魔法科高校の異端者 (無淵玄白)
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プレリュード『破界』

というわけで、初っぱなからスプラッター。


 

 

仕事の前に依頼主から連絡を受けるのはままあることだが、それでも少しばかりルーティーンを乱される行為だ。

 

 

―――ファンタズム01聞こえているか?

 

聞こえている。

 

既に用件は承っているはずなのに心配性な依頼主の部下に淡々と返す。

 

―――そうか。ならばいい。予定通り貴方たちのやり方で……。

 

 

第一高校を破滅させてくれ。

 

何度も繰り返されてきた言葉に、了解とだけ答えた少年……まだ12歳程度であろう相手は、殺意ではなく『作業』ということを念頭に置いて、目を凍らせていくのだった。

 

 

 

公開討論会が決着を迎えた時、その襲撃は始まりを告げた。

 

盛大な爆音。投げ込まれる催涙弾。拘束されるエガリテという団体のメンバー達。

 

本来ならば、そこで襲撃者たちの犯行は一度の小休止になるはずだった。

 

しかし、催涙弾と共に割れたガラス窓から何者かがやってきた。

 

その登場に催涙弾をどうにかしようとしていた服部副会長の動きが止まらざるを得ない侵入者。

 

黒ずくめの衣装。全身を締め付けるかのようなタクティカルスーツと同じように覆面をした姿に誰もが度肝を抜かれた。

 

二階部分から一階の壇上に見事な着地を見せたこともそうだが、先程聞こえた爆音からすれば侵入者=敵であることは間違いない。

 

エガリテのメンバー達を拘束していた風紀委員たちとて動きを止めてしまう。

 

どちらに対応すべきか、迷ったそのときには―――。

 

「やれ、『バーサーカー』」

 

淡々とした言葉で黒ずくめの背後、ちょうど生徒たちの多くが座っている場所の通り廊下に黒い魔力が蟠る。

 

魔力は人の形をなして顕現するも、その形貌(なりかたち)に関しては判然としたものはなく、誰もが対応に困っていたところ―――。

 

大講堂の扉が開け放たれて、何かが投げ込まれる。

 

それを受け取るは、黒い騎士……黒い魔力でようやく分かったのは、それが騎士鎧を纏った―――怪物であるという事実だった。

 

『AAA……Aarrrrrrr!!!!!!!』

 

 

咆哮。咆哮。咆哮。受け取ったものは―――。

 

大型機関銃(メガガトリング)!)

 

長銃身にして、毎秒1,000発もの弾丸を吐き出す―――およそ人の手では扱えない戦闘機用の得物が握られた。

 

それが二挺。もはやその呼び名は相応しくない二門もの大砲だ。

 

そう断じた達也は、深雪に横浜でのことと同じく銃砲火器の運動を止めてくれと願うが―――――――。

 

「ふはははへへへへ!! お前たちはもはや終わりだ!!! 破滅の使者がやってきたんだよぉおおおおおおお!!!!」

 

「なにを―――」

 

取り押さえていたエガリテメンバーが哄笑をする。その狂信者を思わせる。実際、その通りなんだろうが―――そして。

 

「FULL FIRE」

『❚❚❚❚■■■〓〓〓―――――――!』

 

咆哮に連動して盛大なまでの火器による発砲が続く。けたたましい音と共にあちこちに撒き散らされる戦闘機の装甲を打ち貫く威力の弾丸が四方八方に吐き出される。

 

「深雪!!!」

 

もはや拘束していたエガリテメンバーなどどうでもいい。深雪の危難に対応するべく動き出す。その動き出して移動する間にも誰かの手足が千切れ飛び、盛大なまでの流血がかかるも構わず怯えすくんでいる深雪の近くに寄る。

 

「お、おに、お兄様……!!」

 

もはや泣いている深雪を安堵させている余裕もなく、抱きしめて―――もはや一切の躊躇なく黒騎士に向けて怒りの限りの分解魔法を仕掛けた瞬間。

 

その仕掛けた分解魔法が弾かれた。いや、弾かれたという表現は正しくない―――まるで、そんなものは存在しないかのように霧散したのだ。

 

「き、効かないんです! あの黒騎士には魔法は通じないんです!! エイドスの密度とかそういう原理原則が一切―――私達とは違う存在なのです!!」

 

発砲音と悲鳴と怒号と咆哮の四重奏(カルテット)の中でもはっきりと聞こえた怯えている深雪の声に対して、達也も驚愕する。

 

達也も魔法を仕掛けた時点で分かっていたことだが、あの黒騎士は現代魔法が通じない怪物ということだ。

 

(そんな存在がいるっていうのか……?)

 

だが、現に他の連中も黒騎士を止めんと魔法を解き放つ。ガトリングガンを止めようと、黒騎士自体に掛けようと分けて解き放つ魔法が全て意味を成さない。

 

この中ではCAD持ちとして果敢にも挑んだ風紀委員たちだが―――。

 

『AAAARRRRRRTTTEEEEE!!!』

 

逆に真正面から敵意を向けられたことで反撃を食らう。

 

「ぶぐっ!!!」

 

障壁すら病葉か無いも同然に貫いた銃撃で風紀委員の一人が絶命する。全身を蜂の巣にされて最後には脳髄から血を盛大にぶち撒けたのだ。

 

「―――この化け物がぁ!!!」

 

先輩風紀委員の仇を取ろうと全身を血と煤に塗れさせた森崎が、至近距離から速射を見舞うも、そもそも干渉出来ないものを相手に魔法は具象化しないのだから距離の遠近など意味はない。

 

だが、それでも黒騎士の間隙を塗って接近を果たしたのは僥倖。一発撃つ間に一〇〇〇発打ち出す黒騎士がやったのは―――。

 

『―――――――――!!!』

 

声なき声で、言葉ではない言葉で―――。

 

その重量物を振り上げて、勢いよく振り下ろすことで森崎の頭を脳天から叩き潰すことであった。

 

柔らかい果実を無理矢理に潰した様子を思わせる惨劇を前にパニックは広がる。

銃声が一旦停止したのも一つだろうが、それ故に――――。

 

 

劈くような金切り声が聞こえた。ようやくのことで壇上に視線を向けるとそこには、手を斬り飛ばされて、恐慌する七草会長の姿が。

 

覆面の少年と思しき体躯の握る大型のナイフが腕輪型のCADが着けられた方を切り飛ばしていたのだ。

 

壇上の護衛役であった服部副会長は生きているのか、死んでいるのかうつ伏せで倒れ伏していた。

 

もはや惨劇。あちこちで悲劇が起きていた。

 

「―――――次は外だ」

 

声が聞こえた。その後には―――大講堂から黒騎士に連れられるように、宣言通りに外に出ていく。

 

速い。そして、それを追うことなど誰にも出来なかった。

 

「お兄様……お願いです。すべての失われた命を! 大きな傷を負ったものたちを!!」

 

「……分かった」

 

深雪が禁忌を破れと願って、そしてそれを行うと了承する達也だが、それでも―――もしかしたら「救えない」ものもあるかもしれないと、現状に対して考えておくのだった。

 

その数168名―――生命活動を停止したものだけで、これだけ、しかも非魔法師ではなく、尋常の理で括れない魔法師をここまで……。

 

 

(そして、これだけやりたい放題やって去っていったというのか……!)

 

もはや大講堂で壊れていないもの、怪我を負っていないものを探すほうが不可能に近い。

 

義憤とか義侠心とは無縁の達也とて、ここまで好き勝手されて苛立つ。さらに言えば深雪を恐怖させた存在に敵意を抱くのは当然だった。

 

流石の達也でも168名+大小の怪我をしたものたち……引っくるめて300名弱を完全回復させるまで、30分間が掛かった。

 

そして、その30分間の間にも惨劇は繰り広げられていた。

 

 

現れた存在は異様としか言えなかった。黒ずくめの少年……自分たちよりも小さい背丈から小中学生程度と推測するも、それが決して戦闘力に関して関係するものではないと認識せざるをえなかった。

 

「十文字会頭! 逃げて!!!」

 

「逃げるわけにいくかっ!!! 俺の後ろには!! 多くの生徒が!!!―――――」

 

その言葉を遮るようにして、克人が展開した障壁を破って赤槍が飛んでくる。その勢いは通常の投げ槍(ジャベリン)の威力ではなく、壁を破ったあとは勢いのままに克人の身体を穿つ。

 

「ぬううっ!!!」

 

当然、克人も棒立ちでいたわけではない。しかし、打ち込まれる赤槍を避ければ後方にいる人間たちが、悲惨な目に遭う。

 

幾度か移動魔法で干渉を試みたが、打ち込まれる原始的な武器の全てが、こちらの魔法を受け付けないのだ。となれば広い面で相手をするのが定石なのだが……。

 

(敵対勢力は俺たちを縫い付けている……!!)

 

克人の後方にも敵は現れている。既に四面楚歌だ。

 

現れている敵は……普通の戦闘兵士とかそういうものではない。

 

下半身が大蛇のそれで大地に佇立する存在、全長だけでいえば3mはあろうかというオトコとオンナ……有り体な表現で言えば『ラミア』と称されるべき魔物10体ほどがおぞましさを湛えながら、この一高の魔法師たちを追い詰めていく。

 

手から放たれる衝撃波とも魔弾とも言えるものをくらったものたちが、くの字で吹っ飛ぶたびに圧が強まる。

 

そんな考えに至っていたことを見抜かれたのか、黒ずくめの少年が迫る。

 

赤槍、黄槍を手にして克人に迫りくる速度は尋常のものではない。

 

「おおおおおおおおおおお!!!!!」

 

迫りくる恐怖を打ち払うように、十文字の魔法―――障壁の乱舞が四方八方から少年を狙うも、それを躱し、時には赤槍で砕き、黄槍で打ち払う。

 

どういう理屈なのか分からないが、少年が使う槍そのものか、槍に何かを付与しているのか何にせよ壁が障子紙かなにかのように簡単に崩れる状況に克人は、歯噛みする。

 

しかし―――。

 

 

(ここだ!!!!)

 

 

乾坤一擲といっても差し支えないタイミング。物理的圧で上方から相手を圧殺する壁を解き放つ。

 

今までは相手の短躯から推測される年齢で殺害することを躊躇っていた克人だが、ここまで来たらば、もはやチャイルドソルジャーであろうとやむを得ない。

 

直立戦車すらも『ペシャンコ』にする魔法が解き放たれた時に―――。

 

巨大な腕―――半透明の……女の手と腕を思わせる造形のものが、克人の放った魔法を砕いた。

 

その腕は少年の背中から出ていた。

 

腕は、そのまま―――克人の方へと伸びて、逆に克人をペシャンコにしようと上から押さえつけてきた。

 

当然、それに抗するべく克人は手を上に掲げてそれに抗する。

 

「ぬううう!!!!」

 

避ける・躱すことができないぐらいに呆然としていたわけだが、かかった圧に更に驚く。

 

もはや上を向くこともできない程にかかる圧が克人を俯かせる。

 

そこに―――既に踏みしめた石畳すらも亀裂が入る力が、かかるところに―――。

 

「ぐふっ!!!!!!」

 

双槍が身を貫いた。焼けた火箸を押し付けられるような痛みの奔流が、十文字家の魔法を解いていく。

 

 

そしてかかる圧で圧死するかと思われたところに―――。

 

「十文字会頭!!!」

 

「会頭を助けろ!!!!」

 

後ろの連中が、蛇人を退けたのだろうか? 薄れゆく意識を留める思考の中―――閃いたことは!!!

 

 

「く、来るな!!! オレをエサにして、こいつは―――」

 

「負傷者や人質が大物だと下っ端は救出に動かざるをえないな」

 

「貴様ッ!!」

 

双槍を突き刺したまま、口角に血の泡を作った克人を嘲るように言ったあとには、後ろから来る連中を相手にする。

 

克人を何かで拘束したあとには、飛ぶように向かうその少年兵士は―――。

 

「神別現体・渇愛巨桜!!」

 

何かを唱えて手に恐るべきポテンシャルのオーラを溜め込む。サイオンとは違うその力が解き放たれた時、克人を襲う手圧とは違うが、ソレ以上―――ソレ以下はありえない巨大手の圧が、救出しにきた生徒全員を叩きのめした。

 

ただ叩きのめしただけではない。生徒の足元……校内の舗装された道路が、砕けて切り分けられたケーキかステーキぐらいに細分されていた。

 

当然、救出しに来た連中は全て道路にへばり付いた蚯蚓のようなザマ(・・)

 

なんたる殺劇―――そこに―――。

 

 

「これ以上はやらせませんよ!!!」

 

「十文字会頭―――」

 

一年の有名な兄妹がやってきた。今期何かと話題を掻っ攫うその救援に対して。

 

「しばらく遊んでやれ『バーサーカー』。得物(オモチャ)はくれてやるから」

 

『AeeeRRRRRrrrrr!!!!!』

 

少年はわだかまる魔力から黒騎士を解き放つのだった。そして―――克人を苛んでいた双槍を掴み血が吹き出る。

 

それに何の斟酌もしていない黒騎士の様子は異様の限り―――そんなものを当然のごとく従えている少年も、異質の限り―――。

 

そうして―――その少年……裏の世界では『ファンタズム01』と呼称される存在との血で血を洗うような魔法師が体験したことが無い戦は、この時を以て始まりを告げるのであった……。

 

 

 

そして―――そんな人外魔境の戦いが終結を迎えて二年が過ぎた時……。

 

 

かつての悲劇の地にして始まりの地に―――1人の少年が入学するのだった……。

 

 

 

 

 



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第一話『邂逅』

 

 

衝撃的な光景であった。

 

どっちが勝つとか負けるとか。そういった風なことを論じたかったわけではない。

 

ただ、この光景を予想できていたかと言えば、はっきりと『無かった』と言えるのが、十文字アリサの本音であった。

 

だが、その一方で見せられたものに動悸が止まらないのも一つだった。

 

 

「ば、か……な……!!!」

 

「―――――――――――そんなに不可解ですか? 『俺』に負けたことが」

 

「……ぎっ―――お、お前は……なぜ、それだけ出来て!! がっ―――」

 

のたうち回ることを拒絶して全身を苛む痛みに耐えていた男だが、最後には苦悶を押さえるために膝を突くことしか出来なかった。

 

「動かないほうがいいですよ。十文字さんに撃った『呪詛』は、アナタの体内で『魔花』を育む。アナタのサイオンと演算領域を苗床にしてね……アナタを蝕むものが育つ―――さて、では回復したければ、二度とこんなことをしないようにしてくださいよ。妹御だか従妹だか知りませんけど、俺はそっちの『ハーフイワン』とは接触したくないんですから、トンチキな勝負挑まれた気分ですよ」

 

髪を掻きながら嘆息の言葉にアリサはぐさりと突き刺さるものがあった。隣りにいるミーナが食って掛からんとするのを抑えながら、悲しい想いを抱く。

 

倒れ伏した勇人(いとこ)が、そういった想いで■■君に挑んだのは理解していたが、その勝負の結果まで―――予想できていたわけではない。

 

 

「お前がいなければ……アリサは戦いに出ない!! 俺が患う惨めな想いを!! お前は………!!」

 

それこそが、この戦いの目的だった。九校戦に関して『出ない』と決めたアリサだったが、自分の欠場を良しとしない執行部員たちは、あの手この手、口八丁手八丁の交渉をしたのだが、暖簾に腕押しのアリサに対して最後の手段が取られた―――それこそが十文字勇人を倒した同級生からの『説得』だったのだが。

 

「九校戦に素直に出とけよ十文字――― 別に勝つも負けるも、時の運だろ。勝利に対する気概や執着心が無いのは服部さんも先刻承知済みなんだからさ。そこまで分かっていながら出した上役の責任でお前が何か『義務』『責任』を感じる必要ないだろ? ただし負けてきたならば、それ相応のバッシングは浴びる。出なかったとしたらば、お前には『後悔』が残る。今は実感できなくても、そうなる―――」

 

倒れ伏した勇人の心とかアリサを「いつもどおり」安堵させるようなセリフ、勝ち負けに拘らずともベストを求めるような言葉(じゅもん)を吐いた男だったが、それは今の十文字アリサにとって求めていた答えではない。

 

「■■君……私は、アナタがいてくれれば! きっと戦える!! 勝ちたいって思える気持ちをくれる―――それに……アナタだって、チカラがあるっていうのに!! それを使わないなんて!! そんなの卑怯よ!! 」

 

「オレが求められたのは、君に対する応援役だけだ。色子かお小姓みたいな真似をオレがしたがるもんかよ……そして何より肝要なのは―――オレが一年では『劣等生』であるということだよ。G組だぞ? 分かってるの?」

 

「そうね……定期テストの度に、E,F,G,Hの同級生たちに、個別の『LESSON』を開いて、上にいるクラス全てを総取っ替えする勢いでのテスト結果を出してきて―――、結果的に私はAクラスに残れたけど……!! 残れたことで色んな人と知り合えた!! 色んな人がいることにも気づけた。 こんなにまでも自分は『恵まれていた』ってことを理解できて、それで私は―――」

 

「だが2回目のテストは、半月もしない内に教員連中は次のテストを実施して俺たちは下に落とされたわけだが、もういいだろ。オレは―――身を斬られるような想いをしている人間たちを、才能が無いなどと蔑まれている連中を救いたいんだ。一緒に拳を突き上げて、怒りを共にして、そして―――戦いたいだけだ」

 

押し問答の末にようやく得られた答え。

それはつまり……優秀生、優等生の価値には迎合しない。

 

お前とオレは違うという突き放した言葉に聞こえて、アリサは涙を流してしまう。

 

「………私に魔法の優れた才能が無ければ、アナタは私を救っていたの? 私に構ってくれたの? アナタのそばにいることが許されたの!? 答えて!!!」

 

この一分以上もの言い合いの果てに、もはや倒れることを拒絶出来ないほどに痛められた勇人をさらっと無視して、まるで恋人どうしの愁嘆場のようなものを展開する2人。流石の茉莉花も、それに割って入れない。

 

そして倒れ伏した勇人は、違った意味で涙を流していた。凡そ3年以上もひとつ屋根の下で暮らしていたというのに、出会ってからまだ半年も経っていない若僧に全ては塗り替えられた。

 

だから――――。

 

「ありえない仮定なんて意味がないだろ。生まれながら全てを与えられていたズルい奴なんかに構っている暇なんてオレには無いんだよ」

 

そんな冷たい言葉で突き放すなよ。けれど、そうしていることに勇人はどうしようもない気持ちを抱く。

 

最終的には己の惨めさに繋がってしまうのだが……。

 

そうして勇人の中に一つの疑念が生まれる。

 

自分が入学した歳に卒業したという伝説の司波達也。またの名を四葉達也―――それと同じく、この下級生も何かを偽っているのではないかと。

 

出自・経歴・能力……全てにおいてイレギュラーだ。

 

だが、そんな見方をしたところで、この男が勇人にとって恋敵である事実は、変えられずに―――そして、全ては始まりを告げるのだった。

 

普段はパープルブルーの瞳を、今は赤く―――ワインレッドに輝かせる男とアリサとの接点を思い出すのだった。

 

 

一年A組ではないことを嘆く遠上茉莉花。大げさな様子。スポットライトを浴びながら演技する舞台役者の如きポーズを取る茉莉花に対して、親友であり姉妹も同然だったアリサが駆け寄ろうとする前に――――。

 

「邪魔なんだけど、受け取ったならば退いてくれ」

 

「えっ!? あ、ああ! ご、ごめん!!」

 

いきなり後ろから掛けられた言葉。不機嫌さを隠そうとしない。されど『腹から出ている声質』は、アリサの領域を微細に震わして、茉莉花……ミーナの後ろにいた少年―――赤毛の少年に目線を合わせざるを得なかった。

 

受け取ったIDは、当然個人情報だから、ミーナのように大げさに言うことも無ければ、わからない。淡々と受け取り作業だけを終えた少年の姿――――。

 

そして――――――。

 

「あの! アナタは何クラスなんですか!?」

 

ミーナに負けないぐらいの声を張ったアリサだが、赤毛の少年は既に列から離れて、アリサの声掛けが自分に向けられたものなどと分からない様子で、自分たちの前から去っていく。

形の上ではガン無視されたアリサという超絶美少女。それに対して無情なことをした赤毛の少年に悪感情を抱く周囲の有象無象。

 

一番にはミーナ(茉莉花)ではあるが、アリサにとっては慣れたものだった。

 

十文字の家にて、同年齢の弟から無視されていたアリサにとって同い年からこういう態度を取られるのは、慣れたものだった。

 

けれど――――。

 

(なんでだろう? すごく……胸が痛い……)

 

3年もの期間。こういったことに慣れたはずのアリサの胸が疼くほどの心の痛み。

 

だが、そうこうしている内に、茉莉花を慮った様々な面子が周囲に集まってくる。当然、その中にはアリサのご親族もいたわけで必然的に話はそちらにも伝わる。

 

「つまり遠上君の後ろでIDカードを受け取るのを待っていた少年から急かされた。と、明らかに君が悪いと思うが?」

 

「けどそのあと! アーシャが何クラスなのかを問いかけたのに、そいつガン無視して行っちゃったんですよ!!」

 

「ならばそいつが悪いな。極悪人だな。外道だ」

 

「勇人さん」

 

いきなりな身内贔屓な判決にアリサは嗜める―――というより怒るように言うのだった。あの場面で公平性を保ったジャッジをするならば、受け取った直後も列にいた茉莉花にこそ非があるのだから。

 

それにアリサの声掛けとて、もしかしたらば『不躾な女だ』などと思われていたのかも知れない……全てが不明ながらも、彼の名前ぐらいは知りたいということで、同級生が勇人やその友人に挨拶を一通り終えたところでアリサは、勇人よりは『物知り』だろうという期待を込めて―――。

 

「あの誘酔先輩、新入生で赤毛の男子―――勇人さんぐらいの身長の人って分かりませんか?」

 

何だか変な感じがする男子の先輩。勇人の悪友であると紹介された男に聞くのだった。

 

「アーシャ?」

 

いまだにあんな失礼な男にこだわることを茉莉花は怪訝に思ったのかもしれないが、それでも知りたいのだ。

 

「ふむ。赤毛で勇人ぐらいの背丈(タッパ)を持った新入生ね―――いや、申し訳ないけど分からないかな。あそこで三矢会長が勧誘かけている五十里さんと同じく、『ある程度』の上位の成績保持者ならば、僕らみたいな一高の役員はピックアップするんだけど――――察するに、その失礼な赤毛クンは、A,B,Cなどのクラスじゃないと思うよ」

 

「そう、なんですか」

 

どこか剽げて言う誘酔だが、アリサにとって残念なところは、如何に2科生制度が撤廃されたとはいえ、そういったチカラによる階級制度は残っているということだ。

 

もちろん、魔法科高校以外の専科高校ないし普通科高校でもこういったことはあるのかもしれないが。

 

それでも……。

 

「……そうなんですか……」

 

何となく程度ではあるが、アリサの中に失望めいたものが生まれるのは仕方なかった。

 

自分はいまでこそ十文字の姓を名乗り、3年前に魔法師としての人生をスタートさせた。

 

殆ど事情を知らない人間ならば、ある種の『シンデレラ・ストーリー』『貴種流離譚』の一つ程度に思うかもしれない。事情―――といってもアリサの心情程度だが、それでも……。

 

(分かってはいたつもりだけど、これが魔法師の世界なんだよね)

 

誰に何があるかは分からない。アリサは、今まで自分が何者であるかも不透明。けれど、懸命に北の大地で生きていく人々を見てきた。時には本州よりも過酷な環境で生きてきた人々を―――。

 

だからこそ、そんな風に簡単に人を割り切るやり方は好かなかった。まるでそれは―――……。

 

「アーシャ! そろそろ行こっ!!」

 

「う、うん……それじゃ失礼します」

 

「ああ、アイネブリーゼのマスターによろしく」

 

茉莉花からの気付けで思索から帰ってきたアリサは、その茉莉花の手押しと先輩2人から勧められた喫茶店へと向かうことにするのだった。

 

 

 

 

―――そんなかしましい一年女子を見送った後に、勇人は隣の悪友に問いただす。

 

「アリサが気にかけていた『男子』。お前は本当に知らないのか?」

 

「いや全く。そもそも五十里さんだけでなく風紀委員の選出の関係で目ぼしい人間は、すでに見ただろ?」

 

「そうなんだが、お前の場合、こそっ、と。しれっ、と何かのかくし芸よろしく真相を披露することもあるからな」

 

建前上の友人―――と思っている誘酔だが、若干見抜かれている想いに苦笑しながら白状をしておく。

 

「まぁ決して悪意があって隠していたわけではないんだけどね。誰であるかは実は知っていた」

 

「なに?」

 

眉を上げて少しだけ怒っている勇人に苦笑し『困った風』を演出しながらも、少しだけ神妙にして口を開く。

 

「この一高に関わらず、ある程度出自や所属しているところを隠して魔法科高校に入る面子はいる―――先程話していた『司波達也』『司波深雪』だって入学した時点で『四葉』だとも名乗らず、九校戦でのキミのお兄さんの追求にだってしれっ、と嘘ついていたそうじゃないか」

 

「……確かにそういう話は聞いている」

 

我が事を棚に上げて友人に話す誘酔早馬、そして少しだけ唸るように手組をしながら返す勇人に続けて話す。

 

「魔法師的な感覚で言えば名前に数字を持っていたり、僕の名字のように『当て字』であったりで、おおよその『力量』とか様々なものは理解できる―――まぁそれは『置いておく』として、何かを隠しているように感じる経歴―――司波兄妹系統の人間に思えたのさ」

 

「ワケワカメな系統分類をするな。司波先輩が聞けば、真っ赤になって怒るぞ」

 

だが言わんとすることは勇人にも理解できた。理解が及んだからと納得出来ることがあるとは限らないのだが……。

 

「それと、勇人の恋路を僕は応援したいのさ。赤毛クンに興味津々な十文字さんなんて見たくはなかっただろ?」

 

「お、おいソーマ!」

 

「すぐに感情が表情に出るのは、勇人の美点だよ」

 

「いまの時点では弱点にしか思えん……でそいつの名前はなんて言うんだ?」

 

話の転換を求めるように咳払いしてから答えを求めると――――。

 

 

「――――――『エミヤ シロウ』。護衛の『衛』に宮殿の『宮』―――士郎は、戦士の『士』に郎党の『郎』だ。下位クラスであるG組所属だよ」

 

「―――そうか、エミヤシロウ……克人さんの言葉によれば司波達也は、入学初期からアレコレと騒動に巻き込まれ、時に騒動そのものを起こす人間だったそうだが……果たしてどうなるやら―――」

 

どうもなければいいんだが、と誘酔早馬は思う。

 

特に自分が受けた『密命』からするに、彼女を手に入れる関係上、余計な茶々入れは好ましくないのだが……。

 

(排除出来るか? 如何にテスト成績が下の方とは言え、相手のチカラが未知数な以上、接触は余計な疑念を生む……こちらは何も知らないのだ)

 

それとない接触で何とか出来るだろうか……考えながらも――――今は何もしないほうがいいだろうと考えて十六夜早馬は、結論づけておくのだった。

 

 

「我が夫よ。どうなされました? そなたの負の感情の理由を、このモルガンの耳に届けたもう」

 

『家』に帰ってくると、そこには超絶美人(爆)くすんだ金髪を黒いリボンでまとめた女性がいた。

 

そんなヒトに実情を教えるのに拘るものは無かった。

 

「たいしたことじゃないさ。ただ単に……生臭い場所に入学したことを嘆いている」

 

「やはり異世界とはいえ、レベルの低いところでは腐りますよ」

 

「だが……おぜぜを得るためにもしばらくは、そうしておかないとな―――何より……」

 

標的(ターゲット)に近づくには、その方がいいのだから……デストラクトコード『タツヤ・シバ』を封印するためにも………。

 

今は雌伏の時なのだから……。

 

 



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第二話『魔拳問答』

 

 

 

魔法科高校というものに入ったシロウではあったが、正直言えば何も期待していなかった。

 

約4.5年ほど前には実技指導を受けられる人間を限定して、1科2科体制というものを敷いていたという話だが―――いきなり体制が変わったからと言って教員不足が解消されるわけではない。

 

もっとも文部科学省に対するある種の『サボタージュ』とマスコミに書かれたこともあり、実技講師たちも『一応』は入学時点で『低位』と定めた生徒たちに指導を行っている。そういうポーズでしかないと認識出来た。

 

まるで『名前を書けばそれだけで合格できる学校』の授業のように、本当に低ランクの授業だった。

 

 

―――お前達程度には、このぐらいの授業で十分だろう?

 

 

そういう教師の嘲りの声が聞こえるかのようだ。もっとも、試験やカリキュラム自体は、1科2科共通らしいのだが……。

 

(そこから先は自分でなんとかしろ。ということか、腐ってやがる……)

 

などと想っていたらば、その教師の授業のあとの実技指導を引き継ぐように、E、F、Gとは違う生徒たちがやってきた。

 

何人かは見覚えがあるようで、ないようで……どうでもいいや。と想いながら、実技の合格ラインに至るべく『適当』に『無難』にこなしていくのだった。

 

違う生徒たちは、どうやら達者に出来ない連中を指導するための存在のようだ。

 

(上級生だったかな?)

 

何気なくちょっと前のオリエンテーリングを思い出して、そうしてから、テスト内容を『劣等生』らしく『ギリギリ合格』で、こなして、他の様子を何気なく見回してから、単位認定を所定の端末に入力して―――実技室を出ようとしたのだが……。

 

「ちょっといいかな?」

 

「―――」

 

こちらを引き止めるように、シロウと同じくらいの体格の生徒が出ようとした扉の横に歩いてきた。

 

自分のことなのか、どうなのか分からなかったので。

 

「俺ですか?」

 

「うん。キミだ。G組の衛宮士郎君でダイジョウブかな?」

 

「そうですが、何か御用でしょうか?」

 

「用事と言えば用事なんだが……何というか一先ずは、この間は悪かったな。知り合いの子が、いつまでもIDカード受け取りの列から出ないで騒いでいてさ」

 

「?? そんなことありましたっけ??」

 

本当にシロウとしては何一つ思い当たるフシがない―――と想ったが、そう言えば思い出すこともあった。

 

どうでもいいことなので。

 

「お構いなく。別に大して迷惑被ったわけでもないですし―――()はね。俺の後ろにいた連中(みんな)がどういう感想を抱いたかは知りませんけど」

 

その言葉に『痛いところ』を突かれたように、少しだけ呻く男。謝罪をするならば、シロウだけではなく、他の連中にも頭を下げろという痛烈な皮肉を見舞ったのだが……。

 

「ま、まぁキミが言ってくれたからこそ列進行も滞りなくなったわけだしね。生徒自治側として感謝するよ」

 

「そうですか。お気遣いありがとうございます。それでは―――」

 

どうでもいい話なので、面倒な想いを消すようにシロウはいなくなろうとしたのだが。

 

「ああっ! ちょっとまってくれ!! 衛宮君は……なにか部活をやろうとは思わないのかい? 話によれば、キミ―――どこの部活にも顔を出していないみたいだからさ」

 

なんでそんなことを知っているんだろうという疑問の念はあったが、その辺りをツッコむと面倒そうなので、スルーしながら話すことに。

 

「入部は強制じゃないでしょ。帰宅部でいいという人間だって俺以外にもいると想いますけど」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

「端的に言えば、アルバイトを入れているんで、部活には出れない。それだけですよ」

 

そう言われた巨漢。名前は知らない上級生は黙り、コレ以上の詮索は意味がないというよりも下世話な限りだと想ったのか、追求は止むことになる。

 

そうしてその上級生の前から去って実技指導室を出る。結局の所……ワケワカメな話であった。

 

 

 

放課後、いつもどおりアルバイトのシフト通りに動き出そうとしていたシロウだったが……。

 

「休業ですか?」

 

『すまん。子供が熱出してしまってさ。連絡が遅くなって申し訳ないね』

 

気のいい店主の言葉に、それならば仕方ない。と想いつつ、『お子さんお大事に』と話して、アルバイト先のオーナーは、『ありがとう』と言ってから通話は途切れた。

 

突然の休日を貰ってしまったシロウとしては―――。

 

(適当に街をぶらつくか)

 

魔力の充足の為にも人々の活況の中にいることは、大切なのだった。

 

校門へと向かおうとしていたところに、うるさい声が響く。何となく聞き覚えがあるようで、ないようで。

 

とにかく五月蝿いのは間違いなかった。

 

よって、雑音の元から遠ざかる……遠ざかろうとしたのだが―――。

 

「ええい! 待たんかい!! そこの男!! のっぽの赤毛!!」

 

「ミーナ!失礼だよ! ご、ごめんなさい!! なんというか―――そもそも何でミーナは、因縁をつけようとしているの!?」

 

うぜぇ。誰だか知らないが、どうやら俺に対して声を掛けているようだ。

 

面倒だから無視して帰ろうかと想って振り向くと―――。

 

(ああ、あん時のうざい女か)

 

黒髪の方の女―――東京の女子高校生としては、ガキっぽすぎる髪型をした女と―――もう一方は知らない外人のハーフらしき女―――金髪の女子高校生とがいた。

 

当然、魔法科高校の学生であるのだが……。

 

「なんか用?」

 

「色々言いたいけど、アーシャを無視したことに謝れ!」

 

「アーシャ? そっちの金髪のことか?」

 

「ミーナ!!! ご、ごめんなさい! ええっと! あの時、アナタが何組なのか知りたくて私……声をあげたんだけど、聞こえてなかったんだよね?」

 

「ああ」

 

「そうなんだ……」

 

「どうでもいいことだが、そっちの黒髪がB組であることを嘆いていたってことは、お前ら上位クラスなんだろうな。んで、そのクラスにいないから下位クラスにいる俺に因縁をつけに来たってところか? ―――ちっちぇえな」

 

そんなつもりはなかったのに……などと嘆くように言う金髪だが、『G組だ』と教えてから踵を返して去ろうとしたのだが……。

 

「あ、あの! 私達……部活見学しようと想っているんです!! 一緒に見に行きませんか?」

 

「アーシャ!?」

 

「結構だ。興味ないしアルバイトもあるんでね。失礼」

 

どう考えても、片一方が、こちらに敵対的だというのに、同行することなど考えられないのだが。

 

「さっき、電話でアルバイト休みだとか言っていませんでした?」

 

「―――盗み聞きとは感心しないな」

 

何かの監視用の使い魔が放たれていたのか。それに気付かなかったのか。と己を責めていたのだが……。

 

金髪は頭をぶんぶん振ってそうではない。と言う。

 

当人曰く―――。

 

声が、『情報』として響いてきたとのこと。

 

「変な女」

 

そのことに『率直』な感想を述べると―――。

 

「……何かすごく意地悪すぎる……―――本当にダメ? 今から見に行くのってミーナ……こっちの娘が興味持っていて、私一人になったとき不安なの!!」

 

「想定されている状況とか俺には、よー分からんが……分かったよ。キミが何かされそうになったらば遠ざけりゃいいんだろ? はいはい了解だ」

 

その懇願するようなあり方に、結局『シロウ』としても折れざるを得なかった。そしてなんとなく……今日の実技演習で話しかけてきた上級生と―――似ているような気がして、コレ以上は面倒な気がして『しぶしぶ』了承するのだった。

 

「ありがとう!! さっ、ミーナ。これでマジックアーツの模擬戦を『安心して』行えるかもよ」

 

その満面の笑みを見たミーナと呼ばれる女子がすごい嫌そうな顔をしているのを見なければ何もなかったかも知れない。

 

そして、マジックアーツという格闘の部活に行くと、五組ほどの模範演武を終えた後に、演武を見て、興奮しきりだった黒髪が北海道のチャンピオンであるとボディスーツを着ていた連中が殺到しようとしていた。

 

どうやら黒髪の女は、かなりの成績優秀者でありツラと名前を一致させていたアーツ部の連中が群がる前に、金髪を『誘導』して壁際に退避させた。

 

「あ、ありがとう……衛宮君」

 

「いくら仲の良い友人だからと見たくもないものを眼を伏せたりしながら、最前列にいるってのはどうなんだ」

 

ホラー映画を見たくないと言ってる友人を家に招いて、強制的にホラー映画を見せるようなものであった。

 

もみくちゃにされる前に金髪を救出したわけではあるが、その前の対応からして悪手であったように思える。

 

とはいえ、そうした『気遣い』が気に食わなかったのか黒髪の敵意が、若干ながら自分に向けられていることを認識する。

 

ともあれ、北海道チャンピオンたる黒髪は、この部活の女子部長と戦うようだ。とんでもないウォーモンガーである。制服の下に体操着を着込んでいたという点からして、この展開は願ったり叶ったりであろう。

 

「つーか、なんで俺の名前知ってるの?」

 

今更ながら、名乗ったわけでもないのに名前を知られていることに、胡散臭さを覚える。

 

そうするとシロウが座っているのに対応して、隣に金髪も座ってきた。

 

「色々と―――兄に当たるヒトが生徒会の副会長で、それでアナタのことを調べてもらったんだ。不愉快?」

 

「良いか悪いかは知らないが、好き嫌いを述べれば、そういうのは好かん」

 

ロングスカートタイプでも下着を気にするのか裾を抑えながら座る金髪は、その言葉に呻くも、顔を正してから声をあげる。

 

「だよね……けれど、私だって無視されてイヤだったんだもの!」

 

「んで、その無視した相手が自分よりも下位のクラスだと知って因縁つけてきたのか。小物だな。金髪イワンめ」

 

「そんなんじゃないのに……って待って、金髪イワンって私のこと?」

 

「ああ、生憎、俺にはそういう生徒の個人情報を探れるようなコネはないからな。名前も知らないんじゃ、そう言うしかない」

 

その言葉に再度呻く金髪だが……。

 

「私には十文字アリサって名前があるのよ。覚えておいて」

 

「あっそ。んで十文字さん的には、このマジックアーツ部とやらに入りたいの?」

 

こちらの対応に少しだけ虚を突かれたような顔をする十文字に疑念を持ちながらも、彼女はこちらの質問に答えてくる。

 

「無理―――だよ……まぁ今日はミーナ……遠上茉莉花の付き添いだからね」

 

どうやら押しの強い友人とそれに引っ張られる女友達といった塩梅のようだ。とはいえ、シロウ的にはどうでもいい。

 

その有り様の中でも……自分を持つことが出来るかどうか。

 

(どうでもいいか)

 

誰かのイメージを勝手に押し付けて、そいつを評するなど、とんでもないことだ。

 

などと思っていると誰かがやってきた。

 

眼を閉じたようにしか見えない男子生徒―――ツラの良し悪しで言えば、まぁいいのだろう。前のほうでわちゃわちゃやっている連中と同じ格好をしている……。

 

「あまり感心しないなぁ。戦っている人間たちを無視して、そういうトークをするってのは」

 

「すみません」

 

「申し訳ないです」

 

上級生だろう相手。名前は知らない。面倒なので適当に、謝ってから―――その好漢らしきヒトから眼を離す。

 

「―――――」

 

離したのだが、何故かシロウを見ているのだが、最終的には諦めて、十文字に話しかけるようだ。

 

側聞するに、その眼を閉じた好漢らしき人物は男子マジックアーツ部の部長らしい。

 

どうやら遠上は有望な新人であると同時に、現在戦っている女子部の部長と似た風で『いやになる』とか漏らす始末。

 

とはいえ、そんなチャレンジングな戦いも、男子アーツ部の部長『千種氏』によってストップを掛けられた。

 

 

「盛り上がりに水を差すなよ。千種」

 

「そうしたいところだけどね。女子ばかりが盛り上がって男子の見せ場がないとか勘弁してほしい」

 

不満げな顔を見せる女子部長―――北畑を窘めつつ、男子もアピールタイムがほしいという千種の様子。

 

それを見てから―――。

 

「十文字、もう護衛役はいいだろう? 女子部の演武が終わったならば遠上がお前のガードに戻れるだろうし、俺はお役御免だ」

 

起こるかもしれない『面倒事』に巻き込まれる前に帰ることにするのだった。

 

「えっ? か、帰っちゃうの?」

 

「帰る予定だったのを、お前が無理やり引っ張ってきたんだろ……」

 

よっこいせ。と立ち上がってからシロウは今度こそ帰宅の準備に入ることにしたのだ。

 

その様子に十文字は、すごく不満げな顔を見せて、それでも……それは道理であることを認識していた。

 

そんなシロウの帰宅への意志を遠くから見た千種正茂は―――。

 

「次は男子の演武ですが―――体験組手の相手は僕が指名したいです。そこの赤毛―――エミヤくんだったか。僕と戦わないかい?」

 

そら来た。と内心でのみ悪態をつきつつ、やんわりと断る文章を組み立てる。

 

「自分では千種さんのお相手が務まるとは思えませんので、更にはあなたに無駄な時間を過ごさせるのも心苦しいので、女子と同じく経験者を募ってください」

 

恐らく十文字や遠上など上位クラスの女子と話していたことから勘違いさせたのだろう。生憎、自分は劣等生のG組だと……までは明かさずとも、波風を立たせない言いようで退場を試みようとしたのだが……。

 

「―――衛宮君、アナタお金がほしいんだよね?」

 

 

自分を余計なことに関わらせるトラブルメーカーが、意を決した顔で言ってきた。

 

 

「ああ、トラットリアで働いているから出来ることならば、手を怪我したくないんだよ」

 

金が欲しいから。必要だから、こんなことでケガはしたくないと言うも十文字アリサは譲らない。

 

「だったらば、私がお金あげるから、ちょっと千種部長と戦って」

 

お前は何様だ? という想いで半眼を作ったのだが……。通じず道徳的な説得の言葉を放つことにするのだった。

 

「お前の金じゃないだろ。もとを正せば親の金だ。そんな風に安くヒトに―――他人に、同年代の学生にあげるなよ」

 

「それでも! 私はアナタが―――どんな魔法を使うのかを知りたい!!」

 

「お前の金は、親の金だ。無闇矢鱈に使って挙げ句の果てに同級生の男子に使ったとか、それを『本当に意義あること』だとして、釈明出来るのかよ。ついでに言えば俺は、俺が汗水たらして稼いだお金でしか『ご飯』を食べたくないんだよ」

 

譲らない態度を見せられて苦しそうな顔をする十文字に、そういう説得の言葉を放つのだった。

 

「…………」

 

「じゃあな。二度と会うこともないだろ。俺はG組の劣等生だしな」

 

最後には、自虐の暴露をしてからクールに去るのだったが―――。

 

 

「逃げるのか?」

 

「勝手に指名したところで、それを受けるかどうかは挑戦者次第じゃないですかね」

 

「違いないな。だが―――――」

 

背中を見せて闘場を去ろうとした自分に声を掛ける女子部の部長が―――。

 

 

「お前は千種をなめ過ぎだ」

 

そんな言葉を投げかける。

 

「――――」

 

その言葉の前から『理解』はしていた。理解はしていたから、特に何の感慨も沸かずに。

 

何も思わずに『影』を囮に、そのあからさますぎる殴り掛かりを躱す。

 

透かされた千種の背後を取る。壁際に寄りかかっていたこともあり、位置的には追い詰めたわけだが。

 

こんな武侠ものみたいな『武芸問答』をする理由は、その鍛え上げた背中(せな)に問う。

 

「そんなにまでも『オレ』と闘いたいんですか? 言っときますが、ルールなんて知らないんですよ?」

 

「……だとしても僕は闘いたいんだよ。キミには『何か』を感じるんだ……その『直感』を『拳』で問いただすまでは、ここから帰すつもりはない―――」

 

粘着質な男。失礼ながらもそう思いつつも、意を吐くことにした。

 

「意外とそういうのって勘違いとか見込違いがあると想いますが……まぁ俺も『伯母』からそれなりに学んできましたからね……『拳』の真髄を問いただされては、応えるのが、『武林』にたつものの矜持ではあるか」

 

「―――かたじけない」

 

制服姿のシロウは、そのままに闘技場への中央に赴き、先程まで戦っていた女子たちの滴り落ちた汗を『消して』から、千種正茂という上級生との闘いへと移行するのだった。

 

(先程まで遠上と上級生が戦っていたが……)

 

小技ばっかり使って忙しない限りであったのを思い出して―――。

 

(百の奥義ではなく『一の術理』を以て敵を打ち倒す)

 

反対に『流派・■■不敗』の極意というものを『馳走』してやろうと想うのだった。

 

 



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第三話『疾風波濤』

 

 

その戦いは、とてつもないものであった。

 

武術に関しては素人であるアリサの目でも理解できる……。

 

戦いの中で優勢を獲っているのは、衛宮士郎の方なのだと。

 

アーツ部のスーツはおろか、運動着もプロテクターも着けない。一高の制服姿の男が、男子マジックアーツ部の部長である男を翻弄しているのだ。

 

 

「ど、どうなっているんだ!? 彼―――本当にG組なのか?」

 

こうなる前、不意打ちで仕掛けた千種部長の攻撃を起動式や魔法式の類を『見せず』に何かの『術』で躱した時点で、衛宮士郎の能力値はそういうラベルには捉われるものでないと察する。

 

野次馬の言葉に、そういう風に断じながらアリサはその戦いを見る。

 

幼なじみの殴ったり、蹴ったりという戦いとは違い、士郎の戦いは―――繚乱な舞踏を刻むように『攻撃』はしていないのだ。

 

「お前はどう見る?」

 

「……千種先輩の攻撃を衛宮士郎は受け流している。ただ、それは躱すというよりも相手の勢いをむしろ『増させている』というものでしょう」

 

「だな。千種も色々と使える魔法はあるんだが……」

 

茉莉花と北畑との会話がアリサの耳に入る。

 

相手が最低限の『身体強化』だけを施して向かいあっている以上、そういった風な上位の攻撃をすれば―――負けを認めたともいえる。

 

そもそも何かの『心得』はあると理解していた千種ではあったが、それでもマジックアーツでは初心者。そして何より、相手が現在のクラス制度の序列において『低位クラス』であることもあり、攻撃は必然的にあまり強すぎるものを使うことは出来ない。

 

(そういう心理状態に置かれている。まいったな。挑んだ時点で戦場の有利不利は決まっていたんだ)

 

兵法の一つを教えられた気分だ。

 

それにしても、衛宮士郎の(たい)の技は、自分たちの術理とは違う。

 

手や腕、はたまた肘など接触を果たす千種の攻撃を絡めるようにして引き寄せて、その拍子に攻撃はあらぬ方向に逸らされる。

 

一見、無駄なようでいて―――これが凄まじく消耗を強いるのだ。

 

本来ならば、『魔法』を主体にした上で体術を用いて勢いを『殺す』『防御』するというのが一般的だというのに……。

 

だが、ここに至るまで衛宮士郎は『攻撃』と言えるものを放っていない。

 

構えとて、どちらかといえば受け流すようなものが大半だ。

 

このままいけば、先にギブアップするのは千種の方だろう。体力が保たないのだ。鍛えているとはいえ、相手によって振り回されれば、それは通常以上の消費だ。

 

勢いを増した攻撃が、透かされる現実に千種は、驚きと同時に喜悦を出していた。

 

 

「躱す。避けるのが得意なようだね!!」

 

「得意というよりも拳を傷つけたくないだけですよ。あんたらと違って俺の手は稼ぐ手なんだからさ」

 

「どこまでも自分本位か! この魔法科高校でそんな態度でいていいのかい!?」

 

「あいにく―――俺は俺の道を進むだけだ。だが、あんたとの踊りもここまでだな。仕上げといかせてもらおうか」

 

武場をフルに動き回りながら千種を翻弄していた衛宮シロウは、どういう術理なのか、千種に触れると同時に、ボールでも投げ飛ばすように明後日の方向に飛ばした。

 

よろけるように千鳥足を演じる千種。そこに追撃でも掛ければ終わりだろうが、その前になんとか千種は向き直れたが、相手の様子が異となっていた。

 

(……構えを取った)

 

シロウが取ったその構えは茉莉花などマジックアーツやテレビ視聴の格闘番組でよく見るファイティングポーズのようなものではない。

構えと言うには拳を前に出していないし、かといってカウンターを狙うようにノーガードでいるわけではない。

 

片方の拳を腕ごと後ろに引いた上で、もう片方の拳もまた胸中に収めるかのようだ。その上で前傾しているといえるほどではないが、少しだけ体を前に出したその構えは武術に素人のアリサでも異質で奇態だと気付く。

 

 

だが、一瞬の動作の間に高まる『オーラ』としか言えないサイオンとは別種の『気』。

 

これこそが必殺だと気づいた時には、既に衛宮シロウは、オーラを纏いながら、千種の前に移動していた。

 

(疾い!!!)

 

自己加速魔法を使ったとしても出来ぬほどに鮮やかかつ素早い動作。

 

千種もなにか行動を起こそうとした時、思考操作型のデバイスで魔法を使おうとするよりも先に、体が動かなくなる。

 

千種の眼前で上げられた脚。それが落ちてきた時に、膂力の限りで大きな槌を振り下ろしたかのように武場の床を撓ませるほどの振動が発生。

 

「震脚!?」

 

誰かがその術理を理解して、それでも身動き取れなくなるほどにとてつもない技。至近距離にいた千種は当然動けず、大地にしかと身体を固定したシロウは前に出した拳で狙いを付け―――。

 

反対に引いていた拳を開き一歩を踏み出すと同時に千種に―――掌底をぶつけた。

 

 

「絶招八極! 宝珠烈震破!!!」

 

 

その力は凄まじく、大柄な千種の体躯を10mは吹き飛ばして、武場の床に何度かバウンドしてから起き上がろうとするも―――結局ダメで、武場に寝込むことを余儀なくされる。

 

最短距離から最大攻撃を食らったダメージは中々に重い。おまけに人体が水切りの石のようになっていたのだ。

 

その威力は自ずと知れる。

 

(軽い動作から重々しい動作―――緩急の付け方が上手い……何よりあの震脚とかいう振り脚が、千種先輩の行動を縫い付けていた!!)

 

『オーガンクェイク』の亜種なんだろうか? と少しだけアリサは考えて、それでも怪我人の救護の為に向かった北畑先輩を見つつ、打ち終わりから姿勢を戻して息を吐いていたシロウの元に向かうのだった。

 

タオルを手にして向かったわけで―――。

 

「お疲れ様」

 

「君のせいで余計なことに巻き込まれた」

 

「ひどいなー。まぁ主原因と言えるのは確かに私なんだけど……」

 

女にしては背丈(タッパ)を持つアリサだが、それでもシロウの背丈は高くて少しつま先立ちをしなければならなくなる。

 

少しだけ膨れるようにしてから、なにかしてあげなきゃ『気がすまない』気分でいたのだ。

 

「衛宮君、ちょっと屈んでくれない」

 

「いいよ。タオルありがとう」

 

アリサの行動を理解したのか、掲げようとしていたタオルを取ろうとする寸前で、さっとタオルを遠ざけてから行動を説明。

 

「拭いてあげるから!」

 

「その場合、俯くとキミのご立派な胸と接近することになるけど?」

 

「ミーナの方が大きいわよ!!」

 

あからさまなセクハラではあるが、どちらかと言えば『離れろ』という突き放しの言葉に聞こえて意地になるアリサ。

 

痴話喧嘩なのか、それとも何なのか、汗を掻いているようには見えない衛宮シロウの汗を拭くと言って強行する十文字アリサの姿。

 

そして何とか起き上がった千種正茂は―――北畑に肩を貸されながらも、こちらにやってきた。

 

「やれやれ……生意気な後輩をシメてやろうとして逆撃を食らうとはカッコ悪い話だ」

 

「そりゃ申し訳なかったですね。あんたの沽券を守るためならば、適当に一発食らってダウンしときゃ良かった」

 

「そんな器用な真似をしてまで……何故、君は実力を―――」

 

苦しげにしながらも、何かをシロウに語ろうとしている千種だが、その言葉を遮るように―――。駆け足で、この場に誰かがやってきた。

 

その様子というか気配を感じて、ビクリとしたアリサはよろけてしまい、シロウにより掛かる形になる。

 

そしてそんな所に―――。

 

 

「風紀委員です! 乱闘が発生していると聞いて駆けつけ――――――――ど、どういう状況なのかしら……?」

 

風紀委員を名乗る女。シロウは知らぬが、他の面子は知っている裏部という女子の3年生は、駆けつけた状況から『意味がわからない』と断じるにふさわしかった。

 

2組の男女が接近しあって、なんか色々と状況が読めなかったのだが……。

 

「アリサ! い、い、いったい! どうして衛宮君と抱きあっているんだ!?」

 

今日の実習授業で、シロウに絡んできた男の困惑しきった発言。彼氏だったのか?

 

「うーん。なんというか衝撃的な場面だね……果たして、どういうことなのか……察するに赤毛の君が、千種先輩を倒して、そして十文字さんが、その戦いを慰労する形でタオルをやっていて、僕たちの登場で驚いてよろけた。そんなところか」

 

「名推理ありがとう誘酔(いざよい)くん……。何はともあれ、ちょっとばかり、この場にいる『関係者』に『話』を聞かせてもらえないかしら?」

 

やなこった。としてシロウだけはこの場を脱したかったのだが、先程から十文字アリサがシロウの制服を掴んで離そうとしていない。

 

「十文字、離せ」

 

「や、やだよ! なんかシロウくん、普通に逃げようとしているし! バックレると分かっていて、どうして離さなきゃならないの!?」

 

「俺は『被害者』だぞ。そっちの目つき鋭い上級生が言う『関係者』じゃないはずだ」

 

「―――アナタもよ! 一年の衛宮士郎君!! 確かに『正当防衛』というか、最初に喧嘩吹っかけたのは、千種君だと分かっていても……アナタにも来てもらうわ!!」

 

目つき鋭い。などと評されたことが気に食わなかったのか、風紀委員長『裏部アキ』は、にらみつけるようにして、そう言い放ち――関係者と認定された人間は全員がしょっ引かれることになったのだった。

 

 

 

「遠上さんと北畑さんの一件は理解出来ました……次は衛宮君と千種君とのことですが―――千種君……いきなり見学者に殴りかかるのは、どうなんでしょうか?」

 

「全く以てその通りです………」

 

武侠小説、剣客小説を読んでいない三矢会長は、そういう判断であった。まぁ先の遠上と北畑のいきなりの喧嘩はお互いに、『望んでいた』ことであったという判断で、北畑がある程度のペナルティで済んだ以上、こちらが辛くなるのは当然だ。

 

「……衛宮くんはどうしたいんですか?」

 

「拳の極意を見せただけです。ご満足いただけたようなので、特別処分は求めませんよ。ただ、此処に来るまでにアーツ部への『勧誘』の文句を言われていたので、そういう『しつこい』部活勧誘を自分にしないならば、それでいいです」

 

 

処罰感情の有無で言えばシロウにそれは薄かった。まぁいきなり殴りかかられたことはムカつくので、その辺りで納めとこうとした。そもそも、部活見学で無駄話をしていたのも事実だったのだから。

 

ペナルティジャッジを、会長がこちらに求めてきたのは……あまり強硬なことをしたくないという表れであったのだろう。

 

「……有望な新入生が千種のせいで失われた」

 

それに嘆くは女子部の部長であったりする。まぁ、所詮は外様でしかないのだから。しょうがない。

 

そんなシロウは知らないのだが、現在―――生徒会・部活連・風紀委員会の主だったメンバーが、この部活連の執行室に集められていたのだった。

 

錚々たる面子として緊張している十文字や遠上と違って衛宮士郎は、平然としている。

 

「……一つ教えてもらっていいか?」

 

「あれは八極拳と太極拳をベースにした『魔導拳法』。俺の伯母より教えられた拳の奥義です」

 

「見聞色の覇気でも使ったかのように僕の質問を遮らないでくれよ……その通りだけどさ……」

 

千種の疑問を解決させてやることでお開きにしようとするのだった。

 

「で、もういいですか?」

 

先ほどから帰りたいオーラを出していた衛宮士郎が、言うと……。

 

「もうちょっと聞きたいことがあったんですけどね……」

 

「生憎、無駄なお喋りしたい年頃じゃないんで」

 

結局の所、何かの疑念を持って『探り』に来ていることは理解していたので、苦笑する三矢会長に断りつつ、シロウとしてもさっさと切り上げたかったのだが……。

 

「一つだけ―――俺の方からいいかな?」

 

「なんでしょうか?」

 

三白眼というほどではないが、どことなく気鬱を宿した眼をした上級生―――歯車みたいな紋様の校章の制服を着ていた。

 

「君の使っている(・・・・・)CADを見せてくれるかな?」

 

「こちらです」

 

特別隠すことでもないのでシロウとしては、それを見せることで、この場をお開きにしたかった。

 

「――――――――――成程、ありがとう。し―――三矢会長、もういいんじゃないですかね衛宮君も色々と疲れているようですし」

 

長めの驚愕と沈黙をしてから顔を改め、生徒会長に言った男……矢車侍郎の言葉を受けて生徒会長は、シロウにようやく退室を命じてくれた。

 

 

「あの会長、私と み―――遠上さんは、まだダメなんでしょうか?」

 

「お、お二人も帰りたいんですか?」

 

「……なんやかんや言っても、私が衛宮君に頼み事をしたことで、こんなことになってしまいましたから、せめて何か「施しはいらん。お前は、そっちの上役と話しておけよ。それが優等生の勤めだろう」………もうううううう!!!! 帰らせていただきます!!!」

 

シロウの気遣いが、とことん意地悪に聞こえたアリサの心が暴発をして、結局のところ立ち上がってシロウと共に出ていくようだ。

 

「あ、アーシャ!?」

 

「アリサ! 待ちなさい!! せめて、彼の秘技を教えて―――」

 

 

そんな言葉を置き去りにして2人は去っていくのだった。

 

 

 

 



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第四話『疑惑動揺』

 

 

 

衛宮シロウが去った役員室にて、いろんな意味での沈黙が立ち込める。

 

「彼は何者なんでしょうか……?」

 

「十文字さんがなんか気になっている男子」

 

「そ、その表現はやめていただきたい…」

 

三矢会長の言葉を受けた風紀委員長 裏部アキの言葉に学内にいるもう一人の十文字が呻くように言う。

 

副会長の嘆きをさらっ、と無視しつつ話は進む。

 

「にしても矢車君、なんでCADを見たの? それだけで分かることって何かあった?」

 

「あったね……。というか皆は気付かなかったのか?」

 

浦部アキの言葉に返す矢車は、魔工科の一員として誰もが気付いていないことに少しだけ落胆しつつも説明をする。

 

「……彼は恐らくCADを『常用』していない。思考操作型のペアリング機能すら使っていない。身一つで、全ての術を構築している……そうとしか言えないものだ」

 

「どういうこと?」

 

「彼の持っていた汎用型はいわゆる10年以上前に出た本当に『初期型』のもので、ペアリングすることすら不可能な型落ちものだ……そのことから推測するに、彼はCADを必要としていない「魔法師」―――という括りであるかすら分からない存在だ」

 

「確かにあの一年が千種の殴りかかりを躱した際の『影人形』は、術式構築の初期動作すら見えなかった……起動式も展開された魔法式もなかったな………」

 

北畑の証言で、その事実に今さらながら『ぞっ』とする話である。

現代魔法師が金科玉条の如く使ってきたものを使わずに、そのようなことをするなんて……異端の使い手という表現であり、サイキッカーとも違うんだろうかと推理を進める。

 

「OBである古式魔法師の吉田先輩とて自身に適したCADを司波―――いや、四葉達也先輩に用立ててもらったことで、そのポテンシャルを発揮出来たことを考えると、そちらとも違うんだろうな」

 

矢車侍郎の言葉の中に出てきた人物名に今年度の主席総代の眼が見開くも、構わずに話は続く。

 

「……ふむ。なんとも―――だが、『どうする』?」

 

「どうする……と言われても―――別に問題行動は起こしていませんから、そもそもアーツ部に行ったのだって、殆ど『自主的』じゃありませんし、衛宮君は本当に被害者ですよ」

 

「そうだな……部活連の立場としては、そのような特異なスキルを持った人間ならば、何かの部活に入ってもらいたいが、学校側に『アルバイト許可』を合格直後に出すぐらいだから、苦学生であるんだろう」

 

碓氷の問いかけに返した三矢会長の言葉に、更に重々しく言葉を吐く碓氷。

 

部活連会頭としてのジャッジというよりも、一人の生徒として、事情を鑑みたということだろう。

 

「ですが、下位クラスにいながら三年アーツ部の部長を吹っ飛ばすことが出来るとは……まるで司波達也の再来ですね」

 

「………」

 

議論が沈静化しようとしていた所に放たれた推測。

二年の風紀委員である誘酔の言葉に確かにそう考えると何かの奇縁ともいえる。

 

だが、三年が知っている一年間だけの司波―――四葉達也とは、少々違う。

 

現・三年が一年の頃に知った限りでは、かの伝説のOBは、全く以て口先だけは『目立ちたくない』というだけで現実には『典型的な自慢屋』の『目立ちたがり屋』であった。

 

元々、兄妹であり現在は恋人で婚約者としてある妹が、あからさまに現代魔法師として優秀だっただけに、当時は劣等生であった兄貴の方にも注目は集まっていたのだが……それを踏まえなかったとしても、時間が過ぎるにつれて出てくる本性は、やはりあの『四葉』らしい魔法師であったということだ。

 

(だが、彼は……本当に隠れていた。実際の魔法能力を隠しているのか、それとも司波先輩のように異能を隠しているのか……)

 

「―――ただの怠け者なのか、それとも隠しているのか」

 

内心での考えが口を衝いて出たのを隣の三矢会長は耳ざとく聞いた。

 

「……けど侍郎君、そういうの下衆の勘繰りじゃないかな?」

 

「まぁ、それぞれで事情は違うからな。けれど、魔法能力という意味では測りきれていないから―――どうしても、ね……」

 

何とも不可思議な一年生だ。

 

そんな少しだけ『腫れ物に触るよう』な扱いとまではいかずとも、司波達也のような自慢屋ではない、目立ちたくないならば、無理に関わることも無いのではないかという、『臭いものに蓋をする』的なものを覚えた部活連の一年委員が、声をあげる。

 

「あの三矢会長、矢車先輩―――僕が、衛宮君と立ち会って実力の程を確かめたいと思います」

 

「火狩……だが、衛宮は勝負を受ける理由が無いと思うぞ。司波達也OBの行動原理に『恋人・司波深雪』がいたのとは違って、彼は立ち会うことすらしないだろう?」

 

あまりにも消極的な姿勢。部活連の会頭として、いつぞや語った演説とは真逆の人間がいたことで苦悩をする。

 

だが、好漢の面持ちを持つ男―――今期の次席生は、それでも……と思う。

 

 

「仮に、そうだとしても『それだけの能力』を持っている人間を無駄に放逐していれば、どんなことになるか分かりません―――第一、力あるものの責務を放棄するなんて、あまりにも軽薄すぎます」

 

その言葉に突かんでもいい藪を突くこともあるまいと想っていた面子は多い。だが―――。

 

「分かりました。勝負の形式が決まり次第、私の方に一報をお願いします。許可は碓氷くんではなく私が出しますので」

 

「ありがとうございます会長」

 

この学校において魔法戦というのは、ある意味では色んなものを解決する上で一番、後腐れない裁定方法なのだ。

 

荒事を好まぬ三矢詩奈ではあるが、それでも会長の責務としてエミヤシロウを知らなければならない以上、こうせざるを得なく責任も自分にあるのだから。

 

まるで乱世のような在り方だが、魔法科高校には、そういう面もあるのだから―――。

 

この展開に内心でのみ『計画通り』とニヤつく男がいた。

 

司波達也という爆弾を引き合いに出して全員に火点けをした甲斐はあったというものだ。

 

ただ十師族で、自分の友人である勇人が挑まなかったことは少しだけ残念だ。出来うることならば十師族のチカラで、どれだけ出来るかを測ってくれるか、少しはブチのめされることを願っていたのだが―――。

 

 

(まぁ何事も予定通りとはいかないか)

 

誘酔早馬の内心での嘆きは誰にも知られずに、溶けていき―――。

 

そして一年次席たる火狩 浄偉と衛宮 シロウとの何かを予期させる戦いは……3日が経っても、中々始まらないのであった。

 

 

 

「――――」

 

机に突っ伏す火狩の姿は、美男子としての姿を特に崩していた。

 

「大丈夫? 火狩君」

 

「だいじょばない……今日で4日目……全然、衛宮が捕まらない―――毎度、授業の合間にだって、G組の教室に向かっているってのに……あいつの姿を捉えられない」

 

A組の面子は、今日までの火狩の行動を分かっている。

 

何をしに下位クラスの教室まで赴いているのかも……だが、ここまで目的を達成できていないことに少しばかり不憫さを覚えるのだった。

 

「まるでアナタが来ることを分かっているかのようね。いっそのこと生徒会経由で呼び出したら?」

 

「そんなカッコ悪いこと出来るかよ……経緯はどうあれ私闘を挑むってのに、最高責任者を使って呼び出した理由が戦えだなんてさ」

 

(ツラ)だけを出して、不機嫌ですということを隠さない火狩に五十里 明は苦笑する。

 

にしても、このA組教室とG組教室との距離は確かに離れている。かつて行われていた1・2科制度の名残りで、現在でも所属教室次第では下駄箱すら別々のところにあるのだ。

 

その距離ゆえに、確かに火狩が向かう間に衛宮シロウが教室からいなくなることはあり得るのだが……。

 

毎度会えないことに、狐につままれた気分だ。

 

「あはは……」

 

だが、その事実に少しだけ思い当たる節があるアリサは少しだけ苦笑してしまう。

 

あの聴聞会(?)の後に火狩と五十里が残っていた室内で決められた私闘は、五十里の方から伝えられた時点で、まだアリサとシロウは一緒にいたのだ。

 

それを伝えた後には、特に火狩のことを聞かずに、『くだんね』―――くだらないとして、接触を避けることにしたのだろう。

 

「――――」

 

その辺りは五十里 (メイ)も理解していたが、まさか一年次席。自分と僅差の火狩をここまで翻弄するとは思っていなかった。

 

どういう術理であるかは、まだ分からない。ただ一向に捕まらない衛宮シロウの姿に痺れを切らしたのか……一年の指導役をまとめるT.Aたる十文字勇人が、交渉に乗り出したという話だ。

 

だが、そんな勇人も……。

 

―――ケンカを売るならば本人が話をつけに来いと言われてしまったよ。(ToT)―――

 

アリサの端末に入った勇人からの古典的表現な顔文字付きのメールを見せて、2人の優秀生がそれぞれの表情をする。

 

「今度は私達も着いて行こうよ。これ以上ケンカ犬で野良犬な火狩君は、見ていられないし女子からの人気も急降下だろうからね」

 

「メイ……分かったわ」

 

決戦は昼休み。長時間の捜索で彼の姿を捉える。

 

たとえ――――今、すごくゲンナリした顔をした火狩が嫌そうな顔をしていたとしても……。

 

第一、この三日間……アリサもシロウと話せていないのだ。

 

(何でだろう……すごく寂しいな)

 

今さらながら……あのアーツ部への見学の日。その放課後に至るまで隣に不機嫌な茉莉花(ミーナ)がいながらも、それでも少しだけ楽しかったのを思い出すのだった。

 

(もう一度……お話したい。少しだけ私を―――)

 

気にかけて欲しい。

 

そんな欲求が生まれるのだった。

 

 



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第五話『櫻花迷宮』

 

 

いつまでも始まらない火狩とエミヤシロウの戦いを始めるべく昼休み。いつもならば食堂で女子集団で昼食を取っているはずの面子はそろって、G組の同級生たちの証言から、食堂以外にアタリをつけて捜索に出るのだった。

 

第一の有力な場所は、まだまだ桜が咲き誇って、見るモノ全てが鮮やかに映る中庭からである。

 

……のだが……。あちこち方々に散らばった面子は全員、エミヤシロウの姿を見つけられないことを報告し合う。

 

 

「み、見つからない……! どうなっているのか分からないけれど!! アイツ、本当に登校しているの!?」

 

「記録上は―――そのハズなんだけどね」

 

「G組の人たちはちゃんと授業を受けているところを見たと言って十文字副会長も、ティーチングしていた時点で、見ていたと言っていますし……赤毛で長身の男子なんて簡単に見つかりそうなのに……」

 

茉莉花、メイ、小陽の三者三様の言葉を聞きながら校舎外の中庭―――未だに桜が咲き誇る中庭に出てきた女子一年ズは、嘆きながらも……そこで昼食を採ることにしたのだ。

 

「衛宮君って何かの隠形でも使っているんですかね? どう考えても浄偉が、ケンカ吹っかけると分かってから隠れてますよね?」

 

「現在の魔法能力……入学時点での成績で『そんなこと 出来るわけがない』とか傲慢に言うわけではないけれど―――っていうかそんなことしているならば、学内での魔法の無断使用だし」

 

CADの有無で魔法の使用を制限出来るほど魔法師は浅い存在ではないが―――。

 

何かの術を放ったとしても、それがサイオン検知器などの記録に残るのならば、痕跡一つも無いのは、なんというか不合理だ。事実、魔法科高校にはそういったものは当然のごとく常設されてるのだが……それを閲覧出来ないのだとしても、スゴク『何か』をされている気分になる。

 

満面に咲き誇る桜の中……まるで迷宮に入り込んだ気分でため息を突いたところに……アリサの『眼』が『何か』を見た。

 

自分たちがいる場所から離れた所で桜を見上げていた、その人は女性だった。容貌ははっきりとはしない。だがアリサが見ていることに気付いたのか、振り返って笑みを見せる。

 

目元は見えない。だが青紫色の長い髪を赤いリボンでサイドを結っている。それだけは分かる―――何気なく『儚い美人』という印象を持ったアリサは―――。

 

その美人の近くに歩いていくことにするのだった。

 

「アーシャ?」

 

茉莉花の疑問の声を聞きながらも、アリサの眼に見えている女性の元へといくと、その女性に近づけば近づくほどに、その輪郭は崩れ去っていき―――立っていた場所に到達したときに、その姿は無くなっていた。

 

「いない……?」

 

何かに化かされたかのように霞か霧のように消え去った女性の姿……されど何かを感じたアリサは、女性が眼を向けていた方向に集中する。

 

凝視。という表現が似合うぐらいに、何かを見つけようと眼を凝らすアリサ。ようやく追いついた後ろの友人たちの前で、ちょっとしたサイオン弾を手から打ち放つ。

 

それは桜の木々の上―――太い幹が二叉に分かれて天空に伸ばしている……ちょっとしたスポット。

 

人一人が寝転がるぐらいはある場所を、それは通り過ぎるはずだったが―――。

 

そこに見えぬ何かが、壁があったかのように消え去った。

 

その現象を見た瞬間。

 

「―――衛宮君! いるんでしょ!?」

 

エイドスでは、そこには何もないとしか認識出来ていない。改変すべき情報体が存在していないから、そこには誰もいないはずだとして誰もが思うはずだが……

 

現象の不可解さを見た瞬間からもはや1も2もなく桜の木を登ることにした。籠城を決め込む男を引きずり出すべく―――。

 

「ヒトの安眠妨害をする。そんな趣味でもあんのかよお前は」

 

「「「!?」」」

 

何をやったのかはいまいち分からない。だが何も無かったはずの虚空に『今までそこにいた』と言わんばかりに衛宮シロウの姿が桜の木に現れたのだった。

 

見つけたアリサ以外が驚愕している様子を何となく感じる。

 

いままで見つけられなかった男子が仰向けで寝ていた。

 

そんな衛宮シロウの姿に誰もが度肝を抜かれて、そしてアリサが登ろうとするのを、制して衛宮は、地上に舞い戻った。

 

その後は―――。

 

「それじゃ」

 

平然と歩いて校舎側に行こうとするのを見て。

 

「いやいやいや! 待ってよ!! 私達、アナタを探していたんだよ!? それを察せれない!?」

 

思いっきり引き留めの言葉を言うのだが、この手の口げんかというか論理の綾では、アリサに勝ち目は薄い。

 

「カガリとかいう一年A組の優秀生がオレにケンカを売ろうとしているってのに、なんだってソイツとつるんでいるお前らと歓談しなきゃなんねーんだ」

 

まるで『火狩の(取巻き)』扱いも同然の言い方に、さしもの茉莉花もむかっ腹を立たせる。

 

だが、もしかしたら周囲の人間はそういう認識かもしれないのだと気付く。

 

「だからといって!!―――ああ、もう!! 出来ることならば私が戦いたい!!!」

 

「どんな因縁でを戦いをするんだよ。そもそもお前と十文字で風紀委員のコンビじゃないか。ふたりはプ○キュアな君たちが、そういうケンカ犬なことをしていいのかね?」

 

「ま、まだ正式に承っていないから! そうでなくても、そういうのはどうなんだという心も分かるけど―――というかいつの時代の魔法少女モノよ……」

 

うがー!!と喚く遠上茉莉花に、れーせーなツッコミを入れる衛宮シロウ、その言に、何故か『ものもうす』十文字アリサ。

 

なんだこの図式―――と困惑気味に想っていた五十里とは違い。

 

「まぁまぁまぁ。 落ち着いてくださいよ衛宮クン。十文字さんや遠上さんがある意味、不躾だったのは事実ですから、そこは申し訳ないです。ごめんなさい」

 

永臣 小陽が仲裁に入るのであった。人懐っこい笑み。火狩が言うコミュ力おばけなもので、さりげないスキンシップをしつつ、言を重ねる。

 

「ただA組の『火狩くん』は、衛宮クンと戦いたいと想って、やきもきしているんですよ。挑戦状を叩きつけることも出来ないで不満を溜め込んでいて」

 

「何だってオレみたいな『劣等生』にそんなことをするんだ。上位クラスは、公然のイジメでもしたいのか?」

 

流石に露悪的な見方ではあるが、ただ何も知らない人間からすれば、そうとしか映らない話ではあろう。

 

傍観者の立場である五十里はそう考えつつも、ここからどう展開するのか、小陽のネゴシエーションは果たして……

 

「そうですね。なんと言っても火狩クン―――ジョーイは、十文字さんに懸想していまして、そんな十文字さんが気になっている衛宮クンをぶちのめしたいという話なんですよ」

 

そんな事実(前半)は初耳だ。そして、そんな理由があっただなんて五十里 明が語った『公的な理由』とはウソだったのかと少しだけ疑念を持つも、それだけが理由とは限らないということなのかと……色々と考えるも、小陽とシロウの会話は続く。

 

「下の名前で呼ぶからには、あんた「永臣 小陽と申します」……ナガトミさんは親しいんだな。火狩と」

 

「そうですね。不本意ながら幼なじみの立場でして、まぁちょっとは『恋の手助け』をしてやりたいなぁという気持ちも、ありおりはべりいまそかりなわけでして♪」

 

「余計にワケワカメになったな。戦う因縁も何もないじゃないか、意味不明だし、そんな風なことでケガするのもバカらしい」

 

「ええ、そういうことで―――、ジョーイ。やめといたら? シロウくんにはシロウくんなりの事情があるみたいだし」

 

その言葉で小陽の視線の方を向くと、ここまで走ってきたらしき火狩の姿があり―――。山岳部にしては荒い息を突いている火狩。

 

疲れは相応にあるようだ。よって―――。

 

「G組の衛宮士郎くんだな?」

 

聴聞会でも見た姿と間違いないが、それでも確認をした火狩に対して――――――。

 

「いや、人違いです」

 

無情すぎる言動が飛んできた。当然、ここまで来てはごまかすことなど出来ないだろうに……その人を食ったような言動に火狩はキレた。

 

「これ以上、誤魔化すようなことをして、……ええいっ!! 勝負してもらうぞ!! 衛宮士郎!! 俺は、部活連の委員の一人として!! キミのような存在を許しておけないんだ!! 僕と戦うことで、キミのチカラを測らなければならないんだ!!」

 

そんな義侠心と不満から勢いよく言う火狩の言葉に―――

 

「ジョーイの言葉をどう思います?」

 

女子の一人が混ぜっ返すようにシロウをけしかけるのだった。

 

「別に『チカラ』を見せつけることもせずに、適当にギブアップすればいいだけな感じがする」

 

今度こそ一発いいのを食らって、『無気力相撲』をしようとシロウは決意するのだった。

 

「ですよねー。別に柔道やボクシングみたいに積極性を疑われる試合運びをしてもマイナスジャッジが下るわけじゃないんですしね♪」

 

「小陽! お、お前はどっちの味方なんだよ!?」

 

その言葉から小陽を除いて全員が火狩を此処に呼び寄せたのは、小陽であることが理解できた。しかし、なんというか……。

 

(な、なんで小陽にはナチュラルに対応しているのかしら? 何かすごく不条理な気分……)

 

アリサとは違い、小陽とは普通に会話している衛宮シロウに少しだけ何とも言えぬ気持ちを抱きながらも、最後の交渉が成される。

 

「とはいえ、まぁ一つ―――ウチの幼なじみと仕合ってもらえませんか? 別に全力でなくてもいいんで、ジョーイの自己満足、ある種の『自慰』みたいなものなんで、適当にやっちゃってくださいよシロウくん」

 

内緒話を装うようなその言葉に火狩はどういう気持になるか分からない。というかアリサとは違い、傍にいても小陽からは離れようとしていないその態度が普通に――――。

 

(ムカつく……)

 

あまりヒトに対してマイナスな印象を持たないアリサだが、こうもあからさまに態度を変節されては、苛立ちも募る。小陽と自分とで何が違うのか。

 

奥歯を噛み締めたい想いを押し殺して成り行きを見守る。

 

「―――――ちなみに永臣さんは、何か部活入ってるの?」

 

「バイク研究部に入ろうかとは想っています」

 

「……まっ、俺は帰宅部だが、魔法系部活の連中はともかく非魔法系部活の人間にまで迷惑をかけるわけにはいかんわな」

 

そんなことを考えていたのか。と少しだけ驚きながらも―――。

 

「お、俺も山岳部で非魔法系部活に入るつもりなんだけど……」

 

「まぁそれは置いておくとしても、能力(タレント)が期待はずれだったからと、あるいは期待以上でも―――どちらにせよ。今後は俺に絡むなよ次席の火狩 浄偉君」

 

「――――――………放課後に行われる勝負次第だ」

 

その頑なな態度に火狩も何かを探ろうとしていることは分かった。しかし、それでも戦うことを選んだ以上、自ずと結果は出ざるを得ないのだ……。

 

 

 

 



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第六話『緋桜炎舞』

 

放課後

 

まだ入学したての新入生同士の私闘が行われるということはかなり異例―――という訳ではない。

 

「俺達のひとつ上の七草OG’sと七宝OBも、こんなことがあったらしいからな」

 

司波達也世代ほどではないが、語る矢車と三矢の上の世代の伝説も聞き及んでいる。

 

「まぁあの2家は色々あったからね……侍郎君は、この戦いをどう見る?」

 

「どう、とは?」

 

戦力比較とか、そういうことは語れない。そもそも下馬評と成績通りならば圧倒的に火狩が優勢なのは当然。

 

しかし―――――――。

 

(本当に司波先輩のように隠している『異能』があるならば、どうなるかは分からない……)

 

何故、自分たちが最高学年の時にこんなことが起こるのか……。

 

意地悪な神様の試練に苦笑しつつ、眼下にて睨む、髪を掻いている一年生2人を見る。

 

それを見守る上級生と彼らと同じ同級生……。

 

互いの距離は、従来の魔法戦の通りの距離だ。

 

近接攻撃ありの完全なフルコンタクトルール……一応は、いざとなれば大怪我や不幸な事故になる前に、止められるように風紀委員や実力派の魔法師たちがCADを持って見守る。

 

 

「では戦いにおけるルールは確認しているわね? 最終確認として、勝利条件は相手がギブアップを宣言するか、気絶するなりしたらば終了よ。もしも致死性が高い魔法が確認されたらば、その時点で失格……では―――」

 

裏部亜季が最後の説明をして、両者の境界から離れていく―――その上で―――離れたところで手を上げて―――。

 

「始め!!」

 

―――下ろしたことで戦いは始まった。

 

瞬間、お互いの距離を詰めんと動くかとおもいきや―――互いに大きくバックステップ。

 

表情は火狩の方に動揺が走る。対する衛宮は何もない。

 

どうやら引っ掛けられたのは火狩のようだ。

 

「―――声は静かに(shout out sky)私の影は、世界を覆う(shadow a way)―――」

 

そんな無表情の衛宮が、飛び退きながらも……古式ゆかしい『呪文』を唱えたのを、詩奈とアリサは聞き咎めた。

 

厳密に言えばアリサは聞いたわけではないのだが、ともあれ―――戦闘の状況が変わる。

 

衛宮が前傾していることから、アーツ部部長の千種を倒した拳が来ると想っていたのだが……恐らく前のめりになりつつも重心は後方に持っていたからこその動き。

 

そして誘われた。ということだ。

 

予想を透かされた火狩だが、この距離ならば魔法を解き放つ。思考操作型の利点である『打鍵』なしでの魔法は、昨今の魔法師たちにとってトレンドである。

 

火狩―――火のエレメンツを象徴する火狩浄鋳にとっては馴染みの火球が7つ。

 

バレーボールサイズのそれが、直線ではなく―――不規則な軌道で、衛宮士郎に向かうも……。

 

なにかにぶち当たり火球が霧散する。対抗魔法でも掛けられたのか、分からないが、それで判断を遅くするほど火狩とてバカではない。

 

今度は5倍の35もの火球。放たれる勢いとて凄まじい。

 

 

「忙しない限りだな」

 

呟きが聞こえる。言っていろと思いつつ火球を四方八方から着弾させんと操作する。火の玉の嵐。砲弾の雨のごときそれを前にして、衛宮シロウは―――。

 

「上位クラスともなれば、流石の魔法の乱舞。なるほど大道芸としては見事なものだ。だが、殺しの技としてはどうなんだ? 一人相手に35もの大球を投げまくるなんて」

 

嘲るように当然のことのようにそれを回避して退けた。大きな体の捌きもなく最小限の回避。

 

(バカな!?)

 

現象改変系の魔法ではない放出系の魔法ではあるが、火狩の操作は確実に衛宮を穿つように仕向けられているはずなのに、それを躱す衛宮の体術。

 

まるでそれが『どこ』に着弾するかを予期したように、『どこ』に動かすかを予想したように、衛宮は動き―――。

 

「熱が足りない炎だ。手本を見せてやるよ。これが『燃やす』ということだ」

 

衛宮が手を火狩に向けた瞬間。火狩が生き残っている火球を衛宮の背後に食らわせようとした瞬間。

 

「神技再現・愛神羅刹(カーマ・マーラ)

 

蒼い炎が強烈な波濤となって火狩の眼前を圧倒した。

 

強烈な炎の波。『式』の先走りが何一つ見えなかった。幻術かと思うも、それは火狩に近づくたび圧倒的な熱を与えてくる。周囲にいる人間も同じく――――――。

 

そして火狩が操作した火球は衛宮の身体に発生した蒼炎によってかき消された。

 

用意されたバトルフィールドは最新式のワイドオープンなものだ。あらゆる魔法の使用を想定して、硬さも柔らかさも備えている。一も二もなく火狩はその波濤で壁際に追い詰められる前に、脱出を図る。

 

障壁で耐えられる熱量と断じられるほど、火狩の頭は緩くない。

 

自己加速魔法で波濤の覆えていないところから脱出を―――と見せかけて波濤を乗り越える形での脱出を試みる。

 

相手があからさまに左右に逃げ道を作っているところに簡単に乗るほど火狩はバカではない。

 

(次席をナメるなよ!!)

 

助走をつけて『跳躍』からの『移動魔法』でそれを超えた。

 

跳び箱で言えば25段というモンスターボックスの高さを飛び越えた火狩だが、足を蒼炎が焼いたことで、痛みが走る。

 

だが山登り―――クライマーとして鍛えてきた火狩浄緯をナメられては困る。

 

そんな火狩の気持ちなど知らないので、当然、着地の瞬間を狙ってシロウは走る。

 

八極拳歩法『箭疾歩』

 

達人ともなれば一歩にして10m以上もの間合いを詰めたうえで、そこから最大打撃を発揮できる人外の理のクンフーである。

 

アーツ部で千種正茂に披露したその歩法から、拳を予期するも、足の痛みからガードが取れない無防備な火狩に、今度は体当たりが決まる。

 

八極拳 奥義『鉄山靠』

 

広い背中を使って相手の身体から素のままに、内腑へと衝撃を伝える技である。

 

インパクトの瞬間に撓んだ床、踏みしめた震脚のほどで火狩に伝わった衝撃の威力は察せられる。

 

血ではないが吐瀉物を吐き出しながら火狩が盛大に吹っ飛び、再び千種と同じくなるかと想った瞬間。

 

「まだまだぁ!!! ぐぎぎぎぎ!!!」

 

吹っ飛ばされても倒れることを拒否するように四足獣よろしく床に爪を立てて、足で踏ん張り、そして立ち上がる火狩浄偉。

 

ここまでの攻防で、既に火狩はボロボロである。

 

用立てられた魔法戦闘に使うアーマーはズタボロ。対するシロウは、これだけの戦いでも制服にホコリ一つ着いていないように見える。

 

「心意気は買うが、もう終わりだろ。お前が見たいものを俺は見せたつもりだ。これ以上の『魔法問答』は必要ないだろ」

 

正直、これ以上はシロウの秘密の暴露に繋がる。そして、それはマナー違反であると言外に伝えるも。

 

「まだ先輩方は終了を宣言していないっ……」

 

あくまでもプライドを賭けて一矢を報いる。歯をかみしめて痛みに耐えながらも貫く、その姿勢は買うが……。

 

「そういう男だからこそ、俺は少々卑劣を演じる羽目になるんだ―――」

 

離れたところから睥睨するように見てくる火狩に嘆息。

 

再び五指を広げて―――ではなく、その中でも中指を火狩の方向に伸ばしている……向けられている火狩と周囲の人間たちは、そこから何かの術を発動するのかと想っていたが……。

 

「―――クサリ……」

 

「アーシャ?」

 

アリサのつぶやきを茉莉花が聞いた瞬間、火狩は完全に『拘束』された。

 

「な、んだこれは……!?」

 

衛宮シロウの中指から出ている紫色の『鎖』としか表現できないそれが、十重二十重に火狩浄偉に巻き付き、動きを拘束していた。

 

だが、動きを拘束するとしても、今では手を使わずに魔法を使うことも出来る時代で、動きを封じたぐらいでは――――

 

「―――まさか……」

 

身体を全て上から下へと押し付けるような圧を感じる。有り体に言えば倦怠感を憶える。

 

「気付いたようだな。この『鎖』は、魔法師の放射するサイオン全てを強制的に絶無にする―――すなわち演算領域全てを封印するものだ」

 

その言葉と未だに魔法の一つも使えない火狩の様子から全てを悟る。

 

魔法師を強制的に『只人』にする魔法。

魔法を完全に封じる魔法。

 

……あまりにも強烈でかつ無慈悲な魔法(・・)―――ではないという事実を教えられるまで、少し時間がかかるのだが、ともあれその事実を証明するかのように。

 

火狩はサイオンを振り絞ろうとして、それでも何も出来ずに、それどころか締め付けがキツくなると共に項垂れていく。

 

その状態―――非魔法師という魔法に無防備すぎる人種にさせた状態……見せつけるように、衛宮シロウは意趣返しのように巨大な蒼炎の火球をもう片方の手で作り上げる。

 

―――殺しの技を受けてみるか?―――

 

無言で、視線だけで火狩を射抜く。それがいざとなれば本気だと気付いた時点で―――。

 

「―――ギブアップ。降参だ」

 

最後には項垂れたままに敗北宣言が出たことで、ブザーが鳴り響く。

 

項垂れた火狩から鎖が無くなると同時に、衛宮シロウは―――勝鬨をあげるわけでもなく、スタコラサッサと去ろうとしたところに。

 

「待て、お前はそれだけのことが出来るというのに、何故G組にいる?」

 

碓氷会頭は立ちふさがる。威圧的なその様子に気圧されもせずに、口を開く。

 

「試験が苦手なんですよ。そもそもあんな術を系統分類出来るわけもないし、アレ(・・)が出来たとしても現代魔法を達者に扱えることとイコールではないんですし」

 

髪を掻きながら『面倒そうな』言葉が吐かれて、問いかけた碓氷会頭は口を噤む。

ここまで、やる気を無くした後輩が魔法科高校にいるなど、彼としても想定外なのだろう。

 

 

「あれだけの術を行使して体術も抜群……そんな生徒を拾いあげら―――」

 

「―――魔法科高校(ガッコー)では、評価されない項目(ラベル)ですからね」

 

 

シロウの拳の被害者第一号たる千種先輩の教員批判になりそうな言を途中で遮るように言ってから、何だか複雑そうな顔をしているギャラリーを尻目に衛宮シロウはクールドライに去ろうとしたのだが……。

 

「待ってよ!! 衛宮クン!! なんていうか、こう待つ理由がないとか言われそうでアレだけど」

 

「本当に待つ理由はないな十文字。火狩の仇を討つために次は、お前が戦うのか? 今度こそ俺は逃げるぞ」

 

「そんな無意味なことするわけないでしょ!!」

 

その言葉でケガの治療を受けていた火狩のハートに大剣がぶっ刺さる。

 

仇討ちとまではいかずとも何とも無慈悲な言葉に、全員が困惑した顔をする。

 

「その鎖って……全ての魔法師を『サイオン不能』にするの?」

 

「ああ、少なくともこれを破るならば自前の肉体の膂力だけで破る必要がある―――当然、魔術式の産物だから、そんじょそこらのマッチョじゃ破れない……質問はそれぐらいか?」

 

「ううん、本題はここから……衛宮君―――」

 

神妙な面持ちで衛宮シロウを見つめる十文字アリサの姿にやきもきする面子ばかり―――。

 

平気な顔をしているのは、見つめられている衛宮シロウのみ、そしてアリサの瑞々しい唇から紡がれる言葉は―――。

 

 

「その紫の鎖で私を縛って!!」

 

瞬間。シロウの顔が固まる。ギャラリーも似たようなものである。

 

「――――――」

 

無言で正面を向きながらも、驚くべき速度で去っていくシロウ。

 

その歩法は八極拳に非ず、伝説の歌手が創始せし伝説の高速歩行。

 

『月面歩』―――ムーンウォークというもので、武場からというよりもアリサの前から去っていくのだった。

 

端的に言えば……完全にドン引きしたのである。

 

そのままに去っていくシロウを誰も追うことが出来ない。

 

そして―――。

 

「風紀委員の活動で使いたいから、とりあえず感触だけでも教えてほしかったのに……」

 

しょぼんぬ。という言葉が似合いそうなぐらいに落ち込んだアリサの姿がそこにあったのだった。

 

「アリサ、他人の魔法を探るのはマナー違反。そして男子にあんな言動もマナー違反だ。どっちにしても、はしたない真似はやめよう」

 

「なんでそんなに私とお話すること避けたがるんだろ……ヒドイよ……あんまりだよ……」

 

前者よりも後者の方に重きを置いた勇人の言葉も右から左に受け流しつつ、嘆きを放つ。それでも……あの魔法は自分の理想形とも言える。

 

他者を攻撃……殺傷に繋がる行為ではないことで無力化を図る……そして、それを教えてくれるのが―――何故か気になる男子であれば、尚更だったのだが……。

 

ともあれ、去っていったシロウを誰も追うことは出来ず、されど―――回復薬というものを火狩の傍に置いていったシロウのお陰で火狩は完全に回復する。

 

魔法科高校に現れた出自不明の魔法師……という括り(ラベル)すらおこがましい存在は、波乱と破嵐を呼び起こす……。

 

 



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プレリュード『破潰』

 

『ARRRRRRTTTTEEEEE!!!!!』

 

言葉ではなく声ですら無い咆哮をあげながら双槍を振り回す黒騎士の技量は、尋常なものではない。

 

双槍を振り回す度に起こる風切り音が只事ではない速度なのだから……。

 

空気が撹拌されるとしか言えないほどに、大気が乱れる。

 

(おまけに双槍の内の赤い長槍は問題だ……)

 

ルーン文字の刻印がなされている赤い方は確実にディスペルウェポンとしての特徴があるらしく、身体強化やある種のマジックアーマーを発動させた魔法師たちを素の身体に戻して貫いていた。

 

「っ……司波っ―――俺のことはいい。沢木と辰巳などへの回復を優先―――ぐっ!!」

 

「お言葉ですが、会頭を無視してはマズイでしょう。致命傷になる前に、回復はさせていますので、ご安心を」

 

先程から自分の秘密がバレてはいるが、この場合仕方ない。

 

あの大講堂での殺劇で死んでしまった人間を『何とか』蘇らせた達也だが、『死者』としての定義で言えば自分が『戻せる』ところではギリギリ微妙なところであった。

 

かつて沖縄で妹・母―――その従者を現世に『戻してきた』達也だが、今回のそれはあのときの比ではなかった。

 

そして何より呻くことしか出来ないほどの苦痛に苛まれている十文字会頭の傷―――。先程からどれだけ治癒を施しても、すぐさま自分の『早戻し』で『貼り付け』を無にするかのように、貫かれた傷が『再現』されるのだ。

 

現代魔法的な感覚で言えば情報体(エイドス)への改竄を許さないように、イデア―――世界は、その状態を『正常』だとして戻している。

 

そうとしか言えない。

 

(不治の傷……)

 

それをどうにかするためにも、そのトリックを打ち壊す必要があるのだが……。

 

焦燥の思案に耽っていた時に立ち上がった十文字克人が!

 

「聞け……! 俺を貫いた槍の殆どは、ファランクスを超えて突き刺さる赤槍だっ……!! 赤い方には魔力を打ち壊すか、遮断する能力がある!! しかし、あの少年兵士が、俺に直接突き刺した双槍……!! そのどちらに不治の魔力があるかと言えば―――」

 

黄色の短槍―――それこそが、十文字会頭を苛む『呪い』の正体!

 

しかし、それを砕くこと、はたまた達也の『特意手』でどうにか出来るか――――。

 

(やってみるしかないか)

 

超常能力を発揮する魔法師が、簡単に打ち倒される現実を前にして、色々と揺らぎそうだが、それでもやらなければ被害が拡大するのだ。

 

「深雪、恐いだろうが……援護を頼むっ!」

 

本当ならば安全圏にでも送り込みたい深雪に援護を頼んで、この状況を打破することを目論む。正直、これでどうにかなるかは分からない。それでもあの黒騎士を排除しなければ、いつまでもこうなる。

 

自分たちの秘密を守るならば、十文字会頭を見殺しにしてでも撤退を選ぶべきだが―――。

 

「お任せを!! 深雪が、お兄様の活路を切り開いてみせましょう!!」

 

そして行動は早かった。脚をためてから瞬発した達也の歩法。忍術の限りの脚は黒騎士を幻惑しながら接近を―――なんてのは都合がいい話であり、狂戦士のような様でありながらも黒騎士の迎撃は速い。

 

長物のリーチを利用して、達也の接近を阻む。

 

そこに周囲の大気を凍結させるように霜が降りる。直接的な干渉や黒騎士の得物に対する魔法が効かないことは深雪も先刻承知。

 

ならば周囲のありったけ崩されたあらゆる一校の構造物―――そして地面全てを凍結させる勢いで魔法式が世界を凍結させていこうとするのだが……。

 

■■■❚❚❚❚〓〓〓――――!!!!!』

 

咆哮と共に振るわれる赤い槍、そして黄色い槍……どちらからも受ける圧が深雪の魔法式を砕いていく。

 

まるで生きながらにして、皮膚を引っ剥がされるような痛みが深雪を苛むが、それでも深雪はCADを持つ手と操る手を離さずに―――血まみれになりながらも兄の計略が成るまでは、凍結をしなければならないのだ。

 

そして業風嵐舞のような中に傷だらけになりながらも入り込んだ達也は、黒騎士が持つ赤い槍に手を伸ばした。当然、迎撃されるも―――。

 

一瞬ではあるが十文字会頭が障壁で、こちらと黒騎士の間に境界を作ってくれた。勿論、一瞬のあとには 崩れ去ったが。

 

しかし、それで十分だった。返す刀で短槍が達也に振るわれる。

 

真っ直ぐな突き刺し。

さぞ名が天地に轟く武人なのだろう雷鳴のような突きを達也は手のひらで受け止め―――られるわけもなく肘部分にまで深々と突き刺さる短槍。

 

あまりにも強烈な痛みと圧を前にして深雪が絶妙な制御で脚を固定してくれていなければ、どうなっていたか。

 

それを見ていた生徒たちが、手を振って擬似的な痛みを堪えているかのようだ。ハートの弱いものは、その流血のシーンだけで卒倒しているようだが……。

 

 

だが―――これで―――。

 

「おああああああ!!!!!!」

 

―――黒騎士から不治の黄槍を奪えた。

 

突き刺した黄槍は、どういう原理か達也の手では『碎けない』。だが、裂帛の気合いで間合いを無理やり作った。

 

達也をして会心の蹴り一発、黒騎士の胴に叩き込んだ結果である。

 

その上で、痛みに耐えながらすぐさま黄槍を抜く。

 

さらなる流血。骨も一部は飛び出たかもしれない。

 

しかし、それを構えて―――飛び出してきた黒騎士の穂先に短槍の柄を合わせた。

 

「―――ッ!!!」

 

位置固定の魔法でも中々に、耐えきれないほどの圧。

 

そのまま吹き飛ばされるのではないかというほどの圧であったが―――。

 

しかし、赤槍の魔力はやはり『破魔』らしく黄色い槍が碎けて魔力のキラメキに還元されて、破魔の槍はそのままに達也を貫こうとする寸前で。

 

 

「司波!! お前の献身に俺は応えるぞ!!!!」

 

ようやく回復術が効いた十文字克人の全力の障壁術が展開。しかし、破魔の槍を持つ黒騎士は、当然そんなものを病葉も同然に砕く。

 

しかし、それで後退することが出来た。己の中のエイドス履歴から『自己再生』を試みる。

 

「達也さん!!」

 

光井ほのかの心配そうな声が聞こえる。だが、今はそんなことに構っていられない。この黒騎士を倒すためにも―――。

 

「――――!!!!」

 

 

咆哮を上げる黒騎士は―――。

 

その槍を投げることで刺し貫くことを企図したが。

 

 

「やめろバーサーカー」

 

待て。の言葉で忠犬の様子を見せる黒騎士。声のする方向に眼を向けると、そこにはあの覆面の少年がいた。

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を利用して必滅の黄薔薇を砕く―――いささかスマートさに欠いた結果であったが……実に見事」

 

褒めているようでいて、全く褒めていない言葉に誰もが何も言えない。

 

あの大講堂でありったけの惨劇を撒き散らしたチャイルドソルジャーにしか見えない体躯の少年が虚空に現れて……虚空を確かな大地として踏みしめながら見下ろしてきた。

 

「こ、子供!?」

 

驚くほのか。どうやら彼女は部活最中で大講堂でのことは見ていないようだ。

 

覆面をした少年は……憎悪と恐怖の間で揺れ動く魔法科高校の生徒を見たあとには……。

 

「撤収だ。もはやここには用はない。盗るべきものは盗った。壊すべきものは壊した―――殺すべきものは殺した」

 

剣呑な言葉混じりの命令。背中を向けて黒騎士に告げると……霞のような消え去り方で、一度は『現実』からいなくなる。

 

そのエイドスの変化も何もかも達也にとっては分からないことだらけだ。

 

ガラン! と赤槍が地面に落ちる音がこと更に大きく響きながらも、その少年に魔法が効くか―――と言えば。

 

(――――!!)

 

その少年にあるありえないほどの情報量と密度と複雑さに卒倒しそうになりながらも。

 

魔法をいざ掛けようかと、振り向きながらも一瞥が返される。

 

 

―――撃てるか?―――

 

その眼―――ワインレッドに輝くそれを見ながらも、それを諦めざるを得なかった。

 

空間転移。そうとしか言えない現象で、消え去る少年。

 

そして改めてあちこちに『眼』をやると無事な建物もヒトもどこにもいなかった。

 

敗北を喫した。そしてブランシュという存在の脅威はまだ残っているのだとして―――動けるものはいなかった。

 

それでも……まだ自分たちは折れていない。

 

このままブランシュを―――もしくはヤツ……黒騎士の使役者を野放しにしておくわけにはいかない。

 

 

「十文字会頭、ブランシュを叩きましょう」

 

「ああ、当然だが……その前に救助・救命活動だ。お前の隠していた回復術―――頼りにさせてもらっていいか?」

 

「詳細を聞かないでもらえるならば」

 

「金のガチョウの腹を掻っ捌いて、元の木阿弥にはせんさ」

 

そして、一高全てを混乱と破壊と恐怖に陥れた存在の情報は思わぬ所から入ってきたのだった。

 

 

† † † †

 

 

『一高を襲撃したのは国際テロリスト組織『ノーヴル・ファンタズム』の一員『ファンタズム01』『バーサーカー04』で間違いないでしょう……』

 

「そんな組織が……存在しているんですか?」

 

手首をさすりながらも画面に映し出された女性軍人の言葉に心底の疑問を出す七草会長の言葉には、生徒会執行室に集められた全員の疑問であった。

 

『組織自体の本拠・構成メンバーなどの詳細は不明。しかし活動圏内が、欧州ユーラシアから北米・南米が主だったことで、アジア圏での活動においては、然程目立ってはいなかったことが原因でしょう。

しかし、疑惑程度ですが様々な要人暗殺、集団テロ、軍事基地への不審な騒動など……様々なものに関わっていると見られています』

 

話す藤林響子の表情は目に見えて悪くなっていく。

 

開示された情報だけ見るならば、こんな右も左も―――中道すら関係ないテロの数々は、『アナーキスト』(無政府主義者)と見られてもおかしくない。

 

「何故、ブランシュと関わっていたのですか? この組織と接触する方法をブランシュは持っていたのですか?」

 

『それに関しては現在・USNAの各組織や欧州統一機構などからの返事待ちですが……ユーロポールからの伝手で知った限りでは、ノーブル・ファンタズムはコト(テロ)を起こそうとする組織の詰めの段階で『接触』をするそうです』

 

十文字の質問に明朗ではないが、そんなことを言う響子。

 

一昔前に流行った『シュート』と『スナイプ』を得手とする国際的スイーパーともトラブルシューターともいえる人物の漫画とは違い、彼らは……能動的に『依頼』を受けるようだ。

 

そして、今回は一高が狙われた。しかも壊滅的な被害だ。

 

魔法能力を喪失するほどに、『壊された』存在も多い。

 

如何に達也が回復させたとしても、おのれに根付いた魔法への不信という心の病は癒せない。

 

(おまけに、こういう事態に率先して動いた1科生が、その被害者の主な内訳だ)

 

一高という日本の魔法教育の最前線。そこから飛翔していけるはずの人材の多くが失われたことで、失地回復の芽は中々に出にくい。

 

『……すでに彼らのチカラの程は分かったはずです。今でもブランシュと契約状態かどうかは分かりませんが、そのIFでこれ以上の被害は好ましくありません。ブランシュの本拠地への逆襲など考えずに大人してくしていなさい』

 

ブランシュのアジトを教えた小野 遥を睨むようにしながら言った響子の言葉だが、それで収まりがつく人間はここにはいない。

 

第一、壬生など多くの人間はブランシュに誘拐されたのだ。自ら着いて行った可能性もありえるが……それでも―――

 

 

『………止めても無駄のようですね。ですが―――とにかく自分の命を優先してください……それだけです』

 

響子の言葉は、どちらかといえばここにいる面子全てというよりも達也個人に向けたようにも聞こえた。

 

そうして1時間後には国防軍と警察の合同チームがブランシュに対する殲滅作戦を行うそうだ。

 

正規軍を相手に、果たして国際テロ組織『ノーブル・ファンタズム』がどれだけやれるのか、そもそもまだ契約状態なのかは分からない。

 

それでも……戦うときは来るのだった。それが無謀な戦いであっても立ち向かわなければならない――――――。

 

 

 

 



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第七話『愛憎憤怒』

火狩との戦いの後にシロウの日常に平穏が戻ってきた。触らぬ神に祟りなし。

 

 

シロウのような劣等生のことなど構わずに、己の修養に励んでくれや。

 

ジーザス・クライスト、神は天にいまし、世はなべてこともなし……―――ということは全くなかった。

 

十文字アリサ。

 

A組の優等生にして優秀生。そして最近になって知ったことだが、彼女は十文字家という魔法師の名家のシンデレラだか、みにくいアヒルの子だったとのことだ。

 

認知された以上、庶子という表現は正しくないのだろうが、彼女の存在は色々と魔法師社会ではデリケートなもののようだ。

 

だが、そんなことは『田舎モン』であるシロウからすれば、どうでもいい話だ。

 

シロウの植物の心のような平穏な魔法科高校生活を乱すとんでもない女である。

 

 

(あの時、遠上に余計なことを言わずに待っていれば良かった……)

 

だが後ろがつっかえていたのも事実だった。わざわざ手拝みをしてから、大願成就よろしくIDカードを受け取る遠上に、大げさな。という想いを抱いたのも事実。

 

要するに……不満と義侠心を優先してしまったのだ。

 

そうして、中庭でぼっち飯―――自作のサンドイッチを食っていた。クラスに残って昼飯を食べる皆には、『金髪が来たらば食堂にいると伝えてくれ』と欺瞞情報を渡すように『頼んだ』。

 

迷惑を掛けるのも悪いので、もしも何か強硬手段に出た場合は、カウンターが発動するようにしておきながら……。

 

そんな風に昼食を取っていたところに、誰かがやってきた。

 

こちらの視界に入る500m前から、来るという意図は認識できていた。

 

「やぁ」

 

「……どうも」

 

何だか見たような顔がやってきた。見覚え程度ではあるが、上級生だったかと思いつつ、食事を続行する。

 

胡散臭さ100%の半分メカクレの男は、こちらを見ながら何かを話すタイミングを測っているようだ。

 

「君、いつもここで昼食を摂っているのか?」

 

「そうじゃない時もありますよ。もしかしたらば。あるいは。そして、知らない他人であるあなたにそんなことを教える必要があるんでしょうか?」

 

「僕はこれでも風紀委員でね。色々と生徒のことを気にかけなきゃならないんだよ」

 

「そりゃご苦労さまです。と言いつつも、それで下級生の男子生徒に声をかけるとかキモいですね。キモさ100%です」

 

その言葉に表情筋がピクピク動くのを見た。演技かもしれないが、ともあれ……その誘酔とかいう上級生は、本題に入ってきた。

 

「十文字さん―――ああ、副会長じゃないよ。僕は彼を勇人と呼んでいるからね。一年A組の彼女を随分と遠ざけているそうじゃないか。ヒドイと思わないかい?」

 

「思いませんよ。用向きの程は察せられる。風紀委員の活動で拘束術式を使いたいから、教えろとか寄越せとか。そんなところでしょ」

 

「それも一つだが……どうにも……衛宮君。何かロシア人に対して想うところがあるのかい?」

 

「邪推の限りですね。別に佐渡ヶ島にいたこともないですし、特に新ソ連に憎しみもないですし」

 

メンドクサイ会話だ。誰かの『飼い犬』らしき匂いを見せる男との会話に生臭さを覚えつつも、そろそろ切り上げようと想う。

 

「―――十文字さんに露骨に悪罵を浴びせることもある君は、学内の嫌われ者になりつつある」

 

「そいつは大いに結構。あの女の容姿だか魔法能力だかにだけ、礼賛をくれてやることが、『同調』するってことならば、それこそクソ喰らえですね」

 

警告のつもりで言った言葉だが、誘酔早馬の思惑に反して衛宮シロウは、牙を剥いて―――と形容したくなるような言葉と調子で言ってのけた。

 

「何故、そこまで……?」

 

はっきり言えば、アリサは美少女だし、多くの男子は近づきたい存在のはずだが……勇人の弟にしてアリサの同い年の弟などと違って感情のしこりでなければなんなのか?

 

正直言って……分からない少年だ。

 

「誰かの首輪が着いた犬っころに話す道理はないです」

 

「失礼だな。確かに裏部委員長からはいいように雑事を押し付けられているが」

 

「いいや、そういう意味じゃない。腹黒い連中の飼い犬に話すことはないと言っているんだ」

 

その言葉に――――戯けるように言っていた早馬の心臓を鷲掴みにされた気分だ。

 

自分の所属を、当て推量かもしれない―――どちらとも言える思考の中、衛宮シロウは全てのサンドイッチを食い尽くし―――。

 

「お勤めご苦労さまです。それではおさらば」

 

そんな見事に心を乱された状態でいた早馬を後目に、去っていくのだった。

 

 

 

 

放課後、いつもどおりにアルバイト先へと向かおうとしたシロウだが、イヤな予感がして『気配』を消しつつ校門へと向かうことにした。

 

 

(やはり……)

 

十文字と―――その友人や知人たち……見覚えのない人間もいるのが武蔵坊弁慶よろしく立ちふさがっていた。

 

弁慶ぶん捕ったり!とかするのではないかと想う。

 

校門を通過する人間たちはその連中に恐れおののいたり、何か萎縮するような様子で脇を通り過ぎていた。

 

遠く離れたところからでは、こちらの動きはまだ察知されていないだろう。

 

しかし近づけばどうなるか……。

 

気配遮断で『存在感』を薄くすることも出来る。しかし、十文字の何だか分からない気配察知は、解析しきれていないのだ。

 

万が一を考えて、暗号化された式を上空に投射。

 

「始めちょろちょろ中ぱっぱ」

 

気付いた様子は誰にもない。小声でつぶやくような呪文は魔法師には見えない。そして遂に校門が近づいてきた時、気配遮断をしていたシロウを認識したらしき十文字の顔。

 

そして、次の瞬間には――――。

 

「ぎゃあああああ!!!!」

 

「ひいいい!!!!」

 

阿鼻叫喚―――とまではいかないが、大量の絶叫が起こることになった。

 

その原因は、空から大量に降り落ちる両生類の大群。

 

要はカエルがいきなり一高の校門前に降り注いだのだ。

 

「ファ、ファフロッキーズ現象!?」

 

誰かが都合よくそれに気付いた。とはいえ、そのことで落ち着けるわけもなく、校門前は大混乱。特に生理的嫌悪感をこの手の動物に持つ女子は騒ぎまくる。

 

あの目つき鋭い風紀委員長『裏部亜季』ですら、そうなのだから、この混乱を利用して衛宮シロウはクールに去ることにするのだった。

 

ある種のケスラーシンドローム(因果律加速現象)を利用して、このようなことをしたが、まずまずの成果だ。

 

校門から200mは離れたところで『クリュー』に『なんぼか食べていいよ』と告げることでカエルの学校にカエルたちを帰すのだった。

 

カエルの学校は川の中、いや沼の中―――東京で言えば利根川、多摩川の中かもしれないが、それはさておき……。

 

 

「随分とファンシーな術を使うんだね?」

 

「北の大地の生まれたる私達をナメんな!!」

 

別に北海道にいたからと、多くの生物に耐性があるとは限らない。遠上の家が獣医だからといって、そういうことでもあるまい。

 

よって――――。

 

後ろから声を掛けられても素知らぬ顔で、歩き去っていこうとしたのだが……。

 

「待って!! ちょっと待ってよ衛宮君!!」

 

「十文字か。さっきの言葉は俺に対して言ったのか? だとすれば大間違いだろ。誰かが言っていた通りファフロツキーズ現象でしかない。仮に何者かの術現象だからと俺がやったという証拠なんてないだろ?」

 

反駁を許さぬ怒涛の言葉責めにアリサはうめきつつも、論理によるハラスメント―――ロジハラに関しては無視しつつ、前半部分に関して問いただす。

 

「い、いまさら気付いたかのような物言い……! 衛宮君って本当に意地悪だよね! 私、確かにハーフという人種上そういう風なことあったけれども……けど何か違う!! 私の何が気に食わないのか言ってよ!!」

 

「全部」

 

「うぐっ……ぐ、具体的には!?」

 

何故そこまで聞きたがるのか。別に人間十人十色。青もいれば赤もいるし、白もいる。

 

そもそも劣等生たる自分に優等生たる十文字が構う理由など無いはず。

 

いっそのこと『抗魔布』の術式を教えて金輪際の接触を後腐れなく絶ったほうがよいような気がしていながらも―――。

 

「お前には『主』(しゅ)たるものがない。主体(自己)を持たぬお前は、いつ何時、どこに立とうと、ただの漂流者だ。お前が勝手に俺を調べたように、俺もお前のことを少しばかり調べさせてもらった。いや、それ以前から想っていた所感だが、お前みたいに『己』を持たず、戦うことも、抗うことも出来ない人間は癪に障る」

 

「―――――――」

 

その言葉に心臓を掴まれたような気分になるアリサ。

そして最大級の険相を見せてくる茉莉花。

 

「別に全てを自分で決められる人間はいないだろうさ。物事には抗えぬ『流れ』というものが存在しているだろう。しかし……まぁこれ以上はいいだろう。とにかく―――俺はお前が世間一般では美少女として認知されていたとしても―――お前に自覚は無いだろうが、『サヨリのような女』としか俺には見えないわけだ。だから関わりたくない」

 

途中で言葉を打ち切ったが、それだけでも物凄い悪罵である。普通の女子ならば怒ってそっぽを向いて、無視してもいいはず。

 

だが、アリサとしては……変な感覚ではあるが、そこまで自分を理解されていることに妙な気持ちになる。

 

有り体に言えば―――嬉しかったのだ。

 

幼なじみであり姉妹のように過ごしてきた茉莉花ですら見透せなかった本性。

 

要するに……アリサは、自分が『何者』であるのかというのを定義出来ない不安定な人間なのだ。

 

それは『十文字家の魔法師』であるという窮屈なドレスを着ている現在でも、感じていることなのだから……。

 

寧ろ……自分は■■■に生きていたいぐらいだ。だが、自分が安らげる場所がなくて、自分を曝け出すことも出来ないから、こうなのだ。

 

「んじゃあな。今度こそもう会うこともないようにしてくれ。拘束の術式ぐらいどっかにはあるだろ。あるいは、生徒会の……歯車先輩だったかに調べてもらえよ」

 

思い出したように言われるも名前間違いされた矢車先輩のことだろうが、彼の校章との掛け合いで、それでも通じてしまうことに苦笑する。

 

だが――――。

 

「―――」

 

「……何をやってくれてるのさ?」

 

「見てわからない? アナタの腕に腕組みしているのよ」

 

「……理解できないんだけど。こういうのは好きな男子とか、好意を抱かれてる男子にしてやれよ」

 

「そうね。けどそれは在り来りな答えよ。そして、私

ワタシ(主体)が無いと言った。これこそがアナタに対する(アリサ)なりの答えよ」

 

―――私は、アリサは、アナタの、衛宮シロウのことが知りたい―――

 

 

「―――最初は、どうしてだか分からなかった。けれど、いまならば分かる……アナタはワタシを、何の色眼鏡も無く見ていたから……だから―――違うと思えたんだ」

 

「そりゃ俺が田舎モンだからさ。十師族制度なんて知らない英国―――ブリテン島にいたからな」

 

「そう聞いているわ。けれど―――私の直感は外れて―――」

 

「アリサから離れろ!! この変態!!」

 

いい加減、この訳のわからない蚊帳の外感覚を脱したかったのか、それとも幼なじみを取り戻したかったのか。

 

どちらにせよ。掴みかかろうとしてきた時には―――。

 

「―――!?」

 

「あ、あれ?」

 

アリサが組み付いていたシロウの姿はなく、そこに収まる形で茉莉花とアリサが腕を組み合わせているのだった。

 

代わりにシロウは―――。

 

「我が夫よ。帰りが遅かったのでこのモルガン、そなたの学び舎まで見に来てみれば、このような浮気現場を目撃するとは思いませんでした―――が、いまは置きます。ネコ殿の元で労働する時―――急ぎましょう」

 

少し離れたところ……歩道にてくすんだ金髪の美女。年齢としては自分たちよりも上、流石に母親とまではいかずとも……女子大生程度の年齢だろう美人。

 

くすんだ金髪を黒いリボンでまとめた……どこか人間離れした容姿をしたその美女は、シロウの腕に自分の腕を絡めて、話しかけていたのだ。

 

 

先程までの自分の立ち位置を奪われたアリサとしては憤慨するよりも、悲しさを覚える。

 

「あ、ああ……監視していたのでは?」

 

「まさか―――私はアナタを信頼していますよ。シロウ?」

 

今までに見たことがない衛宮シロウの表情にアリサは納得いかないものを覚える。

 

何なんだあのくすんだ金髪(ホワイトブロンド)の美人は――――――。

 

小陽やあの美人には柔らかい対応で、自分(アリサ)に対しては、あの対応。

 

すなわち――――。

 

 

 

「あの女は誰なのよ!!!!???? エミヤくんの彼女とか、囲われているの!? 色々考えたけど、とにかく明確な関係性を教えてよ!!」

 

「ぐぇええええ!! く、首をしめるな十文字!!! というか先輩方のお白州に引っ立てて真っ向一番にやるのが、これなのかよ!?」

 

―――後日の放課後にて、問い詰められるのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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第八話『因業回帰』

リロメモでリーナの最高レアを出すまで粘ったり、FGOでは日本のファンタジーラノベの祖とも言える馬琴が実装されたり――――――――

まぁ色々ですねぇ。そんなこんなでお送りします。




再度、またもや、二度目の……一高重鎮たちの前に引っ立てられたシロウは面倒なことだと想うのだった。

 

「……何で俺は呼び出されたんでしょうか?」

 

「―――ええとですね、一昨日のカエルが空から落ちてきた現象を知っていますか?」

 

「ええ、皆さん……校門前に整列して三矢会長も見られてましたね。皆さんが踊っている中の脇を通り過ぎましたのでよく覚えていますよ……何かの儀式だったんですか?」

 

会長の言葉に、シロウ(自分)が知らないだけで、一高名物『カエルまつり』でもやっていると想いましたという言葉に。

 

「「「「「そんなわけあるかぁあああ!!!!!」」」」」

 

裏部アキや北畑チカなどの剛毅な女子すらも涙目で叫んで、否定してくる。そうしてさらなる『説明』をする。

 

「カエルは、地域によっては雨乞いの達人ですからね。五穀豊穣の前段階として適切な雨量で水不足を解消しようという試みだと想っていたんですが……まぁ違うというならば、誰かの仕業か、本当にファフロツキーズ現象でしょうよ」

 

「……恍けるのもいい加減にしてくれないか? キミがやったんだろうが……」

 

「俺がやったという証拠はあるんですか? 副会長」

 

「……ないさ。学校に設置してあるサイオンセンサーにもキミが何か強烈な術を発動させたような記録(ログ)も無かったし、そういう発動の兆候も無かった……」

 

悪魔の証明だとは認める副会長。

 

「だが―――キミがやったんじゃないかと想っている。アリサは、キミを見つけた瞬間に……し、視線を感じたと言っていた。つ、つまり!!! キミがアリサを遠ざけるために、あのような混乱を校門前に起こしたのだと俺は想っている!!!」

 

苦しげに、まるで口に出すことすら憚られるような調子で吐き出した副会長。十文字に対してそこまで懸想するなら、とっとと告白すればいいのに。

 

「その前に―――、そもそも何で、この室内にいる面子全員で校門前に立ち塞がっていたんですか? その理由を教えてくれないんですか?」

 

「―――端的に言えば……キミが持つ鎖の魔法を教えてほしかったんだ。アリサが欲していたしね……」

 

「上級生そして優秀生総出で劣等生に対してカツアゲですか。クソですね」

 

カツアゲ……。まぁそうとしか取れない行動だが、どうしてこう……。ヘイトを溜め込ませるのか。相手を逆撫でする言動ばかりを取るシロウには悪感情が発生する。

 

この魔法科高校で無頼漢のはぐれものであることをそのままに生きていくなど……。

 

「よかったな十文字。お前さん一人の気儘と自儘のためにお前の義兄殿や上級生の皆さん方は、徒党を組んで一人を取り押さえようとしたそうだぞ。

これからは東京卍會ならぬ一高八卍會とか組織したらどうだ」

 

あからさまに煽るシロウ……。その言葉に―――アリサは立ち上がる。

 

「そんなことはどうでもいいわよ」

 

「あ、アーシャ?」

 

憤懣やるかたない様子でいた茉莉花ことミーナが驚くほどに、冷たい声を出すアリサことアーシャだが……椅子から立ち上がり―――。

 

ツカツカとシロウに近づいていくアリサ。

 

対称的に椅子に座っているシロウ。

 

「―――そんなことはどうでもいいって……お前のためにお前の兄貴や親友はカツアゲをしようとしているんだぞ。もうちょっと嬉しそうにしろよ。でなければ、何のためにかえるぴょこぴょこ みぴょこぴょこ あわせてぴょこぴょこ むぴょこぴょこ―――したんだか分からんぞ?」

 

達者な早口出来るんだな。と、この時代の魔法師には全く以て意味のない特技が披露されて、それでも少し感心していたのだが……説得しているようで、その煽り文句に取り合わず十文字アリサは――――。

 

 

「あの女は誰なのよ!!!!???? エミヤくんの彼女とか、囲われているの!? 色々考えたけど、とにかく明確な関係性を教えてよ!!」

 

「ぐぇええええ!! く、首をしめるな十文字!!! というか先輩方のお白州に引っ立てて真っ向一番にやるのが、これなのかよ!?」

 

先程の問答は何でも無いことのようだったが―――。

 

制服の襟元を掴んで、シロウに詰め寄る十文字アリサの顔。再び接近する両者の距離―――。しかし―――。

 

「違う―――これはシロウ君じゃない!!!」

 

「俺、お前に下の名前で呼ばれるほど親しくないと想うけどね……」

 

いつぞやアーツ部において披露された『影人形』としか言えないものと変り身の術よろしく位置を変えた。衛宮シロウの姿が違う位置に立っていたのだった。

 

「「「………!!!!」」」

 

恐るべき手際。どの時点で発動していたかすら分からなかった。影人形としかいえない黒子のようなパペットは徐々に消えていく。

 

「何で学外のことに関与されなきゃならないのか、分からないが―――面倒だから応えてやるよ。彼女―――ミス・モルガンは、俺の家の同居人だよ」

 

「……僕らは見ていないが、十文字さんが言うようなそんな美女と同棲しているのかい?」

 

「イギリスに居た頃からの知人でして、日本まで着いて来るのを拒めなかったので」

 

詳細なことは言わないが、それだけで関係性は知れた。

だが、これに関してはどんなジャッジを下せばいいのか分からない。

 

シロウが語る通り学外のことでしか無い。生徒のプライベートに関して、確かに生徒会はどこまで首を突っ込んでいいのか、その判断は難しい。

 

かつて、司波達也が入学をした95年の4月には、反魔法主義団体と当校生徒が繋がっていたことが契機というわけではなかったが、それでも生徒が勧誘されていた反魔法主義団体の大規模テロによって108名もの『魔法能力喪失者』が生まれ、死者こそ出なかったが、その体を十全に治療されてもなお、様々な日常生活に支障をきたす障害を植え付けられたものは多い。

 

司波達也の『再成』という未だ持って不透明な魔法が、全てを『直せた』わけではないのだった。

 

そんなわけで、一高としてもかなり……この手のことに関しては、ナーバスにならざるを得ない。

 

しかし……。

 

「まぁ男女のことにアレコレ首を突っ込んで馬に蹴られてなんとやらは、ゴメンだね」

 

「そうだよね。まぁそこに関してはノータッチで」

 

「何でですか!? 血の繋がりの無い男女が一つ屋根の下!! 不健全です!!」

 

三矢会長と歯車会計の言葉に噛み付く十文字。もういい加減にしてほしい気持ちで、シロウは譲歩することにした。

 

ため息一つ吐いてから側聞するに、この人が適任かという想いで任せることにする。

 

「歯車先輩『矢車だが』―――失礼、要は、こっちの十文字に俺の『ゴルゴーンの鎖』を教授すればいいんですが……」

 

結構、ドスの利いた声で言われて一瞬、気圧されたが、すぐに持ち直して、要求を出すことにした。

 

「メンドクサイので、矢車先輩の方で十文字のCADに、俺の術式を打ち込んでくれませんか? あとはそれなりに見たらば、問題ないでしょ?」

 

その言葉にざわつきが生まれる。まさか、こんな風な譲歩を見せてくるとは思わず、同時にあの鎖の術式名が判明した瞬間であった。

 

「いいのかい?」

 

「但し、金輪際、絶対に、なんであろうと、どのような事情があろうと、どんな手段であろうと『十文字アリサが、衛宮シロウに近づくことを禁ずる』という『ギアススクロール』に署名することを厳命させてください」

 

用意周到な。と言わんばかりに、そんなもの……何かのチカラが鳴動している羊皮紙を取り出したシロウに対して―――。

 

アリサが悲しい顔をして、周囲の殆どが、もはやそれしかないか―――と、諦めムードであったところに……。

 

「いいや、そういうことならば俺は引き受けられない。そして、そのように他者の秘術を得てまでも、風紀委員を続けるつもりでいる十文字も認められない。この話は無しだ」

 

再び、ざわつきが生まれた。まさか、あの矢車会計がそういった風なことを言ってくるとは思わなかったのである。

 

「衛宮、キミの心の内はよく分からない。けれどキミにはキミなりに譲れない『線』があるからこそ、そこに無遠慮に入り込む十文字アリサを嫌っている―――そういう認識で構わないか?」

 

「―――その通りです……」

 

「十文字―――アリサ後輩としては、衛宮の術、力を理解することで、近づきたいと想っていた。だが、それが衛宮にとっては、あまり『快い』ものではなかった。不躾な金持ち、傲慢な権力者にも見られていた。それは理解しているか?」

 

「はい……」

 

矢車侍郎の言葉が後輩2人に響く。とてつもない言葉の矢を放たれて、少しだけ後輩2人は呻く。

 

そんな後輩に再び言葉をかける。

 

「そこで、だ……アリサ後輩―――キミが、エミヤシロウと戦え。欲しい物があるというのならば、貫かなければならない物があるならば、時には爪を立てる必要がある。キミを魔法力の優劣だけで、風紀委員にしようとしている裏部とは違って、俺にはその『資質』があるかどうかは分からないからな―――ソレの結果次第だ。でなければ、エミヤの言うような術式のコピーなど承れない」

 

全員が静まり返る。

 

だが、そんな中……笑い声が聞こえる。抑えたような笑いは―――。

 

「え、衛宮くん……?」

 

衛宮シロウから漏れていた。一頻り笑ったあとには顔をあげて、見たことがない『顔』で矢車を見ながら、口を開く。

 

「中々に骨のぶっとい所を見せてくれますね矢車先輩。この学校に入ってから初めて面白い人間に出会った気分ですよ」

 

牙を剥く―――そんな表現が似合うほどに笑みを浮かべる衛宮シロウから目を切らずに矢車侍郎は厳然と言い放つ。

 

「俺を主に鍛えたのは、当時、俺と同じく2科生だった3年生(上級生)だった。その人達は無事に魔法科高校を卒業して―――各々の道に入っていったよ。その後姿を見送った時に想ったことは一つだった」

 

「それは?」

 

「―――成し遂げたいことがあるならば、時にはぶつかり合うことも必要ということだ」

 

その言葉にはいろいろな意味があった。

 

だが、ここまで来れば分かった。

 

こと、此処に至るまで―――十文字アリサは、本当の意味で『衛宮シロウ』を理解していない。知ろうとしていない。

 

シロウだけが、アリサを理解している風なのだ。その理解とてアリサからすれば半端なもので、アリサは不満を漏らす。

 

そういう構図なのだった。

 

 

「そして、これだけは倫理観から言っておく……あまりヒトを拒絶するな。俺もお前の過去は知らないし、探るなんてこともしたくない―――ただ、自分に興味を持ってくれた女の子を無下にするな。男が廃るぞ」

 

「その『過去』(ウルズ)が、知られたくないものであれば、途端にヒドイものにもなるでしょうが―――、まぁいいでしょう……この辺でキッチリ、ケリを付けるのも悪くはない。後腐れなく終わらせるにはいいもんだ」

 

その言葉のあとに―――その時、初めて衛宮シロウは十文字アリサを本当の意味で『正面』から見たと言えた。

 

正面から見られたことで、アリサの鼓動が少しだけ早鐘を打つ。

 

その目を知っているからだ。シロウの目は―――。

 

(大切なヒトを失った目をしているから……)

 

自分と同じ目をしていたから、どうしても目を離せないのだ……。

 

「十文字、お前が俺に何を見ているかは分からないし、知りたくはないが、俺の『原理』は死んだ母親(・・)が繋いできた絆の全ての運命だ……俺の術式を欲するならば、俺の母親の骨を食むも同然の行為―――見せてみろよ。お前自身の覚悟を」

 

その言葉は挑戦状だ。これを受けなければ―――。

 

「いいわ。私にだって失ってきたものがある。捨てきれなかった矜持・誇りがある。これは十文字の人間としての決意じゃない―――私のマーマ『ダリア・イヴァノヴァ』が、この国に来た覚悟全て―――アナタにぶつける」

 

―――衛宮シロウとの繋がりは断たれるのだと気付いたから全霊を以て受けるしかなかったのだが……。

 

そこに嘴を挟むものが出てくる。

 

「待ってくださいよ! アーシャはヒトを攻撃するようなことが出来ないからこそ、私とペアでの風紀委員登用だったんですよ! 矢車先輩、こんなことで―――」

 

「危難には俺とて起こってほしくないが、起こってしまった場合。どうしても風紀委員は率先して前に出ることで危難に立ち向かわざるを得ない場面がある。俺は裏部のように『甘くはない』―――いざという時に動けない奴に重責を任せていて、取り返しがつかない事態は避ける」

 

「「「―――」」」

 

その言葉。三矢家のガード(護衛)という立場と側聞する彼の言葉は重い。

 

「ず、随分と私の判断に物申してくれるじゃない矢車君」

 

「魔法能力と実働能力は別だと言っているだけだ。まぁ極まった魔法師ならば何かしらの特異スキルで相手を制圧出来るだろうが、世の中には―――そういった風な『マニュアル』が通じない相手がいることは―――親愛なる我らが同級生諸君は『よくご存知』だろう?」

 

その言葉に、この場にいる三年全員が目を瞑って思い出したくはないが、思い出さざるを得ないことを苦しい表情で思い出している様子だ。

 

それを見てから矢車は再び言葉を重ねる。

 

「勝負の形式は、遠上含めての2対1形式ならば、前回の火狩と同じく、フルコンタクトルール。しかし、1対1のタイマンならば、ノータッチルールでの魔法戦……選択権は衛宮にあるが?」

 

「ならば前者で、風紀委員としてのスキルを判断するならば、そちらの方がいいでしょう」

 

「言っとくけど、私は遠慮無しで殴りかかるからね」

 

「どうぞご自由に」

 

その素気無い態度で挑発的な茉莉花をいなす様子。

 

そうして、約2時間後に再び……戦いは始まるのであった―――。

 

 





キグナスにおいては部活がメインなのですが、それだと話が進行しづらいんですよね。

一応、時間経過は結構経っているんですが、なかなかに難しい。


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第九話『月過禍人』

廃工場の中は忙しなく動いていた。その中で泰然と動いていた少年は、速いなと感じていた。

 

「司さん。とっとと逃げた方がいいな―――。どうやら連中、大挙してカチコミに来ているぞ」

 

「―――重要物だけを持ち出して、あとは各自のルートで移動しろ!……キミは残るのか?」

 

「連中を釘付けにしなければ、皆さんが犠牲になりましょう」

 

一度でも依頼を受けた以上、それぐらいはしなければなるまい。依頼料も貰ったことだしアフターフォローは当然だ。

 

司一の人格がどうあれ、『子供』をこの場に置いておくことは、少しばかり心苦しかっただろうが、最後にはプロフェッショナルとしての手練を信じたようだ。

 

 

「分かった。ならば頼む―――」

 

その言葉のあとには逃げ支度に加わる司一の姿を見てから……。

 

「というわけで、やって来ようとする鼠賊を打ち払っていただく」

 

『容易い―――』

 

白銀の大鎧を纏った機甲武者を『呼び出す』のであった。

 

『それで、マスターよ。例の『ブツ』は『研ぎ終わって』いるのだろうか?』

 

言い方としてはどちらかと言えば、何かの得物を求めるような言い方だが、声の調子は……何かのオモチャをねだる子供かのようであり、少し苦笑した■■は―――。

 

「ええ、存分に使ってくださいなアーチャー」

 

『穢土にありし妖術師―――狩りの得物としては不足の限りだが、我、何一つ慢心せず』

 

その返答をした15分後―――■■が残しておいたアサシンから念話が入り、進発したことが伝えられた。

 

同時に、ブランシュ日本支部の拠点から全ての構成員たちはいなくなり―――からの反魔法師団体にやってくるマヌケどもを相手することになる。

 

 

会頭の集合の声に集められた魔法師達は多かったが、それでも一高を守護する面子も必要ということで選抜されたメンバーは、無事な車両―――教官の先生方のも借りて車両五台分で赴くことになった。

 

順調なドライビング―――でブランシュの拠点にというわけにはいかなかった。

 

「お兄様!!!」

 

そんな中、家からオートマで呼び寄せたオートバイにタンデムで乗っていた司波兄妹は、車両組よりも早くこちらを狙う脅威に気付いた。

 

外気に溜まる濃密な魔力。何かが来ると分かった瞬間には、こちらに並走するように―――白銀の鎧武者が現れた。

 

(こいつらもノーブルファンタズムの一員なのか?)

 

黒霧の騎士の次には白銀の鎧武者。

 

バリエーション豊富な面子だと想いつつも、その白銀の鎧武者は何かの『反重力機構』でも備えているのか、浮かびながらもこちらの走行に追いついているのだ。

 

(マズイな)

 

あちらが日本の交通法規を守るとは思えない。そもそも、対向車線を並走している時点でアウトだ。

 

つまり―――。

 

発射(シャー)

 

無機質な言葉と同時に車間距離をギリギリにしていた五台の車両に『弓』とでも言うべき得物で、攻撃してきた。

 

光弾の矢はしっかりとしたものであり、濃密なサイオンではないチカラで構成されており、先導していた達也がいち早く『術式解体』で『吹っ飛ばす』も3回引き金を絞らなければ、その流鏑馬(やぶさめ)の矢を解体することは出来なかった。

 

『司波!!』

 

「速度上げてください!! 俺と深雪でも壁を張ります!!」

 

『気をつけろ―――ッ!!!』

 

自分の後ろにいた車両のドライバーたる十文字会頭の言葉が途中で途切れる。

 

白銀の鎧武者―――2mは優に超えた体躯の―――何だかメカニカルな印象を与えるそれが……。

 

G(GENJI)ビット。十三機展開完了―――これより狩猟技巧を御見せする』

 

申告通り十三機が距離を取りながらも―――車両の左右、上方、後方―――前方……包囲陣を敷いて囲んでいたのだった。

 

『かかれぇ!!!!』

 

法螺貝と太鼓の音が、どこからともなく鳴り響くと同時に弓矢が飛んでくる。

 

カラクリ武者が持つ弓は剣としての扱いも出来るらしく、それを車体に叩きつけようとしてくる。

 

当然、それを防ごうと車中から魔法を放って近づけなかったり障壁や車体自体を硬化させようとするも―――。

 

最後尾の沢木や服部が乗っていた車両が、まず最初に走行不能になった。

 

タイヤを潰されて、車体側面を叩き潰された結果だ。

 

制動が効かなくなり、スピンして、ガードレールに盛大なクラッシュを果たした結果。

 

『沢木、服部―――』

 

意識がないのか、それとももはや…死んでしまっているのか、どちらとも取れる動きのない乗用車の様子。

 

走行しながらも後方に置き去りにされる車の乗員を心配する十文字会頭だが―――。

 

遠方より―――強烈な『殺意』と『チカラ』の塊を感じた。周囲にいる全ての魔法師―――それどころか、八王子にいる超常能力者が『圧』を感じてしまうほどに、強大すぎるプレッシャー。

 

それが功を奏したのか、車内で意識不明になっていた上級生たちが、意識を取り戻して。次の瞬間には達也は、その車両を『分解』。頭や腕を抑えながらも、動けない車両から全員が『放り出された』。

 

『逃げろ! 兎に角そこから離れろ!!』

 

「りょ、了解です!」

 

誰がやったとか、何をしたとか。そういう疑問は二の次で指示を出してくれた会頭に感謝。全員が自己加速魔法などで四散するように移動した瞬間―――。

 

数秒前まで一高の1科生がいた場所に光が奔る。

 

光は物理的な圧を携えながら、天空より着弾。

 

十分に離れていた車両移動組ですらその光圧にやられて、制動を効かなくさせてしまう。

 

そして―――移動魔法で散った人間たちは、その光圧の範囲外にいたとはいえ、吹き付ける熱風、次に振動、最後に轟音―――全てが魔法師という超常能力者の五体を撹拌して不満足にさせるにいたるものであった。

 

爆心地には半径十mはあるだろうすり鉢状のクレーターが形成されており、その深度と共にとんでもない。

 

……遠方より突如走った閃光が、こちらの大半の戦力を無力化していた。そして何故か分からないが達也には、この魔法(?)が『全力』でないような気がしていた。

 

(仮にこれが全力の射撃でないならば―――)

 

理由は分からないが、そんな気がしながらも震える深雪を安堵させる材料を探そうとするも、何もなく―――。

 

『狩猟再開―――』

 

白銀の鎧武者は弓を発射しながら、こちらを見ていた。そして、白銀の鎧武者の言葉で、ようやっと分かったことがある。

 

(俺たちは狩りの勢子(せこ)狩子(かりこ)にけしかけられ、武者の前に追い込まれた哀れな得物か!!!!)

 

狩りを楽しむ『武者』―――本命は――――。

 

ブランシュアジトの屋上にいるのであった。

 

一瞬だが、その姿を確認したあとには……

 

 

「会頭、狙撃手はブランシュアジトにいます!! っ!! どうやらノーブルファンタズムの狙撃手のようです!!」

 

言いながらも攻撃はやまず、オートマ運転に切り替えて相手の光矢を分解する作業を続行していく。

 

『七草!』

 

『確認したけど、なんなのよあれは……!!!』

 

何かしらの『遠見』のスキルで見た同乗している七草会長の声。あんまり見ないほうがいいだろうと声を掛ける前に―――。

 

『我の姿を見るものアリ、排除行動に移れGビット』

 

聞かれていたことで、最後まで走行しきった会頭の車と達也たちが、囲まれようとしていた。

 

包囲殲滅陣―――絶対死のそれが、刻まれるだろうことは容易な陣形。穴だらけに見えて、その陣には一切の隙は無いのだ。

 

 

―――終わらせるか!!!―――

 

もはや何の天秤の傾きも関係なく、達也の最大級魔法で、ブランシュアジトを吹っ飛ばす、消滅させることで痛痒を―――。

 

と思った時には、白銀の鎧武者たちは雲霞のごとく消え去った。

 

いきなりな攻撃の消失。そして、ブランシュアジトに達也も再び眼を向けると……。

 

『いなくなった……?』

 

「―――」

 

真由美も自分と同じものを見たらしく、随分と驚愕した様子でいたのだが……それでも一連の攻撃で、アジト突入組は僅かな人数―――4台分の車両がオシャカになってしまったのだ。

 

そして、その中にいた人間たちは全て、密かに進発していた独立魔装の軍医たちによって、緊急治療が必要なほどになっていたのだった。

 

(これだけ無茶苦茶やって―――雲隠れとは……)

 

ブランシュアジトを「覗き見」することは出来ないが、待ち構えていることは分かる。

 

あるいは逃げているかもしれないが、ともあれ達也はあの少年の風貌をした人間に一発くれてやらなければ気がすまない気分なのだった。

 

 

 

「矢車君が言い出したこととはいえ、本気なの?」

 

「ええ、そもそも……本当に裏部委員長は、私に風紀委員としての『資質』があると思っているんですか?」

 

その言葉に少しだけ裏部も考える。結局、自分は『十文字』のネームバリューと、その成績の優秀性だけで彼女を風紀委員にしたいと思った。

 

最終的には、アレコレと理由を付けて、茉莉花とのコンビでの風紀委員登用となったのだが……。

 

当初の動機はそれでも、いまの一高には、そこまで殺伐とした空気は薄くても……。

何かしらの『不平不満』は溜まっているのだ。それがある意味、爆発したのがブランシュ事件なのだが……。

 

「―――確かに私の最初の動機は、アナタの魔法能力の優秀性だったわ。そこは言っておく。けれど……アナタ自身、最終的には、そんな自分を変えたくて、風紀委員になったのでしょう? ならば、そこは……やる動機としては正しいわよ」

 

「……分かりました」

 

裏部の言葉は全てに納得が行くものではないが。

 

(結局、私は変われていなかった……)

 

人間、そんなすぐさま変われるものではないが……それでも―――。

 

(衛宮君……アナタと戦うことで、私は変われることを知りたい。そして―――)

 

頑ななアナタの心に寄り添いたい。

 

そして―――。

 

(私を見てほしい。その為にも……)

 

この戦いで、絶対に自分(アリサ)を見せる。そう決意するのであった。

 

 

 

面倒なことではあるが、これが最後だと想えば、自然と気合いが入る。要は心を手折るための戦いだ。

 

俺のような異端の劣等生に関わるべからずと、十文字に分からせればいいのだ。

 

強すぎず弱すぎず。俺ならば出来るだろう。

 

自分を隠して生きていた。生きるためならば、何でもやってきた。

 

だが、決して体制に取り込まれずに己の意思を貫いてきたのだ。

 

―――孤児のはぐれものに、お前のようなヌクヌクと生きてきたようなお嬢が優れるものかよ―――

 

例え……遠上が主な相手と言えども、負けない。そして勝たない。

 

などと後ろ向きな決意を固めていた時に考えとか色んなモノが生臭い先輩がやってきた。

 

「……なんすか? イザヨイ先輩。綺麗どころが集まっているあっちにGOしてくださいよ。ぶっちゃけ視界から消えてください。マジで」

 

「倒置法でとんでもないことを言うねキミ……」

 

言われた誘酔早馬は、もはや諦観したのか、それ以上は何も言わなかったが。

 

「スーツも着なくていいのかい? 何ていうか―――」

 

今度は三年の千種先輩が言ってきて嘆息してからシロウは動き出す。

 

「アンタをこの姿でもぶっ飛ばしたのが俺ですが? まぁ遠上は防具をつけさせたほうが良いでしょ?」

 

むさ苦しいの2人からあれこれ言われたシロウはいい加減、準備運動をしておくことにした。

 

「大丈夫なんですか?」

 

「何がさ? っていうか永臣は、どこから来たのさ」

 

最後には、この場には一番似つかわしくない相手が、いつの間にかやってきていたのだ。

 

「あら、私だけ仲間はずれですか? まぁジョーイと戦い、今度は茉莉花さんとアリサさんからも戦いを挑まれる―――そんなトラブル巻き込まれすぎなシロウ君を少しは応援したいと想って♪」

 

要するに面白そうな戦いがあったから野次馬根性で来たということか。苦笑しながら―――。

 

「見てもつまんないと思うけど」

 

どうせシロウの術など現代魔法の範疇のそれではない。彼が持つ『原理』は、もはや『特異点』クラスだ。

 

■徒どものもつ■■ほどではないが、CADなどいらないのだ。だから―――。

 

(低位の魔法師ランクを取れるだけでいいんだよ)

 

その為の職業訓練校扱。だが、それを妨げるように……十文字アリサを一瞬だけ睨みつける。

 

(どいつもこいつも……!)

 

そんなにまでも『特別』であることの優越感に浸りたいのか? 人知を超えた魔人になってまで、倒すべき『敵』などいないくせに、チカラを求める浅ましさ。

 

ヒトを知るのではなく、チカラを識ろうとする傲慢。

 

すべてを引っ包めて、シロウにとっては癪に障る。

 

だったらば……。

 

(めんどくさっ!!)

 

最後には、そういう考えを放棄して適当にやることにするのだった。

 

 

指定されたフィールドに進み出て、お互いに向き合う。

 

シロウの相手である少女2人は、魔法戦闘用の演習着。アーツ部の衣装にも似たものを着用していた。

 

ジロジロ見ることはしないが、今さらながら扇情的なものだ。

 

無論、食指は動かないわけだが、ルール説明は事前に受けていた通り。

 

しかし、前回の火狩との戦いを反省したのか……。

 

 

「殺傷性・及び致死性の高い術を使った時点で失格負け―――当然、そういうものをワザと使って負けるのも禁止。異論はないな?」

 

メンドクサイ制約が着いたものだ。だが、前回は見せすぎたのは理解している。

 

遠上が前衛。そして十文字が後衛。オーソドックスな陣形だが……。

 

(前衛が役目を果たせるのならばいいけどな)

 

そう想いながら特に構えを取ることもなく、待ち構えることもなく自然体でいる。

 

矢車先輩の合図を待っている。

 

読み込まれる起動式。激発の瞬間までもはや数秒。

 

そんな中、シロウの『回路』も開き、物質界との接続も完了していく。

 

そして―――戦いは始まるのであった……。

 

 

 



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第十話『蛇猪十闘』

ひむてん―――両方買おう。

特に氷室さんの水着がモアセクシー! hollowが出た後、すぐさま氷室ルートをアンソロでも同人でも書いた映一郎の全力を思い知った。

夏コミも買おう!


 

 

「はじめっ!」

 

先輩の合図が響き、魔法戦闘が始まる。すぐさま……何かの遠距離攻撃の嵐舞が吹き荒れると予想していた周囲の面子は、肩透かしを食らった。

 

火狩の時のような轍を踏まないように、アーマーを展開した茉莉花は、超速で突っ込んでいく。

 

猪がいない大地を故郷としている少女の『猪突猛進』という言葉が似合うチャージを受けても、シロウはそれに対して後退を選んだ。当然、その距離を詰めようと低く、低く懐に入り込もうとする。

 

バックしながらの滑らかな移動。その歩法は、いっそのこと華麗と称するにたるほどのムーブである。

 

そうしながらも茉莉花から目を切らずに、その目の狙いを即時に判断する。広い武場を縦横無尽に移動する2人の一年。

 

(遠上は何度も攻撃をしているが、リーチを理解されているからか皮一枚程度で躱しを実行されている)

 

手だろうと足だろうと出しているが、それが衛宮シロウに届くことはない。

 

こうなってくるとリアクティブアーマーの使用が重くなってくる。

 

だが、解除した途端に攻勢に出られたならば、溜まったものではない。このアーマーを纏っての攻撃がプレッシャーになるならば、いくらでも持続してやる。

 

その心が茉莉花を前進させていた。

 

そして、この茉莉花を支援するように、効くかどうかは別にしても、攻撃術を放てば最高なのだが……。

 

(まぁ分かっちゃいたことだけどね)

 

裏部アキとしては親友の危難から彼女―――十文字アリサが一皮剥けることを狙っていたのだが。

 

などと考えている内に変化が起こる。

 

「むっ、どうやらようやくガス欠のようだな」

 

「ええ」

 

あの速度で背面走りをしていたことによる疲労からか、段々と茉莉花の攻撃がシロウにヒットしていく。

 

当然ガードの上からなのだが……。

 

そして、それを見たアリサは必殺の好機であると理解して、魔法を打ち出すことにした。

 

任意の場所に『壁』を作り出す。十文字家の魔法―――強固なそれをシロウの背後に作り出すことにした。

 

茉莉花のフルスイングのナックルのタイミングに合わせて、シロウの逃げ場を塞ぐ。その意図で放たれた壁は……。

 

茉莉花も理解していたらしく会心の一撃を繰り出すべく、拳を練り上げる。

 

この一撃で終わらせる。その思いで繰り出した攻撃は―――。

 

横合いから来たナックルによって不発に終わるのであった。

 

倒れ伏す遠上茉莉花という女子アーツ部の新鋭の姿のみが、そこにあった。

 

 

その様子を見届けたものは唖然とする。

 

「強烈なサイドステップで遠上の横に移動。その上で攻撃に集中していた遠上の『顎』(ジョー)に一撃」

 

「十文字が背後に壁を作ると理解していたのか、力を込めているのが筋肉の強張りで悟ったか」

 

更に言えば遠上の攻撃がヒットしていたのは衛宮が若干ながらバック走の速度を落としていたから。

 

誘われた形だ。

 

どちらにせよ。衛宮士郎の能力値は普通ではない。

 

「―――神技再現・愛神羅刹(カーマ・マーラ)

 

そして遠上を倒したあとに狙うのは、当然―――十文字アリサであった。

 

いつぞやの火狩と同様に手を向けて狙われたアリサは、十文字の魔法である多重障壁を展開。

 

球形の障壁たるものを展開しながらも、迫りくる蒼炎の波濤から移動することは忘れない。

 

(位置が良かったわ!)

 

正直、自分がいたのが火狩の時のように壁際だったらば、どうしようもなかったと想うが……。

 

(反撃の一手がないんだよね!!)

 

球形の障壁を生成しながら、その波濤を乗り越えたアリサだが、こと此処に至ってもシロウを攻撃することができない。

 

けれど―――。

 

「動きを阻害するぐらいならば!!!」

 

先程の応用。壁たる障壁をシロウの周囲にいくつも作ることで動きを阻害する。先程は自分のミスで側面にも作らなかった。

 

(今度は失敗しない!!!)

 

「俺をカゴに閉じ込めるつもりか、はたまた『蔵』か」

 

何かを呟くシロウだが―――。その後には球形の障壁を『素手』で壊していく。

 

まるで紙切れでも裂くかのように呆気ないそれの理由は―――。

 

「電気!?」

 

四肢を光らせているチカラであった。

 

「雷を四肢に付与したのか……」

「ねぇアイツ、本当に2科生なの……?」

 

誰もが想う疑問をアキは感心した千種のあとに言ったのだが……。

 

相対するアリサは余裕がない。次から次へとキャストする球形障壁が雷四肢は砕いていくのだ。

 

(なんて………)

 

アリサは現代魔法師として優秀の極み。その発動速度はそれに違わぬ。

 

だがシロウはそれを後の先で砕いていく。手を変え品を変えではないが、角度を変えてシロウを封じ込めようとする球形障壁が手ずから砕かれていく。

 

シロウはそこから動いていない。アリサの壁をミット打ちか、サンドバッグよろしく砕いているだけだ。

 

それはある意味では―――残酷かもしれない持久戦だったが……。

 

(なんて優しいの……)

 

独特の思考回路を持つアリサにとっては、そうではなかった。

 

自分が攻撃術を『ヒト』に向けられないことを知っていたシロウは、不動でその障壁を砕くことでアリサのサイオン切れを狙っていたのだった。

 

その気になれば、その雷手からスパークよろしく放電を放つこともできただろうに、それをしないシロウにそういう念を抱くのであった。

 

(お前が攻撃術を放てないのは理解している。けれど―――これがお前の戦い方なのか?)

 

こんなヤツに俺の母親の■を伝授するのか? お前の覚悟は―――こんなものかよ?

 

言いたいことは理解した。

 

明朗ではないが眼で訴えかけているシロウの言葉を理解して、そして―――起き上がった茉莉花(ミーナ)が、ヘルメットを脱ぎ捨てて、シロウへと殴りかかってきた。

 

背後からの一撃。ソレに対して―――。

 

「行儀が悪い」

 

「あいにく!! レディ(淑女)として育てられてないからね!」

 

いいながらも背後からの攻撃にシロウはたやすく対応してのけた。

 

しかし――――。その攻撃が途中で止まる。

 

リアクティブアーマーを発動させた瞬間、なにかの重圧を感じる。それが茉莉花の身体を動けなくしていた。

 

「ミーナの身体に鎖が!!」

 

「―――ぐっ!!」

 

(恐らくダウンを取ったときに既に衛宮は鎖を遠上に着けていたんだろうな)

 

それが、ここまで露呈しなかったのは、あの鎖がサイオンに反応する形で目に見える形で出現するものだからだ。

 

ミーナを守らなければ。その想いで球形障壁を。となる前に。

 

どういう術理なのかは分からないが、鎖で囚われたミーナをボールでも投げるかのように鎖分銅の要領で、アリサの方に投げだした。

 

彼我の距離20mほどだが……身動き取れないまま放物線を描くようにやってきたミーナを障壁で受け止める。

 

「―――ミーナ……」

 

「カッコ悪い所見せちゃったね。けど大丈夫! もう油断しないよ!!」

 

「ズルい。あの鎖で縛ってもらえるなんて…」

「……」

 

最近、親友であり姉妹とも言える相手との隔意を感じた瞬間だった。あの術が欲しいからアーシャは、あれに縛られたいと想っていたのに……。

 

「顎から頭を揺さぶったのにまだ立つか」

 

「うっさい!! あたしの顎は時には硬すぎる煎餅も噛み砕いてきた原始人の顎よ! ガラスジョーだと思うな!」

 

「いい心がけだが。そんなんで鍛えられるか? まぁいいさ―――俺もそろそろ他の術で仕留めてやろうと思う」

 

ここまででも結構、スゴイ技法ばかりで、正直頭がこんがらがっている中でも……新たなる術を見せてくると言ってきた。

 

相対する距離20m―――遠距離攻撃か、それとも接近しての近接攻撃か……構えを取るシロウ。

 

それは―――。

 

(螳螂拳……か?)

 

中国拳法というものに疎い連中でも、それぐらいは何となく想像がつく構えだ。

 

腰を落として、脚を大きく広げて上半身の向きに対して平行になるようにしている。

 

そして腕は何かを切り裂き砕くように五指を下にして爪牙のようにしてアリサたちに向けていた。

 

だが、この距離では―――あまり意味が―――。

 

(サイオンではないけど―――何かのチカラが高まる……紫色のオーラ……)

 

 

それが明確な像を結んでいき―――アリサの眼に写った時に……。

 

「―――ヘビ!!」

 

「複合神性・万魔神蛇(パンデモニウム)!!」

 

声と共に手の五指が揃えながら突き出されて、それが明確な蛇の姿を投影して、それが身を躍らせながらこちらに突撃してきたのだ。

 

しかもただの蛇ではない。大蛇とかいう規格に収まるか分からぬものだ。

 

魔力で作られた化生体。現代魔法の前では完全にお株を奪われたものだが、それでも再現された『モノ』次第では―――現代魔法師とて恐怖に縛られる。

 

一般的な大陸古式においては『鳥』『犬(狼)』『狐』など……有り体に言えば寒冷化した地球においても、それなりに既知の存在で、その再現された『鳥獣』の身体も小さいものばかり……。

 

大型の―――それこそ『神話』にでも出てきそうな。もしくは寒冷化前にはいくらでも見られた巨大UMAのような……。

 

現実離れしすぎたもの(ファンタスティックビースト)なんてものは、魔法師では再現出来ないのだ。

 

―――なんせ『あり得ない』のだから!!

 

それをあっさり覆すは―――衛宮シロウなる『魔法科高校の劣等生』なのだ。

 

「ッ!!!」

 

顎を開き前衛の茉莉花(ミーナ)を襲おうとした大蛇の攻撃を球形障壁は防ごうとする。

 

しかし―――――。

 

どんな構造をしているのか『顎は一杯に開かれ』―――卵を丸呑みにする蛇よろしく『呑み込まれる』のだった。

 

「痛っ!!」

 

「アーシャ!!」

 

魔法式を『食われた』ことによるフィードバックだろうか……痛みが、アリサの身に奔る。

 

じくじくと痛む。この感覚―――変だ。こんなの……痛くて、誰かが怪我をするところを見るのも嫌なはずだったのに……。

 

「アーシャをやらせない!!」

 

「お前が前に出れば、十文字がガードをするだけだぞ!」

 

再びの蛇拳。距離を詰めるべく接近する茉莉花(ミーナ)を押し返すべく打ち出された大蛇。

 

「ちぇあぁああ!!!」

 

打ち出されたあとも『操作』は出来るらしく、手の動きでサイドワインダーが発生。

 

正面ではなく、横から襲いかかる蛇に茉莉花は苦慮する。

 

視覚的な恐怖とその魔力の圧が桁違いなことは、こちらからも分かる。だがそれにしても精彩を欠いた動きだ。

 

「侍郎くん、なんか遠上さん。動き鈍くないかな?」

 

「まぁね……。多分だが遠上君の『弱点』を突いているんだろう」

 

「分かるのか矢車?」

 

「遠上さんの身長を考えれば分かる。何回かアーツ部の見たけど、彼女は低身長だからね。あのスタイルの戦闘だと……上下の反応はいいんだけど左右の反応が遅れる」

 

アーツ部にも、アウトファイトをする人間がいないわけではない。しかし、インファイトで真正面から向かってくる遠上茉莉花の姿勢に呼応するように、組み合うことが多い。ようは……打ち合ってみたくなるのだ。

 

「……失態だよ。正面からの戦闘だけではないことを教えておくべきだった」

 

「だが、この姿勢が、相手の懐に果敢に飛び込むというファイトスタイルが、北海道チャンピオンたらしめたならば、間違いでもないだろう」

 

北畑千佳の言葉にそうフォローを入れるも見えてくる絵は、茉莉花にとってかなり旗色が悪い。

 

ロングパンチにしてロングフックに戸惑うインファイターの絵面だ。更には下と見せかけて上に上昇。

手の動きに連動しているとはいえ、ソレ以上に機敏に動く蛇の襲撃は、巧みに茉莉花の前進を阻む。

 

「―――ッ、遠上!! お前は前に出るしか無いんだよ!! 蛇の正体は置いて! 被弾覚悟で飛び込まんかい!!」

 

「お、おい! 千佳!!」

 

流石に見かねたのかリング外のセコンドよろしく女子アーツ部の部長が声を掛ける。

 

男子部長たる千種の制止に構わず、次に声を掛けるのはパートナーたる十文字アリサ。

 

「そしてじゅう―――えええ!?」

 

「「「「「―――アリサが」」」」」

 

「「「「「走った―――!!」」」」」

 

北畑が声を掛けるよりも先に、走り出した十文字アリサ。そして、壁を打ち出していく。

 

それは攻撃というよりも、相手を拘束するようなものであったが、それでも壁で圧迫させんとする勢いであり、それを走りながら打ち出しているのだ。

 

かつて一高のOBにして、彼女の兄である男よりもスマートではないし、『不動』『鉄壁』というほどではないが、その片鱗を見せるものだった。

 

(これが―――ワタシの戦い方なのよ!!!)

 

「なるほど」

 

自分の必死な形相からなのか得心した声がシロウから出てくる。

茉莉花を攻撃していた蛇拳を戻しながら―――。

 

「いいだろうさ。お前の望み通りにしてやるよ―――……偶像愛神の抱擁牢(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)

 

その言葉のあとに向けられた指から鎖が投射される。

 

「ただでは縛られない!! 私の障壁で凌いで!!!」

 

「接近したところでお前さんに暴力的な素養があるのかね」

 

 

投射される鎖は十重二十重にアリサの周囲を槍衾よろしく塞いでいく。障壁ごとこちらを縛り付けようとする様子。

 

「ぐっ!!」

 

「展開した障壁が圧迫する。解除するしか、お前が助かる方法はないぞ」

 

「殻にこもっていればいいってこと!?」

 

「―――鳥は卵から無理に出ようとする。卵は世界だ。生まれようとするものは、ひとつの世界を破壊せねばならぬ―――お前の障壁は、お前の心の容積(カタチ)さ」

 

円形でもなく、四角でもなく……三角でも、星型でもない―――アリサの障壁は、その魂のカタチすら表していたのだった。

 

シロウにクラウド・ボール部での自分の試合の様子を見せた時(強制)にそんなことを言われたことを思い出して、そして―――。

 

 

「おおおおおっ!!!!!」

 

その障壁を囮にして、そこから脱する。それはまさしく居心地のよい殻から出て世界へと飛翔するような様だ。

 

そこにいれば安全である確証など無い。

 

ならば……。

 

「ばっ!!!」

 

「―――空への糸を掴み取ることで、進むだけなのよ!!」

 

「ば、バカも極まったな! お前の手は、クラウドで使うべきものだろうが!!」

 

流石のシロウも驚く行為。打ち出した鎖、未だに進んでいくそれを手で掴んだ。

 

ハンガー式ロープリフトに掴まるのとは、結果が違いすぎる行為。手がボロボロになるのは当然だ。

 

メデューサの鎖は……そういうものなのだから!!

 

そして――――――。

 

その鎖を介して、アリサに何かが流れ込んだ。

 

それは遠い記憶……断片的ながらも悲しい記憶。

 

それは―――■■シロウという少年が衛宮シロウにならざるを得なくなった―――。

 

その時……ブザーが鳴り響いた。

 

試合終了………しかし、アリサは鎖を手放さず、同時にシロウもその鎖を戻すことはなかった。

 

 

「シロウ君……」

 

「矢車先輩、十文字のCADへの転写お願いします。―――俺の過去をあまり探るな十文字」

 

そっ、と優しくという表現が似合うのか、アリサの手の中から抜き去られる鎖。

 

正面から眼を向け合う2人。その姿を見て―――元老院筋の間者たる誘酔は『マズイな』と感じた。

 

何がマズイかは明確には分からないが、それでもマズイものを感じつつも……入学初月たる四月は終わろうとしていた……。

 

 

 

 






今作および他作品とも全く関係ないのですが、違うジャンルの魔法科小説を投稿しようと思っております。

昔はよく、これらと型月のクロスを読んでいたが―――何はともあれ、気付いて読んでいただけたらば幸いです。


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第十一話『未来断望』

 

 

 

ようやくのことでたどり着いたブランシュアジト。

 

盛大な銃撃の歓迎も、ヒトの気配も、魔法的な妨害も、罠すらも―――

 

全てが皆無なままに、入り込めた一同。

 

正面から入ったことで拍子抜け。奥へと進む度に、自分たちの足音と呼吸音だけが響く。

 

嫌な緊張感を持ちながら……最奥へと辿り着くと、そこにはブランシュたちによって連れ去られた一高の生徒たち、主にエガリテメンバーたちがいた。

 

「壬生ッ―――つ!」

 

「待て桐原、罠の可能性もある―――義弟とは言え、甲まで置いて出ていったというのか?」

 

駆け出しそうになった桐原を抑えた十文字会頭が、推理するも何も分からない。ともあれ、このまま睨むように見ていたところでどうしようもない。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず―――というからな」

 

結局、警戒しつつ奥のホールともいえる広い場所に入り込むのだった。

 

(扉を開けて見せつけていたのは、ここに誘い込むためだったのだろうが……)

 

何もないことに拍子抜けする。どういうことなのだろうかと思っていると―――。

 

「随分とヒマな連中だな。まさかここまでやって来るとは」

 

「―――」

 

声が響いた。どこからともなくという訳ではない。ホールの『奥』から突如現れた―――響子から教えられたファンタズム01とかいう少年が、本当に突如として現れた。

 

達也の眼を持ってしても何も見えなかった相手。ありえざるが疑似ではない空間転移とかを想像するも―――。

 

「少々前には、随分とやられたが―――君はこんなことをして恥ずかしいとは思わないのかね?」

 

「まぁお天道様に顔向け出来るような所業ではないでしょう。ただ、これでしか俺はご飯を食っていけないんだ。だったらば、これをするしかないんだ。重度の飢えを覚えたこともないお前らに、講釈されるものじゃないな」

 

その言葉、底冷えするような調子には、自分たちとは生きている世界が違うという所感を覚えた。

 

本物のチャイルドソルジャー。世界の闇を垣間見た。

 

だが……そいつが未熟であればいいのだが―――こいつは特級すぎるぐらいに危険だ。おそらくこの場にいる全員を殺すことは出来るだろう。

 

「第一、話によればそちらの方々は、あなた方の学校ではスペア以下の糞溜めに落とし込んでいたそうじゃないですか? 俺とある意味では同じだ。飢えを覚えたものたち――― だったらば、彼らの嘆きに答えてあげるのは、チカラあるものの義務って奴ですよ」

 

そんな達也の値踏みの最中にも状況は動き―――。

 

言葉の意味を問いただす前に、変化が訪れる。

立ち上がるエガリテメンバー達。

様子が変だ。壬生に特別な想いを抱いていた桐原が駆け寄った瞬間。

 

「超人としてのチカラの発露。チカラの付与―――すなわち『超人化』をしてお前たちを殺させる!!」

 

『ヴァジュラ・オン・アーク!!!』

 

瞬間、壬生を中心にとんでもない爆『雷』が爆ぜる。見たことはないが、似たような現象として現代魔法ムスペルヘイムよりも上位なのではないかというものが、発生した。

 

思わず全員が広いホールの四方八方に散らばるをえないほどの圧。

 

「何も教えないのに結果ばかりを求めてきた連中に見せてやりましょうよ……アナタがたにだけ許されたスキルをね!!!」

 

言葉に答えるように、壬生は咆哮と同時に、雷の剣とでもいうべきものを持って―――近くにいた桐原に斬りかかり、その腕を斬り飛ばした。

 

そしてその他のエガリテメンバーも雰囲気を異にして襲いかかってきた。

 

「楽しめ! 擬い物の魔術師!! さらばだ!!」

 

 

その言葉を最後に、ファンタズム01は、夕焼けの中に消え去っていく。

 

都合3時間―――警察と軍の合同部隊が到着するまで、一高愚連隊は、エガリテメンバーを無力化することも出来ず、それどころか応援を呼ばざるを得なくなったのであった……。

 

尻切れトンボな結末はプロローグにすぎず、この戦いの後にもノーブル・ファンタズムという組織との戦いは続くのであった。

 

 

 

 

――月例テストを無難にこなして、G組のままでいることにした男は盛大な欠伸をした。

 

「衛宮君、大丈夫?」

「問題ないよ。ただ単に夜ふかししただけだから」

 

ただの寝不足であると隣の席の同級生の女子に言いながら、今日の予定を確認する。

 

このクラスから上の方の組へと上がった人間は5人程度、それもGからF、よくてEへと移った程度であり、いわゆる旧一科のラインたるD組にまで上がれた人間は皆無であった。

 

結局の所、才能の有無、適正の上下こそが絶対化されている社会なので、そこから先に行くには本当に裏技を使うしかない。

 

「あーあ、正直ここまで魔法が上達しないなんて……本当に潰しが利かない学校だわ」

 

「出来ることならば、2科制度を残しておいて合格通知で『あなたは2科』とか通知で出ていれば、入学辞退も出来たのにな」

 

「そうだね。けれど、魔法師になるってのはオイシイところもあるから、けどなぁ……」

 

戦時は徴兵されることもある国登録の魔法師だが、それでも平時に受ける恩恵は色々とオイシイといえばオイシイらしい。

 

「けれどなぁ、せっかくなんだから魔法が上手くなれればなぁとは思うんだけど」

 

上達したいのに中々に魔法を達者に使えない自分がもどかしいのだろう。その気持ちは何となく分かる。

 

「正直言えば、俺達みたいな劣等生にはさ、ある種の投薬治療や脳改造手術をすればいいと思うんだよね」

 

「そう思う?」

 

「少し前に死んだ九島家の長老も、そういった風な魔法能力向上の被験者だったそうだ。米国に追い出した実弟の方が、素の魔法能力では高度(うえ)だったらしいからな。結局、十師族と言えども能力の高低はあって十把一絡げじゃないということだ」

 

ならば、十師族などナンバーズですらない凡百の魔法師は全てそういう実験に志願させればいい。自主的かどうかなどは関係ない。

高度な(強い)魔法師が必要だというのならば、そうしておけばいいのだ。

 

「だが、妙なところで人権意識に拘って、ワケワカメで蝙蝠野郎な判断を是としちゃっているからな。ここに限らず魔法科高校というのは」

 

■■塔に比べれば生ぬるい限りである。そんな風に言いながらも―――。

 

「まぁ成功率が殆どなくて、悪ければ死亡だからな。割に合わないのかも」

 

だが、そんな常識的な言葉で収めておくのだった。

 

「十師族といえば、十文字さんって―――」

 

「あの女は俺をイジメたくてしょうがないクソ女だよ。 権力を笠に着て俺のような劣等生をどうにでもしたい昔懐かしの悪役令嬢(真正)というところだな」

 

「誰が悪役令嬢(真正)よ!? ヒドくない! 私は別に、あなたをイジメてなんか―――」

 

いつの間にか自分の隣にやってきた十文字。存在自体は認識していたがあえて無視していたのだ。よって今まで己がやってきたことを思い出させる。

 

「イジメてるじゃねえかよ。入学初期の諍いで気に食わなかったのか己の兄貴を使って他の生徒の個人情報を探って挙げ句、次席の男をけしかけてケンカを売らせたり、その後は珍しい術を持っているからと、生徒会や部活連の上級生を総動員してカツアゲしてきやがる―――これで、俺が好印象を持てると思ってるのかよ」

 

「――――――」

 

顔を青ざめて絶句する十文字。というかこいつはHR前だというのに、他の教室にやって来ていることに本当にお嬢なのだと気付く。

 

自分はどれだけ自儘なことをやっても許されるという上から目線での感覚……よって―――。

 

「目障りだ。失せろ」

 

そういう強い言葉で追っ払うことにするのだった。

 

 

昼食時、入学して一ヶ月も経つと、行動パターンおよび一緒に行動するメンバーは大体決まってくる。例えば昼休み、茉莉花は昼食を学食でとる。

同じテーブルを囲むメンバーはアリサ以外に、アリサのクラスメートの五十里明、茉莉花と同じB組の永臣小陽、アリサと部活が一緒の仙石日和で固定されていた。

 

「茉莉花、何だか元気ないわね」

 

(メイ)が言うとおり、今日の茉莉花は精彩を欠いているという雰囲気が似合っていた。

 

「アリサさんも何だか暗いですし……」

 

同時に茉莉花の親友であるアリサはただ暗いと言うより、明らかに落ち込んでいる。ただの落ち込みではなくブラックホールのような見るものを引きずり込みかねない絶望の表情を見せているのだ。

 

「A組で何かあったんですか?」

 

小陽から重ねられた問い掛けに、同じA組の五十里は首を横に振って分からないとする。

だが一つの情報を提示する。

 

「朝のHRに来るのが一番最後だったわね。荷物はあったから置いた後にどっかに行っていたんだろうけど」

 

生徒会役員である五十里は風紀委員、あるいは部活関連かと思ってそれとなく仙石にも話を振ったが違うとしてきた。

 

それだけで、小陽は閃くものがあった。

 

「ははぁ、分かりましたよ。きっとシロウ君が、月例テストでクラスが上がっていると思ってA組以外のクラスをローラー作戦(総当り)で探ってG組にいたシロウ君に話しかけられるも、けんもほろろに追い返されたという所ですね」

 

その言葉にアリサは……。

 

「そ、その通りよ……」

「よっぽどこっ酷く言われたんですね」

 

名探偵コハルの推理は当たっていると同時にアリサに朝の心の痛みを思い出させていた。

 

そんなアリサを見かねてメイは今まで考えていたことを言うことにした。

 

「アリサ、前から思っていたんだけど、あの男に関わるのはやめたら? 能力が高いんだか低いんだか分からないけど、G組なんて下位クラスで燻っている男に、A組という最優秀のクラス生が関わるのは意味ないと思うわ。第一、あっちだってアリサに今後は関わりたくないから、メデューサ・バインドを教えたのよ。これ以上、藪の中に手を突っ込まなければいいじゃない」

 

そんな風な最優秀生だからこそのある種の傲慢な考え、されど弁えた考えを言う五十里 明にアリサは少しの反発を覚える。

 

「なんかメイの考えってまだ2科生制度があった頃の傲慢な1科生みたい……」

 

そうイヤな風に言われて、少しだけ語気を荒げながら反論をする。

 

「私だって、アイツが火狩をぶっ倒すわ。アナタと茉莉花の風紀委員コンビを無力化してくるわ。おまけにアマガエルにトノサマガエルにウシガエルを空から落っことしといて、下位クラスにいる―――その理由・動機が分かればいいけども、全然分からないんだもの」

 

メイからすれば、衛宮シロウというのは不良の類だ。

昔懐かしの同じような不良と群れてケンカや公道の不正走行やご近所迷惑かけっぱなしのアナーキーなチンピラヤクザ一直線のステレオなタイプのヤンキーではないが……。

 

いわゆる『はぐれもの』の中の『はぐれもの』。

 

一般的な価値観に迎合しない、その姿勢は不良という名のアウトローではある。

 

だが、この件に関してはアリサも譲る気は無いようだ。何が彼女をここまで意固地にさせているのかは、メイにも分からない。

 

これだけ言っても十文字アリサは……衛宮シロウに関わることをやめないようだ。

 

「私のことを無視して話が続く……」

 

「茉莉花はA組に上がれなかったことを嘆いているんでしょ。次のテストで頑張ればいいじゃん。私の友達も頑張っているんだし」

 

仙石日和からの慰めを受けつつも、それ以上に―――。

 

(私がA組に上がっていればアーシャと衛宮の接触を防げた!! アーシャにこんな顔をさせずにいられたのに!!!)

 

そんな思考で、自分を責めてもいるのであった。

 

 

「というわけで、ですね。衛宮クンが次の月例テストで今の成績よりも『上位』、いいえ『A組』にまで上がらなければ、生徒会庶務雑務として登録することになっちゃってるんですよ」

 

「何が『というわけ』なのか意味不明ですね会長」

 

「細かな話を除けば、君の成績が『偽装された』ものではないかと思って」

 

「別に落第点を取ってるわけじゃないのに、なんでこんな因縁(インネン)つけられなきゃならないんだ? 意味不明だぞ」

 

呼び出された生徒会室で会長の言葉を継いだ副会長である勇人に対してもこの言いよう……。気圧されそうになるも言わなければならない。

 

「それでも、だ。ここは『優秀な魔法師』を育てるための学舎だ。君が低ランクの魔法師資格でもいいとする心情(こころ)は、それはそれでいいのかもしれない―――無闇矢鱈なランク付けが決していい結果になるとは限らないからな」

 

「けれど……この学校を職業訓練校……確かに世間一般の区分では専科高校なんですけど、とにかく!アルバイトのついでに魔法教育を受けているなんて態度ではいてほしくないんです……そりゃ、ご両親居らず、生活費を稼がなければならない事情も分かりますけど」

 

恵まれた家の子供達が上から目線で物言いを着けているということは、シロウ以外の全員が認識はしているようだ。

 

認識をしているだけで、言動は全く一致していないのだが……。

 

(何の拘束力もない命令だ。正直言って職員室は『どうでもいい』という態度だったからな)

 

会計である矢車は、ここに至る前に幼なじみで会長の三矢 椎奈が校長先生を動かしてそういった命令の発布をさせたことは理解している。

 

だが、これを覆す手段はいくらでもある。というか衛宮が苦学生なのは間違いなく『奨学金』などを受け取っているわけではないのだが、それでも財務状況が芳しくないことは理解している。

 

こんにちの学生教育―――特に学習指導ではなく家庭の状況は、かなり詳らかに教員たちは理解している。昔に問題になったヤングケアラーなどで学習が遅れることは、転じて指導の妨げだけでなくある種の非行にも繋がりかねないとしていたのだ。

 

そんなわけで――――――生徒会側が有耶無耶にした諸々を理解しつつも……

 

アルバイトタイム確保のために、シロウは実技で優良な成績を取らなければならなくなったのだ。

 

 



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第十二話『両面事情』

 

 

 涙がちょちょぎれるほどに苦労をしている勤労学生を庶務雑務という窓際の役職に就かせて、自分を縛り付けようとする『悪の手先』たる第一高校生徒会の陰謀を阻止すべく行動を開始したシロウは、今度の試験内容を確認して、仕方なく動き出す。

 

(そもそも今の位置からA組になるには、最大難度のSを連続20回やらなければならないとのことだ)

 

 移動系魔法で課題が『静止』ならば一分以内での実技ならば、指定された物体をコンマ0,05秒でのキャッチを20回こなす。

 

 そういった風な難度である。

 

 まぁ三分、五分、十分、二十分とランダムに出題されるわけだから、それ以内での予定時間をこなさなければならない。

 

「やっておけば良かろう」

 

 結果としてまずまずの事が為せたのだった。

 

 要は『ハンプティ・ダンプティ』であるだけだ。

 

(加点を狙う際には一抱えもある自然石でのテストか)

 

 今、シロウがやっているのは、難易度でいえば中程度の硬式野球での硬球を模した『白球』である。

 縫い目が無いのは魔法使用において、それらによる変化を考慮させないためなのだろう。

 

 野球で2シーム、4シームというボールの縫い目を利用した球の伸びの変化があるのだから、よって自然石での訓練というか『確認』をやっておく。

 

 そうして全ての所定項目を終えて帰ろうとする前に、履歴(ログ)を消しておく。その辺りは抜かり無くやっておき、次の人の為に演習場所を片付けていたらば――――――。

 

「衛宮君っ!! それ!! どうやって―――」

 

「次の人、どうぞー」

 

「次使うのは私だー!!!」

 

 一高が誇るも、シロウは関わりたくないアリ・マリコンビがやって来ていたのだ。

 

 関わりたくないのに、何故かバッティングすることが多いわけで、面倒くさい想いを覚えながらも実習室をあとにしようとするのだが。

 

「おい十文字、通せんぼすんなや」

「だって! 衛宮君かなりスゴイことやっていたから、教えてくれたっていいじゃない!!」

「俺はG組、最優秀のA組にいる十文字やそっちにいる遠上に教示出来ることなんてないんだけど」

「アンタじゃなくて私はアーシャにコーチしてもらいたい!!」

 

 やらねぇよ。と無言で言ってから出ようとするも再びの通せんぼに、仕方ないとして『魔眼』を発動させて一瞬のマインドジャック。

 

 桜■の魔眼が少しの抵抗を受けるも彼女の精神防壁を突破してから、とっとと帰ろうとした瞬間に……。

 

「おいおい、それは無情なんじゃないかい? 衛宮クン」

「じゃあ、アンタが教えればいいんじゃないですか? 下級生女子を口説くいいチャンスじゃないですか? つーかさっきから俺を監視していたのはとっくにご存知だ」

 

 怒涛の勢いで言葉を放ったことで、いきなりやってきたように見える2年の誘酔早馬を戦かせた。

 

 こちらが十文字に『術』を放とうとすれば、何かアクションをするとは理解していたから、この出現は特に驚きに値するものではない。

 

 釣られた形であるとは理解していないだろうが、それだけだ。

 

「―――確かに僕は風紀委員として少々、君の動きを注視している」

「「キモっ!」」

 

 遠上と言葉が重なってしまった。どうやら十文字関連以外での感性はわりとまともなようだ。

 

 頬をピクピクさせて目を閉じてから怒りを押し殺す動作をしてから浅く息を吐きながら言葉が紡がれる。

 

「キモかろうとなんだろうと構わないさ。そもそも君があれだけの高い能力を誇りながら、それを隠して挙げ句。下位クラスにいるから色々と注目されているんだよ」

 

「無視しとけばいいじゃないですか。碓氷会頭には『テストが苦手』だと伝えておいたし、そもそも俺の術は系統分類不可能なBS魔法みたいなもんですけど」

 

「……そりゃ理屈だけを述べればそうだけどさ」

 

「だから今はこうしてテスト勉強に励んでいるんでしょうが」

 

「―――現在、『入院中で意識不明』の我が校のOBにも似た所が君にあれば良かったんだがな」

 

 意味不明なとは言わないが、どうやら放たれた『銃弾』はあのデストラクトをそういう状態に置けたようだ。

 

「誰のことですか?」

 

 その質問はシロウではなく、遠上がしたことでその『伝説のOB』関連での会話の間にシロウは演習室からの脱出が可能となった。

 

「ま、また誘酔先輩のせいでシロウくんが帰っちゃった!!」

「先輩のせいで私の練習時間が少なくなっちゃったじゃないですか!!」

 

 それは自分のせいなのだろうか? 誘酔早馬 17才。

 ちょっとだけおセンチな気分になってしまう年頃なのであった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

後日の自主訓練は、どういうワケか五十里家で行うことになった。

アリサとしてはシロウと会いたいし、何よりあの凄すぎる変数設定と終了のタイミング―――ようは己の中での時間の測り方の上手さは茉莉花―――ミーナの参考になるはずだと思ったのだが……。

 

「確率は低くても衛宮と会ったりしたくない!!」

 

 ガラスジョー(脆い顎)を撃ち抜かれたことが傷になっているのか何なのか知らないが、ミーナはこんな対応なのだ。

 

 そして十文字のコネ……といえば人聞きが悪かろうが、それでもアリサの家のツテで十研関連施設でというのも、まぁミーナの心情的に受け入れづらい。

 

 生徒会役員である五十里に『こそっ』と衛宮シロウと鉢合わせせず、されど衛宮シロウが予約している日はいつなのかを訪ねた所。

 

「そんなこと教えられるわけがないでしょ。生徒のプライバシーを簡単に教えられると思わないで!」

 

 ちょっとばかり強めに言われてションボリする1年2人なのだった。

 少しキツかったかと自重してからメイは、咳払いしてから情報をくれる。

 

「月の前半はそんなに混まないみたいよ」

 

 演習室の利用状況……過去のデータも含めてメイはそう答えた。

 

「ただ後半になると空いている部屋を見付けるのが難しくなるわね。当日に利用申請を出してもまず無理だし、予約は抽選になるわ」

 

「そうなんだ……」

 

「じゃあ……私や三矢会長みたいなのは……」

 

「恵まれている方なんですよ。魔法訓練施設というのは限られた場所にしかありません。まさか河原で魔球を開発する。河原の土手に丸太を打ち込んでパンチ力のアップ。河原で因縁のライバルからボールを奪えない。それと同じく河原で魔法なんて練習で使えば、後日色々ありますからね」

 

 何故に河原にこだわる……? 1年三人が会長の言葉に疑問を覚えつつも、それは何となく分かる。

 現在の社会ではソーシャルカメラの万遍ない設置と同じようにあちこちにサイオンセンサーがあり、街中での魔法使用は厳しく制限をされている。

 

 緊急・生命の危機とでもいうべき事態に際してはある程度は認められていても基本的には事後承諾が認められることはほぼ皆無だ。

 

 魔法師の側からすれば、非常に窮屈な話なのだが、一般的な人々からすれば、火種も無いところから発火を起こせたりする存在は放火魔の予備軍と言ってもいい。

 

 しかも、それは家から十分に離れたところからでも発動は可能となれば犯罪の立証は不可能に近い。

 一般的な人間の感覚からすれば、それを恐怖と言わざるをえないだろう。

 

(社会を便利にする技術がそりゃ一握りの人間にしか使えないならば、おっかないよね)

 

 日本の法律でプロボクサーの拳が凶器と同列に扱われるのと同じことだ。

 

「じゃあ三矢会長は、ご自宅の方で?」

「なるべくですけどね」

 

 そんな苦笑しての言葉を受けて、アリサとしてはここは苦渋の決断をミーナにしてほしかったのだが……。

 

「じゃあ家に来る?」

 

 メイのその言葉にどういう意味かを斟酌するまでもないが、それでも少しばかり考えてしまう。

 

 魔法家が他の魔法家の『領域』に入ることはいろんな意味で疑惑を持たせる如何に同級生とは言え……。そんな事はとりあえず許可を貰えばいいだけだとして、予定を詰めることにするのだった。

 

「そう言えばなんでアイツ―――衛宮シロウはいきなりやる気を出していたんですかね?」

 

 茉莉花の何気ない質問。それは生徒会で言うべきことではなかったかもしれないが、それでも訳知りが多い人間たちならば知っているのではないかという程度であったのだが―――それは悪手すぎた。

 

「あっ、それは―――」

 

 そして三矢会長によって衝撃の事実が明かされ、いっそう遠上茉莉花は魔法実技練習に邁進することになるのだった。

 何かにとりつかれたかのように必死になる姿に『やれやれ』と思うのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 白い病室、それは静けさを齎してくれるはずのものだ。

 個室であり金銭に余裕がありすぎる人間にしか使われないはずの室内は静けさをもたらしていなかった。

 最新の寝台のぐるりを取り囲み、消えゆく命を冷然と見守る生命維持装置。冷却ファンの抑えた唸りも、静謐を搔き乱すには充分だ。

 ありったけの医療装置は、その存在感と重量感だけでこの室内から白色の印象を消していた。

 

 その室内に一人の少女が入る。少女はこの部屋に入ることが顔パスで許されていた少女であった。

 

 もはや少女という年齢ではなく、そろそろ女性という言える年齢に差し掛かっていそうだが、彼女の時間(とき)は、室内にいる人間と同じく停止している印象だった。

 

 室内にいる人間は―――少女の兄だった。

 

 兄の顔に少しだけ青褪めた血色の顔に少しだけ胸を撫で下ろす。最悪の状態の時はこんなものではなかった。そこからここまで持ち直しただけでも奇跡だったのだ。

 

 一向に兄を回復させてくれない医者を前に何度も殺してやりたくなった妹だったが、それでもここまでなった。

 

 しかし、そこから先の回復が見込めなかったこと。そして、ここから先はどうなるか分からない。

 

 魔法に詳しい医者に見せたとしても同じことだろう。

 

 だが、妹にとってはまだ生きてくれているという事実こそが何よりの救いなのだった。

 

「お兄様、お兄様―――深雪は、此処におります……目覚めるまでお待ちしています」

 

 反応を望む。兄は自分の危難……悲しみの感情に反応して動き出す。ほんとうの意味でのスーパーマンだったのだ。

 

 たとえ多くの人間から恨みを買おうとも、不動明(デビルマン)宇津木涼(魔王ダンテ)かのように思われていても……それでも……。

 

 泣き腫らす女にとってはただ一人の兄でただ一人想いを寄せる男なのだから……。

 

 室内の冷却ファンの音に……悲しき乙女の旋律が紛れ込む……その演奏を全て止めるべき男は眠ったように動かないでいる……。

 

 

 

 

 

 



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第十三話『破滅破潰』

 

 

 

 五月三日、日曜日。 クラウド・ボール部の部活を終えたアリサは学校に戻って、同じく部活を終えた茉莉花とカフェテラスで合流した。

 

 その間どこかに衛宮シロウの姿がないかと視線をあちこちにやっていたことは茉莉花に隠したが少々察していたかもしれない。ともあれアリサとのお出かけというのを前に茉莉花は、それ以上の追求は無かった。

 

 向かうは五十里家。少し前に生徒会で話していたお誘い。メイの実技施設ある家での訓練が遂に今日、実現しようとしていた。

 

「泊まりでもいいとか言われたけど……」

克人()が、あまりいい顔はしないからゴメンネ」

「いいよ。こっちの都合なんだもん自重しなきゃ、さぁ行こうアーシャ」

 

 東京の北西、旧埼玉県との境近くにある。第一高校からだと駅から駅で約三十分といったところだ。

 

 三十分間の止めどない話、色々と話す。

 

 お互いの部活。その先輩。そしてクラスの同級生たちのこと。その中で衛宮シロウの話題が出てこなかったことは、出さなかったのはお互いに気遣ったからだ。

 

(シロウ君は、クラスの人とこういう話をしているのかな?)

 

 茉莉花とキャビネットの中で話しながらも頭の中で考えることはそんなことだ。

 そうして五十里 明の家―――百家の一つたる五十里家に到着するのだった。

 

 何かの工場のような広い敷地を持つ邸宅だが、印象としては建物も住宅と言うより工場か研究所のようだった。

 

「数字持ちの家ってどこもお金持ちなのかな?」

「ピンキリじゃないかな……普通にサラリーマン(ホワイトカラー)やっている人もいれば、国防軍の軍人、警察官もいるわよ」

 

 茉莉花の羨ましそうな声に一応は建設会社の『令嬢』という立場にあるアリサとしては、我が事を棚に上げつつそう説明するのだった。

 

「ただメイの家は小陽の家と同じく工業製品―――魔法に関わり、魔法を産業として利用している家だからじゃないかしらね?」

「正しく魔法のブルジョワジーってことなんだね」

 

 とりあえずもはや門扉が見えつつある状況で、こういう下世話な話は止めておいた方がいいだろう。

 現代の『呼び鈴』『インターホン』とも言えるもので来客を告げると、メイが対応してくれた。

 

『明よ。今、開けるわ』

 

 その言葉に従い門扉は開けられて五十里家への来訪が出来るようになる。

 入った最初の印象としては、外観のとおりに工場的な面を感じる合理的なものなのだが……。

 

 五十里家の玄関はまるで高級旅館のような造りになっていた。

 良く見れば、倉庫の出入り口のようだった金属製のスライド扉は表面に目立たない色で幾何学模様が描き込まれている。

 アリサにはそれが魔法刻印だと分かった。残念ながら効果までは読み取れなかったが。

 

「断熱の刻印魔法陣よ」

 

 そこからは怒涛の説明好きなメイの講釈が続き、聞き役として適切な茉莉花が色々と疑問を呈して、ことが、刻印魔法陣の持続可能な『エネルギー』(動力源)に話が及んだ時に少しだけメイの顔に暗さが混じった。

 

 その理由は、数年間とはいえ魔法師の上位に位置する十文字家にいるアリサにも察しが付いた。この顔は、自分たちが初めて出会った際に行った喫茶店アイネブリーゼでも見せていた。

 

「そこに関しては恒星炉のノウハウで何とかしようと思っている。あれは大量の想子(サイオン)を生産もできる―――んだけど、一応は実験データは色々と残っているし理論は残っているんだけどね…………」

 

「歯切れが悪いね。メイの憧れのOBが主導した実験だったんでしょ?」

 

「五十里家の事業と絡むとチョットね……つまり、この理論を提唱して実験を成功させた。プロジェクトの主人物たる司波達也様……四葉達也さんは……」

 

 2年前から意識不明に陥り、現在もその状態のままに入院生活を送っている―――。

 

 ・

 ・

 ・

 

 名称(ネーム)には2つの意味がある。

 

 同じ言葉でも、それの意味が立場で違うように……。

 

 伊庭アリサと十文字アリサ。

 2つは同じ人物を指し示す名称なのだが、それでも人によってその意味が違う。

 

 伊庭アリサは雪深い北海道にてスラブハーフの子として、将来は遠上家の美人の獣医だとも、イワンのスパイの子だとも、はたまた『普通学校の美少女』としての意味があった。

 

 十文字アリサは日本の魔法家の一つにして、十師族という魔法師の頂点の家の子としての名前だ。当然、こちらでも新ソ連の女スパイとの間の子供という眼はあったが……概ね彗星のごとく現れた『魔法師界のプリンセス』としての意味が出来てしまった。

 

 どちらもアリサがそうであろうとしていたわけではないのだが、他人の眼というのはそういうものを定義づける。

 

(そして……一人の男に関わる『衝撃』である『シバ・ショック』にも2つの意味がある)

 

 西暦二〇九七年八月四日、世界に衝撃が走った。

 その日、一人の魔法師が世界を震撼させたのだ。

 その魔法師は個人で大国の軍事力に対抗しうる実力を実際に示して見せた後、衛星インターネット回線を使って全世界にメッセージを送った。

 

『――ここに宣言する。私は魔法師とも、そうでない者とも平和的な共存を望んでいる。だが自衛の為に武力行使が必要な時は、決して躊躇わない』

 

 世界には、その言葉を荒唐無稽と笑い飛ばした者もいた。だが事実を知っている者は彼が実際に一人で国家と戦い、勝利できることを知っていた。

 

 あらゆる国で情報操作が行われた。徹底した隠蔽、戦果の矮小化。ただの小僧が粋がっている。

 かつて世界的な環境変化で声高に『各国は努力しろ!』と叫んだ少女のように、取るに足らない存在と印象づけることで、「彼」の力も大した脅威ではないと思わせようとした。

 しかし、情報を操作したその当人たちは。情報操作に関わった者とそれを命じた上層部は。国家の上層部にいた権力者たちは恐怖から逃れることが出来なかった。

 かつてWW2の後に起こった朝鮮戦争の際に北朝鮮を支援していたソビエトの独裁者スターリンが、ダグラス・マッカーサー(GHQ最高司令)を恐れて夜ごと寝所を変えたように……。

 

 ただ一人の魔法師に、国家を動かしている者たちが恐怖する空前絶後の事件。

 この事件は「彼」―――司波達也という日本人の名前から『シバ・ショック』と呼ばれていく……。

 これに関しては世界全体の認識としてのものであり、日本の魔法師にとっての『シバ・ショック』とは、もう一つの意味がある。

 

(それは彼の表舞台からの『退場』……つまりは『掃除屋』(スイーパー)による司波達也の『抹殺』が図られた……)

 

 その計画の成否。すなわち『どこまで』やることで成功としていたのかは、今となっては分からない。

 しかし、アンダーグラウンドな世界に繋がりを持った人間次第では抹殺・誅殺を依頼するのは間違いなかっただろう。

 

(克人兄さんは、こういう血腥いことを私に教えてこなかったけど、こういう世界にいれば、イヤでも色々と知ってしまうんだよね)

 

 それは魔法師の社会に入り込んだからか、はたまた自分の半身の血が関係しているのかは分からないが、アリサが知ったことは、卒業するまでにかなりの『流血沙汰』『刃傷沙汰』になったことである。

 

『事の当初から司波に何かしらの害が何処からか及ぶことは理解していた。実際、俺も遠山という女性士官に唆されてヤツと対決したからな。利用出来なければ、こちらに付かなければ、殺してしまえ―――というのは混乱している陣中では、左右どちらも考えることだ』

 

 苦笑する克人の言う通り、彼を政治的に、もしくは物理的に排除しようという動きは即座に出ていた。

 中でも東欧諸国、現在の新ソ連に所属している国々のマフィア達は彼を『暴力的』に排除すべく動き出したのだが……それが実行に移されることは無かった。

 

 司波達也による魔法師宣言が為されたあと即座に反応したのは、とあるアナーキストともいえるテロリストであった。

 

(ノーブル・ファンタズム……直訳すれば『高貴な幻想』ってところよね)

 

 この集団だか個人だか不明過ぎる影の始末屋―――魔法のゴルゴ13とでも言うべき存在は、俗に黄金世代にして『遺失世代』とも口さがない人間から言われる魔法科高校の生徒たちと幾度も刃と魔法を交えていた。

 

 協力関係であったことは皆無に等しい。せいぜい、お互いに同じ敵を打ち倒したぐらいである……とは克人の言葉である。

 

 そして、最後の戦い……九島の末子とその恋人が北米へと渡った後……四葉家所有の私島『巳焼島』にて決戦へと至った。

 

 そこに集った司波達也に縁ある魔法師、その他多くの人間がノーブル・ファンタズムと戦った―――が、この際に少しだけ司波達也側の戦力に不足も生じていた。

 

 まず第一に、先に述べた通り『九島光宣』『桜井水波』。この2人の強力な魔法師は司波達也へ友誼と親愛を持っていた人物だったが、お互いの見解の不一致から袂を分かつ形で日本から去ることを決意していたのだ。

 

 その愛の逃避行、ボニーとクライドのような2人を北米まで手助けした人間達の形跡は多く、その中にノーブル・ファンタズムのものもあったとか。

 

(更に言えば新ソ連の策動。2097年7月に、一度は一条家によって撃退したはずの艦隊規模の戦力が襲いかかってきた……)

 

 結果として当時は第三高校の生徒であり戦略級魔法師に認定されていた一条将輝は、北陸地方から動くことは出来ず、巳焼島での戦いに参加していない。

 彼は、そのことを今でも後悔しているらしい……。

 

 戦力の不足はあった。もちろん、数がいれば勝てるという相手でも無かったのだろうが、司波達也と列される2人の魔法師がいなかったことは痛手だった。

 ……それでも様々な有形無形の各方面からの支援を受けていた。

 巳焼島を徹底的に強化することで、敵を迎え撃つ。

 

 万事抜かり無い。

 

 などと豪語出来ないが、それでも鉄壁の要塞でノーブル・ファンタズムという宿敵を待ち構えていた司波達也とその仲間達は―――。

 

(完全敗北した……その戦いの詳細はまだ不明な所も多いけど、巳焼島は砕け散り『岩礁』となって海中に沈む)

 

 そして、その戦いで司波達也は一発の『凶弾』により完全に排除された……。

 

 これが、魔法師達にとっての『シバ・ショック』である。

 

(記録によれば確かに『拳銃』の一発で司波達也は意識不明の重体になり、現在も回復の兆候は見られず……)

 

 だが、その報告は魔法師ならば誰しもが首を傾げるものだ。拳銃の種類にもよるが、放たれた銃弾を防ぐ方法を魔法師ならば幾らでも持っている。

 

 十文字家は壁を作ることに長けていた。四葉の魔法師である司波達也は、その実技成績と実戦成績の乖離から器用貧乏ではあったのかもしれないが……。

 

 それでも克人は、その報告の不可解さに何度も追加調査を行ったほどだ。

 

 しかし、それでも―――結果は変わらず、今だに司波達也は眠りから覚めず、そして日本を取り巻く情勢は良くも悪くも『玉虫色』になってしまった。

 

(――――――)

 

 それに伴い、アリサもまた変わらざるを得なくなっている……十師族の魔法師として負うべき責任がイヤでも伸し掛かるのだ。

 

 誰かに支えてもらいたい。誰かにそばにいて欲しい。

 

 茉莉花の兄たる遼介が、その中にいて次に出てきたのは……。

 

「アーシャ! もう一回教えて!!!」

「ええ、分かったわ」

 

 止めどない思索を終えて、アリサは学校の授業で使うのと同じ据え置き型CADで苦手科目に四苦八苦する幼馴染の呼びかけに応じて向かう。

 

 変わりつつあるアリサの中で変わらないものの一つに笑みを浮かべながら、喜びの中に駆けだすのだった―――。

 

 

 

 



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第十四話『慚愧悔恨』

 

 

 

「不正も何も無い。CADから投射される術に歪みもない。正しく一級の術行使だな」

 

 いきなり現れた教師であろう男の言葉に特に想うこともなく構わずに術を行使する。結局の所、こんなものは優れた『回路』を持っている自分からすれば朝飯前なのだ。

 

 今日のところは、振動魔法に関してのもの。まずまずだとして、切り上げようとしたのだが。

 

「衛宮、私が話を振ったというのに何か言うことはないのか?」

 

 あれを会話の端緒だと思える人間がどこにいると思うんだ。そう声高に言いたい気分をもたげたので。

 

「すみません、まさか話しかけられているとは思えなかった。なんせ主語もなく、ただ単に誰かの練習を評している風だったもので」

 

 訳するに

 

『誰に対して放った言葉だかわかんねーよ』

 

 と、口汚く解釈できる言葉を前にして何故か考え込む様子の……教師だろう相手。名前はまだ知らない。

 ワケワカメな気分でいながらも、自主練習を終えて帰宅する準備をしていたのだが。

 

「衛宮、少し私の準備室に来てくれないか?」

「今日は、この後アルバイトなんでご勘弁を」

「君、私の名前も知らないだろ?」

 

 講師としての姓名を口にしていないことから、それを察したらしき男に皮肉げに口を開く。

 

「そりゃ見たことがない。授業を受けたことがない。俺からすればそんな講師(センコー)ですからね」

 

 別に驚くべきことでもない。普通学校でもそういうことはあるはずだから。

 押し黙る講師にいい気味と思いつつ、演習室を去ることにした。

 

 のちにその講師の名前が、魔法幾何学を主として教えている紀藤友彦なる男だと分かるのだが、シロウにとっては、どうでもいいことであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「いやー、今日は助かっちゃったよ。ユイちゃんとシロウ君がいてくれて大助かりだった〜〜」

「ネコさんにはいつもお世話になってますから」

「これぐらいは」

 

 自分のことを『エミやん2世(ツー)』とは呼ばない猫目の蛍塚 音子店長に苦笑しながら、別に構わないとしておく。そうして、夜のシフトを終えた2人の学生バイトは帰宅の途へと着く。

 

 止めどない話をするような関係と言えるほど親しい仲ではないが、まぁ会話をしないほど無情ではないシロウは、ユイと会話をしておく。

 

 ラ・フォンティーヌ・ド・ムーサ女学院という長ったらしい名前の学校の生徒。どうやら芸能関係者御用達の学校らしく、それに違わず彼女の容姿は優れている。人間離れしているとでもいうべきものを見せているのだが、まぁともあれ──―。

 

「それじゃまたのシフトでね」

「ああ、気をつけて帰れよ」

 

 キャビネットの類がやってきたユイちゃんを快く送り出してから次のキャビネットが来るのを待っていた。

 

 そんな停留所にて──―。

 

 殺気というほど明朗ではないが何かの気配が生まれた。無視しておくのも1つだろうが、どうやらシロウに向かってくるようだが……。

 

(適当に相手してやれ)

 

 下知を飛ばすは自分の使い魔。影から影へと移動するそれが、物陰からこちらを伺っていた相手を襲うと同時に、シロウは個別電車に乗り込むのだった。

 

 後日、B組の担任にして講師である紀藤友彦から個人指導を受けていた遠上茉莉花が、その腕に包帯が巻かれているのを見て──―。

 

「ああ、ちょっと家でコーヒーメーカーから熱いのをこぼしてしまってな。私の失敗など気にせず、先程言ったことを念頭に成功させるべくやりたまえ」

 

 と言われて、独身男性のドジを追求する気にもならない茉莉花は、そうして『静止』の課題をA組に上がれる成績にするべく、邁進するのであった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

「…………」

 

 多くのデータベースにアクセス出来る図書館にて、シロウは座学を詰めるべくペーパーテスト対策をしていた。

 

 A組になって生徒会への着任などというクソ詰まらないイベントを回避するべく、いつも以上に現代魔法への理解を深めていく。普通に記憶の埋め込みでその辺りを回避することも出来るが、まぁ一応はやっていく。

 

 生来、真面目な性質なのだシロウは──。

 

 そんなわけで……まるで何かのあてつけのように机の対面に座った十文字アリサを一瞥してから、手元の端末に眼を落とすのだった。

 

「ちょっと、シロウくん──」

『Be QUIET in Library』

 

 図書館ではお静かに。という昔ながらの標語を文字で写す。ある種のホログラフなわけで、それを見読んだ十文字が押し黙る。

 

『だ、だとしても、何か言ってくれても良くない!』

『あいも変わらずウザい顔だ』

『言ってくれるわね! いや言ってないけど!!』

 

 現代のデジタル筆談でものすごい勢いで手を動かす(タイピング)2人。さながら、とあるラノベアニメのタイアップラジオに呼ばれた原作者よろしく、その手は絶え間なく動いてタイピングの音が逆に煩いぐらいだ。いや、ここではそれとてあるのだが……どう考えても熟考しての解答をしているというものではないのだ。

 

『何を勉強しているの?』

『言いたくない。そして、君みたいな優秀生にマウント取られるのもイヤだから更に言いたくない』

『別にそんなつもりはないわよ。ただ……さっきD組で魔法学に明るくない人に教えたから……』

『俺とソイツを同列に扱うな。同情も施しもいらん。襤褸を着てても心は錦、その気持ちで生きていくと決めているんだ』

『──────―』

 

 別に沈黙を文字で表現せんでもよかろうに。

 

 そう思ってから、勉強に集中する。座学に関してはまずまず。

 

『A組に上がるの?』

『そうしなければ、生徒会役員なんてやりたくもない仕事をさせられてしまう』

『魔法科高校で生徒会やるだなんて、結構な箔がつくと思うよ?』

『生憎ながら、俺は魔法師としては低ランク資格でいいのさ。無理して高いものや高い地位にいたると面倒なことになる』

 

 この国は、絶対の強者がいなくなり、ある意味では自立していかなければならなくなった。

 

(誰もが同じ『重さ』でいるわけじゃない)

 

 特別な”重き者”は、その強さ(おもさ)ゆえに、自らの『世界』に向かって帰結する。

 

 その力を持ったまま、『(おも)いまま』外に広がってはいかない。沈んでいく、(はて)に向かう。

 

原理血戒(イデアブラッド)と同じ理屈だ。そして、あの男は(つよ)すぎた)

 

 あれをそのまま放置していれば、地球(ほし)は歪むだけだ。

 そしてあの宣言である。

 

(よほど、自分たちは可哀想な存在ですアピールがしたかったんだな)

 

 結果として、放たれた『■■弾』がヤツから『(つよ)さ』を取り除いた。その後のことはどうでもいいのだが……。

 

(もう一度接触する必要はあるんだよな)

 

 それゆえの魔法科高校への入学なのだ。

 そして、こちらの反応の薄さからか、はたまた思索に耽っていたからか諦めて読書をする十文字の姿があったのだ。

 

(なんでこの子は俺に構うんだろう)

 

 シロウにとって現代魔法の理論・理屈よりも難解な問題なのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「結論から言わせてもらいますが、この『銃弾』には『人間の骨』が使われております」

 

 この場にいるのが自分一人で良かったと思う真夜は、対面にいる女性からの報告を促す。

 

 この二年間、沈んでしまった巳焼島の海中遺構からただ一発の銃弾を探そうと必死になっていた。

 

 四葉の待ち望んだ絶対者である達也を叩き潰した原因、復讐しようにも相手は巧妙に現れ、夢幻のごとく消えていく……まさしくファンタズム(幻想怪奇)

 ゆえに四葉家は全力を上げて巳焼島の海中探査を行っていた。それはトレジャークルーズのような夢あふれるものではない。どちらかと言えば、大規模な災害での犠牲者捜索のごとき気の遠くなるような作業……。

 

 海流の関係で証拠や遺留品が流される事も多い。

 

 だがありったけの資産・時間・人員にいたるまでを投入して、ようやく生き残りたちの証言や何とか無事だった記録映像から割り出せた殺害原因たるこの一発の『銃弾』を見つけ出せたのだ。

 

 ノーブル・ファンタズムも、証拠品をまさか見つけ出されるとは思っていなかったのか、あるいはそれすら織り込み済みかもしれないが……。

 

 そして素顔を仮面で隠した東雲 吉見という四葉連理の女性魔法師は、紙資料と口頭説明を用いて真夜に伝えてくる。

 

「使われている人間が誰なのか、生者であるか死人であるかは追加調査中ですが、分かったことを述べますが、この銃弾に『魔法』で直接干渉した場合その影響は甚大であるということです」

 

「具体的には?」

 

「まずは魔法の逆流・暴走とでもいうべきものが術者を襲います。『受刑者』たちを利用して、この魔弾に強弱つけて干渉してもらいました。発砲は弾丸の劣化から出来ませんでしたが、『受刑者』は例外なく魔法能力に問題をきたすほどのダメージを負いました。死んだものすら出ています」

 

 それに対して特に哀悼の意を表すことはない。

 他者に対する人権意識が希薄で、身内だけが『人間』だと思っている四葉なのだ。

 

 もっとも吉見の方は、その魔法の適性上……どうしても他者の心情(こころ)というものを詳細に見てしまうので、どうしても酷薄なままに生きられない。

 ちなみに彼女の表向きの職業は『精神科医』であったりする。

 

「当時、巳焼島にて達也殿の近傍で戦っていた人間たちからヒアリングしたこと、また同じく達也殿を支援する形で魔法を放っていた深雪様の症状から察するに、この銃弾は『使う魔法』が強大で巨大であればあるほどに重篤なダメージを負うということです」

 

 なんということだ。絶望と絶句する真夜もその辺りは知っていた。

 

 達也がノーブル・ファンタズムのファンタズム01こと恐るべき少年魔法師と相対した時に使った魔法はマテリアルバースト……。

 

 戦略級魔法だったのだ。達也としては、その魔法師との戦いにおいて、対人殺傷の分解術が利かず、されど有効打として有用なものが、それしかなかったのだ。

 

 魔導の暗殺者。黒羽よりも徹底して磨き上げられた手管に対して達也が選んだものは、最遠距離から最大威力で吹き飛ばすことであった。

 絶対の暗殺者たるメイガスアサシンに対抗する唯一の方法。暗殺を無効にする、大規模破壊。

 

 だが、これが実行に移されることはなかった。そもそも精霊の眼でもかの組織ないし主導者は見つけられず、そして何よりその計画を実行するにはタイミングが悪すぎた。

 

 シバ・ショックでの宣言をした手前。ここで例え、アナーキストを倒すためとはいえ1つの街が消失するほどのエネルギーを向ければ忽ち対立は激化する。

 何が何でも司波達也を抹殺すべしと大軍が押し寄せて、そこにノーブル・ファンタズムの手練れがいれば、大対戦(おおいくさ)の混乱の中で放たれた毒手が達也を殺しに掛かるかもしれない。

 

 それ故の巳焼島にての大決戦だった……。

 

 暗殺者を迎撃するために待ち構える要塞、真夜はいざとなれば島を半分消失させても構わないとしていた。元老院(スポンサー)にも了承をさせていた。

 だが、目論見は外れた。大きく外れて、そして最悪の結果が四葉だけでなく日本の魔法師全体に伸し掛かった。

 

「どうして……そのようなことに、吉見さんは、この銃弾でサイコメトリーをしたんですか?」

 

「いえ……それはまだです。私もこれに対して、下手に読み取りをすればどうなるか分かりません。いざとなれば……ですが」

 

「保証はいくらでも着けましょう。いい婿との縁談も設けましょう」

 

「で、できれば年下のかわいい男の子で!」

 

 このアマ! などと口汚く罵りたくなるのを抑えながら、真夜は続きを促す。

 

「失礼しました……この魔弾は、その性質上、サイオンの逆流・暴走という現象もありますが、軽症のものを調べた所、少しだけ違うものも見受けられました」

 

「というと?」

 

「逆流・暴走したあと……それらは相手の魔法能力を損するものとなり、仮に回復し五体満足であってもその後に、昔のような魔法能力の行使は望めないでしょう。具体的な表現ではないかもしれませんが……本来の回復を阻害する。機能を足の機能を治すべき回復作用が、手を治し、足は心臓をという塩梅に……こんな症状は初めてですよ」

 

「…………」

 

 二重・三重……四重の意味で悪辣な弾丸である。恐らく達也が戦略級魔法を弾丸に掛けざるを得ない状況を作るところまで織り込み済みだったのだろう。

 

 ノーブル・ファンタズムを捕らえる檻を作ったつもりだった自分たちだったが、逆である。

 

 檻に入れられていたのは自分たちだったのだ。

 テーブルの上に置いてある銃弾が、凶悪な獣牙にすら見えてきた真夜であった……。

 

 汗をかいている吉見を下がらせつつ『引き続き、調査をお願いします』と筋ならば黒羽に言うべきものを、外戚である彼女に言うしかない状況を少し憂える。

 黒羽 貢もまたあの戦いで双子を失ったわけではないが、かなり酷い怪我を負い、彼自身もかなり窶れてしまったのだ。

 

 一人になってしまった部屋の中で、何度目になるか分からぬため息を突く。

 

 それが部屋を狭くしているかのような錯覚に陥りながらも、達也を、自分の息子を何とか目覚めさせることこそが重要だと自分に言い聞かせるのであった。

 

 



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第十五話『異端開帳』

難産の限りであった。

この後の三高との対抗戦、クラウド・ボールというよりも魔法大学に向かうことに繋げるための話でしたが……まぁ読んでいただければ幸いです。


 

 

「仙石の彼氏(オトコ)がどーとかハッキリ言って興味ないんだけど」

 

「け、けども唐橘くんってD組だから、なんというか―――嫉妬とかしないの?」

 

「火狩だったらばそうなんだろうけど。お前がどうこうしようが俺には更に興味がない。学内の人気者たるお前と一緒にいることで、俺はアレコレ面倒なことになる」

 

シロウとしては十文字と仲は良くない。一方的に絡まれているだけだとしても、多くの人間……特に男子は妙な想像をして嫌悪を向けてくる。

 

やっかみの類ではあるとして無視しているのだが、劣等生であるシロウを好ましく想っていない人間は多いのだ。

 

よって、いろいろな意味でやっかみではあるのだ。

 

もっとも『実戦能力』においては、昏睡状態(?)の某OBと同じくスゴイものがあるとはどこからか伝わったらしく、そういった『シメてやろう』とかマウントを取るようなことは無かったのだ。

 

アーツ部の千種先輩を手のひら1つでダウンさせ、1年次席の火狩を倒して、十の系譜たる『ふたりはアリマリ』をも圧倒するその実力は口の軽い誰かが広めていったことなのだろう。

 

そんなこんなで帰宅の途に着いていたシロウに着いてくる十文字アリサ―――今日は部活は休みのようだ。反対に遠上はどうやら部活、何だか知らないが気合いを入れている様子だ。

 

待ってなくていいのかとは問いかけたが、どうやらいいらしい。その理由は分からんが……などと話しながら、どうせ個別電車の乗り口までだとして、十文字お嬢様(悪役)のお話相手をやっていたわけだが、その途上で……。

 

「十文字さん、衛宮君」

 

少し話題に出した山岳部の火狩がやってきたことで、これはチャンスだなと思いながら十文字から離脱をする機会を伺う。

 

火狩と話をすることなく、おさらばでございますするには、前回の誘酔2年生とのアレのごとく―――。

 

「それじゃ見学させてもらうわ」

「どんな話が火狩とまとまったのかは知らないが、俺は無関係だろ。HANARERO!」

 

シロウの腕にがっしり組ませてくる十文字に対して、抗議するも本当に無理やり引っこ抜けば色々と嫌なことになりそうな所で組み付いてきたのだ。

 

「じゃ、じゃあ案内するよ。こっちに来て」

 

山岳部のイケメンマギクスは少し戸惑いながらも、何処かに連れて行くらしい。

 

察するに十文字の前でカッコつけたかったようだが、おジャマ・レッド(☆2の通常モンスター)が場に出されてこんな形になったようだ。

 

道中聞いた限りでは山岳部はボルダリングよりも本格的なクライミングをするための練習施設があるらしく、そこでの練習を見せるとのこと。

 

興味がなさすぎるシロウだが、案内された「穴」は10mほどの深さ、直径は3mという塩梅で校舎内の一角に作られていたのだった。

 

(蓋はあるんだろうけど、何だか不用心な限り)

 

演習林という多目的に使える場所にて、そんなものがある事実。まぁそれはともかくとして、それを一応は命綱ありで、壁にせり出した「岩場」を手がかり足がかりに底から登っていく様子。

 

登攀としてはなかなかにいいかもしれないが……。

 

(まぁ、あえて言う必要もあるまい)

 

十文字も門外漢ながら褒めてるみたいだし、特に場を冷やす発言をする必要もない。要は、火狩次第なのだ。

 

……ちなみに、腕と腕を絡ませた状態は継続中。解せぬ。

火狩を褒める時ぐらいは、男を挟むなと言いたい。

 

「ちなみに衛宮くんは何か分かったことはあるかい?」

 

「門外漢だから何も分かりません」

 

「ならば……思ったことを言ってくれないか?」

 

「意味がわからないな」

 

「少しだけ見ていたが、どうにも俺の練習を無駄なことだと言わんばかりの視線だったもんでな」

 

成程、学年次席は伊達ではないということか。と思いつつも、表情をコントロールしきれなかったのは失態だなと自戒しつつ思った所を言っておく。

 

「まぁ最初の内、1年がやる分にはいいんじゃない。ただ、人間なんでも「慣れ」というものが恐ろしいんだ。登攀するには難儀する箇所があるとはいえ、直径が3mほどの円筒の壁ってことは、ある程度はルートを覚えてしまう可能性がある―――それを現実の山登りと連動させると不味いということさ」

 

フリークライミングで言うならば既に先導しているものが設定した整備ルートであろう。

 

「――――――――」

 

「おい。想定していなかったわけじゃないだろ? こんなもの、底の浅い外部からの意見だと言ってくれ」

 

人工壁にだけ慣れた所で、それが現実の岩山と同じ質感であろうと、危険とは隣り合わせなのだからことごとく慣れとは恐ろしいものだ。

 

「ああ……いや、よく考えてみればそうだよな…」

「まぁ、ここだけとは限らんしな。あんまり真に受けんなよ」

「実を言うとこれを設定した2年前の部長さんは当初、これをある程度変化に富んだものにしたかったそうなんだが……」

 

戸惑い気味の火狩曰く、結局の所……色々あってそれらは無くなった。

魔法を利用して曜日ごとに変化に富んだ「壁」にしたかったらしいが、技術協力などに頼りにしていた司波達也に降り掛かった不幸な事故で、それらが出来なかったようだ。

 

「西城っていう先輩も今はレスキュー隊員養成の訓練校にいるけど……あんまり学校に来てくれないそうだ」

 

「ふぅん」

 

別にどうでもいい話―――というほどではないが、それでも一大決戦の後に、あの大男が、そのような進路を取ったとは。

 

蛇足的な情報を耳に入れつつ、もう帰りたい想いでいたというのに。

 

「衛宮君もやらないかい?」

「ラペリングだというのならば、やんない」

「それじゃ、私が下に行ってるから迎えに来て」

 

なんでそうなるんだよと罵ってやりたい気持ちを抑えながら10mもの底へと『ぴょん』と向かう十文字アリサに頭を痛めつつ、縋るような視線を向ける火狩に更に頭を痛める。

 

「あの女のCADには飛行術式ぐらいあるだろ。暫く山村貞子でもやっていりゃいいんだ」

 

「なんて無情なことを言うんだ……ただね。僕ら山岳部の男子部員たちの練習の邪魔だし、何より下心がある部員も多くて」

 

「そしてお前が助けに行ってもやっかまれるからどうなんだということか」

 

山岳部の先輩、同級生たち―――全男子部員たちが、シロウの視線に顔を背けた。

 

「理解が早くて何よりだよ」

「ぶっちゃけお前が付き合ってしまえばいいだけだと思うな。俺は小陽の方がタイプの女の子だし」

 

不意に出てきた人物名に気付かされたように、火狩は勢いよく聞いてくる。

 

「な、なんだって!? まさか最近、アイツが付き合い悪くなったのって!!」

 

どうやら存外、鈍くはないようだ。とはいえ親しい女の子の動向をチェックしているとか……意外とあのホクザンの令嬢と同じく家絡みでの付き合いなのかもしれない。

 

「―――『ジョーイは、いつまでも免許取らないから、正直こうしてツーリング相手……同年齢の男子とツーリングデート出来るっていうのは嬉しいんですよね』―――とのことだ」

 

ともあれ証拠というわけではない。しかし、火狩への嘆きを記録した映像。

端末にいつぞやのライダースーツ姿で語る永臣小陽を録画したものを火狩に見せると、何だか物凄く悔しそうな顔をするのだった。

 

まぁ幼馴染が別の男とどっか出かけたとか、疎遠にでもなっていない限り、何か『くるもの』はあるのだろう。先の想像も当たっているかもしれないが。

 

「衛宮士郎……!!!」

「フルネームで呼ぶなよ。因縁のライバルみたいでキモいだろ」

 

歯を噛み締めながらこちらの名前を言う火狩にすげなく返す。

 

「俺はお前を許さない!!」

「誰も謝ってなどいない」

『『『『俺たちだって許さん!!』』』』

「謝ってないと言っている!!」

 

火狩に同調するように山岳部の男子部員全員が叫ぶ。意外とあのメカニカルガールは、ここにいる山ボーイ(笑)たちのアイドル(推しの子)だったのかもしれない。

 

完全に趣味が真逆だと思うのだが。その辺りはツッコまずにおく。

 

「ちなみに言えば、『サイドカー付けて火狩をツーリングに誘えばいいんじゃない?』とは言っておいたよ」

 

動画の続きを見せて火狩の怒気を鎮火させることに成功する。

もっともその続きでは……。

 

『ジョーイはカッコつけのカッコマンですから、そんなことしないと思うなー』

 

などと辛辣なことを言っていたりするのだが、それはともかく10mもの穴の底を目指して、衛宮士郎は舞い降りる。 質量操作と気流制御の二重呪法による自律落下。

熟練の魔術師であれば苦もなくこなす芸当であり、むしろその練度を問うならば、優美さの度合いによって格付けが決まるところだ……。

 

しかし、この世界では特に何の意味もなかったりするかくし芸であった。

 

「ーーー随分と遅かったわね」

「勝手に飛び込んで、勝手に助けを待つとかどんだけなんだよ」

 

膨れた面を見せる十文字を抱きかかえて岩の取っ掛かりに手をやる。

 

「腕、しっかり首に回してろよ」

「う、うん!!」

 

いきなり男に抱きかかえられて、色々と緊張しているのかもしれないが、それでもこんな荒行をやらされた以上は、少しは火狩たち山岳部にも変化をつけてやるかと想いつつ、修行の時を思い出すのだった。

 

3分後……ひと1人……女子としては長身であり、その分体重もそれなりにあるだろうハーフの少女を抱きかかえながら1人の男子が岩壁を登り切るのだった。

 

「当然、術は使った」

「―――フリークライミングのプロでもそんなこと出来ないんだが、君は片手と両足のみで……十文字さんを抱えながら登った―――……信じられないよ」

「だから術を使ったと言っているだろうが」

 

その様子を見た全員が驚かざるを得ない。

ボルダリングやリードクライミングなどの『道具』を殆ど用いない登攀よりもとんでもないことをやったのだから……。

 

身体強化(フィジカルエンチャント)肉体制御(マッスルコントロール)。そんな所だ」

 

「前半はともかく後半は、聞いたことがない術式だわ」

 

「そりゃ適当な名前だからな」

 

詳細は明らかに出来るわけがないので、そこで話は終わるのだが……ここでのことを嗅ぎつけた遠上がいきなり後ろから殴りかかってくるわ。

バイクに乗って『シロウくん大丈夫!?』などと小陽が山林に仮面ライダー1号(本郷猛)のように入ってくるわ、騒ぎを聞きつけた風紀委員長や部活連会頭がやってくるわ。

 

そんな塩梅になりつつも、シロウは何とかその場を脱することが出来たのだが……。

 

この事―――エミヤシロウなる男の異常性が誰か……魔法師界の重鎮の耳目に入ることは間違いなかった。

 

それはシロウにとって好ましからざる結果をもたらすことになるのは間違いないも、司波達也に接触をする上では好材料で悩ましいことになるのであった……。

 

 

 

 



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第十六話『文官開放』

 

 

「こんなことはあまり言いたくないのだが、アリサ。最近、学校で妙な男子に絡んでいるそうだな」

 

「克人兄さん……なんでこんな時に言うんですか?」

 

殆ど一人暮らしみたいに十文字家の邸宅の離れで暮らしているアリサだが、時には家族全員での食事もあったりする。

慶子お義母さんが時に振る舞う手料理を食べる関係で、本邸にお呼ばれしたアリサだったのだが、そういうことは食事時に言ってほしかったものだ。

 

「俺なりに気遣ったんだがな。勇人の心の安寧と和美の野次馬根性を発揮させないために、あの場はそういうスキャンダラスな話題を出さない方が良かったと判断したんだが」

 

「そういうものでしょうか?」

 

積極的に言いたかったのだろうか? そんな疑問を十文字家当主 十文字克人は抱いたのだが、他者から伝聞されたものばかりだが、それによるとどうにも『よろしくない相手』だ。

 

克人の執務室……かつてはお互いにとっての父である和樹がいた十文字家の当主としての部屋だが、父が居た頃よりも少々模様替えをしたことを今更ながらアリサは認識した。

夕食後……やってきた克人の部屋にての話題は、かなりナーバスなものであった。

 

「率直に聞くが……件のエミヤシロウ君……好きなのか?」

 

「――――――ど、どうですかね……確かに好きな男子と言われれば……そちらのカテゴリーに入るかもしれません」

 

動悸が少し早くなるのを自覚して、その上で落ち着いて考えながら、素直な気持ちを表して言い放った瞬間、部屋の外で少し大きめの音がしたような気がする。

 

気づいた克人が遮音の結界を執務室全体に張ったことで、これ以上の盗み聞きはなくなりそうである。

 

「てっきり俺は遠上くんの兄御、遼介氏との将来を考えていたと思っていたのだが」

 

「気が早いですよ……ただ北海道にいた頃、あの家で生活して遼介さんと一緒にいた頃は、そういう未来でも良かったと思いますけど」

 

別に遠上家の方から長男との結婚を強制された訳ではない。ただアリサが好意を抱ける『男性』が、当時は遼介だけだったのだ。

 

「ふむ。俺も学校の方から色々と聞いているが察するにアリサは、自分を特別扱い・特別視しないエミヤという同級生に酔っているだけなんじゃないかな」

 

「……なんだかそれだと私が自分の容姿や家の財力などを鼻にかけていた金満令嬢で、そんなものに靡かない人間に惹かれているみたいで心外です」

 

昔懐かしの少女漫画でよくある展開の1つを言われて三白眼で克人を睨むようにして言うアリサ。だが克人は、その実例を1人知っている。

 

克人の同級生 七草真由美。

 

十師族の長女であり、俗な表現をすれば克人の世代のクイーン・ビーであった女子である。

 

現在も大学にて会うも、卒論や就活の準備―――という一般的な大学生のイベントとは少々縁遠いながらも、とりあえず多忙な日々を互いに送っている。

 

そんな彼女を特別視していなかったのが、現在も四葉関連のホスピタルにて治療を受けている司波達也であった。

 

誰もが自分に(かしず)くとまではいかずとも、それなりに容姿とか能力に自信を持っていた彼女を打ち砕いたのが、当時は四葉と明かさず、入学試験の座学分野で満点を叩き出した驚異の新入生なのだった。

 

そこが七草真由美が注目したファーストインプレッションともいえる。

 

その後のあれこれの交流は割愛するとして、そんな彼女と同じくなっているのではないかと思った克人だが、何だか意固地になっている気がしてならなかった。

 

「まぁ妹の友達付き合いにあまり口出しなどしたくないのだが、そのエミヤという男子は五十里の妹などとは少々毛色が違うからな……」

 

「そうですか。すみません」

 

一応は、家のこととかその他諸々……当主としての立場としてそういうことを言ったのだろう。具体的に言えば世間体よろしくない友達付き合いじゃないかという懸念だったろうが、最後には兄貴として、家族としてそういう心配をしてくれたのだ。

 

だから一応は謝罪しておく。

だが、ちょっとばかりの軽蔑も存在してしまう。

 

「今日の所はいいだろう。週末には魔法大学に来るそうだが、まぁ粗相のないようにな。お休みアリサ」

 

週末……アリサの所属しているクラウド・ボール部の練習試合……俗に言う魔法科高校が9つしかないのに、競技種目での練習試合があるという不合理を何となく覚えつつも、金沢の第三高校との試合があるのだった。

 

そのことを指していた克人におやすみなさいとだけ言ってから執務室を出る。

 

執務室を出ると、そこには盗み聞きをしていた人間はおらずとも、その痕跡は何となく見えるのだった。

 

そうして歩き出した瞬間―――。

 

「?」

 

妙な感覚を足元に覚えた。何か勇人や和美(耳だけ出歯亀)が廊下に落としたものでも踏んだだろうかと感じたが……。

 

特に何もなくそのあとは、普通に歩き出せるのだった。

 

† † † † †

 

今日も今日とて悪の生徒会の邪悪なる企みを阻止すべく鉄腕アルバイター エミヤシロウはテストでの好成績を残すべく勉強へと邁進するのだった。

 

そんな最中、今度は監視役のつもりなのか五十里が、自分の背後霊として存在しているのであった。

 

ともあれ、確認すべき事項……A組にあがるためのラインの確認。

当然、不測の事態というかひっかけ的な実技試験をこなすための準備をしてから、全ての工程を終えたシロウは、スコアレコードを消去してから立ち去るのであった。

 

「ちょい待ちっ衛宮君」

「アルバイトで急いでいるんだが」

「それでも待たんかいっ!」

「待たない」

 

何故に待つ道理があるのだろうか。五十里とは面識こそあれど、特になにか話すような間柄ではない。

 

それどころか胡散臭げに見てきた。初対面時に路端の野良犬でも見るかのような目をしてきたので、はっきりいって話しかけられるのも嫌な相手だ。

 

「ぐぬぬっ!! ならば後で端末に要件を書いて送ってやるっ!! もはや了承したことにしてやるからなっ!!」

 

結果として、生徒会書記である五十里 明からの要件とやらが、かなり地雷だったのだ。

 

後日、生徒会に訪れて尋ねることに……。

 

「要は五十里及び陸上部が都内マラソンに参加するから、魔法大学へと練習試合のために出向するクラウド・ボール部のアレコレの為に同道しろと……1ついいですか?」

 

アレコレとは記録係としてのものだったり、書類申請だったりである。だが、それよりも問題な部分があるのだった。

 

「なんでしょう?」

「俺、染色体はXY(男子)なんですけど」

 

クラウド・ボールという競技を一度だけ見せられたが、その衣装が色々と問題だ。そして記録員として何かを書けということは、その試合のラリーなどの様子も書くこともありえるのだ。

 

「マネージャーぐらいいるんじゃないですか?」

「いないので衛宮君にお鉢が回ったわけです。まぁ服部さんには既に話は通してありますし、知り合いもいるから大丈夫でしょ?」

 

何が大丈夫なものか。と言いたいが、実際のところ五十里がやるべきことなのだろうかと疑問もあるが、しかし五十里が都内で行われるマラソンに出ることは間違いないだろう。

 

これ以上ゴネてもどうしようもないというのならば、仕事を完璧にするだけだ。

 

「本気で俺を生徒会に入れる気なんですね」

「当然です。副会長は少々違う意見のようですけどね」

「俺みたいな跳ねっ返り小僧を入れるなんて意味がないと思いますけど、副会長は冷静ですよ」

「詩奈の判断を間違いと言いたいのか?」

「一般的な感覚ではないと思いますけどね。俺みたいなのに何かの役職を与えるなんて、狂犬に子守をさせるようなものですよ」

 

三矢会長の判断に物申したことが矢車会計には、少々癇に障ることだったのだろうが、こればかりは言っておかなければならない。

 

シロウはどこにも馴染めない。馴染まない人間なのだから……。

 

「どちらにせよ。今度の月例テストでA組に上がれなければ、そうなっちゃうわけですから頑張ってくださいね♪」

 

なんて色んな意味で面倒な状況。だが、そんなことは今更なのでシロウは週末の状況に対して色々と考えておくのだった。

 

「ちなみに今日は、放課後にクラウド・ボール部へ寄ってくださいね」

 

昔、世話になった教師ならば『FU○K!』『SHIT!』などと罵ることもありえる会長の無茶振りに頭を痛めながらも、とりあえず任されたことは努めようと思うのであった。

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

放課後、向かったクラウド・ボール部の準備室――――――更衣室ではない場所にて、服部初音という先輩から、レクチャーもといやるべきことを聞くとそれは山積みだった。

 

まさか、初日から働かされるとは思っていなかったシロウは、少しだけ戸惑うが、それでもやるべきことはやるのだった。

 

コートの使用許可や魔法大学への入場以外、競技に関連する専門的なことを聞くための人物もまだ練習に向かうことは無さそうなので今のうちに確認すべきことは確認しておく。

 

「それじゃこれはこうで、事前に魔法大学に連絡・確認は―――」

「ごめん! まだ!」

 

端的な服部部長の謝罪混じりの言葉にすぐさま端末にあった番号に一高側の電話でコール。出た人によれば、大丈夫だが、三高の方からはまだ連絡が無いようだ。

 

大丈夫かな?と思うも、こちら側がアレコレ言うと失礼かと思い、直接連絡ではなくメールでの通知だけにしておく。

 

確認事項は、こんなものか……と少しだけ安堵。

 

ついでに言えば確認していく内に知ったことだが魔法大学にはサイオンセンサーこそあれど、高校(ここ)のように使用許可をなされていない魔法の使用は厳罰。

……なんて厳しい条項はないようだ。

 

まぁどうでもいい。一通り終えて、休憩がてらここまでに感じた疑問を吐き出す。

 

「これ全部、服部先輩の方でやっていたんですか?」

 

端末の資料を指差しながらシロウが言うと、少しだけ痛い所を突かれたかのように、うめいてから口を開く。

 

「マネージャーとかいれば良かったんだけどね。顧問の先生もいないし」

 

疲れ気味に言う服部部長いわく、このクラウド・ボールという魔法競技種目は、ちょっと前までは九校戦の花形競技の1つでもあったのだが、司波達也の入った翌年より廃止されて、色々と予算縮小の憂き目にあったとのこと。

 

「十文字さんが入ってくれたことで、なにか人気競技として復活してくれたらばなぁとは思うんだよ」

 

なんて他力本願! などと思ったがあえて口にはしない。

 

そもそも魔法科高校が9つしかない。

ヒュドラ(九頭蛇)のように斬ったあとに焼かなければ『頭が増える』という特性でもない限り『競技人口』という意味では増えない。

 

増えない限り、1つの学校での限られたパイの奪い合いとなるので、結局あんまり意味がない。

 

(おまけに魔法競技種目でこそ『才能』のアレコレが際立つからな)

 

その競技をやりたいと思っても、結局……優秀生以外は『楽しめない』とすれば、自ずと部員も増えない。

まぁそれでもいいというのならば、あるいは魔法能力がオールで優秀でなくてもなにか一芸特化の選手が活躍できるならば、それでも良かったのだろうが。

 

(無理だろうな)

 

そう感じながらも当日の予定、自分がやるべきことを確認する。特にクラウド・ボール部の部員と同行しながら動かなくても良さそうだ。

 

もっとも試合自体の記録は他に任せたい……。

 

一般的な男子生徒が、スカートタイプのユニフォームで戦う同年齢の女子たちを見ながら記録を着けているなんて、変態以外の何者でもないだろう。

 

別に性的興奮は覚えないが。

 

ただ、理由付けとしてその辺りをアレコレ言って『年頃の男子』らしく少しだけ戸惑う様子も見せつつ言ったのだが。

 

「駄目だよ♪♪♪」

 

せっかく手に入れた事務方の優秀なのを簡単に手放すわけにはいかないとばかりの気持ちを、その満面の笑顔での拒否で感じたのでげんなりするシロウであった。

 

「まぁ安心して。別室のモニターで記録が取れるように手配しておくから」

「それは安心できますね」

 

当日、そんなものは無いことを暴露されて色んな意味で服部を恨むことになるのは完全に余談である。

 

 

 



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第十七話『運命定着』

 

 

5月24日 日曜日 今日の天気は曇り空が一切ない快晴(・・)であった。

 

日曜日……講義こそ無いが、大学に通う人間にとっては所属している部活やサークルの『部屋』に顔を出すこともあるし、研究のために図書室などを利用する人間もいる。

 

そんな中、一人の青年が資料を見ながら勉強に集中しているようで集中していなかった。

 

そんな様子は旧知の人間からすればわかりやすくて、そして構いたくなるほどには何か鬱な様子を感じさせていたのだ。

 

「おはよう服部君」

「中条、おはよう」

 

一高時代の同級生。自分の世代の時の一高会長を努めた女性だ。高校時代はトレードマークとも言えた『コロネヘア』を解いてロングにしている彼女だが、その短躯は未だに中学生にも間違われている。

 

「珍しいね。日曜日に来るだなんて」

「今日、妹がやって来るんだよ。三高との練習試合で大学のコートを使うそうでな」

 

対面の席に腰掛けた中条にそう言いつつ別に、自分が必要なことだろうかと考えても居て時間つぶしのために資料閲覧室(ここ)に来たのだ。

 

対する中条あずさは、服部に妹がいただろうかと少し疑問に思ったが、何となくそう言えば遠縁の親戚が叔父夫婦の養女になったと聞いたような気がする。

要は従妹―――そういう意味での妹なんだろうと思いあたった。

 

「高校ですか、懐かしいですね」

「そう言われればそうか……だが、戻りたいとは思えないな」

「色々と―――ありましたからね……」

 

平穏ではなかった高校時代、1人の新入生がやってきたことによって起こった動乱の全ての終結はあまりにも苦い結末だった。

 

「何が駄目だったんでしょうね」

「全てだな。結局の所、あいつ一人に罪をなすり付けるのもお門違いだが、同時にあいつと出会って、野心や希望を抱いた者は一人残らず有罪だ」

 

服部は司波達也とはそこまで親しくなく近しくはなかった。だから少しだけ引いた所から一連のことを見ることが出来た。

五十里や中条などの技術畑の人間は少し違う意見を持っていたのだろうが、全ては性急過ぎた。

 

別に新技術を公表するなというわけではない。だが、かつてのEV技術使用の電気自動車が、その不便さや生産の効率性から推進していた欧州ですら手に余るものになったのと同じだった。

 

「あいつの中に、妹愛以外の隣人愛があれば別だったんだがな」

「服部君は司波君の行おうとしていたことは間違いだったと思いますか?」

「分からないな。だが、あいつの宣言の前から低位の魔法技能者……一高の2科生に対する『何か』あるいは魔法科高校に入学できなかった人々に対して……慈悲深いものを見せていれば、賛意も増えていたんだろうが、司波にあったのは独善的な価値観だ」

 

それらは司波達也が昏睡状態になってから暴露されたことだ。かつて日本の首相がとある宗教団体との深い繋がりからその宗教団体によって人生を壊された青年に襲撃されたことで、それらが一気に暴露されたように……。

 

「じゃあ、司波くんがあんなことにならなかった場合の世界ってのはどうなっていたと思います?」

 

「想像の域を出ないが、どちらにせよ上手くいかなかったと思うな」

 

司波達也は『炉』のプロジェクトと並行して、先に述べた全世界の魔法技能能力者(能力の高低問わず)たちを助けるためにある種の『魔法師だけの共同体』……もっと言えば魔法師だけの『国家』を作ろうとしていた。

 

「それはそれでいいことだと思いますが……」

「確かに、だがそれは一面だけでしかないと思う」

 

この22世紀を迎えた世界でも、人間は魔法師であるなしに関わらず、肌の色の違い、人種の違い、その血の純度、生まれた土地の違い、そして宗教観の違いでも争い合っている。

表面上は落ち着いているように見えても、見えぬ所ではそういうものは続いているのだ。

 

「第一、魔法師であるという一点だけの価値観でなんのわだかまりもなくお互いを受け入れ、認められるならば、俺たちが在籍していた頃にそれが実現していてもおかしくないじゃないか」

 

1科2科という区別を当然として認めて、そして2科生をウィードと呼んでいた風潮を消せなかったのだ。

結局、人間が1つどころに集まったところで全てが上手く回るわけじゃない。

 

「あとは未来の話になるが、結局これを実現できるのは司波達也が圧倒的なまでの『チカラ』を持っている独裁者であるからだよ。そんなものが出来上がって、あいつの死後にそういう共同体がどうなるかなんて過去の歴史の事例からして分かっている」

 

「権力闘争、分裂戦争……共同体は瓦解はしますか」

 

「司波達也と司波深雪の間に子供がいて、そいつが同じようなチカラを発揮できれば世襲制の独裁国家になるかもしれないが」

 

もはや妄想の産物である。司波達也がここから奇跡的な回復を見せたところで、これらの懸念を払拭出来るわけがないだろう。

 

(そして、あの司波達也を倒したノーブルファンタズムのファンタズム01なる魔法師……)

 

別に仇討ちをしてやろうとは思わない。だが、あの最初のブランシュ事件の際に、服部が尊敬して愛する七草真由美の手首を斬り落とした際の恨みは絶対に晴らしたいと思うも……。

 

(司波が勝てなかった相手に俺が勝てるのか?)

 

そういう現実的な問いがぐるぐると回り続けていた。そして中条あずさは、服部の言う野心を持った人間の一人としてそれでも司波が回復することを願わざるを得ないのだ。

 

† † † †

 

受付業務を代行する形で終えたシロウは、大学の事務部で渡されたものをクラウド・ボール部部長に渡すのだった。

 

「ありがとう。本当に助かるわ」

「今回限りですよ」

 

嘆息しつつ、記録用端末(筆記式兼用)のそれを持ち服部部長が以前に説明してくれた場所へと赴こうとしたのだが。

 

「そんなものはないわよ」

 

その笑顔と同時の言葉に事務部に急遽確認。

 

「ふふふ、短いスカート姿の少女を見る幸福を味わいながら果たして記録を正常に取れるかしら?」

「それに関しちゃ心配ないですよ。ただ他の皆さんが俺に見られながら正常にプレイ出来るかどうかの方が心配ですね」

 

いじわるをしたつもりの服部部長には悪いが、シロウにその手のセクシャルなことは通用しないのだ。

 

そんなわけで―――キャンパス内部から出て向かったコートフィールドにおいて……。

 

「そんなヤツに女子の試合の記録員を任せるだなんて何を考えているんですか!?」

 

何故かこの対抗戦に着いてきた遠上が大声で抗議するのだった。別に任せてもいいというのならば、それでもいいが……。

 

「ミーナ、今から記録員としての記入の仕方なんて分からないし出来ないでしょ。シロウ君はどうやら部長にレクチャーを受けて完璧だったそうだし」

 

フォローではないフォローをしてくれた十文字。

言われたことは真っ当ではあったので……。

 

「そういうことだ。一応、これは俺が現在シティマラソンランナーとして都内で走っている五十里から任された仕事だ。簡単に譲るわけにはいかない」

 

「別にそこまでやる気があるわけでもないのに……」

 

「そうだな。やる気は無いが、だからといって任された仕事に手抜きだけはしない。アルバイト先でもそれだけは遵守しているんでな」

 

それが俺の生き様だ。

 

そう視線だけで告げたことで少しだけ呻く遠上。

 

それだけで決したわけだが……。

 

「シロウ君……ありがとう」

 

「礼などいらん。おれはおまえがきらいだってことは変わらんのだからな」

 

((((何故、帽子とグラサンとヒゲをつける……))))

 

Mと書かれた野球帽を被り、昔懐かしのチンピラ監督のごとくなったシロウに一同全員が心中でのみツッコミを入れるのだった。

 

―――そんな様子を先んじてコートにやってきた三高女子クラウド・ボール部の面子は見ていたりする。

 

「男子のマネージャーかぁ。結構いいツラしてるじゃん」

「こっちに聞こえてくる言葉からして臨時の人員らしいですけどね」

「……」

 

キャピキャピルンルンというほどではないが、少しだけ羨ましそうにする三高女子とは別にその男子をそういう目ではなく『じっ』と見るものが一人。

 

(赤毛……)

 

光の加減によってはオレンジ色にも見えるだろうが、その色に少しだけ羨望を覚える。

 

原色の赤に近いそれは『緋色』(スカーレット)である自分が求めてやまないものだからだ。

 

そんな緋色浩美の値踏みはともかくとして、指定されたベンチにて今日のオーダーを入力することになった。

 

「三高のお歴々、そちらのベンチで今日の試合順番を入力していただきたいんだが、よろしいか?」

 

「はーい♪ 一応、公式戦のつもりでオーダーを出させていただきますからねー」

 

シロウの出した声に対して、どことなく『しな』を作るかのような声で答える三高生。それを受けてから互いに遮音の防壁を張ることに。

 

お互いの作戦会議が聴こえない距離―――それどころか遮音・覗き見防止のフィールドを張ってのオーダーを決める作業に移行した。

 

三高側は分からないが、一高側は少しだけ紛糾するーーーとまでは言わんが、三高側に有名選手がいたことで仙石が『やりたい』と聞かないのだ。

 

(こうなるなら、公式戦形式じゃなくて自由戦形式の方が良かったんじゃないかと思う)

 

サッカーや野球などのようなチーム戦ではなく個人での勝敗を積み重ねていく競技ならば、それでも良かったのだが……一度はチームとしての勝敗を緊張感を持ってやるのが礼儀だろうか。

 

(あるいはハードなスポーツだからこそなのかもしれない)

 

そんなことを考えつつも、言われたとおりにオーダー順に全員の名前を入力していく。

 

「―――以上で大丈夫ですか?」

 

口頭と端末での再確認をしたことでOKをもらう。

 

「ちなみに衛宮君、今日の運勢は?」

「見ているサイト、番組で違うだろうけど俺がチェックしているのでは、3位で『新しい出会いがあるでしょう』だったよ。仙石は?」

「……9位で「すれ違いにくよくよしないで」だった……」

 

どうとでも取れる内容ではあるが、この場面ではどうしても想起せざるをえない内容である。

 

試合をする前から少しだけ落ち込む仙石にかける言葉など無いので、とりあえず自分の運気が仙石と緋色という三高女子の試合を実現できるように願をかけつつ最終のエンターキーを押す。

 

そして運命の女神のいたずらは、どうしてもあるのだろうと思える試合順番が組まれていた……。

 

 



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第十八話『試合開始』

 

 

お互いの選手のリストが端末から投影されたホログラフの電子ボードにアップロードされ、遮られていた壁の向こうにてお互いに考えていたオーダーで対戦相手が確定する。  

 

試合は シングルス1、 シングルス2、 ダブルス1、 ダブルス2、 シングルス3の 順に行わ れる。

 

アリサはシングルスの3戦目、日和の元々の予定は4戦目のダブルス2だったが、2戦目のシングルスに変更されている。

なお日和と交代した初音は当初、人数の関係で最初と最後のシングルス二試合に出る予定だった。  

 

そして話題になっていた三高の緋色浩美の出番は、3戦目(最後)のシングルスだった。

 

「…… これは予想外といっても過言ではないわね」

「まぁ定石ではないですね」

「そうなの?」

 

服部部長の言葉にシロウが同意するとそれが意外なのか、十文字は聞いてきた。

 

「単純な団体戦形式でのオーダーで考えれば3戦勝っちまえばそれで終わりだ。となればS1とS2に自チームのエース格を配して、次のダブルスではそのエースを組ませたものをと考えるのが普通だろ」

 

3本指を立てた状態から1本ずつ折ることで十文字に説明をするシロウ。

これこそが星取り戦形式の団体戦の定石である。

 

「うん。衛宮君の言う通り、クラウド・ボールはインターバルがあれどもかなりハードな競技。けれど、テニスや卓球と同じくゲームオーダー自体は、やっぱり『ソロでも強い人』を1,2のシングルスに置くよ。当然、ある種の捨て試合として勝てれば良しとして残り3戦でという考えもあるけど……」

 

服部部長は、そういう考えでのゲーム運びはあまり好かないようだ。

 

「となると、先2つのシングルスの選手は緋色さんとやらよりも強いんですかね?」

「分からないわね。ともあれ、こうなってしまったからには相手にも失礼のないようにベストを尽くしましょう!!」

 

服部部長の威勢のある声で試合順番を飲み下して最後には決したわけだが……。

 

「十文字、今更オーダーの変更なんて無理だからな。はるばる遠方からやってきた相手さんにすっごい失礼だからな。やるなよ」

「わ、分かってるわよ!!」

 

半分ぐらいはオーダーの変更を申し出ようと声を出そうとしていたアリサの心を読んだシロウに思わず大声が出てしまった。

 

それぐらいに自分は分かりやすいのだろうか? などと少しだけ落ち込みながらも、仙石が決意を以てアリサに口を開く。

 

「アリサ……実戦形式だから、絶対に勝つよ私は」

「―――うん。分かってる」

 

仙石としては悔しいだろうが、それでもS2というエースがある場所に配置された以上は、それを全うするのは忘れない。自分の気ままでこうなったとすれば、それ以上は言えないのだ。

 

「じゃあユニフォームに着替えてくるわ。女子のお色直しは覗いちゃダメだぞ〜」

「なんて古典的なこと言ってるんすか」

 

副部長的な役職である服部と同じ2年生である保田(ほった)のからかうような声に半眼で返してから、行ってらっしゃいと言う。

 

そうしてからマネージャーとして確認作業はしておく。備え付けのウォーターサーバーもちゃんと駆動するかどうかのチェック。

何か怪我などをしたとき用の氷嚢としての氷、及び服の上からでもアイシング出来る器具。

手当用のテーピングなどの道具……とりあえず必要なものは揃えてある。

 

あとは選手個人でのCADやラケットを忘れてはいないだろう。そこまでは面倒は見きれない。

 

「……随分と熱心にやってるじゃん」

「そりゃ五十里がチャリティマラソンで走っているってのに、俺が仕事さぼるわけにもいかんしな」

 

いじけるようにというか悪態をつくようなつっけんどんな言い方をするのは、本日の練習試合にきた私設一高応援団の遠上である。

 

シロウとしては、その程度だ。やる気はないが任された仕事は確実に行う。その程度の気構えなのだ。

 

「あっちにいる女の子と話してきたら、なんかお前に視線を向けているしな」

 

名前は知らないが、部員ではないのか、それともマネージャーなのか分からぬ三高の女子と見た少女が遠上に視線を向けていたことは理解したので指で指し示して、そちらに向かわせようとするも。

 

「アーシャや先輩方の私物を漁らないか監視しなければならない!!」

「あっそ、お好きに」

 

そうこうしていたらば、全ての準備を終えた両校の選手たちが、コートに現れる。

 

全選手がコートの中央、ネット前に集まり。

 

『『礼ッ!!』』

『『『『よろしくおねがいします!!』』』』

 

互いの部長の言葉の後に一礼と共に、対抗試合というか練習試合は始まる。

 

 

服部部長がシングルス1、そして仙石日和がシングルス2……あちらが出してきた選手は両名にとってどちらも先輩だった。

 

一高には3年の先輩がいないので服部など2年が最高学年。そしてシングルス1では三高3年生と戦い、仙石もまたシングルス2で出してきた唯一の二年と戦うこととなったわけでーーーキャリアという意味では、明らかに分が悪いのだったが。

 

「はいだらーーー!!!」

 

服部部長が3年生に勝ち、その勢いがあるわけではないが、仙石もセットでリードを奪っているのだったりする。

 

「これは意外ね」

「部長、今日それしか言っていないです」

「そ、そうかしら!? ……まぁ服部家はなんというか予想外の事態に弱いというか、想像力が希薄な家系なのよ!」

 

ここ(大学)に通う従兄の一高OBも、伝説のOBの予想外な一手にやられたとのこと。要は服部家は想定外に弱い。慌てた服部初音の『言い訳』を聞きつつも、分析したことをとりあえず話す。

 

「あちらの2年生は何かを試しているのかもしれません。仙石は勢いよく返球していますが、あちらはボールを散らすことに意識を持っていますから」

 

シロウの言葉にアリサも、そう思って見るとたしかに日和にポイントが入ったとしても、構わずコートの四方八方にボールを散らすことに腐心しているように見える。

 

「あるいは仙石のデータとか無いから色々と引き出そうとしているとも取れます」

「そう言えばあっちのマネージャーらしき子のデータ取りが忙しないように見える、か」

 

2セット目は押せ押せであったものの仙石が落とし、インターバルをはさみ第3セット。

 

そのゲームの様子は先の2セットまでとは少々違っていた。

 

「勝ちに来たか」

「2セット目の中盤までは日和を探っていたのね」

 

決して仙石も勢いを失ったわけではない。だが相手さんは、一年この競技をやってきたというキャリア。

 

何より遂に見せた本気のスタイル……異様な戦型に惑わされていく。

 

(古武術か)

 

今までは爪を隠してきたとおぼしき三高2年の怒涛の攻撃の前に仙石は負けてしまった。

 

「十文字、タオル」

「うん! お疲れさま日和……」

 

今にも泣きそうな仙石だが、これも勝負の世界の非情な現実だ。後の人間(ネクストプレイヤー)の為にも相手から様々なものを引き出す。

だが、その見ようによっては生殺しのようなゲームプランをあまり良く思わないものが一高側にいた。

 

「勝つよ」

 

保田の勢いある言葉に同じく2年の先輩が応えて、ダブルス1は白熱した戦いになる。

 

インターバルのたびにシロウに分析結果を聞きに来るのはいいが……。

 

「練習試合なんですよね?」

 

本チャンの公式戦で相手の弱所を突けなくていいのか? と言外に含めて言ったのだが……。

 

「相手のデータだけ取って爪を隠すのは確かに利口だけど、今は勝つ!!!」

 

氷ごとポ○リを飲み砕く保田の表情に何も言えないのでそのまま送り出すことに。

 

結果として、ダブルス1は一高の勝利であったが……ダブルス2は残念ながら取れず。

 

因果なことに、縺れた試合の行く末は、このコートの中で一番勝利に対する希求が希薄な女。

 

十文字アリサの双肩にかかることになるのだった……。

 

 

「こちらの狙いは、あちらに火を点けてしまいましたね」

 

「少々、やりすぎたかしらね」

 

日吉という先輩の少々嘆くような言葉にそんなことはないと思っておく。

浩美としてはありがたい限りだった。仮にここから上達したとしても彼女…仙石日和とやらは歯牙にもかけない相手であるとしれたのだから。

 

問題は、十文字アリサである。

 

十文字家の息女……同級生である茜の言葉から前当主の『庶子』を引き取ったことを察しつつも、その境遇に同情など無い。

 

彼女を倒すことで、自分は自分を証明する。

 

そうして何気なく、一高側のベンチを見るとあの男子マネージャー(臨時)が、半眼で呆れるような調子で十文字アリサに何かを言っている。

 

十文字は苦しい顔をしているが……。

 

―――がんばれ、とかファイトだとか言ってくれないの?――――

―――勝利への欲求が薄い君にそれ意味あるのか?――――

 

大体、聞こえたことはこんなこと。

 

どういう意味なのかははっきりとは見えてこない。だが、それでも……。

 

(勝負の場においていまさらすぎる低俗な会話だわ。あんなふざけた連中なんか一蹴してやる。そして三高に伝説を刻んであげましょう)

 

そんな内心と同時の視線の鋭さを察したのか、あちらにいる男子マネージャーが、『苦笑』しながら手を上げて『騒がせて申し訳ない』とでも言わんばかりであった。

 

その素朴な顔に少しだけ目を奪われてしまった。あんな顔も出来るんだなと少しだけ浩美の中でのイメージを変えられつつも、十文字アリサとの試合は始まる。

 

 

 



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第十九話『激突試合』

 

2−2のイーブンとなった対抗戦。嫌なことにこの戦いの下駄……最後のプレイヤーである十文字アリサという少女に預けられた。

 

「………」

「………」

 

沈黙。こちらに向けている視線を理解しているが、何なのだと言いたい。

 

「何だよ?」

「なんかないのかなーとか思って」

「なんもない」

「がんばれ、とかファイトだとか言ってくれないの?」

「勝利への欲求が薄い君にそれ意味あるのか?」

 

虚ろな言葉を掛けて十文字アリサが変われるというのならば、それでも構わないのかもしれないが、そういう少女でないことはとっくにご存知なのだった。

 

「だが、仙石の戦いに何も感じないような女ならば―――俺はお前を軽蔑するよ」

「それはないわ。私だってチームメイトに対して思う所はあるもの」

 

聞こえてきた言葉に、気持ちは入っていることを認識する。

 

「ならば行って来い。緋色さんも出てくるようだしな」

 

別にバッターラップを掛けられたわけではないが、相手がコートに入った以上、準備が出来ているこちらが待たせるのは、不義理というものなのだから。

 

「―――行ってきます」

「行ってらっしゃい―――」

 

その言葉に対してだけは目線を向ける。送り出す以上、見届けなければならないのだから……。

 

 

第一セットの3分間は、目まぐるしく動いた。

 

相手のハイスピードゲームに対して、十文字の選んだ策は『構える』ことだった。

 

例え相手が超速で動くとしても狭いコートの中だ。消えているわけではない。何よりボールが見えていないわけではない。感知出来ないわけじゃない。

 

よって30秒程度のラリーで緋色が『スピードラリー』をすると理解した後には、そうする(構える)ことにしたのだった。

 

(まさか初見で私の『インパルス』に対応してくるとは……)

 

驚愕の思いを抱くのは緋色浩美であった。

気分としては九個のボールすべてを返すべく九人のレシーバーが相手コートにいる感覚だ。

 

どこぞの『テニスのキング』(アトベ様)ならば、相手の手首に当てて返球を不安定にすることも出来るだろうが……。

 

そんなことは出来ないので、シールドが並列展開していく『機動防御』とでもいうべきものの間隙を見つけるしか無い。

 

(しかし、あっさり対応されるとは―――)

 

十師族ゆえの高度な魔法力というだけでは説明がつかない。

 

(私と同じかそれ以上に速く、早く、疾く動ける使い手と見合って戦ったのでしょうね!!)

 

そんな風に第一セットは、相手への分析をしつつ進んでいき、結局十文字アリサが取ったのだ。

 

その際に、ベンチに引き下がる前にこちらをちらりと見たような気がする緋色だったが……。

 

(違う。彼女は何を見たのか―――)

 

そして、気付く。十文字に起きていることを。

 

(テニスのような紳士のスポーツならば、相手の弱点を突くのはある意味バッドマナーだけど……)

 

これは歴史の浅い魔法運動競技だ。

何の斟酌もない。

同時に『あの盾』の限界も見えた。

 

既に浩美の中で第2セットのゲームプランが構築されていくのだった。

 

 

(見られていたな)

 

遠上が十文字に対して勝利を喜ぶようにしているが、シロウとしては少々気がかりがあった。

 

インターバルを無駄にしたくないのか遠上との話を切り上げつつ、こちらに聞きに来る。

 

「試合運びには特に問題はない―――が、『足』大丈夫なのか?」

 

野球グローブで口元を隠すような感覚で少しだけ声を潜めつつ問いかけると驚いた様子になる十文字。

 

「―――気付いたの?」

 

「あちらさんもな。『下方』(膝下)を狙われるぞ」

 

目線で三高側を示しつつ、短いやり取りで必要なことを言い合う。言われた言葉に十文字も少しだけ考えるが……。

 

「……大丈夫、演算領域に少しの熱はある。けれども、範囲展開するシールドであるペルタならば。そもそも私はあんまり動かないで返球するから」

 

深刻なトラブルじゃないとする十文字の気持ちを汲むことにするのだった。

 

「―――分かった。何も言わん」

 

「心配してくれないの……?」

 

「部長と遠上が心配していただろ。俺まで五月蝿くいってどーするよ」

 

めんどくさい女な面をなぜシロウに見せるのか分からないが、ともあれインターバルは終了するのだった。

 

十文字を送り出してから考えることは1つだ。

 

(いざとなれば……)

 

インターバルの中でも特殊なものがある。

それを押すことがあるのではないかと思って準備だけはしておくのだった。

 

 

そんなこちらの様子は三高を変な意味で昂ぶらせていた。

 

「インターバル中にオトコとイチャイチャするだなんて―――羨まし―――じゃない。あんなナメたオンナ徹底的に倒してしまえ!」

 

「むしろ殺せ! 私が許可する!!」

 

副部長と部長の勢いある嫉妬が多分に含んだ言葉に緋色は―――。

 

「無論、そのつもりです」

 

同調することにした。

傍から聞くにそんな色っぽいやり取りでなくとも、それでも何となくムカつくものがあったのだ。

 

心を鋼にしながら、第二セットが始まる。

 

「緋色さんのボレーがちょっと変わった!?」

 

フォアハンドでもバックハンドでも、その返球のパターンは多彩になる。超高速で動きながらも狙いすましたかのようにロング、ショートと打球の長さが変わり。

 

下方向に『落ちる』打球が増えていく。

 

打ち下ろしたり(スマッシュ)滑らせたり(スライス)……打球の質を変えていく。

 

(緩急自在、あげくコースも厳しいものだな)

 

如何に十文字の知覚している範囲が広かろうと、目視だけに頼っていなかろうと……。

 

緋色の意を込めた球は規則的に打ち出されるマシンのボールとは違うのだ。

 

(おまけに腰を落とし、前傾して一歩目を早くしている)

 

気持ち重心を前に出して返球の速度を上げているのだ。

 

そしてその緋色の緩急と角度をつけた返球に対応しようとして十文字は体を動かさざるを得ない。不動で対処できる魔法が無いわけではないのだが、それでは緋色にやられると踏んだ十文字はシールドだけでの返球を捨てた。

 

それこそが緋色の狙いだとしても、そう動かざるを得なくなった時点で敗着の一手だ。

 

(アナタが足に抱えた故障は軽度かもしれない。だが、意識を下に向ければそれだけで足の緊張は強ばる!! その足の破滅と共にワタシは勝利を得ますよ!!)

 

緋色浩美の使う魔法である『電光石火』が冴え渡り、点差は開いていく。

 

ラケットを使って放たれる『回転力』も上がる。

 

それが魔法の『作用』によるボールの回転ならばともかく、浩美の技は『純粋なラケット』による回転掛け(ストップ処理)だ。

 

魔法で強化された体を使っての返球は魔法の作用を持続させることとは別口に当たるのだから。

 

そしてタイムアップ前に崩れ落ちる未来が来ると思っていたのに―――。

 

(粘るっ!!)

(ナメるなっ!!)

 

嘲っていただろう浩美に対して心中でのみ獅子吼するアリサ。そして浩美の予想以上にラリーは続いていき―――。

 

決着は第三セットに持ち越しになるのだった。

 

しかし、ベンチに帰ろうとした十文字アリサ―――あと数歩でベンチで休もうとする前に崩れ落ちた。

 

糸が切れたマリオネットのようにコートに身を投げる寸前で支えられる。

 

やったのはシロウくんとかエミヤくんとか呼ばれていた―――多分、エミヤ・シロウという男子マネージャーであった。

 

同時に、一高側からドクターインターバル、あるいはメディカルインターバルが申請された。

 

「―――」

 

自分が企図した通りだったとはいえ、少しばかり後味が悪い勝利になりそうだ―――。

 

「気を抜かない。相手が立ち上がってくることもあり得る。ドクターストップが掛かるかどうかはまだ分からないんだから」

 

「はい」

 

日吉の言葉に緋色は気を引き締める。

 

普通のスポーツ競技でも存在している何か選手側のアクシデントが要因で試合が止まった場合に設けられているものだ。

 

それ次第ではあるが、今回はチームドクターが居ないから選手の方で判断するしか無いのだが……果たして―――。

 

慌ただしい一高ベンチを遠くから見ながらも闘志は絶やしてはいけないのだ。

 

 

「こむら返りだな。足の怪我―――と言うほどではないが痛みを意識しすぎて、逆に脚をつっぱりすぎたな。今は脚にもはっきりとした痛みがあるだろ」

 

「そうね……シロウくんが支えてくれなきゃ捻挫していたかも」

 

氷嚢を当てながら水分補給を十文字にさせる。

 

「アーシャ……いつからそんなことに?」

「今日ぐらいからかな。痛みはそこまでではなかったの。本当よミーナ。

ただ原因はその……少し前に登山部の練習用の穴に入った時に少しだけ魔法の調整を間違えたのよ。その時―――穴の底で右の片足立ちで着地しちゃって」

 

あの時か。と当事者であるシロウは思いつつ、頭上から耳に入る遠上の心配そうな言葉を少しだけ苦しく思いながら聞いていた……。

 

「十文字さん……棄権すべきよ。これは練習試合でしかないわ。選手生命に関わるわけじゃないけど、怪我を押してまで試合続行をするべきものじゃないわ」

 

「部長の言う通りだよアリサ。あの緋色さんから一セット確実に取ったんだ。次に万全の状態ならば」

 

「…………」

 

服部と仙石の心配する言葉に、うつむいていた十文字が少しだけ泣いているのを理解した。氷嚢を当てていたシロウだからこそ分かったことだが……。

 

「十文字、お前は―――戦いたいのか? 勝ちたいのか?」

 

「……分からない。けれど―――このまま終わりたくはないの」

 

煮え切らない態度とまではいかないが、それでもその答えを貰えたならばシロウがやるべきことは1つだった。

 

「そうかい。ならば三分間だけお前の足を万全にする『魔法』を掛けてやる……今回ばかりは俺にも責任の一端があるしな」

 

「―――シロウくん」

 

言いながらもシロウは、氷嚢を当てていた手をアリサの足に向ける。患部たるべき場所、そしてこむら返りの影響を極力廃する―――。

 

まずはテーピングとして蛇布でしっかり固定。

その上、こむら返りの処置。運動している内に『熱』を持つのを極力避けるために『水』の属性をもたせておく。

 

蛇布は一見すれば包帯にしか見えないが、ある種の魔術触媒である―――もっとも、他の人間には『手品』のように服の袖から包帯が出たようにしか見えないだろう。

 

「立ってみ」

 

その言葉で恐る恐る確認すれば可愛げもあったというか、遠上も心配しなかったろうが―――

 

「うん――――痛くない―――こむら返りも全然!!どういうこと……?」

 

―――シロウの言葉を受けて何の不安もなしに、軽い足踏みなどで足の調子を確認した十文字であったりする。

 

「詳しい説明は勘弁してくれ。お前に教えた鎖と同じく、俺の家の秘奥みたいなもんだ」

 

その上でこれはフェアじゃないかもしれないが、少しの『調律』の為の『音』を生み出す。

 

フルートの類をだしてから『一小節』だけ音を鳴らす。それは十文字の生体波動に合わせたものであり、演算領域をリフレッシュさせることになった。

 

(この■■に来てから何人かの魔法師に試しておいてよかった)

 

十文字を完全回復―――とは言わんが、これ以上のアクシデントを起こさせないための処置は出来たはずだ。服部部長の懸念は解消された。

 

「シロウくん……本当にありがとう」

 

「礼はいい。とりあえず試合をどんな形であれ終わらせてこい」

 

「―――うん。―――私の勝ちで終わらせてくるわ」

 

「「「「「へ!?」」」」」

 

十文字のその言葉と顔にシロウ以外の全員が呆気に取られた様子。

 

CADの装備。ラケット。全てを持った十文字アリサが、再びコートに戻る。

 

「―――お待たせしました緋色さん。決着を着けましょう」

「―――当然、私の勝利で終わらせますよ。十文字さん」

 

その時、初めてお互いの声をお互いに耳にした。

 

同時に理解する。

この試合にピリオドを打つのは、自分の魔法であると互いに思っているのだ。と……。

 

ラストゲームが再開する。

 

 



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第二十話『試合終幕』

 

 

再開された試合……。その戦いは、とんでもなく伯仲したものとなる。

 

「まさかテクニックを捨ててパワーで戦うだなんて……」

「緋色さんも、先程よりも動きがいいですね」

 

本来的なクラウド・ボールという競技はある種、『全てのボール』を返球するという『無駄事』を忌避している。

 

要は、『返せる球だけ返せ』という取捨選択が鍵となるものらしい。もっとも自コートに転がっていればその分、得点も開いていくのでコートから出すことも必要なのだが……。

 

十文字も緋色も力任せに全ての球を返すことに拘泥している。

 

(まぁ当たり前のごとく口火を切ったのがお互いだからしゃーないんだろうけど)

 

ペルタという並列する盾の魔法の他に十文字は『運動力を逆方向に飛ばす』という『盾』……リフレクトシールドといえるものも度々展開して緋色に自由な攻撃をさせないでいる。

 

必定、十文字が優勢を取っていく。

 

先程まではどちらかといえば緋色の方が打球処理という点で優位を取っていたが、ここに来て十文字のカウンターが決まっていく。

 

(卓球で言えばラバーがツブ高で、どんな打球でも変則的な回転で返球しているようなものだ)

 

もちろん、打球そのものに魔法の作用がかかっているわけではない。

 

要するに緋色は自分に返ってくる十文字の打球が『ペルタ』(素直な打球)なのか『リバース・アクセル』(意地悪な打球)なのかが読めないのだ。

 

(2つの魔法を並列使用しているわけじゃないから切り替えているんだろうが、頭は大丈夫なのかよ?)

 

シロウが心配する中、それでも必死になって戦うアリサ

 

対する緋色もまたいっぱいいっぱいになりながらも、この試合を落としたくないと思えていた。

 

十文字アリサを回復させたあの『笛の音色』。それはアリサの生体波動に合わせた調律だったものが、奇しくも緋色浩美の体をも復調させていたのだ。

 

(エミヤくん……まだ名前すら定かではないアナタは、私を癒やしてきた。その心に応えたい!)

 

嫌悪感はない。十文字だけを対象としたヒーリングだったとしてもそれを受けたならば勝ちたいと思う心があったのだ。

 

そしてお互いに打ち合い、返し合い、コートに飛び込ませてきた球の結果は―――。

 

コート全体が発光を示して試合終了を示す。

 

刻まれたスコアは。

 

78−85

 

第三セットを制した十文字アリサの勝利であった―――――――。

 

「アーシャァアアアアア!!!!」

 

感極まったのか叫びながらコートに駆け出す遠上。それを見ながらも入力を終えたシロウもまた足は大丈夫なんだろうか?と思い椅子から立ち上がりコート側に歩み寄る。

 

道産子レズレズな2人の抱擁が始まると思い、紳士は見ないでおくのがマナーだとわきまえて眼を下の方に反らしたシロウだったのだが……。

 

「シロウくぅううううううんんん!!!!」

 

「なんでさっぶっ!!! おい、十も…汗臭(あせくっさ)!!!」

 

日頃の鍛錬の賜物などとは言わんが、遠上を無視して自分に抱きついてきた十文字を抱きとめるのに急遽バランスを取った。

 

その際の動きに三高の生徒、遠上を見ていた女の子の目が少しだけ鋭くなったが、匂いがキツすぎる十文字アリサのことで手一杯になりそれどころではなかった。

 

「くぉおおおらああああ!! 衛宮シロウゥウウ!! いつまでもアーシャに抱きついてるんじゃない!!」

 

「抱きついているんじゃなくて俺は抱きつかれているんだ! つーか俺だって汗くさっ! クラリスを抱き寄せなかったルパン三世のように―――本当に、カンベン願うよ十文字……」

 

当たり前のごとく抗議してくる遠上に反論するも、その前に未だにシロウに密着してくる十文字を引き剥がそうとするも一向に離れてくれないのだから。

 

「や。アナタのおかげで私は―――だから、これはお礼なのよ……」

 

感極まっているのか、笑みを浮かべてからさらなる密着。その魅惑的な目を閉じて長いまつ毛を見せている十文字だが、こっちとて少々のっぴきならない状況なのだ。

 

「一高全男子が注目している君の汗臭さに俺は幻滅してくれやと言いたくなる……」

 

「意外と勇人君なんかはそれでもいいとか言いそうだけどね」

 

「副会長の恋路はともかくとして――――さっきから端末で撮影しないでもらえます?」

 

昔風に言えば『写メる』と言えることで衝撃的な場面を撮影している一高、少し遠くの三高女子の面々に辟易する。

 

一番辟易するのは抱きついてきた汗臭すぎる十文字なのだが。

 

「とりあえず最後の礼をして対抗試合を終了しましょう服部部長。集合・整列、そして遠上、十文字に肩を貸してやれ」

 

なんで部外者で臨時マネージャーである自分がこんな風に場を仕切らねばならないのか、意味不明さを覚えながらも試合終了へと持っていくことにするのだった。

 

『魔法大学附属第一高校 対 魔法大学附属第三高校の試合は、ゲームカウント 3−2 を持って魔法大学附属第一高校の勝利です』

 

少し遅れて電子音声によるアナウンスが聞こえてきた。どうやらそういう風になる仕掛けだったようだ。

 

『両チーム コートに整列してください』

 

遠上に肩を貸してもらった十文字が少しだけ遅れてコートに集合。

 

「「礼っ!!」」

『『『『ありがとうございました!!!』』』』

 

両部長の合図を以ての一礼で対抗試合は終わるのだった。両校の選手が握手をしたりするのを見ながらも……拍手しながらシロウは思う。

 

(少々、見せすぎて響かせすぎたな)

 

何となくコートの中央の乙女たちよりも、自分に注がれる視線を感じる。

 

それに気付いている風を見せずに気配を探っておくも意味はないことに気付いて、片付け作業をするのだった。

 

「歩行アシスト機器は持ってきた。ただ大学の備品だから戻ってきたらば―――遠上がテーピングしろ。お前、獣医の娘で生傷絶えないファイトクラブの部員なんだしやれるだろ?」

 

「出来らぁっ!!!」

 

整列から戻ってきた面々の中でも、けが人を気遣っていたシロウがやると言う前に遠上にスルーパスを出すのだった。

 

ビッグ錠先生よろしくな返事に満足しながら、遠上含めて全員をシャワーに向かわせるのだった。

 

「ちなみにシロウくんはシャワー浴びないの?」

「シャワー室の使用許可は女子にしか降りてません」

 

汗をどっぱどっぱ出した十文字に抱きつかれたことで、自分とてシャワーでも浴びてから着替えたいが、とりあえず今の優先は女子陣であった。

 

ともあれ試合開始前よろしく女子陣を着替えにやってからシロウは、後片付けに邁進するのだった。

 

「お互いにお疲れさまですね」

「―――ああ、お疲れ様」

 

三高側のマネージャーらしき人、遠上と熱い視線を交わしていた女の子がこちらのベンチにやってきて、そんなことを言ってきた。

 

「そっちの片付けはいいのかい?」

 

「君が十文字さんと抱き合っている衝撃的な場面の間に終わらせといたんだよ。浩美が君と話したいと思っていたのにね」

 

「なんていったらいいのか分かんない」

 

緋色浩美は、自分と十文字がイチャコラしているなどという誤解をしているのだろうが、それを殊更訂正しようとは思わない。

 

「まぁ緋色さんからすれば、何か真剣勝負の合間に男としゃべるふざけた輩に見えたんだろうな。生憎、俺は十文字に男として思うところはない」

 

「そうなの? 彼女、ずいぶん可愛いと思うけど?」

 

「見目の良さだけで全てが決まるわけじゃない。そういうものだけで相手を想うなんてのはドツボにはまる一歩だと思うけどな」

 

シロウの放った言葉に『何か』思い当たる節があるのか、話しかけてきた三高女子がすごく思い悩んだ顔をして、反論の言葉を出そうとして―――断念するのだった。

 

「今後もこんな風にマネージャーするの?」

「今回っきりだよ。俺は臨時の人員」

「私はどこかでまた会うと思うなー」

「カンベン願うよ。俺は魔法科高校の劣等生だからパシリに使われているんだよ」

 

お座なりな言葉で話を濁しつつ、そう言えば名前を聞いていないことを両者は思う。

 

「私は一条 茜。君はエミヤシロウくんでいいのかな?」

「姓は衛宮、名は士郎のしがない15の男子でござんす。忘れてくださって結構です」

 

旅がらす風の言い方で煙に巻きつつも、十師族と対面したことに少しは驚いたほうがいいかと思ったが……。

 

「イギリスにいた期間が長いんだ。だからこっちの数字持ちなんかの制度に、いまいちピンとこない」

「べ、別に何か驚かれたかったわけじゃないけど!」

 

やはり反応の薄さを怪訝に思っていたようだ。別にいいけど。そうしていると―――

 

「茜、浩美がコナかけたい男子にちょっかい出すのはどうかと思います。軽い逆NTRですよ」

「死語のオンパレード!! レイちゃん酷すぎるっ!」

 

やってきた少しだけ切れ長の目をしているツインテール女子に気付く。

 

―――劉道士の孫―――

 

一条茜よりもシロウとしては、こっちの方が目を惹いたが、それを気取られずに話す。

 

「一条レイラと言います」

「衛宮士郎です」

「な、なんかすごく事務的なやり取り!」

 

下心満載で接したほうがいいわけがないという当たり前は一条茜の中には無いようだ。

 

「知り合ったばかりだし」

「茜と違って男子との距離感をバグらせる女子にはなりたくないので。真紅郎さんが泣きますよ?」

 

そういう子か。と一条茜のパーソナリティに対する判断を下しつつ、作業は完了するのだった。

この後、シロウは面倒なことに一高に戻って生徒会や部下連に種々のものを提出しなければならない。

クラウド・ボール部は予定通り打ち上げにでも行けばいいだろう―――などと思っていた矢先……。

 

「―――やっと、やっとお話出来ると思っていたらば―――茜、レイラ!! 2人して……!!」

「どうも。今日は色々とお疲れ様」

 

随分とめかし込んだ衣装の緋色女子が、他の面子に先立ってやってきたのだった。適当に挨拶をしたのだが……。

 

「お、お疲れさまです。赤髪の貴公子―――」

「妙な名前を着けないでくれ。衛宮士郎です」

「緋色浩美です。今後ともよろしくお願いします」

 

その妙な名前で呼ばれるのはイヤで自己紹介をするのだった。

 

「今日の試合は何の参考にもならない。十文字は当たり前のごとく怪我をしていたし、演算領域は疲労していたからな」

「それを癒やして万全以上に送り出したんですね」

 

少し怒った口調の緋色さんに申し訳ない想いを覚える。

 

「そういうことだ。次に戦う時に俺はいないわけだから、それを念頭に入れてくれ」

「つまり?」

「フェアプレーから逸脱させて申し訳ない」

 

その言葉に少しだけ驚いたふうになったあとには緋色浩美は柔らかな笑みを浮かべる。

 

「そこまで気にしなくてもいいですわ。アナタの音色に私も癒やされたのですから」

 

やはり彼女にもシロウの音色は響いていたようだ。

 

「ですが次は勝たせてもらいます。十文字さんにも仙石さんにも」

「がんばってくれ」

 

どちらにも肩入れ出来ないのでそんなことしかシロウは言えない。今回は十文字に肩入れしすぎたのだから。

 

「ところでシロウ君は、この後どうするんですか?」

 

「とりあえず一高(ガッコー)に戻って資料の提出かな。どうやら九校戦関連で色々とデータが欲しいらしいし」

 

「クラウド・ボールは競技には選定されていないはずですが」

 

「らしいね。けども上役は色々と知りたいんでしょ? 類似の競技種目でも何か選考基準になるかもしれないし」

 

その辺りは部活連の領域なのかもしれないが、まぁとにかく五十里及び生徒会から言われた臨時のマネージャー業はそこで終了するのだ。

その後のことはシロウには関係ない。

 

「……東京を案内してほしかったんですけどね……」

「デートの誘いですよ衛宮君」

 

言われずとも分かる。一条レイラの耳元でささやく言葉に心中でのみ言っておく。

 

「東京観光は女同士で行ってきなよ。これだけの女子の中で男一人は肩身が狭すぎる」

「フラれたね浩美」

「そんなに下心があるわけではありませんよ」

 

それならば、いじけるような顔をしなくてもいいだろうに。

 

そんな風に雑談をしていると、一高、三高ともに戻ってきた。この後の予定としては、一高はどうやらこの辺(大学近く)のレストランで食事のようだ。

 

三高の方はどうやら大学に通っている三高のOB・OGたちから、ちょっとお高めの店でゴチになるようだ。その中には兄弟・姉妹・親族…色々と関係あるのだろう。と思いつつ服部部長に諸々話しておく。

 

「衛宮くんも来ていいんだよ」

「いや、別に俺は卒業生に誰か知っている人間がいるわけじゃないし、あくまで臨時なのでゴチになるのも汗臭い男がいて場が白けるのもマズイでしょ? それに碓氷会頭がデータは即日提出って言ってきて(メールして)ますし」

 

十文字に聞かれないように、もっともらしい言い訳(虚実混ぜつつ)を付けてこの場から離れようとするのであった。

 

件の十文字に関してだがテーピングは完璧。

歩行アシストの機器はどうやら大学通いの服部部長の兄貴(?)のロリな彼女(?)らしき人から借り受けているわけだから―――。

 

(何も問題はないな!)

 

そうして服部部長から許可を貰ったことで理由付けは出来た。

その際に、巨漢……スーツ姿の男―――何か見たことある人間が目ざとく見ているのを認識しつつも構わずに、お節介をあまり焼きたくないエミヤシロウは魔法大学からクールに去るのだった。

 

後日、本日のことが原因で色々と一高は混乱に陥るもこの時にそれを予想していろという方が無理筋である。

 

 



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第二一話『相対立場』

 

「ほぅ。一条茜に会ったのか?」

「十師族というのは分かりますけど、何だか魔法力だけでないものを感じたというか」

 

感受性豊かな後輩だなと感心した北畑千佳であったが、それだけで分かるものなのか?

 

「武を極めた者はその身にオーラを纏うという」

 

そんな女子2人の会話を聞いていた千種正茂が自信満々にそんなことを断言するのを聞いて、茉莉花は小声で千佳に問いかけた。

 

「本当ですか?」

「いや聞いたことがない」

「良かった……」

先輩の断言になんとなく安堵しているうちにも千種はあとを続けてきた。

 

「強き者は強きオーラを発し、弱き者を寄せ付けない。強者に挑めるのは強者のみというわけだ。僕が衛宮君に勝負を挑んだのもそれを感じたからだ」

「そして、その直感は間違っていなかったがファーストコンタクトがワーストコンタクトすぎて、お前は嫌われたじゃないか」

 

両部長の言葉の応酬。茉莉花が嫌う相手のことをあまりにも親しい人間かのように話すのにむかつきを覚えるもそれを表に出さずに会話をする。

 

「あとで映像を見せよう。北陸地区でのトーナメントのものだ」

「ありがとうございます」

 

この競技を続けていればどこかでは戦う相手であるならば、その戦い方を見るのも一つだ。

 

あるいは先入観を持つことが不味いという理屈もある……どちらかと言えば茉莉花は対策を持ちたいので、資料があれば見たい人間。というよりも色んな戦闘者の動きは見たい人間なのだ。

 

「ところで……その一条を見た試合で、だな……十文字がかなりスゴイことをしたそうだな」

 

「思い出させないでください。本当だったらばアーシャとエンダーハグをするのは私だったのに、何でか知らないがあんなやつと……」

 

咳払いして当日のことを聞いてきた北畑に複雑な思いで語る茉莉花。あの後、夕食の為にアリサの邸宅を訪れた茉莉花が一緒の入浴で聞いたことも加味して色々と複雑なのだ。

 

「けど、彼女どうやら脚を怪我して普通ならば戦えなかったんだろう?」

 

「ああ、それならば―――」

 

茉莉花の繊細な心情を刺激しつつも、核心の部分を聞き出すことに成功したマジックアーツ部の男女部長は、内心でのみ悪い笑顔をするのだった。

 

 

「―――つまりだ。克人兄さんとしては、君と一度話したかったそうなんだよ。それなのに、君は早々と帰っちゃったし、少しショックだったってさ」

 

「そいつは失礼こきましたね。けれど、その十文字OBの実妹から汗臭さを移された上に、会頭という同じ役職だった後輩から即日提出と言われてましたのでね」

 

会食に来なかった理由をつらつらと語りながら思うに……。

 

「副会長、ヒマなんすか? 真面目に自主練に取り組んでいる一年生にうざ絡みして、ヒマなんですね」

 

「そんな訳あるか! ああ……いや、それにしても……」

 

「何度か言っていますが、俺は十文字アリサに興味ないんです。これが聞きたかったのでは?」

 

「そうか……」

 

そう安堵した後には―――。

 

「じゃあこれはなんなんだ―――!!!???」

「勝手に抱きついたことまで知るかぁあああ!!!!」

 

概ねの一高生が知ったり見たことがあるだろう画像なり映像……十文字アリサが衛宮シロウに抱きついてきたワンシーンを端末に写して迫りくる副会長に抗議しながらも自主練を切り上げることにした。

 

これ以上は他の練習面子の邪魔になると思ったからだ。

 

「そこまで想っているならば一度ぐらい告白したらどうなんですかね? 回りくどく妙な気遣いだけで女の心を射止められると思っているならば、そいつは認識があまい」

 

「……十文字家にも色々とあるんだ。君のような部外者に言われたくないな」

 

「だったら十文字アリサという『ご令嬢』に、海の物とも山の物ともつかぬ馬の骨と接触をさせないように言えばいい。アンタからこうしてうざ絡みされるのも、本当にうざいからな」

 

「……君は本当に口が悪いな」

 

「アンタの性根が腐っているからな」

 

舌戦では勝てないことを悟った十文字勇人……名前に沿わず色んな意味で勇気、あるいは侠気(ゆうき)が無い、足りない人間は当主であり義兄でもあ

る克人に言おうと思うのだった……自分から言わないところが実に名前負けしているのだが。

 

そんなことは知らないシロウはとっとと演習室を出るのだった。

 

演習室を出て今日はバイトの日であることを理解していたシロウは、とっとと校内から去ることにする。

 

『我が夫よ。侵入者が出たが『適当』に追い返した。異論はないな』

 

―――ないよ。ありがとうモルガン―――

自分のサーヴァントを信用しているシロウは、その想いを込めて女王陛下に念話で言っておいた。

 

『今日は久しぶりにバルバジュアンを食べたい気分です。私は所望しますよ。バルバジュアンを』

 

その言葉に苦笑しつつ、『畏まりました女王様』と戯けて言っておくのであった。

 

 

そんなシロウとは対照的(?)になのか図書室で念話ではなく男女の直接対話をしていた方は少々、空気が重くなりつつあった。

 

 

「じゃあ……衛宮君が好きなの?」

 

対面に座る少年の言葉にドキリとする。茉莉花……ミーナにも言ったことだが、同年代の男子に語るとなると少々考えてしまう。

 

「多分……最初は、私の弟……詳しく言えば面倒だけど、今は三高に通っている人と同じく私に少々辛いから何となく気になる程度だと思っていたの」

 

一拍置く。特に促すこともなく対面の少年……唐橘 (まもる)は聞き役に徹する。

 

「だから入学式の時に無視されたことが、少しだけ傷になってそれでも弟の時みたいな関係悪化だけはイヤで部活見学の時に話をして、そしてそこでシロウ君の戦いを見て少しだけドキドキした」

 

「………」

 

「その後も接触を図ろうとするたびにウザがられても、何故か気になってしまってどうしても―――そして私の内面を評されても……そうして彼の魔法を教えてもらった際に彼の内面を少しだけ見て……そして、何ていうかシロウ君が私を見てくれていることが凄く嬉しかったんだ」

 

「だから対抗試合で強敵にも勝てたんだ」

 

「うん」

 

役も休日の対抗試合での相手が強いかどうかはクラスメイトである仙石ぐらいから聞いていないが、かなりの大金星であったことは間違いないらしい。

 

その立役者の一人として衛宮士郎という同級生がいる……それを聞きたかったのだが。

 

(のろけ話をここまで聞かされるとは思わなかった……!)

 

顔には出さなかったが役としてはかなり辟易するものもあった。

別に十文字に明確な恋愛感情があるとまでは言わないが、今まで勉強を通じてそれなりに親しくなったと思われる少女から他の男のことを語られることがここまで苦痛だとは思わなかったのだ。

 

少しだけ話しを転換するために、自分のことと照らし合わせて衛宮士郎という男の内面を探ることにした。

 

「僕も魔法師としての修練や理論を学び始めたのはつい最近……殆ど素人同然だけど……そんな僕よりも衛宮君が下のクラスってのはちょっと道理が合わないような気がするんだけど」

 

これ(魔法)ばかりは勉強みたいに努力だけで到達出来る範囲が違うから。最後にはセンスが必要とされる分野なの」

 

「そうなんだ……」

 

アリサの言葉に改めて自分が入り込んだ世界の無情さを再認識してしまう。

もちろん勉強だって暗記ではなく理論記述や数学的な『ひらめき』が大事な分野もある。

 

だが、基本的に勉強において暗記というのは大きなファクターなのだ。

 

「けどシロウ君はあえて下のクラスにいるような気がするな。本人も『取れるなら下位の魔法師資格でいい』とか言っていたし」

 

「……随分と違うんだね」

 

今まで魔法に関わらない生活をしてきた唐橘役という人間からすれば、魔法師というのは随分と特権的な人間に見えていた。

本人たち(魔法師たち)は『そんなことはない』と言うかもしれないが、それでも何というか『貴族ぶっている』とでも言えるし見えるかも知れない。

 

無論、役も医者を目指すくらいには家は裕福な方だったが、それでも周囲からはそう見られていたのかもしれない。

 

「じゃあ彼の魔法は―――」

 

「あっ、ストップ。例え第三者の口からとはいえ、必要以上に『他者の魔法を探らない』というのは魔法師が身につける必須のマナーだから」

 

本人がひけらかすというか教えるならばともかく、そういうことは一種の恥知らずの行いではあるのだ。

手のひらを立てて役の言葉を遮るようにする十文字アリサ。

 

だが一つの事実を役も知っているのだ。

 

「うん、肝に銘じておく……けど仙石さんから十文字さんが衛宮君の『魔法』を知るべく結構粘着していたとか聞いたけど」

 

ちょっとだけ痛い所を突かれるも、あれも本当は……シロウにかまって欲しいからこそごちゃごちゃ理由を付けていたのかもしれない。

 

矢車先輩の一喝でその辺りは何とかなったのだが。

 

「あの時は必死だったから―――」

 

結論、恋(?)する乙女は色々と複雑なのだ。

 

明後日の方向を向きながらバツが悪そうに言う十文字アリサに何とも言えぬ複雑な想いを抱くのであった。

 

そして月日はそれぞれで等しく流れていき月例試験の日になった―――。

 

―――月例試験が終わり、結果として……。

 

「ぐぬぬぐぬぬぐぬぬぬぬ!!!!」

「ミーナ、お目出度う。来月から同じクラスだね」

 

出た結果に対しては嬉しい。来月から姉ともいえる相手と同じクラスで勉強できるのだから。

 

しかし―――先ほどから唸ってばかりの茉莉花にとって恐るべき、忌むべきこととも言える結果まで出ていたのだった。

 

一年月例試験 

学籍番号XXX  衛宮士郎 G→A

 

張り出された試験結果ともいえる学内ネットの中に、注目すべき……いや見たくはなかったものが出ていたのだった。

 

「まさか本当にA組になるだなんて……」

 

驚いている五十里 明の言葉。彼女もこの結果だけは予想外であったのだろう。

 

「カンニングしたに決まって―――確証のないことは言わない方がいいよ、ね……?」

 

勢い込んで下衆の勘繰りという卑しすぎる言動をしようとした茉莉花を睨むはアリサ。

 

食堂にて大声を出そうとした茉莉花だが、それを抑え込むだけの『威』が、最近のアリサからは感じ取れるのだ。

 

「ところでシロウくんはまだ来ないんですかね?」

 

今日の女子たちの昼食に誘った男子がやってこないことに疑問を覚えた小陽の言葉には、誰もが疑問を覚えていた。

 

 

 

「紀藤先生の理屈で言えば、俺は『数』に対する認識が違うんですよ。『キャトル・ヴァン』って知っています?」

 

「いや知らないな……」

 

「フランスにおける数字のカウント(数え方)でして、『80』という数字はイギリスはたまた日本では概ね二十の塊が四つという概念が一般的でイギリスではFour-scoreともいわれています」

 

「フランスでは違うの?」

 

「違います。二十をひとつの単位にするのは、イギリスを含むヨーロッパではよくある数え方で、フランス語も同様です」

 

名前が分からない女教師の質問に少しだけ応えてから詳しい説明をする。

 

「ですが、八十だけは特殊。キャトル・ヴァン(quatre-vingts)といいます。英語と同じような数え方なのに、わざわざ複数形の「s」が二十(vingt)の方につく。つまり、フランス語の八十だけは、二十が四つなのではなく、四が二十個あるという考え方が一般的なんです」

 

怒涛の説明。まさか外国……しかも魔法後進圏における数字の概念で日本の魔法課題を処理するとは。

 

「ゆえに―――例えどのような課題であろうとストップカウント(時間指定)式のテストならば一六〇秒間であろうと、二五〇秒間、はたまた最難度の鉄鉱石で二〇〇〇秒間のカウントであろうと、俺にとっては何の苦でもないというわけですよ」

 

時の支配者(アイオーン・クロック)という単語が似合うぐらいに、『over count』をしない男に教師陣一同は複雑な顔をする。

 

「……教師としては生徒が独自の手法で工夫してやった結果であると好ましいことなのだろうが、研究者としては少々複雑だよ」

 

「そうですか」

 

「……何とも平淡な答えだな」

 

「中年男性教師のおセンチな心なんて聞かされてもな。そういうのは隙を見せたい女性の前でやってください」

 

中々にクリティカルな一言を放たれて少々どころかすごく苦い顔をする紀藤だったが、生徒にあしらわれたことで、それ以上は恥の上塗りとなるのだった。

 

(すぐさま次のテストでも用意して上のクラスに上がった下位連中を叩き落とす算段でもつけているだろう。それまでは辛抱だ)

 

早くて一週間後、遅くても二週間後にはそういうテストが出されるだろう。

 

教師連中から開放されながら考えることはそんなところだ。

彼らは『優秀な魔法師を鍛えたい』のであって。

 

『不出来な魔法技能者を魔法師にしたいたわけではない』のだ。

 

つまり『石ころ』を磨いて輝かせたいのではなく、『原石』をカッティングして『宝石』にしたいのだ。

 

かつていた『塔』のロードなど権力者たちに見られた幼稚で低劣な選民思想を肌で感じながらも……。

 

(最低でも一週間はケンカ犬な遠上とクラスが一緒だとか最悪だ)

 

気鬱を溜め込みながら廊下を歩くのだった。

 

 

 



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第二二話『廻天世界』

大体この辺りまで書きたかったのだが長くなりそうなので、ちょっと区切りましたが、これで2巻分ぐらいの話は終わったことになります。




 

 

月末の日曜日。

 

一高の生徒と教師二人が、とある場所に呼び出された。どちらも男であり特殊な性的嗜好が無い限りは誤解なきものだが……ともあれ、呼び出された屋敷にて、自分たちの主とも言える相手に拝跪するように頭を下げた。

 

古式ゆかしい屋敷…その応接室にて1人の男……五〇代後半から六十代前半と思しき男に様々なことを説明する。

 

同時に、紀藤と誘酔どちらも『探れなかった人間』に対して話は移る。

 

どちらからも報告を受けた主……『安西勲夫』は。

 

「捨て置け。そのような野良犬など興味がない」

 

「「………」」

 

十文字アリサ、遠上茉莉花という安西たち権力者の『手駒』になりそうな魔法師に関しては身を乗り出さんばかり―――とは言いすぎだが、誘酔と紀藤の話を企業の上司のように『プロジェクトの進捗やリスク』を聞くかのような態度とは全く異なものであった。

 

まったくもって興味がないという態度に少々物申したくなった。

 

「ですが御前、衛宮士郎は明らかにこの二人にとって不確定要素です。排除するなり、遠ざけるなり何か対策を」

 

「早馬」

 

「―――申し訳ありません。口が過ぎました」

 

隣にいる紀藤から短く窘められて、気付いた早馬が椅子に座り直しながら頭を深く下げる。

 

「……ふむ。時には少々、全容を明かさなければ配下の勇み足で引っ込みがつかなくなりそうか」

 

「慧眼かと、特にまだ十代の少年ですからね」

 

「お前も私からすれば二〇代の若造なのだが」

 

「失礼いたしました」

 

そのやり取りの間に安西はハウスメイドを呼ぶように鈴を鳴らしていた。

予め取り決められていたことなのか、少ししてから応接室に入ってきたメイドは『洋菓子』と『茶』を乗せたトレイを持ち、音も立てずにそれらを自分たちの前にあった机に置く手際。

 

その後には『失礼します』とだけ言ってから部屋から去った。

 

「少々長い話になろう。茶請けを用意した。遠慮せず摘みながら話を聞いてもらおう」

 

安西はそう言うが、毒でも入っているのではないかと少々緊張する早馬。逆に慣れ知った調子でそれを飲み菓子を摘む紀藤だったりする―――。

 

そして安西は重々しく口を開いて裏側の事情を話す。

 

「簡単に言ってしまえば、今後の日本の国防には『異端』はいらんのだよ。その意味では数字持ちも例外ではない」

 

「つまり」

 

「他の『長老』ども……特に東道は下手を打ったものだ。だが、さもありなんだ。力だけを与えてあらゆる情動をただ一点に集約させた人間兵器なんてのは制御が利かないガラクタも同然」

 

その言葉で一高にいる2人は誰のことであるかは一瞬で理解できた。

 

「仮にヤツが昏睡状態に陥らなければ、何事もなく元気に動き回っていれば、東道でもいずれ御しきれなかったろうな。あるいは反旗を翻されていたか」

 

安西からすれば、人間らしい感情を持たない人間に運命を預ける気はない。それが例え、どれだけ強力な存在で、何かを変えられるだけの存在であっても。

 

郷土に、隣人に、他者に、一切の情けを掛けられない―――『愛』を持たない非人間が求めることなど最終的には恐るべきディストピアである。

 

「違う者を斬り捨て、異なる者を削ぎ落とし。自分に媚びへつらう人間だけが人権を得ている(生きられる)世界などいずれは崩れるだけだ」

 

一拍置いて、安西は続ける。

 

「あの小僧のご機嫌取りをしていなければ生きていけない世界など死んでいるのと同じだよ。そんなものに縋って生きるぐらいならば、潔く死ぬだろうな」

 

「御前……」

 

「だからこそ、『最強』でも『無敵』でもいいのだがな。ケンカをした後にケンカをした相手すら居なくなり互いを称えることも握手を交わすこともなく、相手を貶めるやり方はただ単に憎悪を積むだけだ」

 

それはあの男を全て否定する考えだ。

だが俯瞰して考えるに、あの男はやりすぎた。

 

やりすぎたからこそ、現在の混乱は起こっている。

殺しすぎたからこそ、現在の混沌は極まっている。

 

「私はこれから既存の数字持ち制度では拾い上げられていない魔法師、あるいは数字落ち、十師族の庶子たちなど不遇をかこつものたちを『一つ』にする制度が必要だと思っている。その為の施策もある―――。そのためのお前たちということだ」

 

そういうことかと思いながら、それならば余計に―――。

 

「仮に……この衛宮という少年こそが、十文字アリサを受動ではなく能動で積極的な態度にさせるというのならば、それはいいことではないか。お前が精神操作をするまでもないだろう」

 

「―――分かりました」

 

御前の考えがそうであるならば誘酔早馬としては是非もない。

 

別に自分もあえて女の子を意のままにする魔法を使いたいわけではない。自分の思うままに誘導したいわけではないが……それでも―――。

 

(あの後輩は何かが危険だ)

 

その直感だけは大事にしておこうと思うのであった。

 

菓子と茶が無くなると同時に2人は屋敷を辞するのだった。

 

 

「妹や義兄からも聞いている……が、俺としては姉が何処の誰といい感じになろうとあんまり興味がないんだよ」

 

「私は、あなたのお姉さんが恋敵になっちゃってるのに!」

 

「この……えいみ―――衛宮士郎と呼ぶのか。この人が、どうだろうとさ」

 

だが実際は兄であり十文字家当主である克人も、何故かこの少年に注目をしていることは遠く金沢にいる十文字龍樹にも伝わっている。

 

目の前で意気込む緋色浩美まで何か思う所はあるらしい。その事実に、この魔法師に何があるのか分からなくなる。

 

混乱しそうな頭は凡そ一ヶ月後に更に混乱して、そして最大の敵愾心を植え付ける。

 

十文字龍樹という魔法師の敗北とともに……。

 

 

「アリサ! ビッグニュースでグッドニュース!!」

「どうしたの明? そんな勢い込んで」

 

生徒会役員の五十里 明がこのような調子になるなどただ事ではない何かがあるのだろう。

 

だが、生徒会役員たる人間に『出たくない』と言っていただけに……もう何か予測が着いたのだ。

 

昼休みに生徒会に行っていた五十里がこれなのだから……。

 

「九校戦でクラウド・ボールの復活が決まったわ!! これで出たくないなんて言ってられないわよ!!」

 

(私にとってはバッドニュースすぎるわよ!!)

 

戸惑うどころか物凄くイヤな顔をすることで抗議しつつ……。

 

「別に私が選ばれるとは限らないでしょ? 知ってるわよ。かつて九校戦競技に確実に選ばれていた頃のクラウドには『部員』が選手として『絶対』に選ばれていたわけではないこと、そして優秀・優勝選手も殆ど『部員』じゃなかったことも」

 

論理立ててその誘いを断ろうとするのだった。

 

「そ、そうだけどさ! けど選考の最有力ではあるんだよ!? アナタは十師族でさらに言えば練習試合とはいえ三高の緋色浩美というクラウド・ボールの優秀新人を破ったんだから!!」

 

それもまた『事実』でしょ!? と念押しする明にどうしてもアリサは苦しくなる。

 

瞬間、アリサがうつむいた一瞬で明はA組全体に目配せをする。

 

ここで畳み掛けるべきだと!

 

「十文字さん、頑張ろう! 俺も内示を受けているから戦うつもりではあるんだよ!」

「アーシャ、頑張ろう! あたしは選ばれるか分からないけど練習相手でも必死になるから!!」

 

火狩と茉莉花の怒涛の口撃―――エールでしかないのだが、そういうふうにしか聞こえないアリサの耳。

 

A組生たち全員が、頑張ってだのFIGHT!だの言って最後には……。

 

「アリサ!」「アリサ!」「アリサ!」

 

だのとんでもねーコールを連続するのだった。

 

こういう悪ノリ―――ではないのかもしれないが、こういう人を持ち上げる行為に冷水を浴びせて。

 

――イジメかっ!!――だの言ってくれる赤毛の魔法使い……衛宮士郎の席には誰も居なかったのだ。

 

「そうだったわ……もうシロウくんはA組じゃないんだぁあああ!!!」

 

『『『『な、泣かせてしまったあああ!!』』』』

 

A組のクラスメイト達はそんなつもりは無かったのだが、不幸なことにアリサが縋ったのが、あの『バルバジュアン』ならぬ『ジャン・バルジャン』のような男であったのだ。

 

結局、次の時限の講師がやって来たことで騒ぎが収まり、それでも……十文字アリサを九校戦に参加させるのは至難の業だと誰もが思うのであった……。

 

 



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第二三話『梅雨恋愛』

大晦日が近い。

きっとあれだな。来年は巴里オリンピックだし。月姫~遠野家編~

いわゆる月の裏側を発売してくれるという特報が来るはず!(必死)

ただ……さっちんルートが含まれるかどうかが分かれ目

などと期待しつつ新話お送りします


 

 

6月―――梅雨の季節に移ったこの時期には既に魔法科高校は、九校戦へ向けてあれこれ準備をするのが常であり、練習相手として出場選手以外も駆り出されるらしい。

 

―――そんな熱気を持った学校とは全く無関係なイタリアンレストランである『コペンハーゲン』の厨房は違う熱気に籠もっていた。

 

大型店ではない小さめのレストランではあるが、雨を避けるためにやってきたお客は軽食を求めるのだ。

 

「シロウくん! ペスカトーラ3つ! 大丈夫!?」

 

「ベーネ」

 

ユイのオーダーを貰う前から実を言えば既にペスカトーラの準備はできていた。それが3つともなれば……。

 

容易い―――。

 

いつでもここの熱気は自分を温めてくれる。そして、ここには……ヒトの暖かさがあるのだから。

 

コペンハーゲンの学生シェフは今日も鍋を振るうのだった。

 

 

学生のバイト時間というのは、今でも厳しい制限が掛けられている。大学生ぐらいになれば成人扱いだから違うが、ユイとシロウは高校生なわけで早めに上がらざるを得ない。

 

「「おつかれさまでーす」」

「お疲れー」

 

これから『酒場』へと移行するための準備をしているネコさんに2人して挨拶しながら店を出ることに。

 

「にしても今日も忙しかったね」

「コペンハーゲンは前から人気店だったからな」

 

だが何となく理由は分かる。それは可愛いウェイトレスさんがいれば寄りたくなってしまうのが男女問わずの欲求というものかもしれない。

 

傘をお互いに差しながら個別電車(キャビネット)のターミナルまで向かう。その間に色々と話をする。

 

特にユイは芸能事務所に通うれっきとしたタレントの卵らしく、CGドール 泰平天下の軍学少女『ユイ・ショウセツちゃん』というものを演じているとのこと。

 

そんなことばらしていいのか? と思いながらも無駄話は続く。

 

ウチ(ラ・フォン)のOGには雪兎ヒメを演じていたヒトもいるからね。なんでも魔法大学付属のOBでレスキュー隊員を目指しているヒトと付き合っているとかなんとか」

 

「はー、世の中狭いな。まぁ多分何となく分かるな。そのOBは」

 

知り合いではない。ただ知っている顔であると同時に、火狩の部活のOBだと気付けた。

 

「シロウくんもラ・フォンの子と付き合ってみたいとかないの?」

「紹介してくれるの?」

「眼の前にもいるんだけどっ」

 

ロングの銀髪に水色の目をした女子の少し怒り気味の顔はCGドール『ショウセツちゃん』とは少々毛色が違ったりするのだった。

 

自分など眼中にないのか?という話の飛び方には流石に思うところがあるのだろう。

 

「いや、付き合えたらそれはそれで悪くないかも知れないけどさ。ラ・フォンティーヌ・ド・ムーサ女学院は芸能関係者御用達の学校。いっときの感情で突っ走るのは不味くない?」

 

アイドルたちがクリスマスに一斉に体調不良になったり、別れた彼氏からリベンジポルノされたり、まぁいろいろだ。

 

「まぁそれはそーだけど……キャリアとライフーーー天秤に乗せるには重すぎるか」

 

「本当、『ショウセツちゃん』とはキャラが違うよな」

 

「そういう同士たちの前で見せる『顔』を私は作っているのだ」

 

いきなり烈士のような口調と顔で言うユイに完璧で嘘つきな君は天才的なアイドル様などと思ったりするのだった。

 

「それじゃね」

「ああ、またな」

 

いつもどおりの別れ。そうして、日々は過ぎていく。同時に探りは続行中でありこの都内に司波達也の身柄はあることは分かりつつある。

 

(虱潰しに病院ないしメディカルを探るのは不味いな。もう少し絞り込めればいいのだがな)

 

雨降りの都内に思う。あの時も雨ではないが水が降りしきるばかりだった。

 

別に特別恨みがあったわけではない。だが、あれを自由にさせてはいけないという使命感があったのは間違いない。

 

(生命のリスクを取れない臆病者が開くべき門扉なんてのは無いんだよ)

 

そうして1人。孤独な戦いを続ける砦なきものは歩き続けるのだった。

 

 

翌日、昨日までの雨などどこ吹く風で晴れ上がった天気を前にシロウは、いつもどおり放課後のアルバイトに向かおうとした時。

 

「衛宮くん。ちょっといいかしら?」

「全然良くないので、すみません」

「時間は取らせないから」

「そういう問題じゃないので進みます」

「ちょっとは待ちなさいよ!! 私は話があるってのにそれを聞こうともしないっての!?」

「そのように声を荒げるとは、あんまり気分が良くない話でしょうねー。誰だか知らない顔だし」

 

友好的とは言い難い顔と言葉と声を上げる女子生徒。恐らく先輩だろうヒトは、自分の前に立ち塞がろうとするがーーー。

 

武芸の心得もない。自己加速魔法による慣れもないだろう相手を躱すことなど別に容易かった。

 

そうして上手く躱したあとには……廊下を歩き遠く離れていくシロウを見るだけだったのだが、ナメられたことで切れて自己加速魔法を発動させて、更に掴みかかろうとした先輩だったが……。

 

「風紀委員です!! シロウくんに何をやろうとしているんですか!? 松崎先輩!!」

「じゅ、十文字さん……!?」

 

風紀委員の巡回ということで見つかるのであった。

 

そう言えば風紀委員だったなと思いながらも、結局の所ーーー抵抗しても無駄だと思ったのか十文字曰くの松崎という女子の先輩はさしたる抵抗もせずに相方である遠上が主導するもと、お縄につくのだった。

 

 

その後、風紀委員の詰め所にしょっ引かれる松崎を見送ってシロウは帰ろうかと思ったのだが、調書を作るために来いと言われて引っ張られることにーーー

 

結局、彼女は魔法の不正使用など諸々あって一週間の停学処分に処されることになるのだった。

 

 

その翌日、昼食時にカーストがクソ高い連中の集まりに『無理やり入り込まされた』シロウは、1人孤独な食事を静かに取ることができなくなったのだ。

 

特に聞きたくもない松崎 秋湖なる2年生の先輩の事情が話される。彼女はシロウに接触する数日前に十文字アリサの方にも接触をしていたらしい。

 

その目的は『火狩 浄偉』という後輩と十文字アリサが付き合っているのかどうかという確認だった。

 

それに対して『絶対にノゥ!!!』と否定しきった十文字ではあるが、それを信じきれる根拠として。

 

『自分が気になっている男子は衛宮士郎くんです』

 

などと宣ったらしい。完全にとばっちりである。

 

それを2人が入った空き教室の扉で耳をそばだてていた遠上は半狂乱になりそうになったりしたそうだが、十文字の言葉を疑ってかかったのが松崎秋湖だったということだ。

 

数日間の内にアレコレありつつも、最後に松崎はシロウに「確認」を取ろうとして躱されて……ああいう顛末になったということである。

 

 

ここまでを傍から聞いていて、シロウが思ったことは……。

 

「火狩が一発『シードホース』にでもなればいいと思うが」

 

その言葉を聞いて意味を盛大に理解した人間の大半が食っているものを逆流しそうになったが、一部の面子は何事もなくそれを聞き流し食事を普通にしている辺り何となく差はあるようだ。

 

「あはー。つまりカガリインパクトってことですね。現役時代から種牡馬生活を満喫するとは、このどエロめ!」

 

「ああ、一発4000万円の男ということだ」

 

「いやいや! それはジョーイを高く見積もりすぎですよ!うーん……3万円ぐらいでよろしいかと」

 

「やめんかいっ!! 小陽もそんな悪ノリしないでくれよぅ!!」

 

シロウと小陽の『ツーカー』なやり取りに流石の小陽の幼なじみで話題の中心人物である火狩も抑えが利かなくなるのだ。

どちらかと言えば自分以外の男と下ネタ混じりの軽口を叩く幼なじみの姿なんて見たくなかった……というのが大きかったりする。

 

「これでも真面目に考えたんですけどね」

 

「一発3万円がかよ!? ああ、いやそれはともかくとしてあんまり食事時にそういう下品な発言をするな!!」

 

「―――だが、事態に対する積極的な解決策であることも間違いないんだが」

 

幼なじみ同士のやり取りに対して冷水ではないが、士郎の考えの奥底にあるものを言おうと思うのだった。

 

「十文字と火狩の恋愛模様だか何だかはまぁ置いておく。んでもって十文字がクラウドの保田先輩から聞いたことと世相のアレコレ、そして松崎という先輩の現況からして推測したんだが」

 

「どういうことよ?」

 

五十里がシロウの作ったコシャリをぱくつきながら問うてくる。

 

「確かに火狩はいい男なのかもしれない。だが、松崎氏あるいは『松崎家』が狙っているのは火狩の遺伝情報が詰まったものであろうってことさ」

 

「―――つまり……僕は松崎先輩からすればシードホースでしかないということなのか……」

 

顔も声も知らない女子の先輩とはいえ、ここまでの騒ぎをおこすぐらいに、自分を男として見ていると思っていたのに……ショックを受ける火狩 浄偉である。

 

「当人の男の趣味までは分からんがな。だが結局の所、本当の意味で将来性溢れる男にコナかけたいっていうんならば、別にそれは『魔法師』に限らなくってもいいはずだ。大学―――魔法大学に関わらずそれなりに偏差値の高いところに行けば、また別の『将来性』がある男がいるはずだが」

 

その言葉に数日前の保田の『説明』と自分の中にある魔法師の『常識』だけに囚われていたアリサは目を見開かれる。

 

「じゃあ……シロウくんの推測だとして火狩君を種馬・種牛としか見ていない理由ってのは……」

 

「目的は『子供』。カガリインパクトという優秀な魔法素質の父親を持った我が子(マイチャイルド)なんだろ?」

 

一応、自分と火狩がそれなりに気を遣って直截な表現を避けていたのにあっさり『たねうま』『たねうし』という表現を使う十文字。

 

これが道産子の心意気、ゴール〇ンカムイ、銀〇匙、〇姓貴族なのかもしれないが……話を進める。

 

「現役時代は有名なアスリートだった親にありがちな自分では叶えられなかった夢を託す。あるいは自分の魔法師としての限界ゆえに生まれる子供が辛い立場に追いやられるぐらいならば、せめて生まれる我が子には素質ある父親からの遺伝子を与えてやりたいとか、色々とパターンは考えられるわな」

 

「言われてみれば確かにそうかも……高レベルの魔法師の卵を狙うってのは高収入・高待遇ってだけでないのか」

 

「そもそも今後、火狩がどうなっていくのかすら不透明だ。先程の例で言えば高校・大学ではブイブイいわせていたプレーヤーがプロリーグではパッとしないなんてことはざらだしな」

 

保田の考えを十文字と同じく聞かされていたのか仙石が納得したように呟く。

 

「けどもそれは子供を愛しているのではなくて、子供の才能を愛しているわけだ。ろくでもない考えだよ。おまけに狙い通りに遺伝するかどうかすら不透明だ」

 

「まぁそうだよね……魔法師の遺伝情報ってのは、やはり両親が魔法師だと絶対にそうなるのかな?」

 

「それもどうだか。高い確率ではあるけど均一じゃないと思うわ。……あの司波達也様ですら素の魔法力・魔法技能という意味では妹さんには叶わなかったんだから」

 

五十里の知った話は疑問を発した唐橘役にとって「?」マークが頭に浮かぶものだったわけで、話を振ったシロウとしては彼にフォローを入れなければならない。

 

「五十里、唐橘君はお前のよく知る『有名人』の司波兄妹に詳しくないからもう少し詳しい説明したれや」

「あ、あなたに言われなくてもするつもりだったわよ!!」

 

嘘つくんじゃない。と言いたい顔である。今年度から魔法師……有り体に言えば魔道へと進んだ彼は魔法世界の世俗に詳しくないのだ。

 

ある意味、マグルと生活していた『Harry Potter』みたいなものなのだから。

五十里や他の連中(ウィーズリー家)からすれば『一般常識』なことでも彼にとっては違うのだから。

 

そこで小休止的に五十里に話のボールを預けつつ、シロウはランチを楽しむ。

五十里曰く司波深雪は現代魔法師として最優秀な能力値であって司波達也は技術者として超優秀―――されどフォーマルな魔法能力では最劣等な能力値だとか何とか。

 

「逆に北山雫っていう先輩もいるんだけど、このヒトは―――」

 

五十里曰く、北山雫の両親は母親が魔法師で父親が一般のヒト。とはいえその父親は財閥の社長らしくそっち方面でも有名であった。

 

「ただこのヒトには弟さんがいるんだけど……先程の衛宮くんの説明に言わせれば……」

「遺伝しなかったヒトなんだ」

 

当人がそのこと(非魔法師である)をどう思っているのかは分からない。ただ巷間の噂として姉がホクザンの経営者業務を引き継ぎつつあるとの話もある。

 

別に決して女だからと後継者にはなれないなどとは言わないが、せめて上に姉がいれども『長男』がいるのならばそちらに継がせればいいのにと思う。

 

何も渡されていない長男がどう考えるのか、少しだけ考えてしまう。

 

「まぁ結局の所、どうなんだか分かんないな。松崎さんが本気で打算も何もなしに火狩に惚れ込んだというのならば保田先輩の考えは下衆の勘繰りだし、打算で火狩の将来と『sperm』だけが目的だとしても別に火狩次第だしな―――」

 

「で、衛宮君がまとめると?」

 

「―――火狩が十文字を『視姦』しなければこんなことにはならなかった」

 

松崎氏が十文字に絡んだ原因。

 

火狩と男女の仲であると勘違いさせたのはA組教室で火狩が十文字に熱い視線を送っていたことが原因だったのだから、それしかない。

 

「言い方ァ!!」

 

対して色々な感情を込めて食堂の机に拳を叩きつけんばかりに俯きながら叫ぶ火狩。

十文字に促されてシロウがまとめたことは火狩を除けば満場一致なのだった。

 

「……ちなみに聞くんだけど、何でアンタはそういう風なことに詳しいのよ?」

 

「そういう風なことってのは何だよ? 遠上」

 

「魔法師同士の婚姻というか遺伝とか……」

 

不機嫌そうな遠上。どういうことなのかは分からない。

 

最近になってようやく十師族関連のこととかを理解して『仕事』をしていた頃はあんまり理解していなかったこと……日本の魔法師社会の通り一遍を理解した『つもり』でいるシロウにもまだわからないこともあるようだ。

 

「あっ、シロウくん。ミーナは家の事情で魔法にあんまり深く関わることを禁じられていたから―――理解してっ!!」

 

「します。するから腕にしがみつくなっ!! 俺の作ったコシャリが五十里と仙石に食い尽くされる!」

 

「火狩君に視姦されるから守って!!」

 

守り、防御、守護のイメージである十文字家のご息女を守るとはこれ如何に、と面倒くさい思いをしながらも、遠上を納得させるために秘密の暴露……身の上話ともいえる『事情』を説明することに。

 

「先程あげた優性遺伝の考え―――これらを元に俺のお袋は、没落しつつある魔j―――魔法家の家に『胎盤』としての用途だけで出されたヒトだったんだよ」

 

「えっ……?」

 

思わずアリサも呆けたような声を出さざるを得ないほどに、ヘビーな話題がシロウの口から出てくるのだった。

 

「要は……ある種、我が事(私事)だからこそ、理解が深いんだよ」

 

……少しだけ衛宮士郎の過去が明かされる。

 

 

 



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第二四話『過日回帰』

というわけで今年最後の更新となります。

とりあえず冒険最新刊はゲット。はやく読まねばと思いながら新話お送りします


 

 

とある儀式を遂行するべく、3つの魔道の家が一つどころに集まった。

 

そして、その儀式を遂行していく家にも一つの欠陥が出てきた。

 

それは次代の家の魔道を受け継ぐべきものたちに芽が無くなりつつあったのだ。

 

「土地の相性が悪かったんだろうな。とはいえ、その家は諦めなかった。引っ越せばなんとでもなろうものだが、まぁその土地に固執して……最後には3家のうちでも健常な人間―――その家では男子だけが後継だったからか、何なのか。まぁともかく俺のお袋は衰退しつつある家に『胎盤』としての機能だけを目的に『養子』に出されたのさ」

 

その事実、あまりにも遠すぎる現実に誰もが言葉を失う。

 

「結果としてだが、そうはならなかった。色々あってお袋は養子先の家の妄執から開放され、俺の親父と一緒になったそうだ。おしマイケル」

 

色々とすっ飛ばしすぎな終幕に、それを耳に入れていた全員がズッコケそうになる。

しかも終わりの言葉がいつの時代の流行語だと言いたくなるのだ。

 

「古式魔法の家にはそういう家もあるのかしら?」

 

「さぁ。そこの詳細は俺も知らんよ。養母から教えられた主観も多分に含まれているからな」

 

五十里の質問というほどではないが、独り言のような疑問に答えつつ、今回の主題たることの私見を述べる。

 

「今回の一件は俺のお袋とは似て非なるものだが、あんまり気分がいいものでないことは確かだな」

 

「……なのに俺には種馬になれとか君は言っていたのかよ」

 

「それが手っ取り早いしな。火狩が、そこいらに節操なしに種蒔きしたいという願望があるかもしれない―――という悪意的な推論も入っていたわけだ」

 

恨みがましい目でこちらを見てくる火狩に言いながら、次に向けるのは十文字と五十里だった。

 

「魔法師の早婚及び若年出産を推奨しているというのが世事の習わしらしいが、そんなものお前たちは実感しているの? 特に五十里と十文字には大学生の兄貴がいるらしいけど、そういう気配とかある? 同じ大学の女子を家に連れてきたりとか、女とどっかに遊びに行ったり」

 

その言葉に随分と今回の騒動にある種、肯定的な考えを持っていた2人はいたい所を突かれた風になる。

 

「ま、まぁウチの兄貴は婚約者がいるわけだけど……アナタが言う通りまだ私が『叔母さん』になっていない辺り、確かに魔法師の風潮からは外れているわよね……」

 

「私の兄さんなんて家に女子を連れ込むことも全然ない。何か七草家の長女と食事はするみたいだけど、そういう浮いた話とはちょっと無縁状態かも……」

 

2人して若干しどろもどろになる様子に、ダメだこりゃという想いをシロウは抱く。

 

「克人さん。ものすごい(いかめ)しい顔しているもんね。初対面時から20代前半とは思えなかった」

「ミーナ!!」

 

遠上の茶化すような言葉で、やはりあのコワモテ(強面)のスーツ姿こそが十文字の兄貴らしい。

 

そして何となく思い出せるに……まぁ会わんとこと思えた御仁である。

 

「まぁ以上のことから、俺は別段この高校時代からそんな風にしなくてもいいと思うわ。数字持ちの家ですら遵守していないことを金科玉条のごとく信奉して男漁りするなんて低劣な話ではある。

十代の小娘・小僧に男女(たにん)の価値を図れるほどの目利きがあるのかという話もあるだろうさ」

 

「何か茉莉花さんとアリサさんは、かなり同意していたような気もしますけどね」

 

「完全に合コンでイイ男GETしようとするオフィスレディー(OL)の感覚と同じ。ロマンスの神様でも流すか?」

 

小陽の言葉に一般的なJKの感覚じゃないと断じると、ぐさり!といろいろなものが突き刺さる面子は多いようだ。

 

「こ、小陽は誰かいいヒトとかいないのか? 幼なじみとして俺は心配だよ」

 

嘘くさいことを言う火狩に苦しすぎると周囲にいる全員が苦しすぎる話だと思う。

 

「いや、私これでも社長令嬢だからね。まぁ誰かお見合い相手でも来るのかも知れないけど、望めるならば―――士郎くん、衛宮士郎という男子かな?」

 

その平淡な言葉から少し熱を持った言葉と、視線の移り変わりに火狩の表情が固まる。

 

「生憎ながら遊び相手としてならば相手は出来るけど、衛宮の血も、トオサカの術も、マキリの呪いも全て俺の代で絶やすつもりでいるんだ。そういうのは勘弁してくれ」

 

「フラれたー」

 

演技くさく机に突っ伏すようにして顔を見せない風にする小陽。

本気かどうかは分からない。そして火狩に反応してほしくて自分と親しくしていたとしても、そこの線だけは越えたくないのだ。

 

「ふーん。アナタってそういうヒトなのね」

 

「俺を分かってる。理解した風な顔をするなよ五十里、ひどく心外だ」

 

後方理解者面というほどではないが、コシャリへのスプーンの侵入を皿を引き寄せることで防ぎながら言っておく。

因みに、片手は下がっているわけで大変に行儀の悪い食べ方をせざるを得ないのだ。

 

「結局、松崎さんが停学明けから帰ってきたらば、僕はどうすればいいんだろうな?」

 

『『『『どうもしなくていい』』』』

 

「みんなが冷たい……」

 

火狩への総ツッコミというオチで今回の一件は片がつくのであった。

 

 

 

「結局、アレって松崎さんへのフォローだったのかい?」

「いきなり何を言っているんですか副会長」

 

午後の授業、ティーチング・エージェントことT.Aということで実技練習をする下級生の面倒を見に来た副会長に返す。

 

「俺も食堂で昼食を取っていて君の持論公論を耳にしていたからね。まぁそれでだよ」

 

「さぁ? 単に私見を申しただけかも知れませんよ。

ただ、普通2年生ならばアンタとかキモイザ先輩とか『同級生』を狙っていてもおかしくないのに、なんで『下級生』である火狩に食指を伸ばすのか? という疑問に立ち帰った時にそういうことを考えたんですよ」

 

「中々に聞き手の品性を疑わせる形容の仕方が出てきたが、まぁそこは流しておこう……確かにな。松崎さんは僕たちが指導していても、中々に……別に落第点を取っているわけじゃないんだ。ちゃんと合格点を取れているわけだし、本人もちゃんと修練しているんだ……けれど、本人の中ではどうしても劣等感が拭えないんだろうな」

 

10の努力で10の結果を出せる人間もいれば、50でも100でも出せる人間もいる。

 

逆に10の努力で2,3の結果しか出せない人間もいる。

 

世の中は不平等だ。全てにおいてセンスがモノを言う、幅を利かす世界では努力や本人の置かれた環境次第では本当に伸びが違うのだ。

 

そんな世界で生きていれば、その息苦しさから脱却したい(逃げ出したい)気持ちも分からんでもない。

 

「んじゃ、結局の所ーーーあんたら指導者が悪いってことだわな。そもそも『デキのいい奴ら』が『デキの悪い奴』が感じている『もどかしさ』『窮屈さ』に気付けるわけがないんだ。理屈だけで思った通りの現象が出来上がるならば、魔法なんてのはどいつにでも使えていてもおかしくないはずですしね」

 

結論としては、現・2年の指導陣がクソであったということである。

 

「うぐっ……なんて厳しいことを言う後輩なんだ。それでいながら合格点は取っているし、なんてイヤな後輩なんだ」

 

どうでもいいことを言いあいながらも、結局の所シロウのフォローはそれなりに実を結ぶのであった。

 

そして、その日の晩……フォローしきれなかった人物から急報が届くのであった。

 

 

「エート、ツマリ……ソノ一高の後輩に対して探りを入れろ、と?」

 

「俺もお前と深い付き合いがあるわけではない。しかも、「トウドウ」にある種の腹芸が出来ないことも理解している」

 

良くも悪くもお前は正直者すぎる。と評された『トウドウ』という女子大生はどう反応を返せばいいのか分からない。

 

「だが、現在―――昏睡状態に陥っている司波達也を目覚めさせる端緒が彼にあると思っている。古式魔法の権威でもある吉田ですら奴を回復させる術を持たなかった以上……妹の脚を回復させた彼に接触を持ちたいんだ」

 

「十文字家の権力でドウにかならないんですか?」

 

「無理矢理に呼びつければ、恫喝・恐喝をしていると噂が立てられる。そして俺の弟妹はどちらも衛宮くんから嫌われているようだ」

 

転じて、自分も嫌われていると考える十文字克人の姿に、トウドウは図体のデカさの割に本当に小心者と考えるのだった。

 

だが、説明されたことが達也の回復に繋がるものなのかもしれないということは考える。

素人考えでしかないが、もしも自分がいま以上の回復術を覚えたとしても彼をあの状態から回復させることは不可能だろう。

 

結局の所、トウドウはこれを受けることにした。

 

今の所、何というかヒマであったことも一つだった。護衛役として四葉に引き取られた形の彼女だったが、『彼女』を守る役としては『無用の長物』と化していたからだ。

 

何より四葉家の権勢が衰えつつあるのも一つ……いくら元老院の長老の養女という立場を得たとはいえ、色々と考えたりしなければならないのだった。

 

「ワカリました。では彼――エミヤ・シロウと自然な接触を持てばイイんですね?」

 

「ああ、米国の兵隊として君が来日した時のような失態は演じないでくれよ」

 

「ナ、ナンノコトヤラ〜〜ワタシ、ワカリマセンケド〜〜」

 

こんな時だけ胡散臭い外国人のような様子を見せるトウドウに苦笑しつつ、彼女ではダメだろうなと克人は次善の策を張ることにするのだった……。

 

ともあれ、十文字家に呼び出された『東道 理奈』は色んな意味で一高に混乱を巻き起こすのであった。

 

 

そして件の衛宮士郎は―――。

 

『……以上のことから恐らく娘は軽挙に走ると思う。妻が実父に経済的に依存している以上……僕自身がそれなりに多めの蓄えを残せていれば良かったんだが、ともあれ―――これがキミへ出せる最初で最後の依頼だろうな』

 

「……アンタのお陰で俺は命拾いした。その恩と感謝だけは忘れていないさユーリィ。しかし……その恩を返せる時がこんな場面だとはな」

 

『ははっ、申し訳ない……しかし、頼まれてくれるか?『奇跡を生む男』よ』

 

「了解した。アンタの娘が恙無く祖父の会社を継げるぐらいの蓄えは俺にはある―――スイス銀行を通じてならば何の問題もないだろうさ」

 

『手際が良いな……ならば問題はないんだろう。そろそろ休ませてもらうよ。少々疲れたからな』

 

「ああ……」

 

さらばだ(ダスヴィダーニャ)。若すぎる友よ』

 

「さようなら。ユーリィさん」

 

その言葉の交わし合いを最後に言葉が途切れた。

 

そして……ユーリィ・ガルマエフこと亡命ロシア人 軽部裕利の訃報はそれなりに多くのヒトを動揺させるのであった。

 

 

 



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第二五話『故人廻想』

「今回の一件ではキミ、大丈夫なのか?」

「問題ない。アンタこそいいのかよ? 俺みたいなろくでもないのを日本にまで送り届けて」

 

その言葉に便宜上ロシア人であるユーリィ・ガマルエフは少しだけ笑う。

 

「最初、キミにあった時には死にそうな姿だったが、その後に目覚ましい回復をした時にはゾンビかヴァンパイアかと思ったほどだ……そして『その後のこと』は良く聞いている」

 

「苦々しく思わなかったのか?」

 

「ないな。俺はスラブ系の名前を持っているが祖先は殆ど君たちと変わらない。モンゴロイドというだけでなくね」

 

その言葉で多くを察することが出来た。彼にはあのWW2での悪名高き協定破りの満州侵攻で在留日本人に対する悪行の末の祖先(ひがいしゃ)がいるということだ。

 

ロシア人でありながらロシア人の礼儀と行儀の無さと低劣・下劣な民族性を心底嫌っている。

そういう人物のようだ。ユーリィ・ガマルエフという男は……。

 

だからこそ軽部裕理という名前で日本に帰化出来た時は嬉しかったとも聞く。

 

「君が欧州で多くの『混乱』を起こしたことで新ソ連から逃げ出したいという人々が『解放』された……ありがとう『デミヤ』」

 

「……日本でも同じようなことを俺はやったがな」

 

「まぁ魔法師になれなかった友人にとっては痛快だったかもしれない。だから関知しないさ」

 

なんて無情なと思いながらも、揺られ続けた車が停車をする。

 

終着点だ。

 

「それじゃ、もう会うこともないだろう―――ただ、『頼み事』は早めに言っておけよ。別に延命の術はいくらでもあるんだ」

 

車から出た少年は、そう言ってどう考えても窶れているユーリィを心配するのであった。

 

だが、彼は『どうしようもないのさ』とちょっとした諦めの顔を浮かべてから、言葉を掛けられる。

 

「それじゃ、その時が来ないことを願っているよ。ウチの娘とも会わせたいしね」

「俺のような野良犬が会うべき人間ではないよ」

 

幸せな家庭に俺はどうしようもなく異物だ。それを理解しているから……ユーリィからさっさと離れることにした。

 

その気持ちは嬉しいが、どうしようもなく少年はこの世界で孤独なストレンジャーだったからだ。

 

 

それは土曜日に不意に連絡を受けたことから始まったことだ。

 

茉莉花にとっての両親、遠上良太郎と遠上芹花がこちら……北海道から本州の関東にまでやってくるという連絡を受けたことから始まる。

 

理由は良太郎にとっての友人である、軽部裕理という男性が亡くなられたから。つまり葬儀ということである。

 

茉莉花は参列しなくてもいいとは言われたが、アリサは出るように言われた。

 

「アーシャのお母さんの亡命を助けてくれたヒトかぁ。出なきゃ不味いよね」

「そうね。それに桐生市は……朧気ながら私にとっての最初の故郷だから」

 

殆ど覚えていないが、ただ北海道とは違って山が殆どない。だだっ広い平地が広がっていたという違いは今でも感じている。

まぁちょっと行った伊勢崎市は更に平地だらけの土地ではあるのだが……北海道のように山を切り崩して開拓した土地とも違う。

 

そういう風な差異は感じていたのだ。

 

ともあれ、芹花に言われたとおりに日曜日の『見送り』に備えて準備をすることになった。

 

そして日曜日の9時に羽田空港で北海道からやってきた2人を出迎えた娘2人は、そこから葬儀場所に向かうまでに軽い説明を受けるのであった。

 

軽部裕理……日本に帰化したロシア人であり、その際の名前は 『ユーリィ・ガマルエフ』という人物であった。

 

「彼とは色々と付き合いがあってね……まぁ、それはともかく葬儀の後に、少々ユーリィのご家族が話したいことがあるそうだ」

 

「私も行くようかな?」

 

「最初は茉莉花には留守番してもらおうかとは思っていたが、長い話になる可能性もあるからな。アリサの話し相手が必要だし、喪服で参列してもらおう」

 

それは、どうやら浅草のホテルで着替える余裕も無いということだ。

まぁ遠上家は獣医である。如何に人間を診断するわけではないといえ、結局の所―――患畜が出る可能性があるから、そんなに長居も出来ないというところだろう。

 

そんな訳で、軽部家のご葬儀に遠上家全員で参加することになったのだ。

 

都会の葬儀。田舎である茉莉花・アリサの家の辺りとは違って、省力化されてこじんまりとしたものだと考えていたのだが、その認識は甘かった。

 

葬儀会社がデカイ祭壇を設置する自宅葬ではなく会館葬とはいえ、故人が結婚をした相手の『軽部家』が問題であった。

いや、問題というわけではないのだが……群馬県にある中小企業。それなりの規模の会社は『北関東』では『歴史』あるものであったのだ。

 

一説によれば、北関東の巨大ホームセンターが首都圏に進出する際の『HANDS』の買収劇にも一枚噛んでいたとかなんとか……。

 

そんな会社の娘婿の訃報はどこからともなく聞きつけた人々によって、葬儀用の茶壺・花輪・花束などなどの葬儀飾りの注文があれこれ舞い込む形になっていたのだ。

 

同時に葬儀にこそ参列しないが香典だけ置いていく弔問客の記帳と『お返し』の品を手渡す係が忙しくなったのである。

 

「ごめんなさいね。茉莉花さん、アリサさん。親戚でもないあなた達に手伝わせちゃって」

 

「「いえいえ、お構いなく」」

 

軽部絢奈。

故人 軽部裕理の娘であり茉莉花とアリサよりも4つ上の女子大生であった。

 

本来的には、こういう場所では彼女の言う通り故人の娘や甥姪などがやるのが、まぁ普通ではある。

 

とはいえ、忙しそうにしていた絢奈を見過ごせるほど人情がない2人ではなかったのだ。

 

なにより―――。

 

「絢奈さん。こちら葬儀会社さんの方から来たものです」

 

「ありがとう士郎くん。本当、お祖父ちゃんの言う通りお返しは『お茶』にしといて正解だったわ」

 

「海苔でも別にいいと思いますけどね」

 

と言いながら、持ってきたダンボールに入っているお茶セットを予め用意されていた紙袋に入れていく士郎。

 

(なんでここにいるんだ)

(絢奈さん曰く元・バイト先の後輩かぁ)

 

とりあえずしめやかな『お見送り』をするために、そういった風な『疑問』を口にすることはしない2人の大人な対応だったわけだが……ともあれ経を読まれる和尚さんがやってきたことで、絢奈は会場に入らざるを得ない。

 

「十文字も行ってこい。ここは俺と遠上で留守番してるから。葬儀会社のヒトも来ているしな」

 

「うん。分かった」

 

「アーシャ、粗相の無いようにね」

 

ミーナに言われるとは思わなかったとは口に出さずに、アリサは士郎と同様に言われながら故人のお見送りのために葬儀会場に入るのであった。

 

 

その後は、流れるようにして全ては終わっていった。親類一同が、軽部家の本家というか実家の方に移動していく中、故人の直接のご家族……娘と妻との対話になるのであった。

裕理にとっての義理の父。絢奈の祖父も話したがっていたが、それでもまだ現役の家長として息子たちに連れられていったのだ。

 

「それで絢香さん。お話したいことというのは」

 

「まず初めに、遠上さん―――良太郎さんは夫と友人なのですよね?」

 

「ええ、彼とは色々と世話になったり世話したりした間柄です。本当ならば彼の方こそドクター・ドリトルになれたかもしれないほどです」

 

「でしたら……ユーリィは何か危ないことに関わっていたのでしょうか? 突拍子もないことだとは分かるのですが……その社会の裏側に関わるような」

 

「まぁユーリィがやってきた亡命者の手引きは、確かに私と一緒にやってきた頃はグレーなものでしたが……それでも決して裏社会の人間との繋がりなどはありませんよ」

 

軽部家というよりユーリィが過ごしてきた家に案内された遠上家は、少々面食らう事態になった。

 

アリサの母親であるダリヤの亡命にも関わる良太郎のヤングメン(爆)な頃の武勇伝ではないが、羽田から浅草のホテルに着くまでに、その辺りの話は聞かされていた。

 

「ですが……その少々、気味の悪いことになっていまして―――こちらを御覧ください」

 

そうして絢香が見せてきたものは、端末に表示された銀行の取引記録であった。

 

名前からして本人のもののようだが……それでもその額は驚異の桁を誇っていた。

 

「―――ユーリィが自身にかけていた生命保険という線は?」

 

「だとしてもこんな金額ありえませんよ。しかも、これと同じ額が絢奈と実父の会社の口座にも振り込まれているんですから」

 

「ええっ! 絢奈さん一気に億万長者のJDなの!?」

「ミーナ!」

「茉莉花!」

 

あまりにも下世話な言い方をする妹分・娘に対して叱責するような声が飛ばざるを得なかった。

 

「私としては刹那的な使い方じゃなくて、ちゃんと自分の為に使いたいよ。出来ることならばお祖父ちゃんの事業もちゃんと続けたいし」

 

一応は誤解を生まないように、絢奈も苦笑しながらその辺りの説明はしておく。

 

絢奈曰く祖父の会社は確かに歴史的には長いが、昨今の経済事情から少々苦しくもあったのだ。

 

もちろん『5年〜8年』程度で潰れることはないぐらいには内部留保もあったのだが、状況はいつ変わるともしれない。そもそも祖父とていつお迎えが来るか分からないのだ。

 

「ユーリィは自分が長くないことを知っていたからなのか、会社業務には携わっていたが、経営にはノータッチだったからね」

 

後継者になるには自分の出自もあって遠慮していたのかもしれない。そう言った良太郎だが、それは少々踏み込みすぎていた。

 

「伯父さんたちも『出来ることならば』継いでほしかったとは言っていました……けれど、こんなに早く―――」

「絢奈……」

 

不意に涙を溢れさせた絢奈の肩を抱いて慰める母。

 

忙しさで忘れさせられていただけで、喪失したものを思い出して悲しみが溢れたのだろう。申し訳ない想いを抱いた良太郎にかわってアリサは端末を精査する。

 

(送金者はW・Wと表示されている……正式名称は『ウェイバー・ウェインズ』)

 

スイス銀行のセキュリティとプライバシーに対する遵守の高さは19世紀から折り紙付きである。ならば、この人物が男か女かすら定かではない。

 

「やはり、このような名前の人物には心当たりはありませんね。無論、私もユーリィの友人の1人でしかありませんので、彼に、この名前の知人・友人がいた可能性は捨てきれませんが」

 

「そうですか……」

 

だとすれば、どうしてそんな送金がこのタイミングで行われたのかが謎だ。ユーリィが何か頼み事をしたという可能性が一番高いが。

 

「話は変わりますけど、シロウ君がどうして今回の葬儀に?」

 

「元・バイト先の後輩だっていうのは聞いてましたけど」

 

「うん。確かにその通り。私がコペンハーゲンを辞めたのは、お父さんが体を悪くして入院する羽目になったから。その看病とか何かあった時のために、アルバイトは辞めておいた方がいいと思って辞めたんだけど」

 

時期としては遅いのだが、その元・バイト先であるコペンハーゲンから退職に係るアレコレの重要書類が『何故か』シロウから葬儀準備で忙しい中、渡されて……。

 

「その後、色々と葬儀手伝いをしてもらっていたんだ……。まぁ悪いとは思ったんだけど、彼もこんな状況下で何もしないでおけないって思ったんだろうね」

 

男子高校生の善意に甘えてしまったと赤くなりながら述懐する絢奈に何も言えない。

先月の話だがアリサもシロウの責任感に甘えてしまった1人なのだ。

 

「あっ、シロウ君とは関係ないけど……病室にいたお父さんにお祖父ちゃんの会社を継ぎたいって言ったときに」

 

 

―――きっと『奇跡』は生まれる―――

 

―――アヤナ、確かに自分の生活は大切だ―――

 

―――けれど、法を冒す手段でお金を手にしちゃダメだよ―――

 

「……って言っていたかな」

 

「絢奈さんがPAPA活とかでお金を手に入れようと、あいてててて!!!」

 

「申し訳ありません。娘がとんでもない発言を」

 

芹花が娘・茉莉花のあんまりな発言に対して耳をつねりながら頭を下げるのだったが、絢奈は首を振ってそれも考えの一つでしたと白状する。

 

「いえいえ。ただ……ちょっと考えていたのも事実ですから。今後の生活を考えた時に、私も母に怒られました」

 

そこまで情けない母親ではないとする絢香に叩かれたことを思い出したのか、頬を撫でる絢奈。

 

それを見ながらも最終的な結論としては―――。

 

「やはり私には皆目見当がつきませんね。どうしても気になるならば、やはり銀行の方に問い合わせるべきですよ。そうしてからこのお金の扱いを決めるべきですね」

 

「そうですか……わざわざこのようなことに時間を取っていただき、ありがとうございました」

 

そうしてお互いに落胆を覚えつつも軽部家との会談というものは終わり、遠上家は浅草の方に帰ることになった。

 

何とも狐につままれたような話であったが、それでも絢奈と茉莉花・アリサがちょっとした友誼を築いている辺り、もう少しユーリィと会う機会を増やすべきだったかと後悔する遠上良太郎……。

 

そして浅草での夕食にて良太郎と芹花は、件の少年……衛宮士郎に関して、もうひとりの娘であるアリサに切り出すのであった。

 

 



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第二六話『金鬼来訪』

 

 

 

「克人君や茉莉花からもそれなりに聞いているが、アリサは葬儀を手伝ってくれた衛宮君という男子が好きなのかい?」

 

絶対に聞かれるだろうと思っていたので、大して動揺はしなかった。しかしながら、どう言ったものかと思う。

 

「アーシャは、もう少し礼儀正しいというか大人しい男子が好きだと思ったんだけどなぁ。なんであんな不良なんかを……」

 

「あら? そんな風には見えなかったわ。礼儀正しくて随分といい青少年に見えたけど」

 

「けれどもアイツ!―――う、ううん! まぁ確かに外面はいいのかもしれないけど、とにかく!! 私はアイツはアーシャにはふさわしくないと思う!!」

 

芹花が行きたいと熱望した浅草の天ぷら屋。菜種油で「サクカラ」で見事に揚げられた鱧天を噛みながら茉莉花は勢いよく話す。

 

その言葉にふぅむと良太郎は思う。克人から聞いた話も総合するに、悪い男という訳ではないはずだが……まぁともあれ、もうひとりの娘の男が海の物とも山の物ともつかぬ馬の骨であれば、心配するのが親心というものか。

 

19世紀から続く天ぷら屋のワザマエに感心しつつ、衛宮君の話(アリサ、茉莉花)を続けて聞いていると……。

 

「―――彼、イギリスにいたのか?」

 

「そう聞いています。先程のおじさんの説明にあったようなことなんじゃないですかね?」

 

アリサの言う通り先程、ユーリィとの出会いとかで説明した

 

数字落ち(エクストラ)は国外に行っても特に何も言われなかった』

 

娘と妻に聞かせるには少々ダーティーで湿っぽい事情を説明したのだが、それは少しだけ耳目を引かせた。

 

アリサ曰く聞いた限りでは、彼は『古式魔法師』の家らしく、両親が死んだ後に『養母』……伯母と一緒に英国に移り住んでいたらしい。

 

「古式魔法師、か。だとすればかなり『モグリ』の存在なんだろう」

 

「そうなの?」

 

「現代魔法師と違って古式魔法師の魔法は独特なものが多い、秘伝の継承も特異なオカルトじみたものもあるらしいからね。あまり世間に公表したくなくて、魔法師協会に登録していなかったのかもしれない」

 

日本の魔法師協会は、一応は日本の魔法師を全てまとめている。魔法師は全員把握して登録している―――と豪語するも、当たり前だが現代魔法師という『遺伝子操作』されたデミヒューマンの下に就いて管理されるなど吐き気がする、同じ空気を吸っていたくない―――などと蛇蝎のごとく嫌うのもいる。

 

そういう意味では、魔法師のまとめ役としては十分に機能していないのだろう。

 

「アリサを嫌っているのもそれが原因なのかもしれない。実際の所、現代魔法研究の中でも九研の『古式の現代解釈』は、古式魔法師の反感を買ったからね」

 

『現代魔法師』が、古臭い口伝を守っている集団を『古式魔法師』と一括りにするのと同じく彼らからすれば、もどき(・・・)でしかない『現代魔法師』というカテゴリーで分けるだけなのかもしれない。

 

「けれど、彼は私の姓 十文字には特に反応を示しませんでしたよ」

 

「本当に謎の魔法少年だな……」

 

聞けば聞くほどに何だか分からなくなるその人間性と能力。全てが謎のワンダーボーイだと思いつつも、芋天を口に入れた瞬間にひらめく。

 

19世紀から続いている店。

 

昔ながらの味を保っていると言われるこの天ぷら屋と同じく―――もしかしたらば、同じことなのかもしれない。

 

彼、衛宮士郎にとっての魔法はここの美味すぎる天ぷらと同じなのかも知れない。

 

(色褪せることのない魔法の輝き、か)

 

数字落ちでしかない良太郎としては海老天を肴に一杯飲みつつ、あの少年に羨望を向けるのであった。

 

 

日曜日は色々あったものの、月曜日の登校。普通に登校したのだが……どうにも学校全体が色めき立つような空気をしていたのだ。

 

何かがあるということはクラスの会話の断片的なものから察したが、あいにく噂売り的な面が殆どないシロウでは何があるかを知り得ない。

 

同時に興味が無かったのだが―――。

 

(職員室の学年主任が俺を呼び出している?)

 

端末を通じて、その連絡を受けたシロウは面倒な想いを受けながらも職員室に向かうことにするのだった。

 

(そもそも学年主任が誰かなんて知らないし)

 

そう思いながらも、向かった先にいた近田藤乃という教師の先導によって案内された、席というよりも締め切りの場所で説明が為される。

 

曰く、

『四年前に卒業した一高のOGがやってくる』

『魔法大学の学生で今回のことは教育実習的なものであり、その上で彼女は一年の下位クラスで教導を行いたい』

『その希望を優先したいが、教師陣としてはあまり歓迎していない』

 

(要するに劣等生の指導なんて任せて有意義さを失わせたくないが、OGの希望を尊重したいということか)

 

藤乃と一年の学年主任の言葉を聞きながら、やって来るのがあの『ヤンキーボイン』だと理解した時には。

 

『探ってきやがった』

 

と悪態混じりに思いつつ、何故俺がその話を聞かされるのかが分からなかった。

 

曰く、

『F組の中でもとりあえずA組に『一応』は上がれた衛宮に任せたい』

『とりあえずお前ならばなにもないだろう』

 

という、教師にしてはフラットに言っているつもりでもかなりクズな発言を聞いたシロウは『お望み通り』にしてやろうと思えた。

 

久しぶりに『魔眼』を発動。そして―――『可能性は書き換わったのである』。

 

 

「今日から5日間という短い期間ですが、『1年A組』の指導をチカタ先生と行うことになりました。東道理奈です。ニホンに帰化する前は違う名前でしたが、今はこの名前なのでヨロシクお願いします」

 

金髪の美人教師の登場。しかも「あの司波達也」と同世代の存在にA組のテンションは上がっていくが……そんな目の前の生徒であり後輩たちとは別に、USNAの軍人時代以来のスーツ姿で固めた東道理奈、またの名をアンジェリーナ・クドウ・シールズは動揺しっぱなしであった。

 

(ど、どうしてコウなったのよ―――!?)

 

ことの発端は、最終確認として職員室に向かった理奈に告げられたことであった。

 

―――東道先生には、A組の教導を行ってもらう。

 

いきなりな予定変更(ドタキャン)に理奈は、何でそうなるのかを結構強めに聞き出したのだが、滔々と説明されること……

 

曰く、

『主に下位クラスの教導でかつての『優等生』の指導を『無碍』にすることは心苦しい』

 

無碍になるかどうかなど分からない。自分(ワタシ)は出来ない人間、達者じゃない人間だからと見捨てたくない、そのように可能性を捨てさせたくない。

 

軍人時代に『船のパーツ』にされていた魔法師……一方的な裁定で劣等とされた存在を見たからこそその言葉が出たのだが。

 

『それでも、アナタとてかつては1年A組に所属して優等生と競い合ってきたならば、それがどれだけ無意味な話か分かりましょう?』

『東道君、申し訳ないが今回はそういうことで納得してくれ』

 

校長であり、理奈のグランパの友人が発した疲れ気味の言葉でそういうことになってしまった。

 

だが、これでは『本当の目的』を達することが出来ない。何とか『シロウ・エミヤ』なる魔法師と接触をする機会を設けなければならない。

 

そんな裏側の思惑を見透かしていたシロウは、それを崩していたのだ。

ましてや教職員側からそのように『気遣い』をされてはそれを受けざるを得まい。

 

教職員たちのレジスト(魔法抵抗力)など皆無であり、そういう方向に誘導することは不可能ではなかった。ある種の交渉術的なことも併用して、あのヤンキーをF組というか下位クラスから遠ざけることが出来たのだ。

 

だが―――その事の『副作用』というか、ある種の反感……優等生たちへの『やっかみ』が生まれることまでは予想できなかった。

 

 

昼食時

 

いつもどおりぼっち飯を食べてから気配を隠すまでもなく、東道先生にきゃーきゃーわーわー言っているだろう食堂に行かないことにするのだった。

 

(あのアマに器用な腹芸が出来るわけがない。かといってA組には居ない俺のような劣等生の名前を出して周囲の反応を探ろうものならば、何かの嫌疑がかかる)

 

つまり……。

 

(俺はついに―――自由を手に入れたんだぁああ!!!)

 

シロウの中の全米が拍手喝采のスタンディングオベーション!!

煩わしい連中と関わらずに生きられるこの時間こそが至福……。

 

そうして一日、二日と終えていく内に……流石の東道理奈も怪しさを覚えるのだった。

 

それは三日目の放課後、生徒会にて旧知の後輩に相談したことから転換する。

 

「つまり急な予定変更は、何かの策略ではないか、と?」

 

「ソーヨ!! 大体、朝の直前までワタシはF組を教導するというスケジュールで進められていたハズなのヨ! それが20分ほど職員室から離れている内にあからさまな心変わりの変節!! どうなっているのよ……ワタシだけ少し不思議な世界(パラレルワールド)にでも迷い込んだ気分だったわよ」

 

机に突っ伏しながら会長・会計に泣きわめき嘆くように言う先輩に、2人としてもどうしたものかと考えてとりあえず口を開く。

 

「まぁ我々もそういう風に聞いてはいました。クドウ先輩がF組などある種の下位クラスを教導するとは……」

 

「それが蓋を開けば、ああですからね」

 

20世紀も終盤の頃のプロ野球で起きた『空白の一日事件』『KKドラフト事件』のようなものだ。

 

「言っちゃなんですが、そういう横紙破りはこの学校しょっちゅうじゃないですか」

 

「リーナ先輩がアメリカから出戻ったのもそんな感じの受け止められ方でしたし、今更ですよ」

 

会計と会長。短い在学期間で前者はあまり関わりが無かったがかなり辛く、当時の自分はそう見られていたのかと『とてもつらい』と横になりたい気分だ。

 

「ヨコガミヤブリ……デモドリ……」

 

ずずーん! と沈み込んだOGだが、そもそも侍郎も詩奈も『なんでそんな早めの教育実習をやったのか?』それが聞きたいのだ。

 

そこを突っ込むと痛い所を突かれたようになるクドウOGに、よっぽど後ろ暗いことをやろうとしていたんだなと気付くのであった。

 

「まぁアナタにそういう『弱い群れならば自分で強くしてやろう』みたいな親分気質で骨のぶっとい所があるとは思えませんので、このままでいいんじゃないですか」

 

「そういう事情があったとしても、そういう『噂』を聞いて期待していた1年の下位クラスは凄く落胆しているんですから、今更何かの『目的』のために接触を図ったとしても、スゴく反感を買いますよ?」

 

再び容赦のない2人の後輩に言われてしまう。

 

だが、それでも『もしかしたら』という可能性を見出したいのだ。

 

そうして裏側の事情を話す……その言葉を聞いて、なおさら2人は『ノー』と言わざるを得なかった。

 

「ふ、二人はタツヤがあのままでもイイの? ミユキは今でも病室に足繁く行っているのに」

 

達也がいつか目覚める日の為に、目覚めた瞬間ーーーそこに自分がいられるようにと、彼女は魔法大学の単位ギリギリ、それどころか進級も危ぶまれるぐらいに自分の兄にして婚約者を見守っているのだ。

 

ある意味、病室と大学を行き来するだけが彼女の『あの日』以来のスケジュールになっているほどだ。

 

だというのにこの後輩(2人)は……。

 

「他人の魔法を探らない。そのマナーを忘れていませんか?」

 

「うぐっ!!」

 

「それに俺たちはもう一高の『役員』なんです……あの頃、色々と世話になったことは忘れていませんが、それでも今ーーー魔法大学の『学生』たとえOGであろうと」

 

「私達は衛宮士郎という生徒を守る『立場』にあるんです。これは本当にそういうことなんです。東道OG」

 

渡りセリフよろしく言われてしまった理奈ことアンジェリーナとしては、それ以上は何も言えなかった。

同時に、立場の違いというのを認識させられてしまった……。

 

「ただどうしても衛宮士郎に接触をしたいというのならば、衛宮士郎だけではなく、『他の下位クラス』全生徒の面倒を見るぐらいはしてください。特定の生徒への『えこひいき』にも見られかねませんから」

 

侍郎は2科生制度があった最後の年に入学した男子である。

当時は、その事を従容として受け入れていたが、今考えてみればあれほど酷い制度を何故普通に受け入れていたのか……。

 

ともあれ、あの『火狩種馬騒動』(命名 碓氷)のような事態は止めて欲しいのだから、後輩に言われ放題だった理奈は決意する。

 

ひとつの命を救うのは 無限の未来を救うこと

 

祖父が時折掛けていた『救急戦隊』のテーマソングの歌詞の一部を思い出す。

達也だけが『いのち』ではない。

そこに他の『いのち』を救うことをしなければ、何も変わりはしないのだ……。

 

 

―――後日、東道理奈教育実習生の実習期間は少しだけ伸びて。

 

「本日より1-FだけでなくEとGの魔法実技演習の教官になりました東道理奈です。ワタシの不手際で色々混乱を起こしてしまいましたが、どうかこれから一週間ヨロシクオネガイシマス」

 

なんでそうなるんだよっ! という悪態を突きたいが突けずに、やってきたヤンキーボインに心底イヤな気分になるのだった。

 

そうしてシロウの平穏なライフは三日天下(麒麟がくる)よろしく破られるのだった……。

 

 



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第二七話『困惑迷走』

 

 

どう考えてもおかしい。

 

都合、約5日間の実技演習の手解きをしている中、東道理奈はあきらかに惑わされていることを自覚していた。

 

理奈ことアンジェリーナが一高にOGとしてある種の教育実習生としてやってきたのは確かに下心…思惑ありでのことだった。

 

そこから後輩に指摘されて一念発起。

 

まだ未開花でしかないはずの下位クラスの生徒達の教導を集中的に、精力的に行うことを職員室の教員たちに熱望した。あれほど弁を振るったのはいつ以来だろうか。

 

まぁそれはともかくとして、それが通じたのか何なのかようやく目的のクラス、目的の人物と同じところにいられるようになったのだが……。

 

(コチラから接触(コンタクト)出来ないわ……)

 

実技の教導でそれを行おうとしていたアンジェリーナだが、彼女の人気は彼女が思っている以上に高くて、結局の所……実技実習の際に生徒がアドバイスを求めること多かったのだ。

 

その中に、エミヤシロウがいれば良かったのだが彼にその手のミーハーな趣味もアンジェリーナに対する興味もないようなので、あちらからの接触は無かった。

 

元来、アンジェリーナは能力の高さの割には『並列作業』……マルチタスクというのが不可能な人間である―――と今では完全に自覚していた。

 

自分の人生を一変させたあのパラサイト事件。

 

日本の戦略級魔法師を調べ、司波兄妹を探るために留学・来日したあれ以来、そうしてきたのだが……。

 

(今はソノ能力がワタシが切実に望むモノなのに!!)

 

そうして人知れず嘆きを溜め込むのであった。

 

当然、これらには『裏』があった。

 

東道理奈ことアンジェリーナ・クドウ・シールズが、自分を探りに来ていることは理解していたのでシロウは、クラス及びEFGの生徒を誘導することにしておいた。

 

約10日間しかいなかったA組ではあるが、一度は『最優秀』であるAに上がれたシロウに誰もが東道実習生に『聞いたらいいのか?』というかそんなに我々の煩わしさが分かるものなのか?

 

そんな風な『疑念』を抱いていたクラス連中の疑問質問がやってきたのだ。

 

それに対してシロウは、『魔眼』を弱で発動させつつこう言った。

 

―――聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥―――

―――東道先生がどういう人かは分からない―――

―――けれどTAよりは能力値が高いはずだ―――

―――だが教えることが達者かどうかは分からない―――

―――ゆえに積極的に問うて我々の熟達に協力してもらおう―――

―――あのヒトにとってもこれは学ぶ機会なのだから―――

 

そんな風なことをバリエーションを変えつつシロウに聞いてきた連中に宣ったのだ。

 

結果的に殺到するとまではいかないが、多くの人間をアンジェリーナ・クドウ・シールズに向かわせることで、シロウへの接触を絶っていた。

 

アンジェリーナこと東道理奈が、こちらに意識を向けた瞬間。シロウの誘導もあって他の面子が彼女に向かう。

 

そしてシロウは副会長やキモい風紀委員などから構われることで、合格点を出すことで東道をシャットアウトしていた。

 

合格点さえ出しておけば、実技で「まごつく」ことさえなければ『アレ』は口出ししない。出来ない。

 

完璧な計略のもと「E組担任」である東道理奈実習生を遠ざけることに成功していたのだ……。

 

 

しかしながら、そんな風な様子は少しばかり不審を覚えさせていた。一年ながらTAをやっていた少女。

 

一学年主席 五十里 明は不審感を白状することにした。

 

「つまり東道OGは……シロウ君の術を欲してハニートラップしようとこの一高にやってきたの!?」

 

「ハニートラップかどうかは知らないわよ。ただウチの兄貴曰く……」

 

例のクラウド・ボールの対抗戦。怒るアリサが怪我をおしてまでも戦ったあの試合が、契機となったのか十文字克人は間者として自分の後輩を送り込むことで、彼の術を探ろうとしたらしい。

 

「私、そんなこと聞いていない……」

「堂々と言えるものじゃないでしょ。直截に言えば『スパイ』を送り込んだってことだもの」

 

アリサに嫌われたくなかったという克人の心を何となく察しつつも、それでも暴露は時間の問題であった。

そういった裏側を言いつつも本題に入る。

 

そういう『事情』だったからこそ、当初はEFGなど俗に下位のクラス―――旧2科生のクラス担当になるはずで、その案内役というか補佐に『衛宮士郎』をという手はずになっていたはずなのだが。

 

「なにその空白の一日事件みたいなものは」

「もちろん先生方の心変わり、お節介であったという可能性はあるわよ。けど急激だもの、何か勘ぐるわ」

 

茉莉花のツッコミも当然ではある。

そちらに関しては特に進展はなかった。もしかしたらば誘導されたかもしれないが、そもそも職員室は、東道のような優秀な卒業生には上位クラスを指導するべきだとする意見が多かったのだから……。

 

誘導も何も『本心』であったのかもしれない。

 

「それはともかくとして、1−EFGの人たちに聞いたんだけど……」

 

明曰く、あそこまで積極的に教えを請うていた彼らは当初、そこまで乗り気ではなかった。

 

噂程度でしかなかったとはいえ自分たちのような下位の生徒の魔法能力を上げることに『本気』なのか?

それを見事にちゃぶ台返ししたのは東道が悪評を覆すべく来たのではないか? そういう疑念が彼らを消極的にさせていた―――のだが……。

 

「つまりシロウ君が、『思い切ってぶつかれや』と宣い……」

「それでダメならば黄金世代のOG、あのボインの教育実習生には、『指導能力がない』と見切りをつけろと言ったわけか」

 

小陽と日和の『サンシャインコンビ』の言葉に、五十里明は頷き、その上で誘導して接触を絶った。悪辣だ、としたのだが……。

 

「けどメイさん。それって……ダメなことですか?」

「え……」

「いや、確かに聞いているだけならばヨーゼフ・ゲッベルスみたいなやり方ですけど……」

「結果的に、EFGの同級生たちは東道OGの教導を受けること多かったんでしょ? じゃあいいじゃん」

 

そのサンシャインコンビの言葉に、あえて深く考えると……特に『悪いこと』はしていないような気がする。

自分の秘術を秘匿するのは確かに『魔法師』としては当然の話。

見破られたならば、まぁそれはそれではあるが……。

そして、東道OGへの態度を決めかねていたEFG生たちへの発破かけも……特に悪くはない。

 

改めて考えるに、確かに『悪いことはしてない』という結論に至ったことが、不思議に思える。

 

アイネブリーゼという喫茶店において、その考えに至った経緯を考えるに。

 

「問題点を整理するに、数字持ちの家ないし十文字家当主であるアリサさんのお兄さんはシロウくんの秘術を探ろうとした。その理由こそがメイさんをその思考に至らせていたことなのでは?」

 

小陽に言われて考えるに……そうだと思えた。

 

「司波達也様をあの昏睡状態から救うための方策の一助となると思って……動き出したのよ」

 

その言葉を出した時、店の唯一の店員とも言えるメイド型ガイノイドが反応したように思えた。それはともかくとして……。

 

「それならば、メイが衛宮にハニトラ仕掛ければいいじゃん。尊敬する魔法技工師のためなんでしょ?」

「なるほど完璧な作戦ねミーナ。不可能だという点に目をつぶればだけど」

 

どさん娘コンビから言われて五十里 明としては何とも言えない。

そして後半のアリサの言葉には物申したい。別に女として積極的に色気を振りまきたいわけではないが、決して明とて別に可愛くないわけではあるまい。少しばかり着飾って街を歩けば垢抜けているはずだ。

 

確かにどちらかといえば、この中では地味なJKかもしれないが……などと内心での葛藤をしつつも。

 

「やらないわよ。それに……それならば無理矢理にでも東道OG、いやアンジェリーナ・クドウ・シールズ先輩と対面するように仕向けてやるわ」

 

「やらなくていいと思うわ。そんなことをやってもシロウくんの秘密を探ろうというゲスな企みが善行(よきこと)になるわけじゃないもの」

 

「アリサ……悪いけどこればかりは譲れない。私は司波達也様に回復してもらってこの世界を変革してほしいんだから」

 

「じゃあメイが色仕掛けすればいいじゃん」

 

「それは―――」

 

そんな三人の様子を見ていた小陽と日和は堂々巡りを見ている気分になりながらも、出されたホールケーキをぱくつく手はとめないことにするのだった。

 

……その日の夕食で十文字克人は妹が『裏』を知ったことで冷たくされたことを苦痛に感じるのだった。

 

夕食後、執務室であり自室に戻ってきた克人はため息を突きながら椅子に体重を預けて呟く。

 

「流石にあからさますぎたな……」

 

クドウにやり方を一任したのは、悪手であったかもしれないが……それでもその間に色々と調べることは出来た。

 

そして……。

 

「いざとなれば俺が膝を折ってでも懇願する必要がありそうだな」

 

克人にとって一番の不利益とは、司波達也を失うことだからだ。

あの日以来、何度も後悔することになる事柄。

後輩の決戦について行けなかった日のことを。

 

自分がいたからと何かが変えられたかと問われれば分からない。それでも、もう嫌なのだ。

 

「エミヤシロウ……君は俺たちの輝きを救ってくれるか?」

 

すがる思いを持たざるを得ないのは、仕方ないのだ。

 

あの日以来、無力な自分を自覚しているのだから……。

 

 

「というわけで、衛宮君にはこんどの金沢での対抗戦……ウチの部のマネージャーとして帯同してほしいんだ」

「断固辞退します。それでは御機嫌よう。東京の厨房から応援しています」

 

冗談よしお君だぜという気分でスタコラサッサとアーツ部から出ていくことにしたシロウだが……。

 

「ちょっと待って衛宮君、たしかに不躾な要望ではあると分かっているけれど、それでも―――イエスかハイで答えやがれぇエエエ!!!」

 

目の前に立ちふさがったブラウンロングの女子がアーツ部女子部長の北畑千佳であると分かっていたのでその『カツラ』を取ることで人格の変遷をさせたのだが、あからさまな変化に本当に二重人格かと感心をする。

 

「多くを語らなくてもいいでしょうが、あえて1つずつ黒田官兵衛のように理由をいいましょうか?」

 

「そんなことはせんでもいい!!―――んだけど、どうせだから教えてくれないかしら? 納得するかどうかは別よ?」

 

物体の浮遊と落着をテンポ良くやることで北畑百面相ショーをやることにしながら説明をすることに。

 

「まず1つ。(せん)に千種部長が語られたクラウド・ボール部の場合は『部員数』が少ないことと手空きがいなかったことから『仕方なし』にやっただけです。当たり前ですがアーツ部は男女ともにメンバーが十分に揃っている。試合に出れないメンバーからスカウティングする人間はいくらでもいるじゃないですか」

 

「そりゃそうだが……」

 

引き合いに出した部の事情を忘れていた千種の失態である。

 

「第2にメディカルケアに関しては、別に俺じゃなくても今回はいいはず。なんせ行くのは第三高校。常駐している保険医ぐらいいるはずでしょ?」

 

実際、見せられた『対抗戦』の映像の中には、選手のメディカルチェックをしている白衣を着た医者らしき存在がいる。

 

「野獣の肉体に、天才の頭脳―――そして神業のメスを持つ男が必要な状況になることもそうそうないでしょ」

 

「そんな劇画調の医者がやって来ることも無いか……いや、それでも!」

 

「俺のは素人のテーピングです。専門に任せたほうがいい。部外者がやるよりいいでしょ」

 

「―――指を三本立てているわね。残りの1つは?」

 

2つの理由説明は終わった。最後の1つは……。

 

「遠上がさっきからにらみ続けている。エースのメンタル的によくないでしょ?」

 

結局の所、それが最後の決定打となるのだった―――が納得できていないものがいる。

 

男女の部長だ。

 

「肉体の怪我はどうにでも出来る。けれど魔法の演算領域をケアする術は僕らにはない……」

「その時、起きてほしくないことがあった時のためにもアナタに来てほしかった……打算だらけで、自分本位な考えであることは分かるけど、それでももう二度と……」

 

沈痛な表情をした千種部長とカツラを自分で剥いで語る北畑部長であるが……。

 

 

 

「オレには関係のない話です」

 

例え、どれだけおセンチな事情があろうと、シロウにとってはそれだけなのだった―――。

 

 

 



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第二八話『異位立場』

 

 

 

『『『『東道先生、ありがとうございました』』』』

 

教育実習生の見送りとしては簡素なものだ。まぁ今回のプレ演習みたいなものであり、その裏側には生臭いものが多かったから仕方ないが、学内各所への挨拶もそこそこに帰り支度をしていた理奈であったが、結局……十文字克人の依頼はこなせなかった。

 

それが当て推量でしかない幽き希望でしかない可能性もあるのだが、ともあれそれ以上に―――あからさまにこちらを避けている様子に、少しだけ失望を覚えるのであった。

 

「別にコーハイの1人から邪険にされたからと、別にそんなに落ち込むこともないのだケド」

 

そうは言うが、依頼を完遂出来なかったことは少しだけ彼女の傷となった。

 

あの日から失敗の連続であった。その失敗には彼女のムダなまでのプライドも多分にあったのだが、ともあれ……スーツ姿のアンジェリーナは、校舎の廊下を歩き出した。

 

そしてその道中で、男子生徒の後ろ姿を見た。

廊下を歩く1人の男子。

それは―――。

 

(タツヤ……いやいや違うワ……)

 

だが、長身という共通点だけで、その髪は赤毛。間違いなく……。

 

衛宮士郎―――その背後を見つけた。見つけたのだ。

見つけたのだが………見つけた―――。

 

(は、話しかける話題がないワ)

 

今日までの教育実習期間の間に、衛宮士郎と関わりを持ってこなかった理奈がいかにもな体で話しかけるのも間尺が悪い。

 

その背中が物語る……。

 

俺を探るな。

俺に関わるな。

俺は全てを拒む。

しかし、俺は何も奪わない。

だから俺から何も奪おうと思うな。

 

無言であっても廊下を震わす靴の音がそれを示しているように見えた理奈……アンジェリーナ・クドウ・シールズの完敗であった。

 

そしてその姿に、何故か……ノーブル・ファンタズムのファンタズム01……あの特級のメイガスアサシンを思い起こす。

 

しかし、背丈は全然違いすぎて、勘違いだろうと思いなおそうとしても……どうしても、そのイメージは消えないのだった……夕焼けの中に消えていく衛宮士郎を見送る……。

 

それが血染めの丘に向かう殉教者のように見えたのは間違いではあるまい。

 

 

 

「さて、あんたはまともに口を聞ける類か? このおつむの足りない木端共と違って」

 

「お、お前は、な、なんだ!?」

 

「アンタが想像している通りだよ。マー・トンツー」

 

久々のお仕事として請け負ったのは、金沢市内に潜伏しているとかいう大亜の工作員の始末であった。

 

依頼者であり接近したのは外務省のアメリカンスクールといういわゆる親米的な外交姿勢で『旨み』を吸っていたりした連中だが。

 

彼ら曰く

北陸地方で『一』の魔法家が『保護』している十三使徒の1人である劉 麗蕾に対して大亜の工作員が動いているというものであった。

 

その連中がどういう『工作』をやったのかは、フー・マンチューというフザけた名前を名乗るBARのバーテンダーであり大亜の工作員から既に『魔眼』で聞き出したのだが……。

 

「さて―――どんな『接触』を果たしたのか教えてもらおうか?」

 

日本に潜伏して北陸にいる工作員全員が、種々様々な刃物で殺されている様子から、『門馬俊一』はもはや自分の運命を悟る。

 

だが……。

 

(ただで殺されてなるものか!!!)

 

親父……先代マー・トンツーからの任務をこのように受け継いだ時から、こんな日が来ることは覚悟していた。

 

いずれ誰かの牙が自分を殺すのだと、だから怯えを押し殺して構える。北陸潜伏の工作員たちは終わりだろう。

 

だからこそ、そばにあった芸術品として登録されている槍を手にとった俊一は一気呵成に攻める。

 

少林槍術の極みを前にしてファンタズム01と呼ばれるメイガスアサシンの剣は、全てを打ち砕く流水のごとき斬撃で終わらせるのだった。

 

「ムラマサを抜かせるとは見事、しかし足りなかった」

 

クンフーがあまりにも足りなかった。そして拳の勝負を挑んでいれば違ったが……そんな考えを打ち消しながら青い粉やビーカーに入っている薬剤を『死体』『証拠』あらゆるものに掛けていき……全ては無かったことになったのだ。

 

 

 

かなり時間は飛んで期末試験を翌週月曜日に控えた6月27日。

 

あれこれあったそうだが、殆どにおいて関わらなかった十文字たち1年の優秀組連中に捕まりそうになるも捕まらずにやり過ごしていきたかったのに……。

 

「俺はここに昼飯を食いに来たんだ。お前達みたいに勉強するために来たんじゃない」

「カツカレー大盛り……」

 

遅めの昼食を取らざるをえなかったのは、遂に対抗戦の期日が迫ってきたのか形振り構わぬ勧誘をしてきた千種・北畑の『センキタカップル』を躱すに躱せなかったからだ。

 

勧誘そのものは断ってきたのだが、自主勉強の場にカレーのスパイシーな匂いなど似合わなすぎる。

 

「そんなこと言わずに、僕たちの勉強で何か気になったことがあれば言ってくれると嬉しいんだけど」

「優秀生たちに俺みたいな劣等生が言えることなどない」

 

唐橘は自分ひとりだけが女子集団に居ることを危惧しているのかも知れないがーーー。

 

「あそこに火狩がいる。自己採点をしている様子だから加えてやれよ」

 

そうして、こんどこそオサラバであるとして端っこの方でカツカレー大盛りを食うことにするのだった。

 

「そうは問屋がおろさないんだよ」

「種馬」

「違う! 火狩だ!! わざと間違えんなよ!!」

「わざとじゃないんだな。これが」

 

カツカレー大盛りを食いながら開いたニュースサイトでは北陸の方の大学生などの集団失踪が報じられていて、さらに言えばその中でも加賀大学の『門馬』とかいう大学生が中心に語られていた。

 

門馬(かどば)火狩(かがり)が重なってついうっかり」

「あーそうか―――って納得出来るかっ! そこに種馬の要素がどこにあるんだっ!?」

「どうでもいいが、ここは俺のようなぼっちの劣等生が気兼ねなく食事を楽しめるベストプレイスなんだ。お前にそこを脅かす権利なんてあるのかよ? ハーレム自慢だったらもっと目立つところでやれよ」

 

わざわざうざ絡みしてくる火狩及びその後ろにいる連中に言い含めながら、去れと言う。

 

結局の所、1人を除いて目立つ所に行ったのだ。

 

「お前もいけよ。勉強会なんだろ。勉強していろ」

「少し話したいと思って、ダメ?」

「ダメだ。俺が提供できる話なんてない」

 

話し屋でもなければ噂売りでもない士郎に何を求めているんだろう。この女子は……。

 

「なぁ十文字、頼むから俺のことは放っておいてくれ。俺はキミらみたいに魔法師として高いランクに行けないし、そうしたいとも思っていない。ついでに言えば部活も入っていないし、明日の銭を求めて最低限の勉強しつつ、アルバイトしかしていないんだ。俺とお前は違うんだよ」

 

真摯な口ぶりで、そう言って十文字を説得する。

 

「……なんでそんなに私だけでなく皆のことを突き放すの?」

 

しかし、説得の効果はそこまで無かったようだ。それでも言葉を重ねる。

 

「ひとりで生きていかなきゃならないからだ。何かを犠牲にしなければ生きていけない人間こそが俺だからだよ」

 

住む世界が違う。生きてきた環境が違う。

そして、シロウはそんな自分のことを理解している。

 

「お前たちの中にいると、自分がどれだけ惨めなのかを嫌でも認識させられる。だからお前たちを遠ざけたいんだよ」

 

「……私は―――」

 

「ごちそうさまでした。はやく行けよ。貴重な勉強時間をムダにするなよ。優等生には優等生の、劣等生には劣等生の世界があるんだからさ」

 

落ち込む十文字を慰める言葉など無い。

カツカレーの大盛りを食べたあとには、食堂に用事など無いのだから……。

 

だというのに。そこに優等生集団から抜けてきた人間が突っかかる。

 

「ちょっと待ってくれ衛宮君……。少し聞いていたけど、随分と突き放した言い方をするね」

 

「お前が突っかかるようなことか唐橘?」

 

まぁ女子にカッコいいところを見せるチャンスではあったろう。

 

「ああ、僕はこれでも十文字さんに色々と魔法を教えられたり普通教科を教えたりしている。それぐらい恩義を感じている―――だから、キミの露悪的な言いようには少しばかり思うところはある」

 

「お前が十文字と男女付き合いしていれば別に問題ないと思う。慰めるチャンスだな」

 

「そうだね。だから―――衛宮士郎!! 君に魔法戦勝負を挑ませてもらう!!!」

 

「唐橘くん!?」「ヤク!?」

 

優等生集団の中から、唐橘役を心配するような声が飛んでくる。トレーを一度だけ机に置きながら唐橘に言っておく。

 

「火狩とキモい呼び合いしているお前だ。入学してから俺が火狩や十文字、遠上とどんな戦いをしてきたかぐらいは知っているはずだな?

断言しておくぞ。どんな勝負形式であれど、完膚なきまでに俺が勝つ」

 

「―――」

 

その勢いある言葉と少し前に聞いた『事実』(戦績)に少しだけ呑まれたのか一歩退く唐橘だが、それでも一歩を踏み出して言う。

 

「それでも! 君にどんな形であれ勝負することで、僕は十文字さんと心を通じ合わせる機会を得られる!! 君に挑まなければ僕は―――」

 

「別に強い弱いで、好意の有無が決まるわけじゃないだろ。だが……別にいいぞ。勝負してやるよ」

 

「なんで……?」

 

「一度でも鼻っ柱を叩き折られなきゃ分からんというのならば、そうするだけだ」

 

牙を剥くという表現が似合うもので言ってのけるシロウにちょっとばかり『後悔』の念が湧き上がりつつある唐橘役であった。

 

「なんたる喧嘩屋な理屈……」

 

「そしてこれは再度到来した十文字との決別のチャンスでもある」

 

「なんたる別れさせ屋の理屈……」

 

小陽と十文字から何か言われているが、構わずにとりあえず―――。

 

「というわけで副会長。デュエルスタンバイをオナシャス!」

 

ここまでのやり取りを周囲で伺っていた十文字副会長に丸投げすることでバトルの準備とするのだった。

 

「完全に巻き込まれた!! ええと、唐橘君―――俺もはっきり言うぞ。どんなルールであっても、君では衛宮士郎には勝てない。期末試験が近いというのに、下手をすれば魔法能力に支障が出る」

 

大会が近いというのに体力テストを強行されて疲労困憊で向かうようなものだ。

 

「けれど、僕は―――」

 

「少々、傍から見ていたがアリサ。君は勉強をしにここ(食堂)に来たのならば勉強するのが普通だ。そして衛宮君はカツカレー大盛りを食べに来たのだからそれの邪魔をしないように」

 

発端をよく見てらっしゃると思いつつ、こりゃ喧嘩は無理だなと結論づけた。

 

結局の所、その日に関しては、十文字副会長の沙汰もあり尻切れトンボな結末となったのだが―――。

 

7月4日 土曜日……。

 

6月29日に始まった学期末試験を終えて一日明け。本当であれば試験休みであった日に……。

 

強烈なイベントが告知される。

 

唐橘役・火狩浄鋳・千種正茂

VS

衛宮士郎

 

という明らかに『チカラの差』がありすぎる魔法模擬戦が土曜の昼に始まろうとしていた。

 

 



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第二九話『一高地獄楽・壱』

 

 

 

「なんでこんな私闘じみた行為を了承するんですか!?」

「色々と事情はあります」

 

三矢会長のにべもない発言に、アリサはとことんまで噛み付くのだった。

 

「その事情は話してくれないんですか?」

 

「……期末テスト前にあの4人は何かと諍いがあったそうだね。副会長が延期していたことを今、解消してあげたいんだ」

 

矢車会計の説明に、そんな理由で!? と言いそうになったが、この学校にはそういう『通したい意地は魔法で通せ』というルールがあったことを思い出して、それでシロウの魔法の一つであるメデューサの鎖を知ったのだ。

 

だからそれを口にすることは出来なかった。

 

「それと確認だ」

「確認?」

 

神妙な面持ちである矢車会計は何かこの戦いに期するところがあるようだ。

 

それに関しては説明してくれるらしく、口を開く。

 

「野蛮な私闘であれば彼は全力で戦う。今回の期末テストで彼が上位の成績を取っていれば、何も問題はなかったんだがな……よって『本当の実力』を見たくなったんだ」

 

「衛宮君には九校戦の競技種目で戦ってほしいんですよ」

 

「―――」

 

天佑というほどではないが、それは素晴らしい考えだと思えたアリサは諸手をあげて歓迎するということを抑えつつ、詳しい事情を聞くことに。

 

「冷たい裏側の計算を申せば、君の弟 十文字竜樹くん相手に一年の俊英たる火狩では少々相性が悪いのではないかということもある」

 

「予定通り当たるかどうか、そもそも対決することがあるかはわかりませんが、仮に敵対した場合、火狩君ではどうしても不安が残るんです」

 

恐らく十文字竜樹 は『モノリス・コード新人戦』に出てくる。その場合、一高と三高という有力校どうしが予選で当たるか、その後の決勝リーグでの戦いで当たった場合……。

 

勝利を考えた時に、そういった計算が働いたのだ。

 

「けれど試験を頑張って上位の成績を修めてきた人間を置いて、そういう風な人事ってどうなんですか?」

 

「まぁそれは分かるがね。実技試験の向き不向きで選ばれないこともあるからね」

 

結局の所、競技適正と魔法適正とがマッチングしてなければ、上位成績者であっても選ばれることは無いのだ。

 

遠上茉莉花の言葉にそう返しつつも、この戦いで何かが見えるのではないかという期待がある。

 

ただ……その一方で……。

 

「正直な所を申せば、そんな勝利至上主義な考えじゃなくてもいいと思うんだよな。そりゃ試合で大会なんだから勝てば気持ちいいんだろうけど」

 

お祭りでしかないならば、別に一芸特化の選手が心のままに戦うのもいいと思うのだ。

この競技ならば、こんなユニークな戦いが出来る。俺は、私は、こんなことが出来る。ということを披露する場であってもいいはず。

 

しかし、現実には学校の威信という何とも『ふわっと』したものを胸に戦うのだ。

 

そんな風に所感を会計と会長は幼なじみどうしで共有しながらも、戦いは階下の闘技場で始まろうとしていた。

 

 

 

Interlude……。

 

「よし、細かな作戦は特に無いな。俄仕込みの拙い連携なんて意味がない。だから、これでいいんだ」

 

「は、はい! よろしくお願いします! 千種先輩!!」

 

「唐橘くん……魔法医を目指していると聞いたが、そのような体つきで大丈夫なのかね?」

 

「え、ダメなんですか?」

 

「野獣の肉体に天才の頭脳、神業のメスを持ってこそスーパードクターKを名乗れると思うのでね」

 

戯言だと言う千種先輩に『何なんだこのヒトは?』と思いつつも緊張が少しだけ解れたのを感じる。

 

しかし、その後には千種先輩は衛宮士郎だけを見ている。衛宮士郎だけを見据えている。

 

「俺たちの役目は千種先輩をサポートすることだ。あの人が接近戦(クロスファイト)を演じる以上、それを邪魔しないことが肝要だぜヤク」

 

「うん。こういう荒事も魔法師の役目だと理解はしていたから、大丈夫」

 

大丈夫でないことは千種も、肩を叩いて気をつけしている火狩も分かっている。だが、1対1で相対しあっていたらばこの少年がどうなっていたか分かったものではない。

 

よって―――。

 

こういう形式の戦いになったのだ。離れたところにいる衛宮士郎はいつもどおりだった。

 

自分たちのように厚いアーマーを着込むこともなく、制服姿のままでこちらに勝つつもりでいる。

 

そのことに唐橘は『いいの?』と聞くも『ヒトによりけり』とだけ答えてから衛宮士郎を見る。

 

準備運動をするように身体を解しているシロウは普通どおりだ。3人もの『優秀な魔法師』を相手にしようというのに何一つ意に介さない態度である。

 

(本当、俺たちを有象無象と思っているんだろうな。けどな俺にだって誇りがあるんだよ)

 

(あの日……君の『絶招』を食らってから技を練ってきたんだ。今回は君の意のままにはさせない)

 

(十文字さん、いやアリサさん見ていて! 僕とジョーイで君の目を覚まさせるよ!!)

 

そんな男三人の決意とは裏腹にシロウの方は―――。

 

(腹減った。今日はオムハヤシライス特盛を食おう)

 

などと気の抜けることを考えるのだった。

 

「ルールの再確認よ。今回の試合は完全フルコンタクト。ただし! 危険性ある魔法を使ったらば、その時点「いいや、裏部さん。意見させてもらう」―――千種君?」

 

「今回に限り、ある程度、魔法の制限は無いようにしよう。もちろんその線引きは君に任せるけど」

 

その言葉にざわつきが起こる。当然だ。

無制限デスマッチにも発展しかねない言葉に誰もが驚く。

 

「僕は魔法マニアでね。君がどんな魔法で戦うのかは確かに見てきたが、体験はしていない。ズルいじゃないか。僕との試合では身体強化だけで他の人間にはいろいろな魔法を見せて圧倒して……」

 

「あんたドMか」

 

悪態を突くように言いながらも、そもそも秘奥を見せるかどうかはシロウ次第なのだ。

しかし、この戦いにおける意味を考えた時に少しだけ考える。

 

(だが、この戦いで俺が目に見えて『おぞましい戦い』を演じ、『陰気な術式』を披露すれば、十文字は火狩か唐橘に靡く! このKKコンビのどっちがあのハーフイワンのハートを射抜くかは知らんが)

 

あとは野となれ山となれである。その生贄としてイケてるお前らは選ばれたのだ!!

 

神々に捧げられし供物。

三人をミノタウロスの皿のごとく感じながら、浦部アキの開始の合図が魔法戦闘の演習場に響く。

 

 

「―――声は静かに(shout out sky)私の影は世界を覆う (shadow a way)

 

魔法を起動させながら向かってくる千種を見ながらもシロウの唱えた呪文。

 

まただ。彼はこの現代魔法全盛の時代にあって『呪文詠唱』というものをしている。

 

詩奈とアリサがそれを耳にした時には、千種の拳を掌でいなす。入学初期のマジックアーツ部の再演―――とはさせまいと千種はその大柄な体躯を活かして体ごと当たろうとする。

 

シロウも一年生としては大きい方だが、それでも千種はそれよりも大きく『分厚い』。接近してくる壁を前にシロウが選んだのは、前進であった。開いた五指で相手を掴み取ろうとしている。

 

その上で相手の持ち込もうとしている意図を崩す。

 

千種は関節技の抑え込みをしようとしたのだが、体重差(ウェイト)を利用してのそれを前に、少し前に対戦して食らった茉莉花は、それさえ決まれば―――という淡い期待を崩された。

 

千種が抑え込もうとするのを見てそれを抑えようと分厚いアーマーの胸郭部分(ブレストプレート)に両手を当てた衛宮を見る。

 

そして数秒後にはその体躯がプレスを掛ける前に千種は―――再び10mはボールでも投げられたかのように勢いよくふっ飛ばされるのだった。

 

『―――なにィいい!!!!????』

 

誰もが驚愕するような結果。そしてそれを行った人間は何かを押し留めたような姿勢のままに立っていたが―――。

 

(……何かを『回転』させた?)

 

一見すれば平手をまっすぐ見せているように見えて、少しだけ移動している。高低差がある手の位置に気付いたアリサだったが、その態勢を崩して火狩に突っかかる。

 

観客(ギャラリー)と同じく驚愕呆然としていた火狩だったが、ようやく気付いて―――。

 

「来るなっ! 来るなっ!! 来るなぁっ!!」

 

正直、情けない声を上げながら魔法の連射。

 

火狩浄偉の得意魔法であるヒートフラッシュ。熱を伴う閃光は本来ならば暴徒鎮圧用の威力で制限されているはずだが、その威力はそれを越えた電磁波の熱を持っており―――皮膚に当たれば膨張破裂をさせることも可能となるはずだ。

 

そう……当たりさえすればだったのだが。

 

近づいてくる衛宮。遠ざかる火狩。

 

しかしその間にも、「なにか」が衛宮の周囲に発生する。

 

「蝶!? いや―――鳥か?」

 

黒色の塊が徐々に輪郭を成していくにつれてそれがどんな類型であるかが理解できる。

 

蒼黒の小鳥が何羽も出てくる。その小鳥には嘴もなく目も顔もない。ただ3つの丸い円が虚のごとく腹にまで等間隔に並んでいた。

 

「くすくすごーごーくうくうおなかをならせならせ」

 

それが呪文なのか何なのか……だがどことなく悲しい文句のようなそれを聞いた虚ろの鳥は火狩に殺到する。

 

「知ってっかー火狩?」

 

戦闘の最中にあまりにナメた問いかけ。それに応えることもせずに、出来ずに、防御術式を展開する火狩だったが。

 

「鳥ってのは恐竜の『進化した姿』であってな。その大半が肉食の類なんだよ」

 

正確には雑食ではあるが、草だけを食む鳥というのが珍しいのだから……つまり。

 

火狩 浄偉に殺到する鳥、鳥、鳥鶏酉鳥酉鶏トリトリトリトリトリトリ―――。

 

レトロ映画であり同じ題の小説を原作としたものを思い浮かべた火狩だったが啄むべき嘴も無いというのにその体当たりはとんでもない威力だった。

 

それよりも、その鳥と呼んでいいかどうか分からぬ不気味なフォルムにびびったのもあるが、防御術式を砕きながら殺到した鳥を前に火狩もoverダメージとなるのだった。

 

悲鳴を上げる間もなく鳥の群れが巨大な鳥を構築するようなイメージを見ながら鳥葬されるように突撃を食らいまくって昏倒するしかなかった。

 

「ジョ、ジョーイ……」

 

ここまで圧倒的なのか。

ここまで不可思議なのか。

ここまでヒトに恐怖を与えるものなのか。

 

魔法戦闘が、こんなものだとは思っていなかった唐橘役は衛宮士郎に怯える。

 

一高に入学して以来、魔法というものを知ってきたつもりだった。

十文字に色んな魔法を教えてもらってきたつもりだった。

魔法戦闘に関しては、九校戦の映像―――特にモノリス・コードも見てきた。魔法剣術部、マーシャル・マジックアーツ部のものも見てきた。

 

だというのに……。

 

「なんなんだ君は……!?」

 

それとは違う、異質すぎる戦いと術を前にしたときに、全ては崩れ去る。

 

唐橘の怯えを含んだ言葉を前にしても、笑みを浮かべながらシロウは答える。

 

「―――世界のはぐれものである『魔法使い』(トム・リドル)が他人にやすやすと秘密を教えると思うかよ? お前のスケ()と一緒にするんじゃない」

 

そのあまりにあまりなヤンキーな言動にキレた唐橘がCADを操ることで魔法を通じさせようとする。

 

その速度、組み立て、投射する位置。

正しく一級である。

 

第一世代である唐橘役が、こんにちに至るまでどれだけ努力して練磨してきたかが分かるものだった。

 

だが、惜しいかな。

確かに彼はそれらの精緻な組み立てでは正しく優秀生であったが……。

 

事象干渉力……単純なチカラとウェイトの差が如実に出るのだった。そして、こと此処に至るまでにシロウの『中身』は完全に展開していたのであった。

 

そして、唐橘が攻撃している間、不動であったが―――カウンターは食らわせていた。

 

「がっああああ!! っっううう!!!」

「ヤ、ヤク……」

 

何とか立ち上がった火狩とは反対に次に崩れ落ちるのは唐橘であった。

 

腕をダランと落として、膝立ちになる唐橘……何が起こったかはわからない。だが、崩れ去るアーマーの腕部分。腐り落ちたかのように崩れたそれで知れる。

 

そこには……焼け爛れたかのように真っ赤になって腫れ上がっている唐橘の腕があったのだ。

 

痛みを堪えきれないのか、涙をマットに流しているのが、(2階席)からでも分かる。

 

「な、なんだっていうのよ!? 衛宮士郎は何をやったのよ!?」

 

五十里の混乱は当然だ。シロウは何もしていない。しかし、シロウに干渉をしようとした瞬間、何かのカウンターが決まっていたのだ。

 

そして『異能の眼』を持っている連中などある種のハイセンスフィーリングを感じ取れる連中は、それを見た。

 

(ヘビ! 白蛇に紫蛇とか……多くの色彩の鱗を持ったものが見えた!!)

 

何なんだろう? 彼のチカラは―――。

 

結構な大怪我を負った火狩や唐橘への心配や痛ましさよりも、シロウへと関心が向いてしまう自分が変だと思う一方で、シロウが気付いていないことが起ころうとしていた。

 

それはシロウの背後に迫ろうとしている巨人の姿だ。

 

怒りなのか復讐心なのかは分からないが、遂に立ち上がった千種の反撃が始まろうとしていた―――。

 

 



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第三十話『一高地獄楽・弐』

 

 

 

なんたる男だ。食らった瞬間には屈辱でハラワタが煮え返るような思いであり、事実、食らった一撃は千種の鍛え上げた筋肉を素通りして内腑にまで浸透する攻撃だった。

 

つまり、お腹がスゴく痛いのだ。

 

たった一撃。またもや一撃で勝負を着けられたくない。そもそも、あれが『技』なのか『術』なのかすら理解できていない。

 

だが食らった衝撃は重く深いものだ。

 

胃酸が逆流するような口中の酸いのを無理やり飲み下してから起き上がって一年2人を圧倒しようとする衛宮士郎に接近する。

 

遠吠えは要らない。静かに『背後』に近づき、筋肉の限りで締め上げる。

 

(こんなの卑劣の極みだ)

 

そう言えば彼と戦った最初は、自分が後ろから殴りかかったことが発端だった。

 

苦いモノを思い出しつつも、衛宮士郎を筋肉の鎧でロックせんとしたのだが……。

 

(鉄山靠!!)

 

八極拳の達人にとっては、半歩ほどの隙間さえあれば震脚と身体の捻りを持って相手を打ちのめせる。

 

迂闊。火狩との戦いを見ていたはずなのに、それを忘れていた千種の失態だ。

 

接近しようとする千種に対してカウンターでのそれが当たろうとしていた……瞬間。

 

「―――!!!」

 

その鉄山靠の被害者たる火狩が衛宮士郎の足元に移動魔法を掛けた。

 

彼に対して現代魔法を仕掛けることがカウンターになるのならば、相手の身体を崩すことを意図すればいいだけだった。

 

敷き詰められた耐衝撃のマットがゴワつくように動いた瞬間、士郎の套路に少しの淀みが発生。

 

そして鉄山靠のクンフーは崩れた。

 

その一瞬を狙ってシロウを羽交い締めにせんとする。しかし、その瞬間の判断で千種の巻き込む腕の間に己の両腕を挟み込むシロウ。

 

空手で言うところの三戦(サンチン)のような防御態勢を取ったシロウ。引き寄せた圧で拘束した風に見えて……。

 

その手がちょうど千種の腕を掴む位置にある。抜け出すか、攻撃してくるか。瞬間の判断が分かれる。

 

(―――ならば!!)

 

不味いと感じた後には千種は跳躍の魔法を使用。

 

天井高く衛宮士郎ごと跳ぶ。そしてパイルドライバーの要領で衛宮士郎を叩きつけることを意図する。

その急激な上下運動の影響なのか、千種に先程の張り手の痛みがぶり返して痛苦が襲いかかる。

 

それでも物理法則と運動技術の全てを尽くしたプロレスアーツが決まった。

 

もうもうと立ち込める煙。

 

「い、いくらなんでもやりすぎなんじゃないかな?」

 

衝撃の程は、離れた場にいた自分たちにも分かり、当たりどころ次第では絶命するのではないかというものであった。

 

その仙石日和の疑問に誰もが何も言えない。

 

しかし、そのマットに倒れ込む衛宮士郎を見た瞬間、裏部アキが声を上げようとした瞬間、その造形が崩れさった。まるで蟠る泥のように不定形のヒトガタから変化してサイオンよりも濃いエネルギーに変わる。

 

『『『影人形!?』』』

 

彼が自己申告していた通りならば、そういう名称の『ダミー』であり、攻撃回避の術。

 

「いつの間にあんなものを展開していたっての!?」

 

「千種先輩が痛みで顔を顰めた時。パイルドライバーの落下軌道の際にそれを以てすり抜けたんだと思う……」

 

どういう術理なのかはまだ分からないが、それでもアリサが『眼』で見た限りでは、そこから『本物』の衛宮士郎は千種の拘束からすり抜けていたのだ。

 

「―――必ず殺す技と書いて『必殺技』。しかし、それを返す術はいくらでもある」

 

声は千種の後ろから響いていた。そこには五体満足で特に何事も無い様子で佇んでいるは衛宮士郎。

 

「まぁその死力に免じてお見せしましょう。俺の―――」

 

言葉と同時に黒い布きれのようなものが揺蕩うように、されどある程度の張力を以てシロウの背後に幾つも数え切れないぐらいに現れる。

 

それらはまるで彼を守護するように桜色の色彩と紫紺色の色彩を添えて現れる。

 

「―――『1つ』の上限を」

 

宣言と同時に布は、意思でもあるかのように三人に襲いかかる。不可解すぎる事態だが、とりあえず防御・迎撃・回避……

 

あらゆる種類の魔法を以て抵抗を試みるも、それは不可能になる。

 

(魔法式だけじゃない! 起動式まで砕かれていく!!)

(おまけに布が空間を圧していくごとに術が使えなくなる!!)

(なんなんだ……この『魔法』は!?)

 

三人の優秀な魔法師のタマゴが何の抵抗もできずに巨大な力に流されていく。それを発生させているのは、衛宮士郎という魔法科高校の劣等生!

 

「カケラのイチの秘奥開帳 神技再現神格装填(イグニッション) 其は サンサーラ・ナーガ(輪廻をめぐる永遠者)!!」

 

言葉を受けて布が『蛇』……それも巨大な大蛇になっていき、強力な魔法式に3人を囚えていく。

 

魔法式の展開と術の全てに抗うことが出来ず、巨大な球体が生まれ、それが割れる。

 

幻想的な琥珀色の球体から何かが生まれいづるかのように……

 

そして全てが終わった後には……『五体満足』でマットに倒れて気絶している1年2人と3年1人が存在している。

 

何が起こったかは詳細にはわからない。だが、それでもシロウは……『勝利』を果たしたのだった。

 

それは『何もかも』を『無かったこと』にしてしまう勝利であった。

 

 

「外傷の類は殆ど無かったわ。というかキッチリ全てを治したとでも言えばいいのかしら……養護教諭の話によればそういうことらしいけど」

 

裏部風紀委員長の戸惑い気味の言葉に答えるものはいない。答えられるものはいるのだが、沈黙をしている。薄い笑みを浮かべながら椅子に座っているだけだ。

 

「今回、お前は三人と順番に戦うのではなく、三人を同時に相手取ることを了承していた。それはこの展開を企図していたからか?」

 

「面倒だからですよ。いちいち一人ひとりと仲良く仲悪く戦ってられっか」

 

碓氷の言葉に悪態を突くような言い方。だが、その言葉だけでこの男が彼らを歯牙にかけないことは理解できた。

 

「んで、もう昼食行っていいですか?」

 

『『『―――』』』

 

その言葉に部活連の執行部室に集まった面子は戦慄する。

 

「……衛宮君、正直に言おう……僕たちは君が怖い……アレだけの超抜能力を持ちながら目立たない、目立とうとしない君がなにかの知能犯ではないかと思うほどだ……」

 

「そうですか。では怖がっていてください」

 

あらゆるこちらからの理解や納得を拒む態度に副会長はキレた。

 

「だから何でそこで自分の能力を曝け出して! 誤解を解こうと思わないんだ!?」

 

「恐れてくれるならば、俺は平穏な生活ができる! 煩わしい思いをしない!! 受け継いできたチカラが他の理解の及ばないものならば、俺は―――――」

 

誰にも関わらず生きていける。

 

演劇役者のように感極まったように言う。

 

副会長の激昂の言葉など何の意味もない。

 

「それでは」

「本気で何の説明もしないで昼食に行くつもりか!?」

「引き止める理由も根拠もないでしょ?」

 

その通りであった。勝利の笑みを浮かべて部屋から出ていこうとする衛宮士郎を止めることなど出来なかったのだ。

 

―――そして食堂にてオムハヤシライス特盛を食うことにした。

 

おなかがぺこちゃんだったんだ。なら昼食を食わなくてはならない。

 

ウォぉおん。お腹にエネルギーが溜まっていく。

 

(後でモルガンにも作ってあげよう)

 

これ以上に美味しいものを構築できる。自分が作ったものには妥協しないが、他人か機械が作ったものは特に文句を言わずに食う。

 

そういうクセがシロウにはあったのだ。

 

そんなわけで……。

 

オムハヤシライスを掻き込むようにしながらも米粒一つに至るまで己の血肉に変えて、皿をカラにしたシロウは同じく昼食を注文している金髪の後ろ姿と、いつもの一団を一度だけ見ながらもトレー返却口に赴き、おさらばするのだった。

 

(副会長の言が正しければ怖がられているのだろうさ……)

 

怖い人間はあまり人が多い所にいないほうがいいのだ。

そのぐらいは弁えているシロウは、食堂からいなくなったのだが……。

 

「つかまえた」

「――――――」

 

食堂から出た瞬間に、金髪の少女がシロウの腕を捕らえて絡めてくるのだった。

 

なんでっ!?

 

と言う疑問に答えを出すべく締め切りではない食堂側の様子を見ると、食堂側にいた金髪はその髪に手を掛けて―――金髪のウィッグを取るのだった。

 

上背と体型が似ている五十里にそれを被せて変装していたらしい。

 

ふざけんなという意味で親指を下にしてバッドサインを出すと、あちらも笑顔で同じようにしてきやがった。別に鋼のメンタルには傷一つないわけだが……それはともかくとして。

 

「あのさ十文字……君は火狩と唐橘の看病してるべきだと思うよ。一年のマドンナ、クイーンビーがやるべきことはそれだよ」

 

特に唐橘の決意の九割は十文字で占められてるのだから。ここで彼を慰めないと彼はとんでもないピエロにしかならない。

 

「何もないじゃない! あの二人ならば養護教諭のメディカルチェックを受けたあとには普通に男二人で反省会とかしてるわよ!!」

 

千種先輩はどうやらハブられたようだ。

 

「というかそんな尻軽女(ビッチ)なこと私したくない! 松崎先輩にも火狩くんには興味ないって言ったのに変節と思われる!」

 

唐橘のついでと見られればいいんじゃないかなと思いつつも、メデューサ・バインドを教えた影響なのか腕にしがみつかれると、完全に離せない。

 

「分かった。分かったからまず離れてくれ。目立ちたくない……聞きたいことがあるんだろ?」

 

ゆえに十文字とは言葉で説得しなければいけないのだ。説得という呪文が通じる確率は約四割。

 

「うん。それもあるけど体は大丈夫かな?って」

 

「クリーンヒットを食らっていないぞ」

 

「けど……あの術って色々とあるんじゃないかな? それと跳躍した千種先輩の羽交い締めから逃れた時も」

 

君みたいな失態は冒していないという意味で足のかかととつま先で床を何度か叩く。

 

「話したいならば人目につかないところがいい。まぁ副会長なり強面の当主どのに言って(告げ口)もいいが」

 

「言わないわよ。アナタにとって最大級の秘密だと私にも理解できている……」

 

それでも聞こうとする君はなんなのさ、と言いたいが……とりあえずなんやかんやと、この学校で一番関わりを持ってきた十文字にだけは少しばかりスジを通すべきかと思って―――。

 

腕に絡まれながら、校舎外へと赴くのだった。

 

 

「蛇、布、鳥らしき生物、カウンター、影人形、八極拳、布、蛇、琥珀色の球体……」

 

天国へ行く方法の鍵となるグリーンベイビーに興味を惹かせる単語の羅列のように、五十里 明はそれを繰り返して、最後には……。

 

「なんもかんもわからんわー!!!」

 

理知的な彼女にしてはあり得ざる絶叫を以て衛宮士郎への感想を述べる。

解析不能(カテゴリーエラー)

 

そう呼べるものであったのだから……。

 

「前から理解していましたけど衛宮君が戦う際にはアシスタンツの類を使わないですよね」

 

「あの頃はレトロな男とかそう思っていたけど、本質を見誤っているのかな……」

 

小陽の言葉に、男子とはいえ同部の部長がやられた事実から慎重に情報を探る茉莉花。

 

古式魔法の全容を、実は現代魔法師は掴みきれていない。というより現在の百家などの中には古式魔法師から転向したものが多いが、それでもその深淵の中の深淵、奥義中の奥義を教えられる・伝えられる前に、現代魔法に擦り寄った家なのだ。

 

「なんにせよ『蛇』というのが、シロウ君の魔法の……シンボルと言えるんじゃないかしら?」

 

シンボル……日和のなんとも現代魔法師の具体的とは真逆の象徴的な言葉に何となく考えるに、それは的を射ていた。

 

茉莉花が戦った時にも『蛇咬拳』とでもいうべき拳の奥義を見せつけ、アリサに教えた鎖の魔法にも『メドゥーサ』という蛇の魔獣が記されているのだから……今更ながら符丁は示されていた。

 

「じゃああの『鳥っぽい生き物』は何ですかね?」

 

「そこも謎よね。今頃アリサは衛宮士郎からあれこれ聞いているんでしょうね。あいつ、アリサには妙に甘いから」

 

ジュースを吸いながら五十里が考えるに、アリサのシロウに対する執着が彼を根負けさせているのは事実だった。

 

そこから自分たちに伝えられるかと言えば、そうではないことも理解しているのだが…。

 

「そんなことありますかね?」

「小陽、嫉妬?」

「そんなところです」

 

嫌な人間関係が出来ているのを自覚しつつも、あの男子の最大級に問題な点は……。

 

(何一つ手札の『詳細』を晒すことなく、圧倒的なチカラを示す点にある)

 

あの伝説の司波達也とは真逆すぎる。

兄から聞いた司波達也の人物像や伝説とは似て非なるもの―――。

 

唯一の共通点は、他を寄せ付けぬ強烈な『地力』を持っているという点だ。

 

「で、ボンクラボーイズを足して少しばかり推察をしたいんだけどいいかな?」

 

いつの間にか自分たちのそばにやってきた男子二人。二〇分前には、劣等生にやられた彼らを加えて衛宮士郎評をするのだった

 

「それはいいんだけど……十文字さんは?」

 

「私達を策略として使って、愛しのヤンキーマギクスと二人っきりになってるわよ」

 

五十里の放った言葉に殊更落ち込むのは唐橘役である。それだけで彼が今回の戦いで、何を意図していたのかが分かってしまう。

 

やれやれと思いつつも……案外、ああいう抑圧的で禁欲的に生きている女子は行儀や礼儀を重んじる『正しい人間』よりも色んな意味でスレスレだが強く引っ張ってくれる男子に何かを感じるのかもしれない。

 

案外、伝え聞くところの彼女の腹違いの弟がそういうタイプだったらば『コロッ』と振れていたのではないかと……他人の家の事情ながら少しばかり危機感を持つ五十里 明なのであった。

 

 

 

 



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第三一話『一高地獄楽・参』

 

 

子供の頃だ。

朝目覚めると、身体のどこかしらの骨が折れていた。

既に死んでいた両親に代わり育ててくれていた伯母……養母が、少年の影の中に潜む『魔』の姿を見定めた。

 

しばらくの間はどうにもならなかった。

ひどい時には両手両足が折れていることもあった。少年の身体は傷んでく。

やがて満足に歩くこともできなくなったことで。

 

専門家……養母の恩師という男が現れた。

 

「その頃には俺は満足に歩くこともできなかった。しかし教師ウぇ……ロード・エルメロイII世の指示もあって『魔』の声を聞くようになったのはその時だ。その声に従って俺は動くことが出来た。内側から発する声に従って初めて、折れた手足を動かすことができた」

 

言葉の前半を言いよどんだが、その後には突如、シロウが急激な動きを見せた。

 

発せられるサイオンとは違う……あえて言えば「プシオン」の強烈なものが、シロウの身体をすべて覆う。

 

その上で制服の上を取ると、それを後ろに投げ捨てる。顕わになった上半身(インナーありだが)は、顔から腹にいたるまでも埋め尽くすあらゆる『霊基』というアリサが知らないものに覆われていた。

 

「生来の異常霊基(overcount)。幼い身にある霊基(れいき)―――信じられないかもしれないが、洋の東西を問わぬ『神の見えざる手』が現実の己の骨を握りつぶすほどの干渉力を発揮する悪夢の類だよ」

 

その言葉に、まるで自分と同じだとアリサは思った。いや、比べるなど烏滸がましい。

彼は自分が魔法を知らぬ頃から生命の危機に立ち向かって、生きるために、あそこまで磨き抜かれてきたのだ。

 

「師は俺に、その力の使い方を教えてくれた。まだ身体が出来ていない内は、最も無駄のない動きをしなければ骨が耐えられない。最も小さい動きでしか動いてはならない。自然と……俺の身体は、拳の奥義を、魔道の粋を吸収していくことになった」

 

そしてまた茉莉花とも違う。

茉莉花がグラップリングというものを興味からやったのとは違い、彼にとっては生きることが、自然と修行になっていたのだ。

箸で米を食べることすら彼には身体の強化になったのである。

 

「拳術と魔道は修練だ。俺には生きることそのものが拳と魔──『魔拳』の修練だった──そうしなければ立っているだけでも足が折れる。腕を差し出すだけで肘が折れる」

 

「それじゃ……火狩君や千種先輩が勝てないのも道理よね……」

 

ようやく紡ぎだしたアリサの言葉に、シロウがにやりとする。

 

「そうだな。どれだけ言おうが、俺の方がアイツらよりも小さな頃から異常な鍛錬(生き方)を積んできた。死にたくないから、生きるためにも、俺の魔道と拳は研ぎ澄まされていった」

 

言いながら、草原に背中を預けて寝転がる。見上げた青空に感じるところを話す。

 

「けど、人間として『正しい』のはアッチだろ。遺伝子操作の是非は別にして。俺のは異常なカミサマのカケラを取り込みすぎたが故の悪食からだしな。元々、俺の母親の使い魔や母親の出自からそういうことになったわけだしな」

 

詳細は語らないが、それでも何となく察するものが彼女なりにあったようだ。

 

「怖がらせて私から離れたい。離れてもらう。とか考えていない?」

 

言いながら同じく十文字アリサもまた草むらに身を投げる。近すぎる彼女の距離に特にドギマギなどはしないが、色々と厄介ではある。

 

「アナタとは比べ物にならないかもしれないけど、私も魔道の修練において命の危険を伴っている。オーバーヒートといういずれ来るかもしれない十文字の魔法師としての命脈絶ちは私の生命をも奪うかもしれない。それを制御するためにも私は魔法を学んでいる」

 

「その為に君は遠上家の養女から十文字家の娘になったんだな。だとしたらば遠上茉莉花の気持ちも汲んでやれよ。十文字家に行かされて、その上―――妙な男に付き纏って遠上からすれば、二重の意味で痛苦だろ」

 

「―――シロウくんにもそういうことってあったの?」

 

「前に言ったろ? 俺の母親は没落した家の再興のために養女という体で胎盤として出されたって。そして、俺の伯母は元々の生家で当主として就きながらも俺の母親を心配していたんだ……まぁ色んな意味で手遅れで気付けなかったことを後悔したそうだが」

 

その言葉でシロウの母親が自分とは比べ物にならないほど出された家での扱いが悪かったのだと気付く。

伯母からその辺りの顛末を聞いていたからこそアリサに対する茉莉花の気持ちを慮っているのだ。

 

しかし―――。

 

「それって私の意思や気持ちは無視なの?アナタが考えてるのはミーナの気持ちだけじゃない」

 

矢を射るような一言とふくれっ面にシロウは少しだけ参る。

 

「……時には、一緒に過ごしてきた家族の心を考えてやれよ。それと軽部家の葬儀の時にちょっと聞いたけど、遠上の兄貴がお前の想い人なんだろ?」

 

()から聞いたかはとりあえず言わない。言えばその相手に十文字アリサの嫌悪が向くからだ。

 

「それはそうだけど……」

 

「お前が誰が好きなのかは一高の全男子の関心事だから、そこで妙に距離が近すぎる俺が勘違いされるのは正直カンベン願うよ」

 

唐橘はどうか分からないけど、シロウはそういうことなのだ。

 

だというのに……。

 

「おい十文字、俺の胸板に手を這わせるな」

「いや、神々のカケラの発現というのは現代魔法師としても興味があるのよ。やっぱりギリシャ神話での女怪メドゥーサもその一つ?」

「そうらしい。俺が蛇使いなのは母の使い魔だか友人の―――だからやめなさいっての!」

 

説明することでこちらの干渉を遮断しようとする十文字の高等テク。しかも片手だけだったのが遂に両手で以てしかも胸を当たりかねない位置にまで、身を乗り出してきた。

 

「ダメ?」

「ダメだ」

 

こんな場末の娼婦……とまでは言わないが、それでも男に対してこんな過剰なスキンシップを臆面もなく出来るタイプじゃなかったはずだ。

 

拒絶すればするほど、接触する機会を得たらばこうもなってくるとは……。

 

(我が夫……)

 

自分にだけ響く念話が激しく怖い。家に帰ったらばどうなるやら……と思っていると十文字も『?』な顔を周りを見渡している。

 

(まさか聞こえているのか?)

 

確かめるのはマズイが、そうしている間に―――。

 

「コラー!!そこの2人!! 白昼堂々!! ナニやってるんだー!!」

 

ちょっと前まで会っていた風紀委員長がやってきたのだった。

 

「分かっていたけど……! なんだ!? 勝利者権利として女の子に慰撫されたかったのか!? こんな風紀を乱す行為許されるかーーー!!」

 

「むぅ……だが裏部。これが男女の正常な付き合いだとすれば、ただの僻みにならんかな? しかも、一方はその風紀委員だぞ」

 

裏部委員長と一緒にいたのは、碓氷会頭であり、そんなフォローとも言い切れんことを言うのだが。

 

「確かに魔法科高校の風紀委員の業務ではないけど、だからと節度を弁えないことを許されるか!?」

 

「だそうだぞ。2人とも」

 

「会頭も言ってるんだから、十文字退いてくれ」

 

「いえ、今回は私がある意味では元凶みたいなものだからシロウ君を慰撫しなければならないんです」

 

「ムダな奉仕精神!!」

「リターンがデカすぎないか!?」

 

十師族の令嬢が、どこの馬の骨かもしれない男に過剰なスキンシップをするという事実に2人が驚いた瞬間。

アリサがシロウの胸板から2人に対して振り向いた瞬間。

シロウは(しり)と上半身の腹筋運動を利用して手でアリサの肩を支えながら起き上がった。

 

一瞬の早業。アリサも普通に立ち上がらせたそれを前にした2人は、やはり驚愕する。まぁ普通の体術ではないことは確かなのだから……。

 

「十文字、お前が聞きたいことは言っただろ。んじゃ―――」

 

「千種!! ここに衛宮と十文字がいたぞ――!!」

 

と立ち去ろうとした一瞬の間に、今度はマーシャルマジックアーツ部の男女部長が襲来する。

 

(何なんだ今日は!? 厄日か!しかも、十文字は再び腕に絡んでいるし)

 

頭が痛くなりそうなことばかりの中でも、現れた両部長は―――。

 

「衛宮士郎くん!! 頼む!! 明日の金沢の第三高校との対抗試合に同道してくれ!! お願いだ!!」

 

「前から仰られてましたけど……いや、本当にダメですって」

 

如何に学生バイトとはいえ日曜日という一番の掻き入れ時に休むなんてことは出来ない。

というか学生バイトとして雇ってくれたからこそ、そんな不義理は出来ないのだ。

 

柔らかい草原(くさっぱら)とはいえ、土の硬さを膝に覚えながら土下座で言ってくる千種に勘弁してくれという想いしか浮かばない。

 

「そこを何とか!!」

「なんとかって言われても―――んん?」

「シロウ君、端末が鳴り響いているよ」

 

言われずとも分かっていたが、それにしてもこんな時間にとは……と思いつつ端末の通知を見ると。

 

ユイからであった。しかも音声ではなくて映像通信もとは……。

 

ともあれ「すみません」と先輩方に言ってから通話状態に入る。

 

「はい、もしもし衛宮です」

『あっシロウくん。ネコさんから急遽の連絡が入ったんだよ。明日から数日間は臨時休業日になったから』

「そりゃまた急な話だな。けどそれが蛍塚店長から直で来ないんだ?」

『それは―――』

 

そしてバイト仲間の美少女たる由比雪子から伝えられるところによると、簡潔に言えば隣近所のテナントでの不祥事が発端だった。

 

飲食店にありがちな保健所の立ち入りではなく、ある種のガス爆発であった。

 

幸いなことに火災で焼失ということこそ無かったが、小規模な爆発の衝撃は大きくてコペンハーゲンもそれなりの被害を被ったそうだ。

 

『更に幸いなことに、まだ従業員も出勤前だったからよかったんだけど、従業員の連絡先が入った電子端末が無人の店内にあったそうで……』

 

その言葉で何となく端末のニュース欄から見るとネコさんの親父である蛍塚オーナーともマスター・ファイアフライ(口ひげが似合うダンディ)が取材に答えている様子が―――。

 

情報の裏は取れた。

 

「それで知っている番号に相互情報共有を促しているのか」

『そういうことだね。とりあえず私の方ではシロウくんにということ』

「んじゃ俺も―――と言っても俺の知っている番号よりもお前の方が多いんだよな」

 

そもそもコペンハーゲンは小さめのトラットリアなわけで、従業員もそこまでいない。オーナー親子合わせても10人程度だ。

 

そういう訳で、日曜日が暇になった。同時にユイから送られてきた日程を確認して、『片付け作業』まで流石に未成年に任せられないということなんだろうというものを察してから……。

 

『それで明日なんだけど私と―――』

「横から失礼するけど、明日シロウくんは私と金沢まで行くことになっていますから、柴田勝家がお市の方を北ノ庄城に連れていったように」

「更に横から失礼するが、彼は我が部のスーパードクターとして帯同することが決定しているのです」

 

ずずいっ!とシロウの左右から飛び出てきたアリサと千種が勝手にシロウの予定を埋めやがった。

 

久々のコペンハーゲンの看板娘とのデートを邪魔してた2人に言い募る前に―――。

 

『そ、そうか。いや申し訳ない……まさかシロウ殿に、そのような関係の人がいたとは』

「ユイ、烈士ちゃんモードが混ざっているよ」

 

もしかして何か配信する前だったのかと思いつつツッコんだのだが……。

 

『それではまたな。今日の配信見てくれれば嬉しいぞ!』

 

少しだけ泣き顔を見せたユイに対するフォローや誤解を解くことも出来ずに切れてしまう端末。

 

溜め息を突いてから後ろにいる人間たちに言葉を吐き出す。

 

「分かりました。ただマネージャーじゃなくて応援役でいいですね。何事もなければ何もしませんよ」

 

「それが一番だからな。ただ重篤なけが人や当たりどころが悪い人間が出たならば頼むよ」

 

千種部長の一礼とその言葉を聞いてから、腕に絡んでいる十文字に向き直る。

 

(なんか否応なしに面倒なことに巻き込まれていく。その起点はコイツだよな……)

 

妙な運命力……とでもいうべきものが、彼女には働いている。

それに引きずられている形なのかもしれない。

 

流れに逆らえば逆らうほど、そちら側に寄せられる結果を認識して―――。

 

「分かったよ。けど、お前の『男避け』として俺が適格かどうかなんて分かんないぞ。どうせあっちにだってお前にコナ掛けたい男子は一杯いるんだから」

 

その中には有力な魔法家の子弟がいるのは当たり前なのだから……。

 

「うん、あの時と同じく頼りにしてる」

 

満面の笑みで言ってくれやがると少々、悪態を突きつつも……。

 

「金沢カレーのレシピでも盗むいい機会だと思っておきますか」

 

結局の所、そんなシロウなりの理由付けで金沢の第三高校での対抗試合。

マーシャル・マジック・アーツ部の応援に行くことになったのである……。

 

その裏で走っている策謀も知らずに……虎口に飛び込むも同然だったのである。

 

 

 



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第三二話『三高魔闘』

 

オンラインでの遠方との会合。それは取りあえずつつがなく終わりそうであった。

一方の相手が、少々憔悴しきっているのも、その一因であったりするのだが…。

 

「……以上です。何か質問はありますか?」

 

『いえ、けれども協力してくれるでしょうか?』

 

「……それは私の方からも話を着けたいと思います。彼が関西古式連盟と関係があるかどうか分かりませんが……古式魔法師から現代魔法師への風当たりは強いですからね」

 

その言葉に対して、『情けない』とか『恨みがましい』という単語が出てこないのは、結局の所あのノーブル・ファンタズムの全てが現代魔法師を上回っていたからだ。

あの組織こそが古式魔法師が現代魔法師を殲滅するために作ったものではないかと思ったほどだ。

 

そして、最後の仕上げとして一番イキっていた司波達也という男を抹殺せしめようとした。

生きているわけでも死んでいるわけでもない。その状態を続けさせることこそが最大の復讐とも言える。

 

「一応、交渉は我々の方でやりますので四葉殿には手控えてもらいますよ」

 

東道理奈ことアンジェリーナ・クドウ・シールズからその手の情報が伝わっていると思っての釘刺しであったのだが目の前の女性は殊勝になりながら口を開く。

 

『ええ……お任せします。腹蔵無く言えば今の家にはそのようなことをするだけの余裕はありませんから』

 

落ち込みながら言うその言葉はウソではあるまい。

演技という可能性もあるのだが、それでも四葉の勢力が落ちているというのは事実だ。

 

(一条はここぞとばかりに司波深雪と息子との縁組を持ちかけているし、何より目の前の人も同じく七草家から……)

 

家の権勢が落ち込むのにかこつけた浅ましい行為とも取れるが、まぁどうなるかはまだ分からぬ。

そして、今は克人にとっての後輩を眠りから覚まさせることが重要なのだから……。

 

四葉真夜とのオンライン会議を終えてから明日は日曜日……衛宮士郎との会談をセッティング出来るだろうかと、彼のアルバイト先を再度確認すると―――。

 

「……隣のテナントでガス爆発?」

 

それがただの事故であれば何とも思わない。しかし、こういう謀略を進めた上でこんなことが起こっていると何かの裏を読んでしまう。

 

四葉だろうか? はたまたこちらの動きを察知したどこかの魔法家だろうか?

 

どうにも克人ではそういう風な事物(こと)の裏側を読むことが出来ない。要するに『お坊ちゃん』なのだ。

 

正道・王道を以て相対することしか出来ない。

 

(俺ももう当主なんだ。政治というものをちゃんと汚くやっていかなければな)

 

脇を固めていかなければならない。そう思いつつ、やむを得ず離れに居るアリサに明日、衛宮士郎くんと会えるようにセッティングしてくれないかと言ったのだが。

 

『明日、シロウくんはアーツ部の金沢対抗戦に同行―――応援として行きますから無理ですよ?』

 

どうにも彼とはすれ違うばかりであった。

そしてアリサ自身も遠上茉莉花の応援として金沢に向かうようだ。

 

気をつけて行ってらっしゃいと言いつつもあちらに竜樹がいることを失念しているのだろうかと思う。

司波達也ならば、自分の妹を守るために全力を尽くすだろうが、自分はあそこまでシスコンではない。

 

アリサに掛けているのは哀れみと同時に兄貴としての責任感である。そして、父親の失態を少しばかり和らげたいのだ。

そんな風に考えた時に前々からの疑問が頭をもたげた。

 

「しかし、竜樹の方が生まれ(生年月日)では遅いということは……親父が最初に付き合っていたのはアリサの母親なのではないだろうか?」

 

克人にとって祖父にあたる鎧が和樹(実父)に用意した慶子(継母)との縁談が、どの段階でのことだったのかということは分かりにくいし、そこまで込み入った話、和樹の恋愛模様などは流石に知ろうとするのは不躾であろう。

 

それを竜樹に突きつけるのは外部の人間がいいのかもしれない。

 

そんな予感を持ちながらも夜は明けていく―――。

 

 

八王子の「第一高校前」駅で個型電車に乗り、そのまま都市間長距離列車『トレーラー』に個型電車ごと乗り込む。

ちょっとした時間差でトレーラー二本に分乗することになったが、一高マーシャル・マジック・アーツ部のメンバーは七月五日正午前、金沢駅で再合流した。なおその中には応援の生徒()人が含まれていた。アリサはその内の一人である。

 

そしてシロウもまたその1人であったが……。

本来ならば『六人』の予定だったことを告げられるのだった。

 

「誘酔先輩がね。まぁ別にいいけど」

 

女子とのデートでも入れたんじゃね。と呟くと。

 

「そういうタイプに見える?」

「ありゃ仕事人間だ。あの胡散臭い笑顔とか副会長と如何にも友人面しているが、本質的には自分以外は信じていないし、周りは全て利用すべきものだとするタイプだよ」

 

企業なんかでよくいる『したり顔』で『ご意見番』を気取る『役員』とかがそういうタイプである。

遠上からカードを一枚取ってペアを中央の机に放る。

 

「誰もがプロジェクトに対して前向きである中、監督官庁の思惑や何か冷水浴びせるようなことを言ってベンチャーやチャレンジに対してストップを掛ける……他社のスパイなんかによくいるタイプだわな」

 

「はー、アンタの誘酔先輩に対する評価は随分と辛辣だなー」

 

「実際、五十里から聞いたが火狩と俺が魔法戦を演じる切っ掛けとなったのは、あのヒトの混ぜっ返すような一言が原因らしいからな」

 

焚き付けたという意味ではそうなのだ。実際、自分が退席した後の会議の論調は、『臭いものに蓋』で一致していたのだから。

 

「それじゃ君は誘酔先輩が何を狙っていると思っているの?」

 

遠上の手札から一枚を取った五十里が問いかける。

どうやらペアになるものはなかったようだ。

 

「単純に遠上と十文字の身柄だろ」

 

『『『『なにぃっ!!!!!????』』』』

 

シロウの言葉は同じ電車に乗っている男子アーツ部員の耳目を震わせたようだが、構わずに話す。

 

「そ、それってどういうこと!? まさかあのヒトは私とミーナを雌鶏にしようっていうの!?」

 

「無精卵だけだったら良かったんだが―――ってそうじゃないな。何となくの所感だが……お前たちを『何かの集団』に属させようとしている気がする」

 

驚いて五十里から取るべき手札の指がちょっと震えているようにも見える。だから少しだけまぁただの当て推量だと前置くことにする。

 

「そりゃまたふわっとした言いようね」

 

「杞憂と言うか俺の考えすぎだったらいいのさ。ただ、あのヒトの二人に対する色目は露骨すぎたからな」

 

それは『男性』としての異性に対する興味というよりも、特殊な技能(タレント)を持った人間に対するもの……リクルーター的な面をシロウは誘酔 早馬に見ていたのだ。

 

「けど、案外それは正しいかもね。『誘酔』―――『イザヨイ』なんて名字、本人がどれだけ数字持ちやそういうのと関係ないなんて言っても信じられないわよ」

 

「おや、五十里も疑ってんのか?」

 

「アンタのせいで若干、世の中を斜に見ちゃうようになったんだけどっ」

 

解せぬ。という思いでいながらも『ババ抜き』は……。

 

1位 十文字 アリサ

2位 衛宮 士郎

3位 五十里 明

4位 遠上 茉莉花

 

そんな順位になったのである。

 

「ぐぬぬっ!」

「こんなところで勝負運使うこともないだろ」

「むしろここで負けておけば勝利の運気がくるかもね」

 

ビリであることを悔しがる遠上に宥めるように言いつつ、バーチャルアイドル『ユイ・ショウセツ』の動画配信をチェックするのだった。

 

「まさかシロウくんがラ・フォンのヴァーチャルアイドルと知り合いだったとはね」

「バイト先のウェイトレス(同僚)が、そうだっただけだ」

 

まるで狙い通りナンパでもしたかのような言いようの五十里に鋭く訂正はしておくのだった。

 

「けどバーチャルアイドルの『素材』なんて、フツーは顔バレ厳禁だけど?」

「俺とユイの間にも色々あったんだよ。学外の生徒の交友関係まで生徒会は関与するのか?」

 

俺とユイの間だって―――!!! などとセンテンスの抜き出しが致命的な遠上が大声で囃し立ててきやがった。

 

バス内の部員全員に聞かせることを意図したそれは、どいつもこいつも『中学生か!?』と言わんばかりの囃し立ての声(ヒューヒューだよ)が上がるのであった。

 

そんなわけで正面の十文字の顔が凄いことになっているのだった。

 

別に殊更、誤解を解こうとは思わないが……。

 

「一応言っておくが由井雪子だから、別に名前呼びじゃないんだよ」

「そろそろ私のことはアリサとか呼んでくれてもいいんだけど?」

「そんな十師族のご令嬢に恐れ多くて馴れ馴れしいことは出来ません」

「十文字なんて厳つい呼ばれ方ばかりイヤなんだけど」

 

その言葉に全十文字家の人々は泣いてもいいと思う。

 

副会長は特に……。

 

『どけ!!! 俺はお兄ちゃんだぞ!!!』

 

などと意味不明なことを口走っちゃうかもしれない。いや、マジで。

 

そんなこんなありつつも、金沢駅に到着。

 

その後は予約しておいた貸し切りロボットバスで三高まで直で三高へ出発。

 

グラップリングによる嘔吐を防ぐために早めの昼食は既に穫っていたわけだが。

 

(車酔いは無くてよかったともいえる)

 

その辺りは流石に考えているようだが、それでも車中食における消化のアレな所とかはあるかもしれないので、その辺りは目敏くチェックはしている。

 

「あっ、そうだ。衛宮―――お前大宴会料理とか作れるか?」

 

「? いきなり何を言っているんですか北畑先輩」

 

「いや、何か場合によっては試合後に腹に入れたいからさ。機会があれば三高の設備を使って作ってほしくて」

 

照れ笑いしているが、これから内臓にまでダメージが入るかもしれない相手が、試合後に十分に飲食出来るかどうかすら不透明だろうに……。

 

まぁその食欲が試合のボルテージを上げるというのならば……答えるのはやぶさかではない。

 

「三高さんのことも考えれば大皿パスタとか、試合後のことを考えて消化が良いリゾットですかね」

 

こちらが持ってきた食材なんてないし、あちらが用意したり、あったとしてそんな勝手をしていいのか分からないと念押ししてから場合によりけりだとしておく。

 

そんなこんなありつつも貸切ロボットバスで三高に着いたのは午後零時半。

すぐに三高マジック・アーツ部の部長が顧問と共に出迎えに来た。

対抗戦開始の予定時刻は午後二時。

 

一高生は一休みするのではなくそのまま更衣室に案内してもらって、念入りなアップを始めた。

 

ピリピリとした空気。ツンと鼻を突くアドレナリンの匂いを敏感に感じながら早めに応援連中は武道場のギャラリーに移動した。

 

「噂には聞いていたけど、本当広いわねー」

 

感心とも呆れとも取れる五十里の言葉の通りであった。

三高の武道場は、一高の第二小体育館と構造はほとんど同じだがサイズが二倍前後ある。一高でいえば、講堂とほぼ同じ大きさだ。

 

お上りさんよろしく、一年三人は入った会館の大きさに圧倒されるのだった。

 

「第三高校のモットーは『尚武の三高』。戦闘用魔法と同じくらい武道教育に力を入れているんですよ」  

 

五十里の呟きに応えたのは、いつの間にか近くにやってきた緋色浩美であった。

 

「お久しぶりですね。十文字さん、士郎君(紅の貴公子)

 

妙な副音声が聞こえたが、とりあえず2人そろって『久しぶり(です)緋色さん』と答えておく。

 

「あなたが緋色浩美さんですか。はじめまして第一高校生徒会書記の五十里 明です」

「緋色浩美です―――両手に華ですか士郎君?」

「邪推の限りだよ。まぁ今日は本当に付き添いなんだ。その理由は……色々ありすぎて説明しきれない」

 

膨れた面をしてこちらを見る緋色さんには流石に弱い。とはいえ、こちらとしてもその辺りは本当に説明には窮するのだった。

そして、そんな緋色さんの後ろには少し体格の良い男子がいた。肥満ではないが大柄な分厚い男子。

多分、柔道、相撲、プロレスなどの『投げ』が主体の格闘技を嗜んでいるのがいた。三高の制服を着ているので当たり前のごとく三高生なのだが。

 

「で、後ろのヒトは?」

「ようやく自己紹介できそうだな。三高一年 伊倉 左門と言う。以後よろしく」

 

その名前に一高三人は……。

 

「イクラ、サーモン?」

「そりゃ美味そうな名前だな。変わり種親子丼か」

「チャーン! とかハーイ! とか言わないわよね?」

 

十文字、衛宮、五十里の順にその自己紹介に対して所感を述べるのだった。

 

「姓は波野じゃないですが! つーかこれで2度目だよこのネタ! しかも一度目よりも深く言われてるし!!」

 

どうやら彼はこの手の名前ネタでイジられているようだ。だとしたらば手控えなければいけない。そもそも、シロウとて人のことは言えないのだ。

 

衛宮士郎の息子が衛宮士郎ってどういうことだ? などと言われてきたのだから。

 

「もしかして案内役とかか?」

2人の一年がいる理由を何となく察してそう言うと

 

「そんな所です。―――個人的な案内は試合後に士郎くんから希望があればですけど」

「結構です!」

「なんで君が言うんだ……まぁ日帰りだしな。そんな余裕はないのは間違いないけど」

 

緋色の下心のあるお誘いを断る十文字。誘われたのは俺なのに解せぬ。

 

「ふむ。衛宮君は『そちらの方の十文字さん』とそういう関係なのか?」

 

微妙な言い回しをする伊倉に『何か』に気付いたのか少しだけビクつくように気付く十文字だったりする。

 

「いや、違うが。まぁ一高では同級生・上級生誰しもが狙っているスクールマドンナ、クイーンビーだよ」

「ちょっとー。私は違うってのかー?」

 

余計な事を付け加え、伊倉君を少し牽制したが、そのことが癪に障ったのか妙なカラミで下から睨めつけるように見てくる五十里であった。

 

「いや、悪い悪い。つーかお前が真っ先に十文字は人気者と証言したんじゃん」

「まぁそうだけど―――で、伊倉君、『そちらの十文字くん』は、どんな感じ―――」

「シロウくん! メイ! ほら試合そろそろ始まるよ!!」

 

五十里の言葉を半ばで遮りながら最前列の手すり前まで引っ張られる。

五十里が聞き出そうとしていたことは、十文字的には何か聞きたくない話題でもあったようだ。

 

三高の案内役2人が少しだけ呆然としつつも、その移動に従い、一年5人が最前列にてアーツ部の対抗試合を観戦することになる―――。

 

そして一つの運命も変わるのであった……。

 



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第三三話『美姫魔闘』

 

 

「茉莉花は副将……」

「四試合目か」

 

今回は五対五のチーム戦。勝ち抜き戦と違って、副将は必ず四試合目に登場する。

マーシャル・マジック・アーツの平均的な試合時間は四分前後。だが長ければ十分近くに及ぶと、バス車内で色んなメンツから聞いている。

茉莉花の試合まで、場合によっては三十分近い時間があるということになる。

 

それよりも気がかりなのは……。

 

「十文字、大丈夫なのか?」

 

殊更心配するわけではないが、そもそも彼女と知り合った最初のことを思い出すに、ケルナグール(蹴る殴る)な様相を直視出来るのかと思ったのだが……。

 

「あっ、それならば大丈夫よ。この間のキミと三匹が斬る!のボンクラボーイズの戦いも最初から最後まで見ていたから」

 

五十里の言葉で、それならばと思うも……

 

「それでも怖いことは怖いから側にいて」

「一応、けが人が出た場合に備えて俺は女子試合だけでなく色々と見なければ―――分かった。分かったから」

 

十文字が腕にしがみついて移動が不可能となる。男子試合を見に行った応援生徒のカップル二人みたいなことは勘弁してもらいたい。

 

身体を預けにきている美少女。しかも金髪の白人系の少女はどうしても基本的にモンゴロイドばかりの周囲の注目を集めて、その横にいるのが凡庸な男ならば、格差ありすぎる男女でしかないはずだ。

 

(此処に来た目的の中には十文字に悪い虫が着かないようにするのも一つだった。断腸の思いで生徒会の仕事のために応援に来れなかった副会長もそんなことを言っていたのだし)

 

そう自分を納得させながらもその体の柔らかさは、報酬として受け取っておくぐらいにはシロウも男子であったのだ。

 

その様子に案内役の伊倉がにやついて。緋色が頬を膨らませて不機嫌を示しつつも―――、階下の戦いは始まる。

 

結果的に、第4戦目まではかなりスムーズな試合進行であり、一高と三高のルーキーガールのオーダーはあっちゅう間に入ったのである。

 

「ミーナが勝てばチーム戦は一高の勝ち……」

「まぁそれでも消化試合はするはずだな。一条茜か……」

 

遠上が勝負を望んであちらも、それを願ってのオーダーチェンジは叶ったわけで……。

 

(つまんない試合にはするなよ)

 

何となく観戦客の気分でそんなことを思いつつ、アーツ部のスーツに身を包んだ少女二人に思う。

 

「ちなみにどんな展開になると思う?」

「劣等生の俺に何が分かるってんだよ」

「けど、この中で茉莉花と魔法戦をやったのはアナタだけじゃない」

「そうは言うが、マーシャル・マジック・アーツの形式じゃなかったからな……まぁ猪武者のように我武者羅に前に突っ込めるかどうかだろ」

 

五十里との会話で頭を少しかきつつ所感をまとめる。

 

大したことを知っているわけじゃないが、それでもここまでの三試合と事前情報で遠距離魔法の使用がダメならば、どれだけ相手に肉薄して打撃を与えられるかどうかだ。

 

「俺が宮田一郎よろしく指摘した『弱点』を克服できるかどうかかな?」

 

そんなところだった。まぁ三高生がいる前で、詳らかにすべきところではないが、この中では自分と同じ男子が食いついてきた。

 

「さっきから横で聞いていたが、なんか随分とシビれることばっかりやってるんだな一高では」

「主に十文字アリサという少女を巡って俺を目の敵にしている面子が多いんだ」

 

流石に尚武の三高でも、そんな私戦ばかりやっていることは耳目を惹く事実なのだろう。

伊倉クンの言葉にそう言いつつ、三高ではそういうことは無いのかと思う。

 

「まぁ、ここ(会館)を見ていれば分かる通りだよ。俺としては衛宮君とある男に戦ってほしいんだなぁ。これが」

「あそこ、下の方の三高女子ベンチにいる男子か?」

「―――よく気付いたな……」

「さっきから十文字を下の階からでも熱い目で見ているからな」

 

どちらかといえば、敵意というか迷惑がっている目である。ああいう顔を俺も向けているのかもしれない。

 

改めるつもりはないが……察するに。

 

「十文字の元カレか?」

 

シロウの言葉に周囲の面子全員がズッコケそうになるのだった。

 

「ち、違うよ! あの男子のことはともかく!! ほらミーナの試合が始まるから!!! 解説4986(シクヨロ)!!」

 

十文字の焦った声とレトロなセリフを聞きながらも戦いは始まりを告げる。

 

 

戦いは思っていたのとは別に静かな立ち上がりであった。

遠上とシロウが戦った時はイノシシのように向かってくるだけだった遠上は間合いを図りつつマットをサークリング。

 

同じく対戦相手の一条茜もまた相手を有利なところに置くわけにはいかないと足捌きをしっかりしながら相手をしかと正面に見据える形。

 

(遠上が(グー)を握っている一方で、一条は(パー)か)

 

上半身だけで全てが決まるわけではない。つまり―――。

 

「思い込みは危険だな。一条の足技が来るぞ」

「え?」

 

足捌きで前進と後退を交互にしていた一条を相手に遂にお見合いを嫌った茉莉花の突進に対して合わせるように、一条茜は動いた。

 

沈み込むように下方へと身体を移動。マットすれすれに身を屈めながらの旋風脚。

茉莉花の膝に襲いかかる蹴り足の勢いは速い。 慌てて飛び退くも、そのまま独楽のように回りながら襲いかかる蹴り足を前に大幅にバックステップ。

 

猛禽の爪を思わせる襲撃は、遠上を退かせることに成功した。

 

その功夫を前に感嘆の声があちこちで上がる。固唾を呑んでいた連中がそれを上げるのは当然だ。

 

「あのまま蹴りとか踏みつけを入れることは出来なかったのかしら?」

「上半身に力みがあったからな。いきなり下段を狙われたことで切り替えが出来なかったんだろ」

「もしかしてシロウ君、ミーナの攻撃モーションから何が来るか理解していたの?」

「何となく程度だけどな」

 

遠上と魔法戦をやった際のことを思い出したのか、十文字の質問に答える。

 

考えるに、一条茜も自分と同じく分かっているのかもしれない。

素早く立ち上がった一条は腰を落として、それが攻撃動作であると理解できた。

 

(バカッ! ガード固めろ!!)

 

内心でのみ悪態を突きながらも、一条の攻撃は速い。箭疾歩に似た歩法で一気に接近。

 

そして、放たれるは中華拳の極意の一つ。

 

「「鉄山靠!?」」

 

体ごとあたる攻撃が決まって―――。しかし、そこで遠上は吹っ飛ばされずその場に立っていた。

 

驚いた一条が離れようとした時に。

 

―――ようやく捕まえた―――

 

とでも言っているかもしれない遠上の笑み。そして、少しだけ位置を変えて放つ至近距離から肝臓に突き刺さる打撃(ブロー)

 

脇腹に対して放たれた一撃。一条茜も防御したようだが損害はあったようだ。苦悶の表情がそれを物語るも、遠上は逃がさないとばかりに、そこから至近距離での打ち合いを演じる。

 

「遠上はアーマーの展開をタイミング良くやったんだな」

「うん。一条さんが体ごと当たると理解したからこそ、魔法の鎧(リアクティブアーマー)で受け止めた上でカウンターを放てたんだよ」

 

親友が一本取ったことに、嬉しくなる様子のアリサだが疑問は残る。

 

「けど、一条茜さん……多分だけど当たる瞬間に硬化魔法とかでなくて『神経攪乱』を使っていたのに、あっさり茉莉花の方も動いているわね」

 

それぐらいアーマーが強かったということだろう。

同時にシロウの鉄山靠を見ていただけに、対応が早かった……ということで納得しておけばいいのだが。妙な事実にシロウは気付いてしまった。

 

(遠上の『胸部装甲』は豊かだからな……)

 

例え神経攪乱の影響を鎧で防がれたとしても衝撃系統の技を与えるには一条茜は、小柄というか細かった。

突破すべき壁が厚すぎて起伏に富んでいたのだ。

 

女子陣がそれで納得しているならば、それでいいだろう。

伊倉くんが同じく『性差』『体格差』という観点から気づいたようで、どこぞの巨人に立ち向かう連中のように心臓を捧げるポーズをお互いに取ったことで男子2人は、その事実をそっと『胸』に秘めておくのだった。

 

戦いの局面が乱打戦に持ち込まれたのだが……。徐々に回復してきたのか一条は遠上とのインファイトからミドルレンジでの戦いへと場所を移した。

 

「一条さんは遠上の打撃に対して受けを狙うか」

 

どちらも拳で応戦しているように見えて、一条茜は掌で拳を受け流している。内家拳の極意である。それこそが状況の仕切り直しをさせたコツ。同時に、防御に徹しつつも攻撃は放たれていた。

 

「神経攪乱は、その性質上、電流を流すという観点から『掌』から出した方が当然いいですからね。遠上さんの何処に触れたとしても茜はダメージを与えています」

「けどアーマーならば、それは防げる!」

「そうですね。けど全てを防ぎきれるわけではありませんよ。掌の打と共に放たれる電流……蓄積するダメージは大きい」

 

その言い争いは何故かシロウを境にして行われる。

ちなみに立ち位置的には

五十里 十文字 衛宮 緋色 伊倉

 

という横並びであったりするのでこういう時に、どうしようもなくなる。

 

「じゃあシロウくんにジャッジを仰ぎましょう!」

「望む所です!!」

 

俺を巻き込むな! と言いたいのだが、この2人は何か解説が無いと落ち着かないだろう。

 

「どっちが有利なんてのは分からん。勝負は下駄を履くまでわからないからな―――ただ互いに有利な点はある。遠上はアーマーによる防御を頼みに全ての攻撃に全力だ。ある意味フルパワーのフルスイングで攻撃を放っている以上、一条さんも受けているだけでも緊張を強いられるだろ」

 

タッパでは5cmの差。それ以上に遠上の体躯は分厚い。筋肉デブというほどではないが、一条茜に比べれば体格がある。

何より器用貧乏というか一つの魔法に全力である以上、攻撃方法は基本的に猪突猛進なのだ。選択肢が少ないからこその突進が相手にプレッシャーを与えているかどうか。

 

「逆に一条さんは、どうやら組み立てが上手く、そして相手の『引き出し』を削っている。確かに遠上は純粋な殴り合いでは上かもしれないが……戦略が立っている」

 

「つまり?」

 

「相手が予期していない強烈な反撃が来る」

 

猪のように猛進していた遠上だが……その猛進を空かすように、一条はバックステップで躱していく。

 

とはいえ、パンチなどを放り込める時には放り込む。手打ちではあるが、一条の速度は尋常ではない。被弾をせずに完全なアウトファイト。

速度に関しては、恐らく緋色浩美と同じようなトリックだろう。

 

「ミーナ……」

 

あの時(・・・)に近い状況。当事者の1人たる十文字の小さい声。しかし、その速度でも飛び込めると理解した遠上が―――徐々に一条に肉薄していく。

 

そして、大ぶりの攻撃。練り上げた拳が一条茜を襲おうとした一瞬。

 

一条は瞬間移動かと見まごうサイドステップで遠上の真横に移動。そして狙いすました攻撃が脳髄を揺らす位置を叩こうとした。

 

ジョー()に走ろうとしたナックルが―――。

 

持ち上げた反対の腕で防御された。その攻防を前にして周囲から感嘆の声が響く。

 

乾いた音を立てながら一条のカウンターは不発に終わったのだ。

 

「流石に二度も同じ轍を踏まないか」

「いや、アンタの時は茉莉花の攻撃側。右側からクロスする形で拳を放り込んだじゃない。一条さんの場合は左側からよ」

 

五十里の鋭い言葉を聞きながらも一条が攻撃とは反対側に移動したのはタッパの問題もあったのだろう。

繰り出される拳の真横からカウンターを放り込むには彼女では少々位置が悪かった。

 

戦いは仕切り直し―――というには互いにここまでの攻防でダメージは大きい。

 

だが戦意は衰えていない。

 

「しかし神経攪乱だけであそこまでダメージを与えるものかしら?」

 

確かに人間というのは須らく脳からの『電気信号』で動く生物である。それを乱す魔法は確かに脅威だが……。

 

五十里の見解に疑問を持って言う。

 

「何か他の雷撃系統の術を手に付与しているのか? 内部(なかみ)に浸透するインパルスの他に、外部(はだ)へと通すショックがあるとみるが」

「へぇ。眼いいんだな」

「似たような術を俺も使っているからな」

 

伊倉とのやり取りをするシロウに、そう言えばそうだったとアリサは思い出す。

 

「まぁネタバレしてしまいますが、茜はそういう術を使っていますよ」

「一条レイラと共に開発したそれゆえに一条茜を三高生たちは、こう称している―――」

 

伊倉と緋色が口を揃えて言ってくる。その号とは―――――

 

「「―――人呼んで紫電掌」」

 

……上海でサイボーグマフィアでも何人もぶっ倒してそうな名前が発表されたが、がくりと肩を落とした一高生三人と同じく、二重の呪法による痛苦を相手に徐々に遠上茉莉花は追い詰められていくのであった。

 

 

 



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第三四話『闘劇決着』

 

戦いの趨勢は、なかなか茉莉花にリードを与えてくれない。魔法そのものは、防御しようと思えば出来ないわけではない。

 

各種の防御魔法でそれらをシャットアウトすることは可能である。術の性質・相性を覆すほどに二人の間には『干渉力』の差は無いようだ。

 

驚くべきことに茉莉花の術の深度ならばとりあえず『いまの一条の干渉力』に抗することが出来るという事実。

だが、それが現在進行系でなにかの優位を与えてくれているかといえば大間違いだ。

 

(掌によるいなし、拳を突き立てようとしても中々に出来ない)

 

だが、それでもこの拳を頼りにここまでやってきたのだ。

何より『打ち合う』と部長に啖呵を切った以上、安易に組み技、関節技を決めようとすれば確実に自分の戦いの瑕疵となる。

 

だからこそ、茉莉花はサブミッションに入ろうとは思わなかったのだ。対する一条茜は、少々面食らう。

 

(アナタの戦い方は私も見ていた。だからこそ弱点を突いてくると思ったんですけどね)

 

これまでの相手は茜の体格から組み技に持ち込もうとする人間が大半であった。だからこそ、その弱点を克服するために、内家拳の術理をレイラこと麗蕾から習っていたのだ。

 

体格で劣るものがプロレスラー並みの巨漢を倒せる術理……古臭い言い方ならば『気功』とでもいうべきものだが、何かの手品でもなく格闘の術理として存在している事実を茜は習ったのだ。

 

その相手として遠上茉莉花が、その体格を利用してやってくるものだと思っていたのに、ここまで正統派なストライカーファイトをされると実験しようがない。

 

(相手が立っている限り『何か』は起きる。決してフルスイングのパンチに恐怖を覚えていないわけじゃあない)

 

対抗試合だし、九校戦も近いし、という意味であまり派手にやりたくなかったのだが……。

 

それでも―――。

 

(悪いけど勝負を決めさせてもらうよ遠上さん)

 

くっつこうとする茉莉花から距離を離して構えを取る一条茜。

 

追いすがろうとしたこちらを断ち切るような視線。

 

それだけで感じる―――必殺の予感。

 

そう感じた瞬間に止まってしまった。本格的な防御態勢を取ったことが仇となる。

 

高まるエネルギー、溜め込まれるチカラ―――瞬発。

電光石火の速度、電光石火と呼ばれる魔法で急速接近。同時に動き出す体。体の伸長と同時に突きこまれる拳は直線的に茉莉花を襲う。

 

絶招八極・通天炮が決まる―――。

 

(鉄山靠はその無駄な脂肪で通じなかったわけだけど! これならば効くわよ!!)

 

豊満なバストの『下部』……鳩尾を狙った攻撃。

呼吸がままならない一撃を前に遠上が崩れ落ちるように膝を落としていく。

 

そして―――そこからどういう筋力をしているのか遠上はアッパーというより斜め上に入り込むタイプのスマッシュを食らわせるのだった。

 

起死回生のカウンター。顎を直撃したはずの一撃だったが。

 

「寸前で片手を入れていたか」

 

ボクシングにおけるグローブのような緩衝材としての機能が十分でないとはいえ、威力は減じた。

とはいえダメージは入った。直撃ではないとはいえ……一条がぐらつく。ぐらつきながらもステップで距離を離した。

 

ここで追撃を掛けるべきなのは遠上なのだが。

 

「チアノーゼだ。鳩尾を打たれたことで酸素が体に行き渡っていない」

 

両者被害は甚大。

目に見えてふらふらなのに、足が前に出ない遠上の焦燥が―――。

 

ダッシュを掛けたことで、意外と思うも……。

 

「いやいや明らかに唇が紫色だから! どういうことなの……?」

「多分だけど空気甲冑みたいな『気流』の鎧を纏うことで漏れ出る酸素を自らの肺に入れたんだと思う」

 

十文字の言葉に合点は行く。

 

だが、本来ならば『収束』させるはずの気体を不完全に取り込むということは酸素だけでなく二酸化炭素、窒素も割合としては多かったかもしれない。

 

まぁつまり………。

 

(無茶をする)

 

遠上が接近。懐に入ってのボディブローを決める。

 

クリーンヒットではないが再びリバーに刺さるパンチ。

接近戦は不味いが、かといって防御に難はある現在の茜。

スマッシュを受け止めて痺れた……あるいは折れているかもしれない右手では、防御はおぼつかない。

 

よって―――分析の結果……茜は宙を舞うことにした。

 

別に飛行魔法を使うわけではない。しかし地上戦を望む茉莉花に対して躱しの一手であることは変わらない。

 

「―――鷹爪功(ようそうこう)

 

大空を飛び回る猛禽のような滑空が『空中』で刻まれる。しかも人間の体でだ。

 

「疾ッッッ!!!」

 

当然、魔法を使っているのだろうが、遠上の頭上に跳躍しての鴛鴦脚。

左右両脚を交互にスタンプするように使っての攻撃。

 

たまらず身を低くしてからの後転退却。

 

かっこ悪いと笑うなかれ。一条茜の空中戦からの襲撃は恐ろしい攻撃なのだ。頭に喰らえばどうなるか分からないのだから。

 

その様子を見ていた―――シロウたちのように上席ではなくベンチから見ていた『男子』はこの戦いを千日手も同然だと思っていた。

 

(どちらも決め手に欠ける……)

 

防御に長けた遠上茉莉花

手数に優れている一条茜

 

それが、この戦いを長引かせていた。

とはいえ、遠上とは違って一条には実はいくらでも『強い攻撃手段』があった。そして、それはマジックアーツという競技で使っても反則は取られないはずだ。

 

正当なコンタクトだと取ってくれる。だが、彼女は試合前にそれを否としていた。

自分(・・)がベンチコーチとして入っているのは、そういうことなのだが……。

 

(これ以上、長引かせればどうなるか分からない……第一、九校戦において一条は女子のエースなんだ……下手に大怪我をする前に―――)

 

決着を着けてしまえ。

 

という意味で一条が、三高側ベンチを見れる位置に移動した時、少年……『十文字 竜樹』はサインを出すのであった。

それを見た一条茜は自分の見間違いなのではないかと思ったが、何度も出してくるそれを前に―――覚悟を決める。

 

出力を絞り、その上で相手に後遺症を残さぬ範囲での―――。

 

(レイちゃんの『通背拳』さえ会得できていれば、こんなことにはならなかったのに……)

 

まだまだクンフーが足りていない事実に歯噛みしながらも、向かってくる遠上茉莉花に対して―――最後のコンタクト。

 

遂に矜持を曲げたのか組技、関節技に持ち込もうとする遠上茉莉花に対して一条はがっぷり四つで組み合うようにする。

アマレスのような様相を見せる2人。当然、遠上は相手を(マット)に組み敷こうと覆いかぶさるようにする。

 

対する一条もそうはさせまいと顔を持ち上げて身体を入れ替えようとする。

遠上が既に魔法を展開しているリアクティブ・アーマーによる防御を頼みに茜の紫電掌に耐えようとしている。それでも長続きはしないことを理解していて、雑になっている。

 

だからこそ―――。

 

その『波』が直接作り出されて茉莉花の全てが落ちそうになる。大量の水が頭上に落ちてくるような、暗く、重く、呼吸を妨げる何かが五感を覆い尽くしていく。

 

「がはっ!!!」

 

マットに前のめりに落ちた茉莉花を前にダウンのカウントが入る。

 

荒い呼吸を吐いて、立ち上がろうとしても立ち上がれない自分に嘆いている様子。

倒れ伏した遠上から離れたところで呼吸を落ち着けている一条……しかし、暗い表情だ。

 

何とか立ち上がろうとしている遠上を見ながらも、そこに勝利を願うものはなく、どこか『懇願』するようなものがあった。

もう立たないでくれ。と言わんばかりの目線が……。

 

結果として立ち上がれないまま、10カウントが刻まれて勝敗は決するのであった。

 

それを見た十文字がシロウごと手すりに手を掛けたことを認識した。どうやら自分も連れていくつもりではあるようだが……。

特に抗することもなく、シロウも手すりから飛び出して階下に赴くことにするのだった。

 

「衛宮君!?」「アリサ!?」

 

驚きの声を上げる緋色と五十里を後ろに―――。

 

「シロウ君! 着地任せた!!」

「お前無茶言うない!」

 

言いながらも、二度も足にトラブルを抱えさせるのも悪いので、まぁとりあえず落下軌道に転じて着地させる前に十文字の身体を抱えるようにして軽やかに人間2人が落ちたとは思えない音で闘場に来たのだった。

 

既にドクターがやってきているのだが、それよりも先に行くように促す十文字の先導に従い、うつ伏せから変わり、仰向けに倒れている遠上の様子を見る。

重篤ではないが、親友の荒い呼吸を前に不安な顔が広がる―――。

 

医神再現(トレース・オン)全回復治癒(アスクレカバリー)

 

十文字を下ろしてから術式に没頭したシロウは、即座に遠上に回復をする。

遠上茉莉花という患者を中心に菱形の蛇鱗のようなものがいくつも明滅して回転をしていく。

 

その色は安らぎを与える緑色をしており、中心にいる遠上茉莉花も緑色の光をベッドにして―――。

幻想的な光景が5秒程度もすると、がばっ!と 起き上がる遠上茉莉花。

 

「アンタが癒やしたのか……?」

「そうだ。一応言っておくが礼はいらんからな。やるべきことをやっただけだ」

 

ビックリすぎる事態。自分が完全に回復していることに驚き、問いかけてから何度か拳を開いては握ってを繰り返す様子。

呼吸も先程までは辛いぐらいだったのに自発呼吸するのが、全く苦ではない。疲労まで無くなっている。

 

続いてドクターが確認をする様子。

 

「―――信じられない魔法だな。全てのバイタルが正常に戻っている……それどころか……もしかしたらば、君が一番いい状態(最高調)になっているんじゃないか?」

 

三高のドクターもそれなりに魔法関連の医療にこれまで携わってきた人間である。多くの患者を見てきた。

 

元気いっぱいなのに怪我をしたという生徒も、明らかに重症だった生徒も、そして魔法の影響で人体によくないものを抱えたものも……

一高の生徒であっても見立ては間違えていないはず。

ゆえに気付く。一高の男子生徒が施した回復術は、既存の魔法の類ではないのだと。

 

「ミーナ!!」

「アーシャ……」

 

チェックを終えて三高のドクターが茉莉花から離れた瞬間に、十文字アリサは茉莉花に抱きつくのであった。

 

そんなレズレズ一直線な場面から眼を反らしつつ、他の怪我人を見ることにしたシロウ。

 

「君もだ。その腕と脇腹……放っておいていいもんじゃないぞ」

「……治してくれるの?」

「別に三高生の治癒をするなとは言われていないからな」

 

実際、そういう言いようではなかったことを認識したのは、駆けつけてきた北畑千佳である。

 

(まぁ私の目にも遠上のアッパーを受け止めた一条の不調は分かったしな)

 

問題は……戸惑い気味ながらもシロウに回復させられている一条を睨み続けている十文字アリサだ。

まだ対抗戦は継続中だが、明らかにヤバい倒れ方をした遠上を前にして一時中断ではある。

 

(さて、どんなことになるのやら……)

 

正直、当事者意識よりも野次馬根性が勝ってしまう北畑だったが、それは既に終わった男子の方の部長である千種も同じようだった。

 

そして……切り出したのは十文字アリサからだった。大人しい印象を持っている彼女にしては、随分と激しい口調で一条にかかる様子。

 

糾弾する声。フィニッシュブローならぬフィニッシュマジックに使われた魔法の名前と詳細が明かされたことでざわめきが広がる。

 

千佳としては、『まぁそんなところ(十師族固有の術)だろう』とは思っていた。だから驚きは周囲よりは薄かった。

 

しかし数多くの色んな目で責められた立場に置かれた一条茜に同情するも、彼女を救ったのは―――同じ『十文字』だった。

 

彼が一条茜にセコンドトレーナーよろしく指示をしていたと千佳は推理しつつ、彼の言動は……まぁそれなりに納得するものだった。

 

公式戦のごとくCADの検査がかかっていれば……とも思うが。

 

マスファイト(寸止め)じゃなかったんだ。こっちの三高男子の言う通り正式なコンタクトであったんだろうさ。そこは呑み込んでおけよ」

 

そんな少しだけ責められつつあった十文字に対して救いの手は無く、何とも無情なことがシロウから放たれるのだった。

 

「け、けれども!」

 

「あのキモイザ先輩ならばここに来て、如何にもお前に寄り添ったような薄っぺらな『人情論』を出してくるだろうが、お前の言動こそどうなんだよ?

仮に魔法の危険性云々で言うならば……今後、こういうマジックファイトではある種の『階級制』が用いられることになるぞ―――『魔法力の差』という意味でな」

 

それは痛烈すぎて鋭すぎる言いようではあった。

 

確かに十文字の言動を丸呑みすれば、そういうことが適用されなければならない。

 

まぁ当然、Aランク級の殺傷性魔法ならばアウトだが……使う人によって威力や危険性が変わる『魔法』というのならば、確かに階級制が適用されなければならない。

 

それは……ある意味では正しいのかもしれないが、格上との戦いを望む『一勝千金』な人間にとっては、無情なものだ。

 

「一条さんを責めるならば……君がちょいと前に戦った緋色さんとの試合も虚ろなものになるぞ。その結果すらもな。それでもいいのか?」

 

「ううっ……それは―――」

 

何とも無情なやり取りではある。彼が言うようにここで『キモイザ』のようにカッコつけて泣きそうなアリサの立場に立つ男ならば、モテモテになっているのだが……。

 

「君が良くわからないな……一高の生徒ならば、そっちを擁護していても良さそうなのに」

 

その疑問は一条側に立った男子も同様だったので、そんなことを言ってくる。

 

「あいにく、愛校精神なんて無い人間なんでね。おまけにこちらの女子の兄貴からは目の敵にされているんだ」

「知っているよ」

 

そのやり取り。途中で嘆息するもう一方の十文字。

話し合いは終わりそうかと思うも、事態は少しばかり妙な方向に向かう。

 

「だから、まぁあんまり今の恋人にカッコつけるために、そこまで『元カノ』を悪し様に言うなよ。傍から見ているとカッコ悪くないか?」

 

(ん?)

 

シロウの言動になんか妙なことになっているのを感じて、この会館にいる全員が怪訝な顔をする。

 

遅れて階段を降りてきたのか五十里と三高生2人がやってきたりしたのだが……。

 

「ま、待ってシロウ君。目の前の三高男子…竜樹さんが―――」

 

「ああ、さっきも下から睨まれていたからな。本当に参るよ。別に俺はお前に気があるわけじゃないのに……こっちの三高男子……タツキ君は、十文字アリサ(キミ)の―――」

 

元カレなんだろう?

 

 

その衝撃的な言葉に会館にいるほぼ全員が昔懐かしのコメディコント番組(8時だョ!全員集合)のようにズッコケるのであった。金だらいが落ちた音すら響いているような気がする。

 

更に言えば言われた当人、シロウのシャツを掴んでいた十文字アリサの肩も、コケていたりする。

 

「アンタはまだその勘違いをしているのか―――!!!」

 

いち早く復活をした五十里 明(眼鏡はずれ落ちている)のツッコミの叫びを聞きながら事態は妙な方向に向かうのであった……。

 

 



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第三五話『天秤計無』

 

 

 

一条茜の回復を終えて一息ついていたシロウだったが、そのタイミングを見計らっていたのか、十文字アリサが一条に詰め寄るようにシロウと一条の間に入り込んできた。

 

「何を慌てているんだ?」と訊ねようとしたシロウだが。

 

「何故あんなに危険な魔法を使ったのよ!」

 

その質問は、アリサの叫びに途中で打ち消された。 アリサの叫びは糾弾の声。

その矛先は、茜に向けられていた。

両手を身体の脇で握り締め、茜を睨み付けるアリサ。

茜は唇を震わせながら、青い顔で立ち尽くしている。

 

怪我人を癒やしたというのに、それを無にするような十文字のやりようには少々、むかっ腹が立った。

 

「待て、彼女はいま怪我を癒やしたばかりなんだ。追い詰めるなよ」

「シロウくんがどう言ったとしても私は止まらない―――最後のとどめの魔法、アレは『生体液震』(オーガン・クエィク)でしょう!」

 

シロウの静止を突き破って放たれたアリサの言葉に、ざわめきが起こる。「オーガン・クエィクって?」という声も聞こえる。

どうやら多くの魔法師に周知徹底されている術式ではないようだが、その説明は一条を糾弾する十文字アリサによって為される。

 

「人間の肉体を構成する液体成分に直接波を作り出して全身の器官を揺さぶりその機能を作り出して狂わせる、一条家の人体直接干渉魔法。殺傷性ランクはCからB!」

 

ざわめきが大きく広がった。

十文字の言う殺傷性ランクというのは魔法犯罪の取り締まり基準として日本の司法当局で採用されている基準ではある。

 

ランクA:一つの術式で多人数を殺害・あるいは巨大構造物を破壊する魔法。

 

ランクB:致死性のある魔法、単純に殺傷能力が高いもの……または殺害手段が普通の検死では見つけにくい隠蔽しやすいものだ。

 

ランクC:傷害性はあるが致死性は無い、または小さい魔法。

 

……と言った風に大雑把なランク付けが為されているのだと授業で習ったような気がする。思い出しながら考えるに、魔術の世界とは大違いである。

 

ただこの致死性という文言はケース・バイ・ケースであり、本人の資質だけでなくコードの精密さなどなどによっても変わってしまうものだ。

 

(個人の能力値によっても変わってしまうからな)

 

魔法の種類によって一概に決められるものではないことを理解している日本の三権それぞれが、苦悩の末に玉虫色の結論として出したものは。

当該魔法を平均的(・・・)な出力で放った場合の殺傷性でランクが決めることにしたのだ。

 

(その平均とやらもどうやって見極めるのかが未知数。自己申告を誤魔化そうと思えばどうとでも出来そうな気がする)

 

皮肉気味の結論ばかりがシロウに出てくる。

 

数字付き各家の固有術式のように使用者が極端に限られる魔法は、平均を算出することが不可能だ。

先程の例とは違って、最初っから高すぎる能力値を持っている人間にしか出来ない術など、どうランク付けすればいいのか分からない。

 

同時に、そんなものが使われれば即座に当該の魔法家の人間に疑いの目が向けられる。

 

(まぁあの司波達也みたいに隠しているとんでもない術もあったりするんだろうな)

 

それに比べれば一条家は比較的まともではある。秘していればいくらでもやりたい放題やったもん勝ちになるのだから。

 

だが、そんなことは親友を傷つけられた少女には関係のない話だ。

 

「生体液震はランクCに判定されるものであっても相手に後遺症を残す恐れが大きいから、一条家は使用を自粛していたはずよ! 何故そんな魔法を実戦でもないのに使ったの!」

「待ってください」

 

アリサの糾弾に言葉を返せない茜を背中にかばって、アリサの前に一条レイラが進み出た。

 

「茜は禁止されている魔法を使ったわけではありません。それに今の魔法は重大な障碍が残らないレベルに威力がコントロールされていました」

 

十文字の糾弾は『モラル』『リテラシー』の問題であって、その魔法はマジックファイトの中では別に禁止されているわけではないようだ。

 

門外漢のシロウではディエゴ・マラドーナ(神の子)の『神の手ゴール』でもしたのかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

 

こちら(シロウ)に少しだけ深く一礼をしてきた一条レイラに手だけで返したがレイラの言葉に十文字は、更に噛み付く。

 

「ふざけないで! 十師族や師補十八家の固有術式なんてレアである種のセンスが必要な魔法までルールで網羅しているわけがないでしょう! それともルールで縛られていなければ何をしても良いというの!?」

 

それは自分のアイデンティティすらも崩す論理であるということを十文字アリサは気付いていないようだ。

 

嘆息気味になりながらも、これ以上は―――と思っていた時に1人の男子がやってきた。

 

「ルールに違反していないのであれば、犯罪者のように非難される謂れは無い」

 

それは二階席にいたシロウを下の三高ベンチから睨んできた三高の男子であった。

 

「タツキさん……」

 

呆然とした十文字の言葉で一応は、名無しの男子に名前が着いた。

その様子から、本人は否定していたが、やっぱり元カレなんじゃないかと呆れてしまう。

 

一条茜の弁護人としてやって来た彼の言葉は。

 

「試合の様子を見ていたならば分かるが、一条は紫電掌の他にも『上』の魔法があったというだけだ。相手―――遠上さんの防御魔法を突破する術が『生体液震』であったならば、特に非難される謂れはない。正当なファイトコンタクトだったからレフェリーのカウントは進んだ」

 

十文字にとっては無情かもしれないが、まぁそれなりに納得できるモノであった。

 

「そんな言い方……!」

 

一条茜は遠上の防御を突破する為に上級の術を使わざるを得なかった。

 

そして、その行いを否定することは、魔法師の全ての行為及び進歩を否定することになる。

何より……防御、守護に重きを置く十文字家だからこそ、日々増していく攻撃手段の豊富さに対して壁の硬さは上回っていかなければならないのだ。

 

例え、それが外国の魔法師(敵性国家の兵)でなくても、だ。

 

(人間としてのモラルを取るか、魔法師としてのアイデンティティを取るか。とどのつまりそういうことだな)

 

遅れて理解が追いついてきた周囲の連中によって若干ながら、十文字アリサへの目がキツくなっていく。

 

こういった場合に擁護するべき後ろの遠上は何も言っていない。

 

「シロウくんはどう思うの!?」

 

そして十文字が縋ってきたのは自分であった。なんでそうなるのかは分からないが―――とりあえず『場』を鎮めるべく言葉を選びつつ口を開くことに。

 

「そちらの男子が言う通りにマスファイトじゃなかったんだ。レフェリーが反則を取らずにカウントを進めた以上、正式なファイトコンタクトだったんだろうさ。そこは呑み込んでおけよ」

 

「そ、そんな!」

 

「お前が一条茜さんを責めているのは、どういう立場での物言いつけなんだ? 遠上茉莉花の親友としてか、それとも十師族としてのものか?」

 

結局、彼女が何を道理としてその言動なのかが分からない。多分、前者なのだろうが……。

 

彼女が十師族として一条家(同じ家)の娘に節操の無さを糾弾するならば、少々事情は変わるだろう。

 

「け、けれども!!」

 

「あのキモイザ先輩ならばここに来て、そちらの男子相手に如何にもお前に寄り添ったような薄っぺらな『人情論』を出してくるだろうが、お前の言動こそどうなんだよ?

仮に魔法の危険性云々で言うならば……今後、こういうマジックファイトではボクシングなどのような『階級制』が用いられることになるぞ。魔法力の差(性能の差)という意味でな」

 

シロウの言葉にようやく十文字も気付けたようだ。

転じて……如何にマジックファイトとはいえ、そのような『差』を設けるということがいいのかということに。

 

使える人間が限られているのが問題なのではなく。

使う人間によって威力や危険性が変わることを問題にするべきなのか。

 

そして、それは遠上茉莉花が望む『格上』との戦いにおいて要らぬものでもあったはず。

 

「一条さんを責めるならば……君がちょいと前に戦った緋色さんとの試合も虚ろなものになるぞ。その結果すらもな。それでもいいのか?」

 

十師族の能力値(アビリティ)だからこそ出来る『芸当』を責めるということは、同時に彼女のクラウド・ボールでの勝利、緋色との戦いでの魔法すらもそういうところに落とし込まなければならないのだ。

 

「ううっ……それは―――」

 

泣きそうになる十文字。その様子に『あんなかわいい娘を泣かせるだなんて!!』というヘイトな感情があちこちから出てくる。

 

どうでもいいけど。

 

「君が良くわからないな……一高の生徒ならば、そっちを擁護していても良さそうなのに」

 

目の前の三高生……タツキ君とやらも流石に今カノを守るためだったとはいえ、元カノを責められるのも少々、心苦しかったようだ。

 

「あいにく、愛校精神なんて無いもんでね。おまけにこちらの女子の兄貴からは目の敵にされているんだ」

「知っているよ」

 

東京の方に、というか一高に知り合いがいたのだろう嘆息するタツキ君。物憂げな表情に少しだけ申し訳ない気持ちになりながらも―――。

 

あの『衝撃的な一言』を放つことになるのだった。

 

 

皆がズッコケてしまうほどにどうやら俺はズレたことを言ってしまったようだ。

 

不覚の限り―――。

 

「ちっがぅわよ!! こっちにいる三高生の男子は私の弟の十文字竜樹さんよ!!」

「ああ、そういや三高に同年(おない)の弟がいるとか言っていたか……にしても姉ちゃんに向けるような視線や言葉じゃなかったような」

 

肩がコケて呆然としていた復活の十文字の言葉に考えるに、そんな話を思い出していた。

 

「―――けど何で一高じゃなくて三高に? まぁその辺りは俺が聞くべきところじゃないな。美少女な同い年の姉ちゃんとか同じ家にいたらばアレだろうし」

「び、美少女だとは思ってくれてるんだ。ちょっと嬉しいかも……」

 

どうでもいいことで赤面する十文字。しかしながらシロウの言動を継ぐ形で三高生側も質問が飛ぶ。

 

「それが北陸の三高に来た理由なのか竜樹?」

「ちっげぅよ! そりゃ下衆の勘繰りってもんだ左門……!!」

「けれどアリサさんと出生年が同じということから、何となく程度に『理由』は分かるかな」

「緋色さんまで……」

 

もう一方の十文字に対して三高の伊倉左門と緋色浩美は容赦がなかったりした。

 

「まぁそういうことだ。お前はどうなんだ? 相手がヘビー級のパンチャーだからと立ち向かうことをやめる?」

 

後ろを見ながら放たれたシロウの言葉に対して……

 

「やめるわけがあるかっ!! 例え十師族の魔法がそれだけの威力を誇っていたとしても!! 私は私の『鎧』を硬くしていくことをやめない!!」

 

遠上茉莉花は吼えるように言うのだ。

 

「ほぅ。ちったぁビビっていた方が可愛げはあると思うが?」

 

「ビビっているヒマなんて無い。少なくとも……一条さんに、十師族に、日本の魔法師界の頂点に、そんな秘技を使わせたというのならば―――」

 

私の鎧は十師族に通用したのだ。と言外に含めて自信を持って言う遠上茉莉花に満足してから十文字アリサを見ながら口を開く。

 

「とのことだ。まぁ遠上がこう言っているんだ。デッドボールにビビってバッターボックスに立つ打者はいない。お前にはちょっと理解できないかもしれないが……そういうことなんだ」

 

「……けど、私は」

 

「ああ、言わんとすることは分かっているが、お前の『妹』の意思ぐらいは尊重してやれよ」

 

ここで一条 茜を責め過ぎれば、彼女は再戦する時に手心を加えてしまう。

それは遠上にとっては心にヒビを入れる結果になるだろう。

 

これは言っていないが、それでもそれを悟れないほど馬鹿ではないことを祈るばかりだ。

 

「―――分かったわ。シロウ君の言葉に……いまは納得しておく」

 

俺の言葉じゃなくて、ものの道理に納得しておけよ。

と思いながらも……。別の感想を持つものがいた。

 

(もう……アーシャにとって私は最優先すべきことじゃないんだな)

 

茉莉花が知っているアリサならば、彼女は何が何でも一条茜に魔闘をやることを禁止するように訴えてきたはずだ。

 

それこそ彼女からマジックアーツを取り上げなければ済まないとまでに、自分が止めなければいつまでも食い下がっていたはずだが。

 

今のアリサは―――親兄弟も同然の人間が傷つく可能性を除外するよりも、違う道理があるのだから。

 

「というわけで対抗戦、再開してよろしいかと思います。俺のアスクレピオスも問題なく行使しましたし」

 

「何とも間尺が悪い限りだが……そうするか。エミ、どんな形であれ試合を終わらせてこい。はい解散、解散。散った散った!」

 

北畑千佳の言葉と手拍子で試合に関係ない面子がマットの闘場から避けていく。

代わりにラストマッチの相手として2人の少女が舞台に上がるのだが……その中で少々気になるものがあった。

 

(千種先輩と―――多分だが三高の男子部長さんか?)

 

そこに十文字竜樹―――『ナーガールジュナ』と同じ字名を持つ十文字アリサの弟が話し合っている様子。何だか嫌な予感がする。

 

だが、流れに沿って会館の壁側に移動することになってしまった。

 

嫌な予感の解消もなくそちらに移動したら隣には遠上がいたりした。ちなみに十文字は五十里に窘められる形でしょっ引かれて、こうなったわけだが……。

 

(別に話すこともないしな)

 

別に間が持たないとかそういうこともないし、などと思っていたらば……。

 

「……ありがとう……」

 

か細い声で言ってきた感謝の言葉。聞こえなかったフリをした方がいいのかもしれないが、再び口を開こうとした遠上を察して。

 

「別に礼はいらんと言ったはずだが、ついでに言えば十文字の説得も特にな」

 

言わんとする所は分かっていたので、機先を制する形で言っておくのだった。

 

「……ズイブンと頭のいい皮肉屋だな」

 

「性分なんだよ。どの道あのままならば、三高での印象が最悪だったからな」

 

一条も十文字も。別にそれは彼女らの責任と言ってしまえばそこまでなのだが……。

 

「ともあれ、気にするな。気に病むぐらいならば、もっと硬い魔法の鎧でかかってくれや。そうすりゃ内部へ透す圧にも負けやしないだろう」

 

同時に遠上が慕う十文字の心労も軽減されるだろう。そういう意味で言った時に―――

 

ブザーが鳴り響く。中断時間が長くて身体が冷えていると思っていたラストファイトのアマゾネス(女闘士)2人の試合は呆気なく終わった。

 

一高の勝利である……。

 

「撤収準備だな。俺は男子の方を見てくるから―――ああん?」

 

全てのプログラムが終わり諸々の手続きはあれど、終了となるはずだった時間に起こる異常。

 

突如、会館の電子掲示板に表示される文字……そこには。

 

Exhibition Match

 

TATSUKI JYUUMONNJI

 

VS

 

SHIROU EMIYA

 

15minutes after START

 

などと電子音声でアナウンスされながら表示されるのであった……。

 

「なんでさ」

 

思わずオヤジの口癖が出てしまう辺り、シロウも混乱せざるをえないのだ。

 

 



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第三六話『十闘獣濤』

 

 

 

「こちらの都合はお構いなしか、女性に嫌われるタイプだな。アンタら」

 

ぐさりっ! とすごいクリティカルヒットを齎すことを言われてしまった両校男子アーツ部の部長は辛くなりながらも、凄く険しい顔をしているシロウに口を開く。

 

「まっちゃんから聞いていたんだが、君の実力を見たいんだ……。ダメか?」

 

まっちゃんとか呼ばれてるのか、この人は。とシロウと同じ高校の先輩に感想を出してから口を開く。

 

「意味不明なんですよね。そもそも、あっちの『JYUUMONNJI』も九校戦の選手に選ばれているでしょうしね―――ああ、分かったぞ。俺みたいな劣等生をぶちのめして『一高恐れるに足らず』という箔を付けたいんですね」

 

「ちがわいっ!! それは露悪的すぎるだろ!!」

 

「だが、俺とて戦うとなればどんな事故を起こすか分からない。先程の一条と遠上の戦いのごとく。そもそも、九校戦が迫っているこの時期に大怪我を起こしかねないような対抗戦をしていることからイミフなんですよ」

 

実を言えば、この点に関しては両校どころか多くの学校から疑問符を持たれていた。

 

まぁ選出される選手層が厚い一高と三高だからこそ出来ることであって、他の魔法科高校では『冗談よしお君』状態なのだろう。

 

「つまり……ウチの一年エースたる『JYUUMONNJI』に九校戦に支障が出るダメージを与えるかもしれないということかね。劣等生のキミが?」

 

「戦うとなれば手加減は出来ない。同時に相応に俺とて秘術を開帳する。保証はできない」

 

嘲るような挑発で彼の本心を聞きたかったのだが、返されるその真剣な言葉に三高部長は少し考える。

 

実を言えば三高では、その実例を知っているのだ。

 

一条家の養女として三高でも知られている一条レイラ。彼女が成績上では普通の劣等生であっても、実戦レベルで強いことも存じ上げている。

実際、模擬戦で同じ一年の男子生徒を電撃魔法で4人抜きした時にその評価が覆ったのだ。

 

三高は尚武を掲げている校風なわけで、実技が優秀な生徒より実戦が強い生徒のほうが、尊ばれるのだ。

 

「……そもそも千種先輩は何がしたいんですか? 俺は平穏無事に日々を過ごしたいだけだ。激しい喜びもいらない。そのかわり深い絶望もない。植物の心のような人生を」

 

「どっかのシリアルキラーのようなライフスタイルはともかくとして……僕としては、あの時に感じた予感を現実にしてもらいたいんだ。身に纏った独特の空気―――、一年の時に遠目で見たあの司波達也先輩のようなものを発露してもらいたいんだよ」

 

「だとしたらばそれは大きな誤解だ。俺は四葉のような大層な家柄でもないし、育ったのだって英国住みだ。根無し草に大層なご評価ですが……俺はあんな非人間とは違う」

 

その言葉に、この少年は実は司波達也のことを知っているのではなかろうか? それも千種とは違って濃い付き合いのようなもので、その人と為りを知っているのではないか?

 

そんな疑念を持ちながらもリミットまで残り7分となったところで―――。

 

「十文字もそうだが、結局部外者の分際であんたらの対抗戦にいらない物言いをつけたのは事実だしな。これ以上、千種部長(あんた)の面子を潰すのも悪いか」

 

もはやダダは捏ねられない。結局の所、そういう大人の対応が求められたのだった。

 

(とはいえ、対応を誤れば本格的に十文字家は司波達也の復調どころか自分の排除を願うだろうな)

 

ホッとした様子でいる両部長には悪いが、そんな打算めいたものがシロウの中に渦巻いているのであった。

 

別に『異端の術者』として、現代魔法師とも相容れぬものとして見てくれているならば大いに結構なのだが……。

 

ここで発想の転換をシロウはすることにした。

 

(逆だ。今まで秘していたものだからこそ、それを暴こうと皆して躍起になる。すなわち……見せつければいいのだ)

 

魔術の原則とは少々違うが、それでもエルメロイ先生のごとく『術理』がバレさえしなければ視覚的な効果に訴えた魔法は自ずとただの派手なだけの術と認識されるはず。

 

(陰陽全てを含めた術式……『母』と『義姉』のミックスが可能なはずだ!!)

 

そんな決意をしつつ、礼装をバッグから取り出す。CADの類は要らない。一応、『偽装』するために装備はしているのだが。

 

「何の思惑があるのかは知りませんが、今後は俺を政治利用しないでくださいよ」

 

「僕はかなり悪意的な見方をされているんだな。まぁ出会いの初っぱなからアレで仕方ないけど」

 

そんなやり取りを終えて、一高の制服のままにフィールドへと赴くことにした。

 

先程までのマーシャルマジックアーツのフィールドとは違い、完全にあらゆる攻撃が許容された魔法戦の場だ。

 

そこには、大勢のギャラリーが集結していた。

ヒマなんだなーと感想を出しつつ、室内シューズがある場所へ赴くと。

 

「シロウ君……ごめんなさい。私がミーナの為に怒ったことで、こんなことに」

 

「お前がどうだろうが、この試合は仕組まれていたと思うがね」

 

やってきた十文字に言いながら、結局の所は……どうやっても自分は悪目立ちする。そして、そこで何も見せないから余計に耳目を引く。

 

(節操のない限りなんだよな)

 

この世界に来て関わってきた魔法師の全てが俗物であることは仕方ない。探求の徒である魔術師とは違うとはいえ……静かに暮らしたい人間をそっとしておくだけの分別とかはないのか? とがん詰めて問いただしたい限りだ。

 

「さっさと観客席に戻れ十文字。お前の弟が仏頂面で待ち構えているんだからよ」

 

開始時刻まで3分前―――。シューズの履き心地を確認したあとにはフィールドへと上がる。

 

別に十文字の家族関係とかはどうでもいい。

 

何かしら思う所があるんだろうが、しょせんは他人事だ。

 

しかし……。

 

(そんなにまでも姉ちゃんを嫌うか。そういう態度ってのはダサいんだよ)

 

その経緯は推測するしか出来ないのだが……。

 

(親に打たれもせずに一人前になれる息子なんているもんか)

 

いい年して男女の機微を推測できないならば、家でおとなしくおしゃぶりでもしゃぶっているのが相応だ。

 

別に十文字アリサの肩を持つわけではないが、父親(おとこ)のことを理解できないならば、母親(おんな)の心を察せれないならば―――。

 

(お前は漢じゃないんだよ。十文字竜樹)

 

 

目の前の男が、一高でどんな評価を受けているのかを竜樹はよく存じていた。

そしてその戦績の程も―――。

 

最初、この戦いを仕組まれた時から望んでいたのだ。彼をぶっ飛ばすことを。

 

異腹の姉のことは関係ない。だが、それでもこの男が義兄である勇人など自分が『本当』ならば入るはずだった学校の尊敬する者たちの心をざわつかせていることを竜樹は問題視していた。

 

能力があるくせに無能のフリをして、努力をすれば出来るくせにそれをしない―――こんなフザけた人間に……

 

(なんでアンタは惹かれているんだよ……!?)

 

勇人(義兄)がアレほどまでに心を割いていたというのに、その気持ちの一片も届いていないというのか!? 憤りが渦巻いてしまう。

 

やはり実兄である克人は間違えていたのだ。

 

庶子であるというのならば、今までとこれからの養育費と慰謝料などをくれてやって、発現するかもしれない魔法能力を封印するなどして関係を断っていればよかったのだ。

 

あの時点ならば、四葉の魔法師にして克人の気に入りの後輩である司波達也も元気に活動していた。いくらでも方法はあったはず。

 

先程の一条に対する物言いなど、下手をすれば一条と十文字の家同士の問題になりかねなかったのだ。

呑み込むべきことを飲み込まず、辺り構わず、己の思ったがままに噛み付く野良犬など十文字家に入れるべきでなかったのだ。

 

決意と共に十文字竜樹はスタートランプの点灯で魔法を放った。

 

放たれたのは攻撃型ファランクス。飛んでいく板状の障壁の数々。真正面から小手調べのように放つことで相手を図る。

 

避けるか、防御するか。

 

どちらか―――であるというそれを前に、不動のままにそれが衛宮シロウに届く前に砕けていくという現実が出来上がる。

 

破壊するという第三の選択肢が選ばれた。

 

驚くことはない。勇人から聞いていた通りだ。

 

ヤツには少なくとも十文字家の障壁を砕く術理か魔法力は存在している。

 

(ならば―――)

 

本家本元の防御型ファランクスを発動する。

 

 

多重障壁の魔法―――別段さしたる脅威ではないのだが。術式の『感触』からして彼は防御よりも攻撃の得意のようだ。

 

(火狩や千種先輩などは、とりあえず積極果敢に動くからこちらとしてもやりやすかったが)

 

待ち構えている様子ならば、こちらから動かざるを得ない。

 

「―――SHADOW A GO」

 

言葉と同時に多くの影の魔鳥を出すことにするのだった。

 

嘶きを上げる嘴もなく、ただ羽ばたきの音を以て殺到する魔鳥を前に壁はどこまで耐えられるか。

 

その数―――凡そ200羽。

 

(これも知っている! だが、こんな数―――ただの化成体じゃないのか!?)

 

一羽、一羽―――不気味なシルエットの鳥が啄む嘴もなく竜樹の壁を壊すために無謀な突撃を繰り返して―――壁を壊し果てていく。

 

如何に瞬時に新しい(シールド)を構築するとは言え間断無いバードストライクを前に竜樹も少しばかり怯える。

 

どうやら彼のように不動のままに攻撃に対処することは出来無さそうだ。

 

動くことにした。ファランクスを展開しながらの移動。移動魔法を選択。

 

加速を掛けた身体が衛宮シロウに跳んで行く。

 

その過程で―――。

 

進軍を阻むべく鳥以外の魔法が解き放たれる。

 

ナーガールジュナの字名を持つ少年を阻むのは、金色の―――魔獣である。

 

 

「ある意味、陰気な術式があいつの持ち味だと思っていたんだけど」

 

「金色の獣……」

 

未だに見えぬシロウの上限(リミット)を前にして誰もが呆然となる。ファランクスで押し潰そうとした竜樹の意図を崩すおもわぬサモンビーストとでも言うべきものを前に脚を止めて魔法を撃たざるを得なくなる竜樹。

 

「ただの化成体であるならば、十文字家の壁で押しつぶすことが出来る―――けれど……」

 

「それが容易く出来ないということは何か別の『術理』が働いているということでしょうね」

 

必死の防戦で黄金の巨大鳥…猛禽類と三つの頭を持つ猛犬を相手取る竜樹を前に、一条茜と一条レイラは分析をする。

 

(只者ではないとは分かっていたけど、こんなアグレッシブでファンタジーな術を持っているとは)

 

九校戦前に知れてよかったーーーなどと内心で思っている一条茜だが、シロウがレイラと同じく九校戦に選ばれることはない劣等生であることまでは知らなかった。

 

十文字家ほど一高の内情に詳しくない茜であったが―――苦慮しながら『なんとか』黄金の獣を始末して一息突いた竜樹の隙を見逃さずシロウは急速接近。

 

疾速(はや)い!!!!)

 

気付いた竜樹。横合いから迫ってきた奇襲ではあるが、それでも正面を向いてファランクスでの防御に専念する。

 

(拳など使わせるものか!!)

 

来るなら来いで―――竜樹は構えた。

 

その掌打のための掌が壁に触れた瞬間。全身の体を駆使。同時に『魔力の回転』が伝わり破壊力へと変換。

黒い渦巻きのようなものが竜樹のファランクス全体に伝播していく。

 

そして―――防御の膜ごと十文字竜樹は何メートルも吹き飛ばされる結果へとなる。

数秒前まで竜樹がいた場所。シロウが残心している場所に彩り鮮やかな『花吹雪』……多分、桜だろう花弁が舞い上がる。

 

季節外れの幻想的な光景を見ながらも、起こった現実の光景こそが衝撃的すぎて、何も飲み込めないままでも―――戦いは続く。

 

 

 



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第三七話『女神球戟』

ちょいと短いです。


 

 

「間違いない。あれこそが僕を倒した術理の魔法……」

 

十文字龍樹を障壁(かべ)ごと吹っ飛ばした衛宮士郎の術。その詳細は分からないが何かの回転の力を直接伝えることで相手を崩す術。

 

まさしく『崩しの拳』と呼べるものだ。

 

どれだけ鍛え上げた肉体であろうと、どれだけ硬い壁であろうと……素の内臓に浸透させる術の前では全てが意味をなさない。

 

「オーガンクエイクと同じか?」

「いや、多分アレは術理というよりも単純に『チカラ』を回転させることで物理的な圧を形成したんだ。体の回転、チカラの回転、四肢の回転……全てを廻すことで発生した回転力とでもいうべきものを十文字君にぶつけたんだ」

 

術式なんて高度なものではない。だがそれ以上に分からないのは―――。

 

(基本的にサイオンそのものが物理的な破壊力を持つことは無い。ならば、衛宮君の使ったチカラはサイオンではないものなのか……)

 

プシオンということも除外すべきではない。自分たちの常識が通じないことも選択肢に入れる。だが非常識すぎる術式の集約点も見える。

 

(アレは僕も同じだが回転を『解き放った』だけだ。もしもそれらの回転力を全てひとつに纏めて凝縮したそれをぶつけられた時……)

 

その威力は段階を上げるものとなるはずだ……!

 

「見てみたい。十文字家が持つ最強の盾を相手に彼がどんな矛を以て貫くのかを……!!」

 

興奮しきった千種の顔に、この魔法オタクめ。と少しだけ白けた顔で内心でのみ罵りながらも北畑千佳もそれを期待する……。

 

ふっ飛ばされた十文字竜樹は既に起き上がっている。審判が駆け寄ろうとするの手だけで制する。目をそちらに向けずに衛宮士郎を見ている。

 

(まさか、こんな奴がいるとはな……!!)

 

歯ぎしりするほどに強力な術者。数字持ちはおろか、どこぞの有名な古式でもない……こんな野良犬みたいな雑種に自分が一度は倒されるなど……。

 

(失態だ!! だが、ここから先は容赦せん!!)

 

1ラウンドは、こちらの負けだ。だが、ここから先は容赦しない。

 

その勢いで魔法は解き放たれる。

 

 

起き上がった十文字竜樹の戦闘スタイルは、先程とは違っていた。ファランクスではないが、程よい防御魔法を張りながら砲撃を食らわせていくスタイル。

 

それはかつて三高のOBが一学年時に九校戦のモノリスコードで披露した戦型である。

 

偏移開放という砲撃を食らわせつつ相手の攻撃を装甲魔法で防ぐスタイル。

 

だが……。

 

(なんだ。最初っからこっちでやっておけば良かったじゃないか)

 

思わず拍子抜けする結果を前に竜樹は安堵する。

 

放たれる巨大な空気圧の砲弾を前に衛宮士郎は前進を阻まれていた。特化型CADを思考操作のペアリングで放つそれは、絶え間なきものではある。

 

十文字の魔法師としては失格かもしれないが、竜樹は防御よりも攻撃のほうが好きな性格なのだ。

 

それは『竜』という文字を名前に持つからなどというオカルトな考えもあったが、その理由は分からないが……待ちに徹するということが、性分ではない人間だった。

 

ともあれ、勝ち筋が見えたことで防御2割の攻撃8割で対応する。

 

放たれる空気圧の勢いと砲撃の数を前に、もはや直撃を食らうことは既定路線。

 

ヒートアップする会場。防戦一方となる衛宮士郎の敗北は既定路線。

 

そして砲の直撃が衛宮士郎を貫いた瞬間。

 

「!!!!????」

 

その体が細切れになった。いや、正確な表現をすれば、衛宮士郎という存在は紙のようなものであったのだ。

 

有り体に言えば―――。

 

「分身の術!?」

 

おどろ木ももの木さんしょの木な状態の竜樹に対して、背後から影の鳥が殺到する。

 

間一髪、多層障壁で防げたが、しかし!!

 

「がぁっ!!!」

「竜樹!!!」

 

背後に集中したが故に横から入った衝撃が自分を痛めつける。

 

(―――こんなことがあり得るのか!?)

 

衛宮士郎は……竜樹の四方を取り囲むように存在していた。

頭が混乱する。混乱する頭でも術は完璧に発動させる。

 

 

――――――竜樹の四方の衛宮士郎は様々な攻撃を繰り出す。

 

蒼炎の波濤。影の鳥。蛇拳。魔獣召喚(?)などで竜樹を縫い付けている。

 

十文字家の魔法 多層多重障壁魔法たるファランクスは現代の最新鋭の重火器……とりあえず巡航ミサイルの直撃程度の物理的直撃には耐えられるだけのものがある。

 

更に言えばそれは魔法においても同じだ。それらの物理的な圧の大小とは別の理における圧を与える魔法攻撃においても、これらは有効なものだった。

 

故にどれだけの圧を、術理を受けたとしてもそれらを跳ね返すだけの(ことわり)を持つ盾であるはずのファランクスが衛宮士郎の攻撃を前にしてはそこまでのことが出来ない。

 

つまりは……十文字家の男子が、秘奥を継いだはずの魔法師が、必死の防御をせざるを得ないものが衛宮の術にはあったのだ。

 

持久戦に勝機はない。それを分かっていても『どれが本物』の衛宮士郎なのかを竜樹は分からない。

 

七草家の長女や昏睡状態の一高OBほど目利きではない。いや、そもそもそういうことが出来るスキルを持っていないのだ。動き回りながら四方八方から攻撃を放つ衛宮士郎を前に目が回りそうになりながらも防御の手は緩めない。

 

そんな様子を『上』から見ていたシロウは嘆息しながら、まぁ『手土産』はこんなところだろうと見ていた。

 

別に九校戦というものに興味があるわけではない。

 

しかし、とりあえず一高を仮宿としている1人としては、このぐらいは見せておけば良かろうと思えた。

 

(あとは選ばれる奴がどうするか、だ)

 

そこまでの関心はシロウには無かったわけで、勝負を決めることにするのだった。

虚空を足場にして竜樹の頭上4mほどに滞空している衛宮士郎が、突如出現したのだ。

 

そしてその手には真黒の渦を巻く『深蒼の球』が形成されていた。

バスケットボールほどのサイズのそれを手に急降下。

 

それに何とか気付けた竜樹だが、気付いたところで時既に遅し―――。

 

『『『『ヴォオオオオオ!!!』』』』

 

四体の衛宮士郎は『分身』であったらしく、影絵の魔物、影の巨人とでも言うべきものに変化して竜樹の意識を分散させていく。

 

天より舞い降りる戦士……その手にある光球を途中で放り投げる。

竜樹が形成したファランクスの天辺の壁と接触。

その後の変化は、あまりにも急激だった。

十文字家が誇る絶対の盾を砕きながら迫りくる球が素の状態の竜樹にまで迫る。

 

その威力はファランクスを壊したことから察してあまるものがあった。

そして……壁をぶち壊しながらやってきた球が内部で炸裂。珠に押し込められていたエネルギーが開放されて、膨大なまでの圧が竜樹の全身を痛めつける。

 

何もかもが予想外。

何もかもが予定外。

何もかもが想定外。

何もかもが想像外。

何もかもが意想外。

 

凡そこの結果を予想していなかった全員は、圧による周囲の変化から目を背けていた後に見えたマットに仰向けに倒れ込んだ十文字竜樹の姿に、色々と混乱をきたすのだった。

 

十師族の男子―――実戦ではないとはいえ三高の1年エースを倒したという事実が、多くの人間に伝わるまでは早かった……。

 

 



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第三八話『混乱前宴』

 

 

衝撃はとんでもなかった。

十文字竜樹が受けた魔法は身体に貼っていた最後の防壁すらも打ち砕き、しこたま圧を食らわせたのだ。

 

そうして意識を途絶した竜樹が目を覚ますと、そこは三高の保健室であった。

 

掛けられていた白いシーツを押し退けて、半身を起こすと……。

 

「気分はどうですか?」

 

「―――別に悪くない。痛みも殆ど無い……衛宮士郎の術なんでしょうね」

 

横にいたのは自分の同い年の義姉であった。どうしても心に蟠りがあるヒトは、どうやら自分の看病をしてくれたようだ。

 

話す話題は無いわけではない。だが、別に竜樹が切り出すべきことでもない。

 

しかし、聞かなければならないこともある。

 

「アンタは……姉さんは、衛宮士郎が好きなのか?」

「―――それを竜樹さんが気にしますか?」

 

驚いたような顔をしてから平素な顔を取り繕った十文字アリサは質問に質問で返してきた。

 

「勇人兄さんの心が分からないアンタじゃないだろ。それを無視してでも彼を好きなのか……それが聞きたい」

 

かつて和樹(実父)が慶子とダリヤという女性の間でどういう『付き合い』があったかは分からない。

だが、慶子(実母)との婚約が、十文字の家が用意した縁組の女性であるというのならば、本当に心を通わせていたのはダリヤさんだったのではないかというのは……流石に今の年齢の竜樹でも察することは出来る。

 

「そうですね。好きですよ……一方的な想いを押し付けているだけかもしれませんが、その心を偽ることは出来ない」

 

「なんで?」

 

勇人があそこまで心を割いていたというのに、それよりもあんなぽっと出の訳わからない魔法師がいいというのか。

ちょっとした失望が竜樹に生まれる。

 

「知っていけば知っていくほどにその『衛宮士郎』という『ニンゲン』の奥深さに、複雑さにどうしても惹かれる……私は幸いにも十文字家という魔法師の有名な家に引き取られたけど、彼は一人で生きてきた……もしかしたらば、シロウ君は私が辿った姿なんじゃないかと思ってすごく惹かれる……」

 

「勇人兄さんだって両親を失って我が家に引き取られた……同じだっていうならば―――」

 

「うん、けども勇人さんは……私に対する哀れみと同情心とが混ぜ合わせで、そういう風な男性としての興味を持てなかった」

 

「先に父さんに引き取られていたからでしょ……」

 

案外、もう少し引っ張るように男気を見せていればまた違ったかも知れないが……兄貴分としての態度を優先した勇人の心が間違いではなかったのが悩ましい。

 

結論としては十文字家という『名家』に引き取られたことで、彼女は十文字の魔法師という枠組み……令嬢(プリンセス)に収められた。

同時にそれは、生き方を制限されたようなモノだ。

そういうのとは違う存在に惹かれてしまうのは何となく想像できる。

 

いっときの気の迷いというには、彼女はそもそも庶民的な育ちをしてもいたのだから……何とも。そちら側に対する理解も出てしまうのだろう。

(和美)が読む少女漫画でいえば『道明寺』が『つくし』に惚れ込むようなものだ。いや、男女逆なのだが……。

 

「克人兄さんが許すとは思えない―――けども、俺にはそれ以上言えない。アナタの母親が自分の気持ちを優先せず、母さん(慶子)との縁組を邪魔しなかったことを考えればな」

 

戦う前は、どちらかといえば勇人の想いを踏みにじるアリサという姉に対する義憤が渦巻いていた竜樹だが……正直白けていた。

 

結局、分かっていたことだった。

 

男女の仲、寄せ合う情なんてのは魔法のような理論だったものではなく、本当に理屈ではない摩訶不思議なものなのだ。

論じることなどバカらしいほどに衝撃的な出会いも時にはあるのだろう。

 

(ならば、彼は何なんだ?)

 

そう考えた時に、時刻を見るとどうやらあの戦いから1時間ほど経っているようだ。

 

一高勢が日帰りで東京に戻ることを知っている竜樹としては、まだ金沢にいていいのだろうか? という疑問を呈したのだが……。

 

「竜樹さんが倒れたあとに色々あって、一泊することになりました。まぁいまシロウ君は『勝負』を挑まれている状況です」

 

自分が望んだこととはいえ、それは無遠慮すぎやしないかと三高の生徒たちに少しだけ憤りを覚えながらも、彼の勝負……義姉であるアリサが言い淀む現場に赴くことにするのだった。

 

「あっ、竜樹さん。そっちじゃないです。こっち」

「武道場以外で勝負しているのか……」

 

三高の構造を知っているわけじゃないだろうが、端末で先導するアリサの案内に従い、保健室から出てそして向かっていく……進むごとに魔法戦闘が行われている場所から遠ざかっているような気がする。

 

「姉さん。どこに向かおうと―――」

「はい。着きましたよ」

 

そして扉が開け放たれる。開け放たれた先で衛宮士郎は立ち上がる豪火の中で長柄の得物をふるい続けていた。

 

激しく燃え盛る火炎に負けじと彼の振るう得物は炎を制していく。なんて激しい演舞であり炎舞だ。

 

その中で生まれいづるものがある。白色(むしょく)のものから黄金色(こがねいろ)に染めていく至高の錬金術。

 

この前ではあらゆる錬金術が意味を成さないはずだ。精製される金属以上に誰もが価値を認めるそれは、万民が欲するものだ。

 

そう、彼は――――。

 

 

「王道中の王道!! 隋の煬帝すらも唸らせた揚州蛋炒飯を見舞ってやるぜ!!!」

 

 

―――チャーハンを作っているのだった。

 

思わずズッコケたくなるものであったが、その手際は、素人目に見てもとんでもなかった。

 

プロ料理人ですら難儀する巨大鍋の中の米が波打つようにして黄金をまとっていくのだ。

 

「大鍋で一挙に50人前を作るつもりですか!! ですが私も負けません!! 祖父殿から受け継いだこの軽量鉄鍋3つで30人前を作りますからね!!」

 

しかも一条レイラが対抗心を燃やすようにコンロ3口使っての作業をする……これに関しては、大体の三高生は既知のものであった。

彼女の中華料理人としての腕はかなりのものなのだ。

 

「レイちゃん!! ファイトー!! あっ、シロウくん。ご注文の冷製トマトコンソメスープも出来ているからね!!」

「私も手伝いましたよ!!」

 

そして一条も緋色とともに何かやっていたようだ。料理を作る三高女子と一高男子に混乱する竜樹。

 

「ど、どういうことで?」

 

「その辺りは私が竜樹クンに説明しようかしら」

 

竜樹の出した端的な疑問に答えるようにやってきたのは一高女子アーツ部の北畑千佳―――なのだが、ウィッグを着けた姿と表情の変化に戸惑う。

 

しかし説明は聞くことにするのだった。

 

曰く、竜樹との超絶なエキシビションマッチ及び戦いの激しさは見ているものも色々と興奮させた。

 

ここまでの戦いもプラスして撤収作業の両校アーツ部と竜樹の回復をさせていたシロウを見ていた面子

……全員の腹が盛大に鳴り響いたのだった。

 

そりゃもうお腹がペコちゃんになったのだった。

 

そこで北畑千佳は一計を案じた―――ここには都内のイタメシ屋で働くザ・シェフがいるのだと!!

 

『イタリア語で料理人はクオーコですけどね』

 

などというムダな知識(インテリ)ツッコミを受けつつも、シロウにクッキングパパならぬクッキングマギになるように頼む。

 

その時点で金沢に一泊することは決定したわけだが、ともあれ保健室へと竜樹(就寝中)を連れて行くことを決定したあとには、この大食堂へと案内されるのであった。

 

この事態を読んでいたわけではないが、一応ご飯はかなりの量が炊きあがっており、食材も確認は終わった。

 

だがこの時点で、リゾットは無理だなと思えた。(シロウ談)

 

如何に柔めにするとはいえ、リゾットは基本的に生米を使うのだ。ゆえに作るものは……。

 

『んじゃチャーハンでも作りますか』

 

イタリアンの料理人なのに、それはいいんだろうかと思うが、基本的にまかない料理というのは腕試しの意味もあるが、それでも仕事としての料理……メニューに乗らないようなものも時には作る。

 

要するに『飽き』やら『インスピレーション』を途絶えさせないためだ。

 

ぶっちゃけ寄越された材料次第で違うのだが……。

 

そんなわけで―――。

 

「数cmのズレを重ねて 偶然は運命になり」

「四次元の会話も馴れて つい引き込まれていって」

「暗闇を切り裂くようにアイニージューアラブなのよ」

 

北畑と千種……五十里のイミフな会話(君さえいれば)はともかくとして、古には砂金炒飯とも呼ばれたド定番『五目炒飯』は、器用にもお玉を使って皿に次から次へと『玉』となって盛り付けられるのだった。

 

最後の方に入れられた葉―――香り付けのためのそれを見つつ、アリサもその料理に興味をそそられる。

 

群がるような両校アーツ部の部員たち。総勢80名分を作ったわけだが、どう考えても足りないわけで、専用の食洗機に巨大鍋を入れてから次の巨大鍋を出してそこに大量のラードを入れるシロウ。

 

手際がいい。動きが機敏だ。

やはり店で仕事としてやっているだけにアリサのような素人料理人とは違う。

 

「アーシャ! 一緒に食べよう!!」

「竜樹! 持ってきたぜ!!」

 

そんなわけで砂金のような黄金炒飯を持ってきた互いの友人によって、食味となるのであった。

 

「いや、私は戦っていないわけだから、まずはミーナが」

「毒味! とりあえずどんなものかズバッとその神の舌で判断して!!」

 

既にヨダレが唇の端から垂れつつある親友に別にそれはいらないんじゃないかなーと思うも、胡椒の香りが漂うそれがアリサの食欲も刺激するわけで―――適当なところに座って食べることにするのだった。

 

前からシロウの手作り料理は食べていた。ごくごくたまに昼食を一緒にした際には、それなりに食べていたわけで……ゆえに―――。

 

 

一口頬張った瞬間に、二口、三口と自然とスプーンの動きが加速する。

 

「うまっ―――いやいやいや! なんでここまで美味いんだっ!! おにょれっエミヤシロウ!!」

「ミーナ。咀嚼しながら口を開かにゃい。ぎょうぎわるいよ」

「あーしゃも!」

 

道産子ギャルズの言葉を少し遠くの方に聞きながらも、冷静にそれを食べていた五十里明はカウンター席ともいえる最前列において、シロウに講評出来るところで口を開くのだった。

 

「ちょっと憎たらしい味付けだわ。わざと半歩だけ胡椒利かせすぎてるでしょ、これ」

 

スプーンを握った明が、むむむ、と米粒を睨みつけている。

 

「試合をやらないやつもやったやつも、みんな脳みそと身体をよく使っただろ? だったら、細かく味のバランス取るより、ガッツリ食欲満足させる方がお得じゃん」

 

結局、なんで応援している方も、食欲が湧くかといえばその戦いの熱気とかに当てられる。見ることも声を出すこともカロリーを使うからだ。

 

「うわ、技術(テクニック)じゃなくて感性(フィーリング)と仰る。魔工技師志望としては認めたくないけど、美味しいわ」

「最後にバジルをいれて味を上品にまとめてきたのね……細切れのチャーシューもネギも全てがハーモニーを奏でているわ」

「にしても最後の香り付けとしてはバジル、か。何故にバジル?」

 

五十里の口惜しげなセリフと、上品な口調で言う北畑。

最後に疑問を呈する千種先輩にシロウは返す。

 

「パクチーは人によって好き嫌いがありますからね。ハーブとしては玄人向けです。バジルであればまずまず万人向けです」

 

そういうことであった。ただこれを教えたのが伯母で、伯母はどっかの『転生するカミサマ』から教えてもらったと言ったことを思い出したシロウだったが、とりあえず余計なことは言わないでおくのだった。

 

「私達の作った冷製トマトコンソメスープもどうぞ」

「これはどうも。つるっ!といける―――そしてこの塩胡椒けむる砂金炒飯とのコントラストが!!」

「むむむっ! これはつまりカリウムとリコピンたっぷりのトマトコンソメによってナトリウム不足を起こした身体が塩化ナトリウムがふんだんな揚州蛋炒飯を美味しく感じる理屈!!!」

 

一条と緋色が出したスープがより炒飯を美味しく感じさせる。食の宴が更に騒がしくなる。

 

「三高の美少女三人とのコラボとか、アンタは三高に何しに来たんだ?」

「回復術者としてだと聞かされたはずなんだがな」

 

何故か仕事が増えるのは、見て見ぬ振りが出来ない己の性分ゆえだろうと五十里のニヤつくような顔と言葉に返しながらも鍋を振るう手は止まらず。

 

一条レイラとのコラボ、途中参加の十文字アリサの協力で300人前ぐらいは作ってのけるのだった……そんな料理上手は魔法上手なシロウを見ていた十文字竜樹(炒飯3杯目)は、少々残念な想いを抱くのだった。

 

彼にリベンジを果たせる舞台として九校戦は相応しく、しかし彼が選ばれることはないことを勇人から聞かされていて―――。

 

けれど炒飯とコンソメの味は変わらず美味しかった一方で都内や金沢の魔法の名家は色々と混乱を来して……シロウが否応なく巻き込まれていく。

 



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第三九話『諦悪困惑』

 

 

二〇九九年も七月半ばになった。国立魔法大学付属高校はもうすぐ夏休みを迎える。第一から第九まで、北も南も年間スケジュールは同じだ。

 

それゆえ始まろうとしているのだ。

魔法科高校の生徒たちにとってのインターハイともいうべきものが。

 

国立魔法大学付属高校全九校が参加する夏の一大行事。

 

『全国魔法科高校親善魔法競技大会』──通称『九校戦』の開幕まで、残すところ半月となっていた。

 

半月となったとしても……関係ない人間はいるわけで、その一人である男は、いつもどおりに土曜のカリキュラムを終えて、いつもどおりにバイトに行こうと歩を進めていた。

 

名は衛宮シロウ。

 

一高におけるイレギュラーは何だかあちこちでアレコレと動く連中とは無関係に校舎外へと向かう。

 

季節は既に夏になり、汗ばむ時を告げていた。

 

 

―――九校戦で待つ―――

―――俺に君との再戦の機会をくれ―――

 

少し前の金沢の第三高校でのことで勝手な宣言。

選ばれるわけがない人間であるとは教えておいた。

 

それでもと言い募る十文字竜樹に対して。

 

 

―――出たいからと言って出れるようなものじゃない―――

 

そういう『当たり前』の事を言って彼の前から去ったのだ。

 

そんなこんなで学校全体が九校戦ムードになり、色々と忙しくなる中、それとは無関係の男子生徒は校舎からいなくなるのだった……。

 

いなくなるのだった……。

 

「―――」

 

いなくなるのだった……。

 

「いや、過去形にしたところでムリでしょ! 事実は変えられないわ!!!」

 

いなくなりたいのだった……。

 

「願望型にしたところで! とにかくシロウ君もアルバイトの時間までは何かやってよ!!」

 

「やだよ。っていうか俺みたいな劣等生に何が出来るってんだよ。クラウドの球拾いか? そういうのはオートロボに任せりゃいいだろ」

 

「そんな前時代的なことをやらせないわよ。とにかく一度は三矢会長と話してよ〜〜〜!!」

 

「いやだ〜〜〜」

 

帰ろうとしたシロウの前に通せんぼしたそんな十文字アリサとの言い争いとも言い切れぬやり取りのあとに、結局の所、会長のもとにしょっ引かれるのはシロウであった。

 

7月も半ばのこの時期、高校球児ならば甲子園。他の競技……サッカー以外であればインターハイ目指して予選を終えるか、まだやっている最中のこの頃に―――。

 

「何度か言いましたが、俺は出場しませんよ」

「考えは変わらないんですね……」

 

―――未だに選手選考で難を得ているのだった。

 

なんで変わると思えるのか……三矢会長の交渉の下手さに対して呆れを覚えつつ答える。

 

「本来ならば選ばれるのは光栄なことなのでしょうが、生憎おれにはそれは出来ません。生活が架かっているので」

 

「それだ。以前から疑問に思っていたんだが、日本の学校教育制度からしても学費の免除は当然のごとく、ある程度の生活費の援助もあるはず。如何に君がご両親や親族が居ないとはいえ……そこまで心血注がなければならないのか?」

 

人差し指をこちらに向けて、疑問を呈する矢車会計に対してシロウは自分の『裏側』を話すことにする。

 

「そうですよ。俺は天涯孤独は当然として『元々』は英国に住まいを殆ど移していた……ある種の異邦人だからこそそうなっているのです」

 

シロウが『偽造した経歴』でも通せた『公的』なものとして、日本の魔法協会では学費の免除や公的な資金援助は許さなかったし、許されなかったのだ。

 

「魔法協会としては、英国からの『出戻り魔法師』に対して『全面支援』を許すわけにはいかなかったのでしょう。まぁ流石に満額はムリだとしても幾らかはいただけましたが、全然足りませんので俺はアルバイトをしなければいけないんですよ」

 

さらっと流すかのように、シロウの生活実態が明るみになって、そして全員が悲痛な沈黙をしてしまうのであった。

 

「同情するなら金をくれ! などとは言わんが……分かったならば放っておいてくれませんか? 俺は魔法師としての栄達を望んで、ここ(一高)に通っているわけじゃない。魔法協会の出した条件の一つに一高に通っておけというのがあっただけなんですよ」

 

更に沈黙。

だが、それでも言わなければならないことがあるとして……一人の男子が立ち上がる。

 

「けれども、君は優勝候補の三高の1年エースを倒したんだ!! 何か協力してくれてもいいじゃないか!?」

 

憤るように言う火狩に煩わしい想いを抱きながらもシロウは確認を取る。

 

「協力しただろうが、五十里。データは?」

「ちゃんと渡したわ……実際に再生もしたし」

「じゃあ問題ないじゃないか」

 

何のために十文字の弟を倒すという無駄ごとをあの三高でシロウはやったのか。それは、結局の所……十文字竜樹がどういう使い手であるのかを、九校戦メンバーに教えるためだったのだ。

 

「けれどね。あなたの戦いとの比較をした時に……何というか『常識の向こう側』での戦いを見せられているとでも言えばいいのか―――相手の能力はそれとなく分かったけど何の参考にもならないのよ」

 

しかし、五十里及び九校戦のメンバーたちには不満なモノだったようだ。

だが、それは無い物ねだりでしか無い。

 

「そりゃ当然だろ。データはあれども攻略方法はそれぞれだ」

 

どういう相手であるかは分かっていたとしても、相対する相手の手札がどんなものかによって攻略法は変わる。

 

相手バッターを打ち取るための投球内容は、直球得意なピッチャー。変化球得意なピッチャーとでは違うのだ。

 

「こんな劣等生に頼ることを情けないとは思わんのか火狩? 腹を割きたいほどに恥を覚えんのか?」

 

「俺はファイター(戦士)じゃない。クライマー(登山者)だ。山を攻略するのに先人たちの教えは当たり前のごとく取り入れて挑むし、必要ならば人数をそろえなければならないんだ」

 

「ならば俺とて戦士じゃない。労働者(ワークマン)だ。俺には俺の道があるんだよ。邪魔すんな」

 

―――折り合いがつかないのは当然であった。

 

 

そうしてそれ以上の引き止めは流石に色々とマズイということで、アルバイトに向かったシロウとは別に九校戦に向けて校舎内外で練習に励む人間たちは色々な想いを抱く。

 

「まさかここまで強硬な態度を取るとはね……正直、油断していたわ。せめて応援員としていてくれるだけでも、かなり嬉しいんだけど。実際あのヒーリングかリカバリィな術はいざという時には」

 

「そういう気持ちは伝わらないわけではないけど、シロウ君にも事情はありますから」

 

本当ならば『いざという時』なんてのは来ない方がいいのだが、という想いで小陽は計算高いことをいうメイに言う。

 

「――――――私もそうだったかもしれないんだよね……」

 

「アーシャと衛宮はぜんぜん違う!! だってアイツは―――ううん……! とにかく!! 違うからそういう共感はしないでよ!!」

 

アリサの少しだけ共感したような言葉に茉莉花は苦しくとも反論する。衛宮シロウの境遇を考えた時に、どうしても厳しい言葉が出てこないのだ。

 

「けども、衛宮君の語ったことって事実なの?」

「大変不本意ながら事実なのよ日和。深いところを調べるとそういう法律があるのよ」

 

クラウドのアリサのパートナーたる仙石日和の言葉に、メイも苦しくなりながらもそれを肯定せざるを得ないのだ。

 

事は魔法という軍事にも直結する技術を持った存在が他国に出ていたという事実に対するある種の懲罰的な面もあった。

 

メイの詳らかな説明に対してちょっと前に父親の武勇伝(海外渡航)を聞かされていた茉莉花とアリサは少しだけ身を硬くするのだが、それらを全て聞いたあとに思うことは……。

 

「そういう話の場合って昔懐かしの『奨学金制度』みたいにある程度の優秀生な証明も必要になるんじゃないかしら? 例えば研究成果を公表しろとか、何か秘儀を提出しろとかさ」

 

「そう言えばそうですよね……まぁ古式魔法師ってことで、魔法協会もそういう態度なのかもしれませんけど、無情なのか無関心なのか……どっちもなのかもしれませんけど、中途半端なことをしますね」

 

日和と小陽のサンシャインコンビの疑問。実を言えば、その答えをメイは分かって、アリサは察していた。

 

それは権力というものの生臭さを友人一同に知られたくないがゆえの恥というものであった。

 

 

「それじゃ、シロウ君は九校戦に出場しないんだ」

「そういうことだ」

「けれど金銭の支援を受けているならば、普通はそれなりの成果を求めるはずだけどね」

「それが普通だよな。けれど、現在の魔法協会は色々と閉鎖的で『現代魔法師』が主に役職を独占している。市井の人が想像するファンタジーな古式魔法師の就ける椅子など無いんだよ」

 

転じて古式魔法師が現在の魔法協会では軽んじられており、海外に行った凡百の魔法師が出戻ってきたとしても特別冷遇もしないが厚遇もしない。

 

彼らにとって重要なのは数字持ちの人間が出戻ってきた場合のみだ。

 

ゆえに……ある意味、ゆるくシロウは魔法科高校にいられる。

 

結局の所、出自も定かではない野良犬など放っておかれている……どれだけ異能を持っていたとしても―――。

 

「まぁそういうわけだ。あんまりいい話出来なくて申し訳ないな」

「ううん。私が演じるのはどちらかと言えばそういう雑草根性な存在。セレブなお坊ちゃんに対して立ち向かうことをやめない不屈な女だからさ」

 

バーチャルアイドル『ショウセツ・ユイ』ならぬアイドル声優『由比雪子』が今度、仕事としてもらったのは、とある漫画のボイスコミック。

 

大まかなストーリーは、セレブリティな『魔法使い』の名門学校に入学した『庶民な魔女』―――そこでお坊ちゃん魔法使いと敵対したり理解したりしながら……恋愛劇を繰り広げるそうだ。

 

題名は『ハナヨリダンゴ〜Magic Hour〜』とかいう色々とギリギリなタイトルの漫画であったりする。

 

そんな訳で、参考になったようでならなかったりする話をしながら歩いているといつもどおりに分かれることになったのだが……。

 

「我が夫」

「モルガン、どうしてここに?」

「きちゃった♪ というのをやってみたかったのです」

 

このツーマ()。可愛すぎやせんかと思いながら腕に腕を絡めてきた夏用の装いを具に観察する。

 

コンセプトとしては仕事帰りのOLのような衣装……薄手のブラウス―――腕を少しだけまくったものとスリットが入っているタイトミニスカート。しかし夏場でもストッキングを履いた美女。

 

そんなわけで高校生の弟とOLの姉―――とでも誤解されていればいいなーと思いながら、帰路へと着くことにした。

 

「『明日』は色々とですからね。用心ですよ」

「尾けられていたからな。モルガンも?」

「ええ、トトロットドレス社に侵入者がいましたから」

 

成程、車中でも密着状態を変えないモルガンに納得しながら、遮音をした車中でその会話。

 

明日の『ご招待』に関して話すのだった。

 

(十文字がいなきゃいいな。それとなく明日の予定を聞いとけば良かった)

 

7月18日の土曜日を超えた日曜日でも恐らく九校戦とやらに向けて準備を進めているだろうと考えて―――。

 

「ノッブが義父に会った時のように向かいますか?」

「別にマムシと会うわけじゃないし、いいさ」

 

身なりで油断してくれるというのならばそうするが、特にドレスコードが指定されているわけでないならば畏まった服装で行く必要もない。

 

ようやくのこと(相手側からの視点)で、十文字克人という十師族の当主との話し合いが持たれようとしていた……。

 

 



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第四十話『断交断罪』

 

 

 

7月19日 日曜日

 

今日ばかりは九校戦の準備のために学校に行くことはない。だからこそ離れの方でのんびりしようかと思っていたのだが……当主である克人から前日に言われてしまったことがある。

 

「和美にも言っておいたんだが、明日……重要な(ゲスト)を家に迎えることに成っている。デリケートな話し合いになるから、未成年者2人は街で遊んでくるように」

 

明日は家にいるな。という言葉をオブラートに包んで言ってくる克人。

そういう風に言われたあとに結構な額の『お小遣い』を渡されて(振り込まれて)しまった。

よほどやましい話し合いだろうなと思いつつ、別にそこまで家のことに首を突っ込むつもりもないアリサは、従容としておくのであった。

 

この数年で北海道民(田舎)から都内の暮らしになれてしまったアリサだが、休日にどこかに遊びに行くとしてもナンパとかが嫌で勇人をボディガードよろしく付き添われることもあった。

 

しかし、そんな勇人は現在は別件で友人と出かけているようだ。

 

妹である和美は友人と連れ立って『AOIのイベントに行ってきます!!』などとメンズモデルにして役者業にも最近は進出しているタレントのイベントに行くとのこと。

 

自分はどうしたものかと思っていると、メイ及びいつもの面子から遊びの誘いが来るのであった。

 

特別断るつもりはないのだが……タイミング良すぎではないか? そう思いつつも―――遊び場へと向かうことにするのだった。

 

―――そんな……十文字アリサが出ていった20分後……コミューターの1つが巨大邸宅の前に停車。

 

そこから一組の男女が出てきた。家のセキュリティ上で問題はないとして通した当主。

 

家人はそれほどいない屋敷だが、こんにちに限ってはそれも暇を出しておいた。

 

ホームヘルパーに茶請けと茶を用意させつつ、克人は、この交渉を成功させるべく気合を入れるのであった。

 

 

「十文字克人と言います。本日は、お呼び立てして申し訳ないお二方」

 

「要件はまだ何も伺ってはいませんが、とりあえず自己紹介のほどを―――衛宮士郎と申します」

 

「妻のモルガン・ペンドラゴンです」

 

いきなりな先制ストレートを食らった気分だ。事前調査で年上の女性と『同棲』しているのは分かっていたのだが……まさかそんな関係だったとは。

 

年齢にしてはちょっと幼いとも感じるかもしれない大きめの黒リボンで髪を結っているくすんだ金髪の美人―――婚約者はおろか恋人すらいない克人は羨望を覚えつつもそれを呑み込みながら対話へと向かう。

 

「さっそくで悪いが衛宮君、私がキミの学校のOBであることはご存知か?」

 

「少なくとも2人ほどは同じ名字の人間がいるんです。英国に住んでいたとはいえ、魔法師の名字で同じのがいるからと無関係とは考えませんよ」

 

数字持ちの制度とか存じ上げません。と言ってきたようにも感じる。フレンドリーさを出しつつも権威的な圧をかけたつもりだがあっさり躱された。

 

「まぁ『御息女』には少々、困らされているのでどうにかしてほしいというのが私の感想です」

 

「―――生憎ながら、君の言う御息女だろう十文字アリサは私の妹だ」

 

「失礼しました。御令妹でしたか、当主殿の年齢を勘違いしましたよ」

 

そこまで俺は老け顔か、親父に見えるのか!? そう怒鳴りたい気分を押し殺しつつ、本題に入ることにした。

 

「アリサや勇人から色々聞いているが、あれだな。君はどうにも……」

「反骨精神の塊なもので」

 

自覚はしているようだ。権力に阿ったり、上昇志向が強い野心家であればアリサに気に入られた時点で十文字の家に取り入ろうとするのが普通だ。

 

それが古式魔法師ゆえなのかどうかは判断がつきづらい。手強い交渉になりそうだと思いながらも対面の椅子に座った少年と女性に改めて向き合う。

 

「―――本題に入らせてもらうが、衛宮士郎くん―――私は君に『ある男』の治療を要請したい」

 

「俺は医者でもなければ看護師でもない。そんな奴が誰かにわけのわからない治療を施せば、どんな法律に抵触するか……分かったもんじゃない」

 

シャクティパットとかいう意味不明な治療を施したとか吐かす意味不明な団体が、日本にはかつていたのだ。治療ですら無いただの思いこみである。

 

まぁそれはさておき、何故こんなことを頼まれているかは察しがついているとシロウは前置いてから口を開く。

 

「妹さんや副会長たる弟君から何を聞かされているか知りませんが……俺の回復術で治るような人間なんでしょうか?」

 

「それは―――」

 

そこが不透明な限りなのだ。遠目ながら克人も彼の回復術はいくらか見てきたし、記録映像も見た。

 

だが肉体的な外傷を癒やしたところしか見ていない。そう考えるとかなりの賭けだ。

 

今更ながら……。本当に、不透明な限りだ。

 

(だが何よりも……)

 

この少年と相対していると、どうしても『あの悪魔』を思い出させる。

 

後輩たちにとっては三年間の仇敵。克人にとっても回数こそ多くないが仇敵であった。

 

(ノーブルファンタズムのファンタズム01を思わせる……)

 

欧州に地盤や祖を持つ古式魔法師が、こういう人間が主であると言われてしまえばそれまでだが。

 

攻め込まれているというか交渉の主導権が、相手にあることがキツイ。ならばこちらから胸襟を開くことで、願い出るしか無い。

 

「衛宮君、頼む。俺の後輩……司波達也を再び目覚めさせてくれ―――これが成功・失敗どちらであっても『これだけの額』を支払わせてもらう。どうか試してくれないか?」

 

「……」

 

その言葉に一度だけ眼を瞑って考えている様子の衛宮シロウ……。

 

永遠とも思える時間は現実には10秒程度だったのだろうが、その口から放たれた言葉は―――。

 

「十文字当主、この話は無かったことにしてください。私には荷が重い」

 

それはあまりにも無情な交渉の打ち切りであった。

 

「……訳を聞かせてもらってもいいかな?」

 

「一つに私の身の安全が保証されていない。あなた方は閉鎖的な環境(国外渡航禁止)にいたから知らないでしょうが、欧州の魔法師界隈ではタツヤ・シバというメイガスを殺すために、ノーブルファンタズムが動き出したという話はよほど噂に疎い人間でない限り耳に入っていたんですよ」

 

「――――――」

 

「かのスイーパー(掃除屋)に狙われて命が助かった人間などいませんからね」

 

急所を突かれたかのように固まる十文字を前にして言葉は続く。

 

「どのような戦いであったかは分かりませんが、少なくともあの全世界に向けてセンセーショナルな発言をしたタツヤ・シバは命だけは拾えていたようですね。言葉から察するに傷病・外傷の類は回復しているのでは?」

 

「表向きは、な……君に頼みたいのは、ヤツを昏睡状態から目覚めさせることだ」

 

「尚更、やるわけにはいきません」

 

その言葉に克人は声を荒げた。

 

「何故だ!? 君のチカラならば、一人の青年の命が、これからの魔法師の世界に必要不可欠だろう宝物のような人間が救えるかもしれないんだ! それを何故やらない!?」

 

どこか(どっか)の大学アメフト部の部員の違法薬物問題で保護者や部員への説明会で

 

『自分たちは日本の宝物だ!』

 

……などと自尊心と自意識だけが肥大化・尊大化した発言をする幼稚な大学生のような言動である。

 

突き放すように考えながら、言葉を紡ぐ。

 

「そんな人間が仮に元気に動き回っていることが『どこか』に伝われば、今度こそ『殺害』へと至るでしょうね。そして何より、これが重要なことですが―――、そんな風な状態にしたはずの男を治癒した術者……つまり私を最優先で狙うでしょうね」

 

「―――君を守るために」

 

「不可能だな。タツヤ・シバがどんな状況でそうなったかは不透明だが、あの宣言から察するによほど用意周到になっていたはずだ。

それこそ自身の係累である悪名高き『ヨツバ』の戦力をありったけ使ったと思うのだが……そんな奴らでも防ぎきれなかったノーブルファンタズムの刺客から我が夫を守りきれるわけがない」

 

ありったけの護衛を付けるという克人の考えを切り裂くように機先を制するように……モルガンという女性がそういったこと。それに対する保証の言葉が出なかった時点で克人のは『空手形』になった。

 

「……ならば、せめてその術式を教えてくれないか? 狙われるのが君自身でなければリスクは分散されるはず」

 

「残念なことに、ご当主の言うだろう回復術式『アスクレピオス』に関連するものは全て―――私固有のものなので習得は不可能です」

 

自分が魔法師としての『律』を侵しているということに気付かぬほど……このヒトはそこまで司波達也を『眠り』から覚ましたいのだろうか。

 

そこを突くことにした。

 

「ご当主……お聞きしたいことがありますが、アナタは本当に心の底からタツヤ・シバを救いたいのですか?」

 

「―――何故、そう思う?」

 

「大仰に言っていますが……本音は、少々違うんじゃないかと思いまして、何せ彼の宣言をまるっと信じるならば……あなた方、今まで日本政府や民間の方と上手くやろうとしてきた魔法師側の努力は全て水の泡ですからね」

 

「……だが、あいつのやろうとしていたことは」

 

「意味はあるのでしょうね。けれど、誰も彼もがタツヤ・シバのように割り切れない。

魔法師だけの、魔法師であるだけの価値観でいるなんて―――だって、遺伝子操作だけではなく、魔法師ではない親からも自然受胎で『魔法師』は生まれるんですから」

 

それはあらゆる意味で急所ではあった。

 

あの男の宣言は―――

―――社会に出たこともない人間がよく語る

―――幼稚な選民思想でしかないのだ

 

「お聞きしますが、ご当主かご当主の父君辺りがやっているだろう。土木建築事業の会社、そこで働く従業員は全員が魔法師なのですか? 魔法師でなければ雇ってくれないので?」

 

「そんなことはない。当たり前のことを………アリサや勇人から聞いていたよりも君は言舌が、弁が立ちすぎる」

 

「言いたいことは言い尽くしましたね。それでは―――」

 

立ち上がりお暇しようとしたシロウとモルガン。俯いていた十文字克人が声を掛ける。

 

「君が拒否したことで、もはやどうなるか分からない……俺が抑えていた四葉がどんなことを仕出かすのか……もはや制御不能の予測不能だ」

 

「あいにく、私は間 黒男(ブラックジャック)でも西城KAZUYA(スーパードクターK)でもありませんので、『世間様によろしくない人間』を治したくはないのですよ。まぁ聞いた限りでは、私の術ではムリでしょうが」

 

「それを伝えたところで納得するかどうか……」

 

「脅したところで無理ですよ。俺は俺の道を歩む」

 

そのどこまでも周囲の普遍的な価値観には迎合しないという態度を見せて去っていく衛宮シロウは、あの頃……克人の腕を吹っ飛ばした司波達也と似ているようで非なるものだった。

 

 

そして―――。一連のことを映像も含めて克人から見て聞いた四葉家中は、あの日以来、何度目になるか分からぬ会議をすることになった。

 

 

 

 



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