PSO2NGS外伝 星巡る幻想曲〈ファンタジア〉 (矢代大介)
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Episode1 覚醒

 こんにちは、矢代と申します。
「自キャラたちが活躍する小説を書きたい!」という思いの元、本作を執筆する運びとなりました。

 見切り発車のため更新間隔にはムラがありますが、ご了承いただければ嬉しいです。


 

 

 

《ポッド910、システムチェック。――コンプリート》

《コンディション――オールグリーン》

 

《降下シーケンス――スタンバイ》

《目標座標到達まで、10秒》

 

《降下軌道、最終確認。誤差、修正完了》

 

 

《5……4……3……2……1……》

 

 

 

《パージ》

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 腹の底に響くような衝撃を感じ取って、「俺」の意識が浮上する。

 

 ……どうやら、俺は眠っていたようだ。

 

 

 覚醒しきってない寝ぼけ眼のまま、ぼんやりと辺りを見回そうとしたところで、随分と周囲が狭苦しいことに気付く。

 薄闇の中で首だけを動かしてみるが、周囲にあるのは壁。しかし、その壁面はいかにも衝撃を吸収しやすそうな柔らかな素材でできているようで、狭さこそあれど、閉じ込められているような感覚は無い。どちらかといえば、外の衝撃から中を守るための場所なのではないか、とも思えた。

 

 

《地表への到達を確認しました》

 

 なんてことを考えていると、どこからか聞こえてくる声が、俺の耳朶を叩く。

 

《自動環境測定システムとの照合――完了。活動への支障、なし》

 

《ハッチ解放、スタンバイ》

 

 抑揚の薄さと、機械的なエフェクトに歪んだ、おそらくは合成音声と思しき無機質な声は、プログラムに則ってか、粛々と何かのプロセスを進めていく。

 音声の内容を察するに、どうやらこの機械音声は、俺をこの狭い部屋から解放しようとしているらしかった。

 

《3……2……1……》

 

 カウントと共に、バシュッ、という圧縮空気の抜ける音が響く。

 同時に、丁度俺の真正面を覆っていた壁面に、真っ白い亀裂が走った。

 

「ぅ……」

 

 大きく開け放たれたハッチの向こうから、視界を焼くようなまばゆい光が降り注ぐ。

 

 しばらくの間、世界がホワイトアウトしていたが、目が光量差に慣れてきたことで、少しずつ視界が開けていった。

 

 開かれたハッチの向こうから降り注ぐ光は、人工的な照明――ではなく、空に浮かぶ恒星によってもたらされているらしい。光と共に降り注ぐ暖かな熱が、寝起きの重い身体を、じんわりと温めてくれた。

 

 ――視界が光に順応しきったのを確認して、俺はひとまず、身体を動かすことを決意する。

 このまま日光浴しながらもう一眠り、というのも乙なものだと思えるが、しっかりと覚醒したと心と身体が、運動による血行促進を求めているように感じたのだ。

 

 開かれたハッチのフチに手をかけて、力いっぱい身体を起こす。寝起きの重い身体をどうにか動かし、狭苦しい箱の中からどうにか身体を引きずり出すと、一挙に視界が開けた。

 

 

 

 

 

 そうして目の前に広がったのは、蒼穹。

 幾ばくかの白雲をたなびかせ、何処までも広がる真っ青な天蓋が、世界を包んでいた。

 

 視線を下の方へと落とせば、そこにあるのは、色とりどりの大地。

 三日月を思わせる形状にくぼんだ不思議な山や、その真下に広がる青々と茂った木々と草原。くるりと視界を翻せば、その先には陽の光に照らされて輝く、青い海が広がっていた。

 

 雄大な自然が、俺の周囲いっぱいに広がっている。

 美しい光景にしばし目を奪われていた俺は、そこでふと、脳裏に疑問をよぎらせた。

 

(ここは、どこだ? いや、それよりも――)

 

 

「……俺は、誰だ?」

 

 口をついて出た疑問の声は、虚空に溶けて、静かに消えていった。

 

 

 

 

 PHANTASY STAR ONLINE 2 NEW GENESIS The Another History

 FANTASIA of Planet Around

 

    Episode1 -覚醒-

 

 

 

 

 

 自分のことが分からない。

 いや、より正確に言い表すならば、「〈自分に関する記憶〉の大部分が、ごっそりと抜け落ちている」……とでも表現するのが的確だろうか。

 

 例えば、モノの名詞――樹や海、空という単語や、今置かれている状況――どこかの惑星の片隅に立っているのであろうということは、問題なく認知することが出来ている。

 しかし、そこからつなげて自分自身に関するあれこれ――たとえば過去に経験した出来事や、自分がどこに所属する何者であるのか等を思い出そうとしても、まるで最初から存在していなかったかの如く、追想が出来なくなってしまうのだ。

 

 記憶喪失、という単語が、脳裏をよぎる。

 腑に落ちない点は多いものの、現状を説明できる単語としては、それが一番適当だろう。

 

「……とりあえず、何か手がかりを探してみる、か?」

 

 ひとりごちりながら、俺は自分に驚く。

 パニック状態に陥ってもおかしくない状態だというのに、自分の五感と認識は、今現在の状況を正しく認識している。その事実が、得も言われぬ奇妙な得体の知れなさを感じさせた。

 

 数刻首をひねっていたが、ここでじっくり思考を巡らせても、現状に光明がもたらされるとは思えない。なのでまずは、自分が置かれている状況を明確にするため、何かしらのアクションを起こすべきだろう……と、俺は結論付けた。

 

「っていっても、何をどうするべきかってところだが……」

 

 ひとまず周囲を見渡して、気になるモノが無いかを観察する。

 

 まず目を引いたのは、やはり豊かな自然だ。

 水平線まで続く青々とした海に、真っ白な砂浜。海岸の反対側へと視線を向ければ、そこには青々とした緑が鬱蒼と生い茂っている。よく耳を済ませば、何かしらの動物の鳴き声や、鳥がさえずるような澄んだ音が、さわやかな風と共に聞こえてきた。

 

 そのまま、視線を近場へと引き戻せば、そこには豊かな自然に似つかわしくない物が鎮座している。

 先端を砂浜に深く埋没させる格好になっているそれは、どうやら先ほどまで俺が押し込められていた機械のようだ。

 やや角ばった形状を持ちながらも、どことなく空気抵抗を抑えられそうなシルエット。さりとて、推進機関も風を捉える翼も持たず、はなから飛行を目的としていないかのようなそれは――

 

「……降下、ポッド?」

 

 俺の脳裏に、「大気圏突入に用いる降下ポッド」という一文を躍らせた。

 

 検討こそついたが、こんなものがここに突き刺さっている理由を考えあぐね、また首をひねる。

 

 これが大気圏突入ポッドだと仮定したとして、俺は何故、こんなものに乗っていたのだろうか?

 妥当な線としては「何かしらの理由でこの惑星に降りることになり、そのためにこの降下ポッドを利用した」というところだろうか。……しかしそう考えると、今度は記憶を失った理由や、降下ポッドの中でのんびりと寝こけていたことへの説明がつかない。

 人間の心身というものは、大気圏突入の衝撃の中で眠れるほどタフではないし、降下の衝撃で記憶が吹っ飛ぶほどヤワじゃないはずだ。ポッド内に搭乗者を保護するための機能が備わっていた、ということを鑑みればなおさらな話だ。

 

 一応、諸々の疑問は置いておいたとして、降下ポッドの中で眠ることができる手段だけを考えれば、おのずと浮かぶ答えは限られてくる。すなわち、大気圏降下の衝撃にも気づかないほどに深い眠り――「仮死状態」にでもさせられたということだ。

 残った記憶を改めて見れば、人為的に仮死状態を作り出す技術――俗に「コールドスリープ」に関する知識も残っている。それを踏まえて考えれば、俺が眠りこけていた理由は、「コールドスリープ状態でポッドに乗り込んでいた」ということになる。

 

 ならば、何故そんなことをしてまでこの惑星に降り立った理由は何か。

 状況証拠から憶測を立てても、結局はそこで詰まってしまう。現状を正しく把握するには、どうしても決定打が足りなさすぎるのだ。

 

「うぅん……?」

 

 にっちもさっちもいかない状況に、首をひねる。

 あるいはいっそ、ここは宇宙の流刑地であり、俺は罪人としてこの文明のない星へ放逐されたとは考えられないだろうか……なんて益体も無い妄想を広げていた、そんな時。

 

 ふと、「何か」に意識を引っ張られたような気がした。

 

「……?」

 

 疑念を抱きつつも、五感をフルに行使してみれば、俺の気を引いたものの正体が、聞き馴染みのない「音」だということに気づく。

 何かが燃えるような、そんな音。音源を探し、周囲を見回した俺の視線は――「上」へ向いた。

 

 

 はじかれるように顔を上げたその先。清らかな青に包まれた空を、一条の「流星」が切り裂いてゆく。

 

 おおよそ自然のものとは思えない紫炎に包まれながら降り注ぐ流星(それ)は、空気を切り裂く重苦しい音と共に、俺の眼前――砂浜にほど近い草原へと落着。

 炎の残滓と盛大な砂煙を巻き上げて、その場の周囲にあった草木を、土を、ことごとく蹴散らしていった。

 

「ッ……何だ……!?」

 

 吹き寄せる土煙の嵐を凌ぎ、再び流星の落着地点を見やれば――そこに、「ナニカ」がいた。

 

 

 全身を構築するのは、生物を包む肉とは似ても似つかない、青白く発光するゲル状の物質。

 それを(よろ)っているのは、甲虫の外殻を想起させる、無機質さと生々しさが奇怪に同居した、黒い外殻。

 

 

 生命体と形容するにはあまりにも異形な「ナニカ」が、そこに屹立していた。



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Episode2 会敵

 

 

「んな……ッ?!」

 

 突然の奇襲。そして、その襲撃者の様相に、思わず驚愕の声が漏れる。

 体躯といいその外観といい、目の前に屹立するその異形は、明らかに、既存の生態系に組み込まれた生物ではない。どちらかと言えば、「何者かの手で人工的に作りだされた生体兵器」とでも言った方がまだしっくりきそうなほど、「生物らしさ」を欠いた外観をしていた。

 

 青いゲルの身体に、甲虫のそれにも似た金属的な外殻を纏ったそれの形状を一言で形容するなら、「大雑把にヒト」とでもいうべきだろうか。

 地面に擦りそうなほど長く太い双腕と、獣の脚にも似た形状の二本足。後頭部と思しき場所からはコードのような物体が頭髪のようになびいており、片方の手には鈍器と見紛いそうなほどに分厚く大振りな、大鉈状の武器。

 人間の倍はあろうかという全高も合わさって、青い異形の人型は、ただその場に佇んでいるだけにも関わらず、異様な存在感を放っていた。

 

(なんなんだ、あいつは……生き物、なのか?)

 

 その威容に半ば飲まれかけながら、俺は異形の人型を観察する。

 

 ――――と、次の瞬間。そいつの顔に相当する部分が、ぐりんっ、とこちらを向いた。

 

 ゴーグルのようなスリットから漏れる黄色い光の合間からは、瞳らしきものは見受けられない。だというのに、そのスリットの奥からは、怖気の走るほどに強烈な「敵意」を感じたような、そんな気がした。

 

「お友達になりましょう、って雰囲気……じゃあ、ないよな」

 

 背中に冷や汗が伝うのを感じながら、俺は浜辺の砂を踏み鳴らしつつ、一歩後ずさる。

 

 はたして、それがトリガーになったのか、異形の人型が、こちらに向けて咆哮のような音を発する。

 それと同時に、肉に相当するであろう青いゲルが、湯だったように白みがかった赤へと変色。「怒り」、あるいは「臨戦態勢」という言葉を視覚的に表せばこうなるのではないだろうか、と思えるような変貌を経て、異形の人型は再びこちらに向き直り――地響きと共に、こちらめがけて突っ込んできた。

 

「くっ……!」

 

 やっぱりこうなるのか、と言外に毒づきながら、背を向けて逃走を図る。

 が、その全高がなせる歩幅の大きさと、そこから生じる速力には、いかんともしがたい差がある。10秒と持たずに追いついてきた異形の人型は、その右手に握ったいびつな剣を振りかぶり、こちらめがけて袈裟懸けに振り下ろしてきた。

 

「うおっ?!」

 

 大気が引きちぎられる音と共に、寸前まで俺が居た地点を、巨大な刃が薙いでゆく。

 一拍遅れて肌を叩いた衝撃波が物語る威力に、喉の奥からひきつった声が漏れた。

 

(これは――食らえば死ぬ!!)

 

 本能がそう理解すると同時に、無意識のうちに視線が周囲を巡る。

 かの異形の剣戟の威力は、控えめに言っても致死級だ。速力で勝てない以上、どうにかして奴の攻撃をかいくぐれる手段を用意するのは、現状における最優先事項だと言えるだろう。

 

 ――命の危機に瀕する中で、パニック状態に陥らないどころか、戦況を冷静に観察して、対処法を見出そうとできることに関しては、この際脇に置いておく。

 この瞬間、この場において重要なのは、「生き残ること」に他ならない。今の俺には、余計なことを考えてられるほどの余裕などないのだ。

 

 再び迫る横薙ぎの剣戟を、今度は前に飛びこむことで回避する。

 そのまま砂地の上を転がり、勢いを殺さずに立ち上がった俺の視界に、ふと気を引くものが映り込んだ。

 

「――あれは」

 

 注意を向けてみれば、それは先ほどまで俺が押し込められていた降下ポッドだということが分かる。

 だが、先ほど俺が観察していた時とは様子の違う箇所が、一つ。先ほどはびくともしなかった、降下ポッドの表面を覆う外装の一部が、外に向けて伸び開き、その奥に収められていた「何か」を露出させていたのだ。

 ポッドの中から出現したそれは、周囲の物体と比べて見る限り、どうやら俺の身の丈ほどの長さを持っているらしい。片側の端面が青く発光する不思議な何かで覆われているようで、遠目に見てもぼんやりと明滅しているのが良く見えるのが特徴的だった。

 再び迫る剣戟を鼻先三寸で躱しつつ、さらにそれを観察してみれば、その不可思議な物体のある一点に、いかにも握り込みやすそうな(グリップ)が備わっていることに気がつく。つまり、件の身の丈ほどもある何かは、人がその手で振るうことを想定した「武器」であるということに他ならなかった。

 

(……まともに振るえる代物かは分からないけど――何もできずに逃げ回るよりは、何倍もマシか)

 

 決意と共に身を翻し、降下ポッドめがけて転進する。

 ちらり、と後方を見やれば、かの異形はやはり、こちらをじっと睨みつけている。しかし、その行動は予想に反して、その場にとどまったまま、手にしている大剣を後方へと引き絞り、身をたわめていた。

 一体何を、と推論立てようとした――その直後。

 

 勢いよく突き出された異形の大剣が、音を立てて、こちらに「飛来」した。

 

「っが……!?」

 

 予想だにしなかった一撃に、回避行動を取り損ねる。

 背中を貫く、鈍く、しかし胸先まで突き抜けるような衝撃を感じた時には、俺の身体は木っ端の如く宙を舞っていた。

 

「あ、ぐッ」

 

 砂を巻き上げながら、浜辺に倒れ伏す。

 重い一撃で自由を奪われた身体のまま、なんとか異形の方へと視線をやってみれば、そこには飛来した大剣――否、「付け根からゴムのように引き伸ばされた腕」を縮める異形の姿があった。

 

(何だよ、それ……反則だろ……ッ!)

 

 余りにも生物離れした挙動に、胸中で怨嗟の言葉を吐き捨てる。

 幸か不幸か、先のロングレンジ攻撃は切り裂くための物では無かったらしい。強烈な衝撃に内臓まで揺さぶられたが、致命打とはならなかったようだ。

 ――しかし、立ち上がろうとしたその矢先、前後不覚に陥った身体が、ぐらりと揺らぐ。ふと気づけば、俺の身体は再び砂浜に突っ伏していた。

 

「ぐ……ッ」

 

 どうやら、先刻の一撃が与えたダメージは、思った以上に大きかったようだ。

 鉛を括りつけられたかのように、身体の自由が利かない。こみ上げる気持ち悪さにえずけば、喉の奥から飛び出した赤黒いモノが、べたりと砂浜にこぼれ落ちた。

 

 

 身動きの取れない俺へとめがけて、異形が迫り来る。

 絶体絶命の危機を悟って、しかし、俺の身体は言うことを聞いてくれなかった。

 

(マズい、マズい、マズい)

 

 憔悴する俺を嘲笑うかのように、重く響く足音が、ゆっくりと、俺の元へと迫ってくる。

 その歩みは、まるで獲物を追い詰めんとする死神の歩みのようで。

 

(死、ぬ――?)

 

 脳裏をよぎる、暗く冷たい感覚が背を撫でる。

 

 そして――

 

 

 

 真っ白だった俺の胸中に、「何か」が溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 眼前を闊歩するのは、闇が形を成したかのような、異形の軍勢。

 

 黒煙と焔に包まれた世界が、怒号と悲鳴で塗り潰されていく。

 

 

 最中、襲い来る漆黒の凶刃。

 

 怖気の走るほどに冷利で、無慈悲なそれを目の前にして、俺の胸に、一つの感情が灯る。

 

 

 それは、今この瞬間、俺が抱いた思いと、寸分たがわないもので。

 

 

 

 

 

 

「こんな、ところで――」

 

 歯を食いしばり、言うことを聞かない己の身体を、無理やり服従させる。

 根性で振り仰いだ俺の視界の先、今まさに俺を叩き潰さんと迫り来る、粗雑で巨大な凶刃を、しかと睨みつけて。

 

 

「こんなところでッ!! 死んで、たまるかあああぁぁぁぁああ!!!」

 

 胸中に燃え上がる衝動を咆哮に変え、俺は半ば無意識のまま、がむしゃらに拳を突き出した。

 

 

 

 ――直後、握り込んだ拳の内側から、燃えるような熱が生じる。

 

 そしてほぼ同時に、青白い閃光が、視界を眩く焼き尽くした。

 



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Episode3 抗戦

 

「ッ……?!」

 

 訳も分からぬまま、閃光に目を潰されないように薄目を開く。

 そうして飛び込んできた光景は、にわかには信じがたいものだった。

 

 

 突き出した拳のその先で、視界を焼いた青白い光が、意思を持っているかのように渦を巻いている。

 集束した光は、さながらクッションのように異形の刃を受け止め、暴力的な勢いを殺す……どころか、わずかずつながら、その切っ先を押し戻してさえいた。

 

 理解の追いつかないまま、しかし胸を突く衝動に身を任せて、固く握り込んだ拳を、さらに強く突き出す。

 すると、拳の先で渦巻く光の奔流が、さらに膨張。青白い輝きが嵐のようにうねった直後、異形の敵が振り下ろさんとしていた巨剣が、爆音とともに吹き飛ばされた。

 

 得物ごと吹き飛ばされ、異形がたたらを踏んで後退する。

 その姿を尻目に、俺の意識は手のひらに――ついで、奇跡を成した光の残滓へ向いていた。

 

「今の……〈フォトン〉……?」

 

 火の粉のように舞い散る、青白く輝く光のカケラ。それを目の当たりにした時に口をついて出た、恐らくは何かの名称と思しき単語が、俺の中にあった「何か」を揺り動かす。

 記憶の奥底に霞んでいたその名と共に、どこか深いところから、堰を切ったように知識が溢れ出してきた。

 

 そして同時に、先ほどフラッシュバックした光景が、今度は明確な形を持って甦ってくる。

 

 

 黒煙の上がる街を襲う、今しがた相対するそれとは異なる、漆黒の異形たち。

 成すすべなく異形に蹂躙され、命を落としていく人々。

 

 そんな光景を、何もできないまま傍観する俺。そこへ迫る、漆黒の異形たち。

 死を悟った俺の胸中に湧き上がった、「恐怖」の感情。そして、それに端を発して胸中に湧き上がる、強烈な「生」への欲求と、生き足掻こうとするその意志に呼応するように放たれる、光の本流。

 

 

 いつ、どこで起こった出来事だったのかは、もう思い出すことはできない。

 だが、この胸に、心に焼き付いた思いの断片と、そこから生まれるあくなき衝動は、この朧げな記憶の片鱗が「かつての俺が目の当たりにした過去の経験」だということを理解するには、充分すぎるほどの熱だった。

 

 

「――あぁ、そうだ」

 

 無理に動いたせいで、口の中に溜まった血反吐を、乱雑に吐き捨てる。

 ぐし、と拭った俺の口元に浮かぶのは――生への渇望が具現化した、凄絶な笑み。

 

「こんなところで死ぬなんて、まっぴらごめんだ! 俺は――絶対に生き残ってやる!!!」

 

 ()()()抱いたものと寸分違わない、胸を突くような強烈な生存本能を雄叫びに変えた俺は、踵を返し、再び強く地を蹴った。

 

 異形の攻撃によって大きく吹き飛ばされたおかげで、目的地だった降下ポッドは、すでに目と鼻の先にあった。

 体勢を立て直し、今度は二本の足でこちらに迫ってくる異形を背に、残り僅かな距離を走り切る。そのまま、降下ポッドの中に収められていた身の丈ほどの武器を握り、勢いのままに抜き放った。

 

 先ほど視界に収めた時は、これが何であるかもわからなかった。だが今は、この武器の名を、使い方を、はっきりと「思い出す」ことができた。

 

 護拳部まで達する長大な実体の刃の上から、フォトン――今しがた俺が行使した、青白く輝くエネルギー状の物質をコーティングすることで、剛性と切断力を両立。

 特殊な機構は一切付与されていない代わりに、質実剛健を地で行く性能を(もっ)て、あらゆる戦局への柔軟な対応を可能とするそれは、かつて俺が握り、共に戦場を駆けた相棒。

 

「また力を貸してくれ――〈コートエッジ〉」

 

 ぽつりとその銘を呟いて、俺は身の丈ほどの長さを誇る肉厚の大剣、こと〈コートエッジ〉を構え直す。

 身体の内側でたぎる熱を注ぎ込むように、コートエッジのグリップを強く握りしめれば、青い光を湛えた長大な刃が、一際強く輝いた。

 

 そこへ、追いついてきた異形の、巨大な刃が飛来する。

 迫り来る致命の一撃を前にして、しかし俺は逃げず、その場に屹立し続ける。

 代わりに動いたのは、両の手と、そこに握られたコートエッジの、その切っ先。

 

「は、ああぁぁぁッ!!!」

 

 裂帛の気合と共に、迫る巨剣めがけて、コートエッジの切っ先を叩きつける。

 金属同士がぶつかり合う、甲高く澄んだ衝撃音が周囲に響き渡り――

 

 ――異形の振るった凶刃は、交錯したコートエッジの刃によって、完全に受け止められていた。

 

「ぬ、っぐ……!!」

 

 切っ先から伝わる途方もない質量に顔を歪めつつも、俺が振るったコートエッジは、火花を散らしながら、異形の巨剣と互角に鍔迫り合う。

 否、渡り合っているのはコートエッジだけではない。先刻、俺をいともたやすく吹き飛ばした巨剣と真っ向から打ち合っているにも関わらず、俺の身体は全く動じていない。ダメージと衝撃で軋みを上げているものの、本来ならば潰されてもおかしくない状況にあってなお、俺は五体満足だった。

 

 意識を向ければ、全身を絶え間なく熱が駆け巡ってるのが感じとれる。

「全身を巡るフォトンを用いた、身体能力の強化」。胸の奥からにじみ出てくる、かつて培ったものであろう知識に従うまま、再び全身に力を込めると、逃げ回っていた時とは比べ物にならないほどの強烈な力が、溢れるようにみなぎってきた。

 

「うおおぉぉッ!!」

 

 力任せに、コートエッジを振り切る。

 すると、俺の体の倍ほどもあろう巨大な刃は、その重量をまるで感じさせないような速度で、異形の腕ごと天高くかち上げられた。

 

「ハァッ!!」

 

 再びたたらを踏んで怯む異形の、がら空きになった胸ぐらめがけて、袈裟懸けの一太刀を見舞う。

 ザンッ!! という澄んだ快音を鳴らして、金属質な外殻に、横一文字の傷が付く。遅れて飛び散った火花が煌めくと、異形の怪物が、初めてその身をのけぞらせた。

 

(――行ける!)

 

 確かな手ごたえに確信を抱いた俺は、息をつかせず二撃、三撃とコートエッジを振るう。

 青く輝く剣の軌跡が煌めき踊るその度に、異形の体躯が砕け、切り裂かれる。先ほどまでの劣勢ぶりとは打って変わって、俺の繰り出す攻撃は、着実に異形へとダメージを蓄積させていた。

 

「!!」

 

 鳴き声とも駆動音ともつかない金切り音を鳴らす異形が、鬱陶しい虫を振り払うかのように、右手の剣を振り回す。

 

「っ、く!」

 

 受け止められるようにこそなったが、相変わらず致命の一撃となりうることに変わりはない。

 そう判断した俺は、その場で身を翻し、回避を選択。振り下ろされる大剣は、俺を捉えることなく、砂地を叩くだけに終わった。

 

 体に残るダメージはいまだ重くのしかかってくるが、そんなコンディションとは裏腹に、不思議と体は軽やかに動く。

 どうも自分は、無意識のうちにフォトンを操って、自分自身の身体能力をアシストしているらしい。あるいはこれも、抜け落ちた記憶の残滓が為せる技なのだろうか――なんてことを考えながら、俺は回避の勢いのまま、再び攻勢をかけた。

 

「らあぁッ!!」

 

 肉薄に合わせて、異形の頭部らしき場所へと蹴りを見舞う。

 ダメージは見込めなかったが、勢いの乗った蹴撃は確かに異形を怯ませる。そこへすかさず、コートエッジを袈裟懸けに一閃させれば、深々とした傷が異形の頭部を駆け抜けていった。

 

「うおおぉぉッ!!」

 

 着地と同時に砂地を蹴り、再び軽やかに跳躍した俺は、中空で縦に一回転しつつ、大上段からの縦一文字斬りを見舞う。

 砂地に深々と剣戟の跡を刻んだその一撃は、異形の胸ぐらを捉える。胸部を覆っていた有機的な装甲は、剣戟の衝撃に耐えきれず、跡形もなく粉砕した。

 

 手痛いダメージに見舞われた異形が、ぐらりと体勢を崩し、その場で一瞬膝をつく。

 

 ――そこで、俺の視界に、見慣れぬものが映り込んだ。

 

(……アレは?)

 

 それは、今しがた砕かれた異形の胸ぐらから露出していた、球形の物質だった。

 燃えるように紅潮したゲル状の体躯とは違い、異形の頭部に走るスリット状の顔面から漏れる光とよく似た、毒々しさすら感じるほどに眩いイエローに輝いている。

 装甲に覆われて防護されていた、ということを鑑みるに、あの球形物体は奴の弱点、あるいはそれに準ずるモノであろうことは想像に難くない。仮にそうでなくとも、わざわざ装甲で防護するほどの部位なのだ。少なくとも、やみくもに斬り合いを続けるよりは、有効打を与えやすいだろう。だったら、やることは一つ!

 

「はああぁぁぁぁッ!!!」

 

 浜辺の砂を蹴立てて、俺は異形めがけて再び肉薄する。

 振りかぶったコートエッジの切っ先をまっすぐに突き出し、異形の胸ぐらめがけて、加速を乗せた渾身の刺突を見舞った。

 

 コートエッジの刃が、露出した球形物体に、深々と突き立てられる。

 

「!!!!!」

 

 同時に、異形の四肢が強く痙攣する。

 悲鳴のような駆動音をかき鳴らした異形が狂乱するようにもがくが、突き刺さった切っ先は、刃を握る俺の手は、異形の胸部を捉えて離さない。

 

「お、おおおぉぉぉッ!!!」

 

 勝機を悟り、口をついて出る雄叫びと共に――

 

 

 

 袈裟懸けに振り抜いたコートエッジが、異形の胸ぐらを、ど真ん中から叩き切った。



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Episode4 邂逅

 

 

 胸部の球形物体を破壊された異形が、ぐらりとその場に(くずお)れる。

 かと思ったその直後、まるでどこかに吸い込まれていくかのように、ゲル状の躯体が急速に収縮。崩壊を起こした異形は、俺の目前で赤黒い輝きを煌めかせ、爆散していった。

 

 まるで何事もなかったかのように、さざ波の音だけが静かにこだまする。

 しかし、浜辺に刻まれた無数の剣戟の跡と、この身に重くのしかかる疲労、そして受けた傷の痛みが、体験した全てが真実だったということを、無音のままに物語っていた。

 

 とたん、緊張の糸がぷつりと切れたような感覚がして、俺はその場で大の字に倒れ伏す。

 握りしめていたコートエッジも砂地に放り投げるように手放しながら、俺は腹の底から安堵の息を吐き出した。

 

 

 勝った。生き残った。

 窮地を潜り抜けることができた実感を噛み締めながら、俺は相変わらず鮮やかな青空を見上げ――

 

 

 

 

 

 ――空の彼方から、紫炎を纏った流星が、再び飛来するのを目撃した。

 

「ッ……?!」

 

 まさか、そんなはずは。

 声にならない嘆きの声は、数瞬のちに響き渡った衝撃音が、無情にも吹き飛ばしていく。

 吹き荒れる衝撃波と、舞い散る砂埃に顔を覆いながら、俺は半ばすがるように、傍らに投げ捨てたコートエッジをたぐり寄せた。

 

「……無いだろ、こんなのって……!」

 

 口をついて出る、怨嗟の――あるいは懇願の言葉を聞き届けてくれるものは、いない。

 

 空に溶け消える嘆きを切り裂いて、巻き上がった砂塵の向こうから現れたのは、今しがた倒したばかりの、ヒトを模した異形。

 それも、今度は一体だけでは無い。巨剣を携えた個体の背後には、まるで大砲と見紛いそうなほどに巨大で、粗雑な銃型のナニカを手にした異形の姿が、二つ。

 

 立ちはだかった()()()()()が、ゲル状の体躯を一斉に紅く染め上げ、臨戦体勢に入る。

 瞳なき視線の向かう先が何処なのかなど、考えるまでもない。漏れ出かけた恐慌の悲鳴をかろうじて喉元に押し留めながら、俺はなんとかコートエッジを構えた。

 

(どうする。どうする、どうする、どうする………?!)

 

 絶望的な趨勢を前に、折れかけた闘志を奮い立たせて、必死に思考を巡らせる。が、当然というべきか、敵はこちらが思考を纏まるのを悠長に待ってなどくれない。

 巨剣の異形の背後に控えた、巨大な銃らしきものを持った異形が、その手に携えた粗雑な銃の砲口を、ゆっくりとこちらに向けてくる。砲口の奥に輝く、異形たちの体躯と同じ紅い光が、今まさに解き放たれようとしていた。

 

(……答えは一つ、か)

 

 策を講じる猶予も、悪あがきのための手段も、もはやこの手の内には存在しない。

 切り抜けられる可能性はごく僅か。だが、今の俺に残された道は、それしかない。――覚悟を、決めなければならなかった。

 

 

「――来いよ。誰が、お前らなんかに殺されてやるか」

 

 この身の内で燻り続ける生存本能を糧に、再び、己を奮い立たせる。

 そんな虚勢を嘲笑うかのように、構えられた銃口からは、禍々しい赤黒い光が煌めいて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はあぁぁッ!!」

 

 その瞬間。

 

 何処からか響いてきた「雄叫び」と同時に、青白く輝く流星が、異形の足元に叩きつけられた。

 

 

「ッ……?!」

 

 巻き起こった衝撃波に顔を顰めながら、俺の視線は、降り注いだ流星へと向く。

 

 着弾地点は、並び立つ異形たちの、ちょうどど真ん中。

 巻き上がった砂煙のその奥で、青と黄色に煌めく「何か」が見えた――と思った次の瞬間、砂煙を吹き飛ばす勢いで放たれた「刺突」が、異形の胸ぐらを、深々と貫いた。

 

 

 誰かが、異形と戦っている。

 数瞬遅れて、ようやくその事実に気付いた直後、巻き起こる赤黒い爆発の只中から、疾風のように影が躍り出てきた。

 

 大まかなシルエットこそ普通の人間とは異なるものの、人と同じ関節構造で構成されていると思しき体躯と四肢を持つそれをあえて形容するなら、「等身大の人型ロボット」とでもいうべきだろうか。

 白を基調に、濃いオレンジとダークグレーの差し色が施された、マッシブな形状のボディが特徴的なその「人物」は、脚部から吹き上がるフォトンの炎で滑るように疾走しながら、俺の隣で停止した。

 

「――状況は概ね把握させてもらった。聞きたいことはあると思うが、先ずはあの〈ドールズ〉を倒して安全を確保しよう」

 

 掌中の武器――砂塵の中で煌いていた、「青とオレンジに輝く(フォトン)の刃を備えた長槍」を構え直しながら、人型ロボットは、どこか艶のある男声で俺に話しかけてくる。

 

「協力してくれる、のか?」

「ああ、もちろんだ。私は、そのためにここに来たのだからな」

「……わかった。助かるよ」

 

 降って湧いた援軍という安心感が、俺の脚から力を奪おうとするが、今は根性で踏みとどまる。安堵するには、まだもう少しだけ早いのだ。

 

「私が手前の〈ペダス・ソード(巨剣持ちの異形)〉を相手取る。キミは奥の〈ペダス・ガン(銃持ちの異形)〉を片付けてくれ!」

「ああ、了解だ!」

 

 手短に指示を飛ばし、再び脚部の推進器に光の炎を灯して飛び出した白橙のロボットに続いて、俺もまた傷ついた身体に鞭打って飛び出す。

 

「ハッ!!」

 

 俊敏な動きで、瞬く間に異形――ぺダス・ソードと呼ばれた(エネミー)へと肉薄したロボットは、掌中の長槍を振るい、ぺダス・ソードめがけて息もつかせぬ連撃を叩き込む。屈強な外見に似合わない流麗な攻撃動作は、彼が熟達の戦士だということを無言のままに物語っていた。

 

 ぺダス・ソードとやらの相手は、彼に任せれば何の心配もないだろう。ならば俺は、俺のやるべきことを果たすまで!

 

「!!」

 

 敵の接近を察知して、銃持ちの異形――ぺダス・ガンと呼称された個体が、その手に持ったいびつな銃を構え直す。

 数瞬の後、異形の銃口から銃弾が迸る。赤と黒に輝く毒々しい光の弾丸はしかし、回避行動をとった俺を捉えることはなく、砂地を抉って弾痕を残すのみだった。

 あの弾丸に誘導(ホーミング)機能はないらしい、ということを確信しつつ、足先へ(フォトン)を込めた俺はさらに増速。

 

「らぁッ!!」

 

 瞬く間に彼我の距離を縮め、懐へもぐりこんだ俺は、その勢いのままに、コートエッジを天めがけて振り上げる。切り上げで仰け反り、隙を晒したペダス・ガンめがけ、さらに追撃の一閃。そしてまた一閃と、喰らいつくように攻撃を重ねていった。

 ――コートエッジの大ぶりな刀身は取り回しに劣るが、質量と剛性の乗った一撃の火力は強烈で、時に鋭い切れ味以上の破壊力を発揮することも珍しくない。特に、今回のぺダス・ガンの胸殻のような硬い部位に対しては、ことさらに有効打となりうるようなケースもあるのだ。

 

 もくろみ通り、コートエッジの剣戟を受けたぺダス・ガンの胸殻は、質量の乗った一撃に耐えきれず、ばらばらと剥離していく。

 剥がれ落ちた外殻の奥には、先ほど相対したぺダス・ソードの時と同様、毒々しい黄色に輝くコアがあった。

 

「とっとと――失せろォォッ!!!」

 

 雄たけびと共に、俺はコアめがけてコートエッジを突き立て、腕力に任せて袈裟懸けに振り抜く。

 バギン! という甲高い破砕音をかき鳴らして、切り裂かれたコアが破損。ぺダス・ガンがびくりと体を震わせた直後、その躯体は急速に収縮し、赤黒い爆発と共に消滅した。

 

 

「ふぅっ……」

 

 今度こそ本当に危地を乗り越えたことを実感して、俺はコートエッジを砂地に突き立て、その場にしりもちをつく。

 そのままかくりとうなだれ、心身を休めていると、重々しく硬質な足音が、ゆっくりと近づいてくるのが聞こえてくる。顔を上げれば、そこには先ほど俺を助け、異形たちの片割れを引き受けてくれていた、白橙の人形ロボットが立っていた。

 

「よく頑張ってくれた。目覚めたばかりだというのに、無理をさせてしまってすまなかった」

「あぁ、いや、そんなことは。……えっと」

 

 口ごもった俺の言いたいことを察してくれたのか、ロボットは得心した様子で小さく頷く。

 

「自己紹介が遅れたな。私は〈ブルーダー〉。見てわからないかもしれないが、〈キャスト〉と呼ばれる機械生命体の一人だ。……差し支えなければ、キミにいくつか確認をさせてもらっても構わないだろうか?」

 

 問題ない、という意味を込めて首肯を返すと、ブルーダーと名乗った人型ロボット(キャスト)の青年は、ややわざとらしい咳ばらいを挟んで再び口を開いた。

 

「まず、キミはあの降下ポッドで目覚めたことは間違いないか?」

「間違いない。ただ、どういう理由であのポッドに押し込められてたのかまでは、俺にもわからないんだ」

「ああ、それは問題ない。あのポッドでこの〈ハルファ〉に降り立った人々は、みな一様に『記憶を失っている』んだ」

 

 ブルーダーの語った内容を受け取りあぐねて、俺は思わず怪訝な表情を作る。

 

「……それは、どういう?」

「詳しくは私たちにもなんとも。ただ、この星……惑星ハルファに住む我々が〈星渡り(ほしわたり)〉と呼んでいる者たちの大半は、今のキミと同じように記憶を失っているんだ」

 

 どうにも要領を得ない回答ではあるが、ブルーダーの声音は真剣そのものだ。騙そうとしている、というわけではないらしい。

 

「キミの振る舞いを見るに、どうやらキミも記憶を失っているようだが……キミは、自分の名前は覚えているかな?」

 

 名を問われ、しばし顎に手を当てて考え込む。

 

 自分の名前、と言われて、ピンとくるような単語はほとんどない。

 ……が、思考を巡らせていくうちに、ふと意識の端に引っかかるキーワードが浮かび上がってくるのが、なんとなくだがわかった。

 

「…………悪い、わからない。ただ、名前……とは違うのかもしれないが、なんとなくそうなんじゃないかって単語は思い浮かんだ」

「ふむ。なら、ひとまずはその単語を仮の名前にするといいだろう。コードネーム、のようなものだと認識すれば問題ないはずだ」

 

 ブルーダーの提案に頷き返してから、俺は一呼吸を置き、改めて口を開く。

 

「〈コネクト〉。今は、そう名乗らせてもらう」

 

 ブルーダーに語った通り、名前というにもしっくりこないこの単語は、しかしどういうわけか不思議な「馴染み深さ」を心に与えてくれる。

 確かに本名ではないのだろうが、それこそブルーダーの言葉の通り、俺自身が名乗っていたコードネーム、あるいはそれに類するような何かだったのではないだろうか……と、俺は結論づけていた。

 

「コネクトか。わかった、よろしく頼む」

 

 差し出された機械の手を取り、握手を交わすと、ブルーダーが再び切り出してくる。

 

「聞きたいことはまだあるだろうが、まずはここを離れて、休める場所に移動したほうがいいだろう。私たちのことやこれからのことは、〈シティ〉に移動してから話し合おう。構わないか?」

「ああ、願ったり叶ったりだ。……遠いのか?」

「いいや、あの山を越えればすぐに見えてくる。どちらにせよ、少し歩いてもらうことにはなるが……」

「問題ないさ。戦うごとに比べれば万倍楽だ」

「そうか。なら、日が傾く前に行くとしようか」

 

 頷き返してから、俺は歩き始めたブルーダーの背を追い、歩き始める。

 

 ちらり、と見やった視線の先には、先刻俺が目覚めた降下ポッドが、静かに鎮座している。

 遥か高みに広がる空へ視線を移し、遠い彼方に想いを馳せながら、俺は一路、ブルーダーと共に〈シティ〉へと向かっていった。



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