LOST MODEL (瑠璃の炎)
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設定集
設定資料
キャラ設定・用語集
【メインキャラ】
1:ギムレット
本作の主人公。戦術人形。
R08地区を拠点とし、普段はスーツ姿で「極秘任務」の活動をしている。また、リンクしている半身とも言える銃を持っているはずだが、手持ちの荷物含めそれらしき物が見当たらない為、本当に戦術人形なのか疑わしい部分があるが、義体化して電脳チップを埋め込んで前線に出ている指揮官も多いためそちらの可能性も高い。
よく行きつけのBarに出没する。
2:M200
ギムレットが出会ったRF型戦術人形。
グリフィンに所属していない「野良戦術人形」としてR08地区に滞在しており、戦闘が無い日は街でギターを弾きながら生活資金を集めている。前職はとある屋敷で世話係として働いていたらしく、その時に貰った名前は「ブリーズ」。
戦術人形となったのは、その屋敷で世話をしていた人物が病死してしまった為、自動的に契約解消となり身元引受先のI.O.P.によって戦術人形へと改造された。
3:Ots-14、TAC-50、IWS2000
M200がいる野良戦術人形の集団【野良人形連合】の古株3体。
3体とも鉄血の大規模襲撃事件を最前線で戦っていた人形で、グリフィン基地が無いながらも地区内をうろつく鉄血のはぐれ部隊を殲滅し、その安全を守っている。連合とはいえ、構成メンバーはM200や彼女達を合わせても15体程しかおらず、編制拡大も最大まで到達しているのは4体だけ。拠点は経営主が居なくなった小さなホテル。
第2章~
紅の人形狩り・オウマ
人形だけを破壊しながら各地を回っている謎の人物。通り名だけだが言及されたのは第3話で、台詞付きの初登場は第5話、本名が明かされたのは第12話。
ギムレットが慕っているボスと何らかの因縁があるらしく、性別は女性であるという。そして【IMMORTAL QUARTET】の1人。彼女が来訪し破壊活動をした地域は急激に崩壊液汚染が上昇し、一気に居住・立ち入り禁止区域と化す。人形であれば問答無用で破壊を行う為、対象が民間用だろうが軍事用であろうが関係なくなる。最悪の場合、義体化した人間をも破壊対象に含める事もある。
初登場した第5話では紅黒い瘴気を発生させ、エクスキューショナーを破壊し塵に変えた。また12話で再登場(厳密には過去になるが)し、「青の指揮官」ことフキヨと対峙した際は紅黒い瘴気を纏って飛翔・加速したり、物体の生成を行ったりした。
大戦中は「赤いマントの者」、「災厄の烏」と呼ばれていた模様。
青の指揮官・フキヨ
人形保護組織【
ギムレットからは「ボス」と作中では呼ばれていたが、第12話で本名が明らかになった。青いグリフィンに似た制服を着用し、左眼側を眼帯で覆い、青い髪で一部が白くなっていたり縛っていたりする。
人形保護組織の名の通り人形を保護する為に創られたのだが、まだ完全に組織としての機能は果たされておらず、ギムレットを他地区に派遣して職員の勧誘等を任せている。組織を発足させたのは「人形狩り」によって無惨かつ理不尽に破壊されたり、人間の不当な理由での暴力行為・廃棄から人形達を護る為。
紫のマスター・イツキ
T地区のどこかでCafe&Bar【Amethyst】を営むフライフェイスで中性的な容姿をした女マスター。
本編第1話でBAR【トライデント】のマスターがギムレットとの会話で言及していた人の正体で、店を構える前は正規軍に一時所属していたこともある。また、404小隊に似た感じ(但し記憶処理はしない)でグリフィンの基地を転々として任務を遂行していた【暗影小隊(AUG、JS9、ウェルロッドMk.Ⅱ、PKP、M1918)】に宿舎を提供し実質的な指揮下に置いている。小隊メンバー曰く「優しい人」。
さらには人形整備技師としての資格も有しているため、営業時間外で店の地下施設にて依頼された民生人形や小隊の修理・整備を行っている。
以下さらにネタバレ――
紅の人形狩りと同様、【IMMORTAL QUARTET】の1人であり、大戦中は「紫のマントの者」、「奈落の蜘蛛」と呼ばれていた模様。
エリーヴァ
R08地区で問題を起こしている【ザ・ワンド】の構成員達に指令を出している女性。
彼らのリーダーは別にいるが、そのトップすらも反抗する姿勢を見せないほど彼らを絶対的に従わせる話術に長け、決してその素顔を見せない。過去にこの地区で起きた鉄血の大規模襲撃事件を知り、戦闘に参加していたらしい。
【用語】
R08地区
本作のメイン舞台その1。
R地区全体の中で数少ない人類の居住区域が存在する地区。グリフィンの基地は無いが、代わりに「野良戦術人形」と呼ばれるグリフィンには所属しない戦術人形が偶にやってくる鉄血のはぐれ部隊を撃退している。
過去に鉄血ボスが率いる大規模な軍勢が襲撃に来た事があり、当時集結していた野良戦術人形と他地区から派遣されたグリフィン部隊、そしてギムレットがこれを殲滅した事で街の中心まで被害が及ぶことは無かったものの、当時を知る民間人や民生人形達には十分なトラウマとなったようで、現在でも鉄血部隊が地区内をうろついている報が耳に入ると取り乱してしまうほど。
最近では鉄血とは別の問題に直面しているようだが……。
BAR・トライデント
ギムレットがよく行く店。
スキンヘッドの初老男性がマスターをやっており、訪れる客からの信頼は厚い。
どっかの戦術人形とは関係ない。
immortal Quartet
直訳で【不死身の四人組】。
2045年に勃発し2051年に終結した第三次世界大戦の最中、各戦地にそれぞれ現れた「赤・青・紫・黄」のフード付きマントと仮面を身に着けた謎の4人の総称。体型や声から女性であることは早くから判明していたが、現れた明確な目的は終結した現在でも判明していない。大戦を経験した者達の証言によると、各戦地に突然現れては陣営の優劣勢問わず双方に妨害を加え、攪乱や食料品を強奪したりした模様。
また、不可解な事として「異常な防御力と再生力」が報告され、生身でありながら通常の銃火器が通用せず、列車砲・地雷等で傷を付けても瞬時に傷が塞がったという。
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鉄血ハイエンドモデル【セラフィム】
~新たな閲覧権限が付与されました~
既存の設定資料同様、物語の進行によって閲覧可能項目が増えるようです。
セラフィム
1.概要
R08地区で噂になっている、その昔、世界が崩壊液汚染で苦しむ前に極東の島国で流行っていた「バーチャル美少女アイドル」として活動していた女性。
彼女が活躍していた当時を知る人物曰く、容姿は水色のショートカットでやや露出が高い衣装で身長は164㎝、年齢は18歳(何れも当時の公式設定)で、主にゲーム実況や歌ってみた系の動画をメインに活動、多くの世界中の若いファンに愛されていたらしいが、コンテンツの衰退と共に消えてしまった。
【S.F.917-SER-1】セラフィム【鉄血ハイエンドモデル】
1.本当の概要
バーチャル美少女アイドルとしてのセラフィムは「存在」しません!
本当のセラフィムとは、鉄血工造のとある工場で製造されていたハイエンドモデル。別名【熾天使】。
2060年晩秋、正規軍や別の人物が、当時リコリスが開発していたAI「エリザ」――およびそのOGASを狙っているという自社職員のスパイ経由で聞いた鉄血工造社長がリコリスおよびエリザを護る為、いつその作戦が実行されるかも判らない段階ではあったものの、【極秘人形】として急遽計画・製造を命令した。表向きは年明けの新ハイエンドモデル完成披露会で披露する商品として工場の従業員達に伝えられ、幹部以上の社員には本来の目的が伝えられていた。
2.製造中の事件
計画・製造は外部に情報が漏れないよう緘口令を敷く等、徹底した情報統制で進められていた。
だが、突然の製造命令であった為、人形自体の製造はかなり順調に進んでいたのだが、それが持つ装備の製造に遅れが発生、特にメインウェポンとなる長銃に搭載予定の兵器の部品の納品が大幅に遅れていた。計画を担当していた者は多少の焦りを見せたものの、「先ずは人形本体さえ完成すれば良い」と言葉を掛けられたことで割り切った。
しかし、突如工場内の警報が鳴り、何処からともなく現れた「謎の女」の侵入を許し、製造中の人形本体とそのデータを丸ごと強奪されてしまう事件が発生。現場従業員と駆け付けた一般事務職員達は、奪われる前に女を捕えようと取り囲むも、女が放った霧の衝撃波を受けて全員昏倒。後にそれが崩壊液によるものだと判明し、工場閉鎖と一部を除いた従業員達の再雇用と治療を優先し、事件の収拾に努める結果となってしまった。
さらにその後、2061年後半にリコリスが犠牲となり死に際に起動させた「エリザ」が全指揮権を掌握し、人類に反旗を翻すきっかけとなった【胡蝶事件】が起きてしまった。
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前日譚
第0話:事件
本編に入る前の前日譚というやつです。
――2060年・晩秋
とある森林の中にある工場――。
陽が沈みかけた秋空は東側の紫紺色から西側の橙黄色のグラデーションで彩られていた。
工場の敷地周りをおよそ3.5mのフェンスが囲い、さらにその上を高さ1m程の有刺鉄線型の電気柵が設置されている。地上部の工場建屋自体はそこまで大きくなく、屋上にはヘリポートがある程度だ。
だが、本体はこの地上部ではない。その下にある地下製造施設なのだ。地上の建屋は一般職員が業務を行う場所でここに勤務する従業員の全体の3割程でしかなく、残りの7割はエンジニアや科学者、現場作業員が地下の製造施設で本社から与えられた命令に従って人形や装備を製造・管理、メンテナンスをしている。
その本社というのが………、かの鉄血工業製造会社――通称「鉄血工造」と呼ばれる工業メーカーである。
その地下施設の一部フロアにて――。
「【S.F.×××‐△△-〇】の製造は順調か?」
「はい。製造進行度現在80%、本体は両腕のシリコンパーツの被覆と既に完成している衣装を着せるのみであり、その後プログラムのインストール、本体の起動が控えています。」
「うむ、装備の方はどうかね?」
「装備の方ですが、一部部品の納品に遅れが出ておりまして……。」
「どの部分だ?」
「<
「ぬぅ……新年のハイエンドモデル披露会に間に合えば良いが……。」
「も、申し訳ありません……。」
「いや、こればかりは仕方ない。まずは人形の完成を優先だ。君はこのまま自身の仕事に集中してくれ。それと十分な休息もしっかり取りたまえ。」
「わかりました。主任、お気遣いありがとうございます。」
ヘルメットを被ったつなぎ姿の作業員達が大小様々な部品やケーブルを彼方此方へ運搬作業をしている中、そのフロアの中央に円柱型のガラスで覆われ、太さの異なる黒いケーブルがいくつも接続された巨大製造機械の前で2人の白衣姿の男性が会話していた。片方は眼鏡を掛け右手にタブレット端末を持った若い細身の男、もう片方は若い男に「主任」と呼ばれた少しガタイの良い3、40代くらいの男だ。
彼らの眼前には、その巨大製造機の中でまだ両腕だけ黒い機械部分がむき出しのまま、目を閉じた長身の人形が作られていた。
地下施設の主任である男はこのハイエンドモデルの現時点での製造進行度と、この個体が使うであろう装備の事についてを訊ねに、開発責任者の若いエンジニアの男に声を掛け、彼から現状報告を受けると労いの言葉を送り肩をポンッと叩きその場でしばらくハイエンドモデルの製造進行を見守った。
別の製造フロアでは、鉄血製人形の中でも一番の売り上げを誇っているイェーガーをはじめとしたローエンドモデルの人形ユニットや、プラウラー等の機械ユニット達が綺麗に整列されて出荷日を待っていた。
今年が終わるまで後2ヶ月弱だが、この日も特に何も生産体制に異状無く、数時間後には社宅に戻れる……。誰もがそう思いながら自身の持ち場で仕事に精を出していた。
しかし……。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「「「「 !!? 」」」」
突如地下フロアに警報音が鳴った。突然の警報にその場の全従業員が仕事の手を止め驚きと焦りの表情で辺りをキョロキョロと見回す。
「おい、何事だ!?」
主任の男が壁に備え付けてある緊急用受話器を手に取り、地上の連絡を取る。
『し、侵入者です!』
「侵入者だと!?出入口はフェンス・建屋共に二段階認証の筈だろう!?」
『い、いえ…出入口はハッキングも物理的破壊もされてません!建屋も屋上含めた緊急避難口からの侵入形跡がありません!』
「馬鹿な……!正確な座標で建屋内部にテレポートでもしてきたと……!?」
「そ・の・と・お・り」
「誰だっ!?」
地上職員との会話中、突如としてこのフロアには居ないはずの女性の声がした。
主任の男がその声のした方向に向くと、紺色のフード付きマントに顔を仮面で隠した人物が居た。
「(おい…あの女、今どこから現れた?)」
「(判らない…だが俺の目がおかしくなければ、空間を歪めて出てきた気がするが……)」
突然の出来事に場がざわつく。同時に何人かの作業員が壁にある操作盤を操作し、出荷待ちの人形保管庫のシャッターを閉じ、逆に閉じられていたシャッターが開かれ中から軍用の自律人形達が一斉起動して謎の女の元へ向かい、銃を構え指示を待つ。
「貴様、何者だ。ここが何処だか解っているのだろうな?これは侵入行為だ、ただでは済まされないぞ!?」
「………そんな脅しは私に通用しない。それと、口の利き方には気を付けろ若造……。貴様を、いや貴様等全員をここで皆殺しにする事など、赤子の手を捻る程度に私にとっては容易いのだぞ?」
「ぐ……っ……。」
仮面で顔や表情は見えない。だが、彼女と製造中のハイエンドモデル以外の者は、彼女が放った言葉に何一つ反論どころか行動を起こすことが出来なかった。
主任の顔から冷や汗が垂れる。仮面越しからでも判る――冷たい表情、そして自分達を狩ろうとするかの様な威圧感。
喩えるなら、「蛇」という捕食者に睨まれた「獲物」という小動物の気分。
しばしの沈黙が続く中、上の方から多くの足音が金属製の階段を駆け下りてくる。よく耳を澄ませば「急げ!」や「何としても商品を守るんだ!」等々、ここに保管されている商品(=人形)と製造中の人形を守らんとする従業員達の声が聞こえる。
「騒がしくなった……はぁ…。」
謎の女は落胆したように呟く。
やがて、奥の鉄扉が勢いよく開かれ、制服姿の職員達が雪崩れ込む。
「侵入者を発見!抵抗を止め大人しくしろ!」
「………あーあ…抵抗どころか、まだ何も危害も加えて無いさね……。あぁ、左腕が無いんで右だけで勘弁しておくれ」
彼らの警告に従い、彼女は右腕を軽く上げて投降の意思を——
「ま、従うわけが無いけどね。少し――眠ってもらおうか……」
「「「「 !? 」」」」
「Dilution Collapse」
そう言って上げていた右腕を軽く捻る動作をした瞬間、掌から青白い霧が放出されその場にいた人間・人形を吹き飛ばした。人間達は壁や机等に叩きつけられた衝撃で気を失い、人形達は関節部を破壊され、一部の部位が砂の様に崩れた。
これで邪魔をする者はいなくなった。さっきの衝撃で警報装置も破壊したのでやかましい警報音ももう鳴らない。女は気絶して転がっている人間を避け、崩れた人形の残骸を蹴り飛ばしながらガラス張りの製造機の前に立つ。
「……完全完成するまで待っていたい所だが、時間が無くてね。君を連れ出した後は私が新しくプログラムを入れてあげるからね――。」
女は製造機の手前にあったPCを操作し、懐から取り出したデバイスと接続する。その後しばらくするとPC画面に[PROGRAM DATA TRANSFER COMPLETE]のメッセージが表示され、彼女はデバイスを外して懐に戻す。すると元のPC画面に[NOT PROGRAM DATA]とメッセージが更新された。
続けて、彼女はガラスを破り、接続されていたケーブルを全て引き抜き、人形を肩に担ぐと同時に空間が歪むようなエフェクトと共に姿を消したのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――工場外
陽は既に沈み、辺りは工場の出入口とそこから社宅までの区間道、そしてヘリポートの境界灯の光源、さらに外周のフェンスにも沿うようにして地面に埋め込み型のライトが夕方の時点では点いてなかったが、夜になったので点灯したのだろう。
その光が微妙に届かない森の中で、先程まで工場の地下施設で騒動を起こした女が奪った人形を担ぎながら工場の方角に向いている。
「君達は運が無かった――、これがただのそこら辺の強盗とかなら多少の被害が出てもこうはならなかっただろう……。だが、相手が悪かった。」
「私は……、あの第三次世界大戦で戦場を攪乱してきた<IMMORTAL QUARTET>の1人なのだからねぇ……。」
誰が聞いてるわけでもない独り言を呟いた後、女はそのまま担いだ人形と共に暗闇の中へと姿を消したのだった――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
事件から三ヶ月後――。
2061年、新年を迎えてから少し経ったある日。
この工場は、出荷待ちであったローエンドモデル人形達の全出荷作業の完了と共に閉鎖された。理由は当然ながら製造中であった新ハイエンドモデル本体を奪われ、さらに型番情報を含む重要なプログラムデータの消失による責任である。
従業員達に関しては、主任や工場長等の責任者は会社に多大な損失を与えたとして解雇、それ以外の者は鉄血本部工場での再雇用という形で残された。しかし、彼らのメディカルチェックで低濃度のE.L.I.D(広域性低放射感染症)に感染していることが判明し、経過を診ながら適宜鎮痛剤や進行遅延薬を投与、さらに事件当時の聞き取りの実施等を行う方針となった。
だが、この事件に関しては製造していたハイエンドモデルが【機密事項】であった為、公にされることは無く、あくまで内部で起きた消失事件として処理・秘匿されたのだった。
そして何より。
その年の後半――とある「AI」が起動し、多くの犠牲者を出し、人類にとって脅威となり、グリフィンと熾烈な争いを繰り広げる未来を作るきっかけとなった——、
あの【胡蝶事件】が起きたことで、軍事工業メーカーとしての鉄血工造は終焉を迎え、人類に反旗を翻した凶悪な勢力となってしまったのだから……。
次回から本編投稿になります。
よろしければご意見・感想などお寄せ頂ければと思います。
それではまた次回!
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Chapter-1:R08地区
第1話:人形はBARにいる
――2062年後半・R08地区
街が賑わっている。
ここはR08地区。
数少ないグリーンエリアの地域で、人間と人形が自由に暮らしている。またグリフィンと鉄血が戦闘を繰り広げている【S地区】や【T地区】とは区域が隣同士という事もあり、正式にグリフィンの人形として着任していない所謂「野良戦術人形」達の一時的な仮拠点として利用されている。
地区の中心部は石レンガ造りの建築が多く、街の象徴でもある噴水広場から四方に分かれたメインストリートに沿って建つ中世ヨーロッパの様な雰囲気を思わせる町並みであり、その中にマーケットや飲食店、ホテル等が入っている。
さらに郊外の方へ行くとこの地区の住民の居住区が道沿いに並んでいたり疎らになっていたりしており、その間にも小さな店が何軒か建っていたりと周辺に住む住人にとっては欠かせないライフラインだ。
郊外から離れると、それまでの景色から一変して殺風景になる。かつては居住区であったのか大地は荒れ果て、崩れて中がむき出しになった建物がいくつもあり、その建物を囲んでいたであろうレンガ塀や石塀も崩れたり、綺麗に弾痕らしき穴が開いている。
この地区は一度大規模な鉄血部隊による襲撃を受けたことがある。当時、蝶事件が起きてからグリフィンが再び人間の指揮官を大募集し始めるまでの間に起きた事件だ。
幸い、部隊は中心街の方までは侵攻してこなかったが、一部郊外では鉄血ボスが率いる1000体近い大部隊の攻撃によって多数の死傷者や建造物破壊の被害が出てしまった。
この鉄血襲撃事件は当初、当時の野良戦術人形と隣接地区から派遣されたグリフィン部隊が対処していたが、相手の数の多さに対して此方は僅か30数体……ダミー展開をしたとしても集まった人形達の練度がバラバラだった為に、トータルでも200を超えるか超えないかのジリ貧状態であった。
圧倒的な兵数に加え、ハイエンドモデルである鉄血ボスまで相手にするには無謀ともいえる作戦であったが、何処からともなく現れた「たった1体の戦術人形」が、銃すら持たずに全体のおよそ8割に相当する数の鉄血機械・人形兵を掃討した事で形勢がグリフィン&野良戦術人形側に傾き、そのまま残りのノーマル兵を殲滅、指揮を執っていた鉄血ボスも完全撃破とまではいかなかったものの、深手を負わせ撤退させる事に成功した――。
と、いうのが以前このR08地区で起きた鉄血による大規模襲撃の簡単な話である。
しかし、その戦いに途中参戦した謎の戦術人形は名も所属コードも名乗らず去って行ってしまい、作戦中のマップでも識別は<G&K>とグリフィン所属である事を示すコードだった為、派遣された部隊の基地側もグリフィン本部にその件について報告・確認を取ったが、本部は「そんな人形は派遣してない。何かの間違いではないか?」と否定。
また、現在の様に回収した鉄血人形を解析し、新しい戦術人形を作るなどの技術は(当然ながら)無く、当時の作戦に参加していた複数の人形達のカメラ映像には一応映っていたりはしてたのだが……その殆どが後ろ姿であったり、戦火による逆光ではっきりと素顔が見れなかったりと各基地に情報共有するには使い辛く、結局上層部と大きな戦果を挙げた一部の指揮官のみでの<機密情報>として処理されたのだった。
こんな大きな襲撃事件が数ヶ月前に起きたにも関わらずグリフィン本部が新しく基地を設置しないのは、鉄血との戦闘が激化しているS地区に多くの指揮官を配置していて人員不足が祟っている事、そして「大きな街と居住区が存在する地区に基地を設置するのは(人々の安心面から)相応しくない」――という、安全な場所でふんぞり返っている一部の上層部の考えらしく、悪く言えば「次に同規模以上の襲撃があれば、民間人が生存していよういまいががR08地区を放棄する」という意味にも取れる。
裏でそんな決定がされている事すら知らずに、今日も住人達は街で買い物や食事をして平穏に暮らしている――。
………………と、言いたいところだが――
「きゃぁっ⁉」
「へへっ、なぁ可愛いお嬢ちゃん。俺達と一緒に来てくれねえか?」
「悪いようにはしねえからよぉ?」
「ひっ…!止めてくださいっ!私、まだお店の仕事が……っ!」
「ガタガタ言わねえで来い!」
「大人しくしろっ!」
噴水広場から北側に延びるメインストリートのとあるファッション屋の前で、1人の少女が2人のチンピラの男に絡まれている。
嫌がる少女にチンピラ共は初めは優しく手を取ってナンパ口調で誘うも、必死に抵抗して逃げようとするのにイラついて段々と身分相応の荒い口調に戻って強引に連れ出そうと、腕や髪を引っ張って引きずって行こうとする。
「やっ…!やめてっ……!お願いですから……売りに出すのだけは…っ……ひっぐ……!」
「その娘を離してください!私の大切な従業員を……!どうかっ!」
外の騒がしさと泣きじゃくる少女の声に気付き、慌てて出てきた店主らしき若い女性が男2人に向かって少女を離すよう懇願した。
「あぁん⁉なんだ女ぁ!俺達に指図するってのか⁉」
「この街に住んでるなら、俺達『ザ・ワンド』の事くらい知ってるよなぁ?大人しく手を引いておいた方が、あんたもこの店も無事のままで済むんだぜ?」
「そ…それは……。」
「はっはっは!ま、そういう事でコイツは貰ってくぜ。じゃあな。」
「…………。」
女店主は男達が放った言葉に表情が青ざめそしてへたり込むように崩れ落ち、泣きながら自身に向かって手を伸ばす少女を連れて去っていく彼らの後ろ姿を見つめる事しか出来なかった………。
「……ごめんなさい………シャロン……」
【ザ・ワンド】――――このR08地区を根城にするならず者共の集団。
名前は、結成時に集まった者達が棍棒や杖等の殴打物ばかり持っていたのが由来で、拠点は廃墟となった教会と周辺の建物。現在の規模は少なくとも男女合わせて150人は集まっている。その内の半分は、先の襲撃事件で家族や恋人を失った者達だ。だが、襲撃を起こした鉄血よりも、大切な人を守ってくれなかったグリフィンや野良戦術人形達を恨んでおり、果てにはさっきの少女の様にただの民間用自律人形に対しても憎悪を抱く程にまでなっている。
女店主が最後まで縋れば人形の少女は救えたかもしれないが、ザ・ワンドの連中に逆らう真似をすれば報復としてその者への暴力はもちろん、金品強奪、放火――最悪の場合は殺人にまで発展し取り返しのつかない事態になりかねない。
その為、一度目を付けられ彼らの手に堕ちれば取り戻すことは不可能。連れ去られたあの少女も、彼らの拠点で見境なしの憎悪の下に嬲り壊され、使える部品だけ残されてスクラップ場行きの運命が待ち受けているだろう………。
騒ぎの現場に居合わせた者達も、少女を救えなかった女店主への同情と己の無力さに悔しさを滲ませていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――同時刻:<BAR・トライデント>
北部メインストリートで人形誘拐の騒ぎが起きていた頃、東部メインストリートの路地にひっそりと佇むレンガ壁の店――<BAR・トライデント>。
店内はアンティークな内装でカウンター席と2~4人用のテーブル席が何席か配置され、この時代ではかなり珍しい最早骨董品となった蓄音機が置いてある。カウンターの向こうでマスターと思しきバーテンダーユニフォームを着たスキンヘッドの初老男性がグラスを磨きながら、目の前に座るやや黒が混じった青髪のスーツの女性の相手をしていた。
「北の方がなにやら騒がしいようですな。」
「またワンドの連中かねぇ?」
「恐らくそうでしょうな。貴女も気を付けてください、彼らは人形が相手なら人間を相手にする時よりも悪逆非道な行為をする連中ですからね。」
「わかっているよ。」
スーツ姿の女は氷水の入ったグラスを片手に、マスターの話をヘラヘラとした態度で聞き流すようにして返事をする。
「まったく…貴女は。もう少しはしがないマスターやってるこの老いぼれの忠告くらいしっかりと聞いてもらいたいものですよ。いくら人間社会に溶け込んでいるとはいえ貴女も『人形』だ。下手にバレれば殺されるかもしれないんですよ?マスターの私からすれば常連客が一人減ってしまうのは辛いものですがね。」
「……………。」
「……………。」
「確かに……、マスターの作るカクテルが飲めなくなるのは嫌さ……。だけど、私が人形として生まれ人形として死ぬのは定められた運命でしかない。――ボスが言っていたよ、『人間も人形も死ぬまでは運命に抗う、変える選択肢を持っている』とね。だから私もそれに抗い変えようとこの街にやって来た。だからこそ、そんなゴロツキ共に殺られはしないさ。」
女は少し重い口調でマスターの言葉に対する返答をする。2人しかいない店内に寂しく蓄音機から流れる音楽、そしてカチコチと一定のリズムを刻む壁掛けの古時計。お互いにしばらく沈黙が続き、気付けば女が持っていたグラスの中身が全て水に変わってしまっていた。
「…………沈黙もなんですから、もう一杯何か飲みますか?私の奢りにしときますが――。」
「なら、『ギムレット』を頂こうかな。」
「相変わらずお好きですね。」
「当たり前でしょ。自分の名前と同じカクテルを嫌う人が何処にいるのさ?」
「ははっ、それもそうだ。少々お待ちを、直ぐにお作りしますので。あぁ、ライムはどうしましょうか?いつものコーディアルライムでお作りしましょうか?」
「んー……今日は果汁でお願いしようかな。」
「かしこまりました。」
注文を受けたマスターは手際よく後ろの棚からドライ・ジンのボトルを取り出し、さらに冷蔵庫からラップに包まれたライムを出してラップを剥がし、果物ナイフで半分にカットして片方を再びラップで包んで冷蔵庫に戻した。
そして、下の戸棚から絞り器を取り出しライムを絞って2つの材料が揃うと、先ずはジンをシェイカーに3/4(45ml)、次いで絞ったライム果汁を1/4(15ml)をマスターは長年の経験を活かして材料を目分量で注ぎ、アイスボックスから氷をシェイカーの8分目まで入れて蓋をし、シャカシャカと程よくシェイクして蓋を外し、カクテル・グラスに注いでそれを静かにカウンターに乗せて彼女の前にスッと差し出す。
「どうぞ、ギムレットさん。」
「ありがとう。」
果汁を使った方は白濁色のカクテルだが、天井のライトによってやや薄いペールオレンジの様な色合いとなっている。レシピとしては完成した時の色合いが透き通った淡緑色となるコーディアルライムの方を使うのが標準だが、今回は絞った果汁を使ったレシピ。
「うん……いい香りだ。それに――っ…!この突き刺さる様な味……!刺激があってとても良いね!」
女……いやギムレットは、カクテルの方のギムレットをひと口飲んでその香りと味を絶賛し、すっかり上機嫌になる。そしてそのまま残りも一気に飲み干した。普通にアルコール度数30%前後もあるカクテルをほぼ一気飲みすれば一気に酔い回りや胸焼けしそうなものだが、それを飲んだギムレット本人は全く酔う気配すらない。一応これでもギムレット以外のアルコール類を3杯飲んでいる。
「ふぅ~。さて、そろそろ宿に戻るとするかな。ボスに報告しなきゃいけない件もあるし、明日は取引先との面会もあるからその準備をしないと。」
「…………。」
「…どしたのマスター?」
「あ、いや……。ギムレットさんのボスについて少々興味が湧きましてね。」
「あ~、ボスね~。ん~、あの人謎が多いからあんまり訊いても面白くないと思うよ?」
「謎多き人……ですか。そういえば、T地区にいる私の同業者もそんな感じの方がいましたね。確か『Amethyst』という店を構えていた筈です。もしT地区に赴く事があれば訪れてみてはどうでしょう?」
「へぇ~なんかよさそうな店の名前だね。――っと、時間だ。今日はこの辺で御暇させてもらうよ。ギムレット奢ってくれてありがとね。3杯分の代金ここに置いとくね~。」
ギムレットはカウンター上に代金を置き、足下のアタッシュケースを持ってマスターに手を振ってBAR・トライデントを出て行った。独りとなったマスターは静かに「ご来店ありがとうございました」と呟き、先程まで彼女が嗜んでいたカクテル・グラスを丁寧に洗って布巾で入念に水分を拭き取って曇りの無い状態に仕上げて元の場所に戻し、これから客足が増える時間帯に備えてちょっとばかしの仕込み作業に入るのだった――。
店を出た彼女はそのまま路地から東部メインストリートに出て真っ直ぐ宿の方へ人混みの中へと消えていった………。
次回、みんな大好きM200の登場
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第2話:ギターを弾く少女
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――とある屋敷の庭
「マルクス、今戻ったぞ。」
「お父さん!お帰りなさい――って、隣にいるのは誰?」
「あぁ、今日からお前の世話と<友達>になってくれる人形の女の子だ。名前は……そうだな……。」
「お父さん決めてなかったの?」
「うぅむ…お前と同じくらいの年齢の子を探すのに手一杯だったものでな……。」
「じゃあ僕も一緒に考えるよ!」
大きな屋敷の庭、そこで紳士服を着た父親を車椅子に乗ったブロンドヘアの少年が出迎えた。その際、父親の隣にいる黒い半ズボン&紺色の薄手のパーカーを着た、やや赤みがかった灰髪を後ろで一つ結びにした少女に気付き、少年は父親に訊ねると自身の「世話と友達になってくれる存在」である事を聞かされた。しかし、肝心の名前をまだ決めて無かったせいでスムーズな自己紹介が出来ず、急遽少女の名前決めを始めるのだった。
「う~ん……女の子の名前かぁ…・・どうしよう……――。」
少年が両手を側頭部に当てて一生懸命考えている。と、その時だった――。
ヒュォォォォ……と心地よいそよ風が2人と1体の肌を撫でる様に吹いた。
「……⁉……そうだっ!<ブリーズ>!ブリーズっていう名前はどうかな⁉」
「ブリー……ズ?」
偶然吹いたそよ風からヒントを得たのか、少年は明るい表情に戻ってその吹いた風を意味する「ブリーズ」という名前を提案すると、ここでやっと人形の少女は口を開いた。
「そう!ブリーズ!」
「ほぅ…ブリーズか…。良い名前じゃないか。そうと決まれば、今日から君の名前はブリーズだ。いいかい?」
「『ブリーズ』………はい、わかりました。今日から貴方の友達としてお世話させていただきます……えっと……?」
新し名前をもらった少女=ブリーズが改めて挨拶をする。が、少年の名前を完全にインプット出来なかったのか、彼の方をチラッと困惑した表情で見つめた。
「『マルクス』だよ。マルクス=ウェールランド、よろしくねブリーズ。」
少年はブリーズが自分の名を思い出せないのを察し、しっかりとフルネームまで名乗って座った状態でお辞儀をした。
「マルクス……はい覚えました。こちらこそよろしくお願いします」
互いにお辞儀をして握手を交わす様子を見て、父親はうんうんと頷いて良いスタートが切れたと実感したようだ。
「さて、マルクス。私はこれからブリーズに色々とこの屋敷について教えねばならん。お前は彼女がある程度のことが出来るまでもう少し我慢してもらう事になるが大丈夫か?」
「うん!」
「よし。ではマルクスは先に中に戻って母さんと一緒にいなさい。私は彼女にこの庭を案内してくるからな。」
「わかった!お父さん、ブリーズ行ってらっしゃい!」
「行ってきます…マルクス。」
ブリーズは彼の父親の案内を受けるため、彼と一旦別れるのだった――。
(………00………)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(M…00……)
「M200!」
「わっ⁉はいっ……!」
「ぼーっとして何をしているの⁉」
「す、すみません……ちょっと考え事をしてて……。」
少し赤みを帯びた灰髪の少女が自分を呼ぶ声に「はっ!」と我に返る。自身の前に立ちはだかるようにして、緑と橙色のオッドアイを持つ少女=TAC-50が少し怒った表情でこちらを覗き込む。M200はすぐに頭を下げ、持ち場に戻る。
「M200、何を考えていたのかは訊かないけど、これが本当の戦闘だったら貴女は一瞬で破壊されていた。ほんの一瞬の隙が命取りになる――よく覚えておきなさい。特に、私たち【野良戦術人形】は破壊されたらバックアップは出来ても、グリフィンに属していない以上それを入れる素体は用意できないのよ?」
「はい……本当にすみませんでした。グローザさん――。」
「解ればいいわ。TACのドローンがもう少しでこの辺りの哨戒も終わる。最後まで警戒を怠らないで。」
「了解です。」
持ち場に戻ると、今度は薄いオレンジ色の低めツインテールの大人びた少女=OTs-14、――通称・グローザが半分お説教をするように彼女に言い聞かせる。グローザは戦いの厳しさ、残酷さを身を以て知っている。
何故なら、彼女、そして一緒にいるTAC-50は先の鉄血大規模襲撃の戦場に参加し、倒れ逝く仲間や倒してきた鉄血人形の残骸を踏み越えて生き残った。傷ついた素体は派遣されてきたグリフィン部隊の温情で修復してもらったが、どの基地にも所属していない野良であるため、修復後はそのまま基地を立ち去るしかなく、R08地区に戻っては焦土&瓦礫の山と化した戦場跡を前に無力感を覚えながらも、散っていった仲間の為にもこの地区を守ると誓った過去がある。
しばらく警戒を続けているとTACのドローンが帰還。飛行ルート上および有効索敵範囲に敵影は確認されず、異常無しと判断された。
「今日の哨戒はこれで終了よ。TAC、M200お疲れ様。宿舎に戻りましょ。」
「お疲れ様。」
「お疲れ様です…。」
グローザが哨戒終了の宣言をする。それに対しTACとM200は返事をして自身の半身である銃の分解を始め、それぞれ入れてきたであろうケースに収納する。一方グローザは銃をしまうことなく帰投準備をしていた。
これは、帰投中のイレギュラーな事態に対応するためだ。
――だが、帰投中特に何もなく宿舎に戻れたので、比較的今日は平和だった。酷い時ははぐれ鉄血部隊と交戦し、終わったと思ったら街の不良達に絡まれたりとめんどくさい時もあったくらいだ。
3体が戻ってきた頃には既に昼が過ぎており、宿舎(代わり)であるホテルで待機していた他の人形達は食事を済ませ、のんびり各々過ごしていた。その中の1体――温かみのある銀髪で白を基調とした制服とマントを羽織った少女・IWS2000が「お帰りなさい」と声を掛け、グローザが彼女と話を始める。そこでTACとM200は別れ、各部屋に戻った。
「(何であの日の記憶が……)」
M200は任務中での事を振り返った。グローザにはオブラートに叱責され、TACにも少しばかり迷惑を掛けてしまった。
「はぁ……。」
天井を見つめる――。
「少し外出しよう。いつもみたいに『これ』を持って――」
そう言ってベッドの横に立てかけてあるもの――ギターに目をやる。任務中に見た過去の記憶。共に過ごした「彼」との思い出の楽器だ。元々彼の所有物だったが、彼は若くして亡くなってしまい、契約が解消され自身が戦術人形として改造される為にIOPに引き取られる前、彼の両親が形見とし譲ってくれた大切なもの。
彼女はそのギターを持って部屋を出て行った―――――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
グローザ、TAC、M200の3体が宿舎代わりとしている元ホテルに戻った頃と同時刻――。
別のホテルの正面玄関から、取引先との面会を終えたギムレットが上着とネクタイを直しながら出てくる。そのあと少し移動してから右耳に手を当ててしばらく動かなくなる。
「―――こちらコード<LAZ-294-Gim>ギムレット。司令部へ、応答願う――。」
ピー……、と電脳内で通信待機音が響く。
『こちら
「久し振りオルガノ。ボスはいるかい?」
『ボスは今出掛けてます。新しく入った人形の子に例の『部品回収』の手伝いをさせているので。』
「新しい人形?」
『ええ、確か<Thunder>というハンドガンの子ですね。HGと言う割には物騒な銃を持ってましたけど……。――それはともかく、何かボスに報告事項ですか?』
「ああ。IOPの代表者と面会してきた。ボスがグリフィン指揮官だった頃から先方とパイプを作ってくれていたお陰でスムーズな取引交渉が出来たよ。前からボスが欲しいって言ってたやつの施設と技術を提供してくれるってさ。準備が整い次第連絡をそっちに寄こしてから工事しに来るって。だから少し騒がしくなるんじゃないかな?」
『本当ですか⁉ボスが聞いたら喜ぶと思います!』
「ははっ、そうだろうねぇ。」
通信越しにオルガノと呼ばれた女性の嬉しそうな声が聞こえる。
「あ、そうだ。オルガノ。」
『はい?』
「グリフィンに特別な任務とかそういうの請け負っている人形部隊っている?」
『少し待って下さいね――――、……………お待たせしました。完全なグリフィン所属では無いようですが、そういった特殊任務を請け負った部隊はいますね……。』
「どんな部隊?」
『いえ、それが詳細な情報が一切ありません。一体何なのでしょうね……。』
「もしかしたら……。」
『ギムレット……さん?』
「あ、いや何でもない。とにかく取引交渉は成立したからそれだけしっかりボスに伝えておくれ。私は引き続き自分の任務に専念するから。」
『わかりました。早く基地に帰還できる日が来るといいですね。』
「そうだね。じゃ、切るよ。ギムレット、アウト――。」
所属先との通信を終え、ギムレットは自身が滞在している家に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
面会したホテルを後にし、街の中心地である噴水広場に向かって南部メインストリートを進んでいく。
およそ10分ほどで噴水広場に付き、そのまま東部メインストリートへ道なりに進む途中、噴水近くで20人程の人だかりができていた。ギムレットは少し気になって少し人だかりの方へ歩を進め、遠くからその中心となっている人物を覗いた。
「(あれは……?)」
人だかりの中心に居たのは、少し前まで郊外で哨戒していたM200であった。慣れた様子で足を組みながらギターを弾いている。聴衆には老若男女問わず幅広い世代の人が集まっており、目を閉じながらその音色を聴いていたり、首や足を動かしてリズムを取ったりしている。
ギムレットは少し彼女の演奏を聴き、また歩を進めて東部メインストリートへ入り人混みの中へ消えていった。
そんな彼女の姿を、M200もまた演奏の最中にチラッと見てすぐに視線を手元に戻して集中するのだった。
この互いに気付かない状態での黙視による静かな出会いが、後に多少の紆余曲折を経て良き相棒の関係になる事を、まだお互いに知らなかった――。
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――少し前
ギムレットが後にしたホテルの一室で――。
「…………」
「な~にムスッとしてるのさ~416~?」
「別に……。さっき眼を合わせてきた人間が気に入らなかっただけよ…。」
「あ~やけにじろじろ私達を見ていた奴ね。ここがホテルじゃなかったら撃ち殺していたのになぁ~。」
「それは難しいかもしれないわよ9。」
「どうして45姉?」
「そいつ、人形よ。」
「えっ⁉だって『HUMAN』って表示されてたじゃん!」
「識別を偽っていたのよ。他の人形や電脳処理した人間が見ても『人間』だと認識するようにね……。」
「はぁ~何だよ~もう……。」
「そう落胆しなくてもいいわ9。多分だけど、そいつに一発拳でも鉛玉でもぶち込めるチャンスが来る日はそう遠く無いから。私の勘がそう言ってるわ。」
「私はさっさとこの地区での任務を終わらせたいくらいだけど……。」
「はいはい、ちゃんとG11の面倒最後までやってくれたら、クライアントが充分な休暇くらい出してくれるでしょうね。――そうすれば『あいつ』の手がかりくらいは探す時間は出来るんじゃない?」
「……ふんっ………。」
「………ZZZ」
はい、第2話はここまでです。
あと2話くらい日常が続きます。(遅筆でごめんなさい)
感想とか評価貰えると筆の進みが向上するので、是非感想・評価そしてアドバイスなどよろしくお願いします。
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第3話:交流、そして安らぎのメロディ
色々やること多すぎて更新遅くなりました、申し訳ないです。
――ある日の深夜・グリフィン本部「社長室」。
暗い部屋の壁に青白いモニターが幾つも設置されている。その中央にある広いテーブルもモニターになっており、S09地区をはじめとした各地区の基地、そこに所属する人形部隊がそれぞれのポイントで作戦展開している様子が映し出されている。
その机を挟むようにしてG&K社社長クルーガーと、上級代行官のヘリアンがモニターのマップで周辺地区の動向を注視していた。
「各地区の指揮官達は順調に戦果を挙げているようだな。」
「はい、特にS09地区の794基地のジャンシアーヌ指揮官、同じく390基地のヒノエ指揮官両名による戦果は我々にとって想像を超えるものとなっています。」
「うむ。彼女達ほど頼もしい指揮官はいない。だが、他の指揮官達も指を咥えて見ているだけではないだろう。彼女たちに触発され、彼らや人形達の士気が格段に高まっている。」
「おっしゃる通りです。しかし、問題なのは……」
ヘリアンがマップの表示を切り替えた。切り替わったマップは地形がさらに広範囲が見れるように縮小し、より多くの地区が表示されさらに赤・黄・緑の3色がサーモグラフィーの様に映された。
その画面の表示をヘリアンは手元の端末で操作していく。
「ここ2週間の、S地区および周辺のQ、R、T、U地区の一部地域の崩壊液濃度の変化ですが………。」
「うぅむ……。」
クルーガーも言葉を詰まらせる。
マップ上に表示されたサーモグラフィーの様なものは崩壊液濃度――所謂、汚染地域の状態を表すものだった。それをヘリアンが手元の端末で直近2週間の観測データを再生すると――なんという事だろうか、3色の表示が短時間で著しく変化を繰り返していたのだ。
特に居住不可のレッドエリアと居住可能なグリーンエリアの変化が激しい。たった2週間の間でその2色の部分だけが頻繁に入れ替わり、その余波を受けるようしてに風で流された崩壊液がイエローエリアを形成する。
「殆どの地域は非居住区域ですので汚染レベルが上がったとしても問題は無いのですが、それを鑑みてもこの変化は以上です。」
「ヘリアン、確かこの現象が頻繁に起きる様になったのは何時だったか?」
「中・大規模での観測に限れば………『胡蝶事件』以降からです。それと、これに起因するかのように鉄血側、そして我々グリフィンの戦術人形が破壊される被害が増加。果てには民生人形や義体・電脳処理を施した人間にまで及んでいる状況のようです。」
「……………………『人形狩り』か………。」
「は?――あっ…失礼しました……つい……。」
「奴が去り際に言っていたな――。」
そう言うと、クルーガーは少し上を向いて【ある人物】がグリフィンを去る際に言い残していった言葉を思い出す。
(クルーガー。近い将来、グリフィンが相手をするのは鉄血ではなく、より凶悪で野蛮な……【人形を狩り尽くす存在】が立ちはだかってくるだろう。――私は……「あの馬鹿」から人形達を護らなければならない。人形だけじゃない、罪もなく生活を制限されている一般市民も護らねばならない。だから私は此処を去る――。)
「ヘリアン。」
「はい。」
「陽が昇ってからでいい。S地区含め周辺地区の基地全てに緊急の通達を頼む。」
「承知致しました。直ちに要項を纏め、朝一に一斉通達できるようにしておきます。」
「うむ任せたぞ。」
ヘリアンはクルーガーに対し綺麗な姿勢で敬礼をし、そのまま社長室から退出。独り残ったクルーガーは自身のデスクへ戻り、椅子に腰掛け腕を組みながら厳ついその顔をさらに強張らせしばらく黙り込む。
何の音楽も掛けることもなく、ただモニターの青白い光が彼の姿を静かに照らすのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――数日経ったある日の昼過ぎ・R08地区
あの日以降【ザ・ワンド】達の人形拉致事件は起きず、街はいつもの様な平穏に戻りつつあった。従業員であった人形=シャロンを奪われた北部メインストリートにあるファッション店も今日から営業を再開したが、店外で客の相手をしている女店主の顔はあの日から少し痩せ細ってしまっていた。
その店内で、スーツ姿のギムレットが全身鏡の前で困った顔をしながら両手で2着の服を持ち、交互に自分の前に翳しては「ちょっと違う…」等と小声で呟く。
ギムレットはファッションというものに疎い。何故なら、彼女はずっとこのR08地区に滞在するようになってから真面に服を購入したことが無い。では今着ているスーツは何なのか?というと、人形の「スキンシステム」による換装で素体や外見の見た目を変えているだけなのだ。スーツ以外では青い軍服の様な服装に何度か変えた程度しかない。
結局、1時間ほど店内をぐるぐる回ってようやく紺色のスキニーデニム1本と薄い黄色のストライプ模様が入った半袖タイプのドレスシャツと全体が薄い水色のシアー・シャツの2着を購入し、そのまま退店して家(厳密にはビジネスホテルだが)へ戻った。
家に戻り、自室で先程買った衣類をベッド上に広げて値札などのタグを外していく。そして、彼女はスキンシステムを解除してスーツ姿から黒いブラとパンツの下着姿に一瞬で切り替わる。しかし、その身体は色素の薄い胴体部分に対し、右腕は黒い機械腕が上腕から手先まで剥き出しに、左腕側は肘から手先にかけてペールオレンジの傷痕がある腕で、それを上腕部分で金属部品で接合されている異形としかいえないものが露わになっている。
この場に自身以外の者が居なくてよかった
ギムレットはそう思いながら先ずドレスシャツを着て、次にスキニーデニムを穿き、最後にシアー・シャツを着て初めてのスキンシステムに頼らない私服を身に着けた。だが、このままでは両腕の異形な部分が丸見えだ。こればかりはスキンシステムで部分的に変えるしかない。
直ぐにシステムを使って両腕を素体の色と同じに表面処理して違和感が無いように設定する。
「これでよし……。」
鏡で身だしなみを整え、入念に着こなしをチェックをしていく。5分ほどでチェックが終わり、ベッド脇の壁に掛けていたサコッシュ*1を取って中に財布等の貴重品やハンカチを入れて右肩から斜め掛けにして出掛ける準備が整うと、そのまま靴を履いて自室を出て行った。
1階のフロント兼エントランスホールでは、普段ギムレットがスーツで出入りしている姿しか目にしていなかったのか、爽やかな雰囲気の衣装に身を包んだ彼女の姿を見て従業員や暇を潰していた利用客が驚いた表情で注目する。
そんな周囲の反応を気にする事なく彼女はエントランスホールを出て通行人の中に紛れていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ギムレットが向かった先は中央噴水広場。
先日、噴水の近くでギターを弾いていた少女の事が気になって毎日ここへ来たが全て外れた。私服を買ったのも流石にスーツ姿では何かの勧誘かと警戒されると思ったからだ。それに自身のメンタル内で「何か」が引っかかる感覚を覚え、それがその先日彼女が弾くギターの音色を聴いて以降続いたため、その蟠りの原因を探る為もう一度その音色を聴きに彼女に会いに訪れたのだ。
ギムレットは辺りをキョロキョロと見回した。
「(いた……!)」
ちょうど噴水を挟んだ向かい側で此方に背を向ける形でギターを持って座っている彼女を発見した。たまたま見回したタイミングが水が勢いよく噴出している時だった為に水飛沫の壁で見えなかったが、水の出が止まった時にその向こう側にいるのを見つけることが出来たのでギムレットは噴水を反時計回りでギターを弾く少女の許へ歩を進めた。
一方、ギターを弾く少女ことM200は数日分貰った非番日を利用して、いつものように噴水広場でギターを弾きながらメンタルリフレッシュをしていた。この街に来てから暇な時間が出来た時にこの場所で弾くようになったが、その時点ではお金稼ぎだとかそういうのには興味も実行もしようとはしなかった。特段演奏が上手い訳でもないからだ。
しかし、ある時自分が此処に来るたびに毎回聴きに来ていた街の人達に「タダで聴くには勿体無いからお金を払わせてくれ」と言われた。もちろん最初は頑なに断ったのだが、彼らの熱意に根負けし次回から小さなボックスを用意して、特に値段も決めずにいつも通りリフレッシュだけを目的に演奏してきた。
住民達の熱意と要望から設置したものとはいえ、M200の演奏は常連客をはじめとして多くに噂となって広まり、そんな彼らからの投げ銭は既に日本円にして凡そ15万程集まった。それ以外にもレゴブロックの様なおもちゃも幾つか混ざっていたが、これも一定数集めれば換金所で現金に換えられるので貴重な資金源だ。
今日も、そのボックスには紙幣に小銭・ブロックが入っていた。
そしてまた一人、自身の演奏を聴きに歩を止めた客が来た。
先日、聴衆の間から横目で追った人物。今日はあの日と違ってスーツ姿ではなく、少し露出を増やした爽やかな服装――「(この人もこういう服を着るんだ…。)」と思いながら、ただただ演奏をする。
~♪
「……………。」
「……………。」
片や無言で座りながらギターを弾き、片や無言で目を閉じ立ちながらその演奏を聴く。
その時間は夕方、太陽が沈み始めようとする時まで続いた。その間にも他の聴衆が立ち止まっては十数分聴き、一部はボックスに投げ銭したり、飲み物等の差し入れを置いて行って立ち去っていった。
この時間までに何曲弾いただろうか——。
メンタル記憶域にアーカイブされた曲はまだ残っているが時間的にここまでだ。M200は最後の曲を演奏し終えると、静かにギターを縦にしてお開きの合図をした。すると、最後まで聴いていたただ一人の聴衆ギムレットはパチパチと拍手を送る。
「素晴らしい演奏だったよ。」
「あ、ありがとうございます…。」
「だいぶ(ギターの)扱いに慣れているようだけど……以前は何処かでそういう仕事でもしていたの?」
「昔、友人に教えてもらったんです。殆どの曲はその人が作曲したものです。」
「ほぅ…、その御友人は今?」
「病気で亡くなりました。」
ギムレットの質問に一問一答で答えていくが、その質問で少し空気が変わった。
「……申し訳ない……不躾な質問だったね。ごめんなさい。」
「いえ、気にしないでください。」
「ほぼ初対面の君に気を遣わせてしまったようだ……。だが、その御友人はとても素晴らしい人物だったという事は判るかな。」
「どうしてですか?」
「君にギター――、まぁ音楽というものを教え、自身が作った曲がこうして街の人々の歩を止め、多くの耳に入り、心に響かせている。もし、存命であれば有名になっていたに違いない――。少なくとも、『人形』である私のメンタルには響き、そして癒された。」
「貴女も人形なんですか?」
「うん。ま、ただのしがないOLやってるだけどね。……おっと、夕飯の買い出しをしないと。じゃこれ、素晴らしい演奏を聴かせてくれた代金、ボックスに入れとくね。また今度聴きに来るよ。」
「あっ……。」
少しの間話し、ギムレットは用事の為に会話を切り上げると財布から一枚の紙幣を取り出してボックスに入れると、そのまま振り返ることなくM200の許から立ち去って行った。
せめてお礼の言葉くらいは言いたかったが、後ろ姿のギムレットは右手を少し上げてサムズアップを見せていたので「まぁ、いいか…」とその姿を見送ってあげた。
ただ、後で彼女が入れた紙幣額を見て気絶しそうになったのは少し先の時間である――。
少しだけですがギムレットとM200が会話する場面入れられたので満足。
(本当はもっと入れる予定だったけど5000字も書く気にならなかった……)
あ、それと活動報告始めたのでちょいちょい一定の話数または各話での「こういう出来事もあった」的な事や没にした文章などの裏話とか書いていこうかなと思っているので、本編更新が無い時はそちらも覗いてみてもらえるといいかもです。
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第4話:動き出す不穏
多分これからはこん位の文字量になると思う……。
――数週間後。
ギムレットとM200は最初の会話からより良好な関係となった。お互い1日のスケジュールが違う為に出会ってまだ1週間の頃は行き違いがあったり、会えても1時間一緒に居られるかどうかだった。
だが、ギムレット側は仕事がひと段落つき、M200側も【野良人形連合】としての任務もしばらく無かったので2人はお互いを知る為にランチ等を共にするようになった。
そんな2人が今日訪れたのは、M200(達)が宿舎代わりとして住んでいる小さなホテルの前、――M200がどうしても「野良人形連合の仲間達に紹介したい」と連れてきたのだ。
「ここが僕達が住んでいる所です。……と言ってもここを経営していた人達や宿泊客がみんな失踪しちゃったらしいので、僕達はその空いたホテルを勝手に使わせてもらってるだけなんですけどね……。」
「へぇ~…。」
彼女の話にギムレットは苦笑いをする。
原因なんて考えなくとも判る。あんな襲撃事件が起きたのだから逃げるに決まっている。一度あった事は二度、三度起こるものだ。対策を講じた所でそれらが最大の効果を100%発揮するなんて事は無い。次がいつ来るのか――、何処まで攻めてくるか――、そんな不安を常日頃抱えた状態で経営や宿泊を続けるくらいならさっさとトンズラこいた方が、ある意味では正しい選択だろう。
心の中でこのホテルの元経営者や宿泊客に同情しながら、M200の案内で中に入っていく。
「あっ、M200さんお帰りなさい。」
「ただいまです。」
IWS2000が出迎える。他にも何名かフロアに居たが、ボードゲーム等に夢中で此方に見向きもしなかった。
「えっと……そちらの方は?あっ、もしかしてここ一ヶ月くらい交流されている『例の方』ですか?」
「はい。紹介します、こちらギムレットさんです。」
「どうも――。」
「よろしくお願いしますねギムレットさん。立ち話もなんですから此方へどうぞ、あまり良い物はお出しできませんが……。」
「あぁお構いなく。――それにしても……意外と野良でやっている人形っているんだね。」
「ここにいる人形達はそれぞれ自分の意思でグリフィンに属してないんです。私を含めた一部人形は先の襲撃事件を経験していますし、このR08地区自体広くもなくグリフィンの基地も無いので自主的に防衛している――そんな感じです。言うなれば…ボランティアと表現するべきでしょうか。」
IWS2000はそう言いながら棚からカップを取り出し、インスタントコーヒーの粉を2匙入れてお湯を注いで、コーヒーフレッシュとスティックシュガー、そして小さなスプーンを一つずつ持ってギムレットの前に差し出す。
「襲撃事件……か……。」
「あの事件をご存じなんですか!?」
「まぁね。ちょうど隣地区からの出張帰りの時だったかな——。あの夥しい鉄血の量の進軍にはかなり驚いたよ。あんだけの数がどっから来たのか知らないけど、私は命が惜しかったから隠れながらその様子をこっそり見ていた。私は『戦術』人形じゃないから戦えなかったのは悔しかったな……――」
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「あっ、グローザさん!」
ギムレットがかつての鉄血襲撃事件に遭遇した時の事を回顧していると、それを聞きつけたのか突然グローザが割り込んできた。ギムレットを見る彼女の眼差しは哨戒任務に出ている時と同じ目つきな事にIWS2000とM200はすぐに判った。
「貴女は?」
「OTs-14.周りからは『グローザ』と呼ばれているわ。貴女はギムレットさんね?さっきM200が紹介していたのを遠くで聞いていたから、自己紹介は結構よ。」
「そう?ならそうさせてもらうけど、話をする前に聞こうかな。貴女も此方のIWSさん同様あの戦場を経験した者なのね?」
「そうよ。あの事件の事は今も忘れはしない……。特に【あの人形】だけは……!」
「あの人形?」
「ええ。あの襲撃事件を終わらせた存在にして地区の4分の1を焦土に変えた元凶。遠目で視た姿だったけど、ちょうど貴女の様な髪形をした人形だったわ。急に話に割り込んでおいて申し訳ないのだけれど、ソイツについて何か情報を知っているのであればどんな小さな事でも教えて貰いたいの。」
「成程、なら情報交換といこうか?」
「交換……ですか?」
「もちろん。こちらのグローザさん……いや貴女達にあの事件について私が知っている事を話す代わりに、私が知りたい事――そうね……未だに流れてくる鉄血の部隊について話してもらいましょうか、って事。」
「………………。」
「………………。」
グローザの要求に対し、ギムレットは交換条件として互いが持つ情報の交換を要求する。それを提案されたグローザはもちろん、IWS、M200、さらにはさっきまでボードゲーム等に興じていた他の人形達まで此方に視線を向けて注目していた。
「…………………分かったわ。情報が貰えるならその交換条件は安いものだわ。何より、グリフィンに所属していないから上に許可を取る必要も無い。IWS、『例の物』を持ってきてもらえるかしら?」
「わかりました。直ぐに取りに行ってきますね!」
長い沈黙の末、グローザはその交換条件を呑むことにした。さらにIWSに対し「例の物」と呼ぶ何かを持ってくるように指示をし、ゆっくりと深呼吸をしてからまたギムレットの方に視線を戻した。
「彼女が取りに戻るまで、先に貴女の方からお聞かせ願えるかしら?」
「ふむ…では何を話そうか……。………ん~、その人形が『鉄血人形』であったのは知っているかしら?」
「何ですって!?」
「私もね、ただ野次馬みたいにあの事件を見物していたんじゃない。少しでもメモリに焼き付けるために奴らの動きを監視していた。その時に鉄血の大部隊を相手に単身で撃破した【あの人形】の信号が鉄血人形だと分かった。おそらく、君達の前に姿を現した時は自身の識別を別の信号となるように何らかのプログラムで認識阻害させていたのかもしれない。今人類に反旗を翻し、独自の進化を遂げている奴らならそれらを行うことは容易いだろうね。」
「……道理でグリフィンや正規軍側が知らぬ存ぜぬを繰り返す訳だわ……。大元が鉄血人形なんだからそりゃ派遣したとか言うわけないものね……。」
「あとは君が知っている様にあの現場が焦土と化する惨状となったわけ。その後の行方は流石に私でも追いきれなかった。何しろ、あの火の海の中で敵軍のボスらしき人形が敗走した後すぐにその人形も消えてしまったのだから——。」
「グローザさん!持ってきました!」
ちょうどギムレットが話し終えたのと同時に、IWSが少し厚みのある黒いタブレット端末と小さなケースをを抱えて戻って来た。
「ご苦労様。さて、今度は私達の番ね。これを見てもらえるかしら?今居ないけど、TAC-50という人形のドローンから撮影した映像記録よ。」
グローザはIWSが持ってきたタブレット端末を起動し、小さなケースからフロッピーディスクを取り出して端末横のスロットに挿し込み、画面を操作してギムレットに見せた。画面には数分毎に場面が切り替わり、左上側の録画した日付らしき数字が切り替わる毎に日が進んでいく。
「ガードのみの部隊……。普通ならイェーガーと組んでいるパターンの方が多い筈では?」
「ええ、普通ならあまりこうい――って、何故その編制パターンを⁉」
「あぁそれは、私の雇い主が元グリフィンの指揮官だったからだよ。万が一の事を想定して鉄血のローエンドモデル人形と、自衛のための火器管制モジュールを搭載して銃を使えるようにしてくれたんだけど。……まぁそれは置いておいて、映像の続きを確認しよう。」
少し話が逸れてしまった。気を取り直し止めてた映像を再生する。最初の記録から2週間程はガード部隊が辺りを警戒するようにして進軍している様子が映っていた。その後の記録からはリッパーやヴェスピドの部隊が目立つようになった。こちらも辺りを警戒するようにして進軍していたが、途中一部の記録映像の部隊は「何か」に混乱する仕草を見せてそのまま撤退していく様子が映っていた。
「何?あの撤退した部隊は?」
「これは私達でも判らないわ。ただ映像を見てもらった様に『何か』に混乱して慌てて逃げた様にも見えるわね。」
「ふ~む……。」
不可解な疑問に考え込んでいるうちに記録されていた映像が全て再生終了した。
「敵のボスか……?」
「えっ?」
「あの事件は【例の人形】の乱入によって終結した。けど部隊を率いていた鉄血のボスは破壊されずにそのまま戦場から敗走し行方を晦ませている。だとしたら、そのボスは離れた地で再び部隊を整え、『偏った編制の部隊を定期的にR08地区に差し向けて偵察させていた」――と1つの仮説が立てられる。しかし……――」
「しかし?」
「気になるのはもっと身近にあるのかもしれない。」
「どういう事かしら?」
全ての映像を見終わったギムレットは1つ意味深とも取れる仮説を立てた。だが、さらに続けようとするも一旦口を止めた。その事についてグローザはさらに訊ねる。
「【ザ・ワンド】というならず者達を知っているでしょう?」
「ええ。あの襲撃事件の後に出来た厄介な奴らの事ね。」
「実は奴らについても少し調べた事があってね。少しおかしな部分が判明したんだ。」
「何かしら?」
「ワンドの連中の半数は襲撃事件で身近な人を喪った市民達なんだ。」
「それの何がおかしいの?」
「グローザ、貴女がもし人間で、大切な人の命を鉄血に奪われたとしたらどういう感情を抱く?」
「………もちろん鉄血が憎いと思うようになるわ。」
「普通はそういう感情を抱く筈。けど、私が調べた限りでは彼らは鉄血ではなく、グリフィンや貴女達【野良人形連合】に対して強い憎悪を抱いている事が判明している。おかしいとは思わないかい?まるで……正義と悪が逆転したみたいで気味が悪い。そして何より【例の人形】の信号認識阻害の例もある。」
「まさか……⁉」
「そう、2つ目の仮説は――『事件後、敵のボスは何らかの手段を使ってこの地区に潜伏し、ザ・ワンドの連中を言葉巧みに操り利用している』、とも考えられる。その場合、かなり用意周到に事を進めようとしている気がしてならないね。」
「………………。」
2つ目の仮説を聞かされたグローザが黙り込む。彼女だけじゃない、IWSもM200も、さらには離れた所で聞いていた他の人形達もだ。
しばらくその場は重苦しい雰囲気となり、沈黙が続いたのだった……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――数週間前、S09地区390基地
時は遡り、R08地区でギムレットがまだM200と打ち解け親しくなる前――、丁度グリフィン本部でヘリアンとクルーガー社長が深夜に「ある事柄」について協議していた日から数日経ったある日。
司令室で2人の人影があった。1人は色んな書類や機材が乗った大きめの机の向こう側で椅子に座っている青髪の若い女性、対するもう1人はプラチナ気味なブロンドカラーの長髪の女性——服装などを見る限り恐らく戦術人形だろう。
「指揮官さん?」
「なぁにG3。」
「あ、えっと…その…、先日の本部からの伝達以降、指揮官さんの様子がおかしい気がしたので……その……。」
「心配してくれてるの?」
「あっ、当たり前です…!」
「ありがと。色々考えてたのよ、余計な事まで考えちゃういつもの悪い性格でね…。」
G3と呼ばれた人形は指揮官を気遣うようにして声を掛けた。内気な性格だからか、上手く言葉を引き出せない。それを察したのか指揮官もわざとらしく返事をすると、彼女はムスッとした表情で答えた。
「ヘリアンさんから【人形狩り】出現の可能性アリと伝達があった時、流石に私は『逃げたい』と思っちゃってね……。もし貴女達が出撃してる最中に出くわして全滅なんてしちゃったら……って考えると余計に気持ちが落ち込んじゃうのよ。一応、伝達には『遭遇したら交戦はせず、直ぐにその場から撤退せよ』ってあるけどさ~、遭遇してそう簡単に撤退出来たら苦労なんてしないわけ。は~、やんなっちゃうわ……。」
「だ、大丈夫です……!会っても…全滅なんてさせません…!」
「………強いわね貴女は。」
「えへへ…。とにかく、今は次の作戦任務に備えましょう指揮官。」
「そうね、次の任務……確かデストロイヤーの討伐だったっけ………。」
彼女はモニターに映る任務内容と、(チビガキ特有の)憎たらしい顔をして写っているデストロイヤーの写真画像を横目に見る。
「(流石に、件の【人形狩り】が私の知り合いなんて、口が裂けても上には言えないわよね……。)」
ひとまずこの話で【第一章:R08地区】編は終わります。
話数的にはもう少しやりたかったけど、そうなるとただひたすら戦闘の無い日常回ばかりで飽きるので、駆け足気味に纏めました。
次話から【第二章】になるので引き続きよろしくお願い致します。
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Chapter-2:熾天使
第5話:青と赤
暑い日が続いたり、恵みの雨が降って涼しくなったり、果てにはとんでもない事件・事故が起きたりと慌ただしいですね……。
今話より第二章の始まりです!
【IMMORTAL QUARTET】
かつて勃発した第三次世界大戦――その最後の年に突如として現れた謎の女性4人を纏めて付けられた名称。
大戦中、各色のフード付きマントと仮面を着けた姿で各地の戦場に現れては、陣営問わず攻撃を加え、武器や食糧品を強奪して混乱に陥れたとされ、それがきっかけで大戦が早めに終結したと述べる識者も存在していた。また、参加していた国や各国の軍人達からは「戦場の悪魔(悪夢)」と呼ばれていたのに対し、各国の一般国民達からは「戦争を終わらせた救世主」や「世界を救う希望」と英雄視もされていた。
しかし、そんな彼女達の活躍が歴史の中で語られることは無かった。
何故なら当時の軍人達が、直に見た彼女達の異常な体質について隠そうとしたからだ。
「黄色のマントの者」、「青いマントの者」へ兵士十数名で銃撃による攻撃をした際、確実に命中し普通であれば死に至る量の銃弾を浴びたにも関わらず、その者の傷痕は見る見る内に塞がり元通りになったと報告が上がり――。
「赤いマントの者」、「紫のマントの者」に対しては装甲車による轢殺や砲弾での爆殺を試みたが、まるで効果は無く逆に返り討ちにされたという報告が上がった。
とある兵士は彼女達のその特異体質について、「まるで末期の
その後、全員数年に亘って行方を晦ませていたが、ある年に正規軍が潜伏先と思われる極東の島国の非汚染地域を特定、【ELID特殊殲滅作戦】と称してその潜伏先地域を襲撃。その場にいた感染・非感染の民間人まで巻き込み、さらに例の4人の内1名を「生体サンプル」として拉致。
他の3名のその後の動向は不明だったが、最近、鉄血工造が人類に反旗を翻す切欠となった【蝶事件】前後の期間においてその3名の内の誰かと思われる人形襲撃事件が頻繁に起きる様になった。
それが、【人形狩り】であり、現在グリフィンが頭を抱える問題である――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――T01地区内某所
瓦礫の山が幾つも広がる。
この地もかつては人類が生活し、栄えた土地だったのだろう。瓦礫の殆どは赤やオレンジの屋根瓦やレンガと思しきもので、それ以外は崩れた鉄筋コンクリートばかりだ。
辛うじて崩れずに原型を留めている大きな建物も、蜂の巣の様に無数の弾痕や爆発物で抉られた跡が残り、ここで行われた戦闘の激しさを物語っていた。
そんな地で、2つの影が瓦礫の上に座っている。
1つは銀髪で黒い羽があしらわれたジャケットを羽織った小柄な少女で、その手元には彼女が扱うには不釣り合いな大きな銀銃が握られている。
もう1つは、どこかの軍のお偉いさんなのか紺色の制服を着ており、左眼側に眼帯を付け、所々白くなった青髪の眼帯をした女性だ。その左腰と背中部分にはベルトに固定された細い革筒に薄灰色の「杖」の様な棒状の物が収められている。
殺風景な場所で小柄な護衛1人と行動とはあまりにも危険だ。ただ、2人がこの場に居る(または通らなければならない)のには何か訳があるのだろう。制服の女性は左手首の腕時計型デバイスから映る立体ホログラムマップを操作しており、護衛の少女は辺りを定期的に見渡して警戒をしている。また少女の足下には小さな何かの部品がそれなりに入った麻袋が置いてあった。
しばらくしていると――。
「!!? 」
隣で警戒していた銀髪の少女が銃を持って数歩前に飛び出し、自分達が向いてた方から右側に向いて構えた。それに気付いた制服の女性もデバイスを閉じる。
その方向を見ると鉄血らしき部隊が向かってくるのが見えた。しかも、その真ん中には巨大な剣を持った背の高い人形もいた。
「はっ…! こんな所にチビ戦術人形連れた人間なんて珍しいな! おいチビ、てめぇのご主人様の命が惜しかったら銃を下げな!真っ二つになる姿なんて見たくねえだろぉ!?」
「…………!」
「……Thunder、銃を下ろしな。コイツは私が相手しよう。」
「あぁ?なんだ戦れるのか?」
「君は確か、鉄血人形……エクスキューショナーだな? 」
「オレを知ってるのか? 」
「あぁ知っているとも。少し前までグリフィンの指揮官だったからね。君の別個体も何度か倒した事もある。もっとも倒したのは私が指揮したグリフィンの部隊だが……。」
制服の女性……いや、「指揮官」はそう自分の経歴を少しだけ話すと立ち上がってThunderと呼ばれた少女の前に立ち、背中側の革筒から左手で「杖」を抜くと右手に持ち替えてその先端をエクスキューショナーに向ける。
「はっ! 面白れぇ! 別件でこっちに来たが、暇潰しに相手してやるよ! ただし、その棒切れでオレの攻撃を受け止められるならなぁ! せいぜい期待外れな事だけはしてくれるなよ!? お前ら、手ぇ出すな! コイツはオレがやる! 」
エクスキューショナーは指揮官から無言の宣戦布告を受けると、売られた喧嘩を買うかのように威勢を上げ、自ら1対1で戦う為に取り巻きのリッパーやイェーガー達に手を出さないよう命令を下し一定距離まで退かせ、大きな機械腕で大剣を構えた。指揮官側もThunderに合図をし、Thunderもその合図に従って鉄血側と同じように一定距離まで退いた。
互いに代表者が前に出て得物を持って正対するその姿はまるで剣道や薙刀の試合の様だ。
不敵な笑みを浮かべて大剣を振り回すエクスキューショナーに対して、青き指揮官は静かに杖を真横に構えて精神統一するようにして目を閉じていた。
バッ……!!
先に動いたのはエクスキューショナーの方だ。そのまま突っ込むのかと思いきや、途中で足のブースターで上空へ飛び上がった。大剣を大きく振りかぶってブースターの切れたタイミングで自由落下を利用した叩きつけによる粉砕を狙うつもりだろう。しかし、指揮官の方は相手が攻撃を仕掛けているにも関わらず同じ体勢のまま動かない。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」
ドゴォォォォォン!!!
落下の勢いから叩きつけられた大剣が大地を抉り、砂塵を舞い上げて指揮官を飲み込んだ!
……かの様に思われた――。
「はぁ!? 居ねぇだとっ!? 」
土煙の晴れた其処に誰も居ない。だが、エクスキューショナーは口には出してないが確かに自身の刀身部が相手の何処かに当たった感触はあった。叩きつけたのだから、相手があの棒切れで防御しようが生身で受けようが「何らか」の跡は残るはずだ。にも関わらずその姿は着地点で確認出来なかった。
「
「!? 」
斜め左後方から聞こえたその声にエクスキューショナーは素早く振り返り、左手に持っているハンドガンで対応しようとした瞬間――、バキンッと完全に向けきる前に銃の側面に風穴を開けられ破壊されてしまった。いくら鉄血ハイエンドモデルの中で下級のエリート人形とはいえ使用する装備はどれもそれなりの強度を誇り、簡単に穴が開くなど無い。それがただの棒切れから放たれた「突き」如きで破壊されるとは…流石にエクスキューショナーも驚愕せざるを得なかったのと同時に、ただの人間にやられた事に対する怒りがメンタル内にこみ上げる。
「てめぇ………! 」
「やはり、直で戦う方が通信越しでの指揮よりも遥かに威圧感、そして命のやり取りをしているという緊張感が高まっていいな。」
「ふざけんな!(落ち着け……! 何かカラクリがあるに違いねぇ…! それを見破るまで冷静でいろ俺! )」
相手の余裕とも挑発とも取れる発言に、湧き上がる怒りを抑え込みながらエクスキューショナーは破壊されたハンドガンを棄て、再び大剣を構える。
さっきの技はもう通用しない。
そう割り切ってエクスキューショナーは相手の出方を窺う。
対する指揮官は向こうが先手を再び打って来ないと見るや、左手を左腰側に収められている2本目に掛ける。
「!? させるか! 」
その動作にエクスキューショナーがすぐ反応し、2本目を抜かせまいと、様子見から一転して大きく大剣を振りかぶりながら攻撃に出た。しかし、それは早とちりだった。
ガキンッ!と振り下ろした剣は1本目の杖で防がれ、2本目はまだ抜かれていない。エクスキューショナーは完全にそちら側に気を取られてしまっていた。
距離を取る間もなく、腹部に強烈なヤクザキックで蹴り飛ばされてしまう。
「げほっ……ごほっ、うげぇ……! 」
「単純だったね、此方がそういう素振りを見せれば攻撃に転じてくると思った。やはりその程度のレベルなのか、期待外れだ……。君のそれ――
「……! 」
地面に転がるエクスキューショナーに向かって指揮官は煽るように指摘する。それと同時に、エクスキューショナーのメンタル内が怒りに染まり、リミッターが外れた。
「舐めるなよ……人間如きがぁ!」
地に大剣を突き立てゆらりと体を起こして立ち上がると、赤いオーラと共に身体の至る所に赤黒いひび割れ模様が走り、さらに同じような赤黒い稲妻が身体の周囲に迸り始めた。
「(何だ?その姿は?私がグリフィンに居た時はそんな情報は無かったはずだが……。)」
指揮官は赤黒く禍々しい力を纏ったエクスキューショナーの姿に驚きを隠せなかった。だが、それでも冷静さが失われる事は無かった。「
「(ちっ…よりよってこんな『色』か……。)」
「どうした?ビビッて言葉が出ねえか!? 」
「…………いや? 寧ろ――腹が立った。」
「は? 」
「その赤黒いのを見ると『アイツ』を思い出す――、まったく……ハイエンドモデルの実力を小手調べするつもりだったが………」
「お前は………要らない……」
「!? 」
ゾワッ…! とエクスキューショナーの全身に悪寒が走る。相手のドスの効いた声に対してではない。彼女の眼帯をしている左眼側から鋭く睨まれているような感覚に陥り、メンタル内がさっきまで熱を帯びていたのが急激な冷気を当てられたかの如く冷めていく。
この時エクスキュショナーはプログラムされた防衛システムの起動よりも早く――自らに今まで無かった経験=「破壊される事への恐怖」という防衛本能が初めて上回った。しかし、それでも一鉄血の戦術人形、そして一体……いや一人の武人としてのプライドが自身を奮い立たせ、その恐怖に打ち克とうとさせる。
「……そうか、てめぇがあの『蛇』か……! エージェントが言っていた【危険人物】――上等だ…! 俺は鉄血工造の『エクスキュショナー』! てめぇを叩き潰して処刑してやる!」
エクスキューショナーは高らかに改めて名乗り、指揮官を処刑対象として定めた。さらに右手に持った大剣を大きく後方に回し構え力を溜める。刀身に赤黒いエネルギーが集中していき、これから放たれる技が相当な威力・規模を誇る事を想像するのに難しくなかった。
そして、ニヤリと笑みを浮かべ――、
「霧月……処刑……!」
溜めたエネルギーの斬撃が前方一直線に放たれその通り道が地面を抉りながら指揮官に襲い掛かる……!
「単純だ。」
斬撃が届く前に彼女は右側に避け反撃に転じようとした。だが、それがエクスキューショナーの狙いだ。指揮官が気付いた時には時すでに遅し――、エクスキューショナーの頭上に現れたミサイルの様な形を模した黒いエネルギー弾が直線斬撃の欠点を埋める様に左右両サイドをを指揮官目掛けて射出・爆撃していく。
「くっ…! 」
「遅いぜぇ! 」
間一髪爆撃を躱す指揮官だったが、ブースターの加速で先回りしたエクスキューショナーの突撃を受けそのまま岩壁に叩きつけられてしまう。
「指揮官!? 」
思わずThunderが叫ぶ。
だがエクスキューショナーはThunderには目もくれず壁に叩きつけた指揮官の許へ歩を進めていく。一方、指揮官はゆっくりと近づいてくるエクスキューショナーに杖の先端を向けている。
「オルキヌス……クリック――」
小さく呟かれたその一言の後、一瞬の静けさがその場を包み込む。その直後にキィィン! と超音波のような小さな音が響いた。
「うっ…! がぁっ……!? な…何だ? 身体がっ……痺れて動けねぇ……!? 」
エクスキューショナーが急に苦しみだす。さらに金縛りに遭ったかのように身体を動かせない。表には出ていないが内部の伝達系が麻痺を起こしているようだ。
「てめぇ……! 」
「君は海洋系食物連鎖の頂点に立つ<生物>を知っているか?今君に放ったのはその生物が捕食し易くする為に行うという高度な狩猟技術の1つ……『クリック音』を超凝縮した音波だ。――そしてこの杖………いや『刀』は、それらを疑似的に再現することが出来る。」
「!? 」
指揮官は何が起こったのか理解できず、動けないまま自身睨み付けてくるを彼女に向けて静かに使った技の正体を説明する。そして驚くことに右手に持っていた杖の柄の部分に左手をかざしそのまま先端向かって動かしていくと、「杖」だった物が左手が通過した部分から反りの浅い鍔の無い「刀」へと形状が変わっていく。
「驚いたか?さっき君のハンドガンを貫いたのも、一瞬だけ先端を変えて突いたものだ。正直、こんな呪いを使わなくても良かったんだが……まさかそんな赤い能力強化があるとは思わなくてねぇ……。――さて、エンドゲームと行こうか?」
「(……身体が動く!? よし……! )――上等だ! 俺のとっておきで処刑してやるよ!! 」
ようやく身体の金縛り&麻痺が解けたのに気付き、少しだけ四肢を動かして指揮官に向かって大剣を突き付けるエクスキューショナー。対して指揮官はただならぬ雰囲気を纏いながら柄を両手で持ち、【水の構え】*1を取って正対する。片や大剣をブンブンと振り回し、片や静かに刀を構えて微動だにしない。両者の性格……いやこの戦闘における余裕の差が出ているとも言える。
そしてやはり先に攻撃を仕掛けたのはエクスキューショナーの方だ。
一番最初の時とは異なり真っ直ぐ相手に突っ込んで行く。……と見せかけてやや高くジャンプして空中前転して――、
「 (命 脈 断 絶 !! ) 」
振り下ろされた大剣を指揮官が左足を一歩分引いて刀身で受け止める。通常の刀剣なら一発で折れてそのまま斬撃を浴びていたであろう。しかし彼女の形態変化した刀はしっかりとヒビが入ることなくエクスキューショナーの大剣を受け止めるほどの強度を持っていた。一体それがこの世に存在する物質なのか、全くの未知なる物質で作られているのかは不明だが……。
「ぬぅぅあぁ! 」
「何!? 」
受け止めていた指揮官が反撃と言わんばかりの掛け声で僅かに刀身を下げ、一気に押し返してエクスキューショナーを空中に放り投げる。
「やるじゃねぇか! んじゃぁ、もういっちょぉぉ!! 」
空中に投げられたのを利用し、二撃目を叩きこもうと体勢を変え足のブースターを一瞬だけ噴射させて急降下していく。全てをぶつけるかの様に赤黒いエネルギーが右腕を経由・大剣に集束し、本体の刀身に上乗せされる形で全体が長く、大きくなっていった。
「……………」
相手の渾身の一撃が来ると察した指揮官は逆に落ち着いたまま、身体を右斜めに向けて右足を引き、剣先を後ろに下げた【金の構え】*2で迎撃態勢を整えていく。その刀身にはうっすらと青い光を纏っていた。真っ直ぐ見つめるその青き瞳には空から自らを叩き斬らんと強襲してくるエクスキューショナーの姿が映る。
「(最終処刑楽章・霧月……断絶!! )」
「(厄祓い……! )」
振り下ろされる赤黒い大剣と、振り上げられた青白い刀がぶつかる……!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ぐっ……!? 」
激しい刀剣同士のぶつかり合いの末、指揮官の刀がエクスキューショナーの大剣を弾き体勢を崩させ、同時に彼女の強化状態が解除されて纏っていた赤黒い亀裂や稲妻が消失する。それでもなおエクスキューショナーは指揮官に向かって大剣を振り下ろす。それに指揮官はすぐさま反応、相手に向かって左側に1歩ずつずれて刀を上段に持ち上げた【火の構え】*3を取り――、
「チェックメイト……。」
指揮官がずれたことでエクスキューショナーの振り下ろしが空振りに終わり大剣の剣先がが地面に突き刺さる。
「(やべぇ……やられる……! )」
大きな隙を晒し、相手は武器を上げて此方をロックオンしている――、すぐさま反撃する余裕も待機させている一般兵達に命令を下す時間も無い。完全に「詰み」だという事を悟ったエクスキューショナーは自身の敗北=(別個体に引き継がれるとはいえ今の身体での)死を覚悟し相手を称える様に笑みを浮かべて目を瞑った。
だが、その結末は意外な形で終わったのだった――。
バキンッ……! ゴトッ……。
「?」
エクスキュショナーが目を開けるとそこには刀を振り下ろした状態の指揮官と、根元あたりから両断された刀身が転がっていた。
「ふぅ……。」
やる事を終えた指揮官は刀を横に軽く振って再び「杖」の形状に戻し元の革筒に戻し、背を向けた。
「てめぇ……、何のつもりだ!? さっさと壊しやがれ! 」
エクスキューショナーはとどめを刺さなかった指揮官に対して激高した。
「私は人形を『救う』側だ、君を破壊するのが目的じゃない。それに今は君に多くの時間を割いている場合では無いのでね、武器を無力化させるに止めさせてもらった。まだ足りないなら、より強力な素体と得物を持っておいで、その時は文字通り……私の本気を以て破壊してあげるよ。――じゃあね。行こうThunder。」
「はい。」
「……っ! 」
そう言って指揮官とThunderはその場から立ち去った。残されたエクスキューショナーと鉄血兵達はただ茫然と立ちすくんでいた……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「指揮官、本当に倒さなくて良かったのですか? 」
「Thunder、君はあの戦いの中とは別に『何か』を感じなかったかい? 」
「別の…?」
「あの戦いの中、私は確かに感じていた。あの処刑人の遥か後ろから嫌な風の気配をね……。」
「……? 」
Thunderにはいまいち指揮官の言葉の意味が解らなかった。彼女は指揮官に再び訊ねようとしたが、喉元まで上がってきた所で結局訊くのを止めた。
だが、その意味は僅か先の「未来」で知る事となるのだった――。
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――1時間後・処刑人side
青制服の指揮官との戦闘が終わってからそれなりの時間が経った――。
部下に周辺の巡回をさせ、自身はただ独りさっきまでの戦闘ログを見返していた。傍らには折れた大剣と穴の開いたハンドガンが置いてある。相手の動きはどれをとっても自身を上回っていた、敢えて自分の攻撃を受けて追い詰められたのもワザとだと今になって気付いた。
しかし、何よりも気に食わなかったのは「情け」を掛けられた事だ。生きるか死ぬか?命を奪うか奪われるか?戦場においてその駆け引きは緊張を生む。武人気質なエクスキューショナーにとって指揮官から受けたその情けは最大の侮辱と屈辱に他ならない。思い出せば思い出すほど怒りが込み上げ、拳を握っている力がますます強くなる。
「くそがぁ……! 」
立ち上がって叫ぶ。
本来ならあの指揮官にぶつけるべき言葉だが、今は誰も居ない――と思ったその矢先。
ドゴォォン!!
「何だ!? 」
エクスキューショナーの目の前に「何か」が降って来た。ただ、その土煙に映る影は「人」である事は容易に確認できた。そしての影はそのまま此方に歩いてくる。
「誰だてめぇ? 」
「黙れ――」
エクスキュショナーの問いに、女声で答える謎の人物。そしていきなり彼女の首を掴み、そのまま……
グシャッ……
バキッ…………
ドサッ……。
謎の人物の足下に転がる「エクスキュショナー」だった鉄屑。その破片や周辺の瓦礫にはエクスキューショナーの赤茶色いオイルとは別に紅い瘴気の様な靄が立ち、それが触れている部分が現在進行系で崩壊し塵へと変えている。
「邪魔なんだよ……人形如きが……。」
そう零すと、謎の人物は離れた所でエクスキューショナーの指揮が途絶えた事で混乱していた鉄血兵の残党を破壊、全身から紅い瘴気を噴出してまるで風に乗るように飛翔し去って行った。
その行く先は――指揮官とThunderが向かった方向であった……。
「フキヨめ……、オレの邪魔ばっかしやがって……! 」
はい、衝撃な最後で締められた第5話ですが、今回は普段使わないカラー指定の特殊タグを使ってみたりしましたがいかがだったでしょうか?
まぁただのお遊びで使っただけなんですが(笑)
ご意見・ご感想お待ちしております。(たまに活動報告も覗いてみてね)
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第6話:プレリュード
とあるワードがやたらと強調されてますが気にしないでください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【私】は、今日までに「あの日」以上の屈辱を味わった事は無い――。
あれは【私】に与えられた重要な任務であり、許されるべき失敗ではなかった――。
『あれだけの数を従えていて任務に失敗するとは……、×××様は貴女に大変失望されています。よって、その責任として解体処分と致します。異議はみとm――』
『その判断は、この記録を見て頂いてからでも覆りはしませんか? 』
『ほぅ……。』
『…………』
『なるほど……、あの数がいとも容易く崩されたのは……これが原因ですか……。いいでしょう、貴女への処分は保留としましょう。その代わり、何が何でも<この者>の行方を捜し、そして始末、最後に元の任務であるあの地区を制圧しなさい。――次は……ありませんからね? 』
『了解しましたわ――必ず、貴女から再び与えられたチャンスと期待にお応え致しますわ。』
任務失敗の責任を取る形で処分されるはずだった【私】は、ただ一つの記録映像で首の皮一枚を繋げた。
その思いが【私】のプライドを高め――、
その復讐心が【私】に力を与え――、
その歪みが【私】を深淵に堕とした――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――ヨーロッパ・とある都市の会館前
「いやぁ、今日も素晴らしい演技力でしたエリーヴァさん! この世界が廃れていなければ世界ツアーも出来ていたんですがねぇ……。まったく、貴女の才能と活躍がこんな所で埋もれかけてしまうのは非常に勿体無いですよ! 」
「ふふっ、お世辞がお上手な方ですわ。」
「お世辞だなんて、私は本心ですよ。」
「マネージャーさん、私は人形ですわ。廃れる前の世界で一世を風靡した役者達がどのような演技をし、どのように民衆達を惹きつけていたのか――私はわずかに残っているアーカイブからラーニングしただけ。彼・彼女らの様な苦難を味わった事がありません。過去の名優達はそれらを乗り越えて地位を築き、名声と富を得たのです。私如きの様なぽっと出の者は、きっとどんなに素晴らしい活躍をしたとしても追いつけないのですわ。」
「あはは……変わりませんねぇ。」
「ですが、確かに大きな舞台でそれらが披露できないのは残念ですわ。」
大きな会館の前で【私】はマネージャーと会話をした。公演の度に彼は演技についてベタ褒めをしてくれるが、【私】にとっては演技など上手く出来た出来てないだなんて評価はどうでもいい事。
今彼に説いた話も何度も言っているものであり、正直言い続けるのも億劫になる。それが人間の語彙力の無さなのか……それとも表現力の乏しさによるものなのか……? 何れにせよ【私】のような高性能な人形からすれば人間という種は脆く、醜い。
しばらく話していると迎えの車が到着した。マネージャーが後部座席のドアを開けて【私】は静かに乗り込みドアを閉められた。そしてマネージャーも助手席に乗り、車は私達が宿泊しているホテルへ向かった。
30分後――
車がホテルに着いた。
マネージャーが先に降り、後部座席のドアを開けると【私】は自身の手提げ鞄を持って車から降り、車を見送ってからホテルの中へ入った。エントランスホールのソファーで【私】は彼がフロントで部屋のカードキーを受け取る手続きをしている間、鞄から次の公演日の予定をチェックする。
本来は彼の仕事でもあるけれど、役者として自分も予定を把握しておかなければ余計な負担を掛けてしまうからそうしている。
ただ、鍵に関しては正直ハッキングして開けたい気分だ。
「エリーヴァさん、カード受け取りましたので部屋へ戻りましょう。」
「えぇ。」
2枚のカードキーを持った彼が戻ってきて【私】は彼と共にエレベーターに乗って止まっている部屋のある最上階へ向かった。最上階に着き、しばらく進んだところにある「914」と彫られたプレートが【私】の泊っている部屋、彼はその廊下を挟んだ向かい側の「928」の部屋に泊まり、何かあったら互いに室内の電話か直接部屋に行って連絡をする事になっている。
「では、夕食の時間になりましたら電話をします。それまでゆっくり過ごしてください。また後ほど――。」
「ありがとうございますわ。」
彼と別れ、【私】だけの時間となった。
携帯だけ出して鞄を壁付けの机に置き、今着ている藤色のマーメイドワンピースを脱いでハンガーに掛け、クローゼットからTシャツとデニムパンツ――所謂「カジュアル系」と呼ばれるファッションに着替え、ベッドに寝転がった。
しばらく寛いでいると傍に置いていた携帯が鳴った。着信の相手はマネージャーではなく別の人物。
――自分がよく知っている別方面でのビジネスパートナーからだ。
「もしもし?」
『俺だ。わざわざ名乗らなくても判るだろ?』
「ええ判っていますわ。そもそも知らない相手なら電話には出ませんわ。」
『ふん、確かにな。』
「それで? わざわざ其方から連絡を寄こしたという事は、準備は出来た……という解釈でよろしいのですか? 」
『ああ。だが、次の段階以降の指令はなるべく早めに頼む。うちの連中がつまらん人形達の分解と闇市捌きばっかでフラストレーションを溜めてやがる。特に男連中の方がな……。』
「野蛮で下品な方達ですわね……。」
『そう言ってくれるな。俺だって我慢している。欲求ってのは常に何処かで満たしてやらねえとならねぇ。それに、さらに一部は罪悪感まで感じて抜けようって考えてる奴まで出ている。その度に「指示に従って行動していれば仇は取れる」って説得してるんだ。』
「………………。」
「分かりましたわ。あと4日辛抱してもらえます? 」
『4日? 』
「えぇ、私の用事が後3日で終わりますの。そして1日掛けてそちらの地区に戻り、貴方と直接面と向かって今後の指令を渡すことが出来ますわ。」
『本当か⁉ 』
「嘘は吐きませんわ。――あぁそういえば、<例の人形>について手掛りは掴めました? 」
『……それについては一切の情報が入ってこない。何しろ、街の連中はその<例の人形>の事を大昔に流行ったアイドルだとか何かと思ってやがる。』
「(チッ……使えない人間達ですわね……! )……分かりましたわ。引き続き聞き込みを続けて下さいまし。」
『……………』
「どうかされました? 」
『なぁ、あんたは何故その人形に拘る? あの事件に関わっていた連中は幾らでm――』
「それを知ろうとするのは身を滅ぼしますわよ? 」
『……っ⁉ 』
「あなた方は自分達に与えられた仕事をこなしているだけで良いのです。余計な詮索をして全てを水の泡に帰すのはお互いにとって無益となるだけ。私の望みは叶わず、あなた方は汚れ仕事から解放される事が無くなってしまいます。思い出してごらんなさい――、あの時グリフィンがもっと早く対処すれば………、あの時<例の人形>が街を焼き尽くさなければ……。あなた方は大切な人達を喪わず、住処を奪われず、こんな泥に……血に……塗れる仕事をせずに済んだかもしれません。尤も、『哀れな自分達に付けこんだ』と言われてしまえばそれまでなのですけども……。」
『……………。』
「ですが安心して下さい。必ず、目的を達成したらあなた方の生活は私が全て保障致しますので――、今は素直に従って頂けると助かりますわ。」
『わかった……、あんたを信じよう。』
電話越しの彼は【私】の説得に多少の不満を持っていたようだったが、大人しく自分の言葉に従ってくれた。向こうも「今は相手と衝突している場合では無い」と分かっているのだろう。
だが、【私】にとって、あの男も所詮は盤上の1駒に過ぎない。
『今日の連絡はこれで終いだ。疑惑を向けて済まなかった。』
「気にしないでくださいまし。では4日後……、R08地区でお会いしましょう。」
相手の返事を待たずに通話を切った。時間にして10分ほどの通話だったが、物凄く長い時間の様に思えた。夕食の時間とマネージャーのお呼びが来るまでまだ1時間以上もある。
さてどうしたものか――。
「本当に暇ですわね。人類は誕生の時からこんな暇で退屈で無駄な時間を過ごしていたのですね……実に滑稽な事。——そうですわ! 折角ですから向こうには暫く私のとっておきと遊んでいてもらいましょうか。F賞やE賞ばかりじゃ飽きてきた頃だと思いますから……奮発くらいして差し上げても問題はありませんわ! 」
退屈しのぎに名案を思い付いた【私】は自らの意識をセカンダリレベルに落とす。青白い空間に半導体の基板に描かれているような模様や様々な四角形が何層も重なった物体が浮かんだ。何度も見て慣れた不思議な世界……。
その中でホログラムモニターを展開し、表示された枠にコマンドを入力。続けて表示された装甲を纏った二足歩行と四足歩行のロボットらしき機械が映る画面を選択、そのまま画面上部へスワイプしてホログラムモニターを閉じて意識を現実に戻した。
「ふふふ……、本来使う予定はありませんでしたけど……多少のアドリブがあった方が物語は盛り上がるもの。あとは――【私】が望む『主役』がシナリオ通りに御登場さえすれば、これまでやその後の犠牲など小さいもの……! 」
半分狂気じみた声で【私】は感情を昂らせ、心の底から風のように舞い上がる感覚に包まれた。たとえこの狂喜が外に聞こえていたとしても、客室前の廊下を通る彼等は「女優・エリーヴァが芝居の練習をしている」と思うだけだろう。
【私】の復讐という名の計画は次の段階に進んだ――。
少し離れた位置にある姿見の前に【私】は立った。だが、映った自身は今着ている服装ではなかった。黒い衣装で肩や胸元・腹部が少し露出した姿。もちろんそれは鏡に映った幻影だが、自らの感情をそのままに投影した【私】の裏というべき姿――、と表現するべきだろうか。
しばらく自身を映した後、最後にニヤリと笑みを浮かべた。
そして、再び【私】はセカンダリレベルに意識を落とした。さっきの様な青白い基盤の様な空間ではなく、夜空の下で燃える大地に焼け焦げた人形の残骸が幾多も転がった戦場の景色だ。
その中央で燃え盛る焔をバックに佇む、ショートヘアで裾がギザギザな白いチェスターコートの様なものを着た青髪の女。
幻影である彼女を睨み付ける。
【私】は真っ直ぐ彼女の許へ歩み寄る。
幻影の前に来た時、彼女の口元が僅かに上がった。
【私】は右手を上げ――、
彼女の幻影に向かって押し退けた。
手が触れた箇所から幻影はノイズとなって崩れ、周囲の景色と共に消え去った。
「セラ……フィム……! 」
セカンダリレベルから戻った自分の顔は、今にでも目の前の姿見を割りそうなほどな……憎悪の表情に満ちていた。
そしてそれは、夕食の時間になってマネージャーが電話をしてくるまで続いた。
今回はほぼ一人称視点での話の進行でした。
大体の場合三人称視点で話って進むものが多いので、こういった視点で書くのはすごく新鮮な気がしますね。
【私】という人物はいったい誰なんでしょうね?
(思い切り言動でバレてる)
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第7話:異変
仕事が繁忙期でしたので致し方ないですね。
――R08地区
「う~ん……」
時間は正午過ぎ、雲一つ無い青空。
洗濯物干しや散歩にはちょうど良い天気だ。だが、ギムレットはこんな天気が良いにも関わらず不調であった。
正確には、素体全体の不調ではなく左腕のみにまるでトンカチで叩かれたような鈍痛が走っている状態だ。痛みを感じるようになったのは3日前。最初の方こそジンジンとした痛みだけであり、ここ最近忙しい時が続き睡眠を取る時に左腕を枕にして寝る事が多かった為、そのせいだろうと勝手に自己判断して少しすれば痛みが引くはずだとほったらかしにしていた。
結果、今日までずっと痛みが引かないでいる。
医者……いや彼女は人形だから人形専門の修理屋に行けば良いのだが、IOPや鉄血工造みたいな大企業と提携しているのなら掛かるつもりだが、残念な事にこのR08地区にある修理屋はそういった所と提携していない個人の店なのでギムレット的には信用したくないのだ。
この痛みが関節部とかの摩耗によるものだとしたら仕方なく行っていただろうが、関節部は非常に調子が良く、部品同士が擦れて嫌な音を発していない。何処か別のところに原因がありそうだとギムレットは推測した。
現在はスキンシステムの応用で身体全体を素体の色と同じに表面処理しているが、この地区に来る前、彼女自身が起動し、自身と周囲の状況を把握できる状態になった時点では、この左腕に関しては黒い機械部が露出したままの右腕はおろか、シリコンで覆われた色白の素体でもない幾つもの細かい傷跡が付いたペールオレンジ――。そして、自身の上司であるボスから言われた「大切にしろ」という言葉も何か絡んでいるんじゃないかと疑った。
ただ、今日はどの道痛みだとか、修理屋に行くだとかやっている場合では無い。M200が「久しぶりにお茶でもしませんか? 」と誘ってくれたのだ。M200の方も「野良人形連合」としての任務で忙しく、息抜きでやっていた噴水広場でのギター演奏もしばらく出来なかったようで、ようやく数日前に落ち着いたらしい。
R08地区を始め、R地区周辺はここ1~2週間以内で大きな動きが幾つもあった。
S地区では先々週の初め頃に、複数の基地合同での大規模作戦が展開され、激闘の末に鉄血ボス<デストロイヤー>の敗走&一部施設の奪還に成功。その数日後には同じく鉄血ボス<ウロボロス>を撃破――こちらの作戦は後に「キューブ作戦」と呼称された。
そして先週、先の作戦には参加せず温存されていたジャンシアーヌ、ヒノエ両指揮官主導で逃亡したST AR-15捜索の為、S08地区にてAR小隊と現地でネゲヴ小隊の協力を得て作戦を展開、途中大量の鉄血部隊と鉄血ボス<アルケミスト>の妨害を受けるも、別行動を取っていたM4の活躍によりAR-15は無事発見され、アルケミスト達鉄血部隊もSOPⅡとネゲヴ小隊との連携で撃破に成功した…………、
――が……、
逃亡中に接触した<エルダーブレイン>の気配を察知したAR-15が再び逃亡――、目標討伐の為に同行していたM4とSOPⅡを撒き、さらに合流したM16の説得も空しく振り切られ、エルダーブレインが潜んでいたとされる廃墟ビルごと自爆をしてしまった。
また、別地区でも再起動した別個体の鉄血ボス達の活動によりグリフィン陣営は一進一退の攻防を余儀なくされている状況であった。
R地区では、R02地区で民間人による反グリフィン運動が行われたことで当局との衝突で死傷者が出る事態となり、これ受けてG&K社は「遺憾声明」を発表したが、この運動がもたらした火種は各地に広がり始め、隣03地区、04地区、12地区、15地区の4区域でグリフィン基地前での座り込み抗議や一部施設の占拠等が発生した。
他にも01地区や06地区では反人形団体等による運動も発生はしていたが、いずれも小規模ゆえにすぐに当局に制圧されて大事にはならなかった。
逆にここ08地区は、そういった人類側の反対運動は無かったものの、以前から続いているはぐれ鉄血部隊の処理対応で野良人形連合は忙しかった。
問題なのはT地区のとある場所だ。
6日前、T01地区で【人形狩り】の仕業と思わしき襲撃が起き、当地区で鉄血の掃討に当たっていたグリフィンの部隊が全滅する事件が発生した。基地への通信で襲撃の報が入ったもののその後は途絶え、万が一の事を踏まえ先行でドローンでの現場捜索を行ったが部隊は既に全滅状態であったのと、当区域での異常な濃度の崩壊液汚染の影響で回収を断念せざるを得ない結果となった。
しかし3日前、隣のT04地区の某所にて再び【人形狩り】と思われる災害が発生。その規模は6日前のT01地区の件以上に深刻なもので、なんと地形がごっそり変わり果てる程であったという。また、その現場状況から「何者」かと争ったとみられる形跡も確認され、現在も正規軍やグリフィン以外のPMCが調査・対応に当たっている。ただ、彼らの調査範囲も大部分がイエローゾーンであり、より地形変化の激しいエリアはレッドゾーンとなってしまっている為にごく一部の者のみ立ち入りが許されている状況である。
そして、「我先に……! 」と速報を飛ばせるようにと野次馬紛いの馬鹿共=マスコミはイエローエリアに片足を突っ込むか否かのギリギリの位置で彼らの苦労も知らずにスクープを待っているのみだった
ギムレットの左腕の痛みもその事件の頃だから何かしらの関連性はありそうだったが、彼女は人形狩りと直接会ったことも無いし、現時点での報道でその人形狩りと争った可能性のある「存在」についても身元がはっきり判明していないので推測し難い状況だ。
そもそも、ギムレットはT01およびT04地区で起きた件について何も知らない。
だからこうして、私服姿で街中を歩いている。
M200と待ち合わせしているカフェは南部メインストリートにある。ギムレットが事前に調べた情報によれば、このR08地区に幾つかあるカフェの中でも1,2を争う人気店らしく、予約を取るのが難しいと言われるくらいの人気店のようだ。もちろん予約無しでも入店は出来るが、人気店故に当然ながら大行列が出来る。実際に彼女が閲覧したHP内にも行列に並んでいる人々の写真が掲載されていた。ギムレットもこれを見て「(いや……よく予約取れたな……)」と当初は思ったくらいだ。
鈍い痛みを我慢しながら少し小走り気味に歩いていたからか予定より早く店の付近に着いた。情報通り店外には大勢の行列が並び、その最後尾ではアルバイト人形と思わしき少女がプラカードを持って列の整理を行っていた。
「(あ~あ、せめて人間の男がやってあげなよ……。数か月前の一件を学んでないのかなぁ……? )」
内心そう思いながらギムレットはバイトの少女に軽く声を掛ける。
「ねぇ? 」
「は、はいっ!? 」
「連れが予約していて店内で待ち合わせしてるんだけど、中に入ってもいいの?」
「あっ、御予約の方ですか? でしたらそのまま店内にお入り頂いて、お連れの方と合流をお願いいたします。ご不明な点がございましたら店内従業員にお声かけて頂ければと思います。」
「わかった、ありがとね。」
「いえいえ、良いランチタイムをお過ごしください! 」
彼女の説明を聞いてギムレットは軽く礼を言って店内に入っていく。ドアを開けると内側上方に付けられたドアベルが「カランコロン♪」と心地よく鳴り客の入退店を店内の従業員に知らせる。
「あっ、ギムレットさん。」
「久し振りM200。」
ドアを開けてすぐの待合室ソファーに座っていたM200がギムレットの入店に気付いて声を掛ける。その後に従業員が来たので改めてM200が予約客として手続きしたあと席へ案内してもらった。
案内された所はちょうど大窓からメインストリートが見える席だったが、プライバシー保護の為にブラインドが下ろされていて僅かに外の光が入るくらいだった。
ギムレットとM200は席に着くと、それぞれメニュー表を開きページを捲っては戻したりを繰り返して食べたいものを選んでいく。暫くして互いに頼むものが決まり、ギムレットがテーブル端にあるタブレットに自分の頼むものを入力・確定し、続いてM200が同じように入力・確定してタブレットを元の位置に戻した。
「最近どうですか? 」
「ん~、私自身に限ればあんまり変わった事は無かったかな。周りは結構大変な事になってるらしいけどね。そっちはどう? だいぶお掃除が大変だった様だけど……? 」
「はい。ここだけの話、地区周辺を徘徊している鉄血の数が増えてきていて……。ようやく4日前くらいにほぼ全て殲滅したんですよ。ただ……――」
「ただ? 」
「この地域一帯ではあまり見ない人形が多くなったんです。TACさんのドローンで解析した結果、MGタイプの『ストライカー』、白兵タイプの『ブルート』、装甲持ちの『イージス』、『ニーマム』、『マンティコア』という種類らしいのですが……。」
「何か問題なの? 」
「えぇ、前者2体は別に大した問題では無いのですが、後者の3体については少し違和感が……。――というのも、グローザさん曰く『装甲兵はほとんどが夜間での巡回が多く、昼間からの活動は普通ならあり得ない。』との事らしくて。」
「……あのグローザって人、結構経験豊富なのね……。どおりで初対面で話した時、言葉に中途半端さを感じさせない『重み』があったわけだわ。」
「あはは……、グローザさん……Ots-14は夜戦最強ARと言われるくらいですからね。グリフィンの指揮官達の間では、『彼女を雇用しているか否かで夜戦任務完遂に影響を与える』とまで言われているくらいですから。」
「ふ~ん。」
「お待たせいたしました~。日替わりランチのパンセットとライスセットで~す。」
しばらく話しをしていると明るい声で従業員が食事を持って来た。2人とも同じサラダとチキングリル&ミニハンバーグの日替わりランチを頼んだが、M200はそれにパンとスープのセットを、ギムレットはライス並盛とスープのセットを追加していた。
「ごゆっくりどうぞ~」
従業員が立ち去り、ギムレットとM200はおしぼりで手を拭いてからそれぞれナイフとフォークを飲食用具カゴから取り出してサラダやスープに手を付けていく。ギムレットは口に食物を入れる度に「ん~、美味しっ!」と何度も言ってどんどん食べていくのに対し、M200はギムレットの反応に少し笑いながら、ゆっくりゆっくり味わうようにして食べていた。食事が来てから互いに殆ど会話はせず、ものの15分程でギムレットは食べ終わり、そこから10分後にM200も食べ終わった。
2人が食べ終わった頃には、店内にいた客の殆どが別の客に入れ替わっていたが、それでも店の外にはまだ多くの一般客の列が並んでいた。
「そういえば――」
「ん? 」
「ずっと聞こうと思っていたんですけど、ギムレットさん一体何の仕事してるんですか? 」
「え……? 」
「いやだって、今は違いますけどいつもスーツ姿でいるイメージがあるので……気になっただけです……あの、すみません忘れてください。」
「あ~そういう事ね。まぁ悪い事やってる訳じゃないことは確かだよ。ん~……別に隠す必要も無いしM200になら教えても大丈夫かな~。――私がやってる仕事って、私達の本拠点……ま~S17地区にあるんだけど、そこが元グリフィン管轄の駐屯地でね。ボスがグリフィンの指揮官を辞めたのと同時に土地ごと貰ったらしいの。で、色々人員とか設備を整えるために私が各地区を回って協力者とかを募ったり交渉してるってわけ。私以外にも人はいるんだけど、その人は基地で後方幕僚やってて(基地から)離れられないのよ。うちのボスは<別件>で忙しくて留守にしてることが多いからね……。」
「ちゃんと仕事していたんですね……。」
「言い方酷くない? 」
「いやこのご時世、きっちりとした正装をしていてもその人間や人形が善側だとは限りませんから。ギムレットさんは知っているかは分かりませんが、S地区ではグリフィンに反発している他のPMCや、そこに雇われた民間人形がスーツやドレスに身を包んでグリフィン指揮官や戦術人形・その関係者に接触して拉致・監禁なんて事件もあります。」
「へぇ……、ボスから聞いたことも無かったよ。S17地区やその周辺でもそんな話出回ってなかったし……。」
「それはおそらく、『ある程度治安が良い』か『彼らが近づきたくもない区域』だからだと思いますよ。」
「そっか~。」
ギムレットはM200の言ったことに納得しながらお冷を一口飲んだ。そして無意識にまだ鈍痛が走る左腕を右手で抑えた。幸いM200はその事に気付いてはいない様だが、後から指摘されるのもアレな為、お冷を飲んで「寒気が走った」と誤魔化す様に少し腕を擦る動作をして右手を離した。
すると――、
「うわぁぁっ!!何だあれ!? 」
「警察を!警察を呼ぶんだ! 」
外から人々の悲鳴や警察を呼ぶよう大きく叫ぶ声、物が落ちる音が聞こえてくる。
店内にいたギムレット達含めその場に居た従業員・客も外の騒ぎに何事かと思い、窓側の席の客がブラインドを全部上げてメインストリートの様子を窺った。そこに映ったのは慌ただしく逃げ惑う市民達の姿。逃げながら振り返る人々の視線が斜め上方を向いている事から「それ」は空中に浮遊しているものと判別するのは中にいる者達でも容易だった。
「M200、行くよ! 」
「えっ!? ちょっとギムレットさん!? 」
外の混乱を引き起こしている原因を確認する為にギムレットはM200に声を掛けてから真っ先に席を立って店を後にしてしまった。
「もぅ……! 」
M200は伝票を持って出入口傍のお会計台に伝票と代金を置いて、「ご馳走様でした! 」とだけ言い残してギムレットの後を追うべく店を出ていった。彼女が店外に出ると、さっきまで列を成していた人々の姿は無く、四方八方に逃げ惑う人や、路地裏から顔を少しのぞかせていたり建物の窓から見ていたりする人ばかりで、M200は逃げる人波に逆らいながら歩を進めた。
そしてようやくその波から脱すると、その眼前には背を向けたギムレットと、そのやや上方には上下二連銃が左右に一丁ずつ搭載され、先端部がマゼンタ色をした「<」の文字型の浮遊するメカが5機――その全てがギムレットに銃口を向けている。
「スカウト……! 何でこんな街中に鉄血が……!? 」
平穏だったメインストリートが一触即発の状態となってしまった――。
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第8話:ギムレット①
「スカウト……! 何でこんな街中に鉄血が……!? 」
M200は目の前の敵に驚きを隠せずにいた。これまで自分達が街中から郊外まで仲間のドローンを活用しながら哨戒し、不審な鉄血兵や識別不能な違法ドローンが確認されれば直ぐに撃退して街中への侵入を阻止してきた。
自分達【野良人形連合】として滞在している人形の数は少ない。けれども、それなりに広いR08地区を防衛するにはやるしかなかった。
だが、今日この日を以てその防衛線は破壊された。
たった5機の鉄血機械兵・スカウトによって――。
M200はショックで膝を付いて座り込でしまう。
その姿に振り返ったギムレットが気付く。
「M200、早く皆に連絡を取りな! 」
「でも……! 」
「でももへったくりも無いよ! 君は今銃を持ってない、私も今は対抗手段が無い。警察が来れば多少はマシになるかもしれないけどコイツ等への専門家って訳じゃない。ちゃんとした対抗手段を持つ君達【野良人形連合】がやらなきゃならない『仕事』だ! グズグズしてると後からどんどん来るかもしれないよ!? 解ったらさっさとやる! 」
「わ、分かりました……! 」
ギムレットの喝にM200は立ち上がって少し後ろへ移動してから仲間へ通信を始める。
「こちらM200、南部メインストリート内で鉄血兵スカウト5機侵入! こちらは銃を持っていません、至急応援を要請します! 」
『了解!敵の動向を注視しながら市民の避難誘導を優先してください! 他に誰か協力者はいますか!? 』
「ギムレットさんがいます! 」
『分かりました、彼女と共に到着まで持ち堪えてください! アウト――』
仲間との通信を終えたM200は急いで市民の避難誘導に奔走する。先ずはパニックになって逃げる途中で転倒したと思われる市民達を介抱して建物の陰に一旦移し、その後また表に戻って手を振りながらギムレットを見つめる者達に対して屋内や物陰に隠れるよう指示していく。
一方で5機のスカウトと対峙しているギムレットは相手との睨み合いが続いていた。プライベートな恰好で護身用の銃も携帯していないため、相手が撃ってきた場合同じ射撃での反撃は出来ない。しかし、彼女には別の護身用として「あるもの」が搭載されている。
今はまだ膠着状態だが、何かしらの切っ掛けで膠着状態が破られるのも時間の問題だろう。それと同時にギムレットはM200に指示した時以外ずっとスカウトから目を離していなかった。
そこへ――、
「いたぞ! 」
複数の足音と共に3人の警官が現場に到着した。紺色の制服に「AREA R08 POLICE」と書かれた黒い防弾チョッキを着ており、腰回りには拳銃が収められたホルスター、警棒に手錠と「警察」を名乗る者として最低限の装備はしていた。
先頭に立っているちょび髭を生やしたやや小太りの男が上司だろうか、他の2人に比べ見た目で見る限り歳がいっている風に感じる。対して後ろの若い2人……特に上司の左後ろにいる方は鉄血兵を見るのが初めてなのか、自分の顔ほどもある全長のスカウト群をみてビビっている。しかも、上の指示が出るよりも先に拳銃をホルスターから抜いて構えた。
「(余計な事はしないでよ……? )」
ギムレットはその若い警官がスカウトに向けて銃を構える際、上司ともう一人の若い警官が僅かに遅れて銃を抜いて構える間にハンマーを倒したのを目撃、いつでも撃てる状態を他2人よりもビビりながらも早く完了していた為、「下手に刺激するな」という意味も含めて彼に向って睨み付けた。
だが、当の本人はギムレットに目は行っていない。
その時、1機のスカウトがその警官に正面を向けた。
「ひっ……!? 」
急に機体を自身に向けられた彼は危うく発砲しかける。
だが――、
「落ち着け! 奴はまだこちらに機体を向けただけだ。正対している相手が誰だろうと何だろうと怯むな! それでも警察官か!? 」
「主任の言う通りだ。先ずは冷静になれ、ゆっくりと距離と視線を保ちながら配置に付け。――そこの青髪のお嬢さん、後は我々に任せその場から離れて頂きたい。」
「…………。」
ビビりの警官に対し、小太りのちょび髭男が喝を入れる。さらに続けてもう一人の若い男が冷静に戒めるように諭す。また、ギムレットに対してもその場から離れるよう指示をした。
冷静な若い男が小太りの男を「主任」と呼んだあたり、小太りの男は「主任巡査」、冷静な若い男の方は言動から考えるとビビりの警官と同じか1つ上くらいの階級なのかもしれない。
ギムレットは両手を上げながら言われたとおりにスカウト達の前から後退った。
その時、別のスカウト1機が思いもよらぬ行動を起こした。
「!? 」
ギムレットの反応が遅れた。そのスカウトは素早い動きで彼女のすぐ脇を掠めるように移動、その移動先には例のビビり警官。彼に向かって急接近していく……!
「う、うわぁぁぁぁっ!! 」
パアァン!!
乾いた銃声が街中に響き渡る。
ついに恐怖心によってプッツンしてしまった彼が発砲してしまった。だが、弾丸は動きの素早いスカウトに当たるはずもなく、射線上にあった建物の壁に弾痕を残した。
「はぁっ……はぁ…っ……」
極限状態に陥った彼はもはや理性を失っている。そんな状態でさらに次弾を撃とうとハンマーに指を掛けて倒そうとする。
「落ち着けぇ! 」「止めろ巡査ぁ! 」
「はぁっ……しに…死にたくない……」
必死に呼び掛ける同僚の声にも反応せず、ただただ死ぬかもしれないという恐怖に怯え、震えながらもハンマーを倒しきり、ふよふよと浮いているスカウトに銃口を向ける。
そしてそのままトリガーに右人差し指を掛けた。
その時!
ドカッ!
「ぐあっ……!? 」
彼の身体が突き飛ばされ拳銃が両手から離れた。
ギムレットが彼を横から突き飛ばしたのだ。
「余計な事を……! このバカタレが! 」
そう突き飛ばした彼に罵声を浴びせ、彼女はそのまま飛び込み前転をしながら素早く落ちた拳銃を左手で拾った!
「か、返せ……! 返せよっ! 俺が……殺されてもいいのかよ……!? 」
(カチン)
一歩間違えれば遠くから状況を見守っている市民や同僚の警官、避難誘導していたM200にまで危害が及ぶ所だったにも関わらず、自身の命の保身だけに「(取り上げた拳銃を)返せ」と叫ぶこの男にギムレットは怒りを露わにし、彼にその取り上げた拳銃の銃口を向けた。
「ひっ……!? 」
「そんなに命が惜しいのなら何で警察官になったのさ? スカウトに撃った弾、あの先にもし市民がいたらどうする? あんたが見慣れない鉄血の機械兵にビビるのも自衛に走るのも勝手さ。だけど冷静さを失って『死にたくねぇ』という自己中な考えで面倒事を増やすなよ! 優先順位も判らねえ人間が警察を名乗るな! こいつ等の相手はちゃんと実戦経験のある私がやる。そこで黙って見てな! 」
「……! 」
突き放すような強い口調で彼に説教をし、そのまま振り返って再びスカウト達と正対する。そして右手に拳銃を持ち替えると……――、
[
電子音声と共に、今握っている拳銃の情報がギムレットの電脳内に流れ込み、それらが全てインプットされた。
「(SP2022……使ってるのは.40S&W弾の方か。装弾数は……あのおバカさんが撃った分を含めて13、残り12発分。1発、いや2発で正確に当てれば余裕はあるかな……。それにしても、R08地区の警察組織は独特だとは聞いていたけど本当にその通りだね。さてと、コイツを持ったからには、きっちり『仕事』をしないとね。)」
【緊急烙印】の意味が示した通り、1秒にも満たない速度で全ての情報を処理し終えたギムレット。
左手をグリップの底面に添え、SP2022を顔のやや側面に構えてゆっくりと建物を背にするような位置に移動、スカウト達もギムレットの動きに合わせて向きを変えたため、これで彼女以外の者への被害は一応避けられる形となった。既にハンマーは倒されているからいつでも撃てる。
すると、さっきビビり警官に突撃していたスカウトが彼女に向かってくる。
パァン!
ギムレットは慌てず動かず、冷静に正確にそのスカウトの本体部分に一発撃ちこんでいく――、ショートし機能停止して地面に落下すると、それまで浮遊して待機していた残りの4機がギムレットを「脅威」と認識したのか、一斉に機敏な動きに変わって襲い掛かる。
「さぁ……掛かっておいで! ガツンと強いのをお見舞いしてあげるよ! 」
残ったスカウト達の一斉射をあちらに負けないくらいの速さで前転回避し、向こうが振り返る前に次の動作を完了させ、そのまま一番近い奴を追加で仕留める。
ここまでは順調だ。
下級メカとはいえ、鉄血側のAIにしっかりとした学習プログラムが搭載されているならば、2体落とされた時点での彼女の動きを学習し、残った機体達で連携を始めてくるはず。そうなれば、ここからはたとえスカウトでも油断は禁物になるだろう。
そしてその読みは見事に的中する。
様子見と小手調べのつもりでやってきたであろう動きが、まるで嘘のように連携の取れた動きに変わった。おそらく生き残っている個体のどれかがMFでギムレットの動きを学習、ダミーである残りの機体と同期して情報共有したのだろう。
どれがMFなのかを悟られないように出鱈目な動きをして攪乱させてくる。
「チッ……、ようやく本番? 本気になるのが遅いんじゃない? 」
既に撃破された相手のダミーを蹴っ飛ばして退かす。
「(あぁもう、ボスのやつ『あの時』以降変なリミッター掛けてくれちゃってさぁ……! お陰で全部相手にする羽目になってるっての! あれさえあればMFの看破なんて楽勝に出来るのに! )」
心の中で自分の上司に対して悪態をつきながら、スカウト3機の攻撃を回避していく。それでも冷静かつ慎重に相手の動きをよく観察し、MFとダミーを見分けようとする。
「す、すごい……。」
M200はそれ以外の言葉を出せなかった。
「…………。」「…………。」
「……一体、彼女は何者なんだ……? 」
警察官達も彼女の戦いにただ驚きを隠せずにいた。
そんな彼・彼女達を後目にギムレットは戦闘を続ける。相変わらず相手側の攻撃は絶え間なく来るが、それらを余裕で躱し、相手の隙を見極める。
すると1機が足下を掠めるようにして移動してきた。当然それを見逃すはずもなく、彼女は完全に抜ける前に素早くトリガーを引いて発砲。本体には当たらなかったものの左サイドに搭載されていた二連銃の破壊には成功。左右のバランスを失いふらふらと上昇しようとするその機体にさらに追撃して完全に沈黙させる。
それでも他2機は機敏に動いていたから、どうやらコイツもダミー機のようだ。
「チッ……。」
舌打ちしながらも次の為にハンマーを倒す。
自分が銃を使用してから消費した弾は計4発。残りは8発、順調且つ余裕が残るがまだ油断は出来ない。
残り2機――、単純な確率で言えば50%。
だが、今日は運の悪い方を引きそうだ。
折角の休日、まだまだあったM200との再会と交流を楽しむ時間を潰され、おまけにまた左腕に鈍痛が走り始めた。
護身用に搭載されている「あるもの」を使ってもいいが、そうすると余計な事を引き起こしかねないので使用は却下。
頼れるのは特殊なものを使わなかったこれまでの戦闘経験のみ。
その時、自身の視界にある違和感を覚えた。
「あれ? 」
目の前に浮かぶのはたった1体のスカウト。
もう1体がいない。
辺りを見回してもそれらしい影も形も見えない。念のためM200や警察官達に目をやるが、皆が首を振って消えたスカウトの行方を追えてなかった。
しまった……!
ギムレットは今初めて自分が足下を通過しようとしたダミー機の撃破に気を取られ、他の2機の動きを把握するのが遅れたと気付く。
「くそっ! やらかした……! 」
自身の不甲斐無さに怒りを滲ませる。だが、感情を露わにしたところで状況が変わる訳でもない。もしかしたら、今残っているこの機体こそがMFかもしれない。それに賭けてギムレットは体勢を整える。
丁度その直後、M200の許へ――、
「M200、状況は? 」
「あっ、グローザさん! 今、あそこでギムレットさんが戦闘中です。ですが、スカウト1機を見失ってしまったらしく……。」
「見失った!? どういう事? 」
「ギムレットさんが足下を通過しようとしたスカウトを破壊した直後、ギムレットさんを壁にする形で裏に回ろうとしたスカウトがいたんです。でも、僕達やギムレットさんの死角に入ったそのスカウトが姿を現すことはありませんでした。」
「そう……。」
M200の応援要請から20分経ってようやく駆け付けたグローザことOTs-14。彼女から状況を訊き、ギムレットの方を見る。地面に転がっている3機のスカウトを見て――。
「(ハンドガン一丁であの動き……、以前会った時に只者じゃないとは思っていたけれど、それを遥かに超えているわね。うちのハンドガン人形にも経験豊富な子達はいるけど、あの子達には出来ない動きね。まるで……鉄血の『ハンター』みたいな動き……。)」
グローザは半分訝しむような眼でその戦いを見ていた。
一方、ギムレットは目の前のスカウトの動きに翻弄されかけていた。少し焦りが出てきたのか冷静な対処がしにくくなってきた。
パァン!
チュイン……!
ギムレットが撃った弾は僅かにスカウトの足の様に見える部分を掠めた。少しだけ本体が傾いたもののすぐに持ち直して自慢の機動力でさらにギムレットを翻弄、その合間合間に射撃をして彼女の隙を大きくしようとする。
パァン!
チュイン……!
パァン!
チュイン……!
2発目、3発目と撃つもそれらはスカウトの本体を掠めるだけに止まり、有効な決定打を与えられずに苦戦する。
しかし、決してそれは無駄撃ちにはならなかった。
カスダメでもやはり機械も損傷というものには嘘を吐けないようだ。1発目が掠った時はすぐに持ち直して素早い動きを継続していたが、その後の掠り弾が何処かの伝達系に損傷を与えたのか、先程までの機動力が失われつつあった。
それを見たギムレットは弱くなった動きに合わせて止めの一発を発射。完全に本体部分を捕らえ破壊、ガシャン! と地面に落下した。
「やった……!」
「すげぇ……。」
戦いの一部始終を見ていた警官達は歓喜する。M200とグローザも少しだけ安堵した表情を浮かべた。
ギムレットは直ぐに撃破したスカウトの許へ駆け寄り、その機体に触れた。
だが……、
「!? 」
機体の違和感を察知すると、直ぐに立ち上がって辺りを警戒した。
「「「「「……!?」」」」」
彼女の反応を見た5人がビクッとする。
やはり、まだ終わっていなかった。
ギムレットが最後に撃破したスカウトもダミーだった。これで先程消えた1機がMFである事が判明した瞬間だった。
キィィィィィン
小さな駆動音と共に最後のスカウトが再び姿を現した。
「なるほどね……。」
ギムレットはすべて理解したという表情で呟いた。
グローザも念のために自身の半身である実銃を構える。
最後のスカウトは先ずは牽制とばかりに攻撃を仕掛ける。そしてすぐに移動して別の角度から射撃、さらに移動してまた別の角度からの射撃を繰り返していく。
ギムレットも負けじとそれに一個一個対応していき、移動先を予測しながらその先に銃を向け、「いつでもお前を仕留められる」という意思表示をしていく。
その攻防が何度も繰り返された所で状況が動いた。
スカウトがギムレットの正面に留まった。
「ようやく観念? なら、遠慮なく終わりにさせてもらうよ。」
そう言ってハンマーを倒し、しっかりと照準を合わせ……パァン!
乾いた銃声が響く。
しかし……!
その弾丸が届く前にスカウトがまた姿を消し、弾はその正面の建物の壁に命中した。
「なっ……!? 」
流石のギムレットも驚愕した。また奴の罠にはまってしまった。
そしてまた何処かに姿を現している筈だと思いながら辺りを見回していく。
その時――、
「後ろよ、伏せて! 」
「!? 」
タタタッ……!
ガガガッ! ガシャァン……!
グローザの声が聞こえ、その通りに伏せると、連続した射撃音と命中音、そして物体が地面に落ちた音が順に耳の中に入ってきた。
ギムレットが顔を上げ、自身の後ろの足下を見ると、そこには複数の弾痕が命中した最後のスカウトの残骸が落ちていた。
「ふぅ……。」
「間一髪だったわね。」
「助かったよ……グローザさん。」
「白々しい呼び方はやめて頂戴。」
「あはは……。」
歩み寄ってきたグローザに礼を言い、少し言葉を交わす。
ギムレットとスカウトの戦いはこれで終わった……。
一番銃の描写に苦戦した……(あと警察)。
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第9話:ギムレット②
――R08地区・南部メインストリート
5機のスカウトとの戦闘が終わり、段々と建物から避難していた市民達が出てくる。
ギムレットはグローザ、M200との話を終えると、借りたSP2022を(今回の騒動を余計に拗らせてくれた)例の警官に返却し、グローザが最後に撃破してくれたスカウト(MF)の所まで戻り、何やら調べ始めた。
駆け付けてきた警官達の方は、主任であるちょび髭小太り男の指示の下、スカウトが現れた当時の状況等を詳しく聞き込みをしていた。さっきまでスカウトにビビり、ギムレットに恫喝された若い警官も、ようやく落ち着いて本職を全うしている。
それからしばらくして、警察が目撃者からの聞き込みが終わったその時――、
「どういう事だよ! 鉄血の奴らはあんたら【戦術人形】が街の外で倒してくれるんじゃなかったのかよ!? 」
「そうよ! どうしてあんな物が街の中に入って来ているのよ!? 」
「「「そうだそうだ! 」」」
「っ………! 」
「市民の皆さん落ち着いてください……! 」
「駆けつけておいて何も出来なかった警察は黙っていろ! 」
「役立たず! 」
「お前らこそ戦術人形任せにしていて恥ずかしくねえのか!? 」
「くっ……。」
最悪の展開になってきた。今まで街の郊外までで鉄血兵の進行を食い止めていただけに、今回の失態によりそれ担当していた【野良人形連合】のM200もグローザも顔をしかめながらも言葉を返せずにいた。
さらに、彼女達へのヘイトを抑えようと止めに入った警察も、市民からの通報で現場に駆けつけておきながら、警官としてあるまじき失態を犯した者、また戦闘経験があるとはいえ今は一般市民として過ごしているギムレットに拳銃を取られてその後の戦闘を黙って見ていた、など本来こういった事態を処理しなければならない側としての責任を追及される形で市民達から猛反発・猛抗議を受けてしまった。
もっとも警察側に対しては本当に擁護する気が起きないほど醜態をさらしてくれた奴がいたわけだし、市民の怒りと落胆をぶつけられても仕方ない。
問題は【野良人形連合】の方――。
流石に警戒不足だったとはいえ、ここまで詰め寄られてるのは可哀想だと思い、ギムレットはスカウトの残骸を持って市民達の対応をしているM200達の所へ向かった。
――一方、市民達に詰め寄られ、その対応に追われているM200とグローザは……。
「何とか言ったらどうなんだ!? 何で鉄血の奴らが街中に侵入したんだ!? 」
「本当に貴女達は処理をしているの!? 」
「また、俺達に『あの日』の悪夢を見せるつもりなのか!? 」
「うっ……どうすれば……。」
「どうする事もで出来ないわ……。私達だってその原因が判らないもの……。」
怒号と失望の抗議が彼女達の聴覚システムに騒音レベルのエラーを吐かせる程にまで達する。外からの劈くような声とシステムからの警告音によって頭が焼き切れそうになる。
あれから数ヶ月経ったとはいえ、大切な人・物を喪った経験がある市民、そうでない市民――鉄血がもたらした恐怖、大切なものを奪われた悲しみそして怒りは今残されたR08地区の市民にとって忘れ難き出来事である。今回の騒動で、あのような出来事がもしかしたらまた起きるのかもしれないという不安とストレスからくるその声は、彼女達に大きな責任として叩き付けられた。
「まぁ、皆さん、一度怒りを鎮めて落ち着いて。先程起きた騒動は私の方から説明するからさ。」
場の空気を読めてない軽い口調でギムレットはスカウトの残骸を片手にM200達の背後からやって来て、怒りに満ちた市民達を宥める。
「ギ、ギムレットさん……? 」
「あんたは、さっき戦っていた……。」
「初めまして、私はこの地区で仕事をしているギムレット。先ずは順を追って話をしたいから、最初にこの鉄血機械メカ『スカウト』を目撃した人はこの場に居る? 」
落ち着いた口調でギムレットは市民達に自己紹介をすると、最初の目撃者に名乗り出るよう要請した。すると――、
「最初に見たのは俺だ。」
細マッチョな体型の茶髪の男性が密集している皆をかき分けながらギムレットの前に名乗り出てきた。
「出てくれてありがとう。では最初に貴方は何処でコイツを目撃したの?」
「そこの建物の屋上からゆっくり落下してくる所を見たんだ。この辺りは民間用ドローンを作ってる小さな製作所が幾つかあるからな。はっきり姿を確認するまでは、どっかの製作所が試験的に動かしてるもんだと思ってた。そしたらこんな事になっちまった。」
「なるほど。因みにここの建物に業者は? 」
「いや、何年も前から空き物件の筈だが? 」
「分かったわ、どうもありがとう。」
目撃者の男性の証言を訊くと同時に、ギムレットは男性が嘘を吐いていないかどうかを確かめるために、自身に搭載されている嘘発見システムを密かに起動し、同時並行して調べる。話を聞き終えるまでの間、彼は嘘を吐いていない事が判り、この証言は信憑性アリと判断した。
それを踏まえた上で、彼女は市民達への説明を始めた。
「さっきまで皆が騒いでいる間、私はこの機体を解析していたけど、結果この機械メカはS地区のとある鉄血製造工場で製造された個体だという事が判った。しかし残念だけど、この個体はその工場で起動しこのR08地区に来訪したという記録はなかった。」
「「えっ? 」」(ザワザワ…
「? どういう事?」
ギムレットの説明した内容に疑問を持ったグローザが質問した。
「このスカウトは『人為的に持ち込まれたもの』という事。ダミーを含めてね。そしてここで起動させられた。起動するまでは貴方達のセンサーには一切反応しないから、TACさんのドローンでも発見は出来なかったかもね。」
「じゃあ、一時的に消えていたのは? 」
「あれはステルス機能が搭載されていたみたい。まぁ、これも起動するまでは使えない設定のようだね。だから『私達が見失った』と錯覚したんだ。」
「つまり俺達が普通に過ごしている間に誰かが、そのよくわからん機械を持ち込んだっていうのか!? 」
「現状はね。ただ、今ここにいる皆で犯人捜しをするのは得策じゃない。R08地区はこの市街だけでもそれなりに広い地域だし、他地区からの出入りも多い。この騒動を起こして直ぐに街の外に出ている可能性も否定は出来ないから、今はそういう気持ちを抑えて欲しい。」
「じゃあどう対処するんだ! 」
「このまま有耶無耶なままでいたら私達の生活がまた危うくなるわ! 」
また市民達の怒号が始まる。
「『落ち着け』……、さっきそう言ったよね……? 」
「……!? 」
声色を低くし、彼らを睨み付けながらギムレットは一言放つ。
その威圧感で再びその場が静かになった。
「さて、静かになった事だし、この後の事でも話しておこうか。」
「この後……って、俺達はどうしろっていうんだ? こんな事起きてまたいつも通り平静を保ちながら生活しろって言うのか? 」
「平穏と命を守りたかったらさっさとこの地区から出てグリーンエリアへの永住パスポートでも取得するんだね。コーラップス汚染で世界の半分以上が住みにくい地域になったうえに、人類に反旗を翻した鉄血工造、そしてE.L.I.D.……。どこ行ったって安全なんて場所も保証も無い。そんなもの100年も200年も前からずっと繰り返し言われてきた事じゃないか。」
静かに現実を突き付ける。
「今回の件の後始末は、私と彼女達【野良人形連合】、そして警察とで処理する。そして侵入原因等について判明したら警察を通じて街全体に周知、さらに、不審な荷物を持っている者を目撃したら通報するよう伝達もしてもらう。貴方方は正確な情報が出るまで、なるべくこの件を知らないであろう他区域に住む市民達への余計な話や噂を流さないようにしてほしい。もし何か訊かれたらうまく誤魔化してもらいたい。――少なくとも、今我々が出来る事はこれくらいだから。じゃ、一度この場は全員解散。」
ギムレットは今後の話を簡単に伝え、彼らに現場から離れるよう指示した。
彼女の話を聞いた市民達は、納得と不満が入り混じった表情をしつつもその後の解散指示に従って一人、また一人とその場から散開していった。
今残っているのはギムレットと、M200、グローザ、そして警察官3人だけとなり、ようやく真面な話が出来そうな状況になった。だが、暫く沈黙が続いた。
「それで? 一旦事態を収めるのは良いけど、貴女これから何をどうするつもり? 」
最初に沈黙を破ったのはグローザだった。
懐疑的な目でギムレットを見て今後の見通しを訊ねる。ギムレットもまた、彼女からの質問に対し、少し間をおいてから口を開く。
「何って、さっき市民の皆さんに説明した通りだけど? それとも、私が『まだ何か隠しているんじゃないか? 』って言いたいわけ? 」
「えぇ、まぁ否定はしないわ。」
「全く以てその通りだよ。でも今ここで話す内容じゃない。そんな事より……、あんたら何時までそこで突っ立てるのさ? 可愛い可愛いお人形さんの立ち話盗み聞きしてる暇あるんだったら、警察らしい仕事しなさいよ。ほら、そこの建物の屋上調べるとか、怪しい業者調べるとかさぁ~? 誰のお陰で被害を最小限に抑えられたと思ってんのよ? 」
「ぐっ……わ、わかった。すぐに捜査を開始する……、行くぞお前達。」
グローザの質問に答えつつ、さらに警察官の彼らに嫌味ったらしく文句を言い放つ。主任と呼ばれていたちょび髭の男は眉間にシワを寄せていたが、何か反論をする事も無く素直に部下を引き連れて、先程の市民男性が証言していた無人となっている建物の中へ入って行った。
「……私達も行こう。ここでは話せない内容もある。場所は……、君達の拠点でもいいよね? 」
「え、えぇ……。」
ギムレットは彼らが建物の中に入って行くのを見届けると、そのままグローザとM200の肩をポンッと軽く叩いてそう言葉を掛けてその場を後にする。
そんな彼女を追い掛ける形でグローザ達もその場から離れた――。
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――30分後
――【野良人形連合】拠点ホテル
スカウト遭遇&撃破現場から戻って来たグローザとM200、そして話し合いの場として此処を指定したギムレットが丸テーブルを囲んで座っている。そこから少し離れた位置のテーブル席でTAC-50とIWS2000をはじめとする他の人形達がギムレットが回収したスカウトの残骸を見ていた。
「ステルス機能持ち……また厄介な性能持ったのが出てきたわね……。ただでさえ夜戦任務で遭遇する個体ですら厄介なのに……。」
「消えるとなると、流石にあたしの焼夷手榴弾でも仕留められないかな……。」
「もぅ! Vectorはすぐ焼き払う思考に持っていかないで! 」
「冗談なのに? 」
「冗談でも! 」
「私は誰が来ても構いませんけどね。敵を皆殺しに出来るなら何でもいいですよ…。」
動かないスカウトの期待を前に、真面目に考える者、笑えない冗談を言う者、サイコパスな発言をする者――。
そんな彼女達を後目に、グローザ達はコーヒーを飲みながら先程の件について話し合いを始める。
「さっき訊いた事だけど、あの現場で話せない事って何? 」
「うん、あのスカウトが製造された工場の事なんだけどね……。」
「工場? S地区のどこかにあるって言っていたあの工場がどうかしたのかしら? 」
「…………あのスカウトーー、例の『大規模襲撃』に動員されてた鉄血人形達と同じ工場で作られた奴だったんだよね……。」
「「えっ!? 」」
ギムレットの口から出た言葉にグローザとM200が揃って驚く。
「M200の紹介で初めて君と対面して情報交換した時の事覚えてる? 」
「えっと、『襲撃事件に乱入した【例の人形】の正体が同じ鉄血人形だった」……とかの話をした時の事よね? 」
「そう。あの事件当時も幾つかの鉄血人形をスキャンして何処から来たのか? ってのを調べてたんだけどね。今回のも同じ工場のシリアル番号が記録されていた。具体的な座標までは今回も特定できなかったけど、今日この日までに出てきているニュースやラジオでグリフィンが新たに鉄血工場を破壊・制圧した報道が全然無い事を考えると、まだその工場はグリフィンが把握してないか、把握済みで作戦を実行しているが中々制圧できない状況下にある、のどちらかだと思うんだ。」
「前者は解るけど、後者は流石に今のグリフィンの活躍からしてそこまで苦戦を強いられる程じゃないでしょう? 」
「どうかな……。前に話した識別偽造に加え、あんな偵察用の下位機械兵にまでステルス機能を搭載させるくらいだ。それにうちのボスから聞いた話によれば、強化された鉄血ボスや強力な固定砲台の存在も確認されているらしいし。まぁ、工場や兵器なんて今の時代いくらでも表面とか性能は騙せるからね。だから偶に軍とかPMCと繋がりの全くない弱小企業とかが保有してて問題になった事件も出てくるくらいだし。」
「……………。」
「……………。」
グローザもM200はギムレットの話にポカーンと口を半開きにしたまま言葉を失ってしまう。
「あれ……? 私なんか不味い事言ったかな? 」
「あ、いやそういう訳じゃなくて……。」
「グリフィンの所属じゃないから、考えがそこまで頭が回らなかっただけよ。ただ――」
「ただ? 」
「グリフィンが該当の工場を制圧完了しているならば、何者かがスカウト以外の鉄血残党を非起動状態か見た目を偽ってR08地区を含めた周辺地区に流している可能性が高いし、工場制圧が終わっていないのならまだ其処から脅威は出続いている事になるわ。」
「そういう事になるね~。」
バンッ!
「『そういう事になるね~』って、貴女どうしてそんなに呑気に言うのよ? 人命が掛かっているのよ!? 今回の件も市民が死傷してもおかしくはない状況だったのかもしれないのよ!? 」
へらへらとしたギムレットの態度にグローザは机を叩いて強い口調で非難した。彼女が机を叩いた事で、スカウトの残骸を見ていた他のメンバーが驚いてそっちの方を見る。普段冷静な振る舞いをしていたグローザが感情を露わにして怒っている事が、それを見た連合内の彼女達にとって非常に珍しかったからだ。
しかし、ギムレットの方も詰め寄るグローザを前にその態度を崩さない。
「今回の件で『人命が失われる確率』は限りなく0に近かった。」
「何の根拠が……!? 」
「根拠は私だ。――あのスカウトがもし、人の命を奪う目的で起動させられたのであれば、私とM200が悲鳴を聞いて店外に出るまでの間に犠牲者がいてもおかしくない。私が奴らの前に立ちはだかった時も私を『攻撃対象』として仕掛けてくる事はなかった。後から来た警察の時もそうだ。ビビり散らかす警官に対して高い機動力を活かした急接近だけで攻撃に転じていない。命を奪うなら接近してそのままヘッドショット喰らわす筈さ。」
「それは僕も同じ意見です。」
「M200……。」
「もちろん、ギムレットさんの推測が全て正しいとは言い切れません。けど、今日の事件をほぼ最初から見た側としては彼女の推測通りだと思います。僕が市民の避難誘導に当たっていた時、スカウトはずっとギムレットさんを観察する様にじっと動かず、僕や市民達には目もくれていませんでしたから。」
ギムレットの話に続けてM200がその当事者としてフォローを入れる。
そんなM200にグローザは「はぁ…」と小さな溜息を吐く。
「分かったわ。現場の一部始終を見てきた貴女達の事は信じるわ。私が来た時には既に交戦状態だったからそれ以前の出来事なんて判らないし、口出しする資格なんてない。ただギムレット、貴女に一つ忠告しておくわ。その軽い態度を改めないと、取り返しのつかない後悔をすることになるわよ。」
そう言ってグローザは席を外し2階へ行ってしまった。
「後悔……か……。」
彼女の忠告にギムレットが呟く。
そして自身も席を立って「また今度来るよ」と言い残して建物を後にした――。
外はすっかり日没の時間。空は紺色と紫色のグラデーションにやや薄灰色の雲とその隙間から幽かに星明りが見える。
建物の明かりに照らされたメインストリートを歩きながら、ギムレットはその夜空を見上げる。
「後悔なんて、とっくにしてるよ……。」
彼女の電脳裏には爆炎が広がっていた――。
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第10話:同行と言う名の監視
と言う訳で本編どうぞ!。
ピー、ピー、ピー……
ピー、ピー、ピー……
ピー、ピー、ピー……
壁面の巨大モニターの明かりだけが煌々と輝く薄暗い部屋で、通信音が鳴り響く。
そのモニターの前に置かれた背もたれを倒したゲーミングチェア風の椅子から、むくりと人影が起き上がる。
そして、モニター下部の操作機器にある内の1つボタンを押して応答した。
『貴官にしては遅い応答だったな。』
「ヘリアンか……、何の用だ? 」
モニターにグリフィンのヘリアントス上級代行官の映像が映し出され、受話器を模した通話中マークと「LIVE」の赤文字が添えられている。
『なんだ? 随分と不機嫌そうな様子だが? 』
「あぁ、物凄く不機嫌だ。うちの大事な部下を傷付けられたものでね。」
『まさかとは思うが、【人形狩り】と接触したのか? 』
「そうだが? 」
『そうか……、では日を改めた方が良いか? 』
「いいや……構わない。幸い部下の損傷は軽微なものだ。寧ろデカい損失は私の方だがな。――それで? 要件は何だ? 」
『実は、近日中に行われるグリフィンの召集会議の警備を依頼したい。』
「警備? 」
『そうだ。前回、グリフィン管轄地域にある巨大地下施設が鉄血によって襲撃された事件を知っているとは思うが、今回はごく普通の地上施設での会議となる。当然ながら鉄血はもちろんの事、我々によろしくない団体の襲撃もあり得る。当日は業務提携している2つのPMC各社にも協力を要請しているが、「念には念を」だ。元グリフィン指揮官とはいえ貴女の協力……その【力】を借りたいのだ。これは、クルーガーさんからの頼みでもある。』
「…………内容は理解したが、うちはまだそこまで大きな組織でも、真面な戦力も少ない。それに私のこの力が必要と言うに、余程その会議では鉄血や反団体が狙う、もしくは不都合な議題が上がるって解釈で受け取るが? 」
『そう捉えてもらっても構わない。』
「……わかった。出来る限りの事はしよう。」
『協力感謝する。日時が確定し次第、そちらに座標を送らせてもらう。心身共に疲弊中の中済まなかった、当日再会できる事を楽しみにしている。』
「あぁ、私もだ。」
プツン……。
「ふぅ…まったく。ようやく基地の設備も充実してきたってのに、立て続けに面倒事が来るなんてねぇ……。年寄りに休ませる時間は無いのかねぇ……。ま、いいけどさ。」
そう愚痴ると、その影はまた椅子に深くもたれ掛かった――。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
――R08地区
深夜――。
街の明かりがほとんど消え、静寂と不安・恐怖が寝ている市民達の精神を蝕んでいる中、ギムレットは自身が寝泊まりしているホテルの屋上に居た。
傍らにはジュラルミンケースが一つ置かれ、彼女はそれを横に倒し、取っ手両側のロックを外してケースを開いた。
その中には拳銃……とは言い難いほどの銃とそれに付けるであろうアタッチメントらしき物、そしてその横には青いラインと鳥のような絵が描かれた高さ10cm程の筒状の物体……カプセルが入っていた。ギムレットはそれを手に取るとケースを閉め、それを地面に置いて上面の黒い薄べったいボタンを押して起動させた。直後、薄緑色のホログラムディスプレイが展開され、彼女はそのディスプレイを慣れた手つきで操作し、最後に現れた青色のディスプレイに表示された[Enter]の文字をタッチすると全てのディスプレイが消え、カプセルが仄かに発光した。
すると、キィーン…という小さな音と共に青白い光が本体を包み込み「何か」を出現させた。その後音と光は消え、上には胴体がはみ出るくらいの大きさを持った上面が青い羽毛の鳥が乗っかっていた。
「無事転送完了……。さて、昼間の件に手と口出ししたからには、こっちもちゃんと仕事しないとね。」
そう言いながら現れた鳥の頭頂部を人差し指で軽く叩く。
すると……――、
フィ~ン………、ピィロロロ…チチッ。
起動音と囀りが小さく鳴り、閉じていた瞼が開いてゆっくりと立ち上がる。ギムレットはその鳥の右足に小さな発信機を取り付け、そっと鳥を右手に乗せる。。
「鳥型ドローン『ルリビタキ』――、今夜の夜間哨戒はキミに任せるよ。暗視設定、バッテリー残量もよし。さぁ……行っておいで! 」
空に向かってルリビタキを送り出すと、そのまま彼方遠くへ飛び去って行き完全に闇夜に紛れて視認不可となった。バッテリーはフルの状態からゼロになるまで最大96時間は飛行・陸上での活動が出来る。また、電線や電気が通っている物体に留まる事で脚部から充電を行える設計の為、活動地域によってはバッテリー残量を気にする必要が無い。
(もちろん、その逆ならばその地域では最大の96時間分しか活動できない事になる。)
偵察に飛ばしたルリビタキは朝までR08地区とその周辺を周り、地上で怪しい動きをしている団体や個人を捜し出す。その際、怪しいと判断されたものはリアルタイムでギムレットの端末に座標と2分程度の映像が送られる様になっている。
一通り作業を終えると彼女は持って来た荷物を手に取って屋上を後にし、朝に偵察を終えたルリビタキが入れるよう自室の小窓を開けてゆっくりとくつろぐのだった。
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――7時間後
ピィロロロ…チチッ……
「んっ……。」
小鳥の囀る声でスリープモードが解除される。掛け布団も使わずそのままベッドの上で休眠していたギムレットは目を擦りながら身体を起こした。
窓を見ると偵察から戻って来たルリビタキが上機嫌に囀っている。枕元に置いていた端末に何もアラートメッセージが出ていない。つまり、日付が変わった深夜から未明・明け方まで、偵察を行った時間中に怪しい動きをした団体や個人は発見されなかったようだ。
これを安心して良いのか、それとも何か尻尾を掴めなかった残念な結果として捉えるべきか……。ギムレットは頬杖を付いて「はぁ…」と落胆と安堵が混じった何とも言えない溜息を吐いた。
しばらく考え事をした後、ジュラルミンケースからカプセルを取り出してルリビタキをまたホログラムディスプレイで操作、転送して収納した。
ギムレットは転送作業を終えると、ベッドから出て着替えを済ませて朝食を取りに向かった。
――同時刻
ちょうど同じ頃、南部メインストリートを少し抜けた先――。
以前ギムレットがIOPの代表者と面会をしていたホテルの一室では、エリーヴァがタブレットで再生した映像を観ていた。画面はとある人物を映したところで一時停止されており、その映っている人物をまじまじと見る形で彼女は固まっていた。
「どこかで見た感じがしますわ……。」
そう呟くと、動画のシークバーを少し先に送って、ギムレットがその場しのぎで使ったSP2022を持っているシーンに切り替わり、そこから再生する。
その映像は視点から、昨日同ストリート内で騒動を起こしたスカウト――あの機体が撮影したと思われる映像だった。
「かなり戦闘慣れしていらっしゃいますわね。でも私が知っている人物とは少し異なりますわ……。まぁ、世の中には『自分と同じ顔が4人はいる』と言いますし、彼女もその類なのでしょう。もっとも、人形であれば空似どころか全く同じ容姿ではありますけど……ふふっ。」
エリーヴァはラフな格好で寛ぎながらも、紫紺の眼を輝かせながらどこか楽しんでいるような表情でその映像を眺めていた。
しばらくは役者の仕事が無い。その為、マネージャーにも休暇を取らせた。あらゆる面において彼には自身が女優として活動を始めた時から世話になっていた。プライベートな時間を除いて今まで大きな負担ばかり掛けてしまっただろう。
だからこそ、仕事を忘れてもらいたい思いと労いを込めて休んでもらった。
そして、もうすぐそんな彼の負担も少なくなる。
永遠に……――。
エリーヴァは天井を見つめながら静かに呼吸を整えた。
「準備」は着々と進んでいる。
素晴らしき最高の舞台を作り上げるには、最高の機材、最高のスタッフ、最高の脚本、最高の出演者たち、そして……最高の主演が必要だ。
主演以外はほとんど揃ってきた。
あとはその主役がどうしても表に出てこなければならない展開作りをしなくてはいけない。ドラマや舞台の制作において役者の選定はもちろんだが、役者が乗った列車が走るレール=脚本も重要だ。ぐっと惹きつけられるような内容でも役者が実力不足であれば役者に批判が集まり、逆に役者が経験豊富の大ベテランで固めても脚本の出来が悪ければその作品は駄作の評価を受ける事になる。
しかしエリーヴァが作ろうとしている舞台は肝心の主役が不在だ。自身の協力者たちに僅かな手掛かりを託し、女優業で忙しい自分に変わって捜させているが、今日この日まで一切の手がかりは見つかっていない(他人の空似は見つかったが……)
街の住民に聞き込めば、大昔に流行った動画クリエイターの類か何かと勘違いされる始末。
エリーヴァはギリッ……と歯軋りをし、ただ孤独な時間を過ごすのだった――。
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場所は戻り、朝食を終えたギムレットはスーツ姿に着替え、外出する準備をしていた。彼女にとって今日は特に重要な日だ。
この後、ギムレットは隣のR10地区にある店で用事を済ませ、午後からはある企業のトップとのな面会がある。店の方はちょっと曰く付きだが、そこの店主はかつての第三次世界大戦で軍の人間として関わっていた人物だ。訪れるのは鉄血の大規模襲撃の直後以来か、数ヶ月経っているとはいえ店主もかなりの高齢とまではいかないが還暦済み。体調的な部分も心配される年齢ではある。まぁ本人は「あの黒い悪魔並みに生命力はしぶてぇから大丈夫だ。」と初対面の時に言ってはいたが……。
企業の方は、ボスにとってかなり思い入れ――世話になった所らしく、自分がボスと出会った当初はやたらその企業の話ばかり聞かされていた。
自分の生い立ちは話さない癖に……。
身だしなみを整え、必要な荷物と貴重品を持って部屋を出てエントランスに向かうと……。
「ん? 」
「あ……。」
エントランスの待合席に見慣れた人物がちょこんと脇にキャリーケース1つとギターケース、そしてそれらとはまた別の……おそらく半身を収納しているであろうケースが置かれていた。
「何してるのM200? そんな大きな荷物持って……。」
「あっ…えっと…昨日の一件があったので。その……グローザさんから『暫く一緒に行動しろ』と……。」
「ふぅん……。」
気まずそうな表情で事情を話すM200だったが、少々様子がおかしいようにも見えた。ギムレットはただ一言「ふぅん」と訝し気に返したが、その後に続けて――、
「要するに『監視』って訳ね。」
と、わざと口に出した。
「うっ……それは…その…、すみません。僕はそういうつもりじゃないのですけど……。」
M200は申し訳なさそうに何度も頭を下げて謝罪した。
「別にいいよ、M200が悪い訳じゃないし。それに、元々言い出しっぺで手を出したのは私の方だし――。それより、荷物置いていきなよ。部屋に案内するからさ。」
「あ、はいっ…! 」
そう言って、ギムレットはM200のキャリーケースを預かって、彼女と共にちょうど同フロアで停止していたエレベーターに乗り込み、ギムレットの部屋へと向かった。
そして部屋に着き中へ案内し――、
「ここが私の部屋。ベッドはこっち側を使ってね。あ、そうだ、これから別地区に移動するから一応銃だけは持った方がいいよ。道中は鉄血とかうろついてるかもしれないし、鉄血の機械兵や人形を偽造して運んでる怪しい業者とかとすれ違ったりするかもしれないしね。」
「わかりました。しばらくお世話になります。」
二人は握手を交わし、M200を連れてギムレットは今度こそ用事を済ませにホテルを出た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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――30分後・R10地区
およそ25分程かけレンタカーで隣R10地区へやってきたギムレットとM200。ここはグリフィンの基地が置かれているため治安はそれなりに良く、R08地区で起きた鉄血の大規模襲撃にいち早く応援を出し、結果的にR08地区の損害は決して少なくなかったものの、R10地区グリフィン基地は一定の戦果を収め、その他多くの実績を残している。
ちょうどギムレット達が車を置いた駐車場からもその基地ははっきりと見える。
そんなグリフィン基地を遠目に見ながらギムレットはライフルケースを背負ったM200を連れて用事のある店へと向かった。
5分後――。
目的の場所に着いた。
「??? 」
店の看板には「CLOTHES SHOP」……つまり洋服屋なのだが、M200は疑問に思った。服の購入ならR08地区にも幾つかファッションショップはあるし、品揃えも豊富なのだからわざわざ隣町まで来る必要は無い。
困惑する彼女を他所にギムレットはさっさと店内に入って行く。慌ててM200も後を追いかけて店内に入って行く。
「いらっしゃいませ~。……って、ギムレットちゃんじゃない! 久し振りねぇ! あら、後ろの子は? 」
「久し振りMs.モールガン。彼女はM200、戦術人形だよ。それより今旦那さんは居るかい? 」
「ええもちろん、地下に居るわ。また何かあったの? 」
「まぁね。少し彼に用があるから先に失礼するよ。」
「わかったわ。ごゆっくりね。」
ギムレットは温かく出迎えてくれた女店主=Ms.モールガンと軽く会話をし、その後奥の扉を開けて用事がある人物のいる地下へと向かった。
「貴女はギムレットちゃんに付いて行かなくていいの? 」
「あ…、いえ僕はただの付き添いなので……。それにギムレットさんは仕事でここに来たんだと思いますから変に付いて行く必要はないのかな……って。」
「ねぇ、ギムレットちゃんと出会ってどのくらいになるの? 」
「えっ? まだ1、2ヶ月くらいしか経ってないですけど? 」
「あらそうなの? てっきり、ギムレットちゃんがいる【LAZGARD】っていう組織の子なのかと思ったわ。」
「ラズ……ガルド??? 」
聞き慣れない言葉だ。
昨日の事件が起きる少し前に、何かしらの組織に属しているとは聞いていた。また彼女自身がR08地区や他地区に赴いているのは組織の拡大に必要な設備やら人員の確保・交渉に奔走している事までも知っている。
M200がグリフィン所属の戦術人形だったならば、恐らくどこかで聞いていたかもしれない。だが残念な事に、彼女は野良人形であり、R08地区もグリフィンの管轄外。外からの情報はほとんど入ってこない。
そんなM200に対してMs.モールガンはさらに――、
「ギムレットちゃん、そこのナンバー2よ。」
「……!??? 」
その場がシーンと静まり返った。
2人だけのフロアで「しまった……!」と言わんばかりに口元を抑えるMs.モールガンと、情報が整理出来ずに唖然とした表情で突っ立っているM200――。
何とも言えない空気と、ただ空しく壁時計の秒針がコチコチと時を刻む音だけが響き渡った。
鳥型ドローン「ルリビタキ」
全長:15.5cm(実際のルリビタキより少し大きめ)
【説明】
主に(隠密)偵察、威力偵察、そして物資支援を行う為のドローン。現実の鳥と全く同じ見た目・質感の為、撃ち落とすかEMPを起動等しない限り看破するのは不可能。
偵察だけならば同じ鳥型の「コルリ」がいるが、攻撃手段&支援が出来る此方の方がよく運用されている(元々はコルリで得たデータや欠点を改良して開発されたのがルリビタキ)。
バッテリーで動くのでフル充電で最大96時間、電線等の電気が流れている場所に留まれば足から充電可能。
威力偵察の際の攻撃手段は、嘴(口)内にある超小径口の銃身から内臓バッテリーを消費して放たれるエネルギー弾。さらに、眼は暗視機能も付いているため、夜間での活動も可能。
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第11話:ギムレット③
サブタイの付け方が某遅効性SF漫画みたいな感じになっていますが気にしないでください。
――[CLOTHES SHOP]地下フロア。
1Fから随分と長い階段を降って来た。まだ目的のフロアに到達はしていないが、降って行く毎に段々と銃声の様な音が聞こえてくる。そしてさらに降ると開きっ放しの鉄扉から差し込む光と、巨大な開けた空間が現れた。
その空間内で、人型の的に向かって拳銃を持った屈強な男性が射撃訓練をしていた。
「ハロ~、モールガン大佐。」
「ん? おぉ、ギムレットか! 久し振りだなぁ! 元気にしてたか!? 」
「まぁ~ぼちぼちだね。大佐も相変わらず元気そうで。」
「おいおい、俺ぁもう退役してるんだ。大佐呼びは勘弁してくれや。」
「そんな事言ったって、一度貰った肩書なんてそうそう消せるもんじゃないでしょうよ。」
「はっはっはっ違えねぇな! それよりもどうした!? 」
「ちょいと拳銃を貰いたくてね。」
「何? またあの地区で何かあったのか?」
「少しね。そんでその問題に少し関わっちゃったし、今後の活動に支障が出かねないから拳銃一丁くらい持っておかないと、って思ってね。」
「はぁ~そういう事か。だが、それならお前さんとこのボスに頼めばよかろうよ。」
「ボスは今だいぶ不機嫌さ。」
「はぁ?」
「先日、【人形狩り】と接触したらしいの。それで一緒に居た新人の人形傷つけられて、さらにはボス自身もかなりの痛手喰らった上に逃げられたらしいからダメなのよ。」
「かぁ~、飽きねえなぁ奴らも……。(第三次世界)大戦の時もやってなかったか? 」
「ボスが大戦の時何をしていたのかは私は知らない。けど、間違いなくその時から……いやもっと前から確執があったのかもしれない。だから、今ボスがああなっている間は碌な助けも期待は出来ないかな……。」
最初は明るく互いの再会を喜び冗談を交えながら会話していたのに、段々とその空気が重苦しい雰囲気で会話が進んでいく。ギムレットはモールガン大佐に事情を説明するとともに今の現状を彼に話す。
彼は射撃ブース台に腰掛け、腕を組みながら「う~む…」と唸っていた。
しばらくして――、
「分かった。お前さんの頼みを聞こう。拳銃ならそこのコレクションエリアにある程度は揃っている。どれを手にしたい? 無難なワルサーP38に、コルトSAA、グロックシリーズに、S&W社のモノもあらかた揃っているぜ。」
「SP2022は無いの? 」
「あん? 随分珍しいの欲しがるじゃねぇか。何か思い入れでもあんのか? 」
「さっき言った問題の最中で、警察から借りて使ったんだ。緊急ASSTしたから使うんならソレの方がいいかなと思ってね。」
「ほぉ~、ならそのSP2022はこっちだ。口径はどれを使う? .357SIG弾と.40S&W弾、それとも9mmParaの方か?」
「警察が使ってたのが.40S&W弾だったからそれ用のやつお願いできる? 」
「いいぜ。」
モールガンは理由を聞いて納得するとコレクションエリアに移動し、壁に掛けてあったSP2022を一丁取ってギムレットの前の棚に静かに置いた。
「コイツがSP2022の.40S&W弾仕様のやつだ。」
「………。」
ギムレットは棚に置かれたSP2022を静かに見つめる。そして両手を机に置いた状態からパンっと軽く叩いて素早く銃を取り、マガジンの着脱から本体の分解・組立を目にも止まらぬ速さでその作業をスムーズに行う。
その横でモールガンは「ほぉ…!」と小さな感嘆の声をあげた。
一連の動作を終え、元の状態に戻したSP2022を再び机の上に置き、ギムレットは「ふぅ…」と息を吐き――、
「31秒……、『本来』の半身じゃないからこれが限界かな……。やはり思うように動かないものだね。」
「それでも十分な速さだとは思うけどな。」
「大佐はどの位で出来るのよ? 」
「俺がソレでやった時は14秒くらいだな。現役だった若ぇ頃は『1秒の遅れが死に繋がる』と当時の部隊長に扱かれて必死にやってきたからな。」
「ほらね……、私の半分以下で出来ちゃうじゃん……。」
「そもそも、お前さんは戦闘に向いてない人形の筈だろう? いくら銃を最低限扱えるモジュールだか何かを搭載してるとはいえ、戦闘用に作られた人形に比べたらそんなもんじゃないのか? 」
「それはそうなんだけど、私は替えの利かない人形なんだ。たとえ戦闘用でなくとも私が無ければ使えないものもある。だから護身用としても戦闘用としても得物は持っておかないといけないんだよ。結局、自分の身を守れるのは自分だけだし。」
「確かにな……。よし、じゃあこのまま持っていくか? 」
「そうさせてもらうよ。あと予備の弾薬も幾つか貰える? 」
「あぁ構わないさ。マガジン3本分は付けてやるよ。」
「ありがとう大佐。あ、お代はもう大佐の口座に振り込んでおいたから。」
「早えな……、てか俺が『お代は要らねえ』って言う前にやるなよ! せっかく『無料』でやろうとしたのによぉ……! 」
「大佐……、一応此処ミリタリーショップでしょうよ……。」
「あっ! そういえばそうだったなぁ。知り合いしか来ねえからすっかり忘れてたぜ! わっはははぁ! ――おっと、忘れねえうちに専用のケースも渡しとくぜ。」
互いに軽いノリで冗談を交えながら話を進めていき、モールガンは最後にSP2022専用のガンケースを渡す。ギムレットも渡された後「ありがとう」と一言言ってから、銃と予備マガジンをケースに収納した。
そして、ケースを手にギムレットはモールガンと共に地上の服屋の方へ階段を上って行った――。
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――[CLOTHES SHOP]
Ms.モールガンとM200がレジカウンター横の椅子に座って談笑している。ギムレットが地下のミリタリーショップでモールガン大佐に用事で行っている間、M200は夫人から衝撃の事実を聞かされたりしたが、その後は特に踏み込んだ話も無くただ日頃の愚痴を言い合うだけの会話になっていた。
しばらくして、奥の扉からモールガン大佐とギムレットが入ってきた。
「あらダーリン、ギムレットちゃんとの用事は終わったの? 」
「あぁ。――ところでハニー、そこのちっこいのは誰だ? 」
夫婦が言葉を交わす中、大佐は夫人の横に座っている見慣れない少女を指して訊ねた。
「ギムレットちゃんの連れの子よ。M200ちゃんって言うのよ。」
「M200? という事は嬢ちゃん戦術人形か。しっかし、その体であの長物扱えるのか? ……いや戦術人形としての性能を疑ってる訳じゃねぇんだが、どうしても軍にかつていた身としてはあまり女子供が重てぇ銃持って戦うってのが慣れなくてなぁ……。」
「大丈夫だよ大佐、M200はこう見えてもR08地区で自警団みたいな人形グループの一員なんだ。そこのリーダーからもそれなりの信頼があるからちゃんとした実力は持っているよ。」
「いや……あの……ギムr――」
「そうなのか? まぁ、ギムレットが言うのなら確かにそうなんだろうな。悪かったな初対面でいきなり気を悪くするような事言っちまって……。」
「あ、い…いえ、慣れてるので大丈夫です……。」
夫人から紹介された際、M200の体格を見て実銃の方であるM200を当然ながら知っているせいか、訝しみながらモールガン大佐は疑問を呈した。だが、直後にギムレットが彼女の立場や地位、そしてその活躍を話してフォローを入れたのを聞いて、直ぐに自身の固定観念によって初対面であるM200に対し傷を付けるような発言をした事を直ぐに詫びた。
それに対しM200は似たような事例に何度も遭っているからか、謝罪する彼に逆に気を遣うように言葉を返した。
「さて、そろそろ御暇しようかな。」
「あら、もう帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていきなさいな。」
「そういう訳にもいかないんだ。午後も大事な用があってね。それに、私たちがいない間にも脅威が迫ってるかもしれない。また今度、R08地区が落ち着いたら来るよ。」
「わかったわ。気を付けてねギムレットちゃん、それとM200ちゃんも。」
「あ、そうだギムレット、お前さんとこのボスに言っておいてくれよ。『ちゃんと顔見せに来い! 』ってな。」
「わかったよ。じゃあまたねお二人とも。」
「えぇ。」「おぅ! 」
「お邪魔しました……。」
ギムレットはモールガン夫妻に別れの挨拶をして先に外へ出る。そこから少し遅れてM200も二人の方を向いて深々とお辞儀をしてギムレットの後を追うようにして店を出ていく。
駐車場までの道中、そして車に乗り込むまで二人は終始無言だったが、ギムレットがエンジンを掛け車を少し走らせたところで、M200は先程Ms.モールガンから聞いた事を思い出し、運転中のギムレットに話しかけた。
「あの……」
「何? 」
「モールガンさんから聞いたのですけど……――」
「うん? 」
「ギムレットさんが【
「…………。」
M200の質問にギムレットは黙る。
動揺したからなのか、それとも何か言葉を見つけるために裂く思考の為なのか、走行している車のスピードがほんの少し遅くなった。もっとも、ほとんど後続車がいない道路状況だからノロノロ運転したところで文句言われたり煽られることは無いだろうが……。
ギムレットからの返事が無く、M200は何かタブーに触れて彼女を怒らせたんじゃないかと内心焦りを感じた。そして気まずい雰囲気を抜け出すために別の話題を出そうとした時だった――。
「夫人はおしゃべりだなぁ……。」
「え? 」
ようやく彼女は口を開いた。
「昨日食事の時にチラッと話して、後で詳しい事をいつかは話すつもりだったけど………、こうも早く時が来るとは思わなかった――。Ms.モールガンが君に話した通り、私は人形保護組織【LAZGARD】のナンバー2……企業で言えば副社長の立場にある。昨日も話したけど私の役目は組織拡大に必要な施設、人員、そして安定的な資金の交渉・確保。これが揃わなければ私達が目的としている『人形保護』が捗らなくなってしまう。」
いつもよりトーンの下がった声でギムレットは静かに、そしていかに彼女自身の仕事が大事なことであるかを重く話した。
「『人形保護』……ですか? でもそれってグリフィンやI.O.P.の仕事ですし、そちらに任せるべきなのでは? 」
「I.O.P.はともかく、グリフィンにいる職員・指揮官全員が(戦術)人形という存在に対して快く思っていたり、正当な扱いをしているとは限らないよ。ロボット三原則を盾にぞんざいな扱いをして廃棄処分にされた人形達、あとは指揮官が戦いに怖気づいて逃げて基地を放棄した結果、転属先が決まらず行き場を失った彼女達が荒野や廃墟を彷徨う事にもなる。君ら『野良人形連合』の中にもそういう経験をしてやって来た人形もいるんじゃない? 」
「それは……、確かにいますけど……。」
「彼女達は運が良い方なんだよ。もしそういう居場所が見つからなかったら鉄血の連中にやられるし、反人形団体や窃盗団とかに解体されて売り飛ばされたり……。それに、ここ最近は【人形狩り】による被害も無視できないくらいに広がっている。うちのボスはその人形狩りの犠牲にならないよう、人形達を保護するためにグリフィンを辞めてまでして組織を立ち上げたんだ。まだ道半ばだけどね……。」
しばらく話をしていると、車は小さな喫茶店に入って駐車した。
「話の続きは軽くお昼を取りながらしよう。」
そう言ってギムレットは車外に出た。M200もシートベルトを外して外に出て行く。
店内はアンティークの……――というか如何にも「ザ・喫茶店」と思わせるステレオタイプな内装だ。適当に空いている席に座り、最初に出てきたウェルカムコーヒーにスティックシュガーとコーヒーフレッシュを一つずつ入れ一口啜る。古めかしい空間に落ち着いた曲が流れる、そのしつこさも煩さも無い雰囲気がより一層コーヒーの味と香りを惹き立てる。二人はそのままウェイターに店のおすすめ品を注文して、また外の景色を眺めながらコーヒーを飲んで寛ぐ。
「いい景色だね。」
「そうですね。」
「こういう景色が大昔はもっと世界各地にあったと思うと今の年老いた人間達が羨ましく思うよ。ただ、それが愚かな一部の人間や鉄血、そして人形狩りに壊されていくのは心が痛むなぁ……。」
「それについて詳しくは分かりませんが、街の人達がたまに口にしているのを耳にしますね。」
「………………。」
M200の言葉を聞き、ギムレットはコーヒーを静かに飲み干し、しばらく外の景色に目をやってから神妙な面持ちで静かに口を開く。
「人形狩り――正式には『紅の人形狩り』。また、第三次世界大戦に突如として現れた【IMMORTAL QUARTET】の一人でもある。奴が現れた地域は急激に崩壊液汚染が加速し、一気に死の地域へと変貌させてしまう。人形のみを破壊対象として狙い、グリフィンをはじめとするPMC各社はもちろん、正規軍や各国が危険視している存在。そして…………うちのボスが因縁を持ち、且つ最優先で行方を追っている女さ。」
「!? 」
「ボスがわざわざ私のメンタル内に入れてくれたアーカイブの一部だ。それ以上の事はプロテクトが掛かって閲覧が出来なかった。ボスからも『決して奴の事を追跡したり、遭遇しても戦おうとするな。ただ逃げろ。』とだけ言われたよ。」
彼女の口調が少しずつ重くなっていく。M200は黙って聞いていたが話の内容やギムレットの口調でその人物が如何に野放しにしておけない存在であることは、今まで連合仲間や街の人達が話していたのを聞いていた時以上に事が重大なのだ、と改めて認識させられただでさえ小柄な体格がその恐ろしい事実を突き付けられてさらに小さくなってしまった。
ギムレットが話している最中に注文したメニューが運ばれ、ウェイターも小さく「お待たせしました」と呟いてすぐに去って行ってしまった。口頭注意が無いのを見る限り、店内でその話はタブーではなさそうだが少々気不味い雰囲気になりつつあった。
だが彼女はそんな事を気にも留めず運ばれてきた食事に手を付けていく。話した側である彼女は何も思っていないだろうが、聞かされた側であるM200は食事に手を付けながらも心の中で「よく平気な顔で食べれるな……」と悪態を吐いた事だろう。
しばらく無言で互いに食事をしていく中、突如店内レジカウンターに設置されたやや大きめの液晶モニターから速報を知らせる効果音が響いた。
<ニュース速報です。先日、T04地区で発生したしました「人形狩り」が関与していると思われる被害について、G&K社は報道陣の取材に対し事件翌日のものと思われる映像を公開いたしました。映像は人形狩りが立ち去った後と思わしき内容で、一部気分を害される部分が映り込む可能性がある為、お食事中または体調がよろしくない視聴者の方はご注意ください。
では公開された映像を流します。>
男性アナウンサーが速報を伝えると、注意喚起の後に画面が変わり公開されたという映像に切り替わる。
映像は、現場を撮影している人物の前方に何名かの分厚い防護服に身を包み、アサルトライフルを携えた武装兵が周囲を警戒しているシーンから始まった。映像の中の人物達は終始無言で意思疎通は全てハンドサインで行っていた。やがて被害の大きい場所に到達したのか、地形が抉れていたり、廃墟となった建物には明らかに弾痕とは言い難い、まるで切られたような真新しい跡が残されていた。
この辺りは、先程ギムレットが話していた内容と一致している。
しかし、それよりも目立った物があった。
ビービービーッ! ビービービーッ!
と映像から複数の警報音が鳴る。
カメラマンは直ぐに自身の防護服に下げられた装置を映す。ガイガーカウンターの針がメーターのレッドラインに振れている。つまり既にこの地区は重度のコーラップス汚染に曝されてる事を示している。そして、それを確定させるかのように再び映像が周辺の景色に戻り、また少し前進すると――、
「「………!? 」」
映し出された映像にM200はもちろん、ギムレットも箸を止めて絶句した。
そのカメラが映していたのは………――、
青白く光り輝く液体の様なものが壁に飛散し、地面のあちこちに水溜りを形成している場面。
そして、その青白い液体の周囲に紅い瘴気が立ち込めている異様な光景だった。
「ボス…………」
「えっ? 」
テレビの映像を観てポツリと呟いたギムレットの言葉をM200は聞き逃さなかった。
<映像はここまでです。なお、現在T04地区の該当区域では映像の様な光景は確認されず、俄かには信じ難いですがコーラップス汚染もグリーンレベルにまで落ち着いているとの情報です。以上、ニュース速報をお伝えいたしました。>
異様な光景をしばらく映したところで、再び男性アナウンサーの画面に切り替わり、現在の様子が伝えられたところでニュースは終了したのだった。
次回は2~3回くらい掛けて話の終盤に出たニュースの中身をやっていきます。
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第12話:呪いの力(前編)
更新お待たせしました。
時系列的には第5話の直後のお話です。
人は何故、知性を持ちながら同じ過ちを繰り返すのだろう?
人は何故、善意という名の悪意を振り撒くのだろう?
奴らは何故、私達を「崩壊液」の実験台に使ったのだろう……?
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ギムレット達がニュースの映像を観ていた日から4日前、R08地区での鉄血スカウト出現から3日前――。
――T04地区・廃墟
かつてこの地はそれなりに繁栄していた街であった。しかし、世界は北蘭島事件を機にコーラップス液流出によって汚染が広がり、多くの産業が大打撃を被り、人口が激減してしまった。
この街も例外なくその煽りを受けたが、汚染状況はまだ浅く最低限の対策を以てまだ存続が出来ていた。だが、その後世界中を再び巻き込んだ三回目の世界大戦が勃発し、コーラップス汚染の拡大も災いして衰亡の一途を辿っていく羽目となった。
さらに大戦の終結後、本格的に人類の日常生活の中に自律人形の数が多く占めてきた所へ、最大手であった鉄血工造が人類に反旗を翻した【胡蝶事件】が発生。これにより、T04地区と名付けられたこの街は隣のT01地区同様に鉄血人形の襲撃によって残っていた住民達は殺害され、後から駆け付けたグリフィンの人形部隊との交戦も相まって建物も一部を除いてほとんど原型を留めることなく崩れ、完全なる廃墟と化してしまったのだ。
そんな廃墟となったこの場所で、青い制服を着た女性指揮官と小柄な銀髪の人形が静かに「何か」の調査をしていた。
「指揮官、この一帯の調査終わりました。」
「ありがとうThunder。何か見つかった? 」
「何も見つかりませんでした。あるのは此処に住んでいた人達の生活品と人骨くらいですね。」
「そっか……こっちも何も無かった。鉄血とグリフィンが交戦した跡地だから残骸くらいは簡単に見つかると思っていたのだけど……、さすがに甘かったか。」
「向こうの方を探してみましょう。」
「そうしようか。」
指揮官とThunderは互いの成果を報告し合い、捜索場所を移すため荷物を持って移動を開始した。
「ところで、どうして鉄血の残骸を回収なんてするのですか? グリフィンの人形のものなら理解は出来るのですが……。」
「それはね、鉄血人形をうちの組織に迎えるためだよ。」
「えっ!? 」
「まだ推測と可能性の段階だけど、グリフィンが鉄血の『エルダーブレイン』と呼ばれているAIを打倒した時、その下にいる人形達はどうなるのだろうか? 残党すべてをスクラップにして鉄血工造を完全に無かったことにするのか、それとも彼女らをグリフィンまたはI.O.Pが管理し、戦力として利用するのか? 今はまだ先の未来の事だから判らない。
だが、現時点ではグリフィンが一部の鉄血ハイエンドモデルを捕虜にして協力を得られたり、とある研究機関が残骸になった個体を再利用して新たな戦術人形を作ったり、妖精ドローン技術へのさらなる発展を見出したりと、敵の技術を利用して味方の戦力にしている。私達はグリフィンの傘下ではないが協力関係にある。彼らより先に鉄血人形を味方として戦線で使うのも悪くはない。」
歩きながらThunderの質問に淡々と指揮官は答えた。真剣な眼差しで話をしているが、Thunderの目線では指揮官の喋っている口は僅かに口角が上がっている様にも見え、そしてこの先の未来で起きるであろうことを楽しみにしているような口ぶりに聞こえた。
あれこれ話をしながら歩いているうちに少し開けた場所に着いた。辺りを見回すとグリフィン人形や鉄血人形らしき残骸がそこらに転がっていた。
「ここがこの街での主戦場だったのかねぇ……。」
指揮官はぼそりと呟くと、一番近い残骸の傍にしゃがんで両手を合わせて軽く黙祷した。Thunderも彼女に倣って同じ動作をした。指揮官がこういうことをするのには理由がある。
それは、相手が自分達と同じ人の姿をしてる事と、自分達が「盗賊」ではない事を死者に解かってもらう為だ。たとえ人形であろうと、その素体に組み込まれた部品を頂こうとしているのだから、何の行動も無くただ漁るのは賊のやる事と変わりない。そして何より、一部を除けばほぼ人間と変わりない見た目をしている。だから彼女は手を合わせる。
敵であろうと味方であろうと、バックアップがあろうが無かろうが機能停止するまで戦い、散って逝った兵士達へ手向ける花は無くとも、合わせる手はある。送る敬礼もある。
指揮官とThunderは立ち上がってその場で辺りをぐるっと一周見回してから、静かに敬礼をし、部品の回収作業を開始した。
大抵、戦術人形達は相手の頭と胸――電脳チップとコアを破壊する。無論それが戦場では当たり前だ。だが、偶にどちらかが破壊されないまま機能停止しているものも存在する。その場合破壊されなかった部位の部品は無事だったりする。さらには、運良く破壊されず、そのまま充電切れとなってオフライン状態になった人形も稀に見つかる。
指揮官達……いや【LAZGARD】という小さな組織は、その非破壊の電脳チップやコア、生体部品、生存した人形を回収し、それらを転用して自分達の戦力や修復用の資材に充てているのだ。
2人は手分けして残骸たちから回収作業を進めていく。
北東の空が謎に紅く染まり始めているのにも気付かずに――。
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作業開始から一時間が過ぎようとしていた。
辺りは日が傾き、西日が廃墟となった建物の間から眩しく差し込む。
指揮官とThunderは互いに麻袋の中に入った回収部品の成果を報告し合っていた。三つあるうち、新たに此処で回収した二つの麻袋は満杯になっていて、中身が人形の部品であることから持ち帰るには苦労しそうな感じに詰まっている事は容易に想像できる。
しかし、2人はその麻袋を持たず、指揮官が背中側に差している方の革筒から薄灰色の杖を抜いて、それで麻袋の周囲の地面に円を描く。そして今度は左手首の腕時計型デバイスを操作してその画面を麻袋の方へ向けると、画面から緑色のスキャン光波が照射され、そのデータがホログラムモニターに映し出された。それを彼女は操作してパネルをタッチした。
すると、地面に置いていた麻袋が緑色の光に包まれ、物体が電子化され何処かへと転送された。
その光景にThunderは驚いた。
「指揮官、今のは……? 」
「『遺跡の力』……かな。」
詳細を話すことなく、ただ『遺跡の力』とだけ言う。
『遺跡』というのはThunderでも知っている。
Thunderはこの指揮官と知り合ってまだそんなに月日が経っていない。彼女が元グリフィン指揮官であったのは本人から聞いているものの、グリフィンに入る前はどういう人物であるかについて一切知らない。
先のエクスキューショナー戦でもそうだったが、この指揮官には謎が多過ぎる。
あれこれ疑問に思うなか、Thunderは北東の空に異変が起きているのを見つけた。
「指揮官! あれは……!? 」
「ん? 」
指揮官は彼女の叫ぶ声に反応し、彼女が見上げる方を見た。
「あれは……くそっ、私としたことが何故気付かなかったんだ! 」
彼女は見上げた北東側の空が現時刻の空模様に対して明らかな異変が起きている事に気付かなかった自分を責める。同時に、彼女の隠れていない青い右眼には、紅い空の中に飛行機雲の様に尾を引きながら飛翔する物体を捕らえていた。
その飛翔体は段々とこちらに接近して来ていた。
「Thunder! 身を屈めろ! 」
「 !!? 」
キィィィィィィィィィィン……………
飛行機の離着陸時のような音が近づいてくる
指揮官の指示に従ってThunderは身を低くし、その上に指揮官が覆いかぶさるように彼女を守る。
キィィィィィィィ……
ドゴォォォォォン!!!!!!
「くっ! 」「うっ…! 」
十数メートル離れた所で飛翔体が衝撃波を伴って落下――周囲を吹き飛ばす。
衝撃波と風圧に耐え、それらが収まった所で指揮官はゆっくりと立ち上がって、左腰側に差している杖を抜いて警戒態勢に入った。
落下地点の土煙が段々と晴れていく、それと同時に人影が徐々に映し出されていく。
そしてその中から――、
「久し振りだなぁ……」
「…………」
馴れ馴れしい口調と共に土煙が晴れると、そこには黒いスポブラの上にボロボロの白い上着、下はデニムのショートパンツを穿き、傷だらけの肌を露出した暗い緑髪の女性が立っていた。不敵な笑みを浮かべながら指揮官達の元へ近づいてくる。終始睨み付けるオッドアイは緑色の右眼よりも赤色の左眼がより威圧感をこちらに与える。
「オウマ………! 」
作業をしていた時の穏やかな口調から一変、怒りに満ちたようなドスの効いた口調でその名を呼ぶ。
「はっ、久々に再会したと思ったら、こんな所で今度は『人形』と家族ごっこかぁ!? なぁ、フキヨ! 」
「人形狩りしているお前には関係ない事だ。消えろ。」
「けっ! そいつはオレも同じだ! そこを退けよ、その人形をぶっ壊してやる。」
「『嫌だ』と言ったら? 」
「てめぇを殺すまでだ! 」
「なら丁度いい……。私もお前を殺したいところだ……! 」
少しの会話を挟んだ直後、話が決裂したように両者は何の動作も無く人形狩り・オウマは右拳を、指揮官・フキヨは右足をかち合せる。その際、かち合った所から衝撃波が発生し、地に亀裂を入れ、空気を振動させた。
「けっ、相変わらず足癖が悪ぃなぁっ!! 」
「ふん、お前こそその暴力的な拳をしまう事を知らないのか? 」
「言ってくれるじゃねえかよぉっ! 」
「!? 」
オウマが力をさらに加えて受け止めているフキヨの右足を押し返した。押し返されてバランスを多少崩しながらも後退りするフキヨは、正面のオウマの動向に注意しながら後ろで屈んだまま状況を理解できないままのThunderの方に向かって「走れ! Thunder! 」と指示を飛ばした。
それに反応したThunderは直ぐに立ち上がってフキヨの方を見ながら数歩下がったが、指示に従って彼女に背を向けて走り去っていく。
「それで護ったつもりか? 」
「何もせずにお前に壊されるより、少しでも時間を稼ぐ方がマシだ。PMC所有のものならともかく、何も関係ない一般人たちの所有人形にまで手に掛けやがって! 」
「知るか! 一般用だろうが戦闘用だろうが関係ねえ! 人形は全て壊す! それがオレのやり方だ! 」
「ならば私はお前に壊される人形を1体でも多く護る。昔からお前はそうやって排斥の道を進んでいた。今更お前の考えが改まる事なんて無きに等しいのだからねぇ……! 」
「はっ! よ~く解かってんじゃねえかよ。お前とオレとじゃ同じ方向に意見が一致する訳がねえって事をよぉ!」
さらに会話を挟みながら両者は一進一退の攻防を繰り広げる。フキヨは得物を持っているとはいえ一度もそれを振るって攻撃に転じておらず、何も持っていない右手で向かってくる攻撃を受け流しながら反撃する。対してオウマは徒手空拳でひたすらにフキヨの攻撃を攻撃で相殺し、手数で押していく。
すると、激しい攻撃をしていたオウマの方が一度フキヨから間合いを取って飛び上がり、崩れ落ちた建物の上に着地した。。
「!? 」
フキヨにとってオウマの行動は予想外のものだった。
驚きの表情をする彼女に、オウマはニヤリと嗤う。
「昔のオレのままだと思ったか? 甘ぇんだよ。」
そう言ってオウマは右手を正面に翳すと、紅黒い瘴気が掌から棒状に伸びていき、何も無いところから黒い刀剣を生成し逆手で持った。それに対しフキヨは左手に持っていた杖を右手に持ち替えて相手の次の攻撃に備えて構える。
「あんだけ痛え人体実験やられて、その上コーラップス耐性まで付きやがって――。オレ達を実験台にした機関の馬鹿共は先に汚染で死にやがったが、オレ達はどうだ? 『もう一つの力』のせいで満足に死ぬことも出来なくなった! それが今のオレ達の姿だ! 」
「…………」
声を荒げて語るオウマとそれを黙って聞き続けるフキヨ。
彼女の話に一切の矛盾は無い。自分達は半世紀前に秘密裏で行われた崩壊液実験の被験者だった。当時はまだ北蘭島事件の前で【ELID】という名称は事件の約1年前から(謎の奇病への呼称として)使われ始めたばかりで、自分達が実験台となっていた時期にはその名称は使われていなかった。つまり、私達は「崩壊液」という未知の物質が人体に齎す影響を調べる為の実験台だったというわけだ。
その最中に北蘭島事件が発生し、その崩壊液汚染の影響で研究機関の人間達は全員死亡し、その時点で免疫――もしくは
いや、オウマの言う通り、私達の中に存在する「もう一つの力」の影響もあったから汚染状態の世界を生き延びれたのかもしれない。
どの道、死んでも生きていても地獄には変わりない。ELID感染者となってただ死ぬのを待つ他以外にない難民達とは別のベクトルの地獄に変わっただけだ。
「確かに、『今の私達の姿』になったのは彼らのせいだ。だが、お前個人の怒りやストレスを何の関係も無い人形達に向けるのは違うだろう? 」
「黙れ。ならお前は『誰』のせいでこの世界がこんな惨状になっているか解っているのか!? こんな世界の殆どを汚染区域にしたのは紛れもなく人類側の責任だろうが! 手前らで手前らの生活を脅かしておいて、不自由被ったから自分達の命令に忠実な人形達を作って、生活支援させます、治安維持させます、戦争参加させます……――ふざけんじゃねぇ! 人類の尻拭いは人類がやれってんだ! 挙句の果てに鉄血だかの人形は暴走したんだろ? 馬鹿も良いところだ! 」
「その人類だって、全員が全員こんな状況を望んだわけじゃない。一部の利権と金と地位、そして好奇心に溺れた阿保共が招いた結果がこれなんだ。ただ巻き込まれた一般人に対して人形が支援するのは別に構わない事じゃないか? 人形を壊したところで製造元はさらに人形を製造するし、その分の利益を得る。ただの鼬ごっこにしかならないよ。」
「だったら黙って死ぬまでの永い余生を過ごせってのか!? 」
「そうじゃない。ただ人形を壊し続けるよりも先に――、無駄な理想を掲げ、偽りの声明で恰も感染者や難民を救済するなんて戯言を発している国のトップ共を潰す方が幾分かマシ、そう言いたいだけだ。」
「けっ…! くだらねえ…。」
フキヨの話を煩わしく思ったのか、オウマはとある方向へ身体を向かせた。生成した黒い刀は紅い瘴気を纏い始め、ギロリとフキヨの方へ視線をやり、切先を彼女の方へ向け……――、
「そんな話をしたところでオレの考えは変わらねぇ。」
「? 」
「お前の理想や夢なんざオレがぶち壊してやる。『人形を護る』ってんなら――、護ってみやがれ……! 」
そう言った後、オウマは紅黒い瘴気を両足に纏い、向いていた方に急加速して去っていった。
フキヨが逃がした……Thunderが走って行った方に――。
「しまっ……! 」
奴の言葉と向けられた切先に集中し過ぎた。オウマの様に「あの力」を纏っても追いつけない。不覚を取ったフキヨの表情に僅かに怒りが滲み出る。それでも平静を保ちながら持っていた杖を革筒に戻す。それと同時に、彼女の足下に青白い光が点った――。
「(間に合え……)」
――side・Thunder
白銀の髪を揺らしながら彼女は瓦礫と化した廃墟の中を走る。半身であるThunder.50を抱え、指揮官の言う通りに走る。何処へ逃げろとも言われてないが、ただ彼女の事を信じて従うだけだ。
キィィィィィィ…………
あの音がまた聞こえる。
遠く小さな音がだんだんと近づいて大きな音に変わっていく。
ドゴォン!!
「……っ!? 」
地面が抉れ、その衝撃で転倒してしまった。
そして振り向くと、指揮官と対峙していたあの女=オウマがこちらを見下ろしている。
「……………死ね、人形。」
冷たく、無慈悲に突き刺すような言葉を放ち、オウマは右手に紅黒い瘴気を纏ってその拳を振り上げ、少し間を置いて一気にThunderに振り下ろす。
Thunderはぎゅっと半身を抱きしめて眼を閉じる。
その瞬間……!
「サンダァァァ!!」
ズドォン!!
「ぐぅっ……!」
「指揮官!!」
「てめぇっ……!!」
オウマの拳とThunderの間に割り込むようにしてフキヨの姿が突然現れた。そしてほんの僅かな時間でThunderを抱きしめ、オウマの拳を背中で受け止めた。
だが、オウマの力はただThunderを庇っただけで止まらなかった。その勢いで、直に食らったフキヨの身体は抱きしめたThunderもろとも大きくぶっ飛ばされた。
一直線に飛ばされている中でフキヨは体の向きを横回転させ、何かにぶつかった時に自らがクッションとなってThunderを護る為だ。
直後、壁にぶつかったかと思えば、今度は何処かの建物の堅いドアを突き破り、屋内の壁でドカンッと当たってようやく止まった。
「し…指揮官? 」
「………………。」
衝撃が収まってゆっくりと顔を上げてThunderは彼女を呼ぶが、フキヨはぐったりとしたまま俯いていた。恐る恐るThunderはフキヨの首に手をそっと当てると、幸い脈はしっかりとあった。
しばらくしてフキヨは意識を取り戻した。少し辺りを見回し、目の前にいるThunderを見ると穏やかに微笑んで無言のまま静かに立ち上がった。そして、二つの革筒からそれぞれの杖を引き抜いて傍に置き、ベルトを外して制服であるコートと手袋を脱いで薄灰色の半袖ワイシャツに黒いスカートとニーハイ、そして黒い左義腕の状態になると、コートをThunderに掛け、左腕のデバイスを操作する。
すると、何も無い空間から金のラインが縁取られた黒いコートが現れ、それを彼女は身に纏って傍に置いていた二本の杖を手に取った。そして最後に眼帯を外すと、振り向くことなく彼女はThunderに向かって――、
「完全に物音がしなくなるまでここから出てはいけない。」
そう告げて、フキヨは外へ出て行った。
その時、Thunderは極寒の地にいるような「寒気」を感じ……、
立ち去っていく指揮官=フキヨという「存在」に……
戦慄いた。
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