ある日突然ゴムのように (Dの一族)
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五人の賞金首編
悪魔の実を食した日


 俺の名は猿田(さるた) (るい)、これと言ってなんの変哲も無いただの高校生だ。

 強いて何か言うことがあるとすれば、漫画とアニメが好き、ってことぐらいだろうか。

 そんな俺は今、目の前にある奇妙な果実を見つめて悩んでいた。

 食べるべきかどうかを。

 

「……どこからどう見ても、ゴムゴムの実にしか見えねぇ」

 

 その果実の見た目は確実にあのONE PIECEに出てくるゴムゴムの実そのもの。

 ONE PIECEはアニメ勢だが基本的には一から視聴済みのため、ちゃんの知識はある。

 だからこそ、その果実の見た目故に食べるかどうか悩んでいた。

 

「もし食べたらゴム人間になったりして、な」

 

 高校生、放課後の寮にて一人で部屋。

 果実を前にして悩んでいる姿は、きっと側から見れば奇妙なのは間違いない。

 だが偶然拾ったものであるため悩んでしまうのだ、好奇心と倫理観に挟まれて。

 

「まぁ、洗ったしいけるか……?」

 

 一応既に果実そのものは洗ってある、軽く水で流した程度だが。

 だから汚くはないはずだ、多分。

 見た目が似てるだけの毒物じゃなければ大丈夫なはず。

 と言うことで一度、手に持って間近で見つめてみる。

 

「匂いは、特にしないな……よし!」

 

 毒があれば俺が倒れるだけ、毒がなければそれでよし。

 俺は口を大きく開いてその果実に齧り付く。

 しばらく咀嚼を繰り返していたがその果実から広がる味に思わず口が止まる。

 そして大きな音ともに飲み込むと、果実を見つめて俺は勢いよく後ろに倒れて叫んだ。

 

「クッッッッッソ!! まずいッ!!!」

 

 まずい、あまりにも不味すぎる。

 なんか食っちゃいけないもの、って明確に分かるくらいまずい。

 あまりにも例えようがない、今すぐ吐き出してしまいたいぐらいまずい。

 

「や、やべ。不味すぎて、なんか吐きそう……」

 

 おええええ、と声に出しながら立ち上がってトイレに向かう。

 が、その瞬間、ドアを勢いよく叩く音と、その向こう側から怒号が飛んできた。

 

「おいッ!! さっさと出てきやがれッ!」

 

 何事か、と思って先にドアの方に向かって、外が見える穴を覗くとそこには隣の部屋のやつがいた。

 ちょっと怖目の不良、あまり関わりたくないのだが、原因はなんとなくわかる。

 さっきつい出してしまった大声だろう。

 なんせこの寮はめちゃくちゃ壁が薄いのだ、それこそ件のお隣さんが女連れ込んで、よろしくやってる音が聞こえるぐらいには。

 ちなみに、俺は一度大声をだして、そのお隣さんに怒られている、次やったら殺すとか言ってた。

 

「あー……はい。なんですか……?」

 

 吐きたくなる気分を抑えつつドアを開ける。

 その瞬間、拳がドアの向こうから飛んできた。

 びっくりして咄嗟に顔をそらし、飛んできた拳をギリギリ避ける。

 

「な、何を……!?」

「言ったよな、次やったら殺すって」

「い、いやいや。本当に殺しにくるやつがいるか!?」

「うるせぇッ!! 半殺しにしてやるッ!!」

 

 そう言ってお隣さんは拳を振りかぶった。

 問題を起こすのは如何なものか、と思うも喉奥から何かが込み上げてくる。

 先ほどの吐き気がさらに大きくなって、今飛び出してきそうになっていた。

 

 俺は無理やり飲み込もうとして、拳を見ることができず。

 飛んできた拳は見事な顔面に当たって、()()()()()

 ぐにょーんと言った感じに伸びて、奥の奥まで拳が入り込む。

 だが拳は決して、俺の体を突き破ることはなかった。

 それどころか伸びた顔面はまるで、ゴムのように勢いよく拳を押し戻し、お隣さんの拳はお隣さん自身の顔面に激突してぶっ倒れた。

 

「……え」

「が、ぁ……ぐふっ!」

 

 鼻血を出して気絶してしまったお隣さんを見て、俺はに声言葉に詰まるる。

 と言うかかなり混乱して思考が停止している。

 だってなんせ、殴られたと思った全く痛くなくて、何故かお隣さんが気絶しているのだ。

 びっくりするとかそんなんじゃ済まされないだろう、吐き気も治るぐらいだ。

 夢かなんかか、と思ってなんとなしに頰を引っ張ってみた。

 

「え、え、え。ま、まさか──」

 

 伸ばした頰はビヨーンと大きく、まるでゴムのように伸びてしまった。

 驚くべきことに頰は全く痛くない。

 なんと言うか、なんと言えばいいか……つまりはそう、俺は今、ゴムである。

 ゴムゴムの実の──

 

「俺、ゴム人間になったのかよおおおおッ!!!?」



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ゴム人間と少女

「はっ、はっ、はっ──! なんで逃げてんだ、俺……!」

 

 寮から走って抜け出して校舎裏へ。

 お隣さんが気絶してから猛ダッシュで逃げ出してきてしまった。

 だから格好は部屋着として使っている市販のジャージだ。

 学校内部では基本制服で過ごさねばならないため、先生に見つかれば怒られること間違いなし。

 

「……いや、今は怒られることとか、気にしてる場合じゃねぇ」

 

 俺はもう一度、ゆっくりと頰に手を当て、思いっきり引っ張った。

 すると頰はまるでガムを伸ばすかのように伸びてしまう。

 明らか様にゴム人間だ、もはや言い訳のしようがない。

 

「マジでどうしよう……」

 

 取り敢えず校舎裏に逃げ込んだのはいい、だがここからどう行動するかが問題だ。

 といってもバレても大騒ぎになる程度で特に問題には……いや、大騒ぎの時点で問題か。

 

 友達に見せるのも、なんか不安が残る。

 かと言って誰にも打ち明けないのも難しい話だ。

 

「んー……そうだ! ここは先生に見せてみるか」

 

 俺の担任の先生、ヘビースモーカーで休憩時間は基本的に喫煙所にいるやばい先生だ。

 日常的に死んだ目とやる気のない発言が目立つが、授業はこれ以上ないほど単純でわかりやすく、その淡々とした性格で人気のある先生。

 それが酢靄(すもや) 官渡(かんと)先生である。

 煙臭いことを除けば俺も好きな先生だ。

 

「取り敢えず……喫煙所を回ってみるか」

 

 高校なのに喫煙所がいくつもあるのはどうかと思うが、今はそれよりもだ。

 とにかく先生を見つけるべく俺は走り出す。

 校則? そんなものを気にしている場合ではない。

 

 最寄りの喫煙所は確か、一階の端で俺のクラスの隣だったはず。

 学校自体が大きいがために、それなりに歩かなきゃいけないのが辛い。

 まぁ、学校内には誰もいないのが唯一の救いだろうか。

 

「酢靄先生ー。いませんかー?」

 

 もしかしたらそこらにいるかも、とうっすい希望で俺は声を出すが、返事は返ってくることがない。

 やはりタバコ吸っているのだろうか、と思い歩くこと三分ぐらい。

 学校の隅、俺のクラスのある教室の隣に喫煙所はあった。

 

 一応ガラス窓がドアに取り付けてあるため内部は見える。

 と言うわけでそこから覗いてみるが、誰の姿も見えない。

 それどころか電気すら付いていなかった。

 なら違うところかとすぐさま切り替えて、また別の喫煙所を探すために走り出そうとした。

 

 その時、ふと俺のクラスを覗いてみると、教室の中心に制服を着た少女の姿が一つあった。

 クラス替えしたばかりで、クラスの名前もイマイチ覚えていない俺だが、その少女のことは一目でわかった。

 理由としては単純に印象に残りすぎることからだろう。

 なんせその少女は、海外から来た留学生なのだから。

 

「……ザルフェンさん?」

「ッ!? ……あ、ああ。猿田さんっ、デシたか……」

 

 クリア・ザルフェン、どこから来たかは詳しく知らないが、とにかく海外からの留学生。

 まだ少し慣れていない日本語で喋る彼女は、なんと言えばいいか、そう、可憐で可愛い。

 語彙力がないのが惜しまれるほどには可愛い。

 特徴を挙げるとするならば、一寸の汚れすらない長く銀色の髪、まるで宝石のような目。

 少し小柄なところが更に可愛さを感じさせる。

 

 そんな彼女は何故か、息を切らしてそこに立っている。

 まるでたった今、何かに追われていたかのようだ。

 俺は少し不思議そうにして、彼女に近づこうとした。

 

「そこで、止まってくだサイッ!! 私に、近づいちゃ、ダメデス……!」

 

 そう言って焦った様子で、少しばかり後ろに下がる。

 俺はあまりにも真剣な彼女に気圧され、つい足を止める。

 

「い、今更デスが、なんでこんなトコロに、いるんデスかっ!」

「え、それは……あー、ま。ちょっと色々ね。ザルフェンさんもどうして教室に?」

 

 もう既に放課後になってそれなりに時間が経っている、なんで彼女も教室にいるのだろうか。

 そのことを聞き出そうとした、その瞬間のことだった。

 突然、地面が揺れ始める、大きな地震にも似た揺れだ。

 だが何か、どうにもおかしい。

 

「これ……上が、揺れてる?」

「来た……奴が、来まシタ……!」

 

 怯える様子の彼女と比例するように地震は更に大きくなって行く。

 気になって上を見れば、何か大きなヒビが入っていることに気づく。

 ちょうど彼女の真上くらいだろうか。

 いつも過ごしている教室、普通ならば気づくような大きなヒビだ。

 

「……なんだ、このヒビ」

 

 俺がそう呟くと同時に、そのヒビは一気に大きく割れ始める。

 何が起きているのか全くわからないが、理解できることがあるとするならば、彼女が危ないと言うことだけか。

 

「危ないッ!」

 

 咄嗟に俺は腕を大きく振るう、ルフィがいつも仲間を掬い上げる時のように。

 上手くいくか不安だったが、なんとか彼女の腕を掴むことに成功。

 思いっきり引っ張り上げると、後ろに転がりつつもなんとか彼女を受け止める。

 ゴムなのがよかったのか、転がった時にぶつかった後頭部は別に痛くも痒くもなかった。

 

「へ? え? ナニ、が……?」

 

 彼女を見ればかなり困惑している様子だったが、それよりもと崩れた場所を見る。

 崩れた場所には一つ、何か大きな影。

 俺は後退りして片手でドアを開けておく。

 いざという時、逃げ出せるために。

 

「いだだ……ぬぅん、少し歩き回りすぎたな……」

「な、なんだアレ……」

 

 瓦礫による砂煙が晴れて、その大きな謎の影が明らかになる。

 とてつもなく大きな……大きな……ウーパー、ルーパー……のようだ。

 ウーパールーパーだ、どこからどう見ても大きなウーパールーパーらしい。

 俺は一度、目を擦ってみた、やはりウーパールーパーである。

 

「ウーパールーパー……」

「別名、アホロートル、デスね」

「アホロートル……どっかで聞いたような……」

 

 そんなことを考えていると、奴はゆっくりとこっちを見る。

 

「……いたいた、クリアちゃん」

「ヒッ……」

「な、なんだお前。なんでウーパールーパーが喋ってんだよ!?」

「……んぅ? 猿田、じゃないか。なにしてるんだよ、こんなところで」

「へ?」

 

 何故か俺のことを知っている奴は、こちらに向かって歩き出す。

 奴の視線はずっと、ザルフェンさんに向かっている。

 

「渡せよ。クリアちゃんを」

「は?」

「……渡さないってんなら……潰してやるよ」

 

 巨大なウーパールーパーは机を踏み潰して歩き出す。

 当然ながら、俺が抱えている彼女を追って。

 俺は急いで教室から出て走り出す。

 

「なっ、なんなんだよッ!! あいつぅッ!!?」

 

 俺は彼女を抱えたまま、叫び声を上げ走り出す。

 あのよくわからない巨大なウーパールーパーから逃れるために。

 そして彼女を守るために。



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サラサラの実『モデル:アホロートル』

英語の部分はDeeple翻訳を使っているので多分ガバガバです。


「マジで! なんなんアイツぅッ!?」

「クラスメイト、デスよ。まぁ、あんな姿になってしまった以上、ワカラナイと思いマスけど……」

 

 必死に走って逃げ出して、腕に抱えたザルフェンさんから衝撃的な発言が出る。

 あのクソデカウーパールーパーがクラスメイトだと。

 だが今は、その発言が本当だと理解できてしまう。

 だって自分もゴム人間になってしまったのだから。

 

「……なるほど。動物(ゾオン)系……! じゃあアレはパンクハザードの毒野郎(スマイリー)と同じ能力か!!」

 

 アニメしか見てはいないものの、悪魔の実などは気になるものが多く、ネタバレがない程度に調べている。

 だから悪魔の実の名前、どんな能力かは大方把握している。

 

「それってワンピースの、デスよね? 確か……サラサラの実で……モデルが、アホロートル……あっ」

 

 どうやら気づいたようだ。

 彼女もまた、アニメや漫画が好きな一人だからこそだろう。

 

「そ、そんなこと、あるわけないデス! 悪魔の実が現実になんて……」

「これ見てもか?」

 

 そう言って俺は、抱えていない方の手で頰を大きく伸ばす。

 明らか様に普通はそこまで伸びないだろ、って言えるほど大きく伸ばす。

 一瞬、彼女は目を丸くしていたが、なにが起きているか気づくと叫び声を上げた。

 

「きゃぁああああああああッ!!!? か、皮、皮がっ! ヒトの皮がっ!? It can't be, this is impossible (ありえない、こんなこと)!!」

 

 何か英語で大混乱しているが、英語の成績が五段階中の二の俺では、何を言っているのかわからない。

 ギリギリ英語だとわかる程度だ。

 

(と言うかザルフェンさんって英語圏の人だったのか……)

 

「おぉい、逃げるなーっ!」

 

 まるで叫び声につられるように、後ろの方でやつの声が響く。

 軽く振り向いてみると、元クラスメイトのバケモノは建物を破壊しながらこっちに来ていた。

 戦ったら勝てるだろうか。

 

 いや、まず戦うということ自体が無理だろう。

 なんせゴムゴムの実を食べたばかり、未だ使い方がしっかりわかっていない。

 

(そもそもルフィって、どうやってゴムの体を操ってたんだ……?)

 

 そこが分からなければ何もできない。

 試しに走りながら軽く腕を伸ばそうとするも、思うような伸び方はしてくれない。

 伸ばした方の壁に張り付いたり、例え帰ってきても自分の顔面にヒットするだけで後ろにはいかない。

 

(やるだけやってみるか。でも守りながらは戦えない。なら……)

 

 この近辺で広くて隠れやすい場所、それを探す必要がある。

 だがそんなものあっただろうか。

 

「広くて、隠れやすい場所……!」

「……体育館はどうデスか?」

「体育館! それだ!」

 

 体育館のステージ裏の倉庫はかなり狭い、隠れるには最適な場所だ。

 わかりやすい場所ではあるものの、連れて行こうとするならば人形態になる必要がある。

 そうなれば超人(パラミシア)系の俺の方が有利、だといいな。

 

(ゴムの体で、逆に不利にならなきゃいいけど……)

 

 そんなことを考えつつ、俺はザルフェンさんを抱えたまま体育館へと向かった。

 

 

 

 学校の敷地はかなり広くそもそも土地自体に高低差が多い。

 つまり走ることしばらく、色んな道を通って逃げ回っていた。

 が、奇跡的に奴を撒くことに成功し、なんとか体育館に着いた。

 

(あいつが(のろ)くて助かった……)

 

 俺は抱えている彼女を隣に下ろすと、彼女は隣に立って体育館を見渡す。

 今日は部活もない、時間的に多少暗くなっていたが、隠れるにはまだ十分だった。

 

「じゃあ、ザルフェンさんはステージ裏の倉庫に」

「……猿田さんは、どうするのデスか?」

「ずっと逃げるわけにはいかないだろ。まぁ、ゴム人間になったんだ。なんとかしてみせるさ」

 

 そう言って軽く腕を回すと、ちょっと飛んでいって跳ねたりした。

 彼女の視線は一瞬腕の方へ行きつつも、改めて俺のことを見つめる。

 

「で、デモ。私のためにそんなコト、してもらうなんて……」

「それだけが目的じゃないよ。目的はあいつから話を聞くこと。何処で悪魔の実を手に入れたのかってね」

 

(もっと個人的な用件でいうと、まぁ、そっち系だ。なんかここで救ったらいい雰囲気になりそうじゃん)

 

 下心丸出しだが気にしない、気にしちゃダメなのだ。

 

「……この揺れは!」

 

 ドスンドスン、と地響きが体育館全体を揺らす、彼女は不安そうにまた体育館全体を見渡した。

 音は明らか様に入口の方から、俺はザルフェンさんに隠れるよう伝えて、走っていったのを見ると体育館の中心に立つ。

 

「ぬぅん……おいおい、猿田ぁ。クリアちゃんはどうしたんだよ」

「おいおい。お前みたいな怪物に教えるわけないだろ?」

 

 相変わらずゆったり喋る奴だなと思いつつも、俺はある策を考える。

 まぁ策というほどのものでもないが、上手く『ゴムゴムの(ピストル)』を放つ方法だ。

 即ち、遠くにあるステージの段差の部分を、腕を伸ばして掴む。

 

(上手く掴めるか、いやそもそも上手く飛んで行くか……)

 

 そして奴が来たところで手をグーで握って解き放つ。

 あとは俺自身で微調整して飛ばすのみ。

 当たるかどうかはもはや賭け、つまりほぼ運任せなのだ。

 この一回で運良くコツを掴めればいいのだが。

 

「ふぅん。じゃあその頭、食べてやるよ!」

 

 ドスドス音を立てながら、奴はこっちに近づいてくる。

 俺は大きく腕を振って後ろに伸ばす、まるでルフィのように。

 伸びた腕を見た奴は驚愕で足を止めて声を荒げる。

 

「なっ──!! まさか猿田! お前もッ!!」

 

 そしてステージの段差を掴もうとして──手がスカる。

 チラッと後ろを見てみれば全く届いておらず、伸びた腕が元に戻ろうとしていることに気づいた。

 

 咄嗟に避けようとするが、当然腕は俺にくっついているため意味はなし。

 腕は見事に顔面にぶつかって、俺は倒れる羽目になった。

 

「……なるほど。使いこなせてないみたいだな」

「冷静に判断されると、きちいな」

 

 別に痛くなかった顔を上げて体を起こす。

 

「ふん! 物理攻撃は効かないようだが、そんなもの関係ない! 俺の邪魔をするなぁっ!!!」

 

 そう言って走り出したやつに、俺は一先ず耐えるために腕を構えたのだった。



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ゴムゴムの(ピストル)

「もう一回ッ!!」

「ふんっ! 放てるわけがないだろう。あのルフィですら長年の訓練でようやくモノにした技だぞ!」

「そりゃあん時は、子供だった、からなぁッ!!」

 

 もう一度、腕を大きく後方へ伸ばす。

 そしてさっきは失敗したが、ステージを再度掴もうとする。

 今度は何かしら掴めた……が、どうにもおかしい。

 

(なんか、棒を……掴んだ?)

 

 その棒らしきものはどうやら固定されていないようで、その棒らしきものを掴んで、反動のままに腕はこっちに戻ってきていることを感じる。

 奴がこっちに来ていること一瞬確認したのち、俺はチラリと後ろを見た。

 その瞬間、ステージの上にあったと思われる()()()()()()()()飛んできていた。

 

「うわあああああああああああッッ!!!?」

 

(い、いや、これは使える。これは行けるッ!)

 

 俺は叫び声を上げたまま少し前のめりになる。

 ルフィがゴムゴムの(ピストル)を放つ時の姿勢に近いだろうか。

 俺はそのまま奴に向けてマイクスタンドで殴りに行く。

 だがコントロールが出来ておらず地面に向かって行って激突した。

 

「……ダメか!」

 

 しかし威力は十分のようで、走ってきていた奴は足を止め、少し凹んだ地面を見て息を飲んでいた。

 自分でも驚いてる、あんなに威力が出るのかと。

 あんな威力で殴られてたら、そりゃ気絶するよな、と。

 

「……当たらなければ、どうということはないなぁっ!!」

 

 奴はこちらを睨むと、ドスドスと音を立てながら近づいてくる。

 動物(ゾオン)系の奴からしてみれば脅しにすらならないようで、ゆったりと、しかしとてつもない勢いで目の前まで迫ってくる。

 一瞬、ステージの方を見て何か引っ張り出そうとしたが、奴は大きく体を捻らせると、その尾っぽで俺に一撃を与える。

 勢いづいた尾っぽは俺の腹に直撃、そのまま壁際まで吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……い、痛く、ないっ! ゴムだからかっ!」

 

 俺はめり込んだ壁から這い出ると奴を見る。

 奴は少しまわり込みながら、ステージを背にして走ってきている。

 俺はどうすればいいか考えて周りを見た。

 

 そこであるものが目について、これなら行けるかと、俺は窓に押し込められている手すりを掴んだ。

 がっしり固定されている手すりは、ちょっとやそっとじゃ外れることはない。

 

(そうだよ。最初っからこうすりゃよかったんだ。勢いさえつければ、それでよかったんだ!)

 

 そして手すりを掴んだまま走り出す。

 向かってくる奴に向かって、一直線に。

 その行動に奴は驚きつつも、もう一度俺に尻尾を叩きつけようとした。

 そこで一気に踏み込むと俺はその名を叫ぶ。

 

「『ゴムゴムのォ──』」

 

 奴の尻尾が目前へと迫る、その瞬間に俺は手すりから手を離し、ぎゅっと強く握りこんだ。

 握り込んだ拳は勢いよく奴に向かって飛んで行く。

 

「『(ピストル)』ッ!!!」

 

 ズドンッ! と言う大きな音ともに、尻尾を振るために向けた奴の横腹に一撃がめり込む。

 俺よりもはるかに大きなその巨体は、呻き声とともにぐらりと揺れ、大きな振動を出しながら横に倒れた。

 

「お……おぉ!? 行けた!? 効いたのか!?」

 

 上手く(ピストル)を繰り出せたことに喜びの声をあげ、俺は奴がどうなったか確認するために少し距離を縮めようとする。

 だがそこであることに気づいて足を止める、奴の体が倒れる前よりも縮んでいるのだ。

 流石に気絶するほどの威力ではないはず、だから人間に戻るとするならば──。

 

(自分の意思……!)

 

「っ……いってぇなぁッ……!! 普通、横腹殴らねないだろうがよぉ……!」

 

 ぶつくさ言いながら体は完全に縮み、普通の人間形態に戻った奴がそこにいた。

 そこで俺はようやく、そいつがクラスメイトだと言うことを理解する事ができた。

 

「……え。お前、笑貌(えがお)?」

「ああ。そうだ、俺だよ。猿田」

 

 笑貌 大輪(たいり)、クラスメイトだ。

 しかしクラスメイト、ってだけで一、二回程度しか話した事がない。

 だからほんと知り合い程度のやつだ。

 

「なんでお前が……」

「それはこっちのセリフだよ。猿田、なんでお前が学校にいんだぁ? それにアレ。ゴムゴムの実だよなぁ?」

「えっと……そうだな。まず俺は先生を探して学校に来た。それとこれは確かに、ゴムゴムの実だ。で……なんでお前はザルフェンさん襲ってんだよ?」

 

 んー、とやつは言いながら軽く首を触る。

 そして少し考えたのち、踏み込んで俺を睨んだ。

 

「まぁ、ちょっとした指示が出てねぇ……だから、それを拒むってんなら……行くぞ、猿田ァッ!! 俺は『海軍』所属ッ! 位は中佐、笑貌 大輪ッ!!」

「は? 海軍!? 指示!? お前、何言って……!」

「クリアちゃんは連れて行かせてもらうぞッ!! ぬうぅぅうんッ!!」

 

 思いっきり踏み込むとその体から尻尾が生えてくる。

 ウーパールーパーの尻尾、顔にはヒゲのようなものが。

 だが大きさは変わらない、それに体も人間形態のまま。

 

(これは動物(ゾオン)系の、人獣型! 下手にやり合うのはまず──)

 

 そう考えた瞬間だった、気づけばやつは眼前に迫り頭上からその尻尾を叩きつけようとしていた。

 俺は咄嗟の行動が取れず、そのまま叩きつけられてしまう。

 が、体はゴム、なんとか無傷で済んだ。

 だが地面はそうはいかない、俺がさっき放ったものとは比べ物にならないくらい大きく凹んでいた。

 

「……マジかよ」

 

 叩きつけられた体が戻った俺は足元を見てそう呟く。

 数歩後ろに下がった笑貌は舌打ちとともに言った。

 

「やっぱゴム相手に打撃はダメか。武装色とか使えればよかったんだが……まぁいい」

 

 そう言って構えた奴を見て、俺も不慣れながらも構えを取る。

 どうにか勝機を見出すために、ひたすら思考を巡らせながら。



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クリア・ザルフェンと悪魔の実

 大きな蹴音とともにやつは俺の目前へと接近する。

 俺は少し後ろによろけつつも、奴の踏み込みから放たれる尻尾の一撃を屈んで避ける。

 そしてそのまま拳を振るって奴の腹に一撃を叩き込む。

 

 ただの一撃、ゴムの反動を使っていない普通の攻撃だ。

 当然ながら、人獣型の奴には通るわけがない。

 

「そんなもの……動物系(おれ)に効くわけねェだろッ!!」

 

 俺を突き放すように奴は蹴りを放つ。

 腹にその一撃が突き刺さるが、近くの壁に吹き飛ぶだけでこれといった傷も付かずに済む。

 ただ威力だけははっきりとわかる、普通の体ならば今の一撃で気絶していただろう。

 ゴムの体で助かった、と言うところか。

 

(どうする……もっと近距離で、確かな狙いを持って、簡単に……!)

 

 攻撃を、と考えるもその一手が思いつかない。

 ゴムゴムの(ピストル)を放とうとするならば、それを溜める時間と距離が必要だ。

 それにその一撃を確かに当てる正確さ、威力に関しては勢いで稼げるはず。

 

 とにかくそれらをもっと簡単に短縮できる方法があれば、俺でも奴を相手に戦うことが可能だ。

 だからこそ考えを張り巡らせるのだが。

 

(攻撃避けるので、精一杯ッ!!)

 

 次から次へと降りかかってくる奴の攻撃。

 蹴りと尻尾から繰り出される連続攻撃には恐怖しかない。

 それを必死に避けるだけで精一杯だ、と言うか正直なところ、避けれてるだけでも奇跡みたいなものだ。

 

「邪魔すんじゃねェッ!!」

 

 壁際で少し身を屈めた瞬間、尻尾の一撃がぶつかり壁が大きく凹み割れる。

 俺はそこに向けてアッパーを繰り出すが意味はない。

 ダメージはほぼ通っていないようで、俺の頭上にかかと落としを繰り出す。

 

 頭がぶちゃっ、と言った感じに潰れるが、奴が足を退けると元に戻る。

 それを見て奴は舌打ちをして少し後ろに下がる。

 

「……クソッ! 刃物が欲しい!」

「残念だったな! 俺に物理攻撃は通らねェ!」

 

 奴が離れたところ見計らって壁際の手すりを掴んで走り出す。

 そして少し奴に接近したところでパッと離し、拳を握って全力で叫んだ。

 

「『ゴムゴムの(ピストル)』ッ!!」

 

 拳は一直線に飛んで行く、今回も上手くいったようで奴の顔面めがけて飛んで行く。

 だが奴は少し足を後ろに下げると声を荒げる。

 

「ンなもん……効くかァッ!!」

 

 奴に拳が当たる瞬間、奴は大きく足を上げて拳を蹴り上げる。

 軌道は大きくズレて二階部分の奴の後ろの壁に拳が突き刺さった。

 そして同時に奴は俺に向かって走り出す。

 

 目前で飛び上がり、攻撃されると思い目を瞑るが、奴は俺を乗り越え後ろに行った。

 そして手すりの棒を一本、壁を破壊しながら抜き取ると、壁から腕を抜き取り手元に戻した俺を押し倒す。

 そして左手を無理やり床に叩きつけると、手のひらにその手すりを突き刺した。

 刃物のように尖っていないからダメージが入ることはなかったが、手は眼前に床に固定されて動かなくなってしまった。

 

「な……テメェッ!!」

 

 俺は左手を上げようとしたり、右手で棒を引き抜こうとするもビクともしない。

 無理やり左手で引き抜こうとすれば、ただ腕が伸びるだけだった。

 

「……猿田、お前はクリアちゃんを捕まえた後に相手してやるよ。取り敢えずあいつらに……ん?」

 

 突然誰かのスマホから音が鳴り響く。

 と言っても、ここには二人しかいないから、俺ではない以上誰のスマホかははっきりしている。

 笑貌はもがく俺から離れ、懐からスマホを取り出し電話に応答する。

 

「なんだ。ああ……その件か、分かっている……クリア・ザルフェンの食った悪魔の実の話だろう……おい、ちょっと待て。切るな。木戸手(きどて)中将に報告を頼む。ゴムゴムの実を発見したとな。なに? それは違う? ……ああクソ、俺は単行本派だ。102巻までしか見てねぇッ! だが知ってるさ! 流れてきたネタバレ見ちまったんだ、クソッタレッ!」

 

 何か怒りのまま応答し電話を勢いよく切る。

 そして何か盛大にため息をつきながら、俺の元に戻ってくる。

 

「取り敢えずお前は連行だ。その悪魔の実はちゃんと回収しなきゃいけないんでな」

「……なぁ、一ついいか? お前らって、いつから活動してるんだ?」

「いつから……さぁな、俺も知らねェ。だが、悪魔の実は昔っから存在した。最近になって大量に増えだした、ってだけの話だ」

 

 そう言うと体育館裏に向かって歩き出す。

 

(まずい! どうにかしないと、見つかってしまうッ!)

 

 俺はもう一度、無理やり引き抜こうと腕をあげる。

 しかし当然ながら、ビクとも動くことはない。

 

「く、そおおおおおおおおおッ!!!」

「いくらもがいたってムダだ。どう足掻こうたってな、仲間が来ねえ限りは……」

 

 そこまで言って、突然驚いたような顔をして振り返る。

 向いた先は体育館のステージ、裏倉庫がある方面だ。

 そして奴がそっちを向いたと同時に、体育館内は()()()()()包まれていた。

 

「ソコ、退いてくだサイ……!」

「……クリア……ザルフェン! お前……分かっているのかッ! それを使うことの意味をッ!」

「よく、知っていマスよ……だからこそ、デス。猿田さんはなにも知らナイのに、私のことを助けてくれマシた。だから、だからコソ……私が動かなきゃダメなんデス!!」

「く、クソッ!! テメェえええええッ!!!」

 

 笑貌は何かに激昂して走り出す。

 俺は身を乗り出して彼女に逃げるよう叫ぼうとした。

 だがその前に体育館は、()()()()()()()()

 

 文字通りの意味だ、比喩でもなんでもない。

 笑貌を巻き込み氷像にして、体育館は一種の冷蔵庫のような状態になっていた。

 そして俺を固定していた棒は完全に凍りつき崩れ壊れた。

 

「……これは、まさか……ヒエヒエの実……!」

 

 俺は立ち上がって体育館をぐるりと見渡す。

 もはや運動ができるような場所ではないことだけは確かだった。

 

(ザルフェンさん、ヒエヒエの実を食べたから狙われていたのか……?)

 

 と考えながら、彼女の方を見る。

 彼女は酷く辛そうに息を吐きながら、体の半分が凍りついていた。

 どうやら彼女もまた、その能力を完全にコントロールできていないようだった。

 

「ざ、ザルフェンさん!!」

 

 俺は急ぎ彼女の元へ行く。

 倒れる彼女を無理やり腕を伸ばしクッションにして、なんとか倒れる寸前のギリギリで抱きかかえる。

 

「大丈夫か!? 冷たい……と言うかすげぇ寒い!? 普通の体温じゃねェ!」

 

 多分普通の人間ならば、死んでいるような温度であることは間違いないだろう。

 どうするか一瞬悩んだ末、俺は急いで彼女を抱きかかえたまま体育館の外へ向かったのだった。



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新たな敵

「どうする、どうすればいい!?」

 

 体育館を出て、学校の本館に戻ってきた俺は、とにかく悩んでいた。

 理由は抱えているザルフェンさんの体調がとにかくヤバそうだからだ。

 体温もすごくく低い、と言ってもこれは多分ヒエヒエの実を食べているからかもしれないが。

 

「温める? いや、温めて意味あんのかこれ? とにかく、えーっと……そうだ! 保健室だ!」

 

 そんな独り言ともに俺は保健室へ向かって走り出す。

 学校内に寮がある故に、保健室の先生は基本的に毎日いる。

 寮内で何かあった時、すぐに対応できるように。

 まぁ休みの日に使われている、なんて話は一度も聞いたことはないが。

 

(とにかく保健室ならば、誰か先生もいるはず。早いとこ助けてもらおう)

 

 兎にも角にも、保健室目指してザルフェンさんを抱えたまま走り出す。

 だが向かう途中の曲がり角、曲がったところでとんでもない景色に足止めを食らう。

 いや、止まるしかなかったと言うべきだろう。

 

「な、なんだこれッ!? いや、まさか……あのウーパールーパー野郎ォッ!!!」

 

 俺が止まった理由、それは目の前にそびえ立つ瓦礫の山のせいだ。

 少し上を見てみれば二階の床部分が丸ごと抜けている。

 と言うか抉られているように見える。

 あのウーパールーパー野郎、笑貌がやったことなのは間違いないだろう。

 

「どうする……三階から回り込むか?」

 

 一瞬悩みつつも、彼女の苦しそうな顔を見て階段を急いで登りだす。

 考えているような暇があるならば先に行くのは当然のことだろう。

 俺は一階から二階、二階から三階へ、息を切らしながらも登り切る。

 そしてそのまま向こうの廊下に渡るために走り出そうと、廊下を曲がったところでまたもや足を止めることとなる。

 

(……なんだ、アレ)

 

 遠くの方に不穏な人影が一つ。

 影からして普通学校で着るようなものではない、何かコートのようなものを羽織っている。

 

 ふと、人影が何か手を前に差し出した。

 その瞬間その手の先から、何かがすごい速度で飛んでくる。

 目視できている時点で銃弾類ではないのは確かだが、何か危険を感じてしまう。

 そこで咄嗟に俺はザルフェンさんを抱えたまま近くの教室に飛び込んで入る。

 

「な、ななな。なんだあいつッ!? 今、何飛ばしてきやがったッ!?」

 

 一先ず近くの椅子を四席ぐらい集めて、彼女をその上に寝かせてから廊下を覗き込む。

 が、影はどこにもない。

 

 後ろを見てみてもやはり誰もいない。

 床を見てもさっき飛ばされてきたものも何もなかった。

 ただ一つ、先ほどまでなかったはずの二足のスニーカーを除いては。

 

(スニーカー……? なんでこんなところにスニーカーが……それに、これ、中身、が……ま、まさかッ!!?)

 

 俺はあることに気づいて前のめりに倒れる。

 それとほぼ同時に天井から何かが降りてきて、俺の背中を切り裂こうとした。

 だが早めに気づいたことでギリギリ避けることに成功し、ジャージの背中部分が切られるだけで済んだ。

 

「チッ……避けられちゃったか」

 

 そう言ったのは天井から降りてきたもの、()()()()()()女性だった。

 そしてその女性は白いコートを羽織っている、一応背中には何も刻まれてない。

 ちなみに手には数本もナイフを持っている、アレで俺を切り刻もうとしたらしい。

 

「な、なんだ、お前……」

「猿田くんだね? 私は『世界海軍』の日本支部に所属する、位は大佐の萩原(はぎわら)って言うんだ。よろしくね?」

「海軍……? 笑貌が言ってた……」

「そそ、笑貌くんね。私は彼の上司だよ」

「なる、ほどね……」

 

 大方把握した、どうやらザルフェンさんを狙う敵はまだいたらしい。

 しかも海軍にあのコート、いよいよワンピースじみてきた。

 もしかして俺はワンピースの世界に迷い込んだんじゃなかろうか。

 

「ま、とにかく。笑貌くんからの話は聞いてるからさ。捕まってよ。ね?」

「無理だな」

「そりゃそうだよねェ。まぁ、私は単純に、時間稼ぐだけでいいんだけどさ」

「……は?」

 

 俺はその言葉に一瞬、焦りのようなものを感じて教室を覗き込む。

 するとさっき寝かせたはずのザルフェンさんの姿がどこにもなかった。

 代わりに床から上半身を出してポカートした男の姿……と言うかクラスメイトがいた。

 

「……お前、瀬煮(せに)か?」

「あ……ちょ、萩原大佐ッ!? 何言っちゃってるんですかァッ!? 不意打ちで倒すって算段でしょうにッ!?」

「あはは、ごめんごめん。まだ手ェ出さないのかなと……思ってさッ!」

 

 振り返ると同時に振り下ろされたナイフを避けるために横に動く。

 だがそれと同時にあらぬ方向、腕のない方向からナイフが飛んでくる。

 上手いこと避けるも、そのまま振り下ろされ、服に大きな傷が付く。

 

「あっ……ぶねェッ!!? やっぱりお前……!! バラバラの実の能力者だな! そして瀬煮、お前はスイスイの実の能力者だなッ!?」

「そう、大正解」

「すまねぇな、猿田。こいつも仕事なんでな。ザルフェンさんは連れて行かせてもらう」

 

 瀬煮を殴ろうとするが、その前に地面内に潜行される。

 スイスイの実、超人(パラミシア)系に分類される悪魔の実だ。

 

(自分は床を水のように泳げるが、他人を入れることは不可能なはず……ならばまだ、ザルフェンさんは近くにいるはずだ。ならとっとと萩原、って言うこの人を倒して進むしかねェ!)

 

 バラバラになって一斉に飛び出す奴に向かって俺は走り出す。

 まだまだ慣れないゴムの体で。



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潜水終了

 俺は煮瀬(にせ) 夜尾(よるお)、スイスイの実の能力者。

 そして『世界海軍』日本支部に所属する中佐だ。

 能力を手にして海軍に誘われ、貧乏な家を養うために海軍へと加入した。

 

 厳しくも大変だったが、それでも毎日頑張ってきて、そして高校一年生を迎える時、中佐への昇進とともにある指令が下された。

 それがとある高校への潜入、主な命令はヒエヒエの実の行方の調査だった。

 この指令は直接上から下された最重要命令で、なによりも遂行することが最優先だった。

 そして一年、一年の調査の末ついに見つけた、留学生であるクリア・ザルフェンが既に食しており、部下の一人が能力を行使している姿を発見したと言うのだ。

 

 今日、笑貌の作戦で支部から大佐を呼び寄せ、そのままザルフェンさんを連れて行く、予定だった。

 だが何処で作戦がトチ狂ったか笑貌の元に猿田が現れた

 ワンピース本編に於ける主人公、ルフィの食った悪魔の実を食って。

 まぁ報告では最終的に笑貌を倒したのはザルフェンさんらしいが。

 

(まぁ、笑貌が死んでないのは手加減された、ってとこか……体育館凍ってたらしいが)

 

 ヒエヒエの実の恐ろしさを実感しつつ、猿田と萩原大佐のいる教室から離れたことを周囲を見て確認する。

 半分潜水しながら音も立てずに移動ってのかなかなかキツかったが、後は引き渡すだけで作戦は終了。

 俺と笑貌はこれで昇進となる、長い潜入調査もようやく終わりだ。

 

「取り敢えず、ここら辺で……」

 

 一人呟いて懐からちょっと大きめの手錠を取り出す。

 機会が取り付けられており、変な音がしているが別に爆発するわけではない。

 これは海軍が生み出した海楼石の代わりになるもの、らしい。

 つけられると悪魔の実の波長が乱れるとかなんとかで能力が使えなくなるとか。

 

「海軍の技術には感服するばかりだな……っと、これでいいんだよな?」

 

 ザルフェンさんに錠をつけたことを確認し、引き渡し場所に急ごうと彼女を背負い直した時、懐に入れていたスマホが鳴り出す。

 海軍支給の連絡用スマホだ、全く使っていなかったため結構綺麗なのがなんとも言えない。

 俺は少し急ぎ目に歩きながら電話に出る。

 

「はい、日本支部所属の中佐、瀬煮ですが」

『……お久しぶりですわ、瀬煮くん』

「ッッ!! き、木戸手中将!?」

 

 木戸手 螺道(らみ)、世界海軍()()()()の中将だ。

 その声を聞いただけで俺の背筋が一気に張り、緊張で汗が頬を伝う。

 彼女は一見するとただの少女に過ぎない、見た目からして中学生ぐらい……と言うより実際そのぐらいの年齢と聞いている。

 だがその実力は半端ではない、一度見たことがあるだけだが、能力者の軍勢たち相手に軽く手を動かしただけで薙ぎ払っていたのだから。

 

『そんなに緊張する必要はないですわ。作戦の進捗をお聞きしたかったんですの』

「し、進捗ですか。そう、ですね……順調、と言えますか。今は」

『それなら良かったですわ。(わたくし)自ら迎えに行ってもよろしかったのですけど、急用で行けなくなりましたの』

「急用、ですか?」

『ええ……そうですわね。()()()()()()()()()()()()、と言えばわかりますわよね?』

「オペオペの実ッ……!」

 

 ゴムゴムの実と並んで海軍が必死に探していた悪魔の実の一つ。

 原作ではトラファルガー・ローが食べて猛威を振るっている悪魔の実だ。

 能力はただ一つ、部屋を展開して手術を行うこと。

 だがそれこそがこの悪魔の実の恐ろしいところであり真髄でもある。

 

「それは実そのものですか。それとも……」

『もう既に食べられていますわ。しかも、医学生に』

「それは……なるほど。中将の力が必要ですね」

 

 オペオペのの実はとてつもなく強力な実だが、その力を使うには医術を学んでいる必要がある。

 だから医学生が食べたというのは、まさに恐ろしいことなのだ。

 どれだけ医術を学んでいるかによって、その実力は変わってくるだろう。

 

「中将。俺のいうことじゃないのはわかってるんですか、あまり近づき過ぎないように。奴の能力は……」

『ご安心なさい、ROOM(ルーム)を展開される前に決着はつけますわ。それにもしもの時は沙渦月(さかづき)大将が……ともかく、貴方は引き続き作戦を。私はそろそろ行きますわ』

「了解しました。どうか、お気をつけて」

 

 そう言ってスマホを切って懐に入れる、なんか最後不穏な言葉が聞こえたな。

 沙渦月大将がどうだとか……もしもの時は大将が出てくるのか。

 日本なくならないといいが……まぁ、そん時はどっかの県が壊滅するだろう。

 

「はぁ……とにかく行くか」

 

 先を急ごうと少し速度を上げようとした、その時あることに気づいて冷や汗が垂れる。

 廊下一帯が何故か、()()包まれているのだ。

 すぐ目の前が見えなくなるくらい濃い煙、少し何か変な匂いも混じっている。

 

「この、匂い……タバコ? 何故タバコの匂いが……」

「よォ。手錠なんて(そんな大層な)ものつけてどこ行く気だ?」

 

 匂いに気づいた瞬間、突然()()()()話しかけられた。

 振り返った瞬間にはもう遅く、拳と化した煙が目前に飛んできていたのだった。



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バラバラの実

「この……野郎ッ!」

 

 振り下ろされるナイフの斬撃を避けながら殴りかかる。

 だが宙をふわふわ浮く体の一部に攻撃が当たることはない。

 簡単に避けられてどこからともなく飛んできた、足によって背中を蹴られる。

 そのまま前のめりに倒れ、机や椅子を大きな音ともに倒す。

 

(教室は邪魔なものが多いなっ……!)

 

 俺は振り返って起き上がろうとする前に、椅子の足を掴んで後ろに向かって振るう。

 ナイフを持った手がギリギリまで迫っていたところで振るった椅子に当たって吹っ飛んでいった。

 

「おおおおおおおッッ!!? いだっ、いたあああいッ!!?」

 

 少し離れたところで体が集まり、吹き飛ばされた手を掴んで彼女は転げ回る。

 結構痛かったりらしく、腕をぶらぶらさせて軽く涙目になっていた。

 

「ねええええッ!! 痛いんだけどッ!?」

「いや知らねェよ!? 戦ってんだからそりゃ痛いだろうよ!」

「ちっとはさぁっ! 手加減とかないのっ!?」

 

 それはこっちのセリフだ、と叫んでしまいそうになってグッと抑え込む。

 これ以上言い合っている時間はない。

 早くしないとザルフェンさんが連れていかれてしまう。

 

「ああ……くそっ! なんでこんな奴と……ッ!!」

 

 一瞬気を抜いた瞬間、奴は足を切り離し宙に浮いて急接近してきた。

 振られた左手を避けるため、咄嗟に後ろに下がったところで背後になにか嫌な予感を感じる。

 そこで俺は倒れる前に、すぐ隣の机を押して自分の体を横に動かした。

 予感は大当たり、もしこの行動をしていなければ左腕に刺さったナイフは、背中に突き刺さっていたことだろう。

 

「ぐあああああッ!!!! いッ……でェェッッ!!」

 

 すぐ抜き取られ俺は痛みでもがき回る。

 どうやら奴は右手も切り離し、下から飛ばしていたらしい。

 

(気づけてよかった……やられるとこだったぞ……)

 

 なんで気づけたのかは自分自身でも不思議だが、取り敢えず避けれたのだから良しとしよう。

 

「ちぇっ、避けられちゃったか。でもなんで気づいて……まさか……いや、まさかね」

 

 何かを勝手に一人で納得して、奴は再度手に持ったナイフを構える。

 俺は痛みで苦しみながらも腕を押さえて立ち上がる。

 結構痛いがまだ戦うことは可能だ、だがこのまま続けているのは流石にまずい。

 

 いっそゴムゴムの銃を放てればいいんだが、戦っているこの場所は教室。

 狭すぎて腕を伸ばすことができない。

 

(せめて腕を伸ばさずに、撃ち放つことができれば……まるでギア4の猿王銃(コングガン)のように……!)

 

 降りかかるナイフの攻撃を避けながら考え、そこで一つのあることを思いつく。

 

(……そうだ、ギア2のポンプ。あれの要領でやれば……いやでも、行けるか? ポンプのように)

 

 攻撃を避けながら殴ろうとするも、やはり速度が足りず見切られて避けられる。

 まぁ当たったところで大してダメージもないようだが。

 少しの間避けていて、考えても仕方ないという結論に至る。

 

 ルフィだってそうだ、いつもとんでもない発想で、色んな技で窮地を脱してきた。

 なら俺だってやるしかない、やるしか道を切り開く方法はない。

 

「……行くぞッ!! 萩原ァッッ!!」

「なにっ……!?」

 

 俺は気合いを入れるために大声を上げてグッと足を踏み込む。

 それを見た奴はなにを警戒したのか、俺の前で元の状態に戻る。

 

 俺は真っ直ぐ右腕を前に伸ばし、そしてその右腕前の部分を真っ直ぐ伸ばしたまま、後ろに引き抜く直後に前にもう一度出す。

 すると拳は腕の方に大きく()()()、今すぐにでも勢いよく飛び出そうとする。

 俺は飛び出そうとしている拳を左手で慌てて抑え込む。

 

「……なに、してんの?」

 

 俺の行動に萩原はすごい困惑している様子を見せている。

 そこに俺は走り出して、咄嗟に思いついた名前を叫ぶ。

 

「『ゴムゴムの──』」

 

 奴は咄嗟に体をバラして避けようとするが、その時にはもう遅く。

 俺は既に眼前へと接近していた。

 そして声を上げながら引っ込めた右腕を腹に向けて撃ち放つ。

 

「『喞筒銃(ショットガン)』ッッ!!」

 

 バンッッ!! という大きな音ともに右手から拳が飛び出る。

『銃』のように遠くまで飛ぶわけではない。

『バズーカ』のような強大な威力はない。

 でもこれは、今の俺ができる全力だ。

 

「カ、ハッ──!!?」

 

 だがこの一撃は大きく、奴は体をくの字に曲げて机や椅子を押し退けながら壁際まで吹き飛んでいった。

 

「……上手くいった。マジか」

 

 俺は上手くいったことに驚きつつ、奴から距離を取れたことに気づいて急いで廊下に出た。

 

「瀬煮ッ!! ……流石にもういねェか。いや、まだ下の階にいるかも……!」

 

 急いで瀬煮のところに向かうべく走り出す。

 だが教室から少し離れたところで、突然俺は服の首元を引っ張られて、変な声を出しながら足を止めてしまった。

 

「ぐぇっ」

 

 振り返ってみれば上と下で真っ二つになった萩原が、顔を出して大きな笑みを浮かべている。

 俺を引っ張ったのは切り離した彼女の右手だった。

 

「……いいじゃん、今の。効いたよ」

「っ……!」

「じゃ、今度はこっちの番だね」

 

 そう言うと萩原はこっちに向かって走り出してきた。

 俺は咄嗟に構えたが、その瞬間俺のすぐ隣にあったドアが蹴破られ、そこからナイフを持った手が飛び出してくる。

 ギリギリのところで避け、奴に向かって走り出し殴りかかる。

 

「一つだけ教えてあげよう! 私はもっと! 細かく! 小さく! バラバラになれる!! こんな風にッ! 『網式バラバラ模様』ってねェ!」

 

 俺は拳を振るって奴の体を殴ろうとした。

 だがその前に、奴は()()()()にバラバラになった。

 細やかなキューブ状の姿に。

 そうなると振るった拳は、キューブの隙間をスルスルと抜けて攻撃は通らなかった。

 

「なっ……ふざけんな! バギーだってそこまでバラバラになれねェだろ!」

「やろうと思えば人間でもなんでもできるものさ! 覚悟するといい! 猿田くん!」

「ッ……ざけんなッ! やってやるよッ!!」

 

 そう言って次こそ確実に倒すために、俺は拳を構えたのだった。




ゴムゴムの銃『散弾(ショット)』があるって?気にするな!
これについては理論もなにも考えてないデス、はい。


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当たればの話

「うおおおおおッ!!」

 

 俺は細切れになった奴に向かって拳を振るう。

 当然ながら意味はない、間をすり抜けて行くだけだ。

 無茶苦茶に掴もうとしてみるも、するする動いて避けられる。

 

「くそッ! もっと早く攻撃できれば、何か一つでも当たるはずなのにッ!」

 

 周囲見渡してみる、今俺がいる場所は廊下。

 後ろを見れば長く続いていて、奥の方には階段が一つだけ。

 腕を伸ばそうと思えば伸ばせるぐらいには長さがある。

 

(銃、行けるか? さっきの『喞筒銃(ショットガン)』のおかげでだいぶコツがつかめてきたし……でも伸ばせる気がしねェ!)

 

 飛んでくるナイフ群を避けながら次の策を練り続ける。

 だがやはりいいのが浮かばない。

 速度で攻撃するならば、俺ができることは『(ピストル)』のみ。

 だが上手くいく自信がない上に当たるかどうかも微妙だ。

 

「ふ、ふふっ、無駄だよ!! 残念だけどどんな攻撃も、武装色持っていたとしても、結局のところッ! 当たらなきゃ意味ないんだよねッ!!」

「そうだよ、なッ! 当たらなきゃ意味ねェよなッ!」

 

 ごもっともである、強くても、恐ろしくても、当たらなければ意味がない。

 ならば、いやだからこそ、もうやるしかないだろう。

 今からやることは成功するかもわからない。

 だが、もし上手く行けば当たってくれるかもしれない。

 

「う、おおおおおおおおおッ!!!」

 

 後ろに向かって大きく腕を振るう。

 振るった腕は真っ直ぐ……ではなく、壁にぶつかりながら遠くへと伸びて行く。

 真っ直ぐではないものの、伸びてくれているため反動は得られる。

 それで十分だった。

 

「『ゴムゴムの……(ピストル)』ッ!!」

 

 勢いよく伸びたゴムは真っ直ぐ前へと飛んで行く。

 縮んで戻る前に壁に激突しながらも、腕の付け根で定めた狙いの場所へと飛んで行く。

 流石のやつも一瞬、驚きはするものの細やかに拡散すると、逆に伸びて奴の間を通った腕に引っ付いて行く。

 俺は無理やり腕を振り回して剥がすと、腕を元に戻して軽く声を荒げる。

 

「クソッ! 成功したのに!!」

「当たらなきゃ意味はないって、言ったよね!」

「この速度ならどれかに当たると思ったんだよッ!」

 

 今のこれは大失敗間違いなしだが、おかげさまで大きくコツが掴めた。

 次やれば真っ直ぐ飛んで行く、気がする。

 

(だが真っ直ぐ飛んで行ったところで、もっと早くないと結局避けられる……いやそもそも、本当に当たるんだろうか?)

 

 不安は湧き出るばかり、だが本当にそろそろ決着をつけないとやばいだろう。

 ザルフェンさんが連れて行かれてしまう。

 

(それに……もういい加減、疲れてきたしな)

 

 俺は足を踏み込んでもう一度後方に腕を伸ばそうとしたところで、考え直して()()()()()()

 それよりも、別のことを試してみる価値はあると。

 

「ッ!?」

「……上手く、いけばいいんだが」

「一体、何を……」

「数打ちゃ当たる、って言うだろ?」

「ま、まさか、『銃乱打(ガトリング)』!?」

 

 ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)、ルフィの大技の一つだ。

 結構決め技みたいなイメージがある、エニエスロビー編の最後の技もギア2でのこれだったし。

 だからこそこれさえ決まれば、流石の向こうも避けるのは難しいはず。

 それこそ乱射が細切れの肉片にぶつかって行くはずなのだ。

 

「……なるほど。たしかに数打ちゃ当たるよね。攻撃がしっかりと当たれば、の話だけど!!」

 

 奴はそう言い放つと、いくつかの肉片が集まって上半身を形作る。

 と言っても腕はないし、上半身も半分ぐらいない。

 ただそこに上半身の上半分と顔だけがふわふわ浮いている。

 

「なんのつもりだッ! 『ゴムゴムの(ピストル)』ッ!」

 

 俺は即座に切り替えて、腕を後方に伸ばし、集まった奴の顔面に向けて撃ち放つ。

 集まった今なら避けるのも難しいと考え、そして(ピストル)ならば確実に当てられると考えたが故の一撃だった、だがこれが間違えだった。

 今度はたしかに真っ直ぐ飛んで行った、だが奴に当たる寸前で放った(ピストル)()()()()()()()() ()

 

「なっ……! この、感触はッ……!!」

「気づいちゃった? そう、それが私のお肉の感触。ど? 柔らかいでしょ。ちなみに、ぬるぬるオイル付きね」

 

 得意げに、それでいて嫌な笑みを浮かべる奴に、俺は歯をくいしばる。

 奴のいくつかの肉片が塊を作り、まるで滑り台のような滑走路を生み出し、その表面にオイルを塗ることで拳を逸らしたらしい。

 理論がどうのはよくわからないが、できているのだから恐ろしい。

 

「いやー、ゴムゴムの実を相手にするって聞いてたからさ。色々用意してたのよ。私も簡単にはやられたくないしね。それに今回上手くいけば本部行きの話も出ちゃってるからさ!」

「……知るかよ。お前のせいで右手がぬるぬるじゃねェか!」

 

 このままではパンチなんてしたところで、上手く避けられた上にすり抜けること間違いなしだ。

 なんとか固定させる方法でもあれば殴れるはず。

 だがそれが思い浮かばないのだからどうしようもない。

 

「ああクソッ! やり方を間違えたなッ!!」

 

 さっきの逸らされた一撃を銃乱打(ガトリング)でやっとけばよかった、と言う後悔を叫びながら走り出す。

 廊下に充満し始めた煙に気づかずに。



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決着の煙

 俺は必死に拳を繰り出す、ぬるぬるしている右手と伸ばした左腕で。

 だがやはり奴は簡単に避けて行く。

 本編のバギーよりもバラバラになれるのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

(ああクソッ! 奴が固まってくれない限り攻撃ができねェ! なんならどんどん早くなって行きやがる……ッ!)

 

 肉片から突き出たナイフが俺めがけて飛んでくる。

 俺はそのナイフ相手に、身を屈めたり殴り落としたりと必死に対応し続けていた。

 防戦一方、防ぐので精一杯で攻め入る隙もタイミングも見当たらない。

 俺は今まで同じように腕を伸ばし、だが放つ技は『(ピストル)』ではない。

 

「『ゴムゴムの銃弾(ブレット)』ォォ──ッ!!」

 

 固まったところを見計らって、急接近しながら奴の目前で左手で銃弾(ブレッド)を打ち込む。

 だが奴は煽るような笑みを浮かべ、体が避けて肉片が飛び出してくると、ぬるぬるの肉片にめり込んで横の壁に飛んで行った。

 何度か反動を利用した(ピストル)を打ち込んでいるうちに、ゴムの伸ばし方を理解できるようになってきた。

 ゴムゴムの実の扱い方が漸くわかってきたと言うところか。

 

(今なら基本的な技はしっかり打ち込めるだろうが……)

 

 そう考えて奴の近くで腕を振り続ける。

 すると奴はナイフを構えて少し苛立った様子で俺に向けて声をかける。

 

「ったく……どうやったら捕まってくれるかな!!」

「俺は捕まらねェ!! いい加減終わりにしてェんだよッ!!」

「そりゃこっちのセリフだよ! ぬるぬるの両手でどうするって言うんだい!?」

「テメェを殴ることぐらい、ぬるぬるしたってできるッ!」

 

 俺は声を荒げて近くにいることを利用して、右手を大きく引っ込める。

 そして奴の顔面に振るって当たる寸前に解き放つ。

 

「『ゴムゴムの喞筒銃(ショットガン)』ッ!!」

 

 勢いよく解き放たれる右手、だが奴に当たる寸前でまたもや肉片が邪魔をする。

 そこに追撃と言わんばかりの足が飛んできて、俺に向かって数発蹴りが炸裂。

 痛くはないが壁際まで飛ばされてしまった。

 すぐさま体を起こすと、すかさずナイフが飛んできたのを見て、俺は壁に面したまま走る。

 

 そして攻撃が止むと同時に足を止め、俺はすかさずその場で踏み込んで腕を伸ばす。

 今度は反動を利用せず、そのまま真っ直ぐ前へと。

 反動と筋肉がない分、威力は分かりきっているが、それでも今はこれしかない。

 

「『ゴムゴムの(ピストル)』ッ!!」

 

 飛んだ、今までにないくらい好調の一発。

 だがそんな攻撃すらも無慈悲も体が裂かれても避けられる。

 俺はすぐさま前、やつに向かって走り出す。

 

「食らえェッ!! 『ゴムゴムのォ──』」

 

 次こそは、次こそはと俺は必死に腕を振るう。

 両腕を全力で何度も何度も前に出し続ける。

 その行動には流石のやつも驚いたのか、目を見開いて一気に離散しようとして、何かに驚き声を上げる。

 

「回避を……ッ!? か、体が動かないッ!? な、なぜ──!」

 

 だがぬるぬるした両手は、その分散した肉片と固まっているやつを次から次へと捉えて行く。

 無茶苦茶に振るっているはずの両手は次から次へと肉片を壁際に叩きつけて行く。

 

「『銃乱打(ガトリング)』ッッ──!!!」

 

 奴が壁に叩きつけられ、そこから更に数十発の拳の弾丸をその身に受ける。

 ふと奴から抵抗する力を感じなくなったのを最後に俺は拳を止めた。

 

「はぁ、はぁっ……え、勝った……?」

 

 自分でも信じられずにぐったりと気絶した奴を見た。

 壁は大きく凹み、今にも崩れそうなくらいひび割れが広がっている。

 

(ぬるぬるしているわりには意外と突き刺さるもんだな……しかしなんであいつ、避けなかったんだ……?)

 

 奴の能力ならば今の攻撃、避けることは簡単なはず。

 何故避けなかったのか考えて、そこでザルフェンさんのことを思い出す。

 

「やばいッ! ザルフェンさ、ん……ッ!?」

 

 振り向いて走り出そうとした時、俺は周囲の異常に気づいた。

 戦いに夢中で全く気づいていなかったのだが、廊下が謎の煙で充満している。

 遠くの方はもはや見えないくらいに。

 

「な、なんだ!? この、煙は!?」

「この煙は俺のだよ、猿田」

 

 その言葉が後ろから聞こえ、俺はすかさず腕を伸ばして飛ばす。

 飛んで行った腕は奴の体を捉えた、が。

 当たったはずの腕は奴の体を()()()()()()()()()

 

「なっ……」

「安心しろよ猿田。俺は味方だ。お前さんのな」

「……まさか、その声は……先生?」

「おう! お前の担任の酢靄(すもや)だ!」

 

 そう言って煙の中から姿を現したのは、タバコを口に咥えている俺のクラスの担任の先生。

 そして探していた酢靄先生だった。




実は執筆中に気づいたんですが。
ピストルは真っ直ぐ前に伸ばす、ブレットやライフルが反動利用する技だったんですね。


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仲間たち

「よかったよ、お前と出会えて」

「いや、それはこっちのセリフですけど……あの、なんで走ってるんですか?」

 

 酢靄先生と出会った後、俺らはあの場を離れて走っていた。

 先生はどちらかと言うと()()()()()のだが。

 何処かに向かっているようで、取り敢えず付いて行っている。

 味方、とは言っているが、本当にそうなのかはまだわからない。

 だから、取り敢えず、だ。

 

(しかし先生……これは……)

 

 先生の姿を見て、改めて俺はとんでもないことに巻き込まれていると確信する。

 何故って、先生の下半身はモクモクと煙に変化して、それで移動しているのだ。

 見たことある、というレベルではない。

 俺はそれを知っている。

 

「先生も、能力者ですか。モクモクの実(スモーカーと同じ)とは……」

「まぁな、つっても俺が能力者になったのは結構前なんだが……」

「ヘビースモーカーな先生にはぴったりですね」

 

 先生の食べた悪魔の実、自然(ロギア)系な分類されるモクモクの実だ。

 その名の通り自身の体を煙に変化させることが可能。

 しかも俺の超人(パラミシア)系のやつとは違って自然(ロギア)系は、体そのものが自然のものになるため、基本的な物理攻撃は完全に無効化される。

 武装色でもない限りは無敵と言えるだろう……流石にないよな、この世界に。

 

(ない、と願いたい……)

 

 ゴムの体を持つ俺は密かにそんな願いをしつつ、先生に気になった事を聞く。

 

「ところで、あの。なんで俺たち、走ってるんですか?」

「そりゃだってお前さんよ……後ろ見てみろ」

 

 そう言われて俺が軽く振り向くと、白い制服を着た人たちが様々な武器を手に、声を荒げながらこっちに向かってきていたのだ。

 明らかに学校で見ていい光景ではない。

 

「え、え、え。なにあれ」

 

 俺は困惑で素っ頓狂な声を上げながら、前を向いて全力で走り出す。

 と言うかいつのまにか俺たちは追われていたのか。

 

「大方、ザルフェンを取り返しに来たのかもな」

「え? ザルフェンさん!?」

「ああ、連れ去られそうになってたからな。取り返したのさ。今は仲間のところにいるはず……っと!」

 

 そこまで言って後ろから飛んできた一発の銃弾が先生の体をすり抜け、俺の体に突き刺さって逆に跳ね返って奴らの体に突き刺さる。

 当然ながら銃はあの世界観のものではない、現実世界にある現代の銃だ。

 一般市民に向けていいものではないのは確実だろう。

 仲間がどうとか気になるところではあるが、もはやそれどころではない。

 

「まじかよ……」

「まぁお互い効かねェからな。そこはよかった」

「よかないですけど!!? あんなもの向けてくるって、相当なんですが!?」

「……ま、なんとかなんだろ。猿田、まずは一階の保健室に向かえ。目印は……狐だッ!」

 

 そう言うと先生は急ブレーキで振り返り、煙の体で敵の軍団に突っ込んでいった。

 俺は思わず一瞬足を止めて振り返るが、煙の先生に普通の攻撃が効くはずもなく、無双状態だった。

 もはや敵の方が哀れになる程、ボッコボコに殴っている。

 一先ず大丈夫だろう、と考えて再度走り出す、のだが。

 

(っ! マジか。学校中敵だらけかよ!?)

 

 突然、奥の廊下の曲がり角から数人の白い制服を着た人が姿を現わす。

 手には武器を持っていて、俺を見るなり声を荒げながら走り出してきた。

 俺は右腕を大きく後ろに伸ばし、声を上げながら一発解き放つ。

 

「『ゴムゴムの銃弾(ブレット)』ォッ!!」

 

 一番先頭を走るやつの顔面に俺の拳が突き刺さる。

 後ろに飛ばした反動を利用した一撃、結構いい感じに入ったようで後ろに吹っ飛んでいった。

 一緒に走ってきていた奴らがその一撃に戸惑い、足を止めたのを見て、すかさず左手で『(ピストル)』を放つ。

 威力は低いがもう一人を、少し後ろに後退りさせることに成功。

 その光景に周りの奴ら一瞬たじろいだ。

 

 そこで俺は奴らの手前にある階段に向かって走り降りて行く。

 後ろからついてきている音がするが、それすら無視して次から次へと降りて行く。

 あっという間に一階、ここから保健室までまだ少し距離はある。

 

(あいつら……しつこいなっ!)

 

 背後から迫る音を聞きながら、俺は速度を緩めず先へ進む。

 先生曰く、目印は狐、と言っていた。

 

「……狐、つったってなぁっ……!」

 

 そんなもの、学校にはいない。

 と言うかいたら、それはそれでこっちが困る。

 だがこんな状況で流石に冗談は言わないだろう。

 ならば俺は走って狐を探して保健室に向かうまでだ。

 

「狐ー!! どこにいるんだーっ!!」

 

 走りながら廊下中に響く声を上げると、ふとどこからか鳴き声のようなものが聞こえた。

 一瞬聞き間違えかと思ったが、その直後にまたもや鳴き声が聞こえ、幻聴じゃないことを知る。

 

「え、まさかマジで狐が!?」

 

 希望を抱いて声のした方、つまり真っ直ぐ前の方を見た。

 だがそこにいたのは海軍の制服を着て二本の刀を持つ男。

 俺は咄嗟に拳を構えると同時に、奴がこっちに向かって走り出してきた。

 

「ぐッ……!」

「よし! 捕まえろっ!!」

 

 後ろでそんな声が聞こえ、俺は奴に向けて『(ピストル)』を飛ばした。

 だが奴は軽い身のこなしで俺の拳を避けると、そのまま()()()()()()()()()

 困惑と共に振り返ると、俺の後ろで同じように困惑していた海軍の奴らが、刀の平たいところで殴られて気絶していた。

 俺も思わず足を止めてから、二本の刀を持つ男を見た。

 

「お前は、一体……?」

「ふっ……ふふっ……コンコーン!!」

 

 小さく笑い声と変な鳴き声を上げて、ピョーンと軽い動きで飛び上がって煙が出たかと思うと、中から一匹の狐が姿を現した。

 しかもただの狐ではない、九つの尾っぽを持つ狐だ。

 俺はその能力に、見覚えがあった。

 

「イヌイヌの実、幻獣種……モデル『九尾の狐』!!」

「いぇい! 大正解!!」

 

 変なポーズを取りながら、狐は人型へと戻って行く。

 この学校の中でも珍しい金色の髪を持つ、一人の少女の姿へと。

 確かハーフで、名前は……。

 

「……狐火(きつねび)さん?」

「そそ! 狐火 香里奈(かりな)。君はえっと確か……猿田くんだっけ?」

「……ああ。猿田 類。俺たちの隣のクラスのやつだ」

 

 後ろから突然、新しい声が聞こえて振り返る。

 またもや新しい人間が一人、学校の制服を着た男だ。

 こいつも知っている、狐火さんの幼馴染だとか何とかで、名前は確か。

 

出雲(いずも)……だっけか?」

「ああ。出雲 佐次郎(さじろう)だ。よろしく頼む、新しい能力者」

 

 そんな彼の言葉に、二人と握手を交わして保健室へと急いで向かっていった。



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保健室

「なぁ、お前ら。俺のことは……聞いてるんだよな?」

「まぁね。私の能力があればいくらでも潜入できちゃうから!」

「ゴムゴムの実……実に有用な能力だ」

 

 狐火 香里奈、彼女の持つ能力、イヌイヌの実【幻獣種】『モデル:九尾の狐』。

 妖怪などで有名な、あの九尾の狐に変身する能力だ。

 ワンピースじゃ黒髭の部下の一人が有していた。

 人の顔だけじゃなく、服も変身できるという点ではマネマネの実の上位互換と言えるだろう。

 まぁ、種類からして違うんだけど。

 

「すごいよね! びよーんって伸びて殴っちゃうんだもん!」

「いや、俺的には刀振ってる方が驚きなんだけど……」

 

 そう言って俺は、狐火さんの持つ二本の刀に目をやる。

 明らか様に女子高生が持つには異常な物体。

 結構重そうなのだが、それを軽々と持っている。

 

「えー、そう? 女子高生って言ったら刀じゃない?」

「すまんな。こいつはその……知識の偏りが酷くてな」

 

 出雲が呆れた物言いで謎のフォローを入れるが明らか様にフォローになっていない。

 結局刀を持っている理由の答えは出ず仕舞いで、ずっと走り続けて保健室の前に着く。

 出雲と俺は周囲を見渡し、狐火さんは人獣型になって耳を立てドアにぴったりとくっつける。

 

(確か狐って聴力がすごいんだったか……幻獣種にも適応されてんのかな)

 

 狐は犬などよりも聴覚に優れているらしい。

 ほんのちょっとの物音でも的確に聞き取るとかなんとか。

 少しした後、狐火さんは親指を立てる。

 

「大丈夫、呼吸音が一つ。ザルフェンちゃん以外いないみたいだよ!」

「……そうか。ならばようやく休めそうだ」

 

 出雲先導で俺たちは急いで保健室に入る。

 中はカーテンが完全に閉まりきっており、鍵もかかって外から入れないようになっている。

 ドアも入ると同時に即座に締めてしまった。

 この感じならば変な物音を立てない限りはバレることもないだろう。

 

 俺はやっと安全に来たことに対する安心感にホッとして、保健室内のソファに座り込む。

 周囲に視線やってみると、ベッドの上ではザルフェンさんがすやすやと寝ていた。

 顔色もそう悪くはなさそうだ。

 

 ザルフェンさんのことを確認した俺は、狐火さんと出雲に目線を移す。

 

「そう言えば、出雲も能力者……なんだよな? ここ潜り抜けてきたんだし」

「む? ……いや、俺は違う。能力者ではない」

「え」

「だが……能力者の一人ぐらいならば倒せる」

 

 なんの誇張表現かと思ったが、どうにもその目つきがガチっぽくてなにも言えなかった。

 それに、どちらにしろそれが本当ならば頼もしいのは間違いないだろう。

 他に聞くことは……と、考えていたところで、通気口から音が響く。

 何事かと思っていると、通気口から煙になった先生が顔を出した。

 

「よっ。その様子だと大丈夫そうだな」

「おー、先生! 無事だったんだね!」

「あたりめェだ、自然(ロギア)系を舐めんなよ?」

 

 ニヤリと笑って通気口から煙が這い出て、俺たちの前に着地する。

 そして体を実体化させてから、ザルフェンさんの顔を見た。

 

「……よし、体調は良さそうだな。そんじゃあまぁ……猿田。色々聞きてェことがあるだろうが、取り敢えず簡単なことだけ話しておく」

「簡単なこと?」

「ああそうだ。まず俺たちは結構前から能力者だった。狐火もな。出雲はちと違うが……まぁ、家が武術やってるかなんかで戦えるらしい」

「そんなざっくりとした説明で……」

「詳しくは奴から聞け。それよりもだ……世界海軍って奴らについてだが──」

 

 何か言おうとしていたところでそれを遮るように突然、狐火さんが動物(ゾオン)系の脚力で寝ているザルフェンさんの前に飛び出す。

 両手には刀を握って、何かを防ぐような構えを取っていた。

 それとほぼ同時のこと、突然部屋の窓が一斉に割れた。

 あまりの突然のことに狐火さん以外は身動き一つ取れないでいる。

 

(な、なんで割れて……いや、違う。今、なにかが()()()()!)

 

 まるで風を裂くような音、また能力者かと思っていたが、その予想はいともたやすく裏切られることとなる。

 突然何かの音ともに狐火さんが吹き飛ばされたかと思った瞬間、目の前に何かの巨体が腕にザルフェンさんを抱えて立っていた。

 いや、立っていたというよりも、()()()()()、という方が正しいか。

 

「なっ……!」

 

 俺は咄嗟に攻撃しなくてはと言う思考が前に来て、今出せる全力で『(ピストル)』を放った。

 だがその全力の『(ピストル)』は巨体に当たったものの、巨体は微動だにせず指をこちらに向け呟いた。

 

「『指銃(シガン)』」

 

 そんな言葉とともに俺は、壁際まで吹っ飛ばされたのだった。



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獰猛

(なにが……起きた……?)

 

 今、たった一本の指によって、俺は瓦礫の中にいた。

 意識は多少混濁していて、なにが起きたのかはっきり理解できていない。

 ただ一つ、わかることはある。

 俺は誰かの手によって殺されかけた、ってことだ。

 

(『指銃(シガン)』とか……言ってたよな……)

 

指銃(シガン)』、六式の一つで銃弾のような一撃を放つ技だ。

 俺のようなゴムの体にも効いてしまう。

 純粋に身体能力が向上する動物(ゾオン)系悪魔の実とは相性が良いらしい。

 

「ぐぐ、ぐっ……いてェ……」

 

 俺は体を起こして周囲を見渡す、今いる場所はどうやら廊下のようで。

 前の方を見れば壁には大きな穴が開いていた。

 どうやら吹っ飛ばされた後、俺はそのまま壁を突き破って廊下に出てきたらしい。

 どんだけ高い威力で『指銃(シガン)』を放ったらこうなると言うのか。

 

「ああ、クソ……みんなはどこ行った……?」

 

 瓦礫の山から出てボロボロになった保健室に入ってみんなの姿を探す。

 しかし誰の姿も影も見当たらない。

 そんな状況だから当然ながら、ザルフェンさんもベッドから姿を消していた。

 まぁ、意識が混濁する寸前に見た景色がザルフェンさんを抱えた何かの構えだから、当然ちゃ当然なのだが。

 

 俺はフラフラとした足取りで保健室に入る。

 窓のある壁は完全に破壊、もはや吹き抜けみたいになっている。

 そもそも部屋中凹んだり破壊されたりで原型をとどめていなかった。

 

「……なんだ、生きてたのか」

 

 今にも手放しそうな意識の中、聞き覚えのない声が響く。

 保健室の中央にそいつはザルフェンさんを抱えて立っていた。

 黒いコートに身を包み、顔には大きな抉れたような傷。

 いかにも、って感じの男がそこにいた。

 ただ身長は普通であるため、先ほどの巨体とは違うのかもしれないが。

 

「なんだ……テメェ……」

「死に損ない相手に答える必要性は感じねェよ。『(ソル)』」

 

 その言葉を放つと同時に奴の姿が消える。

 その仕組みは理解している、が捉えることは不可能。

 そもそも実現する奴がいたこと自体驚きだろう。

 

 いや、もしかしたら可能かもしれない。

 奴が『能力者』であるならば。

 

「察しはいいみてェだなァ?」

 

 後ろから声が聞こえ、一瞬の後振り返る。

 奴はそこにいた、のだが。

 体は大きく膨れ上がり、それは先ほど見た巨体と完全に一致している。

 ただそれだけではなく、身体中から毛が生えており、その開いた口にはなんでも噛み砕いしてしまいそうは歯が付いていた。

 

「イヌイヌの実『モデル:ウルフ』ッ!!」

「正解だ……ご褒美くれてやらァッ!! 『嵐脚(ランキャク) 狼爪(ロウソウ)』ォッ!!!」

 

 上から足を振り下ろす同時に、その爪から鎌風が放たれる。

 普通の嵐脚とは違い、一発ではなくその攻撃は合計五発。

 五発の鎌風が一斉に撃ち放たれていた。

 

 咄嗟に避けようと動くが、その速度はあまりにも異常。

 音が出る前にはもう俺の体に全て直撃していた。

 

「ぐ、オオオォッ!!?」

 

 体に刻まれた五つの切り傷とともに、俺は壁際まで吹き飛ばされる。

 斬撃に対してゴムの体など何の意味も持たない。

 

「がふっ……!! て、めぇ……!」

 

 俺は少し凹んだ壁にもたれかかりながら立ち上がる。

 

「おう、まだ起きるかよ」

「バカいえ……こっちゃ、死にかけだぞ……」

「まぁ、俺の爪で突いた『指銃(シガン)』に、五つの爪で切り裂く『嵐脚(ランキャク)』は、いてェよなァ?」

 

 痛すぎるぞ、と言いたいところだが言葉が出てこないほどに限界が来ている。

 こうして立てているのもやっとと言うところか。

 反撃を与えたいが……『指銃(シガン)』を与えられ前に出した『(ピストル)』ではビクともしていなかった。

鉄塊(テッカイ)』か……それとも単純に効いていなかっただけか、後者は考えたくもない。

 兎にも角にも、今の俺にはもう時間がない。

 

「『ゴムゴムのォ──』」

「抵抗か? いいぜェ、生身で受けてやらァッ!」

 

 そう言って奴は変身を解いて人間形態に戻る。

銃乱打(ガトリング)』を使いたいところだが体力的に使えそうにない。

 だが連続攻撃を撃ちたい、と思ったところで俺は『銃乱打(ガトリング)』を用いた『タコ花火』と言う技を思い出した。

 エネル相手に攻撃の場所を悟られないために跳弾を利用した技だ。

 アレの似たようなことなら、できる。

 

「『針山(スパイク)』ゥゥウッッ!!!」

 

 俺は右腕を後ろに引き抜くような構えから、上に向けてそのまま下に叩きつけた。

 保健室と言う狭い部屋で放つ跳弾を利用した技。

 あっちこっちに向かって拳が飛び跳ねる。

 好き勝手に伸びて行くものだから、俺にだって制御はできない。

 

「ほォ。跳弾か……だがなァ……あー、こりゃ受ける気にもならねェ」

 

 奴は片足をすっと上げる、その瞬間俺の拳がその片足に激突して、そして──止まった。

 俺の元に拳が戻ってくると同時に、俺は壁にもたれかかったまま床に座り込む。

 もう体が限界点に達していた。

 

「……マジかよ」

「まぁ、これからに期待ってことで及第点だなァ」

 

 と言うと奴は懐からスマホを取り出し、誰かに連絡をかける。

 

「おォ、俺だ。あァ、回収完了。他の奴らも捕まえた。後はゴム野郎だけだ。つーわけで、証拠隠滅頼むわァ。ジェスター」

 

 スマホをしまうとほぼ同時に下の方で爆発が起きる。

 奴の言った証拠隠滅とやらが行われているらしい。

 まさかとは思うが、この学校ごと消すつもりなのだろうか。

 

「さて、テメェも一緒に来てもらうぞ。その能力は回収しねェといけないんでなァ」

 

 こちらに向かって奴は歩き出す。

 下の方で起こっている爆発によって、こっちも崩れてきているが奴はそんなこと気にしちゃいない。

 俺はだんだんと意識を失って行く。

 奴の手が伸びてきて、気絶する前に見た最後の景色は、一面真っ白に染まった何かだった。



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五人の賞金首・奪還編
敗北者の隣人(席)


「けっ……まだ能力者いたのかよォ。しかもコイツァ……」

 

 俺はそんな言葉とともに()()()()腕を引っこ抜く。

 ゴムゴムの……いや、()()悪魔の実の保有者を捕獲すべく、伸ばしたはずの腕は蝋にまみれている。

 まぁ、蝋と言ったところで誰でもわかる。

 

「ドルドルの実、か……また厄介なものが残ってるじゃねェかよォ」

 

 ため息一つ吐いてスマホを取り出し連絡を入れる。

 が、何故か繋がらない。

 何回か掛け直してみるが、やはり電話は繋がらない。

 

「んー、妨害されてんのかァ?」

 

 なんらかの可能性を考えて周りを見渡す。

 そして俺はどうして繋がらないかの答えに辿り着く。

 

「あ。聞こえてねェわ、これ」

 

 次から次へと落ちてくる瓦礫を避けながら、俺は外へ向かって歩き出す。

 学校も埋もれることだし、今できることは帰還のみ。

 報告できることがあるとすれば、取り敢えず出された任務はやった、ぐらい。

 

「……まァ、中将もこんなことじゃ怒んねェだろ。『WCEA』としての任務は終わらしたしなァ。他は全部海軍の責任だな」

「酷いお方ですね、他者に全て押し付けるなど」

 

 海軍に全て押し付けようと思っていたところで後ろから声が聞こえる。

 振り向くと瓦礫が落ちる中、そこに俺の部下の一人が立っていた。

 

「おう。来てたのか……相変わらずの格好だなァ」

「これが私の信じるものですので」

 

 そいつはいつも魔改造したような修道服を身につけている。

 ちと露出多めなのがなんとも見ていられない。

 が、これは宗教上の問題とかなんとかで流されている、問題しかないように思えるが。

 まぁ、特に制限をかけているわけでもないので、どうでもいいかなと。

 

「で、終わったのか、テメェの方は」

「私の……あぁ、中将様の頼みごとですか……調査はしましたが、情報は何一つとして。そもそもの話ですが、本当に()()()()()()あるのですか?」

「知らねェよ。世界そのものを覆すものが、日本のこの街にあるとしか聞いてねェからよォ」

「……なるほど。さて、中将様は何をなさるつもりなのか」

「んなこと考えんなよ。俺たちャ、言われたことやるだけさァ」

 

 と言ってポケットから一つタバコを取り出し、ライターで火をつけたところであることを思い出す。

 

「火……と言やァ、アレはどうなった。メラメラの実」

「……ああ、アレですか。その話は出てからしましょう。ここもそろそろ埋もれてしまいますから」

「……そういやそうだな。忘れてた」

「どれをどうしたら忘れるのか」

 

 俺は魔改造シスターの部下に呆れられながら、二人で一緒に学校から脱出したのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 さて、色々再確認するとしよう。

 俺の名前は猿田 類、ただの高校生だった男だ。

 ゴムゴムの実を食ってゴム人間になったかと思えば、同級生も悪魔の実食ってて、助けだしたら色んな奴らに追われる羽目になって、かと思えば仲間出来て。

 で、次の瞬間には襲われて、今に至る。

 

「……ここはどこだ」

 

 奴の追撃から気絶して、一体どのくらい経ったと言うのか。

 体を見ればかなり雑に包帯が巻かれている。

 包帯を解いてみれば傷口を塞ぐように、火傷跡のようなものがついていた。

 その上、なんか変な白い硬いものの上で寝ている。

 

 キョロキョロと辺りを見渡してみれば、どうやらここは体育倉庫らしい。

 体育館の方ではなく外にある方の倉庫だ。

 ほとんど使われていない場所で、鍵すら錆びついているような場所だったはずだが。

 

「起きたんだ」

 

(この声は……)

 

 毎日のように聞く声を聞いて、声のする方向を向く。

 声のする場所を見てみれば、そこには一人の女子高生がマットの上に座っている。

 見た目をワンピースのキャラで例えれば……若い頃の『海軍中将”つる”』が一番近いだろうか。

 

「……伊野(いの)?」

「おはよ。死にかけみたいな顔してたけど、大丈夫?」

「生きてるから、大丈夫なんだろうよ」

「それはよかった」

 

 伊野 三芽(みつめ)、同じクラスの女子。

 知り合い、と言うか友達、と言うか、隣の席と言うか。

 つまり、要するに、隣の席である。

 

「……で、なんで俺はここに?」

「私が助けたからに決まってんじゃん」

 

 ケラケラと乾いたような笑い声をあげて、一体どこからか持ってきたのかわからないコーヒーメーカーでコーヒーを入れた。

 しかも火を付けるのにものすごく小さな蝋燭を使っている。

 その仕草は優雅そのものだが、場所と制服という格好によりなんとも言えない感が漂っていた。

 

「その蝋燭とコーヒーメーカーはどこから……」

「コーヒーメーカーは理科室から」

「理科室?」

「先生がアルコールランプ使って飲んでるの。知らなかった?」

「知らねェよ、そんなこと」

 

 なんでそんな情報を知っているのかイマイチわからない。

 だがこいつ、伊野が情報通なのは有名な話。

 どうやって知ったかとかは気にならなかった。

 それよりも気になるのは。

 

(なんでこんな中途半端に、どろどろに溶けた蝋燭が……)

 

 何故この場所に蝋燭が存在するのか、だった。

 と言っても確か理科室に置いてあったような気がする。

 

「……じゃあ、それも理科室から?」

 

 と言って蝋燭に向かって指を指すが、彼女を首を横に振る。

 

「これは作った」

「作ったぁ?」

「こんな風に」

 

 そう言って右手の人差し指を一本立てると、そこにポッと火が灯る。

 あまりにも突然のことな俺は慌てるが、彼女は涼しげな顔でそれを見ていた。

 少しするとどろどろに指先から何か、白いものが溢れ出てくる。

 

「……蝋?」

「そう、蝋燭作る能力。なんか手に入れちゃった」

 

 一つ参考までに、彼女はワンピースを読んだことも見たこともないタイプだ。

 だから知らないのだ、彼女が手にした能力のことを。

 

「……マジかよ。ドルドルの実じゃねェか」

 

 俺の驚愕から出た言葉に彼女はただ、首を傾げるのだった。



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ゴムと蝋燭

「どるど……なにそれ?」

「お前、ワンピース読んだことねェもんな」

「……?」

 

 なにいってるのか全く分かっていないようで、首を傾げて俺の顔を見ている。

 と言うわけで一から説明することにした。

 伊野の持つ力はワンピースで出てくる能力で、蝋燭を操る能力だと言うこと。

 それと引き換えに泳げなくなり、水をかけられたりすると酷く弱体化することも。

 

「そう言えば……理科室で食べたわ。なんか白い梨みたいな果実、不味かったけど」

「それだよそれ。大当たり」

「ふーん……悪魔の実、ねェ。面白いじゃん」

 

 そう言ってまたケラケラと笑う。

 

「漫画のモノがそのまま出てきたってワケね」

「まぁ、そう言うことだな」

「で、それがなんであんなことになってたの?」

 

 あんなこと、というのは言わずもがな、あの狼男に襲われていたことだろう。

 これもまた一から全部説明を始める。

 悪魔の実を食べちゃった俺は、先生を探す途中にザルフェンさんと出会い、同じ悪魔の実の能力者に襲われたこと。

 海軍を名乗る組織なども、取り敢えず全部。

 

「狼野郎の発言的に、先生たちはみんなどこかに連れて行かれてしまったんだろうけど……」

 

 と、俺の話を全部聞いて彼女は呆れたような顔で答える。

 

「助けに行くっての?」

「……そりゃお前、助けに行くに決まってんだろ」

「一人で?」

「うっ……」

 

 一人で行けばまず間違いなく、あの狼男に負けるだろう。

 そもそもあいつのところに辿り着けるだろうか。

 

「なぁ、外にはまだ敵いるのか?」

「いっぱいいるよ。撤退準備はしてるみたいだけど」

「それは……あー……どうしよ」

 

 蝋燭ベッドの上に座って、これからどうするべきか悩む。

 このまま適当に特攻したところで、負けるのは目に見えているだろう。

 俺はルフィじゃない、ルフィのように突っ込んで行くことはできない。

 例えゴムの体を持っているとしても。

 

「付いて行ってあげようか」

「へ?」

「私の……なんだっけ。ドルドルの実? だっけ? 私はそれのおかげで戦うことができる。まぁ少なくとも役立たずにはならないかな」

「なんで、来てくれんだよ。危険なのはわかってるだろ?」

「……強いて言うなら。悔しいから? ほら、猿田しか助けられなかったじゃん、私」

 

 ケラケラと相変わらず何考えていかわからない。

 悔しいと言っているが、本当に悔しいのかどうかもわからない。

 だが、付いてきてくれると言うのならば。

 

「本当にいいんだな。これからもずっと狙われるかもしれないぞ?」

「それは……こうすればいいでしょ」

 

 伊野は自身の右手のひらを顔に押し当てる。

 そして能力を使って蝋を掌から溢れさせて行く。

 気づけば顔は蝋で覆われ、仮面のようなものができていた。

 不恰好でなんとも言えないデザインの仮面だ。

 

「少なくとも私は、これで身バレすることはない」

「だといいけどな……」

 

 そう言って俺はドアに手をかける、そして動きを止めた。

 動きを止めたことに対し、不思議そうにする彼女の方を見て、俺は聞く。

 何故かわからないが、無性に一つだけ聞いておきたかったのだ。

 

「本当に、悔しいだけか?」

「……なんでそんなこと聞くの?」

「いや、まぁ……なんとなく。そんな気がしたから」

 

 と言うと彼女は一瞬、何処かに目線をそらして俺の顔を見つめると。

 

「まぁ、個人的なものが、ね?」

「……そ、そうか」

 

 ここから先は伊野のプライペート的なことなんだろう、と思ってそれ以上は聞かないことにした。

 そして聞くことを聞いた俺は改めて、ドアに手をかける。

 

「もう一度聞いとくが、本当にいいんだな」

「うん。いいよ」

 

 それを聞いた俺はドアノブを回して振り返る。

 

「本当にいいんだな!?」

「しつこい」

 

 なんてやり取りを交わして、俺はドアをゆっくりと開ける。

 太陽の差し込む光に少し目を覆いながらも、新たな戦いの一歩を……。

 

「出てきたぞッ!! 総員ッ! 構えェッ!!」

 

 歩き出す、はずだったんだが。

 出た先で見たものは、ずらっと並ぶ銃を持つ海軍たち。

 そしてその後ろに立って指示を出したのは真っ白なコートを羽織った、多分海軍将校。

 明らか様に狙われているし、今にも撃たれそうになっている。

 

「……あークソ。早速予定が狂ったぞ」

「まぁ、よくあることでしょ。ほら、行くぞっ、とっ!」

 

 奴らが銃を撃とうと銃に手をかけたところで、伊野の手から大量の蝋が湧き出る。

 それをサッと前に出すと薄くも硬い一枚の壁ができ、放たれた銃弾をその壁に阻まれ、俺たちのところに辿り着くことは決してなかった。

 少しすると銃弾が聞こえなくなる、そのことを確認すると俺は壁から出て走り出した。

 

「撃てッ! 撃てェッ!!」

 

 一斉に銃弾が放たれ、そのいくつもの銃弾は俺の体にめり込んで行く。

 そしてそのまま体を突き抜ける、なんてことはなく。

 全てゴムの体で跳ね返してみせた。

 

「そんな銃弾、効かないねェ。『ゴムゴムのォ──』」

 

 銃弾が跳ね返されたことにあたふたしている、奴らの少し前のところに行くと俺は思いっきり踏み込んで止まる。

 そして片足を横に伸ばしてそのまま回転し、奴らの集団に向けて大きな蹴りを放つ。

 

「『(ムチ)』ィッ!!」

 

 銃を構えていた奴らは咄嗟の攻撃に反応しきれず、俺の蹴りに一掃されて行く。

 そこにすかさず、コートを羽織った奴に向けて『銃弾(ブレット)』を撃ち放つ。

 慌てた奴の顔面に突き刺さる拳、更に倒れた奴の体に降りかかって固まる蝋。

 敵を一掃したことで、俺たちは一度落ち着く。

 

「……バレバレだったみたいだな……って、おいおいおい!? どうすんだよ!?」

「時間との勝負、ってとこかな」

「じゃあ急がねェとッ!」

 

 思ったよりも危うい状況ということに気づいた俺たちは、その場を離れ急いで行動を始めようとした。

 だが体を固められた将校が声を荒げる。

 

「無駄だッ!! どう動こうと既に能力者たちは連行をされ始めているッ! 『WCEA』が動いている以上、貴様らに勝ち目など──」

「うるせェッ!!」

 

『斧』未満の技で奴の顔面を踏みつけると、奴はぐったりと気絶した。

 気絶したやつを見て、俺たちは急いで行動をすべく走り出す。

 

(しかし『WCEA』、ってなんだ? ……もう、何がなんだかわかんねェな……)

 

 色んなことが渦巻いている学校の中、仲間たちを取り戻す戦いが始まろうとしていた。



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狼男の盾少女

 ──学校、凍りついた体育館

 

「報告します!! ゴムゴムの実の所有者。船度(ふなたび)高等学校二年生、普通科所属。猿田 類とのことです!!」

「ほォ……猿田、ねェ……」

 

 ゴム野郎との戦闘を終え、今俺は海軍に指示を出しながら、部下の報告書であるゴム野郎の情報を見ていた。

 部下のシスターは指示を出して別の仕事に行かせているため、今はいない。

 ただ奴は代わりを置いていった。

 正直、いらないと思う。

 

「ジャルさんっ! シルト、ただ今参りましたっ!!」

「お、おう。シルト、来たか……」

 

 ちょっとテンション高めの少女が、盾を背負って姿を現わす。

 このテンションの高さは少し苦手だが、部下である以上適当に扱うことはできない。

 直属の部下ともなれば尚更だ。

 

「何見てるんですか?」

「ちとな。敵のことを調べておこうと思ってな……おいィ! 笑貌はどうなったァ!?」

「はっ! 今取り出している最中です! 思ったより氷は固く、時間はもう少しかかるものかと!」

「……わかった。そのまま作業続けてろ。瀬煮と萩原が起きたら、俺に連絡よこすように言え。俺ァ猿田んとこ行ってくる」

「了解しました!!」

 

 報告書を近くにいた海軍に押し付け、シルトについてくるようにいって体育館を出る。

 体育館を出たところには他の海軍がおり、俺の顔を見るなりこっちに走ってきた。

 

「報告です! 猿田 類。出現しました!」

「おう、どこにいやがんだァ?」

「少女とともに学校中を走り回っているようで、どうやら他の能力者を探してる模様!」

「ご苦労なこったァ。しかし少女たァ……」

「ここに来るまでに報告は聞いていますが、敵は非能力者を入れて五人で、そのうち四人は捕まってるんですよね?」

「あァ。だから、新しい仲間だろうよォ。能力の予想はついてるがな」

 

 海軍に包囲網の範囲を狭めるように指示すると、シルトともに学校の中に入る。

 上の方が騒がしく、どうやら上の階で暴れているようだった。

 学校は爆発で半壊しているため、下に降りてくるまでそう時間はかからないだろう。

 学校の一階部分にいる海軍に、外に出ていつでも突撃できるよう準備するように通達すると、階段の前に立ち構える。

 

「どうしたんですか?」

「シルト、テメェ、今大丈夫だなァ?」

「大丈夫って、まぁ、いつでも準備はできてますけど」

 

 そう言って背負っていた盾を手に持つ。

 銀色の光沢で輝いており、少しばかり眩しさを感じる。

 だがこの輝きはただの輝きではなく、この盾の硬度そのものを表していると言えた。

 それに加えて、彼女の持つ力……()()()()()()()()ほんの一握りの人間のみが使える力がシルトにはある。

 二人程度ならば彼女だけで十分だろう。

 

「じゃあ確保は、まァ……テメェに一任する。俺の名の下で海軍使ってくれても構わねェ。ゴムゴムの実、そしてドルドルの実の能力者を確保しろ」

「了解ですっ!! ジャルさんはどちらに?」

「今から能力者の搬送だァ。それが終わったら……あー、色々やらねェとなァ……オペオペ、ハナハナ、スナスナ、バリバリ……後は海外の方に四皇の能力者……はァ」

「や、山積みですね……」

「そうだよ、だから後は任せたぜェ」

「はいっ!!」

 

 シルトは海軍どの敬礼のポーズを取るとともに元気よく答えた。

 大丈夫そうだろう、と思ってその場を離れようとした。

 その時、真上の方で轟音が響き渡る。

 何かにめり込んで破壊したような音だ。

 気になって天井を見上げた瞬間、二度目の轟音が響き渡った。

 

「『ゴムゴムのォ──ッ!!』」

 

 それと同時にどこからか響いてくる声。

 小さくか細くはあるが、動物(ゾオン)系である俺の耳にはしっかり届いていた。

 

「おおおおおおおおおッッ!!!!」

「この、声はァ……あー……?」

 

 聞き覚えのある声を聞き、シルトともに天井を見つめていると、突然天井にヒビが入る。

 

「『斧』ォォォォオオッ!!!!」

 

 声が聞こえた瞬間にはもう既に、俺の顔面に足がめり込んでいた。

 それと同時に響き渡るシルトの驚愕の声。

 

「じゃ、ジャルさんんんんッ!!!? えええええええッッ!!?」

 

 鉄塊を使い遅れたのが響いたのか、少しだけ痛い。

 その上、頭に直撃したせいか、軽い脳震盪を起こしてしまいフラフラしてしまう。

 

「いてて……まさか地面が割れるとは……」

 

 と言いながらフラフラする奴がもう一人。

 声でわかる、猿田だ。

 あの野郎が斧で地面を叩き割って、俺の顔面を蹴ったらしい。

 奴の方は軽かったのか、すぐに姿勢を立て直すと、俺のことを見て叫んだ。

 

「げェッ!? 伊野、伊野!! こいつ固めろ!! 急げッ!!」

「名前呼ばないで、よっ!!」

 

 俺の足元から何か、白く硬いものが這い上がる。

 体が固まり始めたことを感じ、咄嗟に俺はシルトを指差した。

 

「シルトォ! いいか、任務を遂行しやがれェッ!! 俺は自力でこの蝋燭から出る! だから、後は任せたぞォッ!!」

 

 それだけ伝えると俺の体は完全に、蝋燭の中に閉じ込められてしまったのだった。



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黒盾のシルト

「さて……偶然、運が良く、無力化できた、が」

 

 予想だにもしない方法で狼野郎を無力化できたことに喜びつつ、俺と伊野は見知らぬ少女に視線を向ける。

 少女の手には盾が握られており、明らか様に戦闘態勢に入っている。

 それを見て俺も構え、伊野は片手に蝋燭のサーベルを生み出していた。

 何故か持ち方は意外と様になってるようで、なんとも不思議なことに使い慣れてる感がある。

 

「……猿田 類さん。ですね!」

「ああ、俺が猿田だ」

「そしてそちらの方は……伊野、と呼んでいましたね? 伊野さん、と呼ばせていただきます」

「まぁ、そうだけど……仮面の意味ないじゃん、名前バレしてたらさ」

 

 と言いこちらに視線を向けてきたので、思いっきし目線を逸らしてた。

 ちょっとだけ横で起こったような目線を向けているが、気にしたら負けだろう。

 

「お二人とも、無力化させていただきます! 私の名はシルト!! 海軍と『WCEA』の名において、貴方たちを逮捕します!!」

 

 そう大声を上げると、一目散にこっち向かって走ってきた。

 俺はそれを見ると、同じように奴に向かって走り出す。

 そして走る直前に腕を後ろに大きく伸ばし、もう少しでぶつかるといったところで腕を戻す。

 

「『ゴムゴムの、銃弾(ブレット)』ォ──ッ!!」

 

 反動で加速し、威力を増した拳の銃弾が少女に向かって飛んで行く。

 だが少女は銀色の盾を構えると、そのまま拳を流れるようにいなして、攻撃をすぐ近くの壁に向けてそらす。

 

「ん、なァッ!? ぐへえェッ!!?」

 

 攻撃をそらされたことに驚きの声をあげた直後、盾の上の部分が俺の顔面にめり込む。

 盾を打撃武器として使うのは、ちょっと予想外だった、と言うのは言い訳になるだろうか。

 せいぜいシールドバッシュ程度かな、なんて思っていたのもあるんだろう。

 

 そしてこれは──考えもしなかったことなのだが。

 非常に顔面が痛む、壁に叩きつけられことに対する痛みは一切存在しないのに。

 殴られた部分がとてつもなく痛い。

 

 何故痛むのかわからないまま急いで壁から這い出ると、伊野と少女が交戦を始めていた。

 銀色の盾と蝋燭のサーベルがぶつかり合った瞬間、サーベルがどろっと溶け出し、盾にまとわりつく。

 少女は驚いた顔で離れようとしたが、伊野が咄嗟に引き寄せてサーベルだったものを離すと、頰に拳の一撃を叩き込む。

 

(うわっ、容赦ねェ……)

 

 結構痛そうな一撃が少女の顔面に叩き込まれる。

 だが痛みで顔を歪めたのは()()()()()()()

 伊野は手を痛そうに押さえながら、急いで少女が距離を取る。

 少女は盾に絡みついた蝋燭を殴って砕くと、盾を拾い上げる。

 

「硬い……ッ!?」

「なんか自慢してるみたいで、言いたくはないんですが……私、海軍内では『黒盾』って呼ばれてるんですよ」

「なんか『黒足』みたいな、感じだな」

 

 俺がそう聞くと少女は首を横に振って、盾をしまうとこう答えた。

 

「いえ、私の場合そのままの意味ですよ。まぁ、ワンピース的な意味があると言えば、たしかにそうなんですが」

「ワンピース的な意味? でもお前の場合、どっちかって言うと『銀盾』だよな」

「まぁ、それはそうですね……わかりました!! お見せしましょう!! 『(ソル)』」

 

 呟いた少女は姿を消して、一瞬の隙に俺の後ろに現れる。

 いや、実のところなんとなくそう感じて、振り向いた先に彼女がいたと言うだけだ。

 少女は指を一本だけ立てた『指銃(シガン)』の構えを取っている。

 あまりにも突然のことで、よろけるように後退りしてしまう。

 

「『指銃』」

 

 よろけた俺に向けて撃ち放たれる『指銃』。

 普通ならゴムの体に弾かれるだけだろうが、何かを察した伊野が蝋燭の壁を一瞬で作り攻撃を防いだ。

 攻撃を防がれたことに、少し不満そうな表情を見せて、俺たちと距離を取る。

 

「覇気という概念は何も、ワンピースの世界だけのものではありません」

「……は?」

「薄々気づいてるんじゃないんですか? 才能あるみたいですし」

 

 確かにそれっぽいものは感じていた。

 悪魔の実を食べてから、何かと危機感を覚えて回避することが多くなっている。

 これはアレと同じだ。

 

 しかしそう考えると少し妙と言うか違和感を感じる。

 この違和感についてどうにも説明がつかない。

 そもそも本当に覇気という概念なのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、伊野が不思議そうに俺に聞いてきた。

 

「ねェ、覇気ってなに?」

「そういえば知らないんだっけな。ここで言う覇気ってのはワンピースに存在するものでな。主に三種類、武装色、見聞色、そして覇王色。この三つが存在する」

「ふーん。三つね」

「武装色と見聞色に関しては修行でどうとでもなるものだったはずだが、覇王色に限っては、生まれ持った才能みたいなもので、 所有者は極少数に限られるとかなんとか。多分」

 

 だからこそ俺が悪魔の実を食べたことで、見聞色に似たものが身についたことの説明がつかない。

 

(今は考えるのも無駄か……それよりも重要なのは。仮に彼女の言う覇気が本当に存在するとして、それはつまり、俺に対する物理的攻撃手段が存在することになる)

 

 それはつまり、先ほどと同じく一筋縄じゃないかないような戦いになると言うことだ。



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