シー「私で童貞捨てたくせに」 (まむれ)
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シー「私で童貞捨てたくせに」

酒飲んでたら思いついた


 少年が旅の途中で死にかけた時、どこからともなく現れた絶世の美女に拾われた。様々な人を見てきた少年から見ても、国に一人か二人居れば多いと断じれる程の美しさを持った女性だ。

 

『十年ちょっとしか生きていないのに家を飛び出すなんて考え無しもいいところだわ』

『うぐ……』

『今まで良く旅を続けられたわね、人との巡り合わせに感謝するべきよ』

 

 目覚めて見知らぬ天井に困惑する少年と、そちらを見向きもせず、黒くて長い髪を纏める事もせず床へ乱雑に這わせたまま机に向かってさらさらと筆を走らせる女。

 白くて細長く、(たてがみ)のようにゆらゆらと空色が揺蕩う尾、どうしてそうなっているのかわからない肘のやや上から指先まで青く染まり模様が描かれている腕を見て、少年は神秘的な何かを感じ取って魅入られた。

 ぽつぽつと語った身の上話を一蹴してようやく少年の方へ振り向いた時、魅入られた心が更に底無しの何かへと落ちた。

 

『私の事はシーと呼びなさい。しばらくは置いといてあげるから、その後の事は自分で決めることね』

 

 そういうわけで始まった少年と美女の共同生活。一般的な生活を送る事のなかった少年ですら心躍る出来事であり、何かしらを期待したのだが──

 

 

「シー! まーーた作品放りっぱなしにしてるじゃないか! あんな大量に放りっぱなしにして何してくれてるんだよ!」

「それを片付けるのもまた、少年の役目でしょう?」

「だからって投げ捨ててそのまま何日も放置する奴があるか! ちょっと道具を買いに数日空けただけでゴミ屋敷みたいに散らかしてよぉ! ってか俺はもう少年じゃない!」

「ゴ……! 私の作品を紙屑だって言うの!?」

「たとえ話だよド阿呆!」

 

 騒がしくなった部屋で口論を繰り広げる男女の姿。

 片や極稀に外出して外の世界を見ては、帰ってきて巻物に筆を走らせる女──それ以外はずっと引きこもっている女。

 片や幻想を一年経たずに砕かれた哀れな、しかしそんな女に心を奪われてしまった男。

 

 少年を拾い上げた恩人と救われた恩義を持つ元少年、これが二人の日常であった。 

 

 


 

 

「そもそもあなたが“お傍にいさせてほしい”って言うから何年も居させてあげてるのに」

「そうだけど、何事も限度があると思うよ」

 

 シーから見て、男は過去と比べてだいぶ生意気に育っていた。

 最初の頃は様子を伺うようにびくびくしながら過ごしていたのが、半年を過ぎる頃には頼まれてもいないのに身の回りの世話と家の整理整頓をするようになり、面倒な器具の補充買い出しまで行ってくれる便利なヒトの立位置を確立。居て不便はないので当時少年のお願いを聞いたのだが、一年で敬語がなくなってふてぶてしい態度を見せるようになった。

 それはシーの姉に引っ張られてロドスアイランドに乗り込み、適当な壁に部屋を“描いて”居座ってからも変わらない。

 

 対する男は自分の抱いた神秘性が微塵になるまで砕けてしまったので気楽なものだ。

 というか生活能力が絶妙にない事が判明してから男はシーに対する心構えを改めた。

 数日いなくなっただけで作品やそのなり損ない、巨匠の道具が散乱する床、壁に沿うようにうず高く積み上げられた結果バランスを崩して物理的に埋めてくる紙束、何が気に入らないのかわからないが一度着ただけで見向きもしなくなった服。もちろん、それらを片付けるのが男の役目なのは言うまでもなく。

 

「ロドスに来てちょっとはマシになるかと思ったら全然そんな事ないし。小さい墨魎がよちよち歩いてるのを見た時の俺の気持ちがわかる?」

「危険はないからいいじゃない。ちょっと可愛らしいマスコットよ」

「シー、今日の飯は食堂のもん持ってくから」

「はぁ? そうやってすぐ脅しをかけるのは良くないと思うんだけど?」

「脅されるような事をしなければいいじゃんか……」

 

 余談だが、シーの三食を賄う事は男は担っていた。実際に問題があるかないかは別として、これは男の我儘で言い出した事だった。

 自分が居る間は同じ物を食べたいし食べさせたいとシーに言い出せば、「好きにしたら?」とどうでも良さそうな回答を貰ってそれからご飯を作る様になったのだが──拠点に居る間は食料品の買い出しで拠点から出ると帰ってくる頃にはかなり散らかっていた──それはロドスアイランドに来てからも変わらない。

 

「よーうお二人さん、ちょっとこの色男、借りてもいいかー?」

「ニェンさん!」

「……チッ好きに借りたらいいじゃない。別に私の所有物でもないもの」

 

 がみがみと艦内の廊下で言い争いをしてる二人の後ろからシーと男の肩に腕を通し、からからと笑って寄りかかるシーとは別の美人。赤色の胸当てみたいなもので胸まわりを抑え、白のホットパンツにはごちゃごちゃとなにがしかで使う器具をぶら下げて歩く度に喧しい。作業着の白いジャケットはロング丈で袖の空間が大きく取られていて作業に向いているようには思わない。

 そしてこれはとても大きな要因なのだが、男が連れ立って歩くシーの、一応姉である存在だ。

 

 ただし、肝心のシーの方はあまりニェンを快く思っていなかった。

 連れてこられた時にやや力尽くだったのもそうだが、こうして男を使って自分の気を引こうとしているのが気にいらない。

 

「だ、そうだ、ほらいくぞ」

「俺はニェンさんに用事あるから行くけど、部屋は散らかさず俺が苦もなく歩ける地形にしておくこと、わかった?」

「あーはいはいそうしておきますー! さっさと行って来たら?」

 

 腕を引っ張られてバランスを崩しながら、シーに念押しするがそっぽを向く姿に男は不安になった。壁をくぐった先が河じゃありませんようにと祈りつつ、ニェンの後に続く。ちらと後ろを見れば、丁度曲がり角の先へとシーの姿が消えていくところだった。

 

「しっかしおめえさんも一途なものだなあ」

 

 それを知ってか知らずか、ニェンはからかうように口を開く。

 

「誕生日プレゼントに指輪を、なんてベタベタすぎていいとこじゃねーか」

「ち、違います! ニェンさんもお人が悪い……」

「わぁーってるわぁーってる、皆まで言うな。明日という日に間に合った、大事な事だ」

「それ絶対わかってない人の台詞ですよね?」

「何をぅ。妹のイイ人をからかうなんてとても出来ねー事さ」

 

 イイ人、という単語に男は閉口する。やはり外部からはそう見られているのだろうか、という嬉しさ。けれどシー本人からは直接言葉にされてないという不安。

 

「私だってビックリしたんだぞ? 人嫌いでお外に出るのも嫌ですって妹が横に男置いてるなんて」

「俺がお願いしたんですけどね、置いて欲しいって」

「それで素直にずっと他人を置くタイプじゃないだろ。あれで結構お前さんの事気に入ってんだよ」

「それはまあ、そうでしょうね」

「……あ?」

「あ、いえ」

 

 つい口を滑らせた。曲がりなりにもシーと時を共にして十数年。ひねくれ者の権化であるシーの事を男は多少理解していた。少なくとも、どうにも思わない人物を傍に置くなんてことをしない存在である事はわかる。だから嫌われていないのは間違いないのだが、それで満足しないのが今の男だった。

 

「なんだぁ? シーの事はよくわかってますってかぁ?」

「……少なくともロドスではニェンさんを除いて一番理解していると思いますが」

「かかかか! 良いね、そう言ってくれなきゃ妹を任せるにゃー力不足だ」

「で、どこまで進んでんだ? あの分からずやじゃヒトの恋愛観で進めるのも難儀だろ?」

「黙秘します」

「おいおーい、そりゃねーだろ。材料もイチから自分で集めたいってお前さんに協力してんのに」

「すいません、こればかりはマジで言えないんですよ」

「……何かあったのか?」

「黙秘します」

「おいおいおいおい、お義姉さんの言う事が聞けねーと?」

 

 もうそれしか言えなかった。墓場まで持っていく、という訳ではないが大っぴらに言う事でもない。いくら凄まれてもこればかりは言えないと男は口を開こうとしなかった。

 

「あーそこまで言うなら良い。無理に聞き出したらシーに怒られそうだ」

「俺なんかしばらく物理的に閉じ込められると思います」

 

 根負けしたのか男の態度に思うところがあったのか、つまらなさそうに喉を鳴らすニェンに男は恐縮している。しかし口を軽くすれば自分の言った事が現実になるのを確信しているので実感として言葉に力が宿る。ちなみに男の最長記録は半月だ。

 

「そうならないようにご機嫌取りをすべきだろー? 今日は最終調整だ」

「もうほとんど完成してますからね」

「不備がなければそのまま渡す、欲を言えば私も手伝ってやりたかったが……」

「俺の渡したプレゼントが実はニェンさんが作ったものですなんて知られたら別世界にどれくらい居る事になるかわからないので」

「私も巻き込まれるだろーなぁ」

「あと、普通に100%自分で作ったものを送りたいんですよね、だから材料もニェンさんの護衛もらって東奔西走して、冶金術も覚えましたし。他の人の思いが入ったものを渡すのはちょっと……」

「急に重たい感情ぶつけるのやめろよ。私はどう反応したらいいんだ」

 

 ちなみに、東奔西走とは文字通りである。テラの世界を駆け回り、様々な金属を手にしてニェンの助言を仰ぎ、ヒントを元に材料を混ぜ合わせ、作成した合金で意匠をこらす。「確かに助けてやろーとは思ったがよ」とはニェンの愚痴だ。

 

「改めて、ありがとうございますニェンさん」

「次はぜってえやんねーからな……」

 

 げんなりした声が、無職であり道楽を主軸に生きるニェンのここ数ヶ月の労力が如何ほどだったかを物語っていた。

 

 


 

 

 そして翌日。自分が別れ際に言った注意を丁寧に守ってくれたおかげで、壁を潜ったなんのトラブルもなく部屋を歩いた男はつまらなさそうに足をぶらぶらさせるシーを見つけて声をかける。

 

「おはようシー」

「あらおはよう。昨日はニェンとしっかり楽しんだ?」

「楽しんだって……まあある意味間違ってないけど悪意あるよねその言い方」

「別に? 最近ずっと仲良くしてるじゃないと思って。あちこち出掛けてるみたいだし、鼻の下も伸ばしちゃって」

「伸ばしてないけど???」

 

 平坦な声だが、とても機嫌が悪いなあと男はシーの気分を読み取っていた。

 

「少し男前になったからって他の女にちょっかいをかけるのは、まあいいわ」

「かけてないけど???」

「私が定命の存在じゃないのは知ってるでしょう? だから人同士でって理解できるわ。けれどニェンは駄目よ、あんな奴やめときなさい」

「いや、ニェンさん結構優しい人だったけど」

「……へぇ?」

「俺の無茶なお願いも聞いてくれたし、付きっきりで色々教えてくれたし、そんな悪い人じゃないんじゃないか?」

 

 瞬間、男の背後を悪寒が伝う。ついでに、物理的に何かが背中を走り、固まっている顔の横から吐息を漏らす。

 それは墨で描かれた龍だった。ロドスの責任者の一人が名付けた小自在なる、シーが使役する存在が蒼い目を光らせてちろちろと水墨の舌を揺らして男を睨む。

 

「何よ……」

 

 拳を作り、納得出来ないと視線を下に逸らし、絞り出すような声でシーは呟いた。

 

「私で童貞捨てたくせに……」

 

 男は動揺した。

 

「そ、そ、それ、今まで触れてこなかったくせに今持ち出すのは卑怯だろ!」

「いーえ卑怯じゃないわ! 私にひょこひょこ着いてきた少年が少し大人になったらすぐ他の女を知りたがるなんてさーいてーい!」

 

『私もヒトの営みに興味が湧いたのよ。えぇ、丁度良いわよね』

『いや待てシー、ヒトの営みでこういうのは段階を踏んでからだしそもそもこんな酒精の強い酒なんか飲んだあとじゃ』

『少し黙ってなさい。大丈夫、すぐ終わるわ』

 

 終わらなかったしなんだったら空の片隅が白むまで続いた。シーが取り出した東方の酒が思いのほか強く、思考力と理性が鈍っていた男は今まで我慢していた全てを盛大にぶちまけてしまったのである。

 そんなことがあっても二日後にはいつもと態度が変わらぬシーに、男も変な態度になってはと鋼の意志で平常心を貫いて無かった事にしたと思ったら、今更になって掘り返すなど!

 

「あのなぁ」

「もしかして性癖を歪めてしまったの? 只人では駄目になってしまったとか、けどそれもしょうがないわ。私達の存在は人が手を伸ばすには過ぎたモノよ」

「あー、シーさーん? 俺の話を聞いてくれます?」

「一回だけとは言え私を手中に収めてしまったから、そう言う意味ではあなたに申し訳ない事をしたと言えるかしら」

「翌日は挙動不審だったくせに」

「なってない!!」

 

 このままでは話が進まないと考えた男はシーの前に立ち、握られた拳に手を添えてをゆっくりと解いた。らしくない行動ではあるが、こうでもしなければこの分からず屋は延々と口を廻して男に喋らせない事を良く理解していた。

 

「シー」

「……解ってるわよ。あれから半年、我慢するにしても限界があるって」

「いやその話は後回しにしてさ」

 

 バツが悪そうに顔を逸らすシーを宥め、こっちを見ろと根気よく見詰めれば、むすっとした表情でやっと男と目を合わせる。

 

「いつの間にか大きくなったのね、昔は私の肩より低かったのに」

「十何年前の話だろそれ」

「あんなに小さかった少年が、今じゃ私の方があなたの肩に届かないなんて」

「そうそう、俺も大人になったんだよ」

 

 ようやっと渡せるなあとポケットから小さい箱を取り出してシーに差し出す。戸惑いと共に開けてみればそこには一つの指輪が乗っていた。

 光を反射して煌めく漆黒、中石には精巧に彫られた極小の自在が威厳を放っており、取り出してまじまじと見つめるシーに男は言う。

 

「護衛こそしてもらったけど、材料収集から加工まで全部俺がやった。凄い時間かかったけど」

「ふーん……?」

「シーがさ、ヒトの営みに興味が湧いたって言うし、俺はシーの事しか見てないから」

「こういうのは段階があるんじゃなくて?」

「もうとっくに全段飛ばしたじゃん。だからもう行くとこまで行こうかなって」

 

 そうしたら、改めてそれっぽいことをすれば良い。というかしたいのが男の本音だった。まずシーを壁から連れ出すのが難しいのは置いておくとして。

 

「はっきり言うけど、俺はシーの事好きだよ。」

「うっ」

「そして誕生日おめでとう。よければこれからも俺を傍に置いてほしい」

「あーーもう! 解ったわよ、ほんとうに、生意気……少年老い易く学成り難し、貴方の大切な時間を貰ったのだから、私も何か返すべきよね」

「いや、そんな事言わないで。シーがどうしたいか聞きたいんだけど」

「い、いいじゃないそんな事!」

「良くない」

「うぐぐ……」

 

 素直じゃないなあと男は思った。製作中は不安だった事も今のシーを見ると望んでいた答えが返ってきそうで、シーの紅い瞳をしっかりと見つめ、逸らす事は許さないと態度で示す。

 それが通じたのか、シーはもごもごと何度か口を開けては固まって閉口する事を繰り返した後、男が出した指輪をそっと手に取った。

 

「この感情、知ってはいたけど識るのは初めてね」

 

 漆黒の指輪を左手に持ち、ふと半ばまで通したところで悪戯を思いついたかのように男へ指輪を返す。

 

「そうね、せっかくなのであなたに付けてもらいましょう。さあ、どの指を選ぶの?」

「……どこまでも素直じゃないなあ」

「何か言ったかしら?」

「イエ、ナニモ」

 

 今度はつい、言葉にしてしまった。半目になって睨んでくるシーを誤魔化しながら差し出された綺麗な碧の右手を握って、薬指へと通した。

 はい、と離すとシーは天井に向けて手を伸ばして見上げたり、かと思えば目の前まで戻して動かしながらしげしげと指輪を見つめる。

 

「気に入ったわ」

「それは良かった」

 

 今度は、シーが男をじっと見る番だ。

 

「私がヒトの営みに興味を持ったのは本当よ」

「だから、きちんと言葉にしようと思うの」

「君を思うこと此れ何ぞ極まらん──今抱いている気持ちを表すとすればきっとこうね。私も、あなたの事が好きよ。むず痒くて、抑えつけるのが難しくて、でも悪くない気分。こんな素敵な事を教えてくれて、ありがとう」

 

 満面の笑み、ではない。いつも神経質だったシーの表情が、この時だけは全てから解放されたかのように柔らかくなっていた。それを本人も自覚していたから、この時ばかりはいつもは言えない事もはっきりと、男と目を合わせて言えた。

 自分の存在がいつか消えてしまうものだと諦めて引き籠っていた日々に、気まぐれで拾ってきた子供を気まぐれで好きにさせていたら長く生きてきて信じられない現在へ繋がったのだから世はすべて事もなし。

 自覚してしまえば、自分の構えた拠点からロドスへ移る事はあんなに反発していたのにその理由すらも気にならなくなる程に男の事ばかり見てしまう自分が可笑しく感じつつも嫌ではなく、シーは自然な笑みを零す。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 一方の男、些か過程に紆余曲折はあったものの、二桁年越しの思いが成就したのと、これまでよりずっと綺麗な喜色を浮かべるシーに見惚れて思わず抱き寄せてしまう。

 両手を背に回し、ぎゅうと痛くならない程度に強く。急に男の胸の中に納められたシーは抗議しようと声を上げるが、何も言わず抱きしめたままの男に溜息をついてシーも男の背に腕を回す。

 

 言葉は要らず、それからしばらくして男が離すまで、二人は抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




蛇足なのですが、本当は男が何かの拍子に理性ぷっつんしてシーを押し倒したら年上の余裕を見せつけたシーに妖艶な笑みで受け入れられるって話になるはずだったんだけど作者の中でシーは恋愛弱者で居てほしかったのでこうなりました。

・追記
ちなみにシーは限定キャラだけど七月辺りに復刻来るかもって言われてるから今のうちに始めて石、ためよう!
Live2Dのコーデも同時実装されてとんでもない美しさなのでぜひ(ただしPUはされない……)


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余白の落書き

エロ漫画で最後のページにある後日談の一コマが好きな人向け。作者はそれが好きなので書きました。
そういうの苦手な人は申し訳ない。


REC

ENTRY

────────

Paint the Lily

 

幕間

一筆くらいなら余白に落書きをしたって良い。

 

 

 

 

「今日はヒト同士が行う営みをするわ」

 

 男が朝起きると壁の中から一旦追い出され、入口を描き直したシーに続いて入ると男にとって見慣れた拠点の部屋があった。入ってすぐ左にトイレと風呂と洗濯場に続く部屋、右に食料の保管場所と台所へ続く部屋、あとは10歩程先にシーが使う専用の机と仮眠のための簡素なベッド、机の向こう側には延々と並ぶ棚。そして片付けたはずなのに散らかっている床。

 上を見上げれば天井が見えず白いもやが覆っている空間の下で、小言を一通り済ませた男が片付けをする中でシーは世間話をするように言った。

 

「……えっ?」

 

 それに興味があるからと言ったシーと何をしたのか一生忘れられない記憶を持つ男はギョっとしてシーの方を向いた。

 

「……? あ、ち、ちがう! 私達は所謂恋人になった訳でしょ!? だから逢引をするのよ! あ・い・び・き!」

「お、おぉ……」

 

 逢引とは炎国や極東方面の言い方で、一般的にはデートと言われるソレだ。この二人はそれをする前にゴールラインまで飛んでしまったがために、コースが逆になっている。

 恋人らしい事がしたいと思っていた男としては大賛成、だがシーと長年一緒に過ごしてきた男は、若干訝し気に感じてしまうところもあった。

 

 何せ、シーと言えば引きこもりである。過去はどうだったかともかく、少年時代に拾われてから今に至るまで外へ出た事は覚えていられる程度の数しかなく、たまにかなり長期間帰ってこなくて不安になったりする事はあったがそれ以外はすぐに戻る事ばかり。男の方から誘ってもああだこうだと言い訳をするかバッサリ拒否して、机に向かうか気晴らしに近い場所を歩くくらいだった“あの”シーが、いくら歴史的な事とは言え外に出る必要があるデートをしたい……?

 

「もうちょっと喜んだらどう?」

「逢引って、デートでしょ? 外出する事になるけど、いいの?」

「はぁ? 何言ってるのよ?」

 

 だよなあ、流石にシーもそんな事くらい解ってるよなあ。安堵した男はしかし、

 

「私の描いた世界ですればいいじゃない。時間を気にすることなく出来るわ」

「それは確かにそうだけどそうじゃない」

 

 当たり前のように机を指で叩いて胸を張る姿に、ですよねーと待ったをかけた。

 

「ヒトというか、俺の時間ってシーが持ってるよりはずっと少ないんだ。で、それをやりくりしてやりたい事に時間を使うんだけど」

「ええ、でも私の世界なら関係ないでしょう?」

「いやいや、そうやって時間を消費するからこそ記憶に残って思い出が強くなるんだ」

「そういうものかしら」

 

 シーの方はと言えば顎に手を添えて考えるように床を見ている。

 

「というか俺がしたいかな。お店回りながらああでもないこうでもないって悩んだり、近くの露店でご飯買って食べながら歩いたりしたい」

「聞く限りでは別に私のところでも良さそうなものだけど」

「時間に悩まなくて済むから全部出来ちゃうでしょ? でもこっちだと一日は有限だから取捨選択しないと駄目で、そこを二人で悩んで決めるのが良いんだ。そして今日出来なかった事は次のデートで、ってね」

「……あなたがそこまで言うなら、付き合ってあげるわ。当然、私を満足させてくれるのよね」

「色んな世界を見てきたシーを満足させられるかなあ……」

 

 満足とは難しいラインだ。偏屈で人付き合いが嫌いで厭世的と世界に対して倦怠感を持っているシーを、知っているものしか書けないと言いながらもシーが描いてきた素晴らしい世界を体験してきた男は頬を掻く。

 

「そこは言い切ってほしかったわ、『任せろ、世界一の逢引を体験させてやる』って」

「シーが作って来た作品を沢山見てきたからね。けど俺の全力を以てシーを楽しませてみせるよ」

「あら? 大丈夫よ」

 

 そんな男の心配を他所に、とんでもなく上機嫌なのかシーは軽い足取りで出口へ向かう。ニェン辺りが見れば目を擦り、自分が技術部に籠って気付かず一週間近く寝ずに過ごしていたのか疑っていただろう。

 男も、今までとは違うシーの様子に戸惑いを隠せない。もしかしていつの間にかシーの世界に放り込まれたのかと精神を強く持って疑うが、違和感なども特にない。

 

 そんな事を思われているとはつゆ知らず、我が世の春が来たと言わんばかりにシーは言葉を続けた。

 

「だって、私に新しい事を教えてくれたじゃない。だから、今日の逢引は絶対楽しいと思うの」

「……なんか変わったなぁ」

「当たり前じゃない、今日はあなたと私、二人だけの思い出を作るのだから。帰ったらずっと机に向かって筆を走らせるに違いないわ」

 

 二人は出口から足を踏み出し、ロドスアイランドの入り組んだ艦内を歩いて接舷区画から移動都市へ降り立つ。

 良く晴れていて、雲一つない出掛けるには持って来いの天気だった。

 

「じゃあまずは形から」

 

 シーの横から一歩先に出て振り返り、左手を伸ばす。

 

「これは?」

「手を繋ごう。逸れないように、あとは何かあった時にすぐ抱き寄せられるように」

「……悪くないわね、しっかりエスコートしなさい?」

「もちろん」

 

 伸ばされた手をしっかりと握ったシーの心は普段より早く鳴っていた。手のひらから伝わる男の体温が、自分より温かいのも良かった。しかし逢引は始まったばかりで、早々に変なところを見せるのはなんだか上手くやられた気がするのと、簡単な女に見られそうで努めて平常心で再び男の横に並ぶ。

 ちらりと男の顔を見上げれば、真剣な表情で前を見ていた。絶対に成功させようとする気概が垣間見える顔を見て、また一段階、シーの胸を昂らせた。

 

 

 


 

 

REC

ENTRY

────────

幕の向こう側

 

幕間

世界と運命へ諦観を覚えていた彼女は、しかし。

 

 

 

 

Date:Unknown 01:09 AM

Rhodes Island Weather:Fine.

 

 

 

「待たせたわね。少し筆が止まらなくて」

「自分から呼び出しておいておせーぞー。ってか普通のやつは寝てる時間だ」

「私は早く行こうとしたけれど、溢れ出る意欲が机の前から私を動かしてくれなかったのよ」

 

 夜も深く沈んだ中、ロドスの一室に集まるのはニェンとシーの二人。約束していた時間より三時間近く遅くやってきた上に特に悪びれた様子のないシーにニェンは少々苛立っていたが、いつも眉間に皺を寄せているような妹が今日は染み一つない綺麗な顔をしていたのだから気勢が削がれてしまう。そう言えば一緒に居る男と出掛けるみたいな話をドクターが大袈裟に驚いて事情を聞きに来ていた。なるほどと理由は判明。

 

「なんだ、そんな楽しかったのか?」

 

 頬杖をつき、ニヤニヤしながら十割からかいで聞く。

 

「どうだったかしらね、“お姉ちゃん”に教える訳ないでしょ」

 

 ニェンはシンプルに重症だと思った。冗談めかしてニェンを姉と呼ぶのはまだしも、その口角がドクターの就労規定よりゆるゆるで喜色を隠せていない事に気づいていない。

 大元となった存在から別れて幾星霜、兄弟姉妹の中で『孤高のシー』と言われるレベルだった、“あの”シーが只人に惚れ込んでお出かけ一日しただけでこうなるとは。

 誰に言っても信じねーよなぁ……。この驚愕を分かち合える兄弟姉妹がこの場にいないことがニェンにとって寂しかった。

 

「じゃあ要件を早く言え。私はもう眠くて敵わん」

「あなたの言う“反抗”、私も手伝う事にしたわ」

「……そりゃあまた、決めるのが早いな」

 

 簡潔明瞭。それはニェンがシーをロドスまで引っ張って来た理由であり、他の兄弟姉妹も集めて行おうとする事だ。

 身体の一部が全身に反抗するようなもの、とはシーの言葉で、ニェンとてどれだけ難題なのかわかっている。それでも、この世界を生きてきた者としてやれるだけの事をやろうとしていた。

 シーが協力してくれるだろう事は今日の内に確信していたが、まさか即日で言いに来ることまではニェンも予想していなかった。

 

「あんたの考えはどうでもいいわ。でも私も見ていたいものが出来て、これからずっと描きたいものがあるから協力するだけ」

「理由なんざどーでもいい。ま、“妹ちゃん”の成長は嬉しいけどな」

「成長……」

 

 果たしてこれが成長と言えるものなのだろうか。シーは胸中で自分の思いを振り返る。

 別にそんな大それたものではないというのが彼女の答えだった。男女の複雑な心理を知り、行動のための力にも諦観を振り払うための未練にもなり得るソレ。

 目を閉じれば鮮明に思い出せる今日の思い出は、机に向かっていた時よりも遥かに充実したもので。

 

「そうね……これを成長と呼ぶのなら、悪くはないわ」

「自分の顔を一回鏡で見た方がいいぞ。ロドス来る前のお前に見せたら絶叫間違いなしだ」

「うるさいわね、あの頃はどうせ無駄だと思ったからよ。避けられない事の前に足掻いたって、意味がないと考えてたけど今は彼が居る。千里の目を窮めんと欲して 更に上る一層の楼……登った先の光景を見たくなったの」

「そりゃあいい。もし、私たちが私たちのままならば、きっと凄いもん見れると思うぜ」

「言われなくても解りきったことね」

「本当に変わったな、別の意味で狂ったかもしれねぇ」

 

 兄弟姉妹で一番色ボケしなさそうな奴の色ボケを見る事になるとは、ニェンの長い生涯を以てしても予想出来なかった。

 目を瞑り、解りきった事を言うニェンへ得意気に言うシーを見ていると言いたい事もなくなって溜息しか出てこない。

 

「……じゃあ明日はドクターのとこ行って、契約内容の更新するぞ。たまにオペレーターとして戦闘する事になるだろうが」

「ま、頻繁でなければいいわ。あと私の用事がある場合はそっちが優先ね」

「そこは問題ねーよ。私も似たような条件だしな」

「あと、別の兄弟姉妹を迎える時は私も行くわ。間抜け面が見てみたいもの」

「顎が外れるくらいあんぐりと口を開けるだろうよ。あとは偽物と疑われるか」

「人は時間ときっかけがあれば変わるわ。私もそうだっただけ」

 

 するすると、シーを連れてきた時が嘘のように話が進む。あまつさえ、他の兄弟姉妹の説得すら引き受けてくれるのだからニェンからしてみればこの上ない条件だった。確かに変わりはするだろうがいっそ別人と言って差し支えないレベルで、そこまで変われる恋愛を出来たシーがニェンには羨ましかった。

 

「羨ましい話だ。私にもいつかそんな相手が現れるのかねー」

「私に居るんだからあんたにも出来るわよ、きっとね」

 




結構な評価入れられてて嬉しかったです。アンケート取っておいてなんですけど、自分ではこの作品めっちゃ筆が進んだし結構綺麗に書けたなって思ったしタイトルでオチつけてるので別オペでアイデア浮かんだら別の作品として投稿すると思います。


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