Crosses Have Not Banished Yet (zoe.)
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序章: Left Fathers
序章: Left Fathers (1) ― The end and the beginning
「一護、話がある」
喪服を着た、髭面の男がそう言った。
三界を巻き込んだ滅却師の一団との戦いから、そろそろ半世紀近くが経過しようとしていた。激動の数年間が過ぎ、ようやく平穏な時を取り戻した世界。「英雄」黒崎一護の息子に端を発した地獄を巡る一件も落ち着いて既に三十年以上が過ぎ去り、一勇も立派な好青年に成長している。そう、半世紀という時間は、時の流れに寛容な尸魂界にとってはあっという間の事に過ぎないが、現世に生きる人間からしてみれば人生の半分にも匹敵するとてつもなく長い時間なのだ。
黒崎一護の戦いに関わった多くの存在は死神や虚といった悠久の時を生きる存在だが、一方で彼自身もその友達も定命の存在であり、彼らは必然的に成長し、老いていく。そして、ついにある人物が現世を去ったのだった。
「全く、だからあの人は駄目なんだよ。」
眼鏡を拭いながら、石田雨竜はそうぼやいた。相変わらず眉目秀麗な顔立ち、そして細身でありながら老いを感じさせない体つきは健康そのものといったところだが、白の似合う彼も今日ばかりは黒衣に身を包んでいる。
「あれだけ煙草吸ってれば、そりゃ体をやって当たり前だろう。医者の不養生にも程があるよ。」
「まあそう言ってやるなって。親父さんも何かに頼りたかったんだろ。」
式場の外で彼と並んで空を眺めているのは半世紀の悪友、黒崎一護だ。彼もまた老いを意識する年齢のはずだが、還暦が見えてきているとはとてもではないが思えない若々しさを保っている。白髪になる気配もまるで感じられず相変わらずオレンジ色の頭だが、若い頃に比べて随分と表情は柔らかくなった。
「不出来な息子がストレスをかけてたのが悪かったんじゃねーのか?」
「君と一緒にしないでくれるか?そもそも悪いのは向こうだったんだから……」
雨竜の父、竜弦は滅却師としての実力を持ちながらその力を行使しようとせず、その経緯から息子との関係性は非常に冷え切っていた時期があった。結局幼いの心を傷つけた、母の亡骸を解剖した事件まで含め、ユーハバッハとの戦いを終えた今は真意もわからない雨竜ではないが、それでもやはり父親の方に責を負わせたくなるのは人情だろう。
そう、対ユーハバッハ戦の功労者の一人でもある、石田竜弦がついにこの世を去ったのだ。喜寿になるまで空座総合病院の理事長職に居続けた彼もまた、年齢を考えれば随分と精力的な人間ではあったが、それでも定命の存在である以上、いつかは「その時」が来るのが定めである。
「冗談だよ」
そう返す一護。
「ありがとうな」
「一体藪から棒に何を言い出すんだ」
「うちの親父だよ。二人きりにさせてくれてさ」
黒崎一護の父、一心はその昔、竜弦と一人の女性を救うべく困難に挑んで以来の縁だ。その顛末から一心が一人の人間として現世で暮らすようになり、医業を営み始めてからは町医者と総合病院のトップということで仕事上の縁さえもあり、息子同士に引けを取らない腐れ縁だったとも言えるろう。
「まあね。結局僕も当時何があったのかを全部聞いたわけじゃないけど」
「俺もさ」
「それでも、やっぱり深い縁なのはわかるからね」
「まあ、そもそも俺ら含めて『向こう』を知っちゃってる人間が『お別れ』をやるってのも、未だになんとも言えない感じがするけどな」
「違いないね」
そして式場から帰る途中。
「一護、話がある」
一心は、そう打ち明ける。
「珍しいじゃねえか、そんな改まって」
「うるせえ、真面目な話すんだから黙って聞けや」
相変わらずの親子である。
「俺な、そろそろ向こうに帰ろうと思うんだ」
一護は黙って次の言葉を待つ。
「この義骸なら多分いくらでもこっちに居られるんだけどな」
「だろうな」
「とはいえ、浦原さんと違ってそうもいかねえだろ」
「そりゃそうだな」
「明らかに変なスポット」になっている浦原商店と違い、クロサキ医院は「普通の人」とあまりに関わり過ぎている。普通の人間にとって義骸だ魂魄だなどという世界はまったくわかるものではない以上、「いつになっても死なない人がやっている医者」など、ただのホラーでしかなくなってしまうだろう。実際、一心は竜弦以上に「年の割に若い」と見られており、そろそろごまかしが効かなくなりつつあるのだろう。
「相変わらず何も聞いてこねえんだな」
「言ったろ、話す気になったことだけ話してくれればいいって。あんたが喋りたくねえなら、俺はそれでいいと思ってる」
「言ってくれるぜ」
「それより親父、向こうで仕事あんのか?もう何十年こっちにいるんだよ」
「あれ?向こうの話お前にしたっけか?」
「ああ、乱菊さんに聞いたんだよ」
「おいてめえ、聞かなくていいって言いつつ色々知ってんじゃねえかよ」
「別に俺が聞きたくて聞いたんじゃねーよ!親父こそ部下にどういう教育したんだよ!あの人酔っ払うと何でも喋るぞ!!」
「ほら、うちは放任主義だから」
「ただの責任放棄じゃねえか。冬獅郎が気の毒だぜ」
「そうなぁ、あいつも強くなったよなぁ……」
そう、ふと当時を思いかえす一心。
ひときわ冷たい風が吹いた。
「で、いつ行くんだ?」
「諸々整理したら、だな。色々浦原さんにも頼まなきゃいけねえし」
「まあこっちは任せとけ。夏梨はまあ色々察してるっぽいし、遊子……も相変わらず見えねえとはいえ多少は分かってくれるだろ」
「悪ぃな」
「あぁ」
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序章: Left Fathers (2) ― The Request
そして春。
世間的には「心臓発作の大往生」という体を取り繕って、黒崎一心もまた現世を去ることとなった。息子の一護が医業を継がなかったこともあり、かなり長いことずっと前線に立っていた「医師」黒崎一心は地元の人からも愛されており、その葬儀には多くの人が訪れた……のだったが。
『てんめえそこで何してやがる!!!!!』
霊の見えない大多数の弔問客の手前大声を出すわけにもいかず、表情だけで怒りをあらわにする一護。それもそのはず、二日前に穿界門から見送ったはずの父親が、喪主挨拶をしようとした瞬間に目の前に現れたのだから。
『来ちゃった♡』
額に青筋を浮かべながら挨拶を始める一護と、それに茶々を入れる一心。もう見ることはないと思っていた光景がまたしても目の前で展開された夏梨もまた、目を覆っていた。
「そっか、お父さん来てるんだね」
黒崎遊子は一家で唯一霊的な能力に恵まれず、その光景を見られるわけではないが、兄妹の様子から、何が起きているのかを察した。
「あー…、久々に見えないあんたが羨ましいと思ったよ」
夏梨は小声でそう返す。
「……。私も向こうに行ったらまた会えるよね」
いくら目の前で年甲斐もないことをしているしょうもない姿でも、それでもやはり姿を見られないのは寂しいのだ。
「ああ、きっとな」
「あの野郎どこ行った、ぶった切ってやる!!」
その夜、現世組は死神姿で走り回る黒崎一護の姿を久々に見ることになる。
「さて、困ったねぇ……」
ようやく慣れてきた一番隊の隊首室で、京楽春水はそうひとりごちる。
京楽の頭を悩ませているのは、昨日の清浄塔居林での会見だった。
「そうは言っても、急過ぎる話じゃない?」
「むしろ、遅すぎたと言うべきだろう」
総隊長に相対する少女の名は阿万門ナユラ。幼い外見とは裏腹に、尸魂界の最高意思決定機関である中央四十六室の中でも、相当な上位に位置する一員である。
「そもそも、正式な発令の前にこうしてお主の意見を聞いているだけでも、我々の成長を評価してもらいたいところなのだが?」
「それについては確かに感謝するんだけどねぇ」
藍染惣右介の反逆から大戦に至るまでの経緯で生じた空位もようやく解消し、総隊長としての悩みが解決したと思った矢先に舞い込んだ面倒事に、思わず目を覆う。
「そもそも、この150年もの間、代役程度で放置していたことの方が問題だろうて」
「仰るとおりだよ」
「お主もそろそろ新しい環境に慣れた頃だろう、ここまで待ったことを汲んではくれんかね」
「うーん……」
「まあ良い、もし無理というのならば」
「ならば?」
「お主の責任で他の者を立てよ、ということになろうな」
「だよねぇ……」
そう、深くため息をつく京楽であった。
「珍しく真面目な顔で何を悩んでるんですか」
そう言いながら、副隊長の伊勢七緒が隊首に入ってくる。
「総隊長なんてやってるとね、色々面倒事が多くてね」
「そのために私と沖牙さんがいるのでしょう。泣き言言っている暇があるのなら、早く書類を片付けてください」
相変わらずの容赦の無さで、一向に進んでいない書類仕事の続きを催促する。
「そうは言ってもねぇ……」
そう言いながら京楽が執務机の抽斗にしまった書類には、こう書かれていた。
鬼道衆副鬼道長に一番隊副隊長 伊勢七緒を指名する
中央四十六室 阿万門ナユラ
元々護廷十三隊という組織では隊長の下に副隊長が就き、更にその下に第三席以下18名の席官が並ぶというのが原則である。しかしながら志波海燕戦死後の十三番隊が一時期副隊長不在・第三席2名という体制であったように、事情によってはその原則にも例外が設けられることがあり、現在の一番隊はまさにその例外であった。元来一番隊隊長は他の12名の隊長と異なり、自隊の統括のみならず十三隊全ての統率をも担う「総隊長」であり、その職掌は群を抜いて広かった。そのため、先代総隊長の戦死後、京楽は総隊長を引き受ける条件として、副隊長2名体制を中央四十六室に飲ませたという経緯がある。とはいえ、当時八番隊副隊長も代行していた伊勢七緒も今や一番隊に専念しており、そういう面では確かに「慣れた」と言われてしまうのもさもありなん、という話ではある。ただ、結局の所京楽にとっても十三隊全体の統率はまるで不慣れな仕事であり、また沖牙副隊長も現状一番隊の隊務だけである以上、七緒を手放すことは(私情を抜きにしても)厳しい状況なのだ。
ただ、護廷十三隊とは別組織とはいえ、たしかにアユラの言う通り鬼道衆の方がより厳しい状況であることは間違いなかった。魂魄消失案件の際、大鬼道長握菱鉄斎は浦原喜助と共に追放、副鬼道長有昭田鉢玄もまた虚化により現世にて仮面の軍勢の一員となった。結局両名とも、藍染の捕縛後に名誉回復はなされたものの現世に残ったままであり、確かに鬼道衆の戦力は大幅に低下したのは事実だ。特に、他隊と交流のある十三隊と違い独立した組織である鬼道衆は、トップ2人が一度に抜けたことで「下」を育てることにすら困難を抱えているのだろう。現状十三隊からの出向・移籍や生え抜きの者でなんとかポストを埋めているとは聞くが、護廷十三隊きっての鬼道の達人で、かつ隊の取り仕切りの能力も高い伊勢七緒は鬼道衆としても欲しい人材なのは、間違いのない事実である。
「とは言え、だよ」
結局、人材が足りていないのだ。優秀な人間はいつでも引く手数多であり、人事権を持つものはいつでもその配分に頭を悩ませることになる。
とはいえ、中央四十六室がある程度こちらの意見を聞くようになったというのは確かに「成長した」と言える話でもある。以前の四十六室であれば一方的に引き抜いておしまい、だったのだから、代役を探す必要があるとはいえ「拒否」できる余地があるだけマシであることは間違いない。
「じゃあ誰を行かせるのか、って話なんだけどねぇ……」
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序章: Left Fathers (3) ― The Request 2
「おう、久しぶりじゃねえか。」
現世、空座町の一角。
かつて仮面の軍勢が根城にしていた廃工場には、戦後も相変わらずのメンバーが残っていた。元々俗世間とあまり関わらずに100年以上生きていた彼らにとってみれば、時間の流れなど気にするほどのことでもないのだろう。
現世に残ったうちの一人、かつての七番隊隊長愛川羅武は、訪れた珍しい旧友に顔を綻ばせた。仮面の軍勢として運命をともにしてきた仮面の軍勢も現世に残る者と尸魂界に帰る者に分かれた。尸魂界に戻った者の中でも、自身の「商売」のためにちょくちょく現世に顔を出していた矢胴丸と違い、鳳橋楼十郎とは顔を合わせる機会が減っていた。仮面の軍勢として現世に居た頃はよく行動を共にしていただけに、懐かしい顔との再会は純粋に嬉しいものだった。
「こっちに来るなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「ここは変わらないねぇ」
そう言いながら三番隊隊長、鳳橋はかつての根城に足を踏み入れる。
「そろそろもう築年的にもっと優美な建物に変えてると思ったんだけど」
「流石にこっちに残った人数のためにそこまではしねえよ。建物の寿命だけなら浦原さんがどうにかしてくれてるしな」
「なるほどね」
「で、どうしたんだよいきなり」
「うーん……」
少し言い淀む鳳橋。
「まあ僕だってたまには旧友に会いたくなることくらいあるってことさ」
「……そうか」
手に持っていたタブレットを置き、立ち上がる。
「とりあえず、酒でも飲むか」
「さっきのアレ、話に聞く電子書籍ってやつかい?」
「ああ。紙の方が風情はあると思うんだが、もう今はもっぱらこれだよ」
「なんか面白い事あったか?」
「面白いといえば、久々に優秀な部下が出てきたよ」
「そいつはいいことだな」
「うちの三席なんだけど、副隊長やれるくらいの素質はあると思うよ」
「じゃあ副隊長交代か」
「流石にそれはないね。イヅルはいい子だから」
「そういえば、最近こっちではどんな音楽が流行っているんだい?」
「あんま聞かねえけど、こんなん流行ってるみたいだぜ」
「…で、だ」
「なんだいラヴ」
「こんな雑談だけしに来たわけじゃねえだろ」
「……」
「お前が仕事でもないのにこっちに来てんだ、それなりに大事な話があるんだろ」
「そこまで大事じゃないんだけどね」
そう言いながら、手にしていた缶ビールを飲み干す。
「ちょっと、こっちに戻ってこようかと思うんだ」
「またどういう風の吹き回しだ?」
「僕は拳西ほど面倒見がいいタイプじゃないからね」
「まあそりゃそうだな」
「…即答で肯定しなくてもいいんじゃないか?」
つい混ぜっ返してしまうラヴに、ローズも気安く応じる。
「もうあれから何十年か経ってるし、次の世代の子たちもちゃんと育ってる」
「そういやリサんとこの副隊長も随分安定してきたつってたな」
「そろそろもう僕もやることはやったかな、って」
「なるほどねぇ」
「まあ、現世の方が僕のインスピレーションを色々掻き立ててくれるしね」
そう冗談めかして笑うと、新しい缶に手を付けるのだった。
後日。
「そうか、もう決めたのかい」
一番隊隊首室を訪れた鳳橋は京楽に辞意を伝えた。
「後任に心当たりはあるのかい?」
「そこがなかなかの問題なんだよね」
芝居がかった所作で肩を竦める。
「うちの三席、石田君がだいぶ伸びてきたから、イヅルを隊長にしてそのまま石田君を副隊長に、って思ったんだけど」
「無難そうに聞こえるけど、何か問題が?」
「イヅルに断られてしまってね」
「あー……言いそうだねぇ……」
吉良イヅル三番隊副隊長。先の大戦で一旦肚に大穴を開けて殺されるも、涅マユリの手によって「蘇生」した彼は、その蘇生の経緯から今や隊長達に比するだけの霊圧を持っている。が、その性格からかいつも裏方に徹している印象しかない。
「ということで、総隊長どのになんとかしてもらいたいと言うわけさ」
「まったく、みんな好き勝手面倒事持ってきてくれちゃって……」
そうぼやきながら、煙管を口にする。そういえば、こっちに来てからというもの隊首室で酒を飲む余裕すらないな、とふと思い返す京楽だった。
「そういえば石田君……っていうと、この間『鎌鼬』を襲名した彼かい?」
「そうそう。なかなか優秀な子さ」
“鎌鼬”。それは尸魂界一の飛び道具の使い手が名乗る称号である。元々は「大罪人」痣城剣八の呼び名だったそれがひょんなことで他人に渡り、いつからか称号となった。一度旅禍、石田雨竜に奪われ、そして痣城剣八が奪還したものの、騒動の終結後は誰も名乗らぬまま数十年が経っていた。
「そうか、彼も『石田』君なのか……」
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序章: Left Fathers (4) ― The Rebirth
「なるほど、ここが尸魂界か」
病室で意識が薄れたと思ったら、次に目にしたのは眼前に続く和装の老若男女の列だった。それも、相当に長い。以前から尸魂界については知っていたが、実際に目にするとやはり不思議な感覚は否めない。そしてしばらくの後、彼は西流魂街三十四地区「紅露」へと送られた。
「なるほど、生前の服装には関係なく皆和服で送られるわけか」
ひとまず冷静に状況の把握に務める。
「それに……若返った……のか?」
死ぬ寸前の自分は末期の肺癌で、控えめに言っても半ば死体のような見かけだったはずである。ところが、今自分の手を見る限り相当血色が良く、肌の状況を見る限りはまるで3~40代の頃を思わせるような状態である。
だが彼にとって、目下の問題は左手に感じる忌々しい重さであった。
「雨竜め……」
滅却十字。滅却師としての能力を行使するためのそれが、霊体であるはずの自分の身についていたのだ。
「どうやら、力はこの姿でも残っているらしい」
霊力を少しばかり体に回して見て、そう結論付けた。
流魂街では、基本的に見ず知らずの人と「家族」として共同生活を送ることになる。
私が一緒に暮らすことになったのは、黒髪で落ち着いた雰囲気の女性、高校生くらいの雰囲気の男の子、そして小学生くらいの女の子だった。
「ところで竜弦さん、お腹は空きますか?」
一通り自己紹介や周辺の説明などが終わった後、不意にこの「一家」の長らしき女性――どうやら「カナコ」というらしい――が徐にそう聞いてきた。
「こちらの世界では普通お腹は空かないんですけど、霊力がある方は別みたいなんです」
なるほど、それはなかなかに厄介な話だ。
「私たち3人はみんな力がないので…もしかすると、ちょっと大変かもしれません」
表情に出ていたのか、私に霊的な力がある前提で話を続けられる。
「食料の調達に問題があるということか?」
「このあたりはそこまで治安が悪いわけではないですし、私達も別に物をまったく食べないわけではないので、そこまで深刻な問題ではないと思います。ただ――」
そこまで言って一息つく。
「お腹が空かない私達とでは、必要な量がもしかしたら違うのかな、と」
「なるほどありがとう、お気遣い感謝する」
「確かこのあたりだと、3軒先のジョウタロウさんは力がある方なので、何かと力になってくれるかも……」
「私はこのあたりで医者をやっておるジョウタロウだ、よろしく」
ジョウタロウと名乗る男は、鼻がやたら目立つ白髪の老人だった。
「まあ医者と言っても、こっちじゃ薬草をあてがうか、申し訳程度の回道――つまり治癒能力を使うか、くらいしかできんがね」
と、自嘲気味に言う。
「……現世でも、医師を?」
「まあな。遥か昔の話しさ」
「奇遇ですね。私も医師でした」
「そうか」
ふと逡巡するジョウタロウ。
「そういえば、結構若く見えるが……」
「ええ、そこが気になっているんです」
尸魂界に来てから気になっていた疑問を投げかけてみる。
「私は現世で80も過ぎて死んだはずなのですが……」
「なるほどな、だとしたら君は随分霊力があるらしい」
「…と、言いますと?」
「尸魂界での魂魄の寿命は、その霊力と大きく結びついておる」
そう言いながらジョウタロウは立ち上がる。
「つまり、霊力があればあるほど『老いる』のも遅くなる、ということだな」
「ふむ」
「霊力のない魂魄であれば、その寿命はさほど長くないから、死んだ時から大きく若返ることはない」
「なるほど、霊力が強ければ魂魄の寿命に対して経た年数が短いから、その分若返りがおきるということですね」
「そのとおりだ」
一冊の本を差し出して、更に続ける。
「まず、これを読んでみるといい」
「これは……?」
「回道の基礎の基礎についての覚書だ。十分な霊力と医学の知識があるなら、この程度はできるようになるだろう」
思わず怪訝な顔をしてしまったのか、ジョウタロウは更に言葉を繋いだ。
「腹が減るということは、我々は何かしらの稼ぎが必要ということだ。君さえ良ければ、しばらくはうちの手伝いをしたらどうかと思ってな」
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序章: Left Fathers (5) ― The Hero
ジョウタロウの世話になってしばらくが経ち、ようやく回道というものが少しずつ理解できてきた。
死神と滅却師ではそもそも霊力の使い方が大きく異なっており、死神は自らの「内側から」霊圧を外に出すことを主としている。自らの「外側にある」霊子を用いる滅却師とは土台考え方が違うため、最初のうちはまず霊力の操作自体にも苦労していたが、半月もすればだいぶ慣れてきたと言えるようになった。
「この私が、死神の力を使うようになるとはな……」
幼い敵愾心を顕にしていた息子程ではないにせよ、竜弦とて死神に対する負の感情は皆無ではない。しかし一方で、腐れ縁になったあの男やその息子達と関わった中で、ある程度の折り合いがついた面があるのも事実で、結局のところ胸中は極めて複雑なのだ。
数字が下るほど治安が悪くなると言われる流魂街の地区の中で、この「紅露」はちょうど中程度である。七十地区を超えるような修羅の国ほどではないが、それなりに荒事で怪我をする者もおり、一方で長く生きる中で病を患う者もいる、と回道の実地にはちょうど良い環境だとも言えよう。
流魂街は「食うに困る」者がごく少数であることもあり、特に治安の悪い地域でもなければそれなりにのんびりとした時間が流れている。竜弦も生きていた時分には極めて忙しく過ごしていたが、大分こちらの生活に慣れてきた。そんなある日、薬草を集めるために集落から少し離れた森を歩いていると、遠くに倒れている人の姿を見つけた。
「大丈夫だろうか?」
地黒な肌にドレッドヘア、そしてこの尸魂界ではまず見ない謎のサングラスを着けた男だ。草履も履かず少し傷んだ衣服を身に着けているなど、この紅露の一般的な水準より低い生活を送ってきた様子が見られる。肝心の安否は……特段命に別状はなさそうだが、どうも衰弱しているようだ。
ひとまず仰向けに起こし、肩を叩きながらもう一度呼びかける。
「大丈夫ですかぁー!!」
現世では幾度となくやった救急救命の基礎の基礎、意識の確認だ。見たところ呼吸はしているようだが、どうやら意識はなさそうだ。
「仕方ない、応援を呼ぶか……」
その後、集落から人手を借りてこの男をジョウタロウの診療所に運び込んだ。
「ありがとう!ユーは命の恩人だ!……ん?死んでいるのに命の恩人はおかしいのか?」
……結論から言おう。この男、ただの飢餓だった。
目が覚めてたらふく飯を平らげてからというもの、ひたすらこの調子でとにかく……五月蝿い。
「で、貴方はなぜあんなところで倒れていたのだ?」
「それなのだよ!」
……いちいち声を張り上げないで欲しい。
「私の居た集落では仕事がなくてな……。なんとか森に食料を探しに出たところ、迷ってしまったのだ」
言われてみればこの男、それなりの霊圧を感じなくもない。……というか、どこかで見たような顔のような気もするが……まったく思い出せない。
「私の顔に何かついているかい?」
「いや、なんでもない」
「ところで、名は何という?」
横でやり取りを見ていたジョウタロウが口を挟む。
「これは失礼。私はミサオと申す」
「私はジョウタロウ。この紅露で医者をやっている」
「……竜弦だ」
それぞれ名を名乗る。流魂街では家族に血縁関係がないから当然といえばそうだが、名前だけで名乗る感覚はしばらく慣れそうにない。
「さて。仕事を探していると言ったな」
「うむ」
「一度瀞霊廷に行ったらどうだ?霊力があるなら、死神を目指す道もあるだろう」
滅却師との戦いが集結した後の中央四十六室の「変化」の筆頭とも言われるのがこの点だろう。瀞霊廷の復興のためということで流魂街から物資や労働力の流入を容易にしたことの副次的な効果として、素養のある者は積極的に霊術院へと勧誘されることになったのだ。
「なるほど、そういう手もあるのか……」
ミサオは少し考え込む。
「君もだよ、竜弦」
いきなり自分にも話の矛先が向いてきた。
「君の霊力はどう考えても私より遥かに高い。死神になった方がより暮らしは良くなるだろう」
確かにそれは間違いないだろう。いくらこの地である程度安定した生活ができているとはいえ、自身の霊力を考えればそれなりの長い生活となる以上、もう少し「良い暮らし」をしたいというのは当然の欲求である。
しかしながら、いくらわだかまりがそれなりに消えているとは言え、流石に自分が死覇装に袖を通すというのには心理的な抵抗が大きいのもまた事実である。
「……少し考えさせてもらいたい」
「ああ。どうせ次の試験はもう少し先だ。ゆっくり考えるといい」
そうしてジョウタロウは仕事に戻っていった。
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序章: Left Fathers (6) ― The Family
ちょっと思い直してサブタイトルを振り直しました。
最近忙しくて少し筆が止まってますが、月2~3回コンスタントに書けるよう頑張ります。
「おう、久しぶり」
尸魂界に戻った黒崎一心が最初に向かったのは、本家筋である志波空鶴の屋敷だった。
「叔父貴じゃねえか、どうしたんだ?」
「ようやくこっちに帰ってきたんだよ」
「もうあっちはいいのか?」
「これ以上長居してたら不審がられちまうわ」
空鶴はそれもそうだ、と哄笑する。
「一護は元気か?」
「元気過ぎて困っちまわぁ」
“死神代行”黒崎一護も尸魂界には多少顔を出していたが、その際にも基本的に瀞霊廷の方にしか顔を出さないため、空鶴とも長いこと会っていない。実際血縁上では従姉弟になるわけだが、「親族」として顔を合わせるのもなかなか気恥ずかしいという感もあるだろう。
「あいつももういい年だろ、確か」
「多分今こっち来たら見た目逆転してるぜ」
言うまでもなく空鶴も一心も貴族の血筋であり、その霊的資質は極めて高い。必然的に、たかが50年程度でそこまで大きく歳を取ることがない以上、人間の速度で老いていく黒崎一護と比べると、恐らく外見的な年齢はもはや逆転していることだろう。実際、現世にいた頃は浦原印のアヤシイ義骸の機能で多少「老けた」フリをしていたものの、やはり同世代という設定であったはずの石田竜弦と比べるとやはり異様なほどに若いというのが両者を知る地元の人々の感想であった。
「姉貴ー、作業終わったぜー」
そうこうしているうちに、空鶴の弟岩鷲が入ってきた。
「おう岩鷲、久しぶり」
「お、叔父貴!ご無沙汰してます!!」
家格としては岩鷲は本家筋、一心は分家筋であるものの、姉が長幼の序に厳しい育て方をしたせいか、100年以上生きた今でさえ一心に対して敬語が抜けない岩鷲である。
「っていうか叔父貴よ、こっちで油売ってていいのか?」
もっともな問いである。
止むに止まれぬ事情があったとはいえ、一心は仮にも元十番隊隊長、事情が解決したのであれば本来すぐにでも瀞霊廷に戻り沙汰を受けるべき立場である。そしてなにより、志波家が五大貴族の一角を追われた最後のトドメは彼の出奔であり、現当主である空鶴がその件について問うのはあたりまえだろう。
「なあに、どうせそのうちに向こうから迎えに来るさ」
「それもそうだな。じゃあ、それまで暇な間岩鷲を鍛え直してやってくれ」
「俺!?」
そして相変わらず姉の思いつきに振り回される弟であった。
数週間後。
「まあ、こんなところじゃねえかな」
「おう、順調か?」
「とりあえずこれなら十分特進学級行けるだろ」
「なんの話っすか?」
「ん、おめえ霊術院受けるんだろ? てっきり来月の入試の準備してるんだと思ってたんだけどな」
「そういやそんな手もあったな。よし、岩鷲行って来い!」
「だから何の話だよ!!」
一心はてっきり誤解していたが、そもそも岩鷲は元々「自称・西流魂街一の死神嫌い」と言うほど死神という存在を忌み嫌っていた。その原因となった兄の死についての真相を知り、既に心のわだかまり自体は消えているが、それでも自身が死神になるという選択肢はまるで考えたことすらなかったのだ。
「そうか、俺が死神か……」
「空鶴さん、死神の客が来てるよ」
修行場に顔を出したのは月島秀九郎、かつて現世で黒崎一護と対立したものの、最後ユーハバッハとの戦いでは逆に切り札となった男である。
「この霊圧…懐かしいな」
改めて意識を向けてみて、その主のことを思い出す一心。
が。呑気に感傷に浸る間もなく、そこに霊圧の主が入ってくる。
「おいヒゲ、どれだけ待たせんだよ」
そう言って地下の修練場に入ってきたのは、千歳緑の裏地の隊首羽織を纏う、銀髪の少年だ。
日番谷冬獅郎。神童と呼ばれ、史上最年少で隊長になった彼は、ここ数十年で多少背が伸びたように見える。
「技術開発局からこっち来たって聞いてからもう一ヶ月以上、何油売ってやがるんだ」
「おぉ冬獅郎、ずいぶん背が伸びたな」
「うるせえ、話を逸らすな」
―とはいえ、定命の世界ほどのスピードで成長するわけではなく、結局少年止まりの外見であることを一番気にしているのは彼自身である。
「いやー、俺の後は優秀な冬獅郎君が継いだし、もう総隊長も代替わりしてるからいいかなって」
「なに寝言言ってんだ」
繰り返すようだが、一心は出奔した当時十番隊隊長の座にあった。行方不明ということで籍が一旦消えているとはいえ、まずは総隊長に報告に馳せ参じるべき身であり、親戚の家で呑気に油を売っていて良い道理などない。
「まあ、そのうちお前が来ると思ってたからな」
「ったく……。ほらさっさと準備しろ、行くぞ」
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序章: Left Fathers (7) ― The Return
放映開始が待ちきれません。
しばらくの後。
黒崎一心の帰還が正式に報告され、臨時の隊首会が招集された。無論、本人も同席である。
「久しぶりだねぇ、一心君」
「ご無沙汰しております、えーっと…総隊長」
「一護君は元気かい?」
「ええ、おかげさまで」
「よく帰ってきたね、無事で何よりだよ」
「ご心配をおかけしました」
流石に相手が相手ということもあり、普段のいい加減な様子は鳴りを潜め、随分と落ち着いた対応をしている一心である。
「さて、この中には一心君をよく知らない人もいるだろうし、まずは改めて自己紹介してもらおうかな」
「はい。元十番隊隊長、志波一心です。諸事情で現世にしばらくいましたが、この度戻ってきました」
「あれ、志波姓に戻すのかい?」
「そのうち一護もこっちに来ますからね。黒崎が二人いたらややっこしくなっちまうでしょう」
「そりゃ違いないね」
「さて、一心君にも近々またどこかしらの隊務に戻ってもらうとは思うけど、今日は顔見せで終わりにしとこう」
「ちょっと待て。隊務を放棄して現世に何十年も出奔していた奴を、お咎めなしで戻すというのか?」
そう不快感を顕にする二番隊隊長、砕蜂。
「任務放棄も現世滞在超過もそれなりの重罪、そもそも現世への出撃自体正規の手続きを踏んでいなかったはずだろう」
「まぁ、固いこと言いなさんな」
飄々と流す春水。
「まあ無断で現世に行ったこと自体は褒められたことじゃないけど、結局状況が状況だったわけじゃない」
元々志波一心が現世に無断出撃したのは、藍染惣右介の手による虚に自隊の隊員が被害を受けていたからである。自らの部下を守るためという大義名分を否定するのは、春水の流儀ではない。
「その後の話も浦原君から聞いてるしね。一護君を育てた功績だけでも十分お釣りが来てるよ」
そう軽い言葉で返すが、その言外にはそれ以上の反論を許さないだけの凄みがあった。
隊首会の後、一心は一番隊隊首室を訪れていた。
「済まないねぇ、昔だったらここで飲みながら話せてたんだけど」
「やはり総隊長は大変ですか」
「まぁ、それなりにね」
すっかり素面での仕事が板についてきた春水は、そう言いながら煙管を一服する。
「で、一心君の今後の話なんだけど」
「はい」
「こっちに戻ってきたってことは、それなりの仕事はしてくれる、って考えていいのかな?」
「まあ、少なくとも一護がこっちに来るくらいまではしっかりやりますよ」
「そうだねぇ、一護君には悪いけどちょっと楽しみだよねぇ。奥さんも可愛いし、みんな早くこっちに来ないかな」
「父親の目の前で言うことですか、それ」
「ははっ、冗談だよ」
「さて本題だけど。一心君には三番隊に行ってもらおうかなと思うんだ」
「三番隊っていうと、鳳橋さんの?」
「そう、ローズ君がそろそろ引退したいって言っててね」
「なるほど」
「イヅル君とは面識あったっけ?」
「正直あんまりないですね。十番隊には来てなかったはずですし」
「まあ、いい子だよ。ちょっと複雑な事情もあるけどね」
ところ変わって技術開発局。
当の三番隊副隊長吉良イヅルは「定期検査」に来ていた。
滅却師との戦いの序盤で右半身を吹き飛ばされた彼は、その後涅マユリの手によって死者のまま十三隊に復帰している。その際、賊の手によって開けられた風穴は生命(?)維持のための機器を冷却するためという体でそのままになっており、彼が「死人」であることをなによりも雄弁に物語っている。何にせよ、彼はマユリの力によって動いているわけで、その検査・メンテナンスが定期的に必要な体となっていた。
「え、今何と……?」
「おかしいネ、聴覚回路の再検査が必要かネ?」
相変わらず頓狂な出で立ちの技術開発局長、十二番隊隊長涅マユリは挑発的にそう返す。
「君の体に空いたその不格好な大穴を塞ぐ目処が立ったと言っているんだヨ」
「いや、別に僕はこれが存外気に入って――」
「五月蝿いネ」
一喝。
「被検体如きに選択権があるなどと勘違いするんじゃァないヨ。そんなみっともない穴を空けたまま数十年もうろつかれたら私の沽券に関わると言っているんだヨ」
傍若無人である。
部下を爆弾にしていた頃よりは丸くなったと評価されがちだが、結局本質的には彼はやりたいことを曲げる男ではない。
「まァ隊務の都合もあるだろうからネ、近日中に日程を調整し給えヨ」
そう言うと、検査の残りを部下に任せマユリは部屋を後にした。
こうして三番隊副隊長吉良イヅルは――少なくとも見た目の上では――生前と変わらない姿を取り戻すこととなった。相変わらず彼自身の意思が全く尊重されないあたりは全くもって彼らしいところである。
――彼の上司が引退し、新たな隊長の奔放さでせっかく塞いだ臓物をまたすり減らす日々が始まることは、まだ彼の知るところではない。とことん上司というものに受難の相のある男、それが吉良イヅルである。
ということで、長々やってきた序章はここまでです。
次章から本格的に物語が動き始めますが、執筆ペースは多分そんなに変わりません。
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第一章: Lingering Souls
第一章: Lingering Souls (1) ― Dauntless Warrior
忘れられることは怖くない
ただ、自分が忘れてしまうことを
「おめでとう、雛森くん」
久しぶりに同期の副隊長三人で、という酒の席にも関わらず、「ほら、コレがコレでよぉ」などと二昔も三昔も前の表現でさっさと帰っていった阿散井恋次を見送った吉良イヅルは、二軒目で改めて祝いの言葉を口にした。
「でも、本当に私でよかったのかな……」
もう副隊長としてのキャリアも百年になろうかというベテランだが、未だに自分への自信の薄さを時折覗かせる。
「何言ってるんだ、元々雛森くんは鬼道の達人じゃないか。正当な評価じゃないのかい?」
「ほら、だって七緒さんの方が……」
「伊勢副隊長も確かに凄いけど、だからといって雛森くんの実力がないことにはならないだろう?」
「それはそう、だけど…。でも、実際今回も七緒さんの代わりだって噂もあるんだもん」
「いっそそれでもいいんじゃないかな」
「え?」
「そもそも代わりが誰もいないなんて組織としては間違ってるんだ。あの伊勢さんの代わりを任されるってことは、それだけ評価されてるってことだよ」
「私に務まるかなぁ……」
「雛森くんの実力なら、大丈夫に決まってるさ」
そして数日後。
雛森桃は五番隊を離れ、鬼道衆副鬼道長に就任した。
虚圏の奥地。
「メノスの森」と呼ばれる地域に数百年留まり続けている死神がいる。
かつて特別任務としてこの地に辿り着いた彼は、その後逝った戦友の想いを引き継いでここで戦い続けている。
数百年という時間は時の流れの遅い尸魂界から見ても長いもので、彼が尸魂界を離れている間に多くのことがあった。藍染惣右介の暗躍や滅却師との戦いもせいぜいこの百数十年の間の出来事であり、そもそも彼の所属する十一番隊は当時から数えて4人も代替わりしているのだ。もっとも、それを彼が知ったのも数十年前にたまたま迷い込んだ若い死神から聞いた話であり、彼女の知らない話――例えば元上司、刳屋敷剣八の最期であるとか――については未だに彼は知らないのだが。
そもそも、このメノスの森というところは虚圏の中でも相当の「はずれ」であり、その藍染惣右介が虚圏までその手中に収めていたときでさえ、その影響はほとんど届いていなかった。その後滅却師が大挙して乗り込んできたときもまた同様である。ある意味で、このメノスの森は尸魂界以上に時の流れが遅いのだ。
そんな中、彼はここしばらく周囲の雰囲気に違和感を覚えていた。周囲の敵のレベルが目に見えて下がっているのだ。
「手応えがなくなってきたな……。これはついに狩り尽くした、のか…?」
そうひとりごちる雅忘人。
「いい加減、帰ってもいい頃かもしれねえな」
戦いに散った仲間のために、と戦い続けていた彼だが、一方でその仲間の死を尸魂界で弔ってやりたいという想いも持っていた。長い戦いで遺品の一つも残ってはいないが、戦士の散り様を故郷に伝えるのは生き残った者の責務だろう。
とは言え、数十年前の機会でも結局このメノスの森からの脱出に失敗しており、まずどうやってここから帰るのかを考えなければならない状況ではあるのだが。
「さぁて、どうここから出たものやら……」
所変わって虚夜城。
虚圏の王城とも言うべきこの場所も、ティア・ハリベルがその主となってもう数十年が経過していた。かつて『虚圏の王』バラガン・ルイゼンバーンから藍染惣右介が簒奪したこの王城も、その両者ともが虚圏を去って以降は彼女の管理下にあった。
尸魂界と滅却師の戦いでは巻き添えを食う形で侵攻を受け、挙げ句にはその後も尸魂界の内紛に巻き込まれた虚圏であったが、なんとかその後は平和を謳歌していた。
「メノスの森に異変だと……?」
「ええ。どうもあそこにいる大虚の数が減っているようですわ」
従属官シィアン・スンスンは昨今の状況について報告する。
「確かあそこには迷い込んだ死神がいたはずだが…」
「別の要因ではないかと」
狩野雅忘人の存在は彼女達の知るところではあったものの、異変の原因ではないと切り捨てる。
「良くも悪くもあの死神の実力はあそこの環境と拮抗していましたわ。いきなり強くなりでもしていない限りは原因としては考えにくいですわね」
「だとすると、別の要素があると…?」
「可能性は高いですわ。今アパッチが調べに行っていますから、そのうち報告が来るはずですわね」
「―わかった、ありがとう」
かつてバラガンが王として君臨していた時分は、それこそ部下を二つの軍に割って戦わせようとさえ考えるほどいい加減な統治がされていた虚圏だが、二度の侵略を経て随分様変わりしたと言えるだろう。もちろんそれは、ハリベルの生真面目さからくるものであるというだけでなく、そうした気遣いなくしては成り立たないレベルにまでこの虚圏が追い込まれた、ということを象徴しているのだが。
ということで新章です。
本格的に物語が動き始めますので、ご期待ください。
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第一章: Lingering Souls (2) ― Awaken the Ancient
「あんな馬鹿みたいな垂れ流しの霊圧が行ったり来たりしたら、そりゃァ色々な箍も緩んで不思議はないネ」とは、確か涅マユリの言だっただろうか。
三界を巻き込んだ一連の――藍染惣右介の叛逆に始まり、綱彌代家の騒動に至るまでの――騒動では、黒崎一護を始めとして「霊力の制御もままならない、剥き出しで巨大な霊圧」が現世、尸魂界、そして虚圏を幾度となく行き来する結果となった。元々これらの世界は完全に隔てられていたものであり、その間の往来にはそれなりの制限があった。しかしながら、この100年間でその障壁は実際のところ確かに緩んでおり、本来超えられないはずの壁を超える者が現れるどころか、意図せずに超えてしまう事例すら発生するようになっていた。
ここは東流魂街のはずれ、第七十六地区”逆骨”。
人里離れた山林で、虚空に突如として「穴」が開いた。
中から出てきたのは数人の死神の集団。
……いや、死神「と思しき」集団、と言った方が正確かもしれない。
確かに死覇装を纏ってはいるものの、その立ち振舞はどうも正常な任務中の死神らしくないのだ。霊圧を押さえ、人目を憚るようにして行動するその集団は、隠密機動のような風体でもない。「穴」の雰囲気も何かおかしい。本来死神が使う穿界門――つまり現世と尸魂界を行き来する通路は何層かの障子で隔てられているし、その先の現世の光が流れ込む関係で(時間による差こそあれ)それなりの明るさがある。が、この穴はどうも歪な形であり、その奥は真っ暗闇なのだ。
そして数瞬の後。
「穴」は閉じ、そして出てきた死神達はそれぞれバラバラの方向へと散っていった。
「で。」
少女は呆れた顔で嘆息する。
「久々に連絡を寄越したと思ったら思い詰めた顔で、何用だ?」
ここは清浄塔居林、本来一介の副隊長がそう気軽に来てよい場所ではない。しかしながら中央四十六室の改革を行ってきた阿万門ナユラにとって、特に目をかけている男からの呼び出しとあれば多少の融通を利かせることくらいは訳のないことである。
「いや、その……雛森くんのことで……」
「やっぱりか」
が、その内容が予想通りに面白くない話であれば、それは年相応に不機嫌さを表に出してしまうのも仕方のない話だろう。
「何か文句でもあるのか?」
そう喧嘩腰になってしまうのは、自分が評価している男がたかが馴染みの女のためにうじうじしているのが気に食わない、というだけのことなのか、それとも何か別に理由があるのかは本人にもわかっていない。
「いえ、そういう訳では……」
「言いたいことがあるならはっきりせぬか!」
つい語気を強めるナユラ。普段は四十六室の中でも上位である大霊書回廊の筆頭司書として相応しい言動を、ともすれば過剰なまでに心がけている彼女としては、このように「素」を出してしまうこと自体が珍しい。
「彼女、着任前に相当悩んでたんですよ」
「で、あろうな」
「わかってるなら、どうして……!」
一方のイヅルもまた、珍しく感情を顕にする。
「だからこそ、であろう」
一息ついて、ナユラはそう応じた。
「そもそも四十六室が指名したのは伊勢七緒だったが、総隊長が雛森を推したのだ。まあ、もちろん伊勢を手元に残したいという私情は……まあ多分にあっただろうが」
そこで一旦言葉を切り、イヅルの顔を見つめ直す。
「あの男も莫迦ではない。彼女の性格を考えて、より自身の力が正しく評価される環境を与えることがより良いと考えたのだろう」
そう言い終えると、背を向けて自らの居場所へと歩を進める。
「話は仕舞いだ」
イヅルもまた、その場を後にする。その耳に、ナユラが去り際に零した独り言が届くことはなかった。
「――想い人を支えるくらいの甲斐性はないのか、この莫迦者め――」
深淵。
あるいは虚空。
黒腔という空間はとにかく暗く、何もない空間である。
現世と虚圏を繋ぐ、と言えば聞こえは良いが、実際には黒腔という広大な空間の中に現世と虚圏への入り口がたまたま転がっている、という程度の話に過ぎない。
そして残る空間の大半は確かに何もない空虚であるが、そこには叫谷と呼ばれる小さな空間が点在している。輪廻から外れた魂魄が作り出したものとされ、以前は綱彌代時灘が特に大きな叫谷の内部に自らの野望の舞台を築いたこともあった。
そしてとある叫谷の中で、巨大な存在が意識を取り戻した。
この存在はその瞬間まで叫谷自身であったが、自意識が顕になるにつれて空間の内部に実体をも取り戻す。その姿は無数の触手にまみれた異形という他ない巨体であり、そして空中に音もなく浮かんでいる。その霊圧の影響の及ぶ空間は物事が歪んで見えているが、幸か不幸か今この空間にはその様子を知覚できる存在はなかった。
触手はみるみるその数を増やし、そのうちに植物を思わせる立体的な構造を形作っていく。特に密度の高い上半身――「半身」という言葉がこの存在に適切かどうかには多分に疑問の余地があるが――はキノコの傘のような形状となった。
そしてしばらくの後、その形状がある程度安定すると、この巨大なキノコは触手を蠢かしながら叫谷を去っていった。
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第一章: Lingering Souls (3) ― Spatial Contortion
「で、最近どうしてるのよ」
所変わって瀞霊廷の片隅。行きつけの居酒屋で、護廷隊の副隊長3人が卓を囲んでいた。
……ただし、そのうち1人はすでに飲みすぎたせいか机に伏しているが。
「どうって何のことですかぁ」
そう応じた吉良イヅルも、既に大分呂律が回らなくなってきている。それもそのはず、護廷隊きっての酒豪として知られていた十番隊副隊長松本乱菊は、この数十年でそのザルっぷりに更に磨きがかかったと評判である。
「雛森と最近会ってるの?あの子向こう行っちゃったじゃない」
乱菊が話題に出すのは、以前よく目にかけていた後輩のことである。イヅルが雛森に対して並々ならぬ感情を抱いていることも重々承知しており、それを踏まえての質問といえよう。
「会えるわけないじゃないですかぁ」
そう返すイヅルは泣き出さんばかりの雰囲気である。元々絡み酒の傾向がある彼だが、こうして「素」が出せるというのはそれなりに信頼している仲間だからだ、ということにしておこう。
「新しいところに行って忙しくしてるだろうに、そんな気軽にいけるわけ……」
「うじうじしてんな、男だろ!」
持ち前の気風の良さを存分に発揮し、イヅルの背中を叩いて気合を入れる乱菊。
「そうやって勝手に思い込んで勝手に自己完結するから男は嫌なのよねぇ」
そう言って遠くを見つめる。その脳裏には、かつて彼女への想いを拗らせた結果大逆の徒藍染惣右介の手勢となり、最後はその手にかかって殺された男の姿が浮かんでいるのだろう。イヅルにとっても敬愛する上司であったその男に対し、乱菊もまた思うところがあったことを知っている彼としては、その件を念頭にものを言われてしまうと二の句が継げなくなるきらいはある。
「そうだぞ吉良、男は思い切りが必要なんだ……」
「あ、修兵生きてたの?」
面白そうな話題を察知したのか、酔い潰れていた檜佐木も話に参戦する。
(……檜佐木さんも人のこと言えないでしょ)
と内心でツッコミは入れるものの、確かに自身の引っ込み思案が祟って現状を招いている自覚もあり、反論する元気はないようだ。
「実際恋次はルキアちゃんとくっついたし、せっかく異動して平子隊長とも離れたんだから今がチャンスじゃないの?さっさと手を出さないとまた向こうで誰かに絆されちゃうわよ」
実際雛森桃は霊術院時代に藍染と出会って以降彼に心酔しており、その後五番隊隊長に復帰した平子真子の(実質的な)カウンセリングで依存癖は収まったように見えているものの、やはり先輩女子としては悪い癖がまた出ないか、真面目に心配しているところもあるのだろう。少しくらいは。
「もう少しマシな言い方はないんですか」
「まあでも実際護廷隊からわざわざ雛森ちゃんを連れて行ったってことは、こっちとの交流を期待してるところもあるんじゃないのか」
瀞霊廷通信の編集担当である檜佐木としては色恋沙汰のゴシップも気になるところではあるものの、それ以上に「中間管理職」として組織全体を見た考えをしがちである。
「そうよ、せっかくだから仕事ってことにして呼んじゃいなさい」
「そんな手もありますかねぇ」
「ほら、そうと決まったらまだ飲むわよ。おかわり3本くださーい!!」
「えぇ…まだ飲むんですか……」
翌朝、二日酔いの青い顔で隊舎に現れた副隊長が二人ほどいたことは言うまでもない。
一体どれだけの夜をここで過ごしただろうか。
最後に人と言葉を交わしたのももはや数十年前。ここで虚の数を少しでも減らすことが散っていった戦友への手向けになると信じて戦い続けてきたが、そろそろ一度尸魂界に帰ろうかという気にもなってきた。問題は、ここからどうやって抜けるかなのだが。何分このメノスの森は虚圏の広大な砂漠の「下」に存在しており、まず地表に出ないことには始まらないだろう。
「さーて、どうやって帰ったもんかね」
実際虚圏と他の世界を結ぶ黒腔は基本的に上位の虚にしか開くことはできない。一部の死神もまた開く術を持っていないわけではないが、少なくとも雅忘人が尸魂界を起った時代には非常に大掛かりな準備が必要な術式であり、当然今の彼にそれを単独でどうこうできるわけはない。
「まあ考えても仕方ねえ、まずは外に出ることだ」
……とはいえ、実際には尸魂界と虚圏の関係性は当時より遥かに近づいており、おそらく虚圏に入り込んだ「異物」を送り返すためということであればある程度協力してくれるだろうが、言うまでもなく雅忘人はそんなことを知る由もない。
その時、ふと空間がねじ曲がるような違和感を覚えた。
実際に何かが歪んでいるとかそういったことではないし、物が動いている様子もない。ただ、霊圧の感覚として何か巨大な力が空間を引き伸ばしているような感覚がある。
「……下、か?」
その力の源は地面の下に感じられた。この霊子に満ちた虚圏さえも揺るがす程の「何か」が、恐らく下の方から近づいてきているのだろう。異変を感じ取ったのか、雅忘人を遠巻きにしていた虚・大虚が一体、また一体とその場から離れていく。
そしていよいよ「それ」が訪れる。
「それ」が虚空を超えて虚圏に入った瞬間、力の向きが変わる。引き伸ばされた空間は、ちょうど引き伸ばしたゴム紐から手を離したときのように反発し、逆方向へその歪みを吐き出した。
しかしその「歪み」は実際にものを動かしていたわけではなく、反発によっても同様にほとんどのものは動くことはなかった。
……極めて高い霊圧濃度を持つ、ごく一部の魂魄を除いては。
自身の霊的な強さを感覚として知っている雅忘人、そしてその場に唯一いた中級大虚はどちらも違和感こそ覚えたものの、「逃げ出す」という選択をしなかった。それ故にこの反発の「爆心地」に近いところにおり、霊的な振動によって直接的な影響を受けることになってしまった。結果、両者は霊圧振動をモロに受け、メノスの森から弾き出されるように地表に向かっていった。
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第一章: Lingering Souls (4) ― Role Reversal
同時刻。
「爆心地」から一足早く去っていった破面が一人いた。
エミルー・アパッチ。額に角のような仮面の名残を残した彼女はハリベルの腹心の一人で、いわば斥候としてメノスの森の異変についての調査の任にあたっていた。かつてはその好戦的な性格から猪突猛進に突っ込んで手痛い反撃を受けることもあったが、近年は上司の立場を汲んだのか慎重さが身についてきたようだ。
今回も、メノスの森の大虚が数を減らしている原因については何ら成果も得られなかったものの、謎の霊的な振動を察知した時点で方針を転換、この現象についての速報をまず伝えることを優先した。以前の彼女であれば、率先してこの異変の中心地に乗り込んだ末に雅忘人同様どこかに吹き飛ばされていた可能性が高く、大分成長したと言えよう。
とはいえ。
結局のところ、今回彼女のその「成長」が状況に役立ったかと問われるとかなり微妙なのも事実である。結局この現れた「何か」が虚のような霊圧であることまでは察知できたが、その強大さから近寄って状況を確認するわけにもいかず、まず虚夜城へと急ぐことになる。
一方虚夜城には、かつて東仙要がザエルアポロ・グランツと共同で作り上げた監視網がある。メノスの森のような僻地にまで映像による監視の目が届いているわけではないが、それでも霊圧の検知程度であれば十分に行き届いている。
「……この反応、最上級大虚クラスですわね」
ここ虚夜城では空間の「歪み」やその後の霊圧振動、そしてその振動によって狩野雅忘人がどこかに飛ばされたことまで感知できたわけではないが、一方で現地にいた彼らたちよりも先に「巨大な何か」が近づいていたことには気がついていた。
「共食いの結果、新たな最上級大虚が生まれたのか……?」
「いえ、データを見る限りこれは『外』から来ていますわ」
中級大虚、最上級大虚といった存在が虚同士の「共食い」の産物である以上、虚が多く集まるエリアで偶発的に強大な虚ができることは確率的には存在しうるだろう。しかしながら、この監視網は「元々そこにあったものが大きくなった」のと「新たに外から大きい物が現れた」の区別くらいはできるものであり、畢竟ある種の緊急事態であることを示していた。
「大変だ!」
そこにアパッチが駆け込んできた。
「なんですの、騒々しい」
「それどころじゃねえんだよ!」
「メノスの森のことでしょう?こちらでもとっくに感知してますわ」
そう、息を切らして駆け込んでは来たものの、結局監視網のお陰で既にハリベルの耳に異常は届いており、悲しいかなアパッチは道化となってしまった。
「……何にせよ実際に確認する必要はありそうだが……本腰入れた戦力が必要、か」
そう言って、ハリベルは少し逡巡する。
「よし、3人で状況を見てきてくれ。危ないと思ったら即撤退すること」
「わかりましたわ」
「了解!」
そうして、ハリベルの従属官3人は、改めてメノスの森の異変への調査に向かった。
「じゃあ、後はよろしく頼むよ」
そう言うと、久方ぶりに隊首羽織のないただの死覇装姿となった鳳橋楼十郎は三番隊隊首室を後にした。先日の隊首会にて正式に引退の旨が共有されてしばらく、ようやく後任への引き継ぎが終わり、晴れて「自由の身」となった。
一方、引き継いだのはこの男である。
「はぁ~~~」
鳳橋の姿が見えなくなると、腹の底から大きなため息をつく。
志波一心。以前十番隊の長であった頃から考えると、百年近いブランクを経て久しぶりの隊長職である。既に先日の隊首会やその後の隊内の集会で「お披露目」は済んでいるものの、いざ前隊長が去ってみるとその立場を改めて実感してしまう。
「どうもなー、吉良もまだ心を開いてくれてねぇんだよなぁ……」
例によって例のごとく尸魂界あちらこちらを飛び回っている部下のことを思う。そもそも三番隊は藍染惣右介の一件の影響もあり、十三隊の中でも特に隊長の入れ替わりが激しかった。根が生真面目な吉良は市丸のみならず天貝、鳳橋ともしっかり関係を構築しようとしており、それが彼の心労に繋がったことは想像に難くない。
「そもそも真面目な副官、苦手なんだよな……」
「お疲れ様でした」
隊舎から出てきた鳳橋に、吉良が頭を下げる。本来であれば新旧隊長の交代に際し立ち会うべき立場のはずだが、本人の性格柄こうして「外」で声をかけてきたことについて、鳳橋もまた特に驚くこともなく向き合う。
「イヅルこそお疲れ。新隊長とうまくやるんだよ」
「鳳橋さんこそ、お元気で」
「ありがとう」
短い挨拶を交わす。
「そうだ、一ついいかな」
「なんでしょう」
「石田君のことなんだけどさ」
声の調子を落として続ける。
「最近何か雰囲気が変わっててね。少し気を配っておいてもらえるかな」
「石田三席ですか……?なんで隊長じゃなくて僕に言うんですか」
「ほら、一心君こういうの苦手そうだし」
「僕ならいいって言うんですか」
不満を隠さないイヅル。たしかに、志波家らしく竹を割ったような性格の一心にとって、部下に疑いの目を向けるようなことは決して得手ではないだろう。
「それは逆でしょう」
「……ほう?」
「もう着任した以上は三番隊の人なんです。うちの隊風にも慣れてもらわないと」
「言うじゃない」
三番隊を象徴する隊花は金盞花、その花言葉は絶望。隊風はある程度隊長によって左右される部分があるとはいえ、やはり長年培われた雰囲気というのはそう簡単に変わるものではない。
「まあ、それだけ言えるなら大丈夫そうだね」
「なんとかやりますよ」
「じゃあ、あとはよろしく」
そうして隊舎を後にした楼十郎は、現世の旧友の元へと向かった。
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第一章: Lingering Souls (5) ― Tenacious Hunter
虚圏というのは、基本的に真っ暗な空の下に一面の砂漠が広がる光景である。もう何百年もメノスの森という「地下」にいた雅忘人にとっては懐かしい光景だが、とはいえ死神にとって何か良い印象を覚える光景ではないだろう。
「さーて、どうやって帰るかな…」
そうひとりごちていると、一緒に飛ばされてきた中級大虚が襲いかかってきた。
「てめえ、ずいぶん好き勝手やってくれてたじゃねえか」
「……この野郎っ!」
この中級大虚は実のところ雅忘人が狩り損じたメノスを闇討ちして食い漁っていたような虚であり、このような恨み言を言うような立場ではない。とはいえ一方で死神という存在がこの虚圏で「招かれざる客」であることは疑いようのない事実であり、不幸にしてこの二人が顔を合わせてしまった以上戦いは不可避であった。
中級大虚は破面と違い、「本来の」獣じみた姿で飛びかかってくる。
「お前、ずっと物陰からこっち見てた奴じゃねえか」
「気づいてたのか」
「ったりめぇだ……!」
雅忘人は中級大虚の爪を斬魄刀で受ける。
一方受けられた側は、即座に距離をとり次の一撃へと備える。
「ずいぶん慎重じゃねえか」
「これが狩人の流儀ってやつなんでね」
そう言いながら姿勢を落とす。しなやかな体躯を沈め、四肢が次の跳躍に向けた力をためていく。その姿は確かにさながら猟犬を思わせる――体高が大柄な雅忘人の5割増し近いということを除けば、だが。
「ちょうどいい、てめえを斬って手土産にしてくれる」
手段は未だ見つけられていないものの尸魂界に帰る決心を固めた雅忘人は、いままで狩ってきた最下級大虚とは一線を画する強敵との戦いを、ここ虚圏での最後の戦いと心に決めた。
一方メノスの森。
「異変」の震源地の近くに、ハリベルの従属官3人が到着した。
「こりゃぁ……また随分だな」
ミラ・ローズがそう零したのも当然、既に震源地周辺は禍々しい霊圧に満ち溢れていた。
雅忘人たちを吹き飛ばした暴力的な奔流は既に収まっていたが、並の隊長格どころか最上級大虚の破面をも上回るような重さである。
「問題は、『これ』がどこから来たかですわね……」
尸魂界や現世ならまだしも、本来虚にとって「ホーム」であるはずのこの虚圏で、「虚(かそれに類する何者か)を封印した」場所があるというのは不自然な話である。そうであるならば。
「またしても侵入者ってことか?」
実際この隔絶された空間であるはずの虚圏も、ここ暫くの間に死神や滅却師といった外部からの侵入を立て続けに許しており、アパッチはそれを念頭に置いていた。
「いや、それにしては霊圧の質がおかしいだろう」
「そうですわ。若干異質さは感じるとは言え、これは虚の霊圧。私達の『同族』ですわね」
「だけどよ、こんなところに最上級大虚がいるなんて話、知らねえぜ?」
「もう少し近寄ってみたいところだが、そうもいかなそうだな」
「近づいて気付かれでもしたら面倒ですわね」
「どうも友好的な雰囲気でもなさそうだしな」
「あとは……『上』の様子か」
「いい機会ですわ、一緒に片付けましょう」
「そろそろ決着をつけようか」
そう言いながら雅忘人は斬魄刀を鞘に納める。
「あァ?何のつもりだ……?」
「これが俺の『力』だ!」
そう言うと、雅忘人は腰を落とし、鞘に納めた斬魄刀を腰溜めに構える。
「刺し貫け―紅沙參」
雅忘人が解号を口にすると、鞘とともに斬魄刀が変化し突撃槍のような形状となる。バンプレートにあたる部分に繋げられた赤い飾り布は、持ち主の霊圧に呼応してわずかに光を帯びている。
「随分大仰じゃねえか」
「いいだろ、いくぜ!」
雅忘人は紅沙參を腰溜めに構えて突撃する。
その瞬間。
「そこまでですわ」
従属官3人が両者の間に現れた。
「おい、腰巾着風情が邪魔してんじゃねえよ」
中級大虚が吠える。
「野良犬がうるさいですわね」
「あァ?まずてめえらからやってやろうか?」
売り言葉に買い言葉とばかりにスンスンが言い返し、一種即発の空気になる。
「スンスンも取り合ってどうする。そんなことをしている場合じゃないだろう」
「そうですわね」
「で、何の真似だよこれは」
「暇なあなたと違って、用があるから来てるんですわ」
「あー…、お取り込み中なら席を外すぜ?」
虚同士のつまらない口論が目の前で始まり、居た堪れなくなった雅忘人はそう口を挟む。
すると、ミラ・ローズが向き直った。
「いや、用があるのはお前になんだよ、死神」
これにて第一章完結、次話から第二章となります。
もう少しペースアップして書ける…はず。
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第二章: Divergent Growth
第二章: Divergent Growth (1) ― Student of Elements
週1投稿で4週1章くらいのペースで書けたらなー、位の感じでいきます。
というかそろそろアニメがスタートですよ!!
我々は種を蒔く
それが次の世界を生み出すが故に
蒔いた種が悪に芽吹こうとも
その歩みを止めることは許されない
我々はただ種を蒔き続ける
「―さて、まず前回の復習をしよう」
ここは真央霊術院の大教室。
教壇から一番隊第二副隊長、沖牙源志郎が呼びかける。
紆余曲折を経て現行の四半期制が導入されて以降、霊術院の教壇に現役の席官や隊長格の死神が立つことも少しずつ増えてきた。沖牙は年齢の影響かついに髪も真っ白になり、かつての上司山本重國を思わせる厳格さからとっつきにくさは感じるものの、説明の的確さから学生達に人気の講師の一人となっていた。
「鬼道において言霊の詠唱の意義はどこにあるか、豊川」
「霊力の流路を効率的にコントロールすることが目的です」
「その通り。皆がこの霊術院に来て、一~二回生の頃にまず意味もわからないまま唱えさせられたあの言霊には、その詠唱によって『鬼道』を出力するための霊力を流す『道』を整える意味があるわけだ」
そこまで一気呵成に説明すると、沖牙は少し間を置く。
「恐らく最初に詠唱したとき、何か『道が通った』ような感覚があったかと思う。それこそがこの『霊力の流路』が開く、ということだ。もちろん、詠唱を省略してもその道を通すこと自体は可能だが…」
と、再度言葉を切り、ある生徒に目をやる。
「こうした詠唱破棄は高等技術だ。失敗すれば当然『流路』が不完全なまま霊力を流すことになる。『流路』が間違っていれば威力の低下に繋がるし、『流路』の一部が細かったり切れていたりすれば、最悪の場合には暴発に繋がる。故に、霊術院の練習場では原則禁止となっているわけだ。わかるな、観音寺」
「う、うむ。もうしない」
そう釘を刺された「観音寺」という名の、地黒で妙なサングラスを身に着けた生徒は心底反省した様子でそう返した。そう、紅露で行き倒れていたところを竜弦に救われたミサオとは、観音寺美幸雄、すなわちあのドン・観音寺その人であった。竜弦ともども特進学級に入れるほどの霊力で、特に鬼道の才に長けていた彼はつい先日、無断で詠唱破棄を試した結果、赤火砲を暴発させて練習場の壁に大穴を開けてしまったのだ。本人ばかりでなく、級長の豊川までこっぴどく叱られる結果になったことは言うまでもない。
「とはいえ、こうした詠唱破棄や後述詠唱といった技能は今後鬼道を実戦で使おうとする以上は避けて通れない。ということで、今日は詠唱省略に関する理論を勉強しよう。この理論を正しく身に着けた者は、上位席官以上の監督下であれば実践練習を行うことが認められる」
先の大戦後、大量に戦死者を出してしまった十三隊は、一時的に霊術院から「見習い」として在学中から実務に携わる仕組みを開始した。その後数十年経った今現在では、正式な制度としてカリキュラムに組み込まれるようになっている。一方隊員の能力の底上げも大事であるという認識も根付いており、以前は六年の年次でほぼ自動的に進級・卒業する仕組みであったところ、今やよりシビアに進級や卒業の判定がなされるようにもなっている。一定の水準を満たさなければ進級もできず、また在籍期限までに護廷隊をはじめとした各組織への所属に至らなかったものは「卒業」としては扱われない。
「さて、配属希望は持ってきたかい?」
集められた4人に対して、霊術院職員がそう問いかける。
このインターン制度で特に問題がなければ卒業後もその隊に入隊するのが通常であり、インターン先の希望はそのまま卒業後の進路希望でもある。本来であれば実際の希望調査よりも前の段階から、選択科目等を通じてある程度希望先の隊とコミュニケーションを取っているのだが、今回集められた4人はそうした部分を飛び越えて超スピードで進級してきているため、特別の対応が必要となったのだ。
「ふむ。志波君はやはり十三番隊、観音寺君は……鬼道衆か。石田君は四番隊、豊川君は五番隊か。助かったよ」
「どういうことでしょうか」
竜弦がそう問い返す。
「ほら、ここまで『飛び級』してきたのは久しぶりだからね。皆の希望先が重ならなくてありがたいのさ」
「なるほど……」
「まぁそもそも、ちゃんとこうやって書類とかちゃんと出してくれるだけでもありがたいんだけどね」
遠い目をしてそう述懐する。
「何かあったんですか?」
豊川がそう問いかける。
「いや……まあ『彼女』とは当面会わないだろうから大丈夫さ。なにぶん優秀な子は『変わった』子も多いからね……」
霊術院職員は教師以上に変人・問題児の被害を受けてきたのだろう。その顔には一種の諦観が浮かんでいた。
「それにしても、なんで五番隊なんだ?」
岩鷲は豊川翔太にそう問いかける。学籍の上では3四半期の「先輩」にあたる豊川だが、この三人が後ろから追いつく頃から(竜弦以外は)気安い言葉遣いで話す仲になっている。
「学院長に勧められたのさ」
「そうか、石和先生は五番隊出身だったな!」
観音寺が相槌を打つ。
「斬鬼どっちも得意なんだから、君にも声がかかってたと思うんだけどな、石田君」
「私は――」
そう言いながら少し足を止める。
「やはり回道の方が性に合っているのさ」
「観音寺君はどう……」「わたしか!どうも走りまわったり刀を振り回したりっていうのが性に合わなくてな!!」
食い気味にそう返す観音寺。外見こそトレードマークであった口髭が消えるレベルに若返っているが、竜弦のように「前線で敵と戦う」訓練を受けてきた人間とはまた違う精神なのか、単純に生前ろくに体を動かさなかったツケなのか、日頃の授業でも斬術や白打に関しては一般学級の学生にも見劣りしかねないレベルであった。
「なるほどね。そうなると、もう3ヶ月後には皆ばらばらか」
「あれ?俺は?これ俺にも聞く流れじゃないの?」
しみじみとそう言った豊川に対し岩鷲がツッコミを入れる。
「ほら、だって君の場合もう聞くまでもないじゃない」
「まあそりゃそうだけどよ」
「随分凄い人だったんだな、兄上は」
こうして四人でよく話をする中で、岩鷲は事あるごとに元十三番対副隊長であった兄海燕について語っていた。そのため、岩鷲が兄の後を追って十三番隊を志望するというのはもはや共通認識となっていたのだ。
「ああ、兄貴は霊術院を二年で出たエリートなんだ。死神になるからには兄貴みてぇな男になりたいんだよ」
実際、以前の制度ではあまり「飛び級」が一般的でなかったこともあり、六年の年限を待たずに卒業していった者はみな隊長格として尸魂界の歴史に名を残していた。もっとも岩鷲自身も(制度が変わり飛び級が増えたとは言え)入学から一年で最終四半期のカリキュラムを受けている自分自身も順調に行けば2年3ヶ月での卒業という兄並のスピードなのだが、どうもその自覚はなさそうだ。
「まああと3ヶ月、しっかりやろうか」
豊川の言葉を最後に、優等生四人組はまた次の教室へと向かっていった。
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第二章: Divergent Growth (2) ― Curate
「そういえば、そろそろ次のインターン生が来る時期だっけ」
副隊長の集まりで、松本乱菊がそう切り出した。
護廷十三隊の意思決定は当然責任者である隊長達が下すものだが、一方大半の隊で実際の隊務を取り仕切るのは副隊長であり、結果こうした副隊長が定期的に集まって情報交換や各種調整が行われている。
「そういやそんな時期だな、もう各隊希望者のリストは来てんだろ?」
そう返すのは斑目一角十一番隊副隊長。先の大戦以降副隊長を引き継いだ身だが、元々三席時代から隊務を取り仕切っていたこともあり、死神としてのキャリアの長さも相まってこの副隊長会では実質トップ的立場である。
「ウチは先週来てたよー」
そう気軽に返すのは八番隊副隊長、八々原熊如。死神としてのキャリアも副隊長としての長さもこのメンバーの中では圧倒的に短く、ギャルかぶれのファッションも言葉遣いも相変わらずであるが、これでいて仕事は相当にできるため周囲からは一目置かれている。
「どうだ、今年は面白い奴いるか?」
「そうだねー、霊術院からは久々に早い子きてるっぽい!」
「らしいな。お前より早いんだろ、確か」
「五番隊に行く豊川って子は1年9ヶ月だから八々原さんよりはちょっと遅いですが、残りの二人……と珍しく鬼道衆に希望出してる一人は在学1年なので現行制度になってからは最速記録でしょうね」
資料を確認しつつ、一番隊副隊長伊勢七緒はそう答える。
「あとは……橙璃(とうり)坊も今回か」
「そうですね。吉良、よろしく頼むぜ」
同期のよしみでそう声をかける恋次。
「自分たちのところで見ればいいのに」
そう口では悪態をつくものの、その表情は決して固くはない。
「朽木隊長の性格的に、な。贔屓目抜きにちゃんと育って欲しいのさ」
「あー……」
かつては「掟を何よりも重視する氷のような男」と見られていた白哉も、ルキア周りの一件や苺花が生まれてからの甘やかしっぷりから「ただのシスコン」扱いが標準となりつつある。
「てっきりうちに来るもんだと思ってたんだけどな」
姉である苺花同様に「見習い」として稽古をつけていた一角が疑問を口にする。
「ほら、あの性格ですから」
「まあそうか、てめえによく似た苺花ちゃんと違ってな」
「…そんな変わった子なんですか?」
四番隊副隊長、虎徹清音がそう口を挟む。
「変わってる、っていうより普通にいい子なのよ、親に似ず」
「親に似ず、は余計でしょ乱菊さん」
「まあ『新しいお父さん』似にはなりそうだしー、ちょうどいいんじゃないのー?」
「違ぇねえな、そのうち本当の親子って言われそうだ」
そう茶化す乱菊と一角。
「実際、『いつから』なんです?」
書類上気になるところがあるのか、伊勢が問いかける。
「一応このインターンで十三隊に入るタイミングの予定です」
「じゃあもう最初から『朽木』姓で来るんだ?」
「ええ、まあ書類上は。実際にはまだうちから通わせるつもりですけど」
「了解、それじゃ書類の方は『朽木』姓にしておくわね」
「お手数おかけします」
「で、配属式だけど今回の当番はどこだったかしら?」
「あー、
そうして副隊長会の議事は進行していく。
「随分と――」
ここは地下大監獄最下層、【無間】。通常の手段で「処刑」することも能わない大罪人を収監するこの場は、通常無音の暗闇に閉ざされている。だが一方で、そうした存在が気まぐれに声を発することもあり、此度静寂を破ったのは前五番隊隊長藍染惣右介その人である。
「面白い事態になっているようだな、痣城双也」
言葉を投げかけられたのは八代目剣八、痣城双也。本来この【無間】に収監される罪人はすべて霊的な能力から身体的な自由まで拘束されることにはなっているが、特にこの両名に関してはそのような制限はあって無きが如しである。
「……藪から棒に、何の話だ」
「例の『彼』だよ」
そう言われ、痣城は久々に瀞霊廷に意識をやる。彼の斬魄刀、雨露柘榴の卍解によって瀞霊廷全土の事象を掌で起きているかのように知る事ができる。しかしながら、特に以前の脱獄事件の後は斬魄刀自身との対話に多くの時間を割くようになっており、以前常時卍解を展開していた時期ほど積極的に外界の情報を手に入れているわけではない。
「……なるほど、相変わらず君の『お気に入り』というわけか」
そうして瀞霊廷内の霊圧を探り、懐かしい存在に気づく。
「君も憎からず思っているはずだろう、痣城双也」
「……ご想像にお任せするよ」
(少なくとも誰かがそう願わない限りは)一切の明かりの存在しない【無間】である。そう言い捨てた痣城の口元に、かつての彼を知る人間には予想もできない笑みが浮かんでいることは、誰も知ることはできない。
「君らしいな」
『キヒヒ!随分楽しそうじゃないか!』
――藍染惣右介と雨露柘榴を除いては。
そして当の観音寺本人は、自らが無間にいる二人の大罪人から熱い視線を注がれていることなど、露ほども知る由もない。
「鹿良澤さん、鹿良澤さん!」
そう呼びかけながら部屋に入ってきたのは副鬼道長、雛森桃。まだ着任して一年にも満たないが、努力家の彼女にとって新しい職場の仕事を覚えていくのはむしろ楽しいことのようだ。
「お願いしていた書類、できてますか?」
「えーと、なんだっけ?」
声をかけられたのはこの部屋の主、鬼道衆大鬼道長
「インターンの受け入れの件ですよ。今日中に出さないと私が怒られちゃうんですから」
「あー、そんなのあったっけ」
「お願いしたの先月ですよ?!」
「いやほら、普段うちになんて人こないからさー」
「久しぶりなら尚更ちゃんとしなきゃだめじゃないですか」
「えー、桃ちゃん代わりに書いといてよ」
「隊長の花押が必要だからそういうわけにもいかないんです、ってお渡ししたときにも言いましたよ?!」
「仕方ないなー、ってあれ、どこ置いたっけ」
「右側の棚の二段目に平積みされてるファイルの中だと思います」
とっ散らかっている上司の机をよく把握している副官である。
「おー、あったあった」
鹿良澤は感心しながら書類に目を通し、必要なサインをして雛森に渡す。
「ありがとうございます。ところで、そんなに珍しいんですか?」
書類を受け取りながらそう問いかける。
「ほら、桃ちゃんも霊術院出身ならわかるでしょ?うちって地味だからさ」
「そんなこともないと思いますけど……」
「せっかく霊術院で斬拳走鬼ちゃんとやってもうちじゃ鬼道しか使わないからねー。不人気になってもしょうがないのよ」
「あー、なるほど……」
「ま、元からうちは少数精鋭だし、それでも困ってないんだけど」
「とりあえず、これ出してきますね」
「よろしくー」
本来であれば裏廷隊なり部下に頼めば良いところではあるのだが、真面目さからか自らの足で書類を運ぶ雛森。
「それにしても、どんな子がくるのかなー……」
見送りながら、そうひとりごちる上司であった。
ようやくペース掴めてきたので、当面は毎週この時間に更新したいと思います。
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第二章: Divergent Growth (3) ― Bond of Discipline
「お久しぶりですね、雛森副隊長」
「もう副隊長じゃないですよ、石和さん」
「すみません、つい昔の癖で……」
書類を届けに来た雛森は、霊術院の院長室でかつての部下と話していた。かつて積極的に教壇に立っていた藍染惣右介の影響で五番隊は霊術院の運営に力を貸すことも多く、結果大戦終結後にこの石和厳兒が新しい学院長としてこの霊術院に転属したのだった。
「いやあ、でも驚きましたよ。雛森さんが鬼道衆に行かれるとは」
「私だって驚きましたよ」
「まあでも副鬼道長は長いこと不在でしたし、言われてみれば適任じゃないですか」
「そうですかね?」
「鹿良澤さん、『ああいう』方ですし平子隊長と近いものを感じませんか?」
石和はかつての上司を思い出しつつ、笑みを浮かべながらそう問う。
「あー、確かに……」
「とはいえ、彼女も元々護廷出身ですし、長いこと一人で鬼道衆を切り盛りしていたんでそれはもう優秀な方ですよ?」
「……そういうところまで含めて平子隊長っぽいところありますね…」
「まあ、雛森さんもお元気そうで安心しましたよ」
「そういえば、うちに来る人ってどんな方なんですか?」
「ちょっと五月s……元気さが目立ちますが、非常に優秀ですよ」
「あー……そういう……」
「在学1年で教わってもいない詠唱破棄を途中まで成功させるくらいですからね。霊圧もかなりのものがありますし」
「それは凄いですね……!」
「他にも優秀な子が3人ほどいますし、今期は久々の豊作です」
「石和さんの努力が実ったんじゃないですか?」
「いえいえ、結局のところ生徒の素質と努力ですよ。私たちにできることは、ただその背中を押すことだけですから」
そう言うと、学院長は窓の外に目をやるのだった。
「伯父様、只今参りました」
「隊長―、来ましたよー」
ここは瀞霊廷の一角、四大貴族が一、朽木家の屋敷。かつては多くの死神が住んでいたが、今や白哉と僅かな使用人が暮らすのみであり、来訪者も時たま妹家族が顔を出す程度と寂寥たる有様である。
「苺花は息災か」
「はい、姉は最近第五席に昇進いたしました!」
今でも阿散井恋次は六番隊副隊長であり、常日頃顔を合わせる関係性である以上は家族の様子などいくらでも聞けるはずなのだが、規律を司る四大貴族としての立場からか、こうして私用で屋敷を訪れた際によく気にかけている。
「そうか。まだ一緒に暮らしているのか?」
「勿論っすよ」
「まあ、それがよかろうな」
基本的に護廷十三隊に所属する死神は、席官に昇進することで自身の私邸を瀞霊廷内に持つことが許される。一方一般隊士は通常各隊の寮に入るのが原則だが、一方で貴族を筆頭に実家が瀞霊廷内に既にある場合には親元から出勤する者も多く、実際苺花は正式入隊して席官になってからもずっと両親の屋敷から通っている。何分両親のみならず伯父までもが過保護気味のため、なかなか一人暮らしをしたいとは言い出せないようだ。
「一応伊勢さんにも話通しておきましたよ」
「手間をかけるな、恋次」
「礼なら俺じゃなくて、事情わかってくれた橙璃に言ってください」
「―そうだな。ありがとう、橙璃」
「いえ、伯父様にも大事なお役目があることは理解しておりますので!それに、伯父様も元々家族なのですから、書類上多少関係が変わるなど些細な事です」
まだまだあどけない少年だが、それを感じさせないほどに「できた」答えをする橙璃。(十一番隊に所属してしまったことも影響してか)完全にやんちゃ娘となってしまった姉とは本当に対照的である。
「実際、まだ大変ですか」
そう気遣う恋次。流魂街出身の彼にとってみれば貴族の世界のやんごとなき事情はまるで想像の埒外ではあるものの、一方で妻ルキアを朽木家から奪った形になる以上は単なる上司・部下、あるいは義理の兄弟といった関係性以上に気遣うようになっていた。
「一旦の決着は見た。そもそも――」
そこで少し言い淀む白哉。
「もはや我々貴族の仕来りなど、然程の価値もないのかも知れぬ」
掟や規範を何よりも重んじてきた朽木家の現当主の口から出るにしては、少々意外性のある発言である。
「綱彌代の一件以後、我々がこれから果たすべき役割について、少し考えているのだ」
実際、四大貴族の筆頭と言われていた綱彌代家は時灘の謀略と自身の死により遠縁の分家を僅かに残すのみという滅亡寸前の状況であり、また四楓院家も前当主の事実上の出奔、現当主はあまり表舞台に姿を表していない。かつて五大貴族と呼ばれていた志波家に至っては元より奔放であったところ当主の戦死と(最近ようやく帰還したとはいえ)分家筆頭の出奔で事実上その地位を追われている。当の朽木家自身も蒼純や当主夫人緋真の早逝もあり本家筋は絶えつつあり、尸魂界の根幹を作り上げた各家の伝統は風前の灯火であった。一方で、現在の護廷十三隊を見れば貴族でない――即ち流魂街出身の――隊長格が多く存在し、以前よりも生まれの差はなくなってきたと言えるだろう。
「……俺にはそういう難しいことは分かんねえっすけど」
そう前置きをして、恋次は答える。
「大事なのは生まれとか立場より、何を護りたいかなんじゃないっすかね」
「……恋次らしいな」
「隊長が四十六室や貴族会議の人達とやりあってまで大事にしてくれてるってのは、ルキアも橙璃もわかってると思いますよ」
実際、子を産むことなく朽木緋真が亡くなって以降まるで再婚する様子を見せない白哉に対し、四十六室を筆頭に尸魂界指導部は本家筋の血筋を絶やさないための何かしらの行動を要求し続けてきた。(血の繋がりはないものの)妹ルキアの元に長男が生まれ、ついに「再婚するか養子を取るか」という二択を強いられた結果としてこのような形になったことを、白哉としては妹一家に対して引け目に感じていたのだ。
「――改めて、礼を言う」
「水臭いなぁ、家族じゃないすか」
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第二章: Divergent Growth (4) ― Emergent Growth
「ただいまー」
「てめえ岩鷲、何しに戻ってきやがった!」
久々に流魂街の実家に顔を出した途端、姉の怒号が飛ぶ。
「もう尻尾巻いて逃げてきやがったのか?」
「違えよ姉ちゃん…」
相変わらずの迫力に対し若干後ずさりながらも説明する。
「この休み明けたら隊配属なんだよ、見習いとは言え」
「おおう、そりゃがんばってんじゃねえか」
空鶴も弟が一年ちょっとで卒業間近になっているとは予想していなかったのか、珍しく驚いた顔を見せる。
「いやー、入ってみて改めて実感するけど兄貴って凄かったんだな」
「そらそうよ」
志波海燕元十三番隊副隊長。
霊術院を二年で卒業し、入隊から五年で副隊長まで上り詰めたというスピード出世は、市丸ギンという更なる「怪物」を除けば――あの「天才児」日番谷冬獅郎よりも早い――未だに並ぶもののない記録なのだ。
「最後にルキアちゃんに会ったのは……橙璃が生まれた頃だったっけか」
元五大貴族当主と現四大貴族当主の妹という家柄のみならず、過去色々な因縁のあった志波家とルキアだが、特にルキアが隊長に就任してからは相当多忙になり、最近はほとんど会う機会もなかった。――なにぶん空鶴が西流魂街のはずれなどに住みたがるせいで、瀞霊廷中心部に住むルキアにとって気軽に訪れづらい場所だった、というのが大きな理由なのだが。
「その橙璃だけど、どうやら同期になるっぽいんだよな」
「ほー!そりゃ楽しみじゃねえか」
「まあ、どこの隊なのか分かんねえからアレだけどよ」
「どうせそのうち会う機会あるだろうさ」
「多分別の隊だし、そんなに無いと思うぞ?」
「連れてこいっつってんだよ」
「う、うっす……」
「あぁ、ルキアちゃんにもよろしくな」
「よろしくっつったって流石に隊長だぞ?そう会える気がしねえんだけど……」
「席官にでもなりゃすぐだろ、すぐ」
「無茶言うなよ!」
「さて、それじゃあ当日はよろしく頼むよ」
「本当に自分でいいのか不安なんですが……」
「二年もたたずにここまで来た逸材が何を言うんだい?」
「それ言い出したらあの三人の方がもっと早いじゃないですか」
「あの3人は同期だしね。誰か一人選んだら角が立つでしょう」
インターン配属を目前に控えたある日、豊川翔太は学院長室を訪れていた。
一年間のインターンで特に問題がなかった者は通常そのまま卒業し継続して隊務に就くことになる。インターン中にも定期的に学院に戻って授業を受ける機会自体はあるものの、基本的には配属先ごとに違うスケジュールで動くことになるため、学生全体が一堂に会する機会はこのタイミングで行われる配属式が最後であり、事実上これが「卒業式」のような扱いとなっていた。
世の多くの学校同様、「卒業生」の代表はいわば主席に値する学生が選ばれるのが通例であり、今回は彼が選ばれたのであった。
「こういう機会は早く慣れておいた方が得ですよ、どうせすぐ人の前に立つ立場になるんですから」
旧制度の飛び級経験者、あるいは新制度下でも6年の年限を半分以下で卒業していくような優秀な学生は、配属後まもなくして席官となることが多い。各隊とも席官という立場はいわば中間管理職であり、こうして「人の前に立つ」経験というのはいくらあっても損にはならないだろう。
「そういうの、苦手なんだけどなぁ……」
不安さを隠さず嘆息する豊川。
「特に五番隊は今難しい時期ですから、きっと君が来ることを楽しみにしていますよ」
「そうか、雛森さんが鬼道衆に行かれたんでしたっけ」
石和が学院長に就任して以降は特に五番隊と霊術院の結びつきは強くなっており、頻繁に同期筆頭のような扱いで学院長達に呼び出されていた豊川は、訪れていた雛森と何度か顔を合わせていた。
「いくつか席があいたような話もしていましたし、本当に待望の人材ですよ」
「僕まだ学生なんですけど!?」
実際、これはインターン制度のもう一つの目的である。以前の制度で飛び級していった学生の大半は卒業と同時に席官以上の地位についており、それは即ち「一般隊士としての経験」がないまま管理する立場になるということを意味していた。実力主義の組織である以上それも仕方ないと捉えられてはいたものの、やはり戦闘員であると同時に管理者でもある以上は一度現場を見ておく重要性というのは(特に生前「組織人」として働いた経験を持つ流魂街出身者を中心に)話題に上がっており、このインターンを通じて一般隊士としての経験を積むことが定められたのであった。
「まあ、君なら大丈夫だよ。僕が保証する」
自身は一般学級の出身ではあるものの、特進学級から隊長格に上がった同期と今でも交流のある石和は、友人を思い浮かべながらそう太鼓判を押した。
配属式当日。
この式は各隊持ち回りで取り仕切っており、壇上では今回の担当である檜佐木修兵が訓示を述べていた。
「あー、まあ堅苦しい話はこのくらいにして。これからは皆それぞれの隊に散っていく。とはいえ、今ここに集まっているのは入学時期が違っても『同期』だ。配属後も同期の縁ってーのは何かと切れねえもんだから、ぜひ大事にして欲しい」
彼自身の同期は多くが大戦で――あるいは在学中に死んだ蟹沢を筆頭に、藍染などの手によって――戦死したり、あるいは既に除隊していたりで、もう四番隊の青鹿くらいしか残っていない。そうした意味では逸材揃いで未だに交流の続く五年下の代を羨む気持ちは確かにあった。
「あと、良くも悪くも護廷には変わった人が多いと思うが、まあ困ったら色んな人に相談するといい。皆怖い人じゃないんだ、見かけほどは」
自らが編集長を務める瀞霊廷通信の「見た目で損している死神ランキング」で毎回ランクインしている檜佐木がそう言ったことで、学生の間に笑いが伝播する。
「じゃあ学生総代、よろしく」
そう声をかけられて、豊川が壇上に登る。その評定には緊張が感じられるが、意を決して挨拶を始めた。
「二一五一期、豊川翔太です。本日は我々のために、このような式を開いていただきありがとうございます。思い返せば――」
そうして式次第が進行していく中、壇上来賓席に座っている総隊長、京楽春水はふと気になる存在を察知する。以前はこの配属式に各隊の代表者が揃って出席していたものの、今は持ち回りの担当隊と総隊長のみが出席するのが習わしで、他隊の人間が現れることはそうそうない。そんな中、霊術院の方に副隊長クラスの霊圧が接近してきているようだ。
「うん……??」
とはいえ、大半の死神は霊術院出身であり、時々母校を訪れること自体はそこまで珍しい話でもない。配属式が行われているタイミングという不審さはあるものの、自らの立場上式典を放棄してまでその違和感の正体を追及するほどのことには感じられなかった。
最終的に、その存在は配属式が終わるまで霊術院内に入ってくることはなかった。
一方京楽は多忙の身であり、この霊圧の主を探る暇もなく、自らの隊舎へと戻っていく。
そして、その姿を見送った学生たちがそれぞれの道に散っていく中で、ついに学生の一人に接触する。
「石田竜弦くん、ちょっといいかな。話があるんだ」
これにて第二章終了です。
そろそろ色々なところで話が動き始めます。
……が、次話からはしばらく過去編です。
結構な分量になりそうですねこれ……
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第三章: Past in Flames
第三章: Past in Flames (1) ― Premature Burial
……と言いながらこの第三章は過去編なのですが。
父は説いた
我らが祖を敬えと
父は説いた
偽りを述べてはならぬと
父は説いた
奪ってはならぬと
祖が欺き奪う者なら、我らは誰を敬えばよいのだろうか
父親の隊葬での喪主という大仕事を終えて隊舎を後にする孫を見送り、六番隊隊長朽木銀嶺は列席していた総隊長山本重國の元へと歩み寄る。
「残念じゃったな」
自身の下十三隊に所属する死神には「護廷のために死すべし」という厳格さを求める総隊長だが、一方で実際に戦死した死神の遺族に対しては――その厳格な印象に反して――可能な限りの慰撫をするのが常であった。今回は隊長格の隊葬ということでしっかり列席していたが、一般隊士であっても献花に訪れる程度の時間を工面するのが山本元柳斎重國という男である。
「ありがとうございます」
白哉の父、朽木蒼純は温和な人柄と確固とした実力で知られていたが、病弱さがその唯一の不安材料であった。銀嶺は次代の当主として通例に従い副隊長に起用したものの、その身体の状況は思わしくなく、最終的に悪い予感が的中した形になったことには――誰しもがその生命を危険に晒す戦闘職であったとしても――悔やむ気持ちは多少なりともあった。しかしながら銀嶺とて十三隊の隊長であり、そして何より規律を司る五大貴族が一、朽木家の前当主である以上は――特に隊葬後の隊舎という場所で――身内に関して特別な感情を表に出すことはない。
「して、後継はどうするか。白哉坊も大分成長してきたようじゃが」
まだまだ少年といった相貌ではあるものの、確かに霊圧や技術という観点で大分成長してきているのは確かである。既にその霊圧は五等霊威に到達し、斬魄刀の具象化にも挑戦している今、副隊長昇進という声がかかるのは自然な話ではある。
「実力的には良いのですが、その…性格面でまだ不安もありまして」
とはいえまだ(尸魂界基準では)若者であり、すぐ熱くなる単細胞さは他の貴族の若者から揶揄われる原因ともなっていた。特に、数年前に尸魂界から行方を晦ませた四楓院家の先代当主夜一を追いかけ回す姿は瀞霊廷でよく目撃されており、こうした熱くなりやすい性格については父・祖父共々不安に思っていたのも事実である。
「よいよい、そうした心構えは立場ができれば後からついてくるものじゃ」
「どちらにせよ、そうした話は今回の戦役を片付けるまではお待ちいただけますか」
「そうじゃな。蒼純の墓前に敵の首を供えてやろうぞ」
そう言った総隊長の目には全盛期を思わせる鋭さが宿る。配下の死神に対して命を賭した献身を求めるからといって、その生命が喪われても気にしないわけではない。優秀な若手の命を奪った敵に対する怒りは、まるで自身の卍解のごとく凝縮されているのであった。
「ええ。私も前線に参ります」
そう言いながら、銀嶺も自らの斬魄刀を握りしめた。
「キルゲさん、少しよろしいですか」
「深沢さん、どうしましたか」
「今回の作戦、一体どういう意図だったんでしょうか。死神の野営地を騙し討ちして即撤退、我々の存在が露呈するリスクを上げるばかりで虚を滅却せるわけでもなく、今死神を手に掛ける大義があるとも思えません」
「それは、陛下のご決定に異議があるということですか?」
「…いえ!決してそんな――」
「ああ、別にそういうつもりではありませんよ、深沢さん」
そう言うとキルゲ・オピーは書類仕事の手を止め、声をかけてきた青年に向き直る。
「深沢さん、聖帝頌歌は覚えていますか?」
「封じられし王は900年を経て鼓動を取り戻し 90年を経て理知を取り戻し 9年を経て力を取り戻す――ですか?」
「そのとおりです。」
キルゲは目を細める。
「陛下はようやく900年の長き眠りから目覚め、今我々に新たな知恵を授けてくださっています。今回の作戦は、その新しいものを実地で試す良い機会だったのでしょう」
「それは、死神の命という犠牲と釣り合うものなのですか…?」
「進歩のためには犠牲はつきものです。それが死神の命で済んでいるのなら、安いものでしょう」
そう言うと、改めて手元の書類に視線を戻す。
「陛下は100年先まで見据えて計画をお立てになっています。私達にはその深謀遠慮のすべてを知ることはできませんし、その必要もないのですよ」
もう話は終わった、と言いたげな態度のキルゲを見て、深沢と呼ばれた青年もその場を後にした。
時は数日遡る。
大虚討伐の任務を与えられた六番隊は、その大虚が発見された現世で陣を展開していた。始解もままならない無席の一般隊士では足手まといになりかねない大虚相手という任務の性質上参加しているのは席官のみであり、その陣はさほど大規模なものではない。
「副隊長、お体の具合はいかがですか」
朽木蒼純の天幕を訪れたのは第六席、乙坂由利絵。下級貴族の出身で、数年前に席官に昇進してからは病弱な副隊長の補佐にあたることが多い。
「ああ、ありがとう」
そう答える蒼純はまだ顔色が良くないが、なんとか起き上がれる程度までは回復していた。元々体が丈夫ではなかったため斬術や白打は良くて並程度だったが、一方霊圧や鬼道の才は各五大貴族のここ数代を見通しても相当なものであった。かつて第八席として入隊した当時はまだ「たまに体調を崩すことがある」程度だったものが、その後副隊長まで昇進し、結婚して子供を授かる頃には頻繁に寝込むような状況になり、護廷隊の中では浮竹十三番隊隊長と同様「卓絶した能力を持つものの、残念ながら体の問題で常時それを発揮できない人」という扱われ方をしていた。
今回は久しぶりに体調が安定していたため現世派遣部隊を率いることになったのだが、結局三日目にして高熱で寝込んでしまい、天幕内で床に伏せる状況となってしまった。幸か不幸かこの二日間敵と遭遇することはなく、蒼純もようやく指揮が取れるレベルには回復してきたことで、乙坂をはじめ配下のメンバーは胸を撫で下ろしていた。
そこに一羽の地獄蝶が飛んできた。
「副隊長、前線から会敵の報が入りました。想定通り最下級大虚1体です」
乙坂がそう伝える。
「済まないが、私はまだ出られそうにない。事前に伝えた通りの布陣で対応するように」
「了解しました」
乙坂も瞬歩で前線へと向かう。体調が小康状態であったとはいえ、蒼純の病が再発することは容易に想像できる事態であったため、その状況を前提とした作戦も事前に用意されていたのだ。
一人天幕に残された蒼純は、次なる連絡に備え最低限の身支度を進める。まだ前線に立てる体調ではないものの、現場指揮官として最悪の事態に対処するための準備はしなければならない。
地獄蝶からの通信で戦闘開始の報告を受けたとき、天蓋の外から未知の霊圧が接近していることに気が付いた。今回の遠征メンバーに限らず自分の知る死神のものではないし、虚のものでもない、明らかに異質な存在であった。
「邪魔するぜ、死神さんよ」
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第三章: Past in Flames (2) ― Dissipation Field
(まだ忙しくて見てないですが……)
「それは……尸魂界に我々の存在が露呈することにはなりませんか」
時は更に数日遡る。
見えざる帝国、
「今回の作戦では標的一人にしか姿を見せることはない。ナジャークープが失敗しなければ、”死人に口無し”だ」
キルゲの隣で跪いていたナナナ・ナジャークープはそう名指しされ表情を固くする。
「そのための陽動をするのがお前の仕事だ、キルゲ。お前に与えた力なら十分その役に立つはずだ」
「――了解しました、陛下」
―封じられし王は900年を経て鼓動を取り戻し 90年を経て理知を取り戻し 9年を経て力を取り戻し 9日間を以て世界を取り戻す―
滅却師の間で伝えられてきた「聖帝頌歌」という伝承の通り900年の眠りから覚めたユーハバッハは、99年後を見据えて多くの計略に着手していた。特に100年ほど前の尸魂界の侵攻で露呈した前線兵力の不足は深刻に見られており、星十字騎士団のメンバーを中心に新たな力が授けられつつあった。
ユーハバッハは力を分け与えることはできても、その運用のノウハウまで完璧に伝えられるわけではない。結局力を与えられた部下はその力を実際に使うことで運用方法を理解し自分の戦い方の中に落とし込む必要があり、その機会もまたユーハバッハの計画の元に与えられていくのである。
「陛下、補佐に部下をつけてもよろしいでしょうか?」
「好きにすると良い。私はお前に目標の達成を命じたのだから、そのために何をどう使うかはお前の責任で決めればよい」
「わかりました」
以前から見えざる帝国で暮らしていた多くの生え抜きと違い、100年ほど前に現世から逃げ込んできたキルゲ・オピーは、その実力から特例的ともいえる抜擢を受け、こうした任務を割り当てられることが増えてきた。今回の任務は直接的に敵と接触することではなく、ナジャークープが敵と一対一の状況で接するお膳立てをすることであり、そのために与えられた「聖文字」という新しい能力を活用する必要があった。
作戦の次第はこうである。
既にユーハバッハからもたらされている情報として、「標的」は病弱であり、派遣部隊が見合った強さの敵と会敵した場合には本陣に一人残ることになるとのことだった。そのため、キルゲは自身の「聖文字」、「
そして、計画どおりの状況が訪れた。
朽木蒼純は病に倒れ、その穴を補うべく「事前の作戦計画通りに」残るメンバー全員でメノスに対処する。結果として蒼純は一人天蓋に取り残され、ナジャークープの襲撃を受けることになる。
「邪魔するぜ、死神さんよ」
このタイミングで、手筈通りキルゲは自身の能力で二人を囲い込む。それなりに広い空間を囲い込もうとすれば当然拘束力は低下するが、一方で今回の主眼である霊圧の遮断に関しては然程影響が出ないため、これで戦闘中も隊士達が隊長の異変に気づくことは恐らくない。
「何者だ」
蒼純は重い体を引きずりながら賊に向き直る。本調子でなくとも、護廷十三隊の副隊長として戦わねばならない局面は存在する。対面した敵の霊圧は未知のものだが、逃げ出すわけにはいかない。
「名乗る程のもんじゃねえさ」
そう言いながら、刀の柄のようなものを取り出す。持ち主であるナジャークープが込めた霊圧によって青い刃を生み出したそれは
「貴様……滅却師か」
「ご想像にお任せするぜ」
それを聞いた蒼純もまた、自身の斬魄刀を構える。
「
蒼純が解号を口にすると、斬魄刀の刀身がうすぼんやりと青く光り始める。そして、光とともに青みがかった霧が少しずつ広がっていく。
『――厄介だな』
ナジャークープは内心そう思った。
今回の「標的」、朽木蒼純に関する情報はまったくと言っていいほどなかった。病弱ゆえ前線に出ることも少なく、結果その能力に関する情報が得られていないのだ。
ユーハバッハに与えられた力は「相手を観察する」ことには長けているものの、たとえば即死級や概念系の攻撃、また「絶えず変化する」ような搦め手には対処しやすいものではない。そして解放の様子を見る限り、そのいずれかである可能性が否定できなかった。
「とりあえず様子見といくか!」
そう言いながら、ナジャークープは左手に神聖弓を作り出し、右手で魂を切り裂くものを持ったまま神聖滅矢を撃ち出す。放たれた矢はそのまま蒼純に向かい――
「おい、マジかよ」
――消滅した。
より正確に表現するならば、蒼純の斬魄刀から広がっている「霧」に
「破道の四、白雷」
蒼純がそう唱えてナジャークープを指差すと、白い光が超速度で迫ってくる。
「おいおい、俺らよりよっぽど飛び道具がうめえじゃねえかよ」
飛廉脚で避けならがそうぼやく。
「もう一発!」
そして神聖滅矢でもう一度攻撃する。
…だが、やはり矢は消滅してしまう。
「クソっ、厄介だな」
「白雷」
すかさず反撃に放たれた白雷がナジャークープの爪先を掠める。
「まず足を狙うとはいい性格してんじゃねえか、お坊ちゃん」
見るからに育ちの良さそうな外見をした優男だが、先程から大振りな高火力なものではない低級破道でこちらの動きを制限してきており、その風貌に似合わず老獪な戦い方である。飛び道具が通用しない以上は距離を詰めて魂を切り裂くもので戦うほかないのだが、いかんせん鬼道相手に距離を詰めるのは難しい。
「仕方ねえ、疲れるのは嫌いなんだがな!」
そういいながら魂を切り裂くものを一旦しまい、本格的に神聖弓を構える。
「さっきの消え方、アレは何かで打ち消してるってヤツだろ」
そして一気に大量の矢を射出する。
「こうすりゃ効くんじゃねえか?」
膨大な量の矢に直面した蒼純は瞬歩で事もなげに回避し、予想通りとでも言いたげな表情を見せる。
「やっぱりな、避けるってこたぁ効くってことだろ!」
そう言いながら更に追撃する。
いくら外部の霊子を集めて戦う滅却師とて神聖滅矢を射出するためには自身の霊力をそれなりに使っており、これだけ打ち込めば当然自身の消耗は避けられない。しかしながら、攻撃の手を緩めれば当然相手は処理能力をすべて攻撃に回すことができ、安全圏から一方的な消耗を強いられることになる以上、背に腹は代えられない状況だった。実際のところ、涼しい顔をしてはいるものの蒼純からの反撃自体は随分と軟化している。ナジャークープとしては時間が自身の能力の味方である以上、こうして時間を稼ぐことは有効だと思われた。
しばらく撃ち合いをしていたところ、蒼純が攻撃の手を止めた。
「何のつもりだ……?」
その機を逃すはずもなく、ナジャークープは更に追撃する。蒼純は足も少し鈍っており、矢の一部が当た……らなかった。多くの矢が蒼純に吸い込まれていったにもかかわらず、その全てが消滅したのだ。
「おいおい、効くんじゃなかったのかよ」
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ――破道の三十三、蒼火墜!」
そして反撃とばかりに完全詠唱の鬼道が放たれる。
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第三章: Past in Flames (3) ― Spectral Binding
よろしければ著者ページからご覧ください。
――爆炎。
中からナジャークープが現れる。
致命傷というほどではないが、結構な痛手を受けてしまった。
「そうか、その『霧』が増えてるんだな……」
「私の水霞流桜から発生する霧は霊圧による攻撃を打ち消すことができる。そして、これは私が解放している限り発生し続ける」
そう言うと、3つの嘴状の突起が空中に現れる。
「貴様は時間が自分の味方になると思っていたようだが……残念だったな」
突起がナジャークープに向かって疾走する。
「縛道の三十、嘴突三閃」
ナジャークープは背後の――キルゲが能力によって作り上げた――檻に拘束される。
「外のお前も首を洗って待っていろ」
蒼純は目線を外で待機しているキルゲに向ける。そして改めてナジャークープに向き直り、言霊の詠唱を始める。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節――」
そして、違和感に気づいて目を見開く。
「残念だったな」
ナジャークープは自身を拘束していた突起を砕きながら歩き出す。
「あんたの霊圧はもう見切ったぜ」
ナジャークープに与えられた力は
「貴様……」
先程のナジャークープのように目に見える形で拘束されてはいないものの、四肢の動きが奪われただけでなく霊圧も封じられており、詠唱に入っていた鬼道も不発となってしまった。
「あんたに恨みはねえが、これが仕事なんでな」
そして、ナジャークープに貫かれた朽木蒼純は息絶えた。
本来の討伐対象であるメノスを倒し戻ってきた隊員が副隊長の死体を発見したのは、結局キルゲが「監獄」を解除し、滅却師一行が見えざる帝国に帰還してから更に30分ほど経ってからのことであった。
死体にも周辺にも霊圧の痕跡は残されておらず何によって殺されたのかはわからなかったが、状況から見て護廷隊には戦死として報告された。残された隊員の一部は予定を延長して現世に残り索敵を行ったが、結局成果を得ることはできなかった。
一方、帰還した滅却師達は見えざる帝国で得られた成果についての検討を進めていた。ユーハバッハから与えられた「聖文字」は一定の有効性はあるものの、一方で基礎戦闘力に直接寄与しない関係上(特に「聖文字」を与えられない一般の滅却師にとっては)そちらの方の充実も必要である、というのがキルゲの感想であった。実際今回もナジャークープは最後蒼純の鬼道をまともに受けて相当なダメージを負っており、しばらくは戦線に出られる状況ではない模様である。
「報告ご苦労」
治療で出てこられないナジャークープに代わり報告に来たキルゲに、ユーハバッハは声をかける。
「無論わかっている。基礎能力についても、近々お前達に話してやれることがあるはずだ」
部下の大怪我の報にも特に動じる様子もない。
「案ずるな。私と歩む限り、道に障害など存在しない」
「――滅却師、ですか。また懐かしい響きですな」
「確定情報ではありません――というより、『僅かな可能性』程度の話です」
四番隊隊長卯ノ花烈。治療部隊の総責任者である彼女はその経験から人体の構造に詳しく、治療のみならず不審死や戦死者の検死を担当することも少なくない。卯ノ花がこうして未確定の情報を口にするのはあまり例のないことではあったが、隊長同士の業務連絡というよりは、検死を担当した責任者として遺族への情報提供といった意味合いなのだろう。
「蒼純さんのご遺体にはほとんど霊圧の痕跡が残されておりませんでした。こと知性のない虚であれば尚更、霊体同士の戦闘があれば何らかの痕跡が残るもの。それが全く存在しないということは、何らかの作為があったことを意味しています」
「なるほど」
「涅隊長の見解ではごく僅かに残された痕跡に滅却師の可能性を疑う余地があるとのことでしたが、いかんせん微量過ぎて断定はできないとのこと」
20年近く前、十二番隊に新たな組織が作られた。名を技術開発局といい、護廷十三隊における開発や分析といった技術的な部分を一手に引き受けるものである。検死などを通じて未知の残留物などに触れることのある四番隊は、必要に応じて彼らの協力を仰ぐことになっているのだ。数年前の一件で初代局長が追放刑に処されて以降、十二番隊隊長の座とともに涅マユリがその後を継いでいた。
「まあもっとも、滅却師は100年も前にほぼ滅んだはずですし、いくら病の影響があったとはいえ席官クラスの隊員の霊圧知覚にも察知されずに副隊長を殺害できるほどの手練がまだ残っているのか疑問ではありますが…」
もっともな疑問である。
いくら隊長格は限定霊印による力の制限を受けているとはいえ、それでも本気で戦えば周囲に展開していた隊士達に霊圧が察知されるはずであり、そうならなかったということは「戦闘になる前に一方的に殺害された」可能性を示している。実際、滅却師の掃討作戦にはさほど大きな戦力が投入されたわけでもないにも関わらず、滅却師の主だった戦力は壊滅したと評価されており、そこからせいぜい3世代やそこらでそれだけの実力者を散発的に使うというのは合理性を欠いて見える。
「当時あの戦いに参加された方としては、どのようにお考えですか」
「……私も概ね同意見です」
銀嶺も卯ノ花の意見に同意する。件の掃討作戦より前から滅却師との小競り合いによく関わってきた彼からすれば、滅却師の技術のレベルや方向性がこんな短期間で大きく変わるというのは考えにくいことだった。何より、彼の知る滅却師は「誇り」を頻繁に口にするような手合であり、このような「騙し討ち」を仕掛けてくるとは思えなかったのだ。
一方銀架城の一角、とある研究室で若手滅却師の深沢宗は報告書を取りまとめていた。今回上司であるキルゲ・オピーの配下として隊士達の動向を監視していた彼は、その作戦の副次的な成果として席官の戦闘力・戦術を観察しており、それを今後のための資料にしていたのだ。
「はぁ、やっぱり後味よくないなぁ……」
先だってキルゲに違和感の相談をしたはものの望むような答えは得られず、むしろ自身の信念との齟齬に更に頭を悩ませることになってしまっていた。元々滅却師にとって打ち倒すべき敵は死神ではなく虚であったはずだ。今回打ち倒すべき虚を「利用」して死神を殺害するという作戦に参加したことは、――おそらく上司が思っている以上に――自身の心に大きな影を落としていた。
そうした想いから、現在作成している報告書は単なる「敵方の戦力分析報告」ではなく、「いかに彼らの利用価値があるのか」という点に視点を置いて作られている。同じ虚という共通の敵に対処するのだから、変に対立することなく協力できるのではないかと考えているのだ。
「深沢さん」
そうして作業をしていると、研究室にキルゲが現れた。
「すみません、今日中には提出できると思います」
上司に仕事の進捗を報告する。
「いえ、別に急かすつもりではないんですよ」
あくまでも物腰は柔らかに、しかし眼鏡の奥から鋭い眼光を覗かせつつ部下に声をかける。
「どうも、良くない『誤解』をしているのではないかと思いまして」
そう言いながら深沢の手元にある書類を一瞥する。
「今回あなたにお願いしたのは、あくまで『戦う相手』としての彼らの分析です。あたかも私達が彼らと共闘する可能性があるかのような話は……」
そうして目を深沢の方に向け直す。
「わかりますね、深沢さん?」
「は、はい……」
「そもそも、彼らが虚を斬るのは三界のバランスを保つためであって、虚に襲われる人間を守るためではありません。だからこそ、『魂の救済』などと甘いことを言えるのです」
そう語るキルゲの表情には一抹の憎悪が浮かぶ。
「三界のバランスというのなら、そもそも今の循環を作ったのも彼ら自身なのですから、虚を滅しても問題のないシステムを彼らが作るべきなのです。それをせずに、あまつさえ私たちに刃を向けた人達を『敵』とみなすことに、何の問題がありますか?」
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第三章: Past in Flames (4) ― Learn from the Past
現世に点在している滅却師の拠点への一斉侵攻が命じられたのは一週間前のことだった。尸魂界側からの再三の要請にもかかわらず虚を消滅させ続ける滅却師に対し、ついに我慢の限界に達したといった状況である。尸魂界上層部、特に「三界」の現状を作り出した五大貴族――もっとも志波家は例によってこうした話には関与しようとしないが――を中心とした貴族会議は以前から現世に残る滅却師の残党の排除を強硬に進めようとしており、ついに三界の魂魄均衡の保全という口実を手に入れた中央四十六室の決という反論の余地のない結論を経て、殲滅が正式に下令されたのであった。
こうした経緯から、この作戦は特に「世界を盤石とするための規律を求めた者」の末裔である朽木家と関係性の深い六番隊が主導して行われることになった。隊長として全体の総指揮を執る父親の下、もっとも大きい本拠地への攻撃隊をまとめていたのが六番隊副隊長である朽木銀嶺その人である。
作戦は現世側での戦いとなることから入念な事前準備の上、世界同時的・一気呵成に進められた。
元々現世で暮らしていた滅却師は――後に明らかになる「見えざる帝国」に暮らしていた者達とは違い――その方針を巡って尸魂界と対立こそしていたものの、「実際に死神が危害を加えに来る」ことは完全に想定の外だったようで、虚以外の外敵による襲撃に対する備えはまるでされていなかった。また滅却師の伝統として、戦いの序盤に戦闘力で優れる純血統滅却師が参加せず、混血統滅却師のみで対応しようとしたことも被害を拡大させる要因となったと言えよう。純血統が重い腰を上げた頃には混血統の大半が戦死し数を活かした集団戦法を取ることもできない状態まで追い込まれており、既に大勢は決してしまっていたと言えよう。元々幼少期から戦闘技術の訓練を受ける滅却師には「非戦闘員」という発想もあまりなく、老若男女問わず前線に投入されることになったため、半ば絶滅戦の様相を呈していた。
「いくら我々に弓引いてくる者とはいえ、女子供まで手にかけるのは心が痛むな……」
自分の隊に向かって神聖滅矢を放ってきた子供の滅却師2人に双連蒼火墜を撃ち込みながら銀嶺はそうひとりごちる。
「ほんと、こんな年端もいかない子どもたちまで動員するって何考えてるんでしょうね」
今回の作戦で第1分隊の副官を務める第七席、乙坂順之助も銀嶺に同調する。
「子供のうちから戦場に立たせなきゃいけないくらい人手が足りないなら、尚更虚対策は我々に任せておけば良いと思うんですけどね」
「……きっと彼らは彼らにしかわからぬ何かのために戦っているのだろう」
先程から刃を交える相手が口々に言う「滅却師の誇り」という言葉を思い出しつつ、半ば自分に言い聞かせるかのように言った。
そうしていると、銀嶺の方へとひときわ強力な矢が飛んできた。
「純血統か!」
とっさに回避した乙坂がその方向へと向き直り、敵を斬る構えに入る。
「よい、乙坂」
そこに銀嶺が声をかける。
「様子を見るに此奴がこのあたりの顔役だろう。ここは私が引き受けるから、お前は部下を指揮して残敵の処理にあたるように」
部下にそう指示を出し、自らの斬魄刀に手をかける。
「了解しました」
「一人になって良いのかい、副隊長さん」
栗色の長髪を靡かせながら、滅却師はそう問う。
「貴公の相手に余計な手をかけるより、作戦全体での取りこぼしを防ぐ方が重要と判断したまでのこと。滅却師一人の相手が務まらないようでは護廷十三隊の副隊長など到底務まらぬものだからな」
実際には隊長格である銀嶺は尸魂界の規定から現世に出てくるにあたり、現世に不要な影響を及ぼさぬよう限定霊印によってその力を約二割にまで制限されている関係上「副隊長相応の戦闘能力」を発揮できる状況ではないのだが、一方でそうした限定措置が取られているということは「その限定された戦闘能力でも十分に戦える」と尸魂界が考えていることに他ならない。
「それが油断であってくれたらアタシは大助かりなんだけどねぇ」
もっとも、その発言が油断ではなく客観的な戦力分析からくるものであることは彼女自身もわかっており、厳しい戦いとなることを予期していた。
「滅却師の誇りにかけて、倒れていった仲間のためにアンタを倒すよ!」
たとえ事実として敵わない相手であったとしても、純血統の滅却師として、そしてなによりこの地域の滅却師の実質的なまとめ役を担っていた身として、背を向けて逃げるわけにはいかない。覚悟を決めた彼女は神聖弓を構え直した。
「誇り……か」
斬魄刀を抜きながら、銀嶺は少し考える。個人的な信条だけで言えば今回の任務は納得の行くものではない。確かに三界のバランスを考えれば滅却師を放置できるものではないが、だからといってせいぜい身近に現れた虚を倒すのが精一杯なレベルの者まで斬らねばならぬほどの状況とも思えない。自分は何のために戦っているのか、そして自分は何を背負っているのか、改めて少し自問自答する。
そして。
「良かろう。朽木家の誇りにかけて、この朽木銀嶺が貴様を斬る」
一方その頃、現世の別の地域でもまた、滅却師のコミュニティが六番隊による襲撃を受けていた。
「避難状況はどうですか!」
「まもなく非戦闘員の退避は終わります!」
緊迫する状況の中、彼らは非戦闘員である子供たちを見えざる帝国へと退避させていた。現世で生活していた滅却師も必要に応じ見えざる帝国との交流――多くの場合においては帝国側からの離反者を受け入れるに過ぎないが――をある程度は維持しており、今回の襲撃に際して一部の共同体では「非戦闘員の退避先」として帝国を頼ることになったのだ。
無論見えざる帝国はその歴史的経緯から尸魂界にその存在を察知されることを極端に忌避しており、退避に先立って周囲の安全を確保するために戦闘員の更なる犠牲が強いられたことは言うまでもない。しかしながら、それでも死神たちに一方的に殲滅されるよりは被害を減らせたと言えよう。退避があらかた終わった今、既に周辺は老若男女を問わず戦死した滅却師が死屍累々といった状況であり、もはや戦えるものはほとんど残っていない状況である。
「非戦闘員の退避が終わったら、あなたも隙を見て逃げなさい」
「えっ」
「非戦闘員の退避が終了した今、もう我々に戦う理由はありません。少しでも我々の戦力を将来に繋ぐことの方が重要でしょう」
「キルゲさんは…」
「私も皆さんが逃げる時間を稼いだら向かいますから、早く!」
「分かりました、ご武運を!」
そうして部下を去らせ、キルゲ・オピーは最後の一踏ん張りへと向かう。
この地域の滅却師コミュニティではエース格扱いだった自分でさえ、今回侵攻してきた死神の相手をするのは厳しい状況であった。既に戦友たちの大半は息絶えており、自身も万全とは程遠い状況ではあるものの、部下たちが逃げる時間を稼ぐためにもう少しだけ前線に戻らねばならなかった。
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第三章: Past in Flames (5) ― Confront the Past
…次回ちょっと幕間を挟むので、元のタイムラインに戻るのは次の次からですが。
「何か後ろでコソコソやってたみたいですが、覚悟は決まったようですね」
前線に戻ったキルゲを、明らかに手練と見える死神が出迎える。見たところまだ青年といった風貌で顔立ちも物腰も穏やかではあるものの、一方首から下の筋肉の付き方は明らかに前線戦闘職といった佇まいで、強敵であることがひと目で理解できた。
「……別に気にしていただくようなことはありませんよ」
そう言いながら神聖弓を構える。
「そうですか」
対する死神も斬魄刀を抜く。
「まあ貴方達が何を企んでいようが関係ありません。ここで皆斬って仕舞いです」
「そうはさせませんよ」
瞬間、キルゲは神聖滅矢を死神に向かって連続的に打ち込む。
当たればそれなりのダメージは与えられるはずの攻撃だが、もちろんそれが相手に届くことはない。死神は事もなげに矢を避けると斬魄刀の刀身に左手を添える。
「
死神が解号を唱えると、斬魄刀が両刃の大剣へと変化する。特筆すべきはちょうど左手を添えていた鍔より刀身側の部分に別の「柄」のような部分が形成されている点だろう。
「……死神に洋剣を扱う人がいるとは思いませんでしたよ」
「ほう、やはり滅却師はあちらの文化に詳しいんですね」
そう言いながら、左手で刀身側の柄を握り、槍のような構えを取る。
「斬る相手には名乗るのが流儀ですので。六番隊第三席小此木洸、参ります!」
そう言うと、瞬歩で距離を詰め突進する。滅却師にも飛廉脚という高速移動手段はあるものの、自らの体内の霊圧を用いる――どちらかと言えば体術の範疇であり、どの領域でもある程度のパフォーマンスを発揮できる――瞬歩とは違い、周囲の霊子濃度に左右される飛廉脚は現世において死神の後塵を拝する結果となってしまう。
「くっ……!」
結局、避けきれずに神聖弓でいなすことを強いられる。一旦突きの軌道を弓で逸らしてから、離れ際に矢を打ち込むことを狙ったのだが――
「!?」
軌道は確かに逸らしたはずなのだが、衝撃の瞬間に左肩に激痛が走った。痛みにひるんだところに二撃目が繰り出され、今度は弓でまともに受けてしまう。その衝撃は膂力による突きの重さでは説明がつかないほどであり、左腕を動かすことが困難な状況にまでなってしまった。
「あっけないものですね。それではもう弓を構えることさえできないでしょう」
そう言いながら小此木と名乗った死神は大剣を構え直す。
「私の瑯嶽は、与える衝撃力を損失なく伝播させます。衝撃を殺したりいなしたりしようとしても、その力はすべて一点にかかるのです」
腱が切れたのか、あるいは関節が抜けたのかは分からないが、確かに左腕はほとんど動かない。
「もはやあなたに反撃の手はありません。潔く投降しなさい」
そう言いながら、斬魄刀をキルゲの顔へと突きつける。
「…断ります!」
とっさに飛廉脚で距離をとる。
確かに左腕が使えなくはなったが、弓以外の戦闘手段がないわけではない。相手の斬魄刀への対抗手段はまだ分からないが、一旦時間稼ぎとして
「まだ終わりませんよ…!」
とは言うものの、時間が経てば経つほど状況は悪くなった。いくら魂を切り裂くもので霊子結合を緩められる可能性があったとしても、その力を発揮させるためには実際に切り結ぶ必要があり、一方相手の斬魄刀の特性上―特に片腕となった現状では―受け止めることは困難であった。結果として自らの刃はあくまで反撃の手段でしかなく、相手の攻撃に対しては回避に徹する他ない。だが一方速度でも相手の方が勝っている現状では致命傷を受けないまでも少しずつ体の各所にダメージを負っていくことになる。
「いい加減諦めたらどうですか」
「ご冗談を」
そう返しはするものの、もはや息も絶え絶えといった状況だ。
「もう立っているのもやっとではないですか」
「なぁに、まだ奥の手があるのです……!」
キルゲがそう言うと、その背後に弧状の霊子が浮かび上がる。
次の瞬間、動かなくなっていたはずの左腕が本来の動きを取り戻し、小此木に向かって大量の矢を放つ。不意を突かれた形となった小此木はとっさに斬魄刀で防ぐも、防ぎきれなかった数本が四肢に刺さってしまう。
「…どこにこんな力が……!」
小此木は知る由もないが、これは乱装天傀という滅却師の奥義の一つとされる高等技能であり、撚り合わせた霊子の糸によって体の動かない部分を傀儡のように強制的に動かす技術である。本来は老いて体の動かなくなった者がなお前線に立つために生み出されたものであったが、応用すれば戦闘中に負傷した部分を補うことにも利用できるものだ。
「まだ続きますよ!」
そう言いながらキルゲは銀筒を小此木に投げつける。
「
キルゲがそう詠唱すると、投げた銀筒を起点として星状に銀色の帯が展開し、小此木を包む。
「畜生――!」
小此木はとっさに帯を斬ろうとするが、その抵抗も虚しく繭状のものに取り囲まれてしまった。
「時間稼ぎに過ぎません、が……」
技が決まったことを見届けたキルゲは、飛廉脚でその場から急いで立ち去る。
「十分目的は果たしたと言えるでしょう…」
そうして彼自身もまた命からがら見えざる帝国へと逃げ延び、その場で気を失ったのだった。
――銀架城の一角、自らの執務室でキルゲは100年ほど前の戦いを思い返していた。
先程部下に対して厳しいことを言ったはものの、自身もあの時死神から寝耳に水の襲撃を受けたあの日までは、「滅却師と死神が力を合わせる日がいつか来る」と信じていた口であった。
しかし、その日は来なかった。尸魂界は騙し討ちの如く突然に武力をもって侵攻してきたのだ。結局自身のいたコミュニティは早期に見えざる帝国への退避を決めたことが奏功しそれなりの生存者を残すことこそできたが、その他のコミュニティではほぼ全滅に至ったところも少なくないようだ。その上、逃げ延びた先ではより力のある元々居住していた滅却師たちから「離反者や敗残兵の末裔」と蔑まれる生活になっており、命が助かった「だけ」でしかない状況であった。
キルゲ個人にとっては幸いなことに見えざる帝国は実力主義の世界であり、怪我から回復しその実力を示すことができた彼はあっという間に責任ある立場へと登用された。一方、一緒に逃げてきた者の多くは元々非戦闘員であり、必然的に苦しい生活を強いられることとなってしまった。彼らをここに逃した事自体が自身の判断であったキルゲにとっては、たとえ自身が良い生活を遅れていたとしても心苦しさに苛まれる状況であった。
あれから百余年。
積んできた研鑽と、始祖ユーハバッハから与えられた力により、ついに滅却師は高位の死神とも渡り合えるほどの存在となった。勿論死神に対する憎悪は当然ながらあるものの、一方で個人的な感情では未だに「話せばわかる死神もきっといるのだろう」という思いは心の片隅に残っている。しかしながら、既に彼は星十字騎士団の一人であり、自らの背に多くの同胞の命運を背負う立場である。100年前、自らの力が及ばなかったが故に多くの仲間の運命が狂った、あの時のような悲劇はもう起こす訳にはいかない。その信念のもと、キルゲは今日も業務と訓練に勤しむのであった。
朽木銀嶺にとって100年前の戦いがなんであったかと言えば、とにかく「後味が悪い」の一言に尽きるものだったと言えよう。もちろん尸魂界の死神も実力主義であり、いわゆる「女子供」がいないわけではない。だがそうした者は例外なく卓越した実力を持つが故にそうした場にいるのであって、乏しい力を振り絞って勝てるはずのない相手に向かうようなことは想定されていない。結局最後「一騎打ち」をした黒崎某を名乗る女性滅却師でさえ――他よりは確かに強かったとはいえ――せいぜい上位席官レベルというのが関の山で、到底隊長格と渡り合えるようなものではなかった。
最終的に彼女を斬ったあたりで組織的な抵抗はほぼ収束し、戦闘能力をほとんど持たない者を僅かに残すレベルにまでなったため、銀嶺は自らの権限で作戦終了を宣言し尸魂界へと帰投した。無論「殲滅」を掲げていた隊長紅伶からは叱責を受けることとなったが、一方その後四十六室の判断としては特に問題なしという判断であった。元々今回の作戦の目的は「滅却師が虚を滅却することで三界のバランスが崩れることへの対処」であり、主だった戦力さえ壊滅させてしまえば残った僅かな者たちではそれほどの影響力を発揮することはもう無いと考えられたのだ。
最終的に各分隊の報告を総合する限り、非戦闘員など一定の「取り逃し」はあったものの、大部分の――特に尸魂界の席官に匹敵するレベルの――有効な戦力はほぼ完全に壊滅したものと考えられ、実際その後しばらく状況を見る限り滅却師の手によると思われる虚の消滅はほとんど観測されなくなった。
その後まもなくして引退した父紅伶の後を継いだ銀嶺は「滅却師対策」の責任者も同様に引き継いだわけだったが、その任もしばらく前に「滅却師側の戦力が有意に回復する見込みは当面なく、その役割を終えた」として解かれている。今回息子の戦死に滅却師が関わっている可能性があるという情報が十二番隊からもたらされたとしても、自身がその滅却師をよく知っているが故に、やはり実感として納得できるものではなかった。
結局その後銀嶺の指揮のもと、蒼純が陣を張っていた地域でしばらく「下手人」を捜すための作戦が展開されたはものの、結局明確な成果を上げることはできなかった。
数年後。
もうほとんどの者が寝静まった深夜だというに、銀架城の一角にある資料庫に動く人影があった。キルゲ・オピーの元で研鑽を積み今や部下を持つ立場になった、若手滅却師深沢宗その人である。戦闘能力というよりは事務作業や教育といった側面が評価されて立場を得た彼が資料庫に出入りすること自体は珍しいことではないのだが、深夜に人目を避けるような形で行動するというのはただ事ではなさそうだ。
深沢が触っていたのは主に教育用の資料であった。滅却師最終形態や各種銀筒の取り扱いに関するものの他、最近ユーハバッハからもたらされた「血装」なる新しい戦闘技術まで、新旧取り混ぜられている。ここ数年間ユーハバッハは聖文字を筆頭にいくつかの新しい力を与えており、そうしたものが星十字騎士団隷下の各組織で文書化・共有されていたのだ。深沢は、こうした資料やそのための資材を取りまとめているように見えた。
そして、しばらくの作業ののち、深沢はその場から忽然と消えた。
上司であるキルゲ・オピーが異常の報告を受けたのは、その翌朝のことであった。深沢が朝礼に出て来ないことを不審に思った部下から相談を受け、彼の居室を訪れたところ既にもぬけの殻だった。彼が居室に持ち帰っていたはずの研究資料や銀筒、
結局キルゲは状況の隠蔽はもはや不可能と判断し、ユーハバッハに報告に向かった。
「以上の状況を考えると、一部の備品・資料とともに現世へ出奔したものと思われます。私の管理不行き届き、申し訳ありません」
「良い、捨て置け」
ユーハバッハはそう一言で切り捨てる。
「……はい?」
叱責を予想していたにも関わらず想定外の言葉が飛び出し、思わず素の言葉で聞き返してしまう。
「捨て置け、と言ったのだ。その者が今知りうる程度の情報がどこへ流れようと、私の描く未来に支障などない。お前には、もっと価値のある仕事をしてもらわねば困る」
「了解しました」
現世へと出奔した深沢は、そのまま現地の滅却師に合流した。
百余年前の侵攻で主だった戦闘力が壊滅したとはいえ、非戦闘員を始めとしてある程度の生き残りは――特に誇りに重きを置く六番隊の隊士が力のない人間を斬ることを嫌った結果として――まだ現世各地に点在していた。深沢は最終的に、日本は東京の西部で人間社会に混じって生活を送っていた最大級の共同体の一つに身を寄せることになった。死神の襲撃によって戦力になりうる者の大半を失った共同体はいずれも、日々の対虚戦闘のみならず血統の維持が非常に困難になっており、若い男性である彼は歓待されることになる。
奇しくも日本では社会制度として人間を管理する仕組みが作られ始めた頃であり、以前の出奔者に比べるとそうした体裁を整える点においては多少の苦労はあった。近世の世の中であればどこからか人が一人街に紛れ込んで生活を送っていたとしても特段の不都合はなかったが、こうして人間の管理が行き届き始めた時代には事あるごとにその素性が要求されるようになるため、現世の外側という一般の人間には認識できないところから流れ着いた人間をどう扱うかというのはこの時代以降霊能力者の共同体はどこであっても頭を悩ませる問題となる。とはいえ、深沢は単に若い男性の純血統滅却師というだけでなく、持ち込んだ各種の技術は戦力的に壊滅したコミュニティにとっては非常に有用なものであったため、結果周囲の滅却師達の支援によって現世にしっかりと根を下ろして生活できることになった。
最終的には血統を守りたいという一族のニーズと、自身の居場所を公的・書類的にもしっかり確保したいという深沢自身のニーズが噛み合った結果、合流早々に意気投合した現地の女性と結婚し、純血統滅却師の家である石田家に婿入りすることになった。婿入りに際して石田家の仕来りに従って「弦」の字を足して「宗弦」と名乗るようになった彼は、その後一児の父として滅却師としての生活と同時に定命の人間としての生活を送るのであった。
やっとアニメ見始めました。
冒頭の演出、明らかにエヴァのオマージュですよね??
ああいうの大好物です。
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幕間一: Kindred Discovery
なんでや。
不足は死、
過剰は毒。
深沢宗がその名を石田宗弦と改めてから、それなりの年月が経過した。それまで見えざる帝国という霊子の世界で生活していた自分にとって現世という霊子濃度の薄い世界で生きることは――特に自身の滅却師としての能力を発揮する上で――少なからず制約のあるものであったし、何より霊体で生活していたときと違い器子の体は想像より早く老い、消耗していくという現実に直面することになっていた。一方で現世の定命の人間の生活というのは帝国のような「暴君の気分によって統治される世界」ではなく、一般的な倫理観の上に作られた法によって成り立つ社会というのは非常に居心地の良い環境であった。
瀞霊廷の影という場所に作られた見えざる帝国と大きく異なるのは、現世で生まれる多くの虚に対処を強いられることであろう。自らが現世に来た頃はそれほどではなかったものの、近年明らかに虚の発生数が増えており、この地に派遣されている死神の手に余る状況になりつつある。百年以上前、警告を無視して虚を狩り続けてきたことで最終的には尸魂界からの侵攻を受けることになったという歴史の反省はあり、極力虚の対処は現地を担当する死神に任せるべし、とはされている。しかしながら虚への抵抗力がない滅却師の魂魄にとって虚の存在は通常の人間以上に脅威であり、最終的には現地の死神に「お目溢し」してもらえる範囲で自衛の範囲での対処を続けていた。
とはいえ、現世に点在していた滅却師の共同体はここ数十年で急速に数を減らしていた。戦力の大半を尸魂界の侵攻で失って以降、多くのコミュニティは「滅却師としての活動を縮小し普通の人間に混ざって血を薄めていく」ことを選択しており、その結果が現れてきているのだろう。実際この空座町という東京西部の街周辺では虚の数が増えているが他の地域ではそうした傾向はなく、ほとんどの場合において現地の死神の手に任せておけば十分という状況ではある。滅却師が虚への抵抗力を持たないという「弱点」は、その滅却師としての能力同様「血」の濃さに紐づくものであり、普通の人間との混血を進めていけば必然的に――その力と引き換えに――限りなく安寧に近い生活を手に入れられたのだ。
そうした傾向の中でこの地域の滅却師の共同体が未だに純血統を筆頭とする伝統的な滅却師コミュニティのまま維持できていた一つの理由は、宗弦が見えざる帝国から持ち出してきた技術や装備によって能力の底上げがなされたことにあるだろう。日頃から霊力を貯蔵することによって発展的な戦闘を可能にする銀筒をはじめとした各種霊装や、何よりも「血装」という新たな戦法を手に入れたことで、虚との戦闘において犠牲を出すことはほとんどなくなっていた。少ないリスクで虚と戦えるのであれば、滅却師の誇りを諦めてまで力を捨てるという苦渋の決断をする理由はなかったのだ。
一方見えざる帝国、
キルゲ・オピーは自らの執務室で部下からの報告書に目を通していた。
ユーハバッハからは「捨て置け」とは言われていたものの、半分は帝国に対する義務感、もう半分はかつての自分と同じ甘い夢を見ていた後輩への心配から、深沢宗の行方を追っていた。帝国ではここ数十年の間にユーハバッハから齎された新たな力によって大幅な戦力向上がなされており、彼が持ち出した古い霊装が今更帝国の脅威になる事態は確かに考えにくく、そういった意味ではユーハバッハが「捨て置け」と言ったことは納得の行く話ではある。だが一方で、ようやく現世にて発見した彼の新しい居場所は虚の発生数が明らかに多い地域であり、それは即ち死神の目を引くこと、ひいてはそこから帝国の存在が尸魂界に露見する可能性について一抹の不安があったのだ。そのため、キルゲは部下に対して定期的に「現世に残る滅却師の末裔の動向監視」を命じており、必然的にそれは現世で最も有力な滅却師のコミュニティである空座町周辺に暮らす石田家・黒崎家を中心とした集団が最大の関心事となっていた。
見えざる帝国で暮らす霊体である自分と違い定命の人間の速度で老いていく後輩がいつからか自分の見た目より老いていくのを見るのはなかなかに違和感を覚えるものだったが、何より数年前についに「親」として人並みの幸せを手に入れていた姿を見たときにはほっとしつつもある種の嫉妬を覚えもした。なにぶん「血の濃さ」がそれなりに強さに影響してしまう滅却師は、特に星十字騎士団という立場にあるような人間であればその子孫を残すということについても自らの意思によって行えるわけもない。現に現在騎士団に列されている十数名の中に、ユーハバッハ覚醒後――不特定の相手と関係を持つような輩はいたとしても――そうした伴侶・家族を持った者は一人として存在しないのだ。そんな中で、出奔した先で同じ純血統の滅却師と自らの意思で家庭を設けた元部下は少し眩しく見えた。
報告書を読み終えたキルゲは、満足そうな顔をするとそれを書棚に仕舞った。前回一年前の報告時と比べても彼らの戦力はさほど変化しておらず、一番の戦力である
定命の世界で暮らすということは、霊体で生きていた頃よりも人の生死に触れる機会が増えるということでもある。虚や死神との戦いで命を落とす戦死でなかったとしても、事故や病、あるいは寿命によって定命の人間は霊体のそれより遥かに簡単に死んでいく。
この日、数日前から病床に伏せっていた滅却師が危篤に陥り、半ば共同体のリーダー的なポジションになっていた宗弦が見舞い――というより立会い――に訪れていた。名を黒崎樹といい、黒崎家の一人息子であり、そして石田家の次女を嫁に取った男である。まだ40過ぎとつい最近まで現役だったのだが、しばらく前に体調を崩して検査をしてみたところ手遅れの腫瘍が発見され、そこから急激に容態が悪化していった。
「宗ちゃん、迷惑をかけるなぁ」
樹にとって宗弦は彼が現世に来た直後からの友人関係であり、こうして今際の際に迷惑をかけてしまうことに心苦しさを覚えていた。
「そんなこと、気にしなくて良いよ」
「娘達にも色々押し付けてしまうし、情けない父親だよ」
彼の妻、つまり宗弦の義妹は既に事故で亡くなっており、彼の――宗弦の息子と同じくらいの年頃の――一人娘は今後石田家に身を寄せることになっていた。
「子供たちにこんな事を強いてまで、滅却師の血筋を守る必要なんてあるのかな」
彼の一人娘真咲は宗弦の一人息子である竜弦と、生まれた時点で既に――もちろん本人達の預かり知らぬところで――婚約者として純血統の血筋を守ることを家の意向として強いることになっていた。この決定については親である樹や宗弦よりも親世代の人間が「仕来り」として要求してきたことであり、おおよそ現代的な価値観を持つ樹にとっては内心納得がいっていない部分もあった。
「まあ、仕方ないよ。お義父さんたちにとっては必死に守ってきた血筋だからね。次に繋ぎたいと思うのは当然さ。僕らにできることは、その縁が本人達にとって不幸にならないよう、お互いがいい関係を築けるようにすることじゃないかな」
「…そういう考え方もあるか」
宗弦自身もまた見えざる帝国で自由意志の恋愛など存在しない騎士団隷下の滅却師という立場にいたこともあり、子供たちに押し付けることには引け目は感じるもののそうした圧力をかける側の心情もまた理解していた。避けがたい定めがあるのなら、その定めが本人達の不幸にならぬようお互いが良い関係を構築できるように手助けしてやるのが親の責任だという考えもまた自身のうちにあったのだ。
「真咲のこと、頼んだよ」
「ああ」
そうして樹が息を引き取った瞬間、宗弦は妙なものを目にした。
細い光の柱のようなものが、空へと伸びていったのだ。光は一瞬で消え、その光の先に何があったのかはわからない。思い返せば以前他の老いた滅却師の死に立ち会ったときも薄っすらと光が立ち上ったような気がしないでもないが、ここまではっきりとしたものではなかった。
考えてみれば、樹は自らが持ち込んだ血装という新たな力を早くから使いこなしていた。純血統の滅却師であれば生まれつき使えるその力は「使い方」を知ればすぐに使えるものではあったが、とはいえ樹の素質は黒崎家・石田家の滅却師のなかでも極めて高いものだったと言えよう。一方以前立ち会った滅却師は混血統で訓練の末に使えるようになったとはいえ、その力は樹や宗弦に遠く及ばないものだった。ひょっとすると、滅却師の死の間際の「光」は血装のレベルに応じているのではないだろうか。
そう考えてみると、色々な物事が一つの線で繋がった。血装とは始祖ユーハバッハから連なる「滅却師の血」の力である。そして、見えざる帝国に残されていた古い伝承として、ユーハバッハは「力を分け与え、またその力を集め直す」という言い伝えがあった。そうであるなら、「血装を使えるようになった滅却師の力は、死に際してユーハバッハに回収される」可能性が出てきた。仮にそうであるなら、自らが持ち込んだこの血装という力は現世で平和に暮らしていた滅却師にとってとんでもない劇薬であったということになる。宗弦はこの「劇薬」とどう付き合うべきなのか突き止めようと心に決めたのだった。
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第四章: Sorceress Queen
第四章: Sorceress Queen (1) ― Witch's Cottage
巡らされた
仮初の結束
新しき刃
この門の先に待ち構えるのはいずれだろうか
鬼道衆という集団は瀞霊廷に置かれた実力組織でありながら、その職掌については関係者を除くと驚く程に知られていない。例えば刑の執行や未知の敵への対処といった業務では護廷隊と連携することも少なくないが、それ以外に何をしているかについては――隠密機動や技術開発局といった護廷隊の傘下にある組織と異なり――護廷隊席官レベルでもほとんど知らないと言ってよいだろう。
元々護廷十三隊よりは遥かに世帯の小さい組織である鬼道衆は大鬼道長・副鬼道長の下いくつかの班に分かれており、各班はそれぞれ一定の職務を司っている。同じ鬼道を専門とする死神の中でも、新しいものを生み出すことに長けた者と既存技術の運用に長けた者ではその素質自体質が異なるものであり、また担当する職務の範囲ごとに班が分けられる関係上、主に研究開発や教育を担当する班と実力行使を担当する班の間で派閥化する傾向にあった。
もちろん組織上の優劣はないものの、前鬼道長握菱鉄裁が実力行使専門部隊を渡り歩いた結果その地位についており、また人数も実力行使部隊の方が必然的に多くなってしまうため、どちらかと言えば研究開発畑の職員は少し肩身の狭さを感じていた。現状組織のトップ2がどちらも外部出身ということで、こうした組織内の力関係については現大鬼道長鹿良澤三姫の悩みの一つであった。
「桃ちゃーん、羽織どこだっけ」
今日は数年ぶりに霊術院からインターン生が来るということでその受入準備をしているのだが、最近の暑さに負けて脱いでいた大鬼道長の青羽織が散らかった執務室内で行方不明になっていた。流石に新任の若手を迎えるときに組織のトップが正装でないというのは格好がつかないわけで、ちょっとした問題発生である。
「なくなったら困るから預かって、って言ったの鹿良澤さんじゃないですか」
そう言いながら副鬼道長雛森桃が入ってくる。
「そうだったっけ、ありがとう」
部下に小言を言われるのは慣れっこ、といった雰囲気で手渡された羽織に袖を通す。この羽織、実は雛森が手渡された後洗濯して火熨斗まで当てているのだが、当然ながら鹿良澤はそれに気づくことはない。
「さて、出迎えに行きますよ」
コンスタントに新規配属者が来る護廷十三隊であれば隊内の人事的な部分や後輩の教育を担当する席官が出迎えるのが通例だが、小世帯で人員にあまり余裕がなく、何よりこうした受入実績がほとんどない鬼道衆では今回トップ2が揃うという「手厚すぎる」歓迎となった。
「本日からお世話になる観音寺です、よろしくお願いします!」
観音寺は慣れない敬語でそう元気よく挨拶する。生前は長いこと「芸能人」、それも人気番組を持つ「ヒーロー」として活動してきた彼にとって、組織で働くというのは遥か昔の若い頃以来のことである。
「ああよろしく。私は大鬼道長の鹿良澤、こっちは副鬼道長の雛森だ」
そう自己紹介すると、観音寺を促して隊舎へと歩き始める。
「観音寺さんは院生時代もうちには来られてないですよね」
歩きながら雛森が尋ねる。
「鬼道衆にも十三隊にも来たことはありません」
観音寺は慣れない敬語でそう答える。
「なるほど、じゃあ今日は隊のお仕事や隊舎のご紹介からですね」
「よろしくお願いします」
まとまった人数が配属する十三隊――特に十一番隊を筆頭とする戦闘職――では何らかの式典をやったり全体でのオリエンテーションをやったりといったイベントになるが、鬼道衆という小さい世帯では個別の対応をする以外の選択肢はない。結果として、トップ2が――ほとんど副鬼道長の仕事になることはもう明らかだが――その面倒を見ることになった。
「ということで、鬼道衆では鬼道技術の新規開発・改良をしたり、一方で各種儀式の補佐や戦闘派遣といった実力行使の方にも携わったりしています。実際には明日以降まず適性を見てからの判断になりますが、観音寺さんはどちらに興味がありますか?」
「うぅん……どちらか言えば開発の方ですね」
かつて自ら編み出した独自の術によって除霊や虚との戦いを行ってきた観音寺にとって、死神の力という体系的なものの上に何が積み上げられるかは興味のある範囲の話である。
「なるほどわかりました。それでは、今日はそちら側の仕事をしている班の方からご紹介していきますね」
朽木家の屋敷の一角。
一頃は五大貴族本家の屋敷として相応しい賑わいを見せていたこの屋敷も今やかなりの寂しさとなっており、その結果使われていない場所というのが数多く存在している。そんな中、事後承諾的に……というよりはほとんど勝手に作られた隠し部屋がこの女性死神協会の本部である。実際作られてからしばらくの間は完全に無許可であったものの、先日朽木ルキア十三番隊隊長が会長に就任した結果として、なし崩し的に許可が「降りた」ことにされてしまったというのが真相なのだが。
さてこの女性死神協会、元々は男性社会である護廷十三隊における女性死神の地位向上という建前で設立された組織ではあるものの、設立当時から既に隊長格の半数近くを女性死神が占める状況になっており、また男性の隊長格が軒並み女性陣に大して強く出られないという属人的な状況も相まって、現在は――議題によっては中央四十六室に匹敵するほどの――瀞霊廷屈指の圧力機関となっている。
「さて今日の議題の一つ目ですが……」
あいも変わらず議事進行を担当する伊勢七緒は、手元の書類に目をやりながらそう言う。以前の草鹿やちる会長体制下から席次が2つほど上がり、今となっては名実ともに女性死神を代表する立場になっているのだが、結局彼女以上にこうした仕事に向いている者がいないため、理事長自ら進行役を担うことになっている。
「ルキアさんの昇進に伴い空いた理事の席について、十一番隊第五席阿散井苺花さんを推挙する議案が会長から出ておりますが、異論はありますか?」
「認められるわけがなかろうが、身内の推薦など」
最古参の理事の一人、砕蜂が不機嫌を隠さずに言う。
「えー、席次も足りてるし、十一番隊の女性少ないからいいと思うけどなぁ」
一方同じく古参理事の松本乱菊が反論する。確かに十一番隊という隊は荒くれ者の集団という側面があまりにも強く、戦闘職がそれなりに多い七番隊などと比べても完全に男社会である。元々十一番隊に在籍し斑目副隊長を師と仰ぐ父によって半ば叩き込まれた感はあったものの、父親譲りの勝ち気な性格から十一番隊では極めて珍しい女性隊士としてその立場を確立しつつある。元々女性死神の地位向上を目的とした組織である以上、確かに苺花に地位を与えるというのは筋が通っているようにも聞こえる。
「だからといって会長が自身の娘を推すのは公私混同だろう」
砕蜂が強硬に反対しているのは、彼女のいう表向きの理由の他に協会内の力関係という裏事情を考えてのことでもある。先の大戦で会長と理事長を一気に失った協会は――尸魂界全体がそうであったように――変化を余儀なくされたが、その後協会の実権を握ったのは最古参の女性隊長である矢胴丸リサであった。しかし、かつての上司以上に奔放なその性格が災いし女性死神協会の運営自体も相当にいい加減になり、砕蜂を筆頭とした規範意識の高い死神が反発、あわや協会分裂の危機に瀕したのが30年ほど前のことである。結局両者の仲裁に入った七緒がリサに代わり理事長となることで一旦収まりはしたものの、今でも派閥争いの火種は燻っている。会長も中立的な人選を、ということで指名された雛森桃が鬼道衆に異動となり一旦協会から抜けることになったのだが、その後任に据えられた朽木ルキアは中立の立場でありながらも、事あるごとに乱菊や夜一といった奔放な人間に言いくるめられる状況が頻発しており、砕蜂としてはこれ以上自由人が理事の席に増えるのは何としても阻止したいというのが内心であった。
一方こうなってくると頭が痛いのは取りまとめ役の七緒である。卯ノ花が理事長を務めていた頃は、最終的に自体が紛糾した場合でも最終的には――「剣八」という素性を知っていた人間はほぼいなかったとしても――実力・凄みによって有無を言わさず黙らせることもできていた。一方七緒は鬼道では隊長格を見渡してもそうそう並ぶ者のない実力者であるとはいえ、二番隊・八番隊両隊長を抑えられるほどの実力があるわけでもない。実際以前小競り合いに発展した場合にはこの協会本部の部屋自体に被害が出るに至り、最終的にはルキアの仲介でなんとか追い出される事態を回避した、という経緯もあった。結局七緒としては争いが表面化しないよう、何とか両者を説得するしかないというのが現状である。
今回、阿散井家から2人という絵図が良くないのは確かだが、一方で十一番隊からのメンバーを受け入れるという点では筋が通るのも事実であり、そういう面では無下に却下するわけにもいかない。今日も今日とて七緒は個性の強いメンバーの議論をなんとか調整することに心を砕くのであった。
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第四章: Sorceress Queen (2) ― Madcap Experiment
「まっ…ことに申し訳ない!!」
観音寺はそう言いながら土下座する。
配属二日目、今日は――一応霊術院から送られてきた書類である程度は把握しているとはいえ――練習場で実力試験を行っていた……のだが。
そう、久しぶりの「やらかし」である。
「いやぁ、やらせた私の責任だよ、仕方ない」
そう言いながら笑う鹿良澤に雛森が「そんなんだから予算が減るんですよ」とツッコミを入れる。
最初のうちは通り一遍の測定などを行っていたのだが、霊圧が想像以上のものであったことに気を良くした鹿良澤が霊術院ではまったく習いもしない五十番台の鬼道を撃たせたりした結果、破道の五十四・廃炎が標的用の結界から大きく逸れ、危なく練習場を炎上させる事態になるところであった。
「まあ、でも観音寺君の実力はよくわかったよ」
ひとしきり笑ったあと、真面目な顔をして鹿良澤はそう言う。
「うちの設備は技術開発局ほど立派じゃないけど、それでも色々わかるものでね。君の素質は……普通に護廷隊でも引く手数多なレベルだと思うけど、本気でうちに来たいのかい?」
「私としては斬術や白打にあまり自信がなく、向こうでやっていける気は…」
観音寺は素直に自身の不安について素直に口にする。彼は岩鷲・竜弦のような万能型ではなく鬼道一本の腕で特進クラスにいたようなものであり、十三隊でやっていけるとはあまり思っていなかったのだ。
「なぁに、そんなのは些細な問題さ。七緒ちゃんなんか典型だけど、鬼道専門でもあっちでやっていける人は少なくないよ」
現在一番隊の副隊長を務める伊勢七緒は、元々斬術や白打の才には恵まれず鬼道衆を志望していたところ、当時の隊長・副隊長の力添えもあり八番隊に入隊した経緯がある。結局護廷十三隊は――一部の戦闘に特化した部隊でもなければ――官僚組織という側面もあり、斬拳走鬼いずれかの分野で最低限の戦闘能力さえあれば、あとは指揮能力や技術力といったそれ以外の要素によっても評価されうるのだ。
「とはいえ、威力はまあ院生としては凄い方ですが、コントロールとか考えたらそこまででもないように思うんですけど……」
本人に聞こえないように配慮しつつ、雛森は小声でそう尋ねる。
「そこなんだよ桃ちゃん。確かに観音寺君まだまだ技術的には未熟なんだけど、潜在的な霊圧が相当凄いんだよ」
はしゃいだような声色でそう答える。
「そんなに…ですか?」
怪訝そうにそう聞き返す。
「今発揮できてる力だけで言えば……古い言葉で言えば六等霊威くらい、まあ院生としては相当なものだけど、そこまでじゃないよね。ただ、潜在的にはもう四等くらいありそうなんだよ」
霊威等級というのはかつて貴族を中心に使われていた尺度で、端的に言えば霊圧の強さを示すものである。六等霊威といえば第三席クラスで、もちろん霊術院を出るか出ないかという時期としては異例の強さではあるものの、例がないわけではない。ただ、四等ともなれば副隊長でも上位に属するレベルであり、霊術院生がそんなレベルに到達していたとすれば――市丸ギンという例外を除けば――各所に衝撃の走る話である。
「なんだろう、観音寺君はどうも霊力を扱うときに変な癖があるっぽいんだよね。それでせっかくの素質がうまく活かせてない気がするんだ」
「癖、ですか……?」
「ここまでなのは初めて見るんだけど、もうちょっとわかりやすい例だと……ほら桃ちゃんの同期、阿散井君」
首を傾げる雛森。
「彼の場合はちょっと事情が違うけどね。でも隊長クラスに匹敵する霊圧だし、それなりに基礎知識もあるはずなのに鬼道がアレだけダメっていうのは……まあへんな癖がついててちゃんと霊力が出力に繋がってないってことだからさ」
「なるほど……?」
「多分観音寺君の場合はもっと手前、魄睡で生まれた霊力を鎖結で出力する過程でなんかロスが起きてるんじゃないかなー、と思うんだよね。何か自覚はないかな?」
言われてみれば腑に落ちる話でもある。観音寺は現世にいた頃――通俗的な表現をするのなら「生前」――ドン観音寺なる霊能者として長く活動していた。メディアに出演する多くのインチキ霊能力者と違い、彼は人間の身としては卓越した霊能力を有していた。代名詞たる「
「恐らくですが、現世で暮らしていた頃に少々変な力の使い方をしていたようで……」
「なるほどね、じゃあまずはその癖を抜くことから始めることになるのかな。霊術院でそこら辺は……そうか、そのままでも院生としては十分過ぎるくらいだから気付かれなかったのか……」
そう一人で納得する鹿良澤。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
そうして観音寺は再度基礎訓練に向き合い始めた。
配属から数日。
観音寺は教育資料を編纂する部署で下働きをしながら霊力運用の基礎訓練を受けていた。途中技術開発局の協力も受けたが、おおよそ鹿良澤の予想通り――恐るべきことに、だが――鎖結がほとんど働いていないという結果だった。つまるところ、霊力の発生源である魄睡で生まれた力が、ブースターである鎖結の作用をほとんど受けずにそのまま外部に放出されているということで、鎖結が正常に働くようになれば相当なものになることが予想された。一方で、通常霊力を扱う魂魄は意識せずに両者をバランスよく成長させていくものであって、尸魂界に蓄積された過去の事例を見てもこの状況の解決方法は思い浮かばなかった。……技術開発局の涅局長には「面白い事例だネ、私のじっk…被検体になれば助けてあげるヨ」とか言われたのだが、丁重にお断りしたのは多分正解だったはずだ。
仕事の方では思った以上の収穫があった。霊術院での初等教育は霊術院の教師陣の作成した資料で十分なのだが、それ以降――たとえば四十番台以降の鬼道や詠唱破棄のような高等技術に関しては、霊術院で使うものであるか配属後に利用するものであるかを問わず鬼道衆の監修のもと作られている。これらの資料の修正や整理をしていく中で、今まで見よう見まねや断片的な知識を元に無理やりやっていたものが体系的な知識の裏付けを得ていくことで、それなりに洗練されてきているのだ。
「大分サマになってきたね、観音寺君」
一通りの雑用を終え、練習場で一人自主練習に打ち込んでいた観音寺のもとに鹿良澤が現れた。
「お疲れ様です!」
「どうだい、感覚は」
「なんとなくつっかえみたいなのが取れてきた気はします」
「そりゃ何よりだよ」
鹿良澤はそう言って目を細める。
「さて、じゃあそろそろ新しいことにも挑戦していこうか。そろそろ基礎練習ばかりじゃ飽きるだろう」
「ありがとうございます!」
鹿良澤三姫は元々護廷隊出身ではあるものの、鬼道衆に異動してからそろそろ百年は経とうかという古株であり、近年は新しく入ってくる隊員の教育に関わることが多い。同じ護廷隊の鬼道の達人といえば副鬼道長雛森や伊勢七緒のように新しい物事を生み出すことに長けた者が多い印象だが、鹿良澤はむしろ卓絶した基礎能力によってその名を知られていた部分がある。即ち扱える鬼道の多さであるとか、霊力を無駄なく結果に結び付けられる効率性であるとか、そういった部分こそが彼女の強みであって、それは必然部下を指導する際にはかなり有効に働いていた。
「多分まだ縛道を使うのは難しいだろうし、観音寺君のせっかくの霊力を活かしやすい単純高出力なものをやってみようか」
鬼道の基本はある種の「回路」に霊力を流すことで変化させて出力に結びつけることにあるが、その出力の結果が複雑な効果になる傾向が強い縛道は破道に比べると「回路」の正確さや霊力のコントロールといった要素が――単純な霊力量に比べて――重視されるものであり、多少改善しつつあるとはいえまだまだ霊力の扱いが器用ではない観音寺にとってはやはり破道の方が当面扱いやすいものなのは確かだろう。
「とりあえず、こないだ無茶させちゃった廃炎をもう一回基礎からやり直そうか」
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第四章: Sorceress Queen (3) ― Resourceful Return
新情報が本作と時系列的に絡まないのは幸運なのか不運なのか……。
「で、なんで俺は連れてこられたんだ」
ここは虚夜宮。かつて自分が虚圏に来た頃は、「虚圏の王」が居を構えると言われてはいたものの、屋根すらない名ばかりのものだったはずだ。そのはずなのだが、今自分が連れてこられた場所は巨大な白亜の建造物であり、確かに宮という表現は適切に思えた。自分がメノスの森で戦っている数百年の間に、恐らくこの虚圏でも色々な変化があったのだろう。
「貴様に一つ、頼みがある」
玉座に座る、褐色肌の女破面がそう言う。メノスの森からここまで同行してきた部下と思しき3人も、また玉座の側に控える破面も全員が女なのだが、虚圏は女性上位社会にでもなったのだろうか……?
「気づいているとは思うが、貴様のいたメノスの森に巨大な霊圧源が発生した。その霊圧の質は虚に近いものだが、我々が知る限りあのような霊圧の主が虚圏にいた記録は、ない」
なるほどその件か、と雅忘人は納得する。確かに自分が地上へと弾き出された時に異常な霊圧を感じており、虚圏側が何か干渉してきたのかとも思っていたが、どうやらあれは虚圏の連中にとっても想定外のことだったらしい。
「どうやら、アレはこの虚圏の『外』から来たようでな。それはつまりこの虚圏だけでなく、現世や貴様らの尸魂界にも影響が及びかねない、ということだ」
話が大分見えてきた。つまり、あの謎の霊圧源にはこいつらも手を焼いている、ということなのだろう。確かにアレはやたらに異質なものだったのは確かで、それが虚圏の「外」に手を出しかねないというのであれば虚どもにだけ任せておくわけにはいかないかもしれない。
「そこで、だ。貴様には一旦この情報を持って尸魂界に帰ってもらいたい」
「また随分一方的な注文じゃねえか」
「私が知る限り、貴様にはここから尸魂界に帰る手段もないはずだが……?」
「別に俺は帰んなくてもいいんだ、ずっとあそこで狩りをしてたっていいんだぜ」
途端に剣呑な雰囲気になる。
「ちょっとちょっと、ここで争ってどうするのよ」
一種即発の空気の中、玉座の脇に控えていた碧髪の女破面が口を挟む。
「ここで私たちが争ってる場合じゃないでしょう。くだらないメンツは一旦横に置いて、まずはこの事態に対処するべきだわ」
「そんなにヤバいのか」
思わず反応してしまう。
「ええ、私たちの見立てでは、ね」
実際のところ、話の持ってこられ方は不愉快であるものの、懸案だった尸魂界への帰還方法が手に入るだけでも意味のある提案ではあった。虚圏の虚が尸魂界の死神と協力するというのは自分の時代ではまるで想像もできないことだが、長い時間を経て色々状況が変わったのだろう。
「で、俺はどうすりゃいいんだ」
「総隊長にこの情報を渡してくれればいい。過去の記録が向こうにあれば話は早いんだが……」
雅忘人の知る話ではないが、元々バラガン時代にはそもそも形に残る記録を残す習慣などろくに存在しなかったし、藍染惣右介の時代に蓄積された資料は滅却師の侵攻で多くが失われており、虚圏としては外部に蓄積された記録に期待するしかないというのが実情であった。
「よく分かんねえが、今回は乗ってやるよ」
そう言うと、差し出された情報媒体らしきものを受け取る。
「助かるわ。私も現世に行って浦原さんの意見を聞いてみる」
一方玉座の側にいた破面はそう言い残し、一足先に黒腔を開き現世へと旅立った。
「死神、お前の帰る道もこちらで開いてやる」
褐色肌の破面もまた、黒腔を開く。
「一度ここに来ているのなら、通り方はわかっているな?」
「ああ」
「じゃあ、よろしく頼む」
数百年ぶりに尸魂界に帰還した狩野雅忘人は、急ぎ総隊長の元へと馳せ参じた。
自らの知る山本元柳斎重國ではなく、尸魂界を発った頃にはまだ隊長ですらなかった京楽春水がその座に就いていたことには若干の驚きがあったものの、まずは経緯の報告と虚圏からもたらされた情報の共有という危急の要件が目下片付けるべき事案である。
報告を受けた京楽は、雅忘人に対しては一旦待遇未定のまま原隊である十一番隊への帰任を命じた上で、虚圏からの情報については内容を二箇所に共有する指示を出した。
第一の共有先は映像庁――というよりも綱彌代家であった。京楽自身もう数百年以上隊長格として護廷隊の中心に携わってきているが、それでもこのような巨大かつ異質な虚というのは聞いたことがなかった。綱彌代家には映像庁や大霊書回廊創設以前、太古の時代の記録が蓄積されており、恐らく尸魂界側に何らかの手がかりがあるとしたら綱彌代家の元以外には考えられなかった。
もう片方は言うまでもなく十二番隊・技術開発局である。過去の記録がどうあれ対処すべきは現在である以上は、「現在観測した状況」を分析して対策を立案するのはスペシャリスト集団である技術開発局であった。
一番隊隊首室に呼び出された涅マユリは、見るからに不機嫌といった様相であった。
「その情報であれば、既にこちらで観測しているヨ」
マユリは京楽からの情報共有を聞き――特に「浦原の元にも連絡が行っている」ということを聞かされたときには更に不機嫌になり――そう答えた。
「ま、そうだよね。優秀な技術開発局のことだ、報告が上がってこなくてもきっと気づいてくれてるとは思ってたよ」
半分おどけながら、一方状況の分析に取り掛かる前に報告がないことを言外に咎めつつ、京楽はそう言う。
「で、見立てはどうだい」
「自身の周囲の空間を歪める能力があると思われるヨ。どの程度意識的に行っているのか、またどの程度までその力が及ぶのかまではわからないがネ。叫谷から虚圏に行ったのもその力の影響だとするなら、尸魂界に来る可能性も否定できないヨ」
「やっぱりそうなるかぁ。どうだろう、対策はありそうかい」
「既に尸魂界全土の空間座標の歪みを監視する仕組みは準備を始めているヨ。それ以上の対策はもう少し情報が必要だネ」
「流石だねぇ。今別の方で資料当たらせてるから、過去の記録が見つかったら持っていくよ」
「……あまり期待しないで待っているヨ」
「お久しぶりですねぇ、ネリエルさん」
現世空座町の一角、浦原商店。店主浦原喜助は相変わらずの”ゲタ帽子”スタイルで虚圏からの使者、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクを出迎えた。
「久しぶり。一護は元気にしてる?」
「お元気ですよォ。気になるなら会っていけばいいじゃないですか」
「こう見えて私も忙しいの。それに、織姫ちゃんに悪いでしょ」
「……へぇ」
浦原は何か言いたげな表情を見せるが、ネリエルは気づかない振りで話を進めようとする。
「無駄話している時間はないわ。早速本題に入るわよ」
少しして。
「へえ……空間を歪める虚、ですか」
手元の機器で虚圏からの情報を見ながら、浦原はそう結論付けた。
「やっぱりそうなるのね」
「そこには気づかれてたんスね」
「まあ、いきなり何もいないところに出てきたらそれを疑うしかないわ」
「確かに。で、そこまでわかっていてここまで来た理由は何です?ひょっとして、ボクに会いたくなったっ……」
「冗談を言ってる場合じゃないわ」
混ぜっ返した浦原を即座に切り捨てる。
「叫谷から虚圏に来られたなら、現世に来る可能性だってあるわ。尸魂界と違って戦える人が少ないのだから、備えは必要でしょう?」
「ま、確かにそっスね。で、助けが必要なんスか?」
途端に真顔になり核心に切り込む。
「えぇ…まあ。とは言え、今じゃないわ。アレが何を考えているのかわからないけど、動きだしたときのために備えておいて欲しいの」
「なるほど」
「貴方なら、その情報からでも十分な備えができるはずよ」
「買い被りっスよ。アタシはしがない駄菓子屋なんスから」
「冗談はほどほどにしてくれるかしら?」
いつもの調子ではぐらかす浦原に対し、不快感をあらわにする。
「まぁ、やれることはやっておきますよ。コイツが思った通りの存在なら、少し厄介な事態になりそうだ」
「貴方が警戒するほどというのは心臓によくないわね」
「あくまで可能性の話っスよ。ただ、用心しておくに越したことはない」
「ま、よろしく頼んだわよ」
そう言い残すと、ネリエルはまた黒腔を開き虚圏へと帰っていった。
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第四章: Sorceress Queen (4) ― Cunning Survivor
みんな、FCに入ろう!(ダイマ
「ふむ、いいんじゃないかな」
所変わって一番隊隊首室。
虚圏からもたらされた情報がいかに面倒事であったとしても、総隊長がそのことのみにリソースを充てるほど差し迫った事態ではない以上、京楽は相変わらず他の業務もこなさねばならない。そうした総隊長の仕事の一つに、各隊隊長格の人事というものがある。もちろん総隊長立会の元行われる隊首試験は言うまでもないが、推薦による昇格や前任者との決闘による隊長就任であっても、形式上の手続きとはいえ最終的には総隊長の名で中央四十六室に届け出て初めてその地位が正式に認められるのだ。同様に、各隊の副隊長についても隊長には任命権があるとはいえ、隊長同様手続き上は総隊長の処理を必要としていた。京楽自身はこうした形式的な手続きは――特に自分の仕事を減らしたいという極めて利己的かつ現実的な理由で――なくしていきたいと考えているのだが、現状中央四十六室からの許可は降りていない。
目下の課題はしばらく前に――半ば京楽自身が横車を押したせいではあるが――鬼道衆副鬼道長へと異動した五番隊副隊長の後任人事であり、現在その件で同隊長平子真子が隊首室を訪れていた。
「ローズ君も優秀だって太鼓判を押してたからね。平子隊長が彼を選ぶなら、ボクにいうことはないよ」
「そんじゃあ後で直接声かけてきますわぁ」
「え?直接行くのかい?普通は隊首会とかでちゃんと話通すもんだけど……」
「あんま堅苦しいこと言いなや。先に一心にも話に行くからええやろ」
「ま、いっか。一心君によろしくねー」
しばらく後、三番隊隊首室。
数十年ぶりに隊長業務に戻った志波一心は書類仕事に追われていた。
かつて十番隊隊長を務めていた頃は日番谷冬獅郎という優秀な部下がサポートしてくれていたが、現在の三番隊では副隊長が尸魂界を飛び回っている関係で第三席以下席官が隊務をみる状況であり、畢竟自らが執り行うべき書類仕事を任せられる相手はいないのだ。
「おーっす、元気にしてるかー」
そうして書類と格闘しているところに、平子真子が現れた。
「平子隊長じゃないですか、どうしたんですか」
「ちぃと話あってな。今、ええか?」
「あ、大丈夫ですよ」
作業の手を止めてそう答える。一心にとって平子真子は大先輩であり、どうしても敬語で対応してしまう。
「相変わらず堅苦しいやっちゃな。話いうんはオマエんとこの第三席の件なんやが」
第三席、と聞いて一心は多少の引っ掛かりを覚える。先日副隊長である吉良イヅルから、「前隊長が少し気にしていたことですが、聞いてますか?」という形で第三席石田誠弦についての”懸念”を伝え聞いていた。曰く、何か具体的な証拠があるわけではないものの、頻繁に流魂街方面に――任務とは関係なく――向かっているらしいなど、十三隊の上位席官としては多少違和感のある行動をしているらしいという話であった。
「うちの石田が何かやらかしましたか……?」
「イヤやなぁ、そんな話とちゃうねん。ほら、雛森ちゃんが鬼道衆行っちゃったやろ?今後任を考えてるんやけど、ローズから優秀だって聞いてたしお宅の第三席引き抜かせて欲しいねん」
「あー……なるほど」
安心した一方で別の悩みが発生し、一心は思わず頭に手をやる。
「申し訳ないんすけど、まだ俺着任したばっかで隊内の状況把握しきれてないんすよね。一旦副隊長の意見も聞きたいんで、少し待ってもらっていいですか?」
「ああ、かまへんで。よろしゅう頼むわ」
平子はそう言うと、自分の隊首室に戻るべく長椅子から立ち上がる。
「ああ、総隊長がよろしく言うてたでー」
そして、思い出したかのようにそう付け加えると、五番隊隊舎に帰っていった。
虚圏。メノスの森とは別の方角の地下に、研究所があった。
研究所の主はアイスリンガー・ウェルナール、かつてNo.17の番号を与えられていた破面である。以前虚圏に侵入した黒崎一護一行と交戦した際石田雨竜に敗北し、止めこそ刺されなかったものの地底路の崩壊に巻き込まれ死亡したかに思われていた。しかし実際には重傷を負った状態で回収され、回復後しばらくはハリベル体制下で治療などの役割があてがわれていた。以前から破面化の手術等を担当していた経緯から就いたポジションではあったが、滅却師の侵攻以降平和になった虚圏では治療の需要もあまりなく、またハリベル体制では新たな破面化や虚・破面の改造といったこともほとんど認められなかったため、最終的には体制の下を離れてこの僻地に研究所を構えるに至っていた。
その後数十年、藍染惣右介やザエルアポロ・グランツの残した資料を解析した結果として、当時――崩玉を覚醒させる以前の――破面化とは一線を画するレベルに洗練された技術へと昇華していた。もちろんこの新しい破面化手法は既存の破面の戦力向上にもある程度寄与しており、その結果彼の研究所は時として大虚や破面達が訪れる場所となっていた。
「さて、これで一旦終わりだ。まあ、術後の様子見であと2~3回は来てもらうことになるがな」
「感謝するぜ、これであの死神に借りを返してやれる」
「死神、か。またこっちに来た連中がいるのか?」
昨今尸魂界との関係は緊張状態とはいえそれなりに良好であるという認識であったアイスリンガーは、患者の漏らした言葉に反応する。特に自身が生死の境を彷徨った原因もまた死神を筆頭とした侵入者であったこともあり、他の破面と比べても警戒心は強い。
「アレだよ。メノスの森に昔っからいた奴とひょんな縁でやりあってな」
「ああ、なるほど」
藍染の下で暮らしていた頃、東仙要の作った監視網に引っかかった死神の存在については聞いたことがあった。とはいえメノスの森で雑兵のギリアン相手をするのが関の山という認識だったため当時は誰も見向きすることはなかったのだが。
「そういやメノスの森と言えば、最近あそこにやたらデカい奴が現れたみたいなんだが、何か知ってるか?」
初耳である。
「どうも最近あそこのギリアンどもが結構減ってたっぽいし、また共食いでも起こったってことかね?」
そんなはずはないだろう。元々メノスの森は虚夜宮の統治に関わらない、いわば「雑兵」レベルのギリアンばかりが生活しているエリアであり、いくらそこで共食いが起こったとしてそこまで強力な中級大虚・最上級大虚がそう簡単に生まれるとも思えない。
「同じ場所で起きているというだけで、事象を軽率に結びつけるのはあまり賢い行いとは言えないな、イグアラダ」
「辛辣だねぇ」
「先入観で物事を判断するのは科学から最も遠い行いだ。状況を正しく知りたいなら、客観的な情報の積み重ねこそが大事なんだよ」
「そんなもんかね」
とはいえ、気になる情報である。
恐らくそこまで大きな虚が現れたというのであればハリベル麾下の破面が恐らく調査に来てはいるだろう。だが一方で科学者の血が「自ら状況を確認する」ことを求めているのも確かだ。そもそも現在の虚夜宮には――十刃きっての科学者であったザエルアポロや東仙要を失ってからというもの――こうした方面に強い者が不在であり、いざその存在が虚圏全体に影響する可能性があるとなれば自分でもある程度対処する準備をしておかなければならないかもしれない。
「そうだな、一回調べに行く必要がありそうだ。イグアラダ、落ち着いたら案内を頼めるか」
「構わねえよ、何なら今からだって行けるさ」
「術後間もないんだからまだ安静にしろ、莫迦者が。破面になった今、超速再生能力を失っていることを忘れたのか?」
「厳しいねぇ」
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第四章: Sorceress Queen (5) ― Illuminate History
綱彌代家から資料が見つかったという報告が上がったのは、指示を出してから数日後のことであった。本来綱彌代家の書庫は護廷十三隊隊長はおろか本来中央四十六室であっても立ち入りを許されない完全禁踏区域の一つであり、通常であれば「照会された資料を綱彌代家の者が持参する」という形になるはずだった。しかしながら、京楽自身もまた――諸般の事情から綱彌代家と縁浅からぬ――上級貴族の人間であり、また時灘の一件により綱彌代家自体がもはや書類上の存在になりつつあるといった事情なども含め、多少の無理が効く状況であるのも確かだった。そうした諸々の手管を行使して京楽自らが調査に訪れたのは、単に資料発見の報に留まらず気がかりな点が報告されたからである。
「涅隊長、どう思う?」
京楽は同行させた涅マユリにそう問いかける。
「確かに妙だネ、この痕跡は……死神のものではないヨ。残念ながら君の見立ては間違いだったと言うわけだ」
「そりゃぁ……厄介だねぇ。こんなものに興味を示すとしたら藍染か時灘か、あるいは痣城君くらいかと思ったんだけど」
「これを見給えヨ。巧妙に偽装されてはいるが、錠前はすべて
確かに、綱彌代家の当主として「普通に鍵を開ける」ことができた時灘は言うに及ばず、錠前を直接操作できる痣城双也にしろ、鏡花水月を有し他人に何かを誤認させることができる藍染惣右介にしろ、鍵の内部構造を破壊するなどという面倒な方法を取る合理的な理由は思い当たらない。
「で、誰の痕跡なんだい」
「具体的に誰かは詳細に調べてみないとわからんヨ。何しろあれから50年、この瀞霊廷でこんな力を行使した莫迦は一度も感知されていないのだからネ」
「50年……まさか、滅却師かい?」
「ご名答。これは、鍵を構成する霊子を奪うことにより破壊されているんだヨ」
「なるほどねぇ……」
京楽は逡巡する。滅却師と聞いて真っ先に思い浮かぶのは護神大戦で侵攻してきたユーハバッハ達であったが、大戦後半はここ綱彌代家の屋敷はおろか瀞霊廷全域が見えざる帝国に「上書き」されており、彼らがこれらの記録に触れる機会があったとも思えない。
「まあ、私は一足先に帰ってこの痕跡の主を探らせて貰うヨ。古びた紙束を漁るのは君の領分だろう」
そう言うと、マユリは自らの研究室へと去っていった。
実際に発見された資料の内容は、概ね予想していた通りの内容であった。
太古の時代、霊王によって三界が分かたれた頃から存在していた強大な力を持つ大虚の一体として、時間や空間を変質させる虚についての言及があった。後に虚圏の統治者となるバラガン・ルイゼンバーンや、零番隊に敗北し已己巳己巴という名に歪められて封じられた虚と並び立つ程の存在であったものの、最終的にはバラガンと対立し敗北したと思われる、と記されている。ただ、今現在より世界全体の魂魄総量が遥かに少なかった当時ですら三界のバランスが揺らがなかったことを踏まえれば、バラガンに敗北したとはいえその存在が消滅したわけではなく、恐らくどこかに姿を隠しているものだろうという見立ても併せて記されており、空間を歪めるという能力を踏まえて考えればその可能性は十分に考えられるものだった。
そうした状況を考えればこの虚が虚圏以外の場所、即ち尸魂界や現世に現れる可能性は否定できるものではなく、総隊長としては「虚圏にこちらから乗り込んで対処しに行く」か「来た場合に備えて防衛体制を整えるか」といった大方針から検討する必要があるだろう。そして一方で、謎の滅却師と思しき存在が瀞霊廷内に――それも四大貴族の屋敷の最奥部に――侵入している可能性があり、しかも意図はともあれ太古の虚に関する情報に触れていた可能性が高いという点についても別立てで対処する必要が生じており、考えるべきことが途端に増えてしまった。
「久々に面倒なことになったねぇ、これは……」
取り急ぎ当面の対処方針を定めるべく、彼もまた自らの隊首室へと綱彌代家を後にした。
現世空座町、浦原商店。
護神大戦以降虚圏と尸魂界の関係はいくぶん改善したとはいえ、元来相容れぬ存在である以上直接連絡を取ることを極力避けている両陣営にとって、この場はこうした緊急時に対処するためには格好の場所であった。元々現世に足繁く通っている九番隊副隊長、檜佐木修兵が本件に関する尸魂界側の使いとして派遣され、今後の対処方針について虚圏側のネリエルや浦原喜助との協議の席に就いていた。
「なるほど、太古の虚っスか」
「総隊長の情報によると、そういうことらしいです。なにぶん護廷隊が今の形になるより遥か昔に行方を晦ました存在らしく、具体的な情報はあまりないのが実情です」
「まあ、そうでしょうね。ネリエルさん、虚圏の状況はいかがですか」
「現状
「率直に聞きましょうか。尸魂界はどの程度動くつもりですか」
この会談の場は尸魂界側からの要請によって開かれたものであり、それは即ちこの事態について護廷隊が介入する覚悟を決めつつあることは容易に推測された。焦点は、その規模と方法である。
「虚圏側が受け入れられるのであれば、ですが――」
檜佐木はそう重要な前置きをする。言うまでもなく虚圏は死神が介入する前提の場所ではなく、少なくとも筋としては――それこそ藍染惣右介やユーハバッハのような特級の緊急事態に限って――虚圏側が受け入れを表明して初めて成立する話である。
「一旦隊長格数名を派遣し、現状の調査及び状況への対処を検討したいと考えています。技術開発局は早晩こちら側や現世にも影響を及ぼす可能性が高いと見ており、そのためにはまず状況の確認が必要だと思われます」
「アタシも同意見っスね。現状虚圏でも対処できてない以上付け焼き刃の戦力でどうこうできるシロモノではなさそうっスけど、そろそろちゃんと現地に行く必要はあるんじゃないっスかね。虚圏はどう考えてます?」
「来る顔ぶれはある程度こちらの意見を汲んで欲しいけど、基本的に歓迎するわ。残念ながらこちらは私たちの指揮下に付かない破面も多くて、戦力が足りてるとは言い難いのよ」
「それは総隊長も承知しています。『来て欲しい人』というご希望は受けづらいですが、こちらが出す候補について『避けて欲しい人』のご希望は極力受け入れます」
過去何度か死神が虚圏に展開していたことはあるものの、その際の経緯等々から虚圏にとって「好ましからざる人物」は存在する。そうした事情から、虚圏が派遣される死神の人選に対してある程度の注文を付けてくることは、京楽としても想定の範囲内であった。
「とりあえず、その存在と最接近していた関係上、先日そちらより帰還した狩野さんは確実に選出されるでしょう。そして――」
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第四章: Sorceress Queen (6) ― Rally the Forces
来週は更新あり、再来週は更新おやすみかもしれません。
数日後、臨時の隊首会が召集された。
議題はもちろん虚圏臨時派遣部隊についてである。
「事前に回した資料の通り、現在虚圏に太古の
総隊長京楽春水はそう状況を説明すると、懐から派遣メンバーを記した紙を取り出す。
「派遣部隊統括、十一番隊隊長更木剣八。以下、同隊副隊長斑目一角、三番隊副隊長吉良イヅル、四番隊副隊長山田花太郎、九番隊副隊長檜佐木修兵、十番隊副隊長松本乱菊。加えて現地の案内役として十一番隊付狩野雅忘人、外部協力者として鬼道衆副鬼道長雛森桃及び浦原喜助を招聘するものとする。何か質問は?」
一気呵成にメンバーを読み上げると、各隊長に視線を遣る。
「なぜあの男の力など借りるのかネ。技術に明るい人間が必要ならうちの阿近でも連れていけば良いものを」
不愉快極まりないといった様子で涅マユリがそう問いかける。護廷隊と近しい組織である鬼道衆はともかく、名誉回復されたとはいえ現状尸魂界内の人間ではない浦原喜助を招聘するというのは――涅にとっての個人的な因縁を差し引いても――近い専門範囲を持つ者としては面子の話として面白くないものである。
「答える必要はあるかい?聡明な涅隊長なら、わざわざボクが口にするまでもなく答えはわかっていると思うんだけど」
実際、それはその通りである。現状この大虚が尸魂界に影響を及ぼす可能性が高い以上技術開発局は尸魂界側の防衛準備に力を注ぐべきだし、いざ現地で戦闘となった場合を考えても――尸魂界側の戦力としては数えられないにもかかわらず――並の隊長にも劣らない戦力である浦原喜助を帯同させるのは「合理的」ではあるのだ。
「鬼道衆が出張ってくるってのはどういう話なんや」
矢胴丸の疑問はもっともで、むしろ今回の起用で気になるのはそちらである。本来鬼道衆は尸魂界内の儀式などを取り扱う部門であり、こうして前線に加わろうとすることはかなり稀なことである。特に百数十年前の魂魄消失事件に対処する際、最終的にトップ2をほぼ同時に失うことになって以降は特に消極的であった。
「ウチもようやく人が揃ったからね、こういうところでちゃんと動きたいんだよ」
特例的に隊首会に顔を出していた大鬼道長、鹿良澤三姫がそう答える。
「どうやら太古の虚って話でしょ?それならウチの方の知見が役に立つかもしれないからねー。私が行っても良かったんだけど、どっちかって言うとこういうのは桃ちゃんの方が得意そうだし」
「何か手がかりでも見つけたかい」
「京楽さんが情報くれたの昨日だからね、流石にまだこれと言っては。流石に千年以上前の話ってなると探すのも大変でねー」
「ま、そうだよね。よろしく頼むよ」
そして改めて各隊長を見回しそれ以上の異論が出ないことを確認すると、続けて指示を出す。
「そしたら、部下が指名された各隊長は明日の正午の顔合わせに来るように伝えること。あとは……更木隊長、斑目君にはなるべく早く来るように伝えてくれるかな。細かいところの打ち合わせ、多分彼に任せた方がいいでしょ」
「違ぇねえな」
「桃ちゃーん」
「なんですか、鹿良澤さん」
自らの執務室で大鬼道長鹿良澤三姫は副官を呼び出す。
「例の件、決まったよ」
「分かりました」
「同期の……えーと誰だっけ……そうだ、吉良君も一緒だってさ」
そう言いながら、他のメンバー構成についても手際よく伝えていく。常日頃備品やスケジュールの管理の杜撰さで副官からツッコまれてはいるものの、腐っても50年以上鬼道衆をまとめてきた実力者であり、こうした段取りなどはお手の物である。
「あー……トップは更木隊長なんですね……」
荒くれ者で知られる十一番隊のトップ、粗暴な言動と見るからに異質な外見で目立つ更木剣八は、大半の女性隊士からするとやはり近寄りがたい相手である。同期がいるということで一瞬覚えた安心感はすぐにより大きな不安によって上書きされてしまう。
「まあこの面子だと実務上取り仕切りは斑目君じゃないかな、さっきも個別に呼び出されてたみたいだし」
「それは……まあそうでしょうねぇ」
言うまでもなく更木剣八はどこまでいっても戦闘専門の男であり、派遣部隊のトップを任せられたからといってそうしたメンバーの管理ができる柄かといえば盛大に疑問符がつく男だろう。実際以前虚圏に向かった際には同行した朽木隊長と小競り合いをする有様であり、当時のいきさつを聞いた人間は当然に不安を覚えてしまう。一方副官の斑目一角は第三席であったころから隊務を実質的に取り仕切ってきた男であり、他隊含め多くの後輩の面倒を見ているという点からも護廷隊から広く評価されている。今回の布陣を見る限り、事実上のまとめ役は斑目一角であり、更木剣八は派遣隊最強の「矛」だろうというのが客観的な見立てであった。¬
「まあ浦原さんも同行するらしいし、そんなに気負うことはないよ。今すぐ現地で対応するっていうよりはまず現状調査だし、帰ってきてから対策をたてられるように情報を集めつつ、あとはちゃんと後方の安全確保をしてあげれば」
今回の派遣メンバーは隊長の中でも戦闘能力に優れた死神2人を筆頭に強力な布陣となっており、もちろん雛森自身も副隊長として力が劣る方ではなかった筈であるとはいえ、彼女に期待される役割は直接戦闘というよりは状況分析や後方支援の方にあると考えるべきだろう。
「それにしても、私で良かったんですか?てっきり鹿良澤さんが行きたいんだと思ってましたけど」
「んー……確かに昔は副官気質っていうのかな、こういうときに『自分が行けたら』って思ってたけどね。むしろ今はちゃんと部下に経験を積ませて、組織を発展させる方が楽しみなんだよね。何なら状況が許すなら観音寺君だって早いところちゃんと経験を積ませてあげたいし」
「なるほど……」
「あと、ちょっと気になることもあるし私がこっちに残った方が良さそうかなって」
実際のところ彼女には十三隊総隊長から主に技術面での協力要請が後々入ることが見込まれており、そうした点でも相対的に古株である彼女が前線に出るわけには行かないという事情も存在した。着任してまだ日が浅い雛森にとって、鬼道衆隊舎の深奥にある太古の遺物・記録を集積した書庫は――いくら整理整頓が得意な彼女であっても――まだまだ未知の場所であり、必然彼女の方が虚圏に向かう方が適材適所なのだ。
「まあ、無理しない範囲でよろしくね」
石田竜弦は久々に霊術院からの帰路にあった。
在学中実地研修では、各隊の計画や自身の専攻に従い高度な専門科目を履修したり自身の研究を進めたりするために――院生寮からではなく――隊舎から通うこともある。竜弦も久しぶりに院に戻り回道の発展的な科目を履修して四番隊隊舎に戻るところ、ふと先日のことを思い出していた。
「石田竜弦くん、ちょっといいかな。話があるんだ」
そう声をかけてきたのは三番隊第三席、石田誠弦であった。名前を聞いた時点でその予想はしていたが、彼は自身の数代前にあたる祖先、即ち滅却師の血筋の者であった。彼の方も竜弦が自身の子孫であることはわかって声をかけてきていた。
「あまり肩肘張らずに聞いて欲しいのだが……交流会のようなものに興味はないか?」
「交流会、ですか」
「本来は隊士になった者が参加するものだが、まあ君は相当優秀だと聞いているから早いところ声をかけておこうかと思ってな。自分自身の境遇から想像付いているとは思うが、護廷十三隊には現世にいた頃滅却師の力を持っていた人間がある程度いるのだ。そうした者同士で横の交流をする場を作っているんだ」
「なるほど……」
「まあ、それぞれの隊も階級も異なるから、現状はせいぜい初歩的な技術交流程度の緩い集まりではあるのだが」
「ありがとうございます。……ですがまだ配属されて日が浅いのでそうした場に参加する余裕があるかどうか、まだなんとも言えない状況で」
「それもそうだな。まあ答えを急がずとも良い、また落ち着いた頃に声をかけるよ」
「よろしくお願いします」
死神の力を得た今でも自分の内側には滅却師の力が残っていることは感じており、確かにそうした状況にある者が集まった場というのは魅力的ではある。しかし一方で、しっかりとしたトップダウンの組織であるはずの護廷十三隊で、恐らく上層部の承認を得ていないであろう組織を――それも本来色々な因縁を持つ滅却師という立場で――作っているという点に多少の引っ掛かりを覚えるところでもあった。先の大戦のことを考えても滅却師の組織が瀞霊廷の一般隊士に受け入れられるとは到底思えず、そうであるならその組織が「まともでない」活動をしている可能性は考慮しておいた方が良いだろう。他の滅却師達がどういう認識で死神の力を得てコミュニティを形成しているのかは分からないが、恐らく自分自身は――父宗弦の出自や自身が先の大戦で果たした役割を踏まえても――彼らと違う認識を持っている可能性も多分にある以上、軽々に誘いに乗ることが適切とは思えない。一方で組織のこと、あるいはそこから勧誘を受けた事自体をすぐにを上に報告するほどの状況とも思えず、どう対応するか迷っているうちに短くない日数が経過してしまった。
これで第四章終了です。
来週が幕間回、再来週はお休みかな……?
新年一発目に新章始める感じで考えています。
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幕間二: Arachnogenesis
死ははじまり
かつて藍染惣右介によって作られた破面の序列の最上位に位置していた
彼らの面倒を任されている破面ロカ・パラミアともども、ある事件の縁から現世空座町を拠点に活動する霊能者、ドン・観音寺と深い関わりを持っている。ロカはピカロと異なりあまり虚圏を離れるわけにはいかなかったものの、自身の能力である
そうした日々を送っていた彼女にとって、――定命の存在である以上当然だが――観音寺がだんだん老いていく様子をどう見ていたかと言えば、意外なことにむしろ喜ばしいものと考えていた。もちろん定命の存在である彼自身は――いくら大病を患ったりはしていないとしても――自分に残された時間が少なくなっていくことに思うことはあったはずだが、一方で尸魂界をはじめとした霊の世界を日常の一部として受け入れている者、あるいはそうした世界の住民にとって現世での死というのは単に「霊の世界に来るための通過儀礼」でしかないという側面もあり、ロカもまた観音寺が――可能な限り苦しまず、そして願わくば十分な魂魄強度と寿命を持って――「こちら側」に来てくれることを待っていたのだ。
そして、その日は訪れた。
ついにドン・観音寺こと観音寺美幸雄は現世での生を終えた。幸い最期に何か執着があったわけでもなかったため無事尸魂界へと旅立つことができたが、行先が西流魂街の四十五地区「
「あ、夏梨ちゃん」
昼食を食べに入ったところで声をかけてきたのは小島水色、兄の旧友である。そろそろ「老年」とさえ呼ばれておかしくないほどの年齢とは思えないほど若々しい外見を保っている彼は、一頃都心部で暮らしていたはずだが最近また空座町に戻ってきていた。
「あ、どうも」
「おー夏梨ちゃんいらっしゃい。ちょっと待ってね」
相変わらず繁盛しているとは言い難いここ「念力ラーメン」の店主、浅野啓吾はそう言いながらフロアからキッチンへと戻っていく。昼食時だというのに店員が客席側でのんびり客と喋っている光景はこの店にとっては日常風景であり、彼の周りの人間はみな「いつ潰れるか」と心配――あるいは楽しみに――していたが、なんだかんだ何十年も続く老舗としてここ空座町の隠れた名所の一つになっている。実際客が多いわけではないものの、その味には一定の評価があるのか、繁盛はしないものの何とか営業をつづけられる程度には常連客が根付いているらしい。話に聴くと、どうやら小学校中学年くらいの身長しかないのにやたら態度の大きい女性や2mオーバーの巨漢、月曜日に来てはジャンプを読み終わるまで席を占有するアフロのジャージ男など色物客が多いようだが……。
「久しぶりじゃない?ここ来るの」
「確かにそうですね…多分年末以来だからもう半年近いんですね」
「まあ一心さんのお葬式で会ったばっかりだし『久しぶり』って気はあんまりしないけどね」
「あー…その節はどうも。あれ、水色さんは”見える”んでしたっけ?」
「ちょっとはね。お父さん、愉快な人だよね」
「お見苦しいものをお見せしてしまいました……」
「いいんじゃない?ぼくは好きだけどな、ああいうの」
春先に行われた黒崎一心の「葬儀」では喪主である一護が挨拶をしようとした途端目の前に本人が――もちろん霊体でありほとんどの参列者には見えないが――現れるという一幕があり、久しぶりに一護の眉間にシワが刻まれていたのは身内の間での語り草になっていた。
「まあ正直やると思ってたんですけどね……」
「一度でも『向こう側』に関わっちゃうと、どうしてもお葬式とかとの向き合い方って変わっちゃうよねぇ」
定命の人間にとって死は人生の終わりであるはずだが、結局魂魄としての人生がその先尸魂界で――極稀に地獄で――待っているのだ。それを考えると現世での生に幕を引く葬儀という営みはあくまで生者のためにあるものだ、という話はより説得力を持って感じられてくる。いくら尸魂界で第二の人生が待っているとはいえ、生前に縁のあった人間が尸魂界側で再会することは――ごく一部の例外を除けば――ないのだから、確かに見送る側にとっては「別れ」であることは間違いない。
「なんとなくですけど、向こう行ったら嫌でも再会する気がするんですよね」
「まあ夏梨ちゃんは能力あるわけだし、お父さんも一般人じゃないからねぇ……。ぼくらみたいな一般人とはちょっと違いそう」
「確かに確実に見つけてくる気がしますからね……。まあ、でも向こうでの厄介な役割は全部兄に任せるつもりですけどね」
「一護は逃げられなさそうだよねぇ。まああの性格だし、ハナから逃げることなんて考えてなさそうだけど」
「ほんとですよね」
そう言って笑う夏梨。
「そう言えばしばらく前に亡くなった観音寺さんも向こうで元気にやってるみたいですよ」
「へぇ、そりゃなによりだね」
天寿を全うしたドン・観音寺の死はそれなりにニュースにもなり、業界関係者の手で盛大なお別れ会が執り行われてからはや数年、過去多少の関わりがあった水色も「そういえば」程度にまで記憶が薄れていたものの、健勝であるならそれに越したことはない。
「ロカちゃんがこないだ教えてくれたんですよ。なんか死神になってるらしいですよ?」
「それ、そのうちお父さんと会っちゃうんじゃ……」
「あっ……」
かつてドン・観音寺の全盛期には――どういう心境でそうしていたのかは分からないが――もう一人の娘遊子とともにはしゃいでいた一心はその後も一護を訪ねてきた観音寺と何度も顔を合わせており、尸魂界で遭遇してしまったらそれはそれで厄介なことになる可能性はありそうだった。
「それにしても夏梨ちゃんも大分あっちの方向に顔広くなったよねぇ」
「ほんとですよ。向こう行っても退屈しないんだろうなぁ……」
ということで、これにて年内の更新は終了です。
一応今のところ年明けは10日から再開予定ですが、場合によっては3日も更新あるかも。
来年もこんな調子でやっていきますので、よろしくお願いします。
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第五章: Grasp of the Hieromancer
第五章: Grasp of Hieromancer (1) ― Rally Maneuver
書けちゃったので投稿します。
……というより、既に大分書き溜めが進んでるので年末年始だからといって更新を止める理由がないんです。
本日から新章突入、ついに物語が加速します。
誇りなく生きるは
獣に同じ
誇りに殉ずるは
鬼に同じ
誇りを踏み躙るは
人に同じ
「まったくもう、ちょっと外したらすぐこうなるんですから……」
半ば趣味、半ば仕事で行っている尸魂界全土の”ドサ回り”から数日ぶりに隊舎に戻ってみると、隊首室が見事に荒れ果てていた。元々三番隊は尸魂界の「内側」を向いた仕事が多い関係上書類仕事は――例えば七番隊や十一番隊のような戦闘部隊と比べると――それなりに多い方であり、こうした分野に強いイヅルが隊舎を空けると業務が滞りがちなのは市丸以降四代どの隊長の時代であっても変わらない傾向である。無論、これはイヅル自身の適性を見込まれた結果そうした方面への適性が相対的に低い隊長が選任されがち、という護廷隊人事の産物でもあるのだが……。
それにしても、新隊長志波一心は前任者達と比べても酷いと言わざるを得ない。書類が積み上がるだけならまだ理解はできるが、備品や私物が書類の束と混在して飛び散っている状況になるのは流石に理解の範疇を超えている。この惨状を見て、「現世では医者として暮らしていた」などと言っても――特に前・現四番隊隊長両名の隊首室を見たことがある者なら――誰も信じないだろう。
「すまんなーイヅル。どうもこういうの苦手なんだよな」
「一心さん前も隊長やってたはずでは……?」
「ほれ、前は冬獅郎がいたから……」
「あー……」
納得の一言である。史上最年少で護廷隊の隊長に任ぜられた日番谷冬獅郎は単純な戦闘能力のみならず隊務の方でも極めて優秀であり、副隊長松本乱菊が「アレ」でも隊が正常に動くのは――志波隊長時代から――彼の功績によるところが大きい、というのは護廷隊全体の共通認識であった。もっとも、松本副隊長が大分副官らしからぬ雰囲気になったのは一心が尸魂界を離れ日番谷が隊長に就任してからだ、ということは吉良含め若手の副隊長達の知る話ではないのだが。
「ああそうだ、石田君の件なんだけど」
とっ散らかった隊長の私物を一箇所にまとめているイヅルに、思い出したかのように一心が声をかける。先日自身が報告を上げたばかりの話であり、何か具体的な「証拠」でも出たのかと少し身構える。
「何かありましたか」
「こないだ平子隊長が来たんだけど、彼を副官に引き抜きたいんだってさ。どう思う?」
「なるほど……」
イヅルは少し逡巡する。
上位の席官が他隊の隊長から引き抜かれて副官や隊長になること自体はそこまで珍しい話ではない。自身や同期の阿散井恋次を筆頭に現在の隊長格でも昇進前に他隊に所属していた者は少なくなく、それ自体は基本的には歓迎すべきことである。
ただ、気になることがあるとすればタイミングである。昨今石田本人に関する懸念が自分や新旧隊長の間で共有されはじめた時期、というのが偶然であればよいのだが、引き抜こうとしているのがあの平子真子であるということまで考えると少し引っかかる部分がないわけではない。かつて藍染惣右介の上官だった頃、最終的には藍染の方が上手だったとはいえ彼に対して早くから違和感を覚えていたという話を伝え聞いたこともあり、その平子隊長が興味を示したということに特別な意味がある可能性を感じてしまうのだ。
「とりあえず現状の業務範囲とか見た感じでは大丈夫だ思うけど、今彼が抜けて当面問題になりそうなこと、あるか?」
「まあ引き継ぎとかで少しはバタバタしそうですけど、基本的には大丈夫じゃないですかね。それより『例の件』の話は平子隊長には伝えてるんですか?」
「まだ伝えてないよ。そもそも平子隊長のことだし、ある程度わかってるんじゃないかって気もするしなぁ……まあ本決まりになりそうなら一応伝えようとは思うけど」
「あー…それはまあそうですね」
「また随分大所帯になったな……」
自身に同行することになったメンバーを改めて見回して、アイスリンガーは嘆息する。
先日イグアラダから齎された未知の大虚の情報を自らの目で確認するためにメノスの森に向かおうとしたところ、たまたまそこに訪れた者や面白そうだといってついてきた者が加わって、半ば調査隊のような様相を呈している。元々虚というのはあまり社会性のない者が多い中で、こうして勝手連的に徒党を組むというのは中々珍しい事態ではある。
「まあ、賑やかでいいじゃねえか」
そう笑うのはガンテンバイン・モスケーダ。以前
「まったく、なんでアンタまで来るのよ」
そう悪態をつくのはロリ・アイヴァーン。かつて藍染惣右介の侍女であった彼女もまたハリベル――というよりはその従属官である
「未知の存在を見に行くんだから、人数が多い分には…」
彼女の『相方』であるメノリ・マリアも当然ながらメンバーに加わっている。確かに今回の趣旨が未知の対象の調査である以上、とりあえず頭数がいるのは重要といえばその通りである。もっとも、今回彼女達に声をかけたアイスリンガーとしては彼女たちこそ――斥候や監視といった――頭数稼ぎの扱いであって、能力等々に期待しての人選ではないということは、メノリ自身気づいてはいないようだ。
「実際、現地でどうするつもりだ?」
言い争いを続けるガンテンバインとロリを無視して、先導役となるイグアラダはアイスリンガーに問いかける。今回の趣旨はあくまで「調査」ということだが、その最終的な目的や手順に関しては他のメンバーにはまったく共有されていない。
「とりあえず、実際にそいつをこの目で確かめてから考えるしかなかろう。お前の話が正しいなら極めて異質な存在なのだ。細かい計画を立てようにも情報が足りなさすぎる」
「そりゃそうだな。ま、あいつらも弾除けや鉄砲玉くらいにゃなるか」
冗談めかしていうイグアラダに対し、アイスリンガーは「お前もそうなんだがな」というツッコミをすんでのところで飲み込むのだった。
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第五章: Grasp of Hieromancer (2) ― Unmask
一週間先の分まではストックからこちらに準備するようにしたので、体調不良で伏せったりしても連載落ちなくなります。
一方尸魂界側では、虚圏派遣メンバーが出発の最終準備にあたっていた。虚圏側の依頼を受けて黒腔への門を開くのはもちろん”外部協力者”の浦原喜助である。
「皆さん、そろそろ門が開きますよー」
普段こういった「門を開く」ときには――高いところから見下ろしつつ――見送ることが多い彼だが、今回は珍しく自分自身が現地に赴くということで先陣を切ることになっていた。黒腔内部は何もない虚無の空間で、死神が移動するためには自らの霊力で「足場」を作りながら進むしかない。この足場の形成はもちろん純粋な霊圧も必要とされるがそれ以上に霊力操作の器用さが重要であり――例えば黒崎一護のような――それを苦手とする者が作った足場は極めて不安定なものとなってしまう。今回の派遣部隊で最も霊圧が高いのは当然更木剣八だが、言うまでもなく彼もまたそうした細かい霊力操作を苦手とする者であり、必然この役割を担う先頭は浦原自身にならざるを得ない。
「おう、それじゃあ行くか」
そう思っていたのだが、門が開いた途端に当の更木剣八が一人飛び込んでいってしまう。黒腔内での隊列についても事前に打ち合わせたはずなのだが、案の定彼は聞いていなかったらしい。副官である斑目一角に目をやったが、「察してくださいよ」と言わんばかりの表情で返される。
「更木さん行っちゃいましたけど、残りの皆さんは打ち合わせ通りにいきますよ!」
気を取り直してそう声をかけ、一行は虚圏へと旅立っていった。
黒腔に入ってみると、剣八が作ったと思しき「足場」の残滓があり、その先には軽い足取りで走っていく本人の姿があった。どうも未知の強敵ということでテンションがあがっているらしく、このまま万が一会敵しようものなら調査という目的をすっ飛ばして正面から斬りかかりかねない様子である。浦原はため息をつくと、後続のメンバーの面倒を一角に任せ自分は――十分な足場を作りつつ――剣八を急いで追いかけていく。
「そういえば十一番隊、隊長副隊長どっちも来てしまって大丈夫なんですか?」
後続組で四番隊副隊長、山田花太郎は先頭を走る一角に問いかける。確かに隊長と副隊長両方が尸魂界を離れるというのはリスク管理という観点からすると少し懸念のある判断にも見える。
「弓親がいるからな。そもそも隊務は基本俺と弓親で回してっから、そういう面では他の隊と変わんねえだろ」
「あー、まあそうですね」
「更木隊長が書類仕事してるところとか想像つかないわよね」
乱菊が混ぜっ返すが、確かに以前一角が第三席であった時分からずっと十一番隊の隊長・副隊長は隊務を担う存在というよりは十一番隊の、そして護廷十三隊のリーサル・ウェポンとしての扱いであって、実際に隊務を取り仕切っていたのはずっと一角と弓親であった。その構図は一角が副隊長に昇進した今でも変わらないどころかより強まっており、そういう面では弓親が尸魂界に残っているのであれば十一番隊としての懸念は薄いだろう。結局今回の派遣メンバーも一角が実質的なリーダーとして選ばれている事情も考えれば、もはや上層部は一角を隊全体のまとめ役とみなしている節はあるだろう。
「そういえば雛森、あっちでうまくやってるの?」
思い出したかのように乱菊が後輩を気遣う。
「おかげさまで大分慣れてきました。鹿良澤さん、結構自由な方なのでちょっと大変なんですけど」
「平子隊長もそういうタイプだし慣れてるでしょ」
「あはは……まぁそう言われればそうなんですけどね」
「おい、無駄話はそろそろ終わりだ。そろそろ着くぞ!」
そんな話をしていると黒腔の出口が視界に入り、檜佐木が全体に檄を飛ばす。その瞬間、今までのんびり雑談をしていたメンバーの顔が一様に引き締まる。
「案内は頼んだぜ、狩野さん」
「おうよ」
そうして隊長格7名は相次いで虚圏へと足を踏み入れていった。
――しまった、露見した。
三番隊第三席石田誠弦が平子真子に声をかけられて最初に考えたのはそのことであった。元滅却師死神による尸魂界非公認の寄合は実際のところ――石田竜弦が懸念した通り――非合法的な活動をしていた。正確に言えばそれを禁じる法は恐らく存在しないと思われるが、護廷隊の理念や目的からは大きく逸れるものである。そうした脛に傷のある彼からすれば、特に隊長の中でもトップクラスに底の知れない平子から声をかけられたということは、何かしらその企みが相手の知るところになったという可能性が当然に頭をよぎるのであった。
「あァ、そんな身構えんでもええねん。ええ話やからな」
「はい……?」
「うちの前副隊長、知っとるやろ」
「えぇ、鬼道衆に異動されたと伺いましたが」
「その後任にな、オマエを引き抜こうかと思うとるねん」
「えっ」
「一心も了承しとったし、あとはオマエ自身の意思だけや」
随分と急な話である。
確かに平子真子という男は昔から結構こういう勢いで動くところがある人だと前隊長から聞いた覚えがあるが、とはいえ他隊の隊長である彼とはここ数十年ほとんど接点はなく、今回こうした話が飛び込んでくる理由には心当たりがない。
「何故私なのでしょうか」
「各隊の上位席官で使えそうなのがオマエだったんや。事務処理がちゃんとできて、特に遠距離でそれなりに戦える奴が欲しくてな」
確かに、前任の雛森桃は確かに事務的な能力の高さでも知られていたし、鬼道の能力の高さに加え焱熱系の斬魄刀、飛梅によって遠距離戦闘にも定評があり、そういう面では確かに同種の能力持ちを探すということに一定の合理性は感じられるだろう。
「まあ別に断ったってオマエの今後に不利になったりはせんけど、偉くなれるときになっておいて損はないんとちゃうか」
「はぁ……。ちょっと急な話過ぎて今すぐにお返事というのはちょっと難しいのですが、お時間をいただくことは」
「ええで。また来週くらいに顔出すわ」
時間的猶予を願い出たところ、平子はあっさり快諾する。
そして悠々と去り際に、爆弾を落として行く。
「あァ、そういやなんぞ流魂街に通ってるらしいなァ。可愛い子囲ってんなら今度紹介してや」
――完全に想定していない一撃だった。声をかけられた瞬間には取り繕う方法を色々考えていたはずだったが、人事の話という予想外の話が一旦挟まったせいでその警戒心が緩んでしまっていた。確証を握られてはいないかもしれないが、少なくとも疑いのもとに監視されていることはほぼ確実だろう。恐らく驚きを隠せていなかっただろうし、平子がこちらを一瞥もせずに去っていったということは、表情をみて確認するまでもなくこちらに「やましい所」があると確信しているのだろう。
もはや猶予はないと考えるべきだろう。
幸いもう計画は最終段階まで来ている。いくら疑われているとはいっても、核心部分が尸魂界上層部に露呈する前に決着をつけてしまえばなんとかなる、はずだ。何よりもうルビコンは渡ってしまっている。今更退路はもうないのだ。
誠弦は覚悟を決め、鬼道衆の詰所へと駆けていった。
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第五章: Grasp of Hieromancer (3) ― Crashing Footfalls
ただ自分が最も信頼する人から聞いたその日が誕生日だと信じるしかないんだ
“誕生日を知っている”それだけで幸せなことなんじゃないかな
(訳:今日誕生日です)
「あー、この空気、久しぶりだな」
いの一番に黒腔を駆け抜けた更木剣八は虚圏に足を踏み入れると、少し足を止めて過去を思い返していた。
「まったくもう、早すぎますよ更木サン」
すぐ後ろを走っていた浦原喜助もすぐに合流する。
「知るか。着いて来れねぇお前らが悪い」
「そうは言っても、結局狩野サンの道案内がないとどこ行けばいいかわかりませんよ?」
「メノスの森ってのは地下にあるんだろ?じゃあ適当にそこら辺掘って強そうな奴がいそうな方向行きゃあいいんじゃねえか」
相変わらずの雑さである。そもそも更木剣八は霊圧知覚も方向感覚も壊滅的で、過去の戦いでも頻繁に「強者の方向に向かう」はずが明後日の方に向かう事態になっており、いい加減学習して欲しいというのは関係者の総意と言っても過言ではないだろう。
「そうは言いますけど、虚圏の地下はメノスの森以外にも色々な構造物があるらしいんで手当たり次第に掘ってもたどり着けるとは限らないんスよ」
実際虚夜宮の外縁部である地下通路や”3ケタの巣”として知られる区域には、以前黒崎一護の一行が侵入した際に崩落し行き止まりになったままになっている部分が残っているし、メノスの森に至っては戦いの余波を受けて地形が変動しているようなところもあるため、無計画に地下に潜ったところで目指す場所には到底たどり着けないだろう。最悪の場合虚圏の地底に生き埋めになる可能性すらあるわけで、流石の浦原も必死で更木を引き止める。
「どうせ今回の対象はそうそう逃げる雰囲気があるわけじゃないんス。ちゃんと体制を整えてから行きましょ」
なんとか浦原が更木を引き止めているうちに後続隊も無事合流し、一行は目的地へ移動し始めた。かつて虚圏は荒涼と広がる目印もほとんどない一面の砂漠であったが、藍染惣右介が介入して以降は虚夜宮という巨大構造物が遠くからでも視界に入るようになっているため、方向感覚を失いにくくなったというのは予期せぬ贈り物だろう。今回尸魂界からの派遣部隊には途中で虚圏側のメンバーも合流することが検討されはしていたのだが、いくらなんでも死神と破面が隊を組むということについては両者が――特に尸魂界側の上層部、主に四十六室が――難色を示したため、死神単独で荒野を進むことになっている。直近まで虚圏にいた狩野雅忘人とて当時地図のようなものを持ってきていたわけではない関係上、道案内とはいっても相当大まかな誘導が精一杯であった。
「そろそろ、俺が地上に投げ出された地点が近いはずです」
雅忘人は浦原にそう伝える。
「わかりました。それじゃあこのあたりから下に行きましょうか」
浦原は後続に合図を送り行軍を止めると、地底への道を開ける準備を始める。
「予定通りここからメノスの森に侵入し、目的地を目指します。皆さんはアタシが準備している間、周囲の警戒をお願いします」
「了解」
今回の虚圏派遣は現在虚圏を実質的に統治するハリベルが承知の上で進められているものだが、虚圏には彼女の下につくことをよしとしない虚・破面も数多くおり、そうした非主流派からみれば当然この死神一行は招かれざる客である。派遣メンバーの手厚さを考えればいきなり窮地に陥ることは考えにくいが、とはいえ戦力の一角である浦原が技術的な部分に手を取られている間は特に警戒するに越したことはない。
「お、開いたな」
数分後、浦原が地底への道を開き終えた途端に更木が単身飛び込んでいく。
「まったくもう……。斑目サン、皆さんの準備は大丈夫ですか?」
「あァ、いつでもいけるぜ」
「それじゃあ皆さん、3つ数えたら飛び込みま……」
突入の指示を出そうとしたその瞬間、複数の強力な霊圧が接近してきたことに気がついた。浦原以外のメンバーも皆同様に気が付き、各々その方向へと向き直る。
「来やがったな」
メノスの森に向かう途中、アイスリンガー・ウェルナールは異変を察知した。この虚圏に外敵が侵入する事態が以前何度も起きたことから備えていた感知システムの作動を知らせる通信が自らの研究室から飛んできたのだ。それは即ち、外部から虚以外の何者かがこの虚圏に踏み入ったことを示している。状況を考える限り、尸魂界の死神が自分達同様例の未知の大虚の調査、あるいは討伐のために派遣されてきているというのが最も有力な可能性だろう。
「どうかしたのか」
多少表情に出ていたのか、イグアラダにそう問われる。
「死神がこちらに来ている」
「へぇ……そいつは面白えじゃねえか」
面白いことなどあるものか。自分はあくまで調査のために来ているのであって、死神はその邪魔にこそなれ助けになる見込みなどない。虚圏に派遣されるような死神は当然それなりの戦闘力を持つ可能性が高く、そんな連中と事を構えるのは極力避けたいものだった。
「おい、どうやら死神が来てやがるらしいぜ!」
テンションの上がったイグアラダが、止める間もなく他のメンバーに伝えてしまう。なんとか遭遇を避けようと考えていたが、こうなってしまってはそういうわけにもいかないかもしれない。
「ほう、それは面白いな」
案の定、ガンテンバインの目がギラつきはじめる。どうもこのあたりの連中は無駄に好戦的でよくない。戦いというのは何かを得るため・守るために避けられないときに初めて選択すべきことであって、ただ目の前に気に食わない奴がいるからといっていちいち斬りかかっていてはキリがないだろう。とはいえ脳筋共が勝手に駆け出していくのを止めることができるはずもなく、目を覆いながらなるべく面倒な事態にならないことを祈るアイスリンガーであった。
「いたぜ、あっちだ」
ガンテンバインが指さした先には確かに数名の死神の一団がいた。既にこちらに気がついて斬魄刀に手を伸ばしている者もおり、戦いはもはや不可避だろう。
「お、アイツ帰ってきやがったか!!」
案内役だったイグアラダは遠目に因縁の相手を見つけた。彼は破面化する前からの習性として他の戦いから落伍した者を狩ることを主としていたが、とはいえ一度戦いながら決着を付け損ねた相手というのは「別腹」である。破面化して手に入れた斬魄刀に手をかけ、今にも飛びかからんばかりに身構える。
もはや仕方ない。どう見ても死神の集団はこのままイグアラダが単身斬り込んで無事に済むレベルには見えない。こうなったら適度に分かれ、それぞれが別の相手を受け持つしかないだろう。アイスリンガーはため息をつくと、全体に突撃の号令をかけた。
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第五章: Grasp of Hieromancer (4) ― Intruder Alarm
「隊長、来ましたよ」
十二番隊、技術開発局の中央執務室で監視機器のモニタリングをしていた副隊長の阿近が隊長に報告する。
「この規模は……本体じゃァなさそうだネ」
涅マユリはデータを精査し、そう結論づける。先日の隊首会で例の未知の大虚についての情報が共有されて以降、十二番隊は尸魂界側にその大虚が現れることに備え全土の監視体制を整えていた。その「空間を歪める」能力が大虚単体の能力であればまだ良いが、かつてピカロという群体の虚が各個体ごとに能力を行使していた事例もあり、いわば「眷属」のような虚が尸魂界に襲来する可能性が考えられていたのだ。結局蓋を開けてみれば今回の反応は情報にあった程の変移量ではなく、恐らく想定が正しかったと考えて良いだろう。
「関係各所へ伝令、我々は後続に備え監視を続けるヨ」
「了解です」
十二番隊からの伝令を受けた京楽春水は、総隊長としての対応を早急に進めた。当然最優先すべきことは現場での対応、即ちその現れた虚への対処だが、その他にもいくつか準備しなければならないことがある。その一つは各隊の無用の損耗を避けるための対策であり、いわゆる戦闘配置と呼ばれる体制であった。想定される敵のレベルに応じて前線に配置する隊士を制限し、その水準に満たない者を後方支援等に回す対応で、これは主に先の大戦で一般隊士が多く犠牲になったことに対する反省から策定されたものである。特に霊術院から各隊に配属されている研修生はこうした緊急時の戦力としてみなされてはおらず、原則として各隊から集められて霊術院などの安全な地域に避難するものと定められている。
「全体に通達、第三種守備配置」
「了解しました」
副隊長の伊勢七緒に伝達を下命する。現行制度の第三種配置は上位席官以上による対応を前提とした対応で、下位席官以下は後方に回される。第二種以上の配置では席官全員が前線を離れ人数に大きな不足が生じるため、この体制が人数と戦力のバランスが取れる最大限のレベルと言えよう。
「十二番隊からの報告を見る限り、二番隊の担当地域になると思われます。私も出ましょうか」
守備配置において一番隊は自らの担当地区を持たずある種の予備戦力として扱われている。前総隊長時代から隊長・副隊長自体がまずイレギュラーな戦力であり、畢竟その麾下にある部隊全体がワイルドカードとして真に必要とされるところに逐次投入されるのが通例である。
「沖牙副隊長、出られるかい」
「はっ。勿論」
控えていたもう一人の副隊長、沖牙源志郎に声をかける。元々伊勢七緒は京楽の「総隊長として」の側面の補佐が主であり、「一番隊隊長として」の側面を補佐するのは沖牙の役目である。
「じゃあ、よろしく」
「了解しました」
「そこで何をしているんですか、石田第三席」
ようやく鬼道衆の隊舎近くまで来た石田誠弦に声をかけたのは、六番隊第三席の行木理吉であった。
「先程守備配置の指示があったはずです。五番隊の担当範囲はこちらではなかったはずですが」
確かに、鬼道衆の詰所をはじめとする瀞霊廷の重要施設周辺は六番隊の担当であり、五番隊の自分がこの場に現れるのは担当を逸脱しているととられて当然だろう。とはいえ、もはや状況から鬼道衆詰所への侵入は不可避であり、相対的に警備が手薄になる守備配置の発令はむしろ渡りに船という判断である。ここ鬼道衆の詰所に配備されていたのも読み通り隊長格ではなく席官止まりであり、最悪の場合は強引に押し通ることも可能と状況は有利な方向に流れていると見えた。
「今回の件に関して鬼道衆に急用があってね」
とは言え実力行使は最後の手段であり、まずは平和的な手段で解決を試みる。納得ずくで通してもらえるならそれに越したことはないし、隙を突いて通るのでも実力行使で強引に行くよりはいくばくかマシだろう。
「なるほど……。わかりました、一旦鬼道衆の方に確認して来るのでそこで待っていてください」
やはりそうなるか。流石に舌先三寸でどうこうなるほど莫迦ではなかったらしい。まあ、次善策で行くしかないだろう。行木が鬼道衆詰所に入って行くのを見届けたら瞬歩で裏口に周り、そこから侵入すればなんとかなるだろう。ここで彼に見咎められたのは懸念事項ではあるものの、全てが片付いたあとであれば三席程度が何を言っても言い逃れることは可能だ。
しかし行木を見送り裏口へと向かおうとした途端、誠弦の体を六本の光が拘束した。
「石田第三席、やはりそうなんですね」
これは――六杖光牢か。席官レベルでこんな上級の縛道を詠唱破棄できる者がいたのは想定外だったが、確かに六杖光牢は朽木六番隊隊長の得意技であることを考えれば行木が使えるのはおかしくはないかもしれない。
「このまま拘束させて貰いますよ!」
しかし悲しいかな、まだ彼の実力では六十番台の詠唱破棄は無理があったのだろう。一瞬の足止めはされたものの、大した拘束力は発揮できていない。
「残念だな、行木第三席。この程度で私を止められると本当に思ったのか?」
拘束を白打で砕き四肢の自由を取り戻すと、斬魄刀を構える。
「こうなっては仕方がない。ここは力づくで通らせてもらうよ」
「久しぶりじゃねえか、死神」
破面の集団から一人先行したイグアラダ・フィルボは死神の派遣部隊の隊列にいた狩野雅忘人に声をかけた。他の死神もそれぞれ後続の破面に対応すべく身構えている中で、雅忘人は一足先に剣を交える形になる。
「誰だお前」
「あァそうか、こないだはこの姿になる前だったからな」
そう言われて雅忘人は目の前の破面の霊圧を探る。
「……あん時の虚か」
仮面を剥いで姿形が大きく変わり、霊圧も破面のレベルまで強化されたとは言え、その「質」は早々簡単に変わるものではない。雅忘人は目の前の相手が以前虚圏を去る直前に決着を付けそこねた相手であることを知る。
「この間は邪魔が入りやがったからな。今度こそてめえを斬ってやる」
イグアラダはそう言いながら、自身の斬魄刀を抜く。
「まどろっこしいのは抜きにしようぜ。こないだの『アレ』で来いよ」
「言われなくてもそうしてやるよ」
数百年の間メノスの森という僻地に籠もっていた雅忘人にとって、出来損ないではない破面という存在と刃を交えるのは初の経験である。「成体」の破面の戦闘力は元々の大虚と比して数倍レベルになることが知られており、以前同様に斬魄刀を開放しないまま戦える相手ではないだろう。
「刺し貫け、
納刀状態の斬魄刀を構えると、雅忘人は斬魄刀の名を呼ぶ。
「相変わらずでけぇ斬魄刀だな」
雅忘人の斬魄刀、紅沙参は解放されると大型の突撃槍のような形状に変化する。確かに始解としては――斬月や野晒といった規格外のものを考えなければ――かなり大型の部類だろう。
「いいだろ。行くぜ」
雅忘人は腰を落として構えに入ると、そのまま斬魄刀を握る手に霊圧を込める。込められた霊圧が大きくなるにつれ、斬魄刀に取り付けられた飾り布が激しく発光していく。そして次の瞬間飾り布が大きく爆ぜ、その勢いを駆ってイグアラダに向かって突進する。
「なんだと…!」
虚を突かれたイグアラダは咄嗟に斬魄刀で突進を受けるが、全体重に霊圧による加速を上乗せされた突進を受けきることはできず、押し負けてだいぶ後退してしまう。
「やるじゃねえか……!」
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第五章: Grasp of Hieromancer (5) ― Bitter Reunion
「話に聞いてはいたが、メノスの森ってーのは大分辛気臭ぇとこだな」
一人先行して地下に入っていった更木剣八はそうひとりごちる。
「さーて……あっちの方に何かいるっぽいな」
霊圧感知能力と方向感覚に関しては悪い意味で定評がある更木剣八だが、一方何故か「強敵」と会敵することに関しては何故か――たまに迷子になるとはいえその場合でさえ最終的には何者かには遭遇するという形で――結果を出しており、強者との戦闘を求める本能の強さというものを実感するしかないだろう。何にせよ、今回も強敵を求めてここまでやってきた更木は遠目に大虚を発見する。話に聞いていた標的の情報とは大きく異なる外見だが、放たれている禍々しい霊圧はそこらの大虚とは一線を画するものである。
「相当でけぇ奴だって聞いてたが、それほどでもねぇな……まあとりあえずアイツ斬れば何かわかるだろ」
一人でそう合点すると、更木はその異質な大虚へと向かっていく。
近づいてみると、その大虚の姿は明らかに異形と表現すべきものであった。
その本来の顔には既に仮面は――破面のような名残すらも――存在せず、その下にあったはずの肉が完全に露出しており、更に顔の両脇には別の虚に由来するのか人型でない頭のようなものがいくつか並んでいる。首から上半身だけはなんとか人型を保っているものの、腰から下には腕や足が本来あるべき数を遥かに超えて生えており、無数にある触手と相まって極めて不気味な姿となっている。下半身はもはや歩行できるとは思えない形だが、完全に空中に浮遊しておりそれが問題にはならなそうだ。その虚は更木の接近に気づいたのか、――並んでいる複数の頭のうち中央の首にまっすぐ付いている――顔をそちらに向ける。
「あァ…?なんだこれは?」
更木は自らの脳内に異音が響き始めたことに気付く。どうも外から聞こえてくる音ではなく、直接精神に作用しているもののようだ。
「うるせぇな……あんまり楽しめなさそうだ、コイツは」
直接の斬り合いを何より好む更木剣八にとって、精神に作用するような能力は――対処可能かどうかは別の問題として――相手していて楽しいものではない。異音が耳障りだからといっても自らの頭の中から響いている以上耳を塞いでも止まるわけではなく、大分不快感の中戦うことになりそうだ。
一方相手の精神に働きかけるこの力は相手の足が止まる前提のものだったのだろうか、虚の方も更木がそのまま斬りかかって来ていることに驚いた様子を見せる。更木が振るった最初の一太刀で触手の一本を失ったが、別の触手で返す刀を弾き更木の方へと向き直る。
「やっぱり君か!久しぶりだね!」
そうしてしばらく虚が無数の触手で更木の剣を捌いているところに、少年の姿をした破面が乱入してくる。姿こそ少年のそれだが、霊圧はむしろこの異形の虚よりも上で、只者ならぬことは傍目にも明らかだ。
「手前は……この剣筋、シエン・グランツか!」
以前八代目剣八の一件の中で奇妙な巡り合せから生まれた虚の残滓、それが彼の正体である。元々は第8十刃がかつての部下ロカ・パラミアの能力を利用して生み出したいわばバックアップのような存在であり、かつて痣城双也の一件に際して一度更木剣八と交戦していた。その後紆余曲折を経て子供の姿に戻るほどに弱体化しつつも、更木との再戦の誓いを果たすべくメノスの森で闘いに明け暮れていたのだ。未だ全盛期の力を取り戻すには程遠い状況ではあるものの、懐かしい仇敵の霊圧を察知して思わず飛び込んできた彼を認識すると、異形の虚と更木剣八の両者とも一旦距離をとって睨み合いの構図となった。
「こいつは手前の仲間か?」
更木からしてみれば、正体不明の虚に斬りかかったところでシエンが乱入してきたわけで、彼がこの異形の虚を守るために来たのではないかという考えになるのも当然である。
「まさか!僕は君を斬りに来ただけさ」
一方のシエンにしてみればそもそもこんな怪物は見たこともないわけで、当然そんな奴を守る謂れなどありはしない。
「そうかよ。ちっ、めんどくせえな……」
そうなると当然戦いは三つ巴ということになる。異形の虚はことここに至るまで一言も発しておらず、意思の疎通すらできる見込みはない。再戦を約束したシエンとの戦いを楽しみたい気もするが、一方この未知の存在を斬りたいという欲求も当然にある。
「まァいい、めんどくせえからまとめてかかってこいよ!!」
破面の一団の接近に対して隊列を組み直した派遣部隊の中で、吉良イヅルは付近に異質な霊圧の存在を察知していた。
「浦原さん」
「えぇ…居ますね」
二人が気がついたのは、死神と滅却師両方の特徴を持つ霊圧である。確かに理論的には存在しうるし、恐らく護廷隊内に両方の力を持つ者は既に存在すると考えられていたが、とはいえこの虚圏という場所に派遣部隊以外の死神がいるということ自体がまずおかしい話である。滅却師の霊圧が感じられるということは恐らくその力を行使しているということでもあり、警戒すべきことは間違いないし、何よりこの場所を考えれば今回問題になっている例の虚の一件とも何らかの関係があるかもしれない。
「姿は見えませんね、どうしましょうか」
「ちょっと待ってください……多分姿を隠しているんでしょうし、それならアレが使えそうですね」
そう言うと、浦原は懐から小瓶を取り出す。
「先の大戦で作った侵影薬の副産物なんスけどね。虚の霊圧を一瞬だけ周辺に撒くことで、『影』に入り込んだ滅却師を焙り出すことができるハズです」
「なるほど」
「対処はお願いしていいっスかね。アタシは虚の方に備えておきたいんスけど」
「構いませんよ」
浦原が小瓶の中身を地面に垂らすと、霊圧の波動が伝播する。その波が数メートル先まで到達したとき、物陰から弾き出されるかのように一人の死神が現れた。
「君、所属はどこだい?ここで何をしている?」
イヅルの誰何に対し、その死神は斬魄刀に手をかける。無論正式な任務以外で虚圏に来るという禁を犯している時点で彼が何かしら良からぬことをしていることは明らかだが、その上で更に誰何にも応じず実力行使をも辞さない姿勢を見せるということは大分重大な非違行為があることが推測される。
「はぁ……。やっぱりそうなんだね」
ため息をつき、イヅルもまた斬魄刀を抜く。
「三番隊副隊長、吉良イヅルだ。せめて名前と所属だけでも教えてくれないかな。縛った君をどこに連れて行けばいいのかわからないと面倒だから、さ」
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第五章: Grasp of Hieromancer (6) ― Toxic Abomination
基本登場人物をあまり悪く書かないようにしているつもりですが、今週分はあるキャラが結構酷い書かれ方をしています。
……あんまりこういう書き方するつもりはなかったんですが、私の中でこの子が大分元気に動き回ったのでしかたないね。
そんなこんなで今週分はいつも以上に人を選ぶ感じとなってます。
「アンタがあの雛森って子ね」
案内役が因縁のあった雅忘人を見つけて突撃していった直後、アイスリンガーが他のメンバーへの指示を出そうとする前に飛び出していった者がもう一人いた。かつて藍染惣右介の側近として仕えていたロリ・アイヴァーンである。もう藍染惣右介が虚圏を去って半世紀近くが経過しているが、それでも彼女にとって藍染惣右介の側近であったということは自分の中の大きな芯であった。
「誰ですか、あなた」
雛森からしてみれば、当然相手はまるで知らない相手である。彼女が最後に藍染惣右介と顔を合わせたのは空座町での戦いのときだったが、その時点でロリは虚圏に残されており、そもそも相手が藍染と関わりがあることすら知らない。
「ロリ、突っ込みすぎだよ……」
単身突撃してきたロリを追って、後ろからメノリ・マリアが合流する。彼女もまた藍染惣右介の侍女的な地位にいた破面であり、彼が尸魂界に「置いてきた」部下については以前聞かされていた。追いついたところにその雛森桃がいたことで、相方が逸って一人先行したわけを知る。
「そう、藍染様に捨てられたあなたは私達のこと知らないのよね」
殊更に「捨てられた」を強調してそう煽るロリ。
「藍染隊長を知っているのね」
現在の虚圏の実質的な支配者ティア・ハリベルからして藍染の集めた十刃の一人であり、破面が藍染の名を口にすること自体はおかしな話ではない。ただ、目の前の相手が藍染に、そしてその元部下であった自身に対して単なる支配者とその配下という以上のただならぬ感情を持っている様子は、相当な警戒心を抱かせるに十分すぎるものである。
「藍染様がたまに話題にしてたからどんな奴かと思ってたけど……へぇ」
「やめなよ、下品だよ」
雛森の体に舐め回すような視線を向け一人納得するロリをメノリが諫める。
「まあ確かに、藍染様が好きそうな体よね、アンタ。どう?今でも藍染様のアレ思い出したりしてんの?それとも新しい上司に股開いてんのかしら?」
「ちょっと!!」
相方の諫言もどこ吹く風、ロリは雛森に対してひたすら下品な言葉を投げかける。
「なるほど、そういうことね」
一方その言葉を聞いた雛森も、途端に目の前の破面に冷ややかな目を向ける。たとえ大逆の罪人であれど、上司として隊長の職務をこなしていたときの藍染惣右介は尊敬に値するという自分なりの落とし所を見つけていたはずだったが、目の前の破面の言葉を聞く限り彼がここ虚圏で彼女をどう扱っていたかは十分すぎるほどに伝わってしまっていた。一度は憧れた存在が――よりにもよって自分自身と似た要素を多く持つ――女性をそのように扱っていた、という事実は盲目的な憧れから解き放たれた今であっても不愉快極まりないものであることは言うまでもない。
「何が言いたいのか知らないけど、あなたが可哀相な人だっていうのはわかったわ。それで、何の用?そんな品のないことを言いに来たわけ?」
「へえ、その様子じゃ藍染様に抱いてすらもらってないのね。まあいいわ、せめてこっちでは楽しませてちょうだい!」
そう言うと、どこからか短剣状の斬魄刀を取り出し斬りかかった。
「隊長、やっぱり増えてますよ」
最初の警告を上げてから数時間、監視網のモニタリングを続けていた阿近は隊長にそう報告する。守備配置が発令され各隊の上位席官以上は尸魂界各地に散っているが、十二番隊は四番隊と並んで担当地域は割り振られず、それぞれの隊としての業務を継続することになっている。十二番隊はこうした旅禍の侵入が考えられる状況では各種監視網のモニタリング、通信の確立、あるいは未知の敵に対する対抗手段の検討といった技術開発局にしかできない役割を果たすことが期待されているのだ。
「そうだろうネ。連中にどれだけの知性があるのかはまだわからないが、余程の莫迦でもなければ単騎で乗り込んでくることはあるまい」
「1、2……現状4箇所、最初の1つを除き全て瀞霊廷内です」
「既に守備配置は発令済みだからネ。初動対応は血の気の多い前線の連中にやらせておけば良いヨ」
守備配置の発令に伴い、各隊に配属されている実習生には避難先の霊術院へと移動する指示が出された。
今期の総代を務めた豊川を筆頭に志波岩鷲や石田竜弦、観音寺美幸雄、そして霊術院を経ずに編入した朽木橙璃は――既に配属されている少し年次の上の先輩達を含めても――実習生の中で別格のリーダー的な存在と見なされており、配属式以降日頃からお互いに連絡を取り合う仲である。避難指示を受けた彼らは、十三隊とは別の指揮系統に属する観音寺を除いて各隊の実習生を可能な限りまとめて移動しようと考えた。
«それじゃあそれぞれ近所の隊から集めて丘のふもとに集合しよう»
――近年使えるようになった――伝令神機のテキストチャットで豊川が号令をかける。
しばらくの後、それぞれは各隊の避難対象者を集めて双極の丘のふもとで合流した。せいぜい各隊数名とはいえ、基本的には戦闘力に乏しい一般隊士未満の存在を率いて移動するというのは彼らにとっても決して気が抜ける話ではない。
「最後にこんなことやったの、現世実習の時だっけね」
霊術院を飛び級につぐ飛び級で駆け抜けてきた豊川ではあるが、とはいえ最上級生にいた数ヶ月の間だけは引率役として下級生を率いるような経験もしてきており、たとえ今回面倒を見ているのが実際には彼らより先に配属された先輩であったとしても、当時を思い出すような状況ではあった。
「へえ、霊術院ってこんな感じなんだ。僕も行きたかったな」
一方の橙璃は姉の苺花同様霊術院に入学することなく推薦のもとのインターンからの編入であり、そうした「学生時代」というのを経験していない。特に橙璃は養父・伯父である白哉の元にいることも多かった関係上同世代の友人は極めて少なく、他の皆がそうした経験をしてきているのを羨ましく感じている。
「煩わしいだけだよ。私からしてみれば、君のように直接親族から手ほどきを受けられた環境は、それはそれで羨ましいものだ」
一方現世で普通の人間としての生を全うした竜弦にとって学生時代というのは決して良い思い出のあるものではなく、同様に霊術院時代もあまり人付き合いをする方ではなかったため、そういう面倒を通ってこなかった上級貴族組を少し羨んでいる。
「っつかよー、橙璃が院通ってたらそれこそ皆ごぼう抜きで大騒ぎだろ。そこは貴族の生まれだからしょうがないんじゃねーのか」
岩鷲は笑いながらそう言うが、自分自身が元五大貴族本家の一員であり、しかもかつての戦闘経験のおかげも相まって院が大騒ぎになるレベルの「ごぼう抜き」でここまで来ているという自覚は相変わらずないようだ。
「ほらほら、雑談してる場合じゃないからね。点呼とったら出発するよ」
豊川は手を叩いて皆の注目を集め直し、改めて号令をかける。他の三人――この場にはいない観音寺を加えれば四人――に比べれば霊的能力は少し見劣りがするのは確かなのだが、こうしたときにしっかりリーダーシップが取れるという点で上層部の評価を受け続けてここまで来ているのだ。いくら一段落ちるとは言え現時点で席官レベルの霊圧は十分あり、上位席官や副隊長に推される立場になるのはそう遠くない将来の話だろう。
そうして隊列を組んで霊術院まで移動しているところに、「それ」は現れた。
瀞霊廷内部に虚が現れるという時点で異常なのだが、その虚の外見は明らかに通常のものではなく、これが現在の非常体制の原因(の一部)であることは容易に理解できた。遠目で見る限りはただのトカゲのような姿に見えなくもないが、実際には四肢のみならず体中の至るところから触手がのたうっており、今まで対峙した、あるいは教本などの資料で見たいかなる虚とも違う異質な存在である。
「こいつが例の異常な虚ってやつか」
「そうだろうね。仕方ない、やるよ!」
豊川は全体に声をかける。
「僕ら4人で食い止めるから、その間に皆は逃げてくれ!」
指示に従い――一部は指示の前に錯乱して――実習生たちが散り散りに逃げていく。
「さーて、コイツはちょっと骨が折れそうだな」
この中では一人何度も死線をくぐってきた岩鷲は、一歩先んじて斬魄刀を構える。たしかに目の前の敵は異形で霊圧もそれなりのものがあるが、とは言えかつて対峙した朽木白哉に比べれば恐怖の対象になるものではない。
それを見て、豊川も橙璃も相次ぎ抜刀し虚へと向き合う。
「石田君は鬼道で後方支援、僕らが怪我したら治療を頼むよ」
「ああ、わかった」
竜弦は指示通り鬼道戦闘の準備をしつつ、左手首に提げた「奥の手」の重さを再確認した。
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第五章: Grasp of Hieromancer (7) ― Grim Wanderer
「お前が死神共のトップか」
遭遇戦となったアイスリンガーの一行と死神の虚圏派遣部隊の中で、ガンテンバイン・モスケーダは一団の中でもひときわ落ち着いた様子を見せている剃髪の死神に問いかけた。かつて藍染惣右介の下で虚夜宮の守護にあたっていた頃は私情に基づく戦いというものを見下していたが、茶渡泰虎と正々堂々とした拳を交わしたことで純粋な戦いの愉しさというものを知ってしまった。だが崇敬していたバラガン亡き後、ハリベルの下につくことを拒んだ彼はバラガン派の同志を率いる立場になってしまい、同格やそれ以上の相手とやり合う機会は望めない状況になってしまっている。今回アイスリンガーの一行に加わったのは自分の中にある戦いに対する「渇き」を満たすためであり、目の前に明らかな強者が現れたのは目論見通りの結果といえよう。イグアラダや姦しい二人組が因縁のある相手に向かって駆け出していく中、自分自身は集団の中で一番と思しき相手に声をかけたのだった。
「残念ながら、隊長はもう”下”に行っちまってな。一応席次じゃあ次点は俺だ、があっちにいる人の方が強ぇぞ」
声をかけられた斑目一角は、後方で吉良と何か話し込んでいる浦原の方に目をやりながら正直なところを口にする。こうして声をかけてきた時点で正面切っての戦いをしたいタイプの相手と見た一角は、相手に対しての「礼儀」として嘘偽りのない事実を伝えたのだ。
「随分正直に答えるんだな」
「アンタが何か企んでたとして、ここで嘘を言おうが事実を教えようが対して変わらねえからな。アンタが強えなら嘘を言っても大した意味はねえし、弱えならどちらにせよ誰かに斬られて終わりだ」
「なるほどな」
真っ直ぐな戦いを求めていたガンテンバインにとってみれば、たとえ強くとも後方で何か企んでいそうな相手より、こうして正々堂々と話をしてくる者とやりあう方が愉しめそうである。
「それじゃあ、一つ手合わせ願おうか」
「いいぜ」
お互い斬魄刀を抜き向き合う。
「破面No.107、ガンテンバイン・モスケーダだ!」
「十一番隊副隊長斑目一角、てめえを斬る男の名だ。よろしく!!」
派遣部隊のメンバーそれぞれが破面の一団との戦闘に入る中、隊列の後方にいた檜佐木修兵は別の方向から接近してくる異常な霊圧を感知した。眼の前で味方の死神と火花を散らしている破面は純粋な虚のそれだが、背後から接近しているそれは霊圧が一定せず、不規則に変化し続けていた。
「乱菊さん……」
「ええ、わかってるわ」
もう一人後方に配置されていた松本乱菊も檜佐木から声をかけられ、そちらの方に向き直る。まだ距離は離れているものの、確かに遠くに異形の虚の姿が見えている。その虚の向こう側の景色は少し歪んで見えており、「空間を歪める」能力を持った虚、という事前情報に沿ったものであった。
「とはいえ、あれ本体ってわけじゃなさそうよね」
本体は最上級大虚に匹敵する存在のはずだが、遠方にいる虚の霊圧はそれに遥か及ばないものであり、恐らく浦原を介して伝えられた情報にあった「本体の影響によって変質した虚」のものだと思われた。ただいくら上位の大虚に及ばないとはいえ、二人が以前刃を交えた経験のある藍染配下の破面と同等以上の圧は感じられ、決して侮ってかかれる相手ではなさそうである。
しばらくの後、接近してみるとこの虚の異形さが際立ってきた。
大まかな形は巨大な蟹のようなものに見えるが、胴体から無数の触手が伸びている。
「修兵、あれ気持ち悪い」
「そっすね……」
「任せていい?」
「いいわけないでしょ!俺一人じゃ流石にきついっすよ」
「なによ情けないわね……男ならシャキッとしなさいよ」
はたから見れば痴話喧嘩にしか見えないようなやり取りをしてはいるものの、二人ともいつでも抜刀できるよう臨戦態勢を保っている。
「どう見る?」
「遠距離の手があるようには見えねえっすけど、純粋にサイズがありますし、何より空間を歪めるってのが本当なら間合いがどこまで意味あるのかも分かんないっすよね……。まあ、とりあえず遠距離からの鬼道で様子みましょうか」
「そうね」
連れてきたメンバーが各々目についた――あるいは因縁のある――死神に向かっていき、アイスリンガーは一人取り残される形となった。彼我のメンバーはそれぞれめいめいに刃を交え始めており、順当に行くなら自分もこのまま死神と交戦することになるはずなのだが、目の前の一団で唯一手を空けている男とは対峙したくないというのが率直なところだ。そもそもアイスリンガーにとって戦いというのは目的を達成するための手段であってそれ自体が目的とするようなものではないし、ロリやイグアラダのように特別因縁のある相手がいるわけでもない。その状況で、藍染惣右介すら警戒すべき対象として資料に残すほどであった浦原喜助と刃を交えるというのは、実際のところ得られるものより失うものの方が確実に多いだろうことは想像に難くない。
「もう一人いらっしゃるんスね。どうします?やりますか?」
案の定既にこちらに気づいており、言葉は大分緩いものの雰囲気は剣呑そのものである。いくら自身の技術で霊力・能力を底上げしたとはいえ、十刃の上位勢と比べてもまったく見劣りがしないような存在とやり合うのは――到底成功するとは思えないが――不意打ちができてようやく多少の勝機があるかどうか、という程の格の差だろう。
「ご遠慮したいね。あそこらへんの野蛮人と違って、私は研究のために来ているんだ」
「まあそう言うと思ってましたよ、アイスリンガーさん」
案の定素性まで割れている。自己紹介をした覚えはないのだが。
「破面化の研究をされてた方っスよね。勿論覚えてますよ」
「どこでその情報を手に入れたのかは知らんが、買い被りだよ。少なくとも貴様の知る当時の私は藍染様の寄越した技術を借りていたに過ぎぬ」
「へぇ……当時の、ですか」
そう言いながら各所で戦っている破面達に目をやる。
「……お察しの通りだよ。この数十年で多少の進歩は見ていてな。私を含め何人かはそれなりに手が入っているよ」
浦原喜助にとって、今回の派遣部隊に協力したのは端的に「尸魂界側では涅マユリを除きこの事態に対処できない公算が高い」からであって、現地でこうした散発的な戦闘が起きた場合の戦力として来ているつもりはない。もちろん――”規格外”である更木剣八を抜きにすれば――自分がこの中で頭抜けた戦力であるのは事実だろうが、少なくとも現状交戦している仲間たちを見る限り深刻に苦戦しそうな様子もないし、多少負傷したとしても回道の腕に長けた山田副隊長がいることを考えればこの場で自分が刀を抜く必要はあるまい。一方一人先行した更木剣八は、本人自身が斃れることはそうそう想像できない話ではあるものの、一方で不用意に例の大虚と接触することで予想外の事態に発展する可能性は十分にあり、そういう面では早いところそちらの方に向かいたいところではある。
「アナタも例の大虚目当てですか」
「詳しいことは何も知らぬがな。何か未知のものがいるというのなら、一応自分の目でそれを確かめておきたいという欲求はあるさ」
「どうでしょう、提案なんスけど」
科学者としての欲求を素直に口にしたアイスリンガーに対し、浦原は一つの策を示す。
「先行したウチのリーダーを追って、先に”下”に行きませんか」
まだまだ第五章、続きます。
多分あと2話分くらいになりそうな……。
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第五章: Grasp of Hieromancer (8) ― Farsight Adept
「駆け巡れ、
石田誠弦は構えた斬魄刀を開放し、
「本気ですか、石田三席」
「無論本気だとも。もはやルビコンを渡っているんだよ、私は」
そう言って刀を振るうと、5つの刃がそれぞれ分離し誠弦の周囲を飛び回り始める。
「――鎌鼬、ですか」
行木理吉が口にしたのは、先日誠弦が襲名した称号である。紆余曲折を経て「尸魂界一の飛び道具の使い手」を示すことになったその異名の通り、彼の斬魄刀は遠距離戦闘に特化していた。ここ数十年の間上位の死神たちが思う所あって拒否していた結果隊長格の実力者たちから見れば半ば格下扱いされている称号とはいえ、基本的には近接戦闘が主体である護廷隊にあって長射程の飛び道具を扱えるというのは言うまでもなく十分強力なものであり、理吉のような席官レベルの死神からしてみれば決して侮れるものではない。
誠弦が手を伸ばすと、彼の周囲を飛び回っていた戦輪のうち3つが理吉の方へと飛んでいく。
「残念です」
理吉もまた斬魄刀を握る手に力を入れ、解号を呼ぶ。
「
刀身の形はほとんど変わらないものの、鍔の形が大きく変化し右側の手首あたりまでカバーする大型の籠型のものになる。理吉は飛んできた戦輪をその鍔や刀身で弾き誠弦の初撃から身を守った。
誠弦は少し逡巡する。初撃は様子見で緩めに射出したため、それが防がれたこと自体はまったく驚くことではない。だが自らの五連星や自身の上司であった鳳橋前隊長の金沙羅、あるいは他隊であれば朽木隊長の千本桜や松本副隊長の灰猫のような刀剣の形状が大きく変化する系統のそれとは異なり、刀身がほとんどそのまま残る系統の斬魄刀はひと目見ただけでは一体どういう能力を持っているのかの判断がつかず、ここからどのように崩していくかは慎重に考えなければならない。一方で、以後のことを考えれば万が一にも逃げられてはならないし、長引いてしまえば最悪他の死神の介入を許すことになりかねないことを考えれば、そうそうのんびりしている場合でないのも確かである。
「まあ、考えても仕方ないな」
解放の直後から何らかの攻撃を放ってくるような攻撃的なタイプならいざ知らず、――本人の性格によるものなのか斬魄刀の能力によるものなのかはともかく――初撃を弾いた今でも向かってくる様子はない以上、早期決着を図るためには自分から動く他なさそうだ。覚悟を決め、5枚の戦輪を相次いで理吉へと放っていく。
しばらくの後。
自身の斬魄刀を飛ばすためには当然霊力を多少なりとも消費してはいるのだが、それ以上に理吉の方も消耗しているように見える。どうも防御に長けた斬魄刀には見えるが、射程外から攻撃を受け続ければ当然受けそこねた刃で少しずつ消耗することは避けられない。大きな傷こそないものの、理吉の体には細かい傷が無数に刻まれている。
ただ、気になるのは先程からどうも防御の精度やその後の反撃のスピードがあがっているように感じられることだ。受け損なう刃の数は明らかに減っているし、受けたあと距離を詰めてくる速度が上がっているのか自分に肉薄するようになってきている。このまま続けていれば、彼の体力を削り切る前に自らが斬られるかも知れない。
「……まだ私も修行が足りないということか」
あるいは、単に戦闘が長引くことで自身の攻防の精度が落ちているということだろうか。
「違いますよ、石田三席」
誠弦の独り言が耳に入ったのか、理吉が声をかけてくる。
「あなたの力が落ちているんじゃありません。ただオレの膂力が上がっているだけなんですよ」
確かに膂力が向上すれば反応速度も接近速度も上がるだろう。だが、死神の膂力を短期的に上げるためには当然霊圧の上昇が必要であり、むしろ傷ついて霊圧が多少なりとも下がっている状態で膂力が上がり続けるというのは違和感を禁じえない話だ。
「老松の籠手は単なる防具じゃないんですよ。ここで受けた攻撃はオレの膂力の底上げになるんです。長々いたぶってくれた分、しっかりお返ししますよ」
成程、直接攻撃系に見えたが本質的には縛道系か。それなら、反応できない速度、防ぎきれない火力で一気に決める他ないということになる。
「仕方がないな」
使ってしまえば技術開発局や映像庁に察知されるリスクが高まるため、こんなところで死神相手に使いたくはなかったが、もはやそうも言ってはいられない。既にもう時間をかけすぎており、可及的速やかに理吉を倒して手に入れるべきものを手に入れ、一刻も早くこの場を離れることが先決だ。
五連星を鞘に納めると、おもむろに左手で懐からある物を取り出す。
「君相手に使う気はなかったのだがな」
取り出したのは銀製の星型のペンダント、つまり滅却十字であった。周囲の霊子を集め、弓を形成しながら言う。
「神聖滅矢の本数は、君の斬魄刀で防ぎ切れるものではない。悲しいかな、戦いはやはり間合いの差なのだよ」
『そうか、間合いの差か。中々良いことを言うじゃないか』
その瞬間、虚空から声が響いた。若い女の声に聴こえるが、まるで覚えのない声だ。
「これは……天挺空羅か!何者だ!!」
声の主は姿を見せないが、これは恐らく鬼道による通信だろう。直接相手を攻撃する破道とは異なり、縛道には単に相手を拘束するものだけではなく居場所を特定したり遠距離に物を伝えたりするようなものも存在する。縛道の七十七、天挺空羅は霊圧を知っている対象者であれば姿の見えないような遠隔地に対しても声を伝えることが可能である。
『おや、君は忍び込もうという先の責任者のことも知らずにやってきたのかい』
「まさか……大鬼道長!」
『縛道の五十八、掴趾追雀』
返答の代わりに鬼道の名が告げられる。掴趾追雀は対象の霊圧を捕捉することでその場所を知る術であり、大鬼道長クラスの使い手であればたとえ詠唱破棄であったとしても数センチ程度の誤差で位置を特定することが可能である。
『縛道の七十五、五柱鉄貫』
そして息つく暇もなく、天から五本の柱が降り注ぎ誠弦の五体を拘束する。
「くそっ、こんなもの……!」
『無駄だよ。――鉄砂の壁 僧形の塔 散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪』
なんとか拘束から逃れようとするが、声の主が言葉を発する度に拘束の重みが増していき、まったく抜け出すことができない。
『灼鉄熒熒 動けば風 止まれば空』
「後述詠唱……?いや、なんだこれは……!?」
本来鬼道の発動には言霊が必要だが、発動直前にただ詠唱する以外の高等技能がいくつか存在する。詠唱破棄、即ち言霊の詠唱を完全に省略し鬼道名のみ、あるいは鬼道名すら呼ばずに発動することもこの詠唱技術のひとつであるが、他にも「詠唱破棄した鬼道に後追いで言霊を詠唱することで威力を向上させる」後述詠唱という技術が存在する。
『湛然として終に音無し 槍打つ音色が虚城に満ちる』
また、同時に複数の鬼道を発動させるため、詠唱を並行して行う多重詠唱という技術も存在する。言うまでもなく並列にすればするほど難度は加速度的に上昇していくため、同時に2つを扱う二重詠唱でさえ扱える人間はほとんど存在しない。
『破道の六十三、雷吼炮』
声の主が詠唱を終えた瞬間、天から電気を帯びた爆風が飛来し誠弦を直撃する。
『確かに戦いは間合いの差だったよ。残念だったね、この瀞霊廷全てが私の間合いなんだ』
誠弦は意識を失い、その場に崩れ落ちる。
「あの……ありがとうございました!」
都合命を救われた形になった行木理吉は、姿の見えない恩人に向かって礼を述べる。
「なに、私もこれが仕事だからね。行木三席、そいつの捕縛は任せたよ、殺してはいないはずだからね」
「了解しました!」
今回の決め台詞、実はプロットのごく初期の初期から決まってました。
大鬼道長のプロフィールは結構後になって変わったりしたんですが。
来週でようやく第五章が終わります。
――思ったより長引いてますね、これ……。
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第五章: Grasp of Hieromancer (9) ― Grafted Growth
シエン・グランツは三つ巴の戦いを続ける中で、謎の頭痛に悩まされ始めていた。本来あれだけ待ち望んだ更木剣八との再戦であって、気分が上がりこそすれど調子が悪くなるというのは違和感を覚える話だ。ただ、どうも両者の戦いに介入した先刻から頭の中に妙な音が響いているのは確かで、これがこの煩わしい症状の原因になっている可能性は高そうに思える。
以前より更木と一対一でやり合いたいと願っていたにもかかわらずよくわからない虚との三つ巴になった時点で不満を覚えているのだが、その第三者がまるで意思の疎通も取れないような異形の虚というのは尚更気に食わない。一体何を考えているのかすらまったくわからないが、こちらから手を出したときのみならず自分と更木がやり合おうとしているところにも介入してくる以上、無視するわけにもいかないだろう。
「あー、もうイライラするなぁ!」
「どうした、集中できてねえみたいじゃねえか」
苛立ちをあらわにした自分に対し、更木はそう返してくる。この頭に響く異音は彼には聞こえていないのだろうか。
「なあ、とりあえずあの邪魔なやつ、先にやっちゃわない?」
「手前がそうしてえなら好きにしろ、俺も好きにやらせてもらう」
共闘してまず一対一にしようと提案してみるものの、そのつもりはないようだ。
「俺たちのレベルでやり合える三つ巴なんてこれほど面白えモンはねえだろ!」
そうだった。
この男は戦いの享楽を悦ぶ者であって、死はその戦いを楽しんだ結果として訪れるものでしかない。自分のように、相手に死を与え、あるいは自身に死が訪れるという終末を目的として力を振るっている存在とは、その表面的な行動こそ似てはいるものの本質的な向き合い方が違うのだ。恐らく自分があの虚に全力を注ごうとしたところで、更木は気にせず両者に斬りかかってくるに違いない。
頭痛と戦いながら更木の剣を受け、迫ってくる虚の触手を切り捨てていくが、脳に響く異音はどんどん耳障りになっていく。
「あァ……?手前……それ、どうした?」
更木が剣を止め指さしてきた自分の腹周りを見てみると、不気味な触手がうねっていた。あの異形の虚から巻き付いて来たのかと思いそちらの方を見ているが、まったくそんなことはないようで、この触手は明らかに自分の腹から生えてきていた。
「何だこれ……」
自分の意思で動かすことはできなそうだが、自分の手で触れてみると「触られた」感覚があり、触覚自体は自身の神経につながっているらしい。触手の雰囲気からしてあの謎の虚が悪さをしているようには見えるが、少なくとも腹部に攻撃を受けた記憶はない。一体どういう仕組で、何のためにこんなものを生やしているのだろうか。
――考えても仕方がない。意思疎通ができる相手であればまだ会話し意図を探り作戦を考えることもできるが、知性すら感じられないような相手ではその意味は全くない。果たしてこの触手が今後どの程度自分の不利に繋がるのかすらわからないが、少なくとも更木の方には影響が出ているようには見えない以上、これを放置すればするほど自分の方が不利になる可能性は高いだろう。ここは更木へ割く注意の水準を少し落とすというリスクを取ってでも、まずこの触手の源を断つ方がより重要度が高そうだ。
更木から距離を取るべく一旦力を込めて虚閃を撃つと、自身は異形の虚の方へと突進していく。頭が複数ありどれが斬るべき「本体」なのかはわからないものの、ありがたいことにすべてが胴体の上に繋がってまとまっている以上は全部まとめて斬れば済む話だろう。相手の触手の射程内に入るところからの最後の数メートルは響転で踏み込み――
その瞬間、多数の顔がすべてこちらに向き直り――表情がまるで読めないにもかかわらず――「かかったな」と言わんばかりの雰囲気を滲ませた。嫌な予感がしてもう一度響転で距離を取り直そうとしたが、その瞬間相手の触手が伸びるだけでなく、自身の腹に蠢いていた触手もまた敵の方向へと伸び、完全に捕らわれてしまった。
「おい、何だよこれ!何すんだ、離せよ!!」
思わず叫ぶが、言葉の通じない相手に何を言ったところで届くはずもない。
繋がった触手は更に太さを増し、どんどん自らの体全体が虚の体へと取り込まれていく。運の悪いことに両腕が最初に取り込まれてしまっており、もはや刀を振るうことすらできなくなっている。
「こうなったら……!」
反動や爆風で自身もダメージを受けること、そして虚のままである相手と比べ超速再生能力を失っている破面の自分の方がダメージを重く見なければならない状況であることを考えても、もはや猶予はないと見て相手に取り込まれた両腕からゼロ距離の虚閃を撃ち出す。弱体化したとはいえ元最上級大虚の虚閃はそれなりのダメージになったようで、虚は大きな咆哮を響かせる。だが、その拘束を多少緩みはしたものの拘束から抜け出すには至らない。
「助けろよ、おい!」
こちらの方を眺めている更木に怒声を浴びせるが、当然介入してくる様子も見せない。いくら戦闘狂の更木剣八とて、流石に上位の破面が得体の知れない力で捕らわれている状況に向こう見ずに突っ込むほど極まってはいないだろう。
そして次の瞬間。
シエン・グランツの意識は完全に消失した。
両者の霊体は完全に融合し、シエン・グランツの破面としての小さな体躯に封じられていた膨大な霊力はすべて異形の虚の体躯へと還元される。相当なサイズであった体軀はむしろ引き締まり小型化したが、そこから発せられる霊圧の強度は成体の破面以上のものになっている。元々仮面を持たない異形の虚であったが故に総表現するのが正しいかは不明だが、斬魄刀らしきものを腰に差していることを考えれば「破面」と表現して差し支えない存在になったようだ。
「スバらしい、コレが力か!」
シエン・グランツを取り込んだせいか、ついに言葉を発するようになったこの虚は、目の前に残るもう一人の的、更木剣八と対峙する。
その様子を見て、相対する更木もまた獰猛な笑みを浮かべていた。
「こいつは面白ぇ、大分愉しめそうじゃねえか!」
これでようやく第五章が終了、次回は久しぶりの幕間回です。
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幕間三: Defense of the Heart (1)
いつからだろう
護る背中しか見えなくなったのは
いつからだろう
背中を見せることを厭わなくなったのは
浦原喜助が久々に虚圏へと旅立つに際し、現世の防衛を任されたのは握菱鉄斎とそのかつての部下、ハッチこと有昭田鉢玄であった。浦原喜助は確かに護廷隊を含めた死神全体でも十指に入ろうかというレベルの上澄みではあるものの、現状の現世重霊地空座町に残っている戦力は彼を除いても十分に強大であり、彼一人がそこを離れたからといって即座に戦力が危機的状況に至るわけではない。一方で、尸魂界から――半ばアリバイ作り的になのか新人研修のつもりなのか――送られてくる死神と、自らの浦原商店に連なる謎の戦力、藍染惣右介によって虚化された死神の一団である
実際、浦原が虚圏に向かってからしばらくの後、彼が危惧していた通り「それ」は現世にも現れた。通常の大虚のように黒腔を開いて現れたのではなく、いきなり現世の空間を歪めて出現してきたのだ。
しかしながら、浦原が最悪の状況を想定して両名に調整を依頼してはいたものの、現世のメンバーは彼らからの連絡を待つことなくその虚の霊圧を感じ取った瞬間に各々が動き始めていた。……もっとも、空座町を離れて生活していた茶渡泰虎や仕事上現場を離れることが極めて難しい石田雨竜のように、強大な虚の出現を感じながらも動けなかった者もいるのだが。
以前の地獄を巡る一件以降黒崎一護夫妻や一勇は――その能力の強大さ・異質さに鑑み――軽率に動くことを控えるように各所から要請されており、また十三番隊から派遣されていた空座町担当の死神には以前隊首会で情報共有を受けた隊長から――その戦闘能力が現地の他の戦力と比して大きく劣ることを鑑みて――「別命あるまで待機せよ」との厳命が下っていたため、まず組織的に動きだしたのは一番自由な立場である仮面の軍勢組であった。
「せっかく引退してこっちに隠居したと思ったら、いきなり酷い出迎えもあったものだね」
つい先日まで三番隊隊長を務めていた鳳橋楼十郎は愚痴を零す。
「まあそう言うな。ハッチ曰く浦原さんが虚圏行ってるらしいし、俺らが動くのが手っ取り早いだろ」
「はっ、こっちほったらかして虚圏観光とは良いご身分やな!」
同じく仮面の軍勢のメンバー、元七番隊隊長愛川羅武と同じく元十二番隊副隊長猿柿ひよ里は軽口を叩きつつ現場に出る準備を進める。幸い具体的な出現場所については既に浦原商店に控えている有昭田から――現世らしく特に霊的な手段を用いない通信手段で――連絡を受けており、三人は集合した足でそのまま現場に向かっていく。
「お前らが呑気にしてるから先を越されたやんけ!」
ひよ里が後ろから来ていた男連中に怒声を浴びせたのは、到着した現場で既に「それ」と思しき虚と交戦している者が目に入ったからだ。口では現世のことなど重要視していないかのような物言いをしているがその実なんだかんだでこの空座町を守るということにはそれなりの矜持を持っている彼女にとって、いの一番に駆けつけたつもりが誰かに先を越されたと言うのは全くもって面白い話ではない。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。あんなどう見てもヤバそうなやつ、僕らレベルの人以外に相手させちゃ危ないよ」
腹を立てるひよ里に対し、ローズは至極もっともなツッコミを入れる。図体こそそこまで大きくないとはいえ大虚に匹敵する霊圧を発しており――それこそ護廷隊から派遣されているような――有象無象の者の手に負えるものとは思えない。
「間違いねぇ……ああいや、あれ夏梨ちゃんか。ローズ、心配の必要はねえよ」
「知り合いかい?」
「ほら、黒崎一護の妹だよ。兄貴ほどじゃねえが、あの子も大概だからな」
「ああなるほどね」
兄である黒崎一護と違い、自らに関わることは積極的に知ろうとする性格だった彼女は――恐らく兄の預かり知らぬところで――自身や家族、友人や戦友たちが一体どういう存在であるのか、どういう力を持っているのかということを色々な関係者から聞かされていた。そうした中で――まったく力を持たない姉と異なり――自身の力の扱い方についても関係者からそれなりの手ほどきを受けるに至っており、特に一大戦力である兄夫婦が一人息子にかかりきりになっている間には現世側戦力の重要な一角を占めるに至っていた。例えば石田雨竜からは滅却師の力について多くを教わった結果として、純粋な滅却師の血統ではないもののもはや石田の力を継ぐ者の一人といった立場になりつつある。
先日来空座町に住む死神達が慌ただしくしていたことから「近々何かがある」ことは察していたところ、ちょうど朝食の片付けを終わらせたばかりのところで正体不明の強大な霊圧によって世界が「歪められた」ことを察知した。幸いこの日は仕事も休みであり、その霊圧の元へと向かったところ、見慣れない姿の怪物を目にした。多少普通と異なるとは言え霊圧の質自体は虚に近いものの、仮面も孔も見えない「それ」は死神達がここしばらく準備をしていた敵であると直感的にわかるほど異質な存在であった。
「あれ、虚……なんだよね」
近くに誰がいるわけでもないのだが、つい疑問を口にしてしまう。
巨大な単眼や触手まみれの巨大な腕という普通の虚にはない姿は、ここ数十年しばらく少なくない数の虚を相手取ってきた夏梨にとっても少し腰が引けてしまう程には恐怖を覚える異形の存在である。恐らくこのまましばらく待っていれば隊長格の死神や浦原商店の悪童達が追いついてくるとは思うが、だからといって一番槍の自分が手をこまねいて見ている理由にはならない。
「さて、やるよ」
自身にそう言い聞かせながら左手につけている十字形のペンダントに霊力を流し、弓を作り出す。このペンダントは以前石田雨竜から譲り受けたもので、元々は彼が祖父宗弦から受け継ぎ幼少期の修行にずっと使っていたものである。彼自身はその後――父との一応の和解を経て――五角形の正統な滅却十字を持つようになったが、親友の妹でもあり遠い親類でもある夏梨に滅却師の力が受け継がれていることを知り、「身を守るために」と渡されたのだった。無論正統な滅却十字に比べれば振るえる力には相当な差があるものの、彼女自身が持つ資質の強さ、そして逆に彼女の立場からして正統な滅却師としての力をそこまで振るう必要がないという点を考えても、これで十分だったと言えよう。
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幕間三: Defense of the Heart (2)
「あんまり長く見てたくないんだけどなぁ、アレ」
しばらく遠距離から神聖滅矢を射掛けてはみたものの、必ずしも十分なダメージが与えられているとは言い難い状況だった。とはいえ眼前の虚から生えている触手は本数も長さもどんどん増大しており、それによる防御や反撃があることからあまり長期戦にするのは好ましくなさそうな状況である。そして何より、このあまりにも不気味な虚はさっさと片付けてこの場を離れたいというのが率直な思いだ。だが……都合の悪いことにどうもこの虚は何らかの方法で空間に干渉しているらしく、先程から急所(と思しき場所)に当たりそうな矢をすんでのところで回避しているようで、致命傷を与えるはずが十分なダメージになっていない。
「仕方ない、こっちも使うしかないね」
そう言いながら、夏梨は右手で胸元に下げた別のペンダントに触れる。
その瞬間、ペンダントから吹き出た霊圧が夏梨の体を覆い、銀色の鎧のようなものへと変化する。両足はしっかり覆われているものの、腰から上は急所のみが護られているような形状であり、機動力を重視したもののように見える。
姿が変わったことを認識したのか虚が虚閃を飛ばして来たが、夏梨はそれを蹴り返す。
「うん、やっぱりこんなもんか」
さほど強度があるようには見えない夏梨の鎧だが、見かけより大分強度はあるようで虚閃を蹴り返したというのに傷一つついていない。一方蹴り返された虚閃は見事に虚に吸い込まれるように直撃し、虚が叫び声を上げる。
「飛び道具が当たらないなら、触りたくないけど近寄るしかないよね」
覚悟を決めた夏梨は、虚との距離を一気に詰める。ここまで距離を取っての引き撃ちに徹しておりその速力をあまり認識していなかったためか、虚は完全に対応が遅れてしまう。虚にとって不運だったのは、夏梨の能力が鎧のように見えるからといって攻撃手段が剣や拳といった近距離攻撃に変わるというわけではなかったことだ。その速力が向上したのも交戦距離やのコントロールや回避力の向上、そして何より死角へと回り込むためであって攻撃手段自体はあくまで弓矢のままであり、それは虚にとって「多少相手の距離感を狂わせたところで攻撃を受けることに変わりはなく、今までより対処時間が限られる分逸らせる幅にも限りが出てくる」ということを意味していた。
このままではジリ貧と判断したのか、虚は防御に回していた触手にも霊圧を回し虚閃を放とうとする。いくら夏梨が虚閃を蹴り飛ばせるとはいっても、これだけの本数の虚閃を同時に打ち出されれば全てに対処することは不可能だろう。
――発射できれば、の話だが。
夏梨が待っていたのはまさに「それ」だった。相手がしびれを切らし状況を動かしにかかる瞬間というのは必然大きな隙を晒す瞬間でもある。弓から「釣り」の矢を射掛け、虚の意識がそちらに向かった瞬間、逆側へと移動する。
「さよならっ!!」
かつてのお転婆娘として知られていた頃よろしく、大きく後方へと振り上げた右足に霊圧が集中する。そして次の瞬間全力で放たれた蹴りから飛び出した霊子弾は、今まで射掛けていた神聖滅矢の比ではない霊圧強度であり、直撃した虚の胴体が爆散する。
「居るんでしょ、死神さん。あとは任せたわ」
虚は大半を失った体をなんとか再生しようとするものの、再生力の源になるはずの霊圧も大きく失っており再生速度は目に見えて遅い。戦闘中、既に仮面の軍勢の面々の霊圧を感じていた夏梨は最後の止めを彼らに任せ、自らに纏った能力を解く。
「お疲れ、夏梨ちゃん」
後ろから現れた愛川羅武は手際よく斬魄刀で虚を処理しながらねぎらいの言葉をかける。
「ほんま兄貴に似て失礼なやっちゃな。人にモノ頼むなら相応の態度ってモンがあるやろ」
一方猿柿ひよ里は夏梨に対して不満をぶつける。諸般の事情から現世に残ることを選択したとは言え、隊長格である彼女は現地で霊的な力を行使する人間達は――たとえそれがあの黒崎一護の親族であろうと――格下であるという意識を未だに持っており、その彼女からしてみれば最後の止めだけを任されるというのは気分の良いものではないだろう。
「そういうわけにもいかないでしょ。虚を斬魄刀で斬らなきゃいけない、ってのはボクらの事情なんだから」
虚を「
「それにしても…その能力、滅却師って考えていいのかな?」
先の大戦で滅却師との戦いの前線に立った経験のある鳳橋にとって、「滅却師は弓矢しか使わない」という先入観はない。ただかつて戦った、あるいは話に聞いた滅却師の能力と比べて考えても身に纏う能力というのは少し異色のものだったし、彼女の歩法は純粋な飛廉脚とは違うものに見えていた。
「あー…、まあ半分はそうなんですけど」
夏梨は少しきまりが悪そうに答える。
「私の力も兄ほどではないですけど純粋なものってわけじゃないみたいで。”こっち”の力は兄の知り合いに手ほどきしてもらったんですよ」
「なるほどね」
黒崎一護が話題に上り、鳳橋は得心する。彼もまた当時から純粋な死神とは程遠い力を平然と行使していたのは事実で、虚や滅却師、そして完現術者の力をも持っていた彼の知り合いが関与しているのであれば、夏梨の力もまた何かしらの「混ぜもの」になっているのは必然と言えるかもしれない。
「まあ私自身もこの能力の具体的な仕組みをよく知ってるわけではないんですけどね。石田さんもリルカも細かいところまで教えてくれたわけじゃないですし、結局二人とも『どうしてそうなるのかわからない』って感じでしたし。父や兄なら知ってるのかも知れませんけど、きっと教えてくれませんからね」
そう苦笑する夏梨は遠い目で尸魂界に戻った父のことを思い出す。
「さーて、帰って次に備えるでー。次先越されたらタダじゃおかんからな!」
事後処理を終えたひよ里が残りの二人に声をかける。今回はいわば中立、黒崎家側の人間であったからまだ良かったものの、因縁深い浦原商店側のメンバーに先を越されるとなればひよ里としては今回以上に不愉快な事態である。現世にまた別の眷属が現れるかどうかは未知数であるが、次こそ先陣を切りたいという前のめりな意思がひしひしと伝わってくる。
「やれやれ、相変わらずひよ里は元気だねぇ……」
鳳橋は数十年ぶりに合流した旧友が以前と変わらないことに、多少の心地よさを覚えるのであった。
来週から第六章に入ります。
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第六章: Confront the Unknown
第六章: Confront the Unknown (1) ― Gossamer Chains
我々は刃を研ぐ
それを振るう日が来ないことを祈りながら
その刃に怖れや驕りが映らぬよう
我々は鋒を敵に向けるのだ
鬼道衆の詰所そばで三番隊第三席石田誠弦が捕縛されたという話は決して各隊に周知されたわけではなく隊長格や上位席官のみに非公式に伝達されたことであったが、彼が首領を務めていた元滅却師の集団にも当然その情報は流れていた。元々この組織はさほど強いつながりがあるわけでもない――かつて誠弦が竜弦に語ったように――単なる交流会といった性格の組織であったが、誠弦を中心とした席官クラスの一部構成員はそうした「緩い」組織とは別の、ある種非合法な活動をも厭わない一種の下部組織にも属していた。もちろん誠弦の捕縛の報はそちらの活動に従事している者にも伝えられ――というより、実際には上位席官であるそちらのメンバーから交流会側に伝えられたのだが――彼らは次の一手をどうすべきかという問いを突きつけられることになった。誠弦が取り調べでどこまでのことを明かすかは不明であるものの、彼の計画を引き継いで行動を起こすか、それとも誠弦一人の暴走という体裁にするために静観を決め込むか、という選択は彼らの行く末を左右する重要な二択である。ただ問題は、現状上位席官は守備配置に動員されており集まって話し合う機会などなく、せいぜい当たり障りのない――通信の検閲を受けても言い逃れの効くレベルの――情報共有を伝令神機から行うのが関の山、という状況であることだった。その結果として「とりあえず現状の職務に専念し、状況が落ち着いてから対処しよう」という者が大勢を占める中、同じく会の中心的な立場にいた者の中にも独断で行動を起こす者が現れる。
一方、十二番隊技術開発局。綱彌代の屋敷を調査するなかで滅却師と対峙する可能性を考えた涅マユリは、既に「護廷隊内にいる滅却師の力を持つ可能性のある者」のリストアップを秘密裏に進めていた。健康診断を行う四番隊のように全隊士の霊圧情報を含む個人情報を握っているわけではないものの、技術開発局として義骸の調整など諸々の支援活動を行う関係上――特に席官クラス以上の隊士については――霊圧のパターンを含めそれなりのデータが蓄積されており、その中で可能性のある者を探すこと自体は難しい話ではなかった。
「阿近、見えているネ?」
監視用の端末を見ながら、マユリは副隊長の阿近に声をかける。
「ええ」
彼らの前にある画面には、こちらに近づいてくる死神が一人映っている。
「四番隊第六席、黒崎樹……本来隊舎での待機が命じられているこの状況で単独行動している時点でロクな用向きじゃァなさそうだが……まァ良い。阿近、対応は任せたヨ」
「了解しました」
虚圏で死神と戦闘する、という不測の事態に遭遇しながらも吉良イヅルは平静そのものであった。元々彼自身戦いを好むわけではないものの、必要とあれば誰が相手であれ剣を振るうことは厭わない性格であったし、上司の度重なる離反や大戦後「死人」として尸魂界のいわば裏側に触れてきた経験からそうした割り切りは更に強くなっていた。
それよりも、今回彼にとって気がかりなことは「相手を捕縛しておく」必要があるということであった。まるで背後関係や動機がわからない以上尸魂界に生きたまま連れ帰って取り調べをする必要があるだろうが、一方今すぐに尸魂界に戻ることもできない以上は「十分な強度で長時間拘束する」必要がある。こうした分野に長けた技術をもっているはずの浦原喜助は既に更木隊長を追って先に行ってしまっておりすべて自分でどうにかしなければならないのだが、如何せん相手の霊圧から考えるにせいぜい上位席官クラスの相手を殺さずに拘束するというのは隊長格の中でも図抜けた霊圧を持つイヅルにとってそう簡単なことではない。
イヅルは腹を決めて斬魄刀を握り直す。
「面を上げろ、侘助」
幸い彼の斬魄刀は――もちろん発揮する霊圧の上昇に伴う膂力の向上はあるものの――火力が爆発的に上昇するような攻撃的なものと言うよりは、むしろ相手の動きを制限する方向性であり、「うっかり殺してしまう」可能性はそこまで高くはない。しかし一方で斬魄刀の能力の性質上、こうした飛び道具を扱う相手との相性も決して良いとはいえないのが実情だろう。侘助の能力は斬りつけた対象の重さを倍にするもので、当然本体の手を離れたものの重さを増やしたところで戦闘上の意味はほとんどない。相手は死神でありながら滅却師の力も持っていること、そして――古参の副隊長としてそれなりに護廷隊内でも有名な――イヅルの能力が知られていることを考えれば当然に斬魄刀による白兵戦よりも遠距離戦を狙うと考えられ、実際侘助の解放を見て相手は神聖弓を展開していた。
「やっぱりそうか」
予想通りと言った表情で、イヅルもまた遠距離戦闘の構えをとる。
斬魄刀の能力は決して遠距離戦に向いていないとはいえ、彼自身が遠距離戦闘能力を持たないというわけでは決してない。元より副隊長というのは苦手の少ない万能型の人間が多いが、特に彼はかつて四番隊で回道をも修めた程に守備範囲の広い死神であり、当然それは遠距離戦闘にも対応できることを意味していた。
「縛道の三十九、円閘扇」
相手が放った矢に対し、イヅルは鬼道で円形の盾を作り出して防御する。詠唱破棄とはいえ、せいぜい席官レベルの霊圧しか持たない滅却師の神聖滅矢でそれを打ち破ることは相当難しい。
「理解できたかな。早く諦めてくれると手間が省けるんだけど」
相手に投降を促すが、当然他隊の副隊長に刃を向けるほどの覚悟を決めた者がそうそう簡単に退くはずもない。
「
「縛道の五十四、
懐から銀筒を取り出し詠唱とともにそれを投擲しようとした右腕に、霊子の糸が絡みつきそのまま虚空へと拘束する。
「そんなもの、撃たせると思ったかい?」
縫い留められた利き腕は一瞬ののちに動かせるようにはなったものの、絡みついた霊子の糸は消えるどころかその本数を増しており、弓を引くどころか握った銀筒を手放すことすらできない。
「君臨者よ 血肉の仮面 万象 羽搏き ヒトの名を冠すものよ」
鬼道の天才として名を馳せ鬼道衆へと異動していった同期ほどではないにせよ、彼自身もまた院生時代から鬼道の才には一定の評価を受け続けてきた「優等生」であり、こうした縛道と破道を適切に組み合わせた鬼道戦闘もまた彼の強みだ。詠唱破棄した縛道で相手の動きを拘束し、それによって生じた隙に強力な破道を打ち込むという戦い方は鬼道戦闘の基本とされつつも、特に縛道の詠唱破棄は破道のそれより難度が高い関係上、隊長格でさえ得手とするものは多くない。
「遠雷と黎明 闇打つ鐘声蒼穹に満ちよ――破道の三十二、黄火閃」
詠唱を終えたイヅルから、黄色い閃光が迸る。三十番台の中級鬼道とはいえ、隊長格が放つ完全詠唱のそれは席官クラスが対処できようはずもない。多少の回避は試みたようだったが、結局相手はそのまま気を失ったようだった。
「よし、まだ息はあるようだね……ふむ、二番隊か」
近寄ったイヅルは死覇装の裾に縫い付けられた隊章から所属を確認する。
「大前田さんは今回来てないからな……。連れ帰らないとわからないか」
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第六章: Confront the Unknown (2) ― Mace of the Valiant
ちょっと軽めの分量ですが動けるデブの本領発揮、ご期待ください。
「ぶえーっぅし。畜生、誰か俺の噂してやがんな」
盛大なくしゃみをした二番隊副隊長、大前田希千代は斬魄刀から片手を離し袖で顔を拭う。
彼もまた、尸魂界で謎の虚と対峙していた。守備配置についていたところ部下の担当地域に突如として出現したため、急遽場所を入れ替えて彼が対応することになったのだった。
「それにしても、随分やりにくい相手だな……」
彼が対峙している虚は、下半身こそ二足直立してはいるが、両腕の先には巨大な二本の鉤爪が生えており、また頭部からは複数の触手が伸びるなど、他の地域に出現しているそれら同様異形という表現以外で形容できないような姿形である。幸い共有されていた情報にあった「空間を歪める」能力に関しては尸魂界に来る際に力を使い果たしたのか、はたまた機動的に使うのが難しいのかは分からないが戦闘中にはほとんど使われてはいないものの、両腕と触手という手数の多さだけでも大前田にとっては決して相性の良い相手ではない。彼の斬魄刀、五形頭は鎖付きの中距離武器で直接攻撃系であり特段手数を増やせるものではないし、父親と異なり特段鬼道の才に恵まれているわけでもないのだ。
「仕方ねえ。アレ、やるか」
大前田は大きくため機を一つつくと、始解を解除し納刀する。
「瞬閧・
そう叫ぶと、彼を中心に爆風が立ち上がる。死覇装の上半身がすべて吹き飛び、さながら相撲取りのような体軀が露わになった。両肩の後ろからは紫色の炎が真っ直ぐ斜め後方へと吹き出し続けている。
「この技、本当に燃費が悪ぃんだ。さっさと終わらせるぜ」
言い終わらないうちに一気に踏み込み、虚との距離を詰める。もともと隠密機動の分隊長を務める大前田は――その外見に反して――瞬歩を得意としており機動力は護廷隊でもトップクラスであったが、この瞬閧状態では背中から炎の形で霊圧を一気に噴出することで、更にその速力を高めている。
突っ込んできた大前田に対し、虚は右腕の鉤爪をその後ろ側から振るいつつ頭部の触手を防御へと繰り出す。先程までの五形頭ではこの触手を排除することすらできておらず、このままでは前方の触手と後方から迫りくる鉤爪で挟み撃ちになる構図だ。
「そんなんで止まると思ったか?」
大前田は自身の目前に迫った触手に向かい拳を振るう。その拳が触手に触れた瞬間、拳から青い炎が直線的に噴出し、そこから一本の触手を焼き切った。異形の虚にも痛覚はあるのか、この世のものとは思えないような叫び声をあげたが大前田は顔色一つ変えず、その腕を後ろへと振り戻し、背後から迫る鉤爪に返す刀で手刀を打ち込む。再び手刀に沿う形で青い炎が吹き出し――今度は焼き切るまではいかないかったが――それでもある程度の深い傷を与えたようだ。
こうなってくると厳しいのは虚の側だ。この異形の虚は攻防の手段をその触手や鉤爪といった大振りな物理的なものに頼っており、それが通じないというのはジリ貧一直線ということになる。なんとか反撃の糸口を掴もうと触手や鉤爪を大前田にむかって振るってはいるものの、その速度を捉えるとはできず逆に触手の一部を失う結果になっている。虚はこの状況に焦りを覚えたのか、虚は残された鉤爪を大きく広げカウンターを狙う構えを見せる。どの道このまま削られるのであれば、一か八かで一発入れてやろうという肚だろうか。
だが、それは大前田が待ち望んでいた展開でもある。自身で口にした通り彼の瞬閧は――元々鬼道の細かいコントロールが苦手であった彼にとってはなおさら――燃費の悪い能力であり、持久戦は極力避けたいというのが実情であった。そうであるがゆえに、相手の方が先に痺れを切らして一発勝負に出てきてくれるというのは願ってもない展開だったのだ。
「そいつを待ってたんだ」
背中の炎を一気に噴射し、上空十数メートルまで上昇した。大前田を見失った虚は次の突撃に備え身構えるが、その腕や触手はすべて水平方向からの攻撃に備えている。
「瞬閧・紫焔烈迸・
上昇の頂点で方向転換して再度炎を噴射、今度は一転急降下である。迫りくる大前田に気付いた虚は触手や鉤爪をすべて上方向へと向けて防御を試みる。
「うおおぉぉっ!!」
衝撃の瞬間に拳を突き出し、合わせて背中からの噴射に回していた霊圧もすべてその拳へと送り込む。相当な速度と大前田自身の重量からくる膨大な運動エネルギーに加え霊圧による高温の炎がすべて一点に集中した破壊力は虚の鉤爪をへし折り触手を焼き切り、ついにはその頭部を打ち砕いた。
「あー…やっぱ痛えわ、これ」
高速で落下してその衝撃をすべて叩き込むということは、当然その反動は自身の体で受けるということでもある。最終段で拳から噴出した炎の反作用で多少は緩和されたところで限界はあり、そうそう気軽に使える技ではないだろう。
「お疲れ様です、こちら替えの死覇装です」
大前田は一旦体制を整えるべく隊舎に戻り、部下に着替えを用意させる。
「大分…凄い格好になっているが、そんなに手強い相手だったか」
総隊長の命を受けて二番隊の担当範囲に派遣されてきていた沖牙一番隊副隊長が声をかける。彼が到着する頃には既に大勢は決しており、総隊長への報告を預かるために大前田の元を訪れていた。
沖牙の懸念はもっともだろう。本来戦闘中に死覇装が損傷するということは普通に考えれば相手からの攻撃の結果であり、上半身全体が裸になるようなダメージを受けたのだとすれば相当な重傷さえ想像される。
「心配要りませんよ、これは……まあウチの隊長のお考えっすわ。瞬閧んとき、見るに耐えねえからいっそ全部吹きとばせっつわれてんすよ」
瞬閧は両肩の後ろに高濃度の鬼道を纏って戦うものである関係上肩から背にかけての部分は吹き飛ぶが、本来前側の方まで吹き飛ばす必要性はない。ただ、四楓院家の姉弟や砕蜂と異なり大前田のような外見の人間があの袖なしの刑戦装束を身に纏うのは確かに見目麗しいとは到底言い難いだろう。
「なるほど、確かにそうだろうな」
沖牙は脳裏に一瞬浮かんだ悍ましい絵図に瞑目した。
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第六章: Confront the Unknown (3) ― Bitter Ordeal
中級大虚イグアラダ・フィルボは虚の食物連鎖の中では少し異色の立ち位置を占めていた。元来大虚は同族に体軀の一部でも喰われるとその時点で進歩が止まるという性質を持つ。それは「他者との横槍を入れてきた第三者」に喰われても同様であるため、より進化し知性をつけていくにつれ、大虚たちは乱戦になることを忌避し、戦いの必要があるときも邪魔の入らないところで正面切って対峙することが主となっていく。そうした戦いに敗れ行き止まりに至った大虚の多くは潔くそのまま相手に喰われ、あるいはそのまま霊体としての生を終えていくのだが、一方で中には何とかして――進歩を諦めることで――生き延びることを優先する者もいる。破面になる前のイグアラダは主にそうした敗走する虚を贄としてここまで力をつけてきた虚であり、メノスの森の深部に腰を落ち着けるようになったのも狩野雅忘人が暴れまわった結果手傷を負った大虚が定期的に供給されてきたからである。そうした面でイグアラダは決して雅忘人に対し恨みを抱く理由がないどころかある意味で感謝してさえいるのだが、だからといって死神という自らと相反する存在と一度刃を交えておきながら――特に自らより上位の虚が介入するという不本意な形で――決着がつけられなかったというのは大きなわだかまりを残す結果であった。そのイグアラダにとって大きな誤算だったことは、改めて対峙した雅忘人の斬魄刀が思ったより強力だったことだろう。曲がりなりにも中級大虚である自分が破面化したというのに、高々死神の始解に押し負けるというのは自尊心を傷つけるには十分であった。
「躊躇してる場合じゃねえってことか」
一旦響転で少し距離を取ると、改めて自身の斬魄刀を構え直す。
「狩れ
破面の帰刃は、人型になるに際して封印した虚としての力の本質を自身の体軀に戻すものである。かつて野犬のような風貌だったイグアラダは帰刃すると鋭い爪を取り戻し、また両肘・両膝から牙を思わせる鋭い突起を手に入れる。
「それが帰刃ってやつか」
メノスの森は虚圏の中では「僻地」でありそこに暮らす大虚の大半は最下級である。雅忘人にとってこの数百年間を思い返しても普通の中級大虚と遭遇することさえ稀なことであったし、帰刃はおろかまともに斬魄刀を扱うこともできないような「出来損ない」であっても破面と相対したことは片手にさえ足りぬほどの珍事である。言うまでもなく元々中級大虚で帰刃まで至っている「成体」の破面と刃を交えたことなどあるはずもない。破面にとっての帰刃は死神にとっては卍解に相当するもので、言い換えれば眼の前の破面は隊長格に匹敵する存在ということになる。いまだそこに至っていない雅忘人からすれば、ここから先の戦いはそう楽観できるものではない。
雅忘人の斬魄刀は大型の突撃槍のような姿であり、その得意技も霊圧の噴出による突撃とどちらかといえば大振りの側に属する関係上、手数や速度に勝るイグアラダとの戦いは――ただでさえ霊圧という根本の部分で旗色が悪いことも相まって――苦戦を強いられるものになった。特にイグアラダには大虚ならではの虚閃という遠距離攻撃手段さえあり、戦闘を続けるにしたがってだんだんと削られてしまっている。
「仕方ねえ、行くしかねえか」
このままではジリ貧と悟った雅忘人は諦めて、多少のダメージを承知の上で突っ込むことを選択する。元々数百年間メノスの森で長く戦闘していた雅忘人は元々それなりの打たれ強さはあり、背負えるリスクと見做しての選択である。雅忘人が一直線に突っ込んできたのを見て、イグアラダは虚閃や爪を振るってダメージを与えていくがそのスピードが落ちることはない。
「クソっ……!」
「捕らえたぜ」
最終的に何とか両腕で受け止めたはものの、全身の体重が乗せられた突撃の速度を殺し切る事はできず紅沙参の槍体が深々とイグアラダの腹部を貫いた。
「
雅忘人が叫んだ瞬間、穂先を中心として槍が大きく展開し傷口もそれに合わせて拡大する。
「うおおぉぉっ!!」
そして槍の柄を引き抜くとその内側から細身の両刃剣が現れ、その剣で更に斬りかかる。
「痛えじゃねえか……。ただ、そんなんじゃまだ俺はやられねえぞ」
腹の傷は決して浅くないものの、元より身体構造が生身の生物とは全く異なる大虚にとって致命傷には程遠いものであり、距離が詰まったことを幸いと反撃に出る。雅忘人は近距離で放たれた虚閃の方はギリギリで回避するものの、その直後に繰り出された右肘の「牙」が雅忘人の肩を捕らえる。全身で斬りかかる動きであった関係上自身の前進力さえも反撃のダメージに上乗せされて相当な深手になってしまう。
「畜生……」
一度大きく開いた紅沙参は元の形へと再変形し、雅忘人が力なく利き手にぶら下げたままになっていた柄の部分へと戻っていく。イグアラダも大分出血している状況だが、この好機を逃すまいと虚閃で追撃する。
「縛道の七十三、倒山晶」
虚閃が雅忘人に直撃するその瞬間、彼の周囲を四角錐状の結界が取り囲んだ。虚閃の直撃によって結界は砕かれたが、致命的な一撃から雅忘人を守るという役割は果たしたようだ。
「あァ?何だこりゃ」
「そこまでです」
二人の戦いに介入したのは四番隊副隊長、山田花太郎であった。雅忘人が深手を負ったのを察知した彼はなんとか救出し治療を施そうと手を出したのだ。元々回道の腕は――貴族に買われていった彼の兄ほどではないかも知れないが――優れており順調に隊内で出世してきた彼であったが、特に黒崎一護と接触して以降現世含め最前線に出ることが増えた関係からこうした防御に適した鬼道の習得・熟達にも力を費やしており、鬼道に長けた他の隊長格には及ばないまでもこうした際に緊急回避的に使うことはできるようになってきていた。
「邪魔すんのか?」
「もう決着は着いたじゃないですか。あなただって相当深手を負ってるのに、これ以上やる意味はないでしょう」
両者の間に剣呑な雰囲気が満ちていく。物腰の低さから下に見られがちな花太郎とて護廷隊の――それも死線を数多く抜けてきた――副隊長の一人であり、その迫力は本人が意識しないまでもそう見劣りするものではない。
「……あなたの傷も治します。それで手打ちにしませんか」
かつて藍染惣右介の離反時に虚圏に来たかつての上司卯ノ花烈もそうであったが、四番隊の流儀としては必要さえあれば敵を治療することさえ厭わない風潮がある。それは交渉材料としてであることもあれば、例えば三界の魂魄均衡を守るためであったり、はたまた将来を考えて恩を売るためであったりと理由は様々だが、ここ二代の副隊長もまたそうした隊風を更に深化させてきたところでもある。そうした背景を考えれば、花太郎がこうした申し出をするのは当然でもあった。
「……要らねえよ、大きなお世話だ」
結局、興が削がれたといった雰囲気でイグアラダはその場を去っていった。元々彼にとってもこの戦いは単に遺恨を晴らすためのものでしかなく、ここで副隊長と敵対してまでとどめを刺しに行く理由はもはや存在しなかったのだ。
「ふぅ……緊張した。さて、雅忘人さんの治療をしないと」
お察しの通りサンライトハートですね、この上なく。
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第六章: Confront the Unknown (4) ― Arrester's Zeal
元滅却師という出自でかつ現在席官以上の地位にある者の中では特に穏健派として知られる黒崎千尋は、同様に滅却師の血筋を持つ死神たちの交流組織「十字組」の一部メンバーが浮足立っていることに苛立ちを覚えていた。そもそも悪いのはリーダー的立場にありながら独断専行で何かよからぬことを働いた挙げ句捕縛された石田誠弦だが、その状況下で浮足立っている他のメンバーもそれはそれで腹立たしい。どうも自分の預かり知らないところで良からぬことを企んでいた勢力がいたことには気づいていたが、だからといって尸魂界が緊急事態にある今そんなことをしている場合ではないはずだろう。
ふと霊圧を探ると、一人技術開発局の方に向かっていったらしいことに気がついた。現世での生まれ年は相当離れていたらしいとはいえ自身の子孫に当たる顔見知りが軽率な行動に出ているというのは流石に見過ごせない事態であり、できれば事が大きくなる前に彼を止めるべく持ち場を離れて技術開発局の方へと向かうことを決断した。
「何処へ行く」
だが、技術開発局へと向かう道中で、六番隊隊長朽木白哉と遭遇した。
「八番隊の担当区域は違ったはずだが、黒崎五席」
このあたりは六番隊の範囲でもないはずで、第五席に過ぎない自分のことを認識していることからも恐らく自分自身の出自を踏まえた上で――つまり石田誠弦捕縛に伴う元滅却師の死神に対する対応として――声をかけてきたのだろう。
どう答えたものか、少し逡巡する。今の時点で自分はまだ単に「持ち場を離れた不真面目な席官」レベルの話であって、正直に事情を話せば大きな問題になることはないかもしれない。一方で、そうしてしまえば当然技術開発局に向かった子孫はそこにいる涅マユリ以下十二番隊の戦力のみならずこの朽木白哉からも狙われるということであり、それは単に捕縛では済まない目に合うこととほぼ同義である。そして何よりの懸念事項は、目の前にいる男が「あの」朽木家の者であり、正直に話したところで情状を酌んでくれる保証もないことだ。先々代の銀嶺はたとえ自身の流儀に反したとしても尸魂界の秩序のためであれば剣を振るえる男であり、それが朽木家の誇りだとするならこの白哉も同様の矜恃を持ち合わせている可能性は高い。
「……祖父君は元気にしてるかい」
千尋は突然話を変える。
「何の話だ」
「200年前の話さ。まだアンタは生まれてなかったのかい?」
白哉は顔を顰める。
「アンタの祖父さんには当時随分世話になったからね。『ご挨拶』したかったんだけど、生憎アタシが護廷隊に入った頃にはもう引退されてたからね」
千尋とて当時の銀嶺が負っていた任には察しが付いているし、彼自身その任に対して思うところがあったのは当時刃を交えたときに感じ取っている。畢竟過去の因縁とはいえそこまでの恨みがあるわけではないのだが、一方でその状況を引き起こした尸魂界上層部・上級貴族達の思い上がりに対しては――自身のみならず犠牲となった仲間たちのことを思えば――怒りという言葉では足りぬほどの思いがあるのは事実である。特にその貴族としての振る舞いを象徴する朽木家の当主を目の前にした現在、そのわだかまりは長い時を越えて自身の心に再度影を落とし始めていた。
「アタシは不肖の子孫を助けに行かなきゃいけないんだけどさ、見逃しちゃくれないか」
朽木家の当主、そして六番隊隊長である眼の前の男はこのような情が通じる相手ではないだろう。それでもやはり樹をそのままにしておくというのは自分自身の主義に反する以上、やはりここでの衝突を避けて通ることは難しそうだ。
「何を言っているのかは知らないが、何にせよ貴公が今護廷隊の指揮の下にないというのであれば、然るべき対応をせざるを得ないな」
「毒せ、
単なる斬り合いでは分が悪いと見たのか、ロリ・アイヴァーンは帰刃して雛森桃と相対する。「相方」のメノリ・マリアは遠巻きに見て戦いに参加しようとはしないが、概ねそれはロリの帰刃の能力を知っているからだろう。帰刃の能力は「毒」。触手に変化した両腕から触れた物を溶かしていく溶解系の毒液を分泌するが、特段交戦距離がそこまで伸びるわけではない。元々斬魄刀も――隠し持って不意を突くことに特化している関係上――小振りで接近戦向きということもあり、その身軽な体軀と身のこなしを活かしたインファイターというべきだろう。
「弾け、飛梅」
帰刃を見た雛森もまた自身の斬魄刀を開放する。彼女の斬魄刀は焱熱系斬魄刀の中でもかなり遠距離に特化したものであり、必然戦闘の主導権は彼女の側にあると言えよう。藍染惣右介から雛森のことを少なからず聞いていたはずのロリがそうしたことを無視して戦いを挑んでいるのは、まさに彼女らしいと言ったところだろうか。
「ほらほら、そんな引いて戦ってどうするの?」
距離を取って戦う雛森をひたすら煽る。触手を振るうことでその軌道の延長上に毒液を飛ばすことはできるし、毒液自体はかなり殺傷力が高いためそれなりの脅威ではあるものの、飛梅から遠距離で繰り出される火球に干渉する術を持たない以上は隙を見つけて接近するか、あるいは雛森の方から距離を詰めるように仕向けるか、あるいは虚閃に頼るか、といったところだが、彼女の魂魄強度で放つ虚閃がそこまで強力かといえば残念ながらそうではない以上、やはり接近戦を前提とするしかない状況だ。
「貴方と戦う理由はありませんから。刀を納めて退いてくれるならそれでいいんですよ」
実際相手はそれほど強大でないとはいえ破面の一員、不用意に斃してしまえば三界の魂魄バランスに影響が出ることも考えれば雛森の側に戦う理由はまったくないのだ。無論藍染惣右介の元部下という因縁や相手の言動の不愉快さにそれなりの苛立ちは覚えているが、鬼道衆を代表して派遣されているという責任を自覚している彼女にとっては――特に今回の任務がこんな下っ端の破面の討伐ではなく、尸魂界全体の脅威となりかねない未知の虚の調査にあるということを考えれば――いかにこの場を収めるかということの方がより重要性が高い問題だ。
「張り合いがないわねぇ、そんなんだから捨てられるのよ」
「自分のコンプレックスを相手にぶつけて何がしたいのかしら」
「……っ!!」
相手を苛立たせるつもりで心理戦を挑んだつもりが、見事にカウンターを食らってしまう。彼女自身の自尊心は結局藍染惣右介の寵愛を受けていたという一点によって保たれているものの、結局彼がここ虚圏を離れる際に置いていかれたことを考えれば自身もまた藍染に「捨てられた」側であるのは事実だ。かつての心酔から自ら抜け出し、その後周囲の力添えもあり――「藍染惣右介の副官」ではなく――護廷五番隊の副隊長としてのアイデンティティを取り戻した雛森に比べると、未だに藍染の側近であったということを心の拠り所にしてしまう彼女の方がより根深いとすら言えるだろう。特に彼女にとって誤算だったことは、てっきり自分と同じ立場であったと思っていた雛森は藍染と単なる上司部下の関係でしかなかったことだ。自身に対して藍染が向けていた「それ」が彼女に向いていなかったのだとすれば、ある意味ではもちろん「女としての自分」の優越感に結びつくものではあるものの、一方では彼女がそういう武器を使わずとも藍染の興味を惹いていたということでもあり、それは「戦士としての自分」の劣等感を引き起こすものであった。
「いい気になるんじゃないわよ!!」
そうした苛立ちを乗せて全力の虚閃を撃ち出す。副隊長相手では分が悪い技ではあるものの、それでも破面が消耗覚悟で放つ全力の虚閃は当たればそれなりの痛手になるであろう威力にはなる。だがもちろん、その手は雛森の読み筋の一つであった。
「縛道の三十九、円閘扇」
鬼道によって形成された円形の盾は真正面ではなく少し上方向を向いており、虚閃を完全に受け殺すのではなくその軌道を逸らす形で作用する。正面から虚閃を受け止めようとすればそれは当然にそれなりの強度も必要になるし反動も受けてしまうが、こうして受け流すのであればより強度の低い――つまり霊力消費を抑えたものでも十分ということになる。こうした細かい調整は雛森の得意とするところであった。
「畜生、やっぱりかよ!」
虚閃が弾かれたのを見てロリは再度接近を試みるが、雛森がこうして霊力を節約したということは当然「次」の手のためである。
「破道の五十八、闐嵐」
雛森から大きな竜巻状の風が放たれる。咄嗟に飛び退いたロリはすんでのところで巻き込まれずに済んだものの、その視界は完全に遮られてしまう。
「幽谷の
――縛道の六十三、鎖条鎖縛」
ロリの周囲四方から霊子の鎖が現れ、その体を拘束していく。本来は太い鎖が雁字搦めに巻き付くことで動きを阻害するものだが、雛森の制御によって本来の姿よりも遥かに細い鎖が順序よく編まれていき、五体それぞれを緊縛し一切の動きの余地を奪っていく。
「貴方のような品のない女にはお似合いの姿よ。それでしばらく頭を冷やしていなさい」
最終的に上体は後手縛りのような形に編み上がる。ロリの下卑た挑発に対して一切取り合う様子を見せなかった雛森だが、内心堪えていたとはいえやはり苛立ちや嫌悪感は相当なものであったようだ。鬼道の達人にとってその発動をある程度コントロールすることは容易いものだが、その技術をこのような形で無駄遣いするというのは普段の彼女からすればなかなか珍しい光景である。
「貴方もやる気ですか?」
遠巻きに見ていたメノリ・マリアに目をやるが、当のメノリは拘束された相方に心配そうな目を向けるばかりで戦おうという意思を見せない。
「心配要りませんよ、そのうち解けるように組んでありますから。私たちの邪魔をしないのなら、それで結構です」
鬼道の詠唱ってそれ1つ考えるだけで相当な気力を消費しますね。
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第六章: Confront the Unknown (5) ― Fierce Empath
日乱派の人はごめんなさい。
「大分キツいわね……」
油断がなかったと言えば嘘になるかもしれない。滅却師の集団や藍染配下の破面との戦闘を経験してきた乱菊にとって、面も剥いでいない単なる虚に過ぎないこの相手はいくら図体が大きいからといってさほど強いものだとは思えなかったし、彦禰という更なる強敵とも刃を交えた修兵にとっては尚更そうであった。ただ、曲がりなりにも――方や卍解にさえ至っているほどの――隊長格が二人がかりにもかかわらず苦戦を強いられている現状は、そうした若干の慢心の影響だけというよりは、やはり相手がそれだけ厄介な存在であると考えた方が。相手取っている虚は彼らの「距離感」を狂わせているのか、うまく攻撃の狙いを定めることすらできていないのが現状である。鬼道による遠距離戦闘はもちろんのこと、修兵も乱菊も斬魄刀は中距離型であるため斬術による対抗も難しい状況に至っていた。
「すみません乱菊さん、後は頼みました」
「あんた何言ってんのよ」
覚悟を決めた様子の修兵はそう言い残すと、一気に敵と距離を詰める。
「言葉もわからなそうな奴に使う力じゃねえんだがな、本当は」
そう言いながら自身の斬魄刀、風死の両端に繋がれた鎖鎌を握り直す。当然攻撃の手が緩んだことで相手の虚の方は動きやすくなり、その巨体から伸びる8本の巨大な脚のうち1本を修兵の向かって繰り出して接近を阻もうとする。
「――卍解 風死絞縄」
相手からの反撃も無視して一直線に突っ込んだ修兵の体を虚の脚が貫こうとしたその瞬間、両の鎌を繋いでいた鎖が爆発的な勢いで伸び、修兵の頭上で渦巻いて球体をなしていった。球体からは幾多の鎖が下に向かって生み出され、それらは両者の体へと絡みついていく。虚の脚は確かに修兵の腹部を貫いたはずだったが、鎖の動きが一段落する頃にはその傷口は塞がっていた。
「修兵、あんた……」
少し離れたところで見ている乱菊にとって、この姿は初めて見るものであった。先の大戦で彼が卍解に至ったという話は聞いていたもののそれを使う機会は訪れず、かつてはそれを仲間と共に揶揄っていたことすらある。
死神にとって、たとえ相手が味方である護廷隊士であったとしても自身の能力を必要もなく明かすことはしないことが普通であるし、特にそれが自身の力の極地である卍解についてであれば尚更である。乱菊も当然修兵の卍解がどういう力を持っているのかは何も知らされていないが、周囲に満ちた冷たく重い霊圧からそれが――普段の二枚目半といった感じの彼の雰囲気には似つかわしくもないような――極めて陰湿な能力であることを感じ取っていた。とはいえ能力の本質もわからず、効果範囲に踏み込んだ者を巻き込む可能性すらありそうな姿であり、何より修兵自身が連携について口にすることなくこの力を発動したということから考えても、自身の出番は彼が言い残した通り「後」に来るのだということを理解し、修兵の戦いを見守る覚悟を決めた。
言葉を発することはないものの、相手方の虚は明らかに苛立ちを抑えきれないといった様子であった。修兵の卍解、風死絞縄はお互いの霊圧を用いてお互いの傷を治癒し続ける性質のものであり、畢竟それは「いくら相手にダメージを与えてもその損の半分は自分が背負う」ことを意味している。とはいえ敵方からしてみれば修兵にこの卍解を解除させなければ勝ちはないということでもあり、手を緩めるわけにもいかないのは事実である。幸か不幸か傷が治癒されるとはいえ痛みはすべて残るということもあり、完全に我慢比べといった様相である。
一方修兵としても、こういう意思疎通のできない相手にこの能力を使うことは想定していなかった。以前この卍解を初めて実戦で使った際は最終的に相手の戦意を奪って勝利するに至ったが、それはひとえに彦禰に彼の言葉が届いたからであって、こうしてコミュニケーションがとれない相手に対して卍解を使うということは最終的には「お互いの霊圧が尽きそれ以上戦えなくなる」状況に至ることを前提とせざるを得ないということであり、それこそが乱菊に後を任せざるを得なくなった最大の理由である。
しばらくして。
遂にお互いの霊圧は底を突こうとしていた。特に「いくら手傷を負っても死なない」ことをわかっている修兵は――傷ついたことによる痛みはあるというにもかかわらず――反撃を無視して突っ込み続けた結果として、双方の霊圧の消耗は相当に加速していた。どうやら虚も自身の能力を使うためにはそれなりの霊圧消費があったのか、既に距離感を狂わせたり空間を歪めたりといったことはできずに自身の触手や手足による直接攻撃を繰り返すのみとなっていた。
そして「その時」は訪れる。
両者の霊圧がほぼ尽きたタイミングで修兵は卍解を解く。
「破道の六十三、雷吼炮!!」
その瞬間、離れたところで様子を見ていた乱菊が一撃を放った。既に限界まで消耗していた虚は能力でそれを逸らすことも回避することもできず、まともに食らってしまう。そして放った鬼道に合わせて瞬歩で距離を詰めた乱菊は、最後斬魄刀の一太刀で虚を両断し戦いに幕を引いたのだった。
「ありがとうございました、乱菊さん」
「無茶したわね、修兵」
力を使い果たし寝転がった修兵の元に乱菊が駆け寄る。卍解、風死絞縄によって修復されるのはあくまでお互いの霊体のみであり、身につけている死覇装などは損傷したまま回復することはない。本来であれば数回死に至るレベルの傷を負った修兵の死覇装は当然ボロボロになっており、彼を抱きかかえた乱菊は修兵が今回の戦いで負った傷の多さを改めて思い知らされた。
「乱菊さんが無事でよかったです」
だが、その状況に至ってなお、消耗した修兵が息も絶え絶えに口にしたのは乱菊を気遣う言葉であった。その言葉を聞いた途端、それまで修兵を気遣うような表情をしていた乱菊の顔に怒りが灯る。
「何が『よかった』よ」
「えっ……」
「男ってみんなそうよ、ホント腹立つわ!」
そう言いながら乱菊は修兵の襟元を掴み引き寄せる。
「ギンも、あんたも、志波隊長も!何なら一護だってそうだし日番谷隊長だってちょっと前までそうだったけど!!勝手に自己完結して、残される女の気持ちなんかちっとも考えやしない!」
そう一気にまくし立てた乱菊の目尻には、うっすら涙が浮かんでいる。
「アタシ達だって死神なの、一方的に守ってもらう立場じゃないのよ!何でちゃんと頼ってくれないのよ!!」
「乱菊さん……」
「第一ね、人を女扱いするならまずちゃんと男見せなさいってのよ」
そう言いながら額を修兵の胸元へ寄せた乱菊の頬には若干の朱が差している。
「いつまでいなくなった奴の影気にしてんのよ、情けない。そんなヘタレでナメられっぱなしの男がそばに居るなんて、私は願い下げだからね」
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第六章: Confront the Unknown (6) ― Thirsting Axe
「さーて、あいつらも十分離れたな」
守備配置の発令に応え現場に出ていた志波一心は、自らの三番隊の担当区域に虚が出現したとの報を受け自隊の配置を改めていた。以前現世で藍染の作り上げた虚と対峙したときもそうであったように、彼は強大な敵との戦いに際しては単身で臨む傾向は――二度目の――隊長就任後もまるで改善されてはいなかった。もっとも、三番隊は副官が虚圏に派遣されているという状況を考えれば実際隊長格の戦いの近くにいて役に立つ者がそうそういるわけも無いのは事実だし、京楽総隊長指揮下である現在の護廷隊は以前のそれに比べ末端隊士の損害を抑えることを考慮するようになっていたため、隊長格自らが前線で戦う風潮が主流となりつつあったのだが。
何にせよ、部下を周辺地域に割り振り終えた一心は禍々しい霊圧の元へと向かう。
「っと、ありゃ破面……なのか?」
他の地域や虚圏で観測されていた異形の虚達と異なり、多少造形が崩れた部分はあるものの一応は二足歩行の姿をしていた。元々この虚達は面を持たないためそうした面では「破面」と称するのが適切かは分からないが、少なくとも異形の虚とは一線を画する存在であることは事実だろう。
「他のとこに出てる奴は破面じゃねえって聞いてたし、『当たり』引いちまったか」
そうぼやきながら斬魄刀に手をかける。
「ふむ、隊長のお出ましか」
元より霊圧を一切隠さず近づいたからとはいえ、その虚はすぐに一心の接近に気付きそう言葉を発した。
「やっぱ喋れんのか、お前」
「むしろ何故喋れない可能性を考えたのか聞いてみたいところだな」
「……理屈っぽいな」
「そういうお前は随分単純そうに見えるな」
いちいち癪に障る物言いをしてくる相手に苛立ちを覚える一心だが、逆に言えばこれだけのやり取りができるということは相手にそれだけの知性が備わっているということでもあり、まるで油断ならない相手と考えるべきだろう。
「燃えろ、剡月!!」
一切の躊躇なく斬魄刀を開放する。刀身が赤熱し炎を纏い始めると、周囲の温度が上がっていく。
「成程、流石は隊長といったところか」
虚もまた斬魄刀を抜き身構える。藍染惣右介の手によって生み出された「成体」の破面程ではないとはいえ、その刃は並の隊長格に匹敵する程に研ぎ澄まされた霊圧を伺わせる。
「月牙――天衝!!」
踏み込んだ一心が霊圧を込めて剣を振るうと刀身を覆っていた炎が拡がるが、破面は響転でそれを回避し虚閃で反撃する。もちろん一心もまたそれを瞬歩で回避したため、お互いダメージを与えるには至らない。何度か剣戟と虚閃・月牙天衝の応酬を交わすものの、両者の実力は剣術でも歩法でも、あるいは霊圧を用いた技でも大きな差はなく決定打を与えるには程遠い状況だ。
「お前、名はあるのか?」
自我のない低級の虚は言うに及ばず、ある程度の戦闘能力を持つ者、あるいは生前の記憶を色濃く残し凶行に走っていた者でさえ自身の名を名乗る程に自我を取り戻した者はまず存在せず、尸魂界が割り当てた一種のコードネームで呼称されるのが通例である。結果自身の名を名乗るというのはその魂魄の洗練度が低く見積もっても中級大虚レベルであることを意味しており、より強大な相手であるということを覚悟する必要が出てくるだろう。
「本当に智慧がないのか、随分唐突な問いだな……まあ良い。私はカムサ・スカルマリが眷属の一、アビレス・ミラジェス。たとえ頭の足りぬ
「言ってくれるじゃねえか。この黒…じゃねえや志波一心、何をしに来たのかは知らねえが尸魂界に来た虚を見逃すわけには行かねえんだ!」
「アイスリンガーのやつ、ホントいい仕事してくれたぜ」
開戦劈頭に自身の帰刃「
一方厳しい立場に置かれているのは斑目一角だ。彼自身直接戦闘に傾倒した更木十一番隊で副官にまで上り詰めた実力者ではあるものの、斬魄刀の鬼灯丸は三節棍という技巧寄りのもので純粋なパワータイプを相手とするのは実のところそこまで得意なわけではない。実際かつて藍染惣右介配下の巨体の破面チーノン・ポウと交戦した際も大分苦戦を強いられており、今回もまた大分消耗してしまっているのが現状である。
「クソっ……。アンタ、あの
「そうか、お前は誰かの従属官と戦ったことがあるのか」
「なんかクソデケえ奴だったぜ」
「……ほう」
「そうか、俺はあいつを超えたのか」
少しだけ感慨に耽ると、また拳を振るう。龍拳はもちろんガンテンバインの恵まれた膂力からくる物理的破壊力も十分にあるが、それ以上に霊圧から生み出される雷による遠距離攻撃が厄介なものであり、決して交戦距離の長くない一角にとってはそれもまた脅威の一つになっている。
「やっぱ出し惜しみできる相手じゃねえってことか」
一角はそうひとりごちながら覚悟を決める。
「光栄に思いな、『こっち』を見せんのはアンタが初めてだ」
ただならぬ雰囲気を感じ取り、ガンテンバインは一歩引いて身構える。
「卍解!!」
一角がそう声高に叫ぶと、その霊圧が一気に跳ね上がる。
「
展開された卍解は、以前のそれと大きく異なった形状をしていた。
3つの大型の刃が鎖で繋がれているという基本構造、そして中央の一つが龍の文様を持つ円弧状のものである点は共通しているが、右腕側は彼岸花の文様が刻まれた短刀に、そして左腕側は鬼灯の文様が刻まれた戦斧へと変化しており、その外見から受ける印象は大きく変わっていると言えるだろう。
「大層な姿だな」
「褒めるのは食らってからにしな!」
一角の速力自体は卍解前とほとんど変わっていはいないが、獲物が三節棍という線の細いものから大型の刃物に変化したことで思い切った踏み込みはしやすくなった。もちろん相手の攻撃を防ぐことにも使えるが、それ以上に一撃が重くなったことでガンテンバインの側としても回避や防御に意識を割かなければならなくなったことの方が重要だ。
――随分歪な卍解だな。
しばらく刃を交えてみて、ガンテンバインはそう思った。
本来卍解というのは当然に霊圧の劇的な上昇を伴うため、それに伴って膂力もある程度向上するはずであり、当然それは攻撃力のみならず防御力や速力の上昇にも繋がるはずである。だが、一角を見る限り攻撃力は確かに爆発的に向上しているものの防御力も速力も始解とほとんど変わっておらず、いくら好戦的な性格をした死神の卍解とはいえその偏り具合には違和感を禁じえない。
「大分『溜まって』来やがったな」
おもむろに一角がそう漏らす。
確かに、卍解直後はくすんだ色をしていた中央にある円弧状の刃に刻まれた龍の文様が今や六割ほどまで赤く光を発している。
「お待ちかねってことかい」
戦士が自らの手の内を明かすとは思えないが、とりあえず問いかけてみる。
「誰に似たのか俺の斬魄刀はのんびり屋でな。調子が上がってくるのに時間がかかるんだよ」
そう言いながら一角が左手に力を込めると龍の文様の光が減り、一方左腕側の戦斧に刻まれた鬼灯の文様が光る。そして一度光った文様が元に戻っていくにつれて、一角の体中にあった細かい傷の出血が止まっていく。
「治癒能力持ちかよ」
「半分は、な」
そう言いながら、今度は右手の方に力を込める。今度は右腕側の短刀に刻まれた彼岸花の文様が光りガンテンバインの体にある傷口に黒い炎がまとわりつく。
「なんだ、これは」
傷口から発生した炎はそこから広がる様子はなく、そこまでのダメージには繋がってはいないものの、体力は少しずつ奪われるし霊力もそこから漏れ出しているようだ。
「なあに、ちょっと痛みが増えるくれえのもんだ。戦いを楽しむためのアクセントってやつだよ」
そんなアクセントがあってたまるか。戦いが長引けば致命傷に至らない小傷は当然増えていくものであり、相手につけた傷の影響は大きくなり、自身の側の傷は治していくなどというのは随分性悪なものだ。先程まで半分以上光っていた龍の文様は今や二割程度まで減っているが、そうであるなら――時間経過なのか、それとも他の要因によるのかは分からないが――中央部に溜めたリソースを左右に振り分けて使うもの、ということを意味しているのだろう。つまるところ、それが意味しているのは長期戦が不利になるという一点だ。
「見かけによらず、大分タチの悪い物持ってるんだな」
「あァ、俺もそう思うぜ」
そう言いながら斬り込んでくる一角に対し、ガンテンバインは守勢に回らざるをえない。長期戦が不利になるからといって不用意に短期決戦を挑めば当然一発のある相手にしてみれば良い的になってしまうわけで、厳しい二択を強いられる形である。
しばらくの後。
刃を交わし合う中で、案の定ガンテンバインは一方的な消耗を強いられていた。素の戦闘能力で互角か若干上のレベルな相手の方のみに回復の手段や継続的にダメージを与える手段があるのだから、当然その結果は火を見るより明らかなのだが。
「参ったよ、降参だ」
ガンテンバインはそう言いながら帰刃を解く。
自身にとって今回の戦いはあくまで戦うこと自体であり、彼我の優劣が決した今これ以上続ける意味はなかった。無論降参の意を示したところで相手が受け入れる保証があるわけではなかった……が、ここまでやり合って感じたところでは一角もまた自身を殺すことを目的としているわけではなさそうであった。
「そうかい」
案の定、一角もまた卍解を解き斬魄刀を鞘に納める。
そもそも死神にとって、大虚クラス以上の虚というのは斬れば斬ったで魂魄バランスに気を遣う必要が生まれる対象であり、尸魂界と現世に害を及ぼさない限りにおいてはむしろ止めを刺したくない相手である。「格付け」の済んだ相手を斬りたくないという一角の――というよりは更木隊の――流儀も考えれば戦意を失ったガンテンバインを見逃すという選択は当然の結果だろう。一角はそのまま一瞥もせず、他の隊員の元へと向かっていく。
「強えな、アンタ」
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第六章: Confront the Unknown (7) ― Cloistered Youth
他の一般隊士達を逃した後、豊川翔太を筆頭とした若き幹部候補たちは異形の虚に対してかなりの苦戦を強いられていた。いくら上級貴族2名を含む席官候補生の集まりとはいえ、目の前の虚は大虚クラス程度の霊圧はあり全く楽観できるものではない。戦闘経験に優れた岩鷲は始解に至ったとは言えまだ本番で使えるレベルではなく、また豊川・竜弦の二人はまだ同調に至ってすらない。頼みの綱であるはずの朽木橙璃は唯一始解を使えるレベルではあるのだが、如何せん彼の斬魄刀
「すまない、そっちに行ったぞ!」
案の定、前衛を張っていた3人の連携が崩されて虚が後衛の竜弦へと向かっていく。
「仕方ない……!」
先程から鬼道で前衛陣のサポートをしていた竜弦だったが、自らの側に敵が来たのを見てついに覚悟を決める。左手首に巻きつけていた滅却十字に霊力を通して
「石田君、それは……」
「お察しの通りだよ。隠していたつもりはないのだが……」
「いや、助かったよ。ありがとう」
実技のみならず座学でも成績優秀であった豊川は、竜弦が行使したその力の正体を即座に看破する。とは言え先の大戦を知らない彼にしてみれば滅却師というものに対して悪感情があるわけもなく、単に友人が強力な戦力であることを嬉しく思うのみである。
「こちらでこの能力を使うつもりはなかったが、背に腹は代えられない」
「橙璃、あんたこんなとこで何してんの!」
そこに現れたのは十一番隊第七席阿散井苺花、橙璃の姉であった。同僚とともに守備配置についていたところ、自身の担当区域のほど近くに見知った霊圧を感じて馳せ参じたのだ。
「あなた、それ……」
そして、弟と並んで戦っている竜弦の左手に神聖弓があるのを目に留める。彼女自身も当然先の大戦時には産まれてすらいなかったが、両親の縁で会った黒崎一護の周辺人物のお陰で滅却師の弓は何度か実物を目にしていた。
「それ、しまっといた方が良いわよ。特に今は、ね」
彼女もまた守備配置についている席官として、石田誠弦捕縛の知らせは受け取っていた。この事態が収束した後どのような沙汰が下るのかは彼女の知るところではないが、現状「滅却師の力を行使する死神」というだけでも巻き込まれるリスクは否定できない以上、弟の知り合いと思しき男に忠告をしておくのは彼女なりの思いやりだろう。
「姉さん!」
橙璃は現れた姉の元へと駆け寄る。
「研修生集めて避難してたんだけど、アレが現れて。皆を逃しつつ食い止めてたんだよ」
「なるほど、よくやったわね。後はアタシが引き受けるわ!」
そう言いながら抜刀する。
「
苺花が解号を叫ぶと斬魄刀の柄が大きく伸び、薙刀状へと変化する。
「さあ、いくわよ!」
小柄な彼女の体格からすれば相当大きな敵だが、臆することなく斬りかかっていく。幸い竜弦の矢によって触手が落ちた側の守りは相対的に落ちており、彼女の刃は反撃を受けることなく虚に届く。
そして薙刀が虚の胴体に切り込んだ瞬間、傷口が爆発する。裂傷だけであればそこまで深手ではなかったようだが爆発によりそのダメージは臓腑にまで入り、虚はたまらず咆哮する。だが一方の苺花もまた自身の力の反動を受けていた。虚の体軀の内部で爆発を引き起こしたため、その爆風のみならず爆発によって拡大した傷から分離した霊体の破片の一部はその傷口から彼女の方へと噴出しており、その一部が彼女の身体を傷つけているのだ。
だが、そこは十一番隊という護廷隊切っての荒くれ者集団で若くして席官に登った彼女である。多少の代償など気にもとめず、ひるんだ虚に更に斬りつけていく。彼女自身も無数の生傷を負っていくが、それ以上のスピードで虚は身体の至る所に深手を負っていき、もはや戦況は完全に苺花へと傾いていた。
そして。
「これで終いよ!」
彼女はそう叫びながら、虚の頭部に斬魄刀を突き刺した。
その瞬間、ひときわ大きな爆発がその内部で起き、頭部が爆散した虚は消滅を始めた。一方斬魄刀骨喰もまた爆発の余波でその柄の部分が折れると同時に封印状態へと回帰する。封印状態に戻った骨喰は柄や鍔が大きく損傷しており、しばらくはまともに振るえる状態ではなさそうだ。
「どうよ!」
斬魄刀や自身の傷を考えれば相当に消耗しているはずだが、それでも満面の笑みで弟の橙璃へと向き直る。
「相変わらず無茶するなぁ……」
橙璃は少し呆れた様子で応じる。肉親である彼は当然彼女の斬魄刀の能力についても知っており、それが――少なくとも現状では――自身や斬魄刀自体の損傷の避けられない諸刃の剣であることはよくわかっていた。
「助かりました。少し待ってください、治療しますから」
その側にいた竜弦は苺花の方へと駆け寄り、回道で彼女の傷を癒やし始める。元々医者であった彼にとって、いくら戦闘向きの鬼道や――奥の手である――滅却師の力があったとしても、やはりまず自身が大事にしたいことは目の前にいる傷ついた人間を救うことなのだ。
「そっか、君四番隊か。ありがとうね」
「雛森くん、お疲れ様」
「吉良君もね」
当面の敵を処理した吉良イヅルと雛森桃の二人は合流し、先行している更木・浦原の両名の後を追い始めていた。
「二人相手だったみたいだけど、大丈夫だった?」
「片方は結局最後まで見てるだけだったし……まあ、来ても大丈夫だったと思うけどね。吉良君の方は死神だったみたいだけど」
「二番隊の人っぽいんだけど、何してたかはわからないんだよね。とりあえず狩能さんの治療してた山田さんにお願いしておいたから、僕らが帰るときに一緒に連れ帰れば大丈夫だと思うよ」
山田花太郎は回道の腕を買われて出世してきた男ではあるが、それ以外の鬼道の能力も決して低いわけではない。特に縛道に関しては一定以上の水準にあると評価されており、せいぜい席官レベルの捕縛を保つことくらいは治療の片手間でも十分こなせるだろう。
「今回の変な虚の一件と何か関係あるのかな」
「ない…と考えるのは希望的観測が過ぎるだろうね。無関係のところならいざ知らず、これだけ問題の場所に近いところで何かしてたってことは、事情を知ってる可能性は高いと思うよ」
吉良は素直な見立てを述べる。捕縛した死神が滅却師の力を持っていたということも気にかかることではあったものの――虚圏に派遣されている彼らは尸魂界で同時進行的に滅却師の力を持つ死神が問題を起こしていることは知る由もなく――一旦考慮の外に置いていた。
「どう関わりがあるのかはわからないけどね。ただ浦原さんも彼には気づいてたわけだから、何か考えてるんじゃないかな」
「そうだね、とりあえずあの二人に追いつかないと」
「そういえば雛森くん、まだ飛梅持ってたんだね」
本来――浅打に自身の魂を写し取ることで唯一無二の存在になるとはいえ――斬魄刀というのは護廷十三隊に所属する各隊士へと貸与されているものであって、隊を抜けた人間は返納することが決まっている。鬼道衆は同じ尸魂界の実力組織ではあるものの組織上は別々という建付けであり、規定を考えれば護廷隊から鬼道衆に異動する時点で斬魄刀は返納することになるはずである。
「そうなんだよね、あたしも返さなきゃいけないと思ってたんだけど……なんか成り行きで持ったままなの。返さなくてよくなった、って話は聞かないけど鹿良澤さんも総隊長も何も言わないんだよね……」
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第六章: Confront the Unknown (8) ― Flame Burst
侵入を試みた不届き者に遠隔の鬼道で対処した鹿良澤三姫は、別方向から別の強大な霊圧が接近していることを察知していた。常日頃人が訪れることの少ないこの場所にこうも連続して来訪者があるということ自体が珍しいことだったが、それが明らかに友好的でない者であるとなれば尚更のことであった。
「なるほど、やっぱりアレが目的か」
先程の石田誠弦は結局目的を語る前に気を失って隠密機動へと連行されていったが、このタイミングで何か不法な目的をもってこの場に訪れた目的として考えられるものは鬼道衆が太古の時代から蓄積してきた情報や収蔵品だろう。その中でも、ここ数日総隊長からの情報を元に調査していた霊子兵装「虚白の箍」は例の正体不明の大虚の能力との関連性が示唆されており、畢竟何らかの有効性を示す可能性も考えられていた。
「とりあえず観音寺君はここで待ってるんだ、いいね?」
他の同期達と異なり護廷十三隊の指揮下にない観音寺は彼らと一緒に避難することなく、鹿良澤によって大鬼道長の執務室に匿われていた。確かに鬼道衆が管理している領域の中では大鬼道長の執務室ほど安全な場所はそうそうないだろう。鹿良澤は観音寺に待機の指示を出すと、自身は物入れから刀を取り出して外へと向かっていく。
「大鬼道長、それは……?」
「私の斬魄刀さ」
「鬼道衆には斬魄刀が支給されないと聞きましたが……」
観音寺にとって鬼道衆を志望した大きな理由の一つは「斬術を諦めて良い」ことであり、もしその前提が崩れるのであれば自身の選択を考え直さねばならないかもしれない。
「元々私も護廷隊出身でね。こっちに異動するときに特例扱いでそのまま持たせてもらったのさ。ほら、桃ちゃんも日頃ちゃんと帯刀してただろう?」
言われてみれば、確かに副鬼道長の雛森桃も斬魄刀を持ち歩いていたが、他の先輩達は一人として帯刀していなかったように思う。
「まあよほどのことがなければこの子に頼ることもないのだけど、今回はそうも言っていられなさそうだからね」
鹿良澤が詰所の外に出てみると、既に目視できる距離にその虚は接近していた。姿格好を見る限りほぼほぼ完成した人型をしており、それは即ち最上級大虚あるいはある程度成熟した破面であることを示していた。
「君臨者よ 血肉の仮面 万象 羽搏き ヒトの名を冠すものよ」
その姿を確認した鹿良澤は、迷わず詠唱を開始する。
「赤火の
黄火の飛瀑五條に
蒼火の壁に双蓮を刻む」
多重詠唱、それも同時に三種の鬼道を並行して使用するというのは――たとえそれが同系統の鬼道であったとしても――尸魂界の歴史上使えた者はほとんどいないような超高等技能である。
「大火の
大火の
大火の淵を遠天にて待つ」
鹿良澤が詠唱を進めるにつれ、都合十箇所に霊子が収束し始める。前方に
「破道の七十一
破道の七十二
破道の七十三 双蓮蒼火墜……!!」
それらの光点が詠唱の終了と同時にめいめいの軌道で敵の虚へと向かっていく。
瞬間、その虚は鹿良澤の方へと向き直り両腕を掲げる。その能力は他の異形の虚達と同様に空間を歪めるもののようで、鹿良澤の目から見ても明らかにわかるほど周囲の景色が歪んでいた。霊子の光弾は虚に吸い込まれるように飛翔していたはずが最後の瞬間にそれぞれ明後日の方向へと軌道を変え、2発がその身体を掠めた他はすべて周囲の地面や壁へと衝突する。
「やっぱりこうなるか……」
事前情報として「空間を歪める」という能力を持つ可能性が高いことは知っていたため、狙いが外れても周囲に無用の被害を及ぼさないために単発の威力は――相対的には――あまり高くない、多連発系の鬼道による範囲攻撃を選択した判断は正しかったと言えよう。だが、曲がりなりにも大鬼道長が詠唱破棄せずに撃った鬼道がほとんど被害を与えられなかったというのは彼女のプライドに決して小さくはない傷を残したのも事実なのだが。
「このようなもの、私に当たるとでも思ったのか」
敵の破面が言葉を発する。
「なぁに、軽い挨拶がわりさ。知ってるだろう?本来死神が振るうものは
そう言いながら持ち慣れない斬魄刀を抜く。
「
「なあ、アンタ何がしたいんだ?」
十二番隊副隊長、阿近は招かれざる闖入者の攻撃に対処しながらそう尋ねた。隊長涅マユリの命を受けて対処に訪れたものの、所詮は――それも戦闘が本職ではない四番隊の――第六席であり、同じく戦闘を本職とはしていないとはいえ副隊長である自分自身からしてみればまるで驚異になる相手ではない。もちろん滅却師の力は死神としての能力の評価とは別枠である以上並の第六席の水準以上の戦闘力はあるのかもしれないが、結局大元となる霊威の水準が遥か及ばない以上誤差の範囲でしかないのだ。だが一方でその力の差がわからないほどの莫迦ではないはずの者が、あまりに鬼気迫る様子で向かってきている状況には引っ掛かりを覚えるところがあり、こうして「相手が何を目的としているのか」を何とかして知ろうと考えたのだ。
「僕の用があるのは君じゃない、君のところのボスさ」
やはりそうか、と内心で合点する。かつて隊長涅マユリの元で現世に残っていた滅却師に対し――半ば人道にもとるような――「実験」を行っていたのは事実であり、種族としての誇りを重要視する彼らにとっては受け入れられない所業であることは事実だろう。もちろん自分自身もそれには関わっていたのだが、隊長の評判が独り歩きしているのか自身については言及されていないのは幸運と捉えるべきだろうか。
「そんな何百年も前の話でわざわざ瀞霊廷に文字通り弓引くなんざ、随分同族意識が強いんだな、滅却師ってのは」
「そんな大層な話じゃないさ。ただ、大切な友人の尊厳を踏み躙った人間にその報いを受けさせたいってだけのことだよ」
黒崎樹にとって、涅マユリが手にかけた「最後の滅却師」石田宗弦は――彼が見えざる帝国から出奔し現地に定着して以降――自らが現世を去るまで長く付き合った友人であり、尸魂界と現世の融和を目指した宗弦の思いを愚弄したマユリの所業は単に同族を虐殺したという範を大きく超えていたのだ。
「なに、別に彼を殺そうってわけじゃないんだ。ただ、彼が大切にしているものを踏み躙ってやればそれで済むのさ」
その言葉を聞いた瞬間、阿近の顔に影が差す。
以前の副隊長涅ネムの頃から――他者からは理解しがたいようなものであったとしても――そうであったが、現在のマユリにとってネムの脳を引き継いだ眠八號が執着の対象になっていることは隊内上層部の共通認識であったし、純粋な子供らしい彼女の振る舞いからそうした状況抜きに可愛がっている隊員も少なくない。眼の前の男がそこまで理解した上で口にしているとは思えないが、とはいえもはや穏便に済ませてやる義理はないだろう。
「そうかい。その台詞、隊長に聞かれなくて良かったと思うんだな」
――数分後。
護廷隊上層部に四番隊第六席、黒崎樹捕縛の旨が報告された。
先んじて拘束された石田誠弦共々滅却師の能力を持っていることが確認されたため――両者とも未だ意識を回復しておらず同期や背後関係に関しての聴取はできていないながらも――何らかの組織的な動きが当然ながら疑われることとなる。総隊長は同時に裏廷隊から朽木白哉が同様に滅却師の能力を行使する死神と交戦しているという報告も受けており、一連の事態の収束後には間違いなく面倒事になるという確実な予感を覚えていた。
これにて長かった第六章も終わり、次回は久しぶりの幕間回です。
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幕間四: Patient Rebuilding
いつも読んでくださりありがとうございます。
もうストーリーも大分終盤が見えてきましたが、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。
その羽が美しいのは
飛ぶことを忘れたから
その花が美しいのは
実を結ぶことを忘れたから
「ねえ、頼むよ綾瀬川君」
総隊長の威厳をまるで感じさせない猫撫で声で懇願する京楽春水一番隊隊長を前にして、綾瀬川弓親は額に手をやった。
いくら日頃からそれなりに重要度の高い任務を与えられる機会が多い方だとはいえ一介の第三席に過ぎない自分が何故か一番隊の隊首室に呼び出された時点で嫌な予感はしていたが、そこで投げかけられた総隊長からの「お願い」は自身の想定以上に面倒な話であった。
「何故僕に言うんです?更木隊長はそういう話に興味ないとしても、総隊長は更に上の立場なんだから直接命令を出せばいい話じゃないですか」
「ボクが直接そんな指示出したらそれこそ角が立つじゃない。そもそもボク、知らないって
そう、そもそもそこが問題なのだ。もちろん彼がひたすらに隠そうとしてきた「それ」が完全に隠せてきたかと言えばそうではなく、例えば自分や阿散井恋次のように自ら明かした相手もいれば、過去の経緯から射場隊長や狛村前隊長などごくごく少数の隊長格には知られていたのは事実である。ただ、そうして彼の秘密を知った者がよりにもよって総隊長にそれを明かしたとは考えづらく、どこからそれを知ったのかからして不信の種でしかない。
「そんなに不思議かい?」
京楽はこちらの不信を見透かしたかのように問いかける。
「彼、昔名前呼ばずに始解したりしてたし、第一彼の斬魄刀が昔使ってたでしょ。本人がどこまで隠すつもりなのかは知らないけど、一部の隊長は気づいてると思うよ」
斬魄刀の始解に必要な解号と名前のうち、前者は鍛錬……というよりは斬魄刀との関係性が深まることで省略可能になるものだが、後者は斬魄刀を屈服状態に置かなければ省略することはできない。即ち、名前を呼ばずに解放できるということはその者が卍解に至っていることを示すものなのだ。
「で、僕に何をしろっていうんですか」
「ただ彼の背中を少し押して欲しいだけさ。彼が真面目に聞くのは更木隊長か君の言葉だけだし、更木隊長はこういうことに興味を示さないからね」
「まあそうでしょうね」
「今の護廷隊はね、昔みたいに常人離れした隊長一人が強ければ良いってもんじゃないのさ。もちろん今の隊長が昔に比べて弱くなってるなんて言うつもりはないけど、それ以上に副隊長や
殊更に上位席官という言葉を強調しながら言葉を続ける。
「力が足りないならつければいい。でも、力があるのに理由をつけてそれを使わないのは護廷の隊士としてどうなのかな?って話さ。君ならわかるんじゃないかな、綾瀬川三席」
「……交換条件ってわけですか」
「交換?何の話だい?ただ僕は、十一番隊の戦力は皆が見てるよりもっと充実してるはずだろ、って言ってるだけさ」
元来同期の浮竹前十三番隊隊長と対照的に、流儀より実を取ることを優先し続けた男である。こうした話に対して矜恃や流儀の話をしたところで翻意させることはほぼ不可能だろう。本当にやりづらい相手だ。弓親はそう思い嘆息した。
「……ってことがあってね。まあ総隊長の手前、一応義理は果たさないといけないから伝えるだけは伝えておくよ。悪いけど、断りは自分で入れてくれないか」
「悪ぃな、手間かけて」
「謝る必要はないさ、面倒を持ち込んだのは僕だからね」
数刻の後、弓親は斑目一角に総隊長とのやり取りを伝えていた。一角は予想通り間に挟まれた弓親に一言詫びを入れてきたが、弓親としては自身の力に関する秘密が半ば対価になっている部分もあり、少し気まずさを覚えるところでもある。
「いい機会かも知れねえな、確かに」
予想外の言葉が相棒の口から出たことに驚き、弓親は思わず一角の顔を見る。
「なんだよ、そんなに驚くことか?」
弓親があまりの反応を示したため、笑いがこみ上げてくる。
「総隊長の言う通り、時代は変わったんだよな。隊長の席はもう埋まってるし、卍解一つで隊長の席を断れない時代じゃねえ。実際、恋次の卍解はとっくに有名になってるし、修兵もこないだ卍解使ったって言うしな」
先日の綱彌代時灘の一件の際、檜佐木修兵が産絹彦禰相手に卍解で活躍したというのはしばらく護廷隊でも話題になるほどのインパクトのあるニュースであった。実際先の大戦で戦死した雀部前一番隊副隊長の卍解も――皮肉にも敵に奪われたことによって――語り草になっており、そういう面では以前に比べると「副隊長が卍解を行使する」ということに対する温度感は変わっているのかもしれない。
「まあ、君も今や副隊長だからね。そもそも隊長が首を縦に振らなきゃどこかに呼ばれたりはしないだろうけど」
「久しぶりじゃねえか、相棒」
数日後。深夜の十一番隊鍛錬場に斑目一角の姿はあった。彼と向き合っているのは自身の斬魄刀、鬼灯丸。遥か昔に卍解に至った彼が斬魄刀を具象化させられるのは無論当然のことだが、今まで卍解のことをひた隠しにしてきたことからその姿を呼び出すことはほとんどなかった。
「そうでもねえだろ。ツキツキの舞一緒に踊ったの、たかだか数年前じゃねえか」
以前ある死神の反乱で隊長格の斬魄刀が軒並み実体化するという事件が起きた際、鬼灯丸もまた例に漏れず実体化していた。それぞれの斬魄刀は持ち主に対する不満などを擽られる形で反旗を翻したのだったが、鬼灯丸はどちらかといえば持ち主と意気投合した上で戦いを楽しんでいた節がある。
「懐かしいな」
「てめえ、あの時卍解まで使いやがったろ。折角隠してんのによ」
「そんなこと気にしてるから戦いを楽しめねえんだよ、お前は」
結局鬼灯丸は持ち主の思いを無視して卍解「龍紋鬼灯丸」を振るい、その姿は他の隊長格何人にも目撃されるに至っている。元々一角が卍解を使えることに薄々気がついていた者もいたし、そうでない者も一角の意図を察してその事実を広めたりはしなかったものの、あの一件で一角が自身の斬魄刀に対し一番不満を覚えたのはその点であった。
「それで相棒、久々に呼び出して何の用だ」
「ちょっと状況が変わってな。もう一度卍解と向き合わなきゃいけなくなったんだよ」
「ふん、相変わらず勝手なもんだな。やれ卍解を寄越せ、いざ使えるようになってみたら知られると面倒だから使わない、それで今度はまた使いたいから力を貸せだと?お前は斬魄刀をなんだと思ってるんだ」
「言うと思ったぜ。まあ納得してくれるとも思っちゃいねえよ」
一角はそう言いながら斬魄刀を構える。
「どうせ俺らの関係なんてこんなもんだろ、どっちかが納得するまでやり合うだけだ!」
「わかってるじゃねえか相棒!」
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第七章: Fateful End
第七章: Fateful End (1) ― Extricator of Flesh
多分あと1クール分くらい、お付き合いいただければ幸いです。
他者の罪を裁く傲慢さを罪と呼ぶ
「アレは本当に死神なのか……?」
更木を追って来たところ、既に交戦中のところに割って入るわけにも行かず遠巻きで眺めていたアイスリンガー・ウェルナールは思わず率直な感想を口にした。最上級大虚に匹敵するレベルの霊圧を発する異形の虚と単身互角以上に渡り合って愉しんでいるその姿はもはや一般的な死神の姿から遠くかけ離れており、アイスリンガーが困惑するのも当然と言えよう。
「……アイスリンガーさん、ボクやアナタの持つ『斬魄刀』がどういう成り立ちか、ってのはご存知ですよね」
アイスリンガーを引き連れてこの場にたどり着いた浦原喜助もまた更木の戦いを見ていた。彼にとって一番警戒するべきことは「不慮の事態が発生して三界全体に影響が出るような大きな事態に発展すること」であり、そうした面では更木が戦いを愉しんでいられるうちは急いで介入するような事態ではない。ある意味では雑談に興じる余裕があるとも言えるところで、アイスリンガーが口にした率直な疑問に応じたのだった。
「無論だ。我々の斬魄刀と死神のそれとは出処が違うとはいえ、基本的には幾重にも積み重ねられた魂魄を刀の形に打ち直したもの、と言うのが最もわかりやすい表現だろうか」
「その通りっス。まあボクら死神の場合は『外付け』なので始解っていう余計な一段階が出てくるんスけど」
破面の帰刃と死神の卍解は本質的に近しいというのは多くの研究者の共通認識であるが、逆に言えばその手前の段階である始解が死神にしかない理由に関しては色々な仮説が立てられている。その中でも、元々自身を構成する魂魄の一部を外に出した破面のそれと違い二枚屋王悦の打った「浅打」という全く別の魂魄からなる斬魄刀を利用するが故に、それを「手懐ける」一段階を踏む必要がある、というのが浦原の見立てであった。
「それと何の関係があるのだ?」
「アナタも色々見てきてると思いますけど、卍解と帰刃では大きく違う点が一つあるんス」
そう言われても、自分自身は死神の卍解というものを十分に見知っているわけではない。ここ虚圏における情報でさえ自ら情報を得られるようになったのはザエルアポロ・グランツの死後のことであって、現世や尸魂界の方に至ってはほとんど未知の世界に近いというのが実際のところだ。無論ある程度の隊長格のそれについては――藍染一派などから――敵戦力の情報として聞き及んではいるが、その力の本質について自身の研究が行き届いているわけではない。
「帰刃はあくまで『外部に出していた魂魄の力を自身の魂魄の【内】に戻す』ものっスから、基本的には自分自身の姿形が本来の虚としてのそれに戻るだけでしかないんス。一方アタシたちの卍解はあくまで斬魄刀という後から得たものの力を解き放つだけのことで、当然それは『斬魄刀が自身の【外側】で変化する』ことになるんスよ。――ごく一部の例外を除いて、ね」
浦原はそこで言葉を切り、嬉々として刀を振るっている更木剣八の方へと目を遣る。その斬魄刀は既に巨大な戦斧の形状へと変化しており、単なる始解とは思えないその破壊力を存分に見せていた。
「アタシの読みが正しければ、ですが」
改めてアイスリンガーの方に目を戻す。
「この後、面白いモノが見られると思いますよ」
「
アビレス・ミラジェスと名乗ったその破面は解号を口にして刀剣の力を解放する。帰刃したその「真の姿」は他の眷属同様多くの触手を持つものだったが、特に両肩の後方から伸びる二対のそれはひときわ太く長く、相当に強力な力を持つものと思われた。そして、その触手はそれぞれ一心の方向に向けて伸ばされたかと思うと、先端から相次いで虚閃を放った。
「くそッ、やりづれえな……!」
もちろん、隊長格の死神にとっていくら強力な虚閃であってもよほど追い込まれた状況や騙し討ちの結果でもなければそうそう命中するものではなく、それが一心を捉えることはない。だが一方で剡月はあまり交戦距離の長い斬魄刀ではないことを考えると、虚閃を様々な射線から打ち込まれると反撃に出るチャンスを制限されるのは事実であり、決して侮ってかかれる状況ではなくなった。もちろん触手本体とて無視できるものではなく直接当たればそれなりのダメージを受けることは必至であり、それなりに「器用な」立ち回りが要求されることになる。
「まず一本!!」
しかし、そこは旧五大貴族の中でもトップクラスの戦闘能力を持つ隊長だけのことはあり、アビレスの攻撃を捌きつつ太い触手の一本を焼き切ることに成功する。いくら手数が多い相手であっても、その手数の源を削り落としていけば最終的には自分の側に天秤が傾くことだろう。
――だが、事は一心の目論見通りには運ばなかった。切り落とした傷跡からは新たな触手が瞬く間に生え、元の姿を取り戻す。
「おいおいおい、破面の癖に再生できんのかよ!」
本来、破面はその進化に際して虚が持っていた超速再生能力を失うのが普通であり、破面としての能力を持つ一方で再生能力を喪っていないのだとすればそれは相当な脅威である。更に悪いことは重なるもので、切り落とした触手の方も別個の虚として独立して動き始め――威力こそ本体のそれには及ばないものの――虚閃を一心に向かって撃ち出す。いくら威力が低いとは言え無視できるものでもなく、更に面倒を背負い込むことになった。
「ほうら、頭が足りぬからそうなるのだ。考えもなしに戦っているようでは、霊圧以前の問題だな」
「うるせえよ」
そう言いながら新しく生まれた虚を切り捨てる。さほどの脅威になるものではないとはいえ、切り落とした破片が「砲台」として機能するとなると更に面倒なことになるのは確かだ。斬術に頼らない――鬼道を中心とした――戦闘というのもできないわけではないが、少し作戦の組み立てが必要だ、と改めて考え直す。
「切り落とさなければ大丈夫だと思ったか?」
少し距離を取って逡巡していると、アビレスはそう言って自ら4本の触手を切り離した。
当然その触手はそれぞれに変形し虚の個体として活動を始めると同時に、アビレスの身体には新しい触手が生えてくる。
「……そんな手もあんのかよ」
「さあどうする?足りない頭を絞るのは勝手だが、それなら私は好きにさせてもらうぞ」
――処方法をおちおち考えてもいられない、というのは非常に厄介な事態だ。なにより、この小型の虚はもちろん自身の戦闘においても面倒事であるのだが、この調子で量産されてしまえば「他」に行かれる可能性があるという点も見過ごせない。アビレスとやらが一体何を目的に尸魂界までやってきたのかは分からないが、この「分体」を利用してどこかに工作を仕掛けられる可能性もある以上取り逃すわけにもいかない。つくづくやりにくい相手である。
「仕方ねえ、後のことは全部片付いてから考えっか」
覚悟を決めよう。自身の身体はともかく周囲の建物はそれなりに大変なことになるだろうが、そうは言ってもここでこの敵を倒し損ねるよりは遥かにマシだ。修繕費で手持ちが厳しくなったら最悪本家の世話になれば済む話である。
「そんなに言うなら見せてやるよ。お待ちかね、これが俺の『策』だ!」
「卍解!!
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第七章: Fateful End (2) ― Engulfing Flames
一心の卍解に呼応し、剡月の刀身自体、そして一心の死覇装は――炎をその周囲に「纏う」のではなく――高温の炎そのものへと変化していく。炎から放射される物理的な熱量は当然のこととして、それ以上にそこから放たれる霊圧は、元より上級貴族の中でも頭ひとつ抜けていたところ卍解によって更に圧倒的なものとなり、天地を焦がさんばかりのものとなっていた。そして、一心はその切っ先を地面に向けて更に霊圧を放つ。
「
剡月の切っ先を地面に突き立ててそう叫ぶと、ほんの一瞬だけその量を増した一心の霊圧が彼を中心に円状に拡散する。半径数m先までその「波動」が到達すると、その境界線上にも「炎の壁」が出現した。ちょうどその場を離れどこかに向かおうとしていたアビレスの「分体」はその壁へと飛び込む結果となり、まさに飛んで火に入るなんとやら、といった
「これで他所に悪さはできねえだろ!」
後顧の憂いが消えた一心は瞬歩を駆使し「分体」を一体、また一体と切り捨てていく。刀身が炎そのものになったからといって遠距離戦闘ができるようになったわけではないが、卍解の霊圧上昇による膂力の充実は速力も破壊力も当然に強化しており、大虚ですらないような有象無象では反応することすらできない次元である。
「これが卍解か……!」
つい先程まで上から目線で余裕を見せていたアビレスも、状況が明らかに悪くなったことを自覚する。ただでさえ「分体」を使った戦いという自らの主戦法が一つ封じられつつあるのに、加えてその斬魄刀が放つ炎はあちらこちらへとどんどん拡大しているのだ。剡月の刀身の軌跡上のみに限らず一心自身が通った場所にさえ散発的に炎が灯っている状況であり、それらの炎にどの程度の殺傷力があるかはわからないとはいえ侮ってかかれる状況ではない。一心は全身が炎に包まれているというのに平然としているが、自分は当然のごとくその炎に少しずつ身を灼かれており、いかに破面の鋼皮と言えどその防御力はどんどんと失われている。いっそこの炎の壁を強引にでも突破して逃げようかという気さえしてくるが、「分体」を斬って回っている一心を目で追うのが精一杯の現状では逃げ切ることも難しいだろう。
「諦めろ、ここまでだよ」
一方顔色一つ変えずに剣を振るう一心だったが、その卍解は――他の卍解もそうであるように――決してリスクのないものではない。その身体を包む死覇装すべてが炎そのものになっているということは、当然その熱は一心自身がもっとも間近で受けているということであり、それによって自身が灼かれていないのは単に自身の霊圧でその身を守っているからに他ならない。それは即ち、霊圧を消耗した状況でこの力を使えば当然自らの炎で自らを灼くことになり、当然それはさらなる霊圧の低下を招くという点で加速度的に不利になるということを意味している。一心には――元々性格的にそうした方向性が強いこともあるが――短期決戦以外の選択肢はほぼないと言えた。一応相手に気取られぬように平静を装ってはいるものの、もし相手が冷静になって持久戦を選択肢てくればなかなかに厄介なことになるだろう。
一心は腹を括り、瞬歩でアビレスとの距離を一気に詰め、斬魄刀を大上段から振り下ろす。
その勝負の一撃をアビレスは4本の触手すべてを使って押し留めようとするが、卍解の霊圧と膂力に対抗することは難しく、少しずつ刃が触手へと食い込んでいく。
「
そこで一心が叫ぶと、「炎の壁」とその内側で燃えていた炎すべてが刀身へと集まり、そこを中心として渦を巻き始めていく。そのまま渦はどんどんと収束していき、一心とアビレスの双方が業火に包まれた。
そして数瞬ののち――限界まで収束した炎が一気に弾けると、同時にアビレスの身体も爆散した。
「あー……やっぱり結構被害出てんなぁ……」
周囲を見回した一心は、周辺の建造物が――多くは自身の卍解の炎によって――損傷している様子が視界に入り嘆息する。現世・尸魂界問わず戦闘による現地の被害は隊の予算で修復するという規定にはなっているものの、隊長格の発生させた被害についてはある程度本人が私費を投じるのが通例であり、一心は後のことに頭を痛めるのであった。
その後、自身の部下の様子を見るため色々歩きまわっていると見知った霊圧を感じ取ったため、ふとそちらの方へと足を向けた。
「岩鷲、お前まだ逃げてなかったのか」
阿散井苺花の手当てなどで更に時間を取ってしまい、まだ移動の途にあった岩鷲たちである。
「ん……?竜弦、お前何してんだこんなところで」
そしてその一団の中に、現世時代の腐れ縁の姿を見つけた。
「黒崎……!」
「悪ィな、今はこっち戻って志波姓に戻ってんだ」
「え、石田叔父貴の知り合いなのかよ!」
「……現世にいた頃の、な」
ずれた眼鏡を直しながら竜弦がそう応じる。
「ほら、こっちに何度か来てる雨竜君の親父だよ」
流石四大貴族の跡取りだけあり、そのあたりの事情には詳しい橙璃がわかりやすい表現で補足する。
「あー……だからどっかで見たような気がしたのか」
「そういえば、尸魂界では貴族の出身だったとか言っていたな。お前もこっちに戻ってきていたのか」
他隊の隊長とはいえ、現世時代はむしろ――定命の人間の仕事として――世話していた側の立場だったことから、一心に対して特段へりくだることもなくそう言う。幸いこの場にいる他の若い隊士たちも黒崎一護を中心とした人間関係はある程度理解しており、本来そうした席次などの秩序を守るべき立場の席官である苺花とて、そこに疑問を挟もうとはしない。
「いい加減向こうで人間のフリして暮らし続けるのにも無理もあったしな。というかお前こそ死神になってるなんて一体どういう風の吹き回しなんだ」
一心は当然の疑問を口にする。現世で付き合いのあった頃から石田竜弦は死神を嫌っており、それは先の大戦を経て多少マイルドになったとはいえ、自身が死覇装に袖を通すほどに軟化しているというのは予想外のことであった。
「流魂街で世話になった人に勧められて、な。お前の隊に入らずに済んでよかったよ」
三番隊の隊長交代劇はちょうど竜弦達が配属先を決める前後の話であり、彼らが聞いていた情報の上では「隊長が交代する見込み」というところまでである。一心も護廷隊に復帰すると同時に隊長に就任したため「隊士として」霊術院生と関わることは一切なかったため、こうして偶然遭遇でもしていなければ――それこそ竜弦がある程度の地位に就くまで――再会は相当先のことになっていただろう。
「で、隊長様はこんなところで油を売っていて良いのか」
「お前も感じるだろ、当面の峠は越したって」
確かに、一頃あちらこちらで感じられていた霊圧の衝突はほとんどが収束しており、それは即ちこの戦いも一旦は終わりに向かっていることを意味していた。尸魂界が平穏を取り戻すのもそう遠くない話だろう。
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第七章: Fateful End (3) ― Endless Whispers
「飛ンデ火ニ入ル夏ノ虫、トハマサニコノコトダナ」
既に人外じみた戦闘になっていた更木剣八を置いて更に深部へと進んだ雛森・吉良両名はその先で遂に今回の騒動の元凶と思しき存在と遭遇した。大小様々な無数の触手が集まってできているその体軀は巨大なキノコのような形状をしており、その大きさだけで言えば――進化すればするほど小さく圧縮されていく大虚の性質に照らして考えれば――最下級大虚並であるにも関わらず、その霊圧は今まで対峙してきた通り一遍の中級大虚とは比較にならないほどのものであった。イントネーションが多少おかしいとはいえ状況を認識して言葉を発している時点でそれなりの知性を備えている様子でもあり、そうした面でも図体の大きさのみで判断できないことを示していた。
「死神共ガワラワラト虚圏ニ集マッテ……貴様ラ程度デ私ニ勝テルツモリデイルノカ」
その虚に「顔」があるようには見えないものの、声色や言葉遣いは不機嫌そのものといった様子だ。
「貴様ラ程度、私ガ直接手ヲ下スマデモナカロウ」
大虚がそう言うと、物陰から虚や最下級大虚が相次いで姿を現した。そのいずれもが仮面とともに顔の表皮までを失い相貌の判別がつかない状態であり、また身体からは無数の触手がのたうっている様子からも眼の前の大虚の影響下にあることは明らかであった。
「雛森くん、行くよ!」
「わかってる!弾け、飛梅!!」
「面を上げろ、侘助…!!」
数多の虚・大虚に囲まれた二人は相次いで斬魄刀を解放し、近づいてくる虚の集団に対処していく。長年副隊長として長く勤め上げてきた二人にとって虚は多少強力とはいえ一太刀で処理可能なレベルであり、最下級大虚とてそこまで苦労するほどのものではない。
「ソウカ……私ガ封印サレテイル間ニ死神ノれべるモ上ガッタノカ」
呼び寄せた眷属が一体、また一体と斬り捨てられていく様子を見て大虚は呟く。その大虚がバラガンに敗れ虚圏を去った太古の昔にはまだ護廷隊さえろくに組織されていなかったわけで、当然隊長格の中でも中堅以上に位置するような二人のレベルを測りかねているのは仕方ない話だろう。
「ダガ、何処マデ行ッテモ羽虫ハ羽虫。私ノ力ノ前ニ平伏ス運命ニ変ワリハナイ」
元々眷属たちは自身の霊圧に「あてられて」勝手に変質した虚であったり、自身の身体から無意識の内に分離した断片であったりと言わば「どうでも良い」存在であって、それが蹴散らされたからといって特段困るわけでもない。いくらイヅルの霊圧が副隊長としては高いとはいえ大虚自身のそれと比べればまだ数段劣るレベルなのは事実であり、慢心するのも無理のない話である。
実際、眷属をあらかた片付けた二人がこの虚に斬りかかりはするものの、無数に生えた触手に阻まれまるで有効なダメージを与えることができていない。一方大虚の側からの攻撃もたまに触手を振るわれたり、あるいは虚閃が飛んでくる程度に過ぎないため二人の側もまったくの無傷ではあるが、様子を見る限り単に相手が真面目に攻撃してきていないだけと考える方が適当とさえ思える。
「…モウ良イ、飽キタ。コレ以上私ノ虚圏ヲ死神ニ
そう言った途端、それまで大虚から野放図に垂れ流されていた霊圧がその体内へと一気に収束し始めた。
「狂乱ニ溺レヨ――
「なんてこったい、ここまで差があるとはね……」
200年前刃を交えた朽木銀嶺も護廷隊の隊長に相応しい実力の持ち主であったが、今現在目の前に立っている孫白哉はその比ではない程である。あくまで規律違反した隊士の捕縛を目的としている以上――尸魂界に敵対する勢力を斬り捨てるときほどの――本気を出しているわけではないはずなのだが、それでもその霊圧や威圧感はかつて現世にいた自身を斬りにきていた銀嶺を遥かに上回っている。
「”歴代最強”の呼び声は伊達じゃないってことかい」
自身とて死後この尸魂界で護廷隊士として積み上げてきた研鑽の分それなりには強くなったという自負もあったが、それでどうこうできるレベルではない。幸い飛廉脚のお陰で千本桜の餌食になることはなんとか避けているものの、自身の神聖滅矢はことごとく千本桜に叩き落されておりここを突破できる見込みはまるでないのだ。
「いい加減観念したらどうだ」
白哉は顔色一つ変えずに投降を促す。掟をを重要視するにとって道を踏み外した者をその場で斬り捨てることはもちろん一つの選択肢ではあるものの、一方あるべき姿としては「身柄を押さえた上で然るべき裁きを受けさせる」ことであり、その意味では早いところ相手が降伏してくれるならそれに越したことはない。
「ここまで来て、そう簡単に退けるわけがないことくらいわかるだろ……っ!」
だが黒崎千尋の言う通り、護廷隊隊長に刃を向けるまでのことをしている今、何の成果も得られないのに自らその刃を納める選択肢などあろうはずもない。そんな選択をするくらいなら、最初から反旗を翻す決断などしていないのだから。
「成程、その覚悟があるなら構わぬな」
白哉の表情が厳しさを増す。
「縛道の六十一、六杖光牢」
白哉が指さした千尋の身体を6本の光の帯が拘束する。
「一つ問おう。貴様らの目的は何だ」
後で然るべき手順で取り調べが行われるはずとはいえ、自身も関与することになった以上――そして勝ち目のないことをわかってさえ自身に刃を向けてきたことを考えて――その疑問を投げかけるのは自然なことだろう。加えて言えば、ただでさえ異形の虚が何体も現れて厄介な状況になっているというのに、そこに更なる厄介事を持ち込んだ連中の意図も当然に気にしておくべきことである。
「さあ、知らないね」
「口を割る気は無いということか」
「本当に知らないんだよ、あの子達が何を狙っているかなんてね」
「ならば何故……」
「
子や孫、という言葉を聞き、白哉の脳裏にも一瞬「息子」の顔が浮かぶ。
「こっちじゃみんな長生きだからわかんないかも知れないけどね、うちらは祖先も子孫も自分の一部みたいな感じなんだ」
「我々とて、祖先子孫を軽視しているわけではない。むしろ我々貴族こそ、祖先から受け継いできたものを次の世代へと繋ぐ責任を負っているのだからな」
「他者を踏みつけにすることすらも、かい」
過去の一件を引き合いに出され、白哉は言葉を継げなくなる。もちろん尸魂界側には大義名分もあったことは確かだが、それでも祖父銀嶺を筆頭に――厳密には非戦闘員ではないとはいえ――脅威になり得ないレベルの滅却師まで手にかけていたのは決して彼ら貴族の「誇りに見合う」ことではない。
「アンタらに事情があったのもわかるんだよ。アンタの祖父君もあの時、大分しんどそうにしてたしね。でも、アタシたちにだって事情はあるんだ。うちの連中が何を考えてるかは知らないけど、刑軍が動く前にまずアタシ自身の手で止めてやりたいんだ」
「……それでも護廷隊に名を連ねる以上はその規律に従うことが責任だろう。特に席官という立場にあるのなら」
「生憎アタシにとって立場や肩書なんてのは後からついてくるものでね。そのためにすべきことができないなら、そんなものいくらでもくれてやるよ。……掟のために自らの妹すら差し出そうとしたアンタにゃわからないかも知れないけど」
白哉にとって、藍染惣右介の一件で妹を贄としかけたことは言うまでもなく未だに後悔の残る話でしかない。最終的に黒崎一護の活躍により妹は救われ、また自身の立つべきところに一定の道筋が見えたわけだが、それでも妹夫婦から養子を取ることになった現在でさえ隊長としての責務と貴族としての振る舞い、そして自らや周囲の人間の感情をそれぞれどう折り合いをつけるべきなのかということについては未だに頭を悩ませ続けている話ではある。目の前の女が――奇しくも同じ姓をもつ黒崎一護に似て――その結論を迷いなく口にできる姿を見て、内心の迷いは更に深まっていく。
とは言え、状況は既に「終わって」いた。たとえ白哉が口先で言い負かされたとしても、詠唱破棄とはいえ歴代最強と名高い四大貴族の当主の上級縛道に対し席官レベルの死神にできることがあろうはずもない。血装が齎される前に死んだ黒崎千尋の滅却師の力はユーハバッハに還ることなく未だに自身の内にあるが、とはいえ銀嶺にすら遠く及ばなかったそれが白哉に通じると思うほど千尋も愚かではない。結局、こうして言葉を交わしていられるのも「既に千尋の捕縛という事実が動き得ない」からに過ぎないのだ。
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第七章: Fateful End (4) ― Prismatic Omen
そこに、一羽の地獄蝶が現れた。
「……そうか」
白哉は改めて千尋の方へと向き直る。
「黒崎樹が捕縛された」
淡々と事実だけを伝えた白哉に対し、千尋は観念した表情で返す。相手の抵抗の意思が消えたことを見た白哉が縛道を解くと、千尋は黙って斬魄刀を鞘に納めた。
「あいつが捕まったならアタシがここでどうこうする意味はないね」
「本当に、他人のためだけなのだな」
「赤の他人なら知らないけど、あんなのでも可愛い子孫だからね。やっぱりアンタには難しい感情かい?」
自身を牢に送るため、手に縄をかけ再度拘束の手順をとっている白哉に軽口を叩く。
「……私とて今や人の親なのだが」
憮然とした表情でそう返した白哉に対し、千尋は心底驚いたといった顔を見せる。隊長格を筆頭として有名な死神の結婚や出産という話は――例えば直近の阿散井夫妻のように――広まって話題になることも少なくないが、一方白哉に関して言えば再婚することもなく養子をとったというのは上級貴族を除けばよほどの情報通でもなければ知ることのない話ではあるだろう。
「そうかい、そりゃあめでたいじゃないか。牢に遊びに来てくれたら子育てのコツでも教えてやるよ」
「御免被る。貴様の言葉を真に受けたら、孫ひ孫の代まで奔放な者ばかりになりそうだ」
おかしい。
自分たち破面のみならず、死神であっても斬魄刀の性質というのは基本的には一つに定まるもののはずだ。無論斬魄刀を使いこなし斬術に習熟することで複数の「技」を得ることはよくあることだが、それらとて基本的には一本通った何らかの性質・法則の発展にあるものに過ぎない。
だがこの女の斬魄刀は何だ。
振るった鋒から高熱の炎が噴出したかと思えば、次の瞬間にはその軌跡から水の壁が出現してこちらの虚閃を防ぐ。距離を取ってみれば氷の礫が飛んでくるし、接近戦を挑めば刀身に帯びた電気で麻痺させようとさえしてくる。いくらなんでも一本の斬魄刀でこれを為しているというのは多芸が過ぎるだろう。尸魂界には精神に作用し幻覚を見せるようなものもあると聞くし、その類と考えた方が良いかもしれない。
そんなことを考えながら刃を交えていたのがよくなかったのだろうか、受け損じて左腕に一太刀を受けてしまった。始解によってさほど形状が変化したわけではなかったが、刀身が普通の斬魄刀に比べ長いためか間合いを見誤ってしまった格好である。そこまで深い傷ではなかったが、刀身が纏っていた炎のせいか傷口にも炎がまとわりついている。間違いない、この炎は幻覚ではない。
「幻惑系の斬魄刀だとでも思ったかい?」
炎を怪訝そうな顔で見ていたのが伝わったのか、大鬼道長がそう声をかけてきた。
「残念だったね、全部現実さ」
そんなはずがあるか。
「複数の性質を持つ斬魄刀などあるはずがない、って言いたそうな顔をしているね」
虚の表情からそこまで細かいことを読み取れることに大分気味悪さを覚えるところであるが、実際それが大きな疑問であることは否定できない。
「知られてどうにかなるものじゃないから教えてあげるよ。虹霓泡影の性質はね、
そう言いながら、再度刀身に炎を纏わせる。
「世の中には徒手空拳で似たことをやる人だっているからね、別に不思議な話でもなんでもないだろう…?」
一気に瞬歩で突っ込み振るった斬魄刀は、次の瞬間には電気を帯びていた。炎を避けたつもりでいたが、刀身に近づいてしまった左腕に電撃が走り麻痺してしまう。
ひとつひとつの技にそこまでの威力は感じないが、とはいえ彼我の距離や状況に応じて後出しでそれが繰り出されている以上、隊長格の霊圧に裏打ちされているそれは極めて厄介であることは間違いない。その上斬魄刀の攻撃にばかり意識を割いていると意識の外から詠唱破棄の低中級鬼道――当然大鬼道長のそれは並の死神が遣うそれの威力の比ではない――が飛んで来るため、切り合いに集中することさえ許されない。
……仕方ない。
死神風情に能力の深奥を晒す羽目になるのは業腹だが、このまま力を隠したまま敗けたら屈辱どころの話ではないのだ。
腹を決め、自身の斬魄刀を顔の前に立てて構える。
「降りよ、
彼の回りを取り囲んだ暴風が収まると、その「真の姿」が露わになる。その背後には触手を編んで作ったかのような隙間だらけで巨大な三対の翼があり、その両腕もまた触手を思わせる巨大なものへと変貌した。だが何より奇妙なのはその下半身で、足があるべきところには大量の触手が大量に絡み合いのたうっている。翼の構造からして飛行ができるはずはないし、この足では自身の体躯を支えることすらできないはずだが、実際には何らかの力によって空中に浮遊していた。
当然鹿良澤もその変容によって生じた隙を見逃すはずもなく、周囲に張り巡らせた鬼道の結界を通じて複数の鬼道を虚に対して射出しようとする。彼女はその結界の「網」に触れて霊力を流し込んだが――
「そんな小細工、もはや通ると思うな」
そのすべてが不発に終わった。
「破道の二十八、弦刃」
「縛道の三十、嘴突三閃」
「破道の三十三、蒼火墜」
半ば諦めたような表情でいくつかの鬼道を試すが、同様にすべてが不発となる。
「なかなか厄介なことをしてくれるね」
「いい加減お前の大道芸に付き合うのも面倒だからな。さっさと殺して目的を遂げさせて貰うぞ」
「…やっぱり『アレ』が目当てなんだね」
「目的がなければ誰がこんなこんなところまで来るものか。我々の目当てを知っているのなら、それを渡せばお前の部下くらいは多めに見てやろう」
「また随分お優しいことを言うね」
鹿良澤は皮肉を返す。
「それにしても、あんな骨董品手に入れてどうするんだい?藍染惣右介がもっと使いやすいものを作ったって聞いたけど」
「私の知る話ではないな。あくまで私は力の対価として彼が求めたものを取りに来たに過ぎない。彼がそれをどう使うかには興味すらないよ」
「へぇ、君は単なる『お使い』なのか。捕らえて情報を吐かせようと思ったけど、その様子じゃ大した情報知ってそうにないね」
自身の有利を確信していた虚は、突如相手が上から目線の発言をしてきたことに露骨に不機嫌な表情を見せた。
しかし、そんな表情の変化を気にも留めず鹿良澤は言葉を継ぐ。
「この感じだと……四十番台くらいまでか。細かい鬼道を封じたくらいで優位に立ったとでも思ったかい?甘いんだよ!!」
ここまでずっと鷹揚な物言いに終始していた鹿良澤三姫が突如として吠える。
「鬼道衆の頂点が、瀞霊廷の隊長格に相当する力が、そんな簡単だとでも思ったのか!!」
激昂した彼女は構えた斬魄刀に今までの比ではないほどの霊力を流し込んでいく。
「ろくに情報を持ってないなら、もう君は用済みさ」
「いい気になるなよ、虚風情が!」
斬魄刀に集められた鬼道が爆ぜる。無数の光弾に分裂したそれは不発になることもなく全てが虚の方へと飛翔する。虚は自身の能力を駆使してなんとか被弾を最小限に留めたが、その間は鹿良澤にとって絶好の隙となった。
「卍解――
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第七章: Fateful End (5) ― Soulcage Fiend
アイスリンガーは目の前の光景を信じられないでいた。
いくら隊長格とはいえ、破面化した最上級大虚であったかつてのコヨーテ・スタークをも遥かに上回る霊圧を放ち続けていることもそうだったが、それ以上にその「卍解」が自身の霊体自体を変容させていることは異様としか表現できない現象だった。その肌色は赤黒く変色し、表情も人間離れしたものへと変化した更木の姿は死覇装をまとってさえいなければ死神と言われても信じない者もいるほどだ。
「あれは……?」
「言ったでしょう、面白いものが見られるって」
隣で同じく状況を眺めていた浦原喜助はこの姿を知っていたようで、相変わらず飄々としている。
「アナタの理解は正しいです。本来僕らにとって斬魄刀は体の外にあるモノ。その力をどう解き放ったところで『身に纏う』ことやその効果を自分自身を含めた範囲に及ぼすこと、あるいは自身が何らかの能力を得ることができるだけで、自分の魂魄霊体を『先に』変容させるというのは斬魄刀の能力の原理としてありえません」
そう、それが死神の卍解と破面の
「調べさせてもらったわけじゃないんでアタシの推察に過ぎないんスけどね」
そう前置きをした上で、三界きっての頭脳、浦原喜助は自説を披露する。
「更木サンは我々普通の死神とは、魂魄の構造が違うんじゃないかと思ってます。……そう、どちらかというとアナタ達、虚の方に近いんじゃないか、とね」
「……随分荒唐無稽な話に聞こえるが」
「見てください。さっきまで見ていたものや前提知識を一旦忘れて真っ白な目で見たら、アレは卍解というよりは帰刃と呼んだ方が近いでしょう?_」
確かに、半ば怪物のような外見に変化した更木剣八は、状況を知らぬ者が見れば一瞬破面と見誤っても不思議がないものであるのは確かだ。霊圧の質も――あまりにそれが強大であり自らの「感覚」で捉えきれてはいないものの――純粋な死神のそれとは思えない異質なものである。
「卍解に至った死神がその力を自身の体の中に取り込むこと、あるいは帰刃した破面が自身の内部に戻した斬魄刀を更に解放することはどちらも原理的には可能ですが、そこに自力で至ることはほとんどありません。更木さんのアレはもっと単純なものに見えるんですよ」
かつて「崩玉」という一つの解に到達し、虚と死神の境界を越えようとした天才は自らの知見を披露する。かつて藍染の手によって虚の力を完全な形で手に入れた東仙要の帰刃、あるいは藍染自身の鏡花水月との「融合」は確かに斬魄刀の力を自身の魂魄に取り込んで一体化し霊体を変質させたものであるが、前者は虚化によって、後者は崩玉の作用によってなされたものであり、どちらも斬魄刀、あるいは死神の力の正常な進化によって手に入れたものとは言い難い。そうした異質な干渉を受ける機会があったとは思えない更木の力はまた別の理由によるものだ、という推測にはそれなりの確からしさはあると言えよう。
「だが、彼は元々死神のはずだろう……?」
「それがですね、彼の出自はよくわかってないんスよ。元々更木なんて地区じゃあ当然ろくに記録も残っているハズも無いんスけど、それを差し引いても護廷十三隊に入る前の彼については異常なほどに情報がありません。四番隊の古い記録に更木サンと思しき少年についての記録が僅かに残っていたくらいですが、あろうことかそれはもう千年近く前の話です」
「千年生きる死神……か」
「そうなんス。隊長格の中にはそういう人が稀にいるのは確かっスけど、それでも流魂街出身ということを考えればそうそうある話ではありません。何より、ご本人も当時以前のこととはほとんど記憶にないらしく、そもそもいつの生まれかすらわかってないんス」
「よくそんな者が隊長になったな」
「
浦原はそういって遠くに目線を遣る。本来―特にここ数百年、ある程度仕組みが確立して以降の――護廷隊に入るためには原則として霊術院を出る、あるいはそれに準じた育成を経る必要があるが、十一番隊の隊長格に関してだけは伝統として「隊員200人以上の立会いのもと現隊長を一対一の対決で殺す」という――ほぼ十一番隊だけのためにあるような――規定によって交代するものとされており、その資格を得た人間の出自が問われることはない。
「以前彼の斬魄刀が独立して行動していた頃、姿かたちこそ死神のそれでしたが、その力の本質はほとんど虚そのものでした。それを考えれば、持ち主もまた虚の因子を強く備えていると考えることに不思議はないでしょう」
「だが……そうなると、なぜそんな存在が尸魂界の側にいたのかという大きな謎が残るのではないか?」
「それはアタシもわかりません」
実にあっけらかんとした様子で答える。
「まあ、元々流魂街の外側なんて尸魂界にとっても最外縁に位置するところですし。遥か昔、まだまだ三界の境界が不安定だった頃に
「……なるほどな。で、アレは放っておいて大丈夫なのか?」
アイスリンガーが心配するのも当然である。先の大戦のときのように人事不省にはなっていないが、とは言え卍解してからというもの普段以上に戦闘狂の様相を増しており、このまま放置すれば敵の虚を斬るだけで終わる保証はないかもしれない。元より絶対的強者として君臨していたバラガン・ルイゼンバーンやそれ以上の実力を持ちながら虚圏を放浪していたコヨーテ・スターク亡き現在、万が一更木剣八が暴走した場合には三界のバランスが揺らぐ自体になりかねないのだ。
「まぁ、大丈夫でしょう」
即答である。もっとも、浦原の即答はどこまで思慮に基づくもので、どこからがただのいい加減な安請け合いなのかは本人にしかわからないところではあるのだが。
「姿こそ異形そのものですが、以前に比べてちゃんと自身の力を制御できているようです。ああ見えて更木サンは色々ちゃんと考えてる人ですから」
「そう願いたいものだな」
「ま、何かあったらあったで備えはありますしね」
かつて敵の頭目にさえ「未知数の『手段』」として恐れられた男にとって、数十年も「仲間」として見てきた存在への備えなど造作もないことなのだろう。嬉々として――身の丈よりも大きな――戦斧状に変化した
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第七章: Fateful End (6) ― Crackle with Power
卍解した鹿良澤三姫の力は、それまで拮抗していた戦闘の天秤を一気に傾けるほどのものであった。破面の帰刃と死神の卍解は本質的に近しいものと言われるが、それは即ち両者がそこに至っているのであれば――能力の相性という要素はあるにせよ――「元々の霊圧・戦闘能力」の差が如実に現れることになる。大鬼道長は言うまでもなく、制度の差こそあれ護廷十三隊各隊の隊長に匹敵する、あるいは部分的にはそれを凌駕する程の戦闘能力の持ち主であり、並の大虚が破面化したところでそこに及ぶものではなかった。
鹿良澤の斬魄刀、虹霓泡影の刀身は卍解に伴い実体から鬼道そのものへと変化し、また鹿良澤自身の体も高濃度の鬼道に覆われたことによって七色に光り輝いている。その纏った鬼道は単純にそのまま放出すること自体が虚閃に匹敵する程の威力の攻撃となり、また一方で虚閃のような単純な霊圧による攻撃に対する防壁としても働く攻防一体の能力であり、その奇抜な容貌の対価としては十分なものであった。加えて言えば、先程まで不発になっていた低級鬼道も卍解の霊圧上昇によって強力になったためか無力化されなくなっており、手数で相手を完全に圧倒できていた。
ほぼ予備動作なく剣筋に合わせて展開される斬魄刀由来の鬼道も、詠唱破棄で断続的に繰り出される低級鬼道も、それぞれ一発一発が並の死神が全霊力をつぎ込んで放つ七、八十番台レベルの破壊力を備えていた。それは、敵からしてみればいくら
「くそッ……!なんという力だ…!」
先程までの余裕綽々といった雰囲気は消え去り、必死そのものといった様子で攻撃に対処する。幸い彼が「依頼主」から受け取った空間を歪める力は遠距離戦闘との相性が良く、そのすべてを防御に回せばなんとか鬼道を逸らすことはできていたが、一方全力で回避を続けているということは反撃の糸口を掴むこともできないということでもある。
ただ、自身の能力も霊力を使うものであり決して無限ではないが、それは相手にも同じこと言えるはずだ。いくら鬼道の威力は使い手の技術によってつぎ込む霊力の量と威力の比を改善することができるとはいえ、あれだけの威力を持つ鬼道を乱発しているということは決してそれを際限なく続けられるものではないだろう。先程まではさっさと終わらせて虚圏に帰ろうと思っていたが、その甘い考えを捨てて持久戦を覚悟した。
「対抗策が見つからないからって、我慢比べなら勝機があるとでも?」
だが、その考えは当然の如く鹿良澤に見破られる。鬼道衆に来て以降はあまり前線に出ることはなかったものの、以前護廷隊に所属していた頃は見た目に似合わず武闘派扱いされており、その時代に得た戦闘経験は今も彼女の血肉になっていた。
「なるほど、確かに君のその力は私の斬魄刀よりは大分燃費が良さそうだね。……ただ、燃費の差が戦闘力の差だと思ったら大違いさ」
膨大な量の鬼道を相手に叩き込んだことで怒りを解消したのか卍解前の鷹揚な雰囲気を大分取り戻しつつ、先程構築していた鬼道の結界に斬魄刀を突き立てる。
「確かに我慢比べなら君の方が有利かも知れないけど、その選択権は君にないんだよ!」
鹿良澤が斬魄刀に霊力を込めると、それに応じて刀身と鹿良澤が纏っている鬼道が一層激しく発光し始める。
「虹霓・
その瞬間、鹿良澤が張り巡らせていた結界もまた光を放ち、そこから無数の鬼道が放たれた。一発一発が並の虚であれば一撃で葬り去るほどの威力を持った、多種多様な属性の鬼道がそれぞれに敵へと殺到していく。先程の散発的な攻撃をなんとか防ぎ、あるいは回避していたレベルの虚にとっては当然この物量に対処できるはずもない。対応し損ねた鬼道が一発、また一発と虚に直撃するたびにその霊体が破壊されていった。
「畜生……!」
敵の虚の消滅を見届けて、鹿良澤は卍解を解き納刀する。先の大戦でさえ使う機会のなかった卍解は実に百年以上ぶりのものであり内心不安もあったが、ひとまず強大な敵を無事打ち倒すことに成功し安堵したというのが率直なところであった。
「お疲れ様でした」
詰所の執務室に戻った彼女に、待機させていた観音寺が声をかけてきた。
「大丈夫ですか……?」
ほとんど傷を負ってはいないものの、足元も覚束ない様子で顔色も相当悪くなっていた上司の姿を見て、思わず素で気遣いの言葉を投げかけてしまう。
「ああ、大丈夫さ。慣れないことをすると大分疲れるんだよ」
実際のところ、彼女の斬魄刀の力は――敵の虚が看破した通り――決して燃費の良いものではなく、最後の大技に至っては残る霊圧の殆どをつぎ込むレベルのものであった。その結果として――たとえ相手からの攻撃をほとんど受けていなかったとしても――もはやほとんど戦えない程にまで消耗しているのであった。
「まあ、当面の危機は脱したんじゃないかな。もう瀞霊廷内に虚の霊圧はなさそうだし」
「あの虚は一体……?」
「私にもよくわからないんだけどね。ただ、うちにはそれこそ尸魂界黎明期の頃から結構色々なものが保管されててね。その中の一つを狙ってきてたっぽいんだよ」
「そんな凄いものなんですか」
「んー……『
自身の調べた内容からだけでは理解できないことに首を傾げる。襲来した虚から多少なりとも情報を得られるかと期待して前線に出てはみたものの空振りに終わっており、内心では不満遣る方なし、といったところだ。
「まあ、そこら辺は後でもっと詳しい人に聞くしかないか。……そういえば、
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第七章: Fateful End (7) ― Utter End
楽しみです。
一瞬のうちに爆発的に放出された霊圧がその魂魄の内側へと収束していくと、大虚の姿は先程までと明らかに違うものになっていた。元々は無数の触手が絡み合い、空中に浮遊するキノコのような異形の姿をした化物だったはずだが、今や巨大な一対の翼を持つ――現世で言うところの――天使のような整った姿となっている。
「……久方ぶりだが、この姿はやはり面倒だな。さっさと終わらせるぞ」
先程まで片言とも言うべき辿々しい言葉を発していたはずが、姿のみならず言葉まで洗練されたのか矍鑠とした言葉遣いになっている。その霊圧もまた野放図に垂れ流されていた奔流から研ぎ澄まされた殺意を感じるものへと変化しており、その迫力は二人が以前空座町で対峙した成体の破面はおろか、先の大戦で襲来した星十字騎士団の滅却師をも遥かに超える程の危機感を覚えさせるものであった。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜!」
雛森が様子見に放った鬼道も、両手に持った長剣であっさり両断されてしまう。いくら詠唱破棄で多少威力が落ちているとはいえ、曲がりなりにも尸魂界トップクラスの鬼道の使い手が放った上級鬼道でさえこともなげに対処されてしまうということが、目の前の敵が途方もない戦闘力を備えていることの何よりの証左であった。
「さて…どうしようか」
状況に対処するためには何かしらの策が必要と悟った吉良は雛森に声をかける。眼前の敵はどう見ても副隊長より一回りも二回り格上であり、いくら副隊長級の中では上澄みの彼ら二人であってもしっかり策をもって対抗しなければ届かない相手だろう。
「やっぱり、やるしかないんじゃないかな」
「そうだね……。それじゃ、打ち合わせ通りいこうか」
「卍解!
雛森の卍解に呼応し、周囲の空が朱色に染まる。
本来天気という概念の存在しない、一面夜空に塗り潰されている虚圏では見られることのないようなどす黒い雲が一気に広がり、その内部では無数の雷が渦巻きはじめた。当の雛森本人は強力な光に包まれ浮き上がり、最終的には斬魄刀本体とともにその中心部の空高くにまで到達した。
一通り周囲の変容が落ち着き、雛森が敵の方に視線をやると、天から炎弾と雷が降り注ぎ始める。それは主敵である虚本体だけではなく、あらかた二人に斬られたとはいえまだ少数を残していた眷属へも同様に向かっていく。元々雑兵レベルでしかなかった眷属はこの強烈な攻撃を回避することも防ぐこともできず、直撃するたびにそれらの霊体は跡形もなく消滅していった。
「随分な火力だな……!」
さすがの大虚とて想定していなかったレベルの火力が渦巻く状況に、素直な驚きを口にする。先程まで撃っていた上級鬼道を上回るような威力の攻撃がこれほどの物量・密度で打ち込まれ続けるという状況は、いくら卍解で戦闘力が爆発的に伸びるとはいえ予想の範囲を大きく超えていたのだ。
「だがこれだけの力、何の代償もなく振るえるものではなかろう」
当然、その想定を大きく越えた力には何らかの対価や制限があると考える。大虚は一旦体勢を立て直すべく、雛森から距離を取ろうとするが――
「卍解――
その瞬間、後ろに控えていた吉良イヅルもまた自身の斬魄刀を更に解き放つ。
純白の砂に覆われていた虚圏の大地が一転して一筋の反射光もない程に漆黒に塗り潰された闇へと変化する。物体としては元々の砂の大地そのままから変化していないはずだが、如何せん視覚的には完全な黒一色であり、地面がいかなる状況であるかさえ測り知ることはできない。
「…下らぬ。私が空を飛べることをもよもや忘れたわけではあるまいな」
先程までの浮遊と違い、巨大な翼を羽ばたかせて空へと飛び立とうとする。
しかし地面を離れようとした瞬間、地面を埋め尽くしていた漆黒が腕のように伸び大虚の足に絡みついた。
「飛ばせると思ったかい?」
大虚はより強い力で地面を離れるべく翼を動かすが、闇から伸びる腕はその本数を増し、足のみならず腰まで捕らえていく。動きを制限された大虚は両腕の剣で応戦を試みはするものの、雛森の卍解から放たれる攻撃のすべてを受け切ることはできず少しずつダメージを受けていく。
だが、イヅルの卍解の真価は単に動きを奪うことだけではなかった。その「腕」が最初に触れた大虚の左足が
「貴様、何をした…!」
「思った通り、大分罪を重ねてきたんだね」
「何を言っている……?」
「この力がそこまでになったのは流石に初めてさ」
そう言葉を交わしている間も大虚はその沼から脱出しようともがき、またそこに向かって膨大な量の炎弾と雷が飛来し続ける。
「君が引き込まれているその闇の深さは、君がここまで奪ってきたものの重さだよ。君の動きは君が作ってきた骸の山に奪われ、君の霊力は君が
イヅルの言葉通り大虚はその霊力をイヅルの卍解に奪われ続け、特に卍解と直接触れている脚部は幾度となく透けて見えるような有様である。当然霊体の実存性が揺らぐほど霊力を奪われれば霊圧も低下し、それは必然霊体の膂力にも影響する。もはやその大虚に雛森の卍解を耐えきる程の強度は残されていなかった。
「流石に霊体が保てなくなるほどの影響が出るとは思わなかったよ」
大虚の霊圧が目に見えて低下していくにつれ、飛梅の攻撃が少しずつ敵から逸れるようになっていく。それらは虚圏に生える白亜の木々や遠方にいる野生の虚、そして仲間であるはずのイヅルにさえ、周囲のありとあらゆるものへと無差別に飛び始めている。
「さあ、そろそろ終わりにしようか」
「成程、そういうことか……」
その様子を見て、大虚は何かを悟ったように言う。
「多分お察しの通りさ。ああ見えて彼女は怒らせると怖いからね。
そう言いながら、崩壊していく大虚の霊体の方を見る。
「さようなら、名も知らぬ大虚よ」
「――さて、もうひと頑張りだね」
大虚の体が霧散し戦いに決着がついたところで、イヅルは雛森の方へと向き直る。未だ雛森本人は飛梅とともに雷雲の中心部に空高く浮かんだままで、イヅルを始め周囲のありとあらゆるものへと「流れ弾」を放ち続けている。
イヅルがその流れ弾を避けながら手を伸ばすと、地に満ちたイヅルの卍解が再び「腕」を伸ばし、空高く浮かんだ飛梅本体に触れた。接触の刹那、拒むように激しい電撃が全方位に飛び周囲を明るく照らしたものの、すぐにイヅルの卍解の力によって抑え込まれる。
「耐えてくれよ……!」
イヅルが手を握った途端、先程の大虚よろしく飛梅の姿が一瞬揺らぐ。そして、その次の瞬間には開放前の姿に戻りそのまま地面へと落下した。それにより、周囲の空を覆っていた分厚い雷雲もまた姿を消していた。
「おっと危ない」
飛梅同様に空中から落下した雛森の体をイヅルが抱きとめる。
「お疲れ様、全部終わったよ」
「ありがとう、吉良くん。手間かけちゃったね」
「お互い様だよ。むしろ飛梅は大丈夫かい?侘助もあまり加減が得意な奴じゃなくてね……」
「うん、大丈夫。今は気を失ってるみたいだけど、特にダメージ受けたりはしてなさそうだから」
覚束ない足取りで飛梅を拾い、鞘に納めながら言う。
「ちゃんと自分でコントロールできればいいんだけど、まだ難しくて……」
「むしろ、そういう前提の能力だと割り切っていいんじゃないかな。隊長達の卍解だって結構無差別なのが多いみたいだしね」
実際彼女の元上司である平子真子の卍解「逆様邪八宝塞」、あるいは現総隊長の「花天狂骨枯松心中」などはまさに制御の効かない範囲攻撃的なものの代表格であり、そうした無差別的な能力であろうともそれに見合った制圧力さえあれば評価されるのが護廷隊である。
「鬼道衆がどういうところなのかはよくわからないけど」
そう言いながら立ち上がり、雛森に手を差し伸べる。
「足りないところはお互いが補えば良い、っていうのが個人じゃなくて組織でやる最大の利点だからね」
「なるほど、たしかにそうかも」
「さて、浦原さんのところに戻ろうか。多分これで一通り片付いただろうし」
そうして二人は来た方向へと戻っていくが、二人とも慣れない卍解での戦闘で――目立った傷を負ってはいないものの――大分消耗しており、あまり移動の速度をあげるわけにもいかない。畢竟、特に雛森が鬼道衆に異動してからはまるで会う機会もなかった二人は久方ぶりに色々な話をする時間を得ることになる。
「それにしても、ほんと凄い火力だよね、飛梅…」
「そうなのかな。わたし、卍解しちゃうと自分の意識も結構遠くなっちゃうんだよね……どのくらい撃って当てたのか、ってあまり覚えてないの」
「なるほどね……だから無差別になっちゃうのか」
「飛梅、ああ見えて怒ると手がつけられないから……あの状態、だいたいあの子が怒りに任せてやってる感じなんだ」
「あー……うん、なんとなくわかったよ。やっぱり雛森くんの斬魄刀なんだなって」
「吉良くん、それどういう意味かな?」
口を滑らせたイヅルを据わった目で見つめる雛森。
「あっ……」
「なんてね、冗談だよ」
一瞬剣呑な雰囲気になりかけたものの、すぐにいつもの様子に戻る。
「でも、もうわたしは鬼道衆なんだし。あまりこの子に頼ってばかりいるわけにもいかないんだよね。せっかくの卍解だけど」
「それは僕らだって同じさ。結局のところ、僕らはその力を振るわないで済む日のために、刃を研ぎ続けているんだよ」
ついにこれで第7章も終わりです。
あとは最後の幕間、そして後日譚となります。
後少しばかりお付き合いいただければ幸いです。
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幕間五: Spectacular Showdown
人と獣を隔つのは
その牙の向かう先
神と人を隔つのは
その眼が見据える先
「君の目から見て、『アレ』はどう映るかい」
【無間】。
尸魂界の歴史に名を残すほどの罪人で、殺すに殺せない程の者が収監される最深奥部の監獄に、久々に声が響いた。
本来灯りもなければ人が声を発することさえない場だが、ここに収監されるような者はたとえ拘束されていようがその思考や会話を妨げられる程ではなく、彼らがその気になればこうして声が交わされることは稀にある。
……とはいえ、昨今無間の住人で他者と積極的にコミュニケーションを取ろうとする者は決して多くなく、他人に声をかけるのは藍染惣右介くらいなのだが。
「何故私に聞く」
声をかけられたのは八代目剣八こと痣城双也。
「だって『アレ』は君の後輩じゃないか」
「鬼巖城のような者がその名跡を継いだ時点で、私にとってその名への思い入れはないよ」
「……そうか」
物腰自体は緩やかとはいえ棘のある表現で返してきた痣城に対し、藍染は少し言葉を切る。
「――私が剣を交えた限りでは、だが」
藍染の沈黙に、痣城が言葉で答える。
「私や貴様とはまた違った形で
「そうか、君はそういうタイプだったな」
「私にとって重要なのは、その『力』が尸魂界の役に立つかどうかであって、その『力』がどういう質のものであるかとか、どういう来歴であるかなどは些事に過ぎないのだよ」
「つまらないな。他の者が壁を超えたなら、その手段を自らの糧にできるとは考えないのか?」
「皆が皆、自身と同じ目線に立てると思うのは貴様の悪癖だよ、藍染惣右介。その視座に立てる者などそうはいない――というよりも、そもそも大半の者にとってその視座は存在すら認識できやしない。その程度のことはわかっているだろう?」
「凡庸な者ならそうだろうが、私は君の話をしているんだよ」
「それこそ的外れというものだ。私自身があんな異常な力から学び取れるものなどありはしないし、それは他の大半の死神にとっても同様だよ。君のような異常者しか役立てられないようなものなど、私にとっては無価値に等しいのだ」
多くの護廷隊士が誤解していることだが、十一番隊隊長更木剣八は決してよく言われるような「獣」ではない。無論戦闘狂的な側面が強いのは間違いなく、自ら剣を振るうことが無上の歓びであることは事実なのだが、一方で自身のみならず部下や他隊士の得手不得手はそれなりに把握しているし、単に自身の戦闘における戦術的な判断のみならず、それなりに広い戦略的な視野さえ――少なくとも「隊長」という地位に最低限見合う程度には――持ち合わせているのだ。また粗野な言動が目立ちはするものの情や矜持といったものにも彼なりの理解を示しているし、日常生活においては時としてそこらの男性隊士よりも「文明的な」行いをしている様子が見られている彼は、決して敵と見るやいなや我を忘れて斬りかかるような男では、ない。
そんな更木剣八にとって、この戦いは歓びと寂寥感の両方を覚えるものであった。
相手の霊圧は久々に自身の卍解に見合う程の強力なものであり、それはもちろん彼の渇きを癒すものではあった。だが一方で、その剣筋に何も
「おい……手前は『どっち』なんだ?」
「藪から棒ニ、一体何の話ダ」
突如問いかけてきた更木に、虚は怪訝そうな様子で答える。
「さっき2人がくっついてたろ。手前の中身はどっちなのか、って聞いてんだよ」
「あァ成ル程……言うまでもなイ、あノ子供は俺が食っタんだよ」
「……そうかい」
もちろん更木も想定していた答えだったが、改めてそれを聞いた彼の目の、爛々とした輝きに影が差した。元々シエン・グランツとは以前の一件以降の因縁があり、期せずして今回彼と刃を交えることになったことには更木もまた少なからず高揚していたのは事実である。それが結局この虚の能力か何かによって取り込まれてしまい、もはや単なる霊圧を増す内臓か何かに成り果ててしまったというのであれば、それは決して愉快ではないことだ。
「つまんねえな」
目に見えてテンションの下がった更木はそのまま卍解を解く。赤黒く変色していた肌は元々の人間らしいそれに戻り、鬼のような風貌もまた元に戻っていく。
だが、その研ぎ澄まされた膨大な霊圧は相変わらず致命的な水準を保っていた。勿論卍解を解いたことで絶対的な霊圧自体は低下しているのだが、その影響は膂力や防禦の方に濃く出ており斬魄刀の刃先で鈍い輝きを放つその攻撃力は――少なくとも並大抵の大虚を容易く切り刻める程度には――依然残されていたのだ。
一方対峙している大虚の側からしてみれば、突如相手が卍解を解いたことで多少なりとも気が緩んだのは事実だろう。常識的に考えれば――相手を斃す寸前でもない限り――戦闘中に自らその力を減じるのは合理性を欠く行動であり、つまるところ傍から見れば「解いた」のではなく「解けた」、即ち維持できる時間に制約があったとかそういう事情によるものだと考えても無理もない話であった。
だが、その油断は致命的な結果をもたらす。
「チッ……緩めやがって」
次の瞬間、そこには両断された虚の姿があった。
更木剣八が始解に戻したのは「愉しんで戦う」ことを辞めたからに他ならない。卍解により破壊力が増すのは事実だが本質的には「自身の魂魄の
勿論それだけでは――多少形勢が傾きつつあったとはいえ――卍解状態の更木とやりあっていた大虚が始解で両断される理由には到底なり得ない。結局、勝負を分けたのは「集中力」だったということになるだろうか。直前まで押されていた卍解が消えたことでありもしない優位に目が眩み慢心したことが命取りだったのだ。
「お疲れ様っス、更木サン」
更木が斬魄刀を鞘に納め乱れた死覇装を整えていると、物陰から浦原喜助が声をかけてきた。
「つまんねえ幕引きだったぜ。……手前、そこに居るのは……どっかで会ったか?」
浦原の隣にいる破面を見て、古い記憶を辿る。どこかで見たような顔ではあるのだが、如何せん記憶が定かではない。まあ破面である以上恐らくは藍染の一件の関係者だろうし、今の霊圧からしても自分とやり合った相手などではないはずだが。
「まあ気にしなくていいっスよ」
「そうかい」
浦原喜助がそう判断しているなら、自分がそこに口を挟むことはない。自身はあくまで尸魂界の「矛」であり、それ以外のところはそれに長けた人間が考えれば良いのだ。
「さあ帰りますよ、更木サン」
「あァ……?もう終わったのか?」
「ええ。敵の親玉は若い子達の活躍で片付きました」
「なンだ、取られちまったか。親玉斬るために早く片付けたってのによ」
「……言うほど残念がってないでしょ?」
「――抜かせ」
次週より、最終章に入ります。
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終章: Right fathers in the right places
終章: Right fathers in the right places (1) ― Dig Through Time
この物語にも幕を下ろす時期がやってきました。
ところで新OP、かっこいいんですが現パロなのか何なのかちょいちょいトンチキ感あるシーンが混ざってるのが初期のBLEACHのアニメ感あって良いですね。
個人的にはツインネックギターを鈍器みたいな持ち方で担ぎ始めた一護で耐えられませんでした。
戦士は戦いの他に拠って立ってはならない
その剣が曇るのは他のものが目に入るが故なのだ
戦士は戦いの他にこそ拠って立たねばならない
その心が獣に近づくのは戦いに身を置くが故なのだ
「志波隊長、少し良いだろうか」
大方の騒動も片付き、事後処理の進捗を共有する隊首会が散会となったところで朽木白哉が志波一心に声をかけた。
「一体何事です、朽木隊長?」
「少し教えて貰いたいことがあるのだ」
「朽木隊長の方が隊長歴長いんすから、俺が教えられることがあるとは思えないんすけど……。何なら俺の方が教えを請いたいレベルっすよ、こっちは数十年ぶりに帰ってきたところなんで」
かつて一心が十番隊の隊長に就任した時期は白哉が今の地位に就いた時期とさほど違わないが、その後一心が半世紀ほど護廷隊を離れていた関係で隊長としてのキャリアの長さには大分違いが出ている。久々に――それも自身にとって在籍歴のない隊の――隊長業に復帰したばかりの一心からしてみれば、長いこと安定して隊長の地位にいる白哉の話を参考にしたいというのは当然のことだろう。
「済まない、そういう話ではないのだ。……もっと個人的な話なのだよ」
「あーなるほど、ついに朽木隊長も子持ちっすか」
「まあ我が家の場合は養子だし、ルキアのお陰で橙璃はとうにちゃんと成長してはいるのだが……。だが、そもそも私にとって父という存在が息子とどう接すれば良いのか、自信がないのだ」
日頃自身の弱みなど一切人に見せない朽木白哉が珍しく内心を露わにしている姿を見て、一心はその心を慮る。若い時分にそこまでの交流があったわけではないが、貴族同士の交流を通じて病弱な父蒼純に代わり祖父銀嶺が白哉を育ててきたということくらいは見てきていた。確かに白哉にとって、「父」という存在が他の死神達とくらべて遠いところにあるのは事実なのかもしれない。
「現在の護廷隊の上層部はまだ若く、子を持つ者は決して多くない……というより恋次・ルキアくらいしかおらぬのだ。その点、
「つったってウチはもう事実上貴族を追われた身だし、しかも分家ですぜ…?」
元より本家は半ば望んで流魂街に居を構える程の「外れ者」である志波家の者にとって、そもそも「貴族としての」意識などさほどありはしない。護廷隊の隊長として瀞霊廷で暮らしていた一心も結局のところ「隊長だから」そうした暮らしをしていただけで――極めて短期間ではあったが――「下積み」の時期は決して貴族らしい生活をしていたわけではなかった。
「……あんまこういう話をかしこまった喋り方でしたくないんで、率直に言わしてもらいますよ」
現世で暮らした年数の分もあり外見的にはもはや逆転しているが、それでも多少なり年上の白哉に対して多少の遠慮をしていた一心はそう前置きをする。
「いつものことだと思うんすけどね、あんた考え過ぎなんすよ」
そうして出てきた言葉はあまりに直球で、白哉という存在を一言で両断するものであった。
「息子なんて勝手に育つもんなんす。親父が横からどうこう言ったところで聞きゃしねえんすから。ただ、そいつが本当に壁にぶち当たったときにちゃんと背中ひっぱたいてやれるように見ていてやりゃいいんじゃないっすかね」
頭の後ろで手を組みながら、一心は言葉を続ける。
「まあ、
「で、これがその
「ええ。なんでこれが四楓院家じゃなくてここにあるのかわかりませんけど、恐らく彼らが目指していたものだと思いますよ」
「あー……これね、どうやら来歴が特殊みたいなんだよ。鬼道衆の方にあったのも半ば隠匿のため、ってとこみたいだし」
「なるほど……?それにしても、こんな骨董品に何の価値があるんですかね。もっと使い勝手の良い物が藍染の手で作られたって聞きましたよ?」
「
「この霊子兵装の特異性は、その来歴にこそあるのだヨ」
護廷十三隊総隊長・京楽春水と大鬼道長・鹿良澤三姫の会話に、同行していた十二番隊隊長涅マユリが割って入る。
「我々普通の死神や虚にとって、これは単に
「…なるほどね」
京楽はマユリが敢えて言明しなかったところには触れず、話の続きを促す。当然ながら彼はこの霊子兵装の来歴についても熟知しており、その性質上わざわざ言葉に出さない方が良いという点については同じ意識であった。たとえ相手が大鬼道長の地位にあるとは言え、比較的若く尸魂界の歴史の深奥に触れた身ではない以上、ここでこれ以上深掘りするのは得策ではない、といったところだろう。
「資料によれば、そもそもこの霊子兵装の機構自体は今回の虚共の親玉が持っていた能力を参考に作られているようでネ。大方自分自身にとって天敵になるとでも思ったんだろうヨ」
マユリはそう言うと、もう用は済んだとばかりに鬼道衆詰所最深部の書庫を去っていった。
「どうだい、雛森くんはうまくやってるかい?」
マユリが去ったあと、京楽は自らが送り込んだ副官の様子を尋ねた。一定の合理性はあったとはいえ、今回の副鬼道長人事に関しては私情がなかったとも言い切れないこともあり、その判断が果たして正しかったのかどうかについては気になっていたのだ。
「桃ちゃんは本当に優秀ですよ。鬼道の才能も私にはないものを持ってるし、何よりしっかり者なんで」
「あー…なるほど。七緒ちゃん推薦したのはそういうことだったのかい」
「別に推薦ってほどのつもりじゃなかったんですけどね。ただ、私もこっちに引きこもって長いですしそちらの今の顔ぶれには詳しくなかったので、『鬼道の才があってしっかり者で私のフォローをしてくれる七緒ちゃんみたいな子』ってくらいの感じで伝えただけなんですよ。……まさかいつの間に京楽さんと
「やだなぁ、別にそんなんじゃないのに」
「京楽さんがどうだったかは知りませんけど、七緒ちゃんは私がいた頃から大分並々ならぬ視線向けてたじゃないですか。割と隊内の女性陣で噂になってましたけど、気づいてなかったんですか?」
「いやー……参ったね、どうも」
八番隊は元々鬼道に長けた者が多いという特色の影響――に加えて前隊長の趣味嗜好の影響もあったかもしれないが――もあり、四番隊に次いで女性隊士は多い。いくら戦闘要員とはいえ女性の集まりともなればやはりそうした話題というのは話の種になりやすいもので、もちろん京楽自身どう見られているのかという点についてはある程度自覚はしていたのだが、改めてこうして元部下に直球で指摘されてしまうと大分きまりが悪いのは事実である。
「まあ、でも実際桃ちゃんで良かったところもありますよ。あの子結構熱いところありますし、お陰でうちの空気もいい方向に変わってきてるので」
「そうかい、そりゃよかったよ」
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終章: Right fathers in the right places (2) ― Cathartic Reunion
「ご無沙汰してます、空鶴さん」
「おう一護、珍しいな」
そろそろ壮年期も終わろうという年齢になった一護は、久しぶりに西流魂街にある志波家本家を久々に訪れていた。以前初めて会った頃、鉄拳制裁を受けていた頃ほどではないとはいえ、まだまだ単なる「従姉弟」という程気安く話しかけられる相手ではなさそうだ。
「ちょっと京楽さんに呼ばれてたんだけど、ついでだからこっちにも顔出そうかと思って。うちの親父、迷惑かけてないっすか?」
「叔父貴ならしばらく前に来てたけど、日番谷の坊主に連れられて
「へぇ……って冬獅郎が『坊主』はちょっと酷いんじゃないっすか?もう結構背も伸びてるのに」
「おれん中じゃあいつは叔父貴にくっついてたガキのまんまだからな」
「そんなもんすか……あれ、岩鷲は?」
「ああ、あいつも今は向こうだよ」
「へー……ってえぇっ!?!あいつ死神にでもなったの!?!?」
元来のツッコミ気質のおかげか、それともこちらに来ると結局のところ自身が「若造」でしかないという安心感のおかげか、かつて若かった頃そのままのノリでツッコんでしまう。死神の力があるとはいえ元々人間である一護の魂魄は年相応の見た目になっており――高い霊力によりほとんど老いる様子のない――空鶴とはとっくに逆転して見えるのだが、この二人の関係性は半世紀近く前の初対面の頃から大して変わってはいない。
「まあ色々あってな。確か仮免で今ルキアちゃんとこにいたはずだぜ」
「すげえ話っすね、それ」
「元々叔父貴がこっち来てる間にちょっと根性叩き直そう、つって稽古つけてもらってたんだが、まあ思ったより成果が出たんでな。こないだ試験受けて霊術院入って、そのまま上手くやってるらしいわ」
「まあそりゃあいつ元々霊圧はちゃんとしてましたし、あんだけ実戦くぐってきてんだから死神としてもやってけるでしょうけど…」
もう一人の従姉弟である岩鷲とももう長いこと会っていないが、かつて一緒に戦っていた頃のことは半世紀ちかく過ぎた今でもすぐに思い出せるほどの鮮烈な記憶である。だが、初対面のときに「流魂街一の死神嫌い」を自称して衝突した身としては、その彼が死神としての道を歩み始めたということに驚きを禁じえないところではある。とはいえ、空鶴の言うとおり十三番隊にいるのであれば、瀞霊廷で良く顔を出している先でもありそのうちすぐに再会することになるだろう。
「つかお前こっちで油売ってていいのか?」
「久々に
「お前もさっさとこっち来りゃいいのによ」
「それ遠回しに死ねって言ってますよね!?」
「
「無視かよ……。そんなでもないですよ。正直向こう行くと変に厚遇されちゃうんで居心地悪いんすよね」
「そりゃあ仕方ねえだろ、何しろ三界を救った英雄サマだからな」
「やめてくださいよ……」
「
「心にもないこと言うのやめましょうよ、元々貴族の役割なんかろくに気にしてなかったでしょ」
「まあおれとしちゃそれで良かったんだがなぁ……どうも最近そうも言ってられねえらしいぜ?叔父貴がこないだボヤいてたわ」
「親父が……?そいつは嫌な予感しかしませんね」
「ま、岩鷲も向こうにいるんだしおれはこっちで自由にさせてもらうわ」
「ほんと変わらないっすね……」
「お前ももうこっちに関わって長いんだ、
「まあそうですけど……」
「えーっと……これはどういう集まりです?」
一番隊隊舎に呼び出された現三番隊隊長志波一心は、普段の隊首会より大分人数の少ない室内を見回した。
「例の一件の後始末でね、ちょーっと面倒な話になったのよ」
面倒な、という割にはいつもの飄々とした雰囲気を崩さない京楽春水がそう応じる。
「さて、揃ったし行こうか」
「ここでやるんじゃないんですか?」
「違うよ、ここはあくまでボクらの集合場所。本番は
「気張れよ、当主代行殿」
「何の話ですか、夜一さん」
「あれー、やっぱり聞いてないんだね」
「やっぱりってなんですかやっぱりって」
「空鶴さんは『おれが行くより現役の隊長が行く方がカッコ付くだろ』って言ってたよ」
「カカッ、奔放な当主を持つと苦労するのう?」
「よりにもよってあなたがそれを言いますか、夜一さん……」
「こんなとこ、初めて来ましたよ」
少しの後、一行は中央四十六室の待つ中央地下議事堂まで来ていた。尸魂界の最高意思決定機関である中央四十六室のいる区画は基本的に他の機関の管理する場所からは隔絶されており、一般の死神はおろか隊長格でさえそうそう訪れることはない。無論総隊長は職務上それなりの頻度で呼び出されるのだが、隊長在任期間の短い一心にとっては初めての経験であった。
「護廷十三隊総隊長、京楽次郎総蔵佐春水以下――」
「朽木家当主 朽木白哉」
「四楓院家当主名代 四楓院夜一
「あー…志波家当主代行 志波
「本日の議事のため参りました」
京楽がそう締めくくると、議事堂を守る巨大な扉が開かれる。
『我々が呼んだのは貴殿だけのはずだったが、総隊長』
中央四十六室は慣例として――少なくとも自らの席を持たず、喚ばれて議場の中央に来る外部の人間に対しては――その顔を隠して相対するため声の主が誰であるのかは定かではないが、京楽が「部外者」を伴って現れたことを咎める声が早速上がった。
「すいませんねぇ、事が事ですから。ボクの一存でどうこうできる話じゃあないでしょう。むしろ、あんた方が彼らに声をかけてないことの方がおかしいんですよ。特に志波隊長に、ね」
『……!』
中央四十六室は四十人の賢者と六人の判事からなる、という建前であるが、事実上その席の大半は各貴族の「指定席」に過ぎず、結局のところは貴族同士の利害関係の調整が優先され、あるいは非貴族の死神や流魂街の一般魂魄の事情は後回しにされるという状況にある。そうした彼らからしてみれば、中央四十六室に席を持ちこそしないがその一方で「正一位」というどのメンバーより格上の位階を持つ(あるいは持っていた)三家の面々は邪魔以外の何物でもなく、当然彼らの側から接触してこない限りはわざわざ呼び出して話を聞きたい相手ではない。言わば「寝た子を起こす」ような事をした京楽の行動は疎ましいことこの上ないだろう。
「さて、お許しもいただけたようですし早速本題に入りましょうか。改めて状況の確認から行きましょう」
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終章: Right fathers in the right places (3) ― Contentious Plan
「それは私の方から説明しよう」
綱彌代家がほぼ壊滅した現在、事実上四大貴族の筆頭である朽木家当主が声を上げる。
「端緒は先の大戦ということになるだろう。元々護廷隊にあった私的な交流会、『十字組』は現世で滅却師の力を持ちながら死して流魂街に辿り着き、そこから霊術院を経て死神となった者によるものであった。本来は単なる技術交流程度のための組織であったようだが、大戦以後瀞霊廷内において『滅却師』という存在に対する印象が目に見えて悪化したことから、一部のメンバーがその名誉回復を企図した、というのが今回の一件の骨子である」
隠密機動・刑軍を有する二番隊とともに瀞霊廷内の規律維持を主任務の一つとする六番隊の隊長として――自らも離反者一名の捕縛に携わったこともあり――事件の全容解明に関与していた白哉は改めてあらましを説明する。
「太古の虚、カムサ・スカルマリに関する情報は以前から断片的に伝承されていたものだったが、時灘の事件の影響で綱彌代家の書庫の警備が緩んだ結果として尸魂界の『公式な』記録が漏洩。十字組は滅却師の名誉回復にそれを利用することを企図した」
「そのために目をつけたのが『虚白の箍』じゃの」
“天賜兵装番”四楓院家の名代、夜一が言葉を継ぐ。たとえ天賜兵装の括りに名を連ねていなくとも、太古の霊子兵装ともなれば四楓院家も当然その存在については知らぬはずもない。
「あれはかつて霊王を中心とした現在の秩序から離反した存在――言ってしまえば
かつて霊王を贄として三界の秩序を確立させた五大貴族は――最後までその選択に異を唱えていた志波家を筆頭に――内外から当然に様々な反発に直面することとなった。最終的には五大貴族を中心とした貴族による統治によって世界の形が決まったが、特に霊王に近かった者を筆頭に尸魂界そのものから離反した者もおり、その一部がその後滅却師という血族へと繋がったのだ。
「喜助曰く、この兵装はカムサ・スカルマリの能力に対しても有効……というより致命的に働くものだったらしい。無論我々が遣うだけでもその厄介な空間歪曲能力を抑えることはできたじゃろうが、本来の力を発揮させて作り出した擬似的な叫谷ではその空間歪曲能力すら働かなくなるようでな。事実上、かの虚を完全に封印できるわけじゃ。『通常の手段では対処が難しそうな難敵』と、『自分達にしか扱えない特効薬』の存在に至った愚か者が何を考えるかは……まあ、改めて言葉にする必要はなかろうな」
「幸運だったのは、当時よりボクらの戦力が遥かに高まっていたことだね。かつてご先祖様が『対処できなかった敵』として記録してくれいていた虚だったとして、ボクらはもうそれより強かった虚達に対処してきてるんだ」
京楽が今回の騒動をそう総括する。実際カムサはバラガン・ルイゼンバーンにさえ及ばず敗走した虚であるが、現在の尸魂界の戦力はそのバラガンのみならず同格――だったと本人は主張している――已己巳己巴も、それらより格上だったコヨーテ・スタークをも下してきているのだ。
「とまあ、おさらいはこのくらいにしましょうか。お待ちかねの
そう言うと、改めて議席にいる貴族の方へと目を遣る。
「改めてご説明いただけますか、お偉方」
『瀞霊廷から今一度、滅却師の因子を排除するように』
四十六室の一員がそう告げた途端、三人の空気が剣呑そのものになる。
『今回の一件でも改めて明らかになっただろう、滅却師というのは我々尸魂界からすれば災厄の種以外の何物でもない。ことそれが死神の力まで持っているともなれば今回のような事態はまた起きないとも限らない以上、少なくともそんな者に死神の力を与えてはならない』
『幸い技術開発局の報告ではさほどの数はいないというからな。洗い出しもその後の影響もさほどの問題ではなかろう』
「だ、そうだよ」
京楽が他の三人の顔を見回す。
「あんた方、ご自分が今何を言っているのか本気でわかってるんですかい?」
『無論だ』
そうして改めて確認するが、声の主は即答する。
「黒崎一護筆頭に、先の大戦で貢献のあった者やその縁者がそこに該当するってわかってますか、って話ですよ」
京楽は更に言葉を改めて翻意を促す。
「
『総隊長、君の意見は聞いていないよ。いつから護廷総隊長は四十六室の決定に背けるほど偉くなったんだい?』
「……そうか。ならば兄のその席を召し上げてやろうか。我々正一位の者が
護廷隊の現役隊長格の大半は多かれ少なかれ黒崎一護に大して恩義を感じているが、特に過去妹を巻き込んだ一件で自ら共々「救われた」朽木白哉にとっては自らの行動指針の一つにするほどの存在である。その彼にとって、こんな「命令」は当然承服できるものではない。
「まあまあ、落ち着きなよ」
あまりに空気が張り詰めてしまったためか、京楽が仲裁に入る。
「むしろこの話で一番言うべきことがあるのは君じゃないかな、黒崎一護の父にして先の大戦の功労者たる滅却師の友人でもある志波隊長?」
「なるほど、そういうことですか」
志波一心はここに来て、自らが単なる「元五大貴族の当主の代理人」として呼ばれたのではないことを知る。
「…まあ一護もそのうちこっち来るでしょうけど、あいつは自分にかかる火の粉くらいどうとでもする奴でしょうし心配はしねえっすよ。まあ竜弦んとこの親子もそうでしょう」
話を振られた一心は、そうして息子や友人への信頼をいの一番に口にする。
「ですがね。その振り払った火の粉がどうなるかだって俺にはわかんねえっすよ。あんたらが何をしようが
『……!』
本来の中央四十六室と護廷隊の力関係を考えれば、この場は四十六室から総隊長への一方的な「命令」の場であったはずだが、そこに朽木家と四楓院家、そして志波家の隊長格相当の者が並んだことによって状況が一変した。先程の白哉の言の通り、結局四十六室に席を持つ貴族はあくまで家格としては四大貴族より――大半の「賢者」に至っては総隊長の京楽家など護廷隊の隊長格・上位席官に席を持つ一部の上級貴族より――格下であり、この場の対立構造が尸魂界の貴族における文官と武官の全面対立になりかねない状況である。
「まあ、儂らとて事を荒立てたいわけではないんじゃ。そこで、少し提案があるのじゃが……」
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終章: Right fathers in the right places (4) ― Hunters' Feast
「お久しぶりっス、一護さん!」
「おう、八々原さん」
「相変わらず堅いっスねー、呼び捨てでいいのに」
「気にすんな。他のみんなは?」
「そのうち来るんじゃないっスか?」
志波家の屋敷を後にした一護は、瀞霊廷の一角にある居酒屋を訪れていた。その戦闘能力や実績を考えれば隊長と並ぶ方が自然なところではあるものの、如何せん実年齢の若さと本人の気質、また日頃の付き合いの関係から副隊長の集まりに顔を出すことが多かった。
「そういえば、一護さんは志波君ともお友達なんでしたっけ?」
「志波って……親父……のことじゃなくて岩鷲か?まあ友達っつか腐れ縁だな。あいつなんかやらかしたのか?」
「むしろ逆っスよ。彼の同期含めて今回のインターン組は優秀だって評判で。今回の事件でも他の若手守って活躍したらしくて」
「へー、あいつが『優秀』ねぇ……まああんだけ色んな相手と戦ってきてたら流石にそこいらの学生と混ぜたら気の毒か」
「アタシより早く霊術院抜けてきたって話っスから相当なもんスよ」
「そりゃあすご……え?! 八々原さんってそんな優等生だったの!?!?」
日頃絡んでくる雰囲気からは一切感じとれない、あまりに意外な背景情報が突如出てきて思わずツッコんでしまう。
「こうみえてアタシ、今の制度になってからは入学後最速で副隊長になった死神らしいっスよ?」
「へー…人は見かけによらねえなぁ」
「まあ学生時代授業は寝るわ課題は出さないわで散々怒られてきたんで、半ば追い出されたみたいな感じでしたけど」
「……前言撤回、先生方が気の毒になってきたわ。よくそんな不良学生がスピード出世できたな」
「矢胴丸隊長に声かけてもらってなかったら今のアタシはないっスよ。インターンで隊に来てからというもの、効率よくサボる方法とかしっかり教えてもらったんで」
「確かにあの人そういうの得意そうだよなぁ……。それにしても霊術院ってーのも結構複雑なのか?普通に年次で卒業してくもんだと思ってたよ」
「ま、今の時点で並の隊長より強い一護さんには無縁でしょうけどね。昔は普通に6年で卒業するシステムだったらしいんスけど、今は各段階ごとの試験に受からないと進級できないし、逆に先の段階の試験に受かるなら飛び級ができる、って感じなんス。最近じゃアタシたち副隊長もたまに教えに行ってますし、それなりに育ってくる子たちの質も安定してきてるんスよ」
「なるほどなぁ……。いやな、俺もそのうちこっち来たらちゃんと通ってもいいかな、って思ってんだよ。結局基礎とかろくに勉強しないまま
「流石に一護さんと一緒にされたら他の学生が気の毒っスよ、いい意味で……」
そうこうしているうちに、続々といつものメンバーが集まってくる。
「おう一護、また老けたな!」
「開口一番ひでぇ挨拶だな……そりゃお前らと違って普通の人間なんだから老けもするだろうよ」
「親……じゃねえ、志波隊長とはもう会ったのか?」
「別に親父でいいだろ。どうせ明日の
「おうよ。まあ橙璃はもう隊長んとこ行ったし、苺花も上位入りしたからって一人暮らしさせろってうるせえけどな」
「苺花ちゃんももういい年なんだからそのくらい許してやってもいいんじゃねえのか?」
「お前らと一緒にすんな、まだあの年はこっちじゃヒヨッコなんだよ」
「子離れできねえ親はみっともねえぞー」
「うるせえ!……一勇はどうしてる?」
「相変わらずだよ。現世じゃとっくに独立する年だからな、好きにさせてるよ」
「なるほどなぁ」
「こら恋次、そこで立ち話してたら邪魔でしょ。さっさと奥行きなさい」
二人で話をしていると、後ろからやってきた乱菊が声をかけてくる。
「お、熊如珍しいじゃない……そか、今日は一護が来てるもんね」
副隊長陣の中でも圧倒的に若い方である八々原はあまりこうした集まりに顔を出さないため、一瞬珍しいものを見たような顔をしたもののすぐに得心する。
「黒崎、いくら三界どこでもモテるからって浮気は良くねえぞ」
「檜佐木さん、冗談キツいっすよ……。ってか、二人で来たんすか?」
乱菊の後ろから現れた檜佐木修兵に声をかけた途端、二人が一瞬顔を見合わせる。
「あー…、さっきそこで会ったから。ほら、うちら隊舎も近いからさ」
「ふーん」
一護にとってはさほど重要な話ではなかったようでそれ以上の深掘りはしなかったものの、そのやり取りを傍目で見ていた弓親は何かを察したような視線を一角に向ける。
「そういや修兵、今回も大活躍だったらしいじゃねえか」
「大活躍つったら
元々三席にいた頃から事実上の――それも最先任級の――副隊長扱いをされてきた一角は、この場で数少ない修兵が敬語で語りかける相手である。その一角から今回の戦役における活躍を褒められはしたものの、そこを誇るでもなくむしろより大きな戦果を上げた後輩の方に話を持っていくあたりが、彼の善性を象徴している。
「多分それお前が卍解した時も皆思ってたぞ、なあ松本?」
「いやー、ほらアタシたちは先に聞いてましたから」
「その話、日番谷隊長含め割と皆信じてなかったって聞きましたけど?」
「お前に言われると余計に腹立つんだよなぁ……」
一人完全に「格下」の弓親に対しては――かつて一度剣を交えたこともあってか――多少当たりが強い修兵だが、当の弓親は何食わぬ顔で聞き流している。
「で、当の吉良はどこ行ったんだ?そろそろ皆揃ってもいいはずなんだが……」
今日の幹事を買って出ていた恋次はまだ現れない同期を気遣う。元々貴族出身のイヅルは若い頃はそれなりに真面目な生活態度だったのだが、昨今――特に大戦以降は――任務や行事に遅刻することも珍しくなくなって来ており、他方学生時代はがさつで知られたものの現在は――規律に厳しい隊長の元――割と真面目で通っている恋次からすると時として気を揉まされる相手になりつつあった。
「ま、どうせあいつのことだからそこら辺ほっついてんだろ。そのうち顔出すだろうし、先に始めてようぜ」
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終章: Right fathers in the right places (5) ― Dwell on the Past
「一心、ご苦労じゃったな」
「せめて事前に話しておいてくださいよ……」
四十六室の議場を離れ緊張が解けた一心は思わず夜一に愚痴をこぼす。
「済まないねぇ。ボクとしてもちゃんと説明しておきたかったんだけど、時間なくてね」
「そちらのお二人には説明してたのに、ですか」
少し拗ねたような顔をしてそう返す。自らも護廷隊の隊長という立場ではあるものの、残りの3人が自らより遥かに年上かつ格上ということもあり多少の「甘え」が見える。
「ほら、一心クン最近事後処理で忙しかったじゃない」
「ま、そういうことじゃ。儂はお前たち隊長と違って暇人じゃからの」
「ったくもう……」
「足労、感謝する」
そうして四人が話し込んでいるところに、少女が現れた。
「やはり『仕込み』だったか」
「久しぶりじゃな、白哉殿」
やってきたのは阿万門ナユラ、中央四十六室に席を持つ上級貴族の一員にして、幼い外見とは裏腹にその意思決定に相当な影響力を持つ者の一人である。
「根回しだけで片が付くほど物分りの良い者ばかりなら苦労はないのだが、如何せんまだまだ頭の固い連中も少なくいないのだ。そういう現実の見えていない年寄り共の考えを変えさせようとするなら、一番早いのは『格』と『凄み』ということなのじゃよ」
「ま、そういうところじゃ両隊長は流石だよね。あれで大分空気が冷えたもん」
「あんまいい気はしねえっすね、そういうの」
「むしろ正一位の貴族の地位を放り出して、こういう裏の話に関わろうとしなかったお主達の方にも問題があるのじゃぞ?」
「出奔したまま護廷隊に戻りもしない貴様にそれを言う資格があるのか?四楓院夜一」
「まあまあ。……朽木隊長だってそういう立場でこそできることもあるってのはわかるだろ?」
若い頃から決して仲が良いとは言い難い白哉と夜一がまたしても衝突しかけた様子をみて、慣れた様子で京楽が仲裁に入る。
「手間をかけて済まないとは思っておる。本来であればこんな政治の話は我々文官の家の方で正しい方向に進めねばならないのだが、まだまだ現実に追い付いていない者も残っておるのが現状でな……。あれだけ痛い目に遭ってもまだ理解できないのは本当に救いようがないと思うよ」
「とはいえおかげさまで大分良くなってきたじゃない」
「こうして儂らで
「それで……さっきの提案、本気ですか?」
一心が話を本筋に戻す。「提案」というのは議場が一種即発状態になった後、夜一が折衷案とばかりに持ち出した話である。
「良い落とし所じゃろて。幸い一護もそう遠くない未来に
「まあ、そりゃ俺らの時間感覚からすりゃそんな遠くない将来っすけど……」
「あの石頭共を納得させるためには結局何かしらの
「申し訳ないが、その点では貴殿が一番の適役なのだ。息子や友人をダシにさせるような話なのは重ね重ね申し訳ないのだが」
「まあ俺は迷惑をかけた身だし、きっと空鶴もこうなることをわかって俺を送り込んでるんでしょうからいいっすよ。ただ、一護や石田に関しちゃ責任なんざ持てるはずがねえんすよ」
「そこに関して何か心配している人間は
不安を口にする一心を京楽がなだめる。
「むしろ必要だったのは彼らと直接接したことのない
「……そんなもんすか」
「まあ、これで志波家も
四番隊所属の研修生、石田竜弦は一番隊舎地下の第二地下監獄【黒縄】を訪れていた。先日の一連の事件で尸魂界に弓を引いた元滅却師の死神は全てその刑期の確定まで済んでおり、この日はその囚人の一人からの個人的な面会の呼び出しであった。
「来てくれたか、竜弦君」
「やはり貴方でしたか、樹さん」
「久しぶりだね。覚えていてくれて嬉しいよ」
そう、元四番隊第六席・黒崎樹は石田竜弦にとっては義理の父になるはずであった存在である。藍染惣右介が生み出した虚「ホワイト」の一件で真咲との婚約が水に流れたおかげでそうはならなかったものの、元々子供時代から許嫁として扱われていたことで――樹が若くしてなくなるまでの短期間ではあったが――竜弦にとっては二人目の父親のような人だったのだ。
竜弦が研修生として四番隊に配属されてまもなく今回の事件が起きたために直接会話する機会はここが初めてであったが、樹は既に竜弦が研修生として自隊に配属されてきた時にはその存在に気づいており、石田誠弦が竜弦に誘いをかけたのも樹の進言によるものであった。
「一体何があったんですか」
「……誠弦さんはね、『滅却師』という存在の名誉回復をしたかったらしいんだよ。一番気の毒だったのはわざわざ虚圏まで行って捕まった片桐さんかな、あの人なんて僕らより相当年上だったはずなんだけど」
「樹さんは……?」
「僕はそんな立派なものじゃなくてさ、混乱に乗じて個人的な復讐をしようとしただけでね。そんなんだから
今回の事件に関わった滅却師数名のうち、首謀者の石田誠弦を除けば第二監獄【黒縄】に送られたのは黒崎樹のみであり、残りは第一監獄【等活】であった。樹は取り調べに際しても個人的な事情で今回の事件に加わったことを包み隠さず述べたため――阿近に早々に制圧され実際の被害は引き起こさなかったことを考慮しても――個人的な理由による隊長格暗殺未遂という重罪で処断されるに至ったのだった。
「そうか、そういうことですか……」
「まあ結局失敗しちゃったし、千尋さんにまで迷惑かけてしまったからなぁ……。面目ない限りだよ」
言うまでもなく、取り調べの過程において、あるいはその後の拘禁に至るまで事実上「共犯者」に近い、今回の事件で拘束された元滅却師のそれぞれ同士が言葉を交わす機会があったわけではない。だがそれでも他の者の罪状や量刑に関しては――取り調べやその後の裁判に支障とならない範囲であれば――取り調べや拘留を担当していた二番隊や六番隊の死神達からある程度聞かされており、樹は自らの祖先である千尋が自分を止めるために無理をして捕縛・処罰されたことを知らされていた。
「父の件に関しては……こう言ってしまうと差し支えあるかもしれませんが、それでもそこまでしてくださったことには感謝しています。ただ……その『彼』に関しては、既に私の息子が一度痛い目に遭わせたと、私はそう聞いています」
「――そうか、噂には聞いていたけどやっぱりそうなんだね」
かつて藍染惣右介の企みによって「旅禍」として侵入してきた勢力によって一部の隊長格が負傷した、ということ自体はその後護廷隊内でも広く知られることになっていたが、その詳細については――負傷した当人の名誉のためであったり、あるいはその「旅禍」と事実上共闘する上で支障になるという判断のためであったりして――伏せられており、特に自らそういったことを語ることのない涅マユリが滅却師の手によって重傷を負った、ということは上層部以外にはほとんど知られていなかった。
「真咲は……どうしてるかい?」
「すみません、色々ありまして……。もう亡くなって50年近くになります。事件に巻き込まれた結果もあって、彼女の夫となったのは私ではありませんでした。最期は息子を守って虚に食われたと聞いていますので、
「そうか……」
自身が死ぬその時まで気にかけていた娘の人生が、想像以上に波乱万丈であったことを聞いて樹は瞑目する。
「彼女は――幸せだったかい?」
「それは、きっと。幸い彼女の夫は
「そうか、それは楽しみだなぁ」
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終章: Right fathers in the right places (6) ― Veteran's Voice
「珍しいな、お前の方から声をかけてくるなんて」
「……少し個人的にご相談したいことがありまして」
四十六室での――胃袋に悪い――会合のあと、一心を待っていたのは副官吉良イヅルであった。一心が隊長に着任してからここまでお互いにあまり踏み込んだコミュニケーションを取ってこなかった二人だったが、イヅルが珍しく上司を酒の席に誘ったのだった。
「まあお前とは一度ちゃんと話をしておきたかったしな。丁度良い機会だわ」
一心にとって、尸魂界復帰直後に着任した隊は現世で
「隊長は――こちらではなく
「あー……そういう話?まあもうほぼ過去の話だけどな。ガキ共はみんな独立して、孫もいるような身だ。真咲はとっくに死んでるし、もう『家族がいる』って感覚じゃあねえよ」
「そんなものなんですか」
「お前も貴族の出だからちょっとイメージし辛いだろうけどな。
「そうか、まあ確かに一護さんも一勇さんが一人暮らしするようになって…みたいなことおっしゃってましたね」
「おい、あいつにまで敬語使わなくていいぞ?」
「そうは言っても……隊長のご子息ですし」
「ほんと変なところで真面目だよな、お前。確か一護ともちょいちょい飲んでるんだろ?」
「まあそんなに頻繁ではないですし、大体阿散井君たちと一緒に、って感じですけどね。なんだかんだあの二人、相当仲が良いですから」
「確かにな。んで、相談ってのは何なんだ?」
「自分の家族を持つ、ってどういう感覚なのかな、って。僕自身両親を早くに亡くして一人で生きてきたので、どうも『他人と人生を共有する』っていうのが理解できなくて。まあ、僕は今でこそほとんど普通の死神と変わらない外見ですけど、その実もう死んだ身ですし『人生』って言うのが正しいのかはわからないんですけどね」
「悪ぃな、そっちに関しても俺はちょっと特別な事情であんま力になってやれる気はしねえよ。俺はこっち生まれの死神だが、真咲は現世でちょっと特別な力を持っていただけの人間で、ハナから生きてる時間軸は違ったんだ。藍染の野郎がろくでもねえことをしでかしてなかったらそもそも出会ってすらいねえわけだしな。そういう面じゃ
自らの過去を振り返りつつ、一心は言葉を続ける。
「こういうことを言うと『古い』って言われちまうかも知れねえけどよ。結局自分の代わりにでも『相手に生きて欲しい』って思えるかどうかだと思うんだよな、まずは。少なくとも、俺が自分の恩人だったとかそういう事情抜きにしても真咲と一緒にいたい、って思ったのはそこが最初だったな」
「なるほど……」
「そりゃ特に俺らの世界は女だって戦うもんだけど、それでも男が最後すべきことはそこだろ、ってのが俺の考えでな。まあ……あんまり三番隊らしい考え方じゃねえとは思うんだが」
三番隊の隊花は金盞花、その花言葉は絶望。
隊風として戦いというものにポジティブな向き合い方をする雰囲気ではないため、一心のような言わば「英雄的」な発想は、確かに少し違ってくるかもしれない。
「ま、でも結局んところそこはお前が自分の人生で何を大事にしてるか、って話でもあるんだよ。俺は最終的に自分のやりたいようにしか生きられねえダメ人間だからな。お前みたいな真面目な奴が俺の真似をしたって多分うまくいきゃしねえよ」
一心はそう言って笑う。
「ただ、一つこれだけは言えるぜ」
そうして一通り笑ったあと、ふと真面目な表情に戻って付け加える。
「家族を持つってのは、お前が今思ってるよりもきっと良いもんだぞ」
「で、最近どうなのよ」
副隊長陣の飲み会は宴もたけなわと言ったところで、あとから合流した雛森桃に松本乱菊が絡んでいた。
「鹿良澤さんは……まあちょっといい加減なところもありますけど、いい上司ですよ」
「そんな話してるんじゃないわよ。イヅルと虚圏で一緒だったんでしょ?」
「まぁ……そうですけど……」
「どうなの、久しぶりに
「別に何もないですよ。ちゃんと仕事しただけですから」
「ふーん。じゃあその
「大分怖い相手でしたけど……吉良くんにも助けられて。なんかなし崩しになっちゃってるんですけど、結果的には飛梅持って行ってよかったです」
「そういえば
「あれ、乱菊さんって鹿良澤さんのことご存知なんですか?」
「まあそこまでよく知ってるわけじゃないけど、一頃女性死神協会で関わることもあったから。見かけの割に……なんというか、大分おおらかな人よねぇ」
自分のことを棚に上げて大鬼道長をそう評価する。
「え、あの人そんなポジションだったんですか?!」
「むしろあんたがそれを聞かされてないことにびっくりだわ。あの人、七緒ちゃんの前の八番隊副隊長よ?……って言ってもそうか、その頃知ってるのってアタシと修兵くらいのもんか」
確かに現副隊長陣の――それもこういった集まりに顔を頻繁に出してくるような――死神たちはみな若手ばかりであり、檜佐木はおろか雛森・阿散井(そしてこの場にまだ到着していない吉良)の同期組でさえもはやベテランの側に属するような状況である。
「なるほど……護廷隊にいたとは聞いてましたけど、副隊長だったんですね。当時の八番隊ってことは総隊長の――」
「そ。納得するでしょ?」
何か言外に意図を感じる言葉ではあったが、雛森はその感覚の正体を感じ取れずに話を続ける。
「まあでも、確かに護廷隊から鬼道衆に引き抜かれる、ってことは当然護廷隊にいた頃からそれなりに有名だった、ってことですもんね」
「なーに他人事みたいに言ってるのよ、アンタだって同じ立場でしょ?……で、例の
「ええ、まぁ……」
「やるじゃない」
「でも結局それで吉良くんに迷惑かけちゃって……」
「いいんじゃない?そうやってちゃんと助け合って戦えるの、良いことだと思うわよ。特に強くなればなるほど、アタシたちの力って連携とりづらくなるものじゃない。そこでお互いが支えあえるってのは貴重よ?」
かつて卍解を一時的に失った上司との共闘を苦労の末に見出した乱菊は実感を込めてそう言う。今やまた卓絶した力を誇っている隊長だが、その力を支えるべく彼女自身もまた日々研鑽を積んでいるのだ。
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終章: Right fathers in the right places (6) ― Unexpected Windfall
「そういや、そろそろまた次のインターンが来るんだったか」
霊術院から研修生が配属されてくるのは四半期に一度であり、一組が定着したかと思えばまた次の一組がやってくる。受け入れの実務はどこの隊でも副隊長が主導して体制を作っているため、この会でも定期的に話題になっている。
「今期は…十番隊か。松本、くれぐれも前回みたいなことはやめろよ?」
配属式は各隊持ち回りで担当しており、一角は今回を担当する乱菊に声をかける。
「えー、前回なんかありましたっけ?」
「てめぇ……忘れたとは言わせねえぞ。酒片手に挨拶した挙げ句インターン生に飲ませて回ってたじゃねえか」
「そんなことありましたっけ?まああの子たちも緊張ほぐれて良かったと……」
「ものには限度ってもんがあるだろうが」
「まぁまぁ、もう大分前の話なんですしそのくらいで……。ところで今期は面白いヤツいましたっけ?」
言い合いになりそうな空気を察知した恋次が仲裁に入る。
「そうだよ、それなんだよ。誰だあいつを入れやがったのはよぉ!」
一角が珍しく不満を顕にする。
「誰のことか知りませんけど、霊術院のカリキュラムの話なんでそもそも入れるも入れないもないじゃないっすか。知り合いでも来たんですか?」
「ほら、僕らが現世に行ったことあったじゃない。そこで居候してた家の人に一角がやたら気に入られててね。どうやらその人が
「へー……誰んとこいたんだっけか」
現世の話になり、一護も話に加わってくる。
「ほら、お前の友達の……なんつったっけ、あの二枚目だか三枚目だかよくわかんねえ、コンみたいな性格したやつ」
「あー、ケイゴか。確かにアイツのねーちゃん結構変わった人だからなぁ…」
「ま、僕としては一角が気に入られたおかげでまともな暮らしができてありがたかったんだけど。一角はちょっと苦労してたみたいだね」
弓親は笑いを堪えられない、といった表情で他人事のように語る。
「志乃に聞いたら空座町駐在時代に色々聞かれてこっちのこと教えたとか言っててよ。本当に余計なことしやがって……」
「何十年も経ってるのに追いかけてきてくれるなんて素敵じゃない。いよっ、色男!」
そんな話を乱菊が聞き逃すはずもなく、一角はたっぷりとからかわれることになる。よりにもよって今回の担当が乱菊だというのは、彼にとっては受難の上塗りといったところだろうか。
「それにしても、
ふと一護が疑問を口にする。
しばし飲んでいるうちに外の景色は夕焼けに染まっているが、確かに本来であればとっくに夜の帳が降りていて当然の時間ではある。
「そうか、お前は知らないんだっけか」
「何の話だ?」
「ほら、零番隊の和尚覚えてるだろ?あの人の鬼道の影響だよ」
「なるほど……??」
「大戦のとき、あの人がユーハバッハと戦うってんで……なんつったかな、不転なんとかとかいう鬼道で『100年後の夜を100日分』奪ったらしいんだよ」
「なんだそりゃ、むちゃくちゃだな……」
「とはいえ俺等からたらそんな3ヶ月以上夜が来ねえなんて困るどころの騒ぎじゃなくてな、浦原さんと涅隊長が二人がかりでなんとかしようとしてたんだわ」
先の大戦時、敵の首魁ユーハバッハとの一騎打ちに臨んだ零番隊の頭領兵主部一兵衛が使った「不転太殺陵」は、恋次の説明通り100年後の尸魂界から100日分の夜闇を奪って作った一種の結界に相手を封じようとするものだった。結局十全の力に目覚めたユーハバッハはその技すらも破ったわけだが、破られたからといってその技の代償を免れられるわけではない。
「んで、考えられたのは影響を
「へー……流石浦原さんたち、色々考えんだなぁ」
「それで、実際のところどうだったのかな」
自らの居室である技術開発局の局長室で、十二番隊隊長涅マユリは訪れた総隊長から今回の一件についての質問を受けていた。
「まァ、そうした存在がありうる可能性には気づいていたヨ。ただ、所詮はせいぜい席官レベル、しかも内部で滅却師の力を使っている様子もなく、単に『滅却師の力の残滓を持つ者が定期的に集まっている様子』くらいでいちいち調べている暇は我々にはなくてネ。そもそも、護廷隊内の不穏分子の洗い出しは我々ではなく隠密機動の仕事の筈だヨ」
「そうは言うけどねぇ……彼らに涅隊長みたいな監視網を作る技術があるわけではないし、そこは情報の共有があってもよかったんじゃないのかい?」
「それこそ貴方の仕事でしょう、
「手厳しいねぇ……」
護廷十三隊は各隊長の権限の強さも相まって各隊の縄張り意識が強い縦割り的な組織であり、その結果以前から各隊間の連携がよくないという問題が時として表面化していた。京楽が総隊長に就任して数十年――各隊の隊務を取り仕切る副隊長同士の交流の活性化も相まって――各隊間の風通しは多少なりとも改善しつつはあるが、それでもやはりこうした平時に発生している様々な事象への情報交換が十分に行われているとは言い難い状況であった。
「総隊長殿ならご理解いただけると思いますがネ、こういう監視網なんてのはなるべく表沙汰にするものじゃァ無い。皆が皆貴方のように腹芸に長けているわけじゃない以上、私の方からそれを開示するようなことは致しかねますヨ」
「それを言われちゃうと弱いねぇ……。まあ確かに、もう少しそういうところも考えないといけないね」
京楽は額に手を当てて逡巡する。涅の言う通り、こうした監視網の存在は当然「監視される側」からすれば愉快なものではなく、それを前提とした体制の構築は当然「どこまでその情報を開示するのか」という疑問がついて回ることになる。言うまでもなくそれは総隊長の決断がなければ構築できない仕組みであって、またしても心労の種が増えたことになる。
「それにしても、涅隊長も変わったよね」
「……藪から棒に、何のことかわかりかねますな」
「昔はそうやって他の隊の目とか気にするタイプじゃなかったじゃない。何なら浦原君以上に『我が道を行く』タイプだと思ってたんだけどね」
「私は常に尸魂界を護るために最善を尽くしておりますがネ」
「昔の涅隊長はもっと……なんて言うか『キレてた』気がするんだけど。アレかな?ネムちゃん……って呼んで良いのかな、彼女のためかい?」
「仰る意味がわかりませんな。アレは私の娘で、我が隊の席官ですヨ。それ以上でもそれ以下でもないし、アレの存在で私や我が隊の方向性が変わったりする訳がないでしょう」
涅はいつも通り、不機嫌さを微塵も隠そうとしない。
「まあでもボクはそういうの、好ましく思ってるけどね。結局ボクらだって使命感だけを剣に乗せて戦えるわけじゃないんだ。個人的な執着を持ちすぎるのはもちろん問題だけど、多少なりそういう事情を持って戦うことはむしろ良い影響になると思うよ」
「流石、十三隊の人事を私情で曲げる方は言うことが違いますな」
「……」
思わぬ「反撃」に二の句が継げなくなる。
「まァ、でも先代と違ってそういう『人間臭い』トップの方がやりやすさはありますがネ」
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終章: Right fathers in the right places (7) ― Tale's End
「おう、久しぶり」
「……ほんと変な感じだよなぁ、これ。久しぶりも何もアンタこっち帰ってきたのつい数ヶ月前じゃねえか」
「数ヶ月つったら赤ん坊だって離乳食食べ始めるだろ」
「相手は50過ぎたオッサンだぞ、おい」
久々に顔を合わせた一心・一護親子はかつて現世にいた頃と変わらない様子の漫才じみたやりとりを交わす。
「二人は元気にしてるか?」
「ああ、相変わらずさ。今回の一件でも夏梨が大活躍してたってひよ里がボヤいてたぜ」
「ま、元気なら何よりだわ。さ、行くぞ」
二人が訪れているのは一番隊舎。隊長として隊首会に参加する一心はもちろんのこと、一護も総隊長の招きで何度も経験のある場所であったが、
第二地下監獄【黒縄】。
尸魂界の罪人を収監する地下監獄の中では比較的上層の方に位置してはいるが、それでも通常死神の用がある場所ではない。ここに彼らが呼ばれたのは、「三番隊隊長と大戦の英雄」としてではなく、「ある一人の服役囚の縁者」としてであった。
「はじめまして、お義父さん……と呼んで良いのでしょうか」
普段の言動からは随分珍しく、かしこまった挨拶をする一心。妻真咲と出会ったときには既に義父である黒崎樹は死去して久しく、こうして「義父に挨拶をする」こと自体が初めての経験である。一方、隣の一護もまた借りてきた猫のようになっている父を面白おかしく思う反面、自身もまた――肉親のいない織姫を妻にした関係上――その経験を経ていないがために茶化す気にもなれないといったところだ。
「そんなかしこまらないでよ。多分そんなに年も変わらないだろう?」
藍染惣右介の陰謀に巻き込まれ現世に滞留することになった時分の一心は確かに尸魂界の基準でいえば相当な若者ではあったが、それでも定命の人間であった真咲よりは実際親子ほどの年の差は十分にあったわけで、樹の言う通りこの二人の年齢差はさほどないか、あるいは一心の方が年上である可能性さえあるだろう。ただ、そうは言っても樹は一心からすれば義父であって、初対面で気安い口を利ける相手ではない。
「忙しいのに来てもらって済まないね」
「いや、こっちの事後処理も大分片がつきましたから。僕の方もいつかご挨拶できたら、って思ってたんで……ちょっと想定してない形ではありますが、お会いできてよかったです」
「こちらこそ、お忙しい隊長さんと……救世の英雄を呼びつける形になってしまって申し訳ないよ。なにぶん今の僕は、時間はあっても自由のない身だからね」
「実際、何があったんですか?俺は今回の一件は一切関わってないんでよくわかってないんですけど……」
過去の経緯、そして何より自身の戦力としての異次元さから――自らのいる現世空座町でさえ――霊的な騒動に極力関わらないように尸魂界から要請されている一護にとって、今回の騒動は半ば対岸の火事のようなものであった。今回総隊長からの招聘によって自身の祖父にあたる者が事件の関係者として捕らえられたことまでは知っていたが、それでも事件の全貌はまるでわかっていない。
「そりゃあ一護は尸魂界からしたらもう気軽に動いてもらっちゃ困る戦力だからなぁ。ま、お前も遠くない将来にこっちにすぐ来るんだからそれまでの短い休みだと思っとけ」
「それが親の言うことか……?」
「こっちに来たら大変だぞー。間違いなくこき使われるから覚悟しとけ」
「ははっ、親子仲が良くて結構だよ。――実際、現世生まれの僕たちからすれば尸魂界っていう『二度目の人生』があるわけだからね。現世での人生は極力現世のために使うべきだと思うよ」
かつて現世で滅却師として死した後、尸魂界で死神としての第二の人生を歩んでいる樹はそう笑いながら言う。
「ま、こうやって君が出張ってくるような用事を作っちゃうようなやつが言っても説得力がないけどね」
「大丈夫ですよ、こいつ現世じゃ割と自由な生活してますから。
「二人は宗君とは面識ないんだっけ?」
「宗弦さんですか。かつて一度だけ顔を合わせて挨拶したことはありましたが、ちゃんと話したことはないですね。真咲も独立してからというもの石田の家にはほとんど顔も出していなかったみたいですし」
「……そうか」
「俺は石田――雨竜君からよく話を聞かされたけど、会ったことは無いっすね。同じ町内に住んでたとはいえ、アイツと最初に会ったのは高校入ってからでしたし」
「なるほどね。僕と宗君――石田宗弦は彼が現世に出奔して空座町周辺の滅却師コミュニティに合流して以来、現世で僕が死ぬまでの友人関係だったんだ。その後僕が霊術院を出て死神になってしばらくして、ある誘いを受けたんだ」
「それは――」
「そう、今回の騒動を引き起こした『十字組』さ。元々現世で滅却師として生きていた僕らのような魂魄は、当然尸魂界に来てもそれなりに霊力を持ったままでね。少なくない数が死神として護廷隊に入っていて、そんな僕らの交流会のような場として作られたのが十字組だったんだ。ま、実際にはそういう表向きのまっとうな活動だけじゃなかったんだけど」
樹の述懐は続く。
「で、まあそういう
「涅隊長か……。最近は大分丸くなった、とは聞いてますが、確かに昔は大分色々ヤバいことやっていたなんて話は小耳に挟んだことがあります。そうか、そんなことまでしてやがったのか……」
「まあ、でも結局竜弦君の息子がちゃんと痛い目に遭わせてくれてたらしいしね。僕の独り善がりな復讐劇は失敗しちゃったけど、それで良かったのかも、って思うよ」
「そういや昔石田が隊長殺しかけたとか言ってたけど、そんな因縁があったのか。やっぱ涅隊長って浦原さんに負けず劣らずやべえ人なんだな」
宗弦は一護からしても親戚筋にあたる男であり、いくら面識がなくともそうした非道な行いの犠牲になったということにはもちろん内心憤りを覚えるところではある。ただ一方で過去の戦いやその後の交流を通して涅マユリという人間の「善性」の部分にも触れてきてしまっていること、そして何より自身を取り巻く多くの因果に一種の慣れを覚えてしまっていることもあり、目の前の樹が抱えていた怒りを自分のものとして感じられるほどでもなかった。
「竜弦とはもう会ったんですか」
一心が問う。
「うん。十字組もちゃんと表立って活動できるまっとうな組織に組み直して彼が面倒をみてくれるんだってね?雨竜君とはまだ会ってないけど、まあそのうち機会があるんじゃないかな。ほんと、君たちには頭が上がらないよ」
「そんな……。結局俺は真咲も守れなかったんすから」
「話は少し聞いてるよ。原因があのユーハバッハだった、ってことも、真咲が守ったのが自分の息子だった、ってことも、その彼が敵を討ってくれたんだ、ってこともね」
樹はそう言って一護に目を遣る。
「もちろんあの子が若くして死んだのは残念だけどね。でも、自分の息子を守れるような立派な母親に育ってくれた、ってことを、父親として誇りに思ってる僕もいるんだ。君だってもう孫のいる身なんだ、僕が何を言いたいかわかるだろう?」
そうして、それぞれは自らの場所へと帰っていく。
大きな問題が一つ片付けばまた一つ別のものが芽吹くのが世の中というものだし、そうでなくとも彼らは日々虚を筆頭に戦いから逃れることはできないのだ。
多くのものを背負い、また戦場へと向かっていく彼らが紡ぐ物語が世界を繋いでいく。
――たとえ彼らが英雄などではない、ただ一人の戦士であろうとも。
ご愛読ありがとうございました!
足掛け1年と3ヶ月ちょっと、ちょうどアニメ第2クールと合わせて連載終了です。
何かあとがき的なものとかスピンオフ的なものとか思いついたら書くかもしれませんが、一旦これにて終了となります。
――で、獄頣鳴鳴篇の続きはいつですか?
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