転生したらウマ娘になっていた (ヴァン.)
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転生編
とあるウマ娘の帝王物語


人生とはなんなのか。

希望とはなんなのか。

人生というものにうんざりしていた。

ただ将来の為に、お国のために勉強して、未来は死んでも働け。

自由とはなんだ。平和な国とはなんだ。

隣の国から常に領海侵入されては対策も立てず、ろくな法律も、憲法も改正しようとしない。

ただ武装しとけばいいもんじゃない、やられたらこっちもやり返すつもりでやらなければ、こっちもやられる。

しかし暴力とはなんだ、守るとはなんだ。

ただ痛めつけるのが暴力か、わからすための暴力なのか。

曖昧で、矛盾で、こんなくだらない世界なんて、生きてるだけ無駄な気がしていた。

それは、とある高校生の少年だった。

「俺は何のために今まで戦ってきたんだろうか……」

身長は約一七六センチ程度。首筋まである髪の毛は僅かに跳ね上がっており、それ以外特になんの変哲もない平凡な高校生。

ただ右手にある物が備わっているが別に大した事ではない。

注目すべきなのはその両脚。

一見すれば普通の脚なのだが、実は力が制限されていた。

とある部活をしていながら、色んな事件と潜り抜け、いつしかその両脚には力の制限がかかってしまった。

その力を発揮出来るのはたったの五〇%。イメージするなら、走ろうとしてもスピードは歩く程度しか出せない。それくらいのリミッターが掛かってしまったのだ。

「…………本当、どん底に不幸だよな」

どれだけ不幸を目の当たりにしても、少年の芯はブレない。ただ、色んな事に遭いすぎて少し人生がリセットされればなと思ってしまうほどのメンタルはきていた。

「まぁ、どうせもうこれ以上は無理だし、俺にはもう力は無いからな……」

ただそれだけ呟いた。走りたくても走った気分になれない脚で、一歩進む。

その一瞬手前で異変は起きた。

グシャッ、と。血肉が飛び散る音がこの道路に響いた。

なんの前触れもなく少年の体が、大型トラックと衝突したのだ。

痛みなんて許容範囲を越えた。全身の感覚が無い。

少年の目は僅かに潤い始める。

きっとこれが最後なのだろう。死というものに何度も直面しているが、これほどまでにもうダメだと思うのは初めてだった。

だからこそ、最後にこう言い残した。

「すまん親父、母さん…………。親孝行出来なくてごめん……」

それだけ言い残し、彼の魂がこの世を去った。

 

_____________________________________

 

「……うっ」

少年は僅かに身に覚えのある匂いに目が覚めた。それは消毒液臭い、少年にとってはもはや日常的な刺激臭が鼻に伝わる。しかし、目が覚めてみればそこは見慣れた病室とは全く異なる場所だった。

しかし問題はそこじゃない。

失われた体に感覚がある。

(……なん、だ?)

「あ、パパ。起きたみたいだよ」

「おぉどれどれ?おぉ!青い瞳が我が娘の可愛さを引き立ててくれる!パパは嬉しいぞ!これは将来立派なウマ娘になるな!」

(うま、ムスメ……?)

聞きなれない単語に少年の魂は更に戸惑った。

しかし状況が掴めない少年の魂を放っておきながら、

「さて、このこの名前は決まってある。これからはそう呼ぼうか」

「そうね。娘の人生の第一歩なのだから!」

(俺の……名前は……?)

二人の両親は、共にこう言った。

 

トウカイテイオー

 

これは、これまで少年の魂が認識した記憶と共に、これから始まるトウカイテイオーとしての人生の開幕である。




どうも皆様はじめまして。
作者のヴァンでございます。
知っている方は知っていると思いますが、pixivでも活動をしております。なので知っている方は多分この作品を知ってるんじゃないかと思いますが、あのシリーズをある程度崩さず改めて書き直しているものをここで叩きつけていましてね。pixivで見ている方は大体の流れは掴めていると思いますけどもしかしたらここでしか語れない物もあるのでどうぞ気長に見ていってください。
あと、ハーメルンは初めてなので何にも分かってないので平にご容赦ください。
では、また会いましょう。
さぁ今日もスペにでちゅねされうわぁBIGMAMAがきやがっ


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新たなる目標

トウカイテイオー

 

その名を聞いて一一年が経つ。

転生した世界について、ある程度は把握出来ていた。

まず、ウマ娘とゆうのは、どうも別世界からやってきたということ。例えるなら、俺自身が別世界からやってきたみたいな感じだ。

あくまで推測だが、俺みたいに死んで転生した可能性が高い。

だとしたら、俺がいた世界でも、死んだ奴らがこの世界にやってきたかもしれない

………………………過去に亡くなった悪友という名の親友も、もしかしたら。

仮にも今は女の子なので、出来るだけ女の子っぽくならないといけない。長年染み付いた癖は苦労したが、今ではすっかり慣れっこだ。

前世では、我ながら変なステップをしていた。

つま先立ちで軽く独特なリズムでやるステップだ。

これをクラスのみんなに披露すると凄く人気で、後にテイオーステップと呼ばれるようになった。

自分の呼び方も変えなくちゃいけなかった。何故なら前世は俺呼びだったからこそ、今の姿では似合わない。

色んな呼び方を試した結果、ボク、というのが一番しっくりきた。

さて、ウマ娘といえば走りが命。つまり、レースというのがこの世界ではスポーツの一つだ。

そんな彼、いや彼女、トウカイテイオーは東京レース場に脚を運んでいた。

『三コーナーから四コーナーに向かうところ、シンボリルドルフは今先頭から7.8番手でありますがいまだ動きはありません、四コーナーを回った!最後の直線後方も一気にやってきた!!』

レース経験なんてあんまりないのに、直感とはいえ何となくだけどわかる。

「いいペース、ボクならそろそろ仕掛けるかな」

『シンボリルドルフ外を回った!!残り200m!!外からルドルフ!外からルドルフ!外からシンボリルドルフがくる!!ルドルフがぐんぐんその差を詰めていく!!ルドルフ、並ぶことなく抜き去っていく!!』

「うわあ……!!」

『シンボリルドルフ今ゴールイン!!見事一一人のウマ娘を従え六連勝!無敗の二冠を制しましたぁ!!』

テイオーが歓喜の声を上げる。テイオーはある人に憧れて東京レース場に脚を運んでいた。それが、シンボリルドルフというウマ娘だ。

圧倒的な走りはまさに皇帝。シンボリルドルフというウマ娘には『絶対』があると言われている。そんな彼女の走りにテイオーは憧れた。

もう一つの理由としては、何処か懐かしく、運命的な何かを感じること位だろうか。

「挨拶してこなきゃ!」

そんなテイオーは、記者会見のしている部屋へと訪れていた。

「あの!!」

「ん?君は」

「ボク、シンボリルドルフさんのように強くてかっこいいウマ娘になります!!」

「!」

その声に、周りの記者達は笑う。しかし、ルドルフとその隣にいるウマ娘は微笑みながら、

「君、ルドルフちゃんみたいになるのは大変だよ」

「?」

「才能と努力、運。これらの三つが備わっていないとルドルフちゃんみたいにはなれないんだぞ」

「マルゼン。まだ小さい子には分からないと思うよ」

「そうかしら?」

「全く……。それで君、私のようになるならまずは中央トレセン学園に入学しなきゃならないぞ」

「トレセンがくえん……」

「それでも君は私に追いつきたいかい?」

ルドルフの問いに、テイオーは即答で、

「はい!!」

「ふふ、良い返事だ」

「あらら、ルドルフちゃん嬉しそうね」

「勿論だ、こうして私を目標にして走ってくれる者がいるからな。さて、君の名前を教えてくれるかい?」

「と、トウカイテイオーです!!」

「ふふ。いい名前だ、覚えておこう」

ルドルフの手がそっとテイオーの頭を撫でる。まるで親に撫でられるかのような感じがした。

この日を起点に、トウカイテイオーの人生が本当の意味で幕を開ける。



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開幕

あの日から、トウカイテイオーの人生は大きく変わったかもしれない。

例えばなんか旧家のご令嬢の家系に生まれたり、珍しく運に助けられたり、何度も何度も事件に巻き込まれなくなったり。

なんだか掘り返しても別にいいかなと思いつつ、テイオーは目の前の正門を見つめた。

 

日本中央ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。

 

四月八日。

厳しい受験に無事合格したテイオーは晴れて今日このトレセン学園所属の生徒になることが出来た。

まだ入学式の時間ではないのだが、あと少しすれば本当の意味で生徒になれる。

正直、ダンスとか慣れない事は沢山あったが、それでも何とか慣れることに出来た。

 

 

 

「見てみて、あれが噂のトウカイテイオーなのかな!?」

「きっとそうだよ!見て!あのシンボリルドルフと同じように、前髪に白の部分があるわ!」

遠くからなにか聞こえる声、どうやらボクの話をしているのだろうか。

「よろしくね!」

挨拶をするなり同じ新入生二人は黄色い悲鳴を上げる。

ただ笑顔で挨拶しただけなのだが、まあいいや。

 

テイオーは正門をくぐり、一歩一歩歩く度にトレセン学園の生徒になった実感を噛みしめる。

「………………………?」

背後からエンジンが止まる音が聞こえた。テイオーは一度止まって後ろに振り返ると、正門前には一見普通の黒車だが、どこか高級感のある車が止まった。運転席から一人の男だが執事の服装をした老人が赤いカーペットを後部座席を中心にトレセン学園本校へと広げる。執事の人がドアノブに手を掛けドアを開くと、中からは一人のウマ娘が現れた。

(どこのウマ娘なのかは分かんないけど、なんか凄い名家なのは分かった)

というか、それくらいしか分からない。

「あれがメジロ家のご令嬢、メジロマックイーンよ!」

「あれがメジロ家なのですね!」

(めじろけ?)

聞きなれない単語だけど、あのウマ娘はメジロマックイーンと言うことだけは分かった。

「みなさん、これからよろしくお願いいたしますわ」

マックイーンと言うウマ娘は律儀に一礼をした。するとさっきの二人がまた黄色い悲鳴を上げた。

優雅に歩く姿はいかにもお嬢様っぽい雰囲気を出していた。マックイーンとやらが自分の隣に並んだ時、ふと彼女と目があった。

「貴方、何処かで会いましたか…?」

「い、いや!?多分気のせいだと思うよ!?」

突然話題を振られたテイオーはてんぱりながら答える。

「そうですか……」

何やらやや肩を落としてしょんぼりしてしまうこの子だが、初対面なのにどうした急にと思う。

「…………改めまして。先程聞こえてきました通り、メジロマックイーンですわ。これからよろしくお願いします」

「う、うん!トウカイテイオーだよ。よろしくね」

テイオーは自分の右手を差し出す。その行動に気づいたマックイーンも右手を差し出しながら、

「貴方とは良きライバルになれそうですわ」

テイオーの手を握る。

(………………………?)

テイオーはマックイーンの手が小刻みに震えているのが気になった。人見知りなのかと思ったのでゆっくりと手を離し、

「奇遇だね。ボクも君とは良きライバルになれると思うよ。でもね___」

テイオーは一拍置いて。

 

「ボクは誰でも勝つからね」

 

先手を打つように、彼女は宣戦布告をした。

「えぇ。望むところですわ」

彼女も、それに応じた。

 

_____________________________________________________________________

 

入学式が終われば各クラスで説明会がある。説明といっても入学する前の説明会の時にあらかた話しているので基本的には喋ることはない。なのでやることは、参考書、生徒手帳申請書に個人情報の記入、担任の挨拶位しかない。

テイオーの席は窓側の一番後ろの席だ。個人的にこのポジションはありがたくて、授業が暇になれば窓から景色を見て暇を潰せれる。

『以上で私の自己紹介を終わります。みなさんこれからよろしくお願いします』

どうやら担任の挨拶が終わり、トレセン学園生活一日目が終わりを訪れた。

明日からはいよいよ本格的な学園生活が幕を開ける。しかしやることはまだまだ沢山あるわけだが、今は第一関門を突破できたことに喜ぶべきだろうか。

『ねえそこのあんた』

(今からルドルフさんのところに行こうかな?)

『おーいそこのあんた。もしもーし、聞こえてる?』

「………………?」

「おーようやく気付いてくれた。そこのあんただよ」

どうやら考えている時に前の席にいる赤髪のウマ娘に呼ばれていたらしい。

「いやー結構呼んでたんだけど一向に気付いてくれないから思わず寝ているかと思ってたよ。ところであんたあたしの事覚えている?」

「……?ボクは君と会ったことある?」

「ありゃ?これ忘れられているパターン?」

目の前にいる赤髪のウマ娘は小首を傾げながら、

「ルドルフさんの日本ダービーのその日の夜、誰かとぶつかったの覚えている?」

「うーん、覚えているような覚えていないような……?」

そういやその時慌てて帰っていたら誰かにぶつかったような記憶がある。確か目の前のウマ娘と同じ赤色のふわふわ髪型だったような……。

「あーーーー!!君確かあの商店街にいたウマ娘!」

「おー、ようやく思い出してくれたか」

ふわふわ髪型の子は安堵した様子で、

「おいっす~。あたしはナイスネイチャでーすよろしく」

「ボクはトウカイテイオーだよ。あの時はぶつかってごめんね?」

「いやいや、これも何かの縁ってやつですよ。気ままにやっていきましょうや~」

「うん!よろしくね!」

 

__________________________________

 

入学式と説明会が終わった放課後の時間だった。テイオーはある人物に出会うために生徒会室へと脚を運んでいた。テイオーは木造で出来た扉をノックして返事が返ってきたことを確認すると、扉を開く。

「失礼します」

部屋に入るなりその光景は外の雰囲気とは違う、まるで王室に入るかのような物々しさを感じる。しかしテイオーは気にせず。

「久しぶりだね、シンボリルドルフさん」

「ああ、実に二年ぶりだな」

シンボリルドルフ。

このトレセン学園の生徒会長を務める生徒の模範たる存在。

「テイオーがここに入学してくることを待ち侘びていたよ。書庫(バンク)で合格リストを見てテイオーの名前を見たときはどれだけ喜んだことか」

「えへへ、ボクからしたらあっという間だったけどね」

「ふふ。しかしだテイオー、トレセン学園にきたことがゴールだとは思っていないだろう?」

「勿論だよシンボリルドルフさん……。なんか長いからカイチョーって呼んで良い?」

「構わないよ」

「じゃあカイチョー。…………チームに所属しなきゃいけないんだよね?」

「その通りだ。チームに所属しなければレースには出られないからな。私は『リギル』所属だがテイオーはどうするんだ?」

「え?カイチョーと同じリギルかな」

それを聞いたルドルフはため息を着くと、

「テイオー……。まだここに来たばかりだから仕方ないがチーム選びとはこの学園生活にとって重要な部分だ。しっかりと決めてからまた話してほしい」

「ええ……。はーい……」

やや肩を落としながらテイオーは生徒会室をあとにする。扉を潜り抜けるその手前で、

「何か困った事があればいつでも相談に乗るからな」

「うん。ありがとうカイチョー」

今度こそ、テイオーは生徒会室を後にした。



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生徒会会長編
初日のある日


四月九日。

テイオーは六時に目が覚めた。昨日はマヤノトップガンという同室のウマ娘と話しているうちにいつの間にか寝落ちしているのをテイオーは思い出した。大体の荷物も片づけており、二人の内装は綺麗に片付いていた。

そんなテイオーは思考がまだ纏まらないなか、洗面所の方へタオルと歯磨きセットを持ってやってきた。

「…………………………」

率直な感想。眠すぎて何も考えられない。

ただ無意識に歯を磨き、ガラガラペッをする。

「ふぁ…。これでいいや……」

適当に済ませ、テイオーは蛇口から出る冷水を顔に浴びせる。背筋に何か走るのを感じながら、

「ちべたい……!」

だけどようやくぼんやりとした思考からはっきりとした思考に切り替わる。テイオーは慣れた手つきでボサボサの髪をブラシでとき、ピンクのヘアゴムで結ぶ。

荷物を纏めて洗面所をあとにして部屋へと向かう。なお、マヤノは今だに物凄い寝相で寝ていた。

(凄い寝相だなぁ……)

思わず呟きそうになったが心の中で押しとどめる事にした。テイオーはささっとジャージに着替えるとシューズを片手に部屋を出る。

「ふんふんふ~ん~」

鼻歌混じりで廊下を歩く。まだ入学して一日しかたってないからなのか、もしくは昨日の片づけで疲れているのかまだみんな寝ているらしい。

『新入生なのに早朝から早速トレーニングとはなかなかやるじゃないか』

「?」

テイオーはどこからか現れた声に振り返る。そこには音もなく扉にもたれていた、

「フジキセキ寮長!」

「キセキで良いよ新入生」

「あ、はい」

「今日は昨日のイベントもあってみんなぐっすり寝てるみたいだから何も言わないけど、普段はこの時間に走りに行く子が多いからね。寝ているポニーちゃん達もいるからなるべく静かにしてね」

「ポニーちゃん?」

 

 

と、いうのが数十分前の会話だった。テイオーは府中の森辺りを走っていた。トレセン学園は府中の森から約五キロ離れた位置に建設されている。東京から見れば田舎な感じはするが、高層ビルやデパートがある辺り、都会の中の田舎の表現の方が近い。

そんなテイオーは一人早朝のマラソンをしていた。無敗の三冠というのは生半可なトレーニングをしてはなれない。しかしもう一つ壁がある。しかもそれを越えなければまず三冠どころかレースにすら出れない。

「さて、どうしたものか……」

テイオーは走りながら考えていた。カイチョーからはしっかりと考えろと言われているから今は焦るべきではないだろう。

「どっちにしたって来週には選抜レースがあるからその時にでも考えようかな」

テイオーはこれからのやることを纏めて学園へと引き返す。朝食や学校の準備とかがあるため早めに引き返す。

「……?」

振り返った時だった。もう一人同じトレセンのジャージで走っていた子がいた。

身長は約一六三センチ。オレンジ色の髪に後ろへ流すような三つ編みハーフの髪型。表情を見る限りまるで冷徹な性格だと思わせられる感じだった。

「……おや?」

「あ、」

不思議そうに見ていたのかがバレたのか、こちらの視線に気づかれた。

「なにか、私に用ですか?」

「あ、いや、同じ新入生なのか気になっちゃって」

「おや、貴方も私と同じ新入生でしたか」

適当に誤魔化したらなんか納得された訳だが……まあいいや、とテイオーは思った。

「申し遅れました。私、イクノディクタスと申します」

「ボクはトウカイテイオー、よらしくね」

「あなたが、あのトウカイテイオーでしたか!」

「ん?ボクの事知ってるの?」

「知ってるもなにも、私トウカイテイオーさんと同じ小学校に所属していたのでテイオーさんの噂ならよく聞いてましたよ」

「…………………………マジ?」

「マジです」

どうやら小学生の時から同じ学校で過ごしていたらしい。

「ある意味幼馴染かもね」

「ふふ」

イクノディクタスと言う少女は、さっきまでの堅苦しい表情とは別に、いかにも少女らしい微笑みで、

「テイオーさんが幼馴染なら、私としてはとても光栄な限りです」

テイオーは思わずドキっとしたが、すぐに心を落ち着かせて、

「どう?折角だから一緒に学園に戻らない?」

「名案ですね。では共に帰りましょう」

 

_____________________________________

 

 

午前九時。

朝の会というある意味暇な時間が終わりいよいよ授業が開始、というわけではない。基本的にはどの学校も新入生が今所属している学校に慣れるために、入学してから一定期間は授業という名の学校見学という一定の期間を設けて校内を歩き回わる時間がある。一見すれば面倒な話なのだが実は授業を合法的にサボれる時間でもあるのだ。

そんなテイオーは、昨日友人になったナイスネイチャと同じクラスであるレオダーパン、カミノクレッセの四人構成のグループで校内を歩いていた。

「で、時代は今、グラスワンダー、セイウンスカイ、キングヘイローというわけなのよ」

「あの四人は今絶好調なのです~。特にグラスワンダーが一今の世代の一角として恐れられてるです~。私も頑張らないとです~」

「でもさ、ボク達まずチームに入らないとレースに出られないじゃん」

「そこなのよ。そのためには今週の選抜レースで良い結果を出さないといけないわ……」

「たはは、良いチームが見つかれば良いんだけどねえ」

「テイオーさん、貴方はどこに行きたいと思ってるです~?」

「うーん、本当はカイチョーと同じチームに入りたかったんだけどカイチョーが『しっかりと決めなさい』と言われて今めちゃくちゃ悩んでる」

「かいちょう……?ああ、シンボリルドルフ会長ね。昨日の入学式で祝辞を述べてたあの」

「そうそう。昨日早速生徒会室へ会いに行ってきた」

「あんたって、もしかして怖いもの知らず……?」

「……?どういうこと?」

クレッセは少し難しい顔をした表情で、

「昨日小学校から同じ同期に聞いたんだけど、生徒会って何か風格があるから年下の子は特に怖がられて近づけないんだって」

「そうなの?」

「その話私も聞いたです~。昨日早速知り合った子が会長様をお見えになられた時、威圧感があって思わず目を逸らしていたのを覚えてるです~」

「ひゃあー、流石皇帝様だね~。あたし仲良くなれるか不安になってきたわ」

「…………………………」

テイオーは思わず黙る。確かにカイチョーは歴史上初、あの無敗としてクラシック三冠を制覇した正真正銘の実力者だ。その後のレースでも、もはや一着を取るのが当然と言わんばかりでG1レースを制覇している。そんなカイチョーのキャッチコピーは『他のウマには絶対は無いが、このウマには絶対がある』だ。その他のウマ娘より唯一抜きん出て並ぶものなんていない。

確かに、ちゃんと話したことが無い人からしたら皇帝の名がついた人と気軽に話すことなんて厳しいだろう。

(あ、カイチョーだ)

遠く離れた場所では、カイチョーが他の班に話しかけていたが怖かったのか、さっさと話題を切り上げてどこかに行ってしまった。

「…………………………あ」

テイオーは僅かにカイチョーに耳が垂れたのを見逃さなかった。あの背中はどこか悲しそうな雰囲気を出していた。いつもの優しさよりも勝った、寂しい背中を。

あのシーンは、テイオーにとって印象が強く残った。

「テイオー、どうかした?」

クレッセの声にテイオーは視線を戻し、

「いや、なんでもないよ。行こっか」

 

_____________________________________

 

 

『行間』

 

シンボリルドルフというトレセン学園の生徒会長がいる。そのウマ娘は皇帝という光栄な名を頂いた絶対王者として君臨するウマ娘だ。その少女は確かに最強という力を手に入れ、皇帝という異名を手に入れた。

それは誇るべきだろう。歴代のウマ娘に最強として名を語られ、その象徴として各地に記念彫像を作成してもらい、後世まで語られるのはとても誇らしいことなのだ。

だが、その圧倒的強さと代償に、人々からは一部を除いて気軽に話しかけられることが極端に減ってしまった。

あまりの強さの代償は、人々に恐れられてしまう。

今のグループの子達にも気軽に話しかけただけで逃げられてしまった。

「力とは、悲しいものだな……」

思わずしょんぼりとしてしまう。その姿はまるで最強でも皇帝でもなく、たった一人のウマ娘の姿が。

(このまま悲しみに浸れるのは生徒の模範として成り立たない。もはや慣れてるから今更なのだが……。やはり辛いものは辛いな……)

もしこの場にかつて自分を救ってくれたあの少年なら、もしかしたら状況が変わるかもしれない。

しかし、そんな希望なんて持つだけ無駄なのだろうか、いらぬ願いは捨てるべきだろう。

「会長」

「む、エアグルーヴか」

「そろそろお時間です」

「分かった、すぐに戻ろう」

ルドルフはすぐに気持ちを立て直して、向かうべき場所に戻っていく。



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放課後

トレセン学園の座学は午前までだ。理由としては、トレセン学園はあくまでも専門学校扱いのため、他の学校と違って 夕方まで ある事は無い。しかしそれだと中等部に所属しているものは義務教育という制度で夕方まで受けなれければならないのだが、そこはトレセン学園がしっかりとカリキュラムを立ててるためその心配は無かった。

そんな午後の時間、テイオーはお昼ご飯を食べるついでに、早速今朝知り合ったイクノディクタスと一緒にカフェテリアでお昼を食べていた。

ビュッフェ形式のカフェテリアは基本的になんでもあり、海外のウマ娘が留学するのもあって海外料理もあるのが良いところだ。

そんなテイオーがチョイスしたのは、

「カツ丼ですか」

「うん。何気に食べやすいしエネルギーが沢山取れるからね」

「とはいえ衣についてる油が一番の天敵だと思いますが……?」

「美味しければ何でも良い、ただそれだけ」

「え、えぇ……」

やや困惑したイクノだがテイオーは気にせず箸を進めていく。

「……んぐ、でさ、イクノのクラスってどんな感じなの?」

「私ですか?」

「うん。ボクと違うクラスだし何気に友達も沢山作ったりしたいからね。折角の青春が何もなしではい終わりなんて嫌だし」

「ふむ……。良い人はいますが、まだ会って間もない時間ですからまだ何とも言えませんね」

「あちゃー、流石のイクノでもダメだったか」

「今はゆっくりと仲を深めていくのが一番です。交流会があればもしかしたらより一層友好度が高まりそうでが……」

「……?ふぉうかしたの?」

「いえ、私もお堅い人物だと言われてるみたいで、ここで出会った人たちからはあまり話が出来てないのです……」

「イクノもなの?」

「イクノも……?」

テイオーの言葉にイクノはやや困惑した様子で、テイオーは口の中の食べ物を飲み込む。

「……いやね、カイチョーもなんかお堅い存在らしくて年下辺りから怖がられて逃げられてしまうんだって。実際、今日の廊下でその一部始終を見かけたからそのシーンが頭から離れられないの」

「あの、ルドルフ会長もですか」

「うん。…………………………うん?」

テイオーは少し考える。人間の九割は見た目で大体イメージが決められる心理傾向があると言われている。例えばイクノのみたいに眼鏡をかけてキリっとした感じだと、どうしても話すまでお堅いイメージが固定されてしまいやすい。そのイメージを払拭するためのイベントは何か。

(交流会……。トレセンには交流会が無いから、同じチームでもない限り他のクラスと話す機会は滅多にない……)

「どうかしました?」

イクノの問いかけに、テイオーは、

「いや、ちょっといいアイデアが浮かんだよ」

 

_______________________________

 

「カイチョーいる!?今なら無料配布のポケットティッシュをプレゼントするけど!!」

そう言ってテイオーは思い切り生徒会室の扉を開けた。

「誰だ貴様!?ノックも無しに開けるなど不届き者だぞ!!」

入ってテイオーをお迎えししたのは知らない声の怒号だった。

「……君誰?」

「貴様こそ何者だ。見たところ新入生のようだが礼儀がなってないなたわけが」

知らないウマ娘はテイオーの目の前に来て、

「帰れ。ここは貴様のような者が気軽にくる場所ではない」

「ちょっと離してよーーー!!ボクはカイチョーに用があってここに来たのにーーー!!」

「黙れ。貴様のような者が会長に会う資格など______」

「そこまでだ、エアグルーヴ」

「あ、カイチョー!」

「その子は私の大切な存在だ。丁重に頼む」

「くっ……」

エアグルーヴと呼ばれたウマ娘は納得しない表情のままテイオーを離す。離されたテイオーは安堵した。

「……エアグルーヴだ。あまり舐めた態度を取れば迷わず貴様を蹴り飛ばす」

テイオーはただ思う。もしかして威圧感が出ている原因はこのウマ娘なのではないかと。なんだかテイオーは初日から変な人に絡まれたかもしてない様子で、

「と、トウカイテイオーだよ……?」

「……ふん」

エアグルーヴはテイオーの視界から出ていく。変な汗をかきながら、奥にはデスクで何かの書類整理を終えたルドルフが鎮座していた。テイオーはゆっくりとルドルフの下へと行く。

「すまないなテイオー。近々開催される春のファン感謝祭の企画等で寝不足みたいなのだ。今は目を瞑ってて欲しい」

「なんだ。それなら仕方ない……。うん?春のファン感謝祭?」

「うむ。今月の前半期に行われる感謝祭だ。我がトレセン学園の感謝祭は春秋に分かれていて、春はいわゆる運動会みたいなもので、秋は文化祭みたいなものだ」

「へー、初めて知った」

「ろ、廊下の掲示板に貼っているのだが気付かなかったのか……?」

「えーと……」

テイオーは苦笑いをしながら、

「全然見てなかった……!」

「……」

それを聞いたルドルフが思わずしょんぼりしてしまった!

「ああそういえば書いてあったなー!カイチョーの気合の入った絵がとても印象に残ってるなーあはは!」

「そ、そうか!やはりテイオーならあの絵は傑作だと気付いてくれたのか!!」

「も、もちろんだよー!ボク程カイチョーの理解者はいないからねー!」

「て、テイオー……!」

なんだか結果が良い方向に行っているのだが……、まあいいやとテイオーは流れに身を任せることにした。

なお、テイオーはさっきまで棒読みだということにルドルフは気にするまでもなかった。

…………………………傍にいるグルーヴは何やら唖然とした様子でこちらを見ているのが気になるのだが。

 

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行間

 

一方、イクノは同じクラスであるマチカネタンホイザと廊下を歩きながら話していた。

「イクノディクタスって話してみると意外とノリが良いんだね」

「私としてはむしろこの方が落ち着きましてね。あまりお堅い感じだと思われるのは私としてはあまり好ましくないので」

「あはは。でも今の方が私としては好きかな~」

「そう言ってもらえるだけでも私としては好ましいです」

「でもなかなか自分から話に行く人は少ないからね。私にどーんと話しに行っちゃえばいいのにね」

「それは性格にもよるので難しいものです。今は無理でも時間をかけてゆっくりと交流さえできればそれだけでも充分ですから」

「むーん………………………。むん?」

「どうかしましたか?」

「いや、あれ……………」

イクノはタンホイザが指を指した方を見る。

「…………………………え?」

そこには掲示板がある。だが問題はそこではない。

「なんで、あちらの世界の馬が……?」

でかでかと貼られた春のファン感謝祭にポスターには、何故か馬の絵が描かれていた。

一体誰が描いたのだろうかと、二人は思った。



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服装は印象を変える一つの手段なのです

テイオーはどうすればルドルフがみんなから親しまれるようになるか考えた。本当なら新たに交流会を作ってもらおうと思って生徒会室に行ったのだが、流れ的になんか言えなかったのでその話は今度にしようと適当に纏めて寮に帰ってきた。

「ただいま~」

「あ、お帰りテイオーちゃん」

部屋に戻ると室内着のマヤノがベットで寝転がりながら雑誌を読んでいた。

「マヤノ、なんの雑誌見てるの?」

「んー?これ?」

マヤノは体を起こしてテイオーに雑誌のページを見せる。そこにはなにやらオシャレな服を着たモデルの人が沢山写っていた。

「ファッション誌だよ。テイオーちゃんファッションに興味ある?」

「あー、ボク服についてあんまり知らないや…………」

「えー知らないの!?もーこれだからテイオーちゃんはまだまだ子供だよねー」

「なにー!?ボクはマヤノよりは立派なオトナだもんに!」

「マヤだって立派なオトナだもん!」

「あれあれ~?こんな事で怒るマヤはまだまだお子様だね~」

「ムキー!マヤ怒ったもん!今からどんな服が似合うか勝負だよテイオーちゃん!!」

「むっふっふ。無敵のテイオー様はファッションもカンペキだから簡単に勝っちゃうよ!!」

と争ってはいるが、この二人、ファッションについての知識は全くの皆無であるのだった。

そんなしょうもない闘争を繰り広げて数十分後。

「もう少し静かにしなさい」

「「はい、ごめんなさい…………」」

寮長フジキセキによって、勝負は引き分けで幕を閉じるのであった。

 

___________________________

 

四月一一日。休日のある日だった。

都内のデパートではあるウマ娘が息抜きのために出かけていた。

「やれやれ、まさかこんなことになるとはな…………」

シンボリルドルフという皇帝のウマ娘は苦笑いで呟いて歩いていた。

「もー!そんなこと言わずにおでかけを楽しもうよー!!」

ほっぺを膨らませてルドルフと一緒におでかけしていたのはトウカイテイオーだった。

「しかしだなテイオー。前日にお誘いの連絡がきたとはいえ急ピッチで書類仕事を終わらせるのは大変だったのだぞ?」

「あはは……。でもおでかけできて結果オーライじゃん!」

「まあ、それもそうだな」

ルドルフは改めて視線を前に向ける。視界の端に僅かだがテイオーの後頭部が見える。

「で、私と行きたい場所ってのはどこなのだ?」

「もうそろそろつくよ。…………ん、あった」

「ほう……?」

辿りついた場所は、二階にある服屋さんだった。内装は白い壁紙に床は木の板で出来ていた。ところどころにあるマネキンが今流行りのファッションの服装を着ている。

「どうしてまたここにきたのだい?」

「うーん、カイチョーのイメージってお堅い雰囲気って聞いたからさ、じゃあお堅い雰囲気から外すには何が良いかなって考えてたら服でイメージを柔らかくしたら良いんじゃないかなって思ってさ」

「これはまた柔軟な発想だなテイオー。しかし、私はそこまで気に__」

「四月九日。廊下で生徒に話しかけて逃げられたカイチョーが落ち込んでいたところをボクは見かけたよ」

「……っつ!?」

ルドルフは酷く動揺した。

あの時誰にも見せたくなかった姿、よりにもよって一番見せたくないテイオーに見られてしまった。

ルドルフにとってトウカイテイオーはとても大切な人物で、出会った時からあの人の面影を感じる何かがあって、あの時みたいに自分のお堅いイメージを崩すため、自分のように悩んでくれたあの少年。

一瞬、本当に一瞬だが、今あの時の少年の姿が見えた気がした。

「まさか、な……」

「どうかしたの?」

「いや。ふふ、これもまた縁というやつかな」

「大丈夫カイチョー?なんか変な物でも食べた……?」

「なんでもない。さ、早くテイオーの選んだ服を私に着させてくれ」

「うん!」

 

_________________________

 

その日の夕方だった。カラスの鳴き声とすれ違う人の会話が聞こえる道、テイオーとルドルフは学園の方へと帰っていた。

「な、なあテイオー」

「なにー?」

ルドルフはやや声を震わせ、もじもじしながら。

「その、なんだ……。今更言うのもアレなのだが、こんなフリフリ私には似合わないぞ……」

ルドルフは改めて今の自分の服装に目をやる。

真っ白なブラウスに白を薄く混ぜたブルーのパンツ。服屋でワンセット買ったときから身に着けた服だ。

「そんなことないもん!カイチョーは何着ても似合うよ!大丈夫、ボクが保証するよ!」

「し、しかし……恥ずかしいのだ……」

「もー!そんなのカイチョーらしくないよ!いつもみたいにしていればいいんだよー!」

「でも……、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい……」

次第にルドルフは顔が赤くなり、声は更に震えだし、なにやら目がぐるぐるになりそうな状態だった。

「まったく……。あ、いつの間にか着いたみたい」

「ようやくか。長かったような短かったような……」

「今のカイチョーはカワイイのだから自信持ってよ?」

「善処はするよ……。今日はありがとうテイオー」

「にしし!どういたしまして」

二人はそれぞれ自分の寮へと戻っていった。

しかし二人は気づいてたのだろうか、背後からバレないように追跡していたウマ娘を。

 

__________________________

 

二日後の朝。ルドルフは早朝の執務のために朝早く学園の方へとやってきた。

(うぅ、先日は恥ずかしかった……。冷汗三斗(れいかんさんと)とはこのことか……)

今だにあの時の余韻が残っている。

思えば帰ってきてから散々だった。寮に戻るなり美浦寮の寮長であり同じリギルメンバーのヒシアマゾンにからかわれたり、ツインターボという青髪にウマ娘に『かわいい!』と連呼されたり、その騒ぎを聞きつけた同じ寮内のメンバーに写真を撮られまくられたりと、なんだか以前の世界と同じような感じで懐かしみと恥ずかしさがあった。

他にもなにやらあの時の帰りの写真も撮られていたみたいで、その写真が学園の掲示板に貼られていた。

(だがまあ……)

「か、会長さん!私と連絡先を交換してもらってもいいですか?」

「会長!よければ今度一緒に並走してもらってもいいですか?」

「近くに綺麗な喫茶店が出来たのです。よければ会長殿も行きませんか?」

最近では新入生も気軽に話しかけられるようになり、頼られることも多くなった。

(心願成就、だな。これほど嬉しいことはいつぶりだろうか)

ルドルフはクスッと笑い、そして。

「私で良ければ付き合おうではないか。皆の笑顔は私の幸せなのだから」



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春のファン感謝祭編
とある女帝様


『早い早い!!流石あのトウカイテイオーだ!!後方のウマ娘を大きく突き放して大差でゴール!やはりこのウマ娘、世界に注目されているトウカイテイオーだ。あのシンボリルドルフに並ぶと噂されていうこのウマ娘は一体どこまで行くのか、私も楽しみであります!』

 

________________________________

 

四月二一日。

先日の選抜レースではぶっちぎりで一着を取ったテイオーは勝利の余韻に浸っていた。

そうであれば良かったんだ。

「うちにチームに来てくれテイオー!」

「やだ」

「じゃあ私のところに!」

「やだ」

「俺ならお前を無敗の三冠にしてやれる!」

「やだ!!」

御覧の通り、各トレーナーからのスカウトラッシュが続いていた。一五日に行われた選抜レース以来ずっと空いた時間を見つけられればスカウト。毎日のようにスカウトされるテイオーはうんざりしていた。

本当ならゆったりとしたペースでチームや専属等を決めたかったのだが、思ってたよりもスカウトの洪水でもう落ち着く暇なんてなった。

そんな彼女の逃げ込んだ先が。

「何故ここなのだ……」

「休み時間の暇つぶし、何気にここが安全、お昼寝していい?」

「たわけ。ここは生徒会室だぞ。お昼寝するような場所じゃないんだ」

「あー生徒会室のソファはふかふかで気持ち良いな~。…………ぐぅ」

「寝るなあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

現在の生徒会室には一人のんきに寝るテイオーと、連日連夜春のファン感謝祭の調整等に追われる生徒会副会長のエアグルーヴしかいない。

「全く、何故ここで昼寝などするのだ。まるでブライアンのようにサボりやがって…………」

唯一の話相手がいなくなったグルーヴは、仕方なく今手元にある書類を片付けていく。春のファン感謝祭までもう間もなくであり、そろそろ最終調整を終えなければいけない状況だった。

翌日からは感謝祭の準備のために一時的に授業は無くなり、代わりに生徒と教師が総動員して準備が行われる。

春のファン感謝祭は秋とは違い、近隣を巻き込んだ大規模なイベントだ。秋は文化祭みたいなものなので学園内だけで済むのだが、春は運動会みたいなものなので、学園内だけでは済まない。それだけ準備に時間がかかる。

当然、近隣や市役所等からの許可を貰ってるからこそできるイベントであるからこそ尚更成功しなければいけないプレッシャーもある。そんな汗と涙の事情を知らないテイオーが呑気に寝ている姿を見てるグルーヴは思わずつまみ出そうと思うが、

「……なぜ、私はこいつだけにはそれが出来ないのだろうか」

妙な感覚が胸に引っかかる感覚をグルーヴは覚えてる。つまみ出そうにも今のままが自分にとって最善策な感じがする。

「不思議と、こやつは遠い昔に出会った気がするのだ。まるであの人のような雰囲気が出会った時から感じられる…………。私にとっても、大切なあの人を」

エアグルーヴは自分の胸に両手を添える。

思い出すのは、かつて自分に寄り添ってくれて見る世界を変えてくれたあの少年の記憶。自分の時間を使ってくれてまで寄り添ってくれたあの少年の日々。

あのびくびくした自分から今の態度ある自分は他人から舐められないために、転生して変わることを決めたのが今の自分。

(あの時の姿は私の前世を知る者以外には見せたく無いのだ。……なのに、こいつといるとどうしても昔の自分に戻りたがる……)

自分の分からない感情と気持ちに思わず表情が緩む。

(今、自分はどんな顔しているのだろうか)

噛みしめた表情をしているのか、それともあの少年以外に見せられない顔をしているのか。

「いずれにせよ、いつか問いただしてやるか」

今後の方針を決めて、エアグルーヴ(慧本久未)はいつもの表情に戻し書類へと視線を戻した。

 

______________________________________

 

生徒会室で昼寝をした罰としてテイオーはグルーヴに感謝祭の準備にとことんこき使われた。

重さ六〇キロもある鉄柱を何度も往復して運ばさせられたり、屋台の買い出しで近隣の商店街へと買い出しに行ったり、慣れてない書類仕事をさせられたりと、なんだかもう色々と散々だった。

「そもそもトレセンの食糧はなんか無尽蔵にあるのにどうして買い出しにいかされなきゃいけないの……?」

両手に大量の食材が入ったマイバックを持ちながらテイオーは愚痴っていた。時間はもう夕方で既に完全下校時刻を回っている。しかしまだやることが残っている(無理矢理増やされた)テイオーはそろそろ休息が欲しいところだった。

そんなこんなでテイオーは学園の中央校舎にある生徒会室へと戻ってきた。

「頼まれた物は買ってきたよ。どこに置いたらいいの?」

「ご苦労だったな。そこの棚の上に一旦置いててくれ」

「あーい」

「返事が適当、また増やされたいか?」

「女帝様のおうせのままに」

テイオーは涙目になりながら静かに荷物を棚に置く。カイチョーはまだ戻ってきてないらしく、この様子だとグルーヴはずっと生徒会で一人静かに仕事をしていたのだろうかとテイオーは推測する。

(そういや、カイチョーは寝不足って言ってたよね)

テイオーは遠くからグルーヴの目元を見てみる。薄い化粧をしているがよく見ると隈が出来ている。

「…………」

グルーヴは今も立ちながら書類と睨めっこをしているのだが、脚は僅かに震えている。その様子はまるで悲鳴を上げてるようにも見える。

「いつから寝てないの?」

「む。そうだな…………。仮眠は取ってるつもりだが最後にまともな睡眠をとったのは二週間前だったかな。はっきりとは覚えてないな……」

明らかなオーバーワークだ。そこまで寝不足だと逆に今までどうやって意識が保ててたのかが不思議に思える位のレベルだ。

テイオーは休ませようと声をかけようとしたが、心を見透かされたのか、

「寝ろと言われても休まないぞ。私は副会長としてこの感謝祭を成功させねばならないのだ」

「けど……」

「言いたいことは分かる。だが、これは私がしたくてやってることだ」

「グルーヴが、したくてやってること…………」

自分がやりたいからやる気持ちならテイオーが無理矢理止めさせるのは、人の気持ちを踏みにじるのと一緒だ。

踏みにじらないためにはどうするべきか。

テイオーがすべきことはただ一つ。

「ねえ、ボクも手伝うよ」

「なに……?お前がか……?」

「そうだよ。ボクもなにか出来ないかなって」

それを聞いたグルーヴは面食らったような表情をしながら、

「なにもお前がやる必要はないのだぞ?これは生徒会の仕事だ、生徒会ではないお前がする必要はないのだぞ………?」

「でも生徒会ではない人が仕事の手伝いをしてはならない法則はないよね」

それに、と。

「ボクがしたくてやってるだけだから」

なお、テイオーは言葉では言わないが、目の前で苦労してる人がいるのにただ黙って見過ごす事は出来なかった。

ただそれだけの理由だ。

「ぷ、はっはっはっはっははっはっはっはっは!!」

何を思ったのか、グルーヴが突然笑いだした。

「な、なんなのさー!ボク何か変な事言った!?」

「くっくっく…………。いやあ、何を言い出すかと思えば手伝う、か。全く、出会った頃からそうだがお前はあの人にどこか似ている!」

グルーヴは書類を置いてテイオーの下へと早足で向かう。

ドン!!、っと。テイオーの顔の横を掠めるようにグルーヴの腕が伸びる。

壁ドンってやつだ。

「…………」

「ふふ、やはりお前は私の知ってるあの人に似てる……。雰囲気も、オーラも、何処か懐かしみも感じる」

グルーヴはテイオーを顎クイして、今にも唇が触れそうな距離で、

「いつかはお前とゆっくり話したいものだ、トウカイテイオー」

彼女は舌なめずりで興奮気味のまま言う。まるで掛かり気味のような感じが、尚更独占しそうな勢いを感じる。

テイオーは一瞬動揺したが、表情が崩れることは無かった。

「ルドルフいるー?いなかったら君のお菓子勝手持っていくけどいいよね?答えは聞いてないけどね~」

「「……………………………………」」

「あ、グルーヴじゃん。やっほ~、女帝様が同性相手にナンパ、しかも壁ドンと顎クイの2コンボ」

「み、ミスターシービー先輩…………ッ!?」

テイオーは突如入ってきた人物が誰なのかは分からないが、グルーヴは知っているらしい。

「なかなか面白そうな事やってるね~。じゃああたしは_____」

シービーと呼ばれたウマ娘は廊下に振り返ると、

「みんなーグルーヴが噂のトウカイテイオーにナンパしてるよー!!」

「せええええぇぇぇぇんんんんんぱあああああああぁぁぁぁぁぁぁいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃい!!!!!!」

その夕方、廊下で笑顔で逃げ回るシービーと鬼の形相で追いかけるグルーヴを見たという報告が上がったのはまた別のお話。



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春のファン感謝祭

桜吹雪に見舞われる季節のなか、とある学園ではあるイベントが行われていた。

四月二六日。

春の感謝祭が行われる日が遂にやってきた。選抜レースを終えて早速チームに入っている子もいれば、ここで挽回するために練習してきた子もいる。

この感謝祭はある意味選抜レースの二次選考のようなもので、ここで良い走りをすればスカウトされるチャンスがあると言われている。

しかし、メインは感謝祭なので開催中は声をかけるのは禁止としているため、声を掛けられるのは開催終了して翌日の場合が多い。

とはいえこれはチーム戦なので、主に仲間と協力してポイントを稼いで優勝していくのがこの春の感謝祭の醍醐味だ。優勝チームにはなにやら豪華景品があると聞く。

早朝とはいえ、この感謝祭を見るために朝早くからやってくるファンは多くいる。

そんな雑踏の中、テイオーは半袖の体操服を身に着け、ネイチャと学園の廊下の窓から外の様子を眺めていた。

「いや~今日のネイチャさんは絶好調ですよ。今なら誰でも勝てるんじゃないかな。…………なんて」

「ネイチャなら勝てるんじゃない?この前の選抜レースでボクと走って三着だったし」

「…………なんでだろ、あたしその三という数字に物凄く因縁があるようなないような…………」

「?」

「なんでもない、気にしちゃだめよ」

「あ、うん」

「…………おっほん。テイオーは何の種目の出るんだっけ?」

「ボクが出るのは確か…。スイム、中距離走、最後のトライアスロンでアンカーをやることになってたんだっけ」

「あたしはテイオーにバトンタッチする第三区間のメンバーか。じゃあ軽く走ってテイオーに渡さないとね」

「えへへ、期待してるよネイチャ!」

「期待しないでよ…………。まーゆるっとやらせてもらいますわ~」

といいつつ、二人はカツンと拳を合わせて、それぞれの戦場へと向かった。

時刻はお昼過ぎ。大体の競技は終わりお昼からのメイン競技はトライアスロンとなっている。そんなテイオーのクラスは……

「もう不幸だぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!」

テイオーはもうやけくそ気味で悲鳴を上げた。

もう色々と、さんざんであった。

テイオーはスイムで何故か自分だけピンポイントで逆流の波に長時間襲われて大敗。ダーパンは料理対決で砂糖と塩をうっかり間違えてしまい大敗。ネイチャは同じクラスのツインターボの作った特製ロイヤルにんにくマシマシジュースを飲んであまりのにんにくの臭さに撃沈しつつ三着。クレッセは借り物競争でまさかのおもちゃのマジックナイフというものに当たってしまい大敗。

他のメンバーもさんざんな目にあって、現状最下位路線へとまっしぐらであった。

「えーいこのままじゃだめよ!!気合よ気合!とにかく今はトライアスロンで逆転するのよ!」

「けどシャコーグレイド、次のトライアスロン出走者のイブキマイカグラがいないわよ?」

「なんでだって!?どこいったのおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ちょいとダーバンさんやい、この状況どうだと思います?」

「愉快ですわ~。どうにでもなりやがれです~」

「そこで!!諦めたら!!試合!!終了!!!!」

「テイオー!あんたなんとかしなさいよ!!」

「えぇボク!?」

「はいはーい!ターボ良い案があるよ!」

その声にクラスが一斉にターボの方へ視線を向ける。やけに自信満々にターボはこう提案した。

「走る!」

「却下ッッ!!」

 

_________________________

 

時は過ぎて現在トライアスロンの時間。第三走者のネイチャは山道を走っていた。うっそうと生い茂る森の中は空気が透き通ってはいるが、道が整備されてなければガタガタの道を走るハメになってただろう。

(にしてもこのトライアスロンぼ第三コースは一番距離が長い事で有名だからね。あたしはべつに平気だけど。……それより、なんでまた三という数字に当たるんだァ。もう一種の何かの呪いか!?)

心の中で一人寂しく悲しむネイチャだが、今はそんな状況ではない。

背後からは他のチームの第三走者がやってきている。

『うおおおお盛り上がってきたぞーーーー!!』

『メジロ家としてここは譲れませんわ!』

『ライスだってついてく……ついてく……』

『私だってここは勝つよ!!むん!!』

(やっぱりみんなやる気満々って感じよね。……でも、あたしだって負けてられないから!!)

 

 

一方で、アンカーである第四走者待機場所では。

「意外とボク達って一緒になりやすいのかな?」

「案外何かの繋がりがあるのかもしれないですね。運命的なやつとか」

「そんなものかな?ボクにはよくわかんないや」

「私はなんとなくそんな感じがします。同室がマックイーンさんなのですか、彼女からは不思議な運命を感じるのです。テイオーさんと同じように」

「ふーん」

(運命、か。ボクの運命ってなんだろう、あまりそういう人と出会ってないからよくわかんないや)

でも、

(カイチョーからはその運命的な何かとやらを感じるんだよね。なんだろう、親みたいななにかを)

そんなテイオーだが、やや肩を落として隣にいるウマ娘にじろりと見ながら、

「なんでカイチョーが……?」

「ふふ。答えは簡単な事だ。やはり私もウマ娘だから誰かと競い合うことがしたいのだ」

「うんうん分かるよその気持ち。でもね、カイチョー強すぎるの!!」

「おや?テイオーらしくないではないか。この前のファッションの件ではお世話になったからその借りも返しておこうかと」

「ボクとしては今度特大サイズのはちみーを奢って欲しかった!!いやむしろそっちにして!!」

「大丈夫だテイオー、私なりに考えはあるさ」

「本当?本当の本当!?」

「あぁ」

ルドルフは何やらいたずらっぽい笑みで、

「私が勝てば奢ろう」

「カイチョーの勝利確定フラグ建てないで!!ボク達の走る意味の大半が取られるんだけど!?」

『テイオー!!』

「ナイスタイミング!!はやくきてネイチャ!!」

「ルドルフー!持ってきたよー!!」

「いいタイミングだなチケット。ではここで___」

ルドルフは一呼吸入れると、

 

「__生姜が無いなんてしょうがないな」

 

「……………………………………………………………………は?」

「く、くっくっくっく。なかなか傑作だと思わないか?」

「今ので周囲のやる気がダウンしちゃったんだけど!?」

「あーっはっはっはっは!!ぐるじいいいいい!!なにいまのダジャレ!!滅茶苦茶面白いんですけど!!」

「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「あの、テイオー、さん……。今のは、なんです、か……」

「イクノがやられた!!誰かアンカー交代してあげて!!」

「私……もっと……走りたかった……」

「グラス!なんとかして!」

「な、なんとかしてと言われてもこの状況私にはどうにも……」

「もーーーー不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

_______________________________

 

結果として、この感謝祭はルドルフのクラスが優勝した。

テイオーのクラスも、最後の最後でテイオーの奮闘によって二着まで滑り込めてなんとか総合二位まで大逆転出来たが、ルドルフが突然のダジャレを言わなければ優勝できていたかもしれない。

そんなこんなで閉会式も終わり、学園関係者全員で現在片づけをしていた。

「まさかネイチャがダジャレ好きだなんて思わなかったな……」

「いやー親父ギャグはあたし好きよ、にしても会長さん、あれは冴えてるよ」

「おかげで道のど真ん中で笑い転げるハメになったの、忘れてないよね」

「だって、ダジャレ面白いんだから」

「それでボク、ビリから走るハメになったの、忘れてないよね」

じろりと見つめるテイオーに明後日の方へと目線を逸らすネイチャ。

「ま、結果的に面白かったからいいんだけどね」

「来年の春の感謝祭はどうなるんだろうねぇ」

「さあねえ。……でもまあ、今はチームを探さないとなあ……」

「あ、それならあたしもう見つかったよ」

「えぇ!?良いなぁ~」

「いやあんたスカウト蹴ってるじゃん……。だから入れないんじゃない?」

「合ってるけど……。でも単純にこれ!って感じなのが見つからないんだよ」

「まーそこはテイオーの意思だからね、早く見つけなよ?あたし早くテイオーとレースで走りたいんだから」

「うん、なるべく早く見つけるよ」



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編入生編
とある編入生の学園案内


「うーん、全然見つからないよ……。どこもかしこもなんかイマイチピーンとこないし……」

夕暮れのなか、そう呟きながら学園の中央通りを歩いて寮に向かっていたのはトウカイテイオーだった。

「うだーー!!これじゃ八方塞がりだよ!!このまんまじゃレースに出られないよー!!」

正直このままではまずい状況なのは分かっているが、だけどどうしてもしっくりくる者がこない。途方に暮れたテイオーがトボトボとした足取りで歩き進む。が、ふとその脚が止まる。

「……なにこれ」

テイオーは思わず呟いた。視界には勧誘なのか誘拐でもするつもりなのかは知らないが、なんか犬神家のように頭からダートに突っ込んだ状態のウマ娘三人に『入部しなきゃダートに埋めるぞ スピカ』と真っ赤なペンキで描かれた看板がでかでかとあった。

「スイカなのか頭巾なのかは知らないけど、あんまりしっくりこないや」

やれやれと思いつつ、テイオーは再び脚を動かし始める。

……突然誰かに脚を触られなければ。

「トモの作りも良いじゃないか!やはりトウカイテイオーの脚は他のやつよりちが___」

「いきなりなんなのさーー!!」

突然後ろから触る謎の声とともにテイオーは反射的に蹴り飛ばした。声の正体はなにやら男性らしい。

「な、ナイスキック……」

「なにが、ナイスキック!、だよ!いきなり人の脚を触るなんて失礼でしょ!?」

「そこに良い脚があったから」

「理由になってない!!てか君誰なのさ!?」

男はポケットから新しい飴を取り出して口に咥えながら。

「俺は沖野健司、スピカのトレーナーさ」

「分かった、後でカイチョーに報告しておくね」

「待て待て待て待て!いきなり触ったのは悪かった、だが話を聞いてくれ」

「チーム勧誘ならお断りだよ」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………」

図星らしい。

「もうボク帰るからね!」

「あ、ちょっと待てって……。行っちまったか……」

早くもウマ娘寮の区画へと入ってしまい、追いかけることは出来なくなってしまった。

(けど、俺は絶対諦めないからなテイオー)

この男は、決して諦めることはしなかった。

 

 

寮に帰って自室で一段落したテイオーは部屋着に着替えていた。マヤノはどうやら留守らしくて、今はいない。

「まったくもう!いきなり人の脚を触るなんて驚いたよ!あれじゃただのセクハラ行為だよもう」

プリプリしているテイオーは雑に制服を脱ぎ捨てて部屋着に袖を通す。

「はぁ……ここまでくると最早不幸を越えた何かなんじゃないかな……?」

脱ぎ捨てた制服を洗濯籠に入れてベットに寝転ぶ。

「……なんでだろう、あんまり悪い人には見えなかったなぁ」

その時だった。テイオーのウマホからは一本の電話がやってきた。

相手は、

「カイチョー?」

 

_______________________________

 

五月八日。

テイオーは昨日の電話を受けて座学の時間が終わり生徒会室にいた。

「さてテイオー、君を呼んだのは他でもない。地方からやってきた編入生のウマ娘を我が学園の案内をしてほしいのだ」

「うん」

「その際に至ってなんだが、出来れば気軽に話してやってほしいのだ」

「うん?どしてなの?」

「実はな……」

ルドルフは言葉が詰まるような感じで、

 

「彼女、生まれて一度もウマ娘に出会ったことはないのだ」

 

「どういうこと……?そもそもウマ娘が生まれる条件って、ウマ娘が母親___」

自分の吐いた言葉にテイオーは引っかかりを覚えた。いや、ここは察するべきだった。

ウマ娘は、母親がウマ娘でなければ生まれてこない。つまり、一度も出会ってないということは……

「まさか……!」

「うむ」

テイオーの推測は確信へと変わった。つまり、そういうことなのだ。

「生まれた故郷でも人間の友達も作れてなかった、ずっと一人ボッチで暮らしていたと聞いてるから出来るだけ彼女を不安にさせないようにしてほしい」

「うん、分かった。……ところでその子の名前は?」

「うむ、スペシャルウィークだ」

「スペシャルウィーク……。スぺちゃんと呼ぼうかな」

『スペシャルウィーク、ここだ』

『は、はい!』

「む、さっそく来たようだな。テイオー……あれ、どこいった?」

「……ここ」

「机の裏に隠れてどうするのだ……?まあ、良いか」

その時、ノックの音が三回聞こえた。いよいよご対面らしい。

『失礼します!』

 

 

あれから数分経った。スペシャルウィークというウマ娘は戸惑いながらもルドルフの説明を受けていた。

「__さて、そろそろ学園の案内といこうか」

「もしかして会長さんが?」

「いや、出来ればそうしてやりたかったんだが生憎私も多忙でな。そこである助っ人を呼んできたのだ」

ルドルフは一呼吸入れると、

「テイオー、いつまで隠れているつもりなのだ?そろそろ正体を現して学園の案内をしてやってくれ」

「はーい!」

「うわ!?」

突然机の裏から飛び出してきたことに思わずスペシャルウィークの悲鳴があがる。

「紹介しよう。彼女はトウカイテイオー、君をこの学園の案内をしてくれる」

「よろしくね!」

「よろしくお願いします!」

「さあ編入生、行くよー!」

「あ、ま、待ってください!」

「?」

生徒会室の扉の前まで走っていたテイオーの脚が止まる。スぺはそれを確認したらルドルフの方へと向いて、

「あの、これからよろしくお願いします!」

「ふふ、君の活躍を祈るよ」

「はい!」

二人は生徒会室を出て早速校内巡りへと行く。

 

_________________________

 

「ここは図書室で~す。トレセンは文武両道だから図書室があるんだよ!」

「うわぁ~!本が沢山です!!」

「気になった本はあそこで借りてね!」

「はい!」

「……あの、静かにしてもらえます?」

「「はーい」」

 

「お次はプールでございまーす!」

「おぉ!すっごく広いです!……お魚さんは泳いでるかな?」

「あはは、プールはあくまで人が泳ぐ場所であって水族館じゃないから」

「バン!」

「「?」」

「私はお魚とスイミーしても、短距離なら負けまセン!」

「「!?」」

『キモチィデス!』

「「……………………………………………………………………(水浸し)」」

 

 

「ここは中庭だよ。……ねえ、制服大丈夫?」

「うぅ……気持ち悪いです……」

「だよねえ……」

『くっそおおおおおおおおお!!また負けたあああああ!!くそぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!』

「?テイオーさんあれは?」

「ん?あーあれは大樹のウロと言って悔しい時はあそこで発散するんだ!」

「へー、機会があれば使ってみようかな?」

「うんうん。……あ、そうだスぺちゃん。スぺちゃんの目標ってなんなの?」

「……私は、お母ちゃんと約束した『日本一のウマ娘になる』事です」

「おぉ……!日本一になる、ねぇ。スペちゃん中々いい目標立てるねぇ。ボクそういうの好きだよ」

「……あれ、笑わないのですか?」

「笑う?今の目標に笑う要素はあるの?」

「!」

「それに、スぺちゃんにはもう一つの夢があるんじゃないの?」

「え?……あ」

「にしし、あとはそこに向かって頑張るのみだよ!」

「……はい!あ、そうだ。テイオーさんの目標ってなんですか?」

「ボク?ぼくはね、カイチョーみたいに『無敗の三冠ウマ娘』になることだよ」

「無敗……三冠……」

「まあ肝心なことに、まだチームに入れてないし本格期じゃないから遠い話だけどね……」

「チームですか。……あ、じゃあスピカなんてどうです?私そこに入部したんです!」

「スピカ!?」

「あれ、知ってるのですか?」

「知ってるもなにも、昨日突然脚を触られた」

「あーー……。でも良いとこだと思うのでよかったら来てくださいね」

「ま、前向きに考えておくよ……!」



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見えない友達編
悪友


かつての世界ではこんな話がある。

能力者が集いやすい東京都にある学園、通称学園都市と呼ばれる能力開発に集中するための機関がある。日本は科学に特化しており世界一の技術力を誇っているため、実質科学の世界と言ってもいい。そのため極稀に天然の能力者がいれば学園都市で能力を手に入れた者もいる。

そんなイレギュラーな都市の中で、創谷涼真(きずたにりょうま)という少年がいる。彼はかつてこの世界でとある悪友やその友人達と共に過ごしていた。

「というわけで岡やん、早速だが桃華の通う女養鍍学院に突撃するにゃあ!!」

「お前の妹ったって義理だろ?つかなんで俺がお前のシスコン属性に付き合わなきゃならねんだ!?なんならお前いつも一人で会いに行こうとするくせになんで今日に限って俺を誘うんだよ」

「なに、そんなの決まってるぜよ。岡やん、女養鍍学院ってどんなとこか知ってるかにゃ~?」

「あぁ?確かあれだろ、研修と実地指導や実地試験を兼ねて国際的に通用するあのメイド専門学校だろ?」

「ピンポンピンポーン!大当たりぜよ!そんな精鋭揃いの学院だがその分学院のセキュリティーも抜群なのは岡やんのバカな頭でも分かるはずぜよ」

「一言余計だテメェ」

「だけど岡やん、セキュリティーが抜群ってことはその分侵入も厳しいってことも分かるはずだよな?」

「あん?まあ、そうだな。それだけの名門校だとしたらよっぽどの運がなきゃ___」

ちょっと待て、と。岡田は呟く。

「……てめぇ、まさか俺の不幸を利用して全員の警備員を俺に向かわせてその間にこっそり侵入するつもりじゃ……!?」

「大正解だにゃーーーー!!」

「こんのクソ野郎がぁぁぁァァァああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

_____________________________________

 

AM07:30 

 

 

「なんだか変な夢を見た気がした」

五月一〇日。

雀の泣き声と共に変な夢から目を覚ましたのはトウカイテイオーだった。といっても、元々はかつての世界で一度命を失い、このウマ娘という新たな世界に生まれ変わった新名に過ぎない。

そんな彼女のかつての名が、岡田唯斗。

とある高校で、今と変わらずどこにでもいる平凡な高校生(・・・・・・・・・・・・・・)(今では中学生)として暮らしていた。

部活をしながらとんでもない事件に巻き込まれたり、死闘を繰り広げたりと、前世でも濃密なハードスケジュールをこなしながら生きていた。トラックに轢かれるまでは。

だがまあ、結果的になんか今では事件とはあまり巻き込まれくなって平和だなあとは思ってたりする。

「なにはともあれ早朝のマラソンでも行こうかな」

テイオーさっさと身支度をしてジャージに着替えて寮を飛び出す。外は僅かに明るい程度で辺りを街灯無しでも見える程度の視界は確保されている明るさだった。

そんな中途半端な明るさの中を走り続けて一〇分。テイオーは思わぬ人物と再会した。

「あれ、メジロマックイーン?」

「あらトウカイテイオー、お久しぶりですね」

二人は互いに並びながら走る。どうも行先は同じようで、学園に帰る途中みたいだ。

「貴女も早朝トレーニングですの?」

「勿論だよ。無敗の三冠を目指すならこれくらいしておかないとね」

「その努力、」

「うん!……あ、ねぇマックイーン、あそこではちみーの屋台が止まってるからそこで休憩しない?」

「はちみ……?なんですのそれ」

「はちみつで作ったドリンクだよ。甘さ抜群で__」

「甘さ抜群ですって!?今すぐ買いにいきますわよ!!」

「…………君って、こういう性格なのかな?」

テイオーはあえて深く考えずにいつもの屋台へと向かう。屋台のカウンターにはエプロンを着たいつものお姉さんが立っていた。

「いらっしゃいませ!ってテイオーさんだ!今日もいつものやつ?」

「うん!いつもの『はちみつ硬め濃いめ多め』で!」

「はーい!そちらの子は?」

「私もですか……?えーと……『柔め薄め少なめ』でお願いしますわ」

「かしこまりました!少々お待ちくださいね」

お姉さんが慣れた手つきで奥にあるドリンク機ではちみつを透明のプラスチック製カップに注いでいく。

「お待たせしました!いつもと『柔め薄め少なめ』です!ありがとうございました!」

二人はカップを貰うとお辞儀をして近くにあるベンチで腰を掛ける。

「んー!朝からこの甘さは反則な美味さだよ!」

「なかなかいけますわね。ところであの店員さんの様子だとテイオーは常連なのですか?」

「うん、確か入学して一週間後から通い始めるようになったかな」

「毎日、ですの……?」

「いやいや、あれでも結構破格なお値段だから高頻度には通えてないよ……はは」

「あれで一五〇〇円はまだ安い方ですわよ?」

その瞬間、テイオーに衝撃が走った!

「い、いや……あれで安い……?お、お嬢様なんてやっぱり庶民の考えは理解できないか……」

「なにぶつくさ言ってますの?」

「な、なんでもないよ……ッ!!」

妙な歯ぎしりにマックイーンは小首を傾げる。小声で、どこいってもお嬢様はやはりお嬢様か、となにやらが聞こえるが。

「……やはり、貴方なら打ち明けても良いでしょう」

「……え?」

マックイーンは改まった様子で、

 

「テイオー、岡田唯斗って人をご存知でしょうか?」

 

「!!」

「その反応、やはりご存知なのですね」

「知ってるも何も……」

その岡田唯斗がトウカイテイオー自身なのだから。

テイオーは自分の呼吸すらも忘れていた。マックイーンはその様子を見ながら続ける。

「かつて私は義理の妹と交通事故で亡くなりました。今でもあの時を悔やんでます、私が死ねばあいつは絶対に悲しむに決まってる。だけどあの世界での自分は既に亡くなっているいます。今はメジロマックイーンとして新たな人生とともに歩んでますが、やはりあの時も捨てがたい人生を送ってたので悔やまれます……」

マックイーンは静かに拳を握り締める。しかしテイオーが認識している人物では、マックイーンが一体誰なのかが分からない。

「君は、一体誰……?」

テイオーは恐る恐る問う。その問いかけにマックイーンは静かに答える。

 

「私は創谷涼真(きずたに りょうま)。かつて岡田唯斗と同じクラスで過ごしていたあの男ですわ」

 

その答えに、テイオーの体が震えだす。

「……お前が、お前があの創谷涼真なのか!?」

「ええ、いかにもあの妹好きの男の__」

マックイーンの態度が崩れたかのように、

「創谷涼真さんとは俺のことぜよ!」

「ばっか野郎が!てめえ人様にさんざん心配させといてよくもノコノコと顔を出しやがったな!?」

「にゃーはっはっはっは!俺の予想通りやっぱりお前が岡やんだったか!いやーちょっとからかってみたり試してみたりしてみれば岡やんと同じ反応してくれたから、俺としちゃあラクチンに見つけられたから楽だったにゃ~」

まあ、と。

「特にアレが、テイオーは岡やんの転生先の器としての決定打になったんだが、まあ岡やんにもいずれ分かる話かにゃ」

「あん?アレってなんだよ」

「まあ今は気にすることはないぜよ!まあ岡やんはおっぱいがデカいお姉さんがタイプなのも?お姉さんに甘えたい人生を送りたいというのも?全部知ってるしー?」

「わーーやめろーーー!!俺の性癖をこんな公共の場でばらすんじゃねえ!!」

「にゃはは!」

テイオーこと岡田は笑顔のまま泣き叫び、マックイーンこと創谷は笑い転げる。

「岡やん」

マックイーンの声に、テイオーは顔を上げる。マックイーンはテイオーに手を差し出していた。

言葉なんていらなかった。

パン!、と。乾いた音が鳴り響く。

手を取ったテイオーはマックイーンに引っ張られる形で立ち上がる。

「久しぶりだな、岡やん」

「待たせんじゃねぇよ、涼真」

日が昇り二人はその光に輝くように映る。久しく会う悪友こと親友に互いは静かに喜んだ。

男らしく、静かに。そして熱く。

「……それはそうと今何時ですの?」

「え?」

突然口調がマックイーンになったことにより我に返る。そしてテイオーは顔だけ横に向く。たまたま近くには時計台があった。

「えーと……。げっ、もう八時二〇分!?」

「急ぎますわよテイオー!今から帰って支度してもギリギリですわよ!!」

「ちっくしょぉ!!やっぱり不幸だああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

AM08:20 終了



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五月一〇日

AM08:18

 

トレセン学園には、とある二人の生徒が使用している部屋がある。

その部屋はまるで幽霊でも出現しそうな不気味な飾りつけをしている内装と、理科室とは違い、本物の科学研究者が研究や実験のために使用する本格的な実験器具が物々しく備わっている内装が合わさり、一つの部屋と化している。

そんな誰も近寄りたくない部屋のなか、マンハッタンカフェと呼ばれる見た目からしてホラー感を漂わせるウマ娘は、血相を変えて自分の棚を漁っていた。

「無い……無い……!どこを探しても私の秘蔵の珈琲豆がありません……!……昨夜は確かにここに置いていたのに一夜で無くなるはずがありません……!!」

今朝早くから、日課の至福の一杯を楽しむためにいつも早めに学園へと来ているのだが、突如として無くなったアジア産のマンデリンという珈琲豆が綺麗さっぱり無くなり、日課は突如として崩れた。

マンデリンとは、世界屈指のコーヒー産出国であるインドネシアのアラビカ種のコーヒー豆の銘柄で、生産量は少ないものの、希少性や品質が高いことから高級銘柄となっている。酸味が少なく苦味成分は強い分、コクのある味として表現されやすく、濃厚な味のするケーキと一緒に食べるのが良い高級豆だ。

「……一体誰が盗んだのでしょうか。……今日一日落ち着きたい気分でいたかったのに……。……絶対に許しません……。…………必ず犯人を突き止めて、この件について然るべき措置をとらせてやります」

カフェは静かに、だけど発散すべき場所を失った怒りをどこにぶつけるべきか。今にも暴れだしそうな猛獣が早朝から放たれる。

『やばいやばいやばい!!もうこれ遅刻確定じゃん!ただでさえさっき寮に帰ってきて着替えてきたばっかりなのに!シャワーを浴びさせてくれる時間があってもいいじゃんか!!やっぱり不幸だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

窓から雪崩れ込むような泣き言がカフェの耳に届く。上から覗いてみれば、そこにはあのトウカイテイオーと呼ばれるウマ娘が全力疾走しながら学園に滑り込むように入るところが見えた。

「…………なぜこんなギリギリの時間に?…………いや、さっき『寮に帰ってきて着替えたばっかり』と言ってましたね。…………まさか彼女がやったのなら__」

カフェは何もない空間を見据える。

「__私の見えない友達を使ってまでも、この怒りを味わってもらいます」

返事は無い。しかしカフェには見えない友達の返事が伝わった。

「……?……人体模型って、私のスペースにありましたっけ?」

カフェのスペースには、まず買った覚えのない人体模型があった。というのも、これはアグネスタキオンというこの部屋をある意味強引に半分取られた科学研究者のウマ娘の私物なのだが。

「……まあ、気にするほどでもないでしょう」

 

 

AM08:21 終了

 

 

____________________

 

 

 

AM09:30

 

一時限目の授業が終わり、一〇休憩中の出来事だった。テイオーは自分の座席の前にいるもふもふ髪のナイスネイチャと会話をしていた。

「でさでさ、最近入った編入生がリギルのレースでは二着だと聞いたわけですよ。こりゃーネイチャさんも負けられないかなーって思うわけよ」

「へー、そういや数日前にリギルの一人が辞めたから原石を発掘するついでに、人数の埋め合わせをするとかで募集していたのをグルーヴから聞いたよ」

「あんたは受けなかったの?リギルなら会長さんがいるのに」

「一応受けようかなとは考えはしたんだよ。だけどなんとなく直感的にだけどボクのはあそこは似合わないと思ったから受けなかったんだ」

「ふーん。もしテイオー受けてたのなら試験受けなくてもスルーで受かりそう気もするんだけどね」

「それでも多分あそこに入ろうとは思わないよ……。確かに今のリギルはトップだから強いとこには入りたいけど、やっぱりあそこにはボクは似合わないかな」

「ふーん」

「そういやネイチャはもう決まったんだよね?確か『カノープス』っていう最近出来たチームだっけ」

「そうそう。まあ出来たばっかりだからまだまだ名もないチームみたいなもんだけどね」

「そっか」

テイオーは浮かない表情のまま顔を机に伏せる。いまだにチームだの専属だのが決まってないテイオーからしたら、既に次のステップに踏めているのが地味に羨ましいからだ。なお、いつぞやに脚を触ってきたあのトレーナーからはしょっちゅうスカウトされているのはまた別の話。

『テイオーちゃん!ネイチャちゃん!』

「ん?あれ、マヤノじゃん。どうかしたの?」

マヤノはテイオーのいる教室へと入り、二人のそばまできた。

「聞いた聞いた?今朝のマネキン事件!」

「はあ?」

「なにそれ、というか今朝?」

「うん!」

マヤノはちょっと浮き出る胸を張りながら、

「なんか袋を持ったマネキンが校内の廊下を歩き回ってたんだって。誰も学園にはいない時間にうろついてたから見た人はいないけど、これは紛れもなくトレセン学園の怪奇現象だよ!むふふ、事件の臭いもしちゃうね!」

「事件、か」

テイオーが零れるように呟く。

「?どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ。……にしても事件なのかな?マネキンにコスプレした変な人が学園内をうろついていただけなんじゃない?」

テイオーの疑問に、マヤノは首を横に振った。

「それがね、突然消えたらしいよ。うろちょろしていたマネキンがまるでテレポートしたかのように消えたんだって!」

「いやいや、そんな能力者がこの世界にいる訳が____」

 

「あたしはいると思うな」

 

すかさずネイチャが否定した。

「ネイチャ……?」

テイオーとマヤノはネイチャの表情を見つめる。その様子は、真剣な目つきで訴えていた。

「あたし能力者を見たことがあるの。冗談でも無く、本当に。……まあ、二人が信じてもらえるかは話が違うからなんとも言えないけどね。……うぅ、あたし何言ってんだろ、はっずいわ……」

段々と言うたびに我に返ったのか、ネイチャの表情が赤く染まっていく。今にも両サイドにある自慢のモフモフで顔を隠すような勢いもある。

「でも、ネイチャちゃんの言いたいこともマヤ分かるよ!ね、テイオーちゃん!」

「え?あ、そうだね!ボクも能力者がいるところを見たことがあるし!」

「だねだね!だからネイチャちゃんの言うこともマヤ信じてる!」

「ば、ボクもだよ!」

「二人とも……!ありがとう!」

ネイチャは口をもごもごさせながらもお礼を言う。

その時、チャイムの音が学園内に鳴り響く。

「や、やばい!マヤ次移動教室なんだ!それじゃ二人ともまたね!」

「ばいばーい」

「またねー」

 

 

AM09:40 終了



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五月一〇日

PM12:50

 

カフェは見えない友達を使って犯人探しを行っていた。というのも、情報が足りないままトウカイテイオーに突き止めにいったところで、もし違うとしたら返り討ちに遭う可能性を考慮しての事だ。

「……あの袋はコンパクトなサイズで机や棚、収納場所などには隠しやすいサイズの袋です。……犯人が何処に隠したかは分かりませんが、必ず突き止めてやります」

今カフェはトレセン学園の寮のある区画にいた。カフェは豆から粉砕させ、燻製し、一杯のコーヒーを作る本格派だ。豆に見合った調理法を探し、自分が満足出来る一杯を作る時と、その一手間を終えてようやく飲むあの至福の一杯がカフェにとっては大切な時間なのだ。

それを奪うというのならば、容赦する必要は無い。

カフェは何も無い空間を見つめる。

「…………見つかりましたか?」

『…………………………………………』

声は無い。だけどカフェには分かる。

「……なるほど。では栗東寮に向かいましょうか。……私の時間を奪ったクソ野郎には死の鉄槌を」

行先は決まった。

カフェは、一歩一歩ある部屋へと向かっていく。

 

PM13:10 終了

 

 

__________________

 

 

 

PM13:30

 

午前の座学は終わり、午後からはトレーニングの時間だ。チームに所属する者や専属の者は決められたメニューをこなしていく時だ。しかし肝心なテイオーはチームに所属どころかトレーナーもついてないため、主に自主トレがメインとなる。

そんなやや遅れ気味なテイオーは、一人ぶらぶらと学園内を歩いていた。

しかし今朝のような元気は無い。むしろやつれていた。

「……なんでだろう」

テイオーは呟く。今、物凄く何かに縛り付けられているような奇妙な感覚がある。

「なんであの時確証の無い返事しか出来なかったんだ?おかしい、ボクがあの世界で死んだのは東京だ。あの時いた場所、剣道、親、一部の友人は覚えている。だけど__」

テイオーは全身から妙な寒気を感じながらそばにあったベンチに腰を掛ける。

「何か……何かあの東京のなかにある街で肝心な部分が欠け落ちてる……。この世界に来てからもう数年以上も経つけど何かとんでもないことを忘れている気がする……」

あの時ネイチャの推測に妙な引っかかりを感じたのは何故だ?普通能力者と聞いたらイレギュラーな存在だから信じられないのが当たり前なのだ。

だけど、どうしてあの時能力者と言われても納得して信じてしまったんだ?

(分からない。自問自答しても答えなんて返ってこない……)

単に忘れてるだけならここまで深く考える必要は無い。だけど忘れてるだけじゃ纏められない何かをテイオーは感じていた。

彼女は両手で顔を覆いながら、こう結論を出した。

 

「ボクは、記憶喪失かもしれない……」

 

あまりにもおかしな話かもしれない。だけど、この世界に来て初めて行き詰まった部分が起きた。

これまでは超能力なんて、そんな話は聞いた事なかったはずだ。聞いてたとしたらもっと前からこの事について議論していたはずだ。だけどそれが無かったから今一人で議論している。

もしかしたらこの世界にはまだ自分の知らない秘密があるのかもしれない。

単純に自分だけが知らないだけかもしれないが、もしそれがそうだとしたらあの時ネイチャが信じる信じないかの疑問なんて投げかけないはずだ。

(……一体、ボクはどこでどのタイミングで記憶を無くしたんだ?)

前世?それとも今の世界?

「……ダメだ。自問自答していても答えが分かんない。そもそも記憶が失われたタイミングなんて分かる訳ないでしょ」

結局、何も分からないまま議論は終わる。

(……この事は絶対に黙っておこう。とにかく今は皆と話を合わせながら情報を集めていくしかない)

今後の方針を纏めてテイオーは立ち上がった。

その瞬間だった。

『……あなたが、トウカイテイオーですね』

「!?」

何も無い場所から突然誰かの声が耳に入った。テイオーは周囲を見渡すが付近には誰もいない。

「どこからなの!?」

「ここですよ」

答えは迅速に返ってきた。背後から突如聞こえた声にテイオーはまさかだと思った。

「き、君は誰!?」

その場から離れて声の主へと見据える。さっきテイオーがいた場所には、腰のラインまである黒髪のロングヘアに、目を覆うような感じで伸びだ前髪。瞳の色は黄色。見た目からしてホラーのような雰囲気を漂わせるウマ娘がいた。

「……私はマンハッタンカフェです。……あなたが私の珈琲豆を盗んだ事が発覚したので、ここで罪を償わさせるためにきました」

「……一体何の話?」

「……シラを切らないでください。……あなたが私のお気に入りの珈琲豆、マンデリンを盗んだことは既に分かってます。……今なら痛めつけない程度の怪我で済ませてあげますが」

カフェはスカートから一枚の写真を取り出した。カフェはそれをテイオーに見せびらかすように向ける。

「……この部屋、貴方のいる部屋ですよね?……勝手ながらお邪魔させてもらいましたけど、貴方の机に私のマンデリンの袋がありました」

「待ってよ。そもそもボクは珈琲豆だのマンデリンだの言われたってよく分からないんだよ!大体いきなりなんなのさ、それをボクが盗んだって言うの!?」

「……はい」

即答だった。

「……もう一度聞きます。……これは貴方が盗んだのですよね?」

「だから違うって!そもそもいつそんな事が起きたのさ!?ボクは今朝走りに行って学園に遅刻しかけたけど、少なくともそんな袋は見かけてないよ!!」

「……これが最後のチャンスです」

カフェはさっきよりもかなり低く、そして威圧を与えような声で、

「……これは貴方が盗んだのですよね?」

「違う!!」

テイオーは、否定した。

「…………そうですか。……ならばもう交渉は決裂です。……貴方のやった行動と否定した事が間違えだった事を力ずくで分からせます」

カフェは顔を俯かせ、何かを唱えるような声が聞こえてくる。

(な、っに、これ……!?)

周囲の大気がまるでカフェに吸い込まれていくような動きがあった。吹き荒れる風がカフェを包み込む。透明感のある空間だが、あれに触れたら千切りでもされそうな引き裂き鎌のような危なさがある。

「……正直オレはあんたが気に食わないんだよねテイオーちゃん」

「!?」

さっきとは違う声が聞こえてくる。テイオーは第二の刺客かと思い周囲を見渡すが誰もいない。だけど今聞こえた先はカフェしかいない。

いや、カフェから聞こえたという方が正しい。

「……あまりオレのマックちゃんを取られてるとお前に噛みつきたくなる。いや、なんならぶっ飛ばしたくなるもんだよな」

「君は、誰だ……!?」

カフェ、いや、別の何かは顔を上げる。さっきのダークな雰囲気が消え去り、次に感じたのは威圧だった。

それに、さっきまで見ていた瞳の色が黄色から赤色へと変わっていた。

まるで何かに取り憑かれたような、そんな雰囲気だった。

そんな謎の存在は告げる。

「よう、オレはサンデーサイレンス。ちょっとお前を全治三年のレベルの噛みつきをしてやるから付き合いな」

 

 

PM14:05 終了



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五月一〇日

PM13:20

 

マヤノはカフェテリアでお昼を食べ終えて帰寮中の時だった。

「でさネイチャちゃん。能力者とかの話をマヤにも聞かせてよ」

「えー?そういわれてもアタシはあくまで見たことがあるだけで使ったことは無いんだよ?」

「それでもいいじゃん!マヤは聞きたいのー!」

マヤノはぷりぷりしながら駄々をこねる。だけど可愛らしい怒り方でネイチャは暖かい目でその様子を眺める。

「おーしーえーてー!おーしーえーてーよー!」

(ふっ、可愛いやつめ)

「んじゃま、同じ寮だしマヤの部屋で話すとしますか」

マヤノはやったー!、と言いながらくるくる回りながら廊下を歩いていく。壁にぶつかりそうになったら止めてあげるかと心に留めておきながら、ネイチャはマヤノの部屋へと向かう。

『これほどの動かぬ証拠はないでしょう。……貴方も思いますよね?……そうですよね、これでトウカイテイオーが犯人ということが分かりました。……早速行きましょう』

(……?何の声?)

ネイチャは知らない声に眉を顰めた。

「ねえマヤノ。今なにか__」

「静かに」

マヤノらしかぬ声と雰囲気にネイチャは若干動揺した。

『当然、貴方の力を貸してもらいます。……そうですか、貴方がそうしたいなら私は任せます』

「……………………………………………………………………………………」

マヤノが不審なウマ娘が過ぎ去ったことを確認すると、ようやく止めていた呼吸を再開する。

「やっぱり事件だよネイチャちゃん。今朝の出来事と今のよくわかんないウマ娘、これは明らかに繋がってるって!」

「マヤ、あんたなにかわかるの?」

「ううん、あと少し証拠を集めればマヤ分かっちゃうかも」

「え、マジで…………?」

マヤノはもう事件の真相の一歩手前まで辿り着いているらしい。

(どんな推理力してんだろ。あたし何がなんなのかさっぱりだわ…………)

けどネイチャも事件と聞いたら黙ってる訳にはいかなかった。

だから、マヤに聞いた。

「これからどうするの?」

「まずはマヤの部屋を調査、といっても主にテイオーちゃんのスペースを主に調査してそこから導き出すのが手っ取り早いからね。だってさっきのウマ娘は確かマンハッタンカフェという人で幽霊とお話出来るウマ娘では有名だもん」

「幽霊……?お話……?」

ネイチャはあまり聞きなれない単語に首を傾げる。だけどマヤノはどうも聞きなれているのかあまり疑問には思わなかったらしい。

認識の違いや知識の差があるのかと思うが、マヤノの前世は一体何をしていたのかはネイチャには分からないため、あまり触れないことにした。

「着いたよ」

そうこうしているうちにたどり着いたらしい。

何の変哲もない扉の奥には、テイオーとマヤノの部屋がある。

「それじゃ、入るよ」

マヤノはドアノブに手をかける。ギィと音を鳴らしながら奥にある部屋が露になる。

そして__

 

 

PM13:55 終了

 

_____________________________

 

 

 

 

PM14:08

 

うっそうと生い茂る木々のなか、テイオーはサンデーサイレンスと名乗る謎のウマ娘と対峙していた。まるで飢えた獣が今にも飛び掛かりそうな雰囲気がある。嫌な汗がテイオーの頬を伝って垂れるが、返って気持ち悪く感じる。

(クソ、この状況をどうする!?なにがなんだか分からないまま編なやつに絡まれて全治一年の怪我?冗談じゃない!)

ギリギリと睨め付けるが、サイレンスの表情は落ち着いてる。

(行けるか?……いや、ボクの経験が言ってる。この状況を打破するにはとにかく目の前の敵を倒さなきゃならない……ッ!)

「覚悟は良いか?」

その言葉が火蓋となって落とされた。

突如テイオーは背中から膨大な圧を感じた。まるでサイレンスへと無理矢理行かされるような錯覚があった。

だけど、詳しく状況を観察させてくれる時間なんてなかった。

突如肺を潰されるかのような圧迫と激痛がテイオーを襲った。

「ごぶっ…ッ!?」

サイレンスの拳がテイオーの腹へと襲う。ウマ娘と人間とでは身体能力に差があることをテイオーは知っている。その痛みがまさかここまでとは思わなかった。

後方へと思い切り吹き飛ばされたテイオーは酷く咳き込んだ。

「がふっ!?げほっ!!げほっ!!」

「まずは一発」

一撃があまりにも重すぎる。これまで受けてきた痛みなんて比にならない程のインパクトがある。

「くっそ……!」

テイオーは歯を食いしばりながら立ち上がる。震える腕を無理矢理抑え、それでも立ち上がる。

「ほう?ウマ娘は馬のパワーを持っていてしても立ち上がるか。所詮ウマ娘も人間並みの耐久力しかないってのに、今のパンチで骨すら折れないのか」

「ふざけんじゃねえよ!さっきから人をまるで盗人扱いしていれば話も聞かずに殴りかかってきてさ!一体ボクが何をしたっていうの!?」

「…………」

サイレンスは唾を吐き捨てると、真っすぐテイオーへとめがけてきた。

「オレはマックちゃんとイチャイチャしていたテメェが嫌い!!」

真っすぐ飛んできた拳をテイオーは右に避ける。すかさずカウンターで殴ろうとしたがサイレンスはジャンプで空中回転してかろうじて躱す。

「マックを奪おうとしたテメェが憎い!!」

どことなく吹く風が真正面からそばにある木へとテイオーを叩きつける。

「お前はオレの愛しのマックちゃんを奪いやがった!!あの冷徹でツンとしたマックちゃんに惚れた時にテメェが横取りしやがった。だからオレはテメェをこの手で滅茶苦茶にしてやらねえと気が済まねえ!!」

サイレンスがバネのように脚を縮める。何をするか分かったテイオーは全力で横に回避した。バキッ!!と、乾いた音が響く。ウマ娘の力で蹴った木がミシミシと音を立てながら倒れていく。

(何んだろう、まるで風を自分の意思で操ってみたいだ)

テイオーはさっきから不規則な風の流れと強さを感じていた。

(……そういや、ネイチャは能力者は見たことがあるって言ってた)

今起きているこの超常現象はもしかしたら、超能力とやらが絡んでいたとしたら?

(……ちょっと待て)

記憶の何かが引っかかる。

テイオーの脳裏にチラつくのは、かつての世界でとある電撃使いが当時岡田をしつこく追い回していたあの記憶が。

(さっきからおかしかったんだ。普通初めて能力者を見た時なら恐怖で下がっている方が普通の反応なのに、自分はまるで慣れてるような反応だった)

そこから導き出した結論は、

(つまり、ボクは前の世界では超能力者と戦ったことがある)

だけど戦い方なんて覚えてない。この世界に来てから能力者と渡り合ったことなんて無かったから忘れているだけかもしれない。

だからテイオーは今の状況を分析した。

「なんとなく、だよ。なんとなくだけど少し思い出した」

テイオーはゆっくりと立ち上がりる。

「正直今でも頭が混乱してなんで巻き込まれたのか分からないし、今の超常現象があの超能力だってこしか分からない」

テイオーは今ある記憶と知識で導き出した推測を突き付けるように言う。

「君の能力は風力使い(エアロハンド)ってとこでしょ。何もない空間から自由に風を操る。そこか応用して風の質量を操るってとこかな?」

「惜しいな。確かにさっきから風は操ってる。が、根本的に違うな」

「根本的に違う、だと?」

「そうだ」

サイレンスは長い髪を片手でかきなでながら、

「忘れるな、風も操れるってことだ」

突如として大地が揺れた。グラグラとする視界が突如思い切りブレる。

テイオーのいる地面だけがぽっかり穴が空いた。穴の底はさほど深くは無い。テイオーの下半身だけ落ちるとまるで拘束を前提にしていたのか、土がテイオーを動かさないように包みこんだ

「オレが操れるのは大地だ。火、水、風、土。この世界は五大元素で構築されていることは知ってるよな?例えばオレの攻撃手段は使い勝手が良くてな」

サイレンスの両手から突然炎が現れる。ライターもマッチ棒も、そういう火を起こす手段を無視した正真正銘の超能力。

「まずい……!」

テイオーは埋まらなかった両腕を使って必死に抜け出そうともがく。だけどサイレンスはそれを待つ理由も無い。

「風がダメなら土と火だ。土でお前を縛り付け、炎でお前を消し炭にしてやる」

サイレンスが両手を合わせると炎の質量が一気に増した。二メートルもある塊がテイオーをめがけて真っすぐ向かった。

もはや回避をする時間も無かった。

ボワァァァァァ!!、と、爆発音が響いた。凄まじい熱風と衝撃波が周囲の木々を今にも倒しそうな程の威力だった。

「やられたか。ま、こんなもんか。大したことは無かったがその分析力だけは褒めてあげるか」

少なくともあの炎だけ摂氏二〇〇〇度ある。それだけの熱度があれば人間やウマ娘なら骨を残す程度の火力だ、それだけでも充分な火力だ。

メラメラと燃え上がる爆心地は煙が舞い上がっている。死体なんて確認しなくてもいい。最後まで見なくてもあの様子ならば、あそこはトウカイテイオーの骨しか残らない。

「ま、オレは超能力者ではないんだけどな。どっちかというと科学サイドの敵である魔術サイドなんだけどな。まあ死んでるから聞こえないか。それに人払いのルーンも張っておいたし、一生骨で孤独のまま放置されてな」

捨て台詞を言うと、サイレンスはその場を離れようとした。

『誰が__』

その一瞬手前で、その脚は止まる。サイレンスは思わず振り返る。聞こえるはずのない声がサイレンスに焦りを募らせる。

「誰がやられたって?」

そして、その声の正体は。

「トウカイテイオー!?なんで生きてやがる!?あれをまともに喰らっているはずのテメェがどうやって生きてやがった!?」

「うん、君の攻撃は確かにやばい。あんな炎を喰らったら間違いなくボクは死んでいたよ」

拘束していたはずのテイオーが悠然とした表情で一歩一歩向かってくる。近づいてくる度にサイレンスは自分の鼓動が異常に速くなっているのを感じていた。

「けど、あの炎を放つそのタイミングにボクを囲んでいた土が一瞬緩んだんだ。その瞬間ボクは抜け出すことができた」

「……ちっ!!炎がダメなら水だ!!逃げ場のないように囲って今度こそ仕留めてやるッ!!」

サイレンスは片手で操るように何もない空間からテイオーを包み込むように水を操る。ザーザーと音を鳴らしながらテイオーを窒息させるために水流が襲う。

これで今度こそ仕留めれる。

そうであれば良かったんだ。

バシャン!!、と。テイオーを包み込むはずの水球が一瞬で消え去った。

「なっ……!?」

サイレンスの頭が真っ白になる。まるで打ち消されたかのようにテイオーの周囲には本来の空間が戻る。

(どうなってやがる!?魔力も使わず純粋な力で、一体何をどうしたら一瞬で消し去るんだ!?)

サイレンスの思考がますます混乱していく。本来この場面が圧倒的に慣れているはずの立場が、一気に逆転した。

「君がどういうことでボクを巻き込んだかは知らない。どういう理由でボクを殺そうとするのじかは知らない」

テイオーは右手を握り締め、一気に間合いを詰める。

「だからテメェの私情で勝手に人を巻き込むような行動を起こすんじゃねぇ!!この大馬鹿野郎!!」

 

テイオーの拳がサイレンスの頬へと直撃した。

テイオーと違って、傷を滅多に負わないサイレンスは一撃で沈んだ。

 

 

PM16:30 終了

 

___________________________

 

 

 

 

PM16:31

 

 

この世界に転生して数年経ち、久しぶりに事件に巻き込まれてしまったテイオは、肩で呼吸しながらぐったりとした様子でその場にへたりこんだ。

「はあ……はあ……ちっきしょう。一体ボクが何やったっていうのさ……」

いきなり訳も分からず戦闘状態に入られて、挙句の果てにはなぜか殺されそうになって大変迷惑被っていた。

「にしても、一か八か右手を差し出していたらまさか効果も引き継がれているとは思わなかった……」

テイオーは自分の右手を見る。無傷に見えて実は確かにあの炎や水球に触れた右手。

(まさか、今後もこういう事件に巻き込まれていくのかな……?)

正直迷惑な話なのだが、この世界で今起きた以上巻き込まれないとこはあり得ないだろう。

「さて、まずはサンデーサイレンスじゃなく、マンハッタンカフェとか言うこの方を起こして、今回のことについて詳しく聞かないと」

テイオーは立ち上がろうとするため、体全体に力を入れる。

「……?」

力が、入らない?

「な、なにが……?」

『ふはははははは!!お前の意識はオレが乗っ取らせてもらった!!』

「なっ!?」

頭から響く聞き覚えのある声に、テイオーは酷く動揺した。

『サイレンス!!お前ボクの体をどうするつもりだ!?』

『決まってる。カフェに気絶させられている間に適当な土に埋めて今度こそ仕留める!!』

「カフェ!?……まさ__」

反応が遅れた。首筋辺りから鈍い音と共にテイオーの意識が暗闇に落ちていった。

『よくやったカフェ。これで安心してコーヒーが飲めるな』

「……一応、この体は私のなので下手に無茶されると困るのですが」

『まあなに、安心して飲めることに変わりないだろう?』

「……ええ」

『さて、こいつの魂に直接干渉して動けないように……?』

「……どうかしたのですか?」

『なあカフェ、今こいつから出ている声質は確かにオレだよな?』

「……えぇ。テイオーの口から聞こえる声は確かに貴方ですが?」

『動かない……』

「……は?」

『こいつの体が動かせねぇんだ……!まるで別の何かがオレの動きを阻害するかのような、そんな感じなんだ……!』

「……どういうことですか?」

『オレにもわから……。な、なんだこいつは!?』

「……どうかしたのですか!?」

カフェは挙動がおかしくなっていくテイオーの体の様子ををただ黙って震えながら見るしかなかった。その眼は海のように透き通る瞳とはどこか離れた色をしていた。

『こいつは本当にウマ娘の魂なのか!?こいつは本当にトウカイテイオーと岡田唯斗とか言うやつの魂か!?こいつ、まさかあの「倒壊の由威止」だってのか……ッ!?……ま、待て!!こっちにくるんじゃ__』

サイレンスの声が途切れたと思ったら、テイオーの体は抜け殻のように芝の地面に倒れこんだ。カフェも釣られるようにその場にへたりこんだ。

『いた!あそこよ!!』

『犯人発見!!マヤノ警察出動だよ!!』

背後から聞こえる二人の声に、カフェは気づくことすら出来なかった。

 

PM17:00 終了



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ちょっとした勘違い

AM07:30

 

日付は変わり、雀の泣き声が聞こえるなか、テイオーは窓から差し込む太陽の光に照らされながら目を覚ました。だけど、そこは寮の天井ではなかった。

「……げっ、ここってまさか病室!?」

いつぞやの世界でもしょっちゅうお世話になったあの病室、だけどあそことは違って少し落ち着いた鮮やかな色で塗装された病室だった。

「う、ウソだ。昨日は腹パンだけで済んだのに入院するほどの怪我を負ってたっていうの……!?」

『その通りです』

突如聞こえる声にテイオーは木造で出来たスライドドアを見る。ゆったりとした足取りだがどこか訓練でもされえてたような歩き方でテイオーの病室の入ってきたのは、不愛想で強面で白衣を着た医者?がやってきた。

「だ、だれ……?」

「主治医です」

「は、はぁ……」

「貴女は昨日ウマ娘の怪力で腹部を強打された結果、内臓が僅かに破裂を起こしていたので緊急手術を行いました」

「へ?」

しれっととんでもないことを言われた気がした。

「い、痛みはなかったはずだけど……?」

「アドレナリンでしょう。ハンマー投げの選手が投げる際に発生する強烈な痛みを声で紛らわせるのと似たようなものです」

「…………………………………………」

テイオーはただ黙ることしか出来なかった。恐る恐る自分の腹部を見ると、僅かにはだけていたお腹の部分には縫合されたあとがあった。それだけで尚更テイオーは青ざめていった。

「それでは私はこれで。あとは安静にしておくべきです」

主治医は唖然としたテイオーを置いて病室から立ち去る。そのタイミングで、入れ違いに誰か入ってきた。

「で、初入院の感想は?」

「ネイチャ、病院に入れられて喜ぶやつなんか誰もいないから」

「不運だねテイオーちゃん。あ、お見舞いのリンゴいる?」

「マヤノ、ボクはリンゴウサギが食べたい」

「アイ・コピー☆」

マヤノはネイチャが持っていたお見舞い果実の入った籠を受け取ると、備え付けられたパイプ椅子に座りリンゴ剥き用のナイフで手際よく剝きだしていく。

あと一人、入ってくるウマ娘がいた。

「……あの、初入院なのにどうしてそんなに余裕なのですか?」

「慣れだよ慣れ。……ところで、今はカフェの方だよね……?」

「……はい。先日の件についてきました」

恐る恐る聞くテイオーにカフェはどこか申し訳なさそうに答える。

「あの、先日は大変申し訳ございませんでした……!」

突如カフェはテイオーに向かって平謝りしてきた。

「え?え?」

「えーとね、実はこの事件は全部サンデーサイレンスとかいうやつのせと言うことが分かったんだよ」

「どういうこと?」

「……もともと私は、この時間では日課のブレイクタイムを楽しんでいるのですが、お気に入りの豆が無くなったことがことのきっかけでした」

「うんうん」

「その後お昼ごろに、その日の朝遅刻したテイオーさんを見かけてもしかしてと思ったので、部屋に侵入してこっそりテイオーさんのスペースを調査していた時、棚に私のお気に入りのマンデリアが入った袋があったので私はテイオーさんが犯人だと思い」

「ボクを殺しにやってきた、か」

「……はい」

否定はしなかった。少々過激すぎなのではと思い至る点もあるが、大事なものを奪われたらみんな怒りたくなる気持ちはテイオーも理解していた。

「その時たまたまカフェさんがマヤ達の部屋から抜け出していたところを見かけて、マヤはネイチャちゃんとこの事件について調査したんだよ」

はいテイオーちゃん、と、剥き終わったリンゴウサギを更に乗せてテイオーに渡した。テイオーは片手で受け取ると一個口の中へ放り込んだ。

「んで、マヤがマネキン事件と関係あるとかで警備員さんに頼んで監視カメラをチェックした結果、カフェさんとタキオンさんの部屋からマネキンがマンデリア豆が包まれた袋を抱えて何処かに消え去ったということが判明したわけ」

「……んぐ。マネキンがカフェの豆を持ち去ったことはよくわかったけどさ、そのマネキンは能力者だったの?」

「それがね……」

「……私のお友達が宿っていました」

「うんうん。……うん?え?」

「……貴方が倒れてネイチャさん達に確保されてからさっき伝えられた映像を見させてもらいました。……ええ、私のお友達、サンデーサイレンスが写ってたのを私は視認できました」

「……あれ?そういえば、あの時『オレはマックちゃんとイチャイチャしていたテメェが嫌い!!』だの『マックを奪おうとしたテメェが憎い!!』だの言ってたような……?」

『逆恨みらしいですわよ』

新たに聞こえた別の声に、四人は一斉に声の方へと視線を向けた。

「あれ、マックイーン?」

「ここは私が説明いたしますわ」

テイオーを除いた三人は静かに頷く。

「私がトレセン学園に入学して一週間経ち、放課後にランニングしていた時でした。突然カフェさんが『オレとマックちゃんは一心同体、運命共同、全てにおいてオレはお前と共にあるべきだ!!』とか意味の分からないこと言われてあの時は思わず逃げてしましましたが……。まさかあれから毎日しつこくアピールされるとは思わなくてですね……」

「……その結果、昨日の早朝私のお友達がテイオーさんとマックイーンさんが楽しく話していることを見かけたらしく、私が寝ている間にタキオンさんのマネキンに乗り移って私のマンデリアをテイオーさんにの棚に隠した。……理解できましたか?」

「いや、あまりの無茶苦茶さにちょっと理解が追いついてない……」

「簡単に言えばテイオーちゃんとマックイーンちゃんが仲良く話しているところをサイレンスちゃんが嫉妬して、カフェちゃんの大事なものをテイオーちゃんの棚に隠して勘違いしたカフェちゃんがキレて、この機会に乗じてサイレンスちゃんがテイオーちゃんを殺そうとしたわけ」

「なるほどね。……って、とんだ迷惑な話だね!?コーヒー一杯がボクに命の価値とか言われたらボクちょっと軽く凹むよ!?」

「……あの、ホントごめんさい」

「いや結果的に生きてるから結果オーライだから別に良いけど……。コーヒー一杯がボクの価値だなんて……安すぎだって……」

『オレは謝らないぞ!!マックちゃんはオレのものだ!!』

「……ちょっとあなたは黙っててください」

『いーや無理だね!!オレはテイオーだけはゆるさ__』

「お黙りなさい」

『おうせのままに』

「素直に従った!?」

カフェの言うことは聞かないのにマックイーンの言うことは聞くのかと、思わずテイオーは頭を抱えそうになる、が。

「……あれ、一体どこから声が?」

『ここだ』

突如現れたのは、青く燃えて浮かぶ頭蓋骨だった。

「うわぁ!!燃える頭蓋骨!!」

『失礼な。これでも霊ってのは頭蓋骨とか、人形とか、人間の形をしたやつの方が乗り移りやすいし操りやすいんだぞ。もう隠すのもめんどくさいし今の状態の方が居心地が良いからこれからはこれで過ごすか』

「ふーん。というかその状態でみんなの前に出て大丈夫なの?」

「その点なら大丈夫みたいよ。元からカフェさんって幽霊と会話できることで有名らしいし、それがあたし達でも見えたり会話できるようになっただけって話だから、別に驚きやしないよ」

「そうなんだ」

テイオーはそのまま燃え続けると灰になるのでは?と懸念したが、意外にも炎は温度の概念が無いらしく、灰になることはないらしい。

「……あの、テイオーさん」

「うん?」

カフェは顔の表情を曇らせながら、

「……今回の件は私が勘違いで起こした騒動です。罰を受ける覚悟はできています」

「罰?」

「カフェさんのけじめらしいですわよ」

「えぇ……」

テイオーは渋い顔をしながら、

「別にそういうのはボクは望んないよ」

「……しかし!」

「今回の事件でボクは冤罪だってことが証明できればそれだけで充分なんだよ」

それに、と。

「カフェがこれからもボク達と一緒に楽しく暮らしていければ、それだけで充分な罰だから」

 

AM08:15 終了



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スピカ編
とあるトレーナーの頼み事


五月二九日。

一一日にさっさと退院したテイオーはあれからもチーム探しに奔走していた。しかし今の時期は大体がデビュー戦を終えており、今はあまり募集していないところばかりだった。

「う、うだー」

呆けた声を出しながら放課後の学園内を目的も無くうろちょろしていたのは、トウカイテイオーだ。

「何もすることが無い……。いやどうしよう、本当に何もすることが無いからぶらつく位しかやることが無いや……」

テイオーはそばにあったベンチに腰をかける。そこは中央通りで三女神の像が設置されている場所だった。

「あの噴水のなかに一円玉でも投げたら……いや、グルーヴ辺りがかんかんに怒りそうだからやめとこ」

本当にやることが無いテイオーは、いっそもう近くのゲーセンでハイスコア更新しにいこうかと思い始めた時だった。

『よおテイオー。今暇か?』

聞き覚えのある声にボクは心の中で若干泣いた。どうやらボクは今からあのスピカのトレーナーと鬼ごっこをしなくちゃいけないらしい。当然、ボクが逃げ役で。

「追いかけっこ?良いよ。ボク丁度暇だったんだ。じゃあやろうかちくしょう!!」

「……お前、なんかへんなもん食ったか?」

失敬な。ボクはいつも通りだ。

「まあいいや。お前今暇か?」

「藪から棒だね。生憎ボクはこれから時間の潰し方について考えてるところだよ」

「世間一般ではそれを暇つぶしと言うんだぞ。……まあ本題に入るけど」

「チーム勧誘はお断りだよ」

「そうじゃないって。せめて最後まで話を聞こうぜ!?」

「日ごろから勧誘してるからそう思われても仕方ないと思うんだけど!?」

「ぐぬぬ……まあいいや。とにかくだ。お前にお願いがあってきたんだ」

「なに?」

スピカのトレーナー、沖野は改まった様子で。

「テイオーにはスピカのやつらに歌とダンスを教えてやってほしい」

「歌とダンス?」

「ああ、お前新聞は見てるか?」

「見てない」

「じゃあこいつを見てくれ」

沖野は片手に持っていた新聞をテイオーに差し出した。テイオーは受け取ると見出しを見る。

ズラリと大量の文章が書かれているなかに、いくつかの写真が貼られており、見出しには『スペシャルウィーク大勝利!!しかしライブは天を仰ぐ見事な棒立ち……』と書かれており、他にも知らないウマ娘の写真がライブでへまをしているところが貼られていた。

「………………………………………………」

「まあ、なんだ。そういうこともあってお前に頼みたいんだ」

「それは良いけど……なんでまたボクな訳?」

「直感、かな」

「えぇ……」

「なんにせよ、ウイニングライブは応援してくれたファンへの感謝を歌とダンスで伝える大切なものなんだ。それを疎かにしてしまったのは俺の不覚でもあるんだが、俺はおハナさんみたに歌とダンスは上手くないんだ。頼む、この通りだ!」

沖野の言葉に嘘は無かった。最近入った編入生がスピカに入ったという情報もテイオーは知ってるし、その為にトレーニングをしっかりつませていたのはあのデビュー戦の結果を見れば分かる。ただ歌とダンスがどうしてもできなくて教えようにも教えられなかったんだろう。

「……分かった。その頼みをボクは受けるよ!」

「ほんとか!?助かった!!」

ガッツポーズをしてまで喜ぶ沖野の姿は、いつもの変人ではなく、教師としての一面であって、スピカのトレーナーもやっぱりトレーナーとしてウマ娘に真剣なんだってということを、テイオーは初めて思った。

「それじゃ早速近くの街中にあるカラオケ屋にいってくれるか?予約は俺の名前でしておくから」

「UMAが使える場所だよね?」

「ああ、俺は今からあいつらを連れてくるから先に行っててくれ。ドッキリも兼ねるからよ」

「おっけー。それじゃまた後で」

「おう」

二人はそれぞれの場所へと向かう。しかしこれが、後にテイオーがチームは入るきっかけになるとは誰もが思わなかった。



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入部の決断

適当に準備を済ませたテイオーは指定されたカラオケ、といってもいつも来ているカラオケ屋にきていた。

「まさかこのタイミングでくるとは思わなかったなー。でもスピカは何気にちょっと気になってたからこの機会に色々と見ておこうかな」

テイオーは適当なソファーにバックを置くと、部屋を出てドリンクバーで適当なメロンソーダーをグラスに注ぎ、片手で持って部屋に戻る。

「さーて、どれ歌おうかな~」

いつぞやの世界では声が独特と言われ自分の声はどのジャンルが上手いのか分からなかったが、今のトウカイテイオーとしての声は女子だし、何歌っても似合うというありがたい声で少し自信がついたのはまた別のお話である。

「『願いのカタチ』……『ユメヲカケル』……『EMPRESS GAME』……。うーん、色々あるけど、最初は『Make_debut!』かな。歌いやすいし」

テイオーは端末を操作して歌を選び、歌いだした。

 

_______________________

 

 

 

あれから数曲歌い、だいぶ喉も慣れてきたので『恋はダービー』を歌っていた時だった。

「「「「て、テイオー!?」」」」

驚きと共に歌ってる最中に入ってきたのは、スピカだった。テイオーはみんなが入ってきたことを確認すると、パフォーマンとしてあの『テイオーステップ』を披露した。

「おー、あれが噂のテイオーステップか!」

「す、凄いです……!」

 

 

 

点数は九八点とほぼ完璧な点数を叩き出したのだが、本人は特に気にした様子もなく。

「遅いよみんなー!」

「なんでテイオーがいるんだよ」

「俺が呼んだ」

「トレーナーが、テイオーと知り合ってた……!?」

「オイオイなんかの冗談か!?明日は槍でも降るんじゃねぇの!?」

「マズイわね…………明日は一日寮に篭ってないと……!!」

「お前らからして俺は一体どんな目で見られてんだよ……。まぁいいや」

「いいのですか……?」

「歌とダンスの先生だ。見ただろ今の。それに[[rb:テイオー > こいつ]]が関わってくれれば何かいい刺激になるかと思ってな」

「テイオーが先生?」

「いえーい」

「こいつの走りは誰もが真似する事の出来ない特別な走りでな、それに惚れてスカウトしてるんだけど一向にチーム決めないんだよ……。でも、先生役なら引き受けてくれたんだ」

「みんなのウイニングライブ、動画で見させてもらったよ。大丈夫、ボクがみっちりスパルタで教えてあげるからね!」

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

_____________________

 

 

 

ライブの練習は夕方まであった。みっちりしごかれた四人はかなりくたくた気味だったが、少しずつダンスに慣れていき、前まで出来なかったものもちょっとずつだが出来るようになっていっている。

そんなこんなで、レッスンの終わった夕方の帰路の途中だった。

「今日はありがとな」

「気にしないで」

「テイオーさんに教われば、ライブで恥をかかなくて済みそうです」

「ボクはみんなが困ってるから教えただけだよ。そこまで気にする必要は無いさ」

「でもお世話になったからな」

「そうね」

「そうだ!テイオーさんはあれからまだチーム入れてないのですか?」

「うん、まだ決めれてないんだ」

「一応何度も誘ってんだが一向に入ってくれなんだよ」

「うちにきたら可愛がってやるぜ!」

「うーん考えとくよ」

「テイオーみたい才能あるウマ娘こそ、うちでのびのびとやって欲しんだけどな。まぁ、こいつにも考えはあるから無理強いは出来ないけどな」

沖野は飴を咥えながら、

「さて勝つ準備も出来たし、スペシャルウィーク、クラシック三冠狙うぞ!」

「え、ええええええええええええええええええ!?」

クラシック三冠とは、人生で一度きりしか走れない特別なレースのことだ。

皐月賞。日本ダービー。菊花賞。それぞれに特徴を持ち、実力を持った猛者達が集うレースだ。一つのレースを勝つだけでもかなりの激戦を要されるが、勝てば実力が証明される舞台でもある。

その一番の目玉なのは『東京優駿 日本ダービー』である。

頂点を目指すウマ娘達の、栄光のレースだ。

「今年のクラシックに挑戦出来るのはお前だけだ。それに今の調子でこの流れなら当然だ。日本一になるんだろ?ならクラシック三冠は日本一になる近道だ!!」

「で、でも……」

スぺは少し迷った表情が浮かぶ。

「スペちゃん。挑戦出来るのならやってみるのもいいわよ」

「スズカさん……」

他のメンバーも、笑顔だった。

「オレ手伝いますよ!」

「私も手伝います!」

「しょーがねぇからアタシも手伝ってやんよ!」

そこまで言われたら仕方ない。

「私なります。クラシック三冠に!!」

「よし、その意気だ!そのためにはまずは前哨戦として、弥生賞に出てもらう!」

「はい!」

「…………………………………………」

「……あら?テイオーどうかしたの?」

「うん?いや、なんでもないよ」

 

 

___________________

 

 

 

あのレッスンから数日が経った。トウカイテイオーはこの日とあるチームを見るために中山レース場に訪れていた。

『いけースぺ!!』

『そこだ!!上がれ!!』

『『いっけー!!』』

『残り二〇〇メートルを切った!!セイウンスカイは上がっている!ここでスペシャルウィークが並んだ!!スペシャルウィークがセイウンスカイと並ぶ!…………並ばない!躱した!坂を下りて直線に入ったスペシャルウィークがセイウンスカイとの差を離していく!スペシャルウィーク上がった!スペシャルウィーク、セイウンスカイと差を離してゴールイン!』

『いよっしゃー!!』

『いえーい!!』

『坂の時は焦った……』

『やっぱりあの末脚は天才だな。三冠ウマ娘、マジで夢じゃないぞ!……ってあれ?』

(ふーん)

テイオーは遠くからチームがスぺの勝利を称えるためにターフへと降りていた。

(良いなぁ……)

まるで家族のように勝利を喜び、惜しみなく応援するその光景は、まるで自分が見ていた理想だった。

もしスピカに入ったら、きっと楽しんだろう。

「うん、決めた。ボクは__!!」

 

 

____________________

 

 

時は夕方。弥生賞から戻ってきたテイオーは、さっそくチームのことを報告しに生徒会室にやってきた。

「失礼します」

「む、テイオーか」

ルドルフは一旦書類作業を中断し、そばにきたテイオーに集中しだした。

「何か用かい?」

「うん。チームの事についてだよ」

チーム、という単語だけでルドルフの表情に真剣味が増した。

「もしかして、決まったのかい?」

「うん。この二か月間色々考えて考えて考えて、ボク、ようやく決めたよ」

テイオーは大きく息を吸って宣言する。

 

「ボク、スピカに入ることにしたよ」

 

「……そっか」

ルドルフの表情が緩む。その表情は安心感のある表情で、まるで過去に自分もそこに所属していたかのような、そんな感じの。

「なんとなくだけど、ボクはあそこだと楽しく練習できる気がするんだ。楽しそうだし、雰囲気も面白いし、なにより個人個人を尊重してくれるようにボクは感じたんだ」

ルドルフは椅子から立ち上がと、背後にある人一人分のサイズがある窓から夕暮れの差し込む景色を見ながら。

「テイオー、君はこの学園の中でも希少類の才能の持ち主だ。しかしその才能を持っていたとしても無敗の三冠というそこに辿りつく壁は一筋縄では越えられない。ならばこれからどうすべきかテイオーなら分かるだろ?」

「は、はい!」

「ふふ、テイオーのこれからに健闘を祈るよ」

「うん!ありがとうカイチョー!」

 

_________________________

 

 

 

日は沈み月の光が照らされるこの時間。テイオーはさっきスピカから連絡を受け、ダンスのお礼も兼ねてスぺの優勝パーティーに参加してくれないか?と招待を貰い、お言葉に甘えてパーティーに参加することにした。

会場はスピカの部室だった。

「スペシャルウィーク、弥生賞大勝利おめでとう!乾杯!」

「かんぱーい!」

みんなが一斉にグラスを合わせる。カンと簡素な音が鳴り響いた。

「ありがとうございます!」

「いいのトレーナー?ボクがきちゃって」

「お前には世話になったからな、これくらいのお礼はさせてくれ」

「そっか、じゃあ遠慮なく!」

テイオーは机に並べられたご馳走を受け皿に乗せていく。

「スペ、中山の最後の坂どうだったか?」

「キツかったですよ、でも走りきった時は嬉しかったです!」

「ウイニングライブ、可愛かったわ!」

「ありがとうございます!」

「おう!だいぶマシになっていたな!」

そう。ライブも少し恥ずかしくてぎこちなかったが、それでも最後まで歌って踊りきれたのだ。

「テイオーさんのおかげです!またダンス教えてください!」

「うん、いいよ」

テイオーはやけにあっさりと答えた。

「本当ですか!?」

「うん、だってボク____」

 

「___スピカに入る事にしたんだ」

 

一瞬、一緒だがさっきまで騒がしかった部室がテイオーの一言で一瞬にして静まった。

やがて、全員が驚きだした。沖野は口から盛大に人参ジュースを吹き出しては、

「えええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」

「お前も驚くのかよ!」

沖野ですら驚いた事に思わずゴルシがツッコミを入れる。実際、さっきの夕方に決めたばかりだしカイチョー以外の誰にも喋ってないから驚くのも無理はない。

「まぁ、トレーナーにも一言も言ってないからね。…………実はね、ダンスの練習をしていた時入ろうかなって考えてたんだ。凄くめちゃくちゃでおかしなチームだけど、凄く楽しそうにしていてさ。レースの時もそうだった、自分の事のように応援して、そして喜んでいて。そんなチームに、ボクはますます気に入っちゃってね、だからスピカに入る!!」

「………そっか」

沖野は静かに喜んだ。

「テイオーさんの夢は、『無敗の三冠ウマ娘』ですもんね!」

「うん!それがボクの夢、目標なんだ!」

「ふっ、デカい目標いいじゃねぇか」

「はい!とゆうわけでみんな、これからよろしくね!」

「よろしく!」

「よろしくね!」

「よろしくだ」

「よろしくね」

「よろしくお願いします!」



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スピカに合流

いきなりだけどボク、岡田唯斗ことトウカイテイオーは不幸な人物だ。

前世では散々不良には巻き込まれるわ、変な人物に絡まれてトラブルに巻き込まれるわ。今のトウカイテイオーに生まれ変わっても、ゲームのガチャは確実と言っても程天井の景色を見せられたり、入学して早々事件に巻き込まれるわでもう散々だった。

どれだけ不幸な目に遭っても笑顔のまんま這い上がってるこのウマ娘は少々特殊な体質な訳なのだが、今回もその不幸なケースが発生した。

例えば、入部して早々犬神家のようにダートに埋められるとか。

「生きてるかテイオー!?」

「」

「死んでるな、よし起きろテイオー」

「」

ダートに埋まったテイオーはゴルシに脚を掴まれ、そのまま芋掘りのように掘り出された。

なにがどうしてこうなったのか、それは数分前の時間に戻す必要がある。

 

_________________

 

 

 

六月六日。

先日入部手続きを完了して遂に正式にスピカに入部することになったテイオーは、早速スピカのメンバーと共にトレーニングを始めることになった。

場所は学園裏にあるターフ練習場。

「というわけで改めて、ボクはトウカイテイオー、夢は無敗の三冠ウマ娘になることだよ!」

「おう!オレはウオッカ、ダービーで頂点を取ってカッコイイよくなりてぇんだ。あともう一つどうでもいいことがあるなら、そこにいる『一番バカ』には負けたくねえってとこかな」

「アタシはダイワスカーレットよ。常に一番を目指してエアグルーヴ先輩にようになりたいの。あともう一つどうでもいいことがあるなら、そこにいる『カッコイイバカ』には負けたくないってことかしら」

「「なんだと(ですって)!?」」

「なんで喧嘩してるの!?」

「いやあいつらいつもあんな感じだから気にすることはねぇぞ。あたしはゴールドシップだ。とりあえず面白ければなんでも良い感じ」

「あ、うん、サイですか」

「私はサイレンススズカ。誰もいない景色を見るために走り続けるだけよ」

「私は既にテイオーさんとお話したことあるから大丈夫かな」

「うん、なにはともあれみんなよろしくね!」

「おう!だけどテイオー、お前ここに来たってことはどうなるか分かってんだろう?」

「へ?」

ゴルシはいきなりテイオーの脚を掴みだしては、

「今から宇宙飛ばしてやるぜ!!」

まるでハンマー投げのようにテイオーの体をハンマー代わりにしだして、

「は?え、ちょっとま__」

「行ってこい!!」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

まるで放物線のように投げられてテイオーの体は気味の悪い空中へと投げ出された。そしてそのまま大ケヤキの枝にジャージを引き裂かれながら枝に引っかかりそのまま頭から地面へと頭から突っ込んだ。

そして、現在に至るというわけだ。スピカのトレーナーこと沖野は、さっききたばっかりなので状況が使えないまま流れに身を任せるようにしていた。

「な、何故だ……本当にわけわかんないよ……」

「いやなに、スピカの洗礼ってやつだ」

「嘘つけ!流石にそんな洗礼あるはずがないよね!?そうだよねトレーナー!?」

「そうだよ」

「ウソでしょ……」

「それ、スズカさんが言っちゃうんですか……」

「というかテイオー、お前大丈夫なのか?」

「こ、これくらいへいき……!」

さっきから体がミシミシ言ってるのが聞こえるが気のせいだと信じたい。

「大人しく病院行くべきか……?」

「い、いやだ!!それだけは絶対嫌だ!!」

実はトウカイテイオーに生まれ変わってからやけに病院やお注射という単語に物凄い嫌悪感を感じていた。一体なんでここまで嫌悪感に浸られるのかはよく分からないが、とにかく前よりも病院やお注射嫌いになったことには変わりはない。

「ほらほら!!ボクは平気だからトレーニングしよトレーニング!!」

やけくそ気味に叫びながらテイオーは大丈夫だと言うことを示すために、ウマ娘の力でジャンプをする。

それを見て沖野はやや不安感を拭いきれないがしぶしぶ納得したのか。

「ま、まぁ。テイオーが大丈夫なら俺は良いけど、無理はするなよ?」

「勿論だよ!!」

(ホッ……)

内心安堵したテイオーは、そのままスピカと共にトレーニングが始まった。

 

________________________

 

 

 

行間

 

生徒会組であるシンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアンは相変わらず生徒会の仕事に追われていた。

「疲れたから休む」

「待てブライアン、貴様またサボる気だな?」

「当然だ。なんだこの書類の山積みは、改めて思えばそもそも生徒会がやらなくてもいい仕事まである方に疑問を持たないのか?」

「まあまあブライアン、トレセン学園は人員不足故に我々を頼っているのだ。それなら理由としては仕方ないだろう?」

「だからと言って普通個人情報の管理も生徒会に任されるものなのか……?少々ここが怖いぞ……」

「ブライアン、そこに触れたら命は無いと思え」

「私か……?私がおかしいのか……ッ!?」

ブライアンはここの事情にやや頭を抱えそうになる。

『失礼します』

『失礼するぞ』

「おや、オグリとベルノか」

「ルドルフに頼まれた書類を持ってきたぞ」

「苦労を掛けたな」

「いや、問題ないさ。北原が構ってくれないからそのついでだ」

「私はグルーヴさんにヘルプされたのでオグリちゃんと書類を持ってくるついでに手伝いにきました」

「すまないなベルノ、助かる」

「いえいえ、走ることが苦手でもサポートをするのは大好きですので」

「これで人員不足は解消したな。私は早速昼寝を__」

「逃~が~す~と~思~う~か~???」

「離せ!サボらせろ!!私は寝たいんだ!!」

「ダメだ!!きちんと書類を片付けなければさもなくは__」

 

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』

 

『て、テイオーさん!?』

『どこまで飛ぶ気なの!?そっちは校舎があるけど!?』

『あれ下手したら生徒会室にぶつかるんじゃね?やっべ』

『ゴルシィィィイイイイイイ!!オレら説教確定じゃねぇか!!』

『そうよ!!私たち割と変な目で見守られてるのよ!?』

『ちょっと待って、みんなして心配するとこそこなの……!?』

「………………………………………………」

「__ブライアンもああなると思うぞ」

「あと少しだけ頑張るか」



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スぺのダービー前

スペシャルウィークの皐月賞が終わった翌日。

六月一二日。スピカはトレーニングで町内マラソンをしていた。

ビルに囲まれる街の中、スピカは休憩のため付近にいた公園で休んでいた。

「なあなあ、あそこにあるたい焼き販売車でたい焼きでも食おうぜ?もちろんトレーナーの奢りで」

「たい焼き!?ボク食べたーい!!」

「じゃあアタシも!!」

「オレも!!」

「じゃあ私も頂こうかしら。……スぺちゃんは?」

「………………………………………………(無言でお腹を押さえる)」

「……ったくしょうがねえな。奢ってやるよ」

沖野からも承諾を得たことでスピカの面々は販売車へと向かった。

「オレはウィンナーマヨ!」

「はぁ?何言ってるの?白あんでしょ!」

「ボクはね、カスタード!」

「私はこしあんで。スペちゃんは?」

「…………私はいらないです」

その声を聞いた沖野以外が一斉に凍りついた。普段食役旺盛なスぺが食べ物を拒むという自体がイレギュラーなのだ。

「どうしたんだよスペ、ケチトレーナーが奢ってくれるのは滅多にないぜ」

「ケチって……」

「…………実は」

要約すると、皐月賞の前日一〇日に勝負服のお披露目で来着ていたスカートのファスナーが壊れてしまい、思うような走りが出来なくて三着なのが納得いかないらしい。

その原因が、

「体重が増えた?」

「はい。そのせいで腰回りが太くなってファスナーが……」

「なんだそんなことか。どんな悩みかと思えばアスリートらしい悩みだなそれ」

「そんな事じゃないです!」

「知ってたし大した事じゃないと思ったから言わなかったけどさ。お前、一〇キロ増えたんだろ!?」

「っ!!!???」

スぺの表情が一気に赤くなっていく、どうやら当たったらしい。昨日のレース後から作り笑顔で心配かけないようにしていたみたいだし、今朝も何か脱衣所から悲鳴が聞こえたと思ったら、原因は『体重』だったらしい。

「ななななななんで分かったんですか!?」

「なにって、見りゃ分かるだろ」

「分かりませんよ普通!!」

沖野を除いたメンバーが一斉に頷く。

沖野は若干へこみそうになり、みんなは『私達は常識人枠です』と胸を張って(一部張る胸がない)語るが、そもそもスピカ自体が常識枠では無いことに全員気づいてないという。

「まあ、なんだ。体重が増えるって事は筋肉量もついている証だ。だから別に気にせず沢山食べてもいいんだけどな」

「でも……」

「納得いかない、か」

スぺは浮かない表情のまま頷く。

「まっ、体重を減らして筋肉量を増やすのは分かるが、その手のパターンは上手くいくほうが難しい。……だが、この脚があれば__」

沖野の言葉が途切れる。何故なら流れに任せてスぺの脚を触ろうとした沖野をゴルシ、ウオッカ、スカーレット、テイオーが思い切り蹴とばしたからだ。

「なーにみすぼらしいこと言いながらエロいことしてんだ!!」

「全く油断も隙もありゃしないわね!!……そんなことよりもスぺ先輩、アタシダイエットに付き合います!!」

「オレもっす!!」

「みんな……!ありがとう!」

「スピカみんなで『スペちゃんダイエット作戦』だね!こういうの楽しい!」

「そういえばシークレットってなんだったの?」

「うんうん、ボク気になってたんだ。一口ちょうだい」

「ん、」

テイオーはゴルシのたい焼きを一口食べる。

「……!?」

そして、思いっきり叫び出した。

「かりゃぴィィィィィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

悶え苦しむテイオーを見てウオッカとスカーレットの顔が引き攣る。

「え、何だよ……」

「ゴルシ……アンタ一体に何食べてたの……!?」

「からし」

そういいながら、ゴルシは涼しそう顔でまた食べた。

 

____________________________

 

 

 

翌日。

(くっそー。なんでボクが行かなきゃならないんだー?)

テイオーは午前の部の休み時間、ある人物に会うために違うクラスに向かっていた。テイオーとしてはあまり乗り気ではなく、そもそも入れなきゃいけない理由が見つからない。

『おいスカーレット。オマエ今日日直だろうが!!黒板位消せよ!!』

『アタシは一番になる努力がしたいの!というわけでウオッカ、アンタに任せるわ!』

『っざけんな!?オマエが当番なんだから……ってあんにゃろう!!逃げやがった!!』

聞き覚えのある声を聞きながらテイオーはある人物のクラスに辿りつく。

(あーいたいた)

テイオーはその人物の席の前にある知らない人に席に座りながら、

「久しぶりだねマックイーン。単刀直入だけどボク達のチームに入ってよ」

「いきなりのご挨拶ですわね。というか貴方、私を貴方のチームに入るという意味がお分かりで?」

「ボクだって誘いたくて誘ってる訳じゃないんだ。でも誘わないとゴルシが『マックイーン誘わないとお前バイルドライバーな』って言われたから仕方なくなんだけど」

「ご、ゴールドシップ……!?」

「ん?知り合いなの?」

「知り合いも何も、何故かここのところよく付き纏われてですね……。どうも気に入られたみたいですの……」

「ふーん?まあいいや。とにかくボク達のチームに入ってよ。ボクはまだ死にたくないから」

「……せめて見学させてくださいまし。話はそれからですわ」

「ほっ……」

「代わりにスイーツを奢ってもらいますから」

「ボクの金銭事情が危うくなった!?」

というやりとりを数時間前に行い、スぺのダイエット作戦とマックイーンスイーツ満腹作戦(なおテイオーの懐は一気に寂しくなった)を終えたテイオーは、マックイーンを連れて学園外で行っている神社の階段でトレーニングしていた。

「くっそーお嬢様の癖にあんなにバカスカ食べちゃってさ……。おけげでボクの今月のお小遣いがパーになったじゃん……」

「私これでも大のスイーツ好きですの。普段はプロポーションを整えるために食べませんが、今日はチートデイなので問題ないのですわ……。って、貴方は黙ってくださいまし!!」

「……自分から言っといて誰に文句を言ってるのさ?」

「お気になさらずに。……ところで、テイオー達のトレーナーさんがお見えになりませんが」

「……あれ、そういやどこに__」

『流石はメジロ家のご令嬢!品性のあるこのトモの作りはまさしくふげっ!?』

いきなりマックイーンの背後に現れたと思ったら、テイオーもやられたことのある脚のコンディションチェックと言う名の痴漢をしているのは、まさしくスピカのトレーナーである沖野だった。

「あーあ、またやって蹴っ飛ばされてるよ」

「ななななにをするんですの!?」

「いや、綺麗な太ももを見てつい」

「つい、じゃありませんわよ!?」

「うーん、今のマックイーンの性格だとスピカは似合わないのかな?」

「当たり前ですわ!私はここに入らないことに__」

『でかしたぞテイオー!!』

大きな声でマックイーンの声を打ち消したのは、同じスピカのメンバーであるゴールドシップだった。

「あれ、ゴルシなに持ってるの?」

「なにって、契約書。ということでマックイーン、早速この書類にサインを頼むぜ!!」

「はぁ!?私ここに入る気はないのですが」

「え……?」

面食らった様子でゴルシは一瞬固まり、そして、

「う、ウエーン。ウエーン。ウエーン」

ウソ泣きしだした。

(わっかりやすいウソ泣きだなおい!?)

心の中で思わず昔の自分の口調でツッコミを入れてしまうテイオーだが、

「な、泣かないでくださいまし!別に絶対とは言ってませんわ絶対とは!だから泣かないでくださいまし!?」

「ウエーン。ウエーン。ウエーン」

「………………………………………………」

テイオーはさっさと神社に置いてきたジャージに着替えてスぺには内緒で頼まれたものでも探そうと思った。



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前日

スぺのダービーが終わり、残る菊花賞を残したスペシャルウィーク。その後メジロマックイーンがスピカに入部し、合計七人のメンバーとなったチームスピカ。そんないまだに本格期を迎えてないトウカイテイオーやメジロマックイーン、ダイワスカーレットにウオッカ、ゴールドシップはそれぞれのレースで一着を取って段々とリギルへと追いつき始めた。

しかし、この中で本格期を迎えているのはスペシャルウィークとサイレンススズカだけであり、本格期を迎えていない残りのメンバーはそれぞれの調子を見ながらレースに出場する形という方針で決まった。

ダービーが終わり一ヶ月以上が経った七月二九日。

スピカはトレセン学園から離れて福島県いわき市にある海水浴場へとバカンス、ではなくあくまでもトレーニングという名目でやってきた。

「どけどけ!!このゴルシちゃんが屋上で星の海で泳いでやるぜ!!」

「車で三時間掛かったっていうのにアイツなんで元気なのかしら」

「まあゴルシのことだし、調子もあんな感じだから気にするだけ無駄でしょ」

「うわあ海が見えます!!スズカさん海ですよ海!!海ってしょっぱいのかな?」

「あまり飲まない方が良いわよスぺちゃん。海水って確かに塩分が豊富だけど、飲んでしまったら最後、脱水症状と塩分過剰摂取で倒れるから飲まないのが一番なのよ」

「確か無人島や海で遭難した時に一番やっちゃだめな行動だっけ?飲んだら飲んだで何の成分なのかは覚えてないけど、飲み続けたくなるとかで今度は過剰摂取で倒れるとか」

「え……?海ってそんなに恐ろしいものだったのですか……?」

田舎からいきなり大都会へとやってきたスぺからすれば、かなり知りたくない情報だったらしい。

「まあ、飲まなければ良い話ですわよ。なんにしたってここはちゃんとした場所なので、仮に飲んでしまっても応急処置が効きますわよ」

「ほっ……」

「でもクラゲには気を付けた方が良いですわ。どうも辺りを見渡す限り遊泳禁止とかの立て札は無いようですが、クラゲはいるところにはいるので用心したことには変わりはないですわよ。たまに陸にあげられた個体もいますし」

「お母ちゃーーーん!!海って怖いよーーーー!!」

上げて落とされたスぺは泣きながらスズカの方へとメソメソしだした。

「あ、そうそうおめーら。さっき砂浜とか海をチラッと見に行ったけどクラゲはいなかったから大丈夫だぞ」

「おう。俺も今確認したとこだがクラゲらしきものは無かったから大丈夫だぞ」

「てことはボク達遊べるの!?」

「おう!まだ初日だしスぺの菊花賞まで時間は沢山ある!この際だからまずはリフレッシュするぞ!!」

「いよっしゃー!!早速ホテルに荷物置いて遊ぶぞー!!」

「ってオマエは鼻から遊ぶ気満々じゃねぇか!!なんだその浮き輪にゴーグルを付けていかにも今から遊びます的な恰好は!?」

「うるせえ!!いいからさっさと行くぞおめーら!アタシについてこい!」

「お待ちなさいゴールドシップ。さっきも言いましたがまずは荷物を置いてからですわ。着替えも兼ねてですのよ」

「えーゴルシちゃん早く遊びたいんですけどー」

「良いから行きますわよ」

「うっす」

「さて、オレはどこからツッコミを入れるべきか悩んでる」

「奇遇ね、アタシも今の光景を見て開いた口が塞がらないまま考えてるわ」

「スズカさん。福島の名物ってなんですか?」

「『こづゆ』って言う干し貝柱で出汁をとって豆麩、椎茸、人参、里いも、糸こんにゃくなどを入れて、醤油、塩などで味付けた薄味のお吸い物が美味しいらしいよ」

「こづゆですか。あー今の説明を聞いただけでよだれが……!」

「こっちはこっちで平常運転だから助かる」

「そうね。アタシ達はツッコミ役だからね!アタシはツッコミでアンタはボケよ」

「何言ってんだオマエ。オレがツッコミでオマエがボケだろ」

「アンタ、アタシに喧嘩売ってるわけ?」

「売ったのはオマエだろ。オレのどこがボケに見えるんだよ!!」

「なに?やるっての!?」

「上等だ。さっさと着替えて水泳でオマエと勝負だ」

「良いわよ。受けてたつんだから!!」

いがみ合う二人を遠くから見ていたテイオーとマックイーンは、どっちもボケだろと思いながら暖かい目でその様子を眺めていた。更にその遠くから沖野はその四人を暖かい目でその様子を眺めていた。

 

 

__________________________

 

 

あれから数時間が経ち、気が付けば時刻はおやつの時間となっていた。スピカはBBQでお昼を食べ終えたあと、スイカ割りを楽しんでいた。

「スズカ先輩、右です右!」

「いやもう少し左だって!!」

「右だ!!」

「左だ!!」

「じゃあオレスズカ先輩が右にいってくれることに五八〇円!!」

「じゃああたしはスズカが左にいってくれることに一二〇円!!」

「「なんだオマエ!!やるってのか!?」」

「なんでアンタ達は喧嘩してるのよ!!」

「スズカさん!本当は真っすぐですよ!!」

「いやスぺちゃんまでボケないで!?」

「……あの、早くスイカが食べたいですわ」

「それはスズカがスイカを割ってからな。あとスズカ、スイカは後ろだぞ」

「嘘つけトレーナー。左だ」

「右ですって」

「真っすぐですよ!」

「後ろだって!!」

「右!!」

「左!!」

「真っすぐ!!」

「後ろ!!」

「なんでまた喧嘩してるのさ!?しかも今度はトレーナーまで混ざってるし!?もうわけわかんないよお!!」

メンバーは変わっているが再び喧嘩が始まるこの四人テイオーは頭を抱えだす。一方そのころ、目隠しされて木の棒を持って一人取り残されているスズカは、

「ウソでしょ……。誰が本当の事言ってるのか分からないわ……!!」

いつの間にかスイカからかなり離れており、気が付いたらマックイーンとスカーレットが元の場所まで連れてってくれたのは別のお話。

ちなみに、本当の事を言ってたのは真面目なスぺである。



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外伝Ⅰ
外伝Ⅰ とある二人の前夜


選抜レース。

それは個々ウマ娘の能力を見極めるため、トレセン学園が開催する非公式レース。

自分の才能を現段階でいかに出しきれるか、そしてその才能をいかにトレーナー達に見せつけれるかがウマ娘にとっての勝負どころである。しかし、ここがトレセン学園生徒にとって一番最初の関門であり、専属トレーナーやチームトレーナーにスカウトされなければレースには出れない。逆スカウトというウマ娘からトレーナーをスカウトする事も可能ではあるが、それを行う人物は主に実力派が多い。

四月一八日。

選抜レースの前夜の美浦寮では、静かな縁側スペースでとあるウマ娘二人が将棋を指していた。

「ふーん、そこで金なんだ」

「うふふ、でもターボさんの苦手の克服にはなりません?」

「そうだけど……。容赦ないよねグラスって」

「勝負ですので」

不貞腐れながら呟いたのは、ツインターボというツインテールで青髪が特徴的なウマ娘だった。その様子をにこやかな笑顔で返したのは、グラスワンダーという栗色のようなロングヘアのウマ娘だった。

「ぐぐ、ここで飛車だしてくるの!?」

「でもターボさんは先ほど銀で指しにきたじゃないですか……」

「そうだけど、そうだけど……!」

文句は言いつつもターボは返していく。そもそも接点のなさそうなこの二人がどうして仲睦まじく将棋を指しているのかには少し時を戻す必要がある。

四月八日。

入学式が終わり、美浦寮では寮長ヒシアマゾンの計らいでその日は新入生の歓迎会が行われていた。姉御感のある面倒見が良いと言われているヒシアマゾンを筆頭に、他の美浦寮所属生徒達が歓迎会のための料理やグッズ、華やかな飾り付けや、交流のための遊具が揃えられていた。

そんな時、グラスは将棋盤で対戦を申し込む同期や新入生を沢山相手にしていて、どれも簡単に倒せてしまうことに飽き飽きし始めてきたときだった。

そこに現れたのはツインターボというウマ娘が現れ、グラスでさえ唸らされる程の大苦戦を強いられていた。その日は将棋で大盛り上がりしていたのを二人は覚えている。なおその結果、深夜まで盛り上がりすぎて美浦寮所属の生徒の大半が遅刻をしてしまったのはまた別のお話である。

「ふぅ、今日はここまでかな」

「そうですね。今日はターボさんの苦手なことを克服させるのが主な目的だったので、長期戦は禁物ですから」

「ターボ、あの場面が苦手なんだよね。知識には自信があるつもりなんだけど」

「一〇万三〇〇〇冊の魔道書と完全記憶能力があるターボさんでさえも、ですか?」

「知識はあっても結局それが実戦で出せなきゃ意味が無いもん。ターボには魔力が無いから魔術は扱えないのと同じようにね。……グラスならこんなこと言わなくても分かるはずだけど」

「ふふ、ちょっとからかってみただけですよ」

さっきからからかわれてばかりのターボは思わず不貞腐れそうになるが堪える。

「それにしてもこの世界、歪んでいるとは思いません?」

「ゆがんでる?」

ターボの質問に、グラスは静かに頷く。

「ターボさんは超能力というお力をご存じですよね?」

「ぜ、全然わかんないかも……」

「えーと、ざっくり言うと魔術サイドである私達の魔術は、神話や歴史に基づく偉人を基点に、物理法則に従わない力で働いてるのに対し、超能力は『自然科学』である物理法則を基点に『次元の法則』『質量保存の法則』『原子説』など、科学ならではの力で扱う一種の異能な存在ですよ」

「……なんだかさっぱりなんだぞ」

「まあ、そういう力があるということで纏めておきましょうか」

グラスはターボの学習能力にやや困惑するが、咳払いで改まる。

「私達がこのウマ娘という新たな種族となるその生前、私達はいわゆる『前世の世界』と呼んでいますが、時折その流れ魔術師や超能力が確認されてします」

魔術師というのは元々影の裏に立つ裏舞台の存在であり、科学という分かりやすい物が目立つ超能力者達が最近ニュースなどでよく報道されいる。その際に至ってもしもの為に最近出てきた組織が『対能力治安(アウトスキル)』という、超能力者が暴徒を起こした時のため治安部隊の部門が各地域で設立されている。

「でも、それが今の話とどう関係してるの?」

「考えてみてくださいターボさん。一体何故そんな神隠しのような事が起きてるのか。私達ウマ娘は大半が転生者と言われてますが、あのトウカイテイオーさんって方はどうも転生者ではないと噂されています」

『波長』というのが存在する。ウマ娘や人間の誰もが持っている、いわゆるこの『ウマ娘の世界』だけ常時発動しているものだ。仕組みでいえばラジオの周波数や通信機の周波数と似たようなものだ。周波数を調整すると同じ周波数の信号をキャッチでき、互いの周波数がピッタリであれば音声がハッキリと聞こえたり伝えたり出来る、それと同じ仕組みだ。なお、『波長』といのは数千年たった今でも、倫理学者や心理学者が必死に研究しているが今だに仮説状態だった。

「つまるとこ、グラスは『テイオーは馬の魂だけを引き継いだウマソウルだけの存在』って言いたいんでしょ?」

「ええ、彼女から発せられる波長はどこか乱れがあります。時折波長が合わない者はたまに見かけますが、あそこまで乱れているウマ娘を見たのは初めてです。そこから私はこう導き出しました」

グラスは一呼吸置いて結論を吐き出す。

 

「この『ウマ娘の世界』と『前世の世界』はいつの間にか繋がり始めている、と」

 

元々ウマ娘というのは転生者から見れば異次元のような世界なのだが、この世界の住人はさも当然のような様子で転生者の魂を引き継いだウマ娘を温かく迎えてくれている。

この世界の神話では、『ウマ娘は別世界からの魂を引き継ぐもの』と記されているが、それが馬の魂だけなのか、もしくは馬と人間が複合したものなのか、それとも人間だけの魂がウマ娘という器に宿ったのか、ここら辺の話は専門学者でさえ今だに頭を深く悩まされている部分で、確証となるソースはどれもイマイチなものだらけらしい。

「私の所属する組織『露草式型十字清教』の一部の人達もここの世界に飛ばされています。向こうに帰る手段が無い以上今は大人しくどこかしらを拠点にして活動してると聞いてます」

「ターボも、イギリス教会がここの世界に来ていると聞いてるよ。でも__」

次にグラスが聞いた言葉は、意外なものだった。ターボは静まった顔をしながらこう告げる。

「__飛ばされたという話は一度も聞いてないんだよね」

「……飛ばされてない?」

グラスは思わず引き詰まった表情を浮かべる。一瞬何かの聞き間違いかと思うが、ターボの表情が真剣である以上、聞き間違いでも嘘でもない。それにターボの性格からして嘘をつくようなウマ娘でないことをグラスも分かっている。

「うん。ターボも詳しくは知らないけど、どうもこの世界を前々から知っていたという噂を聞いてるぞ。まぁ、本当によくわかんないからこれしか言えないけどね」

魔術の暴発や超能力の計算狂いでこの世界に飛ばされたという話は一度も耳にしていない。それを知っている上でターボから聞かされた内容は、まるで事前に知っているかのようは内容だった。

「変な話、ですね」

「ターボもそう思う」

グラスとしては更なる調査をすべきと考えたのだが、グラスは仮にもトレセン学園の生徒、やたら無闇に席を外してこの世界を調べようとまでは思わない。そもそも、動いたところで自分の立場からして得られる情報など知れたものだ。それに下手に動けば科学と魔術のどちらとも重要な機密事項を覗いてしまう可能性が出てくる。

その結果、最悪教会同士か科学と戦争が起きるかもしれない。

今は世界と世界同士の繋がりが出ていたとしても、まだ決定的な亀裂が起きてないからこそ動くべきではない。もし本当に繋がってしまったり、融合してしまったとしてその時文明の違いで世界同士の全面戦争が起きてしまえば、その時こそやむを得ず参戦するしかない。

それを防ぐ為に工作員が存在すると聞くが、グラスやターボは工作員ではなく、どちらにしろそういうのには特化していない。一応この学園にその工作員がウマ娘に転生しているという話があるらしいいるが、仮にいたとしてそれが誰なのかは知らない。

結局のところ、グラスが今集中すべきものは今平和であるこの生活を心置き無く楽しむことだろうか。

「重苦しい話はここまでにして、グラスは明日の選抜レースに出るんだよね?」

「えぇ、今年の新入生がどれほどの実力なのかが楽しみですね」

グラスはチーム『リギル』という現最強のチームに所属している。

チームに入ってる者や専属がいる場合は本来選抜レースに出る必要は無いのだが、申請すれば新入生と走れるシステムがある。大半の理由が新しく入ってきた新入生や噂の新入生と走りたいウマ娘が多いのだが、稀に実力を分からせるために走るウマ娘もいる。

グラスの場合、今回は前者の理由で選抜レースに申請した。

「勝負は幻想上での命の掴み合い、私ってそういう勝負が好みでしてね。勝利という欲に飢えた猛獣達に睨め付けながら、自身の力でねじ伏せるのって結構ゾクゾクしちゃうのですよ。そう思いませんか?」

「ターボは一番前で走っていればそれだけで充分かな。何も考えずに前を走ってるのって楽しいし」

「いずれにせよターボさんとはそっちでもお手合わせをお願いしたいですね」

「ウマ娘らしく、いつか、ね」



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外伝Ⅰ 選抜レース

四月一九日。

選抜レースの日は授業が無く、レースに集中する為やトレーナーによるウマ娘の能力の分析等の理由があり、原則授業は無しとなっている。たまに成績が危ない生徒は、座学専門担当の先生に付きっきりで居残り授業という地獄へまっしぐらである。

リギル所属のグラスワンダーは、現在短距離戦で出走しているウマ娘が争い、賑わうターフの中、体操服を着て自分の出番を待っていた。その立ち姿は、ビシッとした背筋とは裏腹にどこかおっとりとしているが、心の中では勝負心に燃え上がる情熱を宿していた。

「おうグラスやんか。アンタならやっぱりウチとかち合う事になったんか」

その声にグラスは首を微動だに動かさず静かに目線を声の方へと向ける。自分よりも身長の低いウマ娘の姿が見える。

「あら、タマモ先輩。私もタマモ先輩のような方と同じレースで競えるなんて光栄です。しかし勝負であれば先輩方でも容赦しません。その首討ち取るつもりでやらせてもらいます」

それを聞いたタマモクロスはゲラゲラと笑い始める。周囲が歓声にも負けない程の笑い声。やがてタマモは落ち着くと。

「おう、随分と物騒な事言ってくれるやんけ。せやけど勝負っちゅのはそうでなくちゃつまんないよな。グラスがそうきてくれるならウチもやりがいがあるっちゅわけで、グラスに嚙み殺す覚悟でやらせてもらうわ」

ギロリと、互いの視線が交差する。猛獣のような殺意と歓喜に満ちた視線が、近くにいるウマ娘達にも伝わったのか、ダラダラと汗が零れていくのをグラスは視界の端で捉えた。

タマモもそれに気づいたのか、ため息をついてやれやれとした感じで、

「なんや、この程度でビビられたら張り合いがないってこと位分かるやろうに」

「……流石にこれに関しては慣れだと思いますけど」

グラスとしては、これは精神とメンタルの問題だからある程度の恐怖でビビるのは仕方ないと思ってる。

(しかし、この程度でビビられては、やはり張り合いがない相手と戦うのは面白みがないものですね)

グラスは、自分の心が冷めそうになったがレースのことを考えてなんとか持ち直す。

「…………?」

『一〇分後に中距離戦を始めます。Aグループはスターティングゲートの方へと移動をお願いします』

「お、そろそろウチらの番か。楽しいレースになると良いな」

「……そうですね」

「ん、なんや?なんか気になるものでもあったんか?」

「いえ、私達も行きましょう」

 

________________________________

 

 

 

『選抜レース、距離一六〇〇メートル中距離戦。現在ライスシャワーが先行して三馬身離れたところにマヤノトップガン、その外グラスワンダーとトウカイテイオー、内側にナイスネイチャ、ウイニングチケット、タマモクロス、後方から離れてマチカネタンホイザがペースを徐々に上げてる模様です。ちなみに実況はこの私生徒の模範であるこの学級委員長サクラバクシンオーがお届けしてます!バクシーン!』

グラスは視線を僅かにずらせて、自分と並んで走ってるポニーテールのウマ娘を見る。

名前は確かトウカイテイオー。

数年目に突如としてその名をトレセンまでに轟かせた注目のウマ娘。現役のウマ娘をすら軽く追い抜かせるほどの圧倒的な速さと末脚の切れ味を兼ね備え、いつかは皇帝を超えるかもしれないと噂され世界中から注目されているウマ娘。

(その余裕の表情……。余程の自信があるのでしょうか)

周囲は勝利を目指し、その表情はまるで飢えた猛獣。なのに、まるでなにかの遊びかのような笑みを浮かべながらこのレースを走ってる。

(……変な人ですね)

ならば、と。

 

「ここで現役の力を見せつけてあげましょう。その余裕の表情を完膚なきまで落としてあげます」

 

『おっと!ここでグラスワンダーによるが展開された!見えない空間へと自身の領域に引きずり込む攻撃型の領域が一気に広がっていく!』

外の世界が、出走者達全員がグラスによって展開された薄暗い空間へと引きずりこんでいく。能力や魔術によって作られた空間ではない。ウマ娘の世界で発見された超能力や魔術以外の第三の異能の力。

通称。

超能力や魔術とは違い、ウマ娘持つ異能の力の一種であり、例えば相手を拘束させるデバフスキルもあれば、自身のスタミナを回復させたりスピードのキレや速度を上げるバフスキルもある。まるでゲームのような話だが、実際にあるウマ娘世界で発見された異能の力。

領域は、自身の限界から入る完全集中型、自身の領域を展開させて相手をデバフで叩き落す攻撃型、自身を護るデバフだけでも護る防御型、この三つに分けられている。別に肉体そのものを領域に引きずり込むのではなく、意識体を領域へと引きずりこむのだ。その中で今グラスが発動させたのは攻撃型だ。

(第三の力であるスキル。この世界に来てから思わぬ発見でしたがこれもまた何かの縁。早速ですがトウカイテイオーさん。新人潰しな感じで多少躊躇いはしますが、勝負であるならば情けなど無用。貴女には早々脱落……を……?)

ふと、グラスは気づいた。

グラスは領域にいる、はずのトウカイテイオーの姿がいないことに気づく。

おかしい。何故いない?

領域は、発動者を中心に半径五メートルは絶対に引き込まれるのが領域だ。例えどんな手段を用いたとしても、発動者を中心に半径五メートルにいる限り必ず引き込まれる。それが領域。

なのに、

 

「何故トウカイテイオーはいないのですか!?」

 

グラスは思わず領域を解除する。意識が急激に現実へとピント合わせられていく。

『おや?グラスワンダーが領域を解除したようですが、これもまたなにかの作戦でしょうか?』

現実に戻ってきたところでグラスは前方を見るが、先頭はライスシャワーやマヤノトップガンとやらしかいない。仕掛けるにしてもまだ第三コーナーに入ったばかりだ。

(……いや、まさか……!)

不気味な鼓動を感じながら、グラスは恐る恐る隣を見る。そして、現実が本当の意味で叩きつけられた。

トウカイテイオーは、隣にいた。

(ありえない、ありえない!!確かに、トウカイテイオーさんは他のウマ娘とは違って波長の乱れが異常値なのですが、たったそれだけの理由で領域内へ落とせないことはないはず!)

領域が効かないのなら別の策でカバーする。

スキル。

スキルなら、領域問わずに色んな場所で発動できる。が、領域外だと多少発動に時間が掛かる。そのため、愚策ではあるが多重構成で一気に畳み掛ける。

(独占力。束縛。先行駆け引き。これだけで充分ですね!)

『おっと!第三コーナーカーブを曲がったところでトウカイテイオーが仕掛けました!ナイスネイチャも上がってきました!後ろからマチカネタンホイザも徐々に追い込んできてますよ!』

「……敵ながら天晴なタイミングですね。そこは褒めましょう。ですが__」

グラスも、土に脚を叩きつけて、

 

「__緑の大地における赤き戦場にて、我これより出陣致す」

 

『グラスワンダーもここで仕掛けた!タマモクロスも上がってきました!第四コーナーを終えてラストの直線!!ライスシャワーもマヤノトップガンも上がってきてますがどうもイマイチな様子です!その僅かな隙を見逃さなかったトウカイテイオーが一気に先頭へ舞い降りた!!圧倒的なスピード!』

グラスはスパートを掛けたと同時にスキルも発動させた。デバフの他にもバフを掛けてスピードにキレを持たせる。

『グラスワンダーが迫る迫る!己の体に潜ませ、勝利の飢えを解放させた武士が一人一人静かに刺すかのように、背筋に寒気を覚えさせるオーラを纏わせながら迫っていく!しかしタマモクロスも牙を剥き出しにして噛みついてきた!!ゴールまで残り六〇〇メートル!さあ最後に勝つのは新入生か、それとも現役生達か!?』

「……追いつかない!?」

確かにグラスはスキルを発動させた。ライスを追い抜く時にもがいてる表情を確かに見ていた。他のウマ娘だって僅かに脚が衰え始めているのも見た。

だが、テイオーは衰えるところか寧ろキレが増していた。

(何故、です?スキルを使用する際、ウマ娘としての本能が騒ぐはずです!ですが、貴女からは何も感じない、しかもデバフも発動させてない!どういうことなのですか!?)

「良いねェ良いねェ!最ッ高に良いねェ!!愉快に素敵に腰振って逃げるバカは見てて飽きないぞォ!!アァ!?」

「あ、脚が……重い……!!」

さっきの束縛が、まるで跳ね返されたかのような違和感がある。懸命に脚を動かしている、が。

『早い早い!!流石あのトウカイテイオーだ!!後方のウマ娘を大きく突き放して大差でゴール!やはりこのウマ娘、世界に注目されているトウカイテイオーだ。あのシンボリルドルフに並ぶと噂されていうこのウマ娘は一体どこまで行くのか、私も楽しみであります!』

「くっ……。なんとか二着までは死守できましたか……」

『さ、三着……。いやまあアタシらしいし、むしろ普通って感じ……?』

「……?」

グラスは、さっきまで隣で争っていた赤髪のウマ娘の雰囲気に眉を潜めた。

(さっきまで狂気な笑みで走っていたのに、急にまともな人へと戻った……?)

いや、前世の世界ではそういう人物だったって考えれば不思議では無いが、あそこまで乱れるものなのかは少々疑問だが。

「……けど、負けは負けです。私は首を討ち取られてしまったのですね」

「なんやグラス。えらい落ちこんどるやんか。そんなに敗北が気になるんか?」

「タマモ先輩……」

「確かにウチらはあの新入生に完膚なきまでに倒された。あれ以上の試合をされて文句なんて無い。けど、負けたからには次で勝つんや。ウチがオグリに背中を見せつけて、ウチがオグリに背中を見せられたように、な」

「……ですね」

グラスは、雪辱を胸に収めて決意する。

次は、必ず射止める。



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禁書目録(ツインターボ)編
夏休み開始


トウカイテイオーこと岡田唯斗は、日ごろから不幸な人物である。たとえなにをしてもそれが空振りしたり、しょっちゅう不良に追いかけまわされたり、入学して一ヶ月にわけもわかわらず変な難癖つけられて命を狙われるなど、割と不幸な人物であるのには間違いない。

七月三一日。

トウカイテイオーは今日からトレセン学園は夏休みに入ることになって、折角なのでファミレスで晩飯を食べようとしていた。食べるものといっても、熱々分厚い牛ステーキや、とろーりふんわりオムライスとかを食べようとしていた。

なのに、

「ふ、不幸だああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

トウカイテイオーは相変わらずのトラブルに巻き込まれ、街中で悲鳴を上げてたいた。

『おい待てそこのクソガキ!!』

『あいつめ!!アタイ達もウマ娘なのに全然追いつけやしないぞ!!』

『あの制服はトレセン学園だぞ!!一筋縄ではいかないぞ!!』

『くそ。全員無能力者だから走りじゃ追いつけねえ!!野郎共はどうした!?』

『多分今もあの黒髪ウマ娘と話してるだろうよ!あっちはあっち、ウチらはこっちよ!!』

なんでこうなったんだろうとテイオーは思う。

テイオーは夜のファミレスに来てみれば、黒髪ウマ娘が男の不良に絡まれていたから助けにいっただけなのに、裏からどこからともなく現れたのは不良のウマ娘。そんなこんなでいつの間にかテイオーが追いかけられる羽目になっていた。

「くっそー!!なんでボクはいつもこんな目に遭うんですか!!ただ助けにいっただけなのにいつの間にかボクがヘイトを買ってるしさぁ!?もうわけわかんないよお!!」

テイオーは荒い息をあげながら背後を見る。不良のウマ娘は鉄パイプやらバールという凶器を片手に持っている。人間の力であってもただでは済まないが、ウマ娘の力であれをぶん回されて当たったら肉体を保てるかどうかすら怪しいのは目に見えていた。ただでさえ腹パンだけで内臓に傷を負うことを、いつぞやの黒髪野郎から身をもって味わってるからこそ分かる。武器なんてもっての外だ。

にしても、やけに黒髪から何かしらのトラブルがボクの方に持ち込まれるのは気のせいだろうか、とテイオーは心底思う。

(そんなもんに無能力者のボクが勝てるわけないでしょ!ただでさえここは能力者が多い街なんだからさぁ!!)

「もおーーーー!!不幸だあああああああああ!!」

 

__________________________

 

 

 

あれからテイオーは路地などを使って不良達をかく乱させ、前世の姿よりも小柄なのを上手く利用して隠れたりしたりして、気が付けば鉄橋の場所まできていた。

夏はこれからというのにもかかわらず、今日の夜の夏は蒸し暑く、街中を駆け巡ったテイオーの全身は汗だくで、汗を吸ったトレセンの制服がびちゃびちゃで気持ち悪かった。

「なんとか撒けたかぁ……。あいつらどんだけしつこいんだよ。追っかける精神と体力があんな執念あるならトレセンでもやっていけると思うけどなぁ……」

テイオーは額で汗を拭う。手にべっちょりとした感覚を残しながら、ぱっぱと手を振らせる。汗がコンクリートで出来た道路へと飛び散る。

思えば本当に困ったものだ。七月に入ってからテイオーが岡田唯斗という時代の世界、いわゆる前世の世界とウマ娘の世界がいつの間にか融合しており、おかげで過去の記憶も随分戻ってきたものだ。けど不可解なのがウマ娘という存在が今だテイオーでは理解できない存在であること。ある程度のことは理解できても、どうも自分は他のウマ娘よりやや複雑な立ち位置であることらしい。

「……にしてもあの不良達、今頃どうなってるんだろうか?あいつにさえ追いつかれなければ無事で済んでたら良いんだけど」

『そんなの簡単なことだと思うけど』

「……げ」

テイオーは聞き覚えのある声を背後から捉えた。その声が、テイオーの予測が確信へと変わる。今度は冷や汗をかきながら体全体でゆっくりと振り返る。その先にいたは、テイオーよりも身長が低く、右目が漆黒の黒に染まった髪に被さるように覆い、黒いハットの帽子には造花なのか青薔薇が付けられていた。一見したらおどおどした性格なのがぱっと見で思うような素振りなのだが、意外と強気という性格と聞く。

そんな彼女にもウマ耳があり、他のウマ娘でもなかなか見ない大きな耳。身に纏ってる服装はテイオーと同じトレセンの制服。

テイオーはそのウマ娘の名を恐る恐る呟く。

「ら、ライスシャワー……」

「テイオーさんってさ、おかしなとこがあるよね。たかが不良如きに弱々しく逃げ腰だなんてさ。あんな程度ならウマ娘の力量でもすぐに倒せれるでしょ」

簡単に言ってくれる、とテイオーは呆れながら思う。

「……一応聞きたいことがあるんだけどさ、あの不良達はどうしたの?」

「うん?そんなの簡単よ。ちょっと[[rb:料理 > 炙りに]]してきた」

清々しいように聞こえて何処か怒りが混じったような声が返ってきた。実はテイオーは不良に絡まれたウマ娘ことライスを助けようとしたんじゃなくて、今みたいに能力で黙らせようとするライスから不良達を守るためにテイオーは助けにいったのだ。

結果的にテイオーが追われ、予想通り不良達は丸焦げさせられたのだろうだが。

「あのさ、ボクはただの中学生なだけでライスみたいな超強い能力者とかじゃないんだ。だから別に逃げたって問題ないよね?」

「ふーん?」

テイオーはなんとなくだが、逆鱗に触れたかもしれないと思った。

「ねえ、超電磁砲って知ってる?並行に置かれた二本の電極をレールとし、その上に弾体となる金属辺を乗せ、レールのそれぞれを電源の両極につなげば実現するんだけど、そもそもその電力ってのがバカにならない程の膨大な電力を必要とするんだよね、発射するにしても特殊な設備とか必要だし結局バカにならない費用とか土地とか色々掛かるし。最近では量産体制に移れる技術まではあるとは聞いてるけど」

ライスの全身からはバチバチと音を発しながら青白いものが見える。それはまるで威嚇のみたいな感じだった。

「でも、この日本に数少ない能力者である私、ライスシャワーなら音速の三倍を超える速さで__」

ライスはスカートのポケットからゲームセンターのコインを取り出す。銀色に輝くコインが月日に照らされて輝いてる。ライスは指でコインを弾く。キン、と音を鳴らしながら指に電流が溜まっていく。

その瞬間、一部の記憶が消えたテイオーは背筋に悪寒のようなものが突き抜ける。

直後だった。

「__こんなことだってできるんだよッ!!」

まるで圧縮された空気を一気に放出するような感覚で、テイオーの体の真横を掠めるかのように、そして衝撃波すら追いつくことを許さない速度で雷光が突き抜けた。電光が突き抜けた射線上には、亀裂は入っていた。

設備もそれらしき機器も一切使わない。たった一枚のどこにでもあるゲームセンターのコインと純水な能力、生身一つでライスシャワー自身が超電磁砲の発射台と化している。

テイオーは僅かに膝が笑っているのを感じながら恐る恐る問う。

「お前さ、まさか今みたいな億ボルトもする電撃技をあんな不良共に使ったわけじゃないよね?」

「そんなわけないよ。ライスだって無能力者(雑魚)程度の倒し方位心得てるよ」

「そうかそうか。じゃあ、ボクも無能力者だから手加減だの逃亡だのしても問題ないよね?」

「無能力者、か」

今度こそ明確な怒りをテイオーは感じた。ライスの全身からは凄まじい放電が起きている。

まずい、と、テイオーは思った。

「ライスはかつての世界では第三位と呼ばれているほどの能力者なの。だけど巷ではそれを簡単に打ち消す能力者が現れたという噂で持ち切りでさ。それもこの世界でもまた広まってるから気になってたの。だから調べたらテイオーさんが該当したわけ」

「いや何言ってるの!?ボクは正真正銘の無能力者だけど!?ほら、なんだったら今さっきだって対応できてなかったじゃんか!」

「………………………………………………」

今度こそ、明確な殺意が感じた。ライスはさっきと同じ動作を行う。

そして、ターゲットは間違いなくトウカイテイオーだった。

次の一撃で、テイオーの体を一瞬で貫き黒焦げにする恐るべき電撃がくる。テイオーは音速の速さで走ることなんて出来ない。どれだけタイミングを合わそうが、ライスからの距離がありすぎて、動く前に発射されてしまえば意味が無い。

詰まるとこテイオーの待ってる未来は、死のみだった。

ライスはボールでも投げるかのような軽い動作でテイオーにめがけて、圧搾された電撃を放った。周囲に凄まじい放電をしながらテイオーの体に直撃する。ズバチィ!!、という凄まじい音と焦げた臭いがライスの鼻と耳を刺激する。

しかし、臭いといっても肉が焦げたような臭いではない。溶接するときに発生する臭いだ。

音だって悲鳴も聞こえた訳じゃない。

ライスは改めて先を見据える。もくもくと漂う煙の先に僅かに写る立ち姿のシルエットを見据えながら。

「おかしいよね。本当に無能力者ならライスの電撃を打ち消せないのにどうして五体満足なのか」

トウカイテイオーは、無傷のまま五体満足を保って立って生きていた。

書庫(バンク)を覗いても、能力を打ち消すもの類の情報が一切ないそれ、本当になんだろうね」

ライスは一体どうやってテイオーが今の電撃を打ち消したのかは分からない。だけど何をどうやっても打ち消すことが大前提でできていることしか認識していない。

「……ったく。ついてないよね、君」

「!!」

テイオーの低い声が、ライスを恐怖に落とし込む。一切の情報が無い状況で、ライスはどう戦えばいいのか分からないからだ。

テイオーはもう一度、挑みかかるように宣言する。

 

「ついてないよね君。ボクと戦うことになるなんてね」

 

言葉に圧倒されたライスは、ただ感情のままに電撃を放った。

この日の二一時、半径四〇キロにも及ぶ大規模な停電が東京府中を中心に起きた。

 

_____________________________

 

 

 

八月一日。

学生にとってこの日は夏休みの開幕として喜ばれる、はずだが一部の生徒にとっては補修や学校に出された課題等で日々勉強に追われたりしたりで、結局多忙なことに変わりはない。

まだ日差しが僅かに出ている早朝の蝉の鳴き声が辺りに響き渡る中、

「………………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」

トウカイテイオーとその同室であるマヤノトップガンは、ベットからはみ出すような格好でぐったりとした様子で沈黙していた。

「ふ、ふざけてる……。なんなのこの暑さは……!?」

あまりの暑さに我慢ならないテイオーは思わず叫ぶが、暑さでその勢いは打ち消される。

「き、昨日原因不明の落雷で……東京の大半の地域が停電してるから……クーラーが……」

マヤノもぐったりしており何かを言ってるが、顔が毛布で隠れてもごもごと聞こえる。

あまりの暑さに二人はアイスが溶ける感じがある。

そもそも何故こうなったのか原因をテイオーは知ってる。

昨日の夜の鉄橋で、ライスを少し脅してさっさと帰らそうかと思ったら逆に刺激してしまったらしく、能力を利用して莫大な放電で東京に大規模な停電を起こしてしまったのである。

ただでさえさっき担任から『テイオーちゃんバカだから補修でーす』とラブコールされたのだ。ちょっとでも愚痴ってないと乗り切れない気がした。

結局夏休み初日からテイオーの不幸が始まる。

テイオーはなんとか体を起こして部屋に備え付けられた共有用の冷蔵庫を確認する。中身は飲み物や簡単な菓子にスイーツ、ちょっとした食べ物が詰め込まれているのだが、そもそもクーラーがつかない時点で何となく予想通り。

「くっさ!!なにこの腐敗臭!?思ってたよりも臭うんだけど!?」

「くさーい!!テイオーちゃん早く閉めて窓開けてよお!!」

テイオーは思い切り閉めて窓を全開にする。

「熱風が!!熱風が酷い!!」

「もーー!!昨日の夜からなんなの!?マヤは普通に寝たいだけなのに!」

「冷蔵庫の中身は全滅。暑さ凌ぎで窓を開けても熱風で灼熱地獄。もう不幸だあああああああ!!」

テイオーは思わず頭を抱えだした。トレセン学園に入って初の夏休みの早朝からなんかもう散々であり、テイオーみたいに今年から入った今期生は多分同じ気持ちだと思う。というか、多分停電地域全員が思っているだろう。

「こうなったら外だ!ボク外にいってくる!」

テイオーは部屋着のまま勢いよく廊下へと飛び出した。飛び出したと同時テイオーの頬に僅かに冷たい風が触れたのが分かった。理屈は分からないが部屋とは違って密室ではない廊下は部屋よりもある程度は涼しくてマシだった。

テイオーはあまりの暑さに喉が渇いていたことに気づいた。一瞬テイオーは外に行くか部屋に戻るかで迷ったが、部屋に戻っても待ってるもは灼熱地獄だし、かといってこの暑さで倒れるのは嫌なのでとりあえず栗東寮生用調理室に向かうことにした。

今カフェテリアにいってもまだ料理は完成してない時刻だし、なんなら開いてないので素直に調理室に行ってる方がマシだ。それに、あそこにはいざという時のための共有用の食材や飲料水がある程度詰まってる。

「あそこなら確か蓄電器があって、非常でも使えるようになっているから冷蔵庫の中身は全滅してないでしょ。……思うんだけど、この世界は風力発電用のプロペラとか太陽光発電とか沢山あるからある程度は蓄電はされてるのになんで停電したんだ?」

などとテイオーは疑問に思うが、今はこの暑さが少しでも和らげれるならどうでもいい。

さて、テイオーは銀製のスライドドアに前に来て開ける。中はかなり広い空間になっており、手前にはキッチンや業務用冷蔵庫があり、その奥には談話スペースが確保されている。改めて思うと、かなり寮の設備にしてはかなり充実しているなとテイオーは思う。

「さてさて、冷蔵庫に1.5Lのお水があるはず」

『ぐえっ!!』

「そうそう『ぐえっ』っていうお水が……。ん?」

テイオーは足元に何か違和感と声が聞こえたことに疑問を持つ。テイオーはとりあえず下を見る。

なんか青髪ツインテールのウマ娘が床に倒れていた。

そしてなんか修道福を着ている。青色の生地に黒の刺繍で覆われたその修道服はテイオーからしたらただのコスプレにしか見えない。

テイオーは思わず、

「いや誰!?」

「ツインターボ!!テイオーと同じクラスだぞ!?」

「あれ、そんな子いたっけ?」

「いたもん!!ターボいたもん!!」

「またまた~。そんな冗談はテイオーさんには効きませんよだ」

「むかー!いたもんいたもんいたもん!!」

ツインターボと名乗るウマ娘はテイオーのお腹あたりをポカポカ殴りだす。ターボは真剣そうなのだが、テイオーからしたらただ小さい子を静かに見守る感じだった。

「あーそうだ。ボク水を飲みに来たんだった」

「あ、ダメ!」

「ん?急にどうしたの?」

「今開けちゃだめだもん!絶対だめだぞ!」

「またまた~。ボクはそんな冗談通じないって」

「だから開けちゃだめだもん!絶対の絶対だもん!」

「ホントに?ホントに開けちゃだめなの?」

ターボは何度も頷く。

「ちぇ、そこまで言うなら仕方ない__」

「うんうん」

テイオーは静かに振り返る。それと同時にターボとやらが隣きたので、

「__と、見せかけてここで開ける!!」

「ああ!!」

「むふふ。さあボクの飲料タイムはここか」

テイオーの言葉が途切れる。暑さでやられた訳ではない。かといってターボに阻止されたわけではない。テイオーはしっかりと業務用冷蔵庫の取っ手を掴んでいる。そして開けたとこまでは順調だった。

だけど問題はここからだった。

「くっさ……!!え、くっさ!?なにこれくっさ!!」

「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉ……。くちゃい……」

テイオーは、なんでターボっていう子が倒れたのか、そしてなんであれだけ必死に止めようとしたのかようやく分かった。

あれだ、業務用冷蔵庫の中まで全滅していた。

これはつまり、蓄電器までやられていたか、またはフジキセキが稼働させてなかったということを意味する。テイオーは勢いよくドアを閉めた。そのままの勢いでぐったりとした様子で備え付けられた椅子に腰を掛けてぐったりしだす。ターボはそのあとをついていきテイオーの対面に座る。

結局のところ、テイオーは相変わらずの不幸で朝から悩まされることになった。

(いや、これみんなが困ってるから不幸でもなんでもないか)

その時だった。ぐううと妙な音が聞こえた。一瞬自分の腹かと思ったが全然違うくて、

「お、お腹空いた……」

「……いつから食べてないの?」

「昨日の夜から何も食べてない……」

「き、昨日からって……なんで食べてないの?」

 

「追われてたから」

 

その言葉にテイオーは眉を顰める。

「追われてた……?」

「そう、追われてたんだぞ」

「誰に?」

「魔術師だぞ」

「…………は?」

「だから魔術師だぞ」

「あー魔術師ね。そういやボク一度だけ会ったあったなあ。いきなり人様に冤罪ふっかけてどつきまわしにきた幽霊野郎とそれに流されたコーヒー馬鹿が」

「え?待って。どうして魔術のこと知ってるの?もしかしてテイオーって魔術サイドだったの!?」

「いやなんの話かは知らないけど、科学サイドだの魔術サイドとやらはよくわかんないけどさ、ボクは多分科学サイドだよ。信じるのは純粋な科学でも生み出せると超能力位だし」

「でも魔術師のこと知ってるって言ってた」

「詳しくは知らないよ。ただ世の中にはあんなやつもいるんだなぁ~ってくらいの認識だし」

「信じてよ…………。あと、多分それは死霊術を利用した術式だよ。有名なものは『趕屍』かな。ターボの頭の中にその本は入ってるし」

「へー。…………ん?頭の中に本が入ってる?君何言ってるの?お腹が空きすぎてとうとう発言までおかしくなったの?」

「違うもん!ターボはおかしくないもん!!」

「まあまあ、話を続けたまへダブルブラスト」

「ツインターボ!」

ダブルブラストは納得いかない表情だが、そのまま続けることにした。

「テイオー、禁書目録って知ってる?」

「きんしょもくろく?」

「そう。英語では『Index Librorum Prohibitorum』ともいうぞ。あとターボの魔法名はDeinceps111(振り向かずに前へ進め)ともいう」

長ったらしいなとテイオーは心の中で思う。

「てか魔法名ってなんなのさ?」

「魔法名って魔術師の間では『己の執念をラテン語で示す』ことであって、それが魔法名が被らないように最後に三桁の数字を入れて完成するものなんだぞ。本名を知られたくない意味でも意外と便利で使いやすいものなんだぞ」

「ふーん。要はメアドみたいなもんか」

「禁書目録といっても、その存在は禁止された魔道書が集められたまがい物でもあるんだぞ。有名なものといえば『ネクロノミコン』、『法の書』、『金枝篇』、『無名祭祀書』、他にもまだまだ沢山あるけどね」

「…………何一つ全然分からないや」

「まあテイオーは科学サイドだから仕方ないよ。科学側からしたらそれが普通の反応だし」

ターボは机に置かれた備え付けのお菓子を掴み、袋を開けて中身を取り出して食べ始める。そういや自分も何も食べてないことを思いだし、テイオーも頂くことにした。

「で、その禁書目録とかいうのが頭の中に全部入ってるということ?」

「そうだぞ!凄いだろー!」

「お菓子美味しい」

「全体的に冷たい!」

「だって、ボクは魔術なんてものをちゃんと見たことないもん。とはいっても、魔術も一応打ち消したことはあるし」

「うちけす?」

「そう。ボクの右手には異能な力ならなんでも打ち消せる幻想殺し(イマジンブレイカー)という生まれた時、というか前世の時からある能力を持ってるんだよ。これがあると神様の奇跡すらも打ち消せるらしい」

「…………ぶふっ」

「…………なにその通販でインチキなものを見て笑う表情は」

「だって、神様の名前すら知らなそうなテイオーが神様の奇跡すら打ち消せるなんて言われても納得いかないぞ」

「じゃあ君は魔術とか使えるの!?」

「使えないよ。でもこの服『歩く教会』なら魔術を使ってるから、テイオーが言ってることが本当なら壊せるかもな。まあでも『歩く教会』は絶対防御だから例え術式が被弾しても壊れることはありえないからな!」

「うわぁ、そっちの方がインチキ臭い」

「その反応だよ!どうしてみんなして魔術はインチキだの胡散臭いとか言われるの!?」

ターボは勢いよくキッチンの方に向かい包丁を見つけては取り出し、

「はい!」

「は?」

「これでターボに思いっきり刺してみてよ!『歩く教会』なら包丁程度じゃ掠り傷一つつけられないから!」

「それじゃあ遠慮なく刺します、なんていうバカなやつがいるわけないでしょ」

「テイオー信じないもん!」

「君もボクの右手のこと信じてないけどね。……あれ、でもボクの右手で触れればその歩くなんとかは破壊できるかも」

「たかが右手で触れただけで壊せるとか、そんなバカな話があるわけないと思うぞ。まあ、テイオーは所詮バカだからそんな考えしか出来ないかもね」

「上等だこの野郎!!やってやろうじゃん!!」

テイオーは勢いよく立ち上がり、ターボの下へといく。そしてポスっと、右手をターボの肩に触る。

「………………………………………………あれ?」

何も起きない。異能な力、もとい魔術とやらがあるなら右手が反応あるはずだが、数秒経った今でも何も起きなかった。

「ふふーん、何も起きなかったぞ」

勝ち誇るターボに、思わず悔しい気持ちになるテイオー。単に物理の素材で出来ているのか、テイオーが考えてる時だった。

 

突如、ターボの修道服が一気に破けた。

 

「…………………………………………………………………………………………………………え」

テイオー自身も、一瞬何が起きたのか分からなかった。だが、すぐに一気に現実へと引き戻される。

今テイオーの目の前には素っ裸のターボがいる。

「…………どうしたの?」

「い、いやあ…………」

「あれ、そういやなんかスースーするよう__」

ターボの言葉が途中で切れると同時に、絶叫が部屋中に響いた。

 

_____________________________________

 

 

 

あのあと全身を噛みつかれ、こっぴどくやられたテイオーはあちこちのその歯跡を残していた。

「くっそー。君は合宿にいる蚊かよ」

テイオーは自分の着ていた部屋着をターボに着させて、部屋から持ってきた裁縫セットで破れた修道服を直そうとしたが、ターボ本人がやるらしいのでコンビニで適当に買ってきたのを食べていた。ちゃんとターボの分は買っている。

「ボクが悪かったって。そんなに怒らなくてもいいじゃん」

「…………やだ。だってテイオーに見られるとなんか恥ずかしいもん」

「どういう理屈なのだか…………」

にしても、とテイオーは思う。

(ボクに右手が反応したってことは、やっぱりあれは魔術で、異能の力でもあるんだ)

おそらくその効果が表れるのが遅かったのは、単に質量が多くて処理に時間がかかったからだとテイオーは推測する。なんにしたって、これが魔術にも通じるということはこれでようやくはっきりした。

「できたぞ!」

「…………なにその針線地獄みたいな服は」

青色の生地に黒の刺繍で覆われたその修道服は、あちこちに銀色のクリップが止められていた。

「日本語では針の筵とも言うぞ」

「ふーん」

「それじゃあ、ターボそろそろ逃げないとね」

「逃げるって、どこに?」

「教会に行けばきっとターボを匿ってくれると思うよ。一応日本にもいくつか拠点となる場所はあるし」

「でもここにあるの?そいつらは信用できるの?」

「分からない。だから本拠地まで行くの」

「どこにあるの?」

「ロンドン」

「バカでしょ!!ここからどれだけあると思うの!?まさか歩いていくつもりなの!?」

「ふふん」

陽気な声と共にターボは入口へと向かう。その時ブランケットのようなものが落ちるのを視界の端で見かけた。テイオーは拾おうとしたが、その時脚を挫いてはポケットからウマホは落ち、パキッ、と嫌な音が聞こえた。

「や、やっちゃった…………」

「テイオーの右手ってさ、ターボにはよくわかんないけどきっと神様の加護ですら打ち消してしまうんだと思う。そもそも空気中にも触れてるからどれだけ幸運を呼んだとしても結局打ち消してしまうんだよね。結局はそんな物を持って生まれてきたことが不幸だよね」

ターボからしたら悪気が無いのは分かるが、あまりの自分の悲惨さにテイオーは酷くショックを受けた。

「ふ、不幸だ……。こんな不思議ウマ娘シスターさんからそんな事言われるなんて不幸すぎる……」

「でも、そろそろ行かないと」

「……ねえ!」

「……?」

「本当に大丈夫なの?捕まったらやばいこと位分かるのに、それをみすみすほっとくなんてボクには出来ないよ」

一瞬、ターボの表情が驚きを表したが、すぐに崩れ、そして、

「じゃあ、ターボと一緒に幸せの無い世界へとついてきてくれる?」

正直、どう答えれば良いのか分からなかった。だけどその表情はどこか悲しくて、辛そうな表情だった。

「じゃあ、行くね」

ターボは廊下へと飛び出して去っていく。何も言えなかったテイオーは、せめてものとしてこう言った。

「困ったことがあったらいつでも来てもいいからね。ダブルジェット!」

『ツインターボ!!』

このやり取りを最後に、ターボの姿が見えなくなった。

「あ、そういやあの子フードみたいなやつ置いていきっぱなしだったや。…………ってそろそろ補修の時間じゃん!やばい、さっさと朝ごはん食べて学園に向かわないと!」

テイオーはフードを片手に、いそいで制服に着替えてカフェテリアで朝ごはんを食べて学園へと向かった。

 

 

テイオーは学園に来て自分の教室に入る。そこにいるのはお馴染みのクラスメイトが何人、そして同じスピカであるスペとマックイーンとゴルシ、あとは別クラスのエルコンドルパサーとオペラオーがいた。

このメンツで共通点があるとしたら『中等部』が纏められている感じだろうか。

「はーはっはっはっ!!夏でもこのボクが呼ばれ、そして金色の太陽に恵まれ輝くのはまさにこのボク!いやぁ今日も清々しい一日になりそうだ!」

「ひえぇぇ!!補習なんて初めてだから分からないよー!」

「慌てないでくださいスペちゃん。今から始まるのは夏休み恒例行事である補習デス。別名『監禁』とも言いマス」

「そうだぞスペ。テストで満点越えの点数を連続一二〇回叩き出さないと帰れねぇ仕組みだから覚悟したらいいぞ」

「そんなぁ!!」

「いや貴方達思いっきり嘘をつくんじゃありませんの。スペシャルウィークさん、そこまで悲観的にならなくてもよろしいですわよ。補習はちゃんとやれば直ぐに終わりますわ」

「ホントですか!?」

「ただ、先生方によっては夕方まで残されることに変わりはないので正直運任せですわね」

「帰りたーいよーーー!!スズカさーーーーん!!」

割とガチ泣きしそうなスペだが、

「はーいお前ら、これ以上騒がりやがれてください。みんな纏めて『ぶりっ子の夢』ですよー」

そう言い放ったのは、トウカイテイオーのクラス担任でもある渼丹小莎(みにちいさ)だった。

身長は約一三五センチで、金色のロングヘアであるその髪のせいで年齢に対してあまりにも幼女感が溢れ出す先生だった。

「ぶりっ子の夢って、確かあの先生方の見た目を利用して『やらなきゃお仕置しちゃます♡』みたいな事を言って生徒達をやる気にさせるある意味マニアックな方向けの罰ゲームですわよね?」

「そうだよ。あれボクたまに思うんだけどある意味自虐ネタだと思うんだ。あの先生割と身長気にしてる割には意外と気にしてない……?」

「はーい、テイオーちゃんにはもれなく『抱きしめちゃえ』ですよー」

「ゲッ、なんでボクだけ……」

「まぁいいじゃねぇかテイオー。むしろああいうのがご褒美のようなもんだぜ?」

「……てかさ、なんで頭のいいゴルシは残ってるの?」

「そりゃオメェ、渼丹先生が補習の担当してっからよぉ、適当にテストの点数落として補習に入れるようにしてもらった」

「いやいやバカでしょ」

「バカデース」

「バカですわね」

「バカだねぇ」

「オメェらが喧嘩売ってることはよーく分かった。あとでレースでぶっ潰してやるから覚悟しろ」

「テイオーちゃーん。いい加減にするのですよー」

「なんでさっきからボクだけなの!?ちょっとおかしくない!?」

「まあ、渼丹先生はテイオーのこと気に入ってるからね。あの笑顔はやっぱりたまらんと思うぞ」

「…………不幸だ」

それだけ呟くと、テイオーは窓の外を眺める。もともとこの位置はテイオーの座席であるため、暇な時は眺めれたり出来る。ちょうど今、入り口付近でトレーニングしているウマ娘達がいた。

(あの子、今頃なにしてるんだろうか)

あのターボと名乗るウマ娘は、無事教会とやらに辿りつけられているのか気になる。でもあのフードは今部屋に置いてあって、もしかしたらきっとどこかで気づいて戻ってるのかもしれない。

テイオーの頭の隅には、これで良かったのかと気になって仕方なかった。

「せんせー。テイオーが外で走っているウマ娘を凝視してまーす」

「なっ……!?」

「テイオーちゃん…………そんなに先生のことが嫌いなのですか…………?」

涙目で声を震わせながら泣く先生。教師や人間性としては生徒に親しまれてる分、先生を泣かせたことはつまり、先生の敵を意味している。

実際、さっきから周囲からの悪意の視線が辛い。

(くっそー!!今日も相変わらず不幸だなおい!!)

テイオーは、静かにそう思った。



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襲撃

「結局夕方まで残された……」

結局テイオーが補修から解放されたのは夕方だった。渼丹先生にさんざん指名されたり、罰ゲームをされたりだの、もうさんざんだった。

テイオーは荷物を置いてさっさとシャワーでも浴びて、ご飯でも食べに行こうと予定を立てていた。

そうこう考えているうちにテイオーは寮の入口まで辿り着いた。靴箱で革靴から寮で使うスリッパに履き替え、ふらついた足取りでエレベーターで七階まで上がる。やがて自分の部屋がある七階へと辿りつき見慣れた空間がテイオーの視界を埋め尽くす。

「……あれ?」

テイオーはふと視界に何かが入る。寮は中央には寮の天井まである大きな木が生えておりその中心をガラス張りで覆われて木を眺められるように作られてある。上空から見たら穴の開いた四角形な感じとなっている。そのガラス付近、自分の部屋の前でうつ伏せに寝転がるウマ娘がいた。

ツインターボ。

今朝何気に初めて話した同じクラスメイトらしいウマ娘が、寝てたのだ。

「やれやれ……」

テイオーは何となく察した。あのフードを取りに来たのだが疲れてうっかりここで寝てしまったんだろうと思う。いつ寝たのかまでは分からないが、少なくとも熟睡はしているのだろう。

「ほら起きなよダブルジェット。こんなとこで寝ていたら風邪……?」

テイオーはターボの背中をさすって起こそうとしたのだが、僅かに臭いの違和感と手のひらに妙な冷たい感覚を覚える。テイオーは、恐る恐る自分の手のひらを見る。

血だ。

誰が見てもその異様な光景がテイオーの認識を震え上がらせる。テイオーすぐさまターボの背中を確認する。やはり血がついている。まるで何者かに背後から切られた跡を中心に、血が広がったいた。呼吸も浅はかな状態で、まさに瀕死の状態だった。

「ねぇ、しっかりして!生きてるよね?何が起きたの!?一体誰がこんなことをしたの!?」

下手に体を揺らさないようにする。医療知識が無い正真正銘の素人であるテイオーからしたら、一歩間違えれば命を奪う可能性があるからだ。急いで救急車を呼ぼうとするが、その直前でその動きが止められる。

『ん?僕達魔術師だけど』

ふと、テイオーはいつの間にか背後から聞こえる声に振り向く。

そこには男がいた。

見た目はテイオーより大きめの約一六四センチ。赤髪のショートがまるでイケメンかのような感じがするが、何故か黒い修道服を着ており、神父のような感じなのだが何故か香水の臭いが濃く臭う。年齢は大体一四歳位の癖に何故か煙草を吸っている。

「魔術師……?まさか、ターボの仲間!?」

「いや、れっきとした君達の敵だけど」

男は静かにターボの傍まで傷を覗き込む。

「それにしても派手にやったものだね、まぁ、真咲もここまでするつもりは無かったのだが」

「どうして……」

「ん?ここにきた理由かい?まぁ、あるとしたら未練でもあったからじゃないか?それにしても不思議な物だな。『歩く教会』は絶対防御のはずだがあの真咲の斬撃を受けて傷つくとは到底思えないな……」

未練。あるとしたらあのフードを取りに来たこと位、いや、もしようやく手に入れた平穏がこんな呆気なく崩れてしまい、最後にこの学園を見ていたかった理由があるかもしれない。

「ねぇ、ボクは魔術のことなんて詳しく知らないし、どんなやり方なんて知らない。けど、こんな残酷なことをしなくてもいいんじゃないか!?」

「あぁ、僕達は別に殺そうとはしてないさ」

男は煙草を咥えながらこう告げる。

「回収だよ」

「かいしゅう……?」

「そう、回収だよ回収。僕達はその子の頭の中にある一〇万三〇〇〇冊の魔道書を回収するためにきたのさ。さぁ、痛い目に遭わないうちに大人しくその子を渡すんだな」

テイオーはターボが一体誰に追われているのかがようやく分かった。この男が、ターボを追いかけていたのだ。しかし傷は刀か何かしらの刃物で切られた跡だ。つまり、もう一人誰かがいる。

「君達につかまったらターボが酷い目に遭うことが分かっていて、それでみすみす渡すわけにはいかないでしょ!!」

やぶから棒にテイオーは男を殴ろうとしたが、男はただ横へとすっと避けた。空振りしたテイオーの体が転びそうになるが、かろうじて転ばずに済んだ。

「敵対行動あり、か。まぁいつものことか」

男は少し微笑み、そして。

「スレイト=アルグス。『strongest541』」

(なに……?)

「この名を告げたからには君を生かすことは出来ない。君はこの意味を知っているかい?そうだね、僕達魔術師の間ではこういうことだ」

不気味な微笑みがテイオーの恐怖を煽られる。そして、スレイトと名乗る男はこう告げた。

 

「『殺し』だ」

 

スレイトは咥えた煙草を指で弾く。火の粉を飛ばしながらくるくると回る煙草が寮の中央を眺める大きな窓の方と落ちていく。

「炎よ」

今の言葉がトリガーだったのか、煙草が突然燃え上がる炎へと変貌する。やがて炎がスレイトの両手にへと集う。

「その怒りで悪人の断罪を」

舞い上がる炎がテイオーの全身を包みこむかのように襲い掛かる。その光景は、あの日サンデーサイレンスが行ってきた攻撃の仕方と似ている。

(だとしたら……__)

ゴオォ!!、と。音と共に爆発が起きた。人体の骨をも灰に変える炎がテイオーを焼き焦がした。包み込んだ炎がやがて消え去り、煙だけが残っていた。

「ま、こんなものか。精々この場に立てたことに誇りを持つべきかな」

スレイトは手に残る僅かな火を握り潰すかのような動作で消沈させる。所詮やつはただの学生にしか過ぎない。例え超能力者だったとしても人を灰に変える威力の前では無力に等しい。

「まあ、今ので生き残ってるとしたらそいつは凄い事だよ」

『そうかよ』

「!?」

聞こえるはずのない声が、寮内に響き渡った。スレイトは血相を変えた様子でテイオーがいた場所に振り返る。人体を跡形も残さず焼き殺す威力を前に、テイオーは燃えた形跡を一つも残さず、それどころか無傷のままその場に立っていた。

(何故だ。何故生きている!?)

いや、何かしらの能力を使って相打ちさせたのかもしれない。にしても無傷なのが不自然だ。

「くっ……!!こんのおォォ!!」

スレイトは、叫びと共に再び手に炎を宿してテイオーに放つ。まるで火炎放射のような動きがテイオーを襲う。対して、テイオーはただ右手をかざした。

「邪魔だ」

なんの変哲もない右手。しかし燃え上がる炎の動きが止まらせ、やがて、まるでガラスのように炎全体にヒビが入り、砕け、消え去った。

誰でも出来る一連の動作が、灼熱の炎をただの右手一本で打ち消した。あまりにも異様な光景がスレイトを襲う。何の変哲もないただの右手一本。しかし、確かにスレイトの術式を打ち消した。

「ボクは確かに魔術なんてまだ本当に信じられないし、そもそもどういう原理なのかも全く分からない。けど、この学園に魔術師と名乗るやつとは戦ったことがある。だからこそ、お前のその魔術という力に対抗できる」

テイオーはスレイトを見据える。驚きを隠せないスレイトの表情。テイオーは警戒しながら近づいていく。しかし、スレイトは別に判断力を失ったわけではない。その逆、状況を分析していた。

テイオーはさっき言っていた。魔術師と名乗るやつと戦ったがある、と。そして、自身の術式をあっさりと、そして完全に消滅させたこと。

「そうか、ようやく分かったよ……。『歩く教会』が誰に破壊されたのかを」

スレイトは、この状況で最善な策を導き出す。

「世界を構築する五大元素の一つ。その光は世界を照らし邪悪な者に裁きを下す。冷たき大地において人々に幸福を与え、灼熱と共に大地を焼く不幸と化す。その名は炎、その役は剣。顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ」

スレイトを中心に炎の円陣が現れる。燃え盛る炎がやがてスレイトの背後で集い、そして塊が出来た。それだけではない。炎で出来た悪魔の化身が現れた。熱気が周囲のガラスを砕け散らさせ、鉄で出来たドアノブが紅く溶け出していく。

「なに、あれ……!?」

「魔女狩りの王、イノケンティウスだよ。一二世紀から一八世紀のヨーロッパで行われた魔女狩りがあるのは有名な話だろう。当時魔女という悪魔の化身を処刑するのに使われたものが炎、つまり火焙りだ」

魔女狩り。火焙りをすることによって悪魔の魂を完全に消滅させて輪廻転生を不可能にさせるということで使われた処刑方法。この辺りで有名な話と言えば、一五世紀にフランスで生まれた神の声を聞いて戦争で国を勝利に導いたジャンヌダルクだろうか。

「イノケンティウス。摂氏三〇〇〇度の炎の塊」

スレイトは、取り返した余裕の笑みを浮かびあげながら、テイオーへ絶望の一言を下した。

 

「その意味は『必ず殺す』」

 

悪魔の化身が動き出す。太陽の表面温度より半分の熱といえ、人を塵も残さず殺すにはあまりにも充分な威力。

だが、

「邪魔だ」

テイオーは、近づいた[[rb:魔女狩りの王 > イノケンティウス]]を右手を振り払うだけの動作をした。それだけで、悲鳴をあげながら魔女狩りの王が消滅する。対峙してる間に日は落ちていたのか、夜が訪れて光が消える。

だが、すぐさま異変が訪れる。

背後から突如熱風に襲われた。電灯よりも明るい光なはずなのに、まるで裁きを与える神聖な光のような感じがした。

「ま、さか……」

テイオー嫌な汗をかきながら振り返る。最悪な予想が的中してしまう。消滅したはずの魔女狩りの王が生き返ったのだ。

(完全に消滅させれない……!!なんで……!?)

熱の光がテイオーを襲う。化身の手から炎で出来た光の十字架が現れる。幻想殺しはあくまで打ち消せることしか出来ない。それができないということは、テイオーの勝ち目はゼロに等しい。

「うわ、ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!」

十字架がテイオーを焼き殺しに叩きつけられる。悲鳴をあげながら反射的に右手をかざす。ズドン!!、と、右腕全体に鈍い衝撃を伝わらせながら十字架を受け止めた。押し付けられる十字架を押し返そうにも互いの力が同じなのかせめぎ合いが続く。

(……なんだ?なんで消えない?)

テイオーは確かに右手で受け止めている。だけどそれだけだ。

(いや、こいつ……一瞬だけ消えてるけどすぐに復活してるのか!?)

この状態ではまずい。ただ受け止めてるだけでは背後にいるスレイトがいつどんな攻撃をしてくるのか分からない。早々にこいつを片付けないと絶望的な状況を打破することは無に等しい。その時だった。

『ルーン。魔女狩りの王(イノケンティウス)を発動する際に必要な記号であり、儀式上がこの建物から感知しております。先ほどから人がいないのは「人払い」のルーンを同時に発動しているため、周囲からの生命反応は感知できておりません』

「ターボ……?」

聞きなれない単語を機器ながら視界では捉えられないが、確かにターボの声を聞いた。聞いたのはいいが、まるで機械で作られた合成音声のような感情の無い声だった。今朝あった時はあんなに元気だったのにあんな声をするのかと思う。だからテイオーは聞いた。

「君、ホントにツインターボだよね……?」

『はい。私はイギリス教会第零聖堂区所属のツインターボ、そしてまたの名をMagic=Prohibition=libraryです。魔女狩りの王に対抗するためには、この建物内のどこかに儀式場であるルーンを破壊する必要があります。ルーンを破壊しない限り魔力の供給を永続的に受けて魔女狩りの王を破壊することは不可能__』

「いいから黙ってその口を閉じていろ」

スレイトのブーツがターボの頭を踏みつける。テイオーは心の底から怒りが湧いてくるが、今この状況をどうにかしないと意味が無い。そんな自分の無力さにも怒りが湧いてくる。だけど、その怒りの感じられない事態が起きる。

「魂をも灰と化す炎よ。我が身に宿りその威力を世界へと示せ」

詠唱と共にスレイトの前から現れたのは、一本の炎で出来た杭だった。

 

「紅蓮の杭」

 

たった一本の杭と、魔女狩りがテイオーを焼き殺しに襲い掛かった。

 

_____________________________

 

 

世界は、寮は夜の闇へと包まれていた。チカチカと光る電灯が唯一の光となっている。その空間に取り残されたスレイトは、先ほどまでテイオーがいた場所を見つめる。

「逃げた、か」

どうやら魔女狩りが一瞬消えたタイミングを見計らって、窓のガラスを突き破って木の枝に全身を引き裂かれながら紅蓮の杭から逃れたところだろうか。命綱無しで。

(よっぽどのバカでもない限り、無謀なことはしないだろう)

 

 

「くそ……。バカだろ。あの滅茶苦茶な威力といい質量といい、バカげてる……!」

あの後、外へと飛び降りて木の枝に全身を切り刻まれながら勢いを落として、一階に落ちたテイオーは思わず呟いていた。

一階の中庭にあるテラスの出入口から再び廊下へと入る。

「追手は……こないみたい」

ひとまずは安心だろうが、自分の部屋である七階は恐らく悲惨な状況だろうか。それにしてもこの時間はみんなが寮に帰ってきだす時間なのに、誰も出会わないのは何故だろうか。あれだけ轟音と爆発を起こせば誰かは気づくはずだが。

「……ちょっと待って」

テイオーは、ふと壁に何かが沢山張り巡らされたのを目撃した。

「コピー用紙……?なんでこんなものが張り付けられてるの?」

張り付けられたコピー用紙を一枚剥がす。コピー用紙には、なにやら記号らしきものが印刷されている。

「……いや、これがさっきターボが言ってた儀式場とかに使われるルーンの記号だとしたら?」

これはあくまでもテイオーのゲームの知識に過ぎないが、ゲームでも魔法や魔術には詠唱や何かしらの道具を使って、魔術や魔法を使うシーンがよくある。今までは単なる二次元の世界での話かと思っていたが。

「まさか、本当にゲームみたいな場面に直面するなんてね……。だとしたらこの儀式場を破壊するには……右手じゃ流石に効かないよね」

テイオーは右手でコピー用紙を剥がしているのだが、触れても何も反応しないということは、そういうことだろう。

(それにしてもさっきまであんなに慌ててたのに、攻略方法を見つけた途端急に落ち着てるよね、ボク。本当にゲームしてるような錯覚まで出てきそうだよ)

別に危機感を忘れた訳ではないが、単に落ち着きを取り戻しただけだ。

その瞬間だった。突如として視界が赤く染まり、耳からは咆哮が聞こえてきた。

「あいつ追ってきやがったのか!!」

階段から降りてきた魔女狩りが、今度こそテイオーを仕留めに。

 

 

_____________________________

 

 

スレイトは、静かな空間に一人取り残されていた。日は沈み、虫が鳴り響く廊下の空間で倒れているターボの傍まで来ていた。

まだ呼吸はある。しかし、致命傷に変わりはなく、早めに回復魔術で応急手当てを済まさないといけないほど危険な状況に変わりはなかった。

傷をつけるつもりは無かった一人の少女。やった人物は違うとはいえ、その人物もこうなることは予想外だったのだ。

「……悲しいものだ」

それだけ呟き、そして早めにターボを回収してこの場から立ち去ろうとした時だった。

突如として火災報知器がけたたましく鳴り響いた。火災報知器が作動したためか、安全対策として施されていたスプリンクラーが一斉に放水を開始した。

最も、こんなものを作動させる人物はたった一人しかいない。

「ちっ。こんな水程度で僕のイノケンティウスを鎮火させられるなんて甘く見られたものだね!」

苛立ちを隠せない吐露と共に、エレベーターの簡素な音が鳴った。その音に反応して曲がり角から現れたのは、トウカイテイオーだった。

「全く、流石のボクも参ったよ。君は凄いよ、もしあれをプリンターとかで防水加工されてたら勝ち目ゼロだったよ」

「……まさか、イノケンティウスをやったのか!?」

スレイトは急いで魔女狩りを呼び寄せる。反応があった。

ゴオォォ!!と、燃えあがる炎がテイオーの背後で一つの塊になり、やがて悪魔のような人影が現れた。

スレイトは、テイオー言葉に動揺しだが魔女狩りが戻る事を確認するとすぐに冷静になった。

「ふ、はははは。凄いよ君は。だけど知識が足りなかったようだね。コピー用紙はただのトイレットペーパーじゃないんだ。たかが水程度で溶けられるほど柔らかい素材では出来てないんだよ」

ただ一言命じればいい。

「殺せ。魔女狩りの王」

摂氏三〇〇〇度の炎の塊である魔女狩りが動く。生身の人体ならば触れれば灰も残さない灼熱の炎。テイオーの右手も全く通用しない術式。

しかし、その幻想は打ち消された。

テイオーの右手に触れた魔女狩りの王が、今度こそ崩壊を迎えた。

「ば、ばかな!!さっきまで効果無かったのに何故今になって!?」

 

「インクは。インクは水に塗れれば溶けちゃうんじゃないの?」

 

この放水は、ただ魔女狩りの王を鎮火させのではなく、コピー用紙を溶かすためでもなく、インクを溶かすために起こした行動。つまり、今頃張り巡らせたインクは溶け、儀式場は崩壊してるということを意味する。

切り札を失ったスレイトに、最早あとは無かった。

「さて、と」

一歩一歩、ちゃぷんと音を鳴らしながらテイオーは近づく。スレイトは何かしらの術式を発動させようとしているが、今更どうしようがもう遅い。

勝利の天秤は、テイオーに傾いていた。テイオーが、勢いよく駈けだした。その走りと同時に頭にはターボの言葉がチラつく。

『じゃあ、ターボと一緒に幸せの無い世界へとついてきてくれる?』

(……そうだよね。幸せの無い世界についていきたくなかったら、幸せのある世界へと引きずり上げるしかないよね!!)

 

テイオーの右手の拳が、スレイトの頬へと勢いよく直撃する。

水浸しの廊下へと叩きつけられたスレイトの体が動かなくなった。

 

勝敗は決した。

紅蓮の炎を操る魔術師をテイオーは撃破に成功する。

 

 

______________________________

 

 

決着から数分が経った。テイオーはターボの傷口が開かないようにお姫様抱っこしながら街を走り、近くのベンチを見つけ、そのベンチにそっとターボを座らせる。

「……うぅ」

「ターボ!!良かった。気が付いたんだ」

「て、テイオー……?ここは……?」

「学園近くのベンチだよ。今栗東寮は変な魔術師が暴れたせいで危ないからここまできたんだよ。今頃は[[rb:対能力治安部隊 > アウトスキル]]や消防が消化活動や調査してるところかな」

「ま、魔術師と戦ってたの……!?」

思わず立ち上がろうとしたターボだったが、背中の傷がまだ開いているせいで呻き声を上げながら立つのをやめる。その姿はあまりにも痛々しくて。

「とにかく攻撃系の魔術があるなら回復系の魔術もあるんでしょ?なんとかならないの?」

「ダメだよ……。ターボは魔力が無いから魔術は使えないし……」

「じゃあ、ターボの知識で誰かに効果を発動してもらったら__」

 

「__それは無理だよ」

 

たった一言が、テイオーの提案を一蹴りした。

「なんで……どうしてなの……?」

荒々しい呼吸のまま、ターボは口を開く。

「魔術ってね、元々科学の力で作られて誰でも扱える超能力とは違って、力の無い人達がどうしても特別な存在になりたい為に作られた異能の力なの。それを超能力を扱う人達が魔術を行使したら、発動はするけど代償として人体に深刻なダメージを負おうことになっちゃうの……。特に今は世界の歪みが酷くて、誰が超能力者で誰が魔術師なのかが全く分からないから……下手に誰かを頼ってその人が超能力者だとしたら……」

その先は言わなくても、知識が乏しいテイオーでも分かる。さっきの説明からして、超能力者が魔術を扱えば最悪死に至るかもしれない、と。

「そんな……」

「だ、大丈夫だよテイオー……」

ターボは言って、笑って。

「ターボは……テイオーみたいな人に出会えてうれしかったから……」

だらりと、力なく手が零れ落ちる。その行為は、まるで死に際に放つ一言のように。

「ちょ、冗談じゃないぞ!!こっちはまだお前を助けれてないんだ!!こんなつまんない死に方なんてするんじゃないぞ!!」

テイオーはターボの手の静脈が流れてる部分に触れる。僅かに、脈はある。

(良かった……。脈がまだ動いてるなら生きてる)

「……ったく、変な事言っちゃてさ」

だけど現状が好転したわけではない。とにかくターボの傷を塞がないと、本当にターボが死んでしまうことになる。

(ちくしょう。病院に運ぶにしたって魔術師と超能力者の体の仕組みが違うとしたら、精密検査で引っかかるかもしれないんだぞ。しかも今朝確か科学サイドだの魔術サイドだの、イギリス教会だので所属している組織が違うことがバレたりでもしたら、ターボが警察で尋問されるハメになるんだぞ!そんな危険な架け橋を渡れるわけがない!!)

だけど、このまま見過ごすわけにもいかない。

「……メジロ家」

テイオーは思わず呟いていた。

確かあそこは親友の生まれ変わりであるメジロマックイーンが、今はメジロ家として今を生きている。

(あいつなら大丈夫だろ。最悪メジロ家の力も借りそうになるかもしれないけど、ターボが助かるなら賭けるしかない!!)

テイオーはターボを抱いて、走り出す。走って、走って、走って。時にはトラックに轢かれそうになったり、片足がドブに浸かってしまったり、どこからともなく飛んできたボールがターボに当たりそうになるところを自分の体で庇ったりした。

自身の不幸に度々歯がゆかしかったが、それでもテイオーは走った。

やがて、見慣れた屋敷が見えてきた。ビルが並ぶ都市から少し外れた場所にある屋敷。東京タワー一棟分の敷地を誇る広大な土地に、ずっしりと構える屋敷。

相変わらず金持ちだな、と、テイオーは不意に思ってしまう。

目の前にある鉄格子で出来た正面入り口。隣にあるインターホンを押せば、もう戻る事は出来ない。それでもテイオーは震える右腕を伸ばしながら、近づけていく。指先がボタンに触れる。

『あれ、テイオーちゃん何をしてるのですー?』

「……え?」

聞き覚えのある声に、テイオーは思わず全身が振り返る。

「あれー?テイオーちゃんが背負ってるのはターボちゃんじゃないですかー!なんでシスターちゃんみたいな服を着てるのかは分かりませんが」

「渼丹先生……?なんでこんなところに……ッ!?」

「えーとですね、マックイーンちゃんが補修してほしいとのことでしてね、折角なのでおもてなしも兼ねてメジロ家でやりましょうというお話になっちゃたのですよ。先生としてはおもてなしはいいから生徒達が立派になれば、それだけで充分なのですけどね」

「そ、そうですか」

「ところでテイオーちゃんはどうしてここに居るのです?しかもターボちゃんを抱きかかえて……」

「あ、」

渼丹先生は、覗き込むようにテイオーの背後に回った。

「て、テイオーちゃん!?ターボちゃんの背中から血が流れるじゃないですか!!何があったのです!?」

「………………」

テイオーは黙り込んでしまう。言える訳がない、別の勢力からターボが襲撃されたなんてこと。言ってしまえば、先生までもが他勢力から危険に晒されるかもしれない。

「とにかく救急車を__」

『その必要はありませんわ』

今度は門から新たな声が聞こえた。

「マックイーン……!!」

「我がメジロ家は仮にもこの日本において一つの企業でもあり、派閥の存在でもあるのです。怪我で誰かが倒れた時でも治療できるように医者の一人や二人は雇ってますわ」

「た、確かにそうなのです……!」

「とにかく一刻を争うことに変わりませんわね。至急治療班を呼ぶので今はそこで待ってなさい。分かりましたかテイオー?」

「う、うん」

曖昧な返事だったが、それでも手を貸してくれることは分かってた。隣にいる渼丹先生もひとまず安堵したようだ。マックイーンはウマホを取り出して誰かと連絡を取り合った。やがて一分も経たないうちに治療班と思われる部隊がストレッチャーを押しながらやってきた。テイオーはそっとターボをストレッチャーに移した。背中についてた血がストレッチャーのシートに滲む。

「迅速な処置を」

「は!お嬢様、お任せあれ」

専門的な用語を飛ばしながらターボの姿が見えなくなっていく。

「とりあえずテイオーは今日はここで泊まっていきなさい。先生はどうしますか?」

「先生はターボちゃんの様子を知っておきたいので、それが分かるまで居てもいいですか?」

「勿論です。補修はまた今度お願いします」

「任せてくださいなのです」

やり取りが終わる。マックイーンは二人を屋敷へと案内していった。

 

 

____________________________________

 

 

 

 

行間

 

スレイトがテイオーに撃破され、消防隊が栗東寮に現着した時間だ。スレイトは真咲弥夜李

という同僚にどこかのビルの屋上まで運ばれていた。スレイトが目を覚ました時にはすでに日は完全に沈み、辺りは先ほどの戦闘の音が周囲の何者かによって知らされたのか、トレセン学園を中心に騒然としていた。

「全く、あんたも派手にやられてるなあ、スレイト」

「……全くだ。禁書目録の回収に失敗はともかく、ただの中学生であるはずの相手に倒されるなんて、これが教会側に知られたら最悪だな」

不機嫌そうに吐くスレイトの横目の隣には、真咲が端から地上を眺めるように立っていた。

「禁書目録は?」

「現在は例の少女、いや、[ウマ娘という種族によって(・・・・・・・・・・・・)連れ去られているのが正しいかな。……なにやら思わぬ方面からのトラブルに巻き込まれているみたいだけどね」

「禁書目録は無事なのか?」

「あぁ、自身の身に降り注ぐ不幸から身を決して守っているところだよ」

「そうか」

ただ一言だけ、スレイトは返答した。あのウマ娘の知識からして魔術についての知識は皆無に等しいものと断定できるが、魔術が科学に倒されること自体が大問題であり、しかも禁書目録という狙われる少女を科学側にいることも魔術側からしたら、重要人物を連れ去ったとして戦争にもなりかねない。大方この世界に転生したあのウマ娘が裏で回してくれるとは思うが、あまり頼りすぎるのもスレイトからしたらあまり好ましくない。

「やつの情報収集を頼む。所属場所、組み分けサイド、能力、他にもあるだろうがそれは真咲に任せる、僕は一旦ここで休ませてもらうよ」

大型の刀を鞘に納めた少女は静かにただ一言返答した。

「あいよ。まかしとき」



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静かなる訪問者

トウカイテイオーとその担任である渼丹小莎は、メジロマックイーンに別々部屋に案内されていた。渼丹先生はテイオーの隣の部屋におり、マックイーンは先生を案内したあと、テイオーを部屋へ案内したところだ。

「全く。そのトラブル体質は相変わらずと言いますか、なんというか」

「そう言われたってね、ボクとしてもあまり面倒事には巻き込まれたくないというか、なんというか」

テイオー自身、生まれつき不幸であることは死ぬほど理解していたし、すでに日課のような感じを抱いていた。ただ慣れていることにやや問題はある気はするが。

「それで、何故メジロ家にきたのです?しかも背中には負傷したターボさんを背負ってましたし」

「い、いやあ、それは……えっとですね……」

「大方私がメジロ家だから良い医者に診てもらおうと思ったのでしょう?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

ていおーはだまってしまった!!

「はぁ……。まあどうせ貴女の事ですから言えない理由もあるのでしょうし、昔の馴染みだからいちいち突っ込む義理もないですからね」

「助かる」

テイオーはようやくくつろげる場所でリラックスし始める。仮にもここは名門メジロ家。厳重な警備が敷かれており、今治療中のターボも名門の医者の手で治療されているはずだ。

「さーて、今何時だろ?」

「今はもう二〇時ですわよ。随分とまあ遅い時間に押しかけてくれたものですわね」

「ふ、不可抗力だから仕方ないでしょ!!」

「常識知らず」

「コブシとコブシで語り合うしかないのかな???」

はたから見れば犬猿の仲みたいに見えるが、かつての世界での元の姿だといつも変なやり取りをしているのが日常なのだ。

「それにしても超能力の次は魔術。次から次へと不思議なことが起きてくるばかりだね」

それを聞いたマックイーンは、心底驚いた顔をした。しかし、テイオーはその様子に気づかなかった。

「貴女……魔術のこと知ってますの!?」

「知ってるもなにも、カフェとやりあった時に堂々と魔術師と名乗っていたからさ。あー今度は魔術というフシギなチカラまでも出現するようになったんだって思っている」

(……まあ、テイオーのことですからそういう風に仕組まれてるのが正解なのですけどね。カフェさんの場合は例外に等しいとは思いますけど。アイツの考えですからなんとも言えませんが)

このタイミングだった。ドアから規則正しいノックの音が聞こえた。

『お嬢様、主治医です』

(……?なんか聞き覚えのある声が)

あれ、と、テイオーは思う、さっきから嫌な汗が止まらない。

「お入りなさい」

『失礼します』

嫌な予感は当たるものだ、とテイオーは運命を恨んだ。紛れもなくカフェの件でお世話になった。

「主治医です」

「ええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?」

しかめっ面で妙に無愛想な表情のした男が入ってきた。

「お久しぶりですねテイオーさん。ご要望は注射でしょうか?」

「死んでも打ちたくないので今すぐしまってください今すぐ!!」

キラキラと輝く針先が、テイオーから見れば死への切符に見える。主治医は大人しく注射をしまい、訓練されたような動きで姿勢よく立つ。

「お嬢様、ターボ様の容態について報告に参りました」

「お願いします」

「では報告致します。術前のターボ様は出血多量、及び内臓に到達寸前まで切られていました。出血具合と切断した時時間を逆算して、あと数分遅れていれば致死量に到達しておりましたので、恐らく死亡していましたでしょう。本当に間一髪でした。……テイオーさん、次からは大人しく救急車を呼んでください」

「はい、ごめんなさい……」

「現在の容態は安定しているので、明日には目を覚ますでしょう」

「ご苦労様です」

「では私はこれで」

主治医は一礼をし、静かな足取りで部屋を退出する。

「助かって良かったぁ……」

気の抜けた声にマックイーンは困惑の表情を浮かべる。

「ちょっとは反省しなさい……」

「してるしてる」

「……はぁ」

ため息を着くマックイーンの表情は、呆れていた。しかし、同時に少し安心していたりはする。

「そうだテイオー、これから夕食なのですが一緒に食事なさいます?」

「随分とのんびりしてるね。まぁ折角だからここで食べようかな。どうせ泊まる前提で連れてこられたんだし」

「服装なら私のお召し物をお使いなさいませ」

「ありがとう」

テイオーはマックイーンの部屋で服装を整えてもらい、渼丹先生と合流して夕食を食べて、夏休みの初日である八月一日の幕を閉じていった。

 

 

___________________________________

 

 

翌日の早朝だった。テイオーは早くから目覚め、マックイーンに教えてもらった屋敷図を片手にある部屋に向かっていた。メジロ家で初めて泊まったが、流石は名門家。ふかふかのベットはまるで全身を包み込む程よいやわらかさ、それはどこか安心させてくれるものがあった。ぐっすりお休みになったテイオーは自分の体が軽いのを感じながら、何故かいつも着ている寝間着がここにあることに疑問も感じながら、ゆっくりとした足取りで廊下を歩いていた。

「マックイーンのやつ……何が『気のせいですわ。テイオーの寝間着がここで作られているなんて知らないですわ』だよ。どう考えても黒だよ黒。やっぱりあいつの魂が受け継がれているというかなんというか」

一度名門について少々議論すべきなのか、とテイオーは思わず悩みそうになるが振り払って今度マックイーンと詳しく話すことにした。

「……っと、ここだね」

テイオーが辿り着いた場所は、特段特別な部屋ではない。テイオーが泊まっていた部屋と変わりはなく、ただ少し離れた場所にあるだけだ。

テイオーはノックを三回して扉を開ける。

「あ、テイオー!」

「その様子だと回復したようで安心したよ」

「うん。おかげさまで」

ターボは昨日みたいにはしゃいではなく、大人しくベットに座っていた。テイオーはターボのそばまできてベットの端で腰をおろした。

「にしてもだ」

「?」

「なんで青のうさぎのパーカーが似合うんですかねえターボさんや」

「ち、違うもん!ターボもっと大きくてスドーン!って大きんだぞ!」

「対してボクと背変わらないでしょうが…….。あとなんだよその表現の仕方、もうちょい語彙力をだな」

「うるさいもん!!」

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!こんなことでボクの頭噛みつくんじゃない!!」

テイオーは悲鳴と共に抗議を上げるが、むしろ嚙む力が増しているのを感じ軽く絶望した。

しかし、数秒も経たずに急に嚙む力が弱くなっていくのを感じた。

「……うぅ」

「……?どうしたの?」

「どうしてこうなったんだろうなって」

「?」

「ねえテイオー。どうして十字教はこんなにも分かれたと思う?」

「分かれたって……。つまりあれ?イギリス教会の他にも、元は一つの団体だけどいつの間にか複数の派閥、キリストやイスラムが生まれたってことを言いたいの?」

「うん」

「うーん、単に内部が違う道に進んだとか?」

「そうでもあるぞ。でも、根本的に十字教がタブーである政治に絡んだからだよ」

オットー一世という者がいる。西暦九六二年にオットー一世がローマ教皇ヨハネス一二世により『ローマ皇帝』に戴冠され、この神聖ローマ帝国以来ヨーロッパはキリスト教に統一された世界国家となるのがきっかけだった。

「本来十字教って言うのは、自身が信じた神を信じ、神の教えを分かち合う。一般人にはあくまでも布教を行って自ら入信して貰うのが普通なの。だけど内部で違う神を信じるようになり、血塗られた争いが起きて、色んな十字教が生まれた。ねえテイオー、強欲な者が宗教のトップに立った途端どうなると思う?」

「……宗教の教えを法律とかに組み込むことで、入信しないものは当時の考えからして死刑みたいなことをしてしまうことか……」

ターボは静かに頷いた。

「大雑把に言えばそうなるの。今の時代は非人道的行為は過激派として指摘されたりその国の法律によって取り締まれるようになれたけど、昔はトップが政治に絡んでいる限り独裁政権だったんだぞ」

「ひどい話だよな……」

「うん。だからこそターボ達はその歴史を繰り返さないようにしているんだぞ」

過去に十字教の支配が問題になって、布教運動を禁止する令を執行した国もある。日本なら鎖国時代を例えやすいだろう。

「そういやイギリスは……」

「イギリスはね、魔術を調べ魔術の国でもあるから魔術に対して異常に特化したんだぞ。魔女狩りの王や宗教裁判、対魔術部隊すら組織されてしまう程の大国なの」

「じゃあ、ターボの一〇万三〇〇〇冊の魔道書ってのは?」

「魔術ってはね、超能力みたいな才能のある力に恵まれなかった者が、どうしても力という才能が欲しくてできたのが魔術。この魔道書って、十字教の黒く血塗られた歴史を刻まれたようなものなの。魔術を知る者は欲に汚れた愚か者。それを中和するために作られたのが魔道書図書館」

「同じ魔術師を倒す為に、完全記憶能力を持つターボの頭に叩き込まれた、ってことか……ッ!そんなヤバい本ならさっさと燃やして捨てた方が良いのに!」

「ううん。それはできないよ」

「なんでなの?」

「魔道書は絶対破壊出来ないよ。仮に破壊できてもまた新しい魔道書が出来ての繰り返し。意思のある本みたいなものだからこそ、封印しておく必要があるんだぞ」

テイオーはターボの体をゆっくりと寝かせながら話を聞く。

「重要なのは中身なの。魔道書は人の精神に重大な支障をもたらす災いの本。ターボはたまたま耐性があったから沢山読んで記憶できたけど、耐性が無いと拒絶反応で精神崩壊を起こし、幻覚作用や脳の回路を破壊してしまうほどの凶悪な本なの。だから封印しておく必要があったの」

「まるで頭の中にある爆弾みたいだよね……。連中はその爆弾を奪うためにターボを狙っているわけか……」

「うん。一〇万三〇〇〇冊の魔道書を正しく使えば世界を滅べせることだってできるから……」

「ターボ、なんで今までそんな大事な話を黙ってたんだよ!?」

突然のテイオーの怒鳴り声にターボの体が跳ね上がる。びくびくとした表情をしながらターボは話す。

「だ、だって、こんなの誰かに言っても信じてくれないし、なにより気持ち悪がられて、テイオーに嫌われちゃうから……」

「ふざけんじゃねえ!!」

「ひい!」

「頭の中にある一〇万三〇〇〇冊の魔道書?世界を滅ぼせちゃうほどの力?確かにおかしな話だし今でも信じられないよ!!」

ターボの瞳がうるうるしてくる。きっとテイオーに嫌われて、もう二度と話して貰えない。そう思ってしまう。

でも。

「それだけなんでしょ。……たったその位だけなんでしょ」

予想外の言葉に、ターボは驚愕した。

「たかが十万冊程度の本を完全記憶能力で記憶しただけなんでしょ。そんなことでボクが気持ち悪いとか思っていると思った?それくらいで嫌われるとか人を勝手に値踏みするんじゃないよ」

「……ひぐっ」

突然泣き出すターボに、テイオーは戸惑いを隠せない。

(……やれやれ)

テイオーは片手で軽く、コツンとデコピンした。ターボは思わず額に手を当てる。恐る恐る瞳を開けば、笑顔のテイオーがそこにいた。

「ほら、ボクって異能ならなんでも打ち消せる右手があるでしょ?魔術師と戦ったこともあるんだから魔術師なんて敵じゃないし!」

「でもテイオー、魔術は信じないとか言ってたじゃん」

「……………………………………………………」

「ターボのこと、全然名前覚えようとしてくれなかったよね?」

「……………………………………………………」

「本当はターボのこと、どうでもいいと思ってたんだよね?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

数秒の沈黙の後だった。部屋からはテイオーの絶叫が響いたらしい。

 

 

_________________________________________

 

 

この時期は学生が待ち望んだ夏休みだ。夏休みのため、合宿や地方遠征で東京から離れているチームもいれば、実家で休暇中の者もいる。しかしそれでも二〇〇〇弱の生徒を抱えているトレセン学園は常に賑わう声が絶えない。そんな中、早朝からトレセン学園に押しかける影が二つあった。

昨夜テイオーと対峙したスレイトと真咲だ。

スレイトは神父が着る黒い修道服を着ており、周囲からのかなり注目されているが、意外と騒動にはならず単にコスプレ衣装と思われているらしい。真咲は胸元ギリギリまでせめた白シャツに脚の付け根ギリギリまで破かれたジーンズの短パンを履いていた。普通服装的にあまりにも大問題で呼び止められてもおかしくないのだが、この世界はどうもこの服装も常識の範疇なのか特に呼び止められていない。改めて、いつの間にか世界同士が融合したとはいえ、このウマ娘の世界も常識が壊れてるんじゃないかと思う。

そんな二人は、ある人物に会うためにこの学園に来ていた。中央にある三女神の噴水を通り、長い廊下を渡り、一際雰囲気が違う扉を潜り抜けた先にいる人物。

「きたか」

「ええ、先日真咲がここにこられたと思いますが、もう一度お話を伺いに来ました。秋川やよい知事長」

秋川やよい。身長は一四五センチ。見た目通り年齢は幼く、まだ一三歳という若くして理事長までに上り詰めた少女。髪型はストレートでオレンジ色に輝く髪質に白髪が目立っている。デスクで重鎮している姿勢は、さも少女とは思わせられな雰囲気を漂わせている。隣に立っているの、緑色を基調した服装は確か駿川たづなと言う理事長秘書だったか。

「君達イギリス教会はこのトレセン学園にきてどうする?得られるものなど知れたものだと私は思うが」

「いえ、僕達が知りたいのはあのトウカイテイオーというウマ娘についてだけです。彼女のもつ能力、及び普段の生活を知りたいだけです」

「愚門。君達はなぜ彼女に拘る?この世界、いや、すでに文字通り世界という境界線が無くなり、世界と世界が繋がりを持ち始めている。その結果、一部の生徒はかつての持っていたと思われる超能力を取り戻し、そして、その力を遺憾なく発揮できる世界へと戻っている。……確かに私はこの学園の理事長故に生徒のことを把握しなければならないため、プライバシーに関わるのもは機密情報として把握はしているが、彼女、トウカイテイオーは機密情報として扱うものなど大してない。この意味が分かるかい?」

「……つまり、彼女は無能力者であると?」

「正解」

スレイトの表情が静かに変わった。

「……忘れられては困りますが、僕達イギリス教会はこの日本と同盟関係、国際的の言えば我がイギリス教会は英国所属部隊であり、日本と英国は友好関係でもあります。ある程度の情報程度なら情報の提示しても違反にはならないかと思いますが」

「そういう問題では無いのだ」

秋川はこれを一蹴した。

「理事長としては、プライバシーに関わらないものは別に提示しても構わないのだがな」

「……失礼ながらも、個人であれば?」

「断っているな」

秋川は一口、紅茶を口に含んだ。

「どちらにしろ、私はある者から情報封鎖するよう要請されている。これは日本側から言われている以上私は動けない」

「……………………………………………………」

「まあ、そう睨まないでくれ。私から提示するとしても、彼女は、かつては岡田唯斗と呼ばれていて、喧嘩っ早くて、無能力者で、どこにでもいるただの中学生。それだけだ」

 

 

_________________________________________

 

 

テイオーは昼からのトレーニングを終えて暗い夜道をターボと一緒に帰宅していた。本来なら寮に戻るべきなのだが、生憎とテイオーのいた階は、昨夜の戦闘で炎を操る魔術師に滅茶苦茶にされて一時的に通行不可能となっていた。部屋の中は多少無事だったのが、廊下が今にも壊れそうだったり窓が破壊されているため当面は修理で通行止めになっている。たまたま今は夏休みの時期なので実家から通う者もいれば、付近に住んでいる通生の友人とお世話になる者もいる。テイオーの実家は県を跨がないといけないので、結果的にメジロ家で当面はお世話になる予定だった。

「ったく、こっちの部屋まで炎が回ってきたせいだ着替えが大半燃え尽きちまったじゃんか……」

「テイオーって本当に不幸だよね。なにをどうしたらそんなに不幸になっちゃうの?」

「それをボクに聞かれてもなあ。これでも生まれた時から不幸だし、もうここまでくると逃れられない束縛すら感じてくる……」

ちなみに、ターボは美浦寮のため被害は無い。のだが、テイオーについてきていた。その結果入りはしないけど見学としてのポジションでスピカと一緒にいたのだ。どちらにせよターボは怪我人だ。まだまともに走ることすら出来ない状態なので、沖野と共にサポートしていたとも聞いている。

……よく考えてみれば、怪我人だけど付いてきて大丈夫だったのか?と、テイオーは少々悩んでいた。

(それにしてもトレーナーからは特に何も言われなかったよね。先生は報告するとか言いながらしてたのだろうか……?)

もし報告してなかったとしたら、きっとそれは先生なりの考慮かもしれない。

「テイオーテイオー!」

「……ん、どうしたの?」

「えへへ、なんでもないぞ!なあテイオー、誰かの名前を呼ぶのってこんなにも楽しいもんなんだな!」

「どうしたの。急に人肌恋しくなったって感じですかー?」

「そ、そんなんじゃないぞ!面白いと思ってるから呼んでるだけだぞ!」

「はいはい、名前なんていつでも呼べるでしょうに。まるで普段人と話さないようなセリフだよね」

「うん、だってターボの頭には一年分の記憶しかないからね」

「……?一年分の記憶?」

「うん、一年分」

二人は、信号が赤くなった横断歩道を渡らずに止まる。青になった信号から雪崩のような車と車の追い風と騒音を交わせながらターボは続ける。

「ターボ、どういうわけかこの一年の記憶しかないの。記憶を失う前日、いやその数秒前の記憶すらなくって。……本当に怖かった。ずっとイギリス教会の一員や、魔術師。ウマ娘の本能でもある『走り』すら知らない世界で、ずっと」

「じゃあ、記憶を失う方法とかは知らないってこと?」

「うん」

「じゃあ、起きてから記憶を消去させる理由とかは?」

「ターボも分からない……。でも、消した方が身のためだとずっと聞かされていたから」

「……………………………………………………」

「……テイオー?もしかして怒ってる?」

「怒ってない」

「むー、それやっぱり怒ってるでしょ」

「怒ってないもん」

「あー!やっぱり怒ってるー!」

「……へ、君みたいなガキンチョがよくあるラブコメ的ヒロインの座になろうだなんて、まだま…だ……?」

「うぅ……!!」

「あ、あのーターボさん?なにゆえ瞳に涙を浮かばせそんなに歯をキラキラと輝かせてるのでしょうか!?」

次の言葉など無かった。次に噛みつきが終わったあとはあちこちに歯形を残す羽目になっていた。

 

 

一人置いてけぼりにされたテイオーは、噛まれた部分を後目に広い歩道を歩いていた。

「くっそー。あいつは嚙みつき虫なのか?昨日から散々噛まれっぱなしの記憶しかないそ」

(にしても今日はやけに静かだなあ。この時間だと人が沢山いるはず……)

「……あれ、今の時間は確か一九時過ぎ。なら車の走る音や人の会話の声がするはずなのに誰もいない……ッ!?」

(まさか……誰かに待ち伏せていたの!?)

テイオーの警戒心が高まる。その推測は正しかったと言わんばかりの足音が、歩道橋の影から現れた。

「『人払い』のルーン、だよ」

「誰だ!?」

「魔術師だよ。私は真咲弥夜李(しんさきみより)。……なるほどね。『倒壊の由威止』か。最高の真名じゃん」

現れたのは一人の女だった。身長は約一六三センチ。腰まである髪をシュシュで二つ結びにしてツインテールのようにした髪型。服装は胸元ギリギリまでせめた白シャツに脚の付け根ギリギリまで破かれたジーンズの短パンを履いていて、胸の部分は下手したら下から見えるかもしれないほどのギリギリだった。腰には本当に人間が使うのかと思う程の、約三メートルもある刀が鞘に納められていた。

「まあそんなかりかりしないでくれ。私としてももう一つの名を語りたくないから聞かれたことだけを返事してくれたら済む話だから」

「君はまさか、イギリス教会の連中か!!」

「おっと、もうそこまでの領域に辿りついたっぽいか?なら話は早いね。ターボはどこにいるか知ってるかい?」

「……ボクが知ってるとでも?」

「やれやれ、私はあまり手荒なことはしたくないんだ。正直に答えてくれないとやむを得ず交戦しなきゃならないんでね。答えてくれるかい?」

「……………………………………………………」

(行けるか?あいつが魔術を使うならこの右手も通用するし勝ち目もある……)

テイオーはゆっくりと一歩ずつつ、一歩ずつつ。距離にして約二メートル。その距離に辿りついたとき、一気に駆け出した。

しかし、真咲はなにかをこう呟いた。

「千撃」

「あ、?」

テイオーは一瞬何が起きたのか分からなかった。まるで無数の斬撃が嵐のように舞いテイオーに襲い掛かってきた。

「がぁぁぁああああああああああああ!?」

自分の制服と体に無数の切り傷の跡が残る。一部は肌を掠ったせいか血が流れてくる。

「もう一度聞くよ。おまえさん、ターボがどこにいるか知ってるかい?」

「……知るかよ!」

「千撃」

再び斬撃のあられが飛びまどう。咄嗟にテイオーは右手を差し出す。異能の力ならなんでも打ち消す右手。それが質量の問題さえぶつからなければ一瞬で消え去る。

なのに、右手の指先から肩まで激痛が襲い掛かった。

「ぬ、っぐうううううううううううううあああああああああああああああ!?」

悲鳴をあげながら思わず膝から崩れ落ちた。切断されたとか指を引きちぎられた訳ではない。あちこちを擦り傷だらけて空気に晒されるせいて痛みが増加しているのだ。

(魔術のはずなのに……なんで右手が効果を発揮しないんだ!?)

テイオーは真咲を見据える。僅かに見える線のようななにかが視界の端から張り巡らせるように……。

(線……?なんで空中に線のような……。いや、まさかこれは!?極細ワイヤーか!!こいつ、カを動かす仕草で隠しながら動かしてたのか……!!)

「スレイトからの情報によれば、おまえさん魔術が打ち消せる右手を持ってるらしいね。なら術式を唱えず、そして魔力を使わない純粋な物理なら効果はあるんじゃないかなと思ったんんだが、これは効果抜群みたいだな」

「てんめぇ……!」

「千撃」

第三派と、テイオーの視界が斬撃の雨で埋め尽くされる。カキン、と、背後から何かが切断される音を激痛の中聞こえた気がした。やがてその音が背後にあった風力発電のプロペラの羽の一部が切断されたことに気づくのは、歩道橋に突き刺さるまでだった。

「剣を振ってるわけじゃない。千撃ってのはな、所持している刀によって威力が大きく変わるんだ。今私が持っているのは『[[rb:千本桜 > せんぼんざくら]]』と言って、一度に無数の斬撃を嵐のように飛ばせる刀だ。それを応用すれば『[[rb:一千 >いっせん]]』という一度の斬撃で直撃すれば千回切り刻まれる技があるんだが、まあ使うことはないだろうな。……何度やっても同じことの繰り返しだよ。さあ、大人しく答えな」

「……なんでだよ」

「ん?」

「なんでお前らは……そこまでしてターボを狙うんだよ?」

「おまえさんに答える義理は無いね」

「おかしいんだよ。同じ組織に居て、同じ場所にいて。なのにお前らとターボは敵対関係になっている。どうしてそんなつまんない立ち位置で過ごしてるんだよ!!」

真咲はやがて目線を下げる。浮かない表情をかすかに、口元が動く。

「おまえさん。完全記憶能力を知ってるかい?」

「……あぁ。ターボから聞いて少し調べたよ。瞬時に見たものを全て記憶して決して、決して忘れない体質、だっけ」

真咲は静かに頷く。

「ターボが魔道書図書館になるまでの経緯がある前提で進めさせてもらうよ。……あれはもう何年前だったかな。ターボが魔道書図書館になったその日、ターボ以外を除いたイギリス教会全員がこう告げられたのさ。彼女の頭は一年ごとにきっかり消去しなきゃ脳の容量がパンクして死んでしまう、と」

「一年ごとにきっかり消去……?」

「あぁ。ターボ脳は今一〇万三〇〇〇冊の魔道書によってほとんどが埋め尽くされているんだ。その割合は八五パーセント。残りの一五パーセントは思い出にしか使えない」

「その記憶消去を行うのは、やっぱり魔術なのか?」

「そうさ。……それに、あと三日後の午前〇時もすればその時がやってくる。私達だって敵としてターボを追い回したくないいんだ!だけど、あの子を幸せにためには敵として追い回して、一年、また一年と記憶を消す為に……」

「……………………………………………………………………」

「だから……あの子の居場所を教えてくれないか。そうすれば、なにもかも無かったことにできるから」

切ない表情が、後悔に満ちた顔が、歯ぎしりする音が。それはきっと二人にとっての不本意な出来事だったのかもしれない。ずっと同じことを繰り返してきたこの数年間。終わるか分からない永遠の繰り返しが、ずっと組織を悲痛に負わせていたのかもしれない。それは、出会って間もないテイオーには分からない領域だった。だけど、それでも言えることがあった。

「ふざけんじゃねえよ!!」

苦痛を忘れてテイオーは吠えた。まるで否定されたかのように、真咲は思わず驚愕していた。

「何が完全記憶能力だ。何が敵対関係だ。そうやってお前らは自分自身がターボの敵になることで、全てを忘れられた時の辛い気持ちから逃げてるだけじゃねえか!!本当に幸せを願ってるなら、わざわざ敵として追い回すことなんかしなくてよかったはずだ!!一年きっかり消去しなきゃいけない?だったらその一年で前よりも幸せにしてやれば良かった話じゃねえか!!この一年の次は更に幸せに、その次はそれよりも幸せにすれば良かったのに!!お前らの辛さを全部ターボに押しつけてるだけじゃねえか!!」

右腕を庇うように立ち上がる。

「考えてみれば簡単な話だよ。居場所なんかお前らが作ってやれば良い。不幸だろうが悲劇だろうが、お前らが思う存分幸せな場所と時間を与えてやれば良かったんだ!イギリス教会が普段なにをしているのか部外者であるボクには分かんない。だけど、それくらいは出来たんじゃないのか?なんだったら、失わずに済む方法さえ考えれば良かったんじゃないのか?」

 

「じゃあおまえさんはターボのことを助けれるというのかい!?」

 

怒りの混じった真咲の叫びが響き渡る。まるで性格が豹変したかのような感じがあった。

「おまえさんには分かるのかい!?忘させたくなくても忘れさせなきゃいけない気持ちが!!!!」

二メートルも跳躍した真咲がテイオーを目掛けて鞘で叩き潰しに掛かった。テイオーは咄嗟に横へ回避する。ズシャア!!、と、地面を抉られた。人間の力であんな高さと力があるのかと少し疑問になるが、考える暇すらない真咲の回し蹴りが襲い掛かった。回避が間に合わないため咄嗟に両腕でガードするが、失敗した。メキッ、と、左腕から嫌な音を体内で感じながらテイオーの体が数メートル吹き飛ばされた。

「おまえさんは、スレイトが今までどういう気持ちでターボと過ごしてきたのかわかるのかい?春夏秋冬、一年間過ごしたあとにくる記憶を消去する残酷な時間が!!今まで過ごしてきた記憶を全て忘れんだよ!!それを作れば良かったなんてことを軽々しく口にするんじゃないよ!!!!」

倒れ込むテイオーの胸辺りに踏みつける脚があった。

「思い出が消え去るのって辛いんだよ。忘れさせたくなくても忘れさせなきゃいけないのって胸を締め付けるような感覚なんだよ」

ギリギリと、段々脚に力を入れられ押し潰されるていく。

「それを、簡単に失わずに済む方法を探せば良かったと言うな!!!!」

腰に納めていた鞘ごと引き抜いた。死を感じて思わず目を瞑った。グシャ。と、崩れる音があった。

それはテイオーの全身を砕かれた音ではない。鞘が道路に突き刺さった音だった。

「はぁ……はぁ……。お願いだからさ、私だってこんな手荒な真似はしたくないんだ……。お願いだから教えてくれないか……」

呼吸を整える声が聞こえる。苦痛に満ちた真咲の表情が視界に入る。もう色々手遅れだと実感させられる。だから、テイオーは両腕に精一杯力を入れ、吐き気を堪えて言葉を吐き出す。

「……ばっか野郎が!結局お前らは気持ちをターボに押し付けてるだけなんだよ!ボクはターボの味方であると決めてるんだ!!科学とか魔術とかそういう境目なんか関係ない。普通に話せれていることが、もう仲が悪いことであり続ける必要なんか無いんだ!!」

あれだけ叩きのめした真咲も、まだ立ち上がろうとするテイオーを見て思わず身が引いていた。掴んだ鞘から離さず、立ち上がろうとする姿勢があった。

「お前が今持っているその力は何のためにあるんだよ。それだけの力を手に入れたのなら、お前はターボを守れる力はあったはずだろうが!守りたいものがあるからその力を手に入れたんじゃねえのか!?…………それだけ万能で圧倒的で……その力があるのに……なんでテメェはそんなに……無能……なん……だ……」

次第に途切れていく言葉を最後に、テイオーの意識が暗い湖の底に沈んでいった。静寂な空間が支配していた。

「私は……一体なにがしたかったんだろうね……」

突き刺さる鞘を引き抜いて腰に納める。これまで歩んでいた自分の道のりは、本当にこれで良かったのかと改めて思う。このウマ娘を殺す気なんて元々無かった。このウマ娘は確かに言った。ボクはターボの味方だと。だからこのウマ娘は居場所なんか吐かなかったんだろう。守ると決めていたから。もし居場所を吐いていたらその時はその時だった。なぜなら行く先なんてわかっていたから。それ故にわざと会うことでこのウマ娘の性格と本性を知ることが出来たから。結果はもはや言わなくても分かるだろう。

背後から足音が聞こえる。だけと真咲は振り返ることはしなかった。

「終わったかい?」

「あぁ。充分過ぎるほどの成果だったよ」

「そうかい」

「トウカイテイオーはどうするんだい?私が適当なところに運べばいいのか?」

「いや、そんな面倒なことはしなくていい。どうせもう解除するつもりだったんだから」

「そうかい……」

直後に、パチンと指をはじく音が響き渡る。その瞬間、まるで止まっていた時間が再び動き出したきたかのように、車と人々の騒音が戻ってきた。



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幻想の果て

次にテイオーが目を覚ました時は既に朝だった。どうやら意識が落ちた後真咲に殺されずに何者かがメジロ家へと連れてきていたらしい。

「テイオー……」

心配そうに覗き込んでくるウマ娘がいた。

「たーぼ……?」

「良かった……テイオーが無事で……」

テイオーは体を起こそうとしたが、ターボに無理に止まられる。

「ダメだよテイオー!あちこち傷だらけなんだから無理して起きちゃダメだぞ!」

「だから全身くまなく包帯を巻かれている訳か……」

手探りで自分の体をあちこち触れば包帯のざらざらした感触があちこち伝わる。巻いてない部分が無いと思う位巻かれて、これじゃミイラじゃんとテイオーは思う。

「にしてもボク、昨日の夜からずっと寝ていたんだ」

「昨日じゃないよ」

「え?」

「三日。三日間テイオーはずっと眠ったままだったぞ!」

「三日!?三日もボク寝ていたの!?」

度肝を抜かれた。一夜とか一日とかではなく、三日という数字に思わずテイオーは驚愕を隠せなかった。

「渼丹先生が街中で倒れているテイオーをここまで運んでくれたんだよ。全身引き裂いたような傷を負っていたテイオーを見て先生血相変えてここまで……」

「先生が……」

また先生には迷惑をかけてしまったと深く反省する。これでもたまに学校サボってどっかに行っても先生は叱る時は叱るけど、出席と単位を取り返そうと裏で必死に動いてくれることには気づいている。だから、これ以上は迷惑掛けれないなと。

「ターボ知らなかった。テイオーが魔術師を相手にボロボロにになるまで戦ってるなんて知らなかった……」

震える声で絞り出すような言葉を吐き出していた。ターボの目には僅かに光るなにかがあった。

「ターボ、あの魔術師達から逃げ切れたと思って大喜びしていた。でも、そのあとテイオーが狙われてこんなにボロボロになるまで戦っていたなんて知らなかった……。きっとターボが逃げたからテイオーが……テイオーが……!」

ポロポロと涙を流しながら俯く少女の姿があった。ずっと心配をかけていたのかもしれない。いや、心配かけていたに決まっている。どこまで不安にさせていたのかも分からない。だからテイオーはこう言った。

「ねえ、この包帯巻きすぎじゃない?」

「ふぇぇ……。痛くないの?」

「あんな傷程度でのたうち回る程だったら必要だったかもしれないけど、今こうして普通に会話出来てるんだから平気だよ。いくらなんでも大袈裟過ぎだからもうちょい加減しろっつーの」

そう。あえて痛くないと言っておけば人は安心できる。そうやって自分の傷の痛みにウソをついて言い聞かせておけば良い。

「えへ、えへへ。そうだよね。ちょっとあまりよく分かんなかったから下手だから一杯巻いちゃった!また今度練習してみる!」

「おう!」

テイオーはゆっくりと立ち上がる。安心しているのか、ターボは止めはすることは無かった。

「そうだターボ、これからボク知り合いのアストンマーチャンに会いに行くんだけどどうする?ついてくる?」

「うん!行く!」

テイオーは傍にある棚に置かれていた自分のウマホと財布を拾ってスカートのポケットの中に入れる。一部の制服にはスカートにポケットはあるのだが、それな中々分かりずらい位置にある。慣れるまでは常に手探りなのだが、テイオーはもう慣れてるからかスっと入れることが出来た。

扉を開ければ広い廊下が視界を埋めつくしていた。

「おやテイオー様。お体はご無事のようで?」

たまたま通りかかった執事、それはよくマックイーンといる執事のじいさんが、テイオーを見かけたのか声を掛けてきた。

「じいやさん!うん、もう大丈夫だよ!」

「それはそれは、結構な事です。しかし、あまり無理するのもいかがと思われますが」

「平気さ。これでも怪我慣れしてるから怪我によってどこまで動いていいのかはもう経験でわかってるから」

「……あまり納得はいきませんが、テイオー様がそう仰られるのでしたら私が止める理由もございません。どうぞお気をつけて。何かあればお嬢様や私に直接ご連絡をいただいてもよろしいので」

「うん!ありがとう!じゃあ行ってきます!」

「お気をつけて。ターボ様もお気をつけていってらっしゃいませ」

「うん!行ってくるぞ!」

じいやさんの慣れた律儀な一礼を背後に、二人はメジロ家を後にする。

 

 

 

メジロ家を後にして数分が経った。時間としては既に一一時過ぎ。朝から練習しているものはそろそろお昼休憩に移る頃だろうか。そういや三日間眠ってたせいかお腹が空いてきた気がした。

「なぁテイオー、アストンマーチャンって河川敷にいるの?それに、会ってどうするの?」

「うーん、ちょっと聞きたいことがあってさ。とっても大事なことさ」

「ふーん、アストンマーチャンってどんな人?」

「なんていうかな、とっても不思議な子だよ。掴めない性格で、目立ちたがりで、カメラがあればしれっと写ろうとしている子だよ」

でも、と。

「マーちゃんは出会った時から何処かほっといたら危ない気がしてさ、いつも笑顔でよくわかんない事言ったりするけど、触れてしまえば消えてしまいそうな子だよ」

「……よくわかんないけど、とりあえず会って大事な話があるということだけは分かったんだぞ」

「さっきの説明は全部忘れたのか……」

完全記憶能力とは、と、テイオーは呆れる。

「……ん、いたいた」

テイオーは河川敷で遊んでる影を二つ捉えた。一人は目的の一人であるアストンマーチャン、もう一人はマックイーンと同じメジロ家のメジロブライトだった。

「おっす。今日は二人?」

「あら〜、これはこれはテイオー様でございますわ〜」

「おぉ、テイオーが来ましたよクロエ・ハーバードさん。……おやや、その子は?」

「ツインターボ!よろしくな!」

「ブラストブーストですわね〜。よろしくお願いしますわ〜」

「ブーブーダッシュさんですかぁ。よろしくお願いします」

「ツインターボ!!一つも合ってないぞ!!」

「「あら」」

おほほと、呑気な様子で笑っていた。

「それにテイオー様、ここにきてどうさなれたのです~?」

「ちょっとマーちゃんに話があってね。この時間だからもしかしたらと思ってここに来たらビンゴだってわけ」

「マーチャンに御用ですか?」

「うん、良いかな?」

「良いですよ」

「それじゃあ、私はブラストダッシュさんと遊んでますわ~」

「ツインターボ!!」

なんだかんだターボはブライトの後ろについていった。遠くから見れば近くで流れている川で遊び始めた。

「それで、マーチャンにどんな御用ですか?」

「気になることがあってね。……忘れられた時ってどんな気持ちになってしまうのか、って」

「テイオーがそのことを聞くなんて珍しいですね。なにかありました?」

「ううん。なんていうかね。今までの記憶がある日突然忘れてしまった時、その記憶ってどこにしまわれるんだろうなって」

我ながら回りくどい聞き方をしたと思う。アストンマーチャンは母が医師を務めている。今テイオーは全身を包帯巻きにされていて、右腕は肌が見えない程巻かれている。ブライトから見れば単なるコスプレに見えたのだろうが、この時期に全身包帯巻きなんて暑すぎて倒れてしまう。なら多少そういう知識があるマーチャンならば気づかれない方がおかしい。

「マーチャンは、きっと(ここ)ではなく(ここ)にしまわれると思います」

だけどマーチャンは深くは聞かなかった。きっと、聞かない方が良いと思っていたのか、もしくは早めに教えた方が良いと思ったのか、いずれもテイオーには分からない。

「生き物はみんな何かしらは忘れちゃいます。去年はどんなことをしていたのか。半年前はどんな料理を食べていたのか。昨日は何をしたのか。さっきまでどんなことをしていたのか。生き物は必ず忘れる生き物なのです。だけど、その思い出はあくまでも脳の整理であって、胸にある思い出は無限の容量で出来ているのです。誰かの胸の中にその人の思い出が残り続ける限り生き物は真に忘れられない。マーチャンは見えない形を見える形にします。それがウルトラスーパーマスコットのアストンマーチャンです。どやや」

「見えない形を見える形にする、か」

その方法は、いつもマーチャンがしている割り込み撮影かもしれない。一緒にぬいぐるみを作って自分がこれを作ったということを残すことかもしれない。いずれにせよターボに残された時間はもう半日も無い。

「テイオー。貴女はなにか急いでる気がするのです。見えない形が崩れる前にあの子の記憶を見える形にしてあげてください」

「うん、ありがとうマーちゃん。助かったよ」

「どやや」

ダブルピースで笑顔に答えたマーチャンに一瞬ドキッとしかけたがすぐに冷静さを取り戻す。

「ターボ!!行くよ!」

「うん!!サンキューブライト!楽しかったぞ!」

「私も楽しめましたわ~。また屋敷で会いましょうですわ~」

「うん!またなー!」

二人が分かれると、とてとてとした小走りでテイオーの傍まで戻ってきた。

「お話は終わったの?」

「うん、充分なくらいだよ」

「そっか、じゃあ帰るか」

二人が歩く。熱風に全身を漬け込まれるように受けながらも歩く。残された時間、どうやって過ごそうかと考えた。

『ふむ、怪我はもう平気みたいだね』

突如として聞こえた声が、テイオーとターボの警戒心を煽られた。よりにもよって今こられたくなかった者が。

スレイト=アルグス。真咲弥夜李。まるで後をつけてたかのように、気がつけば背後に回られていた。

「テメェら!!今更何しにきやがった!?」

振り返ると同時に、テイオーが大声で叫んだ。しかしスレイトは全身を包帯で巻かれたテイオーの姿を見るなり嘲笑うかのような笑みで。

「ふーん、その様子じゃ戦うことも簡単に逃げ出すことも出来ないみたいだね。もし万全であれば僕達二人で君を始末して禁書目録を回収する予定だったが、これはこれで好都合だ」

一瞬、スレイトの言葉が理解できなかったが、すぐに追いついた。

詰まるところ、怪我をしているテイオーが人質とすればターボは大人しく投降する。それが二人の狙いであろう。

「さて、君に残された選択肢は二つある。一つは大人しく禁書目録を渡す。もう一つは死ぬ。さぁ、どれを選ぶ?僕としては君を殺す方が最善策なのだが、その子を悲しませたくは無いからね」

(クッソ。こっちが怪我していることを良いことに好き放題言いやがって……ッ!!)

どうしようも無い現実があった。戦っても死、戦わなくても死。ターボを差し渡しでも見えるのはバットエンドしかない。あまりにも絶望的過ぎる状況に、テイオーは心底恨んだ。

その時。

「帰って!!!! 」

突如として割り込むように叫んだのは、ターボだった。悲痛な叫びと共にターボは抵抗する。だけど、その内容はこうだった。

 

「お願いだからもう帰って!!もうこれ以上テイオーを傷つけないで!!ターボはもう逃げないから。メジロ家に戻ったらもうどこにも行かないから。……お願いだからテイオーだけはもう傷つけないで」

 

自分を捧げて見逃す選択肢だった。だけどテイオーはその選択肢だけは絶対に選びたくなかった。だってそれは自分だけ助かって誰かを見捨てる選択肢だから。けど、それをターボに言わせてしまった自分を酷く憎んだ。

「……〇時まで待つ。それまでに精々最後の時間を楽しむことだ」

交渉が成立した。二人は大人しく引き下がる。

「テイオー、ターボが、ターボが全部終わらせるから……。もう安心して、元の世界で過ごしていてもいいからね」

何かを諦めた表情で語られてしまった。そんな自分が嫌いになりそうだった。

 

 

_________________________________________

 

 

夜が来た。

メジロ家に帰ってきた二人は、外から聞こえるヒグラシの鳴く声を部屋の中に響かせながらテイオーは高熱を出していたターボの様子を見ていた。外はすでに暗くなり、部屋の中にしんみりとした雰囲気を漂わせていた。

(もう一度考えてみよう。記憶の消去は今日の午前〇時きっかりに行われる。その時間まであと一時間。この高熱は多分圧迫された記憶がタイムリミットが近づいてるから出ている。記憶の容量が多すぎて体の負担が掛かってるんだ。まるでメモリーカードの容量限界までデータをダウンロードして機種の動作が重くなるみたいに)

ターボの記憶の容量は恐らくほどんど残されていない。魔道書によって確か八五パーセントを奪われ、思い出は約一五パーセントしか使えない。

……八五?一五?

「……ちょっと待て。あいつらは一体どこからそんな数値を導き出したんだ?」

思わず口にしてしまったが、そんなことはどうでもいい。問題なのは、ターボの記憶の容量はどうやって知ったのか。どうやって残りの容量を導き出したのか。

(もしそれが本当なら、完全記憶能力を持っている人は大人にもならずに脳がパンクして死んでしまうことになるよね。でも、そんな事例で死んでしまう話なんてこれまであったっけ?)

テイオーの推測が正しければ、恐らく。しかしそれはテイオーの今ある知識では予想に確信を得られない領域だった。

テイオーはポケットからウマホを取り出してある人物に連絡する。脳に関してあらゆる知識と資格を持ち、尚且つテイオーのクラス担任。

『ひゃわわ!こんな時間に電話だなんてテイオーちゃんめっ!なのですよ!仮にも同じ女の子なら分かるはずです!!』

「ごめんなさい先生。ちょっと聞きたいことがあって電話掛けたんです。今大丈夫ですか?」

『生徒の頼みとあれば先生はいつだってウエルカムなのです!それで、どうかしたのですか?』

「先生って確か脳に関して得意でしたよね」

『確かと言われるのはちょっと心外なのですがまあ良いです。確かに先生は脳に関しては得意な分野ですけど、改まってみたいな感じでどうしたのですか?』

「先生、完全記憶能力っていう体質って知ってます?確か些細なことすらを完璧に覚える体質でしたよね?」

『完全記憶能力です?そうですね、体質的なもので間違いないですし、ほんの些細の動きや匂い、味、あやりとあらゆるものを完璧に覚えるのが完全記憶能力で合ってますよ』

「そうですよね。だけどその体質だと常に色んな情報で記憶が埋められて、大体五か六歳辺りで記憶がパンクして死んでしまう絶望的な体質ですよね?」

『確かにそうですね。完全記憶能力という体質によって脳の情報が常に常人の約二倍以上は埋められてしまうのは絶対なのです。でも、それだけで脳が圧迫されることも絶対ないのです』

なんだって、と、テイオーは思わず呟いていた。受話器越しからは何を飲み込む音が聞こえてくる。

『テイオーちゃん。例え完全記憶能力があったとしても、脳は常にパンクしないように必ず整理されるように管制塔を仕組んであるのです。その下で働いているものを大きくわけて三つあって、目や耳、鼻などの感覚器官から常に得ている膨大な情報のうち、特に意識していないために一秒程度で消滅する感覚記憶。相手から聞いた住所や名前を紙に書き留めておく間だけなど、短時間だけ覚えておくときに使われる短期記憶。自宅の電話番号や自身の名前、生年月日を年単位で覚える長期記憶があって、それの司令塔が海馬という鍵となるものですね』

「でもそれでもやっぱり脳がパンクしちゃうのでは?」

『テイオーちゃん。重要なのは人間の脳の記憶量なのですよ。話は戻らせると元々人間の脳は一四〇年分の記憶を保存できるようになってるんですよ。最近は医学も発達して今では二〇〇年分の記憶も保存できることが発見されたため、記憶がパンクして生物が死ぬっていうのは医学上絶対有り得ません!ウマ娘という種族も人間とほとんど仕組みは変わらないのも証明済みです!分かりましたか?』

「……最高ですよ先生。めっちゃ助かります」

『ふふん。テイオーちゃんは先生の生徒なのですからね!これくらいお安い御用なのです!……では先生は次の補修の準備してますので、テイオーちゃんも早く寝るのですよ』

「はい、ありがとうございます先生」

テイオーは耳からウマホを離し通話を切る。

(やっぱりだ。考えてみればおかしかったんだ。そもそも仮に記憶容量がパンクしましたで死亡ニュースが流れていたら研究員達は少なくとも調査して論文を組み上げて発表する。だけど、ボクが生きている間にその話は一度も無かった)

念のため記憶がパンクして死ぬ事例をネットで探してみるが、それらしき記事など一つも見当たらない。

要約すれば、生物は記憶がパンクして死ぬことは絶対にあり得ない。脳というのは様々な場所で保存されたり、感情を操作してるのを授業でしていたのをテイオーは思い出した。

テイオーは、結論を導き出した。

 

__イギリス教会の上によって、ターボの反乱を恐れて一年きっかり消去しないといけない嘘をついた、と。

 

「なにかがおかしかったんだ!よく考えてみれば記憶がパンクして死んでしまうってなんだ?八五パーセント?一五パーセント?ただ記憶の消去するだけなのになんでわざわざそんな単位を把握しておく必要があったんだ?そんなの簡単だ。残酷な役目を押し付けた教会側がターボやあの二人。いや、もしかしたら他の下っ端の反乱を防ぐために、それっぽい嘘をついて……ッ!」

確か記憶の消去の際に使われるのは魔術と聞いた。ならばどうやって思い出の記憶だけを抜き取るのか、そして反乱を防ぐための方法を考えてみた。これはあくまでのテイオーの推測に過ぎない。

「ターボの記憶消去は今日の日付変更と同時に始まる。使われるのは魔術。だけど魔術だって何かしらの方法で作られてようやく使えるのは絶対なはず。であれば、教会側が事前に用意した魔術を教えて特定の部分にしか効果がないように調整されているはずだ!だけどそれだけじゃ反乱を防ぐには不十分だ」

テイオーはこれまでに記憶を必死に掘り返す。一番引っかかる場面はどこだろうか。

(あの日スレイトと戦った時、ターボは瀕死だけどターボではない何かが出てきた。ボクでもわかるほどターボの性格とは真反対な冷酷で感情を抜き取られたなにか……)

「……そうか、首輪だ!ボクが連中であったら魔術で絶対に反乱を抑えるための首輪を付ける。それをターボの体のどこかに!!」

改めてテイオーはベットで寝ているターボを見直す。荒い呼吸を吐き、高熱でうなされる姿。一〇万三〇〇〇冊を自分よりも小さな体で記憶しているとは思えない体。

「……なってやる」

テイオーは静かに決意する。右手に巻かれた包帯を手にかけ勢いよく外しながら宣言する。

 

英雄(ヒーロー)を呼ぶんじゃない。ボク()英雄(ヒーロー)になるんだ!!!!」

 

幻想殺し。

テストの点を挽回する力もない。勉強でもこれといったものに役に立たない力。走りでもスキルすら使うことが出来ない阻害な力。日常生活では何の役にも立たない力。

だけど、超能力や魔術といった異能の力なら問答無用で打ち消せる力。

トウカイテイオー。かつての名を岡田唯斗と呼ぶ。転生した彼、いや、彼女が再び動き出す。

「記憶と言ったらやっぱり脳だよな。圧迫されてるって言ってたから恐らくここに首輪があるはず」

テイオーは右手でターボの頭を触れる。ターボのやわらかい髪の感触とおでこの熱が伝わってくる。ただそれだけ。

「……あれ、なんにも起きない?場所が違うのか?でも脳以外に記憶を保存する場所なんてないし……」

もう一度ターボの体を見回す。全身を見ていくうちに股に視線が向いてしまい思わず逸らした。

「いやいや。いくらなんでもそんなところにあるわけがないでしょ!何考えてんだ俺!!……にしても一体どこに首輪があるってんだ。見た目からしてそれらしきものは無いから体内ってのもあるけど……。魔術ってそこまで影響できるものだろうか?」

脳から近くて、なおかつ体内という範囲からギリギリな場所。例えば口の中とか……。

(口の中……?)

「……まさか!?」

テイオーは両手を使って口の中を覗く。何の変哲もない口内。だけど、喉元あたりにはほんのわずかになにかの文字がどよめいていた。だけどテイオーはこれが首輪だと確信した。

「悪い。ちょっと苦しいけど我慢してくれ」

テイオーは先に謝っておく。そうしなければいけない気がしたからだ。

右手の人差し指がターボの口の中にゆっくりと入っていく。生ぬるい感触を感じながら指を奥に入れていく。うっ、と苦しむターボの声を聞き罪悪感が湧いてしまいそうだったが、それでも押し殺して進めていく。指が付け根まで入った瞬間だった。パキパキパキと砕ける音が響いた同時にテイオーの体が思いっきり吹き飛ばされた。

「ぐがっ……!なんだ!?」

背中を壁に叩きつけられた痛みを感じながらテイオーは起き上がる。周囲からただならぬ雰囲気を感じていたテイオーは、目を開いたと同時に異様な光景が入ってきた。

あれは本当にツインターボなのだろうか?

目に入ってきたのは、ターボの両目に光を失い何かしらの魔法陣を浮かばせ、空中を浮遊し、まるで機械のように感情を失っている姿が。

あまりにも異様な光景にテイオーは酷く動揺していた。振り向いた無感情の視線が交差した時、警戒心が跳ね上がった。直後に、閃光のような爆発が起きた。

『何事だ!?もう時間がくるというのに君はまだ……ッ!?』

『少女!なにがあっ、た、……?』

叫びとともに誰かが部屋に入ってきた。恐らく声からしてスレイトと真咲だろうか。テイオーは自分の体に倒れたタンスを押しのける。二人はターボの姿を見るなり不意を突かれた表情をしていた。

(これ、あの時機械のように無感情を表面にだして別人のように変貌しているターボだ……)

「そういや、聞いてなかったことが無かったね。超能力でもないのに魔術が使えない君が、今こうして魔術を使えるのか」

『警告。第零章一節。外的からの刺激を受け身体に張っていた全結界の貫通及び破壊を確認。攻撃された術式を逆算し特定を開始。失敗。結界の修復作業開始。失敗。再度修復を開始。失敗。結界の再構築は不可能と断定。侵入者個人に対し最も有効的な対抗手段(ローカルウエポン)の構築に成功。これより侵入者トウカイテイオー、またの名を岡田唯斗に対し「聖ジョージの聖域」の発動。侵入者を破壊します』

ターボの目に浮かんでいた魔法陣が部屋の空間に映りこむかのようの浮かび上がった。異様な模様がテイオーの背筋を凍り付かせる。しかしテイオーの目線はターボから外れない。だって見てしまった。まるで表裏のように裏でターボ本人が攻撃したくないと必死に抑え込もうとしている姿。その証拠に、ターボの顔がテイオーから逸らそうとする光景が目に焼き付いた。だけどすぐに視線が戻る。その瞬間背筋に何かが突き抜ける気がした。ターボの視線がまるで補足した獲物を仕留める猛獣かのような殺意を感じて、直後に閃光のような杭が解き放たれた。

「うおぁぁ!?」

咄嗟に突き出した右手に凄まじい衝撃を感じた。まるでピッチャーが投げ出したボールを素手で受け止めるかのように、それ以上に強さで。右手の指先から肩の付け根まで数百キロの重りを押し返す衝撃を感じながらそばでぼやく声が聞こえた。

「なんで、なんであの子が魔術を使ってるんだ……。あの子は確か教会側が魔術は使えないと言われて、実際使おうにも使えなかったのをこの目で見ていたのに……」

「決まってんだろ!!教会側が全部ターボとお前らの反乱を防ぐために全部作り上げた嘘なんだよ!!考えてみろよ。ターボに一〇万三〇〇〇冊を覚えさせるような残酷な連中が、お前ら下っ端に簡単に真実を話すかと思ってたのか!?魔術を使えないようにしていたのもターボを苦しめていたのも全部教会側が仕組んだ術式とシナリオだったんだよ!なんだったらターボ本人に聞いていれば良かったじゃねえか。ターボは魔術を使えないんじゃない。付けられた首輪に本来あるはずの魔力とやらを全部あの首輪に吸収されていたんだ!!ああそうだよ。ターボが一年周期で記憶を消さないといけないのも、全部真実から切り離すために、そしてお前らを落とし込むために仕組んだ罠だったんだよ!!それさえ打ち消せてしまえば、もうターボが記憶を無くすことも、お前らが悲しむ必要も一ミリも無いんだよ!!!!」

右手からピキピキと音が聞こえる。テイオーの呻き声が搔き消される轟音が響き渡る。

『警告。侵入者に対して術式の効果が見られません。他の術式の切り替え侵入者の破壊を継続します』

もはや表現のしようがない威力だった。ズドンと一気に重りを乗せつけられたかのような威力が、右手の骨にヒビが入れ始めていた。

(くっそ、が!!)

まだ、終わる訳にはいかない。だってようやくツインターボという少女の呪縛を壊せるから。だってスレイトや真咲みたいにこれまでターボの取り巻きをしていた連中からこの負の連鎖を断ち切ることが出来るから。でも今は一人だけではどうしようもない。それでもテイオーはそんな理由でもう少しで掴めそうな希望を手放したくは無かった。

strongest541(我が名は最強であるがために)

突如としてカードが部屋中の隅から隅まで張り巡らされた。そのカードはテイオーも見覚えがあるもの。ふと、テイオーの背中に誰かの手が触れた。まるで支えるかのような感じで押し返すかのように。

「曖昧な可能性はいらない。僕はあの子の記憶を消して命が助かるならその選択肢を選ぶ。あの子の邪魔をするものは全部殺す。焼き尽くしてでも殺す。そうやっていつも同じことの繰り返しを続けていた。それが今まで僕達がやってきたとりあえず(・・・・・)あの子の命を守れる手段だ。この決意は今も変わらない。ずっと昔から、決めていたから」

スレイトや真咲達の過去はテイオーが知っているわけがない。だけど僅かに震える声はきっと壮絶な悲劇があったのかもしれない。それはターボだって。

「とりあえず、だな。ふざけやがって」

テイオーは苦痛を忘れるかのように声を張り上げて。

 

「たった一つだけ答えろ魔術師。てめぇらはターボを助けたくないのか!?」

 

二人はまるで何かを突き抜けられたかのように目を開かせた。テイオーはそんな二人の様子も気にせず続ける。

「てめぇらはずっと待っていたんだろ。ターボの記憶を失わずに済む方法を!!ターボの敵に回らずに同じ場所で同じ時間で笑いあえる、そんなハッピーエンドってやつを!!今まで待ち焦がれていたんだろ、何も失わずに済む展開を!!てめぇらはその手でたった一人の女の子を助けたいと誓ったんだろ!!」

骨が砕ける奇妙な感触が襲われても続ける。

「お前らだって主人公の方が良いだろ。漫画や小説に映画、ドラマみたいな主人公に。脇役なんかで満足してんじぇねぇよ。命を賭けてたった一人の女の声を守ると誓ったのなら今の立役で満足してんじゃねえよ!!こんな物語は全然終わっていなんだよ。始まってすらねぇんだよ!!!!ちょっと長いプロローグで絶望してんじゃねぇ!!いい加減ここから物語を始めようぜ、魔術師!!!!」

しかしテイオーの手も限界がきていた。次第に切り傷が起き指から血が出始めてきた。歯を食いしばって抵抗するが、それでも体は正直に。

ヤバい。そう感じた時だった。

Auxilio000(全てのものに助けの手を)

その魔法名は誰のだろうか、ただテイオーはそう思っていたが、求める答えはすぐに返ってきた。部屋中に張り巡らされた極細のワイヤーは見覚えがあった。

真咲弥夜李。三日前の夜でテイオーを追い詰めた魔術師だ。

「記憶を失わずに済む方法、そうだね。私も少しは視野を広げるべきだったよ。おまえさんのおかげでちょっと目が覚めた。もう前の名前を言いたくないとかそんなふざけたことは抜きにしよう。ここからは私も手伝う。この魔法名に刻んだ意味をもう一度」

真咲がささやかに微笑む。その時テイオーの右手先から不意に何も感じなくなった。激痛とかで痛みとかなくなったわけではない。ターボの全身が下に轢いてた絨毯によって思い切り反り返ったからだ。スガガガガガ、と、光の杭が天井を食い破り天へと示す道のように。空気が僅かに熱くなるのを感じた。恐らく外の空気が入り込むほどの射程があったのだろうか。その隙間から、まるで天使の羽のようなものがひらりと降ってきた。一枚ではなく、無数の羽が部屋へと。

「これは……竜の息吹(ドラゴンブレス)!!聖ジョージにある伝説のドラゴンと同等の一撃を持っている威力があるぞ!!それに一枚でも触れたら大変なことになるぞ!!!!」

血相を変えた真咲が声を張り上げた。あの雰囲気からしてここまで取り乱す辺り相当ヤバいものだとテイオーでも判断できる。

しかし、まだ全部終わったわけではない。

ターボの姿勢が元に戻る。しかも攻撃は一時的に逸れただけでまだ撃ち続けている。

判断が遅れた。光の杭がテイオーを貫かんとばかりに襲い掛かってきた。

「魔女狩りの王!!」

寸前で何者がかテイオーの視界を覆いつくした。いや、者というより術式だろうか。

「行け、能力者!!!!」

その言葉が背中を押すかのようにテイオーは走り出す。ほんの少しの距離。だけど原理は不明だが、走っても走っても同じ場所から動かない。

『警告。第四章第一一説。新たな敵兵を検知。戦闘傾向を変更。戦場の分析を開始。……完了。現状最も難易度の高い敵兵トウカイテイオーを最優先に破壊します』

射線が再びテイオーへと向けられるがテイオーが当たることは無かった。何故なら魔女狩りの王が盾となって塞いでくれているから。

『警告。第三節第一三説。魔女狩りの王の術式の逆算に成功。十字教のモチーフをルーンによる記述へと書き換えたことが判明。聖ジョージを第二段階へと移行。「神よ、なぜ私を見捨てたのです(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)」』

光の杭が更にぶ厚くなる。さっきまで抑えていた魔女狩りの王の体が悲鳴をあげながら縮められていった。けど、それが功をなしたのかさっきまでその場にい続ける奇妙な感覚は無くなった。目標が別になっていたからなのだろうか。

でも、テイオーの右手がターボに届くチャンスだった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

テイオーの右手があと少しで届く。触れれば待っているのはハッピーエンド。だけど、運命とはいじわるで、それを作っているのは神様だとしたら。

(神様。アンタが作ったこの世界(システム)が、全部運命(シナリオ)通りに動いているってのなら__)

 

「__その幻想をぶち殺す!!」

 

テイオーの右手が、ようやくターボに触れた。ガラスの砕けるような音が響きかせながら、浮かんでいた魔法陣や光の杭が消え去る。

『警こく……?だい零しょう。首輪、ちめいてきはかい。さい……せ……い……ふか…………の…………う……………………………………………………』

ドサ、っ、と。ターボの体が床へと倒れる。

これで、ターボやその周りを苦しめていたものは全てなくなった。記憶を失わずに。

きっとここから新しく始まるのだろう。記憶を消さずに次の日を過ごせる道へと。そして、ターボは自分のやりたいことが全部出来る扉を開けることができるはずだ。

テイオーはターボの傍まで寄ると、両手で優しく上半身だけを上げる。温かみのある肌の感触。これで、本当に全て。

直後に真咲の叫び声が聞こえた。テイオーは何だろうかと振り返る寸前、頭にとんでもない衝撃が走った。そのあと、何かが聞こえる。それが目を覚ましたターボなのか、スレイトなのか、真咲なのかも分からないまま意識が真っ暗な闇へと落ちていった。

この日、この夜。

岡田唯斗は二度目。トウカイテイオーは一度目の『死』を迎えた。



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少年少女

朝だ。

それは、とある病院の一室だ。ツインターボという少女はとある病院に診察室で、数日前にお世話になったメジロ家お抱えの主治医と共にいた。服装は前と違って、トレセン学園の制服だ。

主治医と呼ばれている男性は、ため息ながらこう語る。

「はぁ。昨日は知らない二人組が君とあの子を運んできたと思えば手紙を果たしてさっさと帰り、更にはメジロ家の部屋から謎の閃光が棒のように伸びて、おまけに宇宙にある学園都市製の人工衛星が木端微塵にされる事件が起きる。……あなた、何か知ってます?」

「知らない」

「ううん……」

主治医は思わず唸る。この場にるのは主治医とターボだけ。

「それにしれも、あの子は何をどうしたらああなったのでしょうか。頭蓋骨をくり抜いて脳に直接スタンガンでも当てたのですかね」

やれやれと言わんばかりの感情で主治医は振り返るように言う。ターボは主治医から受け取った一通の手紙に目をやった。主治医曰く、この手紙を渡すように頼んだのは赤紙の修道服を着た男らしい。表紙には英語でトウカイテイオー宛てへと書かれている。

「……………………………………………………………………………………」

ターボはこれまでの私怨を込めて表だけをビリビリと破る。

「ちょ、これはあの子宛てでは……!?」

「いいんだよ!!」

中身だけを取り出したターボは、英語で書かれている文章を不機嫌なまま読み上げる。

「挨拶は面倒なので省かせてもらうよ」

全くよくもやってくれたなこの野郎。と、個人の怒りをぶつけると世界中の木をなぎ倒しても紙が足りないのでやめておく。

必要最低限の礼儀として、手伝ってくれた君には禁書目録を取り巻く環境について説明しておく。

イギリス教会は、大至急あの子を連れ戻したかったみたいだけど僕達を騙したことについての説明を求めると、あっさり現状維持ときやがった。実際には様子見と言う方が正しいかな。あの子は、元々一年きっかりに保護役として誰かが相棒になることが決まりだったのだが、記憶を消す必要が無くなった今はもう必要ないだろう。それにあの子にもやりたいことがある。仮にも宗教をやってる身としてはあの子の目標を邪魔しないと思うので今後君が保護役としてなってもらうことになった。

僕としては君があの子の傍に一秒でもいることが許せないが。

忠告しておくが別に諦めた訳ではない。しかる装備を整え時期が訪れた時、僕達はあの子の回収に臨むつもりだから

「……首を洗って待っておくように」

読み終えたターボは、下に何かが書かれていることに気づいた。そこに目を追いやればルーンを刻まれた文字があった。どんな効果なのか一瞬で分かったターボは空中に手紙を投げ出したと同時に、クラッカーを使った時の簡素な爆発音が響いた。主治医も驚きをあらわにしながら。

「あ、あなたのお友達は随分過激ですね……。手紙には液体窒素爆薬を仕込んでいたのですか……?」

しかしその驚きはすぐに消える。今にも泣きそうで、でも我慢しているターボの姿がそこにあったから。主治医は、真っすぐにこう言う。

「まあ、まずはあの子に会ってみましょう。ステップ一です」

ターボは静かに頷くと、診察室をあとにした。先ほどの光景とは打って違って、無機質でズラリと並べられたようなドアが、景色として視界に入る。ターボは歩み始めるても、同じ光景がずっと続くだけ。道中看護師や他の入院患者もいて、今は早朝なのか栄養管理人が専用ケースを押して朝食の配膳をしている、それだけの光景だ。長い長い廊下。距離から見れば大したことないが、ターボからすれば長い道のり。

そして、ある一室の病室へと辿り着いた。隣のプラスチック製の立て札には、トウカイテイオーと表記された立て札が。

何の変哲もないスライド式ドア。だけど入るのが怖い。でも入らなければ分からない。いつまでここでうじうじしたって何も進まない。ターボは両手で頬をパチンと、気合を注入する。覚悟を決めたターボの手がドアを三回ノックする。

ノックに応えるように、中から返事が返ってきた。ビクンとしかけたが、ターボは恐る恐る静かにドアを開ける。簡素な病室が目に入る。外とはうって変わって全体的に薄い茶色で落ち着かせた病室。奥で窓を開けているのかそよ風がこちらまできている。この時期には丁度良い風だ。でも、そんなことはどうでもいい。

一歩一歩進めた先にある人物がいる。

トウカイテイオー。で、あるはずだが姿性別がまるで違う。目に飛び込んできたのは、どこにでもいる少年だった。

岡田唯斗。首筋まである髪の毛は僅かに跳ね上がっており、前髪が後ろへ向かうようなくせっ毛がある。それだけの特に変哲もない、トウカイテイオーの前世である普通の少年だった。

ターボは一瞬人違いかと思ったが、波長から流れてくるこの異様な乱れ具合は、テイオーから出てくるものと全く同じである。で、あれば本人で間違いない。

そう、岡田唯斗ことトウカイテイオーは生きていた。

「ゆいと……!」

ターボはそれが分かった時、嬉しさを露にしながら小走りで岡田のもとへと行こうとした。

なのに。

「あの、どちら様でしょうか?」

最初に言われた一言目が、あまりにも残酷過ぎた。

ターボは主治医からこう告げられていた。

記憶破壊。

主治医によれば、記憶の細胞自体を破壊されもはや過去の記憶を呼び起こすことが不可能な状態と。

「君、大丈夫?とても悲しそうな顔をしてる……」

「ううん。大丈夫、だよ」

「あの、もしかして俺達知り合いなの?」

「ゆいと、覚えてる?ターボはゆいとがテイオーの姿の時に栗東寮の調理室で出会ったんだよ?」

「調理室……?どこの調理室なのかな……」

「ゆいと覚えてる?ターボとテイオーは同じトレセン学園のクラスメイトなんだぞ」

「とれ、せん?よく分からないや……」

「ゆいと覚えてる……?ターボはゆいとの右手で『歩く教会』を壊したんだぞ……?」

「あるくきょうかい……?変な名前をしてる……」

「ゆいとおぼえてない……?ゆいとはターボの為に魔術師と戦ってくれたんだぞ…………!」

「ゆいとって……?あとテイオーって誰なの……?」

「ゆいとは……おぼえてない……?マジックは、ツインターボはゆいととテイオーのことが大好きだったんだよ…………?」

「…………ごめん」

「…………ッ!!」

 

「あの、ツインターボやマジックって誰ですか?動物みたいな名前しているけど…………?もしかして俺ってペットとか飼っていたの?」

 

突き付けられた現実が、ターボの胸を締め付けた。きっとターボがテイオーを巻き込まなければ記憶を壊すことは無かった。ターボがテイオーを巻き込まなければテイオーは傷つかずに済んだ。

全部、自分のせいだ。

ターボが岡田に抱いていた感情は、不要なものかもしれない。だけど失いたくなかった。でも岡田は全ての記憶を失っている。この思いを、晴らすことは出来ない。

堪えれた涙が今度こそ溢れてきた。

「______なんちゃって!!」

「…………え?」

突如さっきのシリアスな雰囲気そっちのけで笑い声を上げたのは、岡田だった。

「なにペット言われて感極まってるの?」

「え。え?」

ターボは袖で涙を拭きながら岡田に問いかける。

「ゆいとって脳細胞が壊されて何も覚えてないんじゃ…………?」

「それだとなんか忘れていた方が良かったみたいな言い方だなおい。あの主治医の話じゃ脳細胞が破壊されて記憶が全部消えちまったってハズってか?」

「ハズ……?」

岡田は右手の自分の頭に指しながら。

「そのダメージってのも元々は魔術によるものなんだろ?だったらそのダメージが届く前に俺の幻想殺しで打ち消しちまえば良いっわけだ」

「幻想殺し……?」

「ああ。なんか主治医がそう呼んでた。要は魔術のダメージが届く前に[[rb:こいつ > 右手]]で打ち消しちまえばいいってことよ」

「ふぇ、ふぇぇ…………」

安堵したターボが思わずその場でへたりこんだ。だって岡田はちゃんと覚えていたから。

「にしても、その様子だと散々俺のこと振り回してたみたいだから、今回の件でちっとは反省したんじゃないかなあー?」

「…………………………………………………………………………………………………………」

「…………あ、あれ。なにをそんなに怒ってらっしゃるんですか…………?」

直後だった。ある病室では男性の絶叫が響いたらしい。

 

 

主治医が回診で部屋に辿りついた時だった。ドアを開ける前に中にいる青髪のウマ娘がなにやら不機嫌なまま出ればその場をあとにした。主治医が何事かと思いつつ冷静に入ってみれば、あちこち噛み跡を残し、毛布は入っていた羽がまき散らしながら瀕死姿の岡田の姿が。

「これまた随分派手にやられましたね」

「死ぬ。なんだあの気性難のウマ娘…………。ホントに死ぬって…………」

やつれ気味に岡田は言う。あちこちが悲惨な状況だが、主治医はこう聞いた。

「貴方、本当は何も覚えてないんじゃないですか?」

それを聞いた岡田は俯く。

そう。本当は昨日までの記憶は全て無くなっている。だけど事の経緯を彼は知る権利があるから、手紙やある二人の話を全て話した。

「確かに。俺は全部忘れてるんだと思います。でも、あの子を見た時、絶対悲しくなってほしくないって思えたんです。案外俺は覚えているんじゃないですかね」

「…………そんあはずはないと思いますが、一体どこにそんあ場所があるのですかね?」

岡田は胸を張ってこう返事した。

「心に、じゃないですか」



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吸血鬼(コピー)編
街中でも暑いものは暑い


セミの鳴き声が街のあちこちで響き渡る。街中は多くの学生が夏休みを楽しむためにあちこちお出掛けしたり、なかには補習のため学生服で学校へ登校している姿がちらほら見える。

八月七日。

明朗快活茶髪のポニーテールトウカイテイオーは、メジロ家の廊下でへそ丸出しの私服で歩きながら過ごしていた。

(あ、暑い……。今年は例年より猛暑日和って聞くけどこれホントにそうなんじゃない?)

テイオーは、先日の事件をきっかけに全ての記憶を失っている。とは言うが、消えたのは思い出だけで知識などは今も覚えている。

そもそも、トウカイテイオーが何故メジロ家なんかに居座っているのというと、どうも自分の所属する学校の寮が放火魔によって一部焦げ落ちているらしく、対象の寮生徒に対し現在は修復作業のため一時的に別のところでお世話になるようにとのことだった。その対象がテイオーも入っており、今メジロ家という貴族の洋館でお世話になっていた、という事の経緯を主治医から聞いた。

どうも今年は節約シーズンだの二酸化炭素の排出を減らそうシーズンが重なって、冷房はあまりつけないようにとのお達しで部屋は窓を全開にしているが、風は吹かない一方暑さは増していくばかりだ。

もうすぐすれば正午になるが、それまでの暇つぶしはどうしようかと悩んで浮かんだのが、アイスを食べる。

「こうなったらアイスだ!アイスを食べよう!!こんな暑さでやる気なんか起きる訳なんかないぞ」

『ボクははちみーアイスね!!甘さはマシマシ!!』

突如頭の中で声を響かせながら味の要求をしてきたのは、トウカイテイオー(・・・・・・・・)だった。

(いーや、ここはチョコアイスだろ。濃厚な味の濃さと砂糖の甘さがこの暑さにマッチして最高に美味いに決まってる)

『やだやだやだ!!はちみーアイスしか勝たないもん。異論は受け付けないからね!』

(体の支配権が俺にある今、抹茶アイス買って食べて味の共有をしてやる)

『鬼!!悪魔!!人でなし!!』

さっきから体の感覚が鈍る辺りテイオーが乗り換えようとしているがそうはさせないと、岡田唯斗と言う少年は必至の抵抗をする。

そう。岡田唯斗もまたトウカイテイオーという魂と共に今の時を過ごしていた。岡田がこの事実に発覚したのはつい最近だ。最近、といっても記憶を失う前はどうだったのかは岡田もテイオーもどちらも分からない。

「ゆいと!アイス食べにいくからターボについてこい!!」

勢いよくノックも無しにドアを開けたのは、ぐるぐる目をした青髪ツインテールのウマ娘、ツインターボだった。どうも彼女は記憶を失う前からの知り合いらしく、病室では出会った時はなんとなく知り合いだって感じはしていた。そんな彼が解き放った言葉はこう。

「はいはい分かったから落ち着けブラスト」

「ツインターボ!!ゆいとまた間違えている!!」

今日も不幸な一日になりそうだな、と思いつつ二人は部屋を出た。

 

 

_________________________________________

 

 

メジロ家をでて数分、ビルの立ち並ぶ街中へ入ったテイオーはご機嫌にはちみつ味のアイスを片手にはしゃいでいた。結局テイオーに体の主導権を取られた岡田は現在進行形で意識体としてテイオーのやることを眺めていた。

「いやーやっぱりこれだよね!甘くてはちみつがトロリとかけられたこのアイスが一番!ゆいとのチョコ味派は時代遅れだよ」

なんだとこの野郎、と岡田は思う。背後からトテトテと歩きながらコーンに入ったチョコミントアイスを食べながらターボが並ぶ。

「歯磨き粉!!」

「世界中のチョコミント愛好家から怒られるからやめなさい」

テイオーが思わずツッコミを入れた。気持ちは分かるが世の中言ってはいけないものもある。テイオーはコーンに入ったはちみつアイスを口に入れる。甘ったるい味とトロリとした触感がマッチしている。

「う~ん、甘くておいしい!!」

「口の中がスースーするぞこのアイス!チョコの味ぜんぜんしない!」

「それがチョコミントだから全部食べようね」

「じゃあ追加で普通のチョコアイス買って!」

「いやぁー流石にそれはテイオーさんのお財布事情というものがですね」

「買ってくれないの……?」

上目遣いで目をうるうるさせ頼むターボの姿を見てやれやれとテイオーは思いつつ。

「はぁ……一個だけだよ」

「やったー!」

同じ店で買うのは良いが、折角なのでもう少し街をぶらつつ店を探索しようと考えた。

 

「隙あり」

 

「え、」

ほんの一瞬の出来事だった。まるで物体だけを瞬間移動させたかのようにテイオーのアイスだけが丸々無くなっていた。

「わああああああああああああああああ!!!!ボクのはちみーアイスが無くなってる!!!!!」

あまりにも突然過ぎた出来事に思わずテイオーは倒れ込んだ。

「誰だーーーボクのアイスを奪った不届き者め!!魔術師とかだったら問答無用で殴り飛ばしてやるからなああああああ!!!!」

割とキテるテイオーだが、予想していた人物とは大きく違い。

「どももです。みんなのアイドルマスコット、アストンマーチャンです」

「…………………………………………?」

「おや、テイオーがアイスを食べて欲しくてマーチャンが食べてあげたのですが感極まって放心状態になってしまわれたのですかな?」

テイオーは別に放心したわけではない。相手が直感的に知り合いと感じて、でも相手の名前が分からなくてどうしようか困っているのだ。

でも先にこのウマ娘?は自らアストンマーチャンと名乗った。そして自分の名前も呼んだ。ならもう知り合い以外何もない。

テイオーは記憶を呼び起こすことができない。

そんなテイオーが返答した内容は。

「あ、ビッチウマ娘」

「世の中は治療法の一つとしてショック療法があるのですが、テイオーはそのショック療法の必須対象としてスレッジハンマーはどこですかこの野郎」

「冗談ですそれだけはご勘弁ください。……にしても、マーちゃんこんなところでなにしてたの?」

「ここであるウマ娘の待ち合わせしているのです。プライバシー保護であまり言っちゃダメなのですが、ウマ娘だけが発症する難病『疝痛(せんつう)』を発症したウマ娘と待ち合わせしているのです。今は薬を処方して落ち着いているの親と同伴でマーチャンと待ち合わせしたあと、お母さんに診てもらう予定だったところ、バッタリテイオーとターボさんに出会ったわけです」

「待ってたのに出会った……?というツッコミは入れないことにしておくよ。その子の名前って聞くことはできるの?」

「えーと、名前はマーベラスサンデー。一応トレセン学園に所属しているのですが病気が多発してる故、まだちゃんとクラスとしてちゃんと参加できてないみたいなのです」

それを聞いたテイオーは、胸の中に何かが突き抜けた気がした。それが一体なんなのかは当の本人も分からなかった。

「おっと、これ以上はプライバシーに触れちゃうのでNGでーす。なにはともあれマーチャンのお母さんがちゃんと診てくれるのでテイオーは安心してればいいのです」

「そ、そっか」

「ターボ、そのマーベラスサタデーに会ってみたいんだけどダメなの?」

「マーベラスサンデーね。間違えちゃダメよ」

「うーん、親に許可を貰えば大丈夫だと思いますけど」

「じゃあターボ待つ!!アイス食べながら待つ!!」

「あ、新しいアイスはいらないのね」

今日の予定が半強制的に埋まったので、テイオーとターボはマーチャンと共にマーベラスサンデーというウマ娘を待つことにした。

時間としてはすでに一一時を回り、日差しが更に強くなって暑さが増してきた。テイオーは全身からどんどん汗が流れてきたのを感じ日陰で待とうと提案して二人も同意したところ、木陰のあるベンチ座って待つことになった。人や乗り物が歩く雑踏が鳴り響かせ適当な雑談を交えながら、数分が経った時だろうか。

何者かの気配に気づいたマーチャンがスッと立ち上がる。

「来たみたいですよ」

その言葉にテイオーとターボも立ち上がる。これから会う人に対して失礼が無いようにだ。テイオーはマーチャンの視線の先を見つめる。恐らくだろうか、身長の差がある二人のウマ娘がこちらに向かって来ていた。一人は恐らく母親なのだろうか。身長は約一六三センチ。秋の季節に彩る楓のように紅く紅葉をイメージさせられる髪色の短髪。おしとやかに見える表情に対し、服装は青のカラーシャツにレギンス一枚履きという日本から見ればあまり受け入れがたい服装。しかし、シャツは胸がデカすぎなのかカーテンのようになって一歩間違えれば見えそうになっていた。一方で、片方の小さい子の身長はターボよりも僅かに低い一四五センチ。しかし夏場だというのに背中に『JAPANCAP』と刺繍された青のパーカーを着てフードを被り顔が見えないウマ娘らしき者がいた。

「なんだあれ、と思ってはダメですよ。相手に失礼です」

「分かってるよ」

マーチャンは釘を差すように忠告する。テイオーも思ってはいけないと分かっていた。親子が傍まで来ると、母親らしき人物とマーチャンはお互い目を合わせながらお辞儀し、そして。

Bonjour(おはよう)!」

なんでフランス語だ、と、テイオーは心の中でツッコミを入れた。

「おはようございます。モミジダンサーさんですね?」

C’est vrai(そうだよ)。久しぶりだねマーチャン。随分と大きくなったね~」

「日本語使えるんかい!」

あ、と。テイオーが気づいた時は思わず声を出してツッコミを入れてしまった。モミジダンサーと呼ばれる母親はこちらを不思議そうに見ながら。

Ouah(わお)Ouah> !もしかしてマーチャンのお友達?C’est un plaisir de vous rencontrer(はじめまして)!私モミジダンサーって言うんです。お近づきの印にハグしますね!」

「はい!?」

驚いたときは時すでに遅し。突然視界が暗黒に包まれたと同時に何か暖かくて柔らかい物が当たってる感覚が伝わってきた。

「む!ゆいと、これは許せないんだぞ!!」

「マーチャン、ちょっとバーサーカーになってテイオーをノックアウトにしたいです。テイオーの前世が元々男なのは知ってます。まず夏休み一杯入院コースがいいですか?」

なんだか言いたい放題言われてるが、相手がウマ娘であるならばこちらもウマ娘の力で振りほどく。

「ぷはっ!!い、いきぐるじかっだ……!」

「あら、やりすぎたかしら?」

オホホと笑いながら罪悪感を感じないモミジに対し、テイオーはやや頭を抱える。

(主導権取ってて良かった)

『ゆいとのエッチ!』

感触を楽しめたところで。

「ゆーーーーーーいーーーーーーーとーーーーーー????」

「さらば頭皮。俺はこの日を忘れ__」

あるウマ娘の断末魔が、街中で響き渡った。



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疝痛

病院だ。

テイオーはあまり病院が好きではない。消毒液の染みた臭いが辺りに漂い、通りすがる白衣の医者や看護師を見てこの場から逃げ出したい気分にもなる。しかもここはこの前テイオーが入院でお世話になっていた場所だ。

「うぅ。やっぱり病院は嫌いだなぁ……。病院しか置いてない特殊な消毒液がウマ娘のせいで尚更臭ってくる……」

「マーチャンも本当は病院は嫌いですよ。針は人を刺しますしメスは体を切ります。でもそれは命を助けるためであって、常に生命の最前線で戦ってるって考えればマーチャンはそんな毛嫌いは無視できます」

「……まあね。それくらいは分かってるけどやっぱり、ね」

テイオーも気にしないようにしてるが、やはり消毒薬臭いが鼻にこびりついて気にしてしまう。

Ouah(わお)。相変わらずこの時期は人が多いね。ネッチュウショーってのが原因なのかしら?」

「そうですよ。ここは学園都市で学生さんが多い。そして部活関係でどうしても倒れる人が多いですからね」

Ça a l’air dur(大変だね)。なんだか申し訳ないかんじがするよ」

「大丈夫です。ここはそういう場所なので気にする必要はないのです。……着きましたよ」

「マーチャンのお母さんに会うのも久しぶりね」

「ですです。あ、テイオーはここで待っててくださいね。一応部外者なので」

Laisse faire(気にしないで)。マーチャンのお友達なら信頼できるし同じ学園なら今後この子も安心できるだろうから」

「……分かりました」

マーチャンは少し渋った表情を浮かべながらも目の前の診察室のドアを開ける。内装はシンプルだけど奥には器具がズラリと並べられている。その手前にデスクに置かれたPCの画面に表示された電子カルテが映されている。その画面を椅子に腰を掛けて見つめている一人のウマ娘。身長はマーチャンよりやや高めだろうか。黒髪のミディアムにフレームが赤く細い眼鏡をかけている。眼鏡をかけることでやけに色っぽいお姉さん的なイメージが沸き上がる。

(エッチだ)

『変態』

頭の中から大変不名誉な称号を与えられた。テイオーとターボはドアの片隅に立ち、マーチャンはお母さんの隣に立ち、ダンサーとマーベラスサンデー?と思われるフードの子は椅子に腰かける。

「久しぶりねダンサーさん」

Après (久しぶり)。ラスリングカプス。元気にしてた?」

「見ての通り元気よ。あとフルネームで言うのはやめてちょうだい。なんだかムズムズするわ」

Je comprends. (わかったわ)。カプス」

「それでいいわ。他の患者もいるから早めに終わらせるね。マベちゃんの具合はどうかしら?」

「相変わらずよ。鎮痛薬でなんとか抑えてるけどやっぱり疝痛。なかなか治らないわ」

「そうね。疝痛にも色々な種類があるけどマベちゃん場合なかなか厄介なものだからね。寄生タイプとかじゃないのが不幸中の幸いだわ。……なんとなく聞くけどお父さんはなんて?」

「『この子は絶対に走る!!あのクラウンよりも上だ。俺には分かる!!だから絶対に治してもらうんだ!!!!』って、相変わらずよ」

「ふふ。相変わらずの子思いのお父さんで安心したわ。私も出来るかぎりの手を尽くすわ」

「ありがとう、カプス。感謝するわ」

ダンサーは胸をなでおろす。安心した表情が浮かび上がるのが見えた。しかしカプスは心底不思議そうな顔を浮かばせていた。

それが一体なんのことかは医師でもないテイオーにはあまり分からない。

「念のため体も見ておきましょうか。そこのベットで寝てもらえる?」

マーベラスは静かに頷くと、顔を隠していたフードを脱いだ。脱げば衝撃的だった。その顔はあまりにもやせ細ってしまっており、肉付きがほとんどなくほぼ骨と皮だけの状態。髪もできるだけ手入れはしているが艶が感じられない。ようやく、テイオーはマーベラスがフードを被る理由が分かった。顔だけでこれだとしたら、恐らく全身も同じ状態なのだろう。

(これが、疝痛……)

……?首筋に何かしらの跡がついてるのが見えたのは気のせいだろうか。

 

 

 

テイオーは外の世界で全身に熱を感じながら、ターボとマーチャンと一緒にマーベラス親子を見送っていた。カプスは他の患者を診るため診察室に残っている。

「うーん、それにしてもおかしいのです」

「ん?なにがおかしいの?」

「テイオー、疝痛ってどのくらいの期間で治るか知ってますか?」

「うーん?えーと確か……二ヵ月?」

「大体三か月だよ。ピークが過ぎるのは一〇~一二週間程度でそれから軽減するんだよ」

「し、知ってましたよ!このテイオー様も知ってましたよだーー!!」

「そんな意地張らなくて大丈夫。テイオーがバカなのはみんな知ってます」

「やめろぉ!!これ以上はボクのメンタルがもたないから!!!!」

「バーカ」

「バーカ」

バカにされたテイオーは軽く悶絶しながら地面に倒れ込むが、太陽の差し込む熱を吸収したコンクリート地面が鉄板のように熱く、結局は立つことを強いられるのがオチだった。

「……で、結局なにがおかしいのさ」

割と涙目なテイオーはなんとか自我を保ちながらマーチャンに問い返した。

「マーベラスさんって、既にピーク時期は過ぎてるのです。なんなら疝痛に対する特効薬も処方しているのに何故かちっとも治らないのです。個人差で治り具合が変わるのは分かってるのですけどそれにしたっていささか効果がちっとも現れないのがおかしいのですよ。一回目に疝痛を発症したて処方した時はあっという間に治ったのに」

「薬の耐性がついたとか……?」

「その可能性もありますけど、かぎりなく低いです。特効薬はまだ三回くらいしか処方してないし、大体は痛み止めで抑えつつ様子を見ていくのが本来の疝痛の治し方なんですよ。特効薬はあくまでも治りが悪い方向けに処方する、けど変わりに身体に負担がかかりやすいからまず処方することは無いのです」

「じゃああのマーベラスって子は治りが悪いってことなの?」

「二回目の疝痛であそこまで悪化することは無い、と言い切りたいですけどマーチャンはそこまで医療分野に詳しくないのでまたお母さんに聞いておきます。ただ違和感があるのは間違いないのです」

「……そっか」

テイオーはわざと会話を終わらせた。視線だけを横にするとターボが深く考えてるからだ。確かターボは一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶している。その中に恐らく治療系の魔術とやらがあるのかもしれないからだ。

「さてと、暇になっちゃったし、メジロ家へ帰るとするかね」

「マーチャンはもうちょっと疝痛のことを知っておきたいのでここに残っていますね」

「了解。ターボ帰るぞ」

「アイス!」

「お腹壊すからダメだ。今日の晩御飯食べれなくなるぞ?」

「それはヤダー!!」

「アイスは明日辺りにでもまた買ってやるから。ほら、寄り道せずに帰るぞ」

「あ、でもその前にもう少しここに残っちゃだめ?」

「えー、流石に用も無しに病院にいるのはマズイんじゃないの?」

「マーチャンが連れてきた、で通せば問題ないのです!なのでテイオーは安心するのです。どやぁん」

(なんだろう。この組み合わせは非常にダメな気がするぞ!!)

例えばこの謎コンビが病院で居たとしよう。仮にもマーチャンはお母さんが医療関係者だから少なくとも変なことはしない。けど肝心なターボが間違って変な部屋に入って色んな人に迷惑をかけてしまうとしたら?

(はは、結局ストッパーの俺がついていく方が吉ってことか……!)

「あーあ、ちょっと気が変わったからボクも病院に行くかぁ」

「テイオーはついてこなくて大丈夫だよ!」

「お前が変なことしそうだからその監視だバカ」

「ムガー!それは心外なんだぞ!」

「なら間違ってよその患者の部屋に入ってしまうことはしないんだよね?」

「………………………………………………………………………………………………」

しどろもどろな反応が返ってきました。

「まあ、夕方だからそこまで人は居ないと思いますよ。診察時間が集中するのって大体昼頃だから。……って思えばなんで入院棟に入る前提なんですかこら」

「あ、あれ?ナンデダロウネー」

ターボとテイオーはマーチャンからしっかり制裁を受け、特別に入院棟への入室を貰ったのだった。



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吸血鬼

「おーいどこいったんだよー」

テイオーの声に反応は返ってこない。というか病院の中なのに大きな声なんて出せるわけがない。

数分前にテイオーとターボははぐれてしまっている。経緯と言っても、病棟まで送ってくれた後マーチャンが『お母さんのお手伝いをしてくるのです』と言って一旦別れ、その一瞬の隙を狙ったかのようにターボはいなくなり、結局テイオーは一人ぼっちになったわけだ。しかも夕陽も沈み月が浮かんでいる。時間からしてかなり遅くなってるのだろう。

「くっそぉ。目を離した隙になんでどっかにいっちゃうのかな。迷子の達人かあいつ」

ぶつくさ呟いたところでターボが見つかるわけでもないし、マーチャンと合流できるわけでもない。

(さてどうしたものか。闇雲に探したところで見つかるわけでもないし、かと言って流石に病棟から離れているわけではないと思うけど)

テイオーは思考に没頭している。病棟の廊下といえ、看護師や患者が歩いているのだから注意散漫になっていれば……。

「あん♡」

「んぐっ!?」

「やーん。私のおっぱいに可愛い女の子を捕まえちゃった!とっても可愛い可愛い女の子だわぁ~」

「ありがとうございます!!ありがとうございますだけどなんで負けた感が沸くのおおおおおおお!?」

誰かも分からないまま抱き着かれて本音が溢れているテイオーだが、相手の力からして人間なのでウマ娘の力で無理矢理引きはがした。

「だ、だれ!?」

「うーん私?私はアンデット。臓器担当の外科医よ。よろしくね」

目の前には、身長は約一七九センチ。金髪の髪先をロールに巻きサラシで下着の変わりみたいな大胆な恰好で白衣を着たアンデットと名乗るお姉さんがいる。

体のラインを魅せるように意識させたその格好は、妖艶な色気を感じさせた。

「うふふ。その顔はもしやあの噂のトウカイテイオーかしら?」

「え?ボクまだ名乗ってないよ!?」

「あら知らないのかしら。貴女ちまたで有名なのよ?『シンボリルドルフを越える可能性を秘めたウマ娘』ってね。まあ噂の中心点となる本人が気づかないのも普通だからその反応が自然なのよね」

「そうなんだ」

「それで、貴方ここの病棟の患者でもないでしょ?なんでこんなところにいるのよ。誰かと面談?」

「い、いやーとある事情で知り合いとここにきたんだけど肝心な奴がどっかいっちゃってさ」

「迷子、ね。それなら特徴を教えてくれる?」

「えーと、青髪ツインテールのウマ娘」

「……もうちょっと情報が欲しいところだけど、まあいいわ。少し待ってなさい」

アンデットはその場で目を閉じた。先ほどのうふふな雰囲気と打って変わり、ごく真剣な雰囲気だ。

(……あれ、なんか体に僅かな振動が)

「……見つけたわ」

「ホント!?どこにいるの?」

「貴女の後ろ」

「へ?」

「ゆいと!!」

不意に背後か大声を掛けられたが聞き覚えのある声に安堵しつつ振り返る。

「ターボ!!お前どこ行ってたんだよ!!」

「そんなことより大変なんだよ大変なんだぞ!!」

「なんだなんだ、一体どうしたんだよ」

「とにかくテイオーは今すぐ来て!!早く!!」

「あ、ちょい、こらターボ!!いきなり引っ張るな!!」

テイオーはターボに腕を掴まれながらずるずると連れ去られていく。連れてかれた先は誰もいない屋上だった。アンデットとだいぶ離れてしまったが、ターボは周囲に誰もいないことを確認したあとテイオーに向き直して。

「ゆいと!!この病院とんでもないが分かったんだぞ!!」

「なんだなんださっきから。ターボはもうちょい冷静をだな」

 

「この病院、魔術による結界が張られてるんだ!!」

 

「……魔術?」

魔術。それは科学によって生み出された超能力とは異なる異能な力の存在。失われた記憶でも知識は残っているのが幸いだろうか。すんなりと魔術という単語が頭に入ってきた。

「そう!!どこの組織の術式なのかは分からなけいけど、この組み合わせからして、数百年前の東ヨーロッパで使われた記号があるんだぞ!!」

「ま、待ってよ。結界が張られてるのは分かったけどその効果がなんなのか分からなきゃ困る!!」

ターボは目線を下に向け、覚悟を決めたかの気持ちを言葉に乗せて。

「……テイオー、心して聞いてね。…………この結界、夜になると発動するんだ。その時に効果が現れるんだ。その効果が、衰弱死をさせるんだ」

「…………どういうことだ」

「衰弱死させる、と言ってもすぐにはならないんだ。じわじわと、ゆっくりと力を衰えさせるんだよ。肉を表面から落としていくみたいに。それがいつか力尽きて死んじゃう。それがこの結界の効果だよ」

「ふざけんじゃねぇよ!!そんな結界さっさと壊さなきゃマズイだろ!!」

「ダメだよゆいと!!あれはどんな手を使っても結界の発動者を撃破しなきゃ例えゆいとの右手を使っても絶対打ち消せない!!!!」

「じゃあどうすんだよ!!このまま黙って人が死んでいく様を見届けるって言うのか!?そんな暇があるなら俺は無謀の賭けだと分かってても結界をぶっ飛ばしにいってるほうがマシだ!!」

「だからターボが調べておいたの!!この病院に残りたいと言ったのも、あの時院内に入った時魔力の流れを微弱だけど感じたからなんだよ」

「発動者が誰なのか分かるのか?」

「うん。今はもう月が浮かんでるから発動者の魔力が結界と共有されてるのが分かる。それに、なんでターボがここに連れてきたのか分かる?」

テイオーは少し考えてみた。なぜターボはわざわざあの場所で言わなかったのか。何故ここまでさっきいた階層から離れたのか。テイオーはその時アンデットと話をしていた。そのタイミングでターボは現れた。そして血相を変えて無理矢理ここまでテイオーを連れてきた。

その時は既に月も出ていた。ターボは結界とその発動者の魔力が共有されていると言った。

「……まさか」

「うん。犯人は__」

 

「__そこまでよ」

 

不意に、女性の声が空に響く。同時にターボが倒れた。

「ターボ!!!!おいターボどうしたんだ!?」

テイオーは突然の事に驚きを示した。どさっと倒れるターボを見て何者かに襲撃を受けたのかと思ったが、外傷を認めず。いや、僅かに寝息が聞こえる。恐らく寝ているだけなのだろうか。

何故不意に寝てしまうのかに疑問は残るが、今はそっちに向ける余裕は無い。

「全く。出会ってすぐの子にまさか私の術式のタネ明かしされるなんて思わなかったわ」

声に、聞き覚えがある。

「日本は科学に特化した国。魔術とは全く無縁だから居心地良かったのに。だけどバラされたらもうここに居座り続ける意味もないわ」

扉の奥の闇からゆらりと現れる人影。いや、背中に何かが見える。

「今夜は綺麗な月が出ているわね。ふふ、良いじゃないの。夜は私の時間。私の世界。私のもの。この夜こそ私の力を存分に発揮できる」

月の光が人影を映す。

「分かるかしら。いくら日本人でも吸血鬼という言葉位分かるわよね?」

背中に生えたコウモリのような翼。白衣を外し体のラインがくっきりと見える服装。

「アンデット。貴女の血は一体どんな味がするのかしら」

ふわりと浮かぶ吸血鬼は、血に飢えた獣のようにテイオーを見据えていた。

 

 

________________________________________

 

 

 

月の光に照らされた世界で、テイオーとアンデットは対峙していた。

(どうする。どこから攻める?右か?左か?でもあいつ飛んでるしどの位の早さで飛べるのかも未知数だ。そんな状態で突っ込むなんてあまりにも無謀過ぎるぞ!!)

「こないのかしら?なら私からいくわよ」

アンデットは体を動かさず、口だけを動かした。

「溺死」

突然テイオーの顔に水球がまとわりついた。テイオーはなんとか振り解こうと顔を揺さぶるが一向に離れようとしない。

「ガボっ!?ガボボボ!!」

テイオーは右手で水球へと触れた。

バシャっ!!、っと、ビチャビチャと音を鳴らしながら力を失ったかのうように地面へと落ちていく。

(な、なんだ今のは!?)

テイオーは咳き込みながらアンデットを視界に入れる。

「斬首」

テイオーの真下に影が映り込む。テイオーは上を向けばギロチンで使われる刃が首に目掛けて落ちてくるのが見える。咄嗟に右手を突き出した。右手と刃が触れる。パキパキと音を響かせ刃が木端微塵になった。

「火焙り」

テイオーは何故か足元が異様に熱いと感じた。なにかとなと思っていたがそんな悠長な考えは掻き消される。テイオーの足元だけが、何故か藁を組んで燃え上がる炎になっていた。灼熱の熱さがテイオーを包み込む。灼熱の温度を堪え歯を噛みしめながらテイオーは右手を叩きつける。シュワ、っと、音が溶け込む。

(右手が反応しているってことは、これも異能な力ってことか!!)

「あら、貴女随分と面白い力を持ってるのね、私の力を簡単に打ち消しちゃってるもん。こんなの初めて、ゾクゾクしちゃうわ」

言葉と雰囲気が合致しない。むしろも弄ばれてるかのような感じがする。

「安心して、簡単に殺しはしないから。『地に着くものに断罪を。罪人には死を。神聖なる大地に踏み込む不届き者に聖なる鉄槌を』」

不意にテイオーだけの地面が光った。また同じ攻撃かと地面に身構えた。が、妙に背筋が凍ったのを感じ反射的にその場を離れた。

直後に、何もない空からまるで光の杭のようなものがさっきまでテイオーがいた場所を貫いた。

(くっそ!!さっきから何がどうなってるんだ!?さっきまでは単語一つで攻撃しにきたかと思えば、今度は詠唱で攻撃してきやがった!!)

「あら避けられちゃった。ざんねーん。まあでも動きからしてその特異性は右手にあると分かったわ。ならばこれはどうかしら。『人間の動体視力を越える速さで弾丸を射出せよ』」

テイオーの体が浮遊した。思考する余裕は無かった。回避までの反応すら与えてくれなかった。圧倒的な速度で発射された弾丸がテイオーの体を浮かばせた挙句貫いたのだ。背後にある転落防止柵に全身を叩きつけられ激痛が走った。

だが、死んでない。

「言ったでしょ。簡単に殺しはしないって」

言葉の通りだ。確かにさっき殺しはしないと言っていた。

(……言葉だけで?)

言葉だけだろうか。詠唱の時は体を使って攻撃していた。だけどメインは言葉だけで攻撃している。動くのがめんどくさいとかの理由じゃない。この戦闘を楽しんでるような、そんな感じが。イメージ的には獲物を仕留める狩人のような。

「ねえ、吸血鬼は何故血を吸うのか知ってるかしら?伝承では仲間を増やすためとか死者を弄ぶとか色々言われてるけどそうじゃないのよ。貴女は私の攻撃を見てどう思ってるのかしら?」

「……言葉だけで攻撃をする。だけど体を使ってでも攻撃が出来る。多種多様な力を持っているってのがボクの今分かる段階だ」

「当たらずとも遠からず、ってとこね。遺伝子って言葉なら誰もが聞いたことあるわよね?」

吸血鬼は血を吸う。そして血にも遺伝子情報は含まれている。

「……まさか。遺伝子を解析して自分の力に食い込めるってのか!?」

「ピンポンピンポン。だいせーいかーい!!そうよ、私は血を吸うことで力を手に入れてるのよ。本当のところそんなものはあくまでも別の目的なのだけどね。本命はやっぱり生命力の維持ってところかしら。吸血鬼は別に不死身じゃないの。聖水をかけられれば死ぬし十字架に磔にされて心臓に杭を打ち込められたら死ぬ。それに長く耐えれる為の生命力を維持したいってことなのよ」

その為に身動きのできない患者を狙った。そして大病院なら輸血用の血もある、が、きっと新鮮な血の方が効果は出やすいのだろう。

「そういえば、疝痛で苦しんでいるウマ娘がいるんだっけ。確か名前はマーベラスサンデー。あの子なかなか面白い能力を持ってるわね。それに良い血も流れている。私一の贅沢品ね。あの甘さと上品がマッチしていてとても良いわ。流石若い子と言ったところかしら」

あの首筋の跡、そして症状が長引く理由。全部このアンデットのせいで、マーベラスサンデーは苦しんでいた。

「てんめぇ!!ふざけんじゃねえよ!!!!人に人生をそんなに踏みにじるのが楽しいのかよ!!」

「あら怒らせちゃったかしら。でも良いわ、お喋りはここまで。もう終わらせてあげる」

テイオーは身構える。アンデットは攻撃態勢に入った。

「その右手、切断されなさい」

「、は」

ポロリと、言葉が吐き出た。同時に、右腕ごと取れた。あまりもあっさりしていて。思わず言葉が出てしまって。切断された箇所から血が噴水のように湧き出してくる。目

そんな様子を、アンデットは笑っていた。

「くっ。あっはっはっはっはっ!!!!あぁ血がこんなに溢れているわぁ!!この感じ、この感触。背筋がゾクゾクしてたまんないのぉ!!!!さあ見せて頂戴。貴女の苦痛に満ちた顔、絶望した顔、負の感情なら何でもいいわ!!血を吸われる恐怖をこの私に見せなさい!!!!」

翼を使った浮遊移動がテイオーを目掛けて襲い掛かる。愕然としているテイオーはこのままでは血を一滴も残らず吸い取られ失血死してしまうだろう。

だけど、アンデットはテイオーの至近距離で動くことが出来なかった。

いや。

「動くことが、出来ないだと!?」

全身の筋肉をフルパワーで動かしている、のに動かない。

「なんだこれは!?貴女一体何をしたっていうのよ!!」

(動かない。なんで?どうして!?)

「くっ。圧死しろ!!!!」

宣言された。が、何も起きない。アンデットは確かに言葉を口にしたが、何も起きなかった。事実がアンデットの混乱を更に加速させる。

「おい吸血鬼。動けない気分はどうだ?」

「!?」

その笑いは狂気に満ちた微笑み。今絶望を感じているのはアンデットだ。逆にテイオーは今を楽しんでいる。立場が逆転している。

目が灼熱を帯びたかのように熱い。

「動けない気分はどうだ?その状態で今襲われる時程怖いよなぁ?どうだ、絶望を感じるか?死が近づく気分はどうだぁ?」

血塗れのテイオーの顔がアンデットの眼前に迫る。狂気が満ちたその顔は、あまりにも化け物のような顔で。

(こ、こいつ化け物!!)

アンデットは見た。

テイオーの右腕から、竜の顔が出てきているのを。



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そして

いつの間に寝ていたのだろうか。次に目が覚めた時は、無いはずの記憶に懐かしみを感じる天井と消毒液の臭い。

病室だ。とは言っても、テイオーが起きたのはこの前にいた病室で、隣には相変わらずしかめっ面のメジロ家お抱えの主治医がいた。テイオーは右腕をギプスで固定されていた。今は巡回の診察で看護師が巻かれた包帯を外しているところだ。

「それにしても、腕を縫い付けるつもりで用意した器具が不使用に終わるなんて思いませんでしたよ。何もせずに付けただけで綺麗さっぱりくっつくとは思いませんね。貴方の体って意外とファンタジーな体なんですね」

「え、これ付けたの先生じゃないんですか?」

「まさか。付けてたなら縫合糸があるでしょう。それが無いという事は、そういう事です」

「うわ、なんか知りたくないことを知りそうな予感がする……!!何も言わなくてもいいからね主治医ッ!!」

「そもそも私も分かりませんよ。それよりも私は一週間も経たず再入院することについて問いたいですね。腕を切断してまでナースといたいのですか?」

「いやボクは一応れっきとした女の子ですー!!中身が男女混じってても今はトウカイテイオーでーす!!」

「なんだ、それは残念です」

「おい」

一体ボクに何を期待してたのだろうか、とテイオーは不安に陥る。

(まさか、あの主治医ナース目当てで医者の道目指したんじゃないだろうね?)

主治医や看護師が病室から出ていき静かさが戻るはずだったのだが、入り違いに誰かがやってきた。

「やっぱり噂通りの名医なのですね。あの先生」

「マーちゃん?どうしてボクがここにいるのが分かったの?」

「昨日の夜、屋上が騒がしかったので見に来たのですよ。ドカドカとかピシュンピシュンとか結構聞こえたので。そしたら右腕から竜の顔を出していたテイオーがそこにいたのです」

「そっか」

「事情はターボからある程度聞きましたよ。でもテイオーが知りたい部分もあるでしょうし、ある程度ならマーちゃん答えれると思いますよ。その前にまずあの人の能力、いや、術式について知りたいですね」

「え、マーちゃんも魔術師なの!?」

「正確には、流れ魔術師ですね。だけどターボみたいに魔術に特化してるわけでもないし大した知識も無いですよ」

「そ、そっか」

なんだか科学の国なのにちょこちょこ魔術師と出会うのは気のせいだろうか、テイオーはやや疑心暗鬼になりかけてきた。

「とりあえずアンデットの術式、といってもあれは多分魔術の分類にはならないと思うよ。アンデットの口からは、遺伝子の解析して自分の力に組み込むって言ってた」

「コピー能力、みたいな感じですね。これだと魔術も関係なさそうですね。でもこの話からして魔術サイドにも被害者はかなりいそうですね。過去に吸血鬼がイギリス教会に襲撃して被害が及んだ、という話をある人物から聞きましたし」

「そのある人物って?」

「ふふ。テイオーの身近な人、ですです」

「?」

テイオーは周囲にそんな人はいたのだろうかと考えるが、思えば記憶を失ってまだ間もないせいで、自身の人脈関係も全く把握出来てない。結局のところ、テイオーはもやもやを残したままになりそうだ。

「それで、マーちゃんに聞きたいことはなんですか?」

「ボクが聞きたいこと……。そうだ、あのあとアンデットはどうなったの!?」

「アンデットはテイオーの竜に食べられた、というのが正しいのでしょうか……」

「どういうこと?」

「食べられたには食べられたのですが、後にマーちゃんだけ傷跡を調べると外傷は全く見られなかったのです。その後目覚めた後はどうも自分のことも分からない、いわゆる記憶喪失に判断して、あの様子だと問いただすことも出来ないので簡単な術式で姿形を変えて野に放ちました。きっと過去の経歴を思えば色んな教会を襲撃して世界中に狙われていると思うのでこれが最善策だと思いますよ」

「そっか……」

「……あの竜は多分アンデットが思わず考えてしまったものが現実に反映してしまっただけだと思うので気にする必要ないと思いますよ。コピーされた力なので考えたものを現実にしてしまう力もあったんだと思います」

それにしたっておかしいと思う。ただ恐怖で何かが浮かぶならまだ分かるが、あんな具体的な形をした竜が突如として出現するのは、あまりにもおかしい。

(……考えたって分からない)

『残念ながらボクにも分かんないよ。何故かその時だけ突然意識がバッタリ無くなったんだ。まるで悟られたくない、そんな感じがした』

(……打つ手なし、か)

この件はどこかで調べよう。今気にしたところでどうにもならない。

「それにしても吸血鬼って実在したんだね」

「ですです。補足みたいなのですが吸血鬼って飛行能力を持っていて、おまけにウマ娘の力を凌ぐ力を持っているのですよ。唯一のデメリットというなら夜しか吸血鬼の力を発揮できないことだけだろうでしょうか。人はよく吸血鬼にはにんにくとか十字架が対抗手段と言いますがあんなのは対抗手段でも無いのですよ」

「マジか。じゃあ身近にあるにんにくじゃ意味ないじゃん!」

「くっくっく。吸血鬼。おそろしや。……あ、それともう一つ」

「ん?」

「マーベラスさん。今回の事件をきっかけに主治医が治療を手伝ってくれるみたいですよ。吸血鬼で生命が危うかった、なんて話は伏せなきゃいけませんけどね」

「そっか。ようやく回復の目途が立ったのか。いつか学園で元気な姿で会えるのが楽しみだよ!」

「すぐに会えますよ。必ず、ね」



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