しゃいらー!! (那由多 ユラ)
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いーち


 

 

 

 完全(フル)ダイブという新世代のゲーム環境を実現したナーブギアは、しかしその斬新さが災いしてか、何かしらの欠点を抱えたゲームがほとんどだった。完全(フル)ダイブである必要性の不明なパズルゲームや、環境系ゲームに、多くのゲーマーは大いに不満を募らせた。

 他にも、今プレイしているアクションゲームだって、ベクトルは違えども、所謂クソゲーに分類される。正確にはバカゲーと分類すべきかもしれないけれど、そもそもクソゲーもバカゲーも明確な基準を持たないのだからどっちでもいいか。

 

 明日の一時からサービス開始するソードアート・オンラインだって、初のVRMMORPGということで期待が寄せられているけれど、それだって実際に遊んでみればいかがなものか。

 

 私が今遊んでいるゲームのタイトルは、モンスターハンター。モンハンという略称で長く愛され、ついに完全(フル)ダイブにも参入してきたと発売当初は今のソードアート・オンラインに負けず劣らずの話題性を帯びていた。実際のところ、このゲームはどうしようもない欠点を抱えていたわけだが。

 プレイヤーは武器一つと、ストレージに収まるだけのアイテムをフィールドに持ち込み、自身より数倍から数十倍巨大なモンスターと殺し合う。

 最大四人まで、今時珍しいローカル通信でのマルチプレイが出来るとはいえ、実際にこのゲームを複数人で遊んだという話はあまり聞かない。というか、そもそもプレイ時間が十分を超えるプレイヤーの数が一握り。

 

 というのも、怖すぎるのだ。現実と区別が付かないとまでに評された世界観は、モンスターにももちろん適応される。殺意に満ちた形状の肉食獣が、涎で濡れた牙を剥き、プレイヤーの頭蓋を噛み砕きにくる。

 怯えて腰を抜かし、頭蓋骨を噛み砕かれる感触と共にゲームオーバー。即刻ソフトを売却するプレイヤーが続出した。

 

 例外的に、芸能人や動画投稿者が罰ゲームとしてプレイするという、おかしな需要こそ保持しているものの、サービスが終了するのも時間の問題だろう。

 非常に惜しい話だけれど。

 

 リオレウスの口から放つ火球を回避しつつ、銃口たる大口目がけて太刀を振るう。刃先が牙に当たり、金属同士をぶつけたような音と共に弾かれた。

 

「まだまだぁ!」

 

 このゲームには一切のシステム補助が存在しない。防御力は防具に依存し、攻撃力は武器に依存する。要するに、アバターそのものに成長は無い。武器を振る速さも、走る速さも、脳の処理速度次第となる。

 

 だからこそ、頑張れば現実では難しい動きも物理的に可能なら出来てしまう。

 

「うりゃっ、しゃいらー!!」

 

 左足を軸に、右足で地を蹴り、独楽のように回り太刀で口端を切り裂く。それを三度繰り返し、その巨大な頭部を真っ二つに割る。

 声にもならぬ断末魔をあげて、リオレウスは鮮血に染まる地へと倒れ伏せた。

 

「しゃらー! おら見ろどうだボンクラ共!!」

 

 このまま一分も経過すれば、クエストは終了しこのアバターは村へと転移する。それまでの間に、私を画面越しに見ている視聴者たちのコメント欄のウィンドウを開く。

 

――しゃいやー!

――しやー!!

――しゃらー!

――さすが姐御!

――レウスの顔面真っ二つとかww

――あいっかわらずのバーサーカーぶりにいっそ安心

 

「誰がバーサーカーだよ。私ほど頭使ってバトってるプレイヤー他にいねーだろ?」

 

――そもそもプレイヤーがいない件

――頭の使い方が人間やめてるんよ

――vrでモンハンやってる時点で狂人よな

――明日からのsaoでも大暴れしてる姿が目に浮かぶな

――姐御ー、saoって配信するんすか?

 

「あー、多分やるんじゃねぇかな。テストプレイ挟むし、少しばっか先になるけどな」

 

 私はそれなりの登録者をもつ動画投稿者、名を洛叉(らくしゃ)。インドの命進法、あるいは仏教の巨大数ってやつの一種で、十の五乗を意味する。変換の面倒臭さから、視聴者達(ボンクラ共)からはラクシャとか、姐御とか呼ばれてる。ちなみに、ボンクラ共って呼び名を決めたのも視聴者で、私は呼ばされてるだけだったりする。こいつらのお陰でゲームやりながらメシも食えてるわけだし、普通はこんな呼び方しないわな。……同じ投稿者にもっとエグい呼び方させられてるやつもいるし、私はまだ楽な部類かね?

 

――vrでオンラインってことは、オフ会とか出来そうだね

――SAOを買えば姐御に会えるのでは?

――握手で複雑骨折が現実になる日も近いな

――ファンタジーにラクシャが解き放たれるのか……

 

「オフ会なー。面白そうだし、まぁ考えとくわ」

 

 話してるうちに一分が経過。報酬がストレージに収められ、私の視界は白で包まれた。

 

「じゃ、今日の配信はここまで。きてくれてサンキューな。明日はSAOやるから配信はねーぞ」

 

――お疲れ様ですっ!

――SAOで逢いやしょう!!

――俺もSAO買います!

 

 村に帰ってきてすぐに、動画配信ソフト、OBSの配信停止ボタンを押す。念のため、ブラウザも開いて配信が終了してることを確認して、ゲームからログアウトする。

 

「……あーーーー。……疲れた」

 

 ナーブギアを頭から外し、雑に束ねてた髪を解きつつ身を起こす。時計を見れば、単身は真右を向いており、窓の外は真っ暗。私は夕飯時から九時間近くもモンスターと殺したり殺されたりしてたらしい。完全(フル)ダイブで世界観がリアルだからか、全身に運動会の日の夜みたいな疲労感があり、起こした体はすぐに ベッドへと倒れ込んだ。

 

「あ、インストールしなきゃ……」

 

 できることならもうこのまま寝てしまいたいが、明日すぐにソードアート・オンラインを遊ぶためにも、インストールやら何やらをしなきゃいけない。配信環境の設定も必要だろうけど、……それはまだ先でいいか。

 

「ねみぃ……」

 

 私は九時間の死闘を終えた体に鞭を打ち、もう一度ナーブギアを被り直すのだった。

 

 

 


 

 

 

 普段だったら睡眠時間である、午後一時。純真な日本人である私は五分前行動を遵守し、眠気を押し殺しながらもナーブギアを被ってソードアート・オンラインのサービス開始を待った。一応、ツイッターには私がSAOのテストプレイのために今日は配信を休むことを伝えてある。まぁ、テストプレイといいつつも普通に遊ぶんだけどな。

 

 五分も前からスタンばり始めたことを後悔しつつ、一時になると鳴るように設定していた、デジタル時計のピッという音を聞いた私は、開始コマンドの一言を唱える。

 

「リンク・スタート」

 

 あらゆる現実(ノイズ)がシャットアウトされて暗闇に放り込まれたかと思えば、中央から虹色のリングが現れ、それをくぐれば、そこは全てが数値で出来た別世界になる。

 

 とはいえ、まずはキャラメイクから始めることになる。リアルの外見そのままでプレイすることも可能ではあるけれど、顔を見せたことのない視聴者(ボンクラ共)に私の顔を見せてやる理由はない。モンハンのデータをインポートしてもいいんだが、データに互換性があるかもわからないし、ここは一から作るべきか。

 

 

 

 十分ばかりかけ、私の新たな肉体は完成した。

 髪は扱いやすいようにリアルと同じ長さ、腰あたりまで伸ばし、色はモンハンの時と同じく、濃いめの青で染めた。

 顔もリアルをベースに、多少整えて、目の色を水色に。

 

 モンハンのアバターと確かに似ているけれど、しかしポリゴンっぽいというか、アニメっぽいというか、微妙に違和感のある体で、私は最初の町へと放り出される。

 

 思ったほどの感動はない。まるで現実みたいだ、っていうのはもうモンハンで十分にやった。自分以外のプレイヤーがすぐ近くに沢山いるというのは初体験ではあるけれど、ぶっちゃけNPCと見分けがつかないし、おかげかやっぱり感動は薄い。

 

「あの! もしかしてラクシャさんですか!?」

 

「あ……?」

 

 まずは何をしたものかと、ひとまず歩いてみようかと思ったところで、女の子に声をかけられた。確かに、私の名前はlakh (ラクシャ)。三割程度とはいえ女性視聴者もいるし、私を知っているプレイヤーがいても不思議は無い。……とはいえ、いきなり声をかけられるものかね。

 

「その声、やっぱりラクシャさんですよね! ファンなんです! 握手してください!」

 

「あ、うん」

 

 こういうの、マジであるんか。VRとはいえ、視聴者(ボンクラ共)ってすごいのな。

 

「ありがとうございましたー! 応援してまーす!」

 

 と、女の子はそう言って、逃げ去るように何処かへと言ってしまった。

 

「ええ?」

 

 ……とりあえず、武器屋に行ってみようか。

 

 




 キャラ紹介

 洛叉(らくしゃ)――lakh
 女。十六歳。高校生。(割としょうもない)訳があって、妹と二人暮らし。両親とは別居中。
 登録者五万人を持つ動画投稿者。ゲームの生配信がメイン。
 VRゲームはアバターを第三者視点で撮影できる外部ツールを使っており、視聴者はその激しすぎる動きに酔いしれる(意訳)ことになると評判。過去にパルクール特化のゲームを配信して、同時視聴者数を一桁まで減らしたことがある。

 名前の由来は、インドの命進法における数の単位で、十万を意味する。同時期に活動を始めた動画投稿者、阿庾多(あゆた)訶婆婆(かばば)摩攞羅(まらら)禰摩(ねま)(全員、インドの命進法を由来としている)とで、不可思議というバンドグループを組んでいる。……尚、真っ当に楽器を扱える人間は一人とていないため、バンドは自称しているだけの仲良し集団。

 荒々しいプレイスタイルと言動からレディース総長のような扱いを視聴者から受けるも、本人としては多少活発程度の認識。姐御呼びはリアルの友人や同級生からもされている為、慣れている。……というか、諦めてる。
 妹からはまだお姉ちゃんと呼ばれているものの、いつ姐御や姉貴なんて呼ばれ方をするかと不安に思っている。

 好きなゲームジャンルはアクションとホラー。凶暴なモンスターに立ち向かう度胸と、慣れない武器を扱う素質を求められる鬼畜ゲー、モンスターハンターがお気に入り。完全(フル)ダイブ版バイオハザードを心待ちにしているが、モンハンの失敗から察するに希望は薄い。



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にー


 

 

 

 武器屋で一通りの武器を試し、結局は初期装備の片手剣に落ち着いた。攻撃力の高い装備もあったけど、金銭的に余裕があるわけでも無いし、見た目も気に入らなかったし、ひとまずは初期装備一式のまま外でモンスターでも倒していこうと思う。

 

「ちょれぇ」

 

 はなっから大して期待はしていなかった。このゲームを買った理由は、話題性の一点に尽きる。最初のVRMMOってだけのゲームに期待なんて、するだけ無駄だと分かりきっていた。それでも、配信者として買わざるを得ないことはあるし、初回の一万ロットを運よく手に入れてしまった。私がここに立つ理由なんて、その程度のもの。

 

「しゃいらっ!」

 

 配信してるうちに口癖になっていた掛け声と共に、片手剣の突きで突進してくる青イノシシの脳天を貫いた。HPゲージが空になり、プギーという情けない断末魔を上げながら、その体はガラスのように砕け散る。

 

 弱すぎる。攻撃は最大の防御とはよく言うが、このイノシシ共は考えなしに突っ込んできて、勝手に切られて死んでいく。MMORPGだからか、どんどん新しく湧いてくるが、数の暴力というには程遠い。

 

 ちょろいっつーか、やっぱモンハンが鬼畜ゲーすぎたのか。

 

 しかも面倒臭い仕様の一つが、武器の耐久度。モンハンでは切れ味こそ落ちるものの、武器が壊れるということはなかった。

 だけどこの世界じゃ、武器は消耗品。もちろん、レアな装備が出てくる頃には耐久値を回復させる手段とか出てくるんだろうが、今は安物の剣を複数買った方が効率的か。

 

 日が暮れ始め、レベルが幾らか上がったところで、剣がポッキリ折れた。

 デスルーラは出来れば勘弁して欲しいんだが、こいつらって殴っても死ぬよな……?

 

 

 そんな心配は、街への帰路について数分で杞憂となった。

 

 

 


 

 

 

 イノシシを蹴り殺しつつ帰る道中、何があったのか、はじまりの街の中央広場に全プレイヤーが強制転移で集められた。リンゴーンと鐘の音が聞こえ、光に包まれ、次の瞬間には地面は広大な石畳に。周囲には街路樹と中世風の街並み。そして正面には黒光りする宮殿がある。

 

 ゲームのスタート地点に、一万人近いプレイヤーが集められた。あちこちから「どうなってるの?」「ログアウトできるのか?」なんて声が聞こえてくる。……ログアウト?

 

「……は?」

 

 気になって見てみれば、確かにメニューのどこにも、あったはずのログアウトのボタンがない。最初はあった。ってことは、意図的にボタンを消した? なんで?

 

「あ……上を見ろっ!」

 

 誰かが叫んだ。反射的に、誰もが頭上を見上げた。

 

 そこに夕暮れの空はなく、市松模様に覆われ、『Warning』、『System Announcement』と、真っ赤なフォントで書かれていた。

 

 ファンタジーかと思ったら、実はSF? と思ってしまうくらいに不釣り合いな状況は、さらに混沌を極めていく。

 

 市松模様から、巨大な血の雫のようなものが垂れ出てくる。蜂蜜のように粘度の高そうな液体は、地面には落ちず、空中で姿を変えた。

 二十メートルはありそうな、ローブ姿の巨人。……といっていいのかもわからない、何か。顔の部分は空洞で、ローブの裏地や縫い目がそのまま見えている。ゴースト系のモンスターのようにも見えるけれど、あるいは魔術師のようにも見える。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 

 一万人のプレイヤーの真上から、よく通る男の声が降り注いだ。

 

 私の世界? 確かに、ゲームマスターとか開発者とかその辺の人なら、この世界じゃ創造神たりうるのかもだけどさ。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 ……誰? SAO作った人? それとも政治家とかの偉そうな人?

 あいにくと、私は世間知らずでね。そんな、誰もが知ってる人ですみたいな面されても困るんだけど。

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしゲームの不具合ではない』

 

 

 

 

 茅場晶彦とやらは、悪夢を語った。

 このゲームでの死、つまりはHPゲージの全損は、現実世界での死を意味する。具体的には、ナーブギアから脳を破壊するビームかなんかが出るらしい。

 このゲームは自発的にログアウトすることは出来ず、外部からナーブギアを外そうとしたり、壊そうとしたりすると、やっぱりビームが出て脳は丸焦げに。……中の髪はアフロになったりするかな。

 

 ログアウトする方法はただ一つ。このゲームの舞台、アインクラッドの最上層である第百層まで辿り着き、ラスボスを倒すこと。

 

「……いいねぇ。面白すぎ、ラノベかよ」

 

 モンハンと比べてスリルが足りないと思ってたとこだよ。惜しむべきは配信できないことだけど、その辺は帰ってからどうとでもなるかな。スクショとか撮れるだけとっとこ。

 

『最後に。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してみてくれ給え』

 

 悪夢はまだ終わらない。この場の全員がアイテムストレージを開き、手鏡なるアイテムを取り出した。

 

 そこに移るのはやっぱり、青髪になってアニメ調になった私の顔。口紅の色とかもう少し拘ればよかったかな。

 

 と、これがプレゼントかと首を傾げてたら、あちこちが白く光る。そして私もまた、視界が一瞬白に包まれる。

 

「……あー、……あ?」

 

 鏡に映る顔が、微妙に変わったような、……そうでもないような。

 けれど周りは違う。さっきまで美男美女ばかりだったのに、大半以上がブッサイクな顔面に変わっていた。それに平均身長も頭一つ分は低くなってる感じだし、横幅の平均値もかなり上がっている。それに男女比も随分偏った。……女装趣味の男がいたなら、気の毒だね。

 例えば、リアルでゲームオタクを数千人集めて、適当に甲冑とか装備させたような、そんな地獄絵図が一瞬にして出来上がった。全く、全く。何の恨みがあってこんな見苦しい世界にしちまったのやら。

 

 私的には、NPCとの見分けが付きやすくなるしいいけどさ。

 

『諸君は今、何故、と思っているだろう。何故私は――SAO及びナーブギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模テロなのか? あるいは身代金目当ての誘拐事件なのか? と』

 

 私の疑問の答えになるであろう話を、茅場は続ける。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、既に一切の目的も、理由も持たない。何故ならこの状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ、私はナーブギアを、そしてSAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 ……つまり、ブサイクばかりの世界を作ることが、鑑賞することが目的? 鼻息荒くして戦うブサイクが、見苦しく努力するブサイクが、引き篭もり惰眠を貪るブサイクが、お好きなの?

 

『以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。――ではプレイヤー諸君、健闘を祈る』

 

 最後の一言の後、状況は跡形も無く終了。阿鼻叫喚している様子は、間違いなく現実のそれだった。

 

「嘘だろ……なんだよこれ! 嘘だろ!」

 

「ふざけるなよ! 出せ!」

 

「こんなの困る! この後約束があるんだよ!」

 

「嫌ああ! 帰して! 帰してよおおお!!」

 

 悲鳴、怒号、絶叫、罵声。ついでに咆哮。

 たった数十分でプレイヤーから囚われの身となった人間たちは、頭を抱えてうずくまり、罵り合い、抱き合い、 両手を突き上げた。

 

 これは、現実。

 

 これぞ、現実。

 





 キャラ紹介

 洛叉と握手した女の子
 女のアバターだが、中身は男。手鏡で男の姿になった。
 女の姿でラクシャを油断させて近づき、あわよくばパーティーを組もうと目論んだ、悪質なボンクラ共の一人。レベル上げ中の事故で死亡。


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さーん


 

 

 

 ゲーム開始から一ヶ月で、二千人が死んだ。

 外部からの問題解決は一切なく、互いのやり取りすらも現状できていない。

 

 この一ヶ月で、プレイヤーは四つのグループに別れたらしい。

 一つは、プレイヤーの約半分。茅場の言葉を信じず、外部からの救助を待つ者たち。はじまりの街から一歩も出ず、半ば引きこもりのような暮らしをしている。

 一つは、プレイヤーの約三割。軍と呼ばれる連中であり、みんなで協力して、グループ内で物資を分け合うんだとか。リーダーがゲーム情報サイトの管理者ってだけあって、なんとも胡散臭く見えてしまう。

 一つは、……これは別にいいか。

 

 最後の一つは、言うなればその他大勢。攻略を目指す巨大グループには属さなかったプレイヤー達の小規模グループが、およそ五十個。人数にして五百人くらい。

 さらにごく少数が職人、商人クラスを選択した人達。

 さらにさらに少数なのが、ソロプレイヤー。例えば私で、例えば目の前にいる女。

 

「さあやろうぜ、すぐやろうっ! 此処で会ったが百年目だよっ!」

 

「……なんで私よりもバーサーカーやってんだよ、摩攞羅(まらら)

 

「此処ならゼロ距離で推しと愛し合える。殺し合える。やらない手は無いってもんじゃんねっ!」

 

「そういえばそんな奴だったな、お前」

 

 摩攞羅は、私と同時期に動画投稿を始めた投稿者の一人。対人ゲームマニアで、私と違い、SAOを心底楽しみにしていた。無事買えたって話は聞いてたし、いつか会うとも思っていたけれど、思いの外早く見つかってしまった。

 

 摩攞羅はすっぱり切り揃えられたボブカットの金髪で、体格は私より一回り小さい。歳は確か、私より二つ上っていつか聞いたことがある。

 

 その小さな体で私に抱きつき、頬に口付けしてきた。かと思えば満足したのか、次は急に右手でウィンドウを操作し始める。

 

『マララから1VS1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?』

 

 即座に、私の方に半透明のシステムメッセージが出現した。YES、NOの選択肢と、いくつかのオプションが表示されている。……マジかよ、こいつ。

 

「うっはは! さぁおいでよ! ラクシャちゃん!」

 

「オーケイ、オーケイ。私だってこういうの、嫌いじゃない」

 

 とはいえ、マジで殺すわけにはいかない。死なれても困るし、殺す趣味も私にはない。オプションの中から『初撃決着モード』を選択する。これは相手に強攻撃を一撃当てるか、HPを半分削ることで勝利となる、一番健全な決闘。……とはいえ、それでも殺す可能性があるだけに、デュエルなんてする人いないけど。

 

『マララとのデュエルを受諾しました』

 

 新たなメッセージが現れ、その下で六十秒のカウントダウンが始まる。このカウントダウンがゼロになれば、街中でのHP保護が私達から消え、決着がつくまで殺し合う事になる。

 

「我慢できねぇや行くよー!」

 

「はぁ!?」

 

 カウントダウンが終わるまでは、始まらねぇってのに、この馬鹿は短剣を抜いて私に切り掛かってくる。

 

「愛してるよっ! ラークシャちゃーん!!」

 

「あーもぅっ! しゃいらーっ!」

 

 刺そうが噛もうがHPなんて一ミリも削れないのに、私も片手剣を抜いた。

 私が狂戦士ならこいつは殺人鬼だなっ!

 

「やるねっ! 強いねっ!」

 

「対人戦は専門外だっつーのっ!」

 

 ただでさえちっさい的を切るのは手間なのに、ちっこい体に加えてちっこい武器持ちやがって!

 

 どっかで見たが、短い剣は防御にこそ有効な武器らしい。なるほど確かに、このリーチの差はやりにくい。モンハンじゃ、自分よりリーチの長い相手を殺してばかりだった。

 これは、練習が必要だわ。むしろカウントダウン前の殺し合いは準備運動にちょうどいいまである。

 

「りっ、ちぇあああ!!」

 

「うりゃっ、しゃいらぁああ!!!」

 

 ゲームでやり合ったことなら、幾らでもあった。互いのチャンネルでのコラボ配信で、格ゲーでもパーティーゲームでも。けどこうして、実際に刃をぶつけ合えるっていうのは、なかなか愉快!

 

 互いの武器に、ソードスキルの光が灯る。その向かう先は互いの命。私の片手剣は摩攞羅の首を落とさんと。摩攞羅の短剣は私の心臓(ハート)を射抜かんと。

 

「アイッ、ラブユー!!」

 

「愛してるぜっ! 親友!!」

 

 防御のことなんて一切考えず、私は心臓を、摩攞羅は首を差し出した。

 けれどHP保護されたままのアバターにその必殺は薄皮どころか防具も貫けず、痛みもなく、ただただ衝突事故のようにお互い弾かれ、街路樹に体を強く打ち付けた。

 

 そしてちょうど、カウントダウンはゼロに至った。

 

「……もういいかな。萎えた。こーさん」

 

 だってのに、私の体もやっとあったまってきたってのに、立ち上がった摩攞羅は短剣を納め、降参を宣言した。

 直後、デュエルの終了と勝者の名を告げる紫色の文字列が現れる。

 

「んだよ、白けるじゃねーか」

 

「これ以上はダメだよー。ボンクラさん達に嫉妬されちゃう」

 

「しないと思うぞ。お前んとこのオス豚共とは違って、普通のやつが多いから」

 

 私のとこの視聴者がボンクラ共であるように、摩攞羅のとこの視聴者の呼び名はオス豚共。なんともひっでぇ呼び名だが、その名に恥じない変態が大多数を占める。何よりウケるのは、その馬鹿みてぇな呼び方を摩攞羅は嬉々として受け入れてるとこなんだけどな。

 

「そういえばラクシャちゃん、知ってる?」

 

「何だよ?」

 

 

 

 

 

 開始から一ヶ月が経っても、私達はまだ第一層すら攻略できていない。

 原因は、コンティニュー不可という現状。

 ボス討伐に必要なまでのレベルまで上げることも、装備を整えることも、そもそもボスに挑戦しようという人員を集めることすらも出来ないでいる。

 

 そんな現状を打破しようと、ついに第一層フロアボスの攻略会議がなんと今日、迷宮区最寄りの町、トールバーナで開催されるらしい。私は摩攞羅から聞いて知ったが、掲示板にポスターが貼ってあったとか。

 

「ラクシャちゃんももちろん行くよね?」

 

「そうだな。私としてもそっちの方が好都合だし、ついでだ。手伝ってほしいことがある」

 

「うん、いいよ」

 

「内容は聞いてから了承しろよ」

 

 ……いや、一回でもこいつに何かを申し込んで、了承より先に説明を聞かせられた試しはないけどよ。

 

「まぁ、摩攞羅にとっても都合の良い話だ。損はさせねぇよ」

 

「あたしはラクシャちゃんを信じてるからね。はいとイエス以外は持たないのさ」

 

 

 


 

 

 

 四十六人。

 午後四時から始まる会議には、私と摩攞羅を含めてそれだけの人数が集まっていた。

 私と摩攞羅ははじまりの町から急いで駆け込み、会議開始の時間である四時を十分くらい過ぎてから噴水広場にやって来た。既にパーティ分けを終えてしまったのか、どこもかしこも五、六人くらいの集まりで別れている。

 

 そんな中、一組だけ、たった二人のパーティを発見。一人はローブでほとんど隠れてて、骨格からおそらく女性ということしかわからない。しかしもう一方の男は、遠目に見てもなかなかいい顔をしている。

 カップルだったら悪いが、私らも混ぜてもらおうか。

 

「ねえねえ、お兄さん達。あたし達出遅れちゃったんだけど、よかったらパーティに入れてくれない?」

 

 こういう交渉ごとは、コラボ慣れしてる摩攞羅に任せるに限る。私が誘うと大概、ビビられるんだよなぁ。

 

「あ、ああ、俺は構わないけど……」

 

 男は頷きつつも、隣に座る女の方を気にしている。

 

「……私も構わない」

 

 二人揃って暗いな、おい。とはいえ、入れてもらえたのはありがたい。……ついでだし、この二人にも手伝ってもらうか。どうせ私と摩攞羅について知る機会もあるだろうしな。

 

「じゃあえっと、よろしく。……わりぃ、名前、なんて読むんだ?」

 

 パーティ申請を受けて了承したら、男――kiritoと、もう一人、asunaは(lakh)摩攞羅(majira)の名を見て首を傾げる。

 

「うはは。あたしらの、読み方むずいもんね。あたしはマララ。マーラちゃんって呼んでもいいよ」

 

「むずいっつーか、まぁ日本語じゃないからな。私はラクシャ。呼びにくかったら適当に呼んでくれ」

 

 私達が名乗ると、二人も合わせて名乗ってくれた。男はキリト、女はアスナというらしい。

 

「てか待て、ラクシャにマララって、まさか!」

 

 あ、バレた。隠す気もなかったし、どうせバラすつもりだったから別にいいけど。

 

「せっかくだ。お前らにも手伝ってもらいたいことがあるんだ。長い付き合いになってもらうぜ?」

 

 具体的には、SAOから生還した後も連むくらいにはな。

 

 

 





 キャラ紹介

 摩攞羅(マララ)――Majira
 女。十八歳。高校生。家族構成不明。
 登録者三万人を持つ動画投稿者。ゲームの生配信がメイン。
 ジャンル問わず対人ゲームが好きで、視聴者参加型の配信を良くしている。
 洛叉以上に人間離れしており、敵を殺すためなら自分の死すらも許容できる。

 視聴者からは、アバターの可愛らしさからマーラちゃんと呼ばれている。一方、マーラ様という呼び名は禁句。摩攞羅は視聴者のことをオス豚、あるいはロリコンと呼称しており、呼ぶたびに視聴者は鳴き声を上げるのが定番の流れ。コラボ先によくご迷惑おかけしている。

 SAOでは複数の武器を相手によって使い分けるという、レアなプレイスタイルをしている。


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しー 『SAO生活記録 ♯1』


 

 

 

 会議が終わり、パーティ単位の編成が決まったあと、私達は四人それぞれが何を出来るのかなんかを話し合う打ち合わせのために、町の隅にある古びた店のテーブル席についた。

 

 大して美味くもない夕食を食べながら、ひとまず扱う武器から教え合う。

 私とキリトは片手剣、アスナはレイピア。そして摩攞羅は、短剣と片手剣と両手剣と槍。一つの武器を極めた方が手っ取り早く強くなれるこのゲームにおいて、摩攞羅のスタイルはひどく遠回りな道のり。キリトもアスナも、言葉を失っていた。

 

「うっはは。よく言うじゃん。敵を知り、己を知れば百戦百勝。美少女よりも男のフェラの方が気持ちいいのと一緒」

 

 ……知らねぇけど、なんで女のお前がそれを知ってんだよ。キリトもアスナも変な顔で固まってんじゃねーか。

 

「あー……。話を変えようぜ。どうせ戦闘に関わることは戦ってみなけりゃどうせわかんねぇよ」

 

 キリトと摩攞羅は私の動画も見てるだろうから、知ってるかもだけどな。

 停止していたキリトとアスナに私から声をかければ、びくついたように、再生ボタンを押したように食事の手を動かして手を瞬たかせた。

 

「さっきも言ったが、手伝ってほしい事があるんだ。私を知ったお前らに拒否権はねーぜ」

 

「そういえばそれ、あたしも聞いてない」

 

 計画の一角を担う予定の摩攞羅は、思い出したように首を傾げてそう言った。

 

 そうだったか? ……そうだったな。

 

「じゃあちゃんと聞けよ。私らの将来に関わる話だぜ」

 

 

 

 

 一年後か、二年後か。五年後か十年後かも知れねぇが、SAOがクリアされ、私ら全員が解放されれば、それはもう歴史的なニュースになるだろうさ。

 

 だがそのニュースは一万人の被害者が出たってだけのものになるだろう。私らがゲームの中で一体何をしていたのか、どう暮らしていたのかなんてのは、自称専門家のど素人の妄想が、あたかも事実のように語られて、それで終わりだ。プレイヤーの数年の戦い、功績は全てデータの海に沈み、何を言ったところで厨二病の虚しい妄想にしか聞こえない。

 

 でも今この状況を、『SAO事件』の一行で片付けられるなんて、納得できねぇだろ。

 

 そこで都合よく、このゲームに私と摩攞羅がいる。

 

 私達で今を語るのさ。ノンフィクションのファンタジーをおもしろおかしく、スクショなり録画なりと一緒に配信する。

 

 お前らは殺伐とした世界を生きた上での人間性を表明でき、私と摩攞羅は数年停止していたチャンネルに人を集める事ができる。

 

 悪い話じゃねぇだろ? 日記代わりになんかあればスクショを撮っておいてくれればいい。データは帰ってから私に送ってくれ。

 

 

 


 

 

 

 ソードアート・オンラインサービス開始より、およそ二年の時を経て、六一四七人のプレイヤーが無事ログアウトできた。何があったのか、撮影協力者の一人、アスナが目を覚ますのにずいぶん時間がかかり、なかなか予定通りには始められなかった。が、ついに今日から、私と摩攞羅のチャンネルでSAOの日常を配信する事ができる。

 どっから嗅ぎつけたのか知らねぇが、アスナが眠っている間に各界隈の大人達が集まって、SAOのアバターで入れる専用のVRスタジオやらオープニング、エンディング映像なんて大層なものまで用意され、あちこちのネットニュースで宣伝されてしまい、配信開始前から一万人近い人数が待機していた。

 

「よう、ボンクラ共。久しぶりだな」

 

――姉貴……、久しく見ないうちに可愛くなりやがって

――帰還おめでとう! ずっと待ってた!

――二年間ゲーム漬け、税金も払わず暮らしてたクズのチャンネルはここですか?

 

「タイトル見りゃ、もうこれからの配信で何をするかなんてわかってるだろうが、そう。私達がSAOの中で何をしてたのか、動画や画像と一緒に語らっていこうと思ってな」

 

――さすが姉貴、転んでもただじゃ起きねぇな

――洛叉さんは視聴者集まって嬉しいんだろうけど、でも倫理的にどうなん?SAOのせいでVRMMOがトラウマになってる人もいると思うんだけど。そういう人たちにも配慮できないようじゃ、こんな配信をする資格なんてないと思う。

――お前ら、酔い止めは飲んだか?

 

「安心しろ。今日は撮影協力者と初めて会った日に撮った映像を見てもらうだけだからな。そもそも、撮影しながらバトったりとかする余裕なかったわ」

 

――確か、マーラちゃんもSAOにいたんだっけ

――SAOにいた奴らは不可思議の二人に会ってるのか……

 

「んじゃ、各々楽しんでくれたら嬉しいぜ」

 

 二年が経っても未だ現役のライブ配信ソフト、OBSで配信画面を切り替え、映像データを再生する。

 映るのは、古びた飲食店で映像保存用のアイテムを前に四人が並ぶ映像。中央二つにキリト、アスナが座り、その両隣で挟むように私と摩攞羅が座っている。

 

『よう、ボンクラ共。私だ』

 

『やっ、オス豚共。今日で大体、一ヶ月。あたしらはSAOでも元気に生きてるよー』

 

 今のアバターと服装こそ違うものの、全く同じ顔のアバターが宣う。

 

『これからSAOの中で私らが何をしていたのか記録して、それを帰ってから配信しようと思ってな。この動画はその第一回の特別版ってとこだ』

 

『ちなみになんとテイク2(ツー)。見返して見てみたらキリトくんが一言も喋ってなかったんだよ』

 

『しっ、仕方ないだろ! こういうの見たことはあってもやったことはないんだよ!!』

 

――キリト……、くん?

――全員可愛いな

――は? 何こいつ、女顔のくせしてハーレムしてたの?

――キリトちゃん可愛い

――黒の剣士さんチッス

――マーラちゃんが一番天使だろいい加減にしろ

――こいつビーターじゃねぇか

 

『まあまあ、とりあえず自己紹介しよ? あたしとラクシャちゃんはまぁともかく、君らは完全に初めましてなんだからさ』

 

 摩攞羅は緊張しつつも憤るキリトを宥めつつ、話題を進める。

 

『えっと、アスナです。三人とは、今日、第一層の攻略会議の時にパーティを組みました』

 

――美人さんやわぁ

――ネトゲとは無縁そうな人なのに

――マジで顔面偏差値高いな、この映像

――SAOって全プレイヤーが現実の外見でプレイしてたらしいけど、こいつらはなっからチーターじゃねぇか

 

『あー……。片手剣使いのキリト。ソロだ。アスナと同じく、今日初めてパーティを組んだ』

 

――ボッチか

――ボッチなんやね

――おじさんが友達になってあげようか?

 

『会議でみーんな、五、六人で集まってたのに、二人だけは仲間はずれになってたんだよねー。だから二人のとこにあたしとラクシャちゃんも入れてもらったの』

 

――要するにボッチの集まりじゃねぇかww

――こんなに顔が良くてもボッチになるんか

――マーラ様がいなきゃ全員一人ぼっちだった可能性もあったわけだ

――ちんこ様マジキューピッドww

――マーラ様言うなし

 

『自己紹介はこれで十分だな。そんじゃあ、本題に行きたいんだが、あいにくと今回は大した内容じゃねぇぞ。紹介するのは今日の夕飯だ』

 

――まさかの食レポ!?

――確かに、言われてみれば気になるけどさぁ

――ゲームの中で飯食う意味ってあんの? 胃に入るわけでもあるまいに

 

『あんま期待すんなよ。下層じゃ大した飯は食えねぇらしいからな』

 

 映像の私はそう言って、確かにこの頃は主食になっていた黒パンを出した。ぼっそぼそで大して味もしないが、工夫すれば毎日でも食べれる飯になる。……撮影時の私はその工夫の概念すら知らないわけだが。

 

『なんとこれ、一個1コルで買えるんだわ』

 

『ああ、結構うまいよな、それ』

 

『『は?』』

 

 キリトの言葉に、女子二人のひっくい声が重なって漏れる。

 

――草

――キリトちゃん、まさかの味覚音痴?

 

『キリト君、本気でこれが美味しいと思ってるの?』

 

 アスナの信じられないと言いたげな顔に、キリトは苦笑を浮かべる。

 

『もちろん。この町に来てから、一日一回は食べてるよ』

 

『……キリトくんは、料理の作りがいのある男の子だね』

 

 背と顔はともかく、最年長であるとはいえ、あの摩攞羅が、後に甘い暴力(サディスティックバイオレンス)と恐れられたあの摩攞羅が、男のフォローに回っている……!

 

『く、工夫がいるんだよ……』

 

 キリトはそうぼやきながら、アイテムストレージを開く。

 

――マーラちゃんが男の子のフォローしてるだと!?

――もしやキリトちゃんがヒロイン枠?

――キリトくんのなら俺でもいける

 

 テーブルの黒パンの隣に、ことん、と置かれたのは、素焼きの小さな壺。キリトは指先で壺の蓋をタップし、その指で黒パンに触れた。

 

『……クリーム?』

 

 山盛りの白いクリームが、パンの上に乗る。

 アスナが思わずつぶやいたが、この時は私も摩攞羅も、ちょっとばっか新発見をした気分だった。

 

――美味そうやんけ

――リアルでもこの量乗せたら贅沢だな

――カロリーの暴力……

――開発者絶対頭悪い

――毎日三食一本満足バー食ってなきゃできない発想

 

『ほら、食ってみろって』

 

 キリトはどこで買ったのか、小さいナイフでパンを四等分に切り分けた。

 アスナと摩攞羅が恐る恐る手に取り、遅れて私とキリトも取り、口に運ぶ。

 

『お、うめぇ。これどこで売ってんだ?』

 

『逆襲の雌牛ってクエストの報酬だよ。コツさえ掴めば二時間で終わる』

 

 私とキリトが舌鼓を打ってる中、摩攞羅とアスナはそんなに甘味に飢えてたのか、一心不乱に、指についたクリームまで舐めとる勢いで食らっていた。

 

――どんな味?

――牛乳か、バターか、練乳か……

――美少女が口元をミルクで汚す姿、萌え

 

『クリームの味はどうだろ、近いのはヨーグルトかな? パンとヨーグルトを一緒に食べたことないから、ちょっと新体験だね』

 

『ええ、本当に、美味しい……』

 

 摩攞羅は大人気なく、対照的にアスナは大人しく微笑んだ。

 

『んじゃ、今日のとこはこんなところだな。未来の私たちが配信できることを祈って、チャンネル登録よろしくと言い残させてもらうよ』

 

『明日の配信はあたしのチャンネルで、誰かを招いておしゃべりしてると思うよ』

 

――……この人達、遊びながらも本気で生きてたんだな

――この未来に全く絶望してない感じ、流石姉貴だわ

 

 ここで動画は終わる。三十分に満たない、私のチャンネルにしては短い動画だが、それでも需要はあったように思える。

 

「んじゃ、ちっと短いが今日の配信はここまでな。明日は摩攞羅のチャンネルで、ゲストにアイドル的美少女を招く予定なんだ。期待してくれていいぜ」

 

――おつかれっしたー!

――アーカイブ残りますか?

――キリトちゃんやアスナさんは今後出ますか?

 

「アーカイブ残すに決まってんだろ。キリトもアスナも、そのうち出るぞ。多分」

 

――そういえばマーラちゃんは?

――マーラ様、どこやった?

 

「摩攞羅ならこの後に配信するっつって寝てる。私もこの後、VR版バイオハザードやるから、今度は酔い止め飲んでからこいよ」

 

――あれ、マジで出たんか……

――SAO、モンハンと肩を並べる鬼畜ゲーって噂だな

――姉貴ならリアルでもゾンビくらい殺せそうだけどな

 

「うっせぇよ。もう切るぞ」

 

 

 

 



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