Q.恋愛脳の男は決闘で恋ができますか? (ウェットルver.2)
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没原稿
憑き、秘め。(旧4話)


 おおよそ二年前。

 蛇喰遊鬼と出会ったのは、各召喚法コースの合同デュエルのとき。

 中等部であるジュニアユース・コースとは別の、小学部であるジュニア・コースに在籍していた頃。めまぐるしく成績をあげる同年代の男の子がそれぞれの召喚コースにいると聞いて前々から興味はあったが、彼も彼らも顔も知れぬ塾生のひとりでしかなかった。

 その中では今でこそ親しい北斗も刃も、あと沢渡もいた。北斗や刃は悪名がないので、正直なところ沢渡以外はだれも知らないも同然の状態で、私は合同デュエルに参加していた。ああいう時、沢渡家の親しみを感じる悪名高さは強いのだなと今でも思う。

 

「―――そう。」

 

 ただ、ある意味で。

 沢渡家よりもひどく蛇喰遊鬼の悪名が知れ渡ったのは、その北斗や刃すらも下し、当時は負けて当然の沢渡への容赦ない勝利はおろか、小学生へのサービスとして顔を出した桜城ユウ、のちの舞網チャンピオンシップのジュニアユース優勝者である男さえも退屈そうに蹴散らした小さな怪物として、そして、

 

「こんな実力(もの)で満足してるんだ。先生たち。」

 

 LDSの誇りだと、だれもが思っていた強さを。

 たった一日の、たった一言で粉々に踏み砕いた冒涜者として、だった。

 

 え?

 

 と、だれがつぶやいたのか。

 料理で使ったばかりの熱いフライパンに水をぶっかけた瞬間の、火傷するほどの熱量を奪われながら蒸気を噴き出す音に似ている気がする、しかし、声色だけは聞きなれた普通の声が聞こえてきた。

 それを当時の私が、実力を積み重ねてきた経験者のプライドを叩き折られた悲鳴が混ざった困惑の声だと理解するには、この日の事件が終わってから数か月後、実際に自分で彼と相対し、何度も負け続けてマルコ先生に泣きつくまでの長い月日がかかった。

 あたりまえだ。

 今の彼の言葉は侮蔑ではなく、嘲笑でもなく、ただの失望であり、落胆であり、努力を続けた塾生にも塾生を鍛えあげた塾講師にも残酷なまでの現実への言及にして、当時のLDSが抱えていた限界を指した、「期待外れ」の評だったのだから。

 

 そんなものを当時の私が実感し、理解するには幼すぎた。

 もうすこし勝負事に熱心で、努力と研鑽に情熱的で、感情ばかりが先立ち具体的な指標のない努力と研鑽をするような真似をせず、ひとつでも挫折を知っていれば。

 目の前の少年と自分との間に、どれほどの実力差がすでに開いていたのかを理解してしまっていただろう。この時、彼我の実力差を実感したマルコ先生もまた理解し、しかし先達者であるがゆえに、「おとなげなく戦うのであれば勝機はあっても誇りは無い」と、屈辱感を呑み込み、「より技の冴え、教育の腕を高めよう」と誓ったという。

 

 とはいえ、全員が全員、おとなげある塾講師だったわけではなく。

 しかし、無意識に実力差を悟ってしまったのか、怒鳴るばかりで勝負に挑まず。

 ……それもそのはずで、本当に一介の塾生を相手取って負けてしまえば、それだけで塾講師としての沽券に関わるから本気で相手するはずもないというか、社会人だからこそリスクを恐れてできないのだけれども。

 そんな臆病な塾講師の様子を見て、ならば自分も、と、自分の尊厳を傷つけられたと立ちあがり、しかし、臆病を真似るにすぎないがために、複数人で袋叩きにしようだとか、勝負事と関係のないことで相手を侮辱するとか、結局は自分一人では勝てないことを認めてしまった決断を自信満々に実行に移して。

 

 みっともなくて、見ていられなくなって。

 

()()相手だ、おまえたちは邪魔だ!」

 

 どこか汚らわしくて。

 

「私たちのデュエルに、勝手に入るなっ!」

 

 私に加勢しよう、などという、くだらない連中に剣を向けて、

 

「これは、『私のデュエル』だっ!」

 

 己の怒りと周囲に感じる羞恥と、幼いプライドに任せて彼に立ち向かい。

 気がついた頃には、私さえも周囲の敵だとなじられながら狙われて。

 退屈そうに睥睨する彼が、思いついたように私に加勢して。

 ようやくふたりきりになって《ヴェルズ・オピオン》を切り崩そうとした瞬間、ほんのわずかに意表を突かれたような()けた顔を見せて。

 アドバンス召喚できた《ジェムナイト・クリスタ》を見て、ほんの100ほどの数値の差を埋めていこうとする私を見て、物思いを忘れたように口を軽くさせ。

 真剣勝負の楽しさに耐えきれないとばかりに唇を歪めて、

 

「……越えてみせろよ、運命に抗えない端役のくせに。

 ドラゴン一匹にすら勝てない程度の実力で、一生満足のくせに。

 いまさら本物の決闘者(デュエリスト)らしい矜持をみせて。

 偽物風情で()()()()に勝てるなんて思えるのなら!

 存分に愛してあげるよ、死ぬまで弄んであげる!

 ()()()()の勝利で!」

 

 内側に燻ぶらせた情熱と、嗜虐心を曝け出しながら。

 昂る彼に呼応し咆哮する《ヴェルズ・オピオン》へと、()()()は挑み。

 

「いくわよ、“クリスタ”!

 アクションマジック、発動――――!」

 

 今ほどの実力もないまま、どこにでもいる塾生のように。

 手に取ったアクションカードに希望を託して、届くはずもなかった強敵へと拳を向けた。語るまでもないけれど、それは自分のデッキのすべてを信じた、実力ある者の選択肢とは言いがたいものだった。

 自分のデッキ、実力を信じていれば、アクションカードこそ最後の突破口となりえる切り札であって、優先的に、がむしゃらにアクションカードを拾いに行きはしない。

 ただ、この時の私は、アクションカードを使った戦術もまた実力なのだと、なんの疑問も抱かず、持論にわずかな実感があれども疑うべき己の限界に気づきもせず、ひたすらにアクションフィールドに散らばったアクションカードを拾い続けた。

 攻撃力を操作するものであれば、自分のライフを減らしきらぬために。

 なんらかの耐性を与えるものであれば、《ジェムナイト・クリスタ》のアドバンス召喚のためのリリースを確保するための手段として。

 

 がむしゃらに、がむしゃらに、当時の私が思いついた、たったひとつしかないなどと思いこんだ突破口のために全身全霊を文字通り注いで。

 

 最後の最後に掴んだものが。

 

 

 

 否応でも憧憬し、意識し、恋焦がれるほどの。

 おたがいの、おたがいへの恋愛感情だったなど、まったく悟ることなく。

 

 

 

 奇跡的な、勝利だった。

 

 

 

 もちろん。

 「それは自分の実力ではない」と、勝ってしまってから気がついて。

 アクションカードという奇跡に依存しきった、「彼を実力で下した」とは言えるはずもない博打勝負だと理解してしまった、あまりにも悔しい勝利で。

 卑怯者としか言いようがない周囲の塾生の歓声なんて、聴くだけでも忌まわしくて。

 

 私は、立ち去った。逃げるように。

 彼の言わんとした現実を理解してしまって。

 LDSでの居場所を失うかもしれない、とんでもない発言の意味を知って。

 自分が本当に彼を下すには、あまりにも遠い道程を要求されるのだと気づいて。

 

 あれから今年になるまで、ずっと彼の足跡を追い続けた。

 どのような勝利を掴む人間なのか、より理解しようと努めた。

 

 やがて彼が、実は。

 自分と変わりない、「大切なカードたちと勝利したい」と、願う決闘者で。

 そのための努力と研鑽を惜しまず、だからこそ、たかがエクストラデッキの召喚法ひとつで一喜一憂する塾生が理解できず、より“オピオン”を乗り越える猛者を求め。

 己の求める猛者にこそ、ほかの“ヴェルズ”たちとの力で勝利したいと願い。

 だからこそ、あれ以降、そう、たった一度の奇跡や偶然であれ敗北した日から、なにかにつけて勝ててしまう相手でしかないはずの私にだけ、どういうわけか普通の男の子のような反応をするのだ、と、知って。

 

 知れば知るほど。

 やはり、今度こそ、と思ってしまう。

 今度こそ自分の実力で勝って、この思いを伝えたいと願ってしまう。

 

 そうでなければ対等ではない。

 そうでいられないなら、自分はなにも変われていない。

 

 だから、負けたくはないのだ。

 志島北斗でも刀堂刃でも、あの沢渡シンゴでも構わない。

 自分以外のだれかが彼と対等で、彼の心を捉えるなど、あってほしくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは退屈だった。

 二年前にLDSへ入塾したのも、半ばヤケクソだった。

 死んだはずの自分が転生し、―――いや、この世界の成り立ちからすれば、死んだ自分は転生したのではなく、この世界で再現されただけなのかもしれないが―――この肉体の両親がアクションデュエルの愛好家で、若かりし頃のデュエルでは楽しめないものが心置きなく楽しめると熱弁しては、アクションデュエルができる娯楽施設へと連れまわされたのは数知れず、もはや、いつでも記憶に新しい退屈のひとつだった。

 そんなものがあるから、どうしたというのだ。

 どうせ誰も彼もが《覇王龍ズァーク》の脅威に晒される。

 どれだけ鍛錬を繰り返そうと、その実力は覇王龍の眷属にすら及ばず、届いたとしても一時的なもので、すべてが解決すれば鍛錬の記憶すら奪われる。

 都合よく。すべての想い出に意味がなく、たかが赤馬一族の家族喧嘩に一時の平和すらも奪われたというのに、あたかも榊遊矢の活躍で円満に解決したかのように。

 そうやって世界が改竄されたのち、そのときの自分が今の自分でいられる保証などどこにもなく。すでに一度死んだ人間なのだという自覚も、デュエルモンスターズに懸けてきた青春も情熱も思い出も奪われた同姓同名の別人になる可能性もあると気づいた自分には、アクションデュエルなど「今ここにある幸福」さえも踏みにじられる証明でしかなく。

 

 ならば、それでこそ、と思ってしまった。

 何度もアクションデュエルをするうちに、何度もアクションデュエルをさせられていくうちに、何度もアクションデュエルなんかで笑顔になる両親を見ているうちに。

 

 榊遊矢を、アクションデュエルの事故で殺す。

 かつての未来で、光津真澄や柊柚子がデュエル中の事故で死にかけたように。

 覇王龍の復活ができないよう、その分身である榊遊矢をデュエルで“事故死”させれば、今生の家族との記憶は奪われないし、自分の自我を守ることもできる。

 いうなれば、デュエル殺人。

 これを完遂するための居場所を得るためならば、LDSでの代表的な決闘者になるのが手っ取り早いと思ってしまったから、両親の勧めに乗った。

 自分の最愛のカードたちだった「ヴェルズ」モンスターと再会するように手渡されたLDS製の「ヴェルズ」カードで、前世に組んだ覚えのある複数の「ヴェルズ」デッキのうちのひとつを再現し、当然のように勝利を重ねて。

 

 気づいてしまう。

 

 ああ、これは勝てない。こいつらが榊遊矢に勝てるはずもない。

 《ヴェルズ・オピオン》を出されただけで簡単に敗北する程度の実力で満足している連中が幅を利かせるLDSなど、赤馬日美香の箱庭など、赤馬零児が呆れて当然だ。

 彼らへ「実践に足る決闘者ではない」と憂いたのも当然だ。

 こんな程度で満足する塾生と。

 こんな程度で満足する塾生を生み出して給料をもらって満足する塾講師。

 

 すでにLDSは腐りきっている。

 エクストラデッキの召喚法という力、劇物、LDSの特権に溺れている。

 こいつらに出番がなくなったのも、あたりまえだ。

 

「こんな実力(もの)で満足してるんだ。先生たち。」

 

 烈火のごとく塾講師に怒鳴られても、なんの興味も沸かない。

 ヒーローごっこのように集る塾生を相手取っても、退屈なだけだった。

 エクストラデッキの召喚法を使えなくなったままの量産される粗悪品、そうであっても成長に挑もうとせず、大切なカードのための成長すら放棄した弱者の群れ。

 負ける理由があるとすれば、ゲームリセットもなく連戦に連戦を続けて、デッキのカードを枯渇させて敗北するという、もはや意味がないリソース不足に追い込まれることだけ。

 これを無意識に悟ったのか、こちらが倒した先から加勢をしようと乱入を繰り返すやつが出てくる。もはやなにを懸けた勝負だったのかも忘れ、勝利することだけしか考えなくなった塾生を止めようとする塾講師は、たまたま居合わせたマルコ先生たちくらいのものだ。そんな良識的な塾講師の抗議すら、保身に走った塾講師には「塾生のやることだから」の一点張りで逃れようとする。

 

 ああ、これも、あの作品の世界(脚本)らしいのだろう。

 ほら、すきなだけ現実的な勝利とやらを持っていけよ。

 なんのために戦っていたのかも忘れきった、中身のない勝利をしてしまえ。

 だからこそ覇王龍は復活したように、すべての民から記憶を奪ったように、たった六人の少年少女から自由を奪ったように、親友と妹を失った男や被害者の涙と怨念を誤魔化すように、みっともない勝利に耽溺しながら腐り落ちてしまえ、何度でも、何度でも――――!

 

 燃え広がる激情に呼応して、《ヴェルズ・オピオン》の咆哮が胸を震わせる。

 気のせいか、“オピオン”から冷気を感じる。自分の愛したモンスターたちから伝わる感覚は質量を、微熱を、命の鼓動を増し、前世で愛した仲間たちが此処にいるのだと実感していく。思いのままの破壊を齎そう。

 こんな世界に、あんな男が笑顔になる世界なんかに。

 最初から意味なんてあってほしくないのだから。

 

 

 だから、なのかもしれない。

 

 

 たったひとりで立ちあがり。

 たったひとりで勝利するために邪魔者を蹴散らし。

 対戦相手であるボクだけを見つめようとする、なにがなんでも勝とうとアクションカードを探し求める、眼光の鋭さがある薔薇色の、紅玉(ルビー)の瞳を持ち。

 尾を引くような黒い長髪すらも印象に残る、アクションフィールドを駆け巡る後ろ姿に吸い寄せられて、今更のように決闘者(デュエリスト)のプライドを見せつけられて。

 

 ほんのちょっとだけ、と、力を貸して。

 ほんのちょっとだけ、と、邪魔者を共に排除して。

 しょうがないな、と思い、どうせ融合召喚に依存するのだろうと思いながらも、そこまで本気ならば相手をしようとデュエルディスクを構えなおして。

 

 こちらの想定以上に耐え忍ばれて。

 《ジェムナイト・クリスタ》をアドバンス召喚してきて。

 《ヴェルズ・オピオン》の呪詛を乗り越えてきて。

 たった100ポイントでも絶望的な攻撃力の差を越えてくるつもりなのか、と、それまでの彼女の立ち回りの意味を理解したとき。

 

 

 

 おもしろく感じてしまった。

 いじらしい。これほどの連戦を繰り返しているのに。

 そこまでしてLDSの誇りを守りたいのか、己の誇りすらも守りたいのか、そんなものが新参者に喰い散らかされているというのに。

 仮に勝てたとしても、おまえたちは榊遊矢たちの踏み台にしかなれないだろうに。

 

 たかが眼前のボクに、勝つためだけに。

 そんな目を向けてくれるというのなら、もしかして、と。

 

「……越えてみせろよ、運命(脚本)に抗えない端役(モブ)のくせに。」

 

 期待しても、いいのだろうか。ただ、

 

ドラゴン(ズァーク)一匹にすら勝てない程度の実力で、一生満足のくせに。」

 

 ボクの《ヴェルズ・オピオン》を越えていけるというのか?

 

「いまさら本物の決闘者(デュエリスト)らしい矜持をみせて。

 偽物風情で()()()()に勝てるなんて思えるのなら!」

 

 経験を、実力を、矜持を。

 ボクと「ヴェルズ」たちの絆を、前世での決闘者との絆を。

 たかが1枚のアクションカードとの組み合わせで乗り越えようと言うのなら。

 

「存分に愛してあげるよ、死ぬまで弄んであげる!

 ()()()()の勝利で!」

 

 愛おしく、愛らしい児戯を踏み潰してやろう。

 何度でも挑戦を受けて、何度でも敗北させて、何度でも悔しがる顔を愛してやろう。再起するたびに慈しみ、また敗北するまで甚振ってやろう。

 そこまでやって、ほんのちょっとでも君が運命(脚本)を変えられるのならば。

 もっともっと甚振ろう。その瞳の輝きが磨かれ、摩耗し、欠片も残らなくなるまで。

 やがて君を君と呼べなくさせるほどの成長(改変)にすら至らないのならば。

 

 どれだけ、どれほど、だれを愛しても。

 どうせ君も、彼らの踏み台で終わるのだから―――!

 

「いくわよ、“クリスタ”!

 アクションマジック、発動――――!」

 

 

 光津真澄の叫びに呼応する騎士を観て、ボクは嗤った。

 アクションカードなんて自分も持っているのだから、抵抗はできる。

 そう思ってカードを掴み、発動しようとして、

 

 

 

 

 

 

 気がついた。

 

 

 

 

 

 

 彼女が狙っていたものは、ただ攻撃力を超えることではない。

 ほかならぬ「ヴェルズ」モンスターの強みを、そっくりそのまま。

 アクションカードの恩恵を受けられなくなる瞬間があるという、自分でも気づいてはいた弱点を明確に狙ったもので。そのすべては彼女が発動した、ほかならぬ彼女のデッキから引き込まれたカードとの連携によって生じた、一瞬の隙で。

 

 目の前に迫る騎士の一撃は。

 その背を観ずにしもべを信じる、たったひとりの少女が。

 ボクを観続けた結果たどりついた、もう逃れられない勝機だったのだと。

 

 すべてを理解して。

 思わず凝視した光津真澄の瞳は、決して慢心などなく。

 勝利への確信ある油断などない、ボクに勝利することへ必死なだけの目で。

 まっすぐで、彼女の口癖どおりにくすみなく、くもりもなく、ただボクの姿だけを鏡面に収めていたものだから。今まで見た、どんなものよりも、

 

「―――あ、」

 

 綺麗だった、から。

 抗えても回避できない一撃への最後のあがきをする気力さえ忘れて。

 

 

 ただ、見惚れた。

 

 

 今思えば、あれは単純に、「彼女のほうが弱すぎたから」至った弱者ゆえの必死の瞳の輝きであって、ほんのちょっとでも実力差がなかったら、あの瞳は慢心の混じったものになっていたかもしれない。

 きっと偶然で、冷静に考えたら当然になる決着だったのかもしれない。

 もっと前のターンでわざと追いつめられたふりをすれば、間違いなく彼女には勝てただろう。騙される幼さが悪いと嘲笑いながら、確実に浅はかな尊厳(プライド)を踏みにじったはずだ。

 それも立派な戦術だ。彼我の余裕のなさを誤魔化して相手の油断を誘うのも卑怯ではない。わずかな手加減で劣勢を演出し、相手に決着を急がせて己の技の冴えを鈍らせるのも、格闘術であれ立派な頭脳戦であり、本物の読みあいの域にあるものだ。詐術に頼りすぎるのが卑屈から精神的に弱くなる要因なだけで、彼我の実力と研鑽を信じるものだけが詐術を依存せずに扱える。

 

 もちろん、それらの技巧は。

 相手が自分を追い詰められるほどの強者でなければ、だましようがなく。

 そんな強者ではない彼女が最後まで食らいついたからこそ、もうすべてが遅くて。

 

 こんな勝利を実現してみせた、かよわくも綺麗な少女に。

 わかりやすい強さなどなく、「綺麗だ」と思わせるほどの勝利へのひたむきさに、心の強さを黒い瞳孔からの輝きに変えた瞳に、だれが文句をつけられるのか。

 無理やりアクションカードを発動して、次のアクションカードを拾いに行くなど簡単に思いつけただろうに、それよりも彼女だけが気になってしまって。

 

 ボクは負けた。

 まわりの評価が結果だけに伴うとしても、結果以上の敗北が確かにあった。

 ほかならぬ彼女が、己の実力の至らなさを悟り、嘆いたとしても。

 その後ろ姿を見つめることしかできず、逃げ去る足音さえも胸に刻まれて、夜になるたびに思い出してしまうほどボクは惚れこんでしまった。これは変わらない。

 決闘者として? 人間として?

 どれでもあり、もうすこし足りない。

 自分を恐れるどんな塾生よりも、いつしか負け続きでも彼女を称賛するようになった塾生たちよりも、彼女の生き様を追うようになった塾生よりも、きっと特別なのだ。

 

 中学生になり、新しい学校生活を迎えるという日に。

 彼女と同じ学校にいるのだ、そう理解した瞬間だけは、ふと退屈を忘れたように。

 独り占めしたいと、ほかの男子生徒と語らう瞬間さえできれば許したくないと、どこか淀んだ願望を抱いてしまうのは、もうどうしようもない感情で。

 彼女が学校の友達と楽しそうにしている姿を観ていたいのも、彼女がいつか本当に自分を打ち負かす日がくるのを待ち望んで応援したいのも、できれば拘束せずにいつもどおりの輝きを見せてほしいと我欲を耐えるのも、堪えようがない気持ちで。

 

 近い未来に、ほとんどの記憶を失っても。

 この子の傍にいられるなら、もういいかもしれないと。

 ほんのちょっとでも思う今の気持ちは、誤魔化しようがなく恋なのだと。

 

 あの日の、あの瞳を見た瞬間から。

 彼女にだけは牙も毒気も抜かれてしまうのは、いけないことなのだろうか。

 

 色恋へ気を抜くより、光津真澄の記憶にこそ気にかけるべきだと。

 自分に思ってしまうから、いけないことなのかもしれない。

 

 

 

 

 ……ああ、なるほど。

 記憶を失っても、姿を失っても、そばにいてくれるならば。

 きっと黒咲隼もまた、こんな心持ちで待ち望むのだろう。たったひとりの親友と、たったひとりの妹と再会できる日を。どれだけの年月がかかろうとも。

 

 だったら、まあ、文句はない、かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,決闘馬鹿が決闘から相手に恋をし、恋愛脳になる場合もあるので、チェーン・ブロックの問題ではありますが恋はできます。】

 

【Q,アクションデュエルもエンタメデュエルも覇王龍も嫌いな自分のマスターがインヴェルズの崇高なる邪念を受け入れたと思ったら、なんかジェムナイト使いの泥棒猫に惚れこんで牙を抜かれてしまったのですが、どうすれば終焉を齎してくれるのでしょうか?】

【A,恋愛絡みではない相談は受けつけておりません。】

 

 

 


今日の最強カード

・《ヴェルズ・オピオン》

 エクシーズ素材があるかぎり、「レベル5以上」の特殊召喚を封じるカード。

 榊遊矢たちが所持するドラゴンたちと同じく、レベル5以上に影響を与えるドラゴン族のモンスターであり、その真価は特殊召喚封じを維持する場合に一度だけ行える「侵略の」と名のつくカードをサーチする効果と、「侵略の」魔法罠カードを組み合わせたコンボ攻撃にある。

 

 攻撃力も主人公級の2500を50上回る数値であり、とても凶悪。

 

 

 

 あくまでもモンスター効果により特殊召喚を封じるため、一見すると魔法罠による無効に弱く思えるが、その弱点を速攻魔法カード《侵略の汎発感染》で克服できるため、実際の弱点は「レベル4以下のモンスターを駆使した戦術全般」である。

 リンクモンスターにも弱いのだが、リンクモンスターを呼びだすための素材調達にレベル5以上のモンスターを絡めてしまうと特殊召喚封じにひっかかるため、現代遊戯王でも環境によるが非常に刺さる。

 

 ぶっちゃけ《簡易融合》で《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を呼べば勝てるので、エクストラデッキに余裕ができたら、念のために《簡易融合》を採用するのもいいかもしれない。




 タイトル名はTYPE-MOONのノベルゲーム「月姫」から。

 魔性の眼を持つ異性と出会って、容赦なく負けて(十七分割されて)恋に堕ちる(頭がバグる)。ヨシッ! ←それはそれとして内容が陰鬱すぎました。没です。


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決闘馬鹿が啼く頃に(旧5話)

 そして、現在。

 《ヴェルズ・オピオン》の猛威を受け、『レベルの高いモンスターを召喚すればよいというわけではない』、という認識がLDSに広がり続けること二年。

 “オピオン”の影響を受けないレベル4以下のモンスターを駆使するエクシーズ召喚コースこそ「当たり」のコースである、などという風潮が一時生まれたものの、そのエクシーズ召喚コースでは「ヴェルズ」使いの蛇喰遊鬼、「セイクリッド」使いの志島北斗による主席……実際には只の勝率の奪いあいが繰り広げられており、現実は真逆。

 双方の席へ他の何者も座れず、成りあがるうえでは「一番の外れ」だと気がつくのは、エクシーズ召喚コースに所属した、もしくはしてしまった当事者のみである。「ヴェルズ」使いの鬼才だと思われがちな遊鬼と、その彼と真正面から勝負ができる北斗を相手に、割って入ってトップを狙うことが夢物語になってしまい、結果的にモチベーションを失った塾生が現れるようになってしまったのだ。

 転じて総合コース、融合召喚コース、シンクロ召喚コースでは、《ヴェルズ・オピオン》という具体的な天敵(※身内)だけではなく、《虚無魔人》のような特殊召喚封じを持つカードへの対抗論もまた講義内容に含まれるようになり、むしろ他校とのデュエルを含めた勝率、個々の技量だけで言えば、エクシーズ召喚コース以外に所属した塾生がとんとん拍子で成績を残すようになっていた。

 

 とはいえ、他校のデュエル塾との対抗戦においては、《虚無魔人》*1のような特殊召喚封じを積極的に使う決闘者が多いわけではなく。

 実践で使える技術論として実感している生徒は、蛇喰遊鬼の悪名を知る当時のジュニアユース、ジュニアの生徒のみ。であれば、二年前から新しく入塾した小学生、中学生にはなぜ特殊召喚封じ対策が必須なのかを理解できているわけではなく。

 LDSの塾生ではない学校のクラスメイトたちに勝てればそれでよい―――そのような認識で終わってしまう者が多かった。挫折から、LDS内部での己の成長を諦めたのだ。

 特にシンクロ召喚コースの塾生は、シンクロ素材に使用するモンスターとの連携で特殊召喚封じを突破できる者がそう多くはなかった。

 

 だからこそ。

 シンクロ召喚コース・ジュニアユースに所属する少年「刀堂刃」が最優秀のシンクロ使いの塾生となるのは、原作でどのような立場にあったから、という運命論ではなく、彼の人物像からして必然であったと言えよう。

 

 ほんらいの彼の戦術は短期決戦を目論むものだ。

 そうであった。いかなる勝負においても、遅延行為や妨害行為など意に介さないほどの行動速度と攻撃力、特に花拳繍腿(かけんしゅうたい)には留まらない戦闘面でのリーチや迎撃手段の多さ……ある漫画での表現に近寄るが、拳や腕、足や脚などを届かせ、または取られぬように意識するべき肉体の制空権を奪いあう「制圧」が求められる。

 

 これはカードゲーム、ボードゲームにも言えることで、総合格闘技において最強とはなんたるかを語られれば「関節技がかけられる格闘技である」と語られる時があるように、「いかにして相手の動きを奪えるか?」が重要となる。

 同様に、殺傷性の高い武器を持つ人間とは、接近戦における殴打や関節技を凶器で牽制できるから強いのだ。武器が強いからではなく、武器を携えた瞬間から、すでにカードゲームで言うところの制圧、遊戯王で言う「手札誘発を構えた状態」が始まっている。

 

 ゆえに、カードゲームと武術には通ずるものがある。

 刀堂刃が竹刀を持ち、敵の手札を破壊するモンスターを主力とするのも、竹刀でアクションカードを叩いてメンコのようにめくりあげ、そのまま拾おうとするのも。

 

 舞網市においてのアクションデュエルという決闘形式に武術の理を持ち込んだ、動揺せぬ精神性を重んじる権現坂流“不動のデュエル”とは別流派と言っても過言ではない、立派な武術的カードゲーム戦略論のひとつなのだ。

 

 その彼が瞬発力と制圧速度を取らず、ただカードを伏せるだけ。

 《ヴェルズ・オピオン》の脅威にさらされ、シンクロ召喚ができず、手札破壊もできずにターンを渡すしかなくなったから? ……ちがう、そうではない。

 

 そんな男ではないことを、蛇喰遊鬼は知っている。

 

「……なるほど、()()()()()、のか。」

「――――っ!?」

 

 自分の戦略の弱点。

 各種妨害効果すべてを掻い潜る戦略が、まさに()だ。

 刀堂刃の選ぶ方法なのだ。かつて遊鬼が暴れまわったデュエルフィールドで、かつて打ち倒した少年が選ぶ、遊鬼に打ち克つための対抗策なのである。

 

 刃のフィールドには、セットされたモンスターが1体。

 魔法罠も複数枚セットされた、彼の目論見を読ませない布陣である。

 

 こちらの制圧に穴を空ける。そのための戦術が実用可能になるまで時間を稼ぎ、限界ギリギリまで攻撃を耐え、連撃を凌ぎ、一瞬の隙を逃さず逆転し、逆境を切り拓かん。

 そう胸に刻み、眼前の脅威へと挑む。まさしく決闘者の魂のありかたである。

 潔い。心地よい。好ましい。遊鬼は噛み応えを確かめるようにうなずく。

 

 そして、なによりも、

 

「……楽しく、なってきた。」

「……っ、おいおい、もう気づきやがったのかっ……!」

 

 そんなに、いじらしく。

 とても懐かしく、正しく、自分と同じような永続的な制圧を戦略に選んだ決闘者に対する最適解を叩きつけてきた、強敵になりつつある友人に対して、

 

「……『Ⅹ-セイバー』の特徴は、閲覧済み。

 …………伏せカードは《激流葬》? なんでもいい。

 ………………モンスターがどれかも、だいたいわかる、けど……!」

 

 ああ、どうしよう、と。

 真澄や北斗に感じるものを、刃にも感じてしまいそうで、

 

「……外れちゃったら、どうしよう?!

 …………どっちでもいいや、『楽しくなってきた』……!」

「この、デュエル馬鹿が!

 こんな序盤から熱くなりやがってっ!」

 

 脳内麻薬が、花からあふれる蜜のような甘露が彼の脳を満たす。

 心の震えが歓喜だと気づいて、やはり感じきってしまうのである。

 

「………見せてよ、君の強さを。

 ……オピオンの支配に負けない、君の強さを。

 そのうえで、君に勝つ……! めちゃくちゃに!!!」

「やっぱ気持ち悪いな、おまえ!?」

 

 ああ、たまらない。遊鬼は歓喜の吐息を零す。

 真澄の時が一番楽しいけれど、真澄の域に彼まで至るなんて。

 好敵手が使うカードなんて、興味さえあれば何度でも調べるし、自分の知識にある《ヴェルズ・オピオン》の突破手段を思い返して、そもそもの戦略から好敵手(ライバル)がデッキを再構築してくる可能性なんて何度でも思いつく。

 ただ、真澄のそれは想定外だった。彼のこれは想定内だ。

 だから、知らないものを楽しむのとは違う。

 知っているからこそ。

 彼の内面性が滲み出る“差異”、想定外(サプライズ)が楽しみでしょうがない。

 

 ガンギマリの瞳孔のままで迫る遊鬼を見て、刃は一言。

 

「そういう()()はっ!

 真澄だけに向けやがれっ!」

 

 

 

 

 観戦席。

 

「うわぁ。」

 

 志島北斗は額に手を当て、口を歪ませて一歩さがる。

 ―――ことはできず、椅子に座ったまま身(じろ)ぎをする。

 

 またかよ。彼の悪い癖が、またも表に出てきた。

 

「相変わらず、わけのわからない趣味を……」

 

 想定外を楽しむ趣味。

 相手が想定内の戦術を取ってきたことを「己が上回った証」であると認識する自分にとって、まさしく彼の趣味は想定外で共感できる性癖ではない。

 己の認めた好敵手の使用カードを調べあげ、己への対処法がどれであるのかを研究し、即座に己のデッキに対処法への対処法を仕込むさまは熱狂的だ。

 真澄の前でも自重しない彼の性癖は、転じて真澄への恋慕にも繋がっている。

 彼女がわかりやすいほどの攻撃力重視であるのに対して、彼は奇策を含む戦術を好むせいもあって、実は、互いに互いの成長がまったく予想できない関係にある。

 

 自分は「彼らはそういうものだ」と把握する程度に留めているが、彼はそこで留まらず、より相手を深く知ろうとするせいで、己の脅威を秘めた相手には惚れっぽい。

 

 このうえで想定を越えられると。

 今、刀堂刃にむける態度では済まないことになる。

 あれはまだ、(想定内だから)多少の想定外を楽しんでいる段階なのだ。

 

 まあ、元から自分のように強いと。

 なかなか今ほどの情熱的な態度はならないが。

 想定内に強いと、かえって冷めてしまうのだろう。

 強者であれば惚れるわけではないとは、なんとも偏屈な。

 

「見慣れた姿とはいえ、あれに潰れた子は多いよねぇ。

 強くなるたびに『想定内だから頑張れ』『もっと楽しませろ』とかされたら、そんなの頑張った先から心を折られるだろうし。認められても、ねぇ?

 刃はそうならない気がするけど、真澄はどう思、う…………?」

 

 振り返り、息をのむ。

 感情に温度があるとするならば、彼女の表情は氷点下といった感じだ。

 

 嫉妬? ではないはずだ。

 彼が想定外へ恍惚とするのは、真澄だって知っているはずだ。身をもって。

 己を凌ぎうる好敵手に対して、情熱的な狂気を注ぐのも見慣れたはずだ。

 なのに、どうして、そんな表情になるのか。

 

「………あいつも?」

「はい?」

「だいじょうぶ、遊鬼は強い、から。

 そう簡単に刃には負けないはずなのよ、だから、だいじょうぶ……」

「真澄?」

 

 じわり、と、真澄の肌にダイヤモンドのような、ワンカラットほどもない汗が伝う。

 感情が戻ってきたのか、焦りや恐れのような眉の動きがみられる。

 

「先に私が勝たなきゃ、まさか、あいつに、」

「いや、そんなことにはならないと思うけど……?」

 

 なるほど、先を越されるのが怖いのか。

 ………いや、彼、同性愛者じゃないし、どっちの意味でもそうはならないだろ。

 

「なんで、あんたにそれがわかるのよ!?」

掴みかかるな顔近寄らないでほら遊鬼が凄い目で僕ら見たッ!

 確かに彼は想定外が大好きだけど!

 あれはまだ『想定内』なんだよ、わかるかい!?」

 

 決闘者として。

 彼の性癖は想定外から、「より想定外なことをされる」のが一番好ましいのだ。

 それを何度もやらかして食い下がる真澄を決闘者として惚れなくなるというか、飽きるなんて真似はしないと思うのだが、真澄はどうも目が曇っているらしい。

 

 あの決闘馬鹿が。

 平時では思慮から間をおいて喋る悪癖を持つ、寡黙になりがちな少年が。

 どれだけ性癖のせいで発狂しても、冷静であろうと努め続けて我慢する、普段は女の子相手でも最後は我慢できなくなるくせに「真澄だけに」恥を覚えて思慮を捨てず、真澄とのデュエルに熱中するなんて、完全に惚れこんでいる証じゃないのか?

 

「はあ?

 そんなわけないでしょ、あんな動きをする刃なんて初めて見たわよ?」

「あ、ほら、やっぱり想定内だよ、これ!

 《激流葬》にチェーンして《侵略の汎発感染》を使ってオピオンを守った!

 これで刃はシンクロ召喚ができなっ……《サンダー・ブレイク》をチェーンして《侵略の汎発感染》の効果が適用される前に破壊!?

 …………を、アクションマジック《回避》で回避!? ……する前に、今度は《ヴェルズ・サンダーバード》の効果を発動しておくのか、なるほど、巧いな。

 ……に対して、《神の宣告》で回避を無効だって!? なんだこれ!?」

 

 取っ組み合っている間にターンが進んでいたのか、おたがいに魔法罠カードを多く伏せている状態で遊鬼のターンになったらしい。

 さっきからカード効果による鍔迫り合いが終わらない。

 

「……はっ、そうかっ!

 今の《激流葬》でフィールドが空になったから、《ヴェルズ・マンドラゴ》が手札から特殊召喚できず、遊鬼が召喚権を増やせたとしても二体目の《ヴェルズ・オピオン》だけは出させないってことかい!?

 リバースカードをセットして? ……ふむ?

 遊鬼がなにもできずターンエンドか、これは面白くなってきたぞ……!」

「…………そうね、杞憂だったわ」

 

 落ち着いたのか、真澄が席に座り直し、足を組む。

 

「あ、落ち着いたの?」

「ええ。刃のあれは想定内だもの、私にだってわかる。

 ターンを進めて迎撃手段を増やし、着実にオピオンを突破する。

 その結果が伏せカードを三枚も使い、ライフを半分も犠牲にして、」

 

 彼女は胸に手を当てて、呼吸を整える。

 

「その程度なら、まだか。

 そうよね、そうよね……早く間に合わせないと」

 

 呟くと、彼女はデッキ調整を始めた。

 彼らの決闘を観戦しないのか、そう思ってふと視線を戻すと、大量のモンスターを呼びだした刃が突如呼びだされたイタチの自爆に巻き込まれて吹き飛ばされていた。

 

「え、なにあれ?」

「《イタチの大爆発》ね。

 自分のライフポイントが相手モンスターの攻撃力の合計以下の時、相手プレイヤーは相手モンスターの攻撃力の合計が自分のライフポイント以下になるまで、召喚したモンスターをデッキに戻さなければならない。刃のやつ、自分のモンスターで攻撃する順番を攻撃力3100の《XX-セイバー ガトムズ》から始めたから、攻撃力900より上の……、

 ……つまり、自分のモンスター全部をデッキに戻されたのよ。」

「うわ。そんな切り札もあったの、彼?」

 

 そんなものを仕込まれたら、ワンターンキルが自殺行為(オウンゴール)にしかならないじゃないか。

 

「あれ、カードがプレイヤーに効果の処理をさせるから、罠カードの効果を受けないカードの効果では無力化できない厄介なカード……らしいわ。

 おかげで迂闊に《ジェムナイトレディ・ラピスラズリ》の効果が使えないのよ。やるなら《ジェムナイト・アメジス》で伏せを全部剥がしてから、だから、そうね、このカードはどうしたものかしら…………」

 

 だんだん声を細めて、デッキ構築に集中する真澄。

 さきほどまでの焦燥感が嘘のよう。決闘馬鹿の熱狂を一心に受け止めようと、決闘者として勝利を掴みたいと、そして負い目なく語らんとする彼女の瞳は鋭い。

 

 なるほど、そういうことか。

 

「まったく、そのくらいの正直で彼に言えばいいだろうに」

「は?」

「あっ、ごめん、そうか雰囲気大事だよね雰囲気、ウン」

 

 そこまで真剣で御熱なら、刃の成長に思わず動揺するのもわかる。

 恋のライバルが登場します、しかも相手は異性です、とか、そんなの現実にあってほしくないだろうからね。

 

 

 

 

 

【Q,決闘馬鹿でも恋はできますか?】

【A,デュエルの趣味嗜好が原因で関心を得て、最終的に恋をする場合もあります。同じ趣味嗜好である場合もあれば真逆の趣味嗜好である場合もあり、未知の戦術を使い想定を上回る対戦相手であった場合もあります。単純な勝ち星の多さや敗北者から恋愛が始まるとは限りません。】

 

【Q,最近、女友達の視線がムカつくんだけどよ、オレなにかやっちまったか?】

【A,直接的な害を与えず、相手の趣味嗜好や尊厳を「事実だから」などという口実で侮辱していない場合、だいたいは相手側の感性や解釈による貴方への印象が原因です。悪印象を払拭するには直接的な対話で自分を知ってもらう必要はあるでしょうが、悪印象を払拭することを優先とした対話では貴方自身を見てもらえるとは限りません。なるべく相手の知人、友人であり続けましょう。関係性の改善はそこからです。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Q,……友達が好きな子と、距離、近いんだけど。】

【A,そこで余計に話題に出して問い質すと、ただの面倒な男になりますので、次に同じことがあった場合にさも初めて見たかのように距離を近づけた側へ「なぜそうしたのか」を質問しましょう。そこから先は相手の自由意思を尊重しましょう。私を巻き込まないでください。

 

 

 


今日の最強カード

・《XX-セイバー エマーズブレイド》&《XX-セイバー ガルセム》

 条件を満たせば、任意の「Ⅹ-セイバー」モンスターを呼びだせるモンスター。

 戦線維持や《激流葬》とのコンボなど、連続特殊召喚に特化したシンクロ召喚デッキとは一味ちがう立ち回りが可能となる。

 

 

 本文中には出さなかったものの、「Ⅹ-セイバー」使いが《ヴェルズ・オピオン》や《虚無魔人》および《虚無空間》を突破するならば、コンボ前提ながらも充分に視野に入るカード。

 《ブラックホール》で《XX-セイバー ガルセム》を巻き込みながら任意の「Ⅹ-セイバー」を手札にくわえることも可能なので、ソリティアによる先攻制圧を念頭に置かないデッキ構築として、本作の刀堂刃が採用した。

*1
特殊召喚すべてを封じる悪魔族・闇属性・レベル6のモンスター。《虚無魔人》自身を特殊召喚できないため、召喚は困難。




 タイトルはノベルゲーム「ひぐらしのなく頃に」から。

 無理やり刃を出したので、話運びに無理が出ています。没です。


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本編
光津真澄の憂鬱(1話)


 最近、気になる決闘者がいる。

 強いか、弱いか、―――ではなく。

 

 すきなカードを思いのままに。

 この決闘者の願望を、実際に叶えてみせるのが“巧い”のだ。

 

 私も彼のように、愛するカードを思いのままに引き寄せ、モンスターたちへ思いのままに力を与えたい。デュエル塾の名門校、LDSの融合召喚コースの塾生として、マルコ先生から教わった融合召喚の力を変幻自在に扱ってみせたい。

 

 しかし悲しきかな。

 合計枚数に下限があるデッキの中で3枚ずつ、すきなだけ同じ名前のカードを入れられるルールであるとはいえ、任意で複数枚のカードたちを同時に手札に集め、任意の戦術を成功させることが実現できるかとなれば至難の業。

 いちおう、特別ルールがある「アクションデュエル」においては、デュエル専用フィールド内で()()()「アクションカード」を使用できる特別ルールがあるため、ある程度の任意の戦術を実演しえる。

 

 が、それだけ。

 

 ワンゲーム中に拾えるアクションカードの効果と種類は、現実世界に投影されるゲームフィールド、「アクションフィールド」にも左右されるため、アクションカードに依存した戦術はアクションフィールド次第で機能不全に陥る。

 つまり、アクションカードに依存すればするほど、デッキから引き込むカードが使えないカード、俗にいう「死に札」になりやすいので、やはり最初から自分のデッキをすきなコンボが実践できるように練りあげるしかない。

 

 自分が強くなるしかないのだ。

 

 己の力で為すべき戦術を為せるのであれば、なるほど、「彼は強い」。

 どれだけ最初の手札の質が悪かろうとも、かならず、最低限でも、相手へ迎撃可能な盤面を用意できる点においてはLDSの優等生でも屈指。

 デッキの質が高く、デッキ構築力が高いことを意味する。

 自分のカードを活かすことには貪欲で、情熱を注いでいるとも言える。

 

 最悪のコンディションでも態勢を整え、最善手を自然体で行える。

 ………さながら武闘家の心得、彼の強みである。

 

 そのせいだろうか。

 彼自身は勝利を渇望しない。

 正確には、カードを活躍させるためのカード以外に関心がない。

 結果として勝利が得られれば微笑むが、勝利のためではなく、すきなカードに勝利を捧げるために、ひたすらカードを収集し鍛錬し続けている……それが、正確な彼の姿だろう。

 

 でなければ。

 使いづらさで有名な《ヴェルズ・タナトス》を活躍させて敗北したのち、満足げに3時のおやつを堪能するなんて優雅で可愛い真似、するわけがない。

 

 そう、気になるアイツは決闘馬鹿だった。

 

(これ以上は、私が変なひとみたいに見えるだけか。)

 

 思わずつぶやき、柱の物陰にある席に座ってから、彼の様子をうかがい直す。

 

「………ふふ……。」

 

 彼は笑っていた。

 学校の休業日にLDSへと登校し、すみやかにデュエル実習を終えた少年、蛇喰(じゃばみ)遊鬼(ゆうき)のティータイムは、奇しくもあの沢渡との談笑から始まっていた。

 

 そう、あの沢渡。

 

 親馬鹿で子煩悩すぎて、“良識的な”迷惑行為が一周まわって舞網市民から愛される沢渡市議会議員、そのひとり息子であり、LDSの生徒全員が「馬鹿と言ったらコイツだ」と指をさす金持ちのお坊ちゃん、沢渡シンゴ。私は指をささないけれど。

 悪い意味でLDSの代表的な塾生ではある沢渡へと、わざわざ仲良くする塾生なんてノリがいい例の三馬鹿くらいのもので、フードコートでも無理に仲良くする塾生はまずいない。

 そんな彼らが穏やかに紅茶を嗜む……と、聴けば、だれもが正気を疑う。

 私も疑う。毎回疑うし、なんなら半ば諦めている。

 

 ああ、間抜けた沢渡と天然な遊鬼が揃えば、こうなってしまうのか、と。

 

「―――ま、くわしくは言えないが。

 この沢渡シンゴさまは極秘のミッションを完遂したのさ。

 残念ながら勝利とまではいかなかったが、榊遊矢のペンデュラムカードを奪い、思いのままに扱ってみせた俺様の実力と才能は赤馬零児も認めるほどのものと確信した。

 まずは榊遊矢を倒し、その次は赤馬零児!

 やつを直接倒してこその最強デュエリストだ! そうだろう? 遊鬼!」

「………確かに。」

「おまえも俺様がクズカードと認めたエクシーズモンスターを召喚するだけじゃなく、おまえのライバルである志島北斗を翻弄するほどに使いこなしてみせた。

 まだ俺様には程遠いとは思うが、まあ、負けは負けだ。結果が伴なわなかったなりに、せいぜい頑張るこったな!」

「……そうする。」

 

 大言壮語を自信満々に述べる沢渡シンゴ。

 あいつの言っていることのほとんどが、ろくに隠し事を隠せていない。

 レオ・コーポレーションの現社長である赤馬零児に認められる機会があったということは、そもそもの榊遊矢との決闘を赤馬零児が見ていた、ということで、そのうえで沢渡のやるべき極秘の任務を誰が与えたのかを考えれば、だれでも沢渡の背後にいた人物の正体がわかってしまう。

 最有力で観戦していた赤馬零児、次点でレオ・コーポレーションが経営するレオ・デュエル・スクール、略称LDS……そう、私達が通うデュエル塾の塾長であり、赤馬零児の実の母親でもある赤馬日美香、このふたりのいずれかだ。

 レオ・コーポレーションの機密事項に対する情報漏洩も同然の自慢話を嬉々として沢渡が始めた段階で、沢渡の愚行を悟って慌てて止めようとするも怒鳴られて諦めたのか、沢渡の取り巻きの馬鹿三人は顔を見合わせて苦笑いをしている。

 

「………と、いうことは、『もう見つけた。』……のか?

 ……なるほど、そういう。さすがだ………。」

 

 それらに対する遊鬼の反応は、まるで純粋に沢渡へ感心したかのような笑みのみ。

 塾生からは「味がマズい」と”好評”の紅茶ブランド「シークレット・メディカル・ゴブリン・ミルクティー」のペットボトルに口をつけ、首を傾けすぎずに味わい音もたてずにペットボトルを置く姿は、まるでティーカップを置いたかのように錯覚させてくれる。思わず見惚れるものがあった。

 滑稽かもしれないけど。

 

「ほほ~ん? やっぱりな、おまえは察しがいい。

 そのとおりだ、俺はペンデュラム召喚の弱点に気づいたんだよ!」

「いよっ、さすが沢渡さん!」「今日も頭が冴え渡るぅ!」「かっこいいぜぇ!」

「はっはっは、当然すぎて笑いが止まらないなあ!」

 

 なに言ってるんだコイツ。

 取り巻き三人に褒め言葉で持ちあげられながら、額を顔に当てて高笑いする沢渡の姿はまるでナルシスト、どころか本当に自意識過剰なのだから(たち)が悪い

 しかしながら、沢渡の発言には興味がそそられなくもない。

 

 かつての舞網市の治安が悪かった頃。

 暴走族や乱暴者が街を荒らした闇の時代に、怒号と悲鳴の絶えない舞網市を笑顔の絶えない街へと決闘ひとつで変革させた伝説のエンターテイナーがいた。

 その名は榊遊勝。

 彼の決闘の流儀である「エンタメデュエル」を継承した柊修造の経営する遊勝塾、そこに通う榊遊勝のひとり息子、かの伝説の後継者たる榊遊矢が、なんでもペンデュラム召喚なる新たな召喚法を開発した……あるいは発見した、とも噂されている。

 その榊遊矢を相手にして、新たな召喚法の弱点を悟ったと言うのだ。

 

 あの沢渡が。

 知り合い全員が「こいつは馬鹿だ」と断言するほどの、あの沢渡が。

 

「もちろん、おまえの《ヴェルズ・オピオン》も回答のひとつだとは思うがな。

 特別に教えてやろうか……いいや、やっぱり、ただじゃ教えてやらねー!

 なんたって、他ならぬ俺様自らが!

 天才的発想力で導きだした答えだからな!」

「………それもそう、だね。

 ……実体験と知識では、未知なる召喚法への警戒心が違う。

 ……LDS最先端であれば、現状は君がトップ、そういうこと……」

 

 薄く微笑みながら、遊鬼は食事を再開する。

 カップ焼きそばにフォークを通し、からめて口元に送る姿はパスタを食べているかのようにも見える。パスタだったにせよ、麺類と紅茶を同時に嗜むのは微妙にマナーが違う。イタリアンならば飲料ではなくスープ料理で、そもそも焼きそばの濃いソースに紅茶の風味は味の食べ合わせが最悪である。

 残念ながら、彼の個人的な趣味嗜好は「うまいものをマズく食べる」だった。

 

 そんなものを見せつけられる沢渡は表情を嫌そうに歪める……ことは、しない。

 彼がマズ飯趣味を見せるのは、あくまでも「独りで食べる」と、決めている時だけ。

 ちゃんと誘えば普通に食べるし、誰かを誘う場合も常識的だ。あの距離感を知ったうえであれ、沢渡も沢渡で他人の趣味をとやかく言うタイプではない……というか、とやかく言えないくらいの甘党なので、意外にも、お互いにリラックスした状態で対話は続く。

 

 なんだこれ。

 

「ほーん? つーことは、おまえもヒントは見つかったのか?」

「……もちろん。」

「やるじゃねぇか。

 榊遊矢と戦うとき、俺を招待する権利をくれてやってもいい。

 そんじょそこらの雑魚なら観戦なんざ時間の無駄だが、おまえは失望させんじゃねーぞ? ほら、連絡先を出せ。はやく」

「……それは楽しそうだね」

 

 本当に、なんなのそれ。

 侮辱に等しい「雑魚呼ばわり」を平然と受け入れ、あげく榊遊矢と戦う際には彼なりの回答を「俺に見せろ」と言われても動じない。

 一方的に搾取されているも同然だ。あいつだけ教えないのだから。

 

 本当に救えない天然の馬鹿はどちらなのか、火を見るよりも明らかだろう。

 ひとりの人間としては愚かながらも、決闘者として賢しくある沢渡シンゴではない。

 

「―――へえ、男同士でデートのお誘い?」

 

 ああ、まったく。

 

「あ゛?

 おいおい、なんだぁ?

 誰かと思えば、融合召喚コース最強の女騎士様じゃないか。

 ジュニアユースで、融合召喚コースでは、最強の、なぁ?」

 

 見ていられない。

 思わず開いた口に反応する沢渡の舌は、面白いほどに打てば鳴る。

 

 下品なはずの舌打ちひとつが上品にも聴こえるあたり、なんだかんだ気取るなりの品格というものが見受けられるけれど、だから、どうしたというのだ。

 

「はあ? なに言っているの、おまえもジュニアユースだろう。

 総合コースでは、“代表的な”決闘者の。それで? そっちの趣味なわけ?」

「まだ恋バナかよ?

 男は趣味じゃねぇっての!?

 ……ったく、なぁんで女ってのは、一にも二にも恋だの愛だの……」

 

 相変わらずコイツ、ひとの神経を逆なでさせるのが巧いな。

 

「かりにも議員の息子なら、もうちょっと交友関係を広めてみたら?

 その調子だと、本当に男にしか興味がないみたいに見えるわよ?」

「おまえ馬鹿かぁ?

 俺が女関係で遊んだら、パパの仕事と信用に影響が出るんだよ。

 ゴシップ誌にすっぱぬかれて最悪なことになる。考えただけで怖気が走るぜ……議員の息子だからこそ、恋愛なら! 真剣勝負に決まっているだろ!」

 

 へえ。

 市議会議員であれ、どこの社長であれ、ひとを動かす立場の人間には相応の権力が備わるものの、権力者とは組織の顔、象徴であるがゆえに、その言動の責任は重い。

 こどもの不祥事が会社への信用に影響を与える……とまでは言わないが、それなりにブランドイメージが損なわれるのは言うまでもない。特に市議会議員となれば、教育の現場に関わる機会は多く、「選挙で選ばれた側の人間が愛息の教育を杜撰にしていた」などと印象づけられただけでも、有権者からの票は減っていくだろう。

 意外にも、沢渡でも実行しない愚行の線引きはあるらしい。

 そのあたりは、宝石商の娘である私と変わりはない、そういうことかしら。

 

 力ある者の責務は理解しているのね。なら、

 

「ふぅん。

 で、あんた、モテないの?」

「はぐっ」

 

 これならどうだ、と、訊ねてみれば、効果覿面。

 珍妙な呻き声を出して、沢渡がテーブルへと頭を轟沈させる。

 

「……真澄?」

 

 怪訝な表情で私を見た遊鬼は、沢渡の様子を確認する。

 同じ男ゆえに心配しているのだろうか。彼も恋愛沙汰は気にするらしい。

 お優しいことだけれども、私から沢渡への気持ちはひとつ。

 

 相手の(きず)を貶すより、さっさと自分を磨きなさいよ。

 

「ああ、遊鬼?

 今日の北斗とのデュエルはどうだったの?」

 

 かるく手を振り、気さくな挨拶に努めてみる。

 それでも沢渡に抱いた毒気が内に溜まっていたのか、どこか挑発するような言い方になってしまったのだろうか、彼は眉を顰め、目を細めて、私を睨んでくる。

 

「なっ……なによ?」

「……ちょっと、……ごめん」

 

 一言謝ると、眼鏡を胸ポケットから引きぬき、そのまま眼鏡をかけて私を見る。

 よほど度の悪い近眼なのか、細められた目が開かれた。

 まつげで虚空を仰ぐように瞬きをすると、しばらくして、

 

「…………リップクリーム、変えた?」

 

 唐突に聞いてきた。

 

「え、」

「……あざやかだったから、つい。気になって」

 

 ちいさな声でつぶやき終えると、眼鏡を外……さ、ない。

 フレームを右手の指で摘もうとして、何度か指先をこまかく震わせ、きゅっ、と唇を引きしめると、両手で眼鏡の位置を整えてから私を見つめる。

 

「……今日の融合召喚コースの授業、どうだった?」

「あ、ああ、それは、」

 

 歯ごたえがなかったわ。

 そう伝えようとして、なぜか言葉に困る。

 いいや、わかっている。なにを求めてしまうのか、気づいてはいる。

 ただ、現状の私では同じことを繰り返すだけで、指先すら彼の居場所の(へり)にかかりはしないと察して、どうしても手が伸ばせない。そういう居心地の悪さがあった。

 決闘とは別の、もっとこう、全然関係ないことでも遠慮してしまっている気がする。

 

 彼に、なにかをするにしても。

 資格のようなものを、自分で自分に課している気がする。

 

「あんまり、面白みはなかったわね。いつもどおりよ」

 

 思わず、お茶を濁す。

 私の返答になにを思ったのだろう。こまったように微笑んでいる。

 

「……そっか。」

「ええ。」

 

 眼を逸らす。

 なぜか胸に違和感がある。

 針が刺さったような、ほそく、ちいさな。

 

「――あなただけは、私の融合で必ず倒すわ」

 

 痛みに突き動かされ、気がつけば、拳を握っていた。

 

「……っ! ……うん!」

 

 “うん”じゃないと思うのだけれども。そこは。

 

 おだやかで物静かに。

 心持ちだけは、底抜けに明るく、

 トボけた天然じみた反応をされると、どうにも毒気が抜かれる。

 

 同時に腹が立つ。呆気に取られても。

 

「ふん!」

 

 鼻を鳴らし、背を向けて去る。

 元より男友達同士とのティータイムだったのだから、私は邪魔だろう。

 早く彼の戦術を突破する、いや、彼の戦略の定石である、あらゆる召喚法への妨害手段となる最強のドラゴン、《ヴェルズ・オピオン》を突破する方法を見つけなければ、

 

 でなければ心置きなく、あの場に居続けられる気がしない。

 こういうときほど、総合コースの実力者でもある沢渡の思慮のなさが羨ましい。

 勝とうが負けようが堂々と、図々しく「つまらなさそうに食べているから」などと、思ってもいないことを口実に、遊鬼から見て真正面の席を陣取れるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「ろくに言えないくせに、なにが『モテないの?』だっつの」

「…………えっ?」

「なんでもねーよ。」

 

 首を傾げる遊鬼を睨みながら。

 テーブルに伏せたまま、沢渡シンゴは呆れはてる。

 

(お、ま、え、がっ! ()()()()()()()

 気づいた「真澄(おまえ)の気持ち」が本当(マジ)なのか、遊鬼(コイツ)は判断できねーんだっつの!)

 

 

 

 恋愛とは。

 おたがいの気持ちを一方が悟っていても、その一方が確証が得られなければ「ただの片思い」、「自分の思い込み」だろうと誤解し、ほかならぬ自分の気持ちを伝えずにすれちがうものである。へたな両想いは時がくれば情熱を冷まし、あっさりと「いい思い出だった」などと流して忘れるだけかもしれない。

 

 この距離感を毎回見せられる沢渡シンゴからすれば、解決法はひとつ。

 

(さっさと()()()()をしやがれっての!) 

 

 もっとも、彼の考えは相手の機微を鑑みれば、ひじょうに的外れなのだが。

 なにはともあれ、少年遊鬼は光津真澄の成長を待ち、彼女が勝利できてから距離を詰めてみようと決め、ゆっくりと紅茶を一服する。

 

「………違和感なかったけど。色、きれいだったな……」

「なにがだ?」

 

 沢渡の問いかけに遊鬼は目を見開き、眼鏡を胸ポケットに収めなおす。

 

「……なんでもないっ………!」

 

 うわずった声をあげて椅子から飛びだすように立つと、荷物を持って駆け出した。

 

「おい、おいおいどこに行くんだ!?」

「……えっと、と、トイレ!

 眠くなったから、顔、冷やしてくるよ!」

「はああ?」

 

 わけもわからず不機嫌そうに呻る沢渡。

 目の前にあるものは、マズそうな食べ合わせ、紅茶と焼きそば。

 自分の食べているケーキの風味に気持ちの問題であれ影響を与えないか、内心気にしながらも、食べかけている遊鬼が落ち着いて戻ってくることを沢渡は期待して待つ。

 

 彼らの様子の一部始終を見届けた取り巻きのひとり、山部が、おなじ取り巻きの柿本や大伴へ耳打ちする。

 

「なあ、あいつ、奥ゆかしい御令嬢って感じのキャラだったっけ……?」

「気が強すぎて空回ってるだけじゃねーの? どっちかっつーと蛇喰がそれだろ」

「奥ゆかしい男とか奥手でビビりの間違いだろ」

 

「聞こえてるぞ、おまえら!」

 

 沢渡の一喝に竦みあがり、三人とも思わず背筋をぴんと張る。

 

「ったく。恋バナに花を咲かせるのは、女も男も関係ないってことかよ?」

 

 呆れる自分もまた同じ話題でいらだっていたことなど、もう沢渡シンゴは都合よく―――そう、とても、彼自身に都合よく―――忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘(デュエル)で恋ができますか?】

 

【A.決闘者である以上、まずは自分を認めなければ告白にすら自信を持てません。相手への告白をするプレイヤーが女性でも同様です。】




 タイトル名は角川文庫の小説「涼宮ハルヒの憂鬱」から。


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Sword Arts Sacred(ソードアーツ・セイクリッド)(2話)

 これは、ティータイムを彼、蛇喰(じゃばみ)遊鬼(ゆうき)が楽しむよりも前の話。

 

 LDSエクシーズ召喚コース、ジュニアユースの午後の部。

 アクションデュエル実習で最後の番として呼ばれた僕、志島(しじま)北斗(ほくと)と、対戦相手の蛇喰遊鬼が決闘を始め、続けて、もう両手では数えきれないターンを進め。

 

 おたがいにエクストラデッキにいたはずの仲間たちを失い続け。

 ようやく純白の騎士《セイクリッド・プレアデス》を三度召喚できた僕と、死せる者たちの集合体《ヴェルズ・タナトス》を維持し続ける彼との決闘は佳境に入る。

 

「さあ、《セイクリッド・プレアデス》の効果を発動!

 キミの《ヴェルズ・タナトス》を、デッキに戻してもらおうか!」

 

 僕が何度も倒したはずの《ヴェルズ・タナトス》。

 それをあらゆる手段で何度もエクシーズ召喚し、アクションマジックとのコンボで僕の布陣に穴を空け続けた遊鬼はつぶやく。

 

「……よし、アクションマジック、だ……!」

 

 僕の“プレアデス”の力が通じにくい、漆黒の騎士“タナトス”は馬を繰りながら主を運び、アクションマジックのある場所を共に探していたようだ。

 星空の輝く神殿の物陰から姿を現し、その手に持つ「A」の略称が刻まれたカードを扇状に展開された手札へと加える。主が馬から飛び降りると、空中で待つ“プレアデス”めがけて“タナトス”は馬を走らせ、そのまま騎士“タナトス”が愛馬の背から飛びあがる。

 

 僕のデッキは、モンスターの連続召喚からエクシーズ召喚に繋げる。

 この点においては彼の戦法に近い。彼もまた通常召喚からエクシーズ召喚を狙うので、よほど欲張らなければ彼の切り札《ヴェルズ・オピオン》で完封勝ちされる敗北はまずしないし、元より使うモンスターの効果のうえでも僕が有利だ。

 

 基本的な戦い方が同じなら、カードの性能で決着がつく。

 ―――そのはずなら、僕は彼との決闘を楽しんだりはしない!

 

「……《ヴェルズ・タナトス》の効果を発動。

 ……エクシーズ素材を取り除くことで、このターン、モンスター効果を受けない」

「だが、攻撃力は僕のプレアデスが強い!」

 

 剣をぶつけあう、僕たちのモンスターたち。

 だが彼の“タナトス”は剣を這わせるように“プレアデス”の剣へと絡ませ、“プレアデス”の篭手の近くまで刃を寄せると、

 

「…………手札のアクションマジック、《ナナナ》を発動!

 ……《ヴェルズ・タナトス》の攻撃力をアップ、迎え撃てッ!」

 

 己のマスターから与えられた魔法の力に任せて、薙ぎ払い、押し克つ。

 力を失い、空中へと舞い、無防備に胴体を晒した僕の“プレアデス”。

 どこからか「好機を見逃すな」と馬が嘶き、飛びだし、“タナトス”のまたぐらに首を突っ込んで持ちあげ、改めて人馬一体の《ヴェルズ・タナトス》へと姿を戻して駆けだす。

 

「忘れちゃ困るね!

 僕が、すでにアクションマジックを拾っていたのを!

 アクションマジック発動、《ティンクル・コメット》! 相手の攻撃力をダウン!」

 

 だが、僕の“プレアデス”も諦めない。

 僕の支援を受けて姿勢を制御し、“タナトス”から受けた剣戟の勢いを無力化し、流星となって空を舞う。

 

「…………そこっ! カウンタートラップ、」

 

 その背を追うように、“プレアデス”の影が這い寄る。

 

「……《マジック・ドレイン》!」

 

 “プレアデス”と似て非なる影法師、蛾の羽根を携えたドッペルゲンガーが、“プレアデス”に与えた魔法の力を吸い取らんと覆いかぶさる。

 

「……君のアクションマジックを無効にする。

 ……ただし、君は手札に魔法カードがあれば、これを捨てて無効にできる」

「おっ、面白いカードを使うねぇ!?

 なるほど、アクションマジックと魔法カード、どちらか一方を確実に潰すカードってわけかい。だが、僕の手札にはコレがある!」

 

 僕が掲げたカードの光を受け、先ほどよりも強くなる“プレアデス”の輝き。

 そうさ、星の輝きを塗りつぶすほどの闇なら、より強く輝けばいい!

 

「通常マジック、《ティンクル・セイクリッド》!

 このカードを代償に、僕は“プレアデス”を呪いから守る!」

「…………っ!?

 ……手に入れたの? ……それ!」

 

 同じコースの塾生同士、彼も存在は把握していたらしい。

 元より入手が困難なことも知っていたのか、心の底から驚いた顔を向けてくる。

 

「なぜだろうね。『まさか』と思って温存しておいたのさ。

 想定よりも、とんでもない方法で対策をしてくれたけど……(財布と戦術の)無茶はするものだね。これで、“プレアデス”がキミの呪縛から解放される!」

 

 研ぎ澄まされた決闘者の眼差しが、かえって僕に野性的な勘を育ませてくれた。

 あるターンのドローの瞬間にだけ細められた彼の目を見て、そのカードに何かがあることを察することができた。見た目の身振り手振りではない、いわば強い意志の輝き。

 おだやかな夜に降り注ぐ、どこまでも遠い星の(かす)かな瞬きに気づけたと悟ったとき、僕は確かに「強くなった」と実感する。

 

「いけ、“プレアデス”!

 彼の“タナトス”を切り裂け!」

 

 その輝きで浮かびあがる影の騎士に向かい、剣を大上段に構えて振りおろす。

 “タナトス”よりも早く、彼の馬よりも速く通り抜ける“プレアデス”の剣の一閃が、白い輝きの軌跡を描きながら大地をも貫く。

 

「“プレアデス”の攻撃力は2500のまま。

 キミの“タナトス”の攻撃力は2350から変動し、3050から2050へ。

 戦闘に負けて受けるダメージは450、ただし、アクションマジック《ティンクル・コメット》の効果により、すでに君は500のダメージを受けた。つまり、」

「……合計、950。

 ……まいったな、……ボクの、負けか……」

 

 僅差の攻防のすえに掴み取った勝利。

 ここまでやっても、「これはアクションデュエルである」という前提が、さきほどの彼が発動した《マジック・ドレイン》の存在により、完全勝利とは言い切れない苦みを残す。あまりにも予想外すぎる奇策。アクションカード対策にもなる危険な罠。

 “プレアデス”も同じ畏怖を抱いたのか、剣を握る拳を強め、衝撃に倒れ伏した彼から眼を離そうとはしない。

 

 ゲーム環境ひとつ。決闘者の本能から訴える“勘”を信じるか、否か。

 なにかが異なれば、彼と僕の間にある実力差が何度だって変動する。

 そのうえで、僕に負けても強敵だと察してしまう、敗北に苦しもうと獰猛に笑う狂戦士。凄みを隠せない優男は、立ちあがるだけでも闘志をあふれださせる。

 

「……いい、デュエルだった」

「ああ。僕も実感したよ。

 今のが、キミが昔に言った“決闘者の勘”かい?」

「……うん。楽しかった」

 

 そう言い切ると、ほにゃ、と、普段のやわらかな笑みを浮かべてくる。

 緊迫とした空気が霧散し、本当に決着がついたと周囲に伝わったのか、同じエクシーズ召喚コースの塾生たちが喝采をあげ、投影されたリアル・ソリッドビジョンが消失する。

 

「キミは、もう休憩に入るのかい?」

「……うん。授業のコマ、開けてあるんだ」

 

 彼の物静かな声色は、観客席から僕への黄色い声にかき消されそうで、それでいて耳に残る。彼も彼で同じように声をかけられてもおかしくないと僕は思うのだが、独特の鬼気迫る決闘への姿勢が原因なのか、彼の場合は同性からの激励がよく届いていた。

 恐ろしい魔剣を収めた綺麗な鞘。そんな性格にも見えるからね、彼。

 決闘とあれば突如抜刀して居合切りする。決闘が例え談笑の結果だとしても。そういう切り替えの早さが目立つから、女の子としては恐ろしさを秘める彼よりも、僕のほうが好感を抱きやすいのだろう。

 

 彼の使う「ヴェルズ」モンスターが、おどろおどろしい昆虫の特徴を持つ、既存のモンスターから生まれた合成生物であるという外見的特徴と、特殊召喚であればなんであれ妨害はできる脅威の効果を持つ点は、たぶん関係ない。

 召喚したモンスターを手札に戻させる僕のほうが、印象は悪くても変ではないし。

 

 まあ、結果的に、その恐怖心が彼女たちの成長を鈍くさせるのかもしれない。

 実際、彼に気がある子にかぎって、どういうわけか戦術が陰湿ながら凶悪だったり、女の子同士だと全然決闘に興じないというか、自由時間での決闘には誘われないくらい遊びがない子だったりするし。

 

 真澄の強さなんかもわかりやすい。

 彼女が僕たち以外のだれかと決闘をしたなんて、見たことも聞いたこともない。

 

 LDSで次の舞網チャンピオンシップに出場が見込める塾生を振り返っても、彼女以外にどんな女の子が該当するのか、思い出すのもむずかしい。印象も薄い。

 そのくらい「強い女の子へと挑戦する女の子」は、めずらしいのだ。

 負けの醜態を問わず、何度も立ちあがる勝気な女の子もまた、めずらしい。

 ……そろそろ、見どころのある塾生が出るといいのだけれどもね。

 

 真澄のような、芯の強い女の子にかぎって。

 すごく綺麗な目をするものだから、思わず惚れそうになる。

 ああいう子が声援を送ってくれるなら、それはとても喜ばしいのだけども。

 残念ながら、彼のほうが機会は多い。声には出されないだけで。

 

「いつものティータイムか。

 沢渡に悪絡みされて疲れないかい?」

 

 そう訊ねると、彼は目を背けた。

 

「……まあ、ろくでもないときもあるけど、うん……いいかなって。」

「ティータイムは諦めないのかぁ……」

 

 なにが彼をこだわらせるのだろうか。

 お茶会と聞けば目を輝かせ、ティータイムに用事があると聞けば本気でいやがる。

 ルーティンワーク、というやつなのかもしれない。あの時間になれば沢渡(さわたり)シンゴは必ず休憩しようとする。それと同じように、彼もまた休もうとするのだろう。

 

 癇癪持ちの沢渡と、決闘中の評価点から成績が伸びる遊鬼とでは、休憩の意味合いが異なる気はするが。沢渡、彼の場合、ケーキを食べられない日では些細なことでも我儘を言うらしいし。

 

「―――うん?

 いや待てよ。確かに日曜日だ、ならおかしくはない、が、」

「……どうしたの?」

真澄(ますみ)は? 今日はまだ観ていないんだけど」

「…………うん。ボクも知らない」

「やれやれ、午後の部から授業を受けているってことかい?

 まあせっかくの日曜日だ、日が暮れるより前に遊べるなら、それに越したことはないと思うけれど。いや、案外寝ている可能性もあるかもねぇ?」

「……それはない。前の日曜日、女の子むけのお店でなにか選んでた」

 

 なぜか眉間にしわを寄せて、彼は思慮にふける。

 

「……たしか、お昼でバーガーショップに行く途中に……うん、間違いなくそう。そういうとき、女の子って友達と一緒だったりするんだけど……なんか、そうじゃなかった。

 ……日曜日、ひとりで用事を済ませるのかも。だから、たぶんちがう……」

「あ、そうなの?」

 

 やっぱり真澄も女の子か。

 ストイックな姿勢が見て取れる彼女のことだから、そういうのは普段から最低限の買い物で済ませているようにも見えるのだが、日曜日にわざわざ買うだなんて。

 

「……でも、()()()

 ……いや、うん、それはとにかく、先生が呼んでる。

 ……スタジアムから出よう。授業が中途半端で終わる……」

「そうだね、それは僕もいやだ」

 

 スタジアムの扉に手をかけ、そのまま舞台を後にする。

 このあと僕は偶然、きびきびと歩く真澄の姿を見かけることになるのだけれども、

 やけに唇を気にしているというか、怒っているのか別の気持ちなのか、はっきりしない表情で口元に手をかざしていたのが不思議だった。

 見ようによっては、やはり物思いにふけっているようにも見えて。ただ、それ以上は彼女の様子を探るわけにもいかず、とりあえず次の授業のある部屋へと僕は向かった。

 その先で。

 

 顔を赤くしてトイレにむかった遊鬼をみたら、だれだって勘違いするだろう?

 

 ことの次第を沢渡に訊いて安心したよ。

 まさか僕たちの友人関係が拗れたかも、なんて思わずに済んだし。

 

 それでも、ちょっとは嫉妬する。

 ああいう距離感であれ、あの距離感で話せる女の子、まだ僕には、ね。

 真澄と僕のそれは男女の友情であって、恋が関わるものではないし。

 最初、「男女の友情とか男には苦痛だろ?」って思っていたんだけれども、いざ人気者になってみるとありがたいんだよねぇ。愛だの恋だの(かしま)しくなりがちな、着飾った子ばかり集まって、でも決闘の腕とかは「教えて?」の一点張りでがんばらないし。

 

 キャラを着飾る女の子の、全員が。

 いちいち相手をしていると笑えないくらい疲れるんだよ、ホント。

 

 あー! いいなぁーっ!

 決闘で手のかからない、好敵手(ライバル)にもなれる女の子!

 そういう子とさあ、愛だの恋だの、してみたいなあっ!

 

 

 

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘(デュエル)で恋ができますか?】

 

【A.女性側の決闘意識によっては、フリー対戦を常に要求される場合もあります。フリー対戦用のデッキ、大会環境用のデッキなど複数のデッキをお持ちの場合、女性側の要求に応じて決闘をすることは可能です。ただし、決闘ができる、という男性プレイヤーの効果に対して、恋愛の対象となる、という女性プレイヤーの効果が発動されるか否かにつきましては、ターンプレイヤーとなる女性側の任意効果となっております。】

 

 

 

 

 

 

【Q,(男が)望まず効果対象に選ばれる場合、どうすればいいのですか?】

 

【A,自分でがんばってください。】




 タイトル名は電撃文庫の小説「ソードアート・オンライン」から。

 自分は「ます×ほく」派ですが、同時に「男女の友情」説も推したい。
 あのやりとりが恋愛関係での俗にいう夫婦喧嘩へと最終的に収まるのだと断言するには、男友達に対する自然体での毒舌にも聴こえる(ツンデレ、クーデレとは聞こえにくい)のが理由のひとつ。どっちかっていうとオカン真澄とお調子者の北斗って感じ。
 たぶん本当にカップル成立したら凸凹コンビで見ていて楽しい。
 夫婦喧嘩を路上で見れそうな感じ。おばさんオッサンになっても仲良さそう。おたがいに「なんでこんなやつ好きになったんだろ……!」とか言いながら最後にイチャイチャしてそう。

 一方で、なかなか実現せず、男(北斗)のほうが恋愛前提で動けば壊れかねない「男女の友情」のほうも推したい。ダイヤモンドは砕けないけど傷つきはするのよね。
 
 強火の長文失礼しました。


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ますみさん@がんばれない(3話)

2022/05/28 19時
・一部追記(いつものあれ)
・一部修正(真澄の手にある飲料がどれなのか)
・最終確認(最後に口にする飲料はなにか)


 実は、「カードを愛する」感覚から、どうしても忌避したものがある。

 

 私が使う「ジェムナイト」カードには、ある強力な専用の融合魔法がある。

 通常魔法《ジェムナイト・フュージョン》。

 さまざまな「ジェムナイト」モンスターの融合召喚にのみ使える代わり、墓地の「ジェムナイト」モンスターを1体除外することで、このカードを手札に戻すことができる。

 これらの効果を活用して、1ターンに複数回の融合召喚を行えるのが、「ジェムナイト」モンスターの強みなのだ。本来ならば。

 

 そうだとしても、私は、このカードの効果に頼りたくない。

 いくら《ジェムナイト・フュージョン》が強力な融合魔法カードだとはいえ、墓地に眠る「私が愛したモンスターたち」を無暗に除外したくない―――そこまでして、《ジェムナイト・フュージョン》を手札に戻したいわけではない―――のだ。

 

 私の切り札のひとつである《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の効果のひとつ、墓地の「ジェム」モンスターたちの数だけ攻撃力をアップさせる効果を活かすためでもある。

 たった100ポイントの攻撃力アップでも、積み重なれば1000ポイント以上はアップできるし、それほどの仲間の力をあわせて戦うことができる。

 だから、よっぽど融合召喚しなければならない場合をのぞいて、まったく《ジェムナイト・フュージョン》の持つ「墓地から手札に戻す効果」を発動させない。

 

 強いとか、弱いとかじゃなくて。

 墓地に眠る仲間たちの遺志を継ぎ、勝利を導くダイヤの“それ”がすき。

 

 だから、なのだろうか。

 次から次へと墓地の仲間を犠牲にしてまで別の墓地の仲間を呼び戻し、何度もエクシーズ召喚をねらう遊鬼の戦い方には執念、妄執のような凄みを感じて。

 モンスターを大切に扱わないようで、死者の怨念を呼び起こすようで。

 

 なにがなんでも共に勝利しよう、という情熱にもみえる。

 相手が彼だから、蛇喰遊鬼だから好意的に見てしまうのだろうか。

 いいや彼も、自分の愛するモンスターと戦えれば、それでいいタイプだ。

 そのための努力は惜しまない。敗北さえも苦としない。であれば、敗北に気を取られずに次から次へと決闘を繰り返す決闘馬鹿であり続けるのは当然で、暇さえあればひとりでデッキをまわして手札事故のパターンを見つけようとするのも自己課題ではなく、ただの趣味として、嬉々として何度でも続けられるのも必然だ。

 

 だから、なのだろうか。

 「セイクリッド」モンスターを与えられた志島北斗へ善戦、あるいは逆転勝利する彼の戦い方に惚れこんだ同コースの塾生で、彼並みに「ヴェルズ」モンスターを使いこなせた決闘者はいない。そんな子がいたら彼に挑む前の前哨戦に選んでいただろう。

 強力な《セイクリッド・プレアデス》を維持して戦い続ける、それが「セイクリッド」使い最大の強みだとすれば、「ヴェルズ」使いは《ヴェルズ・オピオン》により相手の動きを束縛することが強みなのではなく。

 墓地の仲間を犠牲にする《ヴェルズ・ケルキオン》をふくめた、あらゆる方法でエクシーズ召喚を実行に移すのが最大の強みなのだろう。

 

 だから、ほら。

 どれだけの戦術を叩きつけても。

 こうして実践で、決闘で彼の《ヴェルズ・オピオン》を突破しても。

 

 ―――まるでエクシーズ召喚を止められない。

 

「くっ、今度は、《カチコチドラゴン》ですって……!?」

 

 一瞬見ただけでは「宝石の原石か」と見まがう鉱物の集合体が唸り、こちらの「ジェムナイト」融合モンスターを睨みつける。

 

「……魔法カード《一騎加勢》の効果で、攻撃力は3600。

 ……《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の今の攻撃力は3500。

 …………《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》は3600。」

 

 たかぶるままに鱗にも似た鉱物すべてを震わせるドラゴン、それとは対照的に、淡々と効果処理の確認、戦況把握を終わらせる対戦相手、蛇喰遊鬼。

 

「……ここにアクションマジック、《奇跡》をくわえる。

 …………《カチコチドラゴン》は、きみの《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》との戦闘では破壊されず、そのまま戦闘破壊ができる。

 

 ……さらに、《カチコチドラゴン》は、相手モンスターを戦闘で破壊した場合、1ターンに1度だけエクシーズ素材を取り除いて追加攻撃ができる。

 ……マスター・ダイヤ、……ブリリアント・ダイヤの順に戦闘で破壊する。」

 

 普段、だれもが防御に使いそうな《奇跡》だが、彼は攻撃するための武器として扱い、着実に私のモンスターたちを踏破するという“奇跡”として実現させていく。

 地面から覆いかぶさる鉱物の津波がブリリアント・ダイヤたちを呑みこみ、どれが宝石でどれが関係のない鉱物だか区別がつかなくなったところで、きらりと空が輝き、

 

「……最後に、装備していた《ジャンク・アタック》の効果。

 ……戦闘破壊したモンスターの、元々の攻撃力の半分のダメージを与える。

 ……マスター・ダイヤは2900の半分の1450、ブリリアント・ダイヤの攻撃力の半分は1800、あわせて3250の効果ダメージにくわえ、先ほどの戦闘で発生したダメージで。

 …………合計、3350。……いい決闘、だった…………!」

 

 急に宇宙空間の廃棄物(スペース・デブリ)が落ちてきた。

 

「は? えっ、ちょっ、うわあああっ!?」

 

 そういえば、流れ星がスペース・デブリである場合もあるらしい。

 これを受けたのが私でよかった。北斗だったら浪漫もへったくれもない現実的なカードから叩きつけられる連続ダメージのコンボで心が折れていたかもしれない。

 

 ゲームセットを告げるファンファーレ。

 画面に浮かぶのは、私が負けたという結果。

 

「あぁっ、もうっ、またなの!?」

 

 やけっぱちになりながらも、寝転んで照明を見あげながら振り返る。

 

 まず、融合召喚をゆるさない《ヴェルズ・オピオン》の高い攻撃力2550を《ジェム・マーチャント》の効果で1000ポイントアップさせた元々の攻撃力1550以上の、「ジェムナイト」通常モンスター、または再度召喚していない「ジェムナイト」デュアルモンスターで突破して融合召喚できる状態に立て直す。

 

 これが決まるだけでも、次のターンに《ヴェルズ・オピオン》をただ召喚された程度では突破されにくい布陣を整えやすくなるので、コンボが決まったときは本当にうれしかった。

 

 次に、手札から捨てた《ジェム・マーチャント》と融合召喚で墓地に増える「ジェム」モンスターの枚数分だけ攻撃力がアップする《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の召喚条件を無視してエクストラデッキから直接呼びだせる《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》を最優先で融合召喚し、あとで《ヴェルズ・オピオン》を出されても困らないように攻撃力2550以上の融合モンスターたちで前線を固める。

 

 そこまでは想定したシチュエーションのとおりだ。

 だから油断した。あれだけ北斗相手にせめぎあう、遊鬼の姿を見てきたのに。

 

 つい、「このまま押し勝てる!」と思った矢先に、もうこれだ。

 

「変な自信なんか、するものじゃないわね。

 相手が想像通りに驚い、……圧倒されてくれるかなんて、ただの妄想か」

 

 ある意味では、彼を軽く見ていたのかもしれない。

 さっきまでの自分が馬鹿らしくなってきた。起きあがって、「スタジアムから出よう」と、彼に目配せをする。気がついたのか、彼は私に近づいてきた。

 

「……あとに予定、あるの?」

「ないわね。着替えたら帰るわ」

「……そっか。」

 

 返事を素っ気なくしたから、なのだろうか。

 なんとなく彼が困ったような、さみしそうな顔をした気がする。

 見ようによっては、なんだかまるで、これからなにかをしようとして叶わないと知ったときの物惜しそうな、残念そうな表情かのようで。

 

 そうなるほどのなにかを願って、「私の予定を聞いた」ということは、

 

「―――えっ!?」

「…………え?」

「あ、いや、その、なんでもないから」

 

 まさかデートとか、そんなつもりじゃないはずだ。

 さすがに私の自意識過剰だろう。自動販売機に駆け寄り、やけに踊る指先に翻弄されながらも硬貨を投入して麦茶を購入した。

 

「……さっきの魔法カードを1枚も引けないままで《励輝士ヴェルズビュート》の全体破壊効果を使わずとも、とりあえず《ヴェルズ・バハムート》を召喚すれば最も元々の攻撃力の高いブリリアント・ダイヤを奪って……有利に動けはしたと思う、けど。

 ……自分のお気に入りって、自分の心の分身みたいなものだし。……『なんかやらしいから』、なんて思ってバーンキルに変えたのは、我ながら変なところで私情を挟みすぎる気がする……『真澄の心を奪うみたいで』、とか……」

 

 取り出し口からペットボトルをつかんで立ちあがろうとした瞬間、聞き取れないほどにちいさな背後からのつぶやき、歩み寄る彼からの風に驚いて、つい見あげる。

 なんか、けっこう近い距離に立っていた。彼の足が座る自分の背中に当たりそうなくらいに。立ちあがったら、そのまま彼の吐息が髪か耳かにあたりそうなほどに。

 固まる私を気にせず、彼は硬貨を投入し、どれを買うかメニューに目を走らせた

 

「……つまり、攻撃力3500か3600ラインを突破できると、いい?

 …………冗談みたいだけど、でも、やっぱりあのカードも採用圏内……?」

 

 おい。

 こっちへの距離感より、決闘のほうが優先なのか。

 

「あんた、反省会でもしてるの?」

「……うん、別の突破手段も確保するべきだな、って。

 …………安定とれる、シンプルなパワーが今、いちばん……足りない。」

 

 ああ、やっぱり。

 自分が突いた戦略上の穴を、もう「埋めよう」と考察を始めていたらしい。

 こんな切り替えの早さとストイックさで、あっという間にエクシーズ召喚コース(ジュニアユース)の最上位に駆けあがったのだろう。

 今となっては志島北斗と鎬を削る関係にあるが、彼らの勝率がそのまま彼の根本的な強さや成長性に陰りを与えたわけではない、ということでもあるのか。

 

 でも、決闘での未熟より、その距離感への鈍感さをまず直してほしい。

 私の心臓がもたない。思いつくかぎりのあらゆる意味で。

 

「……《ズババジェネラル》入れるか。」

「え?」

「…………あ。……ごめん、ひとりごと。なんだ。」

 

 もう答えを見つけたらしい。こっちの気持ちは鈍感なくせに。

 さっきのコンボを念頭に置くなら、私の場合は、なんらかのかたちで墓地の「ジェム」モンスターの枚数を増やせるカードで、なおかつ「増やすだけ」では終わらないカードを探す、というのが課題になるのだろうか。

 

 彼は取り出し口から飲み物を取ろうとして、ようやく私が足元にいたことを気づいたのか、私のほうを見て動きが固まった。

 

「……ごめん」

「べつに。そっちも気にしてなかったんでしょ。

 ほら、受け取りなさ、」

 

 こうなると意外とわかりやすいな。

 なんて思いながら、最低限の親切心で代わりに取って、手渡そうとしたのが彼にとっては問題だったらしい。申し訳なさからか、彼の腕は慌てて前に突き出されていく。

 それは私が手渡すために伸ばすつもりの場所を通りすぎて、ペットボトルの先ではなく、するりと別のものを手で包み込んで、「取って」しまっていた。

 

「―――っ、」

「……………………あっ」

 

 私の。

 呼吸の音が。

 声に代わりに出て。

 悲鳴でも怒りでもなく、別の声をあげようとしていて。

 口を強く閉じて耐えてから、「取られた」感触を拒絶せずに。

 

「ほ、ほら、受け取りなさいよ」

「……うん。えっと、その……ありがとう…………」

 

 手と手が触れた感触に。

 彼()思わず、つい照れを誤魔化すように素っ気ない声を演じようとして、演じ切れていないほどにうわずらせた声色をあげたのを、私は聞き取って。

 

 私は背中に隠れた左手でちいさく拳を作り、「よしっ」と気持ちを抑えこむ。

 これが、「脈あり」ってやつなのかしら。少女漫画であった、恋心を自覚する男の子の反応っぽかったもの、今の。

 さわった手を気にし始めたら間違いないわね。たぶん。

 

 改めてペットボトルをつかんだ彼の手が、遠のいてく。

 

(……これ、変に気にしたら、よけいに気持ち悪く見えるんだろうな。

 …………少女漫画で読んだことある展開っぽかったけど、でも、そういえば、こういうの学校でやらかして女の子にドン引きされて、やたらと女の子たちに嫌われたというか、みんなから避けられたことがあったような……そうだった、こんなふうに距離感を間違えた、ような……やだなぁ、真澄に避けられるの…………)

 

 困惑を隠さず、彼は、わずかに手に目を向けると。

 ペットボトルの栓を開けた。

 

 どっちなのよ、それ。

 

「ねえ、どきなさいよ。

 私が立てないじゃない。」

「……ごめん。」

 

 ちいさく唇を引きしめると、そのまま彼は数歩だけ下がった。

 

 いや、だから、どっちの気持ちなのよ。

 私の手をさわった感想。うれしいのか、罪悪感しかないのか、どっちだ。

 

「更衣室行くわ。それじゃあ、また明日ね」

「…………あ、うん。また、あしっ……ぁ、これまさか、味、まっ……!?」

 

 なんだか、あれこれ気にしたのがどうでもよくなってきた。

 彼を背にして歩を進める。ペットボトルの栓を開けて、そのまま飲み、

 

「―――げほっ!? こっ、これっ、コーラ!?」

「……真澄、渡すの、ちがう。間違えてる…………!」

 

 左手に置き換えて持っていたはずの私の麦茶が、彼の手の中にあって、右手でつかんだつもりだったコーラが私の手の中にあった。

 

「……ごめん、本当にごめん。

 ……もっとはやく気づけば……よかった、また、明日っ……!」

 

 私の手からコーラを取り、空いた手へ麦茶を収めて、ほんのすこしだけ口元をぬぐいながら立ち去る遊鬼。なにがどうしたのだろうか、足取りが早い。

 後ろを振り返って歩き出す間際の耳がやたらと赤い気がしたのは、消防の非常用ボタンのランプの色に照らされたせいとか、失敗したことへの羞恥心からだけだとか、そういう理由ではないと思いたい。私の願望か。

 

「うそでしょ。こんなことする? 私。」

 

 私も動揺していたのか、いや、彼の距離感のおかしさに意識を取られて、飲み物を掴む手を左右間違えたのか、あるいは左右入れ替えるのを忘れていたのだろう。

 なんだかんだ、彼も私も、気にする異性への交友となると緊張するものらしい。

 いちいち彼との関係に恋を見出そうとする奇癖も増えてしまった、などと内心思ってはいたのだが、どうやら、べつに特別「へんな癖」だというわけではないようだ。

 

 なにはともあれ、買った麦茶は戻ってきたのだ。

 彼はいない。あれこれ気が動転することはないだろう。さあ、栓を開けて、

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――()()()()。」

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 女子更衣室でちびちびとスポーツドリンクを飲んでは、ぼうっと虚空を見つめたり、もにょもにょと唇を動かしたりする、普段と様子がおかしい融合召喚コースのエリートを見かけた女子塾生たちは首を傾げながら、その彼女よりも先に自宅へと帰っていった。

 

 

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘(デュエル)で恋ができますか?】

【A,プレイスタイルから親近感が得られる場合はあります。ただし、カードへの愛着を持つ決闘者同士でしか発動しない共感や遠慮もあるため、単純に「決闘に強ければよい」とは限りません。】

 

【Q,いちいち間接キスを気にするのは変だったかしら。】

【A,生理的嫌悪感や貞操観念、特に距離感には個人差があります。どのような認識であれ日頃から歯を磨いて、数か月に一度は歯医者に行き診断を受け、それでも気になる場合は肉類や魚介類やニンニクが含まれる料理を食べたり牛乳を飲んだあとに、ブレスケアを意識しましょう。種類や認識を問うのは「それから」です。】

 


今日の最強カード

・《一騎加勢》

 エンドフェイズまで攻撃力を1500アップさせる通常魔法カード。

 効果の持続時間が勝り500ポイント劣る《破天荒な風》を採用する選択肢もあるのだが、彼の意識する光津真澄が誇る融合モンスター《ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ》の攻撃力がまさかのLDS最大攻撃力の3600であるため、あえて採用している。

 

 要するに、ただの想い人(ライバル)対策。

 

 

 

 装備魔法と異なり、魔法罠カードを破壊する効果の影響を受けず、状況を選ばず、確実に攻撃力がアップするのが強み。欠点は持続時間が短いことで、一長一短。

 そこ、この手の通常魔法は《アクア・ジェット》の下位互換とか言っちゃいけない。

 




 タイトル名はガガガ文庫の小説「ささみさん@がんばらない」から。

 このあいだ キスの日なるものだったそうですね。書きました(間接)


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LDS融合コースの石英(クォーツ)(4話)

 題名は「紅緋」氏の遊戯王二次創作作品「LDS総合コースの竜姫」より。
 完結・完走祝いの意も込めて投稿させていただきます。完走は凄い。完走は凄い。


 教室がざわめくなか、塾講師から手渡される封筒の束。

 前の席から受け取り、自分のぶんを受け取り、後ろの席へ封筒の束を回す。

 これを繰り返し、やがて光津真澄の手にもひとつの封筒が届く。

 

 封筒の重みを軽く感じる者、重苦しく感じる者。

 それぞれが思うがまま表情を歪め、恐る恐ると中身を確認した。

 

 LDS塾生の全員が、なにかと気にするもの。

 そう、春期試験の結果発表である。(ARC-Vの当時の季節は夏。)

 

「悪くは、ないわね。」

 

 しかし、光津真澄にとってはどうでもいい。

 ひとりの決闘者を乗り越えなければ、ほとんどの成績はおまけだ。

 蛇喰(じゃばみ)遊鬼(ゆうき)に勝利し、己の実力を実感できてこそ「成長」なのだ。

 でなければ、ほかの塾生や試験に勝利し、よいペーパー試験の成績を叩き出そうと、それらは彼に勝利するまでの机上の空論を積み重ねた素振りの練習にひとしい。

 とはいえ、両親に報告する成績としては「上の上」。

 LDSに在籍し続ける口実としては悪くない。

 

「学びたての去年の成績よりは、伸び悩みがあって怖いかもしれない。」

 

 塾講師マルコは朗らかに笑いながら、身振り手振りを交えて語りかける。

 

「だが、夏休みになれば!

 キミたちはデュエルに情熱を注ぐ機会に恵まれるだろう。

 成長という芽は芽吹くまでが遅く、実力という花は咲くまでがゆるやかだ。

 つぼみが開かれる日まで、けっしてしおれて項垂れないかぎり!

 諸君の努力は、かならず君たちに報いるだろう!」

 

 さすがマルコ先生、いいことを言う。

 そう真澄は思いながら、封筒の中に成績表をしまう。

 

「それでは、今日の講義はここまで!

 道中気をつけて帰りたまえ。アディオス!」

 

 

 

 

「こういうとき、本当(ホンット)やることがないな。」

 

 教室を離れて、LDSのエントランスへ。

 フリー対戦もできるテーブルエリアで、ひとりの少年が座っていた。

 彼女の目当ては、その少年だ。蛇喰遊鬼。

 今、このときに彼へデュエルを挑むのが、最後の成績発表にふさわしい。

 

「あら、……遊鬼?」

 

 なぜかその彼は、デッキから五枚ドローする。

 デュエル開始のカードさばき。手札を見つめた。

 

 対戦相手なんかいないのに。

 手札をデッキに戻して、またシャッフルする。

 

 シャッフル。五枚ドロー。

 シャッフル。五枚ドロー。

 シャッフル、五枚ドロー、シャッフル、五枚ドロー、

 シャッフル……五枚ドロー、シャッフル……五枚ドロー。

 シャッフル……五枚ドロー、シャッフル、

 

「な、なにをしているのよ……?」

 

 思わず問いかける真澄。

 はたから見れば、意味などない作業の繰り返し。

 そんなものを真剣な顔をして、遊鬼が続けるなど理解は及ばず、

 

「あ、いえ、まさか、……『Dドロー確率論』?

 それを初手から? うそでしょ?」

 

 まもなく気づき、呆気にとられる。

 

「…………うん、それ。

 ……総合コースの分野だけど、……基礎は、だいじ。」

 

 ぐっ。

 と、親指を立てて言葉を返す遊鬼。

 所詮“転移者”である蛇喰遊鬼にとって、別段苦痛になる作業でもない。

 LDSの受講内容とは似て非なる知識や知恵をもってして、独自のデッキ構築論を念頭に置き、『最初の1ターン目での手札の状態』を確認する程度の作業であれば。

 

 カードゲームは運の要素が絡む。

 どれだけの理論やカードがあろうと、「自分が強い」という屁理屈を証明しない。

 

 愛するカードと共に勝利するために。

 自分の弱さ、つたなさで負けないために。

 昨日までの知識や知恵よりも、古今東西の多くの理論とカードを探し求め、時には対戦相手からも学び、最適なデッキ構築を模索し続ける。

 なにをもって最大効率とし、なにをもって最適解と認めるかは、それぞれのデュエリストが望む戦略や戦法、各ターンの最終盤面によって大きく異なる。

 

 これらを踏まえても避けきれない運命じみた問題が、『手札事故』だ。

 大会優勝経験のあるデュエリストのデッキでも、「まだ引きたくない」カードを最初のドローで引き寄せてしまい、実現したい戦略が再現不可能になるなど珍しくない。

 さながら交通事故が発生して渋滞を起こした高速道路を走る車のような、遅々としたゲーム進行になってしまう。そうなってしまえば、対戦相手に攻め込まれやすい。

 

 だから、彼は意識してしまう。

 

「……確率だけで言えば、『絶対に避けられない』手札の事故はあるから。

 …………『その確率以外』での手札さえ改善できれば、なんの問題もない。」

「ああ、それで毎回《ヴェルズ・オピオン》を出せるのね。」

 

 先攻からレベル5以上のモンスターの特殊召喚を封じる。

 なおかつ任意の魔法罠カードを1枚だけ、デッキから手札にくわえる。

 そんな強力で超弩級(かっこよ)すぎるドラゴンを場に出すために、どうやって「ヴェルズ」モンスターを場に2体ならべるのかを研究する。し続けた。()()()()()()

 

 かくして彼の努力は報われる。

 つまり、LDSのエリートが号泣する地獄絵図(クソゲー)である。

 

 理論値で最短でひたむきに。

 ほぼ確定で呼びだされる《ヴェルズ・オピオン》。

 そんなもんを真正面からやられて、しっかりと再起できている者のほうが希少だ。

 

 動機(恋心)はどうあれ、諦めない光津真澄。

 召喚法の都合上、彼の妨害をものともしない志島北斗。

 カードの豊富さにより、柔軟に対処できなくはない刀堂刃。

 

 あとは、性格的な問題。

 ……もとい“強み”で、再起そのものが極端に早い沢渡シンゴ。

 ほか、性格や趣味嗜好、思想や若さから素直に受け入れた者たちにかぎる。

 

 できなかった者は、いずれもLDSで勉学に励んだからこそ、これまでの学習の意味を問われた現実に打ちのめされた者……いわゆる制服組を含めた社会人が多かった。

 

「制服組になるの、あなたがいちばん早そうね。」

 

 ため息を吐く真澄は、ほんのわずかに彼の“活躍”を思い返す。

 

 機械的に、半自動的に。

 絶望的な盤面を再現できる。しかも何度でも。

 かつ此方(こちら)の戦略が通じないなど、悪夢そのものだ。

 

 二年前。

 憧れの制服組が頭を抱え、LDSの特権に(おぼ)れた塾生は彼のイカサマを疑い、そんな塾生たちよりも(さと)い塾生であれば彼我の差に絶望してLDSから退塾する。

 デュエルの悪夢はLDSの悪夢となり、ひとつの変革をもたらした。

 

 あたえられた力や知識だけで勝てるほど、デュエルは甘くない。

 ……という、冷静に考えてみれば当然の、普通すぎる現実が常識になったのだ。

 

 「まわりの男子よりは大人びているつもり」の少女らしい気持ち。

 ある種の、やらかす男子を俯瞰する“だけ”だからこそ、どうしようもなく己を勘違いした評価と感情があった。そんな彼女でも、正真正銘の理不尽な脅威を見て思わずやらかせば、現実により醒まされる妄想という名の己の虚像へと嫌でも気づかされる。

 

 

 

 

「…………ほんと、今のあなたは楽しそうよね。」

 

 そう、思い返せば、二年前。

 私の心に焼きついた、どこか退屈そうな顔だった蛇喰幽鬼。

 同門である塾生たちの実力なんて興味も関心も失った、という冷めた目。

 あれを侮辱だと思い込み、食ってかかった結果がアクション・カード頼りの勝利。

 ……もはや、私の実力がどこにあるのかもわからない。そんなものなどない、と、自ら断言してしまったかのような結末。みじめだった。くやしかった。

 

 当時のLDS塾生で、私だけが、彼に勝てたのだとしても。

 あんな勝利は、なにひとつも私が「屈辱だ」と勘違いした感情を晴らさない。

 私に屈辱を味あわせたのは、彼ではあるが、彼ではなかった。

 

 きっと彼にだけは、私の実力では勝てないのだろう。

 

 たったそれだけの現実がうっすらと見えても認めず、強敵を強敵と認めず。

 「どこかに精神的、実力的な非があって、そこにつけこめば彼に勝てる」と錯覚した、どこが大人びているんだかと笑いたくなるほどの。

 卑怯極まりない私自身の心が、とっくに私の努力を侮辱していた。

 そんな自分の感情ひとつで、自分の価値をより低く見定めた現実に気がついて、自分で自分を侮辱していると理解したから、なおさら私は挫折を知った。

 

 デュエリストであること。

 その研磨を(おこた)ったのに、それ以外を口実に相手の努力や実力を低く見積もるという態度は、転じて彼に負けた自分は「努力も実力も彼以下だ」と認めたのも同然なのだから。

 

 心の奥底にまで。

 私は彼に、挫折を刻みこまれたのだ。

 

 しかし、LDS変革の渦中どころか、あの中心。

 当時の私たちの希望を飲み()す、渦潮(うずしお)(あな)にいる彼にとっては。

 ()()()()()()()、ただ「自分の腕を磨くこと」が第一だったのだ。

 

 そんな彼が。

 運任せに近い、屈辱的な勝利をした私に興味関心を持つなど。

 本当ならば、ありえないと思う。顔や髪に自信がないわけではない。

 むしろ、そういうことが関わる感情であれば、おそらく私のほうが強い。

 その感情とは別に想う感情のせいで、彼よりは素直ではないだけで。

 

 私の認めたデュエリスト。

 私の認めた、同年代の強い異性。

 なんとなく焦るほどには自覚はしている。

 彼と初めて出会い、初めてデュエルをした日から。

 

 冷静に、落ち着いて、ふりかえっても。

 

 心のどこかで彼は、私も、私が彼に勝つことを。

 今度こそ、「本当に実力で勝つ」ことを、待ち望んでいる。

 なのに、勝負を挑めば挑むほどに、おたがいに縮まる気がしない実力差なりに成長を認めあうほどに、どこか心の距離まで認めてしまっている私に気づく。

 

 カードへの思い入れひとつ。

 カードのための戦略、戦法のひとつ。

 どこかで知識や理論を共有し、感情を共有し、おなじ場所で飲み物を買い。

 なんとなく始めた、意味も価値も生産性もない会話から、また共感をしあって。

 「意識するな」と、思わず考え、「意識するって何を?」と、自分に問いかけ、かえって意識をして思いをめぐらせ、考えこみ、彼と顔を合わせれば、ああ。

 

 どうしてまだ私は彼に勝てないのだと、憂鬱になった。

 それさえできれば、気兼ねなく、……周囲に? 自分に? 彼に?

 どれでもおなじ。心の底から、過去を気にすることなく言えるはずだ。

 なにを? なんでもいい、特別な感情ならどんなものより先に言いたい。

 

 実は、そんな後悔や恥を気にしなくても。

 案外にも、まわりは認めて応援するのかもと楽観視しても。

 

 だとしても、最悪だと思う。

 こんな、どこか陰気な初恋なんて。

 普通の恋はもっと明るくて、からかわれても恥ずかしいだけなのだろうに。

 

 自分の黒歴史がそのまま初恋のきっかけです、なんて。

 どう知人に相談すればいい。どう両親に打ち明ければいい。

 おかげで私の初恋は、参考書になる恋愛小説や少女漫画を求め、よりこじれる。

 間接キスひとつで何十分も更衣室で惚けたのが、その証拠だ。

 手をつなごうものなら、なにをやらかすかが恐ろしい。

 私を信じきれない。

 

 だというのに、当の彼はまたしても。

 私への興味関心が先で、こちらの繊細(ささい)な気持ちなど気づかないのだ。

 

「……まあ、それは、そうなのだろうけれども。」

 

 だって、こんな気持ち、言えば距離が離れるかもしれないし。

 

 

 

 

「…………どうしたの?」

「なんでもない。」

 

 乙女の返事に首をかしげながらも、少年は作業を続けていく。

 いくつかカードを入れ替えて、デッキケースをふたつ開く。

 

 赤いデッキケースと、紫色のデッキケース。

 赤色のほうにデッキを収め、紫色のほうに余ったカードを収め、腰のベルトにあるホルダーへ、それぞれのデッキケースを収める。

 立ちあがった頃には、一人前のデュエリストのできあがりだ。

 

「……デュエル、する?」

「や。今は気分じゃないのよ。」

「…………なん、だと。……マジ?」

「そこまでおどろくの?」

 

 猫のフレーメン反応じみた顔をみせる少年をみて、おもわず笑みをこぼす。

 

「……決闘者は、……申し込まれたら、すぐデュエルじゃないの……?」

「どんな魔境よ? あなたの御両親の故郷?」

「……そっかあ、勘違いか。」

 

 着信音。

 少年がデュエルディスクのパッドを取り出し、電話に出る。

 

「……はいほー。」

『なあにがハイホーっすか!?』

「……どしたの柿本?」

『沢渡さんが襲われたんっすよ!』

「…………はあ?」

 

『榊遊矢に!!!』

 

 次の瞬間、光津真澄は目を疑った。

 通話内容は柿本の大声のせいでよく聞こえた。それはいい。

 

 少年、蛇喰遊鬼が。

 なあんだ、そんなことか、と。

 あまりにも興味がなさそうな冷ややかな目で、

 

「……あの榊遊矢が?

 どうせ沢渡のウソでしょ?」

『えっ』

「いくら親友でも、ウソは付き合わない。

 マジなら自分で電話に出る。そのくらいの根性はあるって信じてる。」

 

 あれだけ長いつきあいがある沢渡よりも、榊遊矢を信じたのだ。

 というより、沢渡を信じているから、柿本の言葉は信じないのか。

 

「デュエルでのツケは、デュエルで返せよ。」

『ごもっとも! ですけども!』

 

 どちらにしても、今の言葉には。

 感情が希薄なのかと錯覚するほど思慮にふける時間が長い彼にしては、あまりにも早計というか、普通の塾生のような早さで言い切るほどの「熱」があった。

 

「いちいち、……おまえを盾に使うなら、『後ろめたい』ってコト。

 (沢渡が)大伴と山部にもさせてるの? それ。」

『え、あっ、いやあの、』

「……ふーん。言っておいて。」

 

 ぽこぽこ、ぐつぐつ、ゴトゴト、ぼこぼこと。

 沸騰し始める鍋の水じみた「熱」が、遊鬼の顔を険しい様相に変えた。

 

「次、おなじのに巻きこんだら。

 ()()()()()()()()()()()()()()

『えっちょっ』

 

 ぷつっ、と切られた通話音が。

 そっくりそのまま、少年の理性の糸が切れた音に聞こえた。

 

「どうしたのよ。あのバカ、なにかやらかした?」

「真澄。」

「……えっ?」

 

 めずらしく、ストレートに自分の名前を呼ばれて固まる。

 

「時間空いてる?」

「空いてるけど、」

 

 いつもよりも、距離を詰めるように近づかれて固まる。

 

「………………いや、ごめん。」

「遊鬼? どうしたのよ……?」

 

 そこまで近づいておいて、少年のほうが固まり、迷い、一歩下がる。

 

「やつあたりとか、気分を変えるための『道具』みたいな。

 そういうので誘うところだった。……ごめん。」

「……。」

 

 真澄は少年が座っていた席の、対面にまわりこむ。

 いつもならば沢渡シンゴが座る位置に、光津真澄が座りこむ。

 

「……え?」

「なにが『え?』よ。」

 

 そのまま居座り、デュエルディスクのパッドからデッキを引き抜く。

 

「デュエル、したいんでしょ?」

「…………へ?」

 

 デッキのシャッフルを終えて、右手に収めたまま差し出す。

 

「付き合うわよ、そのくらい。『受け止めてあげる』って言ってるの。

 へんなところで じれったいのよ あなた。」

 

 少年をみあげる少女の目は、冷淡なようで暖かい。

 

「ほら、デッキカット。」

「……う、うん。」

 

 椅子に座り直し、遊鬼はデッキの下へ、てのひらを広げる。

 

「ん。」

「……うん。」

 

 さながら少女の手を受け取るように

 真澄のデッキを受け取り、山札を分けて順番を入れ替えて返す。

 

「……じゃあ、ボクのデッキも。」

「ええ。」

 

 光津真澄の誘いに応じ、蛇喰遊鬼はデュエルへ挑む。

 決闘と呼ぶには賭けるものがなく、勝利を求めるわりに殺気もなく。

 彼女なりの”貰い物”をデュエルで返すために、テーブルのむこうの少年に語りかける。

 

「さあ、デュエルよ。」

「……うん、デュエル。」

 

 邪魔者(沢渡のバカ)が割りこめない、ふたりきりの遊戯(時間)へ。

 

 

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘(デュエル)で恋ができますか?】

【A,気を許せる決闘者には、デッキを手で直接渡すひともいます。まず日頃から、自分の顔や頭にふれた手指を清潔にすることから始めましょう。】

 

【Q,……カラオケに誘えばよかったかな……?】

【A,「個室に男女がふたりきり」は普通に怖いです。友達をひとりふたり増やしても男女比を問わず、あなたの友達だけの場合は相手の居場所がなく、自動的にあなたを頼り近寄るしかなくなるので、どっちみち怖いです。やめましょう。】

 


今日の最強カード

・《ヴェルズ・オピオン》

 あらゆる特殊召喚を「レベル5以上」にかぎり禁じる効果①と、エクシーズ素材を消費することで「侵略の」魔法罠カードを手札にくわえる効果②を持つ、ほとんどの時代で決闘者の恨みを買いまくり、あらゆる召喚法に喧嘩を売ったエクシーズ・モンスター。

 

 遊戯王主人公のエースモンスターの攻撃力2500を50上回る攻撃力を持ち、先攻でも後攻でも相手のカードが「レベル5以上、攻撃力2500以下」なら問答無用で封殺できる。

 なおかつサーチできる速攻魔法《侵略の汎発感染》は自身に魔法罠耐性を付与し、このカードを無力化する手段のほとんどを無力化可能。

 もちろんレベル5以上である「壊獣」モンスターの特殊召喚コストにもされない。

 このため、現代遊戯王でも時折大会環境に殴りこんだ入賞記録が散見される事も。

 

 こいつで蛇喰遊鬼が猛威をふるうとは「そういうこと」である。

 

 欠点はエクシーズ素材をすべて失うと効果①が失われるため、あまり積極的に手札を増やせるモンスターではない点と、エクシーズ召喚、リンク召喚を阻害できるかは相手の展開方法次第であるという点。アドバンス召喚を妨害できないのも弱点だと言えなくはない。

 よって、【ふわんだりぃず】や【帝】は天敵。

 不便さは「ヴェルズ」モンスター2体のみでしかエクシーズ召喚できないこと。

 

 LDSにおいては、その(あまりにもあんまりな)制圧力からエクシーズ召喚コース一強になりかねないため、それぞれの塾生が思いつくかぎりの方法で突破に挑む。

 

 

「……2.5次元(に〇さんじ)の伝説のVtuber(ま〇ろ)は言った。

 『先攻ドローを10回繰り返して8,9回初動揃えばヨシ』……!」




 届かない以前に届けない。
 (シンプルにプレイヤーとしては湿度高すぎるから)それは(ドン引かれると思って、わかってちょうだいとは言えず遠慮するのは)そう。


 おしらせ

 活動記録を読み返した結果、どうも精神状態が相当にまいった状態で無理やり作品投稿をした回があると判明したため、「憑き、秘め。(4話)」と「決闘馬鹿が啼く頃に(5話)」は没原稿として「没原稿」の章に挿入させていただきます。
 本日より本作品は可能な限り、落ち着いて制作できる時期に執筆する事と致しますので、次回が数か月をかけて投稿される場合がございます。ご了承ください。


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からぶりロマンス(5話)

 突然の校内放送だった。

 

『赤馬日美香理事長より連絡があります。

 ジュニアユース 融合コース「光津真澄」。

 ジュニアユース シンクロコース「刀堂刃」。

 ジュニアユース エクシーズコース「志島北斗」。

 以上の三名は至急、最上階の理事長室まで来てください。』

「ん?」

『繰り返します――』

「なにかしら、こんな時に。」

 

 蛇喰遊鬼とのデュエル、2ターン目。

 彼の操る《ヴェルズ・オピオン》の支配をくぐりぬけ、複数回の手札交換を繰り返し、下級モンスターの戦闘をサポートするカードを引き当てた彼女の頬がさがった。

 

「期末の結果を渡す日に、わざわざ?」

 

 今、彼女のコンボは進行がよかった。

 墓地に任意の「ジェムナイト」モンスターを送り、《ジェムナイト・フュージョン》などの墓地から発動できるカードを埋葬しておき、そのうえで任意の攻撃力増強のカードを獲得できている。

 発動したカードは《手札抹殺》と《手札断札》。

 彼女のデッキにおいて強力な手札交換のカード。

 もしアクションデュエルであれば、アクションカードごと捨てられるので手札も増やせる。

 通常のデュエルでも通用する戦術で彼からの制圧をくつがえせば、彼女は自分自身の実力で、アクションカードの引き運に任せることもないまま勝利の糸口を掴めるというもの。

 実現できれば、あとは融合召喚し放題だ。

 大逆転への狼煙があがる直前となれば、気位あれども余裕の足りなかった表情も緩む。

 戦乙女らしい凛々しさを溶かし、頬を緩ませる。

 ああ、強さを認めた彼へ、今度こそ堂々と向き合えるのだ。

 そう思った矢先に呼び出し、デュエルの中断とあれば、熱が冷めて苛立つのも当然か。

 雰囲気も何もあったものではない。お邪魔虫がいないかと思えば、これだ。

 

「……いってらっしゃい。」

 

 驚いて振り向く。

 ほわほわとした表情を浮かべながら、意中のひとは待っていた。

 

「え、……えっ?」

 

 これは現実か。

 あるいは夢か。

 そう疑い、思わず目を擦りかけて、やめる。

 中学生とはいえ、化粧っけがないわけではない。

 母親の真似をしようとして濃ゆい化粧をしてしまう、という初心者らしい間違いこそ犯してはいない……似たような間違いをしたクラスメイトがいたので反面教師にしてはいる……が、もとより肌色の濃ゆい光津真澄にとって、ほんのわずかでも自分を磨くための努力をおっかなびっくりで、のんびりとやったつもりはない。

 少なくない手間をかけているのだ。

 アイラインを含めた化粧もそう。

 舞網市民の中では、褐色肌は目立つものだ。

 黒い紙を色の黒みが強い絵の具で塗るのと、色の白みが強い絵の具で塗るのとでは、白い紙に着色する場合とちがって見えてしまう。

 白肌であれば白みの強い化粧は紛れてくれるが、黒肌であれば化粧の白さが露骨なものとなってしまうのだ。

 褐色肌の場合、褐色に近いほど自然な影や蛍光を作りやすい。

 もちろん唇の色と艶にも個人差があるので、リップクリームひとつをとっても、自分に合うものを探して試す過程が大変だ。

 ましてや学校の教師にバレないように済ませるとなると苦労も数倍。

 ここまで頑張って仕上げたものを、こすって台無しにしたくない。

 そんな彼女にとって、まさか。

 遊鬼に唇の変化を気づかれるとは思えず。

 女の努力を「よいものだ」と動揺で伝えられるとは悟れなかった、数日前での何気ない語らいと同じく、まるで自分を迎え入れてくれるかのように、素直に「いってらっしゃい」と。

 すなわち、今のデュエルをふくめても、ふたりきりの空間が「帰ってきていい居場所なのだ」と伝えられるとなると、

 

「え、ええ、いってきます……?」

 

 頭での理解は追いつかず、照れ隠しをする暇もなく。

 冷静になって「いってらっしゃいってなによ?」と返す余裕も奪われて、ただ翻弄されるままに、ぼうっとのぼせる頭と顔の微熱に従うように、ふらりと少年から背を向けて立ち去るほかがなかった。

 女心と秋の空。

 暖かくなったかと思えば、まもなく冷める。

 なのに、冷めたかと思えば、急に心躍り、ほんわかと暖かくなるのも秋の空らしいものである。

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘(デュエル)で恋ができますか?】

【A,相手を対等のデュエリストだと認めていれば、可能性はあります。相手が弱いからなにかをしてあげよう、相手の弱さをなくそうという『強者ゆえの姿勢』は得てして、相手の自由意志を問わない言動に繋がるものです。】

 

【Q,これ、もう、私の彼氏よね?】

【A,日和(ひよ)って妄想して決めつける前に、ちゃんと自分の気持ちを伝えましょう。】

 

 


今日の最強カード

《手札抹殺》

 おたがいに手札をすべて捨て、捨てた枚数分ドローできる通常魔法(制限カード)。

 相手の手札の内容さえわかれば、事前に相手の手札のカードを墓地に送らせて妨害やコンボを破綻させたり、相手の残りデッキ枚数をゼロになるまで相手にドローさせて勝利したりなど、状況に応じた攻め方さえも選べるようになる。

 まさに、どんなデッキにも採用可能なカード。

 それでも発動の際には「手札抹殺以外のカードを墓地に送ってドローする」ため、

 

①自分から発動すると手札が1枚減ってしまう。

②相手に手札誘発のカードをドローさせかねない。

③相手に蘇生可能なモンスターを埋葬させかねない。

 

 など、なんの考えもなく発動できるカードというわけでもない。

 いにしえからある由緒正しき読み合いができるカードの1枚。

 その奥深さは、けっして「ただ古いだけ」ではないのである。

 モンスターを墓地に送ることで勝利を掴みやすいデッキもあるので、相手も自分とおなじ種類のコンボ使いだった場合は発動するタイミングをよく考えてから発動しよう。

 

 相手が【暗黒界】だった場合は御愁傷様だ。

 

 


次回予告

「おまえが負けたのが気に食わない。」

きびしい(キビシーッ)

遊勝塾との三本勝負!

なんだって理事長は彼を選ばなかったのか。

おとなの事情もあるけど、こどもの事情も考えてくれ!

刃も気まずそうだ。

 

「……つい、た!」

「おまえ、どうやってここまで?」

「……チャリで、きた!」

 

次回

想定(そうてい)(GUY)

お楽しみは、これからだ!




 副題は漫画「からくりサーカス」、および漫画「燃えよペン」シリーズにおけるパロディ作中作「からぶりサービス」から。


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想定の(GUY)(6話)

 一時間後、遊勝塾にて。

 不機嫌をごまかせず、目をするどくさせた真澄が北斗を見つめていた。

 

「そ、そんなに彼がいないのがイヤなのかい?」

「べつに。」

 

 少年、志島北斗は、痙攣(けいれん)する頬を鎮めきれない。

 

「おまえが負けたのが気に食わない。」

きびしい(キビシーッ)!」

 

 なんだって理事長は遊鬼を選ばなかったのか。

 代表者にしないにせよ、同行させないのは、なぜ。

 おとなの事情もあるだろう。

 だが、こどもの事情も考えてほしい。

 などと思いながらも、さきほどの敗北を思い返して歯噛みする。

 

 きっかけは沢渡シンゴが襲われた暴行事件。

 犯人は榊遊矢だ、その証言に何を思ったのか。

 理事長は榊遊矢の所属する遊勝塾へとデュエルスクール対抗デュエル三本勝負を申し込むべく、そのための戦力として各召喚法コースのジュニアユース塾生の中でも、選りすぐりのエリート塾生をひとりずつ選ぶところから始まった。

 そう、遊勝塾への吸収合併をかけた三本勝負は、最初から「やる前提」でLDSの内部では話が進んでいたのだ。

 いきなり塾生に参戦を呼びかけて、塾生の予定が当日に噛みあわず招集できない、なんて滑稽なことをするほど赤馬日美香は甘くない。

 よきライバルである蛇喰遊鬼が選ばれない件については、自分も納得できていない。

 

 どうせなら。

 いざ尋常に、と。

 彼との勝負をもって、春季最強のエクシーズ使いを決めたかったのだ。

 ところが理事長は不服を聞かず、また他コースの真澄や刃の意見も聞かない。

 

「襲撃犯の榊遊矢は、ペンデュラム召喚の開祖。

 またエクシーズ召喚の使い手の可能性もある。

 であれば、エクシーズ召喚の使い手同士のデュエルで戦績が最もよいデュエリストを選ぶのが筋というものではありませんか?」

 

 その評価、僕個人としては嬉しいが。

 彼のライバルとしては納得ができない。これでは「LDS最強のエクシーズ使い」が決まらないじゃあないか。

 おかげで三人全員、不満足かつ不完全燃焼なまま三本勝負に臨んでしまったのだ。

 

 このうえで。

 LDSのエクシーズ召喚も知らない榊遊矢をどこか心の中で舐めてかかったからなのだろう。

 それともライバルの代わりに、そしてライバルのためにも「LDS最強のエクシーズ使いのひとり」として肩筋を張りすぎたせいなのか。

 榊遊矢に勝てなかった。

 カードさばきの調子が悪くなってしまっていた。

 おかげで真澄のご機嫌は氷のように冷たい。

 

「次、おまえの番だぜ。」

「わかっているわよ。」

 

 刃も気まずそうだ。

 おたがいに今以上は余計なことを言わぬように、真澄の逆鱗に触れないようにと気を遣っているのか、最低限の言葉で「戦いに臨むように」と、簡素な物言いでけしかける。

 さながら《万能地雷グレイモヤ》を踏み抜かぬようにするときの緊張感。

 自分の態度が(やいば)に気を遣わせた。

 そう気づいたのだろうか。

 バツの悪そうな真澄は場の空気を引き裂くように、こわばった肩で風を切り、デュエルコートへ出ていく。

 気のせいか、彼女の靴音があまりにも強い。

 いらだちが伝わってくる。

 

 おいどうすんだよこれ。

 勝っても負けても後が怖いぞ。

 そう語りあう男同士の目線に目もくれず、理事長は舌なめずりでもするかのように、

 

「ですが、我がLDSの融合召喚での勝負では、彼のようにはいかないでしょうね。」

 

 などと、余計なことを言っていた。

 やめてくださいよ理事長。

 それ、遠回しに、エクシーズ使いの遊鬼まで悪く言ってませんか。

 そいつ、僕と肩が並ぶ実力者なんです。

 真澄の恋の相手なんですよ。

 ああ、彼女が握り拳を作っちゃったじゃん。

 気位の強い彼女に、遠回しに彼女が勝ちたい相手を、男友達の僕ごとコケにされたら、よけいに頭に血が昇るに決まっているじゃないか。

 

「なあ北斗。」

「なんだい刃?」

「これ、真澄も負ける気がする。気のせいか?」

「奇遇だね、彼女の目がくすんだ気もするよ。」

 

 だって彼女、目つきが怖かったし。

 ましてや相手は融合召喚を使わないであろう同性の女の子で、いくら遊勝塾の塾生でもある榊遊矢が僕に勝ったからとはいえ、眼前の彼女もペンデュラム召喚を使うかは怪しい。

 名高いエンタメデュエリストのひとり、柊修造の娘とはいえども、だ。

 つまり、そのへんのデュエル塾の塾生と大差ないくらい弱い。たぶん。

 これで油断せず、理事長にも相手の塾生にも想い人をコケにされたかのような空気に包まれながら、真澄は最後まで冷静にデュエルをするだなんてできるのだろうか。

 

『それでは、アクションフィールド、セッ――』

 

 どたどた、と。

 柊修造塾長のアナウンスを遮るように、駆け寄る音が近づいてきた。

 

「……つい、た!

 真澄のデュエル、終わった!?

「えっ、遊鬼かい!?」

 

 噂をすれば影とは聞くが。

 噂する前にくるやつがいるのかい。

 

「おまえ、どうやってここまで?」

「……チャリで、きた!」

「うっそだろおい!?」

 

 刃も同じことを思ったのか、本気で驚いている。

 かりにも、僕たちは車で送迎された身だ。

 普通に自転車で追いかけたとしても、車の移動速度についてこれるとは思えない。

 がんばっても、車に置いていかれてしまう。

 僕たちがどこに行ったのか、なんて見当もつけられなくなるはずだ。

 

「どうやって居場所がわかったんだい?」

「……いく前に、真澄が、ごめんなさいって言って、それで、」

「落ち着きなよ。どれだけ飛ばしてきたのさ。」

 

 とはいえ、今のでわかった。

 真澄がなにかしら行き先を伝えていたのだろう。

 

「なぜ、実力のふさわしくないあなたが此処に?」

 

 しかし、彼と真澄の関係性が想定外だったのか。

 理事長が遊鬼へ、何かを言った気がするけど。

 残念ながら、不機嫌さであれば先約がいる。

 

「真澄!

 彼だ、遊鬼がきたよ!」

 

 この一言で、もう十分だろう。

 

「そ、そう。」

 

 いかにも「私は気にしていませんよ」という声色で、背中を向けたまま言葉を返す真澄のつま先は、リズムを刻むようにデュエルコートを鳴らしていた。間違いない、機嫌を直している。

 あれだけ強張(こわば)っていた肩や背筋が、わかりやすいほど落ち着きを取り戻している。

 彼女の後ろ姿は、もういつもの気の強い女デュエリストのものになっていた。

 

『なんだかわからんが、ん熱血だあっ!』

「おとうさん! なに相手を褒めてるの!?」

 

 柊親子のやりとりもあってか、場が和やかなものに染まっていく。

 なるほど、これが遊勝塾のエンタメデュエルの極致だとすれば、彼らへの評価を改めるべきかもしれない。デュエルの腕前と関係なく周囲の雰囲気や精神状態をコントロールしている。

 これだけでも脅威だ、ようやく理解できた。

 将来の商売敵、勉強にさせていただこう。

 

「戦いに集いしデュエリストたちが!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

 

 柊柚子の口上に追従して、真澄も口上を唱える。

 ぜえぜえと息を乱す遊鬼は、そんな真澄の姿に微笑みを浮かべた。

 

「フィールド内を駆け巡る!」

「みよ、これぞデュエルの最強進化系!」

「アクション……!」

 

 ほかならぬ乙女の頬も柔らいでいる。

 うんうん。それでいいんだよ、君たちは。

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,ちゃんと相手の晴れ舞台を応援できるのならば、けっして不可能ではありません。

 応援するための努力も、実際の応援も、いずれも甲斐性のひとつです。

 デュエルの内容への批評だけは避けましょう。相手の間違いや弱さを話題の種にして1アウト、ついうっかりでも頬を緩ませて笑ったら2アウトです。

 デリバリー デリカシーは、だいじ。】

 

【Q,なんかちょっとうらやましいんだけど。いや私が遊矢と“そういう関係”になりたいわけじゃないっていうか、いえなりたくないわけじゃあないんだけれども、でも私にだって遊矢がそばにいて応援してくれるし負けてないし、べつに。ううん“そういう関係”に勝ったとか負けたとかあるわけじゃなくて、遊矢

 ……そういえば遊矢にそっくりな彼、いったい何者なの……?】

【A,あなた、目がくすんでいるわね。】

 


今日の最強カード

《万能地雷グレイモヤ》

 相手の攻撃宣言時、相手のモンスター1体を破壊するカード。

 これだけであれば《聖なるバリア ーミラー・フォースー 》より弱いが、このカードの強みは、

 

①対象を取らないモンスター破壊の効果。

②もっとも攻撃力の高い相手モンスターの除去。

③4枚目以降の破壊効果をもつ、攻撃反応タイプのカード。

 

 という点にあり、攻撃力の低い順で戦闘を行いがちな中級者以上のデュエルにおいて、攻撃順を問わず「もっとも攻撃力の高いモンスター」を除去されかねない厄介な効果を持っている。

 とはいえ、令和の遊戯王界隈においてはバリア系トラップカードの量も質も変わってしまったため、あくまでも遊戯王ARC-Vまでの世界観においては有用なカードである、とだけ覚えておけばよいだろう。

 亜種カードではコンボ性の高い《グレイモヤ不発弾》が存在する。

 

 どちらもカードイラスト、カード名のビジュアルがたいへんよろしく、陸軍っぽい。

 《パイナップル爆弾》《鎖付きダイナマイト》なども実在するぞ。

 


次回予告

「デュエル!」

あら、デュアルモンスターをご存知でない?

なら教えてあげる。真の輝きを秘めた原石たちを!

「なにボケっとしてるのさ、柚子!?」

あなた、……目が、くすんでいるわね。

 

そうであっても、手加減はしない!

 

次回

玉語(ギョクガタリ)

お楽しみは、これからだ!




 副題はライトノベル「扉の外」シリーズと、ゲーム「(から)の境界」より。


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玉語(ギョクガタリ)(7話)

「デュエル!」

 

 こうして、ふたりの少女の声が重なった。

 

「先攻は私がもらう!」

 

 そう宣言する光津真澄は周りを見渡した。

 アクションデュエル。

 質量を持った立体映像で戦う新感覚デュエル。

 ひとびとを熱狂の渦に巻き込む、舞網市の娯楽。

 単純な立体駆動では終わらず、立体映像が照射された空間に散逸するカードにより、ただ立って通常のデュエルをするだけで終わるモンスターの実体化、モンスターとのふれあいだけではない「新戦略」が楽しめるのだ。

 カードの名は、アクションカード。

 

「見つけた、まずは1枚目!」

 

 立体映像により実体化するデュエルフィールド。

 この空間ではアクションカードを拾い、自らのカードとして使用できる。

 強制発動されるアクショントラップ。

 任意発動できるアクションマジック。

 それぞれを念頭においた駆け引きと、デュエルフィールドの移動は、実体化されたモンスターによる戦闘をふくめたデュエリストの移動がそのままアクションカードを確保できるか、否かに影響する。

 

「カードは、

 アクションマジック、《ハイダイブ》。

 ……攻撃力増強のカードか。」

 

 しかし、おたがいに最初の1ターンとあれば、モンスターの戦闘を介した移動はできない。

 アクションカードを手に入れるため、デュエルフィールドを移動可能なモンスターを召喚しながら通常のデュエルの戦術も同時に行う、という並列思考が要求される。

 これがアクションデュエルの醍醐味だ。

 そこまでの戦略性をもってしてデュエルをするデュエリストとなると、まさにアクションデュエルのパイオニアである榊遊勝、彼の妻である榊洋子、および子息にして弟子である榊遊矢くらいなもので、LDSの塾生を含めた中級者は総じて「自分の足で走り出して探す」行動パターンが多くなってしまう。

 しかし、

 

「悪くないけど、今回はパスだな。

 魔法(マジック)カード、《手札抹殺》を発動!」

「なんですって!?」

 

 中級者であっても。

 最初にモンスターを召喚せず、自分の足で走り。

 自分の体力の消耗を念頭に置いていないかのようなスタートダッシュで、いきなりアクションカードを手札に加えるなど愚かなもの。

 アクションデュエルを始めたばかりの初心者の立ち回りだろう。

 そうであろうとも、光津真澄はLDS融合召喚コースのエリートなのである。

 

「おたがいの手札のカードをすべて捨てる。

 その後、おたがいは、自分の捨てた枚数分のカードをドローする!」

「うそでしょ、せっかくいい手札だったのに!」

 

 彼女の手札は5枚から始まり。

 普通に《手札抹殺》を発動すれば、手札を4枚捨てて4枚しかドローできない。

 だが事前にアクションカードを加えておくことで、彼女の手札は6枚になった。

 そのうちの1枚として《手札抹殺》を発動すれば、捨てる枚数は5枚。

 もともとの手札を1枚も消費をせず、真澄は手札を入れ替えたのである。

 

「よし、来た。

 私は手札から《闇の量産工場》を発動!」

 

 すでに彼女の墓地にはモンスターが眠っている。

 最初の手札5枚の中にあるはずのモンスターたちを、墓地に控えさせていたからこそ可能となる戦術とは、なにも蛇喰遊鬼がよしとする墓地へと死なせたモンスターの魂を犠牲とする戦術だけではない。

 

「墓地の通常モンスターを2体、手札に呼び戻す。

 効果を持つデュアルモンスターは墓地にいる時、

 通常モンスターとして扱われる効果がある!」

「え? なにそれ?」

 

 きょとんと目を丸くする柊柚子。

 一瞬、おたがいに不思議そうに見合う。

 片方は効果の意味が理解できずに首を傾げる。

 片方は対戦相手がデュアルモンスターを知らないことへ、唇を小さく開かせる。

 つい、間抜けた表情をしてしまった。

 

「あら、デュアルモンスターをご存知でない?

 なら教えてあげる。

 真の輝きを秘めた原石たちを!」

 

 そう気づいた真澄は顔を赤らめながらも、黒い長髪を払って微笑んだ。

 

「まず、私は墓地の!

 デュアルモンスター、

 《ジェムナイト・アンバー》と、

 《ジェムナイト・アイオーラ》を手札に戻す!」

 

 これにより、彼女の手札は変動する。

 手札1枚の魔法カードにより、手札を2枚増やす。

 1枚消費で2枚獲得、よって手札5枚から6枚に。

 

「へえ、やるじゃん彼女。

 融合召喚に必要な融合素材、そう揃えるんだ?」

 

 観客席でキャンディを楽しむ少年、紫雲院素良は、通常モンスターをサポートする《闇の量産工場》をもってして融合召喚の素材を揃えようとする光津真澄の立ち回り、その意図を理解した。

 さきほどのアクションカードの扱いを含めても、特定の融合素材を手札に加えやすいカードを使ってデッキから引きずりだす“融合次元”の戦術とはまた異なる、手札の質を改善しながらの連続ドローには目を見張るものがあった。

 あのようにして通常モンスターを融合素材に要求するモンスターでも融合召喚するのだろう。

 それでもまあ、まだ大したことはない、などと、あくびをしかけて、

 

「さらに私は、魔法カード《予想GUY》を発動!

 デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚できる!」

「なんだって!?」

 

 そうやってまた、デッキから融合素材を呼び出すのか、と、眠気が吹き飛ばされた。

 まだ大したことはない、なんてとんでもない。

 連続ドローと融合素材の特殊召喚、これだけ見せられれば素良も理解できる。

 大胆さと繊細さを兼ね備えた「融合素材の調達手段」に長けすぎている。

 

「さあ、来なさい!

 レベル4、《ジェムナイト・サフィア》!」

 

 本当に舞網市のデュエリストなのか。

 そんなことを疑われているとは知らず、光津真澄は己の道を切り拓く。

 

「墓地の《ジェムナイト・フュージョン》の効果。

 墓地に眠る『ジェムナイト』モンスター1体を除外し、手札に戻す。

 私が除外するのは、《ジェムナイト・アレキサンド》……ごめん。」

 

 七色に輝く騎士の魂を捧げ、融合召喚の効果を持つ魔法カードを回収する。

 これにより、《予想GUY》を発動したはずの彼女の手札は6枚から変わらない。

 

「ありえない!

 まだ1ターン目なのに手札が1枚も減ってない!」

「それだけじゃないよ、柚子!」

 

 観客席から声を荒げるのは、融合召喚の使い手の自負がある紫雲院素良だ。

 

「もう融合素材になるモンスターが3枚もそろった。

 手札に戻したのは『フュージョン』の魔法カード。

 きっと融合召喚をしてくる、気をつけて!」

「へえ、いい融合使いの塾生もいるのね。」

 

 真澄は観客席をみて感心しながらも、デュエルディスクを構え直し、対戦相手へ振り返る。

 

「ここからが、私のデュエルの本領発揮だ!

 私は手札から、

 《ジェムナイト・フュージョン》を発動!

 手札、場のモンスターを融合する!」

 

 これまでであれば、蛇喰遊鬼のエクシーズ召喚する《ヴェルズ・オピオン》による融合召喚封じで身動きがとれず、ならばと守備力の高い水族の「ジェムナイト」モンスターで前線を凌ぎ、度重なるデッキ圧縮で打開策となるカードをデッキから引き込もうとするのだが。

 今回は先攻、融合召喚を妨害するようなカードはどこにもない。

 

「まず私が融合素材とするのは、

 岩石族の、

 《ジェムナイト・オブシディア》と、

 デュアルモンスターの、

 《ジェムナイト・アンバー》!」

 

 両手を祈るようにあわせ、天を突き、

 

「鋭利な漆黒よ、

 眠る創造の秘石よ!

 光渦巻きて、

 新たな輝きと共に、

 ひとつとならん!」

 

 己の胸の前まで、祈る拳を振り下ろした。

 

「融合召喚!

 現れよ。幻惑の輝き、

 《ジェムナイト・ジルコニア》!」

 

 巨躯を誇る騎士が顕現する。

 ところが、その姿は揺らいでいる。

 

「この瞬間、

 手札から墓地に送られた《ジェムナイト・オブシディア》の効果!

 墓地の通常モンスター1体を特殊召喚できる。

 もちろん、デュアルモンスターは墓地にある時、通常モンスターとして扱われる。」 

「まさか!」

「そう、そのまさか!

 甦れ!

 デュアルモンスター、

 《ジェムナイト・アンバー》!」

 

 ジルコニアを包む蜃気楼は一転、墓地に眠るはずの仲間へと姿を変えた。

 

「デュアルモンスターは、フィールドでも通常モンスターとして扱われる。

 ただし、私が通常召喚の権利をデュアルモンスターに捧げることで、デュアルモンスターは効果モンスターとしてのあるべき姿を取り戻す。

 そう、研磨された原石が、

 世にも美しい宝石へと生まれ変わるように!」

 

 やがてアンバーの御影は実体を得て、今度は自らが輝き出していく。

 命の輝きだけでなく、輝石の騎士としての力さえも増し、ここに再誕するのだ。

 光津真澄という腕巧みな研磨師の指先が、柊柚子の知らない境地を示した。

 

「さあ、アンバーのモンスター効果!

 手札の『ジェムナイト』カードを捨てて、発動!

 除外されたモンスターを1体、私の手札に戻す。

 私が捨てるのは当然、

 《ジェムナイト・フュージョン》。

 そして手札に戻すのは、

 《ジェムナイト・アレキサンド》!」

「えっ、……まさか、これって、」

「さらに墓地に送った《ジェムナイト・フュージョン》の効果を発動!

 今度は融合素材の《ジェムナイト・オブシディア》を除外し、このカード自身を手札に戻す!」

「無限ループ!?」

「そうでもない。

 残念だけど、アンバーの効果は1ターンに一度しか発動できないのよ。」

「な、なんだあ。びっくりしたぁ……!」

 

 ほっと胸をなで下ろす柚子。

 彼女は忘れていた。

 安堵しているどころではない。

 真澄の手札は6枚から融合召喚を始めて、3枚消費しながらも、《ジェムナイト・フュージョン》の効果により墓地から自分で手札に戻ってきているため、2枚は正体がわかっていてもまだ手札が4枚も残っているのだ。

 

「もう一度、

 《ジェムナイト・フュージョン》を発動。

 フィールドの、

 《ジェムナイト・サフィア》と、

 手札の、

 《ジェムナイト・アイオーラ》で融合する!」

「あ゛っ。」

「なにボケっとしてるのさ、柚子!?」

 

 そう、無限ループでなかろうとも。

 状況はマシになどなっていない。より悪化する。

 気づき青ざめる姿へ、素良は頭を抱えた。

 

「堅牢なる蒼き意志よ、

 目覚める愛よ。光渦巻きて、

 新たな輝きと共にひとつとならん!

 融合召喚!

 現れよ。不倒の輝き、

 《ジェムナイト・アクアマリナ》!」

 

 守備表示で呼び出された騎士は、静かに柚子の様子をうかがっている。

 融合モンスターを2体出しても気を緩めず、

 

「墓地の《ジェムナイト・フュージョン》の効果。

 今度は《ジェムナイト・サフィア》を除外して手札に戻す。

 リバースカードを2枚伏せて、ターンエンド。」

 

 迎撃の一手をそろえてから、真澄はアクションフィールドを駆け巡る。

 油断や慢心なんて、できるわけがない。

 みっともない姿では、自分で魅せられない。

 ここまで至れども勝てないのが、自分を見守るエクシーズ使いなのだから。

 

「見てなさいよ……!」

 

 それはデュエリストとしての挑発なのか。

 すきな男へいい姿で魅せたい。

 そう強く前を向き己を磨く女の意地か。

 あるいは勝負も矜持も関係ない、ただ応援してほしい気持ちからか。

 どれであろうと、すべてであろうと。

 彼女の胸の鼓動は足を早め、背中を押している。

 

 一方で、柊柚子は。

 

「こんな強い子、どうやって勝てばいいのよ!?

 ううん、呑まれている場合じゃない!

 遊勝塾が……!」

 

 親の家業、自分の居場所を揺るがされている。

 実力ではひとつも相手に敵わないのではないか、などと思う以上の、あまりにもスピード感のあるモンスターの連続特殊召喚と、融合モンスターの連続融合召喚に目を回し、二回りも大きく見えるシルエットへと畏怖を抱いてしまっている。

 なぜこんな強敵を相手にしているのか。

 なぜこんな強敵とデュエルしたのか。

 思い起こされる、気に食わない沢渡シンゴを一蹴した名の知れぬ少年。

 幼馴染の榊遊矢によく似ているマスクの男。

 彼は何者なのか。なぜ幼馴染に似ているのか。

 どんどんデュエルと関係のない事柄へと意識が向かい、現実逃避をしてしまう。

 

「あなた、……目が、くすんでいるわね。」

 

 血の気を失いゆく柚子に、まぶたを伏せる。

 もう少し楽しめるデュエル塾の塾生かと思えば、プレッシャーに押しつぶされて、デュエルと関係のないなにかへと意識を奪われてしまっているようだと悟る。

 相手のドローをする指先は震えていた。

 彼女と柊塾長の関係。

 遊勝塾の成り立ちについての噂。

 遊勝塾で笑いあう塾生たちの輪。

 ヒントは、そろっている。

 おそらく自分も、パパの家業に関わる勝負事ならば、正気ではいられないだろう。

 そうであっても手加減はしない。

 できない。してはいけない。

 わざと負けるなど、マルコ先生にも、遊鬼にも自慢できる美談などではない。

 デュエリストの研鑽を軽んじる真似でもある。

 

「がんばれ、柚子!」

 

 彼女の意中のひとなのだろうか。

 柊柚子は、榊遊矢の声を聞くや否や、はっ、と頬に血の気を取り戻していた。

 

(そう、あなたも恋をしているのね。)

 

 立場がまったく同じだと感じた真澄は、ほんのわずかに重くなってしまっていた足が軽やかに運べると気づいて、拳をより強く握りながら走り続ける。

 そう、柊柚子の恋の相手の口癖と同じだ。

 お楽しみはこれからだ。

 もちろん、私が遊鬼を楽しませる楽しみも。

 

「あら、いい声援じゃない。

 だったら、なおさら負けられないわね。」

 

 どちらが勝利するか。

 どちらが意中の相手を釘づけにできるのか。

 くすむ瞳に光を取り戻しつつある好敵手を前にして、己の恋を自覚する乙女は不敵に笑った。

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,あなたを恋愛対象が「恋で夢見る価値をくれる相手だ」と思えれば、できます。相手の夢や希望を汲み取ったうえで、その夢を奪わず、笑わず、支え、見届けることまでできれば、その可能性は生じるでしょう。心の甲斐性です。】

 

【Q,なんか遊鬼の鼻血がすごいんだけど、彼、大丈夫なのかい?】

【A,そっとしてあげましょう。

 強く意識している異性の魅力的な姿を1秒でも多く脳裏に焼き付けたい。これが恋する人間だとすれば、あれだけ大胆に動かれると、鈍感で異性への興味が薄い人間でもない限りは、あんな融合召喚の仕草に耐えきれません。あの仕草は異性であれば誰にでも興味を抱く思春期の少年でも見るだけで正気を失いかねません。

 そのうえでデュエリストの決闘はデュエリストの本能へと訴えかけ、免疫系が活性化して体温が上昇、血の気が昂り、なおかつ原作キャラクター同士が原作と同じ状況で、まったく異なるデュエルをするのです。

 決闘者やオタクとしても興奮しています。

 ……そっとしてあげましょう。】

 


今日の最強カード

《ジェムナイト・フュージョン》

 「ジェムナイト」融合モンスター専用の「フュージョン」魔法カード。

 墓地に送られても手札に戻せる②の効果を持つため、1ターンに何度でも融合召喚を狙える。

 つまり、どれだけ雑に扱っても手札に戻せるため、《手札抹殺》《手札断殺》による手札交換の代償として墓地に送ることはもちろんのこと、《ジェムナイト・アンバー》を含む「ジェムナイト」モンスターの効果の手札コストとしても消費可能。

 とはいえ、②の効果を使うたびに墓地の「ジェムナイト」モンスターが減っていくため、除外したくないモンスターを代償にしかねない、手札に戻すべきではないタイミングであるなど、②の効果を発動できても発動しない方が得となる状況もある。

 

 また、考えようによっては、

「手札に通常魔法カードを確保できるカード」

「かならず墓地から任意の種族の地属性『ジェムナイト』モンスターを除外できるカード」

 としても扱える有数のカードであるため、そちらを意識した運用も面白いだろう。

 


次回予告

父親の仕事。

生まれ育った場所。

大切なひとの思い出。

自分のデュエル。

少女の心は輝いていた。

 

突然現れた、大切なひとに似た男。

手に負えない強敵。

すべてを賭ける少女の心が、くすむ。

 

光津真澄の瞳は揺るがない。

 

次回

決闘者(デュエリスト)に憧れて

お楽しみは、これからだ!




 副題は、ライトノベル「刀語」から。


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決闘者(デュエリスト)に憧れて(8話)

「私のターン! ドロー!」

 

 柊柚子は長考する。

 自分を守る盾となるモンスターは召喚できる。

 ただし、問題は相手の伏せられた2枚のカード。

 盾を剥がされれば、次のターンで敗北する。その考えが妄想ではなく、また恐怖に囚われた考えすぎでもないことは、最初のターンの光津真澄の立ち回りで実感しつつある。

 具体的な敗北のビジョンは、単純に融合召喚を繰り返されて、大量の融合モンスターに袋叩きにされる、という程度の簡単なものでしかないが、融合召喚への理解がないデュエリストにも想像にやすい単純明快なもの。

 そうとわかれば、答えはひとつ。

 

「私は、

 《幻奏の歌姫ソロ》を特殊召喚!

 《ジェムナイト・アンバー》を攻撃!」

「ふうん?

 攻撃力は同じ、相打ち狙いか。」

 

 なるほど、ならば伏せカードは発動できないな。

 柊柚子の身構え方を眺める真澄は、発動はできたがするべきではない、と判断し、ある罠カードの起動を宣言せずにデュエルディスクから手をひく。と、同時に。

 足をこわばらせる柚子を尻目に走り続けている。

 ついに2枚目のアクションカードを拾った。

 

「……あっ、そっ、そうよ!

 アクションカード!」

 

 その瞬間を視認して、ようやく「自分が呆けている」と気づいたのか、あわてて柚子もアクションフィールドを走り始めた。

 

「緊張しすぎじゃない?

 私は手札から、アクションマジック《奇跡》を発動。

 《ジェムナイト・アンバー》が受ける破壊を、このターンの間、無効とする!」

 

 軽口を叩きながらも、「自分には軽口を叩く余裕があるのだ」と挑発と精神的マウントをとりながら、柊柚子の対処したい真澄自身のコンボをふたたび実行するべく、自分のモンスターを守ってみせた。

 

「あなたのモンスターと攻撃力はおなじ。

 おなじ攻撃力同士の戦闘では両方とも破壊されるけれど、私の《ジェムナイト・アンバー》は戦闘では破壊されない《奇跡》の恩恵を受けている。

 破壊されるのは柊柚子、おまえのモンスターだけだ!」

「でも、私の狙いはそれよ!

 《幻奏の歌姫ソロ》の効果、発動!」

「このタイミングで?」

「そう!

 戦闘で破壊された場合、デッキから同名カード以外の『幻奏』と名のつくモンスターを1体、特殊召喚することができる!

 おいで、《幻奏の歌姫アリア》!」

「効果は……嘘でしょ?

 『戦闘で破壊されない効果』!?」

 

 この歌姫に、舞台を降りることはない。

 柊柚子の狙いは、最初から彼女を呼び寄せることだ。

 どれほどの高い攻撃力を誇る融合モンスターを並べられても、戦闘ダメージを通さない盾を用意できれば問題ない。その盾が戦闘で突破されなければ、なおのこといい。

 真澄は困惑した。

 効果が強力だからではなく、

 

「そんなモンスターを簡単に出せるのか……!」

 

 なんらかの召喚法で呼び出された大型モンスターではない、そのくせ効果による除去でしか対処できない小型のモンスターをあっさりと呼び出せる、相手のカードの潜在能力に困惑した。

 この手のモンスターのために、わざわざモンスターを破壊する効果を持つカードを消費してしまえば、次にどんな大型モンスターを出されて効果で対処しなければならなくなるのか、その際に対処できるカードを使い切らしていないのかの次第で追いつめられてしまう。

 ゲームの勝敗が決まりかねないのだ。

 

「面倒なモンスターを使うのね。」

「私は、カードを三枚伏せてターンエンド!」

「なら、……いや、あっちだな。

 私のターン、ドロー!」

 

 やはり、あれはまだ発動できない。

 真澄は焦らされながらも、セットしたカードに意識を向ける。

 向けて、はっ、と正気に戻る。

 今もなお注がれるもの。

 観客席からやってくるもの。

 ふと思い出す、蛇喰遊鬼の目つき。

 彼は確か、相手のデュエリストが男だろうと女だろうと、相手の視線や所作に意識を向けてはいなかっただろうか。彼に負けてからの志島北斗の視線も、だんだんと彼のものに近づいていた。

 てっきり、あれらは「女の自分」を見る目かと思っていたが。

 意識を柊柚子の目に向ける。

 

「な、なによ?」

 

 気圧される彼女の視線。

 どのカードにも向いていない。つまり。

 どれかが防御に使われるカードではない。

 どれもが柊柚子の防御に回されるカードだとすれば。

 くすんだ目は答えをさらしていた。

 

「私は、

 《ジェムナイト・アレキサンド》を召喚。

 そのままリリースし、効果を発動!

 レベルを問わず、通常モンスターの『ジェムナイト』を、私のデッキから特殊召喚できる!」

「今度は融合素材を呼ぶモンスター……!」

 

 紫雲院素良はキャンディーをかじる。

 特定の融合素材を必要とする融合モンスターは数多い。

 単純明快な効果を持つものの、対応力のあるカードがほとんど。

 たとえば彼が愛用する《デストーイ・シザー・ベアー》は一見すると「除去能力がないうえ攻撃力も低い」弱いカードに見えるが、実際には、戦闘で倒したモンスターを自分の装備品にすることで墓地から蘇生をさせず、墓地で発動する効果の一部を使わせないことができる。

 わかりやすい強さがないように見えても、いわゆる《墓穴の指名者》や《D.D.クロウ》のような扱い方も可能なモンスターなのである。効果の発動に戦闘は要するが、エクストラデッキから出せる4枚目以降の先述二種類のカード扱いで、ダメージ計算後に発動するため効果が阻害されにくいと考えれば、決して採用の余地がないわけではない。

 それを愛用する彼だからこそ、察した。

 今の《ジェムナイト・アレキサンド》は、任意の名前を持つ「ジェムナイト」通常モンスターに入れ替わることができる岩石族・地属性モンスターでもあるのだ。

 前のターンに融合召喚した《ジェムナイト・ジルコニア》は岩石族と「ジェムナイト」モンスターを要求する融合モンスター。そう、融合素材に共通の名前を要求する融合モンスター。

 ジルコニア以上のなにかを呼ぶのだとすれば。

 

「気をつけて柚子!

 ”そのフィールド”を突破してくる!」

「ええっ!?」

「出てきなさい、《ジェムナイト・ガネット》!」

 

 炎の拳を掲げ、輝石の騎士が立ちあがる。

 

「そして、今墓地に送ったアレキサンドを除外し、墓地の《ジェムナイト・フュージョン》の効果で、《ジェムナイト・フュージョン》を私の手札に戻し、このままフィールドの《ジェムナイト・アンバー》の効果を発動!

 《ジェムナイト・フュージョン》を捨て、除外されている《ジェムナイト・オブシディア》を私の手札に戻す。ふたたび《ジェムナイト・フュージョン》で墓地の《ジェムナイト・アイオーラ》を除外し、《ジェムナイト・フュージョン》を私の手札に戻す!」

 

 酷使される輝石の力。

 《ジェムナイト・アンバー》の力で失われていく「ジェムナイト」たちの魂を取り戻すも、それでも間にあわずに消えていく輝石の騎士アイオーラ。

 このたびに使えなくなる、前のターンに準備をした戦術のいくつか。

 

「手札から、

 《ジェムナイト・フュージョン》を発動!

 フィールドの、

 《ジェムナイト・ガネット》と、

 手札の、

 《ジェムナイト・オブシディア》を融合!」

 

 真澄は心が裂かれるような感覚を抱きながらも、前に進む。

 

「紅の真実よ、鋭利な漆黒よ。

 光渦巻きて、

 新たな輝きと共に、

 ひとつとならん!

 融合召喚!」

 

 父親の仕事。

 自分の居場所。

 大切な異性への思い入れ。

 

「情熱を貫く勇士、

 《ジェムナイト・ルビーズ》!」

 

 己のデュエルの道を歩むこと。

 

「《ジェムナイト・オブシディア》の効果!

 墓地の《ジェムナイト・ガネット》を復活させる。

 今回は守備表示で特殊召喚させてもらう。

 ここで、ルビーズの効果を発動する!」

 

 槍を掲げる赤騎士。

 ジルコニアの胸の宝石が熱を帯びていく。

 

「1ターンに一度!

 ほかの『ジェム』モンスター1体を吸収し、エンドフェイズまで、その攻撃力を得る。《ジェムナイト・ジルコニア》の攻撃力は2900、《ジェムナイト・ルビーズ》の攻撃力は2500、あわせて攻撃力は5400となる!」

「5400ですって!?」

「あっ。」

 

 愕然とする柚子。

 なにかを察し、思い出して頬を引きつらせる素良。

 ついに燃えあがるジルコニアは炎の塊となり、ルビーズの槍へと火継がれていく。

 いにしえの三幻神。

 究極のドラゴン。

 デュエル流派の極意。

 ある学園の名教師が誇るエース。

 北欧の最高神。赤き痣を持つ神官たちの絆の結晶。

 伝説をも上回る情熱の神槍が今、ひとりの少女のもとに顕現する。

 

「………………、さいっ、……こうっ…………!」

 

 蛇喰遊鬼は噴きあがる熱血を抑えこみながらも、光津真澄の姿を一瞬たりとも見逃すまいと、炎の色を反射して赤らむ黒髪の一本も余さず、また紅玉のような瞳のまぶしさに胸を打たれたまま、もはや気でも狂ったかのように、食い入るように見つめている。

 

「ねえ、大丈夫なのかな遊鬼は!

 気持ち悪いを通り越して心配になってきたんだけど!?」

「ほうっておけって。

 ただの惚気とデュエル馬鹿だろ。」

 

 ぼたぼたと鼻血を流しながら。

 デュエリストの魅力と。

 デュエルの魅力と。

 異性の魅力で、脳味噌がゆであがらせて。

 遊鬼へ刀堂刃は呆れながら、志島北斗を落ち着かせた。

 

「《ジェムナイト・ルビーズ》で、

 守備表示の《幻奏の歌姫アリア》に攻撃!」

「そ、そうよ、私のモンスターは守備表示!

 そんな攻撃力で攻撃されても、私にダメージは通らない!」

 

 光津真澄の瞳は揺るがない。

 紅玉の騎士の槍が、止まらない。

 無意味などないのだと訴える。

 

「《ジェムナイト・ルビーズ》は、

 相手の守備力をうわまわるぶん、戦闘ダメージを与えられる!」

「守備貫通能力!? そんな!」

「想定内だけど、でも、これは!」

 

 紫雲院素良が思い出したもの。

 機械仕掛けの歯車巨人たち。彼の故郷では見慣れたカード。

 あれらの効果は想定内だが、いざ戦闘となれば避けられない効果ばかりだ。

 ましてや、攻撃力が高すぎる。 

 

「《幻奏の歌姫アリア》の守備力は1200。

 受けるダメージは4200、ワンショットキル!? 柚子!」

 

 思わず榊遊矢は叫ぶ。

 冷ややかな鳥肌に熱が戻る。

 遊矢の気持ちに応えよう、そう柊柚子は努めるも、

 

「ない!

 ダメージを防げるカードが、ない!」

 

 伏せたカードは、モンスターを特殊召喚するカードばかり。

 戦闘破壊されない《幻奏の歌姫アリア》を手札に戻されても、墓地に送られても、すぐさまフィールドに戻せるように用意したカードが2枚。

 残りの1枚は《幻奏の歌姫アリア》の効果が無効にされても、対処できるように伏せた、戦闘や効果による破壊を防げる速攻魔法《オスティナート》。

 カードたちは確かに、柊柚子、ひとりのデュエリストに応えてはいた。

 ただ、光津真澄は、カードたちが応えるべき主、柊柚子の想定をも超えてきたのだ。

 このままでは負けてしまう、その時。

 

 きらり、と、視界の端でカードが光る。

 

「見つけた、アクションカード!」

 

 一目散に飛びあがり、デュエルフィールドの四角い輝きへと近寄る柚子。

 ぎょっとした顔で振り向く、《幻奏の歌姫アリア》の様子に気づきもせず。

 希望を見出す。

 受ける戦闘ダメージを軽減できるのであれば、守備力を高めるアクションカードでも、相手の攻撃力をさげるアクションカードでも、なんでもかまわない。4200の戦闘ダメージを300でも削れれば、自分のライフポイントは残せるのだと。

 

(はあ? ……えっ?

 どこに行っているのよ、あなたは!?)

 

 真澄は目を凝らす。

 視線の先にアクションカードなどない。

 そこにあるものは美しく舞台を照り返す、立体映像の柱だ。

 

「え?」

 

 よく見れば、四角い輝きが不自然なほど小さい。

 立体映像の柱の鏡面に映る輝きに、思わず柚子は振り返る。

 視線の先には、太陽光にも負けない輝きを得た神槍に照らされる、光津真澄の手札のカード。いつの間にか彼女が握りしめていたもの。

 アクションカードからの反射光。

 

「あ、」

 

 決死の思いで飛びあがったせいだろうか。

 柊柚子の頭へ、だんだんと硬質の柱が近づいていく。

 

「ガネット!」

 

 咄嗟の命令に従い、柊柚子へと駆け寄るモンスター。

 多感な子供には過剰すぎるストレス。

 彼我の実力差がありすぎたがゆえの緊迫。

 精神が追い詰められた状態での、判断ミス。

 

「あ、ありがとうっ……!」

 

 嫌な予感が的中した。

 くすんだ瞳の見間違えは、自分の輝きが強すぎて深刻なものになっていた。

 掴んだ足を起点に、柊柚子を柱から引き離し、背を翻して、少女と柱の間の緩衝材となるように《ジェムナイト・ガネット》が身を挺する。

 頭をあげた柚子の目の前で、安堵した《幻奏の歌姫アリア》が《ジェムナイト・ルビーズ》の槍に貫かれ、燃え尽きる。

 

「アリア、」

「これで()()()の勝ちね。」

 

 勝利への喜びを欠かせ、眉をひそめる真澄。

 やはり、デュエルの強さはカードだけではない。

 戦術だけではない。カードを愛するだけでも届かない。

 知識だけでも足りない。洞察力が備わってもまだ惜しい。

 そのすべてを積み重ねて、まずは己の心を蝋燭のように静かに灯す。

 場の空気を支配できるエンタメデュエリストの境地は脅威だが、どのような実力があろうとも、使い手の心が迷っていては輝きを損なってしまう。

 さて。勝者が敗者に手を差し伸べるなど、考えようによっては侮辱かもしれないが。

 そう念頭に置いて、騎士に抱えられていた少女へと腕を伸ばす。

 

「あなた、立てるの?」

「あ……、」

 

 惚ける柚子は、真澄の手を取ることよりも。

 まっすぐに自分を案ずる、瞳の紅玉に魅入られていた。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,最低限のエチケットとして、清潔を保ちましょう。なんらかのトラブルで鼻血が出た場合は、まず鼻血をぬぐい、血で汚れた服を着替えて、両手と顔を石鹸で洗い、手はアルコールで消毒し、血で汚れた個所を近づけなければ、スタートラインには立てるはずです。汗で服が湿気て濡れる場合も着替えましょう。】

 

【Q,ますみかっこいい。】

【A,落ち着いて自分の顔を見ましょう。顔を洗え。】

 


今日の最強カード

《ジェムナイト・ルビーズ》

 「ジェムナイト」融合モンスター。

 攻撃力2500の主役級モンスターでもある。

 融合召喚の素材として要求される《ジェムナイト・ガネット》は、

 

①融合素材を特殊召喚するカード

②通常モンスターを特殊召喚するカード

③「ジェムナイト」モンスターを特殊召喚するカード

 

 の、すべてに対応する。

 よって融合召喚は容易だが、その代わりに「ほかの特殊召喚の方法」には対応せず、召喚条件を無視して特殊召喚する方法でしかエクストラデッキからは直接場に出せず、墓地からの特殊召喚もできない。

 

 効果は1ターンに一度、かつ「ジェム」「ジェムナイト」1体をリリースして発動する効果と限定的だが、リリースしたモンスターの攻撃力ぶんアップするという《E・HERO ジ・アース》に似た効果。

 さらに守備貫通の能力も持ち、守備表示の相手でも相手へ戦闘ダメージを与えられる。

 やろうと思えば攻撃力強化済みの「ジェム」「ジェムナイト」1体の攻撃力をまるごと攻撃力増強に使えるため、なんらかの全体強化の効果で事前にパワーアップさせるのも面白いだろう。

 

 光属性の巨大生物を送りつけて《シャイニング・アブソーブ》でパワーアップさせ、適当なモンスターをリリースし、強化値を倍加させてワンターンキルを狙うのも通な戦術か。

 


次回予告

「ずいぶん見せつけてくれるじゃない。」

戦乙女は羽を休める。

デュエルに疲れた私たちの安寧の裏、

ひとりのデュエル戦士が策を練る。

「あのひとに向かない気がするんだよねぇ。」

 

視線の先には、……刃?

 

次回

光津真澄はわからない

お楽しみは、これからだ!

 

 




 副題は漫画「魔法少女に憧れて」より。


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光津真澄はわからない(9話)

「立てる?」

「え、ええ、だいじょうぶよっ!?」

 

 どこか挙動不審な柊柚子。

 彼女の様子に首を傾げ、その去る背中を追うように、光津真澄はデュエルコートを後にする。

 勝利者の凱旋と呼ぶには、いささか敗者にこそ報いるべき、労わるべきものが多い試合ではあったが、それでもLDS融合召喚コースの塾生として、選ばれたエリートとして、なんら恥じるものがない戦いである。

 そのはずである。誇ってよいはずなのだ。

 胸の高鳴りに落ち着きはなく、焦りに似た乱れが混ざる。

 

「柚子、大丈夫か!?」

 

 負けた少女を迎え入れる、少年の案じる声。

 

「遊矢っ、えっ、あっ……?」

 

 くらりと立ち眩みを起こして、柊柚子が榊遊矢に寄りかかる。

 過度の緊張状態から解放されたためであろう疲労の見える声色、足取りは、駆け寄る少年の目だけでなく真澄の目にも色眼鏡なく映っていた。

 ましてやデュエル中の事故で頭を打ちかけたのだ、恐怖心からも解放され、柊柚子が「身を預けてよい」と思える人物へと甘えるのは自然な話ではある。

 その人物は榊遊矢なのだろう。

 

「へえ。」

 

 そうだ。

 このデュエルは敗者が報われるべきもの。

 であれば、彼女が意中の殿方へと甘えて休むのも、決して悪いことではない。むしろ「よくぞ私相手に戦いきれたものだ」と、真澄は思う。

 だとしても、あくまでも。

 勝者は私なのに、と。

 

「……真澄。」

「遊鬼?」

 

 思ったところに。

 蛇喰遊鬼は語りかける。

 さきほどのデュエルに熱中した彼は、血圧があがりすぎてこぼれた熱血をテッシュでふいたあと、ウェットティッシュで血脂をふき取り、濡れた肌をテッシュで乾かしたあと、アルコール消毒ができる除菌ウェットティッシュにより追加で肌を洗浄した。

 自分の血で汚した遊勝塾の床も同様に。

 この男、意中の女性に嫌われないことへ必死である。

 そこまで真澄を意識する少年が、語りかける。

 

「かっこよかった。」

「そ、そう?」

 

 女性にとっての男性への「かわいい」は。

 ほかの男性への気持ちとくらべても類を見ないほどに意識してしまった、ツボや俗に言う「沼」にハマった、という、一種の告白にも近い言葉となるケースがあるのだが。

 そもそも男性が男らしさを、「かっこうよさ」を意識して目指すからこそ、記号じみた「かっこうよさ」があるだけでは足りない、媚びのない愛嬌という「かわいい」を女性が感じ取ってしまった場合に多い。

 なにかを極める男がふとしたところで見せる、自然体の遊び心、茶目っ気などが最たる例だ。

 イケオジ、と呼ばれる部類の男性も持つものでもある。

 これだけ語れば女性だけの話のようにも聞こえるが、実は男性の話にも当てはまる。

 

 男性にとっての女性への「かっこいい」は。

 ほかの女性よりも意識してしまった感想でもあるのだ。

 よりにもよって「かっこうよさ」を意識して目指す男性ともあろうものが、女性の「かっこうよさ」を受け入れてしまう、ある方面の解釈では「わからされてしまう」という「沼」にハマってしまった、という自白にも近い言葉なのである。

 女がハマる「かっこいい」女とは。

 男の場合、恋愛面で致命傷にも近い意識を抱かせやすいのである。

 

 心に恋の致命傷を受けた者たち。

 ひとは紳士淑女らの傷を、ときめき(わからせ)と呼んだ。

 ……かもしれない。

 

「ふうん、そう。」

「……おつかれさま。」

「ええ。ありがと。」

 

 知って知らずか。

 まんざらでもない気分で微笑む真澄。

 わずか数回の言葉の交わりでも、「かわいげのある」赤らむ頬と笑みを見せられたからだろう、思わず顔を背ける真澄。

 素直になりきれない真澄を見て、言葉が足りなかったのだろうかと迷いながらも、先刻のデュエルと普段の態度を思い返しては、「かっこうよくて」「かわいいなあ」と、内心でぼやく遊鬼。

 傍から見れば双方、おそろいに顔を照れさせて微笑んでいるのだが、これでまだ付き合っていないんだよなあコイツら、と思わされること、おおよそ二年間。

 いつもの光景とくらべても、どことなく甘ったるい仕草と雰囲気。

 思わず、志島北斗と刀堂刃は顔をしかめた。

 わりと見慣れていても、今日は極めてひどい。

 

 榊遊矢と柊柚子の語らいつきだ。

 そのせいで、とにかく、余計に雰囲気が甘い。

 各々の雰囲気が似た色合いならば、異物は浮いた話がない自分たちなのだから、やたらと居心地が悪い。そんな気持ちの北斗と刃から、呆れと諦めの目で少年少女の世界を鑑賞される最中、

 

「ん?」

 

 真澄は違和感に気づいた。

 なにやら柊柚子が、恋愛モノで見覚えがあるやり取りを始めている。

 少年に抱かれる少女が身を預け、少年へと愛をささやくように後悔を告げている。もはや罪の告白かなにかのようで、その罪を責めることなく少年は受け止めている。

 柊柚子の身体ごと。

 

「あら?

 ……あら。

 ずいぶん見せつけてくれるじゃない。」

 

 困惑。

 わずかな嫉妬と、称賛。

 他人事の楽しめるメロドラマ。

 自分も無関係ではない、焦る現実。

 なんか私が告白しあぐねている間に、私の対戦相手が男といちゃいちゃし始めているのだけれども、これって私が恋のキューピットなのかしら、それとも私とのデュエルは(普段通りの)いちゃいちゃのためのきっかけづくりでしかなかったのかしら。

 などという、複雑な気分。

 決闘者として、女としても腹立つ。

 と、同時に微笑ましくも感じて、

 

「きゃあっ!」

「うわっ!?

 いきなり何すんだよ!」

 

 目を疑う。

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

 なんと柊柚子、奥手らしい。

 真澄の反応を聞いたからなのか。

 はじらいで想い人を突き飛ばして、せっかくの楽しみを中断させたのだ。

 やれやれといった表情で見つめる小学生三人からうかがえる様子からして、榊遊矢と柊柚子の恋愛関係は発展せず、今の現状を維持してしまう状態が常らしい。

 

「は?

 えっ、ええぇ……?」

 

 ありえない。

 まさか、あれで付き合ってないのか。

 ほかの女の子に奪われたら、どうするつもりだ。

 

 あれほどのお熱い関係なのに。

 

「いや、おまえも似たようなもんだろ。」

「言わぬが花だよ、刃。」

 

 ふと振り返る。

 刃と北斗が愚痴を言いあっているらしい。

 

「もう食っちまえばいいだろ、なあ?」

「いやいや、据え膳とは言うけれどもね。

 据え膳だと思いこまれて『マジで食いつかれる』とか怖いぞぉ。実は、この前に粘着してきたファンの子がさあ……?」

「あん?

 なんだ、モテ自慢かよ!」

「ちがう!

 あれはマジで怖いんだ!

 男も然りだぞ、君!」

 

 ふたりそろって疲れたかのような、呆れたかのような、いらだっているかのような顔つきで、一瞬だけ遊鬼を見つめては雑談に戻り、また遊鬼を見ては愚痴りあい、を繰り返している。

 なにを思ったのか、遊鬼は。

 くしゃり、と、困ったような笑みを浮かべた。

 

「ねえ、なんの話よ?」

「……ただのファンが綺麗なアイドルに、恋をする話。

 …………ほら、……ファンからの気持ちを断る権利も、恋をする相手を選ぶ権利も、いつだってアイドルのほうにあるよね、っていう。」

「当然の話じゃない。」

「うん。だよね。」

 

 なんだ、そんなことか。

 聞き飽きて、柊柚子たちの戯れを見る。

 もし彼に勝利できても、彼が私の告白を受け取るかは彼の自由でしかない。私の努力に恋が報うわけではなく、また彼が報いるわけでもない。

 デュエルでの疲労や苦労を労わってくれても、けっして、柊柚子にとっての榊遊矢のようには抱きとめない。少なくとも、今の関係のうえでは。

 女を躊躇なく抱ける人間ならば、おなじことを他の女にもできただろう。

 そうやって恋のライバルが増えたり、男が数多くの女性に手を伸ばしておきながら恋を語ったり、とにかく距離感がゆるくて恋愛も軽くて、女性の肌や純情をなんだと思っているのだ、と思うような真似をされるよりは。

 よっぽど彼の線引きは好ましいものだ。

 物足りないけれども。

 ああいう真似をする男のほうがモテるのだろうが、しかし。

 この私には関係のない、縁のない話。

 私が好きな相手は「モテる男」ではなく、「隣の彼」なのだし。

 

 榊遊矢の抱擁をみて「いいなー」とは思っても。

 あれは蛇喰遊鬼から私だけにやってほしいのであって。

 まちがっても榊遊矢にされたいわけではない。

 この体は、できれば彼に預けたいのだ。

 

 結局、恋とは。

 自分で()()()()恋愛対象があってのもの。

 求める愛を満たす相手を()()()叶うわけではないのだろう。

 

 

 

 

「君らの場合は、

 恋愛馬鹿(ただのファン)と綺麗な真澄(アイドル)じゃなくて、

 恋愛音痴(ただのファン)と危険な真澄狂い(アイドリング)だろっ……!

 男性側(アイドル)にブレーキがあるだけ幸運(ラッキー)だろっ、君らのはっ……!」

「落ち着けよ北斗、マジで聞こえちまうぞ。」

「いいから早く告白しろよっ……!」

「おまえもな。

 さっさと相手を選んじまえ。」

「そういう話じゃなくてだね!?」

 

 ぎゃあぎゃあと小声で騒ぐ声が響く。

 その様子を遠目に、紫雲院素良はキャンディーを噛み砕いた。

 

「さて、どうしたものかな。」

 

 LDS塾生の刃と呼ばれた剣道家らしき少年。

 彼と対戦するのであれば、おそらく自分の相性は悪い。

 相手ターンでのバウンスと堅実なビートダウンが主軸のエクシーズ召喚使い、志島北斗。

 自分ですら舌を巻く連続融合召喚とワンキルが主軸の融合召喚使い、光津真澄。

 刃なる少年の戦術が二人と被らない、なおかつ二人と対等に戦えるほどのものであるとすれば、おそらくは十中八九、相手フィールドのモンスターを戦闘や効果で対処せず、なおかつフィールド以外の二人の優位性を奪うもので間違いない。

 こちらのライフポイントを効果ダメージで奪うのか。

 あるいはデッキ枚数を削り落とすのか。

 もっとも最悪なケースは。

 

「ハンド・デストロイ。

 手札破壊のハンデス戦術……って、ところかな?」

 

 ハンデスは融合召喚使いにとって鬼門だ。

 融合召喚に必要な融合素材、融合召喚を行うカードのすべてが墓地へ埋葬されてしまう。

 素良の知らない、果て知れぬ戦いのロードを待つ異次元世界、蛇喰遊鬼の故郷では、墓地に送られた場合に融合召喚が可能とする”ティアラメンツ”なるカードこそ誕生するものの、あれらは例外中の例外だ。

 ほとんどの融合召喚を行うカードたちにとって、自分たちの召喚者が手札を失えば、それは召喚者のために戦えない無為の死を宣告させるに等しい。デュエリストとモンスターの絆を絶つ残酷ながらも王道の戦術、ハンデスに最も苛まれるのが融合召喚使いなのである。

 であれば、紫雲院素良の腹積もりは決まる。

 

「ふぅむ、……ねえ、権ちゃん。

 次やりたいならさあ、代わりにやってくんない?」

「ご、権ちゃん?

 って、俺が出てもいいのか?」

「ぼくさ、あのひとに向かない気がするんだよねぇ。」

「うむ。そういうことならば!

 権現坂道場が跡取り、権現坂昇。

 我が友の義によって助太刀いたす!」

 

 遊勝塾の存亡には関われない立場の友達でも。

 自分の師匠、榊遊矢の友達であり、おなじ人間への情をわかちあえる仲間ではある。自分の生まれ故郷、育ちの故郷である”融合次元”の”アカデミア”での生活とくらべれば、ああ、こうやって仲間に頼れるというのは、どこか楽しいものがあるなあ、と、素良は思わず眉の険しさをゆるめる。

 

 しかし、彼らがそれを許容する、ということは。

 ある少年にとっても、友への義を貫く口実になり得るのであった。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,抱擁に問題なければ可能でしょう。恋心からの抱擁であれ愛情からの抱擁であれ、また友愛からの抱擁であっても、体臭と口臭のケアを意識しましょう。一生も続ければ諸費用がえげつないことになりますが、カードショップで再録されていないカードは欲しいけれども、財布を痛めて単品買いして間もなくに再録されてしまいカード価値が暴落するかも、と気にするくらいならば始めましょう。】

 

【Q,あまえればよかったのかしら。】

【A,男は甲斐性を求められると、なけなしの甲斐性でも捧げてしまう場合があります。金銭の関わらない範疇であれば、個人差はありますが問題ある女性とは判断されません。ただし、男を使い走りにしようとする、肉体労働を無償でさせようとする場合の「あまえる」は話が変わるので気をつけましょう、男の片想いをこじらせる原因になるケースがあります。】

 


今日の最強カード

ティアラメンツ

 墓地からの融合召喚を得意とするカードたち。

 融合召喚の為に墓地に送る必要こそあるものの、融合召喚を行うカードもまた墓地に送られることで発動するため、《融合》や「融合」「フュージョン」魔法カードを採用する必要性があまりない……と、手札事故を念頭に置いても誤解されがちなカードでもある。

 下記のカードたちへの対策が難しいため、彼女たちの使い手は《融合》や「融合」「フュージョン」魔法カードが何枚かは必要となるのだ。

 

①墓地にあるカード、または墓地に行くカードを除外するカード

②墓地での効果の発動を封じるカード

③墓地での効果の発動を無効にするカード

 

 の、すべてが墓地融合の弱点となる。

 ランク4のXモンスターをX召喚できるデッキであれば、②に該当する《深淵に潜むもの》をX召喚し、相手ターンのドローフェイズ、スタンバイフェイズに効果を発動させることで、墓地で発動する「ティアラメンツ」カードの効果と効果による融合召喚のほとんどを封じてしまうので、EXデッキに余裕があれば1枚は採用しても困らないだろう。

 

 レベル5以下の闇属性のモンスターを特殊召喚できるデッキならば、速攻魔法《マスク・チェンジ・セカンド》の効果で①に該当する融合モンスター《M・HEROダークロウ》を特殊召喚し、ついでにカードの効果によって別のカードを手札にくわえる効果への対策も行ってしまうのも手だ。代用としては、自分も効果を受けてしまうが永続魔法《次元の裂け目》や永続罠《マクロ・コスモス》も悪くない。

 

 ③を自分が受けても問題ないデッキであれば、手札にくわえやすいフィールド魔法《王家の眠る谷-ネクロバレー》もよい。墓地からの効果発動は許しても「墓地からカードを動かす」効果であれば無効にするため、墓地からデッキに戻す、または墓地から除外する方法での融合召喚をさせないことができる。

 

 これら①~③に該当する速攻魔法《墓穴の指名者》は最大の脅威となってくれるだろう。彼女たちの使い手同士がデュエルで使用する場合、自分のカードによる融合召喚も封じてしまう場合があるため、【ティアラメンツ】環境では【ティアラメンツ】デッキでは採用しづらい点、「ティアラメンツ」モンスターは闇属性のカードゆえに上記の《マスク・チェンジ・セカンド》も採用を検討できるがゆえに対戦相手は《抹殺の指名者》で同カードを対策できうる点にも注目すると、思いがけない”いいこと”があるかもしれない。

 

 先攻1ターン目から《ヴェルズ・オピオン》でレベル5以上の融合召喚や「壊獣」カードによる除去を封じれば一方的に勝てることに着目し、「幻影騎士団」カードを採用したデッキに《RUM ― 幻影騎士団ラウンチ》を採用して、X素材を持たないランク3の闇属性Xモンスターに《ヴェルズ・オピオン》を重ねて呼びだしてしまうのも対策としては悪くない。

 ついでに速攻魔法《侵略の汎発感染》を手札にくわえてセット、魔法罠による効果無効への対策も終えれば完璧か。

 


次回予告

かくして、物語が変われども。

 

運命は変わらず。

ただ、玻璃の星を見あげて待つ。

今は流れ堕ちぬ夜に微睡もう。

ひとつ、星が瞬いた。

 

「ちょっと運試し しようぜ!」

 

……刃? コイン? うん?

 

次回

YA☆I☆BA

お楽しみは、これからだ!

 

 




 副題はコミック・アンソロジー「藤丸立香はわからない」から。


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YA☆I☆BA(10話)

 紫雲院素良が、刀堂刃を観察していたように。

 

「しっかし、奇妙な話もあるもんだぜ。」

 

 観察される刀堂刃とて。

 対戦相手となる他塾の塾生を観察していなかったわけではない。

 多種多様なステータス操作により、強烈な一撃を叩きこもうとする榊遊矢。

 戦闘破壊耐性の付与による戦線維持で身を守る、柊柚子。

 おそらくは榊遊矢の戦術では突破しきれない、耐久性の高い戦術を選んでいる同塾の塾生こそが柊柚子なのだとすれば、この遊勝塾とやらは榊遊矢の戦術か、柊柚子の戦術のどちらかを前提に偏重したものだろう。

 残念ながら、相性の問題で光津真澄に軍配こそあがったが。

 前者であれ後者であれ、こちらが先攻で手札を奪ってしまえば問題はない。後攻で手札を奪えず、持久戦に持ち込まれれば、突破能力の物足りない自分では勝てない対戦相手が柊柚子に似た戦術の塾生なのだろう。

 榊遊矢に似た戦術の塾生が相手であれば、難なく勝てるはずだ。

 

 などと、あたりをつけながらも。

 では、”そいつ”は誰なのか。

 選ばれる対戦相手はどれなのか。推察へと挑む前に。

 なにやら暑苦しい大男と冷ややかな小男が語らっているではないか。

 なんでも大男は遊勝塾とは異なる他塾の塾生で、その塾の跡取りなのだと聞く。

 

「ほかの塾と仲いいのかよ、遊勝塾。」

 

 あいつが出たなら、さすがにどんなデュエリストなのかは読めきれないだろうな、と、さすがに大男への洞察を諦め、アクションデュエルのためのストレッチを続ける前に。

 ここで刀堂刃、

 

(あん?

 ……これって、よお。

 俺が辞退して遊鬼が出ても、よくねぇか?)

 

 気づいてしまう。

 他塾の塾生が参戦する。

 参戦資格のない塾生が参戦する。

 これでは、もう塾対抗戦の意味がなくなってしまう。デュエル塾同士での対戦カード、デュエル戦術の読みあいが成立しないのだ。暑苦しい情熱は嫌いじゃないが、いざ冷静に考えると醍醐味もクソもない。

 大男と小男の語らいを「塾同士の絆」と思えばLDSにないものだ、遊勝塾の力だとは間違いなく、贔屓なしに言えなくもない。どこかうらやましい、憧れるものだってある。

 だが、この感情論を抜きにすれば。

 チーム戦にはチーム戦の醍醐味と粋があるのに、外野から感情論で醍醐味と粋を台無しにされては、まっとうな勝負と聞かされてきた者の気持ちは反故にされ、どこか退屈な試合になってしまう。

 こちらの同意なく話が進むから、試合中に気づいたら反則じみたチーム移籍っぽい真似をされているからだ。それを情熱ひとつで遊勝塾がやっていいなら、LDSだって同じ真似をしてもよくなってしまう。

 ルールは破るためにあるものではない。

 終わりのない応報を認めないためにある。

 さて、理事長である赤馬日美香は気づいているのかいないのか、権現坂昇や紫雲院素良、柊修造塾長をとがめもしない。いや対戦相手の動向くらい観察しろよ監督役だろアンタ、と思いはするが、当の監督役が気にも留めていない。

 

 つまり、蛇喰遊鬼が。

 赤馬日美香に、LDSの理事長に認められなかったLDSの塾生が。

 自分の代わりに出てしまっても、この現状であれば「よい」のでは。

 

(いやいや。

 そいつは筋が通らねえだろ!

 ほかの連中の面子はどうなる!)

 

 シンクロ召喚コースの代表としては認めきれない。

 相手が横紙破りとも思える判断をしても、「ならば」と自分が横紙破りをしてもよい理由にはできない。

 因果応報だの、やったらやり返されるだの以前に、真剣勝負の場に立つほどの、立つまでの頂点の、選ばれたエリートの、三位一体の矜持は自分だけの矜持ではないのだ。

 ひとつ、真剣勝負への挫折をした者。

 ふたつ、頂点に立てなかった者。

 みっつ、選ばれなかったエリート。

 この場にいないすべての、この場にたどり着けなかった者たちの矜持のためにも、最後まで戦うべきものが各召喚法コース代表、すなわち、赤馬日美香に選ばれた自分たちなのだから。

 

(いやでも、……なあ。)

 

 光津真澄。蛇喰遊鬼。志島北斗。

 彼女らの友人としては、話が別だ。

 LDSのエクシーズ召喚使い最強の座どうこうは興味がない。使う召喚法が自分とちがうのだから、ちがう分野で最強とか名乗られても興味がわかない。

 気に食わないのは、真澄が不機嫌になった理由とおなじ。「大人」に遊鬼の、「子供」の実力を低く評価されたことだ。その子供は、自分が下した同門の塾生たちをも下せる実力者でもあるのに、と。

 真澄や北斗、……あと沢渡とちがって付き合いは浅い。彼らほどの思い入れはないが、彼の実力を知る以上、それなりに思い入れはある。

 勝者は敗者の思いを背負わなければならない。

 のちに”シンクロ次元”の”デュエルキング”、”ジャック・アトラス”が口にする言葉だが、刀堂刃の気にするところも同様の思い。

 かつて蛇喰遊鬼に負けたなりの情熱。

 

『自分に勝利したのだから、それなりの結果は残せ。』

 

 と、いう期待だ。

 敗者ならではの憧憬や執念とも言える。

 そう、ひとりのデュエリストとしては納得できない。

 かりにもシンクロ召喚コースのエリートに選ばれるほどの、この自分の敗北を差し置いて、「エクシーズ召喚コースの代表者になる資格と枠はないから」などという合理的すぎる理由だけで、勝利者である遊鬼を選考から除外されることが。

 この情熱と不満が燻ぶる以上、受け入れきれない合理に従い、シンクロ召喚コースの看板を背負って戦えば、自分の心が技の冴えに差し障るだろう。

 かといって、シンクロ召喚コースの塾生仲間に不義理な選択も許せない。

 いきなりデュエルで白黒つけても、待つ相手側の時間を無駄に使わせるだけ。こちらへの対策だって取られてしまう。

 

「よし。」

 

 さて、刀堂刃が取り出しますは、一枚のコイン。

 

「おい、遊鬼。

 ちょっとした運試しをしようぜ?」

「……え?」

 

 賽の代わりの銭博打。

 丁半勝負改め、表裏勝負。

 

「表が出たら、次の勝負は俺が出る。

 裏が出たら、おまえが行ってこい。」

「…………えっ?」

「なにを言っているのです!?」

 

 赤馬日美香の叫びが耳に触る。

 この博打は不義理ではある。

 三本勝負に選ばれなかった、すべての塾生への不義理である。

 しかし、博打の相手を同格と認めるならば、この場の三人全員が「強い」と認める四人目が相手であるなら、はたして賭ける義理に対して「不等だ」と言えるのか。

 自分たち三人と凌ぎを削りあう相手である以上、(あの沢渡がエリート扱いされている)総合コースをのぞく、すべてのLDS塾生でも勝率を上回れない、「負けることがめずらしい」LDS塾生であることは疑いようもない。

 いくらエクシーズ召喚コースの塾生との今年度の春期勝率が、志島北斗に対しては高くないとしても、志島北斗以外に対して高くないわけではない。あくまで志島北斗の成長が著しいだけなのだ。

 たかが春期の結果だけで判断されても、前年度までの戦績を見れば、どちらが先に強さの質を完成させているかなど、当事者としての実践による実感も必要ないほどに明らかだろう。

 そもそも自分たちを選考した赤馬日美香理事長は、データを重んじるわりに見るデータが偏っているうえに、塾生をデータでだけ判断していて、実際のデュエル中のやりとり、遊鬼が裏で語る「デュエリストの本能」までは観察できていない疑いがある。

 権現坂昇は権現坂道場の跡取りでしかなく外部の塾生である、と気づいて注意していないあたりも含め、さすがの刀堂刃も理事長の観察能力や調査能力に疑いを持たざるを得ない。

 あるいは権現坂道場の跡取り、将来のライバル塾の長となる権現坂昇をあまく見ているのか。

 そんな姿勢で「大人」に、「子供」が何度も軽んじられるのだ、と先を見据えれば、刃の矜持は、LDS塾生全員の「子供」の矜持は、一枚のコインですべてを決めるに値した。

 矜持が軽いのではない。「大人」からの扱いが軽すぎる。たしかに不義理ではあるが、「大人」の軽薄な思惑通りにもてあそばれるより、「子供」の意思で反抗できるだけ、まだ博打のほうがマシだと思えた。この瞬間にも、「子供」から「大人」への信用は軽くなりつつあるのだ、とも理事長は気づかれていないだろう。

 自分で対等と認めたデュエリストと、次の試合でデュエルをする権利を賭けあうなら。

 この博打は、やるに値する価値がある。

 

 デュエリストの誇り。

 勝敗の数では語りきれないもの。

 かならずしも、他人に理解できる感情論とは言い切れないもの。

 対戦相手にすら、かならずしも共感や同情を招くわけではないもの。

 プロやアマチュアの垣根を問わない、自分が自分であるがゆえに譲れないものが、たしかに、刀堂刃の心臓を熱くたぎらせる。

 

「それじゃあ、いくぜ!」

「……え、ちょっ、」

「ああっ!?」

 

 そんな決断(データ)、自分は知らない。

 キン、と、強く親指の爪で弾かれたコインの音は響き、「もう止められない」と悟った少年と理事長の顔が一瞬で青ざめた。驚愕の表情は彼らだけではなく、その場に居合わせた権現坂昇も同様であった。

 横目で様子を見守る北斗と真澄だけが、納得のいった表情で目を伏せた。

 

 運命のコイントス。

 宙を舞う光沢が楕円(アーク)を描き。

 刀堂刃の手の甲に収まる。

 

「さあて、御開帳!

 表か、裏か。てめぇの相手は―――!」

 

 

 

「……ボク? えっ、」

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,ひとの言葉やデータを優先せず、恋愛対象を最優先にできるなら可能です。どんな事前調査も恋愛対象本人から直接得た情報がなければ、あまり参考にならないケースもあります。噂と風説は当てにするべからず。】

 

【Q,遊鬼の裏っ……よしっ……!】

【A,恋って、ときに残酷ですよね。】

 


今日の最強カード

・《 みんなのキング

 遊戯王ARC-Vの世界とは異なる世界での、伝説のカード。

 シンクロ召喚が主流となる世界での先代デュエルキングを讃え、応援する、ひとりの新聞記者が授けた占いの内容にして、使用不可能な夢のカード。

 

①攻撃力・守備力・種族

②フレーバーテキスト

③レベルや属性がない

 

 このすべてが、カードイラストに描かれた決闘者(デュエリスト)の人物像を元にしたデザインであるためか、モンスターカードとしての使用が不可能なカードとなっている。

 アニメ本編でのみ出番があった、(全世界のホビーアニメを含めても)唯一無二の登場経緯を持つ、公式デュエルでの使用が不可能などころか、レベルをもたないがゆえに通常召喚もできない(※レベル0ですらないのでレベル4以下の通常召喚を適用できない)遊戯王の公式カードとしても使用困難なカードという点でも、当カードが収録されたストラクチャーデッキの歴史的価値は高いだろう。

 

 (もっと)も、使えても、使うだけ野暮なカードではあるだろう。

 使うだけ野暮であろう、現実世界に知られた伝説のカードの類例では、現実世界で本当に1枚しかなく公式デュエルでも使用可能な《偉大なる戦士タイラー》が有名か。

 


次回予告

LDSとの三本勝負。

この権現坂昇が相対するデュエリストは、

 

「……お初にお目にかかります、蛇喰遊鬼です。」

 

こんな線の細い、柔そうな男だと!?

否、刀堂刃なる男に認められるほどの(つわもの)だ、油断はできん!

 

「……最強デュエリストのドローは、すべてが必然。」

 

「ドローカードさえも、みずからが導く!」

 

次回

男にモテて どうすんだ。

お楽しみは、これからだ!

 




 副題は原作【遊☆戯☆王】と、漫画・アニメ【YAIBA】から。


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男にモテて どうすんだ。(11話)

 コイントスの結果は、「裏」。

 蛇喰遊鬼(じゃばみ ゆうき)の知る未来から裏返った運命は間違いなく、または蛇喰遊鬼に関わった決闘者からの感情も間違いなく、舞台裏で役者を労わる以外する気がなかった謙遜や遠慮を許さなかった。

 理解も納得もできず、思わずボウっと(ほう)ける蛇喰遊鬼はしかし、決闘者としての矜持と対戦相手へのリスペクトを捨てられず、いちどでも決闘の場が決まったのであればと素直にデュエルフィールドへと歩を進めた。

 一歩。

 なにかを初めて始めるうえでは、とんでもなく重いハズの一足。

 彼が混乱さえしていなければ、「いやいや刀堂刃の晴れ舞台を奪うとか解釈違いだから!」などと忌避するような、おおよそ似た動機で立ち止まって刀堂刃の決闘を見守ろうとしたのだろうが、なぜかドヤ顔をする三人、光津真澄、志島北斗、刀堂刃の目つきを見て、どうにも断りにくい雰囲気を感じ取ってしまったうえに、権現坂昇までやる気とあれば後に引けない。

 賭博というエンターテインメントを介したのも、ほかのデュエル塾ならばともかく、よりにもよって遊勝塾でやったのが雰囲気を熱く盛りあげてしまったのか、遊勝塾の塾生たちからの反対意見も出てこない。

 

「……お初にお目にかかります。蛇喰遊鬼です。

 所属はLDSがX(エクシーズ)召喚コース。あなたは?」

「こちらも初めてお目にかかる。

 俺は権現坂昇。いざ尋常に勝負だ!」

 

 ここまで当事者である蛇喰遊鬼に状況の訳が分からず、やたらと場が熱気にあふれてしまえば、なにを無理に叫んでも周囲を興醒めさせるだけだ。ましてや権現坂昇の決闘者としての意気込みが伝わる眼光を見ていると、なぜか「あ、それボクやめます、ダメですよね理事長先生?」などと赤馬日美香への確認という体裁の救援要請もできなくなってしまう。

 

「……戦いの殿堂に集いし、決闘者(デュエリスト)たちが。」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

 

 デュエルフィールドのむこう側の権現坂昇は鉢巻をきつく締め直し、戦う気満々で待ち構えているのだ、こんな状況にまで発展してから「やっぱやめます」なんて不義理は蛇喰遊鬼に言えるはずもない。馬鹿正直にそれを言えるほどの胆力はないが、積極的に戦う気はなかった場に乗りこまされても、

 

「……フィールド内を駆け巡る。」

「見よ! これぞデュエルの最強進化系! アクション、」

 

 すぐに気を切り替え、決闘を楽しむ胆力はあった。

 

「デュエル!」「……デュエル。」

 

 状況が無理やり背中を押してきて、進みたくもない歩を進めさせられたとは言えるが。

 あるいは、

 

「……で、先攻は?」

「ぬ? 譲る気なのか?」

「いや別に、」

 

 彼が思っているよりも。

 蛇喰遊鬼を認めている、光津真澄からの目線に驚きすぎて。

 あれこれ考える余裕を想い人への理解へ費やそうとしてしまって、しっかりと無視して拒絶できたはずの雰囲気に抵抗する気力も足らず流された、というのが実際の心境だろう。

 

 惚れた男の弱み、というやつだ。

 

「……ボクのターン。」

 

 先攻ではドローが行えない。

 最初の手札は5枚から変わらない。

 彼の故郷であれば、なんらかのカード効果により手札の質を向上させることは可能だが、舞網市にあるカードだけでは望みのカードを手札にくわえる手段なんて多くはない。

 

「……手札から、《闇の誘惑》を発動。」

 

 よって、闇属性デッキの強みにすがる。

 

「……デッキからカードを2枚、ドロー。

 ただし、この効果でドローしたのち、闇属性モンスターを1体、手札から除外しない場合、手札をすべて捨てなければならない。」

 

 そんなのギャンブルじゃん、とは誰の感想か。

 小学生三人が口々に不思議そうに、少年の立ち回りを見つめている。

 

「……この効果により。

 手札から、闇属性モンスターの《カゲトカゲ》を除外する。」

 

 いいえ、彼のデッキは闇属性に特化したデッキ、《闇の誘惑》でギャンブルをしなきゃいけない手札なんてめったにないわ、との言葉が続く。

 気のせいか、その少女の解説は声援にも聞こえていた。

 

「……いや、なんだこの、……なに?」

「む?」

 

 が、当の彼は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 権現坂昇からすれば、まるで引きの悪さに苛立つ初心者のような顔つきだ。あれだけのデュエルができるLDSの塾生たちの仲間にしては、どこか不可解な仕草に権現坂はいぶかしみながらも、今は疑問を深追いする必要もないと取り置き、眼前の決闘者の動向を注視する。

 

「…………対戦相手(権現坂昇)なめてんの? 刃の代理だろうとなんだろうと、元がⅩセイバーの《ヴェルズ・ナイトメア》を出せば相手へのリスペクトになるわけじゃあないでしょ。ったく……」

 

 たしなめているのか。

 姿の見えぬ第三者からの押しつけに忌々しく感じているのか。

 カードの精霊、「デュエルモンスターズのカードに意志が宿っている」という現象を知る蛇喰遊鬼だけが、己の怒りの矛先を正しく理解していた。

 

「…………えっと、もういちど《闇の誘惑》を発動。

 2枚ドローして、2枚目の《カゲトカゲ》をゲームから除外。」

 

 なお、《カゲトカゲ》はレベル4モンスターが通常召喚された場合のみ、手札から特殊召喚ができる効果を持つが、手札からの通常召喚は行えないモンスターでもある。

 それが2枚手札にくれば、ほかのレベル4モンスターを通常召喚しないかぎり、だらだらと手札に残り続けてしまう。できなければ自分を守るモンスターは1体も出せない。どんな理由や原因があろうとも大惨事である。

 

「……よし。うん。

 手札から《レスキュー・ラビット》を通常召喚。」

 

 そんな召喚者の困惑と安堵に応えて跳ねるウサギ。

 ヘルメットを着用する救急隊員じみた小動物。かわいいと叫ぶ遊勝塾の女性陣。「げっ」「うわ」「やっぱり」と声を零すのはLDSのエリートたち。

 

「……まずは発動の代償(コスト)から。

 表側表示のまま、フィールドから除外する。」

 

 空高く跳ねあがり、次元の裂け目へと飛び込む《レスキューラビット》。

 

「……効果の発動に成功した場合、デッキからレベル4以下の通常モンスターを2体、すきな表側表示の表示形式で特殊召喚できる。」

 

 すれ違い、異次元の彼方から姿を現すふたつの影。

 

「……レベル4の、《ヴェルズ・ヘリオロープ》を特殊召喚。

 ただし、特殊召喚後のエンドフェイズに、この子たちは破壊される。」

 

 輝石の騎士(ジェムナイト)に似たものたち。

 あくまでも似ているだけにすぎないのか、鎧に光沢はなく、さながら闇へ溶け込み消えていくかのような儚さと恐ろしさを(かも)しだしている。

 

「……ボクは、

 《ヴェルズ・ヘリオロープ》2体で、オーバーレイ。」

 

 それらは片腕をあげて宙へ飛び、光の球体、オーバーレイ・ユニットとなって渦を巻く。渦は次元の裂け目とは異なる銀河の大渦へと身を投じ、さらなる星々の激流となる。

 

「……2体のレベル4『ヴェルズ』モンスターで、

 オーバーレイ・ネットワークを構築、……行こう、ランク4。」

 

 超新星爆発。

 新たな惑星や銀河系の誕生を思わせる、ひとつの終わりが始まった。

 ふたつの座標軸(ユニット)により指し示された存在は可視化され、召喚者がいる領域へと姿を現すのだ。

 

「……鼓膜(こまく)(ふる)わす早鐘(はながね)が、

 新たな破滅の調(しら)べとなる。(ひとみ)(くら)ませ。

 X(エクシーズ)召喚、……現れよ、」

 

 これなるは、とある惑星に眠るドラゴン。

 かつて氷原より凍てつきをもたらす伝説の三龍が一頭。封印され邪念(ヴェルズ)に侵され、さらなる根絶を欲するまでに堕ちたがゆえに、邪念(ヴェルズ)の力はおろか己を封印する力すらも取り込み、宿したもの。

 

「《ヴェルズ・オピオン》。」

 

 黒き鎧を身にまとい、かつてはS(シンクロ)モンスターであったものが咆哮する。

 彼の相棒にして最愛であるモンスターは、対戦相手の闘気に触れて武者震いをした。

 

「……X(エクシーズ)素材をひとつ取り除き、効果を発動。

 デッキから『侵略の』魔法罠カードを手札にくわえる。

 加えるのは……加えるのは……えっ、どうしようこれ……?」

 

 そう、相手は権現坂昇(原作キャラ)なのだ。

 彼の()()()()を相手取る場合にのみ、「侵略の」魔法カード《侵略の汎発感染》の効果が意味をなさなくなってしまう。かろうじてアクションマジックが多用され、アクショントラップの脅威が秘められたアクションデュエルだからこそ、けっして当カードが使い物にならないわけではないが、あまりにも状況を選ぶ要素を強めてしまう。

 かといって、権現坂昇の思想の影響が強い戦術など、初対面であれば知っているはずがない。

 ましてや、本当に権現坂昇の戦術が遊鬼の知る戦術を使ってくるかなど知りようもない。

 デッキを複数持っていて今日は別のデッキにしています、などと言われてしまえば滑稽な杞憂にしかならない。

 

「マジでどうしよう。」

『遊鬼?』

 

 これなら《ヴェルズ・ナイトメア》か、《ヴェルズ・タナトス》をX(エクシーズ)召喚して時間を稼ぎ、堅実に立ちまわったほうがマシだったかもしれないとまで思い悩むも、光津真澄の声を聴いて不安を取り置き、「まあべつに手札の枚数を増やせるわけじゃないし」と割り切る。

 元より相棒をX(エクシーズ)召喚する戦術に特化したデッキなのだ。さきほどの《闇の誘惑》や《レスキューラビット》とあわせても、計40枚のデッキから最初の手札で5枚、カード効果で6枚も引きだして、残り29枚の中から望んだカードを引きやすくできるだけでも、とりあえずの気休めであろうとも優位性(アドバンテージ)は得られるというもの。

 現在の手札は4枚。

 アクションカードも取りに行ける。

 まあまあ悪くない走り出しではなかろうか。

 ならば、こちらの手札の質を高めてしまおう。

 

「……トラップの《侵略の侵食感染》を手札に。

 カードを4枚伏せて、ターンエンド。」

 

 などと彼は心の整理をつけたつもりでも。

 つまり、残りの手札は(おそらく)モンスター1体である。

 元が召喚に厳しい《カゲトカゲ》も含まれていたと思えば、どれほどの魔法罠が最初の手札に集まっていたのか、X(エクシーズ)召喚に困るカードばかりであったのか、詳細を語るまでもないだろう。

 ドローの運が悪ければ、モンスターを出せないままターンを渡していた。

 さすがの蛇喰遊鬼も男子なのだ、惚れた少女にかっこいいところを見せたいのである。

 ちょっと無理をしてでも手札の質を変え、妥協せずに《ヴェルズ・オピオン》を呼びだすくらいはやりたくもなる。

 

「では、俺のターン!

 後攻1ターン目からはドローが可能。

 ゆくぞ、ドロォーッ!」

 

 男、権現坂昇のドローは凄まじい。

 剛腕が振り回されるだけで突風を呼び、ドローひとつで土埃が舞う。

 そんなものがデュエルにどう関係あるのだ、などと冷笑する者こそ遊鬼の知人にいたが、元から体力がまるでなかった蛇喰遊鬼には嘲笑などできはしない。放課後に日が暮れても学校でデュエルに明け暮れた、生粋の決闘馬鹿だからこそ気づいた問題点。間違っても、デュエルマッスルなどという冗談めかした与太話からではない。

 アクションデュエルに必要なものは知能だけではなく。

 強いカードや強い戦略だけでもなく、精神論だけでもない。

 アクションデュエルに興じるデュエリスト自身が、アクションフィールド内で具現化された建造物や地形を乗り越えて、アクションカードを手にしなければならない。

 

 すなわち。

 筋肉(マッスル)と、体力(スタミナ)である。

 

 日頃からカードや書類を触っているだけのカードオタク、たったそれだけの決闘者(デュエリスト)では、アクションフィールドを()けめぐってデュエルをするだけでも疲労困憊(こんばい)(おちい)り、デュエルにおける集中力を欠かせて、たやすく敗北してしまうだろう。前いた世界でも何時間もデュエル漬けで放課後を楽しむとなれば、やはり相応の若さと体力が必要なのだ、「遊戯王の世界でのデュエルがそうではない」などと妄言を垂れる無知さなど、とうに今の蛇喰遊鬼にはない。

 そう、権現坂昇は、やろうと思えば何連戦でもアクションデュエルができるほどの体力を持っているのだ。それほどの体力があるということは、よほど精神性に問題がないかぎり、へたな挑発や威圧あるプレイングなどでは権現坂昇の精神状態はともかく、集中力までは乱せないということ。ましてや、この手の硬派な男は精神修練を欠かせない。

 

「……マジでどうしようかな。」 

「俺は《超重武者カゲボウーC》を召喚!」

 

 まず現れるのは、ぴぃひょろと笛を吹く絡繰り人形。

 しかし間もなくに、その姿を消失させていく。

 

「”カゲボウ―C”の効果を発動。

 このカードをリリースし、手札から『超重武者』と名のつくモンスターを1体、特殊召喚できる!

 俺が特殊召喚するモンスターは、レベル8、《超重武者ビックベン―K》!」 

 

 さながら御隠居の印籠を示すように掲げられる、《超重武者ビックベン―K》のカード。

 そのカードをデュエルディスクにセッティングする権現坂昇。

 

「動かざること山の如し。

 不動の姿、今見せん!

 いでよ、《超重武者ビックベン―K》!」

 

 ずずん、と地鳴らし現れる武者。

 数多の武具を背負わず、煙の中から立ちはだからない、

 

「む? ……”ビックベン―K”?」

 

 台車を引く町人の姿が。

 

「ばかな!?

 ”ビックベン―K”ではないだと!?

 

 呼び出されたのは、レベル4の《超重武者ダイ―8》。

 わけもわからず周囲を見渡し、動揺する町人は権現坂へと振り返って、「これはどういうことなのか」と尋ねるように視線を送るが、召喚者であるはずの権現坂でさえも眼前の状況への把握が追いつかない。

 

「俺は確かに、《超重武者ビックベン―K》を特殊召喚したはず!

 なぜ《超重武者ダイ―8》が特殊召喚されているのだ!」

 

 権現坂がデュエルディスクを見れば、《超重武者ビックベン―K》は召喚を拒絶されているどころか、手札から放したつもりもない《超重武者ダイ―8》がいつの間にかデュエルディスクに貼りつけられていた。

 やがて、「もしやデュエルディスクの故障か」との声すらあがる。

 その声を聴いたLDSの面々は、「カード効果の確認はどうしたのか」と目を見合わせた。

 

「……ふふ。」

「その笑み、まさか!

 貴様の仕業か!」

 

 瞠目する権現坂へと遊鬼は語りかける。

 

「……《ヴェルズ・オピオン》の永続効果。

 このモンスターにX(エクシーズ)素材があるかぎり、おたがいにレベル5以上のモンスターを特殊召喚できず、それらが特殊召喚できない場合、正しい召喚対象を特殊召喚しなければならない。」

「と、いうことは。

 ”ビックベン―K”ではなく、

 ”ダイ―8”が特殊召喚されたのは!」

「……そう、”オピオン”の永続効果により。

 『レベルを問わず特殊召喚する効果』を、

 『レベル4以下を特殊召喚する効果』へと、」

 

「書き換えたのだ。」

 

 どやあ、と。

 ただ言いたかっただけの台詞を口にする。

 とある部族の封印の力で世界を呪うドラゴンは、そんな召喚者のノリになにを思ったのか、ちいさく鼻を鳴らして(いなな)いた。

 

『効果を書き換えただって!? 痺れるゥ!』

『書き換えてないわよ。

 ただの永続効果で、……榊遊矢の真似?』

『かもしれないけど、わりと彼ノリいいよ?』

『セリフが大人しいだけだよな。』

 

 黄色い服を着た、太めの小学生男子の盛りあがり。

 明るさのある楽しみ方に釣られ、LDS塾生の雑談も進む。その最中、

 

「先ほどのコンボといい、

 やはり無駄な動きはない……!

 俺のデュエルが不動ならば、貴様のデュエルは真逆。

 相手の動きを奪い、『不動にさせる』デュエル……! だが!」

 

 ギン、と、ハヤブサもかくやと眼光を鋭くさせる。

 

「無駄な動きがないことは此方(こちら)も同じ!

 守備表示の”ダイ―8”は、表側攻撃表示とすることで、デッキから『超重武者装宿』を1体、手札にくわえる。俺が手札にくわえるのは、《超重武者装宿シャインクロ―》!」

「……ん? んんっ!?」

 

 想定と異なる結果に驚く遊鬼。

 蛇喰遊鬼のいた異次元世界ではシンクロ召喚やメタビートなど、多岐にわたる戦術を選べる「超重武者」カードを、あくまでも《超重武者ビックベン―K》のアドバンス召喚や特殊召喚に特化させていた現在の権現坂昇は、各種召喚法の素材にしかならない下級モンスターを無防備で敵に身を晒させるような真似などせず、誘導や策略により「させられ」もしない。

 

「そのまま手札の、

 《超重武者装宿シャインクロ―》の効果を発動。

 このカードを”ダイ―8”に装備し、攻撃力と守備力を500アップさせる!」

「……効果は、

 ……『装備モンスターが戦闘で破壊されなくなる』……!?」

 

 奇しくもそれは、柊柚子が光津真澄に対して選んだ戦術と同じ。

 戦闘では倒せないモンスターで場を耐え、直接攻撃を受けないようにする、(蛇喰遊鬼の故郷における対策とくらべれば脆いが)ワンターンキル対策だ。

 

「俺はこれで、ターンエンド!

 さあ、おまえのターンだ、蛇喰遊鬼!」

「……!」

 

 そう。

 彼の次元世界における”現実的な”対策ではない。

 彼らの舞網市における”現実的な”対策で耐えきる。

 

 言ってしまえば、それは。

 しょせん創作物の登場人物がとれる範疇の、新製品のカードパワーによるゲーム環境の変化に翻弄されてきた現実のお客様(ゲーマー)には通用しない戦術、嘲笑されるに値する児戯(ゲーム)…………ではなく。

 

「…………あァ、」

 

 自分が、この世界の決闘者(デュエリスト)に。

 明確に注目され、警戒され、最大限のデュエルをされている。

 蛇喰遊鬼なる人間が、その世界での決闘者として認められている。

 光津真澄の瞳とおなじ光が、自分を貫いてくる。

 

 くすみのないもの。

 かつて彼が憧れた景色。

 名もなき”(ファラオ)”と、”遊戯(ゲーム)”の達人が魅せた世界。

 彼が遊戯王OCGの業界へ足を踏み入れた、いちばん最初の理由。

 

 現実らしさ?

 実際のOCG環境だったら?

 アニメのデュエルはドロー運がおかしい?

 

 どんなに強く、かっこうよく描かれても。

 どうせOCG環境での強いカードたちに負けるだけ?

 しょせん作中設定と作中描写による脚色で、OCG環境でなら雑魚?

 

 ()()()()()()()()

 

 ()()()()は、いつだって。

 なりたいものは、お客様(ゲーマー)じゃあない。

 こちらの相棒による妨害をものともせず。

 モンスターを踏み台で終わらせない柔軟な立ち回り。

 かつての、アクションカードに依存しきっていようとも、なにがなんでも《ジェムナイト・クリスタ》で己を打ち倒そうとした光津真澄の姿を思い浮かべ、邪竜(オピオン)退治をされる者として、

 

「……はは、」

 

 決闘者(デュエリスト)として。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 笑みを深める。

 自分は異物である。そうであると自認する。

 星座に要らぬ星を加えて聞いた憶えのない伝説を作るような、子供のような稚拙な傲慢なんて振るいたくないと遠慮したい少年にとって、傲慢に足る暴虐を振るえる《ヴェルズ・オピオン》をものともしない、勇気ある伝説そのものなどまぶしすぎて、しかたがない。

 権現坂昇は強い。知っている。

 光津真澄は強い。知っている。

 彼も彼女も《ヴェルズ・オピオン》に屈しない。

 ……それだけは、どれだけ伝説を振り返ろうとも、知らない。

 

「はは、」

 

 元から通用しない志島北斗とは、ちがう。

 対処法が多く、突破しうる刀堂刃とも、ちがう。

 レベル5以上の特殊召喚を封じられれば、なにもできなくなってしまいかねないのが遊勝塾の中学生たちであり、LDSの融合召喚コースの塾生たちであり、彼が自分でも強く意識するとは思わなかった、遊戯王OCGのゲーマーとしては歯牙にもかけないはずの有象無象たちであった。

 その中に、ちいさくも強く輝く原石がいた。

 光津真澄がいた。己のうちの悪意や諦観が鳴りを潜めるほどの、胸の高鳴りが、異物であるが故の孤独と狂気から解放した。

 あれから二年、代わりに恋愛感情がどうにも熱狂や狂信に似たものになるまで膨らんでしまったが、彼女に不快に思われないほどには男の我欲ならではのモノを自重や自制できているのだろうか、などと恋する男児として日々恐れるくらいには、やけに自分でも大人しくなれている気はしていた。

 彼女から迫られたら壊れそうな、己の内の雄を鎮める檻。

 決闘者としての加虐性までも同じ檻に抑えこんで、できるだけ我慢したが、

 

「あはは、」

 

 今回は耐えきれそうにない。あまりに唐突だ。

 御馳走がひとつなら問題なかった。ふたつは我慢できない。

 腹いっぱいになるか否かではない、元から腹ペコなのに追加で御馳走を追加されては鼻孔をくすぐられて正気を保てない。心の飢餓に耐え切れない。

 思うがままに光津真澄へ食らいつきたいほどの欲と恋愛感情と決闘者願望が混じりあった内なる欲望の坩堝(るつぼ)と、思うがままに権現坂昇と戦いたい純粋な決闘者願望とで、どんどん表情筋が勝手に動いてしまう。

 笑みがこぼれる。狂喜がこぼれる。

 そうか、そこの伝説(きみ)にも、()()()()の力が通用はしないのか、()()()()に諦めもせず立ち向かえるのか、という納得が夢心地による陶酔を招き、自制心を弱める。

 彼の感想をのちの”セルゲイ・ヴォルコフ”の言葉で言い換えるならば。

 そう、―――「美しい。」

 

「……そのエンドフェイズ時に。

 永続トラップ、《侵略の侵食感染》を発動。」

「ここでトラップだと!?」

「……手札・場の『ヴェルズ』モンスターを1体選んでメインデッキに戻し、デッキから『ヴェルズ』モンスターを1体だけ手札にくわえることができる。

 戻すのは手札の《ヴェルズ・サラマンドラ》。」

 

 これほどの美しいデュエル。

 やはり手加減などいらない、自重の必要もない。

 思う存分に光津真澄へと叩き込む全力の姿勢に似ている。通用しないからこそ相棒に依存しない実力を問うてくれる志島北斗へと、真剣に立ち向かう際の度胸試しとは、ちがう。

 

「……手札にくわえるのは、《ヴェルズ・ケルキオン》。

 この効果で手札を書き換え、この状態で通常のドローが行える。」

「馬鹿な!

 召喚法だけでなく、己の手札さえも……!?」

「……最強デュエリストのドローは、すべてが必然。

 …………ドローカードさえも自らが導くもの。

 だったら、これこそが最強デュエリストの戦略。」

 

 彼が「ヴェルズ」モンスターを愛用する所以は数あれども。

 その中で最たるものが、「望むカードを導きやすい」という特性であった。

 最古の伝説のファラオは墓守の淑女に曰く、望むカードを導きドローせしめる。アニメや漫画への憧憬からデュエルを始める世代の決闘者(デュエリスト)であった少年からすれば、名もなきファラオの伝説を模倣しうる戦術こそが最強の浪漫。

 ドローカードを創造するX(エクシーズ)召喚使いの伝説の勇士、実際に導いて見せたドラゴン使いなど最たる浪漫の体現者だ。おなじくドラゴン使いかつX(エクシーズ)召喚使いである蛇喰遊鬼にとって、ここまでに披露したカードさばきほどの好ましいコンボは滅多にない。その点においては、光津真澄のドローコンボは彼の浪漫にもストライクすぎた。

 究めつきの決闘馬鹿が恋愛脳に転じた結果があのザマであれば、

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 あらためて決闘馬鹿に戻ればどうなるか。

 

 

 この瞬間、確かに。

 蛇喰遊鬼の瞳孔の中から、光津真澄の残像が薄らいだ。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,ある種類の恋愛では、「自分が持たないもの」か、「自分を幸せにしてくれるもの」を持つ異性を選択しがちなものです。相手の持つ”もの”は男性にとっての女性美(おっぱい)、女性にとっての男性美(おっぱい)、あるいは人間性など好みに言いかえてもよいでしょう。当然、「自分から何かを奪う異性」や、「自分を不幸な気持ちにさせる異性」は選ばれません。女性から女性らしさを奪う男性、男性から男性らしさを奪う女性が嫌われるのと同様です。

 これらと似た感情論により、対戦相手である異性の戦略や愛用カードを否定したり、弱いことを理由にカードや「こういうデュエルがしたい」という理想(ビジョン)を侮辱する決闘者は基本的には選ばれません。例外的に「自分に金銭的なもの、社会的なものを与えはしないが別の幸福感をわかりにくく守り、与え、しかし何も奪いはしない」という、一種のツンデレな、または硬派な人間が選ばれることもありますが、それはそれで積極的に相手を幸福にさせに行くわけではないので、よほど生活に繋がる能力がないと目立たず認識もされません。

 かといって全員へ無差別に優しくなってしまう性根の人間だと、特別に誰かを愛する時だけがドヘタクソになるほど特別扱いの経験が足りないので、余計にモテません。そもそも決闘者であれば、意中の決闘者のための対戦時間を多く費やしたり、待たせる時間を長くさせなかったり、会話もできるだけ同性の決闘者とではなく恋愛対象の決闘者へ多く行うなど、肉体接触のない精神的スキンシップと距離感は意識せざるを得ません。男女問わず。全員に優しくなれるヤツはその距離感がおかしく、まったく異性に関わりに行かない硬派なヤツは精神的スキンシップが傍から見るものを絶句させるほど足りていません。

 勝負事(ゲーム)で勝てば、実力あれば解決するわけではありません。

 コミュニケーション・ツールとしての遊戯(ゲーム)が大切なのです。

 よって、決闘で恋はできます。

 ですが、決闘が関わる物事すべてで『どこまで相手を愛せるのか』が大切です。

 もちろん決闘の部分を別の物事に置き換えても結構です。】

 

【Q,遊鬼は勝つから大丈夫よね。】

【A,などと余裕ぶっこかず、素直に応援しましょう。

 最悪の場合、寝取り、寝取られよりも前の段階の「ぼくがさきにすきだったのに」現象ことBSSが起きるどころか、遊戯王OCGは同性間で楽しまれがちである傾向からして、】

 

【Q,権現坂昇もカッコいいよね……】

【A,……┌(┌^o^)┐ホモォ?】

 


今日の最強カード

・《超重武者ダイ-8》

 「超重武者装留」カードを手札にくわえられる1枚。

 その効果で《超重武者装留チュウサイ》をデッキから手札にくわえ、そのまま装備状態にすることで《超重武者装留チュウサイ》の効果によりデッキから任意の「超重武者」モンスターを特殊召喚できるだけが特技の芸ではなく、あえて任意の「超重武者装留」カードを装備状態にさせたうえでリンクモンスターの《超重武者カカ-C》のリンク召喚に繋げつつ、装備状態の「超重武者装留」カードを墓地に送りながらさらなる展開に繋げる間接的な墓地送りも可能。

 【超重武者】での便利なモンスターカードの1枚でありながら、同時に限定的ながらも《おろかな埋葬》の役目も果たせるという、さまざまな戦術へと繋ぎやすいモンスターでもある。

 

 現在は《超重武者装留イワトオシ》が制限カードとなっており、最初に《超重武者装留イワトオシ》の効果を使用するべく手札にくわえて装備状態にしフィールドから墓地へ送ってからは、このカードによって墓地に送りたい「超重武者装留」カードの種類が減ってしまうため、前述の《超重武者装留チュウサイ》を起点とするモンスターの連続特殊召喚コンボか、《超重武者装留ガイア・ブースター》などを装備状態から特殊召喚することによるチューナーモンスターやS(シンクロ)素材、リンク素材の確保が主な使用法になるだろう。

 

 なお、この時期の権現坂昇はS(シンクロ)召喚の使い手ではない。

 アニメ・漫画【遊戯王ARC-V】のファンならば注釈せずとも御存知であろうが、各原作本編のゲームプレイ環境には、アニメ【遊戯王VRAINS】でのリンク召喚、およびリンク召喚やリンクモンスターを前提とするカード、そして新種族であるサイバース族のすべてが存在しない。

 

 ここまでに紹介した各種コンボの大半、各種コンボを前提とした未紹介のコンボすべてが、あくまでも【遊戯王ARC-V】の世界観での”普通”の中学生である権現坂昇には使えないのである。

 よって、おもに《超重武者ビックベン―K》をアドバンス召喚するためのリリース素材の確保や、《超重武者ビックベン―K》を装備状態の「超重武者装留」カードで強化するためのサーチカード、一時的な戦闘破壊されない壁モンスターとしての使用が中心となる。

 

 ながながと書いたが、要するに、

「アニメ本編じみた遊び方をしないと、ほぼ確実に一人回し(ソリティア)の起点になるカード」

 なのである。雑に言って強いぞ!めちゃくちゃ執筆の邪魔!!!

 

 


次回予告

遊勝塾をめぐる三本勝負。

最後の相手は……またエクシーズ召喚?

蛇喰遊鬼のドラゴンのせいで、権現坂はビックベン―Kを特殊召喚できない。

このままじゃ権現坂が負けちゃう! がんばって!

 

あれ?

LDSの子たち、なんだか静かなんだけど……どうして?

 

「ねえ、あなたたちって、彼を応援しないの?」

 

次回

私に惚れないのはどう考えても遊鬼が悪い?

お楽しみは、これからだ!




 副題は漫画・アニメ・映画【私がモテてどうすんだ】から。


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私に惚れないのはどう考えても遊鬼が悪い?(12話)

 榊遊矢。

 権現坂昇。

 実家たる遊勝塾をめぐる戦いの最中、ふたりを応援した柊柚子はふと、LDSの塾生たちへと視線を向けて疑問を抱いた。

 こちらの応援の声とくらべて、やけにLDS側の塾生が静かだ。

 今回ばかりではない。光津真澄の時は知りようもないが、間違いなく志島北斗の時とまったく同じ静けさ。「行儀がいい」と言えば、それまでかもしれないが。

 決闘者の疑問としては些細なもの。

 遊勝塾の塾生としては、あまりにも大きなもの。

 

「ねえ、」

 

 同性の好敵手(ライバル)と認めた光津真澄へ、声をかける。

 

「あなたたちって、彼を応援しないの?」

「え?」

 

 柊柚子の問いかけに、きょとんと光津真澄は目を開く。

 不撓不屈の権現坂昇へ感心しつつも、「まあ、遊鬼には勝てないわね。」などと品定めを終えて目を細めていたが、まさか対戦相手から近寄って話しかけられるとは思わず、初めての経験ゆえに肩を強張らせる。

 光津真澄は融合召喚コースの中では屈指のエリート、優等生である。

 ゆえに、常に塾生からは見あげられる側だ。妬まれる側だ。他の召喚法のコースの優等生である志島北斗、刀堂刃との間にも馴れ合いはない。

 対等(ふつう)決闘者(女の子)であるかのように近寄られた憶えはない。遊鬼を除いては。

 ひとは普通、これを「対等な友達であるかのように」と言うのだが、少なくともプロデュエリストを目指す者全員が将来の宿敵である、制服組への出世の競争相手であるLDSにおいて、普通の交友関係が得られるかは大変疑わしい。

 あと十年もしない時間をかけて「二十代の社会人」となる少年少女にとって、そのような環境が対話能力や社交性の成長を促すわけがない。

 赤馬日美香の煽り口調や優越感を隠さない差別的な発言、自己判断や復讐心に囚われすぎて榊遊矢への悪影響を鑑みない赤馬零児の言動や独断専行、赤馬家への崇拝がすぎる周囲への石島の差別発言など、すでにLDSやレオ・コーポレーションの上層部が問題行動だらけで、さてLDS塾講師は倫理面での教育が塾生へ充分になされているのかを問われれば、どうにも信用されるに足りないのは言うまでもない。

 ただでさえプロデュエリストを夢見る者同士なのに、さらに制服組、というLDS内部の出世コースを設けてしまったことで、LDS塾生間の人間関係がより競争を前提としたものとなり、どうしても決闘者特有の闘志や示威行為、ある程度の自意識過剰が抑制できない環境になりつつあるのだ。

 LDS塾生の、LDS当校や塾講師に対する崇拝じみた狂信の原因はその環境にあるのだろう。のちに狂信に囚われずに他塾のライバルを鍛える刀堂刃であっても、LDS上層部へ猜疑心や不満を抱かないほど信用した。

 親が市議会議員であるがゆえに、権力を知る沢渡シンゴを除いて。

 実のところ沢渡シンゴの自尊心は、父親からの愛情ありきかつ自前のものである。そう、デュエルやLDSと関係のないところで、最も健全に自尊心を育んでいるのだ。

 なんなら相手が宿敵榊遊矢であろうと気さくに話しかけ、非を感じて柊柚子の言葉を聞いてしまおうと開き直って胸を張り、あげくの果てには観衆からえげつない態度をされようとなんだかんだ己を貫けるほどのエンターテイナーへと成長しきる。

 これほどの度胸と、度胸を活かすコミュニケーション能力がある。

 誰が言ったか、「沢渡さん、マジ凄すぎっすよ!」

 

 そう、あの沢渡シンゴ以外は。

 つまるところ、LDS塾生のほぼ全員が。

 LDSという折り紙つきの、コミュ障手前なのである。

 光津真澄は意識外から話しかけてきた、自分が負けさせたはずの、悔しさを抱いているはずの柊柚子という理解しがたい同性へ、そしてデュエルと直接の関係がない「応援」についての会話へ、完全に動揺していた。

 ある意味で初めて彼女は、柊柚子を敗者ではなく「柊柚子」として認識した。

 

「応援って。まさか。

 彼が勝つに決まっているじゃない。」

「でも、志島北斗は負けたのよね?」

「それが? なによ?」

「グサッ」

 

 女の子同士の容赦ない、聞くだけで胸を刺されるかのような会話に耐え切れず、志島北斗は冗談を交えるような独り言をぼやいて、静かにうずくまった。

 

「あそこの大柄な彼、さっきからアクションカードを使わないでしょう。

 遊鬼を相手に『アクションカードなし』だなんて、無防備みたいなものよ?」

 

 光津真澄は経験談を暗に語りながら、権現坂昇への評価が「遊鬼には勝てない」であることをも示し、柊柚子から信じられるに値する強さがある男とは思えないと告げる。

 

「まあ、遊鬼が負けそうなら、わかるけど、」

「え? 彼が負けそうなら応援するの?

 それっておかしくない?」

「……なにが言いたいのよ。」

 

 ところが、毒づきのある返事をものともせず。

 ひょっとすると「気づけもせず」、ということなのか、それほどまでに疑問の答えが気になってしまうのか、柊柚子は続けて問いかける。

 

「なにがって。

 同じ塾の仲間なのに応援しないって、なんだか変よ。

 仲間なのに、ぜんぜん仲間じゃないみたい。」

「それは、」

「制服組を目指す、出世を目指すライバルを応援する?」

 

 うずくまる北斗を避けながら、真澄の言葉を遮るように、刀堂刃が不思議がる。

 

「そりゃあ、オマエ、簡単には応援できねぇぜ。

 あいつは真澄に気があるとはいえ、むぐっ」

「君は! もうちょっと!

 黙るべきコトを黙りたまえよ……!」

 

 再起した北斗に口をふさがれて刀堂刃は抗うも、身長差がありすぎるためか拘束をふりきれず、「まあそういうことにしてやるよ」と諦めた。

 

「勘違いしないでくれよ?

 彼の場合、恋愛感情や色恋を理由に真澄を応援したわけじゃあない。

 それ以上に、真澄の成長を期待しているからなのさ、わかるかい?」

「そうなの? でも、あなたたちが応援してないのは?」

「う˝っ。」

 

 返す刃で質問され、北斗は硬直した。

 話を逸らそうとしただけに、それ以上の会話は思いつけないのだ。

 なんの話を逸らそうとしたのか? 刃がついうっかり話題に出してしまった真澄と遊鬼の間にある恋愛関係と、自分たちは応援しないが遊鬼は応援した理由についての話題である。前者は彼らの関係を余計にこじらせる外野の好奇心を招くかもしれないからで、後者は遊鬼の恋愛感情抜きに語るなど思春期の少年には厳しいためである。

 恋愛沙汰の話題を回避しながら素直に「応援しない理由」を語るには、刃ほどの素直さや無遠慮さが北斗には足りていなかった。

 

「弱い仲間だけ応援して、強い仲間は応援しないって、なによ、それ。

 それじゃあ強くなっても『さみしいだけ』で、どこが楽しいのよ!

 弱いなら、なんだか弱い自分を上から見られて、馬鹿にされるみたいで……!」

 

 志島北斗の配慮など知ったことではない、実は自分にとってそんなものどころではない動機を知る機会を逃した柊柚子は、疑問の正体が義憤であると気づいて憤慨する。

 

「……負けないで、権現坂!」

 

 こんなやつらに負けるな、と。

 仲間を仲間とも思わず、応援されておきながら応援しない、こんな薄情なライバルに遊勝塾のエンタメデュエルが負けたと認めたくもない、とも思いながら。

 権現坂昇へ、榊遊矢を見守り続ける仲間である男友達へエールを送る。

 光津真澄は知る由もないが、真澄の眼前には榊遊勝失踪後の数年間で築きあげられた少年少女たちの絆があった。勝てるかどうかを前提にしない信頼があった。

 

「…………ふざけないで。」

 

 そんなものを魅せつけられても、光津真澄には。

 なにがなんだか、わからない。

 

『生き方の異なる決闘者同士は、会話だけでは理解も共感もできない。

 かといって対話を諦めれば、それは現状維持にしかならない。』

 

 遊戯王ARC-Vの物語全体にわたる、共通した問題提起である。

 焦点を、遊戯王OCGの決闘者ならではのものに変えよう。

 ゲーム「遊戯王OCG」を始めたゲームプレイヤーの、そもそもの遊戯王全体への印象というものさえ、ゲームを始める契機となる媒体によって変わるものだ。

 一、漫画作品から憧れた者。

 二、映像作品から憧れた者。

 三、上記のいずれかに影響されてから始めた者。

 四、さらに上記のいずれかに影響されてから、原作を知らずに始めた者。

 五、ソーシャル・ゲームから遊ぼうとする者、続けて六、動画配信サイトのVtuberに影響された者もいるとなれば、果てには七、それらに影響されてやはり原作を知らないまま始めた者もいる。

 その全員が実のところ、

「デュエルとは○○のようなものである。」

 という共通認識を持ってはいない。たとえば、そう。

 漫画のような。

 アニメのような。

 どこにでもある普通のカードゲームのような。

 どこかの誰かが遊んでいる時の態度や姿勢で遊べるような。

 規範となる決闘者も多様であり、また規範など持たず、とりあえず自分が楽しければいいやと罵詈雑言を対戦相手に叩きつける者もいる。

 それほどまでに多種多様なカードゲーマーがいる中で、

「デュエルとは、どう楽しむものですか?」

 などと問いかければ、混乱待ったなしであろう。

「カードや対戦相手と絆を深めるものだ。」

「勧善懲悪の要素があり、悪役のカードを倒すとスカッとする。」

「公式大会で結果を出せる要素がすべて、他の要素は不要。」

「みんなでワイワイ楽しむもの、Vtuberもやってたし。」

 こうも異論が交える中で、「さあ皆さんで非公式の交流戦をしましょう」などと言えば、漫画やアニメを意識した試合運びを魅せるプロレス・スタイルを持ち出す者も現れるし、大会環境前提のデッキで先攻制圧を意識した勝負に挑む者も現れるし、ソーシャル・ゲームの禁止制限や環境を意識した者も現れるだろう。

 問題に気づいてから、「誰が間違っているのか」などと誰かが叫んだところで、参加者同士では結論は出ない。主義主張のぶつけあいで終わってしまう。現実には「非公式の交流戦」なる定義への認識をしっかりと参加者と共有できていない主催者の問題なのだが、いちど熱が入れば周囲からの冷めた視線など気づけないものである。

 

 ここで話を戻そう。

 遊勝塾が目指す決闘者像とは、すなわち榊遊勝であり。

 LDSが目指す決闘者像とは、LDSの実績を保証する元塾生や赤馬零児である。

 デュエルで笑顔になるための、エンタメデュエルの先駆者。

 デュエルに勝つための基礎ありきの、合理ある実践経験の先駆者。

 いずれも各塾生へ授ける「デュエル」の勝負論は異なり、もちろん同門の決闘者への「応援」についても、遊勝塾とLDSでは認識が変わってくる。

 友情からの声援。

 馴れ合いからの声援。

 仲間を思いやる気持ち。

 弱い塾生への発破が混じる優越感を誤魔化せない気持ち。

 デュエルを楽しむ姿勢から鍛えこまれる遊勝塾と、デュエルで勝つ姿勢から鍛えこまれるLDSとでは、輩出する決闘者の精神性から別物である。

 

「彼は、私を、」

 

 だからといって。

 体力も夢も希望も未来さえも、日々持て余すほどの豊富な、それらが擦れたつもりでも擦り切れない、まだ現実を口実に夢物語という志を忘却できない少年少女にとって、ある意味では動物的とも言える「格下(自分)への侮り」だけは禁句だ。

 侮りの姿勢は子供を、おとなが真正面から取りあわない姿勢と似ている。

 そんな現実に悩んでおきながら、格下(かくした)と思い込んだ同年齢の相手へは悪辣な態度を取れてしまう、自分(格下)の醜悪さに気づけないのが、人間の身勝手というものだが。

 光津真澄にとっては、認めた決闘者にするべき態度ではなかった。

 恋愛感情であれ心から受け入れた異性への態度でもなかった。

 

「馬鹿になんて、していないっ……!」

 

 していい、していけないではなく。

 ()()()()()

 いちど乞い求めれば、恋求めたものへ自分から唾を吐くなどやりたくもない。

 優越感による安楽を求め立ち止まって毒を吐き捨てるよりも、焦燥感に従う足が跳ね上がり前へ出るほうが早かった。認めがたい、自分の内の何かに抗う感情が確かに、光津真澄を前へ進めた。

 観戦席から身を乗り出すように。

 しかし、窓に遮られ、ただ平面で透明な壁を叩くように。

 一枚の硝子板を隔てた憧れに任せて。

 

「遊鬼っ!」

 

 ただひとりに向けて叫ぶ。

 勝て? 言うまでもない。

 がんばれ? 言う必要があるのか。

 なにを言えばいいのか、実のところ、わかっていない。

 

「―――()()()()!」

 

 間違いないことは、彼を信じていることだけ。

 ぽろっ、と、こぼれる言葉を無理に止めず、息を吐きだすような当然さで、自然さで、素直に叫ぶ。叫ぶことへの羞恥心は無い。叫ばなければならない、むしろ叫びたい。

 伝わらなければ、それは応援ではないと、頭で考える暇なくただ思った。

 見つめ返す、とは思えない無言の決闘者は。

 ぴたりと動きを止め、

 

『……へ?』

 

 記憶にないほど、顔を赤くさせて、いて、

 

「え?」

 

 さて、私は変な言葉を口にしたのだろうか。

 負けるな、としか伝えていない。負けるな。うん。

 負けてほしくない、それはなぜか。

 

「……えっ、」

 

 負ける姿を見るのは嫌だから。

 なぜ。誰が。誰に。負けたらどうなる?

 この三本勝負は、どちらかと言えば「LDSの威信」とかいう、実のところ子供には納得しがたい社会的信用までも賭けられている。

 LDSのX(エクシーズ)召喚が最強であると示す。

 LDSの塾講師マルコに恥じない結果を出す。

 形は違えども似た動機の、塾生ごとのモチベーションは無くもない。

 だが、眼前の少年にとって。

 

 もともと、「LDSなんて、どうでもいい。」

 

 かつての冷たい瞳を忘れきれない。

 どれだけの召喚法で塾生がエクストラデッキからモンスターを呼びだそうとも、あの虹彩は輝かなかった。あれらは蛇喰遊鬼にとって塾生の着飾るもの、ただの装飾品でしかなく、デュエルのうえでの脅威だと見なしていなかった。どれほど塾講師が実力者だと気取ろうとも、彼にはイミテーションの、偽物の宝石にしか見えていなかった。

 あの頃の視線を決闘者(デュエリスト)として直視した光津真澄からすれば、蛇喰遊鬼にとっての情熱とはモンスターとの勝利であり、鍛錬であり、決闘である、そうであると知っている。やれ「LDSのX(エクシーズ)召喚が最強であることを自分が証明する」だとか、やれ「〇〇召喚コースの首席は自分だ!」だとか、そんな自慢話は眼中にないと気づいている。

 蛇喰遊鬼にとって、今に負けようが過程にすぎない。

 次に勝てればよい。仲間であるカードと共に強くなればいい。

 志島北斗のかつてこだわった不敗伝説など歯牙にもかけない。

 常勝不敗ではなく、常戦不屈、砕けないダイヤモンドの志が彼だ。

 決闘者(デュエリスト)としての戦いの姿勢(ロード)からして、デュエル塾への在籍に意味などない。

 彼女が「なぜまだLDSにいるのか」と問うた時、彼は気恥ずかしそうに頬を掻いて答えた。

 

『あの頃の、あの日の(きみ)に負けたから。』

 

 それだけが理由で、LDSに在籍しているのだ。

 もういちど()に、全身全霊で勝ってほしいから居るのだ。

 自意識過剰かもしれないが、彼がLDSに在籍する意義なんてほかにありえない。

 ここで光津真澄は初めて、自分の中の焦燥感と向きあった。

 なんだ。なんで私は叫んだ。たかが柊柚子から挑発するかのように、「彼の強さゆえに応援しないことが蛇喰遊鬼を侮辱することだ」、などと指摘されたからと言って、ここまで気を取り乱して、わざわざ大声を張り上げた理由はなんなのか。

 

 荒野のうえに立つ、蛇喰遊鬼の瞳へと意識が吸い寄せられる。

 今まで彼の瞳は私に向いている。いや、ちがう。

 今だけは向いていた、というべきなのか。

 遊勝塾が勝てば、蛇喰遊鬼より強ければ。また三本勝負でLDSが負ければ。

 遊勝塾のほうが、「蛇喰遊鬼がより強くなれる環境」を持つとも思える。

 自分たちLDSの塾生よりも、遊勝塾を選ばれてしまうかも?

 選ばれたらどうなる。

 

『弱い仲間だけ応援して、強い仲間は応援しないって、なによ、それ。』

『それじゃあ強くなっても「さみしいだけ」で、どこが楽しいのよ!』

 

 やけに、柊柚子の言葉が胸にひっかかる。

 さみしい、という言い方が余計に気になる。

 さみしい、さみしい、……誰が?

 遊鬼が?

 私か?

 自分が置いて行かれる?

 あの頃の冷たい瞳を、遊鬼から向けられた当時を思い浮かべる。

 当時は私が勝った。なんとか勝てた。

 がむしゃらに足掻いて勝った。()()()()()

 かつてアクションカードを大量に使わなければ勝てなかった私よりも、今、アクションカードを使いもしない、図体ばかり強そうでデュエルが弱そうな男なんかに。

 まさか。

 奪われるのか?

 いいや、もしアイツが勝てば、現実になってしまうのだという確信がある。

 もしもの話だと思いたい。でも、この確信がいちばん恐ろしい。

 もしもの話で現実を疑うより先に、「まあ、そうなるだろうな。」という恋への諦観があった自覚さえ怖い。

 

 そうなったら、どうなる?

 彼に私が勝つことを、待ち望まれなくなる。

 失望されて、「蛇喰遊鬼に勝つ女ではない」と見限られて。

 蛇喰遊鬼は私から、完全に無視される、フラれる、……なんて理由とか?

 

「え。」

 

 それって。

 今、この状況で「負けるな」と叫ぶのは。

 遊勝塾の存亡がかかった柊柚子と違い、余裕はあったはずの私が叫ぶのは。

 ただ「負けないで!」と気持ちを伝える以上に、実は、はずかしいのでは?

 たとえば、そう。

 

『私を置いて行かないで。』

『遊勝塾に負けて憧れないで。』

『私だけを見て。』

 

 こう叫ぶのと、なにがちがうのか。

 彼は、ほんのいちどでも。

 一度でも「光津真澄に負けた」からLDSに留まっているのだ。

 この光津真澄に見出した価値へこそ、彼のLDSに留まる動機がある。

 彼が負けたら、LDS塾生の鬼門である《ヴェルズ・オピオン》を突破されたら、彼の興味関心は、……私に向かなくなるのではないか、と。

 

「あっ。」

 

 彼に期待されるに足る、ような。

 彼が振り向いてくれるほどの、価値ある()では。

 なくなってしまうのではないか、と。

 

「えっ? あっ、あぁっ……!?」

 

 告白こそ、していないが。

 こんな形で想いを伝えてよかったのか。いいや、よくない。

 どうせなら雰囲気のいい時に、ちゃんと蛇喰遊鬼に勝ったうえで。なのに。

 

「ん? どうしたんだい、真澄?」

「北斗、おまえなあ。

 女心がわかるのか、わかんねーのか、どっちかにしろよ……?」

 

 自分の後ろで北斗と刃がなんか話しているようだが、こうも気恥ずかしいと、もはやなにが聞こえても(わずら)わしい。うるさい、と怒ってやりたい。

 かといって、遊鬼から目線を離すのも正直イヤだ。

 結果、光津真澄は赤らんで恥じらうまま、顔を背けられない。

 羞恥で頬が強張り、恋慕や振り向いてもらえた歓喜で眉根が(ほころ)ぶ、ただただ複雑に変わりゆく褐色の顔をより赤く染めることしかできない。

 そんな感情を直に受け取った蛇喰遊鬼もまた、自分がなぜLDSに留まるのか、という動機を恋愛感情まで語らずとも共有しあう仲ながらも、光津真澄の秘めた恋愛感情は悟っているという、大変ずるい男であるがゆえに。

 

 光津真澄からの応援だけは。

 権現坂昇への、小中学生に塾長あわせ計()()の応援など向かい風とすら思えないほどの、身を委ねてしまいたいと思える追い風であった。

 そもそも決闘者(デュエリスト)が意識する異性に応援されるなんて原作【遊☆戯☆王】じみた状況、純粋な少年心や恋愛感情や男の矜持だけでなく、原作愛好家としても喜ばしくて、ますます脳が()であがってしまう。

 ただでさえ権現坂昇の熱意に焦がれかけていたのに、己の網膜へ焼きついた女決闘者から、さらなる情熱を注がれようものならば。

 またしても、それほどまでのかわいらしい姿を網膜に焼きつけられたら!

 ああ、()()()、なのだろう。

 

 

 彼は、―――弾けた。

 

 

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,できることはできますが、相手の決闘の強さや弱さ、戦略性、勝敗の結果が恋愛に結び付く場合、恋する当事者はデッキ相性の問題を忘れがちです。効果ダメージによる勝利や相手のデッキ枚数をゼロにする判定勝ちを狙う戦略のすべてが、かならずしも大会環境で常に優勝まで決闘者を導くわけではありません。

 実力主義や美意識や理想から選んで恋をした場合、または「自分の価値」を恋愛対象により保証しようという自己愛からの選択である場合、まず現実や相手を見ていないことが多いです。

 ちゃんと相手に惚れましょう。】

 

【Q,「さみしい」って言ってないからセーフよね……?】

【A,アウトです。ちゃんと「さみしい」と言いなさい。】

 


今日の最強カード

・アクションカード

 遊戯王ARC-Vを象徴するカードたち。

 デュエルフィールドであるステージ全体に散らばり、プレイヤーはアクション・マジックカードを拾ったうえで通常の速攻魔法カードのように発動できる。

 特筆するべきは、相手ターンでも手札から発動できる通称「手札誘発」も同然の使い方ができる点と、おたがいにアクション・マジックカードを手札にくわえられるので、「手札の枚数」を重要視するカードを活用すれば凶悪なコンボが簡単に成立すること、さらに発動すれば自分の墓地に送れる点である。

 欠点は、

 

①必ず魔法罠ゾーンを1枚ぶん空けないと発動できない。*1

 

②自分の墓地に送られるため、墓地に魔法・罠カードは1枚でもあると困るコンボが破綻しやすく、相手に墓地のアクションカードを奪われて利用されることがある。

 

③プレイヤーによるゲームプレイのうえでは手札に1枚までしか所持できず、魔法罠ゾーンへのセットができないので、なんらかのカード効果でアクションカードを複数枚所持できるようにするか、カード効果でセットするか、カード効果で手札から離して手札に戻さないかぎり、一度に複数枚のアクションカードを所持できない。よって、いらないアクションカードに対しては、先述の②を踏まえたうえで自分で発動して墓地に送るか否かの判断も必要となる。

 

④デュエルフィールドの設定次第では、所持したプレイヤーへ強制発動させるアクション・トラップカードが混じっており、「自分が発動した罠カードの効果」として被害を受けることがある。

 

⑤モンスターと共に地を蹴り宙を舞いながら取りに行く前提なので、たまに生身では届かない位置にアクションカードが置いてあるうえ、アクションカードを奪いあうための体力やモンスターカード選び、適切なモンスターカードへの攻撃指示も必要。*2

 

⑥そもそものアクション・マジックカードは魔法カードなので、魔法カードの発動を封じられるとアクション・マジックカードの発動もできず、魔法カードの効果を受けないモンスターには効果がなく、当然「効果を受けない」効果を持つモンスターには、たとえ自分のカードであってもサポートできないこと。

 

 などの制限や戦略性の広さであり、何気にOCG民殺しな点である。

 代表的なメタカードは永続罠カード《魔封じの芳香》*3、速攻魔法カード《禁じられた聖槍》*4、レベル4シンクロモンスターの《魔轟神獣ユニコール》*5

 原作のアクションデュエルで実際にできることは原作遊戯王DMのTPRGじみた自由度の広さに近しいものがあり、建築物や重火器類の魔法罠は実体化する、なんなら壊れるし爆発もする、普通の戦闘破壊や効果処理をなぜか花火の打ち上げへとゲーム演出を変更できる、おまけにモンスターが料理を食べられるなど多岐にわたる。

 これらプレイヤーの判断次第で柔軟に演出変更(エンタメ)されうるゲームプレイ環境の中で、自分の身体能力と体力との戦いを続けながら、デュエルフィールド内の高所にあるかも自分の背後にあるかもわからないアクションカードを探しまわり、そのうえで手で拾わねばならず、かといって望んだアクション・マジックが拾えるとも限らない中で、モンスターと共にアクションカードを拾いに行く前提でのアクションデュエル専用戦術も事前に組まなければならないのだ。

 

 そう、実は要求される能力すべてが、完全に「自分のいる場所からは見えないボール(カード)や敵味方の選手の位置を想定・把握したうえで、サッカー(各デュエル)の基本戦術や敵チームの戦術を念頭にチームプレイしなければならない」サッカー選手の状況判断能力とおなじなのである!

 

 なお、リアルで再現するとアクション・カードの争奪戦により、プレイヤー同士が衝突するデュエル中の事故が多発しうる。できるだけモンスターに乗って移動するほうが衝突時の緩衝材の役割も果たしてくれて安全だろう。

 

 これはこれで楽しめるので、デュエル構成に自信はないが戦闘描写でも読者を楽しんでほしい、ユニコールを採用した【魔轟神】デッキで読者を笑顔にしたい、と思う遊戯王二次創作者はアクションデュエルを描写することに挑戦するのもありだぞ。

 


次回予告

自分の切り札”ビックベン―K”を召喚するために、

遊鬼の《ヴェルズ・オピオン》を乗り越えたい権現坂。

息を尽かさぬ連続召喚に、不動のデュエルで立ち向かう!

……えっ、なんで遊鬼まで熱くなってんの!?

 

比肩(ひけん)なき外套(がいとう)よ、はためけ。」

(おのれ)の逆風へ(つど)い、さあ、(とき)の声を()げよ!」

 

次回

最強(サイキョー) デュエリスト遊鬼!

お楽しみは、これからだ!

*1
デュエルディスクにセッティングして発動する。原作本編での言及はないが、魔法罠ゾーンを完全に埋めたうえでのアクションカード発動の前例はない。

*2
プレイヤーまたはモンスターへの攻撃が、そのままアクションカード獲得への妨害にできるため。

*3
アクション・マジックカードをルール上はセットができないのに、魔法カード全般をセットしなければ発動できなくさせる効果をおたがいに適用するため、おたがいにアクション・マジックカードを使えなくなる。

*4
相手の攻撃力をさげながら、アクション・マジックカードによる強化を妨害できる。

*5
おたがいの手札枚数が同じ場合に、あらゆるカード効果の発動を無効にできるため、おたがいに自分から手札枚数を増減できるアクションカードとの相性が良くも悪くも高レベル。「わざとアクションカードの近くに寄りながら、しかし自分は拾わない」などの姑息な立ち回りも可能。




 副題の元ネタは漫画・アニメ・小説【私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】から。


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最強(サイキョー)デュエリスト遊鬼!(前編)(13話目)

「……リバースカード、オープン。

 通常魔法、《化石調査》を発動。」

「化石調査?」

 

 恐竜族専用の《増援》。

 そう言っても過言ではない通常魔法カードだが、あまり舞網市では有名ではない。

 旧き遊戯王のゲーム環境において、恐竜族の歴史は古くも特徴が薄く、高い攻撃力による盤面征圧においては残念ながらもドラゴン族に見劣りする。

 質の良い戦闘力ではなく、質の良い全体攻撃や多様な展開手段で恐竜族が差別化された現代、このカードを知らない決闘者とは恐竜族を知らないに等しいが、舞網市においては恐竜族が未だ「ドラゴン族に及ばないパワータイプ」の一種でしかない。

 そんな中で、わざわざ恐竜族専用の《増援》を発動してまで恐竜族を要求するコンボを使う有名な決闘者は、残念ながら舞網市にはいなかったのである。

 権現坂昇が《化石調査》を知らないのも無理はない。

 

「……デッキから、

 レベル6以下の恐竜族モンスターを1体、手札にくわえる。

 この効果で手札にくわえられるのは、《ヴェルズ・サラマンドラ》。」

「俺のターンに、《侵略の侵喰感染》でデッキに戻したカードか!」

 

 つまり、舞網市で《化石調査》を発動する、ということは。

 舞網市では未だ開発されていない、恐竜族を活かすコンボを発明するに近い。

 

「……続けて、《侵略の侵喰感染》の効果。

 今、手札にくわえた恐竜族の《ヴェルズ・サラマンドラ》を、

 デッキの《ヴェルズ・カストル》へと書き変える…………、」

 

 その意味に、蛇喰遊鬼は気づいていない。

 たしかに彼は舞網市で可能な範疇で、かつての世界のコンボを再現してはいる。

 だが、「舞網市でもできる」と、「舞網市民が思いついて実行に移せる」は違うのだ。

 

「……さらに続けて、リバースカード、オープン。

 2枚目の通常マジック、《化石調査》。……もうわかるよね?」

「まさか、おまえ。

 そのコンボのために《化石調査》を!?」

「……『ヴェルズ』モンスターにとって。

 『特定の種族』を持ってくる魔法カードは、

 そのまま任意の『ヴェルズ』モンスターを導く万能魔法にできる。」

「…………馬鹿な。」

 

 できて当然でしょ?

 などと不思議がり、気取らず、つまらなさそうに疑問へ答えても。

 その疑問の主、権現坂昇には理解できても納得ができないのだ。

 再現可能な技術ではあれども、思いがけない発明なのだから。

 できて当然なわけがない。

 

「……デュエルの基本戦術、その極み。

 決闘者の知識がそのまま『ヴェルズ』モンスターへの強化になる。

 X(エクシーズ)召喚においての基本戦術、デュエルにおける基礎戦術。

 そのすべてを奥義に昇華する()()こそが『ヴェルズ』。

 ……ボクの大切なカード…………!」

「それほどの、カードへの義侠(ぎきょう)心、」

 

 だれにでも再現できるとしても、「思いつけない」から発明は苦難の道なのだ。

 回答方法すら明示されない問題を、ただ「ヴェルズの為に」探し求めた結果の産物。

 

「これが、『LDSの首席ではない』というのか……!?」

 

 勝利に貪欲な、これまでのLDS塾生とは何かが違う。

 技量ひとつで精神性をも察した権現坂は、少年の一挙一動に目を配る。

 

「……手札から《ヴェルズ・カストル》を通常召喚し、その効果を使用。

 通常召喚権にくわえて召喚権を獲得し、その召喚権を消費して、

 手札から《ヴェルズ・ケルキオン》を表側表示で召喚。」

 

 またもや、レベル4のモンスターが2体。

 ランク4のX(エクシーズ)モンスターは召喚可能。

 同じ動きをされれば、武道でいう「型」なのだと理解はできる。

 

「……ここで《ヴェルズ・オピオン》の効果を発動。

 最後のX(エクシーズ)素材を取り除き、デッキから『侵略』魔法罠カード、

 通常トラップ、《侵略の侵喰崩壊》を手札にくわえる。」

 

 これで、《ヴェルズ・オピオン》による呪縛は消える。

 おそらく《超重武者ダイ―(ハチ)》に装備された《超重武者シャイン・クロー》の装備状態からモンスターとしてフィールドに特殊召喚できる効果で、フィールドに《超重武者ビックベン―K》のアドバンス召喚に必要なリリース素材が2体そろい通常召喚を許してしまうためだ。

 アドバンス召喚が可能となる現状で《ヴェルズ・オピオン》による特殊召喚制限は意味をなさない。そう判断してX(エクシーズ)素材を使いきったのだろう。

 

「……《ヴェルズ・ケルキオン》の効果を発動。

 墓地の『ヴェルズ』モンスター、1体目の《ヴェルズ・ヘリオロープ》1体除外し、

 墓地の『ヴェルズ』モンスター、2体目の《ヴェルズ・ヘリオロープ》1体を手札に戻す。

 この効果を発動したターン、さらに《ヴェルズ・ケルキオン》の②の効果による召喚を行うことができる。よって2枚目の《化石調査》で手札にくわえた、

 たった1枚の《ヴェルズ・サラマンドラ》を効果で召喚する!」

 

 これまで志島北斗、蛇喰遊鬼の両名がX(エクシーズ)召喚する際に要求されるモンスターは、いずれも同じレベルのモンスター2体。しかし蛇喰遊鬼がフィールドに揃えたモンスターの数は、

 

「3体、……レベル4のモンスターが3体だと!?」

「……ああ。」

 

 これまでの観戦でも見たことがない、3体。

 光津真澄が《ジェムナイトマスター・ダイヤ》の融合召喚に要求された素材の数と同じ。

 

「やっと、君を呼べる。」

 

 エクストラデッキの一番上のカードに触れ、息を吐く。

 

「……ボクは、

 レベル4の《ヴェルズ・サラマンドラ》と、

 レベル4の《ヴェルズ・カストル》に、

 レベル4の《ヴェルズ・ケルキオン》で、オーバーレイ!」

 

 みっつの魂が渦巻き、空高く飛んで天を貫く。

 リアル・ソリッドビジョンで表現された夕焼けの空に現れた“孔”は銀河を(かたど)り、遠い宇宙の彼方から、戦い終わらぬ神風をともない冷気を放つ。

 

鼓膜(こまく)(ふる)わす叫喚(きょうかん)が、

 果てなき終焉(しゅうえん)調(しら)べとなる。(ひとみ)(くら)ませ。

 X(エクシーズ)召喚、……現れよ、そして、」

 

 銀河の渦より覗く、首がひとつ。

 黄昏の空を眺める、首がひとつ。

 大地を睥睨する龍の首がひとつ、三つ首で三界を睨む破壊の槍。

 

「我を、勝利に導け!

 ランク4!

 《ヴェルズ・ウロボロス》!」

 

 かつては《氷結界の龍トリシューラ》と呼ばれたドラゴン。

 破壊神の槍の名を抱く龍は妄念(ヴェルズ)へと身を堕とし、己を産んだ世界をも喰らう邪竜となった。

 地を這う《ヴェルズ・オピオン》を見下ろしながら、あるべき名を失ったそれは敵影を見下ろす。

 

「こ、こいつは、」

 

 残るひとつ首は、まっすぐに権現坂昇を見つめていた。

 《ヴェルズ・オピオン》の全長に勝るドラゴンは、彼の友人である榊遊矢の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》にも勝る。赤い竜とくらべて血色を感じさせない青い龍はただ、黒い鎧に蛇喰遊鬼の顔を映しながら獲物に狙いを定めていた。

 

「エクシーズ素材を取り除き、

 《ヴェルズ・ウロボロス》の効果を発動!

 1ターンに一度、三つの効果のうち、ひとつを選択して適用する!」

 

 蛇喰遊鬼の宣言を聴き、“オピオン”へ向けていた首を振り返らせる。

 

「……ひとつ、相手の墓地のカード1枚を選択して除外する。

 ふたつ、相手の手札のカード1枚をランダムに選んで墓地へ送る。

 そして、」

 

 指折り数え、蛇喰幽鬼が選ぶ効果はひとつ。

 

「……最後の、みっつ!

 相手フィールドのカード1枚を選択して、持ち主の手札へ戻す!」

「馬鹿な!?

 ということは、俺のフィールドの、

 戦闘破壊されない《超重武者ダイ―8》は!」

「当然、権現坂、君の手札へと戻される!

 選択して発動する効果は当然、《超重武者ダイ―8》を手札に戻せる効果!」

 

 己の周囲を浮遊するオーバーレイ・ユニットを噛み、呑みこもうとして、

 

「……とはいえ、君の墓地には《超重武者カゲボウ―C》がいる。

 墓地から除外し、『超重武者』モンスターへの対象を取る効果を無効にして、その効果を発動したカードを破壊する効果。このままなら《ヴェルズ・ウロボロス》の効果は無効になり、破壊される。」

 

 宣言に「待った」をかけるように続けた蛇喰遊鬼の言葉に、つい喉を詰まらせた。

 ひとつ首だけが息をできないとはいえ窒息しかける“ウロボロス”。「相変わらずせっかちだな」とでも言いたげに同胞を見あげた“オピオン”は口を大きく開くと、伏せた姿勢のまま背を伸ばす。

 己の醜態にあくびをされたと気づいたのか、“ウロボロス”の首のひとつが硬直した。

 ちょっと心が傷ついたのだろうか。

 そんな昔馴染みの交わりに興じたドラゴンらを見て、“カゲボウ―C”は頬を人差し指で掻く。

 なにやっておるのだ、こやつらは。

 

「墓地から、……もしや!」

 

 モンスターたちの困惑など気づかず、決闘者たちは対戦相手を睨みあっていた。

 

「だったらこうする。

 手札の《DDクロウ》を捨て、効果を発動!

 君の墓地の《超重武者カゲボウ―C》を除外し、『超重武者』モンスターを守る効果を発動できなくさせる!

 続けて、《ヴェルズ・ウロボロス》の効果!

 戦闘破壊されない《超重武者ダイ―8》を手札に戻す!」

 

 やっとかと喉を唸らせ、“ウロボロス”はオーバーレイ・ユニットを呑みこんだ。

 オーバーレイ・ユニットに宿る《ヴェルズ・サラマンドラ》の魂を、怨念(ヴェルズ)を燃料に、口内で噴きあがる炎をより激しく燃焼させて吐き出す。

 死体を連れ去るカラス《DDクロウ》が慌てて立ち去り、怨念の炎を避けた。

 “ダイー8”を強襲する火炎放射に“シャイン・クロー”が身を(てい)するも、主諸共(もろとも)消えていく。

 

『うそ、フィールドがガラ空きにされた!?

 このままじゃ権現坂が!』

『いいや、まだだ!

 俺は知ってる、権現坂には―――!』

 

 心配する柊柚子。信じて拳を握る榊遊矢。

 

(―――俺の手札には、《超重武者装留ファイヤー・アーマー》があった。

 だが、この効果は対象モンスターへの戦闘・効果による破壊を無効とする。

 『手札に戻す効果』にまでは対処できん……!)

 

 受ける眼差しに、権現坂昇の背は熱く(たぎ)る。

 

「……バトルフェイズ。

 まずは《ヴェルズ・オピオン》で攻撃。」

(―――だが!)

 

 (たぎ)る血潮は背筋より四肢へとわたる。

 

「このまま負ける俺ではない!

 なにより、不甲斐ないではないか!」

 

 五臓六腑の隅々にまで染みわたり、丹田より気力を(みなぎ)らせる。

 

「俺が戦闘ダメージを受けたとき!

 俺の墓地に魔法・罠カードが存在しない場合、

 手札から、

 《超重武者ココロガマ―A(エー)》を特殊召喚する!

 いでよ、《超重武者ココロガマ―A(エー)》!」

「……やっぱり!」

「我が友の居場所を、遊勝塾を!

 ほかならぬ仲間に任された手前、俺は倒れるわけにはいかん!」

 

 どれほど敵が強大であろうとも、権現坂昇は背を向けない。

 柊柚子の家を、榊遊矢の居場所を守るために戦うのだと決めた時より、すでに覚悟は終わっている。

 これはデュエル塾のひとつが潰れるか、榊遊矢の所属が変わるかという話ではない。

 エンタメデュエル、権現坂流“不動のデュエル”。

 それぞれの道を歩むものが、そのための道を見失わぬための戦いなのだ。

 

「奇遇だね、」

 

  ―――だからどうした。

 異次元よりの決闘者とて同じこと。

 大会環境における一時の勝利を目指し輝き、一所懸命に勝利と刹那の道を貫く一条の星が如き者をもいれば、愛するカードと共に勝つために研鑽を積み、さざれ石で巌を為すまで究める道を選ぶ者もいる。

 大会環境における勝敗の「ガチ」と、カードの研究をする愛好の「ガチ」。

 どちらかが劣ることはなく、いずれの道も好きだから続けられるものだ。

 そんな決闘馬鹿たちでも、己の道を一時忘れる理由がある。

 あえて忘れ、新たな自由を選べる意志がある。

 

「このデュエル、()()()()()()()()()()()

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

『―――ッ!』

 

 光津真澄は息を呑んだ。

 敗北さえも成長の糧と割り切る蛇喰遊鬼。強く喜べるものは決闘者の成長だけ。

 その彼に「勝ちたい、負けが悔しい」と思わせる原因が少女にあるとまで、彼が言わしめたのだ。

 光津真澄の気持ちに応えたい、だから叶わず負けるのが悔しい。

 

「……っ!

 それが貴様の、いや、おまえの仁義か!」

「…………”そういうの”じゃないんだけどな。」

 

 これが意味する蛇喰遊鬼の気持ちに気づけない彼女ではない。

 ぺたりと床に座り込み、ただ少年を見つめていた。

 


今日の最強カード

・《ヴェルズ・ウロボロス》

 「ヴェルズ」X(エクシーズ)モンスターのうちの一体。

 《侵略の汎発感染》の恩恵を受けられる最高攻撃力のモンスター。

 手札・場・墓地に干渉する効果を持つものの、いずれの効果にも比較対象として上位互換となるモンスター、汎用性や自由度の高い魔法罠カードがあり、それらと比べれば《侵略の汎発感染》の効果で魔法罠による妨害を無視して効果を発動できるとはいえ、これ単体ではそれらの代替物になれるかどうかといったところ。

 必要な素材もレベル4モンスターが3体とゆるいことはゆるいが消費するカード枚数が多い。

 あえて語られがたい強みを挙げるとすれば、

 

X(エクシーズ)素材を2つ以上保持しやすく、X素材の数に関するカードの恩恵を受けられる

②「3体以上を素材とするX(エクシーズ)召喚」に関する効果の恩恵を受けられる

③一部の魔法罠カードで消費枚数を抑えてEX(エクストラ)デッキから呼び出せる

④汎用性あるカードと異なり、メインデッキを圧迫せずEXデッキに採用できる

⑤一度に複数の「X素材に使われた場合」の効果を持つX素材の効果を受けられる

 

 という点であり、遊戯王のカードの中では一癖ある強みであること。

 汎用性あるカードと異なり、禁止制限やドローに左右されないため④が活かさせる場合が多く、このカードを出しやすいデッキは総じて【光天使】デッキのような①②⑤も同時に満たしやすいデッキであるためか、上位互換ながらも属性や種族が異なり攻撃力が2000と低めの《塊斬機ラプラシアン》とは別の運用をする前提で古参のX(エクシーズ)使いが採用することもある。

 とはいえ通常の【ヴェルズ】デッキでレベル4モンスターを3体も場に用意するなど簡単なことではなく、採用されるとしても④を意識した運用である。

 

 かなり特殊なゲーム環境ゆえに「ナンバーズ」Xモンスターの所持または採用ができないか、上記の強みを意識しないかぎりは【ヴェルズ】デッキにおいて採用するのも呼び出すのも、活躍させるのも一苦労がいるだろう。




 デュエル部分がとんでもなく長くなったので分割します。


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最強(サイキョー)デュエリスト遊鬼!(後編)(14話目)

「俺の《超重武者ココロガマ―A》は特殊召喚に成功したターン、

 このカードへの戦闘や効果による破壊をすべて、無効とする!*1*2

 

 権現坂流“不動のデュエル”。

 それは決闘中の油断や慢心を招かぬ、無駄な動きをしないデュエル。

 わかりやすい盤面征圧ではなく、対戦相手にとって非公開情報である手札を残し、墓地には相手ターンでも効果を発動できるカードを置き、盤面以外を満遍なく堅牢にする。

 なまじ強力な効果を持つがゆえに突破されれば戦線維持できず次がない、というカードや戦略に依存するわけではない権現坂昇のデュエルは、異次元人ながらも舞網市民と変わらぬ出自ゆえに特別なカードを使えない蛇喰遊鬼にとって戦いにくい形勢を作りあげていた。

 

「ましてや守備表示、俺にダメージは通らん!

 さあ、どうする!?」

「……バトルフェイズを終了。

 ボクはカードを1枚セットし、ターンエンド。」

 

 権現坂昇の「超重武者」カードは総じて、手札や墓地から効果が発動される「超重武者装留」カードを一時(いっとき)装備カードとして扱いながら、なんらかの効果処理で墓地に送ることが多い。

 彼の手札に非公開情報が増えれば増えるほど、どんな「超重武者装留」カードで「超重武者」モンスターを補助して殴りかかってくるのかが読みきれなくなるのだ。

 ましてや遊戯王OCGにおける公開情報とは相手の墓地や除外状態のカードを含むものの、舞網市のデュエルにおける公開情報とはデュエルディスクでテキストの確認ができる範疇のカードを指す。

 場の永続魔法や装備魔法の効果を確認できても、場に出されることもなく効果も発動させずに墓地へと送られたカード効果までは確認できないのだ。

 

「俺の、ターンッ!」

 

 よって、相手の立ち回りの合間を狙って、場に出されたカードのテキストを熟読するしかないのだが、ここでアクションデュエルならではの課題点が浮上する。

 アクションカードを拾いに行けば、その間はデュエルディスクから目線を離してアクションカードを探し回ることになり、相手のカードさばきを視認できなくなってしまう。

 権現坂昇のデュエルを警戒するならばデュエルディスクから目を離せないが、アクションカードによるアドバンテージを得ようとすれば権現坂昇のカードさばきを把握しきれない。

 

「俺の墓地に魔法・罠カードが存在しない場合、

 俺は手札から、

 《超重武者装留ダブル・ホーン》を、

 《超重武者ココロガマ―A》に効果で装備し、効果を発動できる!

 装備された《超重武者装留ダブル・ホーン》を武装解除し、俺のフィールドにモンスターカードとして特殊召喚できる! 俺は守備表示で特殊召喚する。」

『これで、フィールドにモンスターが2体!』

『いっけえ、権現坂!』

 

 この点において、アクションカードを拾わずに墓地へ魔法・罠カードを置かぬ権現坂昇のデュエルは、アクションカードに目を奪われることなく対戦相手と盤面を直視し続ける、己の視線さえも不動をつらぬく心技体のうち心技を備えたデュエルなのである。

 さながら寺院へ近づく参拝客を睨む仁王像。

 この舞網市において、異次元人の慣れ親しんだ大会環境でのカードテキストの確認に最も近い視野を権現坂昇という男はデュエルディスクにおける公開情報の機能限界をも活かして体得したと言えよう。

 

「……リバースカードは、発動しない!」

『そうか、遊鬼の《侵略の侵食崩壊》は、

 フィールドの「ヴェルズ」モンスター1体を代償に、相手フィールドのカードを「2枚」手札に戻す効果! でも、権現坂とかいう彼のフィールドのカードはどれも、』

『相手ターンに特殊召喚したカードと、装備魔法扱いで場に出せるカードか!

 アドバンス召喚に成功すれば、今度は場のカードが「1枚」だけ!

 あの野郎、気づいちゃいねえだろうが、

 遊鬼に対処しづらいコンボを使ってやがる!』

『……遊鬼。』

 

 権現坂昇がカードさばきを止めるまでは、すなわち対戦相手が権現坂昇の盤面から目を逸らしていい無駄な言動、余計な隙を権現坂昇が作ってしまうまでは、生まれが舞網市民とは呼べぬ異次元人の蛇喰遊鬼とてアクションカードを拾いに行けないのだ。

 そのうえでの今の立ち回り。

 とてもではないが、「権現坂昇のターン中にアクションカードを拾えばいいじゃん!」などと気軽に思えるような対戦相手などではなく、見逃したカード1枚で何をされるのかが読みきれない。

 カードではなく、権現坂昇という人間の戦術家としての強さゆえに。

 

「さあ、今度こそ!

 俺はフィールドの、

 《超重武者装留ダブル・ホーン》と、

 《超重武者ココロガマ―A》を、リリース!」

 

 よって蛇喰遊鬼は許容するほかなくなってしまう。

 

「いざ出陣!

 《超重武者ビックベン―K》!」

 

 最上級モンスターのアドバンス召喚を。

 権現坂昇の切り札となる僧兵が現れてしまったのだ。

 

「このカードは召喚・特殊召喚に成功した場合、

 表示形式を変更することができる。

 俺は『表側攻撃表示』でアドバンス召喚を行った。

 よって、《超重武者ビックベン―K》を表側守備表示とする!」

 

 軽く座り込むだけで地面を鳴らすほどの重量を誇る、レベル8のモンスター。

 数多の武器を背負って龍を睨む姿は、戦友を守るべく立ちはだかる権現坂昇の現身か。

 

「このままバトルフェイズ!

 《超重武者ビックベン―K》が俺のフィールドに存在するかぎり、俺の『超重武者』モンスターは表側守備表示のままで攻撃宣言を行える!

 その際の『超重武者』モンスターの守備力は、

 ダメージ計算の間でのみ『攻撃力』として扱う!」

 

 地を殴り砕き、その衝撃波により飛び散る石の散弾で龍を狙う僧兵“ビックベン―K”。

 

『《超重武者ビックベン―K》の守備力は3500、』

『ってことは、……攻撃力3500でバトルできるの!?』

『痺れるゥ~!』

 

 子供たちの驚嘆と歓声。

 黙して応援しないLDSの面々と比べて、なんと蛇喰遊鬼のアウェイなことか。

 まるで味方がだれ一人もいないかのようである。

 

「ゆけ、《超重武者ビックベン―K》!

 やつの《ヴェルズ・ウロボロス》を攻撃!」

『……遊鬼っ!』

「…………ダメージ計算前。

 リバースカード、オープン!

 通常トラップ、《ライジング・エナジー》!」

 

 否、ひとりだけいた。

 たったそれっぽっちの応援のために、少年は気を奮い立たせる。

 

「このカードは、手札を1枚捨てて発動できる。

 効果対象モンスターの攻撃力をターン終了時まで、

 1500ポイントアップする!

 ボクは手札からアクション・マジック《回避》*3を捨てる。

 効果対象は当然、《ヴェルズ・ウロボロス》!」

 

 気合を入れられた邪竜も昂り、眼前の愚かな僧兵を喰らわんと牙を晒す。

 いつぞやの氷原のうえでの戦いでも思い出したのか、僧兵を見る目は怒りに満ちている。

 過去の亡霊に囚われ曇る同族の眼に、地を這う“オピオン”は呆れて首を振った。

 

『これで攻撃力が、……えっと、』

『いくつだこれ?』

『4250よ。

 ……なによ、その顔。簡単な計算じゃない。』

『端数の“50”がめんどくせえんだよ!』

『(えっ、真澄(きみ)、遊鬼相手のダメージ計算、慣れてるの……?)』

 

 ある意味では、観察眼において志島北斗も刀堂刃も目が曇っていた。

 戦況を把握しようと努める観客がいるからといって、その目線があっても「応援されている」と選手が納得できるわけではない。選手からすれば観戦はされていても応援はされていない。

 対戦相手と比べれば己の活躍を期待されていない、待ち望まれていない、共に悲しんでも喜んでもくれないとなれば、よほどのゲーム愛好家や冷徹なプロでなければ孤独に精神が耐え切れず、プレイングミスや意気込みの減退を招きかねない。

 彼らには競争主義のLDSならではの問題点、観客からの声援を知らない経験のなさがあった。

 それらとまったく似た状況で自分が意識する相手に応援されたとあれば、たとえやることが変わらずとも気合の入れようは変わる、やれる気力は増やせるというものである。

 遊鬼に応援された真澄然り、真澄に応援された遊鬼然り。

 男や女が単純というより、人間は単純なのだ。

 

 どうしようもない単純さ以上に、男女間の情緒が強すぎるだけで。

 

「ならば、今使うしかあるまい!

 俺の墓地に魔法・罠カードが存在しないことで、

 手札から《超重武者装留バスター・ガントレット》を発動!

 俺の場の『超重武者』モンスター、《超重武者ビックベン―K》の守備力をターン終了時まで、元々の守備力の倍の数値とする。これにより、俺の“ビックベン―K”の守備力は3500から、

 2倍の守備力、7000へと上昇するッ!」

「《ヴェルズ・ウロボロス》を越えた!?」

 

 投石の類など我に通じぬと突貫する“ウロボロス”めがけて、ガントレットを装備した“ビックベン―K”が即座にガントレットをミサイルとして発射する。

 そんなの我知らんと顎を外した邪竜の顔面に叩きつけられる、故郷の異星では見覚えなどあるわけがないロケットパンチ。どこかの(しん)精霊(しょうれい)が親指を立てて僧兵を讃える幻覚すら邪竜には見える。

 ああ言わんこっちゃない、こいつすぐ調子に乗るからと顔をしかめる相方(オピオン)に、無限の名を持っていたはずの邪竜のわずか2ターンに渡る活躍は見届けられた。

 

『ビックベン―Kの守備力が7000になって、

 相手の攻撃力は4250で、戦闘ダメージが……えっとぉ……?』

『2750。こんな計算もできないの、師匠(遊矢)

 先に端数を気にするから、ワケわかんなくなるんだよ。』

 

 ちょうど《ヴェルズ・ウロボロス》の攻撃力と同値のダメージ量である。

 自分の力をそっくりそのまま受け止めた邪竜の無念がいかほどのものかはともかく、見慣れない高い攻撃力と守備力のぶつかりあいに落ち着いて計算できない榊遊矢を見る紫雲院素良の目は冷ややかだ。

 もっとも実質攻撃力7000の守備力を得たモンスターと、一時であれ祖国における最大級の融合モンスターの攻撃力に届きかけるほどの瞬間火力を得たモンスターの衝突を見て、さすがの素良も興奮しないわけではない。「やっぱり師匠の周りのデュエルも見飽きないな」と内心歓喜してさえいる。

 

「……仕留めそこなった。」

「俺の《超重武者ビックベン―K》は倒れん。」

 

 わいのわいのと観客も精霊も盛りあがるなか、当の決闘者たちは冷静だった。

 

(…………だが、俺の手札は。

 すでに残り『3枚』。)

 

 《超重武者ビックベン―K》。

 《超重武者装留バスター・ガントレット》。

 《超重武者装留ダブル・ホーン》。

 《超重武者ココロガマ―A》。

 《超重武者カゲボウ―C》。

 これら以外の、いまだ発動できぬ手札の《超重武者装留ファイヤー・アーマー》、いちどは“カゲボウ―C”の効果で特殊召喚した《超重武者ダイ―8》、“ダイ―8”の効果でデッキから手札にくわえて装備し墓地に送られた《超重武者装留シャイン・クロー》を除けば。

 

 権現坂昇が手札から消費したカード枚数は、初期手札とおなじ『5枚』。

 

 うち《ヴェルズ・ウロボロス》で手札に戻った《超重武者ダイ―8》をくわえ、これまでに行った通常ドロー『2枚』ぶんで、ちょうど権現坂昇の手札『3枚』と場と墓地のカード枚数の合計が等しくなる。

 なんらかの方法で《超重武者ビックベン―K》をフィールドに維持できなければ、いや、あとで手札の《超重武者装留ファイヤー・アーマー》により維持できたとしても、たった1250の戦闘ダメージか効果ダメージで通ってしまうだけで、権現坂昇は敗北する。

 かろうじて蛇喰遊鬼に《超重武者装留ファイヤー・アーマー》を得たと気づかれていないとはいえ、手札の通常ドロー『2枚』ぶん以外は場も墓地も手札も正体を晒しており、手札を1枚でも使えば権現坂昇の守りが手薄になる。もはや余力はない。

 《超重武者ビックベン―K》の高い守備力のおかげで、かろうじて生き延びている。

 こうも絶体絶命の苦境であればこそ、なおさらアクション・マジックを取りに行くことは舞網市のアクションデュエルの基礎戦術、だれもが知る王道の戦術なのだが、

 

(……俺は、無駄に動かん。)

 

 男、権現坂はちがう。

 アクションカードに依存せず、最後まで「権現坂流“不動のデュエル”」を貫く。

 権現坂道場が跡取り息子にして、この権現坂昇とおなじく父親のデュエル「エンタメデュエル」の後継者たる少年、()()()()()であるならば、

 

(……ヤツの目。)

 

 彼らにとっての敗北とは、「デュエルに負けること」などではない。

 

(確実に、なにかを仕掛けてくる!)

 

 己の流派の理念を。

 己の誇りであり、揺るがぬ親子の絆でもあるデュエル道を。

 すなわち、()()()()()()()()()()()()()()

 権現坂道場での、長きに(わた)る精神修練。

 榊遊矢を誹謗中傷から守る為に得た、人間性への審美眼。

 男、権現坂昇を権現坂昇あらしめるすべてが。

 

「俺はこれで、ターンエンドだ!」

「……っ!?」

 

 少年、蛇喰遊鬼の罠を読んだ。

 通常トラップカード、《侵略の侵喰崩壊》。

 効果は(小声で)LDSの塾生たちが語ったように、自分フィールドの「ヴェルズ」モンスターを犠牲とすることで、相手の場のカードを2枚手札に戻す効果。

 そう、『2枚まで』、ではなく、『2枚ちょうど』を。

 今、権現坂昇のフィールドには、

 

『権現坂!?』

『うそでしょ、「超重武者装留」カードは!?

 なにか装備しないの? ねえっ、権現坂!?』

 

 モンスターである《超重武者ビックベン―K》の『1枚』しかない。

 であれば、『2枚』なければ発動できない通常トラップ《侵略の侵喰崩壊》の効果を受けない。蛇喰遊鬼の罠に囚われることはない。

 

「うろたえるな!」

 

 決闘者(デュエリスト)の直感か。

 警戒を解かない蛇喰遊鬼を見て、男、権現坂は動かない。

 

「この男、賭博で番を譲られただけはある。

 いたずらにモンスター効果をもてあそび、

 《超重武者ビックベン―K》を突破するような軽い男などではない!」

 

 (いな)、彼の慧眼(けいがん)は、蛇喰遊鬼の策略を上回ったのである。

 さきほどの《ヴェルズ・ウロボロス》、もしも似た効果で攻撃力が劣るX(エクシーズ)モンスターであった場合、いくら《ライジング・エナジー》で攻撃力を増強しても守備力3500である《超重武者ビックベン―K》との戦闘を行えば、間違いなく逆襲される。

 よくて相討ち。だが権現坂昇の手札には、守備力を倍加するカード《超重武者装留バスター・ガントレット》があるので相討ちにならず、受ける戦闘ダメージ3500前後の次第によっては、蛇喰遊鬼の残りライフが風前の灯火となる。

 X召喚するカードが悪ければ、あの瞬間に彼の敗北は確定してしまうだろう。

 いちおうは攻撃を無効とするアクション・マジック《回避》を拾っていたとはいえ、そちらを発動する場合では権現坂昇に《超重武者装留バスター・ガントレット》などを使わせられずにターンを跨ぐ。

 

 すなわち、権現坂昇の手札を減らせない。

 

 確実に《超重武者ビックベン―K》を戦闘破壊し、権現坂昇の手札を1枚でも多く使わせるためには、あの瞬間に防御たる《回避》を捨てて《ライジング・エナジー》で反撃するしかないと踏んだのだ。

 元より権現坂昇が《超重武者ビックベン―K》で突破できなければ、あのまま蛇喰遊鬼は《ヴェルズ・ウロボロス》で権現坂昇の手札も墓地も奪う算段だったのであろう。

 であれば、《ヴェルズ・ウロボロス》をみすみす相手に倒させるなど、ましてや《ヴェルズ・ウロボロス》以外をフィールドに出すなど言語道断。

 

(―――あの殺陣(たて)は間違いなく、意図的なもの。

 俺へ、『逆転の一手(ドロー)なぞ許さぬ』と、立ち向かったのだ。)

 

 権現坂昇はそう読み取った。

 ましてや、眼前の男は「相手を不動に陥れるデュエル」の使い手。

 こちらが無駄に動けば動くほど、着実に盤面の差を埋めてくるはず。

 

「俺を信じろ。

 男が『ターンエンド』と決めたならば、二言(にごん)などない。」

「…………ぉ、ォ!?」

 

 絶句。

 蛇喰遊鬼は血の気を(たかぶ)らせた。

 もはや、心の中でいたずらに権現坂昇を語るなど不要。

『権現坂昇は権現坂流“不動のデュエル”の継承者である。』

 これで充分だ。不動のデュエルが何たるかなどの定義の問題ではない。

 己の戦いのロードを手放さず、今は(ただ)、交錯するデュエルに全力を注ぐ。

 

「……そのエンドフェイズ!

 場の《侵略の侵喰感染》の効果で、手札の《ヴェルズ・ヘリオロープ》を手札に戻し、デッキの『ヴェルズ』モンスター、《ヴェルズ・ケルキオン》を手札にくわえる。

 もう憶えたよな、これで再びX(エクシーズ)召喚が狙えることを!」

「ぬうっ……!」

「ボクのターン、ドローッ!」

 

 決闘者(デュエリスト)(ただ)、それだけでよい。

 蛇喰遊鬼は「ヴェルズ」モンスター使いである。

 LDSなる枠組みに感動などない。

 OCGを騙る現実主義に熱狂などない。

 網膜を焼く熱量を乞い、憧憬により(うごめ)くもの。

 決闘者(デュエリスト)にだけ興味がある。本物を探す未練(ヴェルズ)

 あらゆる決闘者(デュエリスト)の情熱を求める、彷徨える亡霊。

 

「いくよ。」

『――――ッ!』

 

 あるじの魂の冷気に従い、《ヴェルズ・オピオン》は地を這う龍でありつづける。

 決闘(デュエル)の破壊を。

 決闘(デュエル)への破滅(敗北)を!

 決闘(デュエル)への終焉(勝利)を!

 終わらぬ滅びたるヴェルズをもって、終わらぬ成長と戦いを望む主に仕え。

 異次元の決闘者と異星の精霊は今、デュエル・フィールドを駆ける竜騎兵となった。

 

『――――ッ。』

『え? オッドアイズ……?』

師匠(遊矢)

 どうしたのさ?』

『あ、ああ、いや! なんでもない!

 (カードの気持ちが伝わるとか、言っても変だしなあ。

  柚子とか、権現坂は(わら)わないでくれるけども……。)』

 

 かの《覇王龍ズァーク》の悲嘆とは似て非なる、情熱を乞う飢餓。

 かの“未来王Z-ONE”をして、最も純粋で危険と指した“赤帽子の男”に近しい。

 相手や精霊が傷つく決闘を忌避する榊遊矢(“ズァーク”)とは異なり、自分や精霊が傷つこうとも、共に傷つく過程にこそ意義と浪漫と情熱を求めていた。

 

「……()()()()()()()()()。なら!

 《ヴェルズ・ケルキオン》を通常召喚。

 効果発動、墓地の《ヴェルズ・ウロボロス》を代償に、

 墓地に眠る《ヴェルズ・ケルキオン》を手札にくわえる。

 これにより、場の《ヴェルズ・ケルキオン》は、通常の召喚とは異なる『効果による召喚』を行う効果が発動可能となる。」

 

 心の熱きだと言えば粋な話だが、切望は最期までは叶わなかったと言えば別。

 勝利のために現実を選び、効率だけを尊び、憧憬を捨てる。

 己の原点への諦観をもってして勝利を得る異次元世界の大会環境において、最後の現実への抵抗がサイドデッキへの最愛のカードの投入であれば、新規の強豪カードを愛した良縁恵まれし決闘者がいたとしても、憧憬は過去ゆえに現在が叶えてくれるわけではないのだ。

 夢破れた熱量は、現実を呪うように「変えたい」と望む冷徹と執着に変わっていた。

 

「……続けて、場の《侵略の侵食感染》の効果。

 手札の《ヴェルズ・ケルキオン》を戻し、

 デッキの《ヴェルズ・カイトス》を手札にくわえる。」

 

 夢ある現実を待つ娯楽など、夢である義務を他人に要求して強いるだけの「なにもしない」娯楽など娯楽ではない。()()()()()()()と周囲へ命じるに等しい。

 いっそ、憧憬の同志と共に叶えるべきだ。よって彼もそのようにする。

 同志との集いをもってして、同志との決闘の間だけでも理想を現実にした。

 だが、強さを最善とする部外者にとって、集いは弱者の巣窟でしかなかった。

 どれだけ腕を磨いても、日が暮れても飽きず決闘に明け暮れても、結局は運営公式が新規カードを刷らなければ、決して強さで無関係な部外者を認めさせることなどできない。

 過程を、物語性を積み重ねても、もはや舞台劇も同然。

 劇場の外にある現実では、人間性の感情を楽しませる物語性よりも結果だけが尊重される。

 娯楽を充実させる技術やパフォーマンスの研鑽ではなく、娯楽で合理的に勝利する楽しみばかりが喧伝される。舞台の外を見渡してみれば、原作の台詞など悪ふざけでしか聞かなくなってしまった。

 

「……、あぁ、」

 

 口惜(くちお)しくも。

 「ひとそれぞれの遊び方」なんて言葉で頷く良識人など、現実多くはない。

 本気で大会環境での刹那の栄光へとめがけて心輝く決闘者とて、そう出会えるものではない。勝負事は相手が嫌がることをできてこそ強く、対戦相手への良心やリスペクトのかけらもなければカードへの愛着もない半端な実力者ほど初心者も古参も出会いやすい。

 映像記録に残りがたいカードゲーム界隈ほど、己の悪意や浅はかさへの後悔がないプレイヤーに出会いがちなのだ。原作もゲームも愛する被害者が大会環境から離れ、ゲーム環境を嫌い、いつしかゲームそのものを坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに「くだらない遊び」と唾棄するのも避けられなかった。

 かくしてゆっくりと、カードゲーム界隈は縮小していく。

 

 憧憬は過去へ。研鑽は未来へ。

 されども刹那の輝きにも劣る刹那の快楽は、愛された物語ごと時間を貶める。

 原作を熱く語る憧憬の士はどこにいるのだろう。舞網市に現れる前から彼は、決闘者と呼べた誰かとの記憶だけを頼りに、ただ憧憬と研鑽を続けるだけの亡霊になっていた。

 

「……ここで、場の《ヴェルズ・ケルキオン》の効果を発動。

 『効果による召喚』を行い、《ヴェルズ・カイトス》を召喚する!」

「これで、レベル4のモンスターが2体……!」

 

 かの無念は、敗北を恐れて覇道を求めた四天の竜とは真逆。

 憧れた未来(デュエル)への道を求め、“意義や浪漫ある現在”を求めていた―――

 

「……これで、手札は2枚。いいや、」

 

 浪漫と意義には舞台を問わない。

 通常のデュエルでも、アクションデュエルでも変わらない。

 たとえ、地面の上や枯れ木の枝の間などにおたがいが使えるカードを散らばらせ、デュエル中であれば何度拾って使ってもよい、という通常のデュエルにあらざる要素に勝負が左右されるとしても。

 

「アクション・マジックを拾うことで、3枚。」

 

 ()()()()()()が求められるのであれば、()()()()()()に応じて、己のカードと共に勝つ。

 ましてや、憧憬や研鑽では得られないものが。

 たったひとりの少女からの応援(きずな)が今、ここにあるのだ。

 

 こいつに負けてなど、やれるものかよ。

 

「……手札から通常魔法、《手札抹殺》を発動します。

 お互いのプレイヤーは、すべての手札を捨て、

 捨てた枚数分だけドローできる!」

「ならば、……()()だ!

 俺の墓地に、魔法罠カードが存在しない場合!

 手札の《超重武者装留ファイヤー・アーマー》は発動できる!

 このカードを捨て、このターンの間、戦闘を行う《超重武者ビックベン―K》の守備力を800さげることで、あらゆる破壊を無効とさせる!」

 

 権現坂昇は動いた。

 《手札抹殺》の効果が適用されるよりも前に、相手のカードによって捨てられる前に発動する。

 新しくドローできる枚数は減るが、《超重武者ビックベン―K》を破壊から守れる。発動しなければドロー枚数が1枚増えるが、たった1枚に目をくらませてはいけない。

 

「ボクは2枚捨て、2枚ドロー!」

「俺は、1枚捨て、1枚ッ……ドロォォーッ!」

 

 ドローするカードに《超重武者装留ファイヤー・アーマー》と似た効果のカードを引きこめるか否か。

 引きこめたとしても、結局は1枚のカードを使ってしまう。2枚のドローに運を任せるよりは手札にある1枚で確実に防いだほうがよい、そう権現坂は判断した。

 

「……よし。

 手札から通常マジック、《忍び寄る闇》を発動。

 ボクの墓地から闇属性モンスターを2体除外し、デッキからレベル4の闇属性モンスターを1体、手札にくわえることができる。除外するモンスターは、

 《ヴェルズ・カストル》と、《ヴェルズ・サラマンドラ》。

 手札にくわえるカードは、

 二枚目の《ヴェルズ・カストル》!」

 

 眠れる骸よりヴェルズは(あふ)れ、デッキを侵食してまで新たな死者を呼び起こす。

 異星の精霊界にて伝説に語られる災害が災害たる所以(ゆえん)。死者が生者を殺めて死者を増やし、うごめく死者を眠らせても骸が無念から邪念を生みだし、邪念ひとつで新たな怨霊を作り出す。

 もはや伝染病。腐敗する肉を栄養源に繁殖するウイルスがごときもの。

 

「……ボクは、

 レベル4の《ヴェルズ・ケルキオン》と、

 レベル4の《ヴェルズ・カイトス》でオーバーレイ!」

 

 すべては生への執着、現世への妄執、世界の滅びを求める邪念のため。

 生きながらにして邪念の病に蝕まれる“ケルキオン”は杖を掲げ、新たな命を編みださせる。

 

『相手の守備力は3000。足りないものは攻撃力。

 でも、あのフィールドと今の手札なら「あっち」を出したほうが、

 ……遊鬼の手札にだって《ヴェルズ・カストル》が、』

 

 光津真澄は知っている。

 敵陣がひとりだけならば問答無用で勝てる「ヴェルズ」モンスターを知っている。

 しかし、権現坂昇が心変わりを起こしてアクションカードを拾いに行くかもしれない、そう疑るLDSの塾生としての知識と経験、蛇喰遊鬼とのデュエルの思い出ゆえに、その「ヴェルズ」モンスターの効果を無効にされて無防備を晒す可能性はゼロではないとも気づいている。

 であれば、なるほど必要なものは効果の対象を取らず、あの高い守備力を上から殴り倒せる攻撃力なのであろうとも納得はできている。それでも、どんなモンスターを出すのかがわからない。

 

『いえ、「戦士族」モンスターが、……1体?

 彼が気にしなきゃならない()()()って、……あっ、…………っ!』

 

 なにを想い至ったのか、真澄は目を見開く。

 LDS塾生の中でも、最高の攻撃力を誇るモンスター。

 その名前は「ヴェルズ」ではなく、「セイクリッド」でもなく。

 当然ながら、「Xセイバー」ですらない、もっと別の名前を持つ。

 

「……ボクは、

 レベル4の《ヴェルズ・ケルキオン》と、

 レベル4の《ヴェルズ・カイトス》で、オーバーレイ!」

 

 蛇喰遊鬼が超えたかった攻撃力の持ち主は。

 今ここで座り込んでいる、ひとりの少女の「ジェムナイト」カード。

 

「……現れろ、ランク4!

 比肩(ひけん)なき外套(がいとう)よ、はためけ。

 己の逆風へ(つど)い、さあ、(とき)の声を()げよ!」

 

 蛇喰遊鬼の決闘を観戦し、応援した光津真澄のカード。

 たったひとりの真のエース、《ジェムナイトレディ・ブリリアントダイヤ》。

 ()()()()を超えるため、彼が採用を考えたモンスターの名前は、

 

「エクシーズ召喚!

 これぞ最強(サイキョー)《ズババジェネラル》!

 

 未来都市に住まう希望の決闘者が使いこなしたカードのひとつ。

 斬撃のオノマトペを冠した将軍は今、背に仲間を携えて立ちあがる。

 

「……X(エクシーズ)素材を取り除き、効果を発動!

 1ターンに一度、手札の戦士族モンスターを装備する。

 ボクが装備状態にするモンスターは、《ヴェルズ・カストル》。」

 

 やがて星の戦士の亡霊“カストル”が並び立ち、将軍の剣に異星の力を託す。

 

「……戦士族モンスターが装備状態であるとき、

 自分の効果で装備状態である戦士族モンスターの攻撃力ぶん、

 《ズババジェネラル》の攻撃力はアップする!

 元々の攻撃力2000に《ヴェルズ・カストル》の攻撃力1750をくわえた、

 攻撃力3750だっ!

「馬鹿な!

 俺の“ビックベン―K”を超えた!?」

 

 武装携え立ち向かう僧兵へと睨みを利かす、階級の名に恥じぬ一将軍。

 

「……最後にリバースカード、オープン。」

「むう、最初のターンから伏せていたカードか……!」

「装備魔法、《ジャンク・アタック》! このカードを、

 君の、《超重武者ビックベン―K》に装備する!」

「なんだと?」

 

 将軍に目を奪われた僧兵へと押しつけられた、新たな武装。

 わけもわからず背に増えた重みに意識を奪われかけ、はっ、と目を見開き、敵軍の将へと視線を戻す“ビックベン―K”。LDSで再現された異次元の力と異星の力、ふたつをあわせた大剣をゆるりと持ち上げ、“ズババジェネラル”がにじり寄る。

 

「バトル!

 《ズババジェネラル》で、《超重武者ビックベン―K》を攻撃!

 このターンは戦闘で破壊されないとはいえ、

 攻撃力3750と守備力3000なら、750の戦闘ダメージは通る。

 受け取れ、権現坂昇ッ!」

此方(こちら)のライフは1450、

 700ポイント、俺のライフが残る……!」

 

 些細なダメージ。

 されども剣戟は重く、わずかに“ビックベン―K”が押され地に軌跡を刻んだ。

 

「……バトル続行!

 《ヴェルズ・オピオン》で《超重武者ビックベン―K》を攻撃!」

「なにッ!?

 其方(そちら)の攻撃力は2550。

 此方(こちら)の守備力は(いま)だ3000、一体なにを……!」

 

 “ビックベン―K”の効果により、守備表示で戦闘しても“オピオン”は戦闘破壊できる。

 仮に効果を無効にされていても、守備力が上回るかぎり戦闘では破壊されず、無駄に蛇喰遊鬼がダメージを受けるだけになってしまう。アクションカードによる攻撃力の増強をしないと意味のない攻撃。

 このとき、権現坂昇は理解が追いつかず、デュエルディスクの確認を怠ってしまった。

 

『これで遊鬼のライフは、1250から、ええと、

 ……800か。やっとキリのいい数字になったよ……うん?』

『ん? どうした、真澄。』

 

 不思議そうに同じ塾生を見つめる男子ふたり。

 LDSの威信、恩師への敬意をめぐった勝負でもあった以前までの決闘では知り得ない想いを胸に抱き、感極まった真澄は立ちあがることもできぬまま、少年を見つめ、見守り、

 

『~~~っ!

 やりなさい、おねがい、やって、遊鬼っ!』

 

 叫ぶ。

 光津真澄のためだけに用意されたカードで、光津真澄のために勝とうとする。

 そんな少年へと気持ちを伝えるには言葉ひとつでは足らないが、応援ひとつでなら、と。

 心だけでも蛇喰遊鬼のそばにいようと、恋する少女は言葉足らずに想いを叫ぶ。

 

「この瞬間!

 《ヴェルズ・オピオン》を破壊したことで!

 《超重武者ビックベン―K》に装備された、《ジャンク・アタック》の効果発動!」

 

 応える彼の狙いは、かつて光津真澄を打ち負かしたコンボと似て非なるもの。

 連続攻撃できる《カチコチドラゴン》のようなモンスターで、いちどに複数体のモンスターを戦闘破壊した後のダメージ量を増幅するのではなく、

 

「装備モンスターが戦闘でモンスターを破壊し、墓地に送った時!

 墓地に送られたモンスターの『元々の攻撃力』の半分の効果ダメージを、この装備魔法をコントロールしているプレイヤーから見て相手に、権現坂に与える!」

 

 己の肉を切らせて敵の骨を断つ、自爆特攻で《ジャンク・アタック》の発動条件を強引に満たすというもの。元々の攻撃力が端数により高めで仲間を並べやすい「ヴェルズ」モンスターだからこその賜物だ。

 さらに、X召喚できる「ヴェルズ」モンスターの攻撃力もまた高い。元となったS(シンクロ)モンスターの攻撃力よりも端数分上回り、ランク4のXモンスターの中でも高い数値を誇っているのだ。

 その半分が些細な数値に収まるはずもない。

 

「戦闘で破壊された《ヴェルズ・オピオン》の攻撃力は2550。

 その半分は当然、1275ポイントだ!」

『権現坂のライフは700!

 これが通ったら、……権現坂っ!』

 

 砕かれた血肉から零れ出る邪念。

 宿主の意志を写し取るヴェルズは朽ちる“オピオン”の分身となった。

 

「死者の無念(ヴェルズ)は滅びない。

 肉体を失おうとも、魂ひとつで喰らいつく。

 ……行こう、《ヴェルズ・オピオン》!」

 

 ヴェルズは昂る。

 死せる精霊の声なき声、音なき悲鳴や怒号を取り込み、無念ゆえの執着に従い。

 “オピオン”の意志に染めあげられ、“オピオン”そのものとなり、

 

「権現坂へ!

 《ヴェルズ・オピオン》の魂で!

 ダイレクト・アタック!」

 

 取り込んだ死霊の討たんとした敵軍の将をめがけて、喉元へと飛びかかった。

 

「……見事(みごと)だ。」

 

 権現坂昇は感嘆を零す。

 蛇喰遊鬼の抱く、デュエルへの貪欲な姿勢。

 愛されたモンスターが放つ、主君への忠義あるからこその気迫。

 たった1回の勝利にではなく、愛したカードとの勝利にこだわったからこその戦術。

 これほどまでの情熱をもってして、さらに女の想いに応えようとする漢気。場所がデュエル塾の室内ではなく観衆にめぐまれた環境でさえあれば、このプレッシャーは蛇喰遊鬼を応援する声とあわさり、俺は並々ならぬ精神の苦境に立たされていたかもしれない。

 権現坂昇は敵の強さを認めて、

 

「だが、ただでは負けん!」

 

 己が勝利を掴めぬならまだしも、と、踏みとどまる。

 

「俺の墓地に魔法罠カードが存在せず、バトルフェイズ中に、

 蛇喰遊鬼、おまえが装備魔法の『効果』を発動したことで!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「俺は墓地の、

 《超重武者装留ビッグバン》を発動!」

()?」

 

 そんなの、いつ墓地に送られたっけ。

 思わず聞き慣れた言葉を脳裏に浮かべた蛇喰遊鬼は、数秒ほど呆けてから顔を蒼褪めた。

 そう、聞き慣れたもの。遊戯王のアニメーションを嗜んだ異次元人であれば、なにかと聞き覚えがある典型的な台詞。遊戯王作品における御約束、あるいは、

 

「……あっ!?

 まさか、さっきの《手札抹殺》で……!?」

「蛇喰遊鬼よ。

 あれは確かに無駄のない戦術だ、見事だった。

 だが同時に、対戦相手である俺に塩を送ったのだ……!」

 

 現実のカードゲームでも稀に決闘者同士の間で起きるもの。

 たとえば対戦相手の手札を破壊することで「相手ターンに手札から発動する効果」を持つカードを処理しようとしてみたら、対戦相手にとっての「墓地に送りたかったカード」が送られてしまったというような。

 

「これが俺の秘策だ。

 おまえの発動した『効果』を無効とし、

 フィールド上のすべてのモンスターを破壊する。

 その効果処理のあと、おたがいに効果ダメージを受ける。受けるダメージは、」

 

 

 

 

 

「1000ポイントだ。」

 

 

 

 

 

 蛇喰遊鬼のライフポイントは、800ポイント。

 権現坂昇のライフポイントは、700ポイント。

 

「え、それじゃあ、これって、」

 

 見覚えのあるカード、見覚えのある展開。

 知っているから回避できるかもしれない、と思っていたもの。

 だが、舞網市のカードでの「ドローできる効果」を持つ魔法罠カードの中でも引いてすぐに発動できるカード、さらに損失する手札の枚数が少ないものは《手札抹殺》のような、おたがいに手札を捨てるものが多い。

 知ってはいても、舞網市のカードで勝利を願えば、それは舞網市でのデュエルを前提としたデュエル流派を受け継ぐ権現坂昇に慣れたデュエルの流れを行ってしまう。

 そんな権現坂昇が異次元人に見慣れたカードを仕込ませる瞬間もまた、舞網市民とおなじく特別なカードなど使わない蛇喰遊鬼が《手札抹殺》のたぐいを発動させた時にしかない。

 

 そう、異次元人として物語をわかっていても。

 蛇喰遊鬼が舞網市民であらんとすれば避けられない。

 異次元人が異次元人でありつづけようとできれば、回避できたかもしれない運命。

 

『相討ち?

 引き分け!?

 そんな、……遊鬼っ!』

「…………っ、」

 

 強力なカード。

 対戦相手を圧倒する戦術。

 すなわち、「ジェムナイト」モンスターが好きでデュエルを続けているのに、ジェムナイト使いを辞めなければ決闘者としては勝負に勝てない、元も子もない敗北を光津真澄に強いる強ささえあれば。

 彼が「ヴェルズ」モンスターを捨てて、べつの強いカードをたまたま持っていれば。

 蛇喰遊鬼は異次元人として勝利できていた。

 光津真澄と想いを交わすこともなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 少女にとっては他人ごとでしかなかったはずの勝負へ、意中の少年を慕った願いを抱かれず、応援もされず、逃す勝利を惜しまれることもなく、その気持ちを声色に出されることもない。

 しかし、そうはならなかった。

 かつては決闘馬鹿であり、今や恋愛馬鹿でもある。

 ゆえに蛇喰遊鬼は()()()()()()()()であり。

 だから蛇喰遊鬼は引き分ける。

 

「そうだ、決着はつかん。

 一勝一敗一分け、三本勝負は(これ)にて終わり、

 遊勝塾は負けん!」

 

 そして、たとえ権現坂昇が地に伏せても。

 《超重武者ビックベン―K》は《超重武者装留ファイヤー・アーマー》の効果により、あらゆる破壊を無効にして倒れない。権現坂の魂のカードは残り、デュエルに決着はつかず。

 榊遊矢と柊柚子たる居場所を、遊勝塾を守りつづける。

 

 蛇喰遊鬼と権現坂昇の決着はつかず。

 己の道を守り、得た縁もまた損なわれず。

 デュエル・フィールドには(たお)れずの僧兵と、死してなお変われぬ亡霊(ヴェルズ)のみ。

 

「これが、俺の、」

 

 源義経が忠臣、武蔵坊弁慶の討ち死に。

 それは義経の住まう屋敷を守りつづけ、雨の如き数多の矢で肉を貫かれた末の、

 

「―――(たましい)の、権現坂流“不動のデュエル”、だ……!」

 

 (たお)れずの逝去(せいきょ)であったと()う。

 やがて民草は弁慶を(たた)え、(これ)(ひと)の伝説とし、名をつけた。

 

 《仁王立ち》。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,自分の気持ちを応援であれ態度であれ、素直に言えないなりに素直に伝えようとする努力をすれば、受け取る相手の間のよさ次第で気づいてもらえることもあります。

 決闘者ならば、応援もひとつの好意の表し方でしょう。】

 

【Q,……。】

【A,Don't mind.

 考えすぎ、気にしすぎは心に毒です。

 回復のむずかしい、精神の健康を損なう場合があります。ポテトチップスの塩分の濃さで思考停止を意図的に起こす、市民プール内での運動で普段使わない部位の筋肉を苛め抜くなどの年相応のストレス解消法を推奨します。】

 


今日の最強カード

《仁王立ち》

 権現坂昇の《超重武者ビックベン―K》が描かれた通常罠。

 フィールドの効果対象モンスターの守備力を倍にでき、エンドフェイズに守備力をゼロにする①の効果と、墓地から除外することで発動ターンのバトルフェイズ中での攻撃対象を効果対象とした自分モンスターへと限定する②の効果を持つ。

 墓地で発動する②の効果により、墓地の魔法罠をゼロにできるため【超重武者】デッキでも難なく採用できるだけでなく、相手の直接攻撃を防げる。

 また①の効果もわざと発動させることで、次のターンでの相手のモンスターの守備力をゼロにできるため、戦闘面では攻防一体の効果とも言える。

 かつては《PSYフレームロード・Ω》の効果と組み合わせて、相手に一切の戦闘を許さない無限ループのコンボが成立していたが、肝心の当カードを墓地に送らないとコンボは成立しないことから《おろかな副葬》の制限化と共に見受けられなくなった。

 

 効果内容はおそらく、

「武蔵坊弁慶が数多の矢を受けても倒れず、そのまま亡くなった」

 という同名の伝説に由来する。

 ①の効果で守備力を高めれば主君を守る盾として、②の効果を使えば倒された途端にバトルフェイズでの戦闘を妨げる守護霊として、効果対象モンスターは文字通りの《仁王立ち》で主君を守る。

 

 

 夏草や、(つわもの)どもが、夢の跡。

 

 


次回予告

全身全霊をかけた、権現坂と蛇喰の激しいデュエル!

勝負が引き分けになった今、遊勝塾は何も奪われずに済む。

みんなで勝てなかったのは残念だけど、

本当にありがとう、権現坂!

 

……え、ちょっと?

ねえ、あのふたり、なにやっているのっ!?

 

次回

恋なるもの

お楽しみは、これからだ!

……って、恋!?

*1
アニメ遊戯王シリーズでの「戦闘や効果による影響を受けない」効果類への言語表現。

*2
表現の例:「戦闘では破壊されない」または「戦闘破壊をされた後に墓地から特殊召喚される」という効果の場合、「戦闘による破壊を無効にする!」

*3
相手モンスターの攻撃を無効とするアクション・マジックカード。




 副題は漫画「最強デュエリスト遊矢!」から。

 https://x.com/8vulture8/status/1660216889950498816?s=20
 ↑今年2023年の10月29日の【強欲で謙虚なイベント】より、vulture氏の合同誌「鉄獣×旅合同」にて作品を寄稿いたしました。よろしければ一冊どうぞ。
 鉄獣戦線のグッズもあるらしいよ。

 一般枠のチケット必須なので、チケット購入と10月の予定変更はお早めに。


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恋なるもの(15話)

 勝てなかった。

 荒野が消えていく、夕暮れは日没を迎えることもなく。

 ただの幻影として溶けていく。まるでなにもなかったかのように。

 リアル・ソリッドビジョンの消滅がデュエルの終了を告げている。

 無機質な現代建築の室内の中でぽつんと立つ決闘者ふたりは、おたがいの戦いの(ロード)(つらぬ)いた。

 その結果にあるものが勝利や敗北ではなく「引き分け」と聞いて納得をできる者がどれほど観衆にいるのか。追い詰められた対戦相手の仲間であれば、「ああ、負けなくてよかった。」と思えはする。

 だが対戦相手を追い詰めてみせた選手の側にある観衆からすれば、これほどまでに納得しきれない決着というものも他にない。ただ単純に悔しがればいいのだが、勝てなかった理由を引き分けるほどの実力伯仲にあると潔く思えるのか、「卑怯な手口や姑息な戦術を使われたのだ」「ちゃんとああすれば、こうすれば勝てたはずなのに」という邪推が混じるのかで話が変わってしまう。

 

 LDSの理事長からすれば、後者であり。

 蛇喰遊鬼と真正面から戦い続けたLDS塾生からすれば気持ちが良いほどの、前者であった。

 志島北斗は「“プレアデス”を出せないなら厳しいかも」と強さを認めた。

 刀堂刃には「俺のハンデス戦略は逆効果になったかもしれねえ」と相性を認められた。

 光津真澄にとっては、

 

「遊鬼…………」

 

 ただただ無念であった。

 勝ってほしかった。女である自分のためではなく、男である彼自身のために。

 もし自分のために惜しんでしまうものがあるとすれば、そこには勝利を自分に捧げられなかった男への評価を下げるような見くびりが混じる。そんな女でもある自分の気持ちがいちばんみっともなかった。

 ちがうのだ。蛇喰遊鬼は最初からは男女間の感情を理由に戦ってなどいなかった。

 彼を戦わせたのは理事長先生の方針に納得できなかった自分たちで。

 彼に「光津真澄へ勝利を捧げたい」と思わせたのは応援した自分なのだ。

 刀堂刃の思いつきもあるとはいえ、無茶苦茶な要求が通った瞬間に止めなかった決闘者が、応援であれ男を誘惑した女が、どんな面をさげて勝てなかった意中の決闘者に「見損なった」なんて思えるのか。

 

 彼と彼女の関係が決闘者仲間で終われるのならば、彼女は気軽に「残念ね」と思えたのだろう。

 

 勝とうが負けようが対戦相手との相性の問題くらいは察しがつく。

 どんな組み合わせでどんな行動をしたから決着が望まぬ内容に至ったのかを理解できれば、自ずと「デッキに1枚だけしか入れられない《手札抹殺》を引くなんていう、とんでもなく低い確率を引き当てなければ、権現坂昇には別の手段で勝てたのかも?」という仮定も脳裏に浮かべはする。

 ドローカードの幸運や不運、すなわち勝負の時の運。

 そこを踏まえたうえで「残念だったわね」と声をかけるだけで済んだはずだ。

 

 だが彼女は蛇喰遊鬼に対して、ただの決闘者仲間では関係を終われない。

 

「そんな、……遊鬼、」

 

 決闘者としての研鑽と矜持。

 ひとりの少女の気持ちに応える、ひとりの少年としての意地。

 すべてを真正面からぶつけた結果が、まさか他塾の生徒との引き分けなんて認めがたい。

 蛇喰遊鬼のすべてを、光津真澄との繋がりを、名の知れた強豪塾でもない遊勝塾が凌ぐなんてことが本当に起きるなんて信じられない。

 

 ましてや。

 デュエルに「引き分け」は滅多にない。

 

 遊戯王OCGの基礎となる戦略のうえで、おたがいが同時に敗北することはない。

 おたがいが同時にダメージを受け、ライフポイントをゼロにするほか起こりえないが、おたがいが効果によって同時に戦闘や効果のダメージを受けるカードを、どちらかが発動するしかない。

 引き分けを起こせるカードほど、ダメージ量は1000ポイント以下のものが多い。

 ましてや発動条件が厳しいか、あまりにもライフポイントの4000や8000を削りきるにはダメージ量が足りないものばかり。場合によっては道連れすら狙えない劣勢にも追い込まれてしまう。

 よって引き分けを狙えるカードを採用する決闘者は、あまりに稀有なのだ。

 引き分けを想定してデュエルする者など、まずいない。

 引き分けをも狙って自滅しかねないカードを使う決闘者もまた、そういない。

 

 権現坂昇は。

 自滅覚悟で《超重武者装留ビッグバン》を採用する漢であった。

 

 蛇喰遊鬼が勝利を掴めなかったのは、覚悟の差なのか?

 いや、彼も失敗しかねない自爆特攻をもって勝利を掴もうとはした。

 決して敗北や自滅への覚悟がなかったわけではない。おそらくは本当に《手札抹殺》1枚が決着を決めたようなもので、おたがいのドローが運良く(悪く?)噛みあってしまっただけなのだろう。

 どちらかに問題点があったわけではない。

 無理やり言えば《手札抹殺》を採用しているほうが悪いと言えるが、いくらなんでも「手札やアクションカードを捨ててまで新しいカードに入れ替える戦術が悪い」とまでは言いがたい。

 むしろ、アクションデュエルであれば悪い手ではなかったはずなのだ。

 

「そう、これが、」

 

 実力者同士の拮抗した勝負というものなのか。

 もしも光津真澄が強い異性に惚れこむ性分であれば、彼女はここで権現坂昇へと浮気をする、粉をかけるくらいの打算的な恋の駆け引きに勤しむのであろうが、真澄が惚れこんだ人間は勝利者ではない。

 

「遊鬼、」

「……真澄、」

 

 ふらふらと足取り悪くも戻ってくる少年を、()するままの少女は待つ。

 どこか呆けた意識を正気に戻しきれていない男の気持ちへ、かわいそうなどと憐れむよりも、「ああ、それほどまでに自分へ勝利を捧げたかったのか」と、うかがい知れる血色のなさで十分伝わった。

 なにせ彼自身のすべてを投じた当事者なのだから、敗北による喪失感は凄まじいのだろう。

 すとんと座り込んで、こちらへと目線をあわせて、

 

「……ごめん。」

「いい。いいのよ」

 

 自分ひとりのために、そうなるまで真剣に己を捧げて、そこまで悔やんでくれるのだから。

 

「私はもう、それでいいのよ。」

 

 感無量だ。

 決闘者として、カードへの愛ある決闘に微笑む男の女友達として。

 自分の気持ちに、あの応援に振り向いてくれた彼へと恋慕う、この気持ちを隠す少女として。

 

 蛇喰遊鬼の男心としては、

「私はもう、(その程度の負け犬のあなたが全力で渡せる範囲では)それでいいのよ」

 という、どこか残酷な言葉に聞こえなくもないが。

 

 いまだ14歳で恋愛経験の薄い光津真澄に、決して嘘ではないが真意はない、お世辞や社交辞令になる手前の綺麗な言葉遣いで男を惑わしながらも見下すような腹黒い()()()()()()などできない。

 できてもボロは出る。やれても打算的な言動や仕草には異性への侮辱が混じりやすいせいで、悪意を受け慣れた人間には簡単に見抜かれてしまう。相手の反応を見て楽しむ程度の対話すら、加害者の舌なめずりにしか思えない者も世間にいるのだ、恋の駆け引きにも対象を思いやるか否かの良し悪しがある。

 

 さらに、決闘者は対戦相手の悪意を受けやすい。

 ひとの愛するカードへ、戦術へ、対戦相手を敗者や弱者どころか「劣等」としか思わぬ人間からは、特に悪辣な言動や態度を自分自身どころかデッキにさえ受けやすい。

 

 悪意に晒され続けてなおデュエルを愛する決闘馬鹿の惚れこんだ異性が、己の決闘に真摯な女が、悪意という安直な快楽に味を占めて溺れる淫蕩な淑女などには真似ても成れない。

 なんとなく言葉に納得のできない蛇喰遊鬼とて光津真澄の表情を見て、そこに悪意があるかないのか見分けがつかないわけではない。むしろ、見分けがついたからこそ、

 

「………………え?」

 

 女の微笑みが、あまりにも幸せそうに見えている。

 

「どうしたの?」

 

 感極まり、平静を気取りきれない瞳からは、わずかに涙がこぼれかけている。

 かつて、あれだけ少年の心に焼きつけられた紅玉の瞳が涙のせいか、本物のルビーと同様に、より自ら輝いているように見えてしまう。そうさせるほどまでに「自分が女を幸せにできている」という現実への理解が追いつかず、いつになく吸い寄せられる瞳に、表情に、顔に意識が奪われてしまう。

 男にとっての「女を幸せにする行い」とは()()であり、成果を伴うものである。

 間違っても「何の成果も得られませんでした」と、男にとっての無様をさらして女のもとへ帰ることではない。同情を得るような()()()()()()は男の自業自得というより、その程度の雄でしかないという、ありのままの自分への苦痛であることもめずらしくはない。

 

「…………えっ、と、」

「……遊鬼?」

 

 だからこそ、少年は動揺した。

 権現坂昇に引き分けてしまった、ありのままの自分を受け入れてくれる光津真澄。

 男にとっての弱さを受け入れ、自分へ微笑む彼女に、かつてないほど心を奪われている。

 言うなれば、彼女の笑顔は男が生きる現実と、女が恋に夢見てしまえば立ちはだかる男の脆さという現実、その両方を自覚なくとも受け入れてみせた強い女の笑顔であり。

 なまじ彼は己のすべてを投じたがゆえに、

 

「……真澄、立てる?」

「……ごめんなさい、その、……あなたの手、(掴んで)いい?」

「うんっ。」

 

 愛されていると気づいてしまった。

 どんな口実を使ってでも彼女の手を取りたい、そう思えるほどの魅力的な女性に見えるのだ。

 戦い続ける者が膝元を死に場所に選べるような、己の遺体(からだ)を預けたい女に思えてしかたがない。月並みな言葉だが、「こんないい女を、だれにもとられたくない」という独占欲すら湧いていた。

 

 ぽすん、と。

 よろめく真澄の身体を彼が抱きとめても、おたがいに顔を赤らめて黙るばかりで会話が続かない。なにげない言葉が自分を偽るようで、まるで声にできない。

 

 彼女が倒れ込みかけたのは、わざとか、相手が相手だからと気を抜いてしまったのか。

 少年が抱きしめてしまったのは、しめたと女に食いつく男の情欲からか、むしろ自分が彼女へと身を預けたくても彼女のためにと踏ん張った結果そうなったからなのか。

 どちらであれ、その両方であれ、もうふたりにはどうでもよかった。

 

 抱擁だけでもう、充分だったのだ。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,できます。彼氏彼女の関係にまで進展するかは別です。】

 

【Q,本当になにをやっているのよ、あのふたり!?】

【A,あなたがた柊柚子と榊遊矢が普段からやっていることです。】

 


次回予告

私、赤馬零児には目的がある。

榊遊勝の名誉回復と榊遊矢の取り入れ。

未知なる召喚法、ペンデュラムの完全なる再現。

 

すべては彼らが汚名を(こうむ)る元凶、我が父への復讐のため!

 

(……ようは榊家の強火オタクだよね?)

 

次回

()しの息()

お楽しみは、これからだ!

 

 

 




 副題は漫画「姉なるもの」から。


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推しの息子(16話)

 強欲で謙虚なイベント、楽しかったです。


 ふたりが抱きあう、その数秒前。

 あるいは恋する男女が空気を読まず、ふたりの世界独特の空気を読んで、無意識に「この機を逃せば次に抱きしめあえる機会はそうないだろう」と、ちゃっかりと心の距離を詰める寸前。

 ぺたりと座り込んだままの光津真澄へ、

 

「ならば、延長戦です!

 こちらは光津真澄を―――!」

 

 赤馬日美香は口を開きかけて、思わず息を詰まらせる。

 さすがの彼女も、見てわかるほど様子がおかしい子供を戦わせはしない。

 無理やり尻を叩いて戦わせても、どれだけの理論武装をしても絶不調は絶不調。いい歳をした社会人だからこそ気合で無理やり仕事をする必要性が身に染みていても、「無理なものは無理」「まわりの邪魔」だと気づいてしまう活動限界がある。

 加齢や運動不足、病気や怪我による体力の減衰だ。

 寝不足ひとつでも体力ごと思考力が劇的に落ちる。企業の上層部に立つ人間であればそうであるほどに、他の企業家や別の業界の人間との交流に必要な「適切な対話力」の弱体化は致命的だ。

 何気ない酒場や風俗店での出会いも馬鹿にならない。

 ちょっと心が乱れた程度で交流を絶ち商機を逃せば、それだけで今後の業績に響いてしまう。

 自分自身の心とは、人心掌握において重要な武器ながらも、健康を損なえば精神を乱し、己さえも傷つける諸刃の剣。精神状態に企業家も決闘者もさしたる違いや例外はない。

 

(こ、こんな勝機にっ、なんて厄介な―――!)

 

 たやすく心乱れて、いざという時で使い物にならなくなる。

 そのような脆い人間だとは思えなかった同性の塾生相手に、おとなげない表情を浮かべていた。

 さて、赤馬日美香は己の気性ゆえになのか、義理の息子の精神状態を逆手にとった教育法にて、義理の息子を舞網市最強の決闘者に育てようとしていた。その所業をよしとしない実の息子が一人いる。

 

「その勝負、私に預からせてもらう。」

 

 赤馬零児が、するりと物陰から姿を現した。

 

「零児さん!?」

 

 驚く赤馬日美香。

 それもそのはず、この件はレオ・コーポレーションの社長である赤馬零児の耳にも及んではいるが、レオ・コーポレーションの傘下にあるLDS、レオ・デュエル・スクールの理事長である自分の管轄へと己の息子である赤馬零児が首を突っ込んでくるとは思わない。

 ましてや息子のなんらかの計画の手段として「遊勝塾へといく」可能性は母親に想定ができても、LDSの塾生を送迎した自分たちに同行せず、「独自に遊勝塾へ来た」時点で、彼の動機がさっぱりわからないのだ。

 

「今回の三本勝負は一勝一敗一分け。

 つまり『引き分け』だが、その際の取り決めはされていない。

 LDSが遊勝塾を吸収合併することは叶わないが、同時に遊勝塾の塾生である榊遊矢への容疑、および沢渡家からの原告があった場合について、我々LDSは全面的に弁護できない。」

「う˝っ、そ、その件につきましては……」

 

 淡々と事実確認を促し、遊勝塾の塾長たる柊修造へと話しかける。

 そもそもの三本勝負において赤馬家は榊遊矢のペンデュラム召喚を目当てとしてはいるが、三本勝負を挑む口実となる出来事の発端に関して言えば、正確には「LDS塾生である沢渡シンゴが“榊遊矢”に暴行を受けた」という暴行事件にある。

 

 犯人が本当に榊遊矢であったのか、似た顔の別人であったのか。

 沢渡シンゴの負傷がどれほどのものか、それらが問題なのではない。

 

「仮に遊勝塾をLDSが『ペンデュラム召喚コース』として吸収合併できていれば。

 私はレオ・コーポレーションの社長として、LDSの塾生となった榊遊矢を支援できる。

 いや、弁護できた、と言うべきだろうか……」

 

 沢渡シンゴの証言にあった”榊遊矢”とおなじように、暴行犯だと疑われた榊遊矢本人がX(エクシーズ)召喚を使えようが使えまいが、社会的信用においては「遊勝塾の塾生であり榊遊勝の提唱するエンタメデュエルの後継者である榊遊矢が暴行事件の犯人である」という容疑があまりにもスキャンダラスすぎるのだ。

 LDSの信用や面子の問題もあったとはいえ、遊勝塾側の現実問題としては事実無根であろうとも榊遊矢の不祥事、しかもチャンピオンシップの決勝戦を辞退した榊遊勝の息子の犯罪とあれば、報道機関において絶好のネタはない。テレビや新聞、雑誌に至るまで、あらゆる報道が容疑者「榊遊矢」を題材とする。

 今でさえ父親である榊遊勝へのバッシングの影響を容赦なく受ける男子中学生の榊遊矢が、今後の学生生活や社会人生活においてどれほどの偏見を受けて舞網市で孤立するのか、言葉にするのも恐ろしい。

 また被害者が市議会議員の息子ということもあり、裁判にかかる諸費用でも榊家や柊家が困窮するまで沢渡家を相手にすれば、無罪を勝ち取れても遊勝塾が経営破綻で倒産してもおかしな話ではない。

 

 それは柊修造にとって、自分の娘たる柊柚子へ不自由な生活を強いるだけでなく、あれだけ敬愛した榊遊勝や洋子の勝ち取った舞網市の平和の影で榊家が没落する、さらに榊家の愛息である榊遊矢にプロデュエリストとなる将来を当人の選択を問わず閉ざさせてしまうなどの、受け入れがたい末路を招く。

 

 赤馬零児にとっても然り。

 榊遊勝の舞網市での功績は讃えられるべきだ。

 彼の御子息である榊遊矢のペンデュラム召喚には開祖である榊遊矢自身にも、もちろんプロデュエリストである自分でも想定しきれない底知れぬ力がある。

 こんなところで彼に終わってもらっては、自分が困ってしまう。

 

「改めて、こちらに提案がある。

 まず、我々LDSは三本勝負の延長戦に、遊勝塾の吸収合併の是非を定める。」

「零児さん!? なにを勝手に、」

「契約内容の更新において、契約続行の合意は契約者の意思決定がなければならない。

 あたりまえの話だが、ことデュエルとなれば厳密にする必要がある。」

 

 決闘者は意外と口煩いぞ、と、言外に母親へ助言をした。

 

「こちらが敗北した場合、被害者である沢渡シンゴに調査協力を願い、レオ・コーポレーションの総力をもって榊遊矢、君のアリバイを綿密に調べあげ裏付けを終えたうえで、君の姿に似た容疑者を調査しよう。

 そちらが延長戦を受け入れた場合には、前言の通りに遊勝塾および榊遊矢を擁護すると誓う。」

「む、むう、……二言はありませんね?」

「ない。」

 

 なお、原作本編において、のちに沢渡シンゴ自身により証言が取り下げられても、被害者家族へと「容疑者は榊遊矢ではない」と証明されたことはない。

 すでに榊遊矢に似た顔の人間は複数人いるという事実を把握していた赤馬零児によって、榊遊矢への逮捕と裁判が行われないよう意図してか調査を口実に舞網チャンピオンシップまで時間を稼いでおり、このような口約束など増やさずとも原作(もと)から彼は榊遊矢を支援するつもりだったのである。

 では、なぜわざわざ口約束を増やしたのか?

 

「榊遊矢。彼も、やる気のようだからな……」

(……『ひとの恋路を邪魔する者は馬に蹴られろ。』

 とまでは言われまいが、今ここで塾生から悪感情を買う必要はあるまい。)

 

 たまたま同時刻に、光津真澄が蛇喰遊鬼と語らっていたためである。

 先ほどのように「蛇喰遊鬼のために光津真澄に弔い合戦を!」と誰かに推薦されてしまえば、さすがのプロデュエリストたる赤馬零児でも「自分は社長だから塾生の意見は聞けません」と強行しなければならない。

 本物のペンデュラム召喚を使いこなす榊遊矢とのデュエルは目的のひとつではあったが、己の傘下の決闘者や傘下に加わるかもしれない遊勝塾の面々から反感を受けるなど、榊遊矢を抱え込むための必要経費にしては高すぎる。

 ならば。

 アンガーマネジメントとまでは言わないが、あらゆる感情には時間制限と勢いがある。

 まず、こうやって口数を増やし、時間を稼ぎ、光津真澄に弔い合戦をさせたいという観衆の感情を弱らせ、同時に柊修造塾長へ「引き分けだからお引き取りください」と断るよりも断らないほうが得になるような遊勝塾に都合のいい契約内容を提案しておき。

 なおかつ、元より強く意を決していた榊遊矢の感情を優先させることで、榊遊矢とデュエルをする、LDSにペンデュラム召喚コースという名目で榊遊矢を取り込むチャンスを得る、という二兎を得たのだ。

 

(それにしても、蛇喰遊鬼。彼には驚かされたものだ。

 まさか、私とおなじく独断で遊勝塾に来たLDS塾生がいるとは。)

 

 ひょっとすれば、赤馬零児が榊遊矢とデュエルをするチャンスを失っていたかもしれない計算外な邂逅に、なにを思ったのか蛇喰遊鬼は「……あ、内緒にしておきますね。」とでも言いたげに人差し指を顔の前に添えてジェスチャーをしたかと思えば、そそくさと彼は光津真澄の応援へと急いでいた。

 まもなくに始まった代打ちまでの流れといい、【Xセイバー】使いの刀堂刃では手札破壊の戦術が逆効果になり敗北していたかもしれない権現坂昇を相手取っての【ヴェルズ】による鍔迫り合いといい、かつての彼の噂にはない余裕のある人間らしさを彼から感じてしまう。

 それもこれも光津真澄への好感によるものだろうか、と、ふと視線を動かして、

 

(……ん?)

 

 ひしと抱きあう男女を見た。

 

(…………ん?)

 

 かちゃり、と、眼鏡の位置を正し。

 もういちど蛇喰遊鬼と光津真澄を見てみる。

 

(………………ほう。)

 

 そういえば、と思い返す。

 私の父である赤馬零王は経営者となる以前、町工場「小野電機興業」の技術者でしかなかったと聞くが、私の母である赤馬日美香との間には、はて生まれと育ちを越えた熱愛でもあったのだろうか。

 目の前の少年は一般家庭の育ちで、相手の女性は宝石商の娘だったか。

 

(……………………()には野暮な話だな。)

 

 赤馬零児は連想をやめ、デュエルフィールドへと降り立ち、対戦相手を見つめる。

 どんな過去が両親にあろうとも、今や赤馬家は後戻りできない道を歩んでしまった。

 その道を切り拓く、新たな切り札になるかもしれないペンデュラム召喚、その開祖こそが、

 

「先攻は譲るよ」

 

 榊遊矢。

 

「譲る……なるほど。

 キミは、そういう思考をするのか。」

 

 榊遊勝の子にして、エンタメデュエルの後継者。

 得た召喚法も精神も、すべてに未知の将来性がある彼ならば。

 

 我が父、赤馬零王(レオ)の悪逆を止められるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ……などと、赤馬家と榊家の間にて。

 血で血を洗う闘争への一手が打たれる最中。

 

 内心では気恥ずかしい抱擁を中断する機会があったのに、「デュエルを観戦しよう」という口実で話題を切り出すのも惜しみ、

「ここでハグをやめたら、まるで私がハグを恥ずかしがってやめたみたいに見えて、そうなってしまうと逆に恋愛経験も余裕もない子供っぽくて恥ずかしい気がする」

 などと明後日の方向に羞恥心を抱いて動けなくなった……というより、自分のプライドの高さのせいで積極的にはできない抱擁(デレ)だからと、半ば惰性に近くも、慣れない抱擁への羞恥心や異性に触れる緊張感で腕を震わせながらも抱きしめる光津真澄と。

 

 榊遊矢と赤馬零児の原作にもあったデュエルだからと流石に観戦をしてみたくはなるものの、

「ここでハグをやめるのは物足りないというか、男児の情緒をこじらせて今日の夜も明日からも真澄欲しさの雄の“飢え”でおかしくなる気がするから馬鹿正直になろう」

 と、据え膳食わぬは男の恥とばかりに切なさをごまかさず、強く抱きしめて離さない蛇喰遊鬼は、そんな自分たちを見つめている塾生仲間のふたりに「ようやくかよ」と苦笑いで見守られていた。

 

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,恋愛に関する自分のプライドは置きましょう。

 「相手のほうからアプローチさせてやる」または「こちらの気持ちを察して相手がアプローチするべき」といった、常に自分の気持ちを最優先にして受け手に回っている状態では、どれだけ気取っても身だしなみをよくしても、結局あなた自身の好意が伝わらないので空回るだけです。】

 

【Q,やっと、遊鬼と真澄のまだるっこしさから解放されるよ……されるよね?】

【A,※まだ告白していません。】

 


次回予告

マルコ先生が襲われた!?

LDSの先生を狙った連続暴行事件。

先生やみんなのために、私ができることは……!

 

「……なら、ボクに勝ってから出かけなよ。」

 

次回

蛇喰遊鬼は笑えない

お楽しみは、これからだ!




 副題は漫画「推しの子」から。

 榊家が関わる事件だと敏腕プロデューサーになる男、赤馬零児P


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蛇喰遊鬼は笑えない(17話)

 新年あけましておめでとうございます。
 これからも本作品および原作【遊戯王ARC-V】をよろしくお願いいたします。


 私たちの熱い、えっと。

 ……正直、はずかしいけれども。

 情熱的な抱擁は、この知らせで終わりを告げた。

 

『マルコ先生が襲われた。』

 犯人は、……噂のエクシーズ使い。

 あくまでも暴力ではなく、デュエルで怪我を負わせている。

 

 ペンデュラム召喚と榊遊矢。

 それらを目当てとした赤馬家の計略が、この一報で頓挫した。

 榊遊矢相手に「おまえが犯人だろう?」という姿勢で遊勝塾の存亡を賭けたデュエルを挑めなくなり、マルコ先生の安否確認をしなければならなくなり、……なによりも、これは私があとで気づいたことなのだけれども、……沢渡シンゴを襲った容疑者と、マルコ先生のような重傷者を出す容疑者が別人である可能性が浮上したためだ。

 片や怪我が軽傷で済み、片や面会謝絶になるほどの怪我を負い。

 たまたま沢渡の言動がマシだった、マルコ先生のほうが失礼だった、相手の逆鱗に触れたのだ、と仮定するには(アイツの性格からして)無理がある。もちろん、あの沢渡の問題児っぷりは赤馬零児も把握したはず、……榊遊矢を相手に勝負を挑んだらしきアイツ自身の話からして、赤馬零児と接触はしただろう、……から、前者と後者の襲撃犯の性格は別だと想定はできる。

 

「……真澄。」

「なによ、遊鬼?」

 

 そう、想定ができたはず、なのだけれども。

 この時の私はマルコ先生を気にかけて、あまり冷静ではなかった。

 赤馬零児と榊遊矢のデュエルは中断され、帰りがけでマルコ先生の入院を知ってから、わかってはいても平静ではいられなかった。恩師への想いが勝り、「せめてお見舞いの品を送りたい、事件の詳細を知りたい、あわよくば敵討ちがしたい」と願うほどに煩雑(はんざつ)としていて、日をまたくほどの時間をかけた心の整理をつけたわけではなかった。

 むしろ、私は「決断をしたのだから、心の整理はできている」と思った。

 

 本当にできているのであれば。

 彼、蛇喰遊鬼の(いさ)める目をわずらわしくは感じなかっただろう。 

 

「……家族のこと、考えたの?」

「どういう意味よ」

 

 あれだけのことがあったのに。

 いいや、あれだけのことをしたから、だろうか。

 私の決意に難色を示す彼を見て、ふつふつと苛立ちが沸いていた。

 

「……君と。

 真澄とおなじ気持ち、思わせるよ?」

「だから?」

 

 大切な誰かがやられたなら、報復を考える。

 どんな人間でも考えるものだ。ありふれた感情だ。

 

「……心配させるよ?」

「あなた、まさか『ひっこめ』と言うの?

 私のパパやママが襲われるかもしれないのに?」

 

 傷つけられるかもしれない、そう気づいたなら。

 不安や懸念を現実にされてしまうより前に、犯人を捕まえてしまいたい。LDSの制服組や警察を信用したいが、いつまでも待たされて、あげく待つうちに家族が襲われるなんて考えたくもない。

 

「…………そう。

 ……………………なら、」

 

 ちいさく息を吐いて。

 遊鬼がデュエルディスクを取り出した。

 

「遊鬼?」

「ボクと、デュエルしろ。」

 

 腕を構え、私を見つめている。

 

「どうしても復讐がしたいなら。

 ちからづくで解決したいと、君が心から願うなら。

 ……なら、ボクに勝ってから出かけなよ。」 

 

 その言葉は。

 彼からの、「光津真澄は弱い」という断言だった。

 融合召喚使いである私にとって、蛇喰遊鬼の召喚する《ヴェルズ・オピオン》は最大の難敵であり、もし似たような能力を持つモンスターを相手に呼び出されれば為す術もなく負けてしまう光津真澄の弱みの象徴でもある。スタンダード・コースの塾生が《虚無魔人》*1でもアドバンス召喚してくれば、それだけで負けうる、彼に負ける理由と似た理由で負けてしまうのだ。

 すなわち、蛇喰遊鬼に勝てないかぎり、おなじX召喚使いである襲撃犯にも勝てない可能性は否定できないどころか、EXデッキのカードを使わない舞網市のプロデュエリスト並みの実力者にも勝てない可能性をも示している。聞きようによっては私の弱さを理由に煽られているとしか思えないが、最後の警告であることは私にもわかっていた。

 

「馬鹿にしているの!?」

「……真澄。」

 

 わかってはいたのに。

 わかるべきものを、なにひとつわかっていなかった。

 

「私だって強くなり続けた。

 遊鬼、あなたに、……おまえに勝つために!」

 

 デュエルディスクを起動し、彼を睨みつける。

 あれだけ抱きしめあった男の子へ、あれだけ自分のために尽くしてくれた想い人へ、私の気持ちをわずかでも裏切られたと思いながら。恩師への想いを分かち合ってくれると、敵討ちを手伝ってくれると気づかぬうちに強く、深く信じてしまったからこそ、彼がどういう決闘者であったのかを忘れきっていた。

 

「デュエル!」

「…………デュエル。」

 

 遅れて宣言する、彼の表情は。

 大切なカードを見つめて微笑む目ではなかった。

 デュエルを楽しむ、ひとりの決闘者の瞳でもなく。

 かといって人間への興味を失い色褪せた目、ガラス玉のような無機質な瞳でもない。出会った頃とくらべれば感情がわかりやすい瞳は今、私の知らない感情の色で染まり、見たこともない、……私に思った経験もない種類の意志という、彼らしからぬ強い光を宿して、どこか畏怖を抱かせるほどに、……輝きを放っていた。

 

「……力を、貸して。」

 

 彼のつぶやき。あるいは祈り。

 声をなにが聞き届けたのか。

 

 デッキのうえが。

 瞳をのぞかせるためのするどい切れ目がある、洋風の仮面のような。

 ひとの顔のようで、それでいて煙に似た暗闇(ヴェルズ)を噴きだした。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,できますが、成就するとは限りません。

 相手が期待した「理想の彼氏像」から離れた、あるいは「素敵なあなた像」からずれた自分の人間性を受け入れてもらうまでに、これまであなたが意識して恋路のために行った行動すべてが障害になってしまう、あなたへの先入観になってしまう場合があります。虚像をエチケットであれ演じ切る精神力を認められたとしても、あなた自身の弱さ、醜さ、おろかさをふくめた人間性にまで「かわいいひとだな……」と愛着を抱かれているかは、まったくの別の話です。種族・属性・攻撃力・守備力・カード種類などの範囲が広い『ステータスの指定』か、基本的に1枚のカードしか影響を受けない『固有の名称指定』かのちがいと同じくらいに別の話です。】

 

【Q,テイキトタキガンバデノレワ】

【A,ここでは人間の言葉で話してください。】

 


次回予告

私が越えるべき壁。

いつかは並び立つべき相手。

私の求めるひと。

蛇喰遊鬼。

 

おまえを越えてみせる!

『あなたが立ちはだかる』というのなら!

 

「……()()()()。これが、ボクの宿縁(しゅくえん)ッ!*2

 

次回

珠姫(たまひめ)

お楽しみは、これからだ!

*1
通常の召喚でしか場に出せない上級モンスター。効果は「おたがいに特殊召喚ができなくなる」というもので、遊戯王OCGのルールのうえでは「EXデッキから特殊召喚する(融合召喚・シンクロ召喚・エクシーズ召喚・ペンデュラム召喚・リンク召喚をする)」および「儀式魔法の効果で特殊召喚する(儀式召喚する)」召喚法でのみ場に出せるモンスターまでも場に出せなくなってしまう。

*2
前世の因縁のこと。現代で言えば、あるいは『運命(Fate)』。




 副題はライトノベル・漫画・アニメ【ブギーポップは笑わない】より。


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珠姫(たまひめ)(18話)

 なにやらハーメルンでの5D's熱が今月凄いようですが、自分はARC-V虹一本で原稿を進めています。5D'sは中南米諸国の神話モチーフなので大好物なのですが、いかんせんネタがほら……あんまりOCG化やカード化がされてないから……こじつけるのも大変というか……
 それなら、まだシンフォギア虹や一次創作のほうが考えやすいというか。
 5D'sでやるとすれば、サイコデュエリスト視点でやりたいですね!
 おたがいに元気に、二次創作を楽しんでいきましょう!

 執筆活動に熱出しすぎて体調不良、マジで二度もしたくねえでござる。


「いくぞ、私のターン!」

 

 X召喚コースの次席、蛇喰遊鬼。

 その強みは、相手の動きを奪う拘束力にある。

 私が彼を前にして融合召喚を果たすことは困難。

 先攻を取られれば《ヴェルズ・オピオン》で融合召喚を封じられ、こちらが先攻を取れても手札に「融合」「フュージョン」カードがなければ融合召喚できずにターンを渡してしまい、結局は《ヴェルズ・オピオン》の召喚を許してしまいかねない。

 

 先に()()()動けなければ負ける。

 そこで以前、私が対策で選んだものは『基礎』だった。

 

「手札から、モンスターを裏側守備表示で召喚!」

 

 下級モンスターを強化して戦う、スタンダードな戦術。

 初心者であれば見慣れた、中堅者であれば見飽きたカードさばきでも、シンプルなパワーアップであれば下級モンスターの戦闘だけでなく融合モンスターの戦闘も支援できる。

 つまり、融合召喚をせずとも《ヴェルズ・オピオン》を戦闘で倒せる。

 

 はずだった。

 

「私は、カードを2枚セット。

 ターンエンドよ」

「……?」

 

 現実はつい最近に、完全に思い知った。

 

「……ボクのターン。ドロー。

 手札から《ヴェルズ・カストル》を通常召喚。

 その効果により、通常召喚権とは別に、

 《ヴェルズ・マンドラゴ》を召喚できる。」

「レベル4の『ヴェルズ』モンスターが2体。

 やる気ね、……来い!」

「……ボクは、この子たち2体でオーバーレイ。

 X(エクシーズ)召喚。ランク4、《ヴェルズ・オピオン》。」

 

 どれだけ攻撃力を高めても、べつに彼の切り札は《ヴェルズ・オピオン》だけではない。やろうと思えば純粋に攻撃力を底上げできる《ズババジェネラル》を召喚できるし、連続攻撃できる《カチコチドラゴン》も召喚できるし、それらの戦闘を補助する基礎だって彼は使ってくる。

 

「……《ヴェルズ・オピオン》の効果。

 X(エクシーズ)素材をひとつ取り除き、

 デッキから《侵略の汎発感染》を手札にくわえる。

 …………君の伏せカードがなんであれ、あまり関係ない。」

「そのカードがあれば、魔法罠の効果は受けない。

 知っている。さっさと攻撃しろ!」

「……バトルフェイズ。」

 

 元から基礎を鍛えつづけたデュエル馬鹿である蛇喰遊鬼を相手に、いまさら基礎を鍛えなおしても、自分の成長に繋がっただけで「彼に勝つこと」にまでは繋がっていない。

 いずれ繋がるのだと仮定しても、とっくに彼が過ぎ去った坂を別の道で登っているだけ。徒労とまでは言わないが、そんな調子では何年たっても彼に勝てない。……実際2年かけてようやく気づいたのだ、「気づけるまで成長した」とでも言い換えないとやってられない気分だった。

 

「……《ヴェルズ・オピオン》で、セットモンスターに攻撃。

 セットモンスターは、……え、《ジェムナイト・ガネット》?」

「守備力はゼロ、そのまま破壊される……けど!」

 

 だが、答えは蛇喰遊鬼自身がくれた。

 権現坂昇と彼の戦いの際、彼は戦闘によるダメージだけでは確実に勝利できないと考えて、自爆特攻をしかけてでも効果ダメージによる勝利を狙った。

 見切られた奇襲でも回避が困難な状況であれば、問答無用で権現坂昇を倒せる(はず)と踏んで。

 

 あのときもそうだ。

 真正面からの戦闘破壊では、勝ち筋が足りない。

 であれば、()()()()()()()()()()()

 

「ここでトラップ、

 《ブリリアント・スパーク》を発動!」

「……ん?」

「このカードは、

 私の『ジェムナイト』モンスターが破壊された場合、

 その攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

 元々の攻撃力が高いモンスターをわざと裏側守備表示で出し、それを戦闘や効果で破壊をするように相手を誘導して、《ブリリアント・スパーク》の発動条件を見たすことで一度に1500以上の効果ダメージを彼に叩きこもう。

 

「破壊された《ジェムナイト・ガネット》の攻撃力は1800。

 よって1800のダメージを与え、おまえのライフを2200にする!」

「………………うん?」

 

 相手のフィールドには影響を及ぼせないが、理屈のうえでは3体のモンスターを破壊させれば勝利できる。2体までの破壊に留められたとしても、遊鬼の下級モンスターを狙って戦闘破壊すれば、これだけで残りのライフを削りきれる可能性は高まる。*1

 

「……カードを2枚伏せて、ターンエンド。」

「そのエンドフェイズ、

 墓地の《ブリリアント・スパーク》の効果を発動!

 手札の《ジェムナイト・サフィア》を捨て、手札に戻せる!」

「……じゃあ、今度こそターンエンド。……なんなの今の……?」

 

 ()せない。

 そんな感情で眉をしかめているようだ。

 目線で訴えられた言葉に、私は言い訳のしようがない。いつもの私らしからぬ戦い方ではある。モンスターを積極的に犠牲にしていく立ち回りは、私が好まない戦い方なのだから。

 

 むしろ、これから私がやろうとする戦術は。

 目の前にいる、不満げに頬を膨らませた遊鬼の戦術に似ている。

 

「私のターン、ドロー!

 魔法カード《手札抹殺》を発動、

 おたがいに手札をすべて捨て、捨てた枚数分ドローする。

 続けて墓地に送った《ブリリアント・スパーク》の効果を発動。

 今度は手札の《ジェムナイト・エメラル》を捨て、手札に戻す!

 私のフィールドにモンスターがいないため、手札から魔法カード《予想GUY》を発動、デッキからレベル4以下の通常モンスター、《ジェムナイト・ルマリン》を守備表示で特殊召喚する。

 さらに! 前のターンに伏せた《闇の量産工場》を発動。墓地に眠る通常モンスター2体、《ジェムナイト・サフィア》と《ジェムナイト・ガネット》を手札に戻し、ふたたびモンスターをセット!」

「……なる、ほど?」

 

 一度目の効果発動から《ブリリアント・スパーク》を警戒されて魔法罠の破壊を意識して立ち回られたとしても、こちらは戦闘を支援できるカードを引くまで耐えやすくなり《ヴェルズ・オピオン》を正面突破するチャンスをつかみやすくもなる。

 ちょっと消極的な戦術かもしれないが、逆転のカードをドローするまでの時間を稼ぎながら、手札を交換できるカードによる加速されたドローでより時間稼ぎの必要を減らせるので、デッキ圧縮には積極的とも言えるだろう。

 

「そして、カードを2枚セット。

 もうわかったでしょう、私のコンボが!」

 

 そう、《ヴェルズ・オピオン》が強敵だとしても。

 かの邪竜を操る蛇喰遊鬼には、貴方(あなた)には、

 

()()()()()()()という限界!

 あなたの弱点は、ほかならぬ『おまえ自身』だ!」

「……ッ!?」

 

 『大将首(プレイヤー)である』という脆さがある。

 あくまでデュエルモンスターズのルールに(そく)すれば、彼のライフポイントさえ尽きれば、どれほど優位な盤面であろうとも彼の敗北となる。

 「将を射んとする者はまず馬を射よ」とは(まさ)に、このことだ。

 

 彼が私のモンスターを破壊するか。

 私が彼のモンスターに自爆特攻させ、発動条件を満たしてダメージを叩きこむか。

 どう転ぼうとも、今のコンボを二度繰り返せば、実現までに私が自軍のモンスターを全滅されようとも生き延びられれば、

 

「これで私は、おまえを越える!

 これなら相手がどんな決闘者でも関係ない!

 襲撃犯のエクシーズ使いに勝てば、もう誰も襲われない!

 誰も怯えたりしなくてもいい、誰も失わない……それは、……!」

 

 私の望みが叶うと言いかけて。

 胸元の気道まで息が出かけて、喉が詰まる。

 言えるわけがない。マルコ先生のための、塾生仲間のための、家族や自分のための、……純粋な善意で、怒りで、悪党への訴えである。そのはずだから。

 関係のない感情が混ざっているはずがない。混ぜてはいけない。

 

 まさか。

 よりにもよって。

 目の前の異性のために。

 蛇喰遊鬼という男への恋愛感情から。

 代わりなどいない想い人を守りたい、という願いから。

 あわよくば。「彼の中での己の価値を高めたい」という劣情から、あらゆる願いと欲を叶えるべく謎のエクシーズ使いを倒そうだなんて、思ってはいけないのだ。

 

 

 

 

「……()()()()

 これが、ボクの宿縁(しゅくえん)ッ!」

 

 ―――蛇喰遊鬼は気づいていた。

 自分という『異次元人』が榊遊矢の、ひいては光津真澄の人生に関わるかぎり、自分のライフポイントを直接狙ってくる決闘者との戦いは避けられないのだと。

 

 すなわち、”融合次元”の”アカデミア”の”オベリスク・フォース”を相手にするデュエルだけは、なにがあっても元の世界のゲーム環境を基準とした戦略論では勝てないと悟っていた。

 チーム戦だのタッグデュエルだの、まっとうなゲームとしてのデュエルが成立する相手と戦えるのはここまでだ。これから想定するべきは戦争、ウォーゲームと解釈されたデュエル。あの次元戦争を口実に行われる、光津真澄への赤馬零児の仕打ち。

 

 犠牲になったLDS関係者のための仇討ち。

 これを率先した光津真澄の記憶を書き換え、「復讐相手が最初からLDSの塾生であった」と思いこませ、あげく復讐相手への敬意を持たせるという、彼女の人間性はおろか塾講師マルコへの思い入れを軽んじさせるものであった。

 考えようによっては自分の立場、過去と大差ないかもしれないが、彼女の自由意思や尊厳を問わない点では、かつての彼女にとっては気に食わない新参者のひとりでしかなかった最初の頃のやさぐれた自分自身よりも許しがたい。

 その黒歴史がまだしょうもない笑い話に思えるほどには、である。

 

 決闘者の、ひとの記憶を操るなど言語道断ではあるが。

 おなじく許しがたい未来が待ち受けているのだ。

 

 あの現実に、今の彼女を傷つけられたくはない。

 光津真澄の心をだれにも操られたくはない。

 光津真澄を次元戦争でカードにさせられたくもない。

 光津真澄のためにも、よりヴェルズたちと腕を磨かなければならない。

 

 その答えもまた、だれかとの戦いの記憶の中にある。

 

「……リバースカード、オープン。

 《侵略の侵食感染》! その効果。

 手札の《ヴェルズ・サラマンドラ》を

 デッキの『ヴェルズ』モンスターと入れ替える。」

 

 液晶の壁を(へだ)てた、光津真澄の運命へ。

 ほかならぬ自分が今、この段階でこそできることは―――!

 

「……ボクが入れ替えるカードは。

 《ヴェルズ・カイトス》。

「《ヴェルズ・カイトス》?」

 

 決して、『自分が』運命を書き換えることではない!

 

「……まずは、《ヴェルズ・ケルキオン》を通常召喚。

 その効果。

 墓地の《ヴェルズ・マンドラゴ》を除外し、

 墓地の《ヴェルズ・カストル》を手札に戻す。

 効果を発動したターン、このカードの効果によって『ヴェルズ』モンスターを召喚することができる。よって、効果で《ヴェルズ・カストル》を召喚し、今度は《ヴェルズ・カストル》の効果で通常召喚権にくわえて、もういちどだけ『ヴェルズ』モンスターを召喚できるようにする。

 ここで《ヴェルズ・カイトス》を召喚する。」

「フィールドに、レベル4のモンスターが3体!」

 

 そう言われてしまうと、「ヴェルズ」モンスターの中では屈指の魅力を持つ《ヴェルズ・ウロボロス》をX(エクシーズ)召喚したくもなるが、今回ばかりは彼に出番がない。*2

 むしろ、ただのX(エクシーズ)素材になりがちな下級モンスターたちにこそ出番がある。

 

「……《ヴェルズ・カイトス》、その効果。

 このカードを生け贄に捧げ、……もとい”リリース”し、

 相手フィールドの魔法罠カードを1枚、破壊する。」

「えっ!?」

「……破壊するのは右のカード。

 …………2枚目の《予想GUY》か。なら。

 手札の《死者蘇生》で《ヴェルズ・カイトス》を蘇生し、ふたたびリリースすることで、真ん中のセットカードを破壊する、……当たり。《ブリリアント・スパーク》は墓地に送られる。」

 

 これが「ヴェルズ」モンスターの力。

 ほかにはない、自分が愛したカードの強み。

 場に《侵略の侵喰感染》さえあれば、さまざまな特殊能力を持つモンスターを呼び込める。1ターンに一度の召喚権を消費するという、決して軽くはない対価を要求するカードばかりだが、だからこそ可能になる戦い方がある。

 

「こ、こんなあっさりと、私のコンボが……!?」

「……バーン戦術は読んでいた。

 いずれ狙われる可能性はありえたから。」

 

 この強さを活かせるか活かせないかは、「ヴェルズ」モンスターの性能の問題ではなく、どのような目的でカードを採用するのかという戦略によって左右される。

 魔法罠カードを多用しない大会環境であれば、魔法罠を破壊する働きを期待して採用された《ヴェルズ・カイトス》には活躍の場がない。

 だが、その汎用性のなさは「弱さ」ではない。

 ライフ4000の舞網市のデュエル環境において、効果ダメージで勝利するべく光津真澄に採用された《ブリリアント・スパーク》もまた、舞網市のデュエル環境だからこそ活かせる強みがある。満たせる需要と、果たせる目的がある。

 

「…………それは、『君でなくても。』」

「っ!?」

 

 だからこそ、舞網市のデュエル環境ならではの『定石』が生じる。

 その定石を熟知した権現坂昇に彼が敗れたように、彼がいずれ戦うべき対戦相手のカードを知るからこそ、それぞれのデュエル環境で役割を両立できるカードと戦術を見つけられる。権現坂昇には通用しないカードであるとしても、それはそれでよいのだ。

 今、自分が勝たなければならない相手は、

  

「……《ブリリアント・スパーク》の効果には、

 『1ターンに1枚しか発動できない』発動制限がある。」

 

 光津真澄なのだから。

 彼女は、そのカードを採用して蛇喰遊鬼に勝ちに来た。

 であれば、自分もまた《ヴェルズ・カイトス》と(あらが)うまで。

 かくして決闘者は互いの戦術を読みあい、対策(メタ)を研究し、より優位に立とうとする。

 

「……ボクは、エクシーズ召喚をしない。」

 

 つまり。

 この場合。

 彼女のフィールドに。

 対戦相手にダメージを与えるカードが。

 あるいは戦闘に関する効果を持つカードが。

 《ブリリアント・スパーク》以外、ほかにない場合。

 発動したターンや、それを突破されたターンでは『二度目以降の戦闘』を躊躇させる手段がなく、『三度目の戦闘』が通れば無防備、ノーガードだと相手に気づかれてしまう。

 

「遊鬼のフィールドには、

 魔法罠の効果を受けなくさせられる、『ヴェルズ』モンスターが3体っ……!」

「……()()()()()()()()

 

 これを防ぐべく魔法罠カードを多めに伏せ、あたかも戦闘を抑止できるカードを数多く用意してみせたかのように演じたとしても、蛇喰遊鬼には「ヴェルズ」モンスターを魔法罠から守れる速攻魔法《侵略の汎発感染》がある。

 数多くの魔法罠カードが彼女のブラフ、ハッタリではなかったとしても、ある程度の対策はすでに終わっている。であれば、わざわざ場の「ヴェルズ」モンスターの頭数を減らしてまで無理に攻撃力の高いX(エクシーズ)モンスターや連続攻撃できるX(エクシーズ)モンスターを呼ぶ必要はない。

 「ヴェルズ」モンスターをならべて殴るだけで、光津真澄の魔法罠による防衛を突破しうる。

 

 無駄な動きをしないほうが、確実な勝利を狙える瞬間もある。

 権現坂流”不動のデュエル”の思想も馬鹿にはできないものだ。

 

「……手札から、マジックカード《一騎加勢》を発動。

 ボクの《ヴェルズ・オピオン》の攻撃力を、このターンが終わるまで1500ポイント増強し、4050ポイントになるまで上昇させる。」

「私のライフは、4000ポイント。

 こんなの直撃したら、私のライフポイントが!」

 

 思わず周囲を見渡し、彼女は強張る。

 アクションデュエルならばアクションカードが周囲に落ちていたかもしれないが、自分たちがやっているデュエルは通常のデュエルでしかない。

 いざという時にアクションカードに頼って身を守ろうなんて。まさか復讐相手であろうとも無意識であれやるつもりだったのか、などと彼女は思い至り、自分を信じきれなくなったのだ。*3

 

 彼女の覚悟には、自分自身では無意識からの思考ゆえにやすやすと気づけない、致命的な欠陥があった。誰かに追い詰められるまで、どう自分を見つめ直しても気づきようもない、アクションデュエルへの慣れがあった。

 アクションデュエルでの緊張感は通常のデュエルでの緊張感とは量が異なる。緊張の質はどうあれ、数多くの期待と不安を抱えながら、通常のデュエルではありえないストレスに追い詰められつつ、相手からのプレッシャーに押し克たなければならない。

 ゆえに、ただの通常のデュエルでそれと同等のストレスを感じた際に思わず、アクションデュエルとおなじようにアクションカードを探してしまう癖とは甘えではない。

 心の慣れ、体の慣れは思考を問わずに行われるものだ、無理もない。

 慣れと思考の切り替えが得意ではないだけか、通常のデュエルに慣れと思考が特化していた蛇喰遊鬼が相手だからこその彼女の失敗か、どれであれ彼女は彼自身の気迫と、彼のカードさばきが見せた武器(カード)からの気迫に追い詰められていたのである。

 

 とはいえ、彼女の着眼点はいい。

 もともとの戦術との相性も、効果ダメージによるダメージ・レースも、《ヴェルズ・オピオン》と似た効果を持つモンスターへの対策としては悪くないものばかりで、蛇喰遊鬼が負けてもおかしくはないカードさばきだった。

 彼が《ヴェルズ・カイトス》を魔法罠へ対応するための手段として採用していなければ、今回のデュエル、蛇喰遊鬼は絶対に負けている。蛇喰遊鬼の弱点を蛇喰遊鬼自身がすでに対策していると光津真澄が予想できていれば、さらに戦況はおおきく変わっただろう。

 

 そう、光津真澄の運命は。

 彼とのデュエルにおいては、彼女自身が決めていた。

 

 今の彼女に足りないものとは。

 対戦相手への対策となるカードを相手に対策された場合への対応力。

 あるいは対応力に繋がる発想力が足りなくても、発想力をおぎなえるほどの複数の使い方が見込める器用貧乏ながらも強いうちに入る汎用性(はんようせい)あるカード、……などではなく、

 

「……君は憎む犯人を倒したい。

 でも、そのわりには強い犯人も相手取ったであろう、

 敗者の誇りを、決闘者(デュエリスト)の心の強さを軽んじている。

 今の君の態度を見ると、どうにも『そうだ』としか思えない。」

 

 リスペクトの精神が足りない。

 もしくは、リスペクトある殺意が足りない。

 カードの強さだけでは、対戦相手の強さには勝てない。

 カードの強さだけを見ても、カードの力は活かせない。

 腕っぷしに自信のある乱暴者とてボクサーのボクシング技術にはあっさりと負けてしまうように、ただ肉体が強いだけでは戦いには勝てない。でなければ武術は最初から生まれないように、カードゲームにもまた複数の基本戦術が生まれたのだ。

 対戦相手を知ることは、自分の知らない技術を知ることであり、その技術が生まれた背景を、デュエルモンスターズの歴史を知ることに繋がる。

 

 学習塾じみたデュエル塾ではなく。

 己の流派の精神論、理念も含めて門徒に教えねばならないデュエル流派として、新参者ではあるLDSを見れば、その実態は「図体(カード)がデカくて強いだけの若造」に近いのだろう。

 あくまでも経験が浅い新興勢力でしかない以上、どれだけ上層部が業績トップシェアを誇ろうとも、肝心のLDS塾生たちの対戦相手やカードを軽んじる姿勢では、カードを愛しきれない内面性では凋落(ちょうらく)が見えすえている。

 カードパワーひとつで簡単に心を折れられて、強いカードに目を奪われ、大切にしていたはずの今あるデッキを投げ捨て、相手のカードにだけ手を伸ばす。この繰り返しをするしか道がない。

 それでは意義を見出せない。楽しくもない。

 原始的な「好きなカードたちと共に勝ちたい」程度の夢すら抱けない。

 いつかは強いカードへと唾を吐き捨て、デュエルモンスターズから背を向けるだけだ。

 

 それこそ、かつて。

 問題児だった蛇喰遊鬼により、数多くの塾生が絶望したように。

 

「……マルコ先生が負けたのなら。

 『あの先生にも負けない決闘者が相手だ』と、

 どうして畏敬の念を持てないの?

「あ、相手に怯えてどうする!

 それだけの話だ。どれだけ強くっても、みんなの(かたき)でしょう!?」

 

 ゆえに、彼は。

 どうしようもなく、邪念(ヴェルズ)の宿敵である輝石の騎士(ジェムナイト)への思い入れがうかがえる光津真澄の姿勢に、カードさばきに目を奪われたのだ。

 彼からすれば、今の光津真澄の瞳は人間としての至極(しごく)まっとうな感情から熱く輝いてはいても、決闘者としては蛇喰遊鬼を最後まで見ていない、かつての彼が見惚(みほ)れた当時の熱い瞳からは程遠(ほどとお)贋作(がんさく)の宝石もどき、イミテーションにしか見えていない。

 つまらない瞳。

 どれだけ普通でありきたりで尊い、まっとうな感情から輝いても。

 彼女は決闘者として、カードゲーマーとしては目が(くも)った状態でしかない。彼女の情熱だけで彼女がデュエルに勝てるのであれば、だれだって夢見るだけで舞網市のプロデュエリストになりうるし、チャンピオンにだってなれてしまうであろう。

 

 だが、現実そうではない。

 そうではないから競い合いは奥深く、面白い。……あるいは冷たい。

 なのに、心ひとつで馬鹿正直に自分たちを見つめてくれたから、蛇喰遊鬼は光津真澄に惚れたのだ。その瞳が誰とも知れぬ男を、または彼が知っている男”黒咲隼”や塾講師マルコを映しているなど許しがたいという独占欲ある嫉妬心(コイゴコロ)は無きにしもあらずだが。

 

 とにかく彼は、今の彼女の目が気に食わないのである。

 

「……今『ボクだから』と警戒したところで、その姿勢は、

 ボクがこれまで戦ってきた、歴戦の決闘者を軽んじるようなもの。

 彼ら彼女らから学んで、《ヴェルズ・カイトス》の採用を決めたボクの失敗、経験、記憶までも軽んじるようなもの。

 もちろん、真澄、君が君自身をみくびっているのと何も変わらないんだ。」

 

 だからこそ、彼にとっての逆鱗に触れてもいた。

 わかりやすく暴力に走るわけではない。彼女の内面性を否定しきるわけでもない。なんなら逆鱗に触れられようとも、相手は恋した光津真澄なのだからとこらえて逆鱗(地雷)をあたかも普通の()であるかのようにごまかすほどには間違いを許せる。

 自分の逆鱗に触られたくないがそれ以上に、惚れた女が自分で自分を軽んじるような真似をすることのほうが、いちばん許しがたいし止めさせたいのだ。ここまでが遊勝塾との三本勝負の際に抱きあった、だれのものにもされたくない、蛇喰遊鬼にとっての”いい女”への彼の感情であった。

 

「……憎しみ、怒り。

 そんなものを束ねても、こうして君が弱くなるだけなんだよ。

「……っ!」

 

 昨日までの君の方が強い。

 そう言われたからだろうか。

 敗北を悟った光津真澄の瞳には、受け止めきれていない迷いと涙が浮かんでいた。

 

 今ならわかる。

 彼女の運命を変える力は、彼女の心の中にしかない。

 いかに強力なカードやデッキを渡して復讐相手に敗れうる未来を変えたところで、その復讐心を見とがめる赤馬零児によって彼女が記憶を書き換えられる未来までは変えられない。彼女自身がみずから、自分の復讐心と見つめあわなければならない。

 

 自分の邪念(ヴェルズ)と向き合わなければ、邪念(ヴェルズ)に呑まれて、狂うだけ。

 

「……全員で攻撃。」

「そ、そんな……そんなのって……」

 

 呑まれた結果がこれだ。

 わかりやすい派手な決着はしない。

 地道に下級モンスターをならべて殴る。

 たったそれだけの負け方で、光津真澄は負けてしまう。

 いつもどおりに純粋にデュエルを楽しめていれば、あるいは蛇喰遊鬼を越えようとまっすぐに見つめることができていれば、「ひょっとして、このコンボだけでは勝てないかもしれない」とデッキの内容をさらに工夫していたかもしれない。

 今の彼女は運命に、復讐心に流されたのだから、それは実現できない”もしも”の話。

 光津真澄の瞳は決闘者としては、どうしようもなく、くすんでいた。

 

 うつむいて座りこんだ彼女へ、彼は歩み寄る。

 

「……君だけが。

 自分だけが誰かを守るために真面目に戦う気だ、みたいな。」

 

 たかがカード、されども決闘。

 決闘者とは、格闘家や剣士に似てゆくものだ。

 己の心ひとつで技の精彩は濁り、強い体だけでは技が足りず、自信や自尊心ばかりを強めれば道具や技を選んでばかりで相手の武器や妙技を認められなくなる。すべてをそろえても、己の戦う動機ひとつのために勝負を焦り、勝ち方にこだわり、技で負ける。

 

「戦うことが正しくて、自分が傷つくのはどうでもいい、みたいな。

 まわりの心配はできるくせに、こっちの気持ちには気づかない、だとか……さっきから……」

 

 認められないのだ。

 かつての自分を討ち取った女が、たかだか仇討ちなんて激情にかられて、あっさりとデッキ構築の段階で負けるような戦い方を選んだことが許せない。舞網市の定石であろうとも、そんな些細なダメージを与えるだけのカードでは自分を追い抜いてくれない。

 対戦相手に痛みを与えることばかりに意識が向いて、対戦相手に勝つことへ意識を向けきれていない。「相手のライフを削れば勝てる」程度の認識で勝てるのであれば、だれでも直接ダメージを与えるカードだけ使えば勝てるはずだが、そうではないから面白い。

 

「さっきからっ……!」

 

 自分の相棒、《ヴェルズ・オピオン》を突破しない時点で。

 彼女の今の戦い方に勝機はあっても、こちらの軍勢を切り崩して勝利への道を切り開くほどの力はない。発想は悪くないが、二の手、三の手と似た戦術でこちらを追いこめないのならば、魔法罠を何枚も伏せる強みは無いのではなく、その強みが足りない。活かしきれていない。その程度で仇を討てると思うことは、馬鹿らしいのではなく、

 

「ボクを馬鹿にしたいの!?」

「『馬鹿にしたいか』って、そんなつもりじゃ……!」

 

 彼女の腰が抜けているようにしか見えないのだ。

 

「……なら、一緒に帰ろうよ。…………るから。」

「なによ?」

 

 目の前にある彼女の限界、《ヴェルズ・オピオン》を打ち砕かず、目の前にいる相手、蛇喰遊鬼を倒そうとしていない彼女の《ヴェルズ・オピオン》に対するぬるい姿勢のままで、相手や相手のデッキを見つめないままで勝とうなんて思いつきが浅ましい。

 効果ダメージを中心としたデッキを使う決闘者とて、始まって数ターンの間に勝利できるとは思わないから、さまざまなカードを採用すると知っている彼には、彼女の体たらくが認めがたい。

 そんな体たらくで自分に勝とうだなんて、復讐相手やマルコ先生を馬鹿にされたように思えるどころか、自分や自分と戦ってきた歴戦の決闘者たちまでも馬鹿にされたように思えて腹立たしい。

 

「ボクが守る。から。」

 

 ああ、信じたくない。認めたくない。

 自分の惚れた女が落ちぶれたなど、絶対に。

 守ってやらねばならぬほど、復讐心に心を呑まれて決闘者として弱体している醜態なんて見たくもない。このうえで記憶も心も操られて、人間としても決闘者としても凌辱されるも等しい羞恥を受けて、あげくのはてに復讐相手を賛美しうるなんて無様は余計に許せない。

 知る運命どおりの彼女でしかないのならば、彼女自身に変わってもらうしかない。そしてそれは復讐の幇助(ほうじょ)ではなく、決闘者として強くなるまでは面倒を見るという修行でなければ意味がない。

 つまり、ある意味では今までどおりだが、彼女を運命から守るためには、わざわざ彼女の傍で彼女自身がその運命を打ち破れるほどに強くなれるまで守らねばならない。その手間をしなければならないほど血迷った彼女を認めたくないのに。

 惚れて焦がれて恋した以上、ここからは愛するしかないのだ。

 

 彼女を支えるほか、気に入る道がない。

 蛇喰遊鬼に勝つと息巻く決闘者が、蛇喰遊鬼が認めた女が、この程度で立ち止まるなどあってくれては自分が困るのだから。

 

「ゆ、遊鬼?」

「……だめなの?」

「だっ、」

 

 この瞬間、光津真澄が頬を赤らめたことの意味を悟れないほどに、蛇喰遊鬼もまた激情に呑まれていた。復讐心で決闘の腕を鈍らせた光津真澄とおなじように、彼は決闘者としての感情が人間としての共感性を鈍らせてしまっていた。

 彼女が彼の内心を一切知らず、または悟れたとしても、さきほどまでの彼の言葉だけを意識して聞きとれば、「愛するあなたの身を案じているので、あなたを守りたいのです」と伝えていることに変わりがないと、ほかならぬ彼自身が気づいていないのだ。

 

 そうも口にしてしまえば、「愛しています」と告白したのも同然なのに。

 

 決闘者も、武道家も、剣士も。

 一般論での正義や正気ではありえない、常軌を逸した結論を出すものだ。

 残念ながら、この決闘馬鹿の場合、どれだけ言葉を選ぼうとも、こぼれた言葉すべてが光津真澄への惚気である。惚れた決闘者への惚気であり、惚れた異性への惚気でもある。

 いずれも結局は女への愛情であるのだ、という自覚もないタチの悪さ、鈍感さへと決闘者としての意志の強さが変わり果ててしまっている。ある程度の良識や共感性がありながらも、決闘が少しでも関わると決闘者としての自分自身はともかく「普通の人間」としての自分自身にだけは自覚できなくなっているのだ。

 このふたり、目の曇り方の方向性こそちがえども恋愛面だけで言えば、間違いなく、おたがいに相手のことを言えないほどに相手を想ってポンコツになりやすかった。決闘者としての彼女の目がくすむのならば、ただの少年としての彼の目もまたくすむのである。

 

「……そもそも、きっと。

 うわさの襲撃犯が『二人以上』はいるかもしれない。

 ……君がひとりで帰るのは危険、すぎる。」

「二人?」

 

 ことが終わり次第、冷静になれば。

 彼は自分の言動を思い返し、男子らしい羞恥心から思わず絶叫するかもしれないが、代わりに彼女は「なんで『このコンボで勝てる!』って信じきれたのかしら……?」と首をかしげるだけで済むのであろう。その間違いから生まれた想い出を大切にしまいながら、なにごともなかったかのように蛇喰遊鬼へと話しかけるのだろう。

 

「……沢渡を襲ったやつが、なんで、

 『マルコ先生だけをズタボロにする』の?

 あの口の悪さからして、沢渡のほうがひどいめにあってそうなのに?」

「え? ……あっ、」

 

 かの正体が何者であろうとも。

 蛇喰遊鬼もまた、今はまだ恋する中学生なのであった。

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘で恋ができますか?】

【A,たとえば、あなたが運命の敵である決闘者と戦わざるを得ない場合、相手の強さや実力を信じてもいないのに「守ってあげる」と相手の意思を問わずに相手を守ろうとする行為は、本当に自分が弱いのか、自分の実力が至らないのかを相手に納得させられるわけではなく、あなたが相手の自由意思を軽んじて相手の意思を殺し、あなたの思いのままに相手を支配する関係性にも発展しかねません。かえって反感や悪印象、時には恐怖をも抱かせます。反抗された場合は素直に受け入れ、どうすれば相手が納得して身を引いてくれるのかを地道に考えていきましょう。思い切って自分に同伴させ、守ろうとする自分の実力を先に魅せるのもありです。】

 

【Q,なんでこんな簡単なことに気づけなかったのよ……】

【A,気づけなくなるほどにマルコ先生が大切だったのでしょう。なにかを教え導いてくれたひとの存在は、自分で言葉にして思っている姿よりも、無意識であれ大きく思えているものです。】

 

【Q.ロダソウ テイツニンケ タテシレブンメ ガラツヤニエマスダ キンホガラレワカンナ ウホヒ】

【A,邪念(ヴェルズ)がそれ言う???】*4

 


今日の最強カード

 ☆《ヴェルズ・カイトス》

 自分をリリースして、相手の魔法罠カードを1枚破壊する効果を持つレベル4の水族・闇属性の「ヴェルズ」モンスター。

 フィールド魔法・永続魔法・永続罠カードの効果を対処しやすく、《ヴェルズ・ケルキオン》の効果で墓地からの回収、《忍び寄る闇》《侵略の侵食感染》でデッキからの確保ができる。

 モンスター効果を使う機会がなくとも、「ヴェルズ」X(エクシーズ)モンスターのX(エクシーズ)素材にできるレベルを持つために、対戦相手のデッキや戦略に左右されて手札で腐るような状況は少ない。

 

 おなじ効果を持つレベル4魚族・水属性モンスターの《ディープ・スイーパー》と似たあつかいやすさを誇る。今後の新規カード次第では、そちらにも負けない利便性を得るかもしれない。

 すでにあるカードの中では、《ダーク・クリエイター》の効果による再利用との相性が良い。

 

 

 なんの工夫もなく手札から使用しようとすると、貴重な通常召喚権を使って魔法罠を破壊する効果にしか読めないために《サイクロン》とくらべると見劣りするカードだと思われがちである。

 ……と言えば聞こえは悪いが、

 

「モンスターを復活させるカードがすべて《サイクロン》に劣るカードへ変換できる」

 

「その効果の発動タイミングは召喚・特殊召喚に成功した場合ではなく、召喚・特殊召喚に成功したタイミング”以降”に、”任意で”発動できるうえ、手札1枚から呼び出せる下級モンスターでしかないため、この魔法罠を破壊する効果および《ヴェルズ・カイトス》の召喚・特殊召喚を相手は『召喚・特殊召喚・効果の発動を無効にして破壊する』カードでは処理しにくい。」*5

 

「そもそも自身を代償として発動する効果なので、相手からの『発動を無効にして破壊する』カード効果による破壊を受けても決定的な痛手を負うわけではないため、相手は《ヴェルズ・カイトス》への対応に困り、こちらの次の一手を妨害できなくなるか魔法罠を破壊させて妨害手段を温存するかの二択を迫られるどころか、この手の効果は《スキルドレイン》《マクロコスモス》のような、『永続効果でフィールド上のカード効果を無効にする』カード効果や『墓地に送られるカードを除外する』カード効果の影響を受けず、サイドデッキでの事前の対策がしにくい。」

 

 と、言い換えれば、自分や相手の想定を越えた立ち回りや心理戦をも狙えるカードではあるので、遊戯王において迂闊(うかつ)に汎用性の高いカードと比較して「弱い」と決めつけてはいけないカードの一例であると言えよう。

 


次回予告

こうして運命は変わり始める。

 

些細(ささい)な思いつき。

ほんのちょっとの夏バテ。

これまでの少女の日頃の行い。

光津真澄の歩みが変わり、柊柚子の歩みと交わる時、

小学生三人組のからかいが始まる。

 

次回

とある夏日(なつび)恋愛談話(ガールズ・トーク)

お楽しみは、これからだ!

 

 

 

 

 

 

「憎しみ、怒り! そんなもの束にしたって俺には勝てないぜ!」

「憎しみを束ねても、それは、脆い!」

―――名もなきファラオの言葉

*1
この世界でのデュエルは『ライフ4000ポイント制』なので、効果ダメージを与えるカードの使い方次第では、装備魔法をモンスターにつけて殴るだけの単純なコンボだけで勝ててしまう可能性をぐんと高めてくれる。昔懐かしで現代でも有用なカードで言えば罠カード《破壊輪》《魔法の筒》《ディメンション・ウォール》、現代遊戯王でいえば罠カード《業炎のバリア―ファイヤー・フォース―》などが該当する。

*2
「元から出番がない」とか「『ヴェルズ』モンスターとは(えん)所縁(ゆかり)もないカードを使ったソリティアデッキでもないと出番がない」とか言ってはいけない。

*3
原作【遊戯王ARC-V】においては、彼女が復讐相手を前にして「アクションカードを思わず探す」なる仕草は見せていない。あくまでも親しい間柄の人間、なおかつ「自分への印象」という自己認識にも関わる恋愛対象からの、あまりにも強いプレッシャーを受けすぎただけである。

*4
アーケードゲーム【デュエルターミナル】シリーズにおいて、数多くの種族がヴェルズおよびヴェルズ保菌者「インヴェルズ」による影響で負の感情に呑まれ、ことごとく異種族にとっての最悪の敵に成り果てている。作中における諸悪の根源としては深く語られずとも暗躍し続けており、【デュエルターミナル】シリーズのサービス終了後の物語を描いたOCGオリジナルカードでも、その動向は「なぜか端数50があるモンスター」や、どういうわけか『光属性・悪魔族』という【デュエルターミナル】シリーズにおいて因縁深いステータスを持つ《インヴェルズ・オリジン》などのイラストでうかがい知ることができる。

*5
『召喚・特殊召喚・効果の発動を無効にして破壊する』カードは戦略上、相手が複数枚のカードや多大なライフコストを支払って使用したカードへの対抗手段として使いたいカードであり、間違っても、手札1枚から出せるうえに効果も特別に強いわけではない下級モンスターへは使いたいものではないため。




 副題はゲーム・漫画・アニメ【月姫】、および漫画・アニメ【屍姫】より。

 屍姫は【鋼の錬金術師】や【私が持てないのはどう考えてもお前らが悪い!】でより有名になった(かもしれない)月間漫画雑誌【ガンガン】にて連載された仏教系ゾンビハンター漫画です。
「仏教関連でゾンビとは何ぞや?」
 と思われるかもしれませんが、妖怪変化の伝承を思わせるゾンビ「屍」の過去には推理小説の犯人を思わせる過去や因習村案件も含まれていたりと悪霊の(たぐい)として説得力があるだけでなく、【遊戯王ZEXALⅡ】に登場するバリアン世界の住人がすきなら一読に損がないバトル漫画です。
 ご購入の機会を得ましたのならば、けっこう巻数があるので、家の本棚やPC・スマホの容量をよく見て保存してください。


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とある夏日(なつび)恋愛談話(ガールズ・トーク)(19話)

 夏日。

 LDSと遊勝塾の三本勝負を終えて数日後。

 すなわち光津真澄と蛇喰遊鬼の痴話喧嘩、……もとい、デュエルの翌日。

 榊遊矢の舞網チャンピオンシップ出場権の『特別枠』をめぐった大人たちの動向、おもに舞網市デュエル協会とレオ・コーポレーションの協議が進み、『榊遊勝の息子』への優遇措置が裏で決まりつつあった事実など、LDS塾生には関係なく、知るよしもなく。

 当の榊遊矢が出場権を得るべく、真面目に学内で対戦相手を探すように、出場権を得るために必要なことを「みんなと同じ条件で達成しよう!」と健全な努力を始めたように。

 ほかのアクションデュエルの若い芽たちもまた、成長を止めず。

 されども彼ら、彼女らには日常があり。

 

 彼女らのひとり、光津真澄は通塾とは別の用事で、街道(かいどう)を歩いていた。

 その隣に蛇喰遊鬼(じゃばみゆうき)はいない。

 

 昨日、彼に守られながら帰宅した際、ひと悶着あったことを思い返して頬を赤らめはするものの、この暑苦しさのなかでは恋愛沙汰での発熱は夏日への不快感やわずらわしさと混ざってしまうものである。

 純粋に、雑念なく。

 まともに恋ができるのかと自分に問えば、返答に困るほどの不安があった。

 光津真澄から見て、あれだけ彼から情熱的に迫られて間もない今に、この不安から「ごめん、今日はひとりでいい?」と断ってしまったのである。相手の受け取り方次第では、

 

「脈なし」

「一晩よく考えたうえで、真澄にフラれた」

 

 と、思われてしまいかねないのだが。

 相手の気持ちにまで頭を回す余裕を失っている時点で、すでに朝から不快感に精神がやられてしまっていた。もちろんアプローチを受けてなお、個人行動を選んだ理由は他にもある。

 

 手に持つ紙は、LDSで配布された事件現場の地図。

 危険だから近辺には寄らないように、という注意書きが添えられたものだ。

 さすがに注意書きを無視してまで女の子ひとりで事件現場に近づくつもりはなく、ひとりの中学生としての用事の合間に道を確認しながら現在地を把握しつつ、事件現場との位置関係を把握するくらいの用心はしている。

 野次馬根性での興味関心や、当事者意識を持った正義感なんかで忘れる気など彼女にはない。

 舞網市のため、みんなのためと(こころざ)す情熱があろうとも。

 自分(わたし)にも、自分(わたし)を大切に想ってくれる異性(ひと)がいる。

 この身を案じる愛情を裏切ってまで身を削り、なにを求めるのか。「いざとなれば共に戦ってくれる」とまで言ってくれたのだから、自分から犯人を追いかける気は消え()せていた。

 あの日から復讐よりも優先したい、新しい日常が始まっている。

 

 中学生だって、いそがしいのだ。

 恋路を急ごうと急ぐまいと。

 

 決闘や復讐だけが、舞網市に生きる子供の物語ではない。

 

「あのあたりって、船着き場の倉庫が多いはずよね。

 でも、噂に聞いたマルコ先生が襲われた場所は地図の『これ』で、あまり行く理由もなさそうな……ちょっと古い見た目のマンションがあるあたりで、大通りから離れた道。

 どうして、LDSと関係のない企業が関わる場所で……?」

 

 されども彼女は思い返す。

 先日の塾長先生の、社員の男『中島』との会話。

 今日メールで伝えられた、マルコ先生の一時休職。

 蛇喰遊鬼から指摘された、「襲撃犯が二人」「それぞれの動向が異なる」可能性。

 

「LDSの先生が襲われた、とは聞いたけれども。

 本当に地図のとおりなら、襲われる共通点なんて『LDSだから』しか残らないような……いや、私の知らない先生だっているんだ、きっと決闘者だからこその共通点があるはずなのよ。

 そう、だから……あら、」

 

 なにを思い悩もうとも、時間は進んでいく。

 自分にとっては恩義があり尊敬する塾講師の身に、なにがあろうとも。

 夏休みが近づこうと、中学の春期学習に終わりが近づこうと、そのための通学にむけた起床時間や、デュエル塾の夏期学習は変わらずやってくる。恩師を心配しても、恩師の容態が回復しきったり、恩師の様子がわかるわけではない。

 それでも時間は進み続け、何気ない思考で空白は埋め尽くされていく。

 

「あの病院よね?

 御見舞の品、どうしようかしら。」

 

 もちろん、安物で済ませはしない。

 あくまで今日の買い物は、日頃の衛生用品としてテッシュや歯磨き粉を買い足すためだ。

 そんなものを蛇喰遊鬼に見せながら買い物に同伴してもらってしまっては、なんだかイケナイことをしているようで気恥ずかしいとか羞恥心とかの言葉では説明がつかない、こそばゆいものを感じてしまう。それが生理的な気持ち悪さに変わるのか、安心感を秘めた心地よさに変わるのかは自分でもわからない。

 だから私は距離を置いたのだ……とまで思い返して、ふと彼女は気づく。

 あまりの暑さのせいか、あまり思考がまとまっていないようだ。

 もし御見舞をするのならば、フルーツやデザートがいいはずだろう。デザートと言えば、ここ最近は真夏日が多く、とにかく暑くて仕方がないせいか、やたらとソフトクリームが思い浮かぶ。

 そろそろ服の組み合わせを変えるべきだろうか。

 なんだかんだと不規則に考えが浮かぶうちに、どうにも冷たいものが食べたくなってくる。

 

「そういえば。

 彼、冷たいもの、なにが好きなのかしら……。」

 

 なにを気にしているんだ、私は。

 思ったことを恥じらいもなく、思うまま言葉にしてしまうほどに、ここ最近の気温と湿度で私の頭がのぼせあがってしまっているらしい。夏の魔物というやつだろうか。

 ここまで意識に曖昧さが出てくると、どこにでもあるコンビニのガラス扉が分厚い扉にも思えてくる。暑苦しい外界と涼しい内界をへだてるガラス一枚がどうしても荘厳(そうごん)に感じてしまう。

 

「いっそ、せっかくだし、カフェでアイスクリームが乗ったパフェでも食べたほうが。

 ……ひとりで行くのもなんだし、そのまま、で、デート、いえ、だから、さっきから私はマルコ先生が入院している間に、……なにを惚気(のろけ)て、」

 

 罪悪感。幸せになっていいのか。

 切なさ。大切なひとと共にある時間がほしい。

 不快感。とにかく暑い、涼しくなりたい。

 

 ぐちゃぐちゃ、ごちゃごちゃと。

 欲求や良心や恋心が複雑にからみあい、それぞれの感情の境目を失って狂いかけるかと、自分自身の精神状態に怖気まで抱き始めた、ちょうどその時。

 

 コンビニの扉の向こう。

 店のカウンター前で勘定を済ませた人影。

 

「あっ、あなたは!」

 

 ピンク色の髪をした女の子が目を見開いた。

 

「あなたは、……柊柚子。」

 

 柊柚子。

 榊遊矢や遊勝塾をめぐった三本勝負。

 あの第二回戦で対峙した、遊勝塾の後継者たりうる少女。

 

 ……浅はかぬ因縁ではなく、()()()()がある相手だ。

 

 精神状態が絶不調の相手に勝ってしまった、おたがいの全力で(しのぎ)を削りあう決闘にはできなかった、という競技者(プレイヤー)としての物足りなさのほかに、LDS塾生としての複雑な思いがある。

 彼女や榊遊矢との交友関係にある他塾の塾生、権現坂昇の参戦を理事長先生が許してしまい、その権現坂昇との決闘に蛇喰遊鬼が応じた結果、ものの見事に引き分けにされてしまい、最初の取り決めには想定にない決着だったせいで延長戦に突入。

 その延長戦の最中にマルコ先生が襲われて勝負を預けるしかなくなり、遊勝塾は守られた。

 

 柊柚子にとっては幸運かもしれない。

 だが私には、私にとっての恩師の不幸ありきの勝利にも見える。

 

 彼女が遊勝塾の塾生を連れて買い物に出かけられている現在は、ひとえに「事件があったから」と言えなくもない。彼女が自分の実力で遊勝塾を守れたとは私には言いにくい。かといって、他塾の塾生でしかない権現坂昇を迎え入れる機会は事実、彼女たちの人間関係(コネクション)による賜物(たまもの)

 遊勝塾が掲げる『エンタメデュエル』の定義は私も知っている。

 榊遊勝とは何者であるのか、親の世代の話とはいえ「知らない」とは言わない。

 その後継者たる塾生の筆頭が、商売敵になってもおかしくない他塾との交流を持ち、あくまでも『エンタメデュエル』の精神を貫こうという姿勢を揺るがされもせず、あの一戦を除けば、確かに彼女の瞳は本物なのであろう。

 

 だからこそ、思い残した。

 出会いがああでなければ、どんな決闘ができたのだろう。

 マルコ先生が襲われなければ、どんな顔で再会できたのだろう。

 

 もしかすると。

 LDS塾生としての、プロデュエリスト志望者としての。

 あるべき将来への不安などない、あの遊鬼(ひと)との一時(ひととき)のような。

 

「げっ、LDSのねえちゃん!」

「こら、フトシくん!」

 

 ほら、一人は警戒心を露わにした。

 だから、この空想は届かない。叶わないのではなく、きっと抱え続ける。そうしなければならない諦めではなく、そう思える気持ちは変わらずに、おなじ空想に手を伸ばしては、

 

 

「……いいわよ、べつに。」

 

 変えられない過去を惜しんで、くすみのない彼女の瞳を見て、ほんのちょっとの安堵から微笑むしかできない。「ああ、問題は解決したのか」としか思えない。

 次の決闘で望みが叶っても、思い残した決闘が変わるわけではないのだから。

 マルコ先生の不幸を忘れられないし、あの日の彼女の狼狽(ろうばい)にできることなど自分にはない。

 

 おおよそ、ちびっこ塾生たちのアイスでも買いに来たのだろう。

 わいわい騒ぐ子供たちをたしなめる彼女は、こちらへ振り向いた。

 

「あのっ、この前はありがとう!」

「え?」

 

 いきなり頭をさげられても困る。

 この前といえば、彼女の居場所をめぐった決闘のことか。

 それを「ありがとう」と言われても。

 

「助けてくれたことよ!

 あのまま柱に頭をぶつけていたら、私、どうなっていたか、わからないじゃない?」

「あ、ああ、あれね?」

 

 なんだ、その話か。

 それより、私の手。

 汗で湿っているのだけれども。

 気にならないのかしら、彼女は。

 光津真澄も花の中学生である。あまり『清潔感』なる曖昧な言葉で片付けはしないが、ひとの汗で自分の手を濡らしたいのかを自分自身に問いかければ「ないわね。」と思うほどには、それなりに嫌気がさすものを感じる。

 ひとによっては唾や鼻水よりマシだと思うかもしれないが、人間の体外へとあふれるものへ苦手意識を持つ、あるいは処理せず放置した結果どんな不快感を味わったかの経験によっては、やはり汗は汗で他人のものであれ自分のものであれ、しっかりと拭き取りたいと思うものなのだ。*1

 当事者の認識に左右される『清潔感』の話題において、光津真澄にとって予想外なことを柊柚子は行ったのである。相手の不潔さよりも自分の感謝を伝えることを優先する。これは競争ありきの人間関係では「気に食わないやつが格落ちしてラッキー!」といった子供じみた悪意抜きで語れる善性ではない。

 

 その手の悪意に似た悪意はLDSの教育方針、すなわち赤馬日美香の教育方針を受けた、かの赤馬零児の義理の弟すら抱いてしまっていた。

 

 共感性のなさ、人間の幼児性のひとつである。

 たとえば「なぜか行方知らずとなった榊遊勝は(おそらく)決闘から逃げており、その息子もまた(たぶん)臆病者である」といった、事実に基づいているようで事実に基づいていない、自分にとって都合のいい悪評を自ら思いついて対象を貶め、対象を貶めるための理屈を設けて、自分のやりたい侮辱を自分で補強するだけの無意味な思考と嗜好に囚われてしまうとき。

 そのとき、ひとは共感性を忘れ自己満足を優先する幼児性にも囚われている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 それは復讐のために「みんなの仇」という大義名分を思い浮かべてしまった光津真澄の、彼女が自分で傷つけることになる決闘者を見定めようとしなかった姿勢にも近い。

 自分の心、身内への共感性を優先しすぎて、自分の認識や大義名分が正しいのかを落ち着いて考える余裕がない、大義名分や理屈へ依存しきった精神状態へと自分を気がつかぬうちに追い込むのだ。きっかけが悪意であれなんであれ、感情を発散できる理屈を叫んで自分自身の心を(かえり)みなくなれば大差がない。

 ひとは()ず、それらの現実を見ない情動による醜態を『妄信』と呼ぶ。

 

 ところが、柊柚子は。

 心は心でも、彼女自身から湧き出る感謝の気持ちを優先したのである。

 

 女性同士のいじめといえば、清潔感の優劣や有無を口実とした噂話から始まる村八分のたぐいが有名な精神的虐待であろう。トイレの中にいる相手の頭に雑巾を投げつけて汚らしい状態にすることで相手を貶めよう、という意味があるようで実はない行為もわかりやすい例であろうか。*2

 さて、この瞬間、柊柚子が自分の悪意による(よろこ)びを選ぼうと思えば、光津真澄の汗を口実とした「汚い」「汗臭い」といった言葉で相手の品格を下げようという、実際には品格を下げられていない誹謗中傷を行うことも可能であったはずなのだ。

 そうであろうに、自分の実力が及ばなかった悔しさから滲み出る悪意など零れ落ちることなく、元より滲むこともなく心からの感謝が言える、善性のある少女であった。

 柊柚子と似た人間性の同性にLDSや中学校で出会えたとしても、夏場の手汗を気にせず握手を選ぶかどうかとなると厳しいものがあろう。ゆえに、

 

「あんなの、やって当然じゃない?」

「それは、そうかもしれないけれど!」

 

 ぐいぐいと近寄ってくる柊柚子を前にして、光津真澄は顔を背けて頬を赤らめた。

 高潔な女騎士然とした光津真澄がいくら謙遜しようとも、身の程を知らぬ我欲はない町娘然とした柊柚子からは純粋な気持ちばかりが装飾もされずに伝えられていく。

 プレゼントの箱を選んでから装飾して渡すのが蛇喰遊鬼だとすれば、「我がプレゼントに箱など使わぬわァ!」と自分の手で直接渡すようなストロングで直球勝負すぎる気質を持つのが柊柚子であるために、あまりにも距離感や過程や手数がなさすぎて、光津真澄は彼女に先手を取られてペースまで取られてしまっているのである。

 相手が榊遊矢でさえなければ言葉を選ばずとも適切に気持ちを伝えられる、柊柚子ならではの強みである。柊柚子は光津真澄の手を両手で包みこむ。

 

「えっ?」

「たすけてくれて、ありがとう!」

 

 青空のように澄み渡る瞳が、内から熱く輝く紅玉(ルビー)の瞳を見あげる。

 光津真澄の知る女性たちの笑みの中では見覚えのない、いや、見慣れようもない柊柚子の(さわ)やかな笑みには、ほのかな赤らみがあった。

 

「そ、そう。

 どうも、いたしまして?」

 

 つい、柊柚子の両手を両手で握り返す。

 こちらを見つめる柊柚子を、まじまじと見つめ返してしまう自分自身の目に気づいて、またしても光津真澄は視線を逸らす。

 光津真澄は遊鬼のおだやかな目や決闘者らしい鋭い目を見るときとは、なにかがちがう気恥ずかしさを感じていた。

 

「ところで、ねえ真澄?

 あなたの後ろ姿、なんだか見覚えがあるの。」

「ますっ?」

 

 名前呼び? いきなり!?

 またしても光津真澄は動揺した。

 まずは苗字読みではないのか、と人間関係における距離の詰め方への先入観があるうえで、気持ちの直球勝負を極めすぎて親愛に容赦も遠慮もないエンターテイナーの娘の仕草を初めて見てしまい、混乱と驚愕と羞恥心とで気が動転し始めているのだ。

 もしも光津真澄が男性であったならば、よその学校の人気者である女子中学生に翻弄される優等生の中学生男子じみた挙動になったのかもしれないが、あくまでも交友関係が狭く品格を気にする御令嬢でもあるために、落ち着ける交友関係から生じる友情では芽生えない友情、ほがらかな親しみに戸惑うだけの少女らしい挙動には収まっていた。

 

「先週の日曜日よ。

 たしか、中央街のコスメショップで、」

「コスメショップ?」

 

 ふと思い返し、さっと唇を手で隠す。

 

「……ひ、ひとちがいじゃないかしら」

「え? でも、学生向けの色付きのリップクリームのコーナーで、あなたの綺麗な黒髪が……そう、そうよ、すごい印象に残っちゃってね! 髪のケアどうしてるの?」

「そういうことじゃないっ!」

 

 先週の話は言わないでほしい。

 いや黒髪の話ではなく、化粧品の話で。

 まんざらでもない気分にさせられる褒め言葉を交えた問いかけに、どう返事すればよいのかではなく、まずどれから返事をすればいいのかに光津真澄は戸惑った。褒め言葉に喜ぶほうが先か、髪のケアについて答えるほうが先か、先週の日曜日について深くは訊ねないように伝えるのが先か?

 

「ご、ごめんなさい。

 秘密の買い物だったの?」

「そこまで言わなくてもいいでしょう……!?」

 

 おかしい。

 一度は自分の敵になっていた私を相手に、思ったよりも遠慮や警戒心がない。

 パーソナルスペースを物理的にも精神的にも詰めてくる。

 こちらの顔色を(うかが)おうと、身を近づけてくる!

 

「LDSのねえちゃん、なんか声がしびれてるみたいに震えてるぜ?」

「この前のユウキっておにいちゃんがすきなんでしょ?

 ()()()()()()なら、あんまり言っちゃだめなんじゃない?」

「それを言ったら、それを言うこと自体もアウトなんじゃ……」

 

 光津真澄が彼女へ動揺する間にも。

 ちびっこ三人組がぺらぺらと口を開いている。

 

「えっ、あっ!?

 本当にごめん!」

「もういいわよ、もう……。」

 

 ようやく相手の困惑に気づいたのか、柊柚子が手を離した。

 あれだけ榊遊矢との熱いものを感じる関係にありながらも、まさか恋愛や乙女心の機微には目がくすみやすいのだろうか。

 ちびっこたちの会話から、こちらが語られたくない理由を悟ったらしい。

 光津真澄は隠した唇から手を放そうとして、指までは離せずに唇を意識してしまう。

 

 リップクリームを変えて間もない日、すぐに気づいたときの蛇喰遊鬼の狼狽(うろた)えた顔が頭に浮かんでしまうのだ。あのときの彼が自分という女の唇を意識して耳を赤らめていたことをふくめても、ゆっくり思い出したいが、ひとには思い出されたくない。

 大切な思い出は、自分で静かに感じ入りたいから。

 

「……じ、事実だろうがなんだろうが、

 『知った口で言われたくない気持ち』もあるのよ。

 あなたが榊遊矢に感じる気持ちも、同じじゃないの?」

「なんっ、なんで遊矢の話!?」

「あら、無自覚?」

 

 ちらりと、ちびっこたちに目を配る。

 言葉にはされていない問いかけを察したのか、呆れた顔でフトシと呼ばれる太めのコがぼやいた。

 

「しびれるくらい素直じゃないんだぜ。」

「こらーっ! 女の子には秘密があるの!」

「アユちゃんも秘密のこと話してるよね……?」

 

 打てば鳴るとは、このことか。

 三者三様に応えてくれた。

 あれだけ熱いものを見せつけてくれる間柄なのに、素直になれないとは哀れなものだ。

 

「……私も同じか。」

「どうしたの?」

 

 不思議そうに様子をうかがう柊柚子を見て、気づく。

 彼女の陰に隠れているコンビニの店内からは、子供たちの様子を見て、さあどうしたものかと思い悩む表情をした客が立ち往生をしていた。

 

「あなた、そこから離れたら?

 店の前だし、お客さんの邪魔よ?」

「え? あっ! みんな、早く帰ろ!」

 

 これ以上は長話になる。

 そう気づいたのか、ちびっこたちに声をかける柚子。

 あれだけ目を曇らせるほどに気を配る性格からか、ちびっこたちを置いて先に行くことはないが、その急かす足と仕草には、まるで彼らを置いて行きそうな勢いがある。

 

「真澄! 恋、がんばってね!」

「余計な御世話よ。()()()()()

「なんで私も!?」

 

 本当だ。素直じゃない。

 

「自分の恋路くらい、認めればいいのに。」

 

 さっさとアイスを買って食べよう。

 きゃあきゃあと後ろがうるさい。こんな暑い日に、お互いにアクションデュエルのために体力を鍛えているとはいえ、あの子たちは、よくそこまで元気に騒ぐことができるものだ。

 遊勝塾がどのような塾で、どのような気風なのかを知った光津真澄は、さて自分もアイスを買おうかと歩みを進めて。

 かちり、と、無邪気な親愛に慣れない羞恥心とは別の、恋する乙女としての羞恥心や、()()()()にある同性から見た自分の品格を気にする少女としての羞恥心で爪先が強張った。

 

 ……あれ?

 私は、今、なにを言ってしまったのだろう?

 

 

【Q,恋愛脳の男は決闘(デュエル)で恋ができますか?】

【A,相手の女の子が自由に生きて、なにかをしている最中に、なんの遊び(デュエル)の予定を組む気もなく「なにをしているの?」と不用意に訊ねる、もしくは過剰に同行しようとしなければ、あまり問題を生じさせずに恋はできます。とはいえ、「なんの遊び(デュエル)の予定もないから」と問わず、思いつきで共に遊ぼうと誘う自然体での付き合いを欠かせると、それはそれで「あー、私に関心がないのね」と思われる場合が全然ないとは言えません。まず基本的な、友達付き合いと相手を前提に考えてみましょう。性別を気にして距離を置きすぎないように。】

 

【Q,私、なにかとんでもないこと言った気がする。】

【A,夏場ですので、まず頭と体を冷やして休みましょう。「鉄は熱いうちに打て」とは言いますが、なにも情熱や勢いに任せる告白やアピールだけが恋愛の常道ではありません。それはそれとして、その仲間意識は大切にしましょう。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、同時刻のことである。

 

 光津真澄を警護すると息巻いた翌日に「あ、今日はパスで。」なんて彼女本人に言われてしまった男、蛇喰遊鬼は決闘脳ながらも、さすがに恋愛脳が勝ってしょぼくれた。

 彼女に断られた衝撃が思ったよりも強すぎたのである。

 この『彼女』という単語ひとつをとっても、いまだ男女交際はない交友関係である男からすれば複雑な気分になる単語であり、そう、べつに自分の恋人ではないし片想いだけど……両片想いなる珍妙な間柄ではあると自覚していても……本当の意味での恋人というわけではない、その精神の距離がまだあるのかと改めて自覚してしまうものであった。

 

(あ、そんなにさらっと断られる程度の人間なのね、ボク……)

 

 と、いった度合いに。

 ましてや光津真澄は恩師想いのよき女塾生である。

 これまでの思い出が彼女にとって、恋愛のうえでは全部マルコ先生に負けるほどの魅力しかないのではないか、なんて思えば、いくら決闘脳の男とて恋する男であるのでショックは大きい。

 しかも、彼女の決闘者としての強さを磨きあげようと熱くなった前日からの「あ、今日はパスで。」である。なんかもう決闘者としても辛くて蛇喰遊鬼という人間が砕けそうになっていた。

 くしゃあ、と、顔をしわくちゃにするくらいには傷ついた。

 どこかの電気ネズミ探偵じみた表情をする彼の醜態を友人が見ようものならば「さっさと告白して結ばれちまえ!」と叫ぶであろうが、当の友人は証言取り下げの今もなお松葉杖をついている。

 実際には骨を完治させる以前に骨を折ってすらいないのだが、そんな姿を両親に見せても仮病ならぬ仮怪我に気づかれないあたり、大した演技力であろう。

 

 ……そう、蛇喰遊鬼の落ち込みようは、あくまでも醜態なのである。

 

 彼のやらんとしたこと、彼の思うことを整理すれば、考えようによっては自意識過剰なだけで、その気持ちを受け取った光津真澄の気持ちに気づけていない証拠であると誰もが気づくであろう。

 冷静に考えてみてほしい。

 とある恋愛漫画で女主人公の気になる男が、女主人公の魅力とはどのようなものであるのかを暗に言及しながら、女主人公の心の弱さをたしなめたうえで「一緒に帰ろう」「俺が守る」なんて言いながら手を差し伸べようものならば、それは押しの強いツンデレにもロマンスにも読めるのではなかろうか。

 そんな状況を現実で再現された恋愛漫画の読者は翌日、塾や学校への登下校や買い物に毎回、そう、毎回も自分の気になる異性が同伴してくれると約束されたら耐えきれるのだろうか。心が。

 少なくとも、光津真澄には無理であった。

 さらっと流して「あらそう? じゃあお願い♡」なんて言えるほど男慣れはしていない。そして女に頼られようとする男というものに慣れているのであれば、逆に男へ頼むことにも慣れていて、とっくに「ねえ、怖いから一緒に帰ってくれる?」くらいの頼みごとをほかの目につけた男塾生に言えたはずである。

 

 つまり、彼女には「女であること」を強みとしたコミュニケーション能力はなく。

 蛇喰遊鬼を気持ち悪く思うとか、そこまで彼を異性として意識していないとかではなく、男慣れできないぶん「男に頼る」ことを意識しすぎて、あげく感極まって理性を見失うから、無理。

 特に、今日は真夏日であり、湿度による不快感で落ち着きをなくしやすい。顔に化粧品をつけていれば汗で流れることもあるだろう。汗腺からの体臭も気になるところである。

 へたに消臭スプレーのたぐいを用意しておいても(にお)いに(にお)いが混ざるだけで終わってしまうこともありうるし、狭い室内では(にお)いにも気づかれうる。

 そして、そもそもの話だが。

 彼女はテッシュを含めた衛生用品の購入に出かけたい、すなわち人間があまり他人に見せたくないものを取り扱う製品を買いに行きたいのであって、それを見せてもよいと思える間柄の種類などそう多くはないのだ。

 貞操観念が強い少女であれば、なおさらであろう。

 

 そう、「今日だけ」断られた理由は単純だ。

 女の直感とまではいかないが、恋する乙女の勘で危機感が勝っただけである。

 

 このあたりのすれちがいに気づかなかった蛇喰遊鬼は、しょぼくれた顔のまま、バーガーショップの一席でふてくされていた。カードショップに行って気晴らしでもすればよさそうなものだが、残念ながら彼はLDSの塾生である。

 ()()()()()()()()()()。その塾生。

 小学生の子供でもわかる、肩書だけでも強そうな決闘者のひとりだ。

 そんな中学生がカードショップに遊びに行ったところで、「強いやつと戦えば負けるだけ」と考えやすい人間を相手にして、フリー対戦に応じてもらえるかは難しいうえに、「そんな肩書なんかくだらねえぜ!」とは言える人間に限って、決して()()()()()()()()へ後腐れや因縁に繋がる負の感情を抱かないわけではない。

 それらの未来を引き当てないことは、見ず知らずの赤の他人という対戦相手と問題なく遊べることを一人だけで信じることよりは簡単な話ではないのだ。あらゆるゲームに勝敗というものがあり、人間の成功体験にはプライドがともなうのだから、なおさらの話であろう。

 

 ある意味、蛇喰遊鬼という決闘者は。

 人間のろくでもなさを信じる、童美野町の住民*3じみた人間性の持ち主であった。

 ……だからこそ、挑発的な口調を除けば高潔とも言える光津真澄を忘れられず、こうして心神喪失気味にボケーっと炭酸飲料をちびちび飲み続けているのだが。この調子だからこそ、彼の身に着けたLDSのバッヂを見て近寄る影がひとつ。

 

「……おまえもLDSなのか(ほまうおエゥイィエゥらのあ)?」

()?」

 

 蛇喰遊鬼が振り返った視線の先には、彼には見慣れた衣装の青年がひとり。

 正確には、舞網市に『蛇喰遊鬼』として生きる前の異次元人でも初めて見る、テレビ画面やゲーム画面の前では見慣れていても、普段の生活では見慣れない姿の男がひとり。

 もっきゅもっきゅとバーガーを立ち食いしながら、どこかの席に座ろうとする決闘者。

 光津真澄にとっての、恩師の(かたき)

 

 ―――『黒咲隼』であった。

 


次回予告

「真澄を黒咲から守りたい」

そのための護衛を断られた蛇喰遊鬼は、

フられた気分転換でバーガーショップで食事をすることに。

しかしそこでは、黒咲がハンバーガーを食べていた!

 

次回

路地裏レジスタンス

お楽しみは、これからだ!

*1
「唾や鼻水よりマシ」と思う者でも、そう思ってしまっている時点で、つまりは唾や鼻水と同様に()()()()()()()()を無意識に感じてしまってはいるので、ちょっとでも身綺麗な人間の真似をしてみるのも悪くはないだろう。この点において、『清潔感』は貞操観念に近いものがあるのだが、それは別の話として。

*2
その手の虐待は女性同士の認識の問題であればともかく、男性がそんな目に遭った女性を見ても女の品格まで貶められたとまで深くは考えない、いちいち考えていたら男臭い道着などを着てスポーツなどできないので、男性から見れば意味や(えき)がない虐待ではある。

*3
原作【遊☆戯☆王】の物語の舞台、臨海都市『童美野町』には、「ひとの心の領域を犯す」住民が多い。昭和末期~平成初頭の人間らしく娯楽に飢えているのか、たとえサソリを靴の中に仕込んだ度胸試しであろうとも、サイコロを投げて出目を競うだけの勝負であろうとも、あっさりと勝負にのる傾向がある。




 副題はライトノベル・漫画・アニメ【とある魔術の禁書目録】シリーズから。
 遊戯王25周年&水木しげる生誕100周年おめでとうございます。
 東京ドームでのイベントには参加できませんでしたが、OCG関係のアニメや映画【鬼太郎誕生】を見ることができたので個人的には大満足です。
 デュエルターミナル関係の、特に氷結界のアニメを観ちゃうと、じゃあリチュアも!インヴェルズも!と期待をしてしまいますが、それもこれも某架空デュエル動画のファンとして遊戯王二次創作に興味を抱いた人間としては避けられない宿業なのかも。

 インヴェルズかっこいいよね……DMの言葉遣いを意識すれば雰囲気が出るよね……でも帝系列と似た効果だし、DMでのオリキャラの出し所さんは気にしなきゃね……
 EX抜きでゼンマイとか先史遺産とか出せそうだけど、王国編はTRPGしたいからな……
 自分のすきなカードとは最後まで共に戦いたいですね。それでもヴェルズもインヴェルズも家の机の中で眠ってしまいがちなのですが。自分の人生に深く関わってきた作品&ゲームなので、遊戯王を愛さないなんて難しいのです。
 今はカードプールの都合により簡単には勝てないとしても、勝てないことを愛さない理由にはできないし、自分の愛した物語に続きがないことを愛さない理由にもできない。

 こうやって、二次創作で愛することはできる。

 遊戯王って最高ですよ。ええ。


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