ストライクウィッチーズ 龍殺しの系譜 (ケーニヒスチーハー)
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登場人物紹介

 人物が多くなってきたので整理も兼ねて1ページ使って紹介する事にします。後から追記するかも。


扶桑皇国

 遠坂 一三三(とおさか いさみ)

 

【挿絵表示】

 

 キ-45丙『屠龍』 操縦士→航空歩兵

 36歳→16歳

所属

 日本帝国陸軍航空隊飛行第五戦隊第三中隊長→ 飛行実験部実験隊欧州派遣隊→独立飛行第一中隊

 元は太平洋戦争に従軍する戦闘機パイロットだったが空中戦に敗れ戦死、異世界転移してしまう。それだけではなく何故か此方の世界に来た途端に女体化してしまった。

 妻が居たが東京大空襲で死亡している。

 性格は大胆にして豪快、少々火力バカのきらいがある。ついでに無類の酒好き。

 格好と人相は、肌は白く身長165cmのスラリとした長身でセミロングの黒髪を後ろで束ねつり目気味の目つきも相まって凛とした風格を纏っている。操縦士時代のゴーグルを被りマフラーを巻いている。陸軍航空歩兵である為丈の短い巫女服を模った戦闘服を着用。

 階級は中尉

 固有魔法 怪力

 使い魔 柴犬

 使用機 キ-45改丙装備(20mm機関砲装備)

 モデルは月姫の遠野秋葉。

 

 

 川嶋 紅莉栖 (かわしま くりす)

 

【挿絵表示】

 

 キ-45丙 『屠龍』二番席搭乗員→航空歩兵

 年齢 18→15

所属

 飛行第五戦隊→ 飛行実験部実験隊欧州派遣隊→独立飛行第一中隊

 元は遠坂の操る二式複戦の後部機銃手兼航法だったが何故か此方の世界に来た途端に遠坂と同じく女体化してしまう。

 祖父がアメリカ人のクオーターであり金髪碧眼が遺伝していたせいで前の世界では空中勤務者になれたのが不思議なほどに差別されていた。

 航法と射撃が得意。

 性格は極めて温厚で生前から付き合いのある遠坂すら怒った所を見たことがないほど。だが少しばかり繊細な一面もある。

 外見的特徴は、垂れ目がちな碧眼と肩程で切り揃えられた緩いパーマのかかった金髪。そしてなんといっても152cmの身長に見合わない88cmの巨大なバストと豊満なヒップという世の女性がため息をつきそうなプロポーション。

 服装は遠坂と同じだが首から出征の際譲り受けた母のロザリオを提げている。

 階級は軍曹(元々は伍長)

 使い魔 ノルウェージャンフォレストキャット

 固有魔法 レーダー

 使用機キ-45改甲装備(一般的に広く用いられている九八式機銃を二丁持ちし、持てるだけの予備弾薬を携行した状態)

 モデルは来栖 良 陸軍技術少佐

 

 

 篠原 弘美 (しのはら ひろみ)

 

【挿絵表示】

 

 所属

 飛行第十一戦隊→ 飛行実験部実験隊欧州派遣隊隊長→独立飛行第一中隊隊長

 15歳

 1937年ノモンハン事変時に活躍したウィッチ。初陣から魔法力消耗で飛べなくなり内地へ引き揚げるまでの3ヶ月間で58機を撃墜した破格のエース。特に初出撃でエースの基準である5機撃墜を記録したウィッチは初。

 内地でリハビリも兼ねて川滝の試作ユニットキ-61二型の試験飛行を行っていたところ扶桑海にまたもやネウロイが侵入したため迎撃に上がりそこで遠坂らと遭遇する。

 卓越した戦果から『東洋のリヒトホーフェン』の異名を持つ。

 性格は真面目で責任感の強い頼れるお姉様といった感じ。

 外見は腰まで伸びる艶やかな黒髪、平均的な身長、均整のとれた体型と意志の強さを感じさせるキリッとした眼差しと大和撫子を体現したような出立ち。

 階級は大尉

 使い魔は三毛猫

 固有魔法は無し

 使用ユニット キ-61二型(キ-六一の高高度性能向上型)

 モデルは篠原弘道陸軍少尉。

 

 

古賀 武志 (こが たけし)

在ブリタニア駐留武官

 遠坂と川嶋の素性を知る人物

 実は生前の2人の上官で終戦後東京裁判で死刑に処された後、こちらの世界で文字通り第二の人生を歩むことになった。陸軍航空隊に進み前世の経験から戦術・兵器開発など幅広く精通した他徹底して対リベリオン・ブリタニアとの戦争回避に努め対ネウロイ戦争勃発後は1937年ノモンハン・扶桑海事変にて実戦を経験、戦闘が小康状態になってからはは大使館付きのブリタニア駐在武官としてヨーロッパに派遣された。

 2人がこちらで生きている事を知るとすぐさま偽の戸籍を用意し軍の上層部を丸め込み、カバーストーリーをでっち上げたのも彼である。

 階級は陸軍少将

 モデルは特に無し。

 

 

 滋野 清子 (しげの きよこ)

 扶桑陸軍航空隊元教官

 41歳

 1914年から1918年まで続いた第一次大戦にガリア義勇兵として参戦し扶桑初のエースの称号を得ながらアガリを迎えた彼女は飛行学校で篠原に飛行と空戦のイロハを叩き込み、今では完全に引退して故郷の名古屋で音楽を嗜みながら旧友たちと過ごしていた。

 教官時代の愛弟子である篠原の要請で教官として一時復帰し遠坂、川嶋両名を一人前のウィッチに育て上げた。

 モデルは滋野清武男爵

 

 

 高橋曹長

 独立飛行第一中隊整備小隊長

 43歳

 篠原たち独立飛行第一中隊の屋台骨的存在。隊の最年長として井町ら川滝組と整備小隊の橋渡しも担っている。

 2人の娘を持つ父でもありその事もあって遠坂たちの事を可愛がり多少の無茶は聞いてしまう。

 

 

 井町技師

 38歳

 遠く離れた欧州でキ-45改、キ-61二型を万全の体制にする為に川滝航空機工業から出向してきた技術者。キ-45の主要開発陣の1人であった彼はその柔軟な発想力でユニットが摩耗すれば他国製の互換性のある部品を見繕ったりセッティングを見直したりとソフト面ハード面共に隊を支えている。また高橋と共同で己のノウハウを整備兵全体に伝授する事にも熱心で練度の底上げにも一役買っている。

 モデルは川崎航空機の井町勇技師

 

 

 斎藤少尉

 独立飛行第一中隊輜重中隊隊長

 26歳

 部隊の装備武器弾薬糧食その他諸々の補給を一手に引き受けている無くてはならない存在。語学とコミュニケーション能力に長け不足しがちな生活用品含め物資の調達に余念がない。ただ井町ら技術陣からリクエストされる部品や器具の数々は専門用語のオンパレードなためかなり苦労している。

 

 

 金子主計中尉

 独立飛行第一中隊主計課

 たった5人の主計課がパンクしないのは彼のおかげと言っても過言ではない。やや周りに流されやすいところもあるが優れた計算力や他部隊との連絡をそつなくこなす人当たりの良さは重宝されている。鼻血が出やすいのが悩み。

 

 

インド帝国

 インドラ・ラル・ロイ

 16歳

 インドの港街コーチンで骨董商を営んでいた少女。航空ウィッチに並々ならぬ憧れを持っていながら魔力不足で落選し続けていた。すっかり腐っていたところに川嶋と出会い自らの夢を再確認した彼女はウィッチではなくパイロットとしての道を選んだ。

 使用機体ホーク・ハリケーンMk1A戦闘機

 モデルはインドラ・ラル・ロイ少尉

 

 

リベリオン合衆国

 サマンサ・B・ブローニング

 所属 リベリオン陸軍航空隊第8航空軍 第56戦闘航空群 第8戦闘飛行隊『フリーダム・ガデス』隊長

 年齢 16歳

 テキトーがモットーの飄々とした言動と「適当」を体現するようなゆるゆるの振る舞いが特徴の人物。ただし、やる時はやる人物でもある。実際の所、責任感はとても強くなし崩し的に務めることになった飛行隊長の職務も言動とは裏腹に懸命にこなしている。

 また優れた戦術眼の持ち主でもあり彼女の判断に従っていれば大体正解に辿り着ける。

 外見はシャーロット・E・イェーガー少尉が金髪になってサングラスを掛けている感じ。

 階級は少尉

 使い魔はゴールデンレトリバー

 固有魔法は低速安定性付与

 使用ユニット P-40E-1キティホーク

 モデルはドールズフロントラインのM1918

 

 

 グレイス・F・バーンズ

 所属 リベリオン陸軍航空隊第8航空軍 第56戦闘航空群 第8戦闘飛行隊『フリーダム・ガデス』2番機

 適当な隊長に頭を悩ませつつも戦術面では頼りにしている苦労人。ドッグファイトに絶対の自信を持っておりその技量は同期の訓練生の中ではトップの成績で卒業したほど。

 外見は端正な顔立ちとぱっちりとしたグリーンアイが目を惹き癖のない金髪を背中に流している。そしてサムには及ばないがプロポーションも中々。

階級は少尉

使い魔はシベリアンハスキー

固有魔法は高耐久性

使用ユニット P-40E-1キティホーク

 モデルはドールズフロントラインのM1ガーランド

 

 

 エマ・オコンネル

 所属 リベリオン陸軍航空隊第8航空軍 第56戦闘航空群 第8戦闘飛行隊『フリーダム・ガデス』3番機

 14歳

 寡黙な仕事人気質。趣味が訓練と愛銃のトンプソンの整備というぐらいの仕事人間。だが愛想がないというわけではなくただ単に口下手な人。周りのフォローが上手く頼りにされている。

 ルックスは145cmとやや小柄で茶髪をベリーショートに切り詰めている。

 階級は少尉

 使い魔はマングース

 固有魔法は貫徹力増加

 使用ユニット P-40E-1キティホーク

 

 

 オリビア・A・アダムス

 所属 リベリオン陸軍航空隊第8航空軍 第56戦闘航空群 第8戦闘飛行隊『フリーダム・ガデス』4番機

 13歳

 第8戦闘飛行隊期待の新人。技術は未熟でやや危なっかしい面もあるが思い切りが良く何事も真面目に取り組むので先輩や周囲の大人たちからかなり可愛がられている。

 外見は小柄で母方のリベリオン先住民の血が色濃く出ていて褐色の肌に緩い三つ編みにした黒髪が特徴。そして愛らしい。

 階級は少尉

 使い魔はハクトウワシ

 固有魔法は近距離レーダー(使いこなさせていない)

 使用ユニット P-40E-1キティホーク

 

 

ブリタニア連邦

 アレクシア・パーキンス

 所属 ブリタニア陸軍第一機甲旅団王立第4王立戦車連隊A中隊 隊長

 14歳

 生活力が皆無なズボラですぐに汚部屋を生産してしまうという将来が心配になってしまうダメ人間だが狙撃に長け指揮能力も高い。というより私生活のダメさ加減を上からも睨まれており能力の高さから首の皮一枚繋がっている。

 外見は身長156cmでメリハリの効いたボディライン、眠たげな深い緑色の瞳をしており頭は戦車兵の黒いベレー帽を被りボサボサの赤毛を二つ結びに垂らしている。顔立ちは整っているのだがズボラな性格が災いして残念美人といった印象が拭えない。

 階級は大尉

 使い魔はアライグマ

 固有魔法は弾道安定

 使用ユニットはA12マチルダII歩行脚

 モデルは萌え萌え大戦争のパーキンス(チャレンジャー2 )

 

 

 オーロラ・ハリス

 所属 ブリタニア陸軍第一機甲旅団王立第4王立戦車連隊A中隊 副官

 14歳

 パーキンスの副官として公私共に支える。パーキンスとは幼馴染であり物心ついた頃から腐れ縁が続いており隊の誰かが彼女の部屋の雪崩に巻き込まれる度カミナリを落として方々に頭を下げている。

 一度連隊長が下敷きになった際は寿命が縮むかと思った。

 それでも愛想を尽かさないのは戦場で何度も命を救われた恩がある為義理堅い彼女は見捨てようにも見捨てられないから。

 見た目は身長160cmの痩せ型、ダークブラウンの瞳と同じ色の緩くウェーブのかかったボブヘア。頭にはパーキンスと同じく戦車隊に所属している事を示す黒いベレー帽を被っている。

 階級は中尉

 使い魔はキタリス

 固有魔法は強化シールド

 使用ユニットはA 12マチルダⅡ歩行脚

 

 

ガリア共和国

 クロード・ド・デュポン

 ガリア共和国空軍ブリックス飛行場司令

 いつも人好きのする笑みを浮かべている恰幅の良いおじ様。

 今では見る影も無いがww1では戦闘機パイロットとして10機の撃墜戦果を上げた歴としたエース。

 大人として子供たちを導くべく優しく見守っている。

 階級は大佐

 

 

クリステル・クレマン

 所属ガリア共和国空軍第4ソルシエール飛行隊 隊長

 17歳

 高潔で真面目、育ちの良さを感じさせる美女。貴族の娘であり自身も男爵の爵位を持っている。美しい見た目と洗練された所作から初対面の人からは敬遠されがちだが本人は非常に面倒見が良く何よりも部下や弱者を優先する慈愛に満ちた性格をしている。

 階級は少尉

 使用ユニットはM.S.406c

 

 

カミーユ・デュボア

 所属ガリア共和国空軍第4ソルシエール飛行隊

 16歳

 クリステルの飛び方と人物に惚れ込み誠心誠意彼女を支えようと頑張っている。すらりとした長身でボーイッシュな見た目。

 階級は少尉

 使用ユニットはM.S.406c

 

 

アデール・マルタン

 所属ガリア共和国空軍第4ソルシエール飛行隊

 13歳

 戦況の悪化に伴い訓練学校を繰り上げ卒業した新人ウィッチ。とても実戦で通用する技量では無いが向上心は人一倍あるので訓練に余念が無い。

 同じ隊のセリアとは親友でお互いに切磋琢磨する仲。

 階級は曹長

 使用ユニットはM.S.406c

 

 

セリア・フルニエ

 所属ガリア共和国空軍第4ソルシエール飛行隊

 13歳

 アデールと同じく未熟ながら実戦部隊に動員された少女。本人は腐る事なく研鑽に励んでいるがセンスの無さと戦時下の即成教育が祟り平均以下の練度しか無い。今後に期待。

 階級は曹長

 使用ユニットはM.S.406c

 

 

帝政カールスラント

 ハンナ・ウルリーケ・ルーデル

 所属カールスラント空軍第3急降下爆撃航空団→第2急降下爆撃航空団司令

 幾度の墜落と負傷にもめげずに飛び続ける勇者。

 つねに自信に満ち溢れ、疲れを知らず大胆不敵、一見感覚で動いているようでいて、本質的にはかなりの理論家でもある。指揮・指導力も確かで、激戦の中で部下の命を幾人も救っている。しかし負傷から出撃できなくなると禁断症状めいて泣き出したこともあるようなバトルジャンキーでもある。牛乳が大の好物で、何かと他人にも飲ませようとする。

 ガリア失陥後は北に転戦しオストマルク・スオムス方面の戦いに身を投じる事になる。

 階級は大佐

 使い魔は狼

 使用ユニットはJu87G

 モデルは破壊神ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐

 

 

 ガーデルマン

 所属カールスラント空軍第3急降下爆撃航空団→第2急降下爆撃航空団 副官

 ルーデルの僚機で副官。

 ルーデルとは爆撃部隊に再転属になって以来の仲。何かと無茶苦茶をやらかすルーデルのいわばお守り役だが、サポートはしても止めはしないのでお目付け役としては役に立たない。上官に対してはときおり辛口。

 後にオストマルク・スオムス方面に転戦した際、医者と婚約し苗字がアーデルハイドに変わる。

 階級は少尉

 使用ユニットはJu87D

 モデルはエルンスト・ガーデルマン

 

 

 フレデリカ・ポルシェ

 所属 カールスラント空軍第3急降下爆撃航空団第1中隊

 顔の傷と巨乳が特徴のスツーカウィッチ。

 ミハイルとは17歳の時に出会い、出会ってすぐの頃は喧嘩が耐えなかったが、撃墜され孤立した際、敵中を踏み越えて助けに来た彼から愛の言葉を聞き彼に恋をする。

 階級は軍曹

 使用ユニットはJu-87gシュトゥーカ

 

 

 ミハイル・シュミット

 所属 第一装甲師団第一大隊→クンマースドルフ戦車旅団第1大隊第3中隊

 38t/F型軽戦車の車長。撤退戦の最中、普通なら接点がない筈の航空ウィッチ、フレデリカ・ポルシェと出会い以来腐れ縁が続いている。戦場で幾度となく遭遇し助けられている内に目の上のたんこぶとしか思っていなかったフレデリカへの感情が恋心に変わるのに時間は掛からなかった。

 フレデリカには口が裂けても言えないが彼女の為なら命も惜しくないと考えている。

 階級は軍曹

 

 

オストマルク

 ラウラ・トート

 所属 オストマルク空軍第5戦闘飛行隊

 年齢13歳(1940年)

 基本的に無口で無表情、周りとの人付き合いを好まない冷たい少女。だがこれは生まれながらの性格ではない、本来の彼女は明るく優しい温和だったのだがオストマルク陥落時の悲惨極まりない戦闘の経験が彼女の人格を深く沈めてしまった。それでも優しい一面が完全に消え去った訳ではなくスタンドプレーの多い戦法も自身が攻撃を吸収すればそれだけ周りが助かると考えてのもの。

 階級は少尉

 使用ユニットはBF-109e-1



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プロローグ
序章 1945年4月12日


初めての投稿です。宜しくお願いします!
屠龍っていい響きですよね。拙い文章ですがアフリカの魔女を読んでいたら我慢できなくなってしまいました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 彼らの攻撃は苛烈だった。

 12機編隊のB-29の場合、1機あたり6門、あわせて72門の機銃が火を噴く。たちまち「弾の壁」ができてしまうんだが、彼らはそこを突き抜けて攻撃してきた。大変な勇気だ。

 あまりに接近してくるので、搭乗員の顔がわかったほどだ。率直に言うが、あんなに勇敢なパイロットはほかにいない。

 

 米軍搭乗員の証言

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 春の澄んだ青空に飛行機雲を引き三角形に身を寄せ合う飛行機の群れ。知る人が見ればそれが日本陸軍航空隊に属する二式複座戦闘機『屠龍』の編隊だと判ることだろう。その先頭を飛ぶ機の機首にはまるで自身がこの機械仕掛けの鳥たちの群れの長だと誇示するかの如く鮮やかな黄色で稲妻が描かれていた。

 

 その日、遠坂 一三三(とおさか いさみ)率いる飛行第五戦隊第三中隊屠龍12機は地上からの管制に従い太平洋を南下していた。この日に限っては恐ろしく質の悪い対空電探が仕事を果たし敵機群のおおよその高度と方位を掴んだ状態で飛び立つ事が出来た。

 

 雲が低くかかり視程が悪く索敵に支障をきたしていたが雲の切れ間に目を凝らす。

 

「五時下方2000、B29機数40」

 

 後席がその特徴的な子どものような声で告げる。の様なというより航法士の川嶋 紅莉栖(かわしま くりす)伍長は実際まだ18になったばかりの少年飛行兵だった。総力戦の闇である。

 

 報告されて辺りを見回すと2人の眼下おおよそ高度3000mあたりにおびただしい数のB29がその銀翼を朝焼けの海より煌めかせ南西から本土に向かっているのが見えた。こちらの編隊をB29が追いかける様な位置だ、性能差を考えれば大体一分で位置が重なる。

 

 B29と聞くと日本軍機の登れない遥かに高い高度から何万トンも爆弾を降らせると思うかもしれないがこの頃には爆弾の命中精度を上げる為に比較的低い高度を護衛機を伴って飛来してくる方が多くなっていた。

 

「護衛機が見えません。海軍と他戦隊がやっつけてくれたのでしょうか?」

 

「それにしちゃあB公に損害らしい損害が無さそうだが、良し良し絶好の位置だ。一撃仕掛けるぞ踏ん張れよ!」

「了解です。全機突撃せよを打電します!」

 

 遠坂機を先頭に3個小隊12機が一斉に翼を翻し爆撃機編隊目掛けて急降下していく。と同時に敵機群の防御機銃が一斉に火を吹き命を絡め取る死のネットを形成する。たちまちすぐ右を飛び込んでいた第二小隊の4機がズタズタに引き裂かれ重力に引かれるまま海に落下していく。

 

(どうやら機上電探で俺たちの動きは筒抜けらしい)

 

 遠坂はそう思いながらも突入を止めない。もう敵機との距離は500を切っている今更中止など出来ない。

 

 時速680kmで急降下するコックピットからはグングンとB-29の巨大な機影が視界いっぱいに広がる。やがて機体各所の英文まで見えるほど近づいたところで発射ボタンを押し込んだ。

 

 ホ-三20mm機関砲と二式複戦を屠龍たらしめるホ-二〇三37mm機関砲が放たれB-29の右翼付け根から中央部にかけて吸い込まれ炸裂する。

 

 遠坂は機体を引き起こさず更に加速しながら自らが砲弾を叩き込んだ機の主翼前縁をすり抜ける。

 

「どうだ!川嶋やったか?!」

 

 そう問われ後席の紅莉栖は敵機を注視する。右翼は見るからにボロボロで胴体中央にも大穴が空き防漏タンクの許容範囲を超えたのか火の手も上がっている。あれではもう持たないだろう。そう報告しようとした紅莉栖だったが次の瞬間背筋が凍りついた。

 敵機が撒き散らす大小の銀色の破片に混じって明らかな意思を持って此方に向かって来ている物がある。

 

 日本機の天敵P-51マスタングだ。

 

 すぐさま伝声管に叫ぶ。

 

「後方敵戦!突っ込んで来ます!!」

 

 その叫びを聞いた遠坂も弾かれた様に後方を振り返る。向かって来ている敵機の数は2機、その片割れが翼一杯に光らせたと認識するや否や咄嗟に右脚のラダーペダルを踏み込んで機を横滑りさせる。一瞬後、それまで乗機が飛んでいた空間が曳光弾に切り裂かれる。間髪入れずスロットルを絞りながらバレルロールを行い敵機を押し出しにかかる。1機はそのまま前につんのめるように押し出されたがもう1機のP-51はその誘いには乗らず一度離脱して仕切り直すようだ。既に高度は1000mを切り降下で振り切れる速度を稼ぐことは難しい。

 

 P-51が再び仕掛ける。同じようにこちらも横滑りでいなすが今度は速度を失っていたせいで先程よりもキレが無く躱しきれず左翼に被弾し燃料が吹き出し尾を引く。

 

 双発複座機で単発戦闘機を相手取る事が如何に困難かは欧州のBF110や海軍の月光が物語っていた。

 

 遠坂は腹を括り機を敵編隊に向けると無線機に怒鳴った。

 

 「遠坂1番より各機!これ以上の戦闘は困難だ!各機の判断で一時離脱せよ!敵戦はこちらが引き受けた!」

 

 一機のマスタングを背後に従え編隊僚機に襲い掛かろうとする4機の敵小隊に狙いを定める。

 

 互いの相対速度であっという間に照準器の中に敵機の洗練されたシルエットが大写しになる。

 

 マスタングから見て下方の死角からの一撃に判断が遅れ一機のマスタングが37mmの巨砲の直撃を受けて爆ぜ散る。

 

 しかし奮闘もここまでだった。敵機群は編隊を組み直すと復讐の為に翼を翻す。

 

 遠坂は操縦桿を押し倒しラダーペダルを蹴り飛ばし急旋回に次ぐ急上昇急降下を繰り返し何とか振り切ろうとするが天と地ほど離れた性能差ではそれも叶わずマスタングは難なく追従し真後ろを獲り続ける。それでも何とか持ち堪えることが出来ているのはひとえに遠坂がノモンハン以来のベテランでなおかつ彼が二式複戦の特性を知り尽くしていたからであった。

 

 ハーフループ、スプリットS、バレルロール、木葉落とし。ありとあらゆる空戦機動を試す。

 

 しかし、その抜群の技量をもってしてもいずれ訪れる破局を遅らせることしか出来なかった。

 

 紅莉栖が後部銃座に据えられた九八式機銃を撃ちまくるが20mm弾でも一撃では落ちない防御力を誇る米軍屈指の機体に7.92mm弾では焼け石に水にしかならない。

 

 激しい機動も銃座の反撃もマスタングのパイロットにとってはスリルを高めるスパイスにしかならない。

 

「駄目です!ピッタリ食いついて離れません!」

 

 直後、敵機の両翼から放たれた12.7mm弾がまともに突き刺さりキャノピーを真っ赤に染めた。



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慣熟訓練編
第2話 転移 遭遇


続けて投稿です。
作中登場する篠原弘美大尉のモデルはノモンハンのエース篠原弘道氏です。ストパンには出てない筈です。


 遠坂が気がついた時、彼の機体は雲中を飛行していた。

 計器盤に目を落とした遠坂は仰天した。方位計がぐるぐると目まぐるしく回転していたのだ。一瞬機体が切り揉みに入ったのかと錯覚するが他の計器類と自身の感覚がそれを否定する。

 高度6000、機は水平、速度420km、位置不明、遠坂は生きている計器を頼りにとにかく直進して雲を出ることにした。

 雲中はつい先程まで繰り広げられていた戦闘とは打って変わり自機以外の発動機の音もなく辺りは不気味な程静まり返っていた。

 ふと後席に座っていた筈の紅莉栖が心配になり外れかけた伝声管に向かって声をかける。

「川嶋?大丈夫か?生きてるか?」

「はいーーーーじぶーーーーーですがーーーー」

 割れた風防の風切り音と機体の軋む音が機内に響き上手く聞き取れないがとりあえず生きてはいるようだ。

 

 しばらく飛ぶと雲も途切れがちになり周囲を見渡す事が出来る様になった。

 すると、紅莉栖が何かを見つけたようでやや興奮した声が伝声管から途切れ途切れに聞こえてきた。

「左下方!ーーーー!」

 辛うじて聞き取れた方向に目を落とした遠坂はそれを見た瞬間驚愕に目を見開いた。

 眼下を飛ぶ黒い物体。エイを思わせる平べったい巨体から赤い曳光弾とも違う何かを盛んに撃ち出している。あれは幼少の頃に科学雑誌で見た殺人光線のイラストにそっくりだった。その周りを固定脚の戦闘機が飛び回り攻撃を仕掛けている。何より驚くべきはその物体の大きさだ。戦闘機との対比から全長は100mを軽く超えているように見える。そんな大きさの飛行機など未だかつて見た事が無い。B29ですら全幅がせいぜい40mぐらいだ。

 遠坂にはそれが何故だか敵と思えて仕方が無かった。自らの人生を狂わせた米英とは全く違う本質からの邪悪とも言うべき嫌悪感。

 その物体に寄ってたかって機銃弾を浴びせているのは九七式戦だろうか?随分な旧式機だが兎にも角にもあれが敵機である事がはっきりした。

 心を決めた遠坂は壊れかけの伝声管に叫ぶ。

「仕掛けるぞ!身構えろよ!」

「りょーーーー!」

 ボロボロの屠龍は黒い怪物目掛けて逆落としに突っ込んで行った。

 

 

 その日、扶桑皇国陸軍航空隊に籍を置く航空ウィッチ篠原 弘美(しのはら ひろみ)大尉は川滝航空機工業に招かれ新型ユニット『キ-61二型』と試製ホ-一〇三12.7mm機関砲の試験飛行を行っていた。茨城県那珂郡に位置する水戸陸軍飛行学校を飛び立って1時間、扶桑海洋上に出てリハビリも兼ねた各種テスト飛行を始めた。

 急上昇、緩降下、急降下、吹き流し射撃を難なくこなす篠原。

 試験内容もつつがなく終わりに差し掛かりあとは帰投するだけというところに大型ネウロイ来襲の一報が届いたのはその時だった。すぐさま彼女は観測兼護衛を務めていた九七式戦闘機の小隊を従え迎撃を開始するのだが。

しかし。

《篠原大尉、演習弾だけでは無茶です!》

「無茶でも何でもこの辺で空戦出来るウィッチは私だけよ!やるしかないわ!」

 彼女は実弾を所持しておらず手持ちのホ-一〇三に装填されているのは、おおよそ100発の大幅に装薬を減らした演習用の模擬弾のみ。

 護衛機の面々は扶桑でも上位に入る凄腕だが魔法力を込めている訳ではない7.7mm弾では決定打に欠け、それどころか分厚い弾幕に阻まれて自分の身を守る事に精一杯だった。しかも頼みの綱の篠原自身も1日続いた試験飛行で魔法力を消耗し長くは耐えられそうにない。

《来た、来たぞ!》

《戦闘機か?ウィッチか?》

《あれは、、、ウィッチだ!》

 するとその時、茜に染まり始めた西の空から軽快な発動機の音を響かせ三人のウィッチが現れた。ついに待ちに待った増援が来たのだ。護衛機の面々から歓喜の声が上がりそれに応えるように無線がはいった。

《援護に来ました!》

《遅れてすみません!》

 身につけたセーラー服を見るに海軍さんのウィッチらしく九九式20ミリ機銃を重そうに抱えている。

「ありがたいわ!敵機は超大型よ一撃離脱を心掛けて!」

《は、はい!》

 しかしどうも様子がおかしい。

 飛び方がふらふらと軸が定まらずまるでトルクが殺し切れていないような不安になる飛び方だ。それによく見れば身体も緊張で強張っている様に見える。

「貴女たちまさか、」

《訓練生です!近くを飛んでいたのが私たちだけで!》

「ああ、なんて事、、、」

 真っ直ぐ飛ぶ事すらおぼつかない有り様では戦力としては期待出来なかった。

「分かったわ、とにかくありがとう。全速力で飛んで撃ちまくりなさい」

《分かりました!》

《やってやります!》

 それでもやるしかない。

 篠原を中心に即席の編隊を組むと未だ扶桑本土を目指すネウロイに向かって翼を翻した。

 4人のウィッチはネウロイの後ろ上方を占位すると敵機の未来位置に向けて急降下、手持ちの機関砲をその巨大な背中に叩きこむ。攻撃を終える直前には彼女たちの離脱を援護するべく3機の九七式戦がそれぞれ前方と左右から機銃を乱射し撹乱する。

同じ攻撃方法を二度三度と続けるがネウロイに堪えた様子は無い。

 敵機は速度こそ時速300km程しか出ていないが耐久力と火力が並以上でなかなか有効打を与えられていないのだ。

それでも引き下がる訳にはいかない。ネウロイが扶桑海を越えられれば本土の民間人が命の危険に晒される。長らく実戦から離れていたとはいえエースウィッチの称号を持つ彼女の意地に懸けてそれだけは何としても阻止しなければならなかった。

だが現実は残酷にも即席の迎撃隊の奮闘を嘲笑う。

 コアの位置に大体の検討がついた時、突然篠原の持つ機関砲が鳴り止む。引き金を引いてもカチリカチリと乾いた音がするのみ。

「あぁ!そんな!?」

 遂に弾を撃ち尽くしてしまった。

 コアの位置を海軍ウィッチと戦闘機隊に伝えるが彼らでは弾幕に阻まれて致命傷を与えられない。

 すると九七式戦の1機がネウロイに向けて真っ直ぐ突っ込んでいった。

《このクソッ!落ちやがれぇぇぇぇ!》

「いけない!よして!」

《ひっ!》

 弾幕を被弾を厭わず突進した九七式戦はビームに貫かれ機体の後ろ半分を火達磨にしながらネウロイの尾部に激突し破片がバラバラと海に降り注いだ。

 彼の最後の手段を受けてもネウロイは若干速度を落としただけで悠々と飛び続けていた。

 もう薄らと水平線の果てに新潟の海岸線が見え始めていた。

 かつて、ノモンハンで飛んでいた頃の情景が重なる。魔力切れで飛べなくなり戦友を見送る事しか出来ず日に日に減って行く仲間の前で無力感に苛まれる日々。その時に感じた絶望と同じものを感じ涙が止めどなく溢れてくる。

「誰か、、、」

助けてよと続けようとしたその時。

 

 爆音を響かせながら1機の双発機が彼女の背後から突入してきた。

 

 その機体は凄まじい速度で篠原の横を通り過ぎ回避行動も取らずに一直線にネウロイ目掛けて突っ込んだ。直後に戦車砲の発砲音を連想させるようなけたたましい音を響かせネウロイの背中に大穴を穿つ。勢いそのままにネウロイの前方ギリギリを通過すると今度は下方から突き上げるように攻撃を仕掛ける。複座機だったようですり抜けた直後、機首機銃より幾分か細い火線が機体から後方へ放たれていた。ネウロイも急な襲撃に動揺したのか疎らにビームをばら撒くだけでどれも空を切り双発機の離脱を許してしまう。

《なんだありゃ?!》

《す、凄い、、、》

 しばし呆然としていた篠原だが一本のビームがその機体の翼端を掠めたのを見て我に還る。

「あの火力があればもしかしたら、、、」

 彼女はシールドを貼りつつ双発機に並ぶと無線で呼びかける。

「そこの貴方、力を貸して頂戴!」

 だが返事は無い。コックピットに座る人物はマフラーと飛行帽でよく見えないが聞こえた様子は無く驚いた表情でこちらを見ている。後部銃座に座る人物も同様である。焦れた彼女は無理矢理風防をこじ開けるとパイロットの耳元に怒鳴った。

「援護するから奴の鼻先に全弾叩き込んで!そうすれば落とせる!」

「わ、分かった」

 若いパイロットなのか男性としては随分高い声で返事をすると機を水平にして速度を稼ぎ始める。

 やがてネウロイとの距離が1kmに達しようとした頃右に急旋回しネウロイと正対する。みるみる近づいてくる今までで最も深手を負わせてきた双発機を1番の驚異と認識したのかネウロイは何本ものビームを放ってくるが彼はラダーとエルロンを巧みに使い狙いを絞らせず、それでも避けきれないビームは銃を捨て防御に徹した篠原のシールドに阻まれる。

 更に海軍ウィッチと戦闘機隊がネウロイ後方から攻撃して防御砲火を分散させる。双発機は更に加速してネウロイとの距離が300mを切ったところで例の大砲を撃ち始めた。20mmと37mmクラスに匹敵する火線がネウロイの機首部分を削り飛ばし露出した赤い宝石、コアを砕く。直後ネウロイはその身を白い煙と欠片に変え蒸発する。

 後に残されたのは篠原と減ってしまった護衛戦闘機、海軍ウィッチそして謎の双発機だった。

《勝った、、》

《仇は討ったぞ!》

《やった、、、やったぁー!》

 扶桑海に歓喜の声が木霊した。

 篠原はその輪に混じりながらも傍らを飛ぶ双発機を見やる。

「それにしても、、、」

 戦闘中は余裕がなく特に意識していなかったが、こうして改めて機体を観察すると次々に疑問が浮かぶ。

 茶色一色に染められ機首に稲妻模様が疾るその機種に見覚えは無かった。

 見れば乱入以前にも激しい戦闘を行った形跡が見てとれ左翼のエルロンは外れかけバタバタと音を出し胴体各所にも破口が穿たれとてもじゃないが彼女の前で見せた急激な機動に耐えられる様には見えなかった。何よりおかしいのは主翼と胴体に描かれた国籍標示だ。この辺りに展開している航空部隊は扶桑陸海軍以外ありえないがこの機体に描かれているのは見たこともない赤い丸一つが描かれただけのもの。

『小泉警戒しろ。あの機体なにかおかしい』

『了解』

『ねえねえ、どこの国の戦闘機なんだろ?オラーシャ?リベリオン?』

『さあ?』

 警戒した九七式戦がこの所属不明機の真後ろと左翼に陣取り不測の事態に備え海軍ウィッチもどうしたものかと遠巻きに見つめている。

 まあ、彼らが命の恩人である事は変わらないし難しい事は上が何とかするだろうと切り替え、とりあえず基地に誘導する事にした。

 手信号で『我に従え』と送ると了解の返事と共にバンクを振る。

 出撃時より多くなった飛行隊は一路、基地に向かい飛び始めた。



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第3話 異界への帰投

 水戸陸軍飛行学校に隣接した飛行場。本来なら訓練生の飛行訓練を行うこの場所は現在混乱の最中にあった。

 軍のお偉方が先週突然、貸切で新型飛行脚と機関砲の試験を行うとねじ込み、職員が準備に追われて過労で倒れかけたかと思えば今度はその試験飛行隊が超大型ネウロイ出現を受けて戦闘に巻き込まれ苦戦、更には所属不明機が参戦し緊急着陸を要するなど立て続けに滅茶苦茶な情報が入ってきたため飛行場周辺は俄に慌ただしくなった。

「《水戸飛行場より篠原大尉。現在上空は東からの風5kt、着陸を許可します》」

「緊急着陸だ!消火班を滑走路に待機させろ!」

「相手は不明機だ!憲兵隊も呼べ!」

「墜落した護衛機の捜索救難も出さないと!」

「そっちは海軍さんがやってる!」

 慌ただしい管制塔の中で双眼鏡を構えていた見張り員が声を張り上げた。

「見えた!煙を吹いてるぞ!」

 その声に今まで怒号を張り上げていた男たちは一斉に窓に張り付いた。

 傍らを飛ぶ九七式戦より二回りは大きいその機体は一見すると大柄な双発機である事も相まってさながら重爆のようにも見える。しかし機首と胴体下の大口径機関砲が自身は獰猛な狩人だと主張していた。その機体が左翼から薄く灰色の煙を引き時折息切れするかの様に震えながらこちらへ向かってきている。パイロットは良い腕の持ち主だ損傷した機体をまるで無傷のように柔らかく飛ばしている。

「どこの機体だ?」

 その問いに答えを持っている者は居なかった。

 しばし呆気に取られていた管制官達だったが刻一刻と大きくなる編隊のシルエットに自らの職務を思い出し慌ただしく持ち場に戻り彼らを完璧に迎え入れるべく体制を万全に整え始めた。

 

 一方屠龍のコックピットでは遠坂が死にゆく屠龍を何とか宥めすかして彼女達の向かう基地に辿り着こうとしていた。

「右のエンジンが完全に死んでる。燃料が漏れたせいで重心も狂ってるな」

 遠坂は片方だけのエルロンとラダーを巧みに操り機のバランスをとる。

 計器盤を確認して乗機が落ち着きを取り戻したのを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。

「何がどうなってるんだ全く」

 確かにあの時マスタングに撃たれて死んだ筈である。身体を鉛が突き抜ける感触をはっきりと覚えている。

 それがどういう訳か五体無事で生きており挙句にはSF小説の様な大立ち回りを演じて今は空飛ぶ少女に導かれるまま何処か違和感のある見慣れた景色を飛んでいる。

 はっきり言って理解の範疇を超えている。

 川嶋にも意見を聞きたいが伝声管が完全に力尽きたのか一向に通じない。

 思考がぐるぐると頭の中を廻り、片隅で燃料計算などを熟す。

 答えはいつまで経っても出なかった。そうこうしているうちに眼下に飛行場が見えてきた。

「あれは水戸学校じゃねえか?あそこに降りるのか?」

 横を飛ぶ少女に手信号でその旨を伝えると、肯定が返ってきた。

「分かったよ、、、本当に何がどうなってるんだ?下に降りれば何が分かるのか?」

 遠坂は一応伝声管に着陸する事を告げ慎重に水戸飛行場の滑走路に進路を合わせゆっくりと降下を始めた。

 ギアとフラップを下ろす。幸いどちらも正常に展開してくれた。

 降下角1.3度、ボロボロの機体を労わりながら段々とスロットルを搾る。

 少しずつ大きくなる滑走路の脇には赤い消防車や多くの人がこちらを窺っているのが見えた。

 高度計の針がゆっくりと0に近づく。

 そして針が振り切れると同時に軽い衝撃が遠坂の身体を揺すりゴオゴオとタイヤが地面を撫でる音がコクピットに響き始めた。

 お手本の様なソフトランディングだ。

 緩やかにブレーキをかけ後続機の邪魔にならぬ様、滑走路の傍に機体を導く。

 完全に停止したのを確認するとすぐさま発動機を止めてキャノピーを開けて後席に駆け寄る。無事に降り立った今なによりも相棒の安否が心配だった。

「おい川嶋、だいじょ、、うぶか、、、?」

が後席を覗き込んだ遠坂は絶句した。川嶋が無残な死体を晒していたからでは無い。座席に川嶋とは似ても似つかない明らかに女性と解る背格好の人物が座っていたからだ。

「誰だてめぇ、川嶋はどこ行った」

 すると後席の人物はやはり女性特有の高い声でしかしながら予想の斜め上の発言をした。

「はぁ?川嶋は僕です、というか貴女こそ誰ですか」

「俺は遠坂だ。、、、おまえが川嶋だと?」

「貴女が、遠坂中尉?まっさかぁ、、、本当に?」

 そこまで言うと2人はだんだんと自身の違和感に気付いたのかおもむろに飛行帽を脱ぎ風防ガラスに映る自分達の顔を見る。そこに写っていたのは痩身長躯で16、17歳ぐらいの黒髪の気の強そうな少女とフランス人形の様に非常に整った顔立ちで少し垂れた目元がおっとりとしてそうな印象を抱かせるトランジスタグラマーな少女であった。

 

「「な、なんじゃこりゃぁー!」」

 

 遅れて着陸した篠原は洗いざらい聞き出すつもりで不明機のパイロットに駆け寄るがその素っ頓狂な光景に尻込みする。

「え、どういう状況?」

「「こっっちが聞きたい!」」

 その後錯乱した2人を憲兵4人がかりで取り押さえた後詳しい話を聞く事になった。

 日本人と扶桑人のなんとも締まらないファーストコンタクトであった。



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第4話 対話と調査

 水戸飛行学校近くの憲兵詰所。そこに神妙な面持ちの男女4人、憲兵隊長と篠原大尉そして幾分落ち着きを取り戻した遠坂と川嶋が対面する形で座っていた。

「ーーーーで?もう一度聞くけど出身と所属と官姓名を名乗ってくれない?」

「だから何度も答えてるだろうが!日本帝国陸軍飛行第五戦隊第三中隊長遠坂 一三三中尉だ!出身は東京都品川区ッ!」

「歳は?」

「36だ」

「はぁ、鏡持ってこようか?」

「うるせぇ!自分でも信じられねえよ!B公の迎撃に上がってくたばったかと思ったら全く違う所に飛ばされて化け物と戦ってこんな姿になっちまったなんてな!」

「あ〜はいはい、じゃあそっちの川嶋さんだったかな?もう一度確認したいんだけど良いかな?」

 憲兵はまるで酔っ払いを宥める警官よろしく遠坂をあしらうと彼女の隣に座らされているもう1人に聞き込みを始める。

「はっ、はいぃ、、、」

 話を振られた紅莉栖はその豊かな体躯をビクリと震わせると遠坂とは対照的に小動物みたく落ち着かない様子で口を開いた。

「じ、自分は川嶋 紅莉栖伍長であります。しょ、所属は日本陸軍航空隊飛行第五戦隊第三中隊で遠坂中尉の航法と機銃手を担当しておりました。年は18で男性であります。じ、自分でも何が何だか訳が分からず申し訳ありません!」

「ごめんねもう良いから、ほら泣かないで綺麗な顔が台無しよ」

「あまり嬉しくないですぅすみません〜」

 途中から混乱に拍車が掛かったのか涙声になり遂には特に悪い事はしていないのに謝罪を始めてしまう始末。見かねて篠原が宥めるが紅莉栖はグズグズと泣き始めてしまった。

「「はぁ、、、」」

 成り行きで尋問を担当する事になったウィッチ篠原弘美と憲兵は完全に行き詰まった事情聴取に何度目かも分からないため息をつきながら手元に纏めた調書を振り返る。

 

 

遠坂 一三三 (とおさか いさみ)

1909年1月23日品川区で呉服店を営む家に生まれる。

特に波乱ない人生を送り長男であったため兵役も免除されていたが18歳になったのを機に陸軍へ入隊、歩兵隊として従軍するが航空隊へ転科を決意し非常に厳しい訓練の後飛行第五戦隊に配属される。

 

1939年4月飛行第二十四戦隊第一中隊に異動。

 

1939年5月に発生したノモンハン事件において同戦隊の小隊長として参加、初撃墜を記録。この期間で撃墜数16機。

 

1940年1月飛行第五戦隊へ戻り同戦隊第三中隊長に就任。

 

1942年3月九七式戦から二式複戦に機種転換。

 

1943年から1944年8月までバンダ海周辺の防空や船団護衛に従事。この期間で重爆6機を含む11機を確実撃墜。

 

1944年戦隊が本土に帰還した際、幼馴染と結婚。以降中京地区の防衛任務に清洲飛行場を基地に従事するが戦果は挙げられなかった。五式戦へ機種転換するが、爆撃で生産が止まり改編は半数機で終了。その為第三中隊は二式複戦のまま爆撃機迎撃を行う。

 

1945年3月10日に行われた東京大空襲により妻を含む親族全員を失う。

 

1945年4月12日B-29迎撃の為出撃、護衛のP-51戦闘機に捕捉され被撃墜。その後はネウロイと交戦中の所に突入し今に至る。

 

 

川嶋 紅莉栖 (かわしま くりす)

1929年長野県の農村で梨農家を営む家の三男として生まれる。

アメリカ人である祖父の血を色濃く継いだ容姿のせいで周囲に馴染めず孤独な幼少期を送る。

 

1941年12月8日に決行された真珠湾攻撃に端を発する対米開戦によりアメリカの血が入っていた一家は村内で立場をなくす。しばらくは村の汚れ仕事などで糊口を凌ぐが戦況悪化に伴い家族を養う事が困難になった為陸軍に入る事を決心するが自身の容姿から何の後ろ盾もない状態で一兵士として従軍すれば何をされるか分からないと思い少年飛行兵を目指す。

 

1941年、年齢を偽り14歳で太刀洗陸軍飛行学校へ入学し3年間の訓練を行う。

 

1944年飛行第五戦隊に配属。

 

1945年一年間の訓練を終え伍長に昇進。

同年4月12日、B-29迎撃中にP-51戦闘機と空戦になり戦死。

 

 馬鹿馬鹿しい妄想だと一笑に付したいが彼?遠坂の技量から相当数の実戦を積んだパイロットである事は確か、そして身に付けている飛行服や装備も陸軍航空隊で使われている本物である事が分かっている。そして何より彼らの乗機はどの記録にも無い機体だった。

 個人で何の手助けもなく秘密裏に実戦機を仕立て上げられる技術者は少なくとも扶桑にはいない。

(異世界のそれも未来から来た?馬鹿馬鹿しい。でも即興の作り話にしては凝りすぎているし嘘を言っている様には見えない)

 篠原は額に皺を寄せながら正反対の2人組を見る。

 しかしどう見ても彼女たちがそんな鉄火場をくぐり抜けた強者には見えなかった。

 

 

 2人への尋問は一ヶ月続きその間2人の乗機の調査も行われた。日本中から陸海軍の航空畑の将兵、航空メーカーの手が空いていた技師たちが水戸飛行場の格納庫に集まりネジの一本に至るまで調べ尽くした。

 はっきり言って宝の山だ。元々予算が多くない陸軍航空隊はストライカーユニット開発で手一杯であり通常航空機は後回しにされていた(海軍も同様であったが兵員数が多いにもかかわらず予算を削減された陸軍ではそれが顕著であった)。戦闘機は未だ97式戦が主力で1式戦も配備が始まったばかりでありそんな中飛び込んで来たボロボロの二式複戦はオーパーツだった。質も悪く機体構造に目新しい物は無いが特に搭載していたホ-二〇三とホ-三機関砲そして発動機ハ一〇二 1000馬力級エンジンは12.7mm機関砲と800馬力エンジンをやっと物にした陸軍航空隊にとっては天からの恵みといっても過言では無い代物だった。早速上層部はこの世界の中島飛行機である長島飛行脚にこの機体の情報を持ち込み当時行き詰まっていた新型迎撃戦闘機『キ44鍾馗』の開発を進める事にした。

 内部に注目した陸軍とは逆に海軍は、その見た目と大柄な機体に重武装を施すというコンセプトに興味を持ち新たに『十三試双発陸戦』を計画して長島とこの世界の三菱である宮菱重工業に打診し結果的に長島は鍾馗に手一杯になる事から宮菱が扶桑初の双発重戦闘機開発を手掛ける事になった。

 

 所変わってブリタニア大使館、そこに務める1人の陸軍少将の元に手紙と一枚の写真が届いた。

 そこには遠坂 一三三と川嶋 紅莉栖の尋問内容と二式複戦の諸元が記載されており、写真には日の丸を纏い彼にとって馴染み深い機首に一筋の稲妻を施された機体が写されていた。

「まさか、、、な。いずれにせよこの目で確かめねばならん」

 そう呟くと帰国の準備を始めた。



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第5話 翼を持つ意味

作中に登場する古賀戦隊長は架空の人物です。


 もう何度入らされたか分からない尋問室に通される。かれこれ2ヶ月尋問と身体検査の繰り返しでいい加減気が滅入ってきていた。色々な事を矢継ぎ早に聞き出された。自身の略歴、乗っていた二式複戦についての性能や操縦特性、元いた世界の地理や歴史などなどなど。

 身体検査では事あるごとに自身の身がまるっきり変わってしまった事を思い知らされた。途中、2人にはウィッチの適性があると騒ぎになったが本人たちはピンと来ず、篠原たちの様な空飛ぶ少女だと説明されてまた仰天した。

 

「もう話す事は何も無いぞ」

「、、、」

 とりあえず吠える遠坂とは違い紅莉栖は憔悴し口を開く気力も無かった。

 ただしその日はいつもと違う雰囲気だった。しばらくして2人は違和感の正体に気付く。

 まず出入り口の衛兵が2人から4人に増え、部屋の中にはいつもの憲兵と篠原の組み合わせでは無く篠原1人だった。

 何でも遠坂らに面会を希望する人物がいるとの事だった。

 そしてこの後すぐその人物が更なる混乱を引き起こすことになるのであった。

 

 

 暫くして部屋のドアがノックされ面会希望者が入ってきた。中老の将校で階級は少将。そして何故かその人物は2人に親しげに小さく手を振るとまるで十年来の友人と挨拶するかの様に語りかけてきた。

「よう2人とも生きとるか?」

「「っ?!」」

 その声に2人は何度目かも分からない驚きを発した。何故ならばその声は生前から聞いていた、もっと言えば2人の非常に近しい人物の声そのものだったからである。

 顔をよく見ればさらに驚愕の度合いは深まった。

 

「古賀戦隊長、、、」

いち早く立ち直った遠坂が絞り出す様にその名を呼ぶ。

「随分と可愛くなったな遠坂、川嶋伍長とは初めて話すか?」

「はっ!恐縮であります!」

紅莉栖が椅子を飛ばしながら勢いよく立ち上がり敬礼する。

古賀が傍らで見守っていた篠原に向き直る。

「少し席を外して貰えるかな大尉」

「は、はい。かしこまりました」

 篠原は遠坂らの身の変わりように少なからず狼狽しつつも古賀の指示に従い退出した。

 

「さて、何から話したものか」

 川嶋がおずおずと手を上げ発言する。

「なぜ戦隊長どのがここにいらっしゃるのでしょうか?」

 古賀は少し考える素振りを見せると答えた。

「あー、それはな、、、多分お前たちと同じで死んで生まれ変わったんだと思う」

「死んで、、、」

「生まれ変わった、、、ですか」

「ああ、俺はあの戦争が終わった後東京裁判で死刑に処された」

「「っ!」」

「まあ聞け、だがどういうわけか俺はこの世界で文字通り第二の人生を歩むことになった。その人生で学んだ事を今からお前たちに教えよう。きっと役に立つ筈だ」

 それから彼はこの世界の歴史を語り始めた。

 有史以来、人々は怪異の脅威に晒され続けていて、時代によって呼び名の違うそれらの怪異は決まって不思議な力を持つ少女たちウィッチによって退けられてきた事。

 それら怪異の存在によって元いた世界の戦争の幾つかは対ネウロイとの戦いにすり替わっている事。

 いくつかの国家が存在しない事になっていること。

 そして今まさにそのネウロイとの二度目の大戦の最中である事。

 

 語り終わると古賀は、ふうと息をつく。

 遠坂は神妙な面持ちで川嶋は唖然とした表情で何とか話を噛み砕いて飲み込もうとしていた。

 その様子を見ていた古賀は先生のような柔らかな微笑みを浮かべるとひとり満足げに頷いた。そして、

「お前たち暫く外を見ていないんじゃないか?」

 と2人の手を引いて立ち上がらせた。

「ちょっと付き合え」

 そう言って古賀少将は2人を連れて部屋を出る。

 この突拍子のない行動に慌てて衛兵が制止しようとする。

「少将!何をなさるのですか!」

がしかし、古賀はそれを全く意に介さない。

「少し遊覧飛行して気分転換をさせるだけだ。なーにすぐに戻るさ」

「では護衛を!」

「要らんよ少し腹を割って話したいんだ。頼むよ」

「閣下にそこまで言われてしまったら、、、」

「すまないね。それじゃ行ってくるよ」

 夜半の水戸飛行学校の滑走路に場所を移すと古賀は自身が乗ってきた九七式輸送機に2人を招き入れた。

 機長が敬礼で3人を迎え機内に乗り込む。

「閣下、護衛機には篠原大尉をつけます、お気をつけて。」

「ダメと言っても聞かんのだろうね。彼女は真面目だから」

 そう言って古賀は出撃準備を整えていた篠原を見やる。

 機長と副操縦士はコクピットに戻り出発準備を整え、古賀たちは客室に腰を下ろし間もなく始まるであろう発進の揺れに備える。

 

 《こちら管制塔離陸を許可する。良い旅を》

「了解これより離陸する」

 短い会話の後輸送機はゆっくりとタキシングを始める。暗闇の中に誘導灯が揺らめく光景は幻想的で心躍る様だった。

 

 そしてエンジンの回転数が上がり甲高い音を響かせながら機体が滑走路を滑り始めやがて翼が浮き上がる為に必要な揚力を抱き抱えたことでふわりと内臓が舞うような感覚と共に離陸した。飛行場の上空を周回し機体に不調がない事を確認すると夜の帳の中を南へ向け進み始めた。

 暫く南へ飛び続けると雲が出てきたのか地上の灯りが隠れた。その光景に遠坂と川嶋は初めてこの世界を飛んだ時に感じた物と同じ違和感を感じた。

「戦隊長何故我々を遊覧飛行に?」

「今のお前たちに見せたい物があるんだよ」

 川嶋は航法の技術を駆使して方角を導いた。

「南へ飛んでますね、この先は東京でしょうか?」

 古賀は頷くと2人に窓から地上を見続けるように言った。

「もうそろそろだ」

「一体何が、、、あ、」

「うわぁ綺麗だ、、、」

雲が途切れた瞬間、色とりどりの電飾が2人の眼下に広がった。

 そこには灯火管制も無い街本来の温もりが溢れている。えもいわれぬ絶景だった。

 空襲も疎開も無い東京の街並みは活気に溢れて生前の様に風に混じって煙の匂いが漂うこともない。

 水戸飛行場に降り立つ際に遠坂と川嶋が感じた違和感の正体が分かった気がした。

 それはあの戦争で飛び続けるうちに忘れていた人の営みの美しさだ。

 古賀は1人口を開く。

「なあ遠坂、どうだ爆撃の跡が無い綺麗な街だろう?」

古賀少将の独白は続く

「もう五十も半ばになる、日本で暮らして来た時間よりこの国で過ごす時間の方が長くなった。俺はこの扶桑が好きだ。この国をかつての祖国の様な焼け野原には絶対にさせない。その一心で今まで戦争回避に努めてきた。だが、、、」

 言い淀んだ古賀少将の表情は痛みに耐えるように歪んでいる。

「このままでは奴らネウロイに負ける。扶桑だけでは無い人類の滅亡だ。それを避けるためには俺たち軍人だけの仕事だった任務を十代そこらの子供達に振らねばならん。そしてその多くが散っている」

古賀少将は2人の方へ向き直るとその強い意志を宿した瞳に涙を讃えながら言う。

「これは所詮俺の我儘だ。お前たちはもう十分に戦ってくれた。文字通り命を賭して尽くしてくれた。だが!もう一度、もう一度だけ力を貸してはくれないか。彼女達を1人でも多く生きて家に帰し扶桑の未来を守ることに協力してくれ、頼むこの通りだ!」

そう言って古賀少将は制帽を脱ぎ頭を下げる。

「戦隊長、、、」

古賀のその姿に遠坂は己の胸に熱いものが込み上げるのを感じた。

そうだ古賀戦隊長はこういう人だ、誰かのために涙を流せるひとだ。ならばそれに応えなければいけない。そうやってかつての俺たち飛行第五戦隊は強くなっていったのだから。

「頭を上げてください戦隊長。いえ、少将閣下」

遠坂のその言葉にゆっくりと顔を上げる。頬には一筋の滴が光っていた。

「自分、この世界に来た時からずっと考えていました。何故他の連中は死んで俺たちだけが生きているのかと、、、何故彼女たちと同じ力を得たのかと、、、」

「この夜景を見てやっと解りました。俺たちは今度は誰かを殺す為ではなく誰かを守る為に飛べ、そう言われてる気がします」

 

 ふと窓を見ると空飛ぶ少女篠原弘美大尉が輸送機をエスコートしていた。

 彼女たちを守る。

 2人に新たな生きる意味が生まれた瞬間だった。




注釈
古賀が語るまでの2ヶ月間遠坂たちに何の情報も与えられなかったのは、異世界人に情報を与えることにリスクが無いか判らなかった為です。


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第6話 座学

 心機一転、志を新たにした遠坂と川嶋の2人は機械化航空歩兵、いわゆるウィッチになるべく訓練を受ける事になった。

 そこで差し当たり陸軍航空隊に所属することからこの世界に迷い込んでから着続けていた飛行服から陸軍ウィッチの制服に衣替えをする事になった。何事も先ず形からなのである。

「それじゃさっさと着替えてくるわよ。みんな入ってらっしゃい」

「は?ちょっ!?何だ何だ?」

「え?え?」

 篠原がそういうとすっかり入り慣れていた応接室兼尋問室のドアが開き、ゾロゾロと陸軍の上衣に身を包み短く切り詰めた巫女服の袴を履いた少女たち、つまり篠原が選んだ着付けが上手く口の堅いウィッチが入ってくるや否や2人を更衣室に連行していった。

 「うわー何をするだー!」

「自分でぬげますぅー!」

「「ひぃぃぃっ!」」

 

 2人の精神がガリガリと削られたのは言うまでもない。

 

 

「はぁ、、、まさか女物のふんどしを締める日が来ようとは、、、」

「つべこべ言わないの、ちゃんとした格好しないとみっともないじゃない」

 鏡の前で自身を顧みる遠坂、ふと巫女服に似たそれに縫い付けられた中尉の階級章を見た遠坂は疑問に思い着付けの手解きの為に同行していた篠原に尋ねる。

「階級はこのままで良いのか?ウィッチの新人は軍曹からという話だったが」

「あなたが元々士官だったっていう言葉を信じてるからよ。それに見合う働きはしてもらうから覚悟しなさい」

 遠坂の階級がウィッチとしては新人にも関わらず中尉のままなのは、古賀の計らいもあるがノモンハン・扶桑海事変で多くのウィッチを失い士官、特に前線で部隊指揮を行う尉官が壊滅状態に陥り未だ回復しきれておらず一万人に一人と言われる航空歩兵、それも中隊を率いていた経験を持つ遠坂を一兵士からやり直させる人的余裕は無いという苦しい背景もあった。

 不足した将校を補う為の異常なペースの繰り上げ人事自体は珍しくないのでこれについて特に怪しまれることはないという。

 また古賀たっての希望で慣熟訓練終了後の配属は彼らを収容した篠原らを中心に新設された『飛行実験部実験隊欧州派遣隊』。どうやら出自含めて特殊な遠坂と川嶋は下手に他部隊と接触させるより言葉の通じない外国へ飛ばしてしまった方がボロが出ないだろうというのが考えらしい。それに欧州ならば彼の本来の任務地であるブリタニアとも近く何かと融通が効くだろうとの配慮もあった。

「なるほどな、、、戦た、じゃなかった古賀少将から聞いたが大変なんだな」

「そうね、もうノモンハンはたくさんよ。友達も大勢居なくなった。貴女たちが私たちの新しい風になる事を期待するわ」

「おお任せておけ、俺だってもう東京大空襲なんてごめんだからな」

「あ、貴女確か奥さんが、、、思い出させてしまったのならごめんなさい」

「別に良いよ。もう割り切った、それよりもやけに川嶋が遅いな」

 遠坂は重苦しくなった空気を切り替えるべく話題をすり替える。

「そうね身体検査で大体のサイズは測ったのだけれど」

「少し様子を見てくるか」

 着替えが済んだ筈の川嶋の様子が気になり伺うために更衣室の一角の仕切りを開けた。、、、が、そこには街を歩けば世の中の男達が放っておかないであろう大変女性的な魅力に溢れた金髪美少女が巫女服に身を包んで立ち竦んでいた。

篠原は言わずもがな遠坂もそのあまりの変わりっぷりに眼前に居るのがよく知る部下である事も忘れしばし茫然と見入っていた。

「oh...」

「これは、、、凄まじいわね」

「み、見ないでください///」

 3人は冷静さを取り戻す為に5分を要したという。

 

 初日は水戸飛行学校の教室を借りての座学であった。

 専門用語や扶桑に於けるウィッチ隊の成り立ちや戦地での役割そして彼女たちをウィッチたらしめている魔法とその戦闘力を飛躍的に高める装置ストライカーユニットについて学ぶのである。

「『ストライカーユニット』それは私たちウィッチがネウロイと戦うために開発された戦闘力、防御力そして機動性を飛躍的に高めてくれるいわば現代版魔法の箒よ。この開発によって人類はネウロイの侵攻を受け止め反撃の一手も繰り出せるようになったの。カテゴリーとしては私達、航空ウィッチが扱う航空用ストライカーユニット『飛行脚』と陸戦ウィッチが扱う陸戦用ストライカーユニット『歩行脚』の二通りよ。ここまで良いかしら?」

 教壇に立つ篠原が黒板に板書しながら質問を受け付ける。すると遠坂が手を挙げ思い浮かんだ疑問を投げかける。

「その航空ウィッチと陸戦ウィッチの選別基準はどう言った物なんだ?俺たちも陸戦ウィッチの装備を使ったりすることは出来るのか?」

 その質問に篠原はやや思案すると回答する。

「そうねぇ。1番の基準は魔法量じゃないかしら。私たち航空ウィッチはただ飛ぶだけで莫大な魔法力と集中力を消費するの。その上で空戦をするのだから並のウィッチではすぐに魔力が枯渇して一切の力を失ってしまう。航空ウィッチが一万人に一人と言われる所以ね。一方で陸戦ウィッチの特徴としては航空ウィッチと違い飛行制御に魔法力を割く必要がない分、全ての魔法力を攻撃とシールドに回すことが出来る。例え航空ウィッチと同じ火器を使用しても倍近い威力を発揮するの。小銃が軽戦車の主砲に匹敵する破壊力を持つ者も居るわ。航空ウィッチが陸戦ウィッチの装備を使えるかどうかは、魔法量は充分以上だから訓練を積めば出来ると聞いたわ」

 次、と篠原は川嶋に質問を振る。

「え、えっと、大尉殿は飛行服どころかマフラーも巻かずに飛んでおられましたが凍傷などにかかる事は無いのでしょうか?」

 良い質問ね。篠原は笑みを浮かべながら答える。

「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。寒さのことだけど、ストライカーユニットの機能に操縦者の保護という物があるの。具体的に言うとユニットを起動すると操縦者の周りに魔力の膜が形成されて極端な気温や風を和らげてくれるの。だから私たちは身軽な状態で飛んでも無事でいられるのよ。こんなとこで良いかしら?」

「はい、ありがとうございました」

 こうして座学会は夜更け2日目と続き2人は次の段階へ進んだ。

 三日目、待ちに待った高等練習脚を用いた飛行訓練である。



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第7話 慣熟訓練

 此処は水戸飛行場格納庫、訓練生たちが使う高等練習用のストライカーユニットが並べられている。

 その中の3機のユニットの前で篠原が遠坂と川嶋の2人にストライカーユニットの発進手順を指南している。

「良いこと?まずはストライカーユニットを履くの」

 そう言うと支柱に立てかけられたユニット上部の開口部に足を滑り込ませる。

 すると篠原の頭と尻から猫耳と尻尾が生え遠坂達を仰天させる。

 驚いている2人をよそに篠原は続けた。

「次は整備士と息を合わせる必要があるわ。ストライカーユニットには発進促進システムがあることは座学で教えたけれど戦地では配備されていなかったり故障している場合もある。その時はエンジン始動準備に人の手を借りる事になるわ」

 手信号で合図すると整備士が篠原が履いているユニットにコンプレッサーを繋ぎエンジン始動とタイミングを合わせて圧縮空気を送り込む。回転数が上がり格納庫内に轟音が響きわたる。

「目安は3000回転よ!」

 篠原がエンジン音に負けない大声で張り上げる。

「今!」

 合図と同時にエアーをカットして整備士たちはすぐさま退避する。

「どう?これが発進手順よ。さあ次は貴女たちがやる番よ」

 そう言って篠原はエンジンを切り2人にユニットを履くように促す。

 遠坂は腹を括り一息に、川嶋は恐る恐る足を入れた。

 ぞくりとした感触の後身体に違和感を覚え、恐る恐る頭を触ればそこにふわふわとした動物の耳の感触があった。ちなみに遠坂は柴犬、川嶋はノルウェージャンフォレストキャットという猫の耳と尻尾である。

「履けたわね。そしたら頭の中で動かす様子を念じなさい。そうねえ、貴女たちならプロペラが回り始める感覚をイメージすれば良いかしら」

 2人は篠原の言葉通りに想像する。

 頭の中で2人の乗る二式複戦は整備士にエナーシャを回されスパークプラグがエンジンに火を入れプロペラがゆっくりと回り始める。

 そこまで想像したところで足元からバスンバスンとエンストしたような音が鳴り始めた。

「今よ!」

「回せー!」

「お願いします!」

2人の合図で整備士が駆け寄り先程と同じように作業を始めた。するとその時、突然川嶋のユニットの回転数が急上昇し始めた。

「あわあわわ?!」

「落ち着きなさい。冷静さを欠かさないで」

「はい!ひっひっふー!ひっひっふー!」

「それなんか違うぞ川嶋!深呼吸だ、し ん こ き ゅ う!」

 何とか落ち着きを取り戻し回転数も正常値に戻った。

「よしよし良い子ね。ゆっくり回転数を上げていきましょう。3000回転は私が教えるわ」

 2人は頭の中のスロットルレバーをゆっくりと開く。

「1000、、、1500、、、2000、、、2500、、、3000!」

「「今だ!」」

 正しいタイミングで始動したエンジンは今は規則正しい快音を響かせている。

「良し。このまま離陸に移るわよ。ついてらっしゃい」

 そう言って篠原は慣れた手つきで自身の発進準備を整えると身体を若干傾けて前進し始めた。2人もそれに倣う。

「管制塔、こちら篠原弘美大尉以下3名、離陸許可を求む」

《こちら管制塔、離陸を許可する。上空がやや風が強いようだ注意されたし》

「了解、忠告に感謝します。これより離陸」

 篠原は管制塔との会話を終えると後ろに続く2人に向き直る。

「これから離陸に移るわ。今から言うことをよく聞いて」

「は、はい」

「分かった」

 篠原は続ける。

「先ず出力を最大にしてからさっき前進した時みたいに身体を進みたい方向に傾けなさい。そして滑走を始めたらだんだんその角度を倒していくの。そして時速200キロぐらいに達して身体が浮き始める感覚を覚えたら思い切り地面を蹴りなさい。そうすればもう貴女たちは空の上よ」

 先程と同じように篠原が先ず手本をみせる。

 見ていて惚れ惚れするような滑らかな離陸だった。

《さあ、次は貴女たちが飛ぶのよ》

 無線機から彼女の声が聞こえてくる。心なしか声色が明るく彼女が空を己の居場所とする人種であることが伝わってきた。

 遠坂が滑走路に進入し管制官に発進準備が整った旨を伝えた。

「管制塔、こちら遠坂機、発進準備が完了した。離陸許可を求む」

《管制塔より遠坂中尉、発進を許可する。慎重に離陸せよ》

「ああ了解だ。これより離陸する」

 遠坂は身体を倒して出力を上げた。ストライカーユニットの先端に付く車輪が勢いよく地面を擦り始め遠坂は更に上体を倒す。地面の近づく感覚に若干の恐怖を抱きつつもさらにエンジン出力を一杯まで上げる。周囲の景色が猛スピードで流れ風切り音が段々と大きくなる。そして、

《今よ!》

 篠原の声が耳朶を叩き同時に地面を蹴り上げた。

 すると地面があっという間に遠坂の足を離れ、みるみるうちに彼女の体は空に舞い上がっていった。

「おおっ!飛んでる!飛んでるぞ!」

「おめでとう。これで私たちウィッチーズの仲間入りね」

 歓喜に溢れる遠坂に優しい笑みを向け篠原が言う。

 しばらく後川嶋も離陸に成功した。こちらはヨタヨタとスピードが乗り切らない様子だったが何とか持ち直した。

「どう?生身で空を飛ぶ感覚は?」

「最高だ!」

「少し心許ないですが非常に新鮮な良い気分です!」

 2人の顔は清々しく心から楽しんで飛んでいる様だった。

「そう、それはよかった改めてウィッチーズへようこそ遠坂中尉、川嶋軍曹」

「「はい!」」

 篠原はしばらく歪つな編隊を組みながら2人が落ち着くのを見計らうと本日の訓練内容を語った。

 「今日はホバリングの訓練をするわ。やり方は簡単直立してその姿勢を維するだけよ。こんな感じで」

 そう言って彼女は急ブレーキを踏むようにその場で静止すると続けた。

「この姿勢を1時間維持すること。分かった?」

「い、1時間ですか?」

ふらふらと篠原の周りを飛ぶ川嶋が驚いて姿勢を崩す。

「ええそう、大丈夫よ見た目より簡単だから」

 尚も渋る2人だったが押切られる形でホバリング訓練に進んだ。

 

しかし、

「きゃあぁあ!」

 川嶋が突風に煽られ体勢を崩して田んぼに突っ込み。

「か、川嶋ぁ!うわっ!」

 更に遠坂もその姿に集中を乱され田んぼに逆落としで突き刺さった。幸い無意識のうちに展開したシールドのお陰で大事には至らなかったがエンジンの奥まで泥が詰まった練習脚は廃棄処分になってしまった。

 

「はあ、、、」

 篠原には遠坂、川嶋の2人を欧州派遣までに使い物になるまで育てなくてはならない重責がのし掛かる感覚を今更ながら覚えた。

 

 

 名選手が必ずしも名監督にはなり得ない。

 

 遠坂たち訓練生の指導を受け持ってこの言葉を痛感した。

 結局、飛行訓練で遠坂、川嶋は落第点を出し続けた。2人とも前世で操縦桿を握った経験があり始めこそ達成感で感覚が麻痺していたもののだんだんと身一つで空を舞う感覚に恐怖心の方が勝りだしてぎこちない飛び方で周囲をひやひやさせた。

 逆に座学では遠坂が飛び抜けて優秀で経験から裏打ちされた戦術には篠原も舌を巻いた。

 そして何より悩ましいのは篠原自身に教官の経験がないがために長所を伸ばして短所を潰し彼女たちを一人前に育てきる術を持っていない事だった。

 このままではいけない。篠原は一念発起すると新たな指導役を探すことにした。

 しかし部隊の特性上むやみに他部隊や訓練学校には接触できない。悩みに悩み抜いた末、彼女は今は退役した恩師に頼ることにした。

 数日後、篠原は汽車に揺られていた。行き先は名古屋。

 この地に篠原の恩師滋野清子(しげの きよこ)は暮らしていた。 1914年の第一次大戦にガリア義勇兵として参戦し扶桑初のエースの称号を得ながらアガリを迎えた彼女は飛行学校で篠原に飛行と空戦のイロハを叩き込み、今では完全に引退して故郷の名古屋で音楽を嗜みながら旧友たちと過ごしていた。

 邸宅の前までたどり着いた篠原は控えめにドアノッカーを鳴らす。

「すみません篠原です。滋野教官はいらっしゃいますか?」

 するとドアの向こうからぱたぱたと足音が聞こえ間もなくドアが開き家主が現れる。

「弘美ちゃん、よく来たわね。手紙で大体のことは伝わったわ」

 滋野は初老とは思えない若々しい顔に愛嬌たっぷりの笑顔を覗かせながら篠原の頭を撫でる。

「お久しぶりです教官、突然押しかけてしまってすみません」

 そう言って頭を下げる篠原をもう一度撫でると滋野は笑みを深め顔を上げさせる。

「気にしなくて良いの。大事な教え子の頼みに応えるのは当然の事よ」

「っ!ありがとうございます教官」

 篠原は目頭に熱いものを感じながらもう一度頭を下げた。

 そして今篠原たち3人が置かれている状況、そしてこのままでは間に合わない現状を伝えた。その間滋野は神妙な面持ちで耳を傾けていた。

「誠に勝手ながら許してください。もう私は戦友を失いたくないのです!お願いします、教官を引き受けては頂けませんか?」

 滋野は神妙な面持ちを崩して元の柔和な笑みに戻る。

「貴女の思い、しかと受け取りました。よく頑張ったわね」

そう言って篠原をゆっくりと抱き寄せる。

 篠原はもう涙を堪えなかった。

 

 その後、滋野が教官を引き継ぎ篠原が彼女を補佐する形で2人の教育に励んだ。やはり二十年来の大ベテラン教官の指導力は凄まじく遠坂と川嶋はめきめきと頭角を表した。

 そして訓練を始めること1ヶ月、1940年3月1日

「貴女達に教える事はもう無いわ。おめでとうこれで貴女も一人前のウィッチよ」

「「やったぁぁぁぁ!」」

「ありがとうございました教官!」

「「ありがとうございました!」」

 

 彼女たちがこれからどの様な空を飛ぶのかそれはまだわからない。しかし希望の光が消える事は無いだろう。



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第8話 機種転換

大体の流れは出来ているのに、己の文才が追いつかないorz
亀になりそうですが意地でも簡潔させるのでよろしくお願いします。


 1940年5月6日 

水戸飛行学校上空5000m

 

「貰った!」

《まだまだ!》

 春の陽気を切り裂いて二筋のヴェイパーが複雑に絡み合う。

 降下しながら右に急旋回する遠坂、刹那今まで彼女がいた空間を銃弾が切り裂く。後方を見れば右手に九八式機銃甲型を構える川嶋がその可憐な顔立ちを強いGに歪めながら遠坂に追従する。

 川嶋が自身に近づきつつあることを認識した遠坂はすぐさま機動をバレルロール、それも小刻みにラダーを当てる不規則なバレルロールに変え川嶋を押し出し攻守を入れ替えに掛かる。川嶋も同じ機動を行なって有利な位置を維持しようとするがこちらは綺麗な螺旋を描く通常のバレルロールだった為次第に遠坂の前へ押し出され始める。不利を悟った川嶋は一旦離脱し仕切り直そうとするがこれは悪手であった。緩やかに降下し失った速度を回復しながら左旋回で離脱を図るが遠坂は目敏くその動きを察知すると下方へのハーフループで180度転換すると未だ機速を稼ぎきれていない川嶋に食いついた。先程とは真逆の立ち位置となったのである。

「いただきだ!」

「きゃっ、危なかった!」

 川嶋の右後方から射弾を見舞う遠坂。それを右に身体を横滑りさせて間一髪で避け切った川嶋は狙いを定まらせないように左右ジグザグに飛ぶ。蛇の交尾を思わせるシザース機動の形になった逃げる川嶋と追う遠坂だったがその攻防も長くは続かなかった。元々初速の遅い37mm砲で回避行動をとる爆撃機を落としてきた遠坂である。遥かに当てやすい7.92mm弾を使用する九八式機銃で川嶋を捉えることは容易だった。

 両者がおおよそ100m離れた状態で銃口から閃光と共に放たれた7.92mm弾は真っ直ぐな弾道を描き川嶋のストライカーユニットに吸い込まれその深緑色のボディをオレンジ色に染め上げた。

 「「「「おぉっ!お見事!」」」」

「やっぱり遠坂中尉は格好いいわ」

「私は川嶋ちゃんの方が好みね。色々教え甲斐がありそう」

 見事な逆転劇に地上の見物客から歓声があがる。

 この頃には二人の素性は隠しきれないとの判断から異世界云々や年齢等を改竄し元は川滝のテストパイロットで、つい最近魔法力が発現したため篠原にスカウトされたというカバーストーリーをでっち上げ公表されていた。そんなこんなで水戸飛行学校の生徒や教員は扶桑海で超大型ネウロイを撃墜し、かのノモンハンの撃墜王篠原弘美とコウノトリ飛行隊の元隊長にして扶桑初のエース滋野清子から薫陶を受けるウィッチを一目見ようと押しかけていたのである。事情を知るものからすれば頭の痛い問題であった。ちなみに2人の年齢は遠坂が16、川嶋が篠原と同い年の15歳という設定である。

 

《そこまで!》

 

 耳に掛けた無線機のインカムが篠原の凛とした声を届けて模擬空戦の終了を告げた。

 上空から2人の空戦を審判していた篠原が集合をかけ模擬戦の内容を振り返る。

「二人とも最初の頃とは比べ物にならないぐらい上達しているわ。特に遠坂中尉、最後はあの距離から良く当てられたわね」

「いやあ、年の功って奴ですよ大尉」

 管制塔から見守っていた続けて滋野も感想を述べる。

《川嶋軍曹も飛び方も上達しているし技量で劣っていると察して素早く離脱しようとした判断力は見事よ。ただあの状況なら高度に余裕があったのだから急降下で手っ取り早く速度を稼いだ方が良かったわね》

「はい!精進致します!」

《だから畏まらないで良いのよ。そういうの慣れてないの》

「は、はい、頑張ります!」

 川嶋はやはり緊張した様子だが先程より砕けた返事を心がけた。そのいじらしさに思わず苦笑する篠原と遠坂。

「さて、今日の模擬空戦は此処までにしましょう」

 手を叩きながらそう言って篠原は反省会を切り上げると今日の本題に入った。

「二人とも今日から実戦機に上げるわ。着陸したらいつもの格納庫に集合ね♪」

 篠原はいつになく楽しげだ。経緯はどうであれ初めて受け持った教え子が無事に一人前になった事が余程嬉しかったのだろう。

 遠坂らも練習脚を卒業し遂に待望の実戦機が届いたと知り、いきおい興奮する。

「遂に、遂にか!やったな川嶋!」

「はい!どんなストライカーなのでしょう?座学で習った隼でしょうか?それとも篠原大尉と同じロクイチでしょうか?」

《ふふ、それは観てからのお楽しみよ》

 やや含みのある滋野の言葉と興奮に胸を高鳴らせる二人。普段より急ぎ足で着陸しそのまま格納庫に直行する。

 しかしながら待ち兼ねていたストライカーユニットは二人の想像の上を行く物だった。

 彼女たちの所属は通常の飛行戦隊ではなく『飛行実験部実験隊欧州派遣隊』、飛行実験部とは陸軍航空隊に於ける新型機や新装備、戦術そして戦技の洗練を担う実験飛行隊であり篠原の原隊でもある。よって2人に与えられる機も陸軍で主に用いられているキ27やキ43『隼』ではなかった。

 規制線が張られ外とは真逆に人気の無い格納庫中央に鎮座するそれは、やや大柄でキ27やキ43の様な洗練された凄みではなくエンジンパワーで全てをねじ伏せる力強さを感じた。

 その側には巨大な大口径機関砲。

「これは、、、?」

 どちらからともなく口から溢れた疑問に滋野が答えた。

「川滝キ-45改『屠龍』これからの貴女たちが操る愛機よ」

「「っ!!」」

 かつての愛機と同じ名を冠する新型機。コンセプトはキ-43隼以上の速度と上昇速度を持ちキ-61より頑丈で長大な航続距離を持つ重戦闘脚。

 ただ高出力空冷エンジンの開発が遅延しキ-61に先を越され出来上がってみればそのキ-43より大きく劣る機動性と操縦の難しさから失敗作の烙印を押された曰く付きのユニット。その改良型なのだがテストウィッチに殉職者まで出した改良前の印象から試験飛行を引き受けるウィッチがおらず途方に暮れていた物が回って来たらしい。

 今回の欧州派遣に間に合わせるために工程を省略したのかユニットはジュラルミン剥き出しの無塗装に国籍標だけが描き込まれている。

 

 ホ-3試製20mm機関砲はノモンハン・扶桑海事変時に投入された対戦車ライフルである九七式自動砲を航空機搭載用に改造した陸軍初の本格的な20mm機関砲ホ-一を現場から挙げられた意見を元に改良した型。ホ-一が5〜30発の箱型弾倉であったのに対し本砲は50発装填のドラム弾倉式。継戦能力が上がったが大重量からくる機動力低下は如何ともし難くキ-43を用いた試験では発射の反動で針路と速度が変わったという逸話まであった。

 

「そんな曰く付きのもの大丈夫なのか?」

 遠坂が不安を口にする。川嶋も何処か不安げだ。

「改良の甲斐あって飛ぶだけで危険といった感じは解消されているわ。あとは使い手の思い切り次第。それに、、、」

篠原は二人にウィンクしながら続ける。

「貴女たちの愛機と同じ名前なんて運命を感じるじゃない」

 彼女の言葉を聞き二人の表情も朗らかなものになる。

 遠坂は姿の変わった愛機にそっと手を添える。ジュラルミンの肌は光り輝き遠坂にはそれが誇らしげに胸を張っている様に思えた。

「運命か、、、そうかも知れんな」

「はい!」

 篠原はその様子に満足げに頷くと高らかに宣言した。

「良い返事ね!それじゃ早速機種転換訓練を始めましょう!」

 そうして彼女たちは1ヶ月間急ピッチで性能試験を兼ねた機種転換訓練に励む事になった。

 その最中、遠坂に『怪力』川嶋に『レーダー』の固有魔法が発現、来るべき欧州派遣において大変力になる嬉しいニュースとなった。

 

 

 

 

 川滝キ-45『屠龍』並びホ-三試製20mm機関砲に関する性能報告書

 キ-45に関して

 頑丈で推力にも余裕があるため不整地からの離着陸や充分な予備弾薬を携行した重武装であっても問題無く行動が可能。航続距離、最高速度、上昇速度共に既存のキ-43を凌駕するものであり運動性も他国機にやや劣るが問題ない水準で纏まっている。しかし急旋回時に左右どちらかに切り揉み状態に陥る航空機で言うところのナセルストールに類似する事例が発生する為折角の運動性に足枷の付いた状態で戦闘をせねばならず解決するまでは熟練航空歩兵が使用することが望ましい。

 

 ホ-三20mm機関砲に関して性能的な欠点は無く一人当たりの火力を底上げし戦力の大幅な増強を見込めるが30キロ以上という九八式とは比べ物にならない大重量から取り回しに難があり早急な改良を求める。




今更ながら登場人物紹介
遠坂 一三三(とおさか いさみ)
キ-45丙『屠龍』 操縦士→航空歩兵
36歳→16歳
所属
日本帝国陸軍航空隊飛行第五戦隊第三中隊長→ 飛行実験部実験隊欧州派遣隊
 妻が居たが東京大空襲で死亡している。
 何故か此方の世界に来た途端に女体化してしまった。
 性格は大胆にして豪快、火力バカのきらいがある。
 格好は、操縦士時代の飛行帽を被りマフラーを巻き陸軍航空歩兵である為丈の短い巫女服。
階級は中尉
固有魔法 怪力
使い魔 柴犬
使用機 キ-45改丙装備(20mm機関砲装備)

川嶋 紅莉栖 (かわしま くりす)
キ-45丙 『屠龍』二番席搭乗員→航空歩兵
年齢 18→15
所属
飛行第五戦隊→ 飛行実験部実験隊欧州派遣隊
 何故か此方の世界に来た途端に遠坂と同じく女体化してしまう。
 祖父がアメリカ人のクオーターであり金髪碧眼が遺伝していたせいで前の世界では空中勤務者になれたのが不思議なほどに差別されていた。航法と射撃が得意。
 服装は遠坂と同じだが首から出征の際譲り受けた母のロザリオを提げている。
階級は軍曹(元々は伍長)
使い魔 ノルウェージャンフォレストキャット
固有魔法 レーダー
使用機キ-45改甲装備(一般的に広く用いられている九八式機銃を二丁持ちし、持てるだけの予備弾薬を携行した状態)

篠原 弘美 (しのはら ひろみ)
所属
飛行第十一戦隊→ 飛行実験部実験隊欧州派遣隊隊長
15歳
 1937年ノモンハン事変時に活躍したウィッチ。初陣から魔法力消耗で飛べなくなり内地へ引き揚げるまでの3ヶ月間で58機を撃墜した破格のエース。特に初出撃でエースの基準である5機撃墜を記録したウィッチは初。
 内地でリハビリも兼ねて川滝の試作ユニットキ-61二型の試験飛行を行っていたところ扶桑海にまたもやネウロイが侵入したため迎撃に上がりそこで遠坂らと遭遇する。
 卓越した戦果から『東洋のリヒトホーフェン』の異名を持つ。
使用ユニット
キ-61二型(キ-六一の高高度性能向上型)

古賀 武志 (こが たけし)
在ブリタニア駐留武官
2人の素性を知る人物
 実は生前の2人の上官で終戦後東京裁判で死刑に処された後、こちらの世界で文字通り第二の人生を歩むことになった。陸軍航空隊に進み前世の経験から戦術・兵器開発など幅広く精通した他徹底して対リベリオン・ブリタニアとの戦争回避に努め対ネウロイ戦争勃発後は1937年ノモンハン・扶桑海事変にて実戦を経験、戦闘が小康状態になってからはは大使館付きのブリタニア駐在武官としてヨーロッパに派遣された。
 2人がこちらで生きている事を知るとすぐさま偽の戸籍を用意し軍の上層部を丸め込み、カバーストーリーをでっち上げたのも彼である。
陸軍少将

滋野 清子 (しげの きよこ)
 1914年の第一次大戦にガリア義勇兵として参戦し扶桑初のエースの称号を得ながらアガリを迎えた彼女は飛行学校で篠原に飛行と空戦のイロハを叩き込み、今では完全に引退して故郷の名古屋で音楽を嗜みながら旧友たちと過ごしていた。
 教官時代の愛弟子である篠原の養成で教官として一時復帰し遠坂、川嶋両名を一人前のウィッチに育て上げた。


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第9話 欧州派遣前夜

 1940年4月1日

 潮風が四人の頬を撫でる。ここは東京の玄関口『東京港』。

 機材も到着し正式に発足された『飛行実験部実験隊欧州派遣隊』はこの場所で後方部隊と合流して一路苦闘続ける欧州へと馳せ参じる段取りであった。

 のだが、、、

「遅い!」

 遠坂が苛立ち紛れに足元の小石を蹴り飛ばす。

 轟音を上げてカッ飛んでいく石に港に並ぶ実験隊の隊員たちは皆一様に首をすくめた。その様をチラリと見た後にすいすいと輸送艦に乗り込んでいく他部隊の兵士たち。

 本来なら今頃洋上を進んでいる筈の実験隊は未だ輸送艦に乗り込めていなかった。

 何故彼らは埠頭に足止めされ苛ついているかというと、それは古賀が半ばでっち上げる形で遠坂たちの隊を発足させたが為に書類上では在籍しているにも拘らず実際には未だ原隊に所属して欧州派遣隊の出発に間に合わない兵が続出していたのである。

 そして彼らが上官から許しを得て方々から駆けつけるまで待つ事3日。未だ整備中隊や補給隊は集まりきらずその間待ちぼうけの遠坂は自身らを置いて次々と出港する輸送船団に焦れに焦れ遂に堪忍袋の尾が切れ始めていた。

「まあまあ、彼らが悪い訳では無いのだから落ち着きない」

 その様子を見ていた滋野が宥める。

「そうですよ中尉、急な異動なんて自分たちも時間がかかりますし、、、」

「うるせいやい!そんなこたぁ分かってる、おっぱい揉むぞゴラァ!」

「ぴぃぃぃぃっ!」

「はあ、いい加減になさいみっともない!」

 見かねた篠原が遠坂の脳天に拳骨を見舞い黙らせる。

「しかしなぁ!ここ扶桑から欧州まで1ヶ月半は軽くかかるんだぞ!欧州の悪戦苦闘を思えば焦るのも仕方ないだろ!」

「そんな事は分かってるわ。私だって一刻も早く助けに行きたい!でも整備士無しに飛べない事は貴女だって分かるでしょう?」

「あわわわわ」

 険悪な空気が流れる二人に川嶋が怯え滋野が仲裁に入ろうとしたその時、そこからやや離れた位置で点呼を録っていた新顔『金子』主計中尉がやって来た。

「いっそ今の状態で出発しては如何でしょうか?」

「は?」

「え?」

 ふくよかな主計将校から放たれた予想外の提案に篠原と遠坂の口から間抜けな声が漏れた。

「元々の編成がウィッチ3名に対してやや過剰なバックアップ体制でした。先程改めて点呼を採り計算し直した結果」

 金子は見えないソロバンをはじくジェスチャーをしながら、

「大体ウィッチ3名に対して一個整備小隊と一個補給中隊がいれば通常業務に支障は出ません。任務地に既に扶桑陸軍が展開し川滝から技師が出向している事も鑑みますと必要充分な人員がもう揃っています」

 しかしこれに篠原が反論する。

「でも主計隊に至っては5人しかいないじゃない。部下が過労で倒れるなんて嫌よ」

 篠原の尤もな意見に金子主計中尉は続ける。

「部隊というものは規模が小さければ小さいほど身軽に動けますし、兵員数が少なければそれだけ書類も減ります。何とかなるでしょう」

 そう言って胸を張る金子主計中尉の姿に丁度夕陽が重なり後光が輝いているように見えた。

 そう言われてみれば出来るかも知れない。計算から導き出される彼の言葉にはそう思わせるに足る説得力があった。

「おお、、、」

 誰からともなく感嘆の声が挙がる。

「尊敬します、、、」

川嶋が仏様かキリストを拝むようにキラキラした眼差しを向ける。

 するとおもむろに遠坂が金子の肩を抱く。

「遠坂中尉殿?」

 金子は戦々恐々としながら遠坂の顔色を伺う。本来ならウィッチに触れるなど厳罰待った無しのご法度なのだ。

 遠坂の顔はまるで面白い玩具を見つけた猫の様に目を爛々と輝かせながら高まった感情をぶつけた。

「いやぁ最初は締まりのない体に舐めてかかってが、なかなか頼り甲斐があるな金子君!」

「きょ、恐縮であります」

「硬くなるなよどうせ階級はタメなんだから。そうだ今日は酒盛りにしようぜ!」

「ええ?!」

「流石にそれは駄目よ!」

 少女の身で酒に溺れるのは大変よろしくない。それも異性の前では尚更だ。篠原が慌てて止めるが一度火が着くと中々消えないのが遠坂という男の性分なのであった。

「親睦を深めて隊内の結束を高める事は何より優先するべき第一戦略目標だ!」

「そう言ってただ酒が飲みたいだけでしょう貴女は!」

「ああそうだよ!こっちはもう何ヶ月も酒抜きなんだ、いい加減干からびちまうよ!」

「ふ、二人とも落ち着いてくださいぃ」

 話が脱線し、いよいよ収拾がつかなくなって来たとき沈黙し静かに怒っていた年長者の叫びが木霊した。

 

「未成年の飲酒は禁止です!!」

 

 遠坂は夜が明けるまで滋野から酒の恐ろしさについて説教を受ける事となった。

 何がともあれこれで出発の目処が立ったのである。彼らの第一歩はこうして踏み出された。 

 

 そしてその夜、東京港近くの基地から借り受けた宿舎の廊下から川嶋は一人星空を眺めていた。何をするでも無くただ首から提げたロザリオを握りながら夜空に瞬く星々を見て浸っていた。すると背後から声をかけられる。

「眠れないの?」

いきなりの事で少し驚きながらも川嶋は声の主に振り返った。

 本来は歳下の今では同い年の上官は走り込みをしていたらしく首から下げたタオルで汗を拭っていた。

「ええ、まあ。篠原大尉はこんな時間まで鍛錬をしていたのですか。お疲れ様です」

 篠原はそう言って頭を下げようとする川嶋を手で制した。

「そんなところよ。それよりどうしたの?不安なら相談に乗るわ」

 篠原は包容力を感じさせる笑みを浮かべて自分がかつてそうされたように川嶋の頭を撫でる。

「えっと、不安といいますか、、、」

川嶋はゆっくりと思いの内を吐露した。

「自分は、役に立つ事が出来るのでしょうか?自分は元の世界ではただの見習い飛行兵、遠坂中尉の様な度胸も無ければ篠原大尉の様に百戦錬磨のエースという訳でもありません。こんな自分が、、、いてっ!」

 篠原は沈む川嶋にデコピンをお見舞いする。涙目で額を摩る彼女に篠原は言葉を選びつつ慎重に口を開いた。川嶋という一人の人間の運命が今この瞬間に掛かっている気がしてならないのだ。

「いいこと?よく聞きなさい。私は元の世界の貴女を知らない。でも貴女はこの世界で必死に訓練に励んでウィッチになった。そうでしょ?」

 川嶋はコクリと頷く。篠原は続けた。

「それに貴女は立派な勇気を持っている。扶桑海のあの時、貴女は100mを越えるネウロイに立ち向かったでしょう?」

「でも撃破したのは遠坂中尉で、、、」

「それでもよ。貴方は彼みたいに機体を操る術も大砲も無かったのに機銃一丁で立ち向かった。これが大いなる勇気と呼ばずに何というの」

 篠原はあの時散華した護衛機のパイロットや戦術の確立する以前に共に飛んでいた戦友たちを重ねながらもう一度川嶋の頭を撫で抱き寄せる。

「胸を張りなさい。貴方ならきっと大丈夫よ」

「っ、、、!はいっ!川嶋紅莉栖軍曹、誠心誠意あなた方のお役に立ちます!立ってみせます!」

 川嶋の瞳にはもう迷いは無かった。

 

 

 

 翌日、川滝から交換部品をそして待ち兼ねた人員を載せたトラックが到着したのは、欧州行き最終便の出発5分前の事であった。

 編成は以下の通りである。

航空部隊

機械化航空歩兵3名

篠原 弘美 大尉

使用ユニット キ-61二型

使用火器 ホ-一〇三12.7mm機関砲・九八式機銃甲

遠坂 一三三 中尉

使用ユニット キ-45改丙装備

使用火器 ホ-三20mm機関砲・ホ-一〇三12.7mm機関砲×2

川嶋 紅莉栖 軍曹

使用ユニット キ-45改甲装備

使用火器 九八式機銃甲×2

 

整備小隊

高橋曹長以下兵32名、民間技師井町技師以下10名

 

輸送部隊

二個小隊

斎藤少尉以下64名

九四式六輪自動貨車(部品並びに各種消耗品運搬用)3両

同 兵員輸送用 7台

 

主計課

金子主計中尉以下5名

 

軍医 3名

 

総員 117名

 

 またこの部隊は扶桑本土から遠く離れた欧州で活動するため問題を発見してもいちいちユニットを本社工場に送って改良する事が不可能であることから製造元の川滝航空機工業の技術者も多数同行する。

 

 そうして彼らは往く。

 ヨーロッパの土を踏んだのは1940年6月の事であった。既にベルリンは陥ち人類は西への敗退を続けていた。



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第10話 道中

 飛行機が燃料がなければ飛べないように船も遠路遥々欧州までたどり着くには何処かで燃料を補給し船底のフジツボを落とさなければならない。また、如何に巨大な輸送艦でも操っているのは生身の人である。当然彼らの休息も挟まなくてはならない。従って船団も幾つかの中継地を挟んで目的地へ向かう事になる。

「暇だな」

「ですねー」

 ここはインド帝国南西部の街コーチン。ここはブリタニアの植民地時代以前から世界中の商人が集まる貿易港として栄えてきた地でインド海軍の根拠地も在籍している天然の良港であった。

 東京港を出港した扶桑欧州派遣輸送船団は南西に進路を採り西回りで欧州に向かった。フィリピン海、南シナ海を通過、途中嵐に遭遇したものの何とか1日遅れでマラッカ海峡を通過した。そうしてインド洋に到達した船団は補給と嵐で受けた船体へのダメージの確認のためコーチンへ入港した。

 港湾作業員たちが給油ホースやクレーンを用いて燃料と糧食を積み込み船員たちが船に着いたフジツボを取ったり傷を補修する間、積荷である遠坂たちは何をするでも無くお暇を出されていたのであった。

「暇そうね貴方たち」

 輸送艦の手摺りに腰掛けのほほんとしている遠坂と川嶋のそばに篠原と昔話に花を咲かせ話疲れて風に当たりに甲板に出てきた滋野が歩み寄る。

「ええまあ点検の時に軽く愛機のエンジンを回すぐらいしかやる事ないですからね」

 遠坂が左手をポケットに入れ振り返りながら答える。

「このまま暇を持て余すくらいならユニットを陸揚げして飛行訓練でもしましょうか?船団の補給も1日2日では済みそうもないし」

「あーそれなんですがね、、、」

「どうかしたの?」

 言いにくそうに頭を掻く遠坂に代わり川嶋が答えた。

「実は久しぶりにエンジンに火を入れたせいで感覚が狂ってしまって、、、」

 何でも数週間ぶりにストライカーユニットを起動したため勘が鈍っており始めて始動した時と同じような過回転を起こしてしまった様だ。しかも未熟なウィッチが手荒に扱うこと前提に造られた練習脚と違いキ-45改は、カリカリにチューンアップした繊細な試作機、案の定負荷に耐えきれず部品の幾つかが溶けたり破断してしまった。

 今頃整備小隊総出でオーバーホールしているだろうとの事だそうだ。

「繊細過ぎるのが悪い!ある程度荒い扱いに耐えられなければ兵器失格ってもんです!、、、あべしっ!」

「与えられた物を大事に使うことも兵士の役目です」

 滋野に頬をつねられ遠坂はやや涙目になるが納得は出来ていない様子だった。

 滋野はふうとため息を吐くと自分の午後の予定をキャンセルすることを決心した。

「いいでしょう。それでは補習を開きましょうか。それと左手に持っている物についても話があります」

 ギクリと背筋を震わせる遠坂。おずおずといった感じで尋ねた。

「バレましたか?」

「当然。さ、出しなさい」

 まるで先生に悪巧みが見つかった不良少年といった構図の羞恥に顔を染めながら遠坂は恐る恐る左手をポケットから出した。握られていたのは旭日という銘柄の煙草であった。

 一つ彼を擁護するとすれば彼の本来の年齢は三十半ば、立派な大人であり加えてこの時代の男として酒やタバコは当然の嗜みであり兵士の数少ない娯楽だった。

 しかし軍の広告塔でもあるウィッチでは話は別である。彼女たちは清廉潔白でなければならないのだ。

 憐れ彼は出港の日と同じく滋野に連行されると淑女教育という名の大いなる責め苦を受ける事となった。

「御無体なぁぁぁ!」

「お黙りなさい。全く、腕は一流なのにいつまでたってもだらしないのだから。そんな事ではいつか足元を掬われますよ」

 滋野は手摺りにしがみつく遠坂を引き剥がすとこの航海ですっかり説教部屋と化してしまった滋野の自室に引き摺りこまれていった。

 あとに残されたのは川嶋ただ一人。彼は心の中で上官に合掌すると共にこれからの事に考え耽った。修理中のため訓練は出来ず座学は滋野は遠坂の説教、篠原は隊長としての職務に追われているので頼めそうにない。うんうんと唸りながら概ねそんな事を考えていた川嶋だったがふと閃いた。

 なるほど船を降りてみるというのも良いかもしれない。生前含めて内地から外に出る経験は生まれて初めてで欧州に着いてしまえば戦いの日々で景色を楽しむ余裕はきっと無いだろう。少なくともこのまま何もせず時間を無駄にするよりも余程有意義に違いない。

 川嶋は一人頷くと早速隊長である篠原の元へ急いだ。

 

 

「外出許可?」

「はい、自分内地から出るのが初めてで息抜きとして街の様子を見てみたくて、、、だめ、でしょうか」

 やや上目遣いに見つめてくる可憐な少女にそっちの気はないにも拘らずドギマギしながら篠原は思案する。

 これから目の前の部下を含めた全員が戦いの地へ赴く事になる。もしかしたらこれが娑婆の空気に触れる最後かも知れない。そう考えれば立て込んだ用事もない事だし許可を出しても良いだろう。それにこの世界の見聞を広げる事でこの部下に良い影響があるかも知れない。

「いいわよ。ただし港から離れ過ぎないこと、入り組んだ裏路地には入らない事、これだけは守って頂戴」

 インドは扶桑に比べて治安が悪い。最低限のことは言い聞かせなければならない。

「はい!了解しました!」

 川嶋はいつに無く元気に応えると珍しく駆け足で部屋を後にした。

 

 ところ変わって輸送艦内の川嶋と遠坂に割り当てられた個室。

 鼻歌混じりに初めて見る異国の大地に胸を高鳴らせながら財布の中身や身嗜みを確認する。そこに丁度お説教が終わり這々の体で戻ってきた遠坂が興味津々と言った具合で訊ねた。

「お、街へ繰り出すのか?」

「はい、見れる時に見ておこうと思いまして。中尉も来られますか?」

 その提案を遠野は不貞腐れた様子で断った。

「あー悪いな、滋野教官からこれから出港までみっちり補習を言い渡されちまってな、、、」

「えっと、、、ご愁傷様です、、、?」

 上官を差し置いて息抜きに興じて良いのかと不安に苛まれ若干伏し目がちになる川嶋の様子に心中を察したのか遠坂は破顔すると川嶋の頭をくしゃりと撫でた。

「ばーか、一丁前に気遣ってんじゃねえよ若い内に楽しんでこい!」

「はい!」

 川嶋はその言葉に吹っ切れたようで敬礼すると久方ぶりの陸地に躍り出ていった。

「ア。そういえば元の世界のこの辺は人攫いが多かったらしいがコッチではどうなんだろうな?」

 遠坂は一抹の不安を覚えたが、川嶋がきちんと陸軍ウィッチの正装である白衣と丈の短い袴を着ていた事を思い出して人類の切り札たるウィッチを誘拐するような命知らずもいないだろうと軽く流した。

 

 

同日 インド コーチン

 

 通りに溢れんばかりの人、人、人。そしてその有象無象の人々に狙いを定め歩道を塞ぐほど巨大化した露店たち。

 その中で骨董商の売り子の少女は一人商品棚に頬をつき外を見ながら溜息をついていた。

「わあああぁぁぁ」

 視線の先には見慣れない格好をした同い年ぐらいの少女。いわゆるウィッチと呼ばれる兵士だ。

 そのウィッチは大きな青い眼を一杯に開き故郷とは全く異なる異国情緒溢れる情景に自身の口から感嘆の声が溢れてくるのを抑えられないようだ。

 道ゆく人々もこの異邦人の少女が身につけた格好から察して無理に売りつけたりぼったくりを働く事もなくまるで孫娘を見るような暖かい眼差しで見守っていた。

 その様子を冷めた眼差しで眺めている少女が一人。

 彼女がついついアテもなく露店を冷やかし、対して意味もない小物に手を伸ばしてしまう度に売り子の少女はため息を漏らす。

 少女もまた年頃の女子の御多分に洩れずウィッチに憧れ夢破れた一人であった。露店の売り子に燻っている自身と街を行く異邦人の魔女との対比が少女の神経を余計逆撫でする。

 ただいつものガラの悪い客共が異国の軍人たちに臆して表通りにちょっかいをかけなくなった事には感謝していた。

 そうして眺めているとなんと例の少女はこの寂れた骨董店に足を運ぶようだった。

 

「いらっしゃい」

 そう言ってウィッチを迎え入れる。

 扉を潜り物珍しげにアクセサリーや置物に顔を寄せコロコロと表情を変える少女。

 生まれ故郷とはかけ離れた雰囲気にいけないと分かりつつも浮かれてしまう事を抑えられないといった感じだ。

 何かが違えばわたしも今頃こんな風に外国の景色に目を輝かせていたのだろうか?

 ふとそんな想像が浮かび頭を振って霧散させる。

 馬鹿馬鹿しい、もう過ぎた話だ。何より少女には命を懸けてまで戦う理由は無かった。

 「あの、お土産におすすめの品ってありますか?」

 ウィッチは売り子の少女に太陽のような笑顔を向ける。何故か癪に障る。

 そのキラキラした屈託の無い笑顔にいつの日からか蓄積されていた心の奥底に溜まった黒い感情が顔を覗かせる。

「あんた、何でウィッチなんてやってるの?怖くないの?」

 口から無愛想な声が転げ落ちてから言ってしまったと口を抑えた。初対面の軍人に喧嘩腰で話したらどうなるか想像出来ない程売り子の少女は世間知らずではなかった。

 嫌な汗が売り子の少女の背中を伝う。

 しかしウィッチは気分を害した様子もなく困った様にはにかむと短い沈黙を破った。

「確かに怖いよ。でも、、、僕には仲間がいるから」

 仲間がいるだけで自分は死地に飛び込めるだろうか?少女は自問した。それはまた締まりの悪い口から漏れていた様でウィッチの少女は頬を掻いて話す。

「確かにそれだけじゃ無いかもしれない。僕は空が好きなんだ。初めて操縦桿を握った時から堪らなく空が好き。ウィッチになってからはその大好き空を皆んなに知ってほしいから、皆んなが飛べる空にしたいから僕は飛べるんだ」

「っ!」

 御国の為だとか人類の為とか広報誌に載っている堅苦しい理由では無い生の言葉に売り子の少女は意表を突かれた。

「簡単に言えばただ笑って飛びたいだけなんだ」

 そう言ってそっぽを向くウィッチの少女の手を思わず握りながら売り子は言葉を被せる。

「ね、ねえ!どうすればあんたみたいになれるの?私ウィッチになりたいけど幾ら試験を受けても駄目で!でも諦めきれなくて!わたしも、、、わたしも空を飛びたくて!」

 終わらせたくない夢が心の奥底の黒い淀みから引き揚げられる。売り子の少女は思いの丈を零す口を止められなかった。

 (そうだ、わたしも綺麗な空に憧れてウィッチになりたかったんだ)

 自身がブリタニアと歴史的に関係が深い土地に生まれ現地語のみならず拙いながらもブリタニア語が話せることに売り子の少女は深く感謝した。

 少女のあまりの剣幕にウィッチはたじろいだ。ウィッチとは生まれ持った素質で決まると座学で習った。この少女には確かに魔力は感じるが自分や上官に比べて明らかに弱々しい感触。これでは航空ウィッチに成るのは厳しいかも知れない。軍の担当官もそれが分かっているから彼女を落としているのだろう。しかし目の前の思い詰めた表情を見ればそんな事は言えなかった。何より空に憧れ悩む姿が自分に重なって仕方がなかった。

「、、、僕も偉そうな事は言えないけれど、、、ベタかもしれないけど、、、努力は報われると思ってる。諦めなければきっと、、、きっと大丈夫」

 そう言って握られていた手を離し売り子の少女の頭に移した。

「きみが諦めずにいられたら一緒に飛ぼう」 

 インドは人口が多く従ってウィッチの数も多かった。しかし売り子の少女にはそれがたまらなく高い壁の向こうの存在だった。少なくとも無数の弾かれた人間の一人に過ぎない自分にこんな温かな眼差しで言葉を送るウィッチは初めてだった。

 そう自覚したとき少女の口は気付けば勝手に動いていた。

「あたしたちの空を守ってくれてありがと、、、」

 ウィッチは鼻がツンっと痛くなる感覚を覚えるが日本男児としての矜持か何とか堪えそのエールに応える。

「ありがとう。頑張るよ。僕は川嶋、扶桑のウィッチだ」

「あたしはインドラ、インドラ・ラル・ロイ。この国のエースに成る女よ!」

 2人は自然と互いの小指を絡めた。2人で飛ぶという期限の無い約束。この約束が叶うかどうかは彼女たち自身にも分からない。しかし売り子の少女の眼には確固たる意志が灯っていた。

 日が傾き始めた。門限までに戻らなくてはならない川嶋は少女の骨董店で様々な理由で外出できない篠原たちにお土産の買い物を済ませると足早に輸送艦へと引き返していった。

「いつかまた会いにくるよ」

「待ってる。その時にはきっとわたしにも翼があるわ」

「約束だ」

「約束よ!」

 茜の空に少女たちの声が響いた。

 

 

 

「ただいま戻りました!」

 川嶋が自室に戻るとそこには竹刀片手に淡々と講義をする滋野と正座でそのありがたい話を頂戴する遠坂、そして自身の仕事を済ませ二人の様子見に来た篠原といった具合に実験隊の面々が勢揃いしていた。

 篠原が微笑みながら帰還した部下に尋ねる。

「おかえりなさい。羽根は伸ばせたかしら?」

「はい!あ、これお土産です!」

 川嶋は元気よく返事をしたかと思うと思い出したというふうに抱えていた紙袋を差し出した。その中には人数分のサリーやインド食器、スパイスの入れ物などが入っていた。

「まあ嬉しいわ!補習はここまでにしてお土産のお披露目会としましょうか」

「よっしゃあぁぁぁぁ!」

 滋野の言葉に遠坂がガッツポーズして歓喜する。そして気付いた。川嶋が何処か清々しい面持をしている事に。

「良い顔してるな。何かあったか?」

「はい、とても素敵な友達ができました」

 優しい笑みを浮かべる川嶋に深くは聞かず為になる経験をしたのだろうと遠坂は結論付け、篠原は自身の判断が良い方向に転がった事に安堵した。

 

 その後、売り子の少女、『インドラ・ラル・ロイ』が不屈の精神で訓練に励みインド空軍初の女性エースパイロットになる事はまた別の話。




インドラ・ラル・ロイ氏は第一次大戦時に実在したインド唯一の撃墜王です。


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ガリア防衛戦編
第11話 幕間 継ぎ接ぎの女神飛行隊


 1940年5月20日 ガリア・カールスラント国境線上空

 暗い雲が低く垂れる空間を地を這う蛇の様に低く低く飛ぶ四つの小さい影。

 その先頭を進んでいるグラマラスな肢体に機械仕掛けの空飛ぶブーツ『P-40-E1キティーホーク』を履いた少女、『サマンサ・B・ブローニング』少尉、通称サムは、額に乗せた愛用のサングラスの位置を直しながら地形の変化に細心の注意を払い僚機を高度100mの低空を導いていく。

 変わり映えのしない景色に焦った様子の僚機の1人がサムに意見具申する。

「隊長、これでは索敵が捗りません。雲の上まで高度を上げましょう」

 しかしそう出来ない理由が彼女たちにはあった。

「そうは言ってもねぇ、目隠しで目的地へ行けるほどガリアの空を知っている人がこの中にいる?」

 そう返され2番機であるグレイス・F・バーンズ少尉は黙り込む。

「居ません、、、」とは編隊最後方を飛ぶオリビア・A・アダムス少尉の発言。

 リベリオン製ストライカーユニットを履きBARやM1ガーランド小銃を構えるリベリアンたちが不慣れな大地で悪天候の中を飛ぶには低空で地上のランドマークや鉄道のレールを目印にする第一次大戦然とした地文航法に頼るほかなかった。

 本来ならこんな事にはならなかった筈だった。

 1939年に現れた黒海から現れたネウロイは必死に抗う人類を嘲笑うように瞬く間に欧州の地図を黒く塗りつぶした。まず黒海に面していたダキア、次いでオストマルク、冬には北欧のスオムス、オラーシャが攻撃をうけた。翌年1940年5月にはネウロイはカールスラントへ侵攻、ベルリンを失った事で連合軍は堰を切ったように敗走した。

 それからはガリア・カールスラント間に張り巡らせた大要塞線『マジノ線』に向け敗走する避難民とそれを追うネウロイ、そして逃げ延びる彼らを収容しようと奮闘する連合軍との間で激しい戦闘が続いていた。

 この恐るべき侵攻速度を前に欧州戦線への本格参戦を前にリベリオン陸軍航空隊第8空軍では派遣する飛行隊の指揮官クラスにヨーロッパの地形に明るい人物を当てた『特設義勇航空隊』を編成して本国が戦争体制を整える迄の時間稼ぎとした。

 しかしながら平時の陸軍航空隊の実に半数、総勢20を数える特設義勇航空隊を埋められるだけの数のそんなピンポイントな人材などそうそう居るものではない。大半の若い単座機パイロットたちやウィッチ飛行隊はリベリオン人未踏の空で航法がいる爆撃機編隊や地元の飛行隊にまるでアヒルの子供の様について行き何とか目的地に到達する有様であった。

 さらに悪い事にサムたち義勇航空隊第8飛行隊『フリーダム・ガデス』はその貴重な中隊長と天才的な地図を読み解く力を備えた副官をベルリン上空で喪い部隊は右も左も分からず四散、何とかたどり着いた基地で再編された寄せ集めであった。

 そんな彼女たちに完璧を求めるのは酷というものだろう。

 

 閑話休題

 始め基地のブリーフィングで今回彼女たちに与えられた任務はマジノ線へ落ち延びようとする避難民とカールスラント軍の直掩任務つまり彼らの頭上で睨みを効かせ近づいてくるネウロイの脅威を排除する事だった。非常に重要かつ危険も伴う任務だが、最近はネウロイは攻勢限界に達したのか活動が消極的になり会敵しない事も増えており任務内容も長距離浸透しネウロイの後方を叩きにかかる爆撃機援護任務に比べれば何かあれば下の味方に拾って貰える分サムにとっては幾らか気が楽であった。彼女はよく言って楽観的な、普通に評すればテキトーな性格だったのだ。それでも小隊長が務まっているのは彼女の類い稀な戦術眼を信用されての事だった。

 事態が変化したのは離陸直後、天気予報には無い雨雲と霧が発生したかと思えば避難民の護衛を行っていたカールスラント軍第一装甲師団が大規模な攻撃を受けたと報告が上がってきてからだった。

 退屈な哨戒任務から友軍到着までの制空任務になってしまったのである。

「まあ、見落とさない様にじっくり行きましょー」

 その言葉とは裏腹にサムの声には余裕がない。彼女もまた焦っていたのである。

 チェックポイントを一つでも見落とせば目的地には辿り着けない。4人のウィッチは目を皿にして辺りを見回し己の針路が正しいことを確認し次のランドマークへ向かう。

 

 

 

 確認と移動を何回か繰り返した時、無線機が誰かの声を拾った。目的地が近づいた証拠だ。ただその内容はあまり良い物ではなかった。

《ザザッ!、、、こちら第一装甲師団第一大隊ミハイル・シュミット軍曹!残存戦車は、、、ザザッ、、、敵多数!援護早く!》

 第一装甲師団はサムたちが目指している避難民の護衛だ。彼らが抜かれてしまえば後に始まるのはネウロイによる虐殺、4人はエンジン出力を上げ目的地へ急いだ。

 ただ悪いニュースばかりでは無かった。天候が徐々にではあるが回復してきたのだ。

 そして遂にガリアとカールスラントの国境の街ザールブリュッゲンが見えた。廃墟になった街の道に目を凝らせば避難民のコンボイも見える。

 そしてそこから視線をカールスラント方面に向ければ激しい砲火が上がっているのが見てとれた。

「良かった、まだ壊滅してない」

 だが旗色は相当悪そうだ。街道を塞ぐように布陣している10両の38t軽戦車に対して攻撃を仕掛けているのは『フライングゴブレット』と呼ばれる地上掃射に特化した飛行型ネウロイが10機以上、空対空戦闘も可能な小型飛行種が20機以上が機動防御の構えをした戦車隊に空からビームを放っている。地上に目を移せば戦車をひっくり返したようなネウロイ(以降戦車型と呼称)が数え切れないほど迫って来ている。

 大体の戦力差を再確認し終えた頃、地上の兵士たちがこちらに気付いたようで歓声を上げた。

《やった!女神様の到着だ!》

《助かった!これで生き残れる!》

 口々に歓喜の声を上げ電波に乗せる兵士たち。

 その声を聴きながらそれぞれの武器を構え直した魔女たちは己の任務を果たさんとネウロイを睨む。

 彼女たちの任務は鈍重な攻撃機がやって来てあの悪魔どもを叩き潰すまで制空権を確保する事。

 

「んじゃ、テキトーに懲らしめちゃいましょー」

「イエス、マム!」

 気の抜けた編隊長の号令一下、鋭く散開し各々が定めた目標に狙いを定め突入していった。




サマンサ・B・ブローニング少尉のモデルはドルフロのM1918姉貴です。


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第12話 幕間2 守護天使

 サムは戦場を一瞥すると素早く攻撃目標の優先順位を設定した。

 先ずはしつこく戦車を攻撃しているフライングゴブレットをどうにかしなくてはならない。

「オリビアとエマはゴブレットを叩いてください!空戦は任せて!グレイス、後ろは頼んだから!」

「はい!」

「了解」

 オリビアが元気よく返事をした後フライングゴブレット目掛けて急降下し寡黙な3番機エマ・オコンネル少尉が手に持つトンプソン短機関銃をコッキングしてフォローにつく。

 ゴブレットは掃射に特化している為か動きは素早くない。1番新米のオリビアでも問題無く落とせるだろう。エマをフォローに付けたのは念のための保険だ。

 そして小型ネウロイとの空戦はサムたち年長組の仕事だった。

 綺麗なエレメントを組んだまま緩い右旋回を行うサムとグレイス。そのままオリビアたちの後ろを取ろうとした3機の小型飛行種の背後に立つと約50mの距離でBARの引き金を引いた。BARの装弾数は20発と少ない。少ない弾で有効打を得る為に100mを切ってから発砲するのが彼女流であった。

「私の部下に手を出すなんて100年早いですよ!」

 小気味良い連打音と共に長い銃身から放たれた7.62mm弾は3機の小型飛行種の内真ん中を飛んでいたネウロイに真っ直ぐに突き刺さる。10発目が命中した段階で耐久力が限界に来たのか爆発四散する。サムはそれを見届ける事なく銃口を左にずらすとまた10発きっかりを撃ち込んだタイミングで撃墜する。

 残りの一機はグレイスがM1ガーランドを目にも止まらぬ速さで速射し黙らせる。

 撃ち尽くした弾倉を交換する間、視線を動かすと丁度オリビアたちが攻撃を仕掛ける所であった。

「うおぉぉぉっ!」

 雄叫びと共にオリビアが眼前に迫るゴブレット目掛けてガーランド小銃を撃つ、ゴブレット(杯)の名が示す通り円柱形の小さなシルエットが災いして8発中1発しか当たらず姿勢をやや崩させただけであった。すかさずエマがトンプソン短機関銃を叩き込み密集していたフライングゴブレット2機を白い煙に変える。

 2人は煙の中を突っ切りそのまま一度離脱する。再装填の隙に攻撃されない為だ。

 サムは攻撃を見届けると2人に追い縋るそぶりを見せた敵機に狙いを定める。

 数は2機、サムたちから見ると7時方向、距離500m、高度は自分たちより30mほど低い。ホバリング状態から動き始めた直後のため動きが鈍く格好の的だった。

 互いにリロードを終えた事を確認すると左へ急旋回しスロットルを全開にして後を追う。P-40E-1ストライカーユニットのV1710-39液冷V型12気筒エンジンが唸りを上げ、みるみるうちにスピードの乗り切れていない敵機に接近するとすれ違いざま引き金を振り絞る。

 サムは敵編隊の左、グレイスは右のネウロイをそれぞれ銃撃する。機体は着弾の衝撃で小刻みに揺れ銃弾に金属とも石ともつかぬ素材の胴体を削り取られる。

 サムたちが攻撃を終え上昇に転じた時、身体の許容量を超えたダメージを受けたネウロイは断末魔の叫びと共にその身を散らしながら地面に激突した。

 これで小隊は小型種を5機、フライングゴブレットは2機撃墜した事になる。

 しかし敵はまだまだ多い、手持ちの弾薬と相談してもとても全ては相手し切れないのでとにかく避難民と戦車の近くの敵から始末しなければならない。

 思考を巡らせる最中も敵の動きに気を配る。どうやらネウロイも制空権の重要性は知っているようでターゲットをサムたちウィッチに向けてきた。

 人が乗る航空機では到底真似できない動きで4機のネウロイが急上昇してサムの背後からレーザーを放つ。更に地上の戦車型も車体を傾けて仰角を稼ぐと対空砲火を撃ち上げて来た。

「きゃ?!何するんですかー!」

 シールドでビームを弾きつつサムはグレイスに散開の指示を出す。これからはドッグファイトの時間だ。

 ロッテを解き身軽になった2人はそれぞれ別の方向に舵を取る。追ってくるネウロイはそれぞれ2機ずつ。

 速度と高度を稼ぎきった小型飛行種の最高速度、機動性は共にストライカーと同等かそれ以上だ、まともにやり合えば苦戦は免れない。

 きついバンク角で右旋回するサムの背後からネウロイが迫る、大体200mの位置だ。焦りは禁物、慎重に自身と敵機の距離を測りつかず離れずの位置を保つ。敵機がビームを放つ瞬間サムは勢いよく左へロールし射弾を避ける。それからも速度を生贄に急旋回や不規則なエルロンロールでビームを避け続け気付けば速度差からサムとネウロイの距離は30mを切り目と鼻の先まで接近されていた。

 しかし彼女はこれを待ってた。

 サムは不敵に微笑むといきなり機を水平にもどしてフラップを全開に下げる、間髪入れずに身体を持ち上げると通常より遥かに小さい円を描くループ機動をとった。凄まじいGにサムは自身の眼前が一瞬暗くなる感覚を覚えるが歯を食い縛って耐える。突然の急制動にネウロイは反応し切れずループの終端に達したサムに無防備な背中を晒した。

 サムはその背にマガジンに残っていた残弾全てを叩き込むとネウロイは爆発四散した。

 後の世に『クルビット』と呼ばれる彼女の得意技であった。

 サムはそのまま急降下に移る。ネウロイにも万に一つもありえないが僚機を落とされた憎しみが有るのかその動きに追従しヤケになったかの様にビームを乱射する。

 とそこに横合いから無数の弾丸を浴びせられネウロイは破裂した。直後白煙を切り裂いて2人のウィッチが飛び去っていく。再装填を終えたオリビアとエマが援護に駆けつけたのだ。しばらくすると息を切らしながらグレイスが編隊に復帰した。彼女も撃墜スコアを2機上書きしたのだ。

 サムもこの隙に息を整える。そしてもう一度状況を確認した。そして少し後悔した。

「きっついなぁ〜」

 フライングゴブレットは数を減らし続け残り3機となっていたが小型飛行種は戦闘の最中更に増えて交戦前と同程度の数に戻っておりしかも地上を這う戦車型は半壊した味方戦車部隊を除けばこちらの火器では太刀打ち出来なかった。何より弾薬がそろそろ切れ始めていた。グレイスに至ってはガーランドを捨てて護身用のコルトガバメントを抜いていた。

 このままではかなり不味い。

 サムは祈る気持ちで無線機の送信ボタンを押した。

「《こちらリベリオン陸軍航空隊義勇航空隊『フリーダム・ガデス』!現在ザールブリュッゲン上空にてネウロイの大部隊と交戦中!他部隊の状況知らせ!》」

 望む返事はすぐに帰って来た。

《こちらガリア空軍第三戦闘飛行隊と第一ソルシエール飛行隊!待たせたな!》

《こちらカールスラント第168急降下爆撃航空団だ!稼働全機を連れてきた!》

 この上無く良いニュースだ。

 見れば西の空に無数の黒点が現れていた。

 ガリア空軍のM.S.405戦闘機12機とM.S.406cストライカーユニットを履いた4人の少女たち、そしてカールスラント空軍のスツーカ急降下爆撃機30機の編隊が避難民を救うべくサムの元へ駆けつけたのだ。

「助かったぁあ」

 オリビアが緊張の糸が切れたように空中にへたり込みエマが支える。

 サムの顔にも安堵の表情が広がった。

 そこからは形勢がそっくり逆転した。

 飛行型ネウロイは数と質の両面で戦闘機の増援で勢いづいたサムらウィッチたちに圧倒され、戦車型ネウロイは未だ善戦を続けるシュミット軍曹指揮下の戦車隊とジェリコのラッパを鳴らしながら飛び込むスツーカ隊の攻撃で大損害を負い停止した。その隙に避難民たちは強固なマジノ線の中へ収容する事に成功した。

 任務は成功、だが失ったものも多かった。

護衛を引き受けていたカールスラント第一装甲師団はベルリンからの連戦で戦力を擦り減らし事実上の壊滅、避難民も無傷とは言えず実に2割の女子供が瘴気に呑まれた。

 駆けつけた航空隊にも未帰還機が少なからず出てしまった。

 それでも彼らが避難民を救うべく戦い得た勝利はかけがえの無い物であった。

 

 歩みを止めてはいられない。

 

 これが西部戦線のありふれた光景なのだから。

 

 サムたちは編隊を組み直し高度をさげる。

 そして避難民の上をフライパスした。私たちはここに居ると言わんばかりに、彼らを少しでも勇気付けるために。

 それが彼女たちに与えられた使命だったから。



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第13話 到着

 1940年 6月3日 ガリア、シェルブール

 1ヶ月の長く退屈な船の旅を終え、遠坂ら4人はようやく欧州ガリアの地に足を踏み入れることが出来た。

「やっと着いた〜〜」

 伸びをしながら遠坂が言う。この一ヶ月本当に長かった。個室が与えられた分、一般兵士のように船倉の蚕棚と言われるスペースに押し込められるより遥かにマシだったが変わり映えのしない窓の外の景色を見ながら暇つぶしに興じる日々には流石に参っていた。その生活も今日限りである。浮かれてしまうのも無理はなかった。

「ええそうね、やっぱり陸は良いものだわ」

「ですね!」

 そう返すのは隊長の篠原と川嶋。2人も遠坂と同様背筋をほぐしながら輸送艦から埠頭に降ろされたタラップを降りた。

「さあ、これからが本番よ。気を引き締めて事に臨みなさい」

 最後にガリアの地に降り立ったのは滋野だ。彼女は、時が経ち記憶の中と変わっていながらも思い出の面影を留める景色に目を細めた。1918年の終戦以来実に22年ぶりに立ち入るガリアの地に滋野は感慨深げに辺りを見渡した。

「懐かしいわ、この辺はすっかり様変わりしたのね」

「そうなんですか教官?」

「ええ、あの時はこんな大きなクレーンは無くて多少のものは人力で運んでいたわ」

「ひえ〜骨が折れそうですねそれは」

「折れたわよ。でもみんなで何かやり遂げる事は楽しかったわ」

 古強者の思い出話に耳を傾ける篠原と川嶋とは対照に遠坂は瞳を輝かせながら久方ぶりの波打たない大地を謳歌していた。

 彼は物資調達に向かう整備兵や主計課に紛れ込むといつのまにか街へ繰り出し揺れる輸送艦の中で必死に覚えたガリア語で商店を巡ってはパンやワインを買い漁り鬼に見つからない内にと腹に詰め込んだ。

 そうして欲望のままに財布を薄くすること1時間、彼はとある店の前でニヤリとほくそ笑んだ。

 場所は港に戻り整備小隊の待機場所。細心の注意を払いストライカーユニットや各種機材、車両を陸に揚げた彼らはそこに訪れたウィッチによってワインと引き換えにもう一仕事する事になる。

 

 

 荷揚げも終わり各々が自由時間を楽しむ中滋野はビット(もやい綱を結ぶ金属の塊)に腰掛け1人黄昏れていた。

 20年ぶりに戦友と再会し時の流れを実感した彼女は別れた後ここで感慨に耽っていた。

 (まさか、もう一度ガリアに来るなんて思わなかったわ)

 つくづく人生とは思いもよらないものだ。滋野はそう感じていた。

 同時にこの思いもよらない出来事にも終わりが近づいて来つつある事も感じていた。

 滋野はふと川嶋と戦術について議論している篠原を見た。

 (懐かしいわ、私にもあんな時期があったものね、、、)

 彼女は愛弟子の居る方角に歩を進めた。

 ゆっくりと近づいてくる滋野に川嶋が気付き、次いで篠原が振り返った。そんな2人に微笑む。いい加減に向き合わなくてはならない、そう胸中で決めて滋野は口を開いた。

「弘美ちゃん、ちょっと良いかしら?」

「はい、どうされましたか?」

 愛弟子の顔を見て決心が揺らぐ。頭の片隅に沸いた迷いを抑え込むと単刀直入に切り出した

「弘美ちゃん、ごめんね。私は扶桑に帰る事にするわ」

「そんな!」

「え?!」

 篠原は耳を疑い川嶋は驚愕に目を見開いている。

 滋野は続けた。

「名残惜しいけれど私はここまで」

 そう言って滋野は寂しそうに笑った。彼女は一時復帰したとはいえアガリを迎えて軍籍も返上した身。戦地にその身を投げ出すにはあまりにも衰えてしまった。最前線を転々とするには自身の鍛えてもいない年老いた身体はあまりにも頼りなかった。だから彼女はこのまま国外退避する避難民を満載して扶桑へ戻る船団に残り教官の職務を終えることになる。

 そう話す滋野に篠原は頭を振って反論する。

「でも教官の経験が有ればきっと私たちの助けになります!そんなご自身の事を足手纏いなんて言わないでください!」

「貴女たちにはもう全て教えたわ。あとは役に立たない古い経験だけ、だから貴女たちは私が居なくても大丈夫よ」

 篠原はそれを聞き首を垂れる。

「どうしても駄目ですか?」

 縋るようにこちらを見る篠原を優しく振り払うと答えた。

「分かって頂戴、私のせいで貴女たちに迷惑をかけたくないの」

 だからここでお別れをしましょう。その言葉を合図にして輸送艦の広い甲板の一角を借りて簡単な送別会をする事となった。

 輸送艦の甲板に広げられた料理皿やワインボトルに手を伸ばし滋野が呼んだ戦友たちとの思い出を語り残り少ない時間に花を添える。

 しんみりとした雰囲気の中、ふと篠原が気付いた。

「遠坂中尉は?」

 篠原が周囲を見渡しながら問いかける。

 川嶋がそれに応えた。

「中尉なら近くの飛行場で整備員とストライカーを見に行ってますよ」

「もう!こんな時に何をしているのあの人は!」

 篠原は憤慨した。恩師の送別会をボイコットするなんて言語道断である。張り手の一つでもお見舞いしようか。そう思案する篠原の耳にふと重々しいエンジン音が響いた。

 直後突然、地から足が宙に浮く滋野、驚き背後を振り向けば其処にはいつの間にか赤い稲妻を描いたストライカーを履き滋野を抱き抱える顔をペンキで汚した遠坂の姿があった。

「最後に一緒に飛びましょう!まだまだ教えて貰いたい事が沢山あります教官!」

 妙に畏まった様子に思わず吹き出すと指で涙を拭いながら答えた。

「ええそうね。では、最後の授業と致しましょう!」

 滋野は思う。

 例えロートルの思い出話でもこの地で羽ばたかんとする眼前の教え子たちには、きっと役に立つ筈だと。昔風の知識でもきっと彼女たちの助けになると。

 

 それから滋野は教え子たちに支えられながら20年ぶりのガリアの空を時間の許す限り羽ばたき、あらん限りのガリアの地形、日ごと季節ごとのこの地ならではの気候、上空を流れる風の動き、そしてかつての自身が培ってきた戦訓や今は亡き友人たちとの思い出を余す所なく教え込んだ。

 

 そうしてあっという間に最後の時間は過ぎ出港の時刻を迎えた。

 港には隊長の篠原以下 飛行実験部実験隊欧州派遣隊の面々が末端の技術二等兵に至るまで正装に身を包み整列した。中にはガリアの軍服を着た人物も混ざっている。

 皆、世話になった老兵を見送るためだ。

 汽笛を鳴らして輸送艦がゆっくりと埠頭を離れ動き出して行く。

 そこで篠原は堪え切れない様子で大きく大きく手を振ると叫んだ。

「教官!ありがとうございました!必ず扶桑に生きて帰って来ます!」

 遠坂も続く。

「今までありがとうございました!迷惑をかけっぱなしですみませんでした!戻ったらもう一度飛びましょう!」

 川嶋は目を涙に腫らしながら大声を上げた。

「必ず皆んなの役に立って見せます!絶対にみんなで帰って来ます!だから、、、」

 待っていてください。それが彼らの心からの言葉だった。

 

 

 その様子を見て滋野は思わず溢れ出してくる涙を抑えられなかった。

「、、、貴女たちの幸運を心から願っているわ、、、」

 遠ざかる異国の大地に、その地で今まさに戦いの渦中にその身を捧げようとする教え子たちに彼女は祈った。

 シェルブールの街が水平線の彼方に消えるまで。消えても尚祈り続けた。

 

 如何に長く厳しい戦いでも希望を捨てないよう。どうか彼女たちを御守りください。



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第14話 配置

 さて、無事上陸を果たした篠原率いる陸軍航空隊飛行実験部実験隊欧州派遣隊だったが欧州派遣隊司令部からは当面の間は訓練に励むように言い渡された。戦意が高まりやる気に満ち満ちていた実験隊は肩透かしを食らう形となった。一応ちゃんとした理由があり、以前に現地入りした第68戦隊がいきなり作戦任務に従事したところ遭難し全機不時着した大惨事が起きており、それを防ぐために陸軍遣欧航空隊では戦況がどうであれ慣熟訓練の期間を設ける事になっていたからである。

 篠原たちは滋野に村の地名に至るまで教え込まれてはいたが、かといって訓練の重要性は身に染みて分かっている。一行はシェルブールから南へ内陸に進んだ位置にある村ブリックス(Brix)にあるガリア空軍の飛行場に移動した。

 ブリックスの村は中世にブリタニアに移住しブリタニア北部、そしてスコットランド南部に定住した王家ブルース家の起源とされ村の近郊には彼らの居城シャトー・ド・ブリックスが遺跡として残されていた。

 ブリックス飛行場はこのシャトーの敷地内を一部利用する形で設営されており此処にはウィッチ4名で構成されたガリア空軍第4ソルシエール(魔女)飛行隊とポテ633軽爆撃機12機で編成された第6爆撃飛行隊第1中隊が配置されていた。

 そこに間借りする形で篠原たち実験隊は展開する事になった。

「と云う訳で、どうぞよろしくお願いします」

 篠原は隊長として挨拶の為、シャトー・ド・ブリックスの一室を訪れていた。

 元は城とだけあってシャトーの中は小さいながら洗練された豪華な調度品で溢れ軍事基地というより一流ホテルといった印象を篠原に抱かせる。

(遠坂中尉あたりが下手に触れて面倒を起こしてなければ良いのだけれど)

 頭の片隅でそんな失礼なことを考えながら流麗な動作で陸軍式の敬礼をする。

「うむ、こちらこそ東洋のリヒトホーフェンと称された扶桑の女神をお目にかかれて身に余る光栄というもの。宜しく頼みますぞ」

 この飛行場を預かっている基地司令クロード・ド・デュポン大佐はビア樽の様な恰幅の良い駆体を笑い声に揺らし豪華な椅子に苦しそうに収めながら篠原に着席を促す。

「しかし遠路はるばるよくぞ来て下さった、これでガリアの空も安泰ですな」

「そんな、それ程でもありません」

「これはお世辞ではないのだマドモワゼル」

 クロードは先程まで浮かんでいた笑みを引っ込め幾分真剣な顔つきになった。

 吊られて篠原も表情を引き締め身を乗り出す。

「そんなに戦況は芳しくないのですか?」

「うむ、、、」

クロードは苦しげに唸る。

「これから貴女方は嫌というほど目にするじゃろうが扶桑風に言って芳しくない。いや大いに苦戦といったところかの」

 篠原は目を剥いた。新聞や上層部から下りてくる情報では確かにカールスラントは落ちたが未だマジノ線は堅牢に持ち堪え一部では反攻し人類は奮戦していると声高に報じられていたためだ。

「確かにマジノ線はその効果を遺憾無く発揮しておる。反攻作戦もしておる。じゃがその度に多くの犠牲を払っているのが実情じゃ、、、」

「では人類は?」

「負けるのぉ、少なくともこのままでは」

 巣を叩かない限り無尽蔵に湧いて出てくるネウロイに対してこちらの人的資源は有限、ウィッチは尚更。このままではいずれガス欠を起こして防衛線の維持すらままならなくなる。クロードはそう言外に語った。

「そんな、、、」

 篠原は部屋が暗くなった錯覚を覚えた。両肩が重くなる。そして隊長として彼らを導く事の困難さを再確認する。仲間を失うことはもうたくさんだ。ノモンハンや扶桑海で失った部下の顔が瞼の裏に浮かぶ。

 クロードは言葉を続ける。

「じゃからこそ、君たちが希望なのだ、君たち新世界からの翼が我々にとっての最後に残された、、、な」

「私たちが、希望、、、」

 篠原はそのフレーズを反芻するとおもむろに席を立ち先程より更に綺麗に敬礼した。

「お任せください。必ずやご期待に応えて見せましょう」

 その様子にクロードは満足げにそしてほんの少し悲しみを覗かせながら答礼した。

「うむ。それでこそサムライだ。背中は預けたぞ戦友よ」

「はっ!」

 どんな判断が正しいのか篠原はまだわからない、だがこの老大佐の期待に応えなくてはならないと胸に刻んだ。

 その時外からは遠坂と川嶋の声で大きな扶桑語が聞こえてきた。次いでクロードには耳慣れないエンジン音。

「回せぇぇー!」

「お願いします!」

 窓の外に視線を向ければキ-45改を履いた2人がギャラリーを前にエンジンを吹かしていた。

 その様子をクロードが訊ねる。

「あれは?」

「はあ、堪え性がないんだから」

 篠原はしばらくの間、慣熟訓練を言い渡された事を話し事後報告になったことを詫びた。

「構わんよ。それにしても力強い音だ。M.S.406やポテ633に比べても格段にパワフルじゃな」

「!よくお分かりですね」

「今でこそこんな身体じゃが、第一次大戦の頃は毎日のように飛び回ったもんじゃ。エンジン音を聴き比べるくらい造作もないわい」

 そう言って太鼓腹を叩くクロード。

 そして体が疼くのかソワソワと忙しなく窓の外と部屋の中に視線を向ける。

「見たいのぉ、、、」

 チラチラと伺う司令官と若い隊長の間に短い沈黙が走ったのち篠原が切り出した。

「でしたらこれから飛行訓練を行うのでご一緒に見学なさいますか?」

「良いのか?」

 今にも踊り出しそうな状に篠原は吹き出す事を必死に堪えると退室した。今日は周辺の地理情報の収集を兼ねたパトロールの予定だったが視察となると内容を変えなくてはならないからだ。

 シャトーの中を下品にならない程度に急いで駆ける。早くしなくては彼女たちが飛び立ってしまう。地平線の彼方に消えてから無線で呼び戻すのは面倒だ。

 際どいタイミングで滑走路の2人を呼び止めた。今日のところはパトロールを取りやめ明日に回してこれから見栄えの良い模擬戦をやってもらう。

 その命令は2人に歓迎をもって承諾された。姿が変わってもやっぱり派手な事が好きな男の子なのである。

 

 遠坂と川嶋の2人は早速、実戦同様の装備に身を包み誘導路に整列した。

 両者ともそれぞれ陸軍航空ウィッチの戦闘服である白衣と緋袴に身を包み手甲と脚甲を四肢に巻き銀色に輝き赤ペンキで稲妻を描いたキ45改を履いていた。ただ手甲に覆われた手に持つ獲物は異なっていた。

 遠坂は『丙装備』と名付けられたホ三20mm機関砲を持ち背中に50発入りの予備弾倉2個を備える、対大型ネウロイ迎撃用の装備形式。本来なら予備弾倉は無いのだが怪力の固有魔法を持つ彼女は継戦能力を底上げしていた。軽快さが売りの篠原には到底真似できない芸当である。

 川嶋に目を移すと両手にカールスラント製MG15のコピーである九八式機関銃甲を両手に一丁ずつ構えている。腰からは75発入りのサドルマガジンを2つぶら下げ計300発の弾薬を携行していた。対戦闘機型の『甲装備』という形式だった。こちらは本来どおりの装備内容だった。

 今回彼女たちが行う訓練は飛行場上空での模擬空中戦。いわゆるドッグファイトの訓練である。

 ルールはいたって簡単、離陸してから高度2000mで互いにヘッドオンの状態で交差してから空戦を開始し銃に装填されたペイント弾を相手の何処かに命中させれば勝ちである。

「良い事?もう何度もした訓練だけれど実戦と同様絶対に油断しないように。怪我だけには気をつけて良いわね?」

「「了解!」」

 良い返事と共にタキシングを開始した遠坂と川嶋。

「川嶋、聞こえるか」

 無線機のチェックの為に遠坂が川嶋に呼びかける。

「はい中尉、聞こえます」

 川嶋が鈴が鳴るような声で答える。

 遠坂は放胆な笑みを浮かべると宣言を電波に乗せた。

「次も俺が勝つ!」

 今までの対戦成績は10戦8勝で遠坂の勝ち、その内いままでの5戦は連勝だった。

「次は僕が勝ちます!」

 川嶋は困難から逃げる少年では無かった。こちらも力強く宣言する。スピーカーの周りでやり取りを聞いていた野次馬のボルテージは上りに上がった。

 やがて離陸位置についた2人はどちらともなくスロットルを開き夏空へと翼を広げた。



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第15話 リベンジマッチ

 1940年6月6日ブリックス飛行場上空

 

 二つの機影がその身を陽光に煌めかせ鋭く交差する。直後互いに上昇に転じた。描く弧の大きさはほぼ同じ、両者とも機体の性能を出し切っている証拠だ。

 そして円の上端に差し掛かった瞬間、真っ赤な火線が延びた。

 先に発砲したのは遠坂であった。彼女は優れた動体視力で川嶋が射線に入ったと認識するや否やホ三のトリガーを引いた。20ミリの野太い軌跡が川嶋に迫る。しかしそんな簡単に落とされるほど彼女もヤワな訓練は積んでいなかった。川嶋は空中で高跳びのベリーロールの様に片足を跳ね上げ身体を捻り僅かな銃撃の隙間を縫って回避する。

 思わず遠坂の口から称賛の声が上がる。

「やるな!だがまだまだだ!」

 そのまま右斜めの横旋回の形になった両者は凄まじいGに耐える。巴戦だ。

 巴戦の極意は平たく言えば我慢比べ、身体を押さえつける力に耐え背後につこうと身体を痛めつける戦い方だ。疲労に負けて旋回を緩めたが最後己の運命は決する。そして前世から操縦桿を握り数多の敵機を撃墜した遠坂はこと空戦になれば普段と真逆の我慢強さを発揮した。機体性能は装備が重い分不利だがそのGに対する忍耐力は川嶋に勝る、そう確信していた。

 頭から血の気が引き視界が暗くなり腕も重くなる。それでも旋回はやめない。

 変化が訪れたのは旋回が3周目に差し掛かった時であった。なんと川嶋が視界の端に逃れようとしている。それはつまり自身より彼女が小さく円を書いて旋回していることを意味する。

 遠坂は驚きつつも目を凝らす。何かカラクリがあるはずだ。そして見つけた、川嶋のストライカーユニットの主翼の後端が旋回に応じて小刻みに開いている。遠坂は、その意味を素早く理解した。

「空戦フラップか!」

 本来フラップというものは離着陸時に揚力を稼ぐ為に展開する部品だ。しかし世界のトップエースの中にはそのフラップの揚力を増す作用を利用してより小さくより早く旋回する者たちがいる。さらに日本軍では大戦末期『自動空戦フラップ』などというどんな未熟なパイロットでもその技を機械的に再現出来る優れ物を発明していた。恐らく彼女は何処からかその話を聞き1人で技の研鑽に励んでいたのだ。しかし聞き齧っただけでおいそれと出来ることではない、不撓不屈の執念の賜物それに遠坂は舌を巻いた。遠坂は己の不利を悟り旋回をやめ急降下に移る。部下が出来たのだから自分も出来る筈などという自惚れを生憎彼は持ち合わせていなかった。

 高度2500mからの背面急降下、同じく川嶋も逆落としで頭からダイブし追跡する。

 高度がみるみるうちに下がっていく、その間も川嶋は小刻みに射弾を見舞い遠坂に回避を強いた。後席時代から慣れ親しんだ武器だからか狙いは正確だ。気を抜けばあっという間にペイント弾で染め上げられてしまうだろう。

(2000、1500、1000、まだまだ!)

 遠坂は心中で高度を読み上げながら引き起こしのタイミングを測る。先に機首を上げた方が後ろに突かれてしまうチキンレース。その読み合いを制したのは遠坂だった。

 時速700キロで近づく地面に危機感を覚えた川嶋が降下角を緩める。遠坂はそれを待ってましたとばかりに鋭く上昇に転じた。高度はほぼ0、冗談抜きでギャラリーの頭を掠める程の低空まで降りていた。攻守が逆転し追われる立場になった川嶋だが以前の様にすんなりとは落とされない。ツリートップレベルでシザース機動に入った2人だったが一方的な戦いではなく激しい撃ち合いとなった。川嶋が股の間に挟む様に右手に持った九八式機関銃を後方に突き出すと追い縋る遠坂目掛けて撃ち込んだのだ。当然無理な体勢で放った銃弾は正確さに欠け空を切るが反撃の手段が有ると無しでは追跡側の負担も段違いだ。時たま回避機動でシザースを中断させられる遠坂は川嶋との距離を縮める事が出来ない。それでもしばらく飛ぶうちに解決の糸口が見え始めた。弾切れだ。攻守に渡って撃ち続ける川嶋は遠坂に比べて弾薬の消費が激しかった。しかも川嶋の持つ九八式機関銃の発射速度は毎分1000発にも及ぶ。同じ様に追いながら撃ちまくっている遠坂と比べても消耗が激しく既に彼女は二つある予備弾倉の内の片方を消費しもう片方に手を伸ばしていた。攻撃のタイミングは弾切れの瞬間。川嶋は先程から右手に持つ方の機関銃しか撃ってこない。左手に持っている機銃は急降下の際連射してから装填していない、恐らく両手に武器を持っている感覚に慣れておらず左手まで意識が回っていないのだろう。そう遠坂は結論づけタイミングを測る。

 一連射、二連射と射撃を重ね三度目の銃撃で不意に銃声が止む。川嶋がしまったという顔で腰の弾倉に手を伸ばす。

 今だ!!

 遠坂は小刻みな旋回を止めフルスロットルで一気に距離を詰める。

 そして両者の距離が50mを切り、必中の距離と遠坂がホ三を構えた瞬間、

川嶋がゾッとするほど綺麗な笑顔を浮かべ"弾が無い筈の左手の銃"を構えた。直後1発の銃声が響き渡り遠坂機の左翼前縁をオレンジ色に染める。

 

「、、、ま、負けた?」

 遠坂は驚きのあまりしばらくその事を理解出来なかった。川嶋はあの高レートの機関銃を正確な指切りで残弾を管理しまるで自身が弾切れであるかのように振る舞ってまんまと騙しとって見せた。遠坂の完全な敗北であった。

 長く沈黙を続ける遠坂に川嶋が近づく。

「中尉、どうしましたか?まさか当たりどころが悪かったとか?!」

 そう言って身体を触り異常が無いか確かようとする川嶋を制し遠坂が沈黙を破った。

「ばーか、そんなんじゃねーよ。ただ初めてお前が完全勝利したもんだから感慨に浸ってたんだ!」

「完全勝利だなんてそんな、、、自分も必死でやっと勝てました」

 そう言って縮こまる川嶋の背中を叩きながら遠坂は笑った。生前からの部下であり相棒がすくすくと育ってくれたことが嬉しくて仕方がなかったのだ。

「胸を張れ、もっと誇れ!俺様を落として見せたんだからな!」

 そうして2人は飛行場へ針路を採った。

 途中、集中する為に切っていた無線機のスイッチを入れると言葉の奔流が流れ込んでくる。

《Bien joue!!良いもの見させて貰ったよ!奢らせてくれ!》

《ヒュー!!痺れたぜ俺にも一杯奢らせろ!》

 むさ苦しい男性陣に混じり少女の声も聞こえる。

《あ、あの、もし良ければ私とも一戦お願いします》

《 《 《お願いします!》 》 》

 その無線を聞いて顔が綻ぶ。

「人気者だな、俺たち!」

「ですね!」

 その後着陸した途端ギャラリーに揉みくちゃにされ何だかんだ流れで篠原も巻き込んで扶桑ガリア合同の訓練が始まったりしてその日はお仕舞いとなった。

 

 

とあるガリアウィッチの追憶

 私はアデール・マルタン。ここガリアで生まれ育ったウィッチだ。今年で14歳、成績は、、、中の下、、、かな?

 やっとの思いで試験に受かったのが今年の一月、それからあっという間に配属先を言い渡されてこのお城と空港が合体したみたいな基地で働く事になりました。

 基地司令のお爺さん(本当はダメだけどみんなそう呼んでいる)は優しいし飛行隊の皆んなも良い人だけど毎日同じパトロールと訓練だけでちょっぴり退屈な毎日。あーあ何か凄いこと起きないかなぁ。

 そんなこのご時世に罰当たりなことを考えながら部屋の掃除をしていると入隊前からの友達のセリア曹長がこんなことを言い出した。

「ねえアデール、聞いた?扶桑からウィッチがこの基地に来るんだって」

「扶桑から?随分遠くから来るんだねー」

 カールスラントやブリタニアのウィッチは良く見るけど扶桑のウィッチはたまにしか見たことない。なんかいつも軍服を来てかっちりきっちりしてるイメージ。

「ね、しかもそのうちの一人は東洋のリヒトホーフェンなんて言われたスーパーエースなんだって!」

「そんな凄い人がくるの?パリじゃなくてここに?」

「そうここに!嗚呼楽しみぃ〜!」

 どんな人たちなんだろうあまり恐い人じゃなければ良いなあ。

 とにかくお客さんが来るならいつもよりもっと綺麗にしないとね!

 

 それから1日経って外国から凄いウィッチがやってくる日、もしかしたら恐い人かもと思っていた扶桑のウィッチはとっても良い人たちだった。

 隊長さんは私たちの隊長クリステル少尉と同じ様な雰囲気の真面目で優しそうな人、そしてよく笑う身長も高くて頼り甲斐のあるお姉ちゃんといった感じの中尉さん、もう1人は私と同じ軍曹で何と金髪に青い目をしていた。しかもとっても可愛いそして私たちの誰よりも大っきなものを持ってた。

 ウィッチだけじゃなくて一緒にやってきた男の兵士たちやツナギを着た設計士さんたちも優しくて暇を見て基地の整備兵たちと私たちのストライカーユニットや爆撃機の整備を手伝ったりしてくれた。お礼を言うと、

「むしろ礼を言いたいのはこっちだよ。他国のストライカーや飛行機に触る体験は貴重だからね」

とはにかみながら話してくれた。

 そうストライカー、篠原さんたちが履いているストライカーユニットは当たり前だけど私たちの使うM.S.406cとは全然違うものだった。

 遠坂さんとクリスちゃんの使うストライカーはまず大きい、私たちのそれとはひと回りくらい太くてエンジンが大きかった。

 篠原さんが使うユニットは真逆で細くてとっても速そうな感じ。整備士さんの話だとカールスラントのストライカーユニットを元にして過給器やエンジンを改良してより高く飛べる様にした試作機らしい。

「良いなあ、、、」

 副隊長のカミーユ少尉が呟く。確かにこんな凄いユニットが私たちにもあればなぁ。

 物欲しげに眺めていたのを気付かれたのか遠坂さんがやって来て言う。

「なんだ、気になるのか?」

「は、はい!外国の、こんなすごいストライカーを見るのが初めてで、その」

「はっはっは!そんな緊張するなよ!そうだ、動かす所を見せてやろう、これから哨戒に出るんだ」

「良いんですか?ぜひ!」

 カミーユ少尉が目を輝かせて首を縦に振った。その様子にニッコリとうっかり惚れてしまいそうな笑顔を浮かべると整備兵に駆け寄り一言二言話すとまた戻ってきた。

「良いってよ、ちょっと待っとけ」

 やった!私とカミーユ少尉は他の2人を連れてくる事にした。独り占めはズルいもんね。

 しばらくして私はセリアをカミーユ少尉は紅莉栖ちゃんと談笑しながらクリステル隊長がやって来た。こんな短い時間で打ち解けるなんて流石隊長。

 遠坂さんと紅莉栖ちゃんがストライカーを履いて集中する。しばらく心地よい沈黙が流れて2人の足元からキュウゥゥンというエンジンに魔力が流れる音がし始める。

そして、

「回せー!」

「お願いします!」

 2人の合図と共に寸分の狂いもなく全員が一体となってエンジンに火を灯していく。

「「今!」」

 爆音が最高潮になり私は思わず耳を抑えた。

「どうだ、凄い馬力だろ?」

 遠坂さんが悪戯っぽく笑いながらスロットルを絞った。

 凄いエンジンだ、M.S.406より100、いや200馬力は強そうな力強い音が私の鼓膜を震わせる。

 

 それから息を切らしてやって来た篠原さんに2人は呼び止められていた。

 途切れ途切れに漏れ聞いたところによると、お爺さん大佐がどうしても飛んでるところを見たいとお願いしたそうだ。

 あっという間に模擬戦の準備を整えると2人は同時に滑走路の中ほどで空に躍り出た。

「綺麗、、、」

 二人の空戦を見上げる私の口から思わずそう溢れた。

 多分ガリアの教官でもここまで激しくそれでいて繊細な動作で飛ぶ事は出来ないのでは無いかと思ってしまう。そんな飛び方だった。

 交差からのハーフループ、流れる様に始まった巴戦、私には絶対出来ないギリギリまでの急降下、そして決着。

 気づけば私は称賛の言葉ではなく不相応な願いを口にしていた。

「あ、あの、もし良ければ私とも一戦お願いします」

 私の言葉に周りの3人も続く。

「 「 「お願いします!」 」 」

 

 追伸

 全戦全敗でコテンパンにされました(泣)



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第16話 悪夢

 虫も眠る深い夜。その静けさが突如爆音に切り裂かれ火の手が上がる。

 その喧騒の渦中、遠坂は一人今となっては懐かしい狭いコクピットの中から燃え盛る街を見下ろしていた。

 頭を上げれば彼の上空には夥しい数の銀翼の爆撃機の大編隊。

 その群れが頭上を通り過ぎる度その下に広がる街並みは何もかもが一緒くたに燃えて灰になっていく。

 彼の生家や街に住む人々の営みその全て。

 彼は悲しみとも怒りともとれる感情に支配されながら唸り声と共にスロットルをめり込むほど押し込み操縦桿を身体にくっつくほど引き寄せる。

 ハ一〇二 1000馬力級エンジンが咆哮を上げ遥か3000m上空を悠々と飛ぶ巨鳥を捉えんと機体を持ち上げる。

 チャンスは一度切り、爆撃する為に速度を落とすその一瞬限りだ。

 12機で一つのトライアングルを形成するB29に対して後ろ下方から接近した遠坂は編隊の左後端に位置する機体に標的を絞った。

 B29の速度が爆弾倉を開けて空気抵抗が増したことにより減速する。その隙に遠坂は接近を試みた。

 だんだんと近づいてくる敵機に爆撃機のクルーたちはボール型銃塔の射撃を用いて対応する。

 曳光弾のシャワーが煽る恐怖心と稀に混じるガンガンと不吉な音に耐え遠坂は接近を続ける。

 そして照準器の枠から大きくはみ出るまで近づいたところで遠坂は発射ボタンを押し込んだ。

 37ミリの巨砲が火を吹きB29のマグネシウム合金で形成された胴体を引き裂く、機体から脱落しバラバラになった無数の破片が地上の炎に照らされキラキラと光った。

 が、奮戦もここまでであった。

 慌てて投弾を終え爆弾倉を閉じたB29は戦闘機もかくやという加速力と速度を持って遠坂の駆る屠龍を振り切った。そうこうしているうちに彼方から敵の第二陣がやってくる。

 その編隊が指し示す方位に彼は戦慄した。

「よせ、、、、!やめろぉ!やめてくれ」

 攻撃と回避の為に速度を使い果たした遠坂にもう追いつく術は無かった。

 新たなB29が爆弾倉を開け一定の間隔で焼夷弾をかろうじて燃え残っていた区間に投げ込んでいく。

 全てがスローモーションの様に感じられた。

 そして、

 

 彼の忌々しいほど優れた目は投下された爆弾が最愛の人が待つ我が家を跡形も無く消し飛ばす様をハッキリと目の当たりにした。

 

 

「、、、、、、や、、めろぉぉぉ!」

 遠坂はそこで飛び起きた。

 まだ日の出は遠く、辺りは静けさに包まれていた。

 「はあはあ、、、はあ、、、夢、、、か?」

 こちらの世界に迷い込んで以来彼女がたびたび見る夢だった。全身びっしょりと掻いてしまった汗が酷く気持ち悪い。

 遠坂はすっかり冴えてしまった頭に一つ溜息を吐くと隣のベッドに眠る川嶋を起こさぬよう夜風に当たりに自室を出た。

「何だってあの時の夢を見ちまうんだ」

 ふらふらと宛もなく歩いているといつのまにか滑走路の土手に出ていた。

 ひと足先にそこに居た先客に挨拶する。

「これはこれは篠原隊長、夜ふかしは肌の天敵って言いますぜ」

「あら遠坂さん、貴女こそこんな時間にどうしたの?」

「いやぁ、何だか夢見が悪くてですね」

 そう言う遠坂の顔には疲労の色が見えた。篠原は薄々察すると遠坂に隣に座るよう促した。遠坂が腰を落ち着かせたことを横目で確認するとおもむろに切り出した。

「私も良くない夢を見ることはあるわ。ノモンハンの事や帰れなかった仲間たちの事もね。貴女もそういった夢を見るの?なら今吐き出してしまいなさい、楽になるわ」

 遠坂は一瞬迷った。自分より二回りは年下の少女に話すにはあまりにも刺激が強い種類の話だったからだ。

 遠坂は逃げる事にした。

「そういう隊長はどんな夢を見るんです?」

 ハッと遠坂を見た篠原は息を一つつくと話し出した。

「私の見る夢は、ノモンハンに初めて着任したときにできた部下たちの夢、、、」

 

 私が飛行第11戦隊の小隊長として着任したのは1937年の春だった。

 真新しい新型機だったキ27を履いて明野飛行場に降り立った時に出迎えてくれたのが後々小隊員として支えてくれた島田 沙織軍曹と鈴木 志乃軍曹だった。

 二人とも美人で良い子達だったわ。と篠原は懐かしげに話した。

 それから暫くは退屈な訓練の日々を送る。

 事態が変わったのはそれから程なくしてからだった。

 ある日、いつもの訓練を終え飛行場に戻ってくると大混乱に陥っていた。聞けば海軍の艦隊が扶桑海で飛行型の怪異(この時はネウロイという呼称が定着していなかった)と交戦し大損害を受けたとの事だった。

 それからは目まぐるしく変わる状況に流されるように私たちは実戦に赴く事になった。

 篠原はそこで一旦話を区切る。目には深い後悔が見てとれた。

「私たちには何もかもが足りなかった。武器も技術も、、、そして覚悟も、、、」

 詰め込む様に洋上航法を仕込まれた私たちは準備もそこそこに大陸へ飛んだ。あの時はまだ自分たちが戦うという事がいまいち自覚出来てなくてピクニックに出かけるみたいに浮かれていた。みんな口々に帰ってきたら英雄だ、撃墜王だとのたまっていた。小隊長である私でさえも、、、。

 初めての空戦は今でも覚えている。あれは1939年5月27日の事、沙織と志乃の2人を連れ立って哨戒に出た時、オラーシャのI-16戦闘機を模した型のネウロイ4機を発見した私は二人の警告を無視して空戦に入った。あの時の自分をぶん殴ってやりたいと篠原は唇を噛み締めながら漏らした。

 太陽の方角から撃ち下ろす形で突入した時点で2機を撃墜、気を良くした私はそのまま数の劣勢も頭の隅に追いやって格闘戦を始め残りの2機も撃墜した。頭に血が昇って周りが見えなくなる悪い癖、今思えばあの時危ない目に遭っていればその後の悲劇も避けられたかもしれない。

 忘れもしない6月27日、あの日は大陸奥地タムスクに爆撃を行う重爆隊の援護だった。

 でもタムスクに向かっている間私は少し平常心を失っていた。その前日、5機目の撃墜を成し遂げてエースの称号を得ていた。その事で浮かれていた私は頭上から狙ってくる影に気付かなかった。

「危ないっ!」

 沙織の絶叫と同時に私は横向きに突き飛ばされた。体勢を整えて沙織のいた方角を振り向いたとき、

 彼女はストライカーから火を吹きながら落ちていった。一瞬後にネウロイの群れが私の側を急降下して爆撃機編隊に食らいついていく。

 その光景を見ていた私の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。

 私は手に持つ十一年式軽機関銃を沙織を落としたネウロイに撃ち込んで撃墜した。

 とにかく手当たり次第に目に入るネウロイに向けて撃ちまくり弾が切れれば銃で殴り銃が砕ければ拳を叩きこんだ。それからの事は良く覚えていない。気がつけば私は一人低空スレスレを飛んでいた。

 生き残った爆撃機のクルーに聞けばその日だけで11機の敵を葬ったようだがそんな事はどうでも良かった。

「私は、エースの称号と引き換えにかけがえのない仲間を失った、大馬鹿野郎よ、、、」

 そう篠原は締め括った。

 篠原は突然温かい物に包まれた。顔を上げれば慈愛に満ちた顔の遠坂が篠原を抱擁している。

「あんたが大馬鹿野郎なら俺はとんだ屑野郎さ。惚れた女一人守り切れなかったんだからよ、、、」

 遠坂は語り出した。

 俺はしがない呉服屋の長男だった。順風満帆、困った事など一つもない人生。その中で唯一遠坂の思い通りにならない存在があるとすれば幼馴染の恭子だった。

「アイツは女だてらにガキ大将でな、何かしらちょっかいをかけると10倍になって返ってきやがる」そう言って遠坂は笑った。

 側から見れば微笑ましいじゃれあいに見える本人たちの喧嘩は互いの両親の耳にも入って何をどう間違ったのかいつの間にやら見合い話になってしまった。当然二人は反対した。罵詈雑言の飛び交う喧嘩の最中、恭子が放った一言が彼の人生を変えた。

「アイツ、長男に胡座をかいて兵隊にもならない臆病者には嫁に行かないって言いやがった。そこまで言われて黙っている程俺はいくじ無しじゃあなかった。」

 気がつけば売り言葉に買い言葉で陸軍への入隊が決まった。

 それから俺はアイツを見返してやる為だけに兵隊を続けた。今思えばあの時にはもう惚れていたんだろうなと遠坂は零す。

「航空隊に入ったのは漠然とした憧れからだった。空を飛んでいる連中が輝いて見えたんだ。入ってみてこれが俺の天職だと確信したよ。大空を飛ぶ事があんなに気持ちいいとは知らなかった。、、、アメリカと戦争が始まったのはそれから暫くしてからだった」

 俺は戦中屠龍と出会い対爆撃機の切り札として本土に呼び戻された。

 そこで実家に帰った際に恭子と祝言を挙げた。

 充実した日々だった。帰りを待つ人がいる幸せを噛み締めながら、俺は飛び続けた。

だが、

「あの日全部が狂っちまった。忘れようにも忘れられんあの春の夜、、、」

 1945年3月10日、あの日俺は上官に愛機の計器確認をするといって飛びたった。ふと思い立って俺は実家の上を飛んでみようと都心に機首を向けた。そして東京大空襲に遭遇したのだ。

「クソッタレだよ、いくらエンジンを吹かしても質の悪い燃料と出来の悪い機体じゃいつまで経っても追いつけなかった。俺は見ているだけしかできなかったんだ、、、その後はあんたらの調書に書いた通りだ」

 言い終えた遠坂の頭に篠原の手が添えられる。

「貴女は良く頑張ったわ、きっと恭子さんも分かってくれるはずよ」

 暖かい声に遠坂はまるで篠原に恭子が重なって見えるように感じた。

 

 二人はひとしきり泣いた。打ち明けた事でいくらか心は軽くなったが悲しみは消えなかった。そして祈った、失った者たちが安らかに眠るよう、そしてそれぞれのこれからを見守ってくれる様に。

 結局その日は再び寝付く事は出来なかった。

 



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第17話 戦闘空中哨戒

1940年6月8日

 この日は雲が厚くかかり時折小雨がぱらつく生憎の天気あった。

 濡れたブリックス飛行場の格納庫から滑走路に3人のウィッチが進入する。

 篠原がシャトーの尖塔を流用した管制塔へ離陸許可を求めた。

「実験隊篠原よりブリックスタワー、戦闘空中哨戒任務のため離陸許可を求めます」

《ブリックスタワーより実験隊、離陸を許可する》

「了解これより離陸します」

 短い会話の後、篠原、遠坂、川嶋の順に離陸を開始する。

 短距離離着陸能力に秀でるウィッチたちは200mも経たないうちに地面を離れ大空に舞い上がると見事な正三角形を形作り地平線の彼方へと飛び去った。

 今日の彼女たちの任務は戦闘空中哨戒、幾つかのチェックポイントを繋ぐ様に飛行し空の異変に目を光らせる任務だ。

 経路はブリックス空軍基地を出発した後、時計回りにカーン、パリ、オルレアン、レンヌ上空を周回してブリックスへ戻る航路。

 ちなみに扶桑とヨーロッパの設計思想の違いを示すエピソードがある。最初このルートをクロードに提出した際、大いに驚かれた。なんでも欧州の単座戦闘機やストライカーは航続距離が大体500km前後でありこのように長距離の戦闘空中哨戒は見たことが無いと言う。広い洋上での作戦を想定し1000km以上の航続距離(キ-61では1100km+30分の空戦、キ-45改に至っては2000km!)を持つ扶桑製ストライカーユニットならではの一幕であった。

 閑話休題

 

 ブリックスを離陸し巡航速度で南東に飛ぶ事20分、最初の中継地点カーンの街並みが見えてくる。

 カーンは人口10万人を擁するガリアを代表する町の一つだ。歴史的遺産も多く街全体が観光地と言っても良い。

 篠原たちは街の上空を暫く旋回し時折手を振る住人たちに敬礼を返しながら次のチェックポイントへ向かう。

 針路を東へ向けて飛ぶ事170km華の都パリへ差し掛かった頃、川嶋が異変を察知した。

「何だろうこれ?」

 額からレーダーを展開した川嶋が首を傾げる。その様子に篠原が尋ねた。

「どうしたの?」

「パリから東20kmに妙な反応があります」

「おいおいそこは味方の勢力圏だぜ、ネウロイなら通報があるはずだろ。故障じゃないのか?」

 遠坂の疑問はもっともだが隊長として異変を見逃す訳にはいかない。篠原は針路を修正して未確認機に向かう事にした。

「念の為に確認しに行くわよ、紅莉栖さん誘導して頂戴」

「了解」

「へーい」

 そして川嶋の誘導に従い進む事5分、問題の空域に到着した。

「この辺ね。紅莉栖さん?」

「お待ちください、え〜と、あ!あの不明機です!」

 川嶋が指差した先には小さな影、目を凝らすとそれはリベリオン陸軍航空隊で用いられているB-17爆撃機の様だった。

 遠坂が眉を顰めながら言う。

「あれはB-17?爆撃機が何だってこんな所に?」

「機体のトラブルで迷い込んだのかもしれないわ誘導しましょう」

 そうしてB-17に接近する篠原たちだったが違和感の正体に気づいた。

 その爆撃機は赤と黒で機体を染め上げていたのだ。

「何だ?あのふざけた塗装、落とされたいのか?」

「いけないっ!離れて!」

 篠原の叫びに咄嗟に散開し距離を取る三人。刹那それまで居た空間を赤いビームが切り裂いた。ビームの発生源を見るとそれは何とあの赤黒い爆撃機だった。

「ネウロイかよコイツ!」

 そう喚きながらホ三を構える遠坂。

 尾翼に狙いを定め引き金を引こうとした瞬間、ネウロイは爆弾倉を開くと中から4機の爆弾から羽が生えた様な形の小型ネウロイを射出した。

「て、敵機が増えました!」

 川嶋は自身に接近してきた小型ネウロイに向かって九八式機銃を放つ。しかし小型ネウロイは鋭い切り返しで避けるとそのままの勢いで川嶋目掛けて突っ込んできた。

「きゃあっ!」

 咄嗟に上昇に転じてやり過ごす川嶋、小型ネウロイはその後ろに位置取ると上昇しながら機銃弾の様な連続したビームを放ってきた。

「待ってろ川嶋!今すぐ助けてやる!うおわっ?!」

 遠坂は援護位置に着こうとするが自身も3機の小型ネウロイに追われている状況では有効な射撃が出来なかった。やがて川嶋から引き離され3対1の空戦を強いられた。

 篠原はB17型が放つ極太のビームをシールドで受け流しながら無線に向かって怒鳴った。

「扶桑陸軍航空隊実験隊より付近の全部隊!パリ東10kmの空域で爆撃機型ネウロイと交戦中!至急増援を求む!」

《こちらパリ管区防空司令部了解した!付近の基地からスクランブル発進させる!それまで持ち堪えてくれ!》

「了解!」

 篠原は増援が装備を整えて離陸してから到着まで5分と想定した。

(これは長い五分になりそうね)

 篠原は上昇し戦場を俯瞰した。

 篠原からみて500m先11時方向同高度に川嶋が一機の小型ネウロイと空戦の最中だった。不覚を取ったが何とか巴戦に持ち込んで対等に渡り合っている。

 遠坂は3時方向1km先で3機と空戦中、こちらは旗色が悪い、そして母機と思われるB-17型こちらは時速400キロ程でパリに向かっている。間違いない奴はパリを空襲するつもりだ。

 一瞬で決めなくてはならない、苦戦する遠坂かパリに向かうネウロイか。早く決断しなくては両方を失う事になる。

 逡巡する篠原に遠坂の怒鳴り声が響いた。

《隊長!小さいのは俺と川嶋で引き受けた!だから!パリの街を頼む!》

 篠原は遠坂を見るそこには3対1ながら背後を渡さず奮戦する遠坂の姿があった。

 彼女は強い、それは篠原も充分分かっていた、しかしそれでも仲間を失う辛さが足を引っ張る。

《さっさと行けぇぇ!》

 篠原は腹を括った。B-17の形をしたネウロイを睨みつけ九八式機銃を握り直した。そして"左に急旋回し降下した"。

《馬鹿野郎!何故こっちにくる?!》

「こうするためよ!」

 篠原は遠坂の背後から迫る小型ネウロイに銃撃する。一機がモロに銃弾を浴びて爆散しもう一機が爆風に煽られて体勢を崩す。そして篠原はそのまま身体をネウロイと遠坂の間に滑り込ませ左右に不規則に旋回した。距離を取った川嶋ではなく比較的近づいていた遠坂に3機も食いついた事を鑑みるにどうやらこのネウロイは最も近くにいる敵を攻撃する様に出来ているらしい。同じようにして篠原の挑発に乗って2機のネウロイがターゲットを切り替える。

《なんで?!》

「中型のネウロイは貴女の武装じゃないと落とせないわ!ここは任せて行きなさい!」

 もう列機は落とさない。そう言外に語る篠原に遠坂も覚悟を決めた。

《分かった!死ぬなよ!》

 そう言って遠坂は爆撃機型ネウロイを追った。

「さて、正念場ね」

 篠原はバレルロールで射弾を交わしながら次の一手を考えた。

 遠坂が母機を撃墜するまで生き抜くこと。

 それが導き出された交戦規定だった。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 遠坂はフルスロットルでエンジンを回しながら浅く呼吸を繰り返し気を落ち着かせた。

「大丈夫だ。アイツらは落ちない」

 自分に言い聞かせた。一度は視界から外れた爆撃機型の姿が見えて来る。

 敵機が放つ赤いビームを右へ左へ巧みにラダーを当てながら避け尚も接近する。

 悪趣味なカラーリングのB17に生理的な嫌悪感を抱きながらホ3機関砲を構える。

(1km、、、800m、、、600m、、、まだ遠い!)

 少しづつしか大きくならないシルエットに焦りが募る。

 そして200mまで近づき引き金を引こうとした瞬間、突如としてネウロイが時速600キロ以上まで急加速した。

 引き離され始める機影に慌てて撃ち始める遠坂だが胴体を撃っても翼に当ててもまるで手ごたえがない。それはつまりコアは機首付近の前方から撃ち込まなければならない場所にあるという事だ。激しい防御銃火に堪らずシールドを張って発砲を中断する遠坂。

 ネウロイが爆弾倉を開ける。

 目前に迫るパリの街にあの夜の光景がフラッシュバックする。

(ふざけんなっ!何の為にこの力があると思ってるんだ!)

 遠坂はストライカーに限界まで魔力を流し込む。座学や整備兵たちからはストライカーユニットに必要以上の魔力を投入すれば最悪、爆発のリスクもあると教えられた。しかしそんな事彼女にはどうでも良かった。ただ目前のネウロイを睨みつけこの幻影を振り払って己が前を向けるようになるために。

 しかしてエンジンが金切り声と共にその限界を超えた回転数に達する。そして自殺的な速度に達した遠坂はあっという間にネウロイを追い越し正対した。

「食らいやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 殺人的な相対速度とあらん限りの魔力を込められた20mm弾がネウロイの機首から尾部まで貫き通しコアを破壊する。

 けたたましい爆発音と共に塵と化したネウロイがパリの街に降り注ぐ。本当にギリギリだった。

「やった、、、やったぞ恭子、、、俺は今度こそ守ったぞ、、、」

 そう言って遠坂は意識を手放した。

《遠坂ーーーー!ーーー!》

完全に意識を失う直前彼女は体が何か懐かしい温もりに包まれていく感覚を覚えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「本当に心配したんだから!」

「篠原大尉、ここ病室なので声を抑えてください」

「いいえ黙りません!貴女私がどれほど」

「分かった!分かったから!」

 ここはパリ市内の病院の一室、遠坂はそこに収容されていた。

 あの後母機の消失に伴い子機である小型ネウロイも消滅して一安心したのも束の間、遠坂の姿がない事に気が付いた篠原と川嶋は遅れてやってきた航空隊と一緒に捜索を実施。パリ郊外の野原で意識を失った状態の遠坂を発見してパリ市内の病院に搬送、そのまま彼女は一日中眠り続け目が覚めた時には日が傾いていた。

 医師の見立てによると極度の過労、著しい魔法力の消費によって昏倒したとされ、それ以外は至って健康そのものであった。

「でも不思議ですね、高度5000mから落下して怪我ひとつ無いなんて」

「そうね、私も聞いた事が無いわ」

 それに対して遠坂はポツリと溢した。

「今まで死んでいった連中が、助けてくれたのかもな、、、」

「、、、そうかしら?、、、そうね、、、そう思っておきましょう」

 

 それ以来彼女たちは悪夢に苛まれることは無くなった。



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第18話 命令

 パリ郊外で起きた遭遇戦を皮切りにガリア中部から東にかけての主要都市で散発的な空襲が繰り広げられた。いずれも戦闘機や爆撃機を模ったネウロイが1〜2機侵入してくる程度で戦闘機隊でも充分に対応が可能なレベルであったが連合軍司令部はこの事態を重く受け止めて原因究明を急いだ。するとマジノ線北の終端に位置するベルギカ王国に戦力の空白地帯がありネウロイはそこから飛来している事が判明した。そこで司令部は前線北側への増援派遣を決定、第二線からありとあらゆる戦力を掻き集めると共にブリタニア本国からレーダーを用いた警戒部隊を主要都市に派遣した。

 ネウロイが前線の遥か後方、ガリアのお膝元であるパリにまで進出して来た事実を受け、実験隊でも隊員たちは近く訪れるであろう進出命令に備えた。

 依然として詳しい情報は降りてこなかったが彼女たちはあの空戦でパリ寸前までネウロイ飛来を許した挙句味方のスクランブル発進も遅れてしまったという事は防空網に穴が空く程戦力に余裕が無い事を意味し、すなわちその補完の為に彼女たち腕利きの集まる実験隊に白羽の矢が立つ可能性が極めて高いと考えたからである。

 

 しかしその覚悟は裏切られる事になる。

 

 いつまで経っても移動命令も作戦指示書も何一つ届かなかったのだ。

 ブリックスからマジノ線まで最短でも500km、篠原たちなら行けない距離では無いが対ネウロイ戦の多くがスピード命の迎撃戦である事を鑑みればあまりにも遠い500kmだった。

 不審に思いながらも訓練に励んだ。軍隊とは命令が全てなのである。

 事態が変わったのは1週間が過ぎ哨戒任務も順調に済んでからのことであった。

 

 実験隊のウィッチ3人と指揮官クラス全員が格納庫にパイプ椅子を並べて集合していた。その中で深刻な顔をした篠原が通信隊から受け取った命令書を手に皆の顔を見渡しながら口を開いた。

「みんな話があるの、陸軍航空隊司令部から命令が届いたの。でも落ち着いて聞いてほしいわ」

 篠原は受信した命令を一言一句そのまま伝える。

 その内容を聞き一同は耳を疑った。

 司令部の命令はシェルブール港防空を言い渡したのである。

 何故その命令に彼女たちが驚いたかというとその時のシェルブールには既に必要十分の飛行隊と防空部隊が展開しており、また同港は大型含めてネウロイの活動範囲の外に位置していたからだ。ここに来てシェルブール近郊に配置することは基地を必要以上に圧迫する事になり戦略上のメリットは少ない。

 この命令が意味する事はつまり状況がいつどこにネウロイが現れるか分からない程に最悪であるか、司令部が実験隊に戦力的価値を疑問視しているかのどちらかだ。マジノ線が未だ健在で陸戦の主戦場が遥か東の国境線沿いである事を加味すれば後者の可能性が高い。

 司令部は設立背景が特殊で人員も定数を満たしていない実験隊を二線級の部隊として認識している可能性がある。無機質な命令書はそう語る。

 

 

「俺を戦わせろぉぉぉっ!」

「落ち着いてください中尉!」

 遠坂が某警察官のようになるのも仕方なかった。念の為断っておくが彼は戦争中毒者ではない。むしろ前世の記憶がある分戦争には忌避感を持っていた。ただ自分が蔑ろにされているのが気に食わなかったのだ。

 そして部隊の皆も大なり小なり同じ気持ちを抱いていたので特に彼女を止めたりはしない。

「隊長殿、司令部の命令は確かに我々宛だったのですか?確かに我々は少数ではありますが戦力外として数えられる程ではない筈です」

「そうです!俺たちは今まで稼働率100%を維持し続けていました!」

 金子主計中尉の問いに整備班長の高橋曹長からも声が挙がる。格納庫奥でストライカーユニットの調整をしていた整備兵も皆そうだそうだと口にする。

「貴方たちの気持ちは痛いほど分かるわ。でも命令の宛先は確かに私たちよ」

「あのー」

 格納庫の隅から手が挙がる。今回実験隊に随行する事になった川滝の技術者たちだ。

「もしかして私たちが足手纏いになっているんじゃないですか?軍属とはいえ正規兵ではないですし」

 川滝組の纏め役をしている丸眼鏡をかけた中年技師『井町 勇』技師が申し訳なさげに推察した。

 これに輸送小隊を率いている斎藤少尉が食ってかかる。

「何を言うんですか井町さん、貴方がたのお陰でストライカーユニットの調整もスムーズに済むし部品の調達も上手くいってるんじゃありませんか。足手纏いどころかむしろ百人力ですよ」

 篠原もその言葉に頷きながら続いた。

「そうね、井町先生が居なかったら稼働率もここまでではなかったかもしれないわ。それに軍属が前線近くの航空基地にいる事は対して珍しくもないから気に病まなくてもいいですよ」

「そう言われると気持ちが楽になります」

 井町技師は安心したように席に座り直した。

 皆、納得は出来ていない。彼らは家族や知人を守るために軍に入り各々自分の持ち味を活かして周りに貢献しようと覚悟を決めた者たちだ。本格的に戦う前から戦力外通告など屈辱に他ならなかった。

「こうなったら決起だ決起!司令部に直談判しようぜ!」

 遠坂がいきり立ちながら吠える。

「はい!そうしましょう!」

 川嶋もまた怒っていた。基本的に穏やかな彼女だが自分の能力を軽んじられて「はいそうですか」と引き下がる程柔な女ではなかった。

 いいぞやってやれと誰かが声を上げる。ボルテージが上がる格納庫だったが、篠原が手を叩いて鎮まるよう促した。

「みんな落ち着いて頂戴。みんながそう思うように私もこの命令には不服だわ。だから、、、」

直談判するわよ、と言った彼女の目は格納庫内の誰よりも怒りの炎を宿していた。

 多くの撃墜王がそうであるように彼女もまた高いプライドの持ち主であったのだ。

 そうして単なる命令の下達だった筈の寄り合いはどうすれば司令部に前線配置を認めさせるかの作戦会議に様変わりした。

 そうして翌日、篠原、遠坂、川嶋の3人はパリにある陸軍遣欧航空隊司令部の一室、第二課航空班(航空作戦立案などを担当する課)を訪れていた。

「何故、私たちが二線級の配置なのでしょうか?」

 入室早々、敬礼もそこそこに詰め寄る篠原。部下の手前平静を装いつつも不満を顔一杯に表している。

 少佐は、掛けている丸眼鏡の位置を直しながら返答する。

「来て早々に無礼であるぞ!何だね君たちは?!」

 篠原は改めて名乗りながら更に少佐に迫った。

「失礼しました、気持ちが早まってしまってつい。私『陸軍航空隊 飛行実験部 実験隊 欧州派遣隊』隊長の篠原弘美大尉ですわ。この度は大変納得出来ない命令書が届いたものですから居ても立っても居られず訪問させていただきました。さて改めまして何故我々実験隊が前線配備ではなく戦闘の可能性が低いシェルブールなのでしょうか?」

 畏まった口調で長々とした正式名称を名乗りながら捲し立てる篠原に、少佐は若干気圧されつつも答えた。

「実験隊には、ほら、我が国の至宝たる技術者が随行しとるし、第一定員割れで訳の分からん試作機と新装備の部隊なんぞ戦力になる筈ないだろう。」

 早い話特殊過ぎて扱い切れないからとりあえず待機という事である。

 これに実際に新装備ホ三機関砲を使っている遠坂が食いついた。

「我々は確かに新型機と新装備を運用しておりますが、新型機は川滝の技師たちの助けもあり稼働率十割、新装備ホ三20mm機関砲も極めて良好な信頼性を示しております。前線でも活躍こそすれ足を引っ張るような事態にはなり得ません!」

 こめかみに若干青筋を浮かべながら答える遠坂。それに少佐は溜息を吐きながら反駁する。

「それは技師が同行する理由付けにはならんぞ」

「彼らは自分たちの存在が足を引っ張るくらいなら腹を切るとおっしゃっていました!」

 言葉を被せるように声を挙げた川嶋に少佐は若干苛立ちながら呟く。

「、、、ノモンハンの英雄が死ぬような事になったら私の首が飛ぶわ。大体何が不満なんだ?無事に国に帰れるんだぞ?」

 小声でそう呟いた少佐に3人は呆れると同時に遠坂の堪忍袋が盛大に破裂した。

「ッッッッ!俺たちは戦いに来たんだ!ふざけんなっ!」

 炸裂音と共に執務室の机がくの字に折れ、少佐は思わず飛び退いた。

「な、なな、何をする!」

「それはこっちの台詞だっ!切迫した状況で保身の為に部隊を遊ばせる士官が何処にいる!」

 このままでは暴力沙汰に発展しそうな怒り具合に篠原と川嶋が必死に抑えながら続けた。

「非礼をお許しください。ですが彼女の言い分ももっともです。私たちは戦う為、ヨーロッパを救う為に扶桑からやってきたのです」

「前線への異動を許可して頂けませんか?」

 少佐はぐぬぬと唸った。このまま要求を呑めば自身の面子は丸潰れになる、しかし飲まねば今度は少佐自身が机と同じ末路を辿りかねない。

 そして閃いた。

「数々の無礼、おおよそ許せるものではない!懲罰として最前線への派遣を命じる!二度と顔を見せるなっ!憲兵!此奴らを司令部からつまみ出せ!」

 憲兵が執務室に入ってくるなり真っ二つになった机に驚愕しながらも3人を連行する。こうして少佐の命の危機は去った。

 

 その後事情を聞いた古賀少将の口添えもあり無事に実戦部隊として第一線に配置されることとなった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

発 扶桑陸軍遣欧航空隊司令部

宛 陸軍航空隊飛行実験部実験隊欧州派遣隊

 リール空軍基地に展開する第27戦隊が戦力消耗につき後方へ撤退するため陸軍航空隊飛行実験部実験隊欧州派遣隊はリール空軍基地に移動しマジノ線北部戦域、ガリア・ベルギカ王国国境線、並びリール市防空任務を同隊から引き継ぎ現地部隊と共同で防空網強化に尽力せよ。

 尚、以後同隊は部隊名を『独立飛行第一中隊』とし古賀武志陸軍少将の隷下に入り当該地域の作戦に従事する事。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 無事に前線への移動が決定した篠原たち独立飛行第一中隊は早速旅支度を始めた。西のコタンタン半島にあるブルックス飛行場から東の国境リールまでは避難民でごった返す陸路をトラックで2日はかけなければならない。準備は早いに越したことはないのだ。

 3人だけ飛んでいく事も考えたが、殆ど一点物と言っていいストライカーユニットの特性上ウィッチだけ先に到着しても整備が出来ず手持ち無沙汰になるだけであったので全員でトラックに揺られる事になった。

 親しくなったガリアウィッチ達やパイロットたちに別れを告げる。

「寂しくなるのぉ」

 餞別にシャトーに備蓄していたワインを1ダース持ってきたクロードが慌ただしく準備している隊員たちを見ながら物悲しげに呟いた。彼はこの戦争でこの後方の基地司令の座を手にして以来、ずっと一人前になった者たちを見送ってきた。思う所があるのだ。感慨に耽っていると不意に名前を呼ばれ意識を現実世界に呼び戻される。

「デュポン大佐、短い間でしたがお世話になりました」

 敬礼する篠原に釣られるようにして他の隊員たちも口々に礼をする。

 それに対してクロードは年季の入った見事な答礼を返した。

「うむ、今から其方たちは厳しい戦いへ赴く事じゃろう。強大な敵と相対する事もあるじゃろう。己の至らなさに打ちひしがれる事もあるかもしれん。もし心が折れそうになった時、その時はこのブルックスの美しい景色とそこに住む多くの人々の笑顔を思い出してほしい。きっとその情景が其方らに生きる活力を与えてくれる筈じゃ。そしてどうか命を無駄にせず、生きてまたこの地で逢おう!」

「「「はっ!」」」

 地響きの様な音を鳴らし第一中隊の全員が一斉に敬礼した。

 その一切の無駄のなさにクロードは、彼らならやり遂げるだろうと心の内で微笑んだ。



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第19話 スツーカウィッチ救出作戦 上

ーーーー俺は、かつて魔女に愛の言葉を呟いたことがある。

 もちろん軍律違反だ。しかし最前線で戦う魔女に

 俺は、他に何ができたろうーーーー

ーーーーやはり俺はーーーー

ーーーー"下衆野郎"に違いないーーーー

 

 1940年6月17日

 その日俺たち壊滅した第一装甲師団の生き残りは似たような境遇の戦車乗りと寄り合い所帯の戦車旅団を結成してアルデンヌの森に出現したネウロイの迎撃に出向いていた。

 ここは最悪な地形だ、視界も効かないし足元も悪い。旅団の先鋒を務める俺たちが無人になった『ラ・ロシュ=アン=アルデンヌ』の村を抜け森に入った途端、至る所で至近距離の接近戦が始まった。

 木々の間からネウロイが続々と現れては攻撃を仕掛けてくる。

 敵の数は五体、横隊を組んで俺たちの戦車中隊12両を包囲にかかる。小が大を囲むなど兵法に真っ向から喧嘩を売るような真似だが奴らの火力、そして多脚ならではの踏破性が不可能を可能にしていた。

 完全に包囲される前に出鼻をくじかなければ、俺は右側面に移動しようとしている一体に狙いを絞った。

「撃てハンス!」

 俺の合図と同時に砲手が眼前の多脚戦車目掛けて主砲のシュコダA7L/47.8型砲を撃つ。砲口から閃光と爆音を撒き散らしながら砲弾が放たれた。

 山なりの軌道で飛ぶ37mm徹甲弾は狙い通り戦車をひっくり返して四隅から脚を生やしたような形のネウロイのど真ん中に命中する。が、甲高い金属音と共に砲弾が跳ね返された。ベルリンから幾度となく繰り返されてきた光景、俺たちの戦車の主砲ではネウロイの正面装甲を貫けないのだ。それでも中隊各車が矢継ぎ早に次から次へと撃ち込み装甲を叩き割り一体、また一体と沈黙させていく。

 しかしそうこうしている内に味方戦車もビームの直撃を受け撃破されていく。単純な撃ち合いでは火力も装甲も劣る俺たちは不利だった。既に6両24人の味方が天に召されている。

「くそっ!」

 俺は38t軽戦車の車長用キューポラから身を乗り出しながら戦車の天板を怒りのままに殴った。

 これ以上の交戦は不利である事を悟った大隊長が俺たちに後退指示を出した。

《ーーーー後退!第3中隊後退せよ!》

《シュミット!瘴気が来る!下がらないと!》

 俺の頭に絶望感がよぎる。

 この森を抜けられるとネウロイがマジノ線を素通りしてガリアに入る事になっちまう。

(また俺は守れないのか!)

 ベルリンからこのかた負け戦続きだ、俺たちは無力なのか?

「これじゃ。カールスラント装甲師団は、張り子の虎じゃねぇか!」

 その時だった。

 耳に当てた無線機のヘッドホンから場違いな凛とした少女の声が響いた。

《ーーーーザザッ!ーーーーそんな事ないわ!》

 直後俺の頭上を一塊の影が飛び越える。よく見ればそれは巨大な機関砲を携えシュトゥーカと呼ばれる独特なサイレン音を響かせながら飛ぶストライカーユニットを履き黒い軍服に身を包んだ少女だ。

 

 何度となく俺の撃破スコアを奪い、そしていつも俺たちを魔の手から救ってくれる女。

「フレデリカ!」

 俺の声にアイツは微かに微笑むと手にした3.7cm対戦車砲を俺たちの目前まで迫っていたネウロイに向かって構える。航空ウィッチの武器とは思えない重低音を響かせながらネウロイの上面に大穴を開け魔力の込められたタングステン製硬芯徹甲弾がコア諸共叩き潰す。続けてすぐ隣の戦車形ネウロイも同じように撃破すると一度フライパスして距離を取る。そして進入角度を調整してダイブ攻撃に移った。破壊音と共にネウロイが吹っ飛ぶ。

 あっという間に俺たちを囲っていた3体のネウロイを仕留め俺たち戦車乗りとは比べ物にならない速さで撃破数を伸ばす彼女に俺は思わず見惚れていた。

 アイツはなんて力強く美しく飛ぶんだ。

 

「美しい、、、俺の魔女、、、」

 

《ア、アンタね!と、時と場所を選びなさいよ!》

 無線が繋ぎっぱなしになっていた事を忘れていた。アイツが顔を真っ赤にしながら俺に向かって舌を出している。

「す、すまん。つい」

 無線を聞いていた他の兵士もそのやりとりに口を歪める。

《ハッハッハ!モテモテだな軍曹。俺たちも負けてられん!》

 戦地の只中にあって一瞬、和やかな空気が立ち込めた。

 しかし戦場においては、一瞬の油断が命取りになる。

 アイツが俺に文句の一つでも言おうと高度を下げたその時だった。

 俺たちが撃ち倒したと思っていた右側面のネウロイの一体が上空に向かって砲塔を持ち上げた。仕留め切れていなかったのだ。

「危ない!」

《え?きゃぁぁぁぁ!》

 撃ち上げられたビームは真っ直ぐにフレデリカ目掛けて伸びていく。アイツは咄嗟にシールドを張って耐えようとする。だが戦車すら一撃で屠る奴の攻撃に不意打ちを食らった身軽な航空ウィッチが耐えられる筈もない。シールドを貫通したビームに傷付いたアイツはつんのめる様に姿勢を崩す。飛ぶというより惰性で吹っ飛ぶといった方が正しい様子で薄く黒煙を引きながら森の影に消えた。

 更に木々の影から新たなネウロイが顔を出す。

 少しの沈黙の後、やっと事態を把握した陸兵たちが混乱を電波に乗せる。

《なんてこった!》

《助けに行かないと!》

《無理だ、あのウィッチはネウロイの勢力圏に落ちたんだ。突破するには俺たちの損害が多すぎる》

《でも、でも!》

 大隊長が非情とも言える現実を俺たちに突きつける。

《我々にはこのアルデンヌの森防衛の任務がある!ここで危険を犯す訳にはいかないんだ!第三中隊は一時後退して体制を立て直せ!》

 頭では分かっている。体制が整わないまま第二波の攻撃を受ければ部隊は瓦解してしまう。

《シャイセッ!了解、、、中隊全車後退!中隊各車は30km後退しサン=デュベールで補給と再編を行う!》

 生き残った中隊各車が中隊長の指示を受けて西南に針路を取る中、俺の操る戦車だけは動けずにいた。ドライバーが指示はまだかとこちらの顔を伺う。

「ミハイル?どうするんだよ、あの子置いてくのかよ?」

 通信手も俺を見上げて指示を待っている。

 俺は車長だ。コイツらの命を預かっている。軽率な真似はできない。

 だけど、、、それでも。

「助けに行くぞ!戦車前進!」

 気づけば俺は後退する各車を尻目にドライバーに前進を命じていた。

 

 

 1940年6月18日

 リール空軍基地、ベルギカ王国との国境線近くに位置するこの航空基地はガリア防衛戦において扶桑陸軍遣欧航空隊飛行第68戦隊(一式戦闘機36機編成)、リベリオン義勇航空隊第4戦闘飛行隊第1中隊(P36戦闘機12機編成)、カールスラント空軍第52戦闘航空団(BF-109c戦闘機40機)などが展開する一大多国籍拠点であった。

 そして篠原たち独立飛行第1中隊が到着した時、この基地は蜂の巣を突いた様な喧騒に包まれていた。

 到着早々に基地司令から篠原が呼び出され遠坂たち他の面々はブリーフィングルームに通され待機を言い渡された。暫くして篠原が資料を抱えながらブリーフィングルームに入ってきた。

 黒板に地図を貼り付ける篠原を手伝いながら遠坂が尋ねる。

「一体何の騒ぎだ?」

 質問に対して篠原は席に着くよう促しながらこの基地を取り巻く状況を説明し始めた。

「状況を説明するわ。昨日の朝10時頃、ここから約160km西にあるアルデンヌの森にネウロイの大部隊が確認されたの。丸一日の交戦でこのネウロイは撃退する事が出来たのだけれど作戦中、地上部隊支援の為に飛び立った第3急降下爆撃航空団所属のウィッチ『フレデリカ・ポルシェ』軍曹が消息を絶ってしまった。軍は捜索隊を出したけれど発見に失敗して軍曹の戦死判定を出したわ、それが今朝の事よ。でもつい1時間前、同じく戦闘中に消息を絶っていたミハイル・シュミット軍曹の戦車から無線連絡が入った。内容は

『ポルシェ軍曹の救出に成功せり、しかし戦車擱座し敵中に孤立しつつあり』とね。そしてここがその座標よ」

 そう言って黒板に貼られた地図の一点を指差す。そこはベルギカ王国南東部にあるアルデンヌの森のど真ん中にあるドシャンと書かれた村。森林と湿地が広がり起伏に富んだ密林だ。

「その戦車乗りはそんな場所を走り抜けたのかよ。すげー男だな」

 歩兵としての従軍経験も持つ遠坂が心からの賞賛を口にする。

 それには篠原も同感だった。湿地や崖も多いこの辺りの地形をウィッチの捜索をしながら踏破するなんて並の技量ではない。

「『敵中に孤立』ですか。早くしないと不味いかもしれませんね」

 川嶋は深刻な顔でアルデンヌの森の地形を頭に入れていく。

「ええその通り。彼らは武器も食糧もなく敵地に取り残されているわ。事態は一刻の猶予も残されていない」

 

 現在アルデンヌの戦況は連合軍が優勢だが敵を完全に押し戻す事は叶わずサン=デュベールで防衛線を張っていた。防衛しているクンマースドルフ戦車旅団は昨日の戦闘で消耗してロマーニャ陸軍チェンタウロ戦車師団との交代待ちであり、攻勢に出れるほどの余力はなく陸路からの救出はほぼ不可能そこで一計を案じた。

 空からの救出である。

 

 作戦としてはこうだ。先ずラ・ロシュ=アン=アルデンヌ近郊をガリア空軍第6爆撃飛行隊ポテ633爆撃機36機とカールスラント空軍第88爆撃飛行隊のHe111爆撃機12機が絨毯爆撃を行いネウロイの戦力を削ぐ。

 次に篠原たち独立飛行第1中隊と第68戦隊第一中隊(一式戦闘機12機)がドシャン近辺に低空で進入して生存者を捜索。

 発見次第アルデンヌの森南にあるシャルルビルメジエール基地からリベリオン義勇第8戦闘飛行隊(ウィッチ4名)に護衛され飛来するカールスラント空軍の短距離離着陸機シュトルヒ偵察機2機が強行着陸し生存者を運び出す。

 二つの航空基地と6つの飛行隊を巻き込んだ大作戦だ。

 

 作戦説明を終えた篠原が一人一人の顔を見つめながら締め括る。

「助けを求める人を絶対に見捨てない。これが私たちがネウロイに勝てる唯一の術よ。全員出撃準備!」

「「了解!」」

 各々が己の職務を果たすべく駆け出していった。



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第20話 スツーカウィッチ救出作戦 下

6月18日正午

 二つの航空基地で着々と出撃準備が進む。エンジンの暖気運転の音が響く中、整備兵たちがストライカーユニットや戦闘機、爆撃機に手を突っ込み油に塗れながら不調が無いか最後の点検を行い、ある者は爆弾や機関銃の弾薬を運びに走る。そしてパイロットたちや少女たちは作戦の最終確認として気象情報や直前の偵察情報を頭にインプットする。

 武器の整備も入念に重ねて戦意を高めていく。

「作戦30分前!」

 管制のアナウンスと同時に彼らは愛機に乗り込んで秩序だった動きで続々と地上を走らせる。

 先ず航続距離の長いハインケル爆撃機が一糸乱れぬ動作で離陸し、その次にポテ633爆撃機が続く。そして彼らは編隊を組むとベルギカの空へと機首を向けた。そしてサム率いる4人のウィッチ、義勇第8戦闘飛行隊『フリーダム・ガデス』が一斉に離陸し上空で旋回する。最後にこの作戦の肝となる2機のシュトルヒ偵察機が100m足らずの極めて短い滑走を経て空に浮上し上で待っていた第8戦闘飛行隊の面々に囲まれながら北に飛び去った。

 シャルルベルメジエール空軍基地から東のリール空軍基地に視線を移せば3人のウィッチと12機の深緑の戦闘機隊がこちらもエンジンを吹かしながら管制管の離陸許可を今か今かと待っていた。

 やがて管制塔からゴーサインが出る。

 先ず滑走路に進入したのは一式戦闘機1型12機で構成された第68戦隊第一中隊だ。滑走路の端に整列した彼らはハ25エンジンの咆哮、離昇出力990馬力にその身を震わせ地上を滑り、次々と大空に舞い上がっていく。常日頃、高めてきた練度の賜物か一機のトラブルも無く基地上空で4機1組の小隊を組み南の空へ向かって消えていく。彼らはベルギカ領空に入る前にシャルルベルメジエールを発進した爆撃隊と合流しこれを護衛、制空権を奪取しにいくのだ。

 次はいよいよ俺たちの番だ。

 遠坂はストライカーユニットのスロットルを上げ下げしエンジンの反応速度を確かめ動翼を動かして異常が無いか確認する。全て正常、周りを取り囲む整備兵たちに手信号で伝えてブレーキを解除し格納庫から誘導路に入る。川嶋も続いて格納庫から日に焼かれたコンクリートの上に躍り出た。

 全員の準備が整った事を確かめた篠原が管制塔に離陸準備が完了した事を報告する。

「《独立飛行第一中隊からリールタワー(管制塔)、離陸準備完了。離陸許可を求めます》」

《独立飛行第一中隊、こちらリールタワー現在上空は東からの風5ノット。滑走路に進入次第離陸を許可する。俺たちのフロイラインを連れ帰ってくれ》

 管制官の言葉に遠坂が応える。

「おう!任せておけ一人残らず見つけ出してやる!」

《期待しているぞ!急ぎ離陸せよ》

「了解!」

 誘導路から滑走路に足を踏み入れる。2本の滑走路が交差するリール空軍基地はブリックス飛行場に比べ滑走路もウィッチ3人が横並びで同時に離陸できるほど幅広で良く整備されている。リール基地からは初めての離陸だがこれなら上手く飛び立つ事が出来るだろう。

 フラップを離陸位置まで下げスロットルを徐々に開き始める。

 古今東西飛行機の操縦で一番難しい技術は離陸と言われている。特に離陸決心速度の前後でのエンジントラブルは致命的、離陸を中断して滑走路上で止まるか、継続して上空で対処するか。パイロットの咄嗟の判断が最悪の事態を招くこともある。

 フルスロットルで回るエンジンに押されて機速が徐々に速くなり周囲の景色が時速100キロ前後で後ろに流れる。

 だんだんと身体が持ち上がる感覚が強くなっていく。

 そして離陸決心速度に達した瞬間、遠坂は地面を蹴った。

 直後ふわりと身体が浮かび上がり足が完全に地面を離れた。緩やかに上昇しながらランディングギアとフラップを格納する。篠原、川嶋もお手本通りに離陸すると3人は基地上空を周回しながら編隊を組む。篠原を頂点とし左に遠坂、右に川嶋を据えた正三角形。

 編隊を組み終えると基地に束の間の別れを告げた。初夏の日差しの中目指すは西へ160kmアルデンヌの森ドシャンの村。

 

 10分ほど飛んだ時川嶋が不意に呟いた。

「上手くいくでしょうか?」

 現在地はベルギカ王国シャルルロアの街上空、あと20分程度でアルデンヌの森にたどり着く距離だ。

「不安?」

 篠原が川嶋に問う。

「はい、何だか急に決めた割には部隊が多くて正しく作戦手順に沿えるのかと」

 実を言えば篠原もこの作戦には不安を感じていた。言っては悪いがたかが一人のウィッチに差し向けていい戦力ではない。作戦中に根拠地が敵の空襲に遭う可能性もある。

 だがしかし篠原はこの作戦が単なる救出作戦ではないと感じていた。これだけの戦力を注ぎ込む意味それは。

「私はこう考えているわ。この作戦は単なる救出作戦の域を超えた航空反撃作戦。みんなも知っての通りヨーロッパの大部分はネウロイの手中に落ちた。勝ち目の薄い戦争に人々は疲れているわ。だからこそここでこの作戦が必要だったのよ。

『侵略者に痛撃を与え囚われの乙女と単身乗り込んだ騎士を救わんとする国籍も人種も違う人々が手を携えて結成した騎兵隊』

という誰もが胸踊らせるシナリオがね」

「プロパガンダ、、、ですか」

「そうとも言うわね」

 トップエースとして酸いも甘いも味わった篠原の言葉に川嶋は溜飲を下げる。

「どちらにせよ俺たちの仕事は変わらん。絶対に全員助け出すぞ!」

 遠坂の言葉に漂っていたなんとも言えない空気が霧散する。

「はい!」

 川嶋が元気よく返事する。

 そうだ上の考えなど知った事ではない。自分に出来ることをする、それが川嶋が扶桑を旅立つ時に決意したことだった。キリッとした良い顔になった川嶋に篠原は会心するともう一人の僚機に話を振った。

「良い返事ね。ところで遠坂さん、貴方の新装備はどう?扱えそう?」

「まあ重いがなんとかなるだろ。それに一応弾道特性とかは身体に染み付いてるからな。ただ小型との空戦は勘弁願いたいね」

 今回遠坂が携えた武器はホ二〇三37mm機関砲。ブリックスを旅立つ直前に受領した新装備だ。

 そう、彼のかつての愛機二式複戦屠龍の主砲をウィッチが扱えるよう改造を施した大砲である。

 今回地上の敵を掃射する事も考えて選択した。元々爆撃機を一撃で破壊する為に作られた機関砲だ、その威力は南洋と扶桑海で折り紙付き。それに遠坂は過去にこの機関砲で魚雷艇などを攻撃した経験も持っていた。地上掃射にも同じ感覚が役に立つだろうと担いで来たのだ。まあ、その80kgの大重量は怪力持ちの遠坂を持ってしても飛ぶのがやっとであり空戦は他の二人に任せるしか無いのだが。

 

 

 それから20分、前方にアルデンヌの森が見えてきた。先行した爆撃隊が盛大に爆弾を振り撒いているのが見える。開け放たれた爆撃倉からHe111が抱える50kg爆弾やポテ633の250kg爆弾など様々な爆弾が転がり落ちる。彼らが頭上を通り過ぎた地表では炸裂音と共に木々が根こそぎ捲れ地面に何メートルものクレーターが穿たれていく。ネウロイもその爆風と破片の奔流に身を砕かれ力尽きていく。

 無論、無抵抗なはずも無く多脚戦車がその身に持つ砲身を天空へ向けビームを放つ。元は戦闘機であるポテ633は爆弾も投下し終えていた事もあり軽々と回避行動に移るが彼らほど身軽ではない運の悪いハインケルHe111の数機が火線に絡め取られてジュラルミンとガラスの破片と化しながら墜落する。しかしそれも全体から見れば一部であり大体の機は投弾に成功して帰投の途についていた。

 次々と起きる爆発に森の至る所で火の手が上がり黒煙がもうもうと立ち込めている。

 更には第68戦隊の一式戦たちも低空に降り、木々の隠蔽を剥がされ曝露されたネウロイを機銃掃射する。一機当たり二門を備える12.7mm機銃弾の雨がネウロイの上面装甲を削り動きを鈍らせる。そこに爆弾を温存していたグループの追い討ちを喰らいネウロイはその身を砕いた。作戦地域のネウロイを撃ち減らす作戦第一段階は成功。

 ドシャンの村はもうすぐだ。

 3人は速度を上げ要救助者の居場所へ急いだ。

 「川嶋、何か感じるか?」

  遠坂がレーダーを展開して周囲を探る川嶋に聞く。レーダーによって研ぎ澄まされた五感はネウロイの他にウィッチの持つ魔力を感じ取ることも出来る。彼女はこの性質を利用してフレデリカ軍曹の行方を探っていたのだ。

「微かに反応があります。11時方向、これはウィッチ、、、あ!同じ位置にネウロイの反応も複数!」

「急ぎましょう、手遅れになる前に」

 篠原は無線機の周波数を作戦周波数からカールスラント軍の物に切り替え耳を澄ます。

 すると雑音に混じって微かに声のようなものが聞こえた。

 男性の声だった。

《こち、、、ミハイル、、、!救援、、、うわっ!》

 爆発音で途切れる。

《、、、もう持たない!あんただけでも、、、逃げて》

 次いでカールスラント語の少女の声、間違いないフレデリカ・ポルシェ軍曹だ。

《馬鹿言うな!お前を見捨てるわけないだろ!お前は俺の魔女だ!絶対に死なせない!》

 篠原は無線の主に呼びかける。

「良く言ったわ、それでこそ男よシュミット軍曹」

《だ、誰だ?》

「こちら扶桑陸軍独立飛行第一中隊!ウィッチ3名で急行中!もう少しだけ持ち堪えて頂戴!」

《助けが来たの?》

 少女の声が震える。篠原は安心させるため優しい声色で語りかけた。

「爆撃を見たでしょう?私たちだけじゃない、大勢の人が貴女たちのために動いているわ。だからもう大丈夫よ。状況を教えてくれる?」

 今度は男性、恐らくシュミット軍曹が答えた。

《こちらは現在村の広場で立ち往生してる!敵は見えるだけで小型のネウロイが10体はいるぞ!それにフライングゴブレットも6機ほど!フレデリカがシールドを張ってくれてるが戦車の装甲ももう持ちそうに無い!》

「分かったわ。もうすぐ着くから待ってなさい」

 篠原は通信を終えると列機に向き直る。

「状況は逼迫しているわ。私と紅莉栖さんでフライングゴブレットを対処するから遠坂さん貴女は陸の戦車型をお願い」

「了解!」

「あいよっ!」

 3人は高度を3,000mから1000mまで降下して村を一度フライパスする。広場が視界に入りその状況が鮮明になる。

 村は中心から道が放射線に広がる円形の形をしており、その全ての道が集約する広場の真ん中で一両の38t/F型軽戦車が主砲が大仰角をとり同軸機銃を放っている。それを囲むように無線の通り10体の戦車型ネウロイが展開していた。低空100〜200mにはフライングゴブレットが機関銃の曳光弾射撃を連想させる小刻みなビームを放っていた。

 その攻撃を戦車の上に仁王立ちして一身に受けシールドを展開する少女が一人、上空を通り過ぎる瞬間彼女と目があった。瞳を大きく見開きこちらを信じられない物を見たと言うふうに凝視している。

「見えた!あれが行方不明の部隊だな!」

 遠坂が声を上げ無線で周囲の味方へ吉報を伝える。

「《独立飛行第一中隊より作戦中の全部隊へ、行方不明のウィッチと戦車兵を発見!周辺にはネウロイの存在も確認した。これより着陸地点を確保する!》」

《了解した!第二次攻撃隊も既に発進している。これの一部をそちらの援護に差し向ける!頼んだぞ!》

「ありがたいな!さあ、仕事にかかるぞ!」

「ええ!さっき行った通りに進めましょう。紅莉栖さん付いて来なさい!」

「はい!」

 篠原・川嶋と遠坂で左右に別れ村に引き返す。

 篠原と川嶋は時速500キロ、高度を300mまで下げながらロッテを組み村の北側から進入する。

 敵は地上を掃射する事に夢中で二人には気づいていない。

 比較的高度の高い4機に狙いを定め射距離700mから小刻みなバースト射撃で九八式機銃に装填された7.92mm弾を見舞う。背中からの一撃にフライングゴブレットは対応出来ず最初の一連射で川嶋が一機、篠原が2機を仕留め、広場を通り過ぎる寸前、高度の高い方を篠原が更に一機撃墜した。次々と白い欠片を吹き出し広場の石畳に墜落するフライングゴブレットを尻目に二人は高度を上げながら追撃を防ぐために離脱する。

 川嶋が続いて東から侵入する遠坂に警告する。

「すみません!一機残りました!」

「十分だ!後は任せな!」

 遠坂は二人よりやや高い高度を最大推力で突進すると緩降下爆撃の要領で今まさに38t軽戦車目掛けてビームを放とうとしている多脚戦車に襲い掛かった。

 生き残った一機のフライングゴブレットが対空射撃を始めるが本来の地上攻撃と異なる用途だった事や遠坂の猛スピードが幸いしてか命中弾は無かった。

 修正や引き起こしの事も考えやや遠い1kmから攻撃を開始する。

 九八式やホ三とは比べ物にならない重々しい破裂音が響き持ち手の遠坂が若干減速する程の凄まじい反動が襲い身体がぶれ1発目は多脚戦車の5mほど右に逸れた。

 試射の結果を踏まえ当て舵しながら連射に切り替える。

 多脚戦車の防御の中で比較的薄い天板に立て続けに37mmの砲弾が当たり火花を散らす。

 ネウロイの上面装甲は1発目で亀裂が入り、2発目で割れ、3発目で砕ける。そして4発目が装甲を剥がされ露出したコアを破壊してネウロイを塵に変えた。

 遠坂は撃破を確認すると急激に身体を引き起こし急上昇に移る。

「ヒャッホーイ!どうだこの威力!」

 両手で砲を抱えてる為ガッツポーズは出来ないが心の中で万歳をしつつ次の獲物を探す遠坂。とその時1発のか細いビームが彼女を掠めた。見ればフライングゴブレットが高度を上げながら遠坂に向かってきている。ただ速度が段違いで距離は離される一方ではあったが。

「おっとと、奴さん狙いが正確になってきやがった。だけどそんなに俺ばっかり狙ってて良いのか?」

 直後、無数の7.92ミリ弾が奴に突き刺さった。篠原と両手持ちの川嶋計3丁の機関銃から放たれる鉛の雨に所詮小型ネウロイの域を出ないフライングゴブレットが耐えられる筈もなく跡形もなく空中で爆発した。

「ありがとさん!」

「どういたしまして、さあ次に行くわよ!」

 3人は遠坂を中心にV字の編隊を形成すると未だ9体の多脚戦車型ネウロイの残る広場に突入した。

 西から東へ、北から南へと次々と侵入角度を変えながら掃射する。途中撃ち上げられるビームは前方を固める篠原と川嶋が角度をつけて張ったシールドで受け流し、その火点を遠坂の大砲で沈黙させる。

 しかし3体を相次いで撃ち伏せたところで爆音は途切れた。

 ホ二〇三の装弾数は15発と少ない、このあたりが彼女の限界だった。

 だが運命は彼女たちに味方した。

《こちら第3急降下爆撃航空団、我々の同胞を救ってくれて感謝する!行くぞガーデルマン!》

《jawohl!(了解!)》

 第二次攻撃隊の到着だ。

 二人のスツーカウィッチが攻撃を終え上昇に転じた篠原たちとすれ違い広場に向かった。

 本職の彼女たちは危なげなく地上攻撃を遂行する。手際の良さに感心するが見てばかりはいられない。

 川嶋がレーダーで新たな敵をキャッチした。

「北東距離20km、高度5000からネウロイ接近!注意を!」

《すまない、空は専門外だ頼めるか?》

「ええ言われなくても!」

「勿体ないけどしゃあねぇ。川嶋、お前の銃片方くれ!」

「はい!」

 遠坂が弾切れになったホ二〇三を投げ捨て代わりに川嶋から再装填済みの九八式を受け取る。

「紅莉栖さん敵の数は?」

「お待ちください、、、戦闘機型、おおよそ10から15!速度500で尚も接近中!」

 A型の3機編隊に組み直しながら情報を精査する。

「多いわね、スツーカ隊をやらせるわけにはいかないわ。突入して一撃加えた後は散開して一機でも多く足止めしましょう」

「「了解!」」

 

 3人はネウロイの集団よりやや低い高度3000で会敵した。敵機はM.S.405を模った戦闘機型が15機。本当は数で劣っている以上高度有利から仕掛けたかったのだが地上攻撃の為に一度失った高度を回復しきれなかった。

 三位一体となってネウロイの群れに前下方から銃撃を浴びせる。指切りで撃ちながら全速力で駆け抜ける。この突入では4体を銃撃しその内3機を撃墜した。敵集団の後方に抜けた篠原たちは編隊を解き散開する。ネウロイも標的を3人に定めて旋回、3対13の空戦が始まった。

 

 高度3500西から再突入した篠原は単機で飛んでいる手近な敵機に目をつけると攻撃に移る。後方の安全を確認して射撃を開始する。

 毎分1000発を発射する九八式は油断するとすぐに弾切れになってしまう。背中に背負う250発入り弾薬箱が少しずつ軽くなっていくのを感じながら引き金を引いては緩め無駄弾を撃たないようネウロイに有効打を撃ち込む。コアを撃たれたネウロイは爆ぜて無数の白い欠片となる。一機撃墜、篠原はそれを確認すると身を翻し旋回しながら次の敵機を探す。空戦中は攻撃以外で一瞬たりとも直線に飛んではいけないのだ。

 

 

 遠坂は45度左にバンクし、そのまま斜めに上方宙返りし速度を高度に変えるシャンデルという軌道で向き直った後自身に向かってくる2機のネウロイに上方から襲い掛かった。

 編隊を組んでやってきた2機の内先頭を飛んでいる方の機首部分に7.92mm弾をお見舞いすると敵機は堪らないといった感じで右に機体を傾け回避し2番機の位置にいたネウロイが代わりに遠坂目掛けてビームで攻撃した。これを回避した遠坂はそのまま敵機に身体が当たるスレスレですれ違うと鋭く左に旋回し先に右旋回で回避していたネウロイを追った。敵機は遠坂のことを見失っているようで緩やかに右旋回を続けていた。

「人なら修正(日本軍内の制裁の隠語)もんだぜ、その軌道は!」

 遠坂は後方200mまで近づくと豪快に弾を撃ち込んだ。

 瞬く間に穴だらけにされたネウロイは力無く墜落していく。遠坂はその光景に目もくれずにもう一機を追った。もう一機は既に上方へのループ軌道で遠坂の上を取るとビームを撃ちながら逆落としに突っ込んできていた。

「そんなのにやられるほどヤワじゃねえぞ!」

 遠坂は左にブレイクすると間髪入れずにローリングを行う。攻撃を外したネウロイは一撃離脱に徹さず深追いしその遠坂の機動に追従してしまった。五分五分の戦いローリングシザース(2機が螺旋状に絡み合うシザース)の形は彼女の十八番だ。遠坂はスロットルをギリギリまで絞りフラップも出しながら相手を押し出しにかかる。対してネウロイはそのような術を持たないのかだんだんと遠坂より前に押し出されていく。そして不利を悟り急降下で離脱に掛かろうとした瞬間、遠坂は出力を全開にしてネウロイの真後ろゼロ距離まで近づくと飛行機でいうコックピット周辺に銃弾を浴びせた。遠坂が追い越し一拍遅れてネウロイは爆破四散する。

「次!」

 獲物はまだまだある、遠坂はまたもやネウロイ集団の真ん中を突っ切っていった。

 

 

 一方で川嶋は二人程苛烈には戦っていなかった。彼は一度戦域を見渡せるまで高度を上げると広場に向かう個体に標的を絞り一撃離脱で撃墜する。既に2機をその方法で落とし彼女は次はどの機かと目を光らせる。

 すると他のネウロイより明らかに早い戦闘機型ネウロイを発見した。川嶋はその機を追いながら観察する。まず速度は550キロ程出ていて見た目も野暮ったい他のネウロイのデザインと比べて洗練されていた。

「あれはBF109?」

 なんにせよ奴にスツーカ隊やシュトルヒ偵察機を襲わせる訳には行かない。

 川嶋は件のネウロイに急降下した。

「貰った!」

 川嶋は目一杯引き付けてから右手に構える九八式機銃を撃とうとした。

「えっ?!」

 しかし彼女が引き金に指を掛けた瞬間、ネウロイは素早く機体を傾け急降下すると今度はスプリットs(上方に2回ハーフループを行い高度有利を確保する機動)を繰り出し攻撃を回避し位置関係を逆転させた。

 川嶋は驚きつつも左旋回で敵の射線から逃れつつ横旋回戦に移行しようとする。ネウロイは彼女より自身が旋回性能に優れていると判断したのかこの誘いに乗る。実際、川嶋と遠坂の履くキ45屠龍は一撃離脱がコンセプトの大型飛行脚であり旋回戦は苦手なのだが、それは格闘戦至上主義の扶桑国内での話、外国のストライカーユニットと比べれば短時間の格闘性能なら遜色は無かった。つまり川嶋はまだ勝算があったのだ。

 互いに左旋回しながら追うネウロイと逃げる川嶋の構図であったが川嶋はバカ真面目に旋回する訳ではなくハイ・ヨー・ヨー、ロー・ヨー・ヨーを組み合わせ劣る機動力を補った。強烈なGに血液が足に集まり頭が痛くなり始めて視界が暗くなるが下腹に力を入れて堪える。少しずつ少しずつ敵機を視界の端に捉え始めて旋回すること五周、遂に敵が射界に入った。川嶋はすぐさま発砲した。

 機銃弾の雨がこの手強い敵に降り注ぎ翼を捥ぐ。

 揚力を失ったネウロイは地表へと真っ逆さまに落ちていった。

 一歩間違えば自分がああなっていたと背筋を震わせた川嶋はぷるぷると頭を振って切り替えると離れてしまった戦場に舞い戻った。

 

 そして

《援護は必要ですか?》

 突然、無線機から流暢なブリタニア語が聞こえた。

「来たわね」

 篠原はこの声が示す意味を悟った。

《こちら、リベリオン義勇第8戦闘飛行隊『フリーダムガデス』。これより援護に入ります!》

「やったぜ!」

「助かります!」

「こちら扶桑陸軍独立飛行第一中隊、援護に感謝します!敵は戦闘機型が9機、地上はクリアです!」

《りょーかい。じゃあみんな戦闘開始よ!》

()()()()

 サム率いる四人のウィッチが空戦に加わる。これで7対9、依然として数の有利はネウロイにあるがこれでずっと戦いやすくなった。

 名前は異なるが世界線を超えて日米が翼を連ねる光景に遠坂は胸が熱くなった。

「さあ、もう一踏ん張りだ」

 名前も知らないウィッチとロッテを組みながら彼女は舞う。

 

 彼女達の奮闘の裏で男たちも戦いの渦中に身を投じていた。

「コース良し、コース良し」

「前方街路樹です」

「見えてる、もうちょい左だな」

 2機のシュトルヒ偵察機が石畳の上を滑る。素晴らしい腕前で広場に降り立つと彼らは38tの乗員を運び出す。

「コイツは足が折れてるんだ」

「ほら早くしろ!手を貸してやる」

 お姫様抱っこでフレデリカをシュトルヒに運び込むシュミットにパイロットが手伝いながら急かす。

 制空権を確保しつつあるが一刻も早く離れなければならない。いつ敵の第三波がくるか分からないからだ。

 全員の収容を確認するとランプドアを閉めるのもそこそこに離陸滑走を開始する。

 往路より重量が増えたがそれでも極めて短い距離で大地を離れたシュトルヒは全力でシャルルベルメジエール基地を目指した。

「こちら回収部隊!全部隊へ、回収に成功した!これより離脱する!」

《了解した!》

《うぉぉぉぉぉ!》

《良くやった!良くやったぞ!!》

 直後大歓声が沸き起こる。

 敵中に孤立した同胞を救出に成功した今大戦で初めての事例。

 男も女も年齢も国籍も人種すら違う彼らが遂にやり遂げたのだ。

 それは人類の小さな、しかし偉大な勝利だった。



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第21話 報告書

 リール空軍基地の独立飛行第一中隊に割り当てられた兵舎、その中の扶桑語で主計課と書かれた表札が掛けられた一室で5人の男たちが机に齧り付きソロバンやタイプライターを用いて書類仕事に精を出していた。

 軍隊というものは組織である以上膨大な事務作業が伴う。

 誰が言ったか『軍隊の主敵は書類であり全力でこれを撃破し余力を持ってネウロイと交戦するのが戦争である』とは言い得て妙であった。

 金子は右手でソロバンを弾き左手でタイプライターを打ちながらそんな事を考えていた。

 彼ら主計課5人の戦争とは正しくそうであり、物品や人員を計算し書類に纏め上層部へ届ける報告書を書き部隊が円滑に動けるようにする事が主な仕事であった。これでも定数通りの飛行戦隊に比べれば小規模な独立飛行第一中隊は幾らかマシであり彼らだけでも仕事を回す事が出来ていた。

「ふう、、、要約するとこんな感じですかね」

 凝り固まった肩を解しながら金子は一息ついた。

 彼は前回の作戦で使用した新装備の使い勝手を整備兵や実際に使用したウィッチに話を聞き報告書に纏めていたのだ。

 

 その時、主計課の扉が開き話題の遠坂が入ってきた。

「いえ〜い、がんばっとるか〜」

 赤裸顔であり手にはワインボトルが握られている。

「あ、遠坂中尉。ご苦労様です」

 突然の来訪にも動じず金子は流れるような動作で茶を淹れる準備に入った。

 遠坂がこうしてよその部署の様子見に来る事は隊の結成以来、よくある事だったからだ。

「おう!お前たちも精が出るな!」

「これが仕事ですから、遠坂中尉はもう今日の訓練はお済みで?」

「ああ、だからこうして差し入れを持ってきたんだよ。ほれ、洋酒だぞ!一杯やろうぜ!」

 遠坂は手に持つワインボトルのまだ開けてない方を金子に差し出す。

 金子はそれをやんわりと断り代わりに先程入れた茶を遠坂に渡した。

「小官はまだ勤務中であります。それに遠坂中尉もまだ成人前なのですからあまりお酒に溺れることはしないでご自愛ください」

「相変わらず固いねぇ、まあ金子の淹れる茶は美味いから言う事聞くのもやぶさかでないが」

 そう言って机の書類に埋もれてないスペースにワインボトルを下ろすと茶を一口飲んだ。

「ところで遠坂中尉の要件は差し入れだけですか?いつもは何か付け加えて御用がありますが」

「あ、そうだった。ホ二〇三の事なんだけどよ」

 金子の問いに遠坂はここに来た真の目的を思い出すと彼女はたった今タイプライターから引き出された報告書を掴んだ。

「これこれ、強調してほしいところがあるから頼もうと思ってたんだ」

 彼女は報告書の一点を指差す。そこには"重量が重く"と書かれている。

「ここ、めちゃくちゃ重くて苦労したからその辺大文字で一目でわかるようにしてくれないか?」

「そのぐらいなら朝飯前ですよ」

 金子はタイプライターに新しい紙をセットしながらふと湧いた興味を遠坂に投げかける。

「ところでこのホ二〇三は『怪力』の固有魔法を持つ遠坂中尉でもやっぱり重いんですか」

 遠坂は渋面をつくって腕組みすると不満げな声を隠そうともせずに愚痴った。

「これは整備連中とはもう共有したんだがな、あれは使い手の事を考えてないな確実に。確かに威力は高いし前回みたいな対地戦闘もこなせるのはありがたいが、対空戦闘じゃぶっちゃけ37mmは威力過剰だ。何より重すぎる。あれならホ三を二丁持ちした方が継戦能力も上がるからマシだな」

「そんなにですか」

「持ってみるか?腕千切れるぞ」

「ひえ〜、結構です。まだ傷痍軍人にはなりたくありません」

 金子は青い顔で両手を体の前で振りながら遠慮すると話の先を促した。

「それにこの前の作戦じゃ早々に弾切れ起こして結局空戦の為に捨てちまったからな、空戦の度にあんな事してたら幾ら有っても足りやしねえ」

 先の戦闘では敵機の来襲のせいで補給の為に基地に戻れず投棄してしまった。あの後も空戦に大忙しで回収も出来ず、今頃あの銃は空の戦車と共に瘴気に飲まれて朽ち果ててしまったのだろう。

 これには金子も頷く。

「確かに、噂ではアレ一丁で車一台買える額がするらしいですし、陸軍の予算にもよろしくないでしょうね」

「へぁっ?!車一台だと?!」

 それを聞いた遠坂が仰天のあまり後退り椅子に引っかかって転倒した。

「だ、大丈夫ですか?」

「な、なんとか、、、」

 周りの手を借り立ち上がった遠坂は打ちひしがれて項垂れる。

「マジかぁ、、、あれそんなに高かったのか、、、」

「予備の少ない試作品ですし、というか聞いてなかったんですね」

「聞いてたら意地でも持って帰ってたわ、、、」

 ホ二〇三は本体が約7000円、陸軍の主力ライフルである三八式小銃が一丁44円で一万円有れば家が建つと言われたこの時代、7000円は輸入車の価格に匹敵する額である。

 呉服屋の長男として銭勘定を叩き込まれていた遠坂にはあまりにも強烈な損失額であった。

「軽ければ、こんな事には、、、はぁ」

「命には変えられませんよ!ねっ!」

「そうですそうです!」

「大戦果を上げてますしお偉方も許してくれますよ」

 尚も落ち込む遠坂を主計課総出で励ます。

「そうかぁ?そうかも、、、」

「そうですとも!」

「全員作業中止!これから遠坂中尉励ましパーティーを開始する!」

 こうして独立飛行第一中隊主計課の騒がしい一日は過ぎ去っていくのだった。

 

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 ホ二〇三に対する評価報告書

 ホ-二〇三37mm機関砲に関しては大型ネウロイを撃破できる威力を持つが手持ちするには"非常に重く"肉体強化系の固有魔法を持たぬ川嶋軍曹が使用したところ機動性に著しい悪影響が見られた。また連射速度の割に装弾数が15発と少ないにも関わらず精度も良いとは言えない為、一度の攻撃に2、3発発射せねば命中が見込めず射撃成績優秀者でなければ無駄撃ちを行う可能性が高い。

 威力を生かして地上掃射にも一定の効果が見込める。

 乱戦や小型種との空戦は極めて困難で継戦能力も低い為、長時間戦闘する際は予備の武装も携行した方が良い。

 また極めて大きな反動と大重量から既存のストライカーユニットでの使用は非常に困難と思われる。

 

 遠坂一三三中尉の見解。

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第22話 決壊

 1940年6月20日 ヌゾンビル

 

 地獄。

 この状景を表すのならばこの一言に尽きるだろう。

 砲兵が放った榴弾の着弾煙の向こう100を超える数の戦車から昆虫か甲殻類の脚を生やした様な怪物が、一歩その巨大な足を踏み出す度にズシンズシンと地面が揺れ、その後ろから形そのままにひと回りは小さい影が続く。その足元にはかつて人であったであろう破片が散らばっていた。

 その異形の軍団が向かう先にある塹壕の中ではロマーニャ兵たちが恐怖心と逃げ出そうとする自身の身体を無理矢理抑えつけ手に持つカルカノライフルやM38短機関銃を構え奴らが射程に入るのをじっと待っている。その塹壕線の更に後方、集団を見下ろす位置にある丘に掘られた戦車壕の中、チェンタウロ戦車師団に所属するM13中戦車やセモヴェンテ突撃砲のクルー達が我が物顔で闊歩する巨大な黒い塊をペリスコープ越しに睨みつつインカムを通じて他の車両に静かに指示を出した。

「大隊長から各車、徹甲弾装填、射撃用意」

 号令で小隊の27両の戦闘車両が主砲にAPHE(徹甲榴弾)を装填し一斉に砲身を我が物顔で闊歩するネウロイの群れに指向する。

「まだだ、まだだぞ、、、」

 1秒が永遠に感じられる緊張と沈黙が彼らを包む。

 そして、時は来た。

「よーい、撃てぇ!」

《てぇっ!》

《くたばれ虫野郎!》

号令一下ほぼ同時に大隊各車がカルロ・アルマートが備える47mm砲やセモヴェンテ突撃砲の75mm砲を発砲する。

 放たれた砲弾はネウロイの先頭集団に殺到し信管が作動、起爆する。

 良く統制の取れた一斉射撃にたちまち20体近いネウロイが地に伏せ爆砕し白い結晶を辺りに飛び散らせる。

 次々と飛び込む砲弾にネウロイの進軍速度が落ちる。

 周囲を見渡せば他の掩体ではカールスラント軍の3号戦車や2号戦車が機関銃や主砲を打ち鳴らし、さらに後方の砲兵陣地からも次々と105mmから155mmの多種多様な榴弾や迫撃砲弾が降り注いで戦車型やそれを盾に進む小型ネウロイを地面ごと耕していく。

 

 それでも少なくない数の敵が塹壕に近づくが待ってましたとばかりに歩兵隊の銃火と巧みに隠蔽された対戦車砲や対戦車ライフルが火を吹き撃ち倒していく。

「よし!奴ら一斉射をまともに食らったぞ!このまま撃ちまくれ!」

 興奮気味の大隊長の声に釣られるように戦いの激しさも増していく。

 至る所で爆炎が迸り衝撃波が木々を薙ぎ倒す。

 上手く待ち伏せをかけることに成功したがネウロイは初撃の混乱から立ち直り曝露した陣地に猛攻を加えて突撃を始めた。

 カルロM13中戦車がビームの直撃を受けて両断され、歩兵たちは塹壕ごと焼き尽くされる。

 洗礼を免れた歩兵小隊が接近する小型ネウロイに重機関銃や小銃で脚部に集中攻撃を加えて擱座させセモヴェンテが仲間の敵討ちとばかりに砲弾を見舞って撃破する。

 だが次の瞬間、そのセモヴェンテは身を隠した掩体ごと蒸発した。

 数が多すぎる!

 だんだん味方がやられるペースが増してきた。

 拳銃片手に指揮を執る守備隊長が無線手から渡された受話器に怒鳴る。

「応援は?!応援はまだか!」

《シャルルビルメジエール基地が長距離砲撃を受けて損害が発生した!当基地からの近接航空支援が不可能になった!》

「なんだって!じゃあ航空支援は無いのか?!」

《いや、現在ランス基地とリール基地に増援要請を出した。だがアルデンヌの至る所で戦闘が発生していて其方にはいつになるか分からない》

「畜生!分かった、だが増援が無いともう持たないぞっ!」

《1時間待ってくれ、クンマースドルフ戦車旅団を呼び戻す》

「1時間も持つか!5分で来い!」

 守備隊長は周りを見回した。

 銃火とビームが激しく飛び交い、機関銃は破壊されるまで撃ち続け、一部は激しい手榴弾戦に陥っている。

 そして空からは飛行型ネウロイが接近しつつあった。

 守備隊長は受話器に今一度怒鳴った。

「良いか!5分だぞ!」

 

 

同時刻 リール空軍基地

 同基地は上を下への大騒ぎだった。

 滑走路から次々とBF109c戦闘機やP-36c/g戦闘機が飛び立ち北へ南へと全速力で空の彼方へ消えていく。

 格納庫に目を向ければ一式戦が整備兵たちに押し出されエンジンをスタートし3人のウィッチも大空に羽ばたかんと装備を入念にチェックする。

「急げ!敵は待ってくれないぞ!」

「おう!」

 高橋技術曹長の声が格納庫に響き、整備兵達がそれに応えるように忙しなく行き来している。

「弾薬の補給を最優先だ!20mmを早く!」

 技師達がこしらえた即席の発進促進装置でストライカーユニットを立ち上げた遠坂がホ三にドラムマガジンを取り付けながら予備の弾薬を急かす。

「管制から新たな命令よ!ランス防空は取り止め、独立飛行第一中隊はヌゾンビルに展開する友軍の援護に向かうわ!」

 無線でコントロールタワーと交信していた篠原が行き先の変更を報じる。

「そちらはシャルルビルメジエール基地の管轄だった筈です。彼らはどうしたのですか?」

 川嶋の疑問に篠原は苦虫を噛み潰した様な表情で答えた。

「シャルルビルメジエール基地は攻撃を受けて使用不能になったのよ、、、。リベリオンのウィッチ隊がなんとか直前に離陸出来たらしいけれど苦戦しているの」

「そんな、、、」

「ランスの方は第68戦隊とガリア空軍のウィッチ大隊が行ってくれるわ」

 篠原は会話を切り上げ武器装備の最終確認に移る。川嶋はいつも通りの九八式機関銃の甲装備、遠坂は20mm機関砲二門と予備弾倉を背負った丙装備遠坂仕様、そして篠原は新装備ホ一〇三12.7mm機関砲一丁を装備していた。

 簡易発進促進装置で愛機キ61二型のエンジンをスタートさせ手応えを確かめる。回転数は正常、変な振動も無い万全のコンディション。

「遠坂さん、紅莉栖さん、準備は良い?」

「おうよ!」

「はい!」

「よし、出撃するわ。ついてらっしゃい!」

 整備兵が退避し誘導路までの道を開ける。3人は格納庫から陽光降り注ぐ誘導路前まで前進した。

「独立飛行第一中隊よりリールタワー。出撃準備完了、離陸許可求む」

《リールタワーから独立飛行第一中隊へ。離陸を許可する、1番滑走路から離陸せよ。現在西からの風2ノット》

「了解、離陸準備に入ります」

 篠原達は誘導路から滑走路に入り東側の端まで移動する。向かい風で揚力を稼ぐ為だ。

「独立飛行第一中隊は離陸位置に着いた。これより離陸するわ!」

 篠原の発した無線連絡を合図に3人は横並びでやや発進間隔を開けて滑走を開始する。

 離昇出力1000馬力越えの大音声が響き景色が流れる。

 離陸決心速度!

 身体がふわりと浮き上がったかと思えばぐんぐん高度が上がり眼下のリール基地が小さくなっていく。

「独立飛行第一中隊は離陸した。これよりヌゾンビルの救援に向かう!」

《頼んだぞ!現地部隊の作戦周波数は211.25だ》

「了解」

 3人は無線機を調節しロマーニャの兵士や先発のウィッチたちとコンタクトを試みた。

「チェンタウロ師団並びに第8戦闘飛行隊へ聞こえますか?」

 しかし雑音ばかりで返事らしい声は返ってこない。

「まだ遠いからだきっと」

 遠坂の言葉に一同頷くとエンジンが焼けない程度に道を急いだ。

 

 

 やがて高度6000mの中空を飛ぶ事半時間、無線に切迫した音声が届いてきた。

《誰か援護を!》

《私が行くわ!》

《サム!チェックシックス!》

《あぁ、もうっ!》

 断片的に漏れ聞こえる声からは状況が分からないが一欠片の余裕もないことは確かだ。

「なあこれ不味いんじゃないか?」

「そうね、全員フルスロットルよ!」

 篠原が速度を上げ二人も続く。

「レーダーに感あり!これは、、、飛行型が30機、地上もネウロイだらけです!」

 レーダー持ちの川嶋があまりの数に悲鳴を上げる。

「こちら独立飛行第一飛行隊。援護に来たわ。こっちはウィッチ3人よ、そちらの状況を教えて!」

 やや間があって隊長と思しき人物が情報を共有する

《助かります、飛行型30機以上と空戦中です!地上は連絡が取れなくて良く分かりません》

「了解、もう少しの辛抱よ」

《わかりました、っとと!新手よ!散開してください!》

 無線で話しているうちに先発隊の苦境が見えてきた。

 ラロスと呼ばれている戦闘機のような形をした飛行型ネウロイが川嶋の報告通り30機、いや現在進行形で増えている。高度も樹木ギリギリの超低空から5000mまで戦域が広がっている。

「編隊空戦よ!離れないで」

「了解!」「了解です!」

 3人は綺麗な逆三角形を鋭く尖らせダイブしていった。

 

 篠原達が最初に狙いを付けたのは高度3000m付近、小柄なウィッチを追いかけ回す2機のネウロイ。

 彼女の元に辿り着くまでに数機のネウロイに絡まれるが篠原の背後についた敵機を遠坂が叩き落とし遠坂を狙う敵を川嶋が牽制射で追い払い互いに援護し合いながら進む。急がねばならない。

 追われているウィッチは新人なのか回避がぎこちなく一刻も早く救わねば撃墜される恐れがあった。

 キ61二型のハ一四〇1400馬力エンジンは素晴らしい速度を提供し、いたいけなリベリアンウィッチの背後に迫るネウロイに容易に接近を果たした。機種の違う遠坂と川嶋も上手く追従し編隊を維持している。

《いやっ!助けてっまだ死にたくない!》

 少女の悲痛な叫びが木霊する。

「そのままの進路を維持!合図で右にブレイクしなさい!」

《えっ?!》

「分かったわね!」

《は、はい!》

 3人は未だ新人にしつこく付き纏うネウロイの背後100mやや上方に位置取った。

「3、、、2、、、1、、、今!」

《ええいっ!》

合図と同時に右に急旋回する新米ウィッチ『オリビア・A・アダムス』少尉、それを追撃せんと機体を横倒しにするネウロイの背中に篠原は狙いを定める。

 照準器越しに大写しになったネウロイに銃口を向け、射線上からオリビアが外れた事を確認し約50mで射撃した。

 ホ一〇三から勢いよく飛び出した12.7mm弾はネウロイの瞬く間に背中を砕き露出したコアを破壊する。

「くうっ!」

「大丈夫か!?」

 銃を保持していた右手をさすり篠原が呻く。

 2番機の位置につけていた遠坂が隣に並ぶが篠原はなんて事ないと手を振る。

「反動が思ったよりキツいわ。強装弾は今日限りで使用をやめた方が良いわね。でも何とか耐えられるレベルだから心配しないで」

 篠原は混戦を避ける為2人の部下と新米ウィッチを引き連れ一度離脱する。追い縋る敵機には川嶋と遠坂が機銃弾をプレゼントし退かせる。

 そして助け出したウィッチに向き直る。

「さっきのリベリオンウィッチさん、こちらは独立飛行隊の隊長篠原よ。他の人はどうしたの?」

 すると泣きそうな声が返ってきた。

《わかりません、突然上から奇襲を受けて散り散りになっちゃって、、、》

 小柄な新米ウィッチはそう言って項垂れる。

「分かったわ。貴女はこっちの金髪の子と編隊を組みなさい孤立したらやられるわ。紅莉栖さんあの子をよろしく」

「了解しました!僕に付いてきて!」

《は、はい!あ、私はオリビア・A・アダムス少尉です!》

「僕は川嶋紅莉栖。階級は軍曹だけど指示に従ってね」

 指示を受けオリビアと川嶋がロッテを組む。本来なら階級が上のオリビアが長機のポジションに就かねばならないが彼女は平静を失っており見たところ技量も拙い事から川嶋が先頭に立った。

 篠原が作戦周波数で飛行隊に呼びかける。

 しかし返事は無い。無線に気を配る余裕が無いほど苦戦しているのだろう。

「川嶋、レーダーで何か分からないか?」

 遠坂が川嶋の頭上に展開されたレーダーアンテナを指差しながら言う。

「お待ちください、、、」

 川嶋は目を閉じて意識を集中させる。この瞬間は彼女が極めて無防備になるが他の3人が周囲に目を凝らし護衛する。

「、、、ネウロイばかりだ、、、いやこれは!ここから東に10km高度2000付近に魔女の様な反応あり。それと北20km低空にも同様の反応があります!」

「よおし!でかしたぞ川嶋!」

「手分けして救援に向かうわ!紅莉栖さんとオリビア少尉は東側を、私と遠坂中尉で北の方を探しましょう!」

「了解」

「了解です!」

《は、はい!》

 4人は2機1組で別れそれぞれの方角へ舵を切った。制空権を得るにはここに居る全員の力が必要だ。

 

 

 ヌゾンビルから東に10km、高度3500m。

 グレイス・F・バーンズ少尉は孤独な戦いを強いられていた。

 たった今、機銃掃射をしながら突っ込んできた敵機を急旋回でいなし、無防備な背中に7.62mm弾を撃ち込み黙らせたところだ。

 しかし敵は多く、残弾は少なかった。

 ガーランド小銃独特の甲高い金属音と共にエンブロッククリップが吐き出されグレイスに弾切れを知らせる。

「ちっ!」

 彼女は急いで弾帯から8発1セットに纏められたクリップを取り出すとボルトが勝手に前進しないように右掌で槓桿を抑えながら新たな弾薬を上から押し込み挟まれないように素早く指を引っ込める。

 再装填が済むとほぼ同時に新たな敵機が仕掛けてくる。

 後ろ上方から伸びてくるビームを左に急横転し避けきると敵機のいるであろう方向に銃口を向ける。だが敵機は仕留め損ねたと見るや上昇に転じ彼女の射程から離脱した。

「Goddamn!次から次にいい加減にしてよ!」

 グレイスは毒づきながら戦闘態勢に入った。

 敵機は2機、高度優位から一撃離脱を徹底しているようだ。敵の1番機の攻撃を避け、こちらが上昇し追尾しようとすると2番機が攻撃を加え頭を抑える。恐ろしいことにこの2機のネウロイは人類のロッテ戦法を完全にコピーしていた。こうなるとグレイスに取れる手段は限られてくる。逃げの一手だ。

 彼女は神に祈りながら急降下に転じた。彼女の履く『P-40E-1キティホーク』は速度と旋回性能は平凡だが素晴らしい急降下速度と耐久性を持っていた。もしかしたら振り切れるかもしれない。そう思いながら彼女は180度ロールすると逆落としに降下を始めた。

 ユニットに付いた速度計が時速750キロの大台を突破したことを示し、殺人的な加速に己の身体やストライカーユニットがギシギシ嫌な音を発する。それでもここが正念場と歯を食い縛って堪える。

 一瞬振り返ったグレイスは少し後悔した。敵機は離れるどころか少しづつ距離を詰めている。

「まだこれからよ!」

 グレイスは正面を見直すと更に降下角を深める。

 風が激しく顔に吹きつけ地面がみるみる近づく。そして樹木の葉の一枚一枚も識別できるほど降ったところで渾身の力で体を持ち上げる。

 9〜11Gの凄まじい負荷で血液が下半身に集まり視界が暗くなったが必死に堪えた。

「これでどう!?」

 グレイスは勝利を確信して勝ち誇った。狙い通りツリートップレベルで引き起こしに成功したグレイスとは違い一機は機首上げが遅れクレーターだらけの地表にモロに突っ込んで新たな陥没痕を穿ち、もう一機は不運な事に引き起こしの瞬間に樹木と接触し分解した。

「よしっ!」

 危機を脱したグレイスだが安心はできない。

 新たなネウロイが単騎、ビームを乱射しながら斬り込んでくる。

 流れ弾がユニットを掠めシャークマウスを描いた外板が剥がれて幾つかのパーツが溢れ落ちた。

「ぐぅっ!」

 左にブレイクして射線から逃れると急上昇に移った。幸い直前の急降下のおかげで速度エネルギーは腐るほどある。

 彼女はわざとネウロイを引きつけながら上昇率を上げ敵機を吊り上げにかかる。ロープ・ア・ドープ機動(追撃を受けた際、自機の方が上昇力に優れる場合にとる、相手機に無理な上昇を強いて失速させるテクニック)に引っ掛かったネウロイは上昇していくにつれ段々と機速を失い動きが緩慢になっていく。グレイスはほくそ笑んだが、彼女は激しい空中戦の為に失念していた。この機動は自身も速度優位を徐々に失ってしまうため1対多数の戦闘ではタブーとされているのだ。

「しまった!」

 左から火線がのび彼女を絡め取ろうとする。グレイスは強引に身体を捻りその攻撃をかろうじて避ける。

 またもや2対1、しかも今度は高度も速度もない。絶体絶命の状況に彼女は目眩を覚えた。

「一体どうしろってのよ、、、」

 絶望に顔を歪め諦めかけたその時、吊り上げていたネウロイと側面から迫るもう一機が突然消し飛んだ。一瞬後その空間を切り裂き過ぎ去る機影が二つ、銀色のボディーを輝かせ赤い稲妻を描き込んだユニットを履いたウィッチと見慣れたキティホークのウィッチだ。

「グレイス先輩!」

「オリビア!生きていたのね!」

「助けに来ました!」

 川嶋と堅く握手しオリビアをハグするグレイス。

 再会の感動も束の間、新たな敵機が現れた。数は5機、だが3対5なら不利でも勝負になる。

「さあ、ペイバックタイムよ!」

 グレイスが先陣を切り、川嶋・オリビアペアがやや上方に位置取る。

 ヘッドオンで長機ポジションをグレイスがその右隣のネウロイを紅莉栖の九八式が叩き割り交差する。

 これで敵は数の優位を失った。

 敵機は一機をグレイスに2機を紅莉栖たちに振り分け散開する。

「グレイス先輩、チェックシックス!」

「了解!」

 オリビアの叫びに弾かれたようにグレイスは左にバンクし急旋回する。編隊空戦の強み複数の目による相互援護を遺憾無く発揮しいち早く射線から逃れる。紅莉栖たちも追われているため射撃による援護は期待できないが死角が消え去る事は大きな強みだ。

 グレイスはコブラ機動(進行方向はそのままに機首を90度近くまで持ち上げ急激な減速を引き起こすテクニック)で自身を追うネウロイをオーバーシュートさせるとガーランド小銃の引き金を絞った。敵機のコクピットを模った部位が弾け飛び露出したコアが8発目の弾丸で撃ち抜かれる。瞬間ネウロイは白い煙と化した。

「オリビアさん僕の真似をして、交差飛行だ」

「はい!」

 川嶋とオリビアは即席の連携ながら効果的な手法を思いついた。

 2人は緩いシザースを行うと敵機が食いついてくるのを待った。オリビアの背後にネウロイが迫ると旋回の終端に位置していた川嶋が射撃し、川嶋に忍び寄る敵機も同様にオリビアが弾着を修正しながら命中弾を与える。このように機織りのように互いにクロスするS字の旋回を繰り返すことで、敵機に後方を取られても編隊僚機がその敵機の後ろに付くことができる。後にサッチウィーブと呼ばれる機動を川嶋は編み出していた。

 

 統率を取り戻したウィッチたちによりこの空域の戦況は人類優勢に傾いていく。

 

 

 

 

 混戦の最中、サムはあくまで冷静だった。例えどんなに敵機が多くとも攻撃を仕掛けてくるのは一握り。一機に多数が同時に仕掛ければ空中衝突のリスクが高まるし互いが邪魔で撃ち辛くなるから。その事を経験で知っていた彼女は焦る事なく機械的に撃墜する優先順位をつけながら僚機の背後に迫る敵機にガンシャワーを浴びせる。

《、、、助かりました》

「礼は後でね。エマ、貴女の十時下方の敵機をやるわポジションに着いて」

《イエスマム》

 手信号で言葉を交わしつつサムの右後方の位置にエマが復帰し新たな目標へ向かう。

 目指す先にはしつこく地上を掃射している戦闘機型ネウロイ。驚くべきことに彼女たちはこの危機的状況に於いても直掩任務を続行していた。

 2人の接近を察知したネウロイは反転し向かってきた。

「エマ!貴女が撃って、私がビームを防ぎます!」

 ヘッドオンになる事を確信したサムはシールドを張り攻撃に備え、エマがトンプソンを構える。

 約800mで同時に射撃開始。

 交差直前、時間にして5秒もない一瞬のうちに激しい銃火が飛び交う。

 軍配はサムたちに挙がった。ビームはサムのシールドに阻まれ、エマの放った45ACP弾はネウロイの機首を削り飛ばした。

「撃墜、、、」

「良くやったわエマ。この調子で行きましょ」

 表情は明るく振る舞うが彼女の頭脳は冷酷なまでに事態を分析していた。

(数が多すぎますね。この分だと一度補給に向かわないと)

 作戦空域に入った時から無線の調子が悪く全体の状況がいまいち掴めなかった。散り散りになった僚機の事も気掛かりだ。

 空戦の腕前は一流のグレイスはともかくオリビアは危うい。

 そこまで考えたところで新手に思考を中断させられる。

 敵機は高度2000mから急降下しながらビームを照射してくる。数は3機、いずれも戦闘機型。

 サムとエマは離れすぎない程度に散開し攻撃を回避する。

 敵機がつんのめるようにしてサムの前に飛び出していった。通過する際に銃撃するが一瞬の事だった為に見越し点を誤り全弾当たりはしたものの致命傷にはならない。

「適当には落とせそうにありませんね」

 言いながらBARに弾倉を挿し込む。これで残弾は銃に20発と予備の2本だけになる。エマの方も似たり寄ったりだろう。

 だが自由の女神を自称する彼女たちに天使が微笑んだ。

 それまで雑音しか発さなかった無線機が息を吹き返し同時にいい知らせが舞い込んできたのだ。

《こちら独立飛行第一中隊、貴女方を援護します!》

 同時に高空からダイブしネウロイに仕掛ける2人のウィッチ篠原と遠坂がまずサムに一撃を加えて離脱を図ったネウロイを叩き落とし更に返す刀でエマに接近するネウロイを追う。

「おらおらおらぁっ!」

 雄叫びと共に遠坂が2丁のホ三機関砲を打ち鳴らし篠原が狙い澄ました一撃を放つ。

 20mm弾と12.7mm弾の濁流を一身に受けたネウロイは文字通り爆発四散する。残りの一機はサムがワンマガジン分の弾薬をお見舞いして撃破する。

「助かったわ。ありがとうね」

「ええ間に合って良かった」

「篠原隊長!新たな敵機2、右上方から!」

「任せて!」

 2人は上昇旋回しネウロイと正対する。

 慣れたものでヘッドオンで片方を撃墜するとインメルマンターンで転回しもう片方も吹き飛ばす。

 篠原たちが敵機の相手をしている内にサムとエマは高度を回復する。

 

 空戦は1時間にも及び最終的にはガリア空軍第3戦闘飛行隊のM.S.405戦闘機20機が駆けつけた事で空中のネウロイは不利を嫌って撤退した。

 

 だが彼女たちは知らなかった。

 本当の戦いはこれからだということを。

 




 最初のプロットでは地上部隊は全滅する予定でしたが数人の生存者の為に全力出撃をかける連中が一個師団の危機に何もしない訳が無いと思い直して作り直すことにしました。


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第23話 撤退支援

 M.S.405戦闘機とウィッチ、敵のしんがりを引き受けたラロスタイプのネウロイの航跡が複雑に絡み合う空中戦がひと段落し篠原は敵機の大多数が引き返した事を確認し上空で集合をかけた。

 

「各員残弾報告」

「川嶋あと弾倉1、75発です」

「こっちはあと一連射でカンバンだ」

 篠原達は残弾が乏しく、リベリオンのウィッチ隊は完全に消耗しきっていた。弾薬を使い果たし行動限界の近づいた彼女たちにこれ以上の戦闘は不可能だ。

《ごめんなさい、私たちはこれ以上は厳しそうです、、、》

「気にしないで。リールで補給を受けて可能なら再出撃して頂戴」

 第8戦闘飛行隊の面々が踵を返し第3戦闘飛行隊の損傷機や弾切れの機の後を追う。

「遠坂さん貴女も、、、」

「いや、俺はまだ飛べる。武器も下の連中から拝借するさ」

 途中、遠坂に視線を向けつつ続ける篠原を制し彼女は頭を振る。

 そこで違和感を覚えた。

「おかしい、地上が静か過ぎる、、、」

 それを聞いた皆が眼下に目を凝らす。

 地上の砲火が少なくなっている。ネウロイが撃退されたからではない。事実、木々の隙間を縫って未だに戦車型ネウロイが蠢いている。

「なんてこった!」

 3人は戦慄した。自分達が空中戦に夢中になっている間に地上の防衛線は食い破られズルズルと後退していたのだ。

 

《ーーーー、援護を求む!当方被害甚大、撤退する!だれか援護を!》

「上空は任せなさい。戦闘機隊の方々もいるわ」

 地上からの無線に応えた直後、川嶋が声を荒げた。

「警戒してください!新たな敵機、北15km高度1000から接近しています」

「なんですって?!」

「この反応は、、、大型1機です!」

「きっついな、、、」

 こちらの戦力は残弾が乏しいウィッチ3人とガリア空軍から援軍として差し向けられた戦闘機隊の残存機10機。駆逐艦に匹敵するサイズの大型ネウロイを相手取るには少しばかり心許ない。

 篠原はネウロイの狙いに気づき歯噛みした。

 戦闘機型ネウロイが撤退したのは損害に耐えかねてでは無かった。

 奴らは篠原たち迎撃に上がった連合軍を消耗させ第二次攻撃隊の爆撃型ネウロイの仕事をやりやすくする為の制空隊だったのだ。

「全機に通達!ヌゾンビル北15km高度1000から大型ネウロイ一機が接近中!燃料弾薬に余力が有る機は全機迎撃に向かえ!」

《第3戦闘飛行隊了解した。これより迎撃に向かう。我に続け!》

 無線を聞いたM.S.405戦闘機が編隊を組み直しネウロイが来るであろう方角に翼を翻す。

「私たちも行くわよ!」

「「了解!」」

 それを追うように遠坂たちもトライアングルをつくりフルスロットルを炊いた。

 

 

 黒煙燻る森の頭上を第一次大戦時の大型飛行船を思わせるデザインをしたネウロイが時速100キロのゆっくりとしたペースで舳先を南に向け飛んでいる。

 最初に会敵したのは戦闘機隊だった。

 彼らは10機の中隊を上方に4機、左右に3機づつ振り分けてネウロイを半包囲した。

 

《全機突撃せよ!》

 飛行隊長の命令がスピーカーから響き同時に敵機に突入する。

 やや早い段階で上方の4機が自慢のクワドラ20mm機関砲と7.5mm機銃の射撃を開始する。飛行船型ネウロイの機首から尾翼にかけて満遍なく銃弾のシャワーを浴びせた彼らはネウロイを掠めるように下方にすり抜ける。だが追い縋って放たれた火線が最左翼の一機の翼をもぎ取り撃墜した。燃える機体からパイロットが零れ落ちパラシュートが開く。

 やや間があって左右の小隊も仕掛けた。

 左側の編隊は規則だった動きでビームの狙いを外しながら接近し翼とプロペラスピナーから眩い光を迸らせる。

 20mm弾と7.5mm弾はネウロイのエンジンとコクピットを模った部位に殺到して黒い装甲を撃ち抜く。そして彼らは衝突寸前まで撃ち尽くしたあと左に急旋回し離脱を図る。

 右翼側の3機は彼らほど幸運では無かった。

 接近を試みた段階で長機が被弾し落伍すると残りの2機はまだ遠いにも関わらず撃ち始めた。狙いも甘く射弾はその殆どが空を切り更に離脱直前、更に一機がコクピットに直撃を受けて撃墜された。

 7機に撃ち減らされた戦闘機隊が攻撃を終えた直後、篠原隊が真正面から突っ込んだ。

「いい?私と紅莉栖さんがコアを探すから貴女はそれまでシールドで援護して!」

「分かった!」

 遠坂は眼前にやや大きなシールドを張りその後ろで2人が銃を構える。それぞれ篠原が100発、川嶋が75発の残弾数であり1発たりとも無駄撃ちが出来ない。だが隠されたコアを探すには勘で撃たなくてはならない。

 そこで篠原はまだ銃撃されていない右下面に狙いを定める。

「行くわよ!」

 相対速度も鑑み敵機との距離が700mを切ったところで撃ち始める。ネウロイの応射は遠坂のシールドで防ぎながら尚も撃ち続ける。完全にすれ違うと右180度旋回して今度は追いながら撃つ。

 そして敵機の下面中央を撃ち抜いた時、赤い結晶が姿を現した。

「川嶋全弾消耗!」

「私もよ、遠坂さんお願い!」

「任された!」

 嫌な音と共に射撃を止めた2人に代わって遠坂が一気に前に出る。

「食らえ!」

 だが

「危ないっ!」

 引き金に指を掛け今にも撃とうとした瞬間大量のビームが遠坂を襲った。

「ぬおっ!しまった!」

 咄嗟にシールドを張りながら横滑りし回避に成功したものの回避運動で狙いがずれ最後の5発は虚しく空を切った。

「弾切れだ!」

「なんて事、、、」

《全機もう一度仕掛けるぞ!》

 ウィッチ3人が弾切れになったことを知った戦闘機乗り達がどうにか特定できたコアの位置に攻撃を加えようと再突入を計る。

 だが激しい砲火で接近すら出来ない。

《だめだ、弾幕が厚すぎる》

《畜生め!べらぼうな弾幕張りやがって!》   

《やられたっ!脱出する!》

「みんな無茶はしないで!」

「こちら独立飛行隊第一中隊!支援を、支援を求めます!」

 次々と被弾し脱落する友軍機に篠原が悲鳴を上げ、川嶋が必死に無線で増援を呼びかける。

《こちらシャルルビルメジエール基地、滑走路が復旧し基地機能の一部を回復した!これより増援を送る!30分後に到着予定》

「それじゃ間に合わない」

 30分もあればあのネウロイは爆撃を始めてしまうだろう。

「武器を探してくる!」

 そう言って遠坂は降下していった。

 目指す先にはロマーニャ軍が撤退した陣地跡。

 

 陣地跡まで降り立った遠坂はホバリングしながら武器弾薬を探した。

「何か、何か武器は無いか?」

 やがてお目当ての物を見つけた。

「これなら」

 重いがために後退の際放棄されたゾロターンS-18対戦車ライフル。20mm弾を使用し戦車の装甲を貫けるこの銃なら奴を屠れるだろう。

 近くに落ちていた背嚢に予備の弾倉3本を放り込み背中に担ぐ。更にM38短機関銃と戦車のハッチについていたM38車載重機関銃をもぎ取った。

「待ってろよこのすっとこどっこい」

 両手で銃を持ち上げスロットルをWEPまで上げる。

 睨むは高度1000をまだしぶとく飛んでいる飛行船型大型ネウロイ。

 

 

 上空では必死の防空戦が展開していた。

 とはいっても弾切れの篠原と川嶋に出来る事は少なかった。それでも彼女たちは味方の損害を軽減するためにシールドを張りながら敵機の手を伸ばせば触れられるような衝突ギリギリのラインを飛びネウロイの砲火を吸引した。その隙にガリア空軍機が機銃弾を撃ち込む。しかし彼らの多くも既に一機辺り60発の機関砲弾は使い切っておりネウロイの再生速度を上回る打撃は与えられない。

「このままじゃジリ貧ね」

 シールドを張りながら篠原がぼやいた。そこにありったけの武器弾薬を拾い集めた遠坂が上がってきた。

「悪い時間がかかった!ほら銃を持ってきたぞ」

「よくやったわ!」

「ありがとうございます!」

 篠原は車載機銃を紅莉栖はM38短機関銃をそれぞれ受け取り使い勝手を確かめる。初めて使う武器だが名銃なだけあってすぐに手に馴染む。これならいけそうだ。

「最後の戦いよ!ついてきなさい!」

「「了解!」」

 3人はネウロイから一旦距離を取った後、高度を下げる。

「コアの位置は覚えているわね?」

「ああ勿論だ!ネウロイの下面中央やや右だろ」

「その通り、紅莉栖さん私たちで全力で援護するわ」

「はい!分かりました!」

「戦闘機隊の皆さんもどうかもう一度力を貸してちょうだい!」

《勿論了解だ》

《美人の頼みは断らない主義なんでね》

「お上手ね、礼を言うわ」

「行くぜっ!攻撃開始!」

 遠坂の気合いを込めた一言を合図にし3機のウィッチと4機のM.S.405が高度を速度に変換しながら接近、ネウロイの下腹に潜り込む。

 直後凄まじいビームの洗練が浴びせられるが彼女たちは怯まない。

 シールドでビームを防ぎつつ手にした武器でこちらに指向する火点を一つまた一つと破壊する。戦闘機隊も散開し砲火を遠坂に集中させないように注意を引く。

 そして敵機のコア予想箇所から100mを切った時、遠坂がゾロターン対戦車ライフルを放った。

「くたばりやがれ風船野郎!」

 口汚い台詞と共にセミオートで撃ち出された20×105mm弾は狙い通りの場所に吸い込まれる。この距離なら35mmの装甲貫徹能力を持つ徹甲弾はその威力を遺憾無く発揮してネウロイの体表に火花と白い塵を咲かせる。

 5発目を撃ちきりリロード、更に5発を撃ち込んだ。

 そしてもう一本の弾倉を空にしたところで黒い装甲板が砕けコアが白日の元に晒された。

「見えた!」

 ネウロイは防御砲火で身を守ろうとするがこれは篠原と川嶋が二重に張ったシールドで防ぎそのまま突入する。

「終わりだ!」

 最後の弾倉を装填した遠坂が狙いを定める。そして大きく激しい発砲音が響いた。

 5発全弾がコアに命中、瞬間ネウロイは巨体を散らばせ破裂した。

 あまりの白い結晶の多さから周囲に一瞬雪景色のような光景が広がる。

「やったわ!」

「良し!」

「やりましたー!」

《Vive!》

《よっしゃぁ!》

 各々喜びを露わにし口々に叫ぶ。

 南の空からは続々と増援部隊も爆撃機や攻撃機を伴い到着してきた。

 あとは彼らの仕事だ、篠原たちはこの戦闘で命を落とした全ての人に向けて敬礼を送り、リール基地に戻るため針路を北西へ向けた。

 

 

 

 この日、チェンタウロ戦車師団は玉砕を免れた。しかし損害が大きくアリエテ機甲師団との併合をもってその長きに渡る歴史に幕を下ろした。

 

 そして人類は更なる苦境に立たされることになる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ホ一〇三12.7mm機関砲並びにマ弾に関する性能報告書

 

 ホ一〇三12.7mm機関砲に関して

 ホ一〇三はオリジナルのM2重機関銃と比較して砲自体が一回り小型軽量でかつ発射速度に勝るものの、代償として弾頭が2〜3割軽いので、威力と初速で劣っている。しかしその欠点を考慮してもM2の一番の欠点である大きく重い点を克服したホ一〇三は実戦に充分な能力を有しているといえる。

 

 マ弾に関して

 威力に関しては申し分なく20mm機関砲弾に匹敵する破壊力を持ち高発射速度のホ一〇三と併せることで絶大な火力を提供出来るが、弾頭の機械的信管の信頼性が乏しく射撃訓練中に2回銃身内で腔発が発生しその他発射直後の早期炸裂も少なくない頻度で発生している。

 信管の早急な改良を強く求める。

 

 独立飛行第一中隊隊長 篠原弘美大尉の報告

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イスパノスイザはストパンの世界だとクワドラという会社名らしいですがゾロターン社は特に記載がなかったのでそのままの名称で登場しています。


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第24話 アラスの戦い

 ガリア防衛線は突如として破局を迎えた。

 アルデンヌの森、通算3回目の大規模攻撃である。

 一時は航空攻撃とこの地を防衛するガリア第一軍、クンマースドルフ戦車旅団並びにチェンタウロ戦車師団により撃退されたネウロイだったが圧倒的な量に物をいわせて各部隊の連絡を遮断すると部隊間の間隙を突破、包囲殲滅した。

 森と湿地が無限に広がり大群が突破出来ない筈のこの森が抜かれた事でマジノ線頼りのガリア防衛計画は瓦解、各地で混乱が広がってしまいネウロイはこの混乱に乗じてシャルルロア、トリール、ルクセンブルクからガリア領内に侵入、ひたすらに南進する。

 ガリア軍はベルギカ方面を担当していたガリア最強とも謳われる第一軍がベルギカ領内のアニューで今大戦で最大規模の戦車戦力を投入して防衛戦を行った。

 戦いでは緒戦こそガリア重戦車の防御力と優れた練度によりネウロイの遅滞に成功したものの単独での攻撃だったが故に他国軍の支援が得られず大敗を喫し結果として第1軽騎兵師団がほぼ全滅し100輌以上に昇る戦車と膨大な人員を損失したため国境線を放棄して後退することを余儀なくされた。

 ネウロイは彼らを蹂躙した後ランス目前でカールスラント空軍とガリア空軍の直掩を受けたガリア陸軍第1歩兵連隊、第501戦車連隊から成る防衛線と激突し辛くもこれに撃退されると今度は西に方向転換してアミアンを襲った。

 翌日6月21日にはドーバー海峡に到達、ダンケルク、リール、アラスなどガリア東北地方が包囲された。

 更にはネウロイの集団がペロンヌ-カンブレ間の隙間に侵入した事によりアラスの南部で深刻な事態が発生しブローニュやカレー周辺のブリタニア遠征軍とガリア陸軍が分断されてしまう。

 電撃戦とも言えるこの一連のネウロイの攻勢に包囲下の連合国軍は大混乱に陥った。

 しかしその恐慌の最中にあっても一人の男は諦めていなかった。

 男の名は『ジョン・ヴェレカー』ブリタニア陸軍大陸派遣軍の大将である。

 彼は恐ろしい速度で進撃するネウロイを相手に一計を案じた。

 航空偵察の結果、進撃スピードが早すぎてネウロイの部隊間に隙間が空いている事を発見した彼は作戦の指揮官であるフランクリン少将の名から『フランクフォース』と呼ばれた戦車と陸戦ウィッチ主体のタスクフォースを編成、反撃に打って出たのだ。

 戦いの舞台はアラス、終戦後、戦史家たちに歴史を変えた一戦と云われた大作戦の幕が切って落とされた。

 

 6月23日 リール市郊外 ブリタニア遠征軍駐屯地

 リールの街郊外に設営されたテント群の一角で一人の少女が散らかった机の上に広げられている地図を眺め自身に与えられた命令を反芻していた。

 少女、ブリタニア陸軍第一機甲旅団王立第4王立戦車連隊に所属する中隊長アレクシア・パーキンスは翼を持たぬ魔女である。

 彼女は所謂陸戦ウィッチ、キャタピラを履き主砲を携えて陸を進む陸軍の花形、戦車の役割を担う少女であった。

「包囲を突破しパリ方面軍との連絡を回復せよ、、、か」

 パーキンスは黒いベレー帽を被り赤毛を二つ結びにした頭を二、三度掻くと今一度幾つもの矢印が書き込まれた地図に目を落とす。

 

 攻勢はアラス北部を攻勢発起点とし作戦第一段階で機甲旅団を中心とする部隊がアラスの西側を迂回し南進、街の南側に展開しつつあるネウロイを蹴散らす、第二段階でアラス市街と東部に位置する3個歩兵旅団の突撃をもってネウロイを撃破しつつアミアンまで突破し包囲を解くというものだった。

 パーキンスたち第一段階を担う機甲部隊は軍勢を二手に分け、右翼を第4王立戦車連隊、第6歩兵連隊が第368砲兵連隊の支援を受けながら南進し遅れて参加する歩兵旅団の盾になる事が求められた。

 左翼側には第7王立戦車連隊と第8歩兵連隊が第365砲兵連隊を伴って南南西に針路を取りアミアン西側を目指す。

 また左翼を担当する第7王立戦車連隊には陸戦ウィッチがいないためS35騎兵戦車60両を装備したガリア第3軽機械化師団が呼応して部隊の最左翼をカバーする手筈になっている。

 重ねてアニューの失敗を反省してこの攻勢には包囲下の各国空軍も全力を持って支援することが決定した。

 今作戦に於ける戦力は以下の通りである。

フランクフォース右翼隊

ブリタニア陸軍

 第4王立戦車連隊(戦車28輌、陸戦ウィッチ16名)

 第6歩兵連隊

 第368砲兵連隊

上空直掩機

 扶桑陸軍航空隊独立飛行第一中隊(ウィッチ3名)

 リベリオン義勇航空隊第4戦闘飛行隊第1中隊(P36戦闘機12機)

 ブリタニア空軍第87飛行隊(ハリケーン戦闘機12機)

 

フランクフォース左翼隊

ブリタニア陸軍

 第7王立戦車連隊(戦車44輌)

 第8歩兵連隊

 第365砲兵連隊

ガリア陸軍

 第3軽機械化師団(戦車60輌)

上空直掩機

 ガリア空軍第4連隊第1戦闘ウィッチ大隊第一飛行隊(ウィッチ4名)

 カールスラント空軍第52戦闘航空団第1飛行隊(BF-109c戦闘機36機)

 

アラス防衛部隊(フランクフォースの突入に成功した後に攻撃)

 ブリタニア陸軍

 第151歩兵旅団(アラス市街地に展開)

 第150歩兵旅団(アラス東側に展開)

 第13歩兵旅団(アラス東郊外に展開)

 

 

 軍はこの攻勢の為に第1機甲旅団の2ポンド砲装備のマチルダ2歩兵戦車を58両、A13巡航戦車を14両そして陸戦ウィッチ一個中隊を揃えた。

 その中でもこの戦力の中核を担うのは間違いなくパーキンスを筆頭とする16人の陸戦ウィッチであった。

 また随伴する歩兵部隊も戦前に本国で編成され温存されてきた練度の高い部隊であり申し分ない戦力だ。

 参加兵力は陸空合わせて実に20000人、包囲下の連合軍が防衛線を維持しつつ差し向けられる最大戦力だった。

 それでもパーキンスの表情は晴れない。

「う〜ん、、、」

「何か懸念がおありですか中隊長?」

 傍らに立ち乱雑なテント内を片付けていた副官が怪訝そうな顔つきでパーキンスを覗き込む。

「やりたくないな〜って」

「おい仕事しろズボラ女」

 情け容赦ない副官の毒舌にパーキンスは口を尖らせる。

「いや違うよ!そういう意味で言ったんじゃなくてさ」

 パーキンスは地図のアラス周辺を指差して続けた。

「確かに攻勢には人手が要るけどただでさえアニューで戦力がガタ落ちしたのに防衛の為の部隊まで突撃させて、もし失敗したらそれこそもう万事休すじゃん」

「それはそうですが今奴らの隙に付け入って全力で叩かなければそれこそ私たちは閉じ込められて終わりです」

「分かってるけどさぁ、何か嫌な予感がするんだよ」

 パーキンスは極度の面倒くさがりで部屋の掃除すら満足に出来ない自堕落な少女だったが陸戦ウィッチとしては優秀な隊長だった、少なくともただ大変だから行きたくないと駄々をこねる人物ではない。そのことを知る副官は心中に暗い感情がぞわぞわと湧き出るのを感じその感覚に焦った。

「中隊長、もう決定してしまってしまった以上この期に及んでそういう発言は控えてください部下に聞かれたら士気が下がります」

「、、、それもそうか」

「そうです」

 

 パーキンスは頭を切り替えてどうすればこの博打を成功に導けるかを考え始めた。

 (戦力はアミアンまでの攻勢と考えればまあなんとかなりそう。でも相手はネウロイ、こっちの常識外れの事を平気でやってくる化け物に攻者三倍の法則なんて役に立たない。作戦指示書にはあたしたちは攻勢の前面に立って露払いをしろなんて書いてるけど中隊全力を一極集中しないと突破口なんて開けないよ。ああモントゴメリーの信者になりそう)

 相手の15倍の戦力を集めなければ攻撃に出ないという対ネウロイ戦争では完全に不可能な事を提唱している将軍を思い浮かべた。彼ならどうするだろう?いやそもそも攻勢なんて出ないか。

 

 取り止めのない事を考えていたパーキンスだったが何処からともなく紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐった。見れば副官がパーキンスの大量な着替えや雑貨の山からティーポットを発掘し茶を淹れていた。

「中隊長、ダージリンです」

「ありがと〜。うま〜い」

 ブリタニア人としてやはりこれが無くては考えもまとまらない。

 芳醇な香りと共に脳がスッキリと冴える。

「やっぱり航空支援ね、爆撃は全てを解決する」

 彼女は急いで意見具申の書類を纏めた。

 内容としては、空軍の爆撃機による進撃路上の爆撃、砲兵隊の拡充、弾薬の最優先供給、中隊の分散配置の拒否だった。

 

 そして翌日、パーキンス達第4王立戦車連隊にアラスへの進発が命令された。

 

 だがこの大攻勢は作戦前から出鼻を挫かれる事になる。

 

 

「見ろ人がゴミのようだ〜」

「不謹慎です中隊長!黙ってください」

 現地入りしたパーキンス始め各指揮官は目の前の光景に驚愕する。

 リールの街からアラスの攻勢開始点に着くまでの道に恐るべき速度で進撃するネウロイから逃げるために大量の避難民と車が道いっぱいに広がっており交通網が麻痺していたのだ。

「うわ、これじゃ進めないよ」

 戦車や陸戦ウィッチは路外でも移動できるが歩兵を乗せたトラックはそうもいかない。彼らは整備された道を行くからこそ高速を発揮できるのだ。

 これでは立案時の想定以上に移動に時間がかかってしまう。

「群衆を道からどかしますか?」

 副官が訊ねる。このような時の緊急の場合は主砲を天に向け発砲音で避難民たちに自身の存在を示そうとするのがセオリーだが今それをするのは大変よろしくない。

 パーキンスは首を振って空砲の準備をしていた副官を止める。

「下手にそんなことしたらあの人たちのストレスが爆発して収集がつかなくなるよ」

 道ゆく人々は皆一様に暗く、ネウロイや戦闘騒音に怯えて苛立っている。無理に動かせばパニックが広まって大惨事になってしまう。

 仕方がないので各歩兵部隊はトラックを諦め徒歩か戦車にタンクデサントして道から外れて移動する事になった。それでも履帯が泥濘に沈む、歩兵が疲労で小休止を頻繁に挟むなどして進軍は遅れに遅れた。

 結局パーキンスたち第4王立戦車連隊と随伴歩兵が攻勢発起点に到達したのは作戦開始前日になってしまった。この事は後々に現地調査や偵察の不足といった形で彼女たちの首を絞める事になる。




パーキンスのモデルは萌え萌え大戦争に登場するパーキンス(チャレンジャー2 )です。


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第25話 陸の女王、前へ

 1940年6月26日 アラス北西10キロ

 第4王立戦車連隊集合地点

 

 間もなく始まる作戦を前にして戦車兵たちが入念に足回りを点検し歩兵隊が中隊毎に隊列を組む。後方に目を向ければ砲兵隊が射程内の敵の拠点になりそうな村跡や低地(陸上型ネウロイには水のように低い土地を目指して進む習性がある)に準備砲撃を行なっていた。

 断続的な砲声が鼓膜を揺らし遠くから着弾の地響きが轟く中パーキンスは静かに懐から取り出した懐中時計を見つめていた。作戦開始まであと少し。

「そろそろか、、、」

 彼女はスピーカーに繋いだ無線機のスイッチを入れる。

広域放送で指揮官であるフランクリン少将の訓示が始まった。

 

《諸君、ついにこの時が来た。我々はこれから1時間後世界から集った戦友達と共に開戦以来最大の反撃に挑むことになる。きっと激戦になるだろう、その身を犠牲にする烈士も出る筈だ。だが、これだけは忘れないでほしい。決して諦めるな。決して、決して、決して。大事か些事かに関わらず、それが名誉や良識に確信があるのでないかぎり、屈服してはいけない。力に屈するな。敵が一見圧倒的であろうと屈するな。我々が道を切り開くのだ、我々が暗闇に彷徨う人々を照らす松明となるのだ。我々は生きる、生きて全てを守る。そのためには君たち一人一人の力を結集しなければならない。皆の力でこの作戦を成功させよう。以上を持って訓示とする》

 

 気がつけば中隊全員がスピーカーの前に集まり耳を傾けていた。戦闘準備を行なっていた兵士たちも同じように戦車や無線手の無線機に齧り付いてその言葉を一言一句聞き逃さないようにしていた。

 皆引き締まった良い顔をしている。戦意も上がった事だろう。

 パーキンス自身気持ちが昂っていると感じていた。

「さあみんな、戦闘準備は良い?」

「「「Yes,Ma'am!」」」

 16人の少女たちから揃って気持ちの良い返事が返ってくる。

 気合い充分、装備も上々、バックパック一杯の予備弾薬なんて何ヶ月ぶりだろうか。

「アタシから言えることは1つだけ、絶対に死なない事。これだけは守って、分かった?」

「「「了解!」」」

 また良い返事、だがこころなしか皆顔がニヤついている。

「どうしたのみんな?」

「いや〜何というか」

「師団長の後で中隊長の訓示を聞くと」

「シンプルだなぁって」

「この極度のズボラに訓示なんて大層な事出来るわけないでしょう?」

「「「それもそうか〜」」」

「みんな酷くない?!それと副官、オーロラ・ハリス中尉!幾ら幼馴染だからって今度言ったらブン殴るからね!」

「はっ!畏まりました!」

 だがまあ緊張は解れたようだ。結果オーライとする事にしたパーキンスはこれ以上この話題を引っ張ることはやめた。

「事前に話し合った通りにね、針路は中隊全員で進んで各員は小隊長の指示で同一の目標に射撃する事、常に4対1の状況を作り出して囲んで叩こう」

「はい」

「分かりました」

 パーキンスの言葉に4人の小隊長とその下の10人の陸戦ウィッチが頷く。

 

 こうして時間はあっという間に過ぎていく。

 

「中隊一列横隊!」

「はっ!」

 パーキンスの号令で16人のウィッチが小隊毎に少し隙間の空いた横一列を組み躍進に備える。

「Beginning of the march!(行進始め!)」

 A12マチルダⅡ歩行脚の302hpレイランド製ディーゼルエンジンが唸り地面に轍を刻む。

 そして彼女たちは戦場に向かって歩みを進めはじめた。

 上空からは進路掃討の為のブレニム爆撃機やHe111がハリケーンや外国のウィッチを伴って群れを成して飛んでいく。

 

 

 

 フランクフォースはアラスの西を通過して南進、連合軍の防衛線からネウロイ支配領域に踏み込んだ。

 彼らはアラス西にある村デンヴィルを過ぎたあたりで作戦通りアラス南部の敵を攻撃する右翼隊とアミアンに直行する左翼隊に分け進撃を開始した。

 先ず戦端を開いたのは左翼側の第7王立戦車連隊の部隊だった。彼らはドゥイサンという小さな村で交戦を開始、守備していた中型ネウロイ一体と小型複数を手早く撃破した。同時に第3軽機械科師団もワルラス村で中型2体をその圧倒的な数で押し潰した。両隊はワルラス村で合流したのち南に向け移動を再開した。予定よりも早い会敵から司令部に緊張が走ったが首尾よく対処に成功した事で胸を撫で下ろした。

 

 

 パーキンスたちに視線を戻すと事態が動いたのは移動を開始して暫くアラスの街を南に回り込んだ辺りだった。

 前方から一条の砂煙が近づいてくる。ネウロイかと警戒したがどうやら違うようだ。よく見れば砂煙を引いているのは一台のバイク、ブリタニア軍で偵察用として使われているWD BIG4サイドカー付きバイクだ。

「報告!報告ー!」

 バイクに跨った偵察兵が叫びながらパーキンスの前で停車する。

「前方10キロに位置するアチコートの町に戦車型ネウロイ約20体を発見しました!」

「そんな近くの街まで来てるの?」

「はい敵の侵攻速度は脅威的です」

 アチコートはアラスの真南に位置する小さな街だ、第151歩兵旅団が守備するアラス市街地とは5キロも離れていない正に目と鼻の先。装甲戦力を持たない彼らにとって重大な脅威となり得る。

「私は偵察に戻ります」

「ありがとう情報に感謝します」

 もう一度任務に戻ろうとする偵察兵に敬礼をして見送ると部下たちの方を振り向いた。

「聞いたね、これからアタシたちはアチコートに突入してネウロイを撃破、後続の道を開くよ」

「全車戦闘用意!」

 少女たちが一斉に主砲(ボーイズ対戦車ライフルにスコープや防楯追加など改造を施した物)に弾倉を差し込みボルトハンドルを引いて戻し13.9mm弾を薬室に送り込む。

「パーキンス隊より連隊本部、アチコートに増強一個中隊規模のネウロイを発見。これよりアタシ達はアチコートに向かいます。砲撃支援を」

《こちら本部、支援要請了解した。そちらの合図で砲撃を行う。本隊から増援を送る》

「了解」

 部下たちに突撃のために密集隊形を組ませた。第一小隊が中央、第二小隊を左翼、第三小隊が右翼、そして第四小隊が後方だ。隊列を組み直し終えると件の街に針路をとる。隊列を維持する為に時速15キロの低速(もっともマチルダ歩行脚の最高速度はシリーズ全体を通して25キロ弱と元々低速であるが、、、)で進む、このまま進めば大体40分かそこらで辿り着くだろう。

 

 不意の遭遇に備えて警戒しながら進む事1時間、アチコートの街が見えてきた。

 歩みを止め双眼鏡で街の様子を観察する。事前の偵察がほぼ無かったため全てが手探りだ。どうやらこの街は南北に走る大きめの道に沿って10数軒の住宅がくの字型に立ち並ぶ小規模なコミュニティだったようだ。ちょうど中間には鐘楼がそびえる比較的大きな教会が目を引いた。砲撃によって各所で火の手が上がっている。

「街というより集落って感じ、ネウロイは、、、いた!」

 煙に巻かれて接近に気づかれた様子は無くネウロイはパトロールのつもりなのかその家々の周りを徘徊し路地や大通りから姿を覗かせている。見えている数は10体程だが恐らく街の反対側や中心部にもいるだろうから偵察兵の言った通り20体以上がいる事だろう。

 それを聞いた副官が渋面をつくる。

「小が大を攻める、ですか」

「その通り、暫くすれば増援も来るからアタシたちはその前に奴らを引っ掻き回すの。そしておっとり刀でやって来た増援隊で蓋をすれば一網打尽ってわけ」

「そんな上手くいきます?」

「どのみちこれ以上遅れる訳にはいかないからやるしかないよ」

「Yes,Ma'am」

 とにかく方針は決まった。

 パーキンスは陸戦ウィッチならではの小さなシルエットからくる非発見性を活かして部隊を二個小隊ずつ北(パーキンス指揮第一小隊・第三小隊)と南側(副官指揮第二小隊・第四小隊)にそれぞれ街から1kmの地点に配置し時機を待った。

「パーキンス隊より連隊本部へ。これよりアタシたちはアチコートに突入します。突撃準備射撃を要請」

《本部了解。砲撃を開始する》

 数分後、風切り音が聞こえたかと思うと街を覆うほどの無数の着弾煙が立ち上った。

 土や瓦礫が漏斗状に舞い上がり家々を吹き飛ばす。

 少女たちはこれで少しでもネウロイの数が減る事を祈った。

《最終弾着!》

 砲兵士官の野太い声から少しして全ての砲撃が止んだ。街は破壊の限りを尽くされ唯一石造りの教会だけが原型を留めていた。

「さあ行くよ、突撃ー、前へ!」

「突撃ぃ!」

 パーキンスを先頭に南北から全速力で街に向かって走る。

「撃ってきた撃ってきた!」

 敵はようやくパーキンスたちに気付いたようで街の入り口だった場所に3体のネウロイが躍り出て迎え撃とうとする。だが砲撃の混乱からは未だ立ち直れず反撃は疎らだった。

 飛び込んできた一本のビームをシールドで弾き返す。マチルダの重装甲の面目躍如だ。アクセルは緩めないまま彼女はすかさず右手に持つ主砲を構えた。

「第1小隊構え!行進間射撃!目標正面中央の戦車型ネウロイ!」

「第三小隊は左の奴をやって!」

「了解」

 8人のウィッチが主砲を構え行手を阻む敵を狙う。

「正しい構え、正しい狙い、引き金はコトリと落とす様に、、、」

 パーキンスは自らに言い聞かせるように呟く。

「撃て!」

 命令直後轟音が響く。銃声が一繋ぎになるほど全く同じタイミングで撃ち出された13.9mm弾は外れる事なくキッチリ4発づつ道を塞いでいた3体のうち左と中央のネウロイのど真ん中に命中しこれを撃ち倒す。

「次、第一小隊、右側のネウロイ。よーい、撃て!」

 次弾を薬室に詰め構え直し引き金を引く。

 戦車と蟹のキメラのようなネウロイに殺到した銃弾は1発が左前足を砕き1発が砲身を割った、そして2発が車体中央に命中しコアを破壊し身体を粉々にする。

「このまま突入、死角への警戒を怠らないで!」

「了解!」

 彼女たちは臆する事なく廃墟と化した街並みに走り込む。

 建物から飛び出てきた不用意なネウロイに主砲弾を容赦なく撃ち込み物陰に車体を隠して応射する小賢しい輩には爆薬を投げ込んで遮蔽物ごと消し飛ばす。

 ネウロイは混乱から立ち直りつつあったが時間が経ち過ぎダメ押しの一撃がお見舞いされる事になった。

《騎兵隊の登場だぜ!》

《女王陛下万歳!》

 突然市街地の外周に押し出されていたネウロイが爆破する。パーキンスたちの要請で駆けつけた増援のA13巡航戦車4両とマチルダⅡ歩兵戦車8両がアチコート西から突入してきたのだ。魔法こそ無いものの正真正銘の大砲を備えたこれらの戦車たちの到着は実に心強い。

 砲弾が次々とネウロイに命中し一両また一両と瓦礫が散らばる草地へ打ちのめしていく。

「やった!これより残敵掃討に移るよ準備して!」

「了解!」

 勢いに乗るパーキンスたちはネウロイを駆逐するべく街から逃げ出すネウロイの追撃戦に移ろうとする。

 街を過ぎ東へ逃走を図るネウロイを塵に変えていた彼女たちだったが不意に背後から何かが崩れる音がした。

 振り返ると街のシンボルであっただろう鐘楼が崩れ落ち教会の壁がガラガラと音を立てて崩れていた。

 だがそれだけではなかった。

 

「、、、、、!?」

 その光景を見ていた人々は絶句した。瓦礫を押しのけるように新たなネウロイが現れたからだ。

 教会の壁を破りながら出てきたそれは中型とはとても言えないT-28多砲塔戦車を巨大化したような80mはあろうかという巨体にこれでもかと多数の砲身を生やしている。

 副官が叫んだ。

「母艦型です!」

「おかしいと思ったんだ、こんな所に大所帯がいるなんて!」

 部隊に動揺が走った。

《おいおいこんなの聞いてないぜ!》

 A13巡航戦車の小隊が2ポンド砲を撃ちながら側面に回り込もうとする。しかし放たれた40mmの鉄塊は軽い音とともに弾かれお返しとばかりに極太のビームが襲い掛かった。

《ちくしょ、、、》

《ぎゃぁっ!》

《熱い、ひ、火が、母さん!》

 4両のA13の内1両はその場で蒸発、2両が弾薬庫の誘爆で炎上し、隊長車が車体の後ろ半分を消されてクラッシュした。脱出用ハッチや開口部から血みどろの乗員が這い出してくる。

「衛生兵ー!」

 すかさず治癒魔法が使える隊員が生存者の元へ急ぐ。

「こちらパーキンス隊!母艦型ネウロイと遭遇した!場所はアチコート中心部、座標は、、、」

 パーキンスが無線で支援を乞う間にも状況は刻々と悪くなっていった。

 被弾したマチルダ2歩兵戦車が砲塔を天高く飛ばし陸戦ウィッチの隊員たちも敵の規格外の威力にシールドを貫通され傷ついていく。瞬く間に戦力は半減してしまった。

 パーキンスは主砲のストックを肩に当て狙いを澄ます、狙うはモデルの戦車でいう銃塔。

 

 息を整えてスコープを覗きレティクルを合わせる。

 

 倒れる寸前まで魔力を込めてトリガーを引く。

 

 普段より大きな反動が肩を揺らし徹甲弾が銃口から飛翔する。

 

 弾は直線を描いて銃塔に命中、弾芯をすり減らしながらネウロイの奥深くへと侵入して抉る。だがそれで打ち止めだった。二撃目を撃つだけの余力は無くパーキンスの足から力が抜けた。

「中隊長!」

「これでもダメ、、、か」

 副官を支えられながらパーキンスがポツリと漏らす。

「悔しいなぁ、あんな奴に負けるなんて悔しい、、、」

 眼差しは暗く沈み視界が滲む。

「中隊長しっかりしてください!アリー!」

 副官がパーキンスの愛称を呼びながら頬をはたいた。

「あなたは隊長です!指示を!」

「オーロラ、、、っ!ごめん、取り乱した。アタシは隊長なんだから」

 我に返ったパーキンスは自らの頬を両手で叩いて気合いを入れ直した。ヒリヒリした痛みで鈍っていた頭が若干息を吹き返す。

「これより一時後退する!戦車隊は負傷兵を連れて速やかに離脱せよ。殿はアタシたちで引き受けた!」

「了解」

《了解した。すまない》

「気にしないで〜」

 中隊の戦闘可能人員は死者こそ出てないが負傷者が続出して10人、二個小隊では少々キツイがやるしかない。

 隊を再編しパーキンスと副官がそれぞれ指揮をとる。

 だが悪い事だけではない。

 連隊本部と司令部が良いニュースを連れてきた。

《これより砲撃を行う。航空支援もそちらに回す!死ぬなよ!》

「ありがとう助かる!みんなアイツから離れて!」

「了解!」

 隊員が母艦型ネウロイから距離を取った瞬間、準備砲撃の比ではない弾幕が降り注ぎ母艦型ネウロイの周囲に黒煙を噴き上げた。

「やったか?!」

 あまりの光景に誰かが勝利を確信したが黒煙を切り裂いてビームの嵐が吹き荒れる。

「円周防御!」

 密集し何枚ものシールドを重ねてなんとかネウロイの猛攻を凌ぐ。

 ビーム攻撃を受け流すとすぐさま反撃を行い撤退する戦車隊に敵の注意が向かないようにする。

「撃てぇ!」

 10本の銃身から一斉に弾丸が発射されネウロイの装甲を多少なりとも削る。

 それを繰り返す事20回、最後の歩兵戦車が離脱に成功した頃には全員が疲労困憊だった。

「よし次はアタシたちの番、、、ちゅわっ?!」

 先程よりも強い一撃がシールドを貫通しパーキンスの頭を掠める。間一髪の所で頭を逸れたビームはベレー帽を吹っ飛ばした。

「あっぶなかった〜、応射して!」

 よく訓練されて精度の引き上げられた射撃がネウロイに殺到する。その内のいくつかはネウロイの装甲に食い込み火点を一時的にとはいえ沈黙させる。

 その隙に後退し、また攻撃に備えて防御陣形をとる。

 だがパーキンスたちが離れるより早く母艦型ネウロイは距離を詰めてくる。

「このままじゃ八方塞がりだよ」

「次の手を考えましょう!」

 万事休すかと思われたその時、空からサイレン音が響いた。

《お嬢さん方、助けが必要かい?》

「え?」

 直後、彼女の頭上を爆撃機の編隊が飛び抜けていった。

 近接航空支援のJu87急降下爆撃機が駆けつけてくれたのだ。

《あとは我々に任せて後退してくれ。行くぞガーデルマン!》

 後を追うようにスツーカウィッチの小隊も母艦型ネウロイに向かっていく。

 彼ら彼女らは50kg爆弾や250kg爆弾、3.7cm対戦車砲、果ては対艦攻撃用の1t爆弾まで抱えて助けに来てくれたのだ。

「ありがとう、本当にありがとう、、、」

 次々と爆炎が踊りネウロイの装甲が軋み砕ける。それでも尚耐えて反撃してくる様にパーキンスは恐怖を覚えつつも撤退の道を急いだ。

 街が見えなくなるまで射撃と移動を繰り返し這々の体でネウロイの魔の手から離れることが出来た。

 

 

《全域で攻撃が頓挫し損害が出ている。全軍攻勢開始点まで後退せよ!》

 

 司令部からその旨の通信が入ったのは無事に稜線に逃れ体制を立て直そうとしていた時だった。

 攻勢開始点までの後退とはつまり作戦の中止を意味する。

「そんなまだ敵の第一防衛線も抜けてないのに?」

 彼女たちは知るよしも無かったがこの時左翼隊、右翼隊ともにネウロイの抗戦で進撃が停止しており特に左翼隊の中核をになっていた第7王立戦車連隊では高台に陣取ったネウロイに攻撃を繰り返した結果、作戦開始時44両いた戦車がほぼ10両を切る大損害を被っていた。

 更には右翼隊本隊でも航空型ネウロイが多数出現し制空隊と激しい空中戦になり少なくない数のネウロイの爆撃を受けて進撃が完全にストップした。

 このことを受けて司令部はこれ以上の攻勢はおろか戦線の維持すらままならないと判断して全軍に後退命令を発したのだ。

「、、、」

 沈黙が辺りを包む。絶対に成功させなくてはならない作戦が半日とかからずに失敗してしまった。先鋒としてその責任が無いと言えば嘘になる。

 10代始めの少女たちが背負うには余りにも重い重圧だった。

「帰ろう」

「中隊長、、、」

 押し潰した声で後退命令を出す。敵は待ってくれない直ぐに行動に移らなければ黒い津波に飲み込まれてしまう。

 

 重い足取りで彼女たちは来た道を戻っていく。

 

 終戦後この戦いは全くの無意味だったのか物議を醸した。

 というのもこの戦闘の結果、攻勢の主目標である包囲突破は叶わなかったがネウロイは攻撃一辺倒だった行動からその場に留まり防御体制を取り侵攻スピードが停滞した。これは後々の戦史家に予想外の抵抗に損害を抑える為の策とも単なる気まぐれとも言われたがとにかく人類が撤退までの時間を稼ぐことができたのは事実である。

 このことから近年では戦術的には失敗だったが戦略上は成功ではないかという見方が根強い。



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第26話 陸の孤島

 1940年6月29日

 ガリア北東部の多国籍部隊は危機的状況に陥っていた。アラスの戦いに敗れ後日行われたアミアンとカンブレーからのガリア軍の解囲作戦も失敗に終わり完全にネウロイに取り囲まれてしまったのだ。

 戦力が大幅に低下してしまった連合軍はアラスの街を放棄、次いでランスも失い実に30万人の将兵と90万人の民間人がダンケルクを中心とした半径100kmの土地に閉じ込められてしまった。軍は彼らを救う為にカレー港とダンケルク港をフル稼働させ民間人や戦力を喪失した部隊の後送を開始、救援物資の輸送を急いだ。リールやランスの空軍基地に駐屯していた航空部隊は戦略的な間合いを確保するためカレー基地かダンケルク周辺に建設された臨時飛行場、それかドーバー海峡を越えてブリタニア本島に撤退した。遠坂たちは中隊全員が乗れる便を確保出来なかったので井町ら民間技師のみを国外に退避させ自分達はダンケルクに下がった。

 

 包囲下の連合軍ではありとあらゆる物が不足していた。空輸や港からの揚陸はあったものの航空機、車両、武器、弾薬、燃料、食糧、ヘルメットやスコップなどの個人装備品から替えの下着に至るまで全てが足りなかった。遠坂たちが避退したダンケルク飛行場でも扶桑陸軍航空隊第68戦隊、ブリタニア空軍第87飛行隊、オストマルク空軍第5戦闘飛行隊の一部など多数のウィッチや戦闘機部隊が逃れてきており隣のカレー基地に移ったカールスラント空軍第3戦闘航空団、第52戦闘航空団第2飛行隊、リベリオン陸軍航空隊第56戦闘航空群第8戦闘飛行隊などと合わせれば数の上ではこれまでで1番航空戦力の密度が高かったがそのいずれも疲弊し人も物もすり潰されていた。

 中でも物資の大半を地球の反対側から運ばねばならない扶桑皇国軍ではそれが顕著であり慣れない風土と扶桑料理とはかけ離れた現地の親しみがない上に不味い保存食メインの食事で士気が下がり、武器の殆どが扶桑独特の弾薬を使用していたため弾不足にも悩まされた。

 遠坂たち独立飛行第一中隊も例外ではなくウィッチである事から通常の戦闘機部隊よりは優先されて補給を受けていたとはいえそれでも物資は目減りしていった。

 特に連日の出撃で弾薬と機材の消耗が著しく各所を固定するボルトすら純正品が枯渇している有り様でこのままでは部隊としての機能を失ってしまうのは火を見るより明らかだ。実際、篠原のキ61二型はゆとりの無い設計のエンジンとオーバーワークが祟り調子を崩す事が増えて来ていた。整備兵たちが一晩中オーバーホールを行い、エンジンの出力を制限してやっと運用再開できるという末期具合である。

 これに対応するのは金子主計中尉以下主計課の隊員たちと隊の補給担当の斎藤少尉率いる輜重中隊だ。彼らは毎日のようにダンケルクの港にトラックを走らせ補給物資争奪戦に身を投じたりこれまでの戦いで築いたコネクションを最大限に活かしてガリアを離れる部隊ややり繰り上手で物資の有り余っている隊からおこぼれを預かっていた。

 

 今日、朝早くから足を運んだのは同じくリール空軍基地から転進しダンケルク飛行場に居を構える第68戦隊。彼らは先日のアラスの戦いで手酷い損害を受けており定数を大きく割り込んでしまっていた。そのため再編の為に明日にはブリタニア本土に引き揚げる事が決定していたので撤退の際に遺棄する消耗品を同じ扶桑軍同士のよしみで融通してもらおうと考えたのだ。

「弱ったところに付け入る様で申し訳ありません。ですが港に陸揚げされる物資だけではとても賄い切れずどうにもならんのです」

 斎藤は撤退準備に追われている戦隊長に頭を下げて助けを乞う。

 対面する戦隊長はやつれ切った顔に精一杯の余裕を貼り付けると言葉を返した。

「困った時はお互い様だ。遠慮せず持っていくと良い。何が欲しいんだ?」

 それを聞いた斎藤はまたぺこりと一礼し感謝する。

「ありがとうございます。ホ一〇三の銃本体を5丁と予備銃身を10本それと徹甲弾を5000発ほど、それと余裕があれば米をニ俵いただきたいです」

「随分持っていくなあ、まだここで頑張るつもりなのか」

「はい。隊長が誰かが残っているのなら自分もギリギリまで残るそれがウィッチとしての務めだと」

「そうか、、、其方さんの隊長は篠原大尉だったか?あの人はとことん真面目だからなあ責任感じてるんだろう」

「そうかもしれません。戦隊長は篠原隊長とお知り合いで?」

 さも篠原の事を知っている風に語った戦隊長に斎藤の問いかける。それに戦隊長は昔を思い出し懐かしむように答えた。

「ああ、俺がまだ爆撃機乗りだったころタムスクで助けられてな。いつか礼を言いたかったんだが中々巡り合いに恵まれなくてここに着いてからも戦闘でそれどころじゃなくなってしまったからズルズルとタイミングを逃してしまったんだ」

 戦隊長は少しバツが悪そうに語る。そして少し待っておけと言って宿舎に入って行った。戻ってきた彼の手には一通の手紙が握られていた。

「これを篠原大尉に渡して欲しい」

「これは?」

「どうしても感謝を伝たくてな。頼む」

 戦隊長クラスなら連絡と称してウィッチと個人的に会ったとしても咎める人は居ないと思うが杓子定規の扶桑軍人らしく無用のトラブルを避けるため文通で礼を伝えるのだという。

「かまいませんよ。篠原隊長は今パトロールに出ているのでお届けするのは夕方以降になりますが宜しいですか?」

「ああ渡してくれるだけでありがたい。さて、この話はここまでにしよう。物資輸送だったな、要望通りの物を持っていくと良い。米もまだ余裕があるから二俵と言わず五俵ぐらいは持っていっても構わんよ」

「助かります。ではお言葉に甘えて頂戴していきます」

 斎藤は戦隊長にお礼として包帯や鎮痛薬などの医薬品と遠坂が調達した赤ワインを2本手渡し早速トラックの荷台に注文した品を積み込んだ。

 

 次に斎藤が向かったのはカレー基地に駐在するカールスラント空軍のウィッチ部隊、第3戦闘航空団の兵舎。目的はカールスラント空軍が使用しているストライカーユニットBF-109Eの予備部品だ。というのも篠原が使っているキ-61二型は元を正せばBF-109をモデルにしたユニットであり搭載するエンジンもDB601Aの流れを汲むハ40に小改良を施したハ140で部品には充分な互換性があったからだ(といってもハ140はかなり無理やり圧縮比を上げた強引な出力向上型で本家と比べてもデリケートな心臓だったが)。

 斎藤は指揮所の扉をノックした。

「どうぞ」

 部屋の中から穏やかな女性の声が返ってくる。

「失礼します」

 やや緊張しながらドアをくぐるとそこには机の上に積まれた書類と格闘する1人の少女がいた。顔には疲れの色が滲み彼女が連戦を重ねていることを物語っていた。

 

 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ少佐。

 

 見た目こそ麗しい美少女だが侮ることなかれ彼女は開戦直後のカールスラント防衛戦から第一線で活躍しつつけているベテランウィッチだ。踏んできた場数が違う。優秀なウィッチであると同時に優れた指揮官でもあり部隊の運用に於いてはカールスラント随一とも言われている女傑。人呼んで『フュルスティン(女侯爵)』。

 

 彼女は自分より一回りは年下でありながら百戦錬磨の司令官として君臨するウィッチを前にして背筋を堅くする斎藤に楽にするように言うと用件を聞き出した。

「独立飛行第一中隊、、、聞きなれない部隊ね。扶桑の航空隊が私たちに何のご用かしら?」

「つい最近新設された隊ですからご存知なくても無理はありません。今日お伺いしたのはストライカーユニットの予備部品についてです」

 斎藤は独立飛行第一中隊のストライカーユニットが消耗している事、その中で篠原機がカールスラント製ユニットと互換性がある部品を使っている事を話し可能であれば援助を頼みたい旨を伝えた。

 勿論ただで頂こうなどとは言わない。交換条件として先程68戦隊から貰い受けた物資の内ホ一〇三2丁と予備銃身4本、弾薬2000発を提供すると申し出た。

「話は分かったわ。でもごめんなさい、こちらにもあまり余裕が無いの」

「そうですか、、、無理なお願いをして申し訳ありません」

 仕方がない事だ、こちらが厳しいようにあちらも厳しい。薄々分かってはいたがそれでも気落ちしてしまう。

 肩を落とす様子を不憫に思ったのかミーナ少佐は退室しようとする斎藤を呼び止めた。

「うーん、でもここまで来て収穫無しも気の毒ね。少しお待ちになって」

 ミーナ少佐は机に置いてあった黒電話の受話器を取ると何処かにコンタクトをとった。

「、、、ええそうなの___うん、109のD型が有ったでしょ___お願い」

 通話を終え受話器を戻したミーナ少佐は斎藤と視線を合わせると先程の自身の発言を覆した。

「私の予備機の中から部品を調達することを許可します。クルト、、、コホンッ!フラッハフェルト曹長に話を通してあるから彼の指示に従ってちょうだい。格納庫で待機しているから」

「ありがとうございます!この御恩は忘れません!」

 親しい仲なのかファーストネームを口走って顔を赤らめながら咳払いで誤魔化すミーナ少佐に少し年相応の少女の面影を感じつつも斎藤はいたく感謝した。

 それと同時にふと疑問が湧いた。

「しかし宜しいのですか?少佐殿の予備機を部品取りにしていただいて。任務に支障が出たりしませんか?」

「元々D型は旧式化していて実戦ではもう通用しない機体なのよ。遅かれ早かれ部品調達用になる筈だったから気にしなくて良いわ」

「了解しました。では小官はこれにて失礼いたします」

 斎藤は自分達の為に身を削ってくれたミーナ少佐に対し背筋を伸ばし陸軍式の敬礼を行い部屋をあとにした。

 格納庫に向かうとミーナ少佐から指示を受けていたのであろう、数人の整備兵が古びたストライカーユニットを引っ張り出していた。その中の1人、金髪の爽やかな雰囲気を纏った青年が走り寄ってきた。

「斎藤少尉ですね、お待ちしておりましたクルト・フラッハフェルト曹長であります」

「お世話になります独立飛行第一中隊輜重中隊の斎藤一少尉です。今回は便宜を図っていただきありがとうございます」

「ミーナ、、、じゃなかったヴィルケ少佐から話は伺っております大変でしたね」

「いえいえ、こうして周りの方々が助けてくださるので私の労力など大した事はありませんよ。其方こそ開戦劈頭からここまで戦い抜いていて立派なことです」

「ありがとうございます。その言葉は皆が喜びます」

 斎藤とクルトは互いに立場は違えど苦境の中で足掻く姿に共感し労い合う。

「それでどのような部品をお探しで?」

 斎藤は整備小隊から預かったメモを取り出しカールスラント語に翻訳して読み上げた。

「スパークプラグを3個とインジェクター、コンロッド2本、ピストンを4個、タイミングベルトとカムシャフトを1本ずつですね。あとラジエーターの冷却水も分けて貰えれば嬉しいです」

「わかりました。すぐに取り掛かりますね」

 クルトはすぐさま他の整備兵に取り外す部品を伝達して作業に取り掛かる。斎藤も手持ち無沙汰に待つだけでは申し訳なく思い輪に加わり手伝った。

「もうちょっと、、、よし外れた」

 手際よく分解していくクルトに流石整備兵だと感心する。斎藤は工具箱からスパナを手渡しながらミーナ少佐とクルトの言動から気になった事を尋ねた。

「そういえばヴィルケ少佐とはファーストネームで呼び合う仲なのですか?整備班と司令官の仲が良い事は素晴らしいですがふと気になりまして」

「ぶふぅっ!ゴホッゴホッ!」

 驚きのあまりスパナを取り落とすクルト。

「だ、大丈夫ですか?!」

「は、はい、、、、」

 咽せ返ったクルトに驚きつつ心配する斎藤に周りの整備兵から笑いが上がり格納庫の中は先程までとは違う騒がしさに包まれた。

「えーと、、、それはですね、、、なんと言いますか」

 赤面しながら言い淀むクルト、するとそれまでユニットに手を突っ込んでいた年配の整備兵が大笑いしながら代わりに答えた。

「アッハッハッハ!斎藤少尉そいつはな、少佐と将来を誓い合った仲なのさ!」

「えっ?!」

 てっきり幼馴染か何かだと思っていた斎藤はその発言にたじろいだ。

「い、言わないでくださいよ先輩!」

「別に良いじゃないか、この基地の連中は皆んな知ってるんだしよ!」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。ヴィルケ少佐はウィッチですよね。交際は不味いんじゃ?」

 斎藤が驚くのも無理はない。ウィッチは純潔でなければ魔法力を失ってしまう。人によって程度の差異はあるがまず間違いなくシールドは張れなくなってしまう。前線で戦う兵士としてシールドの有無は死活問題だ。

 扶桑皇国陸海軍では過度な接触は御法度、交際しようものなら軍事裁判で裁かれても文句は言えない重罪なのだ。

 老いた整備兵は続ける。

「コイツに手を出すような度胸はないよ。それに思想と恋愛の自由は憲法で保障された当然の権利だ。俺たちにどうこう言う権利は無いのさ」

 そんないい加減で良いのだろうか?

「もうこの話は止めにしましょう!ね、斎藤少尉?」

「え、ええそうですね」

 斎藤は戸惑うが他国の部隊員の私情に無闇に口出す権利は無いと無理矢理飲み込む。

 男たちは止まっていた手を動かして作業を再開する。

「おーい13のスパナ取ってくれぇい」

「はい只今」

「そっち支えてくれ」

「OK、外れそうだ」

「固すぎんだろこのボルト、レンチ曲がるぅ!」

「もっと身体使って回すんやで腕だけは駄目や」

 着々と部品が取り外されていき全ての作業が終わったのは午後1時過ぎであった。

 

「本当にありがとうございました!」

 機関砲と弾薬、整備マニュアルを降ろして代わりに大量のパーツと固定用のボルトを荷台に積み込んだ斎藤は整備兵たちに腰を折り深く礼をした。

「大事に使ってくださいね」

「勿論です。今度は我々がお助けしますね」

「それと少佐との件はどうか内密に」

「あ、はい。」

 最後に言葉を交わし、さあ出発といったその時けたたましいサイレンが響いた。

 

《警報!ネウロイ接近、対空戦闘用意!迎撃隊発進急げ!》

 

 対空砲の操作員が持ち場に走りパイロットやウィッチが格納庫やバンカーに殺到する。

 その中にはミーナ少佐の姿もあった。

「クルト、私の機体は?」

「はっ、E型はいつでも出撃可能です!」

「宜しい、これより迎撃に上がるわ」

 ミーナ少佐はユニットを履き受け取ったばかりのホ一〇三を手に取ると滑走路に出で立つ。

「小官も飛行場に戻ります!」

「お気をつけて!」

 斎藤は急いでトラックのエンジンをかけ家路を急いだ。



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第27話 蟷螂の斧

 1940年6月29日 午後1時15分

 

 斎藤がダンケルク飛行場への道を急いでいた頃、一方飛行場ではパトロールから戻ってきたばかりの篠原たちが再出撃に向けて補給を行っていた。彼女たちはランス上空で中隊規模のネウロイと接敵しこれと交戦、悪天候で敵を見失い弾薬も尽きていたため帰投してきていた。そして整備と補給が完了するまで休息を摂ろうとユニットを脱いだ瞬間空襲警報が鳴り響いたのだ。

《敵集団、南50km高度5000m速度200から300で接近中!数は中型を多数含む50機以上!》

「篠原大尉、整備は?」

 重い工具箱を引きストライカーユニットを点検しようと近づく高橋曹長を篠原は止めた。

「時間が惜しい、弾薬を補給したら直ぐに飛ぶわよ!手空きの人はバンカーに避難して」

 100発入りの弾薬箱をホ一〇三に装着しながら篠原が周囲に矢継ぎ早に指示を出す。

 傍らでは遠坂と川嶋も摩耗した銃身を取り替え弾薬を再装填し昼食代わりのサンドイッチを頬張っている。整備兵たちが時間が無いながらもせめてもの情けで運転中のユニットに近づき目視で傷や欠損箇所が無いか見て回る。

「遠坂中尉、このユニットは今日オーバーホールする予定だったんです。くれぐれもいつもみたいな無茶な飛行は控えてください!」

「保証はできんが分かった。気をつける!」

「僕がしっかりフォローします」

 整備兵と遠坂の会話に川嶋が言葉を被せる。

「言うようになったじゃねえか」

 頼もしく成長した部下に会心の微笑を浮かべると弾込めを終えたホ三を背中に担ぎ頑丈なスリングで腰に繋がれたホ二〇三を持ち上げた。いつものホ三2丁よりかなりの重武装だ。

「少し重いが空で弾切れになるよりマシだな」

 本来ならホ二〇三を装備する丙型の場合、大重量からそれ単体の運用になる。がしかし37mm砲では激しく動き回る小型ネウロイや多数のネウロイに対する対処が難しくなるといった過去の戦訓を鑑み遠坂は今回、自身の固有魔法『怪力』を駆使して予備の武装を携行することにした。

「頑張れよ!」

「必ず怪我せず戻ってこいよ!」

 出撃準備を整えた3人は整備兵の歓声に背中を押されながら格納庫から出る。

 外は酷い騒ぎだ。

 ウィッチも戦闘機乗り達も我先にと滑走路に殺到し、曇天の大空に向けテイクオフしていく。

 管制官も地上の誘導員も大忙しだ。

 無線回線を開けば渋い声の航空管制官が目まぐるしく変わる状況を捌き指示を飛ばし続けている。

《扶桑第68戦隊の発進を確認、ブリタニア第87飛行隊滑走路進入を許可する。続けて離陸せよ。オストマルク第5戦闘飛行隊は1番滑走路からの離陸を許可する》

 とそこに別の管制官が割り込み異常を知らせる為早口に警告する。

《輸送機が1番滑走路に緊急着陸する!滑走路周辺の機は退避しろ!1番滑走路は離陸中止!》

《トート少尉!止まれ巻き込まれるぞ!》

《上がる方が速い。離陸する!》

《消火班急げ!》

《2番滑走路はウィッチの離陸を最優先!》

 己が情報の波に埋もれないように篠原が声を張り上げる。

「私たちが先に上がるわ!」

《早いな、よし同時に上がれ。独立飛行第一中隊、フォーメーションテイクオフ。2番滑走路から離陸せよ》

 その時1番滑走路にDC-3輸送機が炎上しながら進入してきた。

《メーデー、メーデー、メーデー!》

 向かってくるDC-3は右エンジンから出火し水平を保てていない。パイロットが機を立て直そうと操縦桿を引くがその光景に遠坂が叫んだ。

「駄目だ!高度が低すぎる!」

 輸送機は尻餅を着くように尾部を地面に擦り付け水平尾翼をもぎ取られて破片を撒き散らしながら滑走路に激突し爆発炎上する。

《畜生、ダニーの奴が墜ちた!神よ!》

《救助と消火急げ!》

 消防車がサイレンを鳴らしながら炎を噴き上げる残骸に走り消火剤を噴射する。

 輸送機の破片が散乱した為2本ある内の片方の滑走路が使用不能になってしまった。

 惨劇を尻目に唯一使用可能な滑走路にたどり着いた篠原たちは無線で管制室に連絡を入れる。間髪入れずに離陸許可が返ってきた。

《独立飛行第一中隊、滑走路に進入次第離陸を許可する。航空優勢を確保してくれ》

「了解」

 滑走路の端までタキシングした3人は動翼の反応をチェックし出力を上げる。

「発進!」

 号令と同時に全員がエンジンを加速、周囲に轟音を響かせながら長い滑走を始める。

 

 異変は滑走路の中ほどまで疾駆していた時に起きた。

 

 突然篠原の履いていた右のユニットが詰まったような音と共に黒煙を吐き停止したのだ。

 予想外のトラブルとそれに起因する推力の偏向が篠原の身体に襲いかかり滑走路を外れ転倒しそうになる。

 離陸直前の転倒は歩いている時のそれとは訳が違う。クラッシュしてしまえば命の保障は無い。篠原は積み重ねてきた経験と天賦の才ともいえるユニットを操るセンスをフルに活かしもつれそうになる脚を踏ん張った。

「篠原、離陸中止!」

「あっぶね!」

「くっ!」

 堪らないのは後に続く遠坂と川嶋だ。フォーメーションテイクオフは離陸にかかる時間を短縮する事ができるが、隊員同士の間隔が短くこのようなトラブルが起きた場合対処する猶予が極めてシビアになる短所がある。それでも猛訓練の賜物か体勢を崩しつつも身体を傾け急減速する篠原の脇をすり抜け何とか衝突を回避した。

 篠原は渾身の力で踏み留まると主脚のブレーキを操作する。

「止まって!止まって!止まって!止まって!」

 祈りながらフルブレーキをかけて停止を試みる。ゴムの焼ける匂いが鼻をつき心臓が早鐘を打つ。

 バツンッ!とけたたましい音を鳴らしてタイヤが爆ぜる。

 身体が右へ右へと引き摺られ滑走路のアスファルトからぬかるんだ草地に侵入する。

 滑走路をオーバーランして草地を削りながらやっと止まった。

 ホッとしたのも束の間停止していたユニットから火の手が上がり慌てて脚を引き抜き退避する。

 脱ぎ捨てられたユニットはやがて燃料に引火し火の玉と化す。もし少しでも脱出が遅れていれば篠原の足も炭になっていただろう。

「こんな時に、飛べないなんて、、、ッ!」

 篠原は行き場の無い怒りに地団駄を踏んだ。

 彼女も頭では分かっていた。誰が悪い訳でもない、むしろ今まで稼働状態を維持していた事が奇跡に等しかったのだ。

 それでも部下を死地に向かわせ自身が残されるというのが篠原のトラウマになっていた。

 篠原は未だ離陸滑走を続ける遠坂と川嶋を見やる。心配そうに振り返る2人と目があった。

 無事を示す為に大きく手を振り声を上げる。

「2人とも必ず帰ってきなさい!これは命令よ!」

 聞こえたかどうか定かではないが篠原には2人が頷いた様に感じた。

 

 隊長不在の独立飛行中隊は滑走路の三分の二まで走ったところで離陸、脚が離れた瞬間に急上昇する。

 敵が刻一刻と接近している今、少しでも高度を稼ぎたい。

 だが焦る気持ちとは裏腹になかなか高度を上げる事が出来ない。急上昇したかとおもえば水平飛行に戻って速度を貯め直しまた上昇に転ずる。

 普段とは比べ物にならないほど上昇力が悪化している。

 その理由は遠坂の発言から明らかになる。

「ちっ!左の吹けが悪い」

 見れば遠坂の左脚に履いたユニットが薄く煙を引いていた。エンジン音も時折咳き込んでいる。

 交換部品の枯渇は遠坂にも牙を剥こうとしていた。幾ら整備を重ねても新品の部品に取り替えることが出来なければ機材を本調子に戻すことが出来ずいつか致命的なトラブルを引き起こしてしまう。

 川嶋が心配そうに遠坂を伺う。

「引き返しますか?」

「いや俺まで離脱したら戦力が足りなくなる。まあ何とかなるさ」

 そう言って遠坂は長機のポジションに落ち着く。

 幸い舵の効きには異常は無く若干の推力低下を頭に入れておけば戦えないこともない。

「背中は頼んだぜ。あんまりぶん回す訳にはいかなそうだ」

「了解です!」

 ロッテを組んだ2人は戦火の空へ踊り込んでいった。

 

 ダンケルク南20km、高度3500m。雲が垂れ込め常人では索敵どころか真っ直ぐ飛ぶだけでやっとななか川嶋はレーダーを駆使していち早くネウロイの存在に気づき知らせる。

「レーダー感あり、11時方向距離5km速度400キロ機数4、こちらより1000m上方です」

「雲の上か」

 今から高度を上げれば同高度までは登れそうだ。遠坂は軽く翼を振ると雲中に潜り込んでいく。

「何も見えんな。川嶋、誘導頼んだ」

「はい、お任せください」

 前世から培ってきた航法技術を活用して視界ゼロの中を巧みに誘導していく。

「遠坂中尉、進路そのまま。上昇角はもう少し上げられませんか?」

「いやこれ以上頭を上げると失速しそうだな」

 息切れ気味のエンジンが脚を引っ張る。いつもなら毎秒19mの上昇速度で駆け上がり今頃敵機の上を取れたはずだが現実には同高度にも達せていない。

「間もなく接敵!」

「しゃあねえ、ぶちかますぞ!」

 雲を抜けた瞬間、700m程先に正対する形で4機のネウロイが現れた。1番前を飛ぶネウロイは全翼機の形をした中型、残りはいつも通りのラロス(戦闘機型)だ。

 すれ違うまで一刻の猶予も無い、遠坂は迷うことなくホ二〇三を中型ネウロイに向けた。

「川嶋、小物は任せたぞ!」

「了解!」

 互いの距離は500mを割り込んでいる。

 遠坂はトリガーを引いた。37mm弾は初弾はネウロイの後方に逸れたが2発目が胴体中央に命中、3発目以降も尾部や機首、主翼に当たり着弾箇所に反対側の空が見える程の大穴を開ける。5発もの大口径弾を受けたネウロイは堪らず分解しバラバラになりながら地表にいざなわれていった。

 川嶋も2丁の九八式機銃を器用に操り編隊右側を飛んでいたラロスタイプ2機を同時に破壊する。

 残りは1機。

 遠坂たちはすれ違うとスライスバック(水平飛行からマイナス45度バンクし、そのまま斜めに下方宙返りし高度を速度に変える。開始時と終了時で方位が180度変わり、高度が下がる代わりに速度が増大するマニューバ)で背後やや下方の位置をとった。

 敵機は雲中からの奇襲に混乱しているらしい。回避行動をとることなく直進を続けている。

 すかさず川嶋が短連射で機銃を撃ち込む。20発程撃ち込んだところで敵機はコントロールを失って真っ逆さまに落ちていった。

「よし、次だ」

「南下しましょう。敵味方が入り混じっています。彼らの援護に向かいましょう」

「わかったそうしよう」

 2人は踵を返し新たな戦域へ向かった。

 

 

 五分ほど雲上を飛行していると雲の切れ目から窮地に陥っている友軍の姿が見えた。

 十数機のネウロイとその同数程のハリケーン戦闘機とBF-109eを履いたウィッチが激しく空中戦を繰り広げている。

 その中でも比較的2人と近い位置にいる1機のハリケーンMk.1戦闘機が2機のネウロイに追いかけ回されていた。

 右へ左へ機体を振り時折フェイントをかけて振り切ろうとするが敵機は付かず離れず食いついている。

 いくつかの光弾が胴体を貫く。鋼管羽布張りの構造が幸いして相手の弾は突き抜けるだけで致命傷にはなっていないがそれも時間の問題だ。

《ケツに付かれた!誰か援護を!》

「待ってろ!すぐ行く!」

《ウィッチか?助かった、2機のラロスに追尾されてる。そろそろやばい!》

「分かった!もう少しの辛抱だ」

 危機的状況の味方を救うべくターン降下する。

 遠坂は背負っていたホ三を取り出しホ二〇三と持ち替える。小物相手なら20mmか川嶋の九八式の方が使い勝手が良い。

 降下しながら慎重に針路を調整する。

 2機のネウロイは追撃に夢中でまだこちらには気づいていないが油断は出来ない。

 照準器を覗き祈りながら狙いを定める。

「もう少し、、、もうちょい」

 ところが、すんでのところで遠坂たちの存在に気付き散開、反転する。

「クソッ!川嶋、右の奴をやってくれ!俺は左をやる!」

「了解、散開します」

 2人は左右に別れそれぞれ旋回戦に入る。いつもの癖で散開してしまったが、今日に限っては誤った判断だった。

 鋭く旋回するネウロイに追い縋る。だがなかなか良い位置につくことができない。敵機の機動力が特別優れているというわけではない、遠坂のストライカーユニットの出力が低下していていつもの様な旋回を行うと急激に速度を失ってしまうので思い切った機動が出来ないのだ。

 一方向の旋回戦では分が悪い、遠坂はネウロイ目掛けて銃撃を行う。角度が足りず未来位置に銃弾を送ることは叶わなかったが敵機は自身が捕捉されつつあると勘違いしてそれまでの左旋回からロールしてやや下を向いた右旋回に切り替えて速度を稼ぎながら振り切りにかかる。

 遠坂はほくそ笑んだ。わざわざこちらのウィークポイントだった速度の低下を補ってくれる動きをとってくれたことに感謝して遠坂はより深くダイブする。

 するとそれまで一向に詰められなかった距離がみるみる縮まり同時に機速が上がった事で急旋回をする余裕もできた。

 やがてネウロイのシルエットが照準に収まり遠坂は機関砲を連射した。

「よしっ!」

 背中を穴だらけにされた敵機は力無く空中を浮遊したかと思うと消滅した。

 だが喜ぶのも束の間、激しい銃火が遠坂に迫る。大急ぎでシールドを張り攻撃を防ぐ事に成功したが体勢が崩れて一瞬身動きが取れなくなる。

 新たに現れたネウロイは小型が3機。いずれもリベリオンのP-36戦闘機を模っており小回りが効きそうな見た目をしている。

 敵機は遠坂の隙につけ込みしつこく付け回す。

 ミイラ取りがミイラになった。追撃に夢中になるあまり周囲への注意を怠るなどという素人臭いミスをしてしまった。

「しくじった!振り切れねえ、、、」

 敵機の機首が光ったと認識するより速く身体が動き左に強くラダーを当て昇降舵を目一杯上げる。すると機首上げと同時に左翼側が失速し制御不能寸前の急激なロールを行う。スナップロールと呼ばれるこの機動はロール性能に劣るキ45改にとっては切り札だ。狙い通り敵の放ったビームは遠坂を捉えることなくすり抜けていく。

 だが激しい機動は容赦なく遠坂の体力を奪う。強いGに身体を押し付けられ身体が軋む。

「ぐ、くぅ、、、」

 敵機は急減速で後方を取り続けている。

 川嶋に助けを求めようともしたが彼女はまだ先程の敵機と空中戦を繰り広げていた。その顔には疲労の色が濃く出ていた。当分援護は期待できそうにない。

 彼女だけではない。

 周囲を見渡せば戦闘機乗りもウィッチも動きにキレが無い。

 たとえ機体やユニットが酷使に耐えていたとしても操るのは生身の人間だ、包囲下で心身ともに擦り切れ疲弊した彼ら彼女らは強いGが継続してかかる接近戦で容赦なく体力を奪われる。そして遂には疲れ果てて満足に飛ぶ事もままならなくなったところを狙われて堕ちていく。

《援護を!誰か、援護を!》

《ああ、駄目だ、堕ちる》

《痛い、嫌だ、、、まだ、、、死にたく、、、》

 無線越しに絶望に満ちた声が聞こえてくる。その声はどれも長く続く事はなく途切れたとおもえば周囲の誰かが炎に包まれる。

 遠坂も人事では無い、ビタミン剤と気力で無理矢理疲労を誤魔化して連日の出撃に耐えていた身体は悲鳴を上げていて少しの旋回をするだけでもあちこちが痛んだ。

 背後からビームが飛んでくる。身体を捻って回避するが動きが鈍く避け切れずに袖が千切れ飛ぶ。布一枚で済んだことは幸運だろう、ネウロイのビームを受ければ掠っただけでも大火傷か裂傷を負うことは間違いないからだ。

「もうここまでか、、、」

 とそこへ先程2人が救い出しフリーになったハリケーン戦闘機が突っ込んできた。

《やらせるかっ!》

 彼は両翼に8丁搭載されたブラウニー7.7mm機銃を乱射しながら遠坂を追い詰めるネウロイにぶつかる勢いで突貫する。

 おびただしい数の機銃弾を受けた1機のネウロイは叫びながら光に包まれ消滅する。

 残りは突然の攻撃に回避を優先し散り散りになった。

 その内の1機に遠坂は仕返しとばかりにホ二〇三とホ三を撃ち潰す。完全なオーバーキルだったが気にしない。彼女は冷静さを失っていた。

 

 いつの間にか遠坂達は押し込まれ戦場はダンケルク上空に移っていた。

 

 身軽になるため弾を使い果たしたホ二〇三を投棄する。飛行場の近くだから運が良ければ回収できる筈だ。

「川嶋は、どこだ?」

 川嶋の事が気掛かりで迂闊なことに身体を水平に戻して直進しながら周囲を見渡しした。と遠坂とハリケーン戦闘機が撃ち漏らしたネウロイが上方から銃撃を受けて爆散する。

 弾が飛んできた方角を見ると九九式一号20mm機銃を構え右目に眼帯を嵌めた海軍ウィッチがこちらを睥睨していた。

「一時たりとも直線に飛ぶな!ネウロイに落とされたいのか?!」

「す、すまん」

 その人物が率いる小隊の4番機のポジションには探していた川嶋の姿があった。どうやら彼女たちに救い出されて行動を共にしていたようだ。

「遠坂中尉、すみません。フォローすると言っておきながら遅れてしまって」

「大丈夫だ。むしろ今のは完全に俺のミスだ。だからそんな気にするな」

 僚機としての責任を感じ落ち込んでいる川嶋を元気づけながら遠坂は海軍ウィッチの隊列に加わる。戦闘を飛ぶ眼帯を嵌めて軍刀を背負ったウィッチが名を名乗る。

「坂本美緒中尉だ。所属は海軍だが気にしないでくれ派閥争いには興味がない」

「分かったよろしく頼む。俺は遠坂一三三、階級は中尉、陸軍航空の独立飛行第一中隊所属だ。そっちの川嶋とは長い付き合いになる。後1人隊長の篠原大尉っていうのがいるがトラブルで上がれなかった」

「川嶋軍曹です」

「よろしくな。私たちはブリタニア本島からドーバーを渡ってたった今到着したところだ。状況はどうなっている?」

 これには川嶋が答える。

「ダンケルクとカレーに南から50機以上が接近中です。今僕たちが戦っているのはその先遣隊だと思われます」

「了解だ。では本隊が来るまでに片付けなくてはな。艦隊もこちらに向かって来ている、じきに援軍も到着するはずだ」

「それを聞いて安心したよ。さあもう一踏ん張りだ」

「ああ、本田・島川、ついてこい」

「「了解」」

「俺たちも行くぞ」

「はい!」

 坂本の小隊は一度離れていた戦域へ踵を返し遠坂と川嶋もロッテを組んで追従する。

 戦場にはダンケルクから緊急発進した隊に加えて坂本のようにドーバーを越えて駆けつけてくれた者も到着し始めていた。

 ハリケーン戦闘機の背後についたネウロイをBF-109eを履いたカールスラントウィッチが叩き落とし、九九式艦上戦闘機(史実の九六艦戦)とP-36c戦闘機が編隊を組んで小型ネウロイと渡り合う。

 落とし落とされを繰り返して空には何本もの黒煙が引かれる。

 

 そしてネウロイの本隊と連合軍機が激しく絡み合い空一杯に飛行機雲の航跡が刻み込まれる。

 坂本隊が敵陣深くに斬り込み、後に続く遠坂たちがその周囲の露払いをする。

 今もまた九九式艦上戦闘機の翼を切り裂いたネウロイの編隊に坂本と2人の部下が飛び込み静かな怒りを込めて20mm機銃を撃ち込み瓦解させ取りこぼした敵機を遠坂と川嶋が銃撃で絡め取る。

「あ!南15kmから中型が4機接近してきます!」

「魔導針を持っているのか。頼もしいな詳しく分かるか?」

「はい、高度5000m速度は500km小型ネウロイ10機を伴ってこちらに向かってきます」

 川嶋が読み上げる方向を見ると確かにネウロイの影が見えた。今はまだゴマ粒大だが近くに寄れば50mを超えている事は想像に難くない。

「こちら扶桑海軍288空の坂本美緒、南から中型ネウロイの編隊が接近中だ!これより迎撃に向かう、他にも向かえる隊は居るか?」

《こちら第68戦隊、残存機4機。そちらに向かう!》

《こちらオストマルク空軍第5戦闘飛行隊、ラウラ・トート少尉。行けます》

「ありがたい。私に続け!」

 小型ネウロイとの空戦はブリタニア第87飛行隊のハリケーン戦闘機とカレー基地から駆けつけた第52戦闘航空団第2飛行隊そして本島からの増援に任せ、一式戦闘機4機とウィッチ6人の即席の中隊が高度を上げて南の空へ駆け上がっていく。



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第28話 焦燥 暴走

 ダンケルク南7km 高度5500m 小雨

 雨に濡れ薄雲を抜け入道雲を迂回し上昇を続ける。

 雲上の開けた視界に黒い点がポツポツと現れる。中型と小型ネウロイで構成された編隊だ。

 川嶋が雲に隔てられていたにも関わらず察知できたおかげで敵機よりやや優位な高度で会敵する事が出来た。

「目標を視認しました」

 川嶋が袴のポケットからネウロイの早見表を書き込んだ手帳を取り出し照合する。続く報告に一同に緊張が走る。

「あれは、、、見たことない形です」

「新型か、厄介だな」

 見えてきたネウロイの姿形はそれまで戦ってきた連合軍の爆撃機を模倣した形ではなく何処となく河川に生息するカブトガニを思わせる。如何にも堅そうな見た目だ。

「アイツらが暴れる前に何とかしねえと」

 遠坂が額に冷や汗を垂らしながら零す。小型ネウロイと防御砲火を掻い潜りコアを見つけ破壊する。それを4機分も、敵機がダンケルク上空に達する前にだ。非常に困難な戦いが予想される。だが思わぬところから助け舟が出た。

「任せろ」

 そう言って坂本は眼帯を外す。隠されていた瞳は魅惑的な色を秘めて妖しく光っている。

「それは、魔眼か?」

「そうだ私がコアを探す。今から指示する場所を攻撃してくれ」

「了解だ、やってやるぜ」

 坂本の固有魔法は『魔眼』、この魔法はネウロイの隠されたコアを見つけ出すことが出来る対ネウロイ戦争に於いては決戦兵器と言ってもいい能力だ。

 だがこの素晴らしい素質は引き換えに並々ならぬ集中力を必要とするため乱戦中はあまり多用できない欠点もあった。

 そこでコアを探す間無防備になる坂本を列機の本田、島川曹長が守り遠坂たちと戦闘機隊が攻撃を仕掛ける算段で動く事にした。

「見えた!中央のネウロイのコアは下面中央やや前!」

「分かった俺たちが行く!その調子で他のも頼む!」

 遠坂が川嶋を引き連れ敵編隊に向かおうとスロットルを開いたその時、2人を追い抜き猛スピードでネウロイに突進しようとする銀髪を短く切り詰め紺色の軍服に身を包んだウィッチがいた。

 オストマルクのウィッチ、ラウラ・トート少尉だ。

 彼女の勢いは猛進と言ってもいい。周りと全く連携を考慮していないようだ。

 それに気付いた坂本が呼び止める。

「待て闇雲に突っ込むな!」

 しかしこちらの制止にもまるで聞く耳を持たない。

 ラウラは視線はネウロイに向けつつ地上を指差す。地上、正確にはダンケルク飛行場の第1滑走路では懸命な救助活動が続いている。

「まだ隊のみんなが逃げられてない。一秒でも速く堕とす」

 その言葉の通りオストマルク空軍第5戦闘飛行隊は間一髪で離陸に成功したラウラ以外のメンバーは墜落した輸送機の破片をモロに浴び負傷したりユニットが損傷し離陸不能に陥っていた。

 そのため彼女は僚友が避退し立て直す時間を稼ぐ為にとにかく攻撃して基地から注意を逸らそうというのだ。

 慌てて遠坂が速度を上げラウラの前に出て進路を塞ぐ。

「一人でどうこうなる相手じゃねえんだよ!力を合わせろ!」

 ラウラの気持ちも分かるが遠坂の言い分ももっともだ。単機ならともかく新型の中型ネウロイの編隊となればその難易度は跳ね上がる。いくらウィッチといえども一人での対処はほぼ不可能で、こちらも少なくとも小隊規模のウィッチが密に連携を取り合って1機づつ確実に落としていかなければならない。

 

 ラウラが行く手を阻む遠坂を睨む。

「どいて」

 その本来美しく光り輝いていたであろう緑色の瞳は深く沈み光は無く冷たい。遠坂はその目に見覚えがあった。前世の南方や帝都防空戦で嫌という程見た諦観と絶望に苛まれ続けた人間の目だ。

 遠坂はたじろいだ。自分より二回りは幼い少女がそんな目をしている事に。

 ラウラは遠坂が怯んだ隙に脇を擦り抜けまたネウロイに向かう。

「あ、待て!だぁぁもうっ、死ぬ気かよアイツ」

 吐き捨てるとラウラの後を追う。今の彼女は正気じゃない、1人にしたら間違いなく危険だ。

 ラウラが先行してその100m後方を遠坂と川嶋のロッテが続く。だがラウラの後先考えない加速にユニットの不調も相まって間隔は離されるばかりだ。

「トート少尉!突出しすぎるな!編隊を組み直せ!」

《1人でも大丈夫。そっちはそっちの仕事をして》

「遠坂中尉、どうしましょう?」

「どうもこうもねえアイツが落とされる前に1機でも敵の数を減らすぞ!」

「了解!」

《彼女を1人にするのは不味いな。島川、トート少尉に付いてくれ》

《了解しました!》

 坂本の周りを固めていた海軍ウィッチの片割れがラウラのフォローに向かう。

 これで少しでも事態が好転してくれれば良いのだが。坂本や遠坂は一抹の不安を覚えた。

 

 1番最初に攻撃を仕掛けたのはやはりラウラだった。

 彼女が狙いを定めたのは4機の中型ネウロイの内、最左翼に位置するネウロイ。コアの位置は判明していないがお構いなしだ。彼女が攻撃目標に定めた理由はただ基地に1番近くを飛んでいたに過ぎない。

 至近距離まで遮二無二突っ込んだかと思うと手に持つMG34汎用機関銃をネウロイの背中に突き立て乱射する。

 もちろんネウロイもやられっぱなしではない。表面の各所の赤い部位から弾幕を張り彼女を追い払おうとする。

 しかし当たらない。

 これにはラウラの持つ固有魔法に訳があった。

 彼女の能力は『感覚加速』。これは自らの五感を鋭敏にし人並外れた動体視力と限界まで加速された思考能力を保有者に恵む魔法だ。これを駆使すれば敵弾を見てから回避する芸当すら出来るようになる。ラウラ自身の抜群の技量と並外れた敢闘精神も相まって同僚からは常人では彼女の動きに全く追従することが出来ないとまでいわれている。

 上空に撃ち上げられる赤い光線を必要最小限の動きで右へ左へ回避しながら何度も何度も攻撃を繰り返す。ネウロイの背と言わず腹と言わずに手当たり次第に機銃弾を叩きつける。銃身は真っ赤に焼け弾薬箱は恐ろしいテンポで軽くなる。

 ガチンッ!という音と共に銃口から迸っていた閃光が消えた。

「弾切れ、リロード」

 言い切るより前に手先だけ早送りしたような手際で次のベルトリンクを機関銃に挿入しコッキングする。その間僅か3秒。これも感覚加速の成せる技であった。

「何だあのめちゃくちゃな飛び方は?!」

 遠坂が坂本に指示されたネウロイを攻撃しながら狼狽える。

 一式戦2機が周囲の小型ネウロイを引きつけ川嶋が銃座を潰して遠坂が坂本に指示された位置を射撃してコアを炙り出す。遠坂達が4人がかりで1機の中型ネウロイと交戦している中、ラウラは坂本隊から分派した島川曹長や戦闘機隊から援護射撃を受けているとはいえ実質1人で渡り合っていた。機動力の差も相まって周りの味方は全く追従出来ず有って無いようなものだった。

「コアだ!」

「見つけた」

 それでいて撃破までのペースは遠坂たちと変わらない事が彼女の規格外っぷりを物語っていた。

《坂本より全員聞いてくれ。残り2機の中型ネウロイのコアが分かった。先行している中型ネウロイは背中側やや左の前縁、もう片方は尻尾の付け根だ。私もこれより戦闘に参加する、必ず落とすぞ!》

「了解!」

 

 群れから遅れ気味な中型ネウロイを坂本隊に任せて先行している側にラウラが向かいそれを追う形で遠坂と川嶋が続く。

「あんにゃろついてく味方の事をまるで考えてねえ」

 ラウラの使うBF-109e-4と遠坂たちが使うキ-45改は最高速度は10キロ程開きがあり、その上ラウラに歩調を合わせるという考えが欠片もないことから一度目の突入の時と同じく編隊は崩れ五月雨式に攻撃を仕掛けることを強いられた。

 突っ込んだかと思えば機関銃を連射し急上昇、息をつく暇もなく失速反転してまた銃撃、その間吐き出される対空砲火はシールドを使うまでもなくマニューバだけで回避する。

 

 一方遠坂たちはあまりにも激しいラウラの動きに誤射を恐れて思い切った援護射撃が出来ない。それどころか無理に列機の位置に着こうとすれば衝突しかねないので遠巻きにネウロイの周囲を飛ぶ事しかかなわない。

 それでも何とか彼女の負担を減らそうと敵機の射点に向かって攻撃を行う。

「く、やりずらい」

「トート少尉!せめて攻撃箇所の指示をお願いします!火力支援が出来ません!」

《いらない。私が仕留めるから》

「くそっ!」

 遠坂が毒づく。怒りの沸点はとうに超え回り回って逆に頭が冷えてきた。

「当たっても知らねえからな!」

 遠坂がネウロイの甲羅の前縁にホ三を撃ちクレーターを開ける。

 コアが見えたと同時にラウラが飛び込んだ。

「バカ!当たる!」

 血の気が引いた遠坂を尻目に機関砲弾とビームをスイスイと避けると勢いそのままにコアをゼロ距離射撃で破壊する。

 白い結晶がちらちらと降るなか遠坂が怒り心頭といった感じでラウラに詰め寄った。

「死ぬ気かよバカ野郎?!あんな飛び方してたら体がもたねえぞ!」

 ラウラはそれを聞いているのかいないのか遠坂に対する反論というより独り言のようにポツリと呟いた。

「私は落ちない。誰かが落ちるのを見るくらいなら私1人で全部落とす」

「お前、、、」

 その肩は寒さに耐えるように微かに震えていた。

 

 

 遠坂たちがネウロイと困り物の魔女に頭を悩ませていた頃、坂本隊も交戦を開始していた。

 坂本は背負っていた扶桑刀を抜き放ち大きく振りかぶる。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 裂帛の気合いと共に繰り出された斬撃は進路を塞ごうと飛び出した小型ネウロイの装甲を容易く切り裂きコア諸共両断する。

「よしこのまま切り込むぞ!」

「はい!」「了解!」

 坂本らは綺麗なトライアングルを維持したまま中型ネウロイに向け突き進む。

 戦法は至ってシンプル。坂本が文字通りの意味で道筋を切り開き、両脇を固める列機2人がそれぞれ左右から流れ込む敵機群を牽制する。そして隙を突いて肉薄するという扶桑海軍に所属するウィッチの高練度に裏打ちされた思い切った戦い方だ。一歩間違えれば包囲される危険もあるがラウラの吶喊とは違い小隊員が密に連携を取り合う事で比較的安全にそれでいて素早く中型ネウロイに接近する事が出来ていた。

「人類の力を思い知るがいい!」

 坂本は勢いそのままに中型ネウロイのコアに刃を突き刺す。放たれた突きは見事コアを一太刀で粉々に砕きネウロイは怪鳥の鳴き声のような断末魔を残して消失した。

 護衛対象が撃墜されたからか周りを固めていた小型ネウロイは潰走していった。

 

 

「何とか勝てたが酷く疲れたな」

 遠坂が問題児を見やりながら愚痴る。件の人物はどこ吹く風で未だ黒煙燻る滑走路の上を旋回していた。

「とにかく早く降りて休みたいな。次がいつ出撃になるか分からん」

「そうですね流石にくたびれした」

 胸元をパタパタと仰ぎ汗を乾かしながら川嶋も首肯する。魔導針の連続使用と空戦でかなり疲労が溜まっているようだ。

 だが現実は非情である。飛行場に戻ろうと高度を下げ始めたとき地上のレーダーサイトが絶叫した。

《全部隊に警告!南東100km高度4000mに大型、、、いや超大型ネウロイの反応あり!機数は1、時速300km/hで接近中!》

《向かえる機は全て迎撃に向かえ!》

「冗談だろ?!」

「ぼ、僕はまだやれます」

 予備弾はかなり減ったがそれでも元の量が多かったのでまだ遠坂も川嶋も1マガジンづつはある。

「仕方がねえ行くぞ!」

「はい!」

 疲労困憊の迎撃隊はそれでも征く。彼女たちが戦わねば数えきれない犠牲が出てしまう。

 

 

 ダンケルク南東54km 高度4500m

 先の空戦でまだ余力のある者に各飛行場から発進した第二次迎撃隊を加えた総勢40機/人を数える飛行団は戦闘機動に支障をきたさないよう空間的余裕を確保する為に雲上と中空の二手に分けひたすらに南進する。

 やがて先行するパスファインダー(先導機)を引き受けていたBF-110双発戦闘機が敵機を肉眼で発見した事を通報する。

《見えたぞ、大型だ!》

 彼らのすぐ後方を飛んでいた遠坂たちも一拍遅れて敵機の姿を確認した。遠くに黒い点が一つ見える。更に近づくとその周囲にも小さな点が見えてきた。間違いない報告にあった超大型だ。報告に無い小型ネウロイが気になるがあまりにも大きなネウロイのシルエットに隠れていたのだろう。

「これは、、、」

「なんてデカさだ」

 遠坂含め急行していた皆がそのサイズに度肝を抜かれた。

 敵機との距離はまだ10kmは離れている。にも関わらずそのネウロイの大まかなディテールが認識できた。それはつまり敵機がそれだけ巨大なことを示している。

 突然、空域に破裂音が疎らに響く。

《待て、まだ撃つな!まだまだ遠い!》

《えっ?!》

 距離感を誤った味方機の数機が銃撃を始めてしまった。

 それも仕方ない、距離を考えなければ彼らの目には既に中型ネウロイぐらいのサイズに映っていたのだから。

 編隊がどよめく。あんな規格外の化け物に果たして武器が通用するのかと。

《早まるな各隊長の命令に従え》

 動揺を目敏く感じ取った先導機のパイロットが落ち着かせる為にオープンチャンネルで語りかける。

 その間も敵機との距離は縮まっていく。

 まだか?もう良いか?

 ウィッチやパイロットたちの間に緊張が走る。

 そして、

《you are clear to engage!(交戦開始せよ!)》

《Attack!》

「かかれ!」

 敵機との距離が1kmを切った時飛行団は小隊ごとに散開し一斉に攻撃に移った。

 上空に占位していたBF-109、110がM.S.405がハリケーンが真っ逆さまに飛びかかり、一式戦や九九艦戦、P-36戦闘機が下方から突き上げる。

 そして魔女たちも持てる力全てを注いで空中戦に身を投じる。

 たちまち青い夏空は曳光弾とビームそして火炎と黒煙で汚される。

 

 遠坂も右手に握るホ三機関砲を構えて射撃する。川嶋もビームの発射点を九八式機銃のガンシャワーで削る。

 だが20mm弾と7.92mm弾の集中砲火を受けてもビクともしない。いや正確には効いてはいる。しかし回復力が尋常ではなく着弾箇所がみるみるうちに塞がっていくのだ。

「コイツやけに硬いぞ!」

 初戦で考え無しにホ二〇三を撃ち切った事を今更ながら悔いた。アレさえあれば大型ネウロイの装甲でも容易く撃ち抜けた筈だからだ。

「弾が足りません!」

 川嶋が冷や汗をかきながら弾倉を入れ替える。

 超大型ネウロイの速度は大小様々な弾丸を夥しく被弾して低下しているが針路は変わらず勢力が衰えているようには見えない。

 そのうち、しつこく攻撃を繰り返す遠坂を鬱陶しく思ったのか超大型は砲火を集中し追い払おうとし始めた。

 何本ものビームが上空に指向され遠坂がいる空間を埋め尽くそうとする。

「なんのぉぉぉぉ!」

 あんなのに当たったらシールドがあってもひとたまりもない。フルスロットルで降下、更に降下の途中で体を大きく反らしてその後思いきり足を引きつける。推力を偏向できるウィッチならではの方法で急激に方向転換するこの急旋回には流石に追尾出来なかったようで赤い光線は心臓に悪い風切り音を鳴らしながら遠坂の足元を通り過ぎていく。しかしながら回避には成功してもこのような激しい反撃を受けながらでは銃撃どころではなくなってしまった。

「畜生!熱烈なアピールは嫌いじゃないけどよ。ネウロイはお断りだぜ!」

「ええ、時と場所を弁えてほしいですね!」

 遠坂は気持ちが折れないように軽口を叩きながら川嶋を連れて弾幕の隙間を突いて一旦離脱する。

 とその時、ネウロイから離れる遠坂とすれ違いビーム飛び交う敵機に突入するウィッチがいた。

 まさかと思い振り返る、やはりラウラである。

「アイツまた!」

 

 暴走少女は脇目も振らず敵機の懐に滑り込む。

 腰の弾帯には既に予備弾は無く銃に取り付けた弾薬箱も残りわずかだ。

(でも逃げるなんて出来ない。あのネウロイは絶対に落とす。じゃないとみんなが!)

 ラウラは焦る。あんな巨大なネウロイの侵入を許せば瓦礫の下敷きになっている仲間たちが危ない。その予感が鎖となり彼女を戦域に留まらせる。

「落ちろぉぉぉ!」

 涙が頬を伝う。もう仲間が死んでいくのは嫌だ。こっちを向けと引き金を引き続ける。

 弾が切れる。

 次の弾と腰に伸ばした手が空を切る。完全に弾薬が切れた。

 もう出来る事はない。

 それはラウラにとって途轍もなく恐ろしい事だった。

 途方に暮れてネウロイから離脱する。

「弾が切れたんだろ?一旦引くぞ!」

 いつの間にか近寄ってきていた遠坂がそう促す。

「ま、まだ私はやれる」

「なに?」

「あなただけ引き返せば良い」

 拳銃を抜きながらそう返す姿に遠坂の中で何かが切れた。

 ラウラの襟首を掴み引っ張り上げる。

「離して!」

「黙れ」

 横で一部始終を見ていた川嶋は慄いた。今まで見た事もないほど遠坂の顔は怒気を孕んでいる。

「いい加減にしろっ!この死に急ぎ野郎!」

「ッ!!」

 遠坂の年季の入った怒号にラウラは立ちすくむ。

「焦る気持ちは痛いほど分かる俺たちだって地上に隊長を残してる。酒を酌み交わした支援部隊の連中だって下で頑張ってるんだ!やばい状況なのはお前だけじゃねえ!つべこべ言わずに協力しろ!たかが拳銃で何が出来る!」

「私は1人がいいの!僚機が落ちるのはもういやだ!」

 ラウラは涙を流しながら続ける。

「オストマルクが陥ちた時から、私と一緒に飛んだ人たちはみんな落ちていった。もう誰にも死んでほしくない。だから私が」

「だからってテメェが落ちたら世話ねえじゃねえか!!」

「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」

「あ、おいっ!」

 ラウラは呼び止める遠坂を振り切ってネウロイに突撃する。

 とそこに異常に気がついた坂本が駆けつけてきた。

「一体どうしたんだ?」

 尋ねる坂本に遠坂はこれまでの経緯を説明する。聞き終えた坂本はコクリとすると思い付いたことを持ちかけた。

「分かった。私が敵の小型ネウロイを引き付けるからお前たちは彼女を追うんだ」

「ありがとうこの礼は必ずする!」

 遠坂は坂本に敬礼し川嶋と共にラウラを追う。

 

 

 ラウラは敵機に向けてスロットルを全開にする。

 幾条ものビームが彼女目掛けて殺到する。それを避けながら更に接近。そして手を伸ばせば触れられる至近距離でルガーP08拳銃を撃つ。

 しかしながら9ミリ拳銃弾では雀の涙ほどのダメージしか与えられない。あっという間に弾倉内の弾を撃ち切ってしまいMG34の感覚で扱っていたラウラは慌てて弾倉を取り替える。

 慣れないピストルの弾倉交換に気を取られて超大型ネウロイと距離が空く。

 敵機はその隙を見逃さなかった。全ての砲門がラウラに向けられる。

 それに気づいたラウラは意識を研ぎ澄ませて魔法を発動しようとした。

 

 だがどんなに集中しても感覚加速が発動しない。

 

「魔力が!?」

 連戦に次ぐ連戦、そして向こう見ずな戦いぶりのツケが魔力の枯渇として現れていた。

 感覚加速が無ければあの量のビームは避け切れないしシールド一枚では防ぎ切れない。

(ここまでか、、、先に逝ったみんなに逢えるかな)

ラウラは迫り来る光の束に無駄だと悟りながらも身構えた。目を瞑ってその時を待つ。

 だがいつまで経っても痛みは来なかった。

 即死なら痛く無いのだろうか?

 そんな事を思いながら恐る恐る閉じていた目を開ける。

 そこには両手を突き出しシールドを張る遠坂、川嶋、そして小物を片付けて駆けつけてきた坂本の姿があった。

「たく、土壇場になって復活しやがったこのボロエンジンめ」

「間に合って良かったです」

「心配をかけるんじゃない。隊は違えど私たちは仲間だろう?」

「あ、ありがとう」

 困惑しながらも礼を言うラウラの頭をくしゃりと撫でる。

「良いか?お前が仲間を落としたくないようにお前が死んで悲しむやつも居るんだ」

 遠坂は顎で後方を示す。

 その先には、

《このバカラウラ!あたしたちも居るんだから!置いて逝かないでよ!死んだら許さないから!》

 ラウラと同じ軍服を着込み茶髪をポニーテールに括ったウィッチが猛スピードで飛び込んできていた。

「ほ、ホセファ?」

 さらに別の声も聞こえる。

《こっちはもう大丈夫、上がれる人をこれから上げるわ。守ってくれてありがとねラウラ》

「隊長!」

 ラウラの表情が明るくなる。彼女の特攻は無駄ではなかった。輸送機のクルーと巻き込まれたオストマルクウィッチ達は程度の差はあれ怪我を負っていたものの全員助け出されていた。

「みんな、、、」

 涙が彼女の頬を伝う。だが今度は悲しみの涙ではなく歓喜の涙だった。

《後はあたしたちに任せて!》

「うん、、、うん!」

 

 この日からラウラは少しだけ周りと助け合うことを心掛けるようになった。




 不快に思ってしまった方がいらしたら誠に申し訳ありません。ですがバルクホルンがブチギレて坂本とミーナ中佐がフォローし切れない問題児となるとこんぐらいしないといけない気がしたんです。
 ちなみに作者はラウラ大好きです。クールビューティーでありながらつまみ食いが止まらない茶目っ気があったりコーラで酔ったり仲間がピンチに陥ったら本気でネウロイを叩き潰したり。もう本当に好きです。


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第29話 起死回生

 超大型ネウロイの対応を友軍に任せて遠坂たちは帰投の途につく。

 ダンケルク飛行場が視界に入り慎重に高度を下げる。

 フラップを広げギアダウン、降下速度を調整しながらタッチダウン。

「ふう」

 地に足がつき安心から大きく息をつく。

「はやく、、、補給しないと、、、くっ」

「ラウラさん?!」

 着陸と同時にラウラは魔法力の枯渇で気を失ってしまった。

「自分を追い込みすぎなんだ全く」

 倒れないように肩を貸して衛生兵を呼ぶ。

 すぐに担架を担いだ衛生兵が数人駆け寄ってきて救護室に運んでいった。

 

 遠坂と川嶋は彼女を送り出した後、整備兵が待つ格納庫へ急いで向かう。

 格納庫の巨大な扉をくぐると待ちぼうけをくっていた篠原が出迎える。

「良かった。無事だったのね、無線が通じないからどうしたのかと」

「すんません隊長、忙しくて返信どころじゃなかったんです」

「本当に心配したわ。やっぱり待つのは苦手ね」

 心底ほっとした様子の篠原に返事をしながら補給作業に取り掛かる。

「もうネウロイが来るぞ!弾くれ弾!それと俺の左ユニットの調子が悪いから少し見てくれ」

 するといつも弾薬箱を台車に乗せて運んでくる担当の若い整備兵が申し訳なさそうに寄ってきた。

「遠坂中尉、もう二〇三もホ-三も弾切れです」

「なんだと!大型にはあの火力が必須なんだぞ!」

「弾薬集積場がもう空っぽなんです。あとはカールスラントの弾が使える九八式しか、、、」

「斎藤さんは?確か補給に走っていただろう?」

「連絡が繋がりません。いま何処にいるのか皆目見当がつきません」

「くそっ!」

 遠坂は怒りに任せて小さな瓦礫を蹴り飛ばす。小石は直線を描いて飛行場の外れに鎮座する戦車に当たり甲高い音を立てる。

 

 扶桑皇国陸軍に採用されている九七式中戦車通称チハだ。

 

 そのチハ車は車体後部から煙を吐いた状態のまま乗員が修理するでもなく放置されていた。

「あの戦車はどうした?」

「発動機の不調で置き去りにされました。乗員の話だとトーチカとして運用するとの事です」

 それを聞いた遠坂の中であるアイデアが思い浮かぶ。

「丁度良いや、おいアイツの主砲を担いで飛ぶぞ!」

「へぁっ?!」

 それを聞いた若い整備兵は慌てて止めようとする。

「いくらなんでもあれは無理ですよ。仮に離陸できたとしても発砲の衝撃で墜落するか腕が千切れるのが目に見えてる!」

「俺を信じろ必ず成功させる!何にせよ今上がれなきゃ全滅だ!」

 ギャーギャーワーワーと押し問答をしていたところを聞きつけた高橋曹長が間に割り込む。

「どうしたどうした?遠坂中尉、あんまり若いのを苛めんで下さい」

「おお、高橋さん良いところに、あの戦車なんだがよ____。」

 細かいところは端折り高橋曹長に遠坂渾身のプランを伝える。

「はい、、、はい?」

 高橋曹長の頭にはハテナマークが浮かんでいる。

「どうだ出来そうか?」

「出来るかどうかで言いますとキ-45改は推力的にも余裕があるので可能ですがそこの若いのが言うように身体が持ちませんよ」

「俺の固有魔法なら持てる筈だ。大丈夫、なんとかなるさ」

「どうなっても知りませんよ?」

「は、班長?!本当にする気なんですか?!」

 トントンと話が纏まりかけているところを見て若い整備兵が目を剥く。

「仕方ないだろこうなったら聞かないんだからこの人」

「しかし、、、遠坂中尉に何かあったら死んでも死にきれませんよ」

「そん時は腹切って詫びるさ。さ、やるぞ」

「、、、了解」

 なんて事ないように語る高橋曹長に若い整備兵はしぶしぶ後に続く。曹長が呼びかけると手空きの整備兵が走ってくる。遠坂と高橋から話を聞いた整備兵たちの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいるが構わない。

 飛べれば良いのだ飛べれば。

 すぐに退避していた戦車兵にも事情を説明し許可を請う。この戦車の持ち主は豪快な人物だったようでこの話を持ちかけると「面白そうだ、ここで燻ってるよりよっぽど良い」と快く快諾してくれた。

 早速作業に取り掛かる。

 時間が切迫しているが幸い砲に施す改造はそこまで大変ではない。というのもチハが積んでいる九七式五糎七戦車砲には砲手が身体の向きで照準を合わせるため銃把と肩当てが元から付いている。そのため砲周りに手を加える必要がなく砲塔から取り外せばすぐに使用可能であった。

 だが当たり前だが凄まじく重い。150kgに及ぶ大重量を人が担いで飛び立てるようにするため直接射撃に関係ない装備品を下ろして軽量化しなければならない。重い鋼鉄製の主砲防楯や砲架や薬莢受けなどを取り払いなんとか100kg近くまで軽量化することに成功した。

 同時進行してユニットの修理も行われた。整備兵たちは入念に整備を重ねて不自由なりに最善を尽くす。

「左のユニットは燃料パイプが詰まってるな」

「そことそこからバイパスしろ。それで回せる」

「できた、あっ!こっちのボルト破断してるぞ」

「運が良いなそこならまだ予備がある」

 これまでの戦いから得られたノウハウを駆使して手際よく不調を洗い出していく。(流石に焼損した篠原のユニットは直せなかったが)

 全ての準備が完了するまでに30分と掛からなかった。

 遠坂はケージに固定されたキ-45改に足を差し込む。同時に魔法力が発現し犬耳と尻尾が生える。

「始動準備!」

 高橋曹長が潮風に鍛えられた声で号令する。整備兵たちがユニットにエアーホースや電源ケーブルを繋ぎエンジンスタートの準備を整えた。

「エンジン始動!」

 コンプレッサーと外部電力がユニット内のフライホイールを回し始める。

「エンジン点火!」

 スパークプラグがシリンダー内で気化した燃料と魔法力に火を入れる。つま先に水色のプロペラ状の呪符が形成され勢いよく回転を始める。

 遠坂は足に力を入れてスロットルを操作しエンジン回転数を上げた。

「回転数良し!」

 甲高いエンジン音が響く。ユニットは完全に復調。

「切り離せ!」

 ユニットに繋がれていた各種始動装置が取り除かれ固定されていたケージから解放される。

 怪力を発動させて台に置かれていた九七式五糎七戦車砲を拾い上げる。

 やはり重い。持ち上げるだけで身体が軋むようだ。

「大丈夫?」

 篠原が構えるのを手伝いながら憂わしげな表情で問いかける。

「ぐぬぬ、このぐらい平気ですよ。ふぐぅ」

「大丈夫そうにはとても見えないわ、、、」

「、、、」

 

 

 ともあれかくもあれ出撃準備は整った。

 若い整備兵が砲に砲弾を装填し離れる。

「やばいと思ったらすぐに中止して下さいね!」

「分かった。心配してくれてありがとな。無事に帰れたら一杯やろう!」

「はっ!」

 その時、外から爆音が轟いた。

《敵機群、基地上空に侵入!》

《奴らを近づけるな!撃て撃て!》

 ネウロイが遂にダンケルク上空に辿り着いてしまったのだ。

 基地周辺に構築された対空陣地が高射砲や対空機関砲を撃ち始め、何とか滑走路を守ろうと弾幕を張る。

 

 だが迎撃しきるには距離的猶予が足りなかった。

 ネウロイの全体が赤く光ったかと思うと数えきれない程何本ものビームがダンケルクの街に降り注ぐ。

 攻撃は街だけには収まらず飛行場にも複数弾着する。

一際大きな爆発が起こり飛行場の一角を覆う程のキノコ雲が立ちのぼる。

《何処だ?!何処に当たった?!》

《5番格納庫と弾薬庫だ!》

《なんてこった!誘爆するぞ消火しろっ》

《市街地の被害は?》

《分からない、でもやばそうだ!》

 もう猶予は無い。泣いても笑っても発進のチャンスは一度だけだ。

 頬を叩いて気合いを入れ直す。

 傍らには川嶋が並び立つ。

「いきましょう遠坂中尉、僕たちで終わらせるんです!」

「おうよ!」

 格納庫から出るとそのまま滑走路に入る。

既に管制官が離着陸機を一時的に退かしてくれたのですぐにでも離陸滑走に移ることができる。

「《独立飛行第一中隊から管制、離陸準備完了》」

《管制から独立飛行第一中隊、離陸を許可する。上空は無風だが先程からの雨で路面が濡れている。注意して離陸せよ》

「《了解!離陸すr》」 

「待ちなさーい!」

「へっ?」

 振り返ると篠原が向かってきていた。足にはオストマルクの国籍マークが描き込まれたBF-109e4を履いている。

「やっぱり待つのは性に合わないわ」

 そのまま離陸位置につく篠原に遠坂が訊ねる。

「隊長それどうしたんです?」

「貴女たちがオストマルクのウィッチを助けてくれたからって貸してくれたのよ。大活躍だったみたいね」

「情けは人の為ならずってか」

「ですね」

「では改めて《独立飛行第一中隊これより離陸するわ!》」

《了解、幸運を》

 管制官からの励ましを背に全員が加速を開始する。重量物を抱えている遠坂の滑走距離が長くなるのに合わせて滑走路の半分を使って離陸、足が離れた直後に急上昇に移る。

 ランディングギアを格納した瞬間、背後から眩い光と衝撃波が伝わってきた。

「きゃっ!」

 離陸直後の速度が乗り切れていない場面で体勢が崩れることは大事故に繋がる。肝が潰れる思いで何とか立て直し何が起きたのかと振り向く。

「ッ!」

 超大型ネウロイの第二撃が滑走路を砕いたのだ。もう2本ある滑走路のどちらも使用不可能に陥ってしまった。

「もう許さねえからなデカブツめ」

「絶対に落とします!」

 

 かなりの無理をするがズーム上昇で高度を上げるネウロイに次の攻撃を許す訳にはいかない。

 超大型ネウロイの周囲には味方の戦闘機やウィッチがどうにかネウロイを食い止めようと撃ち続けている。だが奴の尋常ではない回復力で中々決定打を与えられていないようだ。

 すると空戦していたウィッチの一隊がこちらに向けて近づいてきた。

 坂本隊だ。

「上がってこれたか!状況を説明する」

 側まで来た坂本が超大型ネウロイの胴体中央を指し示す。坂本は続ける。

「あそこにコアがあるがかなり深い!私の扶桑刀でも厳しいな」

「分かったコアは俺たちで何とかする小型と銃座を頼む」

「ああ了解した。全力を尽くそう!」

 一塊となりネウロイの上に出るそこで坂本は遠坂の持つ得物に気付いた。

「ところで凄いものを持っているな」

「これか?チハの主砲だ、凄いだろ」

 坂本は一瞬キョトンとしたあと破顔した。

「ハッハッハッハ!凄いな!ウィッチに不可能は無いとはよく言ったものだ!」

 坂本隊の援護を受けつつネウロイの上に出る。

「俺がコアを撃つ。援護してくれ!」

《了解》

《任せろ》

《戦闘機乗りの意地を見せてやる》

 顔も名前も知らない老若男女がただ一つの目標の為に行動する。

 戦闘機隊が編隊を組みネウロイの銃座を潰しにかかりウィッチたちが小型ネウロイを相手に大立ち回りを演じる。

《サム、1機そっちに行った!》

《見えてるわ!Guns!Guns!Guns!》

 乱戦を抜けて遠坂たちに向かっていった小型ネウロイをこれまで何度か共闘したリベリオンウィッチが叩き落とす。

 彼女は礼を言う間もなく次の敵機に向かっていった。

 ここにいる皆が正念場であることを理解していた。

 「次は私たちの番ね」

 篠原と川嶋が直滑降でネウロイに突っ込む。対空射撃を掻い潜る。50mの至近距離で発砲、胴体の一点に弾丸を集中させる。

 一旦離脱する素振りを見せ上昇、ハンマーヘッドターンで逆落としに再突入。今度は弾が切れるまで撃ち続ける。コアまでかなり近いところまで抉れた筈だ。

「かなり掘れたわ。あとはお願いね!」

「ああ、やってやる!」

 遠坂は狙いを澄ませる。発射の反動を相殺するために急降下して機速を分解ギリギリまで稼ぐ。

 主砲の砲弾は整備兵の彼が装填してくれた1発のみ。ミスは許されない。

「食らいやがれぇぇぇぇ!」

 超大型ネウロイを睨みつけながら引き金を引いた。同時に凄まじい反動が遠坂の身体を襲う。一瞬で100km/hほどスピードが落ちコントロールを失いかける身体を必死に当て舵して切り揉み寸前で踏み留まる。

「どうだ!」

 放たれた砲弾の行方を追う。

 57mm徹甲榴弾は秒速349.3mの速度で飛翔し超大型ネウロイのど真ん中に直撃。コア目前まで食い込み弾頭内に充填された103gの炸薬が炸裂した。いくら尋常ならざる回復力を持つとはいえこれほどまでのダメージを一度に叩きつけられればひとたまりも無かった。砲弾の破片と爆風でコアは粉々に砕け散りネウロイの体は大量の白い粉と化した。

「よっしゃぁ!」

「良くやったわ私たちの勝利よ!」

 良い知らせは続く。

《海上を見ろ!》

《あれは、、、》

 ハリケーンのパイロットが喜色満面な様子で声を上げた。

《フッドにネルソン、あっちにはキングオブジョージ5世まで、ブリタニア本国艦隊だ!》

 坂本も重ねて言う。

「あれは聯合艦隊第一艦隊、間に合ったか!」

 

 洋上に重厚な汽笛が鳴り響いた。



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第30話 嵐過ぎて

 第30話 嵐過ぎて

 

 1940年6月29日 18:00 小雨

 カレー空軍基地

 独立飛行第一中隊はダンケルク飛行場の滑走路が粉々に破壊され復旧が絶望視されたことでカレー空軍基地に着陸した。そこまではよかったのだが、

 

「いったたたたた!」

「もう少し我慢してください」

 医務室で遠坂の悲鳴が響いていた。

「待って!待って!その触り方は痛すぎる!あああ!」

「誰のせいでこうなったと思ってるんです中尉?」

「俺です!俺が悪かった!」

「はあ」

 軍医が指で眼鏡の位置を戻しながらため息をつく。

 出撃から帰ってきた遠坂は怪力を解除した途端に尋常じゃない全身の痛みに襲われた。溜まらず医務室に駆け込み診療を受けた結果、身体に過負荷をかけ続けた事による『遅発性筋痛』つまりこの上なく酷い筋肉痛と診断された。また右手は発射の衝撃で手首と筋肉の筋を派手に痛めておりギプスと包帯で腕を2倍の太さにされガチガチに固定された。

「全く、戦車砲を手持ちするなんて無茶苦茶をするからですよ」

「あれは仕方なかったんだ。ああでもしないと撃墜できなかった。、、、ちべたい!」

「はいはい、とりあえずしばらくは安静にすること。良いですね?」

 軍医は言い訳じみたことを言っている遠坂のきめ細やかな真っ白な背中に湿布を貼り付ける。

 次いでに凝り固まった筋肉をほぐすためゴリゴリとマッサージを施した。

 ほっそりとした背中、くびれた腰に手を当て力を込める。指がめり込むたび遠坂の口から悲鳴が漏れ出た。

「みぎゃああああ!」

 全身たっぷり揉み解されやっと解放される。

 念の為に断っておくが衛生隊の内、遠坂含めウィッチの治療を担当しているのは女医である。まだ思春期の少女であるウィッチ達への配慮だった。

 湿布を貼るために脱いでいた上衣を羽織りながら涙目で唇を尖らせる。

「サディスト先生めぇ」

 聞こえないよう小声で呟いたが遠坂は知らなかった。彼女が地獄耳の持ち主であることを。

「私は仕事をしているだけよ。もう少し整体しましょうか」

「すんません!失礼しましたー!」

 軍医は手の平を返した遠坂にフンッと鼻を鳴らした。

 別にドS扱いされた事を怒っている訳ではない。、、、やっぱり少し怒っているがそれよりも遠坂が自分を全く大事にしないことに怒りを覚えていた。

 大砲を担いで無理をしたこともそう、何処から手に入れたのかビタミン剤で無理やり身体を誤魔化したこともそう、とにかく年上として1人の医者として遠坂には自分を大事にして欲しかった。

「中尉、医者として言います。あなたはこれから何十年の人生を歩むことになります。だから今このたった数年のために自分の身体をいじめてダメにするなんて絶対に許しません」

「、、、すみません」

 ラウラに説教をした身、かなり耳が痛い話だった。

「さてもうこの辺でいいでしょう。行ってよし」

 軍医は治療は終わったとばかりにヒラヒラと手を振った。

「ありがとうございました。失礼します!」

 敬礼をして退室する遠坂に答礼して見送る。

 廊下の影に消えた事を確認して軍医は大きくため息をついた。

「嫌な時代ね。あんなかわいい子が戦うなんて」

 軍医は身なりを整え次の患者に備える。医者の仕事は尽きないのだ。

 ここはカレー。ドーバーを望む美しい港街。

 そして欧州大陸最期の拠点。

 

 

 1940年6月30日

 拠点を移した遠坂たち独立飛行第一中隊は空襲に備えて警戒体制をとっていた。

 警戒体制といっても既に中隊は疲労が極限まで溜まりこれ以上の戦闘は不可能だ。休息が必要だった。

 今の彼女たちがするべき事はバンカーの中でしっかりと休み回復に励む事。

 皆、読書や筋トレ、整備など各々のやり方で気力を癒そうと試みた。

 隊員たちがメンタル面の充足を補うのと並行してハード面、つまり機材の補修と調達を急いだ。

 金子中尉と輜重隊が部品の調達に走り、篠原や飛行禁止を言い渡された遠坂が新たなパイプ作りにまわる。だが成果は芳しくない。ここに流れ着いてくるまでにどの部隊も消耗しとても他の隊に融通できる余裕はなかったのだ。

 かなり厳しい状況だが良いニュースもある。行方知れずだった斎藤少尉を見つけることが出来たのだ。

 彼はダンケルクに向かっている最中に機銃掃射を受けて車両を破壊され、やむなく徒歩で飛行場を目指していたところを補給の為にトラックで移動していた隊員たちが発見、合流することができた。

 このことに1番喜んだのは輜重中隊の部下たちであった。

 東京港に集った日から斎藤の誠実で博識な人となりと誰よりも働く姿を間近で見て心を打たれ尊敬していた彼らは斎藤を発見するや胴上げする勢いで大喜びしカレーに連れて帰って酒瓶を開けた。因みに酒を取り出したのは利き手を負傷しストレスが振り切っていた遠坂である。

 その様を見た篠原は語る。

「斎藤少尉が無事だったのはすごく嬉しいけれど戦闘があるかもしれないのだから事あるごとに宴会を開こうとするのはやめてほしいわ。とりあえず遠坂さんは正座しなさい」

 空襲を受けて二日酔いで出撃出来ないなんてなったら末代までの恥だ。軍規が乱れないように引き締めなければならない。

 

 とはいえ、だ。

 篠原はお堅い軍人ではない。口ではああいったが僅かな合間にストレスを発散させるのも大事な事は重々承知している。ハメを外さなければという条件で遠坂と未成年者を除いた兵には酒盛りを許可した。

 これには整備班、輜重中隊の隊員たちの士気があがった。この時代の働く男たちにとって酒は命の水なのだ。

「差別だ!俺にも酒を飲ませろぉ!」

「これは区別よ!あなたはもっと自分の事を自覚しなさい!」

 遠坂は黙っていれば美少女と言っても差し支えない顔立ちをしていた。それが連戦で規律が乱れた敗残兵もいる基地の中でへべれけに酔っ払ったとなったらもう目も当てられない。にもかかわらずこの元男はそのあたりをキッチリ理解していない節がある。

「軍医さんからも言われたんでしょう?もっと自分を大切にしなさい」

「げ、何故それを」

「私は部隊長よ。支援部隊と連絡を取り合うのは当然」

「なんてこった」

 肩を落とす遠坂。その様におもわず吹き出した。

(本当に三十路なのかしらこの人?)

 飲み会は周囲の迷惑をかけない程度に盛り上がって2時間ほどでお開きとなった。

 緊張感が無いと言われるかも知れないが彼らは明日の命も知れない身の上。多少の事は多めに見てもバチは当たらないだろう。



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第31話 明日の為に

 戦況に話を戻そう。

 超大型ネウロイの襲撃によって戦力、とりわけ航空兵力が大損害を受けてしまいダンケルク飛行場も使用不能に陥り欧州大陸に於ける航空基地はカレーを残すのみとなってしまった。

 ブリタニア本島にも航空基地は数多く存在するがヨーロッパの戦闘機は双発機や海軍機など一部を除けばダンケルクまでの航続距離が不足し戦闘に参加できず(先日もブリタニア組で積極的に戦闘ができたのは扶桑とリベリオンの航空隊だけだった)防空網の縮小を余儀なくされた。現代戦においてエアカバーの喪失は敗北に直結する。

 この事態を受け連合軍司令部ではダンケルクとカレーの完全放棄を決定、耐え続けている彼らを救出する為の一大作戦『ダイナモ作戦』を計画した。

 これは平たく言えば包囲された人員をありったけの輸送艦を使ってドーバーを挟んだブリタニア本島に移送する作戦である。

 撤退の順序は当初作戦を主導するブリタニア首脳部の意見で来るべき反攻作戦に備えて戦力を温存する為ブリタニア軍を優先してブリタニアに引き揚げることとしていたが、これを現地で指揮を執っていたジョン・ヴェレカー陸軍大将が、

「今はブリタニア人だ外国人だなどと言っている場合ではない。我々は人類として戦っているのだ。それだけでなく市民が助けを求めているにも関わらずその手を払いのけることは騎士道精神にも反する。国籍を問わず守るべき弱者から助け出すがよろしい」

と、民間人、傷病者、非戦闘員を優先的に救出することを要請。

 これを受けてブリタニア本国は軍の輸送艦に加えて860隻の民間船舶が急遽手配され救出に向かった。更に扶桑、リベリオン、カールスラント、ガリア、ロマーニャなど航行可能な艦船を持つ全ての国家に計画参加を呼びかけ各国もこれに呼応、大小総勢1500隻の船を集めた。この中には貨物船、帆船、漁船、遊覧船、タグボートまで動員され包囲下の人々を救おうとドーバーの荒波に挑んだ。

 

 遠坂たちが超大型ネウロイ迎撃の終盤に目撃したのはその第一陣、制海権の確保と陸軍の支援を受け持つ艦隊だった。

 

 この一連の流れを受けて最も変化が大きかったのはガリア軍であった。

 元来貴族主義な一面が強いガリア軍将校はこのヴェレカー大将の電報を受けて大いに盛り上がった。騎士や誇りといった言葉が大好きな人種である彼らは同盟国が我が身を顧みず救いの手を差し伸べてくれた事に深く感銘を受け総力を持って作戦終了まで防衛線を堅持することを約束した。また兵卒にしても士気は上がった。彼らにはこの地に家族がいる者も少なくなかった。自分が頑張れば親が、妻が、子供がこの地獄から助かるかも知れない。その希望が負け戦で漂っていた厭戦気分を和らげ挫けかけていた戦意を持ち直す糧になった。

 斯くして世界最大の救出作戦の幕が上がった。

 

 

 1940年6月30日 早朝 晴れ

 ダンケルクの港

 人の流れは、南から北に向かっていた。

 人々のほとんどが不安と恐怖で顔を青ざめさせていた。ネウロイが来るかも知れない、その不安が道を歩く人を早足にさせる。

 避難民に紛れて進む少年は妹がはぐれないように手を引きひたすらに歩き続けていた。港に行けば船が待っていると兵士たちの言葉を信じて。

「休みたいよ。疲れたよ」

 妹は目を擦りながら言った。少年は11歳、妹はまだ8歳、育ち盛りの2人の頬はこけまともな食事を取れていないことを示していた。

「パパ、ママ、、、」

 少年は妹の声に泣きながら歩く。

 少年の親とは先祖代々から受け継いできたアラスの牧場を捨てて逃げている途中にはぐれそのままここまで流れてきた。

「船に乗れば休める。きっとママたちも港で待ってるよ」

 パパはとは言わない。少年の父親はガリア軍の戦闘機パイロットだった。きっと何処かで今も勇敢に戦っている。そう信じたい。

 避難民の列は少年たちを飲み込みながら進む。

 その終点に希望があると信じて。

 

 1時間は歩いただろうか。人混みに押されて危うく離れ離れになるところだったが奇跡的に別れずに済んだ。

 瓦礫と土嚢の街を抜け港に出る。

 折れ曲がったガントリークレーンの向こう見渡す限りの海が見える。そしてその海上には数えきれないほどの船が見えた。

「ふねだよ、、、たくさんある」

 妹が目の前の光景に圧倒され思わず声を上げる。

 様々な国旗を掲げた大きさもまちまちの船たちが浜や桟橋に向かって白波を立てて突き進んでくる。

 これで助かる。

 少年の安堵はしかし次の瞬間凍りついた。

「ネウロイだぁぁぁぁ!」

 不安げに空を見上げていた男が叫ぶ。

 街の方を見れば黒い点が2つ少年のいる浜辺に向かってきていた。

 瞬く間に群衆にパニックが広がる。

「みんな伏せろぉ!」

 列を整理していた警察官が叫ぶ。

「お兄ちゃん!」

「大丈夫!兄ちゃんが守るから!」

 妹をしっかりと抱きしめて屈める。周りの大人たちも目の前の幼子を守ろうと身を重ねてくれる。

(神様、どうか妹だけは助けてください!)

 

 ババババッ!

 

 堅く目を瞑る少年の耳に軽快な連射音が届き一拍遅れて何かが砕ける音がした。

 怖じ怖じと目を開ける。

 少年の目に映ったのは白い粉が雪の様に舞いその中をストライカーユニットを履いたウィッチが飛び去っていく宗教画のように神秘的な光景だった。

「天使様、、、」

 ウィッチは軽く翼を振って上昇していく。

 あの人たちが守ってくれたんだ。少年は離れていく背中に胸がいっぱいになった。

「「ありがとーー!」」

 兄妹は千切れんばかりに大きく手を振る。ウィッチはもう一度翼を振り天空へ駆け上がっていった。

 

 

「バルクホルン1機撃墜!」

「ハルトマン同じく〜」

 ゲルトルート・バルクホルン大尉とエーリカ・ハルトマン中尉の2人はロッテを組み回収地点の直掩任務についていた。そこに前線を抜けてきたネウロイが殴り込んで来たので急降下、セオリー通りの一撃離脱戦法で仕留めたのだ。

「低空で哨戒網を抜けるなど姑息な真似を」

「レーダーが潰されてから抜けてくるのが増えてきたよね。まあ一度に沢山くるわけじゃないから良いけどさ」

 エーリカはなんて事ないように言うがかなりギリギリの戦いだ。ある時は高空である時には地表スレスレを飛んでくるネウロイはダンケルクのレーダーサイトが超大型ネウロイの攻撃でダウンした今、見つけるだけで困難だ。

 先程も本当なら浜に着く前に撃墜できた。そう自分を責めるトゥルーデにエーリカは笑いかける。

「まあまあ、私たちだけじゃないんだし肩の力抜こうよ」

「ううむ、、、」

 エーリカの言葉の通りだ。1人で戦っている訳ではない。侵入機が単機か少数で済んでいるのも先日の大攻勢の迎撃に成功して敵の戦力を削いだ事もあるが前線で敵機を必死に食い止めている哨戒隊の存在が大きい。

 地上部隊も積極的な戦闘を再開して敵の攻撃を吸引している。皆自分のやり方で人々を救おうと奔走していた。

 頭では分かっているのだがカールスラント撤退戦で守れなかったものが頭を掠め気持ちを焦らせる。

「哨戒に戻るぞ。一匹たりとも逃さん!」 

「気合い入ってるねぇ。私も燃えてきたよ」

 2人は見張りに勤しむ。もう誰かの命が尽きていく感覚を身を持って味わうのは嫌だ。

 

 そしてそれは洋上の海の男たちも同じ気持ちだった。

 

 1940年6月30日 06:00 晴れ ダンケルク沖合5km

 扶桑に船籍を置く客船出雲丸のブリッジでは船長が現状に歯噛みしていた。

 出雲丸は姉妹艦の樫原丸と共に扶桑とリベリオン、欧州を結ぶ太平洋・大西洋航路に就役していた扶桑最大の豪華客船だ。そのキャパシティは一等客室から三等客室で約900人、甲板や貨物室、廊下にまで押し込めばその2倍から2.5倍は乗せられる計算だった。参加艦艇の中でも上位に入る収容人数だ。

 にもかかわらず彼女はその能力を発揮することが出来ていなかった。

「こんなちまちま拾ってたんじゃいつまで経っても終わらないじゃないか!」

 というのも船団司令部から大型の船舶は座礁して回収地点を塞ぐ事を危惧され接岸を許可されず沖合に待機してタグボートなど小型船が乗せてくる避難民を収容するよう命令されていた。しかし一度に数人しか運べない小型船の往復を待っていては収容作業は遅々として進まない。

 このまま無駄に時間を浪費してもし纏まった数のネウロイの空襲に遭ったら?その嫌な予感が頭をよぎる。

 今でこそ直掩が頑張ってくれているが彼女たちもずっと飛べる訳ではない。

 船長は決断を下した。

「本船はこれよりダンケルクに入港、避難民を直接収容する!」

「入港ですか?」

 航海士が思わず聞き返す。

「復唱どうした」

「し、針路ヒトナナマル!両舷強速、赤黒なし!」

「ヨーソロー!」

 航海士が号令をリレーし総トン数27700tの巨体を滑らせる。

 ダンケルクまで一直線に20ノットの速力で波を切る。

「船長、これは命令違反では?」

「そうかもしれんがこのままでは全員の撤退など不可能だ。多少のことは承知の上さ」

 助けを求められればどんなに困難な道程であっても助けに行く。それがシーマンシップだと船舶学校で最初に教わる教えだった。

 それを実践する時が来た。そう言外に語る船長に乗組員全員が固唾を飲み込んで任務に当たる。

 ダンケルクの浜辺に架けられた桟橋は水深が浅過ぎて出雲丸では入れない。ダメージを受け沈没船などの障害物も存在するダンケルク港に向かうしか無い。

 神経を尖らせ操艦に細心の注意を払いながら接岸する。

「錨下ろせ!」

 波飛沫を立てながら錨が海中に没し船を繋ぎ止める。

「微速後進!」

「ヨーソロー!」

 やがて船体が完全に停止し接岸が完了する。すぐさまタラップが降ろされ避難民を続々と招き入れる。

「良く頑張ったね」

 甲板員が体力を消耗している女性や子供に温かいスープを振る舞い乗客を安心させる。客船のクルーならではの心遣いだ。

 出雲丸だけではない。彼女に続けと航跡を辿って次々と大型船がダンケルク港に入り、溢れた船も座礁を恐れず桟橋に向かう。とあるブリタニアの駆逐艦は船底を擦りながら堤防に横付けし避難民を拾った。リベリオンからやってきた病院船は避難民で溢れる桟橋に向かい甲板や病室、廊下だけでなくブリッジにまで詰め込み離岸する。

 小型船で行ったり来たりするよりも格段に早く避難民の列が捌けていく。船団司令部からは一言二言戻れと言われたがそれだけだった。恐らく司令部も撤収速度に危機感を抱いていたのだろう事実上の黙認だった。

「鎌倉丸、八幡丸出港!空いた場所には新田丸と香取丸が入ります!」

 扶桑郵船の同僚たちが溢れんばかりの人を詰め込んで出港しすぐさま次の船が接岸する。

「クイーンエリザベス号出港!」

 ブリタニアの誇る世界最大の豪華客船がキャパシティギリギリまで市民を乗せて出港する。甲板に人が居ないところを見るに彼らは安全を考えて客室と貨物室にのみ避難民を入れたようだ。それでも2000人近く運べるのだから凄い船である。

《本船、間もなく収容完了!》

 乗客の集計をしていたクルーから連絡が入る。

「甲板員、対空見張りを厳となせ」

 船長は唯一の懸念を警戒する。

 装甲された軍艦をも沈めるネウロイの攻撃に客船が耐えられる訳が無い。客室が満杯になり甲板に導かれる様子を見て船長の顔に汗が一筋流れる。

 今ネウロイが来たら無防備な非武装船など抗う事も出来ずに沈められてしまう。

 一刻も早く出港しなければ。

「収容完了!」

「出港準備!」

 点呼が終わり、長い停泊が終わったことを知らせる。

 力強い号令が響いた。

 港を出るとすぐに艦隊から差し向けられた重巡洋艦が両脇を固める。重量感のある艦橋の一点がチカチカと煌めいた。

「エクセターより入電《我全力をもって貴艦を援護す》」

「返信しろ《援護に感謝す》」

 通信士が発光信号で礼を述べる。

 辺りを見ればブリタニア本島のラムズゲートを目指す出雲丸と入れ違うように別の船団がダンケルクに入っていくのが見えた。

 

 こうして撤退初日は45000人の民間人と傷病兵を救い出し終了した。

 命令違反を扇動した出雲丸の船長は船団司令部からお叱りと勲章を受けることになるがこれはまた別の話である。



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第32話 凶弾

 1940年7月1日 10:00 曇り カレー空軍基地

 1日の休息を終え息抜きとユニットのオーバーホールが済んだ篠原たちは船団の直掩任務のローテーションに加わる事になった。

 ただし遠坂はまだ軍医から許しが降りず出撃出来るのは篠原と川嶋だけだった。

「俺はもう大丈夫だって!」

「嘘おっしゃい。ギプスでぐるぐる巻きにされて何言ってるの」

「そうですよ遠坂中尉、僕たちは大丈夫ですから安心して養生してください」

「そうは言っても落ち着かないんだよ」

 空まで付いてこようとする遠坂を鎮めながら出撃準備を済ませる。篠原は外国製のストライカーユニットにももう慣れたものでユニットを履いてからエンジンスタートまで1分も掛からない。川嶋も手伝ってくれた整備兵に礼を言って微笑みかけるくらいの余裕は持ち合わせていた。

「良いか?落ちるんじゃないぞ」

「遠坂さんは心配しすぎなのよ。紅莉栖さんももう素人ではないわ」

「その通りです」

「わかってるけどよ〜」

 遠坂と川嶋は単なる相棒ではなくこの世界で唯一生い立ちを共有する身。もし片方に何かあれば残された方は本当の意味で孤独な身の上になる。遠坂は気づかないままにそれを危惧していた。

 豪快だが案外センチメンタルな男なのである。

「行ってくるわ。遠坂さん留守をお願いね」

「必ず帰ってくるので安心してください」

「ぐぬぬ。約束だぞ」

「はい!」

 川嶋は身を案じてくれるのが嬉しいのか可愛いらしく敬礼し元気よく返事する。

「頑張れよ〜!」

 遠坂の声援を受けて滑走路に出る。

 とそこにストライカーを履いたミーナ少佐が部下を引き連れて同じく滑走路に進入してきた。

 どうやら管制官が過労が祟り篠原たちを見落としてしまったようだ。

「あら?ごめんなさい。お先にどうぞ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 ミーナ少佐に礼を言って滑走路に進入する。

 そしてそのまま離陸。

 もうこの基地にはミーナ少佐の第3戦闘航空団と独立飛行第一中隊しかいない。そんな訳で離陸手順もかなり大雑把になっていた。

 ランディングギアを格納しフラップアップ、基地上空で旋回しながら緩やかに上昇し高度5000mまで昇る。

 高度を上げ終わると針路をダンケルクに向け東進する。

 各隊の担当空域は独立飛行第一中隊がダンケルク上空の直掩に就き、第3戦闘航空団がカレーの防衛を受け持つ。これにドーバーの向こうから幾つかの飛行隊を併せて警戒隊を編成していた。

 しばらく飛び続けダンケルクの街が近づいて来た時ふと川嶋が口を開いた。

「ミーナ少佐は気丈な方ですね。あんな事があったのに、指揮を執り続けていて」

 その表情は悲しみに曇っている。

「そうね、、、」

 篠原はミーナから聞いた事を思い出した。

 

 

 時は超大型ネウロイ迎撃まで遡る。

 

 あの時ミーナはカレーに押し寄せるネウロイをむかいうっていた。

《キリがない!》

「諦めないで、冷静に一機一機落として行きましょう」

《了解!》

 大規模な空戦に訓練生まで動員して迎撃隊を編成したミーナは必死に小型ネウロイの群れを押しとどめようと闘い続けた。果敢にネウロイに挑み叩き落としていく。

 だが多勢に無勢、じわじわとカレー上空まで押し込まれ傷つき後退を余儀なくされる。

 ミーナも弾薬が切れてしまい戦闘を中断して帰還した。

「クルト、補給と整備頼んだわね」

「かしこまりました。再補給に時間がかかるのでそれまで休んでおいてください」

 着陸し格納庫に戻る事なく誘導路でケージにユニットを固定して補給作業に入った。

 

 悲劇はこの時起きた。

 

「敵機直上!急降下!」

 見張り員が金切り声を発して全員が弾かれたように空を見上げて固まる。フライングゴブレットの編隊がミーナたち目掛けて掃射を仕掛けてくる直前だった。対空砲がすぐに数機を撃墜するが撃ち始めるのが遅かった。

「総員退避!」

 ミーナの叫びに我に返った整備兵たちがすぐそばに掘られた塹壕に走る。ミーナも彼らに続こうと走り出した刹那。

 突然背後から衝撃を受けて前のめりに倒れかける。何事かと振り返ったミーナは凍りついた。先程まで自分がいた場所が地上掃射用のか細いビームで穴だらけにされていた。

 だがミーナが恐怖したのはそのためではなかった。

 

 クルトが地面に倒れ伏していた。

 

 穴だらけの地面に血溜まりが広がる。そこでミーナは自分に何が起こったのか理解した。退避指示を出すことに夢中で上空警戒を疎かにしたが為に上空で狙いを定めるフライングゴブレットに気づけず、いち早く彼女の危機を察知したクルトが突き飛ばし身代わりとなったのだ。

「クルト?、、、いや、、嫌ぁぁぁぁ!」

 茫然と立ち尽くしたミーナは目の前の光景を受け止め切れずにいた。

「クルトが!クルトが死んじゃう!」

「俺が行く!衛生兵、ついて来い!」

 先任曹長に塹壕に引き摺り込まれたミーナは半狂乱でクルトの元に駆け戻ろうとし、それを周りの整備兵たちが必死に引き留める。

 クルトの同僚が彼を塹壕まで運び衛生兵が止血を試みた。腹部と首元から多量の出血をしているクルトは意識はあるものの瀕死の重症だ。

「あ、ぐぅ、、、」

「頚動脈は逸れてるから首の傷は大した事ない。問題は脇腹の傷だ、下手をすると肝臓をやられてるぞ!」

「手伝う、どうすれば良い?」

「とりあえず傷口を抑えてくれ。モルヒネでショック死を防ぐ。誰か治癒魔法が使えるウィッチを呼んでくれ!」

「クルト、、、クルト!しっかり!目を開けて」

「少佐!クルトのやつはきっと大丈夫です。彼らに任せましょう!」

「嗚呼、なんでこんな事に」

 残酷な仕打ちに打ちひしがれるミーナ。だが現実は待ってくれなかった。

 ネウロイが続々と基地上空に到達する。

 奴らは基地の目についた施設や駐機場の機体を次々と破壊してまわる。そこには一切の慈悲もなく何処か愉しんでいるような印象も受ける。

 我が物顔で飛び回る奴らにミーナは激昂した。

「許せない。ネウロイは皆殺しにしてやるわ!」

「あ、少佐待って!」

 対空銃架に据え付けられていたMG34をもぎ取り、発進促進装置に繋がれたままのBF-109e4に走るとそのまま起動して誘導路から直接離陸する。

 ネウロイも離陸滑走中のミーナを見つけて攻撃するがノーハンドで背中にシールドを張り防ぎながら無理矢理離陸する。

「許さない、許さない!許さない!!」

 高度を上げる事もそこそこにネウロイの集団に殴り込む。

 まずターゲットにしたのはクルトを撃ったフライングゴブレットの2機編隊だ。

「落ちなさい!」

 引き金を引き毎分800発に調整された機関銃を放つ。

 狙われたフライングゴブレットはなす術もなく白い粉となり無力化される。

「次!」

 高度を下げ滑走路を掃射しようとするラロスタイプに銃弾を浴びせて撃墜する。

 それを最後まで見届ける事なく次の敵を探す。

「そこよ!」

 爆撃しようとしていた中型ネウロイを下から突き上げ腹を食い破る。

 叫び、涙を流しながら手当たり次第にネウロイを撃つ。

 撃って、撃って、撃って

 最後のネウロイが撃墜されたときミーナは無数のかすり傷とクルトの血で真っ赤になっていたという。

 

 

 

 その事を知ったのは遠坂と整備兵たちが飲み会をした後、寂しそうにその様子を見ていたミーナ少佐と話をしてからだった。

 不謹慎だったと詫びる篠原にミーナは、

「良いのよ、楽しめる内に楽しまないと私みたいに後悔するわ、、、」

 そういって影のある笑みを浮かべるミーナにたまらなく申し訳なくなったのを覚えている。

 クルト曹長は一命を取り留めたがまだ目を覚まさない。今日の船団でブリタニアに引き揚げると聞いた。

 

「これ以上、悲しませるわけにはいかないわ」

「守り切りましょう」

 これ以上彼女のような悲しむ人を増やさない為に飛ぶ。たとえどんなに敵が強大でもやり遂げてみせる。そう心に誓った。



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第33話 直掩任務

 1940年7月1日 10:20 晴れ ダンケルク

 

 ダンケルク上空に差し掛かると先立って直掩に飛んでいた第52戦闘航空団第2飛行隊のバルクホルンとエーリカの姿が見えてくる。

 篠原たちは引き継ぎの為一旦近くまで寄って情報を共有する。

「独立飛行第一中隊只今到着したわ」

「ありがたい。こっちはそろそろ燃料ビンゴだ」

「何か異常は?」

「特に敵機やトラブルはなかったぞ。ただ最近は低空で忍び込んでくる事が多いようだ、昨日は2機そんな奴を落とした」

「了解、気をつけるわ」

 そのまま四人はダイヤモンド編隊を組んで浜の周りを飛ぶ。どうやら彼女たちも燃料ギリギリまで残ってくれるようだ。

「それにしてもさぁ」

 エーリカが切り出した。

「わざわざ世界の裏側から助けに来るなんてすごいね〜。いや〜助かるよ〜」

「困ってる人が居たら絶対助けるがモットーだから。まあ間に合ったとは言い難いけれど、、、」

 言ううちにカールスラントの辿った運命を偲んで暗然とする篠原にバルクホルンが言葉を被せる。

「そんな事はない。あなた方が来てくれてどんなに心強かったことか。礼を言いたい、ありがとう」

「こちらこそ。ここにいない人たちもその言葉で浮かばれたわ」

 言い終えた4人の間に沈黙が流れる。

 人類はこの戦争に負けつつある。それがこの地で戦う男女の共通認識になりつつあった。

 バルクホルンが悲痛な表情でポツリと呟いた。

「、、、我々がカールスラントに帰れる日は来るだろうか?」

 軍人としてこの戦争に従軍して以来、失ってばかりだ。

 そう語るバルクホルンにすかさず篠原がきっぱり言い返す。

「きっと来るわ。カールスラントもオストマルクもダキアもベルギカもきっと取り返せる。私たちもその瞬間まで戦い続けるわ。一緒に力を合わせれば必ず家に帰れるはずよ」

「そうだな、、、。すまない負け戦続きで気が滅入っていたようだ」

 バルクホルンが嫌な話をしたと頭を下げる。

「誰だってこの状況では疲れるわ。でもだからこそ希望を捨てないで」

「ああ、私たちが折れるわけにはいかない。軍人としてそれは肝に命じているつもりだ」

 すると後ろから手を叩く音が響いた。見ればエーリカがその手の話には飽き飽きしたと二人に視線を送っている。

「はいはい、辛気臭い話は終わり。そうだ、扶桑の事を聞かせてよ。料理とか観光とか」

 重い空気に耐え切れなくなったエーリカが出来るだけ明るい口調でそんなことを言い出した。

「な、ハルトマン今は任務中だぞ。あまり雑談は____」

「そうねえ、扶桑のおすすめかぁ」

 篠原もそれに乗っかる。ただでさえ神経を擦り減らす直掩任務で暗い気分のままでいるのは拷問に等しい。出来るだけ気分転換がしたかった篠原にエーリカの持ちかけは渡りに船だった。

「扶桑に観光に来るのだったらやっぱり富士山は格別に綺麗な山ね。特に湖に映った雪化粧の逆さ富士なんてこの世の物とは思えない絶景よ」

「ほおほお、いつか行きたいね〜」

「是非いらっしゃい歓迎するわ」

 篠原がその他にも観光地をおすすめする一方で川嶋はグルメに思いを馳せていた。

「料理だとやっぱり寿司や蕎麦でしょうか。ベタですけど外れは無いと思います」

 当たり障りの無いチョイスを提示する川嶋だったが彼女がなんの気なしに言った次の一言は場を凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。

「あ、僕の故郷にイナゴの佃煮というものがあるのですが美味しいですよ。パリパリしていて」

「えっ?」

「えっ?!」

「えぇ、、、」

「え?何か僕おかしな事言いましたか?」

「イナゴってアレだよな?」

「扶桑の人って虫食べるの?」

「みんなではないわ、、、みんなでは、、、」

 念の為、イナゴの佃煮は大昔から戦中、戦後を通して長野県全域で食された伝統料理であり見た目はアレだが味はとても美味しいことをここに注釈する。

 

 

 時間というものは楽であればあるほど早く進むもので、監視に勤しみ雑談に興じているうちにカールスラントのコンビは燃料が底を尽きかけたためブリタニアに引き上げることになった。

「潮時か」

「後はよろしく〜」

「ええ後は任せて」

 翼を軽く振って北に飛び去っていく。

 彼女たちの履く欧州のユニットや戦闘機の足の短さはこのような任務に於いては致命的だった。ブリタニアやカールスラントでは増槽を装着出来る新型機を開発しているようだがいつになることやら、少なくともこの戦いに間に合わないことは確かだ。

 そして篠原も他人事ではない。彼女が今履いているユニットもその短距離ストライカーユニットBf-109のE型だからだ。航続距離は650km、滞空時間にして僅か2時間弱しかもこれは巡航速度で飛び続けた場合で空戦を行えば更に短くなる。遠坂の愛機を借りられれば良かったのだが生憎、無理が祟ってまた不調に陥っていた。

 もしかしたらネウロイを目の前にして引き返さなければならなくなるかもしれない。

 不安要素に篠原の顔は晴れない。

「何も無ければ良いのだけれど」

「そうですね。こればかりは祈るしかありませんが」

 下の港は人でごった返していた。

 今もし彼らに1発でも敵弾が飛び込んだら、、、。全身が総毛立つ思いだ。

「紅莉栖さん、何か視える?」

「いえ今のところは異常ありません」

「そう、そのまま警戒を続けてちょうだい」

「了解です」

 低空の敵機を見逃さない為に高度は控えめに取りダンケルク上空を円を描くように周回する。

 プロペラが風を切る音に気付いたのか群衆の一部がこちらに向けて手を振ってくる。川嶋はそれに手を振り返しながら魔導針を展開して周囲を探りネウロイを警戒する。

 地上からの通報は今のところはないが奴らが監視の目を逃れてやって来ないとも限らない。

 

 

 嫌な予感とは当たるものでバルクホルンたちと別れて10分もしないうちに川嶋のレーダーがネウロイの反応を捉えた。

「篠原大尉!レーダー感あり、ネウロイです!」

「どこから?」

「中型と小型が1機づつです。方位135(南東)、距離15km、速度600km/h、高度低いです約500m」

「艦隊のレーダーを避けるためね、紅莉栖さんが優秀だったからそれも無駄だったけれど」

「ありがとうございます。迎撃に向かいましょう」

「そうしましょう。《直掩機より輸送船団司令部へ、南東より敵機接近中これより迎撃に向かうわ》」

《司令部了解!全艦対空戦闘用意!》

《たいくぅぅぅうせんとぉぉよぉぉい!》

 篠原が一報を入れ南へ顔を向ける。下では無防備な輸送船団を守ろうと艦隊が前面に移動し始めていた。

 

 変針してからすぐ、下方にネウロイの姿が確認できた。

「急降下からの一撃離脱で仕留めるわ。紅莉栖さんは中型をお願い」

「了解しました!」

 180度のロールをうち一気に駆け降りる。

 瞬きも許されない加速であっという間に照準器の枠一杯に敵機のシルエットが広がる。

 2人はほぼ同時に射撃を開始する。

 小型ネウロイに向かって飛び出した篠原の攻撃は敵機の左翼を切り落とす。揚力の半分を失ったネウロイは高度の低さが災いして復帰もできないまま地上に激突して砕け散る。

 川嶋の放った銃弾は一直線に命中し中型ネウロイの鼻先から尻尾の先までミシンで縫うように弾痕を残す。

「やりきれなかった!」

「落ち着いて、まだ反復攻撃できるわ」

「はい!」

 川嶋はインメルマンターンで反転したのち今度は背後からまんべんなく銃弾を撃ち込みコアを探る。

 そして膨らんだ胴体の中央に銃弾が当たったとき、それまでビームの反撃で対応していた敵機が身を捩るように旋回し始めた。

「ここか!」

 川嶋はネウロイの反応が変わった部位に弾着を集中させる。すると装甲が剥がれ中からコアが表れ川嶋は冷静に銃撃し露出したコアを破壊、中型ネウロイを撃墜することに成功した。

「撃墜確認、ふぅ」

「よくやったわ。さ、戻りましょう」

 二人は回収地点に戻ろうと踵を返す。

 

 ところが、船団の上空に差し掛かったときだった。

《敵襲!!》

 無線機が怒鳴り声を拾い震える。

 それとほぼ同時に洋上から爆炎が立ち上る。

《直掩隊、直掩隊!敵機の攻撃を受けている!どうなってるんだいきなり現れたぞ!》

「なっ?!」

 予想だにしなかった内容の無線に川嶋が青褪める。彼女のレーダーには何の反応も無かったからだ。

「不味いわね。急ぐわよ!」

「は、はい!」

 一度緩めていたスロットルを今一度WEPまで焚き急行する。

《敵機は2、、、いや3機!アトランタが頑張っているが奴らめやりたい放題だ!現在戦艦ネルソンを基点に方位225(南西)の低空だ!》

《うわあ!こっち来る!》

 艦隊は大混乱だ。一刻も早く撃墜しなければ。

「なんで?レーダーには確かに反応は無かったのに」

 半ば茫然とする川嶋に経験から割り出した推測を述べる。

「さっきの奴は囮だったってこと。恐らく海面高度で海岸線に隠れながら接近してきたのね」

 だとしたら一筋縄ではいかない。ネウロイにも個体差がある事は知られているがこれは間違いなく人でいうエース級だ。

 ダンケルク港上空に差し掛かる。速やかに索敵に移る。

 各艦が撃ち出した対空砲火の炸裂で上空には黒煙が視界一杯に広がっている。視界が悪いが構わず水面に目を凝らす。

 するとネルソンの南西、火だるまになった駆逐艦の近く黒い塊が高速で移動しているのを見つけた。

 3機のネウロイが損傷した駆逐艦の盾になり対空砲火を張る防空巡洋艦アトランタに距離を詰めていく。

 ネウロイはアトランタの右舷から接近すると機首付近から真っ赤な光が明滅させる。コンマ数秒の空白時間を空けてアトランタの艦上から火焔が迸った。ネウロイの放ったビームが右舷側の5インチ両用砲や1.1インチ機関砲を爆砕したのだ。

 それでもアトランタの乗組員たちは怯まずに応戦する。

 なんとしても落とさなければ次に狙われる船は避難民が乗る船団かもしれないからだ。

 これ以上はやらせない!

「いました!盛んに撃っているリベリオンの軽巡の近くです!」

「私も見えたわ!ついてらっしゃい!」

「了解!」

 先程と同じように上方から攻撃する。

 しかし今度は上手くいかなかった。敵機は二人の接近を察知すると素早く散開、反転する。

 射撃の機会を逸した篠原と川嶋は編隊を維持したまま一旦上昇し反転したネウロイを追う。敵機はやり手だ、2対1の構図でかかる方が良いと篠原は判断した。

 ネウロイは2機を篠原たちに差し向け残りの1機で艦隊への攻撃を続行するようだ。不幸中の幸いで狙われたのは客船や輸送艦ではなくアトランタの隣にいた艦隊屈指の防御力を誇る扶桑海軍の戦艦長門だった。どうやら大きな目標を最優先で攻撃するように出来ているらしい。

 それを見た篠原は先ず自分たちに向かってくる敵機を対処する事にした。

 大丈夫だ戦艦は簡単に沈まない。それはカールスラント撤退戦のなかで上部構造物を廃墟にされながら生還した戦艦ビスマルクが証明している。

 二人は2機のネウロイと正対する。

「向かって右のネウロイに攻撃するわ」

「はい!」

 刹那、互いの火線が交差する。

 ネウロイの片方が白い粉を後方に引き体勢を崩す。

「ち、浅かったわ」

 打撃を与えたが致命傷には至らなかったようだ。ネウロイは少しずつ再生し高度を上げる。

 健在な方は左に鋭く旋回すると二人の背後に食いつこうとする。

「交差飛行よ!」

 篠原と川嶋は機織りのように緩やかなシザース機動に入りネウロイを誘う。

 無傷のネウロイは光に誘われる虫のようにこの動きに嵌り篠原を落とそうと一見無防備に見える背中に近づく。

 そこに待ってましたとばかりに交差した川嶋の銃撃が横合いから飛び込んでくるので堪らずネウロイは回避行動に入り攻守が逆転する。

 これまで通りならこのまま撃墜出来るのだがそうはならなかった。

 サッチウィーブ戦法には効率が良いが、片方が離脱した後は、残された僚機は一人で戦う必要に迫られる欠点があった。

 川嶋が攻撃を終え離脱した隙をついて上昇して様子見をしていたもう1機が篠原に襲い掛かった。こうなっては攻撃どころではない。仕方なく篠原たちも交差飛行を中断して回避する。

 空戦は仕切り直しとなってしまった。

 篠原と川嶋は散開しそれぞれ1対1の格闘戦に入る。

 篠原は先程横槍で仕留めきれなかった敵機を追う。上昇しながら離脱を計る敵機の後背につき九八式機銃甲を連射する。

 敵機は横滑りで射弾を躱すとそのまま急減速で篠原を押し出しにかかる。

「それなりの技量はあるようね。でも負けないわ」

 敵機と同じ土俵には立たず一旦急上昇で離脱する。そして失速反転で体を真下に向ける。そうすれば身体が逆さまになったタイミングで同じく急制動で失速した敵機が眼前に躍り込む。

 今度こそと引き金を引く。

 7.92mmの焼夷曳光弾が緑色の軌跡を伸ばして動きの鈍ったネウロイに吸い込まれる。敵機は身動き一つ取れず断末魔の叫びと白い粉を辺りに残して破壊された。

 

 もう片方のネウロイは川嶋と翼がマストに接触しそうなほどの低さで組んず解れつ旋回戦を行っていた。

 この低空では敵機の攻撃だけでなく一つのミスが墜落に繋がる。

「巴戦は不得手なのに」

 それでも彼女は大胆にもスロットルを少しだけ絞りフラップを下ろしてカタログスペックより小さな半径で旋回する。

 川嶋が苦心の末に編み出した必殺の格闘戦法だった。

 川嶋は敵機より鋭く旋回し懐に潜り込む。Gに押し潰される肺の奥から息を吐き出しながらネウロイを睨む。

 ゆっくりと着実にネウロイが視界に収まってくる。

 20mまで距離が詰まったところで射撃開始、ネウロイは身を捻るように回避しようとするが既に海面を擦る様な高度であり射線から逃れるほど大胆な行動が取れずそのまま穴だらけにされて海面に激突した。

 

 二人が死闘を演じている時、アトランタと長門の乗組員たちも己の力でネウロイを落とさんと躍起になっていた。彼女はビッグ7の一翼、ちっぽけな航空型ネウロイ1機落とせなければ皇国海軍の名折れだ。

「敵機左舷よりふたたび接近中」

「左舷対空戦闘始め!」

 左舷に指向可能な全ての機銃と高角砲がネウロイ1機に向けられ火を噴く。

 しかし敵機はそれを嘲笑うように小刻みに機体を滑らせことごとく回避する。

 時折発砲とは違う衝撃と共に小刻みに揺動する。ネウロイの攻撃が副砲群や高角砲を潰しているのだ。

「敵機に至近弾多数、なるも撃墜ならず。敵機右舷後方に抜けます」

「右対空戦闘始め!」

 離脱しようとする敵機に健在な右舷側の対空火器が追い縋る。僚艦の射撃も加わり空中には濃密な弾幕が形成される。だが、命中弾はない。

「左舷2番高角砲付近火災!副砲一部沈黙!」

「消火急げ!」

 ダメージコントロールを担う副長が伝声管に叫ぶ。

 甲板上では指示を受けた応急班がホースを担いで現場に急行している事だろう。

 こちらの損害が重なり攻撃は空振り。乗組員達に焦りの色が見え始める。

 だがそれでもいちいち落ち込んではいられない。

「慌てるな敵機の進路上に壁を作れば良いんだ」

 緊張とは無縁の男と評判な砲術長が不敵に笑いながら言う。対空砲は狙って当てるものではない。弾幕を張って100発200発と撃ちそのうち数%がたまたま当たれば上々なのだ。

「そうだ皆訓練通りにやるんだ。戦艦は沈まないから安心しろ」

 老練な艦長も彼の言葉に続けて言う。

「長門は被弾しながらもその戦闘力を未だ保持している。負けているわけではない」

「はっ!」

 報告に来た伝令が敬礼し持ち場に戻っていく。

 負けているわけではない。

 その言葉の通り3度目のネウロイの攻撃の際高角砲弾の1発がまともに突き刺さった。

「やったか?!」

 艦橋要員と甲板上の乗組員の全員が被弾したネウロイの動向に注目した。

 敵機はふらふらと海面スレスレまで高度を落としたかと思うと復帰しようとしていたがそこに25mm機銃と5インチ砲弾の集中攻撃を受けて今度こそ海中に没した。

「敵機撃墜!」

「万歳!」

「よおし!配置はそのまま、次の敵機に備えるんだ」

「はっ!」

 乗組員たちは休む間もなく新たな敵機に備えてダメコンと補給に奔走した。

 

 

《長門より直掩隊、敵機を撃墜した。現在空域はクリア!》

「ふう、終わった」

 川嶋が安堵のため息をつき構えていた銃を下ろす。

「まだ燃料には余裕があるわね。哨戒を続行するわ」

 篠原が懐から取り出した計算機で燃料計算を行いながら言う。

 そうだまだ終わりではない。

 後発の直掩機と交代するまでは空の見張り員としてこの場に留まらなくてはならない。

 結局、交代要員の坂本隊が来るまで敵襲は無く、艦隊がこれ以上の損害を被る事も無かった。

 

 こうして撤退2日目を終えた。

 救出した人員は前日と合わせ12万人。未だ100万人の人々が包囲下にある。




 とある病院船の医務室
 1人の男がベッドに身を横たえていた。
 痛々しく包帯を巻かれたその体には輸血パックが繋がれ医師団が彼の命の灯火を消さないよう努めているのがありありと見てとれた。
 瞼は閉じられていたが震える唇が確かな言葉を紡ぐ。
「ミーナ、、、どうか、ご無事で、、、」


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第34話 撤収

 

 撤退作戦は幾度かの敵襲はあったものの各国から有形無形の協力を受けながら輸送方法を洗練したことでつつがなく進行した。

 各国の有形の援護の中でも特に作戦3日目から参戦した扶桑海軍空母機動部隊の効果は素晴らしく空母赤城・加賀・龍驤の3隻、総勢12人の精鋭ウィッチと200機近い航空機が作戦行動を行った時の攻撃力は絶大で一時的にダンケルク周辺のネウロイを一掃、その戦いぶりたるや以後作戦3日目から5日目にかけて船団の被害が一切無かったほどだった。

 船団はこの機を逃すなと機関出力一杯でピストン輸送を行い、その結果作戦前に民間人だけで2週間は掛かると言われていた撤収作業は僅か5日半で市民全員と二線級部隊を救出してみせた。

 

 そうして引揚げの対象は民間人から未だ前線で踏み留まっている20万人の前線部隊に移っていった。

 その中には疲弊しユニットや弾薬を他部隊に頼り独力の戦闘力を喪失しつつあった独立飛行第一中隊も含まれていた。

 

 1940年7月7日 08:00 晴れ カレー空軍基地

 

 ダイナモ作戦8日目

 

 カレー空軍基地は本日を持って放棄が決定され基地要員や在籍していた二つの航空隊は撤収準備に追われていた。

 その基地の敷地内、独立飛行第一中隊に割り当てられていた格納庫の中で整備兵たちが慌ただしく片付けや身の回りの整理をしていた。

「班長、これも置いてくんですか?」

「そうだ。作業着のポケットに入らない分は全部放棄しろとのお達しだ」

 高橋技術曹長は彼が長年愛用していた道具箱を持ち上げて問う若い整備兵に苦虫を噛み潰したような顔で返す。

 撤退に際して1人でも多く詰め込む為に兵士たちは全ての武器・装備を廃棄して身一つで落ち延びる事を強いられた。

 それは航空部隊も例外ではなく飛べる者はあるだけの燃料でブリタニアの何処かを目指して飛び、陸の支援部隊は脱出船に乗れるだけ乗り込む為に書類、車両、弾薬、整備関連の資材から個人的な私物までのことごとくを遺棄しなければならなかった。

「辛いですね」

「だな」「そうね」

 出発に備えてユニットの確認をしながらその光景を見ていた川嶋が言う。それには遠坂と篠原も同意だった。

 職人にとって自分の分身とも言える道具類を置き去りにせざるを得ない高橋曹長以下整備小隊やせっかく掻き集めた物資と自身の存在意義である輸送トラックを放棄しなければならない斎藤少尉指揮の輜重中隊の無念たるや筆舌に尽くしがたい。

「何か出来ることは無いんでしょうか?」

「出来ることねえ、、、」

 3人は熟考する。今まで整備小隊や輜重中隊には多くの無理難題を解決して貰っていた。そんな彼らの献身に何か報いたい。

 少しの間思い巡らし篠原が閃いたと手を合わせた。

「、、、そうだわ!」

 彼女は泣く泣く道具類や私物を捨て置く兵士たちを呼び集めこう提案した。

「少しくらいなら私たちが運ぶわ。皆これだけはという物があったら出して頂戴」

「良いのですか?」

「ええ、全部捨てるのは勿体ないし日頃お世話になってるのだからこれぐらいわね。遠坂さんと紅莉栖さんも手伝って貰っても良い?」

 篠原があとの二人の魔女の方を振り向きながら聞いてくるが答えは決まっていた。

「応、良いぜ!」

「勿論です」

 それを見た高橋曹長は感無量といった感じで腰を深く折る。

「ありがとうございます!」

 善は急げだ。撤収のタイムリミットは少しずつだが確実に迫ってきている。

「さ、時間はあまり無いわ。早速始めましょう」

「はい!」

 決まってからの行動は早かった。各自持ち出したい物を決めさせて主計課がそれを集計、荷物の総重量とストライカーユニットの出力から積載重量を計算する。

 格納庫の一角に設営された臨時の受付の前には100人弱の列が形成され各々が大切な物を持ち寄る。

「これは?」

「母が生前買ってくれた算盤です。どうしても捨てる決心がつかなくて」

「分かったわ。責任持って運ぶから安心して」

「お願いします」

 篠原が主計隊員の手を握りながら約束する。

「押さないでください。1人一つは持ち出せる計算なので慌てないで」

「これを頼む。妻から貰った物なんだ」

「畏まりました。大切に持っていきますね」

 川嶋が醤油顔の若い輜重兵から革製の上等そうなポーチを受け取る。

「あまり重いもんは無理だからな。その辺は我慢してくれよー」

「分かっておりますとも。こうして持って帰れるかもしれないってだけで儲けですよ」

 冗談めかして言う遠坂に中年の人の良さそうな整備兵がにこやかに返す。

 列はどんどん短くなっていき最後に順番が回ってきたのは斎藤少尉だった。彼は私物を持ち寄るでもなく篠原の前で直立不動の姿勢をとった。

「篠原隊長、意見よろしいでしょうか?」

「構わないわ。どうしたの?」

 篠原は姿勢を正し次の言葉を待つ。彼が意見を述べる時大体それは正しいからだ。

 許しを得た斎藤は自身の考えを篠原に伝えた。

「はっ、遠坂中尉と川嶋軍曹は現在一点物のストライカーユニットを運用しております。篠原隊長につきましても外国製のユニットを使用していますので扶桑陸軍の大筋の補給物資品目からは外れておりブリタニア本国撤退後も機材が枯渇することが考えられます。そこで当面、2、3回の出撃に耐えられる量の予備部品と必要最低限の工具の輸送を小官は提案いたします」

「ふむ」

 斎藤少尉の意見ももっともだ。確かに篠原たちがブリタニアに逃れてもその後飛ぶことができなければユニットを履いていく意味がない。

 篠原は顎に手を当ててしばし思案し傍らに立つ金子中尉に視線を飛ばす。

「金子中尉、遠坂さんに部品運搬を任せようと思うのだけれど私と紅莉栖さんで私物を運びきれるかしら?」

 金子中尉は軽く暗算すると周りを安心させる柔らかな笑みを浮かべて答えた。

「大丈夫ですよ。みんな運ぶ品の大きさを自重してくれていますのでお二人で充分運搬は可能です」

「そう、なら良かった。斎藤少尉、貴方の提案を採用するわ」

「はっ!ありがとうございます」

 斎藤少尉の案を受け、手が空いた整備小隊が主導して有れば困らない物品を遠坂の前に積み上げていく。

 

 その量およそ120kg。

 

「え、多くね?」 

「これ持てる?大丈夫?」

 さすがの遠坂もこの大重量には苦笑いを隠さない。許可を出した篠原もここまで嵩張るとは思って無かったのか少し焦る。

「もう少し削りましょうか?」

 やり過ぎたかと申し訳なさそうに申し出る整備兵に遠坂は首を振って答えた。

「こ、これぐらい朝飯前だ。今のはちょっとびっくりしただけで別に運べないとは一言も言ってないぞ。第一、大砲が担げたんだからこれが運べない道理はない!」

「よろしくお願いします。これだけ有れば何とか向こうでも整備をすることができますので」

「ふふん、俺に任せたまえ」

「はい!」

 遠坂は見栄っ張りな男なのだ。それもその分の苦労は自力で何とか出来てしまうタイプの。

 その後、念のため軍医と相談したところ「持つだけならまあ良いでしょう。ただし、曲芸飛行なんてしたら承知しませんよ?」と釘を刺された上で許しを得た。

 

 全員分を集め終わり主計課に雑嚢や背嚢をベルトで繋ぎ合わせた特製コンテナを3つ仕立てて貰いその中に私物などの物資を入れて背負い上げる。

 手応えから察するに何とか離陸は出来そうだ。

 魔法力様様だ。

 篠原は整列した整備兵に向き直ると大陸で最後になる命令を発した。

「只今を持って独立飛行第一中隊はカレーを離れる。各自、港の輸送艦に乗り込みカレーを脱出せよ。

 みんな思うところはあるでしょうけれどここは堪えてほしい。

 私たちは大陸から去るけれどこれは永遠の敗退ではないわ。必ず私からのたちはネウロイに勝ってこの地に帰ってくる。それまで心の芯を折ることなく戦い続けましょう。

 では対岸で会いましょう。私たちはロンドンのクロイドン空港を目指すわ」

「はっ!では我々も到着後はロンドンに向かいます。お気をつけて!」

「ありがとう。中隊解散!」

「 「 「 「はっ!!」 」 」 」

 篠原の号令に隊員全員が敬礼で応える。彼らの士気はまだ挫けていない。

 

 

 訓示を終えた篠原は遠坂と川嶋を従えて格納庫から陽光が降り注ぐクレーターにまみれた誘導路に出る。

 人気のない飛行場は朝日の清々しい空気も相まって寒々しくも何処か幻想的な印象を抱かせる。

 カレーの街とも暫しの別れだ。

「《こちら独立飛行第一中隊、カレー基地管制棟へ離陸準備が完了したわ。許可を頂戴》」

《カレータワーより独立飛行第一中隊、もう君たちが最後だ。滑走路進入後離陸を許可する。君たちの離陸を見届けたのち、我々も撤収する》

「ありがとう。これより離陸するわ」

《良い旅をマドモワゼル。またいつの日かこの地で貴女たちを管制出来る日が来ることを祈るよ》

「その時は平和な空が良いわね。私も楽しみにしているわ。通信終わり」

 篠原たちと同じくリール空軍基地から流れ着いてきた渋い声の管制官に別れを告げ離陸を開始する。

 フラップを下ろしてスロットルを開き前傾姿勢をとる。

 今回はみな大荷物だ。地上との別れを名残惜しむように滑走路の端から端まで使ってゆっくりと加速していく。

「離陸決心速度、、、もう少し、、、安全離陸速度」

 スロットルを全開にし姿勢制御に細心の注意を払いながら更に加速。

「もうちょいもうちょい、、、機首引き上げ速度!」

 遠坂が十分に速度を蓄えたことを知らせると同時に地面を蹴りタイヤが滑走路のアスファルトを離れる。

「離陸完了。ギアアップ、フラップアップ」

 離陸位置に設定していたフラップとランディングギアをユニット内に格納し基地の上を旋回しながら10m毎秒の緩やかな角度で上昇していく。

 眼下では支援部隊の面々が港に向かうトラックに乗り込みながらこちらに手を振っている。

「皆、無事に渡りきって、、、」

 篠原が整備兵たちに手を振り返しながら呟く。

 大重量で離陸するために武器は置いてきた。もし輸送中に何かあっても3人に出来る事は無事を祈る事だけだ。

 内心じれったさを覚えながら静かに願う篠原に遠坂が話しかける。

「大丈夫ですよ隊長。海軍さんの精鋭が海峡を固めてるんですから心配ご無用ですよ」

 川嶋も言葉を重ねる。

「そうです。それに他の国の人たちも頑張っているんです。きっと上手くいきますよ」

「そうよね。うん、信じましょう。きっと大丈夫」

 それは川嶋に対する返事なのかそれとも自分に言い聞かせているのか何処か固い声色だった。

 

 話している内に2000mまで高度を稼ぎきり隊員たちが出発したのを見届けて基地上空からブリタニアに重々しく針路を向ける。

 進み始めればあっという間に沖に出る。海原を見渡せばおびただしい数の様々な大きさの船が空から見ればゆったりとした歩みでブリタニアとガリアを行ったり来たりしている。

 カレーから最も近いブリタニアの港ドーヴァーまで50kmもない。飛行機なら全速で10分も掛からないのに片道2時間もかかる船の何と遅い事か。

(輸送機をチャーターすれば良かったわ、、、)

 篠原の心中がまたざわつく。が、それを堪えて前を向いて飛ぶ。二人の部下に余計な心配をかけるわけにはいかない。

 3人はヨタヨタとドーバーを超えブリタニアへと歩みを進める。

 

 荷物を担ぎながら時速200km/hの低速でドーバー海峡の通過に20分、ブリタニア本土に到達してから更に20分掛けて内陸に進んだとき前下方にロンドンの街並みが見えてくる。

 目的地のRAFクロイドン空港はあの街を南に下った郊外にある。

「2人とももう一踏ん張りよ」

「りょ〜かい」「わ、わかりました」

 短い旅の終わりに差し掛かり篠原が遠坂と川嶋を励ます。

「ブリタニアに着いたら何をしましょうか?」

 川嶋が背負っていたコンテナの位置を直しながらそう2人に問いかける。

 即答したのは遠坂だった。

「風呂!酒!」

「そうねお酒はともかく身体を清めたいというのは同感だわ」

 篠原もこれには同調する。

 今まで真水が貴重な激戦地を転々としていたので長らく軽い水浴びで済ませていた彼女たちはお湯に飢えていた。特にダンケルクで包囲されてからは洗顔すら憚れる水事情だったので女学校と滋野の新人教育で如何なる状況であっても淑女たれと教え込まれていた篠原にとってみれば疲れも取れないし髪や肌も心配なあまりよろしくない環境だった。

 主戦場から離れた本土の基地なら水も好きなだけ使えるだろうしその辺の心配はしなくてすむだろう。

 それに3人とも荷物の重さにもう汗びっしょりだ。

(空港に着いた後はシャワー室を貸して貰いましょう)

 そう決意する篠原だった。

 

 

 そうこうしている間にクロイドン空港が視界に入ってきたので華やかなロンドンの街並みを見ながら着陸に備えて高度を下げていく。

 すると目的地の空港から無線が入ってきた。

《こちらクロイドンタワー、接近中のウィッチへ。そちらの官姓名と飛行目的を述べよ》

「《こちら扶桑陸軍航空隊独立飛行第一中隊の篠原弘美大尉以下2名。カレー空軍基地から撤退してきたの。着陸許可を下さらないかしら》」

《そうか、大陸から、、、失礼した。着陸を許可する。良く頑張ったな》

「《ありがとう。これより着陸態勢に入るわ。初めての基地だから誘導をお願い出来るかしら》」

《了解だ。現在南南西からの風が5ktの速度で吹いている。500mまで高度を下げ第2滑走路、交差する2本の滑走路のうち北東から南西へ伸びる短い滑走路に東から進入せよ》

「了解」

 指示のあった滑走路を探して着陸手順に移る。

 まず滑走路と並行に南西から北東に飛び高度を下ろす。高度を落としながらある程度滑走路を斜め後ろに見送ったら、直角に旋回し滑走路がクリアになっている事を確認する。確認を終えると最後に滑走路と正対し着陸コースに入る。

《あと1000m。高度がやや高い》

「《了解修正するわ》」

《進路そのまま、あと500m、、、250、、、タッチダウン!》

 タイヤがアスファルトの地面を叩き白煙を上げる。

 すかさずブレーキをかけて転倒しないよう加減しながら減速。

《ナイスランディングだ。ロンドンへようこそ扶桑のレディ》

「《こちらこそどうぞよしなに。ユニットは何処に停めれば良いかしら?》」

《長旅で疲れている所申し訳ないが、もう格納庫は埋まってしまっている。滑走路脇の駐機場に向かってくれ》

「《わかったわ。どうもありがとう》」

 滑走路の終端のハリケーン戦闘機やグラディエーター戦闘機が並ぶ区間に向かうと大きな一張りのタープテントが張られていた。その下には数人の整備士と共に長机か何かで組み立てた簡易的なユニットケージのようなものが置かれている。

「あそこに停めれば良いわけね」

 篠原は部下を導きケージの前まで行き180度ターン、後ろ向きにケージにユニットを当てて固定してもらう。

「ふぅ、2人ともお疲れ様。暫くはゆっくり出来そうね」

 エンジンを切り空港の整備士に手を貸して貰いながらユニットを脱いだ篠原が部下の方を向いて言う。

「ああ、やっとゆっくり眠れそうだ」

「ですね。もうクタクタです」

 遠坂と川嶋も相槌を打ちながらユニットから足を排出し地面に降り立つ。

 すると裸足で草地に立つ3人を見た整備士たちが慌てて駆け寄ってきて新品の靴とソックスを貸し出してくれた。

 渡してくれた整備士に礼を言い土を払ってから足を通す。よく乾いたソックスが心地良い。

「ありがとう。基地司令に挨拶をしたいのだけれど誰か案内してもらえる?」

「はい、こちらに」

 靴を貸してくれた整備士が先に立って案内してくれた。3人はグランドスタッフにユニットと荷物の番をお願いし整備士に連れられ兵舎代わりなっている空港ターミナルの中に足を踏み入れる。

 空港のグランドスタッフや兵士たちとすれ違うたび「よくここまで、、、」「頑張ったな生還おめでとう」と生きて辿り着いた事を称賛され健闘を讃えられる。

 中にはウィッチを初めて見たのか写真やサインをねだる兵士もいてその度に足を止めて成り行きで記念写真やサイン会もどきをする事になり司令室の扉の前に辿り着いたのは空港に着陸してから1時間も経ってからであった。

 

 

「遠路遥々ご苦労、ブリタニアへようこそMs.シノハラ。私がこの空港を預かっているオリバー・ブラウン大佐だ。海峡の向こうは辛い戦いだったと聞いている、ここでゆっくり羽を伸ばしたまえ」

 名乗りながら席を立った司令官が握手を求めてくる。篠原はそれに応じながら目の前に立つ男性をチラリと観察した。

 背は高く良く鍛えられており堅い表情も相まって如何にも軍人然としていた。

「篠原弘美です。お気遣い頂き感謝いたしますわ」

「遠坂いさみです」

「川嶋紅莉栖であります」

 3人は敬礼し不動の姿勢をとる。オリバー司令も答礼し楽にするよう伝えると口火を切った。

「ところで現場を見てきた君たちに一つ聞きたいのだが」

「はいなんでしょうか?」

 篠原は居住まいを正す。彼は重々しく口を開いた。

「単刀直入に聞くがネウロイはブリタニアに来るかね?」

 オリバー司令の表情からは若干の悲壮感のような物が漂っていた。

(ネウロイは水を嫌う。ブリタニアから見て巨大な水濠であるドーバー海峡でネウロイの進撃が止まる可能性はゼロではない。だけど、、、)

 篠原は目の前の司令官に忖度し望んでいるであろう答えを差し出すか迷ったがその後の作戦立案などへの影響を考え自分の推察を隠さず打ち明けることにした。

「来ます、間違いなく。ガリアが完全に落ちればすぐにでも」

 扶桑海事件では大型ネウロイが何度も扶桑海を超え本土を襲おうとしてきた。同じことがここでも起きないとは言い切れない。

「そうか、、、」

 オリバー司令はガックリと項垂れた。分かりきっている事でここまでショックを受けているところを見るともしかしたら軍人らしいのは外見だけで心はあまり強く無いのかもしれない。

 篠原は背筋をピンと張って一歩前へ出た。

「ですがブラウン司令官。心配ご無用ですわ。ウィッチがいる限り人類は負けはしません。確かに今は苦しい状況ですが態勢が決したわけでもありません。どうかお気を確かに」

「ああ、わかっている。だが私はどうにも悲観的になってしまう人間らしくてな。見苦しいところを見せてしまった」

 オリバー司令は取り乱したことにやや紅潮しつつ詫びた。

「コホン、まあとにかく我々は君たちを歓迎する。何か聞きたいことはないだろうか?」

「では一つだけ、到着してから司令室に着くまでウィッチの姿が見えませんでしたがこの基地にはもしかして?」

「うむ、二ヶ月前まではこの空港にもウィッチは在籍していたのだが戦況の悪化に伴って南部や大陸に進出していった。今ここにいるウィッチは君たちだけだ」

 やはりそうだったか。篠原は一人頷いた。

 それならこの規模の空港にウィッチ関連の資材が無かった事にも合点がいく。この空港を利用していた部隊が進出の際に根こそぎ持っていったのだろう。

 と同時に篠原は撤退先をこのクロイドン空港に指定した古賀少将の狙いにも気づいた。恐らく彼はブリタニア駐在武官としてのキャリアを活かしてブリタニア空軍の部隊配置の情報を入手、防空網を構成するウィッチ部隊の穴に気付きこれを塞ぐ為に篠原たちを呼び出したのだ。

「なるほど、古賀少将にはそのようなお考えがあったのか」

「少将とお知り合いで?」

 納得したと顎を撫でるオリバー司令の様子に遠坂が訊ねる。

「半年前のパーティーでお話しする機会があってな。聡明な方だった。まさかここで彼の名前を聞くことになるとは」

「古賀少将は私たち独立飛行第一中隊の司令官ですわ」

「そうだったのか、いやはや巡り合わせとは分からないものだな」

「そうですね」

「彼とは話が合ってな。戦術や茶の銘柄についてよく話したものだ。特に防空戦の____おっと、いかんな思い出話に付き合わせてしまうところだった」

「いえいえ、かまいませんよ」

「そうはいかない疲れている身に無理はさせられん。そうだな、君たちの当面の自室だがこの空港ターミナルの隣に宿舎として接収したホテルがある。そこのスウィートルームを用意しよう」

「そんな!気を遣って頂かなくても結構ですよ」

「いやいやうら若きレディにもてなしの一つも出来なくては紳士の名折れだ。受け取ってほしい」

「いえいえ、そんな贅沢申し訳ないですわ。それに後方部隊も100人近く来ますの、彼らと待遇の差が生まれる事は望ましくありませんわ」

 篠原たちだけ贅沢三昧して一般兵がテント暮らしになったら隊の和が乱れそうだ。

「心配ない。この空港からは戦力が抜けていくばかりだからな。宿の部屋は余っている。君の部下たちも全員入れるだろう」

「うーん、良いのかしら?」

「良いとも、Ms.シノハラはこれまで頑張って来たのだからこれぐらいのご褒美はあってしかるべきだ。2人もゆっくりしたいだろう?」

 そう言ってオリバー司令は遠い目で2人の応酬を眺めていた遠坂と川嶋にも話を振る。

「隊長、ホテルにしましょう!」

「スウィートルーム、良いですね!」

 即答する2人の様子に最終的に篠原は折れた。

 その後、部隊のローテーションなどを話し合ったのち顔合わせは終了となった。

「ではこんなところで良いかな?退出したまえ」

「はっ!」

 3人は敬礼し退出する。

「まさかブリタニアまで退くことになるとはな」

 廊下に出て扉が閉まった事を確認してから遠坂が呟いた。

「そうねあの司令官じゃないけれど少し堪えるわ」

 篠原は窓の外に目を向ける。外は曇り空の多いブリタニアらしく司令官と話しているうちに天気が崩れてしまったようで黒い雲が立ち込めはじめていてまるでこれからの人類の苦境を暗示しているかのようだった。

「いけね!荷物を駐機場に置いたままだ!」

 遠坂が大事な事を思い出し声を上げる。

「降り始める前にとりあえずホテルに運び込みましょう」

 川嶋がそう言って駐機場にかけて行く。それを追いかける遠坂を見ながら篠原は思う。

「隊長?」

「今行くわ」

 もしも強大な敵が現れたとしてもこの規格外の仲間たちと一緒ならきっと乗り越えられる。2人と居ると自然にそう信じられる。

 

 ここに6月3日に到着してから一ヶ月間続いた独立飛行第一中隊の戦いは一つの区切りを迎えた。




次回、風呂回の予定ですがすみません。何故か文章の読み書きが思うようにいかず投稿まで時間がかかってしまいそうです。


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第35話 休息

軽々しく次回風呂回なんて言うもんじゃないですね。


 荷物を宿舎代わりにしているホテルのロビーに置かせてもらい篠原たちは早速自分たちにあてがわれた部屋に向かった。モダニズムな造りのこのホテルは戦前には国際空港を利用するVIPの宿泊も視野に入れて建てられたため建物内のありとあらゆるものが近代的に洗練されつつも上流階級のお眼鏡にかなうよう上品に仕上げられていた。

「「「おぉ〜!」」」

 当然スウィートルームは建設に携わった設計士や建築家の技術の粋を集められており盗難防止のために絵画などの取り外せる調度品の類は全て片付けられていたが壁の装飾や棚などの造りは非常に優雅にして高尚、覗き込めば顔が映るほど磨き上げられており部屋全体を見ても家具の配置から窓の位置まで隅々まで考え抜かれていた。

「うっひょお!」

 遠坂が感動の余り奇声を上げてキングサイズベッドのど真ん中にダイブする。

「こら!お行儀が悪いでしょ!せめて身体を綺麗にしてからベッドに入りなさい!」

 篠原が見るに見かねて諌めるが彼女も昂っているのか背後でゆらゆらと尻尾が揺れている。ホテルのスウィートルームなんて普通に生きていればまずお目にかかることはない。少し舞い上がってしまうのも仕方がないというものだ。

「ふかふか〜。ん〜気持ちいぜ〜」

 遠坂は篠原の諫言もどこ吹く風と枕に顔を埋めてその柔らかさを思う存分堪能した。あまりの柔らかさに表情筋と語彙力が溶けていることには彼の名誉の為に触れない事にする。

「もう!お風呂に入ってからって言っているでしょう!ベッドに汗の匂いが移っちゃうわよ!」

「分かってるよ〜あうっ!」

 気が済むまで羽毛の感触を楽しんだのち篠原に実力行使でベッドから離されると遠坂は名残惜しそうに寝具を見つめるがそのまま風呂場に向け引き摺られていった。

「紅莉栖さんも来る?」

 目をキラキラさせて窓からのロンドンの景色を眺めていた川嶋にも声を掛ける。が彼女は首を横に振るとまた窓の外に視線を向けた。

「自分はもう少し景色を楽しもうと思います。お先にどうぞ」

「そう、分かったわ」

 浴室へと向かう。寝室がここまで豪華なのだ風呂もよっぽど良いものに違いない。

 

 bathroomと書かれたドアを開いた時、2人の口から漏れたのは感嘆のため息だった。

 この部屋の浴室はヨーロッパで一般的な一室にトイレとバスタブを詰め込んだようなものではなくどちらかと言うと扶桑的なセッティングで(それもそのはず実は第一次大戦時に建設されたこのホテルは当時同盟を組んでいた扶桑人の建築家も携わっていて主に水回りを設計していた)便所とは全く別にした専用の浴場の中に広い床、畳二畳分の小柄な少女なら2人並んで入れそうなほど大きな浴槽を備えていた。床のクリーム色のタイルには花柄模様が描かれており室内を一層華やかに彩っている。

「凄いわ」

「凝ってるなこれは」

 目の前の光景に圧倒され簡単な感想しか言えない篠原と遠坂。

「早速入るか」

 遠坂はもう待ちきれないといった感じだ。

 それには賛成と言った感じに篠原も頷いた。

「そうね」

 だが続く言葉は少々予想外なものだった。

「ここまで広いなら一緒に入りましょうか」

「えっ?!」

 これには遠坂は動揺を隠せない。今まで散々、女性としての矜持とはなんぞやと篠原からお説教を受けていた彼女からすれば今の発言は驚嘆に値する。

「待て待て!俺は男だぞ、い、良いのか?」

 遠坂が少し赤くなった顔の前で大袈裟に両手を振る。

 篠原はその慌てように少し愉快な気持ちになる。今まで遠坂にかけられた気苦労を鑑みればしてやったりと言った感じだ。

「冗談よ、私の裸はそんなに安く無いわ」

「なんだよ驚かせんなよ」

「さっさと入ってらっしゃい」

「あいあいさ〜」

 篠原は遠坂を風呂場に放り込むとやっと一仕事終わったと手を払った。

 

 

 その後、代わる代わる風呂を済ました3人は正装に着替えて空港の入り口に整列し高橋ら支援隊の到着を出迎えた。

 3人が正門に着いた時、ちょうど支援隊の面々も街角から姿を現していた。

 作業着や野戦服に身を包んだ扶桑陸軍兵が二列縦隊で空港の正門前まで行進し3人の前で停止し敬礼する。

「高橋技術曹長以下整備小隊32名到着しました!」

「斎藤輜重兵少尉以下輜重中隊64名只今到着!」

「金子主計中尉以下5名到着いたしました」

「衛生隊坂上軍医大尉、那珂薬剤少尉、神崎衛生兵長来ました!」

「うん、みんな無事で何よりだわ」

 篠原は全員の顔を見渡し1人も欠けることなく到着した事を確認する。皆疲れてはいるが怪我もなく大丈夫そうだ。

「再始動だな」

 遠坂が心底ホッとしたように言う。輸送中にボカチンを食らうなんて前世では嫌というほど繰り返されてきた事だった。

「そうですね。みんなゆっくりしてください」

 川嶋がそう言って水筒を差し出す。中身は遠坂が持ち込んでいた赤ワインだ。

「良いですよね中尉?」

「勿論だ、その為にわざわざ持ってきたんだからな」

 篠原が額に手を当て遂に紅莉栖さんまでと呟いた。

「はあ、まあみんなが無事だったことは喜ばしいし今日だけは大目に見ましょう。ただし明日に響かないようにセーブする事。それとみんなの宿は確保出来たから適当な所で切り上げてしっかり休息をとるように。分かった?」

「「「はい!」」」

 

 篠原は最早恒例となっている酒盛り(まあ水筒2本分の酒など中隊で分ければささやかな量だが)に興じる隊員たちをよそに紅茶を飲みながらこれからの事に思いを馳せる。

(まずやる事は武器の調達ね。出来れば扶桑製が良いけど無ければ無いで基地の陸戦隊から借りればいいからまだ楽だわ。糧食もブラウン司令に頼めば基地の食堂を借りられるはず。問題は予備パーツなのよね。遠坂さんたちのユニットは他の戦隊と互換性が無いし、私のもカールスラント軍から何とか工面しないといけないし・・・あれこれ不味いんじゃない?)

 書類上の司令である古賀に頼めば何とかなるかもしれないがそれでも本土から取り寄せるのに時間がかかる。

 大陸から持ち帰ってきたパーツは数回の全力出撃で尽きてしまう。

 独立飛行第一中隊は余命宣告を受けるのと同義だった。

「とにかく何でも良いから集めないと。古賀少将にも電報を打ったほうが良いわね」

 善は急げだ、赤ら顔の部下たちを尻目に隊長としての役目を果たす為に兵舎に向かった。隊長職とは調整に奔走する悲しい中間管理職なのだ。

 

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発 独立飛行第一中隊

宛 古賀武志独立飛行第一中隊司令兼ブリタニア駐在武官

 

 独立飛行第一中隊は無事、ブリタニア本土に転進せり。

 人員に損害は発生せざるも機材枯渇。早急に補給を要する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

発 独立飛行第一中隊司令部

宛 独立飛行第一中隊戦闘隊長

 

 補給の旨了解した。暫し待て。

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