おしかけ家出娘をペットにした話 (黒マメファナ)
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Part1
──俺はできた人間じゃない。できた人間はいくら性欲が有り余ってるからって色んな女とセフレの関係を結んだりはしない。ましてや壁ドンされたのが原因で維持費もそこそこかかる戸建てに独り暮らしなんてするわけもねぇ。俺の生活は女と性欲が中心で、それ以外は全部二の次みたいなもんだ。大学で頑張って、一流って言われるクソみたいなホワイト企業に就職して、そこでも実績を積み重ねて悠々と独身貴族する未来を切り開いたのも、女を食いやすくしたいからに過ぎない。
「とか言ってクズ男ぶってる割には、センパイって性欲以外はいい男ですよね〜」
「性欲の面でゴミだからいい男じゃないだろ」
「傷心中にはいい感じだよ」
「なんだそれ、寝取ってやる」
「あはは、無理無理!」
セフレはセフレ止まり、その線引きは理解している。でも、どうしてもそんな原則を揺らすのが、セフレが傷ついた時だった。傷心中の女を抱く時は、どうしてもなんでそんな風に傷つく恋するんだよって思っちまう。俺なんて、その傷つく覚悟すらないってのに。そんなことを考えながら、大学時代の後輩を駅まで送っていった。
「またね、センパイ」
「二度とくんな」
「はーい……ありがとう」
これが俺の日常だ。気が向いた女を誘って、誘われて、性欲のまま貪ってカラリと乾いているように見送る。別に虚しくはならない。充実してる。
だけど俺にとってこれは、何かが違うと思わせるには充分すぎた。特にセフレたちもみんな社会人になって、それぞれの生活やら、男と同棲したり、付き合ったり、結婚なんてこともあるわけで。
「はぁぁ……考えたくね〜」
自分の生き方を変える? 無理だな、でも性欲に正直な年齢はどんどん下になっていく。そうすると次はパパ活、援交って言葉に変わっていきかねない。そうなりたくないなら、この性欲塗れの生活からおさらばするしかない。性欲のためだけにガキをセフレにするのはめんどくさい。
「……はぁ、雨か」
夜食とゴムを切らしてたからと夜にスウェット姿で近所のコンビニを出て、傘を差す。暗く濃い真っ黒な曇天からは雫が落ち始め、うららかだった春の季節に冷たい雨が降る。強く降り出してだるいことになる前に少し早足で帰路へ向かおうとした時だった。
──ねぇ、と声を掛けられた。
「あん?」
「おじさん」
「……お兄さんって歳だろ、まだ二十代だ」
俺に声を掛けてきたのは、雨宿りをするステレオタイプな白ギャルだった。着崩した制服、短いスカートに伸びた男好みしそうな肉付きの脚、モデル体型というには少し発育のよさそうな胸元と、そのシャツから透ける黒色、金髪に染めているんだろう背中くらいの長さのストレートに切りそろえられた前髪、ピアスはあんまり開けておらず左右に一つずつだった。
「泊めてよ、お兄さん?」
「家出娘か?」
「まぁ、そんなとこ」
俺の感覚としては捨て猫に出会った感覚だ。嫌に毛並みの良さそうな捨て猫だが、雨に濡れて今にも消えそうな灯火を感じた。そして俺はそんな女が提示するであろう
──だからこそ、俺は敢えてその女子高生らしき制服の女の身体を舐め回すようにジロジロ見てから、値踏みをするように目線を合わせた。相手は無意識なのか一歩後退りしたが、プライドが高いのか俺を見上げて、見つめ返してくる。
「まぁいいぜ、飯は?」
「……まだ、ですけど」
「買って来てやるよ、同じもんでいいか?」
「はい、あ……別に、なんでもいい」
ぶっきらぼうに返されて俺はちょっとだけ急ぎ気味に同じものを買って家まで連れて帰った。男の独り暮らしだからてっきりワンルームかと思ってたみたいで、戸建てを見あげて驚いたような顔をしてた。
「……金持ち?」
「そうでもねーよ、ほらとっとと風呂入ってこい」
「はい、あ……し、下着とか」
「脱衣所の引き出しにナイトブラとかショーツとかある」
「な、なんであるんですか……?」
なんであるんですかって、突如として来る女いるんだよ。そいつが着替えねーって言うからコンビニとかで買ってやって、それがまだ置いてあるだけだ。この家は去年まではかなりの頻度で女がいたからな。今は恐らく誰も来ないだろうが、自分で言ってて悲しくなってきた。
「着替えとお風呂……ありがとう、ござ……ありがと」
「濡れた服は乾燥機入れとけ、使い方わかるか?」
首を横に振る。俺はソファから立ち上がって使い方を教えて再びありがとうございますとお礼を言ってきた。この家は女が突発的に寝泊まりすることを想定されている。唯一と言って良いほどの欠点は寝る場所が俺と一緒ってところくらいだ。ドライヤーで髪を乾かしてる間に俺も風呂に入り、コンビニ弁当を食べた。
「あの……お金とかって」
「いらねーよ」
寝室に案内してやり、一緒のベッドということにやや戸惑いというか拒絶感を覚えて、慌てて俺を見上げてくるが、俺はそんな捨て猫女の腰を抱いてやる。肩が上がって、俺の身体に手が添えられてできるだけの距離を取られた。
「でも……」
「男の家に上がり込んだ家出娘の支払いがなんなのかくらい、わかってんだろ?」
「……っ」
驚きと、羞恥と、怒りと、そんな感情がないまぜになったようなリアクションに俺はため息を吐いた。
──すると、ここで捨てられると思ったのか、諦めたのか拒否する腕の力が弱まった。だが、怖いのか今度は代わりに小刻みに震えていた。
「冗談だ」
「……え」
「
「あ……っ」
「んじゃおやすみ」
生憎だが俺は
いやでも結構イイ身体してたしもうひと押しって感じだったな、もったいねーことしたかな。抱き心地も良さそうな肉体してたな、いやいや相手は間違いなく18歳未満、同意って雰囲気でもねーのにリスクがでかすぎる。
「……タマってんのかな、クソ」
最近頻度減ってきてるせいか、理性の壁が脆い気がする。同じベッドで寝てたら間違いなく襲ってたな、なんてくだらないことを考えながら、あの女がどういう風に鳴くのか想像して、俺はトイレからソファへと戻っていった。
──身体の関係もない以上、事情なんて知りたくもない。明日になったら勝手に出てってくれるだろう、俺はそう思い目を閉じた。
翌朝、俺は会社の上司に電話をしていた。こんなクソみたいな生活を送る俺だが嘘の理由で有給使うのは初めてのことだった。といっても別に口調に気を遣う必要はない。なんせ嘘吐くのは半分でいいからな。
「ええ、発熱したみたいで体調不良でして……はい、ああ自分じゃなくて──そう、ペットが、はい、すみませんよろしくお願いします」
幾つか確認事項的なものをして、俺はもう一度ありがとうございますと言って電話を切った。
──その会話を聞いていた、昨晩俺のベッドを占拠しやがった偽ペットは少し目を開けて、不満げな顔をしてきた。
「ペット、ですか」
「拾ってきてやったんだから間違ってはねぇだろ──ったく、いつから雨に打たれてたんだよ」
「……降り始め、から」
明日になったら勝手に出てくと思っていた家出娘は、雨に打たれていたせいか熱を出してしまっていた。おかげで追い出すつもりが追い出せなくなってしまっていた。
流石にな、俺だって血の通った人間だ。熱出して起き上がるのすら辛そうな女に向かって、出てけとは言えない。
「優しいん、ですね……」
「ここで追い出せるのは優しい優しくない以前の問題だと思うな」
「確かに……ふふ」
「何笑ってんだよ、頭おかしくなったか。とりあえず色々買ってくるから」
「……はい」
とりあえずドラッグストアで冷却ジェルシートを買いに車を走らせた。他にもゼリーとか身体怠くても食えそうなもんを幾つか。ここまでやってやってるってことそのものに感謝してほしいなとか頭の中で文句を言いつつ。こういうところが、俺のバカなところなんだろうな。こんなことやっても、なんにもなりゃしない。なるはずないのに。
「お前のせいでとんだ三連休になっちまったよ」
「……すみません」
「はぁ、学校は? 大丈夫なのか?」
「……ん」
「まぁいい、良くなったら出てけよ」
思わずお節介を焼いた自分に腹が立った。家出してる相手に学校は、だなんてバカだなホントに。笑えねぇ。
──俺はあの不良女に説教できるほど偉い人間じゃねぇ。18歳未満だからと言ってはいるが、それが相手も同意だったんなら話は別で、そうやって女子高生を食ったことだってある。そして現状、あの女のことも食ってやりたいと思ってないわけじゃない。
「もう大丈夫か?」
「……は、はい。おかげさまで」
「そっか、まぁ今日も泊まってけ……仕方ないからな」
「ありがとうございます」
「その代わり、なんでビッチの
「──っ!」
思えば、この判断が一番のミスだったんだろう。そのまま気づかないフリして明日にでもとっとと追い出してればよかったのに。俺は結局、こういう中途半端な男で、細かいミスを繰り返して、いつしか取り返しのつかないことをする。
ただこの時は、このブラックボックスみたいな家出娘の事情に巻き込まれてる気がしていた。
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Part2
──事情を訊き、単純にまとめるとこの女、
「そこで、クラスにギャルっぽい子がいて──違うクラスの男子とお付き合いをしてました。素行不良で、いつも赤点ギリギリですけど、その子の方が……その」
「充実してた、幸せそうに見えた──か」
俺が言葉の続きを奪うと、力なく首肯する。次第に恵美は自分がしてきたことへの虚しささえ感じるようになったらしい。親に言われていいとこの出のお嬢様としての気品みたいなのを身に着けて、ふさわしい人生というものに──自分である必要性を失った。だから、栗原恵美という器をぶっ壊した。
「でも、格好を変えて、家出しても……どうしたらいいかわかんなくなっちゃって」
「なるほどな、それで雨の中、捨て猫みてーな顔してたわけだ」
「……ん」
「じゃあなんだ、所謂神待ち、みたいな女が何をするかなんて知らなかったんだな」
「……神待ち?」
「お前みたいに家出して泊まる場所に困ってる女のことだよ」
そこで男に頼れば代償は身体以外の何物でもない。俺も合意があればいただく気満々だったしな。わざとそう言ってやると恵美は顔を赤らめて袖を握り込んだ。多少の葛藤があったのだろう、再び上がってこちらを見る顔は覚悟に染まっていた。本当に、くだらない。
「……それで、泊めてくれるのが、チャラになるなら……いいですよ」
「まだそんなくだらないこと言ってんのか、さっきまで熱あったんだ、とっとと風呂入って寝ろ」
「え……なんで」
「その気になったらいつでも襲ってやるからな」
「……は、はい」
それは合意とは言わない。少なくとも俺の中での合意ってのは、セックスをしなきゃいけないじゃなくて、セックスしたいって思うことだからな。だからパパ活とかもあんまり好きじゃねーんだよな。あれはセックスが目的じゃなくて、お金が目的だ。それで嫌悪を抑え込みつつ抱かれにくる女なんて、こっちから願い下げだっての。
『そういう偽善者なところ、センパイらしくて濡れちゃいますね』
「黙れ虚言癖、お前は見た目と中身交換しろ」
『その恵美ちゃん? とですか? あはは、これはぁ、清楚系が好きな男の人が圧倒的に多いからに決まってるじゃないですかぁ〜♡』
「清楚系ビッチとか流行らねーから」
『好きなクセに〜、じゃあまた落ち着いたらセンパイの溜まった性欲、発散させに行きますからね〜』
もう一度うるせぇと言って、色んなことを頼んでおく。こういう時、この思考回路と股の緩い後輩は便利だ。頼りになると言ってやってもいい。でも合意ってのはこういうのでいいんだよな、別に性行為に覚悟とか、重たいもんなんて乗せてほしくはない。そんなの萎える。楽しいから、気持ちいいから、それでいいんだよ。
「なぁ恵美」
「はい」
「これからどうするんだ、お前」
「どう……どうしましょう」
「だろうな、帰る気は?」
「それは……その」
「まぁいい、つか高校どこだよ」
「あ、高校はそんなに遠くなくて、家とは電車で二時間くらいですけど……」
そんな遠いのかとびっくりした。そんなんならもうほぼ始発出じゃねーか。それを毎日やってたら確かに頭おかしくなるわ。そして学校帰りにそのまま帰らなかったと。そんなことしたら親はめちゃくちゃ心配してるだろ。そう言うと恵美は首を横に振った。
「両親とは朝、喧嘩して……もう出ていくって」
「それでマジで出てくと思う親はいねーって、たぶん」
「いいんです……私なんていなくても」
「はいはい、わかった。しばらく置いといてやる」
「……え? な、なんで……あ」
何かに気付いて自分の身体を隠すようにする。だから俺はお前が迫ってこなきゃ襲ったりしねぇって。つかむしろ知らんおっさんとかに犯されたくなけりゃ俺んちに居たほうが安全だ。それによっぽどじゃなきゃ俺んちより広い神様はいらっしゃらねーと思うぜ。戸建てで独り暮らしてる虚しい男なんて。マジで俺くらいなもんだ。
「どうして、そこまで?」
「お前がイイ女だから、恩義を感じて処女捧げていいって思えるように点数稼ぎしてるんだよ」
「……それ、私に言ったら意味ないんじゃ」
「それと、とりあえず明日休みだろ? 服とか買い物行くからそのつもりでな」
「わかり、ました」
明日の約束は取り付けたし、とりあえず俺のモヤモヤ、もといムラムラの解消の予定が出来て安心した。
本当に、気まぐれだ。気まぐれに捨て猫を拾って、このまま放すとどこかで野垂れ死にしてしまいそうで、それだと寝覚めが悪いからと助けた責任を果たしてるに過ぎない。
「本当に、何もかも……お礼とかって」
「捨て猫がいっちょ前の口利いてんじゃねーよ」
「私は……」
「難儀なやつだな」
ソファはそこで寝ることもできる広さのものを買っておいた。そこで寝ようとする俺を見て一緒に寝てくれるのかと訊ねるともちろん拒絶が最初に出てくる。そんな状態で、よく他人に気を遣えたな。まぁ両親によって男とは無縁で育てられてきたんだろう。そんな箱入りを手籠にするには過程がめんどくさいためパスだ。やっぱすぐに抱ける女のがいい。
「というわけで、私は
「は、はぁ……よろしくお願いします……監禁?」
「聞き流しとけ、そいつ虚言癖だから」
「ひどいなぁ」
監禁してねぇから、むしろ保護してんだわ。まぁ世間的にはそっちの方が近いかもしれないけど。
ストレートの黒髪ロングで化粧もおとなしめで、露出の少ないガーリーな衣装が似合うちょっと童顔な碧は男ウケがバカみたいにいい。ただ中身はセフレとカレシを複数持つとんだビッチだけど。あ、いや今はどうなんだろうな。
「ごめん碧、巻き込んで」
「殊勝な態度になるくらいなら捨てていらっしゃい」
「なに目線だよ」
「……センパイの顔、嫌だって思いっきり書いてるから」
なんだそれは、まるで俺が恵美に執着してるみたいじゃねーか。反論しようとしたが、碧にはどうでもいいと一蹴されてしまった。
買い物の理由は服とか下着とか、生理用品とかの確保だ。イマドキはネットとかで買えばすぐだが、恵美は明日の着替えにすら困ってる状態だ。今は雨に濡れた時の制服姿で、恐らく下着もその当時のものだろうが、借り物でずっと過ごすのは居心地悪いだろう。
「俺もついていかなくちゃいけないのか?」
「娘の買い物付き合えないお父さんはダメですね〜恵美ちゃん?」
「……流石にそんなに年齢離れてないだろ」
恵美は高校二年生らしい。すると今年17歳か、八歳差で十八歳未満──手出したら問答無用で犯罪だな。またなんでこんな微妙な年齢の女を拾っちまったんだろうなぁ。
結局荷物持ちやら事情聴取も兼ねて俺も連行されることになった。後は車を出せってことなんだろう。
「なんかミスマッチだ」
「だな」
後部座席にちょこんと座るブレザー姿の恵美は金髪にきっちり着崩すことのない制服という妙なミスマッチが面白かった。一応学校の連中にバレないようにな、とは言ったけどおそらく普段は黒髪で真面目な委員長のこいつがすぐにバレるようなことはないだろう。多分。制服着てるから、どうだろうな。
「ミスマッチって、なんかエロスを感じる……」
「よくわからん」
「私がギャルっぽい格好したら喜んでたのに……あんなにがっついたのに」
「虚言癖やめろ」
そんな記憶はない。俺に変な性癖を付け足そうとするな。俺の性癖らしい性癖は女が愛情とか関係なしに俺って男との行為に溺れてる瞬間だ。なんか変な方向の話になったから現状無理やり禁欲状態なのを思い出した。隣にいるのがセフレのためちょっとムラムラしてきた。二人きりだと脚くらい触っても許されそうだが、果たして今はどうだろう。リスキーなので試せるわけもなく。
「お金出そうか?」
「いらねぇよ、つかお前も服とか買いたいもん買ってやるよ」
「出たーセンパイほんと貢ぐよね〜」
「貢ぐわけじゃねーよ、金に糸目を付けない方が、女側も迷いが減るだろ」
「そういうところは、センパイは高校の時から変わんないよ」
「そうかもな」
高校の時から、実家は裕福で、つか実家が裕福でもなけりゃ二十代で戸建てに独り暮らしなんてバカみたいなことできっこなかっただろうけど。親父は投資家、おふくろは政治家の秘書、んで俺はその愛する独り息子でありドラ息子ってわけだ。当然親は優秀な男子にしたかったんだろうが、幼い頃からなんでも与えられつつ、肝心な親として必要なもんを与えられずに育ったことで、それをくだらないと思うようになった。
「金なんて、余分に溜めておくよりも自分の好きなことに使うほうが有意義だろうが」
「センパイずっと女好きだもんね〜」
「お前が俺を知るより前からな」
「あー、脚触ったな〜?」
「そこにあったからな」
「後で〜」
「わかってるって」
その碧との会話をきっと後ろの恵美も聞いていることだろう。それに対してどう思うか、それとも碧に話を伺ってどう対応するか。俺は来るもの拒まず、去るもの追わずがモットーだ。
まぁ少なくとも、箱入りで男も知らねー処女にだって俺んちに居候し続ける危険性くらいは、わかってくれてるだろう。そして助手席に座る女とどういう関係なのかも。
──この時点では、自分がどういうことをしようとしてるかなんてあんまり気付いていなかった。碧はとっくに気付いていたみたいだが、面白がって止めずにいたらしい。性格悪いな、俺の後輩は。
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Part3
年齢的に女子高生とヤレない、ということはない。俺はヤル相手を年齢で決めることはない。条件はイイ身体をしてるかどうか。後はある程度プレイとかで譲歩してくれる相手だろうか。
その融通のためなら欲しい物は大抵貢いでやってる。それが無駄になってると知っていても、一時的な快楽のためには散財を惜しまないのが俺の決めたルールだった。
「これで本格的に衣替えするまではなんとかなるだろ」
「……本当に、こんなに、よかったんですか?」
「よくなかったら、ヤラせてくれんのか?」
「……ごめんなさい」
「謝るくらいなら遠慮してんな。お前が払えるのは身体だけっていい加減覚えとけ」
俺の脅しのような言葉に居候の捨て猫、恵美は目を逸らす。まぁ拒否るだけ多少覚えた方だろうと頭を切り替える。
衣替えは時期になる前にネットで買っておけばいい。何度も碧を呼ぶのもよくないだろうし、俺としては欲張っても自分でほしいもん選べるようになってくれたらそれでいいんだけどな。
「それじゃあ、俺は碧送ってく──いや泊まるから、テキトーに風呂入ったら寝てていいからな」
「あ……う、はい」
「じゃあね、恵美ちゃん」
「……はい」
飯は食ったし、特に気にする必要なんてない。なのになんだろうか、この罪悪感は。そんな胸のモヤモヤを碧は見抜いていたのか、それとも表情に出ていたのか、くすっとバカにしたような笑い方をしてくる。お前、絶対鳴かせてやるからな、覚悟しとけよこの野郎。
「心配なんでしょ? 恵美ちゃんのこと」
「心配……俺が?」
「他に誰がいるの? 独りにしておけないんでしょ、ペットの飼いたてってそういう愛着湧くよね〜」
「なるほどな」
「それに相手がピュアガールなのに、後輩とホテル行くなんて、なんか悪いことしてるみたいじゃん?」
それで、落ち着かなかったのか。そんなことを俺が感じてたのか。それは主観的でありながら、他人事のようで、俺じゃないみたいだ──なんてことを思った。それとは別に、溜まった鬱憤と性欲の放ちどころを見つけてムラムラしてる自分に上書きされた。流石にな、生殺しなところもあったもんで。
「あ〜、もう無理〜、性犯罪者〜」
「ごめんて言ってんだろ? ほら、お湯加減いいぞ」
「はぁ……もう、センパイってば、どんだけ恵美ちゃんにムラムラしてたの?」
「いい身体してんじゃん、身体のラインとか」
「なのに手は出さないと、いつからそんな聖人になっちゃったの?」
「相手、処女、しかもあんまり合意じゃない」
わかるけどさ〜と広い浴槽で俺に碧がもたれかかってくる。確かに、俺はそこまで優しい男じゃなかった気がするな。基本的にセフレになる高校時代から碧の紹介は何人もしてもらったが、処女は断ってた。だけど、そこまで女の態度とかを察知してなんたらとかしてたことはないな。
「結局、それで失敗してるからってのもあるな」
「あ〜」
「今回はそれに処女だ、一生モンの傷になると思うとな」
「それもそっか」
落ち着いたらまた新しい子紹介してあげるよと言われて、俺はそれに頼むわと返す。こいつはなんでか人脈広すぎてJKから俺より年上まで様々だからな。ただそんな万能後輩の碧もそろそろ結婚の話が出ているらしく、こうやってセフレと遊べるのも今年が最後かなとか笑っていた。
「想像できねーな、お前が結婚って」
「式には呼んであげないから」
「招待状送られても欠席に○付けるから安心しろ」
「でもご祝儀は期待してる」
「連続生中出し、なんてどうだ?」
「二度と遊べなくしてあげてもいいんだよセンパイ?」
冗談だよ冗談、ただ俺の性癖上それが満たせる女がいないんだよな。ゴム越しとの違い──性欲というか、原始的な子孫を遺すための本能を刺激されるのがいいっていうか。当たり前だけど、ピル飲んでるから生でもいいよとか言ってくれる女なんてそうそういねーからな。まぁ確率的にはゴム越しより危険度高いし。
「そういう性癖も満たしてくれて、気軽にヤラせてくれる女いねーかな」
「欲張りだね〜」
そんな雑談をして、なんだか気分が変わったのかもう一度だけ相手をしてくれてそれから夜を明かして、俺は家に戻った。普段は誰もいない家だが、鍵を開けて伸びをするとそこには掃除機を掛けるロングパーカー姿の女がいた。
「あ、おかえりなさい」
「……なにしてんの」
「お掃除です」
「うーん、理由を訊いたつもりだったんだが」
「独りでここのところ考えて決めたんです、このままただ飼われるのは嫌ですけど、身体でというのは……その、怖いので」
「おう」
「なので、家政婦さんになろうと思います」
「……なるほどな?」
わかりにくいが、要するにもらいっぱなしだとどうしても気分が悪いということらしい。本当に無駄に律儀なやつ。だが俺はそこでいらないとは言わずにおいてやる。ぶっちゃけ楽できるし、目の保養としてはいいからな。
「住み込みだから、メイドさん?」
「そういうのに拘んなくていいだろ別に」
「飼われてるメイドさん……へ、変態さんです!」
「自分で勝手にエロい方面に組み立てるのやめろ」
「じゃあ、変態じゃないんですか?」
「いや……それは否定できねーけど」
元捨て猫でメイドさんが誕生した。うんエロい。多分この組み合わせでエロスを感じない男はそういないだろう。しかも相手がスタイル抜群の抱き心地良さそうな美少女なんだから余計に。せっかくスッキリして帰ってきたのに悶々としそうだな。
「そういえばご主人様」
「メイド設定引っ張るのか」
「……おじさん?」
「俺まだ24なのよ、お兄さんで通じる年齢なんだけどな?」
「お兄さんっていうのなんか嫌ですね」
「じゃあ名前でいいだろ」
「そんなことよりご主人様」
「……もういい、なんだ」
「朝ご飯は、食べて来たんですか?」
俺は首を横に振る。思ったより寝てしまって起きたら碧がヤバいって言うもんだからすぐに送ってってそのまま帰ってきたんだ。しまったな、コンビニでもなんでもいいから買ってから帰ってくるべきだったな。そう後悔していると、メイド気取りの捨て猫は朝ごはん用意しますねとやや胸を張ってドヤ顔気味に言われた。でかい。揉みごたえありそうな弾み方だ。
「……私は食べれませんよ」
「どっちの意味で?」
「そうじゃないと出てけと言わない限り」
「腹減ってんだ、余計なボケはいらねーよ」
「どっちが欲しいんですか?」
「朝飯に決まってんだろ犯すぞ」
「お望みのままに」
どっちの意味だよとはもうツッコミを入れるのを諦めた。なんか、借りてきた猫だった昨晩までが嘘みたいに恵美はくすくすと楽しそうに笑って、ご飯とサラダと焼き魚とタレで煮込んだ牛肉が出てきた。途轍もなく牛丼屋の朝定食みたいなメニューが出てきた。お茶も緑茶だし。
「お父さんが昔、たまに食べる牛皿定食はホテルの朝食よりおいしいと言っていたので」
「これ焼き魚定食だけどな」
「……違いは?」
「名前聞きゃわかるだろ」
「奥が深いですね」
いやめっちゃ浅いからな。死ぬほど浅瀬だったぞ今の会話。この天然ボケぶちかますお嬢様がこの女の本性ってことか。けど料理上手で家事得意という自己評価はどうやら自他ともにってやつだったようで、おそらく俺よりテキパキこなしてる。こりゃあ、使えそうなメイドさんを拾ったもんだ。性処理に使えればなんにも言うことがねーんだが。
「この後、どうしますか?」
「なんだ、行きたいところでもあるのか?」
「お買い物したいです。明日から学校ありますし」
「その前に、一旦髪の毛染め直した方がいいぞ」
「……ダメですかね?」
「好きにすりゃいいけど、お前は学校じゃ優等生で通ってんだろ? 髪染めて出てきたら教師が黙っちゃいねーだろ」
「そ、そうですね」
俺は美容院に電話をしようとするが、やっぱり拒絶感がした。染めるのが嫌なのか、金髪が気に入ってるってならあんまり強制はしねーけど。それか、あれか。優等生に戻った気分になるのが、嫌なのか。
「……私は」
「最悪、親に連絡行ってもいいってんなら、俺は止めねーけど」
「でも……」
「ま、なんにせよ染め直した方がいいのは確かだな」
「……う、は、はい」
「なんせ美容院スゲーぞ、自分でやるよりキレイにしてくれるからな」
「……え?」
どこでどうやったかは知らないが、確実に慣れないながら自分で染めたんだろうことがよくわかる。それで登校するのは逆にカッコ悪いだろ。どうせなら髪色バシッと決めた方がいいんじゃねーかな。別に金だけじゃなくて、色んなカラーあるしな。俺は割と明るい色とか好きだぜ。
「イメチェンして形から入るってんなら──後は、巻いてみるとか」
「巻く、ですか?」
「ゆるふわカールってやつな、ストレートもいいが、ふわっとしてるのも俺はいいと思う」
「……お兄さんの性癖に合わせるのは、嫌です」
「アドバイスしてやってんだろうが」
いつもストレートなら髪型変えるとかな。似合ってる髪型ってのは絶対あるよ。碧見てみろ、あいつ自分の見た目が清楚系なの知ってるからサイド三編みとかハーフアップの三編みとかよくしてるぜ。カールさせるならサイドテールとかな。別に俺個人の好みだからお前が合わせる必要はねーけどさ。
「……でも、ありがとうございます」
「おう?」
「染め直して、このアッシュゴールドっていうの、トレンドらしいんですけど」
「ブリーチしねーんなら暗めになるんじゃね、こういうの」
「……ぶりーち」
地毛の色抜くってことな。オススメはしねーよ。髪痛むからな、
「漫画の話じゃねーからな」
「……まんが? 脱色する漫画?」
「そうか、伝わらなかったか」
王手少年誌の人気作品だった気がするんだが、ブリーチ。そういえばもう連載終わったの五年以上前だったな、忘れてた。時間が経つのは早いなホントに。
贔屓にしている美容院になんとか飛び込みの予約取り付けて、俺と恵美は数日分の食料を求めて車を走らせることになった。
ここからが本番だ。この捨て猫みたいな女との生活がどうなっていくのか、俺はそんなことを考えることはしてなかった。いつもどおり、なんとかなるだろうの精神で俺は思った以上に様になってる私服姿で出てきた厄介事の種を助手席に乗せて、出発した。
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Part4
タバコを吸ってそうとよく言われるが、実のところ俺は嫌煙者だ。理由は大きくわけて二つ。一つ目は味覚が鈍くなるという話を聞いたから。舌が肥えるのは女性をエスコートするために必要な能力だ。それをわざわざ娯楽で潰すのは俺にとってデメリットの方がでかくなる。
もう一つは体臭を嫌う女が多いからだ。さらに噂によると精液もまずくなるらしい。そう言われると身体を貪るのが生きがいの俺としては吸うメリットが存在しないレベルだ。
「よかった、タバコ臭いとか言われたらもっと危なかったから」
「つまりは追求は回避しきれたんだな」
「はい、その代わり話し掛けてくる人もいませんでしたけど」
そりゃ真面目で成績優秀な委員長が暗めとはいえアッシュゴールドなんて髪色にしてきたら誰だって遠巻きに見守るだろうよ。とはいえ、実は家に連絡されてました〜なんて言ったらアウトだけどさ。とりあえず、一週間は穏便に終わってよかったな。
「ご飯作りますね」
「おう」
スリッパをパタパタと鳴らしてエプロンを着けながら、キッチンへと向かう恵美は、どこか楽しそうですらあった。思うに、ここには今までの自分の家にはなかった自由があるからだろう。なんとなく俺もそんな料理してる様子が見たくてキッチンに向かうとどうやらシチューかクリーム系のパスタがメインのようだ。
「このおうち、色んなお鍋とかあって面白いですね」
「振る舞うのも振る舞わせるのも好きだからな」
「女の子にですか?」
「ああ」
「そういうエピソードも、知りたいです」
「後学のためになるかどうかは保証しかねるけど」
もう一つ言わせてもらうとこの手の話は大抵、性的なやりとりが付け加えられる。それを含めてのエピソードが知りたいっていうんなら語れないこともないが。
そうだな、一番ベタでテンプレなやつがあったな。キッチンで料理を鼻歌交じりに作ってくれてる女の隣に立って腰を抱く、みたいな。
「んっ、今……料理してるから」
「なんか、後ろ姿が妙にエロかったからな」
「もう……」
奪うようにキスをすると火が点いたみたいになって、そのままダイニングテーブルに手を掛けさせて後ろからとか、皿洗い終わってからその場で口使わせてもらったりとか。
キッチンって特殊なプレイをするのに結構最適な場所なんだよな。変態的だと玄関でとかもあるけど。
「……なんか、大人だ」
「高校生でこんなことしてたらどんな退廃だよとか思うけどな」
「そもそもキッチンに二人ってシチュエーションが少ないですよね、たぶん」
「だな」
まぁさらに付け足すと俺んちは男の独り暮らしだけど戸建てで存分に声出せるからな、使えるシチュエーションも多めだ。狭いなら狭いなりの利点もあるにはあるけど。俺は風呂とキッチンとベッドが狭いのだけはどうしても我慢できなかったからな。基本理念はどこの空間でも女と二人でいられるようにって内装設計だ。
「並んでご飯作ったり、お風呂入ったり……寝たり、それで広かったんですね」
「当たり前だろ。ここは俺が女を連れ込むために考えた城だからな」
「そういえば私の荷物、寝室の隣の部屋に置いときました」
「いいぜ、化粧台置いてあっただろ、メイクはそこでしていいから」
「はい」
後は、いつまでも恵美にベッド取られるのは嫌だということでエアーベッドなるものも買っておいた。膨らませると思ったよりふわふわで気持ちよくてちょっといいなと思った。俺のベッドはこれより値段が段違いなので手放すのは流石にもったいないが。これで俺は見事ソファで寝泊まりする生活を終えることになった。
「ん、うまいな」
「それはよかったです!」
「本当に家事なんでもできるな」
「これからもこき使ってください!」
そんな笑顔を放たれ、俺はわかったと頷いた。随分楽させてもらってるな、と思いながらパスタを巻いているとふと思い出したかのように恵美は俺に向かって申し訳なさそうな顔をしてきた。なんだ一体。
「私、普通に一緒に食べてましたけど……メイドって確かキッチンとかで食べなきゃなんですよね」
「お前をメイドとして雇った覚えはないが」
「ペットでしたね」
「追い出すぞ」
「ご主人様、捨てちゃうんですか……?」
「犯すぞ」
「ご主人様が仰せなら」
こいつ、無敵か? とはいえ心の底では嫌がってるのを知ってるから俺はくだらないこと言ってんじゃねーと言うと、恵美もそう言われるとわかっていたように笑顔で頷いた。髪色が変わったせいか、それとも実際にそうなのか知らないけど、たった一週間くらいで明るくなったな。家事を積極的にこなすことで遠慮が薄れたんだろうか。まぁそれはそれでいいんだけどな。
「お皿、洗います」
「一緒に洗ってもいいんだけどな」
「……そのまま、私がデザートということですね」
「お前下ネタ多いんだよ」
「飼い主が好色家なので」
「俺のせいにすんなよ──わかった、お前に任せるよ」
「はい!」
俺はその間に風呂に入ってのんびりしてから、皿を洗い終わった恵美と入れ替わる。テレビをテキトーに見ながら熱された身体を冷ましていると、ストンと隣にホットパンツで部屋着のネコミミがついた白のロングパーカーの前を開けてキャミソール姿のおいしそうなJKが座ってきた。
「……お前さぁ」
「なんですか?」
「自分が安全だと思ってんなら大間違いだからな」
「だって、暑いんですよ?」
「せめてTシャツにしような」
「……見ちゃダメ、です」
無茶を言うな。こちとら手を出しちゃダメな女を横に置いてる経験がほぼないんだよ。そんな恥じらいにすらちょっと湧き出てきた煩悩を払おうと俺が選択したのは──アイスを食べることだった。しょうがないから、今日もありがとなと恵美にもアイス用の小さな金属製のスプーンとクッキー&クリームを渡すときょとんとした顔をした。
「なんだ、食べたことなかったか?」
「いえそうじゃなくて、いいんですか?」
「なくなったら買えばいいんだよ。そもそも食いもんなんて何ヶ月も冷やしとくわけないだろ」
「……では、いただきます」
紅茶も一緒に淹れてやる。アイスと高級茶葉のホットティーの組み合わせは俺が年中アイスを冷凍庫に入れてある理由の一つでもあった。紅茶は趣味だと割とウケがいいからってのもある。コーヒーは飲みすぎると体臭に出るし。いいもの食って、ちゃんとした規則正しい生活を送る。そうすることが俺の好きなプレイをしてもらえる確率にもなり得るんだからな。
「……そもそも精液って味変わるんですか?」
「俺は味わったことねーけど、飲んでもらった子曰く」
「なんか、お腹壊しそう」
「まずいとお腹壊すって」
「そんなもの女の子に飲ませてるんですか、変態な上に鬼畜なんですかもしかして」
「今すぐ俺の味わうか?」
勢いよく首を横に振るくらいなら最初から言うんじゃねぇ。というかお腹壊したエピソードのお相手は俺じゃねーんだわ、そいつのは飲めないけど俺のは飲めるって言われたんだわ。なんか女子高生にする自慢じゃないことはよくわかってるが、そういう努力と下地作りが、今の乱れた生活に繋がってるんだよ。
「規則正しいのに乱れてるんですね」
「まぁ、だから時折帰ってこない日もあると思うけど」
「けど?」
「そういう時は連絡する、それは忘れない」
「……信じますからね」
少しだけ不安そうな笑顔をされて、俺は思わずその頭を撫でた。拒否されるかと思ったが、恵美は気持ちよさそうに目を細めて、まるで猫がゴロゴロと甘えるようにふふふと口から息を漏らした。
俺にとって、段々と捨て猫だったはずの、家出娘だったはずの恵美がいる生活が当たり前になっていくのを実感する。そして驚くことに、生殺しのはずのその生活が、俺にとって悪くないものだと感じてもいた。
「わぁ……水族館かぁ」
「いいよな、水族館、暗がりだから多少変なとこ触ってもバレない」
「そういうことするんですか?」
「ムラっとすると割と触りたくなる」
「ご主人様、女の子は性欲抜きで単純にデートしたい時もあると思います」
「男性経験ナシ処女の話は受け入れません」
テレビの特集に目を輝かせるJK──恵美が家に来てからもうすぐ二週間が過ぎ、三週目に入ったところで月末、つまり長期の休みが目前に迫ってきていた。いつもならテキトーに女を侍らせて肉欲に塗れた日々を送るところだが、今年は恵美がいるし、そもそも予想通り五月が近づいてきて、みんなカレシやら旦那の予定で埋まっていた。学生の頃のようなバイタリティは当たり前だがないし、ナンパするのもめんどくせーからな。
「行きたいか?」
「下ネタですか?」
「イカせてやろうか」
「イッたことないので激しくなければいいですよ」
「……水族館だよ」
「どっちも行ったことないので、ちょっと興味があります」
下ネタやめろとは思いつつ、なんだかんだで俺と恵美の会話テンポがこれで確保できているのでもう諦めた。どんどん言葉遊びで下ネタかましてくる見た目派手で男の目を惹く魅惑のボティしてるのにも関わらず中身は男性経験ナシどころか男と手を繋いだことすらないピュア中のピュアな処女とかいう俄かビッチと化していた。ロングだった髪もちょっと切って、出掛ける時は巻いてハーフアップで清楚さも醸し出してくるけど。
「──たまにはそういうのもいいかもな」
「どういうのですか?」
「普通のデート」
「デート……」
「水族館で非日常を味わって、思い出を作って終わり、セックスはなし」
「それ、楽しいんですか?」
「お前がそれ訊くかフツー?」
確かに、と笑って恵美は普通のデートがしたいと言った。たまには家事とか任せっぱなしの飼い猫兼メイドにも休暇を与えないとな。その気持ちで五月頭──つまりはGWの予定を立てていく。旅行ってのもいいな、割と俺は星見るのも好きなんだよな。後は景色を楽しむとか、京都とかみたいに情緒ある場所ってのもいいし、うまいもんめぐりももちろん好きだ。
「じゃ、じゃあ……わがままとか、言ってもいいですか?」
「休暇だからな、俺が叶えられる範囲で頼むけど」
「じゃあ、えっと──キャンプって、できますか?」
「キャンプ?」
「はい、こうテントで寝泊まりして、バーベキューして、星見て、そういう体験してみたいです!」
「なるほどな、いいんじゃねーかな、山か……確か親戚に山買ったやついたな」
「いいですね、山って一時期ブームで、正月とかあの山が安いとか、手入れとの釣り合いがって両親が親戚と話してました」
そんなこんなで俺の父方の親戚が買った山とそこに建てたコテージを拠点に、二泊三日で最後に水族館という旅行計画が完成した。
俺は、またもや旅行中は禁欲生活を送らなければならないことに気付いたが、いい加減慣れてきたな。
──旅行前はセフレ誰か募集して発散したら大丈夫だろう、多分。
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Part5
恵美はスマホを持っていなかった。理由としては帰ってこないのをGPSとかで探知されると困ると思って駅のホームに叩きつけた上で電車に捨ててきたらしい。なんて行動力、その思い切りの良さがこいつのいいところなのかもしれない。やると決めたらやる、みたいな。
「下ネタですか?」
「その返し、既にこの二週間で聞き飽きた」
「やると決めたらご主人様の性的な意味でのペットになることも辞さないので合ってますけど」
「恵美、ステイ」
「犬じゃないです、猫です」
現在、俺と恵美は高速道路を走っており、この会話中はサービスエリアの入り口へとハンドルを切ったところだった。このペット手が掛からないんだけど、やかましい。
GWの混み方はそこそこだった。家族連れやらカップルやら、大学生と思われるグループなど、様々な人が集まっていた。
「サービスエリア、初めて降りました」
「そうなのか」
「車で旅行とかしたことないし、中学生の時も修学旅行には新幹線でしたからね」
「……なるほどな」
それなら船とか飛行機はあるのかなと思ったら恵美はそもそも海外旅行とかもしたことがないらしい。箱入り娘だな、人生で東京から出た思い出がほとんどないってのは、そりゃ外の世界に憧れが出るわけだ。
俺個人の意見だが、気軽な非日常として何年も思い出を語ることのできる旅行は人生の上で大事だと思う。トークの種にもなるから女ウケいいしな。
「ご主人様ってすぐ女ウケって単語出てきますよね」
「外でご主人様呼びはやめろ」
「失礼致しました」
「それもやめろって」
「お兄さん」
「……おう」
女ウケが頻発するのは俺が女を抱くのが生きがいだからな。そのために努力してきたことで俺のパーソナルデータは構成されてる。まぁ基本的な社交界のマナーは小、中学生の頃に叩き込まれてるからそれを用いてることも多いけどな。基本的には後からモテる男の特徴的なのを全部詰め込んだからな。
「結果、チャラくなりすぎたと」
「そうとも言うな」
「だから車が無駄にカッコよくない、広い感じのやつだったんですね」
「俺としては外車とかいいと思うんだけどな」
「狭いですもん、叔父はミッション? マニュアル? っていう背の低い車乗ってましたけど」
「なーるほど」
そう、カッコいい車って別にモテない。なにせ女は車のカッコよさなんて見てないからな。それより乗りやすくて広い車の方がアドがでかい。なんなら車でヤれる方が強い。人気のない暗がりとか、それこそ誰も来ないなら駐車場とかでもな。個人的な空間を気軽に作り出せるのは強いんだよな。
「そんな人と二人きりでドライブしてるって……もしかして危ない?」
「そんな男の家に寝泊まりしてる時点で気づけ」
「そうでした」
クスクスと笑うJKを連れて、俺は昼飯を食べて再び出発する。後二時間も運転すれば到着するだろう。そう言うと恵美は急がず安全運転でお願いしますとシートベルトを締めながら言ってきた。わかってるって。
ちょっと退屈しのぎに音楽でも掛けてほしいと俺が言うと恵美は頷きつつスマホを操作し始める。
「なんだこれ」
「知らないんですか? 最近インディーズでもプロでもガールズバンドが流行してるんですよ」
「へぇ……そういや碧も知り合いにいるとか言ってたな」
「そうなんですね、私の学校にもバンド組んでる子結構いますよ」
俺が新しく契約したまだ数人の連絡先しか登録されてないスマホから流れる音楽がBluetooth経由で車のスピーカーから流れている。バンドって言うと治安悪いイメージあるけど、ガールズバンドか。かわいいのばっかりかと思ったらロックなのもあるらしい。ちょっと興味湧いてくるな。
「今度ライブとか行ってみるか? チケットとかどこで売ってるのとか知らないけど」
「ホント!? 行ってみたい、です!」
音楽の話をしながら車は目的地へと順調に進んでいく。俺の思い出としてはクラブとかで女遊びするとかくらいだから厳密に言うと音楽系の思い出はないのかもしれない。すると恵美もあんまりポップスとかには触れてこなかったと言っていた。箱入りエピソードと女遊びエピソードに偏りがちな会話だが、思いの外コミュニケーションはスムーズだった。
「ご主人様は一体何人の女の子とお付き合いしてきたんですか?」
「付き合ったのは、二人……いや、三人?」
「少ない!」
「中学ん時の一人を含めると三人、後は高校の時に二人だな」
「大学でお付き合いしてないんですか?」
「恋人は一人も」
セフレは数人いたけど。それは高校の時からそうで、でもまぁ高校はセフレというかもはや浮気だったな。特定の誰かと付き合うのはちょっと無理そうだって高校の時にトラブって、それで碧を頼ることになったんだからな。というか碧との当時はまだ身体とかなかった関係はここから始まってる。
「碧さん、かわいいですよね」
「見た目清楚だしな」
「ちょっと幼い感じもあって、ああいう人がモテるんですかね?」
「セフレとしてな」
「あー……恋人にはできない、的な」
あいつカレシいてもお構いなしにセフレ作ってたし、なんなら本命二人とかのたまってたからな、昔は。お前はああいう女は参考にするなよ、あれはモテるんじゃなくて、リア充でもなくてただのビッチだから。肉棒あれば満足っていうクソ女だから。抱き心地いいし名器なのがクソうざいけど。
「……私は、どうなんでしょうね」
「なに、確かめてやろうか?」
「処女はめんどくさいんじゃないんですか?」
「同意なら考えるけどな」
「嘘ばっかりですね」
「お前だって冗談だろうが」
「冗談と嘘は別物です」
不毛な会話をしていたが途中でナビが次で降りろと指示してくることで、なんとか打ち切られた。
冗談と嘘は別物、か。抱かれるつもりもないのに、まるで俺の反応を伺いながら訊ねてくるのとどう違うってんだろうな。
高速を降りて一時間程、俺たちは徒歩で数分かけて坂道を登りきり、森の中にあるコテージへとやってきた。
ここを拠点に一泊目はキャンプをして、二泊目はこのコテージで、という予定だった。恵美はいつもとは全く違うだろうその景色に目を輝かせ、テラスに出て息を吸い込んで吐き出していた。
「わぁ、涼し〜!」
「この辺は夏だと避暑地になってるらしいからな、夜は多分涼しいどころか寒いだろうな」
「それじゃあ、キャンプも暖かくできる準備が必要ですね」
「そうだな」
都会の喧騒から離れ、山そのものが個人の持ち物であるため、本当に誰もいない空間。そんなところでスタイル抜群のおいしそうな女と二泊三日なんて、外の空気もわからなくなるほどに肉欲に溺れたくなるシチュエーションだ。青姦しても誰にもバレない。野生動物に襲われる心配は結構ありそうだが。
ただまぁ、相手は恵美だからな。最近その状況にもようやく慣れてきたところだ。
「なんだかちょっとしたバカンス気分ですね」
「確かにな、食料は買ってあるらしいから冷蔵庫見に行くか」
「はい!」
さすがにここに配達は来てくれないだろうからな。まぁでもスマホでマップを見たところ山降りて車で十分もすればスーパーあるらしく、またさっきマップを検索した通りネットは通ってるってかWi-Fi設置してあった。ないと生きていけないのは現代人の辛いところだ。ちなみになくても電波は通じてる。冷蔵庫には充分な程の食料が置いてあって、どうやら買い物には行かずに済みそうだ。
「流れ星とか見えるかな」
「流星群とかじゃないんだ、期待するなよ」
「そんなものですか?」
「そんなもんだ」
次に陽があるうちにキャンプの用意をする。コテージから少し離れ、開けた場所を見つけると恵美は青空を見上げながら、そう呟いていた。この見た目だけはビッチくさい箱入り都会っ子は、満天の星空ってのを舐めてるな。だが、その方がリアクションが楽しみだとまるでサプライズを用意するように俺はせっせとテントと、バーベキューのための炭火焼コンロを準備した。
「どうだ、バーベキューも初めてか?」
「そんなことないですよ、家の屋上でしたことあります」
「そうだったか」
「ただ、準備したのは初めてです。焼くのも」
見るからにワクワクしている恵美に、俺はついつい口角が上がる。日が沈み始めたくらいに火を点けて、クーラーボックスを開けて肉や野菜を焼き始める。
いや、焼き始めたのは俺じゃなくて恵美だけど。
「ちゃんと野菜も食べてくださいね、ご主人様?」
「焼肉奉行になってるな、すっかり」
「ふふ、私が焼くからにはバランスよくしますからね!」
ドヤ顔をする恵美がテキパキと焼いてくれるので、俺はかなり楽をさせてもらってる。テント設営のように知識のないことは観察して、時折訊ねながらではあったが、できることになると俺はほぼ何もやらせてもらえなくなる。現在で言うとトングすら持たせてもらえない状態だった。
「なんだかすごく、充実してるというか……楽しいです」
「そりゃいいけど、今回の旅行の主役はお前なんだから。あんまり気を回すなよ」
「そんなつもりはないです……ただ」
「ただ?」
「こんなに楽しくて、いいのかなとは思っちゃいますけど」
本人は家出中だから引け目があるのは当然だ。といっても家出って言ってもそこまでヘビーな話でもない。ただ箱入り娘の遅い思春期の発露ってところだろう。自分が歩いていた舗装された道の外にある「幸せ」があるってことを知って、少し寄り道をしたくなっただけだ。むしろそうやって幸せになれる道を模索してるのを、少し羨ましいと思うところまであるからな。
「上、見てみろよ」
「……わ、なにこれ……!」
すっかりお腹も膨れ、テキパキと片付けをしていた恵美に俺は人差し指を空に向けた。そのまま空を見上げて、恵美は言葉を全て夜空に奪われていった。言葉も、引け目も、全てが紺色の空を埋め尽くす光の粒に圧倒されていた。
「これが……星空!?」
「そう、これが真の意味での満天の星ってやつだな」
「ど、どれが何座ですか? す、すごい……」
「星座なんてわかんねーよ、アプリでも開けばわかるんじゃね?」
「あ、入れてみろって言われて使ってないアプリ」
それを使って夜空にかざせばそこに星座線が反映されるというものだった。そうでもしないとどれが何座かなんてわからないほどに夜空にはたくさんの星が輝いていた。俺も昔、両親に連れられて初めてきた別荘で、最初はマジでなんもねーし、ゲームもできないしでつまんねーと思っていたけど、この空を見て、全てが吹き飛んだ。
「天の川はどこでしょう?」
「さぁな……ああ、まだ登ってきてないみたいだな」
「そうですよね、まだ五月だから」
調べてみると五月の頭は夜中になってからじゃないと見えないらしい。少し残念そうにしているが、そんなに天の川が見たかったのか。そう思ってキャンプの折りたたみ式のイスに座ったまま星空を見上げる彼女の横顔を見ていると、その顔のまま、言葉を紡いでいく。
「私、天の川なんてないと思ってました」
「……ない?」
「だって、見たことなかったから」
「ああ、別に夏になっても都会じゃ見えねーもんな」
恵美は頷く。その日はそのままテントで寝ることにした。夕方に風呂入ったとはいえ気になるかと思ったら恵美はあっさりと寝てしまったようだった。広めのテントの中に布で仕切りを入れて、俺は涼しい風に当たりながら、アルコールを片手にしばらく天の川を眺めて、思い立ったようにスマホの写真に収めた。
──写真は、ちょっとボヤけていたが、今俺が見ている夜空をちゃんと切り取って保存してくれていた。
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Part6
恵美はテントでの睡眠も、コテージでの睡眠も中々快適だったようだ。そして、そのままの帰り道、俺は転がり込んで、すっかり俺んちに馴染んでしまった元捨て猫JKと水族館デートなんてことをしていた。
チケットを買いたいと言い出したのでスマホを渡しておく。
「このアプリな」
「え、これお金になるんですか?」
「おい箱入り、それじゃあ電子機器に弱い年配者みたいになってるぞ」
「だって!」
使ったことねーのはわかったから。つか話によるとアプリとかのダウンロードにも制限がかかってたらしい。お前んちどんだけ過保護なんだよ。現在恵美が持ってるスマホは好きにダウンロードできるし、なんなら制限とかかかってねーから知らんところで使いすぎなきゃ勝手にしてくれって感じだ。
「引き継ぎとかできなかったけどな、誰かさんが破壊した上に電車に置き去りにしたせいで」
「いいんですよ、あっちの連絡先があると特定されるかもしれないし」
「特定ってか、捜索願出されたら一発で見つかるけどな、学校通ってるんだから」
「その時は、その時考えます」
出たとこ勝負かよ。呆れているとそれじゃあ行ってきますと受付に並びに行った。バーコード決済、ちゃんと使えたか心配になったがチケット二枚持って笑みを浮かべてるところを見るにどうやらちゃんとできたらしい。
思わず頭を撫でそうになって、手を引っ込めた。危ねー危ねー。
「褒めていいんですよご主人様」
「外でその呼び方をやめろって何回言ったよ」
「褒めてくれないとペットは懐きませんよ」
「拾っただけで飼ってねーから」
お前は元捨て猫ってだけで飼い猫じゃねーよ。最近は妙に家に馴染んでるせいで忘れがちだけど、俺はお前をずっと置いとくつもりはないんだよ。抑圧された思春期の発露ってことで悪い大人に利用されねーようにって場所を提供してるだけ。
「ヤリ捨てるんですね」
「ヤってねーだろうが、過去を捏造すんな」
「……お兄さんになら、飼われてもいいんですけどね」
「わけわからんこと言うな」
だがそれ以上は何か言い合うこともなく、デートは順調だった。色んな場所にスマホを向けて、非日常にキラキラと顔を輝かせる。まるで小さな子どものように水槽にべったり張り付いて、はしゃいでいた。
「アザラシ、かわいい……!」
「アザラシがお気に入りか?」
「はい、あ、お兄さんのお気に入りはなんですか?」
「俺? ん、まぁ……クラゲ?」
「クラゲですか?」
まぁあんまり水族館でこの動物がってキラキラお目々ではしゃぐことなくて、女に合わせてハイハイって付いてってるだけだからな。なんなら暗がりなのをいいことにちょっと際どいところ触ったりするのが楽しいまであるし。まぁでも強いて言うならクラゲかな、クラゲの水槽が特になんとなくデートスポットって感じするからな。
「デートスポットっぽいから、クラゲですか」
「腕組んでゆっくり眺められるだろ? イルカショーとかよりも俺はそういう落ち着いた感じが好きなんだよ」
「なんか、すごくそれっぽい理由でした」
「だろ?」
俺が水族館とかよく行くのも学生の時は多少デートしてたからなんだよな。大人になって仕事が始まるとそういうのめんどくさくて、デートとかすっ飛ばしてホテルなり家、最低限だと飲みかレストランとかで雰囲気作ってそのままお持ち帰りとかな。こうやってデートっぽいデートってのも、随分久しぶりだ。碧なんて「デートってカレシ以外と行くと面倒事になるんで」とか言って居酒屋くらいしか一緒に行かないんだよ。
「なら、私とのこれも、めんどくさいですか?」
「なんだよ、そんなことないって甘やかしてほしいのか?」
「……そうですよ、当たり前じゃないですか」
「めんどくせーに決まってんだろ」
「う……」
「めんどくせーことでも、ただこうやってどっか出掛けるのが楽しいから、デートなんだからな」
なんか、恵美といると思い出すよな。初めてのデートの時、色んなこと考えてめんどくさくて、頭抱えてて、そうしたらそん時のカノジョが笑って言うんだ。
──好きな人と好きなところに行くのが楽しいんだから、大丈夫だよってな。
「それ以来、俺はあんまりデートの時に何かごちゃごちゃ考えるのやめてさ、そうしたらなんか会話一つだけで楽しいし、普通のファミレスの飯も、帰りの電車ですら、スゲーキラキラしてた。楽しかったし幸せだった」
「……どうして、別れちゃったんですか?」
「浮気したからな、俺が」
中学二年の時にな、当時のカノジョの他に軽くヤラせてくれる女が一人、後は教育実習生として来た時に色んな意味で仲良くなった女が一人。
それがバレたというか、セフレが俺のことを本気で好きになったとかなんとか言って引っ掻き回して軽く修羅場になって別れた。
「その子とは長続きしなかったな、二ヶ月だったかな」
「……でも、好きだったんですね」
「ああ、好きだった」
まるで青空のように広い心と晴れた空のように明るい子だった。成人式で顔を見た時はめちゃくちゃ美人になってたな。二言三言話しただけだったけど。
──でも、もう最近までマジで、その時のことを忘れてた。いや思い出せって言われたら覚えてるけど、あの時に抱いた気持ちを俺は忘れてたんだ。
「恵美?」
「もっと、聞かせてください」
「何を?」
「あなたの今まで、どういう人を好きになったのかとか、どうしてそんな風に女遊びしまくってるのとか」
クラゲの水槽にあったベンチでのんびり休憩をしていたら肩に恵美の頭が乗った。
あんまり楽しい話じゃないし、ましてや女子高生にするような話じゃない。けど、恵美の表情は間違いなく知りたいと言っていた。俺も、ここは逃げる場所じゃないなと感じた。
「よし、じゃあ飯は宅配にするか、ここで話すのもなんだからな。帰ってからゆっくり話してやるよ」
「……はい」
恵美はそれを聴いて立ち上がり、次はなんですかねとまた明るい笑顔に戻った。この週末で恵美が家に来て三週間、いい加減お互いのことについて触れないのも無理が出てきていると感じていた。特に俺は女遊びの激しいクソ男で、恵美は男性経験がなんにもないピュアの権化みたいな状態だ。全然そんな素振りを見せることもないが、そんな男の家で寝泊まりするのも、不安だろうからな。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもねーよ」
──なんか、最初はテキトーに脅していつか襲ってやる犯してやるって言っとけば怖がって出てくと思ってた。外は怖くて、いくら敷かれたレールの上を歩く幸せから外れたいと思っても、手順を踏まなきゃ逆に不幸になると思わせたかった。でも恵美はなんにも怯えることなく俺んちに居着いて、メイドよろしく家事をせっせとしてくれてて、仕事から帰ると笑顔でおかえりなさいと迎えられて。いつの間にか恵美が俺んちにいる時に不安がらないようにって考えてた。
「お店のピザって大きいんですね」
「おう、好きなだけ食えよ」
「あ、でもちゃんとバランス保つためにサラダは作りますから」
その夜はスーパーに売ってるキャベツサラダにトマトを切ってチキンを乗せたものと、インスタントのコンソメスープ、そして家に着く少し前に注文したハーフ&ハーフのピザだった。片方はシーフード、片方はマルゲリータだ。本当はパスタも作ろうとしていたが流石に間に合わないからと諦めさせた。その分ピザの大きさに驚いていたため、そっちの意味でもパスタまで作らなくてよかったな。
「大層な話はできねーよ、それこそピザと酒のつまみ程度しか」
「うん」
「そもそも、俺はこうやって大人になるまで、愛とかそういうのを信じてこなかった」
「……いきなり中二病みたいなこと言いますね」
「茶化すんじゃねーよ、まぁいいや……童貞じゃなくなったのは小6ん時だったよ。一つか二つ上の仲良かった子が、なんかで読んだって言って試してみたいって」
その話に恵美は顔をしかめた。後から考えれば飯の最中にする話じゃなかったかもしれないな。でも缶チューハイのプルタブを開けて、それを飲んで、ピザを食べながら話を進めていく。で、この経験が俺の価値観をぶっ壊したきっかけと言っても過言じゃなかった。まぁ単純な話、気持ちよかったんだよ。エロい行為に興味津々だった俺はその行為に取り憑かれた。
「同時に、これって別に好きな人じゃなくてもいいんだってことも知った。別にその女のこと好きでもなかったからな」
「それで」
「それで歪んだのかもな。女の関係なんて気持ちよけりゃなんでもいいって」
中学、高校の時はそれでも好きな女ができて、付き合うんだけど。結局性欲のことばっかりが先行して、上手く付き合えるわけがないんだよ。それで失敗したって言って反省したフリして、諦めたフリしてカノジョも作らずに肉欲のまま生きたのが大学時代ってわけだ。くだらない話だろ?
「確かに、くだらないですね」
「でも……恵美との、お前との生活で、それが違うんだなっていうのはわかったよ」
「……私との生活で、ですか?」
恥ずかしい話だけどな。手が出せない、手は出さないって決めて一緒に過ごして、それでもなんだかんだで毎日飽きることのない生活を送ってて気付いたんだよ。別に好きな人じゃなくても気持ちいいんだけど、だからこそっていうか、そういう気持ちいいからとかじゃなくて、一緒にいたいって思うこと、一緒にいて安らぐって思うこと、理屈じゃなくて──そう、好きな食べ物が好きな理由がいらないみたいな、もっと単純なものが愛なんだって気付かされた。
「えっと……もしかして告白してますか?」
「してねーよ」
「でも、私との生活で気付いたって」
「別にお前と一緒にいて気付いたけど、そうじゃねーんだよな」
「私は、一緒にいたいですけど」
「……ん?」
「なんですか」
なんですか、じゃなくて。この流れだとちょっと湿っぽい感じに聞こえるんだけど、一緒にいたいって俺の言葉の後だとたった今さっきお前がしてきた勘違いを今度は俺が疑うことになるんだけどな。
「というか、ご主人様の話でストンと腑に落ちました」
「なにが」
「私、助けてもらった時点でコロっと恋に堕ちる安い女なんだなって。腑に落ちた上に恋に堕ちました」
「うまくねーよ」
「私が成りたいのは、ご主人様の飼い猫でも、メイドでも、性処理の奴隷でもなくて、将来を誓う仲です」
「……そう来たか」
まさかの告白に俺はちょっと頭を抱えそうになった。
捨て猫系美少女JKを拾ったら、まさかの嫁になりたい宣言をしてきやがった。
なんてタイトルでこのノンフィクションを販売するのはどうだろうか、ちょっと導入までが冗長過ぎるか。なんてくだらない考えをしたくなるほどだった。
一体いつからこいつとの関係が、ラブコメになったんだよ。
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Part7
家出娘に告白された。それはそれなりの衝撃だったが、本人としても今の今まで無自覚の好意だったと振り返った。俺としてはまさかの展開だが。
とはいえ、俺が今すぐどうこうは言えない。こちとらそのつもりなんてなかったんだ、そもそもどう転んでも恋愛ごとに発展するなんて微塵にも考えてなかった。今すぐ結論が出せるはずもない。
「私は、眼中にありませんでしたか?」
「俺としては家出娘が納得するまで匿うつもりまでだったな」
「下心はなかったと」
「あったに決まってるだろ、でもそれは恋愛じゃなくて性処理的な意味でだ」
付き合えるかな、じゃなくてお礼にどこまでヤラせてくれるかなくらいのテンションだ。本番無理って言われてもテクで黙らせてやるくらいまでしか考えてなかったよ拾った時は。
今はそうじゃないくらい、俺も偽善者をやらせてもらってるけどな、何故か。
「正直」
「あ?」
「キャンプの後は、ドキドキしてました。布一枚しかない隔たりの向こうに肉食獣がいることに対して」
「残念だけど、こっちは天体観測を酒のつまみにしてて、一人でロマンチックに浸ってたけどな」
「でもコテージで、夜中にお兄さんがトイレに行った時……もしここで部屋に侵入されたらと、想像してました」
「ただのトイレだよ、そっちは」
こっちはお前を性欲の対象から外すのにようやく慣れてきたところだっての。じゃねーとGWに二人で出掛けるなんてマジで襲いそうになるからな。とりあえずその話は打ち切ることになり、片付けをして風呂に入った。恵美と入れ替わりで風呂に入り、いつものように風呂上がりのアイスを食べようとリビングに戻ると、恵美がクッションを枕にしてソファで寝ていた。
「恵美」
「ん……ぅ」
「その格好だと風邪引くだろうが、また介抱したせいで会社休むのは嫌だからな」
相変わらずパーカーの前全開でパッド入りの色気もクソもないキャミソール姿だが、その瑞々しさのせいかあまりに無防備すぎて思わず肉食獣の顔が出てきそうになる。本人曰く家だとショーツにネグリジェだったそうで、秒で襲うからと今の寝間着姿で落ち着いているのだった。ホットパンツも自室では脱ぐらしい。男の家に居候してるんだよな、お前は。
「んにゃ……」
「寝ぼけ方、猫かよ」
「んふふ」
いつもなんだかんだ暗黙の了解的にどっちも風呂から出るまでこうやってリビングで待ってるのが日常風景なんだが、どうやら今日は流石に疲れが来たのか相当眠かったんだろう。そして恵美は寝ぼけるとますます猫になるらしい。上半身を起こし、俺を見るなり肩に頭を乗せて甘えてきやがった。
「なんだよ」
「ん〜? ふふ〜」
「……酔ってんのか?」
酒に弱い同級生に酔ったらこんな感じになるやつがいたなと思い出した。顔は微妙だったが妙に仕草エロくてそして妙に感度がよくて遊びがいのある女だった。後断れない性格だったので、複数の男と関係持ってた。そういうビッチもあるんだなと関心したんだが、そんなのはどうでもいいや。
「あ、アイス食べてるのずるいです」
「冷凍庫から取ってこい」
「んーん、あーんで食べさせてください」
「……それがお前の本性か」
そりゃ、厳格にいつも真面目な自分って型にハメようとしすぎてたんだ、抑圧されてたんだろうよ。でもまさか家事完璧で正しくメイド然としていた恵美が、ギャルとカレシがイチャイチャするのを遠目から見ていただけの恵美が、こうなるなんてな。いやある種その二人に憧れたんだから内心の理想がそうなのかもしれない。
「ほら、あんまりくっついてくると犯すぞ」
「するなら、ちょっとずつ……教えてほしいです」
「……あーもうわかった、ほら」
「んっ、おいしいです♪」
今ちょっとムラっとしてしまった。経験上、処女を抱いた数はそうでもないし、その中でじっくり時間をかけた相手なんて一人もいねーもんだ。やってスローセックスくらい? でも恵美の言葉に、俺は僅かな興奮を感じていた。何も知らない、けど確実に食べごたえのある女が、俺に食われてもいいと身体を預けていて、そこに俺好みの快楽を教え込む──めちゃくちゃおいしい話だ。相手が家出娘の、しかもこいつじゃなきゃ。
──ふと、そういえば冷蔵庫にあったチューハイが一つなくなってることに気付いた。そしてちゃんと生真面目に洗った缶が一つ。そしてコップには半分くらい炭酸が残っていた。
「……お前、俺のチューハイ飲んだな」
「おいしいのかなって思いまして……」
「それでこの状態か」
「なにがですかー、もっと撫でてくださいよ〜」
アイス食べられたので俺の分を食べつつ、俺の膝を枕にしてデレッデレに甘えてくるペット系家出娘、なんだこれ。しかもアイスを食べる、撫でてと甘えられる、撫でる、食べようと手を放すと甘えてくるの無限ループ状態だ。どうしてこうなった、しかもいつの間にかパーカー脱いでやがる。俺、もしかして誘惑されてるってことなのか。
「ね、お兄さんは、なんでご主人様になってくれたんですか?」
「お前を飼ったつもりねーって」
「でも、ご主人様ですよ。私のこと、守ってくれて、今も……」
守ってるつもりなんて、いやあるのか。俺は恵美がこの先も思春期の発露で男に騙されて、痛い思いや苦しい思いをして泣くことにならねーように、俺が押し留めてるのか。それは、前々から抱いていた感情の発露に近いもんだ。
「俺さ」
「はい」
「慰めでセックスすること多かったんだよ」
「女の子を、ですか?」
「おう」
カレシと喧嘩した、カレシが浮気してた、相手がいたから諦めるしかなかった、フラれた、そんなんで呼び出されるかその愚痴の果てに抱くことがほとんどだった。碧なんてめちゃくちゃ珍しいタイプだ。んで、その度に思ってたんだよな、俺はそのためのストッパーになってるんだなって。これ以上傷つかないように、泣くことがねーように、そして思い詰めることがないように。
「だから最近、幸せになってきたから俺はお払い箱になり始めてるってわけだな」
「……そう、なんですね」
「でも、俺はそれでいいと思ってる。俺は気持ちいい思いができるし、相手は感情のストップがかかる。Win-Winってやつだろ?」
碧はそんな傷心の女をよく紹介してくるし、本人も一番気持ちいいのは傷心中の俺とのセックスだって言ってたしな。そういう装置みたいな存在だったんだよ、俺は。女を慰めついでに抱いて、またケロっとした女が去っていくのを見守る役割、それが俺という存在なんだなって。
「私は、嫌です」
「なにが」
「……お兄さんは、他の女の子にとっては慰めてくれるついでに性欲も満たしてくれる都合のいいセフレかもしれません、でも……私にとっては、たった一人の、私のご主人様です」
「恵美、お前……」
「だから、私は決めました……お兄さんをもう二度とセフレとは呼ばせません」
「……あ?」
「いつかきっと、私だけのご主人様に、そしてお兄さんをセフレにしている人全員にとって──元セフレさんにしてあげますから」
その宣言は、俺の心に突き刺さった。こいつは、恵美は強いやつだ。繊細かと思ったら豪胆で、俺が慰めるとかそういうの一切必要とするか微妙な存在だ。ただ、甘えたがりなだけで。
──俺は、庇護対象だと思っていた女に、全てを奪われるらしい。でもこいつワンチャン酔ってるから起きたら全部忘れてるとかねーよな。
「って、それより前に恵美、俺の膝じゃなくて部屋のベッドで寝ろ」
「もうちょっと」
「もうちょっとって言ったら俺が運ばなきゃいけねーパターンだろこれ」
「もうちょっと、ちょっとくらい触ってもいいですから」
「ホントに触るぞこのヤロウ」
結局、恵美は俺の膝の上で寝息を立て始めたせいで俺が運ぶハメになった。抱きついてきて匂い嗅いできた時は振り落とそうかどうか悩んだけど、一応は運んでやった。これで翌日は覚えてないといいけどな。そう思いながら、少しトイレで用を足してから眠りについた。
翌日、起きると既に恵美は家事をテキパキとこなしていた。いつものように、メイド然としてる。今日が最後の休日だということで、家を空けていた間の埃とかが気になったんだろう。俺が起きたのを見た途端にふわっとした笑顔を浮かべた。なんというか昨日のが嘘だったように平常運転だな。
「おはようございます、ご主人様」
「おう、おはよう」
「朝ごはん準備できてますよ」
さて、昨日のことは覚えているんだろうか。どう切り出せばと悩んでいると恵美は向かいではなく俺の隣に座ってきた。怪訝な顔をした俺に対して、恵美はいつも通り、いやいつもよりもちょっと笑顔のキラキラ感が上がってるな。これは、自分が恋してるのを自覚したからか、それとも。
「ゆうべ、あんまり覚えてないんですけど」
「なんだ、やっぱ覚えてないのか」
「どこまでえっちしました?」
「……朝から下ネタかよ」
「え〜、だって気になるんですよ? 朝起きて、自分が処女じゃないかもって思った時の私の気持ち、考えてください」
「ペッティングすらしてねーから知るか」
「あれ、犯すぞって言われたからいよいよかぁとか思ってましたけど」
この女、都合のいい、いや悪いところばっかり覚えてやがるな。どうやらヒアリングすると、俺のした話はほぼ覚えてるらしかった。甘えてた最初の部分とは違ってふにゃふにゃ言ってなかったから酔いも覚め始めてんだろうなと思ってたけどな。そして、俺からするとすごく微妙な気分である。
『なにが? いいじゃんセンパイ、同意の得られた処女だけどめんどくさくない子になったじゃん?』
「いやめんどくせーだろ、俺のこと身体だけの関係だと思わねーんだから」
『じゃあ捨てないの?』
「わかってて言ってるだろ」
『私もしばらく相手してあげられないから、ちょうどいいんじゃない? 育みなよセンパイも、ちゃんとした愛をね?』
「ふざけんな」
碧にもこのからかわれようである。しかもこの一ヶ月くらいで慣れてきた恵美への耐性が昨日で全部吹き飛んだってのに、相手もしてくれないらしい。お前、俺が犯罪者になって賠償金とかで騒ぎになったら一生お前への恨み節を日記にしたためてやるからな、覚悟しとけよ。
「今日はどうしますか、ご主人様? 一日暇なので、ペットの調教でもしますか?」
「しねーよ、来週の買い物と、そろそろ衣替えのための服を選ばなきゃいけねーだろ」
「そうでした、ネット通販もいいですけど、デートしながら選びたいです」
「……言うようになったな」
「お兄さんを堕として、私の飼い主として認めさせるんですから、覚悟しておいてくださいね」
──まぁ、こんなビッチみたいな見た目してるが男性経験ナシの箱入りお嬢様なんだ、こんなの気の迷いでしかないだろう。そう思って俺は放置しておこうと考えつつ、今までの関係に甘えを含んで腕を組んでこようとする恵美を振り払った。
俺は女遊びが生きがいのクソ男だ、経験ナシの捨て猫に堕とされてたまるかよ。
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Part8
オリジナルでは初めてこんなに評価いただいたので、すごく嬉しいです。
──雨は、嫌い。濡れるのが嫌いだから。ジトジトした湿気も、春の冷たい雨も、まるで家での生活のようだから。
家が嫌いだ。お父さんとお母さんが嫌いだ。私は、そんなに真面目な人間じゃない。真面目じゃないと怒られるからそうしてきただけ、真面目じゃないと幸せになれないと脅迫をされて生きてきただけ。
「でさ〜? その時美鈴先輩がさケンくんと腕組もうとして〜」
「あの先輩ってホントヤバいよな」
「ビッチってやつ? 俺もワンチャンヤラせてくれっかな〜」
私のような真面目なタイプがああいうのが許せないらしい。確かにああいう陰口は苦手だ。誰かを知らないところで笑い者にするのが理解できない。でも、私は男子の膝に座って時折甘えるようにしているギャルっぽいクラスメイトを、気持ち悪いとか、嫌だとは思わなかった。むしろ、幸せそうで羨ましいとすら思った。
「よう、栗原さん」
「ああ、赤坂先輩」
「カンベでいいって、赤坂って慣れないし」
「……カンベ?」
「あ、もしかして知らなかった?」
「はい」
私は残念ながら男性経験がない。だからこういう、裏表のない人に身を預ければ、もしかしたら幸せになれるのだろうか。ふとそんな男性を
「あか、えっとカンベ先輩」
「なに?」
「髪の染め方って……知ってますか?」
「……え?」
「ですから、染めたいんです……髪を」
なにより赤坂先輩は、カンベ先輩も楽しそうで、幸せそうで。私も今とは違う場所にある幸せに興味が湧いた。このままじゃ私は、きっといい大学に進学して、いい就職先を選んで、そしていい旦那さんをあてがわれる。それが、幸せだなんて思えなかった。だって、違うクラスの男子と付き合ってるあの子は、赤点ギリギリなのにとても幸せそうだ。カンベ先輩だって、決して頭がいいわけでもないのに、とても充実している。
──だってそれは、
「おう、カンベ──ってその子は?」
「ああ、一つ下の栗原恵美さん、文化祭実行委員で一緒になったんだ」
「そうか、で? なに、カノジョ?」
「はっ? いやいや、そういうのじゃねーって」
カンベ先輩と、それとその中学時代からのお友達のトーマ先輩に手伝ってもらって薬局に行き、私はやり方を調べて、教えてもらって金色にした。黒とは全く違う、新しい私、悪い子の私だ。元々、親とケンカをして帰る気もなかった私にはちょうどいい。スマホもない、私はこれで家出をすることになった。
「なんか悩んでるっぽいけど、なぁトーマ?」
「ああ、オレらでよければキツくなったら頼ってくれていいからな」
「ありがとうございます」
それから、あの子を参考にちょっと制服を着崩してみて、ちょっと恥ずかしくなったけど、近くのコンビニでジュースを買っていたら雨が降り始めて、私は少し濡れてしまったこともあり、くしゃみをしながら雨宿りをしている。段々夜になってきて、でも近くに滞在できるところも知らない私は困っていた。
「こうなったら、誰かに泊めてもらうしかない……?」
知らない人に泊めてもらえるのかな? わからないけど、これから家に帰ろうとしている人、それを探して、私は声を掛けた。相手は男の人でもしかしたら、ひどい目に遭うかもしれない、そう思ったけど私は努めて余裕っぽい表情と態度を保ちながら、ねぇと声を掛けると、彼は振り返った。
「あん?」
「おじさん」
「……お兄さんって歳だろ、まだ二十代だ」
幾つか言葉を交して、そして身体をジロジロと眺められる。ぞわっとしたけど、やっぱりヤバいかなと思ったけど、私は敢えてそのお兄さんと目線を合わせた。怖かったけど、組んでた腕が震えそうになったけど、私は意を決して、もしくはここで処女じゃなくなっちゃうのも悪い子の第一歩だと半ばやけくそ状態で、男の独り暮らしに転がり込んだ。
──そしてそこは、もうすぐ一ヶ月が経つ今では、すっかり私の居場所だった。
「いつもありがとうございます、ご主人様」
「ご主人様はやめろ、んじゃあな」
「はい!」
毎朝、私は学校近くまで送ってもらう。といっても結構早いから近くのコンビニで時間つぶし兼、お弁当がない時はお昼を買った。小気味好い音で支払いをした通知がスマホに届く。水族館の時にご主人様に教えてもらったけど、便利だなぁこれ。ただし残高はちゃんと確認しとかないと、管理が難しいのもポイントだ。そうして支払ったものを袋に入れていると、コンビニに見知った先輩の顔が入ってきた。
「あ、カンベ先輩、おはようございます」
「ん……だ、誰……デスカ?」
「ええ、誰って、カンベ先輩はそんな酷い人だったんですね……あんなにあの日、熱心にしてくださったのに」
「ごめん人違いだと思うし、俺にそんな記憶はないんですが!?」
ナイスツッコミだ。ううん、やっぱりカンベ先輩は面白い人だね。ご主人様はツッコミもローテンションだし淡々としててつまんないから、こういう新鮮な感じもいいな。
──ああ、そういえば誰って言われるのも無理はないか。私、すっかり悪い子な見た目になってるのを忘れてた。
「栗原恵美ですよ〜」
「え、栗原さん……え、ああそういや髪染めたから」
「あの後、美容院でちゃんと染め直したんですよ、どうですか?」
「どうって、えぇ……」
「狙ってたのかカンベ?」
「いや、俺はどっちかというと清楚な感じがよかっただけで……」
なるほど、カンベ先輩は清楚系が好みなのか、そういえばご主人様はどうなんだろう。いやあの人の好みは多分歩調が合うか性癖が合うかの二択で、どっちも合う人こそが恋人のレンジに入る気がする。性癖知らないから、碧さんに伺っておこう。連絡先はスマホ買った時にゲットしてるからね。
「オレは吾妻大樹だ、みんなからはタイクーンって呼ばれてるんだ、よろしく栗原さん」
「はい、よろしくお願いします、えっと先輩付けにくいので吾妻先輩で」
「おう!」
ちょっと体育会系? みたいな人とも初対面で、その日はそのまま学校まで歩いていった。カンベ先輩が妙にソワソワしてたけど、どうやら髪色で印象もちょっと明るくなった、開放的になったってことで苦手なタイプの見た目になってしまったってことらしい。自分も中途半端にチャラいのに面白い人だ。
「栗原、ちょっといいか?」
「はい」
そして、放課後少し呼び出されることになった。ちなみに悪い子になりたいって髪は染めたけど、私の高校は別に禁止されてない。されてたらもっと前に呼び止められてたし、私が参考にしたギャルの子はもっと前に怒られてるだろう。でも、今日は何を言われるのか、もしかしたら両親が学校に連絡したとか? 私はそのまま職員室に招かれる。
「最近、何かあったのか?」
「えっと……?」
「困ってることとか、悩みがあるのか?」
「困ってること、悩み……」
困ってること、流石に一ヶ月も料理作ったことないからレパートリーが尽き始めてること。悩み、ご主人様にどうアプローチするのが近道なんだろうってこと。アプローチはおいおい頑張るとして、料理のレパートリーは深刻な問題だ。昨日のデートで料理本を買っておいたから熟読するのが放課後のミッションでもあったりする。冗談はさておき、やっぱり両親に何か言われたかな?
「特になにも、髪を染めたのも気分転換みたいな感じですし」
「そうか、それならいいんだが……いやでも、委員長として真面目だった栗原がどうして髪なんて染めようと?」
「気分転換ですよ? 強いて言うなら少しファッションにも挑戦したかったので」
どうやら白だ。原因は髪を染めたことで何かあったのではと心配になってくれたみたいだ、まぁとっても優しい先生ですね。いや、それだけで動くほど、この人はクラスに興味なんてない。いい子だった私を性的な意味で気に入って見ているのなら話は別だけれど。そっちの可能性もないわけじゃないというのはご主人様との付き合いで把握している。男は結局、器量のいい女を欲の対象として見てしまうのが性根なんだって。美人って言われてちょっと嬉しかった。
「い、今はいいけど……大学の推薦に響くかもな」
「……推薦に、ですか」
「あっ、ああ……それは、困るだろう?」
じっとりと、湿度のような視線と、耳障りな雨音のような声。それは私の脚や、胸を経由する。
──同じだ、この人の声は両親が私を詰る時によく似ている。もっといい子でいないと幸せになれない、もっと努力をしないと幸せになれない。それが、私にとっての耳障りな雨音でありながら唯一の道標、だと思ってた。
「別に」
「え……?」
「別に、困りません。推薦じゃなくても、私は自分の力で行きたいところに行きますから」
「なっ」
「まだ──お話ありますか?」
今の私の道標は、両親でも先生でもない。
私の嫌いな雨音を消してくれた、傘で覆ってくれたあの人だ。女遊びがひどくて、私のことも結構やらしい目で見て、まるで朝の日差しのような微睡みの幸せをくれる人。そしてあの人は絶対に道を示してなんてくれない。自分で歩けよと背中を押してくれるだけ、でもそれでいい。
「失礼します」
「おい、栗原!」
逃げるように職員室を飛び出し、追いかけてきた先生に腕を掴まれ止められる。振り払おうとするけれど、力は強くて私は肩を掴まれて、気づけば壁際に追いやられていた。そして目線が少し胸を経由した。この人は、男はしょうがないとは言われたけれど、担任の先生にそれを向けられるのは少し、いやかなり不快だった。
「お前、最近家に帰ってないらしいな?」
「……いいえ、家に帰ってますよ」
「嘘を吐くな、最近駅を利用していない──と、噂があった」
「先生……」
嘘を吐いてるのは、どちらなのでしょうか。そう言いたい気持ちをぐっと堪えた。私にそこまで関心があって、ましてやこの先生の耳に届けることなどないことくらい、私が一番よく知っている。
すると、先生の言葉は嘘だ。最近駅を利用していないと噂があったんじゃなくて、
「家には帰っています、ご心配なく」
「そうは言っても──」
「先生、こんなところで堂々と女子生徒に手ぇ出していいんスか?」
「あ、赤坂……」
そこにいたのは
「お前も、三年生だろう! こんなことして、推薦が──」
「──俺、最初から一般ですよ、先生?」
先生はそのままふらふらっと職員室へと戻っていく。怖くないと自分に言い聞かせて平静を保っていたけど、いなくなって圧力が消えたことで脱力してしまった。その自分の身体の反応に初めて、本当は怖かったんだと実感し、少しだけ泣きそうになるのを堪える。
「マジで大丈夫か、栗原」
「はい……すみません、助かりました」
「いやぁ、俺もめっちゃ心臓バクバクだった! よかったよ、なんもされてないよな?」
「……大丈夫です」
襲われるって、犯されるってこういうことなんだ。彼が頑なに私を抱こうとしなかった理由がわかった気がした。少し違うけど、あの人はそれを楽しんでいて、なんならそれが生きがいとまで言っている人なのに。私は同時に会いたくて、いますぐあの優しい顔で話を聴いてほしい。
「俺じゃほら、あんまり頼りないかもしれないけどさ……最終手段でいいなら俺を頼ってもいいからな」
「……カンベ先輩」
「うん?」
「私、心に決めた相手がいるので口説かれるのはちょっと困ります」
「このタイミングでカミングアウトすんなよ!」
「それでもいいとすると、セフレ立候補ですか?」
「そういうのはちょっと、って勝手にそっちの事情に巻き込まないでもらっていい?」
「私、清い身体でいたいので」
「俺もだよ!」
なんか、こうご主人様と同じくらい会話していて楽しい人だ。暖かくて太陽のような人で、きっと素敵な人なんだなと思う。けれど、私にあの人の熱さはいらない。ご主人様のような、春の朝日のような、涼やかで穏やかで、かつ微睡みを誘うような優しい暖かさがちょうどいい。
──今日は何を作ろうか、どんなことを話そうか。そんなことばかり考えていたらいつの間にか雨は止んでいた。
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Part9
GWが終わってから日常がやってきて少し経つ。おしかけ捨て猫系JKの栗原恵美も家出娘のクセに特に何事もなく学校に通って、俺んちに帰ってきて家事をこなしている。慣れてきたけど、慣れてきただけにずっとこのままってわけにもいかねーよな、ということが頭を過ぎる。放置しても、いいことがないってか、両親が何も学校に言ってねーのが気になる。まず間違いなく学校に問い合わせるだろ、こういうのって。
「結構複雑な家庭ってことなのかな」
「というか、放置されてるって考えるのが普通か」
「そうだね」
週末に元後輩の長月碧と待ち合わせて居酒屋のカウンター席へ。恵美は留守番だが、それを気にしてる時点でも碧にいじられるためなるべく気にしないようにする。だが俺としてもそれが恋人だとかそういうのを心配するってよりは、ペットを心配してる気分だ。あいつの家事能力なら全く問題ないから、杞憂でしかないとはいえ。
「寂しいとやっぱり構ってーって鳴くの?」
「お前なぁ」
「なんか、本当に猫みたいだよね恵美ちゃん」
未成年飲酒した時は本当に猫だったな、あれは一種の才能だろう。まぁそれは置いといて、碧が俺を呼び出すってことは厄介事か自分の気分の二択だ。また手頃な新しいセフレ紹介とかやめろよ、今なんて家にあいついるせいでヤリ場としての機能がなくなったんだからな。
「そのくらい私だってわかってるよ、でも今日はどっちもハズレ」
「じゃあなんだよ」
「え、そんなの恵美ちゃんのことに決まってるじゃん!」
決まってねーよ、なんだよそれ。どうやらスマホ買った時に碧と恵美は連絡先を交換していて、ちょいちょいLINEしてるらしい。なにフツーにJKと友達になってんだよ。それはさておき、その日あったことや気になったことの中で、俺には相談したくないことを碧に頼っているらしい。
その中で、気になる話があったのだとか、これは俺には秘密にしておくべきじゃないと判断し、碧は俺を呼び出したようだった。
「担任が……か」
「女子高生に手出すとか変態クズ教師って感じだよね、信じられなくない?」
「……多分、俺はその変態クズ教師に年齢近いと思うけどな」
「センパイはちゃんとその手管でトロトロに蕩けさせちゃったからセーフでしょ?」
「手出してねーって言ってんだろ、足腰立たなくなるまで犯すぞ」
「今日そのつもりないからパース」
「飲みに呼んどいてそりゃねーだろ」
手を出した、というのは語弊があるが、まぁ話を聴く限りじゃアウトっぽいな。だがクレーム入れるわけにもなぁ、俺は親じゃねーしと考えていると、碧はニマニマと気持ち悪いほどの笑顔を浮かべて、俺を見つめてきた。なんだよ、今日ホテル行く予定ねーってんなら俺に寄ってくんな。
「いや、いやいや……恵美ちゃんを守ろうとしてるセンパイが面白くて」
「は?」
「今、その変態から恵美ちゃんを守る方法を考えてる顔だったよ?」
「そりゃ──」
そりゃ当然だろ、と言いかけて言葉が詰まった。いやなにも当然じゃない。どうりで碧が気持ち悪い顔でにやけてくるわけだ。自分でもこの感情が、恵美を守ろうとする気持ちが当然のように鎮座していることにはっと気付かされた。ロックグラスに残った焼酎を一気に飲み干し、顔の熱を誤魔化そうとする。
「……はぁ、すっかり保護者気分だな、俺」
「そうだね、でも保護者じゃ恵美ちゃんは納得しないね」
「気の迷いだろ、あいつを構ってる男が俺しかいないわけで」
「どっこい、そうじゃないらしいんだよね〜」
「なんでそんなことまで知ってんだよ」
「友達だし」
随分年下の友達だなと言ってやったけど、こいつは昔のバイト先やら部活の知り合いの知り合いとかで女子高生とも結構交流してる。その中ではサポ──明け透けに言うとパパ活、援交の斡旋も扱ってる。一種の副業だろそれ。それの関係で俺にも流れてきてたって具合だな。俺はサポ希望じゃなくて、セフレとして定期的な身体の繋がりがほしいだけだからな。
「そんなやつがいるのか」
「嫉妬するくらいなら、抱いてあげればいいのに」
「んなわけあるかよ。その先輩とやらの方が俺なんかよりもいいやつだろ」
「センパイ、いいやつとは言えないし」
「そりゃそうだ」
俺はいいやつなんかじゃなくて、女遊びが生きがいのクソ男なんだよな。そんな証明をするように碧の腰を抱くと、弾かれた。今日はマジでそのつもりじゃなかったのかと目で訴えると碧はため息で返してくる。
「悪い人になる必要、ないと思うんだけどね」
「……なんだよそれ」
「センパイはすぐそうやって悪い人になろうとする。本気になられるのが怖いのか、本気になるのが怖いのか知らないけど」
「本気ってな、俺はそんな」
「──そんなつもりじゃないって、自分に制限をかけてるだけ」
碧が言うには俺は自分から意図して悪役を演じて、そのニヒリズムに浸ってるだけのクソ男だと言いたいらしい。結局クソ男じゃねーか。そして、そんな風に悪い男になりきれずに、でも恵美の気持ちを受け取る覚悟もないまま今の自分は宙ぶらりんの最低なクソ男になってると。いややっぱりクソ男なのかよ。
「センパイって、実は恵美ちゃんに思春期云々言える立場じゃないからね」
「そうか? それは言い過ぎじゃね?」
「言い過ぎじゃないね、やってることのレベルそんなに変わんないよ」
恵美の発端は「いい子」の自分を捨てて「悪い子」になろうとして、髪の色を染めて、あの雨の日に捨て猫のように立っていた。そんな家出娘と言ってることのレベルとしても変わらないと。確かに言われてみると否定ができねーな。
すると途端に、俺は自分のやってることが恥ずかしくなってきた。酒が後から回ってきたみたいに、顔の熱が上がる。
「チューニおつ!」
「……クソムカつくからやめろ」
「まぁまぁ、やーっと言えたって感じ」
明るい顔してるところ申し訳ないけど俺のメンタルが手の施しようがないほど破壊されてるからフォローしてもらっていいか? いや言い訳でしかねーけど、それも一つの自衛策なわけなんだよ。こうニヒリズムに浸ったキャラみたいなの出しとけば面倒なの寄ってこねーじゃん。本気になられる覚悟とか、なる覚悟とかそういうのも、俺は結局覚悟以前に、それがいいもんとは思えねーんだよ。
「なったこともないクセに」
「言いやがる」
「恋愛経験なら、センパイよりずぅっと上だからね」
確かに俺よりはマトモな恋愛してるよお前は。そこは認める。俺はそう考えると中学時代からずっとこのスタンスを維持してきたことになるのか。中二病拗らせてるなぁ俺、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい学生生活送ってたことになるな。すごく、胃に悪い話だ、今すぐ中学時代からやり直したい。
「まぁでもいいじゃん」
「何がいいんだよ、お前の笑いの種になるからか?」
「メンブレセンパイが面白いのは当然として」
「当然にするな」
「ちゃんと、それを見つめ直すきっかけの人が現れたんだし」
「……相手、箱入り娘だろ」
「箱入りもいつかは箱から出る時が来る。お互いそういうきっかけの人、運命に導かれたって考えれば、ロマンチックじゃない?」
「ロマンチックじゃない」
運命ってのはそういうもんだし、きっと本気になる相手っていうのもそういう簡単なきっかけで見つかるものだ。言うなら身体の相性で今後のセフレ関係を選ぶのとそんなに気持ちは変わらないんだろうな、俺の感覚としては、って俺がそれを避けてきた立場だけど、行きつけになりそうなうまい料理店を探す感覚に近い。
「恵美は、俺じゃダメだって思うんだよ」
「どうして? 身体の相性ならヤってみなきゃわかんなくない?」
「そっちじゃねーよ」
わかってて言ってるだろ。俺にとって自分ってのを見直すきっかけがあの捨て猫だったのはよくわかった。痛感させられた。
──でも、恵美が俺に向けてるのは気の迷い以外のなにものでもないだろ。あの年頃の女子は同年代がくだらん男ばっかりだからって年上に靡きがちだ。そういうバカを俺は何人も見てきた。それと、何かが変わってるようには見えないんだよ。
「それは、私にもそうじゃないってフォローはしてあげられないね」
「フォローしてほしいわけじゃねーよ」
「だったら余計に、突き放すんじゃなくて、認めてあげたら? センパイのスタンスは変えずに認めてあげればいいんだよ」
「認めて、か」
つぶやきながらほぼ空になったロックグラスを振るとカラカラと氷の音がする。溶けた氷と混じり合った最後の一口はほぼ水の味がして、俺はちょっと顔をしかめつつ追加を頼む。今日はヤラねーんだったらもうちょっと飲んでやる。ホテル代くらい飲み食いしてやるという気持ちだ。
「つかそろそろ終電だろ、間に合わなくなるぞ碧、それともカレシの迎えか?」
「……センパイとサシ飲みで、迎え頼むわけないじゃん」
「ケンカでもしたか?」
「……ん」
碧が俺にもたれかかってくる。自分のこととか恵美のことばっかり考えてて気づかなかったが、こいつも結構なハイペースで飲んでやがったな。かなり酔いが回ってる感じだ。ケンカはケンカでも、ちょっと長引く感じのケンカしたなこりゃ。
──そういや、恵美も親とケンカして帰らないって決めたって言ってたけど、それだって一ヶ月帰らない娘を心配しない親なんているもんかね。
「はぁ……偶には先輩になってやるよ、碧」
「ん?」
「……ああ、恵美起きてたか、よかった」
俺は碧に水を飲ませ、介抱しつつ電話を掛ける。もう寝てるかと思ったらどうやら何かの本を熟読していたようで明るい声音で出てくれた。今はめちゃくちゃありがたい。ここで介抱するのもマジでめんどくさいからな。
「──ってことで、碧連れて帰るから、布団の用意頼む」
『はい……ってご主人様のベッドじゃないんですか?』
「俺のだよ、俺がソファで寝るからな」
『わかりました、なんなら私のお部屋を碧さんに使ってもらってもいいですよ』
「俺のベッドで一緒にってのは却下だからな」
『……じゃあアイスといつものジュース買ってきてください』
「コンビニな、わかったよ」
連休終わったらすっかりおねだりと交渉が上手になったもんだ。雨の日も近くのコンビニまで送ってってくださいとか言い出すし。まぁ遠慮しなくなったのは、いいことなんだろう。
電話を切ると、碧はふにゃっと笑顔を浮かべていた。
「私は応援してるから」
「恵美をだろ」
「センパイと恵美ちゃん両方」
「バカ言ってないで、帰る準備しとけ」
「うん」
俺が俺を見つめ直すきっかけになったのは、残念ながら十八歳未満の子どもで、もし俺が恵美のことを好きだとか、恋愛方面に感情を育てるのは、正直言って気持ち悪いだろう。ロリコンで、変態で、ただの家出娘に本気になる痛いおっさんだ。いやまだお兄さんで通じる年齢だろ、二十五歳は。
──でも少なくとも、高三から今までの時間、後輩として付き合いのある碧はもし間違いが起きても祝福してくれる。そう思うと心強いと感じることができた。本人には絶対に言ってやらんけどな。
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Part10
連休以降、恵美は自分の気持ちを自覚したせいもあり、よく甘えてくるようになった。それまではどこかで線を引いていた部分もあったが、すっかり自分の家という認識を持ったらしい。部屋やキッチン、リビングに恵美のものが増え始めていた。
──そして、変化は俺もそうなんだろう。自分で思っている以上に、恵美がいる日常を好いていたことに気付いたことは、俺と恵美の関係にも変化をもたらしていた。
「それで、その先輩のライブ見に行きたいんです」
「どこでやるんだ?」
「近くのライブハウスみたいです、えっと……あ、これです!」
出演情報にある名前を指して、連休明けに助けてもらったバンドマンとの交流を話し始める。バンドやってたこと自体は知っていたが以前はそこまで興味がなかったらしいが、今回の件ですれ違うと気にかけてもらうようになり、今週末のライブのことを知ってチケットを
「ちなみに」
「はい」
「どうやってチケットをおねだりした?」
「え? 普通にですよ」
──普通に先輩のライブに行ってみたいですと距離を詰めて、連休出掛けた時にもバンドがどうこう言ってたから元々興味がないわけじゃない恵美は興味があるんですと笑顔でチケットを取り置きしてもらったらしい。
「……お前って」
「なんですか?」
「いや、大した悪女だな」
「私のどこが悪女なんですか! カンベ先輩に元々愛想も振りまいてないです!」
「ならいいけどな」
「振りまいてたとしたら去年の話です」
俺は一度、二ヶ月前までは存在していたという清楚で真面目な委員長の恵美も見てみたいもんだ。目撃したら笑いそうだな。なんせ仮にもご主人様とか呼ぶ人の膝の上に頭を預けてスマホいじってるようなやつが俺の知る栗原恵美だ。借りてきた猫時代の恵美なんて、面白すぎて直視できる気がしないな。
「笑うのはひどいですよ」
「はいはい、それで、デートのお誘いでもしてくれるんだな?」
「そうです、ご主人様とデートするためにチケット用意してもらったんですから」
「わかった、土曜な」
「はい!」
起き上がって俺の腕を抱くようにして肩に頭を乗せる恵美を、俺はすっかり撫でてあしらうことができるようになっていた。碧にはよく耐えてるねとまで言われたが、ここまで来るともう慣れの領域だ。そりゃ直視すればどころかむしろ本人から俺の口の中に飛び込もうとしてくるレベルで誘惑めいたこともしてくるけど、こっちには既に一ヶ月襲わずに耐えた経験がある。それと教師の事件以来少しそれが控え気味になったのも関係しているかもな。
「すみません、ご主人様とえっちしたいって思う自分がいるんですが」
「いなくていいって言ってんだよ」
「やっぱりちょっと、こう覚悟がいることなんだなって思って」
そういう意味じゃ教師はいい仕事をしたと言えるな。恵美に怖い思いさせたことまで許すわけねーとは思ってるが。なにで怒ってるって別に恵美は俺の女だからとか、俺の飼い猫だからとかじゃなくて、むしろ今でもスタンスとしては否定したい立場だし。でもその怖いって気持ちは俺が最初の一ヶ月で耐えて、そう思わせないようにって気を遣ってた部分だったからこの野郎ってムカついてる。
「……手とか口ならえっちに入りませんよね?」
「入ります。ペッティングはセックスの一種だよバカ猫」
「頑張って練習しますし、気持ちよくしてあげたいです。家事のお世話だけじゃなくて」
「言いたいだけだろお前、犯すぞ」
「初めてはラブラブなのを希望しますが、ご主人様がどうしてもそっちの方が好みというなら──」
「なに脱ごうとしてんだ、もう寝ろ」
「う……はい」
前言撤回、自己申告ほどあんまり変わってない。ちょっと捨て猫から家猫風にふてぶてしく、図々しくなっただけで。俺個人の懸念としてはそのまま飼い猫よろしく朝起きたら人のベッドに潜り込んでねーかってことだけ。これから暖かくなり続けるから大丈夫だろうと自分に言い聞かせてるし、万が一そんなことしたら追い出すと脅している状態だ。追い出すのが脅しになってる時点でだいぶ俺も毒されてるんだよな。
「明日は雨なので、送ってってください」
「なんかもうワクワクしてねーか?」
「ふふふ、目標はご主人様が雨の日になったら何も言わなくても送ってくれるようになることです」
「俺に聞かせたからにはそれはねーと思え」
だいたい家から学校まで歩いて十五分か二十分てとこだろ。その距離を車ってお前贅沢だからな。恵美は、雨の日は余計に甘える頻度が高い傾向にある。それがどういう理由なのかまではイマイチ把握しきれてねーけど、最初の方に外を見ながら不安そうな顔してたのがちょっと印象的だった。猫だから水が苦手とかそういう感じなんだろうとか軽く考えてるけど、どうなんだろうな。
「恵美」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
翌日が雨だったらアラームより三十分早く起こしといてくれ、と言い残すと恵美は明るい顔でわかりました! と頷いた。潜り込んで一緒に寝てたとかいうオチはつけなくていいからな。
──とまぁただの猫系JKならそういうオチもありえただろうが、どっこいこいつはメイド気取りでもあるため朝はきっちりしてるんだよな。
「ご主人様、起きてください」
「ん……よお」
「はい、起きないと別の場所が起きちゃいますよ」
「平日の朝っぱらから盛る気分にはならねーな」
「おはようございます」
「おう」
そもそも朝は無条件で勃つんだ──ってどうでもいいことを言わせるな。伸びをして朝ごはんの準備してきますねと部屋を出ていく恵美を後目にスマホを見るときっかり三十分前、カーテンを開けると空は鈍色をしていた。
しょうがねぇ、雨が嫌いな家出娘のために早起きしますか。三文の徳があればいいんだけどな。
「お弁当作ってあげますよ」
「いらねーよ」
「なんでですか?」
「独り暮らしの男が急にお前のかわいらしい弁当持ってきたらどうなるか、わかりきってるだろ」
「いいじゃないですか、愛妻弁当ですかって言われるだけですよ?」
それが問題なんだよエセメイド。しかも絶対お前はわざと俺が作ったんじゃないってわからせるような仕込みをしてくるに決まってる。ようやくお前の強かな部分を理解できるようになってきたからな。
まぁあとの理由として、俺は食堂で女に囲まれて食べたいの。そんなところにお前の弁当なんて持ち込めるか。
「食堂で女の人食べてるんですか?」
「職場ではヤってねーよ」
「では?」
「そりゃ研修の時とか、短期出張の時にビジホでとかは……っていいんだよこの話は」
「ご主人様、ヤルことヤッてます?」
「どっちの意味だ」
失礼なこれでも仕事はちゃんとやってるさ。じゃないと気ままに仕事帰りに女連れ込んでヤれねーじゃん。いや今はそれすらもしてねーけどさ。そう言うと恵美は少しむくれたような顔で俺の方に近づいてくる。隣に座るのがすっかりデフォルトになった状態で、至近距離に見上げられると、顔が良くてドキッとする。
「……なんだよ」
「私、お邪魔って言われたみたいでした」
「そうは言ってねーよ」
「でも、連れ込めないって」
「いいんだよ連れ込めなくて」
俺の言葉に対して、恵美はポカンと口を開けた間抜け面を晒す。なんだよその顔は、と思ったけど俺が性欲強めで女遊びが生きがいのクソ男だっていうのは承知済みだから、それとは反する言葉に驚いたようだった。この家だって、本当はヤリ部屋にするためにわざわざマンションから退去して、ちょっと無理をして買ったんだし。だから二階に幾つか空き部屋もあるしな。
「そ、そうですよ、それなのに」
「いいんだよ、そんなガツガツする必要もねーよ」
「……歳ですか?」
「よし、有休取るかな、犯してやるからベッド行くか?」
首を激しく横に振りごめんなさいと謝る恵美、最初から言わなきゃいいものを。
ただ、その言わなきゃいいを言えるっていうのは恵美が懐いてくれている──もとい気を張らなくていいって意味だろう。
今の俺にとって、恵美が過ごしやすい環境である方が、ヤリ部屋よりも大事ってことだ。女遊びはここじゃなくてもできるし。
「性欲も私にぶつけてくれていいんですよ?」
「お前は遊びになんねーだろうが」
「そりゃ、私の処女を奪うんですからそれなりの責任を取ってもらわないと」
「だから却下だ」
俺の生きがいはあくまで性欲処理じゃなくて後先とか考えなくていい女遊びだっての。恵美はそれを全て過去にして、自分だけにその性欲を向けさせるのが目的らしいけどな。まず恋愛的な関係を目論めよ、なんで身体の関係を目論んでるんだよエセビッチ。箱入り娘が恋愛を知るにはここは環境が悪すぎるようだ。
「もうすぐ、雨の季節が来ますね」
「なんだよ、捨て猫のクセに楽しみなのか」
「いいえ雨は、むしろ嫌いです」
「そうか? 俺には楽しそうに見えるけどな」
恵美が驚くけど、窓を眺めながらの一言はとても嫌いで、嫌悪感を向けているとは到底思えない笑顔をしていた。
雨にどういう思い入れというか、何があったのかは俺にはわからない。恵美も語ろうとはしない以上、俺が気にすることもない。だけど今の彼女にとって少なくとも、雨は何か楽しみがある──それは間違いなく、この朝の時間なんだろう。
「行くぞ恵美」
「はい、ご主人様」
「外ではやめろよ、絶対に」
「わかってますよ、ご主人様」
本当にわかってんだろうな。訊ねる前に恵美は既に助手席に乗り込んでシートベルトを締めていた。本当に数分の移動時間しかないってのに、こいつはそのたった数分間の移動を楽しみにしている。まるで鼻歌が聴こえてきそうなくらい、フロントガラス越しに外を眺める顔は、明るい顔をしていた。
「またドライブしたいです」
「楽しかったのか?」
「はい! でも、いつかは運転もしてみたいんですよ。そしたらもっと長い距離、二人で行けますよね?」
「ペーパーに任せてたまるか、それだったら新幹線使うっての」
「えー」
「遠出なら酒も飲みたいしな」
「私もちょっと分けてほしいです!」
「お前にゃーにゃーうるさいから禁止」
そもそも未成年だろうが、という野暮なツッコミはしない。そして、その前に親と向き合ってこいという真っ当な大人みたいな言葉は、胸にしまっておくことにした。
まぁどうせ、そろそろ夏服が必要になってくるだろう。その前にせめて一度家に帰らなきゃならないんだから、またその後家出するのか、親と和解するのかは恵美に任せることにして、俺は近くのコンビニまで車を走らせた。
「それじゃあ、行ってきます」
「……行ってこい」
「はい!」
そして、思っていたよりも
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Part11
夕方に電話が掛かってきたのは、恵美の先輩が組んでるバンドであるワンドルとやらのライブを二人で聴きに行ったその週明けのことだった。俺は恵美からのその電話に珍しいなと思いつつ、タップする。
──だが電話に出たもののしばらく無言で、間違えたか? と首を傾げ、何かを言おうとしたところであいつの声が聴こえた。
「どうした?」
『あ……えっとですね、先生に呼び出されて、多分、デートのことバレたっぽいから呼び出されてますって報告です』
「なんで……いや、不思議じゃねーな」
そういえば恵美の担任はどうやら割とストーカー気味というか、もしかしたら最初は偶然だったかもしれないが、あいつがいつも利用してるはずの最寄り駅とは毎日、違う方向に歩いてるのを知っていたんだとか。
んで、今回はカンベとかいうやつのライブでか。やっぱ俺はなんとなくあの男のことは好きになれねーんだよな。いやカンベとやらのせいじゃねーけどさ。
「なんでバレた」
『チケットもらうってカンベ先輩と話してるところ聴かれてたっぽいです』
前言撤回、あいつのせいじゃねーか。
いやでも校内で一人の女子生徒の会話に聞き耳立ててるおっさんとか、普通にキモ過ぎて引くな。まぁ恵美の身体は見た目から見て男の肉欲をそそるってのはよくわかる。俺なんて常日頃からそれに晒されてるからな。なんなら学生服より際どい格好してる時間の方が長い。
「それで親はまず間違いなく呼び出されると思うんですけど……もしかしたらお兄さんにも連絡行くかもです」
「俺は誘拐の容疑がかかるから連絡はもう警察だけにしてくれ、無視する」
『なんか、そうらしいですね』
そうらしいですね、じゃねーんだよ家出娘。ちなみに未成年が保護者の同意なしに相手が家に泊めると、未成年に同意があっても誘拐の罪に問われる場合がある。一泊とかなら立証も結構難しかったりするらしいが、連日だったり連れ回したりすると間違いなくアウトだ。一ヶ月だし、何回連れ回したよ。
「で、どうするよ」
『どうするって』
「俺はこの際、もう泊めた時点で多少の覚悟はしてたが、お前はどうするんだよ」
『……帰りたくないです』
まぁそう言うよな。単純なケンカじゃねーってのは本人が好きとか言ってたとしても一ヶ月も男の家に泊まるなんて正気とは思えねーことをしてる時点である程度は察せる。
だが、帰りたくないって言っても未成年でましてや18未満ですらある恵美に親の言葉を無視することはできない。ただ、気がかりなこともあるんだよな。そのストーカーになりかけてる担任が、普通の判断してくれねー可能性も多少はあるんだよな。
「あの先輩に連絡しろ」
『カンベ先輩ですか?』
「多少は役に立ちそうだしな、いざとなったら盾にして逃げりゃいいんだよ」
『わかりました』
「じゃあ、俺は早退して待機しとく」
『すみません……ありがとうございます』
電話が切れた。そうか、わかっちゃったか。恋愛じゃない風に見せてはいるがなんだかんだでどうやらカンベくんは恵美のことが気になるようだし肉壁をゲットできる可能性は高いだろう。それに恵美にはああいう男の方がいいとは思う。もちろん本人にその気があるかどうかは考慮するがな。とか言って実のところ俺も恵美が急にいなくなるのが寂しいって思い始めてるからな、末期だ。
「すみません、飼ってるペットが脱走したらしいんで早退させていただきたいんですが」
「そうか、ウチも飼ってるが、心配だよな。いいぞ」
「ありがとうございます!」
またペット扱いして申し訳ない──いやあいつペット扱いで喜んでたな、変態かよ。
そして上司が愛犬家でよかった。うちの猫、デカいし人に見せるとちょっと後ろ手くくられるレベルの犯罪なんで自慢はできねーのがすごく残念だけど、実家が猫飼ってるからそれで誤魔化してる。あいつは一生俺に懐かねーけどな。
「さて、大丈夫かな……」
車を走らせること数十分、来客用の駐車場に到着した俺はそこでスマホを弄りながら待っていた。周囲をチラリと見渡したけど俺以外の来客の車がねーのがちょっと気になるな。電車で二時間かかるところに住んでる恵美の両親が車じゃなくて電車で来るとは思えないんだけどな。
「あ……!」
「よう、大丈夫だったか?」
「うん、まぁね」
数分待っていると、駐車場に向かう制服姿の男女が見えた。片方は俺が待っていた恵美だったが、隣の正統派のイケメンくんは誰だ? 見覚えがあるやつな気がするが、てっきり中途半端にチャラそうな見た目してるカンベとかいうやつだと思ったため、そんな疑問を抱いていると正統派のイケメンくんは俺に向かって少し緊張気味に声を掛けてきた。
「えっと、あなたがカンベの言ってた」
「おう、恵美……こいつは?」
「すみません、
「トーマ先輩に助けてもらった……でいいんですかね?」
「何もしてないから、なんとも言えないけど」
「……何があった?」
詳しい話は家でするよと言われ、助手席に乗せる。ついでに斗真くんも後ろに乗せて近くまで送ってくことにした。こいつはカンベより数倍くらい頼りになりそうだし印象がいいな。いや、あいつの見た目がチャラいのが悪いんだけど。そもそもの言動が俺とは違うって思って、嫌悪感とまではいかないけど、仲良くなれねーんだろうな。
「結論から言うとですね──なんにもなかったんです」
「何も……?」
「はい、両親は連絡には出なくて……でも学校としては警察沙汰にするのは嫌だったみたいで、両親のリアクションを待つってことになって……生徒指導室にほぼ軟禁されました」
「あの担任とか?」
「ああいえ、生徒指導主任の先生と、学年主任と担任です。どうやらランス先輩……えっと本名なんて言ったっけ、とにかくワンドルの人がこの間のことを言ってくれてたみたいで」
ランスくんとやらはどうやら先生には男女問わず信頼をおかれている人物らしい。あだ名の由来はヤリチンだからランスというクソみたいな男らしいが。その人物の証拠付きの告発により担任は縮こまっているだけだったようだ。そこはほっとしたけど、そのまま親からの連絡があったのがついさっきだったんだとか。
「内容は?」
「許可が必要なら出す。夏服も学校に送るから勝手にしろ──だそうです」
「……なんだそれ」
やっぱり、ただのケンカじゃねーんだな。とはいえ、合法? いやほぼ脱法だが、俺は警察のお縄になる可能性はほぼなくなったらしい。そして実質的に親から追い出される形になった子どもがこれでずっと一緒ですね、なんて冗談でも明るく振る舞えるわけもない。うつむき気味に、また拾ってきたばかりと同じ顔をしていた。
家出じゃなくて、本当に捨て猫になっちまったんだもんな、そりゃそうなる。
「恵美」
「はい……」
「今日は俺が飯作ってやるよ」
「あ、いえ私が」
「集中しねーと怪我するから、俺に任せとけ。何がいい?」
「……オムライス」
「わかった」
久しぶりの料理だったが、これが案外うまく行くもんだ。恵美がどうやら事前に時間で米が炊けるようにしていたことに驚きと感謝しながら、どうやら元々オムライスが作りたかったことを知った。炒めてたら隣にやってきてそうやって話していた。暗い表情なのに変わりはなかったが、傍にいられることにほっとしてるのも事実らしい。
「……私のわがままのせいで、あなたが逮捕なんて、後味悪すぎますから」
「恵美は、帰りたくないんだよな?」
「……もう、帰る場所でもない気がします」
「そんなことねーよ。俺にとっても、実家は帰る場所なんだからな」
俺だって、自分勝手がしたくて飛び出したんだ。でも時折帰りたくなって帰る時がある。どんなやつにだって、子どもの頃過ごしていた場所ってのは特別なものなんだよ。だから、帰る場所じゃないなんて言うなよ。ちゃんと家族に向き合うって決めるまでの仮宿なんだからな、ここは。
「……ここが、私の家じゃダメですか?」
「ダメだ」
「え……」
「それは自分で道を決めたんじゃないんだよ。親に放っておかれただけで暗い顔してるようなやつが、言えることじゃねーな」
弱ってるところ申し訳ねーけど、それを単純に認めてやることはできないんだよ。そこで甘えちまうのは悪いこととは言わないけど、ここがお前の家でいいって言えるようになるには、向き合ってないことが多すぎる。自分の道を選んでるんじゃなくて、現実から逃避してるだけなんだ。そこまで強くは恵美に言う必要ないけど。
「嫌です、犯してくれて構いません、性奴隷みたいな扱いでいいから、ご主人様のシたいことなんでもしますから……」
「やめろ、そういうのは」
「……どうして」
どうしてもクソもあるかよ。俺が女遊びを生きがいにしてるのは気持ちよくなりたいだけだ。気持ちよくなるためには相手にとっても気持ちのいいセックスであってほしいってのは俺のわがままみてーなもんだけど、とにかく。そういうプレイは相手がそれで興奮する時だけだ。強引に誘っていいのは、強引に誘われても乗ってくれるって思ってるからなんだよ。
「私はただ、ご主人様の傍に……ここにいたいだけで」
「──次、そのためだけに自分の身体使うって言ったら出てけ」
「……ごめんなさい」
俺は相手が恍惚に喘ぎ、快楽と本能のままに求めてくる、もしくは受け入れてくるのが好きなだけだ。ハードなプレイも、相手と俺がそれでイケるからするだけ。お前が真に性奴隷みたいな扱いでいいんだったら別だけど、お前は俺のことを好きだって言ってただろ、矛盾してるんだよ。
「俺はお前の身体がほしいわけじゃないことくらい、わかるだろ」
「……はい」
「ほら、飯できた」
「私が、ここを自分の家にしたいって言うのも……ダメですか?」
「それは、お前が決めることだ」
懐いてくれるのは別にいいが、逃げ道にしてほしくない。俺に依存しすぎてもいいことなんてなんもねーよ。どうせ、俺なんて誰かと恋人同士になんてなれっこないしな。浮気になるのをわかってて、それでもセフレと連絡を取り続けるだろうよ、俺は。今は置いてもらってる身だからそれでもいいって思うかもしれねーけど、どうせ最後にはケンカすることになる。
──だが、恵美は俺の背中に抱きついてくる。顔を埋めて甘えてくる。
「……恵美」
「ごめんなさい、でも、好きなのは本当です、私が、あなたがいいって思ったから」
「気の迷いだよ」
「……それは、違う、違います」
恵美は縋るように首を横に振ることしかできなかった。恵美は、本当の意味で自分の道を決めるところに立っているんだろう。俺は、それを見守ることしかできない。碧に死ぬほど馬鹿にされた中二的な意味合いじゃなくて、そうしねーと俺に依存してしまうから。それが気の迷いでもそうじゃなくても、俺はもう手を差し伸べた後だからな。
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Part12
極度に溜まってる時に顕著なのは、女とヤル夢を見ることだ。それが俺の理想を反映しているのかなんなのかは知らないが、高確率でエロい夢を見る。それでどこまでヤルのかはその時次第だが、俺はその日、マジでびっくりして飛び起きた。
「……はぁ、そろそろマジで碧に誰か紹介してもらわねーとヤバいかもな」
「どうかしましたかご主人様?」
「お、おはよう恵美」
「はい、おはようございます」
絶賛、恵美とはちょっと気まずいというか、昨日俺が突き放したせいで恵美がどう接したらいいかわかんねーって状態なんだと思う。そんなちょっとピリっとした空気にも関わらず、俺は──ちょっと冷や汗を掻いていた。俺がさっきまで見ていた夢は、端的に言うと泣いてる恵美を後ろから抱きしめてそのまま慰めつつみたいな。
「……ご主人様、調子悪いんですか?」
「いや、まぁ……悪いのか?」
「無理はしないでください」
そう言って部屋から出ていく。別にな、夢で女とヤルのはいいんだけど、俺の性欲も空気を読まねーっていうか、なんだかんだ言いながらあの魅惑のボディに寄られると、ついついムラっとしちゃうんだよな。散々お前には手を出さないだとか今は女遊びしなくていいんだよとか言っといて、このザマだ。それでいいと思ってたのは頭ん中セックスばっかりの男にセフレ以上の気持ちを抱く女なんて、本当にいるわけがないと思っていたからだ。恵美のような変な女は想定してねーしな。
「あの……昨日は、その」
「ああ、俺も言い過ぎた……ごめん」
「いえ、私がわがまま言い過ぎたので」
そんな恵美も昨日のことがあったせいか、イマイチ踏み込んでこない。そこは俺の性欲的にはアリだな、なんて言いつつも心配じゃないかと言えば嘘になるのも事実だ。出ていくなら出てってもいいとか、もう思えなくなってきてるんだよな、俺も。
「恵美」
「はい」
「……昨日のこと、あんまり気にしないでくれ」
「大丈夫です」
まるで一ヶ月前に戻ったかのような素っ気ない態度を取られて俺は言葉が続かなかった。昨日のはやっぱり言い過ぎたなんて後悔してももう遅い。そのまま、恵美は学校へと行ってしまったことで、コミュニケーションもロクに取れなくなってしまった。
──自分で自分に言い訳しても仕方ないけど、恵美は単に依存先を俺に変えようとしてると感じた。本人にも言ったけど、あいつは本来、自分の道を自分で決めるために家出をしたはずなのに、俺に道を決めさせようとしていた。それじゃ、意味がない。
「……なに真面目に考えてんだって話だけどな」
我ながら恵美のことになると
『それはズバリ、恵美ちゃんが特別だからだよ』
「特別……って」
『恋愛としてだけじゃなくて、ん〜っとね、そう、愛猫が心配みたいな』
「ペットかよ」
結局そこに行き着くの嫌なんだよな。だが、会社の昼休みに電話を掛けてきたバカだがこういう時は頼りになる後輩は電話越しにペットみたいなものでしょうとからかうように笑っていた。多分、俺よりも敏感に俺の変化に気付いているからこそ、こういう余裕の笑いができるんだろう。ムカつくけどな。
『愛着湧いたんでしょ、ああやってセンパイを性欲以外の目で見てくれる人いないから』
「……なるほどな」
性欲以外か、えっちなことしてもいいですよなんて言ってるけど、結局始まりとしては性欲じゃなくて感謝とかお返しとかそういう純粋な、まるで子ども同士の恋愛のような出発点だったから。そしてそのお返しが俺にとって居心地のいいもんだった。
──きっとそれを愛着と呼ぶのだろう。あいつのくれる日常が居心地のいいもんだった。その日常をくれた恵美のことを、俺は大切に思っていたんだ。
「ありがとな」
『いいよ〜、それよりそろそろ襲っちゃいそうになってない?』
「察しが良すぎてストーキングを疑うな」
『私以外に今セフレいないのに、家には連れ込めないもんね』
その通りだよ。そこまで察していたら、できたら誰か紹介するかお前が相手になれ、なんて野暮なことを言わなくてもなんとかしてくれそうな雰囲気だったから俺は碧の言葉を待っていた。
『紹介はしないよ』
「じゃあお前か」
『恵美ちゃんと約束したからね』
「なんの約束だよ」
『女遊びさせないでって』
なにしれっと仲良くなってんだよお前ら。しかも恵美がまさか碧に手を回していたとはな。ということは碧が相手か。まぁそれでもいいけどな。納得していると碧が明るい声で俺の予想を肯定してきた。
『本来なら襲ってあげていいんじゃないって言うところだけど、タイミングがタイミングだからね』
襲ってあげてよくねーよ。俺は一応あいつのことを性欲に身を任せて襲うの絶対にしたくねーって思ってるんだよ。あいつはセフレでもなんでもなくて、ただ両親じゃない庇護を求めてただけなんだからな。それを愛着とでもなんとでも言えばいいけどさ。
──俺は色々考えたけど結局、恵美のことを女として好きかなんて言われても首を横に振れるんだ。
「それじゃあ、また仕事終わりに連絡する」
『わかった、恵美ちゃんには私から連絡しとくね』
「はぁ、マジで助かるよ」
気まずいとはいえ、碧に頼りすぎてるな。あいつだって俺との関係に積極的な時はなんかあった時だ。あんまり負担掛けるのはよくない。むしろ俺が碧の愚痴を聞かなきゃならないってのに。それは、話してるうちになんとかなるだろう。
恵美も、少し独りにした方がいいのかもしれないしな、これは逆に考えればいいタイミングと捉えることにした。
「……ふぅ」
「おう、今大丈夫か?」
「あ、ええ……大丈夫です」
電話を終えてため息を吐くと上司の
「猫ちゃんが心配か?」
「……まぁそんなところです」
「拾ったんだっけ? その様子だと今一歩飼い主としての覚悟が足りてないんじゃないかって悩んでるね?」
「よく、わかりますね」
ほぼ合ってて俺は思わず恵美のことがバレたのかと思って身構えそうになったが、美作さんはどうやら純粋にペットの話をしている様子だったのでほっとする。飼い主としての覚悟が足らない、まぁそうなんだろうな。本当だったら許可出してくれるんならずっとここにいてもいいとか、言ってやってもいい気がする。でも、俺にあいつを飼ってやれるほどの甲斐性があるとは思えないからな。
「キミは恐れているんだな──前の飼い主と同じことをしてしまうんじゃないかって」
「……ええ、はい」
「そういう時はね逆に、恋人と同じと考えればいいんだよ」
「恋人……ですか」
「そう、ペットを恋人だと思って愛してあげるんだよ」
とんでもない言説が飛び出して俺は驚きのあまり美作さんを見つめてしまった。ペットの世話とか、その他諸々で自分の覚悟が足らないと思った時は恋人と同じと考えればいい、か。
飼い主としての覚悟とか、責任感じゃなくて、傍にいてほしいって思うことが、傍にいてあげたいって思うことが大事なんだと美作さんは語った。
「それに、懐かれてはいるんだろう?」
「それなりに」
「それはキミが愛を持って接してあげてるからだよ。手を差し伸べるから、その手に頬を擦り寄せる。手を広げるからその中に飛び込んでくる。人もペットも、本質は同じさ」
「本質は、同じ……ですか」
「お互いに手を伸ばすから、そこに心が生まれる。コミュニケーションを取ってあげてるからペットもキミを必要とするんだよ」
俺が、手を伸ばしたから。あの日、声を掛けられて気まぐれに手を差し伸べたあの時から、俺と恵美の心は触れ合ってる。それは単純な恋愛とか性欲なんかじゃなくて情だった、雨に濡れるあいつが助けを求めてるように感じたから同情した。いや最初は性欲もちょっとはあったか。
「美作さん」
「なにかな?」
「……ありがとうございます」
「いやいや」
例え同情だろうと気まぐれだろうと俺があいつに手を伸ばして、恵美が俺の手を取ったのが全ての始まりだ。それから二ヶ月経っていて、色んなことがあった。俺はその中で一つくらいあいつを安心させてあげる言葉を吐いただろうか。なにより、あいつが俺のことを好きだと言っているのが一時の気の迷いだっていうなら、俺が恵美を家に上げたのも一時の気の迷い以上のなにものでもない。
──だったら、どうせお互い迷子の身だ。方向音痴の寄り道には、付き合ってやるのが俺の信条だからな。
「ただいま」
「……あ、おかえりなさい」
「飯の用意しちゃってたか?」
「いえ……あ、ごめんなさい、何か作ります」
「いや作ってねーならちょうどよかった」
「え?」
「飯、行こうぜ」
居酒屋は中止して、焼肉でもどうだと碧を誘っておいた。俺は別に酔っても酔わなくてもいい。それにあんまりそういう店に恵美を入れるのはよくないしな。困惑気味の恵美を乗せて碧を迎えに駅まで車を走らせる。多分待たせてるだろうからな。
その赤信号でそっと、恵美の手が俺の膝に乗った。
「あの……」
「ん?」
「怒って……ないんですか?」
「怒った方がいいか?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「気にすんなよ。居たいなら、居ていいんだからな」
「……いいんですか?」
「嫌か?」
恵美は慌てて首を横に振る。そんな恵美に、俺は改めてごめんな、と謝罪をした。もちろん、あんまり依存しすぎてほしくねーってのは一緒だ。見えるはずのものまで見えなくなってまで、俺に入れ込んでもきっと不幸になる。ただ、今度こそ借りてきた家じゃなくて自分ちのように過ごしてほしいってのが俺の本音だ。
「ついに、飼ってくれる気になったんですか?」
「既に飼われてる気になってたやつのセリフじゃねーな」
「そんなことありません。私を飼ったらお得ですよってアピール中でした」
「なるほど? じゃあそのアピールで培った能力はこれからも活かしてくれると、俺がとっても嬉しい」
「はい、ご主人様が帰ってきた時にゆっくりできるよう、頑張りますね」
──とりあえずは現状維持ってことになるだろうか。それとも一歩縮まってしまったと見るべきだろうか。よくわからんが、俺の気持ちとしてはここで、碧から見れば漸く、この捨て猫を飼う覚悟を決めたってところだろう。問題は一切解決してはいねーけど、なんかあった時にこれで俺を頼ってくれるようになることを期待している。
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Part13
焼肉食って、恵美を送っていってそのまま碧を食って、性欲的な意味でも恵美のわだかまりとしても一応はスッキリすることができた。恵美の両親の言葉通り学校に夏服が送られてきており、無事ではないにしろ衣替えも完了し、新しい日常がやってきた。少しほっとしたのは恵美が相変わらず、どころか前より一層ふてぶてしく家事をこなし甘えてくるようになったことだろうか。
「ご主人様、後一ヶ月ちょっとで夏休みです」
「俺に夏休みはねーんだよ、お盆休みはあるけどな」
「……バカンスは?」
「日本人はバカンス取らないんだよ、残念ながらな」
とはいえ、目をキラキラさせている以上何かを求めているんだろう。どこか行きたいところでもあるのかと思ったらなんとテーマパークのようになっているデカいプールに行きたいと言い出した。また結構な遠出だが、プールか。学生時代はナンパ目的でよく行ったもんだ。そう言うと恵美は頬を膨らませて抗議をしてくる。
「そういうエピソードはいいです。でも、ナイトプールっていうのに興味があるんです」
「……ナイトプールこそそういうエピソードの場所だろ」
夜の暗がりと電飾の雰囲気ある明かりの中、下着同然の男女が過ごす場所だぞ、アダルトな雰囲気になるのがある種当たり前みたいなところがあるんだぞ。なんなら屋外で際どいことしてるカップルとかいるからな。これは俺の経験じゃないからな、決して、それを見つけたってだけで。
「ご主人様とかですね」
「失礼な、相手がムラムラしてきたとかいって──ってお前に聞かせるようなエピソードはねぇ」
「口ですか、手ですか?」
「言わねーよ」
そういうエピソードはいいですとか抜かしたクセにこいつはやっぱり食いついてきやがる。元箱入りの処女だっていうんならもうちょっと
──そもそもナイトプールってカップルで行くかナンパ目的だろ。後は女子会か? SNS映え目当てか。
「それは偏見かと」
「……んじゃあどうしてナイトプールへ?」
「カップルっぽいからです!」
「偏見じゃねーか」
「いいじゃないですか、さり気なく触ってもいいですから」
「相手がお前だとトラップがすぎるな」
ソファに座っている人の膝の上にゴロンと寝転がって甘える体勢だ。俺からの変化はなんだかんだと甘えられて頭を撫でることが増えたくらいか。気持ちよさそうな顔をするので満更でもないらしい。本当にこいつは家出JKとか居候ってよりはペットだな。冷凍庫のアイスの減りが二倍になったことを除くと本当に猫みたいなやつだ。
「また雨いっぱいですね」
「梅雨だからな」
「ご主人様に送ってもらえるの、楽しみにしてます」
テレビの天気予報を眺めながら恵美はふふと微笑んだ。曰く、雨はやっぱり苦手だそうだ。絶え間なく降り注ぐその音と両親の声が重なって聞こえることがあるのが原因なんだそうだ。
両親は口うるさいって部類なんだと思う。虐待とかそういう話じゃなくて、いや現状立派なネグレクトをされているが、そこには触れない方向らしい。
「両親は、特に母は私を
「まぁよくあるやつだな」
「ですね、でも……高校受験で
ああ、たしかに恵美のいる高校ってお世辞にも偏差値めちゃいいところってわけじゃないもんな。本当はもっと高いところに入る予定だったとかでそれが今の失望の直接的なきっかけらしい。
「だから自分の道を決めたい、ってことか」
「はい……いつも言う通りにすれば幸せだって、幸せじゃないのはそんなところにいるせいだって」
「でも、そうは感じなかった」
「だって、クラスメイトはそれぞれみんな色んな方法で充実してて、私は学年トップでも、全然幸せじゃなくて」
だから道を踏み外してみたくなった。進学の時に再び愚痴を吐き出されたことが発端で、両親の考えるいい子にはならないと啖呵を切って、恵美は雨に濡れるのを嫌って飛び出していったってことか。
──それに対して、勝手にしろっていうのはいくらなんでも冷たすぎると思うけどな。
「失望したんでしょう。それとも、もう傷物になって修復不可能だから捨てられたのかもしれません」
「まだピカピカの処女なのにな」
「奇跡的な確率ですよ」
「まぁ、そうだな」
俺だって一歩間違えたらこいつの処女を奪ってたかもしれないって考えると頷くしかない。まぁこれで学費を払わねーとか言われても安心しろと言ったが、どうやら学費は既に恵美が持ってる口座に全て入っているらしく、いちいち入れるのが面倒だったからという理由までついていた。金持ちスゲーな。
「定期代とかも、全部自分で管理しろって言われてました」
「自立心を養ってるのかな」
「いえ、これも志望校に入れなかったからです」
「つか、なんで入れなかったんだ?」
「当日、熱を出してしまって、なんとか朦朧としながら解いてたんですけどマークシートズレてたみたいです」
なんて運の悪いやつなんだ、と俺は素直に同情した。いやマジで残念だな、それは。
──そんな運の悪さが、自分と両親、特に母親との決定的な亀裂になったのだとか。それは間違ってるとか、ヤバい親だななんて言えればいいんだが、残念なことに俺に子育て経験もないし、それが間違ってるとか正しいなんざ、語ることもおこがましい。
「ただ──子どもとしては、もっと、こう個人に関心を持ってほしいよな」
「……そう、なんでしょうか」
「そういうもんだよ」
俺は、単純に両親が忙しくて構ってほしかっただけだったな。今じゃそうやって忙しいからこそ裕福になんの不自由もなくほぼバイトも趣味程度までしかせずに大学出て、独り暮らしもしてるんだけどな。
でも、子どもってそういうもんだろ。構ってほしくて、愛してほしくて、常に飢えてる。
「私は、捨てられた気がして──それをご主人様に求めてるのかもしれません」
「かもな」
「否定してください。じゃないと本当になります」
「俺に親の代わりなんて期待してる時点で破綻してるから、そのうち離れることになるぜ」
「意地悪言わないでください」
恵美はそう言って、不満げな目で俺を見上げてきた。あれな、否定してほしいって親代わりとかじゃない意味での愛に飢えてるって話な。わかっててスルーしてるんだからそんな目で見るな。
そんな甘えたがりで、ある意味でいつも飢えてる恵美をあしらいつつ、俺は頭の中にプールの予定を組み立てた。
「私は、ご主人様が信じられなくて、満たされなくなってしまった愛を、あげたいんです」
「母性は年下に求めるもんじゃないな」
「……また意地悪言いましたね」
「あげたいとか言いつつおねだりの方が得意だけどな、お前は」
「それは、あげる方法がよくわらからないんです……だから」
だから、自分が愛してるって気持ちを、愛したいって気持ちを伝えることで模索してると言いたいらしい。拙く、幼い表現ではあるがその肝心なところで初なところが実に恵美らしいとも言える。
そして俺を揺らす愛ってやつは母性とかじゃなくて──愛してほしい、独占してほしいと叫び出したいくらいのわがままな気持ちなんだと思う。だからってこんなエセビッチJKに心を明け渡すようなことは、しないけど。
「おやすみ、恵美」
「はい……おやすみなさい」
「おう」
「……どうかしましたか?」
「いや」
だというのに最近は特に恵美そのものも緩んでるせいで、そして俺も気を遣わなくなってきてるせいで、こうふとした時に──例えば寝そうな時にふわりとした笑顔を見ると、つい触れそうになる。その頬に手を添えてしまいたくなる。
しかも恵美の何がだめって俺のその緩みをちゃんと見ていることだ。
「一緒に寝ますか?」
「犯すぞ」
「どうぞ」
「嫌がれよ、ちょっとは」
「好きな人と繋がれるのは、幸せですから」
──そう一歩距離を詰めてくる恵美の肩を掴み、俺は部屋に押しやる。処女な上に元捨て猫の分際で俺を誘おうなんて百年早いんだよ。といっても臆面なく、俺に向けて「好き」という魔法の言葉でありつつ単純で、幼稚な表現で篭絡しようとしてくる。それが逆にちょっと安心する自分がいた。閉まった扉に振り返りながら、俺は聞こえないように言葉を吐いた。
「……焦んなよ、恵美」
その相手は俺だけどな。でも恵美は少し急ぎ足に俺との関係を進展させようと多少の無茶をしている印象を受ける。それは本格的に親の庇護がなくなったと、捨てられたと感じたせいか。このまま俺が追い出せば、自分はどうなるという不安があるんだろう。だから焦るし、甘えるし、ああいう短絡的であり幼稚な誘いをしてくる。
「あ、おはようございますご主人様」
「おう……曇りだけど雨は降ってねーみたいだな」
「ですね」
「支度しとけよ、送ってってやるから」
「……いいんですか?」
「いつ雨降るかわかんないだろ」
まぁ、こいつが無駄に甘えてくる理由として俺が恵美に甘いってのは確実にあるんだと思うけどな。俺としても無駄に突っぱねて不安にさせるのはよくないことだと思ってるし、なにより俺と恵美の事情を全て知った碧がそう言ってたからな。こういう時フラットな目線で見ることができる存在は頼もしい。やってることがギリギリ犯罪なこともあるからな。誰かに相談とかできるはずのもんじゃないんだよな。
「それじゃあ、行ってきます!」
「……ああ」
「そこは行ってらっしゃいって言ってほしいです」
「なんだよ、変わんねーだろ」
「変わりますよ」
「わかったわかった……行ってらっしゃい」
「はい!」
梅雨時期はちゃんと晴れないと毎回毎回こんな感じか。辟易しつつも俺はそうなることをどこかで安心しているところもあった。気の迷いを抱いているのは恵美だけじゃないんだよな。相手は俺が今まで相手にしたことのないような女だ。ヤレない、というかヤると後が危ない。しかも俺んちに住み着いた元は雨に濡れる捨て猫みたいなやつで。
──今じゃすっかり、ウチの家猫としてふてぶてしくもかわいらしい笑顔で助手席のドアを開けてコンビニへと入っていった。
「……なんだよ、雨降らねーのかよ」
会社に着いて車を降りるところで恵美がすっかり傘を忘れておりどうしようかと考えて空を見上げると鈍色の雲の隙間から光が差していることに気付いてため息をついた。送り損したな、このまま晴れたら最悪だなとか愚痴を胸に収めた。まぁ結局その通りに午後からはすっかり晴れるんだよな。
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Part14
ガールズトークをもちかけられたのは休日にご主人様の知り合いであり、後輩であり──セフレでもある長月碧さんと買い物をしに行った時のことだった。碧さんは、ご主人様にとってのストッパーであり、私にとってもストッパーでもある存在で頼りになるお姉さんって気持ちと、嫉妬を抱く気持ちが半分になるような人だ。
「嫉妬って、恵美ちゃんのご主人様はいらないかな」
「そうじゃなくて……その、えっちしてるじゃないですか」
「あ、あ〜そっち?」
ひとまずご飯を食べるためにショッピングモールの中にあるチェーン店のレストランにやってきたタイミングでガールズトークを始める。忘れてたみたいなリアクションをしないでほしい。複数の男性と身体の関係を持つ、所謂ビッチというものに属するだろう碧さんと未だに手を出してもらっておらず多少こう、ボディタッチ等で誘ってもまるで反応してもらえない私とじゃその行為の重さや価値観が違い過ぎるから。
「ほら、焼肉の後も朝帰りでしたし、しかも私を家に放り出してから」
「あれは、センパイが色々と限界だったからね」
「……限界?」
「ありゃ、気づかれてないとは徹底してるね〜」
「な、なんの話ですか?」
碧さんはちょっと迷ったようにリアクションしてから、ご主人様が何故あのタイミングで朝帰りをしてきたのかというのを教えてくれた。ちょっと理性の限界が来たから、このままだとふとした瞬間に襲いそうだったから?
──それは、それで嫌な気分がします。
「どうして?」
「私でいいのに」
「でもセンパイはよくないから、我慢してるんだと思うんだけど」
よくない、何がよくないんだろう。世間体なんて気にしてる人はそもそも女遊びなんてしないし、私くらいの年齢の──つまりは碧さんに紹介してもらった女子高生を家に連れ込んだこともある。他の子がよくて私がそんなに避けられる理由ってなんだろう。考えても考えがつかない。嫌われてるってことはないんだと思う。煙たがられてるならとっくに私は捨てられてる。でもご主人様はちょっと大胆に甘えても嫌がる素振りなんて見せない。だから、嫌われてはないと思う。
「センパイは嫌ってなんかないよ! それは保証する」
「……なら、どうしてですか?」
「簡単に言うと、理由は二つあると思うんだよね〜」
「二つもあるんですか?」
「一つは恵美ちゃんがセンパイのことを好きだから、二つ目は処女だからだね」
そのピースに私は眉根を寄せて、あんまりよくない顔をしていた気がする。二つ目はまだ納得できる。私は経験がなくて、そういう女の子を抱く責任を負いたくない。記憶に残るような男になりたくない、そう考えてるような感じがするから。でも一つ目はよくわかんない。私がご主人様を好きだとどうしてえっちしたくなくなるんだろう?
「ストレスの捌け口」
「……えっと?」
「私がセンパイとのセックスに求めることだよ」
「す、ストレス……ですか」
「うん、他に例を挙げると、好きな人にフラれて傷心で、誰でもいいから満たしてほしいとか。カレシと性癖が合わないから強引に求めるようなセックスがしたいとか──これが、センパイが抱いてきた女の子だよ」
その理由に、私は思わず言葉を失った。それと同時に、なんとなく私が彼のことを好きだから手を出してくれないという理由もわかったような気がした。
──あの人は、自分を見られることがないんじゃないかな。誰かの代わりでしかなくて、でもそれだからこそ無責任に気持ちよくなれるわけで。
「そうだね、責任を負いたくないって二つ目の時に言ったけど、一つ目も簡単に言うとそれかな」
「責任を」
「センパイは怖がってるんだよ──いっつも俺の方が気持ちいいだろ? みたいなセックスするくせにね〜」
「それは、わかりませんけど」
私ならそれも受け入れてあげられるのに。そう考えているけどそれが本当という保証はどこにもない。私には経験がないから、そもそもそうやって強引に求められるのが、触られるのがどのくらい気持ちいいのかも私は知らない。知りたいと思っても、知る方法もその経験だから。
「手はないわけじゃないよ……伝手を使えば、処女を食べるのが好きな男なんて幾らでもいるから」
「……嫌です」
「うん、だよね」
想像すらしたくなくて首を横に振った。例えそうじゃないとご主人様には抱いてもらえないとしても、私は絶対にそんなことで男を知りたくなんてない。あの人以外に与えられる快楽なんて、知りたくもない。
碧さんもそんなことはわかりきっているとばかりに頷いた。でもこうなるとすごく難攻不落ですね、ご主人様は。
「めちゃくちゃ手が早かったのにね、昔は」
「……やっぱり昔はそうだったんですか?」
「あはは、センパイは本当に高校生の頃は恋と性欲の区別ついてなかったから」
「すごいですね、それは」
「気に入った女の子を片っ端から誘って、抱いて、そうやって破綻していった」
なんというか、今のご主人様からは想像ができない女遊びの仕方だと思った。あの人にも気に入ったセフレって概念は当然あっただろうけど、自分に好意を抱いた女の子を端から食べていくなんて、ありえないと思ってしまう。それだったら私なんてとっくに気が向いた時に抱かれていることだろう。
「多分それで失敗したのが一番かな〜」
「恋と性欲の区別がつかなかったことが、ですか?」
「うん、高校時代のセンパイは無責任すぎたんだよ、他人の気持ちに対して、いつだってヤりたいって気持ちでしか接せなかったから」
「……破綻してますね」
「でしょ?」
碧さんは苦笑いをして私の言葉に頷いた。だからこそ、あの人は愛とか恋とかに鈍感なまま、それと性欲の区別がつかなくてそしていつしかそれがご主人様の心を閉ざす扉になってしまった。あの人にとって恋愛は性欲の処理の正当理由で、気持ちいいに勝るものじゃなくて。
──だからこそ、私を抱くのを恐れてる。
「トラウマなんですね、女の子に好意を向けられることが」
「そうかもね、実際に大学入ってからは恋人らしい恋人もいなくて、ただ一人暮らしの家には毎日のように女の子が寝てたよ」
「爛れてますね」
きっとそれは、私が来るまでも日常だったのだろう。毎日のようにとはいかずとも、気が向けば家に連れ込み自分のテリトリーの中で女遊びをして、それがアイデンティティだった。でも本当に気まぐれなのか、それとも最初は私を抱けると思ったのか、私に手を伸ばした。私を救ってくれた。
「センパイの場合、泊めてヤッて帰そうと思ってただろうけど」
「けど?」
「多分恵美ちゃんの慣れてないリアクションに、やめたんだと思うよ」
「……そうだったんですね」
そこでやめてくれる優しさが、私があの人に縋る理由だ。依存してるだなんてそんなこと言われなくたってわかってる。でも、今の私にはあの人が、ご主人様がいないと本当に独りぼっちになってしまう。それは、死ぬことよりも怖いことだと思っている。
「恵美ちゃんにはぜひとも、センパイを攻略してあげてほしいね」
「攻略、ですか」
「本当は私がさ、女の子を紹介してあげて……その中でセンパイを幸せにしてくれる人がいないかなって感じでさ」
「碧さんじゃダメだったんですか?」
「私はダメだね、カレシいる以前に──センパイのことは恋愛的な目でみれない」
「どうして、ですか?」
「さっきもいった通り、嫌なことあって愚痴るのもどうかなって思う時に会ってヤル時が、一番気持ちいいから」
それは、えーっと、なんてリアクションしたらいいんだろうか。もしかして嫉妬してもいいよってことだろうか。私はまだそういう経験もないからどれが一番気持ちいいとかわからないんですけど。それとももしかして実は碧さんはご主人様が好きで私にマウントを取って諦めさせようとしてきてるとか?
「センパイと毎日顔合わせて一緒に生活するとか考えられないってこと」
「……楽しいし、幸せですよ?」
「いやあの人、割と非の打ち所がないじゃん? 性欲以外は」
「性欲以外は」
確かに、女遊びのために最適化されたお仕事と生活能力と自分の身体のマネジメント、知識もあるしコミュニケーション能力も高い、女遊びのために本当に色々と最適化されすぎているけど、それだからこそセフレにはよくても恋人はダメらしい。どういうことなんだろう。
「センパイって、本当は女なんていらないんだよ。性欲を満たせれば、後は全部一人で完結してる」
「……そう、ですか?」
「それは恵美ちゃんはセンパイが必要とするものを持ってるからだよ」
「持ってる……」
「そこでなんで自分のおっぱい見るの?」
いや、思わず。そうですね、家事能力ですね。私がご主人様より優れている唯一の点は炊事、掃除、洗濯などの家事をこなす能力だ。特にご飯は自分で作るより圧倒的にうまいって言って喜んでくれてるし、ご主人様が支度をしてる間に掃除やらなんやらをこなすから部屋は前よりもキレイになったって言っていた。
「それさ、メイドとか家政婦でいいわけじゃん? 少なくとも恋人に求めるのがそれと性欲処理なんて男と私は絶対に付き合いたくないよ、私はね?」
「そんなものなんですね……」
その点、私はご主人様の身の回りのお世話をする家政婦扱いだろうと、性欲処理をするためのペット扱いだろうとどんと来いって感覚だ。献身とかじゃなくて依存してるからなんだけど、それももしかしたら一時の感情かもしれないとご主人様は考えてるみたいだった。そういうのも、拒否される理由に入ってるのかな。
「でもそれに抵抗がない恵美ちゃんならって思ったんだよ」
「……なるほど」
「それじゃ、買い物しよっか」
「はい!」
ご主人様と私の恋愛的な相性がそれほど悪くないんだと判断し、とりあえずその言葉に納得した。そこからはもう一つの目的である買い物へとシフトしていく。やってきたのは様々な下着を取り扱うコーナーだ。これをご主人様は律儀に一緒には選んでくれないので、こうして碧さんにあの人が好きそうなものを訊こうという作戦だった。
「センパイはね〜、割とあざとい下着も好きだよ、ほらこの空色のとか」
「こういうの、子どもっぽくなりませんんか?」
「大丈夫、恵美ちゃんJKなんだから、狙いすぎよりはこっちだって。ほら、紫のワンポイントもかわいいでしょ?」
「ですね」
「攻めたのがいいならネットでも買うといいよ、紐とか」
今回得られた学びとしては、ご主人様は思っていた以上に私のことを考えてくれてるのかもしれないということと、そんな風に考えてくれてる以上は私にはチャンスがあるということと、後は暖色系より寒色系の方が好きらしいってことだ。特に淡い青系統が好きらしくて、私はそれらを幾つか購入することにした。後はどうやって見せるのかが問題だけど、さり気なく短パンとかからチラリズムで大丈夫とアドバイスまでもらった。
「今日はありがとうございました」
「いいって、どうせこの後センパイとホテル行くし」
「……そういうの、言わなくていいんですよ」
倫理観は正直なところ理解できないし、ご主人様と繋がれるのが羨ましくてしょうがないけど。相談役としてはすごく頼りになるお姉さんという印象だった。そうやって信用して他の男に売り飛ばすようなことまでしてるのでもしかしなくてもいい人とはすごく反対にいるような気がしているけど。少なくとも私がご主人様を想ってる限りは、大丈夫そうだということは確かだった。
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Part15
俺は、どこまで行っても性欲を発散しないと襲わないと心に決めてるはずの家出娘すら襲いそうになるケダモノでしかない。なにが困ってるってその家出娘が拒絶じゃなくて最近マジでウェルカムなところだ。前は合意があれば食ってやろうかなんて言ったものの、今じゃ俺からそれを断る始末だ。
「犯すぞ」
「どうぞ、ベッド行きますか?」
「……拒否してくれ」
なんてやり取りも雨続きもおさまり、すっかり夏が来た今では最早懐かしいレベルになってきている。今では完全に誘う方と断る方の立場が逆転していた。俺が恵美を褒めると、毎度じゃないが絶妙なタイミングでご褒美と称してそれをねだってくるようになってきていた。
「犯してください」
「なんでだよ」
「ご褒美ほしいです」
「アイスで我慢してくれ」
「膝枕もつけてくれるなら考えます」
「……わかった」
──というような感じだ。なにやら碧によくねーことを教わっているようで、夏になりますます薄着になった部屋着のホットパンツからチラリと見えたショーツを指摘すると、恵美はニヤっと笑ってむしろケツをこっちに向けて指でめくって見せてきた時は本当に犯してやろうかと思ったくらいだった。
「もうちょっと明るくしたいんですけど、ブリーチしちゃだめですか?」
「やめとけ、色戻すのめんどくなるし、髪痛むぞ」
そんな夏の休日、クーラーに涼みながら恵美が少し伸びた毛先をいじりながらそう言っていた。どうやら思っていた以上に自分の中でブロンド系が気に入ったらしい。自分が真面目な委員長ってイメージを払拭したいってのはよくわかるが、元の黒髪に罪はないんだから嫌ってやるなよ。
「戻すことってあるんですかね……」
「お前が進学するかどうかは知らねーけど、いずれにせよいつかは就活するんだからな?」
「ご主人様に養ってもらいます」
「働け」
「家事と身の回りのお世話と性欲のお世話なら」
「……最後のは間に合ってるよ」
「間に合わせないでください。私と専属契約結んでください、奴隷契約でも可です」
「何が可なんだよ……」
不可だよ、圧倒的に不可なんだよ。家事も本当は間に合ってたんだが、いつの間にか恵美に頼るクセができていた。本人が嬉しそうだからスルーしてるけどな。そんないつの間にか変化している新しい日常の中で恵美が家に来てから約三ヶ月が過ぎ、まもなくこいつにとっては間違いなく波乱の一学期が終わろうとしていた。
「テストが終わったら打ち上げにクラス会としてカラオケはどうかと誘われました」
「いいんじゃねーの、クラスの付き合いは大事だからな」
「ファミレスでご飯からのカラオケで、結構遅くなる予定みたいです」
「高校生は一応夜遅いと補導対象だからな、気をつけろよ特にお前は」
保護者じゃねーからな俺は。保護して、お前の気持ちとしてはご主人様かもしれんが警察の人にそれを説明した瞬間に俺は社会的におさらばだ。そういう意味でも気をつけてくれればいいと言ったが、恵美はそういうことじゃないとでも言いたげに見上げてきた。何か不安なことがあるんだろうか。
「どうした?」
「二次会のカラオケ、個室に男女が……これってそういうことですよね?」
「お前はクラスメイトのことなんだと思ってるんだ?」
どうやらそこから乱交を想像したらしい。いやおかしいだろ、それで乱交が始まるのはヤリサーなんだよ、お前にはまだ二年くらい早い世界のはずだ。それにカラオケは基本的にそういう個室だからって施設でいかがわしいことをしねーようにって監視カメラがついてる。しかも録音もされてたはずだ。
「……ご主人様はそういう経験、やっぱりあるんですよね」
「そういう時はカラオケそのものを貸し切りにするからな。店員も知り合いがやってる店にするとか根回しと下準備が必要なんだよ」
「あるんですね」
「軽くな」
そもそも複数プレイは好みじゃねーんだよ俺は。俺が複数プレイもちょっとなって感じなんだ。何が悲しくて別の男を見ながらセックスしなきゃなんねーんだよ。それだったら圧倒的に口説いてホテルに持ち帰った方が満足できる。事実として俺はその乱交パーティーで他の男のをしゃぶったやつに陰毛口移しされて萎えて、一番かわいかった女と途中で抜け出してしばらく俺専用にしてやったくらいムカついたんだからな。
「……荒れた大学時代ですね」
「本当にな」
「だからこそ、今のご主人様がいるわけなんでしょうけど」
「どうだろうな」
碧にもだからやめとけって言ったんですよなんて呆れられた。なんとなく大学生になったら女遊びってこれだろみたいな偏見で参加したヤリサーだったが、結局は碧の斡旋の方が数倍楽で、しかもハズレがないんだから今考えると昔の俺ってバカだったなと思う。
そんな過去話だが、これは本当に特殊な例だと断言してやる。高校生でそんなことがクラス単位で行われるほど落ちぶれた集団じゃないだろ、さすがに。
「そうですね、担任の先生はあれですが」
「そっちも大丈夫なんだよな?」
「はい、カウンセラーの先生に何かされたら報告してと言われたので、どうやらランス先輩の四人目くらいのカノジョさんらしいです」
「……なんて?」
そのランス先輩とやらはとんでもないやつだな、と思う反面、それが心強くもあった。そうやって校内に強い繋がりを持ってるやつが味方ってのはすごく力になってくれるんだよな。実際俺は碧に助けられてるからな。
というか年上も年下も範囲ってのはえげつねーなとは思うが。
「そういえば、ご主人様って年上と年下、どっちがタイプなんですか?」
「……どうだろうな、俺はあんまりそういうの考えたことねーけど」
「じゃあ抱いた女の子はどっちの方が多いんですか?」
「それは年下だな、碧の斡旋だから」
だから大学時代も卒業してからも高校生をセフレにはよくしてたよ。けど、高校生は大学に入る前ら辺がピークで後は連絡取らなくなることがほとんどなんだよな。
受験とかで不安な気持ちとかカレシと会えない不満を碧が汲み取って、家庭教師がてらセックスを教えてたなんて笑えることもやってたけど、それが過ぎてちょっとしたらまた日常に戻っていくんだよな。
「なるほど、そうすると私はやっぱり対象内と」
「外だったら我慢することもねーよ」
「犯してくれていいですよ?」
「はいはい」
対象内だし恵美はすごく目を引くような美人でもある。スタイルもいいし、立ち姿とかもキレイだ。だからこそ、俺は前よりも確実に碧を誘う間隔が短くなってるからな。ただあいつに他の女紹介しろって言っても恵美ちゃんとかどうですかとか言ってくるもんだからどうしようかと考えるレベルだ。
「私は、きっとご主人様には重たいと思います」
「……そうだな」
「だから身体の関係を持ちたくない。私が他のセフレさんとは違うから」
「ああ」
恵美にとってセックスは抱いてきた他の女とは違う意味を持つ。いや世間的には一般的な意味を持つことにもなるんだが。それは俺が本質的に求めてるものを、もっと煮詰めてドロドロにしてから肯定した、故に否定しなきゃいけない原始的欲求だ。
──孕みたい、孕ませたい。セックスの本質であり真実であり、単なる遊びとは根本から違う。
「だから私、思ったんです」
「なにを?」
「──ご主人様が本当の意味で私を求めた時は、そういう時だって」
「ならなおさら、ありえねーってことを知れ」
「諦めませんよ、ご主人様がご主人様である限りは」
そう言って、恵美は足をソファに乗せて膝を立て、そこに頭を置いてふふふと微笑んできた。それが、妖艶な光を放っていて、俺は約三ヶ月前はまだまだ子どもっぽいなって思っていたはずの家出娘がだんだんと女に変わっているのを実感した。俺や碧といった教育に悪い大人と一緒にいるせいか、触れたら火傷すらしそうなほどの光を放っている気がした。
「じゃあ、また」
「ま、またね栗原さん」
「うん」
テスト終わりの打ち上げでは、まぁ結局恵美が心配、心配でいいのか? とにかく懸念していたことは何もなかったらしい。何組かカップルは一緒に帰ったので怪しいとか言っていたし、なんなら最後まで手を振って挨拶をしていた男に一緒に帰らないと誘われたらしいがその点、俺に迎えを頼んできた恵美はほぼ無敵と言っても過言ではなかった。
「夜のドライブデート、って感じでわくわくします」
「家帰るだけだけどな」
「いいんです、でもちょっと遠回りしてくれたら……嬉しいです」
そう言って、恵美は自分のスマホに入っていた曲を車と同期することで車内スピーカーから鳴らし始めた。どうやらワンドルとやらの先輩たちにオススメされた邦ロックが入ってるらしく、それをBGMに言われた通り遠回りして帰っていくことにする。夜景を眺め、気付いたことを俺に話し、そして恵美はよく笑った。
「夏休みは、たくさんデートしたいです」
「俺は仕事なんだけどな」
「そうでした、でも……デートしたいです」
「具体的な案を出せば考えてやるけど」
流石に毎週はやめてくれよと付け足すと恵美は少し考えてから、幾つかのデートを提案してきた。以前のログハウスで天体観測、テーマパーク、既に確定しているプールや、夏祭り、バンドのサマーフェスなど、色んなことを提案しては俺が可能か不可能を、恵美を視界に入れずに答えた。
「お盆は、プールなんだろ?」
「そうですね、プールが最優先です」
「すると泊まりはほぼ使えねーと思え」
「んー、サマーフェス」
「まぁ休日にあるってなら可能だな」
「二日ありますけど、片方なら」
こんな感じで、応対していく頃には家が見えてきた。車庫に入れ、車のエンジンを止めると恵美は助手席のドアを開けて思いっきり伸びをした。どうやら退屈とまではいかなかったが、めちゃくちゃ楽しいというほどでもなかったようで、玄関を開けるまでの短い距離に腕を組んできた。
「やっぱり、この髪だと軽く見られるんでしょうか」
「なんかあったのか?」
「いえ、今までは対して私に話し掛けてこなかったのに、ファミレスで隣だった男の子も、カラオケでデュエットした彼も、口説いて来たんです」
「まぁ、遊んでるようには見えるなぶっちゃけ」
なにせエセビッチだからな。俺がそう言うと恵美は納得したように頷いてからでもと呟いた。
ドアが開き、きっちりと整えつつローファーを靴箱に入れ、恵美が俺の前にやってきて背伸びをしてくるのを鮮やかに躱してやった。不意打ちとか俺に通じると思うなよ。
「で、なんだよ」
「でも、私は既にご主人様のものなので」
「貞操まで管理した覚えはねーよ。それは好きにしろよ」
「好きにした結果、ご主人様なんです」
不意打ちのキスやらボディタッチなど、行動では俺の予測を越えることはできねーところはまだまだビッチには程遠いなとか思いつつ、言葉は達者で俺を黙らせることができる恵美は、してやったり顔で今度はキスなんてこすいことはせずにダイレクトにハグをして甘えてきた。
「ただいま帰りました、ご主人様」
「……俺がおかえりって言うのかよ」
「いつもは逆じゃないですか」
「そうだな……おかえり、恵美」
「……はい」
きっとこれから、恵美にとって特別な夏休みが始まる。高校二年生の夏休みだ、来年は味わえない、そして大学生では味わえないたった一度きりの夏休み。それに対してテンションを上げる姿は、既に夏休みなんてものがない俺にはたまらなく眩しく見えた。そしてその恵美の青春に、俺は振り回されることがスケジュールからも明白になっていた。
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Part16
恵美は夏休みに突入し、本格的に家事を頑張るということを宣言していた。なんだかんだで休日は俺も家事をしてるからな、一日自分が家にいて俺がいないということもあり、メイドの如く毎日細かいところまで掃除をしていた。大掃除かよとツッコミを入れつつ、屋内とはいえ夏の中、クーラーも使わずに作業してるらしいところが気になった。
「熱中症で倒れても助けられないからな、気を付けろよ」
「はい」
対策として俺は麦茶のパックを買って恵美にお湯を沸かしてピッチャーに入れて冷やすことを指示した。こういう時は紅茶より麦茶だろう。後は塩分も取れるように塩飴も買って、掃除しながら舐めとけと伝えた。それを恵美経由で知ったらしい碧には何故かめちゃくちゃに笑われたが。
「いやぁ、愛だね〜」
「犯すぞこの野郎」
「やだな、レイプは犯罪だよ?」
「合意するまで犯してやる」
「それも犯罪だよ、センパイ?」
こちとらあの家出娘のエセビッチの誘い方が妙に上達してるせいで割とムラムラしてるんだよ、それがお前の悪影響を受けてることくらい俺だって容易に想像つくんだから責任くらい取ってくれ。
そう言うと、碧はどうやら呼び出してきた理由をようやく話してくれるようで、スマホの画像を見せてきた。加工はされてるが、そこには大人しそうな女が写っていた。
「……この子とかどう?」
「お前の紹介は信頼してるけど……恵美の味方はどうした?」
「いやぁ、こっちにも色々あってね。ほら私が毎度センパイの相手するのもアレでしょ?」
「確かにな」
どうやらカレシとは仲直りをしたようで、というかそもそもケンカの原因が同棲云々の話だったらしい。それが解決したってことはこれからは碧とは気軽にヤレなくなるってことでもある。まぁいつかはこんな日が来るとは予想していたが、恵美との生活で我慢の多い今の俺にとってみればタイミングは最悪なわけだ。
「だから、この子の相手をしてあげてほしいんだ」
「──フラれたばっかりってところか?」
「うん、まぁ結構──いや相当ワケあり物件だけど」
「お前それしか寄越してこねーじゃん」
お前の職業柄でそれを紹介してるの、マジでヤバいからなと言うとそれは人選ぶに決まってると笑い飛ばされた。んで、今回のワケありの中身を訊こうじゃねーか。ただこいつが相当って言う時はヤバいくらいビッチか、それとも地雷の恐れがあるかの二択なんだが。というかこんな大人しそうな女がセフレ求めてる時点でアウトだな。
「えっとまずね、この子は
「蒼山藍……なんか一貫性のある名前だな」
「ね、今年大学一年生で、五月中盤まで三年間付き合ったカレシがいて、男性経験はそれだけ」
「……それだけ?」
「うん」
「中学ん時にヤリチンに襲われて肉便器だったとか、援交で徹底的に仕込まれたとか、裏垢でヤリまくってるとか?」
「残念、それもないって」
別に残念じゃねーけどな。俺としては荒れた女じゃなくてもちょっとセックスが物足りないとか、カレシと別れて寂しいからカレシ代わりとか、家庭教師は流石にもう状況的には無理だが、そういうので全然いいんだけどな。まぁすると、案件的にはカレシと別れて寂しいからってところか。
「そうそう」
「じゃあ別にヤバそうな感じでもないだろ」
「いやぁ、それがね──
「……セフレに求めることか?」
頻度が明らかにおかしいだろ。毎週って、そりゃ俺だって多い時は週何回ってレベルで女抱いてたけど、それだって同じやつじゃないからな。それだと俺は当てはまんないだろと言うとそれは休みが続かなきゃそれでいいらしい。シフト制かよ。
なにより碧の反応を見ると、こいつも扱いに困ってることはありありと伝わった。あれか、俺の好きにできるんだろうな。
「それは大丈夫だと思う、Mっ気ありっていうか、相手に合わせたいって。詳しい話は本人としてあげて」
「ん、わかった」
「でも、恵美ちゃんにも話しておいた方がいいと思うよ」
「なんで……まぁ、そうか」
前だったらなんでだよと思うところだが、恵美は本心からおそらくセフレを作ることを嫌がってる。俺がそういう女遊びをするのをやめさせて、誰からも元セフレにしたいって宣言したくらいだしな。碧としても、そんな恵美を応援してたのにって罪悪感があるんだろう。けど、俺はセフレがねーと発散のしようがないからな。
「これでもしかしたら、恵美も目が覚めるだろ」
「目が覚めるっていうか単純に冷める感じだろうけど、その可能性はないとは言わないね」
「それならそれで、毎週でも相手にできるからいいんだけどな」
「──本気で言ってる?」
「冗談だよ」
立ち上がりつつ碧の頭に手を置く。わかってるよ、お前が恵美のことを大好きだってことも、恵美が俺のことを好きでいることも、そんな恵美のことが俺にとって特別な位置づけになり始めてることも。けどその度に俺があいつを性欲で傷つける気がしてならない。それが嫌だって思うレベルには、俺は恵美に絆され始めてるって証拠でもあるけど。
「ごめん、センパイ」
「謝るくらいなら新居祝いに招かれてやるよ。もちろん──二人きりの時にな」
「最低」
「だろうな。さて、帰らねーと恵美がうるさいからな」
「うん」
碧を送っていき、俺は恵美が待つ家に帰る。機嫌がいい時は風呂とかトイレとかじゃなきゃ基本的に玄関を開けるとどこからでも迎えに来くれるが、風呂に入ってるのか機嫌が悪いのか、恵美は玄関には来なかった。リビングに入ると恵美はソファに座ってテレビを見ているようだった。さて、機嫌が悪いのか寝てるのか。
「……ただいま」
「遅かったですね」
「少し話し込んだからな」
「どーせ、碧さんと車でえっちなことしてたんですよね」
「してねーよ」
めちゃくちゃ不機嫌だった。碧に呼ばれたから遅くなる、と連絡した時には既にメシを作り始めてしまっていたようで、冷蔵庫から麦茶を取り出した際にタッパーにおかずが色々と入っているのが見えたことでそれを察知した。
──いや、まずいな。このタイミングで新しいセフレができそうなんて言ったら流石に無神経がすぎるだろ。
「ごめんな恵美」
「……嫌です」
手を伸ばしてもふいと顔を背けられる。なんとなく尻尾が上下に揺れてるのを幻視した。現実として怒ってるからそれありきなきがしなくはないが。とりあえず、俺は風呂に入ってさっと出るともうソファにはいなくなっていた。この場合、俺が悪いから仕方ない。
とはいえ、話したかったこともあったのに完全にタイミングを逃したことでため息を吐きながら、寝室に向かう。
「どうしたもんかな……ん?」
常夜灯の暗さに慣れてきたせいか、寝室のベッドに違和感があった。そっと捲ると、そこにはなんと俺が一緒に選んでやった枕を頭に乗せ、人の枕を抱きまくらにして寝てる恵美の姿があった。しかも寝息を立てている。なにしてんだこいつと思う暇もなく、恵美はめくられたのが嫌だったのか目をこすった。
「んん……なんですか?」
「なんですか、はこっちのセリフなんだけどな」
「なにがですか?」
こいつ、完璧に寝ぼけてるのか。自分が何をしてるのか自覚がないのかと思って驚愕していると恵美は俺がめくった掛け布団を手繰り寄せようとする。再び寝ようとしてるらしく、既にこいつの頭の中は半分以上夢の世界に旅立っていることがよくわかった。俺はそれをそっと手放し、恵美にベッドを明け渡した。頭まで布団がかかりしばらくもぞもぞとしてから、ぴたっと動きが止まったと思ったらそっと顔が出てきた。
「……寝ないんですか?」
「起きたか」
「寝てました」
「知ってるよ」
「ここで、寝ないんですか?」
「誰かさんがベッド占領してるからな」
「空いてます」
俺のベッドは女を連れ込んでここでセックスするためにサイズがでかいものを選んでる。だから恵美がどれくらい寝相が悪いかにもよるが、寝てようと俺は熟睡することができる。まぁ理論上はそうだし、俺は割と女を抱きまくらにして寝るのは好きというか安心されるとこっちも安心するというか。でもお前はダメだ。
「つか、自分の枕まで持ち込んでやがって」
「ご主人様の枕より、こっちの方がいいんです」
「そりゃそうだろ、オーダメイドなんだからな」
「……後はご主人様のぬくもりがあれば、幸せに寝れそうです」
「誘ってるのか」
「眠いので、流石に今日はやめてほしいですけど」
「まぁいい、ソファで寝てくる」
「え……あ、ま、待ってください」
俺が部屋を出ていこうとすると慌てたように恵美がついてきて、腕に抱きついてくる。どうやら不機嫌だったものの不安がそれを上回ってしまっているようだ。いつだって、恵美は自分が捨てられるんじゃないかって不安がある。だから俺の関係をより確かなものにするために身体の繋がりを求める。
「今日は、一緒に寝たいんです……」
「不機嫌はどうした?」
「……怒ってます。まだ怒ってますけど」
「けど、なんだ?」
「……嫌わないでください」
「別に、お前の怒りは正当だよ。俺が悪いんだから」
結局、俺が碧に性欲方面を頼りっぱなしで、そうじゃねーと恵美になにするかわかんないってのが原因なんだからな。だから気にする必要なんてない。恵美は、自分を使えばいいだなんて思ってるけどお前の考えるセックスより、俺の考えるセックスってすごく軽いんだよな。
「軽くても、いいんです……いつか、私だけにしてくれれば」
「それが確約できねーから、俺は嫌だって言ってるんだよ」
「──それに、添い寝だけもダメですか……?」
「今日はえらく頑固だな」
「一緒に寝てほしいんです」
こうなると、余計にセフレ云々の話がしにくいな。でも今の状況として最優先されるのは恵美の不安な気持ちをなんとかしてやることだろうと判断して、一旦このことは脇に置いておくことにしよう。この時、割と眠いこともあった。睡眠欲こそが俺の性欲を超える唯一の手段だからな。
「……わかった」
「あ、い、いいんですか?」
「寝てほしいってわがまま言ったのお前だろ」
「そうですけど……じゃあ、お願いします」
──そして俺は朝になってちょっとだけ後悔する。いつの間にか抱きまくらを俺に変えて眠っていた。俺もいつの間にかそんな恵美を腕の中に収めており、目覚めると頭が目線の少し下にあり、俺はその抱き心地がすごくいいことに気付いてしまった。身長的にもこう身体つき的にも。
「恵美、おはよ」
「ん……あ、おはようございます、ご主人様」
「おう、って今日はまだ起きねーのか?」
「……今日はちょっと、おやすみなので」
「そっか」
ただ俺の意識がある状態で密着するのはやめてほしい。しかも男の朝はとある一部分が元気になってしまうという生理現象が起きてるからな。そんな静止なんてする前に恵美のお腹付近に先端が触れたことでピタリと動きが止まった。
「……犯しますか?」
「朝勃ちだよ」
そんな風に起きたら元通りに戻っている恵美にちょっとほっとしつつ、俺はまた甘え続けてくる恵美をあやしながら、いつもよりも遅い起床をした。
ただしそのせいですっかり俺は恵美にセフレの話を伝えることを忘れてしまっていたのだった。
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Part17
すっかり忘れていたため、恵美に新しいセフレの話をしたのは結局顔合わせの前日になってしまった。しかも碧が恵美とのLINEの流れで忘れてるなと判断してそれとなく教えてくれたという最悪の状況だった。碧からのフォローもあったようで、不機嫌ながらも恵美はわかりましたと口にした。
「わかってないですけど……わかりました」
「恵美」
「……わかってます。ご主人様が私とはえっちしてくれない理由はちゃんとわかってるつもりです。でも、好きな人が別の人と寝るのに嫉妬するのは、また別の話です」
「そうだよな、ごめん」
「今日は……もう寝ますね」
そう言って恵美は自分の部屋に閉じこもってしまった。きっと相槌を打ったもののそれがただの相槌であり、俺が恵美の気持ちを本当にはわかってないことも、あいつには伝わってしまうんだろうな。
俺には、嫉妬の感情がイマイチわかってない。そもそも好きとヤリたいの区別すらうまくつかないまま大人になったバカには、あいつの自分だけを見てほしいって気持ちの本当の重さをわかっちゃいない。仮にも付き合った女が他の男に靡いて数ヶ月二股されてた時にも、別にいいんじゃねって思ったようなダメ人間にはあいつの気持ちの真剣さはわからないってことだ。
「あ、あの……こんにちは」
「ああ、蒼山藍さん、だよな?」
「は、はい」
「少し道が混んでて、遅くなってごめん」
「い、いいえ! 大丈夫です……」
翌日、俺はお昼前に駅前に来ていた。ロータリーに停めて連絡をすると碧に見せてもらったのと同じようにどこぞの良家のお嬢様かと見紛うほどの美人が助手席のドアを開けた。赤茶色のゆるふわにカールのかかった髪をアップにして、下は名前と同じ青、群青のロングスカート──いやワイドパンツか。それに白の七分丈のワイシャツ、白に黒いヒモのスニーカー。アクセサリーも小さく控えめで、少しラフな印象だ。
「それじゃあ、まずはお昼でいい?」
「はい……えっと」
「ああ、ごめん。初対面だとつい」
「いえ、ふふ……長月さんの言った通りの人で安心しました」
さて、何を言われたのか。碧のことだ、ロクなことを言ってないわけはないからそっかと相槌を打っておく。優しく対応しているが、碧から聞かされ、そして本人のLINEからも同様の要望が出されているため、なるべく初対面じゃなくてそうだな、きっと俺が恵美を拾った時くらいのテンションで対応しなきゃなんだよな。
「はぁ……ちょっとまって」
「はい」
「あれだな、思ってた以上に美人で清楚な子が来たし、こっちも久しぶりだしで緊張してるのかもな」
「わたしはこういうデートは初めてで、緊張してます」
おい本当にこの子か? 俺がやり取りした中で築き上げた蒼山藍像と眼の前の本人が違いすぎるだろ。つかこの子の本性が
「……っ!」
「呼び方、藍でいいんだよな」
「はい、呼び捨てて……ください」
「一応確認しとくけど、俺は本当に全部やるから」
脚をかなり強引に開かせて腿の内側を指でなぞりつつ確認を取る。俺はいつも譲歩して慰めたりあやしたりしてることが圧倒的に多いけど、本来は強引で強欲で、激しいのが好みだ。そのために未開発のやつを開発することも、多少無理やり気味でも押し通すことがある。まぁこれは大概性欲が有り余ってる時だけど。この際基本的に数万の金が飛ぶのもまぁ性欲満たせるなら安いもんだ。
──碧は、そして藍本人はそれを最初から「OK」だと言った。そうやって強引に誘ってほしいと。
「まぁとりあえずメシにしようか」
「……わかりました」
「藍を食べるのは後でな」
「は、はい……」
しかも本人は性処理係のように扱われたいという希望まで追加されて困惑したもんだ。ちょっと前にそんなこと言われてふざけんなと思ったばっかりだったからこれは拒否したほうがいいんじゃねーかって思ったくらいだからな。
ただこれともう一つのワケありの部分さえなけりゃ男なんて虫けらの如く湧いてきそうな女というのは事実だ。そんな一見すると優良物件の藍は、昼飯中に身の上を話してくれた。
「──カレとは三年、お付き合いをしました」
「らしいな、でも別れたのか」
「受験期で、少し会えなくなった時に……冷めてしまったと」
「よくある理由だな」
カレシは一つ年上で、大学での生活の変化に慣れてしまっていたんだろうな。それまで実家ぐらしで自転車で二十分だったのが一人暮らしで電車で乗り継ぎ二時間という学生には値段的にも遠い距離感も、サークルでの充実も、重なり。そこに受験で会えないとなると浮気の一つや二つくらいするやつはする。カノジョと会うのが面倒なのに、仲良くなりゃ女なんてその辺に転がってるんだから。わざわざコスト掛けて藍を維持する意味はないんだろうな。
「決定的だったのは、大学の志望を変えてしまったことだと思います……」
「ああ、それで俺や碧が通ってたところに」
「カレと同じ大学と最初は決めていたんですが……本当はわたし、薬剤師の資格がほしくて」
「まぁ立派なもんだよ、夢があるってのは」
つまり、疎遠になったのは藍の夢がカレシの元じゃ叶わなかったからか。それを藍は後悔していたらしい。大学自体は実家から通えるものの、大学同士の距離は電車では真反対の方面、そりゃ会えなくもなる。しかも高校時代はほぼ共依存みたいな状態で、お互いべったりのバカップルだったのが、離れたせいで変わっちまったのか。
「……よくあることだな」
「え……」
「いやごめん、だけどそれって別に悲劇的でも特別なことでもねーんだ。進路を機にラブラブだったカップルが別れるなんて」
「そ、そう、なんですね」
「だから気にしすぎてもいい出会いはない。引きずるのは自由だけど、俺みたいなのに頼る前に大学内のサークルとかで出会うのもありなんじゃねーの?」
もちろん、それが無理だから碧が俺に寄越してきたなんてことはわかりきってる。でも身の上話に対してこう言いたくなるのも事実だった。これで変わってくれるんなら、恵美も余計な嫉妬を引きずらなくていいかも、なんて思ってる自分がいてとても複雑な気分にはなるけどな。
「セフレ、なんですよねわたしは」
「ん? そのつもりだけど」
「……変な人ですね、わたしがカレシ作っても、いいことなんてないのに」
「年取ると人間、説教臭くなるんだってよ」
こいつも、いわば「捨てられた」女だ。だからこんな説教めいたことを言ってしまうのかも。そうすると相当俺の言動はあのペット面してるエセビッチに影響を受けてることになるため、これまた複雑な気分だ。今日は碧の新居に招待されているらしく、拗ねつつも寂しそうに泊まりですなんて言ってたな。だからこそ、久しぶりにセフレを家に連れ込むんだが。
「おじゃまします……」
「じゃ、早速」
「……はい」
この日は久しぶりに満足したと手放しに言える状態だった。なんだかんだで碧相手だと気を遣わないところもありつつあの碧に一途なカレシのことが頭にチラついたせいであんまり集中できねーからな。あのカレシ、中学から碧と一緒だから必然的に俺の高校と大学の後輩でもあるんだよな。全然関わりねーけど。
「ふぅ、でどうだった?」
「はぁ……すごく、よかったです。また、たくさんいじめてくださいね」
「藍が満足できてんならいいや、俺も満足したし」
一言で表すとこいつは快楽に正直で従順だ。そして被虐嗜好が相まって、普段の控えめながら人懐っこさもある姿は──そう、愛らしくかわいらしい柴犬の、中型犬のような感覚を味わっていた。しかも本人ペットプレイはカレシに徹底的に仕込まれている様子で。いやいや、ペット系は猫で十分だって。あいつはセフレじゃなくて本物のペットと化してるけど。
「あなたのような人に、飼って、お仕置きやご褒美をもらえるの……とても気持ちよかったです」
「飼い主は大学で探してくれ。せめて俺は預かり主で十分だ」
「そうですね……どうやら、他にも飼っていらっしゃるみたいですし」
「……よく見てるな」
飼ってる、が比喩的な表現なのか恵美と俺の関係を見抜いてなのかはよくわからなかったが。とにかくこの家に俺以外の人間の、しかも女の気配を察知したのは確かだった。どうやってだよ、ということはちょっと訊いてみたい気もするが。きっと目端が利く人間ならまぁ察しはできるだろう。俺だって特に隠してるわけじゃないし。
「ですが、あんまり……放置はしないでくださいね」
「放置か? 毎週ってのは確約できそうにはねーけどな」
「毎週じゃなくてもいいんです。あなたの好きなタイミングで呼んでいただければ、でも……できたら週一回、ちょっとだけ、一回だけでいいですから」
「なんでそんなに回数に拘る」
「寂しいんです……構ってほしいんです」
「なるほどな」
「そのためならなんでもします。どんなプレイでもしますから……!」
なるほど、これはヤバいな。寂しがりで犬系で性欲をそのまま関係の維持に使おうとしている。こりゃ確かに他の男には任せるとロクなことにはならねーよな、碧さんや。とんでもねー物件を用意してきたな。こちとら恵美の扱いにすら四苦八苦してる状態だったのに。あいつは藍をどうしたいんだ?
「わかった、これから予定は送るから、その日から来れる日を選んでくれ」
「わかりました……あの」
「なんだ?」
「もっと、したいプレイとか、コスプレとか、その服装などの指定があれば……なんでも申し付けてください。わたしは、あなたのメス奴隷になりますから」
「……あ、ああ」
キラキラとした顔で、すごく見た目は令嬢風の女から「メス奴隷」ときたもんだ。俺はちょっとだけ焦ってしまう。元カレはどんな調教してたんだよ。俺からすると今回ので結構満足だったんだが。
藍はその後、少しのんびりと朝食を摂ってから俺が最寄りの駅まで送っていった。最寄り駅から徒歩数分のところに住んでるらしく、俺はそれじゃあこれからはこの駅で待ち合わせか、大学の最寄りで待ち合わせることを約束し、そのまま碧の家まで恵美を迎えに向かうのだった。
「恵美」
「……なんですか」
「ごめん、言い訳もできねーから謝っとく」
「別に、ご主人様は悪──いですけど」
「そうだな」
「……ご主人様はバカです、ひどい人です」
「合ってるよ」
「でも、私のご主人様です」
その言葉に俺は何かを返そうと考えていると、赤信号に止まった。俺の太ももに恵美の手が乗り、一部分が少し高い恵美の体温によって温められる。俺はそれに対して頭に手を乗せて眼の前に手を出した。何を言いたいか察した恵美は太ももから手を俺の手に重ねて指の間に指を通し握った。
「ごめん」
「ダメです。私は、絶対に許しません」
恵美のまっすぐな宣言に、信号が赤色から青色に変わり、俺はアクセルを踏んでいく。
これからも、俺は藍に会うんだろう。そして身体を重ねる。それが恵美を傷つけてしまうことであり、逆に恵美を傷つけないようにするための方法でもあった。
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Part18
蒼山藍の本性が本格的に出始めてきたのはセフレになってから更に二度目に会った時のことだった。昼まで用事……というかどっかのバカネコがデートがしたいだのわがままを言い、それを優先して、夜になってからいつものように最寄りの駅に迎えに行くと、ロータリーの近くにいない。連絡しても返事がこないことがあった。おかしいと思って車から降りて周囲を確認すると──またテンプレなことに男性二人に囲まれていた。
「そんなこと言われても、あのわたし、待ち合わせが」
「ずっと待ってて来ないんだしさ、後で連絡すればよくない? とりま一杯パーッと飲もうよ! 奢るからさ!」
「──藍」
「あ……!」
どうやら結構前から待っていたようで、スマホや時計をチラチラと伺ってたことから行けると思ったのだろう。俺は敢えて不機嫌そうな声で名前を呼ぶと、本人は嬉しそうに、そして男二人は怪訝そうな顔で俺に目線が合う。そして潔く会釈をして去っていく。ナンパに肝心なのは引き際、なかなかの手練だったようで俺はちょっとだけほっとした。これで変な目に遭ったなんてことになったら俺が碧になんて言われるかわかったもんじゃねーからな。
「ごめんなさい、お手を煩わせてしまいました」
「そんな
「はい……大丈夫です」
「というか、待たせてたか」
「いいえ、わたしが言いつけの時間も守れず、前から待っていたせいです。わたしの不手際ですから」
「気にしすぎじゃないか?」
深緑で薄手のノースリーブニットから出る細く白い、華奢な腕を俺の腕に巻き付け、小さな装飾のついたネックレスがチャリと音を鳴らした。下は黒のロングスカートで、ヒールも相まってまたエレガントな印象を俺に与えていた。サラサラというよりふわふわの赤茶色、アプリコットオレンジの髪に指を通すとくすぐったそうに微笑んだ。
「こんなに優しい指が……いじわるになってくれると思うと、ぞくぞくします」
「公共の場で発情しないでくれよ、家に着けば幾らでも鳴けばいいけど」
「……はい」
三度目でだいぶスムーズにしゃべるようになってくれた藍だが、それが逆にまずかったのではと思わせる内容だった。言葉の節々に見せる俺を自分の主従関係に巻き込もうとする言い回し、狂ったような快楽への渇望、そして、被虐的で淫蕩に染まった思考回路たち。それを恋人でもなんでもない、セフレの俺に向けてきてるという事実。
「行くぞ」
本当にどうしろって言うんだよと碧とここにいない後輩に愚痴りそうになる。藍が求めるものは、セフレや性欲をどうにかする方法なんかじゃなくて、自分を視て、束縛して、愛して、犯してくれる恋人だ。強烈な承認欲求というべきか、それを男に求めるのが当たり前みたいな感覚で俺に求めてくる。
「もっと、もっとください。愛してください、構ってください、犯してください、優しくしてください、ひどいことシてください、わたしはあなたの奴隷です……」
病んでる、だなんて切り捨てるのは簡単だし実際結構病んでるような気もする。だが
「嫌です、ご主人様が他の女の子とえっちしてるの嫌なのに、しかもメス奴隷とか、羨ましい……じゃなくてれっきとした浮気ですよ」
「処女がメス奴隷とか言ってんじゃねーよ」
「じゃあ今すぐ犯してください、私を処女じゃなくして、ご主人様からもらえる快楽の虜にでもすればいいじゃないですか」
「わかったわかった、拗ねんなって、ほら」
「ん……」
──そもそも、去年度までの俺じゃ藍の感情に太刀打ちなんてできなかっただろう。だけど、感情だけならいっちょ前にデカいのを持ってるやつが傍にいてくれてるからな。わがままで困ったやつだが、一応碧も恵美を扱えているからこそ俺に紹介したんだろう。
「……むふん」
「なんのリアクションだ」
「最近のご主人様は抱きまくらに慣れてよくハグしてくれることが増えたのでちょっと満足してます」
「説明口調やめろ」
「このまま性的な意味でも抱いちゃいませんか?」
「うるせーもう寝ろ」
「寝ません、ご主人様の寝顔を視姦しながら寝るので」
「……お前もう自分の部屋で寝ろ」
「じょ、冗談じゃないですか、信じちゃったんですか?」
「毎朝人の股間をまさぐろうとしてくる女のセリフだからな」
「誤解です!」
なにがだよ。挙げ句は別々に寝ても朝起きたらベッドに潜り込んできて、寝ない時はさわさわと興味津々で触ってんじゃねーか。俺は知ってるからな──と、エロネコの話はここまでしといて。そんなわがまま放題の恵美を飼うようになってから、俺の中でどうやら「めんどくさい女」のハードルが急激に低下しているらしいことがよくわかった。
「はぁ……ふぅ、今日も……ありがとうございました」
「……ああ」
「何か、何か不満でしたか? もしかして、お口、気持ちよくなかったですか?」
「いや、違う」
「不満があれば言ってください、直します。技術が足りないなら勉強しますし、開発したほうがいいのなら一週間のうちに──」
「──そうじゃなくて」
まくしたてられ、俺はちょっとだけ語調を強めて制止の声を出した。藍もそれを察知して、マシンガンのような口を閉じてくれた。願望と欲求の塊みたいな女だな藍は。尽くしてきて、全てを差し出し、束縛されることに依存しているほど愛していたカレシに捨てられた時の言葉がどんなものだったのか、そしてその時のショックや絶望がどれほどだったのかなんて俺には全然わからない。捨てられたなら別に次を探せばいいだけだし、身体の相性のいい男なんて他に幾らでもいる。なんならそれがカレシじゃなくても別に変わんないだろ。
──
「俺は、お前の
「それは、わかっています」
「だからって別にセフレは奴隷契約でもなんでもない。ただ満たされないから求め合うだけの関係だ」
それだけ、セックスだけを念頭に置いた関係だからセフレなわけだしな。そこに余計な感情を持ち込んでも重たくなるだけだし、せっかく何も考えずにただ気持ちよくないたいってだけの感情でヤレる相手だってのに、そこに重いもん乗せすぎてる。まぁそういう遊びは初心者だから、無理もないか。
「もっとシンプルでいいんだよ──たとえば、好きだったって気持ちでもな」
「……それは」
「多くは語らなくていい。ただ寂しい時に、一人が嫌な時に、便利使いしてくれりゃそれでいいんだよ」
そしてカレシができて、本当に幸せなら疎遠になっていくくらいが俺は
「お前が求めるのはセフレに捨てられないようにすることじゃなくてさ、いい、って思える誰かのカノジョになれることなんだよ。そんで堂々と宣言して俺におめでとうと言わせてくれよ」
「……どうして?」
「俺がセフレだからな」
俺は藍に対して独占欲なんてない、執着も、今いなくなられたら完全なる別件で困るが、でも今すぐにいいって思えるカレシを見つけたのなら俺はおめでとうって言える。会ってセックスして別れる、そんなサラッと乾いた関係が、セフレの良さみたいなもんで、俺の考えるセフレの在り方だ。
「それにお前、多分奴隷なんて向いてねーよ」
「え?」
「注文つけすぎ、喘ぎ声うるせーのは別にいいけど、普段からきゃんきゃん鳴き喚きすぎだろ」
「えっと、もしかして次は暴言を言われるプレイですか?」
「もう今日は終わっただろ、ほら」
両手を広げて寂しがりの駄犬を甘やかしていく。一瞬戸惑い、そしておずおずと俺の腕の中に収まった藍はこの時ばかりは完全にメンヘラちっくな病んだ姿でも、立ってるだけで絵になりそうなほどの令嬢のような涼やかさもない。ただの十九歳の子どもの顔で、そして文字通り犬ようにひたすらに甘えてきた。
「そうそう、前のカレシとの失敗なんて改善しなくていいんだよ。お前はお前でいいって言ってくれるやつ、この世には死ぬほどいるだろうからな」
「はい、
「……ん?」
締めくくりの言葉を放ち、めでたしめでたし、と思いきや──なんか聞き捨てならない単語が聞こえてきた。なんて? わたしの、ご主人様? ちょっと待て、俺はさっと血の気が引いたように藍を引き剥がす。不満そうにしていたが、ってすっかり甘えん坊の本性を隠す気がなくなったな、お前さては恵美より警戒心ってものがないな。
「ちょっと待て」
「はい」
「あーね、そういう待てじゃなくて」
ピンと背を伸ばして期待の眼差しをされる。躾けるつもりは一切ねーんだけど。どうやらまぁ不安になると暗くなってマシンガンを思わせる言葉の連続で、吠えて吠えて気を引こうとするが、本当は外面がいいだけの忠犬、ということらしい。
なんなんだ俺は、何かの動物を引き寄せる才能に目覚めでもしたのか。
「藍」
「なんでしょうか」
「最初に言ったよな、預かる気はあるが飼う気はないってな」
「ですが」
ですが、じゃなくて俺はセフレだ。確かに今はお前の望む存在なのかもしれない。でも、俺と藍を繋ぐものは文字通りの性欲だけなんだ。肉体的に繋がりはあっても心では繋がってない。そういうドライな関係がセフレなんだ。
──もっとはっきり言うとお前のシモの世話はしてやれるがご主人様とやらになるつもりはないし、そもそもなれない。
「確かに、藍には首輪が必要なのかもしれない。いやお前暴走気味だし絶対いるな、リードと首輪は必須だ」
「ですから、ご主人様になっていただいて、首輪をつけてほしいんです」
「それは、恋人の役割だろ」
「でも、お前はお前でいい、だなんて……初めて言われて」
そう言って頬を染める藍に俺は顔を引き攣らせていた。あ、ああ俺やらかしたな。メンヘラのツボを突くとか一番やっちゃいけないことしてる。すっかり最近、あの家出ペットを甘やかす時のクセが出ちまってるな。あれも多少メンヘラっていうか自分に迷いが出るけど、その度に俺に甘えてきて、俺がそれっぽいこと言ってやると喜ぶから。エサの上げ方を学んでしまっていた。うっかりエサを与えてしまった。
「恋人とか、セフレとか、どうでもいいんです……わたしをあなたの
リードを引く役目なんて、勘弁してほしい。こちとら自由気ままな飼い猫一匹で手いっぱいなんだ。俺はどう説得しようかと頭を悩ませることになった。
──ちくしょうやっぱ恨むからな碧、こんなめんどくせーの紹介しやがって。
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Part19
気づいたらお気に入りが四桁に、本当に感謝感激です!
もう終点に近づいていますが、どうか最後までお付き合い願います。
早い話、困ったことになった。セフレに惚れられて──惚れられてるでいいのか? 懐かれてる、の方が適切な日本語な気もしてならないが、とにかく蒼山藍とかいうセフレの態度があからさまに変わった。
こいうことがなかったわけじゃない。わけじゃねーけど、今回は勝手が違うし向こうもいつものセフレとはワケが違う。
「……なんだよ」
『声が聴きたくて電話してしまいました』
「そうか」
『今、おうちですか?』
「そうだけど」
『会いたいです……わたしのご主人様』
ってな具合で。電話も頻繁にしてくる、流石に会いたいと言いつつそれに対して拒否をしてもわがままを言ってくることはない。俺はお前のご主人様になったつもりはないと言っても頑なに飼い犬を自称してくる。
──何が一番めんどくさいって、ウチのなし崩しペットこと栗原恵美の嫉妬がヤバいところなんだよな。
「今、また電話してましたね」
「……音もなく後ろに立つな」
「浮気ですか」
「してねーよ」
「う、んん……はっ! さ、最近のご主人様は私を構えばなにしてもいいとか思ってませんか?」
「元々だろ」
「……こう、ちゃんと飼ってもらえるという安心感はあれど、これは納得できません」
「はいはい」
すかさず気配を察知してやかましく甘えてくる。無駄にエロい身体つきの癖に薄着でくっついてこられるのは非常に厄介だが、抑える方法もなんとか確立しつつあった。まぁ子どもっぽく嫉妬して甘えてくるところが一番性欲湧きにくいんだが。不満を解消するというかやり過ごすために撫でているとしばらく気持ちよさそうにしていたがパッと顔を上げた。
「恵美?」
「碧さんは、どうして……ご主人様にその人を紹介したんでしょう」
「お前、理由訊いてねーのか」
「訊きました、訊きましたけど……」
「納得してないってか?」
恵美は不安そうな顔で頷いた。そりゃそうだよな、恵美からすれば碧に裏切られた、とでも言う感覚だもんな。
忘れかけることが多いが恵美は恋愛とか駆け引きとかそういうことに関してなんの経験もしてきてないポンコツなんだ。碧はそんなこいつにとって強力な味方だったんだもんな。
「今の私、めんどくさいですか?」
「結構な、なんならむしろ前から」
「う……ごめんなさい」
「だめとは言ってないけどな」
「……そういうの、ズルなんですよご主人様」
多少はこうして甘やかし、似合わねーような甘い言葉を吐いて恵美の不安を和らげてやれるけど、根っこがなにも解決してない以上、この爆弾を抱え続けることになる。もう今週末には出掛けるっていうのに、これはどうにかした方がいいのかもな。これが、長くは続かねーだろうってことは、表情からすぐに読み取れる。
「今日はもう寝るか」
「はい」
当たり前のように一緒のベッドに寝ようとしてくるが、もう特にリアクション取ることもなくなった。こういうのって一度許すとなし崩しなんだよなってことを強く実感する。しかも何がだめってこいつ抱き心地いいし寝相もいいから抱き枕として優秀すぎることだ。
「おやすみなさい……ご主人様」
「おやすみ、恵美」
俺にとって恵美って本当になんなんだろうな。藍から飼い主になってほしいと言われるとすごく拒絶感があった、拒絶というかそれはナシだろうみたいなことを感じたのに、恵美はこうしてするりと俺の腕の中に潜り込んで飼い猫としての地位をすっかり確立している。捨て猫だったはずの愛に飢えたペットは、今では俺の腕の中で少し安心した顔をしていた。
「……どこにもいかないでください」
「大丈夫だ、俺はここにいるよ」
「はい……」
最近は晴れてきたと思ったのに、また曇り始めていることに俺は焦りを抱いていた。忘れがちだが、恵美は脆いんだよな。だから本当にどうにかしねーと、崩れ始めたらしばらく長引きそうだ。恵美の寝息を確認してから、俺はゆっくりと目を閉じた。きっと、藍も同じ気持ちなんだろうがかと言って二人が共存できるとはとても思わねーんだよな。だからこそ身を切るなら俺がやるしかねーんだってことは明らかだった。
「とりあえず、どうするんですか」
「……恵美のことを伝える」
「私のことですか?」
「恵美も藍も飼うなんて真似、俺にはできねーってのは確実だからな」
「そ、そうですよね……」
「だから俺には既に手のかかるペットがいるって言わねーと、藍だって意味もわかんねーまま捨てられて──結局同じになるかもしれないからな」
「はい」
「恵美?」
「それよりも、野良犬さんに構ってばっかりで、デートの話が疎かになってるんじゃありませんか、ご主人様」
「あ、ああ……ごめん。今日は」
「はい、デートの日ですよ」
本当にそれはそうだ。恵美の言う通り俺は藍のことを考えてばかりで、疎かになっている気がするな。デートって言っても予定が空いてるだけで何をするとか決めてねーんだけど、どうするんだと問いかければ恵美は買い物ですと微笑んだ。ショッピングか、何か欲しい物でもあるのか。
「水着です。プールに行くのに、新しい水着が欲しいんです」
「なるほどな、じゃあ仕事終わったら連絡する」
「はい……残業はありそうですか」
「どうだろうな、ほぼないと思ってくれて構わねーよ」
「ならお昼の連絡、待ってます」
「わかった、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
玄関の扉を開ける前に抱きつかれ、いつの間にかこれも許してるなと自嘲しつつ最初の時よりもちょっとだけ明るくなったブロンドを撫でた。同時に以前よりも仕事へのモチベーションが上がり気味なことにも。
いつの間にか恵美のいる空間を守りたいと思ってる自分がいて、当たり前になってるこの日常が俺に充足感を与えてくれている。順番がどうとかの問題じゃねーのかな、なんて考えることもあるが、
「悪いな恵美、もうちょっとかかりそうだ」
『はい、大丈夫です』
「終わったら連絡する」
こういう時に限って、俺は運が悪いようで定時直前でトラブルが発生してしまった。幸いそこまで深刻なものじゃなく、予定よりも一時間半遅れで俺は退勤した。部署ではすっかり俺が独り身が寂しくてペットを飼ったことになっており、慌ただしく帰っても温かい目をされる。そのペット、実は人間のメスなんですって言ったらどういう反応をされるのか、想像したくねーな。
──今日もそんなプレッシャーのかかる視線を背中に受けつつ車を走らせ、車庫に止めてから着いたと連絡をしつつ着替えるために玄関に向かおうとすると、そこには嬉しそうな顔で俺に縋り付こうとしてくる藍がいた。
「あ……ご主人様」
「──藍?」
「近くに、用事があったので寄ってしまいました」
「おどかすな、マジでストーカーかと思ったからな」
「そんな……ご主人様を脅かしたり不快にさせるなんてっ、ぜ、絶対にしません」
「そうか」
藍に対して警戒しているが、そうだよな。こいつはどこまで行っても名乗り通り犬だ。甘えたがりで暴走しがちな、決して賢いタイプじゃないだろうが、だがそれでも発言にしているように俺の怒りを買うことを恐れてるはずだ。捨てないでと縋るような女がストーカーにはなるだろうが、カレシに捨てられて塞ぎ込んでいたのだから。だが、タイミングは最悪だった。車庫の音を聞き届けていたせいか、それとも連絡から時間が空きすぎていたせいか、わからないが玄関の扉が開いて、そこからすっかりデートスタイルの恵美がいい笑顔で出てきた。
「ご主人様、私はもう準備──」
「……え」
「マジかよ……」
「こ、この子……この方は、一体?」
「もしかして……蒼山藍さん」
恵美の言葉に藍が僅かに頷く。俺はこれは最悪の状況だと頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。こうなる前にちゃんと藍に説明したかったし、恵美に説明したことを説明して安心させたかったってのに、これはまずい。そして俺の嫌な予感の通りに、恵美が動揺し始める。そりゃそうだ、デートをすると言っておいて玄関まで来たら別の女がいるんだからな。
「……藍、説明は改めて──ってことでいいな」
「ど、どうして……ここで説明してくだされば」
「そうですよ、説明してあげてください」
「けど」
「……明日でも、大丈夫ですよ」
ああ、こうなると恵美はきっともうテコでも動かねーんだろうな。藍を招いて俺は碧に密かに連絡しておくことにする。これは対応を後回しにした俺の責任だ。いつかはこういうしっぺ返しを食うと思ってたところだ。
──後から、俺は後から気づくんだろうな。めんどくせーって後回しにしてたことが自分を苦しめるんだから。自分の指からこぼれ落ちていく幸せを眺めながら、あああの時言っておけばよかったってな。覆水盆に返らず、後の祭り、俺の人生に相応しい言葉だ。
「こいつは栗原恵美──藍、お前が望む立場にいる女だ」
「……あなたが、この家にいる、ご主人様の」
「どうも、ただあなたは私の望むものを持っていますけど」
「どういう?」
「私と彼に、身体の関係はありませんから」
「色々あってな、俺は藍の期待には応えられないんだ。俺には、
藍はそれに対してショックを受けたような、絶望したような表情をした。こいつからすればカレシに捨てられて、否定されて、エサをくれて肯定してくれる俺って存在を強く求めていたんだろう。だけど、そこには予感していたとはいえ自分の欲しい物を全て持ってる恵美がいて、恵美も恵美で、藍は自分が思ってる唯一足りないものを持ってる。だからこいつらは本質的に相容れない、水と油なんだ。
「その子、もしかしてわたしより年下じゃないですか?」
「……そうだな」
そこで動き出したのは藍の方だった。女性として非常に魅惑的な肉体をしているとはいえ、恵美はJKっぽさは抜けてない。そもそも恵美もそこまで背伸びしても失敗するだけだと碧にアドバイスされたらしく、せいぜい大学生に見えるかどうかくらいの格好をして一緒に出掛けようとする。家での姿なんてまんまJkだ。そこを、藍は指摘した。
「十八歳未満を……傍に置いておくのはすごく、リスクのいることだと思いますが、それをわたしに明かして……覚悟はあるんですか」
「こ、この人を脅そうって言うんですか……!」
「恵美」
「でも……っ!」
「これは、受け止めなきゃならねー事実だろ。誰かに打ち明けるってのは、それだけリスクを背負うことだって」
「……それは、そうですけど……けど……」
「藍も、あんまり恵美を不安がらせるようなことは言わないでくれ、俺はお前のこと、嫌悪の感情で見たくねーんだよ」
「も、申し訳ありません……差し出がましいことを、しました」
めちゃくちゃにへりくだった言葉たちにどんな世界観だよと一瞬思ったが、藍の焦り方からしてこいつはこいつで俺のことを想っての発言、関係性的に表現を変えると諫言という見方もできそうだが、とにかく俺がいつか悪意ある誰かによって恵美との関係に後ろ指をさされると、忠告した。もちろん藍がそれをするとは思わないけど──でも差し出がましいことというのは事実だ。俺はそれを承知の上で、あの雨の日に恵美を拾った。そして今傍に置いてる。その覚悟を軽く見られるのは、さすがの俺だってむかっ腹の一つや二つは立つんだよ。
「とにかく、今日は帰れ。必要なら送ってやってもいい……だけど、恵美を悲しませんのは金輪際やめろ」
「は、はい……ご、ごめんなさい栗原さん」
「い、いいえ……っ、蒼山さんの言葉は、正しいでしょうから」
「さて、恵美、着替えてくるからお茶くらい出してやれ」
「……明日でも」
「それじゃ意味ねーんだよ」
「ご主人様……」
これ以上、恵美を後回しにするのはよくない。よくないってのはよくわかっていた。だからこそ見逃していた。ちゃんと見ていたからこそ俺は、恵美の次の行動に気づけなかった。あるいは、どっかで無邪気に、トラブルはあったもののこれからも同じ日々が続くと思い込んでいた。よくよく考えるとバカで頭がお花畑な思い込みだ。もうとっくに手遅れだったってのに。
──翌日、仕事から帰ると恵美はいなくなっていた。手紙とスマホが置いてあり、そこには簡素な別れの言葉が綴られていたことで、俺は初めて自分がやらかしたことの大きさに気づいたのだった。
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Part20
恵美が出ていく前の日、確かに俺はあいつと水着を買いに行った。
様子がおかしいと思ったのは、突如やってきた藍を送って、二人きりになった時には既にそうだった。助手席で暗い顔をしていたのは妬いてるのか、まだ勘違いしてるのかと思ってたけど、もっと思い詰めている風なのは確かだった。
「恵美?」
「……はい」
「信じろ──って言ったって、俺がセフレとして藍を抱いてるのは事実だし、あいつが俺をご主人様だなんて言ってるのも事実だ」
「みたいですね」
「だから信じるのはどうか自由でいいけど、俺は藍と会ってたわけじゃねーんだ。たまたま出くわしたっつーか、なんだ……」
「それは蒼山さんにも聞きました」
赤信号に止まり、シンと静かになる車内に俺は息を吐いた。言い訳がましいと思われたかな、と言葉を探していると恵美はスマホの角を人差し指で撫で、じっと下を向いたまま俺を呼んだ。ご主人様ではなく、珍しく名前を呼ばれたせいで少し、驚きつつしばらくは変わらない信号から目を外した。
「なんだ」
「私はやっぱり、子どもなんでしょうか」
「そうだな、どんなに身体は育ってても、高校生って俺からみりゃ子どもだよ」
「……ですよね」
「けど……」
「けど?」
「いやなんでもねーよ」
けど、だからってあんまり甘えてこられると俺だって我慢の限界はあるんだからな、と言おうとして口を噤んだ。これはあまりに大人として最低で気持ち悪い発言だからな。碧辺りにはとっくに知られてることだけど、特に藍とヤるようになってからは一緒のベッドで寝てるからな、起き抜けには色々とある。
──とまぁまた話題が途切れたため、俺は次の話題を探す。話し掛け続けてねーと、なんだか不安だったから。
「ああそうそう水着な」
「なんですか?」
「あんまり俺狙いの派手なやつとか選ぶなよ」
「──ダメでしょうか」
「ダメなんだよこれが、家の庭とか風呂でイチャイチャそういうプレイするってんなら別だが」
「いいですね、それ」
「目的忘れてねーかそれ」
くすっと笑った恵美にほっとする。男ウケしそうな水着で誘惑してくれんのは眼福もんだしで悪い気はしないが、オススメはしない。残念なことにこの世界には俺以外の
「お前はオロオロすんのが関の山だろ」
「……否定はできません」
「じゃあ、その肌を俺だけに見せるわけじゃねーんだってこと、ちゃんと頭に入れとけよ」
「なんか、えっちな言い方ですね」
「犯すぞ」
「今日は見られると恥ずかしい下着なので、ダメです」
「なんだ、エロいの履いてるのか?」
「えっちなの履いてたら見てほしい時ですよ」
確かにそういう見方もできるな? 地味な下着なのか、とか考えながらわかってくれたようで安心しつつ水着を選んだ。ついでにシャツとかパーカーとかホットパンツとか、そういう肌を隠すのも一緒にな。文句ありげだが、ナイトプールだけじゃなくて昼からほぼ一日水着なんだ、セパレートのやつだけじゃ風邪引くだろ。
「なんだ……過保護なのかと」
「脱がれるより脱がす方が興奮するクチではある」
「……もしかして誘いましたか?」
「冗談だよ、さて帰るか」
「はい、行きましょうか」
──こんな感じで水着を選んで、買って、帰って、いつものように一緒に寝て、んで行ってらっしゃいと見送られたはずだったんだ。
なのに、帰ってきたら恵美が消えてた。正確には消えたってわけじゃなくて、直筆の置手紙が残されていたため出て行ったってことになるんだろうが、とにかく大半のものが部屋には残されていたが、恵美はこんなメモみたいな短い文章を残して俺の前から消えた。
『もうあなたの傍にいられません』
そこに焦りや驚きはあったが、冷静に考えれば──こう言うと今までの俺が冷静じゃなかったみたいになるため使いたくないが、冷静に考えるとこれは本来四ヶ月程前にあるべき状態だ。勝手に雨宿りして勝手に出て行く。それが正しい行動だったのを、一瞬探さねーと、と思ってしまった。
「……そうだよな、出て行きたいって思ってくれるほうが、自然なはずなんだよな」
元々拾ったは拾ったが、飼う予定なんてなかったさ。一宿一飯で、恩なんて感じることなく、ありがとうの一言もなく去ってしまう。もしくは追い出す。それを四ヶ月前にすべきだったんだ。だってのに、なんでこんなに虚しい独り言なんだと乾いた笑いをこぼすといいタイミングで恵美から電話が掛かった。
『センパイ!』
「碧、どうした」
『仕事中に恵美ちゃんから連絡あったのに気づけなかった。出てったの……私のせいだ』
「誰かのせいとかじゃないだろ、出てく気になった、それだけだ」
『それで済ませていいわけない、センパイだって同じでしょ?』
出てく気になった、それで全部だ。それでいいに決まってんだろ、俺はあいつの保護者でもなんでもねーんだからな。ただ捨て猫を拾って愛着が湧いて飼った気になっただけ、懐かれたからついエサを与えてやっただけ。あいつが出て行くって言うんなら止めるような理由なんて、あるはずがねーんだよ。
『そうやって、自分の気持ちから逃げるんだ。ホント──子どもみたい』
「生憎、そんな罵ったって悦ぶような性癖はしてねーよ」
『私が捜しても意味ないんだよ? センパイじゃなきゃ、意味がない』
「捜すって、おおげさだな」
そんなに恵美を気に入ったならお前が拾ってやればよかったんじゃねーか、なんて言いかけてそれが碧の怒りを買うことくらいわかりきっていたため、ため息で全てを処理する。
ただ、俺だって一言くらい嫌味を言いたい気持ちにもなる。私のせいだって言ってたが、俺は恵美が出て行く原因がわからないような間抜けじゃない。
「……どうしてもって言うんならお前が捜せ」
『センパイっ』
「誰のせいだよ、誰が面倒なセフレを寄越してきたからこうなったんだろうな」
『……う、それはそうだけどさ』
何がどうなって出てくことになったのかなんてわかんねーけど、少なくとも確実なのは藍が俺のセフレになったのが原因だ。だがそれで軽い付き合いだったならきっと恵美は文句は言いつつも甘えられるとばかりににゃあにゃあ鳴いて俺に寄ってくるだろうが、藍はそうはいかなかった。セフレではなく、ペットになりたいとか言い出してきたんだ。そして極めつけは昨日ばったり出会ってしまったことだ。
「とにかく、俺は……そこまで面倒は見る気はない」
『わかってるけど、私が行っても意味がないんだって』
「じゃあ放置しろ」
それ以上何かを言われる前に俺は電話を切ってやった。イライラする、こんなにイライラするようなことでもないはずなのに、めちゃくちゃイライラする。物に当たり散らしてしまいたいくれーだ。ただ、それをするのを躊躇うほどに、家がキレイだった。机も、ソファも、きっと俺の部屋だって。
「……なにしてんだよ、バカが」
他に誰もいない独り言が届いてほしいやつに届くわけもなく、そして届ける方法を失った状態じゃもうどうしようもなかった。行く宛なんてあったのか、ネカフェかそれともあれだけ居心地が悪いだなんだって言ってた家に戻ったのか──いや、行先を気にするなんて、俺がすることじゃない。
「腹減ったな……ってそうか、そうだよな」
当然飯なんて作ってあるはずもない。今まで帰ってきたら笑顔で出迎えてくれたあいつが全部やってくれてたんだ。最初は別にそんなことしなくていいって言ってたのに、いつの間にか頼りっぱなしになってたんだな。風呂も、毎日家がピカピカなのも、全部恵美がいてくれたからだ。
──だが戻っただけ、そう思えば大丈夫だと言い聞かせながら冷蔵庫を開けるとそこにはズラリと美しく整頓されたタッパーが並んでいた。一つ一つにメモが貼ってあって、あいつの字で何が入ってるかを記してあった。
「……恵美」
風呂も覗いたらピカピカにしてあって、俺は逆にそれが恵美のメッセージであるように感じた。立つ鳥跡を濁さず、そんな感じではなくて。物も相当残ってるし、自分が確かにここで一緒に生活していたんだと、この冷蔵庫を把握していたのも、掃除をしていたのも、冷凍庫にアイスが詰まってるのも、全部自分がやったんだと言っている気がして。
なのにスマホは置いてってるところがあいつのめんどくささを象徴してるよ。わがままで、寂しがりで、頑固で、俺を振り回してくる。
「ふざけんなよ……あいつ!」
行く宛がねーとするなら、ネカフェか。そうは言うがあいつは普段からそんなにお金を持ちたがらねータチだったから、そこまで持ち合わせがあるとは思えない。自分で管理してる通帳ん中を切り崩せば、どうってことないだろうが。すると、家に帰ったか。一体いつからいなくなったか予測はしきれないが、風呂洗ってあったしそんなに時間は経ってないはずだ。すると、この時間から家に帰るのもリスクがあるだろう。碧に連絡をしても来てないって言ってたしな。
「はぁ……はぁ……ここでもねーか、まぁそうだよな」
俺がたどり着いたのは、最初に出逢ったコンビニの近く、だが当然そこに不機嫌そうなブロンドの捨て猫がいるわけもなく、何を期待していたんだと苦笑いをした。
待っててくれるとか、あいつが俺から離れるわけがないとか、甘いことをもしかして考えていたのかもな。
──バカだな、俺は、あれだけそれはないとか言っておいて、いざいなくなって後から気づくんだから。
『もしもし』
「……おう、碧」
『センパイ……?』
「俺が捜索できる範囲にはいなかった。もしかしたらネカフェとかで泊まって、翌朝に家帰るとかかもな」
『あー……じゃあ、そうなると』
「ああ、話すのも無理そうだな」
方法があるとすれば、九月に学校の前で出待ちする不審者になることか? 俺一人じゃ絶対に無理だからな、そん時はせめてお前もいてくれねーとマジで捕まる。
碧にそう伝えると痛々しい笑いと共に肯定される。
「……キツいこと言って、悪かった」
『ううん、私が……ちょっとだけミスったのが悪いから』
「読み違えたか、珍しいなマジで」
お前の後悔はせいぜいカレシにでも慰めてもらえ。俺はそれを最後に電話を切ってほぼ無意識にアイスを補充するためにコンビニへと入った。もしかしたらコンビニにいるかも、なんて淡い期待をして。買い物をしてる最中も、ものを見て思うことが恵美が好きだったなとか、恵美が興味深そうに見てたなとか、オススメされたなとかそんなんばっかりだ。
「一緒にプール行くんじゃなかったのかよ、恵美」
いつの間にか、俺は。自分が思っていた以上に栗原恵美という存在がデカくなってたことに気づいた。気づかされた。
──いなくなって初めて気づくなんて、クサすぎて笑えもせず、俺は熱帯夜の晴れた夜空を見上げて、大きな息を吐き出した。アテもなくブラブラしていたらアイスも溶けちまうため、肩を落としつつも帰るかと歩いている最中に俺のスマホに連絡が来た。その内容に俺は驚かされることになるのだった。
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Part21
最初に連絡が来た時、俺は碧からのLINEかと思って当たり散らしたことを少し謝ろうと思って明かりのついたロック画面に「恵美」の文字が見えて思考が一瞬止まった。もう連絡がつかないと思っていた相手からの不意打ち、しかもこのタイミングは完全に予想外だったからな。帰ってから返信しようとして、一旦消してから慌ててもう一度画面を点けた。不意打ちすぎて危うくスマホを落としかけるくらいには、驚きのことだった。
「恵美!」
「わ──お、おかえりなさい」
しかもその内容が「家にいます」というもの端的なものだった。俺んちかあいつんちか迷ったがスマホを置き去りにしてたことで前者だろうと判断した。出掛けた時に一応鍵は掛けたはずだが、あいつスペアキーちゃんと持ってたのかとか、他にも色んな疑問が渦巻いてたが、ひとまず全部を投げ捨てて戻ってくると、恵美はいつもの
「……はぁ」
「あの……ひとまず、お風呂に入った方が……」
「だな」
「あ、あの私は、ご主人様の匂いなら汗でも……!」
「バカみてーな性癖暴露はやめとけ」
風呂も、俺は沸かしてなかったのに沸かしてあって、流石に恵美が入ってたってわけはないが、考えを纏めるためにも一旦不快なほど出てくる汗を流して、いつもよりもパッパと身体を洗って、ゆっくりと湯船に浸かる。何がって思っていた以上に恵美が普通なことに対して戸惑ってる部分があるんだよな。
──あいつは俺に失望したのかと思っていた。だからこの家から出て、どっか行ったんだと思っていたが。あいつの真意はどこにあるんだろうか。怒ってるような雰囲気はなかった、どちらかというと申し訳ないというか走らせたのは自分のせいだって思っていそうな感覚がある。
「……じゃあなんで出てったんだ」
碧にも連絡してたんだ、俺の傍にいられなくなったってあれは本気だとそう思っていた。だからこそ俺が必死になって探したし、碧も焦ってた。だというのにこんな風にあっさりと家に戻ってきていて、お風呂を入れてるというムーブがわからん。考えてもなんにもわからん。このままじゃ逆上せると判断した俺は上がって直接真意を問いただすことにした。
「アイス、買ってきてくれたんですね」
「ああ……それで、事情を説明してくれるんだろうな」
「はい、それはもちろん……その、あの」
「なんだよ」
「すみません……怒られないかと」
怒られるようなこと言うつもりなのか。俺が身構えつつ否定も肯定しないでいると恵美はゆっくりと、恐る恐るといった雰囲気だったけど、それでも俺の言葉を信じてくれて、語ってくれた。
その言葉は、俺に驚きとそして、怒りを一瞬覚えてしまった。
「──おい、マジかよ」
「う、お、怒らないでくださいよ……だから言ったんです」
「いや……いやまぁ、俺が確認し忘れたからな」
「けど、出ていこうとしたのは本当なんです、信じてください!」
「いや出ていかれてた方が困るんだよ」
なんと恵美は
確かに俺は恵美の部屋を確認してなんかいないし、そもそも出ていったと思ったから家の中をロクに捜しもしてない。まさしく灯台下暗しってやつだな。
──こいつの主な行動はこうらしい。まずいつものように掃除をして予め出ていくつもりだったため料理を作り置きをする。それが思いの外熱中してしまい、作り終わって疲れて寝てしまった、だそうだ。
「それで俺のベッドで寝てれば……見つけられたんだけどな」
「一人枕を濡らしてました、私、これでご主人様ともお別れなんだって悲壮感に暮れてました」
「……けど?」
「料理作った疲れと泣き疲れてしまって……えへへ」
「えへへ、じゃねーんだよバカ猫」
つまり俺は徒労をしていたというわけだ。その後は碧としゃべり終わり、バタバタと俺が出ていくところで目が醒めて、しばらくは寝ぼけ眼で忘れ物でもしたのかとアイスを食べようとして最後の一個だったから食べつつ、アイスついでに買ってきておいてくださいと連絡をしようとしてそこで漸く自分が出ていくつもりだったこと、そのつもりで碧に連絡したこと、置き手紙のことに気づいたらしい。
「ひ、人騒がせな……つか呑気かよ」
「お騒がせしました、碧さんにもちゃんと連絡しました」
「当然だ、あいつもめっちゃ気にしてたからな」
「はい、今度謝りに行きます」
「おう」
「……ご主人様にも、迷惑を」
「いや──でも、出てくつもりではあったんだろう?」
恵美は、僅かに頷いた。こんなギャグみたいな結末だが、そこに至るまでに恵美が出ていこうとしていたって事実が一番大事だ。これで冗談のつもりでしたとか、ドッキリでしたとか抜かしてたらマジでキレてたからな。だが恵美は出ていこうとしていた。だから俺は今回のことに怒りはしねーし、なんなら何があったのか、どうしてそうなったのかちゃんと恵美の口から訊き出したい。
「……私は、やっぱり子どもだから、子どもだったから、どんなにご主人様が頑張っても負担になる、そう気付かされたので」
「負担? なんでお前一人をこの家に置いとくのに──飼うのに負担かかると思ってんだ」
「そうじゃなくて……蒼山さんの言葉が」
「藍の?」
藍は十八歳未満を傍に置いておくことに、それを他人に明かすことへの覚悟を問うてきた。実際、それは覚悟のいることなんだろうと思う。恵美が負担だと感じる部分もその年齢ということだ。赤の他人であり未成年である異性と同棲するというリスク、それに恵美は耐えられないと判断したんだろう。一度それでまずいことになりかけてるし、そう考えてくれて逆にほっとした部分もあるが。
「そっか、だから出ていこうとしてたのか」
「はい……でも、寝ている間に夢を見てしまって」
「夢?」
「大した夢じゃないんです、ご主人様とプールに行く夢でした。これから起きるはずの、でも私が一度捨てようとした時間の夢」
「そうか」
「すごく楽しくて、幸せで……ずっとずっと、傍にいますって夢で言ってしまって」
起きて、それが夢だったことを知って、恵美は出て行きたくない、今の生活を失いたくないと強く思った。俺はその言葉を聴いてほっと息を吐いた。恵美の話しはそこで終わり、出て行きたくないって言葉にほっと息を吐いた。
そうしたら、今度は俺の番だ。俺が恵美に自分の素直な気持ちを伝える番だ。
「ありがとな、恵美」
「私は……ご迷惑じゃないんですか?」
「迷惑なわけねーだろ、むしろ……なんだ」
「ご主人様?」
どうにかして言葉にしようと思うんだが、素直な言葉にならずに言葉に詰まってしまう。どうすりゃいいんだろうか、これまで素直に誰かに何かを伝えることなんてないから、何度か口の中をモゴモゴと歯にものが詰まったかのようなことを繰り返すだけになってしまう。そんな俺の迷いに対して恵美は何かに気づいたように俺の隣に座ってきた。
「どうかしましたか?」
「……今から言うことは、聞き流してくれてもいい。なんなら幻滅してくれても構わない」
「はい、大丈夫です」
「俺さ、怖かったんだよ……恵美がいなくなったって思って」
「怖かった、ですか?」
「恵美がいなくなったって思った時、めちゃくちゃ胸がザワついた」
その言葉と同時に俺は恵美のブロンドを撫でた。少し驚きはあったものの、恵美はくすぐったそうに目を閉じる。そこに前は感じなかった安心感というか、触れることができることが嬉しさがあって──でも本当は前から感じていたはずのものを見ねーようにしていたような、言葉にしにくい感覚だった。だが、恵美を捜してる時に、胸に溜まっていたもんを全部吐き出すように伝えていく。
「心当たりを捜して、いなくて、その度に昨日までの日常が壊れることが、お前が俺の前からいなくなるかもって現実に足が竦みそうだったよ……情けねーことに」
「え、あ……ご主人様?」
「それで、もうなりふりとか、プライドとか──全部どうでもよくなった」
そうだ、俺が捨て猫のように立ち尽くしていて、貞操すらも投げ捨ててでも誰かに助けを求めていた栗原恵美を拾ったのは気まぐれ以外のないものでもない。だから懐かれても、惚れられても、こいつが本当の意味でその感情を求めるのは俺じゃなくて、恵美が自分で選んだ相手だって勝手に決めつけてた。
──なのにこいつは全然俺から離れるつもりがなくて、突き放しても、何してもより甘えてくるしいつだって俺への想いを隠すことなく接してくる。
「そんな日常が、当たり前だったのが、なくなるのが嫌だ」
「それ、なんだか……」
「不安にしねーために、お前が欲しいもんはやる。元々貢がれるのは性に合わねーんだよ」
「ほしいもの……それは、お金で買えるもの限定ですか……?」
「訊くってことは、違うってわかってるってことだよな」
「……あ、あの……ちょっと待ってください、心の準備が……!」
恵美は急に恥ずかしそうに俺から距離を取ったらしい。やっぱお前にそこまでの覚悟はなかったってことか、俺が実行に移さねーから言ってただけなんだな。いつだってこいつは思わせぶりなエセビッチだったってことだ。それが俺には残念じゃなくて、安心感すらあるんだからもう、本当になんで今まで見てこない振りしてたんだろうな。
「……本当なんですか?」
「何が?」
「私のこと……あなたはそんなに、想ってくれるんですか?」
「疑われても仕方ないことしてるな、けど、本当なんだよ」
「いつも煽ってる私が言うことじゃないですけど、その……そういうことばっかりするのは」
「セフレと、お前は違うだろ」
俺は確かに性欲バカだって自覚はあるしセフレとヤリまくってるような男だけど、それは相手がセフレで、俺も相手もセックス目的で会ってるからであって恵美相手にそこまでがっついて嫌がられるようなことはしねーよ。言ってるだろう、お前が欲しいもんはやる。恵美が欲しいと思った時に、貢ぐだけだ。
「いても、いいんですか?」
「これが……本当の意味での覚悟だろ。
じり、じりと警戒交じりに近づいてくるような動作を俺はじっと待つ。久しぶりにこんな恵美を見た気がするな、と向かい合っているとやがて警戒が解けたようでいつものように俺の膝に頭を乗せて寝転んでくる。ソファでのこの時間もすっかり慣れて、俺はブロンドの頭を撫でて、頬を撫でていく。
「蒼山さんは」
「ん?」
「……蒼山さんとちゃんとお別れしないと、覚悟があるとは認めません」
「自分が有利になったと思ったら急に上から来たな」
「セフレさんなんて認めません、私が大事だというなら、不安にさせないというなら……もう女遊びは終わりにしてください」
「わかった」
「……約束ですよ?」
「約束するよ」
──結局は、俺は恵美に篭絡された、ということになるんだろうか。五月の連休の終わりに恵美は俺とセフレの関係をすっぱり終わらせて全部を「元セフレ」にしてやるって宣言を見事に達成したことになる。
すると、関係が変わって初めてのデートはプールってことになるのか? それはそれでいい覚悟だな。
「しばらくは、私はご主人様のペットという立場を変えるつもりはありませんので」
「なんでもいいよ、細かい関係は変わんねーだろ」
「そうですか?」
「だって、今が居心地いいからな。ここにちょっとした恋人っぽいやり取りがあるだけで」
「こい……ふふ、そうですね。私は言われた通りの処女で、男の人とキスもしたことない人なので、丁寧に扱わないと怒りますから」
「わがままなやつだな、そこは変わっててくれてもいいのに」
冷静に考えると相手はJKで、子どもで、身体は確かに大人だけど、まだまだ頭ん中は少女みたいで。でも俺はこいつと過ごす日々が愛おしかった。そういう意味だと恋をしたとか、愛してるとかいうのとはまた別で、所有欲とか愛着とかそういう──言葉通り飼い猫に抱くような感情なのかもしれない。
──それでも、そうだったとしても、俺は栗原恵美に好きって気持ちを伝えるだろう。後悔しないように、もう手から離れた時に気づいた、なんて間抜けな話はたくさんだからな。
クライマックスへと近づいてまいりました。
次回からはもうほぼほぼエピローグと言っても過言ではありません
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Part22
恵美を受け入れる覚悟を決めた俺は藍と向き合っていた。あいつと約束していた条件を達成するためだが、よくよく考えると一ヶ月くらいでこれは俺としても、紹介してくれた碧にしても心苦しいな。
もう少しゆったりでもいいんじゃないかと甘いことを考えていたが、俺はもう一度告白めいたことはした時、あのバカ猫はそれに対してすごく嬉しそうに幸せそうに頬を染めつつ、きっぱりと言ってきた。
「──お断りします」
「な、お前……」
「藍さんを中途半端にしたまま、お付き合いはしたくありません。それが大好きなご主人様の命令であっても、それをされるくらいなら実家に帰らせていただきます」
「……はぁ、わかったよ」
先延ばしは許されないということで碧にも連絡を取って同席してもらった。
──だいたいの事情は察知しているようで、藍は少し、いやすごく落ち込んだ様子で俺と碧の向かいに座っていた。切り出さなきゃいけねーのは俺だが、空気が重い気がする。
「藍……俺は」
「……わかっていました、こういう日が来ることは」
「そうか」
「あなたの家に女の人の気配がした時から……ずっと、あなたは優しいから、傍に置いていてくれるだけだと……」
「それは美化しすぎだろ」
買いかぶりすぎだ。俺はセフレが欲しかったから、それで都合がよかっただけ。ほんの少しだけ藍にも申し訳ねーとか、もうちょっとなんとかしてやりたかったって気持ちはあるからこうして一方的な破棄じゃなくて彼女に首を振る時間をあげていた。それでも俺はもう、エサをやるつもりもないから、これはエゴでもあるんだが。
「元はと言えば……私のせいだ、本当にごめんなさい」
「碧」
「そうです、どうして蒼山さんを紹介したんですか?」
藍と三人の話し合いが設けられる前に、碧は俺んちにやってきて頭を下げた。碧にもそこそこ懐いていた恵美も流石にこれにはご立腹だったようで言葉をぶつける。その問いかけに対して、一番の戦犯でありつつ、逆を返すと失う前に恵美という存在の大切さに気づかせてくれた後輩でもある。俺はその一点があるため割と大目に見てやるつもりだった。
「……あのね、えっと……怒らないでねセンパイ」
「ご主人様、この人犯してしまいましょう」
「セフレもダメなんじゃないのか」
「いいんです、セフレはダメですがこういうのを……わからせ?」
「そんなものわかってほしくはねーけどな」
過激な恵美に碧はまるで今からケダモノに食われるような表情で絶望していた。この後輩はなんだかんだで俺とヤルの気持ちいいから好きですよなんて思わせぶりなことを言うタイプなんだがこういう顔は面白くて俺はちょっとだけノリ気のフリして立ち上がった。俺は恵美のゴーサインが出る以上罪悪感の欠片もないからな。
「ちょ、ちょちょっとセンパイ! レイプは犯罪ですよ! 私合意してません、ノー!」
「相応の報いですよ碧さん」
「恵美ちゃん、誰に似たんですか、お姉ちゃん悲しいよ!」
「誰がお姉ちゃんだ」
「というかまだ私何も言ってないのにぃ」
確かに、と俺は元の場所に座って恵美を撫でる。気分は猫を膝に乗せて撫でるセレブ気分だ。しかも毛並み最高だからな、この猫。ただまだ怒ってるけど、こいつは何かを察知してたらしい。
──そんな睨みつけられる中で冷や汗をかきつつ、碧は事の顛末を語り始めた。
「実はね……藍ちゃんを紹介した理由が、その……なんと言うか」
「──
「あ、ハイ……そうデス」
「当て馬……なるほどな」
「で、でもね、こう後腐れなくすためにセンパイが気に入りそうな女の子かつ、こうセフレはあんまり……みたいな子を紹介したつもりなの」
恵美の言葉に必死な言い訳だ。つまりはセフレじゃなくてちゃんとした恋人関係、というか寂しさを正しく埋めてくれるような相手を探してる女をあてがって、俺は新しい女とセックスしてっていう中で恵美の嫉妬を煽って、そうすることで俺たちの関係を進めようという厄介な恋のキューピッドだったってわけか。
「でもね、まさかここまでセンパイが藍ちゃんに刺さるなんて思わなくて……」
「計算ミスとは、碧にしちゃ珍しいな」
「う……だから、本当に、恵美ちゃんには申し訳ないことしました……ごめんなさい」
「……ま、まぁ、私としてはこうしてご主人様に愛でてもらっているので、碧さんの作戦は成功といえばそうなんですし、感謝はしています」
「じゃ、じゃあ……!」
「ご主人様、いいですよヤッて」
「おう」
「おう、じゃないよセンパイ! これは立派な性犯罪な上に性的虐待だよ!」
何が性的虐待だ、ってあれか。恵美にそういう行為を見せるのがダメってやつな。それは確かにまずいかもしれないな、今はヤッていいとか言ってる恵美だが急に冷静になって嫉妬してくる可能性は捨てきれない。それに俺はちゃんと冗談だってわかってるから安心しろ。俺はな。
「えっ」
「えぇ……恵美ちゃん?」
「な、
「むぅ」
「俺が目の前で他の女とヤルの特等席で見たいっていうんなら止めねーけど」
「それは……嫌です」
「よし」
というわけで落ち着きつつある恵美を宥めつつ、碧に今後のことを訊ねる。結局お前のちょっとした計算違いのせいで藍との関係結構めんどいことになってるんだからな。一応、恵美の手前はわかったってすぐ頷いたし、そっちの方向に進みつつあるけどさ。俺だってあいつのことを嫌いなわけじゃないし、傷つけて──あいつのカレシみたいに都合が悪くなって捨てるのは、よくねーってことくらいは俺にだってわかる。
「そんで、碧は飼ってくれるかもって思った男にもう一度フラれる経験をさせるようなひどい先輩になるんだろうな」
「それは……えっと、私からも話して、あの恵美ちゃん」
「なんですか」
「あの子のこと、もうちょっとだけ許してあげられない?」
「あの野良犬さんのことを、ですか?」
野良犬って呼ぶなよ藍のことを。許してあげてっていうのは、急に捨てるんじゃなくてちゃんと段階を踏んでってことな。俺もこれには賛成なんだよな。あんまりトラウマこじ開けるような真似はしたくないっつーか、もっとヒドく言ってしまうと俺が加害者になりたくねーんだよ。
「頼むよ恵美」
「ご主人様が……そこまで言うならいいですけど」
「恵美ちゃん!」
「でも、このままズルズルと一年とかは絶対に嫌です。私は浮気を許しません。セフレも浮気です」
「ああ、わかってるよ」
頭を撫でると鼻を鳴らす恵美が今の俺には愛おしくてしょうがなかった。なんか、なんとなくだけどこうやって浮気を許さないって言ってれるってのは嬉しくなるな。浮気してもいいからとか、セフレいてもいいからって縋られるよりも、こうやって私一人いれば充分でしょって顔でいてくれた方がいいな。その方が、ああ俺だって本気で応えなきゃって気分にさせられる。我ながらなんて都合のいい頭なんだと笑っちまうけど。
「──というわけなんだ」
「正直に言えば、泥棒猫にかっさらわれた……と言いたいくらいですが」
「後から来たのは藍だけどな」
「……ご主人様に愛玩されたのは、わたしが先のはずでは?」
「あーそういう」
「あ、藍ちゃん……?」
「長月さんは、一度ご主人様の慰み者になる悦びを知るべきです、お仕置きです」
「なんかデジャヴなんだけど」
どうして俺が碧を犯す方面で話をまとめるんだ。しかも俺は藍に慰み者にされる悦びを教えたつもりはないんだが、そもそも俺優位に見せかけてこいつ跨って腰振ってくるくらいなのでむしろ藍優位とも言えるんだよなってこんな性事情はさておくとして、俺は藍にもう一度だけ伝えた。
「俺は、藍のご主人様にはなれないし、藍を飼うつもりはない」
「……はい」
「けど、都合が悪いから捨てるってのは、ちょっと違う。俺はそういうやつだってお前に思われたくないってエゴだけど」
「本当に、優しい……あなただからこそ、わたしはセフレで終わりたくないって思えました」
「ごめん……中途半端なやつで」
「いえ、わたしはどうやら中途半端なあなたをもっともっと素敵にするためのスパイスだったようなので」
「だとよ碧」
「……ごめんなさい」
いつもは自信満々のはずがしょぼんと落ち込んだ先輩を見てちょっと満足したのか、トゲトゲした言葉たちを引っ込めてゆっくりと息を吐いた。そして黒いノースリーブニットから伸びる、見惚れるほどに美しい腕を伸ばして俺の手に触れてきた。恋人繋ぎのように指を絡めてまるで俺の感触を確かめるように。
「わたしはまだまだ、躾の足りない駄犬です」
「お、おう……」
「あなたがいないと、リードを引いていただけないと……まだ」
「そうか」
俺がいつリードを引いたのかというツッコミは多分野暮なんだろう。藍は、捨てられた反動からか自分が誰かにリードを引かれないとダメな女だと思いこんでいるようだが、俺はそうじゃねーと思ってる。こいつに必要なのは傷を癒やすための男とセックスじゃなくて、誰かに愛されることを肯定できることだ。そういう意味だと躾の足りない駄犬というのは百歩譲って納得するよ。
「──はぁ、怒られるのはお前も一緒だから碧」
「えっ、私なの?」
「当たり前だろ、恵美はわがままなんだからな」
「藍ちゃんは?」
「藍は、お前が責任取るはずの問題だろ」
「ですからご主人様の女にしてしまえば──」
「私、一応同棲してるカレシいる上に結婚予定なんだけど」
「自分だけ幸せになろうとしてるなんて、そんな人生は壊してあげてください」
「俺はこいつには感謝しっぱなしだからな、そこは許してやれ」
「はい、長月さんの末永い幸せを願っています」
「……絶対ミスってるよ私ぃ〜」
どうやら藍は猫を被っていたらしい、犬だけど。俺はそんな藍を飼うのではなく預かる決意をした。いつか誰かに愛されるのを肯定できるようになるまで。もうお互い言いたいことを隠すとか、セフレみたいな割り切り方はしない。俺にとって唯一無二なのは当然、恵美ってことになるんだろうが、俺が頑張ってどっちのペットも扱えばいいんだろうみたいなやけくそ感覚だ。
「いつかあなたが自慢できるほどにいい女になって、幸せになってみせます」
「……もういい女だよ、充分すぎるくらいにな」
「なにせセンパイが気に入った女の子だからね、そこは自信持っていいよ」
「はい」
こうして俺は藍とのセフレ関係を断ち切って、新しい里親が見つかるまでの預かりという藍の言葉にするとそういう関係になった。徹頭徹尾、犬としての立場を崩すつもりはないところがなんとなく藍らしくて笑えてきた。
──後で恵美には拗ねられて、その機嫌を直すために色々と手を尽くした結果なんだが、まぁ多くは語らないでいいよな。確実に言えることは、今まで抱いた誰よりも、充足感と幸福感のまま恵美を抱き枕にして眠りについたってことくらいか。
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