玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件について (久遠とわ)
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第1幕:璃月から逃亡してきた異常者
玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件について


「チャールズ、もう一杯頼むわ。ッ、ヒック」

 

「おいおい、瞬詠。かなり酔っぱらってるぞ?」

 

「ヒック、良いんだよ、別に。むしろ酔いたい!!っぁ!!」

 

そう言いながら、灰色の璃月の服装をし、黒い髪に灰色の髪が混じった男

──瞬詠は、カウンターテーブルをバンと叩く。その振動で用意していた蒲公英酒が揺れて零れそうになるが、それを店主であるチャールズは咄嗟に掴んで器用に中身の波をコントロールする。

 

そんな彼を見て瞬詠は「おぉ~」と言いながら何処かわざとらしく拍手をした。そしてそれを見たチャールズは苦笑しながらコップを差し出し、瞬詠はそれを手に取ってグイッと一気に飲み干した。

 

「っぷは!うんめぇな!やっぱりモンドの酒は最高だよ!嫌なことも全部忘れられる!」

 

「……全くお前は相変わらずだな」

 

呆れた様子で呟くチャールズだったが、内心では少し安堵したような表情を浮かべていた。瞬詠がこうやって荒れるのは決まって何かあった時だったからだ。だが今回は何かあったと言う訳ではなく、ただ単に普段のストレス発散の為でここに来たとのようだ。

 

ここはシードル湖の中心に位置するモンド城、そしてそのモンド城の中の酒場のエンジェルズシェア。そこに彼こと。瞬詠は一人で訪れていたのだ。そこに訪れた彼はいつものように酒を頼み、いつもと同じように飲み始める。

 

しかし、いつもと違い、今日はかなり荒々しい。それが気になったチャールズは理由を聞いてみたのだが……どうやら話を聞く限り、特に何もないと言い張る。

 

それにしても、と思いながらチャールズは訝しげる。

 

「っ~!!」

 

どこからどうみても普段の瞬詠ではない。自分が知っている限り普段の瞬詠は気分屋、また常に面倒臭がり屋で何でも適当にこなす男、だが実はかなりの切れ者であるという側面を持った男だ。

 

「あー!!もういい!!とにかく飲まねぇと気が済まないんだ!!」

 

そう言って再び酒を飲む瞬詠を見ながらチャールズは再びため息をつく。

 

「おぉ、やっぱりここにいたか」

 

「ん?」

 

「っ、ぁぁ」

 

酒場の扉が開かれ、そこに1人の男が入ってくる。その男は青髪で右目に眼帯を掛け、そして氷の神の目を持つ男、ガイア・アルベリヒであった。

 

「となり、座るぜ」

 

「勝手にしろ」

 

ガイアは許可を取ってから彼の隣に座り込む。

 

「久しぶりじゃねぇか瞬詠よ。今日は随分と荒れてるみたいだな」

 

「うっせぇ!こっちだって好きで荒れているわけじゃないんだよ!」

 

「ははは、落ち着けって」

 

瞬詠がそう叫ぶと、ガイアは笑いながら宥めるように言う。

 

「全く大変だったぜ。……いきなりモンドに璃月の使者達とその警護の為の千岩軍の兵士達がやってきて、彼らがお前を探しているとか言ってきた時はさすがの俺でも少しは焦ったぞ?」

 

「……マジで?」

 

「ああ、大真面目だ」

 

「……」

 

ガイアの発言に瞬詠は黙りこむ。千岩軍がまさかのモンドにまで来て自分を捜索しに来ているという事に対して、驚きを隠せなかった。

 

「……まぁ、確かに千岩軍の連中には何も言わずに飛び出してきたけどさ。……というか律儀に使者達を連れてだと……」

 

瞬詠は項垂れる。

 

「ははは、だろうと思ったぜ。それにしても驚いたぜ?お前、更に偉くなったみたいだな?確か遂に璃月七星の新たな一員になったんだって?」

 

「なっ!?」

 

「断じて違ぁうっ!!」

 

ガイアの爆弾発言にチャールズは目を見開きながら声を上げ、瞬詠は全力で否定した。

 

 

璃月七星。それは現在、テイワット大陸7ヵ国の内の一つ、璃月を統治する岩神である岩王帝君に次ぐ権力を持ち、璃月の経済等の管理を担う7人の統治者の総称だ。

 

 

そしてガイアの発言はその絶大な力を持っている7人の内、その一人がこの瞬詠と言うことになる。

 

「いやいや違う!!違うんだ!!あの人達と同列じゃない!」

 

「おいおい、冗談だって。だが、お前がそう思っていても向こうはそう思っていないかもしれないぞ?それに彼らが言うにこれは、かなり大規模な演習ということらしいしな。曰く璃月を揺るがした重大な大罪人を捕縛し、今回は璃月七星の玉衡の前に突き出すという事を想定した大規模演習だってさ」

 

ガイアは面白そうな表情でそう語る。だが、それに対して瞬詠の顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「おいおい、大丈夫か瞬詠よ。顔色が真っ青になってるぞ?」

 

「……最悪だよ。本当に最悪だよ。どういう想定だよ。それ完全に自分を捕まえる為のものだろ。ピンポイントすぎるだろうよ……」

 

瞬詠は頭を抱えてそう呟く。璃月七星の玉衡、刻晴は瞬詠に対してどうやら怒り心頭のようで、刻晴の部下や動かせる限りの兵士達を総動員して瞬詠の事を探していたのだ。

 

刻晴がここまで怒っている理由はいくつかあるのだが、理由の一つとしては彼が結果的に彼女の仕事の邪魔をしたからだろう。

 

 

刻晴は元々、璃月港で起こる様々な問題の解決や改善をする為に日々、忙しい生活を送っていた。だが、そこに彼が現れた。最初は瑠月七星のリーダーである凝光が彼女のとある知り合いからの紹介という事で刻晴に紹介し彼女の直属の部下になった。

 

そして当初の彼は気分屋かつ極度の面倒臭がり屋で何でも適当に仕事をこなしていた為に、刻晴は瞬詠に強烈な不満を抱えていた。だが、ある日に舞い込んだ刻晴にとって、そして璃月の港にとって、本当に大切な仕事だけはまるで人が変わったかのように真剣に取り組んだのだ。

 

そこで彼の本来の並みならぬ切れ者としての才覚を発揮した。

 

結果、その仕事を無事に終えた後に刻晴は彼の評価を一変した。彼は完璧に彼女の仕事に対する考えや動き、彼女の行動に同等に付いていけていたのだ。しかも、刻晴のその仕事が円滑に進むように、先回りして適格にサポートすることすらも出来たのだ。

 

よって刻晴は、刻晴と瞬詠は本当に正反対な性格だが、しかしお互いの根本的な仕事に関する考え方、そして後に璃月の在り方についての考え方に関しては程度の差はあるにしても同じ物であると知り、その才能と実力を認め、信頼出来るパートナーとして、彼を認める事になったのだ。

 

そしてそんな本来の瞬詠を知ったからこそ、刻晴は彼を気に入っていたし、そして同時に瞬詠も、良くも悪くも刻晴の事をかなり気にかけていた。その為になんだかんだ言って、お互いに切っても切れない関係になったのだ。

 

それ故、たまに衝突し合うことも多々あり、喧嘩寸前になってしまうこともかなりあったがそれでも2人は何とか上手くやっていた。そして瞬詠に取っての大事な仕事だけに関しては、真面目に取り組んで圧倒的な成果を残した彼に、璃月七星のメンバーも彼を認めては良いのではないのかという話も出始めていた。

 

 

「……はぁ」

 

そんな彼、瞬詠は絶望する。

 

「ははは、どうする?瞬詠、店の外は大分愉快なことになってるぞ?」

 

ガイアは笑いながら瞬詠に言うが、それに対して瞬詠はため息をつく。

 

瞬詠はガイアの言葉の意味を瞬時に理解した。つまり、今このモンド城の中には自分を探している璃月の使者と千岩軍の兵士達、そして最悪の場合、西風騎士団のファルカ大団長が璃月の使者達に協力してしまえば、モンドの西風騎士団の面々や騎士達、更にはそれに乗じて冒険者協会の人間達が自分を探し追いかけ回してくるということもありえるのだ。彼にとってはとんだ地獄絵図である。

 

「……ガイア、“玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件”についてどう思う?」

 

「ははっ、中々面白い状況だと思うぞ」

 

「…はぁ」

 

ガイアは面白げに笑いながらそう言い、瞬詠は疲れ切ったかのように溜息を吐いた。

 

「……」

 

彼は無言で脳内でシミュレーションしてみる。

 

 

仮にこのまま逃げ回り、また場合によって反撃してしまえば更に状況はカオスになっていき、終いには考えたくないが刻晴が自分を直接取っ捕まえるために璃月からわざわざ出向いてここにまでやって来る可能性すらもあった。

 

そして最終的に抵抗して捕まるにしろ、ここまでの騒動を引き起こしているので確実に璃月七星、少なくともリーダーである凝光には報告が行く。そうすれば何かがとち狂ってしまえば彼女が更に自分の腕を認めてしまい、もしかしたら甘雨のような秘書、もしくは本当になりたくもない璃月七星の正式な新たな一員となり、激務の毎日がやってくるかもしれない。

 

「……」

 

かといって、大人しく捕まれば一応は自分の実力を発揮してないので璃月七星の新たな一員へと前進することはないが、間違いなく怒り心頭中の刻晴の前に突きださせられれば、場合によってはサンドバッグよろしく彼女にめちゃくちゃにボコられる可能性もある。

 

いや、かなりその可能性の方が高い。

 

 

むしろ、それが確定事項とすらも思える。

 

 

「……」

 

瞬詠は黙り混む。もう何もかもが嫌になっていった。そしてその瞬間だった。

 

「なるほど、やはり君はここにいたか」

 

その時、1人の男が店の中に入ってきた。

 

「うん?…あぁ」

 

瞬詠は声の主の方を見る。そこには赤髪ロングで細見の男、分厚い外套を着こんだディルック・ラグヴィンドが立っていた。

 

「オーナー!?」

 

「はは、まさかこんなところで会えるとはね」

 

チャールズは今日来る予定では無かったディルックを見て驚き、ガイアは笑みを浮かべる。

 

「ガイア、君もここにいたのか」

 

ディルックはガイアをジト目で見る。

 

「おいおい、別に良いじゃないか。暫く仕事はほとんど無さそうだしな。あるとしても事後処理だけだ」

 

「はぁ、君って奴は」

 

ガイアは面白げにそう言いながら言うと、ディルックは呆れながらも納得したような表情をする。

 

「はは、別に良いじゃないか。それで、何しに来たんだ?瞬詠、もしくは俺に用事か?」

 

「ああ、その通りさ。実は僕がここに来た理由は、偶々騎士団の連中がガイアを見かけたら伝言を頼んでくれと言われてね。そうしたら君がここにいた。どうやら、千岩軍の連中。ここまで来るまでの道中、瞬詠の捜索も兼ねて広範囲の探索を行っていたようだが、その際にモンド領内にて宝盗団の拠点を幾つか発見したらしく、ついでにそこにいた宝盗団の人間達を捕縛して騎士団に引き渡しをしようとしているらしい」

 

「……ほう、それはありがたい話だ。流石は璃月を守る千岩軍の連中だ。想像以上の仕事っぷりに感動するぜ」

 

ガイアは感心するように言った。

 

「はぁ……モンドの警備員達も、千岩軍を見習って欲しいものだ」

 

ディルックは皮肉るように呟く。

 

「はは、そう言うな。ディルック。それじゃ、そろそろ千岩軍の連中が途中までやってくれた俺の仕事も終わらせるか」

 

ガイアはそう言って席を立ち、店を出ていった。

 

「……」

 

瞬詠は無言で頭を抱えた。

 

想像以上の展開になりつつあったからだ。ディルックの話を聞いて推測するに少なくとも今のモンド城には思った以上に多数の千岩軍の兵士、刻晴が動員した規模によっては下手したら璃月の重要施設である造幣局、黄金屋並みの警備体制に匹敵する警戒体制が璃月の使者達の護衛と言う名目でモンド城内に敷かれている可能性が高かった。また、それに準じてモンド城外にもそれなりの警戒体制が敷かれている可能性も高い。

 

「……はぁ」

 

瞬詠は再びため息をつく。しかしそんな彼の様子を無視してディルックは彼に言う。

 

「……瞬詠、僕の純粋な疑問なんだが、君はいったい全体何をやらかしたんだ?君のことだから無意味にこんな騒動を起こしたりはしないと思うが……」

 

「あー……」

 

瞬詠は言葉を濁すように返事をした。刻晴の件については正直あまり話したくなかったのだ。

 

「ん?どうした?」

 

「いや……その、ちょっと……うん、自分、実際に色々とやらかしまくってるわ」

(正確には普段の鬱憤も兼ねて、徹底的に刻晴を嵌める為にあれこれした上で逃亡して、今頃彼女が滅茶苦茶怒っているだろうなって思ってたら、モンドのこの様子で予想以上に激怒しているといったて感じだけどな。……いや、本当にこれは不味い)

 

「……ふむ、なるほど」

 

ディルックは何かを察したかのように、瞬詠に頷いた。

 

「チャールズ、暫くの間だが僕は瞬詠と二人っきりになりたい。それで悪いが、暫くの間は外してくれないか?」

 

ディルックは瞬詠から視線を外し、チャールズに視線を向けて言う。

 

「分かりました。オーナー」

 

チャールズは頷くと、そのまま店から出ていった。

 

「……」

 

そして、ディルックはそのままカウンターの中に入り、瞬詠の前に立った。

 

「……えっと、ディルック?」

 

「瞬詠、これは僕の奢りだ。流石に今の君を取り巻く状況と立場には同情する。それに君には僕との間に借りや貸しもあるしな」

 

ディルックはそう言いながら、まるで熟練したバーテンダーのような慣れた手つきでカクテルを作り始めた。

 

「……すまない」

 

瞬詠はディルックに謝った。

 

「構わないさ。君も大変だったみたいだしな」

 

ディルックは苦笑しながら言う。

 

「あぁ、本当にだよ。一体、どうすればこの騒ぎを丸く収められるかが分からない」

 

「君はもう少し自分の行動を考えるべきだ。君が思っているより、今の君には良くも悪くも影響力があるんだぞ」

 

「……分かってはいる。だが、自分としてはそんなものはいらない」

 

「はぁ、君は相変わらず変わらないな」

 

「ははは、そうかもね」

 

「さて、これを飲んでくれ」

 

ディルックは自分の作った酒を瞬詠に差し出した。

 

「ありがとう。でも、いいのか?君だって忙しいんじゃ……」

 

「ああ、構わんさ。どうせ今日は何も用事はなかったからな。さっきも言ったが、これくらいなら大したことは無い」

 

「そうか」

 

そう言うと瞬詠はディルックから貰った酒を飲み始める。

 

「っ」

 

「どうだ?美味いか?」

 

「うん、美味い。今まで飲んだことが無い味だ」

 

「それは良かった。気に入ってくれて何よりだ。それは今試作段階の物だ。悪くなさそうで良かった」

 

ディルックは僅かに微笑みながら言った。

 

「さてと、そろそろ本題に移ろうか。……君は引き続き“ファデュイ”と接触を続けていると言う事だが……最近は、どうなんだ?」

 

「うん、ファデュイ?……あぁ」

 

瞬詠は一瞬ディルックが何を言っているのか分からず困惑したが、直ぐに理解した。

 

「うん、そうだね。あいつらとは相変わらずだよ。前にやった璃月の北国銀行開業の件が無事に終えられて以降、どんどん彼らに自分の事を『理解者』や『協力者』、若しくは『同志』やら『お友達』、果てには『盟友』とすらって呼ばれている……だけど、ちょっと本当にそれは勘弁して欲しい」

 

瞬詠は疲れ切った表情で呟く。

 

「はは、随分と気に入られているようだな」

 

ディルックは呆れたように笑いながら言う。

 

 

ファデュイ。それは現在のテイワット大陸で最強の国力を誇る氷の国・スネージナヤの擁する組織。彼らは表向きでは外交官や使者として大陸各国で活動しているが、その実態は表では外交特権や使者としての権限を用いて合法的に外交圧力をかけ、裏では各国に傾国の策謀を巡らせるという存在。

 

 

瞬詠自身は、正直彼らとは関わりたくなかったが、北国銀行開業の案件は自分が一番齧ってしまっていたので、仕方なく協力して適当にさっさと銀行開業に取り付けたのだが……

 

「……はぁ」

 

瞬詠は溜め息をつく。ファデュイという組織は嫌いだが、だが少なくとも自分と関わった普通のスネージナヤ人、またファデュイの構成員であるとあるスネージナヤ人達には頭がおかしいのはいたものの、基本的に善人や話の分かる者達も多かった。だからと言って、別に彼らのことを好きになれたわけでもないが。

 

「……まぁ、少なくとも北国銀行としての銀行の活動自体はちゃんとしてるから問題はないものの……なんとも言えないわな」

(色々と黒い噂は耐えない……が、現状メリット、デメリットを比較するとメリットが上回ってる。それにうれしい誤算だが、このまま璃月の必要悪として活動し続けてくれるのであれば文句は特にないし、少なくとも今の所は彼らの主導権はこちらが握り続けてる。おまけに万が一の際の保険も何重に掛けてるし、そして璃月には、煙緋さんや刻晴の奴、それに凝光さんや姐さん、そしてなによりも自分達の璃月には自分達の千岩軍だけでなく、岩神である岩王帝君に仙人達もいる)

 

瞬詠は心の中で思う。

 

「……まぁ、ディルック。少なくとも今のところ、お前さんの求めてるような情報とかは自分は聞いてないな。ただ、そうだなぁ……」

 

瞬詠はそう言うと何かを思い出そうとするように視線を上げる。

 

「ふむ、どうした?」

 

「あぁ、うん。確か、っ!?」

 

瞬詠は何かを言おうとすると、直ぐ様何かを感じ取ったのか、カウンターの中に飛び入り、ディルックの足元でしゃがみこみながらカウンターの後ろに隠れた。

 

その直後。

 

「ほぉ、ここが、モンドのエンジェルズシェアか」

 

「任務でモンドに来てなければゆっくりと味わいたかったな」

 

「おや、今日は珍しくディルックさんがいるじゃないか」

 

「珍しいな、いつもならチャールズがいるのに」

 

エンジェルズシェアの中に複数の瑠月の千岩軍の兵士とモンドの西風騎士団騎士の面々が入店してきた。

 

「……っ」

(嘘だろ!?まさか千岩軍と騎士団がこのタイミングで来るなんて!)

 

隠れた瞬詠は心の中で叫ぶ。

 

「ホフマン、それにゲイルか。騎士団は仕事中じゃないのか?」

 

ディルックの足下で縮まる瞬詠に対して、ディルックは腕を組ながら入ってきた二人の男に話しかける。

 

「あぁ、いや違います。ディルックさん、確認したいことがありまして」

 

「ここに璃月の服装を来た人とかは来たりしませんでしょうか?」

 

騎士団のホフマンとゲイルはディルックに問いかける。

 

「……いや、今のところは来てない。どういう奴だ?」

 

「はっ、黒い髪に灰色の髪が混じった男です」

 

「灰色の服装をしてます。何か心当たりはありますか?」

 

千岩軍の二人はディルックに向かって答える。

 

「いや、悪いが知らないな」

 

「そうですか。失礼しました」

 

「邪魔してすみませんでした」

 

「あぁ」

 

ディルックは頷くと千岩軍の二人と騎士団のホフマンとゲイルがそのまま店を出て行った。

 

「……ふぅ~危なかった」

 

瞬詠は立ち上がると、額の汗を拭う。

 

「……」

 

ディルックは無言でジト目で瞬詠を見つめながら、水を差し出す。

 

「……瞬詠、君はそろそろ店から出たほうが良い。少なくとも騎士団と共に行動をしているという事はファルカ大団長が璃月の使者に協力しているかもしれない。僕はまだ詳しくは知らないが、ちょうど近々に騎士団は大規模な遠征を控えていたから、もしかしたら騎士団の動きや連携等を確認する、それらの最終確認としてはこの出来事は十分すぎる機会と理由になる」

 

「あぁ、そうだな。……っ、とりあえず出ていく」

 

瞬詠は一気に水を飲みほして酔いを醒ます。そしてカウンターから出て、後ろに振り返ってディルックの方を見た。

 

「……ディルック」

 

「なんだ?」

 

「……すまん、迷惑をかけたな」

 

瞬詠は申し訳なさそうな表情をしながら頭を下げる。

 

「……気にすることはない。それに、あの時は君が隠れてやり過ごそうとしてくれなければ、今頃捕まっていただろうからな」

 

「あぁ、ありがとう」

 

瞬詠はそう言うと、そのままエンジェルズシェアの裏口から外に出た。

 

 

 

 

 

■■■

 

「おいおい、いくら何でもやばすぎるだろうよ」

 

瞬詠は悪態をつきながら建物の影に身を隠す。そして、彼は周囲の様子を伺う。

 

「……はぁ、なんでこうなったんだよ」

 

瞬詠は溜め息をつく。だが、それも無理はない。なにせ、彼の周囲には多くの璃月の千岩軍、そしてモンドの西風騎士団の面々が共に行動していたからだ。

 

「……はぁ」

 

瞬詠は溜め息を吐き、そして再び周囲を見渡す。

 

「にしても、こりゃまずいな……。どこを見ても千岩軍の兵士と西風騎士団の騎士だらけじゃねぇか……」

(刻晴の奴め。これじゃ、まるで本当に俺が璃月で大罪を犯した大悪人のような感じになってるじゃねえか)

 

瞬詠は心の中で呟く。そして、頭を掻きながら空を眺める。

 

「はぁ、こりゃあ地上からここを脱出するのは絶対に不可能だな。少なくともこの様子だとモンド城の正門や橋には千岩軍と騎士団との共同の検問が敷かれていてもおかしくないし。このシードル湖を泳いで脱出したとしても対岸で先回りされて捕まるがオチ……ならば、っ!!」

 

その瞬間、瞬詠は城壁を駆け上っていき、モンド城の城壁の上に立つ。

 

「……」

 

城壁の上に立った瞬詠は周囲を確認する。幸いにも瞬詠の周辺には西風騎士団の騎士や千岩軍の兵士がおらず、誰もいない状況だった。

 

 

「…よし、どうやら運が良かったみたいだ」

 

瞬詠はほっとしたような表情をする。そしてすぐに真剣な表情を浮かべた。

 

彼の視線の先にはシードル湖のどこまでも広がる大きな湖。そして、彼は空気の僅かな変化を意識していた。

 

「……」

 

彼の周りに優しい風が流れる。シードル湖の水面は穏やかな波を立つ。

 

「……」

 

彼は目を閉じる。

 

 

彼の瞼の裏にはどこまでも広がる青い海に青い空、自分の周りに付き従う帆に前に進めるためのオールに武装された帆船達。そして、瞬詠が乗る周りの船よりも、一回り大きな船の上で周りには屈強な男達等がせわしく動き回り、そして瞬詠の隣にはその武装船隊の旗艦の船長である眼帯を掛けた女性が豪快に笑っていた。

 

___姐さん、来ました!!行けます!!行ってきます!!

 

___おう!!行ってこい!!瞬詠!!しっかりと見つけてくるんだぞ!!全員!!瞬詠の目の前にある邪魔な物を全てどけろぉっ!!これから瞬詠も空から探すぞぉっ!!

 

「……っ!!」

 

彼は瞼を開ける。シードル湖の水面の波と風が横なぎに吹いていた。

 

「っ!!あそこにいるのは!?」

 

「いたぞ!!例の男だ!!」

 

「取り押さえろ!!」

 

その時に城壁に西風騎士団の騎士と千岩軍の兵士が現れ、彼を見つけて走り出す。

 

「…行きます」

 

瞬詠は独りでに呟くと駆け出し、そのまま城壁から飛び降りる。

 

「…っ!!」

(今だ!!)

 

次の瞬間、彼の背中に翼が現れる。その翼は黄色を基調としており、所々に目立つような金色の装飾が施された美しい鳥のような羽のような風の翼であった。

 

「っ!?飛び降りたぞ!?」

 

「滑空しても無駄だ!!どのみちシードル湖に落ちるだけだぞ!!」

 

「滑空した後に泳いで逃げる気か!?」

 

滑空していく瞬詠を見た西風騎士団と千岩軍の兵士の面々は驚きの声を上げる。

 

「……っ!!」

 

そして、湖の水面ギリギリを飛ぶ瞬詠は顔を空に上げる。

 

 

その瞬間。

 

 

「ぐっ!?」

(この感覚、本当に久しぶりだな!!)

 

突如、瞬詠の真下に強烈な上昇気流が生まれてそのまま急上昇していく。そして、瞬詠は凄まじい勢いで上空へと舞い上がっていった。

 

「……よし」

(ここまで来れば、暫くの間は大丈夫だ)

 

瞬詠は下を見る。先程までいたモンド城が小さくなっており、城壁にいた騎士団と兵士達は完全に慌てていた。またモンド城のあちこちから瞬詠を発見したことを意味するのだろうか、あちこちから鐘の音と法螺貝のような音が響き渡っていた。

 

「……さてと、さっさとトンズラするか」

 

「瞬詠!!待ちなさーい!!」

 

「っ!!」

 

その瞬間、瞬詠は目を見開き聞いたことのある声がした方を見た。

 

「おいおい!?もう勘弁してくれよ!?」

(来るのが早すぎるだろうって!?)

 

瞬詠は翼を翻して急旋回しつつ、進路を取りながら彼女を見る。

 

瞬詠の視線の先には赤いリボンを身につけた全体的に赤い格好の茶髪の少女、西風騎士団の偵察騎士の“アンバー”が風の翼を広げて、瞬詠と同じように上昇気流に乗りながら瞬詠と同じように高度を上げつつある光景であった。




追記1
・文字間隔の調整を行いました。


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偵察騎士との空中戦となりゆきで共同戦線を張ってしまった件について

完成したので投稿。

尚、投稿当初は何を思ったのかチラシの裏に投稿していたために通常投降に変更。
また、1話目は‘璃’月を‘瑠’月と書くという酷すぎるミスをしたため緊急修正。

また、衝動的に始めてしまったこんな見切り発車の作品ですが、まさかお気に入り登録してくれる人がいるとは思いませんでした。
ありがとうございます、励みになります。

取り合えず、投稿してしまったので(瞬詠が逃亡劇に終止符を打つか、刻晴によって逃亡劇に終止符を打たれるまで)完結できるように頑張ります。

随筆ペースはその日その日によるので不定期更新になると思われますが、よろしくお願いします。




西風騎士団。

 

それはテイワット大陸北東に位置する風神バルバトスの領域に位置するモンドという国家、そしてそのモンドを守る防衛組織。かつての腐敗した貴族と自由を求める民衆との過去の歴史故、王や貴族などの特権階級を持つ事をしないモンドの事実上の統治機構だ。

 

西風騎士団は、伝統的に一人の大団長によって率いられており、大団長が不在の場合には、代理団長が大団長代行として大団長の任務を遂行するという体制を取っている組織でもある。

 

そしてモンドを守るその防衛組織は現在大団長“ファルカ”を筆頭に、以下に代理団長の“ジン・グンヒルド”、騎兵隊隊長の“ガイア・アルベリヒ”、遊撃小隊隊長の“エウルア・ローレンス”、首席錬金術師と調査小隊長を兼ねている“アルベト”、また隊長格では無いもののかつて偵察騎士と呼ばれる強力な小隊があった過去を持つ最後の偵察騎士小隊のメンバーである“アンバー”、それ以外にも一般騎士の分類に属するが花火騎士の“クレー”、錬金術師助手の“スクロース”、前進測量士の“ミカ”、図書司書の“リサ・ミンツ”、メイドではあるものの騎士見習いの“ノエル”等という非常に多種多様かつ優秀な人材達が揃っていた。

 

 

「っ!!ぐっ!!本当にしつこいな!!」

 

「瞬詠!!待ちなさーい!!」

 

そして黄金の風の翼で空を飛んで逃げる瞬詠はそんな西風騎士団に所属する若き少女の偵察騎士、“アンバー”が瞬詠と同じく風の翼を広げて追いかける。

 

「くそ!!本当に勘弁してくれよ!!おい!!アンバー!!頼むから見逃してくれよ!!俺は特になにもしてないんだぞ!?」

 

「そう言われてもね!!ファルカ大団長の命令に従わないといけないの!!私は貴方を捕まえるまでは絶対に止まらないよ!!」

 

「なんでだよ!?別に良いじゃないか!?」

 

シードル湖上空で瞬詠とアンバーは叫びあい、互いに風の翼を使い空を舞う。瞬詠はかなりの飛行速度で飛んでいるが、アンバーの方が速いため、徐々に距離が縮まっていく。

 

「ちっ!!」

(くそ!!本当に流石だな!!アンバーの奴!!)

 

瞬詠は悪態をつきながらも、自分を追いかけてくるアンバーの実力の高さに舌打ちする。

 

流石はモンドの飛行大会で三年連続チャンピオンになった実績を持った彼女だ。風の翼を使った普通の騎士や冒険者等にはできないありえない機動をして追いついてきている。

 

彼自身も海上で長時間活動していた頃や海から離れ陸地で仕事などで超長距離移動するときなどに、よく風の翼を使用していたため、そういう分野の飛行技術には自信があったが、こういう場合では話が別だった。

 

 

例えるなら、アンバーの場合はモンドの飛行大会で三連続チャンピオンになったほどの天性の才能により、どのタイミングでどれくらいの強さの風が吹くのかを読めるので、高機動かつ高速な移動が可能な戦闘機のようなものだ。

 

対する瞬詠は才能は彼女に劣るものの、その代わりに毎日のように行っていたような海上での長時間の飛行経験、陸地で休暇時にモンドのエンジェルスシェアで飲みたいと思ったときに当たり前のように璃月港からモンド城の正門まで超長距離飛行を日常的にこなしていたことから、彼はアンバーのどのタイミングで風が吹くのかに関しての精度は劣るが、どのくらいの風の強さなのかを読むことは彼女と同等、どれほどその風が吹き続けることが出来るのかということに読むことに関しては彼女よりも優れており、それはまるで旅客機若しくは輸送機のような並外れた航続距離を誇る航空機というようなものだ。

 

それ故に今の状況を先ほどの例えで例えるならば、戦闘機が逃げる輸送機を追いかけるような状況に近いので明らかにアンバーの方に分があった。

 

「瞬詠!!いい加減に大人しく捕まりなさい!!」

 

「嫌だね!!自分はまだ死にたくないんだよ!!今おとなしく捕まったら刻晴の奴に!!冗談抜きであいつに殺される!!絞められる!!」

 

瞬詠はそう叫びながら必死になって逃げていく。彼の脳裏には笑顔を向けつつも青筋を浮かべた刻晴の姿が浮かぶ。瞬詠は恐ろしいと言わんばかりに首を横に振るう。

 

「瞬詠!!だったら大人しく捕まって刻晴に謝りなさいよ!?もしかしたら許してくれるかもしれないし!!」

 

「いや、無理に決まってんだろ!!今のあいつなら笑顔を浮かべながら自分の事をボコボコにして半殺しにしそうな気がする!!」

 

「あなたは刻晴に何をしたの!?」

 

追いかけるアンバーは思わずツッコミを入れる。

 

「色々だよ!!」

(あいつが絶対に追いかけられないようにあいつの私物を隠したり、屋敷中に罠を何重にもたくさん仕掛けたり、発覚を遅らせるために屋敷の警備兵や使用人に情報操作したりしたが、その結果色んな偶然が重なり合ってまさかあんなことになるなんてな!!)

 

瞬詠は心の中で愚痴を言うが、すぐに現実逃避するように考える事をやめて逃亡に専念する。

 

「本当にあなたは何をしたの!?」

 

「とにかく俺は悪くない!!悪いのは全部刻晴だ!!っ!!」

 

瞬詠は全ての責任を刻晴に押し付け後ろを振り返って目を見開く。アンバーがかなり距離を詰めていたからだ。しかも弓をすでに構えている。

 

「っぅ!?」

(まずい!!このままだと!!)

 

「もう!!往生際が悪いわよ!!観念しなさい!!瞬詠!!撃っちゃうわよ!?この距離なら私は当てられるわよ!!」

 

「待て待て待て待て!!撃つな!!撃つな!!」

 

「なら大人しく地面に降下してそのまま私に捕まりなさい!!」

 

「~~っ!!」

 

瞬詠は歯ぎしりする。ここでもしもそのままアンバーの言う通り降下して投降すれば千岩軍に引き渡され、そのまま激昂しているであろう刻晴の前に突き出されるだろう。そうなれば確実にボコボコにされて半殺しにされる。

 

だが、このまま空中で逃げ続けてもいずれはアンバーに追い詰められて、本当に矢を放たれ最終的に撃墜されてしまうかもしれない。

 

「っ!!どうすれば...」

 

瞬詠は頭を抱えながら周囲を見渡す。

 

右手にはシードル湖、だがシードル湖の方に逃げて最終的に着水して逃げることになるが、長時間泳ぎながら逃げることは不可能であるし最終的に陸地に上がった時に西風騎士団や千岩軍に拘束される可能性が非常に高い。

 

そして左手には清泉町、一瞬清泉町なら陸地であるので走って逃げられるのではないかと考えられたが、地の利はモンドを守り続けてきた西風騎士団にある。おまけに目を凝らしてみれば既に複数の騎士団の人間や千岩軍の兵士が待ち構えているようにも見えた。

 

つまり、この2つのどちらを選んでも瞬詠にとっては詰みの状態だ。

 

「ちっ!!」

(くそっ!!これじゃあほとんど詰みじゃねえか)

 

瞬詠は舌打ちをする。だが、それでも諦めずに彼は考え続けとある決断をした。

 

「っ!!あぁ!!もう分かったよ!!降参だ!!降下すれば良いんだろう!?」

 

瞬詠は大声で叫ぶ。その瞬間、アンバーは嬉しそうに微笑む。

 

「ふぅ……やっと観念してくれたのね?なら、そうね。そこの砂浜に降下して」

 

アンバーは安心した表情をすると、その場所を指さした。

 

「あぁ、分かった」

 

瞬詠はアンバーの指示に従いゆっくりと高度を下げていく。

 

「......っぁ!?」

(今だ!!)

 

刹那、ゆっくりと降下していた瞬詠は突如、胸を押さえて苦しみながら錐揉み回転しながら砂浜に垂直降下し始める。そしてそれを見たアンバーは驚きの声を上げた。

 

「えぇ!?ちょ、ちょっと!?瞬詠!?危ない!!瞬詠!!瞬詠!?」

 

アンバーは瞬詠の身に何かあったのではないかと不安になり、慌てて瞬詠の名を呼びながら降下する。

 

「っ!!」

 

そして砂浜に激突するかしないかの寸前で瞬詠は風の翼を翻して体を引き起こして、瞬詠の身体と砂浜が接触するか接触しないかのギリギリの高さで飛行を再開する。

 

「っぇ!!...はっ!?ぁぁ!?」

 

一瞬、アンバーは何が起きたのか分からず呆然としていたが、瞬詠が無事であることを確認するとその事に安堵すると同時に自分がとんでもない失態を犯したことに気付いて顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を上げる。

 

「ははは!!言っただろう!!アンバー!!自分は今誰であろうとも絶対に捕まるわけにいかないんだよ!!」

 

垂直降下した際にかなりの速度を稼げたおかげかすぐにシードル湖の水面に出た瞬詠は、鳩の豆鉄砲を食らったような表情をしているアンバーに向かって笑いながら叫び、再び上昇気流に乗って逃げ始めた。

 

「~っ!!瞬詠ーっ!!もう許さないよ!!絶対に捕まえてやるんだから!!」

 

アンバーは怒りに身を任せて瞬詠を追いかける。しかし先ほどまで瞬詠を追っていた時とは違い降下し減速していたために、今は瞬詠の方が圧倒的に速いかつ高度も瞬詠の方が高いため、すぐには追いつくことができない。

 

「ははは!!」

(よし、このまま!!)

 

瞬詠はアンバーから視線を外してとある方に視線を向けて、そのままそちらの方に突撃せんと突っ込んでいく。

 

瞬詠の視線の先には木々が生い茂っておりまるで森のようにも見える場所___『奔狼領』に視線を向けながら急降下していった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

奔狼領。モンドの蒼風の高地にある樹木が生い茂っている林間地。中にいると恐怖を感じるほど静けさに満ちており、林の間にある影の下には危険な狼の群れが潜んでいると言われ、たとえ狩人たちでも気軽に入ることができない地。その地の中を悠々と駆け抜ける一人の男がいた。

 

灰色の璃月の服装をし、黒い髪に灰色の髪が混じった男、瞬詠である。

 

「っ!!」

 

「っ!!ぐっ!!待ちなさい!!瞬詠!!待って!!止まりなさい!!」

 

瞬詠は同じく奔狼領に降下したアンバーの静止を無視してそのまま疾走を続ける。

 

「はは!!そんなのは断るに決まっているだろうが!!」

 

「瞬詠!!」

 

アンバーは走る。だが奔狼領の林の中は木が邪魔で視界が悪く、何度も瞬詠の姿を見失ってしまいそうになる。

 

「瞬詠!!止まりなさい!!」

 

「はっ!!誰が止まるか!!」

 

瞬詠はそう言うと目の前にあった木の枝を掴み、そのまま振り子の原理を利用して宙を舞う。そして近くの木の枝に飛び移り、それを繰り返してどんどんと前にいく。

 

「っ!!」

(もう!!何なのよ!?)

 

アンバーは瞬詠の行動を見て悪態をつく。瞬詠が巧みに木の幹を飛び移りながら進んでいるせいで更に見失いそうになっていくのだ。

 

「瞬詠!!止まりなさいよ!?」

 

アンバーは瞬詠に怒鳴るが、瞬詠は聞こえていないのか無視しているのか、アンバーの方を振り向くこともなくひたすら前に進む。

 

「っ!!しょっと!!......」

 

そして瞬詠はとある木の幹の上で止まって息を潜める。

 

「もう、どこにいったのよ!!」

瞬詠の下を走るアンバーは完全に瞬詠の事を完全に見失ってしまったらしく、周囲を探し始める。

 

「……」

瞬詠は息を潜めながらアンバーの様子を伺う。

 

「…」

瞬詠はアンバーの様子を見ながら考える。今のアンバーは完全に瞬詠を見失ってしまったため必死に周囲を探している。そしてそのアンバーの表情からは焦燥感がありありと感じ取れる。

 

「……」

(後はアンバーがこのままここから立ち去ってくれれば……)

 

瞬詠は心の中で呟き、アンバーが立ち去るのを静かに待つ。

 

だが、その時であった。

 

「……うん?」

 

瞬詠は遠くの草むらが揺れたのを感じ取った。

 

「……っ!?」

 

瞬詠は嫌な予感がし、その草むらを観察する。

 

「イヤァ」

 

「ヤゥ」

 

草むらからヒルチャールの群れが現れた。数は10体以上はおり、中には大型の個体もいる。

 

「チッ」

(このタイミングでヒルチャールの群れが来るのかよ!!)

 

瞬詠は舌打ちをして目を細める。そのヒルチャールの群れは確認できる限りだと通常の大きさの棍棒を持ったのが10体程か10体以上、盾を持ったのが3体、ボウガンを持ったのが6体、そしてそのヒルチャールの群れのリーダーなのか、ヒルチャール暴徒と呼ばれる盾持ちの大型ヒルチャールが1体で構成されたヒルチャールの群れであった。

 

「っ!!」

 

瞬詠は慌てながら、アンバーの方を見る。

 

「まったく、何処に行ったのよ!!瞬詠!!」

 

肝心のアンバーは接近しつつあるヒルチャールの群れの事に気が付かずに、周囲の探索を続けていた。

 

「っ!!」

(あの馬鹿!!気づけよ!!)

 

瞬詠は思わず叫び出しそうになるが、それを堪える。ここで叫んだら間違いなくアンバーに気付かれるからだ。今の自分が西風騎士団に追われている身でなければ、今すぐにでもアンバーに向かって怒鳴りつけていたであろうが、それはできない。

 

「っ!?」

(ちっ!!どうすれば)

 

このままだと確実にアンバーはヒルチャールの群れに奇襲を受けてそのまま襲われてしまう。そうなった場合、いくら偵察騎士のアンバーと言えどもおおよそ20体程になるのだろうか、この規模の大型ヒルチャールを含むヒルチャールの群れをたったの1人で相手にするのは無理がある。

 

「ウァ?ヤァ」

 

「ヤァ」

 

「オブウグゥ」

 

「っ」

 

(もしかして、アンバーが見つかったのか!?)

 

ヒルチャールの群れの中の棍棒を持った1体がアンバーのいる方向に指をさす。すると他の個体はアンバーの存在に気づいたようで、そちらに視線を向ける。

 

「ヤア」

 

「ヤアウ」

 

「ヤアーウ」

 

「オヴグ」

 

ヒルチャール達はそれぞれ頷きあい、そしてのリーダーのヒルチャール暴徒が大きく頷く。そしてそれを皮切りに数体の盾と棍棒を持ったヒルチャールがゆっくりと歩きだし、アンバーがいる場所へと近づいていく。

 

「……」

(...ったく、仕方がないな)

 

瞬詠は息を潜めて決断した。

「......」

 

瞬詠はアンバーの元にゆっくりと近づくヒルチャール達を見ながら、服からとある瓶、紫色の液体の入った投擲瓶を取り出す。

 

「...っ!!」

 

そして、そのヒルチャール達が瞬詠のいる木の近くに差し掛かった時、その投擲瓶をヒルチャール達に投げつけた。瞬詠が投げた投擲瓶はヒルチャールにぶつかるとそのまま瓶が割れ、紫色の液体の中身がヒルチャールに降り注ぐ。

 

「イヤァ!!」

 

「ギャッ!?」

 

「ギャァー!?」

 

次の瞬間、ヒルチャールは悲鳴を上げる。ヒルチャールにかかった紫色の液体には強烈な電気が走っていた。そのためヒルチャール達の身体が痙攣を起こしたからだ。

 

「えっ!?」

 

そしてヒルチャールの悲鳴が聞こえたアンバーは反射的に後ろを振り向き、そのまま炎元素を用いて炎の弓矢を連続して放つ。

 

「「「イギャアァッ!!」」」

 

アンバーによって放たれた炎の矢はヒルチャールを襲うと大爆発を引き起こし吹っ飛んでいった。

 

「アンバー!!一時休戦だ!!ヒルチャールの大規模な群れがすぐそこにいる!!」

瞬詠はそう言いながら、服から更に紫色の液体以外にも青色や水色の液体の投擲瓶を取り出す。

 

「えっ!?」

 

アンバーは瞬詠の声が響き渡り驚く。

 

「今のを除いてヒルチャールの群れは棍棒持ちがおおよそ10体程度かそれ以上!!盾を持ったのが2体!!ボウガンを持ったのが6体!!リーダーらしき盾持ちのヒルチャール暴徒が1体!!やるぞ!!アンバー!!」

 

「わ、分かった!!」

 

瞬詠はヒルチャールの群れの情報をアンバーに伝えると、木々の幹を飛び移りながら、今度は青色の液体と水色の液体の投擲瓶をヒルチャールに向けて投げつける。

 

「ヤアッ!?」

 

「ヤアウ!?」

 

瞬詠の投擲瓶による水属性と氷属性の元素反応攻撃によりそのヒルチャール達は凍結し動きが止まる。

 

「っ!!やぁっ!!」

 

そこにアンバーの炎の弓矢が飛来する。

 

「「ギィイッ!?」」

 

アンバーの放った炎の矢は凍結しているヒルチャールに突き刺さりそのまま地面に倒れ伏す。

 

「ヤアウ!!」

 

「ヤアーウ!!」

 

一部のヒルチャールが木の幹を飛び移りながら投擲瓶を投げつけている瞬詠を発見し棍棒を持って追いかけ始める。だがヒルチャールの足は決して早くない。むしろ遅い。棍棒を持ったヒルチャール達は瞬詠を追いかけるが、瞬詠の方が一枚上手であった。

 

「私から目を離したら駄目だよ~」

 

そして、瞬詠が囮になっている間にアンバーはヒルチャール達を炎の弓矢で狙い撃ちしていく。

 

「ヤァァ!?」

 

「ヤァ!?」

 

「ヤア!?」

 

「ヤァ!!」

 

アンバーの放った炎の矢が次々と命中していき、次々と棍棒を持ったヒルチャール達を倒していく。

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤアウ!!」

 

「っ!!」

 

ボウガンを持ったヒルチャールがアンバーにボウガンの矢を放つ。アンバーは木の後ろに隠れてボウガンの矢を回避した。

 

「ヤアァァァ!!」

 

「うっ!?」

 

しかし、更にもう1体のヒルチャールが棍棒を振り回しながらアンバーに襲い掛かる。アンバーは咄嵯に横に跳んでヒルチャールの攻撃を避ける。

 

「させるか!!」

 

「ヤァ!?ヤアーウ!?」

 

木々を跳び回っていた瞬詠は木を思いっきり蹴ることで加速してヒルチャールとアンバーに間に割り込み、そのままの流れでヒルチャールの腕を掴んで一本背負いの要領で投げ飛ばして木へと叩きつけた。

 

「大丈夫か!?」

 

「うん、私は大丈夫!!...っ、瞬詠!!これ!!」

 

アンバーはそう言うと自分の足元に片手剣が落ちていることに気付き、それを瞬詠に手渡した。

 

「……っ、多少錆びてはいるが、まだこれは十分に使えるな」

(これで幾分か、状況はましになる筈だ)

 

瞬詠はその片手剣を一振るいすると、ヒルチャールの群れを見る。

 

「ボフォゥ!!」

 

ヒルチャール達の群れの奥にはリーダーの盾持ちのヒルチャール暴徒が、瞬詠とアンバーによって次々と仲間たちが倒されていく光景を見ていきり立っていた。

 

「……来るぞ、アンバー」

 

「……えぇ、分かっているわよ。瞬詠」

 

瞬詠とアンバーはそれぞれの片手剣と弓をそれぞれ構える。

 

「ボフッ!!ボホォ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤァ!!」

 

リーダーである盾持ちのヒルチャール暴徒の雄たけびが合図となり、一斉にヒルチャール達が襲いかかってくる。

 

「ふっ!!っ!!」

 

瞬詠は片手剣を振るってヒルチャール達を斬り裂き、時には蹴りを放ち、必要であればヒルチャールを掴んで投げ飛ばし、また元素反応を引き起こすそれぞれの投擲瓶を投げて爆発させていった。

 

「やっ!!ふっ!!」

 

そしてアンバーも瞬詠を援護するように瞬詠を取り囲まんとするヒルチャールを優先して的確に炎の弓矢を放っていく。

 

 

前衛の瞬詠、後衛のアンバー。

 

2人は互いに互いの動きに合わせながら戦うことで、ヒルチャール達の攻撃を捌いていく。

 

ヒルチャールの群れの中で暴れまわる瞬詠が遠くのボウガン持ちのヒルチャールに狙われそうになったら、アンバーがすかさず炎の矢を射抜いて瞬詠を守る。逆に棍棒持ちのヒルチャールが攻撃に集中しているアンバーに接近したら、瞬詠が的確に投擲瓶を投げてヒルチャールに牽制したり妨害して、アンバーがその僅かな隙の間にそのヒルチャールを弓矢で倒す。そんな連携を繰り返しながら2人は次々とヒルチャール達を薙ぎ払っていった。

 

 

「ボッ!!ブオォ!!」

 

リーダーの盾持ちヒルチャール暴徒は仲間が瞬詠とアンバーによって次々に倒されていることに怒り、ヒルチャール暴徒が一歩前に踏み出した瞬間だった。

 

「今だ!!アンバー!!」

 

「任せて!!」

 

瞬詠がヒルチャール暴徒の動きを見て、アンバーに指示を出す。そしてアンバーが炎の矢を放つと同時に瞬詠もまた紫色の液体の投擲瓶を投げつけた。

 

「ブオォ!?」

 

瞬詠の投げた紫色の液体の投擲瓶がヒルチャール暴徒の盾に命中し、飛び散った液体によってヒルチャール暴徒が僅かに痺れる。更にそこにアンバーの放った炎の矢が突き刺さり、ヒルチャール暴徒の盾が爆発する。だが、ヒルチャール暴徒の持つ盾は普通のヒルチャールの盾とは違い、とても頑丈であった。

 

「ボゥゥ!!」

 

ヒルチャール暴徒の盾が破壊されることは無かった。だが、それこそが瞬詠とアンバーの狙い目でもあった。

 

「よし!!そのまま炎の矢をっ!!」

 

「うん!!」

 

瞬詠はアンバーに指示を出し、アンバーはそれに答えるように、炎の矢を放つ。

 

「ボゥッ!?」

 

アンバーが放った炎の矢はヒルチャール暴徒の盾に命中。ヒルチャール暴徒の盾が燃え上がり始める。ヒルチャール暴徒は僅かではあるものの痺れているが為に、燃え上がっている盾を振り回して消火することができない。それはヒルチャール暴徒にとって最悪の事態であり、アンバーと瞬詠にとっては絶好の機会だった。

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤーヴ!!」

 

リーダーのヒルチャール暴徒を守ろうと、ヒルチャール達は自分達のリーダーを守る為にヒルチャール暴徒の周りを囲み、防御態勢を取る。

 

「アンバー!!今だ!!」

 

瞬詠はヒルチャール暴徒を囲んでいる全てのヒルチャール達を見ながら叫ぶ。

 

「うん!!……雨のような…矢を!」

 

アンバーはそう叫びながら、燃えるような一本の赤い矢をヒルチャールの上に放つと、次の瞬間には炎の矢の雨がヒルチャールに襲い掛かる。

 

「ボボボボボボッ!!?」

 

「ヤアウ!?」

 

「ヤーウ!?」

 

炎の矢の雨はヒルチャールの頭上に降り注ぎ、次々とヒルチャール達の体を貫き燃え上がる。そして燃え上がったヒルチャール達は悲鳴を上げながら地面に倒れていく。

 

「よし!!」

 

「アンバー!!油断するな!!まだ完全に最後まで終わってない!!」

 

「えぇ!!」

 

瞬詠とアンバーはそれぞれ目の前の燃えているヒルチャールを警戒するように片手剣と弓を握りしめる。

 

「ボフォッ!!…ォッ…ブオッ」

 

そして、リーダのヒルチャール暴徒は力が尽きたかのように膝を付き、そしてそのまま倒れた。

 

「ふぅ……。終わったようだな……」

 

「うん、そうだね。瞬詠」

 

瞬詠とアンバーはお互いの顔を見合わせて安堵した表情を浮かべる。

 

「あぁ、ありがとう。アンバー。助かった。アンバー、大丈夫か?怪我とかないか?」

 

「ううん。私は平気だよ。瞬詠もお疲れ様!!瞬詠こそ大丈夫?」

 

「自分か?自分は問題ない。アンバーのお陰で無事で済んだからな」

 

「そっか!良かった!!」

 

瞬詠とアンバーはお互いに微笑み合う。

 

「...はぁ、疲れたが何とかなって良かった。にしても何なんだあのヒルチャールの群れの規模は?」

 

「確かに。あんな数のヒルチャールの群れなんて久しく見たことなかったよ」

 

瞬詠とアンバーは先程のヒルチャールの群れとの戦いを思い返す。少なくとも20体かそれ以上のヒルチャールがあの場にいた。しかもある程度ではあるが統率が取れていたように思える。

 

「……何かおかしい気がする。取り合えず念のためにファルカの奴とジンさん、あとできればアルベトやリサさん、ついでにガイアの奴や、おまけに気は乗らないがエウルアにもこの事を…あ」

 

瞬詠は腕を組み、顎に手をやりながら呟き、西風騎士団の大団長であるファルカとだその次に継ぐ代理団長のジン、また首席錬金術師と調査小隊長のアルベトや騎士団の図書司書のリサ、騎兵隊隊長の頭の切れるガイアやエウルアにもこの事に関して情報共有をしようと考えた時だった。

 

「……」

 

「う~ん?うーん?」

 

瞬詠は顔は動かさずに視線だけアンバーの方に向ける。アンバーは瞬詠と同じく腕を組みながら考え事をしていた。だが、瞬詠と違ってアンバーは体を左右に揺らしながら考えている。

 

「……」

(アンバーの奴はまだ自分の立場の事を思い出してないようだな)

 

瞬詠はアンバーのその様子を見て一安心する。アンバーは今現在の瞬詠の立場が、絶対に刻晴であると思われるが、璃月七星が千岩軍に下した命令によって、演習とは言えとでも瞬詠に対し捕縛命令が出されており、その千岩軍に西風騎士団の大団長のファルカが協力してしまっているために、現在本来ならばここで西風騎士団の偵察騎士であるアンバーは瞬詠を捕縛しなければならない立場にあるのだ。

 

「……うん」

 

瞬詠は独りでに頷いた。

 

「…っ」

(よし、逃げよう)

 

瞬詠は即決すると全速力で走り出した。

 

「えっ!?瞬詠!?どうしたの!?……はっ!?」

 

アンバーはなぜか逃げ出した瞬詠を見て驚く。そして遅れてだが、そこでようやくファルカ大団長が自分に課した使命を思い出した。

 

「待ちなさいよ!!瞬詠!!」

 

アンバーは既に彼の背中が見えなくなった彼を追いかけるべく、全速力で走り始めた。

 

 

 

 

 

「...はぁ、アンバーの奴って。良くも悪くも真っすぐだよな」

(まぁ、そこがアンバーの良いところではあるんだけどな)

 

そう呟きながらとある木の後ろに隠れていた瞬詠は彼女の走り去っていた方に苦笑いを浮かべながら見つめる。

 

「……それじゃあ、取り合えず、まずはこの辺りから離れるか...にしても」

(千岩軍で保管していた宝盗団から押収したのを借りた投擲瓶もだいぶ使っちゃったな。アンバーの奴を絶対に守り切るためだったとはいえ......まぁ、幸いにもここまで逃げたなら並みの西風騎士団の人間も千岩軍の兵士もここまで駆けつけるのには時間がかかるし、とりあえずはしばらくの間は平和だな)

 

瞬詠はそう思いつつこれからどうするかを考えながら、ゆっくりとその場から歩き出した。

 

 

 

 

 

「グルルゥ」

 

「ガルルゥ」

 

「...なぜ...名前を...くれた、あの男の...あの男から......」

 

そしてその瞬詠の背中を数匹の狼と、赤い瞳に体つきが逞しく、そして緑のズボンにぼろぼろのフードのような恰好に、背中に雷の神の目、そしてまるで狼の体毛のような長髪の少年が狼達と共に見つめていたのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

「ふぅ~、やっと林から抜けられたな」

 

瞬詠は毛伸びしながら息を吐く。瞬詠はようやく奔狼領の林を出て高台に出た。左後ろを振り返るとシードル湖とモンド城が見える。

 

「さて、ここからどうしたものかな?一応この辺りの地理は把握しているつもりだけど……」

 

瞬詠は右手の人差し指を口に当てながら考える。今の場所を推測するにおそらく、蒼風の高地の清泉町とアカツキワイナリーの中間地点の辺りと言ったところだろう。

 

「……うん?げぇっ!?」

(おいおいおい!!今度はよりによってお前かよ!!)

 

瞬詠は不意に視線を感じ、そちらの方に視線を向けて目を見開かせて驚いた。

 

「ようやく、機会が訪れたわね……瞬詠、今この場で貴方を正当な理由で、あの時の復讐ができるわ」

 

そこには、もしも今の状況下の瞬詠に絶対に会いたくない人ランキングがあったとしたら、璃月編では璃月七星の“刻晴”、そしてモンド編では堂々の第一位に輝くであろう波花騎士、遊撃小隊隊長の“エウルア・ローレンス”がそこに立っていた。




追記1
・瞬詠の口調がおかしい部分があったので修正
・ヒルチャールの一部表現を修正
・蒼風の高地という用語を追加しました。

追記2
・文字間隔の調整を行いました。


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波花騎士から逃げようとしたが、彼女と共に戦舞踏を踊ってしまった件について

3話目が完成したので投稿。

今回は完全にエウルア(との戦闘)回です。

元素反応を活かした戦闘描写とかって、よく分からない...
取り合えず一通りは出来たものの...

今更ですが、2話目の時にあとがきとかに書けば良かったのですが、主人公の瞬詠は現時点では神の目は保持していません。
ただ、それをある程度は補う程の強さ?は持っていますが...

それはそうと、お気に入り登録、また高評価等もありがとうございます。

小説情報とかを開いたときに急激に増えていて、思わず見間違えかと思って入りなおしたりしました。

特に何も考えずに、本当に完全に衝動的に始まってしまった見切り発車の本作品ですが、よろしくお願いします。


エウルア・ローレンス。

 

西風騎士団の遊撃小隊隊長、波花騎士という称号を持った女性騎士。氷のような水色の髪に金眼で整った顔立ちをしている美人な女性、だがその身にはかつてモンドを暴政と恐怖で染め上げた旧貴族「ローレンス家」の血が流れている女性。そして、その罪人の血が流れている罪人達の末裔である彼女の瞳は、まるで氷のような冷酷な敵意を込めて瞬詠の姿を映していた。

 

「エ、エウルア。お、お前どうしてここに…?」

 

蒼風の高地の清泉町とアカツキワイナリーの中間地点にある高台、そこで奔狼領で拾った片手剣を手にした瞬詠は焦りながらエウルアに声をかける。

 

「それは風の翼で奔狼領に逃げたと聞いた私が、次に君が行きそうな場所を考えた結果よ」

 

「ははは、まじですか...でも、自分はもう行かないといけないから、じゃあな」

 

「駄目に決まってるでしょう」

 

「っ!!」

 

エウルアはその言葉を発すると同時に一瞬で瞬詠との距離を詰めて大剣を振り下ろす。瞬詠はそれをかろうじて体をそらしてかわす。

 

「っ!?」

(冷たっ!?)

 

瞬詠はかわした筈なのに身の毛をよだつ程の冷たい感覚を覚えていた。

 

「ふぅん?やっぱり私の一撃を避けるのね」

 

「おい!!馬鹿!!エウルア!!自分の事を殺す気か!?死を意識したぞ!?死を!!何考えてんだ!?お前!?」

 

「えぇ、だって瞬詠、君はこんなんじゃ別に死なないでしょ?君はものすごくしぶといと思うし…遺跡守衛みたいに」

 

「いや、だからなに言ってんの!?」

(人のことを遺跡守衛みたいってなに言っちゃってんの!?頭いかれてんじゃねえの!?こいつ!?)

 

瞬詠はエウルアのまさかの発言に心の中でツッコミを入れる。

 

「ふぅ、まぁいいわ。私は君を捕まえに来たわけだし、その過程でついでに君にあの時の復讐を行うだけだよ」

 

そう言うとエウルアは再び瞬詠に向かって大剣を振るい始める。

 

「おい待てって!!っ!!だからさっきから!!っ!!復讐って!!一体自分が何をしたっていうんだよ!?」

 

「あら、覚えていないのかしら?」

 

「知らねえよ!!」

 

エウルアの大剣が横薙ぎに振るわれる。それを瞬詠は叫びながらバックステップをしながらなんとか回避する。

 

「全く覚えてないなら、別にそれはそれでも構わないけど。私が受けたあの時の屈辱はここで晴らすだけだし……まぁ、とにかく始めましょう」

 

「っぁ!?だから待てって!!っぉ!?なんの話をしてるんだよ!?お前は!?」

(一体自分が何をしたっていうんだよ!?)

 

瞬詠はエウルアが本腰を入れたのか、まるで軽々と綺麗にダンスを踊るかのように大剣を振るい始め、彼はよりいっそう必死になって、攻撃を回避しながら説得を試みる。しかし、そんな瞬詠の言葉など耳に入らないように大剣を振り続ける。

 

「っぅ!?っぁ!?ちょっ!?」

(一体、エウルアは何に対して怒ってるんだ!?全然意味がわかんねぇんだけど!?)

 

瞬詠はエウルアの攻撃を何とか避けながら考える。全くもって何が原因なのかが分からない。いや、正確にはエウルアが自分に対して恨む心当たりがありすぎて、どれが原因で彼女が怒っているのかが全く分からなかった。

 

 

瞬詠とエウルアは他の西風騎士団の面々の中でも良くも悪くも長い付き合いだった。瞬詠がモンドにやって来て、その時に初めて本格的に西風騎士団と関わった最初の西風騎士団の騎士がエウルアでもある。

当初は瞬詠もエウルアも、他の人と比べて特別仲が良いという訳ではなかったが、モンドで何度か瞬詠とエウルアが行動を共にしたり、エンジェルズシェアで相席したりした結果、それなり以上に親しい間柄になったのだ。

また、お互いがお互いに色々と面倒な事を背負っている事もあり、二人は互いに同情し合っていた。それ故に二人は互いに心を開いたのか、良く言えば互いに相手に言いたいことを何でも言えるような関係になり、悪く言えば遠慮なく悪口や罵倒をぶつけあえる関係になっていた。

 

 

「ふぅ……いつまで君は持つのかしら……」

 

そして、その瞬詠を追い詰めるエウルアの顔には余裕があり、その表情からは、今のこの状況を楽しむかのような笑みを浮かべていた。

 

「おい!?っ!?一体、何をしたっていうんだよ!?そこまで恨ませることなんて……あぁっ!?」

(いや、もしかして!?あれなのか!?)

 

エウルアの攻撃を何とかしてかわし続ける瞬詠は、ふとある事に思い当たる。

 

「お前……っ!!まさか!!いつかのエンジェルズシェアでの『公開接吻乱闘事件』のことか!?」

 

「砕け散れ!!」

 

「うぉっ!?っぅ!?」

(寒っ!?)

 

瞬詠がそう叫ぶと、エウルアは今までよりも早く大剣を地面に叩きつけ、またその際に彼女の氷元素の余波なのか周囲に強烈な冷気が撒き散らされる。だが、瞬詠は大剣をギリギリのところでそれを避けきり、エウルアと距離を取った。

 

「ふっ、やるじゃない。瞬詠」

 

「っ!?やっぱりかよ!?」

 

エウルアは避けた瞬詠に顔を向ける。エウルアは瞬詠に優しく微笑んでいるものの、その瞳には絶対零度のような冷たい殺意が込められていた。そしてその瞳を見た瞬詠は、やはり自分の予想は当たっていたと確信する。

 

「いやいや待ってくれ!?あれは自分は悪くない!!事故だ!!事故!!」

 

瞬詠はエウルアに対して抗議の声を上げる。

 

 

公開接吻乱闘事件。それは、今でもまるでまことしやかなように、一部の西風騎士団とエンジェルズシェアの常連に語られている一種の伝説的な事件。

 

事の全貌はとある日のエンジェルズシェアで瞬詠は知り合いの吟遊詩人と一緒にお酒を飲んでいたのだが、その時は知り合いと共にかなり飲んでいたために泥酔ぎみであった。そこにその知り合いの吟遊詩人が瞬詠にどついて、どつかれた瞬詠はフラフラな状態でエンジェルズシェア内を歩き、そこへ同じく客として来ていたガイアの足に偶々引っ掛かり、バランスを崩しかけた瞬詠がそのまま独りで飲んでいたエウルアの元に倒れ込んで、そのまま彼女の唇を奪ってしまったのだ。更には彼の手が偶然彼女の胸にも伸びてしまっていたのである。

そして、瞬詠に何をされたのかを理解した彼女は瞬詠を睨むと、その後すぐに彼をボコボコにぶん殴りまくったわけだが、彼も彼でかなりの酒が入っていたために、普段の彼なら最後まで逃げたり謝ったりしていたはずなのだが、エウルアにぼこぼこに殴られ続けた彼が、遂に逆ギレして彼女に殴り返して反撃してしまったのだ。その結果、瞬詠とエウルアは互いに殴ったり殴られたり、蹴ったり蹴られたり、組伏せたり組み伏せられたり等の取っ組み合いを始めてしまい、最終的には偶々エンジェルズシェアに一緒に訪れたオーナーのディルックと西風騎士団の代理団長のジンによって、二人共彼らに取り押さえられて喧嘩両成敗させられ、そのまま瞬詠とエウルアの二人は二人纏めて、騎士団本部の反省室に放り込まれたという事件である。

 

またその後には、更に両者ともにエンジェルズシェアに迷惑を掛けたお詫びとしてディルックとジンの提案により、数日ほどエンジェルズシェアの従業員としてバーテンダーやウェィターとしてオーナーのディルックにこき使わされたのである。

 

因みに瞬詠はその事件の時の記憶はそこまで残っていないが、エウルア曰く、『私にとっては、一生忘れられない思い出になったわ』との事で、その最終日には『いつの日かは、この屈辱を晴らすために復讐してやるから。だからその日までに覚悟を決めておくことね』とまで言われた。

 

 

「まさか!?まさか、そのいつの日かって!?今日なのか!?というか、そんなずっと前に起きたことをまだ根に持ってるのか!?」

 

瞬詠はエウルアの執念深さに驚愕する。

 

「当たり前でしょう?私は自分の受けた屈辱を忘れるほど愚かではないし、自分自身の誇りを傷つけられて黙っているほど優しい性格でもないわ」

 

「いや、さっきからなに言っちゃってんのエウルア!?というか、そんなことを言うなら今すぐ全ての元凶のウェンティの奴に言えよ!?」

 

「もちろん、ウェンティが私の目の前に現れたら、この恨みを晴らすために……直接文句を言うつもりよ」

 

「いや、自分とウェンティの奴との復讐の内容が絶対に逆だろ!!こういうのはあいつこそが受けるべき罰だと思うんだけど!?」

 

瞬詠はエウルアの言葉を聞いて、思わずツッコミを入れる。

 

「まぁ、良いわ。これで貴方がどうして私に復讐されそうになっているのか、十分に分かったでしょ?さぁ、罪人は罪を償ってもらうわよ」

 

「その言葉をお前が言うか!?」

 

瞬詠はエウルアの言葉にまたもやツッコんだ。

 

「ふふっ、喚きなさい!!ふっ!!っ!!っ!!」

 

「おい馬鹿!?っ!!くっ!?ちっ!?」

 

エウルアは一気に間合いを詰めるとエウルアの氷の元素を纏わせたのか、極寒の氷気を帯びた大剣を瞬詠に連続して放ち、瞬詠はエウルアの大剣を当たるか当たらないかのギリギリでかわしていく。

エウルアの剣技はまるで剣舞のように美しいものであり、その動きには無駄がない。普通なら大剣を振るえば隙ができるはずなのに、エウルアのそれはまるで彼女の祭礼の大剣が彼女の身体の一部のように、彼女の舞のような華麗な動作に合わせて、彼女の武器も華麗かつ優雅な動きで振るわれていく。

 

「ちょっ!?馬鹿!?」

 

だが、彼女の剣戟に振るわれている当の本人である瞬詠にとってのそれは、ただの恐ろしい死神が操る鎌にしか見えなかった。

 

「ふっ 」

 

「っ!?っ!!ぁっ!?」

 

彼女の大剣の一振るいを瞬詠はかわすと、今まで彼女の猛攻を受けていたせいだろうか、彼は彼女に攻撃するつもりがなかったものの、つい反射的に片手剣でエウルアに突きを放ってしまう。

 

「っ、やるね」

 

そしてエウルアは一瞬目を見開いて、瞬詠の突きを大剣で軽く弾いて防ぐと、その瞬間に瞬詠の懐に入り込む。

 

「うおっ!?」

 

瞬詠は慌ててエウルアの攻撃を防ごうとするが、エウルアの蹴りによって瞬詠は吹き飛ばされてしまう。

 

「っぅ、くそったれ……やったな、エウルア?」

 

吹き飛ばされた瞬詠はゆっくりと立ち上がると、エウルアに視線を向ける。彼はエウルアの攻撃をまともに受けたものの、ダメージはほぼ無いに等しいようで、彼は彼女を睨み付ける。

 

「あら、ようやくやる気になったみたいね?」

 

エウルアは瞬詠の方を見ると、ほんの少しだけ楽しそうな表情を浮かべて笑う。

 

「どうやらどうやっても、自分が逃げるためにはエウルア、お前をここで何とかする方法は無いようだな……」

 

瞬詠はエウルアの蹴りを受けたのが原因で彼自身にスイッチが入ったのか、先程までの回避や逃げに徹していた様子とは違い、彼の瞳に宿っていた彼女に対する怯えや焦りの色は消え、代わりにその瞳の奥底からは強い意志を感じるようになった。

 

「そう、やっと戦う気になったのね?それじゃあ始めましょうか?瞬詠」

 

エウルアは自身の大剣を構える。

 

「ふん、これからするのはあくまでも正当防衛だ。お前が悪いんだからな?覚悟しろよ?エウルア」

 

「ふふっ、面白いじゃない?やってみなさいよ?瞬詠」

 

「そうか、なら遠慮なくやらせてもらう」

 

瞬詠はそう言うと、今度は瞬詠の方からエウルアとの距離を詰める。

 

「っ」

 

「っ」

 

瞬詠は片手剣をエウルアに向かって振り下ろし、エウルアはそれを身体をそらして避ける。すると瞬詠はエウルアに避けられたことなど気にせず、そのまま流れるような動きで片手剣を振り上げ、エウルアに一撃を放つ。

 

「ふっ、ふんっ」

 

「っぅ、っ」

 

また、エウルアも瞬詠の攻撃を自身の大剣で防ぎつつ、大剣を巧みに操り、まるで踊るかのように華麗な動きで瞬詠の攻撃を受け流しつつ、時折反撃をしていく。

 

「全く、本当に中々やるな。お前は」

 

「あら、どうもありがとう。でもやっぱり貴方もかなり良い腕をしているわね」

 

「そりゃどーも」

 

二人は互いに相手を褒めつつも、相手の隙を伺っているのか、互いの攻撃の手を緩めることなく、激しい攻防を繰り広げていく。二人はまるで独特のステップを踏みながらダンスを踊るかのように、まるで戦いの舞踏会を行っているようであった。

 

「っ、っ」

(……仕方ない、アンバーを助けるのに使ってしまったから出来れば節約したかったんだが、今はそんなこと言ってる場合じゃないな)

 

瞬詠は心の中で呟くと、自分の服からそれぞれの元素反応を引き起こす投擲瓶を取り出す。

 

「あら、瞬詠。それを取り出したってことは、今から私も元素攻撃をしてもいいという事よね?」

 

「はんっ、どの口がそれを言う?その前にお前は散々自分に向かって、氷元素を纏わせた大剣を自分に振るってきただろうが?」

 

「ふふっ」

 

瞬詠の言葉を聞いたエウルアはクスリと笑うと、彼女は瞬詠に攻撃するために間合いを詰めようとする。しかし瞬詠はバッグステップを踏んで、エウルアの攻撃を回避する。

 

「っ、はっ、ちっ」

 

「っ、ふっ、あら、瞬詠。私の舞台でも整えてくれたのかしら?」

 

そしてエウルアの攻撃をかわし続けた瞬詠は、エウルアが大降りに放った氷元素を纏わせた大剣を後方に宙返りしながらかわすと同時に、複数の青い液体の投擲瓶をエウルアの足元に狙って投げつけるが、エウルアはその場で跳んで投擲瓶を避ける。そうしてエウルアに避けられた投擲瓶は割れて周囲に水元素を拡散し、更にはエウルアが周囲に発していた氷元素に混ざることで、一瞬にして緑の草原を凍らせてしまい、氷の大地へと変貌させた。

 

「随分と面白いことしてくれるじゃない?次は何をしてくれるのかしら?」

 

エウルアは瞬詠が作り上げた氷の大地を見て不敵に笑いながら問いかけると、瞬詠は服からそれぞれ青と水と橙と紫の四色の色の投擲瓶を取り出して片手でそれらをエウルアに見せる。

 

「さぁな、因みにエウルアはどういう目に遭いたいんだ?お前の要望に答えてやるぞ?」

 

「あら、それは光栄ね。でも、残念。酷い目に遭うのは君の方だから」

 

エウルアはそう言いながらも大剣を構えて、瞬詠の方を見る。瞬詠もまた、エウルアに視線を向けながらそれぞれの投擲瓶と片手剣を握り直す。

 

「…………」

 

「…………」

 

二人はしばらく睨み合う。

 

「…っ!!」

 

「っ!!」

 

すると先に動いたのはエウルアだった。彼女は瞬詠との距離を一気に詰める。

 

「っ、っぅ、くっ」

 

瞬詠は重心を移動させたり、身体を捻ったりしながらエウルアの大剣による横薙ぎの攻撃を氷の上を滑りながら回避していく。

 

「あら、中々器用ね」

 

エウルアはそう言って感心しながらも、瞬詠に追撃を仕掛けるために、瞬詠と同じようにまるでスケートのように滑っていく。

 

「っ... 氷浪の様に唸れ!」

 

「ぐっ!!っぅ!?」

 

そして瞬詠にある程度近づくと、フィギュアスケートのジャンプのように大きく飛び上がり、空中で回転しながら気合いを込めたかのような一声を放ち、莫大にまで膨れ上がるほどの氷元素を纏わせた大剣を瞬詠の元に振り下ろす。

それに対し瞬詠は顔をしかめながら、エウルアが振り下ろしてきたその大剣を何とか片手剣で軌道を逸らしつつ、エウルアの大剣の威力を後方に逃がすように滑っていったが、その衝撃が抑えきれなかったために、瞬詠は水の元素反応を引き起こす投擲瓶の幾つかを手放し遠くにばら撒いてしまう。

そしてばら撒かれた水元素反応を引き起こす投擲瓶は、エウルアの強烈な氷元素の冷波により更に二人の周囲を氷漬けにさせてしまった。

 

「あら、中々いい反応するじゃない?やっぱり君は強いね......流石、私の宿敵よ」

 

エウルアはそう言うと、ニッと微笑む。

 

「はんっ、何だそれ?......さぁて、そっちもやったんだし、こっちもそろそろ同じようなことをさせてもらおうじゃないか」

(まぁ、今ので条件は整った……そろそろ本格的に始めるとしようか)

 

瞬詠は心の中で呟くと、彼は2つの同じ色であるとある色の投擲瓶、それと同時にそれとは別の元素の複数の投擲瓶の準備をエウルアに気づかれないように準備する。

 

「ふふっ、そうね。やれるもんならやってみなさい」

 

そして、瞬詠の言葉を聞いたエウルアは不敵な笑みを浮かべながら大剣を構えた。

 

「なら遠慮なく行かせてもらう!!」

 

瞬詠はエウルアに向かって走り出すと、エウルアは瞬詠を迎え撃つために、大剣を上段から振り下ろしてくる。しかし、瞬詠はエウルアの攻撃を回避しようとせずに、そのまま丁度エウルアと瞬詠の間の氷が張った地面にその投擲瓶を少しタイミングをずらしながら投げつける。

 

 

 

___刹那

 

「っぅ!?」

 

エウルアと瞬詠の間の氷が張った地面から強烈な爆風が吹き荒れると、エウルアはその攻撃に驚きながらも、すぐに体勢を立て直そうとする。

 

「っ!!」

 

そして瞬詠は吹き荒れ続ける爆風に突っ込み、そのまま彼の黄金の風の翼を広げて空を舞う。

 

「くっ!?しまった!?...まさか!?」

 

エウルアは空へと舞い上がった瞬詠を見て、思わず声を上げる。

 

 

モンドで瞬詠と共に行動をしてきたエウルアだからこそ分かる。

 

瞬詠は地上でも狡猾で中々厄介な男であり、風の翼を用いて空を自由に舞えるようになると、恐ろしいほどに実力が跳ね上がってしまうことを。

 

また、それと同時にエウルアは今まで彼が何を狙っていたのかを理解した。

 

最初の水元素と氷元素の元素反応で地面を徹底的に凍結させて、氷の大地を作り上げると同時に、次にその氷の大地を巨大な氷元素の塊と見て、そこにさっきの投擲瓶、橙色の炎の元素反応を引き起こす投擲瓶を投げつける。

そうすることで1本目では溶解反応を引き起こして氷を溶かし、それを水や水蒸気に変化させることでそれらを瞬詠は全て水元素とみなし、時間差で投げられた2本目の炎の元素反応を引き起こす投擲瓶を投げつけることで、水元素とみなした水や水蒸気を蒸発させることで蒸発反応を引き起こした。

そうして、それらを利用した蒸発反応や溶解反応によってその投げつけた箇所が急激に熱せられたことにより、熱せられて軽くなった空気が上空へと駆け上がるような流れを作ることによって、まるで風元素を用いた時のような強烈な上昇気流を疑似的に作り出して、上空に舞い上がるための風を発生させたのだ。

 

そうして瞬詠は地上にいるエウルアを見下ろしながら不敵に笑う。

 

「これでやっと全ての準備を終わらせることができた……ここからは自分の番だ」

 

「っ!?」

 

瞬詠のその言葉を聞いた瞬間、エウルアは嫌な予感を感じたため、その場から離れようとする。

 

しかし……

 

「逃がすかぁっ!!」

 

「っ!!っぁ!?」

 

エウルアが動き出す前よりも早く、瞬詠はさっきの炎元素反応を引き起こす投擲瓶をエウルアの近くに投げつけ、瞬詠が投げつけた箇所が爆発すると、その衝撃でエウルアは大きく吹っ飛ばされてしまう。

 

「っぅ!?くっ!!」

 

エウルアは何とか受け身を取れたものの、瞬詠の不意打ちに近い攻撃をうけてしまったため、それなりにはダメージを負ってしまい、痛みに耐えながら立ち上がる。

 

「...これは」

 

そして、エウルアは自身の身体の違和感に気づく。身体が痺れたかのようになっているようになっていることに。

 

「あぁ、どうだ?雷元素の投擲瓶は?痺れるだろ?」

 

エウルアが自身の状態を確認していると、瞬詠はそう言い放つ。

 

「……そういう事ね」

 

瞬詠の言葉にエウルアは納得したかのように言う。

自分が瞬詠に何をされたか、瞬詠が整えたこの巨大な氷の舞台はどういう仕掛けか、そして今自分が瞬詠に嵌められて、どういう状況に陥っているのかを。

 

「瞬詠、貴方。随分と悪趣味な手を使ったわね?」

 

エウルアは瞬詠を睨みながら言う。

 

瞬詠が作った舞台では自分は圧倒的に不利な状況にある。

瞬詠が作り上げたこの巨大な氷の舞台には、雷の元素反応を引き起こす投擲瓶を割れないように大量にばら撒かれているのだ。おそらく、先ほど瞬詠が爆風を生み出して空を舞い上がった時の僅かな時間の間に。そしてあの爆発は、雷の元素反応を引き起こす投擲瓶に炎の元素反応を引き起こす投擲瓶を直接ぶつけて割らせる事で過負荷を発生させたもので、体の痺れはおそらく割れた雷元素の投擲瓶の雷元素が、先ほどの水や水蒸気に変化させた水元素と反応して感電、もしくは瞬詠が築き上げたこの巨大な氷の舞台の氷元素が反応して超電導でも引き起こしたためだろう。

 

「ふんっ、悪趣味とは失礼な。ただエウルア、今のお前に絶対に勝たないと駄目だからだ。今の自分は何がなんでも捕まるわけには行かないしな。…正直に言えば、お前にはここまでやらないと厳しいと思ったからやったまでだよ」

 

「ふぅ……私も君を甘く見ていたみたいだわ。まさかこんな手を使おうなんて思いつかなかったもの」

 

エウルアは苦笑いを浮かべながら、自分を見下ろす瞬詠を見上げる。

 

この雷元素の投擲瓶をばら撒かれている、例えるなら瞬詠の意思で爆発するまるで見えない爆弾が埋め込まれた氷のステージ、もしくは地雷が埋め込まれた雪原の舞台、そういうような凶悪すぎるこの氷舞台を作り出した瞬詠の意図が、自分を確実に倒すか無力化することであり、逆に言えば瞬詠はそれくらいエウルアの事を警戒するほどに、非常に高く評価しており、それは今の瞬詠が、エウルアは油断したりを手を抜いたりすることが出来ないほどの、一筋縄でいかないほどの強敵であると認識しているという事になるからだ。

 

「……これで完全に舞台が整ったな、どうする、エウルア?降参するか?自分としてはこのまま降参してくれると本当に助かるんだが?」

 

そして、そうしている間にも瞬詠はゆっくりとエウルアと相対するように氷の舞台に降下してくる。

 

「はんっ、瞬詠、悪いけど私もここで負けを認めるわけには行かないわ。それにまだ勝負はこれからよ。私の宿敵」

 

エウルアは瞬詠の問いかけに対して不敵に笑う。

 

「はぁ……エウルア、お前ならそう言うと思ったよ。なら、もうここから先は言葉はいらないかもな。ここからは今出せる限りのお互いの全力を出し切るだけだ。この、くそ恨み節女め」

 

瞬詠は呆れたようにそう言いつつも、どこか嬉しそうな表情を見せる。

 

「えぇ、そうね」

 

そして、二人は互いに剣を構え合う。

 

「っ!!」

 

「っ!!」

 

瞬詠がエウルアの元に一気に駆け出し斬りかかり、エウルアはそれに迎え撃たんとばかりに自身の剣を振りかざす。

 

「っ!!せいっ!!ふっ!!」

 

「っ!!くっ!!ふぅっ!!」

 

瞬詠はエウルアに片手剣を振るうが、エウルアは両手で握る大剣を盾のように扱い防ぎ続ける。

 

「流石だな、エウルア」

 

瞬詠はエウルアのその防御の仕方を見て素直に称賛の言葉を口にする。

 

「それはどうも。君も私の剣術についてこれるって事は、やっぱり相当鍛えていたってことなんでしょうね」

 

「鍛えていたというか、積み重ねた経験と判断だな。気づいたときには幾年以上も海の上で姐さん達と共に過ごして色んな経験をしたり、おまけに稲妻で事故って墜落したら、姐さんの船まで歩いて帰る、なーんて生活を送ってたら、誰でもこんなことができるようになるさ」

 

瞬詠は自身の持っている剣を器用に操りながら言う。

 

「なるほどね。本当にお互いに難儀な過去を持っているわよね。私達は」

 

エウルアは瞬詠の言葉を聞いて苦笑しながら言う。

 

「あぁ、本当にそうだな。お前はお前でローレンスという名前を持っているせいで、苦労しているところはあるからな」

 

「えぇ、本当によ。だけど、私は私よ。そんな事は気にしてないわ」

 

瞬詠とエウルアは剣を振るいあいながらまるで愚痴りあうかのように会話を続ける。

 

「っ、ふっ!!そこっ!!」

 

「っ、っぅ!!くっ!!」

 

そして瞬詠の片手剣の突きに対して、エウルアは身を捻るようにして回避し、そのまま隙が生まれた瞬詠に大剣を振るおうとする。だが、それを察知した瞬詠は直ぐ様、その場を高く飛び炎元素の投擲瓶をその真下に投げつけると上昇気流を生み出して、風の翼を展開してそれに乗って宙に回避する。

 

「ふっ!!」

 

「っぅ!?」

 

そして宙を舞っていた瞬詠は風の翼を翻し垂直降下し、そのままエウルアに斬りかかる。

 

「ちぃっ!!」

 

しかし、エウルアはそれを大剣で受け止めるが、瞬詠の垂直降下した際の勢いを殺せずに後方に押されてしまう。

 

「っ!?ふんっ!!」

 

「っ!!あぁっ!?」

 

そして、エウルアは何とか踏ん張り瞬詠を押し返し、瞬詠は押し返され宙に打ち上げられる。

だが、瞬詠は打ち上げられると同時に炎元素の投擲瓶を投げつけ、それがエウルアの近くにあった雷元素の投擲瓶に叩きつけられて爆発を引き起こし、その爆発にエウルアは巻き込まれ吹き飛ばされ、氷の舞台の上で転がりながら受け身を取りながら立ち上がる。

 

「っ!!瞬詠!!やっぱりそれは卑怯よ!!正々堂々と剣で戦いなさい!!」

 

エウルアはそう言いながら、瞬詠の方へと走り出す。

 

「はんっ!!何を言っているんだ!?自分とエウルアが剣のみで戦ったら絶対に負けるに決まってるだろうが!!エウルア、こういう搦め手を使うのが今は最も最適だと理解しているんだ!!だから、この手段は使わせてもらうぞ!!」

 

「っ!?本当にぃっ!?」

 

そして瞬詠は炎元素の投擲瓶を氷の地面に投げつけて上昇気流を作って、またもやエウルアの方に垂直降下しながら片手剣で斬りかかる。エウルアは大剣で防ぐが、瞬詠はそれも織り込み済みであったようで、エウルアの大剣で防いだ片手剣を滑らせるようにして弾いて大剣を逸らす。

 

「ふっ!!」

 

「っぅ!?」

 

そして瞬詠はエウルアに蹴りを喰らわせると、そのまま後ろに下がり着地する。

 

「っ!?瞬詠!!やったわね!?」

 

「お前が先に蹴ったんだろうが!?」

 

エウルアは両手で握る大剣を握りしめ、瞬詠に向かって振りかざし、瞬詠も片手剣を振り上げる。

 

「っ、ふっ、はっ」

 

「っ、ぐっ、っぅ」

 

エウルアは瞬詠に肉薄するかの如く、距離を詰めて連続で斬撃を放ち、瞬詠はその連続攻撃を片手剣で逸らし、場合によっては炎元素と雷元素の投擲瓶の爆発で妨害する。また、瞬詠もエウルアと剣を交えながらも、巧みにエウルアを雷元素の投擲瓶の方へと誘導して炎元素の投擲瓶を投げつけて爆発させてエウルアを吹き飛ばしたり、上昇気流を生み出して空高く舞い上がりそのまま急降下や垂直降下してエウルアに攻撃し、それに対しエウルアは慣れてきたのか爆発に巻き込まれ吹き飛ばされても、何とかして適切に受け身を取れるようになっていきダメージも先ほどよりも受けないようになっていった。そして垂直降下等の落下攻撃もエウルアは場合によっては反撃できるようになっていき、それを起点にそのまま自身の身体能力の高さを活かして瞬詠に接近戦を仕掛けていく事すらも出来るようになった。

 

「っ、ふんっ」

 

「くっ、ふふっ」

 

だが、そんな激しい攻防を繰り返しても、二人の顔には笑みが浮かんでいた。まるで相手の力を試すように、互いの実力を測るような戦闘に二人はどうしても楽しさを感じざるおえなかった。

 

そして、高台の氷舞台の上で瞬詠とエウルアの剣と剣が弾きあう音、それぞれの打撃音、瞬詠の投擲瓶による爆発音が響き渡り何度も木霊する。

 

「なんだ!?この連続する爆発音は!?」

 

「向こうから聞こえるぞ!?」

 

「向こうには隊長がいたはずだぞ!!」

 

「なんだって!?どうなってるんだ!?まさか、あの男か!?」

 

そして瞬詠とエウルアの戦舞踊によって生み出されたその戦いの音楽は、近くにいた千岩軍の兵士達と西風騎士団のエウルアの遊撃小隊の隊員達やその他の騎士たちを大勢呼び寄せたのであった。




瞬詠の飛行術やそれなりの戦闘経験による剣術が相まってるとはいえ、各元素反応を起こす投擲瓶って使い方によってはこんなに強くなる物...なのか?
まぁ、そういうことにしておきましょう。

―――
追記1
・蒼風の高地という用語を追加し、それに伴って一部描写や表現を修正しました。

追記2
・文字間隔の調整を行いました。


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集結した西風騎士団と千岩軍の前で波花騎士と決着をつけようとした件について

ようやく完成したので投稿。

今回で取り合えずではありますが、今の瞬詠の西風騎士団と千岩軍との逃亡劇に終止符が打たれます(完結扱いになっていますが、本編の完全な完結という事ではないです。あくまで第1幕が完結という意味合いで完結にしています。また第1幕を追加した件の経緯については後書きにて説明します)。

それはそうと、お気に入り登録や高評価等も本当にありがとうございます。

評価バーが黄色くなってて、非常にびっくりしました。

作者でさえ、どういう風な展開になるのかがよく分からない本作品ですが、よろしくお願いします。


「いたぞっ!!...なっ!?」

 

「あそこだ!!...こ、これは!?」

 

「な、なんなんだ、これは!?...ま、まさかあの男の……力?」

 

蒼風の高地の清泉町とアカツキワイナリーの中間地点にある高台、そこに何度にも渡る爆発音に引きつけられるように千岩軍の兵士達と西風騎士団達の騎士達があちこちから駆けつける。そして、その現場に辿り着いた彼らは目の前の光景に驚きを隠せなかった。

 

「っ!!ふっ!!っ!!」

 

「くっ!!っ!!っ!!」

 

彼らの目の前では瞬詠の大量の水元素の投擲瓶の投擲とエウルアの氷元素の冷波により、高台の草原が氷の大地と化した場所にて激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

氷舞台の上ではエウルアが、瞬詠のまるで地雷のように設置した雷元素の投擲瓶と瞬詠が投げつける炎元素の投擲瓶によって生み出される過負荷による爆発と爆風の嵐の中を、彼に接近戦を挑まんと舞うようにして駆け抜けていく姿に対して、瞬詠は氷舞台の上でエウルアから距離を取るように後ろに下がりつつ動き回りながら、彼女の近くにある雷元素の投擲瓶に炎元素の投擲瓶を投げつけて起爆させて彼女の接近を阻み続ける光景が広がっていたのだ。

 

「っ!!そこっ!!」

 

しかし、エウルアもただでやられるような人間ではない。

 

彼女は氷の大地の上をまるで氷上スケートの選手のように華麗に舞いながらも、瞬詠へと距離を詰めていき、ついに彼の懐に飛び込むことに成功し、そのまま大剣で彼女は瞬詠へと大剣で斬りかかる。

 

「ぐっ!?っ!?甘いんだよっ!!」

 

だが、彼もまた一筋縄ではいかない男である。

 

彼はエウルアの大剣の攻撃に対し冷静にかわしたり、かわしきれずに自分に直撃するものは片手剣で彼女の大剣を弾いて大剣の軌道をずらしてダメージを最小限に抑えたりしていく。

 

「ふんっ!!中々やるじゃないっ!!」

 

「そりゃぁ、どーもっ!!」

 

エウルアは自分の攻撃が当たらないことに少し苛立ちを感じつつも、冷静さを欠かさずに攻撃を繰り出す。瞬詠も必要最小限の動きで彼女の攻撃をかわしたり弾いたりしつつ、彼女の動きを観察しながら確実な反撃の機会を狙う。

 

「おぉ、これは...」

 

「なんだ、この戦いは...」

 

 

「これが西風騎士団の『波花騎士』という称号を持った女の実力なのか...」

 

「あれが璃月の璃月七星、玉衡の直属の部下の男、いや『玉衡の日蔭』と呼ばれる男の実力……」

 

二人の氷舞台の上での激戦を見て千岩軍の兵士達と西風騎士団の騎士達は驚き、目を見張って言葉を失う。氷上で行われるこの戦いはまさに芸術とも言える美しさであり、誰もが息を飲むほどのものであった。

 

それは瞬詠の炎元素と雷元素の投擲瓶による爆発の中で生まれる橙と紫の花火のような閃光、エウルアが振るう大剣の氷元素と先ほどの爆発によって漂っていた雷元素の融合によって引き起こされた超電導の産物でたる、まるで研ぎ澄まされた剣をひと振りするときにひらめく鋭い光の紫電一閃のような稲光、また氷元素と火元素との融合による蒸発が引き起こした水蒸気爆発による衝撃波によって、氷の舞台の上に咲き誇る氷の花びらが舞い散っていくかのように砕け散っていく氷の破片……。

 

そしてその中を駆けながら、瞬詠とエウルアの二人はそれぞれの剣技を振るいながら戦い続けている。互いに相手の急所を狙い、フェイントを仕掛け、隙あらば相手の攻撃をかわしてカウンターを狙っていく。そんな二人の戦いは一種の演武と言っていいだろう。

 

「っ!!」

 

「くっ!?」

 

刹那、瞬詠は立っている真下の氷に向かって炎元素の投擲瓶を叩きつけて割って、それと同時に彼の風の翼を展開する。そして次の瞬間には、そこから溶解反応や蒸発反応を利用した上昇気流の爆風が現れて、瞬詠はそれを利用して一気に上空へと飛び上がり、エウルアは爆風に巻き込まれる寸前のところで退避する。

 

「ふっ、はぁっ!!っ!!ふっ!!」

 

「ぐっ!?っ!!っ!!」

 

そして、上空へと飛び上がった瞬詠は翼を翻して、百八十度反転しそのままエウルアの真上から垂直降下するように切りかかりに行く。エウルアはその攻撃に対して、巧みに大剣で受け流しながら後ろに下がって回避していく。

 

「本当にやるな!!」

 

「そっちこそ!!」

 

垂直降下による強襲に失敗したと判断した瞬詠は一度体勢を建て直すためにすぐにその場から後退して離脱しようとすると、エウルアは後退しようとする瞬詠に追撃を仕掛ける。

 

「逃がさないわ!!」

 

「ちぃっ!!っ!!っ!?」

 

エウルアの素早い攻撃が瞬詠へと襲いかかるが、瞬詠はそれを片手剣で防ぎつつ氷の大地の上を滑るように駆け抜けていく。エウルアも瞬詠と並走しながら、追撃を仕掛けんと氷の大地を駆け抜ける。

 

「本当にしつこいな!!っ!!」

 

「それは君の事でしょうが!!っ!?」

 

氷の大地を駆ける瞬詠は突如、炎元素の投擲瓶をちょうどエウルアの進行方向の真正面にある氷に向かって投げつける。エウルアは瞬時に瞬詠が何をしようとしているのかを理解して、とっさの判断でその場で真横に跳ぶ。

 

「っ!?っぅ!!」

 

次の瞬間、瞬詠が投げつけた炎元素の投擲瓶とその氷の上に転がっていた雷元素の投擲瓶によって爆発する。横に跳んでいたエウルアは爆風に巻き込まれたものの、あらかじめ予測していたため空中を舞いながら、受け身を取ることもなく着地に成功して瞬詠の方を見る。

 

「おいおい、エウルア。まさかもうこういう爆発にも慣れてきたのか?勘弁してくれよ」

 

瞬詠はエウルアが予想していたよりも早く自分の攻撃に対応していた事に驚き、苦笑いをしながらも肩をすくめる。

 

「ふんっ、もうこれぐらいで私が怯むと思ったら大間違いよ」

 

「いやぁ、思ってないけどね……」

 

エウルアは瞬詠の言葉を無視して、大剣を構えなおす。

 

「……エウルア。全く以って、本当にお前は厄介な女だよ。西風騎士団の『波花騎士』に時間を稼がれたせいで千岩軍や西風騎士団もこんなに集まってきちゃったじゃないか」

 

瞬詠はそう言いながら片手剣を一振いする。

 

「あら、それは光栄ね。でも私としては貴方の方が面倒だわ。瞬詠。だって、私の目の前にいる男は巷で聞く璃月七星の『天権の懐刀』と呼ばれている男なのだもの。中々、上手く行かないわね」

 

エウルアは瞬詠の言葉に対して鼻を鳴らしながら答えると、彼女は自身の大剣を瞬詠と同じく一振いする。

 

「...え、なに?いつの間にか自分はそんな風に言われたのか?」

 

エウルアの返答を聞いて、瞬詠は心底驚いたような表情を浮かべながら呟く。そしてその言葉を聞いたエウルアはため息をつきながら首を左右に振る。

 

「全く、君は本当にそういうことに興味すら無いのね。君自身の名声に関して」

 

「いや、本当に興味ないんだが。というか、むしろ邪魔だ。そんなくだらないもののせいで璃月にいる場合に限って、休暇で街に出た時やプライベートな時を過ごす時に状況と場合によっては、わざわざ変装しなきゃいけない必要性が出てきちまったんだが...前まではそんなことする必要も無かったのに......まぁ、今はそんな事はどうでも良いがな」

 

瞬詠はそう言うと、片手剣の切っ先をエウルアに突き付ける。

 

「エウルア、自分が今からやる事は変わらない。自分はこの場を切り抜けて、そのままここから脱出する。だから邪魔をするな。ただそれだけだ。……退け、エウルア」

 

「……それは無理な相談ね。私は西風騎士団、遊撃小隊隊長の波花騎士。そして、今の私には西風騎士団の大団長、ファルカ大団長の命令で君を発見次第に取り押さえて捕縛しろという命令を受けている。悪いけれど、このまま素直に通すわけにもいかないわ」

 

エウルアは瞬詠に対して、真剣な眼差しを向ける。

 

「……あぁ、そうかい。なら仕方がないな」

 

「……えぇ、そうね。仕方がないわ」

 

瞬詠とエウルアはお互いにそう言い合うと、それぞれ片手剣と大剣を構えたままゆっくりと、まるで二人は氷の上で円を書くかのように歩みを進めていく。

 

「「……」」

 

瞬詠はエウルアを睨みつけ、エウルアも瞬詠を睨み付ける。二人の視線が交差した瞬間、二人の周りには緊迫とした空気が流れる。

 

「「「……」」」

 

千岩軍の兵士達と西風騎士団達の面々は瞬詠とエウルアの様子を黙って見つめた。

 

 

片やモンドの西風騎士団の遊撃小隊隊長を勤める波花騎士という称号を持った彼女。

 

その実力はモンドでトップクラスと言っても過言ではないほどの実力者であり、それは西風騎士団の中では入ってから年数が殆ど経っていないにも関わらず遊撃小隊の隊長にまで昇進してしまい、既に西風騎士団の中では歴戦の古強者の一人みたいに扱われてしまっている彼女。そんな彼女は、瞬詠にとっては最も戦いたくない相手の一人で間違いない。

 

片やモンドの西風騎士団に取っても璃月の千岩軍にとっても謎の多い人物である彼。

 

だが、かの璃月七星の天権がどこの誰なのかを知らない彼を引き抜き、また玉衡の直属の部下にした男。そして、璃月で『天権の懐刀』、『玉衡の日蔭』と囁かれている男。彼は謎に包まれた存在ではあるが、だがその実力は本物である事は間違いないとされている。

人々曰く『彼は璃月七星の直属の部下としての自覚が全く無いのか、一応は規律を守るものの、たまに上司である玉衡、刻晴様の命令を平然と無視したり、渡された仕事を「自分に関係のある仕事じゃない」と言って刻晴様に突き返したり、挙句の果てに与えられた仕事が完全に終わってないのにも関わず仕事場から私用で抜け出してそのまま放置する等という問題行動ばかりが非常に目立つ男だ。

 

だが、彼の仕事人としての実力は本物であり、それこそ一般的な書類仕事から璃月に発生した大きな問題の処理の対応まで行い解決に携わってきた男であり、小さな問題に対しては独断による独自行動による解決で表面化する前に解決してしまい、大きな問題に対しては解決に至るまでの独断行動によって、上司の玉衡や天権が次に求めること等を予測しながら、彼らに対する最適な支援等によって様々な問題を直接的にも間接的にも迅速に解決してきた実績を持つ仕事人』と噂されている男だ。

 

真面目に仕事をしている時や独断行動している時の彼のその判断力は、さすがに天権には劣るものではあるものの、それでもある程度は天権と比肩するほどだと言われており、真面目な時や真剣な時に発した彼の言葉や彼の記した文章の内容が、後に高確率でほぼそれの通りに現実になってしまうという噂もあるが故、彼に関しては『未来を観測する異能者』やら『予言の類を扱える異常者』などと呼ばれており、それがきっかけで極一部の人間達の間にて『七人の七星の影に潜む‘八人目’の璃月七星の男』とまで密かに呼ばれている。

 

また、瞬詠の問題解決の為の独断による行動の中には戦闘行動も含まれており、必要であれば瞬詠は目的遂行の為に邪魔な障害を排除する為に躊躇なく障害になった者達を無力化する。そしてその戦闘能力は彼が神の目を保持してない為に元素の力を一切使用することはできないが、それでいてなお千岩軍の兵士達を訓練や演習で軽くあしらったり、仕事で璃月内に宝盗団の大規模な拠点があるという噂の真相を確認するため、その場所等の位置を確認したりそこの人数等の記録を取るために一人で偵察している最中、近くを通りかかったヒルチャールの群れに見つかってそのまま襲われてしまい、それが原因でそこにいた宝盗団達にバレて、そのままヒルチャール達を排除しつつそこにいた宝盗団のメンバーやその関係者達を次々と無力化し、最終的にその宝盗団の拠点そのものを壊滅させた程の実力を有しているとの噂もある。

 

 

「「……」」

 

そうして、そんな二人の間に流れる緊張感を漂わせる空気の中、エウルアと瞬詠の二人はまるで達人同士の戦いが始まる前の剣舞のように、お互いに距離感を誤らないように互いの距離を一定以上は保ちつつ、弧を描くようにゆっくりと歩きながらじりじりと詰めていき、二人は警戒心を更に高めてお互いの動きを見極めようとし始める。

 

「「「…」」」

 

そして、エウルアと瞬詠の氷の舞台を囲むように集まった千岩軍の兵士達と西風騎士団のエウルアの遊撃小隊の隊員の騎士達やその他の騎士達は瞬詠とエウルアの様子を固唾を飲んで見守った。これは取り押さえんとするエウルアと逃亡せんとする瞬詠という二人の戦いということではあるが、ある意味でこの戦いは璃月の千岩軍とモンドの西風騎士団の双方を代表する実力者同士の戦いにでもなり得る。

 

だからこそであろうか、この場にいる誰もが本来ならばエウルアに加勢して瞬詠を取り押さえねばならないのだが、しかし誰もその場から動こうとはせずにただ黙って二人の様子を見守ってしまっていた。

 

「「…」」

 

瞬詠とエウルアは動かない。お互いに一歩ずつ踏み出し、互いに一定の間合いを保ちつつ、重心を相手の方に傾け、いつでも相手に向かって駆け出して斬りかかれるようにしながら、瞬詠とエウルアは相手の出方を伺うかのように睨み合う。

 

「…ん、あれは?」

 

「どうした?…あ、あれは」

 

その時、何かに気づいた千岩軍の兵士と西風騎士団の騎士が、彼らの視界の端に映った光景を見て、彼らは驚きの声を上げる。彼らが見たのは、一人の少女の姿だった。

 

「やっと見つけた!!え、なにこれ!?それにエウルアも!?」

 

それは赤いリボンを身につけた全体的に赤い格好の茶髪の少女、西風騎士団の偵察騎士のアンバーが風の翼を広げて奔狼領から飛行し、彼女は今まさに氷の舞台の上に立っていた瞬詠とエウルアを見つけたのであった。

 

「っ」

 

アンバーはエウルアを援護する為に、すぐさま弓を構えると、すぐに弦を引き絞り、そのまま彼女の炎元素を纏わせた矢を瞬詠に狙いつけ始める。

 

「…はぁ、仕方がない…あんまりの手の内は見せたくなかったが、ふんっ」

 

そして、アンバーのそれに気づいた瞬詠は服から炎元素の投擲瓶を取り出し、氷の上にあった近くにばら撒かれている雷元素の投擲瓶に叩きつける。

 

「ぉぉっ!?」

 

「ぐっ!?」

 

次の瞬間、炎元素と雷元素の投擲瓶によって爆発を引き起こす。

 

だが、今度は先ほどの単発の爆発と違い、まるで誘爆したかのように連続した爆発が巻き起こった。それに対して、千岩軍の兵士達と西風騎士団の騎士達は反射的に全員その場にしゃがみこんだり、頭を抱えて防御姿勢を取るなどして爆風や氷の破片が飛んでくるのを防ぐ。

 

「っ!!ふっ、っ、っ……っ」

 

そして、エウルアは爆発が連続したことに目を丸くしながらも、大剣で飛んできた氷の破片や欠片、小さな石ころなどを防ぎきって、瞬詠を睨みつける。

 

今まで炎元素の投擲瓶を一回投げれば一回の爆発が起きるとばかり思っていたが、実際には雷元素の投擲瓶同士の位置関係によっては爆発した際の衝撃や熱波が原因で連続して爆発が起こることがあるらしい。その事実を知らなかったエウルアは一瞬だけ驚き、このままこれの事を知らないままに瞬詠と戦おうとしていたら、これのせいで一瞬ではあるが瞬詠に確実に隙を晒してしまい、最悪これがきっかけで負けてしまっていた可能性もあったかもしれないと考えると、瞬詠に対して舌打ちをしたい気分になった。

 

「…」

 

そして瞬詠は無言で炎元素の投擲瓶を空中に舞っていたアンバーに対して、それを見せつけるように腕を高く掲げながら首を横に振る。

 

「っ!?…くっ」

 

それに対して、この一連の流れを見ていたアンバーはエウルアへの支援として瞬詠に対し、炎元素の弓矢を放とうとしたがそれを断念する。アンバーはすぐに瞬詠の意図を理解した。

 

これは警告だ。

 

もしもアンバーが考えなしに炎元素の弓矢を放てば、その炎を纏った弓矢が着弾した場所によっては連続爆発、最悪の場合は大爆発が起きてしまい、エウルアを巻き込んでしまって、支援どころでは無くなってしまう可能性がある。そうして、瞬詠はその事をアンバーに理解させるために、わざと炎元素の投擲瓶を投げつけて連続爆発を引き起こしたのだ。

 

「……瞬詠、流石だよ」

 

アンバーは弓を下ろしながら、呟いた。

 

瞬詠は戦闘において、自分の手札を相手にわざわざ見せるような真似はしない。そんなことをすれば、相手に対策されてしまうからだ。しかし、瞬詠はあえてそれをアンバーに見せつけた。それは瞬詠がそれだけ今の状況に自信を持っている証拠でもある。もしかしたら、この場でエウルアが追いかけてこないように彼女を無力化するための切り札や策が他にもあるのかもしれない。だが、少なくとも瞬詠には油断している様子はない。

 

「……エウルア、瞬詠」

 

アンバーはエウルアと瞬詠を見守る。

 

今ここで下手な事をしてしまえば瞬詠に先手を許してしまったり、逆に瞬詠がそれを利用してエウルアを不利な状況に追い込んでしまうかもしれないからだ。

 

「……」

 

そして瞬詠は無言で弓を下したアンバーを見つめながら、ゆっくりと彼女から視線を逸らしエウルアに視線を向ける。

 

「……いいわよ、瞬詠。そろそろ私達のこの戦いに決着をつけようじゃない」

 

エウルアは瞬詠の視線に応えるかのように大剣を構える。

 

「ふんっ、そうだな。エウルア」

 

そして、瞬詠は軽く鼻を鳴らすと、片手剣を一振るいして構えつつ、炎元素の投擲瓶を取り出していつでも投げつけられるように準備をする。

 

「……始まるぞ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「……っ」

 

二人の会話を聞き、その場にいた千岩軍の兵士達と西風騎士団の騎士達は息を吞む。

 

これから起こるであろう戦いの結末を知りたいと思う者、知ってしまいたくないと思ってしまった者、色々いるだろう。だが、どちらにせよ、この場で瞬詠を取り押さえようとしたり、エウルアの援護をしようとする者は誰もいなかった。むしろ、それをしたところで、彼女の足手まといになってしまう可能性が高い。

 

故に、ここにいる皆は瞬詠とエウルアのこの戦い、二人の決闘を横入りする事や止めようとする者は誰もいなかった。

 

 

 

「「……」」

 

無言で構えながらその場に佇む瞬詠とエウルアの間に、一陣の風が吹く。

 

「「…っ!!」」

 

そして遂に二人が弾けたように互いに向かって一歩駆けだした。

 

 

 

その時であった。

 

「瞬詠お兄ちゃ~ん!!」

 

「「「っ!?」」」

 

瞬詠とエウルアは目を丸くしながら声の聞こえてきた方角を見る。

 

するとそこには、何かを持って満面の笑みを浮かべながらこちらに走ってくる一人の幼女の姿があった。

 

「見~つけた!!瞬詠お兄ち~ゃん!!待て~!!」

 

そこには、茶色いランドセルを背負い、そのランドセルの後ろに炎元素の神の目を身に着け、赤い帽子と赤と白の服に四つ葉のクローバーの服を着た橙色染みた金髪で燃えるような紅の瞳の幼女、西風騎士団の火花騎士、ある意味では 西風騎士団の戦略兵器兼トラブルメーカーの逃げ回る太陽と呼ばれているクレーが両手で大切そうに、小さな白くて丸く、上の部分には四葉のクローバーを模した赤い葉っぱがついている、まるでマスコットのような‘大量の小型爆弾’を抱えながら、瞬詠の方に走ってきていた。

 

「……なっ!?」

 

「ちょっ!?」

 

瞬詠とエウルアは目を見開いて驚きながら、すぐに自分達に迫ってくる小さな女の子、クレーに目を向けた。

 

「クレー!?」

 

「火花騎士だと!?なんてタイミングで!?」

 

「おい!!やばいぞ!?あれが一つでも投げ込まれたら、この辺り一帯は吹き飛ぶんじゃないか!?」

 

「クレーのあの爆弾があの男とエウルア隊長の元に投げ込まれたら雷元素の投擲瓶で間違いなく大爆発するぞ!!俺たちも巻き込まれるじゃないのか!?」

 

「おい!?だれか!?あの火花騎士のクレーをなんとかしろよ!?」

 

空を舞っていったアンバーと千岩軍の兵士達や西風騎士団の騎士達は大量の爆弾を抱え込んだクレーがこちらに向かっているのを見て驚き騒然する。兵士達や騎士達に取っては先ほどの瞬詠が誘爆を見せたことも相まって、彼らが恐れを抱き混乱するのは当然の事だった。

 

「おいおい!!ちょっと待て!!クレー!!こっちに来るな!!」

 

「待ちなさい!!クレー!!今すぐ止まりなさいっ!!!」

 

「だっだだー!」

 

瞬詠は慌てて大声で叫び、エウルアも同じく叫ぶ。

 

しかし、二人の声が聞こえていないのか、それとも無視をしているだけなのか、クレーはそのまま止まらずに、どんどん近づいてくる。

 

「嫌だ~!!クレーが瞬詠お兄ちゃんをドカーンして捕まえればファルカ大団長とジン団長がご褒美をくれると教えてくれただもん!!だから絶対に止めるわけにはいかないんだからね!!エウルアお姉ちゃん!!クレーも瞬詠お兄ちゃんを捕まえるのを手伝うね!!」

 

クレーはそう言いながら無邪気な笑顔を瞬詠とエウルアに向けながら、爆弾を抱えながら二人に迫る。

 

「はぁっ!?くそっ!!おい!?誰だよ!?クレーにそんなふざけたことを教え込んだ奴は!?」

 

「えっ!?クレー!!手伝わなくていいからこっちに来ないで!!お願いだから!!」

 

瞬詠が焦った表情を浮かべ、エウルアが必死に叫ぶ。

 

普段のクレーなら天使のような愛らしさを振りまきながら二人に近づくのだが、今は違う。確かに普段通りの愛らしさを振りまきながら2人の元に近づいてきているのだが、クレーの言動からして瞬詠とエウルアにとっては、今のクレーは目を光らせながらニヤリとした邪悪な笑みを浮かびながら迫っている小さな赤い悪魔にしかに見えず、それはまるで小さな爆弾魔が自分達に向かって爆殺させんと、大量の爆裂玉を投げこもうとしているようにしか見えなかった。

 

「くっ!!誰でもいいから火花騎士を止めるんだ!!

 

「分かってる!!このままだとエウルア隊長がクレーの爆弾で吹き飛ばされるぞ!!」

 

「これ以上彼女を先に行かせるな!!エウルア隊長を守れ!!」

 

そして混乱していた西風騎士団の騎士の中の、エウルアの遊撃小隊の遊撃騎士達がクレーを止めるべく、クレーの元へと駆けだす。

 

「えっ!?なんで邪魔するの!?クレーだってファルカとジンのご褒美が欲しい!!遊撃小隊の皆だけでご褒美を独り占めするのはクレーが許さないんだからね!!」

 

「くっ!?抜けられた!?」

 

「ちっ!!動きが速い!!」

 

「っぁ!?そっちに行ったぞ!!」

 

クレーは迫りくる隊員たちを火花騎士の名に恥じない機敏な動きを見せながら回避し、隊員たちの包囲網をすり抜ける。

 

「あっ!?離れろ!!クレーがかわした時に爆弾の一つが落ちたぞ!!」

 

「っ!?そっちもだ!!爆発するぞ!?」

 

「ちぃ!!俺の方にも落ちてきたぞ!?」

 

「うおっ!?」

 

「やべぇ!?」

 

「逃げろぉおお!?」

 

「「「「うわあああ!?」」」」

 

西風騎士団の騎士達と千岩軍の兵士達は悲鳴を上げながら一目散にクレーから離れ、そしてクレーが落とした爆弾が次々と爆発し始めていく。

 

「っ!!クレー!!瞬詠やエウルアの方には行かせないよ!!」

空中を舞っていたアンバーはそう言いながら風の翼を操って、ちょうどクレーの目の前に立ちふさがるように着地する。

 

「「アンバー!!」」

 

瞬詠とエウルアはクレーの目の前に立ちふさがったアンバーに目を輝かせる。自分達がクレーに爆発されるかされないかの命運はアンバーの背中に掛かっている。

 

「アンバーお姉ちゃんもなの!?っぅ~!!アンバーお姉ちゃん!!クレーは今、瞬詠お兄ちゃんを捕まえないといけないの!!そこを通してほしいんだけど!?」

 

「駄目!!今は絶対に通せないよ!!」

 

「むー!!じゃあ、無理やり通るもん!!」

 

「絶対に行かせないよ!!」

 

クレーはそう言うとアンバーに向かって走り出し、アンバーはクレーを捕まえようと構える。

 

「ふふん♪この前みたいに簡単に捕まらないんだからね!!」

 

「っぁ!?クレー!!」

 

そして、アンバーはクレーを捕まえようと腕を伸ばした瞬間に、クレーは素早い動きでアンバーの腕をかわしてそのまま走り出す。

 

「瞬詠お兄~ちゃん!!エウルアお姉~ちゃん!!」

 

立ち塞がる者達がいなくなったクレーは瞬詠とエウルアに向かって駆け抜ける。

 

「っ!?くそっ!!仕方ない!!エウルア!!今すぐ離れろ!!」

 

「えっ!?瞬詠!?くっ!!」

 

クレーが止まることはもう無いと判断した瞬詠は何かを決断してエウルアに叫び、エウルアは一瞬戸惑ったがすぐに瞬詠の言葉を理解して氷の舞台の外に向かって走り出す。

 

「っ!!っ!!っ!!」

 

瞬詠は炎元素の投擲瓶をそれぞれの氷に投げつける。

 

「っ!?ぅぁぁっ!?」

 

そして、その次の瞬間に瞬詠の断末魔の叫びのような叫び声を上げると同時に、目を開けられないほどの強烈な光に激しい音と凄まじい衝撃が発生して地響きが鳴り響き、そこにいた者達に例外なくそれらが等しく襲い掛かる。

 

「っぁ!?くっ!?」

 

氷の舞台の上から離脱せんと走っていたエウルアは後方から襲ってきた衝撃波や凄まじい爆風によって吹き飛ばされてしまう。

 

「っぇ!?きゃぁっ!?」

 

アンバーは襲ってきた瞬詠とエウルアがいた氷の舞台からの衝撃波をまともに受けてしまい、そのまま地面に倒れ伏して、さらに追い打ちをかけるように爆発による砂埃が舞い上がり、それがアンバーの視界を遮る。

 

「ぐぅぁっ!?」

 

「っぅ、なんて爆発だ!!」

 

「くそっ!!どうなってる!?」

 

西風騎士団と千岩軍の騎士達と兵士達は、自分達を襲ったあまりにも巨大な衝撃と砂煙で目を一時的に開けられなくなり、砂塵の中のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。

 

「うわぁぁぁ!?」

 

クレーは瞬詠の爆風と衝撃波によって吹き飛ばされ、抱えていた爆弾を手放して空中に舞ってしまう。

 

「クレー!?っ!!…っ!?」

 

そして、吹き飛ばされたクレーを見たアンバーは地面に叩きつけられる前にクレーを受け止めようと走り出そうとするが、爆発の影響で体が思うように動かず、よろめいてしまう。だが、よろめいた際に地面に落下しつつあるクレーに向かって一人の男が飛び込んでいく姿を見る。

 

「っ!?」

 

アンバーは突然の出来事に目を見開き、その男の名前を叫ぶ。

 

「アルベド!?」

 

「クレー!!」

 

「アルベドお兄ちゃん!?っ!!」

 

アンバーの視線の先には吹き飛ばされて空中を舞っていたクレーに向かって跳び上がりながら、青と白の服装に胸元に岩元素の神の目を身に着けた青年、まるでエメラルドブルーのような瞳を細めながらクレーに向かって必死に腕を伸ばし、西風騎士団の首席錬金術師兼調査小隊隊長、白亜の申し子と呼ばれるアルベドがクレーを抱きしめるように空中で彼女をキャッチする。

 

「っ!!……ふぅ」

 

クレーを抱きかかえたつつ、なんとか無事に着地に成功したアルベドは安堵した表情を浮かべる。

 

「大丈夫かい?クレー?」

 

「うん!!ありがとう!!アルベドお兄ちゃん!!」

 

クレーはアルベドに抱きかかえられる形で助けられたことに嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「っ!!…ふぅ、良かった。…はっ、エウルア!?」

 

アンバーはアルベドの腕の中にいるクレーを見て安心し、すぐに我に返ってエウルアが吹き飛ばされていった方向を見る。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、瞬詠。この恨みは絶対に忘れないから……」

 

エウルアは衝撃波や爆風によって吹き飛ばされた衝撃で少なくはないダメージを体に負いながらも何とか受け身を取ることに成功し、片膝を付きながらも瞬詠に対して怒りの形相を浮かべていた。

 

「エウルア、大丈夫!?」

 

そこにアンバーがエウルアの元に駆け寄り、心配そうに声をかける。

 

「えぇ、なんとか大丈夫よ……。アンバーは大丈夫そうね」

 

エウルアは少し苦しげかつ、疲れたような表情を浮かべながらも、どこか安心したような表情を浮かべながら立ち上がる。

 

「エウルアお姉ちゃん!!ごめんなさい!!」

 

「良かった、何とか大丈夫そうみたいだね」

 

「えっ?」

 

エウルアは声を掛けられた方に顔を向ける。エウルアの視界に入ってきたのは自分を心配そうに見つめるクレーの姿と、その隣にはクレーを助けたアルベドが立っていた。

 

「……私は大丈夫よ。ただ、そうね。…クレー、今度から爆弾を投げつけようとする時には本当に今は投げても大丈夫なのか、今投げたら大変なことにならないのか、よく考えてからやりなさい」

 

エウルアは一瞬驚いた表情を見せた後、クレーと同じ目線になるようにしゃがみながら優しく微笑みかける。

 

「う、うん!分かった!」

 

クレーはエウルアの言葉を聞いて元気良く返事をする。

 

「…エウルア、あそこに瞬詠がいないみたいだが、瞬詠は何処に行ったんだい?」

 

「なんですって!?」

 

アルベドの問いを聞いたエウルアは目を見開いて驚く。

 

彼らの視線の先には先ほどまで爆発によって大量の水蒸気が発生したことにより、霧が立ち込めていたが、その水蒸気が晴れて爆発が起きた場所に目的の人物が見当たらなかった。

 

「まさか、あの爆発の中を逃げおおせたっていうの!?」

 

エウルアは驚きと動揺が入り混じった声で呟く。

 

「……どうやら、そういうことになるらしいね」

 

アルベドは冷静に答えながら、目を細める。

 

「えぇ!?あの爆発の中を逃げたの!?」

 

アンバーは驚愕の声を上げる。

 

「瞬詠お兄ちゃん逃げちゃったの!?そんなのヤダ!!」

 

クレーは悲しげに顔を歪ませ、両手を握り締める。

 

「……どうするの?アルベド」

 

エウルアも険しい表情を浮かべてアルベドに尋ねる。

 

「ボク達の目的はあくまでも瞬詠の確保だよ。ここで彼を追うのを諦めるわけにはいかない。それに彼が逃げられる方向は絞られるよ。アカツキワイナリーや清泉町の方には西風騎士団と千岩軍が大勢いたし、僕とクレーはドラゴンスパインの方から来た。それにシードル湖の方も今までの爆発騒ぎでモンド城から多くの西風騎士団や千岩軍が来ているみたいだから、彼はそんな所を選ぶはずがない…そうなると」

 

「…また奔狼領ね」

 

アルベドの言葉を聞き、エウルアは静かに答えた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

「っぅ、いてぇ」

 

奔狼領の林の中に一人の男、瞬詠が苦痛に満ちた声を上げながら、歩みをゆっくりと進める。

 

瞬詠は吹き飛ばされて地面に叩きつけられたせいでボロボロになり、彼自身の腕や足等にかすり傷や切り傷や打撲の跡が見受けられる。

 

「…はぁ」

(まさか、全ての雷元素の投擲瓶が誘爆し、一斉に爆発するとあんなに威力が高くなるとは思わなかった)

 

瞬詠は心の中で毒づきながら、自分が今いる場所を考える。

 

彼の頭の中には今の自分を取り巻く状況と、これから進むべき道、そして、それを達成する為に取る行動について考えを巡らせる。

 

まずは今の自分の状況だ。一言で言えばかなり不味い。

 

あの高台から奔狼領に大爆発で吹き飛ばされたが、その過程で持っていた片手剣や各種類の元素反応を引き起こす投擲瓶を手放してしまった。だが、幸いにも追っ手の西風騎士団と千岩軍からはあの大爆発のおかげでだいぶ距離を引き離すことが出来たし、あの大爆発があった直後だ。大部分の西風騎士団の騎士達や千岩軍の兵士たちはまだ混乱の渦中にあるはずだ。この隙に乗じて逃げることが出来るかもしれない。

 

「…」

 

次に今の自分の手持ちについてだ。

 

自分にはもはや拾った片手剣や各種類の元素反応を引き起こす投擲瓶といった武器は無い。あるのはこの体と御守り代わりに持っている‘あれ’と、逃亡する際に刻晴がすぐに追いかけられないようにから彼女から奪った‘あれ’と、ついでにモンドに行くときにあいつに修理を頼まれ、そして頼まれた修理が終わった‘あれ’だけだ。

 

「……さてと」

 

そして、これから進むべき道についてだ。

 

今の自分は絶対に千岩軍と西風騎士団に捕まらないことを目的に行動してきた。理由は勿論、刻晴の前に突き出されるのを全力で回避するためだ。これは自分が悪いのだが、彼らに捕まれば激怒している筈の刻晴の前に突き出されて、今回の場合はおそらく滅茶苦茶にボコられて半殺しみたいな目に合わされて、もしかしたら最終的には牢屋みたいな場所で罰として大量の反省文を書かされつつ、刻晴に書類仕事を山のように押し付けられて、刻晴が満足するまでそこに幽閉させられて仕事をさせられ続けるという事になるだろう。

 

「……はぁ、ふざけんなよ」

 

瞬詠は思考を止め、一度立ち止まる。彼の心に怒りの感情が湧き上がる。

 

「…一発くらい、あいつの顔面を思いっきりぶん殴っても問題ないよな?」

(もしも仮に捕まったとしてあいつにボコられるくらいなら、大人しくボコられるよりも一矢報いてもいいよな?)

 

瞬詠は拳を強く握りしめながら、自分をこんな目に合わせた刻晴に対しての怒りの炎を燃やした。瞬詠の脳裏にとある光景が思い浮かぶ。それは遥か高い所にいる刻晴が西風騎士団と千岩軍に追い詰められていく瞬詠を、まるで高みの見物でもしているかのようにニヤニヤと嘲笑っているかのようなそんな光景だった。

 

「……あいつめ、調子に乗るなよ……刻晴、絶対にお前の思い通りになってやんないからな?」

 

瞬詠はとある方向に顔を向けて目を細める。瞬詠の視線の先の方角は璃月港のある方角であった。

 

「…っ」

 

瞬詠は顔をしかめる。彼の胸の中には様々な想いが渦巻いていた。

 

「……まぁ、それはそれ、これはこれだな…っ」

 

瞬詠は再び歩き始めて、現実的にこの騒動を終わらせるために‘とある考え事’の続きを考えようとしたその時、背後で何かが動く気配を感じた。

 

「誰だ?」

 

瞬詠は服から御守り代わりの‘それ’を手にする。それは、ばさりっと音を立てながら広がると瞬く間に形を変えていき、瞬詠の手には‘黒い鉄扇’が現れた。

 

「グルルル!!」

 

「ガルルル!!」

 

そこには瞬詠の後ろからや横から、四方八方から狼達が現れて、狼達が瞬詠を警戒するように威嚇の声を上げる。

 

「ちっ」

 

瞬詠は舌打ちしながら、狼達の挙動を注視する。

 

「……待て」

 

「グルルゥ」

 

「ガルルゥ」

 

「ん?」

 

瞬詠は人間の声を聞いて振り向く。

 

すると、振り向いた先には一人の少年が数匹の狼と共にそこに立っていた。

 

「…お前は?」

 

瞬詠はその少年を観察するように見つめる。

 

「…オレはレザー、頼む、僅かに‘あの高く大きい男’の匂いがする男、『ルピカ』に手を上げないでくれ」

 

その少年は赤い瞳に体つきが逞しく、そして緑のズボンにぼろぼろのフードのような恰好に、背中に雷の神の目、そしてまるで狼の体毛のような長髪の少年であった。




今回で一時的にですが、瞬詠は西風騎士団と千岩軍の追跡から完全に逃れることが出来ました。
またちょっとした裏話になりますが、実は随筆している最中に瞬詠が刻晴に対して反撃する、またあいつが直々に出てきて仕掛けてくるようなら徹底抗戦してやる等とかの台詞が出てきて(それは採用しませんでしたが)、今まで瞬詠の目的が刻晴から逃げるという流れから、このまま逃げ続けるのではなくもっとこの状況を終わらせるための具体的なアクション、また場合によっては今後の展開次第では、もしかしたら瞬詠が刻晴に対して全面対決を挑む可能性すら出てきてしまいました。
その為、一度キリが良いので本編の第1幕として完結とします。

尚、第2幕に関しては一旦、原神の設定を読み直したいことやファルカ大団長に関しての情報を集めたいこと。それにここまで来たら一度オリキャラの瞬詠の設定をそれなりにしっかりと纏めたほうが良いと思ったために、最初の随筆に取りかかるまでの準備が色々と必要になると思われること。また実はリアルが忙しくなってきてしまったことで時間の確保をどうするかという事により、第2幕の初回投稿はもしかしたら数か月後になる可能性があります。

最初はちょっとした小ネタやギャグ感覚で書いていたのに、どんどんバトルものに近いものになったり、当初は瞬詠はただの刻晴の部下の一人程度で、強さも元素も使えない一般人程度の筈だったのに、随筆を進めていく中でどんどん設定が付け加えられてそれを修正しながら続けていった結果、いつの間にか元素の力が使えないにも関わらず、まるで璃月七星の有力な戦力の一人みたいな扱いになっていて、読み返したら唖然としました。もしかたら、その内に瞬詠は神に認められて、神の目を手に入れるなんて展開もあり得るのかもしれない……ですかね?

取り合えず、第1幕をここまでお読みください本当にありがとうございました!!

追記1
クレーのシーンを中心に誤字脱字がありましたため、修正しました。

追記2
瞬詠がクレーに吹き飛ばされて、レザーに遭うまでのシーンに追加描写(刻晴関連)を行いました。

追記3
蒼風の高地という用語を追加しました。

追記4
アルベドの描写を修正しました。(瞳の部分)

追記5
文字間隔の調整を行いました。


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設定集(オリキャラ関係)

とりあえず、ようやく完成したので投稿。

第一幕時点での設定集・キャラ設定です。

いつも原神を随筆する際の参考資料や、実際にゲームをしたりする時の調べ物等でもお世話になっている、とある某ページのフォーマットを参考に作り上げてみました。

尚、天賦関連についてですが、実は正直言うとまだ試作段階という事もあるため、後ほど変更修正の可能性もあります。

また、今回の分で記載されているキャラについては、直接描写のあったキャラのみを対象(レザー、ウェンティは今回は除外にし、刻晴のみは例外)にしています。


◎基本情報

・名前:瞬詠

・所属:月海亭

・神の目:無し

・命の星座:無し

・装備武器:元素投擲瓶(使用感的には弓に近い)/片手剣/???????

・オリジナル料理:?????

・ひとこと紹介

→「璃月七星」の一人、「玉衡」の元で働かされている問題行動ばかりが非常に目立つ男。

―――だが、彼の“仕事人”としての実力は本物であり、彼は謎に包まれた存在ではあるがその実力は本物である事は間違いないとされており、一部の者達に『未来を観測する異能者』や『予言の類を扱える異常者』、そして『天権の懐刀』、『玉衡の日蔭』、『七人の七星の影に潜む‘八人目’の璃月七星の男』と囁かれている男でもある。

・人物評

→「ちっ。あいつ、本当にやる気がある時とやる気が無い時の差が激しく過ぎるわね…。あぁ!!もぅ!!少し目を離した隙にぃ!!今度は何処に行ったのよ!?本当にいい加減にしなさいよ!!あの“怠惰男”がぁ__っ!!」

―――“彼”に充てられた机や椅子、それに物置等の目的で使用されているだろう幾つかの台や、台の上に整然と並べられている資料、それに彼の仕事の資料等を保管している幾つかの本棚等の“その男”専用の作業スペース、そしてそこに目的の彼、“瞬詠”がいない事を確認した璃月七星「玉衡」、“刻晴”はいきり立って青筋を浮かべて、彼女が手にしていた書類を握り潰したのであった。

 

◎天賦

〇通常攻撃

戦闘天賦(通常攻撃Ⅰ)【NEW】

・第壱種戦闘術・投元反法

※発動条件をそれぞれ満たしている場合のみ、“第壱種戦闘術”が常時発動する。

・発動条件

→元素投擲瓶を一つ以上保持している事。

→元素反応投擲瓶セットを設定してある事。

→ターゲットとセットされている元素反応投擲瓶セットとの間で有効な物がある事。

 

:通常攻撃

→ターゲットを補足次第、設定されている元素反応投擲瓶セット(※1)とターゲットの元素タイプに従い、設定されている元素反応投擲瓶セットの中から自動的に適切な元素投擲瓶の二瓶を連続で投擲し、素早くターゲットに各種元素反応ダメージを与える。そしてターゲットを元素反応投擲瓶セットに従った元素反応の影響下に置かせる。

 

:重撃

→ターゲットへ与えるダメージがより高くなり、より精確な投擲を発動する。

⇒ターゲットが受けている、もしくは付着している元素と周囲の環境や状況にターゲットとの戦況、そして自身が保持している元素反応投擲瓶から、適切なものを自動的に選択して元素投擲瓶の一瓶を相手に投擲し、ターゲットにより高い各種元素反応ダメージを与える。

 

:落下攻撃

凄まじいスピードで落下し地面に衝撃を与えて落下時に範囲ダメージを与えつつ、周囲にターゲットの元素タイプや元素の付着状況、環境を考慮して自動的にそれに適した同一元素の元素投擲瓶の五瓶を周囲にばら撒いて周囲のターゲットや複数のターゲットに元素を付着させる。既に付着しているならば元素反応ダメージを与える。(落下攻撃をする前に、“第弐種戦闘術・我流剣法”に切り替えておくことで元素反応投擲瓶を温存する為に周囲にばら撒くのを防ぐことも可能)

 

※1:元素反応投擲瓶セット

→瞬詠が保持している各種の元素反応瓶の中から、それぞれ3タイプの編成(例えば、【一投擲目“火元素投擲瓶”→二投擲目“雷元素投擲瓶”⇒元素反応“過負荷”発動⇒これによりターゲットはノックバック、若しくは怯む】と言った、全体的にはダメージは低めだが、素早い元素反応でターゲットの行動に制限を掛けたり、自身や味方の形成を整える等が可能な戦術)を行うことで、ターゲットの種類に従って適切な攻撃手法で攻撃を開始する。

 

戦闘天賦(通常攻撃Ⅱ)【NEW】

・第弐種戦闘術・我流剣法

※“第壱種戦闘術・投元反法”の発動条件を満たしていない場合、自動的にこちらに切り替わる。

※“第壱種戦闘術・投元反法”の発動条件を満たしている場合、切り替えを行えばこちらに切り替わる事も可能。

:通常攻撃

→剣による最大5段の連続攻撃を行う。

 

:重撃

→一定のスタミナを消費し、前方に斬撃を2回放つ。

 

:落下攻撃

→凄まじいスピードで落下し地面に衝撃を与えつつ、ターゲットに斬りつける。経路上の敵を攻撃しつつ、落下時にターゲット本人に落下ダメージと範囲ダメージ、そして周囲にも範囲ダメージを与える。

 

戦闘天賦(通常攻撃Ⅲ)

・第参種戦闘術・?????

:???

→?????

 

:???

→?????

 

:???

→?????

 

戦闘天賦(通常攻撃Ⅳ)【NEW】

・第肆種戦闘術・飛天空襲法

※滑翔、または飛翔(瞬詠の意志による飛行術)時かつ“第壱種戦闘術”の発動条件を満たしている場合にて自動発動

:通常攻撃(急降下)

→ターゲット、または複数のターゲットの周辺まで飛行し、そのターゲットや複数のターゲットに向かって急降下しながら設定されている元素反応投擲瓶セット(※1)とターゲットや複数のターゲットの全体の元素タイプに従い、設定されている元素反応投擲瓶セットの中から自動的に適切な元素投擲瓶の二瓶を連続でターゲット目掛けて勢いよく投下する。そして素早くターゲットや複数のターゲットにより高い(この時のみ、攻撃力が5%程度程度上昇)各種元素反応ダメージを与え、ターゲットや複数のターゲットを元素反応投擲瓶セットに従った元素反応の影響下に置かせる。

 

:重撃(垂直降下)

→ターゲットの頭上まで飛行しターゲットに向かって垂直降下を行い、ターゲットが元素を付着していない場合ならば、設定されている元素反応投擲瓶セットの中から自動的に適切な元素投擲瓶の二瓶を連続でターゲットの急所目掛けて勢いを付けて投下する。そしてターゲットに素早いかつ、かなり高い(この時のみ、攻撃力が10%程度、会心率・会心ダメージが20%程度上昇)各種元素反応ダメージを与え、ターゲットを元素反応投擲瓶セットに従った元素反応の影響下に置かせる。

 またターゲットが元素を付着している状態であるならば、ターゲットが受けている、もしくは付着している元素と周囲の環境や状況にターゲットとの戦況、そして自身が保持している元素反応瓶から適切なものを自動的に選択し、同一元素の元素反応投擲瓶の四瓶の内の一瓶はターゲットの急所目掛け、残りの三瓶はターゲットの足元等に勢いをつけて投下することでターゲットに素早いかつ、非常に高い(この時のみ、攻撃力は15%程度、会心率・会心ダメージが30%程度上昇)各種元素反応ダメージを与えつつ、より長い時間の間ターゲットを元素反応投擲瓶セットに従った元素反応の影響下に置かせる(具体的には、ノックバックした相手や怯んだり凍結している相手が復旧するまでの時間が1.5倍伸びる)。

 

:落下攻撃

→“第壱種戦闘術・投元反法”、“第弐種戦闘術・我流剣法”、“第参種戦闘術・?????”時の落下攻撃を参照。

 

※2:元素投擲瓶補充方法について

→元素投擲瓶は宝盗団の拠点、または西風騎士団や千岩軍等の関連施設にて補充可能。

 

※3:元素反応瓶携帯可能数について。

→現状、水・氷・炎・雷元素の元素投擲瓶の内、最大計80瓶を携行可能。(具体的には、例えば水元素と氷元素は5瓶ずつ、炎元素と雷元素の投擲瓶を35瓶と言った編成や、雷元素と氷元素と投擲瓶は0瓶の代わりに水元素を20瓶、炎元素の投擲瓶を60瓶編成と言った、その状況による編成によって最大携行可能数を超えない限り、自由に編成が可能)

 

 

〇元素スキル

無し

 

〇元素爆発

無し

 

〇固有天賦

・我流飛翔術【NEW】

→チーム内の自身のキャラクター全員が滑翔時に消費するスタミナ-20%、瞬詠自身の滑翔時や飛翔時に消費するスタミナは-30%。同じ効果を持つ固有天賦との重ね掛け不可。

また地上にいる場合や海上にいる場合に限り、発生している上昇気流や風域、これから発生する上昇気流や風域を視認できるようになることで、それを利用して空を飛ぶことが可能になる。またチーム内のキャラなら滑翔時や飛翔時の際には滑翔時や飛翔時に消費するスタミナを-30%にする気流、現在吹いている風域や次に吹く風域を視認でき、その気流や風域を利用することが可能となり、瞬詠の場合は滑翔時や飛翔時に消費するスタミナを-30%にする気流が-45%となる。そして瞬詠自身がフィールドに出場している場合、地上や海上や空中問わずに気象の変化を察知すること(具体的には、数秒後から数分後に雷雨が降ると把握できるようになったり、またエリアを移動する際に移動先のエリアが雨かどうかも分かるようになる※但し、ワープで遠距離移動時した場合はそれらは発動しない)が出来るようになる。

・???

・???

 

◎命の星座

無し

 

◎プロフィール

〇物語

・キャラクター詳細【NEW】

→「月海亭」、それは璃月を統治する七人の七星達が議論を行う場であり、そこで働いている者達や務めている者達というのはすなわち、何かしらの才覚に秀でた者達ばかりであり、そしていずれにせよ勤勉で勤労な者達ばかりである__ただ“一人の男”を除いて。

“その男”は周囲に対して異色な存在だった。勤勉で勤労な者達の中に混じって、独り堂々と仕事以外のことをしているのである。そんな“彼”は正しく、その場に相応しくない不真面目で怠惰な性格であると周囲の者達から思われ、一部の者達は“彼”を目の敵にしていていたというのも事実であった。

だがそれでも何故か月海亭にいることが許されていた。それは単純明快。彼も同じく才覚に秀でた者であり、しかも月海亭に務めたり所属する者達の中では頂点に立つと言っても過言では無い程の実力を有していると言われ、それは「璃月七星」全体の秘書を担っている“甘雨”と肩を並べる程だとも言われていたからである。

彼は月海亭にいる時には、滅多に仕事に手を付ける事は無い。彼自身に充てられた専用の“作業スペース”の椅子に座って、彼の所有物である写真機を弄ったり、フォンテーヌから出されている“スチームバード”という新聞を眺めたり、万文集舎で買い漁ったのであろう様々な書籍を読んだり、あるいは周囲の働きぶりを観察しているのか、それともただボーッとしているだけなのか分からないような状態でいることが多く、更には仕事時間や業務時間中にも関わらず「月海亭」から、私用で抜け出したり等の問題行動も非常に多かった。

そしてそんな彼に周囲の者達や“甘雨”、そして彼の直属の上司である璃月七星の玉衡、“刻晴”が声を掛けて彼に仕事を渡したりしているのだが、彼は当たり前のように平然とその仕事を突き返してきたことで、頭を悩ませることがしばしばあり、かと言って“刻晴”を除いた者達全員は、彼に対して強く出る事すら出来なかった。

それは彼に持たされた特別な“権限”や“権利”、それに周囲の者達の反発すらをも捩じ伏せるだけの圧倒的なまでの“実績”によるもの。彼を自在に指揮命令できるのは、かつての彼の直属の上司であり璃月七星のリーダーである天権、“凝光”ただ一人のみであり、そして彼女によって彼には幾つかの特別な“権限”や“権利”が与えられている。それ故に彼が“刻晴”や“甘雨”の二人から渡された仕事を大人しく行う時と言うのは、彼の気分が向いた時かやる気になった時に限られていた。

だがそれでも彼は「月海亭」の者達や「璃月七星」達に、まるで問題児かのように扱われながらも彼らに認められ、そして全員に受け入れられているということもまた事実なのだ。

そうして彼は一部の者達から、『未来を観測する異能者』や『予言の類を扱える異常者』、そして『天権の懐刀』、『玉衡の日蔭』、『七人の七星の影に潜む‘八人目’の璃月七星の男』と囁かれており、畏怖され尊敬されている。

そうしてそれらの異名を裏付けている一つというのが、“凝光”が“瞬詠”に与えた特別な”権限”の一つ、「あらゆる“独断専行”の許可」である。これにより、瞬詠は_____。

 

・キャラクターストーリー1

→???

 

・キャラクターストーリー2

→???

 

・キャラクターストーリー3

→???

 

・キャラクターストーリー4

→???

 

・キャラクターストーリー5

→???

 

・?????

→???

 

・神の目

→無し

 

◎ボイス

〇日常ボイス

・初めまして…【NEW】

→自分は瞬詠、あの暴走女“刻晴”の直属の部下の男だ。まぁ、何か分からない事があったら聞いてくれ。全ての事は大体は把握していて、色んなことを知ってるし分かっている。ただ、もしも自分でも知らない事や分からない事だったら…取り合えず、まずは“甘雨”を探して彼女に答えさせよう。彼女は璃月の事ならば何でも把握し、そして何でも知ってるしな、あの人はとても頼りになるぞ。

 

・世間話:仕事【NEW】

→仕事か?まぁ緩く適当、好き勝手自由にやらせてもらってるぞ。おまけに自分には“凝光”さんから与えられた幾つかの特別な“権限”や“権利”を手にしているからな。これのおかげで自分の思うがまま、やりたいように何でもやれる。…ただ、いつもいつも突っかかってくるあの“暴走女”、何でもかんでも自分に仕事を投げつけてきてほしくないんだが。…ったく、あんな多くの仕事を真面目にこなしながら“見極め”なんて出来るわけないし、何かしらの“兆候”をも見逃すかもしれないじゃないか。はぁ、「月海亭」や「七星八門」、それに「千岩軍」、それどころか「璃月」で何か“問題”が発生しかけたり“トラブル”が起きかけた時、それこそ“一大事”が発生した際の適切な“初動対応”が取れなくなるだろうよ…。

 

・世間話:飛翔【NEW】

→空を飛ぶこと?…うーん、自分にとって当たり前すぎて、今まで深く考えた事が無かった。言い過ぎかもしれんが、自分にとって空を飛ぶという事は息を吸う事と同じ事みたいなもんだからな。だが…もしも、自分が今の自分みたいに“風の翼”をあそこまで使いこなせてかつ、風を読んだり空模様からこの後に起きる事を見抜いたりと、そう言った事が出来なければ、テイワット各地を飛び回って出会ったような彼らとの出会いや交流、彼らを通じた様々な経験や体験をすることが出来なかったと思う。それは間違いなく言えることだな。そう考えると…ふんっ、なんだかんだ言って、今こうして生きて飛んでいられる事が本当にありがたいことで、とても嬉しい事なんだな感じるよ。

 

・おはよう…【NEW】

→よぉ、おはよう。…なんだ、自分がこんなに朝早く起きてるのが意外なのか?自分は遅くとも夜明けと共に目は覚めているぞ。…今日も朝日が綺麗だな。なんだかんだ、“今この時を生きている”。そう実感するよ…

 

・こんにちは…【NEW】

→っぅ~。駄目だ、少し眠くなってきた。…これから軽く寝るから、取り合えず15分後から20分後辺りに起こしてくれ。…それとお前さんの事は信用しているが、くれぐれも“刻晴”の奴みたいに乱暴に起こさないでくれ。頼むから“甘雨”みたいに優しく起こしてくれ。そうじゃないと、頭が痛すぎて上手く動けないんだ…。

 

・こんばんは…【NEW】

→…。あ、悪い。夜景に見とれていた。…家々の灯、それは人々の営みの象徴であり命そのものでもある。…今の仕事のやりがいを感じる瞬間の一つだよ。さてと、せっかく時間が結構あるんだ。頼むから面倒くさい問題やトラブルは起こらないでくれよ。…うーん、これから、何処で何をしようかな。やはり、まずは万民堂で旨いもんを食って、その後に雲翰社の璃月劇を見に行って、あとその間に久しぶりに知り合いの法律事務所に行って顔を出したり、それに万文集舎で良い本や面白い本、それに使えそうな本や役立ちそうな本が入ってないか見たりなど、とにかくやることがたくさんあるぞ。

 

・おやすみ…【NEW】

→おぉ、おやすみ。うん、自分か?自分はまだ眠くないからな。眠くなったら寝るさ。…自分は眠くない時に寝ようとすると、つい余計な事を考えてしまう悪い癖があってな。とりあえず、眠くなるまで何か適当な本でも読むなりして時間を潰すことにするとするよ。…いい夢を。

 

・ガイアについて…【NEW】

→ガイアか?うん、あの異国の眼帯騎士には色々と世話になってるぞ。モンドの事やモンド城の事、それに“西風騎士団”やその西風騎士団の“エウルア”の事、おまけにモンドに限らず“様々”な情報や噂話…まぁ、色んな事について詳しく教えてくれたな。そしてそのお礼として、たまにガイアの奴との個人的な付き合いで、無償でガイアの奴から頼まれた“西風騎士団”への色んな手伝いや支援、それにとある“男”へのちょっとしたサポートも行ってるぞ。

 

・ディルックについて…【NEW】

→ディルックか?うん、よくエンジェルズシェアで、自分に直々に酒を振るってくれたり、試作段階の酒を出してくれたりするんだ。本当に良い人だよ。…だからとある“男”の依頼で“彼”へのサポートを頼まれた時には、割と真面目に取り組んでいるのさ。それにディルックの旦那と自分との間で頻繁に“情報交換”や“情報共有”も行っているからな。…“モンド”と“璃月”に対する“二つの脅威”は共通している。どちらの脅威も油断は出来ないし、どちらの相手にも隙を見せてはならない。…それ故、巧みに自分と旦那がそれぞれ持つ情報、それらを組み合わせる事で互いに不測の事態に備えているんだ。

 

・アンバーについて:編隊飛行【NEW】

→アンバーか?あの偵察騎士の女とは知り合いだぞ。意外と長い付き合いになるかもしれん。モンドで自分を見かけるとよく絡んでくるんだ。ははっ、あいつは本当に真っ直ぐな奴でな。困っている人がいれば迷わず助けに行く。そんな感じの良い女なんだ。そうしてあいつは数少ない、風の翼で自分並みに自在に空を駆ける事が出来る者でもあるんだ。…以前、ガイアの依頼でとある商隊がヒルチャール達の群れに襲われているから、至急助けに向かってくれと言われたんだ。そして偶々その場にいた彼女と一緒に空を飛んで編隊を組んで、そのまま現場まで空を駆け抜けって行ったってことがあったんだが、それ以降、更に彼女とはそれなりに深い仲になった気がするな。

 

・アンバーについて:手紙の中継【NEW】

→あ、そう言えば…自分が所用で“スメール”まで飛ぶ時、より正確にはスメールの“ガンダルヴァー村”の近くを飛翔する時は、一度ガンダルヴァー村に着地して立ち寄って、アンバーの知り合いの“見習いレンジャーの女”にアンバーから預かっている彼女宛への手紙を、そしてその見習いレンジャーの女からアンバー宛の手紙を受け取ってアンバーに渡すという、彼女達とのやり取りを中継しているぞ。…まぁ、その話が気になるならアンバーに直接聞いてみてくれ。

 

・エウルアについて:“罪人”【NEW】

→エウルアか?…あの“くそ恨み節女”は自分が”初めて西風騎士団の騎士と知り合いになった最初の騎士”だな。そして、モンドの嫌われ者と言っても過言では無いだろう。…ガイアの奴からエウルアの事や“ローレンス家”の事を聞いた。“エウルア”自身には何ら罪はないのに、ただ単に生まれや血筋だけで周りから疎まれ、蔑まれる。それはどんなに辛い事だろうか。…赦される事のない罪を背負った罪人達、そしてその者達の血が流れている罪人達の末裔である彼女に自分、いや“俺”は“同情”したよ。彼女がどんなにモンドの為に尽くしても、その努力は決して報われない、絶対に認められない、それらを認めてもらえない。…それ故、俺は個人的に彼女とモンドに対してちょっとした“画策”を行っている。だって、多少はモンド人達に認めて貰っても良いだろう?…え?何でそんなにエウルアに肩入れしているのかって?…エウルアは、モンドで“罪人”と呼ばれているんだが…俺ももしかしたら璃月…いや、あの時は大陸各国の出身の人間達も参加していたから、最悪テイワット中の人間から“罪人”、もしくは“大罪人”と呼ばれていたかもしれないからな。エウルアがモンド人達に不幸を撒き散らしている存在と言うならば、俺は彼らを死に場所に引き連れ、そして死へと追いやっていった元凶…まぁ下手すれば、俺は“大量殺人者”と言えるかもしれんからな。

 

・クレーについて…【NEW】

→クレーか?ははは、あの元気一杯の火花騎士か。あの子はとにかく純粋無垢な子だ。よく西風騎士団の本部に立ち寄った時に見かけて構ってあげたり、一緒にモンド城内や場外の散歩に連れて行ったりしてるぞ。ははっ、まるで本当の妹みたいに懐かれてるぞ。クレーはかつて自分が世界中を飛び回っていた時の話や自分の写真機、そして偶にクレーの為に持ってきたテイワット各国の景色の写真を見せたりそれに関する話をすると、とても目を輝かせながら喜んでくれるんだ。本当にあの子は良い子だよ…。但し、あの子の“ボンボン爆弾”の件に関してはノーコメントとさせてくれ。…うん、色々と過激なんだ。

 

・アルベドについて【NEW】

→アルベドか?アルベドは西風騎士団の錬金術師で、実質クレーの兄でもあるな。モンドに訪れた時、偶にクレーの面倒を見ているからアルベドによくお礼を言われているし、また時折彼にお願いされて璃月に飛んで帰る際にモンド城からドラゴンスパインにある彼の拠点の工房に立ち寄って彼の軽い荷物を置いたり、逆にモンドからフォンテーヌへ飛びに行く時にそのついでとして拠点にある精密な道具をフォンテーヌの修理屋に出すために拠点に立ち寄るなんて事も、今までに何度もあったからな。…だがそれはそうと、彼の知識量と頭の回転の速さは本当に凄まじいな。偶に彼に色んな事を相談すると、色んな良い案を出してくれたり、また結構良いアドバイス等を貰ったりする事もあって、結構助かってるんだ。本当にありがたいよ。

 

・刻晴について・関係1【NEW】

→うん、あの暴走女の刻晴か?…はっ、あいつとの関係は察してくれ

 

〇戦闘ボイス

⇒特になし。

 

〇他キャラからの反応

・ガイア【NEW】

→瞬詠か?ははは、彼は中々“愉快”で“面白い”奴だぞ。彼は本当に色んなことを“知っている”んだ。何度か、彼から彼の持つ情報を貰ったこともあるし、彼に手助けしてもらったこともあるんだぜ。…実に勿体ない。彼は本当に優秀なんだ。彼がモンド、もしくはモンド城に住んでさえいれば、俺が彼をスカウトして彼が大団長、そして代理団長の専属の補佐や直属の部下になってもらうことで、主に代理団長の負担がとても無くなると思うんだが。…ははは、この前「よかったら副業として、正式に西風騎士団の大団長や代理団長の専属の補佐をやらないか?」って言ったら、「自分を過労死させる気か?」って瞬詠に断られたからな。

 

・ディルック【NEW】

→彼か。彼とは結構長い付き合いかもしれない。僕は何度も彼に酒を振るってきたりカクテルを作ってきたからね。そして僕と彼と何度も“情報交換”や“情報共有”も行い、そして“あの男”の依頼で何度も自分をサポートしてくれてることもあって、かなり助かっている。…だが僕は一人の友人として彼の事が心配なんだ。確かに彼の行動ややり方は情報収集の効率が良いし、集まった情報の精度も中々で確実なものなんだ。しかし、あのやり方、そしてあの考え方ではもしかしたら、最終的には彼は…

 

・アンバー:璃月からの刺客【NEW】

→瞬詠ね。ふふんっ、私にとって彼は私と対等に空を飛べる好敵手であり、そして良き友人でもあり、そして空を駆ける相棒とも言えるかもね。元々彼との出会いは、飛行チャンピオン三連覇を掛けたモンドの飛行大会の時なんだけど、その時にガイア先輩から「ははっ、アンバー。今年の飛行大会はとても面白くなるぞ?何故なら、璃月から最強の、アンバーへの刺客がやって来たからだ」って言われたの。そしてその私への最強の刺客っていうのが、瞬詠だったんだ。彼曰く「ガイアの奴、自分は出るって一言も言ってないのに、勝手に自分の出場手続きをしやがった…」って言ってたんだけど、私はそんな事よりも、彼が大会で見せたあの飛行術!それにギリギリを平然と攻めていくあの冷静さと大胆さ!そして私の真後ろをピッタリとくっついて、絶対に離さないという執念!あれらに心打たれちゃったんだよね!…本当に手に汗握る戦いで、あの時はとても楽しかったなぁ。抜かされては、抜き返して、抜かされまいと瞬詠の姿を探したらいつの間にか前にいて、負けじと私から瞬詠に仕掛けに行って…。もう、とにかく!!あの時の興奮と感動を今でも忘れてないよ!!

 

・アンバー:偵察騎士小隊【NEW】

→…はぁ、もしも彼がモンドに住んでいて西風騎士団に所属していれば、きっとおじいちゃんの“偵察騎士小隊”の立て直しとかも…。まぁ、瞬詠は“璃月港”、しかも“月海亭”という所に属している人で、立場的にはガイア先輩辺りの人…。そして私にはよく分からないけどガイア先輩が「瞬詠は璃月の七人に対して、『“発言権”を認められている』男だ」って言っていたんだ…それってつまり、やろうと思えばある程度ではあるけど…彼は、“璃月を動かせる立場”の人ってことだよね…。そんな人物…。はぁ、まぁ無理だよね…

 

・アンバー:手紙の中継【NEW】

→あ、そうそう。スメールのガンダルヴァー村に“コレイ”っていう友達がいるんだけど、彼がスメールにいく時にそのガンダルヴァー村に立ち寄って、彼女に手紙を渡してくれたり、逆に彼がモンドに訪れた際にコレイからの手紙を預かっていてそれを渡してくれていることで、私とコレイは住んでいる国は違い、遠くに離れていても、いつも通じ合ってお互いに繋がっているんだ。本当に彼のおかげで助かってるよ。

 

・エウルア:急降下【NEW】

→あの璃月の男ね…まぁ、意外と長い付き合いになるのかしら?彼との出会いはドーマンポート付近のとある任務でアビスの魔術師を捜索していた時なのだけれど、一時的に単独行動を取っていた時に多くのヒルチャール暴徒達やボウガン持ちのヒルチャール達に囲まれて面倒な事になってしまった時があったのよ。そしたらあの時いきなり、何かがヒルチャール暴徒達に向かって落下してくると同時に、急にヒルチャール暴徒の手や腕、それにヒルチャール暴徒達が手にしていた武器等が爆発して、ヒルチャール暴徒達が悶え苦しんだり武器を手放したの。それで私は咄嗟に空に顔を向けたのよ。そうしたらそこには風の翼を展開していて私たちに向かって猛スピードで急降下しつつ、次々に手にしていた元素投擲瓶をヒルチャール暴徒達に投げつけるようにそれらを投下していく男がいて、そのまま取り巻きのボウガン持ちのヒルチャール達が打ち上げる矢を躱しながら、そのヒルチャール暴徒達に突っ込んで行って、そうしてその男と私は共闘することになり、そのままなし崩し的に私とその男が行動を共にする事になったという事があったのよ。そうしてその男と言うのが“瞬詠”だったというわけ。…はぁ、今思えば彼とは本当に長い付き合いになったわね。

 

・エウルア:“瞬詠”の過去【NEW】

→そう言えば君、君は彼、“瞬詠の過去”を知っているかしら?…彼は“悲惨な過去”を背負っていて、しかもそれは全て自分のせいだと思い込んでいるのよ。話を聞けば分かるわ。確かに冷静に考えれば単純で、全ての始まりはたった一つの判断ミスだったのせいかもしれないけど、それでも自分のせいで多くの人達を巻き込み、そうして大勢の者達を死なせてしまった。それ故、瞬詠は自分と同じく罪を背負った“罪人”だと自称しているわけ。…はぁ、本当に馬鹿馬鹿しいわね。別に瞬詠の周りの人々は彼を責め立てているわけでも無いんだから、そんな風に思い込んで自分を追い詰めなくても良いと思うのだけれども…

 

・エウルア:“復讐”【NEW】

→…あの“頑固者”め。何度言ったら分かるのかしら?…全く、私に同情するのは勝手だけど、私の為に余計な事なんてしなくていいわ。これは私、“ローレンス家”の血を受け継いでしまったが故に負ってしまった業。…自分の問題は自分で解決するし、もし仮に他の誰かの手を借りることになっても、それはあくまでもその人の為であって、決して自分の為に借りたりはしない、自分の道は自分で切り開くわ…。まぁ、それでも勝手に援助をしてくれるというならば、私はそれを利用させてもらったり有効活用させてもらうまでよ。そして行く行くは西風騎士団に復讐を果たし、そうしてこのモンドに復讐を果たしてやるの。…ふふっ、素晴らしい計画よね。そしてその計画の最後には、私に好き勝手余計な事をやってくれた恨みを晴らすために、彼に復讐して後悔させてあげようと思っているの…だからそれまで、せいぜい首を洗って待っているといいわ、瞬詠は。

 

・クレー【NEW】

→瞬詠お兄ちゃんは良い人だよ!瞬詠お兄ちゃんはテイワット大陸を飛び回っていてクレーに色んなことをいっぱい教えてくれるんだよ!それにお兄ちゃんの写真機を使わせてもらったり、過去に瞬詠お兄ちゃんが撮ってきた写真を見せてもらったり、また散歩に連れて行ってくれるの!それでね!それでね!クレーが危なくなった時は、すぐに助けに来てくれるんだ!あとはね!クレーが図書館で瞬詠お兄ちゃんのお手伝いをしてあげた時とか、「ありがとう、助かった」って褒めてくれて頭を撫でてくれたりするの!…クレー、いつか瞬詠お兄ちゃんのいる“璃月港”。瞬詠お兄ちゃんが働いている“月海亭”という場所にも行ってみたいなー。あとはそうだなぁ、瞬詠お兄ちゃんといつか冒険とかもしてみたい!

 

・アルベド:荷物の輸送【NEW】

→瞬詠かい?うん、彼とは結構な付き合いになるかな。彼が居てくれて本当に助かってるよ。彼が西風騎士団本部に立ち寄っている間は、彼がクレーの面倒を見てくれたり、たまにドラゴンスパインの僕の拠点から実験器具を取りに飛んで行ったりしてくれたり、修理やメンテナンスする必要のある実験器具を僕の代わりに持って行ってもらったりしていて、とても感謝をしているよ。彼がモンドにいる間、僕は安心して心置きなく様々な研究に没頭出来ているからね。それに彼は本当に仕事が早くて、必要になった道具も直ぐに持ってきてくれるからね。やはり、自由に空を飛べるというのは羨ましい限りだ。本当にありがたいよ。

 

・アルベド:お礼【NEW】

→彼がいる時、どうしても僕が実験に集中したい時には、クレーの相手を彼に任せたり、実験道具が足りない時にはを遠い所から持ってきてもらったりして、本当に助かっているんだ。だから、僕から出来るちょっとしたお礼として、彼が僕に何か相談をしてきた時や何かしらのアドバイスをして欲しい、または悩みを聞いて欲しいといった時には、その見返りに彼の話をじっくりと聞いてあげて、僕はそれに答えたり僕の意見や考えを伝えているんだ。そしてその答えや意見に彼もいつも納得し、満足そうに微笑んでくれているんだ。本当に良かったよ。この程度のお礼しか出来ないけど、それでも彼が満足してくれて。これからも何かあれば相談に乗ろうと思うよ。

 

・刻晴・関係1【NEW】

→え、あの怠惰男の瞬詠?…はんっ、あいつとの関係は察しなさい




改めて第一幕を読み返してみたら、なんか神の目を持ってないのに普通に強キャラに仕上がっていて、思わず笑ってしました。(特にエウルア戦で、元素反応を利用して上昇気流を生み出すことで疑似的に風元素で空を舞うっていうのが意味が分かりませんでした)。

とりあえず、現状として最終的には“瞬詠”は“タルタリヤ”、“ニィロウ”、“放浪者”、のそれぞれの特徴を足して、三で割った感じの戦闘能力や戦闘スタイルにしていけたら良いなと思います。

尚、次は番外編の日常(?)編その1を投稿し、その後に第二幕の設定集か考察集を投稿予定です。

追記1
・一部“投擲”瓶が“投稿”瓶となっていたため、修正を行いました。

追記2
・一部の日常ボイスや他キャラからの反応の修正を行いました。(句読点忘れ等)

追記3
・エウルアの日常ボイスの修正を行いました。(初めて出会った騎士→初めて知り合いになった騎士)

追記4
・今後の設定集の新旧情報の比較として、【NEW】という表記を試験的に導入してみました。


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第2幕:差し向けた玉衡に逆襲するため
狼少年達に絡まれ、そのまま彼らと共に行動することになった件について


初回が完成したので投稿。

来月以降はどうなるのか分からないので、取り敢えず急ピッチで、ファルカ大団長や西風騎士団等を中心に必要最低限な分のみの情報を集めて、設定を確認し直して、無理やり今月中に投稿しました。

また久々に小説情報を開いたら、お気に入り数が100人を超えてびっくりしました。
こんな作品をお気に入り登録していただき、本当にありがとうございます。

尚、あらすじにもある通りにタグを追加しました。
ネタバレに関しては、今のところはメインストーリーの魔神任務の方はネタバレはほとんど無いと思われますが、各キャラの伝説任務やプロフィールを参考にしているところがある事からネタバレを追加しました。
考察ネタに関しては、現状では第2幕から本格的にファルカ大団長が物語に間接的にも直接的にも関わってくる事になるため、ファルカ大団長に関する情報が不足している中、不足部分を考察ネタで補っている事から、そういう事で考察ネタを追加しました。
オリキャラのタグに関しては、ファルカ大団長はその内に原作で登場すると思いますが現状は登場してないので、完全に‘オリキャラ(一部はチート※予定)’の類いになると思われるために追加しました。
また、第2幕から既にあるオリジナル設定やオリジナル要素のタグも発揮していきますので、よろしくお願いします。



それでは、お待たせしました。

第2幕、開幕




「…うん?『ルピカ』に手を上げないでくれ…か?」

 

奔狼領の林の中のとある場所、その場所で敵意を抱いて自分を囲うように包囲する狼達に警戒していた男、黒い鉄扇を開いていた瞬詠が疑問の声を上げる。その声には困惑、そして緊張の色がある。何故なら、彼の目の前にいる赤い瞳に体つきが逞しく、まるで狼の体毛のような長髪の少年、レザーの言っている意味、そしてその意図が理解できなかったからだ。いや、正確にはレザーの放ったその言葉。その中に隠された真意によってはこれから大変なことになる危険性を秘めている可能性があるからだ。

 

「そうだ、頼む、‘あの高く大きい男’の匂いがする男」

 

「……」

 

レザーは頷き、瞬詠は黙り込む。

 

『ルピカ』。瞬詠はレザーの言っている、その『ルピカ』という意味が分からなかった。

 

だが、レザーの様子からして何か大切であり、重要なものなのだろうと思った。

 

「…」

(…『ルピカ』って何だ?それにさっきからレザーが言っている‘あの高く大きい男’も気になる…まさかだとは思うがレザーという少年は)

 

瞬詠は首を傾げる。瞬詠はレザーをじっと凝視する。それはまるでレザーの挙動を一つでも見逃さないと言わんばかりに。

 

「…悪いが、その『ルピカ』って何なんだ?全くもって分からんのだが」

 

瞬詠は正直にそう言った。

 

「…ルピカは『狼の家』。違う、『狼の家族』。彼らはオレを『ルピカ』だと言った…だが、オレ、『ルピカ』を守れなかった……だから!!」

 

レザーはそう言うと、背中にあった大剣、かなり使い込まれていたのか、あちこちに傷があり、刃も多少はボロボロになっているものの、全体的には綺麗な形を保ち、切れ味の良さそうな大剣を取り出し、その切っ先を瞬詠に向けた。

 

「っ」

 

瞬詠は目を細める。

 

「もしも、お前が『ルピカ』を傷つけるなつもりなら、容赦しない!オレ、今度こそ『ルピカ』を守る!例え、相手が僅かに‘あの高く大きい男’の匂いがする男であっても!!」

 

レザーはそう言って大剣を構える。

 

「「「グルルゥ!!」」」

 

「「「ガルルゥ!!」」」

 

レザーのその言葉に呼応するように、瞬詠を取り巻く狼達が低く喉を鳴らし始める。

 

「…」

 

瞬詠はレザーと自分を取り囲む狼達を交互に見つめた後、小さく息を吐く。そして彼は開いた鉄扇を閉じる。

 

「…はははは!!」

 

すると、瞬詠が笑いだすと同時に、偶然なのか瞬詠の周囲に強い風が巻き起こり、周囲の木々の葉っぱや落ち葉が激しく舞う。

 

「ぐっ!?」

 

「「「グルゥッ!?」」」

 

「「「ガルゥッ!?」」」

 

レザーと瞬詠を取り囲んでいた狼達は瞬詠が急に笑い出したこと、また瞬詠が笑い出したのと同時に強烈な突風が吹き始めたことがまるで瞬詠が自分の意志で起こしたかのように感じられ、混乱し戸惑い、思わず怯んでしまう。

 

「…」

 

(な、何だ……)

 

レザーは瞬詠の突然の変化に驚く。

 

「っ」

(何だ、この男は……一体、何を考えているんだ?)

 

レザーは困惑し、瞬詠を見る。

 

「ははは!!いやー、すまん!!すまん!!悪かった!!レザー!!あんまりにも酷すぎる勘違いをしていたわ!!」

 

瞬詠は閉じていた鉄扇を、自身の手のひらを軽く叩きながら笑う。

 

「…勘違い?」

 

「あぁ、そうだ!!お前が言っている『ルピカ』の意味が何のことか分からなくてな。てっきり、まさか宝盗団で使われている自分の知らない何か新しい暗号か何かかと思っちまったよ」

 

「……宝盗団?」

 

レザーは首を傾げる。

 

「おっと、そこから説明しないとダメだったな……。えっとだな……」

 

瞬詠は頭を掻いて説明する。

 

「まぁ、簡単に言えば盗みをする組織だ。あいつらはただの盗賊集団だよ。前に璃月にいたとある宝盗団と璃月港に住む表向きは普通の一般人や璃月港にやって来た商人達がいたんだが、実はその宝盗団の協力者達だったという事があってな。そいつらは足が付かないように璃月港で色々と暗躍したり工作活動をしていたんだ。それで、そいつらの使っている暗号の中に偶々だがレザーの言う『ルピカ』とよく似た『ルビカ』という暗号があって、その意味が奴らの『全ての準備が終わり、間もなく行動を起こせる』って意味だったんだ。それを聞いて、その言葉がその暗号にあまりにも似ていたもので、つい反射的に『ルピカ』という言葉が『宝盗団の新たな暗号』だと勘違いしちまってたんだよ。…いやぁ、本当にすまなかった」

 

瞬詠はそう言い頭を下げる。

 

「……そう、だったのか……」

 

レザーは瞬詠の説明を聞き、納得したのか構えを解く。

 

「あぁ、そうだ。だから、俺はレザーの言っていた『ルピカ』って言葉の意味が、もしかしたら宝盗団の『ルビカ』よりも危険な意味を持つ暗号かもしれないと警戒していたんだ。だけど、違った。安心したよ。自分が警戒しているようなものではないようだな」

 

瞬詠はレザーに警戒していた理由を説明する。

 

「……なるほど、それなら『ルピカ』を傷つけるつもりはない、という事でいい、そういうことだな?」

 

レザーは瞬詠の言葉に安堵する。

 

「ああ、もちろんだ。自分は『ルピカ』、お前の家族を傷つけるつもりは毛頭ないさ。約束しよう」

 

瞬詠は微笑みながらレザーにそう言った。

 

「……分かった」

 

レザーは瞬詠を信じることにしたのか、大剣を背中に仕舞い込んだ。

 

「「「グルルゥ」」」

 

「「「ガルルゥ」」」

 

そして瞬詠に低く喉を鳴らしながら取り囲んでいた狼達も、レザーが戦闘態勢を解除したことでレザーと同じように警戒を解き、瞬詠に近づき始める。

 

「ん?どうした?」

 

狼達の行動を見て瞬詠は不思議そうにする。

 

すると狼達は瞬詠の前で伏せつつ、また瞬詠の匂いを嗅ぎ回し始める。

 

「「「グルゥ」」」

 

「「「ガルゥ」」」

 

狼達のその行動に瞬詠は困った様子を見せる。

 

「えっと……自分を襲わないでくれるのは嬉しいんだけど、流石にそこまでされると逆に怖くなるぞ……」

 

狼達は瞬詠がそう言うと狼達は瞬詠を見つめる。

 

「「「グルゥ」」」

 

「「「ガルゥ」」」

 

狼達は瞬詠のその様子に仕方がないと言うように鳴く。

 

「……はぁ、分かった。でも、せめて少しだけ距離を取ってくれないか?流石に怖いから」

 

瞬詠は狼達を説得すると、狼達は瞬詠から離れた。

 

「「「グルゥ」」」

 

「「「ガルゥ」」」

 

狼達は互いに見合って瞬詠を見上げる。まるで狼達が瞬詠と以前にどこかで会ったことがあるような反応をしており、全ての狼が瞬詠から距離を取ったものの、瞬詠の匂いをずっと嗅ぎ続けていた。

 

「……何だか、随分と懐かれたのかな?」

 

瞬詠は自分の体臭を嗅いでいる狼達に苦笑いを浮かべながら呟く。

 

「…なぁ、オマエ、名前はなんていう?」

 

瞬詠と狼達の様子を見ていたレザーは瞬詠に声をかける。

 

「自分の名前か……。自分は瞬詠だ」

 

「そうか、瞬詠、聞きたい事がある」

 

「ん、なんだ?」

 

瞬詠はレザーの方へ振り向く。

 

「瞬詠、なぜ瞬詠から‘高く大きい男’の匂いがするんだ?」

 

レザーは瞬詠に尋ねる。

 

「‘高く大きい男’の匂い?」

 

瞬詠はレザーの言っている事が分からず首を傾げる。

 

「あぁ、瞬詠、オマエから…いや、正確にはオマエの服、そこから、その男の臭いがする」

 

レザーは瞬詠に答える。

 

「えっ……」

 

瞬詠は思わず声を上げる。

 

「自分じゃなくて、自分の服から?…あ、もしかして」

(もしかして、‘あいつ’の‘あれ’の事なのか?この前にリサさんからお願いされてスメールの教令院から取り寄せていた本を、くそ暑い思いをしながらスメールの教令院近くまで飛んでそれを返却し、そのついでにそのままフォンテーヌにある修理屋に直行して、そこに預けていた修理の終わった‘あいつ’の‘あれ’の事か?…今は‘それ’を持っているが)

 

瞬詠はそう思い、自身の服からとあるものを取り出す。

 

「…!?これだ!!」

 

レザーは瞬詠の出したものを見て、目を見開く。

 

「「「グルゥッ!?」」」

 

「「「ガルゥッ!?」」」

 

そして、下がっていた狼達も瞬詠の手にしたそれを見て驚く。

 

「あっ、なんか、ごめんな」

 

狼達の驚いた様子に瞬詠は謝る。

 

「「「グルルゥ」」」

 

「「「ガルゥ」」」

狼達は見えたそれに興奮した様子で喉を鳴らした。

 

「…」

(なんで、レザーや狼達は‘これ’をそんなに見てるんだろう?)

 

瞬詠は狼達の様子に首を傾げながら、それをじっと見つめる。それはかなり使い古されたような物で、所々に小さな傷があるものの、立派な懐中時計であった。

 

「「「グルルゥ」」」

 

「「「ガルルゥ」」」

狼達は瞬詠の持つ懐中時計を食い入るように見つめ続ける。

 

「ん?これがそんなに気になるのか?」

 

瞬詠は狼達の様子に懐中時計を軽く振ってみせる。すると狼達はさらに喉を鳴らし、瞬詠に近づこうとする。

 

「「「グルルルゥ」」」

 

「「「ガルルルゥ」」」

 

狼達はかなり興奮しているようであり、瞬詠は困った表情を浮かべる。

 

「うーん……流石にこれはあげられないよ。だって、これは‘あいつ’のだし」

 

瞬詠はそう言いながら懐中時計を仕舞おうとする。

 

「なぁ、瞬詠」

 

「うん?どうした、レザー」

 

懐中時計を仕舞おうとした瞬詠はレザーに声をかけられ、動きを止める。

 

「瞬詠が持っているその懐中時計、よく見せてくれないか?」

 

レザーはそう言いながら瞬詠の方に歩く。

 

「ん?別にいいけど……ほら」

 

瞬詠はレザーに言われるままに懐中時計を渡す。

 

「「「グルルゥ」」」

 

「「「ガルゥ」」」

 

狼達は興味深そうに懐中時計を見ており、狼達は瞬詠とレザーの様子を見守る。

 

「……確かに、これは、あの男の懐中時計だ」

 

「えっ?」

 

瞬詠はレザーの言葉に驚く。

 

「あぁ、オレ、鼻が良い。この懐中時計から、‘あの男’の匂いがする…」

 

「…ちょっと待て。レザー、お前はその懐中時計の持ち主、‘ファルカ’を知っているのか?」

 

瞬詠はレザーの言った言葉を聞き、驚きながら尋ねる。

 

「知っている。…ファルカは、名前だ。あの男、高く大きい。レザーの名前、鉄の爪、彼にもらった」

 

レザーはそう言いながら、自分の両手に装着されているオレンジ色の手甲を見せる。

 

「あぁ、そういう事なのか……」

 

瞬詠はレザーの説明を聞いて納得し、まじまじとレザーやレザーの装着されている手甲、そしてそれについている鉄の爪みたいな物を見る。

 

「…」

(これ、この手甲の外側についている鋭利なものって、もしかして鉄甲鉤や鉤爪の一種か?…というか、レザーは人間なんだよ…な?レザーから感じられるのは獣としての気配だが、人間としての気配も混じっている。なんだ、このレザーの纏っている雰囲気は…長い間に狼達と過ごしていたからなのか?)

 

瞬詠がレザーについて考えて、その事を考察をしている間に、レザーは自分の手に着けられた鉄甲鉤のような武器を、より瞬詠に見せつけるように彼の目の前に持っていく。

 

「これ、あの男がくれたものだ。オレ、必要無いと言ったが、彼、『こいつ、上手く扱えば大木や岩ですらも裂く事が出来るものだ。これから先、必要になるかもしれない。それでお前、お前の大切な者、家族、友達、それらを守りきるんだぞ』と言って、これ、渡してくれた」

 

「へぇ~そうなのか。あいつそんなことをしたのか」

(まさか、ファルカの奴がな)

 

瞬詠はそう思いながら、ファルカの意外な一面を知って驚く。

 

 

西風騎士団の大団長、ファルカ。背が高くて大柄な男で、『北風騎士』と呼ばれる西風騎士団の生きた伝説と呼ばれた男だ。

 

また、『獅牙騎士』と呼ばれる西風騎士団の代理団長のジンが平和と自由を守る女性騎士と謳われる彼女に対し、西風騎士団の大団長のファルカは征服と伝説を創った男性騎士と謳われる彼でもある。

 

そしてそのように謳われる彼の戦闘能力は西風騎士団の中でも群を抜いており、彼が彼自身の氷元素の力を全力で振るえば、彼の周りの辺り一面が熾烈な猛吹雪が吹き荒れる銀世界となると言われ、また彼の剣術自体の腕前も相当なものであり、例えば年数が経っていないにも関わらず、既に古強者の一人となってしまっている『波花騎士』のエウルアよりも上であると言われている男だ。

 

そうしてそんな多くの戦いの中で数多の数の武勲を上げてきた男だが、実はとても自由奔放な男であり、例えば気に入った相手を見つければ何かしらの理由をつけて一緒に酒を飲みに行こうと誘ってモンド中の様々な酒を求めては、モンド城の様々な酒場を飲み歩いたり、また気まぐれでモンド城から出て散歩して、立ち寄った場所で面白そうなことがあれば首を突っ込むなんてことも多々ある。そして首を突っ込んだことはに関しては、大抵の場合はファルカ自身が大団長という立場のせいもあってカオスな状況になってしまうらしい。そうして、最終的には主に西風騎士団の隊長格の誰かがその場を収めて、ファルカをモンド城にまで連れ戻し、西風騎士団本部に戻ったら代理団長のジンが待っている反省室に入れられ、その部屋の中にいたジンに叱られるというのがお決まりのパターンとなっているとか……。

 

また、以前に瞬詠がアルベドに対して『ジンの事をどう思っているか』について聞いた時のアルベド曰く、『ジン?彼女は真面目な代理団長だよ。あの大団長よりも頼もしいと言えるよ。…皆も、彼女が正式に団長となる日を密かに期待してるんじゃないかな』と、アルベドにナチュラルにディスられる程の自由人だ。

 

 

「……」

(そういえば、自分がファルカと初めて会った時もジンさんに叱られてたな。しかもあの時、初対面なのになんか馴れ馴れしく‘あんちゃん’呼ばわりして、おまけにいきなり『あんちゃん防壁!!』とかわけ分からないこと言って、自分の事をジンさんから守るための盾にしていたな)

 

瞬詠はふと思い出す。

 

そしてそれをしたファルカの行動は、ジンに取って火に油を注ぐ行為だったらしく、最終的にファルカは椅子に座るクレーの真横で床に正座させられて更にジンに詰められるように滅茶苦茶に怒られていた。

 

「…っ」

 

瞬詠はその日の事を思い出したのか、僅かに苦笑いする。

 

「瞬詠、瞬詠はファルカの知り合いなのか?…オマエ、ファルカと同じ西風騎士団か?」

 

「うん?ファルカと知り合いで、自分が西風騎士団の人間か?」

 

レザーは瞬詠に尋ね、瞬詠は少し悩む。

 

「いやファルカとは知り合いだが、西風騎士団の人間ではない……いや、この場合だとどうなるんだ?確かに西風騎士団の人間ではないが、ちょっとした関係者になるのか?…まぁ、そんなものだろうかな」

 

瞬詠はレザーに説明しながら、自分なりの考えを口に出し、瞬詠は自分の答えに納得するように何度か小さくうなずく。

 

「……瞬詠、オレ、瞬詠の事もっと知りたい。実は、オマエと赤いリボンの女が、ヒルチャール達をやっつけていたのを見ていた。オマエ、凄く気になる。瞬詠、もっと話を聞かせてくれないか?それにファルカや西風騎士団の騎士達についても、もっともっと知りたい」

 

レザーは瞬詠に興味津々の様子で瞬詠に尋ねる。

 

「おぉ!?レザー、自分とアンバーの戦いを見ていたのか!?…あぁ、ただな。実は自分はこれから明冠山地の近くに行こうかと思ったんだが」

 

「なら、大丈夫だ。実はオレも、丁度『ルピカ』を連れてその辺りに用がある。だから一緒に行く、瞬詠」

 

瞬詠の言葉を聞いたレザーはそう言い、瞬詠の手を引っ張って自分の方へと引き寄せる。そして、レザーは自分の後ろにいる狼達の方を振り返り、自分の後ろで控えるように立っている自分達の仲間達に言う。

 

「みんな、そろそろ行く」

 

「「「グルゥッ!!」」」

 

「「「ガルゥッ!!」」」

 

レザーの一言で、その場に伏していた狼達は一斉に立ち上がり、レザーと瞬詠の後ろや周りにつくように立ち並ぶ。そして瞬詠はレザーに引っ張られながら、レザーと共に狼の群れとなって歩き始める。

 

「なぁ、瞬詠。オマエ、明冠山地に行くって話だが、そこに行って何をするつもりなんだ?」

 

レザーは瞬詠の方を振り向いて質問をする。

 

「んー、そうだな。…まぁ、レザーになら教えてやっても良いか。実は、今自分は訳あって西風騎士団から逃げていてな。まずは自分の事を探し回っている西風騎士団の騎士達、特に自分と知り合いの騎士達には絶対に見つからないように、ここから一刻も早く離れようと思ってな。その為に、まずは奔狼領から明冠山地の方に行こうと思ったわけだ。それに、あの辺りの場所なら丁度いいしな」

(明冠山地ならシードル湖と隣接しているし、今の状況的に…な)

 

瞬詠はレザーに自分がここに来た理由を説明する。

 

「…なぁ、瞬詠。オマエ、なんで西風騎士団の奴等から逃げるんだ?なにか、悪いことしたのか?」

 

「いや、モンドや西風騎士団に対して悪いことはしてないさ。ただ、そうだな。大雑把に言えば、璃月でちょっと俺の上の立場にいる偉そうぶっている暴走女、刻晴って奴が追いかけてこれないように、嵌めてきついお灸を据えてやってから久々に仕事を休んだら、あの暴走女がブチギレてモンドで言う西風騎士団に相当する千岩軍を動かして、彼らに自分の事を捕まえる為に差し向けてきたってわけだ。そして、なぜかその千岩軍に西風騎士団が協力したって訳だ。結果的に、今の自分は刻晴が命じた千岩軍とそれに協力した西風騎士団に追いかけまわされているわけ。もう、酷すぎると思わないか?」

 

瞬詠はレザーに説明する。

 

「…もしかして、今日、ルピカ、清泉町の方や色んな所で見たことがない茶色い服に槍を持った人間達を大勢見かけたと言っていた、あれがそうなのか?」

「あぁ、そうだ。それらが千岩軍。刻晴の命令で、自分を捕まえる為に動いている人間達だ」

 

「っ!?」

 

瞬詠は同意するように頷くと、レザーは絶句した。

 

「…オマエ、色んな意味で凄い奴なんだな」

 

「…まぁな」

(それこそ、なんか璃月で『天権の懐刀』や『玉衡の日蔭』、『未来を観測する異能者』やら『予言の類を扱える異常者』とかなんとか言われて、もう色々とうんざりするほどだしな)

 

レザーは瞬詠の話を聞き、少しだけ呆れたような表情を浮かべる。

 

「全く、本当に刻晴の奴め。ふざけんなよ。あ~あ、こんな無駄な事をする位なら大きな仕事の一つや二つを終わらせれば良いだろうに。時間は有限じゃねえのかよ?…ふんっ、あの暴走女め」

 

「…」

 

瞬詠は刻晴への愚痴を言い、それを聞いていたレザーは少し考え込む。

 

「…瞬詠、ずっとそのまま刻晴から逃げ続けるのか?」

 

「……まぁ、そうなるな」

 

「…瞬詠、瞬詠は刻晴が嫌いなのか?」

 

「あぁ、嫌いだ。あの暴走女は」

 

「…それ、嘘だな」

 

レザーは瞬詠に自分の思ったことを言う。

 

「え?いや、そんなことはないぞ」

 

「だって、瞬詠、刻晴の悪口を言う時、顔が少し笑ってた」

 

「……」

 

「オレ、分かる。瞬詠、本当は少なくとも、刻晴の事、嫌いだとは思ってない」

 

「…はんっ、それはどうだが」

 

瞬詠はレザーの言葉を否定する。

 

「…瞬詠、本当は刻晴と仲直りしたいと、思っているんじゃないのか?」

 

「……はぁ」

 

「?」

 

瞬詠はレザーの指摘にため息をつく。

 

「……まぁ、確かにそうだな。このままじゃ、いけないとも思ってはいる。でも、だからと言って俺に何が出来る?それに大人しく捕まったとしても、あいつにボコボコにされて半殺しにされるだけだろうし」

 

「……瞬詠、瞬詠と刻晴は喧嘩しているようにみえる」

 

「……喧嘩?」

 

瞬詠はレザーの言った言葉の意味が分からず首を傾げる。

 

「…話を聞いていて思った。瞬詠と刻晴は意地を張り合っているように思える」

 

「……」

(意地、ねぇ)

 

瞬詠はレザーに指摘され、心の中で呟いた。

 

「……」

(……まぁ、そうかもしれんな)

 

瞬詠はレザーに言われた事を考えながら歩く。

 

「…前、ルピカで喧嘩が起きた」

 

「…狼同士でっでことか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

レザーは前に狼と狼との間に起きた出来事を話す。

「その時、そいつが怒って、怒らせたそいつに嚙みついたり、引っかいたりしようとして、他の仲間達が止めたんだ」

 

「……ふーん、それで?」

 

「…その後も喧嘩が何度も起きそうになった。その度に、他の仲間たちが止めた。何度も何度も繰り返した。だが、決してそいつらは恨みあったり憎しみあったりしているわけではなかった。むしろ、お互いに信頼し、相棒として認め合っていた。」

 

「へぇ、そりゃ珍しいな」

(信頼、それに相棒ね……)

 

瞬詠はレザーの話を聞き、そう思う。

 

「……彼ら、瞬詠と刻晴、なんとなく似ている。オレ、そう思う」

 

「…似ているね」

 

瞬詠は複雑そうな表情を浮かべる。

 

「……信頼、相棒ね」

 

瞬詠はレザーにそう言われてふと、とある事を思い出す。

 

 

璃月港のとある日、七星迎仙儀式を迎えた日。

 

その日は、玉京台で半分麒麟、半分龍の姿の岩王帝君が天から舞い降りて、その年の璃月の経営方針についての神託を下す日。

 

そしてその日は玉京台で神託を聞くために瞬詠と刻晴がその場にいたのだが、何がどうしてそうなったのか、隣に立っていた刻晴が、いきなり岩王帝君に質問としてとんでもない事を口走ったのだ。

 

しかもそれがある意味で岩王帝君や今の璃月に対しての宣戦布告染みた内容だったせいで、その場は酷く騒然となってしまった。

 

しかもその際に何故か、岩王帝君に刻晴の放った言葉に対してどう思うと聞かれてしまい、瞬詠は何とか当たり障りの無い事を言ってごまかそうとしたら、その場で刻晴に釘を刺されてしまい、もう開き直ってその場にいた凝光や甘雨、煙緋や夜蘭等の上司や同僚や知り合い、また一時的に仕事で関わっていた飛雲商会顔見知り達等、そして璃月だけでなくテイワット大陸中の各国から集まった商人やその関係者達が注目している中で、岩王帝君に今まで思っていたことや考えていたことを思いっきりぶちまげてしまった。

 

その結果、何故か刻晴と瞬詠の発言を聞いた岩王帝君は意味ありげに笑い、最終的に岩王帝君に刻晴や瞬詠に自分達の名前を尋ねられ、『二人のその名は、我の中に深く刻まれた』と言われ、そのまま『刻晴と瞬詠よ。中々興味深かったぞ。次の七星迎仙儀式でも、また会おうではないか』と言い放って、そのまま岩王帝君が天に駆け上って行ったということがあった。

 

 

「…」

 

瞬詠はその出来事を思い出して、冷や汗を掻いた。

 

「…瞬詠」

 

レザーは瞬詠の様子を見て心配する。

 

「っ!?い、いや大丈夫だ!うん!」

 

瞬詠はレザーに声を掛けられてハッとする。

 

「…はぁ」

 

瞬詠はため息を吐きながらレザーと一緒に歩く。

 

「……」

 

レザーは瞬詠の様子を黙って見つめていた。

 

「…信頼と相棒ね」

 

瞬詠はレザーに言われた言葉を呟く。

 

「……自分とあの暴走女の刻晴が、お互いに信頼して相棒として認め合っているね。あぁ、なんか馬鹿馬鹿しいな。そんなんだったら、こんな事をするわけがないだろうが」

瞬詠は自分の手を見下ろしながらそう言う。

 

「…瞬詠、それ、信頼の形だと、オレ、思う」

 

レザーはそう言いながら瞬詠の手を握る。

 

「っ、レザー」

 

瞬詠はレザーの言葉を聞いて驚く。

 

「……瞬詠?」

 

「あぁ、悪い。なんでもない。こんな形の信頼とか最悪すぎるなと思ってな」

「…ある意味、ルピカの喧嘩、互いに本音をぶつけあった、コミュニケーションの一つ。瞬詠と刻晴の喧嘩、これもコミュニケーション」

 

「……どういうことだ?」

 

瞬詠はレザーの言っている事が分からず首を傾げる。

 

「……ルピカの喧嘩、これは互いの本音を喧嘩を通してぶつけることで信頼しあう。瞬詠と刻晴との喧嘩、お互いの気持ちを伝え合う事で絆を深める、似てる」

 

「……」

 

「…喧嘩、瞬詠と刻晴、本音をぶつけ合う為に行われた。…いや、お互いの本当の想いを互いに隠しあっていたそれを、瞬詠が刻晴を嵌めた事がきっかけで、それを曝け出しあい始めた」

 

「……」

 

瞬詠は黙り込み、困惑する。レザーの言った言葉、それが何故かなんとなく分かるようで分からない、いや理解したいが理解したくない。自分の中でそのような正反対な感情や思いが同時に湧いてきた感じがしたからだ。

 

「……瞬詠、刻晴にそれをしたのは考えてからやったのか?それとも、勝手に身体が動いたのか?」

 

「…身体が勝手に動いたってわけはない。…だがあの時は、珍しくよく考えずに行動していた…かもしれない」

 

瞬詠は素直に答えた。

 

「…」

(…レザーの言っている事、それは、つい無意識にやってしまったかってことなのか…?)

 

瞬詠はそう考える。

 

「…」

(今まで、自分と刻晴は一線を越える事を避けてきた。仕事の時やそうじゃない時に互いにイラついて、お互いにボロクソに言い合っても、どこか行き過ぎないように引き際を調整していた。何故ならそれは、もしも自分と刻晴が本当に本気で喧嘩になってしまえば、立場の問題も相まって周囲に多大な影響が及んでしまうからだ。だから刻晴と自分の関係は、表向きは上司と部下の関係で、二人の関係は仕事で遠慮なく言い合える、という関係が望ましいと思っていたからな……だが本音、それに自分自身の無意識…)

 

瞬詠はふとそんなことを考えてしまう。

 

「…あぁ、なんだかな。だが…」

 

瞬詠はげんなりとする。だが、彼の眼には強い意志が宿っていた。

 

「…瞬詠?」

 

レザーは瞬詠の顔を見て不思議そうな顔をする。

 

「……なんでもない。ただ、自分にも色々と思うところがあったんだ…そして、これから自分が何をしたいのかが、何となく分かった」

(まぁ、どのみちこのふざけた状況を終わらせるために、自分はモンドから璃月に、少なくとも璃月港まで行かないといけないしな。もしかしたら、最終的にはこの騒ぎを終わらせる事が出来る場所、あの場所に刻晴が待ち構えているかもしれない)

 

瞬詠は目を細める。

 

「…やっぱり、刻晴。今のお前が心底、気に入らない。…いや、そりが合わないと言えば良いのか?…まぁ、そんなことはどうでもいい」

(…良いだろう、大人しく捕まってお前の前に引きずり出されれるくらいなら、こっちからお前のいる璃月港に直接乗り込んでやるよ。おまけに、こんな変な気分にさせてくれた八つ当たりも兼ねてな)

 

瞬詠はそう決意して、顔を上げた。

 

「…瞬詠、顔が晴れた。どうした?」

 

「…いや、別に何でもない。…ただ、レザー、ありがとうな。レザーのおかげで自分の中にあったモヤモヤが取れた」

 

「……うん?」

 

「ふんっ、気にしなくていいぞ」

 

「分かった」

 

瞬詠はそう言ってレザーと共に歩く。

 

「…あ、そういえば、レザー。ちょっと良いか?」

 

「ん?何だ?」

 

「いや、そういえばレザーやルピカ達も明冠山地に行くって話だが、なんでレザー達もそんなところに行くんだ?」

 

瞬詠はレザーに尋ねる。

 

「……それは、明冠山地に行ったルピカ達、いつまで経っても戻って来ないんだ。だから、そこに行ったルピカ達を探すために、行く事になった」

 

「へぇー、そういう事か」

 

レザーは少し心配そうに言う。

 

「でも、ルピカ達が帰って来ないって、なんかあったのか?」

 

「分からない。ただ、こうなってくると、ルピカ達、身に何かが起こったのかも」

 

「…なるほどな」

(…正直、自分は狼の群れの事などは良くわからないが、だがレザーに取って狼は『家族』だし、その家族の誰かが行方不明になったとしたならば、誰だって心配するしな)

「…まぁ、そうだな。それならば、少しでも早く明冠山地に行かないとな…見つかると良いな、ルピカ」

 

「…瞬詠、ありがとう」

 

レザーは瞬詠の言葉にお礼を言う。

 

「いや、気にしないでくれ」

 

「…あぁ」

 

レザーが瞬詠に頷いた。

 

 

 

その時であった。

 

 

 

「…っ!?」

 

「…ぐっ!?」

 

「「グルゥッ!?」」

 

「「ガルゥッ!?」」

 

瞬詠とレザー、それにレザーのルピカである狼達は目を見開く。

 

「…な、なんだ?」

(…この匂い)

 

瞬詠は突然の事に驚き、瞬詠は鼻をひくつかせる。

 

「…」

(……間違いない。この少しずつ強くなっていくこの匂い、まるで腐った鉄のような匂いは)

 

「…血の匂い」

 

レザーが静かに呟いて、血の匂いがする方に視線を向ける。

 

「…」

 

「「「グルルゥッ!!」」」

 

「「「ガルルゥッ!!」」」

そして瞬詠と狼達も警戒するように、レザーと同じく血の匂いがする方向を見る。

 

「……」

(なんなんだ、一体……)

 

瞬詠は緊張した表情で、ゆっくりと服の中にある鉄扇に手をかける。

 

「……」

 

そしてその時にレザーと瞬詠、狼達の視線の先で草むらが揺れる。

 

「……」

 

「……」

 

瞬詠とレザーは目を細める。

 

「「「グルルゥッ!!」」」

 

「「「ガルルゥッ!!」」」

 

そして、狼達も警戒するように吠える。

 

瞬詠は息を殺しながら、じっと気配を殺して様子を伺う。

 

「…」

(……出てこいよ)

 

瞬詠はそう思いながらも、油断せずに構えて待つ。

「…」

 

(……来る)

 

そして、目の前の茂みから、それが出てきた。

 

「グルゥ……」

 

「…は?」

 

瞬詠は思わず呆けた声を出す。草むらから出てきたのは、一頭の狼であった。だがその狼はレザーの連れていたルピカ達とは違い、傷だらけでボロボロで、所々出血してしまっており、今にも倒れてしまいそうな状態であった。

 

「おい!?お前大丈夫か!?」

 

「っ!?」

 

「「「グルァッ!?」」」

 

「「「ガルゥッ!?」」」

瞬詠とレザーは慌てて、その傷ついた狼に駆け寄る。またその後ろを狼達が駆け寄る。

 

「おい!!大丈夫か!?」

 

瞬詠は傷ついて倒れたその狼に声をかける。

 

「……グルルル」

 

「……お前、酷い怪我だぞ?すぐに手当しないと」

 

瞬詠がそう言うと、その狼は首を横に振る。

 

「グルゥ、グルァ、グルルゥッ!!」

 

「えっ?何言っているんだ?」

 

その狼は瞬詠に何かを必死に伝えるように鳴く。だが、瞬詠には何を言おうとしているのか分からない。

 

「グルルゥッ!グガァッ!」

 

だが、狼は諦めずに何度も鳴き続ける。

 

「…一体何を?」

 

「…っ!!」

 

瞬詠は狼の言いたいことが分からずじまいであったが、レザーは違ったようで、レザーはその傷ついた狼に近づき、その狼の口元に耳を近づけると、何やら聞き出す。

「……そうか。分かった。……っ!!瞬詠!!明冠山地でルピカが襲われた!!」

 

「なに!?」

 

瞬詠はレザーの言葉に驚く。

 

「こいつ、助けを呼ぶために、一人でここまで来た…!!今もまだ仲間が動けない仲間を助けるために戦っている!!」

 

「おいおい、嘘だろ!?」

 

瞬詠は驚きの声を上げる。

「っ」

(明冠山地に行った他の狼達が戻ってこなかったのはそういう事なのかよ……)

 

瞬詠は明冠山地の方角を見て、険しい表情をする。

 

「レザー!!襲われたってのはヒルチャールどもか!?」

 

「あぁ!!ただ!!それだけじゃない!!ヒルチャールの他に!!もっと人に近くて!!人の言葉を話せて!!宙に浮いて!!それぞれ氷や水、炎を放ってくる奴らもいた!!」

 

「なっ!?」

(おいおい、それってもしかして!?)

 

瞬詠はレザーの言葉を聞いて、ある者達が浮かび上がる。

 

「…っ」

(いや、待てよ。もしかして、少し前のアンバーと相手していた妙に連携や指揮が取れていたヒルチャール達、もしかして'そいつら'と関係が……)

 

瞬詠はそう思いながらも、明冠山地の方に視線を向ける。

 

「……っ!!面倒みろ!!頼む!!」

 

「グルァッ!」

 

レザーは狼達の一頭に傷だらけの狼を任せて、険しい表情で明冠山地に視線を向けた。

 

「…レザー」

 

「…」

 

瞬詠はレザーに視線を向ける。レザーは決意を込めた瞳で明冠山地を見つめていた。

 

「……行く、今度こそ。ルピカ達を守る…!!ぅぅぁぁ!!」

 

「っ!?レザー!?」

 

レザーは瞬詠に視線を向けることなく、そのまま明冠山地の方に走り出した。

 

「っ!!」

 

「「「グルァッ!!」」」

 

「「「ガルゥッ!!」」」

 

レザーの後を追うように、瞬詠と狼達もレザーと同じように明冠山地の方に駆け出した。




尚、今後の投稿についてですが
リアルに忙しくなってしまっているので、
取り合えず、月に一度程度の更新は出来るように頑張りますので、よろしくお願いします。

また、次回に関しては今月末に出せそうであれば、多少短くなるかもしれませんが出してみます。

よろしくお願いします。

追記1
・レザーの大剣の描写を修正しました。

追記2
文字間隔の調整を行いました。


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狼少年はアビス達に突撃し、仕事人はルピカ達と『約束』を交わした件について

完成したので投稿。
今月中に間に合うことが出来てよかった…

今回は少し短いです。

本来ならレザーと瞬詠、またルピカ達の戦闘シーンも含めたかったのですが、分量がかなりのものになってしまう事、また丁度区切りも良かったので導入までという事でここまでを投稿します。

尚、後書きにて少し解説を入れていますので、よろしくお願いします。

また、‘主人公強め’というタグを追加しました。
実際に今までの出来上がった戦闘シーン等を見返してみると、アンバーと協力して普通にヒルチャール暴徒を含むヒルチャール達の集団を倒し、エウルアとの戦闘では純粋な剣術はエウルアに分があるみたいであるものの、搦め手を用いて対等な戦いに持ち込んじゃってるし(おまけに、もしもアンバーとクレーとアルベドがあの場に合流せず、投擲瓶による誘爆を起こして彼女の隙を突けば、エウルアを無力化することもありえたみたいだし)…

それと、ちょっとしたアンケートもあります。
興味のある方は回答をよろしくお願いします。

※敢えて質問文に何に使うか等の詳しい事は記載しません。
尚、締め切りは二週間後の7月11日にしようかと思います。
また、次回投稿時にこのアンケートがなんなのかを明かしたいと思います。

緊急追記
申し訳ありません。
先ほど確認したら、'空'と'蛍'の分のアンケートしかありませんでした。
本当は2問あって、そのように設定したのですが、同時に置くことは出来ないのか、2人の分しかありませんでした。
そのため、2問目を第5話の方に緊急的に置きましたので確認お願いします。
よろしくお願いします。


「うぁぁっ!!」

 

「くそっ!!レザー!!待て!!止まれ!!」

 

「「「グルゥッ!!」」」

 

「「「ガルゥッ!!」」」

 

奔狼領の林の中から抜け出たとある標高の高い地、瞬詠がいた晴天が広がっていた蒼風の高地とは違い、曇り空が広がる薄暗い高原、『明冠山地』にてレザーが雄叫びを上げながら、駆け抜けていき、その後ろを瞬詠とレザーの『ルピカ』達が追いかける。

 

 

明冠山地。そこはシードル湖を中心に位置するモンド城を起点とすると北西に位置する場所。

 

そしてその場所を更に北西に突き進んでいくと一つの高塔、『デカラビアンの塔』と呼ばれるその高塔を中心に、周囲には遥か昔に人が住んでいたのであろう、そこに住んでいた様々な建物郡の跡地に辿り着く。

 

この地は遥か昔、約2600年前の世界にて七神の統治下に置かれていなかった時代、まだ魔神戦争が大陸各地で勃発していた時代において「モンド」と呼ばれた都市がそこにあった。だが遥か昔にモンドと呼ばれたその都市、また魔神戦争によって現在のモンド領全域が雪と氷に覆われてしまう前までの、その都市の東方と南方にある明冠山地と蒼風の高地の広い地域を治めていた「竜巻の魔神」、「高塔の孤王」と呼ばれた『烈風の魔神デカラビアン』と、彼の首都であるその塔のある地に住んでいた民達、そして後にグンヒルド、ローレンス、エーモンロカの名を持つ者達、やがてその名を持つ者達が民達に『貴族』と呼ばれ、民達を主導する事になった彼らとデカラビアンの民達を中心とした反乱。

 

そうしてそれによって引き起こされた、魔神の彼と自由を求める人間達との間に起こった死闘によって、破壊され尽くした街には草木や苔などが生えており、まるで遺跡のような雰囲気を感じさせる場所であるのだ。

 

 

そしてその地に向かうようにレザーは全速力で一直線に駆け抜けていく。

 

「レザー!!ちっ!!」

 

レザーを追いかける瞬詠はレザーを追い掛けながらも周囲を警戒する。

 

レザーからすればこの辺りの地形はよく知っている。だが、それはあくまでもここが『明冠山地のどこか』であるということだけであって、どこに何があるのかは把握していない。だが、彼にはなんとなく分かるのだ。『ルピカ』達の匂いが。

 

「っ!!ぐっ!!っ!!」

 

レザーの赤い瞳が血走る。彼は今にも爆発しそうな感情を抑え込みながら必死に堪えつつ、何としてでも助け出すために駆け抜ける。

 

「っ!!」

 

そしてその時だった。レザーの鼻腔をくすぐる何かを感じ取る。

 

それは彼にとってはとても馴染みのある匂いであった。

 

「…ルピカ…っ!!」

 

レザーは走る。その匂いの主、レザーに取っては仲間でもあり家族でもある狼達を救い出そうとして。

 

「っ!!レザー!!待て!!」

 

「「「グルゥッ!!」」」

 

「「「ガルゥッ!!」」」

 

そしてそんな彼を瞬詠達は追い掛ける。

 

そうして、レザーと瞬詠は遂に目的地へと辿り着く。

 

「グルァッ!?」

 

「ギャァウンッ!?」

 

「ヤーヴ!!」

 

「ヤー!!」

 

「ヒャーハハハ」

 

「ランランフ~」

 

「フゥ~」

 

「っ!!」

 

レザーが辿り着いた先では、狼達と数多くのヒルチャール達が戦っていた。

 

そしてその中には、それぞれ宙に浮いている杖を持った赤色と青色と白色、ウサギみたいな耳をしてモフモフそうな格好をしている、なにかの可愛らしいマスコットのような 姿が三体がいて、彼等はどうやら戦闘中ではあるもののふざけて遊んでいるようであり、余裕がありそうな雰囲気を感じる。

 

そしてその光景を見た瞬間に、レザーの中でプツン、という音が鳴った気がした。

 

「っ!!……お、おまえ__」

 

「レザー!!」

 

「__っ!!瞬詠!?」

 

レザーが叫びながら、ヒルチャールやその者達に突撃しようとした時、後ろから瞬詠の声が聞こえ、次の瞬間にはレザーの腕が瞬詠に捕まり、そのまま近くの草むらの中に引きずり込まれる。

 

「馬鹿野郎!!お前考えなしにあの場に突っ込もうとしただろ!?冗談抜きでそんなことしたら死ぬぞ!!お前は死にたいのか!?」

 

「「「グルルッ!!」」」

 

「「「ガルルッ!!」」」

 

瞬詠は草むらの中でレザーに向かって叫び、レザーの狼達も吠える。彼らのその声には怒りが含まれているようで、レザーもそれに気づき冷静さを取り戻す。

 

「……ごめん……」

 

レザーは小さく謝りながら頭を下げる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、全く。……気にすんな、レザー。……だが、それよりも」

 

瞬詠は息を整えると、真剣な表情を浮かべながら草むらの中から、ヒルチャール達、その中でも宙に浮いている三体を見て、呟く。

 

「……くそっ、嫌な予感が当たっちゃったよ」

(まさか本当にアビスの魔術師達がいるなんてな…)

 

瞬詠は悪態を吐きながら彼らを見る。

 

アビスの魔術師。それは人類と敵対するヒルチャールを始めとする魔物達の勢力である「アビス教団」の一員である魔術師だ。アビス教団は多くの謎に包まれた組織で、殆どの事がよく分かってないものの、だか確実に言えることは今のテイワット大陸に住む人間達に大して強い憎しみや悪意を抱き、今の七神の支配する世界の打倒を目指している組織である。

 

「……」

 

瞬詠は顔をしかめる。まさかこんな所で本当に遭遇するとは思わなかったからだ。殆どの武器を失っている中で、彼らを相手するのは正直言ってかなり厳しかった。

 

「……瞬詠」

 

レザーは瞬詠に声をかける。

 

「どうした?」

 

「瞬詠、ヒルチャールに投げつけていたあの瓶、あれ今どれくらい持ってる?」

 

「あぁ、あれか……」

 

瞬詠はレザーの質問に苦虫を噛み潰したような顔をしながら答える。

 

「……実はもう無いんだよな。元々結構使ってたのもあるが、蒼風の高地での爆発で自分が吹っ飛ばされたせいで、その時に全部落としちまったんだ」

 

瞬詠は申し訳なさそうに答えた。

 

「…そう…」

 

レザーはその返答を聞き少しだけ残念そうにする。しかしすぐに瞬詠の方を向いて言う。

 

「……なら、オレ、一人で戦う」

 

「っ!おい、レザー!」

 

「「「ギャウッ!?」」」

 

「「「ガルゥッ!?」」

 

瞬詠と狼達はレザーのその言葉に驚く。彼は今までにない程に真剣な眼差しをしており、とても冗談を言っているようには見えない。

 

「瞬詠、頼む。ここにいるルピカを。オレ、行ってくる。仲間達を助ける」

 

「はぁ!?いや、ちょっと待てって!!お前死ぬ気か!?」

 

「ギャウゥッ!!」

 

「ガルゥッ!!」

 

瞬詠と狼達はレザーの言葉に驚き、慌てて止めようとする。しかしそんな彼等に対してレザーは真剣な表情のまま、口を開く。

 

「大丈夫、死なない。絶対に生きて帰る。だから安心して欲しい」

 

「っ!!」

 

レザーの瞳には決意が込められており、その表情を見た瞬詠は思わず息を飲む。そして同時に理解した。レザーが本気であることを。

 

「……お前、本気で行くつもりなのか?あの数だぞ?冗談抜きで死ぬかもしれないぞ?」

 

「あぁ、本気だ。…オレ、もうあんな思いをしたくない」

 

「…あんな、思い?」

 

「…」

 

「…っ」

 

瞬詠が聞き返すが、レザーは何も言わずにただ黙り瞬詠を睨みつけるように見る。それを見た瞬詠は彼の考えている事や彼の気持ちを理解し、レザーのその覚悟を汲み取る。だが、それでも瞬詠はレザーがあの中に突っ込もうとしている事に対して納得できなかった。

 

「…瞬詠、聞いてくれ」

 

「…なんだ、レザー」

レザーは瞬詠の目を見据え、瞬詠も真剣な表情で彼を見る。

 

「オレ、前に。あいつらに襲われた」

 

「…あいつらって、アビスの魔術師どもか?」

 

「そうだ」

 

「…」

 

レザーは頷き、視線を下に落とす。その姿はまるで思い出したくない思い出を、無理やり思い出しそれを心の中で整理しようとしているように見えた。

 

「…その時、みんな死んだ」

 

「っ」

 

瞬詠はレザーのその一言を聞いて、彼が何を言おうとしているのか察する。

 

「殺されたのか……」

 

「うん。…全員、アビスの魔術師に。オレの背後からアビス達が襲い掛かって来て殺されそうになった」

 

「…」

 

「その時…ルピカ、仲間、あいつら、オレを救おうと、あいつらは恐れずにアビスに攻撃をしたが…あいつら、例外なく全員殺された。…アビスにルピカ達を惨殺させられた」

 

「…っ」

 

レザーは声を震わせながら話す。その光景を思い出したのか、レザーの身体は小刻みに震えていた。瞬詠はそんなレザーを見て胸糞悪い気分になる。

 

「オレ、あの時、ただあいつらの惨死を見ることしかできなかった。…何もできなかった。どうすることもできなかった…だけど、今は違う」

 

レザーはそう言いながら自身の‘雷の神の目’を取り出して握り締める。

 

「オレ、今度は助ける。助けられる。今のオレ、あの時とは違う」

 

「…馬鹿が。神の目の力を持った者だとしても、あの数をたったの一人で対応するには限界というものがある。…まぁ、自分は一人で対応できる例外を何人かは知っているが、少なくとも自分から見てレザーはそこまで強い方ではない。…おまけにこの話や今までの話を聞いてて、ちょっと気になったんだが…レザー、お前のその神の目ってちゃんと使いこなせてるんだよな?…まさか神の目を手に入れた事やファルカから鉄の爪を貰ったのって最近とかじゃないだろうな?」

 

「…っ!?」

 

レザーは瞬詠の指摘が図星だったようで顔をしかめる。

 

「…取り敢えず、一旦待て。それに、この際にはっきり言ってやるよ。レザーだけであの場に突っ込んでも、無謀だ」

 

「っ!?…そんなことわかっている!!」

「…はぁ」

 

レザーは怒鳴る。その反応を見た瞬詠はやれやれと言った様子で肩をすくめる。

 

「なら、なぜ行く?お前一人で行って何ができる?」

 

「…わからない。でも、行かなきゃいけない。それに…」

 

「それに…?」

 

瞬詠はレザーの言葉を聞き首を傾げる。

 

「…っ!!少なくとも元素の力を扱えないオマエと比べたらオレの方がまだマシだ!今の戦えないオマエよりも!!オレなら、オレ一人ならなんとかできる!!だから!!ルピカを見てろ!!オマエはここにいろ!!っ!!」

 

「はぁっ!?ぁっ!!おいっ!?レザー!!」

 

レザーはそう言うと瞬詠を置いてその場から走り出した。

 

瞬詠はレザーを呼び止めるために手を伸ばす。しかし、その手がレザーを掴むことはなく空を切った。

 

「ぁぁっ!!ルピカに手を出すなぁっ!!」

 

「ヤァゥ!?ヤァッ!?」

 

「ヤァ!?ギャァゥ!?」

 

「ヤゥ!?ヤァッ!?」

 

レザーは狼達を嬲り殺しにせんとばかりに飛びかかってくるヒルチャール達に対して、大剣を横に薙ぎ払う。そしてその斬撃の奇襲を受けたヒルチャール達はそのまま吹き飛ばされた。

 

「グギャッ!!」

 

「ヤゥッ!」

 

「ヤァアッ!」

 

「っ!!」

 

レザーの奇襲を喰らい、ヒルチャール達は僅かに怯むが、すぐに態勢を立て直す。そしてレザーに向かって棍棒を振り下ろしてきた。レザーはその攻撃に対し大剣で防御するが、ヒルチャールは構わずに四方八方から何度も攻撃を仕掛けてくる。

 

「ぐぅうっ!?ぐっ!!っぅ!!」

 

レザーは危なげながらも、何とかして攻撃を受け流す。

 

だが、いくら受け流してもヒルチャールの攻撃が止むことはない。それどころか、どんどん激しさを増していく。

 

「ヤァアウッ!!」

 

「ガオー!!」

 

「ヤァウ!?」

 

レザーはヒルチャールが振り下ろす棍棒を寸前で躱し、カウンターの要領で雷元素の力で雷を纏わせた鉄の爪による一撃を放つ。それはヒルチャールを斬り裂き吹き飛ばして致命傷を与えた。

 

「……はぁっ……ふーっ……」

 

レザーは自分の身体を見渡し、無傷であることを確認する。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

(よかった……。オレ、まだ戦える)

 

「ヤァゥ!?」

 

「ヤァッ!!」

 

ヒルチャールは仲間を切り裂き吹き飛ばしたレザーを見て狼狽える。

 

「グルルゥッ!!」

 

「ガルルゥッ!!」

 

「グゥッ」

 

「ゥゥッ」

その間に動ける狼はその場から離れるべく走り出し、動けない狼は動ける達によって大きな狼の背中に乗せられる。そして、一斉にその場から離脱しようと動き出す。

 

「ヤァゥッ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

「行かせるか!!」

 

ヒルチャール達は逃げようとする狼達を逃さんと追いかけようとしたが、レザーはすかさずそれを阻止しようと動く。

 

「……っ!!」

 

レザーは雷元素の力を使い、獣のごとくヒルチャール達に襲い掛かる。

 

「っ!!どけぇっ!!がぁっ!!ぐるるぅっ!!」

 

「イギャァ!?」

 

「ギャァッ!?」

 

レザーの鉄の爪がヒルチャール達の顔面や腹部を貫いて吹き飛ばす。

 

 

「……」

(…不味い、最悪すぎる)

 

そして瞬詠はその様子を草むらの中で潜みながら目を細める。

 

 

瞬詠は既に見抜いていた。レザーの動きが鈍くなり始めていた事を。

 

おまけにレザーの鉄の爪で斬り裂こうとした時に雷を纏ったり纏わなかったりしている。

 

瞬詠は一瞬この状況でレザーは何か考えがあってわざと使い分けているのかと考えたが、だが彼にはレザーの様子からしてそういう風には見えずに考えを改めた。そうなるとレザーの雷元素が安定していないという事、言い換えれば瞬詠の懸念通りにレザーがまだまだ未熟だったため、自身の雷元素の力を上手く使いこなす事が出来ていなかったという事になる。

 

「っぅ!!来るな!!」

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

それにレザーがヒルチャール達に奇襲を仕掛けて混乱させたのはいいが、やはり数が多すぎたのだ。

 

おまけにヒルチャールの集団の動きを観察していて分かった事がある。

 

 

このヒルチャールの集団はこの場にアビスの魔術師がいるせいなのかは分からないが、少なくともある程度であるが組織的に動いている集団であるという事だ。

 

その証拠にヒルチャール達は一方からレザーに攻撃を仕掛けたら、すぐにもう一方がレザーを挟み撃ちにするような形で襲いかかってきている。

 

しかも、無秩序に襲い掛かるというよりかはある程度の隊列、編隊を崩すことなくレザーに攻撃を仕掛けてきている。

 

 

つまりは挟撃、終わることのない波状攻撃。

 

「ヤァゥ!!ヤァッ!!」

 

「……ぐぁっ!?」

 

レザーは後ろから来たヒルチャールの攻撃を喰らって倒れ込む。

 

「ヤゥッ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

「……っ!!ぐぅっ……」

 

レザーは苦し気ながらもなんとか立ち上がる。そんなレザーを見てヒルチャール達は笑う。

 

「グヌヌヌ、これじゃあ狼狩りが出来なくなってしまったじゃないか」

 

「なんなんだ?あの人間?急に現れて、狩りが台無しだ」

 

「邪魔だな、しかも雷の神の目を持つ人間。神に認められし者…」

 

「っ!?…オマエら、今、なんていった?」

 

レザーは突如聞こえて来た声に反応し、視線を向ける。するとそこには赤色と青色と白色のアビスの魔術師、それぞれアビス教団のアビスの炎の魔術師、水の魔術師、氷の魔術師がそれぞれいた。

 

「うん?ただ狼狩りが出来ないって言っただけだぞ?お前のせいでな。…さて、どうしてくれようか?」

 

「それよりもなんで人間がこんな所一人でいるんだ?まさか迷子とかか?…まぁ、どうでもいい」

 

「ちょうどいいや。何頭か逃げられたんだ、逃げられた鬱憤をぶつけよう。…こいつにな」

 

「「「ギャハハハ!!」」」

 

「……オマエら」

 

レザーは目の前にいる三人に敵意剥き出しの表情をする。

 

「さぁさぁ、逃げろ!!」

 

「どこまで、耐えられるかな!?」

 

「楽しませてくれよ!!」

 

「……っ!!」

 

アビスの魔術師達は一斉に魔法で、レザーに火炎放射や水弾や氷の塊を放ち、レザーは何とかそれらを避け続ける。

 

「っ!!っぁ!?」

 

「っ!?」

 

「なにっ!?」

 

「なんだとっ!?」

 

レザーはその隙を狙って今度は雷を纏わせた鉄の爪を地面に突き刺し、近くで燃えていた草と雷元素のによる過負荷反応による爆発の爆風や衝撃波を利用して自分の身体を浮かせて空中へ飛ぶ。

 

「ぐぁぁっ!!」

 

そして空中に飛んだレザーは急降下しながらそのまま青色のアビスの魔術師、水の魔術師に対して雷が纏った鉄の爪を振り下ろさんと襲い掛かった。

 

「「「ふぁぅっ!!」」」

 

だがレザーの攻撃が命中する瞬間、水色のアビスの魔術師を含む三体のアビスの魔術師達は、それぞれ赤と青と白の光を放ってその場から消える。

 

「っ!?」

 

そうして目標を失ったレザーの雷の鉄の爪は空しく地面へと激突した。

 

「っ!?」

(くそ、どこに行った!?)

 

レザーはすぐに周りを見渡す。

 

「っ!?」

 

そしてレザーは目を見開いた。

 

「「「ギャハハハ!!」」」

 

アビスの魔術師達は、まるで着地したレザーに対して包囲するように先ほどの赤と青と白の光から、それぞれの元素を使用したバリアーを張りながらその場に現れた。

 

「……オマエら」

レザーは静かに呟く。まさかの瞬間移動にバリアーを張ってくるとは思わなかったのか、レザーはかなり驚いていた。

 

「「「キャーッハッハ!!」」」

 

「っ!?っぅ!?っぁ!!」

 

そして、アビスの魔術師達は魔法でレザーに攻撃を始める。アビスの魔術師達の猛攻の前にレザーは防戦一方であった。

 

 

「…チッ……ったく、アイツ、人の話を聞かないからだよ」

 

そしてその様を見ていた瞬詠は舌打ちをして悪態をつく。

 

「…はぁ」

(…こうなったら、仕方がない。このままじゃ、レザーは本当にアビス達にやられる…やるか)

 

瞬詠はそう思って、その草むらが出ようとする。

 

「「「グルゥッ!!」」」

 

「「「ガルゥッ!!」」」

 

その時にレザーの狼達が吠える。それはまるで、レザーとアビスの魔術師達の元に行かせないと言わんばかりである。

 

「ちぃっ……」

 

それを見た瞬詠は思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「お前ら……いい加減にしろ、俺の邪魔をすんじゃねぇ」

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

すると今まで黙っていた瞬詠は、突然豹変し、ドスの利いた声を出して、狼達に睨みつける。瞬詠に睨みつけたられた狼達は、本能的に今の瞬詠が先ほどまでの瞬詠とは全く違い、今の瞬詠を纏う雰囲気は異質なものと感じ取り、狼達は一瞬にして恐怖を感じて後ずさりしてしまう。

 

「お前ら、俺の邪魔をしてどうするつもりだ?お前らだってレザーを助け出したいんじゃないのか?」

 

「「「「グゥ……」」」」」」

 

「なら、そこを退け。時間がないんだ、俺の邪魔をするんじゃねえ。…はっきり言ってやる。このままならレザーはアビスの魔術師達に嬲り殺しにされるだろうな。お前らのせいで」

 

「「ッ!?」」

 

瞬詠の言葉を聞いた狼達は、驚き戸惑う。そしてしばらくすると、狼達は互いに顔を合わせる。それはまるで瞬詠の言ったことに関して話し合っている様子だった。

 

「…」

 

瞬詠は腕を組みながら、狼達の様子を伺う。その視線は鋭いままで。

 

「ガウッ!」

 

やがて一頭の狼が鳴き、他の狼達は驚いたような表情をする。

 

「ガウ!ガウ!!」

 

「ウゥ〜!!ガウ!!」

 

「「「「「ワォーン!!」」」」」

 

どうやら話し合いが終わったらしく、最初に鳴いた狼以外の狼達は、まるで瞬詠にレザーの事を任せると言わんばかりに遠吠えを上げる。

 

「ほぉ、お前らは、レザーを俺に任せると言う事か」

 

「「「「「ガゥッ!!」」」」」

 

「そうかそうか、そしてお前は…お前さんは、まだ納得してないという事だな?」

 

「グルルゥッ!!ガァルゥゥッ!!」

 

瞬詠は自分の前に立ち塞がる一頭の狼を睨みつけるように見つめる。そして瞬詠の前に立ちふさがる狼はレザーの元には行かせないと言うかのように、瞬詠に対して威嚇をしていた。

 

「ふんっ、そうか。まぁ元素の力を扱えない普通の人間や一般人ならあんな所に行った所で何にもならないな……だが、俺は普通や一般の類には属さない人間だ。あの暴走女のような元素の力は扱えないがな」

 

「グゥッ!?」

 

瞬詠がそう言いきるとその狼は何かを感じとり、身体が震え始める。それはまるで目の前にいる男に対して恐怖しているかのような感じであった。彼から滲み出る異様な気配に怯えているようでもあった。

 

「…安心しろ」

 

瞬詠はそう言いながら、その狼の目の前でしゃがみ込む。

 

「レザーは必ずアビス達から助け出してやる。それについでだ。レザーがまた無茶しても何とかなるように、この場を利用して最低限の基本的な元素の扱い方や戦い方に関してもきっちり教え込んでやる」

 

「ガゥッ!?」

 

狼は驚いたかのように瞬詠を見る。

 

「…どうだ、納得してくれるか?」

 

「…グルゥ」

 

瞬詠の言葉に狼は渋々と言った感じで、首を縦に振る。

 

「…よし、納得してくれたようだな。なら、『契約』は成立…いや、契約じゃないな。この場合は『約束』だな」

 

「ガルゥ?」

 

「いや、何でもないさ。こっちの話だ。レザーのルピカとの『約束』は必ず果たしてやる。必ず…な。それに後でお前達、ルピカ達の場も用意してやる」

 

「グルゥ」

 

瞬詠は軽く狼の頭を撫でながら、狼に微笑む。

 

「グルルルゥ……」

 

狼は瞬詠の優しい笑顔を見て、どこか懐かしく感じるような感覚を覚えていた。そして狼はゆっくりと瞬詠から離れるとその場から離れていく。

 

 

「…はぁ、あ~あ、なんだか今日は、いつかにあった、せっかく刻晴の奴から勝ち取った特別休暇で、璃月港で有意義に楽しく過ごそうと思ったら、上司の七星達から緊急招集で呼び出され、それによって特別休暇が中止になって、そしてそのまま刻晴と共に全速力で現場に急行…、みたいな感じになっちまたなぁ…」

 

瞬詠は狼達が離れていったのを見届けた後、溜息をつき、遠い目になりながら、ヒルチャール達とアビスの魔術師達、そしてレザーの元に歩き出す。

 

「…」

 

瞬詠は歩きながら視線を動かす。この場にいるヒルチャール達とアビスの魔術師達の集団の構成は、まずレザーを包囲するように棍棒を持ったヒルチャールがあちらこちらに多数、また木の盾を持ったヒルチャールがそれぞれ点在している。

 

「…」

 

そして視線をレザーの包囲網から少し外して少しだけ離れた場所の四方に、ヒルチャール達の別動隊なのかは分からないが、それぞれ赤いヒルチャールが1体ずつとボウガンを持ったヒルチャール、正確にはボウガンを持った通常のヒルチャールが2体と赤色のヒルチャールが2体と白色と水色のヒルチャールが2体と紫色のヒルチャールが2体がその場におり、そして彼らの護衛役なのか、彼らの周囲に5体か6体程度の棍棒や木の盾を持ったヒルチャールが立っていた。

 

「…ふぅん」

(もしも草と風と岩の元素を操れるヒルチャールシャーマンがそれぞれいたら、元素反応のフルコースになっていたな…)

 

瞬詠は呑気にそんな事を考える。そして、残りに視線を向ける。

 

「ハハハ!!どうだ!!」

 

「逃げろ!!逃げろ!!人間め!!」

 

「どうした!?動きが悪くなってきたぞ!!」

 

「ぐっ!?くっ!!っぅ!?」

 

瞬詠の視線の先には、それぞれの炎と水と氷を操るアビスの魔術師達がレザーに攻撃を仕掛けている光景が映っていた。そして、その攻撃を苦しげな表情を浮かべながら、何とかして躱して防いでいくレザーの姿も。

 

「意外と良い動きをしてるな…体力温存のために、最低限の動きで攻撃をいなして防ぐ……悪くはない。だが、完全に連携の取れているアビスの魔術師達の前では、彼らの攻撃が激しすぎてあれでは反撃する暇がない。このままだとジリ貧だな」

 

瞬詠はそう言いつつも、特に焦った様子もなく、レザーの戦いぶりを冷静に観察していた。

 

 

 

「…よし、こんなもんか」

 

その瞬間、瞬詠は表情を引き締めた。

 

「…」

(大雑把に言えば棍棒持ちのヒルチャールが多数でおおよそ20体以上、盾持ちが15体から20体程、元素反応を引き起こすボウガン持ちをも含めると8体程、それに元素反応を引き起こすボウガン持ちを含めて、赤いヒルチャールが6体程、それに加えて今のヒルチャール達の指揮官の役割を担っていると思われるアビスの魔術師達が3体、ってところだな)

瞬詠は脳内で現在の状況を整理する。

 

「…はぁ、なんでこんなところにそんだけいるんだか。それにこのヒルチャールの集団がアビスの魔術師達によって統制されているから、更にもっと組織的な動きが可能である可能性があるし。おまけにアビスの魔術師達がここに居るという状況を考えると、最悪を想定して後から増援や別動隊が合流してくる可能性も考えなきゃいけないな。その状況下でレザーを助けつつ彼に教導してやらなきゃいけないし。挙句の果てに今の手持ちはほとんど武器もないから、最初は出来ることがだいぶ限られている」

(…いや、本当にこれは百万モラくらい貰わないと割に合わない仕事だな)

 

瞬詠は苦笑いを浮べる。

 

「はぁ、『真面目』にやろう」

 

瞬詠はそう呟くと服から鉄扇を取り出す。

 

「…さて、そろそろ『仕事の時間』と行くか。まずは…」

 

そうして瞬詠は最初の攻撃目標達に視線を向け、そちらの方に歩みを進め始めた。




『デカラビアンの塔』についてですが、当初はここに関しては『風龍廃墟』と描写しようとしました。
ですが、まずそこの土地が『風龍廃墟』と呼ばれるようになった経緯が、トワリンが過去のドゥリンとの戦いの傷を癒すために、その塔で眠っていたわけですが、目覚めた時にはトワリンをモンドの人々が忘れており、また目覚めた際にドゥリンの毒の血栓による痛みと、その痛みによるイラつきやモンドの人々に忘れられていた事に対しての失望や絶望に付け込まれたアビスによって操られつつあったことから、その結果として原作みたいなような彼になってしまい、結果的にモンドの人々は彼を恐れて「風魔龍」と呼び、それに伴って現在の『風龍廃墟』という地域の名前になったのが経緯でした。
そのため、本作品では時系列的に原作開始の半年前から7か月前辺りとしており、まだトワリンは『風龍廃墟』の塔の中で、未だに眠っている状況になっていますので、現時点ではここの土地は多くの人々に『明冠山地の一角』、一部の人達からは『デカラビアンの塔』と呼ばれていることになっています。

また、レザーとアビスの魔術師達についてですが、レザーは以前にアビスの魔術師に襲われて最終的に倒しておりますが、レザーが倒した際にはそのアビスの魔術師は完全に油断している事、そしてレザーのその攻撃が不意打ちであったことから、その魔術師はバリアーや瞬間移動をしていません。そのため、レザーに取って今回の戦いが初めてアビスの魔術師達の本当の力を目の当たりにした時でもあります。

尚、余談ですが、バルバトスがモンドに再降臨し、ウェンティとして活動を始めたのは原作開始の数ヵ月前となっておりますが、本作品ではおおよそ1年前に再降臨したことになっています。(神様の時間間隔なら数年以内のずれなら別に問題は無い…筈)

次回か次々回辺りで第2幕の前半は終了予定です。
来月中には第2幕の前半を終わらせたいなぁ…。

追記
・弓矢からボウガンの修正を行いました。

追記2
文字間隔の調整を実施中…。
→文字間隔の調整終了


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仕事人は武力介入を実行し、狼少年と共にアビス達と相対した件について

取り敢えず完成したので投稿。

尚、すみません。
2つ謝らないといけないことがあります。

1つは、前回のアンケートの件なのですが、本当は2つあり前回に2問行えるように設定したのですが、実は後から1話につき1問までしか置くことが出来ないと後から知りました。
そのため、1問目の空か蛍の質問を6話、2問目の璃月のキャラ5人から1人を選ぶと言う質問を5話に置いたのですが、1問目の双子の回答数が75人、2問目の璃月のキャラ5人が22人と、もしかしたら、気づいていない人も多数いたせいなのか、明らかに回答数が少なすぎるような気がしたのです。
そのため、本話の最後に璃月のキャラ5人のアンケートをやり直すべきか否かを置きましたので、回答して欲しいのです。
もしも、そのままで問題ないようでしたらアンケートで一位になっていた煙緋回として、本編の分量によりますが、次回は本編のおまけとして予定されている煙緋目線の番外編として、主に煙緋と瞬詠の日常的なエピソードか現在の戒厳令下の璃月港の様子を描写、もしくは両方を行おうと思います。そして万が一、やり直しと言うことになってしまいましたら、改めてアンケートのやり直しを行い、本来そこに入れるべきであった部分を何かをそのまま本編に進行させるか、それかそこに前倒しでアビス教団回か、分量的に足りないようでしたら、今書くと本編のネタバレになってしまいますので後書きに回しますが、とあるエピソードを追記しようと思います。
(余談ですが、あの双子のアンケートの目的はどちらを【アビスの指導者】にするかという事でした。よって後程、アビスの指導者としての蛍、そしてそれと同時に兄と別れてしまったただの双子の妹としての蛍を間接的にも直接的にも描写していこうと思います(ちゃんと描写できたらいいなぁ)。尚、瞬詠と関わり、そして敵対して彼女に襲われるかどうかはネタバレなので伏せますが、この後に控えていますアビス教団回で明らかになる予定ではあります)

2つ目ですが、1つ目と若干被ってしまい、また大したことではないのですが、予定ではアビスの魔術師達との戦いに決着を着けたかったのですが、まだ書き終えてないのにも関わらず、かなりの分量になってしまったので、取り敢えず前座のヒルチャール達編として投稿しまったことです。
本来でしたら、それプラスに7話に例の1問目と2問目のアンケートを表示させられていれば、その結果を反映させて今回で描写できていた筈だったのですが、それが出来なくなってしまい2問目が9話以降にずれ込んでしまいました。

本当に申し訳ないです。
次回からアンケートの仕様には気を付けます。

取り合えず、
またですが、前回の2問目に関するアンケートの回答をよろしくお願いします。


「ぐっ!?っ!!っぅ!?」

 

「ハハハ!!逃げ回れ!!逃げ回れ!!」

 

「どうした!?本当にやられちゃうぞ!?」

 

「ケェケケケ!!ランランル~!!」

 

それぞれ、炎、水、氷のアビスの魔術師達の猛攻の前に、レザーは何とか避ける。だが、攻撃をかわしていなしても、次から次へと放たれる魔術でレザーは徐々に追い詰められていく。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤァウ!!」

 

そして、レザーを包囲するように展開していたヒルチャール達は、アビスの魔術師達によって追い詰められていくレザーを見て、まるで嘲笑うかの様に声を上げた。

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤヤァ!!」

 

また、レザーの包囲網の外側にいた別のグループのヒルチャール達も、アビスの魔術師達によって、レザーが追い詰められていく様を見て歓喜の声を上げる。

 

「ヤァウー!!……ヤゥ?」

 

だがその時、一体のヒルチャールがふと視線を外に向けた瞬間に、ゆらりと一人の男の影が視界に入った。

 

「ヤゥ!?ヤァウ!!ヤァ!!」

 

「ヤァ!?」

 

「ヤァウ!?」

 

ヒルチャールは仲間達に呼びかけ、仲間のヒルチャール達もそちらの方に目を向ける。

 

「……」

 

するとそこには、灰色の服装に、黒い髪に灰色の髪が混じった男、そして片手に閉じた状態の鉄扇を持った男がゆっくりと自分達の方に近づいてきていた。

 

「ヤゥ?」

 

「ヤァウ?」

 

ヒルチャール達は男を見て戸惑い、顔を見合せあう。なぜこんなところに、男がたったの一人で来たのかと。しかも、男の格好からしてどう見ても西風騎士団の騎士とかではない、また冒険者とかそう言った類いでもない。まるで何処にでもいる普通の一般人のような感じだった。おまけに男の身体は、よく見てみると身体中は打撲の跡や切り傷や掠り傷があちらこちらにできている。

 

「ヤァウ?ヤウ」

 

「ヤァ、ヤゥ」

 

ヒルチャール達は頷き合う。そして、ボウガンを持った2体のヒルチャールが一斉に弦を引き、彼に狙いを絞って矢を放った。

 

「……はぁ」

 

男はため息を吐きながら、僅かに首を傾げる。

 

「ヤゥ!?」

 

「ヤァ!?」

 

そしてボウガンを放った2体のヒルチャール達は驚きの声を上げた。確かにしっかりと男の頭を狙って射ったが、男は僅かに首を傾げただけでその2本の矢を避けてしまったのだ。

 

「ヤァ!?」

 

「ヤァ!ヤァ!」

 

そして、それを見ていた他のヒルチャール達も驚愕する。今のは確かに正確に狙って放ったはずなのに何故避けられたんだ!?と。

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤァ!!」

 

ボウガン持ちのヒルチャールは、今度こそは確実に当ててやると思い、今度は連続して二本同時に放つ。

 

「…っ、っ」

 

だが、やはりそれもかわされてしまう。男は当たり前のように身体を少しだけ傾けるだけで避けてしまった。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤァ!!」

 

そして、それらを見ていた棍棒や木の盾を持っていたヒルチャール達が、この男は一般人風の格好をしているが、明らかに只者ではなさそうだと判断したようで、男に向かって走っていく。

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤァ!!」

 

そして棍棒を持っていたヒルチャール達は、先行するように棍棒を振り上げながらその男に襲いかかる。

 

「…」

 

だが対する男は特に焦った表情もせずに静かに手に持った鉄扇を開いた。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤァ!!」

 

「…っ!!」

 

そのヒルチャール達は男に向かって飛びかかる。そして男は目付きを鋭くさせて動き始めた。

 

「っ、っ、ふっ!!」

 

「「「イギャア!?ヤァゥッ!?」」」

 

男は鉄扇を振るって振り下ろしてきた棍棒を全て弾き、そしてまさか弾かれるとは思っていなかったヒルチャール達は体勢を崩して、その隙を男は突くように、鉄扇を瞬時に閉じて、そのまま棒立ちになっていたヒルチャール達を突きを放って突き飛ばし、突きを放てない位置にいたヒルチャールは蹴りを放って、そのヒルチャールを蹴り飛ばした。

 

「「「「イギャア!?」」」」

 

そして男に突き飛ばされ、蹴り飛ばされたヒルチャール達は、まるで男が狙ったかのように、木の盾を持っていたヒルチャール達に男に吹き飛ばされたヒルチャール達が衝突し、またその勢いのままに後方に吹き飛んでそのまま倒れ込んだ。

 

「ヤァ!?」

 

「ヤゥ!?」

 

「ヤヤァ!?」

 

そしてその光景を見ていたボウガンを持っていたヒルチャールに、そのグループのリーダーであろう赤いヒルチャールが驚きの声を上げる。

 

「ヤァーウ!!」

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

リーダーである赤のヒルチャールはボウガンを持っているヒルチャール達に声をかけ、ボウガンを持つヒルチャール達も声を上げる。

 

「ヤァウ!?ヤァウ!!」

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤァウ!!」

 

「ヤァ!!」

 

そしてリーダーの赤いヒルチャールは叫びながら、炎を纏わせた棍棒を振り掲げながら男に突進し始め、またそれと同時に男の鉄扇の突きや蹴りで吹き飛ばされた棍棒や盾をもったヒルチャール達の何体かも何とか立ち上がって男に向かう。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

立ち上がって男に立ち向かうヒルチャール達はそのまま棍棒を掲げ、渾身の力を込めて男に叩きつけようとする。

 

「っ、ふっ!!」

 

「イヤァ!?」

 

「ヤァゥ!?」

 

しかし、それでも男は冷静に鉄扇を開いて受け止めながら受け流し、その流れのままに反撃するように棍棒を跳ね除けて、鉄扇で突きを放ったり回し蹴りで蹴飛ばしていく。

 

「ヤァゥ!!ャァッ!?ヤァァッ!?」」

 

「っ、ふんっ!!」

 

そして男は、また飛び掛かった別のヒルチャールの攻撃を受け流すと、今度はヒルチャールの腕を掴み、今度はヒルチャールの足を引っかけて、そのまま炎を纏わせた棍棒を振り掲げていた赤いヒルチャールの方に投げ飛ばした。

 

「ヤァァァッ!?」

 

「ヤウッ!?」

 

「「イギャアァァッ!?」」

 

男に投げ飛ばされたヒルチャールは絶叫を上げながら、赤いヒルチャールの顔面から突っ込み、投げ飛ばされたヒルチャールとそのヒルチャールに顔面から衝突した赤いヒルチャール達は悲鳴を上げながら、そのまま思いっきり地面に転げ倒れた。

 

「ヤゥ!?」

 

そしてそれを見ていたボウガンを引いて機会を伺っていたヒルチャール達は動揺の声を上げて動きを止める。

 

「すまんな、ちょっとその2つを借りるぞ。ふんっ!!」

 

「「ヤァゥッ!?」」

 

男は倒されたヒルチャールが手放した2つの棍棒を蹴り上げて手に掴むと、それをそのままボウガンを構えていたヒルチャールの方に振り下ろす。そしてその2つの棍棒はヒルチャール達の肩に直撃し、ヒルチャールは衝撃でボウガンを手放してしまった。

 

「あいよっと!!」

 

「イヤァゥ!?」

 

そして今度は、男が足元に転がっていた棍棒を蹴り飛ばす。そして、棍棒はまるでミサイルのようにその片方のヒルチャールの腹部へと真っすぐに飛んで行って命中し、ヒルチャールはそのまま悶絶しながら倒れ込んだ。

 

「ヤゥ!?ヤァ!!ヤゥ!?」

 

そしてすぐ隣でそれを見ていたボウガンを手放してしまったボウガン持ちのヒルチャールは腰を抜かして叫ぶ。それはまるで怯えているようだった。

 

「ヤァ!!ヤーゥ!!」

 

「ヤーウ!!ヤーゥ!!」

 

そして、倒れはしたが何とか気絶はしなかったヒルチャール達が助けを乞うように、泣き叫ぶように声を上げる。

 

「ん?なんだ?なっ!?」

 

「どうした?なに!?」

 

「うん?こ、これは!?」

 

「ヤゥ?ヤァ!?」

 

「ヤァッ!?」

 

そして、その悲痛な叫び声は、当然のごとく、その場にいた他の者達にも聞こえ、その異変に気づいたアビスの炎と水と氷の魔術師達とレザーを包囲していたヒルチャール達も自分達の仲間がたったの一人の男に追い詰められていたことに気づいて驚愕の声を上げる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…瞬詠?」

 

そしてその男、瞬詠にアビスの魔術師達の意識が集中したことにより猛攻が止んで、つい膝を折ってしまったレザーは息を整えながら呟く。

 

「いやぁ、久しぶりにこんなに注目浴びちゃったなぁ…やっぱり、慣れないわ」

 

瞬詠と呼ばれた男はそんなことを言いながらも、皮肉気な笑みを浮かべており、その様子からは余裕があるように見える。

 

「こ、こいつ…!?」

 

「神の目を持ってないのにあのヒルチャールの一団を…!?」

 

「…お、お前は!?一体、何者だ!?」

 

アビスの魔術師達は瞬詠に驚き戸惑っていながら、鉄扇を構える瞬詠に問いかけた。

 

「はぁ、俺か?…俺は名乗る名前なんて持ち合わせてないが、まあ、とりあえずそうだなぁ…『仕事人』、とでも名乗っておくよ」

 

瞬詠は面倒くさげに、アビスの魔術師達にそう言い放った。

 

「うん?『仕事人』だと?」

 

「『仕事人』?なんだ?何処かで聞いたことが……」

 

「『仕事人』、『仕事人』、なんか以前そのことで色々言われたことがあるような」

 

その瞬詠の言葉にアビスの魔術師達は首を傾げる。

 

「…分からない!!だが、そんなことはどうでもいい!!」

 

「そうだな!!それよりもだ!!」

 

「お前達!!あの男を殺せぇ!!」

 

しかし、アビスの魔術師達は一瞬、戸惑いを見せるが、すぐに切り替えてヒルチャール達に指示を出した。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

アビスの魔術師達の指示を受けたヒルチャール達は、それぞれ武器を構えて、ボウガン持ちのヒルチャールを矢をボウガンにつがいて瞬詠に狙いを定め、棍棒持ちや盾持ちのヒルチャールは一斉に瞬詠に飛び掛って襲い掛からんとする。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

そして、まずボウガン持ちのヒルチャール達の矢が一斉に瞬詠に向けて矢を放っていく。

 

「っ!!っぅ!!」

 

対する瞬詠は、その場から駆け出しヒルチャール達が放ったそれぞれの元素付のボウガンの矢を、次々と間一髪のところで避けていく。

 

「ヤァ!!」

 

「ふん!はぁ!」

 

「ヤウ!?」

 

「「「ギャウゥッ!?」」」

 

そして今度は、棍棒を持ったヒルチャール達が棍棒を振り下ろすが、瞬詠はそれを横に転がりながら回避しつつ、起き上がると同時にそのまま1体の棍棒を持つヒルチャールの手を掴み、背負い投げで投げ飛ばし、瞬詠の元に近寄ってきた別の棍棒持ちのヒルチャール達に衝突させる。

 

「ヤァ!?ヤゥ!!」

 

「ヤゥ!!ヤゥ!!」

 

「ヤァーウッ!!」

 

「っ!!ふっ!!」

 

また、今度はそれぞれ左右真横から挟み撃ちするように、一斉にヒルチャール達が瞬詠に向かって拘束せんと飛び掛かり、対する瞬詠は後ろに大きくバク宙しながら、それを回避した。

 

「っぅ!!はぁっ!!」

 

「「「「「「ギャァッ!?イギャァッ!?ギヤァゥッ!?」」」」」」

 

次の瞬間、瞬詠を拘束しようと左右それぞれから飛び掛かったヒルチャール達はそれぞれ目の前から来た仲間のヒルチャール達と正面衝突する。そして空中を舞っていた瞬詠は鉄扇をバサリと開かせると、それぞれの方向から飛んで来た雷元素付きの矢と炎元素付きの矢を、それぞれ鉄扇で下の方にいたヒルチャール達に弾き飛ばし、そのまま雷元素と炎元素が触れあう事によって引き起こした過負荷反応による爆発によって、正面衝突してダメージを負ったヒルチャール達を巻き込んで吹き飛ばした。

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤゥッ!?」

 

ボウガンを瞬詠に放っていたヒルチャール達はまさかの出来事に驚き動きを止めてしまう。まさか、自分達の攻撃を利用して瞬詠の元に突っ込んでいった仲間達を返り討ちにするとは思わなかったからだ。

 

「なっ!?」

 

「なに!?」

 

「なんだと!?」

 

「ヤァーッ!?」

 

「ヤゥーッ!?」

 

また、それを見ていたアビスの魔術師達や瞬詠に襲い掛からずにそのままレザーを包囲していたヒルチャール達は驚愕の声を上げる。

 

「はぁ、はぁ…っ、瞬詠…」

 

そして、レザーも瞬詠のその戦いぶりを見て、目を見開いていた。

レザーは今の瞬詠が、先ほどの瞬詠とアンバーが共闘していた時と違って、元素反応を引き起こす投擲瓶を完全に無かったとの話だったので、多少はそれでも彼は戦えるとしても、このヒルチャールの数やアビスの魔術師達の前では無力であると思い、瞬詠をあの場に置いて一人でアビスの魔術師達が率いていたヒルチャール達の集団に挑んだのだ。だが、結果はレザーの予想を大きく裏切るものであった。

 

「ヤゥ!?ヤゥ!!」

 

「ヤゥ!ヤゥ!?ヤァッ!?」

 

「ヤァッ!!ヤァッ!!」

 

「っぅ!?はあっ!?お前達!!落ち着け!!」

 

「なっ!?っ!!狼狽えるな!!あいつはたったの一人だ!!」

 

「なにっ!?っぅ!!何を言っている!?奴はただの人間だ!!それに数の利はこちらにあるんだぞ!!」

 

そして、そのレザーの予想を裏切った光景を見たヒルチャール達は慌てふためいて混乱し始め、それをアビスの魔術師達は慌てて声を上げて指示を出して落ち着かせようとし始める。

 

「…ふっ」

 

そしてヒルチャール達の混乱ぶりを見た瞬詠は、至近距離に迫ったボウガンの矢を鉄扇で弾いた時による痺れや熱が刺すような痛み、若しくは瞬詠の自爆とは言えクレーの爆弾によって奔狼領まで吹き飛ばされた事により、本来は身体を激しく動かしたくなかったのにも関わらずに更なる戦闘行動をしてしまったことにより、痛めた体の節々に走る痛みに顔を僅かにしかめながらも、混乱しているヒルチャール達やアビスの魔術師達に対して不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「…っ!!ぁぁぁっ!!」

 

そして瞬詠は雄たけびを上げながら、その場から駆け出す。混乱しているヒルチャール達に突っ込み、そして混乱により包囲が緩みつつあったレザーの元へ一直線に走り出した。

 

「ヤァゥ!?」

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤァ!?ヤァァッ!!」

 

レザーの元に駆け出した瞬詠を見て、混乱していたヒルチャール達は更に混迷を極める。先ほどまでの元素力を使えないのにも関わらず、ありえないような彼の強さを目の当たりにしたことにより、自分たちに向かって駆け出した瞬詠の姿を見て、腰を抜かしたり彼から離れようとするヒルチャール達、またどうすればいいか分からずその場に立ち尽くしたり、ただ恐怖に駆られてなのか、それとも自分自身を奮い立たせるためのか、ただ叫び声を上げるヒルチャール達、そして中には果敢にもレザーの元に行かせまいと、レザーの包囲網や別グループの元から瞬詠に駆け出したヒルチャール達、動揺しながらもボウガンを構えなおして狙いを定めなおすボウガン持ちのヒルチャール達と、様々な反応を見せており、先ほどまでレザーに見せていたような組織的な動きはもう見られなかった。

 

「ヤァゥ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

駆け出したヒルチャール達はレザーの元に走る瞬詠の元に殺到する。

 

「っ!!ふっ!!あまいっ!!」

 

「ヤゥッ!?」

 

「ヤァッ!?」

 

「ギャァゥッ!?」

 

対する瞬詠はそのヒルチャール達の動きを見切りながらヒルチャールの攻撃を回避しつつ、時には鉄扇でヒルチャールの攻撃を弾き、よろめいたヒルチャールを掴んで投げ飛ばして他のヒルチャールにぶつけたり、また場合によってはヒルチャールに蹴りを放ち、鉄扇の突きで吹き飛ばす。そして今度は今までとは違い、瞬詠は鉄扇を閉じて、自分からヒルチャールに接近して、ヒルチャール達の首辺りに鉄扇を振るうことで、そのヒルチャール達の意識を次々と刈り取っていく。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

ボウガン持ちのヒルチャール達がそれぞれの元素を付与した矢を放つ。

 

「っ、ふっ!!」

 

それらを瞬詠は鉄扇を使って弾き飛ばしていき、場合によっては巧みに振るう鉄扇の角度や速度を調節しながら、瞬詠がかわしたことにより後ろから追いかけてくるヒルチャール達に向かって弾き飛ばして、彼らに弾き飛ばしたそれぞれの元素反応を利用した超伝導や溶解反応を利用して怯ませたり、或いはそのボウガンの矢の軌道を変えて彼らの目の前の地面に着弾させて過負荷の爆発によって妨害したり、上手く活用していきながら駆け抜けていく。

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤゥッ!?」

 

「っぅ!?」

 

「あ、あいつ!?」

 

「嘘だろ!?」

 

ヒルチャール達とアビスの魔術師達は、瞬詠を止めるべく襲いかかったヒルチャール達をまるで辻斬りの如く、鉄扇を振るってヒルチャール達を次々と気絶させたり、放たれたボウガンの矢を薙ぎ払いながら、灰色の風の如く戦場を駆け抜けていく瞬詠の姿に驚きの声を上げた。

 

「邪魔だ!!どけえっ!!」

 

瞬詠は目の前に迫ったレザーを包囲するヒルチャール達に大声で叫ぶ。

 

「ヤゥッ!?」

 

「ヤァッ!?」

 

瞬詠の呼びかけに反応したそこにいたヒルチャール達は、元々瞬詠に対して恐怖を抱いて、腰を抜かしたりその場から離れるべきかと戸惑っていたため、瞬詠が叫んだ瞬間に慌ててその場から離れようとし、向かってくる瞬詠に対してボウガンで狙おうとしたヒルチャール達も、瞬詠はそれすらも利用したことにより、結果的に仲間達を傷つけてしまった事からボウガンで射るのを躊躇ってしまう。

 

「はぁ、はぁ、レザー!!大丈夫か!?」

 

そうして瞬詠は、ヒルチャール達が混乱していた事によりレザーを包囲していたヒルチャール達の包囲網を突破することに成功し、そのままレザーの元に辿り着く。

 

「瞬詠…何とか大丈夫だ」

 

レザーはアビスの魔術師達の先ほどまでの猛攻により疲れきっているのか、肩で息をしながら、それでも自分を心配するかのように近づいてきた瞬詠に対して、少しばかり無理をしてでも笑みを浮かべてみせた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、良かった。レザー、立てるか?」

 

瞬詠はレザーに手を貸す。

 

「っ、ありがとう、瞬詠」

 

レザーは瞬詠の手を借りて立ち上がる。

 

「…瞬詠」

 

「何だ?レザー?」

 

「……ごめん、瞬詠に酷いことを言って」

 

レザーは立ち上がると瞬詠に向かって頭を下げる。

 

「…別に気にしてない、気にするな。レザー、お前が俺を巻き込まないために俺を突き放したってことくらい分かってるさ。それに俺はそんな事でレザーを責めたりしないから安心しろ」

 

「あぁ……」

 

瞬詠の言葉を聞いて、レザーは申し訳なさそうな表情をする。

 

「それよりも今はだ、レザー」

 

「分かってる、瞬詠」

 

瞬詠とレザーは互いにヒルチャール達やアビスの魔術師達に視線を向ける。

 

「ヤァッ!!ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!ヤァゥッ!!」

 

「調子に乗りやがって!!」

 

「生かして帰さないぞ!!」

 

「お前達二人をこの場で殺してやる!!」

 

ヒルチャール達とアビスの魔術師達はレザーと瞬詠に怒りをぶつけるように叫び声を上げる。

 

「…っ」

 

レザーはいきり立つヒルチャール達とアビスの魔術師達の前に、気圧されてしまい身体が震えてしまっているものの、それでも覚悟を決めるように目つきを細める。

 

「…はんっ」

 

そして、レザーの隣に立つ瞬詠は彼らに対して鼻で笑う。瞬詠は既にとある事を見抜いていた。

 

「…ふーん」

(なるほど、好都合だ)

 

瞬詠は内心でほくそ笑みながら、一瞬だけアビスの魔術師達に視線を向ける。

 

「…レザー、頼みがあるんだが。アビスの水の魔術師をレザーに任せても良いか。アビスの炎の魔術師と氷の魔術師は俺が引き受ける」

 

瞬詠はレザーの方に視線を向けて、そう告げるとレザーは僅かに驚くような表情を見せた後、すぐに真剣な顔付きになる。

 

「分かった。だが瞬詠、奴らは炎と氷の魔術師二体だけじゃない、ヒルチャール達もいる。本当に大丈夫なのか?」

 

レザーは、どこか不安そうに瞬詠に向かって尋ねる。

 

「あぁ、問題無い。この程度の事が出来なければ、刻晴の奴に怒られたり文句言われたりするからな。まったく、こっちは暴走女みたいに神の目なんか持ってないのによ。それにレザー、安心しろ。そうだな…レザー、まずは今のヒルチャール達をよく観察してみろ」

 

「ヒルチャール達を?」

 

レザーは瞬詠の言う通りにヒルチャール達を観察してみる。

 

「ヤァッ」

 

「ヤゥッ」

 

「ヤァー」

 

ヒルチャール達は瞬詠とレザーに対して威嚇するように吠えていた。

 

「…うん?瞬詠、ヒルチャール達、さっきからずっとああしているが、オレ達を全く襲いかかってこなくないか?」

 

レザーは瞬詠に言われてからヒルチャール達を観察すると、今まで自分に対して散々攻撃を仕掛けてきたヒルチャール達が全く攻撃してこないことに気付く。

 

「あぁ、そうだ。ヒルチャール達は踏み込んでこれない。何故なら、あいつらは今はとても警戒しているから。まぁ、当然だな。それとあいつらの足をよく見てみろ」

 

「足?…あっ」

 

瞬詠の指摘を受け、レザーはヒルチャール達の足に注目してみる。すると、ヒルチャール達の足が僅かではあるが震えていている事に気づく。それはまるで何かを恐れているかのような様子だった。

 

「レザー、ヒルチャール達が恐れているのは何だと思う?」

 

「……瞬詠、お前か?」

 

「まぁ、半分正解だな。…自分で自分が強いって言うと、自画自賛になってしまうが」

瞬詠はレザーの言葉を聞いて、小さく笑みを浮かべる。

 

「今の状況で言えばアビスの魔術師達は正直まだよく分からないが、少なくともヒルチャール達どもはああいう感じで強気な態度を見せているものの、内心では俺やレザーを恐れ警戒しているという事だ」

 

「なに、オレもか?」

 

レザーは瞬詠の発言に驚き、思わず瞬詠の顔を見る。

 

「あぁ、そうだ。レザー、だってあのアビスの魔術師達が指揮していたヒルチャール達の軍団、そしてあの炎と水と氷とアビスの魔術師達の猛攻を何とか凌いでいたんだぞ?その事実から見て、レザーは決して弱いという分類には入らないさ。もしも、レザーが本当に弱いという分類に属していたら、今頃そこの土の上でくたばって死んでいたさ。ただ、それだけだ。…だが、そうではなかった。むしろ、その力を完全に使いこなせてないのに、あの猛攻を何とか凌げる強さを発揮していたことから考えてみれば、磨けばかなりの実力者になれる有能で有力な人材、俺はそう思ったぞ?」

 

「…………」

 

瞬詠の褒め言葉を受けて、レザーは何も言わずにただ黙り込む。だが、レザーは自分の中に瞬詠のその言葉が響いている事を自覚する。

 

「瞬詠」

 

「なんだ、レザー」

 

「ありがとう、瞬詠のお陰で少し自信がついた気がした」

 

「礼なんて別に良い。俺はただ客観的な事実と俺の主観的な意見を述べただけにすぎないからな」

 

「そうか」

 

瞬詠は腕を組みながらレザーにそう言いながら微笑み、レザーは少し気恥ずかしそうに瞬詠から少しだけ視線を外しながらお礼を言う。

 

「…なぁ、瞬詠。一つ気になったんだが、聞いても良いか?」

 

「うん、なんだ?レザー」

 

レザーは瞬詠にそう尋ねると、瞬詠は首を傾げながらもレザーに尋ねる。

 

「瞬詠は、どうしてそこまで強くなれたんだろうなって思って」

 

「強くなれた?」

 

「そうだ。元素力を使えないのにも関わらず、ヒルチャール達を投げ飛ばしたり、開いたり閉じたりすることが出来る短い棒みたいな物を使って、ヒルチャール達の矢を利用したり、向かってきたヒルチャール達を次々と倒したあの強さは一体どこから来ているのかと不思議に思っていた」

 

「あぁ、そういうことか。まぁ、そうだな。…本当に色々だな」

 

瞬詠はそう言うと複雑そうな表情を浮かべる。その表情はまるで昔の思い出を懐かしむような、それでいてどこか悲壮的でまるで苦虫を嚙み潰したような悲しさや寂しさ、そして後悔の念と言ったもの達が瞬詠の中で入り混じったような、そんな表情であった。

 

「瞬詠?」

 

「あぁ、悪い。なんでもない。…それよりその質問に答えるとするなら、俺が強くなった理由は率直に言ってしまえば、まぁ色んなことをしてきた経験や、色んな事や物を見てきた経験だろうな」

 

「経験か?」

 

「あぁ、そうだ」

 

瞬詠は頷きながらレザーの問いに肯定し、レザーは瞬詠の話を聞く。

 

「そうだな、例えばヒルチャール達を投げ飛ばしたことに関しては、あれは柔術っていう武術をちょっとした護身目的で色々とかじった経験だ。そしてレザーの言う開いたり閉じたりすることが出来る短い棒みたいな物は鉄扇っていう物なんだが、この鉄扇を稲妻で知り合いから貰った時にこれは武器にも生活にも使えるという話だったから、折角ならただの扇子みたいに仰ぐだけじゃなく、本来の用途の鉄扇としても使えるよう、戦闘時の鉄扇の扱い方や、様々な鉄扇術に関して調べ回った経験だな」

 

「柔術、それに鉄扇と鉄扇術…そして稲妻……オレ達で言うモンドって事なのか?……とにかく、オレの知らない言葉ばかりだ」

 

レザーは瞬詠の説明を聞いてもいまいち理解出来ずに困った様子でいると、瞬詠はレザーの様子を見て小さく笑みを浮かべる。

 

「あぁ、そうだ。稲妻は国の名前だ。モンドを基準に言えばここから遥か南東に位置する群島国家で、端的に言ってしまえば岩神である岩王帝君や璃月七星達が統治する国である璃月であるように、雷神である雷電将軍やその雷電将軍の指導の下、統治機関である稲妻幕府が統治する国である稲妻といった感じの国だ」

 

「そうなのか…もしかして、瞬詠は稲妻出身なのか?」

 

「稲妻?…いや、違うが。まぁ、この場合だと第二か第三の故郷になる…かもしれないな。それなりの長い期間は稲妻にいたことになるわけだし。…それに、今になって思うと、稲妻には結構な数の知り合いや顔見知りもいるわけになるしな」

(各地を転々としていた濃厚で自由気ままな風の流浪人で、俺に訪れた地で見たことや感じたことを教えてくれる男。

 鳴神島の花見坂に住む花火職人で子供達に慕われ、場合によってはいきなり何も知らない俺を平然と巻き込んで共にトラブルを解決してきた女。

 そしてその彼女の親友であり、おしとやかで人々から深く慕われており兄思いでもある白鷺の姫君の彼女で、俺の個人的な相談に乗ってくれたり、また自分の武装船隊の話や船旅で何を見てきたのか、どんなことがあったのかを興味を持っていたご令嬢。

 その白鷺の姫君の兄であり穏やかで真面目な妹思いの神里家の当主で、たまに妹の彼女と共にその話を聞いたり、また主に自分の知る限りの稲妻の外の国の情勢等の話や、外国のありとあらゆる制度や文化についての話に興味を持って聞いて質問をし、そしてあの日のあれに巻き込まれたせいで、偶々だが彼の別の顔を知ってしまって、自分にその出来事を口外しないとの秘密を約束させた役人である彼。

 また神里家の家司として神里家の掃除や料理、社奉行での様々な活動や白鷺の姫君の望みを叶えるために毎日疾走する男で、俺にとっては色んな意味でお世話になり一種の恩人とも言える彼。

 その当時、詳しいことは良く分からなかったが終末番という組織の忍で、作業等をしていて気がついたら、なぜかよく自分の隣かすぐ近くで熟睡していた幼女。

 後は生真面目で苦労人な天領奉行の大将の女で、出会った際に仕事がかなり大変そうだったので気を利かせて、偶々持っていた不卜廬の薬草や薬をあげたら後日に凄く感謝されて、そしたらいつの間にか稲妻に訪れる度に、自分が彼女の要望の薬草や薬を現地で購入して、稲妻に着いたら彼女と代金と引き換えにがそれらを彼女に渡すという自分と不思議な関係になった彼女。

 他に天領奉行に所属する探偵の男で、天領奉行に所属しているが他の者達とは本当に正反対で、なぜか自分に恨みでもあるのか毎回毎回、何かしらの事件の犯人の逮捕劇に俺を巻き込んだり、上司であるのか分からんが、先程の天領奉行の大将の女とその男の追いかけっこに自分を巻き込んでくる、傍迷惑な奴だが、根は悪いやつではない彼。

 物凄く騒がしい鬼族の男で、子供達と戯れている花火職人の彼女や俺によく突っかかって突撃してきて、最終的に俺達と共に子供達と一緒になって遊んだり楽しんだりしている角の生えた男。

 おまけに鳴神大社の宮司で、毎回全く気配を感じさせずに背後から急に話しかけて驚かせたりする女性で、たまに神里家の当主である役人の彼の事を聞かれたり、彼に何を話したのかを聞いてくる不思議でちょっと恐ろしさのある女性。

 そして、海祇島の現人神と呼ばれているあの巫女で、確かかつて雷神に破れた魔神オロバシの意思を引き継ぎ、海祇島を守ろうとする現人神の巫女で、とある日に俺は武装船隊の船隊の目としての活動がもっと出きるように、いつものように超長距離飛行や超長時間飛行の練習をした際、風を読むのを誤ってしまって、そのまま海祇島に錐揉みしながら、派手に墜落した時に助けてくれて、そのまま手当てしてくれた人で、ある意味本当に命の恩人と言っても過言ではないかもしれない彼女。

 またその付き人として、彼女の隣にいたよく隣に居た海祇島の大将の男で、彼の命令によって島の軍隊が協力してくれたおかげで迅速に手当て、また安静する場所を手配してくれた事により、すぐに酷い怪我も何とかなったという、彼女と同じく恩人である男。…と言った者達等といったところか)

 

瞬詠は稲妻で知り合った人達の面々を思い出しながら心の中で呟く。

 

「…はぁ」

(…そして今の稲妻は前にいきなり鎖国を発表してそのまま鎖国を行って、しかも今でも信じられないが、それとほぼ同時に雷電将軍が「目狩り令」を発令して、それに伴って稲妻幕府が神の目の徴用を本当に始めたという事みたいだしな。…今は多少はましにはなってきているという話であるものの、まだ酷く混乱しているみたいだし、詳しい事は良く分からない。最新の情報がこっちに早く入ってこないから何とも言えない…おまけに、元々稲妻は海祇島関連で色々と問題を抱え込んでいた筈だ。そうなると、もしも悪い意味でそれとこれがかみ合った場合、最悪下手したら…)

 

瞬詠は憂鬱そうにため息をついて、まるで頭が痛いと言わんばかりの表情をする。一瞬ではあるが、瞬詠の脳裏に知り合い同士が争い、互いの命を奪い合わんと殺し合いを演じる。そのような場面が浮かんできてしまったからだ。

 

「…瞬詠?…あ、瞬詠。因みに瞬詠の第一の故郷ってどこなんだ?」

 

レザーは瞬詠の表情の変化に気が付いて、心配そうに瞬詠の顔を見る。そして、レザーは瞬詠のそれから少しでも気分を紛らわせようと、稲妻の話題から別に話題への転換を試みた。

 

「第一の故郷か…故郷ってわけでは無いんだが、俺の第一の場所は死兆星になるな」

 

瞬詠はレザーの気遣いに気が付き、少しだけ表情を緩めた。

 

「…死兆星?」

 

レザーは瞬詠の言葉に疑問を抱く。何故ならば、それは明らかに国や地域のような名前ではなく、また聞いたこともない言葉であったから。そしてその疑問に対して瞬詠はレザーに説明を始める。

 

「あぁ、そうだ。死兆星というのは、璃月の「南十字」武装船隊の旗艦「死兆星」号の事だ。まぁ分かりやすく言えば、少し想像するのが難しいかもしれないが、海で戦うことができる大きな武装船と考えて貰えばいい」

 

「武装船?」

 

レザーは難しそうな表情をする。

 

「うん、そうだ。まあレザーが育った奔狼領じゃ、海が無いから分からないな。とにかく、俺はその船が第一の場所になるな。俺は気が付いた時、物心が着いた頃には既にそこで暮らしていたと言っても良いほど過言では無いからな。だから、その場所が故郷と言ってもいいのかもしれない」

 

「そうなのか」

 

レザーは意外そうに目を丸くする。

 

「あぁ、そうだぞ。船に乗っていた頃は死兆星号の船長、そして南十字武装船隊のリーダーであった北斗の姐さん達に、良くも悪くも毎日振り回されまくっていたからな」

 

瞬詠はそう言いながら、少しだけ笑みを浮かべる。それはまるで懐かしい思い出を語るかのような表情であり、それと同時に例えるなら、親に叱られても、それでもどこか嬉しそうな子供のようなそんな雰囲気を感じ取ることが出来た。

 

「へぇ~、そうなのか」

 

「あぁ、そうだ。まぁ、この話の続きは後にしよう。そろそろ頃合いだしな」

 

「……」

 

瞬詠とレザーはそれぞれヒルチャール達とアビスの魔術師達の方に視線を向ける。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥ!!」

 

「ぐぬぬ…!!」

 

「こいつら…!!」

 

「ふざけやがって…!!」

 

ヒルチャール達とアビスの魔術師達は、まるで瞬詠とレザーが自分達の事は眼中無しと言うような態度を取って、普通に自分達の存在を無視して話をしていた事に苛立ちを覚えていた。

 

「…あ~あ」

(だいぶお怒りになってるな)

 

瞬詠はいきり立っていたアビスの魔術師達とヒルチャール達を見て、嘲笑うかのように鼻で笑う。

 

「…」

 

そして、瞬詠はチラッとレザーの方を見る。

 

「…」

 

レザーは黙って警戒するようにアビスの魔術師達を見つめている。だが先程までのように気圧されて身体が震えてしまっている事はなく、今は瞬詠と話して自信をつけ、また安心した事も相まってか、今のレザーは先程までとは違い、しっかりと前を向いており、もう完全に落ち着きを取り戻していた。

 

「…もう大丈夫そうだな」

(よし、これなら問題ないな)

 

瞬詠は今のレザーを見て安心したかのように小さく微笑む。

 

 

「…レザー、それじゃあアビスの水の魔術師の件は頼むぞ。倒せなくても構わないし、倒す必要はない。まずは、アビスの魔術師達が連携できないように分断した上て、俺の方で炎の魔術師と氷の魔術師を…そうだな、効率を考えると、まずは氷の魔術師を無力化させた後に、そのままの流れで俺とレザーで一気に残りのアビスの魔術師達を各個撃破、無力化していく方針で行くとしよう。あ、そう言えば…」

 

瞬詠は一瞬だけ、視線を上の方に向けてすぐに元に戻す。

 

「…やはりか。やっぱり、最優先目標は氷の魔術師だな。レザー、結果的にアビスの魔術師達を何とかすれば、それに伴って既にある程度烏合の衆状態になっているヒルチャール達はそのまま完全に自壊していくだろう。だからそのために、まずはレザーにはアビスの水の魔術師の妨害を徹底してもらうぞ」

(おまけにルピカ達も傍で控えているしな)

 

瞬詠はチラッとルピカ達が潜む草むらの方に視線を向けた。

 

「分かった」

 

そしてレザーは瞬詠に力強く返事をした。

 

「よし、いい返事だ。レザー、課せられた『役割』はしっかりと果たせよ」

 

瞬詠はレザーを鼓舞するような言葉をレザーにかける。

 

「……うん」

 

レザーは瞬詠の言葉に嬉しそうな表情をして答える。

 

「……よし、行くぞ。レザー。休憩時間は終了だ。仕事の続きと行くとするか。……これより、行動を開始する」

 

「あぁ、オレに任せろ。瞬詠」

 

「おぅ、任せたぞ。レザー」

 

二人は互いに頷き合う。そして、次の瞬間、瞬詠とレザーは行動を開始した。




後書きに回した分量が足りない場合に行う場合のとあるエピソードですが、これは(直接的な描写はまだしていませんが、瞬詠が北斗の元から疑光に引き抜かれて疑光の部下として動いた後に、今度は刻晴の直属の部下になる前の)北斗の死兆星号に乗っていた頃の時代(より正確には、それに伴って死兆星号含む南十字武装船隊が稲妻での物資の補給を受けるためや、また稲妻のとある人物からの依頼を受けて璃月から持ってきた荷物等の運搬のために停泊した影響で、瞬詠が定期的に稲妻に滞在していた頃のとある過去の稲妻編)となります。

尚、繰り返しになりますが
もしもよろしかったら第5話の2問目の再アンケートの件の回答もよろしくお願いします。
(アンケートやり直しがする必要が無ければ、予定通り煙緋目線の回を、やり直しであればまた5話のアンケートを8話投稿時に行います。今回の回答期限は前回は二週間だったのでまた二週間後の8月1日の夜中辺りに締め切ろうかと思います)


以上です、よろしくお願いします。

追記
・弓矢からボウガンの修正を行いました。

追記2
文字間隔の調整を実施中…
→文字間隔の調整終了しました。


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アビスの包囲網の無力化を試みたら、カウントダウンが始まった件について

完成したので投稿。

今回の話は今までに投稿した中で、一番長いです。
アビスの魔術師達の戦闘シーンと状況や戦況の推移、またその他諸々等を描写してしまった関係でほぼ2話分の分量と内容になってしまいました。

但し、あらすじにも書いてある通りに、本来ならばこのままアビスの魔術師達編を終わらせるつもりだったのですが、あまりの分量になってしまったこと、レザーのシーンの描写に想像以上に時間が掛かる見込み(本文を読めば分かる)になってしまう事から、今回はアビスの魔術師達戦・前編(瞬詠編)という事で投稿しました。

尚、今回はタグにある“考察ネタ”、後書きにて一部“ネタバレ”?が若干発揮しています。

また、前回のアンケートですが、
アンケート結果は再度アンケートを行うべきという結果(また、やっぱりアンケートの存在を知らなかった人が多かった)という事から、再度そのアンケートを置きました。そしてアンケート結果は次々回に反映させる予定ですので、興味のある方はご回答をよろしくお願いします。


「っ、っ、っぅ、オァァッッッ!!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、あぁっ!!」

 

日が射さない曇り空の下で二人の男、片方は赤い瞳に体つきが逞しく、緑のズボンにぼろぼろのフードのような恰好姿で背中に雷の神の目、大剣を手にしたまるで狼の体毛のような長髪の少年のレザー、そしてもう片方は灰色の服装に、黒い髪に灰色の髪が混じった男、そして片手に閉じた状態の鉄扇を持った男である瞬詠の二人は、雄叫びを上げながら曇り空の下をまるで灰色の突風の如き速さで駆け抜けていく。

 

「ヤァ!?」

 

「イヤァッ!?」

 

「ヤゥッ!?」

 

そして自分達の元に突っ込まんとするいきり立っていたヒルチャール達はしびれを切らして、こちらから襲おうとしたタイミングで、瞬詠とレザー達が逆にこちらに雄叫びを上げながら突撃してきた事により、突然の出来事にヒルチャール達は怯んでしまう。

 

「っぅ!?っ!!怯むな!!」

 

「なっ!?ぐっ!!来るぞ!!迎え撃て!!」

 

「っ!?はっ!?ぼーっとするな!!あの二人をやれぇっ!!」

 

そして炎と水と氷のアビスの魔術師達も突撃してきた瞬詠とレザーの二人に驚きながらも迎撃を行うために、慌てながらヒルチャール達に次々と指示を飛ばしていく。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤァーウ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

アビスの魔術師達の指示を受けたヒルチャール達は混乱しながらもレザーと瞬詠を迎撃するために走り出す。

 

「グフォン・ルールル」

 

「ツナージャ・スタージャ」

 

「イロン・グールル」

 

またアビスの魔術師達もバリアを構築しつつ、呪文を唱え始めることで魔法を行使する準備をし始める。

 

「レザー!!来るぞ!!」

 

「あぁ!!オレに任せろ!!」

 

レザーはそう言うと、先行するように大剣を振りかざしながら更に足を速める。

 

「ヤアァッ!!」

 

「ヤゥゥゥッ!!」

 

しかしそんなレザーの前に立ちふさがるように現れたヒルチャール達が棍棒を構えたり、盾を構えることで防御態勢を取る。

 

「邪魔だぁ!!どけぇっ!!」

 

「イヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

それに対し、レザーは勢いよくジャンプすると空中で体を捻らせながら回転することで攻撃範囲を広げた一撃を放ち、その攻撃を喰らったヒルチャール達は衝撃で吹き飛んでいく。

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

「っ!!」

 

だが次の瞬間、その攻撃を回避したヒルチャール達がレザーの左右から襲い掛かろうとする。

 

「おいおい、俺の存在を忘れてんのか?まぁ、別に空気扱いで構わないけどな。ふんっ!!」

 

「ヤァッ!!イギャァ!?」

 

「ヤゥッ!!ヤァゥッ!?」

 

「ギャゥッ!?」

 

「ヤァッ!?」

 

「「「「イギャァッ!?」」」」

 

刹那、レザーに襲い掛かろうとしたヒルチャール達に対し、瞬詠は呑気にそんなことを言いながらレザーとレザーを襲おうとしたヒルチャールの一団の片方との間に割り込み、そのまま鉄扇を開いて薙ぎ払うようにしてヒルチャール達の攻撃を防ぎ、ヒルチャールの手に持っていた棍棒を弾き飛ばしたり地面に叩き落とす。そして瞬詠はそのままの勢いで連続で鉄扇を振るう事でヒルチャール達の意識を刈り取ったり、そのヒルチャール達をレザーの元に接近していたもう片方の一団のヒルチャール達に向けて蹴り飛ばし、または投げ飛ばしていくことでもう片方のヒルチャール達の集団を蹴散らしていく。

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤァゥッ!!」

 

「っ、ちっ」

 

その時、ボウガン持ちの2体のヒルチャール達が待ってたと言わんばかりに、背を向けた瞬詠に目掛けて矢を放ち、ボウガンの矢を放たれたことに気づいた瞬詠が舌打ちしながら回避しようとする。

 

「させるかぁ!!」

 

その次の瞬間、レザーが叫びながら瞬詠の真上に跳び上がると、そのまま後ろから迫ってきたボウガンの矢から瞬詠を守るように大剣を地面に突き刺す。そうしてレザーが地面に突き刺した大剣が盾代わりになり、瞬詠の背に迫ってきたボウガンの矢を防いた。

 

「瞬詠、大丈夫か?」

 

「大丈夫だ。レザー、ありがとう。助かった」

 

「あぁ、良かった」

 

瞬詠とレザーは背中越しで会話を行い、互いの無事を確認する。そして二人はすぐに背中合わせになり、自分達に向かってくるアビスの魔術師達とヒルチャール達を睨みつける。

 

「ヤァゥ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

「っ、また囲まれた」

 

「あぁ、そうだな」

 

レザーと瞬詠は互いに背中を合わせた状態で武器を構えながら周囲を見渡す。するとそこにはいつの間にか瞬詠とレザーの周りを別のヒルチャール達が取り囲んでおり、また瞬詠達が倒したヒルチャール達のうちの意識が残っていたヒルチャール達は起き上がって瞬詠達に襲い掛かる準備をしていた。

 

「ぐっ、本当にしつこい」

 

レザーは地面に突き刺した大剣を引き抜きながら、ヒルチャール達やアビスの魔術師達に警戒するように視線を向ける。

 

「あぁ、本当にだな」

(さっきの攻撃、不意打ちだったな。しかも俺が介入するときと比べたら格段に悪くなっているが、それでも一応は連携を取れている。やはり、頭を潰さなければだめだな)

 

瞬詠はそう思いながら、自分達を囲むヒルチャール達とアビスの魔術師達を見つめる。多くのヒルチャール達の足元や身体が恐怖のせいなのか震えており、まるで瞬詠やレザー達と戦いたくない、むしろ今すぐ逃げたいくらいであるのにも関わらず、アビスの魔術師達の命令のせいで戦わざる負えない状況にあるかのように思え、そんなヒルチャール達をアビスの魔術師達は詠唱しながらも、この場から逃げ出すことは絶対に許さないと言わんばかりにヒルチャール達の背後から威圧感をかけていた。その様子を例えるならば督戦隊が既に士気等が崩壊して、敵前逃亡したがっている兵士達を敵軍と無理やり戦わせるために、彼らの後ろから銃火器で脅して強制的に戦場へと向かわせているような状態だった。

 

「…ヤ、ヤァッ!!」

 

「…ヤ、ヤゥッ!!」

 

ヒルチャール達は怯えながらも瞬詠とレザーに向かって威嚇するように声を上げる。

 

「くっ」

 

レザーは自身の大剣を構えながらヒルチャール達を睨みつける。

 

「…」

(…なんだが、哀れだな)

 

それに対し瞬詠は、鉄扇を構えながらも自分たちに怯え、震えているヒルチャール達をじっと見つめながら心の中で呟いた。

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

ヒルチャール達は瞬詠とレザーに敵意を抱きながら棍棒や盾、またボウガン等を構える。だがしかし、先程の奇襲の時のような勢いはなく、彼らの様子からしてどこか焦りと困惑の色が浮かんでいた。

 

「…ふぅ」

(…だが、そうは言っても仕方がない)

 

瞬詠は息を吐く。そしてヒルチャール達に対して抱いていた同情の念を頭の中から振り払うと、鉄扇を開きながら改めて構えた。

 

「行けぇ!!ここで二人を必ずここで殺せぇ!!お前達!!」

 

「ぼーっとするなぁ!!あの二人を殺せ!!分かっているんだろうな!?」

 

「殺せぇ!!殺すんだぁ!!絶対にこの場で!!さっさと行けぇ!!」

 

「イヤァッ!?ヤァッ!!」

 

「イヤゥッ!?ヤァーウッ!!」

 

「「「「ヤァゥッ!!」」」」

 

アビスの魔術師達は口々に叫びながらヒルチャール達に指示を出しながら、魔法でヒルチャール達の背後の地面に水弾や火炎放射、氷の塊を飛ばすなどし、ヒルチャール達を脅すようにして瞬詠達を攻撃させる。そのおかげか、ヒルチャール達は怯むことなく瞬詠とレザーに向けて、次々と棍棒を掲げたり盾を振り回し、また瞬詠達の周囲を走り抜けるように駆けながらがむしゃらにボウガンを放って襲い掛かった。

 

「ぐっ!!コイツら!!」

 

「っ、っ…おいおい、何なんだこいつら」

(いくら何でも必死すぎるな)

 

レザーは大剣で襲ってきたヒルチャール達を大剣で薙ぎ払い、瞬詠も鉄扇でヒルチャール達を返り討ちにしながら、どこか悲壮的な叫び声を上げながら突っ込んでくるヒルチャール達の攻撃を掻い潜りながら、レザーは思わず驚きの声を上げ、瞬詠は眼を僅かに細めた。最早、今のヒルチャール達には連携と言う言葉は存在しておらず、ただひたすらに目の前にいる獲物を殺すことしか考えていない獣のように、単調な動きで襲い掛かってきていた。だが、先ほどまでの様子とは違って、ある意味今のヒルチャール達からは決死隊のような気迫を感じられた。

 

「っ、っ、ふっ」

(これは流石におかしい…一体、何がヒルチャール達やアビスの魔術師達をここまで駆り立てるんだ)

 

瞬詠は冷静に襲ってきたヒルチャール達の対処や遠方から次々と放ってきたヒルチャール達のボウガンの矢を回避したり、弾いたりしていきながらヒルチャール達やアビスの魔術師達の様子を伺う。

 

「ぐぬぬぬ…」

 

「思ったよりもやる…」

 

「しぶとい…」

 

そして瞬詠とレザーを囲っていたアビスの魔術師達は、自分達が思っていた以上に抵抗してくる二人に苦々しく呟いた。

 

「…こうなったら!!」

 

「…良いだろう!!」

 

「…遊びは終わりだ!!」

 

「「「ふぁぅっ!!」」」

 

炎、水、氷のアビスの魔術師達は三体はそう叫ぶと、それぞれ赤と青と白の光を放ってその場から消え果てる。

 

「っ!!瞬詠!!来る!!」

 

「あぁ、レザー!!頼むぞ!!手筈通りにな!!」

 

レザーと瞬詠は僅かに目を見開きながらお互いに声をかけ合う。

 

すると次の瞬間、瞬詠達の周りを取り囲むように、先程と同じように三人のアビスの魔術師達が姿を現した。

 

「死ねぇ!!灰塵と化せ!!灰色の者達よ!!ここで死んで我等の礎になれ!!」

 

「ここがお前たちの墓場だ!!これからお前達が散らす命は我らの栄冠を照らす光となるのだ!!」

 

「さぁ!!死ね!!今日!!この日!!奇しくも!!我らの在りし日々の栄光を取り戻すための第一歩を踏み出すことになったこの日!!」

 

 

「「「我らの神聖なるこの日!!お前達の命が我らの手で尽き果てる事によって!!我らアビスの栄光を照らす輝きとなることを!!」」」

 

 

その次の瞬間、アビスの魔術師達は瞬詠とレザーを包囲するように先ほどの赤と青と白の光の中から、それぞれの元素を使用したバリアーを張りながらその場に現れて、口々にそう叫ぶ。

 

 

「「「そして!!散りゆくお前たちのその命の輝きは、我らの’指導者たる”あの御方”’に捧げられる栄誉となれることを光栄に思え!!」」」

 

 

そしてアビスの魔術師達はそう叫び上げると同時に、一斉に瞬詠とレザーに勢いよく杖を向けると、そのまま火炎放射や水弾、氷の塊を飛ばしてきた。

 

「ぐっ!!っぅ!?」

 

「っ!!ちっ!!」

(ったく!!さっきから何なんだ!!こいつら!!)

 

”アビスの礎”、”栄冠を照らす光”、”在りし日々の栄光を取り戻す”、”神聖なるこの日”、そして’指導者たる”あの御方”’。瞬詠はアビスの猛攻を何とか掻い潜りながらも、アビスの魔術師達が口々に叫んだ言葉を頭の中で反すうする。

 

「ぐっ!!おぉぉっ!!瞬詠!!」

 

「ちっ!!っ!!あぁ!!レザー!!行くぞ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

「「「ヤァーウッ!!」」」

 

レザーと瞬詠は迫りくるアビスの魔術師達の攻撃、またボウガン持ちのヒルチャール達のボウガンの矢や、突進してきた棍棒持ちや盾持ちのヒルチャール達を避けたり捌き切りながら、二人は一斉に散開するようにそれぞれのアビスの魔術師達に向かって駆け出し、レザーは水のアビスの魔術師、瞬詠は炎と氷のアビスの魔術師達の元へと向かう。

 

「灰塵と化せ!!灰色の者よ!!」

 

「死ねぇっ!!我らを愚弄した罪により!!お前達の血で大地を染め上げろ!!」

 

「我ら偉大たるアビスに仇名す者達よ!!今ここで死に絶えるがいい!!」

 

アビスの魔術師達はそう言い放つと、それぞれの属性の魔術を放つ。

 

炎と氷のアビスの魔術師達は、瞬詠に向けて一斉に火球と氷柱を放ち、水の魔術師はレザーに向けて水弾や水泡を放った。

 

「っ!!ふっ!!ふんっ!!」

 

「ぐっ!!っ!!」

 

瞬詠は炎のアビスの魔術師と氷のアビスの魔術師が放った攻撃に対して、鉄扇を使って防いだり、持ち前の身のこなしと身体能力を駆使して、巧みにアビスの炎と氷の魔術師の攻撃をぎりぎり回避していく。

 

「っ!?がぁっ!!」

 

そしてレザーも大剣でアビスの水の魔術師の攻撃を防御しつつ、また自身の高い身体能力と反射神経を生かして避けていく。

 

「っ、ぐっ」

 

瞬詠は炎のアビスの魔術師と氷のアビスの魔術師達の猛攻をいなしながら、ちらっとレザーの方に視線を向ける。

 

「っぅ!!アァー!!」

 

「ぐっ!!ちょこまか、ちょこまかと!!」

 

レザーはアビスの水の魔術師の攻撃を巧みに避けながら、アビスの水の魔術師に反撃していく。またアビスの水の魔術師をこの場から引き離すための誘導も上手く行えており、瞬詠の思惑通りにアビスの炎と氷の魔術師、アビスの水の魔術師の分断に成功しつつあった。

 

「よし、上手くやってくれたな。レザー」

(これでアビスの炎と氷の魔術師の方に集中できる。今度は俺が『役割』を果たさないとな)

 

瞬詠は心の中でレザーに称賛を送りつつ、アビスの炎と氷の魔術師に視線を戻して、アビスの炎と氷の魔術師の攻撃を回避し続ける。

 

「ぐぬぬ!!なぜだ!!何故当たらない!!我らアビスに仇なす愚か者め!!」

 

「お前達もぼーっとせずにあの男を何とかしろ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

アビスの炎と氷の魔術師達はそう言うと、それぞれ杖を構えて同時に魔術を発動させ、更に攻撃を激しくしていく。またアビスの氷の魔術師の一声により、更にヒルチャール達の勢いが増し、瞬詠に襲い掛かる。

 

「っ!!ふっ!!」

 

アビスの氷の魔術師の言葉を受けたヒルチャール達の攻撃は激しさを増すものの、瞬詠は冷静に鉄扇でボウガンの矢を弾いたり棍棒の軌道をそらして、その猛攻を何とか凌ぎ切りながら、アビスの炎の魔術師と氷の魔術師の様子を観察するように見つめながら、彼らの猛攻をいなしてゆく。

 

「っぅ!!」

 

瞬詠はアビスの魔術師達やヒルチャール達の的にならないように駆け抜けつつ思考していく。元々、アビスの魔術師達はかなりの脅威であることは間違いない。実際問題、ヒルチャールシャーマン等の一部のヒルチャール達は除外するとしても、彼らと違ってアビスの魔術師達は元素を使用した魔術を使える。

 

「燃え尽きろ!!」

 

「粉々になれ!!」

 

瞬詠がアビスの炎の魔術師と氷の魔術師を観察していた理由。それはこの場にいる彼らが明らかに他の者達に比べて明らかに実力が高く、またヒルチャールを指揮統率していたのが、アビスの魔術師であった事から、彼らがヒルチャール達の指揮官でありリーダー的存在であるという事。つまり彼らはかなりの実力者ということになり、必然的にアビスの魔術師の放つ攻撃は、ヒルチャール達や瞬詠やレザーをも含めてアビスの魔術師達が放つ攻撃が、この場にいる者たちの中でより強力であるという事を理解しているからだ。おまけに強力な攻撃をしてくるアビスの魔術師達はそれでいてかなり賢いのか三体が同時に行動していた事でお互いにカバーしあう事も出来ていたために死角すら見当たらず、彼らはレザーと瞬詠にとって非常に戦いにくい相手であったのだ。だからこそ、瞬詠はレザーにアビスの水の魔術師を任せて、何とか分断させた。

 

「っ!!ちぃっ!!」

 

瞬詠は彼らを翻弄するように駆け回りながら、鉄扇を振るってボウガンの矢を弾き飛ばし、機会を待つ。現状、アビスの魔術師達を無力化するには正攻法で倒すことは限りなく不可能であることが瞬詠は嫌という程に分かっていた。しかしそれでも勝機が全くないというわけでもない。彼が考える、とある条件の全てを、完璧に整える事さえ出来れば。

 

「いい加減にしつこいぞ!!」

 

「くそぉ!!ちょこまかと動き回るな!!」

 

アビスの炎の魔術師とアビスの氷の魔術師はそう言いながらも、瞬詠の動きに合わせて攻撃を繰り返していく。対する瞬詠はアビスの炎の魔術師とアビスの氷の魔術師の攻撃を避ける事に徹しつつ、またアビスの魔術師達の動きを観察し、彼らの攻撃パターンを把握できるように動いていく。

 

「っ、ふっ」

(やはりな……。こいつらは、今までに遭遇してきたアビスの魔術師達の中でも、個々の能力自体がかなり高い。しかもさっきまでかなり良い連携すらもみせていた。…分断させておいて正解だった)

 

瞬詠はアビスの炎と氷の魔術師達の攻撃を捌きつつ、心の中で目の前のアビスの炎と氷の魔術師達を評価すると共に彼らの動きを分析を続ける。彼の瞳はまるで鷹や大鷲といった猛禽類のような鋭い眼光を放ち、一瞬たりとも彼らから目を離さずに、冷静に状況を見極め続ける。

 

「ふんっ!!貴様ごときが我等をどうにか出来ると思うなよ!!」

 

「我々を舐めると痛い目を見るぞ!!」

 

「はんっ!こっちは一片たりともお前らを侮ってねえわ!!」

 

瞬詠はそう言いながらアビスの魔術師達の攻撃や時折来るボウガンの矢やヒルチャール達を鉄扇で弾いていなし、その最中も冷静に状況を判断しながら、アビスの炎と氷の魔術師達のそれぞれの攻撃や彼らの癖、また各ヒルチャール達の攻撃パターンや彼らの連携術を素早く見極めていき、頭の中で次々と整理してはそれらを次々にと結びつけていく。

 

「っ!!っ!!」

 

瞬詠は駆けながら、彼らを観察して得られた情報を基に、彼らを倒すための行動手順と手段を高速かつ的確に導き出していく。

 

 

アビスの炎の魔術師。火炎放射による炎の遠距離攻撃、アビスの仮面等を模したのか魔法で生み出した質量のある物体から放射する三方向からの同時火炎放射攻撃、またある程度追尾してくる炎の球。そしてそれらを次々と連続して攻撃に移るまでの速度。

 

アビスの氷の魔術師。氷の塊や氷柱による遠距離攻撃、魔法で頭上辺りから氷柱の雨を降らす攻撃、またアビスの氷の魔術師の魔力の余波のせいなのか、周囲が凍える程の強烈な冷気による範囲攻撃。そして、その魔術師がとある場合に陥った時に行うワープする際の癖。

 

そして、士気が低いために動きは鈍いもののヒルチャール達による棍棒や盾を用いた前衛達の他方向からの同時連携攻撃、また各元素反応を引き起こすボウガンを持ったヒルチャール達による一斉攻撃や時間差攻撃。また、ボウガンのヒルチャール達が一斉攻撃をする際の法則や、前衛のヒルチャール達が邪魔してこない条件。

 

そして、地理的要因や現在の状況。

 

 

「ふっ、っぅ」

 

瞬詠は彼らの攻撃を回避し続けたことで得られた情報を整理していくことで、彼らを最終的に無力化する為に必要な手順を考え続け、その手順を実行する為にどう動くべきかを即座に思考し、それらを次々と結論付けていく。

 

 

そして、遂にその時が来た。

 

 

「…よし」

 

回避をし続けていた瞬詠はそう呟くと、ふとその場に立ち止まった。

 

「うん?止まった?」

 

「なんだ?いい加減に諦めたのか?」

 

「…ヤァ?」

 

「…ヤゥ?」

 

アビスの炎の魔術師と氷の魔術師、それにヒルチャール達は突然動きを止めた瞬詠に少し困惑した様子を見せる。

 

「諦めた?…いや、悪いな。諦めたんじゃなくて、“段取り”が整ったんだよ」

 

瞬詠はそう言いながら、不敵に笑う。最終的な結論を得られた瞬詠は、アビスの炎と氷の魔術師達を確実に無力化するための最適な手段が彼の脳裏に浮かんでいた。

 

「……何を言っているんだ貴様は!?」

 

「おい、こいつ何か企んでるぞ!!気を付けろ!!」

 

「「「ヤゥッ!!」」」

 

「「「ヤァッ!!」」」

 

アビスの炎の魔術師と氷の魔術師、そしてヒルチャール達は瞬詠を警戒して身構えるが、彼らは瞬詠の考えを読み取れず、ただ彼を警戒することしか出来ないでいた。

 

「……」

 

周囲の草はアビスの炎の魔術師の炎により未だに燃え上がり続けており、アビスの氷の魔術師の魔法による冷気が周囲を冷やし続け、また倒されたり吹き飛ばされた際に落としたヒルチャール達の棍棒や盾が地面の上に転がり、そしてアビスの魔術師達とヒルチャール達の敵意が瞬詠に突き刺さる。

 

しかし、そんな中でも瞬詠は余裕の表情を見せており、むしろどこか楽しげな様子にも見えた。

 

「…っぅ」

 

「…ぐっ」

 

アビスの炎の魔術師と氷の魔術師は目の前の男に何故か焦燥感を覚え始めていた。

 

それはアビスの魔術師達の攻撃やヒルチャール達の攻撃が悉く彼に弾かれ続けているだけでなく、普通の人間や例え神に認められし神の目を持った者であっても、多少は疲労を感じ始めるはずなのに、瞬詠は一切疲れている様子が見られなかったからだ。

 

アビスの炎と氷の魔術師達の攻撃は全て弾かれるか避けられるかしており、ヒルチャール達による遠距離、近距離双方の攻撃も全て彼には命中していない。

 

まるで全ての攻撃の軌道が見えているかのように、彼はそれらの攻撃を完璧に回避し続け、それはあたかも彼はこの後に自分達が何をしようとしているのかを知っているかのような動きを見せていた。そしてそれらは信じがたいが、未来予知でもしているのではないかと思える程にだ。

 

そしてそれと同時に彼が名乗った『仕事人』という言葉。それがアビスの魔術師達には妙に引っ掛かっている。アビスの魔術師達は思い出そうとするが、どうしても思い出せない。だが、それでもなんとなくではあるが、その言葉だけは聞いたことがあるような感覚に襲われ、非常に不快、そして強烈な不安感に襲われる。

 

「……さてと、そろそろ片付けるとしようかな」

 

瞬詠はそう言うと鉄扇をゆっくりと閉じていく。

 

そしてそう呟いた瞬間、アビスの魔術師達の身体中を悪寒が走り抜けていき、瞬詠から放たれる殺気に気圧されてしまいそうになる。

 

「…」

 

そして、辺り一体に瞬詠の鉄扇が完全に閉じきった音が響き渡った。

 

「っ!!」

 

「くっ!!来るぞ!!」

 

「む、迎え撃て!!」

 

「……ヤァッ!!」

 

「……ヤゥッ!!」

 

そしてその音と共に瞬詠はアビスの魔術師達やヒルチャール達に向かって駆け出し、その動きを見たアビスの魔術師とヒルチャール達は一斉に彼へと攻撃を仕掛ける。

 

「ふっ!!っ!!」

 

回避し続けた時と違って瞬詠は迫り来るヒルチャール達の矢やアビスの魔術師達の炎や氷を弾けるもの弾き、弾けないものはいなしたりしながら一気に前進していく。

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤゥッ!?」

瞬詠の動きが先ほどまでよりも遥かに速いことにヒルチャール達は驚きの声を上げる。

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤウッ!!」

 

ヒルチャール達は一気に接近してくる瞬詠に飛びかかって武器を振り下ろす。

 

「ふっ!はぁっ!」

 

「ヤウッ!?」

 

「ヤァッ!?」

 

だが瞬詠はヒルチャール達の攻撃を鉄扇で受け流し、そのままの勢いでヒルチャール達の体勢を崩させて横転させたり、また他のヒルチャール達が振るう棍棒を飛び上がって避けたり、足でヒルチャールの足を引っかけて転倒させたりするなど、瞬詠は自身の動体視力や反射神経を遺憾なく発揮することで次々とヒルチャール達の攻撃をかわして、そのまま流れ作業のように突っ込んできたヒルチャール達を全員後方に吹き飛ばしていく。

 

「っ!!こいつ、なんて奴だ!?おい、お前達!!突っ込んでくるぞ!!何とかしろ!!」

 

「っぅ!!全員!!一度、あいつから距離を取れ!!それとそこの手ぶらのお前!!応援を呼べ!!とにかくこの事をあの御方達に伝えるんだ!!あの男にここを突破されれば、そのままあの御方達が行っているあの場所へ行ってしまうかもしれん!!そうなってしまえば大変なことになってしまうぞ!!」

 

「ヤ、ヤゥッ!!」

 

アビスの炎の魔術師と氷の魔術師は目の前で起きている光景を見て驚愕しつつ、すぐさま瞬詠から距離を取るように命令を出す。そしてアビスの氷の魔術師は棍棒を落としてしまっていた偶々そこにいた一体のヒルチャールに指示を出し、それを受けたヒルチャールはその通りに動き始めた。

 

「っ!!くそっ!!」

 

「行かせるか!!」

 

瞬詠は増援を呼ぼうとしたヒルチャールを見て焦り、即座にそのヒルチャールの行く手を阻んでそのまま無力化しようとしたが、アビスの氷の魔術師が氷の塊を大量に撃ち出してきたため、瞬詠は回避せざるおえずそのヒルチャールを取り逃してしまう。

 

「っ!!」

 

(くそっ!!最悪だ!!)

 

背中が遠くなってしまったそのヒルチャールを見て瞬詠は、とんでもない失態を犯してしまった事に心の中でそう叫ぶ。

 

「…大人しくしろ、お前はここでもう終わりだ。お前は只者では無い事が良く分かった。だからこそ、この場で留まってもらう」

 

瞬詠の目の前に浮遊するアビスの氷の魔術師は瞬詠にそう言い放つ。

 

「そうだ。お前ともう一人の人間はこの場で留まってもらう。もしかしたら、我らの指導者たるあの御方がここにやってきて、直々に貴様らを始末するかもしれないがな」

 

そして、瞬詠の背中にいるアビスの炎の魔術師がそう言う。

 

「ヤァ」

 

「ヤーゥ」

 

そしてヒルチャール達はボウガンや棍棒を構えて、瞬詠とアビスの魔術師達を取り囲むように布陣する。

 

「……ははは」

(本当に洒落にならない状況になったな)

 

瞬詠はそれを聞いて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。自身の耳に入った言葉から推測するに、アビス教団という魔物や怪物達の勢力を統率しているだろう指導者的存在、その存在がこの近くにいる。しかも、その指導者は自分達を仕留めに来るかもしれないと。

 

「何を笑っている?今の状況を理解していないのか?」

 

「いや、この状況で笑う以外に何か出来ることがあると思うか?」

 

アビスの氷の魔術師の言葉に瞬詠はそう返す。瞬詠は笑うことで思考を切り替える。こうなってしまったとしても、やるべきことは変わらない。ただ、僅かに状況が変わっただけなのだ。もとより、この場に長居するつもりは全くない。

 

「…はんっ、たかが元素も使えない人間相手にどうしようもないから、みっともなくあんたらのボスであろう、そのアビスの指導者とかいう奴が来るのを期待しているってわけか。随分とまあ小物だなお前さん達よ」

 

「…」

 

「…おい、お前。なんて言った?」

 

瞬詠の発言を聞いたアビスの氷の魔術師は瞬詠の挑発に乗らずにただ沈黙していたものの、瞬詠の背中越しにいたアビスの炎の魔術師は違ったようで、どこかドスを聞かせた声でそう聞いてきた。

 

「ん?ああ、聞こえなかったか。じゃあもう一度言ってやる。あんた等みたいな雑魚集団を束ねてる奴なんざ大したことねえ奴なんだろ、って言ったんだよ。それにこんな奴らしかいないんじゃ、そんな指導者なんて名ばかりの存在なんだなって思ってな」

 

「っ!?貴様!?やっぱり今すぐ殺してやる!!」

 

「おい!?乗るな!!っ!!」

 

瞬詠は更に煽るような発言をしてアビスの炎の魔術師達の怒りを買ってそのまま瞬詠の背中に向かって火炎放射を放つ。またアビスの氷の魔術師も、今の状況下で瞬詠に攻撃をするつもりはなかったが、アビスの炎の魔術師が行動を起こそうとしたため咄嵯の判断で氷柱を複数生成し、それらを一斉に射出した。

 

「おっと」

 

瞬詠はそれを軽々と回避していき、ヒルチャール達の包囲網の中を駆け抜ける。

 

「ヤァ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

「っ!!ふっ!!」

 

また、ボウガン持ちのヒルチャール達もアビスの氷の魔術師の攻撃から走り回る瞬詠に、彼の行動を抑止ように矢を放つ。

 

「ちぃ!!本当に鬱陶しいな!!」

(だがそれでいい!!あともう少し!!)

 

瞬詠はそう叫びながら飛んでくる矢を避け、同時にボウガン持ちのヒルチャールに向けて鉄扇を振るう。瞬詠は訪れるであろうそれを待つ。条件は揃いつつあり、この偶発的な戦闘は瞬詠にとって、ある意味好機であった。

 

「っ!!ふっ!!ほらよっと!!」

 

「ちっ!!ちょこまかちょこまかと!!撃て!!あの男に当てろ!!一発だけで良い!!」

 

「ぐっ!!この男め!!本当に厄介だ!!」

 

瞬詠はヒルチャールが放つ元素付きのボウガンの矢をかわし、時々アビスの魔術師達の方にそのボウガンの矢を弾いていく。ボウガンの矢はアビスの魔術師達が自分に張っている元素バリアによって防がれているために彼らにはダメージが入らない。だが、そのボウガンの矢には炎元素や雷元素、氷元素と言った各種の元素が付与されていたため、弾かれた元素付きのボウガンの矢とアビスの魔術師達が張っている元素バリアがそれぞれ元素反応を引き起こして、その元素バリアに僅かでかつすぐに修復されてしまうものの、それでもそのバリアーに小さなヒビが入っていく。

 

「ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

ヒルチャール達は次々とボウガンの矢を放ち、瞬詠は地面に落ちた大量の矢やヒルチャールの棍棒や盾、また所々の草が燃え上がっているそのヒルチャール達の包囲網の中を疾走する。

 

「っ!!」

 

瞬詠は機を見定める。そして、遂にその瞬間が訪れた。

 

「ヌヌヌ・グルフォン・サ一クル」

 

「氷漬けになれ!!」

 

アビスの炎の魔術師がとある魔法を行うために詠唱を開始し、それと同時にアビスの氷の魔術師がまた瞬詠に向けて幾つもの氷柱を飛ばす。

 

「ふっ!!」

(来た!!)

 

瞬詠はその氷柱を回避するためにわざと大きく飛び跳ねる。氷柱は先ほどまで瞬詠がいた場所に着弾する。

 

「ヤゥッ!!」

 

「ヤァッ!!」

 

そして、瞬詠が飛び上がった瞬間を狙ったかのように瞬詠とアビスの魔術師達を取り囲んでいたボウガン持ちのヒルチャール達が一斉にボウガンを構え、瞬詠に向かって元素反応付きの矢を放つ。

 

「はぁっ!!ふぅっ!!」

 

空中を舞っていた瞬詠は飛んできた矢を次々と地面に叩き落として行く。

 

「っ!!」

(よしっ!!)

 

そして、瞬詠が弾いたそれらの矢が地面に降り注ぎ、降り注いだ矢は近くで燃えていた草やそれぞれの矢に付着していた元素によって、主に過負荷を中心とする爆発によって地面に転がっていた棍棒や盾が上空へと吹き飛ばされ、吹き飛ばされたそれらを瞬詠はキャッチしていく。

 

「さぁ、燃え落ちろ!!お前はここまでだ!!」

 

「ファゥッ!!」

 

次の瞬間、アビスの炎の魔術師と氷の魔術師が叫ぶ。アビスの炎の魔術師は叫びながら杖を瞬詠が着地するであろう場所に向けると、そこに瞬詠の着地地点を取り囲むようにアビスの仮面等を模した火炎放射を行う物体が、アビスの炎の魔術師の魔法によってその姿を現わす。また、アビスの氷の魔術師はワープした。それはアビスの炎の魔術師の攻撃を補助するために、その姿を消したのだ。

 

「っ!!」

 

瞬詠は僅かに目を見開く。そして口角を上げた。周辺の草は燃え上がり、ヒルチャールの元素反応付きの矢が飛び交い、地表には浮遊していたアビスの魔術師の仮面を模した火炎放射を行うそれが放口し、まるで着地する瞬詠を待ち構えるかのように高温の熱気が上がり始め、そしてワープしたアビスの氷の魔術師が瞬詠にダメ押しの不意打ちを喰らわせんと、とある位置にワープする為に姿を消した。それら全ての出来事は一見して最悪な状況に見える。だが、瞬詠にとってはそれらは好都合だった。

 

 

何故ならば瞬詠の考えていたアビスの氷の魔術師を無力化するためのとある条件の全て、それらが今この瞬間に完璧に整える事が出来ていたからだ。

 

 

「ふぅっ!!はぁっ!!」

 

瞬詠は手に持っていたヒルチャール達が落とした棍棒を一気にアビスの魔術師の仮面を模したそれに投げつけ、投げつけられたそれらの放口が、瞬詠の投擲によってそれらの向きをとある場所に誘導させられる。

 

「なにぃっ!?」

 

アビスの炎の魔術師は、まさかの瞬詠の行動に焦りを見せる。そして次の瞬間。

 

「ファウッ!!……えっ?」

 

姿を消していたアビスの氷の魔術師の姿が現れ、その魔術師は唖然とする。なぜなら、目の前には着地した瞬詠に向けられていたはずのアビスの魔術師の仮面を模した火炎放射を行うそれら全ての放口が、自分の方に向いていたのだから。

 

「イィッ!?」

 

そして間隙が空かずにその放口の全てから火炎放射が一斉にかつ、盛大にアビスの氷の魔術師に襲い掛かり、アビスの氷の魔術師は悲鳴を上げる。アビスの氷の魔術師が張った氷のバリアは、アビスの炎の魔術師のそれらによる火炎放射によって修復もままならずに、一気に次々と大小のヒビが入っていく。

 

「っ!!ふっ!!」

 

そこに瞬詠の鉄扇によって弾かれた元素付きのボウガンの矢、また地表に落ちていたヒルチャールの棍棒を蹴り飛ばし、その棍棒が燃え上がる草むらの上を通過することで、火が燃え移り、それら全てがミサイルのように真っ直ぐにアビスの氷の魔術師のバリアーに飛来していく。

 

「ヒィッ!?アァッ!?イギャアァァッッッ!?」

 

「「「イヤァァッッッ!?」」」

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤウッ!?」

 

そして、ついにアビスの氷の魔術師のバリアーはアビスの炎の魔術師の火炎放射と瞬詠のダメ押しの弾いた元素付きのボウガンの矢と燃えている棍棒の嵐によって砕かれ、まるで断末魔のような悲痛な叫び声を上げながら、アビスの氷の魔術師は過負荷による爆発や連続して引き起こされる超伝導や溶解反応の衝撃によって派手に吹き飛んでいき、瞬詠を包囲していたヒルチャール達を巻き込みながら、地面へと叩きつけられて転がり回る。

 

「な、なぁっ!?」

 

アビスの炎の魔術師は目の前で起こってしまったことに対して、現実を受け入れられずに呆気に取られ、そして目の前の男の恐ろしさに戦慄を覚える。あの男は圧倒的有利であった自分達の状況を一瞬にして覆してしまったのだ。しかも瞬詠が行ったことはただ自分達の攻撃を利用しただけに過ぎない。

 

「ヤァッ!?ヤァッ!?」

 

「ヤゥッ!?ヤーウッ!?」

 

「あ!?お前達!?待てっ!!」

 

そして一部始終を見ていたヒルチャール達は遂に恐慌状態に陥り、極一部のヒルチャールだけではあるものの、我先にとその場から逃げ始めてしまうのも現れてしまった。

 

「逃げるな!!この男を"姫様"の元に行かせる訳にはいかないんだぞ!!」

 

「…ふーん、”姫様”ね?……あ」

 

瞬詠はアビスの炎の魔術師が漏らした言葉に反応する。そしてふとアビスの氷の魔術師が吹き飛ばされる前にいた所に視点を移すと何かを見つける。

 

「……へぇ、これ使えるかもな」

 

瞬詠はそれを手に取る。手に取ったそれは吹き飛ばされたアビスの氷の魔術師が使っていた魔法の杖だった。

 

「…ふっ、っ」

 

瞬詠は落としたアビスの氷の魔術師の杖を振り回す。それはまるで槍を扱うような動きであり、彼は何かを確かめるようにそれを振っていた。

 

「……よし」

(…そこまで悪くない、壊れかけの練習用の槍とも思って丁寧に扱えばなんとかなる)

 

瞬詠はそう思うと同時に槍を振り回すのを止め、そのままレザーの元へと行くために自分を包囲しているヒルチャール達に向かって走り出す。

 

「おい!!お前ら!!そこをどきやがれぇっ!!」

 

「イヤァッ!?」

 

「ヤァーウッ!?」

 

瞬詠はヒルチャール達に怒鳴る。そして、怒鳴られたヒルチャール達は既に恐慌状態に陥っていたこともあり、瞬詠の怒号によって更にパニックを起こしてしまい、その混乱が更なる混乱を招いてしまったことで包囲網は完全に崩壊してしまい、瞬詠はそのままレザーの元に向かうことが出来た。

 

「ふんッ!!アァーッ!!」

 

「ぐっ!!くたばれ!!」

 

瞬詠の目の前では、レザーが果敢にアビスの水の魔術師に大剣で斬りかかるが、アビスの水の魔術師が張った水のバリアーによって阻まれ、またアビスの水の魔術師は魔法による水弾や水の泡を用いた攻撃を繰り出すが、レザーはそれらを巧みにかわしていくという、まさに一進一退の戦いを繰り広げていた。

 

「レザー!!待たせたな!!」

 

「っ!!瞬詠!!」

 

「ぐぬぬ!!そ、それは!!…き、貴様ぁっ!!」

 

瞬詠はアビスの水の魔術師と睨みあうレザーの隣に立ち、アビスの水の魔術師と対峙する。

 

「瞬詠、やったな」

 

「あぁ、ちゃんとさっき言った手筈の通りにアビスの氷の魔術師を無力化したぞ。だが、不味い事になった。本当に時間が無い」

 

瞬詠はレザーの言葉に応えると、先ほどアビスの氷の魔術師の命令で伝令役のヒルチャールが消えた方に視線をやる。

 

「レザー、急ぐぞ。あまりにも無駄な時間を掛けているとこのアビスの魔術師達を救援するために、アビス教団の増援がこっちに来る。ヒルチャールが一体、伝令としてこの場を離脱したんだ」

 

「なんだと!?瞬詠、本当なのか!?」

 

「あぁ、そうだ。だけど安心しろ。それも既に織り込み済みで想定内だ」

 

(だが、もしもあのアビスの魔術師達の言う通りなら、最悪の場合だとアビスの指導者やら姫様やら、明らかにアビス教団の頂点辺りに位置する怪物といっても過言ではない奴等がここに来る可能性がある)

 

瞬詠は隣に立つレザーにそう言いながら、この現状に対して嫌な予感を感じる。とにかく目の前のアビスの魔術師達の対処に加えて、その者達が増援としてやってくる可能性を頭に入れておかなければならない。

 

「…分かった。瞬詠、オレ、お前を信じる。オレの命、お前に預ける。…例え、もしも、今日が最期の日だとしても、最期の時まで瞬詠に付いていく」

 

「え?レザー?お前?」

 

レザーは覚悟を秘めた瞳で瞬詠を見る。それを見た瞬詠は、自分の予想以上にレザーは非常に強く、そして硬い意志を持ってこの場に臨んでいたことに、少しだけ驚く。

 

「…あぁ、分かった。ならば俺も自分の命をレザーに任せよう」

 

瞬詠とレザーは互いに視線だけを向けて頷きあう。そして、それと同時に瞬詠は非常に大きな責任を背負ってしまったと自覚すると同時に、それならば絶対に判断ミスを犯さぬように多少滾ってしまった思考を冷ましながら、今出来る最善の行動をとる為に頭をフル回転させつつ、また現在のアビスの炎の魔術師の様子や周囲のヒルチャール達の状況を確認を行い始めた。

 

「っ!!ぐっ!!くそっ!!」

 

「ヤァッ!!ヤァァッッッ!!」

 

「ヤゥッ!!「ヤゥッ!!」

 

「ヤゥッ!?ヤァッ!!」

 

「イギャァァッ!!アギャァッ!!」

 

アビスの炎の魔術師は、倒されてしまい地面でぐったりとしている氷の魔術師に逃げ出そうとする一部のヒルチャール達、そしてレザーと瞬詠の二人を相手することになってしまった水の魔術師の方をそれぞれ交互に見ながら、どうすればいいのか分からずただオロオロとするしか出来なかった。

 

そして、今のヒルチャール達の状況は主に3つのグループに分けることが出来る。自分たちのリーダーの一人であるアビスの氷の魔術師が瞬詠に倒されてしまい、その現実に動揺、または受け入れられずにその場で固まってしまったり、ただ意味もなく叫んだり、逃げだそうとする者達。また、何とか現実を受け止めて冷静さを失わずに、吹き飛ばされたアビスの氷の魔術師の様子や安否を確認しようとする者達、アビスの炎の魔術師の元に集って彼の指示を待っている者や彼をサポートしようとしたり、冷静さを失って混乱している仲間のヒルチャール達を落ち着かせようとしている者達。そして現実を受け止めきれられず、逃げ出すことも出来ず、遂にはパニックを起こして自暴自棄、半狂乱になってまるで正気を失ったかのような叫び声を上げながら全ての元凶である瞬詠の方に突撃しようとし、それを必死に抑えようと他の仲間達が止めに入ったことにより、その仲間達とごたついている者達だ。

 

「…やっぱり、正解だったな」

 

瞬詠は改めてアビスの氷の魔術師を無力化した事が正しかったと確信する。瞬詠の睨んだ通り、三体のアビスの魔術師達の中ではリーダー格はアビスの炎の魔術師であるが、実際に実働隊とも言えるヒルチャール達を組織的に動かしていたのはアビスの氷の魔術師であり、その氷の魔術師だけが的確な判断の元、ヒルチャール達を動かすことができていた。そしてヒルチャール達もそんなアビスの氷の魔術師がいたから、彼らを信頼し安心して組織的に行動することも出来ていた。またどんな状況に陥っていてもアビスの氷の魔術師だけは冷静さを失わなずに、臨機応変に動けていた。それ故に、真に警戒すべき相手がアビスの氷の魔術師であったのだ。だが、そのアビスの氷の魔術師はヒルチャール達の指揮を執る事は出来ない。

 

「…レザー、単刀直入に聞くぞ」

 

瞬時に状況を把握した瞬詠は、絶叫を上げながらこちらに突撃しようとするヒルチャール達に目を離さずに、隣のレザーに小声で話し掛ける。

 

「なんだ、瞬詠?」

 

レザーも瞬詠の言葉を聞き漏らさないように集中して、瞬詠の声を聞く。

 

「改めて聞くが、お前の神の目…その神の目をちゃんと使いこなせているか?雷の神の目を上手く使えているか?」

 

瞬詠の問い掛けを聞いたレザーは、一瞬だけ目を見開くが、すぐに真剣な表情で瞬詠の質問に対して答え始める。

 

「瞬詠…ごめん、オレ、まだ、神の目の力を完全には扱えない」

 

「いや、謝るな。扱えないのは扱えないのでしょうがない。それよりもレザー、よく聞け。これからレザーが神の目を完全に扱えるようになるために、レザーにはあることを行ってもらう」

 

「っ!?瞬詠!?それはどういうことだ!?」

 

瞬詠の言葉にレザーは驚きを隠せない。瞬詠は自分が何をしようとしているのか説明する。

 

「簡単な話だ。まず”神の目”っていうのは、”ごく一部の選ばれた人間のみが扱う事のできる特殊な外付けの魔力器官”であり、元素力を自在に操れるようになる為に必要不可欠な物だ」

 

(…まぁ、スネージナヤのファデュイ、また更にはそのファデュイの幹部に当たる十一人の執行官(ファトゥス)が持つ、神の目の模造品である“邪眼”っていう例外はあるがな)

 

瞬詠はアビスの水の魔術師やヒルチャール達の動きを警戒しながら、レザーに説明を続ける。

 

「レザー、良いか?あくまでも俺の考えだが、神の目を上手く扱えないという事は、その神の目はレザーのせいで機能不全を引き起こしているんじゃないかという事なんだ」

 

「機能不全?オレのせい?どういうことなんだ?」

 

「あぁ、そうだな…説明するとかなりややこしくて難しくなってしまうが、端的に言えば神の目というのは神の目を得られた時の思いや願い、つまりは神の目に込められた願いと引き換えに、神の目はその真価を発現させて、その神の目が宿している元素の力を使うことができるんだ。ここまでは分かるか?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

レザーは瞬詠の説明を聞いて、しっかりと理解したと返事をする。瞬詠はそんなレザーを一瞬だけ見ると、アビスの魔術師達やヒルチャール達の様子を観察しながら口を開く。

 

「よし、なら続けるぞ……俺が思うに、その神の目が宿している力を使うという事は、神の目に込められた願いと引き換えにその力を行使すること。つまりは使用者本人が今抱いている思いと、その神の目に込められている願いが一致してないと、上手くその神の目を扱えなくなってしまうという事だ」

 

「っ!?」

 

レザーは目を見開き、驚愕する。

 

「…そして、一瞬の瞬きの間に現れる神の目、その神の目に込められた願いや抱かれた思い、それは決して表面的な願いや思いなどではない、それは恐らくだが自分自身を確立させるものや己の根幹と成すもの、もはや魂そのものといっても過言ではないほどの強い願いや思いだろう。例えるなら自分が死ぬまで、いや例え死んでその身が滅んだとしても、不変で変わらずに今後も永遠に追い続ける、それくらい変えることのできない絶対的な願いや思いだ。だからこそ、その神の目を上手く扱えなかったり、思うように扱えない、扱いにくいと思うことは、それが何かが不安定になって揺らいでしまっているのか、そもそも神の目に込められた願いや抱かれた思いを忘れてしまっているのか、何かが勘違いとかで誤った願いや思いを抱いているくらいしかない」

 

「…」

 

瞬詠の説明にレザーは黙って聞き入る。瞬詠はアビスの魔術師達とヒルチャール達を睨みつけながら言葉を続ける。

 

「だから、もしもお前が神の目を上手く発揮できないというのであれば、それはお前が抱いている思いや願いが原因だ。もしそうなら、お前の心の中にある本当の想いや願いを思い出させれば、きっと神の目も本来の力を発揮する。俺の言っていることの意味は、これで分かったか?」

 

「……うん、わかった」

 

レザーは瞬詠の話を理解したようで、静かに返事をした。

 

「レザー、思い出せ。ありのままを。その神の目が現れた、レザーに取って忌まわしいあの日を。そしてその願いや思いを強く抱くことになった経緯の全てを。…ヒルチャール達やアビスの魔術師達の心配はするな、むしろ、さっさと神の目を完全に扱ってもらわないと困る。今、この場を切り抜ける第二の鍵は、レザー、お前に掛かっているわけだしな…レザー、お前ならやれる。なっ」

 

瞬詠はそう言いながら一歩前に出る。そして、後ろに立つレザーに向かってレザーを安心させるように笑いかける。

 

「瞬詠……」

 

「…さぁさぁ、頼むぞレザー。こっちは『役割』を果たしたんだ。そっちも『役割』を果たしてもらおうか。さもなきゃ、このままだとアビスの増援が来ちゃって最悪死んじゃうぞ。そんなのは、ごめんだろ?」

(…まぁ、俺としては……な。しかも俺の命は既に一度、とっくに”あの日”の”あの海”で失ったようなもんだし)

 

瞬詠の脳裏にとある情景が浮かぶ。それは周囲が徐々に暗くなっていく中、沈みゆく自分自身の身体を無理やり抱え込むように抱きしめた赤い眼帯を付けた身体中ボロボロで傷だらけの女性が、明るい方に向かって必死に手を伸ばしては水を掻いて水中を突き進んで行く光景であった。

 

「…はははっ」

(…いや、駄目だな。まだ死ぬわけにはいかない…俺は生かされたんだ。まだまだやることや、やらないといけないこともたくさんある。おまけに今やらないといけない事として、少なくともこんなふざけた事をさっさと終わらせないと…それになによりも)

 

瞬詠はそんな光景を思い出し、そして心の中でそう呟くと独りでに笑う。

 

「もはやここまで来たら、こんなことをしでかしてくれたあの暴走女の顔面を思いっきりぶん殴ってやんないといけないしな、さもないと俺の気が収まらん。今日久々にモンドでゆっくりと過ごす予定をぶち壊しにされ、千岩軍に追いかけられるわ、西風騎士団に襲われるわ、アビス教団やヒルチャール達に絡まれるわで散々な日になったからな……覚悟しろよ、刻晴の奴め」

 

瞬詠は吐き捨てるようにそう呟くと不敵に笑った。

 

「まぁ、とにかくレザー。頼んだぞ?…俺達がここで生きるのか死ぬのかが、それで決まる。かなり不安になるかもしれないが、レザー、お前なら大丈夫さ。きっと何とかなる」

 

瞬詠はそう言うと、手に持っていたアビスの氷の魔術師を槍のように振り回し始める。

 

「…」

 

レザーは黙って頷く。

 

全てはレザーが自分が本当に抱いた願いや思いを思い出すか否か、それによって決まる。

 

「…俺もレザーが安心して思い出せるように、出来る限りヒルチャール達やアビスの魔術師達が邪魔立てしないよう、何とかやってみるからよ」

 

そして、そのまま振り回すのを止めて槍のように構えると同時に瞬詠はそう言い放つと、残りのアビスの魔術師達とヒルチャール達を警戒するように見つめた。

 

「……あぁ、分かった。ありがとう、瞬詠」

 

レザーが本当の願いや思いを思い出すのが先か、それとも先にアビス教団の頂点辺りに位置する怪物、もしくはその怪物達が先か。それは分からない。だが、確実に言えることは今こうしている間にも自分達の身の破滅、もしくは死に果てるまでのカウントダウンが、刻一刻と着実に刻まれているということ。しかし、レザーは瞬詠の背中にそう言いながら、呼吸を整える。それは精神統一するためであり、全てはただ自分に課せられた『役割』を果たすべく集中するため。

 

「…オレ、オレは」

 

レザーは深呼吸すると、ゆっくりと自分の心臓部分に触れる。そして、その手を胸に添えるように当てると、まるで何かを感じ取ろうとするかのように意識を集中する。レザーは心の中で自分自身に問いかけながら、ゆっくりと瞬詠が言っていたその日、また自分の願いや思いについて考える。そして、その願いや思いを頭の中で巡らせる。

 

「…っ」

 

すると、ふととある記憶。

 

 

 

“初めて西風騎士団と関わった日の記憶”。”西風騎士団の大団長、‘ファルカ‘と出会った日の記憶”が、まず初めに鮮明に浮かび上がり始めたのであった。




次回はレザーの過去(西風騎士団の大団長ファルカ+西風騎士団の数名との出会いと交流、レザーの神の目)、そしてアビスの魔術師達戦・後編(レザー編)です。

尚、余談ですが現在のレザーの状況を補足説明をすると、今のレザーは元素スキルを放っても2、3回に1回は不発、元素爆発は一切出来ない状況下に陥っています。

また、気づいた方は気づいたかもしれませんが、実は今回は“弓矢”持ちのヒルチャールから“ボウガン持ち”のヒルチャールと描写を変更しています。実はアビス教団やカーンルイアについて調べ直していたのですが、その過程でヒルチャールについて見返したところ、今更ですがヒルチャールが使っていたのは弓矢ではなく、ボウガンであったという凡ミスをしていたというが判明してしました。そのため、後日にヒルチャールのその部分の描写を順次修正していきます。

そして前書きにて告知しましたが、再度になりますが璃月のキャラアンケートを置いてあります。締め切りは今月末までとする予定なので、興味のある方はご回答をよろしくお願いします。

追記1
文字間隔の調整を実施中…
→文字間隔の調整終了しました。


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狼少年の追憶、そして道標となった騎士達の姿の件について

一応、投稿しても問題の無い分は完成しているのでそのまま投稿。

今回も分量や内容的に二話分になりました。今回はお盆休みがあったという事も相まって早めに書き上げられました。
但し、あらすじにある通り、既に随筆中の物が恐ろしい分量に到達してしまい、まとめて投稿すると明らかに長すぎてしまうため(纏めると最悪4万字辺りになるか、それすらも突破する可能性があるため。原因は前回の時点では、西風騎士団の数名程度が登場予定だったのが、実際に書いていたらほぼ全キャラが登場してしまう事になってしまったためです)、今回は『レザー・前編』として投稿します。

尚、あらすじにも書きましたが、今後の投稿予定をそれぞれ「レザー前編(今回)」、「レザー後編」、「アビスの魔術師達戦・決着編、第2幕エピローグ、アビス教団・アビスの指導者(蛍)編」、「番外編」とし、それで第2幕を区切ります(本来なら、この後の瞬詠のモンド城潜入・暗躍等の描写もしたかったのですが、あまりにもレザーに関するエピソードが長くなりすぎる事、また第1幕と違って瞬詠が刻晴に対して反逆の意志を固めつつあることで、区切りも良い事から)

また、今回も全てのタグが発揮されており、今回から未だに原作で登場していないファルカ大団長が登場しておりますが、本作品のファルカ大団長は考察ネタやオリジナル要素やオリジナル設定で固めているために完全にオリジナルキャラの類となります。

そして、前回のアンケートの件ですが、
1位が『煙緋』、2位が『鍾離』、3位が『雲菫』、以降は『タルタリヤ』と『行秋』となっておりました。そのため、番外編の1位の『煙緋』を「主人公」、2位の『鍾離』を『煙緋の「合流者」』として登場させようと思います。
尚、「合流者」の詳細な説明に関しては後書きに置いておりますので、興味のある方はご確認してください。


「グルゥ…クゥ」

 

「どうだ?…ははっ」

 

とある樹木が生い茂っている林間地。日が射しこんでくる事が無いほどの深い林の中。そこに赤い瞳に体つきが逞しく、まるで狼の体毛のような長髪の少年と狼達の群れが居た。

 

「グルルゥ」

 

「ははっ」

 

狼はしゃがみながら、気持ちよさそうに喉を鳴らしてその少年に撫でられる。そしてまるで毛づくろいをするかのように、少年に顔を擦りつけると少年は楽しそうな笑みを浮かべた。

 

ここは奔狼領。モンドの蒼風の高地にある樹木が生い茂っている林間地。中にいると恐怖を感じるほど静けさに満ちており、林の間にある影の下には危険な狼の群れが潜んでいると言われ、たとえ狩人たちでも気軽に入ることができない地。その地の一角でその少年と狼達はまるで『家族』のように仲良く過ごしていた。

 

「グルル……」

 

「ん?」

 

しかし突然、一匹の狼が何かを感じ取ったのか低くうなり始める。他の狼達も警戒するように辺りを見回し始める。

 

「……?」

(何かが、近づいてる?)

 

少年もその異変に気づき、そのまま周りを警戒し始めた。すると少し離れた草むらからガサガサという音が聞こえてくる。

 

「ガルルル!」

 

「グオォォン!!」

 

音に反応した狼達が吠えると、それに反応するかのように音のした方角から何かが出てきた。

 

「よいしょっと。おぉ!!…まさか、マージョリーさんが言ってた通り、本当にこんな所に人が居るとはな…」

そう言いながら、草むらから一人の男が姿を現す。その男は背が高い男で、髪の毛が若干ぼさついている男、またその背中には大剣を背負い、氷元素の神の目を身に付けていた。そしてその男は興味深そうに少年を見つめているのであった。

 

「……誰だ?」

 

少年はその男の姿を見て怪しげに見つめる。そんな少年に対して男は笑顔を見せながら話しかけてきた。

 

「あ、あぁ悪い。俺の名前はファルカ。こんなところに人がいるなんて話を聞いて、珍しいと思ったから本当かどうかを確かめに来たんだ。驚かせてしまったなら謝らせてくれ」

 

「……」

 

「「「グルルゥ!!」」」

 

少年は無言のまま男のことを見続ける。そして狼達は敵意剥き出しの状態で威嚇を続ける。

 

「ははは、まいったな……」

 

そうしてファルカと名乗ったその男は少年の反応や狼達との反応を見て困ったように頭を掻いた。

 

「「「ガルルゥ!!」」」

 

そして、狼達はその少年を守るように立ち上がって牙を見せる。

 

「おい、待ってくれ!!別に俺はそいつを傷つけようってわけじゃない!!ただ、ここら辺にいるはずのない人間を見たっていう話を小耳に挟んでここに来ただけなんだ。…頼む、信じてくれないか?」

 

ファルカは慌てて両手を上げながら狼達に弁明する。だが、狼達はまだファルカを疑っているのか睨み、威嚇し続けている。

 

「…坊主、名前は何て言うんだ?」

 

「…………」

 

少年は答えずに黙り込む。

 

「まいったな……」

 

「…名前、名前って、なんだ?」

 

「名前というものが何なのかが分からないのか!?」

ファルカは苦笑いをしながら呟くと、その少年はファルカに向かって聞き返し、ファルカは驚きの声を上げる。

 

「……名前、ない。不便か?」

 

「まぁ、そうだが……。それよりもだ」

 

ファルカはそう言うと狼達に守られている少年に手を伸ばす。

 

「坊主、一緒にモンドに戻らないか?」

 

「「「グルゥァ!!」」」

 

「「「ガルゥッ!!」」」

 

「おっと」

 

ファルカがそういった瞬間、狼達の数頭が一斉に襲いかかってくる。その攻撃に対し、ファルカは危なげなく次々と避けていく。襲い掛かった狼達は攻撃を全て外したことに驚き、その場に止まる。

 

「ははは、元気が良いのは良いことだが、あまり暴れるのは良くないぞ?」

 

「「「グルルゥゥ!!」」」

 

「「「ガルゥゥ!!」」」

 

狼達は悔しそうに鳴き、再びファルカに向けて飛びかかる。しかしファルカはまたもや軽々と避けると、避けられた狼達は地面へと着地しファルカを観察するかのように見る。

 

「ははは、まぁ良いだろう。俺はただ、個人的に本当にこんな所に人なんているのかどうかを確認したかっただけだし、戦うつもりは全くないからな。俺はそろそろ帰るとするよ」

 

「あぁ、その方がいいと思うぜ。ファルカ大団長」

 

「っ!?」

 

「「「グルァッ!?」」」

 

「「「ガルァッ!?」」」

 

ファルカが狼達と少年にそういった瞬間、どこからか声が聞こえた。その声を聞いた狼達は驚いたような鳴き声を上げて聞こえてきた方向を見る。少年は狼達の視線を追うようにしてその方向へと顔を向ける。

 

「なるほど、やはり俺の後ろを付けていたのはガイア、お前だったか」

 

「はっはっは、酷い事を言わないでくれ。大団長だって人の事を言えないと思うぞ。たまたまモンド城内を散歩していて、ふと遠くにあった西風騎士団の本部を見つめたら、窓から大男らしきものが出てきたのをつい見つけてしまってな。しかも俺の見間違えじゃなければ、大団長の執務室からだ。そうして後を付けながらこの奔狼領まで来たら、まさかの大団長様本人だったってわけだぜ」

 

「ははは、それはすまない事をしたな」

 

「まったくだぜ、またそんな脱走した子供みたいな真似をするなんてな」

 

ファルカがそう言うと、その男……青髪で右目に眼帯を掛け、そして氷元素の神の目を持つ男、ガイアが、やれやれと言いながらわざとらしくため息をつく。そんなガイアに対してファルカは苦笑しながら頭を掻いていた。

 

「…」

(…この男)

 

そして、少年はその男、ガイアに釘付けになる。ファルカは気配を感じ取れていたが、ガイアだけは違った。全く気配を悟られずにここまで来れたのだ。

 

「…ん?ほぉ」

 

そして、少年の視線に気づいたガイアは面白そうにその少年の事を見つめる。

 

「…ガイア、ジンにはまだ気づかれてないんだよな?」

 

「代理団長か?まだ気づかれてないと思うぞ。今はまだリサと共にティータイムでもしている頃じゃないか?」

 

「なら、良いんだが……」

 

そして、ファルカは少年の方を見ると笑顔を見せる。

 

「坊主、じゃあな。また、会おうじゃないか」

 

ファルカは屈託の無い明るい表情を見せながら手を振る。そしてガイアと共に歩き出し始めた。

 

「…?」

 

少年は黙って小さくなっていくファルカとガイアの背中を見つめるなか、ふと自分の中に一つの疑問が生まれた。

 

「…」

少年は自覚していた。自分は狼達と共に過ごしてきたが、「狼」とは違うと。

 

「…」

 

少年を守るために前に出た「狼」達の体と腕、そして「自分」の体と腕を見る。そして小さくなっていくファルカ、ガイアの「人」の体と腕を見る。

 

「…オレ」

 

自分は賢くないと知っていたが、この時、彼の中に一つの疑問が生まれた。

 

「オレは狼?それとも人間…?」

 

少年は自分の中に生まれたその疑問に答えが出せず、そのまま黙り込んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

とある日のこと、少年はいつものように狼達と戯れて過ごしていた。

 

「グルゥ」

 

「ガルゥ」

 

「…」

(…そろそろ、来るか)

 

少年と狼は互いにとある方向に視線を向ける。そして視線を向けた瞬間に遠くの草むらがガサガサと音を立てて揺れ動く。

 

「よぉ、坊主達。久々に来たぞ。ついでに清泉町でドゥラフさんやブロックさんから上等な獣肉を譲って貰ってきた」

 

そこにはそれぞれ大きな猪の肉を布で包みつつ片手でそれらを抱えつつ、またもう片方には釜や串等を持ってやってきたファルカの姿が現れた。

 

「…隣、座るぞ?」

 

「…」

 

少年はコクリと無言でうなずくと、ファルカはその場に座り込み、持ってきた猪の肉の片方の包みを解く。

 

「今日も相変わらず元気そうだなお前達は。ほらよお前たちのだ、喰え」

 

「グルウゥ」

 

「ガルゥ」

 

そして狼達は、ファルカが解きその場に置いた大きな猪の肉に群がるように飛びつく。

 

「はは、美味しそうに食べるな」

 

ファルカは狼達が食べているのを見ながら笑う。

 

少年と狼達、そしてファルカ大団長と初めて出会ったあの日以降、ファルカは暇を見つけてはモンド城を抜け出してここ、奔狼領へとやって来ては少年と狼達に会いに行っていた。当初の頃は狼達はファルカの事を警戒していたが、今ではある程度の警戒心は解けており、それは家族とまでは行かないものの、それなりの信頼関係は築けていた。

 

「…」

 

だが少年は違う。

 

少年はファルカと出会ってから何度も会うようになり、それなりに話すようにもなったが、未だにファルカには慣れていなかった。

 

その理由としては、人間と狼という種族の違いによるものだと思っていた。実際問題、今まで生きてきた中で少年は他の人間とは関わることが一切無かったと言ってもいいほど過言ではない。そのため、他の人間との関わり方や距離感と言うものが掴めず、それが結果として少年にとってのファルカに対する苦手意識になっていた。また、少年は今までに狼達の世界の中で育っていた為、人間の世界に関する知識や常識などが乏しく、ファルカとの会話の際でも、時々自分が知らない言葉が出てくるなど、そのせいで余計にファルカに対しての苦手意識が生まれてしまったのだ。

 

「…ははっ、まいったな」

 

「…クゥン」

 

ファルカはそんな少年の様子を見て少しだけ困ったような表情を見せるが、すぐに笑顔に戻し、少年の隣に座っている狼を撫で始め、撫でられた狼は少し嬉しそうに鳴いた。

 

「あぁ!!いたー!!大団長~!!やっぱりここにいたんだね!!」

 

「あっ!?本当だ!!大団長さま!!」

 

「おぉ!!クレーにノエルじゃないか!!」

 

「っ」

 

ファルカと少年は声のした方向に視線を向ける。

 

視線の先にはそれぞれ、茶色いランドセルを背負いそのランドセルの後ろに炎元素の神の目を身に着け、赤い帽子と赤と白の服に四つ葉のクローバーの服を着た橙色染みた金髪で燃えるような紅の瞳の幼女、『火花騎士』のクレーと、モンドのメイド服と西風騎士団の一般騎士の甲冑をミックスさせた格好で、銀髪にエメラルドのような綺麗な瞳、そして腰辺りに岩元素の神の目を身に着けた『西風騎士団のメイド兼騎士見習い』のノエルが姿を現した。

 

「グルゥッ!?…グルゥ」

 

「ガルゥッ!?…ガルゥ」

 

狼達は急に現れた彼女たちに驚き警戒心を抱くが、ファルカとクレー、ノエルのやり取りを見てファルカの知り合いであると判断し、彼女達をじっと見つめるだけにとどめる。

 

「大団長~!!もう探したんだよ~!!ここ最近、気づいたらどこかに行っちゃうんだからさ!!」

 

クレーはプンプンと頬を膨らませながらファルカに不満をぶつけると、その様子にファルカは「すまん、すまん」と苦笑しながら謝り、ノエルの方に顔を向ける。

 

「ノエル、ありがとう。君がクレーと一緒にここまで来たという事は、クレーは一人で危険な目に遭わずに済んだようだな。ここ最近のクレーは少しやんちゃで元気がありすぎるところがあるからな」

 

「はい、光栄です。ファルカ大団長さま」

 

ノエルは胸に手を当て軽く頭を下げる。

 

「…うん?そう言えば今日、クレーはアンバーと共にモンド城内とシードル湖内のモンド城外の見回りをするって話と聞いていたが、なんでクレーはアンバーではなくノエルと行動を共にしているんだ?」

 

「はい、ファルカ大団長さま。実は先輩のアンバーさまが、見回り途中に騎兵隊隊長のガイアさまに呼ばれたみたいで、その際に私にクレーさまのことをお願いしてきたんです。そのため私は、クレーさまと同行することになりました」

 

「なるほどな。そういう事か」

 

ファルカはノエルの説明に納得する。すると今度はクレーが口を開いた。

 

「ねぇ、大団長~。大団長はここで何をしようとしていたの~?」

 

クレーは興味津々にファルカが持ってきていた釜や猪の肉を見る。

 

「んっ、あぁ、それはな…………秘密だ」

 

ファルカは一瞬考える素振りを見せた後、人差し指を口に当てて答えた。

 

「えぇ~!!何それずるいよ大団長!教えてくれたっていいじゃん!!」

 

「はぁっはっはっ!!」

 

クレーはそう言いながらファルカに抱き着き、抱き着かれたファルカは豪快に笑いながらクレーを撫でる。そんな二人の様子を見ていたノエルも思わずクスリと微笑む。

 

「……ははっ」

 

少年はその光景を見て、自然と笑みを浮かべてしまう。

それは今までに少年が一度も見たことのない、とても暖かいものだったからだ。

 

「はぁっはっはっ!!まぁ、本当はな。前に知り合った狼達と共に過ごしてきたそこの坊主と共に獣肉を焼いて一緒に食べようかと思ってたんだ。どうだ、折角だ。クレーとノエルも食べるか?」

 

「わーいっ!!食べるぅ~!!やったね、ノエルお姉ちゃん!!お昼ご飯だよ~♪」

 

「は、はい。喜んでいただきます」

 

クレーはファルカから離れてピョンっと跳ねた後、嬉しそうに笑顔を見せ、ノエルは戸惑いながらも少しだけ顔を赤くして喜ぶ。

 

「さてと、それなら早速準備しようではないか」

 

「ファルカ大団長さま、私もお手伝いします。それに先ほどファルカ大団長さまがドゥラフさんやブロックさんから獣肉等を貰って離れた際に、念のためにドゥラフさん達から塩や胡椒などの調味料を借りてきていますので、それを使おうと思います」

 

「ほぉ、そうなのか。気が利くな、助かるぞノエル」

 

「はい、大団長さま」

 

ファルカとノエルはお互いに笑顔で会話をし、そして、二人は料理の準備を始めた。

 

「…」

 

少年はその様子を静かに眺める。この温もりとでも言えばいいのか、まるで家族の団らんのような風景を見ていると、なぜか胸の奥が熱くなり、そして、不思議な安心感に包まれるのだ。

 

「ねぇねぇ、灰色のお兄さん!!」

 

「…?オレのことか?」

 

クレーはその少年に近づき話しかける。

 

「うん、そうだよ。灰色のお兄さんの名前はなんていうの?」

 

「……名前…か、オレ、名前はない」

 

「えぇ!?そうなの!?」

 

クレーは少年の返答に驚く。

 

「うーん、じゃあ、クレーがつけてあげるよ!!」

 

クレーは目をキラキラさせながら少年に言う。

 

「えっ?」

 

「うん!!似合うの考えるから、ちょっと待ってて!!」

 

クレーは元気よく返事をすると、その少年の名前を考え始める。

 

「…う~ん、名前が思いつかない!!ファルカ大団長!!ノエルお姉ちゃん!!なんか良い案ないかなぁ?」

 

「んっ、名前か?」

 

「はい、名前ですか?」

 

準備をしていたファルカとノエルは突然話を振られて困惑した表情を見せる。

 

「そうですね…名前というのは大切なものです。自分を指し示すものであります。ですから…その人の名前を名付けるならば、その人との関わり合いのある物や事柄などを参考にするのが良いかもしれませんね」

 

ノエルは顎に手を当てながら答える。

 

「関わり合いかぁ…大団長!!灰色のお兄ちゃんってずっと狼達と過ごしていたんだよね!!なら、それに合った名前を考えてあげようよ!」

 

「なるほどな。確かにそうかもしれないな。狼達、狼の群れ、狩り、うーむ。そうだな」

 

ファルカは腕を組みながら考え込む。

 

「…よしっ、決めたぞ!!では、俺が考えた名前を聞いてくれ!!」

 

ファルカは腕を組み少し考えると、大きく息を吸い込み大きな声で叫ぶ。

 

「『レザー』!!それがお前の名前だ!!!」

 

ファルカは笑顔で少年に告げた。

 

「レ、ザー…?」

 

少年はその言葉に目を大きく見開き驚愕してしまう。

 

「レザー!!いい名前だね!!」

 

「っぅ」

 

クレーは満面の笑みを浮かべながら少年に抱き着く。

 

「レザーですか、良い名前だと思います。因みにですが、ファルカ大団長さま。なぜ彼に、レザーという名前を付けられたんですか?」

 

ノエルは首を傾げてファルカに質問をする。

 

「それはだな、まずレザーという言葉には剃刀という意味があってその剃刀から、あらゆるものを削ぎ落すような鋭さというのを思いついたんだ。そこから、彼と初めて出会った時、彼はまるで狼のように強くたくましく生きていると感じた事や、そして鋭い爪をもつ狼と暮らす坊主の姿が合うのではないかと思ったからだ。どうだ?なかなかいい名前だろう?」

 

「なるほど…はい、とっても素敵だと思います」

 

ノエルは笑顔で答えた。

 

「……」

 

少年は抱き着いているクレーを優しく離すと、ゆっくりとファルカの方へと歩いていく。

 

「どうだ、気に入ってくれたか?」

 

「気に入った…ファ、ルカ…ありがとう」

 

少年は頬を赤く染めながら小さな声で感謝の言葉を言う。今までに味わったことのない感情に戸惑いながらも、自然とその言葉を言えたのだ。

 

「ははっ!!気にするな。うん?いい感じに出来上がって来たか!!」

 

ファルカはそう言うと、ふと美味しそうな匂いが漂ってくることに気が付き、視線を向ける。

 

「ファルカ大団長さま、クレーさま、そしてレザーさん、お肉が焼きあがりましたよ」

 

「わぁ~、美味しそう!!たくさん、食べるね!!」

 

「うまそう。たくさん、喰う」

 

「おぉ、たくさん喰え!!クレー、レザー!!はぁっはっはっ!!」

 

クレーは出来上がったそれらに目を輝かせ、レザーはファルカの隣に立ち、一緒に肉を眺める。

 

「ふふっ」

 

ノエルはそんな三人の様子を見て微笑んでいた。

 

そうして、『少年』もといファルカに『レザー』と名付けられたその少年は、共に焼きあがったお肉に塩や調味料をふりかけ、そして皆と一緒に食事を始める。

 

そうして、レザーは初めて焼きあがったお肉を食べることで体が暖かくなっていくのを感じるのと同時に、人の温もりというものを知ったのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

「…」

 

晴天のとある日、蒼風の高地の清泉町近くの小さな丘の上、そこに赤い瞳で狼の体毛のような長髪の少年、レザーがほんの少しだけ満足そうな表情を浮かべて奔狼領の元へと向かっていた。

 

ファルカに名付けられたあの日以降、レザーは人並み外れた身体能力と強靭な肉体を持ちながら、人と獣の間にいるかのような不思議な感覚を味わいながら日々を過ごしている。

 

それは、ファルカやクレー達と出会ってから、さらに強くなりつつある。自分が「人」なのか「狼」なのか、それが分からなくなってきているのである。

 

「…人と狼」

 

レザーは独りでに呟く。

 

レザーはあの日以降に人に興味を持ち始め、何もすることがないときに関しては清泉町やアカツキワイナリーの近くまで行って、そこに住んでいる人間の営みや生活風景を眺めたりしていた。

 

レザーにとってそれはとても楽しい時間であり、そして心が安らぐものであった。そしてそれと同時に自分が何者なのかという問いがより一層深まっていくのを感じている。

 

だがしかし、それでもまだ、レザーは人に対する興味が薄れることは無い。寧ろ、どんどんと増していくばかりであり、そしてそれは奔狼領、奔狼領の狼達の主である『彼』に直接尋ねてみたいほどであった。

 

「はぁっ!!はぁっ!!あっ!!レザーお兄ちゃん!!」

 

「うん?」

 

レザーは後ろを振り返る。振り返った先には全力で走っていたのか、息切れをしながらこちらに向かってくる金髪で燃えるような紅の瞳の幼女、クレーであった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

クレーはレザーの隣に止まるとかなり疲れた様子を見せる。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……だいじょぶ……」

 

レザーは心配になり声を掛けると、クレーは力ない返事をした。

 

「クレー、急に走ってきて、どうした?」

「あ、あのね、今クレーはね。ジン団長とアルベド兄さん達に追いかけられているの!!」

 

「ジン団長と、アルベド兄さん……誰だ?」

 

レザーは首を傾げる。

 

「うん!!ジン団長は西風騎士団の代理団長で、ファルカ大団長の次に偉い人なんだ!!そして、アルベド兄さんは風騎士団の首席錬金術師で調査小隊隊長の人なんだよ!!」

 

クレーはレザーに説明する。

 

「なるほど……クレーは何か悪いことをしたのか?」

 

「うーん……じ、実はね」

 

クレーは少し言いづらそうにすると、意を決し口を開く。

 

「実はね!!清泉町の近くにあった泉の魚を取るために、お魚をドカーンしにいこうと思ったんだ!!だけど、行こうと思った途中でジン団長達に見つかって、それがバレちゃって……。それで、怒られると思って逃げてきたの!!」

 

「……ドカーンか、そうか」

 

レザーはクレーの話を聞いて納得する。そして、レザーは引きつった表情を浮かべた。

 

以前に、クレーが自分の元にやってきて狩りを手伝ってあげるよ!!と言っていたことを思い出し、それが最終的に蒼風の高地の一角にある小さな丘の一つが、クレーのボンボン爆弾によってその丘が跡形もなく弾け飛んだ光景が脳裏に浮かんでしまったのだ。まさかあんなことになるとは、夢にも思わなかった。

 

「それでね!!それでね!!逃げてる途中でエウルアお姉ちゃんとアンバーお姉ちゃん達が帰ってきちゃって、そのままお姉ちゃん達からも逃げなくちゃいけなくなっちゃったんだ!!」

 

クレーは、てへっ、と舌を出す。

 

「…はぁ」

 

そうして、レザーは呆れたように溜息を吐く。そして、レザーは思う。この幼女の行く末が少しだけ、不安になった。

 

 

その時であった。

 

 

「「「ボフッ!!ボホォ!!」」」

 

「「「ヤァッ!!」」」

 

「「「ヤゥッ!!」」

 

「あっ!?」

 

「っ!!」

 

クレーとレザーは目を見開く。どこからか、ヒルチャール達の雄叫びが聞こえたからだ。二人はすぐに辺りを警戒し始める。

 

「はぁ!せぁ!」

 

「ふんっ!はっ!はぁー!」

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤゥッ!?」

 

「むこうからか!?」

 

「この声!!ジン団長とディルックさんの声だ!!」

 

「っ!!待てっ!!」

 

レザーとクレーは声が聞こえてきた方向、先ほどクレーが走ってきた方向に視線を向ける。そしてそのままクレーがその方向へと駆け出し、レザーはクレーの背中を追いかける。

 

「…うわぁ!!」

 

「…こ、これは!!」

 

クレーとレザーはジンとディルックの声がした近くの場所、丁度清泉町の出入り口辺りにあるちょっとした丘のある場所に辿り着くと、声のした方向に視線を見下ろす。そして、そこには複数のヒルチャール暴徒を含む数多くのヒルチャール達と交戦している四名の姿があった。

 

「「「イヤァァッ!?」」」

 

「「「ヤァーゥッ!?」」」

 

「「「ギャァァッ!?」」」

 

クレーとレザーの視線の先では、その四名に翻弄されて次々と倒されていくヒルチャール達の姿が映る。

 

 

「火炎よ、燃やし尽くせ!!」

 

一人は分厚い外套を着こんだ赤髪ロングで細見の男、服のベルトに炎元素の神の目を身に着けた男が、自身の燃え盛る大剣をヒルチャール達に振るう。そして、そこから炎の鳥を生み出すと同時にその鳥は咆哮を上げながら前の方に飛んでいき、経路上にいたヒルチャール達を炎の鳥が焼き尽くしながら吹き飛ばしていく。

 

 

「風の神よ、我らを導きたまえ!!」

 

もう一人は、その赤髪ロングの男の背中越しにいる金髪を黒いリボンで後ろに纏めた女性で、宝石のサファイアのような瞳に美しい顔をしながらも凛とした顔立ちをし、背中の腰辺りに風元素の神の目を身に着けた女性。その女性が自分の正面の前で自身の片手剣の切っ先を天に向けながら、祈るようにその言葉を放つ。

 

するとその祈りの言葉が、天に届いのか、どこからともなく現れた薄緑色の風が蒲公英を運びながら、彼女の周囲に渦巻き始めると同時に、その風が彼女や他の三人を守るかのように、彼女や三人の周囲のヒルチャール達に襲い掛かっていった。

 

 

「氷浪の様に唸れ――!!」

 

そしてもう一人は、氷のような水色の髪に金眼で整った顔立ちをしている美人で、肩辺りに氷元素の神の目を身に着けていた女性が、縦横無尽に駆け抜けながら自身の氷のように白銀に輝く大剣を力強く振り、周囲のヒルチャール達を纏めて吹き飛ばす。

 

また更に彼女の周りに彼女の持つ大剣によく似た宙に浮いていた氷の大剣が、吹き飛ばされたヒルチャールに追撃するかのように近くで固まっていたヒルチャール達に突っ込んでいき、その氷の大剣が地面に突き刺さると同時に、強烈な冷波を放ちながら爆発して、そのヒルチャール達が更に吹き飛んでいく。

 

 

「今こそ、誕生の時――!!」

 

そして最後の一人は、青と白の服装に胸元に岩元素の神の目を身に着け、左手に片手剣を手にしたまるでエメラルドブルーのような瞳をした青年が、まるで指示をするように呟きながら右腕を振るう。するとそれと同時に、その指示に従うように青年のすぐ目の前で黄金に輝くような大爆発が発生した。

 

そして、大爆発が起きた地点に星を模したのか、ひし形のような何かの紋章が入った一つの大きな黄金の花が一瞬だけ咲き誇ると、それがたちまち枯れるように消えていくと共に、そこから黄金色の輝きを放つ先ほどの紋章の入った花の形をした物が宙に創造されては、先ほどの規模ではないものの黄金の爆発を引き起こしながら、その爆発によって発生した衝撃が周囲にいるヒルチャール達を襲い、ヒルチャール達を吹き飛ばしていった。

 

 

「……こ、こんな、あ、あっさりと…」

 

レザーは目下の光景をみて、呆然としていた。

 

 

ヒルチャール、それはレザーや狼達に取ってはある意味天敵とも呼べる存在だったからだ。

 

なぜなら、ヒルチャールは単体ではそこまで脅威ではないが、群れどころか数体でもかなり脅威になる。レザーが見てきた中では彼らが扱うのはただの棍棒だけでなく、燃え盛る棍棒で相手を焼こうとする者、普通のボウガンや各種元素反応を引きおこすボウガンで攻撃する者もいれば、さらには自身の武器を錬成したのか盾を扱うもの、また何かを唱える事で、魔法かなにかを利用して非常に強力な元素反応を引きおこす者、また通常のヒルチャールと違って三メートル近くやそれ以上のヒルチャールが自身の大盾や斧などで攻撃をしてくることもあった。

 

それ故にレザーや狼達に取っては敵うことの無い天敵的な存在である。そうであるからこそレザー達は彼らを見かけたら、基本的に狩りの場所を変えるか、一時中断、状況によっては狩りを中止にするといった行動を取っていた。

 

 

しかし、今目の前にいる彼らは違った。自分達よりも遥かに強いはずのヒルチャール達を、彼らは軽々と蹴散らしていく。

 

「こ、これが、西風騎士団、なのか……」

 

レザーは改めてその強さを目の当たりにして、驚きを隠せないでいた。正しく一騎当千という言葉が相応しいような戦いぶりで、しかも普通の人間には扱えない各種元素の力を巧みに操りながら戦う様はまさに圧巻というべきだろう。

 

「うん、そうだよ!!あの金髪の人がジン団長で、水色の人がエウルアお姉ちゃん!!ジン団長は強くて!!そして少しだけ…怖い人…だけどね!!いつもクレーの事やクレーのために色んなことを考えたり、時間のある時は色んな事をしてくれる人なの!!そしてエウルアお姉ちゃんはジン団長並みに強い人だよ!!エウルアお姉ちゃんはモンドにいる時に色んな話をクレーにしてくれるの!!」

 

「ジン、エウルア…」

 

「それで赤髪の人はディルックさん!!ディルックさんはいつも怒ってそうな怖そうな人なんだけど、でも実はとても優しくて良い人なんだよ!!それに元西風騎士団の人みたいで、昔に辞めちゃったみたいなんだけど、もの凄く強い人でモンドを守り続けていた人なんだ!!それに結構上の立場の人だったみたい!!そして、最後の人がアルベドお兄ちゃん!!アルベドお兄ちゃんは賢くて優しくて、そして本当にすごい人なんだよ!!アルベドお兄ちゃんは仕事じゃない時はいつもクレーの相手をしてくれるんだ!…うわぁ!!わぁ!!」

 

「ディルック、アルベド…。な、なるほど…」

 

クレーは興奮した様子で、レザーに彼らの事を説明する。クレーは普段のジンやアルベド達がクレーに見せる事の無かったであろう一面を見て非常に驚きながらも、興奮しているようであった。そしてそんなクレーの説明を聞いて、レザーはクレーの言葉を一つ一つ噛み締めながら、じっくりと聞き入りつつ、次々とヒルチャール達を打ち倒していく彼らの姿を見つめる。

 

「…」

 

レザーはふと、彼らと彼らに襲い掛かるヒルチャール達から焦点を外し、その視線を今度はもっと俯瞰的に全体を捉えるように眺める。

 

「ひぃっ!!な、なんでこんな事に!!」

 

「助けてくれ!!助けてくれぇ!!」

 

「落ち着いてください!!ここは我々西風騎士団にお任せを!!」

 

「こちらの方に集まってください!!その方が我々は貴方達を守りしやすくなります!!どうか、ご協力を!!」

 

「……」

 

その四名から少し離れた場所には八台程の馬車が道のど真ん中で放置され、また道の端の方にも数台の馬車が止まっていた。そしてその近くには西風騎士団の騎士達と思われる人物達が、その周囲にいるその馬車の関係者の人達やたまたまその場を通行していた通行人達などと言った、数多くのヒルチャール達の襲撃に遭って混乱している一般人達に対して、必死に声を掛けて落ち着かせながら避難誘導を行っていた。

 

「…?あ、あれは!?」

(ノエル!?)

 

「安心してください!!私達が付いています!!あっ、危ない!!大丈夫ですか!?」

 

「っ!!すまない、大丈夫だ。ありがとう、騎士団の人」

 

「いえ、礼には及びませんよ。お手をお貸ししますね」

 

「っぅ、本当にありがとう」

 

レザーは思わずその光景に目を奪われていた。

 

あの日、ファルカと共に獣肉を焼いて食べたノエル、大剣を手にしたノエルがその場で他の騎士達と同じように、避難中の一般人や商人達に手を貸しながら避難誘導していたからだ。今のノエルはあの日の優しく和やかな彼女とは違い、一人の西風騎士団の騎士としての顔をしており、凛としていてその瞳は真剣そのものであった。

 

「ヤァ!!ヤァッ!!」

 

「ヤゥッ!!」

 

「ヤァーゥッ!!」

 

「っ!!ヒルチャールが三体接近してきたぞ!!」

 

騎士団の団員の一人がそう叫ぶ。

 

「そうはさせないよ!!」

 

すると、接近してくるヒルチャール達と避難中の一般人や商人達の間を割り込むように、腰辺りに炎元素の神の目をぶら下げ、赤いリボンを身につけた全体的に赤い格好の茶髪の少女が弓を片手に颯爽と現れる。

 

「おっと、っぅ、ふっ、やっ、はっ!!」

 

「ヤアッ!?」

 

「アァゥッ!?」

 

「ヤアゥッ!?」

 

少女はそのヒルチャール達の攻撃を紙一重で避け続け、ヒルチャール達の囮になりながらもすれ違いざまや回避して隙を見せたヒルチャール達に矢を放ち、ヒルチャール達を的確に射抜いて倒れ伏せさせていく。

 

「くそっ!!今度はあそこからヒルチャールが七体も来たぞ!!」

 

「私に任せて!!」

 

騎士団の団員がそう叫ぶと同時に、その少女は弓を構える。

 

「…っ」

 

だが、少女はすぐには弓矢を放たない。それは何かを待っているかのようで、少女は目を細めながら弦を引き絞る。またそれと同時に少女の炎の神の目によるものか、少女が引き絞っている弓矢は炎が纏われ始めた。

 

そしてその次の瞬間、ヒルチャール達は一斉にその少女に襲い掛かって来る。

 

「…っ!!」

 

刹那、そのヒルチャール達とその赤い少女の間に一陣の風が吹き抜け、その少女は咄嗟に炎が纏っている矢を放つ。

 

「「ヤァッ!?」」

 

「「ヤゥッ!?」」

 

「「「ヤァゥッ!?」」」

 

そして少女が放ったその炎の矢は、ヒルチャールのすぐ目の前の草むらを燃え上がり、しかも風が吹いていたことによりたちまちその火は広がっていき、ヒルチャール達とその少女の間に炎のカーテンが出来上がった。そして、自分たちのすぐ目の前で出来上がったそれらを見たヒルチャール達は慌てて足を止めてしまう。

 

「よしっ!!」

 

その少女は小さくガッツポーズをする。

 

「エウルア!!」

 

「結霜せよ!!そして砕け散れ!!」

 

「「「「イギャァ!?」」」」

 

「「「ヤァゥッ!?」」」

 

そしてその少女は託すかのようにとある人物の名前を叫ぶと同時に、その言葉に応えるように、縦横無尽に駆けていた氷のような水色の髪に金眼で整った顔立ちをしている女性、エウルアが立ち止まってしまったヒルチャール達に対して素早く大剣を振るって、そのヒルチャール達を次々と薙ぎ払っていく。

 

「「ヤァッ!!」」

 

「「ヤゥッ!!」」

 

「っ!?」

 

だが、それと同時にボウガンを持ったヒルチャール達が赤い彼女に矢を放ち、彼女は完全に油断していたのか、そのヒルチャール達の攻撃に目を丸くさせる。

 

「させません!!」

 

「ノエル!?」

 

そこにその彼女の前にノエルが立ちふさがる。そして、ノエルは目を僅かに細めながら大剣を一振るいすると彼女の周囲を守るかのように、茶色のシールドかバリアみたいなものが展開されていき、矢はそれらによって弾かれていく。

 

「ノエル大丈夫!?」

 

「大丈夫です!!それよりもお怪我はありませんか!?アンバー先輩!!」

 

「私は大丈夫!!ごめん、ありがとう!!」

 

「はい!!」

 

その赤い少女、アンバーはノエルに礼を言うとすぐにヒルチャール達に向き直り、ノエルはニッコリとした笑みを浮かべながら返事をしながら、ヒルチャール達と相対する。

 

「まさか、後輩のノエルに良い所を見せられると思わなかったよ~。今度は先輩の私が良い所を見せられるように頑張らないとね!!行くよ!!ノエル!!」

 

「はい!!アンバー先輩!!」

 

アンバーはそう言いながら弓を構えると、ノエルは大剣を構えてそのままヒルチャール達に向かって走り出す。

 

「…」

 

レザーは改めて、目下で行われているそれらを見て言葉を失う。西風騎士団の強さか、それとも人としての強さなのか、どちらにせよ、自分とは比べ物にならないほどの強さを持っていることは一目瞭然であった。

 

 

「ジン!!」

 

「はい!!先輩!!」

 

「「「ギャァゥツ!?」」」

 

分厚い外套を着こんだ赤髪ロングで細見の男、ディルックが大剣を持ち直しながら、金髪を黒いリボンで後ろに纏め、宝石のサファイアのような瞳に美しい顔をしながらも凛とした顔立ちをした女性に対して叫ぶ。

 

そしてその女性、ジンはディルックに頷き片手剣を構えなおす。そして、次の瞬間には二人は同じタイミングで駆け出し、ディルックとジンは隙を見せない息の合った完璧な連携でヒルチャール達を圧倒していく。

 

 

「ジャッジメント!!―――堅氷、怨を絶つ!!」

 

「「「イギャァ!?」」」

 

縦横無尽に駆けるエウルアは自身の大剣を両手で持ち構えながら、そのエウルアに襲い掛かるヒルチャール達に向けて横一線に大剣を振り払う。また、エウルアは吹き飛ばされたヒルチャール達に対して更なる追撃を行い、追撃を受けた全てのヒルチャール達は地に倒れ伏させられていく。

 

 

「擬似陽華!!ふっ!!はっ!!」

 

「「「ヤァァゥッ!?」」」

 

青と白の服装に胸元に岩元素の神の目を身に着けた青年、アルベドが左手を天に掲げると同時に左手は黄金の光を放つ星の紋章が宙に現れ、その黄金の光を放つ星の紋章を地面に叩きつける。

 

するとアルベドの目の前で、まるで太陽に向かっていくように一輪の暗い紫色の花が咲き、その花から黄金の粒子みたいなものが放出される。

 

そしてその放出された粒子がヒルチャール達に纏わりつき、アルベドが片手剣でそのヒルチャール達を斬りつけると、アルベドの斬撃に反応したのか纏わりついたその粒子が、先ほどの大爆発が起きた際に現れた紋章が入った一つの大きな花が枯れるように消えた時の、黄金色の輝きを放つ先ほどの紋章の入った花の形をした物が宙に現れ、それらが黄金の爆発を引き起こして、各ヒルチャール達を吹き飛ばしていった。

 

 

「はぁっ!!ふぅっ!!」

 

「ふっ!!はっ!!」

 

そしてディルックやジン、エウルアやアルベド達の四人が討ち漏らし、避難中の一般人達に向かっていたヒルチャール達を、ノエルは少しだけ動きがぎこちないものの、まるでダンスのステップでも踏むかのように、軽やかな動きで大剣を振るって次々とヒルチャール達を撃退していき、アンバーもノエルの動きに合わせるように矢を放ちながらヒルチャール達を撃破していく。

 

 

「…」

 

レザーは目下で発揮されている西風騎士団達の圧倒的な強さに、ただ呆然と見ている事しかできなかった。

 

そして同時に思う。

 

 

この圧倒的な力や強さを誇る西風騎士団を率いているあの男。

 

自分に『レザー』という名前を付けてくれたファルカ、ファルカ大団長の事を。彼の強さは一体どれほどのものなのだろうか、と。

 

 

「「ヤァゥッ!!」」

 

「「ヤァッ!!」」

 

そして、そうこうしている内にヒルチャール達は西風騎士団の面々に背中を見せて逃げ出し始めた。

 

「ふぅっ、はぁっ」

 

「ふぅ、やっと終わったよ~」

 

ノエルとアンバーはヒルチャール達との戦闘を終えると、それぞれ武器を仕舞い、汗を拭うような動作を行う。

 

「……」

 

アルベドは逃げ出したヒルチャール達を見ると、戦いは終わったと判断すると剣をしまい、ヒルチャール達が逃げた先を見つめながら、何かを考えるかのように目を細める。

 

「…どうやら、本当に終わったようね」

 

戦場を縦横無尽に駆け抜けていたエウルアは、未だに周囲の警戒を完全には解いていないものの、ヒルチャール達はもう向かってくる事や襲ってくることはないと判断して構えを解く。

 

「…ようやく、終わったな」

 

ディルックはそう言いながら呟く。

 

「終わりましたね。…あ、あの、先輩」

 

ジンはそれに同意するように言うと、チラリとディルックの方を見る。

 

「…どうした?ジン?」

 

そしてジンの視線に気づいたディルックは、首を傾げながら尋ねる。

 

「いえ、その…怪我とかは大丈夫ですか?」

 

ジンは心配そうに、そしてどこか気まずそうにディルックに尋ねた。

 

「ん?ああ、特に問題はない。ジンこそ、大丈夫か?」

 

「あ、はい。私は大丈夫です…」

 

ディルックはジンの言葉に、改めて自分の身体を見て確認すると、特に問題はなさそうだと感じ取り、逆にジンに確認する。そして、ジンは少し俯きながら答える。

 

「…ジン、礼を言う。助かった」

 

「え?」

 

ジンはディルックの突然のお礼に驚き、思わず聞き返してしまう。

 

「君や君達のおかげで、僕の荷物は全部大丈夫そうだ。…何がどうしてそうなったのかは分からないが、どうやらあそこにいる商人達の商隊がヒルチャール達に襲われたらしい。そして商人達はヒルチャール達から逃げる為にここまで馬車を飛ばして走らさせて、それが最終的にアカツキワイナリーから運ばせていた僕の荷馬車達に合流してしまい、そのまま僕や僕の荷馬車達は巻き込まれたというのが経緯だ」

 

ディルックは後方に止まっている馬車達、そして自分の馬車や荷馬車達に視線を向けながら、ここまでの経緯を説明していった。

 

「な、なるほど……」

 

ジンはディルックの説明に納得するかのように頷いた。

 

「そういう事だ…そしてジンも、大丈夫そうで本当に良かった」

 

「え?…せ、先輩?」

 

ディルックはボソッとそう呟くと、そのまま自分の荷馬車に傷や運んでいた荷物の中身に異常がないかを確認をするために荷馬車の方に歩き始める。そして、ジンはディルックが何かを呟いた事に気づいたが、何を呟いたのかはよく聞き取れなかった。だが自分に関することではあると察して、ディルックに声をかけようとディルックの背中を追いかけた。

 

「…」

 

そして、全てを見届けたレザーは改めて言葉を失くす。西風騎士団の強さはレザーにとって、衝撃的だった。

 

 

 

「…あれぇ?」

 

だが、その時クレーが何かに気づいたのか、不思議そうに声を上げた。

 

「…どうしたんだ、クレー」

 

「ねぇ、ねぇ、レザー。あそこの馬車の近くに倒れている斧を持っている大きなヒルチャールの腕が少しずつ動いてない?」

 

「…は?」

 

レザーはクレーの指摘に、疑問の声を上げる。

 

その次の瞬間であった。

 

「ボフォォッッッ!!」

 

クレーが指摘した倒れていたヒルチャール暴徒が突然起き上がり雄たけびを上げたのだ。そして、手放していた斧を拾い上げて近くにあった馬車に顔を向けた。

 

「ひっ、ひぃぃ!!」

 

「助けてぇ!!」

 

斧を手にしたヒルチャール暴徒が見ていたもの。それは自分達が持ってきていた荷物は大丈夫かどうかの確認を行っていたアカツキワイナリーの者達であった。

 

「ぐっ!!くそっ!!」

 

「っ!!どいてくれ!!」

 

「くっ!!最悪だわ!!」

 

「っ!!しまった!!」

 

ディルックやジン、エウルアやアルベドは急いで起き上がったヒルチャール暴徒に大急ぎで向かおうとしたが、それは叶わなかった。

 

「キャー!!急に起き上がったわよ!!あの大きいヒルチャール!!」

 

「くそっ!!ヒルチャール達は全部やっつけったんじゃないのか!?」

 

「騎士団さん!!私たちは何処に逃げればいいんですか!?」

 

「落ち着いてください!!とにかく落ち着いてください!!」

 

「とにかく、一刻も早くヒルチャール暴徒から離れてください!!」

 

「くそっ!!どいてくれ!!」

 

「邪魔よ!!どきなさいよ!!」

 

「っぁ!!ぐっ!!」

 

「危ねぇ!!転ぶんじゃねえ!!」

 

突如雄たけびを上げながら起き上がった巨大な斧を手にしたヒルチャール暴徒を目の当たりにしてしまった商人達や一般人達は大混乱に陥いり、我先にと逃げ惑ったり無秩序に動き回っているせいでその場に中々近づけないでいたのであった。

 

「っ!!っ!?駄目、これじゃあ狙えないよ!!」

 

アンバーは弓矢でヒルチャール暴徒を狙おうとしたが、大混乱に陥っている人々があちらこちらに動き回っているせいで射線に人が入ってしまい、上手く狙いを定めることが出来ずにいた。

 

「ひっ、ひぃぃ!!」

 

「来るな、来るなぁ!!」

 

彼らはヒルチャール達の群れの襲撃を耐え抜き、何とか無事である事が分かりホッとしていたところに突如として起きた事態に恐怖し、腰を抜かしてしまい動けなくなってしまう。もはや何もかもが既に遅かった。

 

「ボフォッ!!」

 

遂にヒルチャール暴徒が彼らに斧を振り下ろす。

 

「ぁ、ぁぁ」

 

「ぁぁ」

 

彼らの目の前で走馬灯のように今までの思い出が次々と浮かんでは消えていく。

 

 

そして、彼らは全てを諦めて目を閉じた。

 

 

「ふぅっ!!」

 

「ボフォッ!?」

 

その時、とある少女の声、そして驚くヒルチャール暴徒の声、そして鋼同士がぶつかり合った金属音が甲高く鳴り響く。

 

「…え?」

 

「…は?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、一歩たりとも引きません!!」

 

彼らはおそるおそる目を開ける。そして彼らの視線の先にはノエルが大剣を横に構えることで、大剣を盾代わりにしてヒルチャール暴徒の斧の一撃を防いでいる姿があった。

 

「くっ、安心してください!!私が必ず貴方方をお守り…いえ!!必ずお守りきってさしあげます!!」

 

ノエルは顔を歪ませながらも、自分の背後にいる人達を安心させるように力強く言い放ち、彼らを必ず守り切るという決意の元、歯を食いしばりながら必死に踏ん張っていた。

 

「ボフォォッ!!」

 

「くぅっ!!」

 

ヒルチャール暴徒は斧を横に振り払うと、ノエルはそれに合わせて大剣を縦にすることで、凄まじい衝撃に襲われながらもその一撃を何とか受け止めきる。

 

「ボッフォォッ!!」

 

「ぐぅっ!?きゃぁっ!!」

 

そしてまたヒルチャール暴徒は斧を反対側に振り払い、ノエルもそれに合わせて防ごうと試みたが、疲労の限界も相まってかヒルチャール暴徒の一撃を防ぎきることは叶わず、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 

「くっ!!っぅ!!…はぁ、はぁ」

 

ノエルは吹き飛ばされ、地面に叩きつけながらも何とか受け身を取ることに成功する。しかし、吹き飛ばされた際に強く叩きつけ続けられたせいか、息苦しそうに呼吸を繰り返す。だがそんな状態の彼女は、ふらついてはいるものの確かな足取りで大剣を構えなおす。彼女の瞳に宿る強い意志は微塵にも衰えていなかった。

 

「ボフォッ」

 

「ぁぁ」

 

「っぁ」

 

そしてヒルチャール暴徒は腰を抜かしているアカツキワイナリーの二人に完全に興味を失ったのか、吹き飛ばしたノエルの方に顔を向けて彼女の元へとゆっくりと足を進めていく。

 

「くそっ!!」

 

「ノエル!!くっ!!」

 

「ちっ!!このままじゃ!!どきなさいっ!!」

 

「っ!!」

 

ディルックやジン、エウルアやアルベドはヒルチャール暴徒がノエルの方へ歩いていくのを見て慌てる。だが、未だに大混乱の最中にある人々のせいで、どうにか前に進もうとするが混乱した人混みのせいで中々思うように進むことが出来ない。

 

「ノエル!!ノエル!!」

 

アンバーは必死にノエルの名前を叫ぶ。今の状態では弓による援護射撃は不可能であった。アンバーは悔しそうに下唇を噛みしめながら、必死に射撃可能な位置を探す。

 

「ボフォォッ…」

 

その間にもヒルチャール暴徒は斧を大きく掲げながらノエルの元へと向かってくる。

 

「くっ!!」

 

ノエルは大剣を構えたままヒルチャール暴徒を見据える。

 

ノエルの瞳にはヒルチャール暴徒への恐れや絶対的な危機への絶望の色は一切なく、あるのは『不屈』と『覚悟』の意志のみ。ノエル自身、目の前のヒルチャール暴徒が自ら敵う相手ではないという事を理解している。それでも決して折れる事が無いのは彼女の『信念』によるものか、それとも別の何かがあるからなのか……。それは本人にしか分からない事であろう。だが、ノエルは確固たる意志を持って大剣を構えた。それはまるで、例え自分がここで果てようとも、絶対にあの人達、そしてここにいる人達を守り通すと。それが、彼女が彼女たる所以だとでも言うように。

 

「ボフォッ!!」

 

「っ!!」

 

ヒルチャール暴徒がノエルに向かって斧を振り下ろした。

 

「ぐっ!!」

 

ノエルはそれを大剣で防いだが、凄まじい衝撃に思わず苦悶の声を上げる。

 

「…くそっ」

 

レザーは絶体絶命な様子のノエルの姿を見て拳を握る。だが、レザーが出来るのはそれだけであった。今の自分には神の目どころか武器すらも無い。

 

「ぐっ!!」

 

また、レザーは唇を強くかみしめる。一瞬であるが彼の脳裏に、狼達との狩りをしていた時にヒルチャールと遭遇してしまったことを思い出す。

 

そして、最終的に当初はそのヒルチャールを撃退できるところまで追いつめたが、仲間のヒルチャール達に奇襲されてしまい、最終的にはヒルチャール暴徒までやってきて、何かを一つでも間違えてしまえば生死を彷徨うような重傷を負って死にかけるか、本当に死んでいたかもしれないという事を。他にもそれに似た事を思い出し、レザーは恐怖で体が震える。

 

「…っ」

 

「…クレー?」

 

レザーは自分の隣でクレーの身体が震えている事に気づく。

 

「…」

 

「…」

 

レザーは一瞬、クレーも怖いのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「…嫌だ」

 

クレーはヒルチャール暴徒を見つめる。そして、満身創痍のノエルを見つめて、ヒルチャール暴徒に視線を戻す。今のクレーのその目はまるで親の仇を見るかのように怒りに燃えていた。

 

「ふっ!!」

 

「っ!!クレー!!」

 

次の瞬間、クレーは走り出し、そのまま崖を駆け降りる。

 

レザーは驚きながらもクレーの名前を呼ぶが、そんな事はお構いなしにクレーはノエルとヒルチャール暴徒の間に割り込むように崖を疾走していく。

 

「え、嘘!?あ、あれ!!見て!!」

 

「な、なんだ!?あれは!?崖から赤い子供が駆け降りてるぞ!!」

 

「しかも、あの騎士と大きいヒルチャールの元に向かっているぞ!!」

 

混乱していた一般人達が崖を駆け降りるクレーを指さしながら騒ぎ始める。

 

「なにっ!?うん!?あ、あれは!?」

 

「あれはクレーだ!!『火花騎士』だ!!」

 

そしてその騒ぎを聞いた騎士団の数人は指さしている方向に目を向け、そこにいたのがクレーだと気づき驚愕の声を上げる。

 

「なにっ!?」

 

「クレーだと!?」

 

「嘘でしょ!?」

 

「クレー!?」

 

またその騒ぎを聞いたディルックやジン、エウルアやアルベドの四人は目を見開き、信じられないといった表情を浮かべてクレーに視線を向ける。

 

「クレー!?」

 

そして、射撃位置を探していたアンバーもクレーの姿を見つけて驚きで声をあげて、立ち止まる。

 

「やめて!!やめてよ!!ノエルお姉ちゃんから離れろ!!」

 

クレーは崖を駆け降りながらそう叫ぶと同時に、クレーのランドセルから一冊の本が現れ、クレーの周りに漂う。そして独りでにページがめくられていく。

 

「ボッフォ!?」

 

クレーの叫び声に気づいたヒルチャール暴徒は、足を止めてクレーの方に顔を振り向いてクレーの姿を視界に入れる。

 

「ノエルお姉ちゃんから離れろぉっ!!ノエルお姉ちゃんに手を出すなぁっ!!」

 

クレーがそう叫ぶと同時に、その本がめくられていたページがぴたりと止まり、クローバーの形をした赤い魔法陣がクレーの頭上に現れる。

 

「ボッフゥ!?ボッフォッ!!」

 

そしてそれを見たヒルチャール暴徒は本能的にそれが危険なものだと察知したのか、斧を構える。

 

「ノエルお姉ちゃんを虐めるのは、クレーが絶対に!!絶対に!!許さないっ!!」

 

クレーはそう叫ぶと、赤い魔法陣から赤いレーザーのようなものが照射される。

 

「ボォッフォッ!?」

 

そしてクレーのレーザーを見たヒルチャール暴徒は、ぎりぎりでそれを回避して後ろに下がる。だが、クレーのレーザーが先ほどまでいたヒルチャール暴徒のいた場所に直撃すると同時に、強烈な爆発が巻き起こり衝撃波や爆風がヒルチャール暴徒に襲い掛かった。

 

「くっ!!」

 

そして、その衝撃波や爆風はノエルにも襲い掛かったが、ノエルは何とか吹き飛ばされないように耐え抜き、ゆっくりと目を見開いた。

 

「じゃじゃ~ん!!西風騎士団、『火花騎士』クレー、参上!!ノエルお姉ちゃん!!『火花騎士』のクレーが、爆破支援するよ!!」

 

ノエルの目の前では、クレーがノエルに背中を向けつつも自分の方に顔を向けて笑みを浮かべていた。

 

「クレーさま…いえ、クレー先輩、支援感謝します!!共にヒルチャール暴徒を撃退しましょう!!」

 

「うん!!やろう!!ノエルお姉ちゃん!!行くよ!!」

 

「はい!!クレー先輩!!」

 

そして、ノエルとクレーは横に並んで互いに顔を合わせて笑いあう。そうしてクレーは前を向いてヒルチャール暴徒を見つめると同時に、クレーの宙に浮かんでいる本が独りでにパラパラとめくり始める。そしてその隣に立つノエルも大剣を構え直すと共にヒルチャール暴徒を見据えたのであった。




次回は、「レザー後編(レザーの大剣と鉤爪、そして神の目入手の過去エピソード)」です。

先ほどの「合流者」についてですが、まだ予定段階のため多少の変更はありえますが、「合流者」はその名の通りで、2位の『鍾離』がどこかのタイミングで1位の『煙緋』の元に合流(遭遇?)することで行動を共にする事になります。
また、それと同時に「同行者」というのもあり、こちらは序盤、もしくは中盤辺りから『煙緋』と共に行動しているキャラとなります。こちらは作者が各キャラの交友関係やその場面や状況を考慮したうえで事前に決めています。(例でいえば、今回の場合は『行秋』の場合なら同行者は『重雲』、『タルタリヤ』の場合なら特殊で、同行者のメインは『鍾離』、そして終盤のみ『シニョーラ』になります)また【「合流者」である『鍾離』】にも同行者(※『タルタリヤ』ではありません)がいます(但し、同行者は最初から鍾離と同行しているわけではなく、後に合流する予定)。

以上です、よろしくお願いします。

追記1
・アンケートの投票状態を、投票可能から投票終了に押し忘れていたので修正しました。(※順位には影響なしです)

追加2
・クレーの台詞を一部修正しました(「へっへ~ん!!」⇒「じゃじゃ~ん!!」)

追記3
・ノエルの描写を一部追加しました(『不屈』と『覚悟』の2つから、『信念』を加えた3つに)

追記4
・ファルカの笑い方を修正しました。(「だぁっはっはっはっ!!」⇒「はぁっ、はっはっはっ!!」)

追記5
文字間隔の調整を実施中…
→文字間隔の調整終了しました。


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狼少年は見届け、北風騎士の前に“彼ら”が姿を現した件について

2万字を超えてしまったので投稿(察してください。終わりませんでした)。

今回は前回のノエル&クレーとヒルチャール暴徒戦から、レザーの大剣や鉤爪、そして神の目を求め、それを手に入れるきっかけとなった出来事の丁度半分辺りまでです。

尚、今回も考察ネタ・オリジナル要素に設定等が(ファルカ大団長、その他関連で)ふんだんに発揮されております。

また、前回投稿した『狼少年の追憶、そして道標となった騎士達の姿の件について』ですが、今回の投稿に合わせてノエルの描写を若干変更しました。(『不屈』と『覚悟』の2つから、『信念』を加えた3つという部分)

余談ですが、この作品も遂に10話に達してかなりの分量になりました。今は若干グダグダな展開になっていますが、それでも多くの方がお気に入り登録してくださってありがとうございます。
ほぼ一発ネタから始まり、書きたいものをAIと協力しながら書き上げるというスタンスで進めて参りましたが、これからもスローペースになりますが、ゆっくりと確実に進めて行き、まずは第二幕を最悪でも今年中に完結に持っていきたいと思います。


「くっ」

 

「っ」

 

ノエルとクレーは目の前に佇むヒルチャール暴徒の些細な挙動も見逃さず、それぞれ構える。周囲の状況は多少は良くはなってはいるものの、未だに大混乱に陥った商人達や一般人達等の避難が済んでいない状況だ。万が一にでも、このヒルチャール暴徒の興味や関心が自分達では無くて避難中の他の商人達や一般人達に向かってしまった場合は甚大な被害が出る可能性がある以上、二人はここでこのヒルチャール暴徒を釘付けにする必要があった。

 

そして、それは同時に周囲の人達を守ることに繋がるからだ。

 

「ボッフゥッ!!ボッフォッ!!」

 

だが、幸いにも巨大な斧を持つヒルチャール暴徒の興味はノエルとクレーにしか向いていないようで、二人に威嚇するように吠えながら二人を観察するようにじっと見つめていた。

 

「っ」

 

ノエルは小さく息を飲み、そしてノエルは大剣を構えたまま深呼吸をする。

ヒルチャール暴徒の威圧感か、それともこれからこの獰猛なヒルチャール暴徒と戦うという緊張感からか、額には僅かに汗が流れておりその緊張度合いが窺えた。

 

「…っ」

 

またクレーの周りに自身の本が漂っているクレーもクレーで、周囲の様子に気を配りながらもヒルチャール暴徒から視線を外すことはせず、事が始まればいつでも攻撃が出来るように準備をしているようだった。

 

「…ボッフォッ!!」

 

そして、遂に戦いの火蓋が切って落とされたのか、ヒルチャール暴徒は雄たけびを上げながらその場を跳んでノエルとクレーに巨大な斧を降り下ろす。

 

「っ!?」

 

「っ!!」

 

ノエルとクレーの二人は飛び降りてきたヒルチャール暴徒の釜を回避するように、それぞれ左右に分かれるようにして回避する。

 

「ボッフォォォッ!!」

 

「っ!!」

 

「クレー先輩!?」

 

斧を回避された着地したヒルチャール暴徒はそのままクレーの方に顔を向けると同時に、クレーに対して巨大な斧を薙ぎ払う。

 

「ほっ!!」

 

クレーはヒルチャール暴徒が振るった斧をぎりぎりで避けきりながら、ヒルチャール暴徒から距離を取る。

 

「ボッフゥ!!ボッフォ!!ボォッフォッ!!」

 

だが、ヒルチャール暴徒は距離を取ったクレーを追うように、何度も執拗に巨大な斧を振るい続ける。

 

ヒルチャール暴徒にとって、先ほどのノエルから引き離すために、クレーの赤い魔法陣から照射されたレーザーのような攻撃がよほど脅威だと判断したのか、ノエルよりもクレーの方が無視できない脅威であると認識してしまい、ヒルチャール暴徒はクレーのことだけを狙い続けていた。

 

「よっ!!ほっ!!はっ!!」

 

そして、その猛攻を受けているクレーは次々と振るわれるヒルチャール暴徒の斧を次々と回避していく。クレーが幼女であるが故にヒルチャール暴徒にとって狙いづらいためか、それとも『火花騎士』という称号を持つ者の実力なのか、ヒルチャール暴徒の攻撃は全くと言っていい程にクレーには当たらずに、クレーはその身のこなしだけでヒルチャール暴徒の攻撃を見切っているかのように、最小限の動きで攻撃をかわしているように見えた。

 

「やぁっ!!」

 

そして、ヒルチャール暴徒とクレーの間を横やりするように、ノエルは大剣をヒルチャール暴徒に叩き込む。

 

「ボフッ!!ボフォッ!!」

 

「うわっ!?」

 

だが、ノエルの大剣はヒルチャール暴徒に何発も命中したものの、打ち込みが悪いのかヒルチャール暴徒にはほとんどダメージが通っていないように見える。

しかし、それでもヒルチャール暴徒の注意を引くことぐらいは出来たようで、ヒルチャール暴徒はノエルに斧を振り回した。

 

「ほっ!!よっ!!」

 

「ボッフォッ!?」

 

そしてその瞬間、クレーが丸い物をヒルチャール暴徒に投げつけると、ヒルチャール暴徒に投げつけたそれが爆発して、爆発の衝撃によりヒルチャール暴徒の巨体が宙に浮いた。

 

「っ!!」

 

ノエルはその隙を逃すまいと、ヒルチャール暴徒の懐に飛び込んで思い切りヒルチャール暴徒の腹に大剣を打ち込んでそのまま押し切って、ヒルチャール暴徒を弾き飛ばした。

 

「ボッフォッ!?ボォッフォッ!!」

そして、ノエルに吹き飛ばされたヒルチャール暴徒はそのまま地面に転がりながらも即座に態勢を立て直して、ノエルに突っ込んでいく。

 

「くっ!!」

ノエルは突っ込んできたヒルチャール暴徒に驚きつつも、冷静にヒルチャール暴徒の突進や斧を避けつつ、カウンター気味に攻撃を叩きこむ。

 

「ボッフォッ!!」

 

「くぅっ!?」

 

だが、ノエルの放った一撃がヒルチャール暴徒の身体に当たるものの、やはりと言うべきか、ヒルチャール暴徒の体力をそこまで削れてるようには見えず、更にはヒルチャール暴徒もノエルの動きは見切り始めたのか、的確にノエルの攻撃を防いで反撃したり、斧を振り回してノエルに圧を掛けたりとノエルの行動を制限し始める。

 

「ほっ!!やっ!!」

 

「ボフォッ!?」

 

そしてノエルが行動の制限を受けつつある中で、クレーは軽やかかつ俊敏な動きで自分に振るわれるヒルチャール暴徒の斧を回避しつつ、時折ヒルチャール暴徒に向けて丸い物を投げつける。

 

すると、その度にヒルチャール暴徒の身体が爆発し、ヒルチャール暴徒はたまらないのか悲鳴を上げながら、クレーにも斧を振り回す。

 

「はっ!!ほっ!!そんなんじゃクレーを捕らえられないよ!!ジン団長と比べたら全然遅いもんねぇー!!」

 

「ボォォッフォォォッッ!!」

 

クレーはヒルチャール暴徒の斧を回避しながら、ヒルチャール暴徒を煽るように叫ぶ。そしてその言葉をヒルチャール暴徒は理解したのか、ヒルチャール暴徒は、このくそガキがぁ!!、とでも言うようにノエルを無視してクレーに向かって斧を振るい続けた。

 

「ボッフゥ!!ボッフゥ!!ボッフウゥゥ!!」

 

「ほっ!!よっと!!やぁっ!!」

 

クレーはヒルチャール暴徒の攻撃を回避し続ける。

 

「ふぅっ!!やぁっ!!」

 

そしてノエルも無駄だとは分かっていても、大剣をヒルチャール暴徒に振り続ける。

 

「ボォッフォオオオオッ!!」

 

「よっ!!ほっ!!はっ!!」

 

ヒルチャール暴徒はノエルを無視することに決め込んだせいか、ノエルが攻撃しても反撃することなく無視をしながら、クレーだけを狙って攻撃し続けていた。

そして、クレーもヒルチャール暴徒の攻撃を紙一重で回避し続け、ヒルチャール暴徒を煽り続ける。

 

だが、その時であった。

 

「ほっ!!っぁ!?」

 

ヒルチャール暴徒の斧を跳んで回避して着地した際に、クレーは足を滑らせてしまって転倒してしまう。

 

「ボォッフゥ!!」

 

そしてその隙にヒルチャール暴徒はクレー目がけて、巨大な斧を振るう。

 

「あぁ……っ!!」

 

「ボッフォッ!!」

 

ヒルチャール暴徒の斧がクレーに迫る。

 

「させませんっ!!」

 

「ボッフォッ!?」

 

そこにノエルが斧とクレーの間に割り込んで、ノエルは大剣を構えながら力むと同時にノエルの周囲に茶色いシールドが展開される。

 

「ボォフォッ!!」

 

「っ!!」

 

ノエルのシールドはヒルチャール暴徒の斧を受け止めることには成功する。しかし、ノエルはヒルチャール暴徒の斧の威力を抑えきれずにじりじりと押されていく。

ヒルチャール暴徒の斧の勢いが強くて、ノエルの足は地面から離れていきそうになる。ノエルはそのことに焦りを感じつつも、どうにか踏ん張って耐えきろうとする。

 

「ボホォッ!!ボフォォッッ!!」

 

「くっ!?」

 

更にヒルチャール暴徒はノエルのシールドを破壊しようと斧に力を籠める。ノエルの表情に段々と余裕が無くなっていく。

 

ノエルは歯を食いしばりながら必死に堪えるが、このままではノエルのシールドが破壊されてしまうだろう。

 

「ボフォォッ!!」

 

「っ!?」

 

そして、ノエルのシールドにヒビが入り始める。

 

「ノエルお姉ちゃん!!」

 

クレーはノエルの背中に向かって叫ぶ。

 

「っ!!…私は大丈夫です!!絶対に守り切ります!!」

 

ノエルは叫んだ。しかし、その時であった。

 

「ボフォォッ!!」

 

「くっ!?」

 

ノエルのシールドが破られ、ヒルチャール暴徒の斧がノエルに差し迫る。

 

「ぁぁっ!?」

 

「っ!?」

 

クレーは叫び、ノエルは目を見開く。

 

「私は…まだ、皆様を___」

 

ノエルは何かを呟く。

 

刹那、ノエルの意志に呼応するかのように、ノエルの神の目が盤石の色の如く、銅のようなあかがね色の輝きを放ち始めた。

ヒルチャール暴徒がそのままノエルに斧を振り下ろそうとした瞬間、ノエルの周囲に黄金の粒子のような物が溢れ出し、その粒子はノエルの大剣へと集まっていき、大剣が粒子を吸収して凝集するように大剣が光輝いていく。

 

「ボフォッ!?ボフォォッ!!」

 

ヒルチャール暴徒は目の前でノエルに何が起きたのか理解できず、僅かに動きが鈍る。しかし怯むほどではなかったようでそのままノエルに斧を振り下ろす。

 

「やぁっ!!」

 

ノエルは大剣を振るう。

 

「ボフォォッ!?」

 

ノエルの大剣とヒルチャール暴徒の斧がぶつかり合い、ヒルチャール暴徒は衝撃に耐えきれず斧ごと弾き飛ばされる。

 

「ノエルお姉ちゃん!!」

 

「ここは私に任せてください!!」

 

ノエルは自身の背中にいるクレーに向かって叫ぶと同時に、盤石の力を凝集した大剣を横に薙ぐ。

 

「やぁあああっ!!ふぅうっ!!たぁあっ!!」

 

「ボッフォッ!?ボフォッ!?ボホォァッ!?」

 

ノエルは大剣を振るった。すると、大剣から黄金に輝く斬撃がヒルチャール暴徒に叩きつけ、ヒルチャール暴徒は後退しながらダメージを負っていく。

そして、ノエルは今までの仕返しと言わんばかりにヒルチャール暴徒を追撃し、ヒルチャール暴徒が体勢を立て直す前に斬りかかり、ヒルチャール暴徒はノエルの猛攻に対応できず、そしてノエルの振り上げた大剣をもろに喰らってしまう。

その一撃によってヒルチャール暴徒は吹き飛ぶ。

 

「っぅ!!行けぇ!!」

 

そしてヒルチャール暴徒が吹き飛んで宙に上がると、クレーが右手を上げると同時にクレーの周りを漂っていた本のページがぴたりと止まって、先ほど放った時と同じクローバーの形をした赤い魔法陣がクレーの頭上に現れる。その次の瞬間、クレーの上空に出現した赤いエネルギーが渦巻き始め、そしてクレーの手がヒルチャール暴徒に向けられると、ヒルチャール暴徒に向けて一直線に伸びて行き、それがヒルチャール暴徒に直撃する。

 

「ボッフォッ!?ボフッ!?ボフォ!?ボフォッ!?」

 

その攻撃はヒルチャール暴徒に大ダメージを与え、それだけでは終わらずにヒルチャール暴徒は木々をへし折りながら吹っ飛び、やがてそのまま地面に落下すると共に勢いそのままに地面を転がっていく。

 

「ボフッ…ボフォッ」

 

そしてようやく地面を転がっていたヒルチャール暴徒が止まると、身体からは白い煙が立ち上り、ヒルチャール暴徒は立ち上がるそぶりを見せる。だが、ヒルチャール暴徒はフラついていて今にも倒れそうであった。

 

「ふっ!!はっ!!ノエルによくもやってくれたわね!!」

 

「ボフォッ!?ボフゥッ!?ボフォァッ!?」

 

刹那、そのフラついているヒルチャール暴徒の元にエウルアが大剣を掲げながら駆け寄り強襲する。ヒルチャール暴徒は強襲してきたエウルアの前に斧を構えるが、エウルアは構わずにヒルチャール暴徒に突進し、そのまま猛攻を浴びさせていく。

 

「「ぇっ!?」」

 

ノエルとクレーは目を丸くして驚き、そしてそのまま周囲を確認する。

 

「二人とも大丈夫か!?」

 

「だ、旦那様…」

 

「っぅ、何とか大丈夫です」

 

ノエルが守ろうとしたアカツキワイナリーの者達二人はディルックが駆け寄り、二人の様子を確認しつつその場から退避させようとしていた。

 

「ここは危険です!!落ち着いて清泉町の方に避難してください!!」

 

「落ち着いて!!慌てずにお願いします!!皆様方の安全は我々西風騎士団が保証しますので!!」

 

「はい!!分かりました!!」

 

「騎士団さん!!ありがとうございます!!」

 

「落ち着いて避難してください!!大丈夫です!!…よし!!これで何とかなりそうだ!!」

 

「団長!!一般人達の避難は間もなく無事に終了します!!」

 

「分かった!!このまま避難の継続と周囲の警戒を!!また一般人の中で混乱の際に怪我した者がいる場合は清泉町にて簡易的な治療!!そして、重度な怪我の可能性のある者はモンド城に連れて行き、そのまま教会まで搬送を!!」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

またジンは騎士達に的確な指示を出しつつ、周囲の警戒をしていた。そして周囲で混乱していた一般人達も落ち着きを取り戻して避難を行い、残りの者達であるジンの指示を受けた騎士達が、歩けなくなった者達の応急処置や、彼らを背負ってを運び出したり、指示通りに更なるヒルチャール達の襲撃が来ないかを警戒していた。

 

「…ふぅ」

 

そして、その様子を見ていたノエルはホッと安堵の息を漏らす。

 

「「ノエル!!クレー!!」」

 

「アンバー先輩、アルベドさま」

 

「アンバーお姉ちゃん!!アルベドお兄ちゃん!!」

 

そしてそこにアンバーとアルベドが駆けつける。

 

「クレー、大丈夫かい?それにノエルは?」

 

「ノエル!!クレー!!大丈夫!?」

 

「うん!!クレーは大丈夫だよ!!」

 

「アンバー先輩、アルベドさま、私は大丈夫です。ありがとうございます」

 

アルベドが心配そうな表情を浮かべながらクレーとノエルに声をかけ、アンバーも二人の身を案じるように声をかける。そしてノエルは感謝するように微笑みかけ、三人はそれぞれ無事を確認し合うように互いの安否を確認する。そしてノエルはエウルアとヒルチャール暴徒の方に視線を向けた。

 

「ボフォッ……」

 

「ふぅ……どうやらこれで本当に終わったようね」

 

エウルアは完全に倒れ伏したヒルチャール暴徒、また周囲に他のヒルチャール達が居ないことを確認すると一安心したのか大剣を背中に仕舞い込む。

 

「…良かったです」

 

 

「…良かったぁ」

ノエルはエウルアの様子を見て胸を撫で下ろし、クレーは心の底から嬉しそうに声を上げた。

 

「…」

 

そしてクレーが崖から駆け降りてから全ての顛末を見た崖の上にいるレザーは、どこか安心したかのような表情を浮かべつつ、何かを考えるかのような様子を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

「…」

 

月光の夜空が広がるとある日、青白い光が草原を照らすその場所、奔狼領に隣接しているとある高台の草原にて、レザーが一人岩に腰掛けながら、目の前に広がる景色を眺めていた。

 

「…」

 

だが、レザーのその瞳には特に何も映っておらず、ただボーっとしているように見え、また彼は何かを考えている。もしくは何かに悩み続けているように見えた。

 

「よぉ、坊主。久しぶりだな。こんな所に一人だとは珍しいじゃないか」

 

「…ファルカ」

 

レザーは背後から近づいてきた気配に気づき、振り返るとそこには西風騎士団の大団長、ファルカが立っていた。

 

「隣良いか?」

 

「…ん」

 

ファルカはそう言いながらレザーの隣に座る。

 

「…坊主、どうした?いつもなら『ルピカ』と共にいるはずだが。こんな所に一人でいるなんて…レザー、お前らしくないじゃないか?」

 

「…」

 

隣に座ったファルカは不思議そうに問いかけるが、しかしレザーは何も答えず黙っていた。

 

「まあ、いいか。別に『ルピカ』に追い出されたり、喧嘩したわけでは無いんだろう?」

 

「…」

 

レザーは無言で俯きながらも、同意するように小さく首を縦に振った。

 

「そうか、妙な心配をしたがそういう事ではないんだな…なら、良かった」

 

ファルカはそう言って頷くと、岩に腰掛けるのを止めて立ち上がる。

 

「…レザー…取り合えず、今すぐ___」

 

「…ファルカ!!」

 

「___っ!?…うん?どうしたんだ?レザー?」

 

ファルカはレザーに何かを言おうとしたが、そこに何かを決心したレザーが突然大声で彼の名を叫んだ。

 

「…オレに教えてくれ」

 

「…?何をだ?」

 

レザーは真剣な眼差しで、どこか決意を込めたような口調でファルカに問いただした。

 

「オレ、人、なのか?それとも『ルピカ』と同じ狼なのか?…そして、強くなるには、西風騎士団の、あの騎士達、あの日のクレーやノエル、ディルックやジン、アルベドやアンバーと言った騎士達、そして大団長、ファルカ、オマエみたいな強さを得るには」

「……何があったか知らないが、どうしてそんなことを、そして強くなりたいと思ったんだ?」

 

ファルカはそんなレザーの質問に対して、まず理由を問う。

 

「それは…」

 

レザーは口籠る。だが、直ぐにその理由を口にする。

 

「……オレ、弱い、いつも、『ルピカ』達の足を引っ張っている」

 

「……ふむ」

 

「オレ…狼じゃない、だから狩りの時にはいつも『ルピカ』達の足を引っ張る。かといって人らしく振る舞う事も出来ないし、人、それをよく知らないし分からない。オレ、中途半端。それに…」

 

レザーはそう言うと悲しげな表情を浮かべながら、言葉を続ける。

 

「オレ、何度もヒルチャール達に襲われている『ルピカ』達を助けようとした…だけど、その度に他の『ルピカ』達の邪魔になったり、オレ、逆にオレがヒルチャール達に襲われる。オレ、ルピカを守れない、守られる、守られ続けている。オレ、役立たず」

 

「……」

 

レザーはそう言い切ると、どこか悔しげに拳を強く握り締め、そして歯噛みをした。

 

「……それで、強くなりたいと?」

 

「……あぁ。オレ、あの日見た。西風騎士団の騎士達、そしてその西風騎士団を率いているファルカのような力を、ヒルチャール達を圧倒することが出来るほどの力を。そして『ルピカ』達を守ることが出来るほどの力を!!」

 

レザーはそう言い切ると、まるで懇願するかの様にファルカを見つめた。

 

「……そうか、坊主、お前はそう考えていたのか」

 

ファルカはレザーの話を最後まで聞くと、腕を組みながら考え込む。

 

「坊主。いや、レザー……。お前が『ルピカ』を守りたいという気持ちは分かった。……だがその上で、敢えて言っておく…力を求めて努力したとしても、誰もが俺達のような力を得られるとは限らない、それに『神の目』が無ければそもそも元素の力を操ることすらできない」

 

ファルカはそう言いながら、自身の氷の神の目を手に取る。

 

「…分かってる」

 

そしてファルカのその言葉を聞いたレザーは、どこか残念そうな様子を見せる。

 

「…『人は”守るべきもの”があると強くなれる。そして、何が起きても”決して諦めないという覚悟”を決めた時に、人には想像を絶する力が宿る。そうして、どんな困難にも陥った時でも、”自分がやる”と決めたのならば、その瞬間から何事にも負けない力を持つ』」

 

「…ファルカ?」

 

ファルカはまるで自分に言い聞かせるかのように、何かの詩のような一節を口にした。

 

「ははは…レザー。これは、俺の先代の大団長、そして俺の知り合いのとある璃月人、いや’あんちゃん’は璃月人というか、璃月に住んでいて、そして璃月七星の元で働かされている”あんちゃん”の言葉だ」

 

「…”先代の大団長”?そして、璃月の”あんちゃん”?」

 

ファルカはそう言って苦笑すると、レザーにそう言った。

 

「ああ。…坊主、俺の昔話に興味があるか?俺がこんな役職に付くまでの、そして俺が神の目を手に入れた時の事を聞きたいか?」

 

「…あぁ、聞きたい」

 

ファルカの問いかけに対して、レザーはすぐに肯定の意を示すように首を縦に振った。

 

「あぁ、分かった。そうだな、簡単に説明すると…そうだな」

 

ファルカはそう言うと、どこか昔を懐かしむような遠い目をしながら語り始めた。

 

「__俺はな。元々騎士団じゃなくて冒険者にでもなろうかとも考えていたんだ」

 

「……そうなのか?」

 

ファルカの口から語られた衝撃の事実に、レザーは思わず目を丸くした。

 

「あぁ、そうだ。冒険者になって、様々な宝を手に入れたり、様々な所を旅してみたり、そして七国を見て回ったりしたいと考えていた。…だが、俺の親父が、騎士団の人間でな。俺の親父は騎士団の中でも決して上の立場という訳では無かったが、それでも一人の西風騎士団の騎士として立派な人物だった。だから、そんな親父の姿を幼い頃から見ていたせいなのかは分からないが……気が付けば、俺も騎士になる道を選んでしまっていた…亡き親父、最後まで西風騎士団の騎士として、強き者達を挫き、弱き者達を守り続けるという、それを最期まで貫き通し続け、最終的には西風騎士団の一人の騎士として殉職した親父が残した手紙…親父の遺言に書かれていた言葉に従ってな」

 

「……」

 

ファルカはそう言うと、自分の胸元に手を当てながらどこか寂し気に微笑み、レザーは真剣な表情を浮かべるとファルカの話を聞き続ける。

 

「だから、本当は冒険者になろうかと考えていたが、その親父の遺言に従って、西風騎士団に入団したという訳さ。それに、騎士団の活動を通じて宝盗団等の悪人達を捕まえて、その宝物を押収すればその宝物は騎士団の物、つまりは考えようによっては騎士団である俺の物になるという事にもなるから、まぁ悪い話じゃないと思ったんだ。…だが騎士団の人間として過ごしていた俺は気づいた。本当の宝物は宝石とやモラという類では無いという事を。…レザー、お前は何だと思う?」

 

「本当の宝物…?」

 

レザーはファルカの質問に考える。だが、その問いの答えが出ず、首を傾げた。

 

「ファルカ、分からない。なんなんだ、それは?本当の宝物は?」

 

「ははっ、それはだな。人々の笑顔だよ。何気ない日常の幸せ、酒を飲みながら馬鹿騒ぎする者達の笑顔、友人共に過ごしている時の幸せな笑顔、吟遊詩人達の紡ぐ物語を聞いている時の笑顔、恋人と共に居る時の幸福感に満ちた顔、家族と過ごす暖かで幸せそうな顔、夢を追いかけて頑張っている時の眩しい笑顔……。それこそが宝石やモラ等より本当の宝物、守るべきもの、守らなければならない宝物だと俺は思ったんだ」

 

「……人々の、笑顔」

 

レザーはファルカの言葉を聞いて、何かを思い出すかのように視線を落とす。

 

「あぁ、そうだ。そうして、それらを護る為に俺や俺達西風騎士団がある。例え何があっても、どんな困難にも陥った時でも決して諦めない覚悟と、自分達が必ず守り抜くのだという強い決意を抱いてな」

 

「…守るべきもの、決して諦めない覚悟、そして自分がやり遂げると決めたのならば、その時点からいかなる物にも負けない力を得られる…か」

 

レザーは呟く。そして、あの日の出来事、清泉町で人々を守ろうとした西風騎士団の者達と人々を襲おうとしたヒルチャール達、そしてあの場にいたノエルとクレーを思い出す。

 

「…」

 

ノエルのエメラルドのような綺麗な瞳に宿していた、決して一歩たりとも引かないという『不屈』という『覚悟』の意志に、ノエルの背中にいたアカツキワイナリーの者達二人を守るために、決して自ら敵うわけではないのにも関わらず、それでも決して折れる事のない固執の『信念』の元、勇猛果敢にも獰猛な巨大な斧を手にしていたヒルチャール暴徒に対峙し恐れることなく戦っていたノエルの姿。またクレーの燃えるような紅の瞳に宿していた、ノエルを必ず助け出すという強い『決意』の意志、また何かを間違えれば大変なことになりかねないにも関わらず、ノエルを助ける事に『執心』して、崖を駆け降りながらヒルチャール暴徒にレーザーを放ったり、ノエルと共にヒルチャール暴徒を相手取った勇気を見せて、幼いながらもノエルを守る事に『執念』を燃やしながら、勇敢に戦ったクレーの姿を。

 

「…成程」

 

レザーは納得したかのように小さく、そして力強く頷いた。

 

「あぁ、そうだ。そうして、騎士団に入団した後の俺は、騎士団の中で様々な任務をこなした。俺がしてきたのは主にモンド城内やモンド城外の見回り、盗賊団やモンドの治安を乱す悪人達の捕縛、また人々を襲っている魔物達やヒルチャール達の退治。それらをしてきたんだ。そして、そのような毎日をこなしていたら、俺の日頃の活動、特に悪人退治、それに魔物やヒルチャール等の退治関連が騎士団の中でも評価されたのか、俺は騎士団の中でいつの間にか隊長に抜擢されて、その役職に就かされていたよ。…俺は全く嬉しくは無かったけどな」

 

ファルカは苦笑しながらそう言った。

 

「ファルカが隊長に……」

 

「あぁ、そうだ。俺も最初は断ったさ。俺は親父みたいにモンド城内やモンド城外で見回りをして、そこに住んでいる人やそこで過ごしている人々を見守る仕事に就く事で、彼らを直接俺自身の手で守りたかったし、それに仕事をしながらそこの住民やモンドにやってきた商人達と面白おかしい話をするのが面白くて楽しみだったんだ。そんな仕事を辞めたくはなかったさ。…だが、騎士団の連中は、俺が普段から一人で遭遇した魔物達やヒルチャール達の集団の全てを殲滅をしてきたこと、それに悪人達全員を一気に捕らえた功績を高く評価してくれたようでな。それでそのような実力であるのだから、かつての俺の親父のような一般の騎士ではなく、隊長として騎士団を引っ張っていけるだろうと言われてしまったんだ。だが、俺としては正直勝手にそんな事を言われても困るし面倒くさかったから、毎回彼らに、いきなりそんな事を言われても困るし、俺は今まで通りに普通の一般の騎士と同じように人々を見守っていく方が性にあっていると言って、毎日拒否して断っていたんだ。だが……ある日の事だった」

 

「……ある日?」

 

「あぁ、その日、まさかの大団長、先代の大団長本人のあの人まで出てきて、更には先代の代理団長達まで出てきたものだから、流石にそこまでされたらもう断り切れなくてな。……結局、俺はその抜擢を受け入れざるを得なかった訳だ」

 

「……」

 

ファルカは肩を落として項垂れると、レザーはその話を聞いて思わず黙ってしまう。

 

「…そうして、その次の日から遂に騎士団の隊長になってしまった俺は……。まぁ、それからが大変だったな。今までのモンド城内やモンド城外の見回り、そして悪人や魔物退治とは違って、今度は西風騎士団本部で自分に割り当てられた部下の育成や管理、そして俺の隊の騎士達の命令や指揮等々……。まぁ色々とやって、周りの助けを得ながら何とかやってきて、その時に隊長として求められていた事をやりつつ、そして先代の大団長を見習って冷静沈着で物腰柔らかに振る舞い、合理的に物事を考え、そうして時には必要であれば、躊躇いなく俺の部下である騎士達に非情な判断を下して、わざと危険目に合わせる…そのような事をしてきたんだ」

 

ファルカは疲れ切ったように大きく溜息をついた。

 

「…ファルカ?」

 

「…いや、大丈夫だ」

 

レザーは心配そうな表情でファルカを見つめるが、ファルカは首を横に振った。

 

「まぁ、俺は本当は俺自身がやりたい事とは違う事をして、何とか頑張りながら、それこそ自分を偽りながらもやって来たおかげで…何を考えているのかが分からないと恐れられながらも、それでも他の者達から頼りになると思われて、信頼され、慕われているようになったさ。……何度も、自分自身を見失いそうになりながら、自分が何者なのかを忘れそうになりながら……だが、そんなある日のことだ」

 

「…どうしたんだ?」

 

ファルカはレザーの問いに対して、一瞬だけ辛そうに顔を歪める。しかしすぐにそれを振り払うかのように、ファルカは大きく深呼吸する。

 

「……俺が隊長になってから暫く経って、ようやく一人の隊長として認められてきた時のことだった。その時に先代の大団長である、あの人が急死したんだ」

 

「なに?」

 

レザーは驚いた様子を見せた。

 

「…死因は詳しく分からん。だが、急死する前の一か月前は遠征を行っていてその時に軽い怪我をしていたという事だ。それがきっかけであるんだと思う。…あんなに元気そうにしていたのに、突然に亡くなったと聞いた時は本当に信じられなかったよ。…あの人が亡くなる前日、俺はあの人と普通に世間話等をしていたのによ…はぁ、それに殉職という訳ではなくて、突然死だったという事も相まって騎士団にも酷く動揺が走り、モンド城だけでなくモンド中で大騒ぎになった。当然俺もその報せを聞いた瞬間に、自分の耳を疑ってしまったよ。そして、あまりにも衝撃的過ぎたのか、頭が真っ白になってしまって、しばらく何も考えられなくなってしまったさ」

 

ファルカはそう言うと、どこか遠くを見るような目つきをした。

 

「ファルカ……」

 

レザーは悲しげな表情を浮かべる。

 

「すまん。話が逸れたな。それでその後、俺が騎士団の隊長として出来る事は何かと考えたら、まずは混乱している自分の隊の騎士達を落ち着かせて纏める事だと考えて俺の隊の騎士達を落ち着かせた。そしてその上でそのまま先代の代理団長の指示に従って、何とかこの現状を立て直そうと思った。だが、肝心の代理団長も酷く動揺して混乱してしまったようで、まともに指示を出す事が出来ないでいたんだ。それでこのままでは本当に不味いと思って、俺は独断で俺の隊を独自に動かして、自分達なりの判断で行動を開始したんだ。…その時はまさかあの人がいきなり亡くなったとはいえ、こんな事になるとは思っていなかったから、俺もだいぶ焦っていたんだろうな。俺達はとにかく先代の大団長であったあの人の死によって騎士団全体が混乱してしまわないように、そしてモンド中が騒乱にならないように必死に頑張ったさ」

 

ファルカは自嘲するように笑みを浮かべて言った。

 

「ファルカ…凄いな……」

 

「いや、全然凄くは無いさ。…だが、結果としてそれは上手くいった。先代の大団長が死んだ事でモンド中は騒然となったが、それでも何とか騎士団が纏まり、またモンドの人々の混乱を最小限に抑えられた。そして全てが無事に終わって落ち着いた頃に、あの人の西風騎士団の組織再編や改革、そしてあの人の葬儀の準備が始まったが…」

 

ファルカはそこで一旦言葉を区切る。

 

「…あの人が亡くなった事で、あの人の代わりになる存在が必要だとなった。それで例年なら先代の大団長の座に、代理団長が就くはずだったんだが、あの人が亡くなった時に代理団長は動揺して混乱していたとはいえ、ちゃんと指示を出すことが出来なかった事。それに代理団長本来の役割である騎士団の統率を果たすどころか、そもそも代理として相応しい人物であったのかという指摘もあった事もあり、代理団長は責任を取らされて解任。そしてこのままでは西風騎士団を纏める者がいないという事で騎士団は頭を悩ませたかつ、また空いてしまった大団長の座や代理団長の座を巡って、それぞれの隊長達、またその他の騎士達が争うのではないかと恐れられたんだ…俺達は静観していたがな」

 

ファルカは真剣な表情でレザーに説明をする。

 

「そんな状況の中、とある日に騎士団達が先代の大団長の部屋の遺品整理をしていた時だった。その時、あの人の机の引き出しの中にとある手記が見つかったんだ。そうしたら、その手記の最後には何が書いてあったと思う?……その最後にはこう書かれていたんだ」

 

ファルカはレザーの方へ顔を向ける。

 

「『ファルカ、私と初めて会った時に比べて随分と立派に成長したものだ。正直、私の想像以上だ。それに彼は隊長に昇進し、遂に一人前の隊長になるまで時が経ったのにもかかわらず、相変わらず彼の瞳は真っ直ぐで曇りが一つも無く、その輝きは一切失われていなかった。やはり、私の目に狂いはなかったかもしれない。いつか、彼にこう言いたいものだ。‘ファルカ、好きにやれ。そして、私のやり方や考え方を真似る事、私と似たような振る舞いをするのもいい加減にやめるんだ。君の思う通りにやってみろ、君らしくな。そして、我らの西風騎士団を引っ張っていけ’……まぁ、今の彼が聞けば嫌がるだろうがな』……と」

 

ファルカはそこまで言うと、一度深呼吸をして言葉を続ける。

 

「…俺はそれを知った瞬間に酷く困惑した。なんて言ったってその時の俺は、俺が隊長であるが故、当時の不甲斐ない俺のせいで、万が一俺のせいで、部下である俺の隊の騎士達にまで迷惑を掛けてしまった事を考えると、とても怖かったんだ。だから俺は他の隊長達のやり方や考え方、そして騎士団の人間全員に認められていたあの人のやり方や振る舞いを見習って、決して俺の隊の騎士達に迷惑をかけないようにするために、それを実践していたんだ。…それこそ、隊長になってからは、なる前の本来の俺を偽りながらな。……なのに、あの人は俺に、俺の本当の姿を晒せと言ってきたんだ。その事に俺は酷く動揺してしまったよ。今までのを投げ捨てろと…」

 

ファルカは悲しげな表情を浮かべてそう言った。

 

「ファルカ……オマエ……」

 

「…それに、一部の隊長達や上層部の人間は俺の事を良く思っていなかったようで、あの手記の最後に書かれていた一文の内容は、実は嘘ではないか、俺が書いたものではないかと疑い、俺に激しく漫罵する者もいた。だから、俺自身も酷く悩んださ。あの人の遺言ともいえる言葉を無視すればいいのか、それともあの人の言う通りに従うべきかを」

 

ファルカは苦笑する。

 

「だが、結局のところ、そんな話はすぐに消えた。何故なら、そもそもあの手帳が入っていた場所には鍵が掛かっていて、その鍵が無ければ開けられない。そして、その鍵は生前のあの人が常に肌身離さず持っていたものなんだ」

 

ファルカはレザーの方に視線を向ける。

 

「つまり、あの人自身、あの人の意志で書いたことになる。その結果に、少なくとも他の隊長達は納得し、俺に対して暴言を浴びせた奴らは黙ったよ。それどころか、俺に暴言を浴びさせていた者達や非難していた者達に、逆に普通の一般の騎士達、それどころかモンドで俺の事を知っていた住民達や訪れていた知り合いの商人達が、その者達に対して激しく糾弾してくれたんだ。そして俺への罵倒は完全に止み、むしろその逆になってしまった。……そうして、それがきっかけで俺が大団長に就任することで話は纏まって、就任式の準備が始まったんだ。…そして就任式当日、俺が壇上に立って西風騎士団の騎士達の前で演説している最中…俺は、ようやく決断することが出来た」

 

「…決断?」

 

「あぁ、そうだ。決断だ」

 

ファルカは真剣な表情でレザーを見る。

 

「……俺は決めたんだ。あの人の遺志を尊重し、あの人の言う通り、そしてあの人の想いを引き継ぐことを」

 

ファルカは真剣な表情でレザーを見つめる。

 

「あの人の遺した言葉、それは俺自身の意志で俺の思うように、俺らしく西風騎士団を引っ張っていくという事。……それは俺の今まで振舞い、そしてこれからも振舞おうとした“西風騎士団の大団長という厳格な人物かつモンドの希望の象徴であるため、現実的で常に冷静、時には必要であれば非常な判断をする事すらする男”ではなく。それらを引き継いでもなお、継承しながらでもなお、自分の気持ちに素直になって、自分自身の意思で行動する。…つまり本来の俺である、俺がかつて憧れていた“少年の心を持ち続けた冒険者のように、時には隠された秘宝を探すために数多の危険を冒し、また時には弱い人や困っている人を助ける為に魔物達を討つような自由人でかつ、熱い心を持った男”、そのような理想的な自分を…な…」

 

ファルカはそこまで言うと、一度大きく息を吸う。

 

「それが、俺の答えだ。…これは、自分でも酷すぎる『二面性』や『矛盾』を抱えていると思った。だが、それでも俺は、そのそれらを受け入れて、自分を偽るのを辞めると決意し、俺は俺らしく振舞ってこの西風騎士団を引っ張って行ってやると『決断』したんだ。俺の話を聞いている騎士一人一人の顔を見ながらな…そうして、騎士達の前で演説を終わらせようとしたら…」

 

ファルカはそこで区切ると、自身の”神の目”を手に取った。

 

「…そうしたら、何故か分からないし、何が起きたのかはさっぱり覚えてない。だが気づいたら、いつの間にかこの”氷の神の目”が俺の手から現れていて俺はそれを握っていたんだ…それが、俺の昔話。俺がこんな役職に付くまでの、そして俺が神の目を手に入れるまでの経緯だ」

 

「…成程」

 

レザーはファルカの話を聞き終えると、頷いて何かを考え込むように腕を組む。話を聞いていて何か思うところがあるのか、少し難しい顔をしていた。

 

「…ファルカ、ありがとう。…ファルカは、先代の大団長のその人に会いたいか?」

 

「あの人か?あぁ、もちろんだ」

 

ファルカは即答した。

 

「会えるなら会いたい。俺が今の俺、最終的に大団長となった俺をここまで導いてくれた人とも言えるし、あの人は俺の師とも言える。それにあの人にはしっかりとお礼が言えてないし、色々と言いたいことや話したい事もあるからな。…もしも、出来るならば死んでしまったあの人にもう一度会う事が出来るなら、あの時言えなかったことを伝えたい…」

ファルカはそう言いながら空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その時であった。

 

「なるほど。ならば、我々が貴様をその人の元に送り届けてやろう」

 

「っ!?誰だ!?」

 

「っ!?…ほぉ」

突如、どこからともなく男の声が聞こえてきた。

 

レザーが警戒するように声を上げると、ファルカは驚いたように周囲を見渡し、そしてどこか感嘆するような声で呟く。

 

「…アビス教団か?」

 

ファルカはその男の声に問いかける。

 

「如何にも」

 

ファルカの言葉に対し、男は肯定する。

 

すると次の瞬間、ファルカとレザーの目の前に、深淵のような紫色の空間が現れ、そこからその男の声の主、その者達が現れた。

 

「…ようやく、ようやくこの機会が訪れた」

 

「…我々はこの時を、ずっと待っていた」

 

「…西風騎士団大団長、ファルカ。覚悟しろ」

 

「…我ら、アビス教団が貴様の最期に相応しい名誉ある死を与えてやる」

姿を現した者達の姿。それは、まずその男の声の主の前や斜め前に浮遊する杖を手にしたアビスの炎、水、氷、そして雷の魔術師達がファルカとレザーを見据え。

 

「ンゥゥッ…!!」

 

「ンォォッ…!!」

 

そして男の声の主の真横に立つ、まるで大地を震わすような唸り声を上げながらファルカとレザーを見つめる、その身に豊富で不動な岩元素エネルギーを蓄積し続けた事によって巨人化したかのようなヒルチャールと、その身に莫大で霹靂のような雷元素エネルギーを累積し続けた事によって巨大な肉体と化したヒルチャール、それぞれヒルチャール・岩兜の王とヒルチャール・雷兜の王が、まるでファルカとレザーを睨みつけるかのように見下ろし。

 

「「ボフォォッ…!!」」

 

「「ブフォォッ…!!」」

 

そしてその二体の王者達のヒルチャールに付き従うように斜め後ろに控えている、それぞれ巨大な斧を手に持った二体のヒルチャール暴徒と、大きな盾を手にした二体のヒルチャール暴徒が雄たけびを上げながら、見つめ。

 

「…大団長、ファルカ。我ら、アビス教団の妨げとなる者よ。まさかこんなところ、一人でいる時に遭遇するとは思わなかったが……お前には、我らの崇高なる計画の為、今ここで朽ち果てて貰う」

 

最後に、その男の声の主である物々しい全身鎧の騎士風の出で立ちをした人形の異形の怪物の姿をしたその者、アビスの使徒がファルカにそう宣告を行った。

 

「…成る程、お前か。ヒルチャール達を操って俺達のモンドを襲わせていた張本人、というわけか」

 

ファルカはそう言いながら、アビスの使徒を見つめる。

 

「そうだ。それは、我らの復讐のため。その為の我らの計画を実行するため。それらは、この七神の支配するこの世界を打倒するため…そうして!!」

 

アビスの使徒はそこまで言うと、一度区切る。

 

「我らにこのような屈辱を味合わせてくれた、全ての元凶である『天理』を下し!!そして奴の定めたこのテイワットの理を根底から覆す!!言うなれば、この愚かな『テイワットシステム』を完全に破壊するためだ!!」

 

アビスの使徒は、まるで己の目的を語るように叫んだ。

 

「…お前の言っていることは、さっぱり分からん」

 

それに対してファルカは、アビスの使徒の言葉を一刀両断する。

 

「ふんっ、そうだろうな。七神の庇護下にあるお前達、そしてのうのうとその理という檻の中で生きている、愚か者達には何も分かるまい」

 

「檻か…そうだな、お前の言う通り俺や俺達には、お前の言っていることは全く分からないし、理解できない。…だが、一つだけ分かった事、そして理解できたことがある」

 

「…ほぉ?何だ?」

「あぁ、それはだな。お前の言う『天理』や『テイワットシステム』が何なのかはよく分からん。だが、お前達がその計画のために、この世界に復讐する為に、今を生きている俺達を害しようとしていることだけははっきりと分かった」

 

「…ふっ、愚かだな。まぁ、今を生きている貴様らにとっては、何の理由もなく害されようとしていると思われても仕方がない。だが、我々の数百年の屈辱や雪辱を晴らすには、それ相応の犠牲が必要なのだ」

 

「相応の犠牲か…はんっ、そのために俺達、俺達のモンド、いやそれどころかこのテイワット大陸をヒルチャール達やアビス教団が活動、暗躍していたという事か」

 

「その通りだ」

 

アビスの使徒はファルカの言葉に同意するように答える。

 

「…っ」

 

そして、ファルカとアビスの使徒が話しあいながらも互いに相手の隙を探るかのように睨みあう中、ファルカの横にいたレザーは怯え身体を少し震わせながら、静かに息を飲む。

目の前にいるアビスの使徒。その者はファルカの言うアビス教団の中でも、恐らくトップ、もしくは幹部クラスといっても良いほどの人物であろう事はレザーは理解していた。そして、ファルカとアビスの使徒の会話でヒルチャール、自分やルピカ達の天敵とも言えるヒルチャール達を従え、束ねているのがアビス教団であると知り、そしてそのアビス教団のトップか幹部クラスの怪物が、今ファルカと自分の目の前に存在していることに、レザーは恐怖を覚えた。

 

「…成程な」

 

だが、そんな様子のレザーとは異なり、ファルカは一歩前に出て、アビスの使徒を見据える。その姿は威風堂々、そこに恐れなど一切なかった。

 

「…使徒様。あの者はどうしますか?」

 

「…あの少年はおそらくかつての魔神、“アンドリアス”の……」

 

すると、じっとレザーを見ていて、何かに気づいたアビスの氷の魔術師と雷の魔術師がそれぞれ使徒に話しかける。

 

「ふんっ、あの少年の事は気にするな。それよりも、目の前の男。目の前の化け物の事だけに意識を集中しろ」

 

「分かりました」

 

「承知しました」

 

アビスの使徒の言葉にそれぞれ氷と雷の魔術師は返事をした。

 

「ははっ、化け物か?俺がか?……確かに俺は強いかもしれない。だが、お前達の方がよっぽど化物に思えるぞ?」

 

アビスの使徒の言葉に対し、ファルカは笑みを浮かべながらアビスの使徒に向かってそう言い放つ。

 

「ふんっ、そうだろうな。……ならば、お前も我々と同じ存在になり、我々が歩んできた旅路を歩んでみればいい。さすれば、我々の言っていることも理解できるようになる。…もっとも、そうなったらこの世界に対しての恨み、そして絶望しか感じられなくなるがな」

 

「おぉ、怖いものだな」

 

ファルカはそう言いつつ、肩をすくめるような動作を行う。そしてその表情からは余裕のようなものを感じさせた。

 

「…………」

 

それに対し、アビスの使徒は無言のまま何も言わず、ただファルカのことを見つめていた。

 

「…ははっ、この世界に対しての恨みや絶望か。…まぁ、そんな事は良いだろう…おい、ここにアビス教団。しかもアビス教団の中でもかなり上の立場の者がここにいる。…ということは、そこにいるんだろう?__」

 

ファルカはそう言いながら、とある方向に視線を向ける。その視線の先にあったのは何一つ代わり映えの無い木であった。

 

「…まさか」

 

だが、アビスの使徒はファルカの意図に気づき、そして何かを感じ取ったのかファルカと同じようにその木の方向を見る。

 

「___ガイア」

 

「あぁ、いたぜ。随分と興味深い話を聞かせてもらったぜ」

 

突如、木の後ろからコインが定期的に弾かれる音、そしてとある男の声が響く。それとほぼ同時にファルカとアビスの使徒の前に男は姿を現した。

 

「貴様っ!?」

 

「お前っ!?」

 

「そこにいたのか!?」

 

「遂に姿を現したな!!」

 

アビスの魔術師達は姿を現したその男に驚き、声を上げる。

 

「ガイア・アルベリヒ…」

 

「おぉっ、アビスの使徒様に名前を憶えてもらってるとは光栄だぜ」

 

アビスの使徒の言葉に反応したその男、ガイアはニヤリと笑いながらそう言った。

 

「…」

 

そして、まるでファルカの背中に隠れるようにして、レザーは姿を現れたガイアの事を見た。ガイア自身はニヤニヤとしながらアビスの使徒やアビスの魔術師達を見ているが、アビスの魔術師達やアビスの使徒は警戒しているのが見て取れる。

 

「ははっ、相変わらずふざけた奴だな。ガイア」

 

ファルカはそう言うと腕を組む。

 

「おいおい酷いぞファルカ大団長。…だが、ここで大団長が来たという事は、そういう事か?」

 

「あぁ、そうだ'あんちゃん'のおかげだ。…ガイア、無理するな。もし、俺が来なかったら、どうするつもりだ?」

 

「ははは、そうだな。もしかしたらやられていたかもしれないな。…本当はこの場にアビスの炎の魔術師とモンドには珍しいアビスの雷の魔術師が同時に行動をしているということだから確認をするために、この場に来たが……まさか、それ以上に面白いことになっているとはな。……アビスの魔術師達にヒルチャー暴徒にそれぞれのヒルチャールの王、さらにアビスの使徒……。これは……本当に面白い。予想外にも程があるぜ」

 

ガイアはそう言うと愉快げに、そして自虐的に笑う。

 

「…ふんっ、ちょうど良い。ガイア・アルベリヒ、よく聞け。本来、我らはお前を抹殺するのが目的で、この場に来たのだが、今この場で機会を与えてやる」

 

すると、黙っていたアビスの使徒が口を開く。

 

「……機会だと?」

 

「あぁ、そうだ。…お前の本当の正体。それは我々がモンドに送り込んだスパイだ」

 

「…」

 

「っ!?」

 

ガイアはアビスの使徒の言葉に黙り混み、ファルカは思わず目を大きく見開き、驚愕して息を呑む。

 

「…」

 

そしてレザーも、アビスの使徒の言っていることはよく分かっていないものの、ファルカの反応からしてそれが何か、恐ろしい事、おそらく良くないことなのだと言うのは理解できたのか、不安そうな表情を浮かべる。

 

「…どういうことだ?ガイアがスパイ?…アビス教団の?…一体何の悪い冗談だ?」

ファルカは僅かに震えた声でそう言いながら、ガイアの方へと顔を向ける。

「…お前の使命はモンドに送り込まれたスパイとして情報を集めること、そして適切に我らの活動や暗躍をサポートし、必要に応じて報告をすることであった…」

 

「……」

 

アビスの使徒の言葉に対し、ガイアは何も言わない。

 

「……おい、答えろよガイア。……アビスの使徒の言っていることは本当なのか?」

 

「……あぁ、その通りだ」

 

「っ!?」

 

ファルカはガイアが肯定した事に驚き、思わず絶句する。

 

「…だがお前は我々を裏切り、そしてただの裏切りどころか、我々の同胞を殺していった。それだけではない。お前は我々の行動や活動の妨害も行い、お前が元々はこちら側の者と言うことも相まったせいで、無視することは出来ないほどの実害も出た」

 

「……」

 

アビスの使徒は淡々とガイアに告げるが、それに対してガイアは黙ったままである。

 

「…よって本来なら赦されることはない重大な大罪人、我らに歯向かった由々しき反逆者を処断するため我々はこの場に現れた。…だが」

 

アビスの使徒はそう言うと、ファルカの方にチラッと視線を向けた。

 

「もしも、お前がかつて見せていた忠誠心と使命を果たすという心意気が、まだお前の中に残っている事を、それを証明する事が出来たのであるとしたら、我々はお前を赦し、全ての事を水に流そう」

 

「っ!?」

 

「…へぇ?」

 

アビスの使徒の言葉にファルカは動揺し、ガイアは意外そうな声を上げる。

 

「…どうだ?ガイア・アルベリヒ」

 

「……」

 

アビスの使徒はガイアの方を向き、そう尋ねる。

 

「……」

 

それに対し、ガイアは少し考えるような仕草を見せた後、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「…それは、つまり。西風騎士団の大団長、ファルカ。この男をこの場で殺せと、そういうことか?」

 

「あぁ、そうだ。その通りだ。無論、お前一人では手に負えないかもしれないから、我々も手を貸してやる」

 

ガイアが確認するように言うと、アビスの使徒はそれに肯定するように縦に頷いた。

 

「…ふーん」

 

ガイアはファルカ、そしてアビスの使徒に視線を交互に送る。

 

「だが…もしもだ」

 

アビスの使徒はドスの利いた低い声でガイアに言葉を投げる。

 

「もしも、この場でお前がその男を始末することなく、ましてやその男と共に我らに歯向かうというのであれば、今度こそお前は絶対に赦さない。その時はお前は裏切り者として、我々はこの場で処断し、ここでお前は死んでもらう」

 

「成程な…つまり再び俺はお前達の元に戻って共に行動するか、それとも大団長や騎士団達と共にするかそういう事か」

 

「そうだ。…そしてもし、お前があの頃のような忠誠を誓い、そしてかつての使命を全うすると言うのならば、我らはお前の命を助けてやるし、もしもそれらを投げ捨てたというのであれば、我らはお前の命をこの場で奪う」

 

「……」

 

ガイアは無言でアビスの使徒の話を聞き、そしてしばらく考える。

 

「…」

 

そして、アビスの使徒とガイアの会話を聞いていたファルカは険しい表情を浮かべながら、ガイアのアビスの使徒への返答を待つ。

 

「…そうだな。俺は__」

 

ガイアは口を開く。

 

そして、ガイアがアビスの使徒への問いに対して、返答をしようとしたその時であった。

 

「ヤァッ!?」

 

「ヤァウッ!?」

 

「っ!?なんだ!?」

 

「今のは!?」

 

「っ!?」

 

突如、とある方向からヒルチャールの断末魔のような叫び声が響き渡り、アビスの使徒とファルカが同時に驚き、レザーは思わずビクつく。

 

「__あぁ、あいつが来たようだな」

 

そしてガイアは誰がこの場にやって来たのかを察したのか、そう呟く。

 

「…っ!?あの格好は!?」

 

「…っ!!あの姿!?」

 

「…あれは!?間違いない!!奴だ!!」

 

「…っぅ!!どうして、この場に!?」

 

叫び声の方に視線を向けたアビスの魔術師達は、こちらに向かって歩いてくるその男の姿を見て驚愕する。

 

「っ!?ディルック!?どうしてここに!?いや、それよりも!?その格好!?…まさか!?」

 

ファルカはその男の正体に気づき、そして何かに勘づいたのか驚きの声を上げる。

 

「…“闇夜の英雄”か」

 

アビスの使徒は静かにそう言い放つ。

 

「…」

 

そこにはアビスの使徒達に向かってゆっくりと歩く、普段の分厚い外套を着こんだ姿ではなく、彼の黒を基調とした落ち着いた雰囲気や低めのポニーテールから、より赤と黒からコントラストがはっきりした格好に、首元には首輪を身に着けていることでより活発的でワイルドな印象を抱かせ、高めのポニーテールにより彼自身の激越のような強き意志を表しているかのような姿。

 

「…ようやく、見つけられた」

 

モンドの夜に現れる、闇夜を烈火に染める紅き炎、その炎で悪意ある者達を例外なく、その業火を持って全てを焼き尽くしてきた男。

 

「…そうか」

 

悪人達が抱いた野望やその夢を等しく焼却してきた、人知れずモンドに蠢く闇の中を駆け抜けてきた一人の英雄。

 

「ここにいたのか_」

 

『レッドデッド・オブ・ナイト』。

 

「_アビス教団…!!」

 

闇夜の英雄、ディルック・ラグヴィンドが目を細めながらアビスの使徒に視線を向け、ファルカやレザー、そしてガイアやアビスの使徒を始めとするアビス教団の元に歩いて来ていたのであった。




尚、久しぶりにレザーの過去回が終了後に『神の目』関連(考察ネタベース)について、第二幕のエピローグ・アビス教団回が終了後に、現在の西風騎士団の状況や原作と本作との相違点(ファルカの簡単なプロフィール整理や、ガイアのカーンルイアのスパイ関連、また各西風騎士団のメンバー同士との関係についての整理)についての補足説明や解説を軽く行いたいと思います。

余談ですが、公式の発表から次のVer3.1の更新でどうやら『遊撃小隊の測量士“ミカ”』という人物がファルカ大団長からの手紙を持ってモンドに来るそうですね。
楽しみですね。
新キャラのミカもさることながら、ファルカ大団長に関しては本当に謎が多いので、この手紙の内容から何か新しい事実や真実(何の目的で大部隊を引き連れて遠征に向かっているのか、征服なのかそれとも調査なのか、またどこに向かったのか、どの方向か、どの国の近くなのか)が分かるかもしれません。(そうなると、個人的には本当に書きやすくなると思います)

また、それと同時に原神のアニメ化正式決定もおめでとうございます。
アニメ化に関してはufotable(鬼滅の刃をアニメ化した所)が手掛けるとの事みたいですね。現時点で分かっているのは長期プロジェクトという事くらいで、実際にアニメ化したらそれはまぁ、えぐいことになりそうくらいですね。
原神アニメのコンセプトPVが公開されていたので見てみましたが、見たら凄すぎて開いた口が塞がらず、飲み物を傾けすぎて服を少し汚してしまいました。

一体これからどうなるのかが分かりませんでしたが、アニメが完成して公開されるのが今から本当に楽しみですね。

追記1
・レザーの台詞が間違えていたので修正しました(お前→オマエ)

追記2
文字間隔の調整を行いました。


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北風騎士・闇夜の英雄・裏切り者“達”はアビスの使徒達と相対した件について

2万字を超えたので投稿。(察してください。結局終わりませんでした)。

実は本来なら、大雑把ですが一気にファルカとディルックの関係の話や、ファルカ達VSアビス教団戦(規模的には前哨戦)、そしてレザーがファルカから大剣と鉤爪が渡されるシーン、そしてレザーが神の目を手に入れる直前のシーンを描いた上で投稿する予定だったのですが、途中まで描いていて急展開になりすぎると思ったことや説明が不足しているのではないかと思ったこと、また展開上を考慮した結果、それなら最初から対アビス教団戦までをじっくりと書いた方が良いと考え、ここまでで投稿することとしました。

それに合わせ、前回はレザー視点だったのが、今回はファルカ視点を中心に物語が進行しています。

尚、今回は本編で主にオリジナル設定や要素、またネタバレが発揮しております。

そして後書きにておいてもネタバレや考察ネタが発揮され、そこで久しぶりに軽く少し解説(主にディルック、またガイアを中心に)を行いたいと思います。


「ディルック!!お前…っ!!」

 

「…ファルカ大団長」

 

アビスの使徒を始めとするアビス教団、そしてガイアがアビス教団のスパイであったという事が発覚し動揺していたファルカは、そこに現れたディルックの姿を見て更に信じられないというような表情を浮かべる。対するディルックは表情を一切変えることなくファルカをチラリと見ると、すぐに視線をアビス教団の方に視線を戻した。

 

「…おまえだったのか」

 

ファルカはそう呟きながら、ディルックの姿をまじまじと見つめた。

 

 

闇夜の英雄。

 

それはモンドを守る為に人知れずモンドの闇夜の中を暗躍し続けていた正体不明の人物の事であり、長い間西風騎士団がこの人物を探し続けてきたのだが結局見つけたり、その正体を明かす事が出来なかった人物だ。モンドを守る西風騎士団にとって、その人物の活動は利するものであるものではあるものの、その者の活動を認めてしまえば騎士団が独立した武装勢力の存在を認めるという事に繋がりかねない。

 

その事から、騎士団はその人物の正体を突き止めようとしたが、結局のところ西風騎士団の調査で分かったのは、闇夜の英雄は神の目を操る事ができる人物であること、また活動範囲はモンド城内やモンド城周辺ではなく清泉町やアカツキワイナリー等といったモンド領全域であるという事だけであった。

 

 

「…ディルック」

 

だがファルカにとってまさかその闇夜の英雄、その人物がこの男、ディルック・ラグヴィンドであったという事は衝撃的であった。

 

「…いや、そうだな」

 

そして数多の疑問がファルカの頭の中に湧いてきたが、すぐにその疑問が解決できたのか、納得したような顔つきになった。確かにそうだ。ディルックしかありえないはずだ。何故今まで気づかなかったんだろう。とでも言うように。そして、ファルカは今までの事。初めて会った時の事から今までのディルック、そして今は亡き彼についての事を思い出す。

 

クリプス。ファルカの友人の一人であり、実の息子のディルックと養子であるガイアの父であった男。子供の頃のクリプスの息子であるディルックは、遊び心のある子どもだったガイアに対し、ディルックは父から好きなようにしていいと言われると、困惑で硬直してしまうほど真面目な子どもで、幼い頃から自分を厳しく律する子どもであった。

 

「…」

 

そしてあの頃の子供は、神の目を持たない父親とは違い、最年少で神の目を発現させたことにより、父であるクリプスの希望で西風騎士団に入団、父親を敬愛する騎士の少年となっていた。そうして、西風騎士団に所属した彼は数え切れないほどの任務と見回りの中で、情熱を燃やしながら西風騎士団の責務を果たし続け、どんなに大変な任務でも、騎士の気概と熱意は色あせず、どんなに難しい挑戦や厳しい任務を前にしても、鋭い剣のように最前線で活躍し続けた結果、少年のディルックは騎兵隊隊長となっていた。

 

「…っ」

 

しかしある日、ディルックが成人を迎えたその日。西風騎士団にとある一報が入った。

 

それは、恐ろしい魔物、魔龍がディルックとクリプスの馬車達を襲ったということであった。それはあまりにも突然で、西風騎士団に連絡する余裕や応援を要請する余力すらなく、そして強大過ぎる魔物を前にして、若き騎兵隊隊長であったディルックにはなす術がなかったということであった。

そうしてそれを見ていたクリプス、神に認められなかったあの男、騎士になれなかったあの男が、見たことのない不吉で邪な力、かなり後になって判明したがスネージナヤの“邪眼”という物を操り、魔龍を倒したとの事であった。

そしてその直後、クリプスの身体に異変が起こり、その邪眼という邪な力が徐々にクリプスの身体を蝕んでいき、クリプスは猛烈に悶え苦しみ始めたとの事。そうしてクリプスが地獄のような苦しみに悶え苦しむ中、ディルックは邪眼の反動に苦しむ父の心を救うため、最も敬愛していた父を自らの手で殺害を決意してしまったとの事。

そしてようやく近くにいた西風騎士団の巡回していた騎士達が、救援でその現場に辿り着いた時には、全ての事が事切れており、クリプスは涙を流していたディルックの腕の中で静かに息を引き取っていたというのが結末であった。

 

「…っ!!」

 

ファルカはもう思い出したくない光景を思い出してしまったかのように、歯ぎしりをした。

 

あの日、ディルックが騎士団を辞める為に大団長室にやって来た時の、ディルックの姿。かつての穏やかで慎ましく明るい性格でありながらも、情熱に満ち溢れ責務を果たさんとしてきた男から、自分の色々な感情を抑圧して生きる事になってしまい、暗くなってしまった男に変わり果ててしまった姿になってしまったディルックの姿を。

 

「っ!!」

 

その時の事をファルカは思い浮かべて拳を強く握りしめる。

 

そうしてその後に、当時の督察長であったイロックという男がディルックに事件の隠蔽を命じたこと、それが元でディルックの騎士団への信頼が崩れて騎士団を去った事、そしてイロックが裏切り者として騎士団を粛清された後も、リサやジンといったような努力家を評価しつつも、それでも騎士団という組織そのものには、少なからず恨みを抱き続けている事を思い返した。

 

「…はぁ、はぁ、はぁ」

 

ファルカは今更そんな事を思い出した事に苛立ちを覚えながらも、冷静になろうと呼吸を整えた。そうして、いつの間にか自分の隣に立つディルックを見つめる。

 

「…」

 

ディルックは、隣に立つファルカの方を振り向くことなく、じっとアビス教団の連中の方へと視線を向けたままだ。その姿からは、モンドの人々の平和や日常を守るためにアビス教団に執着し続け、アビスが企てた悪事は、決して見逃さないというような執念のようなものが感じられた。それはまるで、アビス教団と戦い、モンドやモンドの人々を守り続ける、それこそが今の彼の生きる理由で、為さなければならないことなのだと、そう言わんばかりの気迫や雰囲気ですらでもあった。

 

「…ディルック」

 

ファルカはディルックのその様子に、思わず呟いた。

 

俺の隣にかつていたあの少年、あの頃の情熱に満ち溢れ責務を果たさんとしてきた西風騎士団の騎兵隊隊長のディルック・ラグヴィンドが立っている。その事実に、ファルカはどこか懐かしさを感じてしまう。

 

そして、それと同時にもう一つの懐かしさを感じる。隣に立つディルックの立ち姿。服装や横顔は違うものの、それでも何故かあの男、ファルカの友人でありディルックの父である、今は亡きクリプスの面影が重なって見えてくるのだ。

 

「…クリプス」

 

「!?…ファルカ団長?」

 

ファルカはふと無意識のうちに、かつて友人であったクリプスの名を呼んでいた。

 

その声に反応して、隣のディルックが少し驚いた表情でこちらを振り返る。

 

「あ、いやすまない。つい…な…」

 

ディルックの反応を見て我に返ったファルカは、咄嵯に謝罪の言葉を口にする。

 

「…」

 

ディルックは何も言わず、ただ黙ってファルカの顔を見る。その瞳から、何かしら思うところがあるのかが見て取れた。

 

「…ディルック、成長したな」

 

ファルカはディルックにそう言葉にする。

 

「…ありがとうございます、ファルカ団長」

 

そしてディルックもファルカの言葉に対して、感謝の気持ちを伝える。

 

「…ディルック、今まで本当にすまなかった。俺は、お前に何もしてやれなかった」

 

しかし、次の瞬間には、ファルカの口から謝罪と後悔するような言葉が漏れた。

 

「…大団長。僕はあなたに感謝している」

 

ディルックは、目の前にいるアビス教団の者達の動きに警戒しながらもファルカに口を開く。

 

「…僕は父上の期待に応える為に西風騎士団に入団した。そこで僕にとってかけがえのない多くのものを手に入れることが出来た。それはそこで知った知り合い達や友人達と言った今でも続く人と人を繋ぐ絆という大切な宝物、また西風騎士団の様々な任務や活動を通じて得られた技術や知見、多くの経験だ。それに_」

 

ディルックはそこまでを言いきると視線だけファルカの方に向ける。

 

「_僕が身に着けてきた技術や知見とそれらの経験。それらを活かしてモンドから長い間離れていた時、僕があの日からずっと考えていた答えを得る為に七国を巡る旅をしてきた時の事、その旅を通じて更なる経験や知見を得ることが出来た。そして、それらを得られたことによって、今僕は、モンドでアビス教団やファデュイと言った悪意ある者達のモンドに対する暗躍や謀略を阻止し続けることが出来ている。…これら全ては西風騎士団で得られたことによるものだ」

 

「…」

 

ディルックの言葉にファルカは深く聞き入っていた。

 

確かにディルックがモンドに戻ってきてから、ここ最近のモンドは比較的平和になっていた。そしてそれは、ディルックが闇夜の英雄としてモンドを守り続けていたと言うことだが、その根底には騎士団にいた頃からの人脈やモンドの人々との繋がり、そして騎士団で培ってきた戦闘技術や知識が土台にあってこそ実現出来ていたものだったのだ。そして、それを理解したファルカは感慨深い表情を浮かべた。

 

「…そして、そんな僕をここまで導いてくれたのは、今は亡き父上であるクリプス、そして西風騎士団の大団長のファルカ、貴方のおかげだ…だから、礼を言わせて欲しい」

 

ディルックは、そう言って少しだけ頭を下げた。

 

「…そうか」

 

その姿を見てファルカは頷く。

 

父を亡くしたディルックは騎士団から退団し、そして自分が抱いた疑問の答えを求める為に西風騎士団が守護するモンドから異国の地を渡り歩いてきた。その間に、ディルックの人生を更に大きく変えるような出来事や出会いがあり、それによって彼は更に変わったのだ。

 

「…」

 

ディルックは視線をファルカからアビス教団に戻す。彼は騎士団を退団し恨みを抱き続けてはいるようだが、西風騎士として、一人の騎士としての誇りは忘れていないようで、今のディルックは騎士団の頃の格好や姿はしていないものの、今のディルックの姿勢や態度から、騎士団に所属していた頃の彼を彷彿とさせるような雰囲気をファルカは感じた。

 

 

「…ほぉ、西風騎士団の大団長と闇夜の英雄との間に、そのような過去があったとは。実に興味深い話だ」

 

そして二人の話を黙って聞き入っていたアビスの使徒は、興味深げに口を開いた。

 

「……」

 

その言葉を聞いたディルックは、少し不機嫌そうな表情になる。

 

「…使徒様。これは少々想定外ではありませんか?」

 

アビスの使徒の斜め横に浮いていたアビスの氷の魔術師が声を出す。

 

「そうだな。…この場に裏切り者とそれの救援として西風騎士団の隊長格一人、多くても二人程度とその隊長や隊長達が引き連れた隊員達がやって来ることを想定はしていたが…まさか、そうではなくこの場に裏切り者に、救援として西風騎士団の大団長本人、そして我々の活動を妨げてきた闇夜の英雄本人までもが、揃って現れるとは思っていなかった…何故だ?…許容範囲内ではあるが」

 

アビスの使徒はそう言うと、この場にいるファルカとガイア、そしてディルックを順に見ていく。

動揺は見られないものの、目の前にいるのはたったの3人とはいえ、それでもなぜこの場にアビス教団の大きな妨げになってきた程の実力者達がこの場に現れたのか分からず、様々な可能性を考えたもののそれでもどれもが納得できず、少なからずアビスの使徒にとっては正体が分からない不安みたいなものが心の奥底にあった。

 

「…ふんっ」

 

だが、それでも彼の心の中には余裕のようなものはあった。

それは、目の前の相手は確かに自分達の活動を妨害してきた者達ではあるのだが、それでも所詮は人間。七神やその眷属などではない。ここには自分達、アビスの使徒やアビスの魔術師達、それに選りすぐりのヒルチャールの王達や随伴するヒルチャール暴徒がいるのだ。想定とは異なるため、多少は手こずるし時間もかかるかもしれないが、それでも確実に殺せると考えていた。それに例え本命の裏切り者であるガイアを殺せなかったとしても、西風騎士団の頂点に立つ大団長であるファルカ、もしくはモンドを守り続けた闇夜の英雄であるディルック、そのどちらかを殺せるだけでも、モンドにとっては大打撃に成り得る。その為、アビスの使徒やアビスの魔術師達は、その3人の内の誰を殺したとしても十分な戦果は得られると踏んでいたので、彼らはそこまで焦るようなことはなかった。

 

「…随分と僕達の事を舐めているようだな」

 

しかし、ディルックは目の前にいるアビス教団の者達が自分を見下しているように見えて苛立つ。

 

「…おい、ディルック。落ち着け」

 

そして隣に立つファルカは、目の前に佇むアビス教団達を警戒しつつも、苛立つディルックを宥める。

 

「…すまない、少し取り乱した」

 

「気にするな、ディルック。それよりも少し気になったんだが良いか?」

 

ディルックはファルカの指摘に落ち着きを取り戻す。

 

「ああ」

 

「ディルック、お前はどうしてここに俺やガイア、そしてアビス教団がいると分かったんだ?」

 

「あぁ、それか…」

 

ファルカはディルックに尋ねる。

ファルカがディルックに尋ねたのは、ディルックが何故、自分の居場所がわかったのかと言うことであった。そしてディルックは、その問いに対して少し言い淀んだが、すぐにファルカに答えた。

 

「それは僕の持つ情報網、そして"彼"がもたらしてくれた情報やそれを元にした彼の考察や推測によって導き出された答えだ」

 

「…ほぉ、お前自身が持つ情報網。それに"あんちゃん"がもたらしてくれた情報にあんちゃんの情報や推察……ね。…ははは、お前の情報網、そして相変わらずあんちゃんは凄いな。お前はあの長旅でそんなものまで得ていたとはな。それにあんちゃんも本当に何でも知ってるな。本当、どうやったらそんなに色々と知れるものなんだかな」

 

ファルカは、ディルックの言葉に驚きながらも、ディルック自身の情報網、そして友人でもある『彼』について考えた。

 

「…僕の情報網はともかくとして、彼に関しては、今の彼が取り巻かれている特殊で複雑な状況や立場を考えれば、彼は様々な情報を持ち合わせていても不思議ではないと思う。…言うなれば、今の彼にはありとあらゆる情報が彼の元に結集してくる立場。それに彼の持つ元々の交流関係の広さ。そして彼自身が自覚しきれていない今の彼が持ってしまっている、周囲へと放っている様々なあらゆることに対する影響力。…これら全てを相乗して考慮すれば、それは当然のことだと思うが」

 

ディルックは呆れたような、そして少し不安げながらも強い意思を込めながらファルカに告げる。それを例えるなら、制御不能に陥りつつある強大な力を前にし、どうにもならないかもしれないが、為すべき事を為すためにどうにもならなかったとしても、なんとかしなければならない、そう思っているようなそんな感じであった。

 

「…確かに、そうだな」

 

ファルカはディルックの意見を聞いて、納得するかのように呟く。

「…今回、彼が僕やファルカにもたらしてくれた情報。もしかしたら彼は、今回は”ファデュイ”から仕入れて、それを僕やファルカに流したのかもしれない」

 

「は?“ファデュイ”だと?…おいおい、なんだそれ?全く、改めてあんちゃんは、とんでもない奴らと繋がりがあるんだな。……いや、どちらかと言えばファデュイの方から一方的にあんちゃんに興味を持っているってところか?」

 

ファルカは、ディルックの発言を受けて笑う。

 

「…まぁ、間違いというわけではないな。かなり前、彼が僕の店に飲みに来た時、『集中力が途切れたから少しだけ職場から抜け出し、街を歩いて散歩していたら知り合いにあったんだ。そしてその知り合いに、スネージナヤ料理を誘われて興味半分に答えたら、そのままスネージナヤまで拉致られ、スネージナヤで色んなものを食べて昼食を取って、いざそのまま璃月まで送ってもらって職場に戻ろうとしたら、そのタイミングでそいつが“スネージナヤパレス”から呼び出しを受けたせいで、そいつがそこの用件が終わるまでかなり待たされたんだ。そうして職場に帰ったら、戻るのが予定よりも遅かったのと自分が居ない間に急ぎめの臨時の仕事が入ったようなんだ。しかもその仕事は自分の確認も必要なものがあったり、刻晴や甘雨は自分の意見も欲しかったせいで想像以上に仕事が滞ってしまっていたんだ。そうしてようやくスネージナヤから帰ったら、それが原因で刻晴に滅茶苦茶怒られて、甘雨に無茶苦茶文句言われて、とにかく本当に大変だったんだ。それにその後の二人の機嫌を直すのも大変だったんだし』と愚痴っていたからな」

 

「…あんちゃん。肝が据わりすぎじゃないか?……というか、何やってるんだ?」

 

ディルックは呆れながら自分が知る限りの事を話し、ファルカは思わずツッコミを入れる。

 

「そんな事を言われても知らないな。ただ言えるのは今の彼は七星のリーダーである”天権”の直属の部下から、彼女の命令で”玉衡”の直属の部下に変わった事で、彼自身の周囲の影響力が削がれるどころか、以前よりも遥かに強くなっていることだろうな。…今では天権の元にいた頃よりも、ある程度自由に動けるようになった。彼女が彼をそうさせた意図や理由はわからないが、その事によって彼自身の今までとりづらかった‘独断行動‘をしやすくなったと言える。そしてそれや他の事も相まって彼の様々な影響力が、それがより強大になりつつある」

 

ディルックはそう言うと目を細める。それは友人である彼への警戒心であり、そしてその友に対する心配や懸念によるものであった。

 

「…それこそ、間違えてしまったとしても、決して彼を敵に回してはならないと思えるくらいにな。今の彼が敵になることはないとは思うが、彼自身のそれ。彼のその力はもしかしたら、ファデュイの意思決定すらにも関与し、多少ではあるものの、それでもファデュイの意志や行動を左右できる程になっているのではないかと思う。…もはや、彼の発した一言や彼自身の言動によっては、ファデュイの先遣隊や部隊が行動を開始したり、最悪”執行官”が何らかの行動を開始する可能性も否定しきる事ができない…以前の彼が仕事として行った、璃月にいる璃月港で暗躍していたとある宝盗団の一味やそれに関与していた者達や関係者に対する報復や一掃、そして捕縛する“仕事”の時のように。…それを表立って行う事も出来ないし、千岩軍を大勢それに投入することが出来ないし、また“彼”一人ではどうしようもできない規模であるが故__」

 

ディルックはそこで言葉を区切る。それはまるで、その先に言う言葉を口にする事を躊躇うかのように。だがその直後、ディルックは目を細めると同時にその先の言葉を紡いだ。

 

「__その仕事を終わらせるために彼の‘独断行動‘によって引き起こされた結果の内の一つ、『璃月に点在していたファデュイの先遣隊達や複数の実働隊、そしてそれに呼応するかのように数人の執行官達までもが一斉に彼らに牙を向けた』時のように…。だが逆に言えば、彼の振る舞いによってファデュイの活動や行動を抑制したり制限を掛けられ、上手く行けば抑止する事も可能かもしれない。…だからこそ気を付けなければならない」

 

ディルックは真剣な表情を浮かべながら、ファルカに語った。

 

「…"あんちゃん"、それに"彼"だと?」

 

二人の話を聞いていたアビスの使徒は首を傾げる。今までディルックとファルカが話していた内容に何か思うところが有ったのか、アビスの使徒は口元に手を当てて、考え込むように呟く。

 

「『西風騎士団大団長』との知り合い?…」

 

「『闇夜の英雄』に情報を流した人物?……」

 

「それに『ファデュイ』と関係がある…だと?」

 

「璃月七星の『天権』と『玉衡』の直属の部下だって…?」

 

そしてアビスの魔術師達も、ディルックとファルカの話を聞いてそれぞれ反応する。

 

「…大団長の言う"あんちゃん"、そして闇夜の英雄が言う"彼"…いや、まさか…」

 

アビスの使徒はそう言いながら、空を見上げる。まるで空から監視されているかのように感じたからであろう。だが、当然ながらそこには誰もいない。

 

「…ちっ」

 

そしてアビスの使徒は不快気に舌打ちをする。それはディルックとファルカの言葉に、自分が先ほど思い浮かべた可能性の中の一つが再び浮かび上がり、しかもその可能性、アビスの使徒やこの場にいるアビス教団にとっては一番避けたかった可能性が事実である確率が高まったからだ。

 

「…まぁ、いいだろう」

 

アビスの使徒は自分の中でそう結論付ける。それは、ディルックとファルカの言葉から導き出した答えに対して、その答えが正しいかどうかを確かめる手段はないし、万が一にもその可能性が真実であった場合、最悪の場合、目的であったガイアの抹殺、もしくは目的を変更してガイアの代わりにファルカかディルックの始末するという事に、多大な支障を及ぼして今回の計画を破綻させる危険性があると考えたからでもある。仮にそれが本等であれば、今の自分達ではどうすることもできない。ならば、そのような事を考える必要すらないと。

 

「…使徒様、どうなされますか?」

 

「…もしかしたら、これは罠という可能性も否定できません」

 

アビスの氷の魔術師とアビスの雷の魔術師が、アビスの使徒に問いかける。

 

「…確かにそうだ。だが、我々のやるべき事は変わらない」

アビスの使徒はそう言って、アビスの魔術師達に視線を向ける。

 

「我々の目的、目標はただ一つ。後続する今後の計画実行のため、実行の妨げとなる存在を未然に排除する事。即ち、前段階として邪魔になるであろう者達を、計画の中核となる例の作戦行動が本格的に開始する前に可能な限り排除することだ」

アビスの使徒はそう言うと、再びディルックとファルカ、そしてガイアに視線を向ける。

 

「…さて、改めて問おう。ガイア・アルベリヒ。お前はどうする?我らの元に戻り、再び我らと共に歩んでいくのか?それともそこの西風騎士団の大団長と闇夜の英雄と共にここで死んで、お前の全てを終わりにするのか?」

 

アビスの使徒はそう言って、再び問いかけてくる。

 

「…………」

ガイアはアビスの使徒からの問いに、無言で返す。その瞳には相変わらず、何の色も映っていないように見える。

 

「…」

 

「…」

 

ファルカはガイアがどういう返答をするのか、じっと見つめる。そしてその隣にいるディルックも同じように黙って腕を組みながら、彼の様子を見ていた。

 

「…そうだな」

 

ガイアの口から言葉が漏れる。それはアビスの使徒の質問に対する答え。その回答。

 

「…ははっ、あははははは!」

 

その瞬間、ガイアは笑い出す。まるで馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりに。

 

「…ははは!おいおい、笑わせてくれるぜ!!ははは!!」

 

「…」

 

「…」

 

ガイアはよっぽど面白かったのか腹をかかえて笑う。その様子にディルックとファルカは、ただガイアのその様子を見つめていた。

 

「…」

 

そしてアビスの使徒も、そんなガイアの様子を見て、沈黙する。

 

「はーっはは……いや、すまないな」

 

ガイアはひとしきり笑った後、目尻に涙を浮かべながらアビスの使徒に謝罪の言葉を述べる。

 

「…ふんっ、どうでもいい。それで、お前の答えは何なんだ?」

 

「あぁ、そんな事は決まっているじゃないか。…俺は、”面白い”方を選ぶ」

 

ガイアは遂にアビスの使徒の問いに答える。

 

「…ははっ、だからな」

 

ガイアはそう言うと歩き出す。

 

「なっ!?」

 

「…」

 

ファルカは目を見開き、ディルックは無表情のまま、それぞれ反応を見せる。何故なら、ガイアが向かった先はアビスの使徒達のいる方向だったから。

 

「…」

 

アビスの使徒は自分の元に歩いてくるガイアをじっと見つめる。

 

「……ほぉ、それがお前の選択か?」

 

「あぁ、そうだ」

 

そしてガイアがアビスの使徒の前に立ち、アビスの使徒がガイアに言葉を投げると、ガイアははっきりとした声で返事をした。

 

「ははっ、いやはや、普通なら“そっち側”に付いて”事に当たる”のが定石だが、俺としては”こっち側”に付いて“事に当たる”方が面白いと考えた」

ガイアはそう言いながら、後ろを振り返ってファルカとディルックをチラッと見てから、再びアビスの使徒を見つめる。

 

「…?」

 

ガイアに見つめられているアビスの使徒は、ガイアの言葉に少し違和感を覚える。

 

「ははは、つまり、だ」

 

ガイアはそう言うと、口角を上げて不敵に笑う。

 

「…この瞬間、お前は永遠を手にする」

 

「ぐっ!?」

 

刹那、ガイアはそう呟きながら腕を振るう。すると、自身の氷元素の力を行使されたせいか、ガイアの周囲に多数の氷の塊がガイアの身を回るかのように浮遊しながら出現し、それらがアビスの使徒に襲い、ガイアからの突然の攻撃を受けたアビスの使徒は対処できずに、そのまま攻撃を受けながら後方へと退避した。

 

「使徒様!?」

 

「くそっ!?」

 

「ガイアァ!!貴様ぁ!!」

 

「このっ!!裏切り者がぁ!!」

 

アビスの使徒を攻撃されたのを見たアビスのそれぞれの魔術師達は、アビスの雷と氷の魔術師がアビスの使徒を守るかのようにガイアとアビスの使徒との間に割って入り、アビスの水の魔術師とアビスの炎の魔術師が即座にガイアに攻撃を仕掛け、ガイアに向けて複数の水球や火球を生み出してそれを全てガイアに向けて一斉に放った。

 

「おっと、っ、よっ。ははは、そんなに慌てるなって」

 

そして、ガイアはアビスの水の魔術師と炎の魔術師が次々と放った攻撃を軽々と避けていく。

 

「「ブオォッッ!!オァァァッ!!」」

 

「おっと、あぁ、こりゃあ、本格的に始まったな。いやはや、これは中々」

 

アビスの使徒に付き従うかのように横に立っていたヒルチャール・岩兜の王と雷兜の王の両王が雄たけびを上げながら力むと同時に、自身の身体の中にあった強大なそれぞれの岩元素エネルギーと雷元素エネルギーを放出される。そして次の瞬間には、それぞれ堅牢のように黄金に輝くトパーズのような光と、最勝の証であるかのように強烈で深く濃い紫色の稲光のような色のアメシストが放つような光がそれぞれの身体から放たれ、王者としてのオーラを放ちながら、ガイアを見下ろす。対するガイアは、ヒルチャールの王者が放つオーラに若干の気圧されながらも、余裕な笑みを浮かべていた。

 

「「オォォッ!!」」

 

そして、2体のヒルチャールの王はガイアを叩き潰すかのようにその場を跳んで巨体を宙に浮かばせて、そのままガイアめがけて落下していく。

 

「ふっ、っ!!ははは、流石はヒルチャールの王だ」

 

ガイアは冷静に、しかし楽しそうな声を出しながら、迫りくるアビスの王者の攻撃やその余波である岩元素エネルギーや雷元素エネルギーの衝撃波に巻き込まれないように距離を取る。

 

「「ブフォッ!!」」

 

「「ボフォォッ!!」」

 

「っ!!っぅ!!おいおい、今度はお前らか。っぅ!!」

 

だが、その次の瞬間にはヒルチャール・岩兜の王と雷兜の王の斜め後ろに従者のように控えていたそれぞれ大楯を持ったヒルチャール暴徒が2体と巨大な斧を手にしたヒルチャール暴徒がガイアの元に踊り出てきた。

 

「ブフォッ!!ボフォッ!!」

 

「っ!!っぅ!!おとなしくしやがれ!!」

 

「ボフゥォッ!!」

 

「ブフォッ!!」

 

「っ!?っぅ!?想像以上にやるな!!お前達は!!」

 

ガイアはヒルチャール暴徒達の攻撃を躱しながら時折反撃していく。

だが斧を手にしたヒルチャール暴徒の攻撃をガイアが躱すと同時に、そのままカウンターの要領で攻撃を仕掛けようとしたら、大楯を手にしたヒルチャール暴徒が仲間のその斧を手にしたヒルチャール暴徒を守るかのように前に出て防がれ、また更にはガイアの真横からもう一体の斧を手にしたヒルチャール暴徒がガイアに向けて勢いよく斧を振り下ろしてきた。それに対してガイアは、バックステップをしながらヒルチャール暴徒達の連撃を回避していきつつ、まさかのヒルチャール暴徒達が見せつけてきたそれぞれの連携やチームワークに感心を抱いていた。

 

「ボッフォォッ!!」

 

「っ!?今度はお前か!?」

 

そして今度は、ガイアの目の前にヒルチャール・岩兜の王が現れそのまま拳をガイアに向けて振り下ろそうとした。

 

 

その時であった。

 

 

「烈炎!!__一切を焼尽せよっ!!」

 

「ボッフォッ!?」

 

「おっと!?…ははは」

 

とある男の声が響き渡ると同時に、ヒルチャール・岩兜とガイアに割り込むかのように赤黒い焔の鳥が飛来し、それによりヒルチャール・岩兜の王に回避を強いられたことにより、ガイアへの攻撃が妨げられた。

 

「へっ!はぁっ!てあっ!」

 

「ボッフォ!?」

 

「ブフォッ!?」

 

「おぉ、ははは」

 

そして、ガイアを取り囲んで包囲していたヒルチャール暴徒達に対して、その声の主の男が自身の大剣を豪快に振るうことで、ヒルチャール暴徒達に圧力を与え、それと同時にヒルチャール暴徒達を怯ませることで、僅かであるがヒルチャール暴徒達の包囲網が崩れる。

 

「…やっぱり無事だったな」

 

「おいおい、その言い方はないだろう?助かったぜ、ディルック」

 

「…ふんっ」

 

そしてその声の主であるディルックは、僅かに崩れたヒルチャール暴徒達の包囲網を突破し、ガイアの傍に近寄り皮肉げに声を掛け、ガイアはその言葉に苦笑いを浮かべた。

 

「ボフッ!!ボッフォ!!」

 

「ボフォァッ!!」

 

「っ!?…あ」

 

「おっ!?…あ」

 

そして、そんなディルックとガイアに対して態勢を立て直した大楯を手にしたヒルチャール暴徒達はそれぞれ武器を構えて突進せんと力む。

だが、その刹那。

 

「はぁっ!!ふんっ!!ふっ!!どけぇっ!!」

 

「ボッフォッ!?ブフォッ!?」

 

「ボフォァッ!?ブフォァッ!?」

突如、大楯を手にしたヒルチャール暴徒達に対してファルカがディルックとガイアを守るように駆け出し、ヒルチャール暴徒達に大剣を振るった。

 

「ふっ!!はぁっ!!」

 

「ボフォァッ!?」

 

「ブフォァッ!?」

 

そして、ファルカは自身の大剣をまるで片手剣のように片手のみで巧みに操りながら、大楯を手にしていたヒルチャール暴徒達に斬りかかっていき、対するヒルチャール暴徒達も迫り来るファルカに対応すべく大楯を構えた。だが、ファルカの無駄のなく洗練された動きにより、その防御行動は意味を為さず、また元より大剣であるゆえの圧倒的な威力に加え、ファルカの片手剣のような扱いによる圧倒的な速さや変則的な攻撃の前にヒルチャール暴徒が手にする大楯に凄まじい衝撃が何度も走り、その衝撃に耐えきれなくなって体勢を崩してしまったところに、ファルカの渾身の一撃によって吹き飛ばされて地面に転がされたのであった。

 

「ボッフォォッ!!」

 

「ブッフォォッ!!」

 

だが、ファルカの一撃によって吹き飛ばされて地面に転がされていたヒルチャール暴徒は、地面を転がりながらもすぐさま体勢をを立て直してそのまま立ち上がりファルカを見据えて睨みつけるように顔を向けた。

 

「…っ、このヒルチャール暴徒。ただのヒルチャール暴徒というわけではないようだな」

 

ファルカは目の前でこのヒルチャール暴徒達が、地面を転がりながらもさりげなく受け身を取ってダメージを軽減していたことに気が付き、そのヒルチャール暴徒達の技量の高さ、そして目の前のヒルチャール暴徒達は普段西風騎士団が相手しているようなヒルチャール暴徒達とは格が違うことを察した。

 

「…ヒルチャール暴徒をあっさりと吹き飛ばし地面に転がすとは、やはり化け物だな」

 

「はっ、化け物とは酷い言われようだな。ならば、もっと数を揃えた方が良かったのではないか?」

 

ファルカは声の方のした方向に視線を向けてそう告げる。

 

「ふんっ、ここにいる我らは全て選りすぐりの精鋭達。いうなれば少数精鋭部隊と言ったところ。数など問題ではないし、選ばれなかったその他の者達も別行動で既に動いている」

 

「ほぉ、成る程な」

 

ファルカの視線の先にいたガイアの攻撃を受けたアビスの使徒は、何事もなかったかのように平然と立ち尽くしながらファルカにそう答え、ファルカはそんなアビスの使徒の言葉を聞いて、どうやら自分が今相手にしている者達は相当な実力者で間違いなかったことを理解しつつ、それでも尚余裕の表情を浮かべていた。

 

「…ガイア、すまなかった」

 

ファルカはちらっとガイアの方に目をやる。ファルカのその謝罪は、先程のガイアへのアビス教団の裏切りへの疑いに対するものであった。

 

「ははは、気にすんなってことよ」

 

ガイアは気楽に笑いながら、ファルカにそう答えた。

 

「あぁ、ありがとうな。ガイア」

 

ファルカは微笑んで感謝の意を伝えた。

 

「あぁ、大団長。それとディルック。俺のことを心配してくれたんだろう?ありがとな」

 

「ふんっ」

 

ガイアはファルカに続けてディルックにも礼を言う。

 

だが、ディルックは無愛想に鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 

「ははは、全くだな」

 

ガイアは苦笑を浮かべる。

 

「…ふんっ、愚かな。我らに刃向かった反逆者のガイアに、我らの活動を妨げてきた闇夜の英雄のディルック。そして我らアビス教団の宿敵とも言える西風騎士団の頂点に立つ男、西風騎士団大団長ファルカ。まさかお前達三人の方からわざわざこちらに向かってくるとはな……だが、これでもうお前達は逃げ場はない。大人しく首を差し出せ。さすれば苦痛を与えずに楽に殺してやる……さぁ、どうする?」

 

ヒルチャール暴徒や王達、そしてアビスの魔術師達を束ねていたアビスの使徒は、自分たちの包囲網の中心にいるファルカ達にそう言い放つ。

 

「ははっ、悪いがそれは無理な相談だな」

 

ガイアはアビスの使徒に向かって軽く笑い飛ばす。

 

「ふんっ、僕がここで死ぬだと?冗談は休み休み言え」

 

ガイアに続き、ディルックは鋭い眼光でアビスの使徒にそう言い放って睨みつけた。

 

「ほぉ、俺が、俺達がここで死ぬだと?…ははっ、俺達がこんな所で死ぬわけがないじゃないか!!ここには、西風騎士団の騎兵隊隊長のガイア、それに元西風騎士団の騎兵隊隊長で、今はモンドを守り続けているディルック、そして西風騎士団の大団長であるこの俺がここにいるのだからな!!」

 

「ふんっ、その通りだな」

 

「あぁ、確かにそうだな」

 

ファルカの叫びにディルックとガイアが同意する。

 

「ふむ、成る程。良いだろう…お前達」

 

アビスの使徒はそう言ってヒルチャール暴徒達や王達、アビスの魔術師達に目配せをする。

 

「「「「ボッフォォッ!!」」」」

 

「「ンォォ…!!」」

 

「はっ!!」

 

「仰せのままに!!」

 

「この時をずっと待っていた!!」

 

「ようやくだ!!」

 

ヒルチャール暴徒や王達、アビスの魔術師達はアビスの使徒の指示を受け、ヒルチャール暴徒達はそれぞれの武器を改めて構い直し、ヒルチャールの王達は更にそれぞれの元素エネルギーを全身に纏い、アビスの魔術師達はいつでもファルカ達を攻撃できるようにそれぞれの杖を握り締めて構えていた。

 

「さて、始めるとする前に…お前達に冥途の土産として、一つ教えておいてやろう」

 

アビスの使徒はそう言うと、自身の元素エネルギーを開放し始めたのか、彼の水元素のエネルギーによるものなのか両腕に水が纏わりはじめ、やがて纏わりついたそれの姿の形を変えると同時に、アビスの使徒の両腕に流動する水によって構成された二つの剣、一種の神々しい水色の光を灯した二本の聖剣みたいな光を放つ二つの剣のようなものが腕から現れた。

 

「ほぉ…はっ、俺は特に興味などないが、まぁいい。聞かせてもらおうか」

 

ファルカは解放したアビスの使徒の力に感心を抱き警戒しながらも、これからアビスの使徒が語る言葉を一字一句聞き逃さないように集中した。

 

「それはだな…全ては我らの邪魔をしないため、もうそろそろモンド城に潜入した他の者達や、モンド城外の近くで潜伏して待機しているもの、清泉町の近くで待機している者達、この場にいない全ての者達が一斉に動き出す時が来るということだ」

 

「っ!?」

 

「なんだと!?」

 

「なっ!?そ、それは!?」

 

アビスの使徒の言葉に、ファルカ達の背後にいたガイアとディルックは驚きの表情を浮かべ、同時にファルカも驚愕していた。

 

「ほう…なるほど、どうやらこの情報までは掴んではいなかったようだな…ふんっ」

 

アビスの使徒はファルカの反応を見て、まるで勝ち誇ったかのように嘲笑う。

 

「くそっ…っ!!…なんてことだ!!」

 

ファルカはチラッとレザーの方に一瞬だけ視線を向ける。だが、直ぐにレザーをこの事に巻き込む訳にはいかないと察し、ファルカはすぐに視線を戻した。

 

「ふんっ、無駄だ。既に遅い。そして今更気づいたところで、もはや何もかもが手遅れなのだ」

 

「ちっ……」

 

ファルカは悔しそうな顔を浮かべる。

 

「っ…」

 

そして、その事を聞いて知ってしまったレザーはファルカ達とモンド城の方にそれぞれ視線を向けて、不安な気持ちを抱いた。今の自分ではファルカ達を助けることなどできないし、かといって救援を呼ぶために、知り合った火花騎士のクレーや騎士見習いのノエルだけでは無理だと分かってしまう。そして何より、自分がモンド城に近づいた頃には、既にアビス教団が行動を起こしている可能性が高い。

 

「…さぁ、どうする?」

 

アビスの使徒はファルカ達に問いかける。

 

その時であった。

 

「…はぁ、本当に面倒くさいわね」

 

「っ!?」

 

「なにっ!?」

 

その時、この場にはあるはずのないとある女性の声が聞こえてきて、ファルカとアビスの使徒は驚いて声を上げて、そちらの方に視線を向けた。

 

「…君か」

 

「…おやおや、“ロサリア”じゃないか。まさかお前もこんな所に来るなんて…中々面白い事になって来たな」

 

ディルックとガイアは突然この場に現れたその人物に気づき、そう呟いた。

 

「「ブフォッ!!」」

 

「「ボフォッ!!」」

 

「「ンォォゥッ!!」」

 

ヒルチャール暴徒や王達は気だるげにこちらに歩いてくるその女性に警戒するかのように、それぞれ武器を構え直す。

 

「なんで?…女一人がどうしてこんな所に?」

 

「いや、待て。あの女が来た方向には我々の邪魔をしないために、多くのヒルチャール達を待機させていたはずだ。それなのに…」

 

「…あの女、まさかあの“処刑人”じゃ?」

 

「あぁ、あの女。あの“始末屋”かもしれない…」

 

ファルカ達を包囲していたアビスの魔術師達は、各々そう言いながら、自分達の目の前に現れた謎の女性が何者かを考察する。

 

「はぁ、生まれて初めて“残業”をする羽目になるなんて…ちっ、やっぱり“あいつ”の頼みなんて請け負うんじゃなかったわ」

 

その女性、背の高い成人女性で、幽霊のように淡いグレーの肌をし、前髪は濃い赤色で、後ろは短くカットされ、瞳は淡い赤紫色の女性。西風教会の聖職者であるシスターの服を身にまとい、その手にはその服装には似合わない槍を握り締めている、“ロサリア”が面倒くさそうに気だるげに呟きながら、ゆったりとした足取りでファルカ達の方に向かっていた。

 

「…ちっ、まさかここでもう一人現れるとは」

 

アビスの使徒は、この場に現れた4人目の存在に舌打ちをする。目の前の女性は格好こそ、西風教会のシスターの格好をしているが、彼女の瞳に宿していた強い意志が放つ力を感じ、また彼女の手にしている槍を見て、目の前の女性は少なくとも一般人という訳ではないし、むしろ彼女の歩く姿や身のこなしを見るに戦闘に長けている者であるとアビスの使徒は瞬時に判断し、どこまでの脅威になるかは未知数であるが、油断ならない相手であることを悟ったのだ。

 

「…ロサリア、どうしてここに?」

 

ファルカはアビスの魔術師やヒルチャール暴徒達の包囲網越しにいるロサリアに声をかける。

 

「…はぁ、そんなの決まっているでしょう?」

 

その声に反応するように、ファルカの方へ振り向くと、彼女は少し呆れたような表情を浮かべた。

 

「あいつに頼まれて貴方達を救援する為に、わざわざこんな所まで出向いて来たわけ。…それとあいつからファルカに、あなた宛てに『伝言』を預かっているわ」

 

「なに、伝言だと?」

 

「…」

 

「ほぉ、伝言ね」

 

ファルカは目の前のロサリアの言葉に首を傾け、ディルックとガイアは興味深そうな視線を送る。

 

「…」

 

そしてアビスの使徒も黙ってロサリアの方を見ていた。

 

「えぇ、あいつからの伝言。それは……」

 

「…それは?」

 

「…『ファルカ、‘追加徴収分’を計上した。モラを握りしめて待っていろ』…ですって」

 

「っ!?…本当か、それは!?」

 

「なっ!?…まさか、本当に!?」

 

ファルカは驚愕の表情を浮かべる。それと同時にアビスの使徒は焦りの色を隠せなかった。

ロサリアが放ったその言葉は、ファルカにとっては引き続き“彼”はこの件に関わっている事を意味しており、しかも彼が‘更なる何かしらの行動を起こしていた’ことを意味をしていた事。

そして、アビスの使徒にとってはこの瞬間、自分やこの場にいるアビス教団にとっては先ほど思い浮かべた‘一番避けたかった可能性’が、完全に現実味を帯びたものになってしまったからだ。

 

「…成程、そういう事か」

 

「…ははっ、敵を騙すにはまずは味方から、という事か」

 

ディルックとガイアはロサリアの伝えた彼の言葉を聞いて納得したように呟いた。

 

「ちっ、まさか本当に“奴”が干渉していたとは!!」

 

そしてこのロサリアの口から放たれた言葉を聞いていたアビスの使徒は、内心ではこの場ですぐにでもロサリアを始末したい衝動に駆られたが、今はそれよりも優先すべき事、多くの懸念事項が使徒の頭の中を駆け巡った。それは“奴”がどこまでこの件に介入しており、どこまで把握されているのか、また自分達が今回のモンドや西風騎士団に対して行った工作や今回の計画がどこまでバレてしまっているのかという可能性について。

 

「…ふぁ~」

 

ロサリアは気だるげに欠伸をする。

 

「…」

 

アビスの使徒は沈黙する。

アビスの使徒にとって、今のロサリアの背中や月光が彼女を照らす事によって生み出された影の中には、まるで黒と灰色の人の姿をした闇のようなものが潜んでいるように見え、その者の視線がまるで自分達を監視でもするかのように、こちらに向けられている気がしてならなかった。

 

「それと、『尚、内訳の代価は元々の情報料に加え、休暇時実働手当に夜間実働手当、危険手当に交渉代行手当、そして西風騎士団からの支援要請料』だったかしら、まぁ、内訳に関して詳しい事は直接あいつに聞きなさい」

 

「あんちゃん…嬉しいが、勘弁してくれ。本当にあんちゃんは容赦がないな…」

 

ロサリアはそう言って、ファルカは若干頭を抱えながら呟く。

 

「…因みに内訳に交渉代行手当や西風騎士団からの支援要請料ってあるが、あんちゃんは俺と別れてから一体何をしたんだ?」

 

「あいつなら最初に会った時、会って早々『ロサリア、モンド城の横門近くと船着き場の桟橋近くにそれぞれアビスの魔術師とヒルチャールの群れが、それともしかしたらちょうど神像の東側の城壁の外か城壁の上にアビスの魔術師とヒルチャール数体が潜んでいる筈だから、確認と本当に居た場合の処理頼んだ』って言ってそのまま走って行って、次に会った時には『冒険者協会のサイリュスさんに状況の説明を行って交渉し、サイリュスさんと共にキャサリンさんの元に行って、たまたまその場の近くにいた神の目を持っている冒険者協会では有力な人物である“ベネット”と“フィッシュル”に依頼を出して、それに近くを通りかかった知り合いの“モナ”に事情を説明して協力してもらって、彼らと他の冒険者や何人かの西風騎士を清泉町に向かわせて清泉町の周辺警戒や、万が一の際の防衛を頼み、そしてそのまま彼らの負担を減らす為に、キャサリンさんに【大至急!!モンド城・清泉町周辺のアビスの魔術師・ヒルチャール達の殲滅依頼】という緊急依頼を出してもらった』って言って、そのまま今度は『代理団長のジンさんの依頼で、もうそろそろ任務を終えて“ドーマンポート”から戻ってくる遊撃小隊の隊長のエウルアや遊撃小隊隊員のミカ達にこの状況を伝え、直ちにモンド城周辺にまで急行、並びにモンド城周辺に到着次第速やかに周辺に潜んでいるであろうヒルチャール達、またアビスの魔術師達の全てを排除せよという命令を伝達してきてくれと言われたんだ。そしてそれが終わった後には、速やかにモンド城周辺に戻って、そのまま我ら西風騎士団への上空支援をお願いしたいって言われた』って言ってたわよ。そうして彼は飛び上がる寸前で私に対して、『ファルカ達は奔狼領に隣接しているシードル湖寄りの高台にいるはずだから救援頼んだ』って言って、そのまま風に乗って空を飛んで行ったというわけ」

 

「おぉ、成る程な。流石、あんちゃんだ。完璧な仕事ぶりだな」

 

ロサリアの口から告げられた言葉にファルカは感嘆の声を上げる。

 

「な、何だと!?」

 

そしてアビスの使徒もロサリアの言葉を聞いて動揺を隠せずにいた。まさか、ここまで把握されていたとは予想外だったからだ。元々想定していたのは、最大でも裏切り者であるガイアにそれの救援として西風騎士団の隊長格二人程度とその隊長が率いる部隊がやって来ることは想定し、更にモンド城や清泉町での陽動により西風騎士団の注意を引き付けているので、それ以上の西風騎士団の増援を防ぐどころか、想定の最大にも及ばない数しか来ない、若しくは増援は来ないとまでと考えていたのだ。

 

「…ちっ」

 

アビスの使徒は小さく舌打ちをする。

 

だが、ロサリアの口から語られた内容によれば、それは完全にアビス教団側の誤算であった。数多くの誤算を生んでいたのは、この場に西風騎士団の大団長のファルカや闇夜の英雄のディルック、またロサリアという女が現れた事でも、西風騎士団や冒険者協会にバレたことでもない。

 

全てはこの場に自分達の行動を完全に把握しているであろう、“奴”というあの者の存在、あの者が干渉していた事であった。

 

「使徒様!?どうなされますか!?」

 

「これは完全に罠です!!」

 

「あの者が完全に干渉しています!!」

 

「使徒様!!ご指示を!!」

 

アビスの魔術師達が慌ただしく叫ぶ。

 

「…っ」

 

アビスの使徒は思考する。

今の状況は明らかに圧倒的にこちらが不利。西風騎士団や冒険者協会には奴のせいでこちらの存在と行動を既に知られてしまっている。奴によって陽動がバレたせいで、モンド城周辺や清泉町周辺にいる仲間のアビスの魔術師達やヒルチャール達は西風騎士団や冒険者協会の攻撃を受けたり、これから西風騎士団と冒険者協会の合同の討伐隊によって対処される。

その上で、この場所までロサリアという女がここまでやって来たという事は、奴によって自分たちの居場所を絞られているという事を意味し、下手すればこの場に西風騎士団の多数の救援部隊、若しくは西風騎士団と冒険者協会の人間達が多数やって来て、大挙押し寄せて自分たちの元に殺到してくるかもしれない。

ただでさえ、西風騎士団の大団長のファルカや闇夜の英雄のディルックといったモンドの守護者達とも言える強者達に加え、戦闘に長けている可能性が高いロサリアという女も居るのだ。裏切り者のガイアも合わせて、モンドのトップクラスの実力者とも言えるかもしれない4人とここにいる自分達、アビス教団側の戦力はこれでほぼ対等と言えるかもしれない。その状況下でそこに有力な西風騎士団の部隊や冒険者協会の人間達の増援が加われば、完全に自分達の負けが確定する。

 

「…そうだな」

 

アビスの使徒は決断したかのように頷き呟いた。

 

「目標を変更する。…我らの本来の目的は今後の計画の遂行のために、モンドに打撃を与える事。即ち、本来の目標は裏切り者である西風騎士団の騎兵隊隊長のガイアの抹殺を行う事で裏切り者の粛清と同時に西風騎士団の戦力の低下と士気低下を謀る事にあった。しかし現在の状況下では裏切り者の抹殺や代替として、この場にいる西風騎士団の大団長のファルカ、若しくは闇夜の英雄のディルックの始末の遂行を行える可能性は低いだろう。…故に当初の目的を変更し、目標を裏切り者のガイア、西風騎士団の大団長のファルカ、闇夜の英雄のディルック、またそれに加え“奴”がこちらに差し向けたロサリアの内の一人の誰かに重大な負傷を与えることで、その者が今後の行動を一切起こせない、若しくは起こせたとしても大幅な制約を与えることを目標とする」

 

アビスの使徒はアビスの魔術師達にそう言い放つ。

 

「なるほど…この内の誰かが今後一切の活動に支障をきたすようにすることで、我らアビス教団の脅威を低減させつつ、モンドに打撃を与えると……」

 

「つまり、命を奪うのではなくこの者達の片腕や片足、もしくは片目、または四肢のいずれかの機能停止による活動不能の状態に追い込む事が今回の目標にすると…」

 

アビスの氷の魔術師と雷の魔術師は納得したように頷いた。

 

「そういうことだ。それに、ほぼ確実に奴は、この辺りに我々がいることを把握している。ならば、我々がこのままここで留まり続けるのは危険だ。故に命を奪う事には拘らなくていい。我らの本来の目的はモンドに打撃を与える事。即ち、ここに居る有力者達の誰かに甚大な損害を与えられれば、それだけでも十分にモンドに打撃を加えられ、それと同時に我等の計画も順調に進むことになる」

 

「…はっ!!承知しました」

 

「…はっ!!了解しました」

 

アビスの水の魔術師と炎の魔術師は頷く。そしてアビスの魔術師達は一斉に包囲網の中心にいるガイアやディルックにファルカ、また包囲網の近くに立っていたロサリアの方に視線を向けた。

 

「「ボッフォォッ!!」」

 

「「ブッフォォッ!!」」

 

「「ンォォ…!!」」

 

そしてヒルチャール暴徒達やヒルチャールの王達もアビスの使徒の指示を聞き唸り声を上げながら、ガイア達やロサリアに攻撃を仕掛ける態勢に入る。

 

「…さぁ、始めよう。全ては…かつての我らの在りし日々の栄光を取り戻すため!!」

 

アビスの使徒はそう言うと腕から現れていた二本の水の剣を構えた。

 

「ほぉ、どうやら俺達をただでは見逃してくれないようだな」

 

「ふんっ、望むところだ。アビス教団」

 

そしてアビスの使徒達に応戦するようにガイアとディルックはそれぞれ片手剣と大剣を構え直した。

 

「はぁ、まさかこんなことになるなんて…もうさっさと終わらせましょう」

 

ロサリアも大きな溜め息をつきながら槍を振り回し、そして臨戦態勢に入る。

 

「…成程、今の状況下においてもアビス教団は一歩たりとも引く気はないと言う事か……良いだろう!!ならば、こちらも全力で相手をしようではないか!!」

そうしてファルカはそう叫ぶと大剣を片手で振り回し、そして大剣を地面に突き刺した。

 

「…レザー!!行けっ!!この場から離れろ!!」

 

「っ!!…分かった!!」

 

ファルカはレザーに指示を出し、この場から離れるように言い放つ。そしてファルカのそれを聞いたレザーは即座に察し、頷いて駆け出した。それはこの場がこれからアビス教団とファルカ達の死闘の舞台となる事、そしてそれにレザーが巻き込まれてほしくないというファルカの心遣いであった。

 

「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!」

 

レザーは全速力で走る。

 

 

「「ブフォォッ!!」」

 

「「ボフォォッ!!」」

 

「震えなさい!」

 

「「ブオォッッ!!オァァァッ!!」」

 

「暁よ_ここに!!」

 

「覚悟しろ!!」

 

「死に晒せ!!」

 

「裏切り者め!!お前はここで終わりだ!!」

 

「死ねェェッ!!」

 

「ははは、風邪ひくなよ!!」

 

「浄化せよ!!アビスの潮鳴!!」

 

「はっ!!やるじゃねえか!!凍てつけっ!!」

 

レザーの真後ろでファルカ達とアビス教団の者達が激戦を繰り広げている音が聞こえてくる。それと共にレザーの身体中に冷気や炎気、また水気や雷気が襲いかかってくる。だが、それでもレザーは足を止めない。そしてレザーは走り続ける。

 

「ははっ!!ぁぁっ!!結氷の風っ!!」

 

「っ!?」

 

後ろでファルカの叫び声が聞こえると、レザーは同時に後方から強烈な冷気を肌で感じた。

 

「っ!!なっ!?」

 

レザーは後ろから感じた強烈な冷気に、思わず後ろを振り返り驚愕する。レザーの視線の先には白銀の氷霧が広がっており、真後ろで戦っている筈のアビス教団とファルカ達を視認することが出来なかったのであった。




次回は、ようやく「レザーの大剣と鉤爪、また神の目入手の過去エピソード、そしてアビスの魔術師達戦編の決着」です


また解説は下の方にありますが、今回の解説に関してはかなりの考察ネタ、またもしかしたら結構なネタバレに繋がりかねない情報がありますので、苦手な方はここでブラウザバックをすることを推奨します。

以上です、よろしくお願いします。

追記1
・誤字報告分を適用しました。(“円周率で猫好き”さん、ご報告ありがとうございました)

追記2
・文字間隔の調整を実施中…
→文字間隔の調整終了しました。





―――――
◎解説
・『ディルックの過去』並びに『ディルックの情報網』について。
『ディルックの過去』については主に彼のキャラストーリーや期間限定のイベント“残像暗戦”を参考に再構成を行いました。ディルックの経歴については大まかに言えば、幼少期、西風騎士団所属、父の死後に騎士団を辞めテイワット大陸の七国を巡って答え(父を死なせたあの力は何なのか)を探す一人旅、モンドに戻り「アカツキワイナリーのオーナー」兼「闇夜の英雄」という経歴でした。その中で西風騎士団を辞めるきっかけとなったクリプスの死ですが、ゲーム本編の方ではディルックの腕の中で死んだという事になっていますが、公式が出しているマンガの方(原神セレベンツ)では、ディルックがクリプスを苦しみから救うために殺めたという事になっているため(そのシーンはそう解釈しました)、その部分はゲームとマンガを融合させ今回のようになりました。
また『ディルックの情報網』についてですが、これはディルックのキャラストーリーにある、ファデュイの執行官との戦闘で生死をさまよっていた彼を助け出したのは「北大陸からきた地下情報網の観察者」、即ち“北大陸”にある『地下情報網』という組織になります。(尚、『地下情報網』という組織そのものに関して、また“北大陸”に関してはまだよくわからないことが多いため、ここでは大きく省きますが、現時点で言えることや分かっているのは、少なくとも『地下情報網』そのものは「モンドのために裏で暗躍し、場合によっては汚い事にも手を染てでも、モンドに害を為す存在は消す」組織であること、また“北大陸”に関しては少なくともモンドは北大陸に属しているという事くらいで、それはゲーム本編の“図鑑”の“地理誌”、“西風騎士団・図書館”にその記載があるという事くらいです。尚、“北大陸”があるのならば“南大陸”や“別大陸”があるのかに関しては、現時点では少なくとも自分が知る限りでは情報が無さすぎるため不明(もしくは見逃している可能性があり)、そのためノーコメントという事でお願いします)
彼はこの組織に加入・所属し、騎士団時代同様に活躍していく事で様々な情報を得ることができる立場につき、また彼の伝説任務やイベント時にもその組織と思われる手紙等のやり取りで情報を入手しているシーン(個人的な解釈です)がありました。そのため、本作品でのディルックの情報網はそれを指しつつ、また彼自身のアカツキワイナリーの情報網も指しています。(もしかしたら「地下情報網」と「アカツキワイナリーの情報網」は同一の可能性がありますが…)

・『ガイアのカーンルイアのスパイ」について
『ガイアのカーンルイアのスパイ』に関しては、まずこれはガイアのキャラストーリーや神の目に関する記載で記されており、またそれと同時に“モナ”のガイアへのコメント(「ガイア・アルベリヒですか?彼の『孔雀羽座』は高貴さを象徴すると同時に、『華麗なる隠蔽』を象徴するものです。彼は自分の過去を断ち切ったと思ってるらしいですけど。“運命の日が訪れた時、彼は、再び選択を迫られるでしょう”という台詞)により、ガイアはモンドとカーンルイア、どちらを取るかという選択を迫られるということから、少なくともガイアはモンド人ではなく、カーンルイア人であることが間違いないと思います。またガイアのカーンルイア人に関しては、この後の魔人任務や期間限定のイベントで更に明かされる(例えばなんでガイアは眼帯なのか、眼帯を付けることや片目を隠すことに何か理由や特別な意味があるのか(現時点ではノエルの台詞からあの眼帯はただの眼帯ではなく、特殊眼帯であることは分かりますが…)、またガイアの家族関係(取り合えず父もしくは祖父らしき人は出てきていますが…)はどうなっているのか等)と思うのでそこで新たな事も分かるかもしれません。
そして“スパイ”に関しても先ほど述べたキャラストーリーや神の目に関する記載にそのようなことがあったため、ガイアはスパイであるという結論になりましたが、個人的にはスパイというのは、カーンルイアからモンドに逃れるための表向きの名目上の理由ではないのかと考えています。どういうことかというと、ガイアのキャラストーリー4に「これはお前のチャンスだ。お前は我々の最後の希望だ」というガイアの父親のセリフがあり、このセリフを考えるにガイアは『“カーンルイア人”の生き残りだから希望』と言えるのか、『“アルベリヒ家”、もしくは“一族”の生き残りになるから希望』と言えるのかという事になり得ると考えます。
また一つ気になっている点があるのが、これは完全に考察ネタになってしまいますが、様々な人の考察を見たり、読んだりしていく中で気になったのが、ガイア・アルベリヒはもしかしたら、カーンルイアの“王族”、もしくは“王族に近しい関係者”という可能性があるのではないのかという事です。詳しい事はここでは述べませんが、根拠に乏しいですが確実に言える事として、ガイアの命ノ星座(因みに命ノ星座自体は、そのキャラの決定づけられた運命みたいなものです。モナのボイスのコメント(シェアしたい事)や期間限定のイベント“帰らぬ熄星”や“常夏!幻夜?奇想曲!(第二次金リンゴ群島)”でそれに関して少し取り扱っていた筈です。)1凸が「優れた血筋」であること、騎士団なのに通常攻撃が「西風剣術」じゃなくて「儀典の剣術」となっており、この事からガイアの身分は少なくともカーンルイアにおいて、ただの一般人や庶民という訳ではなさそうであることは伺う事ができます。

・『ロサリアの“処刑人”や“始末屋”』について
『ロサリアの“処刑人”や“始末屋”』に関しては、ロサリアは人知れぬ所で、モンドに訪れたものの中に怪しい者がいないか、そしてその者はモンドに害をなすか否かを見定めており、完全にその者はモンドに害を為すだけの存在であると判断した場合には、ロサリアは最終的にその者を消しています。そのため、一部の人達からは“処刑人”やら“始末屋”と呼ばれています。
尚、アビス教団が彼女を“処刑人”や“始末屋”だと呼んでいるのも、彼女の活動は主にファデュイや宝盗団の関係者が対象ですが、無論モンドに害を為しているアビス教団もその対象の中には入っており、既にロサリアによって仲間の何人かはやられているからです。



※尚、今回の考察や解説ではもしかしたら作者の知識不足や認識不足のせいでおかしくなっている所があるかもしれません。ですのでもしもありましたら、暖かい目で見ていただけると助かります。よろしくお願いします。


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全てを思い出した時、狼少年の背中に“それ”が現れた件について

2万字近くまで行ったので投稿。(安心してください。無事に終わりました)。

何とか、今月中に投稿出来て良かったです。

今回は前回の予告通り、「レザーの大剣と鉤爪、また神の目入手の過去エピソード、そしてアビスの魔術師達戦編の決着」です。

尚、今回はいつも通り本編で主にオリジナル設定や要素が発揮しています。

そして、後書きにて“神の目”についての解説や考察を行いたいと思います。


「…」

 

モンドの空を鮮やかなオレンジ色に染まり始め、一日が終わりを迎えようとしている頃のとある高台。

 

そこにレザーが一人、夕日を見上げながら立っていた。一人で黄昏ているかのように見えるが、レザーはとあることをずっと考えていた。

 

「…はぁ、今日も…か」

 

レザーはため息交じりに呟くと、レザーは視線を下に向ける。

 

その場所はファルカやディルック、ガイア、そして後から来たロサリア達が、ガイアの命を狙って現れたヒルチャール暴徒やヒルチャールの岩兜や雷兜の王達、そしてアビスの魔術師達や彼らを率いるアビスの使徒達、襲撃してきたアビス教団に応戦した場所だった。

その場所は前までは何もないただの平地のような場所であったが、今はその時の戦いによって地面が大きくえぐれており、戦いの激しさを物語っていた。

 

「…」

 

レザーは心配そうな表情を浮かべて、とある方向を見つめる。見つめた方向の先はモンド城。西風騎士団の本部がある場所だ。

 

 

あの日以降、レザーはファルカと会う事が出来ていない。

 

襲撃の翌日は清泉町やアカツキワイナリーの方では西風騎士団の騎士達や冒険者協会の人間達が慌ただしく動き回っており、とても騒然としていた。やはりその日のアビス教団の襲撃、アビス教団のトップ、もしくは幹部クラスであると思われるアビスの使徒がファルカ達の目の前に現れた事、そして西風騎士団の騎兵隊隊長であるガイアや西風騎士団の大団長であるファルカ達を襲撃した事で、大混乱に陥っていたのだ。

 

「…」

 

だがそれは仕方がない事だと、レザーは割り切っている。それにファルカは西風騎士団の頂点に立つ男である事から、あの日のようなアビス教団との激戦を繰り広げていたとしても。彼なら大丈夫だろうと思っているからだ。

 

しかしそれでもレザーは心配なのだ。あの日から一週間以上経つが、ファルカとは会えていない。おそらく襲撃を受けた事でその対応や調査などで忙しいのだろうとレザーは思っている。

 

「…はぁ」

(でも……)

 

レザーは再びため息をつく。レザーは心の中で思っていた。

 

___どうしても心配だ。ファルカに、会いたい……。

 

そう思った瞬間、レザーは視線を上げた。

 

その瞬間であった。

 

「よぉ、坊主」

 

「っ!?」

 

とある男の声が聞こえてきた事に、レザーは驚くように振り返る。

 

「ファルカ!?」

 

「ははは、こんな所にいたとわな…久しぶりだな、レザー。大体二週間か三週間ぐらい振りか?」

 

レザーは驚き、振り返るとそこにはレザーにとって待ち望んでいた人物がいた。

 

そこにいたのは待ち望んでいた西風騎士団の大団長であり、このモンドの平和を守る為に戦う騎士達の頂点にいる男、『ファルカ』であった。

 

「…ファルカ!!」

 

レザーは嬉しそうに大声を上げながら駆け寄り、そのまま勢いよく飛びついた。

 

「うおっと!」

 

ファルカはそんなレザーを受け止めると、レザーはそのままギュッと抱き着いてくる。

 

「良かった……!無事だったんだな……!」

 

「ははは!!俺があの程度で死ぬわけねぇーだろ!!…まあ、お前には迷惑かけたけどな。すまない、やらないといけない事が立て込んでしまってな……」

 

ファルカは申し訳なさそうに言うと、レザーは首を横に振る。

 

「いい……ただ、本当に、良かった……」

 

レザーは少し涙ぐむ。そんなレザーを見て、ファルカは片手でレザーの頭を優しく撫でる。

 

「おいおい、泣くんじゃねーよ……男が簡単に泣いて良いのか?ん~?ははは!!」

 

ファルカはからかう様に言いながら笑う。その姿はいつもの西風騎士団の大団長としての姿ではなく、一人の優しい父親のような姿だった。

 

「だって……心配だった……ごめん……」

 

「はは、ありがとよ」

 

ファルカはレザーの頭を優しくなでながら礼を言う。

 

「…ファルカ、それなんだ?」

 

ファルカになでられながらレザーはふと、ファルカの右手に持つ物に気付いた。

 

「ああ、これか。これは、“鉤爪”だ。レザー、お前の武器だ」

 

「鉤爪…?オレの、武器…?」

 

レザーはファルカの手に握られている鉄甲鉤のような武器、まるで狼の爪のように見えるそれを不思議そうに見つめる。

 

「はは、驚いた顔してるな。リサに相談して良かった。…それ以外にもこういうのもあるぞ」

 

ファルカは不思議そうにそれをじっと見るレザーに満足げな表情を浮かべる。そして背中に背負っていた物を取り出した。

 

「おお、…すごい」

 

レザーはそれを見て目を丸くする。それはかなり使い込まれていたのか、あちこちに傷があり、刃も多少はボロボロになっているものの、全体的には綺麗な形を保ち、切れ味の良さそうな大剣だった。

 

「だろ?こいつは昔、俺がまだ騎士団に入る前の間もない頃、俺が初めて手にした相棒だ。かつての俺、まだ西風騎士団に入る前の頃の俺はこれを使って来たんだ。今でも大切な思い出とも言える。……俺はこれらを、その鉤爪とこの大剣をレザー、お前にやろうと思う」

 

「なっ!?…あ、ありがとう」

 

ファルカはそう言いながら、レザーに鉤爪と自分の愛刀を渡そうとし、レザーは戸惑いながらもそれを受け取り、ずっしりとした重みを感じた。

 

「はは、戸惑った顔をしているな。無理もないがな……安心しろ。別に今すぐ使えと言うつもりはない。これから少しずつ慣れていけば良いさ。…だが」

ファルカは真剣な表情を浮かべる。

 

「レザー、いいか?よく聞け」

 

「……」

 

レザーはファルカのその雰囲気を感じ取り、思わず背筋を伸ばした。

 

「…レザー。あの日の、俺達とアビスの使徒率いるアビス教団との戦いの場にお前があの場にいて目撃してしまったことで、もしかしたら今後、何かしらの形でアビス教団がお前を狙ってくるかもしれない」

 

「え……!?」

 

レザーは驚いている様子だが、ファルカは続ける。

 

「そしてこのままではレザー、お前はもしかしたらアビス教団の手によって殺されるかもしれない。……あの日、アビスの使徒達と相対した場にいた者達を全員狙っているはずだ。あいつらは」

 

「……っ!」

 

「…」

 

レザーはその言葉を聞き、恐怖で体が震え始めるが、ファルカは厳しい目つきのままレザーを見つめる。

 

「レザー、いいか。お前には二つの道がある」

 

「…二つの、道?」

 

レザーは恐る恐ると聞き返すと、ファルカはゆっくりとうなずく。

 

「そうだ。まず一つは俺がお前をモンド城までに連れて行き、そのまま俺達西風騎士団の保護下に入る事だ。この選択ならモンド城内や西風騎士団と行動を共にしている限り、安全は保障される。だがこの選択の場合、モンド城にいない間や西風騎士が近くにいない場合はかなり危険な目に遭うかもしれないし、その間に俺達の目を掻い潜ったアビス教団の者達がお前を殺しに来る可能性がある…そして、何よりも_」

 

ファルカは少し悲しそうな表情をしながらも、レザーの目を見ながらはっきりと告げる。

 

「_もしかしたら、お前はもう、二度と『ルピカ』達、お前の家族に会う事が出来ないかもしれない」

 

「……!?」

 

ファルカの言葉にレザーはショックを受けたような表情をし、体を震わせる。ファルカの言っている事は理解できた。つまり、ファルカ達と一緒に行動すれば、少なくともレザーの安全は確保できるが、『ルピカ』、つまりレザーの家族である狼達と会う機会はほぼなくなる。逆に一人でいれば『ルピカ』達といられるが、それではその内、それこそもしかしたら明日にでもアビス教団がレザーに襲撃を仕掛け、レザーは命を落とす事になるだろう。

 

「…」

(ルピカ……)

 

レザーは頭の中で考える。確かに自分は人間の家族の温もりというものを知らずに生きて来た。だがそれでも、自分に優しくしてくれた『ルピカ』達との日々はかけがいのないものだった。そんな彼らと別れてまで、自分だけ生きる事に意味はあるのだろうか?

 

「……」

 

「…そして、もう一つの道」

 

ファルカは静かに言うと、レザーはビクッと反応する。

 

「それは、単純だ。お前自身が強くなること。ヒルチャール達やアビス教団の者達から自分の身を守り、そしてお前の『ルピカ』達を守れるほどに強くなることだ。そうする事でお前はお前自身の力だけでなく、自分の大切な存在を守る事が出来るようになる」

 

「……」

 

「レザー、俺はお前を一人の人間として尊重したいと思っている。だが同時に、俺は西風騎士団の一人の騎士として、お前を一人の人間として守る義務もあると考えている。だから、ここで決断しろ。お前はどうしたいか?何をすべきか?お前はどちらを選ぶ?」

 

「……」

 

ファルカはレザーに問いかけるが、レザーは何も答えられずにいる。だが、ファルカはレザーが何も言わなくても分かっていた。何故なら、今の彼は今にも泣き出しそうな顔をしながら必死に耐えていたからだ。だが、それでもファルカは敢えてレザーに聞いたのだ。

 

 

それは彼の覚悟を確かめるために。

 

 

「……オレは、オレは……オレは……っ!」

 

「………」

 

レザーは声を絞り出すように呟き、ファルカはその様子をただ見つめる。

 

「オレは、……オレは強くなりたい!離れたくない!!強くなりたい!!そして自分だけじゃなく、『ルピカ』を守れるようになりたい!!」

 

「そうか……それがお前の出した答えか」

 

ファルカはレザーが叫んだ言葉を聞いて、優しく微笑んだ。

 

「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ……っ!」

 

「……」

 

レザーは息を切らしながら、汗を流し、まるで全身に痛みを感じるような感覚に襲われながらもファルカを睨みつけるように見る。

 

「…レザー、よく言った。お前の決意と想い、そして覚悟はしっかりと受け取ったぞ。…さあ、ならば始めよう。レザー、まずは渡した鉤爪を装着し、そして大剣を手に取れ」

 

「分かった」

 

レザーは初めて見た鉤爪や初めて扱うことになった大剣に戸惑いながらゆっくりと装着し、そしてファルカから渡された大剣を手に持って、それをじっと見つめた。

 

「……重い」

 

「はは、最初は誰でもそういうものだ。そして、その重さに慣れるしかない」

ファルカは笑いながらレザーに言い聞かせる。

 

「よし、なら早速始めよう」

 

「え?っ!!」

ファルカはそう言うと自身の大剣をレザーに振り下ろし、レザーは突然の行動に驚いて反射的に大剣で防ぐが、衝撃で思わず体勢が崩れそうになった。

 

「ははは、思った通りだ。…悪くない動きだ」

 

「な、何を、何をするんだ!?」

 

レザーは驚きの声を上げるが、ファルカは特に気する様子をせずに大剣を構え直した。

 

「いきなりだが、これから俺はお前の相手になってやる」

 

「…本当か?」

 

レザーはファルカの言葉に驚くが、ファルカはうなずく。

 

「ああ、俺がお前の相手をしてやる…俺は騎士団の中で何かを教えるというのが、一番下手くそだからな。俺はお前に何かを教えるなんてことはしない。その代わり俺がお前に出来るのは、お前が疲れ果てて動けなくなるまで、練習相手や実験相手になってやるだけだ」

 

ファルカはそう言うとニヤリと笑った。

 

「…分かった」

 

レザーは真剣にうなずき、ファルカは満足げに笑う。

 

「なら、遠慮なくかかってこい。俺との実戦練習を通じて、何かを掴み取って見せろ」

 

「あぁ。…っ!!」

 

ファルカの言葉にレザーはこくりと首を縦に振ると同時に、勢いよく走り出すとファルカに斬りかかる。

 

「はははっ!」

 

ファルカは楽しげに笑い、レザーの大剣を自身の大剣で受け止めた。

 

 

 

◆◆◆

「…結構、降ってきたな」

 

「「「グルルゥ」」」

 

「「「ガルルゥ」」」

 

とある日の昼下がり、草原の中を行くレザーと『ルピカ』達は自分達の住処に向かって歩いていた。レザーは『ルピカ』達の鳴き声を聞きながら空を見上げると、雨雲が広がっていて、少しずつではあるが、ポツリポツリと小粒の水滴が落ちてきていた。

 

「皆、少し急ぐ」

 

「「「グルゥ!!」」」

 

「「「ガルゥ!!」」」

 

レザーは周りを歩く『ルピカ』達にそう言うと、レザーの『ルピカ』である狼達は元気よく吠えると、レザーと狼達は少し駆け足で歩き始めた。

 

ファルカがレザーに鍛錬を始めてから、数週間が経過していた。あの日以降、レザーは来る日も来る日も疲れ果てて動けなくなるまでファルカの実戦練習を受けていた。最初はレザー自身もどうすればいいのか分からず戸惑っていたが、徐々にファルカの動きや戦い方を理解していき、それを元にレザーはファルカとの実戦経験を積みながら徐々に戦いに関する技術を身に着け、戦いの勘を掴んでいった。

 

そうして今では、熊等の狼達に取って脅威となりえる大型の獣達や大型を含むスライム達、そして狩りをする上で今まで妨げとなってきたヒルチャール達とも対等に戦えるようになり、まだヒルチャール暴徒やヒルチャールシャーマン等を相手取る事は出来ないものの、それでも僅かな時間稼ぎ程度であるならば何とか出来るようになっていった。

そして今では、完全では無いものの狼達にとっての天敵であったヒルチャール達を対処したり、場合によっては通常の棍棒持ちや盾持ち、ボウガン使いのヒルチャール達の集団をレザーは一人で何とか撃退する事が出来るようになっていた事により、『ルピカ』である狼達を守る力を身に付けつつあったのであった。

 

「…強くなってきたな」

 

レザーは徐々に自分に打ち付ける水滴や風が強くなっていく中、呟くと同時に更に歩く足を速めた。

 

「…はぁ」

 

これは戻ったら、直ぐにでも雨に濡れた身体を拭かないと風邪を引くかもしれない。そんな事を考えながらレザーはため息をついた。

そして、その時であった。

 

「ツナージャ・スタージャ!!」

 

「ぐぁっ!?っ!?っぁ!?」

 

突如、レザーの背後に強烈な衝撃が襲い掛かり、それと同時にレザーは吹き飛ばされた事によって大剣を手放し、そして受け身を取ることなく地面に叩きつけられた。

 

「っ…い、今のは」

 

「「「「ガルッ!?」」」」

 

「「グルルルゥ!?」」

 

突然の出来事にレザーと『ルピカ』達は驚きの声を上げ、地面を転がって行ったレザーの元に駆け寄る。背後から何者かに攻撃を受けたレザーは顔を歪めながらもゆっくりと自分の背後を振り返る。

 

「ふんっ、一撃で仕留めるつもりだったが……思ったより頑丈だったようだったな」

 

「お、お前は…!!」

 

レザーは目を見開く。そこにいたのは、あの日、ファルカ達を襲撃したアビスの使徒達と共に同行していたアビスの魔術師、アビスの水の魔術師が宙に浮いて吹き飛んだレザーを興味深そうに眺めていた。

 

「…くっ、まさか」

 

「ふっ!!」

 

「ぐぁっ!?」

レザーは慌てて立ち上がろうとするが、それよりも先にアビスの魔術師が杖をレザーの方に向けて振りかざして、追撃するかのように大量の水の水球を放ってそれらがレザーに直撃して吹き飛んでいった。

 

「ほぉ……これでも死なないとは」

 

「っ、くそっ……」

 

アビスの水の魔術師は、吹き飛んで倒れ伏すレザーを見て感心したような声を上げ、そして倒れ伏したレザーはファルカの言葉を思い出す。ファルカ達とアビスの使徒達との戦いの場を目撃してしまったことで、もしかしたらアビス教団が自分を狙ってくるかもしれないという事を。

 

「…ぐっ」

 

「無駄な抵抗を」

 

レザーは激痛に表情を歪ませながらも吹き飛ばされた大剣を手に取るために腕を伸ばそうとし、そしてアビスの水の魔術師が呟いて再び杖をレザーに突き付けようとした時だった。

 

「「「ガァァルルゥゥ!!」」」

 

「「「グルゥァァッ!!」」」

 

「なっ!?」

 

「っ!?っ!!邪魔をするなぁ!!」

 

レザーを守ろうと彼のルピカである狼達が一斉に立ち上がり、そしてアビスの水の魔術師に向かって飛び掛かった。だが、狼達の鋭い牙と爪は宙に浮いていたアビスの水の魔術師に躱されてしまい、逆にアビスの魔術師が狼達を迎撃する為に杖を狼達に向かって振り下ろした。

 

「死ねぇ!!お前達もここで殺してやる!!」

 

「「ギャゥンッ!?」

 

「「ガァゥッ!?」」

 

アビスの水の魔術師の杖による攻撃が次々と『ルピカ』達に襲いかかって、彼らは悲鳴を上げる。狼達は必死になって攻撃を避けるがアビスの魔術師の水球や水弾が次々と狼達に襲いかかり、狼達の顔や身体に傷が出来上がり、傷から血が流れ出ていく。

 

「やめろ!!」

 

狼達の苦痛の叫びを聞きながらレザーは急いで立ち上がろうとする。だが、先程の攻撃によって全身に激痛が走るために、上手く立ち上がる事が出来ない。

 

「グルァッ!?」

 

「グァンッ!?」

 

一頭、また一頭と狼達は水魔法による攻撃を受け続け、次々と致命傷を負って地面に倒れ伏していく。

 

「「グルルゥッ!!」」

 

「「ガルルゥッ!!」」

 

だが彼らは致命傷を負おうとも決して諦める事は無く、レザーを守るために立ち上がって前に出てはアビスの魔術師に攻撃を仕掛け続ける。

 

「やめろ!!立つな!!やめろ!!やめろぉ!!」

 

レザーは叫ぶ。だが狼達は決して止まらず、次々とアビスの水の魔術師の攻撃を止めさせるために牙を剥き出しにして噛みつこうとしたり、それどころか流れ弾から倒れ伏しているレザーを守るために、自ら盾となって攻撃を受け続けた。

 

「ギャウンッ!?」

 

「あぁっ!?だ、大丈夫か!?」

 

狼達の一頭がアビスの魔術師の攻撃をもろに受けてしまい、レザーのすぐ近くに吹き飛ばされてしまう。そしてその光景を見たレザーは思わず叫び、激痛に顔を歪ませながらも這いつくばるようにして狼の元に向かう。

 

「グルルゥッ……」

 

「っ!?…っ!!」

 

レザーは思わず言葉を失う。そこにいたのは既に瀕死の重傷を負い、虫の息となっている狼の姿があった。

 

「…クゥン」

 

「…っ」

 

その狼は最期の時であると悟ったのか、まるでレザーに別れを告げるかのように小さく鳴き声を上げて、レザーを舌で舐める。すると舐められていたレザーは何かを悟ったように表情を歪ませると、ゆっくりと手を伸ばしてその狼の頭を撫でる。

 

「…」

 

「…っ」

 

そして、舐めていた狼は力尽きたのか、そのまま動かなくなった。

 

「……」

 

レザーの赤い瞳から一筋の涙が零れ落ち、そして彼は自分の無力を呪い、怒り、そして悲しみを抱いたまま拳を握り締める。

 

「…っ」

 

 

どうしてこんなことになってしまったんだ?

 

それはアビスの水の魔術師が奇襲を仕掛けたからか?

 

潜んでいたアビスの魔術師の存在に気付かなかった自分のせいなのか?

 

 

そんな事を考えながらもレザーはゆっくりと立ち上がり、顔を上げる。

 

「グルァッ!?」

 

「ガルルゥッ!!」

 

「…グゥ」

 

「しぶとい!!っ!!」

 

狼達はレザーを守らんと、死力を尽くしながらアビスの水の魔術師に立ち向かった。だが、アビスの水の魔術師の水魔法攻撃の前には全く通用せず、次々に狼達が吹き飛んでは倒れ伏していき、立ち上がってくる数も少なくなっていく。

 

「…」

 

「…クゥ」

 

そして、少し離れたところに倒れ伏している狼と目が合う。その狼は何かを語りかけるかのような表情を浮かべ、そして最後の力を振り絞ってレザーに視線を向ける。

 

「グルルッ……グァッ」

 

「…」

 

そしてその狼も力尽きたのか、レザーに語り掛けるような声を上げた後、目を閉じた。

 

「……」

 

レザーは顔を伏せる。その狼がレザーに対して何を言ったのかをレザーは理解できない。だが、それでも目の前にいる狼達が自分を守るために庇ってくれたのは間違いない。

 

「……オレ、弱い…だからなのか」

 

レザーは震えた声を上げる。弱いとこんな目に合ってしまう。大切な者達は傷つき倒れる。それが悔しくて、情けなくて仕方がない。

 

「…っ!!っぅ!!っぁ!!あぁっ!!」

 

レザーは吠えるかのように泣き叫んだ。自分が弱いからこんな目に遭う、大切な『ルピカ』をこんな目に遭わせてしまったとでも言うような後悔を抱きながら、レザーはただ叫ぶ。

 

「もっと力…もっともっと力を…皆を守る力を!!」

 

レザーは傷つき倒れていく狼達を見て、涙を流しながら心の底から叫ぶ。そして『覚悟』と『決意』、倒れ逝くルピカ達のその『瞬間』を瞳に宿しながら立ち上がろうとする。今も尚、レザーを守るために戦っている痛々しい姿の狼達を守りたいという思いを。そして今ここで自分のせいで死んでしまった狼達の思いに応えるため、自分を生かしてくれた彼らの思いを背負うという思いを抱いて。

 

 

するとその時であった。

 

 

 

「___っ!?」

 

レザーは顔をしかめて頭を抑える。彼の視界はなぜか歪み始め、身体に痛みが走って思わず目を閉じる。

 

「ぐっ……あっ……はぁ、はぁ、はぁ」

 

だが、幸いにも謎の頭痛や身体の痛みはすぐに治まり、レザーは深呼吸をして心を落ち着かせた。

 

「…っ」

 

そしてレザーはゆっくりと瞼を開いた。

 

「っ!?…こ、ここは!?」

 

レザーは目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。

 

 

 

目の前には襲ってきたアビスの魔術師がそこには居なく、またルピカである狼達も近くにはおらず、そして自分がいた草原の景色とは一変していたからだ。

 

 

 

「…」

 

レザーは信じられないと言わんばかりに呆然とする。その場所を一言で例えるならば、『星空の海』と言うべきだろう。

 

地面は無く、足元にあるのは夜空のように美しい光を放つ不思議な水のようなもの。そしてその不思議な水面のような物には、大空に浮かぶ様々な色に光る星々の光景が映っていた。

 

「…」

 

レザーは顔を見上げて、思わず息を呑む。そして、そんな時だった。

 

「っ…な、なんだ?」

 

とある方向から少し強い光を感じたレザーはそちらに振り向いた。

 

「…ぉぉ」

 

そこにあったのは、少し紫色に染まる空、その空を彩るようにそれぞれの星と星を移動した際に出来たのか、流れ星のような紫色に光る線、そして強い光を放つ星であった。それらを名付けるならば『狼座』とも呼べるものだろうか?その幻想的な星座が広がっている光景にレザーは言葉を失い、息をするのを忘れるほどに見入ってしまった。

すると突然、その『狼座』が眩い光を放ち始める。

 

「……っ!!」

 

レザーは『狼座』が放つ光が思った以上に眩しかったのか、咄嵯に少しだけ目を細める。

そしてレザーが目を細めた瞬間の時であった。

 

「___っ!?っぁ!?」

 

ドクンっと心臓が高鳴る音が聞こえたように感じ、レザーは思わず胸を押さえる。そして何かが自分の中に入ってくる感覚を覚えると、その次の瞬間にまるで雷が落ちてきたかのような衝撃を感じ、身体の中で稲妻のような痺れが起こる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

そしてレザーは少し苦しそうな表情を浮かべると、そのまま膝をつく。だが、幸いにもすぐにその状態は落ち着いた。

 

「…ん?__こ、これは!?」

 

そうして、胸を押さえていたレザーは胸と胸を押さえていた手の間に何かがある感触を覚え、ゆっくりと手を離す。そして、それを見てレザーは目を見開いた。

 

「…っ、誰だ!?」

 

そしてそれをじっと見つめていたレザーは、ふと自分の事を見つめる視線や何かの気配を感じてそちらに振り返ろうとした。

 

「ぐぁっ!?っぅ!?っぁ!?」

 

だが振り返ろうとした瞬間、レザーの視界が酷く歪んだかと思うと、今度は激しい頭痛に襲われ、頭を抱え込んでしまう。

 

「__っ!!っぁ!?」

 

そして、それと同時に音が聞こえなくなったり、耳鳴りが起こったりする。

 

「っ……あぁ……」

 

一体何が起こっているのか、それが分からずにレザーは目を閉じながら悶絶し、そのまま強烈な浮遊感のようなものに襲われる。

 

 

 

 

 

 

「…っ」

 

そうして少しした後に、頭痛は治まり、耳鳴りは止み、妙な浮遊感が治まり、レザーに感覚が戻ってくる。雨に打たれる感覚に、雨が地面を叩く音、風で揺れる草木の音、そしてアビスの水の魔術師の嘲笑と狼達の悲鳴。

 

「ぐっ!!」

 

レザーは瞼を開けて、近くにあった大剣に腕を伸ばして掴む。そしてそれと同時に、大剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がる。そして、アビスの水の魔術師や狼達の方に視線を向けた。

 

「ここまでしつこいとは、だがこれでようやくお前を始末できる」

 

「…っ!!」

 

レザーはこちらに顔を向けるアビスの水の魔術師、そして生死は不明だが、周囲に倒れ伏している全ての狼達の姿を確認すると同時に、怒りに満ちた形相を浮かべながら歯軋りした。

 

「…オレ、オマエを、許さない___!!」

 

そして、レザーはアビスの水の魔術師に殺気を込めた鋭い眼差しを向けた。

 

「はんっ、何を言っている?その状態のお前に何ができるんだ?」

 

アビスの水の魔術師はレザーの姿を見て鼻を鳴らす。

 

今のレザーの状態は酷いもの。全身には無数の傷があり、一部の傷からは血が流れだしている。

「…」

 

だが、レザーは痛みなど全く気にせずにアビスの水の魔術師を睨みつけながら深呼吸する。そしてそれと同時にレザーは無意識ではあるが、ある思いを抱く。これ以上狼達を傷つけさせるわけにはいかない、絶対に守り抜く。そして死んでしまった彼らの思いも背負うと。

 

「……っ」

(___守りたい、復讐する)

 

レザーは目を瞑る。

 

「っ!!な、なんだ!?」

 

刹那、レザーの周囲に稲光のようなものが発生し始める。それは今の彼の憤怒の感情を表すかのように、バチッという音を鳴らしながら徐々に激しくなっていき、憤怒の雷電が彼の身体に纏わりつき、それを目にしたアビスの水の魔術師は思わず一歩後ろに下がる。そして勘づく。

 

「お、おい、ま、まさか!!そ、その力!?“元素力”か!?」

 

「…っ!!」

 

レザーは瞑った目を開くと同時に大剣を握ってない方の手を開かせる。

 

「そ、それは"神の目"!?」

 

アビスの水の魔術師はレザーが握っていた物に気づくと驚愕の声を上げる。

そう、レザーの手にあったのは雷光のような紫色の輝きを放つ神の目、雷の神の目がレザーの掌に存在していたのだ。

 

「___」

 

そして、レザーは目を鋭くさせながら神の目をさっと服に身につける。

 

「__っ!?」

 

そして、その瞬間だった。レザーの身体から雷元素が放出されたかのように、更なる雷電が発生し、終いにはレザーの近くに幾つもの落雷が着雷した。そしてその光景にアビスの水の魔術師は驚き、そして身体が震えだす。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

レザーは肩を大きく揺らしながら荒く息をする。レザーの乱れた雷電の力はまるで、この場に存在する全てを威嚇するように周囲へと拡散していく。

 

「っぅぅ!!グルァァッ!!」

 

レザーは吠えるかのように声を出すと、大剣を握る手に力を込めて、大剣を持ち上げた。

 

『__ウォォォンッ!!』

 

そしてその瞬間、レザーの雷電の力に呼応するかのように、レザーの背中から"それ"が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

「…そうだ、思い出した。オレ、オレは」

 

レザーはゆっくりと目を開けながら、自分の心臓部分に触れていた胸に添えるように当てていた手を離す。

 

「ふっ!!はっ!!」

 

「「イヤァッ!?」」

 

「「ヤァゥッ!?」」

 

目を見開いた先に広がっていたのは、灰色の璃月人の服装をし黒い髪に灰色の髪が混じった男、瞬詠が全てを思い出すために無防備になっていたレザーを守るために、レザーに襲い掛かかろうとしたヒルチャール達に対して、倒したアビスの氷の魔術師から奪った魔法の杖を槍のように扱い、次々と薙ぎ払ったり突きを放ち、またレザーに直撃しそうになったヒルチャールのボウガンの矢を鉄扇で的確に別のヒルチャールの方に弾き飛ばして防いだりと、たったの一人で大勢を相手にしている光景であった。

 

「ヤァゥッ!!」

 

「ぐっ!?っぅ!!…はははっ!!この程度の痛みぃ!!もうとっくのとうに慣れているんだよっ!!ふんっ!!はぁっ!!」

 

「イギャァ!?」

 

「ギャァゥッ!?」

 

「っ!!」

 

だがレザーはその光景を見て目を見開く。

 

瞬詠はヒルチャール相手に無双しているが、瞬詠はここまでに炎と氷のアビスの魔術師達の相手や数多くのヒルチャール達を相手にしていた事、また瞬詠のここまでの経緯でアンバーと共同でヒルチャール暴徒を含めたヒルチャールの集団を相手にしたり、瞬詠を捕縛しようと彼を追いかける西風騎士団や千岩軍から逃げ回っていたことから、流石に連戦かつ長時間の戦闘により体力の限界を迎えつつあるのか、動きに精細さが欠けていた。そのため、ヒルチャールの攻撃を躱したり弾いたりするのが遅れ始めていて危うい場面が出始めており、ボウガンの矢が掠ったり、ヒルチャールの棍棒による一撃をもろに受けたり、明らかにダメージを負ってしまうことが増えてきてしまっていた。だがその状況下、瞬詠は己に気合を入れるように叫んで自らを奮い立たせて、疲れ切っているはずの更に激しく身体を酷使し、レザーを死守すべべく、迫りくるヒルチャール達相手に果敢に立ち向かっていったのだ。

 

「っ!!」

 

レザーは瞬詠の痛々しい姿ながらも、相手を威圧するような鋭い眼光や、口角を上げながら笑みを浮かべるその姿に胸が締め付けられるような感覚を覚え、拳を強く握りしめながら歯噛みする。その姿はかつてのレザーを守ろうとするためにアビスの水の魔術師に死力を尽くして立ち向かい、そして命を散らしていった『ルピカ』達そのものであった。

 

「___これ以上、奪わせるか!!」

 

レザーは叫び、そしてとある思いを抱く。それは神の目の本来の力を発揮させるための二つの鍵。

 

「__っ!!」

(瞬詠、守る!!)

 

一つはアビスの魔術師達から大切な者達を守りたいという思いを。

 

「__っぅ!!」

(オレは__!!)

 

そしてもう一つはあの日、雨が降っていたあの日。レザーの人生で最も険しい分岐点とも言えるあの日。アビスの水の魔術師の襲撃を受け、自分のせいで死んでしまった狼達の思いに応えるため、自分を生かしてくれた彼らの思いを背負うという思いを。

 

「__頼む!!オレに!!」

(オレに、力を貸してくれぇっ!!!!)

 

レザーは心の中で強く叫ぶ。無意識でありながらもあの日のトラウマを思い出さないために、忘れ去ってしようとしてしまったことにより、自分を生かしてくれた彼らをもいつの間にか忘れてしまっていた事を後悔しながらも、改めて今ここで彼らの思いを背負うのだという覚悟と決意を抱いて。

 

「グルルルァー!!」

 

刹那、レザーが吠えると同時にレザーの雷の神の目が光り輝き始める。その光は雷光の如く眩き、そしてレザーの雷の神の目と共鳴するかのように雷鳴のような轟音と共に、瞬く間に周囲を照らしていき、レザーの周囲に落雷が発生していく。

 

「っ!?レザー!?」

 

「「「イヤァッ!?」」」

 

「「「ヤァゥッ!?」」」

 

その瞬間、瞬詠とヒルチャール達は突如現れた強大な雷元素の力に驚愕し、目を見開きながらレザーの方へと視線を向ける。

 

「瞬詠に手を出すなぁ!!アァー!!どけぇ!!」

 

「「ヤァゥッ!?」」

 

「「ギャァゥッ!?」」

 

「レザー!?」

 

そして次の瞬間には、その身に雷電を纏わせたレザーが瞬詠に襲い掛かろうとしていたヒルチャール達を、大剣で吹き飛ばし雷を纏わせた鉤爪で切り飛ばしていき、瞬詠はレザーの突然の行動に驚きの声を上げた。

 

「オレ、死なせない!!瞬詠、死なせてたまるか!!んあァぁ!!」

 

レザーは瞬詠に背中を向けて、ヒルチャール達と相対するように立ち塞がり、大剣を地面に突き刺して遠吠えするように声を上げると、レザーの全身から更なる雷元素が放出される。

 

その時であった。

 

『__ウォォォンッ!!』

 

「っ!?そ、それは!?」

 

「「「ヤァッ!?」」」

 

「「「ヤゥッ!?」」」

 

瞬詠はレザーの背中から現れた“それ”に目を見開き、“それ”を見たヒルチャール達は怯えた様子を見せる。

 

『__グルルゥッ!!ガルルゥァッ!!』

 

何故ならそれは、レザーの背後に出現したのは稲妻のような紫紺色のような体毛に覆われ、そして周囲には強烈な雷元素を放っているためか、バチバチという音を立てながらヒルチャール達を威圧するように吠える、レザーよりも大きい狼、“雷狼”の姿があったからだ。

 

「な、なんだ!?なんだ!?それは!?」

 

そしてこの場にいるヒルチャール達を指揮していたアビスの水の魔術師は、レザーの背後から現れた巨大な狼の雷狼の姿を見て動揺したように叫ぶ。

 

「よし!!レザー!!上手く行ったようだな!!流石だ!!『役割』を果たせると信じてた!!レザー!!行けぇ!!アビスの水の魔術師を倒せ!!」

 

「あぁ!!任せろ!!瞬詠!!アビスの水の魔術師、オレが倒す!!瞬詠!!ヒルチャール達、頼む!!グルァぁッ!!」

 

「おうよ!!行くぞ!!」

 

レザーは瞬詠の言葉に応え、瞬詠もレザーの言葉に応えるとと同時に、二人は一斉に駆け出す。

 

「く、来るなぁ!!」

アビスの水の魔術師は駆け出したレザーに対して慌てて魔法の杖をレザーに向けて、大量の水球や水弾等の魔法を撃ち放っていく。しかし、それらはレザーの機敏な動きで避けられてしまい、レザーはアビスの水の魔術師へと迫っていく。

 

「「「ヤァッ!!」」」

 

「「「ヤァゥッ!!」」」

 

そしてレザーのそれを見ていたヒルチャール達はアビスの水の魔術師の元には行かせまいと言わんばかりに、棍棒を持って襲い掛かったりボウガンの矢をレザーに向かって放っていく。

 

「おっと、お前らの相手は俺じゃなかったのか?ふんっ!!っ!!ふっ!!」

 

「「「イヤァッ!?」」」

 

「「「ヤァゥッ!?」」」

 

だが、その次の瞬間にはアビスの水の魔術師の元に駆けるレザーとレザーを追いかけるヒルチャール達の間に瞬詠が割り込み、奪ったアビスの氷の魔術師の杖を槍のように使って、薙ぎ払うようにしてレザーの元に接近していたヒルチャール達を振り払ったり、鉄扇でボウガンの矢を弾き飛ばし、また隙を見せたヒルチャール達を利用して、彼らをボウガンの矢を放っていたヒルチャール達目掛けて、蹴り飛ばしたり腕を掴んで投げ飛ばしたりすることで、レザーへの攻撃を防いでいく。

 

「アーー!グルァー!!ぁぁー!!」

 

『グルァッ!!グルゥッ!!グルゥァッ!!』

 

「ぐっ!?っ!?っぁ!?」

 

そして遂にアビスの水の魔術師の元に辿り着いたレザーは、自身の雷元素の力を纏わせた鉤爪や大剣を振るってアビスの水の魔術師が展開している水のバリアーに攻撃を与えていき、レザーの背中にいる雷狼もレザーに追撃するように、雷電を纏わせた自身の鋭い爪で、アビスの水の魔術師が展開する水のバリアに傷を付けていき、次々とヒビを入れていく。

 

「___オァァッ!!貫けぇっ!!」

 

『___ウォォォンッ!!』

 

「っぁ!?ギャァァッ!?」

 

レザーは大剣を振り上げ、アビスの水の魔術師が展開する水のバリアに出来た大きな亀裂目掛けて振り下ろす。そしてそれと同時に雷狼もレザーに呼応するかのように雄たけびを上げるように吠えると同時に、雷狼が纏っていた雷電の爪でアビスの水の魔術師のバリアを斬り裂くように振り下ろす。その結果、遂にアビスの水の魔術師のバリアは限界を向かえたのか砕け散り、アビスの水の魔術師の元にレザーの大剣の一撃と雷狼の鋭い雷の爪の一撃が直撃し、アビスの水の魔術師は悲鳴を上げながら、手に持っていた水の魔法の杖を手放しながら吹き飛ばされた。

 

「ぐっ、はぁ、ぁぁ」

 

そして派手に地面を転がって行ったアビスの水の魔術師はダメージが大きすぎたのか立つことが出来ず、その場でうずくまる。

 

「「「イヤァァッ!?」」」

 

「「「ヤァァゥッ!?」」」

 

そしてそれを見てしまったヒルチャール達は悲鳴を上げる。自分達を指揮していたアビスの炎の魔術師、水の魔術師、氷の魔術師のうち、氷の魔術師に続いて水の魔術師までもが倒されてしまったのだ。それにより阿吽絶叫のような声を上げて慌てふためいて、更にヒルチャール達は混迷していき始めた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、っ、ははは」

『グルルゥッ』

 

レザーは吹き飛ばしたアビスの水の魔術師を見て、肩で息をしながらも彼を倒したことを確認する。そして、雷狼はやったなとでも言いたげにレザーの頭を撫でて、レザーの表情が少し緩んだように見えた。

 

「レザー」

 

「瞬詠」

『グルゥッ』

 

そこに吹き飛んだアビスの水の魔術師が持っていた魔法の杖を拾い上げた瞬詠が現れ、レザーに声をかけると、レザーと雷狼は瞬詠の方に顔を向ける。

 

「やったな、レザー」

 

「あぁ!!これで後はあの炎の魔術師だけだ!!」

『グルルゥ!!』

 

そしてレザーと雷狼、瞬詠はアビスの炎の魔術師の方に視線を向ける。

 

「っ!?くそっ!?ど、どうすれば!?」

 

レザーと雷狼と瞬詠に追い詰められたアビスの炎の魔術師は、完全に動揺していた。

 

「「ヤァゥッ!?」」

 

「「ヤァッ!?」」

 

そしてアビスの炎の魔術師の元に集っていたヒルチャール達も、怯えるかのように身体を震わせながら後ずさりする。

 

「…丁度、“一分半後辺り”か」

 

「…瞬詠、どうした?」

レザーは空を見上げていた瞬詠に対して、不思議そうに首を傾げる。すると瞬詠はレザーの方へと顔を向けて口を開いた。

 

「…レザー、それとお前に頼みがあるんだが、あそこにいるアビスの炎の魔術師達はレザーに完全に任せていいか?」

 

「オレがか?…大丈夫だ、オレに任せろ」

『グルゥッ』

 

レザーは一瞬不安そうな表情を浮かべる。だが、先ほどアビスの水の魔術師を仕留めたことを思い出し、自分になら出来ると考えて、自信満々に返事をし、雷狼も任せとけと言わんばかりに腕を組みながら頷いた。

 

「あぁ、任せたぞ。俺はそこで寝転がっているアビスの水の魔術師に聞かなきゃいけないことがあるからな」

 

「聞かなきゃいけない事?」

 

レザーは瞬詠の言葉を聞いて、地面に倒れているアビスの水の魔術師に目を向けた。

 

「そうだ。こいつらが口々に言っていた”神聖なるこの日”、’指導者たる”あの御方”’、それに“姫様”って言っていたことが気になってな。それを聞き出す必要がある。アビス教団は今日この日に、いったい何をやらかそうとしているのか、それに’指導者たる”あの御方”’、そしてアビス教団の言う“姫様”は何者なのかをな…まぁ、取り合えず頼んだぞ。俺はレザーと共に行かないが、俺の代わりに“彼ら”がレザーを援護、支援してくれる手筈になっているから、取り巻きのヒルチャール達は心配するな。…まぁ、既に氷の魔術師と水の魔術師が俺達に倒されたことによって、あいつらは大混乱に陥っているし、もはや戦意喪失している奴もいるみたいだから、もう大した脅威にはならないだろうがな」

 

瞬詠はアビスの炎の魔術師とヒルチャール達を横目に見ながら言った。

 

「それに、もうそろそろ“アビスの炎の魔術師は攻撃を行う事が出来なくなる”しな。まぁ、レザー任せたぞ」

 

「わかった、瞬詠。オレに任せろ」

 

「おうよ」

レザーはそう言うと瞬詠と別れてアビスの炎の魔術師の元へと駆け出し、瞬詠は倒れこんでいるアビスの水の魔術師の元に歩き出した。

 

「はぁ!!はぁ!!ガァァ!!」

『グルァァッ!!』

 

「く、来るなぁ!!こっちに来るなぁ!!近づいてくるなぁ!!っ!!っぅ!!お前達も何とかしろぉ!!」

 

「「「ヤァッ!!」」」

 

「「「ヤァゥッ!!」」」

 

レザーと雷狼はアビスの炎の魔術師の元に駆け出し、自分の元へと駆け抜けていく姿を見たアビスの炎の魔術師は、焦りながら炎球を放ちつつ、ヒルチャール達に叫び、ヒルチャール達も慌てながら棍棒で襲い掛かったり、ボウガンの矢を撃つ。

 

「っ!!ガァゥ!!アー!!」

『グルルルゥッ!!』

 

「「ヤァッ!?」」

 

「「ヤァゥッ!?」」

そしてレザーは飛んできた火の玉とボウガンの矢を巧みに躱し、接近してきた棍棒持ちのヒルチャール達を鉤爪や大剣、またレザーの背中にいる雷狼と共撃しながら撃退していく。

 

「っ!!ちっ!!」

 

「「ヤァッ!!」」

 

「「ヤゥッ!!」」

 

しかし、ヒルチャール達にとって最後の指揮者であるアビスの炎の魔術師を守るために決死の覚悟でレザーに攻撃を仕掛けたり、またアビスの炎の魔術師自身の炎の攻撃とボウガン持ちのヒルチャール達による遠距離攻撃によって、上手く距離を詰められずにいた。

 

そして、その時であった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、っ!!」

 

刹那、空が光る。空は稲光を纏い、その稲妻の光が次々とレザーやアビスの魔術師達のいる地表に落ちていく。

 

「っ!!…水?」

 

レザーは空を見上げる。すると空は黒く染まっており、その次の瞬間から雨が降り始めた。それはまるで滝のような大雨。雷鳴も鳴り響いており、激しい雷雨が地上に降り注いでいたのであった。

 

「…雨か」

 

レザーは思わず呟いた。

 

「くそっ!!」

 

その時、アビスの炎の魔術師が悪態をつく。レザーはその言葉を聞いて、アビスの炎の魔術師の方に視線を向けた。

 

「ちっ!!これじゃあ、攻撃がっ!!」

アビスの炎の魔術師は自分が展開しているバリアーの方に杖を向けていた。アビスの炎の魔術師が展開していた炎のバリアは雷雨による雨による蒸発反応が発生してしまったことで、バリアに非常に小さいながらもヒビが入り始めており、そのヒビを修復しつつなんとかバリアを維持しようと、アビスの炎の魔術師は自身の魔力をそちらに振り分けたため、攻撃が完全に止んでしまったのだ。

 

「___そうか、そういうことか!?」

 

レザーはそれを見て何かに気づいたかのように目を見開く。瞬詠が言っていた“一分半後辺り”と“もうそろそろアビスの炎の魔術師は攻撃を行う事が出来なくなる”という言葉。つまり、この状況の事を指していたのだ。

 

「……」

 

レザーは瞬詠の方にチラッと視線を向けた。

 

「おぉ、ちょっとずれたがちゃんと降って来たな。良かった、良かった。…んで?お前さん達はここら辺で何をしようとしたんだ?それと’指導者たる”あの御方”’や“姫様”って何者なんだ?お願いだから、教えてくれないか?」

 

「ぎゃあああっ!?痛い!!痛い!!やめろ!!やめろぉ!!」

 

瞬詠は倒れこんでいるアビスの水の魔術師の背中を踏みつけつつ、時折蹴りを入れたり、奪ったアビスの氷と水の魔術師の魔法の杖で叩きつけていた。

 

「はぁ、中々情報を吐いてくれないな…こんなことならロサリアの奴やキャンディスさんの言っていた拷問のコツの話を真面目に聞いておけばよかったかもな」

 

「ぎゃあああっ!!」

 

瞬詠は足元で絶叫するアビスの水の魔術師の声を聞きながら、ため息をついた。

 

「まぁ、俺の仕事は別に拷問が本職という訳では無いしな…っ」

 

瞬詠はそう呟くと同時にレザーとアビスの炎の魔術師達の方に視線を向ける。

 

「___今だぁ!!行けえぇっ!!」

 

瞬詠は雷鳴轟き豪雨が降りしきる中、叫んだ。

 

「「「グルルゥッ!!」」」

 

「「「ガルルゥッ!!」」」

 

「っ!?『ルピカ』!?」

 

そして、瞬詠が叫ぶと同時に草むらから多くの狼達が一斉に飛び出し、レザーの邪魔をする棍棒を持ったヒルチャール達やボウガンの矢をレザーに放っていたヒルチャール達に突っ込んでいき、レザーはその光景を目にして驚く。

 

「「イヤァァッ!?」」

 

「「ギャァゥッ!?」」

 

「な、そんなところにそんな数の狼がいたのかっ!?」

 

狼達の奇襲を受けたヒルチャール達は狼達に襲われて大混乱に陥る。狼の突進を受けてもろに吹き飛ばされたり、鋭い牙や爪で噛みつかれたり引っ掻かれ、ボウガンや棍棒を落としてしまい丸腰になってしまうヒルチャール達や、狼達から必死に逃げ回るヒルチャール達も現れ、そしてまさかの事態に陥ったアビスの炎の魔術師は動揺した声を上げた。

 

「っ!!そういう事か!!…ガァァ!!」

 

「「グルルゥッ!!」

 

「「ガルルゥッ!!」」

 

レザーは瞬詠が言っていた“彼ら”が『ルピカ』達である事を悟りレザーは、大剣を握りしめる。そしてレザーは『ルピカ』達や瞬詠が作り出してくれた攻撃チャンスを逃さないと言わんばかりに、アビスの炎の魔術師に向けて走り出し、そして一部の『ルピカ』達もレザーに追伴するように駆け抜けていく。

 

「ふんっ!!はっ!! ガルルルー!」

『グルァッ!!ガルゥッ!!ガルルル!!』

 

「「グルルァッ!!」

 

「「ガルゥッ!!」」

 

「がっ!?ぐぅっ!?」

 

そして遂にアビスの炎の魔術師の元に殺到したレザーと『ルピカ』達は連携しながら、アビスの炎の魔術師に攻撃を加えていく。

 

「っ!?くそっ!!」

アビスの炎の魔術師が展開していた炎のバリアはただでさえ雨が降ってきたせいで蒸発反応が発生し、ヒビが入り始めていた所にレザーの雷を纏わせた鉤爪に雷狼の攻撃による過負荷反応、また狼達の引っ搔きや大剣による攻撃によってバリアのヒビが拡大していき、アビスの炎の魔術師は焦っていった。

 

「___くそっ!!こうなったら!!ファウッ!!」

 

「っ!?消えた!?どこに行った!?」

 

『グルァッ!?』

 

「「グルゥッ!?」」

 

「「ガルゥッ!?」」

 

そしてアビスの炎の魔術師は何かを決断すると、赤い光を放ちながらレザー達の目の前から消え、レザー達は突然の事に驚き動きを止める。

 

「邪魔だぁ!!」

 

「っ!?ちっ!!」

 

次の瞬間、アビスの炎の魔術師は瞬詠とアビスの水の魔術師の真上に現れ、瞬詠目掛けて炎の球を放つ。そしてアビスの水の魔術師の背中を踏みつけていた瞬詠は舌打ちをしながら飛び上がり、アビスの炎の魔術師の攻撃をかわした。

 

「っ!!しっかりと捕まれ!!__」

 

「ぐぅっ」

 

「っ!!逃がすか!!__」

 

そうしてアビスの炎の魔術師はぐったりとしている仲間のアビスの水の魔術師の身体を抱えてワープしようとし、瞬詠は咄嗟にアビスの炎の魔術師目掛けて奪ったアビスの水の魔術師の杖で突き刺そうとする。

 

「__ファウッ!!」

 

「__ちっ!!どこに行った!?」

 

だが、間一髪でアビスの炎の魔術師は赤い光と共に再び姿を消し、瞬詠の一撃は空を切った。

 

「っ!!しっかりしろ!!」

 

「っぅ」

そしてその次の瞬間、今度は瞬詠に利用された味方の攻撃によって吹き飛ばされて倒れこんでいて、意識がはっきりしていないアビスの氷の魔術師の傍に現れた。

 

「っ!!ここから離れるぞ!!二人とも!!お前達!!撤退!!撤退だ!!今すぐこの場から退却しろ!!ファウッ!!」

 

アビスの炎の魔術師はそう言いながら、もう片方の腕でアビスの氷の魔術師の身体を支えてワープする。

 

「「「イヤァァ!!」」」

 

「「「ヤァァゥッ!!」」」

 

そしてアビスの炎の魔術師の合図を聞いたヒルチャール達は、我先にと一目散に逃げ始める。

 

「…逃げていくな」

 

「「「グルルゥッ」」」

 

「「「ガルルゥッ」」」

レザーは大慌てで背中を向けて全力で逃げ出すヒルチャール達を見てそう呟くと、他の『ルピカ』達もレザーの元に集まる。

 

「キャウン!!」

 

「クゥンッ!!」

 

「わっ!?えっ」

 

そしてルピカ達はレザーを押し倒すように覆い被さり、レザーはルピカ達に押し倒されて舐められる。

 

「っ…良かった…」

 

「「ワフッ!!」」

 

「「「ウォォォンッ!!」」」

 

「ははは」

ルピカ達はレザーが無事で安心したのか嬉しそうな声を上げ、またアビス教団のアビスの魔術師達やヒルチャール達を撃退したことに喜んでいるようでもあり、勝利の雄たけびを挙げるかのように遠吠えをしていた。そしてレザーはそんなルピカ達に少し戸惑った表情を浮かべながらも笑みを零していた。

 

「…本当は、早くこの場から離れたいんだが…まぁ、良いか」

 

そしてレザー達の元に歩み寄っていた瞬詠は、そんなルピカ達とレザーの様子を見ながら笑みを零した。




次回はいよいよ『第2幕エピローグ・アビス教団編』です。

また、今回の解説は主に既存の情報の整理が中心であり、考察部分については神の目を得る条件や各元素入手時の傾向、また代償に関しての軽い考察のみであるため、前回みたいにストーリーに深く関わってきそうな重要なネタバレは無いので安心して下さい。

以上、よろしくお願いします。

追記1
文字間隔の調整を行いました。

―――
◎解説
・神の目(『神の目その物』、『神の目の入手条件』、『各元素入手時の傾向』、『神の目入手時の代償』)について
『神の目』については、それぞれ『神の目その物』、『神の目の入手条件』、『各元素入手時の傾向』、『神の目入手時の代償』がありますが、まず『神の目その物』についてを整理すると、神の目自体は“ごく一部の選ばれた人間のみが扱う事のできる特殊な外付けの魔力器官”であり、それは大雑把に言えば“抗えぬ運命を前にした時の人生の最も険しい分岐点に対峙した時、その渇望が極致となって、神の視線(俗世の七執政、七神によるものでは無い。(雷電将軍の神の目のボイスにてそのことを確認できます))が自分に降りた時に現れる物、それが神に認められし者が得られる外付けの魔力器官、元素の力を引き出す「神の目」”という事です。そしてこの部分に関してはどこか別の機会があれば解説したいと思いますが、神の目の所有者は、“神になる資格を持っており、その者のことを「原神」と呼び、「原神」達は死後、天空の領域(またの名を天空の島※おそらく“セレスティア”の事かと思われる)に登る資格が得られるという事になっています”。つまり七神では無い何者、例えば“セレスティアにいる七神よりも上位の存在の者”、もしくは“テイワットの世界そのもの”が選別し、与えているのでないかと思われます。また、神の目と元素力については、まだ完全に確定しているわけではないのですが、大方は“神の目に込められた願望と引き換えに、その神の目が宿している元素の力が発揮する物”と見て問題は無いのではないかと思われます。
次にここから考察になりますが、『神の目の入手条件』についてを簡単に説明しますと、神の目を入手する際には、前提として必ず何かしらの『覚悟』や『決意』、また『信念』等を抱いているのではないかと思い、これらと雷電将軍(影)が言っていた神の目の言及について(「~重要なのは、人々の「願望」、そして…」)との事から考察するには、『自分が為すという“強い意志”』と『“願い”や“思い”』、また“そして…の”部分には『その他の要因として“代償”』なのではないかと、作者個人的には考えられました。
そして『各元素入手時の傾向』については、それぞれ“炎”、“水”、“風”、“雷”、“草”、“氷”、“岩”元素があり、それらは神の目を入手した際のキャラが取り巻く、周囲の環境や境遇によって左右されているのでは無いかと考えられました。具体的に本編では主にファルカ(オリジナル設定)の氷元素の神の目とレザーの雷元素の神の目について深く取り扱っていたので、この2つの元素で説明すると、氷元素の場合ならば、自分自身の矛盾等と向き合ったり、窮地を乗り越える事で神の目が得られたのではないのかと思いました。例えばキャラストーリーを見るに生まれのせいで疎外されてきたエウルアが自分自身と向き合い、そして自分だけの優しい復讐の道を見出した瞬間の時。半仙であるが故に人に馴染めないと感じていた甘雨が、初代の璃月七星が人々の手でより完璧な国を作り上げるための補佐を必要だとして甘雨に任を出した際、甘雨もその時に仙獣と人間の混血としての自分を見つめ直したうえで、彼女はこの任を引き受けて七星の秘書となり、そして二つの種族の架け橋となることを選択した時。家柄の関係で友達がいない神里綾華が、病床の母と疲労した兄の姿を見て一人前に成長しなければと決意し、剣術の訓練を続けて遂に敵を一撃で倒すことができるようになったその日、剣術においてであるが一人前に成長した時、などです。つまり、『ハードな人生かつ、かなり特殊な境遇を送っているキャラ』がこの氷元素の神の目を手にしていることが多いのではないかと思います。また雷元素の場合であるならば、窮地に追い込まれた時、または死に近い経験をしたことがある時か大切な何かを失った時、または大切何かを失いかけた時であると思われました。これも具体的に、本編のレザーのようにルピカ達がアビスの魔術師に傷つけられ、惨死させられたのを見ていた時。刻晴(時期と経緯が明かされていないため、完全に憶測になります)が、岩王帝君の信徒が大多数の璃月で帝君につくことが正しいという風潮が圧倒的に強い中、貴族かつ名門出身であるにも関わらず彼女の“「人」として生まれたのなら、「人」としての誇り、「人」としての考えも大事にすべきだ”という異端な考え、また現在の経済建設に力を入れる事よりも、信仰型の投資が主流となってしまっている事から、もしもいつか今のだらしなく弱い考えしかを持っていない璃月人達に対して、帝君が存在意義のない人間として愛想を尽かして守らなくなり、その責務を履行しなくなった時にどうするのかという問題や危機感を覚えていた事から、彼女は自身の考えや信念を元に帝君と違った意見を主張し、それを率先して行動に移して、新たな時代を切り拓いていくリーダーに自分はなるべく行動を続け、その中の幾度もない挫折の中で、彼女の商売人としての人生が窮地に追い込まれてしまった時。九条裟羅の幼かった頃の彼女が魔物との戦いで羽を傷付けられ、崖から落とされて傷ついた翼を開くことができず、絶望しながら地面へと落下していった時、等です。つまり『人生のどん底に突き落とされたかのような苦渋や、一生付きまとう程の後悔、また忘却することは出来ず、ある意味トラウマになるほどの絶望を味わされたキャラ』が雷元素の神の目を手にしていることが多いのでは無いのかと思いました。
以上から、それぞれの各元素には入手時に、『自分が為すという“強い意志”』と『“願い”や“思い”』、また『その他の要因として“代償”』、それに加えて『本人を取り巻く環境や状況』によって、各元素という分岐してそれぞれの元素の神の目を手に入れているのではないかと思います。
最後に代償は、氷元素の場合なら生涯矛盾した環境に置かれ続け、周りの大勢には本人の真意を理解される事は無い事。雷元素の場合なら、本人にとっての何か大切な事ややりたい事を行う為の時間が足りない、もしくは本人の寿命が短命であるが故にそれを完全に叶える事は出来ない事であり、それは望みが完全に叶う事は無いという事なのではないかと思いました。
結論として、これらを纏めると神の目の入手条件と元素が分岐する際の傾向、代償は以下の通りになるのではないかと思いました。

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◎各元素の神の目入手時の傾向とその時の代償について
〇神の目の入手条件
・自分が為すという“強い意志”
・強い“願い”や“思い”を抱く事
・その他の要因として“代償”

〇各元素分岐傾向(本人を取り巻く環境や状況)
:氷元素
・自分自身(の矛盾)と向き合う。
・窮地を乗り越える。
⇒『ハードな人生で、かなり特殊な境遇を送っている』キャラが氷元素の神の目を手に入れやすい。

:雷元素
・窮地に追い込まれた時、または死に近い経験をしたことがある時。
・大切な何かを失った時、または大切何かを失いかけた時。
⇒『人生のどん底に突き落とされたかのような苦渋や、一生付きまとう程の後悔、また忘却することは出来ず、ある意味トラウマになるほどの絶望を味わされた』キャラが雷元素の神の目を手に入れやすい。

〇代償
:氷元素
⇒矛盾した環境に置かれ続け、周りの大勢には本人の真意を理解される事は無い事。
:雷元素
⇒本人にとっての何か大切な事ややりたい事を行う為の時間が足りない、もしくは本人の寿命が短命であるが故にそれを完全に叶える事は出来ない事。





※尚、前回に引き続き考察や解説ではもしかしたら作者の知識不足や認識不足のせいでおかしくなっている所があるかもしれません。ですので、もしもありましたら暖かい目で見ていただけると助かります。よろしくお願いします。


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仕事人、もとい大罪人は意志を固め、玉衡に宣戦布告を行った件について

完成したので投稿。

今回で第二幕は終了です。(完結扱いになっておりますが第一幕終了時と同様に第二幕が完結という意味合いで完結にしています)

尚、リサのフルネーム(リサ・ミンツ)が判明したため、その部分に関する表現の修正を行いました。

また、実は本来はアビス教団編も含めようと思ったのですが、既に2万字近く行ってしまったので、アビス教団編は次回の璃月番外編〈以前のアンケートの煙緋(メイン)+鍾離+(α+β)編〉に統合させようと思います。

それと“円周率で猫好き”さん、“minotauros”さん、誤字報告ありがとうございます。それぞれ修正を行いました。

そして、第二幕まで読んでくださってありがとうございます。改めてお気に入り数も200人を超えていて嬉しいです。励みになります。

月一ペースで投稿してしまっている本作品ですが、これからもよろしくお願いします。

それと今回、第三幕や第三幕以降に関しますちょっとしたアンケートがありますので、回答を頂けると幸いです。よろしくお願いします。


「…ふぅ、やっと着いたな。あの後、何も起きなくて良かった、良かった」

 

「…そうだな、瞬詠」

 

「「「グルゥッ」」」

 

「「「ガルゥッ」」」

 

とあるシードル湖の近くの高台、そこに少し濡れた灰色の璃月の服装をし、黒い髪に灰色の髪が混じった男、瞬詠が高台からシードル湖、そしてシードル湖の中央にあるモンド城を見下ろしながら呟き、それに答えるようにレザーが頷き、レザーの周りにいる『ルピカ』である狼達も同意するように吠える。

 

アビスの魔術師達とヒルチャール達との戦いを終えて少しした後、瞬詠達は速やかにその場から立ち去り、そうして瞬詠の目的の場所であったとある高台に辿り着いた。ここまで来る道中、アビスの氷の魔術師の命令でヒルチャールの一体が伝令としてその場を離脱してしまったために、アビス教団の新たな追っ手が来るかと思われ、瞬詠達は警戒しながら歩いてきたのだが、特にそのような様子もなく、無事に辿り着けた事に安堵していた。

 

「…なぁ、瞬詠。これからどうするつもりなんだ?瞬永は今、西風騎士団や千岩軍に追われている。その最中で、西風騎士団がたくさんいるモンド城に行くと言うのは…正直、自殺行為にしか見えない」

 

「…あぁ、それは分かってる。だが、どうしても行かないといけないんだ」

 

瞬詠は心配するレザーの言葉に対して苦笑いを浮かべて答えた後、瞬永は真剣な表情を浮かべながら話を続ける。

 

「…どのみち、このままだとじり貧だ。いずれ、西風騎士団や千岩軍によって捕まるだろう。このまま逃げ続けたとしても、西風騎士団の騎士達や知り合いのエウルアやアンバー、それにクレー達、そして刻晴の命令を受けている千岩軍達はしつこく追いかけてくるはずだ」

 

「…そうだな」

 

瞬詠はモンド城を見つめながら呟く。レザーもその言葉を聞いて納得したのか、静かにうなずいた。

 

「…それ故、仮にドーマンポートまで逃げたところで、あいつらは大挙を押し寄せて追いかけ回してくる可能性があるし、そもそも悔しいが、今の自分には完全に逃げ場が無い。例え璃月の反対側にあるスメールの方に逃げ込めたとしても、直ぐにあの暴走女の命令で使者を連れた大勢の千岩軍の兵士達がスメール入りし、スメールシティにある行政機関も担っている教令院の奴等と会って交渉し彼らを巻き込む事で、自分をお尋ね者にしてスメール内で新たに彼らや三十人団等のエルマイト旅団の連中までもが追いかけてくるなんて事もありえる。おまけに今は西風騎士団が千岩軍に全面協力していると見ていいから、もしかしたらファルカ達、西風騎士団の騎士達が自分を追いかけてスメール入りするなんて事も十分にあり得るかもしれない……」

 

瞬詠は深刻そうな顔をしながら自分の置かれている状況を口に出す。

「…それ故、決断したんだ」

 

「決断?」

 

「あぁ、そうだ。現状、逃げ続けるのは不可能。そうなると、自分に出来るのは今の西風騎士団や千岩軍に抗い続けるしかない。だが、それは現実的じゃない。ならば、これを終わらせるには、そもそもの発端は暴走女の刻晴が千岩軍に出した捕縛命令であるから、その命令を取り下げるしかない。ならば、__」

 

瞬詠はモンド城から視線を上げて遠くを見る。その方向はちょうど璃月の中心都市、貿易港である璃月港の方を見ているようだった。

 

「__璃月港、そして璃月港の玉京台の上空で璃月全体を見下ろすように鎮座している『群玉閣』まで赴くしかない」

 

「…『群玉閣』?」

 

瞬詠がそう言い切ると、レザーは不思議そうに首を傾げた。

 

「あぁ、そうだ。群玉閣は空中にある宮殿のような建築物で、そこに自分達璃月七星のリーダー、そして今でも自分の直属の上司とも言える『天権』の凝光さんがいるからな。あの人に頼み込んで、あの暴走女が出した捕縛命令を取り下げさせて貰う」

 

「……なるほど」

 

瞬詠の言葉にレザーは納得したような表情を浮かべた。確かに璃月を統治する璃月七星のリーダーたる立場にいる『天権』の凝光であれば、岩王帝君の次に璃月全体を治める権限を持っていると言えるので、彼女の力で捕縛命令を取り消す事は可能かもしれない。

 

「…瞬詠。その命令、取り消しにその人のいる場所に行くって事だが、それは刻晴に見つかるんじゃないのか?読まれていて、そこで瞬詠がやって来るのを待ち構えられているんじゃないか?」

 

「あぁ、そうかもな。……認めるのはあいつに負けたような感じがするから癪ではあるが、あいつは結構頭が切れる奴だ。だから、刻晴の奴は自分が何を考えて、そして何をしようとしているのかは既に見抜いていると思うな」

 

瞬詠は腕を組ながらそう口にすると、レザーも納得したようにうなずく。

 

「だが、それでも行かないといけないな。それしか方法がないしな…レザー、お前には感謝している。お前のおかげでようやく決断できたからな」

 

「…決断?」

 

レザーは瞬詠の言葉に思わず疑問符を浮かべた。

 

「そうだ。レザー…自分は悩んでいた。自分は何がしたいのかを。今になって思えば、何でいつものように誤魔化したり騙したりするのではなく、あんな風にあいつを嵌めようとしてしまったのか、確実に追いかけてこれないように。そして無意識ではあったがまさか、あそこまでやるとは自分でも思ってはいなかったしな。初めてだよ。あいつとど突き合って、軽く取っ組み合い染みた事をしてしまったのは…」

 

「…」

 

レザーは黙って瞬詠の話を聞く。

 

「…レザー、今まで自分と刻晴は一線を越える事を避けてきた。仕事の時やそうじゃない時でも、例えどんなに互いにイラついたとしても、どこか行き過ぎないようにしていたんだ。もしも自分と刻晴が本当に本気で喧嘩してしまえば、立場の問題も相まって周囲に多大な影響が及んでしまうからだ。自分と刻晴の関係は、少なくとも表向きは上司と部下の関係で、二人の関係は仕事で遠慮なく言い合える、という関係が望ましいからな。だが今回、いやその少し前から完全に違った。衝動的に起きた事ではあるが、それでもいつもとは違い、言うならば自分を抑えていた理性よりもその時に抱いた感情が勝ってしまった。それが何なのかは分からない。今までな…だが、レザーのおかげで分かったよ」

 

「…オレのおかげ?」

 

「あぁ、そうだ」

 

瞬詠は群玉閣の方に向けていた視線を再びレザーに向ける。

 

「レザー、前にレザーが自分に言ってくれた『ルピカの喧嘩』の話があっただろう?…幾度もなく喧嘩を繰り返し、彼らは恨みあったり憎しみあう事は無く、お互いに信頼して相棒として認め合っていた…そして、それらの事から自分、いや俺と刻晴は意地を張り合って激しい喧嘩をしていて、それは互いに信頼し相棒として認め合っている証っていう話だ」

 

「……」

 

レザーはどこか吹っ切れたような表情を浮かべる瞬詠を見て、彼の何かを察した。

 

「…瞬詠、それはつまり」

 

「あぁ、そうだ。本当にくだらないし、馬鹿馬鹿しい…ただあの時の俺は、何故だが刻晴の奴に負けたくないって思っていただけなんだ。…まぁ言い方は悪いが、普段から叶う筈の無い理想を追求し体現化するために周囲の全てを敵に回し、その為に全てから隔絶したとしてもただ己を貫き通して好き勝手に突っ走るあいつの姿…ふんっ、まぁそんなこんなであいつに色んな事で振り回され、時には俺があいつを振り回して来たそんな関係で…そして…はぁ、ふざけんな!!…あいつ、いつかその内に死ぬぞ…早死にでもしたいのか、あいつは?」

 

「…瞬詠?」

 

レザーは少し豹変したかのような瞬詠の様子に戸惑いながらも声を掛ける。だが、瞬詠はそれを気にする事無く、彼は心の中で溜め込んでいた物を吐き出すかのように、感情を爆発させながら喋り続けた。

 

「全く本当に面倒くさい事ばかり巻き込みやがって…七星迎仙儀式の時だってそうだ!!あいつ何であの時、岩王帝君に向かって質問と称し、堂々と彼や璃月そのものに対して喧嘩を売ったり、宣戦布告染みた事を平然とやっちゃったんだよ!?本当に馬鹿なの!?あいつは!?なんで、あの場で演説染みたことまでしちゃってんの!?」

 

「…」

 

レザーは少し目を見開かせながら、感情を爆発させながら叫ぶ瞬詠の話を黙って聞く。

 

「…言っている事は分かるし正しいと思う。それに俺も同意見だ。だが、意見自体を否定するつもりは無いが、やり方や言い方ってものがあるんじゃないのか!?その後に起きる事も考えろよ!!馬鹿なんじゃねぇの!?しかも、あいつが俺の方に向かって、してやったみたいな感じに顔を向けたせいで岩王帝君に俺の意見や考えを求められたじゃないか!?それでなんとか当たり障りのない事でやり過ごそうと思ったら、思いっきり釘を刺しやがってよぉ!!本当の事をぶちまけたら、やっぱり凄まじい事になったじゃねぇか!!」

 

「…」

 

「…まぁ、だがあれの後、意外とあの場にいた一部の商人達や後からその事を聞いて知った璃月人達、それに飛雲商会の御曹司である“彼”やその飛雲商会の者達や関係者達、まさかの璃月港で有名な法律家である“彼女”、はたまた璃月劇で最も名を馳せている看板役者である“彼女”まで、程度や違いはあれど俺や刻晴の考えや意見に共感、賛同してくれていたとは思わなかったどな……」

(おまけに、知り合いのスネージナヤ人やファデュイの関係者、おまけに顔見知りの執行官達までもが、その行為を自分達で言えばスネージナヤを束ねている絶対的で畏れ多いあの御方、公の場で直々に氷神の女皇陛下に対して、例えば今の方針、『現在のテイワットの秩序を破壊し、新たな秩序で以ってテイワットを再生する』という事に関しての意見具申や直訴を行う行為であり、場合によってはそれがスネージナヤ、ひいてはテイワット全体の未来を思った行為であるためだったとはいえ、女皇陛下への不敬や反逆とも捉えられかねない事でもあったため、それをただの人である自分や刻晴が、璃月や人の未来や尊厳のために岩王帝君にそれを行ったことに対し、非常に危険で無謀とも言える行為であるが、それを行った自分や刻晴に敬意や称賛の意を示すなどと言われたしな)

 

「…はぁ」

 

(…だが、気になるのが北国銀行で偶然出会った“シニョーラ”さんに意味深いお礼を言われたことなんだよな。『瞬詠、貴方達のそれのおかげで“彼”が私達との交渉や取引に対して、かなり前向きになってくれて本格的に交渉や取引が始まったわ。それのおかげで、私たちが探している物の一つは確実に手に入れられたと言える、礼を言うわ、ありがとう』って言っていたけど、どういうことだ?)

 

「…」

 

瞬詠は頭を抱えながらため息を吐いて、疑問に思った。そしてレザーは瞬詠のその様子にどうしたらいいのか分からず戸惑っていた。だが瞬詠の言っていることは分からないものの、それでもレザーは何となくだが瞬詠の言おうとしていることが分かった気がし、それと同時に若干、瞬詠に同情した。

「…全く本当にやる事や為す事が無茶苦茶すぎるんだよ、あの暴走女。命がいくつあっても足りねえよ。……理想を体現化する為、璃月の未来の為、そして璃月人や『人』としての誇りや尊厳の為に……はぁ、その為に批判等を物ともせず率先し行動し続けて、本当にあいつは馬鹿だよ。あいつは絶対に長生きしない。間違いなく早死にするだろうよ…あんな生き方、己を貫き通すために恐れ等の全てを捨て去り、ただその事だけを追求し続ける…いつもいつも俺に突っかかってきていた、あの生意気な“馬鹿女”みたいにな」

 

「…“馬鹿女”?」

 

「…っ!?」

 

瞬詠は吐き捨てるかのように言った言葉を聞いたレザーは、何故かその言葉に反応して瞬詠の顔を見る。すると瞬詠はしまったと言う顔をするが、既に時遅く、レザーは彼の口から出てきた『馬鹿女』という単語を聞いて、どこか複雑そうな表情をしてしまう。

 

「…瞬詠、誰の事だ?」

 

「…昔の奴の事だ。俺が璃月七星の元で働かせられる前、南十字武装船隊で北斗の姐さんの元にいた頃のな。俺はそこで北斗の姐さん達、南十字武装船隊の目として。よく武装船隊の上空、それに船隊の周辺の海上や船隊の進路上の海上の様子を調査する為に毎日のように飛び回っていてな……その時にいた奴だよ…もう、死んじまったけどな」

 

「なっ!?死んだ?……」

 

「あぁ、墜落、いや撃墜されたんだ…化け物、冥海巨獣の“海山”っていう名前の化け物の一撃をもろに喰らってな。完全に俺の囮になって…あの日、あの空、あの海は全てが完全に想定外だった…燃え上がる仲間達の船に真っ二つに割れて轟沈していく船、あちこちから響き渡る仲間達の悲鳴や怒号、そしてあの化け物の雄叫びや頭が割れるかのような強烈な鳴き声、空は絶望に染まったかのように黒い曇天に変わり、風や波は荒れ狂い、海は仲間達の血や死体、船の残骸で染められていった。…だが、仲間達や北斗の姐さんは動じることなく戦い、死闘を続けてきたんだ、4日か5日くらいまでかけてな…俺も姐さん達を空から援護する為、あの化け物の猛攻の嵐の中を掻い潜りながら、奴の視界を奪ったり、目を潰したりすることで姐さん達を支援する為、あの海、そしてあの空にいたが……今になって思えば、正直、生きた心地なんてしなかった…」

 

「……」

 

瞬詠は遠い目をして当時を思い出すかのように空を見上げながら語る。レザーも黙ってその話を聞いた。

 

「そうして、最終的には北斗の姐さんがあの化け物、海山の首を切り落としたさ。…決して無視できないほどの被害を受けながらもな…刻晴が演習の捕縛命令で出した際の『璃月を揺るがした重大な”大罪人”を、璃月七星の玉衡の前に突き出せ』という命令…“大罪人”という部分だけを言えば、あながち間違いではない。なんなら、俺は仲間達を死地に送り出した大量殺人者とも言えるからな。それ故、俺は“大罪人”さ。あのローレンスの血を継いでいる恨み節女と同じ“罪人”だ…ははは」

 

「……」

 

瞬詠は自虐的な笑みを浮かべ、その言葉に対してレザーは何も言えなかった。

 

「…北斗の姐さん達は否定してくれたが、だが結果的に俺のせいで仲間達、あいつらは死んだようなものとも言える…全ては完全に俺の判断ミスのせいだ…俺は、あの日の海に散っていった仲間達に対して何度謝り、何度泣いて、何度埋め合わせとして、自分のこの命を以って、あの海に沈んで命を散らす事で償おうとした事か……かなりの年月がたった今でもたまに夢を見る、あの時の光景、あの化け物の姿と、あいつらの最後の姿をな……」

 

「…瞬詠…」

 

レザーは瞬詠の名前を呼ぶ。今の瞬詠がまるで消えて無くなってしまいそうな感じに思えたからだ。

 

「…すまん、レザー。こんな湿っぽい話をしちまって」

 

「……いい。気にしていない」

 

「ははっ、そうか。まぁ、つまり何が言いたいかというとだ…」

 

瞬詠は軽く笑ってから真剣な表情になる。それは先ほどまで自分の中で動き回っていた感情を落ち着かせようとしているようでもあった。

 

「…まぁ、つまりだ。俺はあいつの事を認めている。昔にいた生意気な奴とよく似ていて、とんでもない程のいかれたレベルの努力家で、そしてあいつには本当にそれを成し遂げる事が出来る力があると思っているほどだ。…故に、俺はあいつの事は嫌いという訳では無い。そして俺が刻晴に対して抱いている気持ちは敬意、不安、そしてそうだな…言うなれば、対抗心とでも言えば良いのか?そんなものだな」

 

「…」

 

瞬詠は静かにそう言い切り、改めてレザーの方に視線を向け、レザーも瞬詠は静かにそう言い切り、改めてレザーの方に視線を向け、レザーも彼の話を聞いてどう思ったのかと言うような目で見つめる。

 

「ふっ、変な事を言って悪かったな」

 

「……いや、オマエの話を聞いて、少しだけ分かった気がする…瞬詠、それとオレ思ったんだが、オマエ、よく素直じゃないと言われたり、ひねくれているとか言われてないか?」

 

「…はんっ、面白いこと言うなレザー。俺がそんな風に見えるか?」

 

瞬詠はレザーの指摘に対し鼻で笑う。

 

「…」

 

「…ははっ、じゃあそういうことだ」

 

「…っ」

 

そして瞬詠は笑うと同時に、レザーもその事に少しだけ苦笑いし、改めて瞬詠という人となりを知ることが出来た気がした。

 

「…さてと、そろそろ刻晴の奴、あいつの指揮下にある千岩軍やその千岩軍に協力している西風騎士団から逃げ回るのもお仕舞いとしようか。…全く、今日は刻晴が出したふざけた命令のせいで、アンバーに撃墜されかけ、エウルアに殺されそうになって、クレーに爆破されかけられたせいで奔狼領に吹き飛ばされ、極めつけは何やらヤバそうな事をしでかそうとしていたかもしれないアビス教団に首を突っ込んだせいで、アビスの指導者を初めとする、やばすぎる者達に目を付けられたり、狙われたかもしれないという……はぁ、本当に洒落にならない、散々な事態に直面した一日になったからな。…刻晴、お前には、この代価をしっかりと支払って貰わないとな?…」

 

「……オマエ、やっぱり色々と危ない目に遭わされていたんだな」

 

「ははっ、まぁな。こういうのはそれなりに経験したが、流石にこんな連続かつ、洒落にならないほどの散々な目にあったのは結構久しぶりだよ」

 

レザーは相変わらずの瞬詠の様子を見て、苦笑いしながら言った。

 

「…さてと」

 

瞬詠はレザーから視線を外して湖の中央にあるモンド城を見下ろす。先程までの様子とは打って変わって、その様子は何かを決意したかのようなものだった。

 

「…瞬詠、行くのか?」

 

「あぁ、勿論だ。…モンド城に行き、そのまま西風騎士団の本部に潜入しようと思う」

 

「なっ!?」

 

瞬詠の言葉にレザーは絶句してしまう。何故なら瞬詠が言っていることはあまりにも無謀であり、あまりに危険すぎたからだ。

 

「……おいおい、そんなに驚くことか?確かに西風騎士団に追われているのにその西風騎士団の本部に潜入するのは自殺行為に思えるが、ちゃんとした理由があるんだぞ?」

 

「…理由か?」

 

「あぁ、そうだ」

 

瞬詠はレザーに対してその理由を説明する。

 

「自分が西風騎士団の本部に潜入しないといけない理由は二つある。一つは、補給だ」

 

「補給?」

 

「あぁ、そうだ。今自分が手元にあるかつ、まともな武器として使えるのは鉄扇とアビス教団のアビスの魔術師達が使っていた魔法の杖しかない。だが、あいにく自分はアビスの氷の魔術師と水の魔術師みたいに魔法なんてものは使えないからな。使えたとしても槍みたいに振り回して突き刺すしか出来ないから、それならちゃんとした槍の方がまだましだからな」

 

「なるほど。確かにそうだな」

 

瞬詠の説明を聞いて、レザーは納得したかのようにうなずく。

 

「だからこそ、西風騎士団の本部、そこにある武器庫等にある良さそうなものを拝借する。それと実は、今日のエンジェルズシェアでのガイアとディルックのやり取りで、使者を引き連れた千岩軍がモンド城にやってくるまでに、自分の捜索も兼ねて広範囲の探索を行っていて、その際にモンド領内にて宝盗団の拠点を幾つか発見したという話を聞いたんだ。そしてそこにいた宝盗団の人間達を捕縛して西風騎士団に引き渡しをしようとしていたってことから、保管庫にはレザーが見た自分が使っていた元素反応を引き起こす投擲瓶、それが大量に保管されている可能性が高いという事だ」

 

「そういう事か」

 

「あぁ、そういう事だ…どのみち、西風騎士団や千岩軍に見つかって彼らに捕捉され、万が一その中にエウルアやアルベト等の隊長達、またアンバーのような優秀な騎士達等の実力者とかがいたら、彼らからそのまま逃げ切るのはおそらく不可能だし、そうなると絶対に彼らとの戦闘は避けられない。ならば、その時のためにも、少しでもしっかりした剣なり槍、それに多種多様な元素反応を引き起こす投擲瓶を持っておきたいんだよ」

 

「なるほどな」

 

瞬詠の話を聞き、レザーは納得したような表情を浮かべる。確かに、モンドを守る西風騎士団は非常に優秀である。また隊長格の者達に至っては、百戦錬磨の強者揃いだとも言える。そんな大団長ファルカの命令を受けている本気の状態の彼らに瞬詠が発見された場合、そのまま彼らの追跡を振り切って逃げきることはかなり難しい。そうなれば当然、彼らと戦闘になる可能性も高いと言えるだろう。

 

「…それともう一つの理由、それは不審な動きを見せるアビス教団だ。もしもさっきのあれが無ければ、ただ西風騎士団から見つからないように忍び込んでそのまま逃げれば良かったんだが、そう言うわけにも行かなくなった。…あの規模の統率の取れていたヒルチャール達に、アビスの魔術師達、おまけにアビスの魔術師達が言っていた話を鑑みるに、かなり大きな規模で何かをやろうとしている、もしくはやっていると言うことだ」

瞬詠は僅かに目を細めながら、先程のアビス教団について語る。

 

「あいつらの目的は不明だが、どうせろくなことではないのは確かだろう。モンドで何かをしでかそうとしているならば、それを防ぐのは西風騎士団の仕事だ。……だから俺は西風騎士団に潜り込んで、彼らに接触してこの事を伝えようと思う」

 

 

「なっ!?」

 

瞬詠の言葉にレザーは再び絶句してしまう。西風騎士団に追われている身の瞬詠が言っていることはあまりにも無茶苦茶すぎた。

 

「……そんなことをしたら、オマエ、本当に捕まるぞ!?」

 

「…安心しろ、レザー。確かに今の俺が、ただ西風騎士団の奴らに会いに行ったら、普通に彼らは捕まえようとするだろう。だが、会うのは自分の知り合い。ガイアとリサという奴らなんだが、ガイアの奴は主に宝盗団、そしてアビス教団関連を担当していて、リサさんは騎士団が管理する図書館の図書司書ということになるが、騎士ではないが西風騎士団の正式なメンバーなんだ。彼らなら、おそらくこの騒動に参加してないと思えるからな」

(実際、ガイアはエンジェルズシェアで会った時に、自分を捕まえるどころか外の状況を教えてくれたしな。少なくともガイアは、エウルアやアンバーみたいにファルカの命令で自分と敵対しているわけではなさそうだしな)

 

「……本当に大丈夫なのか?」

 

瞬詠は頷きながら説明をするが、それでも心配だったのか、レザーは問いかけてくる。

 

「あぁ、問題ない。……それに万が一自分と敵対していたとしても、ガイアとリサさんを自分の方に味方に付けれる手段がある」

 

「手段だと?」

 

「あぁ、そうだ。これらだよ」

 

瞬詠はそう言うと、瞬詠とレザー達が倒し、瞬詠が奪ったアビスの水の魔術師と氷の魔術師のそれぞれの魔法の杖に視線を向ける。

 

「これらはアビス教団の物。つまりは、アビスと繋がりのあるの物。これにガイアが興味を抱かないわけがないし、リサさんもリサさんでこういう滅多に見れない代物に目が惹かれるはずだ。これを元手に彼らと交渉、取引を行い、西風騎士団本部への橋頭保とさせてもらう。そして、モンド城内でちょっとした“茶番劇”を起こすことでモンド城内で“騒動”を引き起こし、それを陽動とすることで城内にいるファルカやジン達等の西風騎士団や千岩軍達の注意をそちらの方に引きつけつつ彼らをそれで振り回して、その隙に自分は西風騎士団本部へと潜入するつもりだ」

 

「…“茶番劇”、それに“騒動”?」

 

「あぁ、そうだ…モンド人っていうのは、よくも悪くも自由人達が多いからな。モンド人の気質っていうのは、言い方は極端ではあるがそこに美味しい酒や吟遊詩人達の詩、もしくは目新しくて面白いものであれば、それに乗っかりたくなるのがモンド人の性分だからな…それに偶然だが、今のモンド城内にはそれらの要因が良い感じに全て揃っている。後はそれらを組み合わせるのみだ」

(元々モンドに来たのはエンジェルズシェアやキャッツテールで飲みに来ただけでなく、バーバラの件も兼ねて来ていたからな…だから、ファルカの奴にはディルック、可能ならディオナやウェンティの奴、ジンさんには、バーバラや可能ならば上手く説得して味方につけられたノエルやスクロース辺りを当てれば…な)

 

瞬詠はそう言いながら、僅かにニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「なるほどな……」

 

瞬詠の説明を聞き、レザーは納得したような表情を浮かべる。

 

「……まぁ、そういう訳だ。だからまずはモンド城に潜入したら、エンジェルズシェアに行かないとな。そこを潜入の拠点にさせて貰う。そしてそこにディルックがいれば完璧だ」

 

「ディルック、ディルック…瞬詠、ディルックって、元西風騎士団の人か?」

 

「なっ!?レザー!?ディルックを知っているのか!?」

 

レザーは瞬詠の口から出た名前に聞き覚えがあったらしく、何とか思い出そうとし、それを思い出したレザーはそれを口にする。そして瞬詠はレザーがディルックの名前やディルックの過去を知っていたことに驚きの声を上げた。

 

「いや、知っていると言うか……前に会ったこと、見た事があるんだ」

 

「なに?どういうことだ?」

 

「オレ、以前にクレーから教えてもらった。赤髪の人で、元西風騎士団の人って事」

 

「え?クレーから?というか、何故お前がそこまで詳しいんだ?」

 

「それは、オレが前、クレーがジンという人から逃げてきた時に、偶々清泉町の近くで騒ぎがあって、クレーと様子を見に行ったらディルックやジン、エウルアやアルベドっていう人がヒルチャール達の集団を倒していたところを見た。その時に、近くにいたクレーがディルックを、『元西風騎士団の人』だって言っていたのを聞いた」

 

「なるほど…清泉町の近くの騒ぎ、か。それって、先月、いや先々月辺りにあった奴だったか…」

(確かに自分の記憶が正しければ、そんな感じの事件がその時に起きたはずだ。ただ、その時期は璃月の方で色々と立て込んでいたせいで、その事件については詳しく知らないんだよな)

 

瞬詠はレザーから話を聞いて、記憶を探るように呟く。

 

「…因みにだがレザー、レザーは西風騎士団の騎士達や関係者達についてどれくらい知ってたりするんだ?」

 

「どれくらい?…騎士団の詳しい事は知らないが、騎士団に所属している人や関係者達の名前くらいなら、覚えているぞ。ファルカにクレー、ノエルにジン、ガイアにディルック、エウルアにアルベトだな」

 

ふと気になった瞬詠はレザーに問いかけると、レザーは指折り数えながら、騎士や関係者達の名を上げていく。

 

「おぉ、そんなに知ってたのか…成る程な…」

 

瞬詠は意外そうにしながら小さく感嘆の息を漏らした。

 

「さてと…」

 

そして瞬詠は改めてシードル湖の中央にあるモンド城、視認する事はできないが璃月港の上空で鎮座するように浮いている郡玉閣の方に視線を向けた。

 

「…短期決戦だな。時間を掛ければ掛けるほど自分の方が不利になっていき、あいつの方が有利になっていく。そうなると…」

(モンド城から璃月港まで駆け抜けるまでに、おそらくモンドや璃月の各地に検問所が展開され、更にモンド領から脱出して璃月領内に入ったとしても、監視塔である物見櫓や千岩軍の駐屯地が璃月領内の各地に存在する。であるから、出来る限りこれらを躱しつつ、回避しながら迅速に移動しないといけない。そして、今の状況的にもしかしたら刻晴の命令で動いている千岩軍とあいつの使者に協力したファルカ率いる西風騎士団、それに加えてさっきの出来事によってアビス教団、アビスの水の魔術師の反応やあの規模で統率の取れていたヒルチャール達が動員されていたという事実を鑑みるに、少なくとも前に“あの人”やファルカが言っていた“アビスの使徒”やアビスの魔術師達が口々に言っていた“アビスの指導者”と言った者達も自分を追いかけてくる可能性を否定できない。むしろ、可能性が充分あるとも言える。だからこそ、今は一分一秒でも無駄にせず、彼らの態勢が完全に立て直される前に、迅速に行動しなければならない)

 

瞬詠は脳内で思考をまとめ上げていきながら、自分の置かれた状況や置かれている状況を冷静に分析していく。

 

「…」

(モンド城から璃月港までの通常のルートなら“石門”経由になる。だが、今の状況的には石門は璃月とモンド国境に位置する場所でもある事や、璃月とモンドを結ぶ幹線道路とでも言えるが故に交通の要衝でもあるとも言えるから、そこには千岩軍と西風騎士団の合同の検問所、それに大規模でかつ強力な彼らの臨時の拠点もその近くで形成されている筈だ。それ故、そのまま通る事は不可能に近いだろう。…そうなると“ドラゴンスパイン”を経由して璃月領に入るくらいしか、璃月に入る方法が無いな。それに今のドラゴンスパインには確か“彼ら”が…)

 

そうして瞬詠は僅かに目を細めながら、どうやってモンドから璃月へと国境越えすべきかを考えていく。

 

「…電撃的に行動するしかない。電撃戦とでも言うべきか?」

(とにかく、まずは予定通りにモンド城内に潜入して城内で彼らに茶番劇を演じて騒動を引き起こすことで、西風騎士団や千岩軍の意識をそちらに向けさせる。そしてその隙を突いて、西風騎士団の本部に潜入して武器等の補給を行いつつ、ガイアやリサさんにアビス教団の件に関して伝える。そしてその後は、場合によってはガイアやリサさんに協力するように求められることも考えられるから…)

 

瞬詠は頭の中で作戦を組み立てつつ、やるべき事、場合によってはやらなければならない事を列挙しつつ、これから自分が取るべき行動についてを脳裏に浮かべていく。

 

「さてと…大体こんな感じか…はぁ、本当にどうしてこんな滅茶苦茶な一日になったんだが」

(こんなの、おそらく自分の人生の中でも屈指と言えるくらいに滅茶苦茶な日だよ。まったく)

 

瞬詠は自分の身に降りかかった災難を呪うように溜息をつきながら空を見上げ、ふと今までの自身の人生を振り返り始めるかのように、自分自身がここまで歩んできた道を振り返っていく。

 

 

 

それは、今の璃月七星の『玉衡』、刻晴の直属の部下であり彼女の元で仕事を行い、時には彼女と怒鳴り合いながら仕事や色んな事を行ってきた裏で彼女の為に、彼女が知らない所で暗躍していた自分。

 

少し前までの璃月七星のリーダーである『天権』、凝光の直属の部下として北斗の南十字武装船隊から引き抜かれて、彼女の下で様々な仕事やあらゆる事に関する調査等をしていた自分。

 

南十字武装船隊から引き抜かれる前であり、自分にとっては運命の日を迎えた後の間の、最終的には勝利したとはいえ、自分が犯した判断ミスによる惨劇を引き起こしてしまった罪の重さに押し潰され、死んでしまった彼らの後を追うように自殺すらも行おうと考えてしまっていた自分。

 

運命の日、冥海巨獣の“海山”に自分や生意気な“馬鹿女”、それに北斗や南十字武装船隊の仲間達が戦いに挑む前の北斗達との日々の船旅や、地図にない島や未知の海への冒険、それに稲妻やスメール、フォンテーヌやナタ、スネージナヤ等のテイワットの各国に立ち寄って、時には船隊の補給作業の間にテイワット各国の各地を飛び回り、そこでの出会いや別れを繰り返して現地の人達と触れ合った自分。

 

 

 

「…はっ」

(…我ながら波乱万丈な生き方をしているよな)

 

そんな自分のこれまでを思い出していた瞬詠は、ふと小さく笑みを浮かべた。それは瞬詠にとって、自分という存在を確立するに至った過去であり、今の自分を形成してきたものでもあった。

 

「…」

(…なんだかんだあの人達、あいつらは今どうしているんだろうな)

 

瞬詠の脳裏に今までに出会って来た者達の顔や名前が浮かび上がって行った。

 

「…全く」

 

そして瞬詠はふと空を見上げる。

 

そして共に旅をしてきた仲間、冥海巨獣の“海山”と相まみえた運命の日、その命を散らした者達、そうして“彼女”曰く、“自分の身体の中にいる”とされているあの海で散ったかつての仲間達に対して思いを馳せ、そして“彼ら”のその姿を思い浮かべる。瞬詠に取っては唯一無二であり、テイワットを飛び回って出会った者達と遜色のないかけがえのない者達であり、とても大切な存在であった。

 

「…ははっ」

瞬詠は独りでに笑う。それはまるで何かのしがらみから解き放たれたかのような、清々しい笑顔だった。

 

「……」

(…さてと)

 

瞬詠は自分が今までやってきた事を思い出すと共に、自分がこれから行うべき事に対して覚悟を決める。

 

「…今の自分、いや今の俺がやりたいこと、それはこんなふざけた状況を終わらせるために、あの暴走女が出した命令を取り下げさせさせる事…そして、そうだな…」

 

瞬詠は笑みを浮かべる。それは迷いや悩みを全て振り切った、晴れやかな表情であった。

 

「…まぁ、そうだな。こんなことをしでかしてくれた刻晴にぎゃふんと言わせたいから、もしも本当に群玉閣であいつが待ち受けていたのだとしたら、まずは一発あいつの顔面を思いっきりぶん殴ってやろうか」

(レザーに言われた通り、これはある意味、俺とあいつの喧嘩みたいなものだからな。あいつはここまで派手にやってくれたんだから、自分も派手に暴れまわっても問題は無いって事だな)

 

瞬詠はそう呟くと、改めてこれから自分がすべき事やその時に置かれるであろう状況を脳内で整理する。モンド城や西風騎士団の本部に潜入中の時の事、モンド城から脱出しドラゴンスパインまで駆け抜ける時の事、ドラゴンスパインの環境や周囲の状況等を味方に付けながら、一気に西風騎士団や千岩軍の追っ手を振り切る時の事、モンドから脱出し璃月入りして見つからないように璃月港まで潜伏しつつ千岩軍の目をごまかしをしながら、千岩軍の警戒網を掻い潜りながら移動をしていく時の事、そして璃月港から群玉閣に強襲するかの如く、一気に乗り込んでいく時の事等、瞬詠の頭の中にこれから取るべき行動が次々と浮かんでは消えて行く。

 

「…ははっ」

 

瞬詠は笑いながら、軽く拳を握った。どこか好戦的で、それでいて不敵な笑みを浮かべていた。それはまるで目の前にいる相手を心の底から楽しみにしているような、そんな笑顔であった。

 

「始めるとしようか…刻晴の奴め、覚悟しろよ?首を洗って待ってるんだな」

 

瞬詠は遥か遠くにある群玉閣の方を見上げるように顔を向ける。それは宣戦布告、または宣戦布告に近い言葉を口にするような仕草だった。

 

「…さてと、__」

(__最終的にはどのみち、西風騎士団の大団長のファルカの奴と西風騎士団の代理団長のジンさん、この二人を茶番劇に釘付けする事で一時的に無力化する必要がある。その為、この二人をおびき寄せたり誘導したりするためには、第一段階としてガイアの奴とリサさんの二人に何らかの方法で接触しなければならないな…)

 

瞬詠は目を細めながら、これから自分が行わなければならない事、そして自分が行える具体的な手段や選択しを整理する。

 

 

 

 

 

そして、その時であった。

 

 

 

 

 

「…」

瞬詠が一瞬瞬きをし、瞼を開けた瞬間であった。

 

 

 

 

 

「っ!?はぁっ!?」

(今、何が起きた!?いや、それよりも!?)

 

瞼を開いた瞬詠は驚きの声を上げる。それもその筈である。

 

 

瞬きをして目を見開いた際に瞬詠の視界に映った光景が先程とは一変していたからだ。先ほどまでのは瞬詠は、レザーと共にとあるシードル湖の近くの高台に立ち、そこでシードル湖の中央にあるモンド城を見下ろしていたのだが、目の前の光景が一変し、そこにとある光景が広がっていた。

 

それは地面が無く、足元にあるのは夜空のように美しい光を放つ不思議な水のようなもの。そしてその不思議な水面のような物には、大空に浮かぶ様々な色に光る星々の光景という『星空の海』とでも言うべき光景が映し出されており、それは瞬詠が立っている場所から見える範囲で言えば、その世界全てがまるで星の海の中に浮かんでいるような幻想的な景色となっていた。

 

「ここは…一体…どこなんだ?…それにレザー達もいないなんて」

 

(一体何が…)

 

瞬詠は突然の事に動揺しつつも辺りを確認する。そして、自分の近くにレザーやルピカ達の姿がいないことに気付き、少しばかり不安に襲われ、焦りを覚えた。

 

「っ…な、なんだ?あれは…?」

 

とある方向から少し強い光を感じた瞬詠はそちらに振り向く。瞬詠の視線の先には少しとある色に染まった空、その空を彩るようにそれぞれの星と星を移動した際に出来たのか、流れ星のようなとある色に光る線、そして強い光を放つ星達であった。その星達はまるでとある星座の形になるように並び、瞬詠がいるこの場所、その場所の上空に広がっていた。

 

 

 

◆◆◆

「瞬詠?…瞬詠?どうした?」

 

「「「グルルゥッ?」」」

 

「「「ガルルゥッ?」」」

 

「…」

 

レザーとレザーの『ルピカ』である狼達は目の前で固まってしまっている瞬詠に声をかけるが、それでも瞬詠は反応しなかった。まるで瞬詠の時だけが止まってしまい、瞬詠の立っている空間の時までもが止まったかのようにその場に立ち尽くしていた。

 

「…?」

 

「「「グルゥ?」」」

 

「「「ガルゥ?」」」

 

レザーとルピカ達は困ったかのように声を上げ、お互いに顔を見合わせる。自分達の呼びかけに反応しない瞬詠に対して何かしらの違和感を抱いたのだ。

 

「…っ!!おい!!待ちやがれぇっ!!」

 

「っ!?瞬詠!?」

 

「「「グルルゥッ!?」」」

 

「「「ガルルゥッ!?」」」

 

そしてその直後、瞬詠は先ほどまでの静寂が嘘のように豹変し、突如として怒号にも近い大きな声で叫ぶ。瞬詠の額には冷や汗のようなものが流れ落ち、息遣いは荒くなっており、何かを警戒するかのように目を鋭くさせながら睨みつけていた。そして瞬詠の豹変を目の当たりにしたレザーとルピカ達は驚き、困惑した表情を浮かべていた。

 

「瞬詠、瞬詠!!どうした!?」

 

「「「グルゥ!!」」」

 

「「「ガルゥ!!」」」

 

「っ!?レザー、それにルピカ達も!?…そうか、戻って来れたという事か…」

 

レザーとルピカ達は心配そうな表情で瞬詠の顔を覗き込む。その事でようやく我に返ったのか、瞬詠は安心したかのような様子を見せる。だがその一方で、瞬詠の顔色はどこか優れていなかった。

 

「瞬詠、一体、どうしたんだ?」

 

「ぁ、ぁぁ。信じられない話だと思うがレザー、自分一瞬だけここじゃない何処かに転移したみたいに、なんと言えばいいのか…そう、『星空の世界』に独りで立っていたみたいな感覚だった」

 

「『星空の世界』?…うん?星空の世界、星空の世界、星空の世界…」

 

レザーは瞬詠の『星空の世界』という単語に聞き覚えが無いものの、その単語の何かが自分の中で引っかかるのか、何度も瞬詠が口に出した言葉を繰り返した。

 

「…いや、待てよ!!それよりも!!」

 

すると、瞬詠は何かを思い出したかのように慌てながら右手を確認する。

 

「やっぱりか!?」

 

「うん?…そ、それは!?」

 

レザーは瞬詠の右掌を見て驚く。なぜなら瞬詠の右掌には今まで無かった筈のとある物が握られていたからだ。

 

「それって、“神の目”じゃないか!?」

 

「あ、あぁ、そ、そうだな…これが、神の目…」

 

レザーは興奮気味に瞬詠の手にしていた神の目を指差す。それに対して瞬詠は嬉しそうではあるのだが、何故か複雑そうな面持ちでその“神の目”を見つめていた。それは“神の目”にどこか恐ろしさを感じているような、そんな表情であった。

 

「…瞬詠、どうしたんだ?」

 

「あっ、いや、何でもないぞ。レザー…ちょっと、これを見て色々と思う事や思い出したことがあってな」

 

「……?」

 

「…まぁ、とりあえずは神の目を手に入れたんだ。折角なら、これを活用しない手はない…な」

 

瞬詠は納得したかのように頷き、それをじっと見つめる。それに対しレザーは瞬詠が何を言っているのかを理解することが全く出来ず、首を傾げる。一方で瞬詠はまるで決意を固めたかのように真剣な眼差しで神の目を見つめていた。

 

「…なぁ、瞬詠。瞬詠の神の目はどういうことが出来るんだ?」

 

「自分か?…あぁ、それなら一つ試してみるか。ふっ」

 

レザーに聞かれた瞬詠は何かを掴むような動作をすると同時に、そのままそれを放つかのような動作を行う。

 

「っ!?おぉ!?こ、これは!?」

 

レザーはそれを見た瞬間、目を見開く。瞬詠が放つ動作を行った瞬間、瞬詠の掌が一瞬淡い光を放つと同時に十数に及ぶほどの“それら”が現れ、瞬詠とレザーの目の前で整列するように“それら”が浮いていた。

 

「瞬詠、凄いな!!なんだ、これは!?」

 

「…これは__だ」

 

「__?何なんだ、それは?」

 

「あぁ、これはそうだな…これは稲妻の鳴神大社の巫女さん達の儀式とかで使われるものだ」

 

「稲妻…これは稲妻の物ということなのか?」

 

レザーは興味深そうに尋ねると、瞬詠は苦笑いを浮かべながら答える。

 

「あぁ、そうだ。まぁ、より正確には巫女さんというよりか、元々はかつて稲妻にいた陰陽師と言われる者達によって作られたものらしいし、そもそもこれの大本をたどれば、璃月の仙人達の仙術の一つであったり、後は方士や退魔師が使う法術とからしいな…まぁ、その辺りの詳しい事は自分はよく分からないがな」

 

「なるほど…」

 

レザーは感心したように声を上げる。そして瞬詠は話を続ける。

 

「だが、言えるのはどのみち、これらはかなり使えるという事だ。…行け」

 

「っ!?おぉっ!?」

 

瞬詠が指示を出すかのように呟くと同時に、十数に及ぶそれらは瞬詠の指示に従うかのように一斉に大空へと駆け上がり、一定以上まで駆け上がると一斉に散開するかのようにそれぞれが自分の意志のように宙を舞っていった。

 

「おぉ、おぉ!!凄いな!!」

 

「あぁ…そして、落ちろ」

 

そして瞬詠が呟くと同時に、それらは一斉に地面に向かって急降下していく。

 

「っ!!」

 

「ぐっ!?」

 

「「「ギャァゥッ!?」」」

 

「「「グルゥッ!?」」」

 

そしてそれらが瞬詠とレザー達を取り囲むかのように、それぞれの地面に着弾してぶつかったかのように見えた瞬間、とある色の淡い光を放つと同時に激しい衝撃音とその元素が周囲に巻き散らかされ、激しい土煙が舞い上がった。その光景にレザーは驚きの声を上げ、ルピカ達は悲痛な鳴き声を上げた。

 

「す、凄い…」

 

それを見たレザーは思わず声を漏らしてしまう。なぜならそれはレザーにとって初めて見るものだったからだ。その光景は瞬詠が言った稲妻の巫女達や陰陽師達、璃月の仙人達や退魔師達の力と言ってもいい物であり、ずっとモンドで暮らしてきたレザーにとってはどれもこれも新鮮なものばかりであったのだ。

 

「想像以上だな…上手く応用すれば面制圧に使える…だが、まぁ、そうだな…全てが終わったら、なるべく早いうちに往生堂に行って、ちょっと“胡桃”さんに相談してみるか、もしかしたら“自分の神の目の力”と“あれの件”は関係があるかもしれないし……」

 

それらを見て何かを思った瞬詠は、どこか思い詰めた表情でそう呟いた。

 

「まぁ、取り合えずこれは仕舞っておこう」

 

瞬詠はそう言うと、自分の神の目を服の中をしまった。

 

「えっ?瞬詠、それ使わないのか?それを使えば西風騎士団達や千岩軍達とも対等に戦えるんじゃないのか?」

 

「いや、使うつもりさ。ただ、これは切り札だ。今の段階でこれを使えばファルカやジンさん達、それに刻晴の奴達に神の目を手に入れられた事を知らされて、より警戒して手を強めたり、何かしらの対策を取ってくるかもしれない。だから今はその時じゃない。…こいつを使うのはその時さ」

 

瞬詠は真剣な表情でそう告げると、レザーも真剣な面持ちで静かに瞬詠の言葉に耳を傾けていた。

 

「…さてと始めようか。レザー、悪いがここでお別れだ」

 

「瞬詠……分かった。また会おう。また会ったらオレに色んなことを教えてくれ。オレ、もっと強くなりたい。ルピカ達に心配かけさせず、そしてルピカ達を完全に守りきる為に、強くなる」

 

レザーは拳を握りしめながら決意を込めた瞳で瞬詠を見つめ、瞬詠はそれを見届けるようにレザーを見返す。

 

「あぁ、勿論だ。…なら今度、あいつがモンド城にいたらの話だが、お前をエウルアって奴に紹介してやる」

 

「エウルア?…クレーが教えてくれた水色の髪の人の事か?」

 

「あぁ、そうだ。エウルア・ローレンス。西風騎士団の遊撃小隊隊長の女で西風騎士団の中でも屈指の実力者の一人なんだ」

 

「そうだったのか…」

 

レザーは感心したように声を上げると、瞬詠は小さく微笑む。

 

「あぁ、そうだ。まぁ、エウルアは気難しい所もあるし、面倒くさい恨み節女で、そして今日は遂にあいつに殺されかけたが、まぁ根はいい奴だぞ」

 

瞬詠は苦笑いを浮かべながらそう説明する。

 

「そうなんだな……」

 

「あぁ、そうだ。レザー、お前は鉤爪、そして大剣を扱うんだろう?」

 

「あぁ」

 

「ならば、エウルアの奴がぴったりだな。あいつは西風騎士団の大剣使いで、大剣の腕なら大団長であるファルカの次に実力がある」

 

「そうなのか!?」

 

「あぁ、そうだぞ。…レザー、ファルカが西風騎士団の中で一番物事を教えるのが下手っていうのは、知ってるか?」

 

「教えるのが下手?…あっ、うん。前にファルカが自分で言ってたのを聞いた事がある」

レザーはその言葉を聞いて少し考え込むと、ふと思い出したように瞬詠に尋ねる。

 

「そうだろう。あいつは自分から何かを人に教えたりするのが苦手なんだよ。実際に自分もファルカに大剣での戦い方のコツについて聞いたら『そんなの簡単だ。相手が仕掛けたらどっと構えて、そのまま一気にズバッとダッ、ダーンッだ』って大真面目に言われたんだ。全くもって説明になってない。あの時は流石に呆れて何も言えなかったぞ……」

 

瞬詠は額に手を当ててため息をつく。

 

「そ、そうなのか…」

 

レザーは思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 

「あぁ、そうだ。あいつは頭や理論よりも感覚や直感でやってきたみたいだからな。だからあいつは壊滅的に教えるのが下手なんだよ……その点、エウルアは結構理屈っぽくてしっかりしている。若干、あいつの教え方はどこかダンスでも踊るかのような、独特な所があるがな。…まぁ、そういうわけだからエウルアに頼ってみるといい。きっとあいつが大剣の戦い方の基本やレザーに合った戦い方をレクチャーしてくれるはずだ。実際、以前ノエルの件でガイアやファルカの奴、そしてジンさん達から相談を受けたんだが、最終的には自分がノエルをエウルアに紹介してやって、エウルアから大剣の扱い方の基礎と基本的な戦い方を教わる事になったんだ。そして今ではたまにエウルアを相手に実戦演習とかもしているということみたいだ」

 

「なに?ノエルもか?…成る程な」

 

レザーは納得した表情で大きく何度もうなずく。かつてノエルが清泉町でヒルチャール達を相手取った戦闘を行った際、赤いリボンの茶髪の少女の援護の元、彼女が自身の身の丈ほどある大剣を用いて、動きは少しぎこちないものの、まるでダンスのステップでも踏むかのように、軽やかな動きで大剣を振るって次々とヒルチャール達を撃退していったのを思い出したのだ。あれの動きや立ち回り、それはつまりそのエウルアから教わったものであった事をレザーは理解したのだ。

 

「…瞬詠、本当にありがとう。何から何まで世話になった」

 

レザーは改めて瞬詠に礼を言うと、瞬詠はレザーを見つめて小さく笑う。

 

「いや、別に構わないさ。後は雷元素と言えば、リサさんになるが……まぁ、こっちはその内で良いだろう。それよりもお礼を言うならルピカ達に言いな。自分は彼らと約束を交わしただけだ。レザーを『最低限の基本的な元素の扱い方や戦い方に関してもきっちり教え込む』ってな。そのおかげで最終的には、神の目の力を充分に扱えたし、アビスの魔術師達すらも撃退できた…だろ?」

 

「「「グルゥッ」」」

 

「「「ガルゥッ」」」

 

瞬詠は笑みを浮かべながらそう言うと、ルピカ達は同意するように鳴き、それにレザーは嬉しそうに微笑む。

 

「あぁ、そうだな。……ありがとう、瞬詠、それにオマエたち」

 

「あぁ、どういたしましてだな。レザー…さて、最後に一つ助言してやろう」

 

「助言?」

 

「あぁ、そうだ……いいか、レザー。お前さんは自分に自信を持て」

 

「オレに……自信?」

 

「そうだ。お前さんは今まで様々な事や散々な目にあってきたんだろうが、今までのお前と今のお前はもう違う。お前には大事な者達を守る為の力を手に入れられた。後はその力を上手く使いこなす事が出来るかどうかだ。そしてその力はお前さんの思い描いた通りに動くもの。自分の力を信じられず諦めたら、そこで全ては終わりだ……だからこそ、レザー。お前の大切な者達の為に、お前は自分の力を信じろ。そうすれば、お前の道は切り開かれる」

 

「……あぁ、分かった。瞬詠の言葉、心に刻んでおく」

 

レザーは大きくうなずくと、瞬詠は満足そうな笑みを浮かべて手を軽く振る。

 

「あぁ、しっかり自分に自信を持てよ…さてと自分はそろそろ刻晴に反撃するため、手始めにモンド城に忍び込むとするとするよ…」

 

瞬詠はそう言うと足元にあった草を引き抜き、それらを顔の前に持っていくとそれらを手放した。

 

「……」

 

瞬詠の視線の先は宙に浮く草を追っていた。宙に浮く草は風に乗り、そのままゆっくりと飛んでいく。

 

「……」

 

そうして次に瞬詠はシードル湖の水を見る。シードル湖の水面は穏やかな所、小波の立っているところと様々であり、その光景はまるで大きな生き物が寝ているかのようにも見える。

 

「…成る程な。今なら、一気に城壁まで行けそうだ」

 

瞬詠はそう呟くと、レザーの方に振り返り、レザーに語りかける。

 

「それじゃ、レザー。俺は行かせてもらう。またな。この騒ぎが終わったら、また会おう。お前達も達者でな」

 

「あぁ、また会おう。瞬詠、次会うのを楽しみにしてる」

 

「「「グルゥッ」」」

 

「「「ガルゥッ」」」

 

「あぁ、ありがとうな…じゃあ、行ってくる。っ!!」

 

レザーは笑顔でそう答えルピカ達も頷きながら答えると、瞬詠はレザー達に笑みを浮かべる。そしてすぐに背を向けると、丘から駆け降りるように全力で走り抜け、そのまま崖を飛び降りた。

 

「っ!?」

 

「「「グルゥッ!?」」」

 

「「「ガルゥッ!?」」」

 

瞬詠のまさかの行動にレザー達は驚きの声を上げ崖に駆け寄る。

 

「瞬詠!?…あっ、もしかしてあれか?」

 

「「「グルゥッ」」」

 

「「「ガルゥッ」」」

 

レザーとルピカ達は飛び降りた場所の崖下を覗き込むと、そこには瞬詠の姿はなく、その代わりシードル湖の水面の直ぐ上のギリギリを飛行する、黄色を基調とした、所々に目立つような金色の装飾が施された美しい鳥のような羽のような風の翼を展開した人の姿を発見し、レザー達はそれが瞬詠であることを理解した。

 

「…凄い」

 

「「「グルゥッ」」」

 

「「「ガルゥッ」」」

 

レザーは瞬詠の飛行する姿に心底驚いたかのように呟き、ルピカ達もそれに同意するかのように鳴く。

 

レザーは風の翼というものを知らないし、人が空を飛ぶところを見るのは初めてであったが、それでも瞬詠の飛行術とでも言えばいいのか、それが並大抵のものではなく卓越したものであることはすぐに分かったのだ。

 

「…」

 

あんな風に飛べば、少しでも誤れば水面に叩きつけられて死ぬかもしれないというのに瞬詠は一切臆することなく、見張り等の発見を極力避けるために水面すれすれの超低空飛行かつ、かなりのスピードで移動していた。

 

その行動力と勇気ある瞬詠の姿をレザーは見つめていたその時だった。

 

「…あっ」

 

瞬詠が城壁の近くで急上昇を行い、またそれの直後に特徴的な黄金の風の翼が消えたことにより、小さくなっていった瞬詠の姿が完全に見えなくなったのだ。

 

「……」

 

レザーはそれを見て、おそらく瞬詠は無事にモンド城の城壁に辿り着き、城に潜入する事に成功したのだろうと察したのであった。

 

「瞬詠、またな。……もしも、何かあれば……」

 

そしてレザーはそう呟くと同時に、立ち上がった。

 

「皆、行く」

 

「「「グルゥッ」」」

 

「「「ガルゥッ」」」

 

そして立ち上がったレザーはルピカ達にそう言うと、瞬詠の潜入したモンド城に背中を向けて、その場から歩きだして立ち去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さてと、始めるか」

 

そうして、無事に人知れずにモンド城の城壁の上に着地した瞬詠は、近くに積み置かれていた木箱に身を隠しながら呟くと同時に、周囲に人影や人の気配が無い事を確認し終えて、静かに立ち上がったのであった。




これで第二幕終了です。

尚、今回は西風騎士団についての軽い補足説明(どちらかと言えば原作との相違点の整理)と瞬詠を取り巻くモンドの各キャラの現状(捕縛・敵対、中立、協力・味方、不明)の整理についてですが、まず補足説明につきましては西風騎士団の“ノエル”の件に関してですが、ノエルは原作よりも強化されており、本編にある通り瞬詠の紹介の元、エウルアとは師弟関係のような関係になっています。第三幕以降のネタバレになるので軽くしか扱いませんが、原作では元々ノエルは自分の身を気にせず、無茶苦茶な事を平気で行う事(例えば遭難者を助ける為に単身でドラゴンスパインやドラゴンスパインの洞窟の中まで突っ込んで行った結果、遭難者を助けられたもののモンド城に戻ったら数日間倒れた件等)が多々あり、日常的とまでは言わないものの、何度もこういったことを繰り返してきているためにジン達はノエルの尋常ではないその行動力やそれらに頭を悩ませておりました。そこで偶々モンドに訪れていた瞬詠がガイアやファルカ、ジン達の相談を受けて、ノエル本人との“面談や相談等”を行った事で、結果的に今のそのような関係となっております。
そして、瞬詠に対するモンドの各キャラの現状(捕縛・敵対、中立、協力・味方、不明)の整理についてですが現状は以下の通りになっています。
―――――
〇捕縛・敵対
ファルカ、アンバー、ジン、クレー、アルベド、エウルア
〇中立
ガイア、ディルック
〇協力・味方
レザー
〇不明
リサ、バーバラ、フィッシュル、ベネット、ノエル、スクロース、モナ、ウェンティ、ディオナ、ロサリア、ミカ
―――
以上の通りです。
尚、ジンに関しては西風騎士団の代理団長という立場から、ファルカが璃月の使者に協力した時点で自動的に敵対しています(もう少し細かく描写を行えばよかった…)


また現在のところ、今までに出した考察の纏めや瞬詠等のオリキャラ設定集、場合によっては補足説明等についてを、章管理で区分し一番上の章にオリキャラや設定・考察(具体例的には神の目関連【※本作品内の設定として】や軽めのネタバレになりそうな考察、原神の根底に関わりそうな重めのネタバレに繋がりそうな考察関連を纏めたもの)集として、それぞれを置いていくかどうかを検討中です。もしも検討通りかつ、その時が来れば一度章管理関係を設定変更しなおすために、極一時的ではありますがチラシの裏等に移動する可能性がありますのでよろしくお願いします。


そして最後にアンケートの件に関してですが、アンケートの内容は文章の文字数に関してです。個人的に書きたいものを書くスタンスでやってきてはいるのですが、皆さん的には何文字くらいの文章が読みやすかったり投稿ペース、それに伴った展開ペースの速さはどれくらいが良いのかが気になりました。そのため、第三幕以降はその結果を考慮し工夫して、投稿していけたら良いなと考えておりますのでアンケートのご回答を頂けると幸いでございます。
尚、今までの随筆からして一か月間に最大で二万文字でしたので大雑把に以下のようになりますのでよろしくお願いします。
―――――
①1話5千字、月4話ペース(展開早め)
②1話1万字、月2話ペース(展開普通)
③1話2万字、月1話ペース(展開遅め)
―――――



ここまでお読みいただきありがとうございました。
現状、璃月番外編から第三幕投稿までの間の暫くの間、改めてもう一度設定等の調べ直しや確認、原神(ゲーム本編)の方もしっかりと集中したい事、またリアルの事情の方の状況も加味して、第三幕の投稿は下手すれば三月辺りか、最悪4月の投稿となるかもしれませんが、よろしくお願いします。

次回の璃月番外編+アビス教団編(現状、2話構成)。そして、初回投稿はいつになるのかは現在不明ですが、【第三幕―騒乱のモンド城と暗躍する“大罪人”の影(予定)―】の投稿まで今しばらくお待ちください。

ありがとうございました。

―――――
追記1
『ドーマンポート』が『ドーンマンポート』となっていましたので修正しました。“円周率で猫好き”さん、誤字報告ありがとうございます。

追記2
・文章を一部修正しました。(瞬詠の追憶辺り)

追記3
・文字間隔の調整を実施中…
→文字間隔の調整終了しました。


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【番外編・第1幕】:仙獣の法律家と変動する璃月港
商業都市“璃月港”と仙獣の法律家


完成したので投稿。(お久しぶりです。海灯祭も相まってかなり遅くなりました…)

まず、アンケートを締め切りました。
協力してくださいました皆様方、ありがとうございます。

結果と推移を見て、五千字(月4回・展開早め)と一万字(月2回・展開普通)を行ったり来たりしていたので、取り合えずの目安として、七千字程度(月3回・展開やや早め)を目安に進行させていきたいと思います。
※尚、実際に出来るかは不明です…。リアルの事情等もありますが、最大限努力はします。

また、今回も別のアンケート(設定集・考察集に関わるもの)と、多少の解説(本作と原作の違い)がありますのでよろしくお願いします。

それでは今回から、前回の予告通り『【番外編】第1幕・仙獣の法律家と変動する璃月港』を開始します。

今回は、そのプロローグです。



「いらっしゃい、何かお探しでしょうか?」

 

「すみません、こういったものを探しているのですが取り扱っていますか?」

 

「さっき仕入れた魚だ!!新鮮だし安いよ!!」

 

「おい!!うちの方が新鮮だ!!魚は鮮度!!値段は負けるが鮮度は負けてないぞ!!」

 

「寛!!おもちゃ欲しい!!」

 

「だから寛じゃなくて、パパと呼びなさい!!」

 

「是非とも冒険者協会に入会を!!とっても楽しいよ!!」

 

「すまないが、商品は全て品切れだ。また今度にしてくれ」

 

「そうですか、困りましたね…」

 

 

 

とある日の太陽が真上辺りに昇ったことによる陽気に、商人達や店の者達に客やそうでは無い者達の活気ある声が街中から響き渡る声。街を彩る美しい黄葉や紅葉、それに璃月三千年以上の歴史を持つ伝統ある国家の中心的な都市である大都市の街並み。テイワット大陸最大とも評される商業都市、“璃月港”。

 

かつて魔神戦争が勃発する前、おおよそ三千七百年程前に多くの仙人達や友好関係を結んだ魔神達、そして璃月を建国し統治することになった岩の魔神、岩神“モラクス”。そして後の璃月の民となる当時の民と結んだ彼の「世の塵を払い、民を守る」という、璃月最古の契約。

 

その契約に従って、彼もとい岩の魔神モラクスはかつての魔神が跋扈した時代や、“天空の島”にある“七つの神の座”を巡って、地上の無数の魔神達が互いに争いを始めた“魔神戦争”時代。妖魔達が世に蔓延った事により、海が妖魔に侵され山が螭に奪われた時、彼らを打ち倒しかつての平和な世を取り戻さんと決心した彼によって招集された仙人達等、彼と彼の元に集った彼らで妖魔達に戦いを挑んだ“仙魔大戦”時代。彼は長い年月を重ねながら、彼の元に集った仙人達と共に協力してこれらを鎮圧や封印を行い、友好関係を結んだ魔神達と協力しながら「璃月の民を守る」ことに力を尽くしてきた。

 

そうして最終的に一人また一人と“友”や“自分を慕っていた者”達を失い、別れ続けてきた彼はそれでも尚、三千年以上という非常に長い時間もの間、またその魔神戦争中や仙魔大戦中に“帰離原”から“帰離原の南方”へと帰離原にいた民を移したことがきっかけにより、結果的に“現在の璃月港”に璃月の都を遷都した事に繋がった後も、璃月の守護神として君臨し続け、その力を人々の為に振るい続けたのだ。

 

そしてその結果として、自分の民を守るために自分と敵対した魔神達と熾烈に争い続けた“魔神戦争”、敗れた魔神達の残骸が撒き散らした怨嗟によって産み出されて世に蔓延してしまった妖魔達を仙人達や夜叉達、そして後の“千岩軍”の前身となる岩王帝君の信者達が自発的に結成した“千岩団”の者達と協力して凄烈に闘い続けてきた“仙魔大戦”、そして今より500年前に発生した“かつての古国”からテイワット全土へと解き放たれ、テイワット七国に襲い掛かった数々の“漆黒の厄災”や、地上や大空からの進撃、地中から侵攻してきたあまたの数の“鋼鉄の悪意”達との激烈な徹底抗戦、このように彼は仙人達や夜叉達、そして彼の元に集った千岩団もとい千岩軍達と共に璃月に襲い掛かったありとあらゆる災害や厄災から璃月を守ってきたのであった。

 

それ故、「契約の神」や「武神」、また他にも「商売の神」や「歴史の神」と言った様々な呼び方がある彼は、後に彼が定期的に神託を下しに民衆の前に姿を見せていたことから、民衆から敬意を込めて「岩王帝君」と呼ばれたのである。

 

そしてその彼こと岩王帝君が、自らが建てた港湾都市。それがその“璃月港”であり、その巨大な商業都市は貿易と富が有名であること、また一年に一度「迎仙儀式」が開催されるほか、毎年初めての満月の日の夜には「海灯祭」が盛大に催されるという事などでテイワット大陸にその名を轟かせていたのであった。

 

 

 

「よし、これで今日の仕事は終わりだな。それにしても___」

 

そうしてそんな商業都市、璃月港の街を一人の少女が歩く。その少女は翡翠の瞳に、薄めの朱の髪。2本の鹿角に金の装飾が施された赤い帽子に、璃月の薄着を身に纏った活発的な雰囲気を放つ少女。数多くの調停を行ってきた実績を誇り、璃月港で引く手数多の法律家である彼女であり、実はその身には仙獣である“獬豹”の血が流れている聡明な少女。そしてその彼女の腰に“炎の神の目”を身に着けた彼女、“煙緋”は満足そうな表情を浮かべて、隣を歩く“彼女”に笑みを浮かべていた。

 

「___“忍”さん。貴女はもう立派な法律家だ。まさかあの案件をあそこまで上手く丸く纏められるとは思いもしなかったよ。しかも私の一番苦手な、ああいう感情的な問題である民事訴訟の案件でな」

 

「いえ、ありがとうございます。煙緋先輩。あれは偶然思いついて、何とか上手く行けただけです。ですが、そう言って頂けて嬉しいです」

 

そう嬉しそうに笑う、煙緋の隣を歩く女性。キリッとした稲妻のような紫の瞳に、黄緑の髪。お腹を曝け出すことでどこかワイルドさを感じさせる全体的に紫色の格好、稲妻でいう女性の忍者である“くの一”という呼ばれる者達の格好を模した姿のようなもので、またそのスタイルの良さは、男も女も見惚れる程の美人。そして彼女の肩にある肩甲に装着している“雷の神の目”の保持者である美人な女性、“久岐忍”は謙遜するように首を横に振っていた。

 

「いやいや、謙遜する必要は無いよ。何せこれは紛れもない事実だからな。あの場でああいう機転を利かせられるとは…流石だ。…忍さん」

 

煙緋は忍の名前を呼ぶと少しだけ真剣な顔になり、続けてこう呟いた。

 

「忍さんは本当に法律家にはならないのか?忍さん程の実力があれば、必ず一流の法律家になれるだろうに……」

 

「うーん、その件の事ですか……。煙緋先輩、確かに私は法律について様々な事を学び、また煙緋先輩の元で学ばせて貰って様々な経験や知識を得ました。そしてその事で、私自身に自信を持つことが出来ています。でも、やはり思ったのです。この業界には制約が多くて向いていない、だから私の天職は他にあると……。すみません」

 

「そうか、まぁ仕方がないさ。それに無理強いをする訳にもいかないからな。…しかし、もし気が変わって法律家の道を選ぶ時が来たら、その時は是非とも相談してくれ。歓迎するぞ。それに私と忍さんの仲じゃないか。遠慮する必要はないぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

煙緋の言葉に、笑顔を浮かべながら頭を下げる忍。そして、忍はふと海の方に目を向ける。するとそこには綺麗な海や港、それに船が沢山浮かんでいて、どこまでも広がる水平線の向こうを見えていた。

 

「……」

 

「…ふむ」

(なるほどな__)

 

だが忍はその水平線の先、彼女の故郷である稲妻の方角に目を向けていると、煙緋は何かを察したように、彼女に声をかける。

 

「___“稲妻”の事を考えていたのか?」

 

「えっ!?」

 

「分かるよ。故郷が恋しくなる気持ちは、誰だってあるものだ。それに今の稲妻は…」

 

煙緋は少し悲しそうな顔をして、遠くを見つめるようにしながらそう言う。

 

忍の出身国である稲妻は、稲妻を統治する稲妻幕府とその稲妻幕府の頂点に立つ“雷電将軍”、即ち雷神“バアル”によって発令された、誰であろうと国内外の出入りを禁ずる「鎖国令」と、神の目を強制的に徴収する「目狩り令」を行っている国であり、彼女は発令された内の一つであるその「鎖国令」の所為で、家出したとはいえ稲妻に残された家族の事、またそれに彼女の友人や知り合いに、そして“荒瀧派の者達”との再会も出来なくなっていたのだ。

 

「はい、分かっています。…ですから今は、璃月で頑張ろうと思います。稲妻の鎖国が解除されるまで。それに大丈夫です。家族なら、私以外は“神の目”を誰も持っていませんので「目狩り令」の対象外ですし、私の所属している“荒瀧派”は、何かあれば私の知り合いや友人が面倒を見てくれたり、ある程度は融通を効かせてくれるとのことなので、心配はいりません」

 

忍はそう言いながら、自分に言い聞かせる様に微笑んだ。

 

 

 

実際、忍の知り合いや友人である“九条裟羅”や“鹿野院平蔵”は稲妻幕府、しいてはその稲妻幕府を統べる雷電将軍の行政機関に所属する人間である事。

 

またその行政機関の内訳は、主に警察機能や公安関連に軍事関係等を担当する九条孝行を首領とする“九条家”の「天領奉行」、主に商務や財政にその他等の金融関連に関わる物を担当する柊慎介が首領である“柊家”の「勘定奉行」、主に儀式や祝賀行事に神社仏閣の管理等の稲妻の文化関連の事柄を担当する神里綾人を首領とする“神里家”の「社奉行」、これら三つの奉行を総称した「三奉行」となっており、先ほどの“九条裟羅”や“鹿野院平蔵”は、その“九条家”の「天領奉行」に所属する人物なのだ。

 

特に“九条裟羅”に至っては稲妻の治安維持を司る天領奉行の九条家当主でもある九条孝行の養女であり、裟羅本人が「天領奉行」の大将、つまり「幕府軍」の大将として稲妻の治安を守っているのである。

 

また“鹿野院平蔵”は裟羅みたいに何かの役職に就いているという訳ではないが、彼自身が天領奉行所属の天才探偵である為、稲妻内で起こる難事件や珍事件を独自の推理で解決したり、場合によっては三奉行に依頼されて捜査や調査等の協力を行う事もあるのだ。

それ故、彼らは稲妻幕府の中でも絶対的な影響力を持つ、いわばエリート中のエリートであるため、万が一“荒瀧派”に何かがあれば、彼らを通じて何かしらの便宜を図ってくれる事だろう。

 

 

 

「……」

 

忍はそう思いながら、遠くに見える水平線の向こうにある稲妻、“鳴神島”の方角に目を向ける。

 

“荒瀧派”の親分である“荒瀧一斗”は“岩の神の目”を持っている。その為、稲妻幕府と雷電将軍によって発令された「目狩り令」の対象者だ。

確実に荒瀧一斗、しいては“荒瀧派”と九条裟羅率いる稲妻幕府の“天領奉行”との間でいざこざが起きている筈であり、忍としてはその事を憂いていたが、幸いにもその幕府軍の中では最高権力者の一人とも言える幕府軍の大将の九条裟羅とは、忍の顔見知りであり友人であるため、彼女や平蔵が上手く融通を効かせてくれたり、何とか穏便に済ませてくれていると信じていたのだ。

 

「まぁ何にせよ、私はこの璃月で頑張ります。それに今は、こうして頼れる先輩がいますからね」

 

「そうか、嬉しい事を言うではないか。だが、困った事があったらいつでも言ってくれ。微力ながら手伝わせて貰うぞ。それと、もし法律家の道を選ぶ時が来たら、遠慮なく相談してくれ。私が、必ず力を貸してあげるからな」

 

「はい!その時はよろしくお願いします」

 

煙緋の言葉に笑顔を浮かべて、忍は頭を下げた。

 

 

 

「すみません!!そこの荷車!!止まってください!!中身を確認させてください!!」

 

「おい!!またかよ!?璃月港の入り口で既に千岩軍の検問は受けたんだぞ!?これ以上何をするつもりなんだ!?」

 

「すみません!!ですが、もう一度荷台の確認だけはさせて下さい!!現在、璃月七星の玉衡“刻晴”様によって出されました璃月全土を対象とする“戒厳令”に従い、璃月港内の物資の輸送等に関しては、積荷や身分証明等の検査を厳しくしておりまして……」

 

「くそっ……、仕方ねぇ!!ほれ、さっさとしろ!」

 

「ありがとうございます。では、失礼して」

 

「すみません、失礼します。早めに終わらせます。おい、俺はこっち側やるから、そっち側を頼む。手早くな」

 

「はっ、了解しました」

 

突如、聞こえてきた男達の会話の内容に、思わずそちらに視線を向けた煙緋と忍。彼らの視線の先には、停車している大きな箱型の荷車を取り囲むようにしている複数の千岩軍の兵士達の姿があり、どうやらその荷車の中身を確認しようとしている様だった。

 

「ほぉ、また千岩軍の検査か」

 

「あの人達も大変ですね…。朝早くから、こんな慌ただしく……」

 

そんな事を言いつつ、二人は少し離れた場所でその様子を眺めていた。

 

「…本当に、今日は千岩軍の兵士達がいつもより出て、そして忙しそうですね」

 

忍は改めて周囲の様子を確認する。すると、普段よりも多くの兵士が街中を駆け回っていた。

 

「うむ、そうだな。…今朝のあんな大騒ぎ。『璃月七星の天権、“凝光”が暗殺未遂に遭って、意識不明の重体』って話が璃月港中を駆け巡ったからな。当然といえば、当然だろう。…まぁ、最終的にはこれは演習であるから心配する必要はないという事だし、そういうお触れも本当に出したのだから、間違いない…本当に良かった、安心したよ」

 

煙緋は胸を撫で下ろしながら安堵の息をつく。

 

 

いつもなら、朝方の煙緋法律事務所は比較的静まり返っているのだが、今朝は外がとても騒々しく、しかも千岩軍の兵士達が只事ではない雰囲気で走り回っているため、事務所内の雰囲気もどこかピリついているのを煙緋は感じ取っており、そしてその極めつけが千岩軍の兵士達が叫んでいた『とにかく、まずは璃月港の出入り口を全て封鎖しろ!!詳しい事は知らんが璃月七星の天権“凝光”様を暗殺しようとし!!あまつさえ、あの御方を意識不明の重体に追いやった犯人が、この璃月港内を逃亡中だ!!万が一、その者が璃月港内からモンドやスメール、フォンテーヌにでも国外逃亡などされたら、大変な事になるぞ!!絶対に犯人を逃がすなぁ!!急げぇ!!急げぇえ!!』という言葉であった。

 

この言葉を聞いた煙緋はおろか、商人達や璃月港の住民達は皆一様に顔を青ざめさせ、更にはそれが原因で街全体が殺気立っていたり、騒乱に巻き込まれそうになったりと、とにかく今朝の璃月港の街は大混乱に陥っていたのだ。

 

ただ幸いにも、直ぐに別の千岩軍の兵士達や月海亭の職員達、璃月七星が管轄している七星八門の総務司等の公的機関から『この件は全て演習である』という正式発表があったため、街の住民は少しずつであるが落ち着きを取り戻していったのである。

 

 

「確かに、それを聞いて私もほっとしました。……璃月で、まさかそんな事が起きてしまうなんて、とても思いませんでしたし信じられなかったですしね」

 

「全くだ」

 

煙緋は忍の言葉に同意するように首を縦に振る。そして改めて慌ただしい千岩軍の兵士の様子を見ながら口を開く。

 

「しかし、あれだけ慌てているとなると、千岩軍が総出で捜索、いや演習を行っているのか?それにあそこにいる者達のそれら…」

 

煙緋は忍と歩きながら千岩軍の兵士達の様子を伺う。

 

璃月港にいる彼らの装備にはそれぞれ違った特徴があった。

例えば怪しい者達や気になった者達に声をかけ続けている兵士達は剣や槍を手にしているのだが、その役割ではない兵士達、具体的には桟橋や船着き場などを担当している兵士達は璃月港の上空や周辺の海上を警戒するように空や海の方に顔をむけており、その中の一部の兵士達が手にしている茶色の細長い筒や双胴になっている筒のようなものを手にしていた。

 

 

「…あれは“単眼鏡”や“双眼鏡”か?」

 

煙緋はそう呟く。それの正体、それはテイワットに現存する国家の中でも有数の機械技術を有している技術国家フォンテーヌの“単眼鏡”や“双眼鏡”。

即ち、水神”フォカロルス”が管理する領域であり、“正義”という理念を掲げている、他の六国より発達した法制度と司法の下で厳格な統治が敷かれている法治国家でもあるフォンテーヌより、璃月の千岩軍向けに輸出された物の一つである、フォンテーヌ製の“単眼鏡”や“双眼鏡”を手に取っていたのであった。

 

「…ふむ」

 

煙緋は改めて考える。

 

 

あのフォンテーヌ製の単眼鏡や双眼鏡は主に千岩軍の兵士達が遠方の監視、探索や索敵等に使用されるものであると推察できる。そしてそれと同時にあのとてつもなく高価である筈のフォンテーヌ製の製品を、フォンテーヌ製の製品である単眼鏡や双眼鏡を大量に輸入した璃月の経済力、そしてそれを決断した璃月七星達の懐の深さに感心した。

 

煙緋は現在、璃月の有名な法律家として活動しているが、それ以前は一流の法律家になるべく、日々あらゆる法律に関する勉学に明け暮れており、その過程で法制度や司法制度の先進国とも言えるフォンテーヌの法律や実際にフォンテーヌを訪れた経験もある。

その過程でフォンテーヌ製の機械も見たりしたのだが、煙緋は決して機械技術に精通してはいないのでよく分からない事が多いものの、そのフォンテーヌの機械技術の水準の高さには目を見張るものであり、それと同時にその機械の価格もとんでもない額であったことも記憶に残っていた。それ故、先ほど見た単眼鏡や双眼鏡をきっかけに、かつて煙緋がフォンテーヌを訪れた際のあの機械達を思い出したのだ。

 

そして現在の演習の設定上、意識不明の重体であるために動けなくなっている天権である凝光の代わりに、玉衡の刻晴の指揮下にある千岩軍達が現在追いかけている、暗殺犯役としてモンドに国外逃亡した“彼”曰く、璃月の今後の未来の為、いずれ来るであろう“人間が統治する時代”という未来への一種の投資として、名高い機械技術力を持つフォンテーヌ製の製品や武具を千岩軍向けに輸入を行い、輸入されたそれらを千岩軍で新たに創設したそのフォンテーヌ製の技術製品等の実験・検証部隊の創設、並びに璃月七星が管轄している現在の七星八門の業務や職務にも、この事を反映させたりしているとの事らしい。

つまりは、今の璃月七星の方針の一つとして、まずはフォンテーヌの技術を輸入することで、その技術を吸収し習得させる事によりその習得までの過程でその技術そのものや、その技術に付帯する概念や考え方等の中で自分達に合っているものや必要になりそうなもの、それらを璃月七星や千岩軍は取り入れていこうと考えており、場合によってはそれらを軍事転用等を行ったりすることで、更に自分達流のものへと発展させようとしているのではないかと、煙緋は考えたのだった。

 

 

「なる程な……にしても……まぁ、災難であるな。“瞬詠”にとっては……」

 

煙緋が独り言のようにポツリと呟くと同時に、そのある意味機密事項、下手すれば最高機密かもしれない輸入したフォンテーヌ製の製品までをこの演習に用いてきた千岩軍に、彼らのこの演習に対する本気度を察し、そしてそんな彼らに演習とはいえ逃亡犯として追いかけられる“彼”こと“瞬詠”に少しばかり同情し、同時にこんな状況で逃げる羽目になってしまった瞬詠の不運さを思った。

 

「…そう言えば、煙緋先輩」

 

すると、そんな時、忍が不意に煙緋に話しかけてきた。

 

「ん?どうした?」

 

「はい、実はふと気になったのですが、モンドに逃亡した逃亡犯役である彼、瞬詠と煙緋先輩って一体いつからの関係なのですか?少し気になってしまいまして」

 

「あー……そういう事か。ふむ……そうだな」

 

忍の言葉を聞いた煙緋は顎に手を当てながら考える。確かに言われてみると、確かに煙緋と瞬詠はいつからの関係だろうか?と、煙緋自身も改めて考えてみた。

 

「…そうだな、忍さん。まず彼との初めての出会いは甘雨先輩が瞬詠を連れて私の事務所にやってきたのがきっかけであったな。それで__」

 

そうして煙緋はゆっくりと思い出すように、語り始めたのであった。

 




次回は煙緋の台詞通り、彼女目線の甘雨・瞬詠回です。

尚、アンケートの件ですが、アンケートは前書きにある通り設定集・作品で使われた考察集に関わるものについてです。
現状、瞬詠のプロフィール設定やその他に関する設定集に加えて、感想から需要のありそうだと判断した作者的神の目の考察(内容のサンプル自体は【全てを思い出した時、狼少年の背中に“それ”が現れた件について】の後書き)やガイアとカーンルイア関係等の原神で公式・正式設定では無い、推測・憶測で使用した本作の設定(詳細は【狼少年は見届け、北風騎士の前に“彼ら”が姿を現した件について】の本編と【北風騎士・闇夜の英雄・裏切り者“達”はアビスの使徒達と相対した件について】の後書き)に関する考察集をどのように展示するかにするという事です。
当初は、本編第一幕の前に設定・考察集の章を作って一纏めにしようと考えたのですが、各幕事に明かされた設定や考察設定を一纏めにして最後尾に置くことで、ストーリーと連携させる。若しくは、こういう考察関係は地雷の人もいる可能性があるので、それを考慮してその考察設定集のみに関しては本作品のあらすじの所で“チラシ裏”にある考察集にアクセスできるようにし、設定集のみを本編第一章前か各幕最後尾に置くという幾つかの方法の案を考えました。
その為、どの案が良いか皆様にお尋ねしたいのでアンケートを取らさせて頂きます。
期限は次回投稿の直前とし、今のところは実際の反映を次回の分の投稿後から次々回の分の投稿直前の間に行おうかと思っています。
そのため、またになってしまいますがアンケートのご協力をよろしくお願い致します。



―――
◎解説(本作と原作の違いの件について)
・久岐忍について
→本作品の久岐忍は鎖国令の為に稲妻に帰国できずに璃月に滞在しておりますが、原作では鎖国令発令前に稲妻に帰国しています(忍の“神の目”にある文章の“「目狩り令」の時、久岐忍は自らの意志で神の目を渡した。”という記載内容から)。当初は純粋に帰国に間に合わなかったと作者はそう認識していたのですが、その文章を見逃しており、その間違った設定を元手におおまかな番外編のストーリーのプロットを築き上げてしまいました。その為、もう一度再構成となると時間が掛かりすぎてしまいますので、“オリジナル設定・オリジナル要素”として忍を引き続き、煙緋の後輩兼助手として行動を共にさせていきます。

追記1
・アンケート設定が誤っていたため前回のアンケートが反映されていましたので、設定の修正を行い正しいアンケートに修正しました。
追記2
・九条“裟”羅を九条“紗”羅と書いてしまっていたため、修正を行いました。“円周率で猫好き”さん、誤字報告ありがとうございます。

追記3
・文字間隔の調整を行いました。


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煙緋法律事務所と来客者達

完成したので投稿。

まず、アンケートの回答ありがとうございます。
アンケートの結果から、設定・考察集は“各幕事に明かされた設定や考察設定を一纏めにして最後尾に置く”方式で展開していきたいと思います。

この結果を踏まえ、まずは数日後辺りに第一幕時点でのキャラ設定を作り、それを第一幕の最後尾に置きたいと思います。
(※尚、以前の予告通りにキャラ設定を置く際には、その作業の間のみ本作品を一時的にチラシの裏に移動させますのでよろしくお願いします。)

尚、今回も少しだけ解説(“甘雨”と“とある人物達”との関係について)があります。
(※また、解説の過程で稲妻のとある事柄に関するネタバレがあります。)

そして、今回は前回の予告通り、煙緋と瞬詠の出会い編です。


「ふむ、成る程…今回の凝光殿は法典に新しい法令を一つだけ追加したが、その代わりに23条と44条、それに108条の注釈も修正してきたか…それに典型的な判例もいくつか追加してきたな…全く、凝光殿は相変わらず仕事熱心だな、暗記しなければならない私の身にもなってほしいものだ…だが、良いだろう。これを全部暗記したら、更に仕事に励んでやろう」

 

煙緋は手元にあった大量の書類の中から一枚の紙を手に取り、その書面の内容をじっくりと読み込む。そしてその内容を理解すると共に、その表情には満足げな笑みを浮かべていた。その書類の内容は主に立法、また軍事関連も担当している璃月七星の天権、“凝光”が新しく加えた新たな法典の条文とその解説であった。

 

璃月七星の天権の“凝光”と璃月港で有名な法律家として活躍している“煙緋”との関係は、良い意味でライバル関係と言えるだろう。凝光が制定した法律を、煙緋がその法律を”巧妙”に解釈することで人々に様々な助言を行い、助言を受けた人々は煙緋の助言通りに物事を進める。そして煙緋の助言を受けた人々の動きを見た凝光は、直ぐに煙緋によって見出された法律の抜け穴を見つけ出し、それを関隙を与えずに法典の改善を行い、そうして完璧な法律で埋めてしまうのだ。

それ故に凝光と煙緋の二人の関係というのは、言うなれば二人は互いに相手の思考を読み合い、時にはその思考を先回りしながら、相手を出し抜くような高度な駆け引きを何度も繰り返し合うという、互いに見えない火花を散らしあいながら、互いの実力を認め合える良き好敵手とも言えるような間柄なのだ。

 

「…ふぅ、流石に少し疲れたか」

(思考が鈍ってきたな……)

 

ふと、煙緋は意識を集中させていたことで、自分の頭が少し重くなってきたことを自覚し、それと同時に自分が思っていた以上に集中力を使い続けていたことに気が付き、軽く息を吐いた。

 

 

 

そして、その時であった。

 

「ん?おや、誰か来たようだね」

 

煙緋法律事務所の来客用の出入り口の扉が開く音が煙緋に聞こえてきたのだ。

 

「いらっしゃい、ここは煙緋法律事務所。今日は何のご用件かな__」

 

突然の来客に、煙緋はその来訪者を迎え入れようと声をかけながら、そちらに視線を向けた。

 

「___あっ、甘雨先輩じゃないですか!珍しいですね、先輩がここを訪れるなんて」

 

「こんにちは、煙緋さん。元気にしてましたか?」

 

煙緋は事務所の扉を開けて入ってきた人物を見るなり、驚きの声を上げる。

 

扉の前に立っていた人物の一人は、金と紫が混ざり合ったかのような独特な色の瞳に、氷のような水色の髪に2本の赤と黒入り交じる角みたいな髪飾りの少女。ぴっちりとした薄い布に黒のボディタイツ、そして鼠径部が見えるほど深いスリットの入った衣装に、首もとに身に着けた小さな金の鐘。そうして全体的にどこかふわふわしているかのような、独特で不思議な雰囲気を放ちながらも、その身に仙獣である“麒麟”の血を宿した彼女。腰に神に認められた者という証である“氷の神の目”を身に着けた彼女。“月海亭”の秘書であり“璃月七星全体”の秘書、そして同じ仙獣という意味合いで煙緋の先輩とも言える人物である“甘雨”だったからだ。

甘雨は煙緋が小さいころから関わり合いがあり、また煙緋と同じ仙獣の血を持つ者同士である事もから、今でも甘雨のことをとても慕っており、それと同時に煙緋にとって甘雨とは何でも相談できる大切な友人なようなものでもあったのである。

 

「えぇ、私はこの通りいつも元気ですよ。それで、どうされたんですか?先輩がここに来るなんて珍しいですね。立って話をするのもなんですから、こちらに座ってください」

 

「それは良かったです。ありがとうございます、煙緋さん。お邪魔します」

 

「失礼する」

 

甘雨はいつも通り、穏やかで優しい雰囲気を纏いながら、ゆったりとした足取りで席に着く。そして甘雨の斜め後ろに立っていたもう一人の男、黒髪の中に少し灰色の髪が混じり、灰色を基調とした一般的な璃月の服装に身を包んだ男。全体的に目立つ事のない印象のない男、もしくは目立つことを避けようとしてきたような印象を受ける男で、目つきが少し鋭く感じる男性であり、ふわりとしている雰囲気を醸し出す鮮やかな容姿の甘雨とは、どこか対極的な雰囲気を身に纏った地味な容姿の甘雨が連れてきた同行者である男。

 

「…ほぉ」

 

しかしそれでも、どこか人を引き付ける魅力のようなものを感じさせる、不思議な雰囲気の男。煙緋はそんな彼の姿を見た瞬間、一瞬だけ目を丸くさせる。そして甘雨とその男は煙緋に促されるままに、向かい側の椅子へと座ったのであった。

 

「それで今日は一体どのようなご用件で?何か私に相談したいことが?」

 

「いえ、そういう訳ではありませんよ」

 

「そうなのですか?では何故、甘雨先輩がここに?珍しいですね」

 

「はい。実は、“凝光”さん直々の命で“彼”にこの璃月港を案内していたのですが、今後の事を考えると、彼を煙緋に会わせるべきかもしれないと思いまして。なのでこうして彼を煙緋の元に連れてきて、挨拶しに来たんですよ」

 

甘雨は煙緋の問いかけに、微笑みを浮かべながら答えると、彼の横顔に視線を向ける。

 

「なるほど、そういうことだったのですか…いや、待て。凝光の命令だと?…君、君は何者なんだい?凝光とはどういう関係なんだ?教えてくれないかな」

 

凝光直々の命で甘雨がこの男と共に行動していたと知った煙緋は驚いたかのような表情を見せた後、興味深そうに目の前に居る男の方に視線を向けた。

 

「あ、あぁ…自分の名前は“瞬詠”。つい先日、何故か“凝光”さんの直属の部下になる事になったばかりの者だ。よろしく頼む、煙緋さん」

 

男は煙緋の方を見ながら自己紹介をする。

 

「な、なんだと!?凝光の直属の部下だと!?」

 

煙緋は瞬詠の言葉に目を見開き、驚きの声を上げる。

 

「えぇっ!?そうだったのですか!?」

 

そして甘雨も同じく驚く。

 

「え?甘雨先輩は知らなかったんですか?」

 

「はい。全く知りませんでした」

 

煙緋は甘雨は知っていなかったことに驚愕すると、甘雨はこくりと首を縦に振る。

 

「凝光さんからは、ただその、『璃月港をじっくりと巡ってもらおうと考えているわ』と言われてただけなんです。凝光さんはそんな事を一言たりとも言ってなかったはずなんですが……。彼は数日間、“群玉閣”にいる凝光さんと一緒に過ごしていたようなので、私はてっきり、凝光さんの心許せる取引相手やビジネスパートナーであったり大事な客人、または凝光さんの気の許せるご友人か、あるいは家族のように仲が良い方なのかと思っていたのですが……」

 

甘雨は顎に手を当てて考え込む。

 

「な、成る程…。それじゃあ、彼は。瞬詠は、甘雨先輩が思っている以上に、凝光と親しい間柄ということなのか」

 

「そう言う事になりますね…」

 

「…いや、別に凝光さんと仲が良いとか、旧知の仲とかそういうわけではないからな」

 

煙緋と甘雨は瞬詠をじっと見つめながら、互いに頭の中で色々と想像する。その二人の様子に対して瞬詠は、否定するように小さく頭を振る。

 

「そ、そうか。……でも、そうなるとますます分からない。瞬詠、君はあの凝光の直属の部下になったという訳だが、彼女は君に何をやらさせようとしているんだ?」

 

「それは……正直、自分も分からない。ただ、凝光さんに群玉閣に連れてこられた時に、『瞬詠、貴方は最終的に私の直属の部下になってもらい、そして貴方には“私の目”になってもらうわ』って意味不明なことを言われたんだ」

 

「“凝光の目”に?……は?何だ、そりゃ。一体どういうことなんだ?……うむ」

 

「“凝光さんの目”ですか?それは…」

 

煙緋は眉間にシワを寄せながら、凝光の意図が読めずに困り果てる。甘雨も同様に困惑した表情で首を傾げた。

 

「…」

 

煙緋は考察する。

 

凝光は商業界隈の出身、だがそうであるのにも関わらず、法律と言う自分の土俵で対等以上に戦え、時折自分を翻弄さえしてくる人物。それは即ち非常に頭の切れる人物であるという事を意味する。そんな彼女が自らの直下の部下として、その様な存在を彼を手元に置いた理由。

 

「…瞬詠。因みにだが、君は法曹界の者なのか?それか例えば、司法の先進国であるフォンテーヌで最先端の法律を学んで、法学を修めた者であったりするのか?」

煙緋はふと思い浮かぶ可能性を口に出す。

 

「いいや。自分は法曹界の者でもないし、法律家でもないぞ」

 

「成る程…」

 

煙緋は瞬詠の言葉を聞いて、何かに納得したかのように呟く。

 

「…」

 

煙緋はじっと瞬詠の顔を見据える。

 

少なくとも彼は自分と同じ法律に長けた者ではないということは分かった。しかし、凝光がわざわざ彼を直属の配下に加えたのには、きっと何らかの深い意味があるはずだと煙緋は思う。

 

「…うむ、その辺りが線か…」

 

そうして煙緋は独りでに納得したかのように呟くと同時に、ある一つの結論を導き出した。

 

 

商業界隈の者達というのは商品そのものの価値を正しく評価できる能力、またはその商品の潜在的価値やその商品に投資した場合の将来生み出し得る利益を予測し、それらを勘案した上で損得勘定を行うことが出来る者達である。

そして凝光は商業界隈の出身の者であり、その頂点に立つ程の実力者であるのだ。

そこから言える事として、そんな凝光が直属の部下にするに値する人材と認めて配下に加えようとしたことというのは、彼にその凝光が認めるだけの“価値”、もしくは今は発揮してないだけで、彼に投資すれば将来的に凝光が見出した彼の“真価”が顕わすという根拠があっての事だと判断した、という可能性が高いのではないか?。煙緋はそう考えたのだ。

 

 

「……」

 

そして、もし仮にそうだとしたならば、凝光に認められ、彼女の信頼を一身に受けるであろう彼。

 

「……」

 

煙緋は改めて彼の顔を見る。

 

「…瞬詠。君が私達の目に映らないところで、君がどんな活躍をしていたかは知らないが、恐らくは君にはそれなりの実力があると凝光は判断したということだ。それに、凝光は君の事をかなり買っている。…瞬詠、君は凝光に群玉閣に連れて来られる、いや凝光に璃月七星の元に引き抜かれる前は、何をやっていたんだ?」

 

煙緋は瞬詠を見据えながら尋ねる。

 

「ん?自分か?…自分はその凝光さんに引き抜かれる前は北斗の姐さんの“南十字船隊”、その旗艦の“死兆星号”の元で過ごしていたぞ」

 

「そ、そうだったんですか!?」

 

甘雨は驚きの声を上げる。

 

「ほぉ、あの“南十字船隊”、しかもその旗艦の“死兆星号”か…」

 

煙緋は瞬詠の言葉に感心した様に相槌を打つ。

 

 

北斗の“南十字船隊”、そして旗艦の“死兆星号”。今では今を生きる伝説的な存在とも言えるかもしれないし、その筋の者たちならば名を知らぬ者はいないと言っても過言ではないだろう。その北斗率いる南十字船隊は、冥界巨獣の“海山”を打ち倒した船隊だ。

 

煙緋は詳しい事は知らないが、噂によればその“海山”は海の中に潜んでおり、魚のようで龍のような海山は、悪夢のような大きな体を持ち、その力はまるで神々の如く、たった一撃で数十メートルの波を起こせるという化け物じみた力を持っていたらしい。

 

しかし、それを多くの犠牲を出しながらとはいえ、北斗が率いる南十字船隊が打ち破った。それはまさしく奇跡と呼ぶに相応しい出来事であっただろう。

 

その海戦は数日に及び、確かに大勢の死傷者や負傷者も出たが、それでも彼らは見事勝利を掴み取った。それ故、当時のあの戦いの場にいた南十字船隊の船乗りや水夫達は、海を生きる者達の憧れの存在となっており、彼らの武勇伝が語り継がれているのだ。

 

 

「…」

 

煙緋の瞬詠を見る目が変わった瞬間でもあった。

 

「成る程な……」

 

とんでもない人材を凝光は手に入れたものだな、と煙緋は思う。

 

「ふむ」

(彼が生き残ったという“実績”、それか彼のその生き残った“実力”が凝光の見出した“価値”なのだろうか…)

 

煙緋は心の中でそう思った。そして更に瞬詠に興味を持った。つまり目の前の男は、その戦いの場を生き残った者であるということなのだから。しかも見た感じ、大きな怪我や深い傷を負ってるわけでもない。果たしてその戦いを生き延びた彼は、一体今までにどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。

 

「…瞬詠、君は私達が想像もつかないような危険な戦場を生き抜いてきたのかもしれないね。私は君に興味が湧いたよ。…君は南十字船隊で何をしてきたんだい?」

 

煙緋は興味津々といった様子で尋ねた。

 

「うん?自分がやってきたこと?……うーん、まぁ、色々とやってきたな。死兆星号に乗ってる時は船隊の会計関連を怖いお姉さんに手伝わされたり、死兆星号の料理人達の料理を手伝わされたり…そして後は、船隊の上空を飛んだり、船体の周辺海域を飛び回ったりしてたな。むしろこっちが本業みたいなものだったな」

 

瞬詠はそう答えて苦笑する。

 

「…船隊の上空を飛んでいた?……君にとってはそれが当たり前のことなのか?」

 

「…周辺の海をも飛んでいたのですか?……えっと、失礼ですが瞬詠さんは人間なんですよね?」

 

煙緋と甘雨は首を傾げる。正直、あまりピンと来なかったからだ。普通の人間が空を飛ぶなんて、まずあり得ないことである。

 

「おい、甘雨。どう言う意味だ?自分はれっきとした人間だぞ。…だがまぁ、最初に良い感じの風さえ吹いてくれればそのまま空を飛ぶなんてことは日常的であったし、後はただ少しばかり他の人間よりも『感覚』、それに『勘』に優れてるだけだよ…」

 

瞬詠は何でもないように言った。

 

「……簡単な話、吹いている風や揺れている波等を見て感じ取って、次の瞬間やその次の瞬間に吹く風を予測し把握する。そしてその都度、風の翼の角度や自分の飛行姿勢を最適な状態に変化させる。このようにして、その風を利用して風の翼で空を駆け続けてきたってだけの事だよ。このサイクルをひたすら瞬間瞬間毎に繰り返し続ければ空を思うように飛べるぞ。

 実際、それで船隊上空や船隊の進路方向の海域の上空を飛び回ることで船隊の捜索、それに船隊より先に目標海域や目標の島等に到達して写真機で写真を取って情報を集めたり、先んじてその島に着地することで上陸し、そのままその島の先行調査等を行い続けてきたからな…」

 

そして瞬詠は少し真剣そうな表情で、そう説明した。

 

「…」

 

「…」

 

煙緋と甘雨は言葉を失い、互いに顔を見合わせる。そうして唖然とした表情で瞬詠を見つめた。

 

「……は、ははっ。君には本当に驚かされるな。そんなことが出来るのであれば、これはもう仙人と言っても差し支えないと思うのだが」

 

煙緋は引き攣った顔をしながら、そう呟くように言った。

 

「そうですね……。ちょっと、とても信じられません。瞬詠さんが人間だなんて…」

 

甘雨も呆気に取られたような顔をしている。

 

「酷い言いようだな、本当に人間だぞ?……まぁ、そんな事はともかくとして。自分はそのようにして、言うなれば北斗の姐さん率いる南十字船隊の“船隊の目”として空を飛び続けてきたし、おまけに補給の為にテイワット各国にある各地の港に船隊が停泊していた時は暇潰しで各国の空を飛び回ったり、その過程で現地の人々と交流したりもしたしな」

 

瞬詠はそう言って肩をすくめる。

 

「……」

(まさかこんな滅茶苦茶な男がいたとは…。何で凝光はこのような無茶苦茶な男を…)

 

瞬詠の言葉を受けた煙緋は開いた口が塞がらなずにいた。

 

「…」

 

そして甘雨も驚きのあまりに口を開けて固まってしまっていた。

 

「…うん?」

(いや、待てよ)

 

そうして煙緋は瞬詠が何気なく放ったとある言葉に気づき、ハッとした。

 

「…成る程、瞬詠は南十字船隊の“船隊の目”として活躍してきたわけだな」

 

煙緋はそう納得した。

 

 

 

“凝光の目”として直属の部下になった彼を凝光が見出だした価値や真価。それは瞬詠の“船隊の目”として活躍した実績だけではない。

 

それではなく、その実績を裏付けている本人が語った並々ならぬ『感覚』と『勘』、それにテイワットの各国の各地を飛び回った際に訪れた現地人との交流による様々な『経験』、それこそが凝光が瞬詠に見出だした価値や真価なのではないかと推察した。

 

 

「“船隊”の目”…か。言われてみれば確かにそうだな。

“船隊の目”、ひいては“北斗”の姐さんの目”として海の上を飛び回り、それらを元に北斗の姐さんに自分の考えや意見を進言したり、場合によっては逆に北斗の姐さんの方から意見を求められたりしたからな…。

 それに自分は空を飛び回って来たことで、“綺麗なもの”や“美しいもの”…そして、“汚いもの”や“醜いもの”やらまで…。まぁ、色んな光景を見てきたからな。

 それで極めつけは“あの数日間の悪夢で地獄のような海戦”だよ。

 あの日のあんな空を必死に飛び回っては、姐さんを援護するため、あの化け物の目を潰すために、あの化け物に向かって何度も突撃を繰り返しては、化け物の目を斬り潰しては刺し潰し、色んなものを投げつけたり放っては奴の目を傷つけたり目くらましをして視界を奪ったり、仲間の船隊の船や死兆星号、そして仲間達や姐さんを守り抜くために囮になって、奴の目の前や周囲で奴を引っ搔き回しながら飛び回って奴の意識を自分の方に向けさせたり…。

 まぁ、とにかく死に物狂いであの空を飛び回って抗い抜き、そうして何とか生き残ったんだ……だが、結局残ったもの、それに残されたのは…」

 

瞬詠は今までを振り替えるかのように、そしてもう疲れきったかのように、静かにそう呟いた。

 

「…そう、だったのか。なんだか、君は大変だったんだな」

 

「…そう、なんですね。貴方が、今まで生きてきた環境、それにその日に起きた事…それはある意味、毎日が厳しい冒険のようなもの、そして死と隣り合わせのような場所にいたようなものなのでしょうね」

 

煙緋と甘雨は瞬詠のこれまでの人生についてを察し、そして同情した。

 

 

今の瞬詠の何処か達観しているかのような雰囲気は、彼がこれまで辿ってきた道のりの中で培われたのかもしれないと。正直もしかしたら、もしも瞬詠が自分は人間であると強調せず黙っていたら、実は瞬詠のその正体は仙人である事を隠した男ではないかと普通に信じてしまえるくらいに彼は凄まじいことをやってのけ、そして今の彼から発している雰囲気がそれを物語っていたのであった。

 

 

「…あ、あの瞬詠さん」

 

「ん?…どうした、甘雨?」

 

甘雨は黄昏ている瞬詠を少しでも元気付けようと、話題を変えることにした。

 

「そ、その、私、お聞きしたいことがあるんです」

 

「……何だ?」

 

「はい。瞬詠さんってテイワット各地を飛び回ったって行ってたじゃないですか?“稲妻”は結構詳しかったりしますでしょうか?それに“八重神子”さんや“狐斎宮”さんとかはご存知だったりするんでしょうか?」

 

甘雨はそう質問した。

 

「“八重神子”に“狐斎宮”だって?…“八重”さんは知っているし、むしろあの人、いや“人”…なのか?まぁ、一応は顔見知りで知り合いではあるが、“狐斎宮”って誰だ?…いや、その前に何で甘雨は八重さんの事を知ってるんだ?」

 

瞬詠は首を傾げ、興味深そうな表情をする。黄昏ていた瞬詠は少しは興味を持ったらしく、先程の無気力な状態からは一変していた。

 

「えっと、それはですね。実は私と八重さんは、昔から璃月と稲妻の間の事務的なやり取りをしたり__あっ」

 

そして甘雨が説明しようとしたら何かに気づいたのか、甘雨は突然口籠った。

 

「…どうしたんだ、甘雨?」

 

「…甘雨先輩?」

 

瞬詠、そして煙緋は急な甘雨の変化に不思議そうにする。

 

「いえ、この話は歩きながらしましょう。もうそろそろ時間です。今からでも次の場所に行かないと、瞬詠さんをこの璃月港を案内しきることが出来ません。まだまだ見るべき場所や知るべき場所がたくさんあります。次に行く場所は七星八門の総務司という場所で、ここから少し離れていますので、そろそろここを出て向かわないと間に合わないかもしれません」

 

甘雨は本来の目的を思い出し、二人にそう告げた。

 

「それもそうだったな、甘雨」

 

「なるほど、確かに。甘雨先輩が私の法律事務所に訪ねてきた理由はそういう理由だったな」

 

瞬詠と煙緋は納得する。

 

「はい、なので早く行きましょう、瞬詠さん。煙緋さん、お邪魔しました」

 

「そうだな、甘雨。それじゃ行こう。煙緋、邪魔した。…これからの自分の立場や煙緋が有名な法律家という事が相まって、もしかしたらこれから長い付き合いになっていくかもしれないと思う。だから、その時はよろしく頼む」

 

瞬詠はそう言い、軽く会釈をした。

 

「ああ、こちらこそだ。君の活躍を期待しているぞ、瞬詠」

 

煙緋もそれに返すように、同じように頭を下げた。

 

「それでは失礼致します」

 

「失礼した」

 

甘雨、そして瞬詠は改めて丁寧に頭を下げる。そして、煙緋法律事務所を後にした。

 

「…」

 

煙緋は目を閉じる。

 

「…」

 

そして事務所に残った煙緋は去っていた瞬詠のことを思い返した。

 

「…あの男」

“凝光の目”となって、彼女の直属の部下になる彼。その過去は“南十字船隊の目”、ひいては船隊のリーダーである“北斗の目”として活躍した彼。そして尋常でない『感覚』と『勘』、それにテイワットの各国の各地を飛び回った際に訪れた現地人達との交流による様々な『経験』を持ち合わせているという彼。

 

「…ふむ」

 

煙緋は一つの可能性を思い浮かべ、そして一つの結論を導き出す。

 

璃月七星“天権”、凝光の考えを理解しきることは私には難しい。だが彼の持つそれら、それに本人と話してなんとなく彼の人となりの予想は出来た気がした。それは、もし私が考え付いた推測が正しいとするならば彼は、彼が周囲にもたらすもの。

 

煙緋はゆっくりと目を開けた。

 

「もしかしたら彼は、いや彼によって__」

__今のこの璃月港、それどころか下手してしまえば、この黄金と繁栄の国である璃月そのものに何らかの変動をもたらすかもしれない。

 

 

それは煙緋が仙獣の獬豹の血が流れているから故の『直観』か。それとも法律家として様々な案件を担当して知り得た経験が導き出した『直観』か。はたまたそれ以外のまた別の要因があるのか。

 

 

それは分からない。

 

 

だが、一つだけ言えることがあるとすれば。

 

 

「…さて、凝光が追加した新しい法令やそれに関する暗記の続きを行うか」

 

煙緋は確かに、瞬詠から何かを感じとっていたのだ。

 

 

 




次回は日常(?)編その1です。

―――
◎解説(“甘雨”と“とある人物達”との関係の件について)
・“甘雨”と“八重神子”、“狐斎宮”との関係について
→まず“甘雨”と“八重神子”との関係についてですが、甘雨と八重神子は稲妻が鎖国する前は、璃月と稲妻の間の事務を甘雨と神子が受け持っており、神子は甘雨を『甘雨の姉君』と呼んで甘雨の事を慕っており、また定期的に会いに行っていたようです。(甘雨からの日常ボイスにある各キャラへのコメントでは確認は出来ませんでしたが、八重神子からの各キャラへのコメントで彼女達との関係を確認することが出来ます。)
→次に“八重神子”と“狐斎宮”との関係についてですが、まずは前提として“狐斎宮”についてですが、この人物は大雑把に言えば過去の稲妻にいた白い仙狐の方であり、少し前の稲妻のイベントの“秋津ノ夜森肝試し大会”でさらっと出てきたりしました。(具体的にイベントでは神子が少しだけ語り、そして本人もその姿を現しましたが、後ろ姿くらいしか出てないという…)そうして彼女達との関係は端的に言えば、それぞれ“現代の鳴神大社の宮司”と“先代の鳴神大社の宮司”であり、かつての頃は“狐斎宮の弟子”と“弟子の一人”と言った関係になっています。(余談ですが当時の“雷電眞”と“狐斎宮”の関係は、今の“雷電影”と“八重神子”のような関係かと思われます)
→そして“甘雨”と“狐斎宮”との関係についてですが、オリジナル設定となってしまいますが、本作品では“甘雨”と“狐斎宮”も互いに面識がある設定で進行させようと思います。なぜ、“甘雨”と“狐斎宮”が面識があるかという事に関してですが、まず過去の稲妻について触れる事になりますが(ストーリーのネタバレになるため詳細は書きませんが)、500年前のカーンルイアのテイワット全土への攻撃・侵攻を開始し、稲妻も戦火に巻き込まれようとした頃、“雷電眞”は稲妻を守るためにカーンルイアに出向く直前、眞や影の盟友の一人である“狐斎宮”を含む彼女達に稲妻を託しました。その後にカーンルイアの“漆黒の厄災”が稲妻を、そして狐斎宮達や狐斎宮本人に襲い、最終的には何とか狐斎宮は眞との約束を果たしきりましたが(但し、完全には防ぎきれてはおらず、それが稲妻のとある世界任務に繋がります)、その代償として彼女は死亡したとなっています。
そこからテイワットの歴史やそれを元に考察するに、カーンルイアの侵攻が起きたのが500年前である事は、500年前以前であれば狐斎宮は存命であった事。2000年前に魔神戦争が終結し七神が璃月に集って勝利の盃を交わしたという事は、それ以降はテイワットは少なくとも魔神戦争の頃と比較したら平和になり、七神の七国は各国との貿易や交流を開始したと思われること。そうして甘雨が3000年前に、岩神のモラクスと契約を結び、璃月のために魔神戦争で戦ったという事は、少なくとも3000年以上は甘雨は生きているという事。これらを総括すると、魔神戦争が終結し勝利の盃を交わした2000年前辺りに璃月と稲妻は国交を結んだ事により、稲妻が鎖国する前の璃月と稲妻の間の事務を現在の甘雨と八重神子が受け持っているように、カーンルイアがテイワット全土への攻撃・侵攻を開始する前のかつての頃は甘雨と狐斎宮が受け持っていたと思われるからです。
その為、以上のような設定となっていますのでよろしくお願いします。

追記1
・アンケート設定が誤っており、前回のアンケートがそのまま出ていましたので、設定の修正を行いました。

追記2
・“列記”と“れっき”の部分の修正を行いました。“円周率で猫好き”さん、誤字報告ありがとうございます。

追記3
・文字間隔の調整を行いました。

追記4
・瞬詠の台詞の一部を加筆修正しました。

追記5
・甘雨の台詞の一部の修正を行いました。

追記6
・一部の文章の修正を行いました。
詳しくは以下の後書きをご確認ください。
→https://syosetu.org/novel/333745/6.html

追記7
・瞬詠視点(「名前を無くした、天権の懐刀」)のリンクを追加します。
:【_“煙緋法律事務所”?】
→https://syosetu.org/novel/333745/5.html
:【_向き合わないといけないんじゃないのか?】
→https://syosetu.org/novel/333745/7.html


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万民堂と“おませさん”

とりあえず、切りのいい所までできたので、ここまでで投稿。

本来であれば、万民堂の出来事に煙緋と“とある人物”との邂逅シーンまで描きたかったのですが、既に1万字を超えてしまったので、本来の3話目を前半後半と分け、まずは前編『万民堂と“おませさん”』として、投稿します。

尚、解説は次回に纏めて投稿しようと思います。


「っぅ~。少し長引いたかもしれないな」

とある日の快晴。雲ひとつない青空が広がり、真上に太陽が昇った頃、一仕事を終えた煙緋は伸びをしながら呟いて、通りを歩いていく。

 

「…ふぅ、午後はこの後の予定、それに今後に向けての書類整理も終わらせないとだな。午後もまた忙しい一日になりそうだ」

 

煙緋はそう言いながら、人混みの中を進んでいく。

 

「…っ」

ぐぅ~

 

煙緋が歩いている途中、突然お腹が鳴ってしまった。

 

「…う、まぁ、空腹には勝てんな……。お昼ご飯を食べに行こう。午前はかなり大切な案件で集中したかったから、朝はかなり少なめにしてしまったし……」

 

煙緋は苦笑いしながらそう言って、目的地を“とある場所”に定めた。

 

「うむ!!」

(よし、そうと決まれば早く行こう!)

 

煙緋は歩くペースを上げて、どんどん先へ進んでいく。

そうして直ぐに目的の場所、“万民堂”が煙緋の瞳に映った。

 

「__おぉっ!!」

(今日は中々ついているようだ!!)

 

煙緋は思わず歓喜の声を上げてしまった。煙緋の視界の先には万民堂で食事を終えた多くの客がタイミングよく退店していく姿が見えたからだ。

 

「よし!」

(急ごう!!)

 

そして、その光景を見た煙緋は、急ぎ足でその集団の中に混ざり込んでいく。

 

“万民堂”。それは璃月港の下町・チ虎岩にある食堂で有名な料理店であり、璃月を代表する大衆食堂であるといっても過言ではなく、それを言うなれとすれば、璃月三大料理店とも言えるだろう「璃料理」である、”岩港三鮮”や”山幸の麺“、また“干し肉の炒め鍋 ”等で有名な『琉璃亭』、「月料理」の“魚肉の焼き麺”や“エビのポテト包み揚げ ”、そして“明月の玉子”等で有名な『新月軒』、そして「大衆料理」の“チ虎魚焼き”や“米まんじゅう”、”かにみそ豆腐”や“黒背スズキの唐辛子煮込み”から“璃月三糸”や“四方平和”まで等、幅広い料理を取り扱っている『万民堂』と並び称されるほどでもあるだろう。

そうしてその『万民堂』は大衆食堂という事も相まって、どのような者でも食事を楽しめるほどの手ごろな価格ではあるが、万民堂のモットーである“世の中すべての人を満腹させること”。即ち、誰もが平等に美味しく食べられる料理を提供するということに非常に重きを置いていると言えるため、様々な国から来た外国人や商人達、それに各国を旅する旅人達や冒険者達からの評判が非常に高いのである。

 

「よいしょっ、と。うむ」

(運が良いようだな)

 

そうして集団の中に混ざり込んでいた煙緋は店の入り口に辿りつき、そのまま店に入って辺りをキョロキョロと見渡して、思わずニヤリと笑ってしまう。いつものこの時間帯なら大変混雑しており、毎日が忙しく予定等に追われていた煙緋であれば、万民堂に立ち寄ることは出来ないのであるのだが、今の万民堂は奇跡的に空席が目立っており、かつ煙緋のこの後の予定自体もいつもの午後とは違って、多少の余裕があったのだ。

 

「さて、何処に座るか?__あ」

(うん?あそこにいる二人…もしや)

 

煙緋がそんなことを考えていると、偶然とある人物達の姿が目に入ってきた。

 

それは、煙緋が最近知り合った人物と、煙緋の事を知る一人の幼女の姿だった。

 

「あれは__瞬詠とヨォーヨじゃないか?」

 

煙緋は思わず声を出してしまう。

 

「ん、誰だ……って、あぁ」

 

「あ、煙緋ねぇね」

 

煙緋の声に気づいた瞬詠は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに煙緋だと理解したのか、微笑んで挨拶をし、そして瞬詠の真正面にいたくりっとした赤茶色の瞳に全体的に黄緑色と茶色の璃月の服を身に着け、そして彼女の薄茶色の髪を三つ編みに結ったうえで、それをわっか状にしている独特な結びに大きな鈴がついた髪飾りをつけた幼女。そして“とある人物”のもっとも幼い弟子で、優しくて思いやりのある「おませさん」であり、そうしてその身に“草の神の目”を身に着けていた幼女、“ヨォーヨ”はニコッと笑顔を見せてくれた。

 

「奇遇だな、瞬詠、それにヨォーヨ。こんなところで会うなんて。二人の空いている席に座っても良いだろうか?」

 

「あぁ、構わないぞ。そこの席が空いているから、そこに座ってくれ」

 

「うん、良いよ。煙緋ねぇね、座って、座って~」

 

「うむ、ありがとう。二人とも」

 

そうして煙緋は、瞬詠とヨォーヨの対角線上の椅子に腰かけた。

 

「久しぶりだな、煙緋。仕事終わりか?お疲れ様だな」

 

「あぁ、お陰さまでな。仕事はひと段落ついたところだよ。まぁ、午後も予定はあるがな…そうだ。瞬詠はもう仕事の方は慣れたのか?凝光の直属の部下になったんだろう。結構大変だったりするか?」

 

「大丈夫だ。今のところは問題はないな。むしろ自由にやらせてもらってくれてる。心配してくれてありがとう」

 

「うむ。それならば良かった」

 

煙緋はそう言って、ほっとした様子を見せる。

 

「…にしてもだ」

 

すると瞬詠は意外そうに目を丸くして呟いた。

 

「どうした、瞬詠?」

 

「いや、煙緋とヨォーヨって、知り合いだったんだなって思ってな。それにヨォーヨが煙緋の事を『煙緋ねぇね』と呼んでるのにも驚いている」

 

「あぁ、そういうことか」

 

煙緋は納得したように言った。

 

「瞬詠にぃに。私と煙緋ねぇねは仲良しさんなんですよ。煙緋ねぇねは私の『師匠』の娘みたいな人なのです。それで私と煙緋ねぇねは仲良しさんなのですよ~」

 

ヨォーヨは嬉しそうにニコニコしながら答えてくれる。

 

「ほぉ、そうなのか」

 

「あぁ、その通りだ」

 

ヨォーヨの言葉に瞬詠は感心するかのように頷き、煙緋は肯定した。

 

「へぇ~、ヨォーヨの『師匠』ってことは、つまり煙緋は『ピン』さんの娘みたいな存在という訳なのか?」

 

「おぉ、『ばあや』を知ってるのか?まぁ、そういうことになるな。より正確には、ばあやは私の後見人だった人なんだ。私が一流の法律家になるまでに色々と世話を焼いて貰った恩があって、また今でも仕事が落ち着いている時には、時間を作ってばあやと一緒にここで食事を取るなんてこともある。そうして極稀にではあるが、昔のようにばあやの元に戻って共に生活することもあるくらいだ」

 

「成程な、そうだったのか…」

 

瞬詠は煙緋の話を興味深そうに聞いていた。

 

「うん、そうなの。だから、私は煙緋ねぇねのこと知ってたのですよ~」

 

ヨォーヨは嬉しそうにコクコクと何度も首を縦に振った。

 

「成る程な、そういう関係だったとは。…ははっ、意外と縁があるものなんだな。まさか、ヨォーヨの師匠が煙緋の保護者のような人だったなんてな」

 

「うむ、全くだ。……ところで、瞬詠。瞬詠とヨォーヨとは一体どういう関係なんだ?随分とヨォーヨに懐かれてはいるが」

 

「あぁ、それはだな__」

 

「瞬詠にぃにはね…。私の“命の恩人”なのです!」

 

「なっ!?命の恩人だって!?」

 

ヨォーヨの爆弾発言に煙緋は思わず大きな声を出してしまう。

 

「そう!!それに“甘雨ねぇねを助け出すために仙人達と協力して共に戦った”のですよ!!それからそれから__」

 

「おい、ヨォーヨ。待て待て待て、ストップ、ストップだ。その話をするな」

 

瞬詠は慌てて、目をキラキラさせながら興奮気味に喋り続けるヨォーヨの口を手で塞いだ。

 

「んぅー!ふぐー!!」

 

ヨォーヨは不満そうに瞬詠に抗議する。

 

「いいから落ち着け。ヨォーヨ。ちょっと落ち着こうな?その話は絶対にしちゃダメだと言ったはずだ。…もしもその話が広まり、そして最悪の場合、どういった事態を引き起こす事になってしまうのか、あの時しっかりと説明しただろう?」

 

瞬詠は諭すようにヨォーヨに語りかける。

 

「あっ」

 

瞬詠に言われて、ヨォーヨはハッとする。そしてみるみると顔を青ざめさせていった。

 

「ごめんなさい、瞬詠にぃに。私、忘れてた」

 

ヨォーヨはしゅんとして謝る。

 

「あぁ、分かってくれたなら良いんだ。…ふぅ、もう面倒事はごめんだからな。本当に良かった、今の万民堂の客は自分達以外に誰もいなくて」

 

瞬詠はヨォーヨを撫でながら、自分達以外に今のこの話を聞かれていないか、さり気なく辺りを見回し、そして自分たち以外には聞かれてない事を確認した瞬詠は、安堵の息を吐いた。

 

「…」

(い、一体、ヨォーヨに甘雨先輩、それに瞬詠に何があったと言うのだ?…しかも“甘雨先輩を助け出すために仙人達と協力して共に戦った”だと?…そんな話は璃月港で聞いたことがない。もしも本当であれば、璃月七星や千岩軍達が動く程の大事件となる筈だ。…だが、瞬詠が嘘をついているようにも見えないし、噓をつく理由も見当たない。それに、さっきのヨォーヨの様子を見るに、どう考えても冗談ではなさそうだ…それってつまり、それは本当だということなのか?…一体、どういう経緯があれば、そのような事になるんだ?)

 

煙緋は混乱していた。瞬詠の話を聞いて、煙緋はヨォーヨと瞬詠のやりとりを見て、驚きのあまり呆然としていた。そして、それと同時に様々な感情が渦巻いていた。それは先輩である甘雨や、ピンばあやの大事な弟子とも孫とも言える“ヨォーヨ”の身に起きてしまった事への悲しみや不安、それらが混ざり合って複雑に絡み合い、煙緋の胸中を蝕んでいた。

 

「…ふむ、瞬詠。一応の確認であるが、甘雨先輩の身は大丈夫なのか?」

 

「あぁ、勿論だ。その件については安心してくれ。もういつも通りに、仕事で忙しそうに璃月港中を駆け回っているぞ」

 

瞬詠は煙緋の質問に対して、はっきりとそう答えた。

 

「そうか、それは良かった…ふむ」

 

煙緋はほっとした表情を浮かべていた。そしてそれと同時にそれらに対する疑問、そして興味と言う名の好奇心が芽生えていた。

 

「瞬詠、もしよろしかったら、ヨォーヨに何を説明したのか…、それにもしも出来るのであればで構わないんだが、その日に何が起きたのかを教えてくれないだろうか?」

「うん、ヨォーヨに説明した事や、その日に起きた事か?…うーん」

 

煙緋は真剣な眼差しで瞬詠にそう尋ねた。

 

「…分かった。……煙緋にとってはある意味身内の話であり大切な人の話という事もあって、十分に関係のある話でもあるしな。良いだろう。但し、絶対に他言はしないでくれよな?」

 

そして瞬詠は煙緋の頼みを聞き入れた。

 

「あぁ、約束しよう」

「よし、了解だ。…まず、ヨォーヨの話を止めた件に関しては、大きく二つの理由がある。一つは“情報統制”だ」

 

「“情報統制”だって?」

 

煙緋は眉間にシワを寄せて聞き返す。

 

「そうだ。…冷静に考えてみろ。仙人達が一緒になって動く時って、璃月の歴史から考えて普通の場合、どういう状況の時なのかを想像してみろ」

 

「…確かに考えてみれば仙人達が一緒になって行動を共にするような出来事、それは岩王帝君の招集を受けた時、もしくは強大な妖魔が現れた時、それかかつての魔神やその魔神の眷属が復活してしまった時くらいしかないな。…うむ、つまり璃月を揺るがす大事件、もしくはそれほどの一大事や有事が璃月に襲い掛かった時だな…あ……ははは、そういう事か」

 

「…つまりはそういう事だ。因みに、今回は別に強大な妖魔も、かつての魔神やその魔神の眷属等は一切関係ないからな。それに詳しい事は後に話すが、甘雨を助け出したというか、あれは結果であって、実態はただの甘雨の捜索だからな…。ただまぁ、岩兜の王を含むヒルチャール達の大規模な集団やアビスの魔術師達、それに奴らの拠点関連や、それに付随するやつらの武器関連の製造設備らしき物等は関係しているがな…」

 

「…あ、あははは」

 

「…はぁ」

 

瞬詠の話を聞いた煙緋は、ようやく理解する。そして若干、冷や汗を流しながら苦笑を浮かべ、瞬詠も冷や汗を掻きながら呆れたようにため息をついた。

 

ヨォーヨの話を聞くに、甘雨を何者からの手から、助け出すために仙人達と協力し、瞬詠はその伝説とも言える仙人達と同行した。そしてその事実から言える事として、仙人達が集まって行動を共にしているという事は、即ち傍から見て璃月に何か重大な危機が差し迫っているという状況以外に考えられない。そして、その仙人達が一緒になって動く程の事態、それを何も知らない人間達が見たらどう思うかを、煙緋は今更になって理解したのである。

 

「はぁ……成る程。だから……か。納得だ」

 

「あぁ、道中で出会って察してしまった何も知らない通行人達や商人達、そして千岩軍の兵士達にとって、傍から見れば伝説の仙人達が集まって行動を共にしている姿に驚愕し騒然となったり、彼らを崇め始める者が出るわ。彼らの事をより詳しく知っていて、分かっている者達からしたら、今の璃月に何かしらの未曾有の事態が引き起こされようとしているのではないかと不安になったり、恐れおののいたりしてしまうものも出るわ。そしてその事を、酷く盛大に勘違いした一部の千岩軍の兵士達が、『千岩牢固、揺るぎない!!盾と武器使ひて、妖魔を駆逐す!!我らも仙人様達と同行させてください!!今こそ、我らのこの身や、この命を璃月のため!!仙人様達のため!!そして岩王帝君のために!!我ら、貴方方様の盾や槍となり、皆様方と共に戦います!!』なんて、滅茶苦茶な事を言い出すのも出るわで、もう頭が痛くなるような有様だったんだぞ…実態はただの甘雨の捜索なのに…。別に危険な妖魔や、岩王帝君と敵対していた魔神や魔神の眷属が復活したり、現れたりした訳ではないのにさ…」

 

瞬詠は頭を抱えて、大きな溜息を吐いた。

 

「あぁ……うん、なんと言うか……大変だな」

 

煙緋は瞬詠の苦労を察し、労るようにそう言った。

 

「あぁ、全くその通りだよ。…まぁ、幸いにもだが、あの場やあの場の近くにいた一般人達や商人達、そして騒ぎを大きくさせない為に凝光さんから与えられた“特別な権限”で、自分の指揮下に入れた千岩軍の兵士達等への“情報操作”や“情報統制”、そして自分の指揮下に入れた千岩軍の兵士達の一般人達や商人達への活動や行動、それに“彼ら”の協力も相まって、完全では無いものの、だいぶましな状態で何とか纏まったけどさ……」

 

瞬詠は疲れた様子で頭を掻いて、軽く愚痴った。

 

「…瞬詠、本当にお疲れ様だ」

 

煙緋はそんな瞬詠を気遣う。

 

「あぁ、ありがとう…。全く、騒ぎを大きくしないために、“人の姿”になってくれと懇願して、人の姿になってもらったものの、結局のところは元より仙人であるから、まず仙人の特有のオーラと言えば良いのか、存在感みたいなものを感じ取れる者からすれば、一目瞭然だ。それ故に…。あぁもう、仙人達が一緒になって行動しているってだけで、こんなことになってしまうなんて思わなかったぞ」

 

「…ふふっ、まぁ、そうだな」

 

煙緋は可笑しそうに微笑みながら相槌を打った。

 

「まぁ、もう良いだろう…。さっきの二つの理由に話を戻すぞ。二つ目の理由は“甘雨”のためだ」

 

「うん、甘雨先輩のためだと?一体どういうことだ?」

 

煙緋は瞬時に真剣な表情になり、瞬詠の話を聞き入る。

 

「あぁ、そうだ。…どうして自分が、甘雨のその身に“仙獣『麒麟』の血が流れている”事を知っているのかは後々に説明するが、とにかく“情報統制”が失敗しその話が広まり、そうして最終的に甘雨のその身には仙獣『麒麟』の血が流れているなんて事が璃月港中に広まって人々に知られた場合の事を考えろ」

 

「…ふむ、そういう事か」

 

煙緋は瞬詠の話を理解出来たようで、小さく呟きながら何度も首を縦に振る。そして煙緋はかつて甘雨が語っていた言葉や胸中に秘めていた思いを思い出した。

 

「…甘雨の奴は自分が仙獣『麒麟』の血が流れていることを周囲の人間達に知られることは決して望んでいない。もしも、バレてしまったら、彼女はとても悲しい思いやつらい思い、悲痛な思いをするかもしれないだろう。甘雨は人々の心が離れる事、即ち自分という存在が、人間達に受け入れられなくなり、拒絶されることを極度に恐れている…。甘雨には本当にお世話になっているからな。だから彼女を悲しませるような事や嫌がるような事、それは避けたい。甘雨が辛い目に遭うのは絶対に駄目だ。自分に取って、彼女とは同僚であるが、ある意味で恩人であり、そして大切な友人でもあるからな……。だからこそ、そんな彼女を見たくない。…それ故、彼女のために、そして彼女の平穏な日常を守るために、彼女に関する情報を出来る限り隠そうと思ったんだ」

 

「…うむ、成る程」

 

煙緋は納得したように大きく二度ほど首を縦に振る。

 

 

甘雨は今まで、一度も璃月の民達と特別親しくなったことなどないが、甘雨にとって心の距離を置かれることは悲しいことなのだ。『仙獣』と『人間』の混血としての彼女、甘雨の心ははずっと、『仙獣』と『人間』との間で揺れ動いてきた。甘雨はよく煙緋に自身の事の話をしてきた。岩王帝君の契約によって、甘雨は遥か昔から璃月を、そうして璃月の民を守ってきた。そして長い年月と言う時間の中、その過程で彼女は人間達の心に触れてきた。そして、その度に人間の善性を知り、同時にその裏に隠された醜い一面も見てきた。『麒麟』である彼女に取って、人間の世界で起こるたくさんの争い、そして汚く醜い出来事の数々を理解する事ができない。だがその一方で、その身に流れる人の血が彼女に、そんな人間社会に融け込む希望を囁くのだ。おそらくそれは彼女がこれまで見てきた人間の心の動き、感情の移り変わり、そしてその心に秘める思想や哲学が理解出来ないからこそ。それ故、ただ人間の血が流れているというだけでなく、甘雨は様々な物事を見て、聞いて、触れて、そして考えていくうちに、いつしか無意識であるが人間社会に融け込みたいと願うようになってしまったのだろう。

 

それ故に、甘雨は『仙獣』と『人間』の混血として、彼女は二つの種族の架け橋となる選択、即ち初代の『璃月七星』の要請に従い、『璃月七星』全体の秘書となり、彼らを支えるという決断をしたのだ。

 

そしてそれらは、人と近くにいることで、人と触れあって人から何かを“感じ取り”、そして人という存在を“理解”し“知りたい”という欲求が故か、それとも人の隣に立つことで、甘雨が長い年月の間見続けてきた人が持つ“可能性”というものを、もっと間近で見て、そしてそれを見届けてきたいきたいという欲求が故か…。

 

 

「…ふむ、ふふっ」

(目の前の男、甘雨先輩の事をしっかりと理解し、そこまで言い切るとは…。うむ、どうやら甘雨先輩は本当の意味で、“良い友人”に巡り会えたようだ)

 

煙緋は嬉しそうに微笑みながら、瞬詠の話に耳を傾けていた。

 

「…さてと次にあの日は一体何があったのか、あの日、自分やヨォーヨ達はどこで何をしていたかについてだな」

 

「あぁ、そうだな。是非とも教えてくれ」

 

瞬詠はそう言うと、思い出すかのように視線を斜め上へと向けた。

 

「…あの日は元々いつも通りに“月海亭”で緩く適当に過ごすつもりだったんだ。そうしていつも通りに過ごしていたら、その日はいつもと何かが違う事に気づいたんだ。そうして直ぐに、いつもと何が違うのかに気づいたんだよ」

 

「ほぉ、それで。一体何に気づいたというのだ」

 

煙緋は続きを促す。

 

「あぁ、その日は普段と違って、その時間帯なら昼寝して元気になって忙しく動き回っている“甘雨”の姿があるのだが、その日に限って“甘雨”の姿が無かった。甘雨の奴は、時間はきっちりと守る奴なんだ。そんな彼女が時間になっても姿が無い。何かがおかしいと思ったよ…。幸いにもその時に甘雨に充てられていた急ぎめの仕事や重要な仕事のほとんどは終わっていたから、甘雨がいなくて困るという事態は無かったんだが、逆にそれが原因で他の奴らはその時の異常な事態に気づけなかったんだ」

 

「ふむ、そういう事か」

 

煙緋は納得したかのように呟く。

 

「あぁ、そうだ。……そして、自分は直ぐに同伴していた璃月七星の“天璇”の元を訪ねて、あの方に色々と確認を取った後、直ぐに甘雨の行方を探しに“璃月港”へと出たさ。甘雨はもう“月海亭”にはいないし、このままでは“月海亭”に帰ってこないと判断したからな。取り合えず、あの後に甘雨は昼食を取りに外に食べに行ったってことから、甘雨の行きそうな飲食店とかを手当たり次第に探した。それとついでに甘雨は満腹になってしまうと、良い感じの草むらや干し草を見つけると、ついうっかり、その上でお昼寝をしてしまう洒落にならない癖もあるから、その辺も注意しながら探し回った。……だが、璃月港中や璃月港周辺をいくら探したり、飛び回ったりしても全然見つからなかった…。いくらなんでもこれは絶対におかしいと思った。そうして、もう一度璃月港を捜索している時に、知り合いの“ヨォーヨ”に出会ったわけさ」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

煙緋は深く考え込むような表情を浮かべた。

 

「あぁ、そうだ。……そうして、自分はまだ甘雨の居場所の手掛かりすら掴めない状況だったが、ヨォーヨに会ったことで、ヨォーヨが『師匠なら甘雨ねぇねの居場所が分かるかも!』と言ってくれたから、急いでヨォーヨと一緒にピンさんの元に向かって、ピンさんに事情を説明して甘雨なら何処に行きそうかを訪ねたんだ。…そうしたら、まぁ、なんだ?それが全ての始まりだったんだ」

 

瞬詠はそう言うと、若干うなだれるかのように顔を伏せた。

 

「ほぅ、それはどういうことだ?」

 

煙緋は興味深そうに尋ねる。

 

「あぁ、その時に甘雨が仙獣「麒麟」の血が流れている半仙半人だったこと、それにまさかの『ピン』さんの正体が仙人、『歌塵浪市真君』であったという衝撃の事実を知らされたんだ。あれは衝撃的過ぎて未だに忘れられないぞ…。正直、あの日の自分と甘雨が煙緋の法律事務所を後にして、璃月港を巡っていた時の甘雨の話、それに普段の甘雨の行動からして、ただの変人や色々とおかしい人という訳ではなく、もしかしたら本当の彼女の正体は実は仙人だったとか、もしくはそういった類ではないのかと思ったが、まさかそれに近い存在だったとは…。はぁ、本当に仙人って身近にいるんだな?」

 

瞬詠はそう言うと、意味ありげな視線を煙緋に送った。

 

「ほぉ?…ふふっ、確かにそれは忘れようにも忘れられないだろうな。…うむ、という事はもしかして、私の正体に関しても『ばあや』から聞いたのか?」

(もしかしたら、瞬詠は…?)

 

そして瞬詠に意味ありげな視線を送られた煙緋は、楽し気に微笑みながら尋ねた。

 

「あぁ、それも勿論だ。…煙緋の正体、それは仙獣「獬豹」の血が流れている半仙半人の法律家だろう?」

 

「ふふっ、正解だ。…まぁ、私にとって仙獣「獬豹」の血が流れているという事に関してはどうでもよいがな」

 

「どうでもいい?」

 

瞬詠は意外そうに首を傾げる。

 

「あぁ、そうだ。…正直、仙人社会よりも璃月の法律家としての身分の方が大事だ。私はな。この璃月という国の動乱期が過ぎた後に生まれた者であるが故に、“岩王帝君”と『璃月港を守る契約』を結んではいないんだ。だが、私は“岩王帝君”とではなく私の”両親”と、とある『契約』を…いや、とある『約束』をしているんだ」

「『約束』?一体どんな内容なんだ?」

 

「ふふっ、なに、ただ『楽しく生きる』。そんな単純な『約束』だよ。それだけだ」

 

煙緋はそういうと、笑みを深めた。




正直、ヨォーヨの口調が中々難しかった…

尚、本来の3話目の後半である4話目は完成次第、直ぐに投稿しようと思います。
そのため、完全に完成するまでお待ちください。
(※それでも長くなりすぎた場合は中編として、投稿します)

追記1
・文字間隔の調整を行いました。

追記2
・ヨォーヨの描写を一部修正しました。


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仙人の弟子達と邂逅する稲妻人

何とか纏められたので投稿。

まず、感想で指摘やご教授をして頂いた“サギサカ”さんや“シャールメン”さん、ありがとうございます。
今回は指摘やご教授して頂いた内容を元に調整を行いました。

かなり読みやすくなっている筈です。

尚、今回は前回の分も含めて幾つかの解説があります。


「…成程、ただ『楽しく生きる』か」

 

瞬詠はそう呟く。

 

「あぁ、そうだ。私の父は仙獣で、母は普通の商人なんだが、あの人達との『約束』に従って毎日を『楽しく生きる』事に全うしているのさ。…ここだけの話だが、私は“規則に縛られること”が大の嫌いなんだ」

 

煙緋はニヤリと笑いながら言った。

 

「…ほぉ、煙緋は一流の法律家なのにか?」

 

瞬詠は煙緋のまさかの告白に驚いた。そして面白げに口角を上げる。

 

「あぁ、そうさ。…私はただ自分の幸せを追求するために、毎日を全力で生きてきたんだ。…そしてそれと同時に、ふと璃月を、私が生まれ育ったこの璃月を私なりの方法で、良くして行けたら良いなとも考えたんだ。そうしたら、私の場合ならば、今の私の“法律家”としての地位や身分が、一番自分に合っていたという訳なんだ。だから、私は自分が楽しく生きる為に、そして“法律”と言う側面から璃月を支え、そして良くしていく為に、日々の仕事や案件を取り組んできたんだ。そうして璃月港の法律家の頂点に立つ者として、今の璃月七星の天権、“凝光”殿が改定してくる法典の法の目を掻い潜ったり、必要であれば自分のためや、他人のために、凝光殿の法の抜け穴を突いてきたんだ…」

 

煙緋は今までの思い出を振り返るかのように、どこか遠くを見つめる。

 

「…瞬詠、私はな。自分のやりたい事、楽しい事や面白い事と言った、それらをする時や他人が行うのを見る時がというのが本当に好きなんだ。だからこそ、その行為を縛る“規則”や“法律”というものが、私は本当に嫌いなんだ」

 

「…ふ~ん、それで?」

 

瞬詠は煙緋の発言に、興味深そうに尋ねる。

 

「あぁ、だからこそ、それらの“規則”や“法律”に縛られない為に、私はな。言うなれば、『規則に縛られたくないのであれば、まずは規則を全て理解するべきだ』という、座右の銘を掲げて生きてきたんだ。そうすれば、例え周りに何を言われようが、それらは全て“規則”に乗っ取って行動しているに過ぎないからな。…自分自身を縛り付けていた“規則”を自分の味方につける。これほど、喜劇的な事は無いだろう?だって、そうじゃないか?“規則”だから“法律”だから、何でもかんでもやりたい事を諦める…。そんな事は馬鹿らしいにもほどがある。むしろならば、それらを逆手に取って“利用”あるのみだ…だろう?」

 

煙緋はまるでいたずらっ子のように、ニィっと笑った。

 

「…成程な。正直、驚いたよ。まさか一流の法律家である煙緋が、ある意味一流の法律家に有るまじき考えを、そしてそれを原動力に動いてきていたなんてな…。だが、確かにそれなら、煙緋の座右の銘もちゃんと理に適っていると思うし、納得できるな」

 

瞬詠は煙緋が見せた本性と言えば良いのか、それとも彼女の本質と捉えるべきか、その一面に驚きながらも、同時に彼女の言葉に納得した。

 

「ふふっ、そうだろう?………ふふん、今思えば一流の“法律家”になれたおかげで、中々に刺激的で楽しい人生を送ってこれたと思っているよ。毎日を『楽しく生きる』事が出来ている…『約束』もこうして守れているというわけだしな」

 

そうして煙緋は、満足そうな表情を浮かべて、静かに大きく頷いた。

 

「なるほどな…。自分なりの方法で、自分らしく……か。ははっ、なんとなく分かる気がする。自分も今まで自分のやりたい事を、やりたいようにやってきたからな。……まぁ、そのせいで色々と問題を起こしてしまうこともあったり、面倒事に巻きこまれてしまったり、色んなことがあったけどな……」

 

瞬詠は苦笑いを浮かべて頬をかく。

 

「…おっと、少し話が逸れたな。瞬詠、話の続きを頼む」

 

煙緋は話を戻す。

 

「あぁ、そう言えばそうだったな。そうして話の続きになるが、“歌塵浪市真君”こと、“ピン”さんに『“甘雨”を探す為に璃月中を飛び回るのではなく、“ヨォーヨ”を連れて“留雲”の元まで飛んで行って、彼女に直接尋ねてみた方が良いんじゃないのかねぇ?』と言われたんだ。なんでも“甘雨”と“留雲”こと、三眼五顕仙人の一人である“留雲借風真君”との関係と言うのは、ある意味ではあるが親子と言っても良い程の近しい関係らしかったんだ。それにヨォーヨの呼びかけならば留雲借風真君も、必ず自分達の前に現れるだろうし、上手く事が運べば甘雨の捜索に留雲借風真君、彼女本人の協力が取り付けられるかもしれないとも言われたからな。それ故、自分はピンさんの言われた通り、ヨォーヨを抱きかかえて奥蔵山まで飛んで行ったんだ」

 

「…ヨォーヨを抱きかかえて奥蔵山にいる、留雲借風真君に会いに行っただって?それはまた…随分と大胆な事をやったものだな」

 

煙緋は驚きで目を見開いていた。

 

「あぁ、そうだ。……いやぁあの時は本当に大変だった。ヨォーヨをしっかりと抱き締めて、一心不乱に駆け抜けて行ったが、ヨォーヨが初めて大空を飛んでいるという事に大興奮して、胸元でキャッキャと楽しげにはしゃいでいると思ったら、途中でヨォーヨがまるで酔ったかのように、体調を悪くしてしまったんだよ。…あの時は大変だったな、ヨォーヨ?」

 

 

「うっ、瞬詠にぃに。ごめんなさい。あの時、絶対に目を開けるなと言われても好奇心が勝っちゃって、外を見渡してあまりにもの絶景に興奮して、つい思わず下を見てたら、だんだん気分が悪くなって……」

 

 

瞬詠がしみじみと思い返すように呟くと、ヨォーヨは申し訳なさそうにして謝る。

 

 

「…気にするな、ヨォーヨ。むしろヨォーヨの身に何かが起きた方が困るからな。本当に良かったよ、ヨォーヨがただ酔っただけでな…ただ、まぁその後の…“あれ”は、まぁ、な?」

 

「…うん、“あれ”は大変だったよね」

 

瞬詠は遠い目になり、ヨォーヨは苦笑いを浮かべていた。

 

「うん?“あれ”って一体何があったんだ……?」

 

煙緋は2人の反応に首を傾げる。

 

「あぁ、実はな……。何とか無事にヨォーヨを抱えて奥蔵山の頂上の近くに着地することが出来て、すぐに抱えていたヨォーヨを地面に下ろしたんだが、ヨォーヨがかなり気持ち悪くしそうにしていて、顔も青ざめていて吐き気に苦しんでいたんだ。そしてヨォーヨが何度も『瞬詠にぃに。ごめんなさい、本当にごめんなさい』って、涙目や涙声になって謝罪の言葉を繰り返していたから、その時の自分はとにかくヨォーヨを軽く叱りつつも、ヨォーヨを安心させるために笑いながら頭を撫でて落ち着かせようとしていたんだ。…だがよ」

 

瞬詠はそこで一度言葉を区切る。

 

「これさ…よく考えたらかなり不味い絵面なんだよ…。この泣きながら自分に謝っているヨォーヨの頭を撫でている動作が、遠くから見たら『泣きながら謝っているヨォーヨの頭を自分が掴んでいたり、髪の毛を引っ張っている動作に見える』事もあるんだよ…。つまり、『“仙人達の弟子の幼女であるヨォーヨを、自分が虐待している”ような構図に見えてしまう』というわけなんだ」

 

「…っ!?瞬詠、まさか!?」

 

煙緋はハッとした表情になる。

 

「あぁ、そのまさかだ……。“留雲借風真君”本人が現れたわけではないが、どこから現れたのかは知らんが自分の真上から、白銀のような白い三つ編みの長髪、それに黒服に赤い紐の女がいきなり現れて、そのまま自分に槍を振り下ろしてきたんだ。しかも、滅茶苦茶敵意、いや殺意剥き出しでやって来てな……」

 

瞬詠は冷や汗を流しながら、当時の事を思い出す。

 

「…」

 

煙緋は言葉を失い唖然としていた。

 

「咄嵯の判断で、なんとかその女、“仙人の弟子”の女、“留雲借風真君の弟子”である“申鶴”という名の女の攻撃を、ぎりぎり間一髪で回避したんだ。そうして申鶴から最悪すぎる誤解を受けた自分は、何とかして弁明しようとしたんだが、そんな暇もなく申鶴の槍や方術が次々と襲ってきてな……。『我は決して貴様を許しはしない。この場で必ず貴様を裁き、そして断罪する。覚悟せよ』とか言って、完全に自分を殺しにかかってきたんだ…」

 

「…な、成る程な」

 

煙緋は頷く。

 

「…いやぁ、今でも鮮明に思い出すよ。あんな鶴のように綺麗な顔をしている美しい女が、まるで獣のよう目を光らせて、殺意むき出しで襲いかかってくる光景なんて、なかなか忘れられないからな……」

 

「……あぁ、それはなんとも…な…。随分と壮絶な修羅場じゃないか」

 

そして煙緋は引きつった笑みを浮かべた。

 

「あぁ、もう、二度とあんな体験はしたくないぞ。冗談抜きで本気で殺されるかと思ったんだぞ、本当に……。それでまぁ、それからも自分は何とかして誤解を解くために、必死に弁明しようとして、何とか話を聞いてもらおうと試みたが、まるで聞く耳を持ってくれなくてな……。それでヨォーヨを置いて奥蔵山から逃げるわけに行かないし、そのまま彼女を迎撃する為に応戦する羽目になったんだ」

 

「なんだって?仙人の弟子と戦う羽目になったのか?」

 

「あぁ、そうだぞ。煙緋…。まぁ、そうして申鶴の猛攻の中を掻い潜りながら、最終的には今の彼女を無力化する為に首筋か鳩尾のどちらかに一撃を食らわせることで、彼女の意識を刈り取るという事を決断したんだ。そしてその時に持っていた護身用の元素投擲瓶や鉄扇を駆使しながら、彼女の動きを観察しつつ見極めながら、彼女の攻撃の回避と同時に反撃を行い、また申鶴も自分の変化に気づいたのか、より一層更に激しく攻め立ててきて、その結果…はぁ、本当に面倒くさくなるほどの、激しい攻防戦を繰り広げたんだ」

 

瞬詠はため息をつき、呆れたように呟いた。

 

「……元素投擲瓶に鉄扇か。色々と気になる物を使っているようではあるが、まずは本当に大変だったな、瞬詠。……そして?最終的に申鶴との戦いはどうなったんだ?」

 

煙緋は興味深そうに訊ねる。

 

「あぁ、それなら、最終的には自分と申鶴の双方が大事に至る前に、何とか無事に戦いを終わらせることが出来たぞ。ヨォーヨが機転を利かせてくれてな」

 

「えへへへ」

 

瞬詠は感慨深い表情を浮かべて、ヨォーヨは嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

「ほう。ヨォーヨが、か。どんな風に解決したのか詳しく教えて欲しいな」

 

「あぁ、自分と申鶴が激しく争っていた時、ヨォーヨが立ち上がって全力で叫んだんだ。『止めて!!申鶴ねぇね!!瞬詠にぃにを傷つけないで!!助けて!!助けてぇ!!申鶴ねぇねを止めて!!“留雲”おばちゃんっ!!』ってな。そうしたら、その次の瞬間__」

 

「___お待たせ!!瞬詠さん!!瞬詠さんに頼まれたヨォーヨの料理が出来上がったよ!!」

 

その時、煙緋達が座る席に向かいながら、声を上げつつ片手に料理を持った一人の少女が歩いてきた。

 

「__おぉっ、出来たようだな。煙緋、その話の続きはまた今度な」

 

「__うむ、そうだな。今度機会があれば、是非とも聞かせてくれ」

 

瞬詠と煙緋は互いに頷くと、やって来た少女の方へと顔を向けた。

 

「はい!!“米まんじゅう”!!召し上がれ!!」

 

そしてその少女、黄色と茶色の璃月様式の薄手の服、藍色の髪でボブカット、また髪を後ろで編んでわっか状にし、そして腰に“炎の神の目”をぶら下げている少女。『ピンばあや』、もとい『歌塵浪市真君』の弟子である少女。歌塵浪市真君から武術を、そして彼女の槍術を叩き込まれてきた少女。そうしてこの「万民堂」のホールスタッフ兼シェフである”香菱”がヨォーヨの前に、出来立てでふわふわしてそうな黒い生地のまんじゅうが乗っている皿を置いた。

 

「わぁ……これが師姐(シージエ)の料理…おいしそう……」

 

ヨォーヨは目の前に置かれたそのまんじゅうを見て、思わず感動の声を上げる。

 

「…はっ!?師姐!!これ変な食材とか入ってないよね!?」

 

ヨォーヨはハッとした表情で香菱を見る。

 

「えぇっ!?大丈夫だよ!!ヨォーヨ!!安心して!!何も入れてないよ!!」

 

「ぐぬぬ……本当なの~?。師姐、本当に変な食材を混ぜたりしてないよね?ヨォーヨはまだ覚えてるんだからね!?師姐がスライムのピュレを隠し味に使って味見したら、師姐が倒れてそのまま寝込んだことを!」

 

「そ、それは!?…そ、…その…あの時はたまたま体調が悪くて、それで……。でも今回は違うよ!ほ、ホントだからね!!本当に何も余計な物は入れてないよ!!純粋な米まんじゅうだよ!!ヨォーヨ!!」

 

「う~ん?本当なの?」

 

「いや、信じてよ!!姉弟子である私を!!」

 

「信じてと言われてもね…。うーん、う~ん?」

 

香菱はヨォーヨの言葉に、冷や汗を流しながら必死に答える。そして疑心暗鬼なヨォーヨは疑いの眼差しで、米まんじゅうと香菱を交互に見る。

 

「…ぷっ!!くくっ!!はははっ!!」

 

そして、そのやり取りを見ていた瞬詠は堪らず吹き出す。

 

「…っ、ふふっ!!あはははっ!!」

 

また吹き出した瞬詠につられて、煙緋も笑みをこぼす。

 

「っ、くくっ、い、いかんな。つい、笑ってしまった。……くくっ、いや、しかし、これは流石に笑うしかないだろう」

 

「いやぁ、これじゃあ、完全に香菱がピンさんの妹弟子で、ヨォーヨがピンさんの姉弟子だな」

 

煙緋は口元に手を当てて笑みを零しながら言い、瞬詠は何度も大きく首を縦に振る。

 

「あぁっ!?瞬詠さん!!酷いよ!!笑わないでよ!!」

 

香菱は瞬詠達の方を向き、頬を膨らませて抗議する。

 

「あぁ、悪い、悪い。ただ、お前達二人の会話が面白かったんでな」

 

「もう!瞬詠さんのいじわるぅ!!そんな事を言うだったら、“あの頃”みたいに私専属の試食係になって貰うからね!!」

 

「おいおい、勘弁してくれよ!?香菱の試食に耐性が付くまでは、香菱の飯は確かに美味いんだがその後に体調がおかしくなったり、飯を食い終わったとに調査のために“船隊”の進行方向先の海域や目標の無人島等への空撮とかを行う為に飛翔している時に、猛烈な腹痛に襲われて吐き出しそうになったり、危うくバランスを崩して墜落しかけたりと洒落にならないことばかりだったんだぞ!!…全く、覚えてないのか?」

 

「覚えてるよ!!でも、もうへっちゃらじゃない!!」

 

「いやいや、そういう問題じゃねぇ!!あんなものに慣れてしまった自分の胃袋が可笑しいんだ!!というか普通、料理というのは安全に食べられてこそなんだぞ!!あんなのは“試食”じゃない、“毒見”だ!!毒見!!」

 

「大丈夫!!瞬詠さんなら!!」

 

「何が大丈夫なのか、全然分からねぇよ!!というか今じゃ、全然香菱の試作料理なんて食べてないから、もう自分の身体や胃袋は普通の人間に戻ってるはずだ!!」

 

「大丈夫だよ!!瞬詠さんの胃袋なら、私の試作料理を食べれば直ぐに戻るよ!!」

 

「やかましいわ!!…あっ!!そうだ!!香菱、お前!!」

 

香菱の屈託な笑顔と言葉に瞬詠は思わず声を上げてしまう。そして何かを思い出したような表情を浮かべると、香菱を指さした。

 

「お前、この前“卯師匠”が二日間寝込んでしまって、万民堂が臨時休業になった時があったろ!!あれ、絶対にお前のせいだろう!!」

 

「ぎくぅっ!?…な、何のことかなぁ~?お父さんが寝込んでいた事、私初めて聞いたなぁ~。なんだろう、分からないやぁ~」

 

「おい!!しらばっくれてるんじゃねぇ!!」

 

「酷いよ!!そこまで言うのならば、証拠はあるの!?瞬詠さん!!」

 

「証拠だと…?おいおい、香菱、忘れたのか?今の自分の“身分”や“立場”を」

 

「えっ…?あっ!?しまった!?」

 

瞬詠は香菱の言葉に悪い笑みを浮かべ、今の瞬詠の身分や立場を思い出した香菱は思わず大きな声を上げる。

 

「思い出したか?…まぁ、今の自分の身分や立場、それに自分の上司である天権の“凝光”さんから与えられている“特別な権限”によって、今の自分はある意味ではあるが、半分“璃月七星”みたいな存在になってしまっているからな…。この言葉の意味、分かるか?」

 

「ぐぬぬぬ…。卑怯だよ!!瞬詠さん!!こんな事に“国家権力”を使わないでよ!!」

 

「ははは、別に使うなんて一言も言ってないぞ…。ただこの案件をスマートに進める為、璃月港にいるどの『千岩軍の部隊』を、そしてこの場合は『自分に持たされている“権限”』からか、それとも『月海亭』、もしくは『七星八門』の内のどの部門の機関から、その千岩軍の部隊に対して命令を出させたり、全体的にどれが最適な指揮命令系統となるのかを、そしてこの案件を千岩軍に漏れなく、ダブりなく、そして効率よく調査させていけばいいのかを、ただ考えていただけだ」

 

「うわっ!?汚いよ!?えっ!?本気なの!?本気で言ってるの!?瞬詠さん!?」

 

「おいおい、人聞きが悪いことを言うなよ…。さて、どっちだと思う…?。まぁ、言える事があるとすれば、自分はただ単に、確かにそんな証拠があったかどうかが、気になっただけだぞ?」

 

「うぅっ…!!分かった!!参った!!降参だよ!!瞬詠さん!!」

 

瞬詠は悪びれることなく言い放ち、香菱は両手を上げて降伏した。

 

「…?」

 

ヨォーヨは二人のやり取りを見て、よく内容が分からなかったのか、きょとんと首を傾げる。

 

「…ははは」

 

そして煙緋は、二人のやり取りを見て苦笑いを浮かべる。その笑みには瞬詠と香菱の仲の良さの笑み、そして瞬詠が語っていた自分に持たされたいる絶大すぎる強大な影響力を持つ、“特別な権限”に対する笑みの二つが込められていた。

 

「…うむ、随分と瞬詠と香菱の仲が深いように思えるが、もしかして二人は古くからの知り合いなのか?それにさっきの“あの頃”、そして”船隊”という単語もあったが、もしかして香菱はあの有名な“北斗”率いる“南十字船隊”の関係者だったのか?」

 

煙緋は先程まで瞬詠達が話していた単語の中から、まずは当たり障りもなさそうでかつ、気にかかった部分について尋ねた。

 

「うん、そうだよ!!今までに何度も“北斗姉さん”の“死兆星号”に乗せてもらって、一緒に海に出ていって新鮮な食材をたくさん捕ってきてくれたり、稲妻やスメールとかの異国の港等に立ち寄っては、その国の食材や珍しい食材を集めたり買ってくれたりしてくれたんだよ!!そして瞬詠さんとはその時に知り合ったんだ!!その時の瞬詠さんは、北斗姉さんの“右腕”的存在だったんだ!!」

 

「ほぉ、そうだったのか?詳しく教えてくれないか?」

 

煙緋は香菱の説明に感心したような表情を浮かべると、香菱に詳細を尋ねる。

 

「もちろんだよ!!瞬詠さんはね!!よく北斗姉さんの勘や予想を裏付けるために、毎日のように死兆星号から空を飛んで、色んな写真を取ったり、見てきたものや感じた事を北斗姉さんに報告していたんだ!!それに例え嵐の中や月光しか照らさない夜でも、瞬詠さんの目はしっかりと見えていたから、夜の闇に隠れているような岩礁や船の残骸なんかを見つけては、そこの正確な位置を割り出してそれを北斗姉さんに伝えて事前に危険を回避したり、船隊の航路を修正したりしていたんだ。本当に凄い人で、私びっくりしちゃったんだ。まさか、あんな自由に空を駆け巡れるなんて思ってもなかったし。…だから」

 

「…だから?」

 

「だから、瞬詠さんが死兆星号から降りたって話を、北斗姉さんから聞いた時、私すごく驚いたの。…瞬詠さんは、南十字星船隊の中心人物といってもいい程の人でもあったから」

 

「…うむ、そうだな」

 

香菱は懐かしさと寂しさが入り混じった複雑な感情を瞳に宿しながら過去を振り返り、そして話を聞いていた煙緋も同意するかのように静かに頷く。

 

「…」

 

そして、当の本人である瞬詠は黙り込む。その瞳には何かを思いつめるかのように、遠くを見据えていた。

 

「…ねぇ、瞬詠さん。私、聞いたよ。北斗姉さんから」

 

「…何をだ?」

 

瞬詠は、静かに口を開く。

 

「全部を…。瞬詠さんにとってのあの日、あの“運命の日”を。瞬詠さんの口調がかつての俺”から今の“自分”へと変えた理由を。そして今もなお瞬詠さんは、“自分に相応しい死に場所を探っていること”、本来ならばあの海の底へと、“沈み消えゆく筈であった自分の命の使い方”を探しているという事を」

 

「っ!?」

 

煙緋は香菱の口から語られる衝撃的な言葉に驚きを隠せないでいた。

 

「…えっ?瞬詠にぃに?」

 

ヨォーヨは、ぽかんとした顔で瞬詠の顔を見る。

 

「…はぁ、北斗の姐さん。……余計なことを」

 

瞬詠は溜息をつく。

 

「…生ある者、いつかは死ぬ。それは当然の事。人間は勿論の事、それに仙人や魔神ですらも例外じゃない…。別に死ぬということ自体は怖くない…。むしろ、かつての“自分”はあの場で死んだも同然だ。いや、死ぬ筈だった。だが、あの日の仲間達と共に沈みゆく自分を、北斗の姐さんが助けてしまった。…なぁ、香菱。生き長らえてしまった自分をどう見る?あの海に沈んで死んでいった仲間達の傍で、共に朽ち果てる筈だったのに、こうしてまだ生きてしまっている“自分”、自分は一体なんなんだ?」

 

瞬詠は、自嘲気味に笑う。

 

「…瞬詠さん」

 

そうして香菱は悲しげな表情を浮かべる。

 

「…………」

 

また煙緋も、何も言うことは出来なかった。

 

「…ねぇ、瞬詠にぃに」

 

だが、ヨォーヨは違った。ヨォーヨの瞳には強い意志が灯っていた。

 

「…どうした、ヨォーヨ?」

 

そして瞬詠は隣に座るヨォーヨを見下ろした。

 

「瞬詠にぃにが今まで言っている事、私にはよく分からない。だけど、これだけは言えると思う…。瞬詠にぃにが今を生きているという事は、必ず何か意味や理由があるんだと思うの」

 

「“意味”や“理由”か?」

 

「うん、そう」

 

ヨォーヨは、力強く首肯する。

 

「少なくとも、瞬詠にぃには“生きてもらいたい”って思ったから、北斗ねぇねは瞬詠にぃにを助けたんでしょ?」

 

「…自分のせいで、北斗の姐さんや仲間達を死の淵まで追いやったんだぞ?そんな奴を助けたんだぞ?」

 

「うん!!そう!!なら、どうして北斗ねぇねは瞬詠にぃにを助けたの?…ねぇ、答えて?」

 

「…」

 

ヨォーヨに問いかけられた瞬詠は、考え込む。

 

「…いや、その事は分からないし、思い出せないな。だが、思い出したことがある…」

 

「瞬詠にぃに、それはなに?」

 

「あぁ、それはだな__」

 

瞬詠の瞳に、一瞬だけ光が戻ったかのように見えた。

 

「___“自分”達、いや“俺”達、北斗の姐さんの南十字船隊に乗ってる奴達は、全員“覚悟”を決めていた。その事をだ」

 

「っ!?」

 

そして瞬詠がその言葉を放った瞬間、香菱は目を見開いた。言うなれば今の瞬詠、それは今ここにいる瞬詠ではなく、かつての南十字船隊にいた頃の瞬詠の言葉そのもののように思えたからだ。瞬詠の身に死んでしまった筈のかつての瞬詠が乗り移ったかのような錯覚すら覚えていた。

 

「…いつ、海の上で死ぬのか分からないが、だがいつ死んだとしても、死ぬ瞬間が訪れたとしても後悔だけはしない、そういう“覚悟”をな。…だから、あの日のあの海で確かに大勢の死人も出たし、欠損するような大怪我を負った奴もいる。だが、それはあいつらも覚悟の上だったんだから、気負いすぎる事は無いってな…だが、“俺”は納得できなかった。少なくとも被害をもっともっと少なくすることは出来た筈なんだ」

 

瞬詠は、拳を強く握り締める。

 

「「「…」」」

 

ヨォーヨは真剣な眼差しで瞬詠の話を聞いており、煙緋も固唾を飲んで見守っていた。

 

「…そうしてそんな“俺”、そして“自分”に対して北斗の姐さんや凝光さんから、全く同じ内容の『約束』をされたんだ。…『空を飛び続けなさい、瞬詠。良い?決してその翼を折りたたんではならないわ。…飛び続けた先の水平線に、必ず瞬詠を待つものや瞬詠が待ち望んでいたものがある。それを掴むために飛び続けなさい』とな……。まぁ、それは自分がこの世に留まるための鎖みたいなものになった訳だが、こうして今を生きる事が出来ているし、煙緋やヨォーヨ、それに甘雨といった友人達にも出会える事が出来た。それはそれで良いかなと思っている」

 

瞬詠は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。

 

「…だから、少なくとも別に“自殺”しようとかは、一切考えていないさ。むしろ、“自分”はこの璃月でどのように生きて行こうかと考えているところでもあるし、ある意味であるが“二度目の人生”だと思って、日々をどのように面白楽しく過ごしていこうと思っていたところさ」

 

「そっか、本当に良かった…。瞬詠さん、何かあればいつでも私の所に来て。相談に乗ったり、話を聞いてあげたりしてあげるよ。私達はかつて同じ“死兆星号”を共にした仲間みたいなものでしょう?」

 

香菱は、どこか安心したように微笑む。

 

「…それは良かった。瞬詠は甘雨先輩や私にとっても大切な“友人”だ。自殺などされれば、私は悲しい。……だが、瞬詠が今を生きていくというのであれば、これからもきっと素晴らしい人生を歩んでいけるだろう。私も、微力ながら応援させてもらうよ」

 

煙緋も、優しく笑みを浮かべていた。

 

「…ははっ、ありがとうな香菱、煙緋。そしてヨォーヨも。まさか、ヨォーヨに諭される日が来るとはな……。正直、驚いている。だけど、少しだけすっきりした気分だ。また何かあったら、よろしく頼む」

 

「うん!!任せて!!」

 

「あぁ、勿論だとも」

 

「ふふ、どういたしまして。瞬詠にぃに」

 

香菱と煙緋、そしてヨォーヨは瞬詠に向かって笑いかける。

 

「ははは、さぁ、それよりもさっさと香菱が作ってくれた米まんじゅうを食べようじゃないか!冷めてしまう前にな!」

 

「うん!!そうだね!!じゃあ早速食べよ!!お腹空いた~!!」

 

ヨォーヨは、そう言いながら置かれている米まんじゅうに手を伸ばした。

 

「う~ん、師姐の米まんじゅう、美味しい~!!!」

 

ヨォーヨは幸せそうな表情で、手に持っている米まんじゅうを頬張っていた。

 

「美味しいでしょ?ヨォーヨ」

 

香菱は得意げに胸を張る。

 

「ふふっ、良かったな。ヨォーヨ」

 

煙緋はヨォーヨに優しい視線を向ける。

 

「ははは…。あっ、そうだ。煙緋、もし良かったら煙緋も米まんじゅうを一緒に食べないか?」

 

「えっ?いいのか?」

 

瞬詠の誘いに、煙緋は嬉しそうに目を輝かせる。

 

「あぁ、構わないぞ。それにもしよろしければ、煙緋が食べたいものがあれば、遠慮なく言ってくれ。自分が奢るよ。それに奢ったところで、自分の財布からモラが消える訳ではないからな。はははっ」

 

瞬詠は爽やかな笑顔を見せる。

 

「ははっ、それはありがたい申し出だ。だが、そこまで世話になるのは悪いな…。でも、瞬詠がどうしてもと言うのなら、仕方がないな。では、せっかくだしご馳走になろうか」

 

「あぁ、是非ともそうしてくれ。会計の事は気にするな。…香菱、後で会計する時に領収書も頼む。経費で落とさせるからな。領収書の宛名はいつも通りで頼む」

 

「分かった、宛名は『月海亭』、それと『璃月七星』ね!」

 

「あぁ、それで頼む。後は申請理由だな。…この場合、煙緋もいることだし『“仙人の関係者達”、並びに璃月の“法律家”との交流、また食事に同伴したため』にして、甘雨、もしくは凝光さんに直接手渡しすれば良いか…。後は__」

 

瞬詠は真剣な眼差しで思案する。

 

「うむ、では頂くとしようか」

 

そうして煙緋は、目の前に置かれていた米まんじゅうを一つ取り出し、それを口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

「ふぅ、少し食べ過ぎたかもしれないな……」

 

煙緋は、満足そうに腹部をさすりながらそう呟いた。

 

万民堂で瞬詠とヨォーヨとの食事を終えた煙緋は、その足で煙緋法律事務所に向かって歩いていた。

 

「…」

煙緋は満足そうに、そして面白楽しかった時間を思い返すかのように、微笑んでいた。

 

 

「うむ」

(中々悪くない一時、いやとても良い一時であった)

 

瞬詠達と有名なシェフである香菱が直々に腕を降るって作ってくれた料理、香菱の数々の美味しい絶品を楽しみつつ、かつての南十字船体にいた頃の瞬詠の日常の話や、その南十字船体の旗艦である死兆星号に乗船していた時の香菱の話、また現在の瞬詠の普段の月海亭での日常の話や業務外のプライベートな時の話、そしてヨォーヨの璃月港での日々の生活の話等、実に様々な話題が弾み、数々の面白い話や興味深い話、また瞬詠自身に関しての“気になった話”も聞くことができたのであった。そして、その度に煙緋は驚き、時には笑ったり、そして時には興味深そうに話を聞いた。

 

「…」

 

煙緋は思案する。

それは、瞬詠自身の気になった話である“瞬詠が定期的に‘往生堂’に立ち寄り、そこでカウンセリングを受けている”ことについて。正直、瞬詠がどうして往生堂でカウンセリングを受けているのか。煙緋には皆目見当がつかなかった。そして煙緋は、瞬詠が往生堂でカウンセリングを受けていること自体が、何かしらの理由が有るのではないか、と考えている。しかし、その理由が一体何なのか、それが全く分からない。

 

「…う~ん、まぁ、この件は今度機会があれば聞くとしよう。…ぷっ、あははは」

 

そして煙緋は、ある出来事を思い出して笑いを堪えきれなくなった。

 

それはヨォーヨの『次は雲菫ねぇねの所に行きたいなぁ~』という要望に従い、“雲翰社”に向かう為に万民堂から彼らが立ち去った直後、瞬詠の行方を追って甘雨が万民堂に現れた時の事、そして甘雨が瞬詠を“月海亭”まで連れ戻す為、瞬詠達が向かった“雲翰社”まで最短距離で先回りするために、甘雨が璃月港の建物の屋根を駆け抜けながら、一瞬でその場から消え去り、姿を消した事であった。

 

「ははは、あれは…まぁ、酷いはな」

 

甘雨が瞬詠に振り回されてあたふたしている姿、それは普段の甘雨では絶対に見られない光景であり、煙緋にとってはとても新鮮なものだった。

また香菱が、瞬詠は甘雨から特別出張の許可を貰って、今日は月海亭ではなく璃月港中をヨォーヨと共に歩き回っていると言っていたのだが、その時の香菱の言葉に対して、甘雨が『いえ、違います!!…いや、間違っているわけではありません。ただ!!あの時は、つい“良いですよ”と、言ってしまったんです!!あの場には確かに他の人達もいたので、彼らも私が瞬詠に許可を出したという事になっていますが、あの時は無意識に“良いですよ”と言ってしまったんです!!あれはあの人の話術と言えば良いのか、とにかくあの人に誘導されてしまって、つい言ってしまったんです!!あんなのは無効です!!あれは“岩喰いの刑”ものですよ!!』なんて言いながら、甘雨が顔を真っ赤にして必死になって否定していたことを思い出し、煙緋はまた可笑しくなって笑ってしまっていたのだ。

 

「ふふふ」

煙緋は、普段見せる事は無い甘雨の慌てる姿を面白おかしそうに思い返して、微笑む。

 

「…よし」

(午後の仕事も頑張るか)

 

そうして煙緋は曲がり角を曲がり、その視界に自分の法律事務所を捉えた。

 

 

 

その時であった。

 

 

 

「…うん?」

(あれは?)

 

煙緋は、その視線の先にあるものを見て、ふと考える。

 

「……」

 

煙緋は足を止め、その方向を見つめる。

 

「…」

 

するとそこには、煙緋法律事務所の入り口の前に立っている一人の女性の姿があった。

その女性は、キリッとした稲妻のような紫の瞳に、黄緑の髪。お腹を曝け出すことでどこかワイルドさを感じさせる全体的に紫色の格好、稲妻でいう女性の忍者である“くの一”という呼ばれる者達の格好を模した姿のようなもので、またそのスタイルの良さは、男も女も見惚れる程の美人であり、そして彼女の肩にある肩甲に装着している“雷の神の目”の保持者である女性であった。

 

「…」

(…一体、誰だ?彼女は…?いや、待てよ。私は彼女をどこかで…)

 

煙緋は考える。

 

「……あっ」

(…そうだ、彼女は法学校の生徒ではなかったか?しかも最前列の席に座っていた記憶があるぞ)

 

煙緋はその事に気付くと、その女性をまじまじと見つめながら記憶を探る。法学校の特別講師として、定期的に特別授業を行う機会が何度かあったからだ。そして、その顔や服装、またその雰囲気をじっくりと観察することで、その女性が誰かを思い出す。

 

「…忍さん、なのか?」

 

煙緋は彼女の名前を呼ぶ。

 

「?あっ、煙緋先輩」

 

そして煙緋の呼びかけに対し、彼女は煙緋の方へと振り返った。

 

「おぉ、どうしたんだ。忍さん。私の法律事務所の前で」

 

「こんにちは、煙緋先輩。えっとですね、実は煙緋先輩にお願いしたい事がありまして、こうして待っていたんです」

 

「私にお願いしたい事だと?」

 

「はい、そうなんです。…煙緋先輩、私を煙緋先輩の弟子にしてくれませんか?」

 

「えっ?…弟子だと?私のか?」

 

そしてその女性、“稲妻”から璃月にやってきた“稲妻人”の“久岐忍”は煙緋に頭を深く下げ、対する煙緋は驚きの声を上げたのであった。




これにて番外編の“前編”が終了。次回からは番外編の“中編”に入ります。

また次回より“煙緋”に“久岐忍”が同行します。

尚、今回の解説は3つあります。

―――――
◎解説(“香菱”と“歌塵浪市真君(ピンばあや)”、そして“‘『歌塵浪市真君』と『弟子達』との共通点’について”)

・“香菱”について
→“香菱”に関してですが、香菱は万民堂の料理人ではありますが、実はある意味でありますが、“北斗”の“南十字船隊”の一員であるとも言えるのではないかと思われます。具体的には香菱と北斗、それぞれのお互いに対するボイスで、香菱が北斗の“死兆星号”に乗船し、北斗達に料理を振舞っている記述が確認することが出来ます。そのため、本作品では正式に(不定期ではありますが、)“死兆星号”の一員としようと思います。
 
・“歌塵浪市真君(ピンばあや)”
→“ピンばあや”こと“歌塵浪市真君”についてですが、こちらは期間限定イベント『韶光撫月(月逐い祭)』にて初めて若かりし頃の姿が登場し、また少し前の期間限定イベント『華舞う夜の旋律(第3次海灯祭)』で琴を奏でておりました。歌塵浪市真君に関しては、“香菱”や“ヨォーヨ”の師匠である事を確認することができ(香菱の場合は韶光撫月(月逐い祭)、ヨォーヨの場合はヨォーヨのキャラクターストーリーから確認することが出来ます。)、彼女達に歌塵浪市真君自身の槍術、そして仙人の儀式や修身の方法を教え込んでいるようです。(ただ、香菱の場合はどうしても“仙人の儀式や修身の方法”に関する記述やそれに準ずる記載が見当たりませんでした…。もしかしたら、作者が見逃してしまっているという事もありなくはありませんが…)
(余談ですが、そうなるとヨォーヨはともかくとして、仮に香菱が歌塵浪市真君から仙人の儀式や修身の方法を学んでいた場合、実は彼女は仙人になる素質や適性があり、ある意味申鶴と似たような所がある…のかもしれません。見方によっては香菱は、グゥオパァーもとい、竈神こと竈の魔神『マルコシアス』を従えている、もしくは対等な関係を築けていると言えなくはないので…。
 またそれと、どうやら人から仙人になる、つまり『仙人の弟子』になるには条件があるようで、それは『仙縁』を結ぶ事にあるようです。仙人達は人間だけでなく、世の万物を大切にしており、『万物の生長には理があり、その理に従えば豊かに生長して、互いに侵害することもない』という考えを持っているようです。つまり、“万物の理”と“調和”が大切だという事…なのでしょうか?そうなるとこの考えに基づいて、人々の中から『仙縁』を結ぶに値する人物を探したり、その人物と『仙縁』を結ぶか否かの判断しているという事なのでしょうか…?
 因みにヨォーヨが歌塵浪市真君と出会う前、軽策荘に住んでいた頃の彼女は遊びに出ると、彼女はいつも石や雲に自分の気持ちを伝えていたり、花や動物、山や川は大切な遊び仲間として接していたとなっており、そのヨォーヨが遊び仲間を大切にする気持ちには、仙人たちが万物を大切にする気持ちと似ているとなっており、それが歌塵浪市真君が彼女を気に入った決め手となり、ヨォーヨを自身の弟子にしたという事になっていますが…)

・‘『歌塵浪市真君』と『弟子達』との共通点’
→これは完全に余談になってしまいますが、師匠である『歌塵浪市真君』と、その弟子である門下生の『“香菱”や“ヨォーヨ”』の弟子達との“歌塵浪市真君一門”には3つの共通点があるようです。
 1つ目は先ほど挙げている“槍術”で、『韶光撫月(月逐い祭)』にて槍を手にしていた“歌塵浪市真君”と槍キャラである“香菱”と“ヨォーヨ”から槍の使い手という事で一致しています。
 2つ目は“三つ編みに結ったうえで、それをわっか状にしている”という事です。よく見てみると、確かに3人は髪型が一致しています。(尚、現在のピンばあやはこのような髪型ではないため、もしかしたら現役の間はこの髪型にするのが決まりとなっているのかもしれません。)
 3つめは3人とも生脚である(脚を露出している)ことが一致しているという事です。(こちらについても、現在のピンばあやが生足ではない事から、歌塵浪市真君の一門は現役の間は生足にすることが決まりとなっているのかもしれません。)
 以上の3つが『歌塵浪市真君』と『弟子達』との共通点です。(もしかしたら今後、原神で璃月の女性キャラが実装された際に以上の3点が一致していたら、そのキャラは“歌塵浪市真君”の弟子、もしくは関係者の可能性が高い…かもしれませんね)

追記1
・前半部分の煙緋と瞬詠のやり取り(煙緋にとっての"規則"と"法律"関連の部分)の一部の描写を修正しました。


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法律家の師弟達と遭逢する月海亭の二人組

完成したので投稿。

今回より、遂に番外編の“中編”が始まります。

また今回より“煙緋”に“久岐忍”が同行しております。

尚、今回はオリジナル設定や要素、考察ネタがふんだんに使用されています。
(作者の総力を結集して、現在の璃月という国家の組織構造や組織体制関連について調べ上げました…間違ってはない…はず。間違っていたら、すみません)

そして今回も解説はあります。


「うむ、良かったな、忍さん。空が曇っていたから、もしかしたらと思っていたが、逆に晴れきて良かったな」

 

「そうですね、煙緋先輩。…改めてよく見ると璃月港は本当に綺麗で、そして賑やかな町ですね。私の出身国である稲妻、そして鳴神島にある稲妻城の城下町の花見坂とは全然違う景色ですが、この璃月港の街並みも、とても落ち着きますね」

 

「ほぉ?そうだろう。そんな事を言ってもらえるとは光栄だよ。何せ、ここは璃月七星、そして岩王帝君が統治している都市だからな。そうして、この美しい都市には長い年月の歴史が積み重なっているんだ」

 

「なるほど…稲妻の花見坂では出入り口にある大きな櫻や街にある桜並木、そして風に吹かれることで舞う桜吹雪が花見坂の街並みを彩っていますが、この璃月の璃月港では、鮮やかな橙色や黄色の紅葉や楓が街の至る所にあって、それがまるで街を包み込むように美しい風景を作り出していますね」

 

「ははは、そうであろう。この璃月港の美しさ、それは璃月人にとって誇りでもあるのさ」

 

覆っていた暗い空が晴れ始めたとある日、爽やかな風が吹くことで紅葉や銀杏の葉が舞い落ちる中、とある女性の二人の影が、璃月港の大通りを並んで歩いていた。

 

一人は、紫の稲妻のような目と黄緑の髪を持つ、キリッとした表情の女性。もう1人は、薄めの朱色の髪と翡翠の瞳を持ち、活発的な雰囲気を纏っている女性。稲妻人の“久岐忍”が璃月港の調和のとれた景観に見惚れ、その様子に、隣にいた璃月人である“煙緋”は少し得意げになって答えていた。

 

 

あの日、久岐忍が煙緋に弟子入れを頼み込んで煙緋が驚きの声を漏らした後、悩んだ煙緋はとりあえず詳しい話を聞くために、事務所の中に入ってもらい、そこで詳しく話を聞いてみた。その結果、忍の話を聞き、また今の忍の事情を知った煙緋は、忍の法学校で見せていた法律への姿勢や考え、また忍が自分の事務所の場所を調べて、わざわざここまで来てくれたという事実から、煙緋は感心し、そうして正式に煙緋の弟子とする事を決めて、忍を迎え入れたのだ。

 

その日以降、忍は毎日のように煙緋の法律事務所に通い続けて煙緋の弟子として、また彼女の助手として煙緋の元で様々な事をこなしていった。

 

実際、当初の忍は右も左もよく分からない状態だったものの、それでも彼女が今まで稲妻で数多くの資格を勉強して取得してきた経験や、自身の要領の良さを活かし、またかなりの努力家でもあった性格も相まって、煙緋の予想以上に早く仕事に慣れ、また煙緋も忍の成長ぶりに満足していた。一流の法律家である煙緋から見たら、まだ忍は半人前未満ではあるものの、それでも忍は少しずつではあるが、着実に一流の法律家としての階段を上っていっており、上手く行けば‘来年’の“七星迎仙儀式”辺りで、一流と呼ぶにはまだまだではあるが、少なくとも一人前でかつそれなり、三流もしくは二流程度の実力を持った立派な法律家になれるだろうと煙緋は考え、そうして期待した煙緋はより一層、忍の指導を厳しくし、煙緋法律事務所通いから事務所に住み込むようになった忍も煙緋の厳しい指導を受けつつ、また忍自身も法律知識や法解釈などの技術や考え方を学び取りながら、煙緋の下で成長していったのであった。

 

 

「…煙緋先輩。今日はどこに行くんですか?今日行く場所は、少し遠いから早めに行こうと仰っていましたけど」

 

「あぁ、それはだな。今日は実はとある人物からの依頼をこなすために、その資料の原本の確認や資料の写しを入手する為に”七星八門”の“総務司”、それに加えて、“王山庁”まで行くんだ」

 

「“総務司”と“王山庁”ですか?」

 

「あぁ、そうだ。“総務司”と“王山庁”は流石に離れすぎているからな…。忍さん。これから話すことは、他言は無用だぞ?…実は今の私はな、“厄介な案件”を請け負っていてな。“総務司に属するとある人物”から、とある粉飾決算にまつわる厄介な案件を依頼されたのだが、その件について調べていく内に、どうも今のままでは手に負えそうになさそうという事が分かったんだ。それで、今回手持ちにあるものだけでは足りないと判断し、その案件を解決する為に必要な資料や情報を集めるべく、まずはそれらの資料や情報が保管されている場所へと向かう事にしたという訳さ」

 

「なるほど、そういう事ですか…」

 

忍は納得したようにそう呟くと、煙緋の方へと顔を向けた。

 

 

“七星八門”、それは璃月七星が管轄する8つの部門である。それぞれの部門はそれぞれに割り当てられている職務に従い、璃月の実際の実務やあらゆる経済活動を取り仕切ったり、また璃月の産業や行政を担っていることから、璃月の“月海亭”を除く政府機関や公務機関というのは全て、この内のどれかに属しているのである。

 

 

より具体的な内訳と言えば、例えば“総務司”は璃月七星の下で璃月の様々な実務を行っている組織であり、この中で璃月の治安維持を担当している“千岩軍”はこの組織の配下に当たる。

 

そして、煙緋が言っていた“王山庁”というのは璃月中の書籍や様々な情報資料関連の管理等を行っている組織の機関であり、その中には璃月に存在している全ての法律関係の資料も含まれており、また余談ではあるが“古華派”の要地でもあることから、かつての“古華団”という名の武侠の名門と縁のある者やかつて縁のあった者達の関係者達が務めている庁でもある。

 

他には“和記庁”なら璃月と外国間における通商や貿易関連、“輝山庁”ならば璃月の鉱業関連、そうして今は亡き“塩の魔神ヘウリア”を崇拝していた者達の子孫達の多くが務めている、塩業関連を担当している“銀原庁”、他にも古代に“層岩巨淵”の近くに住んでいた先住民族の末裔達が務め、彼らの代々受け継がれてきた芸術である釉薬のかかった“陶磁器”関連やそれに伴って璃月中の“文化遺産”の保護や管理を担っている“盛露庁”等と言ったそれぞれの七星八門の機関が、璃月七星が“月海亭”で定めた政策や条例をそれぞれ執行したり、またその方針に基づいてそれぞれの職務を果たしているのである。

 

 

 

「…おや、あれは?」

 

「…?どうしましたか、煙緋先輩?」

 

ふと、何かを確認した煙緋はそう言って足を止めると、その場に立ち止まった。忍も煙緋に釣られて足を止めた後、不思議そうに首を傾げながら、煙緋の視線の先にいる人物達を見つめた。

 

「___全く、本当に反省してください!!瞬詠さん!!分かりましたか!?」

 

「あぁ、もう反省したって。分かったから、落ち着けって、な?甘雨?」

 

「…本当に反省していますか?」

 

「あぁ、うん」

 

「…反省しましたか?」

 

「あぁ、うんうん」

 

「…反省していませんね?」

 

「あぁ、うんうんうん…あ」

 

「瞬詠さん!!貴方って人は!!」

 

「いや、そこで引っ掛け問題みたいに自分を嵌めるなよ!自分はちゃんと反省してるから!」

 

「嘘をつかないでください!!貴方はいつもそうやって適当な事ばかり言っているじゃないですか!!大体ですね、瞬詠、貴方はどうしてそうやって毎回毎回__」

 

「あー、分かった分かった。だから、もう勘弁してくれ、甘雨ったら__」

 

煙緋達の視線の先では、黒髪の中に少し灰色の髪が混じり、灰色を基調とした一般的な璃月の服装に身を包んだ男が困ったような表情を浮かべて、目の前にいる金と紫が混ざり合ったかのような独特な色の瞳に、氷のような水色の髪に2本の赤と黒入り交じる角みたいな髪飾りの少女から説教を受けつつ、自分達に背中を向けながら道を歩いている光景が広がっていた。

 

「あれは…“瞬詠”と“甘雨”先輩ではないか?」

 

「えっ、見間違えか?あそこにいる“彼”…。あれは“瞬詠”なのか…?」

 

煙緋と忍の視線の先にいた瞬詠と甘雨の姿を目にすると、煙緋は驚いたように目を丸くしながら声を上げ、忍は目の前の瞬詠の後ろ姿をまじまじと見つめた。それはもしかしたら、もう二度と会うことはないかもしれないと思っていた人物と、まさかこんな場所で再会する事になるとは思っていなかったでも言うような反応であった。

 

「…」

 

「あ、煙緋先輩」

 

そして立ち止まっていた煙緋は瞬詠と甘雨に向かって、早歩きで駆け寄る。その後ろを忍は慌てて追いかけていった。

 

「お久しぶりです、甘雨先輩、それに瞬詠」

 

「__えっ?あっ、煙緋じゃないですか。お久しぶりです…。あら、そちらの方はどなたですか?」

 

「__うん?おぉ、煙緋じゃないか、久しぶりだな…。えっ?」

 

背中を向けてそれぞれ言い合っていた甘雨と瞬詠の元に辿り着いた煙緋はそのまま2人に声を掛け、声を掛けられた2人もまた煙緋の存在に気づくと、驚きの声を上げ、そうして、煙緋の後ろにいた忍の姿に気づいた。

 

「お初にお目にかかります、甘雨さん。私は稲妻から璃月で法律を学ぶべく、煙緋先輩の弟子としてこの璃月にて留学しております、久岐忍と申します。よろしくお願いいたします」

 

「あら、そうなんですか。初めまして、私の名前は、甘雨といいます。ご丁寧にありがとうございます。私は月海亭にて、璃月七星達の秘書を務めております。こちらこそ、よろしくお願いしますね、忍さん」

 

「はい、こちらこそ。…」

 

「…」

 

「…えっ、どうしたんですか?瞬詠、それに忍さん?」

 

「…どうした?瞬詠、それに忍さん」

 

忍は甘雨に自己紹介を済ませると、急に立ち止まったまま何も言わずに黙っている瞬詠を見つめる。対する瞬詠も複雑そうな表情をしたまま、自分の方へと振り返ってきた忍の事を無言で見つめ返した。そして急に無言になって見つめ合った瞬詠と忍の二人に、甘雨と煙緋は不思議そうに首を傾げる。若干、困惑しているかのような雰囲気を漂わせていた。

 

「……。瞬詠、あんた、どうやら何事もなく、無事に生きていたんだな。大怪我をしているわけでも無さそうだな…。船から降りたと聞いて、心配したんだぞ?」

 

「…」

 

「…私だけじゃない、“親分”や他の荒瀧派の奴らもそうだ。それに例えば、あの長野原花火屋の店主の花火職人の“宵宮さん”や社奉行の白鷺の姫君と呼ばれている”神里さん”。また私の友人である天領奉行の“九条さん”、そして、あの鳴神大社の宮司様である“八重様”でさえだ…。瞬詠、あんたの事を、皆、色んな人達が、あんたの事を心配し、そして悲しんでいたんだぞ!!瞬詠!!」

 

「えっ!?えぇっ!?」

 

「忍さん!?君は一体何をやってるんだ!?」

 

「…」

 

忍は瞬詠に近づいてその両肩を掴むと、真剣な眼差しで瞬詠の顔を見ながら、そう怒鳴った。そして、忍の唐突な行動に煙緋と甘雨は思わず驚愕の声を上げた。一方、忍にいきなり怒られるような形で叱られた瞬詠は、驚きと動揺が入り混じったような表情を浮かべて固まっている。

 

「…まぁ、だよなぁ。そりゃあ、そうなるよな」

 

「…」

 

そうして瞬詠は、目の前にいる忍が怒っている理由に納得しているかのように小さく頷くと同時に、どこか諦めたような笑みを浮かべた。一方の忍はというと、瞬詠が無事だった事に安心しつつも、呆れたようで、そして未だに怒りが収まらないといった様子であった。

 

「…忍、その、すまなかった」

 

「…ふんっ、謝るのならば私にではないだろう。瞬詠が直接稲妻まで行って、彼らにちゃんと頭を下げてくるべきだ」

 

「それもそうだな」

 

そして瞬詠は忍に向かって、謝罪の言葉を口にすると、彼女は不機嫌そうに腕を組みながらそっぽを向いた。

 

「…あ、あの、忍さん?瞬詠と貴方はどういう関係なんですか?それに、瞬詠のことをとても気にかけてくださってるようですけど?」

 

「…忍さん、一体、君と瞬詠との間はどういう関係なんだ?君が何故瞬詠に対して、そこまで怒っていることにも疑問だが、そもそも君達は知り合いだったのか?」

 

甘雨と煙緋は、目の前で起こってしまった光景がよく理解できていないらしく、お互いに顔を見合わせながら首を傾げていた。

 

「…煙緋先輩には話していなかったですね。すみません、すっかり忘れていました。私と瞬詠は稲妻で知り合った仲で、以前に荒瀧派の者達、そして親分がとある件で、天領奉行から冤罪を被せられかけたことがありまして、その時に彼がその場にいなかった私の代わりに弁護し、また荒瀧派の仲間達や親分の無実の証明を手伝ってくれたのです。__」

 

忍はそう言うと瞬詠に横目を向ける。

 

「__正直、偶然ですが彼があの場に居合わせていなければ、きっと親分達は牢屋の中にいましたでしょうし、それにもしも彼が“幕府軍の大将である九条さん”と知り合いでなければ、天領奉行の者達を上手く言いくるめて彼らを止める事は出来ませんでした。おまけに彼が知り合いの”天領奉行の探偵である彼”を呼んでくれて、私に紹介してくれていなければ、最終的に、荒瀧派の仲間達や親分が捕まるという事を避けられなかったのかもしれないのです」

 

「へぇ、そうなんですか…えっ、“幕府軍の大将”?」

 

「なるほどね。そういうことか。瞬詠、君も中々やるじゃないか…うん?待て、今、聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたのだが……」

 

甘雨と煙緋は、忍の説明を聞いて、瞬詠の意外な一面を知った事で驚いているようであったが、その一方で、二人はふと何かに気づいたように目を見開き、お互いの顔を見合わせて、瞬詠の顔をじっと見つめ始めた。

 

「…あれ、煙緋はともかくとして、甘雨には話してなかったか?」

 

「瞬詠さん!!そんな事、私は一言たりとも聞いた覚えはありませんよ!?」

 

「あー、それはだな__」

 

甘雨は瞬詠に詰め寄る。そして瞬詠は目を泳がせた。

 

「__まぁ、なんだ?機会が無かったというか、話す必要も無いと思っていたからさ……」

 

「はぁ…。全くもう!!どうして貴方はいつもそうなのですか!?」

 

「すまない、すっかり言う機会を逃してしまったようだ」

 

「貴方のそれ、いい加減直した方が良いですよ…。あぁ、もう!!ようやく理解できましたよ!!今日、情報共有として外交関連の職員達から私に“気になった報告”が共有されてきた理由が!!」

 

「えっ、“気になった報告”だって?」

 

瞬詠は不思議そうに首を傾げる。

 

「えぇ。実はですね…。“かなり前より稲妻から来ている稲妻の外交団の者達の一部の者達が、どうにも少し奇妙な行動を取っている。さりげなく“とある人物”に関しての探りをいれてきたり、情報を集めようとしたりしている。稲妻の外交団の者達から正式にその男に関しての情報提供を求められてはいないが、特に少し前からその一部の外交団の者達の気になる行動が顕著になってきており、稲妻、しいては稲妻幕府という稲妻の政府機関の意志としてその男に関して何かしらの興味を抱かれている可能性が高いと推測される。本件、十分に注意されたし”…と。そして、その“とある人物”、その対象人物の名は“瞬詠”という名前…。つまり瞬詠さん、貴方の事ですよ」

 

「…」

 

甘雨はじっと瞬詠の目を見る。彼女は怒っているような、呆れているかのような表情を浮かべていた。そしてその話を聞いていた瞬詠は、一瞬心当たりが無いといった様子で困惑しているようであったが、直ぐに全てを察したのか冷や汗をかきながら引きつった笑みを浮かべていた。

 

「瞬詠さん。貴方、まさかとは思いますけど、この事、特に貴方の異常とも言える交友関係の広さについて、凝光さんはしっかりと把握しているんですよね?」

 

「あ、あぁ……うん。そうだな。うん。……うん。知ってる」

 

「……それ、断言できますか?下手に対応を間違えれば、最悪もしかしたら璃月と稲妻との外交問題に発展する可能性も考えられますよ?」

 

「……すみません、断言できません」

 

「…はぁ…本当に貴方って人は……いえ、今は良いです。この後、必ず確認しますから。瞬詠さん、後で一緒に凝光さんのいる群玉閣まで来てください。絶対にですからね?もしも破ったら、分かってますよね?瞬詠さん、もし破ったら…。久しぶりに“教育的指導”してあげないといけませんね?」

 

「ひっ!?は、はい!!甘雨さん!!仰せのままに!!むしろ、喜んで同行させていただきたく存じ上げます!!」

 

「はい、よろしいです」

 

甘雨の意味ありげな微笑みに、瞬詠は恐怖を覚えて、震えながら何度も首を縦に振る。それを例えるならば、深い眠りについていた巨大な仙獣の麒麟が小さな人間によって呼び覚まさまれ、そして温厚な筈の麒麟が呼び覚ましたその者を踏み潰さんと凄まじい殺気を放ちながら迫りくるが如く、普段の甘雨の温厚な雰囲気は消え去り、まるで夜叉のような恐ろしい雰囲気を放ちながら瞬詠を睨む甘雨の姿があった。

 

「…ははは」

 

「…」

 

煙緋は思わず苦笑いし、忍は甘雨から発せられるただならぬ気配に気圧されていた。

 

「ははは、ま、まぁ、甘雨先輩。落ち着いてください。ほ、ほら、甘雨先輩や瞬詠はまだ仕事中ですよね?」

 

「あっ、確かにそうですね……。なら、行きましょう。瞬詠さん」

 

「あ、あぁ、そうだったな…。甘雨。行こう、“総務司”へ」

 

煙緋は瞬詠に助け舟を出すかの如く、甘雨に声を掛けた。甘雨はその声を聞き、正気を取り戻したのか、先程までの殺気だった姿は何処にいったのかと言わんばかりに元の甘雨に戻り、瞬詠は元の甘雨に戻ったことに安堵しながら頷いた。

 

「うん?“総務司”だと…?奇遇ですね、甘雨先輩、それに瞬詠。実は私達もちょうどこれからそこへ行くところなんです。ご一緒しても構わないでしょうか?もしかすると、お二人とも忙しくないのであれば、ですが」

 

「えぇ、構いませんよ」

 

「もちろんだ、構わんぞ」

 

「ありがとうございます、先輩、それに瞬詠。よし、忍さん、行くぞ」

 

「はい、煙緋先輩」

 

煙緋の言葉に、忍は静かに返事をして歩き出し、煙緋達も歩き出す。

 

「…そう言えば、瞬詠」

 

「うん、なんだ?」

 

「瞬詠は最近はどうなんだ?瞬詠が“凝光”の直属の部下になってから、そして月海亭で働き始めてからもう随分と経つが」

 

「あぁ、そうだな…」

 

「えっ…?瞬詠はあの“天権”凝光の直属の部下だったのか…?」

 

煙緋と瞬詠のやり取りに、忍は思わず驚いてしまう。

 

「そうですよ。瞬詠さんは、4ヶ月前から5ヶ月前くらいに凝光さんが、彼を群玉閣まで連れて来て、そして瞬詠さんは凝光さんとの間に幾つかの“契約”等を結んで凝光さんの直属の部下となり、そうしてそのまま月海亭の一般的な職員の身分と違って、“特務職員”として働いてもらっており、またとある“特殊な役職”にも就いて働いてもらっております」

 

「ほぉ、月海亭の“特務職員”、そして“特殊な役職”に就いている…か」

 

「あの璃月七星のリーダーである天権、凝光と“契約”を結んだのか……」

 

甘雨の言葉に煙緋と忍は驚きを隠せないでいた。

 

「えぇ、そうですよ。ただ、今の瞬詠さんは、丁度一か月前辺りに出した凝光さんの命令で異動となって、現在は璃月七星の玉衡、“刻晴”さんの直属の部下となっておりますが」

 

「ほぉ、今は璃月七星の玉衡、刻晴の直属の部下になっているのか…」

 

煙緋は感心したように呟き、瞬詠の方に視線を向ける。

 

璃月七星の“玉衡”。“玉衡”という主な役職、そして玉衡の重大な責務というのは、主に璃月領内の土地、生活管理、建設、不動産関連等を担当しており、それらに関する厳格な規則に従って施行することで、未然に深刻な災害や事故などの回避、または防止策を練る事で、それらの面から璃月領内の恒久的な安全の確保や保全、そしてそれらの面から璃月の繁栄を支え、璃月の栄華を保つ事が主な職務であり、それが璃月七星の“玉衡”という重大な責務なのである。

 

「あぁ、そうだ。あのくそ面倒くさい“暴走女”、刻晴の元で色々やっているぞ…。全く、凝光さん。なんで、あんな面倒くさい奴の直属の部下なんかにしたんだよ」

 

そして、瞬詠は少し嫌悪染みた表情を浮かべて愚痴を吐いていた。

 

璃月七星の玉衡、“刻晴”。“刻晴”こと、彼女は名門な商人貴族の出身の人物であり、その身分の事も相まって岩王帝君が璃月に与えた影響を深く理解している最も神に近い人間である彼女であるが、それに反して彼女は“岩王帝君”に強い“対抗意識”を燃やし続けている女性である。

 

煙緋が把握している限り、当初の名門な商人貴族の出身のお嬢様であった彼女の評価というのは、とある者達からすれば危険思想を持った有力な実力者である若手であるために要注意人物とされ、また別の者達にとってはその才覚を認めつつも、彼女に近づきたくないと敬遠する存在であり、またそんな彼女に対して敬う者達からすれば、彼女の事を尊敬しながらも、彼女と距離を置きたがる存在でもあった。だがそれでも幾ら有力な実力者であるとはいえ、所詮は大した経験も無い若手であるが故にその内に職務で失敗して、最終的には失脚してしまうだろうと噂されていたのだ。

 

しかし、彼女は自身の尋常ではない聡明さ、また類稀な才覚を次々と発揮しながら電光石火の如く、数々の重要な業務や案件をこなしていき、瞬く間にその地位をより強固に、より盤石な物としていき、そうして彼女の雷霆の如き判断力と決断力、それに迅雷のような行動力の前に“玉衡”の座を狙っていた者達は誰もが皆、そんな彼女に恐れを抱き、敬い、そして諦めていったのである。その結果、今では彼女は誰もが璃月七星の“玉衡”として認められており、その影響力と言うのは璃月にてその名を知らぬ者は居ないという程にまでなっていたのである。

 

「…ほぉ、あの“刻晴”殿を、そんな風に言うとは中々だな」

 

煙緋はそんな瞬詠の態度に、まるで面白いものでも見たかのような笑みを浮かべていた。

 

「ふんっ、あいつは自分にとってただの厄介な上司だ。まぁ、確かに仕事に関しては有能だし、頭も切れるし、何よりも行動力がある。それに度胸もあるし、あの女は自分なりに璃月の事や璃月の未来について考えているのは分かるんだが……だからと言って、こっちが仕事や別の事をしている間に、何でもかんでも自分に全力で仕事を投げつけてきたり、自分が一息ついて休んでいる時に、あいつ一人で出来る仕事でいちいち自分を巻き込んだりしてくるんじゃねぇ……!!」

 

瞬詠は拳を握り締めながら、憤怒の表情でそう呟いた。

 

「ま、まぁ、瞬詠さん。それだけ、刻晴さんは瞬詠さんの事を認めているという事ですよ。正直、私は刻晴さんと瞬詠さんは正反対すぎて、絶対に相性が良いとは思えませんでしたが、実際は何だかんだ言って、とても上手くいってるじゃないですか。あの刻晴さんの働きにしっかりと付いていけている点や、先回りして刻晴さんの仕事を手助けできる時点で、それは証明されてますよ。凝光さんはそれを見越して、刻晴さんと瞬詠さんをお互いに組ませたんですよ」

 

「はぁ?それ、本気で言ってるのか?」

 

甘雨は、苦笑いをしながら宥めるように言い、甘雨の言葉に、瞬詠は呆れたような様子で返答していた。

 

「全くもって意味が分からない…。あーぁ、最初は凝光さんに、ただ契約通りに凝光さんが求めている結果を残せていけば、後は好きにして良いと言われたから、自分は月海亭で自由にやりたいように過ごしていこうようと思っていたが、まさかこんな事になるなんて思ってなかったぞ……」

 

「ふふふ、そうですね。…『もっと真面目になりなさいよ!!瞬詠!!君がもっと“真面目”に“やる気”になればなるほど、この璃月港、そして璃月そのものがより変革を遂げるの!!私はそう確信しているわ!!…そうして人々が自立し、この璃月を人間達が統治するという理想的な未来を築き上げる事が出来る。だからこそ、君は私、璃月七星の玉衡の直属の部下として、もっともっと真面目に尽力しなさいよ!!』…でしたね」

 

「あぁ、そうだ…。全く、本当に!!頭おかしいんじゃないか!?意味が分からねぇよ!!刻晴の奴!!」

 

「ふふふ、相変わらずですね。刻晴さんも」

 

「ふむ…。ふふっ、どうやら刻晴殿は瞬詠に対して随分とご執心らしいな」

 

「…瞬詠、あんたは璃月に着いてからは、仕事で色々と大変だったんだな」

 

甘雨は刻晴の物真似をしてみたつもりなのか、どこか楽しげに微笑み、それに対して瞬詠は不満げな表情を浮かべていた。一方で煙緋は、瞬詠の話を聞いて面白おかしそうに笑い、忍は璃月に着いてからの瞬詠の苦労話を想像しながら同情するような視線を送っていた。

 

「はんっ、本当にだ…。そう言えば、そういう風に笑っている甘雨は刻晴の事、どう思ってるんだ?」

 

「えっ、どういう意味ですか?」

 

「…いやぁ、この前、月海亭で甘雨と刻晴、本格的な殴り合いや蹴り合い、取っ組み合いの喧嘩寸前になっていただろ。ははっ、月海亭で思いっきり刻晴の顔面に平手打ちをかまして張り倒して、そして刻晴に平手打ちされ返されて張り倒され、そのまま二人とも掴み合いや組み伏せ合いになっていったじゃないか」

 

「あっ、あれは!?」

 

「えっ!?甘雨先輩!?」

 

「っ!?」

 

瞬詠の言葉に、甘雨は慌てた様子で両手を振る。その隣では、煙緋や忍は驚いた様子で甘雨の顔を見つめていた。

 

「ちょ、ちょっと瞬詠さん!!それをこんな所で言わないでください!!いや、その前に、もう、あの時の事は忘れてください!!」

 

「おいおい、そんなに恥ずかしがる事は無いだろ?あんなに感情を剥き出しにした甘雨を見るのは初めてだ。『っぅ!!刻晴!!帝君を、帝君を…!!それ以上、帝君を侮辱するなぁっ!!』からの刻晴の顔面めがけての見事な一撃。そして、『はんっ!!甘雨こそよく分かっていないじゃない!!それに私は帝君を…!!帝君を、帝君を侮辱なんかしていないっ!!』と刻晴から顔面にやり返されて張り倒され、刻晴を見上げながら睨みつけていた姿。ははっ、あの時だけは、いつものお淑やかで穏やかな甘雨の姿はどこにも無かったぞ。あの時は驚きを超えて、思わず笑ってしまった。…ただあの後、二人の喧嘩を止められるのが自分しかいないから止めてくれと月海亭にいた人達に嘆願されて、喧嘩している二人の間に割って止めなきゃいけなくなったのは予想外だったがな」

 

「うぅ、そ、それは、つ、つい……」

 

瞬詠のからかい混じりの問いかけに、甘雨は顔を真っ赤に染めながら俯いていた。

 

「ははは、いやぁ、“3ヶ月後”が、まぁ、楽しみだな。3ヶ月後の“七星迎仙儀式”、今年、岩王帝君から神託を迎える役目が璃月七星の“玉衡”、つまりは“刻晴”だったもんな」

 

「えぇ、そうです……。正直、嫌な予感しかしません。それに刻晴さん、何かと帝君の事になると、すぐムキになりますし、今回七星迎仙儀式、正直、刻晴さんに任せるのは心配なのですが……。……いえ、何でもありません。とにかく頑張らないと」

 

甘雨は不安そうな面持ちで呟くと、自分の両頬を軽く叩き、気合を入れ直していた。

 

「ははっ、そうだな…。そうこうしている内に目的の“総務司”に辿り着いたぞ」

 

「そうですね」

 

「そうだな」

 

「あぁ」

 

瞬詠はそう言うと足を止めた。目の前には、他の建物よりも一際大きな建物、璃月の様々な実務を担い、璃月を守る千岩軍を束ねている組織、“総務司”の建物があった。

 

「よし、うんじゃあ、行くか。みんな」

 

「はい、行きましょう。瞬詠さん」

 

「うむ、行こう。瞬詠」

 

「あぁ、行こう。瞬詠」

 

そして4人は、総務司の中へと入っていったのであった。

 

 




次回は日常(もしくは煙緋達の仕事終わりの回?)です。

尚、次回は今後の話の展開上どうしても描写したいものがあるのですが、煙緋視点だけでは描写できない部分があるため、次回のみ(確約はしない)煙緋ともう一人のキャラ視点の回とします。

―――――
◎解説(“七星八門”について※現在判明している範囲のみ)
・“総務司”について
⇒“総務司”は璃月七星の下で璃月の様々な実務を行っている組織であり、その中で璃月の治安維持を担当している“千岩軍”はこの組織の配下に当たります。様々な実務に関しては、璃月港等にいる千岩軍や住民達との会話で何となく色んなことをやってそうなんだなと見て取れます。そして“千岩軍”が総務司の配下にいるという事に関しては、璃月の“とあるシリーズ物の世界任務”の中にある、“とある世界任務”において、とある人物が『夜叉のためにお寺を修繕すると聞いた総務司が、護衛の千岩軍を何名か派遣してくれた』的な事を言っており、総務司が千岩軍に指示を出しているという事実から、“千岩軍”はこの組織の配下に当たる事に関しては間違いなさそうではないと思われます。

・“王山庁”について
⇒“王山庁”は璃月中の書籍や様々な情報資料関連の管理等を行っている組織の機関となっております。ただ、実際はそれに関する決定的な文章や事項を見つける事が出来ず、唯一裏付けられたのは、“行秋”のキャラクター詳細の中にあった“神の目”関する記述にて『真理を悟った行秋は、歩理の口訣を作成した。当時の古華派の当主はそれを読み涙を流し、そしてその場で宣言した。「行秋が古華派を必要とするのではなく、古華派が行秋を必要とするのだ」。あれから、この口訣は古華派の要地である「王山厅」に保管されるようになった。』と、確認する事ができ、そこからおそらく書籍関連、それに派生して情報資料関連等の管理等を行っている組織としております。またそれに伴って“古華派”やかつての“古華団”の縁のある者やあった者等の関係者達が務めているという事にしています。

・“和記庁”について
(旧)
⇒“和記庁”は璃月の司法や一部外交関連となっておりますが、まず“璃月の司法”という部分に関しては、和記庁には煙緋の知り合いがおり(“煙緋の悩み…”『和記庁の友人によく釣りに誘われるんだが、切磋琢磨という割には、皆その手腕を見せつけたい気持ちが見え見えでね。そういった人たちに勝つ方法は百通り以上あるんだが、いつも仕事で世話になっているから負かすのも忍びなくて…だから、いつも演技をするんだ、それでわざと負けてやってるってわけ…』と、確認する事が出来ます)、そのやり取りの内容から考えるに、そして“一部外交関連”については、若干こじつけすぎる所があるのかもしれませんが、“エウルアのキャラクターストーリー3”『「先日、西風騎士団の遊撃小隊隊長がドーンマンポートで一人の女性を救出しました。そして調査の結果、港に潜伏していたアビス教団を発見し、一網打尽にしたんです。救出した女性は璃月でも有名な法律家で、後日騎士団は璃月の和記庁から感謝の手紙を…」』という事から、一部外交関連を担っているのではないかと思われました。
(新)
⇒“和記庁”に関しては【天権からの“依頼”と“陰謀”、そして“最悪な未来”】の前書きにある通りに再調査・精査を行い、その結果“和記庁”は“璃月の国内における取引や交易関連、璃月と外国間における通商や貿易関連”を担っていると判断しました。
根拠としては、上記の前書きにある通りの『(甘雨のボイスにて、“和記庁”ではないですがそれに関連する組織である“和記交通”に関してのボイスがあった事。また、スメールのオルモス港にて“和記庁”は海上輸送に関する割り当てを担っている。またスメールの他国との貿易はオルモス港でしか出来ないという情報を確認したため、状況的に確実に言える事として“和記庁”は外国と貿易に伴う輸送関連、つまり『“和記庁”は璃月と他国間との運輸関連の役割を担っている可能性が高い』と判断)しました。また、“和記庁”と“和記交通”の関係を推察してみると、おそらくこれは省庁とその省庁の部署(交通部)か課(交通課)みたいな関係になるのではないかと考えました。そうなると“和記庁”の中に“和記交通”という部や課という関係になるわけですから、和記庁は他の役割を担っている可能性も高いと思われます。(例えば和記庁の本業は“貿易”で、それの関係上“他国間運輸関係”も携わっているみたいな)』である事。
そして再調査・精査して判明した事として、稲妻の鳴神島の離島にて(鎖国解除後の場合は、璃月の璃月港の南口出てすぐの集落にて)、“奔雷手の秦師匠”と言う人がいたのですが、この人が“和記庁”に雇われて李暁という商人の護衛を行っていたという事が判明した事、また和記庁が担っている役割と言うのは、今までのから外交・司法・貿易・交通となっているのですが、今までの情報と再調査した結果を鑑みるに、和記庁の役割は“貿易”であり、そして貿易をするに当たって必要となる他国との貿易限定の外交関連(例えば璃月と他国との流通ルートに関する他国との外交関連)、また輸入する時や輸出する時に関する司法関連(この場合は税関等の手続、また輸出貿易管理令の手続や輸入貿易管理令等の手続等)、実際に外国と貿易する為に輸入や輸出を行う時の交通関連(“秦師匠”の場合だと道中の護衛として、また甘雨のボイスの『飛雲商会が栽培した霓裳花には十分の露が必要ですが…和計交通の方たちは雨の後のぬかるんでいる山道が嫌い…』という事から、和記庁(正確には和記交通)の職員や雇われている人は、商人達の貿易に護衛役や運搬役等として雇われている可能性が高い)を専属で担っている可能性が高いと判断しました。
つまり、和記庁という“庁”単位でみれば“貿易”を担っており、その貿易を実際に行う為や、サポートするための“部門”としてみれば“外交”“司法”“交通”という単位の役割に細分化されている物と判断を行いました。

・“輝山庁”について
⇒“輝山庁”は璃月の鉱業関連を担っていると思われ、これに関しては“明蘊町”にある掲示板にて確認する事が出来ます。

・“銀原庁”について
⇒“銀原庁”は亡き“塩の魔神ヘウリア”を崇拝していた者達の子孫達の多くが務めている、塩業関連を担当している庁となっておりますが、これに関しては“鍾離”の伝説任務である“古聞の章・第一幕 ”等にて確認できた筈であり、またその伝説任務にて、“とある亡き塩の神ヘウリアの信奉者”とも出会っており、その者の所属が“銀原庁”の者であったはずです。

・“盛露庁”について
⇒“盛露庁”は古代に“層岩巨淵”の近くに住んでいた先住民族の末裔達が務め、彼らの代々受け継がれてきた“陶磁器”関連やそれに伴って璃月中の“文化遺産”の保護や管理を担っている庁でありますが、総務司外側の璃月港にある“緋雲の丘の告知板”の“盛露庁の告知”等にて確認する事が出来ると思われます。

―――――
追記1
・“頼み込んで”の部分の修正を行いました。“円周率で猫好き”さん、誤字報告ありがとうございます。

追記2
・“和記庁”に関しての記述や記載を更新・修正しました。


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琉璃亭と”依頼人”

完成している分を投稿。

結局今回は、本来投稿したかった前半部分のみを投稿します。
(前半部分でも、最低限状況の描写は出来ていると判断しているため。後半部分は次回か次々回辺りに回収できればと思います。少なくとも中編の間では回収しようと思います。)

そして今回もいつも通り、オリジナル設定や要素、また考察ネタが発揮しております。

それと、今回は本来ならば解説を入れる予定でしたが、今回は無しとして次回か次々回辺りに、今回の分の解説を行おうと思います。(次回か次々回辺りなら、現段階でより詳細に描写できそうなため)

尚、あらすじにある通り、現在、リアルな事情(主に6月頃に資格の試験がある関係)による時間の確保の問題で、5月と6月は投稿ペースが下がり、最悪6月分の更新が出来なくなる可能性がありますのでご了承ください。(一応、5月中にもう一回、または7月に二回更新ができそうであればやりますが…)

最後に、今回は解説が無い代わりに、久しぶりに“アンケート”を実行します。(早すぎるかもしれませんが…)。また後書きに“アンケート”の補足説明がありますので、それも確認した上で投票してください。


「お待たせしました。こちらが“岩港三鮮”に”山幸の麺“です」

 

「そしてこちらは“干し肉の炒め鍋”でございます。どうぞごゆっくりお楽しみください」

 

そう言いながら、とある高級料亭の従業員である男性と女性達が、テーブルの上に注文された料理を次々と並べていく。

 

「おぉ、これが『琉璃亭』の璃菜を使った美味しい料理の数々か……」

 

煙緋は目の前に並ぶ色とりどりで豪華な食事を見て、感嘆の声を上げる。

 

「…これが、かの有名な璃菜を使った『琉璃亭』の料理ですか」

 

忍は目の前の美味しそうな匂いを放つ料理を前にして、興味深そうにまじまじと見つめていた。

 

「ははっ、完全に偶然だったが、まさかこんなに良い店で夕食にありつけられると思わなかった。これも日々の仕事の成果かな。いや、本当にありがたい。いただきます」

 

瞬詠は嬉しそうに微笑みを浮かべると、箸を手に取り、料理に箸を伸ばした。

 

「うむ、早速頂くとしよう。いただきます」

 

「いただきます」

 

煙緋、忍の二人もそれぞれ料理に手を伸ばして口に運ぶ。そしてその味を噛み締めるようにゆっくりと味わい始めた。

 

「えぇ、遠慮なく頂いて頂戴。今日は私の奢りよ」

 

そしてエメラルドグリーンのような清らかな瞳に、サファイアのような綺麗な髪。脇を露出させた全体的に蒼、それに黒と言った鮮やかな璃月様式の服を着て、元々はとある革のコートであっただろう、璃月の苧麻と組み合わせた白い袖付きの肩掛けを肩にかけ、右手に腕輪を嵌めた女性。またその女性が持つ特有のとある“気質”が醸し出す独特の雰囲気、例えるならば彼女に聡明さに自由奔放と言う言葉を連想させるものを発している女性。そして彼女の太ももには神に認められし者である証、“水の神の目”を装着している事から、その身の実力は計り知れないが本物だと思わせる女性、“夜蘭”が煙緋達にそう促した。

 

 

とある日の夕暮れの光が差し込む璃月港。紅葉色の光に包まれながらも、多くの人々や商人達、旅人や冒険者達など、多くの人々が行き交っている中、煙緋が以前に受けていた“厄介な案件”である“とある粉飾決算にまつわる案件”の対応が無事に終了となり、それを依頼人である“総務司に属するとある人物”、“夜蘭”に報告を行うために、待ち合わせ場所に指定されていた“琉璃亭”を訪ね、そこでその“琉璃亭”を貸し切っていた“夜蘭”と、たまたま彼女と同行していた“瞬詠”と合流したのだ。そうして煙緋は夜蘭にその結果を報告した後、またそのまま彼女から個人的なお礼として、この琉璃亭での琉璃亭自慢の「璃料理」の数々を奢ってもらう事になっていったのだ。

 

そうして煙緋達は、忍が夜蘭に簡単な自己紹介を行ったり、逆に夜蘭が忍に自身の紹介をしたり、夜蘭が瞬詠と煙緋の関係をそれぞれに尋ねたりと、お互いに少しばかりの交流を行いつつ、琉璃亭で「璃料理」を楽しみながら優雅で楽しいひと時を過ごしていたのであった。

 

 

「___成程ね。煙緋と忍との初めての出会いは、法学校の講師と生徒という関係だったのね。…ふふふ、これは興味深いね。ある意味、運命的な出会い…。と言えばいいのかしら?」

 

夜蘭はそう言って小さく笑う。

 

「…なるほどな。そういう経緯だったのか。煙緋と忍の出会いと言うのは」

 

そして瞬詠も煙緋の話を聞いて納得するかのように何度も相槌を打っていた。

 

「あぁ、そうだぞ。そして、忍さんを弟子にした決め手となったのは、あの日、忍さんが私の事務所にやって来て、私の弟子にしてほしいと懇願してきたんだ。そして話を聞くために、事務所に招き入れて話を聞いたんだ。そして、その時に私は思ったんだよ。彼女は本気だと。そして、何よりも純粋に法律を学びたいという強い想いを感じた。だから、私は忍さんの熱意に応える為に、彼女を正式に私の助手にする事を決めたのさ」

 

そうして、煙緋は自慢げにその時の事を語った。

 

「はい、そうなります…」

 

また、忍は少し照れ臭そうにそう答えた。

 

「なるほど、そうか…。煙緋、確かに、お前さんは人を見る目があるよ。忍は本当に努力家なんだ。自分が保証する。忍は間違いなく良い法律家になると思う」

 

瞬詠は煙緋を褒め称えるように言う。

 

「あぁ、そうだな。私も忍さんはとても優秀で優秀な人材だと思うぞ。忍さんの手伝いのおかげで、私の仕事もかなり捗るようになったんだ。感謝しているぞ」

 

煙緋はそんな瞬詠の言葉に同意するように、自分の意見を述べた。

 

「いえいえ、とんでもないです」

 

忍は首を横に振った。

 

「うむ、謙遜する必要は無い。本当に助かっている。これからもよろしく頼むぞ」

 

「えぇ、こちらこそお願いします」

 

「うむ…。あ」

(そう言えば)

 

すると煙緋は何かを思い出したかのように、瞬詠と忍を交互に見つめる。

 

「ん?どうした?煙緋」

 

「ん、どうしましたか?煙緋先輩」

 

「いや、そういえば二人は以前、稲妻で知り合ったと言ったな?ふと、忍さんが稲妻ではどのように過ごしていたのか、そして稲妻にいた頃の瞬詠はどんな感じだったのか、少し興味があってな」

 

煙緋は好奇心に満ちた瞳を二人に向けながら、そう尋ねる。

 

「あぁ、その事ですか」

 

「あ、そう言えば、煙緋には詳しい話をしていなかったな」

 

煙緋と瞬詠はそれぞれに思い出す。

 

「あぁ、そうだ。まだ聞いていなかった。まぁ、別に無理には聞かないが、もしよかったら聞かせてくれないか?」

 

煙緋は楽しそうに微笑みを浮かべる。

 

「へぇ、二人は稲妻にいた頃からの知り合いだったのね。ふ~ん?何だか気になるわね。教えてくれないかしら?」

 

そして夜蘭も興味を示して、二人の方へと視線を向けた。

 

「ええっと、分かりました。まずは…___」

 

忍はそう言うと、何から話せばいいのかを考えた。

 

「___そうですね。まず、改めて私の過去についてを簡単にお話しさせていただきます」

 

「あぁ、分かった」

 

「うん、是非とも聞きたいわね。お願い、忍」

 

「忍の過去か…」

 

煙緋と夜蘭は忍の話に耳を傾け、瞬詠は既に忍の過去についてを知っていたのか、あまり驚いた様子は無かったが、それでも真剣に忍の話を聞き入っていた。

 

「はい。それじゃ、始めさせてもらいます。まず改めて、私は荒瀧派の二番手の久岐忍です。私は法律を学ぶために、璃月にやってきました…。ただ、実はもう一つ、いえ、もう二つほど理由があって璃月に来たんです」

 

「ほぉ、もう二つの理由か?初めて聞いたな。詳しく聞かせてもらえるか?」

 

「へぇ、もう二つの理由ね?一体何なのかしら?とても気になるわ」

 

煙緋と夜蘭は興味深そうに忍を見つめる。

 

「はい。私が璃月に来た三つの理由。一つは法律を学ぶため、そしてもう一つは”私の家族”、いえ“私の一族”から少しでもとにかく遠いところへ逃げたいと思い、私は稲妻から遠くの異国の地であるこの璃月までやって来ました」

 

「ふむ……、家族と離れたかったのか……」

 

「ふぅん……、一族とねぇ……」

 

煙緋達は忍の話を聞いて、興味深げに彼女の話に聞き入る。

 

「はい。そして最後の三つ目の理由…。それは目の前にいる馬鹿、瞬詠の安否や彼の無事を確かめる為です」

 

「おいおい、ちょっと待てくれよ。別に馬鹿とは言わなくても良いだろうよ」

 

忍はジト目で瞬詠の方を見つめ、瞬詠は苦笑いを浮かべながら彼女に抗議をした。

 

「…ふんっ、だから、あんたは馬鹿なんだ。あんたは全く自覚がないようだがな?稲妻にいる知り合いや友人達、そして私を含めて全員、色んなことで瞬詠が助けてくれたり手伝ってくれたり、また瞬詠が色んなことを気を効かせてくれたおかげで、私達がどれだけ助かったと思っているんだ。…それこそ私たちが感謝してもしきれないぐらいにな。それに、本当にあんたは私達の恩人なんだ。いい加減にそれを自覚しろ、馬鹿」

 

「……はぁ」

 

「ふむ、なるほど。そういうことか」

 

「…ふーん」

 

忍は瞬詠を睨みつけながら、彼に説教をする。瞬詠はそんな忍の言葉を聞くと、納得したように小さく何度か首を縦に振り、煙緋はそんな瞬詠を見て少しだけ嬉しそうな表情をし、夜蘭はそんな瞬詠の様子を見ると意味ありげに微笑んでいた。

 

「…すみません。煙緋先輩、それに夜蘭さん。話を遮ってしまいました」

 

「ん?あぁ、別に気にする必要はないぞ?それよりも、続けてくれ」

 

「えぇ、そうよ。全然問題無いわ」

 

「ありがとうございます。では続きを。…私の家族、私の一族についてをお話しましょう」

 

忍は煙緋達に頭を下げると、自分の家族の事を話し始めた。

 

「…実は私の家や一族というのは、長い間鳴神、つまりは雷神様に代々仕えてきた巫女の一族なんです。そして私はその一族の生まれなのです」

 

「…ふむ、雷神に仕える巫女の一族か」

 

「…ふふ、随分と面白い話を聞いたわね」

 

煙緋と夜蘭は興味津々に忍の話に耳を傾ける。

 

「はい。それで、私は小さい頃、まだ子供だった頃の私は姉の幸が大社に入った後に、巫女の見習いとして鳴神大社に送り込まられました。そうして私は一人前の巫女となるために、日々修行に明け暮れ、様々な厳しく細かい規則を守りながら、一生懸命に頑張っていました」

 

「ほぉ、忍さんが子供だった頃は、そのような生活をしていたのか。厳しい規律のある生活をしていたのだな」

 

「へぇ、大変そうね」

 

「はい、全ては私の故郷の稲妻を治め、稲妻を良き方向に導いてくださる雷神様、将軍様を鳴神大社の一人の巫女として支える為、辛い事も苦しい事もありましたけど、それでも私は頑張り続けました」

 

「へぇ、成る程ね」

 

夜蘭は興味深そうに忍の話を聞き入る。

 

「うむ、そうなのか…。忍さん、本来ならば君は、稲妻の統治者である雷神様の雷電将軍、そしてその雷電将軍に直接仕え…いやその御方の眷属であったか?まぁ、とにかくその雷電将軍の友人でもあり、眷属であり、そして本来の君達を取りまとめている鳴神大社の宮司様である『八重神子』の配下になる筈だったという訳だな」

 

「えっ!?…煙緋先輩、八重様の事をご存知なんですか?」

 

煙緋は忍の話を聞いて、彼女が知らないであろう神子の事を口にすると、忍は驚いた様子を見せた。

 

「ん?あぁ、知っているとも。…まぁ、八重さん本人と私は直接な知り合いと言う訳ではないがな…。私の先輩、以前に『甘雨』先輩が八重さんの事を少し話してくれたことがあってな。そして瞬詠と私が初めて出会った時にも少しその話が出て、そして忍さんが私の弟子となる前、瞬詠と甘雨先輩とで仕事の関係で、偶々一緒に行動を共にしていた時に、甘雨先輩から八重さんについて色々と教えてもらったんだ」

 

「そうだったんですか…」

 

「あぁ、そうだぞ。それに甘雨先輩と八重さんはかなり長い付き合いなようでな。”あの人は本当に頼りになりますよ。流石、『狐斎宮』さん自慢の弟子です。今は亡き彼女もきっと喜んでいます”、とも言っていたよ。それ故に彼女こと八重さんは、甘雨先輩の自慢の後輩とも言えるのではないだろうか?」

 

「…成程」

 

煙緋の説明を聞いた忍は、何処か感慨深いような表情を浮かべ、あの日出会った甘雨の姿を思い出した。

 

「…ふむ、どうやら忍さんは八重さんと甘雨先輩の関係についてが、かなり気になるようだな?ならば今度、甘雨先輩に聞いてみると良い。きっと快く答えてくれるだろう。それに確か、十数年前に甘雨先輩は仕事関係で璃月から稲妻を訪ね、そして八重さんと話をしたとも言っていたな。その時に八重さんの悩み、“八重さんと将軍様に関する何らかの相談を甘雨先輩に行い、そして八重さんから助言を求められた”とかだったかな。また、今はそれ関係かは分からんが、昔から甘雨先輩達は定期的に手紙等でやりとりもしているようだしな」

 

「八重様の悩み、そして八重様と将軍様との間に関する相談をですか…?」

 

「うむ、そうだ。…私もこの事の詳しい事はよく分からない。だから気になるのであれば、忍さんが直接甘雨先輩に尋ねると良いだろう。ただ、甘雨先輩は多忙だからな。もしかしたら、尋ねる機会が得られるのはずっと先になってしまうかもしれないけれどな。…もしも必要であれば、私が甘雨先輩との繋ぎを取ってやろう」

 

「いえ、大丈夫ですよ。そこまでして頂かなくても、自分で何とか出来ますので」

 

煙緋が親切心から申し出た言葉に対して、忍は首を横に振って断る。

 

「ふふっ、本当にあの秘書さんは、真面目で律儀な人なのね。でも、そういう所が私は好きだけどね」

 

夜蘭は楽しそうに微笑みながら呟いた。

 

「…ははっ、まぁ、そうだな。甘雨さん、そして八重さん…な……」

 

そして、その話を聞いていた瞬詠は苦笑いを浮かべながらも、僅かに眉を潜めて何やら考え込んでいた。

 

「……おっと話が逸れてしまったな、申し訳ない。忍さんの家族の話、一族の話の続きを聞かせてくれないか?」

 

「あっ、はい。分かりました」

 

煙緋に促され、忍は再び家族についての話を始めた。

 

「はい、私は姉と一緒に鳴神大社に住み込みながら巫女の見習いとして日々精進してまいりました。ただある日の事、それは私が初めて鳴神大社に来た時の事。あの時、私は初めて山頂で夜を過ごしたため、風邪を引いてしまったのです。その時、家族は大社から遠く離れたところにいましたし、姉も外で仕事があったために傍にはおらず、その時の私はその頃から強がりだった事も相まってしまって、他の巫女さん達に助けを求めず、山に生えているとげのある草を摘んで輪を作り、体に巻きつけてその夜を過ごしたのです」

 

「ほぉ、成る程…。因みにどうして、そんなとげのある草を摘んで輪を作り、体に巻きつけてその夜を過ごしたんだ?」

 

煙緋は興味深そうに尋ねてきた。

 

「えっと、その……実は、両親達から”そのような時はそれをすれば、鳴神様の加護を得られ、病を追い払える”と言われて来たのです…。そのため、それらを巻きつけて、震えながら”鳴神様のご加護を”と念じ、その日の夜を明かしてしまったのです。そしてその結果は、風邪は全く治らず、体にはひりひりと痛む赤い跡が残されたばかりでしたが…」

 

忍は恥ずかしそうに頬を染めて、小さな声で答えた。

 

「はぁー……、う、うむ」

(う~ん、な、成る程)

 

そしてその話を聞いていた煙緋は、どう反応したら良いのか困った様子であった。

 

「…ま、まぁ、とにかくその出来事がきっかけで、私が幼いころからずっと抱いていた疑問、数多くある規則は一体どこから来て、どのように決められたのかについて、また規則そのものに道理があるのかどうかということについて、真剣に考えるようになり、そして気づいたのです。…先人から伝わる多くの規則は、必ずしも正しいわけではないことを。そして巫女という仕事は、家族の言っていたほどに”なくてはならない”仕事ではないことを。そして___」

 

忍は少し間を置き、そしてどこか寂しげに笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「___そもそも、私が目指していたもの、なりたかった姿は、少なくともそれらの規則に縛られた生き方ではなかったということ。つまり、久岐家に生まれたから巫女にならなければいけないという掟に従っていた私は、本当は心の何処かでは、自分の本当の気持ちを押し殺して生きていたんだと……そう思うようになったんです」

 

「ふむ……」

 

「それから、私は少しずつ変わっていったと思います。自分自身の心と向き合い、改めて自分が何をしたいのかを考え直し、そして決断しました。…私は今までの全てをそこに置いて生きていく。私は鳴神大社に仕える久岐家や久岐一族の久岐忍ではなく、私はただの久岐忍、何でもないただの一人の人間である久岐忍として生きていく。定められた人生など捨て去り、自分の人生、自分だけの人生を歩もうと……!」

 

忍は強い決意を込めた表情で告げた。

 

「……なるほど。それが、忍さんの出した結論か。つまり、忍さんは家出をしたのだな」

 

「はい、そうです。そうして家と大社を出た私は、稲妻城の城下町である花見坂で暮らし始めました。……そうしてそこで生きる為に様々な職に就いたり、数多の数の資格を取って、“真に自由な仕事”を見つける為にと努力してきました。…そうしてとある日、とある出来事がきっかけに、“彼”と出会ったのです。私の“親分”、『荒瀧一斗』と」

 

「ほぉ…。成程、それが忍さんの、荒瀧派の二番手としての原点だったというわけだな」

 

「はい。そうですね。そしてそれがきっかけに、“荒瀧派”の者となり、そうして荒瀧派の問題児達を纏め上げる存在になっていったのです」

 

「…ふむ、そういう事だったのか」

 

「…ふ~ん、成る程ね」

 

忍の話を聞いていた煙緋は納得したように小さく呟き、夜蘭も興味深そうな表情をしていた。

 

「…次に私が、少しでも家族や一族から、とにかく遠いところへ逃げたいと思った理由に関してなのですが、実は花見坂で荒瀧派と共に過ごしていた時、家族や一族の知り合いや親戚と出会ってしまい、私と会ってしまった事で家に戻るように言ってきたり、また連れ戻そうともしようとしてきたのです」

 

「なに、そうだったのか?」

 

「うわ、随分と大変そうね」

 

忍と夜蘭は少し目を見開き、そして頷く。

 

「はい、本当にです…。そしてそれを見た荒瀧派の者達は、最終的に物凄く激怒し、大暴れしようとしてしまいました…。そのため、一度ほとぼりが冷めるまで、一旦稲妻から離れた方が良いのではないかと考え、結果的にではありますが、その頃の私は法律を学びたいなとも考えており、そうしてその事も相まって、この璃月にやって来たというわけなのです」

 

「……う、うむ。そうだったのか。それは、大変そうだな……」

 

「えぇ、本当に……」

 

煙緋は同情したような視線を向け、夜蘭も苦笑いを浮かべていた。

 

「はい、本当にです。いざ実際に稲妻から離れようとした時は、正直、不安でどうしようもなかったのですが、幸いにも私の知り合いや友人達に相談して、親分や荒瀧派の者達の様子を気にかけてくれたり、何かがあれば手助けしてやると言ってくれましたので、本当に助かりました。それに彼らは一般人とは違い、それなりの立場や役職、それに実力を持っていますので、彼らが表向きではないとはいえ、それでも味方に付いてくれるだけでもかなり心強かったのです」

 

忍はほっとした様子で安堵の息を吐いた。

 

「……まぁ、確かに知り合いや友人達がいるのであれば、心強いだろう。それにそのような立場や役職、実力者であるのであれば尚更だな」

 

「えぇ、そうね。良かったわね。稲妻に頼れる人達がいて」

 

忍と夜蘭は微笑ましそうに見つめながら言った。

 

「はい、本当にです…。そして、最後に瞬詠の安否や無事についての確認です。これはその通り、船を降りた事によって、私達の目の前から姿を眩ませてしまった彼がどうなっているのかを確認する為です。私達は彼が所属していた『南十字船隊』の者達から、彼が船を降りたと聞きました。またそれだけではなく、花見坂や離島で流れていた冥界巨獣の『海山』に『南十字船隊』の『竜殺し』、そして『黄金の翼』の噂話を聞いて、全てを察しました」

 

「ふむ、『海山』に『南十字船隊』の『竜殺し』、そして『黄金の翼』の噂か」

 

「へぇ、『黄金の翼』ねぇ~」

 

「…」

 

忍の話を聞いた忍は興味深そうに反応を示し、そして夜蘭は瞬詠に意味ありげな視線を向ける。

 

「はい、その噂を聞いた私は、瞬詠が只事では済まない事になってしまったのだと悟り、彼の身を案じてすぐにでも確認を、場合によっては助けに行きたいと思ったのです…。曰く、”『黄金の翼』は沈みゆく『南十字船隊』の船や仲間達、そして船長の『竜殺し』を守り抜く為、『海山』に独りで立ち向かい、『海山』によって片羽の半分が引き千切られ、背中には大きな傷を負い、額の切り傷から血を流しながらも、『竜殺し』達の時間を稼ぐため、囮になるために『海山』の周りを飛翔し続け、そしてそれはまるで修羅の如きのような、激しい猛攻を『海山』に加え続けたようです。そしてその様はまるで___」

 

忍はそう言うと、瞬詠の事をじっと見据えた。

 

「___かつて雷電将軍に仕えていた『大天狗』とよばれ、また忠義の『愛将』とも呼ばれていた『笹百合』様…。ヤシオリ島で鳴神島を、そして将軍様を守り抜く為、決死の覚悟で『オロバシ』の忠臣である『惡王』に死闘を挑み、それを繰り広げた姿を彷彿とさせる程のものであった”、それくらいのものではなかったのではないか、と聞いております」

 

「…成程、そうだったのか」

 

「…ふふっ、面白いじゃない。貴方、そんな風に言われていたなんてね」

 

「…っ、はぁ」

 

煙緋と夜蘭は納得したように呟き、瞬詠は複雑そうな表情を浮かべて少し顔を背けた。

 

「…そして、”最終的に『黄金の翼』によって、時間稼ぎに成功し全ての準備を整えた『竜殺し』達は、『竜殺し』が『海山』目掛けて大剣を振るい、遂に『海山』の頭を断ち斬った。その後、『黄金の翼』はその身を挺して『竜殺し』達の元に戻らんとするものの、彼らの船の前で力尽きたかのように、彼らの前で錐揉み回転しながら落下し、その表情には薄らと満面の笑みが浮かび上がりながら、海に墜落して海中に沈んでいった。そして、『海山』との戦いで満身創痍な『竜殺し』は海中に没していく『黄金の翼』を助け出すべく、自らも水中に飛び込んでいった…”、との事でした」

 

「…あぁ、成る程」

 

「…分かったわ、そういう事だったのね」

 

忍はそこまで言い切ると、瞬詠に対して何か言いたげに見つめ、煙緋は感心したような声を出し、夜蘭は何かを理解したかのような反応を示した。

 

「…本当に、心配をかけさせてすまなかった」

 

「ふんっ…。だが、まぁ、瞬詠が無事で良かった。あんたが船を降りたと知った時の事、それにこのような噂話が稲妻で流れていた時の事、これらが相まって、私も皆も本当に心配していたんだぞ?もしかしたら、その『海山』との戦いで、瞬詠は命を落としてしまったのではないかと思って」

 

「……あぁ、本当にすまない」

 

「…ふんっ」

 

瞬詠は申し訳なさそうに謝ると、忍は仕方ないといった様子で肩をすくめた。

 

「まぁいい、とにかく死んだとかじゃなくて安心した…。はぁ、本当に無事で何よりだ」

 

忍はそう言うと、安堵した様子で胸を撫で下ろした。

 

「あぁ、本当にだな……」

 

「そうね……」

 

夜蘭と煙緋も同様にほっとした様子を見せる。

 

「本当に良かった…。頼むからもう二度と私達にこんな思いなんかさせないでくれ」

 

「あぁ、分かってるさ、忍。約束する。それにやっと、稲妻で一体何が起きているのかが分かった気がするぞ…。ちょっと真面目な話。近いうちに稲妻に行って、自分は生きているという事を伝えないといけないし、彼らに心配させたことに関しての謝罪もしなければいけないようだな」

 

瞬詠は真剣な面持ちで言った。

 

「うん、そうだな。それが良いと思う。絶対に。特に“花火職人”の『宵宮さん』、社奉行の“白鷺の姫君”の『神里さん』、それに私とかなり長い付き合いとなってしまっている天領奉行の“幕府軍の大将”である『九条さん』の三人は特にな。本当にあんたの事を酷く心配していたから、ちゃんと会って話をしてあげてくれ。神里さんの“木漏茶屋”であんなに酷く取り乱してしまっている三人の姿を見たのは初めてだったからな。それにこの三人と瞬詠は、私よりもかなり深い仲だった筈だしな」

 

忍は瞬詠の言葉に同意すると、彼に忠告をした。

 

「あぁ、勿論だ。自分のせいで心配をかけた人達だし、その自覚はあるつもりだ。だから会うつもりでいるさ。必ずな…。今、自分が握ってしまっている“大きな仕事”が片付いたら、何とかして稲妻に向かおうと思っている。そして、その暁には、自分の身に起きた出来事を全て話すよ…。だからその前に、まずは目の前の仕事を片付けないとな」

 

瞬詠はそう言うと、改めて気を引き締めた。

 

「…大きな仕事か?」

 

忍は首を傾げた。

 

「あぁ、そうだ。…機密事項、それもある意味、最高機密に関わるかもしれない物と言ってもいいかもしれない事柄と、関連してしまっているからな。今、自分がやっている事、やろうとしている事がな」

 

「…そうなのか、瞬詠」

 

「あぁ、そうだ。それにこれは自分じゃなければ、“俺”がやらなければならない問題でもあるし、“俺”にしか出来ない問題だからな…」

 

「…そうか、分かった。瞬詠。まずはあんたのそれを無事に終わらせるんだな」

 

「あぁ、ありがとう。忍」

 

忍は瞬詠の言葉に非常に強い意志がある事に感じ取ったかのように、それ以上深く聞く事はしなかった。

 

「…ほぉ、大きな仕事か」

(…瞬詠、どうやら本気で言っているみたいだな)

 

煙緋は感心したように呟く。そこには普段の瞬詠とは違い、何故か、どこかただならぬ覚悟でも決めているかのような雰囲気があったからだ。

 

「…ふふっ」

 

そして夜蘭は意味ありげに笑うかのように口元に手を当てていた。

 

「…あ、丁度いいかもしれないな。今この琉璃亭は貸し切りだし。この話を少しくらいしても大丈夫かもしれないな…。煙緋」

 

そう言うと何かに気づいた瞬詠は、煙緋の方に視線を向けた。

 

「ん?なんだ?」

 

「ちょっと話したい事があるんだけど、良いか?これからの事でな」

 

「え?あ、あぁ、別に構わないぞ。私は」

 

「あぁ、助かる。じゃあ早速だけど……煙緋。先に予告しておく。一週間以内に、おそらく月海亭から煙緋に『とある依頼』を、”璃月の経済や金融業界を左右するかもしれないような『大きな依頼』”を受ける事になるはずだ。だから、今から心の準備をしてほしい」

 

「えっ?どういう事だ?瞬詠」

 

「それは言えない。だが、少なくとも言える事…。それは現在進行中の『“北国銀行・璃月港支店”開業計画』関連ということだけだ。…煙緋なら何となく、この件の事やそれに関する噂を聞いたことがある筈だし、それにここまで言えば、なんとなく分かるだろう?」

 

瞬詠は真剣な表情でそう言い切った。

 

「『“北国銀行・璃月港支店”開業計画』関連か…」

(ふむ…何となくだが、その件はとても厄介そうな案件だという事だけは分かったな)

 

そして瞬詠にそう言われた煙緋は、気を引き締めた。

 

『北国銀行』、それは現在、『スネージナヤ』が世界中に支店の展開を行っているスネージナヤ系列の外資系銀行である。

 

「…ふむ」

 

煙緋は訝しむかのように考え込む。

 

 

スネージナヤ系列の外資系銀行である北国銀行と言うのは、噂話によれば多くの見込み客に気前よく融資するということで知られているが、それはつまりその融資の基準が他の璃月系列の銀行等と比べて緩いという事で、それ故にその既存顧客が北国銀行の方に大量に流れてしまうのではないかという事らしいのだ。

 

実際、そのスネージナヤの北国銀行が展開されている他の国やその国の地域では、多くの顧客がその既存のローカル銀行から北国銀行の方へと流れていってしまった等という多くの問題も発生しているらしく、既にその勢いは凄まじく留まるところを知らず、それがきっかけに既存のローカル銀行が閉店に追い込まれたりすることで、その国やその地域の金融にダメージを受けてしまい、それがその国の経済に打撃を与えてしまっている程なのだとか。

 

 

「なるほど、確かにそれは困ったものだな……」

 

そう言って煙緋は溜息をつく。

 

「あぁ、その通りだ。それに今、この璃月にもその波が迫りつつある。このまま放っておけば、大変な事態になる可能性がある。…最悪な事態を想定すれば、北国銀行を通じて璃月の有力な各商会にスネージナヤの大量の資本が入ってきて、それによって多くの有力な商会がスネージナヤの傘下に入ってしまったり、しいては『彼ら』に有力な商会達を乗っ取られてしまうなんて事もあり得るかもしれない。そうなってしまえば、この璃月はスネージナヤに経済的に支配され、実質スネージナヤの属国と化してしまう可能性だってある…。そんな事は絶対に避けなければいけない」

 

瞬詠はそう言うと、とある方向に顔を見上げる。その方向とは、玉京台、玉京台の上空で璃月全体を見下ろすように鎮座している『群玉閣』の方向であった。

 

「…今も尚、『凝光』さんは、この大きな問題に対処するために、金融法関連や銀行法関連の法律の改定作業を急ピッチで進めているんだ…。こんな時間になってもな…。まぁ、だからこそ、この問題に対して早急に対応策を取る必要がある。だから、その対策の為に、どうか力を貸してやってほしい。……煙緋」

 

瞬詠は真剣な表情を浮かべながら、煙緋の目を見る。

 

「……あぁ、勿論だとも。私は法律家だ。それにこれは璃月の法律、銀行法や金融法等に関わる問題だけでなく、それどころかもしかすれば、璃月の未来を左右しかねない問題だ。……うむ、分かった。是非とも喜んで、私に出来る限りの事をさせてもらうよ」

(ふむ、それに“天権”『凝光』殿も既に動いているのだ。ならば一流の法律家である私も動かねどあるまい…。ふふっ、面白くなってきたではないか。もしかすれば、凝光殿と直接共闘するなんて事も、ありえるかもしれないしな)

 

煙緋はそう言って、力強く瞬詠の瞳を見た。

 

「えっと…」

 

そして瞬詠と煙緋の話を聞いていた忍は、話の規模の大きさに戸惑い、困惑していた。

 

「…ふふっ、そう言えば瞬詠」

 

「ん?どうした、夜蘭?」

 

「そう言えば稲妻にいた頃の君って、どんな感じだったのかしら?」

 

「えっ、どんな感じだって?」

 

「えぇ、そうよ。君が私達の所に来る前の稲妻での事について知りたいわ。例えば、忍と瞬詠との出会いの話とか」

 

困惑していた忍をチラッと見ていた夜蘭はどこかわざとらしく、瞬詠に質問をした。

 

「あー、そういう事か。そう言えば、まだ稲妻にいた頃の自分はどんな感じだったのかについてを、夜蘭や煙緋に話をしていなかったな…。よし、分かった。ちょっと、昔話でもしよう。それに折角だし、忍と自分の出会いの時だけでなく、自分が初めて稲妻を訪れた時の事から、今の稲妻の知り合いや友人達との出会いや交流、そうしてその友人達が自分に見せてくれた彼らの軌跡とか、彼らとの思い出話についてを…。例えば___」

 

瞬詠は納得すると、何かを思い出すかのように視線を上に向けた。

 

「___忍の話を加えて、さっき忍が言っていた三人、また煙緋が言っていた八重さんに関する事に関して、具体的に言えば、“本来ならば厳格で自分を律する筈の花火職人である筈なのに、自由奔放、面白い事や楽しい事好き、また子供好きな彼女、そして散々自分を色んな事に巻き込んできた彼女。だがもしも子供達の身に何かが起きれば、身体を張って守る事が出来る強い心を持った彼女、夏祭りの女王と呼ばれている『宵宮』の話”」

 

そう言うと、瞬詠は視線を夜蘭に移す。

 

「“白鷺の姫君と呼ばれている社奉行神里家の令嬢であり、非の打ち所がない文武両道で、容姿端麗な武家の令嬢である彼女。また自分の武装船隊の話や船旅で何を見てきたのか、どんなことがあったのかを興味を持っていたご令嬢。だがその華やかな見た目とは裏腹に、その心は深い孤独による哀しさと兄に対する複雑な感情によって支配され、最終的には自分の協力も相まって勇気を出して一歩踏み出し、そうして心許せる友人達を作り、そして家を守るために奔走している兄を支えるため、兄に認められるために剣術や太刀術を極め、そして兄に自分を認めさせるために剣の対決を行う決意を行い、兄に挑んだ、強く、美しく、そして優しかった彼女、『神里綾華』の話”」

 

「…ほぉ」

 

その話を聞いていた煙緋は興味深そうに声を漏らす。

 

「そして、“自分にも厳しく、他人にも厳しく、誰よりも将軍様を敬愛している幕府軍の大将である彼女。本当に愚直で、どこまでも不器用な生き方をしていて、とても苦労人な彼女であるが、実は優しいところもあり、人知れぬ所で、他人思いや優しさを見せる彼女。そして天狗の血が流れているが故に、『空を飛ぶという事がどういうことなのか』を深く理解している彼女。そうして、自分が彼女の要望している不卜廬の薬草や薬等に関するものを彼女にあげていたという事で、そのお礼としてこんな自分に『空を飛ぶという事』に関してを教えてくれたり、戦いに関する事やそれに関するあらゆる技術等について教えてくれたりしてくれた、彼女。また愚直で不器用な彼女が心許せる友人達を作れるように、自分なりに手助けをしていたり、時には彼女自身に助言をしたりもしていた、そんな彼女、『九条裟羅』の話”」

 

「…ふんっ」

 

そしてそれを聞いていた忍は、自身の友人の話が出たことに少し照れ臭そうにしながら、鼻息を出した。

 

「最後に“毎回全く気配を感じさせずに、背後から急に話しかけて驚かせたりする彼女。たまに神里家の当主である役人の彼の事を聞かれたり、彼に何を話したのかを聞いてくる不思議でちょっと恐ろしさのある彼女。だが、実はただの面白い事好きの彼女で、実は娯楽小説出版社“八重堂”の編集長でもあった彼女。そうして、”お主に付いていくと中々愉快な事が待っていて、退屈することはなさそうだの~”、とか言って自分の行く先々に現れていた、彼女。また、”童よ、妾の散歩に付き合え”、とか言って、散歩に付き合わされたり、なんかよく分からずに稲妻の『神櫻』や『雷櫻』巡りに付き合わされたり、その神櫻や雷櫻の前で、わざと自分に聞かせるかのように、物凄く意味ありげな独り言を言ったりしていた彼女。そうしてずっと本当に彼女は人間なのかを疑問に思っていたが、先日の甘雨の話から、ようやくあの人の正体を知ることが出来た彼女、鳴神大社の宮司様である仙狐の『八重神子』の話”」

 

「…ほぉ」

 

「…へぇ」

 

「…ふん」

 

瞬詠の話を聞き終えた忍達は、それぞれ違った表情を浮かべていた。

 

「へぇ……。なるほどね。どれも色々と興味深いわね。瞬詠」

 

「だろう?…夜蘭、どの人物の話を聞いてみたい?」

 

「そうね…」

 

そう言うと夜蘭は、じっくりと目を瞑って考え始める。

 

「…そうね、ならば、なら___の話をお願いしようかしら?」

 

夜蘭はそう言うと、ゆっくりと目を開いた。




本来なら、ここから夜蘭視点のファデュイ関連等の話を展開するはずだった…。

さてアンケートに関しての補足説明ですが、その他に関しては以下の通りです。

・その他
→本アンケートの結果を無効とし、アンケートの実施を延期する。


一応、今回アンケートが取っているのは話の展開上、アンケートを取るタイミングとしては悪くなさそうなのでアンケートを取っているだけです。実際にこれが反映されて、【番外編・第2幕】の稲妻編が始まるのは、本編の【第三幕―騒乱のモンド城と暗躍する“大罪人”の影(予定)―】の後の為、かなり時間(下手すれば、少なくとも半年後…)がかかると思われます…。

下記の5人のキャラは、一応ある程度ではありますが、基本的な大まかなストーリーは完成していて、現時点でも書こうと思えば何とか書ける程度には書けるキャラとなります。

ただ、もう少し時間が経てば、他のキャラも基本的な大まかなストーリーも完成する可能性もあるため、それを考慮して“その他”という選択肢も作っています。(その他のタイミングとしては本番外編が終了後と、第三幕の終盤辺りのどちらかを予定しており、本番外編が終了後ならばそのキャラに加えて2キャラ程度、第三幕の終盤辺りならばそのキャラに加えて更に2キャラの計4キャラ程度追加できそうな見込みではあります)

上記の事情のため、アンケート結果に関しましては、特殊な運用をしようと思います。6択の内、その他が三位以上であれば、本アンケートの結果を無効化しようと思います。(ただ無効化されたとしても、アンケート結果の第1位のキャラと第2位のキャラに関しては、有力候補としてそのキャラの深堀りやそのキャラの持つストーリーの完成度を引き上げる対象にしようと思います。)

尚、アンケートの実施期間は次回の投稿までとします。

以上、よろしくお願いします。



―――――
追記1
・前書きと後書きの誤字を修正しました。

追記2
・『黄金の翼』の噂話の一部を追加修正しました。

追記3
・『笹百合』の部分に関する文章の追加・修正を行いました。


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天権からの“依頼”と“陰謀”、そして“最悪な未来”

二ヶ月ぶりに投稿。

お久しぶりです。ようやく資格関連から解放されて、自由になった作者です。(試験の結果?…試験はAとBの二種類あって、Aの方は合格、Bの方は不合格でしたよ?…また、再受験して取りに行きますよぉ…)

閑話休題。今回もいつも通り、オリジナル設定や要素、また考察ネタが発揮しております。

尚、実は今回の話はかなり長くなってしまい、製作途中で2万字を超えてしまったため、2話に分割しています。そのため、今回は本来の7話目の前半という事になりますので、よろしくお願いします。

また前回と今回の分の解説に関してですが、今回の話分の解説は前回の分と今回の半分ほどを行い、残りのもう半分は次回に次回の分と合わせて行います。

それと【法律家の師弟達と遭逢する月海亭の二人組】において、“七星八門”について解説したのですが、その中の“和記庁”に関して新たな情報を発見(甘雨のボイスにて、“和記庁”ではないですがそれに関連する組織である“和記交通”に関してのボイスがあった事。また、スメールのオルモス港にて“和記庁”は海上輸送に関する割り当てを担っている。またスメールの他国との貿易はオルモス港でしか出来ないという情報を確認したため、状況的に確実に言える事として“和記庁”は外国と貿易に伴う輸送関連、つまり『“和記庁”は璃月と他国間との運輸関連の役割を担っている可能性が高い』と判断)しました。また、“和記庁”と“和記交通”の関係を推察してみると、おそらくこれは省庁とその省庁の部署(交通部)か課(交通課)みたいな関係になるのではないかと考えました。そうなると“和記庁”の中に“和記交通”という部や課という関係になるわけですから、和記庁は他の役割を担っている可能性も高いと思われます。(例えば和記庁の本業は“貿易”で、それの関係上“他国間運輸関係”も携わっているみたいな)
そのため後日になりますが、一度“和記庁”関連の情報をもう一度調査、精査を行い、それが終わり次第、その【法律家の師弟達と遭逢する月海亭の二人組】の後書きに置いてある“七星八門一覧”の情報を更新・修正を行い、本編でのそれに関する記述部分も修正していきたいと思います。

そして、アンケートの結果もありがとうございます。アンケートの結果は、1位が『八重神子』、2位が同率で『九条裟羅』・『神里綾華』3位は『宵宮』、以降は『久岐忍』、そして『その他※本アンケートの結果を無効化』でした。
そのため次の番外編、稲妻編では『八重神子』視点でこの前の【琉璃亭と”依頼人”】での話やそれ以前の話で上がっていた瞬詠との話や、稲妻に来国、逆に璃月を訪れた際の甘雨との絡みや、そして他の稲妻キャラの絡み、またどの程度かはまだ未定ですが過去の稲妻(“雷電眞”や“狐斎宮”達等が居た頃の時代や漆黒の軍隊(カーンルイア)による稲妻侵攻関連、そして“雷電影”と“国崩”関連)に関しても触れていければと思います。


「___なるほど、78条と79条の違いはその点だったのですね。ようやく理解出来ました」

 

「うむ、そう言う事だ。忍さんは本当に理解が早いな。…では、次に移るとしようか」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

とある日の璃月港。またとある日の煙緋法律事務所。そこではいつものように煙緋が自分の弟子である忍に法律についてを教えている最中であった。

 

煙緋が忍に法律について質問をし、忍がそれに答えるといった形式を取って、その解答に対して合っていれば煙緋が褒め、間違っている場合はどこがどう間違えているのかを指摘しながら正しい答えを教える、と言った感じに教えていくといった形を取っているのである。

 

だがしかし、ここ最近は…。

 

「…」

 

「…あの、煙緋先輩?どうかしましたか?」

 

忍がふと横を見ると、そこには煙緋が真剣な顔をしながら、何かを考えているかのような様子を見せていたのである。

 

「あぁ、すまない。少し考え事をしてしまった」

 

煙緋は忍に謝罪する。

 

「…先日の瞬詠が煙緋先輩に予告した『とある依頼』、璃月の経済や金融業界を左右しかねない『大きな依頼』についての件ですか?」

 

「…あぁ、そうだ」

 

忍は、先日瞬詠が煙緋に話していたことを口に出すと、煙緋はそれに同意するかのように頷いた。

 

「例の『“北国銀行・璃月港支店”開業計画』という案件。…あれが一週間以内には私の元にやってくるだろうという話だったからな。どうにもその件の方が気になって仕方がないのだ」

(それに元々その件、ここ最近様々な法律に関する相談を受けた客達が、よく世間話として話題に出していたので気になってはいたが…なぜ、瞬詠はあそこまで警戒しているのだろうか)

 

煙緋はあの時見せていた瞬詠。普段のどこか適当で自由気まま、真面目とは程遠い雰囲気とは違い、あの時の瞬詠は一切の緩い雰囲気が消え失せた真面目な雰囲気とも言えばいいのか、真剣そのものの雰囲気を纏っていると言えばいいのか、とにかくただならぬ覚悟でも決めているかのような雰囲気が漂っていたのであったのだ。

 

「…」

 

煙緋にとって、その時の瞬詠は初めて見る光景でもあった。だからそれも相まって余計に気になっているのかもしれない。

 

「……まぁ、考えても仕方がないな。さて次は___」

 

煙緋が忍に次はどの法律の条項や条文に質問を投げ掛けようかと考えた。

 

そして、その時であった。

 

「こんにちは、煙緋さん。お邪魔します」

 

煙緋法律事務所の扉が開かれ、一人の女性が事務所の中に入ってきたのである。

 

「___ん?あ、甘雨先輩!」

 

「あ、甘雨さん」

 

煙緋と忍はすぐさま開かれた扉の方に視線を向ける。そして視線の先には月海亭、そして璃月七星全体の秘書を担っている甘雨の姿であった。

 

「甘雨先輩、今日はどうなされましたか?___あ」

(それは、もしかして…)

 

そして煙緋は法律事務所に入った甘雨を、甘雨が抱えているある物、分厚めの資料、正確には厳重な封まで施されている資料を見て、すぐに察した。その資料は、まさしく今自分が気にかけていた案件に関わる書類であることに間違いはないからだ。

 

「甘雨先輩、その手にあるのってまさか……」

 

「はい、煙緋さん。こちらは『月海亭』、そして『群玉閣』から煙緋さん宛への依頼に関する資料です。それで本日はこちらまで伺わせていただきました」

 

そう言うと、甘雨は抱えていた資料の束を煙緋に見せる。その資料、資料の先頭には『最重要・極秘機密文書』に『指定者以外の閲覧厳禁』、またその文字の後には『“天権”・特例認可済』、そして『閲覧指定者-“煙緋”、並びに“閲覧指定者の煙緋が閲覧の許可をした者達”のみ-』と書かれていた。

 

「…こ、これは」

 

「これは、随分と大掛かりですね」

 

「えぇ、ですがそれだけ重要な内容、“凝光”さんから煙緋さんへの『依頼』となります」

 

忍は甘雨が見せてきた書類をまじまじと見つめる。煙緋もまた同様だ。そして甘雨も真剣な表情を浮かべながら2人に話す。

 

「…ふむ、分かりました。甘雨先輩、まずはこちらの席に腰をかけてください。忍、すまないが席にある本等を全部片づけてくれないか?」

 

「は、はい!分かりました!」

 

煙緋は甘雨を自分の前の椅子に座るように促すと、忍は慌てて本や紙等の散らかっている机の上を急いで整理し始める。

 

「ふぅ、これで大丈夫でしょうか?」

 

「うむ、ありがとう、忍さん。では甘雨先輩、その資料をそちらに」

 

「はい、煙緋さん」

 

忍がせっせと整理したおかげで、なんとか3人が同時に見れるぐらいに綺麗になった机の上に、甘雨は手にしていたその重要機密事項が書かれた書類の山を置いた。

 

「……よし、準備完了だ。では早速拝読させていただくとしよう。因みに、甘雨先輩はこの資料の中身や依頼内容についてを何かご存知だったりしますか?もし何か知っているようでしたら、その内容を教えて欲しいのですが……」

 

「いえ、残念ながら私はこの資料の中身や依頼内容については一切知りません。この資料の中身や依頼内容を把握しているのは依頼人である“凝光”さん。…そして“瞬詠”さんのただ二人のみとなっています」

 

「凝光殿、それに瞬詠だと」

 

「凝光、それにまさか、瞬詠もか」

 

“凝光”、そして“瞬詠”と、意外な名前が飛び出てきたことに煙緋と忍は驚きを見せる。

 

「はい、そうです。すみません、本来でしたら瞬詠さんも私と同行し、そして瞬詠さんの方からこの案件、凝光さんからの依頼を直接お伝えする筈だったのですが……」

 

甘雨はどこか不安そうな顔をしながら話を続ける。

 

「瞬詠に何かあったのですか?」

 

煙緋は甘雨に尋ねると、甘雨は申し訳なさそうに顔を俯かせた。

 

「えっと実は…その瞬詠さんに緊急の用件が出来てしまったらしくて、瞬詠さんが同行する事が出来なくなり、私が一人で煙緋さんの法律事務所を訪れる事になってしまったのです」

 

「なっ、そうだったのですか?」

 

「はい、瞬詠さんが私に『すまない、甘雨。“不測の事態”、まだ何が起きたのか、何が起きようとしているのかは不明だが、もしかしたら“緊急事態”が発生してしまったかもしれない。“自分”、いや“俺”は甘雨、お前さんと同行することが出来なくなってしまった。本当にすまない』と…」

 

「“不測の事態”、それに“緊急事態”ですか?」

(一体、何があったんだ?)

 

煙緋は首を傾げる。

 

「はい、そうです。そして今の月海亭、また七星八門の四分の一から三分の一程度の職員や機能等、それに総務司にいる一部の千岩軍の兵士達も、瞬詠さんの判断で凝光さんから瞬詠さんに与えられた特別な“権限”を発動させた影響で、一時的に瞬詠さんの元にそれらが集約され、そうして瞬詠さんの指揮下で動いているのです」

 

「な、なんだって!?」

 

「なに!?」

 

甘雨の言葉を聞いた途端、煙緋と忍は目を見開いて驚く。

 

「…そうだったのですか。因みに甘雨先輩。もしかして、甘雨先輩も…?」

 

「は、はい。私も一時的に瞬詠さんの指揮下に入っております。期間は、『現在発生してしまっている“事案”の対応の終了』、もしくは『事案と関係のある“璃月七星の当該人物”に、その事案が引継がれるまで』…と」

 

甘雨は煙緋の問いに答える。その言葉を聞いて、煙緋は甘雨が一人でここに来た理由を完全に理解した。

 

「なるほど、そういうことだったのですね。だから甘雨先輩はこうしてここに一人で来たわけですか…」

(いったい、今の璃月港、いや今の璃月に一体何が起きているというのだ?)

 

煙緋は心の中で疑問を抱き、そして僅かに額に汗を滲ませる。

 

「…あの、甘雨さん。あいつ、瞬詠は、その、何をしようとしているのですか?それに瞬詠は、何か、何かを言っていましたか?それにこの璃月に何が起きているのですか?」

 

煙緋の隣にいた忍が恐る恐る甘雨に質問をする。すると甘雨は一瞬だけ目を閉じてから答えた。

 

「はい、忍さん。…その、私には瞬詠さんが何をしようとしているのか、また今の璃月に何が起きているのかは分かりません。ただ___」

 

甘雨は一度そこで言葉を区切ると、すぐにまた話し出す。

 

「___ただ、瞬詠さんが凝光さんから与えられた特別な権限で私や私達を指揮下に入れる前、私が予定通り瞬詠さんと煙緋さんの法律事務所を訪れる為、月海亭の瞬詠さん専用のスペースに向かっていたのですが…。その時、その瞬詠さんの専用の作業スペースに、大慌てで瞬詠さんに話しかけてきたいた大勢の人達がいたんです」

 

「瞬詠に話しかけてきた大勢の人達…?」

 

「はい、その大勢の人達はいずれも外交関係を担当していた者達だったのですが、その者達の話を聞いていた瞬詠さんは直ぐに顔色を変え、そしてその外交関係の人達に何かしらの命令を出して、その者達を走らさせていました」

 

「外交関係の者達に命令を?」

 

「はい…ちょっとあんな瞬詠さんを見た事がなかったのでびっくりしてしまい、瞬詠さんが何を命令したのかを聞き取ることは出来ませんでした…。ただ___」

 

甘雨は一度顔を伏せる。そして直ぐに顔を上げて煙緋達の顔に視線を向ける。

 

「___ただ、命令を出した後の瞬詠さんは『なんでこのタイミングで、璃月港に“スネージナヤ”からの“お偉い様方達”が団体様でやってくるんだよ__』、『__恐らく“北国銀行・璃月港支店”開業計画関連の会談だと思うが…。全く、“序列”を無視したとしてもそんな人数でやってこられたら、まるでスネージナヤが“砲艦外交”を仕掛けてきたみたいな感じになるじゃねぇかよ__』と、瞬詠さんは小声で呟いていたのを覚えています」

 

「やはり“スネージナヤ”の“北国銀行・璃月港支店”開業計画関連…」

 

「それに“お偉い様方達”、そして“序列”や“砲艦外交”…」

 

煙緋や忍は甘雨の話を聞いて、それぞれ反応を示す。

 

「はい、また『__お偉い様方達の人数から考えるに…。はぁ、単純計算で璃月方面に“彼ら”の三割近くの人員を動員させている事になるな。…スネージナヤ、“彼ら”の何かしらの強い意志がありそうなくらいは分かるが、目的がはっきりしないと何とも言えないな』」

 

「…」

 

「…ふむ」

 

忍は甘雨の話を聞きながら、何かを考えるかのように視線を上にやり、また煙緋も煙緋で腕を組みながら甘雨の話を聞きながら考える。

 

「『__あぁ、凝光さんや刻晴とかに判断を仰ぐ時間や、確認を取る時間も無い。それに彼らが“自分”を、“俺”を指名してきてるし、北国銀行の総取締役である“あの人”までもが璃月港まで直接やって来て、俺の事を待っているし…。まぁ、一応は北国銀行開業計画に携わっちゃってるし自分の立場や役職、それに持たされている権限からして、彼らから見たら実質俺が、今の“北国銀行・璃月港支店開業計画”の…、璃月側の“総責任者”みたいなものになっちゃってるところもあるしなぁ…__』とも言っていたのも覚えております。そうして私に気付いた瞬詠さんが、先ほどのように私に“不測の事態”、“緊急事態”と説明し、そして__」

 

甘雨はそこまで言うと一旦話を止め、小さく息を吐く。それから再び口を開いた。

 

「『___仕方ない、“真面目”にやるか。今こうしている間にも状況が刻一刻と変わってしまう可能性や危険性があるくらいなら、自分が“直接対応”を、“初動対応”をするのが最善、最適解になるか。…“嚆矢濫觴(こうしらんしょう)”、さてと“仕事の時間”だ。』と呟くと同時に、先ほどの大勢の外交関係者達がやって来た事やそのやり取りに対し、何が起きていたのかが分からず、少し狼狽していた月海亭の皆さんの方に顔を向けると同時に__」

 

甘雨は再びそこで言葉を止めると、また話し出す。

 

「『__聞けぇ!!一度しか言わん!!耳をかっぽじて、よぉく聞けぇ!!先ほど入った緊急報告により、今の璃月港は不測の事態に突入しつつあると判断した!!そのため、璃月七星“天権”凝光と交わした契約により、凝光から与えられた特別な権限である“緊急統率指揮権”を発動させる事を!!今この場で宣言する!!この事態を早急に対応、解決に導くために必要となる月海亭や七星八門の権限等を、一時的に自分の元に集約させ、俺の指揮下に置く!!』と、月海亭にいる職員達に向かって大声で叫びました。そしてその場にいた職員達に指示を出していき、速やかにこの件と関係のある七星八門や凝光さんがいる群玉閣へと伝令を走らせて情報共有を行わせつつ、そうして瞬詠さんにあらゆる権限が集約、掌握されていったのです」

 

「なっ……!?」

 

「あらゆる権限が瞬詠に…だと…?」

 

甘雨の言葉に忍や煙緋は驚きの反応を見せる。

 

「はい。その通りです。そうして指示を出し終えた瞬詠さんは、その場にいた何名かの職員達を引き連れて月海亭を出て行きました」

 

「な、成る程、そ、そうだったのか…」

 

「…」

 

煙緋と忍はその日の月海亭、また瞬詠の身に何が起ったのか、何を行ったのかを把握し、煙緋は自身の想像を絶するその状況に言葉を詰まらせ、忍は絶句したかのように目を見開いていた。

 

「…そうか。前に万民堂でヨォーヨを連れていた瞬詠が香菱に話していた“身分”や“立場”はこれの事か」

 

はっ、とした様子で呟くように言うと、煙緋は納得したような表情を浮かべる。

 

あの時に瞬詠が万民堂のコックである香菱との言い合いの時に出た“特別な権限”や“国家権力”、そして瞬詠が『半分”璃月七星”みたいな存在になってしまっている』、といったような言葉を思い出していたのだ。

 

「…成程、あの時から既にこのような事が出来るほどの地位や立場に就いていた訳か…」

 

煙緋はかつて瞬詠が語っていた自分に持たされている絶大すぎる強大な影響力を持つ“特別な権限”、そして彼が話していた『半分”璃月七星”みたいな存在になってしまっている』という言葉の意味を理解し、そして納得した。

 

「…うむ」

 

「…」

 

「…」

 

そして煙緋は頷く。改めて、今の璃月の状況、瞬詠がその“特別な権限”を発動させ、その七星八門や月海亭の指揮を執り始めたという事実の重大さを理解させられた気分になっていた。それは甘雨、また忍も同じようであった。3人は押し黙る。

 

「…まぁ、私の知りうる限りの事はここまでになります…。あ、それと実は瞬詠さんが煙緋さんへの手紙としてメモを私に預けていました。こちらです」

 

甘雨は思い出したかのような素振りを見せて懐から手紙を取り出す。それは一枚の紙切れであり、大急ぎで書いたせいか文字が乱れているものの、それでも丁寧に書き記された文章であると見て取れた。

 

「これを、煙緋さんがこの“北国銀行・璃月港支店開業計画”に関する依頼の資料の中身を確認をする時に、それと同時にこの手紙のメモを一緒に渡して欲しいと頼まれまして。はい、どうぞ」

 

「なるほど、ありがとうございます、甘雨先輩。確かに瞬詠のメモを、彼から受け取りました」

 

煙緋は甘雨からそのメモを受け取る。そして手紙の方に視線を向ける。手紙の先頭には“煙緋へ”と書かれていた。

 

「ふむ…」

 

煙緋は手紙のの文章を追っていく。瞬詠からの簡単な謝罪、甘雨に持たせた資料の保管等の注意事項、本題の煙緋への依頼内容、そして___

 

「…なに?」

 

瞬詠からの手紙を最後まで読み終えた煙緋は、思わず声を上げる。そこに記されていたのは衝撃的な内容だったからだ。煙緋は驚きながら、再び軽くその文面に目を通す。だが何度読んでもその内容は変わらなかった。煙緋は信じられないといった様子で、机の上に置かれた甘雨が持ってきた煙緋への依頼の資料である重要機密事項が書かれた書類の山に目を移す。その瞬間、煙緋の頭の中で全てが繋がった気がした。

 

「…成程、私宛の“依頼”はそういう事か…。それにこの前の夜蘭さん達との琉璃亭で夕食していた時に、瞬詠が私に予告してきたが、つまりは『“そう言う事”、そういう“危険性”や“陰謀”を“スネージナヤ”、スネージナヤが擁する“ファデュイ”という組織が企てていて、それらを璃月に仕掛けてくるという“最悪な可能性”を考慮していたから』なのか」

(どうりであの時の瞬詠は、まるで覚悟を決めたかのような険しい顔つきをしていた訳だ…。それに“最悪な結末”、そして“最悪な未来”…か)

 

煙緋は驚きと困惑、混乱が入り混じった複雑な感情を抱きながらも、何とか冷静さを保ちつつ心の中で呟く。そして、改めて自身の目の前にある書類の山と、この璃月港で現在進行形で起こっている出来事について考えていく。

 

「え、“スネージナヤ”?それに“危険性”ですか?」

 

「“ファデュイ”?“陰謀”?どういうことですか、煙緋先輩」

 

甘雨と忍の2人は煙緋の言葉に首を傾げる。

 

「あ、すみません。甘雨先輩、それに忍さんも、それは資料の中身を確認しながら説明しますよ。…甘雨先輩、もう資料の中身を確認していいですよね?」

 

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 

煙緋は甘雨からの許可を取ると、その手に持っていた手紙を机の上に置く。そして机の上に置かれていた重要機密事項が書かれた書類の山を手に取り、それを甘雨と忍に見せる形でその中身を確認し、甘雨や忍も見やすいように煙緋の隣に立つ。

 

「…これは、“現在の金融法や銀行法に関する資料”、そして凝光さんが現在改定中の“金融や銀行法に関する予定法案に関する大量の資料”ですね…うわ、こんなに」

 

「…こっちは、“北国銀行”の融資の審査の可否の決定に関する資料、また現在の融資の実行可能額や返済額の試算表関連…。それと璃月の金融機関、例えばこれは“かつての明華銭荘”を始めとする一般的な“銭荘”方式等の金融機関の融資の審査の可否の決定に関する資料、またこれも現在の融資の実行可能額や返済額の試算表関連ですね…。こんなに、事細かく。確かに機密事項扱いになりますね」

 

甘雨と忍は煙緋と共に、それぞれの重要機密事項が書かれた書類にざっと目を通しながら呟くように言う。それはあまりにも膨大な量の情報量であった。

 

「あぁ、そうだ。だが今一番重要なのはこれらではない。忍さんの側にある、“その資料”だ」

 

煙緋は真剣な表情を浮かべながら、煙緋が見つめていた“その資料”、“北国銀行動向予測一覧”と書かれた、これもまた分厚い資料を指さす。

 

「取り扱い厳重注意…?」

 

「第三者閲覧厳禁だって?」

 

そして甘雨や忍も煙緋の指先にあったその資料に視線を向け、また思わずその資料に書かれている文字を読み上げる。他の資料とは違いその資料にだけ、そのような注意書きが目立つように大きく書かれていたからだ。

 

「あぁ、その通りだ。それもそのはず、それは瞬詠が独自に調査を行っていた、開業した北国銀行が今後どのように推移していくかの予想や考察をまとめたもの、そして長い時間を掛けて情報収集を行い、それらの情報を取り纏めた瞬詠が導き出した最悪な可能性である、その北国銀行を活用した“璃月属国化工作計画”、並びに“璃月資本侵略計画”という計画の存在。それらの情報が記載された資料だからだ。こんなもの、下手すれば璃月とスネージナヤとの大きな国際問題、最悪両国の国交が断絶しかねない代物だよ」

 

「そんなものが、この中に!?」

 

「なんだって!?そんな物が!?」

 

難しそうな表情を浮かべながら煙緋が言い放った言葉に、甘雨と忍は驚愕の声を上げる。

 

「勿論、これは独断で動いていた瞬詠や、瞬詠の指示の元で密かに調査してきた者達が独自で調べあげてきたものであり、その内容が事実無根の可能性もある。決定的な証拠はまだ何一つも見つけられていないとの事だからな。…だが、それでもこの内容がもし本当だった場合、そのような計画が実際に現実に存在していた場合には、この璃月に大きな波乱が巻き起こる可能性があるだろう…うむ、よいしょっと」

 

煙緋はそう言うと席に座る。

 

「忍さん、そこにある北国銀行の融資に関する資料と北国銀行の資本金に関する資料を。それと計算やメモを取る為の筆と紙も。甘雨先輩、そちらにある現行の金融・銀行法の資料の一覧表と改定予定の金融・銀行法の資料の一覧表を上下で対比できるよう、こちらに」

 

「分かりました、煙緋先輩。はい、どうぞ」

 

「はい、煙緋さん。どうぞ、こちらですね」

 

そしてすぐに、忍と甘雨に指示を出して所定の位置にそれらの資料を置かせた。

 

「えっと…この記載のあるこのページだな。そして瞬詠からの手紙によれば…」

 

煙緋はそう呟きながら、”北国銀行動向予測一覧”の資料の所定のページを開き、また瞬詠からの手紙を再び手に取り、そこに記載されていた内容と手元にあるそれらの資料の内容を照らし合わせていく。

 

「ふむ、ここの額と額、それにこの額だろ。後は現行の銀行法の第12条第2項、金融法第17条1号のこの部分が、仮にその通りに解釈されてしまった場合…」

 

「…」

 

「…」

 

煙緋は慣れた手つきで次々と資料を捲り、確認しながら思案するかのようにぶつぶつと言いながら考え込み始める。そして隣に立つ甘雨と忍は固唾を飲んでその様子を見守る。

 

それは煙緋がどのような結論を導いてしまうのかという不安、そして自分達の目の前でそれ以上に自分達には理解できないような高度な知識を用いて、北国銀行、そしてファデュイの企みを見破り、暴こうとする、普段は決して見せないであろう、完全に本気になった“璃月港で有名な法律家”の姿であり、“璃月一流の法律家”の姿でもある“煙緋”の姿が、そこにあったからである。

 

「…よし、繋がった」

 

そして煙緋は何かを確信したのか、ようやくやり遂げられたぞ、とでも言うように、満足げな表情を浮かべて呟いた。

 

「…煙緋さん、一体どんな事が分かったのですか?」

 

「…煙緋先輩、どういう事が分かったのでしょうか?」

 

煙緋の言葉を聞いた甘雨と忍が恐る恐る尋ねると、煙緋は席を立ち、二人に説明を始める。

 

「あぁ、説明しよう。まずは、瞬詠からの手紙の内容にあった“この部分”に注目してほしい」

 

「えっと…」

 

「どれどれ…」

 

煙緋は瞬詠の手紙の文章のとある部分を指し示して言うと、甘雨や忍もその手紙を覗きこむようにして、その部分に視線を向ける。

 

「この文章の、『__ファデュイの“璃月属国化工作計画”、並びに“璃月資本侵略計画”を完遂する為には、最終的に璃月の“実権を完全に掌握”しなければならない。つまり、ファデュイの最終目標、それは現在の璃月の統治者とも言える岩王帝君に次ぐ、“璃月を統轄する七人の尊貫なる者達”、つまりは“璃月七星の完全なる掌握、もしくは彼らを自分達の思い通りに動かせる駒にする事”』。つまりは、ファデュイは“璃月七星”を手中に収めようとしているという事だ」

 

「なっ!?」

 

「っ!?」

 

煙緋は真剣な表情を浮かべてその部分を指さす。そして甘雨や忍も驚きに目を大きく見開く。

 

「まぁ、驚くのも無理はない。私だってこれを読んで、そんな馬鹿な事があるのかと思ったよ。…だが、これは紛れもない事実なんだ」

 

「そ、そんな…い、いえ、そんなのは嘘、嘘ですよね?…ねえ、煙緋さん…?」

 

煙緋は深刻な表情を浮かべて静かに告げると、甘雨は動揺した様子で尋ね返す。

 

「甘雨先輩。残念だが、これは事実だ。先輩、璃月七星がどういう存在なのかを、よく考えてみてくれ。彼らは岩王帝君が毎年出した方針に従い、実際にその方針に従って璃月を統治する七人の有力者達。それ故に彼らによって璃月は治められているといっても過言ではない。だが、___」

 

煙緋はそこまで言い切ると、目を閉じる。そして数秒程黙った後、再び口を開く。

 

「___しかしだ。その璃月七星の“とある点”、そして“とある制度”。この二つを上手いこと同時に、ファデュイに利用されてしまえば“璃月七星”が彼らに乗っ取られてしまう可能性が格段と上がってしまうんだ」

 

「えっ!?そ、それは!!それらは!!一体何なんですか!?」

 

「…っ!?煙緋先輩!!その“とある点”、そして“とある制度”って、何なんですか!?」

 

甘雨は慌てたように煙緋に尋ね、そして遂に耐えきれなかった忍も声を荒げる。

 

「ふむ、それはだな…。璃月七星、“いずれの七星のメンバーも、有力な大商人であったり商人貴族、またはビジネスのリーダーという、いずれも商業や貿易に関するその業界や実業界を牽引するほどの力を持つ人物であったり、強大な影響力を持った有力者や実力者ばかり”という点。そして璃月七星が、七星メンバーの引退等でメンバーの入れ替わり等を行う時に行われる“七星選考”という制度だ」

 

「“業界や実業界にて強大な影響力を持った有力者や実力者ばかり”という点ですか…?」

 

「“七星選考”という制度…ですか?」

 

煙緋の説明に甘雨と忍は首を傾げながら尋ねる。

 

「ああ、そうだ。群玉閣からの、天権“凝光”殿からの依頼内容も兼ねて、順を追って説明するとな__」

 

「__ぇっ!?」

 

「__っぅ!?」

 

煙緋は順を追って説明していく。そして説明を受ける甘雨と忍の顔色がどんどん青ざめて行き、驚愕に染まっていったのであった。




次回は本来の7話の分の後編です。後編の投稿予定日に関しては、現状8月の上旬の中間辺りから中旬の初めの辺りまでには投稿する予定です。

尚、“七星選考”に関してはオリジナル設定に当たるもの(厳密には璃月七星のメンバーになるための規定やその資格者に関する規定などがあるはずだと思ったのですが、作者の力では有力そうな情報が見つからず、その部分はオリジナルとしています)です。これに関しては次回か次々回以降のどこかで解説を行おうと思います。

―――――
◎解説(前回の“笹百合”、今回の“明華銭荘”について)
・“笹百合”について
→“笹百合”に関してですが、現状が稲妻の番外編の主人公が『八重神子』と決まり、またどの程度稲妻の過去についてを掘り下げるのかが未定のためにネタバレ防止の保険として、取り合えず基本的な情報のみで纏めますと“笹百合”は、雷電将軍の盟友の一人であり、『影向天狗』の武者である男性と思われます。また彼は『大天狗』と呼ばれるほどの実力を持ち、その厚い忠義から『愛将』とも呼ばれていた男性のようです。
尚『影向天狗』とは何者なのかという事ですが、『影向天狗』とはその名の通り、『“影向山(稲妻の鳴神島にある山で、その山頂には鳴神大社がある山)”に住んでいた天狗達の総称の事』だと思われます。
まだ作者は稲妻の考察を行えるほどの詳しい情報を集めていないために断言することはできません(むしろ間違っている可能性もありえます)が、天狗である“笹百合”はこの山と関連がある、もしくはこの山の出身(天狗達が他の山や場所に住んでいるという情報が見つからなかったため)であり、天狗の血が流れている事から血縁関係上で、ある意味“笹百合”の孫とも言えるかもしれない“九条沙羅”もおそらく、その影向山の出身であると思われます。
一応、彼女のキャラクターストーリーの『人間と共に育ったとはいえ、裟羅は天狗の習性を持っている。たまに天領奉行所を離れるが、そのほとんどは山に行くためである。彼女は山に詳しく、人間の物語ではあまり語られることのない、多くの妖魔を見てきた。』という件の“山”はおそらく自身と関係のある影向山のはずであり、また彼女の神の目に関する文言、天領奉行、幕府軍に入る前の過去に関する文言である『彼女は元々、穏やかな山の森に住んでいた。いつの日か、悪霊が騒ぎ出し、かつての平和を失った。天狗の力をもってしても、幼かった彼女は魔物に対抗できなかった。そして、戦いで羽を傷付けられ、崖から落とされた。高所から落ちた彼女は、傷ついた翼を開くことができず、絶望しながら地面へと落下していった。「そんなはずはない!私の力があれば、この山を永遠に守れると思っていたのに…」翌朝、山の麓を通りかかった住民が、道端で倒れている少女を見つけた。その少女は、取り乱してはいたが、無傷のようであり、なぜそこに横たわっていたのかという謎が深まった。人々はあまりにも驚きながら、彼女を町に連れて帰り、天領奉行に報告した。』とある事から、この穏やかな山の森、また崖や山の麓というのは、影向山の事を指しているのではないのかと思いました。
尚、影向山には天狗以外に住んでいるかどうかは正直不明です。ですが肯定出来る材料や否定できる材料も無い事から、作者的にはもしかしたら天狗以外に住んでいた可能性もありえるのでは無いのかと思います。根拠としては正直弱いと思いますが、過去の期間限定イベント『秋津ノ夜森肝試し大会』にて妖怪(モブでしたが…)の一つ目小僧、河童、妖狐の子供達が登場していた事、また彼ら(確か妖狐辺りが言っていた筈…)は山に住んでいると言っていたため、もしかしたら、影向山には天狗達ほどではありませんが、他の種族の妖怪達や妖怪も住んでいる、もしくは住んでいた可能性が充分ありえるため、今の影向山は分かりませんが昔の影向山はもしかしたら、他種族の妖怪達が共存するという、言うなれば妖怪の山的な感じになっていた可能性を否定することは出来ないかと思われます。

・“明華銭荘”について
→“明華銭荘”に関してですが、これは“徳安公”(昼に冒険者協会の隣の建物の近くにいる老人)が所有していた彼の銭荘の事です。“明華銭荘”自体に関しては次回も取り扱うのでそれ自体の解説を行いません。
ただ余談になりますが、そもそも“銭荘”と言うのは、Wikipediaやコトバンク等から纏めると、『中国の旧式の商業金融機関、明代から清代にかけて行われた小規模な金融機関の事。19世紀の初め以来、銭票、銀票、会票などを発行し、銭、銀の預金、貸付、為替(かわせ)手形を扱っていたが、近代銀行制度の導入とともに衰亡』となっており、かつての中国の小規模な銀行みたいなものと見ても良い事から、“銭荘”は璃月のローカル銀行、ローカルの金融機関としております。
―――――

追記1
・“何を行ったのかを把握し”の部分と“自分に持たされている”の部分の修正を行いました。“円周率で猫好き”さん、誤字報告ありがとうございます。

追記2
・“そのような計画が実際に存在してしまった場合”という行の部分を、“そのような計画が実際に現実に存在していた場合”と修正しました。


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“未来を変える者達”と“北国銀行総取締役”

完成したので投稿。

今回は前回の続き(本来の7話目の後半部分)です。

今回もオリジナル設定や要素、また考察ネタが発揮しております。

尚、前回述べました“和記庁”に関する事ですが、再調査・精査を終えて新たな事実も判明した為、これらを鑑みて、【法律家の師弟達と遭逢する月海亭の二人組】の本編の“和記庁”に関する内容、並びに後書きにある“七星八門”リスト(解説集)の“和記庁”の文言を更新しましたので、よろしくお願いします。


「___という事だ。これが、瞬詠が予測、観測した“最悪な結末”、言うなれば“最悪な未来”という訳だ」

 

煙緋はそう言い切ると、ふっと息を吐いて、一呼吸置く。そしてゆっくりと瞼を開けると、鋭い眼差しで二人を見据える。

 

「あ、ぁっ…ぁぁ…そ、そんな、そんなぁ」

 

「っ…た、確かに、そ、それならば…それであれば、納得、納得ができます」

 

煙緋の言葉を聞いた二人は衝撃を受けたかのように、顔を真っ青にして、震えた声で呟く。

 

「うむ、本当にだ。…私だって、私だって受け入れたくはない。本来であれば、璃月の危機が訪れれば仙人達や岩王帝君が動いてくれるだろう。だが、これの場合は違う。本当にこれはよくできた計略や策略だよ。何故なら、___」

 

煙緋は真剣な表情で二人に言うと、苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべながら言葉を続ける。

 

「____これは人間と妖魔との戦いではなく、同じ人間と人間との戦い。しかもこれは決して血が流れる戦いという訳でもないから、仙人達や岩王帝君が動く可能性が高いとも言えない。むしろ、お互い双方が納得した上で契約を結んでしまうという点のせいで、彼らが動くのが低いのではないかとすら思える…。スネージナヤ、ファデュイの裏の意図を見抜けずに。…だからこそだ。なんとかしなければならない」

 

そうして苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべていた煙緋は一変して、決意に満ちた瞳を瞬詠からの手紙、最後の文章へと向ける。

 

「…うむ」

(“やろう”。私、いや私達の手で)

 

煙緋は心の中でそう決心すると、改めて甘雨と忍の方に向き直る。

 

「っ、ぅぅ、くぅっ」

 

「甘雨さん、大丈夫ですか。甘雨さん、甘雨さん」

 

甘雨は胸を押さえて苦しそうな表情を浮かべている。あまりにもショッキングな情報の連続に、身体に負荷がかかってしまったのであろう。甘雨は疲れ切ったかのように席に座り込み、甘雨の瞳から涙が溢れ出す。そんな彼女を見て、忍は心配して駆け寄り、彼女の背中を優しく撫でる。

 

「…甘雨先輩、それに忍さん。“瞬詠”の手紙の最後の文章の言葉だ。…『俺達の明日を、そして未来を。また璃月の明日、そうして璃月の未来を守ろう。これを読んでいる“煙緋”、それにこれを聞いている“忍”や“甘雨”__」

 

「っ!?…ぇっ、瞬詠…さん?」

 

「っ!?…瞬詠?」

 

涙を流していた甘雨は驚いたように顔を上げ、忍も驚いたかのように顔をあげる。そして、煙緋が手にしていた瞬詠の手紙に二人は視線を向ける。

 

「そして璃月の明日や未来を守らんとするために群玉閣で、今もなお試行錯誤してあらゆる可能性に関してを熟慮しながら、独りで“法律”と言うフィールドで戦い続けている“凝光”さんや、この案件と直接的な関わりがあるわけではないが、その凝光さんを手助けする為に北国銀行の“建設”という面から凝光をサポートし、そうして奔走し続ける“刻晴”、皆の手で。そして、そんなふざけた未来を、そんな未来を押し付けようとするファデュイの陰謀、それを自分達の手で打ち砕き、奴らに璃月の底力を見せつけてやろう』…だ、そうだ」

 

煙緋は手紙を最後まで読み上げると、ふぅっと息を吐き、甘雨と忍の方を見る。

 

「…甘雨先輩、やりましょう。未来を変えましょう。瞬詠の言う通り、私達の力で。スネージナヤ、ファデュイが描き上げようとしている、そんな未来を変えてやりましょう。私達の手でその最悪の未来を」

 

煙緋はそう言うと、席に座り込んでいた甘雨に右手を差し伸べる。

 

「……ええ、ええ!勿論です!!必ず、やりましょう!!やり遂げてみせましょう!!璃月の未来は璃月だけのものです。その未来を、私達の未来を!!スネージナヤ、ファデュイに奪われるのを、黙って見過ごすわけにもいきません!!」

 

甘雨は煙緋の手を取り、力強く立ち上がる。そして決意に満ちた表情で煙緋に言う。

 

「…煙緋先輩。私にも手伝わせてください。私は稲妻人であるために、これは他国の問題であるために関係は無いですが、しかし……私がお世話になった国、またもしかしたらその国の煙緋先輩や甘雨さん達に何かあった時、きっと後悔すると思うんです。それにもしかしたら、他にも何らかの危機に晒される可能性もあるかもしれない。なればこそ、放っておく訳にもいかない。煙緋先輩、もし私に何か出来ることがあれば、是非協力させてほしい。どうか、お願いします」

 

忍は煙緋を見つめながら立ち上がり、真剣な表情で言う。

 

「…あぁ、ああ!!ありがとう!!忍さん!!よろしく頼む!!」

 

「はい、任せて下さい」

 

「忍さん……こちらこそ、宜しく御願い致します」

 

煙緋は嬉しそうに笑いながら忍に言うと、忍は真摯に答える。そして甘雨はふわりとした笑みを浮かべながらも、しっかりとした口調で忍に言ったのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

「…特に異常は見当たらないな」

 

「…なぁ、何で俺達は駆り出されたんだ?」

 

「いや、詳しい話は知らないが、何でも今の璃月港に、外国からのお偉い様方達が大勢来ているらしいぞ。それで警備を強化する為に、人手が足りないとかなんとか。だから、こうして俺達までもが駆り出されて、見回りさせられてるんだろう」

 

「はぁ、なるほどなぁ。にしても、外国のお偉い様方達ね…。一体、何が起きたのやら?」

 

陽が真上から少し傾き始めた頃の璃月港、茶色い服に槍を手にした男達が並んで歩く。その男達は同僚達と話をしながらも、周囲の警戒は怠っていないのか、視線をあちこちに向けながら話していた。

 

「___甘雨先輩。やけに千岩軍の兵士達がいつもよりも多い気がしますが…。これも、やはり…?」

 

「はい、そうです。煙緋さん。瞬詠さんが発動した“緊急統率指揮権”の影響です。おそらく、この兵士達は瞬詠さんの指揮下に入った“総務司”の命令により、急遽璃月港内の警備や警戒の為に駆り出された者達かと…」

 

「この兵士達全員、あいつ、瞬詠の指示で動いているのか…」

 

瞬詠の“緊急統率指揮権”影響下にある璃月港の街を歩く煙緋は、ふと感じた違和感、何故か“千岩軍の兵士達がいつもよりも多い”違和感についてを甘雨に尋ねる。そして彼女は冷静な面持ちのまま、煙緋が感じた疑問に対して答えを出す。そしてそれを聞いていた忍は驚いたような表情で呟いた。

 

 

 

あの後、これからどうするかのを話し合った煙緋達は、煙緋曰く、『凝光殿からの依頼を完璧にこなすには、現在の璃月において業界のトップに立つ商会の情報。例えば私の“得意先”でもある“絹産業”や“紡績産業”の大手であり、また“織物業界”で霓裳花(げいしょうばな)等を活用した錦の織物で有名な“飛雲商会”の場合ならば、現時点の貸借対照表等の財務諸表に関する資料や、その飛雲商会内部の力関係や、またその飛雲商会が“絹産業”や“紡績産業”、“織物業界”でどういう影響力や、どういう相互作用的な繋がりを持っているかといった情報を把握したい』という事であり、飛雲商会等の有力な商会を訪問して訪ね回ろうとの事であり、そうしようと話は纏まったのだ。

 

だがしかし、何の準備もせずにいきなり直接各商会を訪問するのは不可能であったため、甘雨の、『まずは“王山庁”を訪ねてみては?王山庁であれば、璃月中の書籍や様々な情報資料関連の管理等を行っていますので、煙緋さんが欲するような情報が見つかると思います。それに私も同行すれば王山庁の方々が、すぐにでも煙緋さん達に協力してくれると思います』という言葉に従い、三人はまず七星八門の“王山庁”へ向かう事にしたのであった。

 

 

 

「…ふむ」

(どこを見渡しても、必ず千岩軍の兵士がいるな)

 

煙緋はさり気なく辺りをきょろきょろと見渡しながら、そんな事を思っていた。

 

 

そして、その時であった。

 

 

「…あれは?」

 

甘雨の視界に何かが入り、思わずそう口を開いた。

 

「ん?どうしました、甘雨先輩」

 

「どうしましたか?甘雨さん」

 

甘雨の言葉を聞き、煙緋と忍は彼女が見つめる方向に目を向ける。

 

「なぁ、なんだあれ?」

 

「あれはどこかの国の外交団の人達じゃないのか?それに服装的に璃月の月海亭か七星八門の人達と一緒にいるし」

 

「まぁ、そうだろう。それに千岩軍の兵士達も彼らと付き添うかのように歩いているからな」

 

「…参ったな、こんなに偉そうな人達がいるなんて。道を迂回するしかないのか?」

 

「「「「…」」」」

 

「「「「…」」」」

 

「「「「…」」」」

 

そこにはちょっとした人だかりが出来る程集まった野次馬達。そしてその野次馬達の視線の先にある道のど真ん中で、スネージナヤ洋装の服装をし灰色の仮面を身に着けた男や女達、そしてすぐ近くに璃月様式の服装を来た男や女達、おそらく外交関係の者達か甘雨が言っていた瞬詠が連れ出した月海亭の職員達の双方の面々がとても緊張した様子で立ち、そうしてそのスネージナヤ人達と璃月人達の一団を護衛、警護するようにして立っている千岩軍の兵士の姿があった。

 

そしてその異様な光景の中心には、___

 

「ほぉ、この建物がそうですか?“瞬詠”殿?これは中々に立派な建物ですね」

 

「あぁ、以前にやり取りした『雄鶏』の“プルチネッラ”さんの要望でな。『璃月港に開業する北国銀行は璃月様式の建築で、可能な限り壮麗かつ荘厳に仕上げて欲しい』って要望があってね。その要望に応える為に、それに相応しい設計、そしてそれに相応しい土地の選定、そうして今内装の方の最終段階に入っているという訳だ」

 

「へぇ、そうなんですか。あの“市長”殿はそのような要望を…。それに我が北国銀行の為にそこまでして頂けるとは、とても嬉しい限りだ…。スネージナヤの私ども銀行家の代表として、“瞬詠”殿、そして貴方の上司である『玉衡』“刻晴”殿に最大限の感謝を申し上げます」

 

「…まぁ、それが仕事だしな。ただ、スネージナヤのお偉いさんの要望に可能な限り答えただけだ。『富者』の“パンタローネ”さん」

 

___お偉い様方達の対応をしていた“瞬詠”と、そのスネージナヤの“お偉い様方”の一人である、黒服のどこか胡散臭いにこやかな笑みを浮かべる、眼鏡をかけた糸目の黒髪男性、瞬詠に『富者』、“パンタローネ”と呼ばれた男が、まるで久しぶりに会った友人のように親しげに会話をしている姿が見えた。

 

「えっと……、あれは、瞬詠さん達ですよね……?」

 

「…あぁ、そう…だな。あいつ、瞬詠で間違いないだろう…」

 

野次馬達の後ろに付いた甘雨と忍は、目の前にまさか瞬詠達がいたことに少し驚いているのか呆気に取られているのか、目を丸くしながら彼らの様子を見ていた。

 

「…瞬詠、そして瞬詠の隣にいる、あの黒い眼鏡をかけた男___」

(___あの男が、スネージナヤから来た“お偉い様方達”の一人か……。しかし、何故こんな所に……?)

 

そして野次馬達の隙間から覗き見るように見つめる煙緋は、瞬詠達の様子よりも彼の隣にいた男の方が気になったのか、そちらの方へと視線を向けながら考えるように呟く。

 

「…うん?誰だ?」

 

「…おや?誰でしょうか?」

 

そして軽い世間話でもするかのように、会話をしていた瞬詠とパンタローネの二人は煙緋達の視線に気づいたのか、同時に煙緋の方に視線を向けた。

 

「ぁっ」

 

そして瞬詠は煙緋達の存在に気づくと一瞬だけ驚いたような表情を見せ、すぐに僅かに顔をしかめる。それは、何故、どうして、このタイミングで、この場に煙緋達がいるんだ、という疑問と戸惑い、そして苛立ちや焦りと言った表情であった。

 

「…おや、彼女達は一体何者でしょうか?…瞬詠さん、彼女達をご存知のようですね?彼女達は何者でしょうか?」

 

そしてパンタローネも自分と瞬詠をじっと見つめていた煙緋達に気づき、不思議そうに首を傾げる。そしてチラッと瞬詠の方に目を向けると、瞬詠の僅かな反応を見て、瞬詠は煙緋達と何らかの関わりがある人物だと判断し、瞬詠に尋ねたのであった。

 

「あ、あぁ、彼女達は俺の知り合いだ。…一人は月海亭の職員で同僚、もう一人は知り合いの法律家に、そしてその法律家の弟子の稲妻人だ」

 

瞬詠はパンタローネにまるで言葉を慎重に選んでいるかのような様子で答える。それはまるでこの男の興味が煙緋達に向かないように、当たり障りのない事を言う事で何とかして注意を逸らそうとしていたかのようであった。

 

「ほぉ、そうなんですか…。月海亭の同僚に、法律家の知り合いに、その弟子の稲妻人ですか…?」

 

しかし瞬詠の思いとは裏腹に、パンタローネは興味深そうな顔をしながら煙緋達の方をジロジロと見つめいる。

 

「…いや、待ってください。法律家…?璃月の法律家?」

 

そしてパンタローネは、瞬詠の言った言葉の中に引っかかる単語があったのか、眉間にしわを寄せて考え込む。

 

「法律家、璃月の法律家、…そしてあの朱の髪の女性…。あ、あぁ、もしかして___」

 

そうしてパンタローネは何かに気づいたのか、納得した様子、そして少しニヤリとした嫌な笑みを浮かべると、瞬詠に呟く。

 

「___“煙緋”さんですか。璃月港で、そして璃月で名高い、あの“法律家”ですね?」

 

「…まぁな、璃月港で最も有名な法律家の“煙緋”だよ」

 

瞬詠は同意するかのように頷く。だが、先ほどまで見せていた怒りや焦りは消え、今は冷静さを取り戻し、まるで想定内だったと言わんばかりに落ち着いた様子を見せていた。

 

「ふむ、成程、成程…。そうですか、そうですか」

 

「…ふんっ」

 

パンタローネは、まるで面白いものを見つけたとでも言うような愉快そうな表情を見せる。そんな彼に対して瞬詠は、ただ黙ったまま何も答えない。

 

「…」

 

そしてパンタローネは煙緋達を見つめながら、彼女達に向かって歩き出す。もっと近くで彼女達、煙緋達を観察したいと思ったのだろうか。

 

「…ちっ」

 

そして煙緋達の元に歩き始めたパンタローネを見た瞬詠は、パンタローネに聞こえないほどの小さな舌打ちをし、彼の後を追うようにして歩いて行く。

 

「「…」」

 

「「…」」

 

「「…」」

 

またスネージナヤ人の一団と璃月人の一団、そして彼らの護衛や警護に付いていた千岩軍の兵士達もパンタローネと瞬詠の後を追うように歩いていく。

 

「あ、あれ、なんか近づいて来たぞ?」

 

「う、うん?な、なんだ?」

 

「真っ直ぐ近づいているぞ?と、取り合えず、どいた方が良いんじゃないか?」

 

「ま、まぁ、そうだな」

 

そして野次馬達は、何故かパンタローネと瞬詠達が近づいてくることに戸惑いや疑問を感じながらも、そうして煙緋達への道を開けていき、___

 

「あ、あれ?な、何故か、瞬詠さんと、あの黒いスネージナヤ人の人が、私達に向かって近づいて来てます…ね?」

 

「そ、そうですね。甘雨先輩。い、一体、どうしたのでしょうか?」

 

「……」

 

___突然の事態に甘雨と煙緋は動揺し、忍は自分達の元に近づいてくるパンタローネに、なぜか分からないが警戒心を抱き、思わず一歩後ろに下がる。

 

「どうも、こんにちは。私はスネージナヤの銀行家達共々の代表、そして北国銀行の総取締役をしております“パンタローネ”と申し上げます。以降、お見知り置きを」

 

そうして煙緋の元に辿り着いたパンタローネは礼儀正しく頭を下げ、自己紹介をした。

 

「…」

 

そしてパンタローネの後を追っていた瞬詠は、彼の元に辿り着くと腕を組みながら静観する。それはパンタローネが余計な事をしないように監視しているかのようであった。

 

「おぉ、これはご丁寧にどうも、ありがとうございます。こんにちは。私は“煙緋”。璃月の法律家です」

(…ほぉ、この男が北国銀行の総取締役であり、スネージナヤの銀行家達の代表か)

 

煙緋は顔に微笑みを浮かべつつ、この男、北国銀行の銀行の総取締役でありスネージナヤの銀行家の代表である“パンタローネ”について考える。

 

 

スネージナヤの銀行家達、正確には最近璃月の金融業界や銀行業界等の経済界の市場に入ってきたスネージナヤの銀行家達の代表、つまりは瞬詠が示した“璃月資本侵略計画”の鍵を握る人物だ。現在のスネージナヤの資本を璃月に入れている動き、そして璃月の金融機関である“銭荘”を合法的に買収を行っている動きの全ての黒幕であり、張本人と言っても過言ではない男である。

 

 

「…」

 

煙緋は、目の前にいるこの男の目をじっと見る。

 

 

以前に、忍が煙緋の弟子入りする前に、煙緋法律事務所の元に多くの“銭荘”の経営者達が煙緋に相談を、スネージナヤの銀行家達の買収を食い止めて欲しいという依頼がやって来た。だが、彼らが用いてきた手段は全て合法的な物であり、問題点や指摘できる点も無かったため、法律家である煙緋は介入する事が出来なかったのだ。それ故、煙緋は彼らに、もう少し冷静になって欲しいと諭す事しかできなかった。

 

 

「…」

 

パンタローネはチラッと甘雨や忍の方に興味深げに視線を向ける。

 

 

そうして最終的に起こってしまったのは、スネージナヤから送られてきた莫大な資本の前に彼らの“銭荘”がスネージナヤの銀行家達らに買収されてしまい、スネージナヤの銀行家達の傘下に入ってしまったという出来事であった。幸いにも買収された銭荘は小規模程度の物であったため、この時はまだ璃月の金融業界や銀行業界等の経済界の市場には大した影響は無かったので救いはあった。

 

だがしかし、彼らは合法的に買収し乗っ取った銭荘をスネージナヤの銀行家達、そして“ファデュイ”の璃月の市場への橋頭保となってしまったのだ。

 

 

「…」

 

煙緋の額に冷や汗が滲む。

 

 

そうして間隙を置かずに更なる“銭荘”の買収、遂にはかつての栄華に比べて少々の影を落としていたものの、それでも銭荘の中では老舗でもある“徳安公”の“明華銭荘”という有名な銭荘を始めとする銭荘までも買収されてしまう。

 

最終的には璃月における決して少なくはない数の小規模な銭荘に、一部の中規模な銭荘までもが、スネージナヤの銀行家達の手に落ち、璃月の金融業界や銀行業界等の経済界の市場の一割から二割程度がスネージナヤの銀行家達の手中に収まってしまったという事態にまで陥ってしまったという事らしい。

 

 

「…」

 

「…」

(…こ、この男)

 

煙緋は目の前で薄ら笑いを浮かべているパンタローネに対して、ただならぬ警戒心を抱く。

 

 

この状態で北国銀行というスネージナヤの外資系銀行なんてものが、このまま法改正と言う法律の鎖という施しをしっかりと行わず、ましてや何の対策なんてされずに北国銀行が開業なんてされた場合、璃月の銀行業界や金融業界が二割から三割近く、つまり四分の一以上の璃月の銀行業界や金融業界が彼らに掌握されてしまう。

 

そうなればいよいよ本格的に、璃月の銀行業界や金融業界等の経済界の市場がスネージナヤの銀行家達に飲み込まれ始め、それがやがて璃月の全業界や全産業界、またあらゆる市場に波及していってしまう危険性が出てくるという事なのだ。

 

「…」

煙緋は冷や汗をかく。

 

それは開業した北国銀行を旗艦とし、スネージナヤの銀行家達が乗っ取ったそれぞれの銭荘達によって形成された強大化したスネージナヤの経済圏。

 

それが璃月の様々な業界や市場に進出し、そこを足掛かりにして最終的には璃月の有力な商会の買収、もしくはその有力な商会の経営にスネージナヤの銀行家達の影響が及び、徐々にスネージナヤの銀行家達の支配下に置かれる恐れがあるという事。

 

「…ふむ、煙緋さん。それに瞬詠殿の同僚と知り合いの稲妻人ですか」

 

パンタローネは意味深げな笑みを浮かべる。

 

そうなれば遂にいよいよ“璃月七星”までもが彼らの影響を受け始め、最終的には瞬詠が指摘したその“とある点”、“とある制度”を利用されて、“璃月七星”がスネージナヤの銀行家達の手に落ちたり、“璃月七星”が完全に彼らの影響下に置かれ、ファデュイの手によって操られる傀儡となってしまうかもしれない。

 

「ふむ。そうですか、そうですか…」

 

そして、目の前の男、この男こそが、今起きている璃月の金融業界や銀行業界の経済界で起きてしまっている事変、“璃月金融経済事変”の元凶であり、全ての黒幕であると言っても過言ではないのだろう。

 

 

「…瞬詠殿、このお二人方は?」

 

「あぁ、こちらが甘雨、自分の同僚だ。そしてそちらが久岐忍、稲妻人で自分の知り合いで、今は煙緋の弟子をしている」

 

「そうですか。改めて私はパンタローネと申します。どうぞよろしくお願いしますね。甘雨さん、忍さん、それに煙緋さんの皆さん」

 

パンタローネは、穏やかな笑みを絶やす事なく自己紹介を行う。だが、その表情の奥には何か得体の知れない不気味な雰囲気が感じ取れた。

 

「あ、どうもパンタローネさん。わ、私は月海亭で秘書をしています甘雨と申します」

 

「ど、どうも、パンタローネさん。私は稲妻からやって来ました久岐忍という者です」

 

自己紹介をしてきたパンタローネに甘雨と忍は少し引きつった笑顔を見せながら挨拶を返す。やはりというべきか、彼女達はパンタローネにどこか違和感を覚えているようだ。

 

「なるほど、甘雨さんと忍さんですね。よろしくお願いします」

 

パンタローネは甘雨と忍に微笑んで見せると、ふと煙緋の方に視線を向ける。

 

「…っ」

(っ!?な、なんだ?)

 

ゾクリ、と悪寒のようなものを感じ取った煙緋は思わず身を震わせる。

 

「…」

 

パンタローネの視線が煙緋の方に突き刺さる。まるで、煙緋の心の底を見透かしているかのような、そんな感覚を抱かせる。

 

パンタローネはにこやかではあるが、決して目は笑ってなどいなかった。むしろ、その瞳の中に宿っている感情を読み取ることができない程に、彼の瞳からは光が消えているように思える。それはまるで、深淵の闇の中に光を一切通さないような、深い闇に包まれた瞳。そして北国銀行の総取締役であり、スネージナヤの銀行家達の長でもある彼の眼、それはまるで煙緋の事を品定めしているかのように思えた。

 

「…」

 

煙緋はパンタローネの突き刺さる視線によって、まるで身体が硬直したかのような錯覚に陥る。心臓の鼓動が早まり、全身の血管が激しく脈打つ。額に汗が流れ落ちる。動くことが、呼吸をすることすらも許されない。そんな感覚に陥ったような感じがする。そしてこの異常事態に、彼女の本能が警鐘を鳴らす。気を付けろ、目の前の男は普通の人間ではない、と。

 

「…なぁ、パンタローネさん。そろそろ、いい加減に___」

 

そうして煙緋を見つめていたパンタローネに、瞬詠が少しだけドスを利かせた声で話しかけようとした。

 

 

その時であった。

 

 

「パンタローネさん。私の後輩を、煙緋さんを、そんな目つきで見ないでもらえませんでしょうか…?非常に不愉快です…!」

 

瞬詠がパンタローネに声を掛けようとした瞬間、甘雨がパンタローネに鋭い言葉を浴びせる。その声音はとても冷たく、怒りに満ちたものだった。

 

「___っ!…甘雨」

 

瞬詠は反射的に甘雨の方へ振り向く。

 

「…」

 

甘雨はまるでパンタローネの突き刺さる視線から煙緋を守るようにして立ち塞がっていた。その表情は普段の温和なものとは違い、明らかに怒気を含んでいる。普段の優しい雰囲気とは打って変わってピリつき、また普段は濃厚で落ち着いた雰囲気を放っているその水色の髪がゆらりと揺れ、氷のような冷たい殺気が周囲に放たれているように感じ取れるものであった。その様子はまさに、甘雨が本気で怒っていることを示していた。

 

「甘雨先輩…」

 

煙緋は自分の盾になるように立つ甘雨の背中を見つめる。その背中から感じられるのは、煙緋に対する強い想い。煙緋への強い不安と心配、そしてそんな甘雨に対して煙緋への強烈な不安や心配を抱かさせた目の前の男、パンタローネに対しての怒りと敵意だった。

 

「…はぁ」

 

そして瞬詠はパンタローネに見せてしまった甘雨に溜息をつく。

 

どうやら甘雨の隠された一面が出てしまったようだ。普段は温和で濃厚な彼女でも、自身の大切なものを目の前で傷つけられたり、傷つけられようとすると、途端に強い感情が表に出るのだ。

 

それは例え、目の前の明らかに普通ではないスネージナヤの男の“パンタローネ”であっても変わらず。

 

また以前に月海亭で起きた璃月七星玉衡の“刻晴”に、自分に取って大切な存在であり自身にとっては絶対的な憧れや尊敬の念を抱く存在である“岩王帝君”を思いっ切り侮辱されたと感じた甘雨が我慢できずに、刻晴の顔面に平手打ちをして刻晴を張り倒し、そのまま刻晴に反撃された事で甘雨と刻晴が掴み合いや組み伏せ合い、そうして危うく本格的な殴り合いや蹴り合い、取っ組み合いの喧嘩寸前になっていた時の事。

 

そうして遥か昔三千年前の甘雨が岩王帝君のため、また今の璃月、今の“璃月港”の前身となる今の璃月港から北方から西方、かつて瓊璣野(けいきや)から璃沙郊(りしゃこう)にまで跨う山脈である天衡山(てんこうざん)に降臨した“彼”。

“岩王帝君”が降り立った地にて、当時その地に住んでいた民達が築き上げた“山輝砦”から自らの民を引き連れて合流した岩王帝君もとい、“岩の魔神モラクス”とその盟友である“塵の魔神ハーゲントゥス”の二神が築き上げた“帰離原”という大都市があった頃の時代。

テイワット大陸各地で勃発していた魔神戦争にて、自身の大切なもの達の為、岩王帝君のため、そして璃月のために戦っていた頃の、いざという時にはそれぞれのために、己の命を賭して戦う時に見せる、語気が荒くなり苛烈な一面を見せる甘雨が、今、目の前にいる甘雨に被って見えた。

 

「…ははっ」

 

瞬詠は甘雨に向かって、思わず苦笑する。そこにはパンタローネへの警戒心は全くと言って良い程無くなっていた。むしろ、甘雨に対してパンタローネによく言ったとでも言うような、またどこか呆れているような、それでいて甘雨なら確実に煙緋を守り、目の前のパンタローネを止めてくれるといった信頼感を抱いているようでもあった。

 

「ほぉ…?ふふっ、すまない。甘雨殿。私の目つきが悪かったね。謝ろう」

 

パンタローネはそう言って、先程まで見せていた威圧的な態度に、謝罪の言葉を口にする。

 

「それにしても後輩…か。煙緋殿の。一体、どのような煙緋殿と甘雨殿は関係なのかな?」

 

しかし、パンタローネの興味は完全に失せたという訳ではなく、今度は甘雨の後ろで庇われている煙緋の存在から、目の前で自ら立ち塞がる甘雨とその後ろに庇われる煙緋の関係性、そして甘雨そのものの存在に興味が移ったようだ。

 

「えぇ、そうですね…。煙緋さんとは煙緋さんが幼い頃からの知り合いみたいなものですね。それで偶に仕事で関わり合いがあるという関係です。それ以上でも、それ以下でもありませんよ…?」

 

甘雨は笑みを浮かべながらパンタローネの疑問に答える。だが、その笑みや言葉にはどことなく不穏な雰囲気を漂わせており、瞳の奥底からは鋭利で鋭い何かを感じ取れてしまうようなものであった。

 

 

その笑みはまるで、これ以上踏み込んでくるならば容赦しない、と言わんばかりのものであり、その言葉にもどこか棘があり、甘雨の冷たさがそこにあった。

 

 

「ほぉ…?そうですか?なるほど、なるほど」

 

パンタローネは甘雨の答えや甘雨の態度から何かを感じ取ったのか、どこか納得した様子であった。

 

「…」

 

そうしてパンタローネは観察するかのように甘雨の顔をじっと見つめる。まるで甘雨の全てを見透かすように。

 

「…あの、パンタローネさん。どうか、なされましたか?私に何かが付いてますでしょうか?」

 

そしてパンタローネの突き刺さるような視線に甘雨は首を傾げながら問いかける。先ほどまでのパンタローネの視線に恐怖を抱いていた煙緋とは違い、甘雨は全く動じていない様子だ。

 

「…いえ、何でもありませんよ。ふふっ」

 

パンタローネは薄ら笑いを浮かべるだけで何も答えない。だが甘雨や煙緋に何かしら思うところがあって、甘雨を見ていたのは間違いないだろう。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

そしてその場には、ただじっと煙緋を庇うかのように煙緋の前に立つ甘雨と甘雨の背中の後ろに立つ煙緋を交互を見るパンタローネ、そうして煙緋を庇うように煙緋の前に立つ甘雨に、甘雨に庇われるかのように甘雨の背中に立つ煙緋、また彼らの様子を固唾を呑んで見守る忍に、そのやり取りを見守る瞬詠という、この場にいる5人全員が一言も言葉を発さない、沈黙だけがその場を支配していた。

 

「…なぁ、パンタローネさん。そろそろ俺の同僚や俺の知り合い達をそんなジロジロと見るのを止めてほしいんだが…?」

 

そんな静寂の中、瞬詠が沈黙を破り、パンタローネに話しかける。その声色はパンタローネに対する嫌悪感と警戒心が込められていた。

 

「おや?…ははは、あぁ、これは申し訳なかった。つい、ね。色々と彼女達に気になる所があったものでね。つい、うっかりと。悪い癖が出てしまったようだ。申し訳ない」

 

パンタローネは瞬詠の問いに素直に謝罪をする。

 

「全く、本当に勘弁してくれ…。甘雨は俺の同僚でありながら、長い事月海亭を務めてきた頼り甲斐のある人だし、ある意味ではあるが俺の、自分に取っての“命の恩人”と言ってもいい人でもあるんだ…。それに煙緋は煙緋で俺の事を、自分の事をいつも気にかけてくれた、とても“大切な友人”と言っても過言ではないんだ…。俺にとってはそんな、かけがえのない二人とも言えるんだ…。そんな二人に対して俺の目の前で変なちょっかいを出すみたいに、ジロジロと見てほしくはないんだが…?本当に不愉快でしょうがないんだが?」

 

そうしてパンタローネが見せた一連の行動に対して、瞬詠は普段よりもずっと低い声でパンタローネに語りかける。

 

「…」

 

パンタローネの丁度斜め後ろに立ち、腕を組みながらパンタローネを睨むように横目で見つめる彼の表情は険しかった。

 

「ほぉ、瞬詠殿にとっては彼女達が“命の恩人”、そして“大切な友人”なのか…?それは興味深い話だ。一体どういうことなのか、是非とも聞かせてもらいたいものだ」

 

パンタローネは目を細め、口角を上げながらそう呟く。

 

「なに、別に大した事なんてないさ。興味があるならば、その機会がある時に教えるとしよう…。ただ、まあ、それはそうとして…、パンタローネさん、ちょっと一つ忠告があるんだが、興味はあるかい?」

 

瞬詠はそう言いながら、パンタローネに向かって顔を向ける。

 

「ほぉ?一体何だろうか?」

 

パンタローネはそんな瞬詠の言葉に少しばかり興味を示したようだ。

 

「いや、簡単なことだ。甘雨は自分との同僚と言ったが…、より正確には月海亭に長い間務めてきた秘書、そうして“璃月七星全体”の秘書を担っている人だぞ」

 

「…なんですって?」

 

その瞬間、パンタローネの纏っていた雰囲気が一瞬にして変わる。今までの薄ら笑いを浮かべて余裕のあった姿とは打って変わって、呆気に取られたような面持ちで驚きの感情が露わになっているようだった。

 

「…あ~あ、この出来事がもしも、今“シニョーラ”さん達と会談中の“凝光”さんや“刻晴”達の耳に届いたらどうなることやら。もしかしたら“これ”、何らかの外交的な影響”が出たりして…。それにもしかしたら、”他の何か”が相互作用的な動きをして何か“大きな出来事”を引き起こすかもしれない。はぁ……、考えるだけでも恐ろしい。本当に。…もしかして、シニョーラさん達の努力が水の泡になったりして…?」

 

「……っ!?」

 

瞬詠はパンタローネの様子を見ながら、やれやれといった様子でパンタローネにだけ聞こえるような小さな声でそう呟く。また瞬詠が顔を伏せていた事でパンタローネにだけしか見えなかったが、パンタローネには瞬詠がにぃっと悪い笑みを浮かべているようにも見えた。そして瞬詠のその言葉を聞いた瞬間、また真横の瞬詠の顔を見た途端、パンタローネの額に僅かに冷や汗が流れ、また微かにだが彼の肩が震えているように見えた。

 

「…」

 

そしてパンタローネは瞬詠、甘雨と煙緋やその後ろにいる忍、また瞬詠が引き連れていた月海亭の職員や役人達や外交関連の職員達等の璃月人達、そうして自分達を護衛、警護する為に連れて来ていた千岩軍の兵士達、また近くでやり取りを見ていた野次馬達の方へと順番に視線を移していく。

 

「…?」

 

「…」

 

「…うん?」

(どうしたんだ…?)

 

そして急に目の前のパンタローネの様子がおかしくなったことに気づいた不思議そうな様子を見せる甘雨、黙って見つめる忍。またその様子を伺うように見る甘雨の背中から見つめる煙緋。

 

「……ふっ」

 

そしてパンタローネは何かを悟ったかのように小さく笑った。それは自身が犯してしまった失敗を悔やみ、それを受け入れた上での自嘲するような笑いにも見えた。

 

「…パンタローネさん。そう言えば北国銀行の内装の視察もしたいと言っていましたよね。どうしますか?…現状、最終段階という事で完全に完成しているわけではありませんが、それでもよろしければご案内致しますよ。受付等のメインの部分はもう既に出来上がっていますし」

 

「…あぁ、そうですね。瞬詠殿。是非ともお願いできますでしょうか。それと…内装の視察をしながら、“例のご相談の件”についても是非ともお話ししましょうか?」

 

パンタローネは瞬詠の方に振り向くと同時に、瞬詠の提案にパンタローネは素直に受け入れる。またそれと同時にパンタローネも瞬詠にそう“提案”した。

 

「……うん?」

(“例のご相談の件”?瞬詠と?一体、何を?)

 

そしてパンタローネと瞬詠の会話の中に出てきた“例の相談の件”という単語に対して、二人のやり取りを聞いていた煙緋は首を傾げて疑問符を浮かべる。

 

「…うん、良いでしょう。それでは内装の視察をしながら、“その話”をするとしましょうか。…甘雨」

 

瞬詠はパンタローネにそう言うと甘雨の方に顔を向ける。

 

「すまないな、甘雨。それに煙緋や忍達も、見た感じ仕事でどこかに向かっている途中だったみたいだしな……。何か時間に遅れたら不味い用事だったらいけないから、早くここから立ち去った方が良いんじゃないか?」

 

「えぇ、そうですね…。それでは、私達はこれにて失礼しますね。ただ、その前に瞬詠さん…。分かっていますよね?」

 

瞬詠の質問に答えると、甘雨は瞬詠の目を見つめる。

 

「ああ、もちろん分かっているさ。後で説明するさ。しっかりとな。…こういう時くらい、信用してもらっても良いと思うんだけどな?」

 

「いえ、それは無理です。だって瞬詠さんは、いつも、いつも、適当で、誤魔化してばかりで、私が知らない間に勝手に色々と物事を進めてしまって、そうして、よく私に迷惑をかけてばかりじゃないですか?」

 

「ははは、手厳しいな。それは甘雨の事を信頼、信用しているからなんだけどな…」

 

瞬詠と甘雨はお互いに苦笑いしながらそんな言葉を交わす。

 

「まあ、そういう事なら分かりましたよ……。その言葉を信じるとしましょう。それでしたら、これ以上は言いませんよ…」

 

「…」

 

「…」

 

甘雨はそう言うと瞬詠から視線を外し、煙緋や忍に目配せをする。それを見た二人は互いに顔を合わせて無言のまま静かに首肯した。

 

「…それでは、私達は失礼します。瞬詠さん、また後で」

 

「あぁ、また後でな。甘雨」

 

甘雨は瞬詠にそう言うと、煙緋と忍を連れてこの場から、パンタローネの元から離れるように去っていく。

 

「…」

 

そして瞬詠はパンタローネの方に横目でチラッと見る。

 

「…」

 

パンタローネは無言で甘雨と煙緋達の背中を見送りながら、何やら物思いに耽っているような様子であった。

 

「ふっ…」

 

「…」

 

そしてパンタローネが微笑み、何かを企んでいるような表情を一瞬だけ見せると同時に、自身の配下であるスネージナヤ洋装の服装をし灰色の仮面を身に着けたとある男に視線を送らせ、その男性がパンタローネの意図を悟ったのか静かに縦に頷いた。

 

「はぁ…」

 

そうして横目でパンタローネとその配下の男のやり取りを見ていた瞬詠はため息を吐き、そして腕を組む。

 

「…っ」

 

そして瞬詠は目にゴミでも入ったのか、顔をしかめながら“まばたきを連続でしたり、目を一定の間閉じたり”、また“長いまばたきや短いまばたき”を不規則に繰り返す。

 

「…はぁ」

 

そして瞬詠はため息を吐いて、その後に腕を組むのをやめたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふ~ん、“任務変更”ね」

 

そうして瞬詠とパンタローネの一団を見物するかのように見ていた野次馬達、その中に混じっていた“瞬詠”と“パンタローネ”を観察していた“商人風の格好をしたその女性”が周りに気づかれないほど静かにそう呟く。

 

「今日は本当に忙しいわね」

 

その女性は笑みを浮かべながら呟く。

 

 

 

瞬詠からのまばたきを利用した暗号。

 

 

それは光を点滅させる方法で、視界内の離れた場所の間で意志の伝達を図る手段として用いる方法であり、点灯の時間的な長短によって示す符号の組合せである文字符や数字符、記号符および交信区別符からなる信号である“発光信号”に似たようなもの。

 

 

「さてと…ふふっ、___」

 

言うなれば、瞬詠からの“まばたき信号”の暗号を瞬時に解読することで、瞬詠からの“暗号指示”を受け取った彼女は、静かに小さく、そして楽しげに笑って呟くと同時に、甘雨と煙緋達の背中に視線を向け、__

 

「___“次の仕事”と行きましょうか」

 

__そうして“その女性”、商人風の格好に変装していた“夜蘭”がそう呟くと、彼女は煙緋達と一定距離を保ちながら、煙緋達の後をつけるように歩き始めたのであった。




これで本来の7話目分が終了です。

尚、しばらくの間は北国銀行(ファデュイ)編です。

また、ファデュイ等に関する解説は北国銀行編が一段落ついてから、軽く纏めて行おうと思います。

――――
◎解説(“飛雲商会”と“山輝砦”について)
・“飛雲商会”について
→“飛雲商会”は、本作では璃月の織物業界を代表する有力な商会となっていますが、より正確にはどうやら『絹の取引や書物の印刷など、様々な業務に携わっている』商会となっております。
本来であれば飛雲商会の印刷業に関しても記述すべきかと思ったのですが、行秋や甘雨のボイスに印刷業に関する記載が見当たらなかったため、印刷業関連に関して今回は、本編では取り扱わないことといたしております。(原神のWikiにはその情報はあったものの、ゲームや本編の方で見つからず…)
尚、余談ですが飛雲商会が『“絹産業”や“紡績産業”の大手』であり、また『“織物業界”で霓裳花等を活用した錦の織物で有名』と言う点に関しては、“絹産業”や“紡績産業”はゲーム本編における図鑑の“物産誌/テイワット物産”にて大手であるという記述を確認、また行秋のボイスにて『うちの商会の錦の傘は日傘としても雨傘としても使えないみたいだ。』と言っており飛雲商会の錦が使われている事から、やはり絹・紡績を取り扱っている事が確認できます。
そして“織物業界”に関しては直接的な確認は取れなかったのですが、ただ確か稲妻の着物を取り扱っている小倉屋に関するデイリー任務(確か会話のみですが、そこで飛雲商会に関する話、確か霓裳花の輸入に関する話があったはず…)か普通の会話でそれがあった事、また甘雨のボイスにて『飛雲商会のあの青い服の少年は、彼の父親や兄のように織物の経営に熱心ではないようです』と言っている事から、“織物業界”に進出しており、先の情報を鑑みてみると、最大手かどうかまでかは分からないにしろ、ただ業界でかなり上のポジションではないのかと推測されます。

・山輝砦
→“山輝砦”は簡単に解説しますと、かつて天衡山(璃月、雲来の海に位置する山であり、地図上では璃月港の西の峰に「天衡山」の名が付けられています。ただ天衡山についてを調べていくと、帰離原へ続く道を通る港の北側の山脈も天衡山に含まれているという事から、元々は丁度今の璃月港の西から北東までを囲むように存在した山脈だったのではないかと思われます)に降臨した魔神モラクスが降り立った地にて、当時のそこに住んでいた民達が築き上げた町、もしくは集落(当初は砦となっていた事から要塞かと思われましたが、軍事的な記述は見つからなかったため、間を取って小規模な城塞都市的な扱いとなっております)となっています。
より具体的に山輝砦に関しては、“璃月の古代歴史を記録した銘文を翻訳し、編集した史書である【石書集録・1】”と呼ばれる本にある『当初、岩王が降りて、大波を退治、天衡を立ち、川を鎮める。民が遂に安定し、山を開き、玉を取り、岩を破り四方を繋ぐ。曰く、玉を孕めば山が輝く、故に「山輝砦」と名付けられる。当時、天衡の民は採掘を生業とし、千里に及ぶまで貧困者はいなかったという。(注:山輝砦は現在「山輝岩」と転じ、退廃し岩と化して、当初の風貌を再び拝めることはできなくなった。)』という記載がある事から、“帰離原”に合流する前のモラクスはこの地を拠点、守護していたと思われます。(因みに留雲借風真君が改造する前の帰終機あった場所が、この天衡山になります。魔神任務で訪れたあの場所です)


―――
追記1
・サブタイトルを修正しました(修正を忘れていました)


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”璃月業界情勢図”と“かにみそ豆腐”

完成したので投稿。

いよいよフォンテーヌに入りますね~。楽しみですね。(←何だかんだ、まだスメールが終わってない人。纏まった時間が取れないんだ…)

今回、考察ネタはそこまでありませんが、物凄いオリジナル設定や要素(正直、作者的にやりすぎじゃない?って思うところもあります)がふんだんに使用されています。

尚、今回は前半と後半に分かれており、前半のメインが煙緋となっております。

また今回は軽くになりますが、解説もありますのでよろしくお願いします。


「…」

 

「…」

 

書物がめくられる音に筆で紙に字を書く音が部屋の中に響き渡る。

 

煙緋と忍はそれぞれの椅子に座り、それぞれの大きな机の上に広げた資料を見ながら手元にある書類を一枚ずつ精査し、その内容や重要と思われる事項を纏めて記載していく。

 

煙緋は真剣な面持ちをしながら黙々と作業をこなし、忍も集中力を途切らせる事無く作業を進めて行く。

 

「…」

 

煙緋の集中力は凄まじいもの。目の前の金融や銀行法に関する既存の法律や改定予定の法案の資料、また瞬詠がもたらしたファデュイの計略や謀略の要である北国銀行に関する膨大な量の情報を、煙緋は持ち前の記憶力の高さを活かし、素早く正確に整理しながら、それを自分のものに昇華させていく。

 

「…」

 

そして忍も煙緋に負けじと自らが煙緋の元で得てきた知識や経験を活かしながら、煙緋に割り当てられた自分の仕事を的確にこなしていき、その手を止める事なく動かし続ける。

 

忍の目の前にあるのは、煙緋と共に、そして凝光や瞬詠の命令で協力してくれた“総務司”や“王山庁”、また“和記庁”と言った“七星八門”の大勢の職員達や、たまに個人的な手伝いとして同行してくれた甘雨などと言った人物達の協力、それらの元で行われた璃月中の各商会への大規模な聞き込み調査や、“天権”凝光の命によって発行された令状を根拠を元に行った非常に大掛かりな立ち入り調査、それらの結果の報告書に書かれた情報。

そして瞬詠のもたらした情報を併せたそれらの情報が、忍の机の上にある“それ”に集約され、その全てが一つの巨大な塊となり、忍の目の前には、その巨大な情報の塊が鎮座していた。

 

「…」

 

忍は視線をずらして全体を見渡す。それは一つの“巨大な紙”でありその紙には、図、数値、単語、文章、記号等、煙緋達が集めてきたありとあらゆる情報の集合体。それはまさに、璃月の市場や業界、そしてそれらを織りなす商会等の相互関係等の情報を纏めた、いわば“璃月という国家の縮図”そのもの。

 

「…ふぅ」

 

忍はその璃月という巨大な国家の縮図、“璃月業界情勢図”に圧倒される。しかし、忍は気を引き締めてその圧巻な縮図を見つめる。

 

その縮図の最上部には“璃月七星”という文字、そしてその“璃月七星”の文字と璃月七星を構成する七星名である“天権(テンチェン)”、“玉衡(ユーヘン)”、“天枢(テンスゥー)”、“天璇(ティエンシェン)”、“天璣(ティアンジー)”、“開陽(カイヤー)”、“揺光(ディェォーグェン)”という単語が棒線で結ばれており、その七星名の下にはその七星という役職に付いている者の名前。そうしてその各々の七星には幾つかの棒線が結ばれており、その棒線の先は鉱石業界や鍛冶業界などと言った璃月の産業や市場に関する業界が、そうしてその業界を現す巨大な図の中にある商会等の名称が記されており、それはつまり、その七星の出身の業界や深い繋がりや関わり合いがある商会が一目で分かるようになっていた。

 

またその業界や産業、市場を構成している各商会の代表者の名前やその商会の有力者の人物の名前なども記されており、そうしてその商会やその各商会の代表者や有力者の人物の名前には“二重丸”や“丸”、“三角”や“逆三角”印のマークがつけられている。

 

そしてその業界間や市場間、商会間だけでなくその人物達の間にも非常に多くの数の棒線が引かれており、そこには“協力・協調”、“中立”、“競争・敵対”と言った単語に、それを補足するように数行だけ書かれた補足説明の文章が記されていた。

 

「…」

 

忍はその紙の両端に目を向ける。

 

一方の端には端の中央部に“璃月”と大きく書かれた文字に、璃月の金融機関である各銭荘の名前が書かれており、“二重丸”や“丸”印のマークが入ったその各銭荘から各業界の各商会、そしてその商会の代表者の名前や有力者の名前が結ばれており、また銭荘と商会間の棒線の傍らには融資や出資額に関する数字が記され、銭荘とその商会の代表者の名前や有力者の名前間の棒線の傍らに数行の文章が書かれていた。

 

そうしてもう一方の端には端の中央部に“スネージナヤ”と大きく書かれた文字に、開業予定の“北国銀行”の名前や元は璃月の金融機関であった銭荘だが、今ではスネージナヤの銀行家達、そして“ファデュイ”の手に落ちたスネージナヤの各銭荘の名前が書かれており、先ほどと同じようにそのスネージナヤ側の各銭荘から、そして今度は“三角”や“逆三角”印のマークが入っている各業界の各商会、その商会の代表者の名前や有力者の名前が結ばれており、そうしてスネージナヤの手に渡った銭荘とそれら商会間の棒線の傍らには融資や出資額に関する数字が記され、またスネージナヤ側に立つ銭荘とその商会の代表者の名前や有力者の名前間の棒線の傍らに数行の文章が書かれていた。

 

「…」

 

忍は目を細める。目の前に広がる巨大な情報の塊。数多の数の棒線が交錯しあい、複雑な模様を描くその巨大な紙を見ながら忍は考える。

 

この巨大な紙にあるそれらは璃月という国家の現状。そしてそこに記された膨大な数の棒線はそれぞれの複雑な関係を示しており、その紙は正しく現在の璃月という国の内情を取り纏めた縮図であり、その縮図で繰り広げられる璃月という国で行われている“それ”。

 

言うなれば璃月という国の盤面上で行われている“璃月”と“スネージナヤ”、それぞれ双方の駒である金融機関の“銭荘”が、璃月とスネージナヤの銭荘同士、そしてその“銭荘”の影響下にある商会やその商会の代表者の名前や有力者の名前の人物が繰り広げているであろう、それぞれの利権争いや駆け引きを暗示しているようであり、それはそれら“銭荘を使った璃月とスネージナヤの影響力と言う名の勢力争いの図”、あるいはそれを含めた“互いの計略や謀略による現在の状況を現している絵図”のように見えた。

 

「…」

 

忍は難しそうな表情を浮かべながら、それらの図を見て、改めて自分が、今の自分達の状況が、どれだけ複雑で難しい局面にあるのかを理解する。

 

今のところ、璃月七星のそれぞれの七星のメンバーと深い繋がりや関わり合いがある商会というのは、全て“二重丸”や“丸”印のマークが入っている商会であった。

 

「…だが、油断は出来ないな」

 

忍はそう呟く。

 

忍の視線が幾つかのの商会に突き刺さる。その幾つかの商会自体は“丸印”であり商会の代表者も“丸印”であったが、その他の有力者達の印のマークの四分の一から三分の一程度が“三角”や“逆三角”印であり、またいずれもそれらの商会と他の商会間を結んでいる棒線、“協力・協調”もしくは“中立”関係にあるその商会や代表者や有力者達の印のマークの大半が“三角”や“逆三角”印であったのだ。

 

「これが彼らの“計略”、そして“謀略”というわけか…」

 

忍は難しそうな表情を浮かべる。

 

それはその幾つかの商会は三角や逆三角印の包囲網下、つまりスネージナヤ、ファデュイの計略や謀略の影響下に置かれつつある要注意な商会という事であり、しかもその二つの商会のそれぞれからあらゆる方向に伸びている棒線の中のには、最上部にあるとある七星名へと目掛けて直接伸びていき、そしてそれらが直結して結ばれてしまっている棒線があったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日の少し曇り空の璃月港。本来であれば太陽が真上から照らされる時間帯ではあるが、偶々雲に隠れてしまい、その光を隠していた。

 

そしてそんな街中とある建物、その建物こと煙緋の“煙緋法律事務所”で煙緋と忍は“天権”凝光からの依頼、“金融・銀行法改定法案の添削・批評依頼”、そしてその凝光の依頼を確実に遂行するために行うための調査、“璃月産業界・商会調査”等の対応を行っており、この日は特に調査等のために出かける必要はなかったので、二人は事務所の中でそれぞれの事をしながら過ごしていたのであった。

 

「…」

 

煙緋はチラッと忍の方に目を向ける。

 

「…はぁ」

 

忍が真剣な眼差しでその図や、近くに置かれていた商会の調査に関する資料を眺めているのだが、明らかに疲れが溜まっているような様子を見せていた。

 

「…ふふっ」

(真面目だな、忍さん)

 

そう思いながら煙緋は微笑み、大きな机の上に広げた資料や手元にあった書類や本を閉じる。

 

「忍さん。どうやら、かなり疲れが溜まっていそうだね。そろそろ休むかい?丁度、お昼の時間だし」

 

「あっ、煙緋先輩…。えっと、そうですね。もうこんな時間ですか……」

 

そう言って忍は窓から外を見る。外は丁度太陽が雲に覆われてしまっているためにそこまで明るくなかったが、それでも十分な晴れやかな青空が見えており、また窓の外からは心地よい風が流れ込んできており、それが忍の頬を撫でたのであった。

 

「…そうですね。では、そうしますか」

 

「うむ、分かった。なら、ちょっと待っていてくれ。…あ」

 

煙緋は何かを思い出したかのような声を出す。

 

「どうかしました?」

 

「ああ、すまない。そう言えば作り置きしていた料理が今は無かったんだな」

 

煙緋はそう言いながら立ち上がる。

 

「…ふむ、ついてないな」

 

(そう言えば食材が殆ど無かったんだった…。面倒だが、まずは食材の買い出しに行かなければ)

 

そう考えながら煙緋は身支度を始めようとした。

 

 

 

その時であった。

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

煙緋法律事務所の扉が開かれると同時に、一人の男の声が聞こえてきてそしてその男が法律事務所の中に入ってきたのである。

 

 

 

「うん?…この声は、まさか?」

 

「っ!?瞬詠なのか…?」

 

煙緋と忍は驚きながら声が聞こえてきたその方向に振り向いた。

 

「久しぶりだな、煙緋と忍。凝光さんからの依頼、また璃月港にある商会の調査の方も順調のようだな」

 

そこには、黒髪の中に少し灰色の髪が混じり、灰色を基調とした璃月洋装の服装をしていた瞬詠が入り口の所に立っていたのである。

 

「おぉ、瞬詠じゃないか!!久しぶりではないか!!…全く、ここ最近、姿を中々見せてくれないから心配したよ。まぁ、相変わらず元気そうな顔が見れて安心したが」

 

「久しぶりだな、瞬詠。しばらく会っていなかったが、仕事が大変だったのか?」

 

煙緋と忍は嬉しそうな表情を浮かべると、すぐに椅子から立ち上がり、瞬詠の元まで駆け寄った。

 

「ははっ、本当に久しぶりだな。すまなかった、今までかなり色んな出来事や案件が立て込んでいてな。なかなか顔を出せなかったんだ。今ようやく、ある程度落ち着いてきたから、多少は自由に動けるようになったという訳だ。それにしても、二人共、変わりなくて何よりだよ」

 

そう言うと、瞬詠は優しく微笑みかけた。

 

「成程な。瞬詠も随分と忙しかったみたいだな…。うん?」

(…なんだ、この匂い、美味しそうな匂いは?)

 

その時、煙緋は事務所の中が先ほどよりもずっと良い香りが漂っている事に気付く。

 

「成程、そうだったのか…。そう言えば、瞬詠。それは何だ?」

 

忍は瞬詠の話に頷く。そしてふと、瞬詠が手にしていた手提げ袋を指差しながら尋ねる。

 

「これか?これは自分の差し入れだよ。以前に甘雨が、凝光さんからの依頼をこなす煙緋達の手伝いをするために甘雨がよくここ、煙緋の法律事務所を訪れていたという話を聞いていたんだが、その時によく差し入れをしていたという話を聞いていたから食べ物を持って来たんだよ。…甘雨から煙緋の好物が豆腐だと聞いたから、万民堂で“かにみそ豆腐”を買って、ここまで持って来たんだ」

 

瞬詠は万民堂で買って来たというかにみそ豆腐が入っている袋を軽く持ち上げて見せた。

 

「おお、かにみそ豆腐か!?それは、ありがたい。とても嬉しいぞ!!」

 

「差し入れか。瞬詠、あんた、ちょうどいいタイミングでここに来たな。ちょうど、今の仕事に一区切りをつけようと思っていた所だ」

 

煙緋は満面の笑みで、忍は落ち着いた様子で感謝の言葉を述べた。

 

「それなら良かった。なら、冷めないうちに早く食べよう。まだ十分に暖かいはずだ」

 

「うむ、そうだな。早速、頂こう。瞬詠、それらをその空いている机の方に置いといてくれ。忍さん、忍さんは皿などを頼む」

 

「ああ、分かった」

 

「分かりました、煙緋先輩」

 

そうして、三人は事務所の中にある来客用のテーブルに食事の準備を始め、それぞれの皿に料理を盛り付けていったのであった。

 

「よし、準備できたな。では、頂こう。うむ、いただきます」

 

「はい、先輩。いただきます」

 

「あぁ、いただきます」

 

そしてそれぞれの席に着いた三人は、瞬詠が万民堂で買って来た料理を食べ始めたのであった。

 

「んっ、んぅ、…ふぅ」

(やはり豆腐、それも万民堂のかにみそ豆腐は絶品だな……。美味しい……)

 

煙緋は満足そうに微笑んで、ゆっくりと味わうように食べる。煙緋の口の中に豆腐本来のあっさりとした味わいと柔らかい食感、そしてカニの旨みや風味に味噌のコクが合わさって煙緋の舌の上に広がり、それが煙緋の心を癒し、心を踊らさせた。

 

「んっ、美味しいな。…やはり万民堂の料理は、本当にどれもこれも本当に美味しいな」

 

忍もそう言いながら、黙々と箸を進めて口に料理を運ぶ。忍の口の中に豆腐の優しい味わいとほのかな甘味が広がり、それが忍の心を満たしていく。

 

「あぁ、本当に美味しいな…。ははっ、煙緋、そんなに美味しいのか?随分と幸せそうに食事をするな」

 

「あっ、美味しくてついな……」

 

瞬詠は微笑ましそうに煙緋を見ながら言う。

 

「んっ、ごちそうさま」

 

「ごちそうさま」

 

「ごちそうさま」

 

そして瞬詠が買って来たかにみそ豆腐を食べ終えた煙緋達は食後の挨拶をしたのであった。

 

「…ふっ、どうやら煙緋は本当に、豆腐が大好きなんだな」

 

瞬詠は口元が緩んでいる煙緋を見て、楽しそうに笑う。

 

「うっ、あぁ、私は豆腐が大好きだぞ。…豆腐のこの味わい、この柔らか~~い食感、それにどんな汁物にも合って、栄養豊富な点。そして何よりもだ。豆腐、豆腐は季節を問わず安定している入手性が私の好みに刺さっているんだ。この『最高になれずとも完璧を求める』。豆腐料理こそまさに私の欲する味そのものなのだよ~~!!……っと、いかん、つい熱く語ってしまったな」

 

煙緋は興奮気味に早口で言うと、ハッと我に帰る。

 

「ははっ、相変わらず面白いな、煙緋。まさか豆腐にそこまでの強いこだわりがあるなんてな」

 

「ふっ、先輩もそういう所があるんですね」

 

瞬詠はおかしそうに笑い、忍も小さく微笑んでいた。

 

「う、うるさいぞ!!瞬詠、忍さん!!…全く、どうやら君達に豆腐の素晴らしさやありがたさについて、今度時間のある時にじっくりと教えてやらねばならないようだな…。あっ、そうだ!ふふっ」

 

煙緋は少し恥ずかしそうにする。だが、すぐに何かを思い付いたのか悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「うん?どうしたんだ?煙緋?」

 

「どうしたんですか、先輩?」

 

瞬詠と忍は不思議そうな表情で首を傾げる。

 

「いや、今度時間のある時…。まぁ、まずは凝光殿からの依頼の仕事が終わってからになるが、瞬詠と忍さんに私の豆腐料理を…。そうだな、この万民堂のかにみそ豆腐と同じくらい美味しい豆腐料理を振舞おうと思ってな」

 

「おぉ、本当か?ははっ、それは楽しみだな」

 

「本当ですか、煙緋先輩。それは嬉しいですね」

 

煙緋の言葉に瞬詠は嬉しそうな笑顔で、忍は落ち着いた様子で答える。

 

「あぁ、勿論だ。『約束』だ…。ふふっ、瞬詠と忍さんには私の豆腐料理の手伝いをしてもらいながら、色んな豆腐の良さを分かってもらうとしよう。覚悟しておいた方がいいぞ?瞬詠、忍さん。ふふふっ」

 

そして煙緋は瞬詠と忍に向かって不敵に笑ったのであった。

 

「えぇ、自分も手伝うのかぁ?」

 

「何を言ってるんだ瞬詠?ついさっきの口頭でのやり取りで『約束』、つまりは『契約』をしてしまっただろう。もう逃れる事はできないぞ。破ったら、私直々に『炎食いの刑』を受けて貰おうか?」

 

「うわっ、この悪徳法律家め」

 

「ふふん、何を言う?私は悪徳法律家ではなく、璃月港で有名な法律家だぞ?」

 

瞬詠はしてやられたと苦笑いを浮かべて言うと、煙緋は得意げに笑って返す。

 

「ふふっ、そうですか。その日が楽しみです、先輩」

 

そして忍も煙緋と瞬詠のやり取りに微笑んで言った。

 

「あぁ、その通りだな。ふふっ」

 

煙緋は楽しそうに微笑んで返した。

 

「よし、瞬詠。ありがとうな。それでは私は、この皿を片付けてくるとしよう。その間に二人は休んでいてくれ」

 

「ああ、分かった」

 

「はい、分かりました。煙緋先輩」

 

そうして、煙緋は自分達の使った食器を持って流し台の方へと持って行く。

 

「ふっ、ふふ~ん♪」

 

煙緋は鼻歌を歌いながら、機嫌良さそうに煙緋は自分達の使った皿を丁寧に洗っていきながら、いつか瞬詠や忍に自分の豆腐料理の料理を手伝わせて一緒に料理をする光景を想像し、それを楽しみにしていたのであった。また、その時にはどのように瞬詠と忍の二人に豆腐の素晴らしさを教えてあげようかと心の中で考えていたのでもあった。

 

「ふぅ…待たせたね。おや?」

 

そうして、煙緋はそれらを済ませて二人のいる場所に戻って来た。

 

「___あぁ、任せたぞ。忍。これはおそらく、いや、忍にしか出来ない事だと思われるからな」

 

「あぁ、分かった。瞬詠。まぁ、取り合えず、気を付けてみてみるさ。もしも先輩の身や周辺で怪しい事や不審な事があれば、瞬詠に連絡、相談する。些細な事であってもな。それに最悪もしも、先輩に__」

 

そこには真剣な面持ちで話し合う瞬詠と忍の姿があった。

 

「……瞬詠、忍さん。どうかしたのか?」

 

「___おっ、煙緋か。もう終わったのか。いや、特に何でも無いぞ。ちょっと忍と個人的な話をしていただけだ」

 

「___あっ、煙緋先輩。お疲れ様です。特に何でもないですよ」

 

瞬詠と忍は煙緋に気が付いて声をかける。

 

「……うん?そうか。なら良いんだが……」

 

煙緋は少し不思議に思いながらも、深く追求しなかった。

 

「…それにしても」

 

そう言いながら瞬詠は席を立つ。そして、忍の机の方に置かれていた巨大な紙、璃月の市場や業界、また商会等といったそれぞれの相互関係等の情報を取り纏めた“璃月業界情勢図”の方に視線を向ける。

 

「本当に凄い……。自分も甘雨経由で煙緋や忍が凝光さんの依頼を完璧にこなすため、璃月の市場や業界、また各商会に関する情報を集めて、一纏めにしているとは聞いていたが……。ここまで詳細なものを作っていたなんて……。こりゃあ、驚いたな」

 

瞬詠は感嘆した様子で呟く。

 

「あぁ、それの事か」

 

「これか…本当に大変だったんだぞ」

 

煙緋は瞬詠の視線の先にあるその“璃月業界情勢図”に気が付き、忍は本当に疲れたかのような苦笑いを浮かべる。

 

「…煙緋、この紙、この図を“写真機”で撮っても構わないか?」

 

瞬詠はそう言いながら、写真機を取り出す。

 

「写真機だと?構わないが…。ほぉ、これはこれは」

 

煙緋は瞬詠が手にしている写真機に目を見開く。それは厳格な法治国家でもあり高度な技術国家でもある正真正銘のフォンテーヌ製の写真機であったからだ。

 

「ふむ……。まさか、璃月で写真機を。それにフォンテーヌ人でもない瞬詠が、写真機を持っているとはな。瞬詠、どこでこれを手に入れたんだ?写真機、フォンテーヌ製の製品と言うのは、とんでもなく高価なはずだぞ?」

 

煙緋は興味深げに瞬詠に尋ねる。

 

「あぁ、それはだな……。実は以前、北斗の姐さんの“南十字船隊”に所属していた頃、その時に知り合ったフォンテーヌ人の知り合いから貰ったものなんだ。『瞬詠って、ある意味空を自由自在に飛べる訳だから…、それってつまり上空から綺麗な写真を!!場合によっては迫力のある写真を取れるってことだよね!?ねぇ!!試しに写真撮ってみてよ!!あの場所からとか!!』とかなんとか言って、最終的にこの写真機を自分にくれたんだよ」

 

「ほぉ、成る程」

(確かにそう言えば、瞬詠は“南十字船隊”の時に船長の北斗殿、そうして南十字船隊の“眼”として、船隊上空や海の上を飛び回っていたとも言っていたな…)

 

煙緋は瞬詠の話を聞いて、納得したように軽く首を縦に振る。

 

「まぁ、そういう訳だ。この写真機は今でも大事な仕事道具だし、結構使い込んでるから、もはや仕事道具と言うよりか、相棒と言えば良いのか、それとももしかしたら、自分にとっては“風の翼”に次ぐ自分の半身的な物になってるかもな」

 

瞬詠はそう言うと写真機を構える。そして、パシャリと音を立てて、煙緋が作成したその図を写し取る。そして写し取ったそれが、写真機内部で現像され、一枚の写真となって排出される。

 

「…うん、ざっとこんな感じだ」

 

瞬詠は排出された写真を見て、納得したかのように一つ小さく首肯すると、その写真を煙緋に差し出す。

 

「ほぉ、これは…。これが写真か。机の上にあるその紙と全く同じだな」

 

煙緋は瞬詠から受け取ったその写真を手に取り、まじまじと見つめていた。

 

「ああ、そうだろ。全く、フォンテーヌの技術力には驚かされてばかりだよ。フォンテーヌでは写真機の他にも色んなものが開発されていて、例えば“映影機”という、どうやら動いているものや流れているものそのものを記録して、その記録したものを再度その場で映写して再生する事ができる機械もあるらしいぞ」

 

「ほぉ、そうなのか。それは興味深いな」

 

「“映影機”か…」

 

瞬詠は思い出すかのように呟き、煙緋や忍も興味深げに話を聞く。

 

「さてと、あと二枚程、凝光さん達に渡す用の写真を撮るか」

 

瞬詠はそう言うと、再び写真機を構えてその図の写真を撮っていく。

 

「…よし、こんなもので良いだろう。煙緋、その写真を返してくれ」

 

「あぁ、分かった」

 

煙緋は瞬詠から渡された写真を瞬詠に手渡し返すと、瞬詠はそれらの写真をしまった。

 

「さてと、そろそろ行くとするか…。あ、煙緋、ちょっと良いか?」

 

そうして煙緋法律事務所の出入り口に行こうとした瞬詠であったが、何かを思い出したかの如く、煙緋の方を振り返る。

 

「んっ?どうかしたのか?」

 

「いや、実は今日この後に、ちょっと用事で凝光さんがいる“群玉閣”に行くつもりなんだが、何か凝光さんに言っておいてほしい事、もしくは伝言とかはあったりするか?何でも良いぞ?」

 

「凝光殿に言っておいてほしい事、それに伝言か?うむ、そうだな…」

 

煙緋は少し考える。

 

「あ、そう言えば一つ良いか?今私が行っている凝光殿の“金融・銀行法改定法案の添削・批評依頼”に関して何だが」

 

「おっ、なんだ?」

 

「あぁ、凝光殿にこう伝言をしてくれないか?『順調に凝光殿の依頼は進められているが、可能であれば凝光と直接現行の法案や改定予定の法案についてを話し合いながら行いたい。今の手紙を介したやり取りの方法よりも効率的、効果的だ。認識の誤りや齟齬による修正や指摘のズレもより少なく済ませられるだろう。だから、もし良ければ一度直接お会いして、今の法律、そして凝光殿の法案や凝光殿の法案をベースに私が考えた法案に関して話し合う機会を設けて頂けないだろうか?』といった内容で凝光殿にお願いして欲しいんだが、頼めるか?」

 

煙緋は瞬詠にそう伝える。

 

「あぁ、勿論だ。それぐらいなら任せてくれ」

 

「それは良かった。じゃあ、よろしく頼むぞ」

 

「あぁ、分かった。…あとそれとなんだが、煙緋」

 

瞬詠は頷くと、真剣そうな表情を浮かべながら煙緋に尋ねる。

 

「なんだ?」

 

「煙緋はここ最近『身の回りで怪しい事や不審な出来事』、もしくは『この辺りで挙動がおかしい人物や怪しい人物、また不審者等を見た』とかはしていないか?」

 

「んっ?『身の回りでの怪しい事や不審な出来事』、それに『この辺りで挙動がおかしい人物や怪しい人物、また不審者等を見た』かだと?ふむ…」

 

瞬詠からの質問を聞いた煙緋は考え込む。

 

「…いや、特にそれと言った心当たりは無いな。ここ最近、事務所付近で何か気になった事があったわけでも無いし。…まぁだが、今度から瞬詠に言われたことを意識して、周りに目を配るようにはしてみるよ」

 

「そうか、ありがとう。まぁ、もし何かあったら、いつもこの近くの見回りをしている巡回中の千岩軍や総務司に報告や相談するなりすると良いぞ。それか普段、自分や甘雨がいる月海亭まで来てくれれば、いつでも自分が相談に乗るからな」

 

「…ふむ、分かった。何かあったら相談しよう」

 

「あぁ、頼むぞ」

 

煙緋は瞬詠の忠告に一つ首肯すると、瞬詠も一つ首肯した。

 

「さてと、それでは自分はそろそろ失礼するとするよ。煙緋、それに忍も凝光さんからの依頼を頑張ってな」

 

「あぁ、そちらこそな。瞬詠も仕事を頑張ってくれ」

 

「あぁ、瞬詠も頑張るんだな」

 

「あぁ、お互いにな。じゃあ、また来るよ」

 

瞬詠は忍と煙緋に別れを告げると、扉を開けて外に出ていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

「…」

 

とある月光が照らす璃月港。完全に日が落ち、月夜が支配する夜の時間となった頃。

 

その璃月港の外れにあるとある桟橋にて、一人の男性が佇んでいた。

 

「…っ」

 

男は海風に当たる為に桟橋の上に立ち、そこから見える景色を見つめていた。そこから見える景色と言うのは、海に沈む美しい満天の星空であるが、彼はそれより先、遥か地平線の先にある“とある海洋国家”を見つめていた。

 

「…ふふっ、“瞬詠”。そんなに“稲妻”が恋しいのかしら?」

 

刹那、彼の背後より突如として女性の声が響く。

 

「…まぁな、“夜蘭”。稲妻が恋しくないなんて言ったら、嘘になるな」

 

音や気配を発することなく、いつの間にかそこにいた女性。彼女、夜蘭は妖艶な雰囲気を漂わせて腕を組みながら彼、瞬詠と同じように地平線の彼方に視線を向けていた。

 

「あら、やっぱりそうだったのね。…ふふっ、本当に面白いわね。忍さんが言っていた稲妻で『瞬詠もとい“黄金の翼”が冥界巨獣の“海山”との戦いで刺し違えて、そして命を落とした』…こんな感じの噂が流れただけで、稲妻の有力者達が非常に悲しんだり、酷く取り乱し、そしてそれが稲妻の“天領奉行”や“社奉行”を中心に大きく動かして、それが先の『稲妻の外交団の怪しい動き』に繋がっていたなんて…ふふっ、まさかこんなに面白可笑しい展開になるとは思わなかったわ」

 

夜蘭はくすっと小さく笑う。

 

「いや本当に笑い事じゃないんだけどな…。取り合えず、彼らや彼女達宛に謝罪の手紙を書き終えて、もう彼らや彼女達全員に手紙が届いた頃だと思うが……」

 

瞬詠は困ったように頭を掻く。そして夜蘭の方に振り返った。

 

「…まぁ、それはそうとして。今回の報告を聞かせて貰おうか」

 

「えぇ、勿論よ。ほら、これがその“報告書”と例の“故郷を忘れた同郷達と関わり合いのある者達に関する名簿”よ。“怨人達に関する者達の名簿”の方はまだ情報収集中だから出来てないわ。ただいずれにしろ、“故郷を忘れた同郷達と関わり合いのある者達に関する名簿”の方もまだ暫定版だから。まだまだ検証する余地があるわね」

 

そう言うと夜蘭は懐から二つの書類を取り出した。

 

「そうか、ご苦労様だな。じゃあ、早速確認させて貰うとするよ」

 

瞬詠はそう言いながら書類を受け取ると、一通り内容を確認する。

 

「…ふむふむ、成程な」

 

そう言うと瞬詠は難しそうな表情を浮かべながら、考え込むような素振りを見せる。

 

「どうだったかしら?…“特別監査官”殿?いえ、“特別代行官”様?」

 

夜蘭はニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「…はっ、そうだな、一言で言えばかなり面倒くさい事になってるな…と。奴らの本命の目的、この内どれの動きが本命なのかが分からん。…それになぜだ。なぜ、___」

 

瞬詠は苦笑いしながらそう呟くと、再び口を開く。

 

「___璃月港にいるファデュイの外交官達や執行官達、そして彼らの配下の部下らしき者達や諜報員らしき者達の動き、なぜこれに全体的な統一性が無いんだ?…いくら何でもバラバラすぎる。普通であれば目的や目標を達成する為に、動きのどこか繋がりや共通点があってもおかしくはないはずなのに、それすらも見えてこない。いやむしろ、だからこそ、か?……だが、そうだとしても、これは一体どういうことなんだ?」

 

瞬詠は首を傾げながら、不思議そうに眉をひそめる。

 

「確かに、そう言われてみると妙よね。おまけにまるで、意図的に彼らの動きを私達の方に見せつけているみたいに動いているところもあるし…。本当に、不可解よね」

 

夜蘭は顎に手を当てて考える。

 

「あぁ、そうだろう?…だがそれよりも、この名簿の方だが…。正直、覚悟はしていたが、実際に見てみたら、まぁ…。うん、思った通りだな」

 

「ふふっ、総務司や王山庁、それに和記庁を中心とする“七星八門”、それに瞬詠や甘雨が所属している“月海亭”に、まさか彼らの“内通者”や“協力者”がいたとはねぇ?」

 

夜蘭は面白そうにクスリと微笑む。

 

「あぁ、全くだ。妙に気になる動きをする者達が何人かいるのには気づいていたが、実際にその可能性が高い事を目の当たりにしたら、さすがに驚きを禁じ得ないな。…やはり、凝光さんに無理言ってお願いして正解だったな」

 

「えぇ、そうね。それにこの多くの情報。私単独だったらここまでの量や精度の高い情報は得られなかったでしょうね。…瞬詠、貴方の『密偵防諜部』。本当にこれを設立して正解だったわね?これのおかげでもっと組織的に動けるようになった分、より多くの、より高度な情報収集を行う事が出来るようになった事だし、また私自身の情報収集の量も質も大きく上がったもの。ふふっ」

 

夜蘭は妖艶に笑う。

 

「まぁな。…と言うか元々当初は、ただ夜蘭さんの能力を最大限に発揮させ、そしてその能力をふんだんに活用するための簡単な小さな支援組織だった筈だったんだが…。それがどうして、こんなちょっとした本格的な秘密機関みたいなものに…。でもまぁ、もう今になってはもう良いけどな。それどころか、俺達の『密偵防諜部』はまだまだ改善の余地があるんだ。現時点の防諜能力、諜報能力ではまだまだ完璧とは言い難いからな…。この程度で、満足することなんてできんよ」

 

瞬詠は夜蘭に苦笑いを浮かべながら、そして真剣な表情で呟く。

 

「…それぞれ少し違うが、例えば稲妻であれば表の『天領奉行』と裏の『終末番』、モンドであれば表の『西風騎士団』と裏の『地下情報網』、そして璃月の表の『千岩軍』と裏の『密偵防諜部』のような感じの組織にしなければならないし、行く行くはそれ以上の諜報能力や謀略能力、場合によって工作能力を開発、それらを向上化させていかなければならないからな。…そう、全てはより効率的、効果的にファデュイに対する抑止力、またファデュイにとっては無視できない程の牽制能力や反撃能力を保持する事で、結果的に彼らが璃月に手出ししづらくさせ、好き勝手な事をさせない為に。…必ず、必ずだ。必ず、一流の諜報機関を築き上げなければ」

 

瞬詠は力強くそう言いきる。

 

「ふふふ、随分と理想的ね。だけどそこまで行くのはなかなか大変だと思うわよ…。まぁ、だからこそやりがいがあるのかもしれないけど」

 

夜蘭は苦笑する。

 

「まぁな。…全くとんでもない事になっちまったよ。ただでさえ、あの暴走女の刻晴の部下なんてやっているからもの凄く忙しい上に、稀に凝光さんからの仕事がやってくるわけでそれの対応も行わないといけないわけで今も一部行っているわけだし、おまけにたまに自分の仕事を終わらせるために甘雨を探し回ったり、また終わらせるために彼女の仕事の手伝いをしなきゃいけない事態になって、そうして今度は夜蘭さんの『密偵防諜部』だろう?…冗談抜きで、このままいくと過労死してしまう未来しか見えないんだが……?」

 

瞬詠は困ったように笑う。

 

「あら、それは大変ね。……でも、大丈夫よ。貴方なら何とかなるでしょ?何故なら貴方は月海亭や七星八門で“仕事人”として名を馳せているから。だからきっと、これからもどうにかやっていけると私は思うわ」

 

「…いや、それって周りには“凄腕”とかそういう意味の方で名が通っているようだが、俺的には“働きすぎ”もしくは“激務”という意味の方としかで受け取れてないんだが…。全く凝光さんが、凝光さんの頼まれている仕事や今の夜蘭さんの『密偵防諜部』に関する仕事を刻晴に知らせるのは厳禁、また刻晴、一部は甘雨達にもバレないように秘密裏にやりなさいなんて無茶苦茶すぎる制約なんてつけるから、こんな面倒な事になるんだろうが…」

 

「ふふっ、大変ね。…でも、分かっているんでしょう?」

 

夜蘭はニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる。

 

「あぁ、分かってるよ。全てはあの暴走女、刻晴のためだ…。特に“怨人”達関係は…。本当に、本当にだ!!認めるのは癪ではあるが!!…はぁ、___」

 

感情を爆発させていた瞬詠は大きく溜息をつく。

 

「___あいつは次の時代の象徴となる存在だ。きっとあいつの存在が次の時代の扉を開く鍵となる。…言うなれば、この璃月港にいる“彼女達”、“甘雨”の奴に“凝光”さん、そして暴走女の“刻晴”が時代の象徴だとすれば…それは、___」

 

瞬詠は深く考え込み、そして口を開く。

 

「___そう、それは『“甘雨”が神や仙人達が人間達を率いる時代』の象徴。そして『“凝光”が神や仙人達を頼りに今を生きる人間達の時代』の象徴。そうして『“刻晴”が神や仙人達に頼らず自らの手で未来を築いていく人間達の時代』の象徴だ。だからこそ、凝光さんは自分を刻晴の直属の部下にしたんだろうよ…。あの暴走女、時に俺と怒鳴り合い、時にはお互いに手まで出しあう寸前の間柄の奴を、あの女がな…はっ、本当に笑えるよ。だが、まぁ…な?」

 

瞬詠はそう呟くと、口角を上げて、フッと微笑む。

 

「まぁ、俺はどこまでも、俺自身に割り当てられた仕事や責務を果たし続けるだけだ」

 

「…ふふっ、成る程ね」

 

夜蘭は瞬詠に微笑む。

 

「あぁ、あっ、そうだ。夜蘭さん。ちょっとこれの添削をお願いしたいんだが頼めるか?夜蘭さんは『特別重視名簿』、『秘密情報名簿』の編集者だから、是非とも俺が今までに試作した“これ”の添削をして貰いたくてな。頼むよ、夜蘭さん。…いや“特別情報官”殿?」

 

「あら、さっきの趣返し?…ふふ、良いわよ。」

 

瞬詠は先ほど夜蘭にされたようにニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ、夜蘭も悪戯っぽく笑う。そして瞬詠は夜蘭に“これ”、『有事行動指針書』と書かれた書物を渡す。

 

「…ふぅん」

 

夜蘭は瞬詠から渡されたそれを流し読みする。

 

「どうだろうか?」

 

「そうねぇ……。まぁ悪くはないわね。様々な事態を網羅していて、それでいて必要な情報やまた代替法とかも抜けていない。それに、とても簡潔明瞭にまとめられていて分かりやすいわ。でも、そうね……もう少し、もっと踏み込んでい良いんじゃないかしら?」

 

「…例えば?」

 

「そうね…思いっ切って『璃月七星のリーダーである“天権”凝光が暗殺、もしくは暗殺未遂に遭った』とか、更にもっと踏み込んで『岩王帝君が暗殺、もしくは暗殺未遂に遭った』とか?」

 

「はぁ?…いや、まあ確かにそういう状況はありえないという訳ではないが…。まぁ、ありとあらゆる状況を想定するならばそう言った状況をも考慮しないといけない…か」

 

瞬詠は夜蘭の指摘に呆れ顔になりながらも、どこか納得した表情を見せる。

 

「えぇ、そうね……。まぁ、これでも悪くは無いわ。及第点と言った所かしら?…でも、意外ね。瞬詠がこんなのも作れるなんて」

 

「まぁな…。今までに暇な時に“万文集舎”で良さそうな本を買って読んでみたり、後は稲妻の、海祓島にいる知り合いの“巫女”、いやこの場合は“軍師”と言えば良いのか?まぁ、彼女が過去にざっと見せてくれた“虎の巻”、またその虎の巻のその製作作業を見せてくれた時の事や製作する時のコツや注意点を軽く教えて貰ったりしたからな…。それを元手に、まあ彼女のオリジナル版には劣るが、璃月版虎の巻であるこの『有事行動指針書』の試作版が、今日ようやく完成したって訳だ」

 

瞬詠はそう言いながら夜蘭が手にしている『有事行動指針書』に、視線を向けながら頷いた。

 

「へぇ、そうなのね。…凄いわね、本当に」

 

夜蘭は感嘆の声を上げながら、改めて『有事行動指針書』に目を通した。

 

 

 

そしてその時であった。

 

 

 

「…うん?」

 

「…あら?」

 

瞬詠と夜蘭はすぐ近くに人の気配を感じ取り、そちらの方に視線を向ける。

 

「失礼します。瞬詠様、夜蘭様。ご報告がございます」

 

二人の視線の先には今の璃月港の闇夜に紛れるように黒と青の装束に身を包んだ、一人の男性が立っていた。

 

「あら、どうしたのかしら?」

 

夜蘭は笑みを浮かべる。

 

「はい。警戒監視中の第六班より緊急報告です。当該監視エリアにて“彼ら”、何らかの作戦行動中と思われる“彼らの諜報員らしき人物”の二人程の姿を捕捉しました。

 

男はそう言って、懐から小さな紙切れを取り出し、夜蘭に手渡した。

 

「……ふむふむ。成る程ね」

 

「…第六班の監視エリアと言えば…、“煙緋法律事務所”があるエリアだったか?もしかしたら、一部の奴らは勘づいたのか…?」

 

瞬詠は顎に手を当て、考える仕草をする。

 

「…さぁね?ただ、この前の夜の時は一人だったのに、今夜は二人となっているから…。ふふっ、何かあったのかは知らないけど、随分と面白くなってきたじゃないかしら?」

 

夜蘭は妖艶な笑みを浮かべる。

 

「…因みにその二人は“一線は超えた”か?…もしくは“一線を超えそう”か?」

 

瞬詠は真剣な眼差しを男に向ける。

 

「…いえ、まだそこまでには至っていないようです。しかしながら、作戦行動中の彼らの作戦目標次第では、“一線を越える”のは時間の問題かと思われます」

 

男は淡々と答える。

 

「…そうか」

 

瞬詠は小さく息をついて、思考する。

 

「……」

 

「……」

 

そして報告を行った男は黙って瞬詠をじっと見つめ、夜蘭も瞬詠の様子を静かに見守っていた。

 

「…まず第四班に伝達。第四班の監視エリアには半分残し、残りは至急第六班の監視エリアに急行せよ。そしてその後に警戒待機中の第七班に伝達。半分は至急第四班の薄くなった警戒監視網の穴埋めを、もう半分は大至急六班の監視エリアに急行せよ。そしてそのまま気づかれないように静観対応で対象の彼らの監視を行え。万が一彼らが煙緋法律事務所に接近を試みた場合、即刻煙緋法律事務所周辺で巡回中の千岩軍を、彼らと鉢合わせになるように誘導を行い彼らを撤退に追い込め」

 

そうして思考していた瞬詠は、思考した結果を元にそのように指示を出した。

 

「…申し訳ありません、瞬詠様。献言させてください。先に第七班に伝達を行い、第四班の補強を行ってから第六班に向かわせるべきでは?…このままでは第四班の監視対象の監視が手薄になってしまいます」

 

そこに、男はおそるおそる瞬詠に進言する。

 

「いや、それは駄目だ。確かに、第四班の監視エリアにある七星八門の“銀原庁”や“輝山庁”の監視を疎かにするのは愚策であるが…。今日、状況が大きく変わった。今や第六班の監視エリアにある“煙緋法律事務所”は“群玉閣”、“月海亭”に次ぐ重要施設の一つとなった。それに今の煙緋法律事務所には、“天権”凝光からの依頼に関する資料や、そして煙緋達が作成したとある“重要な図表”が置いてある。彼らの目的が何のかはまだ分からないが、どのみち我らが死守すべき最重要拠点の一つとなった以上、優先順位を変えるべきだ。…分かったか?」

 

瞬詠は鋭い瞳を男に向け、そう言い放つ。

 

「成程…。はっ、承知致しました。それでは直ちに第四班に伝達を行ってきます」

 

男は瞬詠の言葉に納得したかのように頷く。そして、瞬詠に頭を下げてからその場を離れた。

 

「…はぁ、本当に面倒な事になったな。…くそっ、何とかしてでも煙緋と忍の安全の確保をしなければ。それに目的が分からない以上、最悪を考慮して煙緋や忍を上手い感じに煙緋法律事務所から安全な場所に避難させるように誘導する必要もあるな…。いや、待てよ。…確か煙緋は凝光さんと直接話し合いをしたいって言ってたな?これを上手い事利用して…。それに凝光さんにもこの事を相談して…。それと___」

 

瞬詠は夜蘭から渡された“故郷を忘れた同郷達と関わり合いのある者達に関する名簿”に視線を向ける。

 

「___暫定版であるが、予定通り内部に潜んでいた内通者や協力者達の名簿も手に入った。これを利用して“次なる手”を打っても良い頃合いなわけだ。それに以前、彼らの内の一部が璃月の闇市場に流そうとして、結果的に夜蘭が鹵獲した“あれら”、“あの人”の協力のおかげで“改造”や“実証実験”も無事に終わった事だし、完全では無いもののある程度はファデュイの奴らが使用している“暗号の解読”も出来ている。あとは“個人的なファデュイの関係者達とのお話”もじっくりと出来たからな…。大方の準備は終えたと言えるだろう。…ならば___」

 

瞬詠はそう言うととある方向、以前に璃月七星とスネージナヤの外交官やファデュイの執行官達との会談を行い、そして今の遅い時間でも璃月とスネージナヤの一部の外交官達が会談を行っている会談会場に視線を向ける。

 

「___そろそろ本格的に、今璃月港で好き勝手動き回っているファデュイ、まぁどの執行官の配下にいるファデュイなのか、もしくはどの執行官のどの派閥のファデュイなのかまではまだ分からんが、どのみち今璃月港で傍迷惑な活動をしている彼らに対しては、“撹乱工作”を仕掛け始めても良いわけだ。…多少の事は今まで目を瞑ってきたが、そろそろお灸を据えても良い頃だろう。…璃月で警戒すべき相手は、岩王帝君や仙人達だけではなく、璃月の人間達をも警戒しなければならないという事を、ファデュイの連中にじっくりと教え込んで、分からせてやろうではないか…」

 

瞬詠はその方向を見つめながら服から“黒い鉄扇”を手にし、それをもう片方の手のひらを軽く叩きながら、静かにそう言い放つ。

 

「ふふっ、なんて聡明で、恐ろしい御方。…流石、“天権の懐刀”と呼ばれているだけはあるわね」

 

そして隣でずっと瞬詠の事を見ていた夜蘭は、隣で静かに呟くと同時にクスッと微笑む。

 

「ん?何か言ったか?」

 

「いえいえ、何でもないわ」

 

そうして瞬詠は夜蘭の方を振り返って、不思議そうな表情を浮かべ、それに対する夜蘭は瞬詠に向かって、ただ楽しげに首を横に振ったのであった。

 

 




随筆している最中、そして完成したのを読み返して、結構久しぶりに思いました。

何か主人公がいつの間にか勝手に(一応は凝光の許可の元で)璃月に新しい機関(秘密組織である諜報機関)を設立しちゃってるけど、これ大丈夫なの?(結構、ノリノリで書き上げちゃったけど…)

まぁ、相手がファデュイという巨大な組織なんだから、璃月側も組織で対抗するべきなのか…?

他にも随筆していて最終的に夜蘭がファデュイの“あれ”が鹵獲され、それを使えるように“改造”したって、なってしまっているけど。これ、ありなのか…(考えてみれば例えばモンドでの改造なら無理そうだけど、璃月なら普通の人間達なら無理だが…。これ、行けるの…か?)

…もう、そう言う事にしておきましょう(呆)。(一旦まずは、瞬詠の設立した『密偵防諜部』とそれに関わる“夜蘭”の設定をちゃんと固め、ちょっと全体的なストーリーの流れも一度整理、修正しておきます)



――――
◎解説(“璃月七星”について)
・璃月七星
→今までのストーリーで語られていますが、(前提として岩王帝君が亡くなられる前になりますが、)璃月七星は商業国家である璃月を優秀な商人達や業界のリーダーから選出された璃月を統治する七人、また璃月を管理する七人の事です。
具体的に璃月七星は毎年行われている迎仙儀式にて岩王帝君からのその年のビジネスや商業に関する神託や予言の内容を受け、受けたその神託や予言の内容やそれら方針に従い、それぞれ七星に割り当てられた職務をこなすことで、岩王帝君が定めた璃月の一年を実現させていく璃月の代表者達七人という事です。
七星の中で職務が明らかになっているのは、現在の所では凝光の“天権”が法律、刻晴の“玉衡”が土地・生活管理・建設・不動産となっております。他の七星は現在の所明らかになっておりません。
尚、それぞれ璃月七星の、“天権”、“玉衡”、“天枢”、“天璇”、“天璣”、“開陽”、“揺光”の元ネタは“北斗七星”のようで、七星名は“七星を構成する星の中国語名”みたいです。
余談ですが、璃月七星の七星名の呼び方ですが、取り合えずWikiで読み方の英語名があったので、(例えば“天璇”(Tianxuan))それをグーグル翻訳で発音させた音を参考にしてみましたが、正直リスニングには自信が無いため、間違っている可能性がありますが、そこはご了承ください。



―――――
追記1
・終盤の“瞬詠”と“夜蘭”の会話のシーンの追加修正(言い回し関連)を行いました。


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書状と使者、そして“四人目の影向役者”

完成したので投稿。

今回はオリジナル設定や要素、また考察ネタが発揮しております。

尚、今回も前半と後半に分かれており、前半のメインが煙緋となっております。

また今回の解説に関してですが、今回は無しとします。(本来なら今回の解説は、タイトルにある“影向役者”と“もう一つ”についてですが、“影向役者”の方は本編でも十分に取り扱われ解説されている事、またいずれの稲妻編についての事も考慮したため、“もう一つ”の方は後書きにて理由を記載します)


「…ふむ、こんなものか。忍さん、外出の支度はどうだ?終わったかな?…今日はいつもより増して、しっかりと身なりを整えないといけないからな。まだ時間に余裕はあるが」

 

外出の身支度を調えていた煙緋は普段の赤い帽子を被り、そして忍の方に視線を向ける。

 

「はい!もう少しで終わります!」

 

忍は少し焦った様子で答える。今の忍はいつも後頭部にて長い髪の毛を纏め縛っていた赤紫色の紐をほどいており、目の前の台に置かれていた置き鏡の前で、改めて下ろしていた髪を普段の髪型に結い直していた。だが自分が納得するような、満足がいく仕上がりでは無かったのか、忍はくしを使いながら何度も何度も髪を整えて、紐で結び直していた。

 

「ふふっ、そんなに慌てなくて大丈夫だぞ、忍さん。…どれどれ、折角だ。今私が結い直してあげよう」

 

煙緋は忍の慌てぶりを少しおかしそうに笑ってから、背後からそっと鏡を覗き込んで、忍の髪を手に取って結い始める。

 

「あっ、す、すみません、先輩。ありがとうございます」

 

忍は少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら鏡に映る煙緋と目を合わせて、丁寧にお礼の言葉を述べる。

 

「ふふっ、いいぞ、気にするな。ふむ…う~む。いや、少し違うな。こう、か?いや…」

 

くしを手にした煙緋は真剣な眼差しで忍の髪を結い直していくが、納得いかないと言った様子で首を傾げながら、丁寧に忍の髪の毛をくしで梳いていく。

 

「…」

 

そして忍は置き鏡に映っている真剣な表情で自分の髪を結う煙緋を見つめながら、静かに待つ。忍の瞳には真剣な煙緋の姿が映っていたのだが、忍はどこか煙緋ではなく、別の何かを見つめているようだった。

 

「…」

 

忍は黄昏ているようような、物思いに耽っているようにも見え、そしてどこか懐かしさを覚えるような、そんな表情であった。

 

「むぅぅ……。うん?忍さん、どうしたんだ?そんな表情をして。…もしかして、なにか間違えたか?」

 

煙緋は忍の変化に気が付き、忍に視線を向けて不安げに聞く。

 

「え?あっ、いいえ、その……煙緋先輩に髪を結ってもらっていることにちょっと…懐かしさや、温かみを感じていたんです。…何となく“あの頃”の事を思い出しちゃって」

 

忍は少し慌てた様子で首を横に振りながら答え、そして少し照れ笑いをしながら答える。

 

「うん?“あの頃”だと?」

 

「はい。私がまだ幼かった頃、鳴神大社に送り込まれる前の家にいた頃、そして鳴神大社に送り込まれた後の修行の合間、時折私の姉の幸が、こうして私の髪を結ってくれたんです。……幸の温もりを持った手、それを煙緋先輩から感じとってしまって、つい感慨深い気持ちになってしまいまして……」

 

忍は懐かしそうに目を細めながら、少し恥ずかしそうに頬を掻くが、その表情はとても穏やかで、優しさに満ち溢れていた。

 

「そうなのか……ふふっ、ならば___」

 

煙緋はそんな忍の様子を見ながら、穏やかに微笑む。そしてふと、煙緋はちょっとした悪戯でも思いついたような表情になった。

 

「___私の事を“煙緋先輩”ではなく、“煙緋お姉ちゃん”と呼ぶと良いぞ?」

 

「っ!?えぇっ!?」

 

煙緋は忍の両肩に優しく手を置いて、そして優しく忍の耳元で囁くように、忍にそう言い、忍は煙緋のまさかの言葉に鳥肌が立ち、忍の身体が僅かにビクンと跳ね上がった。

 

「ど、どうしてですか!?煙緋先輩!!私の事をからかっているのですか!?」

 

忍は思いもよらなかった煙緋の言葉に、思わず狼狽して、煙緋の方に振り向いた。

 

「ふふっ、さぁ?…ただ、お姉さんの温もりのある手、それが私のこの手と同じだというのなら、つまり私は忍さんのお姉さんであるということなのだと思ってなぁ?」

 

「なに言っているのですか!?煙緋先輩!?」

 

煙緋は悪戯っぽく微笑みなが、忍の両肩に両手を置いて、少しおどけた口調でそう言い放つ。それに対して忍は顔を真っ赤にし、思わず大声を出してしまっていた。

 

「まぁまぁ、忍。煙緋お姉ちゃんがしっかりと忍の髪結いをしてあげるから、もう一度前を向いてくれ」

 

「なっ!!からかってますよね!?それ絶対にからかっていますよね!?煙緋先輩!」

 

「ふふっ、さぁ?どうだろうなぁ?」

 

忍は大声を上げて、顔を真っ赤に染めながら、大いに慌てて、煙緋に抗議するが、煙緋はニヤニヤと笑みを浮かべており、忍の言う事をまともに取り合おうとはしなかった。

 

「もう!本当にいい加減にしてください!!煙緋先輩!!先輩!!くしを返してください!!自分で自分の髪を結います!!」

 

「ふふっ、ははは!いやいや、だめ、だめだぞ。忍、前の置き鏡の方に顔を向けてくれ。忍の髪は煙緋姉さんが結ってあげるから、大人しくしているんだぞ?ほら、前を向いた向いた」

 

「いやです!!くしを返してください!!煙緋先輩!!返してくれないなら、もう!私怒りますよ!?くしを奪い返すまでです!!」

 

「おっと!?…おやおや~、煙緋お姉ちゃんに反抗する気か~?」

 

恥ずかしさのあまりに忍は立ち上がり、くしを取り返そうと煙緋に掴みかかろうと、煙緋へと手を伸ばす。対する煙緋は寸前で忍の手からくしをよけ、忍の事をおちょくるように、ニヤニヤと笑いながら後ろに下がって、その場を避けた。

 

「くぅぅっ!!煙緋先輩!もう!いい加減にしてください!!もう怒りました!!くしをむりやりでも奪い取ります!!」

 

「おっと、悪い子だなぁ、忍。奪い返せるものなら、奪ってみるが良い。ほら、かかってくるがいいぞ?忍さん?」

 

忍は顔を真っ赤にしながらそう言い放つと、煙緋は普段は見せない感情を露にした忍のその姿を見て、さらにおちょくるように言葉を放ちながら、忍の事をノリノリでおちょくるように揶揄っていく。

 

「煙緋先輩!!もう!!もう!!怒りましたから!!くしを返してもらいます!!」

 

そうして忍は煙緋のその態度に、さらに腹を立てた様子で、本気で煙緋からくしを奪い取ろうと、煙緋に向かって掴みかかった。

 

「おっと!っ!!ふんっ!!ふふっ!!」

 

対して煙緋は忍の突撃をひらりと躱し、忍の追撃を避けながら動き回る。

 

「っ!!ふっ!!あっ!?」

 

「っ!!っぅ!!くっ!?」

(しまった!?くしが!!)

 

その時、忍のくしを奪わんと迫る手をひらりひらりと躱し続けていた煙緋は、忍の手を回避しようと少し大きく動いた際に、たまたまくしを握っていた手が滑って、くしを手放してしまう。くしはちょうど、煙緋の真後ろ、煙緋法律事務所の出入り口である扉の近くへと転がり、滑って行ったのだ。

 

「っ!!煙緋先輩!!返してもらいますよ!!」

 

「っぅ!?させないぞ!!忍さん!!ぐぅっ!?」

 

煙緋の手からくしが飛んで行ったことにチャンスと見た忍は、煙緋の後ろにあるくしを取り戻さんと煙緋の真横をすり抜けようとし、煙緋に向かって突撃していく。だが次の瞬間、煙緋は両腕を広げて忍の突進を煙緋は食い止める。しかし、相当の衝撃が煙緋の身体に襲い掛かったのか、煙緋が被っていた帽子が、ぽてっと床に落ちてしまった。

 

「っぅ、はぁ、はぁ、やったなぁ?忍さん?っぅ!!」

 

そして忍の突進を受け止めることに成功した煙緋ではあったが、忍の飛び掛かってくる勢いが強く、衝撃を全て吸収しきれずに、少し苦しそうな表情をしてしまう。だが、直ぐにニヤリと笑いながら、忍の背中や腰に回していた両腕をギュッと締め、忍のことを抱きしめ、そして忍を後退させるように、忍の身体を後ろへと引っ張りつつ、体重を忍に掛けていく。

 

「っぅ!?くっ!!私と力比べでもしたいんですか!?煙緋先輩!!いいですよ!!負けませんよ!!受けて立ちます!!ふんっ!!」

 

忍は煙緋に突撃を防がれたことを理解すると、足を踏ん張りながら煙緋の背中や腰に回した両腕、そして自身の身体でもって煙緋のことを押し返そうとする。

 

「っぅ!!っ!!やるな!!忍さん!!絶対に倒してやるぞ!!」

 

「っ!!ぐっ!!煙緋先輩!!絶対に負けませんからね!!負かせてやります!!」

 

煙緋と忍はお互いの強靭な力や拮抗する力を、全身で感じるように歯を食いしばりながら、一歩も譲らずに押し合う。

その場で膠着状態になってしまっていた二人は額に少し汗を滲ませながら、相手を睨みつけながらも笑みを向けて、一歩も引かないようにお互いを抱きしめる力を強めてお互いの身体に巻き付けあった両手、そして両脚により一層力を加えつつ、自身の身体で相手の身体を押し倒そうとする。それはまるで相撲の取り組みのような押し合いであった。

 

「ぐっ、くぅっ、っぅ」

 

「くっ、ぅ、うぅぅ」

 

忍と煙緋の身体は、一歩も引かぬように抱き付き合ってお互いを引っ張り合い、相手を押し倒そうと足を踏ん張りながら、相手の力を押し返すべく全力で押し合っては、倒さんと自らの足を相手の足に掛け、絡ませ、そして相手を倒さんと全身の力を使って押し合いをしていた。

 

「っぅ、うぅぅっ!!」

 

「っ!?くっ!!」

 

煙緋は目を見開く。忍との押し合い、勝負に負けるもんかと、煙緋が渾身の力を振り絞ったその時、煙緋の身体が前に傾き始め、足が少しだけ浮かび上がってしまった。煙緋の背中や腰辺りを抱き付かれている忍に少しだけ身体を持ち上げられ、そのまま僅かだが押されてしまったのだ。

 

「っ!!ぐぅっ!!」

 

忍は煙緋がほんの少しだけ身体を押した瞬間、自分が勝てると確信した表情を浮かべた。そしてそのまま更に力強く、煙緋のことを押し倒さんと力を込めていく。

 

「っぅ、ぐうぅっ!!っぅ!!負けないぞ!!」

(っ!!こうなったら、一か八か!!)

 

だが、その次の瞬間、煙緋の表情が変わった。先ほどまでの苦しそう表情とは一変し、僅かに好戦的な笑みを浮かべて口角を上げる。

 

「ふっ!!」

 

そして煙緋は不安定ながらも足を忍の方へと踏み出し、そのまま忍の足を払い除けるように力を込めた。

 

「っ!!くっ___あっ!!」

 

「ぐぅっ!!」

 

ドサッと、忍はバランスを崩されて、背中から床の方へと倒れこんでしまう。そして忍が床へと押し倒された瞬間、煙緋も身体の勢いを止めれずにそのまま忍を覆うかのように、前のめりになって倒れ込む。煙緋の足払いによって、忍は床に押し倒されて、その上に煙緋の身体が倒れ込んだのだ。

 

「っぅ、っぅ、はぁ、はぁ…」

 

「はぁ、はぁ、はぁ…ははっ」

 

煙緋に倒された忍は煙緋に床に押し付けられる形になって、床へと倒れ込む。忍は少し苦し気に、そして少し悔し気に息を荒くしながら、煙緋のことを見上げている。そうして煙緋はそんな忍の事を見下ろしながら、乱れた呼吸をそのままに、小さく笑みをこぼしていた。

 

「ふぅー……いやぁ、危なかったぞ、忍さん。だが、私の勝ちだな?」

 

「っぅ、はぁ、はぁ……ふぅ……そうですね、私の負けです」

 

煙緋は忍に覆いかぶさるようにしながら、床に倒れ込みつつ、勝ち誇った様子でそう言ってくる。そんな煙緋の勝ち誇った様子に対して、忍は悔しそうにしつつも、どこか清々しくも見える表情でそう言い返していた。

 

「ふふっ、それじゃあ、忍さん。大人しく置き鏡の前に座って、私に忍さんの髪を結わせてもらおうか?」

 

「…はい、分かりました。煙緋___」

 

忍が煙緋の呼びかけに素直に応じようとした、その時であった。

 

「こんにちは、煙緋さん、忍さん。お邪魔します。早く来すぎ___わぁっ!?」

 

その時、煙緋法律事務所の入り口が開かれる。煙緋の法律事務所に煙緋の先輩であり、月海亭の瞬詠の同僚で、璃月七星全員の秘書を務めている甘雨が煙緋法律事務所にやってきたのだ。そして甘雨は視線を下ろすと甘雨の足元の近くで、床に倒れ込んでいる忍と煙緋の姿を見て、驚きの声を上げて目を見開き、口を両手で覆ってしまう。

 

「あ、甘雨先輩…」

 

「あ、甘雨さん…」

 

煙緋と忍は、突然事務所にやって来た甘雨の姿に目を丸くする。

 

「あ、え、えっと、え、煙緋さんが、し、忍さんを押し倒して、し、忍さんが、煙緋さんを見上げて、え、え、な、なにを、なにを!?…え、えぇっ!?」

 

甘雨はあわあわと混乱したように、目を泳がせながら、途切れ途切れの言葉を放つ。目の前の状況に理解が追いつかないのか、甘雨はあわあわと目を回してしまっている。

 

「あっ、甘雨先輩!!違うんです、これは……」

 

「か、甘雨さん!!こ、これはだな!!」

 

床に倒れ込んでいた忍と煙緋はそんな甘雨に対して、少し焦りの混じった声で誤解を解こうと声をかけるが、甘雨はあわあわと混乱して二人の姿を交互に見つめている。

 

「い、いえ、その……だ、大丈夫ですから……わ、私は何も見ていないので!!も、問題ありません!!煙緋さんと忍さんが実は、そ、その、そのような関係であったのだとしても、わ、私は特に気にしませんので!!」

 

だが、甘雨は目をグルグルと回し続けながら、焦ったようにそう言い返してくる。

 

「いや待ってください!!甘雨先輩!!」

 

「甘雨さん!待ってくれ!これは、誤解だ!!」

 

煙緋と忍は激しく焦りながら立ち上がり、そして動揺しながら甘雨に対してそう叫ぶ。甘雨がとんでもない誤解をしてしまっているのはどこからどうみても明らかだ。

 

「だ、大丈夫ですよ、煙緋さん!!忍さん!!私、見なかったことにしますので!!そ、それに、その、え、えっと、えぇっと、そ、そう、お、応援を、私は応援してますので!!」

 

甘雨は目を大きく見開き、そして顔を真っ赤に染めながら、あわあわと混乱した様子でそう言い返してくる。どうやら完全に甘雨は煙緋と忍の二人は、そういう関係であったと勘違いしてしまっているようだ。

 

「甘雨先輩!!お願いですから落ち着いてください!!誤解ですから!!」

 

「甘雨さん!!違うんだ、話を聞いてくれ!!」

 

煙緋と忍は必死に説得を試みる。酷く盛大に勘違いしている甘雨を、一刻も早く正さなくてはいけない。このままでは、なにかとんでもなくヤバい噂が璃月港中に、しいては璃月中の間で広まってしまうかもしれない。

 

「え、えっと、そ、その……煙緋さん、忍さん、ほ、本当にすみませんでした!!今度から時間通りに、ちゃんと来ますので!!だ、大丈夫です!お二人の邪魔はしませんので!そ、それじゃあ!!」

 

甘雨は顔を真っ赤にして、必死に弁解しようとしている煙緋と忍に背を背けて、その場から逃げ出そうとする。

 

「待ってください、甘雨先輩!!くっ!!忍さん!!」

 

「だから甘雨さん、話を聞いてください!!っぅ!!はい、煙緋先輩!!」

 

その瞬間、煙緋と忍は同時に、そんな甘雨のその肩を掴み、そして羽交い絞めにして甘雨のことを抑え込む。

 

「ひぃっ!?煙緋さん!?忍さん!?いったい、な、なにを!?」

 

「甘雨先輩!!すみません!!一度大人しくしてください!!」

 

「甘雨さん!!落ち着いてください!!一度事務所の中に入ってお話しましょう!!」

 

煙緋と忍に羽交い絞めにされた甘雨はまさか二人に羽交い絞めされるとは思っていなかったのか、悲鳴を上げて涙目を浮かべ、逃げ出そうと必死に手足をバタつかせてくる。

 

「甘雨先輩!!本当に申し訳ない!!こちらへ!!」

 

「甘雨さん!!すみません!!中に入ってください!!」

 

煙緋と忍は二人掛かりで、事務所の中に無理やり甘雨のことを事務所内に引きずり込んでいく。

 

「ま、待ってください!!や、やめてください!!煙緋さん!!忍さん!!お願いだから、離してください!!い、いや、いやぁぁあああぁぁ!!」

 

そうして絶叫する甘雨は、抵抗空しく、煙緋と忍に事務所の中へと連れ込まれてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___まぁ、煙緋さんと忍さんは、かれこれ長いお付き合いというなるわけですし…そういう関係になっても、不思議はなさそうな感じがしますね…?」

 

「か、甘雨先輩…。もう本当に勘弁してください…。わ、私達は、ただの師弟関係なだけなんだ……」

 

「甘雨さん…。本当にもうその話をしないでくれ……。私の心臓が保たない……」

 

甘雨がそう言いながらジト目を送り、それに対して煙緋と忍は二人揃って顔を真っ赤に染めながら、消え入りそうな声で甘雨にそう訴えかける。なんだかんだ甘雨は煙緋と忍達に無理やり事務所に引きずり込まれた事に根を持ち続けていたのか、その話をネタにして煙緋と忍を揶揄い続けて口撃を行う事で、煙緋と忍の心やメンタルを攻撃を行い、そうして煙緋と忍の羞恥心を煽って、煙緋達を悶絶させているのであった。

 

あの後、煙緋と忍達によって事務所内に引きずり込まれた甘雨は、煙緋と忍に羽交い絞めにされた状態で椅子に座らされ、そしてそんな甘雨の前に大慌てで煙緋と忍が説明を事情の説明を行ったり、完全にパニックに陥っていた甘雨が煙緋達の説明を間違った解釈をして、更に大混乱に陥ったりと、事務所内は混乱を極めた状態になっていた。だが大混乱していたが、それが一周回って、逆に双方ともに冷静になれたのか、最終的に甘雨は納得した様子を見せ始めて、ようやく騒動は落ち着いたのである。

 

そうして、煙緋と忍は身支度を改めて整え、正式に“使者”として二人を迎えに来た甘雨と共に煙緋の法律事務所を後にし、三人は最終的な目的の場所、そしてその最終的な目的の場所の途中にあるとある場所、その場所でとある“人物”と合流する為に、まずはその場所へと足を進めたのであった。

 

「___だが、甘雨先輩。本当に普段の服装で良かったのですか?やろうと思えばもう少しちゃんとした服装も用意できたのが……」

 

煙緋は甘雨の隣で、そんな疑問を口にする。

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。この場合、“あの人”はそんな細かい事には拘らない人ですし、それに例え普段と違ったものを着てしまい、それが原因で堅苦しくなってしまって、普段の煙緋さんの調子が出せない方が問題です。そちらの方が“あの人”は困ってしまいます。それならば自然体のまま、いつも通りの煙緋さんでいた方がずっと良いでしょう。それに___」

 

甘雨はそんな煙緋に対して笑みを浮かべて返答し、更に続けて口を開く。

 

「___私の主とも言える璃月七星のリーダー、『天権』の“凝光”さんなら、煙緋さんの普段通りの姿の方が喜ばれるはずですから」

 

甘雨は真面目な表情を浮かべると、そう口にする。

 

「そ、そうですか…。まさか、この前、瞬詠が“凝光”殿になにか伝言はないかと言われたから、私は瞬詠に『一度直接お会いして、今の法律、そして凝光殿の法案や凝光殿の法案をベースに私が考えた法案に関して話し合う機会を設けて頂けないだろうか』とお願いしたのだが、こんな、あっさり、しかも、こんな早く対応してくれるとは……」

 

「そうですね、煙緋先輩。あいつ、煙緋先輩の法律事務所を瞬詠が離れてから、数日しか経っていないのに直ぐに璃月七星“天権”からの書状が事務所にやって来て、しかもわざわざ私達のために天権の凝光様が予定を調整、そしてこうして私達二人が“天権”の凝光様の元、あの人の“群玉閣”に赴く事を許可して頂けるとは……」

 

煙緋と忍は、書状に記されていた事を思い出しながら、そんな会話を交わす。

 

「ふふっ、煙緋さん、忍さん、お二人ともそんなに緊張なさらず、気楽にしてください。凝光さんは、本当にお二人に会う事を楽しみにしておられます。それに、凝光さんは煙緋さん、それに忍さんの事も非常に重要視されていますから、お二人がいらっしゃったという事で、喜んでくださいますよ」

 

甘雨はそんな煙緋と忍の二人の緊張を解きほぐすようにそう声をかけてくる。

 

「凝光さんは常に私からの報告やお話、また瞬詠さんからの報告や話を聞いていて、普段のお二人の活躍や璃月への貢献、これらお二人の業績を高く評価しています。そしてこの前、瞬詠さんが煙緋さんの事務所に差し入れを行った日。あの日、瞬詠さんが凝光さんのいる群玉閣を訪れて、瞬詠さんが凝光さんに煙緋さんの伝言を伝え、そうして瞬詠さんと凝光さんが真剣な面持ちで話し合いを行った結果、煙緋さん達の今日この日、今回の群玉閣への来訪が叶ったというわけです。ですから、お二人は大船に乗ったつもりで、堂々と、そして少しリラックスをしながら、普段通りに臨んでいれば、何も問題はないと思います」

 

甘雨は優しい笑みを浮かべながら、煙緋と忍にそう説明する。

 

「そ、そうですか?それなら良いのですが……」

 

「そうですね……。甘雨先輩、ありがとうございます」

 

そんな甘雨の助言に、煙緋と忍は心底安心したような表情を浮かべる。

 

「…うむ、流石瞬詠、今は“玉衡”刻晴の直属の部下であるが、その前は“天権”の直属の部下として務めていただけある。まさに部下としての有能さを遺憾なく発揮してきたからこそ、凝光殿は更に瞬詠を信頼し、そうして彼の報告や話、そして助言が信頼に値するものであったからこそ、ここまでの速さで、ここまでの手配を済ませてくれたというわけだな。今度瞬詠とあったら、お礼を言わないといけないな」

 

煙緋は納得するようにそう口にする。

 

「えぇ、その通りですね。煙緋先輩。私達の為に、わざわざ璃月七星である凝光様との予定の調整までしてくれたんですから…。瞬詠、あいつは本当にこの璃月港で、色々と仕事等を頑張っているようです。…流石、『四人目の影向役者』と呼ばれていた男ですね。瞬詠は……」

 

忍も納得した様子で、煙緋の言葉に同意するように頷く。

 

「うん、『四人目の影向役者』だと?忍さん。なんだ、それは?」

 

煙緋は、忍が口にした聞き捨てならない単語を耳にして、そのまま言葉を投げかける。

 

「『四人目の影向役者』ですか?そうですね…。実のところ、私も細かい事、最終的に鳴神大社の巫女にならなかったため、詳しい事はよく分かりません。…ですが___」

 

忍は思い出すかのように視線を上にやる。そうしてある程度、思い出したのか視線を煙緋の元に戻して、口を開く。

 

「___ただ私の故郷である稲妻の稲妻城、その城下町の花見坂でよく天領奉行の一部の武士達が口にしていた事なんです。『今日もあの“四人目の影向役者”は稲妻城の鍛錬場で“大将”直々の猛修行を受けている』だとか、『部外者であるあの“四人目の影向役者”が、“大将”や大将達のあの地獄のような無茶苦茶な鍛錬や修行をこなしている』。あとは、『聞いて見たところ彼曰く、大切な者達や仲間達を守り抜くため、そのためには手段など選んでいられないとな。彼ら、そして彼女の全てを学び、その全てを必ず自分の物としてやる…だそうだ。俺達も、あの“四人目の影向役者”に負けないよう、もっと頑張らないとな?』とか、それに『あの“四人目の影向役者”、上手く完全に天領奉行に引き込められないのか?あの男が所属している南十字船隊からな。…それにあの男、どうやら“将軍様”から興味を持たれているようだし。…本当に彼は、俺達と同じ人間なのか?』などを、それらを花見坂にいた武士達から、よく聞いてきたんです」

 

忍は思い出しながら、頷きながら、そう煙緋に説明する。

 

「ふむ……。ふ~む、なるほど」

(瞬詠の過去、稲妻に立ち寄っていた頃のかつての瞬詠というのは、そのような人物であったのか…。うむ、そうか)

 

煙緋は、忍の口から出てきた瞬詠の過去の話に思考を巡らせ、表情には出さないが内心で驚きを隠せずにいた。そして、納得する。

 

 

普段から優し気な笑みを浮かべながら、また面白い事や楽しい事を考え、そしてよく仕事で、それこそ毎日のように甘雨を振り回して、そうして甘雨から毎日のように説教を食らっている、そんな瞬詠が絶対に見せてこなかった、かつての彼の過去の一端。そして、それは彼が真剣な時や真面目な時に見せてきた、その眼光の鋭さ。

 

瞬詠が予告として『ファデュイの陰謀渦巻く、“北国銀行開業案件”』を、自分に話した時に、覚悟を決めたかのような、その姿。今更であり、なんとなくでもあるのだが、先ほどまでの話や今までの自分が把握している瞬詠の悲惨な過去、そしてそれらが合わさり改めて、あの時の彼が浮かべていた表情や彼の瞳の中にあった覚悟の籠った眼差しの意味を理解する。

 

 

それはもしかしたら、“結果的に自身の身に死というものが訪れてしまったとしても、それを冷静に受け入れつつ、だがそんな死を甘んじて受け入れることもしなければ、しかし自身の破滅さえも恐れない。ただただ、どこまでも与えられた役割を果たし、課せられた責務を遂行する事で、この璃月を、そして自身の大切な人達を必ず守り抜くという覚悟の篭った瞳”だったのではないかと。

 

 

 

「…ふむ、そうか、そうか。…本当に瞬詠には、驚かされっぱなしだな…。うむ、そう言えば忍さん」

 

煙緋は静かにそう呟くと、何かを思い出し、視線を忍の方に向ける。

 

「はい、なんですか。煙緋先輩」

 

「いや、そう言えば、そもそもその“影向役者”ってどういう意味なのだと気になってな…。それはどういう意味なんだ?」

 

煙緋は、そう言って首を傾げる。

 

「そうですね……。すみません、私には詳しい事は分かりません」

 

忍は申し訳なさそう表情で、煙緋に対して謝罪する。

 

「ふむ……、そうか。いや、良いんだ。気にしないでくれ」

(今度機会があれば、瞬詠に直接『四人目の影向役者』の意味について聞いて見るとしようか)

 

忍の言葉に煙緋は首を横に振って、そう心の声で呟く。

 

そしてその時であった。

 

「煙緋さん、忍さん。影向役者についてですが…。えっと、確か“影向役者”というのは『かつて影向山で影向天狗に修行をしてもらっていた者達のこと』らしいですよ。より正確には、“影向役者三人組”と呼ぶそうですね」

 

甘雨は、煙緋と忍の会話に対して、そんな補足説明をする。

 

「なるほど……。影向役者三人組ですか……」

 

「えっ…?そうだったんですか?甘雨さん、知らなかったです。…もしかして、以前に八重様が教えてくれたりしたんですか?」

 

煙緋と忍は、甘雨の説明に感心したような反応を示す。

 

「はい、そうです。あれはもう、少なくとも五十年以上前だったかなと思いますが、その時に八重さんと直接お会いする機会が訪れて、その時に八重さんから教えていただいたんです。『影向役者三人組 』の三人と八重さんの師匠の“狐斎宮”さん含む『雷電将軍の盟友達』、そして稲妻の将軍様である『雷電将軍』本人とのそれぞれの関係性、その関係や関わり合いについて色々と教えていただきました。ふふっ、八重さんが教えてくれた“影向役者三人組”のお話はとても興味深くて、特に“惟神晴之介(かむらはるのすけ)”さんの話、彼はかつての“古の故国”が大陸全土に総攻撃を始めた前よりも古い、もう五百年以上前の人物なのですが、実は私達、璃月の仙人達との関係がある事。また“浅瀬響(あさせひびき)”さんの話も、彼女は立場が八重さんと似たような事でかつ、また狐斎宮さんとの関わりあいもあった事から、とっても興味深くて面白い話が色々と聞けました」

 

甘雨は以前の出来事を懐かしむように笑みを浮かべ、二人にそう話す。

 

「なるほど、そうだったのですか…」

 

忍は甘雨の話を聞きながら、納得したように頷く。

 

「なるほど……。そうなのか……。ふむ、甘雨先輩。その“影向役者三人組”について、もっと詳しく教えてもらえないだろうか?」

 

煙緋は、甘雨に期待をこもった目線を向けながら、そう問いかける。

 

「えぇ、良いですよ。えーっと…」

 

甘雨がそう言って、煙緋の質問に答えるために考え始める。

 

「___ぐぁっ!?ぐぅっ!!離せ!!離せぇ!!解放しろ!!なんで和記庁の役員である俺が捕縛されなきゃならねぇんだよ!」

 

「黙れ!!貴様は月海亭、並びに総務司より“特定機密情報漏洩違反”の疑いがあるとして捕縛命令が出ている!!大人しく我々に付いてこい!!」

 

「この件の話や、お前の言い分は総務司でじっくりと聞いてやる!!いいから黙れ!!大人しくしろ!!」

 

「ふざけんな!!俺はなにもしてないし、なにも知らない!!俺はそもそも“特定機密情報漏洩違反”なんかしてない!!そもそも俺は“裏切り者”なんかじゃねぇ!!」

 

「うるさい!!それを確認、検証するための為にも、まずは総務司に連行した上での取り調べだ!!抵抗するな!!黙って付いてこい!!」

 

「そうだ!!それに我々の事情聴取を拒否し!!あまつさえ我らから逃走を図り、ここまで暴れて抵抗するなんて時点で、お前はもう十分にその疑いが濃厚になったようなものだ!!総務司で取り調べを受け、徹底的に調べてもらった方が身のためだぞ!!」

 

その時、甘雨の背後から男達の怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「うん、なんなんだ?」

 

「っ!?」

 

煙緋と忍は背後で尋常では有り得ない、騒がしい声や物音がしている事に気がつき、驚いたように背後を振り向く。

 

「なんだ?何か起きたのか?」

 

煙緋は目を丸くしながらも、そう呟きながらそれらを見つめる。

 

「ぐぅっ、離せ!!離せぇ!!お前ら!!こんなことしてただで済むと思うなよ!?」

 

「黙れ!!大人しくしろ!!」

 

「うるさい!!よし!!そのまま腕を抑えろ!!このままこの男を拘束する!!」

 

「はっ!!おい!!いい加減に大人しくしろ!!この璃月の!!我ら、岩王帝君の民の恥晒しが!!貴様は更に岩王帝君に対して、また仙人様達の顔に泥を塗るつもりか!?」

 

「うん、どうしたんだ!?」

 

「えっ?なになに?どういう事?」

 

煙緋と忍の目の前では、上質そうな服装を着こんだ男が地べたへと組み伏せられ、その上には鎧を身につけた大勢の千岩軍の兵士達と思しき者達が、さらにはその周りにはその騒ぎを見るために集まった野次馬達が、その地べたに押し倒されている男の方に目を向けていた。

 

「…はぁ、“また”ですか」

 

そしてその光景を黙っていた甘雨が、呆れた表情でそう呟く。

 

「“また”ですか?…甘雨先輩、これは一体どういう状況なんですか?」

 

煙緋は、甘雨の言葉に引っかかりを覚え、彼女に問いかける。

 

「えぇっとですね……、実は最近、本当につい最近になってから、始まった事なんですが…。私は詳しい事は知らないのですが、総務司の千岩軍の一部の兵士達、彼らが総務司、そして月海亭からの指令を受けて、一斉に私達と同じ月海亭の職員達の事情聴取を行ったり取り調べ、また七星八門の公的機関で働いている職員や役員達を対象に、同様の聞き取り調査を行い始めたんです」

 

「事情聴取や取り調べだって?」

 

「聞き取り調査ですか?」

 

煙緋と忍は甘雨のその言葉に目を丸くする。

 

「はい、それに極一部の人達だけではありますが、総務司へと連行されたりしているんです。しかも、その強制調査対象や取り調べ対象者というのは私達だけではなく、璃月中にある商会達の関係者だったり、普通の一般人だったり、時には冒険者協会の関係者でも、本当に多岐にわたって千岩軍からそれらを受けているようです。…流石にここまで激しいやり方ではありませんが、それでも官民関係なく聞き取り調査がされているとの事です」

 

「なるほど……。因みに最近始まった、というのはどれくらい前からなんですか、甘雨先輩?」

 

「えぇっと、本当に最近ですよ…。えっと、確か___」

 

甘雨は煙緋の問いかけに対して、思い出すように目を瞑る。

 

「___はい、瞬詠さんが煙緋さんの法律事務所に差し入れを行った日。その翌日から、一斉に始まりました」

 

「瞬詠が私の事務所を訪れた、その翌日から……?」

 

「___はい、そうです」

 

甘雨は煙緋の言葉に静かに頷く。

 

「私の事務所を訪れた、その翌日から…ふむ」

 

煙緋の中で甘雨のその言葉が反芻される。そして、その日に瞬詠が言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 

___煙緋はここ最近『身の回りで怪しい事や不審な出来事』、もしくは『この辺りで挙動がおかしい人物や怪しい人物、また不審者等を見た』とかはしていないか?

 

 

___そうか、ありがとう。まぁ、もし何かあったら、いつもこの近くの見回りをしている巡回中の千岩軍や総務司に報告や相談するなりすると良いぞ。それか普段、自分や甘雨がいる月海亭まで来てくれれば、いつでも自分が相談に乗るからな

 

 

 

 

「…いや、まさかな」

(まさかだとは思うが…。うむ、それは少し考えすぎか)

 

煙緋は、瞬詠から言われたそれらの言葉を思い出し、そこからとある考えが浮かび上がり、首を横に振ってその考えを否定した。

 

「煙緋さん?どうかしましたか?」

 

甘雨が不思議そうに首を傾げ、煙緋へと声をかける。

 

「あっ……いえ、なんでもないです。甘雨先輩。それよりも、早く“例”の場所へ行って“彼”、“瞬詠”と合流しましょう」

 

煙緋は慌てたように首を横に振ると、甘雨に笑みを浮かべながら、そう言った。

 

「はい、そうですね。行きましょう、煙緋さん、忍さん」

 

「はい、甘雨先輩」

 

「はい、甘雨さん」

 

甘雨は煙緋の言葉に頷くと、歩き出す。そして煙緋と忍も頷くと、彼女の後に続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

「…」

 

太陽も頂点に差し掛かり、そろそろ昼時といった時間帯の璃月港。その璃月港のとある建物の屋根の上で、一人の女性、“夜蘭”がただ独り、少し気持ちよさそうに、自分に吹いてくる気持ちの良い風を身体で受け、目を瞑りながら身を任せていた。

 

「ふふっ、本当に風が気持ちいいわね……」

 

夜蘭はそう呟きながら、風に靡き、顔にかかる自身の髪を手でそっと払う。

 

「___夜蘭様」

 

すると、背後から夜蘭の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「あらあら、もう“定期報告”の時間だったわね…。ふふっ」

 

夜蘭はそう言いながら、声のした方へ振り返る。

 

「さて、報告をお願い…。状況は?」

 

そして落ち着いた口調で、夜蘭の後ろに控えている普通の璃月洋装の服装をしていた、一般人に扮していた女性、『密偵防諜部』の構成員であるその者に対して、夜蘭がその人物に問いかける。

 

「はっ、それでは報告させていただきます。現在“故郷を忘れた同郷”達に大きな変化は無く、今現在も情報収集、諜報活動を続けております」

 

「うんうん、それで?」

 

夜蘭は、その者の言葉に頷く。

 

「そして、現在我らが彼らに対して行っている例の“内通者・協力者名簿”を利用した“故郷を忘れた同郷”達へと散布を行っています“偽情報”、それらの情報の拡散、並びにそれに伴った“攪乱工作”も順調に進んでおります…。ただ一つ、懸念事項がありまして…」

 

「ふぅん…?なんなのかしら?続けてちょうだい」

 

夜蘭は面白そうに微笑みながら、報告者の言葉に静かに耳を傾ける。

 

「はい、実は彼らが利用している“暗号”、それらの中に新たな暗号、“夜泊石”という暗号を確認しまして、それを彼らの中の一部の者達が利用しているようなのです……」

 

「“夜泊石”?…へぇ、“夜泊石”ね?それって、つまり?」

 

「はっ、確証はありませんが、おそらく彼らの内の一部の者達が、我々“密偵防諜部”の存在、それに気づいてしまった可能性があると思われます……」

 

「あらあら?…ふふっ、あはは!」

 

夜蘭は報告者の言葉に、おかしそうに笑い始める。

 

「ははは、面白いわね。成程ね~。流石、“彼ら”ね…。ふふっ、そう来なくっちゃね。…随分と面白くなってきたじゃない?」

 

夜蘭は、そう言いながら、その者の報告に嬉しそうに笑う。

 

「…」

 

そしてその者は黙りこくる。少し不安そうな表情を浮かべながら、夜蘭を見つめる。

 

「…あら?どうしたの?心配なのかしら?」

 

夜蘭は微笑みながら、その者を見つめる。

 

「いえ、そのようなことはございません」

 

その者は夜蘭の言葉に首を横に振ると、落ち着いた口調でそう言った。

 

「ふふっ、あら、そう?…まぁ、心配になるのも、無理はないことね。だって、今私達が相手しているのは、“スネージナヤ”、このテイワット大陸で最強の国力を誇る氷の国であり、その武力や軍事力と言うという面でも、璃月は愚か、他の国家にも追随を許さない、まさにこのテイワット大陸の頂点に君臨すると言っても過言ではない国なんですもの…」

 

夜蘭はそう言うと、後ろを振り返る。夜蘭の視線の先には月海亭が映る。

 

「客観的に述べれば“スネージナヤ”、そしてそのスネージナヤの“ファデュイ”っていう組織は、非常に強大な組織で、ファデュイの11人の執行官達はおろか、通常のファデュイの構成員ですら油断できない…。それが事実。彼らはこのテイワット大陸の中で最強の組織であるとも言えるもの…。だけどね?彼らは圧倒的な強者ではあるけど、決して無敵な存在ではないのよ」

 

夜蘭は静かにそう言い切る。彼女の目は、まるで獲物を狙う狩人のように鋭くなっていた。

 

「……瞬詠が言っていたでしょ。『“ファデュイ”というのは非常に強大な相手だ。正直、俺達が彼らを抑えるなんて言うのは無理だと思うだろ?…だがしかしだ。もはや無敵にしか思えないファデュイには、無視できない“とある事情”を抱えている。…この難題を完璧に解き、最適解を導き出すためには、ファデュイの“その事情”やそれに伴う“とある特性”を利用すれば良い』ってね?」

 

「…長官が言っていた“あれ”ですか?」

 

「えぇ、そう。『ファデュイそのものを、そのまま“視る”な。一度分解してから、それらをじっくりと“視ろ”。…簡単な話だ。大きな問題を片づけられないのは、その問題をそのまま片付けようとするからだ。まず大きな問題を片づける時にすべき事は要素事に個々に、全てバラバラにしてから、もしくは細分化してから、一つ一つを丁寧に片付けていくんだ。…だから、まずやるべきこと。それは、ファデュイの“各個分断”だ。彼らを細分化しろ』、瞬詠、こう言ってたでしょ?」

 

夜蘭はそう言いながら、静かに微笑む。

 

「はい、確かにおっしゃっておりました……」

 

その者は夜蘭の言葉に静かに頷く。

 

「ふふっ、なら良いわ……。さてと、確認したい事があるのだけれど…。貴女、“気づいている”のよね?」

 

夜蘭は振り返ると、小さく静かに微笑みながら、その者を見つめる。

 

「…申し訳ありません。”気づいてはいた”のですが、私には追い払う力も無く、こうして私を“尾行してきた者達”を連れてきちゃいました。…あの、どうか、お願いします…」

 

夜蘭の問いかけに、その者は目を伏せながら、小さく答え、頭を下げた。

 

「ふふっ、良いのよ。…貴女、“正しい判断”をしたわ」

 

その瞬間、彼女の太ももにあった“水の神の目”が淡く光り輝く。

 

「っ!?」

 

そしてその次の瞬間、夜蘭は瞬間移動したかのように、その者の目の前から消えた。

 

「ぐぁっ!?」

 

「ぎゃぁっ!?」

 

その次の瞬間、何かが転げ落ちるような音と、二人の男の悲鳴が響き渡った。

 

「っ!!」

 

その者はすぐさま、音が聞こえてきた方に駆け寄って、視線を落とした。

 

「ぐっ、くそっ!!なんてこった!!」

 

「くそっ、最悪だ!!おい!!俺達の“それ”を返しやがれ!!」

 

そこには少し薄暗い路地裏にて、黒を基調とした服装で“ファデュイの紋章”が入った二人の男が、“水元素”で作られた糸、その糸で乱雑に一纏めにされた状態で拘束されて、そのまま地面に転がっていた。

 

「あらあら、これはこれは、“氷元素”に“炎元素”の。…貴方達、なんて“物騒な物”を、こんなところで使おうとしていたのかしら?」

 

そして夜蘭は、夜蘭の水元素の青い糸、夜蘭の“命の糸”で拘束された男達を踏みつけながら、手に取っていた“水色のそれ”と“赤色のそれ”、それぞれ“氷の神の目の模造品”と“炎の神の目の模造品”である“氷の邪眼”と“炎の邪眼”をまじまじと見つめていた。

 

「…ふふっ、悪いけど、これは没収させてもらうわね。それと私達の姿を知った貴方達は、特別に私達の拠点、密偵防諜部の本部まで招待してあげるわ。…但し、しばらくの間は貴方達の仲間の元には帰れなくなるけどね。拒否権は無いわ。その代わり、命の保証だけはしてあげるわよ」

 

そうしてそれらの確認を終えてそれらを服の中にしまうと、夜蘭は妖艶な笑みを浮かべながらその男達を見下す様に見つめ、そしてそう言い放ったのであった。




ふと思った。

最初の煙緋のシーン、当初は普通に髪を整えるシーンだったのになんでこんなになったんだ…?
なんか面白そうになったから、またノリノリで書き上げてしまったが、これ、良いのか、大丈夫なのか?
まぁ、もう出来上がっちゃったわけだし、これでいいか。(というか、甘雨も確か刻晴とそういう関係(殴))

尚、現在前回から前半に煙緋のシーン、後半に瞬詠や夜蘭のシーンとなっていますが、少なくとも現在の【ファデュイ編】が終了するまで、基本的に前半は煙緋・忍(表・煙緋法律事務所メイン)、後半は瞬詠・夜蘭(裏・密偵防諜部メイン)としようと思います。

そして前書きにあった“もう一つ”、今回初めて描写したファデュイの諜報員達が使用している“邪眼”、これに関連する考察や解説に関してはもっと後、どこかきりの良い所で行えればと思います。(まだどの程度までとするかは不明ですが、この後のどこかで邪眼に関してを取り扱う予定であるため)

また最後に出てきたファデュイの諜報員達やこれから出てくる予定のファデュイの諜報員達の格好についてですが、変装等をしていない限りこの者達の格好のイメージは、ネタバレになりますが通常のファデュイの関係者の服装を着た者達(いずれも仮面を付けていない)が出ている任務。
男性の場合ならば、璃月の【伝説任務・古聞の章:第一幕】(“鍾離”の伝説任務)に出ているファデュイ所属の考古学者の男を参考に、女性の場合ならば、稲妻のとある【世界任務】(稲妻の“終末番”と関係のある、とある特殊な世界任務になりますが、これ以上は本当にネタバレとなってしまうため極力伏せますが、そこで出てきたファデュイの格好をしている女性を参考にイメージしてください。

—————
追記1
・終盤の“夜蘭”のファデュイの諜報員の拘束シーンの最後の部分を微修正しました。


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月海亭と群玉閣、そして“璃月七星・天権”

ようやく完成したので投稿。

今回もオリジナル設定や要素(【璃月業界情勢図”と“かにみそ豆腐】の時ほどではないですが、それでもかなりのものがあり)、また考察ネタも発揮しております。

そして今回は無茶苦茶分量的にも要領的にも滅茶苦茶多く、今までの中でも最大(だいたい2.25話くらい?)くらいだと思います。
(本当は区切ろうと思ったけど、区切れるタイミングが無かったし。それに丁度今のファデュイ編も前編から後編の区切りが綺麗に区切れられる所だったため…)

尚、余談ですが今回は試験的に個人的に魔神
任務で出てきた主要な原神キャラや施設等の用語名、また本編の主要キャラの名前や施設等の名前を除いた、地名や難しい漢字等の名前のキャラに対してなどに対し、新しく出てきたものに限って振り仮名をふってみました。多少は読みやすくなったと思います。

また今回は軽くになりますが、解説もありますのでよろしくお願いします。


「…あともう少しで着きますよ。煙緋さん、そして忍さん」

 

「はい、甘雨先輩」

 

「はい、甘雨さん」

 

煙緋、忍、そして二人を先導するように前を歩く甘雨の三人はそう言いながら、心地よい太陽の日差しが降り注ぐ璃月港の街中を歩いていた。

 

「…それにしても“ここ”を訪れるのは、意外と久しぶりかもしれないですね。煙緋先輩」

 

「そうだな、忍さん。瞬詠の指定した合流地点“月海亭”、その入り口辺りの周辺で合流しようという話だったが…、その月海亭があるこの“玉京台(ぎょくけいだい)”を最後に訪れたというのは、たしか忍さんや甘雨先輩たちと共に聞き取り調査のため、例えば鉱石関連の業界で有名な“茂才公(しげさいこう)”と言った大商人達の元に訪れた時以来だったかもな……」

 

煙緋はそう言いながら、まるで懐かしい思い出でも思い返すかのように静かに景色を見渡した。

 

 

玉京台、玉京台は璃月港の最西端に位置し、最も裕福な住宅地でもある場所。璃月港の港を見下ろす天衡山の崖の中腹に建てられていて、その地区の入口は璃月港の北側にある。

 

そしてその地区の周辺には、それぞれ先のような富裕層や大商人達の住宅地。また毎年の迎仙儀式等の重要行事を催す要所である“倚岩殿(いがんでん)”。そして迎仙儀式の岩王帝君の予言やそこで彼が語った璃月の国家方針、それらを着実に確実に実現させるための選ばれた璃月の七人の統治者達である七星達が、公式な事柄を議論するために集まる場所でもある“月海亭”。それら、璃月という国家の中心的な施設や人物達が多く集い、その区画で暮らしている『玉京台』。

七星八門の“総務司”等の行政機関が集まり、また現在スネージナヤ、ファデュイの依頼によって開業準備を進めている“北国銀行”、また“飛雲商会”のような大商会達の本拠、そしてそれ以外にも“琉璃亭(るりてい)”や“新月軒(しんげつけん)”等の高級料理店、またよく人気の講談師の講談や、かの有名な劇団、雲董(うんきん)が座長を務める劇団である雲翰社(うんかんしゃ)の璃月劇が行われている“和裕茶館(わゆうちゃかん)”や、様々な書籍や書物等を取り扱っている“万文集舎(ばんぶんしゅうしゃ)”という書店、それにその歴史は魔神戦争期辺りまで遡ると言われている葬儀屋の“往生堂(おうじょうどう)”と言った、言わば璃月港の市街地中心地とも言える『緋雲の丘』。

璃月で最も優れた薬局であり、店主であり薬局の経営者でもある“白朮(びゃくじゅつ)”と薬採り兼弟子である“七七(なな)”の『不卜廬(ふぼくろ)』という薬局がある小島。

そして市街を出て『璃沙郊(りしゃこう)』や璃月港近郊にある『帰終機』に向かう道路。

 

それらがその周辺にあり、丁度その『不卜廬』という薬局に行くための階段や『玉京台』に行くための階段、そして璃月港の市街地中心地に向かう『緋雲の丘』や璃月港から市外を出て『帰終機』へと続く道、それらの道路が十字路で交差している場所。

 

そしてその十字路から、『玉京台』方面に向かうための階段を、煙緋や忍、そうして甘雨達の三人達が、先ほどまでその階段を昇り、そして『玉京台』地区を歩いていたのである。

 

「…着きました。この辺りの筈ですけど、やっぱりまだ瞬詠さんは到着していないようですね」

 

甘雨はそう言いながら、周囲を見渡す。

 

「そうですね、甘雨先輩……。それにしても、本当に相変わらずこの建物は大きくて、そして壮麗ですね」

 

「ここが“月海亭”…。ここが、甘雨さん、そしてあいつ、瞬詠が働いている場所……。それにして、随分と大きな建物だな……」

 

煙緋と忍は甘雨の言葉に頷きながら、目の前にある月海亭を見上げるように見つめる。二人の目の前には例えるならば、まるでちょっとした小さな城とでも言えるような、とても大きくて、そしてそれでいて壮麗な璃月様式の建築物があったのだ。

 

「…」

 

忍はまじまじと月海亭を見つめる。月海亭の出入り口にて出入りをしている月海亭の職員達。そして月海亭の出入り口の真横やその周辺で、月海亭の警備のために派遣された選りすぐりの千岩軍の兵士達である、月海亭の精鋭警備兵達の光景を目の当たりにし、忍は息を呑まずにはいられなかった。月海亭。璃月を統治している七人の統治者達である七星達が集う場所であり、璃月の国家方針に従い、この場で様々な政策や条例等の取り決めを決議する場所。正しく璃月という国家の中枢とも言える場所である。

 

「…」

 

そしてそんな場所、“月海亭”で璃月七星のリーダーである“天権”、“凝光”との契約により、凝光、そして“玉衡”、“刻晴”の直属の部下となり、この月海亭という職場で働かされている、もとい働いているという瞬詠に、忍は複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

「…ふふっ」

(忍さん、緊張でもしているのか?)

 

そしてその様子を見ていた煙緋が微笑ましそうに笑う。

 

「忍さん。どうしたんだ?そんなに緊張したような顔をして。緊張しなくてもいいんだぞ。別にここは、忍さんが今日から働く職場という訳ではないんだからな?」

 

「あっ、す、すみません。煙緋先輩…。少し、考え事をしていました。その、瞬詠が、本当にこんな立派なところで働いていたのかと思って……」

 

煙緋は忍に声を声をかけると、忍は慌てながらそれに答えようとする。

 

「ふふっ、確かにな……。忍さん、そんな気負いするな。それに瞬詠の身分はかなり特殊で、しかもなんだかんだ言って立場的にかなり上流の位置に属してしまっている人だが、それ以前に忍さんと瞬詠は友人、大切な友人同士だろう?ならばこの職場というのは、ただ忍さんのその友人である瞬詠が働いている場所でもある。だからそんなに緊張しなくても、大丈夫だぞ?」

 

「っ……、そうですね。ありがとうございます、煙緋先輩」

 

「あぁ、どういたしましてだ」

 

煙緋の言葉に、少しホッとしたような表情を浮かべる忍、そして忍が落ち着いた様子になったのを確認した煙緋は、微笑みながら軽く頷いたのであった。

 

「…ふむ」

(中々来ないな。おそらく、月海亭の中にいると思うんだが…)

 

そして煙緋と忍が一通り会話を交わしてから、煙緋は改めて月海亭の入り口に視線を向ける。

 

「…うん?」

(何をやっているんだ?甘雨先輩?)

 

煙緋はチラッと甘雨に視線を向けながら、不思議そうな表情になる。

 

「…」

 

甘雨は真剣そうな表情、とても集中しているといったような様子で、璃月港の上空をじっ、と見つめていた。それはまるで何かを探しているような様子にも見える。

 

「甘雨先輩、さっきから何か探しているようですが……どうしたんですか?」

 

そんな様子の甘雨に、煙緋は思わず声をかける。

 

「あ、煙緋さん。いえ、実はもうそろそろ、瞬詠が“璃月港上空に到達する”という話なので、彼を探しているのですが…中々見つからないんですよね…」

 

甘雨はそう言いながら、眉根を顰める。

 

「“璃月港上空に到達する”…?甘雨先輩、瞬詠が上空に到達したかどうか分かるんですか?いえ、その前にまず瞬詠って、今空を飛んでいるんですか?」

 

「えっ、どういうことですか?甘雨さん?」

 

煙緋、そして忍は驚いた表情で甘雨に問いかける。

 

「はい、煙緋さん。今、瞬詠さんは璃月港外にいて、用事や仕事を早く終わらせるために飛翔しているんです。それで先ほど瞬詠さんから“交信”で『甘雨、少し遅れてすまない。ようやく良い感じの気流に乗れたから、あともう少ししたら月海亭上空に到着する』と言われたので……」

 

「えっ?“交信”って…。えっと、甘雨先輩、瞬詠と“交信”ができるようになったって…。つまり、どういうことですか?」

 

「“交信”?…それって一体?」

 

煙緋と忍は甘雨の返答に驚きの声を漏らす。

 

「えっ?…あっ、そうでした。煙緋さん。実は私と瞬詠さんなんですが、限界というものはありますが、今の私達は例え広大な距離が離れていたとしても、お互いに“意思疎通が図れる”んですよ」

 

「……は?ま、待ってください。お互いに“意思疎通が図れる”って……一体どういうことですか?すみません、甘雨先輩、全く意味が分かりません」

 

「…意思疎通が図れる?」

 

「ふふっ、そうですね。説明するよりかは、“これ”を実際に使ってもらった方が早いかもしれませんね」

 

煙緋と忍は甘雨のその説明に、余計に訳が分からなくなって困惑する。そしてそんな煙緋を余所に、甘雨はそう言いながら衣から小さな“それ”を取り出す。

 

「えっと…これは“御札”ですか?」

(至って普通の御札のようだが……)

 

「…」

 

煙緋と忍は甘雨が手にしていた“それ”、小さな“御札”を興味深げに見つめる。

 

「はい、そうなのですが、使ってくれれば直ぐに理解できると思います。早速ですが、煙緋さん。これを手に持ち、そしてこの御札に意識を集中してみてください」

 

「え、あ、はい」

 

そして甘雨は煙緋にその“御札”を手渡しする。

 

 

その瞬間だった。

 

 

___……緋、……、どう……か?

 

 

「っ!?」

 

煙緋は受け取った瞬間、突然脳裏に聞き慣れた男のような声が響く。その声はノイズのような耳鳴りと共に、煙緋に届いていた。

 

「えっ!?な、なんだ、なんなんだ、これ……!?」

 

「っ!?どうしました!?煙緋先輩!?」

 

煙緋は突然頭の中に響いたその声に驚きつつ、思わず周囲を見渡す。そして突然驚いたような声を上げた煙緋に驚く忍。

 

「ふふっ、煙緋さん、とりあえずは落ち着いてください。先ほど言った通り集中を、例えばそのままその“御札”、『交信符』を握りしめるようにして、意識を集中してみてください」

 

甘雨はそんな煙緋に落ち着くようにと、声を掛ける。

 

「っ。わ、分かりました」

(な、なんなんだ?一体)

 

煙緋は甘雨に頷くと、そのまま意識を集中させるために、目を閉じる。

「っ……」

(集中、集中……)

 

___……緋、聞こ…か?煙緋、聞こえ…ならば、なに…でもしてくれ

 

「っ!?」

 

目をつぶって意識を集中していた煙緋は、またも突然響いたその声に思わず目を見開く。

 

「煙緋先輩!?」

 

そしてそれと同時に忍の声も響く。煙緋の様子がおかしくなったことに驚きを隠せない様子の忍は、怪訝な様子で甘雨が“交信符”と言ったその御札を握りしめた状態の、突然その場で固まってしまった煙緋を見つめる。

 

「えっ、あっ、し、信じられん、し、瞬詠の声が急に頭に……き、聞こえる……」

 

煙緋は混乱したように目を泳がせながら、そんな声を上げる。

 

「えっ!?瞬詠!?あいつの声が聞こえるのですか!?」

 

煙緋の言葉に忍とは驚きの声を上げ、信じられないと言った様子を見せる。

 

「ふふっ、どうやらもう少しのようですね。煙緋さん。そのまま意識を集中させながら、心の中で瞬詠に話かけてみてください」

 

「えっ!?こ、心の中で話しかける……ですか?」

 

「はい、そうです。そこまで上手く行けたのならば、煙緋さんなら、直ぐに瞬詠と話すことができるようになるはずですよ」

 

「そ、そうなんですね……う、うむ」

(…あー、瞬詠、その、聞こえているだろうか?私の声、聞こえているか?)

 

煙緋は甘雨に言われたように、心の中で瞬詠に対して呼びかけてみる。すると、直ぐにその返答があった。

 

___あぁ、…ているぞ。ま…だ煙緋が上手く…いないから、…声に雑音が混…聞こえているけどな。甘雨からそれの…を教えてもら…だろ?…し意識を集中…てくれ。そうすれば雑…えて、完全に聞こえ…になる。

 

「っ!?……本当だ。本当に瞬詠と会話が出来ている。…あともう少し意識の集中が出来れば、完全に会話できるのか……」

 

煙緋は瞬詠の発言に驚きつつ、そのまま言われた通りに集中するために意識を集中させる。

 

「…うむ」

(瞬詠、これでどうだ?)

 

煙緋は御札越しにいる瞬詠に語り掛ける。

 

___おぉ、聞こえる、聞こえる。完璧じゃないか、煙緋。甘雨はそれを完璧に使いこなすのに数時間くらいは掛かったというのに。

 

すると、そんな煙緋の問いかけに嬉しそうな声色で返答が帰って来た。今度は雑音やノイズ混じりではく、ちゃんと鮮明に聞こえてきている。

 

「おぉ」

(良かった、良かったぞ。私の声が瞬詠に届いていて)

 

煙緋はそんな瞬詠の返答に、笑みを浮かべながら安堵の声を漏らす。

 

「……煙緋先輩?」

 

そんな煙緋の様子を見てか、忍は不思議そうな様子で声をかける。

 

「あぁ、すまない、忍さん」

 

「…えっと、瞬詠と完全に交信ができるようになったんですか?」

 

「あぁ、なんとか上手く出来た。ちゃんと聞き取れ、会話できるようになったぞ」

 

「本当ですか!?」

 

忍は瞳を輝かせながら、驚いた声を上げる。先ほどまでその交信符を怪訝な様子で見ていたにも関わらず、その交信符で本当に瞬詠と話せるようになるなんて、夢にも思っていなかっただろう。

 

「上手く行ったようですね。煙緋さん」

 

そして甘雨も嬉しそうな表情で煙緋に声を掛ける。

 

「はい、甘雨先輩のおかげです。ありがとうございます」

 

そう言って煙緋は嬉しそうな笑顔で、甘雨に頭を下げる。

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

甘雨はそんな煙緋を見て、穏やかな笑みを浮かべながら頷くのであった。

 

「…うむ」

(まさか本当に交信符の効果で瞬詠と会話できるようになるとは……本当に凄いな、これ)

 

___ははっ、そうだろ?まさか自分でも、“留雲借風真君(りゅううんしゃくふうしんくん)”が今回の場合は仙術だが、またまたこんなとんでもない物、凄い物を作ってくれるとは思わなかったぞ。なんか仙術を上手く組み合わせて、そして嚙み合わせるのがかなり大変だったと言っていたが、その苦労の末に凄い代物を生み出してくれたんだ。本当にあの人には頭が上がらないぞ。

 

「うん?」

(なに?これ、あの留雲借風真君がか?私を後見人として助けてくれた“ばあや”、歌塵浪市真君(かじんろうししんくん)の友人であり、また甘雨先輩の師匠であり母親的存在でもあるあの人が作ったのか?…いや、待て。瞬詠。瞬詠と留雲借風真君って、いったいどういう関係なんだ?)

 

煙緋は瞬詠のその発言に心底驚いた表情を浮かべ、更には普通なら俗世に関わる事のない仙人である留雲借風真君、そしてなぜかこういうものを彼女が作成しそれを付与される瞬詠という、普通なら関わり合う筈がない仙人と人間と言うとても珍妙な関係に気づき、不思議そうな表情を隠せなかった。

 

__あぁ、それはだな。どう説明すれば良いか、少し悩むんだが……。まぁ、端的に言ってしまうと、仙人達にパシられている関係と言うべき…か?

 

瞬詠は少し悩むように、そんな返答をする。

 

「あぁ…」

(えっと…パシられる?)

 

煙緋は瞬詠が言ったその単語に、思わず眉を寄せる。

 

___あぁ、そうだ。煙緋、前に起きたあの日の事。あの日途中まで話した万民堂で“甘雨が行方不明になって璃月港から失踪し、ヨォーヨの導きによって仙人達やその弟子達等の関係者達の協力を得て実現した大規模捜索、そして最終的に甘雨を救出するために仙人達と協力、共闘する羽目になった”話。これ、覚えているか?

 

「…うむ、それか」

(あぁ、それは勿論だ。忘れる訳がないじゃないか。確か最後は、留雲借風真君の弟子の申鶴(しんかく)にとんでもない勘違いをされてしまい、瞬詠が彼女に殺されかけたとかいう話だったな)

 

___あぁ、そうだ。あれがきっかけで仙人達と関係を持つことになったんだよな…。煙緋、あの時の話の続きを端的にするとな。ヨォーヨの機転のおかげで留雲借風真君本人が現れて、あの戦いを無事に終わらせることが出来たんだ。そしてその後に自分はヨォーヨと共に留雲借風真君に事情を説明して、最終的に甘雨の捜索に留雲借風真君本人の協力にこぎつける事が出来たんだ。

 

「ほぉ、ほぉ」

(成程、成る程)

 

煙緋は瞬詠の言葉に、頷きながら納得の声を上げる。

 

___そして更にはヨォーヨと留雲借風真君のおかげで、他の三眼五顕仙人(さんがんごけんせんにん)である“削月築陽真君(さくげつちくようしんくん)”、“理水畳山真君(りすいじょうざんしんくん)”、そして仙人達が集結して自分と行動を共にしている事に疑問を持ち、様子を見に来てそして最終的に自分達の元に合流して協力してくれた“降魔大聖(こうまたいせい)”、もしくは“護法夜叉大将(ごほうやしゃたいしょう)”と呼ばれている“魈”。更にそれに加えて留雲借風真君の弟子である“申鶴”、あとは偶然だが薬草を採る為に来ていた不卜廬の薬採りであり、そして理水畳山真君達から、“救苦度厄真君(きゅうくどやくしんくん)”と呼ばれていた不卜廬の薬採りの“七七”と共にな。

 

「…す、凄いな」

(ほ、本当に仙人達が集結したんだな…。そ、それは生ける伝説達の集まりなのではないか?)

 

___だな。間違いない。あの時の事は本当に忘れられないぞ…。そうして、七七の情報を元にヒルチャール達が商人達を襲い、奴らが奪取した干し草を運んでいた荷車の中に紛れて熟睡していた甘雨が連れていかれたとされる、鉱脈が枯渇しかけた事により放棄され廃墟になった“明蘊町(めいうんちょう)”。

………ヒルチャール達の一団が住み込んだ事がきっかけで、最終的にその廃墟となった町にを目に付けたアビス教団、町そのものを大規模な拠点にしようと画策し、秘密裏にアビス教団の一大拠点と化しつつあった“明蘊町”に行く事になったんだ。

 

「なっ!?」

(ア、アビス教団の一大拠点だと!?あの時の甘雨先輩はそんな所にいたのか!?)

 

煙緋は心底驚いた表情を浮かべながら、愕然とした声を上げる。まさかそんな大事件が裏で起きていたとは思わず、また甘雨がそんな事に巻き込まれているとは思わなかったのだろう。

 

____あぁ、そうだ。全く本当に大変だったよ…。それに最悪を想定して碧水の原(へきすいのはら)に駐屯している千岩軍や、瓊璣野(けいきや)の駐屯地にいた千岩軍の兵士達を自分の権限で指揮下に入れつつ、騒ぎをこれ以上大きくさせないために、人間に変身し方士と偽ってくれた彼らの正体が仙人達であるとを、それを絶対にこれ以上悟らせないようにしながら、彼ら千岩軍の兵士達を動かすことになったしな。

 

「…」

(…そ、そのなんて言えば、良いのか。とにかく大変だったんだな)

 

___あぁ、そうだ。とんでもなく、大変だったぞ。それにまたもしかしたら、明蘊町に救援に向かおうとするヒルチャール達の一団や、明蘊町から脱出しようとするヒルチャール達が、その過程で明蘊町周辺の何も知らない一般人達や商人達を襲う可能性もあったから、不測の事態に備えて千岩軍に交通規制や道路封鎖、また規制線や警戒線を張らせながら、削月築陽真君と理水畳山真君、また留雲借風真君の元に付かせたそれぞれの千岩軍の兵士達と共に、明蘊町周辺の監視や警戒を任せたんだ。そうして自分達は明蘊町への潜入調査と甘雨の居場所の特定、単身での甘雨の救出、そしてその場にいたヒルチャール達とアビス教団の魔術師達の殲滅を、自分や協力してくれた魈や申鶴、また七七やヨォーヨ達の少数精鋭でそれぞれ行う事になったしな。

 

「…うわ」

(す、凄く、た、大変だったんだな)

 

___いやもう、本当に色んな意味で大変だったぞ…。特に千岩軍の部隊の隊長達に説明している中での、背後から突き刺さる仙人達の視線、後ろの仙人達の正体に察してしまったかのように唖然とした表情で聞き入り、また自分の事をまるで後ろの仙人達と同じ存在のように見てくる部隊長達の視線も辛かったな…。しかも全てが終わった後、自分が仙人達と対等に、また彼らの前で仙人達に指示を出していた事も相まって、一部の千岩軍の兵士達の中で自分の事を、璃月の表の歴史には決して出てこない人物、存在そのものを隠蔽された存在であり仙人達を取り纏める幻の存在と言い、自分の事を勝手に“帝君の使い”と呼んで無茶苦茶恐れ敬う奴らも出てきてしまったし…。

………頼むから、もう本当に勘弁してくれ。

 

「ははは…」

(そ、それは大変だったな、瞬詠)

 

煙緋は瞬詠の声色から瞬詠が疲れ切ったかのように、げんなりとした表情を浮かべながら話す姿を想像し、そしてそんな瞬詠を想像して苦笑いを浮かべる。

 

___全くだ。しばらくの間、不卜廬の胃薬の世話になっていたんだぞ……。

 

「あぁ、そうだったのか……」

(はぁ、なんだか本当に大変だったみたいだな)

 

瞬詠が本当に色々な意味で大変だったのだと理解し、煙緋はまた苦笑いを浮かべる。

 

「…」

(そ、そう言えば、瞬詠。瞬詠はどこに行って来たんだ?私や忍さんはてっきり月海亭にいるものだとばかり思っていたんだが)

 

煙緋はげんなりしていた瞬詠を労わるように、そして話の切り替えのキッカケとして、そんな質問を投げかける。

 

___あぁ、その事か…。今日の野暮用について甘雨にはちゃんと言ってないんだよな…。それに甘雨にはあんまり言えない事でもあるし…。まぁ、煙緋ならば別に良いだろう。煙緋は月海亭や総務司等の七星八門の職員ではないから、完全な部外者という訳だしな。それに煙緋とは長い付き合いだし、煙緋ならば十分に信用できる。別に良いだろう。…但し、絶対に言いふらすなよ。煙緋。

 

瞬詠は少し言い淀むように、しかし問題は無いと判断したのか少し吹っ切れたように、そして煙緋に釘を刺すように話す。

 

「あぁ」

(分かった。それで何なんだ?)

 

煙緋は独りでに頷くと、心の中で瞬詠に返事をする。

 

____実は自分の野暮用は二つあってな。一つは哨戒飛行をしていたんだ。

 

「うん?」

(哨戒飛行だと?)

 

煙緋は、瞬詠が発した哨戒飛行という単語に首を傾げる。

 

___あぁ、そうだ。これは自分にしか、かつて所属していた南十字船隊、北斗の姐さんの眼として飛び回っていた自分にしか出来ない事だからな。…実は凝光さんの命令で、明蘊町上空やその周辺の上空を定期的に哨戒飛行を実施してきたんだ。あの日以降にな。…凝光さんは先ほど話したアビス教団の一大拠点化の件、あれをかなり重く捉えていてな。凝光さんの命令であの日以降、定期的に自分が秘密裏にその哨戒飛行を実施してきたんだ。基本的には哨戒飛行で異常がないかを確認し、もしもヒルチャール達がある程度集まったり、アビスの魔術師がヒルチャール達を率いているのを確認したら、自分が持っている元素投擲瓶を用いて奴らに空襲を行って、奴らを追い払ったり排除しているんだ。

 

「…なに?」

(瞬詠、お前、今までそんな事をしていたのか?)

 

煙緋は瞬詠が呟いた言葉に対して、驚きの声を上げる。だがそれもそのはずだろう。まさか普段璃月港で悠々と緩く適当に過ごしているとされていた瞬詠が、実は裏でそのような行動を取っていたとは露ほどにも知らなかったのだから。

 

___あぁ、そうだぞ。今日も哨戒飛行中に複数のヒルチャール暴徒達を含むそこそこの規模のヒルチャール達の集団がいたからな。奴らを炎元素の投擲瓶と雷元素の投擲瓶を用いた過負荷爆撃で吹き飛ばしていきながら、散りじりになるまで空爆をしながら追いかけまわしていたんだ。ちょうど甘雨に交信を入れる数分前に。

 

「…」

(な、成る程な)

 

煙緋は絶句して呆然としてしまう。まさか今日、しかも数分前にそれを行っていたなど、到底想像もしなかったのだ。

 

「な、何というか……」

(それは何とも凄まじい事だな……)

 

___まぁな。まぁ、そんな毎回毎回そんな事をしているわけではないし、基本的にはなにか大きな異常や異変、また気になったことや気になったもの等がないかを、定期的に調べる為に空を飛んでいるという訳だ。そして何か異常や異変、気になったものがあればそれを写真機で空撮し、その空撮した写真を凝光さんに報告を、必要に応じて望舒旅館(ぼうじょりょかん)にいる魈に見せて情報共有を行ったりしているんだ。場合によってはそのまま魈の指示に従って行動したり、その案件の解決をするために魈の支援や援護などをしたりしているぞ。

 

「……」

(そ、そうか……)

 

煙緋はなんとも言えない表情を浮かべながら返事を返す。何故だろう。自分の中の常識が音を立てて崩れていくような、そんな気がした。

 

「…うむ」

(そ、それでもう一つの野暮用というのは?)

 

____あぁ、そうだったな……。これは完全に自分の個人的な事、プライベート的な事であるが軽策荘(けいさくそう)の近くに移住しているフォンテーヌ人の知り合いに、個人的に会いに行ってきたんだ。ちょっとした手土産を持参してな。

 

「…ほぉ」

(なるほどな。…もしかして、その知り合いのフォンテーヌ人も甘雨の関係者だったりするのか?)

 

煙緋は興味深そうに声を上げると、瞬詠にそんな質問をする。どうやら今までの話の流れからして、甘雨、もしくは仙人達と何らかの関係のある人物ではないかと思ったようだ。

 

___いや、“彼女”と甘雨や仙人達とは一切の関係は無いぞ。そもそも彼女は仙人や煙緋達みたいに仙獣とのハーフではないしな。

 

「成程」

(なんだ、そうだったのか。それじゃあ、そのフォンテーヌ人の知人とは一体どんな人物なんだ?)

 

煙緋は瞬詠の返答を聞いて、残念そうに返事をする。

 

____どんな、人物…か。まぁ、彼女はかなりの“わけあり”の人物で祖国のフォンテーヌを離れて、安寧の地を求めて璃月の軽策荘の近くまでやってきた人物だ。そうして自分は定期的に、その彼女と個人的な“情報交換”を行ったりしているんだ。

 

「…ほぉ」

(“情報交換”か?)

 

___あぁ、そうだ。

 

「…ふむ」

(成程な…)

 

煙緋は瞬詠の返答を聞いて、興味深そうに心の中で相槌を打つ。どうやらそのフォンテーヌ人の知人は、単なる知り合いではなく情報交換ができるような関係らしい。そして同時に感じ取る。瞬詠は何かを“隠している”。別に間違ったことや嘘を言っているわけではないが、瞬詠とそれなりに深い関係になった煙緋にはなんとなく、こういう時の瞬詠が何か“肝心な事”を隠している事がある場合があると分かるのだ。

 

「ふむ」

 

煙緋は頷く。どのみち今の彼には、これ以上は話すことが出来ないと暗に言っているのだ。これ以上聞き出そうとしても煙緋の望む答えは返ってこないだろう。

 

___それはそうと、煙緋。甘雨に伝えてくれないか?

 

「うん?」

(ん?何をだ?)

 

___あぁ、実はもう自分は璃月港上空に入っていて、間もなく緋雲の丘上空から玉京台上空に到達、そのまま月海亭の付近にいる甘雨達と合流するとな。

 

「なんだって!?」

(本当か!?)

 

煙緋はまさかの瞬詠の言葉に驚愕する。そして直ぐに瞬詠を探すように空をキョロキョロと見つめる。

 

「…あれ、煙緋さん?もしかして瞬詠さんがもう戻ってきたという事ですか?」

 

そして急に空をキョロキョロと見回し始めた煙緋を見て、不思議そうに首を傾げながら甘雨が聞いてくる。

 

「あ、甘雨先輩。はい、そうです。先ほど瞬詠が璃月港上空に入っていて、間もなく緋雲の丘上空から玉京台上空に入って、そのまま私達と合流すると」

 

「そうですか。えっと、緋雲の丘上空から玉京台上空という事は、あの方角…」

 

「なに?あいつ、もうそんな近くまで来ていたのか?」

 

煙緋は甘雨の質問に、軽く頷きながら答える。すると甘雨は少し安堵したような表情になリ、煙緋の言葉に相槌を打ってとある方角に顔を向ける。そんな甘雨の言葉を聴いて、少し驚いたように忍が声を上げる。

 

「…う~む、どこだ?どこにいるんだ?」

(全く、分からん……)

 

煙緋は目を凝らして、瞬詠の姿を探す。

 

 

___いた、あそこだな。甘雨、そして煙緋達は。

 

「あっ、いましたね。瞬詠さん」

 

 

そして瞬詠の呟きが煙緋の脳裏に届くと同時に、甘雨も瞬詠の事を捉えたのかその方向を指さす。

 

「えぇっ!?どこですか、甘雨先輩!?」

 

「っ!?どこですか!?甘雨さん!!」

 

そうして煙緋と忍も甘雨の指先を辿って目線を向ける。

 

「見えますか?ほら、あそこですよ。あそこ」

 

「…っ!?あれか!」

 

煙緋は甘雨の指先を辿りながら、目をすがめ、そして目を見開かせる。

 

___待たせたな、煙緋、忍。それに甘雨も。

 

そこには滑空しつつ徐々に高度を落としながら、煙緋達がいる場所に徐々に近付いてくる黄色を基調とした、所々に目立つような金色の装飾が施されている美しい黄金鳥。その黄金鳥の羽のような風の翼を展開していた瞬詠がおり、瞬詠は機用に風の翼の両翼を上下に振る事で自分を発見しやすようにと、煙緋達に合図を送りながら飛翔していた。

 

「…っ」

(おぉ……)

 

煙緋は感嘆する。

 

今まで煙緋は瞬詠が風の翼を使いこなしており、それはある意味、自分の意志で自由自在に空を翔ける事が出来るほど、それほどの卓越した飛翔技術を持っているという事は知っていたのだが、こうして実際に空を飛んでいた瞬詠を見たことがなかったので、その飛翔技術に思わず目を奪われたのだ。

煙緋達に瞬詠を発見させるため、あんな風にわざと翼を上下に振るという危険行為。そんな風な危険行為を行えば、普通はバランスを崩してあっけなく墜落し、そのまま地面に叩きつけられて死んでしまう可能性が非常に高い筈だ。

だが瞬詠はそんな危険性があるにも関わらず、当たり前のように平然とした様子でやり遂げている。それはつまり自身の空での技量に絶対の自信を持っているが故の“余裕”の現れなのだろう。

 

「全く、相変わらずだな、瞬詠は……」

 

忍も感嘆するように、瞬詠の姿を見つめていた。

 

「ふふっ、そうですね。本当に彼は人間なのですかと思いますよ。以前の瞬詠さん、極僅かな期間ですが一時的に、個人的な事情でモンドでどうしてもやっておかないといけない用事があるといって、モンドからここ、月海亭までの超長距離の飛翔出勤や飛翔退勤を繰り返すなんて滅茶苦茶な事をやっていたんですから」

 

甘雨は忍の言葉に苦笑いを浮かべつつ、同意するように、そしてそのように頷く。どうやら甘雨はこうやって空を飛んでいる光景を見るのは初めてではなさそうだ。

 

「えっ、そうなんですか?甘雨先輩。…本当に滅茶苦茶で、変わった人ですね、彼は」

 

「えぇ、そうですね。煙緋さん。…本当に彼は、無茶苦茶で、そして不思議な人です」

 

そしてその話を聞いた煙緋はそのように言い甘雨もそう言い返すと、二人は苦笑いを浮かべながら、互いに瞬詠の方に視線を向ける。

 

「っ、っ、ふっ」

 

そして二人の視線の先には自分達に向かって降下していた瞬詠が、一定の距離を進むと風の翼をはためかせ、まるでその場でヘリコプターがホバリングするようにその場に静止すると、そのまま風の翼の両翼を器用に操りつつ、さながら垂直離着陸機のように一切ぶれる事なく一定の場所で静止ししながら、煙緋と甘雨達がいる地表まで降下していき、そうして地表に両足を着ける。

 

「すまない、待たせたな。甘雨、そして煙緋に忍」

 

そして彼の黄金の風の翼を羽ばたいて自身の風の翼を霧散させると、瞬詠は甘雨、そして煙緋と忍に顔を向けて声をかけたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、凄く高いな!!どんどん昇っていくぞ!!」

 

「そ、そうですね…。煙緋先輩…。ですが、本当のこの景色。目の前に璃月港は本当に…」

 

興奮した煙緋の声に、忍の少し不安そうな、そして恐怖を感じているかのようでありながらも感嘆とした様子の声。

 

「ふふっ、そう言えば煙緋さんは、“こういう物”に乗るのは初めてでしたね」

 

「煙緋、興奮するのは分かるが、少し落ち着け。万が一足を滑らせても、自分は落ちていく煙緋なんて助けないからな」

 

「なに!?酷いぞ、瞬詠!!」

 

「ははは、なら少し大人しくしろ」

 

煙緋は初めて乗る“浮遊する岩”に興奮しながら、キョロキョロと周囲と下に広がる璃月港の美しい景色を眺めつつ、自分にかかる初めて感じたその浮遊感にはしゃぐ。そしてそんな煙緋の様子に呆れた様子を見せる瞬詠の言葉に、煙緋は少しだけ不満そうに声を上げる。

 

 

瞬詠の哨戒飛行を終えた瞬詠と合流を果たした煙緋達は、予定通り四人は毎年迎仙儀式が行われる場所である“倚岩殿”へと向かい、そこで待機していた案内人の案内に従って凝光の群玉閣と地上を行き来する唯一の手段、その“浮遊する岩”、“浮生の石”という材石で作られた外景盤石の『飛揚跋扈(ひようばっこ)』の一種であるそれに乗り、璃月港の地表から飛び立ったのであった。

 

そして初めて乗る“浮遊する岩”である『飛揚跋扈』に煙緋は大興奮し、対する忍はあまりにもの高さに少しだけ恐怖を感じながらも、自分達の足元に広がる璃月港の美しい景色に静かに見とれていた。そうして、そんな二人の様子を見ていた甘雨と瞬詠は、お互いに笑みを向け合い、煙緋と忍の二人の様子に少しだけ微笑みを向けているのであった。

 

 

「…あっ、そろそろですね」

 

「うん?あぁ、そうだな。煙緋、忍、もうそろそろ終点だ。いよいよ凝光さんの群玉閣に到着するぞ」

 

甘雨と瞬詠は見上げながら、視界の先を飛ぶ『飛揚跋扈』が向かう先に視線を向ける。

 

「おっ、本当か?…おぉ」

(…いよいよか)

 

煙緋は甘雨と瞬詠達と同じように見上げ、そして少し顔を引き締める。

 

煙緋の目の前には、凝光の空中に浮かぶ巨大な空中に浮かぶ建造物。それは凝光の今までのビジネスや数々の成功や実績、それらによって得られた多額のモラや資産などの彼女の富の結晶。またそれと同様に、岩王帝君に次ぐ璃月を統治する七人達、璃月七星の筆頭である璃月七星“天権”の権力や財力、そして実力の象徴である巨大な空中宮殿である『群玉閣』が視界の先に飛び込んでくる。

 

「…」

 

煙緋はその美しい景色に思わず見惚れ、そして少しだけ目を細める。

 

「っ、凄いな……」

 

そして煙緋の後ろで忍もポツリと呟くように声を上げながら群玉閣に接岸するように飛揚跋扈の速度が落ちていき、そうしてゆっくりと群玉閣が自分達の元に近づいて来る光景に思わず息を吞む。

 

「よし、着いたな」

 

「はい、そうですね。煙緋さん、忍さん、降りますよ」

 

「はい、甘雨先輩」

 

「はい、分かりました」

 

そして飛揚跋扈は群玉閣に接岸するように接触すると瞬詠と甘雨、煙緋と忍達の四人は飛揚跋扈から降りる。

 

「瞬詠様、そして甘雨様。お疲れ様です」

 

「お疲れ様です、瞬詠様、甘雨様。瞬詠様、その後ろにいるお二人方…。彼女達が、例の件の予定のお客人でよろしいでしょうか?」

 

そして群玉閣に降り立った四人の元に、群玉閣の守衛である千岩軍の複数の警備兵達が駆け寄って瞬詠と甘雨に敬礼を行う。そして瞬詠達の後ろにいる煙緋と忍に目線を向けながら、そのように声をかける。群玉閣の警備兵達は煙緋と忍の二人をまるで希望や期待に満ちた瞳で見ていた。

 

「あぁ、そうだ。彼女達がかの有名な法律家の煙緋、そしてその弟子の久岐忍だ。…いずれにしろ凝光さんの大切な客人であり、今の璃月の情勢を左右する要人と言っても過言ではない人物だ」

 

「成程、そうですか」

 

「この方達が招かれた者達…」

 

警備兵達は感慨深げのように、煙緋と忍を見て感嘆とする。

 

「…えっ、えぇっと」

 

「…う、うん?」

(……い、一体どうしたというんだ?)

 

忍と煙緋はそんな警備兵達の尊敬や感激、興奮にも似た視線に思わずたじろぐ。彼女達は一体自分達の事をどういった目で見ているのか、その真意は分からなかったが、それでも自分達を見る警備兵達の様子から察するに、どうやら自分達に尊敬や感激の視線を向けているという事だけはなんとなく分かった。

 

「それにもはや今の情勢的に…。煙緋は璃月やスネージナヤ…。それどころかこの“テイワットの未来を握る人物”とも言える…かもしれないしな」

 

「…うん?瞬詠、何か言ったか?」

 

「いや、自分はなにも言ってないぞ」

 

瞬詠はぼそりと呟くとそれに反応した煙緋が振り返る。だが煙緋は瞬詠の呟き声に聞こえなかったのか、疑問符を浮かべながら瞬詠に尋ねたが、瞬詠は否定しながら煙緋から顔をそらした。

 

「さて、さっさと行くとしよう。自分が煙緋達との合流に少し遅れてしまったせいで、凝光さんを少し待たせてしまっている筈だ。なぁ、凝光さんはどこにいる?」

 

「はっ、凝光様は、現在群玉閣の凝光様の主室にて執務中でございます」

 

警備兵達は敬礼をしながら瞬詠の問いかけに答える。

 

「なるほど、分かった」

 

その答えは想像通りであり、そして予想通りの回答であったため瞬詠は一つ頷くと、そのまま群玉閣に視線を向けた。

 

「よし、じゃあ行くぞ。甘雨、そして煙緋に忍も」

 

「はい、行きましょう。瞬詠さん。行きますよ、煙緋さん、忍さん。凝光さんが待っています」

 

「うむ、行こう。瞬詠、甘雨先輩。群玉閣に」

 

「あぁ、行こう。瞬詠、甘雨さん」

 

瞬詠は横目で甘雨、煙緋と忍の様子を確認すると、そのまま彼女達を連れて群玉閣の宮殿の方へと歩みを進める。そしてそんな瞬詠達に守衛達は敬礼を行いながら、その後ろ姿を見送る。

 

「…」

 

そうして瞬詠と甘雨の後ろを歩く煙緋は息を吞む。巨大な空中宮殿、壮観な外装を施している群玉閣。彼女の視界に映る群玉閣、それはまるで孤高に悠然とそびえ立つ城のような存在であり、それは改めて璃月七星のリーダー、“天権”という岩王帝君に次ぐ権力を持つ統治者、そしてその地位に立つ彼女、“凝光”という存在が如何なる存在であるのかを雄弁に物語りかけて来る。

 

そして煙緋が目の前に広がる群玉閣、そしてまだ見ぬ姿の凝光という存在に改めて息を呑んでいる時であった。

 

「…うん?」

 

「…あら?」

 

瞬詠と甘雨が何かに気づき立ち止まる。

 

「うん?どうしたんだ?瞬詠、それに甘雨先輩?」

 

「どうしたんですか?瞬詠、それに甘雨さん」

 

煙緋も忍もそんな二人の反応に疑問を抱いて首を傾げ、彼らの隙間から前方を覗く。

 

「…あ」

 

そして前方を見て何が起きたのかを把握した煙緋は、思わず目を見開く。

 

「…あら、丁度いいタイミングで来たわね。待っていたわ、瞬詠、甘雨…。そして後ろにいるのが、煙緋、そしてその煙緋の弟子の久岐忍ね。…ふふっ、歓迎するわ」

 

その時、群玉閣の玄関に当たる巨大な扉が重厚な音を鳴らしながら開き始め、そしてそこから一人の人物がゆっくりと姿を現す。

 

その姿とは気品のある白金の髪に真紅の瞳、そしてその身の貴い身分を際立たせるような白と茶、そして黄金を基調としたドレスのような高貴な璃月服に身を包み、その腰に“岩の神の目”を身に着けている女性、“凝光”本人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

「…」

 

夜の冷たい風が吹く璃月港。その夜をそこで過ごす人々の営みの証である多くの灯で照らされる璃月港の夜景。そしてその夜景を見下ろすかのように鎮座する群玉閣。そうしてその群玉閣の宮殿を出て、群玉閣の正面の端で独り夜景を見つめていた一人の男、瞬詠が立っていた。

 

「……」

 

瞬詠は無言のまま静かに夜景を眺めていた。

 

「…あら、瞬詠。こんなところで何をしているのかしら?」

 

そんな彼の元に、群玉閣の主である凝光が静かに歩み寄りながら声をかける。

 

「…いや、別にただこの夜景を静かに眺めていただけだ。凝光さん」

 

「ふふっ、そう……」

 

そして瞬詠は隣まで歩いてきた凝光に目線を向けることなく、ただ黙って夜景を眺めていた。そんな瞬詠の態度に、凝光は軽く彼の様子を観察すると、ゆっくりと彼と同じように無言で夜景に視線を向けた。

 

「…なぁ、凝光さん」

 

「…あら、何かしら?瞬詠」

 

二人は静かに横目でお互いの顔を見つめ合いながら、言葉を紡ぐ。

 

「忍、そして煙緋の件だが…、本当に助かった。ありがとう」

 

「あら、その事?…ふふっ、別に良いわよ。どのみち煙緋とはいつか共同で法改正の仕事をするつもりだったし、そのためには長期間ここに居てもらう必要もあるかもしれないとも考えていたしね。……それに」

 

「……それに?」

 

凝光は小さく笑みを浮かべながら少しだけ瞬詠に目を向けると、再び眼下に広がる璃月港の夜景に視線を向ける。

 

「煙緋はとても優秀で有益な人材。…そんな人物がファデュイの手による”誘拐”や“暗殺”の可能性がわずかでも浮上してしまった以上、彼女の身の安全は璃月が総力を挙げて確保しなければならないわ。それ故、彼女の身の安全の確保を行える場所、そしてファデュイに怪しまれずに保護ができる人物。この群玉閣という隔離された場所とその群玉閣の主であり、彼女への仕事の依頼主である私が一番の最適だっただけよ」

 

「はっ、確かにな」

 

凝光は笑みを浮かべたまま、夜景を見下ろしながらそう言った。そんな彼女の言葉に瞬詠も小さく笑う。

 

「…こうして煙緋の誘拐や暗殺の危険性と言う不安の芽を摘めた以上、いよいよ本格的に自分達、いや俺達の『密偵防諜部』はファデュイに対して一斉に行動を、“攻撃”を開始することが出来る」

 

「…」

 

瞬詠は静かにそう呟くと目を細める。そして凝光は一言も発すること無く、ただ静かに横目で瞬詠を見つめていた。凝光のルビーのような真紅の宝石色の瞳が揺れる。それはまるで瞬詠の身を心配しているかのように、彼を見守るかのような目であった。

 

「……瞬詠、やるのね?」

 

「あぁ、そのつもりだ。そのための密偵防諜部だ。…まぁ本来、密偵防諜部とは凝光さん直属の特別情報官の夜蘭の活動をサポートする小さな組織だったがな」

 

「えぇ、そうね。私が夜蘭に与えた仕事の補佐をする組織、それが密偵防諜部……。しかし今ではその役目を超えて、裏からこの璃月港を、そして千岩軍とは同じように璃月を守り支える、決して陽の下を浴びる事は無い守護者達とも言うべき存在へと昇華することになった」

 

凝光は眼下に広がる璃月港の夜景を見つめながら、ゆっくりと瞬詠に語り掛ける。静かに語る彼女の声には若干の懐かしさ、そしてほんの少しの哀しみが感じ取れた。

 

「……」

 

瞬詠はそんな凝光の言葉をただ静かに聞いている。彼の視線は眼下に広がる璃月港の夜景を、そしてそんな瞬詠の横顔を静かに見つめる凝光へと向けられていた。

 

「はぁ、本当にどうしてこうなったのかしら?私は貴方にこんな危険な仕事を、まるで裏稼業みたいな仕事をさせるつもりは無かったのよ…?これ、本当にどう説明すればいいのよ?あの“船長さん”から、『瞬詠の事をよろしく頼む。あいつは本当に何でもできるからな。簡単な事務仕事でもさせながら、璃月港でゆっくり過ごさせてやってくれ。そうすれば瞬詠の心労も少しは和らぐだろうし、あいつの病的なそれらも和らぐだろう』って、言われてたのに…」

 

凝光は困ったように、そして呆れたように頭に手を当てながらため息をつく。

 

「…いや、仕方ないだろ。事情を説明すれば“北斗の姐さん”も納得してくれるだろうよ。水面下で璃月に様々な危機が迫っていたわけだし。それにそれらの危機の元凶はファデュイやアビス教団のような外部の者達だけならまだましだったんだが…。『怨人』達、こいつらのほとんどは同じ璃月人達なんだぞ?だからこそ非常に厄介なんだ。まぁ、そうなってしまうのも仕方がないというのも分かるが…。なぁ、凝光さんさぁ。凝光さん、お前さん、お前さん方達というのは、いったい今までにどれだけの数、どんだけ数の“敵”を作ってきたんだ?」

 

瞬詠は凝光のそんな様子に呆れた表情でため息をつくと、そのまま彼女に向かって呆れたような視線を送る。

 

「ふふっ、そうね……。うん、覚えてないわね。だってビジネスや商戦というのは、とても単純に言ってしまえば“競争”でしょ?そこには必ず“勝者”と“敗者”しか存在しないわ。…そしてそこには当然、敗者に何かしらの“遺恨”というものが生まれるものだもの」

 

「あぁ、そうだな。確かにそうだ。それが道理だ」

 

「……」

 

凝光は瞬詠の言葉に小さく頷く。そして、瞬詠は静かに空を見上げるとそのまま言葉を紡ぐ。

 

「……はぁ、まぁ、正直凝光さんは大丈夫だろう。凝光さんは圧倒的、そして絶対的な強者だ。璃月七星のリーダー、“天権”……。その実力と名声は璃月の誰もが知っているし、まぁ彼らも渋々ではあるが、凝光さんの事は認めていることだろう。…だが、凝光さんとは別で本当の意味で非常に厄介な事になってしまっているのが、“あいつ”、あの“暴走女”の方だ」

 

瞬詠はそう言うと面倒臭そうに小さくため息をつく。

 

「“暴走女”ね……。彼女、“刻晴”をそんな乱雑に呼ぶなんて本当に大したものね。ふふっ」

 

凝光は面白そうに微笑む。

 

「はぁ、いやいや笑い事じゃないんだぞ…。ふんっ」

 

対する瞬詠は呆れた様子でため息をつく。そして下の方に広がる璃月港、『煙緋法律事務所』がある方に目を向けた。

 

「…それで、瞬詠。今、どういう状況なのかしら?」

 

そして瞬詠の変化を静かに見つめていた凝光は相変わらず夜景を見つめながら、静かに口を開く。

 

「あぁ、それに関してだが…。今現在進行形で、ファデュイの諜報員や工作員達に気づかれないように、密偵防諜部の諜報員達が留守になった『煙緋法律事務所』の事務所内、また煙緋法律事務所周辺のあちこちに工作を行ったり、罠や仕掛けを張り巡らせているところだ」

 

「そう……。いよいよなのね」

 

瞬詠はそう言うと静かに目を細め、眼下に広がる璃月港の夜景から視線を逸らし、凝光の横顔を改めて見つめる。

 

「あぁ、そうだ。…なんだ、凝光さん。今更怖気づいたのか?」

 

「まさか、私が?…ふふっ、冗談はよして頂戴」

 

瞬詠はニヤリと笑いながら凝光にそう言うと、彼女は静かに微笑みながらそう返す。

 

「はっ、まぁ、そうだよな。もうどのみち、後戻りなんかできるわけもないからな…。幸いにもファデュイは決して“一枚岩”ではない。今までの情報を突き合わせていくと、もし実際に煙緋に対しての誘拐や暗殺関連、これの計画が実在していたとしてもこれは決してファデュイの主流派が主導しているわけではないし、“執行官”達が絡んでいる線もかなり薄い、と俺は見ている。少なくともファデュイ執行官の“富者”、“パンタローネ”はこの件とは無関係と見て間違いないだろう」

 

「あら、あのスネージナヤの銀行家達の長の男がそう言っていたの?…それは信用できるのかしら?」

 

瞬詠が静かに発したその言葉を聞くと、凝光はそっと目を細めながらゆっくりと彼の方を見る。

 

「信用…していいだろう。あの時、北国銀行総取締役の彼は俺の目の前で甘雨に対してやらかした直後だからな。状況的にこれ以上立場を悪くするようなことは避けたかった筈だし、少なくとも俺には嘘を吐いている様子は無かった。また怪しい素振りも見受けられなかったからな。それに全く知らなかったみたいで本当に困ったかのような様子でもあったぞ。…そうなると、少なくともこの件に関してのみで言えば、白と見ていいだろう。あの人は思慮深くて、計算高い人だからな。それを実際にやった時のメリットやデメリットを冷静に見極められる人だ。煙緋がいきなり行方不明になってしまった時の影響…。あの“パンタローネ”が到底見逃すはずがない。…それに」

 

「…それに?」

 

「あぁ…これを聞いてくれ。ほら」

 

凝光がそう尋ねると、瞬詠は“写真機”を取り出す。そしてその写真機を操作しながら、そのように言う。

 

「『はぁ、そんな馬鹿げた事を考える者達がいるとは思えませんが…。ですが実際に起こしてしまったらどうなってしまうのか、そんなのは想像すれば簡単な事でしょう…?それは我々、ファデュイの立場を危うくするばかりでなく、璃月から我らスネージナヤの、下手をすればテイワットの他の国々の信用すらも失墜しかねないでしょうね。…はぁ、少し由々しき事態かもしれませんね。もし本当にそうであったら…、えぇ、その者達に“再教育”を施す必要すらありませんね。しっかりと“処理”して差し上げなければいけませんね…。そうですよね?瞬詠殿?』…だそうだ」

 

「…あらあら、成る程ね」

 

写真機から流れ出た“とある男”の音声を聞くと、凝光は静かに目を伏せながら静かに苦笑いを浮かべる。

 

「はぁ、なんでまるで俺達が、ファデュイの尻拭いをしなければならんのか……。本当に面倒なことをしてくれる。しっかりと執行官達が配下のファデュイの構成員達の手綱を握ってくれていればこんなことにはなっていないんだがな」

 

瞬詠はため息まじりに頭を抱えると、凝光はそっと微笑む。

 

「ふふっ、そうね。…でも、それって?」

 

「あぁ、事の顛末次第では、少なくともパンタローネならば、そのファデュイの構成員達を切り捨てる。もしくは粛清等すらも行うと、そう俺に宣言したということだ」

 

「へぇ、恐ろしいわね……。でもまた、随分と大胆な発言をしたのね……」

 

凝光は驚いた様子で目を開く。ある意味それはファデュイの内乱みたいな状況になり得る、そんな大胆な発言を彼が行ったことに対して、驚きを隠せなかったようだ。

 

「あぁ、そうだ…。だがまぁ、まだその者達の真意は分からんがな。別にそうだと確定したわけではないし。ただどのみち本来やるべきことに、それらの調査や検証が追加されただけだ。そしてそのための準備も終えて、既に行動を開始している」

 

「あら、そうなの?」

 

「あぁ、そうだ」

 

凝光はそう聞き返すと、瞬詠は頷く。

 

「ファデュイが使っている“暗号”、それに“入れ替わり”によって、俺達密偵防諜部は疑似的ではあるがファデュイ内部への侵入を一応は成功しているからな。ただ重要な情報等の入手や収集は無理だが…。しかしある程度のざっとしたファデュイ内部の様子や内情に関する情報収集程度であるならば問題は無いし、今回の場合はあくまでもその情報に信憑性があるかどうかを確認すればいいだけだから、時間さえを掛ければ最終的な答えは得られるだろう」

 

「そうなのね」

 

瞬詠は小さく笑いながらそう言い、凝光は納得したように頷いた。

 

「…まぁでも、今回の場合は時間がそんなに残されていなかったし、また情報も情報だったからうかうかしていられなかったしな。本当にその情報通りに、煙緋がそのファデュイの構成員達に誘拐されたり暗殺でもされかけたり、それこそ煙緋がファデュイに危害でも加えられてしまったら、その影響、その余波と言うのは計り知れないものになる。それだけは絶対に避けなければならなかったから、それ故に今回はこのような“強硬策”を取らざる終えなかったわけだ」

 

瞬詠はそう言いながら、煙緋達がいる群玉閣の宮殿の方にと視線を向ける。

 

「…凝光さん、改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。凝光さんのおかげでや忍や煙緋を、俺の大切な友人である煙緋を、無事に避難させることができた。本当にありがとう。助かった」

 

「…ふふっ、どういたしまして」

 

凝光はそう微笑むと、二人は改めて振り返り『煙緋法律事務所』の方へと視線を向ける。

 

「…月海亭や七星八門のファデュイ側に付いていた内通者や協力者、彼らを俺の命令で動かしている千岩軍の兵士達で捕縛され始めている事でファデュイは焦り始めている。それにファデュイの諜報員達や工作員達にも動揺が広まり始めている。どこで漏れた。何が原因だ。誰かが裏切ったのか。それとも自分達の中に潜り込んだ奴がいるのか。なぜ、なぜ、何故なんだ、とな」

 

「ふふふ、そうね。…流石に彼らに少し同情してしまうわね」

 

「同情なんてしなくていいさ。彼らが悪い。そしてこの状況を打破する為に、本来であれば同じファデュイの諜報員同士や工作員同士、そして部隊間同士での情報共有や、協力と連携等を行わなければならないが、今のファデュイの各諜報部隊達や工作部隊達は互いに協力や連携を取る事は不可能。ましてや裏では互いに牽制し合い、お互いを警戒しすぎて同士討ちの一歩手前まで行う始末。そしてそれを執行官達、少なくとも凝光さん達の七星達と会談や交渉事の中心人物である“淑女”の“シニョーラ”は把握していない…。ファデュイの“分断”は、予定通りに進んでいるようだ」

 

「確かにそうね…。でも、まぁ、これも仕方の無い事ね」

 

瞬詠はそう小さく呟くと、凝光はそう言いながら小さくため息をつく。

 

「あぁ、全てはファデュイの連中が裏でこそこそと動き回っているのが悪い。それにまだこういったやり方の方が、お互いに大きな被害、それに今後に影響する遺恨や怨恨も少なくて済むし、こっちの方がお互いにある程度の理想的な落としどころを探れるからな。…ファデュイや千岩軍、そして執行官達と仙人達、下手すれば彼らの女皇陛下と俺達の岩王帝君が神同士が真正面からぶつかり合って、結果的に人間達同士はおろか、眷属達同士や神同士がぶつかりあう、血で血を洗う大戦争がスネージナヤと璃月間で勃発する…。いや、それだけで済めばいいがな…。なぁ、凝光さん」

 

瞬詠はそう言うと、凝光の方に視線を向ける。瞬詠の瞳には強い意志が宿っていた。

 

「この璃月や璃月港は商業国家でありテイワット最大の商業都市でもある。それ故にここには大勢の数の、観光やビジネス目的で来ているテイワット各国の外国人達がいる…。凝光さん。これの意味、凝光さんなら、どういうことか、何を指しているのか…。分かるよな?」

 

「えぇ、勿論…。もしもこの璃月、そして璃月港が戦火に晒されてしまえば、関係のない外国の邦人達が巻き込まれることになり、最悪死ぬことになるわね。そうなれば他の璃月とスネージナヤ以外の七国は璃月に攻撃をして、自国の人々を巻き込み殺害した国家として国交を断絶したり、制裁を加えたり、最悪他の七国達がスネージナヤに宣戦布告するなんて事になりかねないわね…」

 

瞬詠と凝光は真剣な表情を浮かべながら、腕を組みながら目を細める。

 

「あぁ、そうだ。そうなればテイワット全土を巻き込んだ“大陸戦争”なんてものが勃発し、テイワットは大陸戦争と言う名の大災禍に覆われて、最終的にこのテイワット大陸が灰燼に帰すなんて事になりかねん…。そして“煙緋”。彼女はこの璃月港で一番有名な法律家だ。つまり璃月でビジネス活動や商活動している璃月人達や外国人達は彼女の事を知らないわけがない。璃月港で商売している者達にとって璃月人や外国人問わず彼女の存在と言うのは常識みたいなものなんだ…。そんな彼女が誘拐され、傷つけられ、あまつさえ殺害されたなんて話が出回ってみろ…。間違いなくテイワット大陸中で璃月と関係のある商人達や商会、また貿易等の関係者達に激震が走るぞ」

 

「えぇ、瞬詠の言っている事、よく分かるわ。もしも彼女に、何かあった時の影響が私にも予想できないもの。少なくとも、その大勢の者達の間で多かれ少なかれ強烈な反スネージナヤ感情を持つことになるわね…。そしてその者達はスネージナヤとの取引を停止したり、取引の条件を劣悪なものに強制変更し、スネージナヤも諸外国への感情が悪化する…。それが繰り返されていけば、いずれ…。極端すぎるかもしれないけど、『煙緋が危害を加えられる。そしてテイワット大陸全土が戦禍の炎に覆われる事になる』という関係が成り立ってしまっているのよね…」

 

「あぁ、本当にそれだけは洒落にならん…。冗談抜きで煙緋がきっかけで、テイワットに未曾有の危機が差し迫るという可能性が僅かにでもあるのならば、俺達密偵防諜部で、ファデュイが実際にやろうとしているのかどうかは分からないが、ここで煙緋に接近しようとするファデュイの諜報員達を力尽くでも止める必要がある…。凝光、凝光さんの『煙緋が危害を加えられる。そしてテイワット大陸全土が戦禍の炎に覆われる事になる』…。そんな状況になってしまうよりかは、俺と夜蘭、俺達が築き上げた密偵防諜部の手でなんとかした方が、遥かにまだましな方だしな」

 

瞬詠はそう言うと、『煙緋法律事務所』に鋭い視線を送る。

 

「えぇ、本当に…。本当に、本当に馬鹿げた話ね。なんとしてでも、止めなきゃいけないわね…」

 

そして凝光も、見下ろすかのように瞬詠と同じく鋭い視線を『煙緋法律事務所』に送る。

 

「…ふふっ、本当にあなたが私の部下で良かったと思うわ。もしも、あなたがファデュイの執行官達の直属の部下だったらと思うと……、あまりにも恐ろしすぎて、ゾッとするわね」

 

「はぁ?…はは、おいおい、そうか?別に自分の代わりなんて、いくらでもいるじゃないか?」

 

鋭い視線を送っていた凝光は冗談めいて笑いながらそう言うふうに言うと、凝光の隣で鋭い視線を送っていた瞬詠もつい凝光に釣られて笑ってしまう。

 

「ふふっ、そうかしら?…貴方がここに来てから一年も満たない間に月海亭や七星八門で認められ、瞬詠の存在を無視できないほどの影響力を持ち、今までの璃月には無かった月海亭や七星八門の職員達の不正の秘密調査、璃月内部や諸外国との情報戦を専門に行う専門の秘密機関の密偵防諜部の設立、また本来であれば普通の人間が関わり合う筈がない仙人達との関係やパイプもしっかりと作り、またその他の要因で貴方という存在は璃月港においてかなりの影響力を保持した人物と化した……。それは他でもない、貴方だけよ?瞬詠」

 

「…確かにそうか。いや、待て。どうみても働きすぎじゃないか?俺」

 

「えぇ、その通りね。働きすぎよ、あなた」

 

凝光は笑みを浮かべながらそう返すと、瞬詠も苦笑した。

 

「…これが終わったら、絶対に休みを取らせて貰うからな。凝光さん」

 

「えぇ、私はいいわよ…。何も知らない刻晴がなんて言うか、わからないけど」

 

「ぐっ……」

 

瞬詠は思わず顔を強ばらせると、凝光はそんな彼をクスクスと笑う。

 

「ふふっ、どうかしたのかしら?」

 

「いや、何でもない。凝光さんからただ休ませなさいと言わせても、絶対にあの暴走女は反抗するだろうし、“真実”を言えば流石の刻晴も反抗できなくなるし、暴走女の彼女も納得するだろうが、凝光さんも言うつもりは無いんだろう?」

 

「当たり前じゃない。刻晴は何も知らない方が良いのよ。それにそれが彼女を守る最大の方法だし、もしも“真実”を知ったら刻晴だけじゃなくて、刻晴の周囲、もしかしたら今の璃月港に激しい動乱が起きるかもしれない…。ふふっ、まぁそれに、刻晴が何も知らない方が面白いじゃない?」

 

「はぁ…?ちっ、他人の不幸は蜜の味って事か……。本当に良い性格してるよな、凝光さんは」

 

「ふふっ、褒め言葉として受け取っておくわね?」

 

瞬詠が呆れたように舌打ちをし、ジト目で凝光にそう言うと、凝光は満面の笑みを浮かべながら頷いた。

 

「はぁ…。まぁ、良い。まずは目の前の問題を片付けよう。凝光さん、最後の確認だが、本当に良いんだな?俺や夜蘭達はいつでも行けるぞ。璃月港で暗躍しているファデュイの諜報員や工作員の主力部隊、彼らを手筈通りに煙緋法律事務所におびき寄せ彼らを嵌め、そして彼らを叩いたのちに拘束する。これが成功すればあのとても恐ろしい可能性を、厄災の未来と言えるそんな未来を消し去ることが出来る。それに凝光さん達のファデュイとの会談や交渉が璃月側に圧倒的に有利になるのは確実だ。…さぁ、あと必要なのは凝光さん。それを実行するための、凝光さんの命令だけだ」

 

「えぇ…そうね」

 

瞬詠は静かに息を吐きながら言うと、凝光はこくりと頷く。

 

「…瞬詠、ファデュイは瞬詠達の十分な程の工作活動を受けているおかげで、ファデュイという組織は機能不全を起こし、弱体化し始めているのよね?…偽情報をファデュイに注入することで」

 

「あぁ、そうだ。取引によってこちら側に寝返りさせ返したファデュイの内通者や協力者、それにファデュイとの繋がりのある裏社会の情報屋達等を特定し、あらゆる方面から偽情報の拡散を徹底させている。それによって、彼らの内部では水面下で誰が裏切り者なのか、誰が璃月のスパイ、誰が密偵防諜部が送り込んできた諜報員なのかと疑心暗鬼に陥り、お互いに信用出来なくなってきている。おまけに元々執行官達の配下のファデュイの構成員達、また彼らを取り纏めている直属の部下達というのは野心家の集まりだ。今回の璃月との会談の成果を通じて、昇進や更なる利権の増加や執行官達の覚えを良くしたいとの野心を持つ者達も多数存在いるだろう。そういった奴らの中には、時として必要であれば自分達の同僚達を貶めるという事を平然と行う場合がある。つまり?」

 

「…そうね。つまり今現在起きている事は、自分達と敵対している派閥のファデュイがわざと引き起こし、この混乱に乗じて自分達を嵌めて貶める事で、執行官達からの心象を悪くさせ、また自分達を都合の良いように動かそうとしている、と考えるわね。…ふふっ、瞬詠。貴方、よくこんなえげつない事、こんな恐ろしい事を考えつき、そして実際に行動に移せたわね?」

 

「…ふんっ、ファデュイなんて恐ろしい存在だからな。真正面から当たっちゃ敵うわけがないだろう…。ならば、彼らの土俵になんて上がらず、その土俵や土台そのものを壊してしまえば良い。つまり彼らが、武力行使なんて出来なくなってしまう状況や環境に追い込んでしまえば良いという事…。使える物は何でも使い、利用できるものは何でも利用する。…そうだろ、凝光さん?」

 

瞬詠はそう言うと凝光に向かって笑いかける。

 

「えぇ、そうね…。流石ね、瞬詠。なんだか貴方の事、酷く恐ろしい存在だと思えてきたわ…。えぇ、貴方は知的な怪物、合理性の化け物。そんな人外みたいな存在に思えてくるわね…」

 

凝光も笑みを浮かべながら頷く。

 

「…中々、酷い事を言うじゃないか?凝光さん?こっちは凝光さんの命令で動いているのに…。それに俺はただの人間だぞ。ただ“色んなもの”を見てきた人間。あらゆる“綺麗なもの”や“美しいもの”。そして“汚いもの”や“醜いもの”を見てきた。見届けてきた。ただ、それだけの人間だぞ」

 

瞬詠はそう言いながら、凝光に向かって微笑んだ。

 

「ふふっ、分かったわ。そう言う事にしておきましょうか…。さて、瞬詠」

 

凝光はそう言うと真剣な眼差しを瞬詠に向ける。

 

「…」

 

そして瞬詠も凝光の真剣な眼差しに答えるように、静かに頷いた。

 

「…命令するわ、瞬詠。必ず、必ず無事な姿、何事もない普段通りの姿でこの群玉閣に帰ってきなさい。そしてそれだけじゃないわ。私の特別情報官。夜蘭。彼女も何事もなく、無事に私の元に、私に顔を出せるように戻って来れるようにしなさい。そしてその目的を、必ずその災禍の芽を摘むという目的を遂行してきなさい。…それ以外は一切許可しない。そう命ずるわ。…いいわ、ね?」

 

凝光の真紅の瞳が瞬詠の瞳に突き刺さる。彼女の紅色に輝く瞳はまるで瞬詠の心の中まで見透かすように、その瞳を揺らがせることなく瞬詠を見つめ続けていた。

 

「…」

 

そしてその瞳を真正面から受け止めた瞬詠は彼女が求めている意味を理解したのか、無言で頷く。

 

「…了解した。夜蘭達にこの事を伝達させて偽情報の内容の更新を、また夜蘭達にいつ始まっても良いように準備をしておくように言っておく。…そして俺の方でも、実証実験が終わっている“例のあれ”、あれらの準備をしておくとしよう。使えば使うほど多少の問題は出てくるが、実戦で十分に使えるからな。厳重に保管し、眠らさせている“あれら”を活用しない手立てはない」

 

瞬詠はそう言うと凝光から視線を外す。そして瞬詠は空の方に顔を振り向く。そうしてその次の瞬間、黄金の風の翼を展開させていく。

 

「…」

 

凝光は黙ってその風の翼が展開されていくのを見つめる。そしてその次の瞬間、群玉閣に丁度瞬詠を後押しするかのような風が吹き始める。

 

「…じゃあ、行ってくる。凝光」

 

「…えぇ、行ってらっしゃい。瞬詠」

 

そして暫くした後、瞬詠は横目で凝光に軽く笑いかけると凝光もそれに返すように微笑む。

 

「…っ、っ、ふっ!!」

 

そして瞬詠は軽く駆け出し始め、そのまま群玉閣から飛び降りる。

 

「っ、っ、ぐっ!!…っ!!」

 

飛び降りた瞬詠は最初こそは沈むように落ちていくように飛んでいたが、速度が乗ってきたためか、それとも上手いこと気流に乗れたためか、少しずつ高度を上げるように飛んでいき、そして群玉閣から離れるように一定距離を飛んで行くと、上昇気流に乗れたのか急激な上昇をし始める。そうしてある程度まで上昇していくと、今度は翼を器用に動かして翻しながらとある方向に進路を向けると、一気に加速するように飛んでいく。

 

「…本当に流石ね」

 

凝光は群玉閣から瞬詠が璃月港に広がる夜の大空に飛び立つ様を見て、僅かに感嘆の笑みを浮かべながらそう呟いた。

 

先ほどまでのその動きを例えるならば、空母から迎撃のために艦載機である戦闘機を発艦させ、速度に乗ったその戦闘機が急上昇して高度を稼ぎ、一気に急旋回しては迎撃の為に急加速しながら自艦の空母に迫りくる脅威に向かって突っ込んで行く様子に酷似していた。

 

ここまで自由自在に、そして上手く気流を乗りこなしながらこんな風に自由に飛んでいけるのは、目の前の彼しかいないだろう。これを“船長”さんの元、南十字武装船隊に所属していた頃の彼は、毎日のように日常的に行ってきた彼に対して、改めて凝光は感心し同時にこれが彼の大胆不敵である所や、目的達成の為に一切の手を抜かない所、また冷徹すぎてどこか冷酷染みたところも彼の気質でもあるのだろうと感じながら、ただ静かに彼が飛び去っていくのを見送る。

 

「…ふふっ、これから私もやらなきゃいけない事が山積みになるわね」

 

凝光は僅かに寂しそうな表情を浮かべると、次の瞬間にはいつものように笑みを浮かべ、独りでに群玉閣の宮殿の中に戻った。

 

 

 

 

 

 

凝光が命令を発令し、命令を受け取った瞬詠は飛び立った。

 

 

 

 

 

 

それはつまり、これより今まで璃月港で暗躍していたファデュイの諜報員達や工作員達を相手に、遂に璃月七星、天権“凝光”が下した“攻撃命令”により瞬詠と夜蘭等を中心とする密偵防諜部、瞬詠と夜蘭達が彼らに牙を剝き、そうして一斉に襲い掛かっていくという事が決定したという事。

 

 

 

そしてそれはいずれ単独行動ではないファデュイの諜報員、ファデュイの諜報員達や工作員達で構成された部隊に奇襲攻撃を敢行し、彼らを制圧、拘束し捕縛を行う意味でもあったのであった。

 

 

 

全ては、煙緋に迫っていたありとあらゆる脅威の可能性を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それらを人知れずの所で、排除するために。

 

 

 




随筆している最中、そして完成したのを読み返して、思いました。

瞬詠がかなりとんでもない物(音声が流れるフォンテーヌ製の写真機…?、交信符、そしてファデュイから鹵獲した“あれ”)を保持しているけど。“あの人”、“留雲借風真君”が瞬詠に“様々な物”、彼女が作成もしくは改造を施したそれらを付与したって事になってるけど、大丈夫なの?

まぁ、留雲借風真君は改造した“帰終機”、“縹錦からくり・留雲(原神の2週年目イベントで手に入れられるアイテム。小さな仙霊のようなもの。)”、月逐い祭での“からくり調理神器”、ヨォーヨに送った月桂(※ヨォーヨの物語にある月桂に関する記載を見ると、留雲借風真君のからくり人形の類と思われる)などといった、多種多彩、多彩多様な物を作成、改造してきた実績もあるわけだから、大丈夫な…筈。


尚、次回よりしばらくの間の煙緋と忍は、凝光の群玉閣にて凝光と同居することになります。





—————
◎解説(“救苦度厄真君”について)
・救苦度厄真君
→“救苦度厄真君”もとい“七七”についてですが、彼女の正体と言うのは薬舗「不卜廬」の薬採り兼弟子であり、そして薬屋の白朮を手伝う“キョンシー”の幼女です。ですが作者的に実はその真の正体と言うのは、その身こそキョンシーという身体ですが実態は記憶を無くした仙人、“救苦度厄真君”という仙人ではないのかと考えました。
 どういうことかと言いますと七七のキャラクターについてを調べていくうちに、彼女のキャラクターストーリーで「七七というごく普通の薬草取りの娘が、誤って仙境に入り右足を怪我した。怪我を処置するため、彼女は慌てて洞窟に入った。傷口に包帯を巻いていると、彼女はこの世界に存在しないものの声を聴いた。まさか、巨大な音がした後、自分が永遠に生死の境をさまよう存在になるとは、彼女は思ってもいなかった。仙と魔、正義と邪悪…どちらも彼女はただ巻き込まれてしまっただけの犠牲者であるとわかっていた。これは天の意思かもしれない。瀕死の彼女はなんと『神の目』を手に入れ、仙魔大戦を終結させた。彼女を不憫に思った仙人たちは、各々の仙力を七七の体内に注ぎ、彼女を復活させようとした。しかし、蘇った七七は体内の仙力を制御できず、暴走し始めた…。この騒動を治めるために、『理水畳山真君』は仕方なく、この不幸な娘を琥珀に封印した。」という記載がある事から、そもそも七七は今より遥か昔の時代(仙魔大戦時代がおそらく魔神戦争と同時期、もしくは魔神戦争終結後からカーンルイアのテイワット全土侵攻・総攻撃までの間の璃月にて勃発した戦争の事と思われる)に生きていた人と見る事ができ、更には死の間際で神の目を手に入れた彼女は、最終的に仙魔大戦を終結させたことから、本来の七七は相当の実力者であることが見とれます。また彼女がキョンシーである理由も仙人達が七七を助ける為に(結局は暴走しましたが…)仙力を流し込んだが故かと思われます。
 そしてこれの続きとして彼女の神の目に関する記載にて「七七の『神の目』は死ぬ直前に授かったものだ。時を止めて、過去の日々に戻りたいと思った時。死への恐怖、生存への渇望、そして家族への思い…この全てが『氷』の模様になった。『もし過去に戻れたらいいな…』涙が瀕死の娘の目からこぼれ落ち、突如現れた『神の目』に落ちた。『三眼五顕仙人』たちは、彼女の『三眼』としての正当性を認めた――過ぎ去った日々への渇望も、守護の意思の一つだ。」とあることから、彼女は正式な魈や留雲達の『三眼五顕仙人』の一員であると判断し、瞬詠が仙人達や弟子の申鶴と共に甘雨を救出させていた話、その救出劇に参加、同行していたという事といたしました。
 また彼女の仙号の“救苦度厄真君”についてですが、これは元素爆発の名前が“仙法・救苦度厄”という名前である事、また天賦紹介の文章の中に『「本名、救苦度厄真君、起死回骸童子。」――だが七七はこの言葉を思い出せない。』とある事、そして元素爆発時の七七の台詞が『我が名は度厄真君なり』と言っている事から、七七の仙号は“救苦度厄真君”で、まず間違いは無いと思われます。
 余談ですが、七七はキョンシーになった事で生前の記憶を失っていると等しい状態ですが、なぜかなんとなく、魈に関してあった事があるような、ないような曖昧な記憶があるよう…みたいです。また個人的に方士である重雲が、彼女が普通ではないキョンシーである事に既に気づいており、かなり彼女が気になっているという事に関しても、やはり彼女の正体が仙人のキョンシーである事を示唆しているように思えます。
 …いずれにしろ、“七七”は仙人達ととても深い関係や繋がりを持つ人物であると思われるので、彼女の“伝説任務”が待ち遠しいです…。


—————
追記1
・【魔神戦争】を【魔人戦争】と表記の誤りがあったため、該当の部分を修正しました。

追記2
・パンタローネの反応に関する瞬詠の台詞を修正しました。(個人的に読みづらいと感じたため)


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璃月七星天権の“切り札”と明かされる事実

完成したので投稿。

今回はあらすじに書いてある分割した12話目の前半です。

今回も考察ネタ、そしてオリジナル設定や要素が遺憾なく発揮しています。

尚、今回の解説は正直取り扱うかべきかどうかに結構悩んでいましたが、取り扱えずほんの軽く触れてみようと思います。
(因みに取り扱う予定の“それ”に関しては、それを巡る今後の物語のストーリー関係がまだしっかりと決めきれてない事。またもしかすると後の、今後原神の“魔神任務”等のメインストーリーや一部のキャラの“伝説任務”に関連する話、そうしておそらく“魔神戦争期の話”、またもしかしたら“七神成立関係等の話”と関わってくる可能性があるもののため。ただ現時点では本当に謎が多く、正直それを扱うのは非常に難しいために、当たり障りの無い程度にしようと思います。)

また今回は試験的に少し文章の書き方(主に長いセリフ関係)を工夫してみました。個人的に意外と悪くないんじゃないかと思いました。

それと余談ですが、三月の感想欄で頂いた改行に関してのアドバイスをきっかけに始めた『大規模改行改修作業(【本編第1幕・本編第2幕】を対象とした改修作業)』も無事に終わりました。かなり読みやすくなったのではないかと思われます。

改めて、アドバイスを頂いた方々に感謝の意を表明しようと思います。
本当にありがとうございました。



またこれも余談ですが、お気に入り数も間もなく300人を超えようとしています。
本当にありがとうございます。励みになります。

最初はほんの出来心で、AIと書きたいものを書きあっていくという遊びの結果、それなりの文章量の原神の二次創作ものができあがってしまい、消すのはもったいないし折角ならばこのサイトに投稿しよう思ったのがきっかけでしたが、こうして1年以上書き続ける事が出来ました。

これからも少しずつ、また本当にいつ終わるのかが分かりませんが、原神の魔神任務や伝説任務、世界任務や期間限定イベント等を統合させてそれらを活かしつつ、投票で決めた各国を代表するそのキャラ中心視線で瞬詠の足取りを通じた各国の過去や、その過去を通じて明らかになっていく隠されたテイワットの真実、そしてオリジナルストーリーを取り扱った番外編(理想)と、本編で行われているモンドと璃月、西風騎士団や千岩軍、また道中騒ぎに巻き込まれたアビス教団等、それらを派手に巻き込んだ刻晴と瞬詠のモンドと璃月を巻き込んだ壮大で壮絶な喧嘩(西風騎士団・千岩軍の大規模合同軍事演習という名の武力あり元素力ありの追いかけっこ、もしくはある意味命がけのリアルガチの逃走中)の随筆を続けて行こうと思います。



思うような纏まった時間が中々取れず、理想的な更新速度にも乗れておらず、また作者なりの独断や独善的な面も目立つかもしれない作品ですが、面白ければお気に入り登録や高評価等をしてくれたりすると嬉しいです。本当に励みになります。

また文章中に誤字脱字の指摘を行ってくれる人達もありがとうございます。本当に励みになり、またそうしてこの小説の完成度が引き上げる事も出来る為、感謝しています。



こんな拙作ですが、これからもよろしくお願いします。


「___つまり、凝光殿。この法律のこの条項のこの部分だが、これの条項に書かれているこの部分。これらを“彼ら”の都合の良いように解釈されてしまうと、そこが彼らの突破口になってしまうという事だ。ここの部分は今一度、慎重に練り直した方がいいかもしれない。私はそう思うぞ」

 

「…成程ね、煙緋。それは盲点だったわ。甘雨、今の煙緋が気づいたその点を記録しておいてくれないかしら。それにそうなると、それと似たようなこの銀行法の第10条第3項。この部分も法律の脆弱性が認められるかもしれないわね…。甘雨、今の部分も記録をお願い。後でこの点に関して確認、検証する必要があるわ」

 

「はい、分かりました。凝光さん」

 

「…煙緋先輩、凝光さん。少しよろしいだろうか。この部分がいまいちよく分からないし、釈然としないのだが。この部分、もう少し明確にした方が良いのではないでしょうか?」

 

「うむ、どれどれ。…凝光殿。忍さんが指摘したこの部分。この部分が、どういう意図、どういう目的がこの部分に込められているのか、これをもう少し詳しく、そしてもう少し限定した方が良いかもしれない。汎用性が高いのはあらゆる状況に対応出来るようにする、という意味合いで良いのかもしれないが、この法律は限定して特定の範囲に絞って適用しなければいけないような気がする。それにこのままでは彼らにこれを逆手に利用されてしまうような気がする。どうだろう?」

 

「うん、そうね。…その部分の目的と意図に関して何だけど___」

 

璃月様式の落ち着いた雰囲気の部屋にその落ち着いた雰囲気を醸し出している琉璃亭等で使われているような木製の灯籠の暖かな光、璃月様式の高級そうな木材を使用した背もたれ付きの椅子に少し大きなテーブルのような円形机。

その円形机の上に様々な法律に関する資料やそれに関連する璃月国内の金融や銀行に関する資料などが展開され、そのテーブルの周りに椅子から立ち上がっていた煙緋と凝光が難しそうな表情を浮かべて指差ししながら話し合いを行っていた。

そして煙緋の隣に立つ忍は煙緋と凝光のあまりにものレベルの高い会話に戸惑いながらも、それでも何とかギリギリ理解しながら、時折素朴な質問を行い、忍のそれをきっかけに煙緋と凝光が現状の運用されている法律や改定予定の法案について整理しては、その法案に対する新たな改善点や気づかなかった潜在していた問題点を炙り出していた。

そうしてそれを煙緋と凝光が話し合ってその話し合った結果を、凝光の隣に立つ甘雨が顔を上下に動かしながら、ほぼリアルタイムで速記するかのように筆を動かし続けていた。

 

 

 

 

 

とある日の璃月港。その日の璃月港は秋晴れの快晴、日中の心地よい暖かさに加えて快然たる優し気な風が璃月港の赤や黄色に染まった紅葉の葉を優しく撫で、そんな秋の爽やかな風も相まって璃月港はいつも以上に穏やかな雰囲気に包まれていた。

 

そして『玉京台(ぎょくけいだい)』地区にある毎年の迎仙儀式等の重要行事を催す要所である『倚岩殿(いがんでん)』、その直ぐ近くのの上空にてその穏やかな雰囲気の璃月港を見守るかのように鎮座する“それ”、璃月七星のリーダー“天権”、凝光が所有している彼女の象徴である孤高で壮麗な空中宮殿『群玉閣』がその姿を悠然と見せつけていた。

 

そしてそんな凝光の空中宮殿たる群玉閣にて、群玉閣で主に話し合いや会議などを行うための会議用に設けられていた円卓と椅子が並べられた広い部屋で、煙緋、忍、そして凝光、甘雨がこの日も凝光から煙緋に出した依頼である『金融・銀行法改定法案の添削・批評依頼』に関する対応を煙緋と凝光の合同で行っていた。

 

 

 

煙緋が凝光に客人として群玉閣に招かれたその日、異例中の異例の対応とも言える凝光本人による案内の元で群玉閣の応接室まで案内された。煙緋と忍はまさかの待遇に驚きながらも、凝光から案内された応接室へとおずおずと入って凝光との面談を行い、そうして煙緋は凝光ととある“契約”をかわして“特別な身分”を得た事により、群玉閣内の様々な機密事項のある場所での立ち入り許可や群玉閣内での自由な行動などが認められるようになったのである。

 

 

そうして“特別な身分”、“天権専属顧問法律家”の身分となった煙緋はいつものように、凝光と共にそう遠くない内に行われる表向きは大規模な『金融・銀行法法案改正』であるが、その実態はスネージナヤが擁するファデュイの工作活動に対する対策。

スネージナヤ、ファデュイが打ち立てている恐れがあるとされている『璃月属国化工作計画』並びに『璃月資本侵略計画』に関連する開業予定であるスネージナヤ系列外資系銀行の北国銀行や、スネージナヤの銀行家達が合法的に乗っ取った璃月のローカルな金融機関である“銭荘”の悪意ある動きを縛り付けて規制するかのように、凝光が秘密裏に行っていたファデュイの金融や銀行を活用した商会工作や市場工作を阻止するための『対ファデュイ工作活動抑制施策』、北国銀行やスネージナヤの傘下に下った銭荘を通じたスネージナヤの銀行家達やファデュイの暗躍を抑制し、縛り付けるための“法律の鎖”。

 

その凝光の“法律の鎖”とも言うべきその鎖の効力や強度を更に強くするために、凝光が生み出した先の“金融や銀行法に関する予定法案に関する大量の資料”や“現在の金融法や銀行法に関する資料”、また以前に瞬詠が煙緋法律事務所に訪れた際に写真機で写真を撮った璃月のありとあらやる市場や業界、そしてそれらを織りなす商会やその商会に属する人物の相互関係等の情報やその商会やその人物への璃月側とスネージナヤ側の融資に関する情報を取り纏めた“璃月業界情勢図”の写真。またその写真の内容を模した煙緋の法律事務所に置きっぱなしの図表とそっくりな図表を円卓の上に置かれ、それらを元に今日も煙緋と凝光達は話し合っていたのであった。

 

 

「___甘雨先輩、この部分はその条文とその条文はそれぞれ関係があるので、それらの関連付けもお願いします」

 

「___甘雨、それと第25条。この条項に関しても煙緋が指摘したそれと関係があるから関連付けをお願いね」

 

「は、はい、分かりました。…それでしたら、それと関係があった…えぇっと、金融法の方の第14条も一応紐づけしておきますか?煙緋さん、凝光さん?」

 

「あぁ、そうですね。甘雨先輩、お願いします」

 

「ふふっ、確かにそうね。甘雨、それの紐づけもお願いね」

 

「…」

 

煙緋と凝光は甘雨の真後ろに立ち甘雨が速記で書いた内容やそれに付随するメモを見て、甘雨に指示を出したり指摘したりしている中。忍は背中越しにいる煙緋と凝光と話し合っている甘雨、そして甘雨のメモや記録を黙って見つめる。

 

先ほどまで甘雨は煙緋と凝光の法律に関するレベルの高い会話を間隙を与えずに、まるで高速で連射していくマシンガンや速射砲のような速さで、高速で展開されゆく煙緋と凝光の会話をとてつもない速さの速記でメモや記録を取っていた。それは忍の目の前で繰り広げられていたあまりにもののハイスピードで展開されていく速さに忍は甘雨はちゃんとメモや記録を取れているのかが不安になるほどであり、実際に今日も本当に甘雨はメモや記録をしっかりと取れていたのか不安になるほどであった。

だが今回も煙緋と凝光の反応を見るに多少のメモのミスや聞き間違いはあっても概ね問題ないようであり、それでいていつものように特に疲労が溜まっている様子も見られない事に忍は関心を抱いていた。

 

甘雨は前提である法律の知識がほとんど無いにも関わらず、煙緋と凝光の会話だけで二人の法律の話の要約やその内容の把握、そして必要な箇所への速記でのメモ書きや法律用語や専門的な言葉による注釈等を行っていたのであった。

それは煙緋と凝光の話を素人なりにでありながらもしっかりと理解できている事であり、またそれらについての提案や補足を煙緋と凝光に適切に行う事が出来る事の証明でもあった。それは甘雨のあまりにもの要領の良さや頭の回転の速さ、そしてそれに対応する煙緋に引けを取らないほどの凄まじい集中力が為せる技の証であった。

そうしてそれは忍に、璃月七星全体の秘書を務める彼女、そして今の月海亭の職員の中で瞬詠と双璧をなすように彼と同じく頂点に立つ人物である彼女、甘雨という人物に忍が尊敬を抱かせさせる程であったのである。

 

「…うん、これで大丈夫ね。煙緋、甘雨の記録に間違いはないかしら?」

 

「あぁ、問題ないぞ。凝光殿。甘雨先輩、甘雨先輩もありがとうございます」

 

「いえいえお二人とも、大した事ないです。この程度でしたら、お役に立てるのでしたらどんどん私を使ってください。秘書として凝光さん、そして今では凝光さんの専属の顧問法律家になった煙緋さんお二人のお手伝いできる事はいくらでもしますので」

 

凝光と煙緋の言葉に嬉しそうな笑みを浮かべる甘雨。甘雨は嬉しそうな笑みを浮かべながら、円卓の上に置かれた自分のメモや記録を見直し確認し、間違いが無い事を確認するとそれらを全て片付け始めていく。

 

「…甘雨さん、お疲れ様です。甘雨さんって、法律とかは全く分からないんですよね?どうして煙緋さんや凝光さんが言ってる事をあそこまで理解出来ているんですか?」

 

忍は円卓の上を片付ける甘雨に小声でそう尋ねると、甘雨は忍の質問に対して少しだけ苦笑を浮かべながら答える。

 

「えっと、それはですね……。説明するのが本当に難しいのですが、最近時間のある時に基本的な法律の勉強をしているのもありますが、普段から物事の繋がりを意識したり、具体と抽象を分けたり、因果関係を明確にしたりと、それらを高速で出来るように普段から色々と試行錯誤しているんです」

 

「なるほど。それであのレベルの高い会話を理解してメモや記録を取れているんですね。…本当に凄いですね、あの会話内容についていけるのは」

 

「いえ、そんな……。私はまだまだ未熟者なので、もっと努力しないと……。そ、その、ありがとうございます」

 

甘雨は忍の褒め言葉に照れながらそう答えると、円卓の上に展開されていたそれらを一纏めにしていく。

 

「ふふっ…あら、もうそろそろ“瞬詠”がやってくる事かしら?」

 

甘雨と忍のやり取りに笑みを浮かべながら凝光は何かに気づきそう呟く。

 

煙緋は苦笑いをしている凝光に疑問符を浮かべながらそう尋ねる。

 

「っ!?…凝光さん。今、あいつ、瞬詠がこの群玉閣にやってくるって本当ですか?」

 

そしてそれを聞いていた忍が凝光にそう尋ねる。

 

「えぇ、そうよ。実はこの後“玉衡”である“彼女”、“刻晴”ととある打ち合わせがあるのだけれど。先んじて彼女の資料を群玉閣に持ち込んで打ち合わせの準備を行うって話だったのよ。本来、こういうのは璃月七星全体の秘書を行っている甘雨の仕事なんだけど、今の甘雨は完全に私の専属的な補佐として入ってもらっているから、必然的に私の命令で彼女の直属の部下として任命させた瞬詠が、彼女の秘書兼部下みたいな感じになるしね…。ふふっ、もしかしたら騒々しくて面白い光景が見れるかもしれないわよ」

 

「ほぉ…」

(成程、彼女、“刻晴”か…。そう言えば私は彼女とは直接的な面識がないから。これが初めての対面になるな…。ふむ、瞬詠の話や噂で色々と聞いてきたが、実際は一体どんな方なのだろう?)

 

凝光と忍の話を聞いていた煙緋は凝光の言葉に納得したように頷くと、当の話題である“刻晴”について少しだけ思案する。

 

「そう言えば瞬詠さんが今日、群玉閣に来るんでしたね…。なら、丁度良かったです。前に瞬詠さんに“頼まれた事”について、その事をお伝えしようと思っていたところなので…」

 

円卓の上に広げられていた資料や記録等を一纏めにし終えた甘雨は、纏め終えたそれらを確認しながらそんな声を上げる。

 

「成程…。それなら、私も丁度良かったです。あいつ、瞬詠に相談したい事、言いたい事があったので…」

 

そして忍は凝光と甘雨のそんな言葉に頷きながら、なぜか独りでに拳を握りながら呟く。

 

「へぇ…。成程ね」

 

そうして凝光は忍のその反応を興味深そうに見つめる。忍のただならない雰囲気から、もしかしたら面白い事が起きるかもしれないと。

 

「ふふっ……。少し、気分転換がてらに外に出ましょうか。煙緋、忍。…それと瞬詠を出迎えに、ね?」

 

そして凝光は少しだけ愉快そうに笑みを浮かべながら、煙緋と忍にそう声を掛ける。

 

「そうですね…。行きましょう、凝光さん」

 

忍は凝光の言葉に賛同するようにそう答えると、同じように煙緋も同じように賛同するかのように頷く。

 

「うむ、そうだな。凝光殿、行こう。彼を出迎えに。甘雨先輩も一緒に行きませんか?片付けるのを手伝いますよ?」

 

「あ、煙緋さん。大丈夫ですよ。片付けはもう終わりますし、これら資料を保管室まで持っていくのは、私の仕事ですから。終わり次第、直ぐに煙緋さんと凝光さん達の元に合流しますので、私の事は気にせず先に行っててください」

 

煙緋の気遣いに、円卓の上に展開され一纏めにしたそれらを抱えてながら甘雨はそう答える。

 

「そうですか、甘雨先輩。分かりました。それでは先に凝光殿と外に行ってますね」

 

「はい、分かりました。終わり次第、すぐに行きますね」

 

「ふふっ、それなら行きましょう」

 

煙緋と甘雨のやり取りを楽しげに聞いていた凝光はそんな声を上げると、それを機に煙緋と凝光達の四人は部屋を出てそれぞれの方向に向かって歩みを進めて行き始めた。

 

 

 

「…ほぉ」

(それにしても、本当にここは…)

 

部屋を出た煙緋は群玉閣の通路を歩きながら、周囲を見渡す。通路にはどうみても高級そうな壺や置物などが飾られてあったり、また部屋の前の壁にこれまたどうみても高そうな織物が張られてあったりと、明らかに煙緋や忍のような庶民達にとっては場違い感満載な光景が広がっており、煙緋はそんな光景につい感嘆の溜息をもらしてしまう。

 

「…」

 

そしてふと煙緋は、チラリと隣に並び歩いている忍の様子を窺う。

 

「…」

 

彼女は相変わらず無言のままであるものの、どこか緊張しているように煙緋には思えた。

 

「…」

 

煙緋は一瞬、忍はここでの暮らしにまだ慣れずに緊張をしているのだろうかと考える。だが、直ぐにその考えを否定した。

確かに凝光にいきなり『煙緋、忍。申し訳ないけど、これから仕事の関係で煙緋とは密な連携を取る必要があると考えているから、暫くの間になるけどこの群玉閣に滞在して頂戴。因みに煙緋と忍の部屋は既に準備済みよ』と言われて、急すぎる展開にたじたじする暇すら無く、凝光達にあれよこれよと群玉閣の自分達に割り当てられた部屋や群玉閣の中を案内された時は煙緋も忍も目を回しかけてしまったものだ。だが、既にそれなりの日数が経っているのだ。

正直、今更緊張する事はないだろうと、煙緋は首をひねる。

 

「…」

 

そうして忍は少し緊張したような表情、そしてどこか悩めるような表情を浮かべながら無言で歩く。

 

そして凝光と煙緋達が群玉閣の玄関に当たる巨大な扉に到着し、その扉が開き始めたその時であった。

 

「…あの、凝光さん」

 

忍が突然、凝光に声を掛ける。

 

「ん?どうしたのかしら?」

 

「あの……その」

 

凝光がそんな忍に対して振り返ると、彼女は少しだけ躊躇しながらも意を決した表情を浮かべる。

 

「…凝光さん。あの、その。あいつ、瞬詠とはかなり長い付き合いになると思うのですが、その……。あいつ、瞬詠が所属していた南十字船隊から凝光さんの元に引き抜かれたという事なのですが、少しだけそれに関するお話をお伺いしたいのですが……」

 

「あぁ、その事?…ふふっ、それに興味があるの?良いわよ」

 

忍のその言葉に凝光はにっこりと笑みを浮かべつつ、群玉閣の宮殿の外を歩きながら忍にそう返答する。

 

「ほぉ…瞬詠の過去か」

(そう言えば凝光殿本人から、瞬詠の過去について詳しく聞いた事は無かったな……。それに彼が所属していた南十字船隊も私も気になるな)

 

煙緋は腕組みしながら興味深そうに忍と凝光の会話に参加する。

 

「うん、何から話そうかしら…。そうね、私が“船長さん”が率いる南十字船隊から引き抜いたという話だけど」

 

凝光は煙緋と忍の興味津々な様子に少しだけ微笑みながら、自身の過去の記憶を遡っていく。

 

「えぇ、そうね……。そうね、まず、私が瞬詠を南十字船隊から引き抜こうと思ったきっかけなんだけど…。正直に言ってしまえば、瞬詠の存在を知った当初の私はそこまで瞬詠の事を重要視や特別視なんてしてはいなかったの」

 

「えっ…そうだったんですか?」

 

「ほぉ、それは意外だな…。凝光殿がまさかそこまで瞬詠の事を重要視していなかったとは」

 

凝光の独白に二人は三者三様のような反応を示す。

 

「ふふっ、そうね。当時の私というのは、南十字船隊の旗艦である“死兆星号”の“船長さん”である“北斗”の自慢の手下、北斗の大切な部下ともいえ大事な仲間、彼女が絶対的に信用、信頼している部下の一人としてしか、私は瞬詠の事を捉えていなかったのよね。…その時は特に彼に貴重性や希少性なんてものを見出す事は出来なかったしね」

 

凝光は当時の事を思い出しながらそう呟く。

 

「だけど直ぐにその認識は間違いだったと気づいたわ。船長さんの話を聞いていると彼の様々な荒唐無稽(こうとうむけい)な話しか出てこなかったしね。『ははは!!瞬詠は本当に凄いんだぞ!!今や完全に私や私達船隊の目だ!!瞬詠がいるおかげで私達の活動もかなり安全に行えるのだからな!それに瞬詠は空を駆け抜けるだけでなく、とても強くて頼りがいになる男だ!!程度に差はあれど、あらゆる戦いやあらゆる武術の心得を持っているんだ!!何かがあれば、あいつに任せれば安心だ!!これで私達の船隊の航海の旅がより安全になり、そしてより大胆に行動できるようにもなる!!つまりは瞬詠のおかげで私達の活動範囲や行動可能範囲が広がっていき、今まで出来なかった刺激のある冒険や新たな発見ができるんだ!もしかすればこのテイワットの海の先にある“闇の外海”という領域や、まだ見ぬこの世界の“最果ての地”まで辿り着けるかもしれんしな!!』ってね」

 

凝光は当時の事を思い出しながら楽しそうに微笑む。

 

「“闇の外海”、まだ見ぬこの世界の“最果ての地”…」

 

「ほぉほぉ、それで?」

 

凝光の話を聞いている忍と煙緋はそれぞれ興味深そうな反応を示す。

 

「えぇ、それで私は彼に次第に興味をそそられたの。あの不思議な男……瞬詠にね。ふふっ、彼について興味を持てば興味を持つほど、調べれば調べるほど、本当に興味深い事…。

そして船長さんが語っていた船長さんの北斗達と瞬詠との出会いの話から、彼の“出生”やそれにまつわる“とある可能性”に辿り着いてしまったしね。…ある意味彼と言う存在は、私が手に入れてきた価値のある物や形ある有形の資産、知り得た知識という名の形の無い無形の資産等の中でも一際飛び切り希少価値が高い…。そうと言っても過言では無い程になってしまったかもしれないしね」

 

「あいつの“出生”…?」

 

「ほぉほぉ、“とある可能性”……。それで?」

 

煙緋は凝光の話を興味深そうに聞きながら相槌を打つ。

 

「あら、気になるのかしら…?ふふっ、駄目。教えるわけにはいかないわ。秘密よ、ひ・み・つ。

…この話をしたのは私が信用信頼でき、そして瞬詠が心許せる二人だからとも言えるけど、この先は彼、瞬詠自身がこの私や船長さん達でさえ語って来なかった事よ。それはつまり、これは彼が今までひた隠しにしてきた秘密の可能性があるとも言えるわ。私の推察が当たっているにしろ、外れているにしろ、これは簡単に他者に語って良い内容では無いと思うしね。それに私も今まで彼にそんなことを尋ねてきていなかったし。…まぁ、確認しようとしてももしかしたら、実は瞬詠がそれに関する記憶を失ってしまっていて、瞬詠自身も分からないなんて可能性もあるけど」

 

「…」

 

「…な、成る程」

 

凝光は楽し気に微笑みながらも、はっきりと煙緋と忍に釘を刺す。

 

「まぁ、とにかく。彼には当初の私が見積もった以上の価値や評価、そして彼がまだ見せぬその身に秘めていた真価があると判断したわけよ。さっき話したそれ以外にも、彼はこのテイワット大陸において風の翼を達人レベル、またはそれ以上の高度な次元、もしくはそれどころか更に腕を上げて異次元のレベルで巧みに操る事ができる可能性すらあるとても希少で有能な人材。それに加えて、彼はテイワット大陸の空を飛び回った関係で数多くの戦いの場や修羅場に巻き込まれたり、時には自ら飛び込んでいくような経験をしてきて、それらを積み重ねてきている。おまけに少し前の仙人達と千岩軍の兵士達共同の甘雨救出作戦で、更に経験を積み重ねたでしょう?

…まぁつまり、彼は普通の冒険者、また傭兵や兵士と言った枠に収まるわけがないとても特異な存在、例外的な存在なわけね。そしてそんな彼が持つ力や経験等を統合させて評価してみると…」

 

「…評価すると?」

 

「…評価してみると?」

 

忍と煙緋は凝光の次の言葉を待つ。

 

「…そうね、真面目に評価してみると。それはテイワット無二の『単一航空機動戦力』、もしくは端的に『単一空軍戦力』でも言っておこうかしら」

 

「…た、“単一航空機動戦力”?」

 

「…た、“単一空軍戦力”?…う、うむ、よく分からないが。随分と凄い評価なんだな」

 

凝光の言葉に忍と煙緋は首を傾げる。

 

「ふふっ、まぁ貴方達が困惑するのは無理も無いわ。……軍事的な価値や希少性、そして何よりも彼という個人の持つ力や能力が極めて特異であり、またそれらや通常の技能も高いと言う点においては、彼は千金に値すると言えるんじゃないかしら。そうね、分かりやすく言えば…」

 

凝光はそう言うと何かを考えるかのように視線を上にやり、そして改めて煙緋と忍の方に視線をやる。

 

「…少なく見積もってでも千岩軍の小規模程の部隊、もしくは中規模な千岩軍の部隊の兵力や戦力を個人が保持し、その個人がその規模の兵力や戦力を保持した上で自由自在に空を、条件次第では確かフォンテーヌで開発、実験中の“飛行マシナリー”という飛行船よりも早い圧倒的な速力で空を駆け抜ける事ができ、基本的にはテイワットのどこにでも到達することができてしまう個人。

…私の命令で上空から魔物達や敵対勢力達に気づかれないように接近を行い、そのまま彼の写真機で空撮を行う偵察活動から、彼の元素投擲瓶を用いた空爆や空襲等の強襲。また必要であると判断すれば地上に降下してそのまま地上戦に移行して戦闘行動を行い、そうして敵対するもの達全ての制圧や排除を行うと言った芸当が出来る個人…。ここまで来ると、果たして本当に私と同じ人間として形容して良いのか分からなくなってしまう程の個人である彼。…そして___」

 

凝光はそう言うととある方向に視線を向ける。その視線の方向とは、凝光の命令により普段瞬詠が働いている場所である月海亭であった。

 

「___私の武力行使の手段の一つであり、私、璃月七星“天権”が手にしている“切り札”の一枚。普段の平時では月海亭で悠々と過ごしているように見えてしまい、毎回毎回刻晴や甘雨から怒られたり、時折教育的指導としてキレた甘雨にしばかれている彼だけど、今でもこのテイワットで一部の人達から“仕事人”とうたわれている私の切り札。そしてそれが璃月七星天権の“切り札”、“仕事人”とうたわれる男。私の、私が専有している仕事人、それが“瞬詠”という名のうたわれし者よ」

 

「…」

 

「…」

 

凝光の言葉に忍と煙緋は顔を見合わせながら、呆然として言葉を失う。

凝光の言葉を解釈しながら、瞬詠のその異常性についての理解を行おうとし、そして凝光の命令で動いた瞬詠と敵対しているヒルチャールと言った魔物達や宝盗団と言った悪党達の存在を相手取った場合を脳内でシミュレーションし、その結果に戦慄する。

 

 

 

その結果を一言で言えば、それは“蹂躙”という単語に全てが集約されてしまうだろう。

 

 

 

 

 

そもそも前提として普通、戦いと言うのは近距離で剣や大剣、槍を用いて行われ、中距離や遠距離では弓矢やボウガン、または法器と言ったもので戦うのが基本であり、これを“地上”というフィールドで行うのが鉄則である。

だが、瞬詠の場合はスタートから“上空”である。この時点で瞬詠の優位性は絶対的なものだ。空と言うフィールドに立つ瞬詠に剣や大剣、槍と言った武器は届かない。

そもそも空にいる相手にどうやってそれで攻撃を行うのかという話だ。

弓矢やボウガン、法器類と言った遠距離攻撃や遠距離戦に使われるそれらなら話は変わるものの、それでも攻撃を当てられるかどうかは別問題だ。そもそも的が小さすぎる。仮に標的が真っすぐ飛翔し続けられるならば、腕の良い射者達がいるなら当てる事が出来るかもしれないが、相手が不規則に飛行するとそれも困難になる事だろう。

しかも相手が瞬詠だ。卓越した飛翔技術を持ち、招かれた煙緋達が群玉閣へ行く自分達の元に合流する際に見せつけた翼を上下に振るなんていう、少しでも何かが間違えれば墜落死する可能性のある行動を平然とやってのける男である。

当てようにも、瞬詠はあれ以上の予測不可能な鋭い機動を見せつけながら全てを避けていくだろう。

また巷で聞く遺跡守衛の“爆発する細長い棒”であれば、あれは追尾してくるものらしいのであれであれば撃ち落とす事も出来るかもしれない。

だがそれならそれでどうして、瞬詠は五体満足な状態で璃月港で働いているのかという疑問が浮かび上がるし、それも凝光が言っていた数多くの戦いの場や修羅場を掻い潜ってきた瞬詠の事だ。瞬詠はその遺跡守衛の追尾する“それ”に関する挙動の分析や解析を体感的に行っており、その挙動の分析や解析結果から既に効果的な対策を編み出している可能性が高いだろう。

 

更に言えば、瞬詠が必要であると判断して地上に降下してそのまま地上戦に移行した場合を考えてみると、瞬詠の空と言うアドバンテージは確か無くなるのだがそれは瞬詠に取って不利な状況となると言えるのだろうか…?

 

 

 

 

 

答えは否である。

 

 

 

 

 

確かに空を失ったことでアドバンテージは無くなったように思えるが、それはただ相手が瞬詠と対等な条件の元で戦う事が出来るようになっただけで、そもそもの土俵が同じになっただけに過ぎない。

つまりは圧倒的優位性を誇る空と言うフィールドが無くなったとしても、そもそも瞬詠にとってそれは大した問題では無く、それどころか地上に降下した事で、瞬詠が空から空襲や空爆を行っていた時よりもより正確な攻撃や会心の一撃を浴びせられる可能性の方が高いといえるのではないだろうか。

 

それは凝光が述べていた数多くの戦いの場や修羅場をこなしてきた経験。即ち積み重ねられた戦闘経験。

そうして積み重ねられた戦闘経験が本物であるのかと言う証明。分かりやすい形で証明するとすれば、それは不幸な誤解であったとはいえ、留雲借風真君が止めに入るまで本気で殺すつもりで、豹変した様子で襲い掛かった仙人の弟子である“申鶴”、彼女の猛攻を凌ぎながら彼女と互角、対等に渡り合っていたという事実や実績。それらがそれを物語っている。

少なくともこのような事実、またこれと似たような事、つまりこれのような多くの戦いの場や修羅場を掻い潜った過去を積み重ねてきたという事実があるとすれば、そこから言える事というのは、瞬詠という人間を人間という純粋な種族で限定してみた場合、人間という種族の枠組みの中ではかなり、もしくはきわめて上位に入る可能性すらある人物になるのではないのであろうか。

 

また瞬詠が地上戦に移行する状況と言うのは、既に度重なる瞬詠の空襲や空爆で相手は疲弊している状況であると言えるだろう。少なくとも相手は万全な状態では無いのは間違いない。

 

 

 

そこにそんな人物である瞬詠が地面に降下しそのまま地上戦に移行し、そうして瞬詠が確実に相手の息の根を止めるために突っ込んできたら、それはどうなるだろうか。

そう、それはもう間違いないだろう。

 

 

 

仮に間違ってその者達から再び立ち上がり瞬詠に反撃を行ったとしても、瞬詠の事である。

瞬詠は直ちに上空に退避するに違いない。何かしらの離脱手段もそうだし、相手が再び立ち上がって抵抗を行った場合のプランも考えているに違いない。

 

 

 

 

 

つまり先ほどのヒルチャールの魔物達や宝盗団の悪党達、その者達が気づかれぬ間に周辺の上空、ましてや直上までに瞬詠が飛翔してきていた場合、もはや全てが手遅れと言えるのではないのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

それはその者達へ、権力者達らに目を付けられた哀れな者達に対し、その者達の“全ての終わり”を告げにやってきた、たった独りの“死の鳥”。

 

 

 

その死の鳥が飛来しその者達目掛け、如何なる者やどのような者であっても、一切の例外を認めることなく、そうして決して逃れる事は許されない、“絶対的な死”を降り注いでくるような存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

忍は言葉を失い、ただただ凝光の話を頭の中で反復させながら思考を働かせる。

 

「…か、彼は人間なのだよな?」

(本当に人外としか思えん…。いや、凝光殿のでたらめ染みた途轍もない話で、彼から、瞬詠から一種の“死神”とでも言うべきか、それに近いものを感じてしまうのたが……)

 

煙緋も言葉を失い、ただ呆然としていた。凝光が言っていた彼が持つ軍事的価値や希少性、また価値や能力の高さ、更には異常性等を脳内で反復させながら。

 

「ふふっ、……もちろんよ。彼はれっきとした人間。…まぁ、本当の彼の価値や真価というのはその面という訳では無いんだけど、ね?」

 

「…はぁ?えっと、それはどういう……?」

 

煙緋が凝光の言葉に首を傾げていると、凝光は笑みを浮かべながらも煙緋の質問には答えず、そのまま口を閉ざした。

 

「ふふっ、それは言えないわ。ただ、そうね…」

 

凝光は煙緋に笑みを向ける。

 

「…そうね、ヒントを与えるとしたら彼が積み重ねてきた経験や体験に起因するものかしら」

 

「あいつが積み重ねてきた経験…」

 

「瞬詠が体験してきた事……」

 

忍と煙緋は凝光のヒントを頭の中で何度も反復させる。

 

「…あ」

 

「うん、忍さん、分かったのか?」

 

忍は煙緋の問いかけに頷くと、口を開く。

 

「はい、もしかたらですけど…。“彼は色んな光景”を見てきた人間”。“つまりは色んなものを見てきた人間”という事ではないですか?」

 

「おぉ!?」

 

忍の指摘に煙緋は目を輝かせる。

 

「そうか!!瞬詠は私と彼が甘雨先輩の仲介で私の法律事務で、初めて顔を合わせた時に言っていたな。『自分は空を飛び回って来たことで、“綺麗なもの”や“美しいもの”…そして、“汚いもの”や“醜いもの”やらまで…。まぁ、色んな光景を見てきたからな』って。もしかして、凝光殿が指していたのはそれの事か?」

 

煙緋は興奮しながら凝光に尋ねる。

 

「ふふっ、煙緋、正解よ」

 

「やったぞ!」

 

そして煙緋は嬉しそうにガッツポーズをする。

 

「…煙緋の言う通り彼は様々な経験を、様々な出来事をその目その身で経験した人間。だから“彼”という人間は強いわ。それは武力的な意味だけでは無く、知的な意味でね。ただの強力な力を持った個人であれば私にとっては別に脅威ともなんとも思わないわ。そこに効果性や効率性と言ったものや、力の使い方や扱い方が分からなければ、その者は脅威となり得ない。ただの宝の持ち腐れね…。ただ、彼はそうではないと言えるわ。そう、___」

 

凝光はそう言うと目を細めながら、言葉を紡いでいく。

 

「___それは、普段の彼は自由奔放に過ごしているけど、本当の彼、私の瞬詠はとても“賢い”。彼の積み重ねられてきた経験というのは、あらゆる困難を切り開いていく糧となっている。だから私は彼のそれらを認めた。それ故に私は天権として彼のそれらを活かすために“特別な権限”や“特別な権利”を与えた。そうして彼に与えた“あらゆる独断専行の許可”の権限や、私達璃月七星への“発言権”の権利、また彼のために私の権限で新たに新設した“特別代行官”という特殊な立場によって、彼は璃月七星の配下と言う立場でありながらも、私達から独立した権利や権限、立場を持って彼の思うがままに、月海亭や七星八門等の璃月のあらゆる場所を自由に行動できるようになった。…当初は私の判断やそんな彼に反発した人たちもいたけど今ではもう居ないわ」

 

「そ、そんな事が…」

 

「ほぉ、反発があったのか…」

 

凝光の話に、忍と煙緋は興味深げに頷きながら言葉を呟く。

 

「えぇ、そうよ。でもそれでも、全く問題は無かったわ。…それは彼が意識的にも無意識的にも数々の結果を出し続けているから。それは、反発していた者達を黙らせるのに十分すぎるほど以上のものを出し続けて来ていたから。平時では月海亭で悠々と過ごしているように見えて裏で動き回っていて、月海亭の各員が重要な何かをしている時にはあらゆるサポートからバックアップを秘密裏に行い、そして非常時となれば私達が命ずる前に事態を収拾させるための段取りを付けたり、場合によってはそのまま私達が状況を把握する前に事態の収拾を行ってしまう。また状況に応じて、私達が本格的に動き出す前の繋ぎとしての支援活動を行い、繋いだ後も独自の判断で私達に適切な支援を行い続けて私や私達に応えてくれる。…その分かりやすい例というのが___」

 

凝光はそう言うとニコッと笑みを浮かべる。

 

「___今の“私達璃月七星達や役員達とファデュイの執行官や外交官達との連日のような会談”よ。彼が上手く時間を稼いで取り持ってくれたおかげで、今璃月とスネージナヤは対等な立場で会談や会合を開けているというわけよ。それ故、彼に反発を覚えている者はいるけれども誰もが彼のその実力を認めて信頼し、そして今は彼の元、彼の指示に従って月海亭の職員達、そうして月海亭を通じて七星八門の役員や職員、また千岩軍の兵士達までもが動いているというわけ。

…言うなれば、今の月海亭の体制と言うのはかつての、実質甘雨一人による平時の璃月七星全体の秘書業務から非常時の月海亭の職員への指示出し。その実質甘雨の一人体制という体制から、甘雨の業務や仕事が瞬詠と上手く分割されて確立された体制。それは“平時の甘雨”と“非常時の瞬詠”という綺麗に調和が取れた関係、そんな感じの体制に移行したと言えるのかもしれないわね。

…ふふっ、おまけに彼のおかげで甘雨の気持ちにも余裕が出来てきて、甘雨の動きが更に良くなり、また彼女の仕事のキレもとても良くなっているもの。本当に感謝しないといけないわね、瞬詠に。彼のおかげで月海亭、七星八門、そうしてまた私達璃月七星達も、より盤石になれたものの」

 

「な、成る程。そう言う事か。…なんとなく、彼の力が分かった気がする」

 

煙緋は改めて、凝光が述べた瞬詠という人間の特異性に納得する。

 

「ふふっ…本当に彼が私の直属の部下、私の仕事人でよかったわ。彼が居なければあのファデュイ相手にここまで善戦なんてできなかっただろうし、それどころかファデュイへの私達璃月の民の反撃の要である『法律戦』、『諜報戦』、『認知戦』の三正面戦を仕掛け、ファデュイを術中の包囲網下に敷いて彼らを追い込んでいくなんて戦略や施策を実現させる事は出来なかったでしょうね」

 

「…え?」

 

「…うん?なんだ、それは?」

 

「あ…。あらら、ふふっ、今のを忘れて頂戴。…なんて出来ないわよね」

 

凝光がそのように述べると、忍と煙緋は凝光の意味深すぎる言葉の真意を尋ねるように凝光に視線を向け、凝光は困ったような笑みを浮かべる。

 

「…凝光殿、それらは一体なんなんだ?」

 

「う~ん、そうね…」

 

凝光は本当に困ったかのように顎に手を当て、そして目を瞑る。

 

「…まぁ、良いわ。煙緋。よく聞いて頂戴。詳しい事は話せられないけど、私達が仮定した彼らの計画では璃月は、ファデュイの外交的な圧力によって、自分達に有利なように物事を進める計画だった。だけど、今は私達の初動の対応が彼らの想定外であった事、それに加えて彼らはそれを挽回する為に諜報員達や工作員達を使って諜報戦を仕掛けてきているんだけど、私達の整備した防諜能力や諜報戦の能力が彼らの推定や想定を上回ってしまっていた事で、彼らの思うように事を進めることができず、そして上手く事を前に進められないが故に、ファデュイが凄く焦っているのよ」

 

「…」

 

「…な、なんだと?」

 

忍は目を細めながら凝光の言葉を聞き入れ、煙緋はまさか今の璃月港でそんな陰謀巡る暗躍合戦が行われているとは思っていなかったのか、目を見開いて驚きを露わにする。

 

「ふふふっ」

 

凝光は煙緋の顔を見ると愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「そう驚かないで頂戴。ただファデュイにもまだ逆転の目はあって、油断ならない状況なのよ。そして今はそのファデュイの逆転の目や、彼らの璃月に対する計画自体を白紙に戻すための“計略”。その要となるのがさっきの『法律戦』、『諜報戦』、『認知戦』、これらの“三戦”を用いて今璃月港の水面下で暗躍しているファデュイ達が自ら自壊、自滅する方向に誘導、そして彼らを追い込んでいき、私達とファデュイ達を巡る状況を完全にひっくり返すための“策略”を推し進めているの」

 

「ファデュイの計画自体を白紙に戻すための“計略”…」

 

「ファデュイが自ら自壊、自滅していき、追い込まれていくための“策略”…」

 

「ふふっ、えぇ、そうよ。忍、そして煙緋。…そうしてファデュイから完全にこの会談の主導権を奪い取って、逆にファデュイから有利な条件や有利な権益をもぎ取る。そうして私達璃月の民の底力や私達の恐ろしさを見せつけ、今行っている外交戦や諜報戦でファデュイを完全に、完璧に敗走させる。そうしていく事で将来、ファデュイも下手に璃月に手を打って来れなくさせていく事で、これからのファデュイに関するリスクも逓減させつつ、それと同時に将来またファデュイが暗躍を試みたり再開した時に備えて、今の璃月の防諜能力や諜報戦能力等の能力向上の為の時間を確保していくという施策。…そしてこれが私達、“璃月七星”、そして彼、“瞬詠”と…。

…ふふっ、ふふふっ。そう、そして、そうしてね?…そうして彼、瞬詠、瞬詠によって___」

 

凝光は堪えきれなかったのか、クスクスと笑いながら口を開く。

 

「___騙されて、無理やり連れ込まれ、そうして私達の目の前で『“こいつ”もこの極秘会議に参加させる。こいつなら璃月に関する事であれば何でも、誰よりも分かっているし、ここに集まった璃月七星の誰よりも、そして俺よりも分かっているだろう。こいつの話す事や意見する事、それには非常に大きな価値がある。絶対に役に立つだろうよ、この女は。こいつの知恵は尋常じゃないから、この重大な局面を乗り越える策になるヒントを必ず生み出してくれる筈だ。___」

 

そうして凝光は遂に抑えきれなかったのか、面白可笑しそうな笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「___こいつの知恵なら今の璃月を救える何かを必ず生み出せるはずだ。俺はこいつを、“甘雨”を信じている。必ずこの難局に対する最適な答えを導いてくれる助けとなると、俺はそう確信している。だから、こいつもこの会議、本来俺と璃月七星の8人しか参加できなかったこの機密の極秘会議に参加させる。言っとくが、異論は受け付けんぞ。これは決定事項だ。良いな?…おい!!甘雨!!さっきからなに、ぼけぇっとしてるんだ!!さっさとそこの甘雨の席に座れ!!さっさと席に座って、お前さんのその知恵を俺に!!そして璃月七星達の七人に貸しやがれ!!』と怒鳴られながら、彼によって私達七星達の会議の場の席に座り、参加する事になった“甘雨”。

…ふふっ、駄目だわ。あの時の甘雨の反応、それにあの時の甘雨の表情。あれは完全にもう…ね。うふふ、そして瞬詠も瞬詠であの時の甘雨の様子にも気づいてないし…。あれは、本当に…。

…ふふふっ、ごめんなさいね。笑いを抑えきれなくて、とにかくそして私達璃月七星の7人と瞬詠と甘雨の月海亭の2人組、そうしてその月海亭の会議室の円卓に座った9人で共同で話し合い知恵を出し合い、そうして打ち立てたのが極秘の対ファデュイ用の計画、それが『三戦計画』よ」

 

そして凝光は抑えきれないその笑みを浮かべながらそう述べたのであった。

 

「『三戦計画』、あいつ、瞬詠に、凝光さんや甘雨さん達、璃月七星達と共に、そんな計画を…」

 

「そ、そこまで、考えていたのか…。こ、これも瞬詠、それに甘雨先輩までもが絡んでいたのか」

 

忍と煙緋は凝光のその説明を聞き、改めて凝光や凝光達の璃月七星達、また甘雨、そして瞬詠の凄さに気が付き、言葉を失った。

 

「ふふっ、そう言う事よ。…因みに、煙緋。この『三戦計画』の『法律戦』と言う面…。この面の中核を為しているのは、煙緋。貴女よ」

 

「え?」

 

煙緋は凝光からそう告げられ、再び言葉を失う。

 

「あら、どうしたのかしら?煙緋」

 

凝光は煙緋のまるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような反応に思わず、微笑む。

 

「…」

 

「あ、いや……。その、えっと、そ、それは、本当なのか?」

 

忍は凝光の衝撃発言に動じることなく凝光を見つめ、煙緋は凝光のその発言に動揺を隠せず、何度も瞬きをしながら、凝光に尋ねる。

 

まさか、今の対ファデュイ用の計画であるその『三戦計画』。ある意味璃月の国防計画とも呼べるであろうその計画の要に、ただの一般人に過ぎない自分が関わっており、しかもまさかその国防計画の一分野の中核を担ってしまっていたなどとは思いもしなかったのであろう。別に煙緋は怯えているというわけではないが、まさか自分の知らない所でそんな大事が起きてしまっており、しかもその中核を担っているという事実に驚きを隠せずにいた。

 

「ふふっ、本当よ」

 

「な、何故だ?何故なんだ?わ、私はただの法律家、ただの一介の法律家ではないか?そ、そこは、璃月七星で法律や立法関係を担っている“天権”、凝光殿が務めるべきなのでは?」

 

「あら?勿論、私もその『法律戦』の中核人物の一人よ?…ふふっ、私と煙緋、二人合わせてその『法律戦』の中核を担っているというわけ。法律は璃月の繁栄を支える礎。この礎は磨かれ続けることで美しい姿を保つ。そして煙緋は璃月港で有名な法律家。有名な法律家である貴女は、私の思いもよらぬ角度から私の法律を“巧妙”に法律を解釈し、人々に様々な助言をしてきた。そうして煙緋の言葉によって人々は私の法律にある私の意図を掻い潜って行動を行い、そしてそれを見た私が煙緋が指摘してくれた“法律の抜け穴”を塞いでいき、私の法典を改善することができているの…。もしも煙緋が居なかったら、どれほどの時間を要していたかわからないわね?…いつもいつも法律を改定する度に大変な思いをしながら、私に法律の不備を指摘してくれてありがとうね。煙緋?」

 

「…ほぉ、成る程。そう言う事か。ただ、凝光殿、この場合の私はどう反応すればいいのだろうか?私は凝光殿に煽られていると感じて凝光殿に怒りを表した方が良いのか、それとも私のおかげで凝光殿の法典が改善され、結果的に璃月の法律が完璧なものになっていっているという事に対して胸を張ればいいのか?」

 

先ほどまで自分が『三戦計画』の一面の中核を担ってしまっていた事に深く動揺していた煙緋であったが、凝光からそのように言われると先ほどまで感じていたそれらは吹き飛んでいつものような煙緋に戻り、それどころか逆に何故か凝光に対して悔しさと恥ずかしさが沸々と込み上げてきていた。

 

「ふふっ、それは貴女の裁量に任せるわ。私はただ貴女に感謝の意を述べただけよ。でも、煙緋のその反応を見ていると、どうやら私の感謝の意を素直に受け取っては貰えないみたいね?」

 

「うむ、凝光殿の言葉に少し悪意が感じられたからな。まったく、それらを暗記する私の身にもなってほしいものだ。凝光殿?」

 

「あらあら、ふふっ」

 

「…ふっ」

 

そうして凝光と煙緋はそのような少しの軽口を言い合いながら、互いに微笑み合っている。そしてその光景を目の当たりにした忍も少し微笑み、そして凝光にとある言葉を放つ。

 

「…成程。という事は『諜報戦』またもしかしたら『認知戦』は“瞬詠”が中心に行っているということか」

 

「っ!?…ふふっ」

 

忍の何気なく放ったその発言に凝光は僅かに目を見開かせ、そして静かに微笑みを浮かべる。

 

「あらあら…。忍、どうして忍がその二つは彼が関係していると思ったのかしら?私、一言もそんな事言っていないのだけれど?」

 

「…」

 

凝光はまるで試すかのように、忍に対してその事について問いかける。凝光の真紅の瞳が忍の内心を覗くかのように忍の目をじっと覗き込む。

 

「ふふっ、どうやら何か思い当たったことがあるようね」

 

「凝光さん。その実は…。___」

 

忍は少し言い淀む。だが直ぐに決意したのか言葉の続きを紡ぐ。

 

「___少し前、瞬詠が煙緋先輩と私がいる煙緋法律事務所を訪れて私達に差し入れを持ってきてくれたその日、煙緋先輩が私達の元を離れて私と瞬詠が二人っきりになった時に瞬詠から警告を受けたんです。『煙緋がファデュイに目を付けられている。可能性として煙緋が持つ機密資料の奪取だと思われるが、もしかしたらファデュイは煙緋を誘拐、最悪の場合は煙緋の暗殺、つまり煙緋の命を狙っている可能性がある』と…」

 

「…は?えっ?」

 

忍の言葉に煙緋は拍子抜けしたような顔を浮かべる。

 

「…そして『そのために煙緋の法律事務所周辺、その煙緋の法律事務所があるエリアでは深夜になると、偵察目的や情報収集目的と思われる複数のファデュイの諜報員や工作員達が活動をしている。いずれかは彼らは煙緋や煙緋の法律事務所を襲撃する可能性がある。だから煙緋の身の回りやその周辺に警戒しておいてくれ。最悪、煙緋の警護を頼む』と…そう、あいつに言われたんです」

 

そうして忍は真剣な表情でそう述べたのであった。




完成したのを読み返して思いました。

…正直、あんまり満足のいくようなフォンテーヌに関しての情報収集や考察が行えていない中で、フォンテーヌ要素を出してしまっているけど(というかファデュイ編で彼らを一気に畳みかけていく時に、その周辺でフォンテーヌ要素がそれなりに出てくる予定だから、それもそれで…)、果たしてこれであっているのかが不安だ…。

取り合えず、何か大きな間違いや致命的な間違いを見つけましたら、逐次修正していこうと思います。



また、前回までは現在の【ファデュイ編】が終了するまで、基本的に前半は『煙緋・忍(表・煙緋法律事務所メイン)』、後半は『瞬詠・夜蘭(裏・密偵防諜部メイン)』という流れで行っていましたが、今回より少なくとも“煙緋法律事務所要撃戦(仮)”が終わるまでは前半を『煙緋・凝光(表・群玉閣メイン)』にしようと思います。

尚、後半は密偵防諜部メインのままですが、少し変更を加えようと思います。次回、変更内容を明らかにしようと思います。(というか勘の良い人なら、変更内容をなんとなく察していると思いますが…)





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◎解説(“闇の外海”について)
・闇の外海
→“闇の外海”についてですが、闇の外海とは『テイワット大陸の外に広がる、七神の加護が及ばない領域』。『伝説によると、魔神戦争に敗北した魔神たちが遠い島々に逃げ込んでいるという』とされている、“テイワット大陸の領域外にある領域”です。
 これを裏付けているのが“璃月系列の武器突破素材”の『漆黒の隕鉄』シリーズに描かれていた内容です。闇の外海と関連のある部分のみを抜粋してみると、『―――璃月には昔から海の怪物に関する伝説がある、なにせその彼方はテイワットの未知の領域である。七神の守護がない外の世界はどういうものか誰も知らない。岩王帝君の力を黒く染められたのは、まさにテイワットという秩序の外の力である。(漆黒の隕鉄の一片)』、『―――テイワット沿海の国は七神の庇護を越えたところを「闇の外海」と呼んでいる。伝説によると、敗北した魔神たちが新たな七神の秩序の下で暮らしたくないと、遠い島々に逃げ、邪神となった。―――(漆黒の隕鉄の一角)』
 上記のような内容の物が見つかり、テイワットの海の先にはおそらく邪神と呼ばれているかつての魔神戦争の敗北者達、もしくはその魔神戦争に敗北した魔神達と由縁を持つ者達や血縁者達がいても、おかしい事ではないなと思いました。
 尚、また“稲妻系列の武器突破素材”である『遠海夷地の珊瑚』シリーズにも闇の外海と関連のある記述内容があったのですが、この内容がどちらかと言えば闇の外海がメインというわけでなく、『オロバシノミコト』もとい『海祇大御神(かつての“海祇島の守り神”。また血筋とその歴史から“珊瑚宮心海”とは大いに関係あり)』のストーリーがメインであったため今回は除外とし、またテイワットの領域外にあったため一応は闇の外海に属すであろう『金リンゴ群島(“霧海群島”とも呼ばれている。バージョン1.6「真夏!島?大冒険!」の期間限定イベント「真夏!島?大冒険!」とバージョン2.8「常夏!幻夜?奇想曲!」の期間限定イベント「サマータイムオデッセイ」にて登場)』に関しても、正直今の作者の力ではよく分からない事があるので、この部分に関しては除外にしてノーコメントにしておこうと思います。


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吐露される思いと漆黒の姿

完成したので投稿。

今回は前回の続きです。

尚、非常に申し訳ありませんが今回でこの作品を完全な完結にしようと思います。(打ち切りとも言えますね…)


実は前回“社畜ニキ”さんから頂いたコメントの指摘やそれに伴って得られた気づきから、
「この作品、言われてみればタイトルに玉衡と書かれている割に刻晴の出番全然ないし、それどころか刻晴要素薄いし、少ないような気がするな」と考え、「また本編が二つある状態になってるな…。しかも、話の内容的に番外編の方が本編になりつつあるし、本当にこのままでいいのか…?」と思いました。

そのため、まず本編の刻晴関連に関して修正を加えるとなると、更なる時間が掛かる事。
またこれの初投稿時は原神のゲーム本編はスメール公開前だったのですが、現時点はフォンテーヌの四幕に入るまでの過程で様々な事実が明らかになったり(リサのフルネーム、ファルカの人物像、レザーという名前の由来、ガイアとカーンルイア(アビス教団)の関係性)、新キャラ(西風騎士団のミカ)が追加されたり等の関係、また本編や番外編を通じてオリ主の瞬詠という人物像もそれなりに確立してきた関係で、当初の初期の頃の仮案の予定とはだいぶ異なる様相をしていたり、このまま進めると破綻することは無いとは思いますが、かなり見苦しい無理やりな話になる可能性が無きしにもあらずなんですよね…。

それ故に以上の二つを考慮して修正するとなると、とんでもない時間が掛かる恐れがあるんですよね…。

また本編が二つある状態もよく考えてみると、それはそれで不味い状態なのではないかと思えますし。





そのため一旦区切りをつける為に、本作品を今回で終了させ、新たにちゃんとした「リメイク作品(場合によっては新作とも言える?)」を作ろうと思います。

現状の予定では、「リメイク作品」は番外編(仙獣の法律家と変動する璃月港(※今行っている番外編の璃月メインの話)の方を本編とした瞬詠目線の話を中心に(たまに凝光や刻晴、甘雨視点を彼女達を中心とした話、また稀に夜蘭や煙緋、途中で合流してくる忍視線の話も)、行おうかと考えております。(余談ですが作者的に凄く一番熱が入っているのもこちらになっており、番外編はダイジェスト版的に書いていた事もあって、描けなかった描写等もあるので)

尚、以前に行った稲妻キャラのアンケートに関してですが、こちらはそのままリメイク作品に反映させておきます。(当初の予定とはだいぶ異なりますが璃月と稲妻の国交の関係、また彼女達の役職や交友関係をしっかりと活かし、璃月港の行事等を利用すれば、彼女や一部の他の稲妻キャラ達も璃月の地を訪れるという展開が可能であると判断した為。)

それでは、本作品の最終話をお楽しみください。


「なっ!?なんだって、それは!?」

(フ、ファデュイが私を誘拐…?そ、それに私の暗殺、私の命を狙っているだと…!?)

 

煙緋は忍から告げられたその衝撃的な事実に驚愕の表情を浮かべ、凝光は妖艶な笑みを浮かべながら「あらあら」と少し驚いたかのように忍の事を見つめる。煙緋はまさか自分がそのような事実に巻き込まれていたなど露とも思わず、凝光と忍を交互に見ながら動揺した表情を浮かべている。

 

「ふ~ん?彼が忍にそんな事を…?機密情報と言っても過言ではないそれを忍に情報を渡すとはね…?それは瞬詠が忍を信用しているから?それとも実は忍は…?」

 

凝光は何かを見定めるかのように忍を見据える。

 

「…因みに忍。貴女は彼、瞬詠から警告を受ける前、もしくは受けた後、何か違和感や覚えのある点はあったかしら?例えば、“何か変だ”とか“これはおかしい”と思ったことはないかしら?」

 

凝光は目を細めながら、まるで試すように忍にそんな質問を投げかける。

 

「はい…。実は以前から、遠くから妙に視線を感じるような違和感を感じていました。最初はただの気のせいかと思ったのですが、あまりにも長い間感じ続けて、その違和感が徐々に大きくなっていきまして……。しかも私の気のせいでなければ深夜ではない昼間の私と煙緋先輩の二人っきりで歩いている時、また甘雨さんに月海亭や七星八門の職員さん達と商会調査等を行うために璃月港の街を歩いていた時、妙に何度も“何者か達”が私達の後ろを付けてくるかのように、私達を尾行するかのような視線、気配を度々感じました」

 

「そ、それは本当か!?忍!?なんでそんな大事な事を言わなかったんだ!?」

 

煙緋は忍がそんな事実を語ったことに驚愕し、思わず忍にそう問い詰める。

 

「ほ、本当にすみません、煙緋先輩。それは今まで確証が無いために私の気のせいだと思って、片づけていた事。また煙緋先輩に余計な心配をかけさせたくないと思い、その事を黙っていたんです。そして瞬詠に警告を受けた際にあいつから『煙緋にこの事を伝えるのは厳禁だからな。万が一煙緋がその事を知ってしまい、それがファデュイの諜報員達に勘づかれてしまって次の段階に移行してしまったり、ファデュイの諜報員達や工作員達が“一線を越える”なんて事をしてしまったら、もうそれは取り返しのつかない事になりかねない。だから絶対に煙緋にこの事を悟らせないようにしろ』と念を押されていたもので……。本当にすみませんでした。煙緋先輩」

 

「そ、そうだったのか……。し、忍さん…。い、いや、忍さん。私の方こそ、すまない。そしてありがとう。私の事を守ってくれていて」

 

煙緋は忍の謝罪を聞き、申し訳なく感じたのか少し気落ちした様子で煙緋も忍に対して謝罪をする。

 

「…ふふっ、成る程ね。忍、貴女、“悪くない”わね」

 

そして忍と煙緋のやり取りを聞いていた凝光は満足そうな表情で忍に向かって、静かにそんな言葉を呟く。

 

「し、しかし、もし本当にそうなら…。ぎ、凝光殿。私はこの群玉閣にいて大丈夫なのだろうか?こ、こんな話を聞かれてしまっては、凝光殿に迷惑がかかるし、ここも危なくなるのではないか……?」

 

煙緋は慌てていた気持ちが落ち着き、冷静になって考えれば考えれる程自分の現状に危険を感じてしまい、顔を青ざめさせながら凝光に問いかける。

 

「それは大丈夫よ。この群玉閣は完全に璃月港と隔離された場所にあるし、群玉閣に入る手段というのは完全に限られている。そしてここの警備体制は万全よ。ファデュイの諜報員や工作員達が侵入してくる事はまずありえないわ」

 

「そ、そうか……。それならば安心だが……」

 

「ふふっ、それに煙緋や忍を招き入れてここに長期滞在する事を許可したのも、実は煙緋、貴女をファデュイの手から保護するためでもあるしね。ここであればファデュイは手を出せないし、また依頼主と依頼を受けた請負人という関係から、煙緋がここに長期期間いたとしてもファデュイの諜報員達から怪しまれることもほとんど無いわよ」

 

凝光は不安を隠しきれていない煙緋に対して、微笑みながらそう答える。

 

「そ、そうなのか……。それならば良いのだが…。だ、だがしかし。その忍さんが昼間に感じたそれはいったいなんなんだ…?彼らは深夜に動くのだろ?まさか昼間にも彼らは動いているのか?」

 

凝光からそのような説明を受けた煙緋ではあったが、それでもまだ不安が拭いきれない煙緋は凝光にそう問いかける。

 

「ふふっ、そうね。その答えなんだけど…。私が知りうる限り、状況的に考えておそらく“味方”の可能性が高いと思うわよ?」

 

「な、なに?み、味方だと?」

 

「えぇ、そう。少し前に私は『私達の防諜能力や諜報戦の能力が彼らの推定や想定を上回ってしまっていた事』って言っていたでしょう?つまりそれ、忍が感じたそれらはおそらく煙緋を秘密裏に護衛、周辺警戒や警護を行っていた璃月の諜報員達によるものでしょうね」

 

「わ、私を警護してくれていたのか?璃月の諜報員達が?…い、いや璃月、璃月側にもそんな諜報員達という存在、それにその諜報員達を取り纏めている機関が存在していたのか?

 …だが、私が知る限り七星八門等の行政機関にそんな諜報員達等を取り扱っている部門は無かったはず…」

 

煙緋は動揺を隠しきれない様子で、凝光に向かってそのような言葉を発する。

 

「そうね。だってその諜報員達、もっと言えばその諜報員達が所属しているとある“諜報機関”は七星八門等の表の行政機関には属さない秘密組織のようなものだからね」

 

「…ち、諜報機関?」

 

「えぇ、そう。この組織やその秘密の諜報機関の存在に関してはある意味、璃月の最高機密に近いと言えるわ。公でその存在自体を知っているのは、私達璃月七星七人のみ。そしてその彼らの事を良く知る人物は天権、ただ私だけで、そうしてそんな彼らに指示命令を出し、彼らを自由自在に動かすことが許されているのも天権である私だけよ」

 

「な、成る程」

 

凝光は誇りと自信に満ちた笑みを浮かべながら、煙緋に対してそのように説明を行う。そして煙緋は凝光のその説明に納得し、そうして思う。この璃月港には街を守る千岩軍だけでなく、秘密機関の諜報機関が存在しており、日夜、璃月港の治安維持の為に人知れず暗躍していたのかと。

 

「ふふっ、それと煙緋。煙緋なら分かっていると思うけど、璃月港に降りたら間違ってでも私のその秘密の諜報機関を口に出そうなんて考えないでね?もしその秘密の諜報機関の存在を公に口外しようものなら……。ふふっ」

 

凝光は鋭い視線を煙緋に向けながら、そう煙緋に告げる。

 

「わ、分かっているぞ!?凝光殿!!念を押されなくても、絶対にそのようなことは口に出しないとも!!も、勿論だ!!」

 

煙緋は凝光のその言葉に冷や汗を掻きながら慌ててそう答える。

 

「ふふっ、よろしいわ」

 

凝光はそんな煙緋の反応に対して満足そうに微笑み、そして視線を忍の方に移す。

 

「…」

 

忍は鋭い目つきで凝光の話を聞き入り、なにか考え込んでいる様子だった。

 

「さて、忍?そろそろ本題と入りましょうか…?忍は、なにか私に聞きたい事があったんじゃないのかしら?」

 

凝光は忍に優しく微笑みながらそう問いかける。

 

「あ、あぁ……。凝光さん、お聞きしたいことがあります。ですがその前に確認したいことがあります」

 

「あら、何かしら?」

 

「はい。それは、瞬詠とその凝光さんの秘密の諜報機関。それらは一体どういう関係なのか、という事です」

 

忍は真っすぐな視線で凝光を見ながらそう問いかける。

 

「ふふっ、なるほどね……。良いわ、正直に答えてあげましょう」

 

凝光は忍のその言葉に、まるで彼女の事を認めたかのように小さく微笑んでそう答える。

 

「瞬詠とその秘密の諜報機関との関係。…端的に言えば、瞬詠はその秘密の諜報機関の___」

 

「…」

 

「…」

 

凝光は小さく息を吞み、煙緋や忍の次の言葉を待つ。

 

「___“創設者”。正確には創設者の一人と言えるんだけれども、実質は創設に当たってその時の中核を為していたんだから、創設者、もしくは“創始者”と言ってもいいのかもしれないわね。だから、瞬詠は私の秘密の諜報機関の“長官”、もしくは“統括官”とも言えるかもしれないわね」

 

「っぅ!?」

 

「っ!?そ、そうなのか!?」

 

忍と煙緋は凝光が放った衝撃的な事実に驚愕の表情を浮かべる。

 

「…わ、分かりました。凝光さん。ありがとうございます。…それでは改めて聞かせてください、凝光さん」

 

そして凝光の衝撃発言に少し頭痛でも起きたのか頭を抑えていた忍だったが、忍は先程より鋭い視線を凝光に向けながらそう問いかける。

 

「ふふっ、何かしら?」

 

凝光は不敵な笑みを浮かべながら、忍に問い返す。

 

「はい。凝光さん。教えてください。瞬詠は今、なにをやろうとしているのか。凝光さんは瞬詠に、今なにをやらせようとしているのか…を」

 

「ふふっ、その事ね」

 

煙緋は真剣な眼差しでそう尋ねる忍の様子を見て、少し笑った後、彼女と同じように真剣な眼差しを凝光に向ける。

 

「…申し訳ないけど。それは言えないわね」

 

「っ!!なんでですか!?凝光さん!!」

 

「っ!!し、忍さん!?どうしたんだ!?」

 

凝光の答えに対して、忍は怒りとも取れる表情をして凝光に問い詰める。そしてまさか忍がここで怒りを露わにすると思っていなかった煙緋は、動揺しながら忍に対してそのように問いかける。

 

「…なんでですか!?どうして教えてくれないんですか!!なぜ答えてくれないんですか!?」

 

「し、忍さん!!一体、本当にどうしたんだ!!落ち着いて、忍さん!!」

(どうしたんだ、一体!?)

 

忍は焦りながら凝光に訴えるかのようにせがむ。そして急に豹変した忍の様子、まるで凝光に掴みかかるのではないかと錯覚させるような彼女の様子に対し、煙緋は冷や汗を掻きながら忍に落ち着くよう必死に声をかける。

 

「…ふふっ、確かに忍のその疑問はもっともね。でもごめんなさいね、忍。やっぱり言えないわ。今の瞬詠の動向というのは、実は機密事項に当たるのよ。いくら貴女が瞬詠や璃月七星である私と多少なりとも面識があるとはいえ、おいそれとは言えないわ。…それに今は本当に“大切な時期”でもあるし」

 

「っ……そ、それは……つ、つまり…」

 

忍は目を見開いて、身体を震わせながら絞り出すかのような声でそう言う。

 

「えぇ、そうね…。忍、貴方は瞬詠とは長い付き合いでしょう?ならば貴女は瞬詠が今、何をしようとしているのかが分かっているんじゃないのかしら…?それに今の璃月の情勢を考えてみたら、彼が何をしようとしているのか?彼は何を果たさなければならないと考えているのか?そんな単純な話よ」

 

凝光もまた真剣な眼差しで、動揺を隠しきれていない忍に対してそう語りかける。

 

「……っ!?……し、しかし……ま、まさか、そ、そんな…。凝光…さん、し、瞬詠は…あいつは、大丈夫なんですか?おそらく、あいつがこれから、やろうとしているのは…」

 

忍は歯を食いしばるようにしながら、凝光に向かってそう言う。

 

「ふふっ…そうね、忍。忍の考えている事。多分それ、間違ってないと思うわよ」

 

「っ!?…凝光さん!!お願いです!!お願いです!!瞬詠を___」

 

「でもね。忍。もうどうしようもないの。それに、これには瞬詠自身が決断した事も含まれている。忍は瞬詠、彼の決断や意志を踏みにじるつもりかしら?」

 

「___っ、そ、それは……」

 

忍は凝光からそのように言われてしまうと、何も言い返すことができない。忍は唇を嚙みしめて、血が滲むほど拳を握り締める。

 

「…それに今の璃月とスネージナヤ、私達璃月七星とファデュイを巡る情勢の鍵を握っている人物の一人は瞬詠であり、そうして私は璃月七星天権の義務としてこの璃月港や璃月という国を守らないといけない。だから私、ただの“凝光”という一人の人間においてはこれ以上瞬詠に負担を掛けさせたくないし、危険なことをさせたくもない。だけどね。___」

 

凝光は少し顔を伏せながら、静かに忍に語る。

 

「___私、璃月七星のリーダーとしての“天権”は、彼に命令をしたの。璃月の未来の為、璃月の繁栄の為。今ここで、私、“天権”と交わした“契約”を果たしなさい。この璃月に悪意を持つ者達を最適な手段で排除するために、行動を起こしなさい。“役割”を果たしなさい。例えあらゆるリスクやあらゆる危険性がその身に___」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうやめてください!!それ以上は聞きたくないです!!」

 

 

 

凝光の言葉に被せるように、忍は悲痛な声を上げながら凝光の話を途中で遮る。

 

 

「___っ!?…ごめんなさいね、忍」

 

そして忍の反応を目の当たりにした凝光は、申し訳なさげに謝罪する。

 

「……」

 

そうして煙緋も苦虫でも噛み潰したかのような表情で、凝光や忍のことを見つめる。

 

「っ……はぁ、はぁ……っ」

 

忍は荒くなった呼吸を整えつつ、悔しさの余り目に涙を浮かべる。

 

 

 

「わ、私は…怖いんです。彼が、あいつが、瞬詠が、また私の知らないところで……今度こそ、遠くへ、私達が決して辿り着かないような場所に、行ってしまうような気がして。彼がまるで…」

 

「…」

 

忍は声を震わせながら、少しずつ自身の思いや感情を吐露していく。そして忍のその言葉を聞いている凝光は何も言わずに忍の言葉を聞き入れる。

 

「瞬詠、あいつが、あいつを…失うのが、消えてしまうのが、本当に怖いんです…。かつて花見坂や離島で流れていた『海山』に『南十字船隊』の『竜殺し』、そして『黄金の翼』の噂話…。

 大切な者達を守るために、その身を傷つけながら、自らのその命を削りながら、海の怪物がいるあの絶望の海と空を駆け抜け…。そうして『竜殺し』や『南十字船隊』をギリギリのところで守り抜いた『黄金の翼』。役割を果たした『黄金の翼』は、最期まで役割を果たした事により、静かに満足げにその生涯を閉じた…。

 そんなあの話みたいに、今度は瞬詠は、璃月の、璃月の為に、ファデュイという悪意ある者達の手から守るために…。このまま、このままでは…今度こそ、今度こそ本当に…!!___」

 

忍は目に涙を浮かべながら、その思いの丈を静かに吐露する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__瞬詠が本当にもう死んでしまうかもしれない!!そう思うと、そう思うと、私は、私はぁっ…!!」

 

 

 

 

 

そうして忍は泣き叫ぶかのように、胸の内に秘めていた思いを吐露したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

そして煙緋も黙って、肩を微かに震わせながら、唇を嚙みしめる。忍のあまりにも悲痛なその表情に、何も言えなくなってしまったのだ。

 

 

 

「…私は不安なんです。不安でどうしようもない。稲妻であの噂が流れ、彼の姿が見えくなった時……私はもう、頭が真っ白になって何も考えられなくなった。目の前が真っ暗になって何も見えなくなって、本当に怖かったんです。…そうしてようやく、この璃月で再び彼の姿を見つけた時、本当に嬉しかった……。

 私だって、瞬詠が、彼が、璃月の明日や未来の為に命を懸けていることくらい分かっています。でも私は…。怖くて、怖くて、仕方がないんです。もう私は……大切な人が私の知らないところで失われるのは嫌なんです!!もう失いたくないんです!!」

 

 

「…忍、貴女の瞬詠を思う気持ちは分かるわ。それは私も同じよ。…私だって、瞬詠を失いたくないわ」

 

吐露される忍の思いを、ただ黙って聞いていた凝光は静かに口を開く。

 

「忍が、私や彼のその決断や選択を快く思わないことは分かる。私だって本心では、貴女や煙緋と同じように瞬詠に危ない事はしてほしくないと思う。それに私も瞬詠と長い付き合いを通じて彼の事を理解し、そうして彼は、瞬詠は___」

 

凝光はそう言うとどこか儚げな笑みを浮かべる。

 

 

 

「___数少ない、璃月七星の“天権”でない私、ただの一人の人間、“凝光”として私を分け隔てなく接してくれた人物なの。そしてそれは彼女、“刻晴”も同じことだと言えるわ。

 …だから私は、そんな彼の事を。…失うのが、怖い…のよ…」

 

「っ!?凝光さん…?」

 

「っ!?凝光殿…?」

 

凝光の絞るかのように発せられたその言葉、弱りきっていたその言葉に忍は思わず驚きの表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…だけど、だけど!!」

 

その時、凝光はまるで自身を奮い立たせるように声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

けれども、私は璃月七星の天権としてこの璃月という国を守らなければならない!!璃月七星のリーダー、天権としてこの璃月を守る責務がある…!!

 

凝光は張り上げるかのように声を上げる。

 

 

 

 

 

「…はぁ、本当に…。現実、それは…本当、に…こう…とても、残酷な…もの、よね………」

 

凝光はまるで自嘲するかのように笑みを浮かべるのであった。

 

「凝光さん……」

 

「凝光殿……」

 

そして凝光のその姿を見た忍と煙緋は無言になり、苦しげな表情を浮かべる。

 

「…だから私は瞬詠を止める事は出来ないし、誰かが瞬詠を止めようものならば、私は自らの権力で以てその者を罰するわ…。

 いかなる者であっても、もう瞬詠を止める事は出来ない…。彼は私が下した命令によって…、その命令を完全に遂行しきるまで」

 

「そ、そうですか…」

 

「そ、そんな……」

 

忍と煙緋は哀愁を感じさせる様子で語る凝光の姿に、何も言えなくなってしまう。

 

 

 

「…忍」

 

そして黙していた様子の凝光は、真剣な眼差しを忍に向けて口を開く。

 

「先ほど言った通り、私には瞬詠を止める事やどうこうする事は出来ないし、ましてや煙緋、それに甘雨ですらも止める事は出来ない。今の彼を止められるのは、誰一人といないでしょう…。ただ、もしかしたら、もしかすると…」

 

「……」

 

忍はただ無言で、凝光の続く言葉を待つ。

 

「…忍、貴女は“瞬詠を止める”以外にも“瞬詠の為に出来る事がある”筈よ。そしてその可能性も十分に持っている」

 

「…“瞬詠の為に出来る事”?私に…?」

 

凝光の言葉に忍は流れていた涙を拭いながら、不思議そうな表情でそう呟く。

 

「えぇ、そう。…瞬詠を止める事は出来ない。だから忍、貴女のその不安は絶対に払拭する事は出来ない。…ならば、貴女には“何が出来る”の?」

 

「…“何が出来る”?」

 

「そう、貴女には何が出来るの?忍はその不安や恐怖、絶望に苛まれたままでいたいの?そういうわけでは無いのよね?それらを払拭したいんでしょう?それなら、“忍が出来る事”、“忍にしか出来ない事”。“忍がやらなきゃいけない事”。今の私達璃月七星の諜報員達とファデュイの諜報員達の暗躍戦を巡る璃月の情勢において、今の貴女には何が出来るの?貴女にしか出来ない事は、何なの?そして貴女は一体“どうありたい”の?」

 

「“私が出来る事”、“私にしか出来ない事”。“私がやらなきゃいけない事”。そして“どうありたい”…。わ、私は…」

 

凝光の言葉によって、忍は思考を巡らせる。

 

「…そうか。わ、私は、私は……っ!!」

 

そして忍は何かに思い至り、勢いよく顔を上げる。

 

「ふふっ、どうやら“答え”が出たようね」

 

「は、はい。…ただ、絶対に瞬詠は反対しますと思いますが…。しかも猛烈に反対されると思いますが……」

 

忍は苦笑いを浮かべつつ、凝光にそう返答する。

 

「ふふっ、そうね。きっと瞬詠は、猛烈に反対するでしょうね。…彼、きっとこういう事に関わってほしくないと思ってるし、巻き込まれてほしくもないと思っている筈だしね」

 

「そうですね。絶対にあいつ、瞬詠は嫌がると思いますけど…。ただ、少しでもあいつの傍、あいつの近くに居たいんです」

 

忍は強い意志の籠った瞳で凝光を見つめながら、決意と共に言葉を紡ぐ。

 

「…うむ、そう言う事か。…忍さん、本気なんだな?」

 

そして忍と凝光のやり取り、また今までの話の流れからして、忍がどのような決意を、どのような覚悟を決めたのかを察した煙緋は、忍に真剣な眼差しを向けながらそう尋ねる。

 

「はい、本気です…。今度こそ、私はあいつ、瞬詠の傍、もしくは瞬詠のすぐ近くで彼を支えてやろうと思います」

 

忍は真剣な眼差しを煙緋に向けながら、はっきりとそう答えた。

 

「ふむ……そうか」

 

煙緋は忍の返答に納得したように頷く。

 

そしてその時であった。

 

「「「お疲れ様です、瞬詠様!!」」」

 

群玉閣の警備兵である千岩軍の兵士達の響き渡る声が、煙緋や忍、凝光達三人の耳に入る。

 

「っ!?来たのか…」

 

「ふむ、瞬詠が来たようだな」

 

「…ふふっ、そのようね」

 

忍と煙緋、凝光はそれぞれそんな反応を示す。

 

「…忍。どうやら、忍のその“答え”を実行に移す時が来たようね」

 

「は、はい。……そう、みたいですね」

 

凝光の言葉に対して、忍は緊張の面持ちで静かに頷く。

 

「…ここまで来たら、もう後戻りは出来ない…か。私は……、絶対に……っ!!」

 

そして忍は拳を強く握り、決意を新たにするようにそう呟く。

 

「…おっ、凝光さん、それに忍に煙緋じゃないか。もしかして自分を出迎えに来たのか?…いや、待て、どうした。一体、何があった?」

 

そうして忍達三人の目の前に群玉閣に降り立った瞬詠は、そこで待っていた凝光や煙緋、それに忍が集まっているのを見つけ、彼女達に声を掛けようと声を掛ける。だがすぐに忍達の只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、戸惑い歩みを止めてその場に立たずむ。

 

「…瞬詠、聞いてほしい事がある」

 

そして忍は静かな口調で、そう口を開いた。

 

「…なんだ?突然改まって」

 

瞬詠は不思議そうに首を傾げながら、忍にそう尋ねる。

 

「いや、そ、その、だな…」

 

忍は顔をこわばらせながら、どう話を切り出そうか迷う。

 

「うん?本当にどうしたんだ?忍?なにかあったのか?」

 

瞬詠はそんな忍の様子を不思議に思い、さらに怪訝な表情を浮かべる。

 

「あ、えっと……だな。しゅ、瞬詠。瞬詠に頼みたい事がある。やらせてほしい事がある」

 

「うん?頼みたい事とやらせてほしい事?それって何だ?」

 

瞬詠は不思議そうに首を傾げながら、忍に尋ねる。

 

「あぁ、それは_____をさせてほしいという事だ」

 

「っ!?…忍。お前、自分が、自分が何を言っているのか、分かっているのか?分かって、言っているのか?自分が何に、どういう事に、首を突っ込もうとしているのか、分かっているのか?」

 

瞬詠は忍の言葉を聞くと、表情を険しくさせ、やや強い口調でそう尋ねる。

 

「わ、分かってる!!私は……っ。本気だ。私は……、あんたの傍で……っ!!だ、だから、瞬詠、私を___」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__そんなのは駄目に決まっているだろうが!!」

 

 

 

 

 

 

「___っ!?」

 

瞬詠の強い否定の言葉、そして普段の瞬詠であれば絶対に口にしないような怒声に、忍は思わず目を見開かせ、驚きの表情を浮かべ、そうして大きく肩を跳ねさせる。

 

「え、あ……」

 

そしてそんな瞬詠の気迫に圧されたのか、忍は息を詰まらせたような声を漏らす。

 

「っ!?」

 

そして煙緋も瞬詠の凄まじい剣幕に気圧されたのか、思わず息を吞んでしまう。

 

「っ…。はぁ…」

 

そうして凝光は瞬詠が今まで見せてこなかった、怒りや憤りといった感情を露わにしている姿を目にし、驚愕と困惑が入り混じったような表情を浮かべる。だが、直ぐに冷静さを取り戻し、目を細めながら瞬詠を見つめる。

 

「す、すまない……、ごめん。ただ私は、私、は……っ!!」

 

忍は強い口調で叱責してきた瞬詠に対して、心底申し訳ないといった表情を浮かべながら謝罪を口にする。

 

「……」

 

しかし瞬詠は無言のままで何も語らず、ただ真剣な眼差しを忍に向けていた。

 

「っ、わ、私は……ただ、瞬詠の力になりたくて……」

 

忍はそう言いながら、縋るような眼差しを瞬詠に向ける。

 

「…いや、大丈夫だ。忍、頼むから、安心してくれ。むしろ、すまなかった。こんな事に巻き込んでしまって、本当に悪かった。だからこの問題は俺がどうにかする。これは俺の“仕事”だ。だからお前さんは、安心して煙緋と共に群玉閣で待っていてくれ」

 

「……っ!!」

 

瞬詠の言葉、それはまるで突き放すような、遠ざけるような、そんな強い意志の籠った言葉であった。

 

「……」

 

そして瞬詠はそのまま、その場を立ち去ろうとする。

 

 

 

 

 

だがその時であった。

 

 

 

「…待ちなさい、瞬詠」

 

「…どうした?凝光さん?」

 

その時、瞬詠の真横に立っていた凝光が静かに口を開く。

 

「……瞬詠、忍。忍は“悪くない人材”だと、思うわよ?」

 

「…なに?」

 

凝光のその言葉に、瞬詠は怪訝そうな表情を浮かべる。そして瞬詠と凝光は睨みあうかのように、二人は瞳だけお互いに向け合い、お互いの視線だけを交える。

 

「瞬詠、前に言っていたわよね?『“ファデュイ”という組織は質量ともに優秀で油断ならない存在だ。だから、前提としてこちら側は限りあるリソースの中で最善を尽くす必要がある。

 ファデュイという組織に対抗する璃月の千岩軍、密偵防諜部。千岩軍の兵士達は数多くの兵士達、多くの部隊、そして千岩軍を支えている商会達や腕の良い鍛冶職人達等の大勢の民間協力者達によって構成されている。“量”という観点で見れば千岩軍は十分満たしている。

 ならば、密偵防諜部は“質”を極めた方が効果的だし、そうしていかなければならない』と」

 

「あぁ、確かにそう言った。…それがどうした?」

 

瞬詠は凝光の言葉に怪訝そうにしながら首を傾げる。

 

「…瞬詠、忍はその“質”において優れた人材、そう思うわよ」

 

「……本気で言ってるのか?」

 

凝光の言葉に、瞬詠はさらに訝し気な表情を浮かべる。

 

「あら?私の能力を疑っているのかしら?私のものの価値を正しく評価できる能力、潜在的価値や投資した場合の将来生み出し得る利益を予測し、それらを勘案した上で損得勘定できる私の能力、私の商才とも言うべきそれを、瞬詠はとても高く評価してくれると思っていたのだけれど?」

 

凝光は悠然とした笑みを浮かべながらそう告げる。

 

「…認めているさ。それは事実だ。そうでなければそもそもこうして、凝光さんが天権の座に座っている事を許されているわけがないからな。…だが、しかしだな」

 

瞬詠は目を細めながら、凝光の視線を真っ向から受け止める。

 

「そうだとしても、忍が、俺のやっている事。俺達のやっている事に足を突っ込む必要はない。もし突っ込んでしまえば最悪…」

 

瞬詠はそこで言葉を途切らせる。

 

「“人手不足”、“余力が無く、ギリギリの状態というのは考えもの”」

 

そしてそこに凝光の言葉が続く。

 

「っ……」

 

瞬詠はその言葉に、強く歯を嚙み締める。

 

「ふふっ、貴方、そう言っていたわよね?『一定以上の質を担保するためには、ある程度の量は犠牲にしないといけない。それはつまりどうやっても、少数精鋭になりがちになってしまい、良い意味では理想的な質を確保する事ができる一方で、悪い意味では質の確保を最優先にしてしまった結果、人員的な意味での余力がほとんど無くなってしまった。それはつまりちょっとした事が原因で、密偵防諜部は機能不全に陥ってしまう脆さを抱えているという事、それ故この弱点となる部分をなんとかカバーしなければならない』…と、違ったかしら?」

 

「……あぁ、確かにそう言った。だがな、凝光さん。俺は認めんぞ。部外者である忍を___」

 

「“使える物は何でも使い、利用できるものは何でも利用する”…。瞬詠、貴方はそう言っていたわよね?」

 

「___っ!?」

 

凝光がその言葉を口にすると、瞬詠は息を吞んで目を見開き、そのまま完全に固まる。

 

「ふふっ…」

 

そして凝光はまるで勝ち誇ったかのように不敵な笑みを浮かべる。

 

「ねぇ?貴方だって分かっているのでしょう?今の璃月港の状況を。…相手はあのファデュイよ?なら出し惜しみは無し、でしょう?…違うかしら?」

 

「っ……!!」

 

凝光は瞬詠の耳元で囁くようにそう告げる。そして凝光のその言葉を受けた瞬詠は、まるで痛い所を突かれたかのように表情を強張らせる。

 

「本当に、本当にっ…!!凝光さん…!!お前さん、凝光の事が嫌いだ…!!大っ嫌いだ…!!」

 

「あらあら」

 

瞬詠は苛立ちと怒りを込めた声で、凝光にそう言い放つ。しかしそれでも、凝光は余裕のある態度を崩さない。

 

「…」

 

そして瞬詠は凝光から忍に視線を向ける。それはまるで忍の価値や有用性を、今一度吟味するような瞳であった。

 

「瞬詠、私は、私…は……」

 

そしてじっと見つめられる忍は、その視線に対して口を開く。だが、瞬詠に向かって何を言えばいいのか、何をどう説明すればいいのか、それが全く分からず、結局は何も言えなくなってしまう。

 

「…凝光さん、忍が“悪くない人材”だと思った根拠はなんだ?」

 

瞬詠は静かな口調で、凝光にそう尋ねる。

 

「えぇ、そうね。それは昼間の璃月港を歩く煙緋の警護や護衛に秘密裏に付かせていた諜報員達、密偵防諜部の彼らの存在に気づいた事かしら」

 

「…なに?」

 

瞬詠はその凝光の答えに眉をひそめる。

 

「それに、忍の硬い意志かしら。石珀のように硬い鉱石のように。そう、それは忍はとても強い覚悟、決して折れる事は無い信念の強さを持っている。私は忍からそれを感じ取り、そうしてそう判断したわ」

 

「……」

 

瞬詠は凝光から視線を外すと、考え込むように押し黙ってしまう。

 

「…成程。凝光さんの言いたい事は分かった。確かに、それであれば悪くないかもしれん」

 

「え……」

 

瞬詠のその言葉に、忍は目を見開きながら驚いたように声を漏らす。

 

「だが、しかしだ。今回は相手が悪すぎる。ただの宝盗団とかの一般的な悪党だったらまだ何とかなったが、相手は“ファデュイ”だ。それ相応の実力者達が数多存在するファデュイ。非常に厄介な連中。忍には間違いなく、荷が重い。それこそ宝盗団等のそこらの大勢の悪党達を相手取る方がまだマシだ」

 

「……えぇ、そうね。それは認めるわ。だけど、瞬詠、貴方は忍の事を認めていたじゃない?」

 

「…なにがだ?」

 

瞬詠は再び、不機嫌そうな表情を浮かべながら凝光に視線を向ける。

 

「とぼけないで頂戴?ふふっ、忍から聞いたのよ。煙緋が私の保護を受けるまでの間の周辺警戒や煙緋の警護、貴方が忍にお願いしていたそうね」

 

「なっ!?」

 

瞬詠は目を見開かせ、驚愕の表情を浮かべて忍の方に視線を向ける。

 

「あ、あっ!!しゅ、瞬詠……!」

 

忍はそう言いながら、慌てた様子で手をバタつかせる。

 

「忍…っ」

 

瞬詠は忍の表情を見つめながらそう呟く。

 

「あ、そ、その…瞬詠、本当に、その……」

 

忍は困ったような表情を浮かべながら、何とか言い訳をしようと必死に言葉を探す。だがしかし、上手く言葉が見つからず、結局何も言えなくなってしまう。

 

「…いや、いい。大丈夫だ。忍」

 

瞬詠は呆れたかのようにため息を吐き出すと、忍に声を掛ける。

 

「……」

 

忍はそんな瞬詠の言葉を聞いた瞬間、しゅんとした表情を浮かべて俯いてしまう。

 

「…」

 

そうして凝光はそんな瞬詠と忍の方を見据えながら、静かに口を開く。

 

「ふふっ、瞬詠は忍の事を信頼しているのね」

 

「……ふん、まあな。確かに俺は忍に煙緋の警護を任せたさ。こいつは稲妻でそれなりの経験や格闘に関する研鑽も積んでいたからな。…それに、俺としても忍の事を信頼しているからこそ、こうして任せているんだしな」

 

瞬詠は凝光の言葉に対して呆れたように苦笑しながら、凝光に答える。

 

「…瞬詠?」

 

そして瞬詠の言葉を聞いた忍は、キョトンとした表情を浮かべながら首を傾げる。

 

「……忍が実力者。自衛や護衛もある程度はこなせるほどの人物であるという事は認めよう。だが、それでも相手が悪いし、ましてやこれから行おうとしているのは自衛や護衛の範疇を超えている行為だ。…果たして、忍が務まるのかどうかの疑問は多少は残るし、また彼ら相手にどこまで忍の力が通用するのか。……それが一番の問題点なんだよな」

 

「…ふ~ん?少なくとも“忍は足手まといになる事は無い”という認識はあるのね」

 

凝光はニマニマとした笑みを浮かべながら、瞬詠に対してそう告げる。

 

「本当に癪に触れる言い方をするなぁ。凝光さんはよぉ……」

 

「ふふっ」

 

瞬詠は疲れた様子で凝光の方に顔を向けながらため息を吐くと、凝光はどこか楽しげに微笑む。

 

「……はぁ、まぁいい。実際、忍を信頼しているか信頼していないかと言われたら、信頼はしているからな。

 ただ今回の場合、相手がファデュイという事。ヒルチャールと言った魔物達の集団や宝盗団のような烏合の衆の悪党達と違い、彼らは規律ある軍隊の集団であるという事。しかもファデュイを擁しているスネージナヤという国家というのは、テイワット最強の国力を誇る国家だ。そしてその軍事大国とも言えるスネージナヤが抱えている組織、それがファデュイだ。…正直、忍では荷が重すぎる。それに正直、今のこの有利な状況だが…」

 

瞬詠はそう言うと顔を顰める。

 

「…実はこれがファデュイどもの策略で、自分達を嵌める為の罠なのではないか、とつい疑心暗鬼に陥ってしまうところもあるし、ファデュイはわざと今の状態を受け入れて、カウンターを狙っているんじゃないか、とも考えてしまう。

 …こんな不可解な状況下では、絶対に忍を巻き込みたくない、それが本音だ…」

 

瞬詠は顔を顰めながら、低い声でそう告げる。

 

「えぇ、それは確かにそうね。それにスネージナヤという国の強さ、恐ろしさは私も理解しているつもりよ…」

 

凝光は真剣な面持ちで静かに頷く。

 

「…」

 

そして瞬詠はチラッと忍の方に視線を向ける。

 

「…」

 

そして忍は忍で黙って、瞬詠を見つめる。そこには先ほどまでの戸惑いや困惑の様子はなく、強い意思の籠もった瞳で瞬詠の事を見つめ返していた。

 

「…今の話を聞いていても、頑固なお前さんは一切引く気は無いんだな?」

 

瞬詠は皮肉交じりの口調で忍にそう尋ねる。

 

「…あぁ、私の覚悟はとっくに決まっている。あんたの近くにいる…。何かがあった時、直ぐに駆けつけられるように」

 

忍は真剣な眼差しで瞬詠の事を見据えながら、そう答える。

 

「___そうか…。それは、本当に…残念だ」

 

瞬詠は忍の言葉を聞くと、一度目を瞑り、少し時間を置くと、何かを決意したように目を開く。

 

「…忍、この件に関しては直ぐに決める事は出来ない。それは良いか?」

 

「…あぁ、分かった」

 

忍は瞬詠の言葉に対して静かに頷く。

 

「悪いな。その代わり、今夜。“深夜”、時間はあるか?」

 

「“深夜”だと?」

 

そして瞬詠は忍に対して、そう質問を投げかける。

 

「あぁ。……俺とお前さん、“誰の邪魔も入らない場所”、“二人っきりで話”をしたい。果たして、“本当にお前さんは大丈夫なのかどうか”を。それをじっくりと“判断”したい」

 

瞬詠は真剣な面持ちで、忍に向かってそう告げる。

 

「…ふ~ん?」

 

「…ほぉ?」

 

そして瞬詠の言葉の意味や彼の真意に気づいた凝光や煙緋は、興味深げに瞬詠を見つめる。

 

「…あぁ、分かった」

 

忍も一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに表情を戻すと再び静かに頷き、瞬詠の言葉に同意を示す。

 

「…場所の指定は後で。甘雨経由で知らせる。俺は、自分は、今は忙しいからな。これから刻晴が群玉閣に来る前に、準備を終わらせないといけないんだ。それじゃ……また“深夜”、“その場所”で会おう」

 

瞬詠はそれだけ言い残すと、忍、そして凝光や煙緋の方に視線を向ける事なく、そのまま群玉閣の中に入っていった。

 

「…」

 

そして忍は、そんな消えて行った瞬詠の背中を見つめ続ける。

 

「……ふふっ。随分と面白くなってきたわね」

 

忍と瞬詠のやり取りを見ていた凝光は、楽しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 

「…忍さん、何と言えばいいのか…。まぁ、頑張れ。何とかして瞬詠を“納得”させるんだぞ」

(…瞬詠の事だ。一筋縄ではいかないだろう。だがしかし、忍さんはもう“覚悟”を決めたからな…)

 

煙緋は忍に向かって激励の言葉をかける。また煙緋は深夜、その場所で何が起きようとしているのかが、何となく察しが付き真剣な表情になると、改めて忍に向かって頑張れと心の中でエールを送る。

 

「あ、ありがとうございます。煙緋先輩」

 

忍は煙緋からの激励に対して、感謝の言葉と共にペコリと頭を下げる。

 

「…ふふっ、忍。頑張りなさい。私が手伝えるのはここまで。あとは貴女が彼に証明してさしあげなさい」

 

そうして凝光も煙緋同様に、忍に対して激励の言葉をかける。

 

「はい、ありがとうございます。凝光さん。凝光さんのおかげで、瞬詠がまともに取り合ってくれる所まで出来ました。後はなんとかしてみせます」

 

忍は凝光に対して、深くお辞儀をする。

 

「ふっ。頼もしいわね…。いいかしら、忍。幾つか忠告しておくわ」

 

凝光は笑みを浮かべながら、忍に向かってそう告げる。

 

「はい」

 

そして忍はそんな凝光の言葉に対して真剣な表情を浮かべて頷く。

 

「瞬詠が最後の最後まで反対していたという事は、おそらく瞬詠はまだ忍の事を完全に認めていない事になるわ。それはつまり___」

 

「___瞬詠が私の事を密偵防諜部の“一員”もしくは“正式な協力者”となる事を認めるつもりはなく、全力で私を止めにかかる。……という事ですよね?」

 

「…えぇ、そうよ」

 

忍の言葉に対して凝光は真剣な表情で頷く。

 

「…まぁ、それはそうでしょうね。ですが、私だって引くつもりはありません。なんとかして、瞬詠に認めさせてみせます」

 

「えぇ、そうなさい。おそらく、彼は___」

 

凝光はそう言うと、深く考えるかのよう無言になる。

 

「…」

 

「___一切の手加減をすることなく、忍を完全に叩き潰すつもりで来るかもしれないわね。普段の瞬詠とは違い、完全な“仕事人”である瞬詠として、忍を優先排除すべき対象者として、本気で来ると思うわ。そうなると…。おそらく、最悪、彼は“あれら”を持ち出してくる可能性があるわね」

 

凝光は眉間に皺を寄せながら、険しい表情を浮かべる。

 

「“あれら”…?なんですか、それは?」

 

忍はそんな凝光の様子に首を傾げると、彼女に対してそう尋ねる。

 

「……そうね。端的に言えば、この璃月港の水面下で暗躍しているファデュイの諜報員達や工作員達、彼らに対抗する為に彼の密偵防諜部内で研究、開発や試作を行いながら、少しずつ実験的に配備を進め始めている密偵防諜部の‘特殊武器’の一種。

 そして元々はファデュイから鹵獲した物だったんだけど、彼と縁を結んだとある仙人の協力でゼロから作り出す勢いで、改めて生み出された瞬詠専用に改造を施した“あれ”。

 彼曰く、まだまだ“問題”を抱えているがそれを無視し、それによって引き起こされてしまった自身の身に降りかかるだろう弊害やその結果を受け入れ、そうした上でそれの“真価”を発揮させてしまえば…。それが彼の切り札になり最後の手段となり、ある意味で元素関連の法則を乱しかねない“超兵器”となりえるかもしれないと語っていた、瞬詠の“最終兵器”とも言えるその“代物”。

 “それら”、瞬詠が秘密裏に保管していた‘特殊武器’とその“代物”である“超兵器”の類をね」

 

「っ……!?そ、それは……?」

 

忍は驚きの表情を浮かべながら、凝光に尋ねる。

 

「なっ!?なんなんだそれは!?」

(“特殊武器”!?それに“超兵器”だと!?一体、何なのかは分からないが…。だが、まさか、瞬詠はそんなものを、忍さんに使ってくるつもりなのか!?)

 

煙緋も凝光のその言葉に驚愕し、目を見開く。

 

「…忍、一度しか言わないから、よく聞きなさい」

 

「は、はい。分かりました……」

 

凝光は一度静かに目を閉じると、ゆっくりと目を開けながら真剣な表情で忍に対して言葉を紡いだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

「…」

 

夜の月が放つ青白い月光が地表を照らしたり、月が薄い雲に覆われたりする事で著しく暗くなってしまい、深夜の闇夜に覆われてしまうような璃月港。そんな薄闇が支配する深夜の璃月港の街並みを忍はただ独りで道を行く。“片手剣”を携えながら。

 

「…」

 

海の潮風と波の静かなさざなみが、まるで忍の進む道に流れていくかのように流れており、忍はその潮風を肌で感じながらゆっくりと歩き続ける。それはまるで“自分を監視している者達”に対して、“あんた達の存在は分かっている”、と忍が無言で告げているかのように。

 

「…」

 

そしてやがて目的の地が見えたのか、忍は目を細目ながら前を見据える。

 

 

 

 

 

「……」

 

忍の視線の先にあるのは璃月港市街地中心から外れ、本当に端の方にポツンとあった殆ど使われることはないであろう、少し乱雑に置かれたり積まれていた木箱が乱雑している場所である埠頭。

 

そしてその埠頭から少し古めかしい大きめの木製の桟橋が延びており、その先の奥に一人の人物の姿が、まるで璃月港の闇夜に浮かび上がった亡霊かの如く、静かに背中を見せながら佇んでいた。

 

「……瞬詠」

 

その人影の正体が誰なのかを即座に見抜いた忍は、その人物の名を呟き更に足を進めていく。それと同時に忍の表情が、若干の緊張で強張る。

 

 

 

___普段の瞬詠とは違い、完全な“仕事人”である瞬詠として、忍を優先排除すべき対象者として、本気で来ると思うわ

 

 

 

「…っ」

 

昼間の凝光が告げた言葉を思い出し、忍は息を呑む。

 

「…」

 

目の前で独り佇んでいた瞬詠、今の彼はやはり普段の瞬詠ではない。それは今の瞬詠の格好を見ても明らかだ。

 

 

 

今の瞬詠の格好。

 

普段の瞬詠の格好であれば、灰色を基調とした一般的な璃月の服装の格好をした瞬詠の姿をしているのだが、今の瞬詠の姿と言うのはこの闇夜に紛れ込み、溶け込むような漆黒のフードのようなかぶり付きの衣装を身に纏った姿であり、腰には瞬詠が使い込まれてきたのではないかと思われる少し古そうな“片手剣”を携えていた。

 

 

 

つまり、普段璃月港で見かける瞬詠とは違い、目の前の男、目の前にいる今宵の男は完全武装を施した“瞬詠”という事。

 

 

 

「…」

 

忍は顔を更に引き締めると、歩みを止めることなくそのまま瞬詠がいる場所へと歩を進める。

 

 

 

凝光の忠告が当たってしまった。

 

 

 

瞬詠が武装化の施しを行ってしまっている。

 

しかも服装までもが普段と違うという事は、あれは完全に“仕事人”、もしくは“密偵防諜部の長”である瞬詠として、ここに立ってしまっているという事。

 

 

 

そして瞬詠は本気で忍を止めようとしている。

 

 

 

 

 

つまり瞬詠の懐の中には彼が長年愛用している“鉄扇”や、神の目を得る事が無かった彼が代用手段としてよく使用している“元素投擲瓶”の他にも、凝光が忠告や警告として語ってくれた“特殊武器”や“超兵器”の類を衣の中に隠し持っている可能性が高い。

 

 

 

「…残念だな、忍。本当なら天気が良ければ、うっすらではあるがここから稲妻が。鳴神島の影向山の姿が見える筈だったんだがな。今は生憎、海と月、雲しか…見えないな」

 

瞬詠は埠頭から見える景色を眺めつつ、埠頭にいた忍に向かっていつものような穏やか口調でそう告げた。

 

「…そうなのか、瞬詠。それは、残念だったな」

 

そして瞬詠に話しかけられた忍は歩みを一度止め、こちらも普段と同じように淡々とした口調で言葉を返す。

 

「あぁ……残念だ」

 

瞬詠は忍の言葉にゆっくりと頷いた。

 

「…忍、ここに来るまでに何人いた?」

 

そして瞬詠は後ろの埠頭にいる忍にそう問いかける。

 

「…」

 

問いかけられた忍は、今度はその言葉をすぐには返さない。今この瞬間、瞬詠による“試験”が始まったと直感で感じたからだ。

 

そして瞬詠に質問された忍は、一度大きく息を吐き出した後、静かにこう答えた。

 

「……三人だ」

 

そして少しの沈黙の後、忍は静かにそう言葉を紡いだ。

 

「へぇ……、成る程」

 

瞬詠は忍の言葉を聞いた後、小さくそう呟く。

 

「どうやら、凝光さんが言っていた事。…それは、あながち大袈裟な事でもなかったようだな」

 

そして瞬詠はさらに言葉を続けた。

 

「さて、忍。…お前さんに一つ、確認したい事がある」

 

瞬詠は後ろにいる忍に背中を見せながら、静かな口調でそう言った。

 

「なんだ?」

 

「…お前さん、“人を殺す”事が出来るのか?お前さんは、自らの意志で“人を殺せる”のか?

 

「っ!?」

 

瞬詠の言葉に対して、忍は驚きの表情を浮かべる。

 

「…答えられないのか?」

 

瞬詠は少しだけ、まるで試すような口調でそう問い続けた。

 

「……」

 

忍は黙ったまま何も答えない。否、答えられないと言った方が正しいだろうか。

 

「…俺が歩んできた道、それは“血の小川”、と言っても良いかもしれない」

 

「……っ!?」

 

そして瞬詠のその言葉に忍は目を見開いたのであった。




今まで、ありがとうございます。

殆ど見切り発車に近く、ノリと勢いで始まってしまった作品ですが、
それでもこのような作品を楽しんでいただければ、幸いでございます。

リメイク作品の投稿はいつになるのか。
現状は不明(リアルな事情で年末は忙しく、また3月か4月中には去年受けた資格の再試験の予定も控えているでかつ作者本人が社会人という事情もある為に、かなりスケジュールがギリギリなんですよね。そのため、タイミング的におそらく来年の4月か5月以降に投稿する予定)ですが、なるべく早いうちに投稿等は行えればと思います。(それにもしかしたら、年始辺りに一幕分の少しくらいはできるかも…しれないですし。ただ、あまり期待はしないでください)

尚、匿名設定を解除(今まで特に気にせず、普通にそのままであったのを忘れていました。)し、作者のページに飛べるようにしましたので、何かあれば、作者のページの『活動報告』にある『ご意見箱』に投稿していただければと思います。(場合によっては全てが全て返信できるとはいうわけではございませんが…)



以上です。

リメイク作品が投稿できるレベルまでに完成し、実際に投稿を行うようになるまでかなり期間が空いてしまうと思いますが、気長にお待ちいただければと思います。



今までありがとうございました。

リメイク作品の投稿まで、気長にお待ちください。


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