繰り返される悲劇 (負け戦)
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繰り返される悲劇
「リズ! 走って! ロイドもお姉ちゃんの手を離しちゃダメよ!!」
「う、うん!」
「分かってるって!」
まだ幼い弟の手を引いて、私達家族はシェルターに急ぐ。
ジブリールを匿ったオーブは今、ザフトによって攻撃を受けていた。
人型のロボット────MSがオーブの空と大地で行き交っている。
市民の避難すら満足に行えてない状況で始まった戦闘。
私と母と弟。それから近所の人を合わせて十名程で駆けていた。
その中には、現状に不平不満を洩らしている者もいる。
(前は、こんなことなかったのに……!!)
二年前の戦争。
あの時は連合が攻撃してきたが、政府が早急に市民を避難させてくれたお陰で、ここまでの混乱はなかった。
尤も、それはリズの父がオーブ軍人で、避難を優遇してくれたのもある。
しかし少し前に連合との同盟の結果で派遣された戦闘で殉職した。
その後に渡されたのはそれを報せる一枚の紙切れと纏まったお金。
シェルターの道のりを移動していると、赤い翼のMSが光の翼を撒き散らして、上空で戦うオーブのMSであるムラサメを次々と斬り捨てていく。
その一機が私達の近くに墜ちた。
立って居られない地響きと轟音。私は恐怖を抑えて泣くのを堪える弟の手を強く握り、大丈夫だと言い聞かせる。
そこからだった。
赤い翼のMSがこちらに向けてをライフルを撃ってきた。
「え?」
それに気付いたときにはもう遅くて。
発射された熱線が応戦していたM1を撃ち落とす。
墜落した機体はすぐ側で爆発し、私達を巻き込んだ。
「キャアアァアアァアッ!?」
悲鳴を上げて吹き飛ぶ私と弟。
倒れた身体を起こす。
「イッタァ……ロイド、ぶじ……?」
幸い軽傷で済んだ私は爆発で放してしまった弟を探す。
周囲を見て、頭が真っ白になった。
弟は血を流して倒れている。
母や一緒に避難していた人も降り注いだMSの装甲の下敷きになっていた。
「ロ、イド……? お母さん……?」
呆然としていると更に空から再び爆発音が響き、慌てて弟のロイドに駆け寄る。
「ロイド、しっかりして!?」
背中には金属の破片が背中に刺さり、苦しそうな声がした。
どうしてこんな事に。
傷付いた弟を抱き締めて空を見上げると光を撒き散らすMSと金色のMSが戦っていた。
その時の私の慟哭は、誰に届くこともなかった。
ギルバート・デュランダルが公表したデスティニープラン。
連合が製造したレクイエムを使用してのプラン遂行に危機感を覚えたオーブ軍はレクイエムの破壊を決行。
その戦闘により当時プラント最高責任者だったギルバート・デュランダル議長は戦死。
ブレイクザワールドから始まった戦争はメサイア攻防戦を以て終戦する事となる。
それから一年が経過した。
病院の一室には全身に管が巻かれた少年が寝ており、その手を姉である少女が握っていた。
「士官学校を卒業して、お姉ちゃんも今日から軍人だよ。軍服姿、格好良いでしょ?」
リーズリット・ハーウェルは弟のロイド・ハーウェルの見舞いに訪れていた。
ザフトの攻撃の際に負傷したロイドは一命を取り留めたが、ベットから動くことの出来ない体になってしまった。
今も意識はあるが、反応は返せない。
両親を亡くし、身寄りが無くなったリズは、当時父の上官だった人の世話になりつつ軍人になる道を選んだ。
世話をしてくれた人にはやんわりと反対されたが、弟の医療費等の問題もあり、渋々入隊許可の書類にサインしてくれた。
彼女自身もコーディネーターだった事もあり、成績優秀に卒業する事が出来た。
士官学校ではコーディネーターという事で、色々とやっかみや嫌がらせもあったが、今はそれを乗り越えてこの服を着ている。
「MSのパイロットだよ。成績も良かったから、新型機に乗る事になってね。だからさ、何も心配しなくて良いから。ロイドはゆっくりと休んで」
時間になり、握っていた手を離して敬礼の構えを取る。
「じゃあ、行ってくるね」
「あの人、絶対人間じゃないよ」
模擬戦の結果をリズは唇を尖らせて思い返す。
今日は上官であるアスラン・ザラ二佐との模擬戦があった。
ムラサメの後継機であるムラクモの性能実験を行う模擬戦だった。
こっちは四機。向こうは一機と数の上では圧倒していた筈であり、機体も同じなのだ。
なのに結果は惨敗。
チームメイトが三機がかりの連係で追い詰めて後ろからペイント弾を撃つ手筈だった。
実際にチームメイトは良くやってくれた。
順調にアスラン・ザラの乗るムラクモを追い詰め、機動に制限をかける。
必殺のタイミングで後ろから撃つと、向こうはアクロバティックにこちらのペイント弾を避けつつ逆にこっちのコックピットに撃ち返したのだ。
LOSSの文字が表示されても撃たれた事が信じられなかった。
後ろに目でも付いてるのかと思う程の超反応。
モヤモヤした気分で目的地に着くと、そこには先客がいた。
赤い髪のショートヘアの女性と横に並ぶ黒髪の男性。
向こうもこちらに気付いて小さく頭を下げたので、こちらも同じようにする。
ここは、前々大戦と前大戦で亡くなった者達の為の慰霊碑だ。
花を添えて黙祷をしていると、黒髪の男性が話しかけてきた。
「家族を、亡くしたのか?」
「えぇ、はい。父はオーブの軍人で、前の戦争で派遣された戦闘で。母もザフトが攻めてきた時の戦闘に巻き込まれて帰らぬ人となりました。今はその時に傷付いて病院のベッドから降りられなくなった弟だけが残った私の家族です」
そう答えると、相手は顔を俯かせた。
「覚えているのは、光を撒き散らす赤い翼のMS。あの機体の攻撃に巻き込まれて、母と弟は……」
思い出しながら呟くと、男性の方が目を大きく開けて顔を青くする。
それを見た女性は気遣わしげに手を握る。
もしかしたら嫌な記憶でも思い出させたのかもしれない。
「すみません。話しすぎました」
「いや……」
小さく首を振る男性にリズはあの、と続ける。
「貴方も戦争でご家族を?」
「あ、いや、俺は……」
言いづらそう口ごもる男性。
「頑張りましょう」
「え?」
「色々と辛いことはあったけど、こうして生きてるんです。亡くなった人が安心出来るように、笑って生きていきましょう」
綺麗事かもしれないが、ずっと辛く苦しんでいるより、幸せに笑っている方がきっと良い。
リズの両親も、きっとその方が喜んでくれると信じている。
目の前の人も戦争で家族を失ったのなら、その悲劇に負けないくらい笑ってくれればと思った。
慰霊碑で少女が立ち去った後に、ルナマリアは心配そうにシンを見ていた。
「大丈夫だ、ルナ」
あの戦闘で、赤い翼のMSと言われればそれに乗っていたのは間違いなくシン自身だ。
今まで見てこなかった罪を突きつけられたような気がした。
誰か誰かを撃てば、その銃が誰かの悲劇をもたらしているという事を。
理解していたつもりでも、こうしてみるとこんなにも……。
もしもあの少女が自分を家族の仇だと知った時、どう思うのか。
それを想像してシンは苦い表情を浮かべた。
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