

 青年の返答に少し物足りないような顔を浮かべた女性だったが、次の青年の言葉に少しの喜びを感じていた。

 

「次はお前が殺してみるか?」

「…………え、良いんですか?」

「逃がさないと言い切れるのならいい」

「…………自信ないのですが…………」

「安心しろ。サポートはする。作戦もしっかり立てるぞ。それでも無理なら次も俺がやる」

 

 背中を向けながら青年は口にする。その言葉に薄く笑みを浮かべ、女性は駆け足で青年の隣に立ちはっきりといい放った。

 

「次は、私が殺りたいです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤布の言葉 〜悪魔憑きの少女と盲目青年〜 end




最後まで読んで頂きありがとうございました!!

ここまでかけたのは読んでくださった方のおかげです!
本当にありがとうございました(*´∇`*)


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