【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか (れいが)
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>∟ ⊦ K'hunt-de

 「フィンやアイズ達がもうすぐ戻ってくる!それまで何としても

  持ち堪えるぞ!」

 

 通路を覆い尽くす程の蟲が群れをなしてどこかのファミリアを

 襲っていた。

 エルフの女性が指示を出して、盾で蟲の進攻を止めようとしているのが

 見える。

 

 ビュパァ!

 ジュウゥゥ... ドロォ

 

 「うわっ!?」

 「溶けるぞ!捨てろっ!」

 

 蟲が液体を吐き出すと、盾が溶けていった。その盾を捨てて、別の

盾で再び防いでいる。

 だが、ジリ貧になるのは明白だ。盾を持つ者の背後にはあの液体で

傷付いた者達が大勢いる。

 

 「(詠唱をする時間を稼がなければ...!)」

 「矢を放て!」

 「で、ですがリヴェリア様!この一陣で最後です!」

 「構わん!放てぇっ!」

 

 バシュッ! バシュッ! バシュッ!

 ドスッ! ドスッ!

 

 数本の矢が数匹、蟲を殺すが意味を成していない。

 それをあのエルフの女性も気付いているようだった。

 

 「ダメです!詠唱する時間すら稼げません!」

 

 「足が、俺の足がぁ...!」

 「くそぉっ...!何も見えないっ...!」 

 

 「また来るぞ!盾をくれっ!もうないのか!?」

 「もうそれしかないっ!」

 

 「出血が止らない...ポーションお願いします!」

 「待ってろ、すぐに...!?嘘だろ、溶かされちまってる!」  

 「そんな...!?」

 

 「っ...!」

 

 エルフの女性の頬を一筋の汗が伝っている。

 焦りと、苛立ちを感じた。

 ...ここを通るためにも、あの蟲の群れは邪魔だ。それなら...

 全て、狩り尽くす

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヒュ ロ ロ ロロロ ロ ロッ...! 

 シュ ル ル ル ル ル ル ルッ!

 

 ドパァッ! ドパァンッ! ドパンッ!

 

 「なっ...!?」

 

 リヴェリアは突然の事に驚き目を見開いた。

 リヴェリアだけでなく他の団員達も何が起きたのかわからず、

 呆然としている。

 目の前まで迫ってきていたはずのヴィルガが、真っ二つに

 斬り裂かれたからだ。

 

 「な、何だ?アイズさんが...?それともティオナさんが」

 「いや、違う!あれだ!あれがモンスターを...!」

 

 初めは誰もがアイズかティオナが倒したのかと思われたが、全く違うと

 すぐに気付かされた。

 何故なら、円盤状の物体と6枚の鋭い刃が備わった物体が

 リヴェリア達の頭上を通過して、ヴィルガの群れへと向かっていくのが

 見えたからだ。

 2つの物体は、不規則な動きで通路内を飛翔しながらヴィルガを縦に、

 横にと斬り裂いていく。

 胴体や首を斬り裂かれたヴィルガは断面から血を噴き出すように

 腐食液を噴出して絶命する。

 

 「(何だあれは...!?いや、それ以前に何故溶けない!?)」

  

 ヴィルガを斬り付け、突き刺すなどの攻撃した際、それらの武器は

 全て腐食液により溶かされたのは把握していた。

 しかし、ヴィルガを今も尚、斬り裂いていく物体は全く溶ける様子が

 なかった。

 通路を埋め尽くしていたヴィルガの群れが瞬く間に死滅し、2つの

 物体はリヴェリア達の背後へ飛翔していった。

 リヴェリアは振り返ってみるが、2つの物体は既に見えず誰かが

 回収したようには見えなかった。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 ドシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!!

 

 しかし、誰かが攻撃をしているのは間違いなかった。

 青白い無数の光弾が丘の上から流星群のように発射され続け、

 残ったヴィルガを一掃していく。

 青白い光弾が命中するとヴィルガの体表を貫通して体内から爆発し、

 腐食液が撒き散らされ、周囲のヴィルガに降り注ぎ溶かされた。

 そして、最後の1匹が青白い光弾によって爆発四散する。 

 先程までの喧騒が嘘のように静寂が広がった。

 

 「...そこに誰か居るのか!?」

 

 リヴェリアは通路全体に響くほどの声で、後方にいる誰かに

 呼びかける。

 しかし、誰も答えはしなかった。その代わりに、リヴェリアが送った

 視線の先、丘の上で2つの黄色い光が複数見えた。

 いち早くリヴェリアはそれに気付き、そこへ向かおうとしたが、すぐに

 消えてしまった。

 リヴェリアは立ち止まり、立ち尽くすしかなかった。そこへアイズが

 困惑した様子で近寄ってくる。

 

 「リヴェリア...あのモンスターは、リヴェリア達が倒したの?」

 「...いや、違う、私達ではない...」

 「え?じゃあ...誰が...?」

 「わからない。...だが、見たんだ」

 「何を?」

 

 「眼だけが、光っていた...」



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>'<、⊦ K'eradi-de

 


 ズ ズ ズ ズ ズ...!

 

 51階層、そこで全身を蠢かせながら地面を這うモンスターがその巨体を擡げた。

 ヴィルガと酷似している容姿だが、頭部が人の顔でその下の上半身が人の女体となっている。

 20Mは優に越えるであろう巨大なモンスターは巨体を擡げたまま、洞窟の天井を見上げた。

 その巨大なモンスターの周囲には複数のモンスターが逃げ回っている。

 すると、4枚生えている羽の内、両腕部となる羽を突き出し天井目掛けて飛び上がるように体を上へと伸ばす。

 

 ド ゴ ォオン゙ッ!

 ガリガリ...! ガリガリ...!

 

 羽の先端にある突起を天井に突き刺し、扉をこじ開けるかのように穴を空けようとし始めた。

 天井を形成していた岩肌が削れていき、巨大な岩が落石となって降り注ぐ。

 逃げ回っていた複数のモンスターはその落石によって押し潰され、濛々と土煙が巻き上がった。

 強引に体を天井へ押し込んでいき、そのまま上がっていけば上の階層である50階層に辿り着く事だろう。

 既に地中を潜っていく振動が、地鳴りと共に地震動となって50階層の地面を揺さぶっていた。

 

 ...カカカカカカッ...

 

 その様子を伺いながら、誰かが低い顫動音を鳴らしている

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 あの蟲は戦利品には出来ないか、そう考えていた。

 だが、血抜きが面倒で飾れはしないと、スカ―に言われた。

 それなら撲滅する方法で狩る事にしよう。

 ガントレットのタッチパネルを指で沿りながらヘルメットから視える

 視覚装置を操作する。

 

 ジジジ... ジジジ... ジジジ...

 

 電磁波を視覚化する赤外線に切り替え、蟲の全身を隈無く観察する。

 ヘルメットから視て、蟲の胸部で様々な色の光線を残しながら浮かび

 上がっているのが確認出来た。

 急所はあそこだ。

 ヴァルキリーからヤウージャ・ボウを受け取り、ボウストップにある

 ボタンを押すとガントレットに接続される。

 ヘルメットから3本のレーザーサイトを照射し、蟲の胸部に狙いを

 定めた。

 本来ならバーナーで使うが、この弓で狩る時でも使える。

 蟲の動きが激しくなり、徐々に上半身が天井へ入り込んでいくが、

 ここで焦ってはならない。

 事前にヘルメットの内部には、音が聞こえてこないよう防音機能で

 周囲の音を遮断している。

 恐らく防音を切れば、騒音がこのフロアに響き渡っていると思われる

 ため、気が散らないよう、ヤウージャ・ボウを使う時はいつもそうして

 いる。

 照準が一瞬でも止れば、いつでも矢を放てるようストリングを限界まで

 引いた。

 バーナーに蓄積していたプラズマをハンドルからリムへと流し、鏃に

 収束させる。

 プラズマが収束していくと鏃が発光し始めた。いつでも放てる。

 ...今だ。

 

 バシュッ ゥ ウ ウ...ッ!

 

 

 誰かが放った青白く光る矢は空気を斬り裂きながら一直線に巨大な

 モンスターへ飛んでいく。

 50階層へ穴を掘り進む巨大なモンスターはそれに気付いていない。

 そして、3点のレーザーポイントに照らされている胸部を矢が

 突き刺さる。

 体内までめり込んだ矢は魔石を砕きつつ、巨大なモンスターを

 貫通した。

 この矢は中身が筒状となっており、ノック部分の穴からプラズマを

 動力とした推進力で威力が倍増され、速度も落ちる事なく獲物を

 撃ち抜けるのだ。

 洞窟の壁を這っていたデフォルメスパイダーの胴体ごと矢は貫いて、

 そのまま壁に突き刺さる。

 魔石を撃ち抜かれた巨大なモンスターは天井にぶら下がったまま 

 停止した。

 

 ブクブク... ブクゥ

 

 やがて見る見るうちに上半身が細くなり、下半身だけが膨らみ始める。

 腐食液が下半身へと溜まっていっているからだった。

 破裂すれば51階層には腐食液の雨が降り注がれるだろう。

 

 ダダッ... ダッ ダッ ダッ ダダッ...

 

 そうなる前に脱出しようと、上層へ戻る通路を登っていく複数の足音が

 鳴り響いた。

 足音が聞こえなくなり、膨らんでいた巨大なモンスターの下半身が

 一気に膨れあがる。

 

 ブツッ

 ド パ ァァァ ァァァ アアア ンッ! !

 

 下半身が爆ぜ、雨どころか津波のように51階層を大量の腐食液が

 覆い尽くした。

 逃げ遅れた様々なモンスターはその腐食液の津波に飲み込まれる。

 腐食液は上層へ続く通路まで上り詰めてきたが、勢いが収まるに連れて

 51階層へ逆流していく。

 それを確認した透明な飛行物体は50階層に続く通路を飛翔していき、

 降下していくと誰かの肩の装置に収納される。

 あの腐食液が消えるまで時間がかかると判断し、地上へ戻る事にした。

 不満はない。また来ればいいだけなのだから。

 次はあの先にも向かおうと決心し、その場を後にした。



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 ̄、⊦ H'Compas

 「...リヴェリア。すまないが、もう一度教えてくれないかな?」

 

 イレギュラーが発生してから少し経ち、18階層へ移動した

 ロキ・ファミリア。

 幹部専用に設置されたテントで、フィンを始めとする幹部会議が

 行なわれている。

 50階層で出現したヴィルガ、そのヴィルガを倒す術がなかった

 ロキ・ファミリアに代って全て殺し尽くした人物について話して

 いたのだ。

 リヴェリアは何が起きたのか、彼女なりに1から全部まで説明したが

 フィンはイマイチ理解が及ばず聞き返すしかなかった。

 それにリヴェリアもため息をついて頭を抱える。

 

 「はぁ...信じられないだろうが、何度でも事実を言うぞ」

 「姿の見えない何者達かが、あのモンスターを斬り裂き、その後に魔法による砲撃で一掃した。

  斬り裂いた武器は腐食液で溶ける事なく、投げ飛ばした人物の元に戻っていったのは他の団員達の何人かは見ていたはずだ。

  そして...眼だけが光っていた。光を反射させてではなく、2つの眼がいくつも光っていたんだ」

 

 リヴェリアの脳裏にその光景が鮮明に蘇った。

 眼を光らせていた者達は、あの時の呼びかけに答えはせず消えて

 しまった。

 あの後アイズに続いてフィン達もクエストから戻ってきて、その直後に

 地面が揺らいだ。

 しかし、揺れただけで何も起きはしなかった。地面からモンスターが

 飛び出してくる事もなく。

 

 「姿が見えない...というのは魔道具を使ってそうしているから、だと私は思います」

 「でも、もしかすると、そういうレアスキルを持っているとか?」

 「確かに、どちらの意見も可能性としてはありそうだね」

 

 レフィーヤは姿を消している仕掛けは魔道具にあると考え出した。

 対してティオネはレアスキルで姿を消しているのではと答える。

 フィンは2人の意見に共感していた。どちらの可能性もあり得なくは

 ないからだ。

 

 「ただ、その武器はとても興味深い。

  アダマンタイト製の武器ですら溶けたのに、その武器は溶けなかったというのなら...

  何か特別な素材を使っているか魔剣の一種なのかもしれない」

 

 フィンの推理にティオネは頷いていると、隣に座っていたガレスが

 軽く肘で突ついてきたのに気付く。

 振り向くと、ガレスは黙ったままティオネの隣を指差している。

 なので、ティオネは反対側を振り向く。

 

 「うぅぅ~~~...」

 

 その反対側にはティオナがしくしくと泣いていた。

 その様子を見てガレスが心配したのだとティオネは察して小さく

 ため息をつく。

 

 「さっきからどうしたんじゃ?ティオナの奴は...」

 「大双刀を溶かされたのを未だに引きずってるみたいね。

  しょっちゅう壊してるのに今更って感じよ」

 「そういう事か。やれやれ...じゃが、その者達はどこへ消えたんじゃ?

  まさか、そのまま下へ降りたというのか?」

 

 ガレスは心配事が無くなり、話しの内容について問いかけた。

 リヴェリアは少し考えてからゆっくりと頷く。

 

 「あり得なくは、ないな。姿が見えない上にあれだけ凄まじい攻撃手段を持っているのなら、そうするだろう」

 「私個人が思う事だが...まるで...捕食者だ」

 「捕食者、ですか...?」

 「ああっ。強い獲物を求め、狩りをしているように思える...」

 

 普段は浮かべない苦渋の表情を見て、レフィーヤは思わず固唾を飲む。

 レフィーヤだけでなくフィンやガレス達も姿の見えない者の正体が

 全くわからないという事に考え付かなくなった。

 ティオナを除いて。

 しかしそんな中、ベートは鼻で笑いつまらなそうに答えた。

 

 「ハッ。何が捕食者だよ。姿消してるのは、雑魚相手にビビってるだけだろ」

 「あの芋虫も結局は飛び道具の武器に頼って倒したんじゃねえか。強さもクソもねえよ」  

 

 それを言ってしまえば弓やボウガンの存在はどうなるのかと、

 レフィーヤは心の中で反論した。

 するとリヴェリアは顔を上げてベートに問いかける。

 

 「ベート。戦いと、狩りは違う。...何故だかわかるか?」

 「ああ?どっちも雑魚を倒す以外、違う所なんかねえだろ」

 「いや、戦いとは相手が強くあろうが弱かろうが、自身の力によって優勢になるか劣勢になるかその差が決まる。

  一方で狩りは、常に自身が優勢となる状況下で獲物を仕留める。

  標的に気付かれないよう姿を消して潜み、多数の強力な武器を用いて倒すのも1つの強さと言えるな」

 「ケッ...知った様な口ぶりで言ったって納得出来るかよ」

 

 踏ん反り返るベートはもう話す気も失せた様で、それ以上は何も

 言わなくなった。

 リヴェリアはベートに言われた事に対して誰にも聞こえない声で呟く。

 

 「...知っているからこそ、言えるんだ。私も趣味でやっているのだからな」

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 ヘルメットの内部に鳴り響くアラームで眠りから覚め、ガントレットを

 操作する。

 ウルフが自動操縦で偵察させていたファルコナーからの映像が即時に

 送られてきた。

 

 [ブ モ ォ オ オ オ オ !!]

 

 牛の群れがこっちへ向かって来ていた。

 あの蟲が居る階層へ辿り着くまでに、何匹かをケルティックと

 チョッパーが戦利品にしている。

 2人が戦利品にするくらいなら...僕も手に入れたい

 起き上がって僕だけで行く事を伝えて、牛が向かって来る通路へ

 先回りする。

 

 ド ド ド ド ド !!

 

 通路に来ると、地鳴りのように大きな足音が鳴り響いてきた。

 ガントレットを操作し、バーナーを起動させる。

 僕の場合は皆と違い、瞬きを2回続ける動作がトリガーとなり

 プラズマバレットを発射する事が出来る。

 段々と音が近付いてくる。ヘルメットからレーザーサイトを予め

 照射しておこう。

 まずは数を減らしていき、残った牛を戦利品にしようと思いついた。

 

 ブ モオ ォオ オ オ オ!!

 

 来た。十分な距離があり、照準を合わせる前に連射しても当てられる。

 しかし妙だ。牛からは何かに怯え、逃げているように見えた。

 

 「ドッリャァアアッ!!

 

 それが何故かすぐに理解出来た。狩られる最中だったからだ。

 横取りするのは良くないのは当然わかっている。

 なのでレーザーサイトを切り、バーナーも停止させた。

 群れを飛び越えるように着地する褐色の少女は先頭を走っていた牛の

 頭を柔軟な体を活かした蹴りを見舞う。

 牛の首が1周して骨がねじ切れる音が聞こえた。

 褐色の少女は続けて身軽に移動し、牛の前に立つと顎を砕く程の勢いで

 拳を突き上げ牛を殺す。

 

 ブ モ ォォ オオ オッ!

 

 「おっと!逃がすもんかぁ!」

 

 牛は先程通ってきた通路へ戻ろうとするが、褐色の少女はそれを許さず

 次々と牛を仕留めていく。

 細い身体でありながら牛を仕留める褐色の少女を僕は見続けた。

 皆が見ても称賛すると思うほど、強いと思った。

 しばらくして最後の1匹を通路の壁に叩き付けると、褐色の少女は息を

 ついて額の汗を拭く。

 

 「こんな上まで登るなんて...早く皆のところに戻らないと!」

 

 踵を返した褐色の少女。また下へ降りるのだろうと思い、僕も皆の所へ

 戻ろうと思った。

 しかし僕の耳には聞こえて来た。唸り声、というより呻き声が。

 僕は足を止め、振り返る。

 

 ヴヴ... ブモ゙ォ゙オ゙...ッ

 

 地面に倒れていた手負いの牛が起き上がり、背を向けている褐色の少女

 目掛けて飛びかかろうとしていた。

 呻き声が聞こえず、1匹残らず仕留めたと油断していた褐色の少女は

 気付いていない。

 ...情けをかけるか。

 

 

 ブ モ゙ ォ゙ ォ゙ オ゙ オ゙ オ゙ オ゙ッ!!

 

 「え...?」

 

 ティオナは振り返って、目の前までミノタウロスが迫って来ているのに

 気付く。

 下級冒険者が殴られれば、当然死ぬ。

 しかし、第一級冒険者のティオナであれば殴られようが耐久は

 段違いなため1発程度なら問題ない。

 それでも本能的にティオナは両腕を頭上で交差させ、防御しようと

 する。

 

 ド ス ン゙ッ!

 

 ビシャァアアッ...!

 

 「わぶっ...!?」

 

 だが、ミノタウロスの拳の代わりに真っ赤な鮮血が褐色の肌と髪の毛を

 汚す。

 何が起きたのか一歩下がり、襲い掛かってきたミノタウロスを見る。

 ミノタウロスは全身を前のめりにさせ、ダラリと腕を垂らし奇妙な

 体勢で止っていた。

 口の中に入った血をペッペッと吐き出したティオナは首を傾げつつ、

 近付こうとした次の瞬間。

 

 バキィッ! ベキベキベキッ!

 

 ブ ヂィッ!!

 

 ミノタウロスの首だけが浮かび上がるように体からもぎ取られた。

 頭部から垂れ下がる背骨の一部がブラブラと揺れている。

 ティオナはそれを見て硬直した。恐怖心なのか、衝撃的な光景に

 驚いたからなのかは彼女自身でもわからなかった。

 こめかみから垂れた汗に、付着していた血が混ざり合い顎先まで伝うと

 地面に落ちていった。

 ミノタウロスの頭部は地面に降りるかのように下がったが、その瞬間

 消えてしまう。

 

 「...誰か、いるの?」

 

 それはリヴェリアが取った行動と全く同じだった。

 なので返事をする事もなく、姿を消したまま去るはずである。

 しかし、今回は違っていた。

 ティオナの目の前で2つの眼が光り、そして消していた姿を現した

 からだ。

 

 カカカカカカッ...

 

 異形の姿をした捕食者は低い顫動音を鳴らし、邂逅した。



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,、 ̄、⊦ com-gest

 何故、ティオナはミノタウロスの大群を追いかけていたのか。

 それは少し遡って、ダンジョンから出るために2班に分担した

 ロキ・ファミリアが17階層を登っている最中、その大群と

 遭遇したのだ。

 経験を積ませるため、半人前の団員達にも倒させるように指示を出した

 ラウルだったが、ティオナ、ティオネ、ベートの3人は抑えきれない

 闘争心で無意識に威圧してしまった。

 それが切っ掛けとなり、ミノタウロスの大群は恐れをなして一目散に

 逃げだしたのだ。

 突然の事に困惑していたティオナ達だったが、他の冒険者に被害が

 及ぶ事を予期した

 リヴェリアはミノタウロスの大群を追いかけるよう激を飛ばした。

 ミノタウロスの大群は上層への階段を登っていき、16階層から更に

 上の階層に散り散りになったと思われ、ロキ・ファミリアの団員が

 1人ずつ各階層に残り、1匹たりとも逃がさず討伐する事となった。

 アイズとベートが1組となって5階層へ向かう中、ティオナは6階層へ

 残って複数のミノタウロスを見つけ、先の通り追いかけていたのだ。

 そして、今、ティオナは捕食者と対峙していた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 カカカカカカッ...

 

 こうして上手く鳴けるようになったのは、偶然コツを掴んだからに

 過ぎない。

 誰から教わった訳でもなく、全くの偶然だった。

 それをエルダー様に披露してみたが、全く相手にされなかった。

 皆も褒めるなんて事もなく、無関心だった。今になって思えば、

 当然だと思う。

 今、目の前には褐色の少女が立っており、僕は姿を見せるように

 クローキングを解除している。

 牛の返り血により、体の至る所が赤く染まっている褐色の少女は

 呆然としたように見ているだけだった。

 僕も何も言う訳でもなく、褐色の少女を見る。

 先の呼び掛けてきたエルフの女性には声で答えず、ゴーグルを光らせる

 だけでこちらの存在を伝えるだけにしたが、この褐色の少女は強いと

 認めて、僕は姿を見せている。

 

 「...あの、助けてくれて、ありがとう...?

  こ、言葉、通じてる...かな?」

 

 最後の言葉はあえて聞こえるように言っているのかわからないが、僕は

 その言葉通り通じてないフリをする事にした。

 その方がこちらには都合が良いと思ったからだ。

 正体を明かしてはならないという掟はないが、他のファミリアの団員と

 話す事はしないようにしている。

 7年間、僕らはそうして他のファミリアとの接触は極力避けていた。

 その甲斐あって僕らは誰にも正体を知られず、狩りの邪魔をされず、

 技の熟練と勝利と名誉をかけて狩りに臨めている。

 こうして褐色の少女に姿を見せているのは、言った通り強い者に

 対しての敬意の表れとしてだ。

 

 「や、やっぱり通じてないや...」

 

 返事を返さない僕に褐色の少女は戸惑っている。

 すると、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。彼女の仲間か...?

 僕は自分の胸に人差し指を軽く2度押し、自分、という意味を身振りを

 交える。

 

 「え、えっと...君が、どうしたの?」

  

 理解してくれた。次に下の地面を指す。

 恐らく理解し難いと思ったので、先程の身振りと一緒にゆっくりと

 続ける。

 

 「ここ?6階層だけど...」

 

 もう少し深く考えてほしい。後方からの足音がより鮮明に聞こえて

 くる。

 僕は身振りを強めて、何を伝えたいのかを強調する。

 

 「...あっ、君が、この6階層...で?」

 

 次で最後だ。伝えたらすぐに行こう。

 人差し指をヘルメットの口部分に当て、黙っているようにと伝える。

 

 「静かに...え?君の事を、誰にも言わないでって事?」

 

 伝わった。僕はクローキングを起動し、彼女の前から姿を消す。

 ブーツの効果で足音を立てずに彼女を撒く事が出来た。

 ...誰にも言わないでくれる事を祈ろう。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「あ...」

 

 ティオナは問いかけに答えず消えてしまったのに戸惑った。

 言葉が通じていなかったのなら、会話として何かを伝える事が出来ない

 はずなのに、自分の問いかけには答えなかったが、何故か相手の方は

 何かを伝えてきた。

 つまり言葉は理解しているんだ、とティオナは思った。

 その間に背後から近付く足音に気付き、振り返るとティオネと

 シャロンが駆け寄ってくる。

 

 「ティオナ!ミノタウロスは...って、何でそんな血濡れになってるのよ!?」

 「うわぁ、これまた随分と...目とかに入ってない?」

 「う、うん!全然へっちゃらだよ!手でこうして掛からないようにしてたから」

 「もう...アンタは本当に世話が焼けるんだから」

 

 呆れつつも妹を大事に気遣っているとシャロンはクスリと笑う。

 それに気付いたティオネは少し照れくさそうに、そっぽを向いた。

 ティオナは2人がここに来た理由を聞いてみると、他の

 ミノタウロスは倒し尽くしたと伝達があったので迎えに来たという。

 

 「さっ、早く外に出ましょ。そのケチャップまみれなアンタを洗ったげるから」

 「え~!自分で洗えるからいいよ~!」

 「文句言わない!ほら、シャロン。行きましょ」

 「はいはい。あ、ところでティオナ?それを見ればわかるけど...」

 

 ティオナは首を傾げて、髪の毛から垂れてくる血を指で払った。

 

 「ミノタウロスは全部倒したんだよね?」

 「あ...う、うん。一応...」

 「一応、って何で曖昧な返事するのよ。まさか、取り逃したんじゃ」

 「ち、違うよ!ちゃんと全部倒したから!大丈夫だって!」

 「本当でしょうね...」

 

 疑うティオネにシャロンがティオナを庇ってか、早く合流するよう

 促す。

 ティオネはため息をつき、それ以上問い詰めようとはしなかった。

 ティオナはシャロンに小声でお礼を述べ、ティオネの後を追おうと

 した。

 だが、ふと足を止めて振り返り、あの人物が消えた通路の奥へと繋がる

 暗闇を見据えた。

 

 「(...また、会えないかな...)」

 

 そう胸の内で呟き、先に進んで行ったティオネ達を追いかける。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ケルティックに注意された。

 ウルフ、チョッパー、ヴァルキリーは問題ないと判断しているが、

 スカーも姿を

 見せてしまったのは良くなかったという判断を下している。

 強さを認めたから姿を見せたのは、掟に反してはいない。

 それは全員が納得している。だが、面倒な事になる事を事前に

 防ぐためにもそうしてはならないと言われた。

 僕はある程度、予想はしていたので素直に拳を眉に当て承認し、今後は

 気をつけようと心掛ける事にした。

 ケルティックとスカーはそれに納得してくれた。

 そして、通路を進んで行きダンジョンの入口から外へ出た。

 既に日が沈み始め、空が夕焼けに染まっている。

 ヴァルキリーはその空を記録し、我が主神に見せる事にしたようだ。

 それなら、帰ろう。我が家へ。



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>'、,< L’od-deig

 都市に住まう人々で賑わう街の中を、屋根を伝って跳躍しながら

 建物から建物へ移動する。

 以前までは、ここは森林となっていたのだが人が増えるに連れて、

 次々と建物が立ち並ぶ事になっていったのだ。

 それに関して憤慨するといった事は一切無い。

 障害物があろうと僕らにとって、向かう途中でのウォーミングアップと

 なるので狩りで、素早く動くために有効活用しているからだ。

 街から離れていき、やがて人気が無くなってくると人の手に触れられて

 いない地域へと入っていく。

 そこには先程通った街が出来る前からある、森林の一部が残っている。

 僕らは森林へと足を踏み入れ、奥へ奥へと進んで行った。

 そしてガントレットから信号を送り、マザー・シップのデバイスに

 接続すると位置を特定して近付く。

 他のファミリアにとってホームとは建物がそれとなる。

 しかし僕らは違う。建物ではなくマザー・シップがそれに該当する

 からだ。

 この森林にも僕ら以外に入り込む輩が時折現れるため、数時間に一度は

 移動させているため、位置の特定をしなければならない。

 マザー・シップの前に着き、同じ様に見えなくなっているため、周囲に

 誰も居ない事を確認し、クローキングを解除する。

 後方のハッチが開き、地面に設置されると船内へ入る事が出来るように

 なる。

 僕らはそこから入って行き、船内にいる我が主神の元へ向かった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 船内は暖色の赤みがかった光で灯されており、足元は白い靄が掛かって

 いる。

 壁一面には様々なコンピューター回路や電力を制御する基板が並んで、

 そこかしこには今までの戦利品も飾っている。

 船内の中央となるオープンスペースに辿り着くと、我が主神がお待ちに

 なってくださっていた。

 その傍にはエルダー様もいる。

 僕が先頭となって肩に手を置く挨拶をした後に跪き、その後ろで皆も

 1列となり跪く。

 

 「お帰りなさい。皆、無事に還って来てくれたわね」

 『はい。掟に背く事なく、名誉のため狩りを遂行しました』

 

 我が主神は清らかな微笑みを浮かべ、僕らの帰還を称えてくださった。

 エルダー様は、何を得たのか問いかける。

 まず僕がダンジョンで狩ったいくつかのモンスターの戦利品を

 差し出し、後に続いて皆も戦利品を差し出した。

 我が主神の傍を一度離れ、エルダー様は戦利品を見定めてくださった。

 一通り見終えると、良き狩りをした事を我が主神と同様に称えて

 いただけた。

 僕らは戦利品を腰に仕舞い、頭を垂れる。

 

 「何かお土産話になるような事はあったのかしら?

  無ければ構わないけど...」

 『いえ、様々な事がありました。順を追ってお伝えします』

 

 その問いかけに僕らは深層と帰還途中での出来事をお伝えした。

 見た事のない蟲を全滅させ、その上位種となる巨大な蟲も仕留めた事。

 牛の群れが出現し、その群れを褐色の少女が1匹を除いて仕留めた事。

 そして、僕がその褐色の少女に姿を見せた事を詳細に話した。

 僕の予想に反して、エルダー様は姿を見せた事について何も

 言わなかった。

 疑問に思い、質疑の問いかけを承諾してもらうと、姿を見せた事に

 ついて何も仰らないのは何故なのか問いかけた。

 すると、代わりに我が主神がお答え下さった。

 

 「ここへ来て7年も経ったんだから、いずれにしても正体が知られるのも仕方ない事だろうし...

  貴方が認めた上で姿を見せたのなら、何も言わないわ」

 

 そう答えてくださって僕は、ただただ感謝するしかなかった。

 どんな罰則も受ける覚悟でいたからだ。

 そして我が主神が立ち上がると僕らも立ち上がる。

 

 「名誉なき者は一族にあらず。そして名誉のために戦わぬ者に名誉はない。

  これからも最高の名誉を掲げるため、狩りに励みなさい。  

  それが私...ネフテュスの心からの願いよ」

 

 我が主神の言葉を聞き入れ、僕らは拳を眉に当て承認する

 そして次の狩りのため、戦意の高揚として咆哮を上げる

 

 ウ゛オ゙オ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 ロキ・ファミリアはホームへ帰還しロキ、フィン、リヴェリア、

 ガレスによる重要会議を行なっていた。

 

 「ふ~ん、姿を消して新種のモンスターをなぁ...ズルないそれ?」

 「いや、狩りとしてなら正当な手段だ。ベートにも言ったが、不正などではない」

 「その姿を消す事が出来るのが魔道具による物なのか、スキルによるものなのかわからないが、とにかく強かったとしか言えないね」

 

 ロキはフーンと返事をして、椅子の背凭れに凭れ掛かる。 

 そんな事が出来るとすれば、と考えているとガレスが問いかけてきた。

 

 「心当たりがロキにはないのかの?姿を消す事が出来るという冒険者を」

 「無いなぁ。もしあるとすれば...【万能者】って呼ばれとる、ヘルメスんとこの子が創ったモンを買って使こうとったとちゃうか?」

 

 それが率直に考えていた事だった。

 オラリオで姿を消す魔道具を創れる当該人物とすれば、そう考えるのが

 妥当だからだ。

 しかし、フィンは顎に手を当てて否定する。

 

 「僕も最初はそう思っていた。...でも、どうも違う気がするんだ」

 「え?何でなん?姿を消す事が出来る魔道具くらいなら、創れそうやろ」

 「それはそうなんだけど...もしロキが言った通りの魔道具を使っているとしても、あの場に居たのなら当然、上級冒険者達のはずだ。

  あの階層まで潜れるとすれば、僕ら以外にフレイヤ・ファミリアだけしかいない。

  けれど...彼らがそんな魔道具に頼るとは思えないよね?」

 

 リヴェリアとガレスは同時に頷く。

 

 「まぁ、そうじゃな。あやつらがコソコソ隠れながら潜るとは思えんからのう」

 「それに【白妖の魔杖】が放つ魔法とは全く異なるものだと思われるな。

  実際に見た事がある訳ではないが...」

 「ほんなら、つまりはー...まーーったくわからんっちゅー事やな」

 「でも、わからないままにしておく訳にはいかないよ。

  狩りとしてあのモンスターを倒したにしても、助けられた事に変わりはない。

  だから、お礼だけでも言っておきたいんだ」

 

 それがフィンの本心だった。

 魔道具の事や魔法について知りたいとは思うが、まずは

 ロキ・ファミリアの団長として感謝の意を授けたかったからだ。

 

 「せやな。もしわかったら明日の打ち上げに誘おうや!」

 

 とロキは立ち上がってそう提案する。

 リヴェリアはため息をつきつつ、迷惑になるといけないので、

 断られたら諦めるよう言った。

 

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...はぁー」

 

 ティオナは血を洗い流してから、自室に戻り自分のベッドに

 倒れ込むように

 うつ伏せで寝ていた。

 ため息をつくと、つられるように同室をしているティオネもため息を

 ついて訝る表情を浮かべながら問いかけた。

 

 「ティオナ。アンタ帰ってきてから変よ?何回もため息なんてついて...

  そんなに大双刀が溶かされてショックなの...?」

 

 ティオナは無言で首を横に振って否定した。

 

 「そうじゃないよ。...ねぇ、ティオネはリヴェリアが言ってた、姿の見えない冒険者の事...

  どう思う?」

 「どう思うも何も、素性がわからないんじゃ答えられないわよ...

  ただ、本質的には違うけど皆を助けてくれた事には感謝していいんじゃないかしら。おかげで誰も死んでない訳だし」

 

 ティオネはそう言って、ティオナの答えを待つ。

 しばらく黙っていたティオナだったが、突然勢いよく起き上がって

 ベッドの上に立つ。

 

 「そっか...。...うん、そうだよね。ありがとう、ちょっとスッキリしたかな」

 「それならいいんだけど...。...何かあれば、私でも他の誰かに相談しなさいよね」

 「うん!わかった」

 

 いつも通りの笑顔を浮かべる妹にティオネは少し変だと思いながらも、

 安堵して微笑んだ。



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,、、,< Pre's-ht

 まだ朝明けが訪れる直前の時間帯。

 どの店舗も閉まっており、開店の準備すらまだ始めていない。

 しかし、建ち並ぶ店の一角にあるディアンケヒト・ファミリアの

 治療院では既に灯りを点けて、開店の準備を始めていた。

 窓の外から見える人影は、店内の隅々まで掃除をし清潔にしているのが

 窺える。

 カウンターを拭き終え一段落した時だった。

 外から何か物音が聞こえたのに、アミッドは気付く。

 日も明けていないため、気のせいではなく物音は確かに彼女の耳に届いて

 いた。

 

 「(誰か居るのでしょうか...?)」

 

 出入口の扉に近寄って施錠していた鍵を開けると、ゆっくり隙間程度に 

 開く。

 不審な凶悪犯が強襲して来るとも限らないためそうしたのだ。

 だが、誰かが居る気配もなく扉を全開にすると、周囲を確認する。

 やはり誰も居ない。アミッドは気のせいだったのかと思い、扉を

 締めようとした。

  

 「...ん?」

 

 ふと、開けていない反対側の扉側の下を見て何かが置かれているのに

 気付く。

 灰色の布に包まれた四角い物体だった。

 アミッドは一度外へ出て、その物体を触ってみると布が被っていない

 箇所に触れて、木箱だとわかった。

 持ち上げてみると何か複数の物を入れているようで、かなりの重さが

 ある。

   

 「何が入っているのでしょう...?」

 

 アミッドは店内に入り、布に包まれた木箱を先程綺麗にしたばかりの

 カウンターに置く。

 包んでいる布を解き、木箱の中を見てみる。

 その中に入っていたのは何かの皮膜を太い骨に巻き付けた物や長細く

 鋭いの角、

 生き血の入った瓶が3つ、透き通った青い四枚の翅だった。

 

 「...!?」

  

 驚愕するアミッドは目を見開きながら、木箱に入っている皮膜を手に

 取る。

 穴が空くほど見続け確信した。

 カドモスの皮膜。51階層に出現する、その階層で最強とされる

 モンスターを倒さなければ手に入らない代物だった。

 

 「(品質は申し分なし、それに加えて...これほど分厚く量があるとすれば、1500万...

   いえ、3000万ヴァリスはくだらないでしょう。それをあんな無造作に...

   それにこれは...)」

  

 アミッドが次に手を伸ばして掴んだのは、生き血の入った瓶だった。

 マーメイドの生き血。ユニコーンの角と引けを取らない希少な代物で

 ある。

 水の迷都と呼ばれる25階層の巨蒼の滝に出現する、マーメイドから

 手に入るのだが、水中では倒す事どころか捕まえる事さえも難しいと

 されるためそれだけの価値があるのだ。

 それらの希少なドロップアイテムを無造作に置いていった、誰かも

 知らない人物にアミッドは呆れる以前に困惑が勝っていた。

 何故置いていっていたのか、それがわからないというのが第一に

 引っかかっている。

 勝手に素材として使い、因縁を付けるための行為であれば当然ながら

 放棄する事にしようと考える。

 そんな中、よく見ると二つ折りにされた紙が、瓶に貼り付けられて

 いた。

 アミッドはそれを開いて、書き記されている文面を読んだ。

 

 [不要なため贈呈する]

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 それだけしか書かれていなかったが、アミッドはため息をついて力無く

 椅子に座り込んだ。

 先程までの考えが一瞬にして崩れ去り、誰かが置いていった物なのだと

 理解し、思わず脱力してしまったようだった。

 

 「...ですが、不要というのは、どういう事でしょうか...?

  ここではなくでもギルドにお渡しすれば、それなりの額で引き取るというのに...

  全く、信じられません...」

 

 譫言のように呟くアミッドだったが、窓の外から差し込む日の光で

 ハッと我に返る。

 まだ掃除し終えていない所があるのを思い出し、

 その贈呈された様々なドロップアイテムを再度、木箱に入れ直すと

 カウンターの後ろの棚へ一時仕舞う事にした。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 すっかり日が昇り、オラリオの街は活気で溢れ賑わっていた。

 そんな街中を掻き分け、ロキ・ファミリアが団員総出でどこかへ

 出向いていた。

 理由はダンジョンで手に入った魔石やドロップアイテムなどの換金、

 武具の整備や再購入、道具の補充などの後処理のためだった。

 途中、フィンの指示の元、各自で目的地に向かう事となった。

 ティオナもティオネやアイズ、そしてレフィーヤの4人で

 ドロップアイテムを換金するために目的地へ向かった。

 そこは、ディアンケヒト・ファミリアの治療院である店舗だった。

 

 「注文いたしました泉水...要求量も満たしていますね」

 「水で薄めてるって事もないから、安心して」

 「そこまで疑いはしません。ありがとうございました。

  ファミリアを代表してお礼申し上げます。

  つきましてはこちらが報酬になります。お受け取りください」

 

 専用の容器に収めてあるエリクサー20本をアミッドはカウンターに

 置いた。

 レフィーヤは緊張して中身をカタカタ揺らしながら、持ち上げ固唾を

 飲む。

 

 「1本で50万ヴァリスはするんですよね...!」

 「うはぁぁ~~。これだけあれば豪邸建っちゃうよ...」

 「きれい...」

 「あ、そうだ。アミッド、実は珍しいドロップアイテムが取れたの。

  いい値を出してくれるなら、ここで換金するわ」

 「わかりました。どうぞ、お見せください」

 

 3人が大量のエリクサーに気を取られていると、ティオネは筒を

 差し出した。

 それをアミッドは受け取り、中身を取り出して確認する。

 

 「これは...カドモスの皮膜ですか」

 「あら、一発で見抜くなんて流石ね。運良く手に入ったのよ」

 

 アミッドは品質を確認し、素材として申し分と思い相場の値段を

 提示した。

 

 「相場の700万ヴァリスでお引き取りを」

 「1500万ヴァリス、じゃダメ?」

 「「「っ!!?」」」

 

 とんでもないふっかけにレフィーヤは持っていた容器を手放して

 しまい、危うく全て割るところだったが間一髪でアイズが掴み取って

 いた。

 それもそのはず、相場の倍以上の額でティオネは買い取らせようとして

 いるのだからである。

 が、アミッドは予想外の言葉を返した。

 

 「わかりました。1600万ヴァリスでいかがでしょう」

 「じゃあ、せんよ...ん?え?1600?」

 「はい。1600万ヴァリスで構わないのであれば、お引き取りします」

 「...あー、ええっ。ありがとう、アミッド...」

 

 白熱する競り合いが起らなかった事にティオナ達3人は呆然とした。

 普通に考えれば、相場の値段よりも高値で引き取るというのは

 あり得ないからだ。

 しかし、黙々とアミッドは大量のヴァリスを詰め込んだ袋が全て入る

 バッグパックに収めた。

 その様子を見て、アイズは怖ず怖ずとアミッドに話しかける。

 

 「アミッド、本当にいいの...?無理、してない...?」

 「ええっ、全く問題ありません。ご安心ください」

 「そ、そうは言われましても、心配するしかないんですが...」

 「...アミッド、買い取らせた私が言うのもなんだけど、何でそうすんなりと...?」

 

 流石のティオネも何故、高額の値段で買い取ったのか心配になり

 問いかける。

 袋を収め終え、心配そうにしているティオネ達を見てアミッドは

 少し考えると、背後の棚へ移動する。

 

 「...あまりお見せしたくはありませんが、皆さんの心配を解消させるためです」

 

 そう言って、布を被せた木箱を取り出してきた。

 ティオネ達は首を傾げ、何が入っているのか気になっている。

 誰も見ていない事を確認したアミッドは、布を外す。

 そして中に入っているドロップアイテムの内、1つを手にして

 4人に見せた。

 

 「...何これ」

 「おぉ~!」

 

 真顔で問いかけるティオネ。同じく真顔で呆然となるアイズと

 レフィーヤ。

 ティオナはそれを見て歓声を上げた。

 それは、あの骨で極太巻きにしてあるカドモスの皮膜だった。

 

 「こちらと同じカドモスの皮膜です。品質は同等ですが、

  これだけの量であれば3000万の価値があります」

 「すごい分厚いね~!...ん?でも、3000万ヴァリスで引き取ったのに何で

  こっちのも買い取るの?」 

 「そうよ!思いっきり赤字じゃない!?」

 

 ティオネは慌ててアミッドに詰めより、心配が解消されるどころか

 余計に心配になっていた。

 アイズとレフィーヤもどういう理由で解消されるのかと思っていると、

 アミッドは答える。

 

 「いえ、この他にユニコーンの角、マーメイドの生き血、ブルー・パピロオの翅などを...

  無償で贈呈していただいたので、問題ありません」

 「...何で無償?」

 「不要だから、という手紙が添えられてました。それ以外に理由はわかりません」

 

 ペラッと差し出したあの紙を見せ、4人は静まり返った。

 これだけのドロップアイテムを買い取らせず、贈呈したという訳が 

 わからない理由だからだ。

 アミッドは紙を丁寧に折ってポケットに仕舞い、バックパックを 

 カウンターに置いて差し出す。

 

 「またクエストを発注する機会があれば、よろしくお願いしま」

 「ふっっっっっっっざけんじゃあないわよぉおおおおお!?!?!?」

 

 その絶叫はホームの外まで響き渡った。

 尚、その贈呈されたドロップアイテム全てを買い取ったとすれば

 3000万2900ヴァリスになるそうで、ティオネは発狂するかの

 ように店内で暴れそうになり、急いでディアンケヒト・ファミリアの

 治療院から引きずりだしたのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...何の悲鳴だったのだろうか、少し気になりはしたが放っておく事に

 した。

 僕はクローキングを起動させたまま、ヘファイストス・ファミリアの

 団員が住んでいるという建物の前に、木箱を置いていた。

 その中には不要とされる獲物の一部を入れた水晶の甲羅、鋭い針、

 黒い石が入っている。

 僕らは戦利品以外を必要とは思わない。時折、武器になりそうな物を

 持ち帰る時もあるが、やはり使っていない。

 だが、ギルドにヴァリスを収めなければならないと我が主神に

 教えられたため、紫紺色の石は拾いギルドでヴァリスに換えている。

 そして我が主神が新しい提案を伝えてくださった。

 要らなくなった獲物の一部を捨てるのは勿体ないから、他の商業を

 しているファミリアに分けましょう、との事だ。

 確かに、戦利品の皮を剥ぎ取り集めた後、外へ捨てず船内の一箇所に

 捨てていた。

 だが、7年も放置していれば当然入りきらなくなり、つい最近まで

 悩んでいた我が主神の姿が思い浮かんだ。

 そんな時、扉の裏から足音が聞こえてきて僕はその場からすぐ離れた。

 

 「...気のせいか?妙な気配を感じた気がしたんだがな...ん?

  何だ、こりゃ...?」

 

 青年が木箱を持って、建物の中へと入っていったのを確認し僕は

 屋根の上へと跳び乗り、また他の建物の屋根へと飛び移りながら

 移動する事にした。



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>'、< H'chak

 贈呈し終え、僕は集合場所となる中央広場に辿り着く。

 ただし人が集う場所ではなく、人が入って来ない木々の中で待つ事に

 している。

 

 カカカカカカッ...

 

 鳴くと、順番にそれぞれが鳴いて皆が集った事を確認する。

 商業をしている各ファミリアへの贈呈を誰にもバレず無事に済んだ事も

 確認し、狩りへ向かう事にした。

 今回はそこまで潜らず、戦利品より石を集めようと思う。

 舗装されている道は使わず、そのまま木々の間をすり抜けて行き

 ダンジョンの出入口へ向かう。

 太陽が真上になるこの時間帯はダンジョンへ潜る冒険者も少ない。

 食事をしているためだと思う。

 けれど、少なからず潜る者もいるため気付かれないよう、ダンジョンへ

 続く階段を降りて行った。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 上層である1階層。薄暗い通路には人影はない。

 代わりに、黒い影が蠢いた。

 その影の正体は3体ほどのゴブリンだ。その3体の頭部に3点の

 赤い光点が同時に照射される。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

  

 ドパァッ!ドパァッ! ドパァンッ!

 

 その直後に青白い光弾がどこからともなく発射され、ゴブリンの頭部を

 撃ち抜いた。

 撃ち抜かれた頭部は風船の様に破裂し、残った下半身は関節部に負担が

 かかるような体勢で倒れる。

 静寂の中、ゴブリンの死骸が他者から見れば宙に浮いて、胸部が

 浅く斬り裂かれた。

 その裂傷した部分から覗く魔石が肉片ごと取り除かれる。 

 それによりゴブリンの死骸は消滅する。

 再び静寂が広がり、何も起きなかったような状況となった。

 少し潜って8階層。数体のウォーシャドウと一回り全長が大きい

 上位種のヒュージシャドウが小規模で群れている

 1体のウォーシャドウが何かが風を切りながら接近してきているのに

 気付くが、既に遅かった。

 

 シュパンッ! シュパッ! スパァッ! スパンッ! スパッ! シュパァッ!

 

 一瞬にして数体いたウォーシャドウの首が飛ぶ。異変に気付いた

 ヒュージシャドウは周囲を見渡し警戒する。

 

 『誰か、いるの?』

  

 グガアッ!!

 

 ヒュージシャドウの背後で少女の声が聞こえてきた。

 その声に反応し、ヒュージシャドウは3本の鋭い鉤爪で背後に腕を

 振るう。

 しかし誰も居ない。仕掛けられたトラップだった。

 背後から気配を感じ、ヒュージシャドウは首だけを振り向かせる。

 

 ブ ヂィッ!

 

 その途端に首だけが引き千切られる。 

 胴体を失ったヒュージシャドウの頭部はその胴体と、ウォーシャドウの

 死骸と同時に魔石を残して消滅した。

 消滅した数だけの魔石は浮遊して消える。

 更に潜り11階層。苔に覆われた岩肌の通路の脇にある大穴。

 そこを進んで行くと、正方形状の空間が広がっている。

 

 ガ ァ ア ア ア ア ア ア!!

 

 そこで1体のシルバー・バックが生み落とされた。   

 産声のように咆哮を上げ、その空間から通路へ繋がる大穴を見つけると

 そこへ向かおうとする。

 しかし、目の前で打ち上げ花火の如く大量の火花が襲った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ガ ァ ァ ア ア!!

 

 マズルを調整し、通常のバレットではなく着弾すると激しい放電を

 起こすプラズマバレットを発射した事で白い猿の顔が火花に

 覆われる。

 この空間で仕留めた方が優位になると考え、足止めをするために

 ウルフが撃ったんだ。

 焼夷性が高く、飛び散る火花が散開するため白い猿の顔から上半身の

 数カ所が黒く焦げた。

 ...片目は無事みたいだ。

 両目を潰すはずだったが、片眼は健在だった。火傷して皮膚が

 黒くなっているので判別しやすかった。

 スカーに指示を出す。

 既に空間には皆が散開していて、白い猿の死角から狙っていた。

 

 ...ピヒュンッ!

 

 グシャッ!

 

 ガ ァ ア ア ァ ア ア ア アアアッ!!

 

 スピアガンを撃ち、片目も潰した。

 これで方向はわからなくなる。念のため、レーザーネットを出入口に

 仕掛けてあるので逃れはしないが。

 白い猿は空間の壁際へ移動し、激痛に苦しんで乱暴に壁を叩き始めた。

 その振動で空間の天井から石が降ってくる。

 

 ドガァアッ! ドガァアッ!

 

 ゴトンッ ゴツッ... ゴトッ...

 

 獲物を苦しませて楽しむのは僕らのやり方に反するからだ。

 慈悲として...早く仕留めなければならない。

 僕はチョッパーに指示を出して合図を待つよう伝える。

 他の皆には空間から出るよう指示した。

 段々と壁から天井へ罅が入っていき、崩れるのも時間の問題だった。

 僕はワイヤーを片手に、白い猿の背中へ回って後頭部に飛びかかる。

 

 キュリリリッ...

 

 ギリ ギリ ギリッ...

 

 ガァアアッ! グガァアアアアアアアッ!!

 

 ワイヤーを白い猿の額に巻き付け、僕は背を反らし全体重を後ろへ

 掛ける。

 白い猿は額を締め付ける感覚に驚き、壁から離れると僕が体重を

 掛けているため顔を上に向けた。

 今だ。僕は合図としてゴーグルを光らせる。

 

 ...ズパァッ!

 

 ...ゴトン...!

 

 シミター・ブレイドの切れ味は凄まじく、血が付着する事なく首を

 落す。

 そのまま背中から白い猿の胴体は倒れた。僕は潰されないよう肩から

 胸部へ乗っている。

 天井からの落石に加え、壁も崩れてきたが僕は胸部に

 リスト・ブレイドを突き刺し引き裂く。

 裂かれた皮膚から見えたのは、普段見るよりも大きめな石だ。

 両手そこへ捻じ込み抜き取ろうとする。だが、思う様に抜けない。

 チョッパーは白い猿の戦利品を持ち、僕を待っていた。

 先に行くよう指示し、僕はセレモニアル・ダガーを引き抜き石に

 へばり付く肉を切り離す。

 

 ドゴォォオッ...!

 

 十分切り離したと判断した次の瞬間、出入口となる大穴の前に巨大な

 落石が降り、出入口が

 半分塞がれてしまった。

 だが、隙間からなら出られると確信して石をもう一度掴み、力一杯

 引き抜こうとする。

 そして、ようやく抜き取れた。そのまま脇に抱え、落石を躱しながら

 出入口を目指す。

 隙間に石を投げ飛ばし先に向こう側へ送り、僕も行こうとする。

 その時、上からした音を聞き見上げる。天井が崩れた。単体ではなく

 天井そのものが、落下してくる。

 僕は岩を駆け上り、隙間へ飛び込む。

 

 ド ゴ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 隙間から土煙が漏れてくる。

 僕は間一髪のところで脱出する事が出来た。情け無く座り込むのは

 嫌なので立ち上がる。

 皆も無事か確認し、足元の大きな石を拾い上げて袋に入れようとしたが

 入らない。

 他の皆の袋も大量の石で入らず、これ以上は持ち帰れないと判断する。

 大きな石を抱え、来た道を戻るため僕らは歩き始めた。

 チョッパーは腰に掛けた戦利品に満足していた。

 スカーは僕に無茶はするなと昨日と同じように注意した。

 ケルティックは何も言わなかった。

 ヴァルキリーとウルフは石が手に入った事を称賛してくれた。

 僕は皆それぞれに返答しながら、皆と外を目指した。

 

 「はて?一体、何が起きたのでしょう?」

 「ここってモンスタールームの入り口になってたよね?」

 「岩で塞がれちまってる...まさか、誰か閉じ込められたんじゃ...」

 「それなら手遅れでしょうねぇ。隙間から奥はもう見えません」

 「...残念だけど、諦めるしかないわね。

  イレギュラーに対処するのは難しいってわかってるけど、やっぱり

  気負いしちゃうなぁ...」

 「リオンがここに居なくてよかったな。アイツはそれ以上に後悔してる

  とこだ」

 「ライラの言う通りですね、団長様」

 「ホントにね。...もう時間も時間だし、後日ここを調べてみて遺体を

  探してみましょ」



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>'<、⊦ M’Valis

 「溶けちゃった。てへっ」 

 「ノオォォォォォーーーーー!?

 

 泣き叫ぶ鍛冶師は泡を吹き、その場で力無く倒れる。

 不眠不休で鍛え上げた大双刀を、その一言だけで事の経緯を説明して

 しまったからだ。

 親方と呼んでいる他の鍛冶師達は慌てて駆け寄り、安否を心配する。

 

 「あ、そうそう。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 「何だよ!?今この状況を見て何が聞きたいんだよ!?」

 

 倒れてしまった親方を運んでいる最中にティオナが問いかけてきて、

 苛立ちながらも聞き返す。

 

 「何でも溶かす液に耐えられる武器って作れる?」

 「そんなもん打てるかぁぁあ~~~~~~~っ!

 「えぇ~!そうなの~?」

 

 鍛冶師は怒りを込めた絶叫で答える。

 ゴブニュ・ファミリアは最高品質の武具を作っている。

 だが、質実剛健であっても打てないものは当然ある。それがティオナの

 言っている武器だ。

 溶解に耐える性質を持つ特殊な金属を加工し、武器に混ぜ込む事は

 並みの鍛冶師では容易ではなく、更に言えば打つにしても何年掛かるか

 わからないためだ。

 

 「ここで言っちゃあれだがヘファイストス・ファミリアに頼め!」

 「でも頼んだら高いんじゃないかな」

 「当たり前だろうがぁ~っ!大双刀以上するに決まってんだろ!」

 「つか大双刀の借金すら払い終えてないし!そっち先に寄こせ!

 「あーまた今度返すから」

 「ふざけんなぁあああ~~~~~~っ!

 

 そうしてティオナはアイズが戻ってくると、そそくさと逃げるように

 ゴブニュ・ファミリアのホームを後にする。

 背後から聞こえる怒号に、ティオナは蛙の面に水といった様子だった。

 

 「あーあ。ヘファイストス・ファミリアに頼めって言われちゃったら諦めるしかないなー。

  でも、あそこにオーダーしたらゴブニュ・ファミリアのところよりも高いんだよね...」 

 「でも、また深層へ潜った時に出てくると思うから...

  フィンが用意してくれるかもしれないよ」

 「あ、そっか!そうだよね!」

 

 アイズの予想にティオナは掌に拳を軽く当てて納得する。

 モンスターの特性や攻撃手段に対策を練る事を続けた事で、最高記録の

 59階層へ到達している。

 だからこそ、ヴィルガの腐食液に対抗する手段として溶解に耐性を持つ

 武器を用意するはずだ。

 

 「じゃあ、今度出た時は大双刀の仇を討たないとね!」

 

 フンスと意気込んでいるティオナにアイズは、ふと問いかけてきた。

 

 「ティオナ、あの時どうして血だらけになってたの?」

 「え?...あ、えっと、ミ、ミノタウロスを倒してる時にちょっと派手にやっちゃって...

  それでああなってたの」

 

 ティオナはあの時の事を誤魔化して答える。

 誰にも言わないようにと、約束されたからだ。

 アイズはそれに疑問を抱かず、頷いた。

 

 「そっか...ティオネに洗ってもらってた時、教えてもらえなかったから気になってたの。

  皆も、驚いてたから...」

 「あー、ごめんね?でも、それだけだから大丈夫だよ」

 

 アイズは再び頷きそれ以上は何も聞いてこなかった。

 そうして、会話が途切れるとティオナはあの人物の事を思い浮かべた。

 

 「(あの人は...あたしを助けようとして、ミノタウロスを倒したのかな?

  それともリヴェリアの言ってた通り、狩りたかっただけだったのかな...

  でも、どっちにしてもあたしは助けられたって事なんだし、もう1回キチンとお礼は言わないといけないよね。

   ティオネも皆を助けてくれたから、感謝してもいいって言ってたんだし)」

 

 そう思っていると、急に後ろへ引っ張られる感覚に襲われる。

 驚いて振り返って見てみるとティオネが慌てた様子で胸に巻いている

 布を引っ張っていた。

 よく見れば既に集合していたロキ・ファミリアの仲間達から離れて

 しまっていた。

 仲間の皆も不思議そうにティオナに注目していた。

 

 「アンタどこ行こうとしてるのよ」

 「あ、ご、ごめんごめん!ちょっと考え事してて...」

 「何かを買い忘れたとか、ですか?」

 「ううん!そうじゃなくて、大した事ないから平気だよ」

 

 レフィーヤにそう答えるティオナは考えるのをやめて、打ち上げへ

 向かう事にした。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 受付終了間際になり、エイナは背筋を伸ばして腕を上げながら伸びをし

 時計を見て、安堵したように見える。

 事務作業が意外にも早く終わり、このまま終業時間になれば帰宅できる

 と思っていたからだ。

 ギルドのホールに居る冒険者達も次々と各自のホームへ帰って行き、

 ほとんど人が居なくなってきた。

 

 「今日の夕食はどうしようかな...」

 『ならよ、外食にしようぜ』

 「外食かぁ、まぁたまに...わぁあっ!?」

 

 突然提案され、思わず驚くエイナに後ろを歩いていたミィシャも驚く。

 持ち歩いていた書類を落しそうになるも何とか持ち堪え、エイナに

 文句を言う。

 

 「ビックリさせないでよ~!何があったの?」

 「う、ううん!ま、また、この人が...」

 

 そう言って目の前を指す。

 ミィシャは目を凝らして見ると、黄色く発光する眼が出現する。

 それを見てエイナが驚いていたのかミィシャは納得した。

 

 「この人エイナを驚かせるのが趣味なのかな?」

 「ちょ、ちょっと失礼な事言わないの!ほら、さっさと自分の仕事する!」

 「はーい」

 

 そう返事をしてミィシャは自分の受付へ戻っていった。

 そしてエイナは動かしてしまった椅子を元の位置へ戻し、咳払いをして

 対応し始めた。

 

 「どうも。今日はどういったご用件でしょうか?」

  

 それに答えるように1枚の紙がカウンターに置かれる。

 エイナはそれを持ち上げ読む。

 

 [51階層まで潜った。無事に皆が戻って来る事が出来た。

  石をヴァリスにする]

 

 とても簡略的な説明でもう少し詳しく書いてほしいと思ったが、

 エイナはその人物に労いの言葉を掛け、魔石の換金を承諾した。

 

 「お疲れさまでした。皆さんがご無事で何よりです。まだ換金所は開いていますが、お早めにお願いします」

 

 カカカカカカッ...

 

 眼をもう一度発光させ、今度は低い顫動音も鳴らした。

 相手が返事をしてくれたのに安堵して、エイナはお辞儀をする。

 数秒して居なくなったのを手で触ろうと軽く振りさせ、当たらなかった

 のを確認すると、椅子に座って凭れ掛かる。

 

 「(あの人の担当になって5年になるけど...全っ然慣れない!

  前任者が2年で交代するよう申請してきたのがよくわかったわ...

  だって眼を光らせて、一方的に文章を読ませて終わりなんだもん)」

 

 そう苦渋を思っていると、1人の少女がカウンターをノックするように

 軽く叩いた。

 俯かせていた顔を上げると、エイナの見知った顔がそこにあった。

 

 「どうしたのよ、エイナ。やっと仕事が終わったって感じ?」

 「違うわよ、マリス。ほら、貴女と同じ時期から担当になった人の対応に、ちょっとね...」

 「あぁ、そういう事。じゃあ、ご苦労様って事で今日一緒に飲みに行かない?」

 「...うん、いいわね。そうしましょうか」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラ

 

 ゴトンッ 

 

 僕は石を換える所へ赴き、皆が回収した石を引き出しのような部分に

 入れていく。

 それぞれの袋から大きさの異なる様々な石を入れ、最後に白い猿から

 抜き取った大きな石も入れた。

 奥へ引っ張られようとされたが、大きな石が引っかかってしまった。

 目隠しがされている窓の奥で引っ張っている人物は焦っているようで、

 何度も繰り返している。

 僕は取っ手を掴み無理矢理引っ張り戻して小さな石を掻き分け、大きな

 石を押し込み、引っかからないようにさせて奥へやった。

 しばらくして引き出しの中が埋め尽くされる程のヴァリスが入った袋が

 出された。

 

 「またいつも通り、これは一部だ。すまないが、後日来てくれ」

 

 カカカカカカッ...

 

 僕は返事をして袋を全て取り出し、腰に引っさげその場を後にする。

 その際、迷惑代として目隠しの隙間にヴァリスを入れておいた。

 これは6年前からやっている事だ。相手も何も言わずに受け取って

 くれていると思う。



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>'<、,< N'wort-F

 ジャキンッ 

 

 バチッ...

 

 少しリスト・ブレイドが不調に感じる。伸縮にラグがあり、時折

 火花が散ったりしていた。

 原因は覚えがある。落石を回避している際、リスト・ブレイドで

 弾き返していたからだ。

 僕らの使う武器の耐久性能は、ここで売られている武器より軟弱では

 ない。

 だが、激しい物量の負担が掛かれば、不調となるのは当然だった。

 今、僕らは人通りから離れた木々の中に居る。

 ...戻って直す前に、一度調べてみよう。

 そう判断し、僕は先にマザー・シップへ戻るよう伝えた。

 ヴァリスの入った袋は各自に渡しておいた。自分の分を持って帰るだけ

 なので、荷物にはならない。

 何かあってはならないとスカーが残る事を伝えてきた。

 僕は承諾し、スカーが残り、他の皆は木々の間を駆け抜けていった。

 夕暮れ時となり、既に木々の中は暗く常人の視界ではまともに調べられ

 ないだろう。

 だが、僕は屈んでナイトビジョンに切り替ると、暗視補正機能によって

 ハッキリと見えている。

 

 ガチッ プシューッ...

 

 リスト・ブレイドのガントレットを取り外し、内蔵されている制御装置

 などを覗く。

 レーザーサイトから光波を照射し、スキャンしてみると数カ所の

 カバーの歪みと切断されてしまっている配線を確認出来た。

 この歪みでスリットから伸ばされるはずのリスト・ブレイドが擦れ、

 伸縮が遅れていたんだ。

 配線も切れていた事から切断面から伸びている電線の接触不良によって

 火花が散っていたと理解する。

 配線はともかく歪み程度なら直せると思い、僕は右脚の脹脛に

 備えているウォー・クラブを手にした。

 

 ビィィィィィィ...

 

 ...ジジジッ... ジジッ... 

 

 カンッ! カンッ! 

 

 高出力に設定したレーザーサイトをカバーの歪んでいる箇所に当てると

 熱していく。

 本来はリスト・ブレイドに付着している固まった血を落とすために

 使用するものだ。

 熱せられた箇所は赤みがかり始め、そこをウォー・クラブの刃が

 収納されていない反対側で叩く。

 その個所が平らになり、次の箇所も同じように熱していく。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 打ち上げをする店として、行きつけの店に来ていた。

 ロキが立ち上がって、咳払いをし高らかにジョッキを掲げる。

 

 「今日は宴や!飲めぇっ!!」

 「「「「乾っ杯!!!」」」」

 

 ガシャン!

 

 ロキが音頭をとり、一同は並々と酒が注がれているジョッキを

 ぶつけ合う。

 酒豪のロキとガレスは一飲みして、次を注文した。

 フィンが飲み終えたと同時に、隣に座っているティオネは間髪入れずに

 酒を注ぎ込む。

 それにベートはジョッキを持ったまま呆れていた。

 その3人の向かい側に座っているリヴェリアは静かにアルヴの清水を

 嗜んでいる。

 また、その隣に居るレフィーヤは自分が食べた料理をアイズに勧め、

 それをアイズは食べていた。

 そして、アイズの隣ではティオナが一心不乱に大皿に盛り付けられた

 料理を頬張っている。

 

 「んん~~~!ここの料理、ホント美味しいんだよね~」

 「ティオナ、喉に詰まらせんようにな。しっかり噛め」

 「うん!」 

 

 そう注意していたガレスにロキが飲み比べを持ちかけてきた。

 更に卑猥な権利を餌に他の団員も巻き込み始める。

 そんな中、2人の団員がジョッキを片手にアイズへ近寄った。

 

 「あの、アイズさん!」

 「お、俺達と一献していただけませんか!?」

 「え...えと...私は...」

 「ダメだよー。アイズに飲ませたりなんかしたら、面倒なんだからさー」

 「どーしてもってんなら俺に寄こせ。てめえらの酒なんぞ俺が飲み干してやる」

 

 ティオナが最初に2人を止めようとしていると、ベートが強引に団員

 2人からジョッキを奪い取って、宣言通り全て飲み干した。

 既に赤面しているところを見るに既に自身の飲める範疇を超えていたが

 無理をして飲んだのではないだろうか。

 レフィーヤがアイズに飲酒が出来ないのかを質問した。

 それにアイズは答えなかったが、代わりにティオナが答えた。

 

 「下戸っていうか、悪酔いなんて目じゃないっていうか...

  ロキが殺されかけたっていうかぁ」

 「はい?」

 「ティオナ、お願い...それ以上は、やめて」

 「あははっ!アイズ顔赤~い!」

 「ティオナさん!」 

 

 アイズの顔に抱きつくのをレフィーヤに注意され、ティオナは仕方なく

 離した。

 ふと、ティオナは店内を見渡した。様々な種族が飲食を楽しんでおり、

 その中にあの人物が居ないか探してみたのである。

 それに気付き、アイズが首を傾げながら声をかけた。

 

 「ティオナ、誰か探してるの?」

 「あ...ちょっと、ね。こう銀、っていうか鋼色の仮面を着けた...」

 「仮面...?」

 「店内で着けている人はそう居ないと思いますが...

  その方がどうかされたんですか?」

 「ううん!何でもないよ!気にしないで」

 

 それ以上の事を話すと、危うく答えそうになったので適当に

 はぐらかした。

 アイズとレフィーヤは不思議そうにしていたが、誰かが思い出したかの

 ように、例の件を口にした。

 

 

 歪んでいた箇所を再度スキャンし、少しは正常な形状に整えられたと

 確認する。

 カバーをガントレット本体に嵌めこみ、動作確認をした。

 

 ジャキンッ

 

 バチィッ...

 

 ラグは解消された。火花はやはり散るが、動作に問題はない。 

 僕は立ち上がってスカーに戻るよう伝える。時間はかなり経ったようで

 既に夜空が広がっていた。

 夜は僕らにとって、自由に動け回れる時間だ。

 クローキングは解除しないが、昼間より人通りが格段に減っているため

 屋根を伝って

 走る事はせずに道を歩ける。

 僕が先を歩き、その後をスカーが2人分の間を空けて建物と建物に

 挟まれている、少し狭い道を歩いていた。 

 

 「何が捕食者だってんだ!笑わせんじゃねえよ!」

 

 通り過ぎようとしていた建物の一角で一際目立つ声が聞こえた。

 捕食者、という言葉が聞こえたが気にせずにいた。

 

 「言っただろ、姿を消してんのは雑魚が怖えからだ!優勢どうのとか関係ねえ!

  武器にしても楽して勝つ手段に過ぎねえんだよ」

 

 立ち止まり、その場で建物の中を覗く。

 少し遠方に拡大し、誰が言っているのかを探す。

 ...見つけた。あの狼だ。

 

 「お前らを助けに行ってたアイズは無駄骨喰らったんだぞ? 

  文句の1つくらい言ったっていいんだぜ、アイズ」

 「そんな事、全然ないです...皆が助かったなら...」

 「ケッ...俺はあんな奴らのやり口なんざ反吐が出る...」

 

 ...僕らの狩りを貶すのか...?

 我が主神がお教えくださった掟を侮辱しているのか...?

 

 「主神がどんだけ甘い奴か、想像もつかねえーな。

  武器頼りの軟弱な雑魚にしちまってんだから、ロキよりも酷えだろうけどよ」

 「ちょ、さり気なしにディスってるやん!?」

 

 ...我が主神を罵った。間違いなく、ネフテュス様を...

 

 「ベート。それ以上口を開けば、わかっているだろうな」

 「うるせえ。とにかくだ、感謝だの礼だの俺は願い下げだ。

  ま...あのまま下に潜って死んだってのなら...

  笑えるけどなぁッ!!カハハハハハハハハッ!!」

 

 ...スカー。わかってる。

 ...戦利品にもならない、愚かなアレは許されない。

 ...生皮を剥いで吊るしてやる



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>∟ ⊦' K’pur-de

 発端は1人の団員が、50階層で現れた正体不明の者達がヴィルガを

 倒してくれた事を称賛した事だった。

 先の通りベートは気に入らないが故に、恩を仇で返すような不謹慎

 極まりない発言をする。

 

 ダンッ!!!

 

 ベートを睨み付けたリヴェリアはその音に驚き、鋭くさせていた目を

 見開いて音がした方を見た。

 ティオナが力一杯、テーブルを叩いていたのだ。

 その音は店内に響き渡り、喧騒が一瞬にして消え去る。

 罅が入りそうな程の勢いでテーブルを叩いたティオナは、俯いたまま

 静かに口を開いた。

 

 「いい加減にしなよ。ベート」

 「あぁ...?」

 

 ティオナは顔を上げ、普段の彼女からは想像も出来ない怒気を含んだ

 顔...というより真顔で憤慨している。

 フィンやガレスもその反応に違和感を覚え、持っていたジョッキを

 テーブルに置いた。

 ティオネも注ごうとしていた酒瓶を持ったままの姿勢で、妹の豹変に

 驚いている。

 

 「んだよバカゾネス。俺に文句でもあんのか?」

 「...あるよ、めちゃくちゃあるよ。

  まずそのうるさい口を閉じて黙ってて。その人達の事を馬鹿にするのをやめて」

 「てめぇ...ババアが言ってた連中の事、庇う気か?」

 

 普段のリヴェリアなら、ベートのその呼び方で叱りつけているところだ。

 しかし、当の本人は耳に全く入っていないようでティオナの言葉に耳を

 傾けている。

 ティオナはテーブルを叩いた手を引き、両手を両膝の上に乗せて答える。

 

 「皆を助けてくれたんだから当たり前でしょ?

  それよりも...その人達が死んでしまっているかも知れないのを笑ったのは...

  冒険者じゃなくて人として正直、最低にしか思えないよ」

 「...おい、ガチで怒らせてえのか?」

 

 ベートはジョッキをテーブルの上に投げ捨て、ティオナを睨む。

 ロキ・ファミリアの団員達や関わりのない冒険者達は一触即発の状況に

 動揺し始める。

 ある者は既に店内から避難するように支払いを済ませて、そそくさと

 出て行っていた。

 フィンはガレスとリヴェリアの2人とアイコンタクトを取り、いつでも

 2人を押さえつけるよう指示を出した。

 睨み付けられるティオナは臆する事もなく、淡々と告げた。 

 

 「ベートが怒るのはどうでもいいよ。でも...もしも、あの人がここに居て...

  この話を聞いてたら...

  今頃、ベートは首もがれて殺されてるよ」

 

 ティオナは嘘をつくのが苦手なのはわかっている。

 なので、目の前でベートに対し鋭い眼差しで訴えかけている様子に

 フィンは妙な説得力を感じた。

 そんなティオナが告げた醜怪な自身がされていると言われた例えに

 ため息をつきながら俯いて、目を反らす。

 

 「...くっ、くははは...!ははははははっ!面白れえ例えじゃねえかよ!

  飛び道具の武器を使うしか能がねえ連中がどう俺」

 

 ...シュピンッ

 

 「を、ごぇっ...!?」

 「...え?ベート?」

 

 ドガァアアアアッ!!

 

 腹を抱えて笑っていたベートは自身の首が締め付けられる感覚に

 驚愕する。

 その様子に誰もが困惑していた。

 そして、ベートが椅子から立ち上がると同時に店内の出入口から一瞬で

 飛び出した。

 飛び出した、ではなく吹き飛ばされたようにティオナからは見えた。

 

 バキャアッ!!

 

 「が、っぐぅうう...!おい!誰がやりやがった...!?」

 

 店の前、道端に置かれていた露店のカウンターや品物を入れてあった

 木箱が、吹き飛ばされたベートによって壊される。

 露店の裏にある建物の外壁に叩き付けられたベートは、顔に掛かった

 土埃を振るって立ち上がった。

 

 ザシュッ!

 

 「...がふっ...!?」

 

 その瞬間、腹部に感じる冷たく鋭い痛み。

 何かが腹部に突き刺され、ベートは肺の空気を吐き出した。

 ロキ・ファミリアの団員達は異様な光景に初めは混乱していたが、

 ベートが何者かに襲撃されていると気付く。

 何故なら、腹部から滴る鮮血が見えたからだ。

 

 「ベートさんっ...!」

 

 いち早くアイズはベートの元へ向かおうとした。

 しかし、背後からリューに肩を掴まれて呼び止められる。

 

 「【剣姫】!そこから出てはいけませんっ!」

 「っ...!?」

 「ちょっと!?何言って」

 

 ティオネが動揺しながらも苦情を言おうとしたが、徐ろにリューは

 ベートが座っていた椅子を出入口に向かって投げ飛ばす。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...ジュッ!  ジジジ...                    

 

 出入口から何かが飛びだしてきた。

 それは設置しておいたレーザーネットで、椅子は何分割にもされて

 斬り裂かれる。

 どよめきや悲鳴が聞こえてくるがどうだっていい。今はこの狼の生皮を

 剥ぐためにほぐすだけだ。

 腹にリスト・ブレイドを突き刺したまま、振るい投げ狼を地面に

 叩き付ける。

 

 ドガァアッ! 

 

 「ぐぶっ...!げっ、ぐぅうっ...!」

 

 刺し傷を蹴りつけ、仰向けにさせる。

 

 ドカッ! ぐしゃっ!

 

 「ガ、ァアああアッ!?」

 

 ドゴンッ!!

 

 軽く跳び上がり鍛え抜かれている腹に全体重をかけた膝蹴りを

 叩き込む。

 狼は鮮血を吐き出し、腹の裂傷から血が噴き出した。

 血を吐いたのなら、肺か胃に傷がいったのかもしれない。

 だが、その程度で止めるなど生温い。

 もっと血を流せ

 僕らの狩りを貶した。それは教えてくれた我が主神を貶したも同然。

 僕らの掟を侮辱した。それは掟を定めた我が主神を侮辱したも同然。

 僕らの主神を罵った。それは万死に値する。

 ...惨めに殺してやる

 

 ギリギリギリ...!

 

 「...!っ...!」

 

 喉笛が引き千切れんばかりに、利き腕ではない左手で首を掴み上げた。

 狼は僕の腕を掴み返してくる。爪を突き立てているが、この程度で

 怯んだりなどしない。

 僕の目線まで下ろし、首を掴んだまま右手の拳打を顔面に浴びせる。

 何度も...何度も、何度も。顔面を殴る。

 その度に狼の口内や鼻腔、腫れた皮膚の擦り傷から鮮血が飛び

 散ってきた。



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>∟ ⊦>∟ ⊦ Sh'accl

 「な、何が起きてるんっすか!?...うぶっ」

 「ちょっと、しっかりしてよ!」

   

 異様な光景に酔いが中途半端に冷めたラウルは、吐き気に襲われながら

 突然の事に狼狽する。

 ラウルだけでなく、出入口が赤い光線によって塞がれてしまい店内に

 閉じ込められたロキ・ファミリアの団員達はもちろん、他の冒険者達も

 混乱状態となっていた。

 ロキや幹部の全員は窓から外で繰り広げられている光景を観察し、

 冷静に状況を把握している。

 だが、ベートを一方的に叩きのめしている相手の姿が全く見えない。

 

 「何や!?何がどうなっとるんやあれ!?」

 「姿が見えん...まさか、50階層に現れた奴か?」

 「きっと、そうだよ。さっきの話を聞いてたから...!」

 「激怒...いや、それ以上に憤慨させてしまったようだ」

 

 ガレスの言葉に反応して、ティオナは息を呑みながら答えると

 リヴェリアも考察して答えた。 

 そんな中アーニャとクロエはユラユラと尻尾を揺らしながら興味津々に

 赤い線を観察している。

 

 「この線の隙間を潜ればいいんじゃないのかニャ?」

 「それくらい簡単ニャ。当たらなければ意味がないニャ」

 「止しなさいアーニャ!クロエ!それは動くんです!」

 「「ニャニャッ!?」」

 

 赤い線の隙間を通り抜けようとするアーニャとクロエ。

 その2人を猫のように襟を掴んで、リューはなるべく距離を取らせる

 ように赤い光線から引き離した。

 

 「一度見た事がありますが、それは巨大なモンスターの両手すら斬り落としてしまいます。

  決して近寄ってはなりません!」

 

 声を張り上げて周囲にも注意を促す。出入口付近に居た冒険者達は

 蜘蛛の子を散らすように慌てて離れた。

 アーニャとクロエも冷や汗をかき、身を縮こませる。

 

 「リオン。そのモンスターというのは...」

 「はい。お察しの通り、私達を襲ったあの怪物の事です。そして...

  その怪物に致命傷を負わせたのが、あの赤い線でした」

 

 リヴェリアにそう答えながら、どこからともなく木刀を取り出す。

 

 「不可解な事が起きているようですが、すべき事は1つです。凶狼を助けに」

 「行くのは止しな、リュー。ルノア達もだよ」

 「えっ...?」

 「なっ...!?見殺しにしろと言うのですか!?」

  

 リューは驚愕しながらもミアを問い詰める。

 名指しで呼ばれたルノアも、思ってもみなかったため困惑するしか

 なかった。

 店内にいる全員もミアに注目する。それを気にせず、ミアは料理を作る

 手を止めない。

 

 「そんな事は言っちゃいないよ。ただ、身内の問題はそっちに片付けてもらおうってだけの事さ。

  店の中だったら一発ぶん殴ってるところだけど、外へ出たからには手出しは出来ないよ」

 「で、ですが...!」

 「それと...あの犬っころを殴ってる奴が、迷惑代としてこれを渡してきたんだ。

  尚更、手を貸す事は出来ないよ」

  

 大量のヴァリスが詰まった袋を片手にそう答えた。

 リューはヴァリスぐらいでミアは危機的状況となっている人命を、

 見捨てるのかと思った。 

 ただ、ミア自身も目を反らしたまま仕方なくといった様子で答えて

 いるのだと、リューは気付き口籠もってしまう。

 

 「そもそもあの犬っころが撒いた種じゃないか。うちがどうこうするなんて事はないと思うけどね。

  身内が問題を解決するのが筋ってもんじゃないのかい?」

 「...店主の言う通りだ。フィン、私達で助け出さなくては」

 

 リヴェリアがそう伝えようとしていると、ベートの叫び声が聞こえた。

 

 「だ、団長!ベートさんが!」

 「わかっているよ、リーネ。すぐに...ティオナ!?」

 

 リーネは窓から見える光景に青ざめ、フィンに助けを乞う。

 水を一飲みし、酔いを覚まさせたフィンは急いで出入口のそばにある

 窓から出ようとした。

 だが、それよりも先にティオナが窓の外へ出て行く姿が見えた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ドシャッ...!

 

 「ご、ぁ!ぐ、ぇ...!」

 

 ポタポタ...

 

 ...頃合いだ。生皮を剥いで吊るそう

 僕はリスト・ブレイドを伸ばし近づいていく。

 しかし、誰かが邪魔しに入って来た。

 

 「やめてっ!もう...やめてあげて」

 

 ...あの時出会った褐色の少女だ。何故、ここに現れて...

 ...そうか、彼女は後ろに転がっている狼と同じファミリアなのか。

 そう理解した僕は、狼の生皮を剥ぐだけで十分なので、彼女を

 押し退けようとする。

 

 「私が代わりに謝るから!...ごめんなさい!

  君達の狩りを馬鹿にして、本当にごめんなさい!」

 

 けれど、狼の前に立ったまま庇いながら謝罪してきた。彼女が謝る

 必要などないのに...

 

 「ベートは酔っ払ってるっていうのもあるけど、元々こんな口の悪い奴だから

  君達の事を馬鹿にしたの。

  止められなかった、あたしも許されないと思うから...

  あたしを好きにしていいから、もうベートを傷付けるのはやめて!」

 

 懸命にそう訴えてくる彼女の瞳には、恐れを感じなかった。

 寧ろ力強い何かを感じる...

 ...そうか...彼女は仲間を助けたいんだ...

 僕らは協力はするが、助けたりはしない。

 不名誉になるからだ。だから、白い猿の石を取り出す時、皆は手を

 貸してこなかった。

 僕らや我が主神を罵倒した狼を、彼女は仲間として守ろうとしている。

 それも自分が身代わりになると言って...

 彼女はやはり強いと称賛出来る、改めて僕は彼女を認めた。

 褐色の少女の横に立つスカーはネット・ランチャーを構え、壁に 

 張り付けにしようとしていたが、僕は止めるよう指示を出す。

 ...彼女を傷付けたくない、そう思ったからだ。



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>∟ ⊦>'<、⊦ N’Disa-ppr

 ティオナは虚空を見つめている。

 だが、それは第三者から見ればそうなのだ。

 目の前には確かに誰かがいる。それはティオナだけが認識している。

 しばらく何もしてこない事にティオナは、許してくれたのかと思って

 いた。

 しかし、先程までベートに対し過激な暴力を振るっていた相手が

 そう簡単に許したとは思えない。

 だから、背後で瀕死となっているベートの前から動いてはならないと

 思っているのだ。

 

 「ティオナ、単独で動いてはダメだよ」

 「フィン...ベートは、大丈夫そう?」

 「...ベート、大丈夫かい?」

 

 後ろから近寄ってきたフィンにベートの安否を確認する。

 フィンは血みどろとなって倒れているベートに声をかけた。

 呼吸が浅く、返事もままならなくなっているが生命維持は途切れて

 いなかった。 

 それに安堵するが、このまま放っておけば手遅れになりかねないのは

 明白だ。

 

 「息はある。だけど、すぐに応急処置をしないと」

 「うん。...フィン。多分、まだ目の前にいると思うから...

  フィンも謝っておいた方が、いいんじゃないかな。

  50階層で、皆を助けてくれたお礼も言っておかないと...」

 「...その通りだね。リーネ!他のヒーラーと応急処置を頼む!」   

 「は、はい!」

 「リヴェリア以外、その他の全員は店内で待機してくれ。

  それと、誰も窓から覗き込まないように!...ロキもだよ」

 

 ロキが不満そうに答えてくるが、もしも相手が周囲からの視線が

 気に障り、何をしてしまうかわからないからだ。 

 指示を出されたリーネは、他のヒーラーと窓から外へ出てくると

 ベートに駆け寄る。

 重傷を負ったベートの姿に誰もが息を呑んだ。

 当然と言えば、当然である

 リーネは万が一のためにと備えていたポーションを全身、そして顔に

 振りかけた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕はスカーにレーザーネットを回収するよう伝えた。

 回収していっている間に、僕は褐色の少女の背後から現れた金髪の

 少年に目を向ける。

 更にもう1人、見覚えのあるエルフの女性も近寄ってきた。

 

 「...まずベートの非を謝罪しよう。本当にすまない」

 「私からも謝罪する。すまなかった、恩を仇で返すような事になってしまって...」

 

 僕は謝罪に対して答えない。答えるつもりはないからだ。

 我が主神を貶し、侮辱し、罵った狼が謝罪してきたのなら別だが、

 この2人が頭を下げてくるのは、間違っているのではないだろうか。

 

 「...ねぇ、もう2人には言ってもいい、かな?」

 

 褐色の少女が問いかけてくる。恐らくあの時の約束を破棄しようと

 思っているようだ。

 件の金髪の少年とエルフの女性は何の事なのかと、褐色の少女の方を

 見ている。

 このまま去ってもいいが、彼女に対して無礼な事はしたくない。

 ...それなら、承諾しよう

 周囲に人がいない事、窓から誰か覗き見していないかを確認し、僕は

 ゴーグルを発光させる。

 

 カカカカカカ...

 

 声による返事も代わりとして、あの時聞かせた鳴き声を出す。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 フィンとリヴェリアは突然の事に驚きを隠せなかった。

 ティオナの言っていた言葉の意味を聞き出す前に、相手からの

 コンタクトがあったからだ。

 

 「ありがとう...あのね、2人とも。実はあたしも助けられた事があるの。

  ほら。遠征で地上に戻ってる最中、ミノタウロスの大群が逃げ出したでしょ?

  あの時、油断してて倒せなかったミノタウロスが襲い掛かってきた時、助けてもらったんだ」

 「そうだったのかい?...じゃあ、さっきの発言からして誰にも言わない約束をしていたんだね」

 「うん。それに...」

 

 何かを言おうとするティオナだが目の前の人物を見て、口籠った。

 流石に姿まで教えてしまうのはダメだと思ったからだろう。

 

 「それに、何だ?まだ何か」

 「う、ううん!そ、その時にも、さっきの鳴き声みたいなのを出して返事をしてたから...

  いいよって意味なんだと思うよ、って言いたかっただけ」

 

 誤魔化すように、本来とは違う返答をした。

 フィンとリヴェリアは、ティオナが姿を知っている事を知る由も

 ないので、その返答だけで納得していた。 

 

 「...それなら、君が誰なのか問いかけても、答えてはくれないという事だね」

 「ベートの事もあるんだ。我々が拒否権を出させる事など出来ない」

 「わかっているよ。...ただ、ベートの発言に対しての謝罪を受け入れてもらえたかどうか。

  それだけは知っておきたいんだ」

 

 ...愚問だ。許したりはしない。

 だが、褐色の少女の勇敢な行為を、今度は僕が侮辱するような事をする

 訳にはいかない。

 それなら...

 

 カリカリカリカリ...

 

 「(何の音だ...?)」

 

 僕は紙に返事を書き記すと、ゴーグルの発光を消す。

 驚いている褐色の少女に近づき、右手首を掴み持ち上げさせると掌の

 上に紙を乗せた。

 そして、そのまま足音を立てないで、その場を去った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ティオナは手を掴まれ、何かを持たせられた事に戸惑いながらもそれを 

 見る。

 1枚の紙だった。短く文章が書かれているのも確認する。

 

 「それは何だい?」

 「わかんないけど、多分返事を書いてくれてたのかも。

  言葉は通じてるんだけど、話せないみたいだから...」

 「そうか。では、なんと書いてあるんだ?」

 

 リヴェリアの問いかけに、その短い文章を読む。

 読み終えたティオナは俯いて唇を噛みしめる。

 

 「...次は、生皮を剥いで吊す、って書いてあるよ」

 「...これは、大失態を晒してしまったね」

 「ああっ。...リーネ、容体は?」

 「な、何とか手当をして呼吸も正常になりました。ですが、しばらくは絶対安静に

  してもらわないと...」  

 「そうだろうね。それだけやられたのなら...ダンジョンへ行かせるのも、当分は禁止かな」

 

 そう検討するフィンと、完治した際は猛省させると決めたリヴェリアは

 ベートをリーネ達に任せ、ロキと団員達が待つ店内へ向かおうとする。

 先程まで出入り口に仕掛けられていた赤い線は消えていたため、

 そこから入っていった。

 狭い道の真ん中でティオナは、感覚的に去って行ったであろう方向を

 見つめ、呟いた。

 

 「...もう、会えないのかな...」




没案では、お忍びで豊饒の女主人には来ている事にして、ベートが罵倒した事で
     ケルティックがベートを粛清しようとするとベルが止めるような
     展開にしていました。


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>∟ ⊦ ̄、⊦ P'distu-ce

 「...ロキ、とその子は呼んでいたのね?」

 『間違いなく...そう呼んでいました』

 「そう...じゃあ、少し話し合ってこないといけないわね。

  騒ぎ立てられず、穏便に済ませたいところだわ」

 『...ごめんなさい』

 「いいのよ。私のためを思ってした事なのだから、皆もわかってくれているわ。

  ...それじゃあ、準備をしないと。ウラノスに迷惑をかけてしまうわね...

  ふふっ。でも、俗世にお出かけなんていつ以来かしら」

 

 我が主神は玉座から立ち上がり階段を降りると、奥へと消えて

 いかれた。 

 お姿が見えなくなり僕も立ち上がる。...リスト・ブレイドの汚れを

 落そう。

 そう思い僕はレーザーサイトを照射し、固まった血を熱で溶かす。

 後で、ガントレットをビッグママに修理してもらわないと...

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 後日、フィンとロキが対談をしていた。

 

 「ベートには絶対安静にしないといけないから、ダンジョンへ潜るのはしばらく禁止と言っておいたよ。

  顔が固定されてて、頷いてるのかわからなかったけど」

 「リーネもあんなにまで包帯巻かなアカンかったんかって思うけど...まぁ、ええわ。

  で...件の捕食者やったっけ?が、これを渡して居らんくなったんやな」

 

 テーブルに置かれていた紙を手に取り、天井に向けながら眺める。

 短い文章の意味からして、ベートがまた罵倒すれば確実に危険だという

 事はロキにも理解できた。

 

 「にしてもティオナがそいつと面識があって幸いやったなぁ~」

 「そうだね。巡り合わせが1つでも違っていれば...ベートは殺されていたよ」

 

 それだけでなく下手をすればティオナも危機的状況に巻き込まれて

 いたのかもしれない。

 そう考えると、フィンの蟀谷に一筋の冷や汗が流れた。

 

 「というか...酔っぱらってたとは言うても、あのベートをボコボコにするなんて

  どんだけ腕っ節が強いやねん!レベル5相手にやで!?

  武器がどうのこうのとか関係あらへんやん...」

 「だから、僕としてはもう会えなくなるというのが残念に思うよ。

  彼らと協力関係を結べたら、心強いと思っていたものだから」

 

 それがフィンの本音だった。

 仲間を傷つけたとはいえ、ベートを叩きのめすほどの強さ、ヴィルガを

 倒せる武器を持つ彼らとなら、深層へ到達するまでの負担も軽減が

 出来ると思っていたからだ。

 それを察して、ロキはフィンに笑いかけた。

 

 「まぁ、過ぎた事を悔やんでも遅いんやし、うちらはうちらでやってやろうや!」

 「ああっ、そうだね。ロキ」

 

 頷くフィンにロキは、ふと何かを思い出し左の掌を軽くポンッと

 拳で叩いた。

 

 「せやった。明日な、ガネーシャんとこのパーティーに招待されたねん。

  それだけ覚えとってな」

 「わかったよ。でも、飲みすぎたり他の神に迷惑をかけないでくれよ?」

 「大丈夫やって。目ぇ付けとるんは1人だけで、それに...

  その捕食者の情報をそれとなく調べてみるわ」

 「それは助かるよ。何かわかったら教えてくれるかい」

 「おう!任せときや!」

 

 少しでも情報を集めたいフィンは、ロキを頼る事にした。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「では、お大事にとお伝えください。

  ...それと絶対に体を動かさせないようお願いしますね」

 「は、はい。ありがとうございました」

 「ご足労かけてすまなかったな」

 

 ベートの自室の前で検診に赴いていたアミッドはお辞儀をする。

 同様にリーネとリヴェリアも頭を下げ、感謝の意と労いの言葉を

 述べた。

 そこへロキとの対談を終え、フィンが様子を見にやってきた。

 

 「アミッド、急に呼び立ててしまって申し訳ない。忙しい中来てもらって」

 「いえ。仕事ですから。しかし...幸運でしたね。

  傷付いた内臓器官に特効性があるポーションを大量に用意しておりましたから」

 「本当に感謝しているよ。だけど、本当によかったのかい?

  2本も無料で提供してもらって」

 「そ、そうですよ、アミッドさん。遠慮せず受け取っていただいても...」

 

 本来であれば2本で600万ヴァリスはするポーションをアミッドは

 フィンの言った通り無料で提供してくれたのだ。

 まだ十万ヴァリス単位での赤字はともかく何百万となると、

 かなりの額だ。

 しかし、アミッドは平然とした口調で答えた。

 

 「いえ、お構いなく。理由は定かではありませんが、昨日ドロップアイテムを大量に贈呈してもらい、そのおかげでポーションを量産出来たんです」

 「あぁ、そういえばティオネが無償でそうしたのが腑に落ちないってずっと呟いていたね」

 「その贈呈してくれた者にも、彼らと同じく感謝しなくてはな。

  どこのファミリアか教えてもらえないだろうか?」

 

 その問いかけにアミッドは首を横に振るう。

 リーネはそれに首を傾げた。

 

 「それが...全くわからないんです」

 「え?わからないって...教えてもらえなかったんですか?」

 「そもそも、治療院の入口に無造作に置いて去って行きましたから。

  手掛かりとしては、この添えられていた紙のみです」

 

 ポケットから丁寧に折り畳んでいたあの紙を取り出す。

 それを見たフィンは、同じ様にポケットに仕舞っていた同様の紙を

 取り出した。

 アミッドはそれに気付くと、リヴェリアとリーネも同じように驚いて

 いた。

 

 「それは...同じ紙のようですが...?」

 「...皮肉だろうけど、ベートも彼らに助けられたという訳だね」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ロキ・ファミリアのホームにある食堂では、昨日の事で様々な意見を

 団員達が出し合っていた。

 ベートの自業自得であり彼らには非がないという者も居れば、瀕死に

 なるまで甚振る事はなかったという者、これに懲りて少しは反省して

 くれてほしいと思う者。

 それぞれが思い思いを語っていると、二日酔いでゲンナリしている

 ラウルが遅めの朝食を摂りにやって来た。

 すると、アナキティが彼の名前を呼び手招きをしてきた。ラウルは

 それに気付き近寄って行く。

 

 「ほら、ラウルの分を用意しておいたよ。危うく無くなるところだったんだから」 

 「面目ないっす...さっきまでトイレに篭ってたもんで...」

 「私も、ちょっと頭がグワングワンするんだよね...

  やっぱ調子に乗って、飲み比べするのはよくないなぁ...」

 

 長い耳を根元からペタリと垂らし、ラクタはため息をつく。

 つられてラウルもため息をつくとアナキティも呆れてため息をついた。

 昨日の打ち上げで、ロキとガレスの酒豪相手に飲み比べをした団員達は

 全員、二日酔いでラウルとラクタと同じ状態になっていたのだからだ。

 呆れると言えば当然だと思える。

 

 「ところで、さっきから皆何の話し合いをしてるんっすか...?」

 「決まってるでしょ。昨日のあれについてよ。

  ベートをコテンパンにした相手が悪いのか悪くないのか議論してるの」

 「あぁ...そういう事すね...」

 

 ラウルは水を飲みながら、団員達が何を話しているのか理解した。

 ロキ・ファミリアきっての問題発言をするベートが、他のファミリアの

 団員を罵倒してしまう事は今回だけではない。

 だが、あれだけ叩きのめされたのはリヴェリアのお叱りを除いて他に

 例を見ない。

 

 「私は全然悪くないと思うけどなぁ。私達は慣れてるけど、他人からすれば普通怒るに決まってるし」

 「何より仲間を間接的にだけど助けられたから、文句は言えないわよね。

  まぁ、殺されなくてよかったとは思うけど」

 「もし...またベートさんと出くわしたら今度こそやばいっすよね...

  何でも生皮を剥いで吊す、と書かれた紙を渡されたそうっすよ」

 

 その発言にアナキティ、ラクタ、そして話し合っていた団員達が

 押し黙る。

 ラウルはパンを咥えたまま、墓穴を掘った事を悟った。

 その物騒な内容については、まだ言わないようフィンから伝えられて

 いたからだ。

 

 「本当なの、それ?」

 「野蛮過ぎでしょ...」

 「い、いやでも、ほら!もしかしたらブラックジョークでそう書いたって事もあり得るっすよ!?

  ベートさんがもうそういう事を言わないようにとかで」

 

 ラウルは思考を巡らせて、この場に居る全員が出来る限り納得するよう

 言い逃れようとする。

 しかし、ラウルの声が届かない団員達は、捕食者に不信感を抱くの

 だった。



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>∟ ⊦,、 ̄、⊦ B’feln-s

 翌日、ビッグママから修理が完了したリスト・ブレイド専用の

 ガントレットを受け取る。

 試しに伸縮する動作を確認してみた。

 

 ジャキンッ ジャコンッ

 

 カカカカカカ...

 

 正常に作動する。僕はビッグママにお礼を述べた。

 ビッグママは眉に拳を当て返答した。承認を得たという動作を別の

 意味で読み取ると、どういたしまして、と言ったようだ。

 僕は肩に手を置き、挨拶をしてから部屋を出た。

 丁度通り掛かった、フィーメルが声を掛けて来る。

 皆が集まって今後の行動について話し合うそうなので、フィーメルに

 僕は了解したという意味を込めて、眉に拳を当てた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ベート・ローガが何者かにより重傷を負わされたという、信じ難い噂が

 昨日から冒険者の間で広まっていた。

 その噂を確かめようとしてくる冒険者に、本日も今朝方からミィシャは

 質問攻めを受けている。 

 

 「ですから私もそんな事は知らないんですってば!」

 「だけど、ロキ・ファミリアの担当してるんだろ?それなら...」

 

 そのような噂が広まった原因は豊饒の女主人に居合わせた冒険者達が

 話していた内容を、他の冒険者達が盗み聞きしてしまったからだ。

 現在、ロキ・ファミリア自体は公表しておらず、担当を受け持っている

 ミィシャも未だに把握していないため答えようがない。

 ギルドもその噂については根も葉もない話だと抑制として貼り紙を

 貼っている。

 だが、噂が真実なのか知りたい者が未だに居るようだった。

 

 「はぁぁ~~~...もう~!知ってても教えられないのはわかりきってるのに何で聞いてくるのかな~!」

 「ロキ・ファミリア担当なんだから、当てにしてくるのは仕方ないでしょ。

  ...でも、本当なのかな?第一級冒険者に重傷を負わせるなんて...」

 「どんな人物だったのか、皆は口を揃えてわからなかったって言ってるし...

  ホントに変な噂だよね~」

 

 ミィシャは背凭れに寄りかかり、天を仰ぐ。

 その様子を見ながら、エイナはもうじき始るモンスターフィリア祭で

 何か良からぬ事が起きるのではないかと、心配がするのだった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...2日前に起きた事で彼らに敵愾心を抱いている者も少なくはないだろう。

  だが、あれはベートの言動が原因だ。憤慨するのも無理はないんじゃないかな?

  よって、彼らに返報をしようなんて考えはしないでくれ。

  ダンジョンに潜った際、もし万が一彼らと出会すような事があれば...

  ティオナと同じ様に謝罪するしかないだろうね」

 

 食堂に集められたロキ・ファミリア団員達にその報告が告げられたのは

 朝食後だった。

 フィンの説明通り、こちら側に非があると理解していたほとんどの

 団員達は素直に頷き、聞き入れる。しかし、一部の団員達は少なからず

 納得していなかった。

 確かにベートが原因ではあるが、ロキ・ファミリア全体としての問題に

 捉える事やオラリオ最大派閥のファミリアの団員としてそう簡単に頭を

 下げる事などしたくないからだ。

 その様子を見過ごさないフィンは、釘を刺す様に言った。

 

 「知っての通り、彼らには助けられた。それは皆も認知しているはずだ。

  あの時は感謝の言葉も述べる事が出来なかった僕としては、とても残念に思っている。

  だから、ロキが彼らの素性についての情報を得る事が出来たら、どこのファミリアなのか調べた後、ホームへ赴いてみる事にしたよ。

  団長としてキチンと話し合いはしておきたいんだ。

  誰もが憧れるロキ・ファミリアの威厳や求心力を無くしてしまうかもしれないのだからね」

 

 その言葉に納得していなかった団員達は、自身に言い聞かされたように

 俯いた。

 そして、解散の号令が掛けられ団員達はそれぞれ予定していた事を

 行うため食堂を後にした。

 

 「...はぁー...」

 

 フィンからの報告を聞き終え、ティオナは中庭のベンチで膝に肘をつき

 顔を支えるような姿勢で座っていた。

 理由は、ベートの罵倒が原因で怒らせてしまった捕食者と会えなくなる

 事を考えているからだ。

 

 「(もうっ...ベートのせいであの時は謝る事しか出来なかったじゃん。

   このまま何も言わずに会えなくなるなんて...

   そんなの...後悔するだけだよね...)」 

 

 何度目かわからないため息をつく様子をティオネはアイズ、

 レフィーヤと共に遠目から見ていた。

 ホームの通路となっている階段の窓から。

 

 「まさか、ティオナも助けられていたなんてね...

  通りであの時、余所余所しい感じがしてた訳だわ」

 「打ち上げ前に、皆と合流した時も、考え事をしていて通り過ぎていってたけど...」

 「多分、捕食者と呼ばれる人の事を考えていたんですね。

  店内で誰かを探していたのも...」

 

 3人は答え合わせをするように今までのティオナの行動を思い返す。

 嘘をつくのが苦手なため、誤魔化すのも目に見えて隠し事をしてるのが

 わかりやすい。

 しかし、重大な事を隠しているという事までは見抜けなかった事に

 ティオネは姉として自身を不甲斐なく思った。

  

 「...ティオナは、何を悩んでるのかな?」

 「決まってるでしょ。捕食者にお礼を言えなかった事を悔やんでるの。

  昨日はベートがやらかした事を代わりに謝ってて、言う暇がなかったみたいだし」

 「さ、流石は姉妹ですね。そこまでわかるんですか...」

 「何となくよ。本当に...」

 

 そう答えるティオネだが本心では、今のティオナが何を考えているのか

 わからない。

 他者に対する思いをどう汲み取っているのかまでは、姉妹といえど

 心までは読めるはずもないのからだ。

 相談に乗ったとしても、何気なしに言ってしまった言葉で妹の意思を

 傷付けてしまうかもしれない。

 それなら、どうすればいいのか?

 ティオネは改めて不甲斐ない自分に眉を広め、罪悪感に駆られるの

 だった。

 

 「...あの人は、どうやってあんなに強くなったのかな...」

 「ア、アイズさん!?あんな野蛮な戦い方を真似するおつもりじゃないですよね!?

  ダ、ダメですよそんなの!」

 「レフィーヤ。アンタもベートみたくなりたくなかったら、そういう事は外で言わない事よ。

  今度こそ、殺しに掛かるはずだから」

 

 淡々と忠告するティオネに、レフィーヤは固唾を飲んだ。

 ベートはティオナが説得をしたおかげで助かったが、次にまた捕食者に

 殺されそうになり、ティオナがその場にいたとしても意味を成さない

 かもしれない。

 それを見越した上で、レフィーヤに忠告したのだろう。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 夕方となり、僕を含めた皆は出入口のハッチで我が主神を見送るため

 集まっていた。

 我が主神は美しい肉体に白い布を巻き、外の空気で穢されないように

 していた。

 僕は送迎の役目を任されたので付き添う事となっている。

 

 「じゃあ皆。行ってくるわね」

 

 そういうとハッチが開き、僕は手を取って転倒されないよう支えながら

 降りて行く。

 その時スカーが、気をつけるようにと注意してきた。

 僕はもちろん、と眉に拳を当てて答える。そのやり取りを見て、

 我が主神は笑みを浮かべていた。

 マザー・シップの傍に用意していたスカウト・シップへ我が主神と

 乗り込む。

 

 カチッ カチッ カチッ

 

 ...ギュォォォォォン...!

 

 エンジン点火。システムオールグリーン。

 

 ピッ ピッ ピピッ

 

 クローキング起動。目的地設定完了。

 発進準備は出来た。僕は操縦桿を握り締める。

 テイクオフ。

 

 グ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ !!

 

 頭上の木々から伸びる枝を掻き分けながら垂直離陸をする。

 地上に居る人々に気付かれない空域まで上昇し、重力制御システムを

 起動させると、ジェットブースターを停止させる。 

 スカウト・シップは無音の状態で滞空し、エンジン音は周囲に

 鳴り響かなくなった。

 操縦桿を操作ながら方向転換し、スカウト・シップを飛行させ目的地へ

 向かい始める。 

 上空から見ると、オラリオの街は点々とした灯りのみで照らされて

 いるのがよくわかる。 

 ものの数分で目的地に到着し、着陸出来る場所を捜索する。

 ...見つけた。ここの空き地で待機しておこう。

 スカウト・シップを降下させていき、誰にも気付かれないよう音を

 立てず着陸した。

 キャノピーを展開させ、先に僕が降りてから我が主神の手を

 取り下ろした。

 

 「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」

 『はい』

 

 僕は我が主神の言いつけ通り、スカウト・シップで待つ事となった。



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>∟ ⊦>'、,< Paya’Nephthys

 神の宴の主催者であるガネーシャが眷族と共に演説を行なっていた。

 ガネーシャコールが起きて盛況となっている中、ロキは周囲にいる

 神々の顔を伺いながら、捕食者について何か知っていそうな男神や

 女神を探していた。

 しかし、どの神々もめぼしいといった事はなく会場を歩き回るしか

 なかった。

 

 「おお、ロキじゃないか」

 「ん?よぉー、ディオニュソス。来とったのか」

 「ああ、せっかくだから情報収集もかねて足を運ばせてもらっているよ」

 「あらぁロキ。お久しぶり、元気にしていた?」

 「おおぅ...デ、デメテルもいたんか...」

  

 ディオニュソスに続き、デメテルも嫋やかに声をかけてきた。

 その豊かな胸が揺れる度にロキは怯んで、震えながら思えず下がって

 いった。

 

 「あ、な、なぁなぁディオニュソス。ちょっと聞きたい事があるんやけどええ?」

 「何だい?私の答えられる事なら話すよ」

 「ほな...うちの団員についての噂...あれで何か心当たりとかあらへん?」

 「あら、何か問題でも起きているの?」

   

 ロキが質問してきた内容に、デメテルは首を傾げる。

 商業系のファミリアはあまりギルドへ赴く事は少ないため、

 風の噂なども届かないからだろう。

 それを聞いてディオニュソスは自身の把握している範囲で説明を交え

 デメテルに教えた。

 

 「何でも、凶狼の二つ名を持つロキの子供が何者かに襲撃されて重傷を負ったんだとか。

  今、オラリオではその話で持ちきりみたいだよ」

 「まぁ...それは大変な事が起きていたのね...その子は大丈夫なの?」

 

 慈悲深くデメテルはベートの安否を気遣った。

 ロキは心配そうにしているのを見兼ねて、笑いながら答える。

 

 「大丈夫やで。あんくらいでくたばる奴ちゃうからな。

  それにベートが相手側を罵倒したんやし、自業自得としか言えへんわ」

 「そうなの...だから、その相手を知るためにここへ来たのね」

 「そゆこっちゃ。で、その相手なんやけど...」

 

 ロキはこれまでフィン達から教えてもらった相手の情報を元に、

 ディオニュソスに問いかけた。

 ディオニュソスは顎に手を添え、数分考えていたが首を横に振る。

 

 「いや、すまないがそういった魔道具を所持しているファミリアについては、何もわからない。

  ...もしかすると、イヴィルスの」

 「それはないな。せやったら止めようとしてたティオナごと問答無用で殺してたやろし。

  フィンも違うとはっきり言うとったわ」

 「そうか...しかし、自分の子供を傷付けられたという割りにはとても冷静だね?」

 「言うたや~ん、自業自得って。せやから、報復とかそういうのは間違ってもせえへんで」

 

 そうディオニュソスの顔を見ながら答えている中、ふと、ロキは背後に

 見える柱の貼り紙に目がいく。

 ディオニュソスもそれに気付き、3日後にモンスターフィリア祭が

 開催されると言った。

 目玉となるモンスターをテイムする見世物を邪魔しないよう、

 念を押すためにガネーシャは神の宴を開いたのだという。

 

 「ロキはフィリア祭には行かないの?」

 「ファミリア内のゴタゴタがまだ収まってないから行かれへんねん。

  はぁぁ~~~...ホントならアイズちゃんと行きたかったんやけどなぁ~」

 

 そう落ち込みながら重たくため息をつき、近くを通り掛かった

 ウェイターからグラスを手に取る。

 一口飲んでいると、目線の先に見知った女神2柱を見つけロキは

 無邪気な子供のように笑みを浮かべる。

 ディオニュソスとデメテルに別れを告げ、その場から去って行った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「おーい!ファーイたーん!ドチビーー!!」

 「ロキ...何しにきたんだよ、君は」

 

 ヘファイストスと会話をしていたヘスティアは、ロキが近寄ってくると

 眉根を寄せながら両手を腰に当てる。

 二の腕に引っかかる青い紐が上に引っ張られ、小柄な体とは裏腹に

 豊満な胸が寄せられる。

 ロキは2人の元へ辿り着き、口を開くなりヘスティアを見下しながら答える。

 

 「何や理由があるから来たに決まってるやんか。ま、ドチビやのうてファイたんにやけどな~?」

 「...!...ッ」

 「...すごい顔になってるわよ。...それで、私に用って...あの噂について?」

 「おっ!話が早くて助かるわ~。さっきディオニュソスとデメテルにも話しは聞いたんやけど...」

 

 目を見開いて、青筋がハッキリ立つほど激怒寸前のヘスティアを余所に

 ヘファイストスは問いかけた。

 噂については知っているようで、真剣な眼差しをロキに向けている。

 ロキはディオニュソスと同じように捕食者について問いかけた。

 ヘスティアは捕食者の正体よりも、ベートが殺されかけたという事に

 驚き、対照的に冷静なヘファイストスは武器の解析をする。

 

 「...溶かされない武器は確かに創れない事はないけど...

  投げ飛ばして自由自在に操ってから手元に戻ってくる武器なんて正直、私でも

  創れないわね。そういうのは魔法の類いに近いから」

 「マジか!?ファイたんでも無理やとしたら...どこの誰が創った武器なんやろなぁ」

 

 ロキは予想外の答えに驚く。

 武器に関して右に出る者はゴブニュだけとされる、ヘファイストスの

 腕を持ってしても、創り出す事は出来ないと言われたのだから

 当然ではある。

 ここへ来て頼みの綱であったヘファイストスの答えを聞いて、ロキは

 打つ手なしと、ほぼ確定したようでガックリとした。

 そんなロキにヘスティアが問いかけてくる。 

 

 「けど、いくら馬鹿にされたからって君の子供を殺しそうにしたのは...

  許されないんじゃないのかい?」

 「それディオニュソスにも言われたんやけど、ベートの自業自得って事で収めるつもりや。

  こっちから手を出して返り討ちに遭うなんてアホみたいな事、ウチはせんで。

  ドチビなら間髪入れずにギャンギャン吠えて訴えそうやな~。

  まぁ、ファミリアが潰された挙句、強制送還されそうやけど」

 「な、何を~~~~~!?

 「やめなさいよ。もう...」

 

 2人が取っ組み合いが始め、ヘファイストスは頭を抱えてため息つく。

 周囲の神々はどちらが勝つか賭け始め、再び賑わい始める。

 

 ...ヒタヒタ

 

 ぞわっ...

 

 「...あん?」

 「こ、この感じは...?」

 

 その時、凍り付くほどの冷気が漂ったような悪寒が会場に居る全員の

 背中に走る。

 取っ組み合っていたヘスティアとロキ、ヘファイストスも気づいて

 動きが止まっていた。

 

 「...2人とも、落ち着いた方がいいわよ」

 

 そう告げたヘファイストスは固唾を飲んだ。

 ロキは掴んでいたヘスティアの頬を離し、ヘファイストスが視線を 

 向けている方を見る。

 

 「元気そうね。ヘスティア、ロキ。それにヘファイストスも」

 「...ネフテュス先輩」



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>∟ ⊦,、、,< N'hro

 「ネ、ネフテュス先輩!?ど、どうしてここに...」

  

 ネフテュスが現れ、会場内の神々は騒然となる事もなくただ沈黙して

 いた。

 そんな事はお構いなしに、ネフテュスは3人に近寄っていく。

 3人はその場から動けなくなってしまったかのように、ネフテュスが

 近寄ってくるまでジッとしていた。

 

 「ふふっ...サプライズ登場っていうのをやってみたかったの。

  上手くいったみたいで嬉しいわ。...ところで、ヘスティア?

  頬っぺたについてるわよ。んっ...」

 「あ、ありがとう...」

 「どういたしまして。ヘファイストスも髪の毛が跳ねちゃってるわよ?」

 「こ、これは地毛ですから...というか、ずっと前から知ってるでしょう...」

 「あら、そうだったかしら...まぁ...それはそれとして...ロキ?」

 「あ、はい?何でしょ?」

  

 まるで2人を幼女と接するかのように話していたネフテュスはロキを

 見つめる。

 ロキを見つめる両方の瞳は青から白、白から緑へと一色に留まらず

 変色を続けている。

 ロキは上ずった声で返事をし、何を言われるのか内心緊張しているよう

 だった。

 そんなロキにネフテュスは優しく笑みを浮かべ謝罪した。

 

 「この間はごめんなさいね。私の子供が貴女の子供を生皮を剥いで吊そうとして」

 

 その発言にロキだけでなく、ヘスティアやヘファイストス、そして

 神々にも緊張が走った。

 演説をしていたガネーシャでさえ、ネフテュス達が居る方を見て

 黙っている。

 ロキは気が動転しそうになる自身を抑えようと、深呼吸をする。

 

 「ふー...。...ちょ、ちょっと待ってもらえへんでしょか...?」

 「ええ、ごゆっくりどうぞ」

 「あの、先輩の子供って...どないな子なんです?

  もし人違いやったら、違うと思いますねやけど...」

 

 まずは確認からと、ロキはネフテュスに問いかけた。

 本当にネフテュスの眷族なら、すぐに答えてくれるはずだと思って

 いたからだ。

 それにネフテュスは唇に指を置き、虚空を見つめながら答える。

 

 「ん~...ダンジョンで獲物を求める捕食者、かしらね。

  というか、当日にその子から聞いたのよ。貴女の子供があの子達の狩りを侮辱し、罵倒したから殺そうとしたって。

  あの子達にとって私が教えた狩りは、私と同じくらい大切に思っているから...

  戦利品にも満たない雑魚として貴女の子供に、つい手を出してしまったのよ」

 

 その声色に怒りは感じない。だが、それが寧ろロキにとって恐怖すら

 感じた。

 

 「...ベートには、よく言い聞かせておきますから先輩、どうか」

 

 ネフテュスは自分の指をピトッと軽くロキの唇に押し付けた。 

 先程、自分の唇に置いていた方の指をだ。

 それに驚きつつ、ロキは未だに笑みを浮かべているネフテュスを見た。

 

 「怒ってなんかいないから、安心して?でも、まだあの子の方は怒っていてね...

  その子と顔を合わせないようにしておきたいわ。 

  私からもやめておくよう注意しておくから。

  私がダメと言った事に歯向かいはしないけど...覚えておいてね?

  あの時、殺されなかったのは...運が本当によかったからなのよ」

  

 指を離し、ネフテュスはロキに対し微笑みながらそう答えた。 

 ネフテュス自身は実際のところ気に障ってはいないようだが、眷族の

 方が怒り心頭なのだとロキは理解し、何度も頷く。

 

 「わかりましたわ。...ところで、先輩?何で先輩がオラリオに...というか、いつから

  下界に来てたんですのん?」

 「7年前からよ。ず~っと隠れて過ごしていたんだけど...

  もう隠れる事もなくなりそうかしら...

  それじゃあ、謝ったからこの辺で失礼するわね。皆、バイバイ」

 

 最初に何故かヘスティアの頭を撫で次にロキ、ヘファイストスを

 撫でてから、ヒラヒラと手を振りつつ、ネフテュスは会場を後に

 していった。

 残された神々はしばらくの間、沈黙を保っていたが、突然に

 ガネーシャが大声で自分の名前を叫び沈黙を破った。 

 それに神々は冷たい雰囲気に飲み込まれないよう、同じように

 ガネーシャの名前を叫んだ。

 しかし、ロキはネフテュスが去っていった方を見ながら佇んでいた。

 残り少ないグラスの中身を飲み干すと、テーブルに置き振り返らずに

 告げた。 

 

 「すまん、今すぐホームに帰るわ。またな、ヘファイストス、ドチビ」

 「ええっ。...何も起きない事を祈ってるわ」

 「き...気をつけて帰るんだよ?」

 「...どーもな」

 

 普段であれば鼻で笑うか無視をするところだが、精神を落ち着かせる

 ためにもロキはヘスティアに返事をした。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 お戻りになられた我が主神は、シートに座る。

 ここへ来るまでは上機嫌そうに見えていたが、今はどこか気落ちして

 いるように見えた。

 

 「皆、やっぱり怖がっていたわね...はぁー...

  ...少し寄り道をしましょうか。空の上を見て帰りたいわ」

 『わかりました』

 

 重力制御システムはまだ起動しているため、スカウト・シップを

 垂直離陸させそのまま上昇していく。

 容易に成層圏から大気圏を突破し、スカウト・シップは熱圏、そして

 外気圏に出た。

 その位置で留まる。

 

 「綺麗...下の子達は、こんなにも世界が広いなんて思わないでしょうね」

 

 どこを向いても黒い空間が広がり、地上から見る星は瞬く事なく発光し

 続ける。

 目の前の惑星はとても青い。

 我が主神の仰る通り、とても綺麗だ。...けど、嫌いだ。

 故郷だと言われても...僕の帰る場所なんて、もう無い。

 ...おじいちゃんがいなくなった、その日から...

 色んな事を教えてくれて、おじいちゃんはすごく大好きだった。

 ...でも、まだ小さかった頃...本当に突然居なくなったんだ。

 おじいちゃんが居なくなって、僕は強くなろうと思った。

 猛獣やモンスターを倒せば強くなれると思って、いつもより暑い日に

 森の中へ入っていったが

 その甘い考えのせいで、僕は死にそうになった。

 群がってくるモンスターを見て、僕は死ぬと思った。

 けれど、死ぬなら最後まで足掻いて死んでやる。そう覚悟を決めた僕は

 1匹のモンスターに飛び掛かり、おじいちゃんがいつも使っていた斧で

 首を斬り落とした。

 噴き出す血で僕は全身が汚れて真っ赤になっていた。

 僕は全力を出し尽くして、力が抜けた。

 そして、襲いかかってくるモンスターに噛み殺されそうになった。

 しかし、殺されたのは、そのモンスターの方だった。

 他にもその場にいたモンスターは瞬く間に殺された。僕は振り返り...

 こう言った。

 誰かいるの...?

 ...今思えば、あの褐色の少女...ティオナ、という少女と同じ事を

 言っていたんだな...

 それに答えるように、暗闇の中から現れたのは、エルダー様だった。

 エルダー様やスカー、皆の種族は不名誉となるので助ける事はしない。

 だけど、まだ仲間となっていなかった僕は助けられた。

 助けられて安堵して泣いていた僕を誰かが抱きしめてくれた。 

 我が主神...ネフテュス様だった。

 僕は今思うと、考えられないような事をしていたんだ...

 そうして、僕はネフテュスとエルダー様に拾われ...こうして一緒に

 居る。

 その代わりに...僕はおじいちゃんとの約束を捨てた。

 おじいちゃんに教えられた事を、鮮明に覚えている。

 

 [もし英雄と呼ばれる資格があるとするならば、剣を取った者ではなく

  盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない。

  己を賭した者こそが、英雄と呼ばれるのだ。 

  仲間を守れ、女を救え、己を賭けろ。折れても構わん、挫けてもよい 

  大いに泣け、勝者は常に敗者の中にいる。

  願いを貫き、想いを叫ぶのだ。

  さすれば、それが一番、格好のいい英雄だ]

 

 ...ごめん...おじいちゃん...

 僕は英雄にはならない...違う、なりたくない...

 

 ...英雄なんて、御伽噺だけで十分だよ...

 

 英雄になりたい、あの頃の僕(ベル・クラネル)は、もう死んだんだ(居ないんだ)

 

 僕は...獲物を狩るだけだ



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>∟ ⊦>'、< N-wepn

 「ティオナァアアアアアッ!!!」

 「うひゃぁああっ!?」

 

 早朝、ティオナはその叫びに飛び起きた。

 寝起きで混乱するが、すぐにティオネが叩き起こしたのだと察する。

 

 「もう~~~!何なのさティオネ!朝っぱらからそんな大声で」

 「緊急招集よ。例の捕食者について、わかったみたい」

 

 それを聴くや否やティオナは急いで部屋を飛び出した。

 ドアが壊れそうな勢いだが、そんな事を気にする余裕もないようだ。

 ティオネは慌ててその後を追いかける。

 食堂に着くと、既にロキ・ファミリアの全団員が集まっていた。

 よく見ると、ベートもベッドの上に寝かされたまま運び込まれている。

 怪我人を強引にここへ連れて来たという事は、余程何か重大な事が

 あるに違いないとティオナは思った。

 後から追いついたティオネに注意されつつ、空いている席を見つけて

 そこに座る。

 隣にはナルヴィとリザが座っていた。

 しばらくすると、フィン、リヴェリア、ガレスとロキの4人が前に

 立った。

 

 「皆、早朝から集まってもらってすまない。ゆっくり休みたかった者もいるだろう。

  だけど、重大な事を伝えなければならないという事で集まってもらった。

  それじゃあ、ロキに代わるよ」

 

 フィンが一歩下がり、ロキは前に出る。

 普段、瞳が見えない程に細くしている目が、開いており赤い瞳が

 団員達を見ていた。

 それに対し固唾を飲む者、息を呑む者が見受けられた。

 

 「皆、おはようさん。挨拶はこれだけにしとくわ。...もう本題に入るけどな。

  ベートが散々馬鹿にしとった捕食者なんやけど...まだ正体まではわからん。

  せやけど、その捕食者の主神がやばいっちゅう事がわかったわ」

 

 ロキは一息つき、名前を口にする。

 

 「ネフテュス先輩言う、最も古くから天界に存在してた女神様や。

  前まで居ったオシリス・ファミリアのオシリスの妹さんで2番目の嫁さんで、死んでもうた子の眠りと来世を守ってる...神の中でホンマにめっちゃ偉い方やねん。

  旦那は還ったからまた冥界を支配してると思うし、1番目の嫁さんの姉のイシスはんもデメテルに豊穣とはなんぞやを教えた先生っちゅう、もうとにかくすごいんや」

 

 畳み掛けるようにロキはネフテュスとその親族について説明する。

 天界について団員達は何1つ認知していないが、冥界や豊穣など人に

 とって非常に重要な意味を持つ概念に関わる神々なのだという事は

 理解出来ていた。

 そして、ロキは眉間に指を当て、重苦しそうな様子で続けた。

 

 「ウチも天界ではごっつお世話になったんや。ウチだけやない、他の神もな。

  まぁもう面倒見が良くて良くて...母ちゃんみたいな人やったわ」

 

 団員達は騒然とする。

 ロキが先輩と付け、母親とも捉えていた女神の眷族に、喧嘩を

 売ってしまったのだと理解したからだ。

 リヴェリアが叱咤すると団員達はすぐに静かに鳴り、ロキは続けた。

  

 「めっちゃ幸いな事に怒ってへんかったわ。

  しかも、まだ怒ってる子供にベートを殺すなって注意もしてくれるみたいや。

  まぁ...その子供次第みたいやけどな。

  言われんでもわかると思うけど、ベートは危機的を通り越して絶体絶命で次にまた会うたら、今度こそ生皮剥いで吊るされるみたいやで」

 「!...!?。!...っ!」

 

 そう言われたベートは何か叫んでいるようだったが、全身を包帯で

 未だに巻かれているため上手く話せないようだ。

 しかし、そもそもベートの体は既に治ってはいるのだ。何故、包帯で

 巻かれているのかというと、理由はこうだ。

 あの時の雪辱を果たそうと、ステイタスを向上させるために

 ダンジョンへ向かおうとしていた。

 こっそり自室から抜け出したところを団員に発見され、先回りしていた

 リヴェリアの拳骨で意識を刈り取られ、自室へ送り戻された。

 その際、また抜け出さないよう包帯で全身を巻いたままにする事と

 なったのだ。

 ロキは文句を言っているであろうベートに近づき、目線を合わせる。

 

 「ええか、ベート。...ウチは皆が大好きや、もちろんお前もな?

  せやからお前をこっから逃そうとも考えてたんやで」

 「...!?」

 「見す見す見殺しなんて事は絶対にしとうないから、ウチはそうしよう思うたんやけど...

  フィンとリヴェリアがウチと一緒に謝りに行くって提案をしてきてな?

  先輩もさっき言うた通り怒ってはなかったけど、謝りには行かなあかんねん。

  それで、どうなるかわからん...でも、試してみるしかないわな。

  上手くいけば、事を収められると思うし、お前もここに居させられるんや」

 「ロキ。もし...もしも失敗したら...?」

 

 そう言ったのはティオナだ。

 誰もがそれを聞きたかった事であり、全員を代弁して、ティオナが

 問いかけたのだった。

 

 「...ぶっちゃけ出たとこ勝負やから、わからん。けど、やるしかないんや。

  ...そういう訳で!皆、今日も気張っていこうやで!おぉーーーー!!」

 「「「「「お、おー...」」」」」

 

 片腕を高く掲げ、団員を鼓舞する。

 しかし、団員達は不安げな面持ちで答えるしかなかった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ティオナ、そう言ってくれてありがたいんだけど...

  今回は僕らでいかないとダメなんだ。

  ロキ・ファミリアのトップとして、他の者を頼りにするのは情けないだろう?」

 「...そっか...じゃあ、お願いがあるんだけど、いい?」

 「何だ?」

 「私からも、皆を助けてくれてありがとうって...伝えてほしいの。

  あの時はお礼を言えなかったから」

 「そうか。わかった、必ず伝えておく」

 

 ティオナの要望を聞き入れ、3人は黄昏の館を発った。

 目指すは、様々なファミリアの活動を管理しているギルドだ。

 そこでまず始めに、ネフテュス・ファミリアのホームがどこにあるのか

 探す事から始めるそうだ。

 3人の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、ティオナは踵を返しホームへ

 戻ろうとする。

 しかし、立ち止まると数秒何かを考えて振り返り、その場から

 駆けようとした。

 だが、ネックレスが喉にめり込みながら動きを止めさせられた。

 

 「ぐべっ!?」

 「ダメって言ったでしょ。団長の命令はちゃんと聞きなさい」

 「ティ、ティオネ...」

 「私だってすぐにでも追いかけたいわよ。でもね...

  団長達に迷惑をかけるのは良くないでしょ?」 

 「...うん」

 「じゃあ、今から私と付き合いなさい。

  ダンジョンに行って、体を動かせば気が紛れるわよ?」 

 「...そうだよね。わかった、行こっか!」  

  

 そう答えるティオナは明るく振舞っているように他者からは見える。

 しかし、姉の目は見逃さなかった。

 顔を背けた際に覗かせた、悲しそうな顔を...

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 中層、17階層の広間である嘆きの大壁から生まれたゴライアスが前に

 足を出した。

 その瞬間、地面から少し浮いた状態で赤く光る線が交差するように

 移動する。

 

 ジュッ ジュッ

 

 グオォオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 ド ダ ァ ア ア ア ア ンッ !! 

 

 赤く光る線はゴライアスの足首を通過すると、一瞬して切断した。

 両足を失ったゴライアスは前のめりになりながら転倒する。

 その巨体が倒れた事で、地面の石肌が砕け散り土煙も立ち込めた。

 

 グオオォオオオオオッ...!!

 

 ゴライアスは咆哮を上げながら両手を地面につき、立ち上がろうと

 している。

 すると、ゴライアスの口内が赤く照らされた。

 

 ピ ピ ピ... ピロロロロロッ!

 

 バシュウッ! グチィッ...!

 

 音に気付いたゴライアスだが飛翔してきた物体が口から入り込み、

 喉の奥に突き刺さる。

 ゴライアスは吐き出そうにも、突き刺さった物体は抜ける気配はなく

 徐々に熱を帯び始めた。

 そして口内、鼻腔、眼窩、外耳道の顔の穴から激しい光が零れ、喉の

 奥で大爆発が起きた。

 

 ドオオオオオオオオオオオンッ...!!

 

 ドチャア...! ドクドクドク...

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 喉の根元から上が根こそぎ粉々になった。

 首を失った巨体の首からは鮮血が滝のように流れて出てきている。

 新開発したヘビー・バーナーの威力を試してみたが...

 とても良い性能だ。

 

【挿絵表示】

 

 僕の背丈よりも大型の兵装となるが、標的へのロックオンを早く行え、

 ミサイルの発射速度、爆発による殺傷力も申し分ない。

 僕はその巨体に近づき、背中の上に乗るとバーナーで足元を撃った。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 バチュンッ! バチュンッ!

 

 砕けた細かい肉片が飛び散り、巨大な石を見つける。

 今回は空間が崩れるといった事態にはなっていないので、焦らず石を

 取り除く事が出来た。

 石を失った巨体は皮膚の一部を残して塵となって消える。

 この皮膚は必要ないため、ここに置いていく事にし僕は更に下へ

 潜っていった。

 

 「ん?...どうなってんだこりゃ?ゴライアスが居ねえぞ?」

 「おいボールス、これ見ろよ!ゴライアスの皮だ!それもかなりデッケぇぞ!?」

 「何ぃ?じゃあ、どっかの誰かが倒したってのか?

  ...けど、なら何で皮置いていったんだ?かなりの値段で売れるってのに」

 「そ、そんなの俺にだってわかんねぇけど...こんなデケェのを放っておくのは勿体ねぇし...」

 「そうだよな...んじゃ、これは...」

 「「「「たまたま拾ったって事にしよう」」」」




一部書き足しましたが、ヘビー・バーナー(本来の呼び方はヘピー・プラズマキャスター)を知らなかったので初見マジでデカくて、え゛?ってなりました。
でもってもう131話といってますが挿絵入れました。
下手なのはご了承いただきますようお願い申し上げます。


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>∟ ⊦>'<、⊦ W-vis

 ヘルハウンドの群れと睨みあうティオナとティオネ。

 先に動いたのはティオナで、数匹のヘルハウンドは口を広げ炎を

 放とうとする。

 しかし、ティオナに気を取られ、ヘルハウンドはティオネも近づいて

 いる事には気づいていなかった。

  

 ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!

 

 ティオネは上を向いているヘルハウンドの喉笛を斬り裂き

 絶命させる。

 死骸となったヘルハウンドの口からは溜め込まれていた炎が消えた事で

 煙が上がっていた。

  

 「ナイス!」

 

 ガルルルルルッ! ガァァァアアッ!

 

 「まだ来るわよ!油断しない事!」

 「わかってるって!」

 

 ティオナは再び複数のヘルハウンドに向かっていく。ティオネも

 タイミングを見計らい後に続いた。

 ヘルハウンドの対処法はシンプルだ。

 炎が放たれる前に喉を斬り裂く。若しくは口を塞ぎ、自滅させるかだ。

 2人は前者の方法で囲っていたヘルハウンドの群れは一瞬にして

 倒し終えた。

 

 「ふぅ~~...」

 「結構な量を倒せたわね。牙とか爪は私が回収するからアンタは炎袋お願い」

 「えぇえ~~!?あれ熱いし気持ち悪いから直接触りたくないんだけど!?」 

 「文句を言わない!ほら、さっさとやるわよ」

 「むぅう~~...」

 

 姉の言う事に逆らえない妹という定義の宿命でティオナは、

 ヘルハウンドの火袋を拾い集めた。

 ヘルハウンドが口から放つ炎は、その炎袋が源とされている。

 そのため触れるだけでも熱く、持つには専用の布手袋をするか火傷を

 覚悟して持ち上げ袋に入れるしかない。

 

 ジュッ

 

 「あっちちちちち!あっついっ!あっつ!

 

 ティオナは後者を選び、袋に炎袋を投げ入れる。

 落ちていた全ての炎袋を入れたのを確認し、ティオネはティオナを

 褒める。

 

 「よく我慢して集めたじゃない。うぅ...お姉ちゃん嬉しくて涙が出るわ」

 「うるっさいよもうっ!」

 

 シュウウゥゥ...

 

 よよよ、と泣く素振りをするティオネにティオナは怒りながら

 ポーションを取り出し、満遍なく掌に掛け火傷を治す。

 そうしていると、どこからか何かが軋む音が聞こえてきた。

 2人は辺りを見渡し、上層へ続く坂道を少人数の冒険者達がカーゴを

 運んでいるのが見えた。

 

 「あれってガネーシャ・ファミリアの...

  あぁ、もうすぐモンスターフィリア祭が始まるんだったわね」

 「そっか。それで調教するためのモンスターを運び出してるんだね」 

 

 2人は警戒を解き、地上へ向かうガネーシャ・ファミリアの団員達を

 見送った。

 その時、ティオナはふと、捕食者の事を思い浮かべた。 

 

 「(...フィリア祭に来るって事は...ないよね。多分...

   ずっと正体を隠していたんだと思うし...)」

 「...もし、結果として何事もなければ明日、アイズ達を誘って行ってみない?」

 「あたしは...。...うん、あたしも行こっかな」

 

 ティオナは少なからず、望みを捨てていなかったのでそう答えた。

 それを察してかティオネは静かに頷く。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギルドに着いたフィン達は、出入口を通りながらこれかの予定を

 話し合っていた。

 

 「さーて、まずはミィシャちゃんに事情を説明してみよか」

 「しかし...7年も前から活動していたのなら、何故ネフテュス・ファミリアという名が全く知られていないのだろうか...?」

 

 素朴な疑問をリヴェリアが呟くと、フィンもその疑問について考え

 始める。

 

 「深層まで潜る事が出来るなら、第一級冒険者相当のレベルだろうけど...

  あの頃からかなり経っているのに、今まで名前すら聴いた事がないのは確かに不思議だね」

 「何でやろな~。というか、ネフテュス先輩が降りて来たって事自体、全然知らんかったわ。

  知っとったら菓子折り持って、いの一番に頭下げに行ってたんやけどなぁ~~」

 

 後頭部を掻きながら、深くため息をつき後悔するロキ。

 その様子を見てフィンは問いかけた。

 

 「ロキ、神ネフテュスとの上下関係については理解したけど...

  神にとって、そんなにも偉大なのかい?」

 「あんな?偉大とかそういうのちゃうねん。お世話になったから、恩返しをしたいんや。

  悪戯し過ぎてマジで殺されそうになった時、貯蔵されとった酒樽を1000樽飲んでしもうた時、ちょっと誑かした女神に毒を顔に滴らされそうになった時...

  その全部を庇ってくれたんやからな」

 

 ゴッ!!

 

 とても重い純音がギルドのホールに響き渡った。

 冒険者や職員達は音がした方向を見て、呆然とする。

 オラリオ最大派閥のロキ・ファミリアの主神が床をのたうち回っている

 からだ。

 

 「うぐぉおお~~~!!」

 「全て自業自得という訳だな。ベートと変わらないではないか」

 「ロキ...流石に最後の発言を聴いてしまったからには、弁護出来ないよ...」

 「だ、大丈夫やってちゃんと仲直りしたんやから! 

  と、とにかくな?それくらい先輩には数々の恩義があるから、何としてもちゃんと謝らなアカンねん」

 「当たり前だ。全く...神ネフテュスが信じられないほど寛大な事に感謝せねばな」

 

 そう答えるリヴェリアにロキは起き上がりながら、苦笑いを浮かべた。

 ロキ自身も、その事には共感しているのだろう。

 そして、ロキ・ファミリアの担当者であるミィシャに話しかけた。

 

 「こんちゃー、ミィシャちゃん。どない塩梅や?」 

 「えっと...言ってる意味がわからないんですけど...

  あ、フィン団長とリヴェリア様も一緒なら丁度よかったです。

  お客様がお待ちしておりますよ」

 「え?ウチらに?...あぁ、悪いんやけど、そいつにはまた今度会ういう事にしてもろても」

 

 断ろうとするロキにミィシャは首を横に振るう。

 フィンとリヴェリアは拒否権が無い事を訝った。

 

 「いやぁ、多分断れませんよ?ウラノス様から直接伝えられたんですし...」

 「...わかった。どこで待ってるんや?」

 

 ウラノス直々に担当者が伝言を受け取っている。 

 つまり、最重要人物と会う事になるというのを3人は察した。

 ミィシャの案内で、ギルド内に幾つもある対談室の内、中央の部屋に

 辿り着いた。

 案内を終えたミィシャはそそくさと自分の受付へと戻る。

 3人は誰が待っているのかわからないが、顔を見合わせて頷き合う。

 ロキは手摺りに手をかけ、勢いよくドアを開け室内へと入った。

 

 「失礼すんでー」

 「失礼する」

 「...?」 

 

 しかし、室内には誰も居なかった。

 3人は用心深く見渡してみるも、やはり人影はない。

 入る際と同じように3人は顔を見合わせた、その瞬間だった。

 

 ヴゥウン...

 

 「「「...!?」」」

 

 ソファの上に謎の物体が浮かび上がった。

 鈍い銀色をした、鳥のような形状をしているように見える。

 フィンはロキの前に立ち、リヴェリアは杖を構え、万が一のために

 備えた。

 しかし、その物体からロキにとって聞き覚えのある声が発せられた。

 

 『昨日ぶりね、ロキ。やっぱり私を探そうとしてたの?』

 「...あ、せ、せやです。はい...」

 

 声の主は紛れもなくネフテュスだった。

 少しくぐもっているように聞こえるが、聞き間違える程ではない。

 しかし、ロキは恐る恐るネフテュスの声を発している物体に

 問いかけた。

 

 「あの、ネフテュス先輩?ですよね...?そのお姿は一体...?」 

 『私は今ホームに居て、そこから貴女と話しているの。

  今、目の前に浮いているのは...ここで言うところの、魔石製品に近い物かしらね』

 「近いっちゅう事は、別物って事ですのん?」

 『そうよ。難しい話は省くけど...これは機械という科学の結晶よ。

  馬車や魔石灯とかそういう工学的な物を発展させた代物、って捉えてほしいわ。

  ちなみに、貴女達の目の前に浮いてるのはファルコナーという名称の偵察機で、生きた鳥を機械化させたって解釈にしていいから』

 「...いや、ちょっと理解が及ばんで申し訳ないんやですけど...」

 『まぁ、それが普通だから。気にしないでいいわ』

 

 表情こそわからないが、ネフテュスは笑みを浮かべてそう答えている

 ようだった。

 ロキは納得していいのか戸惑いつつ頷いた。




ファルコナーとは本来プレデターズに登場した個体の名前で、
その個体が操作する偵察機の名前としました。


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>∟ ⊦>'<、,< Sev'pst

 『それで...私に謝りに来たのかしら?

  あれはこちら側が手を出してしまったのだから、貴女達が謝りに来る事なんてないのよ?』 

 

 テーブルを挟み、ファルコナーと対面するロキは首を勢いよく

 横に振った。 

 ソファに座っているのはロキのみでフィンとリヴェリアは眷族という

 立場なのですぐそばに立っている。

 

 「いや、ここは正々堂々と謝らなあきまへん。本当にウチのベートがすんませんでした」

 

 ロキは座ったまま深々と頭を下げる。

 それにフィン、リヴェリアも続いて頭を下げた。

 

 「私や他の団員もダンジョンで助けられたというのに、侮辱した事を心より詫びよう。本当にすまなかった...」

 「神ネフテュス、ロキ・ファミリアの全団員の代表、そしてベート・ローガの代行として謝罪する。申し訳ない」

 『いいのよ。私は怒ってないのだから...今ね、団長ではないのだけど子供達の長も一緒に聴いていてね...。...そう。...』

 

 ネフテュスは自身の眷族と話をしているようで、一度話が中断される。

 数分して、ネフテュスから話が再開された。

 

 『貴女達の謝罪は受け取ってもらえるそうよ。ただし... 

  私はともかくとして、子供達は二度と貴方達と関わらないし、愚かなあの狼の青年若しくは別の誰かが、またあの様な発言をすれば...って事だから、覚えておいてちょうだいね?』

 「ええ、ええっ。それはもうわかっとります。

  ホンマありがとうございます、ネフテュス先輩」

 『いいのよ。ずっと昔から、ロキは世話が焼けるしもう慣れてるから』

 「こ、言葉もあらしまへん...」

 

 何度も頭を下げていたロキは不意に図星を突かれ、縮こまる。

 

 「神ネフテュス。1つだけ質問をしても?」

 『お嬢ちゃんを助けた、あの子達についてかしら?それなら...ダメ、と言っておくわ』

 

 顔を上げたリヴェリアが、ネフテュスに問いかける。

 しかし、ネフテュスはすぐに拒否した。

 

 『私の存在はバレても構わないけど...子供達の素性は教えられない。

  狩りを阻む事になりかねないのだからね。

  ...私としては教えてあげたいんだけど...

  あの子に嫌われたら泣いちゃうだろうし、ごめんなさいね?』

 「...いや、それとなく察していた。

  なので聞かなかった事にしていただきたい。

  その代わり、助けていただいた感謝の意を表させてもらうのはどうだろうか?」

 

 ティオナに頼まれた事を伝えると、ネフテュスはクスクスと笑っている

 ようだった。

 

 『あれは獲物が邪魔で、道を開くために殺したまでの事なのだけど...

  私としては嬉しいから、遠慮なく言ってほしいわ』

 「では...あの時、絶体絶命の縁から私達を助けてくれて感謝する。

  其方達が受け入れてくれなくとも、私はこの恩を忘れはしない...と、伝えてほしい」

 『わかったわ...じゃあ、ロキ?私からほんのお詫びよ』

 

 ファルコナーがロキに近付き、本体に付けていた何かをテーブルの上に

 置く。

 それは1本の瓶だった。ロキは目を見開き、手に取って確認するように

 天井の灯りで中身を照らす。

 中の液体はキラキラと小さな粒が煌めき、まるで星空を閉じ込めている

 ようだった。

 ロキは慌てながら、瓶をゆっくりとテーブルの上に置き丁寧にお断りを

 入れようとする。

 

 「これは受け取れまへんですって。こっちに非があったんですから」

 『いいの。受け取って?それで約束したって事にしてほしいから』

 

 有無を言わせずと言ったように、ネフテュスはロキの言葉を遮る。

 それにロキは口籠もり俯く。しばらくして、頷き顔を上げると答えた。

 

 「...そ、そういう事なら、ありがたく頂戴しますわ」

 『ありがとう。聞き分けがよくて助かるわ』

 

 満足そうに喜ぶ、ネフテュス。

 すると、フィンが唐突に話しかけた。

 

 「...神ネフテュス。僕からは別の事で聞きたい事があるんだが...」

 『何かしら?』

 

 ロキはフィンに何かを訴えるような表情で見ているが、フィンはそれを

 認知してネフテュスに問いかけた。

 

 「7年前から、このオラリオに居たというのが事実なら...

  当時、イヴィルスというオラリオに恐怖をもたらした過激派ファミリアの勢力が、ある日突然、弱まった事がある」

 

 リヴェリアの脳裏に、誰が惨劇と言わずとも理解出来る光景と灰色の

 髪の女の姿が過ぎった。

 二度と起きてはならない悲劇。そして、絶望。

 だが、確かに勢力が弱まりオラリオに希望の光を見い出せたというのは

 事実だ。

 その出来事に関与していた、という疑問をフィンは確かめたかったの

 だろう。

 

 「その理由が...これはギルドが極秘にしていた情報なのだけど...

  その期間に夜道を巡回していた、アストレア・ファミリアの団長があるものを見つけた事がある」

 「あるもの?...それが何か関係あるのか?」

 「あるない、というよりも...確信であってほしいと思っているよ。

  ...そのあるものとは、魔石灯に吊るされた数十、数百...

  それほど数え切れない、イヴィルスに身を寄せていた団員の死体だった」

 

 蟀谷から流れる冷や汗を隠すため、フィンは臆していないという姿勢を

 示すように眼光を鋭くし、決定的な証拠を付け加えた。

  

 「死体は内臓を抜き取られ...生皮を剥がされた状態になっていた、そうだ」   

 「「!?」」

 「あの時は、過激な冗談で書かれていたのだと思っていたのだけど...

  ここへ来て、その極秘の情報を不意に思い出したんだ。

  神ネフテュス...何か、知っている事はないだろうか?」

 

 言葉に詰まりそうになりながらも、フィンは最後まで言い切り

 問いかける。

 ロキとリヴェリアはネフテュスがレンズ越しに、こちらを見ていると

 思い、ファルコナーを見つめた。

 しばらくの沈黙の後、ネフテュスの声が発せられる。

 

 『...ええっ、私の子供3人がそうしたに違いないわ...弱き者、女、幼い子供を含めて...』

 

 その声はとても悲しみに包まれていた。今にも泣きそうなほど悲痛に

 聞こえる。

 

 『私の子供達は戦利品に値しない獲物はそうして示威と混乱を誘う行為として使うの。

  殺めた理由は未だにわからないけれど...彼女達は...優しかったから、手を出してしまったんでしょうね...

  誰かを助けるために、自分の顔に泥を塗ってまで...

  弱き者、女、幼き子供を殺めた事は、名誉の掟に反した事になるの。

  だから...今、彼女達は100年の流刑に処されているわ』

 

 それを聞いたリヴェリアは目を見開き、掴みかかろうとする勢いで

 非難する。

 

 「いくらなんでも残酷ではないか!?助けた事を理解しているのなら、尚更」

 「リヴェリア。...他のファミリアの処罰に口出しするんやない」

 「っ...!」

 

 立ち上がったロキに肩を掴まれ、リヴェリアは歯を食い縛る。

 ファルコナーからネフテュスの声は聞こえず、3人の内、誰かが

 話しかけるのを待っているようだった。

 沈黙が続き、ロキが沈黙を破った。

 

 「...なら、先輩はどのファミリアの恩人っちゅう訳ですやん。

  あの時、ウチの子供3人も命張って何とか連中を出し抜こうとしてはったんですから。

  まぁ、余計を事をしてくれたな言うてごっつ不満そうやったけど...」

 『あら、それはごめんなさいね。その子達に謝ってあげないと』

 「いやぁ、歳が歳って事でもう引退してますねん。今、どこで何やってるんやろか...」

 

 ロキはノアール、ダイン、バーラの行方を思い浮かべる。

 恐らくダインはどこかで木こりみたいな事をしており、バーラは静かに

 暮らしていると思うが、ノアールだけは想像出来なかった。

 多分、大丈夫だと思うが。

 ロキが思い浮かべている間に、フィンは3人の安否を気遣う。

 

 「その3人は、まだどこかで生きているんだろうか...?」

 『もちろん。あの3人がそう簡単に死んだりはしないから、安心して?僕ちゃん』

 「...それなら、よかった。...あと、僕の事はフィン・ディムナと覚えてほしい」

 『フィン・ディムナね...そちらのお嬢ちゃんは?』

 「...リヴェリア・リヨス・アールヴ」

 

 フィンは苦笑いを浮かべつつ名乗り、リヴェリアも生きているという

 事を知り、多少は安堵したようで素直に名乗った。

 

 『リヴェリア・リヨス・アールヴ...覚えておくわ。じゃあ、そろそろお暇しましょうか。

  窓を開けてもらえるかしら?』

 

 ロキはそそくさと窓際に近付き、施錠を外した窓を全開にする。

 ファルコナーは窓から出る直前に方向転換して、ロキと向かい合った。

 

 『それじゃあバイバイ。お酒、じっくり味わってね』

 「あぁ、はい。是非ともそうさせてもらいますわ」

 『それから...私の事、誰かに話しても構わないから』

 

 そう答えると、ファルコナーは最初に現れた時と同様にクローキング機能で姿を消す。

 音も無く消えたのにロキは手を伸し、軽く振ってみて居なくなったのを 

 確認する。

 脱力すると深くため息をつき、ソファに座り込んだ。

 

 「...僕ちゃん、だってさ。この歳でそう言われるとはね」

 「私なんてお嬢ちゃんだぞ?...ママと呼ばれるよりも恥に思える」

 「まぁまぁ、落ち着いてや。ネフテュス先輩はああいう方やから...

  ...そんじゃ、話は終わった事やしウチらも」

 『ロキ』

 「はいぃい!?」

 

 帰ろうとした矢先、ファルコナーが目の前に現れロキはソファーごと

 背中から倒れる。

 フィンとリヴェリアは同時に起きた事に驚き硬直していた。

 

 『もしも、私と話したくなった時は...これを押してちょうだい』

 

 ファルコナーがテーブルに瓶を置いた時と同様に、何かが置かれた。

 ソファを直してから、それをロキは拾い上げる。

 四角い形状の中央に赤い水晶玉が埋め込まれているような物体だった。

 

 「これは...?」

 『呼び鈴みたいなものよ。

  だけど、そう頻繁に話せないという事は覚えておく事。いい?』

 「は、はい」

 

 ロキが返事をするや否や今度は挨拶も無しに、ファルコナーは消える。

 ロキはまた手を伸ばして居なくなったのを確認し、ネフテュスから

 貰い受けたその装置を見つめる。

 

 「...押す機会がないようにしたいなぁ。

  帰ったら皆にキチンと伝えとかんと...」

 「そうだね。特にベートには聞き入れてもらわないといけないよ」 




ランキングにてルーキー日間10位を記録させていただきました。
全然ランキングなんて気にしてなかったので評価してくださった方から知って絶句しちゃいました。
これからも頑張りますので、是非乞うご期待ください。
誤字脱字があった際は面目ない次第です。


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>'<、⊦' Comp-de

 ザシュッ!

 

 ...ボトッ...

 

 空飛ぶ蟲を仕留め、石を拾い上げる。そろそろ袋も満杯になったので

 戻ろう。 

 僕は踵を返し上へと向かいながら、先程見かけた冒険者達の事を

 考える。

 ...獲物を生け捕りにしていた彼らは、調教でもするんだろうか?

 あの獲物は戦利品として申し分ないくらいだ。調教以外で生け捕りに

 するとしたら... 

 そう考えていると、ヒアリングデバイスが何かの音を拾った。

  

 ...~♪~♫~♬~♩~

 

 聴こえてくる方向を探知し追ってみると、地面に空いた穴からその音は

 響き渡ってきている。

 よく聴いてみると...これは...

 歌だ。とても綺麗な声で、誰かが歌っている...

 ここは危険と常に隣り合わせの狩り場だ。何故、歌っているのか...

  

 カカカカカカ...

 

 ゴーグルの視界をナイトビジョンへ切り替えると、僕はその穴へ

 飛び込み降りて行った。

 暗闇の中をランプを持たずに進むのはどれだけ熟練とされる冒険者で

 あっても危険な行為だ。

 だが、僕らは違う。暗闇そのものとなり、獲物を狩る事が出来る。

 

 ...ファサ...

 

 風圧は抑えられないがブーツの消音機能で着地する音は響かない。

 足音すら消すのだが、スカウト様から教わった狩りにおける移動の

 基本を忘れてはならない。

 横向きになり目線を低くするよう屈む。

 次に利き足からまず一歩踏み出し、もう一歩はその利き足の斜め横へ

 置き、また利き足を前へ踏み出した。

 この移動方法で足底が横を向いている事ですぐに着地し、即座に足を

 動かす事が出来る。

 岩陰を利用し、暗闇に身を潜め進んで行く。

 

 ♪~♫~♬~♩~

 

 歌声がより鮮明に聞こえてきた。

 ...あの岩からなら見えるはずだ。

 僕は全身を隠せる岩へ近付くと、体勢を崩さないよう腕を岩に乗せ

 覗き込む。

 ...前方に岩が多すぎて後頭部だけしか見えない。

 視野を拡大し、歌っている人物の特徴を観察した。

 薄い青色の長髪は、毛先が青みがかっている。肩は衣服なのか防具の

 一部なのかわからないが、羽毛のようなもので覆われていた。

 それと...女性であるという事も確認出来た。

 

 ♪~♫~♬~♩~

 

 ...美しいとしか、思えなかった。

 その歌声を我が主神にも聞かせて差し上げたいと思い、その場を

 動かないでいた。

 しかし、しばらくしてその歌声が止まってしまった。

 

 「そろそろ行きましょう、レイ。誰かに見つかる前に」

 「そうですね。わかりました」

 

 ...レイ、というんだ...

 その女性は他の女性とどこかへ行ってしまったようで、姿が

 見えなくなる。

 ...僕も地上へ戻ろう。

 そう思い、僕はその場を去った。

 

 「それにしても、レイの歌はいつ聞いても素敵ですね」

 「ありがとうございます。...ところで、フィア?先程の場所で...」

 「ん?何ですか?」

 「...いえ。さ、リド達の元へ行きましょう」

 「あ、はい...?」 

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...ゴツンッ!

 

 「あいだ!?」

 

 ティオネが魔石やドロップアイテムを換金するという事で、ティオナは

 先にホームへの帰路を歩いていた。

 1人だけという事もあってか、また捕食者の事に思い耽ていたので

 魔石灯が目の前まで迫ってきているのに気付かなかったようだ。

 ぶつかった魔石灯は先端部を揺らしており、ティオナはその場に

 蹲っている。

 

 「...はぁー」

 「そこの貧乳なアマゾネスちゃん?何かお悩み事かな?」

 「んなっ!?誰が貧乳だ...って、アーディ、それに...」

 

 少し屈んでティオナを見つめているアーディと、その後ろにリューが

 立っていた。

 金色の長髪を纏めたウエイトレスの服装ではなく、アストレア・ファミリアの団員として活動をしている際の服装、そして髪を解いている姿をしている。

 先程、ぶつかっていた様子を目撃したようで、リューは心配そうに

 していた。

 

 「あの、大丈夫ですか?強く額をぶつけていましたが...」

 「あ、う、うん!大丈夫だよ。あはは...」

 

 ティオナは急いで立ち上がり、何事もなかったかのようにアピールする。

 その様子にアーディは微笑みながら、問いかける。

 

 「それならよかった。それで...何を悩んでいたの?」

 「...別に、大した事じゃないよ。ちょっとした事だから...」

 「まぁまぁ、そう言わず話してみてよ。それで、私と一緒に悩もう?

  リューも一緒にいいよね?」

 「...仕方ありませんね。ですが、答えを見つけ出すのは貴女自身に任せますよ?」

 

 2人の気遣いにティオナは、最初は口籠もっていたが徐々に言葉を

 並べ始める。

 捕食者に助けられた事、ベートのせいで捕食者ともう会えなくなって

 しまうのではないかという不安。

 それらを全て話し終え、ティオナは俯いた。

 ただネフテュスの眷族という事は伏せている。理由は察せる事だろう。

 

 「...とは言え、あそこまで痛めつける必要はなかったかと...」

 「いいんだよ。あれくらいでベートは死んだりしないし...ところでさ、リオン?

  あの時言ってたけど...リオンも助けられた事があるって事だよね?」

 

 ティオナの問いかけにリューは腕を組んで目を伏せながら答えた。

 対して、アーディは無言のまま難しそうな表情で何かを考えている。

 

 「そうだとは思いますが...実のところ、わからないとしか言いようが...

  あの時、私達は死を覚悟していました。ですが、怪物の両腕が切断され、目を砕かれ、最後は首を刎ねられた...

  その時、姿は見えませんでしたが、何者かによって倒されたのは間違いありません」

 「そっか...あたしは多分、捕食者が倒したんだと思うな。

  すごく強くて...一度狙ったら絶対に狩るって、思うから」

 「そうですか...私達も捕食者に感謝すべきなのでしょうか...」  

 「(しかし、生皮を剥いで吊るすというのは...何年も前にアリーゼが)」

 

 リューが当時の記憶を思い出そうとしていると、それを遮るように

 アーディが口を開く。

 普段の彼女からは想像つかないほど、重々しい様子で。

 

 「...その人達に、私も会った事があるよ...」

 「え!?アーディも!?」

 「それは、最近の事ですか?それとも...暗黒期の頃に?」

 「うん。暗黒期にね...でも...」

 

 アーディは拳を硬く握り締めて俯く。その様子にティオナとリューは

 小さく首を傾げた。

 しばらくするとアーディは答える。

 

 「...その人達を、私は一生許さないよ」

 「え...?」

 「アーディ、それは一体どういう...?」

 

 リューが問いかけるや否や、アーディは背を向ける。

 

 「私を助けるための代償が...大きすぎたから...」

 

 顔を合わせず、そう言い残しアーディは去って行った。

 慌ててリューは呼びかけるがそれを無視して、アーディは歩み続け

 段々と背中が、見えなくなりそうになる。

 リューはティオナに別れを告げして、アーディの後を追いかけた。

 残されたティオナは少しの間呆然としていたが、鐘の音を聞いてハッと

 我に返り、黄昏の館へと走った。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「アーディ!待ってください!いきなりどうしたのですか?

  何故、あの様な事を?それに代償とは、一体...?」

 「...暗黒期に1人の男の子がね、自爆しようとしていたの」

 

 リューはアーディの肩から手を離し、彼女の語る言葉を黙って

 聞き入れる。

 背を向けたままで表情は読み取れないが、苦渋の面持ちで話しているのは感じ取れた。

 

 「その子がね...お父さんとお母さんに会わせてください、って言ってきて自爆しようとした。

  そうしたら...」

 

 アーディの体が震え始める。その異変にリューが気付くと同時に、

 自身をアーディは抱きしめるように両手で肩を抑える。

 

 「男の子の胸が破裂して、飛び散った血と肉片が私の体にへばりついて...!

  それだけじゃない。周囲にいた人達も、殺されていったの...

  私は、何が起きたのかわからなかったけど、とにかく必死で顔や首、腕や足に付いた血まみれの肉片を拭ったよ...」

 「...捕食者が...そんな、事を...?」

 

 リューの問いかけが聴こえていないのか、アーディは答えずに

 語り続ける。

 

 「血が周りに広がって、足音が聞こえたの。血溜まりを踏んで...

  私は姿を見ようとしたけど、全然見えないから錯覚でも起こしてるのかと思ったよ。

  でも...そうじゃなくて、姿を消してたんだ。景色に溶け込むように...」

 

 少しの間、アーディが口を閉ざした。そして体の震えがいつの間にか

 止まっており肩を抑えていた両手を、力が抜けたかのように下す。

 

 「それから、いきなりこう言ってきた。大丈夫か、って...大丈夫に見えてた方がおかしいよ。

  血塗れになって、目の前で助けようとしてた男の子が惨い死に方をしたのに...!

  私は、何でこんな事をしたのか問い詰めた。...そうしたら...」

 「...なんと、返したのですか?」

 「...私を助けるための、致し方ない犠牲だ、って...」

 

 その言葉にリューは怒りでも驚きでもなく、ただ恐怖を感じた。

 命を守るために別の命を奪い取る、それはリュー自身も経験した事が

 ある事だ。

 しかし、その行いを言葉にして表す事などした事はない。矛盾している

 からだ。

 正義を信条する身として、その言葉は自身の正義を裏切るのも同然だと

 リューは思った。

 

 「...リューも、助けられたみたいだけど...その人に感謝できる?

  人を助けるための犠牲を、仕方ないって思ってる人を...」

 

 どう言葉を選ぼうとも、人殺しという事に変わりはない。

 しかし、衝動的、快楽的などの理由ではなく、助けるためという

 過剰防衛を捕食者は行っている。

 リューにとって言える事は、1つしかなかった...わからない。

 それだけだった。

 それを聞き、アーディは何も言わずにリューを置いて去ろうとする。 

 リューは言い返す言葉が見つからないまま、アーディの背中を

 見送るしかなかった。

 

 ゴォーーーンッ...

 

 夕暮れに染まったオラリオに鐘の音が響き渡り、夜になる事を告げる。

 アーディの姿が見えなくなり、リューは重い足取りで自身のホームへ

 戻っていくのだった。



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>'<、⊦>∟ ⊦ trum

 マザー・シップへ戻った僕はヘルメット内に録画した映像を我が主神と

 皆に見せた。

 映像はガントレットに接続し立体映像として映し出している。

 我が主神はその歌を堪能されていた。芸術に興味を持つヴァルキリーも

 気に入ったみたいだ。

 レイという女性の名前が呼ばれたところで映像を切る。

 

 「素敵な歌声を持っているのね。とても綺麗だったわ...

  でも、盗み聞きをしてしまったみたいで何だか申し訳ないわね...」

 『何か謝礼としてお渡しましょうか?』

 「ん~...じゃあ、もしもまた会えたら...。...この手紙を渡してあげて?

  直接会って、素敵な歌を聴かせてもらったお礼をしたいの」

 

 我が主神がそれほどまでお気に召した歌声なのであれば、僕らは彼女に 

 感謝しよう。

 7年もの間、マザー・シップに閉じ込めてしまっている状況下だった

 我が主神は、それまでとても寂しげだった。

 しかし昨日、我が主神にとっては長い年月を経てようやく外へ

 出られた。

 その際は神々に恐縮され落ち込まれていたが、やはり外に出られた事に

 喜ばれておりとても明るいご様子だ。

 

 「今日はロキやその子供達にも会えて嬉しかったわ。お酒も渡してあげられたし...

  これからどうなるのか、少し楽しみになってきたわ」

 

 唇を指でなぞり、微笑む我が主神に僕らは頭を垂れる。

 我が主神のみロキ・ファミリアと干渉するようだが、僕らはしないと

 いう方針となった。

 ...ティオナという少女とも、今後一切話す事はないだろう。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ティオナがホームへ戻った時には既に夕暮れとなっていた。

 出入口を入ってすぐにティオネが待っており、招集をかけられた事を

 伝えられる。

 2人は急いで食堂に向かった。

 

 「てな訳で、何とか話をつけさせていただけたわ。

  ホンマ心臓に悪かったなぁ...で、皆に1つだけ注意しとくで?

  ネフテュス先輩の子供と、もうトラブルは起こさんでな!?ホンマに!

  今度こそ...生皮剥がされて吊されるで?」

 

 団員が集められた食堂にて、ネフテュス・ファミリアとの今後の関わりに

 ついての報告が上げられた。

 

 「ベートもそうだが、天界に居た頃のロキが既に迷惑をかけてしまっている。

  とても寛大な神でよかったと、心から思っている次第だ。 

  皆も、それを肝に銘じておいてほしい」

 「神ネフテュスとは話し合いをしたり出来るが、眷族の方は今後一切僕らとは関わらないと言われてしまった。

  それに、やはりと言うべきか...まだベートの事は許さないようだったよ。

  加えて僕らの誰かも同じ様な事を言えば...今度こそ死者が出るに違いない。

  万が一、彼らと接触した際は十分に気をつけるんだよ」

 

 報告が終わり解散となる。各団員達は自室へ戻ったり、その場に残って

 隣の席の団員と話し合いを始めた。

 場所は変わって会議室に移行する。 

 幹部の全員が揃い、何を話したのか先程までの報告では言わなかった

 内容をフィン達は話す。

 二軍メンバーの代表としてラウル、アナキティも同席していた。

 余談だが、ベートはベッドの上に乗せられたままである。

 暗黒期の話しに入ると、ラウルの表情が一変して青ざめる。

 その時期におけるトラウマが蘇ってしまっていたのだろう。

 隣に立っているアナキティが椅子に座るよう言い、ラウルはそれに

 従った。

 フィンから話を聞き終え、その場に居る全員は静まり返っていたが、

 ガレスが率直に思った事を発言する。

  

 「...ロキの過去については何も言わんが、まさかあの時期から既に干渉していたのか」

 「ようやく疑問が晴れて、僕はスッキリしたよ。イヴィルスの内部抗争か、誰かの手によって

  勢力が弱まっていたのか...それが全くわからなかったんだ。

  恐らくだが...イヴィルスが27階層に集めた階層中のモンスターを根絶したのも、彼らが獲物として狙ったからだろうね。

  謎が解明出来た事に安堵しているよ...」

 

 フィンは俯いたまま、微笑んだ。

 イヴィルスの弱体化によって、多数の神々を天界に送還させる事が

 出来た。

 つまりリヴェリア達だけでなく、自身も遠回しになるが借りが出来たと

 いう事だと思ったのだろう。

 

 「ところで、団長?どうして着いた直後に思い出したんですか?

  そんな怪奇的な事を知っていたのでしたら、忘れるはずが...」

 「...正直に言うと今の今まで思い出したくなかったから、かもしれない。 

  僕は直接その死体を見ていないが、現場の模写を見て...思わず目を背けたのだからね。 

  発見者であるアリーゼも、当時、僕に話してきた時はかなり参っていたかな」

 

 フィンはティオネに苦笑いを浮かべながら答えた。

 普段弱みを見せたりしないフィンが、重苦しく発言をしており本当に

 思い出したくなかったのだと、ティオネは察した。

 すると、ティオナが小さく手を挙げる。

  

 「ティオナ、どうかしたのかい?」

 「...帰り道に、リオンとガネーシャ・ファミリアの友達と会ったの。

  アーディっていう子と...その子が言ってたんだけど...」

 

 ティオナは少し前まであった出来事を話した。

 話を聞き終え、ロキは深いため息をつく。代わりにフィンと

 リヴェリアはネフテュスの話していた内容をハッキリと理解出来た。 

 

 「それなら神ネフテュスが言っていた事と辻褄が合うよ」

  アーディ・ヴァルマを助けるために、掟を破ったという事か...」

 「うん...でも、アーディは...一生許さない、ってすごく怒ってたみたいだよ...」

 

 そう言ったティオナは、あの時のアーディの様子を思い出して

 悲しげな雰囲気となる。

 リヴェリアは立ち上がるとティオナの肩に手を乗せた。

 

 「自分よりも幼い子供を殺され、更に他の共鳴者も殺めたのを

 見てしまったのなら、そう思うのも無理はないだろう。

  だが、アーディ・ヴァルマを救った3人には処罰が下っている。

  ティオナ...それを伝えてくれるか?」

 「...うん、わかった」

 

 ティオナは頷き、後日ガネーシャ・ファミリアの元へ向かう事を

 決めた。

 そしてフィンとリヴェリアはベートと話し合うため、会議は

 終了となった。

 終わると同時に、ガレスはロキが手にしていた瓶に目を移す。

 

 「ところでロキ。その瓶の中身は何じゃ?酒か?」

 「せやで。まぁ...ウチ以外が飲んでしもたら死ぬぐらいやばいんやけどな。

  酔って体がどうこうやのうて...これそのものが子供にとって毒みたいなもんやねん。

  心を壊す、っちゅう表現がわかりやすいか」

 「それはまた恐ろしいのう...飲めないのが残念じゃな」

  

 ガレスは潔く下がり、会議室を後にする。

 1人残ったロキは瓶の中身を揺らし、幾度目かのため息をついた。

 

 「ま...神であっても、下手すれば死ぬんやけどなぁ。これ」

 

 そう言いつつ瓶の蓋を開け、ロキは酒を煽る。

 無味無臭。酒と言いながら、ミネラルが含まれる水よりも何も

 感じない。

 瓶から口を離し、ロキは一息つく。

 

 「...やっぱ苦手やなぁ、これ...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ある意味では、ネフテュス・ファミリアは英雄って事よね」

 「え?」

 「だって、団長の言う通りおかげで平穏になったんだから、そう思っても間違いないじゃない。

  アンタの好きな英雄譚だって似たような物語があるでしょ?」

 「...でも...もしかしたら...」

 

 そうかもしれない、とティオナは心の奥底ではそう思った。

 しかし、捕食者にとってはその英雄という言葉を嫌うかもしれない、

 答えた。

 

 「何となく、そう勝手に思ってるんだけどね...」

 「...そう。まぁ、それならそういう事にしておくわ」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 アストレア・ファミリアのホームへ戻り、リューはソファに腰を

 かけてからずっとアーディから聞いた話を思い返していた。

 しかし、自分だけでは答えが出せないと、自身の不甲斐なさにため息を

 つく。

 

 「何々?また何か難しい事を考えてるの?」

 「!。アリーゼ...」

 

 いきなり声をかけられ、顔を上げるといつの間にかアリーゼが

 座っており、カップに淹れた紅茶を啜っていた。

 リューはアリーゼの顔を見て、ふと捕食者の言っていた言葉が

 気になった事を思い出し、アリーゼに問いかける。

 

 「アリーゼ、少しよろしいでしょうか?」

 「ん?何?今日の献立が何か考えてたの?」

 「いえ、違います...暗黒期に貴女が見つけた、異様な死体の事を覚えて」

 

 リューが最後まで言い切る前にアリーゼは勢いよくソファから

 立ち上がり、口を抑えながらどこかへ走り去ってしまった。

 突然の事に呆然とするリューの頭を、ライラがパシンッと叩いた。

 

 「ラ、ライラ?何故いきなり叩くのですか」

 「お前な...忘れたのか?その死体を見て、団長が1週間くらい飲まず食わずになるくらいトラウマになっちまってたの」

 「...あ」

 「あ、って...ポンコツにも程があるぞ、おい」

 

 リューは急いでアリーゼを探し、トイレの前に立っているネーゼを

 見つける。 

 曰く、誰も入れないようにここに居て、とアリーゼに凄まれたそうだ。

 リューはネーゼに代わるよう言い、ネーゼは首を傾げつつも承諾して

 去って行った。

 ネーゼが去ると、リューはガクリと項垂れ、トイレの前でアリーゼが

 出てくるのを待つのであった。



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>'<、⊦>'<、⊦ D'gif

 ガィンッ! ガィンッ! ガィンッ!

 

 マザー・シップ内にある鍛冶場。

 そこがビッグママの担当している持ち場だ。

 一般のスミス系ファミリアでは、ハンマーで得物となる金属を叩き、

 熱しられた鉄を専用のトングで掴むなどするが、ここでは全く異なる

 製造方となる。

 フォージングプレスマシンで一瞬にして圧力をかけ硬質な素材を頑強に

 する。

 そして一度溶かし、モールドに流し込むと加工する。

 ただし、小型の武器に関してはハンマーやトングを使用するそうだ。

 その素材となる鉱石は母星でしか採取出来ない物質で、羽の様に軽量で

 圧力を掛ければ掛けるほど、より硬質な素材を生み出す。

 この星に現存するどの硬質な物質で作製された武器など容易に切断

 出来る。

 アダマンタイトも例外ではない。

 以前に拾った武器を解析し、アダマンタイト製だと調べてみて

 エルダーソードを試すために斬った事があるからだ。

 

 バチィンッ! バチィンッ!

 

 台に乗せられたパーツが溶接される度に火花を散らす。

 衝撃で破損しないかチェックが完了し、ビッグママは僕に新造した

 武器を渡してきた。

 僕はそれを受け取り、お礼の意味を込め眉に拳を上げた。

 

 カカカカカカ...

 

 返事としてビッグママは鳴いた。

 ビッグママの名前の由来は我が主神曰く、大柄で気丈夫な母親な

 感じがするから、だそうだ。

 皆に本来、名前は無かった。種族の名前すらも。

 しかし、我が主神が降り立った事で名前を与えられた。

 僕も一度は改名を考えたが...エルダー様に、最初から与えられた

 名前を捨てるのは自らの意思をも捨てる事だと諭された事がある。

 それに我が主神も僕の名前をお褒めくださったので、考え直した結果、

 改名は止めた。

 僕はそれを腰に引っさげる、早速試すためにダンジョンへ向かう事に

 した。

 既に太陽が真上に来ていると思うが...別のルートから向かえば

 問題ないだろう。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――  

 「アーディは既にフィリア祭の警備に向かったぞ。

  恐らくだが、噴水広場の方に居るはずだ」

 「そっか...わかった。じゃあ、探してみるよ」

 

 モンスターフィリア祭の当日に、ティオナはアーディに会うべく

 ガネーシャ・ファミリアへ赴いた。

 その前日はガネーシャ・ファミリアが本日の概要についての会議や

 準備に追われていたので話せなかったため当日となってしまったのだ。

 しかし、今しがたアーディが居ないという事をシャクティから聞き

 探す事となった。

 

 「2日前に様子がおかしかったんだ。それで話を聞いたんだが...

  妹が失礼な態度を取ってしまったようだな。

  すまない、ティオナ・ヒリュテ」

 

 シャクティは妹の不心得さにティオナへ謝罪した。

 

 「...ううん。アーディの気持ちもわかるから...

  この後、叱ったりはしないであげて?」

 「そうか...わかった。だが、友人に対する気持ちがなってない事は姉として許せないな。

  ...アイツを助けるためにイヴィルスのシンパ達を殺めた、そのネフテュス・ファミリアに対してもあんな態度を取らせないようにしなければ」

 「うん。それだけは絶対に言っておいてね?...アーディまで殺されそうになるなんて嫌だもん」

 

 そう答えるティオナにシャクティは頷き、事前にファミリア内での

 会議で任されている持ち場へと向かう。

 ティオナもシャクティを見送ると、一先ずティオネ達が待つ待ち合わせ

 場所へと向かった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ニャア~~!シルのうっかりドジには呆れるニャ!」

 「お土産買うためにお財布が要る事くらいわかるはずニャー!」

 「アンタ達ね...シルだってわざとやった訳じゃないんだから」

 

 豊饒の女主人にて、シルに対しアーニャとクロエはカウンターを雑巾で

 拭きながらその怒りを、汚れにぶつけている。

 ため息をつくルノアが宥めるも、アーニャとクロエは不満が

 募るばかりだった。

 いつその不満が爆発し誤って雑巾を投げた事が原因で、窓ガラスを

 割りかねないとルノアは心配になる。

 そんな時、店の出入口から見知ったエルフの女性が入って来た。

 

 「あら、リュー?今日はフィリア祭の方で警備してるんじゃなかったの?」

 「そうなのですが、私とした事が忘れ物をしてしまいまして...」

 「それなら丁度よかったニャ!はい、これ!」

 「これは、シルの財布ですね...忘れて行ってしまったんですか?」

 「ご明察ニャ!という訳で、リュー頼んだのニャ」

 

 リューは不本意だとは思いつつも、シルのために届けると決めて

 忘れ物を手にすると豊饒の女主人を後にした。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 とある店内にアイズを連れ、ロキはフレイヤと話していた。

 話している内容は当然ネフテュスについてだ。

 7年前から、オラリオへ居たという事実を知っていたのかどうかを

 確かめるためだ。

 

 「ホンマに知らんかったんか?お前なら絶対知ってると思うとったのに...」 

 「知っていたなら...私もその場に居たはずよ?ネフテュス先輩に失礼だもの」

 「そりゃそうやな。まぁ、先輩の子供も姿が見えへんしネフテュス先輩自身、この間初めて姿を見せたもんなぁ...」

  ...そもそも、ホンマに7年前に下りて来とったんか...?」

 

 フレイヤが嘘をついていないとわかり、ロキはグラスに注いだワインを

 嗜む。

 一方でフレイヤは一口も飲まず、グラスをゆっくりと揺らして空気に

 触れさせ香りを楽しむ。

 

 「...それで、ネフテュス先輩の子供が関わらないと言ったのね?」

 「ああっ、そうやねん。先輩とは話せるみたいやけど...子供は無理やな。

  ...言うとくがフレイヤ」

 「私が先輩の子供に手を出すと思ってるのかしら?」

 

 そう微笑むフレイヤは、不思議と穏やかに見えた。

 ロキはグラスを置き、後頭部で腕を組んで枕にする。

 

 「...訳ないやろな。お前もネフテュス先輩には頭上らへんやろうし」

 「わかってくれて嬉しいわ。ちなみに、これ何だかわかる?」 

 「もうええもうええそれは~!先輩がくれたすごく素敵なプレゼントやろ!

  天界で散々聞かされ見せられたからわかっとるっちゅうね~~ん」

 

 フレイヤは幼女のように喜々として身を乗り出しながらロキにそれを

 見せつける。

 それを見るなりロキはうんざりした様子で仰け反りながら見ないように

 していた。

 それに不満を抱いたフレイヤは座り直すと、目を細めてロキを見つめる。

 

 「何よ鷹の羽衣を取られた事、忘れていないのだからね?」

 「それをここで持ち出すか~...つか他にもい~~っぱい貰ろうてるんやから1つくらいええやん...」

 「どれも私の大切な物なのよ?それを無くした貴女を殺そうと思ったけど...

  ネフテュス先輩が止めたから、今、ここに居るという事を忘れないでね」

 「さり気なしに自分もウチの首狙ろうとったんか!怖いわもう~!」

 

 包み隠さずフレイヤが答えた事にロキは思わず、椅子ごと後退りする。

 背後にいたアイズは内心戸惑いつつも、表情は変えずにいた。

 

 「...ま、それならそういう事で...ネフテュス先輩に迷惑かけるんやないで?」

 「それ、そっくりそのまま返すわよ」

 「ちぇっ...ほな、勘定はしとくから、ごゆっくり~」

 

 レシートを挟んでいるバインダーを持つと、それを振りながらロキは

 出入口へ向かう。

 ロキを追う前にアイズはフレイヤに一礼をしてから、後を追った。

 

 「...でも、少しだけ気になるわね...ネフテュス先輩の子供が、どんな子なのか...」

 

 グラスを傾け、ワインを嗜むフレイヤ。

 彼女のすぐ横にある、少しだけ開いている窓の外から見える建物。

 その建物の屋根が少し歪んだように見えたが、彼女は気付けなかった。

 

 「ロキ、レフィーヤ達の所に行こう?」

 「せやな。思ったより話も早よう終わったし、行こか」



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>'<、⊦ ̄、⊦ S'trng-de

 ...こんなにも人々で賑わっているのは予想外だった。

 何かの祭式が催されているようで、どこを見渡しても人の姿がある。

 恐らくこの祭式を楽しむため、ダンジョンへ向かう冒険者は少なく

 遠慮無く獲物を狩る事が出来るはずだ。

 しかし、万が一という事を考えた僕はマザー・シップへ戻る事にした。

 ...今だけ、掟を免除されていれば、すぐ下の露店で我が主神に何か

 手土産でも捧げたいと思った。

  

 ...グラッ

 

 そんな折、体が揺れるような感覚が走った。

 屋根が、いや...地面が揺れている。その揺れは徐々にハッキリと

 伝わってくる。 

 震源地を見つけ出そうと、ガントレットを操作しようとした。

 しかし、そうしなくてもよくなった。

 

 ド オ オ オ オ ォ ォ ン !!

 

 ヘルメットのレンジファインダーで確認したところ、何かが20M先で

 爆発し火山が噴火したように土煙が上がった。

 下の道を歩いていた人々は幾人かが悲鳴を上げ、その場で立ち止まり

 動揺している。

 僕は気にせず、爆発が起きた地点へ向かった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「かったぁーーーーー!?」

 「っ...!?」

 

 殴った手の指に罅が入ったようなまでの激痛にティオナは飛び跳ねて

 涙目になり、ティオネは歯を食い縛って痛みを我慢していた。

 拳打で地面に叩き付けられた蛇のようなモンスターは起き上がると、

 長い体を巻くように纏め、頭部で突撃してくる。

 ティオナ達はその攻撃を回避しながら、連携して頭部や体に拳打や

 足蹴りを叩き込む。

 しかし、蛇のようなモンスターは全く打撃が通じていないようで弱る

 気配がなかった。

 

 「(気付いてない!いける!私だってアイズさんの力になれ)」

 

 魔法による攻撃を放とうとしていたレフィーヤだったが、蛇のような

 モンスターが自身の方を見てきた事に驚愕する。

 そのせいで足元に罅が入ったのに気づけなかった。

 

 ピシッ 

 

 ズ ゴ ォ オッ !!

 

 地面から何かが飛び出し、レフィーヤの脇腹を突いた。

 目を見開いたままレフィーヤは少量の鮮血を吐血する。

 レフィーヤはそのまま上空を舞い、重力に引き寄せられ落ちていく。

 

 「レフィーヤ!」

 

 露店のテントがクッション代わりとなった事で、落下したレフィーヤに

 外傷は脇腹以外、見られなかった。

 ティオナ達はレフィーヤに近付こうとするが、蛇のようなモンスターが

 突然痙攣を起こす。

 頭部の表面が粘液を引きながら裂けていき、中身が盛り上がった。

 

 ブ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア !!

 

 「咲いた...!?」

 「蛇じゃなくて花!?」

 

 ティオナとティオネがが叫ぶ通り、ヴィオラスが咲いた。

 それに加え、地面から次々と蔓が生えてくる。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ブ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア !!

 

 巨大な花が咲いた。

 地面から触手のように蔓を伸ばしティオナと呼ばれる少女とよく

 似ている髪の長い褐色の女性を捕まえようとしていた。

 あの時、牛を容易く狩っていた彼女が苦戦している。

 僕が強いと認めた、彼女が...

 つまり、あの巨大な花は強い。...それなら狩りたい。

 だが、次の瞬間、巨大な花の首が切断され地面に落ちた。

 付近を見渡し、剣を構えて着地した金髪の少女の姿があった。

 ...彼女の事は知らないが、呆気なく殺された事に僕は拍子抜け...

 いや、疑問が生じた。

 殺されたはずなのに蔓はティオナという少女と髪の長い褐色の女性を

 捕まえたままで解放されていない。

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド !

 

 「また!?」

 「しかも3体!?」

 

 そして、すぐにわかった。頭部は1つだけではなかったからだ。

 向かって行く金髪の少女だったが、構えていた剣が砕け散る。

 それだけ硬いのか、それともあの剣が脆かったのかはわからない。

 

 「アイズ!こいつら魔力に反応してるわ!」

 「1人1匹相手にすれば何とかなるよっ!」 

 

 髪の長い褐色の女性が巨大な花の習性を見抜いたようでそれを伝え、

 ティオナという少女は対処法を提言した。

 金髪の少女は巨大な花を引き寄せるように着地した地点から飛び退く。

 恐らく、下で倒れているエルフの少女を守るためだろう。

 ティオナという少女と同じ様に金髪の少女も、仲間を助けるために

 自ら危険な行動を取るのだと僕は思った。

 すると、突然金髪の少女は方向転換し、あえて巨大な花の方へ跳んだ。

 よく見ると物陰に少女が隠れており、それを考慮した上でそうしたん

 だろう。

 巨大な花の頭部は金髪の少女を追いかけ続け、とうとう崩れている

 建物へ追い込んだ。

 

 「こんのぉお~~~!離れろおぉ~~~!」

 「アイズ!早くそこから逃げて!」

 

 ティオナという少女と髪の長い褐色の女性が巨大な花の頭部や体となる

 茎を攻撃して、隙をつくろうとする。

 だが、金髪の少女は竜巻を盾にし、噛み付こうとしている巨大な花の

 頭部を防ぐので精一杯のようだ。

 ...彼女達を助ける事はしない。関わりを持たないと決められたからだ。

 しかし、僕はその決まりがなかったとしても、助けようとは

 思わなかった。

 ティオナという少女や、髪の長い褐色の女性、そして金髪の少女の

 強さがこのままどれだけ引き出されるのか見てみたかったからだ。

 

 「ガネーシャ・ファミリアの救援がもうすぐ来ます!彼らに任せましょう!」

 

 聞き覚えのある声だと思い、下を見ると倒れていたエルフの少女が

 起き上がっていた。

 隣には、僕らの担当を任している眼鏡のエルフの女性がいる。

 エルフの少女は立ち上がろうとしていたが、血を吐き出し膝から

 崩れ落ちた。

 血で赤く染まった掌を見ると、両手を握り締め目を隠すように

 泣き始める。

 ...情けない。涙を流している場合ではないだろう...

 僕はエルフの少女が泣いている理由を知る由もない。

 もし、僕が同じ状況になれば泣く暇があるなら傷を癒すか、獲物を

 睨み、名誉のために戦死を選ぶ。

 狩りの中で戦死する事は信条に次ぐ名誉だからだ。

 そう思っている矢先、泣いていたエルフの少女が立ち上がり前に出る。

 今にも倒れそうだが...その眼光は強い意志を感じ取れた。

 ...そうか、ただ情け無く泣いているだけの弱き者ではなかったのか。

 エルフの少女を囲うように光の輪が現れる。それに反応した巨大な花が

 襲いかかる。

 しかし、ティオナという少女達が頭上から3匹をそれぞれ薙ぎ払った。

 エルフの少女が右手を掲げると巨大な氷の結晶が3つ浮かび上がり、

 掲げていた右腕を突き出すと純白の光彩が放たれる。

 地面に氷の柱を立たせながら突き進む光彩は巨大な花に直撃し、瞬時に

 凍結させた。

 

 「ナイスレフィーヤ!」

 「散々手を焼かせてくれたわね!」

 

 ドガァアッ!

 

 ビキッ!

 

 バ キャ ァア アッ!!

 

 パ リ ィ ィ イ ン!!

 

 ティオナという少女と髪の長い褐色の女性が、動かなくなった巨大な

 花の前に立つと同時に、足蹴りを叩き込む。

 最初に砕かれた箇所から徐々に罅が入っていき、凍結した2匹は

 砕け散った。

 最後の1匹は、金髪の少女がいつの間にか手にしていた新たな剣により

 粉砕される。

 地面に氷の残骸を残し、彼女達は勝利した。

 ...強い。個々の強さ、団結力。どれも申し分ない。

 彼女達は喜び合っている。それは僕らもする事だ。

 

 ド ド ドォ オ!!

 

 ...だが、勝ったからと油断をしてはならない。獲物は常に狩る者の隙を

 狙うのだから。

 ...そろそろ、いいか...

 彼女達が手を出す前に、僕が手を出せば僕の獲物となる。

 次は...僕が狩る番だ



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>'<、⊦,、 ̄、⊦ G'illn-de

 「まだ残ってたっていうの!?」

 「っ!...もう一度...!」

 「ダメだよレフィーヤ!無理しちゃ!」

 「...私が時間を稼ぐから、レフィーヤとロキを安全なところに」

 

 ド シュ シュ シュ シュ シュ シュ シュ シュ シュッ!!

 

 アイズが指示を出そうとした瞬間、青白い光弾がどこからともなく

 発射されてきた。

 青白い光弾はヴィオラスの周囲に生えている蔓を地面ごと粉砕して

 文字通り伐採する。

 ヴィオラスが驚く間もなく、景色から突然現れるように何かが

 飛翔してきた。

 

 ヒュ ロ ロ ロロロ ロ ロッ...!

  

 ズパッ! ズパッ! ズパァッ! ズパンッ!

 

 ブ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア !!

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 それは以前に50階層で現れた、円盤状の物体だった。

 まるで生きているかのような軌道を描き、縦横無尽に飛び交う。

 ヴィオラスの周囲から新たに生えてくる蔓をも斬り伏せ、根元から

 頭部付近までヴィオラスの体となる太い茎を斬り刻んでいく。

 切り刻まれた箇所からは体液が噴き出し、地面を紫色に染める。

 ヴィオラスは見えない脅威に咆哮を上げ、怯み始めた。

 アイズ達は見た事のない飛翔する物体を見て愕然としていた。

 

 「何、あれ...?」 

 「...!。リヴェリアが言ってた武器だよ!」

 「えっ!?で、では、捕食者がどこかに...!?」

 「居るって事よね。という事は、あの糞花を獲物に選んだって事だわ」

 「ほんなら、巻き込まれん内に離れとこうやで!」

 

 ティオネは推測としてそう言うと、レフィーヤは信じられないといった

 表情を浮かべる。

 レフィーヤのすぐ傍に立っているエイナは何が起きているのか理解

 出来ず、立ち尽くすしかなかった。

 少女を肩車しているロキは、その場に居る全員に捕食者の武器による

 攻撃に巻き込まれる事を危惧して離れるよう指示を出した。

 しかし、ティオナとアイズは、円盤状の物体が一方的に攻撃する光景を

 目に焼き付けるように見ていた。

 強い。それだけしか言いようがないが、それだけでも十分にこの光景を

 見た者に言えば、伝わるだろう。

 

 「ティオナ!アイズ!何やってるの!?」

 「は、早くこちらに!」

 「あ、ご、ごめん!」

 

 ティオネとレフィーヤの呼びかけに反応し、2人もその場から離れた。

 周囲の蔓が全て駆逐され本体のみとなる。

 円盤状の物体はヴィオラスから離れ、向かい側の建物の屋根へ

 飛翔した。

 そこに居るであろう捕食者が掴み取ったようで円盤状の物体は消える。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ブ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア !!

 

 狩りにおいて獲物を弱らせるのは基礎基本として学んだ。

 ただし、無意味に甚振り、嬲り殺す事は掟に反する。我が主神が

 強くそれを、主張していたのをよく覚えている。

 巨大な花はスマートディスクに切り刻まれた事で怯んでいる。

 早速、これの出番が来た。

 僕は腰に引っかけていた新たな武器である、エネルギー・ボアの

 グリップのボタンを押す。

  

 ギュオン

 ジャ ラ ラ ラ ラララ...

 

 グリップの穴からエネルギーで形成された鎖ロープが出現する。

 その鎖ロープの先端が輪となっていて、僕は輪の根元を掴み頭上で

 振り回す。

 狙いを定め、投げ縄のように巨大な花へ投げつけると輪が自動的に

 対象物を捕えるために広がった。

 頭部が潜り抜けると、輪が瞬時に縮小して頭部の根元を締め付ける。

 

 ブ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア !!

 

 巨大な花が抵抗しようと首を振るう前に、先程押したボタンの位置から

 グリップの裏側にあるボタンを押し続けた。

 グリップから強力な電流が流れ、鎖ロープに稲妻が走る。

 

 バリ バリ バリ バリ バリィッ!!

 

 電流は巨大な花に到達し、茎や頭部全体を稲妻が包み込んだ。

 グリップは右手で握り、左手は鎖ロープを掴んでいるが電気を吸収する

 機能がガントレットに搭載されているため僕は感電しない。

 巨大な花は顔面を上空に向けて咆哮を上げようとする。

 それを僕は狙っていた。

 

 ミチミチミチッ...!

 

 先端の輪を更に締め付け、強引に引っ張り上げた。

 

 ...ブチィッ!

 

 上に引っ張った事で、斬り刻まれた箇所から引き千切られ上空を舞う。

 地面へ落下する前にグリップのボタンを押し、鎖ロープを収納していく。

 巨大な花の頭部は輪が短く残った首部分を締め付けているため、外れは

 しなかった。 

 鎖ロープを収納し、巨大な花の頭部を僕は手にした。

 

 カカカカカカ...

 

 文句無しの戦利品だ。僕は鳴き声を出す。

 クローキング機能は使用者が身に付けている物も不可視にする。

 戦利品も腰に付ける事で見えなくなった。

 僕は立ち去ろうとした時、背後に誰かが降り立ったのに気づく。

 ...振り向かずともティオナという少女が立っている。それは匂いで

 わかった。

 続けて、彼女の仲間達も集まってきた。

 

 「...そこに居る、かな?」

 

 ...僕は返事をしない事にした。

 彼女だけであれば鳴き声でもゴーグルを光らせて返事をしていたが

 仲間達が居る以上、諦めるしかない。僕は去ろうとした。

 

 「居ないなら、仕方ないけど...ありがとう!また、助けてもらっちゃったね。

  私達と関わりを持たないって事にしてるから、話せないと思うけど...それでも

  あたしは忘れないよ!すっごく感謝してるんだから」

 

 しかし、笑顔でそう伝えてきたのに足を止める。

 ...僕は思った。ここで去ってしまえば過怠となる、と。

 認めた相手に対する敬意無くして、自身の存在意義など無し。

 我が主神から教わった事だ。だから、僕は紙にペンを走らせた。

 しばらくして、彼女が背を向けたと同時に僕は気配を悟られないよう

 近付き、彼女の腕輪に紙を滑り込ませた。

 

 「!?」

 

 彼女が振り返ると同時に、僕は屋根から跳び上がり別の屋根へと移る。

 ...またケルティックやスカーに注意されてしまうかもしれない。

 だけど...後悔はない。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...」

 

 屋根から降りたティオナは、握っている紙を見つめていた。

 やはり捕食者があの場に居たのだと思いながら、後ろで話し合っている

 ティオネ達にバレないよう、そっと折り畳まれた紙を開く。

 

 [勇猛なる少女。感謝の意、受け取る]

 

 そう殴り書きされているのを見て、ティオナは嬉しさから自然と笑みが

 零れた。

 何が書かれているのか不安だったため、安堵した事で薄ら涙も浮かべて

 いた。

 

 「ティオナ?どうして、泣いてるの?」

 「どわぁ!?ア、アーディ...」

 

 今ここで会うと気まずくなるであろう、アーディが不思議そうな

 面持ちでティオナの隣に立っていた。

 他にもガネーシャ・ファミリアの団員達が集まっており、エイナが

 状況整理のため話していた。

 ティオナはバレないよう紙を握った手を後ろへ回し、誤魔化すように

 引きつった笑みを浮かべる。

 

 「そ、そのー...め、目に何か入っちゃって...」

 「え?大丈夫?それなら洗った方がいいよ」

 「だ、大丈夫大丈夫!もう痛くないから...」

 

 そう返すと、アーディは少し疑心しながらも納得してくれたようで、

 それ以上は何も言ってこなかった。

 

 「私達の間では捕食者と、呼んでいます」

 「捕食者...ですか?」

 

 しかし、背後から聞こえてきたエイナの言葉にティオナの心臓が

 縮み上がる。

 

 「そう。素性はわからないけど、ネフテュス・ファミリアの眷族で...

  噂を聞いてないかしら?うちのベートが姿の見えない誰かにボコボコにされたって。 

  その該当人物がネフテュス・ファミリアに所属してるのよ」

 「何か、知りませんか?ネフテュス・ファミリアについて」

 「...あ、あの、ネフテュス・ファミリアは...わ、私が担当をしているのですが...」

 「「「え?」」」

 

 思わぬところで発覚してしまった事実に、ティオネ達はただ呆然と

 する。

 ティオナも同じく呆然としていたが、それよりもアーディの様子を

 気に掛けた。

 

 「...ちょっとごめん」

 

 手掛かりを見つけたと言わんばかりにエイナの元へ歩み寄るアーディ。

 そんな彼女を止める事も出来ず、ティオナはただ頭を抱えるのだった。




スマートディスクかシュリケンでサクッと首を落してサックリ回収して
終わるというコンセプトもありましたが、流石に面白みがないので
新兵器でもぎました。


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>'<、⊦>'、,< D’ituce

 「...つまり全く知らなかったの?」

 「そ...そうとしか、言えません...」

 「ちょ、ちょっとアーディ、顔が怖いよ!?」

  

 ティオナの言う通り、普段から優しい性格をしているアーディの表情は

 真顔ではあるがどこか気迫を感じさせてる。

 彼女がそうなっている理由は、担当をしていると言ってるエイナだが、

 実のところネフテュス・ファミリアの団員についての情報を把握が

 出来ていないという事だからだ。 

 ギルドの職員であれば、それは有り得ない話だと誰もが思うだろう。

 担当するファミリアに所属する団員の名前と人数、及び活動を

 記録するのが職員の仕事だからである。

 しかし、エイナは5年間もの間、ネフテュス・ファミリアの団員と

 会話どころか姿を見た事がない、と言った際その場に居た全員が

 絶句した。

 ロキも流石にギルドの職員には子供の顔を見せているだろうと思って

 いたのだが、エイナの発言が嘘ではない事に衝撃を受けている。

 だが、更に驚愕の事実を知る事になる。

 

 「...名前も、わからないんですか?」

 「そ、それはいくらなんでも...ですよね?」

 「...その、いくらなんでも、では...ないんです。た、ただこれだけは言わせてください!

  名前とステイタスは確かに記録しているんですが...」

 

 全員からの視線で、すっかりエイナは縮こまる。

 普段の頼れるお姉さん気質な彼女からは想像も付かない程、気弱な

 声で言った。

 

 「...字が読めなくて、わからないんです...」

 「字?何や、ヒエログリフでもない文字やったんか?」

 「はい。こう...古代文字みたいなものでして...

  も、もちろん書き直してもらおうと思ったんですが、その際に前任者から絶対にやめておいた方がいいと言われたんです」

 「その前任者が書き直せって言ったらカウンターに穴でも空けられたの?」

 「ご明察です...素顔に関しても、眼を光らせるだけに留めています...」

 

 ロキ・ファミリアの面々とアーディもエイナを気の毒に思った。

 まともに会話も姿を見せない相手に5年間も対応していたのだから。

 しかし、少なからずそうは思っているようだが、アーディは納得いって

 いない様子だった。

 

 「それはともかくとして...ネフテュス・ファミリアの団員は検挙すべきだよ。

  7年前にした事を許すなんて事は出来ないんだから」

 

 そう強めの口調で発言したアーディにティオナがおずおずと言った。

 

 「あのね、アーディ?その...もう居ないみたいなの。その人達は...

  ネフテュス・ファミリアの方で処罰されて、100年の流刑になったんだって」

 「っ...!?...本当なの、それ...」

 「アーディ、やったな?ウチの他にフィンとリヴェリアもネフテュス先輩からそう聞かされたんや。

  まだ生きてるはいるらしいで?どこに居るんかはわからへんけど」

 

 ロキの最後の発言にアーディは俯いて悔しさを露にする。   

 居場所さえわかれば、検挙は出来なくとも言っておきたい事があったからだ。

 

 「...ネフテュス・ファミリアのホームもわからないのかな?」

 「は、はい。何から何までも、申し訳ございません...!」

 「まぁまぁ、しゃーないって。ウチや他の神でさえネフテュス先輩が来てるって事も

  知らんかったんやから。 

  ホームがどこにあるんかわからんのも、文句は言えへんって」

 「...そうですか。...じゃあ、私はこれで」

 「え?アーディ?」

 「ネフテュス・ファミリアの事は、今だけ置いておく事にするよ。

  ...じゃあ、お姉ちゃんの所に行ってくるね」

 「あっ...」

 

 ティオナが呼び止める前に、アーディは去って行く。

 2日前と同じような別れ方となり、ティオナは顔を伏せて悲しむ。

 ティオネはその様子を見て、声を掛けようとしたがロキが呼び掛けて

 きて振り返る。

 ロキはまだ地下に何かが潜んでいるかもしれないと予想して、

 ティオネとティオナの2人に向かうよう指示を出した。

 レフィーヤはエイナに預け、ギルドで手当てをしてもらう事にしロキと

 アイズは周辺状況の確認を行う事となった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギルドの発令でモンスターフィリア祭は一時中止となった。

 そのため、ヘスティアはバイトをしている店から露店にシートを

 被せるようにと言われ、

 道端で開いていた露店へ足を運んだ。

 ヴィオラスが出現した地点からは離れているため、露店は無事だった。

 それに安堵するヘスティアだったが、近づいていくにつれて違和感を

 覚える。

 

 「...何だい、これは?」

 

 そう呟き、露店のカウンターに置かれた中身が膨らんだいくつもの袋。

 持ってみるとジャリッと音を立てており、ズッシリとした重さがある。

 袋の口を結っている紐を解き、覗き込んでみてヘスティアは咄嗟に

 閉じた。

 

 「こ、これは何かの間違いだよね?何でこんな大金が...ん?」

 

 ヘスティアは様々な予想を考えていると、紙を見つける。 

 拾い上げて見ると、それにはとても短い文が書かれていた。

 

 [あるだけ持って行く。釣りは不要]

 

 「...いや、いやいやいや不要って!?」

 

 ヘスティアは焦っていたが、支払った人物は既に居ないためこの大金を

 どうするべきか、大いに悩んだという。

 

 「シル!よかった、ご無事で何よりです...!」

 「リューったら、心配しすぎだよ。私は大丈夫だから、ね?」

  

 シルの手を握り締め、リューは安堵する。

 それに苦笑いを浮かべながらもどこか嬉しそうにしているシルは、

 握り締めている手を、握り返した。

 それにリューは、無意識の内に自ら手を握っていたのだと気付き顔を

 赤く染める。

 シルはその様子を見て、クスリと照れているリューに笑みを浮かべた。

 

 「そ、そういえば、こちらをお忘れしていましたよ」

 「あっ。私の財布...何も買えなかったから、リューには悪い事しちゃったね」

 「いえ、気にしないでください。シルが無事が第一なのですから」

 

 そう答えるリューにシルは嬉しそうにしていた。

 しかし、浮かべていた笑みが一瞬消えると、シルはリューに顔を

 見られないように余所を向いた。

 

 「ありがとう、リュー。私はお店に戻るから、お仕事の続きに行っていいよ?

  どこかで怪我をしてしまっている人が居るかもしれないから...」

 「そうですね...わかりました。では、気を付けて戻ってください」

 「うん」

 

 シルが頷いてから、リューは走り去った。

 その場に残ったシルが見送っていると、背後からのそりと巨大な影が

 シルを覆い隠した。

 

 「...ロキに色々言われると思うから...一度、戻る事にするわ」

 「御意...」




 


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>'<、⊦,、、,< R’Hexual

 「やっぱお前の仕業とちゃうんやな?あの気色悪い花のモンスターが出てきたんは」

 「知らないわよ。そんなの」

   

 何食わぬ顔で答えられて、ロキは深くため息をつきながらテーブルに

 突っ伏す。

 深夜に呼び出されたフレイヤは、最初こそ少し不満がっていた。

 しかし、ネフテュスの眷族がそのモンスターを倒したと話した途端に

 興味津々となって話に乗り始める。

 

 「羨ましいわね。ネフテュス先輩の子供が戦っている所を間近で見たんでしょう?」

 「戦いっちゅーか...正しく狩猟やったけどな。

  あんだけウチの子達が苦労してやっと倒せたのに...怯ませてから首刎ねて終いって...」

 

 そう思い出すロキは、自身の子供よりも桁違いな強さを誇るという事を

 実感した。

 レベルも不明なためどれだけ強いのかわからないが、とにかく

 敵対してしまえば、間違いなく危険だとも改めて認識する。

  

 「その子について知っている事は...ないわよね。

  あの人の事だから、手掛かりすら掴ませてもらえないに決まってるもの」

 「その通りや。ホンマあの人には敵わんわぁ...

  ...ところで、自分ネフテュス先輩がホンマ何で下りて来たと思う?

  予想でもええから言うてみ」

  

 このままネフテュスの眷族の話を続けていれば、フレイヤの眷族達と

 どちらが強いかという話に発展しかねない。

 そう考えたロキは、話を逸らすためネフテュスについて問いかけた。

 

 「そうね...オシリスが居なくなったのが丁度7年前で、ネフテュス先輩が来たのと同時になるわよね?

  もしかしたら、交代するために下りて来たんじゃないかしら」

 

 フレイヤの言っている事は確かに辻褄が合っている。

 7年前に忽然とオシリスは送還され、ファミリアは消滅した。

 当時、眷族達も何故いきなり自身の主神が送還されてしまったのか

 理由は定かではないと言い、結局謎のままとなっている。 

 ネフテュスが自身の事を秘密にするために、オシリスも黙って天界へ

 戻り、ネフテュスが代わって下りてきたのだと言われれば納得はいく。

 しかし、ロキは頷きつつも顔を顰めた。

 

 「けど、そんな単純な理由かぁ?何かこう...パッとせんなぁ」

 「あら、じゃあ貴女の考えはどうなの?」

 「ウチの予想やと...オシリスに会いに来たからやと思うねん。

  けど、入れ違いになってしもうた、とか...」

 

 至極単純な予想にフレイヤは、考えるまでもなく納得した。

 愛する夫に会いに来た、それだけの理由でも十分有り得る話だからだ。

 しかし、1つの疑問が浮上する。 

 

 「でも、それならとっくに天界へ自ら戻っていそうじゃないかしら?

  会いに来たのに、どうして残るのかそれが疑問だわ」

 「あーせやな、それもそうや。...ほんならわからんやんけ」

 

 ビシッと空を切って、ロキは手を振った。

 フレイヤはため息をつき、ワインを嗜んで答える。

 

 「私に言われても仕方ないでしょ...

  ネフテュス先輩の事だから、何かしらの理由があるのは間違いないと思うけどね」

 「何やろなー、その理由は...」 

 

 ポケットに仕舞っている呼び鈴と呼称されたあの装置にロキは触れる。

 これを使いネフテュスに直接聞けば、簡単に済む話だ。

 だが、それはネフテュスが本当に教えてくれるかどうかで決まるため

 ロキはそれから手を離した。

 

 「...まっ、ネフテュス先輩の事はちょっと後にして...

  あのモンスターがどっから湧いてくるか、こっちは調べてみるわ」

 「そう。頑張ってね」

 「...手伝ってあげてもいいわよ?って言ってくるんやと、ちょっとでも期待しとったウチがアホやったな」

 「ネフテュス先輩に言われたら、喜んでそうしてあげるわ」

 「ちぇっ...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕は檻に閉じ込められていた。

 皆が居る前で我が主神とエルダー様に今までの経緯を報告し、

 関わらないとされていたファミリアの団員と接触した事も告げた。

 なので、処罰が下るまでここで反省するように言われ、ここに居る。

 数回に渡り、掟に背く行為をしたのだから当然だと自覚はしている。

 ...しばらく時間が掛かると思い、寝る事にしよう。

 しかし、鉄格子が開けられると誰かが入ってきた。スカーだ。

 スカーは隣に座ってくると、僕の処罰を伝える。

 僕は重い罰でも構わないと思っていたが、咎められない、とスカーは

 言った。

 何故なのか問いかけるとスカーは肘をついてきて、こう言ってきた。 

 そのティオナという少女に好意を抱いたな?と

 ...僕は自覚がないので、即否定した。強いと認めたのは間違いないが

 異性として見てはいないとも加えて。

 しかし、スカーは続ける。

 自分も最初はそうだった。しかし、レックスとの出会いがあり敬意を

 表した事で、番となれた。

 正直になった方が自らのためになる、と言った。

 ...レックスとはスカーの言っている通り彼の番で、僕と同じ人間の

 女性だ。

 本当の名前ではなく、愛称としてそう呼ばれているらしい。

 今は物資の補充の為に母星に向かっており、ここには居ない。

 そのレックスとの話と咎められない理由に何の関係があるのか、僕は

 意味がわからず、そう問いかけた。

 そして、スカーが我が主神に許しを請い、僕は咎められないという事に

 なった事がわかった。

 曰く、掟に背いてまで相手に敬意を表したのなら、それは僕が好意を

 抱いたからではないのか?と言ったらしい。

 僕は頭を抱えてスカーの後頭部を叩いた。そんな訳ないだろうという

 否定の意味を込めてだ。

 

 カカカカカカ...

 

 それにスカーは笑った。若いな、とも言って。

 僕は怒るよりも呆れたので、就寝はここですると言い背を向けて横に

 なった。

 スカーは僕の背中を軽く叩き、じっくり考えてみるんだ、と言い

 立ち上がる。

 居なくなる前に、咎められなくなったのはスカーのおかげなので、僕は

 とりあえずお礼を言っておいた。

 スカーは何も言わず鉄格子は開けたまま檻から出ていった。

 ...僕はそのまま眠りについた。

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 「ふーん...んくっ。あの子がねぇ...」

 

 玉座に座るネフテュスはジャガ丸くんを頬張りながら、自分の子供が

 異性に恋した事に、どうするべきか考えていた。

 9年間もの月日が流れ、我が子同然に育てあげた子供であり

 その恋を応援したくなってしまうのは、親としての性と言えよう。

 

 「...まぁ、あの子が本当にその感情を抱いて、私に告げてきたら...

  手伝ってあげましょうか」

 

 そう結論付け、また一口ジャガ丸くんを食べた。

 

 「ふふっ。美味しい...」




エルダー様も戦士と認めたレックス姉さんなら多分番になっててもいいはず。
いやなってないとダメなんです
スカレク万歳


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>'<、⊦>'、< C’erfict

 目を覚ました僕は、起き上がり檻から出ると鉄格子を開閉するボタンを

 押して檻を閉めた。

 本来、この檻は新種の生物を捕まえた際に使うものだ。

 なので、凄まじい異臭を放っているらしく我が主神はここへ来るのは

 極力、避けているそうだ。

 僕らは、この程度では気分が悪くなったりはしない。

 これよりも酷い悪臭がする狩り場へ何度も行った事があるからだ。

 オープンスペースに着くと、我が主神の元へ歩み寄り、跪くと頭を

 垂れる。

 

 「おはよう。よく眠れたかしら?」

 『はい。...昨日、スカーからお聞きしましたが、僕は咎められないのですか?』

 「ええっ。もしも貴方が認めた子とは別の子と話したりしていたら、流石に処罰していたところだけど...

  その子が何も言わなければ、問題ない事にしたわ」

 

 つまり、ティオナという少女が口を堅くしていれば良いという事だ。

 ロキ・ファミリアとの連絡手段は確保しているそうなので、確認は

 容易に出来る。

 ...仮に彼女が口を滑らしてしまったとしても、僕は責めるつもりはない。

 僕が掟に背いたのだから、彼女は決して悪くない。

 なので、僕は素直に我が主神の意見を受け入れる。

 我が主神は頷きながら、満足そうに微笑んだ。

 

 「それじゃあ、今日も頑張ってね。皆、待っているみたいよ」

 『わかりました』

  

 僕は立ち上がり、オープンスペースから離れ、自室へと向かう。

 檻へ放り込まれる前にヘルメット以外の装備は全て外されており、

 恐らく自室に置いてあると思ったからだ。

 自室へ入ると、装備を収納しているウェポンボックスを開けた。

 予想通り全て収められており、僕は狩りへ向かうための準備を始める。

 

 ジャラララ...

 

 最初にネットメイルを頭から被り、全身を包み込むようにして着る。

 ネットメイルは保温機能が搭載され、寒暖の激しい過酷な環境下でも

 体温を維持する事が出来る。

 最初こそは全裸にされてから素肌の上にこれを着させられ、下半身は

 褌と布を腰に巻くだけという格好に僕は泣く程嫌がった。

 今は、この格好でないと落ち着かくなっている。不思議だ。

 ネットメイルの次は胸部と脚部のアーマーを身に着けた。

 このアーマーも母星で採取した鉱石を素材としており、並の力では

 破壊するのは不可能で、とても軽量なため移動時の負担を軽減して

 設計されている。

 ブーツは、足底が接地すると同時に地面の形状に合わせ変形し、音が

 鳴らないようになっている。

 ネットメイルが擦れる違和感を無くすために両腕を回し、ブーツの

 中で足を動かして移動の際に問題なく動けるか確かめる。

 それらをチェックし終え、次は装備だ。

 

 ガシュンッ ガシュンッ 

 

 ピッ ピッ キュリリリリ...

 ジャキンッ

 

 基本装備のガントレット、リスト・ブレイドを左右の腕に装着する。

 ガントレットは各種装備を増設する事が可能だ。

 武器はプラズマボルト、アーム・クラッティング、ネットランチャー。

 特殊装備としては情報分析装置をカスタマイズが施せる。

 僕はアーム・クラッティングとネットランチャーを施している。

 リスト・ブレイドは最大で50Cまで伸ばせる。

 状況に応じた伸縮、折り曲げての刃間の広狭、刃の向きを変える事で

 腕を振り抜いた直後に振り払う動作で攻撃が出来て、獲物に向け

 コッキングする事で刃自体を射出する事が可能だ。

 次にバーナーを肩の装甲にあるコネクタに固定した。

 

 ガチャンッ

 キュインッ キュインッ...

 

 僕らはバーナーと呼んでいるが、正式名称はプラズマ・キャスターだ。

 バーナー本体に蓄積されたプラズマがエネルギー源となっており、

 エネルギーを収束させた、プラズマバレットを発射出来る。

 改良を積み重ね、現在の最新型はチャージをコンマ単位で完了し、

 連射やフルチャージする事で膨大なエネルギーを一個体に収束させ、

 プラズマシェルとして放つ事も可能となっている。

 プラズマシェルは獲物を一撃で葬る程の威力を誇るが、使用すると

 数分間はバーナー自体が使用不可となってしまう。

 加えて、クローキング機能もバーナーと同じプラズマをエネルギーと

 しているため姿を隠せなくなる。

 動作チェックを行う。

 砲身はアームに接続されており、ヘルメットの視覚システムと連動して

 照準する方向へ自動的に向きを変えられる。

 ...問題なく稼動している。

 基本装備の3つを装着した僕は次にサブウェポンを手に取る。

 

 ギュロロロ...

 

 2種類あるレイザー・ディスクの1つ、スマートディスク。

 5つの穴に指を通す事でグリップを握り、表面のライトが点滅して

 起動する。

 ミクロサイズの鋭い刃が無数に付いた投擲型武器で、投げると

 獲物をホーミングし円形に沿って刃が回転し胴体や首を切断してから

 ヘルメットのガイディングシステムにより回収出来る。

 そのまま手に持って、手持ちの武器として使用する事も可能だ。

 もう1種類の、シュリケンと名称が付いたレイザー・ディスクは

 こちらと違い大きめな6枚の刃が付いており、切断する威力としては

 格段に上だとされる。

 しかし、扱うにはかなり癖があるため僕はスマートディスクを選んだ。

 2つ目はレーザーネット。

 壁に設置しガントレットを操作する事で起動する。

 赤く細い光線を放ち、それに触れた獲物や物体は切断される。

 光線は蜘蛛の巣のように張り巡らせる事も出来、操作する事で

 動かす事も可能だ。

 こちらも2種類あり、高圧の溶解液を噴きかけるといったものもある。

 3つ目はエネルギー・ボラ。

 昨日、使用した通りエネルギーの鎖で形成されたロープだ。

 自動的に先端の輪が広狭し獲物を捕まえると、強力な電流を流す事で

 感電死させられる。

 4つ目のサブウェポンは、セレモニアル・ダガー。

 僕が初めて我が主神から授かった儀式用短刀だ。

 特殊な武器ではないが、僕にとって特別な武器と思っていい。

 

 カカカカカカ・・・

 

 装備は整った。これで狩りに行ける。

 僕はウェポンボックスの蓋を閉じ、自室から出た。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「にへへ~...」

 

 朝食を食べるティオナは何時にも増して上機嫌だった。

 食堂に居る団員達は、その様子を不思議そうに見たりしていたが

 特に気にせず席へ着き食事を始める。

 何故、こんなにも上機嫌なのかは言うまでもなく、捕食者がお礼の

 気持ちに答えてくれたからである。 

 関わりを持たないとされていたが、自分だけには答えてもらえた事が

 何よりも嬉しいと思ったようだ。

 

 「あのー、ティオナさん?」

 「んー?何ー?」 

 「...今日の朝食、すごく美味しい?」

 「うーん...?うん。美味しいよー、えへへー...」

 

 隣で一緒に朝食を摂っているレフィーヤとアイズは、ずっとニコニコと

 笑みを浮かべているティオナが気になって仕方なかった。

 確かにいつも笑顔でいるティオナだが、この笑みは少し違和感がある。

 そう思っていると、ティオナの隣にティオネが座ってきて2人が

 思っている事を率直に問いかけた。

 

 「アンタ、何か良い事でもあったの?」

 「...え?い、良い事って?何の事?」

 「誤魔化しても意味ないわよ。

  そんなに嬉しそうな顔してるの、今まで見た中でも1番わかりやすいんだもの」

 「え、えっとー...ほ、捕食者が戦ってるところを見れて嬉しかったから...

  やっぱり強いんだなーって、思って」

 

 苦し紛れにした返答だが、それは決して嘘ではないのでティオナは

 ティオネの目から視線を逸らさず答えた。

 ティオネは、ふーんと鼻を鳴らし疑わず納得した。

 

 「まぁ、確かにあんなあっさり倒したのはすごいとしか言いようがないわね」

 「うん。すごく、強かったね...」

 「で、ですが私達も倒す事が出来たのですから、負けてはいませんよね!?」

 「どうかしらね。私達は手こずったのに、捕食者は手慣れた感じで首をもいでたし。

  正直言うと...あっちの方が上手だと思うわ」

 

 レフィーヤはティオネの返答に俯いてしまった。

 事実、自分達が苦戦した相手を見てわかる通り容易く倒していた。

 最後に出現した新種のモンスターも、相手にしなければならない

 状況になった場合、どうなっていたか想像したくもない。 

 そうマイナスな想像をしていると、ティオナが言った。

 

 「だからあたし負けていられないんだ!」

 「え...?」

 「もっと強くなって...認めてもらいたいから!

  そうすればきっと関係も良好になれるかもしれないし!」

 

 ティオナの決意に3人は顔を見合わせて驚くが、本人は至って真面目に

 そう考えていた。

 ファミリア同士の関係を改善するためには、きっかけが必要であり

 相手に認めてもらえれば上手くいくと思ったからだ。

 

 「(絶対に認めてもらえるくらい、強くならなくちゃ!)」



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>'<、⊦>'<、⊦ I'rgur

 皆からの第一声は、強さに惚れるのはいいが性格も大事だとか、

 頼りない自分を見られたらその時は吠えろ、名誉挽回出来るとか、

 花と一緒に自分の敬意を示せばいいとか、とにかく僕が彼女に好意を

 抱いているという、認識で言ってきていた。

 僕はスカーを見る。スカーは素知らぬふりでいた。

 ウルフは特に何も言ってこない。わかってくれてると信じたい。

 皆の誤解を解くにはどうすればいいか、そう悩んでいると前方に獲物が

 居るのを確認した。

 蟻型の蟲だ。体表の外皮は硬いが関節部を狙えば容易に斬り落とせる。

 関節部でなくても外皮を斬り落とせるので別段気にする事はないが。

 周辺に同種の個体は確認されず、1匹だけのようだ。

 

 シュルルルッ...

 

 前に出たのはウルフで、既にスラッシャー・ウィップを手にしている。

 あの価値が高い獲物である虫の尻尾を模しており、鞭の本体には

 1つ1つ鋭い刃が連なっている。

 

 ヒュンッ ヒュンッ... ビシュッ!

 

 大きくスラッシャー・ウィップを振るい、鞭を投げ飛ばす。

 蟻の首に巻き付かせると同時に引っ張る。

 

 ブチィッ...!

 

 蟻の首は胴体から落ち、一撃で仕留めた。

 ウルフはスラッシャー・ウィップを巻き直し、腰の装甲に引っかけた。

 その場に崩れ落ちた死骸に近付き、リスト・ブレイドを突き刺すと

 体内から石を取り除く。死骸は灰となり消えた。

 今回は皆がそれぞれ新規で使用する事になった武器を試すために

 もっと奥まで潜る事になっている。

 なので、ここまでは既存の武器で倒していった。

 

 ...ド ド ド ド ド...!

 

 以前、歌声が聞こえてきた階層を過ぎ4つ下まで潜っていた。

 すると前方から地鳴りが聞こえて来る。僕らが今立っている地点へ

 迫り来るようだった。

 ゴーグルの視野を拡大し、暗がりの奥を確認する。

 ...とてつもない数のモンスターが向かってきている。

 そのモンスター達に追われているのか、冒険者達もこちらへ向かって

 来ていた。

 何故あんなにも多くのモンスターが出現したのか定かではないが...

 僕らは昂ぶり、体が疼き始める。

 あれだけ狩れるなんて、思ってもみなかったからだ。

 スカーとウルフにプロミキシティ・マインを前方の4箇所へ設置する

 ように指示を出し、僕は先にケルティック達と後方へ戻る。

 距離を取ってヴァルキリーと僕は、レーザーネットを2つ設置した。

 ガントレットからプラズマを充填させる事で起動し、設置後は獲物が

 接近した瞬間を狙って、プロミキシティ・マインで爆殺させる事が

 出来る。 

 後続の爆殺出来なかったモンスターは、レーザーネットで一網打尽に

 仕留めると僕は考えていた。

 背後で万が一、取りこぼして生き残ったモンスターがいた場合に備え

 ケルティックとチョッパーにはその始末を任せるつもりだ。

 スカーとウルフが合流し、狩りの準備は出来た。

 あの冒険者達を餌にするのは少しばかり気の毒だが、代わりに殺すので

 悪く思わないでほしい。

 

 ド ド ド ド ド...!

 

 僕らは通路の壁へ背を預けた。

 冒険者達が1つめのレーザーネットを通過したタイミングを見計らい

 起爆させた。

  

 ドガァァァアアアンッ!! ドガァァァアアアンッ!!

 

 爆音が通路全体に響き渡り、爆風が後から続いて吹き抜けた。

 冒険者達はそのせいで前のめりに転んでしまうがすぐに体勢を立て直し

 こちらへ向かってきている。

 前方は黒煙で視界が遮られるがすぐにビジョンを変更し、残りの獲物が

 向かって来るのを確認した。

 冒険者達が姿を消している僕らのそばを駆け抜けていき、獲物が

 プロミキシティ・マインを設置した付近のギリギリまで引きつけ

 起爆させる。

 

 ドガァァァアアアンッ!! ドガァァァアアアンッ!!

 

 再び爆音が鳴り響き、爆風が吹き抜ける。

 それに続いて、様々な獲物の叫び声が混ざり合うように響き、かなりの

 数を減らせたようだ。

 後続のモンスターも流石に爆発によって怯み、その場で留まっている。

 だが、何匹かは臆する事なく向かってきていた。

 ...本来なら戦利品にしたいが、後続の数を考えると前へ出るのは

 危険だと、思い留まる。

 向かってくる獲物の数だと、レーザーネットを使用する事はないと

 僕は判断し皆が新しく入手した武器による殲滅を指示した。

 

 バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!

 

 シュピンッ! シュピンッ! シュピンッ! シュピンッ!

 

 各自がそれぞれ狙いを定め、1体1体を確実に仕留めていく。

 ハンドプラズマキャノンは、身体の一部を掠っただけでも致命傷に

 なる程、1発1発がプラズマシェルと同等の威力を持つ。

 しかし、バーナーがプラズマシェルを放った後と同様に、弾数が

 無くなると、数分間のチャージが必要となる。

 シュリケン・ダーツはガントレットの手首部に増設した機構から

 レイザー・ディスクに似た、シュリケンを小型化させたような武器を

 射出し、獲物の急所を狙い仕留める事が出来る。

 頭部が粉砕され、胴体を貫かれたモンスターは絶命し、倒れた。

 怯んで留まっていたモンスターは、それを見て元来た方向へ戻り始めて

 逃げて行く。

 少し勿体ない気もするが、先に狩る事が出来た獲物の数を考えれば

 良しとする。

 既に冒険者達の姿は無く、逃げおおせたようだ。

 使用しなかったレーザーネットを回収して、僕らは石を回収するため

 倒したそれぞれの獲物に近付く。

 石を取り除くと獲物の一部が残るが、武器となるようなモノのみを

 拾い上げた。

 ...それにしても、何故あんなにまで大量のモンスターが出現したのか

 気になる。

 僕は理由を突き止めるために、モンスターが逃げて行った方向へ向かう

 事を皆に指示した。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...はぁ~~~~...」

 

 昨日の報告書を纏める作業に追われているエイナは、ため息をつき

 目頭を抑えた。

 今までにも、こうして報告書を纏めるという事はあったが今回は

 桁違いに感じる。

 新種のモンスターがダンジョン内ではなく、オラリオの街中に現れる

 という、異常事態は未だかつて無い案件だからだ。

 それに加え、自身が担当しているファミリアの冒険者がその新種の

 モンスターを倒したという事もあって更に仕事量が増えてしまった。

 ロキ・ファミリアの担当であるミィシャはというと既に力尽きている

 状態で突っ伏している。

 

 「(ごめん、ミィシャ。今回ばかりは手伝ってあげられないの...)」

 「お、おい!大変だ!」

 「は、はい!?ど、どうしましたか!?」

 

 突然声を掛けられたエイナは立ち上がり、目の前の冒険者に対応する。

 それに冒険者も驚いていたが、おかげで冷静さを少し取り戻したようで

 自身の身に何が起きたのか話し始める。

 エイナは耳を疑った。

 24階層に向かっている途中、通路を埋め尽くす程のモンスターが

 大量発生したというのだ。

 モンスターが出現するのは不定期的で突然、壁から産まれる。

 産まれると壁は壊れ、修復中はモンスターを産まないという特性上

 大量発生するという事は稀にしかない。

 但し、通路を埋め尽くす程となるのは異常事態だ。

 

 「...わかりました。直ちに調査して、原因を突き止めます。

  ご報告、ありがとうございました」

 「あ、ああ...」

 「しかし、そんな状況に巻き込まれたにも関わらず、ご無事で何よりでしたね」

 「それなんだが...どこの誰だか知らない奴のおかげで助かったんだ。

  通路を爆破して、大量のモンスターを倒してくれたからな...」

 「そ、そうですか...では、少し失礼します」

 

 エイナは冒険者の安否を労り、作成中だった報告書を放り出して

 レーメルに異常事態が発生した事を伝えた。

 

 「...等級D以上のファミリアに向かうよう伝えろ。

  アストレア・ファミリアかガネーシャ・ファミリアなら対応可能なはずだ」

 「わかりました」



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>'<、⊦>'<、,< Tarei'hasan

 僕らは逃げたモンスターの足跡を追跡し、北地帯へ辿り着いた。

 そこにはモンスターの食糧が染み出すとされる、僕らにとっては

 狩り場が存在する。

 しかし...その狩り場へ続く巨大な穴の出入口となる通路が緑色の壁で

 塞がれていた。

 ヘルメットのゴーグルを通しガントレットの情報分析装置で、これが

 植物と似た体組織である事が判明した。

 それがわかったからといって、何故狩り場への通路を塞いでいるのか

 理由がわからない。

 すると、生物の生態や行動などに詳しいヴァルキリーが、先程の

 モンスターの群れはこの先へ通れなかったがために、別の場所へ移動を

 していたのではないかと推測した。

 ウルフが装備しているファルコナーを起動し、ガントレットで

 この階層の地形を立体映像で映し出す。

 クローキング機能によって、見えなくなったファルコナーを

 操縦して上空から、周囲の状況を確認した。

 ...他の狩り場へ続く通路が同じように塞がれている。

 どうやらヴァルキリーの推測が確かなのは間違いなかった。

 つまり、この植物の壁は奥へ進ませないという意思を感じ取れる。

 

 カカカカカカ...

 

 その時、スカーが何かを見つける。見てみると、穴があると思われる

 箇所が窄んでいた。

 自然になのか人工的なのかわからないが、入る事は可能だというのは

 わかった。

 この植物の壁の奥がどうなっているのか、それを突き止めたいと思い

 僕らは進む事を決断した。

 爆破して入ろうと思ったが、無駄にプロミキシティ・マインを使うのは

 勿体ないので別の物を使う事にした。

 それも価値が高い獲物の血を解析し、開発した溶解液だ。

 

 ビシャァ...

 

 無機物、有機物関係なくあらゆるものを溶かす酸性の血とは違い、その

 液体は有機物の、水分のみを蒸発させる事が出来る。

 植物も有機物なので...

 

 ジュウウゥゥゥ...

 

 この通り、溶解液を掛けた箇所から融解していく。

 液体は対象である有機物の全ての水分を蒸発させるので、徐々にだが

 大穴を塞いでいた植物の壁が消えていく。

 融解され開いた穴から奥を覗き込むと、この植物の壁は狩り場まで

 続く通路まで覆っているようだった。

 ...用心のため、僕はウルフのファルコナーをもう一度起動するよう

 指示を出し、植物の壁が融解されている最中だが通路へ侵入させた。

 ガントレットでファルコナーから送られてくる映像を見ながら、奥へと

 飛行させていく。

 途中、分かれ道があり本来、狩り場まで続く通路には無いとわかると

 ファルコナーのカメラから見える映像にX線スキャナーを掛けた。

 それにより通路が透過され、先に右の通路を進んで行く。

 しかし、途中で行き止まりだとわかると引き返して、今度は左の通路を

 進んだ。

 今度は行き止まりにはなっていなかったが、ある物を見つけた。

 地面に積もっている灰の山、モンスターの死骸だった物だ。

 植物の壁を通り抜けたか、狩り場から出られなくなったモンスターが

 殺されたのだと思われる。

 既に大穴を塞いでいた植物の壁は消え、次は通路を覆っている肉壁を

 融解していっている。

 灰の山に近付く直前にセンサーが動く物体を感知した。

 天井にカメラを向けると、昨日僕が狩ったあの巨大な花が数匹氷柱の

 ように垂れ下がっていた。

 ファルコナーの存在には気付いておらず、眠っているようで蕾の状態に

 なっている。

 ...なるほど、あの巨大な花が狩り場で大繁殖した結果、植物の壁が

 大穴を塞ぎモンスターの侵入を拒んでいたのか。

 僕はそう考えながらも、確かな事ではないので狩り場まで進ませた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「どういう事だ!?何故...何故塞いでいた壁が消えた!?」

 「ちっ...早過ぎるとは言え、モンスターがダンジョンに溢れている事を考慮しなかった結果がこれだ...!

  既に気付かれてしまっているではないか!」

 「落ち着け...私が確認してくる。それまでここを死守しろ」

 

 緑色の植物に呑み込まれたパントリーで、オリヴァスは予想外の事態に

 驚愕していた。

 最初は壁に対して小さな穴程度だった箇所が次第に壁そのものを溶かし

 通路を覆っている肉壁まで溶かされていっているからだ。

 それに白装束の男は熱り立ち、レヴィスを睨む。

 レヴィスはそれに臆する事なく、冷静に答えた。しかし、その表情には

 凄みを感じられる。

 

 「レヴィスの言う通りだ。仕事の準備にかかれ、イヴィルスの残党共。

  彼女を守る礎となるためにな」

 「言われなくとも...」

 

 白装束の男は崖の縁に立ち、右手に短剣を握ったまま両腕を掲げた。

 崖の下には、同じように白装束を纏っている者達がいる。

 

 「同志よ!我らが悲願のため刃を抜き放て!愚者に死を!」

  

 「死を!!」 「死を!!」 「死を!!」 「死を!!」

 

 応じるように短剣を掲げ、その言葉を連呼する。

 オリヴァスはそれを見て鼻で笑い、どこかへ去っていった。

 叫び声が響き渡る中、姿の見えない物体はその光景を観察していた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...こいつらは知っている。7年前、オラリオを滅ぼそうとしていた

 奴らの生き残りか...

 こいつらが何かしらの目的で、植物の壁を作りだしていたんだ。

 全て理解した。そしてこいつらは生かしてはおけない。

 聞くに堪えない事を言っている...虫唾が走る...反吐が出る。

 7年前、あれだけ仲間の生皮を剥ぎ、吊したというのに懲りも

 しないとは...

 見たところ、子供の姿はない。女は居るが...武器は持っている。

 それなら...殺す

 殺し尽くす...!



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 ̄、⊦' D’abo

 「あぁ、イリス...お前の元へ逝く日が、そう遠くない事を祈ろう...」

 『キャンディー食べる?』

 「...?」

 

 男は手を組み祈っていると、どこからか少年の声が聞こえてきた。

 立ち上がって辺りを見渡すと人目に付かない岩陰からだと思いそこへ

 近付く。

 

 「...!?」

 

 岩陰を覗き込み男は見つけた。いや、見つけてしまった。

 胸部が破裂したようにポッカリと穴が開き、大量の血を流したまま

 死んでいる同志を。

 男はすぐにそこから離れようとしたが、不意に自身が宙に浮いた事に

 驚く。

 

 ゴキッ! バキャッ! グシャッ...!

 

 叫ぶ間もなく身体が強引に捻られ、折り曲げられ、頭を砕かれる。

 頭を失った体は痙攣を起こしながら、地面に落ちた。

 

 ボトッ...

 ズルズル...

 

 その男の死体は、岩陰の死体と一緒にそのままどこかへ、引きずられて

 いった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 洞窟でも男が手を組み祈っていた。

 

 「ソフィア...咎を許したまえ...」

 

 ドスッ...!

 ゴギャッ...!

 

 男の両目に何かが突き刺さり、首が天を仰ぐ様に後ろへ折れ曲がる。 

 ダラリと男が絶命した事を告げる様に組んでいた手が落ちた。

 

 ブチィ ブチィッ...!

 

 突き刺さった何かが引き抜かれると、眼窩から眼球も一緒に取れた。

 眼球を振り払うように引き抜かれる。

 両目の眼球を失った男の死体もどこかへ引きずられていった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「レイナ、いつか必ず精算する。その時が来れば」

 

 グシャッ

 

 その男の頭は突然、爆ぜた。まるで水風船の様に血や脳髄を撒き

 散らして。

 死体は倒れる寸前に誰かに首元を掴まれ、引きずられていく。

 

 

 2人組の男は周囲を警戒していた。

 自分達の崇高な目的を阻む、侵入者を始末するためにだ。

 手には弓を持ちすぐにでも射る事が出来るよう、矢を弦に掛けている。

 

 ...プツンッ

 

 「ん...?なっ!?切れた...?」

 

 男は弓の弦が切れたのに気付く。隣の男の弓の弦も切れている。

 

 「お、俺のもだ...不吉な予感が」

 

 ッパァン...!

 

 「...ひっ」

 

 ズパァッ!

 

 する、と言い切る前に男の首が切断され、頭部が地面に落ちた。

 隣に立っていた男も悲鳴を上げる前に、首に走る鋭い感覚がした瞬間

 意識が無くなる。

 同じ様に首が切断され、頭部が落ちると死体は先に倒れていた死体と

 重なって倒れた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「あぁ、ユリウス...どうして私を置いていってしまったの...?」

 

 女は涙を流しながら頭上を見上げ、虚空を見つめた。

 愛する者を失った悲しみに染まったその瞳は、黒く濁っていた。

 そんな彼女を誰かが背後から抱きしめた。

 

 「え...?」

 『すまない。許してくれ』

 「...ユリウス...?迎えに来てくれたの...?」

 

 女は振り向くが姿は見えない。抱きしめているはずの両腕も見えない。

 それはつまり、霊となってまで自分を迎えに来てくれたのだと察した。

 

 「ユリウス...ええ、ええっ。許してあげる...だから...」

 

 ザシュッ...

 

 その言葉を皮切りに、女の喉元に一筋の裂傷が走る。

 大動脈を斬り裂き鮮血が噴き出て、女が身に纏っている白装束を

 真っ赤に染め上げていく。

 女は薄れゆく意識の中、フェイスベールで隠された顔に微かな笑みを

 浮かべ、輝きを取り戻したその瞳を閉じた。

 安らかに眠った女は、血痕を残しながら引きずられていった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 しばらく時間が経ち、何かがおかしいと白装束の男である指導者は

 異変に気付いた。

 異様に静かだ。しかも、先程まで忠誠を唱えていた同志達の姿が

 先程よりも減っているように見える。

 

 「(まさかこの場から逃げ出したというのか?いや、それは有り得ん。

   我らが主神に忠誠を捧げ、死を迎える事を望んだ同志が逃げるはずなど...)」

 

 自らの考えを否定した指導者は一度、同志達を呼び寄せようとした。

 その時だった。

 

 「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

  

 断末魔が響き渡り、指導者や同志達は驚愕する。

 侵入者か、そう誰もが思い断末魔が聞こえた方へ向かって行く。

 指導者はその場に留まり、何が起きたのかを同志に確認させようと

 していた。

 

 ドチャッ...

 

 「...あ...?」

 

 背後から不気味な音が聞こえ、振り返り指導者は凍り付いた。

 内臓を抜き取られた腹部、皮膚が剥ぎ取られ全身の筋肉組織が

 露出している無残な姿となった同志が反り経つ岩肌に吊されていた

 からである。

 それも1人ではなく、数十人は超える人数の死体が。

 何故、同志だと分かったかというと白装束が落ちていたからだ。

 

 「ひ、ひぃいっ...!」

 

 ズルン...

 

 「ギヤァアッ!?」

 

 鮮血が滴り、地面に溜まっていくのを見て指導者は恐怖のあまり、

 その場から逃げようとした。

 だが、目の前に何かが落ちてきて腰が抜けてしまい、尻餅を付く。

 それは同じ様な状態にされている死体だった。それも誰がどうやっても 

 届かない天井から伸びているワイヤーによって吊されている。

  

 「「「アァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」

 

 先程、断末魔が聞こえてきた方向から向かっていったであろう同志達の

 叫び声が響き渡ってきた。

 しかし、指導者の耳にその声は届いてすらいないようだった。

 

 「だ、誰かっ!誰か、助けてくれぇええええええっ!!」

 

 腰が抜けている指導者は地面を這いずりながら、助けを

 求める。

 既に同志達の叫び声は聞こえなくなり、静まり返っていた。

 

 ザシュッ!

 

 「いっ!?...ア、アアァ、アアアアアアア!?

 

 うつ伏せになっている指導者の手の甲に何かが突き刺さる。

 二叉状の小さな槍の様な物だ。

 続けて足首を踏みつけられ、動けなくさせられる。

 指導者は痛みに震え、泣きながら恐る恐る振り向く。

 滲む視界に映し出されていた、その姿に呟いた。

 

 「あ、悪魔...悪魔が襲ってきた...!」

 

 ブシュッ...!

 

 その言葉を最後に、指導者の視界は真っ黒に塗り潰された。



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 ̄、⊦>∟ ⊦ U’nwet-de

 ビビィィィ... ビリッ

 

 戦利品にもならないので、こいつも同じ様に僕は吊す事にした。

 ここへ足を踏み入れる冒険者はそう居ない。

 危険な行為だとされているからだというのは、わかりきっている

 からだ。

 最初に内臓を抜き取り、生皮をリスト・ブレイドで剥ぎ取る。

 そして最後にワイヤーを足首に巻き付け、他の死骸と一緒の所に

 吊した。

 

 ドチャッ...!

 

 仲間と一緒で寂しくはないだろう。そう思いながら、僕は離れた。

 こいつの衣装と他の奴から取り外した爆発物は持っていく事にする。

 眼鏡のエルフの女性に渡せば、使えるはずだ。 

 既にビーコンとして使うシープ・ロケーターでマザー・シップと

 回線を繋ぎ、我が主神と話し合いは終えている。

 僕らが仕留めた事など経緯を眼鏡のエルフの女性に知らせるようにも

 言われた。

 ...それなら、次は...巨大な花よりも更に巨大な、3匹の弩級の花を

 どうするかだ。

 あの弩級の花が狩り場の餌を湧かせている、赤くそれも巨大な石英に

 寄生し餌を吸い取っている。 

 巨大な花も産んでいる様子からして、ここを巣穴としているようだ。

 緑色の肉壁はその餌の養分を蓄えた事で、狩り場までの通路を覆って

 いたのだろう。  

 よく見ると、肉壁の近くには大量の檻が置かれており中には巨大な花を

 閉じ込めていた。

 何を企んでいたかは知らないが、既に全員を仕留めたので檻の中の

 巨大な花も殺そう。

 手短に終わらせるため、ウルフが所持している溶解液をヴァルキリーは

 3本受け取り、他の皆はそれぞれ1本ずつ受け取る。

 合流地点を通路にすると決めて、それぞれ手分けして作業を始めた。

 僕とヴァルキリーが弩級の花を、他の皆は檻の中の巨大な花を殺す事にした。

 近付いていくに連れ、その巨大さに驚く。

 ...戦利品に出来ないのが残念だ。

 

 カカカカカカ...

 

 突然ヴァルキリーが足を止め、弩級の花の根元を指した。

 僕は視野を拡大し確認してみると...地面に盛られた緑色の肉塊の上に

 玉のような物が置かれている。

 気になった僕は、ヴァルキリーにいつでも仕留められるよう指示を

 出して、その玉へ近付いていった。

 肉塊に跳び乗り、その玉を見て僕は気付いた

 これは...卵か...?

 その玉は硝子の様に透き通っており、中に緑色の体色をしている胎児が

 入っているのが見えていた。

 頭部には毛髪のようなものが生え、肢体と尻尾がありまるで獣人の

 様に思えた。

 情報分析装置で調べてみたいところだが、後にしよう。

 僕はその玉を持ち上げ、急いでヴァルキリーの元へと戻っていった。

 その際、足元の肉塊にも溶解液を撒いておいた。

 ヴァルキリーはこれを見て興味深そうにしていたが、まずは弩級の花を

 狩る事を優先した。

 3本の矢に溶解液を注入しているカプセルをワイヤーで括り付けると、

 ヤウージャ・ボウのストリングに引っかけ、狙いを定める。

 

 ...バシュゥウ...ッ!

 

 一直線に弩級の花の頭部に3本が飛んでいく。 

 どこを狙ったとしても直撃するので、矢は3つの頭部に突き刺さった。

 それによって括り付けられていたカプセルが割れ、中の溶解液が

 撒き散らされると、弩級の花の頭部に掛かる。

 溶解液が弩級の花の頭部を融解していっているようで、白い煙が

 立ち始めた。

 

 ズ ズ ズ...! ズ オ オ オ ォ ォ...!!

 

 その途端に3匹の弩級の花が暴れ始めた。

 どうやら悪足掻きをするようだ。僕らは直ぐに退避し、合流地点へと

 向かった。

 既に合流地変には皆が待っており、成し遂げた事を告げた。

 ちゃっかり皆、それぞれ戦利品を腰に付けていたのは気にしなくて

 いいか。

 

 ド ゴ ォ オ オ ンッ!! ド ゴ ォ オ オ ンッ!!

 

 そこから見える弩級の花は地面に身体を打ち付け、溶けゆく事を

 恐れているようだった。

 しかし、もう手遅れだ。既に首部分の花弁が朽ち果てるように落下し

 表面の皮膚が無くなった箇所から体内の体組織を覗かせている。

 やがて最初に溶解液で融解されていった、弩級の花が首の花弁を全て

 失うと力無く倒れ、2匹目、3匹目も地面に倒れた。

 

 シュウウゥゥゥ...

 

 白い煙が充満し融解されていく様は見えないが、影は見えており

 その影が萎むように消えていく。

 ...死んだか。奴らの死体の大半が弩級の花に潰されてしまったが

 他はまだ無傷で残っている。

 それでいい。奴らとは別に居た赤髪の女と骨の仮面を付けた男が戻って

 来た時、僕らの存在を知らしめられるからだ。

   

 カカカカカカ... 

 

 僕らは通路を進み、地上へ戻る事にした。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 シュウウゥゥゥ...

 

 「...」

 

 しばらくし、レヴィスが先に戻りその光景を見て呆気に取られていた。

 大主柱に宿っていたはずのヴィスクムが3匹とも溶かされていっている。

 それに加え、イヴィルスの残党である死兵達も殺されていた。

 間違いなく何者かによる襲撃で全員殺され、更には宝玉まで奪われて

 しまい、ここでの計画は失敗に終わったとレヴィスは思った。

 背後から、呼び戻したオリヴァスがやって来た。

 オリヴァスはヴィスクムが溶かされていく様子を見て、驚愕するが

 それよりも無惨な姿にされて殺されたイヴィルスの残党の死体を見て

 青褪めていた。

 

 「こ、これは...!?この殺し方、ま、まさかっ...!?」

 「知っているのか。なら、誰の仕業か言え」

 「...悪魔だ。姿を消し、あらゆる武器を備えた、正しく悪魔だ!」

 

 オリヴァスは脳裏に過ぎる光景が蘇り、恐怖に震え始める。

 レヴィスはその様子を、無言で見ていた。

 

 「かつて6年前にモンスターをかき集め、使者による自爆と共に

  冒険者共をまとめて始末しようとした...しかし...

  その悪魔が、モンスターを全て殺した...モンスターだけではない!

  使者はあの様な姿にされた後、吊るされ、私は...私はぁ...!」

 

 無意識に蘇ってくる記憶。それは、自身の身体が素手で真っ二つに

 引き千切られ、肺が踏み潰された苦痛だ。 

 膝が崩れたオリヴァスはその苦痛を鮮明に思い出し、腹部を手で抑え

 紛らわせようとしていた。

 レヴィスはオリヴァスの話を聞き、襲撃者は異常である事を理解した。

 この様な殺し方をするなら、殺しを遊びと思っている自分達よりも

 たちが悪いのだと。

 そう考えていると、パントリーに続く通路から複数の足音が聞こえる。

 襲撃者か、将又騒ぎを聞きつけた冒険者達かはわからないがオリヴァスが

 この状態ではまともに応戦は出来ないと判断してレヴィスは踵を返す。

 

 「行くぞ、次の手に移る。30階層の奴らに...おい」

 「あぁ...彼女に救われなければ、私は」

 「...オリヴァス!」  

 

 レヴィスは苛立ち、小声で何かを呟くオリヴァスを蹴りつけた。

 倒れたオリヴァスはハッと目を見開き正気に戻る。  

 

 「...い、言われなくとも、わかっている...!」 

 「ふん...」

 「(...こいつはもう使い物にならないな。...次で殺すとしよう)」

 

 思惑するレヴィスは先を急ぎ、オリヴァスは後を追いかけていった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――  

 ギルドからのクエストを受けたアストレア・ファミリアは、無事に

 パントリーへと辿り着いた。

 モンスターの大量発生という異常事態の原因を突き止め、全て駆除する 

 という依頼で来たのだが、全くと言っていい程モンスターの姿はなく

 現れたとしても通常通りの数でしか見なかった。

 

 「どういう事なのでしょうか?まさか、既に他の冒険者の手によって」

 「いやいや、さっき通ってきた所を埋め尽くすくらいって言ってたのよ?

  どう考えても無理があるって」

 「それなら、嘘をつかまされたという事ではないでしょうかねぇ」

 「はぁっ?ふざけんなよ!?苦労して来たってのにそれはねえだろ!」

 

 ライラは輝夜の予想に怒りを顕にして、足元の小石を蹴飛ばした。

 小石は地面を転がり、水を弾く様な音を立てて岩肌の近くに止まった。

 その小石を見ていたアリーゼは、ふとその小石が赤く染まっているのに

 気づく。  

 

 「(あれ?さっきは、地面と同じ色だったのに...?)」

 

 アリーゼは怪しむとその小石に近づいていく。そして、目の前まで来て

 足を止めた。

 小石が赤くなったのは血溜まりに浸かったからだと気付いたからだ。

 血溜まりは今も尚広がっている様で、足元まで伝ってきそうになっている。

 アリーゼの心臓の鼓動が早くなり、呼吸が少し乱れ始め、冷や汗が

 蟀谷や額から垂れてくる。

 

 「(...そ、そんな訳、ないよね?まさか、ね...)」

 

 アリーゼは自分の思っている事を信じないよう、否定しながら

 恐る恐る岩陰の裏を見た。

 そして、目に焼き付けてしまった。あの時と同じ様に。

 

 「ぃ、ぃゃ...イヤァァァアアアアアアアアアアアッ!!」 

  

 その悲鳴にリュー達は急いでアリーゼの元に駆け寄る。

 全員ではなく、ライラの指示でリュー、輝夜、ネーゼ、そして

 ライラの4人で向かっていた。

 あのアリーゼがそんな悲鳴を上げる事など、今まで無かったのもあり

 全員が驚いていた。

 先にリューがアリーゼの肩に手を掛け、支えながら問いかける。

 

 「アリーゼ!どうしたのです、か...!?」

 「これ...は...」

 

 リューと輝夜も、アリーゼの視線の先を見て言葉を失う。

 少なくとも数十体は超える異常死体が吊るされており、何かを

 言おうとする事など、出来ないだろう。

 後から続いて、ライラ、ネーゼもその場に立ち止まりそれを見た。

 

 「うぉぇっ...!」

 「...ひでぇことしやがる」

 

 ネーゼはあまりの惨さで吐き気に襲われる。しかし、口元を抑えて

 涙目になりながらも、耐えようとしていた。

 ライラも顔を歪ませ、そう呟いた。

   

 「...!。これは...イヴィルスの使者が着ていた装束...!?」

 「!?。なら、この死体は全部...そいつらのって事か...」

 「恐らく、そうでしょう...まだ滅んでいなかったとは...」

 

 リューは白装束を捨て、吊るされている死体を観察するように

 見渡した。

 大半はそのままの状態だが、よく見ると頭部を失っている死体もあり

 より大量の血が流れているとわかった。

 その血が足元まで流れてきて、思わずリューは後退りし輝夜とライラの

 近くへ向かう。

 アリーゼはあまりのショックに軽度の過呼吸となってしまっている様で

 ネーゼに肩を支えられながら、待機させている他の仲間の所へ連れて

 行ってもらっていた。

 

 「リオン。アリーゼがあの状態になっちまってるからには、アタシらで何とかするぞ。

  まず、この死体を...18階層へ運ぶ。このまま放置してたら、何かやばそうな気がするからな。

  もし、モンスターが来て喰い漁り始めたら...残りは諦めるんだぞ」

 「...はい」

 

 冷静に指示を出すライラだが、死体に視線を向けていない事にリューは

 気づく。

 以前、アリーゼから聞かされていたので、どんなものなのか想像は

 していた。

 実際に現物を見てしまっては、やはり誰であろうと堪えてしまうの

 だと、リューは思った。

 しかし、輝夜はというとその死体に近付いてじっくり観察していた。

 

 「団長がトラウマになるのも頷けます。

  こんなものを見てしまっては、食欲が失せる他ありませんねぇ」

 「全くだ。...誰がこんなひでぇ殺し方しやがったんだ...」

 

 悪態をつきながら言い放ったライラの言葉に、リューはアーディの

 言葉が過ぎった。

 人を助けるための犠牲を仕方ないという思考を持つ者に、感謝する事が

 出来るのか。

 ...イヴィルスはこれまで残忍な殺戮行為を行なってきた。

 これまでに捕えられた使者は全員、死刑を言い渡されており終身刑や

 絞首刑に処されている。

 どちらにせよ、イヴィルスの使者となった人物はギルドの方針により

 処刑される事になっているのに変わりない。

 だが、これ程までに惨い殺され方をしていいのかとリュー自身としては

 過度な私刑だと思っていた。

 これがネフテュス・ファミリアのした事であるのはティオナの

 話からして間違いない、それなら2人に伝えるべきだと思い、口を

 開こうとした。

 しかし、5年前に怪物から助けられた恩義がある。

 恩を仇で返すという行為となっては、ロキ・ファミリアと同じ様な事に

 なりかねないと気付き、リューは口籠もった。

 

 「リオン?どうかされましたか?貴女もまさか気分が悪くなってしまったとでも?」

 「あ、い、いえ、そうではなくて...」

 「なら早く足に括り付いてる紐を切って下ろしてやれよ。

  今、ノイン達に死体を包む布取りに行かせてるから、その間にやっとかないと」

 「わ、わかりました...」

 「(...今は、黙っておきましょう。

  もしネフテュス・ファミリアではなく、別の者の犯行によるものであるという可能性もありますから)」

 

 確たる証拠を見つけ、やはりネフテュス・ファミリアが行なったので

 あれば、ギルドに掛け合う事をリューは決めた。

 そして、岩肌に登ると足に括り付けられたワイヤーが結ばれている杭を

 見つける。

 ワイヤーが張っている部分を切断し、死体を下ろしていった。

 

 ドチャッ... ゴチャッ...

 

 死体が落ちる度、血溜まりの血が跳ねてその血痕が地面に付着した。



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 ̄、⊦>'<、⊦ thwei

 「...彼女がコンバージョンしたネフテュス・ファミリアの情報は、これだけですか?」

 「は、はい。記録部の方でも探してみてもらったのですが...

  申し訳ありません。これ以上お力になれないかと思います」

 「...そうですか。お手数お掛けしました」

 「いえ。もし何か見つけ次第、お知らせしますので」

 「はい。お願いします」

 「(...ヘルメス様の言う通り、これは中々に難問の様ですね...)」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「でも、本当かな?モンスターが大量発生するなんて今まで無かったし...

  たまたまそれだけ多く産まれたからってだけかもしれないよ?」

 「それでも他の冒険者に被害が出たら元も子もないでしょ。

  何事も用心しないとダメなんだから」

 「真面目だね~。エイナは...ところで、来てるよ?」

 「え?」

 

 カカカカカカ...

 

 指を指すミィシャにエイナは前を向く。

 捕食者が眼を光らせて立っていた。鳴き声も出し、存在を示している。

 体をビクリとさせるエイナだが、冷静さを失わないように深呼吸をして

 話しかけた。

 今回ばかりは色々と話をしなければならないからだ。

 

 「どうも。...あの、いつもの様に会話は筆談で構わないので、少しお話しが」

 

 そう言った途端に捕食者が紙を差し出してくる。

 

 パサッ...

 

 それに加えて、少し汚れている白い布もカウンターに置いてきた。

 エイナは今までにない行動に驚きつつも、その紙を受け取る。

 いつもなら小さめな紙なのに対し、今回差し出された紙はエイナが

 仕事上で使うような大きさで、文章も多めに書かれていた。

 エイナは話そうと思っていた内容が、それのせいですっぽりと頭から

 抜けてしまっていたが、その文章を読み取った。

 

 [24階層で7年前まで自爆していた奴らがいた。

  そのリーダーの男が着ていた衣服を渡す。

  狩り場 モンスターの餌場に続く通路を壁で塞ぎ、巨大な花を繁殖させていた。

  餌を求め溢れたモンスターは追い払った。塞いでいた壁も消滅させた。

  巨大な花も始末した。奴らも全員始末した。

  未だ、企みがある可能性はある]

 

 エイナの掛けていた眼鏡がずり落ち、カウンターに転がる。

 だがそんな事も気にせず口元に手を当て、書かれている内容を何とか

 理解しようと思考を巡らせるが、頭の処理が追いつかない。

 7年前に自爆していた奴ら、というのはイヴィルスの使者。

 その使者を動かしていた男が着ていたとされる服が、目の前に

 置かれている。  

 モンスターの餌場、つまりパントリーへの通路をイヴィルスの使者が

 何かしらの方法で壁を作りだし、道を塞いだ事でモンスターがそこへ

 入る事が出来ず、少し前に異常事態だと知らせに来た冒険者達が

 通っていた通路を移動していた。

 更に、昨日モンスターフィリア祭が開催されている中、出現した

 新種のモンスターを繁殖させている事。 

 そして、そのモンスターもイヴィルスの使者も捕食者が殺害したのだと

 長い時間を掛け、エイナは気を失いそうになりながらも把握する事が

 出来た。

 冷や汗が全身から噴き出ている様で、前髪が湿る程だった。

 ミィシャはその様子を見て心配になり、声を掛けた。

 

 「エ、エイナ?大丈夫?すごい、汗掻いてるけど...?」

 「...大丈夫とは、言えないけど...何とか...

  あの、これは...今日の事、ですよね...?」

 

 カカカカカカ...

 

 エイナに返答する様に鳴き声を上げた。

 事実であると確認したエイナは、立ち上がり捕食者と向き合った。

 

 「...わかりました。では...この情報を上層部にお伝えします。

  どの様な状況だったのか、もう少し詳しく教えていただきたいですが...

  (多分、無理よね...下手したら、ギルド長が問い詰めてしまって...)

  な、なので、こちらで対処させていただきます。

  ...異常事態の解決もしていただき、ありがとうございました」

 

 お辞儀をするエイナに捕食者は、先程の様に鳴き声を上げて返事を

 する。

 エイナはこの情報をいち早く、レーメルとロイマンに伝えるべく

 白装束を持って席を離れた。

 ミィシャは一体何の事なのかわからず、首を傾げて走り去るエイナを

 見送るしかなかった。

 カウンターの前から眼の光は消え、静かに捕食者は去って行く。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ありがとうござました~!

  ...よし、今日の営業時間は終わりだ。店仕舞いにしよう」

 『あ、ちょっと待って。ヘスティア』

 「どぇえええ!?ネ、ネネ、ネ、ネフテュス先輩ですか!?...って、あれ?」

 

 調理器具を落しそうになるヘスティアだが何とか持ち直して、後ろを

 振り向いた。

 そこにネフテュスの姿はなかったが、クスクスと微かに笑い声が

 聞こえてくる。

 

 『こんばんは、ヘスティア。今、姿は見えないけど話しかけているのは私で間違いないわよ』

 「あ、ど、どうもこんばんは!え、えっと、な、何か私に用が...?」

 『貴女が売っている食べ物を買いに来たのよ。とっても美味しかったから、また食べたくなっちゃったの。作れる分だけでいいからお願いしていいかしら?』

 「え?(ネフテュス先輩が買いに来た事ってあったかな...?い、いや、それよりもだ!)」

 「す、すぐに作りたてを用意します!」

 『ええっ、わかったわ。あと、箱でお持ち帰りしたいのだけど...』

 「もちろん大丈夫ですよ!」

 

 ヘスティアは大急ぎで発火装置で油を熱し、具材を混ぜてタネを

 捏ねると、5つ程に手際よく分けた。

 フツフツと茹だってきた油ところで衣を付け、タネを投入する。

 ヘスティアはいつになく、真剣な表情をしている。

 天界で面倒を見てくれた先輩に対するお礼として、とびっきり美味しい

 ジャガ丸くんを食べさせてあげたいという気持ちがネフテュスには

 伝わってきていた。

 カラッとこんがり揚げ上がり、余分な油を落としながら紙袋で包み込み

 お持ち帰り用の箱に入れていく。

 

 「お待たせしました!どうぞ!」

 『ありがとう、ヘスティア。真面目に働いてて偉いわね。

  天界に居た頃とは別人に思えるわ』

 

 差し出された箱を、ファルコナーがアームで器用に掴んだ事により

 箱もクローキング機能の効果で見えなくなる。

 それに驚くヘスティアだが、褒められているのに対し、複雑そうな

 面持ちで両手の人差し指を合わせながら答えた。

 その間にファルコナーはヴァリスの入っている袋を置く。

 

 「その...下りてきて最初はヘファイストスに頼っていたんですが、怒らせてしまって...」

 『あらあら、ふふふっ...でも、それは過去の事。でしょ?

  ヘファイストスには貴女の頑張りを、伝えてあげるわ』

 「あ、ありがとうございます!」

 『それじゃあ、バイバイ』

 

 ネフテュスが別れを告げ、ファルコナーは上昇していく。

 姿は見えないため、ヘスティアが頭を上げた時には既に飛び去って

 行った。

 

 「...って、ネフテュス先輩お釣り!?」

 

 袋に入っているヴァリスの枚数からして、明らかに多いと思った

 ヘスティアはそう叫ぶ。

 だが既に遅く、昨日と同じ様に困る事になるのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ふふっ...沢山作ってもらっちゃったわね。あれで足りるといいんだけど...」

 

 ピピッ ピピッ

 

 「...ウラノス?どうかしたの?」

 『...お前の眷族がダンジョンにてイヴィルスの残党、新種のモンスターを殺した』

 

 そう告げられ、ネフテュスは少し驚いた。

 こちらでしか知り得ない情報をウラノスも知っていたからだ。

 

 『それに加え...こちらで回収しようとしてた重要な物も幸いと言っていいものか、入手している』

 「あら...じゃあ、後で届けに行くわ。それでいい?」

 『それより、私の私兵にそれを渡せと、眷族に伝えてくれ。

  ガネーシャ・ファミリアの眷族にそれの回収を依頼をしようとしていた所だ。

  そちらは、別の階層にあるようなのだが...』

 「そっちの回収はしなくていいの?」 

 

 率直にそう問いかけると、ウラノスはしばらく間を空けて答えた。

 

 『今は、お前の眷族が回収した物を優先とする。どの様な物なのか知っておきたいのだ。

  合流する場所はお前が指定しろ。私の私兵がそこへ向かう。

  符丁は...』

 「...わかったわ。...ちなみに、何かお得な情報はないかしら?」

 『...ヘルメスがお前の事を探り始める様だ。 

  眷族であるアスフィ・アル・アンドロメダがオシリスの元眷族について調べていた。

  恐らく、お前が本当に7年前から居たのかどうかを知りたい様子だ。

  そしてアストレア・ファミリアの団員が死体を見つけ、運び出そうとしている。

  恐らく、死に様が広まるだろう』

 「...そう...じゃあ今回の事、私達がしたって事は伏せてほしいわ。

  死に様は広めていいけど、私達の仕業って知れたら...ね?

  それで貸し借り無しって事でいいかしら?」

 『いいだろう。...1つだけ、忠告をしよう』

 

 ウラノスの声音が険しくなったように感じ、ネフテュスは甘える

 子供の様な口調で尋ねた。

 

 「なぁに?」

 『あの殺め方は...考え直した方がいい。...では...』

 「...ふふっ...それは、どうしようかしら、ね...」

 

 通信が切れ、ネフテュスは少しも困った様には見えない程、面白そうに

 笑みを浮かべていた。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 我が主神から連絡が入り、僕らは屋根の上で待機していた。

 この卵を受け取りに来る人物に渡す様言われたからだ。

 既に夜となっており星空が煌めいている。ヴァルキリーはその様子を

 記録していた。

 ヴァルキリーはよく景色や風景を記録している。

 それは我が主神にお見せする事も踏まえているが、自身が好んで

 やっていると言っていた。

 僕らの中では比較的、慈悲を持っており、奴らの中に混じっていた

 女性の始末を任せたのはそのためだ。

 掟には、弱い獲物...武器を持たない者、女、子供や年老いた者、

 致命的な病を患っている者は狩らない。

 だが、武器を手にしており戦闘意欲を高めていれば、本来は除外される

 弱き者であっても、狩る対象にする。

 妊娠している女性は、たとえ武装していても胎児が無抵抗であるため、

 狩りの対象から除外される。

 今回は誰もそういった女性は居なかったので、全員を始末した。

 奴らも武装していなかった場合、そうしなかったのかと聞かれれば

 断固として否定する。絶対に許せないからだ。

 7年前、偉大なブレイブ・ワンと先達の2人が処罰された原因なの

 だから。

 ダチャンデ、マチコ、ライトステッパー。3人はエルダー様の次に

 狩りの全てを教えてくれた先達だ。

 その3人の内、マチコがある少女を助けた。青い髪に青い瞳をしている 

 少女だと聞かされている。

 その少女が、自爆しようとした子供の巻き添えになりそうだった所を

 子供の胸をバーナーで貫いたという。 

 それにより、マチコは掟を破った事になった。

 その時、少女は何故こんな事をしたのか、と問いかけてきたらしく

 マチコはそれに致し方ない犠牲だ、と返したそうだ。

 慈悲があったとして、命を奪う事に戸惑いがあるかと言えば...

 全く無い。それは僕らにとって普通の事だ。

 凶暴な獲物を狩るのだから、躊躇などしない。戦利品に値すれば

 その獲物は必ず狩る。そう教えられたからだ。 

 そして、掟を破ったマチコは、除外すべき対象など関係なく奴らを

 狩り尽くす事を決意した。

 ダチャンデ、ライトストッパーは彼女に協同し、奴らを殺していき

 生皮を剥いで夜道を照らす灯りに吊るしていったそうだ。

 僕らも協同はしていたが、獲物はモンスターや武装した奴らであり

 掟に反しなかったため、処罰は下らなかった。

 そして、マチコ達はある惑星へ流刑となり、今も尚その惑星で狩りを

 しながら100年後まで待っている事だろう。

 その後、僕らがマチコの意志を引き継ぎ、奴らを狩る事にした。

 6年前、大量のモンスターを27階層に集め、罠に嵌めた冒険者達を

 殺そうとしていた。

 僕らは冒険者がそこへ来る前に、モンスターや奴らを狩り尽くし、

 最後に残った白髪の男の体を上下半分に引き千切った。

 そして、洞窟の奥へ投げ捨てると殺した奴らを、数時間前の様に

 全員の生皮を剥いで、岩肌に吊るした。

 終わらせたと同時に、誘き寄せられた数人の冒険者達がやって来たので

 僕はその1人に奴らの罠に嵌められていた事を伝えた。

 当然、いつもの様に紙に書いて、手に握らせてだ。

 渡したのは、赤い瞳に黒く長い髪のエルフの少女だったと、よく覚えて

 いる。

 赤い瞳のエルフの少女は、書かれている内容を読み、仲間を離れさせて

 こう言ってくれた。

 

 姿無き者よ、感謝する。要望通りこの事は私の胸の内に秘めよう、と。

 

 僕はその時、鳴き声を出して返事をした。

 それが、僕にとって他のファミリアに所属する冒険者とのファースト

 コンタクトだった。...少し驚かせてしまったが... 

 それからその1年後には、骨の体に6本ずつ生えた太く鋭い爪を備えた

 巨大な怪物を出現させた。

 その際、偶然に居合わせた女性のみで構成されているファミリアの

 冒険者達が居て、彼女達が手を出す前に僕らが狩った。

 先に狩りを始めた者の邪魔をしてはならない、という掟があり

 僕らはその骨の怪物を狩りたかったため、先攻でまず両腕を当時では

 最新の武器であったレーザーネットで斬り落とした。

 怯んだ所で6人同時にバーナーからプラズマバレットを放ち、両目を

 爆発で潰した。

 そして、最後はそれも当時の最新武器であるレイザー・ディスクの

 シュリケンで首を斬り落とした。

 大物を狩ったとして、その首は戦利品としてマザー・シップに

 飾られている。

 

 ズズ...

 

 キュインッ

 

 何かが動いた。僕らは即座にバーナーの砲口を向ける。

 暗闇で見えないが何かがそこに居るのは間違いなかった。

 

 ズズゥ...

 

 「気づかれてしまうか。お見逸れする」

 

 虚空から現れた、その人物に僕は警戒心を解かずただ睨みつけた。

 僕らと同じように姿を消して現れるからには、余程の相手だと

 思ったからだ。

 

 「まずは警戒を解いてほしい。私は君達に危害を加えるつもりはない。

  君達の主神から聞かされている、受取人だ」

 

 ...その言葉を聞き、僕は合言葉の最初となる言葉を言った。

 

 『血が出るなら』

 「殺せるはずだ」



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 ̄、⊦ ̄、⊦ R’eqet

 「まさかこうも早く回収する事が出来るとは思わなかった。

  本当に感謝する」

 

 モンスターの卵だと思っている捕食者達から渡された宝玉を受け取り

 フェルズは視線を捕食者へ向ける。

 姿は見えないが、眼を光らせてくれているので立っているのは

 わかっていた。

 

 「30階層でも同じ様な物が存在すると把握していたが、24階層、それもイヴィルスの残党まで居たとは予想外だった。

  その残党は、君達の手によって亡き者にされたと聞いたが...?」

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者の1人が鳴き声を発し、眼の光を強めた。

 恐らく、肯定としての返答だとフェルズは思い頷く。

 

 「そうか。神ネフテュスの要望で、24階層の事は君達が行ったものではないという事にするそうだ。

  ウラノスもそれを承諾している。

  なので、君達の悪い噂として広まりはしないはずだ」

 

 それ聞き、捕食者の1人はまた同じように鳴き声を発した。

 今度は理解したという意味合いだと、フェルズは解釈する。

 

 「...では、これで失礼...と、言おうと思ったのだが...

  1つ、よろしいだろうか?」

 

 フェルズが問いかけると、捕食者は眼の光を強める。

 何だ?と言いたげに感じた。

 

 「先程話した通り30階層のパントリーにもこれと同じ物が存在する。

  もしクエストを託せるなら、それの回収をお願いしたいのだが...

  どうだろう?」

  

 目の前にいる人物が依頼をしてきて、僕はどうすべきか考える。

 我が主神と親交が深いと聞かされた男神の私兵とされる、この人物に

 協力していいのかを。

 あちらのメリットはあの卵を手に入れる事で、僕らのメリットは

 恐らくヴァリスや何かしらの利益になるものだと思う。

 それなら断るに越したことはない。僕らが求めるのは戦利品だ。 

 そう結論付け、僕は答えようとした。

 だが、その人物が言った言葉で思い留まる。

 

 「30階層でも同様の事が起きている様だ。

  同志達が対処しているが、かなり苦戦しているらしい。

  ...本音としては、彼らへの被害を抑えるために頼んでいる。

  どうか君達の力を貸してほしい」

 

 ...つまり、また獲物を狩る事が出来る。

 それなら協力する事に対して、不満はない。

 僕は紙を取り出し返答を書き記す。

 書き終えてその人物の足元に置いた。書いた内容はこうだ。

 

 [僕らだけで狩る。その同志は引き返すよう伝えるように。

  今から向かう]

 

 その内容を読み終えたようで、人物は頷いていた。

 

 「恩に着る。今すぐ向かってくれるのなら、とても助かる。

  君達の事を表立たせない事を考慮して...

  回収した物は18階層のリヴィラの街にある物資置き場に隠してほしい」

 

 あの街か。何度か見た事はあるが、時折人が居なくなるので

 その時は宿を貸してもらい寝させてもらう事がある。

 当然、代金は置いていっている。

 

 「理由は別の冒険者に取りに行かせるためだ。

  目印は...バツ印でいいだろう。18階層のサイクルでの夜に回収とする。

  では...健闘を祈ろう」 

 

 カカカカカカ...

 

 眉に拳を当ててから、僕らはその場から離れダンジョンへ向かおうと

 した。

 しかし、巨大な花の戦利品を落としてはいけないと思い、2人に

 それを渡して我が主神へお伝えする事も兼ね、マザー・シップへ

 戻る事とした。

 ケルティックとチョッパーに渡した。2人なら戻った後、すぐにでも

 追いつけると思ったからだ。

 2人でなくても、僕らならすぐに追いつけるが今回はそうした。

 そうして僕らは獲物を求め、ダンジョンへ向かった。

    

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「フィルヴィス?まだ起きていたのか?」

 「ディオニュソス様...」

 

 ディオニュソス・ファミリアのホームの渡り廊下で佇んでいた

 フィルヴィスにディオニュソスは話しかけた。

 その赤い瞳から零れる涙が、月の光に照らされ小さな宝石が輝いて

 いる様に見えた。

 フィルヴィスは咄嗟に涙を拭い、顔をディオニュから背ける。

 ディオニュは何も言わずに近寄ると、少しだけ離れた距離で

 話し始める。

 

 「...彼らの事は、本当に残念に思っている。一体誰の仕業なのか...

  私は絶対に許せない...お前も、そう思っているんだろう?」

 「...無論、その通りです。彼らとは長い付き合いでした...

  仇は取ってやる、と思っています」

 「...それなら、明日に備えてゆっくり寝る事だ。

  ほら、部屋まで送って行こう」

 「なっ。け、結構です!...ではっ」

 

 頬を赤く染めるフィルヴィスは、そそくさと逃げるように自室へと

 戻って行った。

 その様子を見て、ディオニュスは微笑みを浮かべている。

 だが、夜空からオラリオを照らしている月が雲に隠れると

 ディオニュスの顔が黒く塗り潰された。



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 ̄、⊦,、 ̄、⊦ J'pn-pa

 「う~~~ん...」

 

 早朝、バベル7階のヘファイストス・ファミリアのテナントである

 武器・防具店で、命は一振りの刀を凝視していた。

 歪み無く綺麗に整ったまま反っている刀身、刃文は灯りに照らされ

 煌めく。

 とても末端のスミスが打ったとは思えない程、見事な出来であり

 尚且つ、自分自身が求めていた武器として是非とも購入したいと命は

 思っている。

 のだが、所持金が全て無くなる、ピッタリな額が付いており、本当に

 購入してしまっていいのか、どうするか悩んでいる様だった。

 

 「(もしもここで買わずして、後悔する様な事にはしたくない...

  だが...う~~~ん...)」

 「...なぁ、アンタ」

 「はいぃ!?」

 

 唐突に背後から声を掛けられ、命は足先から背筋までを伸ばし驚く。

 命は振り返り、そこに立っていたのが邪魔だったのかと思い慌てて

 謝罪する。

 

 「も、申し訳ない!邪魔になってしまっていた様で...!」

 「え?あ、いやそうじゃなくて...

  その刀、ずっと見続けてる様で気になったから声を掛けたんだ」

 「あ、そ、そうでしたか...

  この刀、素晴らしいスミスが打った得物だと思い見ていたんです。

  刀身の反りが他に見た刀よりも、丹念に整えられていて...

  特にこの刃文にとても惹かれました。大波がゆったりと波打つ様に美しく感じるんです...」

 

 命は刀を見つめ、思いのまま答えた。

 それだけこの刀が気に入り、熱意を伝えたかったのだろう。

 しかし、その熱意を冷ましそうになりながら購入するかしないかを

 悩む理由を言った。

 

 「ただ...購入すれば、持ち合わせを全て使い切る事になるので...

  恥ずかしながら、我がファミリアは大手ではないので購入するか悩ましい所なんです...」

 「...半額になれば、買うか?」

 「え?」

 

 思いも寄らない問いかけに、命はキョトンと目を点にした。

 半額となれば刀以外にも購入できる物が増える。

 だが、そう簡単に美味い話が起きるはずもないと思いつつ答えた。

 

 「そ...そう、ですね。もちろんすぐにでも」

 「そんじゃ、半額にしてやるから買ってくれよ。遠慮するのは無しだ」

 「...いやいやいや!?か、勝手に値引きなんてしてはならないのでは!?

  というより貴方は...?」

 「俺はヴェルフ・クロッゾ。こいつを打ったのが、この俺だ」

 「なっ...そ、そうなのですか!?」

 

 ニッと白い歯を覗かせて笑みを浮かべたヴェルフに、命は驚愕の

 事実を知り、目を見開いていた。

 打った本人が目の前で、刀の良さを語ってしまったのもあり顔を

 赤くして慌てふためく。 

 

 「で、では尚更、ご本人に値段を下げさせる様な事をさせるのは...

  それに、この刀となった材料の出費が無駄になるでしょうから」

 「あぁ、それなら全く問題ないぜ?

  どっかの誰かが俺に無償で、こいつの材料になる黒石をくれてな。

  だから、実質タダで作ったもんなんだ。それに...」

 

 ヴェルフは命と向き合い、先程までの笑みを消して真剣な眼差しを

 向けた。

 命はその眼差しに何かを悟って、顔を引き締める。 

 

 「値段なんて俺が好きに変えてもいいんだ。

  アンタの見る目が確かだって、さっき言ってくれた事で伝わってきた。

  だから、持つべきアンタに買ってもらいたいんだ。

  ...どうだ?使ってくれないか?」

 

 ヴェルフが自身の思いに答える為に、そうしてくれるのだと命は

 その厚意に心を打たれた。

 ここでヴェルフの気持ちを無下にしてはならない、そう決めた命は

 お辞儀をして答える。  

 

 「では...お言葉に甘えさせていただき、買わせていただきます」

 「おう!...そういや、アンタの名前は?」

 「タケミカヅチ・ファミリアに所属しているヤマト・命と申します」

 「命か。なぁ、よかったら少しばかり話さないか?」

 「はい、喜んでお話させてください」

 

 

 朝食の際にアイズが壊してしまった剣の弁償のため、ダンジョンに

 籠る事を知ったティオナとレフィーヤ。

 ティオナもゴブニュ・ファミリアにまた創ってもらった大双刀の

 支払いをしなければならないため、レフィーヤと一緒に行く事に

 なった。

 少し離れた席で焼き魚を食べていたティオネも誘い、更にはフィンと

 リヴェリアも同行する事になった。

 フィンの提案で正午にバベルへ集合となり、それまで各自準備のため

 それぞれの目的地へ向かった。 

 その頃、ようやく全身を拘束していた包帯が解かれ、自由の身に

 なったベートは会議室のソファに寝そべっていた。

 そこへロキが入って来ると、どこかへ向かうのに誘われた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「今から稼いできて、今度払うからー!」

 「払わなきゃ二度と敷居はまたがせないからなー!」

 「ていうかもう来んなーっ!!」

 

 大双刀を受け取りそう言い残して、ゴブニュ・ファミリアを

 ティオナは後にする。

 次にアイズと共に、ディアンケヒト・ファミリアの治療院へ赴いた。

 そこでハイ・ポーションやマジック・ポーションなど様々な物を

 購入する。

 棚の上の物を取るために、頑張ったアミッドをティオナは撫でたのは

 言うまでもない。それに対し、アミッドが膨れっ面となった事も。

 

 「今日、これからダンジョンに行くけど何か欲しいものある?

  30階層まで潜るんだけど」

 「それでは...ホワイト・リーフを数枚、採取して頂けますか?」

 「おっやすいごよー!捕食者みたいに、無償ではあげられないけどいっぱい取って来るから!」

 「...最近は来ていないの?」

 

 ティオナが言った言葉にふと、気になったアイズが問いかけると、

 アミッドは首を横に振った。

 捕食者については、以前までベートの検診に来ていた際にフィンから

 話を聞いているためアミッドもその名前で認知しているのだ。

 後ろの棚から、箱を取り出すと瓶やドロップアイテムを手に取り

 答えた。

 

 「今朝方、こちらをまた贈呈してくださりました。

 ミノタウロスの紅血が入った瓶を5本、バグベアーの豪腕を6本、そしてゴライアスの皮などです」

 「あはは、どれも売ったら普通に一週間は楽に過ごせちゃうね」

 「はい。本当に無償で貰ってしまっていいのか、罪悪感が込み上げますが...

  ゴライアスの皮は治療用の物に使い道がなかったので別のファミリアに買い取っていただき、他はありがたく様々なポーションなどに使わせていただきます。

  ...もしも捕食者様にお会いした際、こちらをお渡ししていただけませんか?」

 

 アミッドは差し出したのは封筒だった。それをティオナは受け取り、

 中身が手紙であると察した。

 

 「うん、わかった!アミッドが感謝してるって事も伝えておくね」

 「ありがとうございます。では、またのお越し心よりお待ちしております。

  どうかご無事で」

 「ありがと、アミッド!じゃあまたね!」

 「それじゃあ...」

 

 アミッドに見送られ、ティオナとアイズは集合場所であるバベルへと

 向かって行くのだった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ティオナとアイズが購入し終えた頃、フィンとティオネはギルドへ

 足を運んでいた。

 フィンが普通のクエストを受けようという事で来ているのだ。

 しかし、その光景を目の当たりにしてフィンとティオネはある異変に

 気付く。

 

 「何だか、様子が変だね」

 「はい。...あっ、掲示板の方みたいですよ」

 

 ロビーの掲示板に人集りが出来ており、何かを見ていた。

 クエスト依頼の掲示板ではなく、ギルドが情報提供のために設置した

 方の掲示板にだ。

 フィンは何か重大な事が起きているのかと気になり、ティオネを 

 連れて人込みを掻き分け、掲示板が見える位置まで移動する。

 前へ前へと進み、ようやく見る事が出来た。

 そして、貼り紙に書かれている内容を読み、その横に張り付けられた

 白装束を見て息を呑んだ。

 

 「...」

 「...だ、団長...」

 

 [24階層のパントリーにてイヴィルスの残党を確認

  モンスター・フィリア祭に出現した新種のモンスターを繁殖させて

  いたと報告あり。

  しかし、等級D以上のファミリアにより殺害。150人とされる

  新種のモンスターも同様

  死体は内臓を抜き取られ、生皮を剥がされた状態で吊るされていた

  調査へ向かったアストレア・ファミリアが確認済み]

 

 「...ミィシャに聞いてみよう。何か、少しでも情報が欲しい」

 「は、はい...!」



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 ̄、⊦>'、,< R’vila

 「フェルズの言ってた援軍の奴ら、ホントに大丈夫なのか...?」 

 「わざわざ様子を見に来る事はないだろう。人間の心配などする必要が」

 「そうは言ってもよ。そいつらが来てくれるおかげで、俺っち達は命辛々逃げられたんだ。

  もしそいつらが代わりに死んじまってたら...

  せめて埋めてやるくらいはしてやろうぜ?」

 「...全く...待てっ、この音は何だ..?」

 「ん...?何かが溶けてるのか...?それに、この匂いは」

 

 ドチャッ...

 

 「...どえぇええええ~~!?」

 「ぐっ...に、人間の、亡骸か...?それも、こんな数が...」

 「ひ、ひっでぇ。同種族でこんな事するのかよ...」

 「...見ろ、あの肉壁が溶けていっている。ここに居たらマズいぞ」

 「そ、そんじゃ、撤収するか!多分、援軍の奴らも大丈夫だよな?」

 「知るか。早く行くぞ、リド」

 「ま、待ってくれよ!ラーニェ!置いてくなって!」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 30階層の最奥である狩り場で僕らは卵を見つけた。

 ただその前に、まだ生き残っていた奴らを見つけ、始末した。

 今回は人数が少なかったので、素早く片付ける事が出来た。

 ここでも巨大な花を繁殖させていた様で、まだ未成熟な状態の個体を

 数匹見つけた。

 どれも戦利品になる程ではないので、24階層の時と同様に溶解液を

 使い、融解して根絶させた。

 モンスターが餌を確保出来る様、肉塊や肉壁にも撒き消滅させる事に

 した。

 そして最後となる1体の生皮を剥ぎ、岩肌に吊し上げてから僕らは

 18階層へ向かう前に一眠りして向かう事にした。

 通路の脇道に入ると周囲の壁を壊し、もしモンスターが来た時の

 ために、ファルコナーを起動して偵察させる。

 段差になっている岩肌に背を預け、ヘルメットの防音機能を起動し

 目を瞑った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 バベルの中央広場でティオナは、最後に遅れてやってきたフィンと

 ティオネを見つけた。

 

 「あ、フィンとティオネ来たよ」

 

 アイズ達も気付き、いざ向かおうと思っていたのだが、2人の

 雰囲気がどこか重苦しく見えた。

 リヴェリアは疑問に思い、問いかける。

 

 「フィン、ティオネ。どうしたんだ?」

 「...皆、少し話がある。いいかな?」

 「えー?ダンジョンを進みながらはダメなの?」

 「ティオナっ。...アンタは絶対に聞くべきなのよ」

 「え...?」

 

 普段ならフィンの言う事に反すると、叱りつけてくる姉の様子に

 ティオナは驚く。

 レフィーヤとアイズも首を傾げ、本当に何があったのか気になり

 始める。

 

 「...ついさっき、ギルドへ行ったんだが...

  その時、こんなものが貼られていた」

 

 そう言いながらフィンは1枚の紙を取り出す。

 それを全員が見えるように差し出して、ティオナ達は書かれている

 内容を読む。

 リヴェリアとアイズは目を見開いて驚愕し、レフィーヤは口元を手で

 抑え顔が蒼褪めていた。

 ティオナは呆然としており、思考が停止した様な状態となっている。

 

 「...捕食者が、本当にやったのか?」

 「ミィシャに確認はしたよ。最初はわからないと言っていた。

  ...だけど、他言無用にするという事で教えてもらったよ。

  捕食者本人がイヴィルスの残党と新種のモンスターを殺した、と報告したそうだ。

  どう殺したかまでは書いていなかったそうだが...

  内容通りアストレア・ファミリアが死体の状態を確認している。

  真実を知っている僕らからすれば、間違いないだろうね」

 

 書かれている内容だけで戦慄が走った。

 150人ものイヴィルスの使者を全員殺し、以前に渡された紙の

 内容の通りにしたのだからだ。

 思わずレフィーヤは吐き気に襲われ、アイズが背中を支えていた。

 一方でティオナは、アーディの事が気がかりとなっている。

 以前、捕食者について相談した際に、その殺めた後の行動を話して 

 しまっている。

 そのため、アーディも捕食者の仕業だと認識する事だろうからだ。

 

 「昨日、調査に向かっていたアストレア・ファミリアがガネーシャ・ファミリアと協同して死体を運んでいるようだ。

  ...今回は気ままに冒険者をしようと思っていたが、仕方がない。

  現在、リヴィラの街は封鎖されているから、通行許可証を作成してもらった。

  18階層へ向かおうと思う。皆、それでもいいかな?」

 「...うん。すぐに行こう!」

 

 ティオナはガネーシャ・ファミリアが居ると聞き、すぐに返答した。

 きっとアーディもそこに居るに違いない。

 もしもその死体を見てしまったのなら、アーディはより捕食者に

 対する、恨みや怒りを募らせてしまう。

 自分に何が出来るかわからないが、何とかしなくてはならないと、

 思ったのだろう。

 リヴェリアとアイズは頷き、レフィーヤも怯えつつ頷いた。

 

 「じゃあ、行こうか。18階層へ」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「悪いな。今ここへ冒険者の立ち入る事は禁じてるんだ。

  あそこでポーションとか必要な物があれば持っていっていいから、大人しく戻ってくれないか?」

 「えぇ!?」

 

 中層、18階層にあるリヴィラの街の入り口前でルルネは文字通り、

 門前払いを食らっていた。

 昨日の夜、謎の人物から受けた依頼で、この街の物資置き場

 に隠された球体を回収してほしいと言われたからだ。

 ところが、何か重大な事が起きたらしく、リヴィラの街は閉鎖されて

 しまい入る事が出来なくなっていた。

 閉鎖される前からリヴィラの街に居た冒険者は閉じ込められている

 状況らしい。

 ルルネは何とか入らせてもらおうと考えるが、相手が非常に悪い。

 ガネーシャ・ファミリアの団員である、ハシャーナ・ドルリア。

 【剛拳闘士】の二つ名を持つ筋肉ムキムキマッチョマンの男だ。

 球体の事は誰にも言ってはならないと、謎の人物から言われており

 必要以上にせがむと、怪しまれるのは明白なためルルネは仕方なく

 その場から立ち去った。

 

 「...しょうがない。見張りの薄い所から入るか」

 

 そうと決まれば、ハシャーナには戻って行った様に見せて

 ルルネは岩陰に隠れた。

 そうして岩陰を利用し、崖の手前まで移動する。

 リヴィラの街は断崖絶壁となる地形の上に作られている。

 そこへ足を踏み入れる者はまず居ない。落ちてしまえば一巻の終わり

 だからだ。

 だが、ルルネは足元の強度を確かめつつ崖の淵を横移動で進んでいき

 背にしている岩肌が途切れた所で止まる。

 下を覗けばリヴィラの水源となる泉があるが、そこへ落ちたとしても

 体がバラバラになるだろう、とルルネは固唾を飲んだ。

 

 「(早いとこ街に入ろう。...あそこに隠れて、ちょっと様子見するか)」

 

 岩陰から覗き込み周囲を見渡す。

 誰もいないと確認し、視線の先にある建物の影へ素早く隠れようと

 足を踏み入れる。

 そして、走ろうとした瞬間、足が何かに引っかかってしまい転んだ。

 

 「へぶっ!..ぃったぁ~...何だよ、も、う...」

 

 自分の足を見てルルネは硬直した。何かが引っかかった箇所が

 血で赤く染まっていたからだ。

 ルルネは慌てて触ってみるが、どこも怪我はない。

 疑問に思い引っかかった何かを見る。それを見て息を呑んだ。

 それは人の足だった。それも血塗られている。 

 その本体には白い布が掛けられており、恐らく遺体だとルルネは

 思った。

 しかも2つ、3つではなく凄まじい数が一列に並べられていた。

 額から垂れてくる冷や汗をルルネは拭い、目に入らない様にすると

 震える手で布を恐る恐る捲った。

 

 ビチャァ...

 

 「うっ...うぶっ!」

 

 急いで布を掛け直し、その場からルルネは立ち去る。

 隠れようと思っていた建物の影に身を潜めるや否や、樽の影に

 昼食に食べた物を吐き出した。

 未だに思い浮かべてしまう生皮が剥がされている人の顔。

 そのせいで吐き出す勢いが止まらず、吐き出す物が無くなったせいで

 腹部を内側へ引っ張られるような痛みに涙が止まらない。

 

 「っ...はぁ...はぁ...」

 

 ようやく吐き気が収まり、ルルネはそこから移動すると別の建物の

 影へと隠れてヘナヘナと膝から崩れ落ちた。

 あんな惨い事をする人間が居るのか、そう思うと頭をグルグルと

 掻き混ぜられる様な感覚に陥った。

 

 「(リヴィラの街を封鎖した理由はあれが原因か...

  ...依頼とは関係、ないといいんだけど...違うよな...?

  と、とにかく、夜まで待って早く逃げよう。

  安い宿で、ちょっと寝ていようかな...)」

 

 ルルネは建物の外壁で自身の体を支えながら立ち上がり、夜が

 来るのを待つため宿を探し始めた。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 一方、17階層を降りる様に通路を抜けたフィン達も18階層へ

 到達していた。 

 いつもよりも早いペースで潜っていたので、あっという間だった

 様だ。

 リヴェリアは頭上の青水晶群を見て、現在は昼となっているのを

 確認する。

 

 「(早くアーディに会わないと...)」

 「...っと、ティオナ!」 

 「え!?あ...ど、どうしかした?」

 「こっちの台詞よ。また例の考え事?捕食者がしたかどうかって」

 

 そう問いかけられ、ティオナは首を勢いよく横に振るい否定した。

 

 「い、今はアーディの心配をしてたの!

  捕食者が、そうするってアーディには話してるから気付くと思うし...

  これ以上捕食者の事を目の敵にして...もしかしたらアーディが...」

 「...そう。じゃあ、早く行って話してみましょ?

  そこで突っ立ってないで、アンタの友達なんだから助けてあげないと」

 「うんっ」

 

 ティオネの叱咤にティオナは頷き、先に行ってしまっている

 フィン達の後を追いかけた。

 

 「(捕食者も、アーディも...どっちも、何とかしないと...!)」



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 ̄、⊦,、、,< M’ur-de

 フィン達がリヴィラの街に着いた頃、オラリオでは既にギルドからの

 情報提供により、異形死体の話が広まっていた。

 だが、その事を知らないロキとベートは、地下水道で見つけた数匹の

 ヴィオラスについて話していた。

 リハビリを兼ねてという事で、ベートはヴィオラスを全て倒し

 1匹から魔石を手に入れる事が出来た。

 その魔石が遠征で遭遇したヴィルガの魔石に酷似していると、ロキは

 聞かされ、手にしている魔石を見つめた。

 その時、曲がり角から聞こえてきた話し声がベートの耳に届く。

 

 「...護衛は任せたぞ。エイン」

 「任せられなくとも、わかっている。早く行ってこい」

 「それならいいんだが...では、ディオニュソス様。少しお時間をいただきます」

 「ああ、気をつけるんだぞ。フィルヴィス」

 

 話し声が止まると、曲がり角から飛び出してきたフィルヴィスが

 ロキとぶつかってしまった。

 

 「おわっと...?」

 「あ...!す、すまない、先を急いでいるんだっ」

 「お、おー、気を付けるんやでーって速っ。どんだけ急いどんねん」

 

 ロキは既に見えなくなった相手が向かう方向を見ながら、ため息を

 つく。

 するとベートが鼻を嗅ぎ、ある事に気付いた。

 それを言おうとした際、ロキが前に向き直ると曲がり角から出てきた

 男神を見つける。

 

 「...ロキ?」 

 「よぉ、ディオニュスやん。こんなとこで会うなんて奇遇やな」

 「待て」 

 

 ロキはディオニュスに近寄ろうとしたが、ベートに止められた。

 振り向きながら首を傾げ、ロキはベートを見る。

 目を鋭くさせ、まるでモンスターと対峙している様に敵意を顕わに

 している。

 

 「そいつらだ。さっきの女もかはわからねえが、あの地下水路で嗅いだ残り香はそいつらの臭いだ」

 「...!」

 

 その言葉にロキは額に手を当て、目を見開きながらディオニュスと

 をその隣にいるフィルヴィスを睨んだ。

 それにディオニュスは臆する事なく、その目を見ていた。

 隣に居る、もう1人のフィルヴィスもロキとベートを見据えていた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...確かに本物だな。ギルドの代わりにご足労かけてしまい、すまない」

 「気にしないでくれ。それじゃあ、入らせてもらうよ」

 

 リヴィラの街の入り口へ辿り着き、フィンは通行許可証を 

 ハシャーナに確認させ入って行った。

 この時、ティオナは同じファミリアであるハシャーナに、アーディが

 居るのか聞かなかった。

 来ない訳がないと思っていたからだと思われる。

 いつもなら少なからず冒険者が居るはずの街中は異様に、静まり

 返っていた。

 しばらく街中を進んで行くと、フィンは顔見知りを見つけた。

 

 「やぁ、ボールス。...随分と顔色が悪いね」

 「...あ?あぁ...フィンか。街は封鎖してんだぞ?何でここに...」

 

 建物の外壁に座り込んでいたボールスはそう言った。

 いつもの様な覇気が無く、完全に戦意喪失と言った様子である。

 そんなボールスに、通行許可証を見せながらフィンは事情を 

 説明する。

 

 「現状は知っているよ。地上で話題が持ち切りになっているからね。

  ギルドの代わりに僕らが確認しに来たんだ」

 「そうか、そりゃご苦労なこって...

  はぁー...言っとくが、かなりやばいぞ。今まで見た中では...

  あぁくそっ、思い出すだけで手が震えちまうっ...!」

 

 フィンはボールスの様子からして、尋常ではない事を悟った。

 この中でそういったものに耐性が低いと思われる、レフィーヤには

 見せてはならないと判断する。

 

 「わかった、覚悟しておくよ。遺体はどこに?」 

 「あっちだ。アストレア・ファミリアとガネーシャ・ファミリアが処理してる。

  一応、俺達も手伝おうとは思ったんだが...」

 「気持ちは察するよ。...レフィーヤ、君は少し待っててくれるかい?」

 「え?ど、どうしてですか...?」

 「わざわざ気分を害するために見る様な事はないからだよ。

  ...僕でさえ、下手をすれば眩暈がするかもしれないんだ」

 

 そう言い聞かせられ、レフィーヤは素直に従うしかなかった。

 レフィーヤを残しフィン達はボールスに教えられた場所へ向かった。

 その場所へ近付くに連れて最初にアイズが、次にティオネが漂う

 異臭に気付いた。

 それは、全員がよく知る臭い。人だったモノの臭いである。

 その場所に着いて、ティオナは周囲を見渡した。

 すると、自身の方へ向かってくる少女が見えた。アーディだ。

 よく見てみると手首から肘までが血に染まっており、手だけは

 綺麗なままだった。手袋をしていたからだろう。

 ティオナはすぐにアーディに近寄った。

 

 「アーディ...」

 「...」

 

 アーディの目は俯いてるせいで前髪の影になり見えない。

 それに何も言わない。

 ティオナは必死に思考を巡らせ、何を言うべきなのか言い迷う。

 しかし、その前にアーディが小さく、本当に小さく口を開いた。

 

 「...は...謝...の...」

 「え?ア、アーディ、ごめん。もう一回」

 「これでも!ティオナもリオンも感謝出来るの!?

 

 その叫びは一際、響き渡った。

 まだ遺体処理をしている団員達やフィン達は2人の方を見る。

 

 「見てよ!?...こんな...こんな、惨い事...

  あの時の人達じゃなくても、許せないよ。絶対に...!」

 「お、落ち着いてよ!相手は、その...

  同じイヴィルスの残党で、子供は居なかったんでしょ?それなら」

 「え...?...子供が居なかったら、私も我慢したと思ってるの?

  ...大間違いだよ、そんなの...

  人の命を奪い取って、こんな事をするのが許されるの!?

 

 ティオナとアーディの決定的な違いが、それだった。

 イヴィルスであっても更生させるべきだと思い、捕食者を許せない

 アーディ。

 イヴィルスであるなら捕食者がやった事は、咎めないと思っている

 ティオナ。

 アーディの言う通り殺人は犯罪である。

 彼女に至っては以前に、捕食者が自身の目の前で命を奪ったのを

 目の当たりにしている。

 正義感の強い彼女であれば、犯罪行為を認めてもらい償わせるべき

 だと思っているのだ。

 だが、ギルドの方針によってイヴィルスの使者となった人物は

 死刑となる事が決められている。

 例えどんな理由であっても、関わった者は必ずだ。

 恐らく、捕食者を検挙したとしても有罪にはならないと、それを

 理解しているため、アーディはそう言ったのだろう。

 

 「...いけない、よね。でも...

  7年前みたいな被害が出たら、アーディは...それでも許せるの?」

 「...許せないよ。...だから、罪を償って反省してもらうべきなんだよ。

  こんな酷い殺し方に...されない様にね

  殺されても残当の様だとその人が思われても、本当に殺されていいって事は...

  私は無いと思ってるよ」

 

 そう答え、アーディはティオナのそばを通り、どこかへと

 去って行った。

 2人の様子を見ていた団員達は目を逸らし処理に戻った。

 アーディの言っている事にも、ティオナが言っていた事にも

 思う事があったのであろう。

 ティオナは俯いて、拳を固く固く握り締めた。

 

 「あの...【勇者】?それに他の方々も...何故ここに?」

 「あぁ、リオン。...この死体を確認するためにね...」

 「...やはり、捕食者が...?」

 「地上で入手した情報によれば、本人が殺したと証言がある。

  だが、それは極秘に、と言われていてね...

  ...リオン、聞かなかった事にしてくれるかな?」

 「...わかりました。内密にします」

 

 そう答えたリューにフィンは頷き、ふとアリーゼの姿が無いのに 

 気づく。

 予想はしていたが、恐らく当たっているだろうと思いつつリューに

 問いかけた。

 

 「アリーゼはどうしたんだい?」

 「その...寝込んでしまっていまして...」

 「やっぱりか。何というか、お気の毒に...」

 「本当にそう思います...

  ライラも、まともな食事はしばらく要らないと、言っていました」

 「本当に気の毒に思うよ...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 再びオラリオでは、夕暮れ時となり、バベルの前で命とヴェルフが

 話していた。

 

 「それでは、これで。ヴェルフ殿、なるべく良い方向へ話を進めてみますので」

 「おう!よろしくな!」

 

 命は購入した刀を腰に掛け、ヴェルフに見送られながらバベルを

 後にした。

 あの後、話し合っている内にヴェルフから直接契約を申し込まれた。

 それに命は驚き、自身が零細ファミリアの団員である事を改めて

 伝え、本当にいいのかと聞いた。

 それにヴェルフは逆に、その言葉を返した。

 何故なら命はレベル2であり無名のヴェルフとでは釣り合わないと

 言い、逆に契約してもらえるのなら自分に貫禄がつくので是が非でも

 契約したいとも言っていた。

 しかし、その後の本音を聞き、命は1つ1つに魂を込めて作っている

 ヴェルフの思いに感銘を受け、手を取ると契約すると返答した。

 突然言われたので、ヴェルフは目を点にさせていたが、すぐに笑みを

 浮かべると力強く握り返した。

 正式な契約書などは後日書く事となったが、その際ヴェルフが命に

 頼み事をした。

 それは、鍛治の発展アビリティを習得するために命のパーティに

 入れてもらいたいというものだった。 

 命はファミリアの団長ではないため、即答は出来ず桜花と相談させて

 ほしいと答えた。

 それにヴェルフは構わないと答え、それもまた後日となった。

 

 「少し遅くなってしまいましたね...

  ...しかし、ヴェルフ殿の熱意にはとても感服しました。

  私もこれから精進し」

 

 バッ

 

 「て...!?」

 

 突然、横道から走り抜けてきた人物に足を引っかけてしまい

 相手の方は転んでしまった。

 

 「あうっ!」

 「も、申し訳ありません!大丈夫ですか...?」

 

 命は謝りつつ手を貸そうとした。しかし、背後から聞こえてくる

 足音に気付き、振り向いた。

 男の冒険者が恐ろしい形相で背中から剣を抜き取りながら、迫って

 きていた。

 

 「逃がさねぇぞこの糞パルゥム!」

 「...!」

 

 男は翳した剣を振り下ろそうとした。 

 その直前に命はその冒険者の前に立つと、剣を握っている片腕を

 両手で掴む。

 そのまま刃が男の喉に当たるか当たらないかの位置まで腕を押し付け

 動きを止めさせた。

 

 「ぐっ...!?」

 「そこの方と、何か事情がある様にお見受けしますが...

  剣を引き抜いたからには見過ごせません」

 「こ、このクソアマ...!」

 

 男は力尽くで命を離そうとするが剣の刃が喉に触れ、微動だに

 出来なくなる。

 その間に、転んでいた少女は逃げようとした。

 だが、目の前に立ちはだかる影が行く手を妨げた。

 

 「そこの人達!喧嘩はダメですよ!特にアストレア・ファミリアの前でなんて!」

 「!?」

 「なっ...クソ!」

 

 男は剣を自ら手放し、命の手を振り払うとその場から立ち去った。

 命は逃げていく男にため息をつきながら見送り、自身が転ばせて

 しまった少女に近寄る。

 

 「...怪我はないですか?」

 「...はい」

 「そうですか。...こう言ってはなんですが、観念していただけないでしょうか?」

 

 その言葉に少女は俯き、答えない

 しかし命が差し出す手を取り、立ち上がっても逃げようとは

 しなかった。

 

 「...アストレア・ファミリアの団員殿。私も同行してよろしいでしょうか?」

 「はい、何が起きたのか状況説明をお願いします。それから...

  私はセシルって呼んでください」

 「わかりました。私はヤマト・命と申します。タケミカヅチ・ファミリア所属です。

  ...貴女は?」

 「...リリ...リリルカ・アーデ、です...」

 

 リリルカは深く被っていたフードを脱ぎ、顔を見せながら名乗った。

 言う通りに観念したのだろうと命は思い、屈むとリリルカの手を取り

 目線を合わせる。

 それにリリルカは驚き、命を見つめた。  

 

 「ご心配なさらないでください。ここで会ったが何かの縁でしょうから...

  私が責任を持って、弁護します」 

 

 力強くそう答える命。それにリリルカは戸惑っているようだった



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 ̄、⊦>'、< Q’esto

 「何という事だ!ここもやられたのか...!」

 「...ちっ」

 

 ドガァッ!

 グシャッ...!

 

 舌打ちを打つレヴィスは岩肌に吊されていた死体を、拳打で 

 粉砕した。

 それを見たイヴィルスの残党は驚愕して、死者を冒涜する様な

 行いをしたレヴィスを非難しようとする。

 だが、背後から駆け寄ってきた同志に気付くと、口を紡いだ。

 

 「おい!宝玉が無くなっているぞ!」

 「何!?奪われたというのか!?」

 「18階層にあるリヴィラの街で、何か起きている様だ。

  もしかすると...」

 「...ヴィオラスを用意しておけ。私が見つけ出す」

 「ま、待て!...私も向かうとしよう。悪魔には借りがある。

  必ずこの手で、あの時の雪辱を...!」

 「...好きにしろ。お前達はヴィオラスを放った後、何もするな」

 「なっ!?ふざけるな!同志達の仇を取らねばなら、が、おぐ...!?」

 

 レヴィスは歯向かってきた男の首を掴むと黙らせる。

 

 「聞こえなかったか?何もするな。邪魔をするなら...

  今ここで皆殺しにする」

 「...!」

 

 そう言い放ち、レヴィスは男を乱雑に投げ付ける。

 地面を転がる男は咳き込みながら、息を整えていた。

 そんな事など気にせず、レヴィスは18階層へオリヴァスと共に

 向かうのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 目を覚ます時刻となり僕は目を開けた。

 ファルコナーを呼び戻し、ウルフが右肩に装着している装甲へ

 収納すると上へと続く通路を進んで行く。

 時折現れる獲物は気にせず、目的を果たすため18階層へ向かった。

 18階層まで来て、街の出入口に幾人かの冒険者が見張っているのを

 確認した。

 どうやら、吊した死体を運び出しているんだろう。

 だが、見張りが居るからといって僕らの障害にはならない。

 崖の下に泉が湧く街の南側、そこにある岩肌を登って行けばいいだけの

 事だ。

 窪みに手と足を掛け、次に上の窪みへ掛ける。

 登っていく最中に掛ける窪みが無ければ、リスト・ブレイドで

 削りそこへ掛ける。

 登り切ると一度そこで待機し、皆も登って来るのを待ってから

 建物の屋根へと飛び移る。

 目標時間通りに指定された物資置き場へ辿り付いた。

 山積みに重ねられた木箱の隙間を潜り抜け、1番奥まで入り込むと

 木箱と木箱の隙間を見つける。

 隙間の広さを、奥に置けば見え難い事も確認し布に包んだ卵をそっと

 置いた。

 

 ジャキンッ

 ガリガリガリッ ガリガリッ...

 

 リスト・ブレイドで木箱に印を刻み込み、目印を付ける。

 これでいい。2つもあればわかるはずだ。

 そうして僕らは地上へ戻ろうとした。...のだが、ふと先程見かけた

 見張りの事を思い出し、ある可能性が浮上した。

 もしも雇人が、街へ入る事が出来ずここへ辿り着けなかった場合、

 当然あれは放置される事になる。

 それでは依頼を完遂出来ず、我が主神の面目が立たない。

 ...なら、雇人がここへ来るまで待つ事にしよう。

 皆にそれを伝えると、納得してくれて不満は言わず一緒に待ってくれる 

 と言ってくれた。

 そうして、僕らは卵を隠した場所の頭上から監視する事にして、木箱の

 上へと上った。

   

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 ティオナはまた運ばれてきた死体の顔と体に白い布を掛ける。

 薄い布しか無いため血が染み込むと滲んでしまい、腐敗臭を

 抑え込められず周囲に充満していた。  

 なので、最初は手伝っていた多数の団員達は気分が悪くなったり、その

 死体の惨さに耐えきれなくなったりなどの理由で半数以下にまで減って

 いる。

 そうなった団員達はボールスが用意してくれたいくつかの宿で休んで

 いた。

 今回に限り、特別にタダで貸し切ってくれたそうだ。

 

 「ティオナ。そろそろ休んだらどうだい?無理は禁物だよ」

 「でも、まだこんなに残ってるんだから、もう少し...」

 「...団長命令だ。休むといい」

 「...わかった。ありがと...」

 

 人手が足りないという事なので、フィン達も手伝っていた。

 レフィーヤも最初は何とか役に立ちたいという事で、その場に着く前に

 腐敗臭にやられ、早々にアイズが介護する事となった。

 ティオナは次々に運ばれてくる死体を見て、そう答えたがフィンの

 声色が強まった事で素直に休む事にした。

 乾いた箇所が赤黒くなっている手袋を外すと、処分するための大袋に

 入れ、フラフラと行く宛ても無くただ歩いて行った。

 その様子にフィンは深くため息をつき、頬を指で掻いた。

 

 「...しまった」

 

 そう言ったが既に遅く、頬が血で汚れてしまっていた。

 仕方なく袖のファーで拭こうとした時、不意に横からタオルを差し

 出される。 

 

 「綺麗な顔が台無しじゃねえか、勇者サマ。

  よろしければこちらをどうぞ?」

 「あぁ、すまない...それにしても、酷い匂いだ...7年前を思い出す...」

 「アタシは忘れたいよ。おかげでアリーゼは今使いもんにならなくなっちまってるし...

  せめて皮剥がさないでもらいたかったもんだ」

 

 そう答えるライラにフィンは苦笑いを浮かべ、受け取ったタオルで

 頬の汚れを拭き取る。

 ネフテュスから捕食者のあの行為がどういったものなのか、それを

 把握しているからだ。

 そのため、ネフテュス・ファミリアの事はあえて言わなかった。

 アリーゼもだが、ライラも食事はしばらくは必要ないと言ったそう

 なので、相手の事は話さない方がいいと気遣ったのだろう。

 

 「...なぁ、勇者サマよ。【大切断】と【象神の詩】が言ってた事...

  お前はどう思った?

  アタシは当然、清々してるよ。またくだらねえ事企てたんだしな」

 「そうだね...確かにアーディ・ヴァルマの言ってた事は正しい。だが...

  7年前の事を知っている僕らや冒険者が聞けば、反感を買うかもしれない。

  それが心配かな...彼女は...優し過ぎるんだ」

 「だな。まだここに居る連中は、アイツの仲間とウチだからよかったが...

  余所の冒険者が聞いてたらヤバかっただろうな」

 

 イヴィルスが残した傷痕を7年経った今でも覚えているものは

 大勢居る。

 故にその傷痕に巻き込まれ友人、家族、恋人などを失った者達は

 イヴィルスを激しく憎み、制裁を下す事を最も強く願っている筈だ。

 そのためギルドは暴徒などが出ないよう、やむを得ずイヴィルスの

 使者となった者は死刑にすると決断したに違いない。

 

 「(あの時、憎んでいる冒険者が居て彼女の言った事に気が触れてしまっていたら...

   どうなっていたか...)」

 

 フィンはタオルを握り締め、ティオナのアーディを心配する気持ちを

 少しだけ理解した様に思えた。

 優しさ故に、誰かから責められる恐れを彼女自身知らず知らずの内に

 察していたのではないだろうか。

 そう思っていると、額に小く鋭い痛みが走った。

 見ると、ライラがデコピンをしたのだとわかった。

 

 「とりあえず、この仏さんを何とかしてから考えてくれねえか。

  説得なら地上に戻ってからでもいいだろ」

 「...ああっ、すまない」

 「なーに...」

 

 ライラは気にするな、と言う様にフィンの背中を軽く叩いた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...すまん、何やって?」

 「ギルドが発表した情報によれば、イヴィルスの残党が24階層のパントリーで食人花のモンスターを繁殖させ、何かを企てていた様なんだ。

  しかし、その残党もモンスターも何者かにより殺されたらしい。

  内臓を抜き取られ、生皮を剥がされた状態の遺体を見つけたそうだ」

 

 最後のディオニュソスが言った言葉に、ロキは確信した。

 捕食者が殺したのだと。しかし、ネフテュス・ファミリアという

 名前が出て来なかった事に疑問が浮かぶ。

 

 「うへー、そりゃまた...どこのファミリアがやったんかわからへんのか?」

 「ああ、ギルドもそこは隠し通すようだ。...だが、その殺し方をした冒険者を...

  私の眷族の1人、フィルヴィスが知っている」

 「...ふーん」

 

 ロキは話し素っ気なく返事をした。

 内心では、まさか捕食者の事を知っているのかと焦りに焦っている。

 悟られないよう、ロキは慎重に言葉を選びつつ問いかけた。 

 

 「どこの神の眷族なんや?そいつら」

 「それはわからないんだが...

  実は、そちらが訪ねてきた姿を消す事が出来る冒険者の事だけは知っていたんだ。

  何故なら、その冒険者が今回の騒動を起こした張本人であり、私の眷族達の危機を未然に防いでくれた恩人でもあるのだからな」

 「確証は、その危機から救ってくれた時と関係あるんか?」

 「そうだ。27階層で不審な動きがあると偽りの情報をつかまされ、フィルヴィスや他の団員が罠に嵌められる所だった。

  しかし...そこで既に情報と同じ状態にされた死体を見つけた。

  モンスターも既に全て殺されており...何が起きたのか団員達はわからなかったそうだ。

  ...だが、フィルヴィスだけは違った」

 

 ディオニュソスは両肘をテーブルに付き、口元を手で隠した。

 

 「その冒険者に紙を渡され、書かれている内容に応じて内密にする事を約束したと言っていた。

  だから、ギルドには報告せず今回の様な騒動となってしまったという訳だ」

 「...なーるほど、じゃあさっきごっつ速う走ってったのがフィルヴィスっちゅう子で...

  18階層へ確認しに行ったんやな?」

 「その通りだ。恐らく、会えはしないと思うが...

  もう一度会える手掛かりとなるなら、と言っていたよ。

  彼女曰わく、ちゃんとした礼をしたいらしいな」

 「義理堅いなー。...ところで、そのフィルヴィスと外に居る、エインやったっけ?

  あの子ら、顔が瓜二つやけど双子なん?」

 

 窓の外から見えるエインを見て、問いかける。

 ロキの言う通り、エインはフィルヴィスと顔立ちや姿がそっくりそのままで

 どちらかを見分けるとすれば、名前を呼んで判断するしかない程だ。

 

 「...バレてしまったからには話すしかないか。

  彼女は魔法による分身で、別々で行動する際は分身が私の護衛をしているんだ。

  当初、2人の事を間違える度に喧嘩を始めてしまうものだから、分身には別の名前...

  魔法名であるエインセルから取り、エインと名付けたんだ」

 「はぁ~~~。そりゃまた...なんちゅーか羨ましいなぁ~」

 

 ロキの頭の中では、いつものバトルドレスを着たアイズやメイド服、

 水着、豊饒の女主人のウェイトレスの制服、ギルドの職員が着る様な

 スーツ、そして服かどうか怪しい全身にタオルを巻いた姿のアイズが

 浮かんでいた。

 涎を垂らすロキにディオニュソスは引き笑いを浮かべ、冷静に

 させようと咳払いをした。

 それにハッと我に返ったロキも咳払いをし、深呼吸をする。

 

 「...ほんなら、そういう事で話は終いやな。

  疑ってすまんかった、ディオニュソス」

 

 ロキは素直に謝罪すると、ディオニュソスは頷いた。

 

 「いや、気にしないでくれ。...そういえば、その冒険者についてわかった事は?

  あれから随分経つと思うんだが」

 「うーんや、まーったくわからん。ただ、フレイヤの子ではないで?

  この間吹っ掛けてみたけど白やったわ」

 「そうか...情報提供、感謝する。私は眷族の仇を取るために調査を続けるとしよう。

  食人花を使っていたのがイヴィルスとわかった以上、徹底的に追い詰めてみせる」

 「おー、頑張りやー。...無茶はするんやないで?」

 「心遣い感謝する。では...」

 

 ディオニュソスは襟を正す仕草をしながら立ち上がり、出入口である

 ドアから出て行った。

 ロキはエインと共に去って行ったディオニュソスを見送り、背凭れに

 寄りかかる。

 イヴィルスの残党がヴィオラスを使い、何かを企てていたという事に

 ついては納得した。

 ただ、1つだけ腑に落ちない事がある。

 ネフテュス・ファミリアという存在をここまで隠し通す、ギルドの

 情報規制による疑問だ。

 

 「(いくら何でも...ファミリアの事まで隠すんは変やろ。

   ウラノスがそうしたんか、ネフテュス先輩がそうさせたんか...)」

 「オイ、もういいのか?」

 「...すまん、ベート。もうちょっと付きおうてや」

 

 様々な事を考え、導き出そうとするがやはりわからない。

 なので、ロキは椅子から立ち上がるとベートにそう言って店内から

 出た。

 向かう先は当然、ギルドであった。



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 ̄、⊦>'<、⊦ P’rmis

 「あ、ロキ様ぁ!」

 「お。ミィシャちゃん、今日も仕事仕事頑張っとるみたいやなぁ」

 

 ギルドに到着したロキは、ベートを外で待たせ職員達のみが出入りする

 カウンターの奥へ行こうとしていた。

 そこへ、ミィシャが駆け寄って来ると早々にある事を伝えてきた。

 

 「またまた丁度良いタイミングで来てもらえました。

  ロキ様が来たら連れて来る様にと、ウラノス様がお呼びしていまして...」

 「...ほぉーん?そないなんか。ほなら、会いに行ったるか」

 「はい。ロイマンギルド長がご案内しますので」

 

 ロキは頷くと、しばらくしてロイマンが汗を流しながら現れる。

 どうやら重い贅肉をこさえているため少し走っただけでも、汗が

 勝手に噴き出るのだろう。

 ロイマンはカウンターのドアを開け、書類などを保管している本棚の

 間を通りウラノスが居る祭壇へ続く道を案内していった。

 そして、通路が行き止まりとなりその左側にある階段の前で止った。

 

 「ここから先はお1人で、との事ですので...

  私はここで失礼させていただきます」

 「おー、ご苦労さんなー。

  ...ちなみに、ウチが来る前に他の奴も通しとったか?」

 「は?い、いえ、貴女様のみです」

 「あそう。おおきになー」

 

 ロキはロイマンに手をヒラヒラと振りながら、階段を下りて行った。

 暗闇の中を進んで行き、その先に見えた灯りが灯っている場所へと

 近づいた。

 

 「...よぉ、ウラノス。ご無沙汰やな。  

  ついさっき、18階層で騒ぎが起きてるの聞いたで。

  イヴィルスの阿呆共がまた何か企んでる言うのは...

  ネフテュス先輩の子供からの情報やろ?」

 『ご名答。流石ロキね』

 

 ウラノスの頭上に現れたのは、以前にも見たファルコナーだった。

 声の主は当然ネフテュスである。

 

 「...ネフテュス先輩、やっぱりウラノスと交流があったんですか」

 『ええ、14年前からよ。それまでは別の場所に居て、居場所すら知らなかったけど...

  7年前にオラリオへ、バレない様に入る事が出来たのはウラノスのおかげなの』

 

 14年前という言葉を聞き、ロキはやはり7年前以上から下界へ下りて

 来て、オラリオに居た事を突き止めたと思った。

 ウラノスと何かしらの手引きをしているのであれば、ネフテュス自身や

 ファミリアと眷族についての、詳細を極秘にする事が出来るからだ。

 しかし、まだ疑問は残っている。ロキが唯一、知りたかった事だ。

   

 「じゃあ、ネフテュス先輩。率直に聞きますけど...

  地上に下りて来はってた理由は何ですのん?旦那はんは天界に還ってはるのに...

  ここに居続けてるのがウチはごっつ気になってるんですわ」

 『...約束をしたから、ここへ来たの』

 「約束?それは、旦那はんとのですか?」

 

 ロキの問いかけに、ファルコナーはゆっくりと降下していきロキの

 目の前まで近付いた。

 カメラのレンズが大きく開き、ロキの顔を見つめている様に見えた。

 

 『いいえ...死んでしまった人間の女性とのよ』

 「人間の、女性...?」

 『そう。...あの子の...』

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 行く宛てもなく歩き続けていたティオナは、いつの間にか物資置き場へ

 着いていたのに気付くと足を止めた。

 横目で見て、木箱が置かれていないコンクリートの土台を見つけると

 そこへ腰掛ける。

 ティオナは俯いたまま、アーディの言っていた事を考え始める。

 

 「(...軽はずみだった、よね...

   アーディはすっごく優しいから、自分が殺されそうになったとしても...

   宥めて武器を捨てる様に言うんだもんね。

   私にとっては恩人だけど、アーディにとっては違う...

   ...もしも、あの時助けてもらえず捕食者と会えていなかったら...

   あの殺し方をした捕食者を、許せなかったかな...)」

 

 顔を隠す様に膝を抱え込む。

 瞑っている瞼の裏には、涙を流し怒りを顕わにしているアーディの顔が

 鮮明に映っていた。 

 後悔と共に、これからアーディとどの様に向き合っていけばいいのか

 不安が募り始めた。

 

 ...バキャッ!

 

 「(...やだよ。絶対にやだよ!こんな終わり方。..

   アーディとこれっきりになるなんて...!)」

 

 座っている土台に拳を叩き付けた。バキッと罅が入り、

 小さな破片が飛び散る。

 その時、足音が聞こえ誰かが近付いてくるのに気付いた。

  

 「ティオナさん...?」

 「あ...アイズ、レフィーヤ...どうしてこんな所に?」

 「そ、その、少し気持ちを落ち着かせようと歩いていまして...」

 「...ティオナ、大丈夫...?」

 「...うん。あれくらいで怪我なんてしないから」

 「...えっと、そうじゃなくて...」

 

 アイズが言わんとしている事はティオナもわかっていた。

 アーディとの口論を見ていたので、気遣おうとしているのだろう。

 それにティオナは心配掛けない様にと笑みを浮かべた。

 

 「アーディとあそこまで酷いケンカはした事ないから、あたしもちょっと戸惑ってるけど...

  これっきりでアーディと友達でいるのをやめるのは嫌だから...

  ちゃんとアーディとは話し合って、絶対に仲直りするよ。

  だから...心配しなくて、大丈夫だよ」

 

 仲直り出来る確信は無いが、ティオナは決心した。

 アーディと親友との縁は切らないと。

 そう答えたティオナにアイズは、しばらく何かを考え出してから頷く。

 

 「そっか...。...何か手伝える事があったら、私に教えて、ほしいな」

 「わ、私も、力不足だとは思いますが...

  ティオナさんには助けてもらっていますので、是非お願いします!」

 「うん。ありがとう、2人とも...」

 

 2人からの協力の申し出にティオナは嬉しそうに頷く。

 18階層に夜が訪れた様で、天井の青水晶群の光が消えていた。 

 ティオナはそろそろ手伝いに戻ろうと、立ち上がった時だった。

 ふと、物陰に隠れながら歩く人影が目に入る。 

 リヴィラの街で商業を営む者なら、コソコソせずともいい筈なのだが

 明らかに不審に思えた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ん~?どこだ...」

 

 恐らく雇人だと思われる褐色な犬人の女性がやっと現れた。

 僕が目印を付けた所をヘルメットのゴーグルに表示されるマップに

 マーキングしているため、ここからならすぐに視線をそこへ移せる。

 褐色な犬人の女性が向かってくれる事を見守りつつ、僕らは待った。

 奥へ奥へと入り込んで行き、目印の近くまで来た。

 予め持っていた発光する水晶を手に、木箱の表面を隈無く見続け

 目印を見つけ出した。

 

 「あったあった。...これか?」

 

 布で包まれた卵を手にすると、中身を気にしながらも肩に掛けている

 鞄へ押し込んだ。

 ...よし。これで依頼は...ん?

 

 「ねぇねぇ?そこで何やってるの?」

 「げっ!?」

 

 ピピッ ピピッ

 

 ...立て続きに最悪な事態が起き始めようとしているみたいだ。 

 下の方は後回しにするとして、生体感知センサーが反応した方向を

 確認する。

 生体感知は獲物のみに反応するため、人間には反応しない。

 だが視野を拡大すると、そこには2人組の人影が見えた。

 ...奴らを指揮していたあの男女だ。卵を取り返しに来たのか。

 奴らの姿は無い。だが、生体感知が反応したという事は...

 巨大な花か別のモンスターを呼び寄せているに違いない。

 

 『オリヴァス、お前は冒険者共を惹きつけろ。私が奴らから奪い取る』

 『フンッ...しくじるんじゃないぞ』

 

 男の方はどこかへ向かうと、女は動かずそこで佇み、指を2本口に咥え

 指笛を鳴らした。

 ヒアリングデバイスによって聞き取れたが、その音は常人では

 聞こえない程の高音だ。

 となれば、予想通りあの巨大な花を呼び覚ませようとしているに

 違いない。

 すぐに皆に指示を出す。ウルフは監視する様、残ってもらい僕らは

 街へと急いだ。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「だ、だから、これはその、別に大した代物じゃないからさ、気にするなって」 

 「そう言われると余計に気になるんだけど~?

  やっぱり何か怪しい物を運ぼうとしてたんじゃ...」

 「そ、そんな訳な」

 

 ド オ オ ォ ン !! 

 

 ルルネはその爆音に驚き、小さく悲鳴を上げた。

 アイズ達は即座に、街を一望できる崖の縁まで移動する。

 そこから見えたのは、少数ではあるが街の至る所でヴィオラスが

 地面から生えてきている光景だった。

 

 「な、何だよあれ...!?」

 「嘘でしょ!?どうしてアイツらがここに...!?」

 

 ティオナが驚いていると、目の前から複数のヴィオラスが現れる。 

 レフィーヤは動けなくなっていたルルネを庇って前に立つと、アイズと

 ティオナはそれぞれ対象を狙い斬り裂いた。

 ものの数秒で現れたヴィオラスは斬り伏せたが、今度は違う場所から

 現れ始めた。

 

 「う、嘘だろ!?あっちからまだ来るぞ!」

 「アイズ、レフィーヤ!その人を連れて広場に行って!

  こいつらはあたしで何とかするから!」

 「わかった...!」

 「わ、わかりました!...来てください!」

 「お、おいっ!行っちまっていいのかよ!?」

 

 レフィーヤはルルネの手を引き、アイズと共に街へと戻る道を走った。

 前回は無手による戦闘を強いられていたが、今回は大双刀があるため

 容易に倒す事が出来るとアイズとレフィーヤは信じたのだろう。

 下り坂となる道を進んでいるその時、前方に降り立つ人影が見えた。

 レヴィスだ。腰に引っ提げている黒い大太刀を引き抜くや否や、

 構えると即座に飛びかかってくる。

 

 「いい加減、渡してもらおうか」

 「っ...!」

 

 ゴ ッ !!

 

 咄嗟にアイズは斬撃を受け止めるが、凄まじい威力であったため傍に

 居たレフィーヤとルルネは、衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。



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 ̄、⊦>'<、,< M’ele

 リヴィラの街は混乱状態へ陥っていた。

 突如現れたヴィオラスが街の各所に現れ、襲ってきたからというのも

 あるが、そのヴィオラスの首が何かで切断された様にボトッと落ち、

 頭部が紫色の体液を撒き散らしながら弾け飛ぶといった様な、不可解な

 現象が起きているからだ。

 

 「な、何だこりゃ...?」

 

 ボールスもそれを見て呆然としていると、アストレア・ファミリアと

 ガネーシャ・ファミリアの団員を引き連れフィン達が駆けつけて来た。

 その中で、この現象を見た事のあるリヴェリアとティオネはいち早く

 捕食者が居る事を察した。 

 しかし、引き連れたガネーシャ・ファミリアの団員の中にはアーディが

 居るためティオネは小声でフィンに耳打ちをした。

 

 「団長、捕食者が居るみたいです...」

 「やっぱりそうか...ボールス!5人1組で小隊を作らせるんだ!

  ガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアはその小隊に各自入ってくれ!

  今戦っている団員が倒し切れなかったモンスターは、各班1匹でなら抑えられる!」

 「お、おう!ってかどこの誰がやってるんだ!?」

 「...さぁね。ただ、十分に気をつけるんだよ。

  リヴェリア、大規模な魔法でモンスターを集めろ!」

 「わかった!」

 

 フィンはネフテュス・ファミリアの眷族である事は伏せる事にした。

 捕食者がここに居る事をアーディが知ってしまい、一悶着起きるという

 事態を回避するためだ。

 ティオナから聞いた話では、フィリア祭での捕食者が戦っている場面を

 アーディは見ていないため、言わなければわからないという事もあり

 それが幸いしていた。

 フィンの指示によって、団員達はそれぞれ自身の役目を確認すると

 ボールスが指揮を執った事で作られた5人の小隊へ参加する。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 巨大な花が街を襲っているから、僕らは狩ると決めた訳ではない。

 奴らが操っているから全て狩り尽くすだけの事だ。

 皆には街から生えた獲物を任せ、僕は別の場所に居た。

 崖の下で湧き出る泉から巨大な花は次々と登ってきているので、

 バーナーとハンドプラズマキャノンを手に街への侵攻を阻止しようと

 考えた。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!

 

 バーナーでは1匹1匹と数に対して効率が悪い。

 だが、1発で先頭の数匹粉々にするハンドプラズマキャノンを使い、

 弾数が無くなるとスマートディスクを投げ、登らせる隙を与えず、

 次々と狩る。

 しばらくすると、巨大な花が侵攻を止め引き返す様に伝っていた

 崖から下りて行った。

 恐らく別の場所から侵攻しようとしているのだと察し、ガントレットを

 操作して電磁波を視覚化する赤外線に切り替えた。

 それにより、石の位置を確認出来るため、水中でも移動する獲物を

 見つけ出す事が出来るからだ。

 ...あっちへ向かっている。

 僕はそこから移動し、後を追う。すると、巨大な花が止まりそこから

 反り立つ崖を登り始めた。

 すぐにバーナーとハンドプラズマキャノンの砲口を向けたが、前方に

 降り立つ小さな人影に気付く。以前に謝罪してきた金髪の少年だ。

 

 「イヴィルスは、これだけの数を調教する術を持っていたのか...

  信じがたいが目の前の事実を受け入れるしかないな」

 

 下から登ってくる巨大な花の群れを見て呟いた。

 

 ブ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア !!

 

 ザシュッ! ザシュッ!

 

 金髪の少年は、巨大な花が岩肌を乗り越える前に飛び出してきた

 数だけ長槍で斬り裂いた。

 続けて頭上にまで高く飛び出した巨大な花も、わざわざ頭部を狙わず

 胴体そのものを薙ぎ払った。

 ...強い。ロキ・ファミリアとは関わらないと、決められていなければ

 あの少年の事も認めていただろう。

 だが、既に遅いため少し遺憾に思いながらも、ここは彼に任せる事に

 していいと判断し、僕は皆の元へ向かった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 魔力に反応するヴィオラスを一箇所に集めるべく、リヴェリアは街から

 少し離れた丘の上で詠唱を始めていた。

 放とうとする魔法はレア・ラーヴァテイン。

 魔法円から巨大な炎の柱を突き出す広範囲を焼き払う魔法なので、

 植物の特性を持つヴィオラスを巻き込めば一掃出来るからだ。

 詠唱をすると魔力が溢れ出るため護衛を団員達に任せ詠唱に集中する。

 詠唱を中断して自身での対処も当然、リヴェリアなら出来るのだが

 被害を食い止めるためにも素早く魔法を放とうと思いそう判断した

 そうだ。

 やがて、詠唱を半分まで唱えた時だった。

 各団員達がそれぞれ対処しているのを見計らう様に1匹のヴィオラスが

 隙を突いてリヴェリアに襲いかかる。

 それに気付き、リヴェリアは一時詠唱を中断しようとした。

 

 「【ディオ・グレイル】!」

 

 ゴ ツ ッ !!

 

 ところが、障壁魔法により援護された事に気付くと詠唱を続けた。

 発光する円形の物体によりヴィオラスは衝突し、動きが止まった所で

 頭部が真っ二つに斬り裂かれる。

 それは、遅れてやってきたフィルヴィスの斬撃によるものだった。

 同じ方向から迫ってきたヴィオラスにフィルヴィスは接近していき、

 短剣のティーアペインを構えると、噛み付かれる前に首部分を斬り付け

 別の個体を護手のホワイトトーチの尖った杖底で開かれた口の奥にある

 魔石を砕いた。

 

 「【一掃せよ、破邪の聖杖】」 

 「(!。並行詠唱をやってのけるのか...!)」

 「【ディオ・テュルソス】!」

 

 ビ ギィィィッ!! 

 

 短杖の護手のホワイトトーチの先端から眩く光る雷撃が放たれ、

 残った複数のヴィオラスは、焼き尽くされた。

 リヴェリアはその戦い振りにいたく感心して、振り向いて頷く彼女に、

 頷き返し最後の詠唱分を唱えた。

 

 「焼き尽くせ、スルトの剣--我が名はアールヴ】!」

 

 ド ゴ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 リヴィラの街を吹き飛ばさんばかりの衝撃波と爆風が突き抜ける。

 魔力に引き寄せられたヴィオラスの群れは巨大な炎の柱に巻き込まれ

 消し炭となった。

 炎の柱が消え、焦げた破片が降り注ぐ中、フィルヴィスは体液を

 振り払い、ティアーペインを腰の鞘に収める。

 

 「助かった、礼を言おう」 

 「いえ。ご無事で何よりです、リヴェリア様。

  ここでお会いできるとは、とても光栄です」

 「何、畏まる事はない。それにしても、見事な並行詠唱だったな。

  是非とも、私の弟子に指導してほしいものだ」

 「そ、そんな、リヴェリア様の弟子に恐れ多いです...」

 

 アワアワと慌てるフィルヴィスに、リヴェリアはその反応を見て

 おかしそうに吹いた。

 それにはフィルヴィスも顔を赤くし、恥ずかしがっていたが、まだ

 生き残っていたヴィオラスの群れが迫って来るのを見つけ、すぐに

 臨戦態勢となる。

 そこへ、アーディと共にフィンが駆け寄ってきた。

 

 「リヴェリア、かなり減ってきた。もう一踏ん張りだ」

 「皆は何とか広場へ避難させてました。被害者は居ません」

 「そうか、わかった。...お前の名は?」

 「フィルヴィス・シャリア。ディオニュソス・ファミリアの所属です」

 「フィルヴィス...?...!」

 「(6年前、27階層での出来事を報告した団員か...

   何故、と考えなくても恐らく...)」

  

 フィンがそう思い出していると、背後から現れた人影に気付く。

 4人は同時に振り返り見ると、モンスターの頭骨を仮面の様に被った

 男が立っていた。

 

 「...何者だ。イヴィルスの残党を率いる指導者の代理か?」

 「...ふっ、ふふふふ。私をあの様な残りカス...

  神に踊らされる人形と一緒にされるとは心外だな」 

 

 リヴェリアに鼻で笑い、男はイヴィルスの事を嘲りながら答える。

 それを聞きアーディは目を見開いて驚いた後、歯を食い縛って

 怒りを堪えていた。

 一方、フィンは訝りながら問いかける。

 

 「違うのなら...何が目的でリヴィラの街を襲ったんだ」

 

 すると、男は怒気を含んだ声音で答える。

 

 「彼女から与えられた同胞を取り返しにきたに過ぎん。

  私はそのためにお前達の相手をするだけだ!」

 

 そう叫ぶと、男は手を突き出す。

 男の背後からヴィオラスが数体飛び出し、フィン達に襲い掛かる。

 

 「【ディオ・テュルソス】!」

 

 即行で詠唱しフィルヴィスが放った雷撃によって数体は消し飛ばされ、

 それを皮切りにフィンとアーディが男に接近していった。



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,、 ̄、⊦' D’ing-de

 アイズはレヴィスとお互いに斬撃を弾き、弾き返されるの応酬を

 繰り広げ、どちらも退かない姿勢だった。

 背後ではレフィーヤが森のティアードロップを突き出す様に構え、

 アルクス・レイを放つための詠唱をしていた。

 

 「狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!

  【アルクス・レイ】!」

 

 ド ゥウ ンッ !!

 

 単文詠唱魔法であるため、即座に標準をレヴィスに合わせ光の矢を

 撃ち出す。

 背後から急加速して接近する光の矢にアイズはギリギリまで引きつけ

 レヴィスから死角となるようにぶつけようとした。

 

 ド ン !! 

 

 だが、レヴィスは光の矢を片手で受け止めた。

 速度重視かつレフィーヤ自身のスキルや魔力の高さもあって、威力は

 凄まじいはずだ。

 それを受け止めるレヴィスに、レフィーヤとアイズ、ルルネは

 目を見開いて驚愕する。

 レヴィスはそんな事はお構いなしに、受け止めていた腕を振るい

 光の矢だった魔力の塊を弾き返す。

 

 ド オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ !!

 

 「きゃあああああ!!」

 「うわぁあぁああ!?」

 

 爆風で吹き飛ばされるレフィーヤとルルネ。

 背後の巨大な水晶に背中からぶつかり、その場に倒れた。

 その際、鞄の蓋に隙間ができ宝玉が零れ落ち、地面を転がる。

 

  「レフィー...!?」

 

 2人に気を取られレヴィスの接近を許してしまい、間一髪の所で

 アイズは斬撃を回避する。

 黒い大太刀を頭上に翳し振り下ろそうとするレヴィスに、アイズは

 やむを得ないと判断して、エアリエルを発動させるべく詠唱した。

 

 「【テンペスト】!!」

  

 ...ドクン

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ビビーッ! ビビーッ! ビビーッ!

 

 カカカカカカ...

 

 男と金髪の少年、赤い瞳のエルフの少女、青い髪と瞳の女性の戦いを

 僕は見ていた。

 1人は7年前にマチコが助けたと言っていた少女だった女性で、

 もう1人の赤い瞳のエルフの少女は、6年前に僕が初めてコンタクトを

 取った、あの時の少女だと思い出した。

 女性と少女と男の力の差は、男の方が上手の様で多少押されているが

 金髪の少年がそれをカバーし攻撃の隙をつくると、少女達が見事な

 連携で男に攻撃を与えている。

 やはりあの金髪の少年は強い。認める事が出来ないのが本当に惜しい。

 そう思っている矢先、背中に乗せ大振りに見せかけたフェイントによる

 槍の刺突が、完全に無防備となっていた顔面を捉えた。

 

 パキン...!

 

 男が被っていた仮面が割れ、顔が晒される。

 金髪の少年と少女達は男から距離を一度取り、体勢を立て直していた。

 顔を押えていた手をゆっくりと下ろしていき男は前を向く。

 すると、その場に居る全員が驚いていた。...僕も含めて。

 

 「あの人は...」

 「【白髪鬼】...オリヴァス・アクト...!?」

 

 ...どうやら全員が知っている様だった。

 当然と言えば当然か。

 あの男は27階層にモンスターを集め、赤い瞳のエルフや他に誘き

 寄せられた冒険者達を、殺そうとしていたのだから。

 ...ただ、僕や全員が驚いたのはそこではない。

 驚いた理由は、アイツは僕がこの手で殺したはずだからだ。

 

 「生きていたというのか...」

 「いや、死んだ。だが死の淵から私は蘇った...」

 

 男は着ていた衣服を自ら破き、上半身を露わにする。

 その瞬間、止めていた生体感知センサーが再び鳴り響いた。

 まさかと思い、電磁波を視覚化する赤外線に切り替え、男の胸部を

 見る。

 ...僕はあの時、巨大な花の石に反応していたのかと思っていた。

 だが、そうではなくあのオリヴァスという男の胸部に石が埋め込まれて

 いたから、センサーが反応していたんだ。

 オリヴァスという男は両腕を大きく広げ、天井に向かって喚いた。

 

 「私は2つ目の命を授かったのだ!他ならない彼女に!!」

 

 ...そうか。蘇生されたのか...

 それなら...

 もう一度...この手で引き千切って、あの醜い顔を粉々にしてやる。

 

 ピピッ ピピッ

 

 しかし、その時ウルフから通信が入り応答する。

 ...卵が孵った...?

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「フィンー!アーディー!」 

 

 その場に居た全員が驚く中、どこからともなく跳んで来たティオナが

 着地し駆け寄る。

 ティオナは全員が自身に気を留めない事を不思議に思いながら、

 オリヴァスを見た。

 ティオナは暗黒期が終わった頃にオラリオへ来たため、相手が誰なのか

 わからずアーディに問いかけた。

 

 「ねぇ、あの白髪の人は誰?」

 「...オリヴァス・アクト。かつて、イヴィルスの使徒であり...

  27階層で殺され、蘇った死に損ないだ」

 「ん~?...じゃあ幽霊なの?足あるみたいだけど」

 

 気が抜けそうな程の軽やかな声音で答えるティオナに、後方で待機する

 リヴェリアは緊張感の無さにため息をつく。

 しかし、そのおかげかフィンは緊張がほぐれた様で小さく笑った。

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ !!

 

 次の瞬間、地面が揺れた。その次にかなり離れた場所で、土煙を

 巻き上げながら何かが突起する。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ふぅ...腕の立つ冒険者共が居てくれたおかげで、立て直すのも早かったな」

 「感謝しなさいよね。全く...」

 「ですが、油断は出来ません。あの食人花を操るイヴィルスの使者がどこかに居るはずです。

  その使者を捕らえなければ...?」

 

 リューはボールスに答えている際に、ふと剣を下ろした口を開けたまま

 呆然としているシアンスロープの男が目に入った。

 ボールスもリューの視線の先を見て、気付くと青筋を立てながら

 怒鳴った。

 隣に立っていたティオネは、その怒鳴り声に耳を塞ぐ。

 

 「ぼーっとしてんじゃねえ!蹴り飛ばすぞ!」

 「...いえ、ああなるのも無理はありませんね」

 「あ゛ぁ゛!?...あ゛...?」

 「何よ、あれ...!?」

 

 キ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ァ !!

 

 リュー達の視線の先で見えたもの、それは無数のヴィオラスを

 下半身から生やし巨大な女体の上半身を持つデミ・スピリットだった。

 以前に捕食者達が倒した51階層の巨大なヴィルガの上位種と似ている 

 様に思える。

 咆哮を上げ、デミ・スピリットは足の代わりとしてヴィオラスを前に

 進ませていき、移動し始めた。

 目を凝らし、観察してみると進んで行く先にはアイズ達が走っており

 デミ・スピリットに追いかけられている様に見えた。

 

 「ちょっと行ってくるわ。リオン、助太刀してくれる?」

 「いいでしょう。エルダー、貴方は仲間と共に広場へ避難を。

  流石に貴方達では足手纏になるでしょうから」

 「あぁちくしょう!腹立つ物言いだが...従ってやるよ!」

 

 文句を言いながらも指示に従い、ボールスが仲間の元へ向かうのを

 見送りリューはティオネと共に崖から飛び上がり、アイズ達の元へ

 向かって行った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「おぉ...!彼女の片割れが...!」

 

 デミ・スピリットを見るや否や、オリヴァスは歓喜の笑みを浮かべた。

 フィンはその言葉を聞き、オリヴァスがあれの正体を知っていると

 察知し問いかける。

 

 「オリヴァス・アクト。あれが何か知っているのか?」

 「フッ、ハハハハ...!当然だとも。だが、貴様ら如きに教えなどしない。

  だが...忠告しておこう」

 「忠告?...わざわざ何を企んでいるのか、教えると言うのか?」

  

 フィルヴィスが呆れた様子で問いかけるが、オリヴァスは不敵に

 笑みを浮かべた。

 

 「オラリオを滅ぼす。そして...彼女の願いを叶えるのだ!」

 

 その発言にフィン達は戦慄した。

 イヴィルス自体なのか、オリヴァス自身の目的でそう言ったのか、

 定かではないがその場に居る全員が思った。

 ここでオリヴァスを逃してはならない、と。

 それに勘付いたのかオリヴァスが一歩ずつ後ろへ下がっていくのに、

 ティオナは気づく。

 

 「逃げる気ならそうはさせないよ!」

 

 大双刀を向けながらティオナがそう言うと、フィルヴィスも

 護手のホワイトトーチの先をオリヴァスに向け、いつでも魔法を

 放てる姿勢を取った。

 オリヴァスは一度足を止め、鼻で笑いながら答えた。

 

 「本来の目的とは異なるが、私は役目を果たした。

  お前達と相手をする意味はもう無いだろう」

 「【勇者】とリヴェリア様が恐ろしいだけなのではないか?

  生前の貴様は臆病者だったと聞く。今のお前もその様なのだな...!」

 「何とでもほざけ。彼女に選ばれ、種を超越した私が怯える事など」

 

 ...パシュンッ!

 

 ない、と言い終える前にオリヴァスの全身が何かに覆われ、背後の

 岩肌に磔にされた。

 それはワイヤーが網目状となっているネットだった。

 

 『そこに立ってろ』



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,、 ̄、⊦>∟ ⊦ F'eafra

 どこからか声が発せられ、突然の事にフィン達は驚く。

 オリヴァスも何が起きたのかわからず驚いているがすぐに逃れようと

 する。

 

 ヒュル ヒュル ヒュル ヒュルヒュルヒュルッ...!

 ギリギリギリッ...!

 

 だが、身動きを取ろうとする度に岩肌に固定されたアンカーがネットを

 巻き取っていき締め付けていく。

 更に、ワイヤーは鋭い刃となっている様で皮膚にめり込むと血を

 滲ませながら切り裂いた。

 徐々に全身を抉られる激痛にオリヴァスは呻き始める。

 

 「ぐぅうっ...!う、おぉおおおっ!!」

 

 バキンッ! バキンッ!

 

 オリヴァスは腕がネットで抉られながらも、強引に押し退ける。

 固定されていたアンカーが根元の岩肌ごと外れてしまい、オリヴァスが

 解放された。

 アンカーはネットを巻き取っていき、全て収納すると片方が蓋となり

 筒状となった。 

 

 「くそ、小癪なマネを...!誰だっ!?この私に対し図に乗る輩は!」

 

 ピピピッ

 

 オリヴァスは憤慨し、逃げる事を忘れてしまったのかその場で

 自身を磔にした敵を探し始める。

 周囲を見渡していると、何かを踏んだ感触がした。

 

 ガシュンッ!

 グシャッ...!

 

 「ぐ!?グアァアアアアアアアアッ!?」

 

 その瞬間、噛みつかれた様な激痛が足に走る。

 足元を見ると先程まで何も無かったはずなのだが、トラバサミのような

 罠が設置されており、それを踏んでしまったようだ。

 3つの刃が足を離さないようにガッチリと挟み込んでおり、

 オリヴァスが外そうとすると、余計に閉まっていく。

 

 「こ、の...!私をどれだけ虚仮にする気だ...!」

 「...オリヴァス・アクト」

 

 名前を呼ばれ、オリヴァスは前を向きフィンを見る。

 フィンは気の毒に、哀れに思っている様な表情で見ていた。

 その表情にオリヴァスは、フィンも自分を虚仮にしていると思い 

 歯を食いしばって怒りを顕わにする。

 しかし、違和感を覚えた。よく見てみるとフィンやティオナ達も

 自分を見ていない。 

 自分の背後を見ている様に思えた。

 

 「色々と聞きたかったんだが...どうやら、手遅れの様だね。

  ご愁傷様と言っておくよ」

  

 フィンの言っている意味をオリヴァスは理解出来なかった。

 何が手遅れで、自分に対し気の毒に思っているのかを。

 

 カカカカカカ...   

 

 だが、その低い顫動音が耳に届いたと同時に過去の記憶が蘇った。

 それは、あの時聞いた悪魔の笑い声だと...

 

 ド ス ンッ...!

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ガ、アァアアァアアア...!?」

 

 僕はオリヴァスという男の背後に回り、腰部分にバトルアックスを

 叩き込んだ。

 ガントレットから供給されたプラズマをアックスブレードの根本に

 あるエネルギーセーバーに蓄積し対象に叩き付けると、そこから

 アックスブレードへ流れ込む。

 プラズマは衝撃波に変換され、斬り裂くと同時に粉砕するという

 両方の物理攻撃を繰り出せる。

 アックスブレードが深く突き刺さり、引き抜くと裂傷した箇所から

 大量の鮮血が噴き出てくる。

 僕は横に居るため、鮮血は噴き掛からなかった。

 

 シュウゥゥゥ... 

 

 ものの数秒もしない内に裂傷が塞がっていく。

 これも石を埋め込んでいるからか...?

 なら...

 

 ドシュッ! ドチュッ! ドシュッ! ドシュッ!

 

 何度も、何度もバトルアックスのアックスブレードを裂傷が塞ぐ前に

 一点を集中して叩き込んだ。

 叩き込め叩き込む程、肉片や鮮血が激しく飛び散る。

 横に立っているが、それが付着してきた。

 オリヴァスという男はトラップによって動けなくなっている。

 だから逃さず叩き込んだ。

 激痛で喚いているが、気に留めない。耳障りなだけだ。

 見ている金髪の少年達の事も気に留めず、僕は叩き続けた。

 

 ゴツッ!

 

 しばらくして腰髄が露出する程の裂傷となりアックスブレードが

 届いたと同時に、僕はバトルアックスをその場に投げ捨てた。

 透かさず両手を裂傷に伸ばし、腰髄の椎骨を掴む。

 

 メキ メキ メキ メキ メキ メキッ...!

 ベキィッ!!

 

 布を絞る様に力任せに捻り続ける。

 音が鳴ると同時に椎間板の一部が砕け、千切れた。

 僕はその千切れた上下の腰髄を、両手の指の間に挟み込む。

 

 ブチブチィ... ブツッ ブチィッ...!

 

 両手はそれぞれ上下に向けており、また力任せに裂傷を広げながら

 身体を半分に裂いていく。

 

 「や、めろ、ぉ...!わた、しは、まだ死ね、ないと、言うのに...!」

 

 黙れ...死ね

 

 ブ ヂィ イッ!!

 

 あの時と同じ様に体を腰から半分に引き千切る。

 前回は容易く千切れたが、今回は武器も使ったりしたので少し手古摺った。

 上半身だけとなったオリヴァスという男を地面に叩き付け、下半身は

 トラップに挟んだままなのでその場に放っておく。

 

 「ぁ、が...ぉ...ぐ...」

 

 流石に下半身を生やす事は出来ないのか、地面に転がっている

 オリヴァスという男は口から血を吐き出し、手が蠢いていた。

 切断面からも血が噴き出ており、血溜まりを形成していく。 

 

 カカカカカカ...

 

 バチャンッ バチャンッ...

 

 僕は血溜まりに足を踏み入れ、戦利品にもならないその醜い顔を

 見下ろす。

 

 「...お前、は...一体...何だ...?」

 

 まだ息があるのか...人間ではなく、モンスターみたいだ。

 なら...あえて、聞き返そう。

  

 『お前は一体なんだ?』

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ド ズ ンッ !

 

 オリヴァスの胸部に穴が開いた。開いた、というより捕食者の手が

 めり込んで胸部の奥にまで到達した様だった。

 その穴から覗く極彩色の魔石がゆっくりと引き抜かれていく。

 

 「まさか...!よせ、よせぇ!私は、彼女に選ばれた人間...!

  私が、彼女を守らねば」

 

 ズルルルッ... ブチィッ!

 

 オリヴァスが言葉を言い切る前に、極彩色の魔石が抜き取られた。

 捕食者の手で握られている極彩色の魔石は浮遊する様にオリヴァスの

 顔の上で止まる。

 

 バキンッ!

 サラサラ...

 

 砕かれた極彩色の魔石は、オリヴァスの顔面に降り注いだ。

 まるで生き返った幸運を、再び死ぬ絶望へ貶めるかの様に。

 オリヴァスは正しく、悲痛に浸る顔を浮かべたまま動きが止まると

 上半身が徐々に石化していく。

 

 キュイィィン...

 

 すると、捕食者の左肩に発光するものが見えた。

 アーディはそれを見た瞬間、駆け寄ろうとする。だが、それを察した

 ティオナが羽交い締めにして阻止した。

 

 「アーディッ!」

 「や、やめ...!」

 

 ドッ パ ァアン...!! 

 

 オリヴァスの体が石化していく中、捕食者は顔のみを青白い光弾で

 吹き飛ばした。

 鮮血が噴き出し、地面が赤黒く染まった。

 それを見て、アーディは目を見開く。踏ん張っていた足腰の力が抜け、

 その場で座り込んでしまった。

 ティオナはアーディの肩に両手を乗せたまま、言葉をかけられず

 アーディを見つめるしかなかった。

 

 ...ゴシャッ!

 

 その音を聞き、アーディは肩をビクリと震わせた。

 ティオナは前を向き、石化したオリヴァスの上半身が粉々になって

 いるのに気付く。

 恐らく、捕食者が踏みつけたのだろう。

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は鳴き声を上げ、眼の光を消す。

 その場から去ろうとしているのだと察し、ティオナは呼び止めようと

 した。

 

 「待て!」 

 「!?」

 

 だが、先にフィルヴィスがそうした。

 声さえ出せず驚くティオナを余所にフィルヴィスは捕食者に向かって

 言った。

 

 「私を覚えていないか?6年前、お前のおかげで私は助けられた。

  またこうして...会えた事を嬉しく思う。

  今、言うべきではないだろうが...改めて、礼を言わせて欲しい。

  ...ありがとう」

 

 ...カカカカカカ...

 

 フィルヴィスの言葉に捕食者は眼を光らせ応えた。

 それにフィルヴィスは、心の底から嬉しそうに微笑む。

 ティオナは口を半開きにしたまま呆然としていた。

 ロキ・ファミリアと関わりは持たないという事は知らされているが、

 他のファミリアの団員と話し合う事があるとは知らなかったからだ。

 捕食者は眼の光を消して今度こそ去って行く。

 残されたティオナ達は、デミ・スピリットが離れた距離で横を通過して

 いく轟音に気付く。

 オリヴァスは捕食者によって倒されたので、次はあの巨大な敵を

 フィンは標的として捉える。

 

 「おーい勇者サマご一行~!【剣姫】や【千の妖精】が追われてるみたいだぞー!

  ウチのリューと【怒蛇】が先に向かったみたいだ!」

 

 広場へ避難誘導をしているライラが声を張り上げて、現状を伝えて

 きた。

 それにフィンは頷き、同じ声量で応える。

 

 「わかった!避難誘導は任せたよ!...ティオナ、君は傍に居てあげるんだ。

  僕らがあのモンスターに対処する」

 「...う、うん...」

 「シャリア。手を貸してくれるか?」

 「リヴェリア様と恩人のためならば、命を懸ける覚悟です」

 

 そう答えるフィルヴィスにリヴェリアは勇猛さに微笑んで、フィンと

 共にデミ・スピリットの元へと向かった。

 

 「...」

 

 正義感が強く快活な性格である事を知る者から見ては、想像もつかない

 程、アーディは悲傷した様子となっていた。

 ティオナはこのままにしてはいけないと思い、一先ず先程ライラが

 避難誘導していた広場へ向かう事にした。

 

 「アーディ?...行こ?」

 

 なるべく優しく言いながらアーディに手を差し伸べる。

 轟音が遠くから響く中、ティオナはアーディだけを見つめて

 手を握るのを待った。

 しばらくして、ようやくアーディはティオナの手に自身の手を

 重ねた。

 ティオナはゆっくりと立ち上がらせ、肩に手を回すと倒れない様に

 気をつけながら歩き始める。

 

 「...よ...」  

 「...なに?」

 「...怖い...よ...どうして...あんな、あんな事ができるの...」

 

 アーディは堰を切った様に泣き始めてしまった。

 大粒の涙がアーディの瞳から溢れ落ち、手を握っているティオナの手を

 濡らしていく。

 ティオナは口を紡いで、アーディを広場へ連れて行くのだった。



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 デミ・スピリットから逃げるべく、アイズ、レフィーヤ、ルルネは

 同じ方向へ必死に走っていた。

 正確にはデミ・スピリットの下半身となる無数のヴィオラスから

 である。

 走り続けて何とか水晶に囲まれていた谷間から抜け出した。

 アイズは2人にそのまま離れるよう言い、エアリエルの風を纏うと、

 自身は別の方向へ向かう。 

 それにデミ・スピリットは反応したのか、進行方向を変えアイズと

 同じ方法へ進み始めた。 

 

 ド ガ ァ ァ ア ア アッ!!

 

 だが、大きく曲がったがために谷間の角にある岩肌にヴィオラスが

 ぶつかり砕け散った岩が、落石となってレフィーヤとルルネの

 頭上から降り注いできた。

 その大きさは2人を押し潰せる程、巨大だった。

 

 「やばっ!?」

 「【解き放つ一条の...!(ダメ、間に合わ...!)」

 

 森のティアードロップを構えたまま硬直するレフィーヤ。

 ルルネは顔を手で守る様にして目を閉じた。

 その時、落下してくる巨大な岩の上に着地する影が見えた。

 更に目の前にも1人の少女が立つ。

 その正体はフィルヴィスで、岩の上に着地したのはリューだった。

 木刀のアルヴス・ルミナを下に構え、切っ先を岩に向けている。

 

 「空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ--星屑の光を宿し敵を討て】!

  【ルミノス・ウィンド】!【ルヴィア】!」

 

 ギュ オ オ オ ォ オ オ オ オッ !!

 

 緑風を纏った光玉を無数に生み出し、足元の一転に集中させて放つ。 

 スペルキーを唱えた事により、光玉は命中すると同時に爆散する。

 巨大な岩が落下していくにつれて光玉の爆散により粉砕されていき、 

 やがて小石程度になった。

 

 「【ディオ・グレイル】!」

 

 シュバッ!

 

 バキィンッ! ドガッ! ゴッ! バキッ!

 

 レフィーヤとルルネの前に立っているフィルヴィスは、円形の光体を

 展開する。

 それを盾にして、降り注ぐ砕かれた石から2人を守った。

 

 「怪我は無いか?同胞の...いや、レフィーヤ・ウィリディス」

 「は、はい!あ、ありがとうございました...」

 「何、当然の事をしたまでだ。無事でよかった」

  

 レフィーヤの視点では、微笑みを浮かべているフィルヴィスが眩しく

 輝いている様に見えた。

 それはアイズと似た様な憧れに対する輝きだと気付き、思わず

 手で目を守る様に隠してしまう。

 その反応にフィルヴィスが首を傾げていると、ヘタリと腰が抜けたのか

 ルルネはその場に座り込んだ。

 

 「た、助かったぁ...」

 「あっ。だ、大丈夫ですか!?」

 

 ルルネを心配し、レフィーヤは近寄って肩に手を添える。

 フィルヴィスは背後から誰かが近付いてくるのに気付くと、後ろを

 振り向いた。

 

 「お2人の援護をしてくださり、ありがとうございます。同胞の者。

  貴女もあのモンスターの討伐に協力していただけますか?」

 「無論、そのつもりだ。リヴェリア様達ての頼みだからな」

 

 その返事を聞き、リューは頷くとデミ・スピリットを追いかけ始める。

 フィルヴィスも後に続こうと思った時、レフィーヤとルルネに話し

 かける。

 

 「シアンスロープ。まだ立てないか?」

 「え?あ、い、いや、もう大丈夫...多分...」

 「では、広場へ避難しろ。弟子の者はリヴェリア様の元へ向かうんだ。

  あのモンスターの背後へ回っているはずだ」

 「わ、わかりました!あの、お気をつけて」

 「あ、ああっ。ありがとな...」

 

 ルルネはフラつきながらも広場へと向かい、それをレフィーヤは

 見送るとフィルヴィスが向かおうとしたので咄嗟に呼び止めた。

 

 「あ、あの!お名前は...?」

 「私はフィルヴィス・シャリア。【白巫女】の二つ名を持つ者だ」

 

 そう言い残してフィルヴィスは今度こそ、モンスターの元へ向かった。 

 あっという間に姿が見えなくなり、レフィーヤはフィルヴィスが

 教えてくれた通り、モンスターの背後へ向かう。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 街中の巨大な花を全て狩り尽くし、僕らは一度指定した場所へと

 集合していた。

 ウルフが記録していた映像を確認し、あれが生物に寄生するとあの様な

 女体の怪物へ変貌するのだとわかった。

 その危険性を知っていたから、謎の人物は回収しようとしていたのか。 

 奴らに至ってはその危険性を利用して何かを企んでいたのだと

 わかり、やはり殲滅すべきだと改めて認識した。

 あの女体の怪物も見過ごす訳にはいかない。

 だが、ロキ・ファミリアの冒険者達が戦っている様だった。

 その中には、赤い瞳のエルフの少女と長い金髪のエルフの女性も

 加わっており、電撃や緑色の光玉で攻撃している。

 金髪のエルフの女性は5年前に、あの巨大な怪物が出現した際に

 見かけた女性だけで構成されているファミリアの1人だと思い出す。

 ...オリヴァスという男との戦において、赤い瞳のエルフの少女は

 金髪の少年の手助けもあり、少しばかり見劣りしていると思った。 

 しかし、金髪のエルフの女性も含め観察し、どちらも強いと改めて

 思った。

 ...ロキ・ファミリアとは関りを持たないと決められているが、 

 彼女達は別のファミリアに所属している。

 そこで、僕は考えた。

 彼女達に協力して、あの女体を狩るのはどうかと。

 獲物は横取りしてはならないと掟で決められているが、協力し獲物を 

 狩る事は掟に反する事にはならない。

 それに赤い瞳のエルフの少女は、あの時の事について恩義があると

 思ってくれている様なので、協力するのに支障はないと思う。

 金髪のエルフの女性は、酒場での件でレーザーネットがどの様な物か

 気付いていた様なので、あの時の事に恩義を感じているのだとすれば

 恐らく、協力してくれるはずだ。 

 ロキ・ファミリアも理解があるはずなので、僕らの事を気にせずに

 居てくれていれば問題はない。

 

 カカカカカカ...

 

 皆にそれを伝えると、意外にもケルティックとスカーは円滑に承諾して

 くれた。

 彼女達がロキ・ファミリアでない事、獲物を横取りせず金髪の少年達が

 倒すという条件であれば問題ないと言った。

 ウルフ、チョッパー、ヴァルキリーは言うまでもなく、装備を早々に

 準備していた。

 ...僕は今、とても興奮している。

 あんな大物を狩れるからなのかはわからないが、思わず吼えそうな

 くらいに昂ぶっている。

 ...いや、吼えようか...!

 

 ウ゛オ゙オ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 フィルヴィスと合流したリューは、噛みつこうとしてくるヴィオラスの

 頭部をアルヴス・ルミナで縦に斬り裂いた。

 更にフィルヴィスと同時に並行詠唱をしながら、一度地面に着地し

 背中合わせになって魔法を放つ。

 雷撃と光玉により襲い掛かってきたヴィオラスは一層された。

 

 「流石はアストレア・ファミリアの団員である【疾風】だ...

  レベル5の腕は確かな様だ。足手纏いになっていないか心配になる」 

 「ご謙遜を。貴女のおかげで大いに助かっています」

 「それならよか...」

  

 フィルヴィスが言葉を止めたのにリューは少し訝った。

 何かあったのかと聞こうとした時、何かを見ているのに気づく。

 

 「...!?」

 

 その視線の先を見て、息を呑んだ。

 そこには肢体の各部分に鎧を身に着けほぼ白い裸体が覗く、網状の

 服の様な物を全身に纏っている仮面を被った人物。

 捕食者が、そこに立っていた。

 リューはイヴィルスの残党だと警戒し、即座にアルヴス・ルミナを 

 構える。 

 

 「待て」

 「!?」

 

 だが、フィルヴィスが上から押さえつけ、切っ先を下げさせた。

 何をするのかと目を見開き、リューはフィルヴィルを見る。

 フィルヴィスはリューの視線を気にせず、捕食者を見据えていた。

 

 「私の恩人だ。6年前、イヴィルスが仕掛けた罠に嵌められる所を未然に防いでくれた。

  アストレア・ファミリアも...心当たりがあるのではないか?」

 「!(ま、まさか...この人物が、捕食者...!?)」

 

 カカカカカカ...

 

 リューが捕食者の正体に驚く中、フィルヴィスは近寄っていく。

 危険だと判断し、止めようとするが、フィルヴィスは手で自身を

 止めようとするリューを逆に止めさせた。

 混乱しそうになるリューは、フィルヴィスの行動をただ見守るしか

 なかった。

 

 「...恩人よ。私に...いや、私達に何か話しがあるのか?」

 

 そう問いかけると、捕食者がフィルヴィスに紙を差し出した。

 それをフィルヴィスは受け取り書かれている内容を読む。

 

 「...。...そういう事なら、私は是が非でもお願いしよう。

  【疾風】も読んでもらえないか?」

 「え...?」

 

 自身にも読ませようとする事に驚き、戸惑いつつも紙を受け取った。

 そして同様に内容を読む。

 

 [事情がありロキ・ファミリアと協力出来ない。

  女体の怪物を狩るため、代わりにそちらの2人のみと協力したい。

  自爆する奴らが利用しようとしていた生物は抹殺する。断じて許容しない。

  止めはロキ・ファミリアに任せる。 

  事が終わった後、こちらの事は他言無用に ティオナにのみ伝えて構わない]

 

 多少、物騒な事も書いているが敵意は無く、協力を申し出ているのだと

 リューは理解する。

 紙から目を捕食者へ向ける。捕食者は無言で佇み、返答を待っている

 様だった。

 リューの脳裏に、アーディの言葉が降り注ぐ様に聞こえてくる。

 しかし、もう一度読み返すと、不思議な事にその言葉がスッと

 聞こえなくなった。 

 

 「(...ここでアーディの話を持ち出すべきではありませんね。

   彼らのイヴィルスを許せないという気持ちが、この一文でよくわかりました。

   それなら...)」

 「...わかりました。ご協力、お願いします」

 

 カカカカカカ...

 

 ギャリッ  ザシュッ! 

 ジャキン... ザシュッ!

 

 返答すると、目の前に2振りの刀と剣が突き刺された。

 恐らく貸してくれるのだと思い、2人は自然とそれぞれ地面から

 抜き取って手にする。

 どちらも非常に持ちやすく、驚く程軽量だった。

 通常の剣であれば振るった後、また振るう際に重さで無駄な動きが

 出来てしまうのだが、そうならない様な作りとなっている様に思えた。

 刀を手にしているリューは、地面に転がっているヴィオラスの死骸で

 試し斬りをする。

 

 ...スパンッ 

 ボト...

 

 「(...な、何という切れ味なのでしょう。

   感触はあるにしろ、あまりにもすんなりと斬ってしまいますね...)」

 

 リューは固唾を飲み、誤って自分の肢体に触れない様、気を付ける事を

 決めた。



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 「ティオネ!出来る限りでいい、食人花を引き付けてくれ!」

 「はい!」

 「レフィーヤ、縄を結べ」

 「はい!」

 

 エルフの冒険者から弓矢を貸してもらい、リヴェリアは指の間で3本を

 掴むと同時に弦へ引っかける。

 1本のみ矢尻に縄を結んでおり、狙いを定め、限界まで弦を引く。

 

 「フィン!」

 「ああ!」

 

 ...ドヒュ!

 

 3本の矢はそれぞれの軌道を描き、デミ・スピリット目掛けて

 放たれる。

 左右に構えていた2本はヴィオラスに阻まれ、本体に刺さらなかった。

 だが、それは囮であり中央の矢が本命で見事にデミ・スピリットの腕に

 命中する。

 その矢に結ばれている長い縄が遠心力により宙を舞う。

 タイミングを見計らい跳び上がっていたフィンはそれを掴み取り、

 力一杯引っ張る。

 そうする事によりデミ・スピリットの方へとフィン自身が引っ張られて

 いく。

 

 ギュルッ

 

 片手で持っているフォルティア・スピアを器用に回転させ、そのまま

 降下していく。

 

 ギュ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ !!

 

 回転させているフォルティア・スピアが丸ノコの様に群がっている

 ヴィオラスの胴体となる茎部分をまとめて切断した。

 それにデミ・スピリットは咆哮を上げ、動きが止まった。

 したり顔となるフィンに数匹が襲い掛かる。

 フィンは掴んでいた縄を離し、遊撃しようとしたが横方向から接近する

 リューに気付き、フォルティア・スピアを構えるだけに留め、邪魔に 

 ならないようにする。

 

 「ハッ!」

 

 ズパァッ! ズパァッ! ズパァッ! ズパァッ!

 

 両手に構えたアルヴス・ルミナと捕食者が貸した刀で、容易に首を

 斬り落とし、数匹は瞬殺される。

 取りこぼしがない事を確認しながらフィンはリューと一緒に着地した。

 リューはその刀を見つめ、やはり凄まじい切れ味だと感心する。

 

 「リオン、その武器は君の得物かい?」

 「...協力している恩人から借りた物です。後でキチンとお返しします」

 「...そうか、それは羨ましい限りだね」

 

 捕食者の思っていた通り、フィンは察した様でそれ以上は何も

 言わなかった。

 自分達とは関りを持たないという訳であり、別のファミリアである

 リューに協力している事は不公平でも何でもない。

 なので、苦笑いを浮かべつつも不満気な様子は見受けられない事に

 リューは安堵する。

 

 「では、攻撃を続行しましょう。【勇者】」

 「ああ。恐らく魔石が埋まってるあの上半身...

  リヴェリア達のために時間を稼ごう」

 「わかりました」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ !

 バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!

 

 ウルフとヴァルキリーのバーナーとハンドプラズマキャノンによる

 遠距離射撃で、巨大な花を目に入った個体は仕留められていく。

 僕とスカー、ケルティック、チョッパーは赤い瞳のエルフの少女と共に 

 行動する事になり、接近戦を挑んだ。

 3人はエルダーソードを片手に、もう片方にはアルファ・シックル、

 ノースハンマー、ハンド・ブレイドをそれぞれ装備している。

 アルファ・シックルは祖先から受け継いだとされる、スカーの

 固有武器だ。故に1つしか存在しないらしい。

 素材はかつて惑星の生物を全て食い尽くした、凶暴な獲物の骨が

 使われており、切り裂くだけでなく鉤爪の様に引っかける事で得物の

 肉体に突き刺し、引き千切って肉塊にする事が出来る。

 ケルティックが持っているのは、新たに手に入れた武器である

 ノースハンマーだ。

 プラズマを収束させ、標的に叩き込むとハンマーのヘッドから

 衝撃波を放ち地面ごと粉砕出来る。

 機構は僕が持っているバトルアックスと同じだが、ノースハンマーは

 衝撃波の他に閃光を放つので、獲物の目を眩ませられる。

 チョッパーの持つハンド・ブレイドは文字通り拳に嵌め、拳打すると

 ギザギザの刃が突き刺さり、急所を狙うと一撃で殺せる武器だ。

 それに加えてシミター・ブレードも装備しているので、どこから

 襲われようとも斬り伏せるつもりみたいだ。

 僕はエルダーソードと刀の両方を協力する事を証明するために

 渡したので、標準装備のリスト・ブレイドを伸ばし、左手には

 バトルアックスを握っている。

 僕らの姿は見えないが、赤い瞳のエルフの少女は見えているため

 巨大な花の群れは近付いて来るのに気付くと、襲い掛かってくる。

 

 ザブッ! ザシュッ! グシャッ!! ドゴォオッ!! ズパァッ!

 

 第三者からみれば赤い瞳のエルフの少女が何もしていないのにも

 関わらず、勝手に巨大な花の群れが薙ぎ払われた様に見えるだろう。

 赤い瞳のエルフの少女は僕が教えた通り、エルダーソードを逆手持ちで 

 構え、回転しながら跳び上がると、その勢いを利用し巨大な花の頭部の

 上顎と下顎の境目を斬り裂いた。

 滞空中に襲い掛かる巨大な花は、反対の手で構えている杖から放った

 雷撃により真っ黒に焦がされ粉々になった。

 

 カカカカカカ...

 

 認めた事に間違いがなかった事を僕は嬉しく思った。

 きっとティオナという少女も、あの一件さえ無ければ、こうして共に

 協力出来ていたと思うと...

 ...いや、今は余計な事は考えないでおこう。

 皆にまた何か言われるのはもう沢山だ

 しばらくすると、以前にも見かけた髪の長い褐色の女性が近くに

 降り立った。

 

 「ねぇ!貴女、アイズを...

  アイズ・ヴァレンシュタインをこの付近で見てない?」

 「【剣姫】か?...!、あそこだ!赤毛の女と交戦している!」

 

 赤い瞳のエルフの少女が杖で指すと、その先でアイズと呼ばれた少女と

 オリヴァスという男と一緒に居た女が剣を交えながら、移動していって

 行くのが見えた。

 髪の長い褐色の女性はその後を追おうとした時だった。

 

 グゥ ウ...!

 ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア !!

 

 女体の怪物が咆哮を上げたかと思うと、頭上から夥しい数の蔓を

 鞭の様に振るい下ろしてきた。

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド !!

 

 蔓は地面を砕き、広範囲に及ぶ程の攻撃で巨大な花とは違って意思が

 無いため、動きが予測出来ない。

 髪の長い褐色の女性と赤い瞳のエルフの少女は、その蔓を時には弾き、

 時には斬り落としていく。

 僕らも何とか捌き、地面が砕かれ飛び散ってくる破片を片手で

 防いだりもするが、段々と回避しなければならなくなってくる。

 ウルフとヴァルキリーも援護射撃をしてくれている様だが、数が

 数だけに全て撃ち抜く事は到底無理だというのはわかっている。

 ...髪の長い褐色の女性はロキ・ファミリアの冒険者だが、ここを

 切り抜けるにはこれしかない。

 僕は3人に指示を出し、それぞれが持つレイザー・ディスクを使用する

 ように伝えた。

 

 ヒュ ロ ロ ロロロ ロ ロッ...! 

 シュ ル ル ル ル ル ル ルッ!

 

 ズパァッ! ズパンッ! ズパンッ! ズパァッ!

 

 スマートディスクとシュリケンは僕らの操作により、頭上を飛び交って

 蔓を斬り落としていく。

 その光景を見た髪の長い褐色の女性は、僕らの存在に気付いた様で

 周囲を見渡していた。

 徐々に勢いが弱まっていくと、僕らは蔓の合間をすり抜けて退避する。

 髪の長い褐色の女性は何か言いたそうに赤い瞳のエルフの少女を

 見ていたが、女体の怪物が後ろを振り向いたのに気づき、そちらへ

 意識を向ける。

 僕は視野を拡大して見てみると、エルフの女性が杖を横に構えながら

 魔法を放とうとしている。

 女体の怪物は腕の蔓を射出する様に伸ばし攻撃した。

 エルフの女性はその場からすぐに退避していき、女体の怪物はそれを

 追う様に上半身を動かす。

 僕は別の場所から魔法を放つのかと思い、周囲を見渡してある事に

 気付いた。

 エルフの女性は囮だ。本命であるエルフの少女はその別の場所から杖を

 構えていた。

 

 「雨の如く降り注ぎ、蛮族どもを焼き払え】!

  【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

 ガ ガ ガ ガ ガ ガ ガ !!

 

 女体の怪物に数え切れない数の炎の矢が、豪雨の様に降り注いだ。

 炎の矢は女体の怪物の下半身に居る巨大な花の群れを焼き尽くし、

 腰部分の葉や、上半身、腕に命中していく。

 広範囲且つ絶大な威力により、女体の怪物は怯んでいた。

 その凄まじい火力に僕は魅入っていると、離れた場所から金髪の少年と

 金髪のエルフの女性が跳び上がるのが見えた。

 

 「ティオネ!畳み掛けるぞ!シャリアは追撃をしろ!」

 「はい!」

 「わかった!」

 

 金髪の少年の指示で髪の長い褐色の女性も、女体の怪物の頭上へ

 跳び上がった。

 赤い瞳のエルフの少女も走り出して、僕もヘビーバーナーを用意する。

 

 ザ ザ シュ !

 

 金髪の少年達が3方向から交差して女体の怪物の上半身を斬り付ける。

 女体の怪物は力無く背中から、その巨体を倒す。

 土煙が立ち込め、姿が見えなくなる。すると、勢いよく女体の怪物は

 下半身の巨大な花を自ら切断して逃走し始めた。

 それを赤い瞳のエルフの少女は追いかけていき、杖を構えて魔法を

 放つ用意をしていた。

 ...別方向からエルフの女性も追いかけていて、協力する必要も無いと

 思うが、せっかく用意したのだから足止めくらいはしてやろう。

 照準を女体の怪物の進行方向にロックし、砲口を斜め上に向けた。

 一定の速度で移動しているので、タイミングを見計らう。

 

 ピ ピ ピ ピ ピピピピピ...

 

 標的がロックした地点に近付いてくると、センサーの音が段々と

 短くなっていく。

 

 ピロロロロロッ!

 バシュウッ!

 

 そして、ロックした地点より50m先でミサイルを発射する。

 ミサイルは上空を飛行していき、自律誘導によって進路を変えつつ

 急降下する。 

 追いかけていた赤い瞳のエルフの少女と、エルフの女性はミサイルに

 気付き足を止めた。

 女体の怪物も気付いたが、その時には目の前に着弾していた。

 

 ド オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 エルフの少女の魔法に負けない程の威力を持つ爆発が起き、

 女体の怪物は爆炎に呑み込まれた。

 爆風で土煙が地面を這うように押し寄せてくる。

 通常の赤外線からX線に切り替え、土煙に遮られている向こう側を

 確認する。

 爆炎によって女体の怪物は全身が焦げており、腰の葉や頭部の毛髪が

 燃えている。

 それでも尚、逃げようとしているのか起き上がろうとしていた。

 そこへ、エルフの女性が丘の上に降り立ち杖を向けた。

 

 「【吹雪け、三度の厳冬--我が名はアールヴ】

  【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

 ヒュ ゴ オ ォ オ オ オッ !!

 

 強力な吹雪が発生し、女体の怪物が覆い隠される。

 一瞬にして頭部から上半身の根元までが氷漬けになり動かなくなった。

 その動かなくなった女体の怪物の上空から赤い瞳のエルフの少女が

 杖を構えて降下していく。

 

 「【一掃せよ、破邪の聖杖】!」 

 

 バキィンッ!

 

 氷漬けになっている女体の怪物の胸部に杖を突き刺し、魔法を放った。

 

 「【ディオ・テュルソス】!」

 

 ビ ギィィィィイイイッ!! 

 

 ...バ キャ ァ アッ...!!

 

 直接浴びせられた雷撃により、女体の怪物は断末魔を上げる事も無く

 氷を弾き飛ばして爆散した。

 恐らく体内にあった石が雷撃で砕けたんだろう。

 ...終わった。謎の人物の依頼は失敗になってしまったが、奴らの

 思惑通りにはならずに済んだろうから、問題はないだろう。

 砕け散った氷の破片が煌めく中、赤い瞳のエルフの少女が着地して

 いると、エルフの女性が近寄ってきていた。

 ...彼女からエルダーソードを返してもらおう。



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,、 ̄、⊦,、 ̄、⊦ E’udtion

 「実に見事だったぞ、シャリア...いや、フィルヴィス。

  よくやってくれた」

 「お褒めの言葉、大変嬉しく思います」

 

 フィルヴィスは深々と頭を下げ、リヴェリアの感謝の意を受け取る。

 堅実な姿勢にリヴェリアは少し過度に思いながらも、微笑んでいた。

 デミ・スピリットは倒したので、次はレヴィスと交戦している

 アイズの元へ向かおうとフィルヴィスに伝える。

 フィルヴィスは頷き、向かおうとしたが一度足を止めると、手に

 していたエルダーソードを地面に突き刺す。

 その行動にリヴェリアは首を傾げていると、エルダーソードが

 独りでに浮遊し消えた。

 思わぬ光景に驚愕するリヴェリアは、フィルヴィスに問いかける。

 

 「フィルヴィス、今のは...」

 「...貸してもらっていたとだけ、答えさせてください」

 

 フィルヴィスは目を合わせず答え、リヴェリアも察した様で問い詰めず

 踵を返した。

 

 「...では、アイズの元へ向かうぞ」

 「はいっ」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「人形のような顔をしていると思ったが」

 

 その言葉の最後はアイズに聞こえていなかった。

 全力の一撃を易々と回避され、冷や汗を流しつつ放心状態となって

 いたからだ。

 レヴィスはそんな事はお構いなしに地面を砕く勢いで踏み込むと、

 黒い大太刀を変則的な軌道を描きながら振り抜いた。

 

 ゴ キィ イ イッ !!

 

 アイズは、身体のどこに受けたのかわからないまま衝撃で吹き飛ば

 された。

 

 ド オ オ オ オォ ンッ !!

 

 岩肌へ叩き付けられ、アイズはデスペレートを手放してしまった。

 衝突した岩肌は窪んでおり並みの冒険者であれば、肢体が肉片と

 化していただろう。

 身体が動かない事にアイズが驚く中、その視界に近付いてくる

 レヴィスの姿が映った。 

 黒い大太刀は衝撃に耐えられなかったのか刀身は砕け散っていた。

 残った柄をレヴィスは投げ捨てて、握っていた手で握り拳をつくった。

 

 「(動...いて...動いて...!)」

 「やっと終わりだ」

 「(動いて!!)」

 

 ガギィッ...!

 

 レヴィスはアイズの顔面目掛けて、拳を振り下ろす。

 だが、骨とは違う硬質の物体により拳が阻まれレヴィスは目を見開く。

 

 「うちの姫君への手出しは」

 「我らが許さない」

 

 フィンがフォルテイア・スピア、リヴェリアがマグナ・アルヴスを

 交差させる様にして受け止めていた。

 死角となる2人の背後から、ティオネとリューが飛び出してきて

 

 「その通り...よっ!!」

 「ハァッ!!」

 

 ド ガ ァ ア ア ア ア アッ !!

 

 得物による斬撃のフェイントを織り交ぜ、2人同時に飛び蹴りを

 レヴィスに放つ。

 反応が遅れ、レヴィスは両肩に蹴り込まれると後退した。

 

 「【ディオ・テュルソス】!」

 

 ビ キィィ イッ!!

 

 その隙を逃さず、更に背後からフィルヴィスが雷撃を放った。

 だが、それをレヴィスは片手で受け止め地面へ叩き付ける様にして

 弾いた。

 フィルヴィスは攻撃を与えられなかった事に、苦渋の表情を浮かべ、

 着地すると今度はフィンが攻め込んでいく。

   

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 エルダーソードと刀を返してもらい、後は地上へ戻るだけだったが

 僕らは丘の上で金髪の少年と女の戦いを見物中だ。

 金髪のエルフの女性から刀は髪の長い褐色の女性に気付かれる事なく

 返してもらっている。 

 金髪の少年と女の戦いは誰が見誤る事なく、女の方が明らかに劣勢と

 なっていた。

 女は地面を踏みしめ、金髪の少年が宙を浮いている状態にさせる。

 だが、瞬時にして槍先を地面に突き刺すと、自身を女の頭上へ

 移動する。

 槍の柄は女の拳によりへし折られたが、金髪の少年は体勢を崩さず

 細く笑みを浮かべ、腰の短刀を引き抜く。

 心臓を狙った一閃だ。

 だが、回避している辺りあの女はオリヴァスという男よりは強いのか。

 仰け反らせていた上半身を立て直し、両手で捕まえようとした様だが

 女の足をエルフの女性が杖で引っ掛けた事で隙が出来た。

 エルフの女性を見る女は、そのエルフの女性が指を指しているのに

 気付き、振り向く。

 その瞬間、金髪の少年の放つ拳打が女の頬にめり込む。

 

 ド ォ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 殴り飛ばされた女は地面を弾んで、岩肌に衝突する。

 土煙でその場の全員には見えていないだろうが、僕は女が何事も

 無かったかの様に立ち上がっているのを確認した。

 

 「指が折れた」

 

 金髪の少年の呟きを聞き、エルフの女性は目を見開いて驚愕していた。

 土煙が晴れ、先程言った通り立ち上がった女は胸部から血を垂らし、

 分が悪いと判断した様でその場から跳び上がり、撤退していく。

 すると、金髪の少女も風を纏うと追いかけ始めた。

 女と金髪の少年の追走劇を見続けていくと、女は崖の上から飛び降りて

 いった。

 あそこの下は泉なので、そこへ潜って逃げて行ったんだろう。

 金髪の少女は立ち尽くしたまま、女が飛び込んだ事で出来た波紋を

 見つめていた。

 悔しさが滲み出ているのがわかる。

 ...これで一先ず、事は済んだはずだ。地上に戻って...

 

 カカカカカカ...

 

 ん?...いつの間に...あぁ、そうか。

 女体の怪物が暴れていた時、飛び散ってきた破片で切ったんだ。

 骨までは見えてないが、深く切ってる様であれから時間は経って

 いるのに、出血が止っていない。

 ...仕方ない、治療して少し休んでから地上へ戻ろう。

 あの湖でいいか...

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「おい!どんだけ無駄話してやがったんだ!?

  マジで1時間経っちまって動くとこだったじゃねえか!」

 「...」

 

 ようやく戻ってきたロキに、ベートは開口一番に文句を言い放つ。

 だが、ロキは謝りも宥めようともせず、ただ俯いているだけだった。

 ベートはいつものふざけた態度にならないロキを訝り、何を調べに

 行っていたのか問いかけようとする。

 その途端、まるでその問いかけに答えまいと言った様に歩き出したロキに

 ベートは再び怒鳴りながら文句を言い放った。

 

 「これだけ付き合ってやったってのに無視はねえだろ!?」

 「...ベート。お前...ホンマ運がえかったな...」

 「あ?...!?」

 

 自身を見つめるロキの薄く開かれた瞳にベートは悪寒が走る。

 哀れむ様な、呆れた様な、普段のロキからでは想像もつかない程、

 感情的になっているのが窺えた。

 ベートは言葉を失い、ロキに何も問いかけられなかった。

 その様子を見てロキはベートを置いて、黄昏の館へ続く帰路を進んで

 行った。

 ベートは何も理解出来ないまま、立ち尽くしていたが後ろを振り返り

 ロキが何かを知ったと思われるギルドを睨んだ。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ウラノスが鎮座する暗闇の中、灯りとなる灯火が揺れる。

 ファルコナーが動いた事で風が吹いたからだ。

 

 「...ロキに真実を伝えたが、よかったのか?

  口を滑らせてしまえば、ヘルメスが」

 『大丈夫。あの子は賢いから、ヘマなんてしないわよ。

  それに...』

 

 ネフテュスは一区切り置いて、クスリと笑った。

 

 『もしバレて、あの子に何かを言う様であっても...

  あの子は信念を曲げたりなんてしないから、大丈夫よ』

 「...そう思っているのなら何も言わん。お前の好きにするといい」

 『ええ。それじゃあ私も...。...あら?ちょっと待ってね』

  

 ファルコナーからネフテュスの声が途切れ、静まり返った。

 しばらくして再びネフテュスが話し始める。

 

 『ウラノス。この映像を観てもらえるかしら?フェルズも一緒に』

 「フェルズ」

 「あぁいるよ、ウラノス。恐らく彼らの居る場所での事で、何かあったのではないか?

  神ネフテュスよ」

 『その通り。今、映像を映すわね』

 

 ファルコナーの上部がせり上がるとプロジェクターが現れる。

 空間で立体的に投影される映像には、宝玉から何かが飛び出しアイズに

 襲いかかったが外れて、背後にあるヴィオラスの死骸にへばり付いた。

 すると、それがヴィオラスの死骸と一体化していきデミ・スピリットが

 誕生する瞬間が映し出される。

 フェルズはもちろん、ウラノスも眉を顰めて驚愕していた。

 

 『これが記録されたのは、ロキが来てすぐ後みたいね。

  まだ映像が続いているみたいだから、観てて?』

 

 そう言い終わると、止めていた映像を再び動かし始める。

 オリヴァスの体が引き裂かれ体内の魔石を砕かれ絶命し、

 デミ・スピリットがフィルヴィスによって撃ち倒され、レヴィスと

 フィンの一騎打ちなど様々な映像が流された。

 そして、レヴィスが泉へ落ちていく瞬間が映ると映像は消える。

 

 「...モンスターを変異させる事が出来るというのは認知していたが、まさか魔石により死人が蘇る事が出来るとは...

 知り得なかった情報を提供していただき感謝する、神ネフテュス」

 『いいのよ。...それにしても、本当に懲りない子達ね。

  エレボスも居なくなって、あの子達があれだけ示威をしたのに...』

 

 その言葉を聞き、フェルズはある事を思い出す。

 

 「すっかり忘れていたよ...

  神ネフテュス、実は私達の同胞が残党の死体を見てしまったようだ。

  今回、彼らに回収させに行った30階層のパントリーでも同様の事をしたらしい」

 「あら、そうなの?...バレない様にする事は可能かしら?」

 「それは...。...ウラノス、どうだろう?神ネフテュスとその眷族に教えるというのは。

  もし彼らと遭遇した場合を考えると...」

  

 首を振り向かせる様にファルコナーはカメラをウラノスに向けた。

 ウラノスは何かを考え始めた様で目を瞑り沈黙する。

 そして、ウラノスはカメラと目を合わせ口を開く。

 

 「ネフテュス。これから話す事は、口外しないと誓え。

  もし誓いを破った場合は...二度と手を貸さん」

 『それは困るわね。わかったわ、ロキにも話さないから...

  教えてもらえるかしら?』

 

 子供がねだる様にネフテュスはウラノスに問いかける。

 しばらく間を空け、話し始めた。

 

 「16年前、オシリス・ファミリアの団員がその存在を確認した。

  ...今は、お前の眷族となっている者がな」

 「...レックスが?」



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,、 ̄、⊦>'、,< H’atrat

 突然のアクシデントに見舞われたリヴィラの街。

 しかし、街そのものに与えられた被害は少なかったので一段落した

 フィン達は酒場で休息を取っていた。

 ボールスに頼み、店主には貸し切りにしてもらっているそうだ。  

 何が起きていたのか状況を改めて確認し合う事になり、リューと

 フィルヴィス、デミ・スピリットが生まれた瞬間を目撃していると

 いう事で、ルルネも加わっている。

 始めにオリヴァスが捕食者の手によって、殺されたという話を聞き、

 リューは最初こそは理解が及ばず呆然としていた。

 だが、話を聞く内に何故死んでいたはずのオリヴァスが生きて

 いたのかという疑問を抱いた。

 かつて因縁があったらしく、死亡したという事は当時、ギルドからの

 発表で知っていた。 

 故に死亡していたはずのオリヴァスが何故生きていたのか、それが

 信じられなかった様だ。

 

 「極彩色の魔石を体内に埋め込んでいたからだと思う」

 

 フィンはそう考察した。

 実際に見た訳でもないので確証は無いが、オリヴァスの証言があるため

 仮にそれが事実だとすれば、かつてイヴィルスを率いていた幹部も

 蘇っている可能性がある。

 更に、極彩色に輝く魔石は、ヴィオラスやヴィルガから採取した事が

 あるので、リヴェリアはこう予想した。

 どちらのモンスターもイヴィルスがパントリーで繁殖させ、調教した後

 ダンジョンに放っていたのではないかと。

 フィンもその予想はしていたらしく、否定はしなかった。 

 だが、あくまでも予想なので確信はまだ持たない様にと、その場に居る

 全員に伝えた。

 次に、デミ・スピリットの話へ移る。

 まず、ルルネが宝玉を持ち去ろうとしていたのか、そこから説明を

 始めた。

 曰わく、昨日夜道を歩いている際に真っ黒なローブを全身に被った

 人物が現れ、目印を頼りにその宝玉を、物資置き場から回収する依頼を

 受けたからだと言う。

 怪しいとはルルネも思っていたそうだが、報酬と前金に釣られてしまい

 承諾したという事も話した。

 

 「今後は、不審な人物から軽率に依頼を受けないでください」

 「はい。もちろんです...」

 

 呆れた様子のリューに注意され、ルルネは耳と尻尾を垂らして頷くしか

 なかった。

 すると、レフィーヤはそのローブを被った人物もイヴィルスの使者では

 ないかと予想して答えた。

 だが、フィンがそれをやんわりと否定した。

 レフィーヤは少し焦りながら、何故否定された事に困惑する。

 

 「もしイヴィルスの使者だったら、彼らに殺されてるはずだ。

  恐らく彼らもその人物に依頼され、宝玉をどこかで手に入れた後...

  物資置き場に隠したんじゃないかな」

 

 リヴェリアもその推測であれば、辻褄が合うと頷いて納得した。

 しかし、モンスターに寄生してあの様な姿に変える事が出来る宝玉を

 回収しようとしていた目的が何か、それもまたわからない。

 仮にレフィーヤが言った通り、イヴィルスの使者であるのなら、その

 人物を見つけ出し目的を聞き出す方が最善の選択だとフィンは考え、

 ギルドに提出するか決めかねていた。

 イヴィルスに関する話しはそれで終いとなり、次にフィルヴィスと

 捕食者について話は移った。

 フィルヴィスは6年前に起きた事を全て話した。

 

 「なので、彼らは私や仲間達にとって恩人だ。

  オリヴァス・アクトを討ち取ってくれた事も感謝している」

 

 フィルヴィスは清々している様子で答え、リューも口で言わずに

 内心で共感していた。

 親しい交流関係があるアスフィを殺そうとしていた、オリヴァスを

 自身もあの時は仕留めるつもりでいたからだ。

 しかし、捕食者が代行したというので、少なからずフィルヴィスと同じ

 気持ちになっている。

 だが、アーディの気持ちを知っている以上複雑な気分になっているのは

 自分自身でもわかっていた。

 今更ではあるが、ここにティオナとアーディの姿はない。

 アイズは居るのだが、どうやら話の内容は一切耳に届いていない

 様子だった。

 先程のフィルヴィスの発言を聞けば、アーディがどうなっていたかと

 思うと、リューは不安な気持ちで埋め尽くされる。

 

 「あ、あの、フィルヴィスさん。質問があるのですが...」

 「何だ?答えられる範疇でなら問題ないぞ」

 「フィルヴィスさんは前衛職なんですか?

  短剣の他にも、杖を持っていらっしゃいますけど...」

 「そうだな...所謂、魔法剣士といったところだ。

  後衛職はどうも合わなかった。だから、自ら前に出る事を選んだ」

 「ほぉ、魔法剣士か...」

 「だ、だったら私尊敬しちゃいます!

  私にとって、憧れのバトルスタイルなんですもの!」

 

 目をキラキラと輝かせ、憧憬の眼差しを向けられるとフィルヴィスは

 若干困惑する。

 それにリヴェリアはため息をつきながら、レフィーヤの目を手で

 押え眼差しを途切れさせた。

 

 「尊敬するのはいいが、過度になるな。フィルヴィスが困っているだろう」

 「あぅ...ご、ごめんなさい...」

 「い、いや、いいんだ。リヴェリア様もその辺りで...」

 

 フィルヴィスは止めてもらうよう言うと、リヴェリアは手を離した。

 

 「けれど、レフィーヤの気持ちはわかるよ。

  僕としても称賛しなければならない実力だ。今回は本当に助けられたね」

 「気にしないでほしい。私は...

  彼に会えるかもしれないという気持ちでここへ来た。

  協力する事になったのは偶然と言えるが...

  彼に会え、【勇者】に感謝してもらい嬉しく思う」

  

 それが素直に思った気持ちで、フィンの感謝の意を受け入れる。

 すると、フィンは手を差し出し握手を求めた。

 それを見てすぐにフィルヴィスは手を握り締め、握手に応じる。

 エルフが肌の触れ合いを基本的に嫌がるのは、一般的に知られており、

 フィンは応じてもらえらた事に安堵したのか、微笑んでいた。

 その時、リューが立ち上がるのにティオネは気付く。

 

 「少し...アーディと【大切断】の様子を見に行ってきます。

  まだ戻ってきていないので、心配になりましたから」

 「え?...あぁ、うん。もし気に食わない事言ったら、引っぱたいても構わないわよ」

 「い、いえ、そんな事は...」

 

 しない、と言い切れないポンコツなリューはお辞儀をして席を立つ。

 握手を終えたフィルヴィスは、リューの背中を見送る。

 どこか思い詰めている様に見え、少し気がかりとなった。

 

 「フィルヴィス。もし良ければ、並行詠唱の指導をお願いしてもいいだろうか?」

 「え?い、いえ、そんな!リヴェリア様の並行詠唱は私よりも巧ではありませんか」

 「あぁすまない。私ではなく、レフィーヤに助言などをしてもらいたいんだ」

 「ぜ、是非お願いします!小さな事でも、コツの様なものでも教えて頂けたら...」

 「...指導の程に自信はあまりないが、リヴェリア様の頼みとなれば喜んで引き受けよう」

 「!。あ、ありがとうございます!」

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 アーディを探し回っているリューだが、一向に見つからない。

 ガネーシャ・ファミリアの団員に聞いてみたが、わからないと言われ

 途方に暮れていた。

 

 「(...物資置き場でしょうか?)」

 

 そう考え、物資置き場に辿り着く。

 すると、誰かが座り込んでいる影を見つけすぐに駆け寄った。

 近付くに連れ、影が薄くなりその人物が明らかとなる。

 

 「...【大切断】?」

 

 リューの目の前に居るのは、ティオナだった。

 膝を抱え込んだまま三角座りとなり顔を伏せている。

 普段の彼女を少しは知っているリューにとって、その様子は明らかに

 変だと思った。

 アーディと一緒に居れば、必ず頭を悩ませる天真爛漫なはずなので、

 こんな風に落ち込む様は今までに見た事がない。

 ティオナはリューが目の前に居るのに気付いているのか、気付いて

 いないのかわからないが微動だにしない。

 無言のままティオナに近寄り、隣にリューは座った。

 座った土台には罅が入っており、そこから近付くなとティオナの

 心境を表わしているかのように思えた。

 

 「...アーディと言い争いになってしまったんですか?」

 

 ティオナは首を小さく横に振る。

 どうやらそうではないらしい。それにリューは一先ず安堵し頷く。

 

 「では...アーディと仲直りする方法を模索しているんですね」

 

 喧嘩ではないが、このままお互いの関係を終わらせたくないという

 気持ちは理解している。

 今、こうして悩んでいるのもそのせいだとリューは思っていた。

 しかし、ティオナはまた首を横に振った。

 思っていた返答と違う事に、リューは首を傾げる。

 

 「違うのですか?それなら...何故、ここに1人で?」

 「...オリヴァスって人が捕食者に殺されるところを見て...

  あたし...たの...」

 「...申し訳ない。もう一度、言ってもらえませんか?」 

 

 リューは少し顔を近づけ、膝に顔を埋めるティオナに聞き返す。

 それにティオナはまた小さく言った。

 

 「あたし、興奮したの...

  鳥肌が立って、体が震えるくらい...すごく喜んでたみたいで...」

 

 それを聞いたリューは以前に学んだ記述を思い出す。

 アマゾネスが強い男を好む、という習性を。

 ティオナは親友との関係を修復するという悩みではなく、種族の習性に

 対して悩んでいたのだ。



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,、 ̄、⊦,、、,< D'amg

 「変だよね...あんな殺され方を見て、喜ぶなんて...」

 「いえ、それは...それは貴女方、アマゾネス特有の習性のせいです。

  ご自分でもご存知のはずでは...?」

 「...人を殺して、喜ぶのが?」

 

 顔を上げ、見つめてくるティオナにリューは慌てて否定しようとする。

 だが、泣き腫らしたその瞳を見て一瞬、躊躇った。

 それでも誤解を解こうと一度、気持ちを落ち着かせて話し始める。

 

 「違います。そちらではなく...

  【白髪鬼】は3人を相手にしても劣勢ではありましたが、対等に戦ったそうですね?

  そして、その【白髪鬼】を討ち取った捕食者...

  骨を断ち人体を真っ二つにする程の豪然さは間違いなく...強者です。

  恐らくですが、ランクもステイタスもかなり上位のはず...」

 「...うん、強いのは知ってるよ。ベートをボコボコに出来るんだから」

 「そ、そうでしたね...なので、貴女は習性で...

  捕食者に魅入られたのではないでしょうか?」

 「...どういう事?」

 

 説明の硬さにティオナはイマイチ理解出来ず聞き返してくる。

 リューは頭を抱えそうになるが、もう少し言い方を考えてもっと砕いた

 説明をした。

 

 「つまり、貴女は捕食者に好意を抱いたという事です。

  アマゾネスは強い異性を好むのですから、その...」

 「...好きになった、って事?」

 「...極端に言ってしまえば、そうです、と答えましょう」

 

 それはないと否定しようとしたティオナだが、ふと自身の姉の素行を

 思い浮かべる。主にフィンに対する態度を。

 想いを寄せているフィンには積極的なアプローチをかけている。

 当然、その理由は理想の雄、つまり強いからだ。

 テルスキュラを旅立ち、初めてフィン達と出会った時に入団する事を

 賭けて勝負した。

 結果は自分達が入団しているのであえて言わないが、その時ティオナは

 フィンを好きになったと聞いた事がある。

 時折見せる、テルスキュラに居た頃の性格はフィンに好意を抱いた事で

 隠す様になった。

 理由はわからないが、フィンから何かを聞いてそうする様にしようと

 決めたに違いない。

 あのティオネでさえ変えてしまった、アマゾネスの習性。

 それなら、自分も無意識の内にオリヴァスを殺した捕食者の強さに

 惹かれたのだと、ティオナは自己解釈する。

 それがわかった以上、解決した...という訳ではない。

 寧ろ、余計に厄介な事だとティオナは思った。

 捕食者がオリヴァスを殺したのをアーディも見てしまい、そのせいで

 更に捕食者の事を許せなくなってしまっているに違いない。

 そして、自分が捕食者の事を好きになってしまったと、アーディに

 知られては今度こそ絶交されるのは明白だ。

 

 「...リオン。どうしたらいいかな...」

 「とりあえずは、アーディに言わない事が賢明ですね。

  それと私の見解であって、本当に貴女が好意を抱いたというのも勝手な憶測で」

 「え?じゃあ、やっぱり殺されるのを見て喜んで」

 「あるかと思いますがきっと好きなんです!貴女は捕食者に惚れたんです!

  間違いありません!断言します!」

 

 そう叫んでしまい、リューは自分で言った事に顔を真っ赤にして

 頭頂部から湯気が出る程、恥ずかしがった。

 それに対し、ティオナは気迫に押されていたが、リューの様子を見て

 思わず吹き出した。 

 

 「あはははっ!...そっか。あたし、捕食者の事...

  好きになっちゃったんだ...」

 「...ですが、ロキ・ファミリアと関わりを持たないとされている以上...

  アーディの関係を修復すると同等に苦労する事になりそうですね」

 「あー...そうだよね...でもさ、諦めるのは無理かも」

 

 ティオナは立ち上がると、数歩前に歩きリューから少し離れる。

 リューも立ち上がってティオナの言葉に問いかけた。

 

 「無理というのは好意を断ち切るのが、という事でしょうか?」

 「そうに決まってるじゃん。...ありがとね、リオン」

 「え?」

 「捕食者の事を好きになったって、教えてくれたからそのお礼だよ。

  ...あたし、ウダウダするのもうやめる!

  アーディと仲直りして...捕食者に自分の気持ちを伝えてみせるから!」

 

 ティオナらしい真っ直ぐで率直な宣言にリューは、多少不安な気持ちが

 ありながらもいつも通りの元気な姿に戻った事に安堵した。

 なので、ティオナの事はもう大丈夫だと思い、次はアーディだと

 居場所を知っているのか問いかけた。

 

 「あ、アーディは水浴びに行くって言ってたよ。

  案内しよっか?」

 「...そうですね、ではお願いします」

 

 案内すると言われ、最初はアーディを気遣うために断ろうと思ったが、

 先程の言っていた言葉もあり、承諾した。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 冒険者達がそこかしこをウロウロしていたので、僕らは誰も居なくなる

 まで待ち、ようやく湖へ辿り着いた。

 待っている間に少しだけ応急処置は施したおかげか、徐々に出血の量が

 減ってきていた。

 動脈であれば、鮮赤で粘性が無く出血の勢いが止まらなくなる。

 今、前腕の中間部を垂れていのは粘度が高く、赤黒い。

 なので、静脈が傷付いたんだろう。

 出血は厄介だ。

 クローキング機能で姿を消しているとしても、皮膚や装甲に付着すれば

 意味を成さなくなる。

 現に透明な腕を滴っている血が、浮いている様になっている。

 僕は皆に5M感覚で周囲を見張ってもらい、湖の畔へ近付き倒木に

 腰を掛けた。

 

 ピピッ ピピッ ピッ

 ピッピッピッピッ

 

 クローキング機能を解除して、血で汚れた腕を洗う。

 皆は洗わなくてもいいが、僕は免疫機能の関係上こうして洗った方が 

 いいとマチコに教えられた。

 但し、マチコはしなくてもいいくらい丈夫なのでしないらしい。

 血を洗い流し、裂傷がはっきり見える様にして腰に掛けている

 メディコンプを側に置いた。

 開閉ボタンとなる側面の蓋を押す事で、最初にそこが開くと中央から

 内蔵されているケースが前後に分かれる。

 僕は蓋側に収納されているカプセルを取り出し、蓋を開けると中身の

 液体を塗り付けると、次に噴霧器を使って消毒液を噴き付ける。

 一先ずはこれで細菌による化膿などは抑えられる。

 ケースの端から突起する器具を取り出し、それを裂傷部に当てる。

 

 バチンッ!

 

 「グウゥッ...!」

 

 それは傷口にステープルを刺すためのメディステープラーだ、

 刺さるとステープルは自動的に閉じ、傷口を塞ぐ。

 当然、痛みはあるがこの程度は大した事ない。

 これとは比較にならない程、激痛を伴う処置があるからだ。

 皆もそれだけは遠慮したいと思っているらしい。

 治療はこれで完了した。僕は器具をメディコンプに仕舞い始める。

 

 ...ガサガサ...

  

 その時、茂みから物音が聞こえ器具を仕舞うのを止める。

 音を立てないためにだ。

 茂みを掻き分け、現れたのは角が生えた兎のモンスターだった。

 いつも見かける度に皆が狩らないとしている奴で、何故狩らないかと

 いう理由は...言いたくない。

 その理由が気に入らないから僕だけがいつも狩っている。

 ...丁度、血が足りなくなっていたところだ。

 僕はメディスピーラーを手に取ると、先端を角が生えた兎に向ける。

 

 ...バチンッ!

 

 キュッ...!

 

 鳴き声を上げ、逃げようとした時にはステープルが喉に突き刺さり、

 生えていた木に打ち留められる。

 しばらく痙攣して、動かなくなるのを確認し器具を全て収納する。

 メディコンプを腰に掛け直し、立ち上がると仕留めた角が生えている 

 兎に近付く。

 ステープルによって固定されている首部分を握り、強引に引き抜いた。

 

 ビビィィーーッ...

 

 背筋に沿ってリスト・ブレイドで切れ目を入れると、尻尾を掴みながら

 力一杯皮を引っ張る。

 切れ目を入れているため容易に剥がせた。

 

 ポタポタ... ポタ...

 

 肉体と生皮からは血が滴り、屈んだ僕は最初に生皮の内側を重ねる様に

 して折り畳み、その場に置く。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...パシャッ...

 

 「...ふぅ...」

 

 縁から上がり、頭を振るって青い髪から滴る水分を飛ばす。

 ティオナと別れてかなりの間、浸かっていた様で手がふやけていた。

 誰も居ないとはいえ、羞恥心も無くアーディは裸体を晒したまま歩き、

 木の枝に掛けていたタオルを手に取る。

 少し乱雑に髪を拭いて、ある程度乾かすと今度は濡れている全身を

 拭き始める。

 ふと、あの頃よりも豊かになった胸を見て、体を拭くのを止めた。

 あの頃は姉よりほんの少しだけ小さく思っていたが、今では動く際に

 多少邪魔になったり周囲からの視線が多くなったりと、豊かになった

 事で、姉の苦労を理解する事となってきていた。

 それは、自身がもう7年前の15歳だった少女ではなく、22歳の

 成人女性へと、大人になった事を告げられている様に思えた。

 

 「(...大人になったのは...いや、なれたのは、あの時...

   殺されなかったから、なんだよね...)」

 

 鮮明に脳裏を過ぎる少年の無残な最期。

 そして、その少年に手を掛けた勇猛な仮面を付けてた女性。

 もしもあの時、自分が今と同じくらいランクやステイタスが高く、

 強かったのなら助けられたのかもしれない。

 7年間もの間、時折そんな風に思う日々をアーディは送っていた。

 だが、その思いが数時間前に見てしまった惨劇により、何故か

 弾き飛んでしまった様に感じた。

 そう考えたくない、そう考えても意味がないと無意識の内に思い

 始めているのかもしれないと、アーディは思い始める。

 大人になってしまったからなのかとも、気付いて。

 

 「...っ!」

 「(そんな訳ない!私は彼らを許せないんだから...!

   絶対に償わせて...)」

 

 ...ミチッ グチャッ グチャッ...

 

 アーディはその音に気付き、暗い森の奥を見つめた。

 夜になれば森の中は暗闇となり、迷ってしまう事は稀にある事で、

 セーフティーポイントとはいえ別の階層からモンスターが入り込み、

 冒険者に被害がもたらされる事がある。

 もしかすると、モンスターに捕食されてしまっているのではないかと

 最悪な事態を想定した。

 アーディは急いで下着を身に付け、服を着ると鞘に収めている

 セイクリッド・オースを腰に引っ提げる。

 時間が惜しいと思い、手袋は木の枝に引っかけたまま森の中へと入って

 行った。

 

 「アーディ~?...あれ?居ない...」

 「ここで水浴びをしていたのですか?」

 「うん。どこ行ったんだろ...ん?これって...」

 「手袋とタオルですね...

  それもアーディがいつも嵌めている物と同じ...」 

 「...あたし、嫌な予感がすっごくする」

 「奇遇ですね。同じ事を言おうと思っていました」



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,、 ̄、⊦>'、< C`rrtss

 ブチィッ... グチュッ ブチュッ...

 

 僕は角が生えた兎の肉に喰らい付き、顎の力だけで食い千切る。

 血の味が口内に広がる。唇から血が垂れそうになるが、僕はそれを

 啜って溢す事なく飲み干した。

 一滴でも血を補充しないと、途中で倒れてしまうかもしれないからだ。

 初めて得物を生で食べた時は、噛み切れなくて咀嚼もままならず、

 吐き出してしまったりもした。

 何とか飲み込んだものの、何日か気分が悪くなって腹を下し、吐き気が

 止らなくなるといった日々を送った事がある。

 何故、焼いて食べないのかというと焼く間にも獲物が現れた際に、

 素早く対処出来なければならないからだと教えられた。

 我が主神は無理はしなくていいと仰っていたが、僕は皆と同じ様に

 強くなりたいという思いがあって、何年もその食生活を続けた。

 そして、今では胃以外の内臓も当然の様に貪っている。

 以前に誤って胃も食べてしまい、その初めて食べた時以来の腹痛に

 襲われ、その日1日は狩りに苦労したのを思い出す。

 

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 ...誰か来た。

 僕は残り一切れとなった肉塊を口に放り込み、骨を皮に包むと

 クローキング機能で姿を消す。

 背後の木に素早く登り、足場となりそうな枝で待ち構えた。

 足音が遠方から聞こえ始め、ここへ近付いて来る。

 すると、現れたのは青い髪と瞳の女性だった。

 何しに来たのかと僕は怪しんで、観察する事にした。

 青い髪と瞳の女性は武器を構えながら、周辺を警戒し何かを

 探している様に思えた。

 

 「居ない...ここで誰かが襲われてたはずだと思うのに...」

 

 ...そうか。さっきの咀嚼していた音で、そうなっていると勘違い

 したんだ。

 迷惑をかけてしまったな...

 このまま放っておいてもいいが、恐らく彼女は居ないはずの救援者を

 見つけるまで離れないだろう。

 僕はどうするべきか考えた。

 ...彼女は僕らの事を知っている。それなら...

 皆に通信を入れ、僕は彼女をここから帰すために提案した。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 アーディは草陰を掻き分けて、誰かが倒れていないか確認してみる。

 やはり誰も倒れていないとわかると、次は樹陰も見てみた。

 しかし、どれだけ探しても見つからない。

 

 「(...気のせい、じゃないよね...?

   はっきりと聞こえていたんだから...)」

 

 ...ザザッ

 

 自身の察知能力に疑心を抱きそうになっていると、背後から

 草を踏みつける音が聞こえた。

 アーディはすぐに振り返るが、姿が見えない。

 気配も感じず、益々疑心感が増してきた時、それは聞こえた。

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者の鳴き声だ。それもすぐ目の前から聞こえた。

 アーディは咄嗟にセイクリッド・オースを構え、焦る気持ちを

 抑えながら問いかけた。

 

 「...そこに居るんだよね?私を誘き寄せるための罠だったの?」

 

 ...ヴゥウン...

 

 数秒の間を空けて、捕食者が姿を見せた。

 アーディは固唾を飲み、蘇る記憶によって敵愾心が強まると斬り掛かり

 そうな衝動に襲われる。

 だが、呼吸を整え歯を食い縛ると、何とか衝動を抑えられた。

 捕食者はアーディの問いかけに首を横に振り否定した。

 それにアーディは多少なりに安堵して、別の事について問いかける。

 

 「さっきの音は...まさか、また誰かの生皮を剥ぎ取ってたんじゃ」

 

 ...ドチャッ

 

 アーディは足元に投げ捨てられた、何かを見る。

 暗くてよく見えないが、辛うじて白い毛皮でモンスターの物だと

 確認した。

 それを自分に見せる事で否定しようとしているのだと、アーディは

 察した。

 

 「...それなら...一先ず、ホッとしたよ...」

 

 先程と同様にまた安堵すると、警戒を解く事を示すために鞘に

 セイクリッド・オースを収める。

 捕食者はそれを見て微動だにしなかった。

 

 「...貴方は、7年前に私を...私と会った事のある人じゃ、ないよね?

  その人は処罰されたって聞いたけど...」

 

 カカカカカカ...

 

 「...そう...。...喋れないみたいだから、頷くか首を振って教えてほしいんだけど...

  どうして、イヴィルスの使者になった人を容赦無く殺すの?

  そこまで恨んでいるなら...私が何とかしてみせるから...

  もう...あんな事をするのは、やめて...」

 

 拳を握り締め、抑えていた捕食者を許せないという感情が、沸々と

 怒りとなって湧いてくる。

 そして、ありったけの声量でアーディは捕食者に向かって叫んだ。

 

 「あんな殺し方をして、何になるって言うの!?

  人として...道徳的に考えてみなよ!

  あの人達だって、悪意があって自爆しているんじゃなくて...」

 

 ...カサ

 

 アーディの言葉を遮る様に何かが足元に落ちた。

 見ると、捕食者が投げ付けた後の構えをしていて、アーディは

 開きかけていた口を閉ざし、それを拾い上げる。

 それはクシャクシャに丸めた紙で、広げてみると何か書かれて

 いるのに気付き、アーディはそれを読んだ。

 

 [奴らの好きにはさせないと、そちらを助けた先達の意思を引き継いだ。

  自ら選ぶ死はこちらとしては重大な掟であり、狩りの中で戦死する事は名誉となる。

  それを軽視し、他者を巻き添えに自爆する奴らは万死に値する。

  道徳的に考え、それを唱えるべきなのは奴らではないのかと提示する。

  幾年経とうとも思想が変わっていない奴らには意味が無いと思われるが]

 

 最後の一文で、アーディは膝から崩れ落ちた。

 指摘でも反論でもなく、正論を突き付けられたからだ。

 残党が存在するという時点で事実、使者の思想は変わっていない。

 寧ろ、新種のモンスターを操ろうとしていたり、体内に魔石を宿した

 人間も加わっていたりなど以前より凶暴性が増している。

 アーディは初めて、根本的に間違えていた事に気付いた。

 捕食者を説得しようと、イヴィルスの残党が止まらない限りオラリオに

 再び暗黒期が訪れてしまうのだからだ。

 自分はイヴィルスに従う使者を救いたい。

 そう思っていたが、今、その気持ちさえも芽生えなくなった様に

 思えた。

 捕食者の言った通り、イヴィルスの使者は変わらないと自分がそう

 決めつけてしまったからだと。

 自分が汚れを知ってしまったからなのかとも思った。

 放心状態になりかけているアーディを余所に捕食者は、姿を消して

 その場から去ろうとした。

 しかし、アーディに呼び止められ、顔だけ振り向かせる。

 

 「...掟とか、そういうのと関係無かったら...

  あんな殺し方は、しないっていうの...?」

 

 本来なら聞き返す程の、か細い声で問いかける。

 しばらくして、また丸められた紙が足元に落ちてきた。

 俯いたままのアーディは、それが視界に入ると拾い上げて読む。

 

 [掟が無くとも奴らは殺す。狩りの邪魔となる害毒として駆除する]  

 

 読み終えたアーディは力無く、紙を握ったまま手を膝の上に落とした。

 捕食者は気にせず姿を消し、その場から去っていく。

 静まり返った森の中、アーディは虚空を見つめてとうとう放心状態と 

 なった。

 その時、アーディを呼ぶ声が響き渡る。ティオナとリューの声だ。

 

 「アーディ!?どうしたの!?大丈夫!?」

 「...外傷は見当たりませんね。何があったんですか?」

 

 アーディは無言で捕食者から渡された2枚の紙を2人に差し出した。

 それをティオナが受け取り、すぐに捕食者が渡してくるのと同じ紙だと

 気づく。

 リューにも見せる様に持って内容を読んだ。

 ティオナは文面だけなので理解が及んでいなかったが、リューは

 アーディの様子からして察していた。

 手紙に書かれている事は間違っておらず、正しいと思えたからだ。

 つまり、イヴィルスの使者を助ける事はもう手遅れなのだという事も。

 

 「...リオン、ティオナ...私...

  間違ってたのかな...イヴィルスになった人を、助けたいって事...」

 「そ、そんな事はありません!決してアーディは間違っていないです!

  ...ですが、許されるはずがないというのは、捕食者も...

  イヴィルスを恨む者全員が思っている事です」

 

 リューは言葉を濁さず、率直に答えた。

 アーディの思いは間違ってはいないが、圧倒的に他者が思っている事と

 差が大きく、下手をすればアーディの身に何が起きるかわからない。

 それを踏まえてリューはそう答えたのだ。

 ティオナはリューの発言で、ようやくアーディの心情を理解する。

 そして、アーディを抱きしめた。

 

 「リオンの言う通りだよ。間違ってなんかないよ。

  アーディは優しいから、そう思っていたんだよね?

  それなら...アーディが自分を責める事なんて何もないよ」

 

 ティオナの言葉を聞き、アーディは抱きしめている腕を掴むと

 大粒の涙を流し泣いた。

 リューも、せめてもの慰めになればとアーディの肩に手を置き、

 泣いているアーディを見つめた。 

 

 

 「ヘルメス様、本心から言っていいですか?

  というか言ってしまいますが、もう無理です。

  ただでさえギルドにも情報が無いというのにこれ以上どう調べればいいんですか?

  見ての通り、手を上げてお手上げです」

 「ぷふっ。あはははは!アスフィも中々面白いシャレを思いつくなぁ」

 「ホントホント~。あ、もしかしてそのために考えたの?」

 「笑って誤魔化さないでください!まったく...

  それと団長!断じて違いますからね!?」

 

 リディスはアスフィに指を指され、お道化る。

 対してヘルメスは帽子のつばを摘まみながら、目を隠す様にした。

 

 「あぁ、悪かった。そう拗ねないでくれよ。...だけど、アスフィ。

  これは他に重大な事を無視してでも、突き止めたいんだ。

  ネフテュス先輩が何時、何故、オラリオ...いや、地上に来ていたのかを」

 「...神々のよくある気まぐれ、という線は全く視野に入れていない様ですね」

 「あの方に至っては、気まぐれも皆無だから...

  何かあるのは間違いない。相当な理由があるか、或いは厄介事が起きるかも」

 

 しれないと、言い終わる前に誰かがドアをノックした。

 アスフィがヘルメスに視線を送って、頷くのを確認しリディスが入室を

 許可する。

 入ってきたのは、手に何かを持っているローリエだった。

 

 「あの、ヘルメス様?ポストに手紙が届いてましたよ。

  差出人は...ヒエログリフで書かれてます」

 「...そうか。どうもありがとう、ローリエ」

 

 お礼を述べてローリエから手紙を受け取る。

 封蝋を剥がし開けると、手紙を取り出して読み始めた。

 内容を読んでいくにつれ、目を細めていくのにアスフィは気づいた。

 しばらくして読み終えると、その手紙をポケットに仕舞い込んで

 アスフィの方へ向き直った。

 

 「アスフィ、とりあえず調べるのは中断して19階層へ向かってくれ。

  そこで案内人と合流してから、20階層に行くんだ。 

  途中で18階層に居るルルネを拾う事。あと...ローリエも一緒に頼む」

 「...色々と質問したいのですが、何故ローリエを含めた3人でないといけないのですか?」

 「いや、ついでにと思って」

 「ついでって!?」

 

 エルフの割にはオーバーリアクションをするローリエにリディスは、

 爆笑して机を数回叩く。

 アスフィは呆れながらも、改めてもう一度問いかけようとしたが、

 ヘルメスはそれを察したのか先に答えた。

 

 「ゼノスも関係しているからって意味さ。

  ローリエには、それを任せてるんだから」

 

 その返答を聞き、アスフィとローリエ、リディスは納得する。

 しかし、18階層に何故ルルネが居るのか、事情を聞くと

 アスフィの眼鏡に罅が入るのだった。



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 「お、おい、ディックス!やべぇ事になってるぞ!」

 「あぁ?何がだよ」

 

 モンスターを檻に閉じ込め終え、ディックスは慌ただしく駆け寄って

 きたグランに問いかける。

 誰がどう見ても凶悪と思わせるその顔は蒼褪めており、冷や汗が

 顔中から噴き出ていた。

 只事ではないと察しつつ、檻に背を預けて答えるのを待つ。

 

 「最近になってイヴィルスの残党が殺されまくってるって情報が流れてるだろ?

  それで、さっき小耳に挟んだ話じゃ...

  オリヴァスの野郎がリヴィラの街で殺されたってよ」

 

 それを聞いたディックスは驚く、というよりも訝って眉間に皺を

 寄せる。

 オリヴァスが普通の人間ではない事は知っている。

 強さもレベル3と決して弱い訳でもなく、更に体内に埋め込んでいる

 魔石で強化していると聞いたので、自分より引けは取らないはずだ。

 そのオリヴァスを殺したとなれば、かなり厄介な相手が現れたと

 ディックスは舌打ちを打つ。

 

 「ギルドがどこぞのファミリアを差し向けたのか?」

 「それが...殺されたって情報はオラリオ中に知らされてる。だが、その殺した奴の事は誰も知らないみたいでよ...

  どうやら、ギルドがそいつの事を隠してやがるんだ」

 

 ギルドが公表しないという事は自分達と同じ、何かしらの隠匿な稼業を

 しているファミリアの団員を雇っているとディックスは睨んだ。

 そのファミリアの格差が上か下かわからない以上、自分達まで死ぬ目に

 遭うのはごめんだと、判断しグランに指示を出した。

 

 「なら、今日分の獲物をとっとと捕まえて、しばらく休業するしかないな。

  そいつらの正体を突き止めてから、これ以上邪魔にならないよう消してやる」

 「そ、そうだな...けど、しばらくは稼ぎが減っちまうかもしれねえな。くそっ...」

 

 ディックスはグランの悪態に強く同感した。

 これまで上手くやってきた事が台無しになれそうな予感がしたからだ。  

 15年もの間、自身を満たしてくれる快楽の邪魔はさせまいと、背を

 預けていた檻から離れ、仲間を招集させる。

 

 「お前ら!しばらく稼げなくなる前に適当なのを狩りに行くぞ!

  狙いは...20階層だ!」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 リヴィラの街で様々な出来事が起きた、その翌日。

 昼過ぎ頃にマリスと一緒にミィシャはエイナの自宅へ来ていた。

 実は、昨日に異形死体の一報を知った矢先に、その場に倒れて

 気を失ってしまうという事があった。

 その為、本日は安静にするよう言われたので休暇を取っているのだ。

 

 「エイナー?居るー?」

 「ちょ、ちょっとマリスさん。

  寝てるかもしれないんですから、もうちょっと静かに...」

 

 ミィシャに注意され、マリスは小声で謝り口元を手で抑えた。

 気を取り直しミィシャは呼び鈴を鳴らす。

 1度目は数秒経っても反応が無かったので、2度目、3度目と鳴らして

 みるが一向に出てくる気配がなかった。

 ミィシャはまだ寝ているのかと思い、出直そうかと考えたが、ふと

 ドアノブを見た。

 無意識に手が動いて握る。軽く捻ったままドアを押すと開いた。

 最初から鍵が掛かっていなかった様だ。

 ミィシャはマリスと顔を合わせ、頷き合い入る事を決めた。

 用心のためにとマリスは短刀に手を掛けながら、ミィシャの手を引いて

 先導し玄関を通り過ぎる。

 

 「...っ!」

 「ぅ...!」

 

 息を殺し、足音もなるべく立てず廊下を進んで行くと、2人の鼻孔を

 ツンと鼻を刺す臭いが襲った。

 紛れもなく酒の臭いだ。

 普段であればこんな悪臭がする筈がないのに、と度々エイナの自宅へ

 やって来る2人にとっては信じられない程の臭いが充満していた。

 そして、リビングへ繋がるドアの前まで来ると、マリスはミィシャに

 少しだけ離れるようにと言い、ドアノブに手を掛けた。

 

 ...バタンッ!

 

 勢いよくドアを引いて中へ突入し、ナイフを構えて周囲を見渡す。

 そこで目にしたのは...

 

 「ヒック...ん゙ん゙...」

 「...は?エ、エイナ?」

 「ん゙ー?...あ゙ー、マリス~?何でぇ勝手に上がり込ん゙でん゙のぉー?」

 

 見るからに酔いどれたエイナが窓際に座っていた。片足のみ曲げて。

 足元には上着とズボンが空となった酒瓶と一緒に投げ捨てられており、

 白いシャツだけを羽織っているという、友人としては何とも言い難い

 格好だった。

 よく見ればズボンの中に白い小さな布が覗いており、マリスは

 思わず顔を引きつらせてしまう。

 エイナは酒瓶を片手にマリスを見ていた。片足のみ上げながら座って。

 それに、自分を見る目は虚ろだがどこか据わっている様にマリスは

 思えた。

 

 「エ、エイナ!?ちょちょちょ、ちょっとちょっと!?

  どうしたって言うの!?」

 「ミィシャまで、勝手に上がって、ヒッ...くるなん゙て不法侵入よー?

  アストレア・ファミリアかぁガネーシャ・ファミリアに通報しちゃうわよー」

 

 そう間違ってはいない脅し文句を言いつつ、エイナは酒瓶を口に

 咥えると、グラスに注がず直飲みする。

 これはマズイとミィシャはマリスに視線を送った。

 マリスは呆れながらも、急いでキッチンへと向かい適当なカップを

 掴み取って、蛇口から水を満杯に入れる。

 腰のポーチからポーションを取り出し、数滴垂らし軽く混ぜる。

 それを溢さない様に持ち運び、エイナに近寄る。

 

 「はーいエイナ~?少し上を向いてー?」

 「ん゙ぁ~~...」

 「おら飲め」

 「ごぼぐぼごぼ...ごぼぶごべぶご!?」

 

 上を向かせて口にコップを押し込み、ポーションを混ぜた水を

 ガボガボと飲ませていく。

 何かを言っていた様だが、口内に水が入ってきた事でわからなくなり

 やがて大量の水が食道に流れ込んでくる感覚に驚き、目を見開いて

 暴れ始める。 

 マリスは反対の手をミィシャに押えさせて、もう片方の手は自分で

 押さえつける。

 暴れた事で、少し床に飛び散ったがコップの水を何とか飲み干させた。

 

 「ケホッ!ケホッ!...こ、殺す気!?」

 「違うよ、全く...少しは楽になった?」

 「...ええ、お陰様でね...」

 

 エイナはズボンを受け取ると、ズボンの中にある下着ごと足を股下に

 通して履く。

 立ち上がるとチャックを閉め、シャツのボタンを上から留めていくと

 裾をズボンへ押し込む。

 

 「これ、全部飲んでたの...?うわ、全部空っぽ...」

 「...何があったって言うの?

  昨日倒れたって聞いて、今日来てみればさっきの有様。

  そんなにストレスが溜まってたって訳?」

 

 マリスの質問にエイナは口籠ると、また窓際に座り込んだ。

 質問に答えられない、というよりも答えてはいけないと指示があった

 からだ。

 ネフテュス・ファミリアの件についてウラノスは当然として、担当者の

 エイナを含め、上司のレーメル、ギルドの最高権力者のロイマンのみが

 事態を把握している。

 ウラノス曰く、もしネフテュス・ファミリアが生じさせた事態を

 冒険者やオラリオに住まう商人などの民が知れば、敵視する事は必至で

 あり、担当者であるエイナも何かしらの被害が出る可能性もある。

 そのため、ミィシャもあの時、エイナから話を聞かなかったため、

 知らないのだ。

 公開した情報もネフテュス・ファミリアは伏せてあるため、マリスも

 当然知る余地もない。

 ただ、あの時渡された白装束をミィシャは見ている。

 なので、悟られないようマリスに答えた。

 

 「まぁ、うん...色々上手くいかないな、って思い詰めてたかも...」

 「それって...例の人のせい?」

 「...それ以外ないでしょ。ホント、あの人は...」

 

 ギクッとエイナは内心焦せりそうになるが、事態と結びつかせないよう

 あえて捕食者に対し悪態をつく。

 

 「誰の事?そいつのせいでストレス溜まってたっていうなら、今すぐ連れてきて謝らせてやっても」

 「い、いいから、そんな事しなくても。...

  それに...その人は悪気が全然ないし、上手くいかないって思うのも、私自身のメンタルの問題だから...」

 

 それがエイナにとっての本心だった。

 イヴィルスの残党が良からぬ事を企てている事を伝えて来た事に

 関しては、未然に防ぐ事が出来ると感謝している。

 まさか殺した使者を異形死体にした事だけは、信じられず卒倒して

 しまったのだ。

 その後、自宅に安静にするよう言われたのだが、室内で1人様々な

 事を考えていたが、最終的に耐え切れず冷凍器から引っ張り出した

 酒を只管煽り、忘れようとしていたと我ながらに呆れたと、思い返す。

 

 「...とりあえず、少しは楽になったか。もう大丈夫よ」

 「ホントに?そう言って無理が祟って、また倒れても知らないからね?」

 「大丈夫よ。...ミィシャ、今どんな状況になってるの?」

 

 エイナの問いかけに、今度はミィシャも口籠った。

 マリスの言った通り、無理をさせてはいけないと思ったのだろうと

 エイナは察して、眼鏡を掛け直すと仕事を始めるといった姿勢になる。

 それを見て、ミィシャは重々しく話し始めた。

 

 「その...今朝頃に戻ってきたアストレア・ファミリアの副団長さんが報告してくれたんだけど...」

 

 昨日、異形死体の回収が全て済んだ直後に食人花がリヴィラの街に

 出現し、更には巨大なモンスターが出現するというイレギュラーが

 発生した事。

 その巨大なモンスターを生み出した宝玉とそれを回収しようと

 していた謎の人物。

 それに加え、6年前に死亡したはずの【白髪鬼】ことオリヴァスが

 不確実ではあるが極彩色の魔石を体内に宿した事で蘇っていた事。

 そして、そのオリヴァスが殺された事などギルドが現在知り得ている

 情報を全て話した。

 エイナはオリヴァスが殺されたと言った時のミィシャの反応が、

 前者に比べ、言い辛そうだった事を見抜く。 

 恐らく、その事を気遣って言い辛かったのだとエイナは感じ取った。

 その殺めた人物も、何となく察して。

 

 「...わかったわ。教えてくれてありがとう」

 「う、うん...その、大丈夫?また気が遠くなったりしてない?」

 「大丈夫だってば。...じゃあ、ちょっとシャワー浴びてくるわね。

  その間に、ちょっとだけ床に散らばってる物、拾っておいてもらえる?」

 「はいはい。胃の中の物が無いみたいだからやっとくわよ」

 

 マリスはため息をつきながら拾い始める。

 ミィシャも拾い始めると、エイナはバスルームへ向かうのだった。

 

 「(...今度こそ、キチンと話し合わないとね...)」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 その頃、星屑の庭では地上へ戻ってきて早々にアリーゼ達は

 召集を掛けられた。

 アリーゼ達は、休んでからにしようとうんざりした様子だったのだが、

 セシルに今すぐにと言われたため、会議室に集められた。

 会議室に入ると、そこにはアストレアとリリルカ、そして命が

 待っていた。

 アリーゼ達はそれぞれ席に座り、事情聴取が始められる。

 最初は頑なに、口を閉ざしていたリリルカだったが、命に手を握られ

 小声で何かを呟かれると、たどたどしく窃盗行為をした理由は話し

 始めた。

 一切、偽らず事実のみを話していき、そして最後にはこう言い切った

 

 「だから...リリはどんな罰でも受けます。

  終身刑でも構いませんから...どうか、情けをかけてください」

  

 その言葉に誰もが、リリルカの荒んだ心情を表していると思った。

 異形死体を見つけてしまい、抜け殻の様になってしまっていた

 アリーゼは、話を聞くにつれて真剣な面持ちとなっていた。

 

 「...事情はわかったわ。ライラと同じくらい苦労してたのね」

 「ま...同情はしてやるよ。同族としてもな」

 「...ど、どうもです」

 

 ライラはリリルカの肩に手を置き、苦笑いに似た微笑みを浮かべて

 いた。

 リリルカは戸惑いつつ頷いて、返答した。

 

 「それにしても...余りにも外道なファミリアですねぇ」

 「見過ごしてしまっていたのがために、貴女には酷い目に遭わせしまいましたね。

  申し訳ございません...」

 「お、お顔を上げてください!皆さんがは、決して悪くないのですから...」

 「いいえ、これは私達にとって最大級のミスよ!

  だから...ホームに乗り込んで、今までしてきた悪事を吐かせてやるわ!」

 

 アリーゼはすっかり元気を取り戻したのか、鼻息を荒くしてやる気に

 満ち溢れていた。

 リリルカはその様子にまた戸惑い、本当にそんな事になってしまって

 いいのか不安になる。

 何故なら、自分がソーマ・ファミリアを裏切った事となり報復されると

 思ったからだ。

 すると、アストレアがそばに寄って来て、リリルカの手を取る。

 

 「リリルカ・アーデ、貴女は勇気を振り絞って話してくれた。

  払わないといけない代償のほんの一部にしか過ぎないかもしれないけれど...

  まずは1つ、私達の前で償ったわ。それは...とても勇敢に正しい事をしたという事よ」

 

 優しくリリルカの頭を撫でながら、褒め称える。

 悪事を行い、自分自身の意思で反省するために、真実を話す事は

 誰もが口を紡ぐ程難しいものだ。

 だが、リリルカは諦めの心境で真実を話し、自身の処罰を求めた。

 アストレアは、それがリリルカの本心であるのを悟り、寛恕して

 リリルカを諭した。

 

 「貴女をもう二度と傷つけさせたりはしないと、あの子達が守ってくれるわ。

  だから...心配しなくて、大丈夫よ。

  ...ね?」

 「...っ...っ、うぅぅ...」

 

 今まで聞いた事も無い、感情が込められた言葉にリリルカは感極まって

 泣き始める。

 アストレアはそんなリリルカを抱きしめ、まるで赤子をあやすかの様に

 宥めていた。

 泣いているリリルカにつられて、命も目尻に涙を浮かべていたが、

 すぐに拭うとアリーゼに申し出た。

 

 「あの、ローヴェル殿。私は...リリルカ殿に責任を持つと約束しました。

  なので...私も1つ、ご協力させてください!」

 「もっちろんいいわよ!乙女を穢した輩をぶちのめしてやりましょ!

  でーもっ!...無茶だけはしないでね?」

 「はい。気を付けます」

 

 リリルカは危険だと命を止めるために声を掛けようとしたが、逆に

 声を掛けられて、口を紡いでしまう。

 命がリリルカに近寄ってくると、アストレアはそっと離してあげ、

 2人だけで話す様にと促した。

 リリルカは緊張気味に頷き、命と向かい合った。

 

 「...ヤマト様、どうして...

  そこまで、リリを気遣ってくださるんですか...?」

 「言ったではありませんか。あの時会ったのは縁であり、きっと出会った意味があります。

  なので、私は最後まで責任を取り...

  貴女を傷つけた、ソーマ・ファミリアを成敗してみせましょう」

 

 最初に出会った時と同じ様に、命は力強く言った。

 リリルカはその言葉に、また泣きそうになるが顔を振って、何とか

 堪えると頷いて答えた。

 

 「何も出来ないリリの分まで...懲らしめてください!」



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 アリーゼ達がソーマ・ファミリアのホームへ乗り込む準備をしている

 最中、フィン達はロキにこれまでの出来事を話していた。

 ルルネは18階層で残務処理があるガネーシャ・ファミリアに預け、

 地上へ戻り、同行していたフィルヴィスは途中で別れ、既に彼女が

 所属するファミリアのホームへ帰っているだろう。

 地上へ戻る前に、少しだけレフィーヤに並行詠唱の特訓をしていたの

 だが...

 意外にもスパルタ気質なフィルヴィスの特訓にレフィーヤの悲鳴が

 長らく響き渡っていたのをフィン達は覚えている。

 しかし、それでもレフィーヤはフィルヴィスの的確な指導のおかげで

 僅か数十分程で並行詠唱のコツを覚えたという。

 それにはリヴェリアやリューも、レフィーヤのポテンシャルの高さと

 それを引き出すフィルヴィスの指導力に感服していた。

 ただし、その後に行われた一段階上と呼称される、数十匹もの

 フロッグ・シューターを相手にするという、流石のリヴェリアも引く

 くらいの特訓で、フィルヴィスの評価はデコボコを形成する様な

 上下の激しい結果となったのだった。

 ちなみにだが、フロッグ・シューターはレフィーヤが何とか全て

 倒して特訓は終了となった。

 

 「そらまた、エルフにしちゃママ並みに厳しいなぁ。あだっ!?」

 「ママと言うな。それに私はあの様な特訓など課さない」

 「「(え)」」

 

 レフィーヤとティオナは心の底で疑問に思ったが、顔に出ない内に

 話の内容へ意識を戻す。

 アイズとティオネも多少は思っていた様だが、顔には出さなかった。

 ロキは既に事の全容は把握しているので、聞き返す必要はないのだが、

 ウラノスに初めて聞く様にと言われたため、フィンの話を最後まで

 聞いた。

 

 「捕食者はどこにでも居るなぁ。

  ...で、皆に伝えとかなアカン事があんねん」

 「何だい?とても重要な情報を手に入れたりとか?」

 「めっちゃ重要や。その宝玉を回収しようとしとった奴は...

  ギルドの回しモンや。そいつが最初に宝玉の事を知って、調べよう思うとったみたいや」

 

 それを聞いたフィンはイヴィルスではないとわかり、少しだけ

 安堵した様だった。

 

 「ほんでイヴィルスの残党が最初に吊るされとったパントリーでもう1個あったのを捕食者が回収しとってそいつに渡しとる。

  2個目は30階層にあってそれも捕食者が回収したんやけど、途中でそのルルネって子に回収するよう依頼しとったみたいや」

 「そうか。やはりフィンの予想通りだった様だな」

 「ああ。...ただ、腑に落ちない事がある。

  何故、その人物は捕食者と接触出来たのかだ。最初から協力関係にあった、という訳ではないのかい?」

 

 ロキは訝るフィンに首をゆるゆると振り、ため息をつく。

 どこか困った様な、感心している様な表情を浮かべているのに気づき、

 フィンは首を傾げた。

 

 「ネフテュス先輩とウラノスが最初から繋がってたんや。

  ずーっと前からな。オラリオに来る前から...

  せやから、情報とかも制限出来とったっちゅうタネ明かしをしとくで」

 

 その発言にフィンとリヴェリアは納得し、アイズ達は驚愕していた。

 正確には主神と言えないが、中立性をモットーとするギルドの主神が

 1柱の女神からの要求を飲んでいたのだからだ。

 神々の偉大な先逹とはいえ、そんな事が許されるのかと、レフィーヤは

 ネフテュスという女神の存在に疑念を抱きそうになる。

 だが、ロキはクスクスと笑い、してやられたといった様子なのに

 気づく。

 

 「ホンマネフテュス先輩には敵わんな~。せやから降参したでウチは。

  もう何~~も調べんとく事にしたわ。

  あの人敵に回したらおっかないからなぁ」

 「それは賢明な判断だと思うけど...

  本当にいいのかい?ロキらしくない様に思うんだが...」

 「ええねんええねん。とりあえず、それはそれとしてや。

  これまで起きた一連の出来事は全部イヴィルスのせいやっちゅう事がわかったんやし、それを報告せなアカンな」

 

 ネフテュスについての話を逸らす様に、イヴィルスへの今後の対処を

 考えるべく話が続けられた。

 リヴェリアは不服そうに思えたが、フィンは違っていた。

 ロキの様子が本当に調べるのを止めるといった感じに思えたからだ。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕らは2日ぶりにマザー・シップへ戻ってきた。

 すぐにオープンスペースへ赴き、玉座でお待ちしていた我が主神に

 首を垂れる。

 我が主神は立ち上がり、微笑みながら労わってくださった。

 

 「皆、2日間本当にお疲れ様。よく頑張っていたわね。

  残党の彼らもこれで少しは思い知ってくれるとありがたいんだけど...」

 『全くです...』

 

 我が主神は奴らの動向を模索しているようだった。

 僕としても早く奴らが消え失せてほしいと願っている。

 根絶し、マチコ達の恨みを晴らすためにも... 

 

 「そう言えば、2人の女の子と協力していたわね。問題はないのかしら?」

 『どちらも僕らと一度接触した事のある冒険者です。

  僕に恩義があるという事でロキ・ファミリアに対し、黙秘すると約束しました』

 「そう...それなら大丈夫ね。わかったわ」

 

 そう答えると同時に、我が主神はパネルを操作して立体映像を、僕らの

 目の前に投影した。

 それは、ダンジョンの各階層を断面状にしたマップだった。

 その内の20階層...僕らはフロア20-U5と呼ぶ、通路の途中や

 出入口に存在する空間の1箇所が、赤くマーケティングされた。

 UはUNDEVELOPEDの略だ。

 そこを中心に、地形が平面的に映し出されると北側の壁に穴が開き、

 更に通路が構築されていく。

 これは冒険者では、まだ見つけられていない未開拓領域という所だ。

 今、使用しているこのマップは遥か大昔から現存するものであり、

 半月に一度はマザー・シップに搭載されているソナーで、この様な

 未開拓領域を見つけ出している。

 今回見ている未開拓領域は、以前に見つけていた所だ。

 

 「それで、戻ってきて早々申し訳ないのだけど...

  ちょっと、お願いしていいかしら?」

 『我が主神の命とあれば、どのような事でもお申し付けください』

 「それじゃあ...今回は3人でここ、フロア20-U5へ向かって? 

  出来れば今すぐに。貴方達が以前に会った依頼者が...

  このフロア19-P4で待機していて、そこへ案内してくれるわ」

 

 フロア20-U5のマップが消え、その上となるフロア19-P4が

 映し出され、三角形のマーケティングを表示した。

 先程と同様に、Pもポイントの略である。

 

 「それから、他のファミリアの眷族も来る事になってて、少しお話しをする事になるわ。

  今回は私が姿を見せる事を許してあげるから」

 『...前者はともかく、後者の眷族と接触して問題はありませんか?』

 「ええっ、上手く引き込むつもりだから。ふふっ...

  それと、ここでも待っている子達が居て...その子達に手は出さない事。

  いいわね?」

 

 僕は相手が気に入らないと思ったとしても、という意味なのか疑問に

 思ったが、恐らくそうなのだと思いつつ眉に拳を当てた。

 我が主神は満足そうに微笑んでいらした。

 そして、僕はスカーとヴァルキリーを選抜して向かう事にした。

 2人はまだ話し合いを言葉で解決出来そうだからだ。

 ケルティックは気に食わない相手とわかると僕以上に憤慨しやすく、

 チョッパーは途中で話を聞かなくなるだろうし...

 ウルフは2人よりはまともなので選抜したかったが、バーナーの調整を

 したいと言っていたので、ヴァルキリーを選抜した。 

 我が主神に他に何かお伝えしたい事が無いかを聞いた後、僕らは

 各自自室で装備を再補充、または別の装備を身に付ける事にした。

 

 ガチャッ...

 

 ウェポンボックスにバトルアックスと刀を仕舞い、エネルギー・ボラを

 腰に装備する。

 ガントレットプラズマボルトから発射させるためのボルトが詰まった

 取り付け用ケースは腰の右側に装備した。

 準備が整い、外で待ち合わせていた2人と合流する。

 スカーは装備を変えていないが、ヴァルキリーは肩の装甲に

 ファルコナーを装備していた。

 それも我が主神専用の物をだ。つまり相当、重要な話し合いになると

 思われる。

 再度、目的地を確認し早速向かおうとしたのだが、その時スカーが

 待ったをかけた。

 どうしたのかと聞くと、マザー・シップのレーザーキャノンを使い、

 一直線に下って向かう事を我が主神から提案されたそうだ。

 僕はそれなら速く着けるし、何より我が主神のご厚意を無下には出来ないと判断し

 その提案を実行するよう伝えた。

 伝えてからクローキング機能で姿を消し、すぐに走り出すと背後の

 マザー・シップも重力制御で上昇していく。

 街中から離れ、更にオラリオを囲う塀の壁を登り切ると、そのまま

 オラリオの外へ脱出した。

 数十Kもの離れた森へ入ると、送られてきたマイニングポイントの

 付近で待機する。

 

 ...ド ギュ ォ オ オ ンッ !!

 

 数秒後、上空から30度の角度で巨大な発光体が急降下し、地面に穴を

 つくった。

 マザー・シップのレーザーキャノンから発射されたレーザーだ。

 ガントレットに映し出されている立体映像で見るとレーザーは一直線に

 19階層の天井まで達してから消滅する。

 僕らは視界をナイトビジョンに切り替え、レーザーによって掘られた

 穴を進んで行く。

 

 フォシュンッ!

 

 ドゴォッ...! ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ...!

 

 10M間隔の進む途中、バーナーからプラズマバレットを撃ち、頭上の

 地層を崩す。

 そうしなければモンスターが地上に出てきてしまうからだ。

 その作業を繰り返しながら、通常通りに潜るよりも遥かに短時間で

 我が主神が指定した19階層に到達する。

 ナイトビジョンから通常の赤外線へ切り替え、天井から下を覗き込み、

 周囲を見渡す。

 人影が無い事を確認し、樹木の足場になりそうな枝に着地すると2人も

 順番に降りてきた。

 

 カカカカカカ...

 

 ヴァルキリーが確認のためにガントレットを操作しマップを映し出す。

 フロア19-P4は南東の方角だ。

 僕らは枝から跳び上がり、次の枝に飛び移った。

 ...冒険者なら恐らく好奇心で楽しんでいると思うが、僕らは違う。

 我が主神の命を全うするために向かうんだ。



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>'、,<' T'es

 アスフィとローリエは18階層に着くと、リヴィラの街でルルネの

 身元を引き受けた。

 その際立ち会ったのがハシャーナであったため、ルルネが街に無断で

 侵入した事を指摘され一悶着あった。

 正論のみでの長い説教からようやく解放され、3人は地上へ戻る

 素振りを見せて20階層へ向かう。

 向かっている最中、今度はアスフィは溜まりに溜まった不満をルルネに

 怒鳴り散らしていた。

 

 「このバカ!愚か者!資本主義者め!

  最後までロキ・ファミリアを相手にバラさなかったのは褒めてあげますが金に目を眩ませて危険な依頼を受けるなんて信じられません!」

 「だ、だから謝ってるだろぉ~。私だって必死に隠し通したんだから大目に見てくれても...」

 「そ、そうですよ、アスフィ。もうそれくらいにしてあげても...」

 

 アスフィの言う通り、昨日ルルネはフィン達との会話には極力参加せず

 俯いて、ただ怖がっている様子を演じていた。

 時折アイズに心配されると、自分のせいでもっと最悪な事態になって

 いたかもしれないと、半分本心を交えて自身の心境を語った。

 それによって同情する雰囲気となり、何とか切り抜けたのだ。

 何に対して暴露をしなかったのかというと、本来のレベルと偽っている

 事をだ。

 もしもギルドに知られた場合は、納税額の激増や脱税に対する相当の

 罰金と罰則が課せられる事になるためアスフィは、注意力が足りない

 ルルネに激怒しているのだ。

 

 「とにかく今後一切、怪しい依頼は引き受けないように!

  わかりましたか!?」

 「はい。ヘルメス様に誓って、もうしません」

 「あの人ではなく別の神にしてください」

 「えぇ...」

 

 自身の主神を信用出来ないのは理解出来るが、そこまで言うのは

 どうかとローリエは引き気味に蟀谷から冷や汗を垂らした。

 そうこうしている内に、18階層から19階層へ辿り着いた。

 大樹の迷宮と呼ばれる、森林タイプのダンジョンとだけあって見渡す

 限り木々が生い茂っており、霧が発生して視界はハッキリとしない。

 アスフィはヘルメスから渡された地図をポーチから取り出し、位置を

 確認する。

 

 「...南北へ少し移動します。お2人共、襲ってくるモンスターは攻撃して構いません。

  ですが...間違っても案内人を傷付けないように」

 「わかってるって」

 「はい」

 

 アスフィは若干張り詰めた声で2人に指示を出し、南の方角へ向かう。

 しばらく視界不良の中、進み続けていると木々の間から揺れる影が

 現れた。

 3人は立ち止まるとそれぞれ得物に手を掛けつつ凝視する。

 それは、薄汚れた赤いローブを纏った人物だった。

 アスフィは2人に頷き、警戒を解くよう無言で伝えた。

 赤いローブを纏った人物は3人が得物から手を離すと、ゆっくり

 近付いて来る。

 

 「...お待ちしテました。予定通りですネ」

 「はい。他の冒険者に見つからない内に行きましょう」

 「そうですネ。...貴女達の他に、別の方々も来るそうですガ...?」

 「私達もその方々とは初対面になると思います。

  ...もしも、貴女方に危害を加える素振りを見せれば、必ずお守りします。

  ですから、どうかご安心を」

 「...お願いします」

 

 簡潔に話を済ませ、アスフィ達は案内人と同行し20階層へ向かうの

 だった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 15分前にフロア19-P4へ到着し、あの時依頼してきた人物と

 合流した僕らは20階層へ到達していた。

 その人物は僕らが思いの外早く合流してきた事に驚いていたのを

 思い出しながら、先導しているその人物の後を追っている。

 ...但し、こちらの意思とは関係なく、1人で話しているのが気になる

 ところではあった。

 

 「透明化した上で飛行し偵察が行なえ、離れた距離からの会話も可能であり、更には情報を映像と呼称される光によって出来事を再現する動く画を可視させる事で他者にも見せられる。

  あぁやはりあのファルコナーというアイテムは素晴らしい。

  私が創り出したオクルスも似た様な事は出来るが、あれにはまだまだ様々な事が可能だと聞いた。

  是非とも見たいものだ。失い掛けていた製作意欲が湧き出てくる... 

  ところで君達が身に付けている装備にも、同じ機能があるのだろうか?」

 

 話を聞き流していたので、唐突な質問に僕は少し反応が遅れるが、

 すぐに返答した。

 ファルコナーの事を余程気に入ったらしく、また評価し始める。

 僕は思った。今ここで見せてはならないと。

 しばらくして、苔に覆われた通路の途中でその人物は立ち止まった。

 

 「この水晶の奥が未開拓領域へ続く入口だ。

  ...と、思うのだが、合っていただろうか...?」

 

 その人物が曖昧に答えてきて、僕は呆れながら一度クローキング機能を

 解除し、ガントレットを操作する。

 ディスプレイから光が照射し、20階層のマップを立体映像で

 映し出した。

 すると、その人物が飛びかかる勢いで近寄ってくる。危うくバーナーで

 焼き殺すところだった...

 よく見てみると、スカーとヴァルキリーもエルダーソードに手を

 掛けていた。

 

 「おぉぉお...これ程小さなアイテムでありながら映像という動く画を...

  私が今まで学んできた知識を凌駕する技術力だ...」

 

 僕は一歩下がり、20-D5の入口がここである事を指を強く指して

 伝える。

 流石にこちらの気持ちも理解してくれたのか、頷いて水晶を壊すよう

 言ってきた。

 僕らはその人物に離れるよう身振りで伝える。

 

 バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!

 

 バキィィイインッ...!

 

 ハンドプラズマキャノンを同時に撃ち、計3発のプラズマバレットで

 水晶を破壊した。

 その奥は光が一切届かない暗がりの通路が存在していた。

 通常の赤外線からナイトビジョンに切り替え、暗視可能にすると

 通路を進み始める。

 少しすると、今度は僕らの装備についてその人物は考え始めた。

 未知なる物を見つけ、興味が湧くのには文句は言わない。

 だが、こうも1人で話しているのに、愛想が尽きそうになった。

 なので、僕は防音機能を作動させようとする。

 だが、突然視界が白くなった。どうやら暗がりではなくなった様だ。

 すぐに通常の赤外線へ切り替えた、その時だった。

 

 ...ァァァ...

 

 ヒアリングデバイスがほんの微かに聞こえてきた音を拾った。

 いや、音ではなく声帯による反応だ。

 ...叫び声、悲鳴の音程に似ている。

 僕はその事をすぐに書き記し、少し唸り声を上げて気付かせると、紙を

 差し出した。

 その人物が受け取ったようで、紙が手元から離れる。

 そして、読み終えると声色を強め指示を出してきた。

 

 「同胞が襲われているに違いない...!急ごうっ」

 

 カカカカカカ...

 

 僕は返事として鳴き声を上げ、その人物の後を追って行く。

 悲鳴がハッキリと聞こえ始めると、やがて広い空間に出た。

 その人物が周囲を見渡し、何かを見つけて指を指した。

 視界を拡大し、見てみると...

 

 「離してっ!イヤァアアッ!」

 「ハッハハハッ!暴れても無駄だって言ってんだろ!」

 

 ...獲物を嬲っている冒険者の姿があった。それも女性特有の

 高い声で叫んでいる獲物を...

 ...だが、それ以前に目に止ったのは...

 

 「くれぐれも気をつける事だな。

  我らが同志達の様な目に遭わない事を主神にでも祈っていろ」

 「ケッ。あんな奴に祈ったところで何になるってんだよ」

 

 ...奴らだ。あの白い格好は間違いない。

 つまり、あの獲物を嬲っている冒険者や他の冒険者達も、奴らの

 仲間という事か...

 僕は自分の胸に人差し指を当て、次にその人物を指すと、最後に

 奴らを指す。

 我が主神の言っていた、話し合う事になっている冒険者達なのか

 どうかを確認するための身振りだ。

 

 「いや、同胞はあの冒険者達ではなく...

  羽の付いた、モンスターの彼女の方だ。

  事情は後に詳しく話す。だから、一刻も早く止めなければ...!」

 

 伝えようとしていた内容と多少異なっているが...

 そうか...それならよかった。

 我が主神が手を出すな、と言っていた者達でないなら...

 今、眼前に居る奴らを全員...狩り尽くす



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>'、,<>∟ ⊦ Kl’al-de

 「おいっ!さっさと縛って運べ!まだまだ狩るんだからな!」

 「そう急かすなよ...おら!暴れんじゃねえぞ?

  間違って首を絞めるかもしれねえからなぁ。クハハハッ...!」

 

 ディックスに言われ、同じ団員である男は手にしている縄を伸ばし

 拘束しようとする。

 気が狂ったかの様な笑い声に恐怖を覚え、フィアは声すら出せなく

 なる。

 これまで幾度か危険な目に遭った事はあるが、今回ばかりは本当に

 終わりだと悟っていた。

 

 「(リド、レイ...ごめんなさい...)」

 

 男が横に引っ張りながらフィアに縄を近づけた瞬間..

 

 ...バツンッ!

 

 「あ?」

 

 バキャァアッ...! 

 

 最初に縄が切断され、男の胸部から頭部までが縦に裂けた。

 裂けた上半身の断面から鮮血が噴き出し、周囲に撒き散ると、それを

 見たディックスやグラン、その他の団員やイヴィルスの使者は驚愕する。

 ディックスは即座にモンスターの襲撃かと思い、槍を構え叫ぶ。

 

 「ふざけたマネしやがって!くそったれがぁっ!

  どこに居やがるっ!?」

 

 その叫びにグランや団員達もそれぞれ武器を構え周囲を警戒し

 始めた。

 すると、上半身をほぼ露出させ、側頭部の髪を刈り上げている男の

 団員が奇妙なものを見つけた。

 自身が手にしているモーニングスターの先端部に、三角形を形成する

 赤い三点の光が浮かび上がっているのだ。

 その赤い三点の光は先端部から柄を握っている腕を伝っていき、最後は

 心臓部に到達した。

 

 カカカカカカ... 

 

 低い顫動音が聞こえた瞬間、振り返ってディックスに何かが狙っている

 事を伝えようとした。

 

 バシュウッ!

 ゴパァアッ...!

 

 しかし、背を向けた方向から黄色い閃光が走り、刈り上げの男の背中に

 それが突き刺さった。

 突き刺さった箇所から鮮血が噴き出し、地面を真っ赤に染め、更には

 火花がその箇所と胸部から勢いよく飛び散った。

 火花の勢いが弱まると、刈り上げの男はモーニングスターを握ったまま

 膝から崩れ落ち、絶命した。

 刈り上げの男の近くに居た団員達は、突然の仲間の死にパニックを

 起こすと無我夢中で、手にしている武器を振り回す。

 お互いの距離感を完全に無視しており、少しでも武器の攻撃範囲まで

 近付けば同士討ちは免れないだろう。

 

 「馬鹿野郎っ!落ち着きやがれっ!」

 「マズイぞ、お前の十八番みたくなっちまってる...」

 「うるせぇっ!無駄口叩く暇あるなら探し出せぇっ!」

 

 グランに対して半分、逆ギレ状態となって怒鳴り散らす。

 一方、呆然としていたイヴィルスの使者である2人組は、その怒号で

 我に返り、これ以上ここに居ては自分達も巻き込まれる。

 そう思った途端に逃げようと先程通ってきた通路の出入口である穴へ

 入ろうとした。

 

 ジュッ...

  ボトッ ボトボト...

 

 「うぁっ!?...ぃ、ギャァアアアアアッ!?」

 

 しかし、我先にと入った1人が忽然と消え、立ち止まった男は自身の

 腕に走る激痛に背中から倒れる。

 見ると、手首より先の手が無くなっており切断されていた。

 切断されている手首の断面は黒く焦げており、白い煙が立っている。

 ディックスは悶え苦しむイヴィルスの使者に近付き、入り込もうと

 していた通路を見る。

 出入口となる穴には赤い線が張り巡らされており、その先には表面が

 真っ黒に焼かれ、細切れになっている肉塊が落ちていた。

 同じ様に細かく切り刻まれた白い布が落ちているのを見る限りでは、

 イヴィルスの使者、だった、ものだろう。

 退路を絶たれ、また仲間の断末魔が聞こえてくると、ディックスは

 本格的に絶体絶命の危機だと悟った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「な、何がどうなってんだよこれ...」

 「フィアが...!助けに行かないといけま」

 

 ギュオッ!

 

 「っ!伏せてくださいっ!」

 

 赤いローブを被った女性が飛び出そうとしたのをアスフィが

 制止させ、頭を押さえつける。

 直後にネットに絡め取られた男が身を隠している岩に磔にされ、

 ワイヤーが全身の皮膚に食い込いんでいく。

 アスフィ達は岩陰を利用してその場から移動し、別の場所から

 覗き込んだ。

 磔にされている男を助けようと、髭を顎に蓄えた中年の男が斧を

 振り上げ、ネットを切ろうとする。

 

 ガッ! 

 バキィンッ!

 

 ザシュッ...!

 

 しかし、振り下ろした斧が斧刃の根元から弾かれる様に折れてしまい、

 その折れた斧刃が中年の男の眉間に突き刺さる。

 中年の男が倒れると、ネットに絡め取られる男の額に短い線状の

 切れ目が浮かび、血が噴き出して男は即死した。

 

 「くそっ!くそぉっ!」

 

 シアンスロープの青年が泣きながら恐怖に怯え、剣を構えている手の

 震えが止らなくなっている。

 次々と殺されていく仲間の死に、無力感が襲って悪態をつくしか

 なかった。

 そのシアンスロープの青年へ一直線に向かって、一瞬の煌めきが

 見えた。

 

 ヒュウウゥゥッ...!

 ドシュッ!

 

 「ぉぐ...!?」

 

 二股状の槍の穂先の様な物体が喉に突き刺さり、外頸、内頸動脈を

 ギザギザした刃で斬り付け、甲状軟骨にめり込んだ。

 甲状軟骨にめり込んでいるため、器官を押し潰されている様な

 状態となっている。

 シアンスロープの青年はその場に倒れ、藻掻き苦しみながら瞳孔を

 開いたまま窒息死する。

 紫色の布で身を包んでいるアマゾネスの女が、その死に様を見て

 後退りした。

 

 ザシュッ!

 

 「ガ、ァ...!?アァアアアア...!」

 

 背中から何かで突き刺され、腹の鳩尾部分を貫かれる。

 見ると、幅の狭い2本の刃が突き出ており、そのまま持ち上げられる。

 持ち上げられた事で、自然に体重が掛けられると貫通している刃が

 心臓を3つに切断する。

 女は肺の空気が無くなるまで断末魔を上げ、最期はガクリと項垂れ、

 口から赤黒い血を吐きながら死亡した。

 ルルネは思わず目を反らし、ローリエは吐き気を堪えるので必死に

 なっていた。

 剣での斬殺や刺殺による死体は、今まで何度か見た事はある2人だが、

 この光景は異常だったからだ。

 しかし、赤いローブを被った女性とアスフィは無言のまま、観察し

 ディックス達を襲撃している敵の正体に気付いた。

 

 「(透明化した状態で奇襲を掛けている様ですが...

   ハデス・ヘッドとは違い、明らかに気配や視線を消して行動している...!)」 

 

 自身が制作した魔道具の弱点を思い浮かべ、その弱点を襲撃者は

 解消していると、戦慄した。

 スキルによるものなのか、自身と同じアビリティを持っており、

 その弱点を克服させる程の知識を持っているのか、アスフィは様々な

 思考を巡らせ、納得のいく考察しようとする。

 その時、ディックスがフィアに近付いていくのに気付いた。

 上半身を切断された男の血によって、顔中が血まみれになっている

 フィアは逃げる事を忘れ、放心状態のまま硬直していた。

 

 「おいっ!こいつがどうなってもいいってのか!?」

 「うぅっ...!」

 

 「フィア...!」

 

 ディックスはフィアの細い首を掴み、大型のバトルナイフを突き付け、

 襲撃者を止めようとした。

 フィアの同種ではなく、自分達と同じ人間の仕業で狙いがフィアだと

 思っているからだ。

 すると、ディックスの読み通りなのか頭部を粉砕され絶命した仲間の

 1人が倒れた途端に、誰も殺されなくなる。

 グランや仲間の多くは既に疲弊しており、まともに動けなくなっている

 様だった。

 しかし、このまま一方的にやられたままでは気が収まらないと、近くに

 居たグランを呼び寄せる。

 

 「俺が姿を見せるように要求する。姿を現わしたら...

  その馬鹿デカイ剣で、後ろから真っ二つにしてやれ」

 「ああっ。仇は取ってやる...!」

 

 素早く作戦を立て、グランが離れるとディックスはフィアを

 提示する様に前に突き出した。

 

 「姿を見せろ。それで何のつもりか話してもらおうじゃねえか!

  もし言う通りにしねえなら...こいつを殺す!」

 

 ディックスはバトルナイフを強く押し付け、襲撃者にそう要求した。

 グランにのみ指示を出したため、団員達はあれだけ仲間を殺した相手に

 そんな要求を出した所で助かる訳が無いと、ディックスの正気を疑う。

 アスフィ達もそう思ったらしく、やめておけ、と首を横に振っていた。

 グランは先端が三角に割れている大剣を両手に構え、相手がどこから

 現れても対処出来る様に周囲を警戒している。

 

 「来やがれぇ、ツラ見せろ...出てこい...

  俺の剣が待ってるぜ...!」

 

 自らを奮い立たせた事でグランの目は血走っており、興奮状態に

 なっているのが窺える。

 自身の頼りにしている大剣の餌食にし、仲間の仇を取ろうとして

 いるのだ。

 

 カカカカカカ...

 

 それが聞こえ、グランはゆっくりと振り返る。

 アスフィは優れた洞察力でグランの異変に気付き、グランが立っている

 方を見据えた。

 グランと同じ様に目を凝らし、虚空を凝視していると...

 

 ギュロン...

 

 2つに光る眼が浮かび上がったのだ。

 

 「いたぞぉ!いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」



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>'、,<>'<、⊦ lashigt

 「うぁぁぁぁぁあああああああ!!

  いたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 グランは叫びながら一心不乱になって、大剣を自身の前後左右に

 大きく振るう。

 ディックスは自分ではなく、グランに姿を見せるとは思って

 いなかったので慌ててグランの方を見る。

 団員達もグランを見ているが、何に攻撃しているのかわからないが

 とにかく錯乱した様子となっているのがわかった。

 

 「出て来いクソッタレェェエエエ!化け物めええええぇ!

  チキショォオオオ!!」

 「グラン!おいっ!何を見たん、うおぉっ!?」

 「キャッ...!」

 

 ディックスが立っている位置まで近付き過ぎたせいで、グランが

 大剣を振るうと直撃しそうになった。

 それを回避するためにディックスは仰け反って後退するが、足元に

 落ちていた仲間の一部を踏み付けてしまい体勢を崩して、背中から

 転倒した。

 首を掴まれていたフィアはその拍子に離され、地面を転がった。

 

 「っ!ルルネ、貸してください!」

 「え!?お、おい!?」

 「彼女の救出に向かいます!ここで待機を...!」

 「お願いしマス...!」

 

 アスフィは岩陰から飛び出し、タラリアに巻き付いている金の翼を

 展開し飛行能力を有すると、地面ギリギリを低空飛行してフィアの元へ

 急いだ。

 ディックスは倒れた際、後頭部に仲間の武器が強くぶつかったため、

 立ち上がる事が出来ずにいた。

 その隙を狙い、アスフィはフィアに近付くとルルネから奪い取った

 ハデス・ヘッドを頭部に装着させる。

 フィアは透明化し、周囲からは見えなくなった

 

 「落ち着いてください。貴女の同胞の味方です」

 「!。...あ、ありがとうございます...」

 「さぁ、こちらに...」

 

 頷いたフィアは大人しくアスフィに従う事にして、その場から離れて

 行った。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 他の奴らは2人に任せ、僕はあの大柄な男に狙いを定めた。

 大柄な男は巨大な剣を乱雑に振るい、冷静な判断が付かないまま

 見えない敵に攻撃している。

 今は待とう。そう思い、僕は動きが止まるのを待った。

 疲弊し切った所を狙う...獲物を狩る基礎基本だ。

 しばらくして、大柄な男は両足が縺れて転んでしまった。

 息を切らし、もう立つのもやっとの状態になっている。

 ...今か。

 僕はガントレットを操作し、音響波を背後の壁に向かって飛ばした。

 

 『こっちだ』

 

 「っ!」

 

 フォシュンッ!

 

 大柄の男がこちらを向いた瞬間を狙い、僕はバーナーを撃った。

 砲口から放たれたプラズマバレットは一直線に飛んで行き、大柄な男の

 右腕を貫く。

  

 ブシュッ!

 

 「うあああぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 

 右腕の手で大剣を握っていたため、そのまま大剣諸共吹き飛んだ。

 大柄な男は激痛によってなのか、腕を失ったショックで叫んでいるのか

 わからないが...

 前者なら早く殺そう。

 

 ピッ ピッ ピッ

 ピピピピッ  

 

 僕は三点レーザーを大柄な男の頭部に照射し、バーナーの照準を

 合わせる。

 

 フォシュンッ!

 

 ドパァッ...!

 

 大柄な男の額にプラズマバレットが命中した。

 プラズマバレットは着弾時に爆発させる事や物体を貫通させる事も

 可能だ。

 ...あの男は戦利品に値しないので、後頭部を破裂させた。

 顎の根元から頭部が消失した大柄な男の死骸は、直立不動のまま

 前のめりになって倒れる。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 「ギャァアアアッ!!」 「アァアアアアアッ!!」

 

 周囲で僕らが居る空間から、通路まで響き渡る程の断末魔が上がる。

 振り返るとバーナーで奴らと関わっていた残りの冒険者は、ある者は

 胸部を貫かれ、ある者は頭部を失って死んでいた。

 残るは獲物を嬲っていた、あのゴーグルを付けている男だけだ。

 覚束ない足取りで、岩肌に手を掛けながら立ち上がろうとしている。

 ...あの男にはバーナーを使用しない事にして、僕は肩の装甲に収納する。

 ゴーグルを付けている男に近づいて行き、どうするか見定める。

 

 「ぐっ...おい、どうなって...ぁっ...!?」

 

 ゴーグルを付けている男は既に仲間達が、全員死んでいるのに絶句し、

 震え始めた。

 恐怖を感じているんだと思いつつ、僕は呆れながらに怒りを覚える。

 理由は当然、こんな弱き者が獲物を嬲り、快楽に浸っていたからだ。

 僕らにとって狩りとは、単なる娯楽や遊戯で行ったりなどしない。

 獲物の命と引き替えに名誉を獲得し、その獲物に対し賞賛を捧げる事が

 掟とされている。

 それは、我が主神が最初に定めた掟だと教えられた事がある。

 獲物を嬲る事は断固として許せない。

 ...それに加え、こいつは奴らと関わっている。

 あの喋るモンスターは既に姿を消しているが、もしも同種が居るので

 あれば、このゴーグルを付けている男に報復として同じ様な目に

 遭わせているかもしれない。

 ...だが、僕らはそうはしない。

 我が主神の教えを裏切ったりなど出来ないからだ。

 それなら...こうしてやろう。

 気付かれない様にワイヤーの先端を獲物の足を締め付けるための

 輪にして、ゴーグルを付けている男の足元に置いた。

 次にワイヤーを引っ掛け、スピアガンを天井に向かって撃つ。

 天井に刺さった事でフックとなり、ワイヤーが引っ張られると輪が

 縮まってゴーグルを付けている男の両足首に巻き付いた。

 

 ズルルルルッ ビシィッ...!

 

 「うぉっ...!?」

 

 上手くゴーグルを付けている男を吊し上げる事が出来た。

 最後の仕上げに掛かろう...と、した矢先、あの人物が姿を現す。

 どうしたのかと思ったが...何となく、予想は出来た。

 

 「お前が我が同胞達を苦しめていた密猟者...

  【暴蛮者】 ディックス・ペルティクス...君が首謀者だったのか。

  ここで捕まったのが運の尽きだな」

 「テ、テメェ...!こんな事すりゃ、ギルドが黙ってないぞ!?」 

 「問題はない。お前達はイヴィルスと何かしらの関係を築いているようだな?

  あそこで死んでいる亡骸を証拠として、お前達の悪事を暴かせてもらう。

  ...モンスターの密輸を行なっていたのは、特に誇張させてもらおう」

 「っ...!お、おいおいおいおい、勘弁してくれよ。

  なぁ?頼む。金ならいくらでも払う!今すぐに解いてくれりゃ」

 

 ...少し、黙らせるか。

 指が食い込む程首を掴むと、ゴーグルを付けている男は突然、

 窒息状態となった事に驚き、苦しみ始める。

 気にせず僕は、無防備となっている鳩尾に拳打を叩き込んだ。

 黙らせるには徹底的に叩き込むしかないと思いながら、10回程、

 叩き込む。

 ゴーグルを付けている男は呼吸が不安定になり、胸部に走る鈍い痛みで

 呻き声を出し、咳き込んでいた。

 

 「ありがとう。...では、少し待っててもらえるかな」

 

 カカカカカカ...

 

 僕は鳴き声を出して、掴んでいる首を話した。

 ゴーグルを付けている男は咳き込んで、すぐには言葉を

 発せない様に思えた。

 しかし、ヒアリングデバイスが音を拾ったのに気付くと、

 ゴーグルを付けている男を見る。

 

 「【迷い込め、果てなき悪夢】

  【フォベートール・ダイダロス】!」

 

 ギ ィ ィ ィ イ イ イ イ イ イ ンッ...!

 

 ゴーグルを付けている男の左手の指から、赤黒い光波が放出した。

 赤黒い光波は稲妻の様に僕を呑み込む。

 

 「しまった...!?」

 

 ビビーッ! ビビーッ! ビビーッ!

 

 その途端に自身に危険を促すアラートがヘルメット内に響き渡る。

 状況を知らせるために表示されている3Dスクリーンには、僕自身の

 脳内にある神経細胞が、その赤黒い光波によって過剰に刺激され、

 徐々に神経伝達物質が減少していくのがわかった。 

 ヘルメットに備わっている緩衝機能などの防御策によって、頭部に直接

 赤黒い光波を浴びなかった事が幸いし、まだ手足は自由に動く。

 緑色に表示されている脳内が完全に赤くなってしまうと、恐らく

 混乱状態に陥るに違いない。

 僕は足を掴んでいた手を離し、ガントレットを操作した。

 音波や電磁波ではなく、光波のみの様なのでヘルメットの内側に

 内蔵されている遮光機能でそれを防ごうとする。

 

 ピッピッピッ

 ピピッ ピピッ

 

 ビビーッ! ビ...

 

 アラートが聞こえなくなり、もう安全だと確認する。

 赤黒い光波が消えるのに気付き、僕は後ろを振り向く。

 ゴーグルを付けている男は憎たらしく高笑いを上げ、勝利を確信した

 様子でいた。

 

 「これで俺の勝ちだ!おら!そいつを殺せよっ!殺せぇっ!」

 

 ...どこまでも愚かな男だ。

 あの人物は僕を警戒しているので、僕は鳴き声を上げると

 ゴーグルを光らせた。

 僕が正気である事を伝えるためだ。

 あの人物はそれに気付き、構えていた右腕を下ろした。

 僕にはもうあの赤黒い光波は効かないが...

 二度と使えない様にしておこう。

 

 ヴゥウン...

 

 僕はクローキング機能を解除して、ゴーグルを付けている男の前で

 姿を見せた。

 これは認めたから姿を見せた訳ではない。

 最後に見えた光景が、僕という敵いはしない敵だと知らしめるためだ。

 

 「...お、お前が、グラン達を殺した奴か。ハ、ハハハッ...!

  そんな仮面付けてるなんて、自分の顔が醜いから」

 

 バキィンッ!!

 グチャッ!

 

 「グァッ...!?ああぁ、ぅぅ...!」

 

 なのか、と言い切る前に僕はリスト・ブレイドの片側の刃のみを、

 短く伸ばした状態でゴーグルを叩き割ると同時に、右目の眼球に

 突き刺す。

 

 グチュッ! ミチミチィッ...!

 ブチィッ! ブツッ...!

 

 「ギアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 刃間を少し狭くしているので、眼球の中央となる瞳孔に刺せた。

 リスト・ブレイドを念入りに捻じ込み、深くまで刺すと勢いよく

 引き抜く。

 眼窩から眼球は突き刺さったまま抜かれた。

 ゴーグルを付けていた男は、両手で眼球を失った右目部分を押さえ

 叫んでいる。



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>'、,< ̄、⊦ S’it-Hapn

 グシャッ...!

 ドゴォッ!

 

 刃に突き刺さっていたディックスの眼球を地面に投げ捨て、踏み潰す。

 次いで、激痛に叫ぶディックスの鳩尾を乱雑に蹴り付け、意識を

 刈り取る。

 フェルズは被っているローブで表情こそ見えないが、明らかに困惑して

 いる様に見えた。

 しかし、誰であってもその無慈悲な行動を見てしまえばそうなるのも

 無理は無いと思われる。

 

 「...カースを無効化させるとは予想外だった。

  驚くべき防御策だ...益々、興味深い...」

 

 捕食者を中心に周回して、フェルズは舐める様に観察する。

 しかし、突然捕食者が後ろを振り返って左肩の武器を展開してきた。

 その背後に居たフェルズは、流石に怒らせてしまったかと焦り、両手を

 前に出して落ち着かせる素振りを見せた。

 しかし、捕食者は武器の砲口らしき箇所から光を収束させ続けている。

 思わずフェルズは横に逸れ、移動した。しかし、それなのに武器が

 向きを変えないのに気付く。

 

 「(...まさか!)」

 「止すんだ!君が見つけ出したのは、彼の仲間ではない!」

 

 フェルズは捕食者に詰め寄り、慌てて制止させようとする。

 捕食者はフェルズを見て、武器の稼動を止め砲口を上に向けた。

 安堵したのも束の間、捕食者が武器の砲口を向けていた方を向くと、

 呼び掛けた。

 

 「すまない、もう大丈夫だ。彼は他の密猟者の仲間と勘違いしていた様で...

  だから姿を見せてくれないか?」

 

 すると、少し離れた位置で、どこからともなくアスフィが姿を見せた。

 手を見てみると、ハデス・ヘッドを持っている。

 それを見て、任意で姿を透明化は出来ないのだと解析した。

 

 「貴方が...私達を呼び寄せた方ですか?

  それとも、背後の...【暴蛮者】以外のイケロス・ファミリアの団員達を殺した方が...?」

 

 アスフィはカノーヴァル・ダガーを手に掛けながら問い掛ける。

 やはり見られてしまっていたか、とフェルズは思いながらも、

 捕食者への警戒を解かせようと答え始める。

 

 「私で間違いないよ。アスフィ・アル・アンドロメダ。

  彼は以前から協力関係にある冒険者だ。

  君が探りを入れている...ネフテュス・ファミリアのな」

 「ネフテュス・ファミリア!?

  ...そうでしたか。偶然か、それとも必然なのかわかりませんが...

  こちらとしては好都合な展開となりましたね」

 

 アスフィは敵意を無くした事を示すために、カノーヴァル・ダガーから

 手を離した。

 それを確認し、頷いたフェルズは他に居るはずの同行者と案内人の

 3人にも出てきてもらうように伝える。

 アスフィは少しの間考え、後ろを振り向くと岩陰に隠れている3人に

 呼び掛けた。

 

 「...ほ、本当に大丈夫なのかよ?

  1人は厄介な目に遭わされたし、もう1人はさっきまであんな...うぇっ...」

 「先程まで、あんな事をしていた相手が、私達には手を出して来ないのですから...

  大人しく出て来た方がいいと思いますよ」

 

 アスフィの説得に応じたのか、しばらくしてルルネが先に岩陰から

 出てきた。

 後に続いて、ローリエと赤いローブを被っている女性も警戒はあれど

 姿を見せる。 

 嗅覚に敏感なルルネは血生臭さで既に顔が青褪めており、ローリエは

 無惨な屍を視界に入れないよう努めていた。 

 当然の反応と言えば、当然と言えよう。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕は現れた4人の内、1人に警戒した。

 何故なら、生体感知センサーが反応して鳴っているからだ。

 赤いローブを被っている人物の背後に隠れている鳥のモンスターにも 

 だが...

 その赤いローブを被っている人物にも反応がある。

 ...またオリヴァスという男の様な、体内に石を埋め込んで蘇った

 奴らの仲間か、それとも...モンスターなのか判断出来ない以上、

 油断出来ない。

 

 「まずは初めましてと言っておこう。

  私はフェルズ。ウラノスとゼノスの連絡役を主に努めている。

  今回、ゼノスの事を把握しているヘルメス・ファミリアの団長と団員である君達に来てもらったのは他でもない」

 

 フェルズという女性...なのかわからないが、その人物は僕と彼女達の

 合間に立って、両腕を広げながら伝えた。

 ゼノスという言葉には聞き覚えはない。

 何の事なんだろう...?

 

 「ゼノスとネフテュス・ファミリアの主神と団員達による協定を結ぶためだ」

 「協定...。...つまり、その立会人として私達をここへ?」

 「それもあるが、また別の事に関しても話がある。

  だが、その前に...」

 

 フェルズという人物は一度その場から離れ、気絶したままの

 ゴーグルを付けていた男に近付く。

 目の前まで近付くと、腕を翳し手の甲で顔を引っぱたいた。

 2度目、3度目と続け、ようやく薄らと目を開けて、意識を

 取り戻した。

 眼球を失った右目の瞼が開くと、血が溢れ出ている。

 

 「ディックス・ペルティクス。捕獲したモンスターの居場所を教えろ。

  まだ密輸していないのなら、すぐに救出する」

 「...ハ、ハハ...誰が...教えて、やるとで、も...思ってんだ...」

 

 ディックスという男は言葉が途切れ途切れになりながら拒否した。

 目を失ったにしては、大した度胸だ。

 ...まぁ、奴らと組んでしまっている以上、認める訳にはいかないが。

 

 「お前は負けた。敗者なら勝利者に従うべきだと思うが?」

 「それ、は、アイツだろ...なら、お前に、従う気なんざ...

  どうやら口が、効けないみたいだしな...

  お前、の思惑なんざ、無意味なん、だよ...」

 

 『ディックス・ペルティクス。捕獲したモンスターの居場所を教えろ』

 

 僕はガントレットを操作し、先程録音したフェルズという人物の発言を

 そのまま流し、ディックスという男に聴取させる。

 面食らってしまったのか、ディックスという男は先程まで浮かべていた   

 笑みを消していた。

 

 「さぁ、言ったぞ?まだ何か不服な事があるか?」

 「...くそ、ったれ...」

 

 震える手を必死に持ち上げながら、ディックスという男は上着の

 ポケットに手を入れる。

 数秒してポケットから手を引き抜くと、何かを握っていた。

 それをフェルズという人物の地面に投げ落すと、ダラリと手を

 ぶら下げる。

 フェルズという人物はそれを拾い上げ、凝視しながら問いかける。

 

 「これは何だ?」 

 「鍵だ...クノッソスに、入るための、な...

  人造迷宮、とでも...言えば伝わるか...先祖のダイダロスが、造ったもんだ...」

 「ダイダロス?その名前って...」

 「ええ。かつてバベルを作り上げ、更にダイダロスの通り区画整理を行った名工...

  そして、奇人と呼ばれた人物です。

  ...まさか、ダンジョンそのものを造っていたなんて...」

 

 アスフィという女性は、ユルユルと首を振っていた。

 ...僕としてわかったのは、偉大な祖先の子孫でありながら、この

 ディックスという男は不名誉な事をした愚か者、という事だ。

 やはり奴らと関わっていたからには、碌でもない奴だな。

 

 「では、そのクノッソスというダンジョンはどこにあると言うんだ?」

 「中層までなら、どこにでも、な...それが光れば、そこが入口だ... 

  捕まえ、たモンスター共は...奥に、隠してる...」

 「そうか。...一番近い入り口と言いたい所だが...

  安全を考慮し18階層からでも入る事は可能なのか?」

 

 フェルズという人物の問いかけに、ディックスという男は口を閉ざし

 言おうとしなかった。

 なので、僕はまた同じ様に音声を流す。

 

 『18階層からでも入る事は可能なのか?』 

 「...階層の、東側の端から、だったらな...

  まぁ...尤も、地上から...ダイダロス通りからの、方が安全だろうが...」

 「な...!?バベルとは別の入り口があるというのですか!?」

 「ああ、そうだ...クノッソスはダイダロスが、造ったんだぞ...?

  奴の名前が、由来、してる所なら、あっても不思議じゃないだろ...」

 

 ディックスという男は驚愕しているアスフィという女性をからかう様に

 嘲笑っている。

 一方で、フェルズという人物は口元に手を添え、何かを考えている

 様だった。

 

 「以前からその可能性も考えて調査を進めていたのだが...

  私としても信じられない...」

 「く、はははは...おめでたい事だな... 

  ついでに、言っておくが...クノッソスはまだ未完成だ。

  千年かけても、まだ兄貴が造り続けてる...

  だから、金が必要だったんだよ。あのモンスター共を高値で買わせてな...

  で...俺はもう用済みか...?」

 

 ...僕はふと思った。

 確かにフェルズという人物にとっては、これでディックスという男に

 用はない。 

 だが...こいつら以外にも、奴らと関わっている冒険者達が居ると

 すれば...生かしてはおけない。

 僕はペンシルを取り出し、芯の残量が少ない事に気付き、軽く振って

 空気中の窒素を吸収させる。

 窒素のみを内蔵されている装置で元素分解し、先端に収束させると

 圧縮させ、黒色に物質化した。

 次に熱する事でそれが溶け、ペンシルの中心で凝固化すると長細い

 芯となり、先端の小さな穴から伸びる事で字を書けるようになる。

 試し書きをし、書ける事を確認してから紙に内容を書いた。

 その際、アスフィという女性とフェルズという人物が、僕...ではなく、

 ペンシルを凝視していたが、気にせず何とか書き終えた。

 フェルズという人物にその紙を渡し、読んでもらう。

 

 「...なるほど。これは当然思う事だろう。

  ディックス・ペルティクス。君達以外にイヴィルスと関わっているファミリアはどこなのか教えてもらおう」

 「...どっちにしろ、地獄行きなら...言っちまうか... 

  直接的じゃないが、イシュタル・ファミリアとニョルズ・ファミリア...

  それから...密売を手伝う事になってる、ソーマ・ファミリアが...くらいだな」

 「...案外少ないが、それだけか?」

 「さぁな...俺が知ってるのは、それくらいだ...」

 

 自動的に録音されるので、聞き返す必要はない。

 ...今度こそ用済みになった。

 僕は近付いていき、首を掴むとゴーグル越しにディックスという男の

 左眼を覗き込んだ。

 その赤い瞳には逆さになっているDの文字が浮かんでいた。

 吊るされているため、そう見えているんだろう。

 

 「っ...な、なぁ、ちょっとくらいは...

  慈悲をくれても、いいんじゃねぇか...?情報は、くれてやったんだ、からよ...」

 

 ...情報をくれた事に関して言えば、確かにそうしていいと思う。

 が...あの時、戦闘意欲を持っているとばかりに手を出してきた。

 あれさえなければ、除外してやっててもよかったと思うのに...

 だから、僕はこう言ってやった。

 

 『災難だと諦めな』

 

 ザシュッ!

 

 片手に握ったセレモニアル・ダガーを胸部に突き刺すと、縦に皮膚を

 斬り裂く。

 その際、衣服毎斬ったので何かが地面に落ちた。

 だが、僕は気にせず爪を立てて構える。

 

 ブチ ブチブチィッ...!

 

 そして、間髪入れずにもう片方の手を裂傷部に捻じ込んで心臓を掴み、

 体内から引き千切る。

 

 グシャッ...!

 

 心臓には様々な動脈と静脈が繋がったままぶら下がっており、握り 

 潰すと大量の鮮血が零れ落ちて、足元に血溜まりを形成した。



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>'、,<,、 ̄、⊦ L’qor

 ディックスの衝撃的な死を目の当たりにし、ルルネとローリエが

 気絶してしまったその頃、地上ではソーマ・ファミリアの酒蔵へ、

 アリーゼ達が乗り込もうとしていた。

 門番、というより見張り役の団員へアリーゼがニコニコと明るい

 笑みを浮かべながら近付いていく。

 団員はアリーゼに止まるよう言い、用件を問いかける。

 アリーゼは団長のザニスと主神のソーマと話しをしたい、と答えると

 アリーゼをその場に待たせ、団員は酒蔵へと入って行った。 

 しばらくして、団員の代わりにカヌゥが現れた。

 警戒心剥き出しの様子で、威圧しながら先程の団員と同様に問いかけた。

 

 「アストレア・ファミリアの皆さん方が総出で、何の用だ?」

 「強制捜査をさせてもらうわよ!これがあるから、問題なっしーんぐ!

  バチコーン☆という訳でお邪魔しまーす」

 「い、いや待て待て!待てよ!勝手に入ってくるんじゃねえ!」

 

 止めようとするカヌゥに輝夜が、リリルカの証言を述べるとカヌゥは

 一瞬、焦りを顔に見せたがすぐに白を切って頑なに酒蔵へ入る事を

 拒んだ。

 しかし、駆けつけてきたチャンドラに意識が向いた瞬間を狙い、

 輝夜は鳩尾に拳の一撃をめり込ませる。

 くの字にカヌゥが体を曲げた所を、リューが追撃として後頭部に

 アルヴス・ルミナを叩き込み、カヌゥは完全に沈黙する。

 

 「次はお前がこうなりたいか?ん?」 

 「か、勘弁してくれ!」

 

 チャンドラは容赦の無い制圧を見て、戦意喪失となり即座に降伏した。

 ライラがカルニボアを喉元に突き立て、主神の居場所を問いかける。

 それに案内すると言い出してきたのでライラはアリーゼに判断を委ね、

 その通りにさせる事にした。

 酒蔵の中を進んで行くと、ソーマ・ファミリアの団員達は既に武装して

 対抗しようとしていたが、チャンドラの懸命な説得で手にしていた

 武器を下ろし、怨めしそうに見送るしかなかった。

 そして、酒蔵の奥へ奥へと進んで行き重厚な扉を開けると、その先の

 室内に酒を作っている最中のソーマとザニスが立っていた。

 

 「これはこれはアストレア・ファミリアのご一行様方。

  いきなり押し入り盗賊の様な真似をしてくるとは... 

  それでも正義を謳うファミリアの団員か?

  神アストレアが見過ごしているのなら、随分と節穴になったものだな」

 

 眼鏡を掛け直しながらザニスは嫌味ったらしく、アリーゼ達を嘲笑う。

 輝夜は無言で一歩前に出ようとしたが、リューがその前に出て

 制止させる。

 一方で、アリーゼは高らかに令状を見せつけ、ソーマファミリアが

 これまでに行った悪事を白状するよう迫った。

 既にリリルカの証言があるが、首謀者本人による証言もあれば判決に

 有利となり、手早く刑罰を下す事が出来るからだ。

 しかし、ザニスは鼻で笑って証言だけでは不十分だと言い、物的証拠も

 要求してきた。

 それにアリーゼは待ってましたと言わんばかりに、ライラに目を配ると

 ライラは怪しく微笑んだ。

 そして、徐に部屋の隅に置かれている棚へと近付いた。

 棚には酒瓶がいくつも並んでおり、その内の一番下となる段の1つを

 ライラは手に取る動作を見せた。

 先程と打って変わってザニスはその行動に驚き、顔を強張らせながら

 叫んだ。

 明らかに余裕が無く、焦っているように見える。

 

 「今すぐに戻せ!それはソーマ様がお造りになった神の酒だ!

  勝手な真似は許さんぞ!?」

 「ハハハー、いいじゃねえかよ。これだけあるんだからケチケチすんなって」

 

 そうせせら笑いを浮かべるや否や、口縁に口を付けるとライラは

 ゆっくりと味わいながら、酒を煽る。 

 それを見てザニスは絶句し、動揺を隠せないでいた。

 背後でリリルカが書類棚で何かを探しているのにも気付かない程に。

 長い時間掛け酒瓶の底を天井に向けて逆さにし、最後の一滴まで

 飲み干すと一息入れ、呆れた様子でため息をついた。

 

 「あーあ...こんなクソ不味い酒で溺れてんのか、お前らは...

  よっぽど下戸な連中しか居ないんだな」

 「...ば...馬鹿な...」

  

 ライラはその酒瓶を床に投げ捨てた。

 投げ捨てられた酒瓶は大きな音を立てて割れ、その音にザニスは体を

 ビクリと震わせ、既に背筋が凍っていた。

 神の酒を飲めば、誰もが溺れ堕落する。それをザニスは知っていた。

 だが、そうならないライラに対して戦慄し、腰が抜けたのかその場に

 座り込んでしまった。

 すると、アリーゼが近寄って来て目線を合わせる様に屈むと、何かを

 見せびらかしてきた。

 ズレ落ちていた眼鏡をザニスは掛け直し、アリーゼが手に持っている

 物を見て、顔が蒼褪める。

 それは、数百枚も束ねられた書類だった。

 

 「これがお求めになってた物的証拠。貴方が仲間から巻き上げた上納金、それと無断であのお酒を売って大儲けした利益に...

  おっとっと?何かいけない事までして稼いだお金の事までキッチリ書かれてるわね?」

 「...な、何故...何故それを...」

 「さーて、どうしてでしょー?小さいけどとっても勇敢な乙女が教えてくれたのかもしれないわねー?」

 

 その発言に血相を変え、周囲を見渡し見つけた。

 リリルカを。ザニスを睨み、一切の恐れが無いようだった。

 怒りに震えるザニスは立ち上がるとリリルカに向かって掴み掛かろうと

 した。

 しかし、その手を命に掴まれたと同時に足を崩され、リリルカの

 目の前で押さえ付けられた。

 

 「リリルカ殿への暴行は許しません。神妙にお縄につきなさい!」

 「お、お前、何故アーデの味方をする!?アーデも我々に賛同して、冒険者から盗みを働いていた!

  同じ穴の狢なんだぞ!?なのに」

  

 命は掴んでいる腕の関節を、強引に曲がらない向きへ撓らせる。

 それにザニスは激痛で言葉を止める。

 暴れた拍子に眼鏡が床に落ちて自ら膝で踏み潰してしまった。

 命は怒気を含んだ声色で、ザニスに言い聞かせる。

 

 「リリルカ殿がいつ自ら賛同すると、言ったのですか?

  貴方が...幼い頃より無理やりにそう強いらせたのでしょう!?

  それを当然の様に偽るなど、貴方は冒険者以前に...人間失格です!

  恥を知りなさい!」 

 「ぐっ、あぐぅ...!」

 「それくらいにしておきなさい、同郷の者。

  ...そこから手を下すのは、リリルカ・アーデがすべきでしょう」

  

 輝夜が命の肩に手をそっと置き、宥めながらリリルカを見た。  

 リリルカは輝夜にそう言われて戸惑っている様子は無く、ただザニスを

 見ているだけだった。

 命は離さない程度に掴んでいる手の力を弱め、ザニスが顔を上げるのを

 待った。 

 呼吸を荒くしながら、屈んでいる姿勢のザニスはリリルカを見上げた。

 リリルカはザニスをしばらくの間見続けて、ため息をつくと冷笑を

 浮かべ輝夜に言った。

 

 「手を痛めてまで、殴る価値も無いですよ?こんな人。

  それに...リリが同じ穴の狢なのは、間違っていませんからね」

 「リリルカ殿、それはこの男が」

 「なのでっ...リリはその穴から抜け出て、狢ではなく人としてやり直してみせますよ。

  貴方が勝手にどう思っても...リリはリリとして生きていきます」

 

 命はリリルカの決意に微笑みを浮かべ頷いた。

 対して、ザニスは一度顔を伏せ、最初に鼻で笑うと徐々に肩を揺らして

 笑い始めた。

 

 「ハ、ハハハ...ハハハハハッ!何を馬鹿な事を言ってるんだ?

  お前みたいな使い物にもならないガキが生意気な事をほざくんじゃ」

 「うるせえ」「吠えるな」 「黙れ」

 

 バキィッ! ドガッ! グシャッ!

 

 その瞬間、最初にライラの肘打ちが蟀谷に、リューの膝蹴りが反対側の

 蟀谷に、そして最後に輝夜の拳が顔面にめり込んだ。

 前方と左右の打撃による衝撃が均等にぶつかり合い、ザニスの頭部は

 どこにも弾まず微動だにしなかった。

 3人がそれぞれ手と足を引っ込めると、ザニスの顔は見るも無残な

 状態となっていた。 

 顔の皮膚が腫れ上がり、両方の鼻腔から鼻血が垂れ流れ、脳を

 揺さぶられたショックでザニスは気絶していた。

 出入口近くで棒立となっていたチャンドラは、思わず扉を開けて

 逃げ出していった。

 

 「なんだ、全然痛くもなかったな」

 「そうですね。罅が入っていないといいですが」

 「いやーリリルカの言う通り、殴る価値もありませんでしたなぁ」

 

 命は気絶したザニスをゆっくりその場に倒し、リリルカを見る

 リリルカは3人の容赦ない鎮圧の仕方に、先程の余裕はどこへ

 行ったのか、慌てふためていていた。

 そんなリリルカに命は少し吹き出したが、近寄っていき肩に手を

 置いた。

 

 「見事な宣言でしたね、リリルカ殿。

  貴女の決意にとても感動し、感銘を受けました」

 「...ありがとうございます...ですが...」

  

 命から視線を外し、リリルカは別の方を見据えた。

 先程から騒ぎが起きているのにも関わらず、酒造を続けているソーマが

 そこに居た。

 リリルカは歩き出し、ザニスの足を跨ぐとソーマの傍へ近寄った。

 目の前までリリルカが近付いても、ソーマは手を止めない。

 命やアリーゼ達はどうするのかと見ていたが、突然リリルカは作業台の

 上に置かれていた酒瓶を1つ奪い取った、

 それまで何も見向きもしなかったソーマが、初めて首を動かして

 リリルカを見る。

 リリルカはソーマが自身を見ているのを確認し、口縁に唇を当てると

 勢いよく飲み始めた。

 

 「リ、リリルカ殿!?」

 「あの、馬鹿何してんだ!?」

 

 全員が驚いたのも無理はない。

 今、リリルカが行っている行動は作戦の内に入っていなかったからだ。

 第一に、ザニスが証拠を要求すると読んでいたアリーゼ達は、

 神の酒の事を知り、それを利用する事を考え出した。

 神の酒を入れている酒瓶に似た瓶を購入し、それをライラが 

 隠し持って、事前にリリルカから教えてもらった棚の位置へ移動する。

 ライラの自身で隠せる一番低い段の酒瓶を取る、フリをして隠し持って

 いた瓶を手にし、大袈裟な動きで取っていない事を悟られず振り向く。

 そして、中身の水を飲む姿をザニスに見せつける。

 第二に、ザニスがライラに目を向けている隙にリリルカが書類棚の扉を

 開け、中の金庫から書類を奪取する事。

 長い時間掛けて飲んでいたのは、リリルカが金庫の鍵を開けるのに

 有する時間稼ぎのためだったのだ。

 ソーマは酒を造るのに夢中になっていると踏んでいたので、見事に

 成功した。

 最後は、その書類をギルドに提出し、ソーマ・ファミリアに対し

 ペナルティを課す事。

 その際に、ソーマにリリルカのコンバージョンの許可を得させる

 予定だったのだ。被害者への賠償として。

 しかし、リリルカは作戦にない予定外の行動を取り、酒瓶の中身を

 飲み干してしまった。

 酒瓶を作業台の上に叩き付け、一気に飲み干したため呼吸を整える。

 アリーゼ達はリリルカが神の酒に打ち勝つ事が出来るのか、ただ

 それだけを心配していた。

 しばらくして呼吸を整えたリリルカは顔を上げ、直立したままソーマに

 言い放った。

 

 「ソーマ様。リリは...もうこんな酒に、溺れたりしません。

  リリルカ・アーデはソーマ・ファミリアを脱退させてもらいます。

  ...いいですね?」

 「...」

 

 リリルカの眼光には一切の揺らぎもなかった。

 それを見たソーマは作業台から手を動かし、椅子を少し後ろへ

 移動させる。

 

 「...背中を向けなさい」

 「!...はい」

 

 リリルカは急いで服を捲り上げ、背中をソーマに向ける。

 作業台の上に置かれていた工具で指を少し切ると、ソーマは血を一滴、

 背中に垂らす。

 何かを呟きながら指を動かし始めると、ソーマの眷族である証として

 刻まれているエンブレムが激しく発光した。

 数分後、ソーマが手を離すと光が消えた。

 

 「...これで好きな所へ行くがいい...風邪を引かないようにな」

 「...どうも」

 

 コンバージョンが可能となり、晴れて自由の身となったリリルカは

 ソーマの気遣ってもいないような言葉に、目も合わせず返事をした。

 リリルカは自分を見つめているアリーゼ達に微笑んだ。

 それを見て、最初は戸惑っていた命も安堵して微笑む。

 ライラと輝夜もリリルカの度胸を評して、背中をバシバシと叩くが

 リリルカはそれに悶絶し、リューが背中を擦ってあげていた。

 ふと、命はアリーゼはどうしたのかと思い、アリーゼを見た。

 

 「...」

 「ローヴェル殿?どうかしましたか?」

 

 書類に目を通していたアリーゼは、あるページを凝視していた。  

 命は呼び掛けても振り向かない事に気になって、近寄るとそのページを

 見た。

 そこに書かれていたのは...

  

 [...よってイヴィルスへの資金提供にイケロス・ファミリアとのモンスター密輸に協賛する。

  モンスターの特徴は知性を持ち、人語を話す。

  動物趣味の貴族に売る事で多額の利益を得る事が出来るという]

 

 「...これは、何かの冗談...では、ないようですね」

 「...命。この事は、ギルドにも貴女のファミリアにも内密にしてくれる?

  確証とまでは、いかないから」

 「...わかりました」



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>'、,<>'、,< l’etr

 「リド!グロス!居ますカ!?」

 「レイ?フィア?...フェルズも居るのか?

  どうしたんだよ、そんなに慌てて」

 「簡潔に話を済ませるが、密猟者に捕まっている同胞達の救出に向かうぞ。

  協力者のおかげで居場所を突き止めたんだ」

 「マジかよ!?なら...全員で行くのはマズイし、少数で行くか」

 「それがいい。協力者の実力は申し分無いのだからな。

  向かう先は18階層だ。先に協力者達が待っている」

 「わかった!グロスやラーニェ達を呼んでくるぜ!」

    

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 19階層へ続く通り道の出入り口付近でアスフィは捕食者と共に、

 待機していた。

 ディックスを殺害した後、ルルネとローリエが気絶してしまったので

 運んでもらう際に、どこからともなく2名が現れ、3人も居るのだと

 その時気付いた。。

 その2名はルルネとローリエを運び終えてから、姿を消すとどこかへ

 行ってしまった様だ。

 気絶しているルルネとローリエには自前のハデス・ヘッドを被せ、

 姿を透明化させており、自身も姿を見えなくしている。

 目印となる、いつも彼女が羽織っている白いマントを見ている

 フリをしてアスフィは捕食者が居ると思われる、横の方をチラチラと

 見ていた。 

 思われる、というのは捕食者も姿を消しているからである。

 

 「(...確かに姿を消す事が出来るのは、私としても許容範囲です。

   ですが...とても興味深い魔道具を持っているようですね。

   声を真似る事が出来る四角い物体、文字を書く際に使っていた道具、ここへ向かう際に全く足音を立たせなかったブーツ...

   武器は無理だとしても、せめてその内の1つだけでもお見せしてほしいですね...)」

 

 プライドとしては負けを認めたくないアスフィは意を決して

 話しかける。

 

 「あの...そこに居ますか?」

 

 その言葉を聞いた捕食者が両目を光らせ、返事をしたように思えた。

 

 「い、居るのでしたら、よかったです。

  ...先程は、彼女達をここまで運んでくださり、ありがとうございました」

 

 カカカカカカ...

 

 「...1つ、よろしいでしょうか? 

  あの時、文字を書いていた物は...一体、どのような魔道具なのですか?」

 

 少し間を空けて、カリカリという音が聴こえ始めた。

 恐らくアスフィが魔道具と思っている代物で文章を書き記しているの

 だと思われる。

 お互いに姿が見えないのにも関わらず、捕食者はアスフィの足元に

 紙を置いた。更に、その上にはあの代物も添えている

 それにアスフィは気付くと、急いで拾い上げ内容を読み始める。

 

 [これの名称はペンシルという。

  振る事で空気中の窒素という元素を吸収し、内蔵されている装置に

  よって黒く溶かされ、凝固化すると芯となり、ボタンを押す事で

  伸縮しインクの代わりとして文字の筆記が可能となる。

  ボタンを長押しする事で、色を変化させる事も可能ではある。

  空白で試しても構わない]

 

 アスフィは記されている通り、ボタンを押す。

 ペンシルの先端から芯が伸びてそれを紙に押し当てながら、横に

 移動させる。

 すると、黒い1本の線が引けた。

 アスフィは五十音順に文字を書くと、その書きやすさに驚愕し、

 更に、色を変えて色々書いている内に興奮が収まらなくなりつつ

 あった。

 しかし、捕食者がパンッと手を叩く音でハッと我に変えると前を向く。

 見ると、フェルズが赤いローブを被っている女性と複数のモンスターを

 引き連れ向かってきていた。

 アスフィは慌ててペンシルを差し出して返すと、目印にしていた

 白いマントを手に取り羽織った。

 

 「アスフィ・アル・アンドロメダ、それと...捕食者と、呼べばいいか。

  待たせてすまない。早速、乗り込もう」

 「わかりました。既に鍵を使い、入り口は見つけてありますので、そこへ向かいましょう」

 「ありがとう。...リド、自己紹介などは後でもいいだろうか?」

 「あ、あー...そうだな。一応名前だけは言っとくぜ。

  俺っちはリド。見ての通り、リザードマンだ。

  後ろに居るのがグロス、ラーニェ、オード、レット、フォーだ」

 

 アスフィはリドに名前を呼ばれたモンスター達を見る。

 5体の内、グロスとラーニェは明らかに敵意を向けており、油断すれば

 不意打ちを掛けられるかもしれないと判断した。

 そこで、ハデス・ヘッドを外し、アスフィは姿を見せる。

 モンスター達は突然現れた事に驚くが、アスフィは気にせず言った。

 

 「私はアスフィ・アル・アンドロメダです。

  急を要する事態の中で、初めて対話をする事になりましたが...

  同胞の方々を助け出すために協力しますので、よろしくお願いします」

 「お、おう。よろしくな、アスっち」

 「はい。...はい?」

 

 いきなりのあだ名呼びに最初は普通に相槌を打ったが、直後に違和感を

 覚えて眉間に皺を寄せながら疑問符を付けての返事を返した。

 その時、グロスが前に出てきてアスフィの目の前まで移動してきた。

 アスフィは思わず手を動かしそうになるが、何とか耐えてグロスを

 見つめた。

 

 「...貴様ガフィアヲ助ケテクレタ事ハ感謝スルガ、俺ハ人間ヲ信用ナドシナイ。

  ソレヲ覚エテオケ」

 「...そうですか。ですが、今はそれでも構いません。

  貴方の仲間を助け出して、少しでも信用してもらえるよう努めましょう」

 「フン...」

 

 アスフィの本心としては、半分本気で半分その場凌ぎの言葉だった。

 今ここで、言葉を間違えれば危険な目に遭うのはわかっているからだな。

 

 「まぁまぁそう神経質になるなって。グロス

  レイもそれ、そろそろ脱いでいいんじゃねえか?」

 「...そうですネ」

 

 リドはグロスの肩をベシベシと叩き、グロスに睨まれるのも気にせず

 問いかけた。

 スルリと赤いローブを脱ぎ捨て、レイは青い髪を靡かせた。

 

 「こうして顔を合わせるのは初めてですネ。

  改めてアスフィさん。どうぞよろしく」

 「あ、はい。こちらこそ...レイさん、とお呼びしますね」

 「ありゃ?まだ名前言ってなかったのか?」

 「そうだったんですヨ。...そういえば、もう5人の方々は?」

 「2人はまだ気絶していまして...捕食者の3人は恐らくそこに...」

 

 ...カカカカカカ...

 

 ピピッ ピピッ ピッ

 ピッピッピッピッ

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕はレイと呼ばれた、雌の鳥のモンスターをよく観察した。

 僕が現れた事にその場に居る全員が驚くが、僕の方も驚いている。 

 あの時、歌を歌っていたのが、あのモンスターなら... 

 それを確かめるべく、僕はガントレットを操作して以前に録音していた

 あの歌を流す。

 

 『♪~♫~♬~♩~』

 

 「え...?」

 「この歌声...レイ、お前の声だよな?」

 「は、はい...」

 「何故、奴ハオ前ノ歌ヲ真似テイルンダ...?」

 

 ...そうか。彼女がレイだったのか。

 それなら...彼女に対し、敬意を示さなければ...

 僕はスカーとヴァルキリーに彼女の事を説明する。

 すると、2人もクローキング機能を解除して姿を現した。

 そして彼女に近づいていく。

 

 「な、なぁ、レイ。お前を見ながら近付いてきてるよな?絶対に!?」

 「アンドロメダ。あれを私は是非とも見させてもらいたいのだが」

 「あ、私もそう思、って今そういう事を言ってる場合ではありませんよね!?

  な、何をするつもりなのでしょうか...?」

 

 周囲の声が少しうるさく思うが、気にしない事にした。

 彼女の目の前まで近づくと、彼女は戸惑っているようだった。

 僕らは膝を折り、敬意を表すために首を垂れた。

  

 「え?え?あ、あの、どうしたのですカ?」 

 「...何ダ?コイツラハ...レイニ求愛デモシテルノカ?」

 「はぁ?...歌を真似て、頭を下げる求愛行動なんて見た事ないぞ」

 「ちょっと待ってください!?何故求愛に結びつけているんですカ!?」

 

 カカカカカカ...

 

 「あ、あの、レイさん?呼んでいるようですが...?」

 「あ、は、はい?何でしょうカ?」

 

 こちらへ向き直ってくれたので、僕は我が主人から預かっていた手紙を

 差し出す。

 

 「え?まさかラブレターを渡すつもりじゃないですかあれ?」

 「マジか」

 「何だ、そのラブレターってのは?」

 「人間で言えば好意を抱いている者に渡す物で、思いを直接ではなく詩や文面にして伝える方法だ」

 「じゃあ番いになってくれ、とかか?」

 「そうだ」

 「「「マジか(カ)!」」」

 「ちょ、ちょっと皆さん!冗談はその辺りにしてくださイ!

  ...あ、あの、私、この手では受け取れなくて...

  それと、文字も読む事が...」

 

 ...それもそうか。それなら...

 フェルズという人物に読んでもらおう。

 僕は顔向け、こっちへ来るよう手招きをする。

 瞬時に向かってきたフェルズに手紙を渡し、読むように身振りで

 伝えた。

 

 「本当に私が読んでしまっていいのか?怒ったりしないな?」

 

 カカカカカカ...

 

 「...では、僭越ながら読ませてもらおう。コホンッ...

  貴女の歌声はとても素敵だったわ(...ん?何だこの女口調は?)

  盗み聞きをしてしまった感じになってしまうから、お礼をさせてほしいわ。

  与えられるものであれば、いくらでも構わないから。

  ...あー、ネフテュスより」

 「ほ...捕食者の主神からの手紙でしたか...」

 「え?番いにしてくれじゃなかったのか?」

 「す、すみません。私の早とちりで...」 

 「いや、私も思わずそうだと思い込んでしまっていた...

  すまなかった...」

 

 フェルズという人物は僕に向かって頭を下げてくる。

 先程までの話は聞き流していたので、僕は別段気にしていない。

 だから、とりあえず頷いておいた。

 そして、彼女の方を向き直り返答を待つ。

 

 「...ほ、褒めていただけて嬉しいでスし、お礼をしてもらえるのも嬉しいでス。

  ただ、それは後にしていただけたらな、と...」

 

 カカカカカカ...

 

 「あ、ありがとうございまス」

 

 彼女は我が主神がお気に召した雌の...

 いや、女性なので否定させる事などしない。そのため、いつでも

 言ってもらえる事を待つ事にした。

 

 「...さて、では救出へ向かおうか」

 「あ、そうだそうだ!で、アスっちどこに入口があるんだ!?」

 「あ、あちらです。案内した後、私はまた一度ここへ戻りますので」

 

 アスフィという女性が向かい始めたので、僕らもクローキング機能で 

 姿を消し、後を追い始めた。



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>'、,<,、、,< S'yuit-de

 クノッソスに存在する複数もの大広間の1つで、檻を運び終えた

 イケロス・ファミリアの団員達は、ディックス達を待っていた。

 既に置かれている檻の中には、傷つき動けなくなってしまっている

 モンスター達が閉じ込められている。

 もうじき密輸する予定なので、また稼げると団員の1人は

 思っていた。

 しかし、未だに戻って来ないディックス達が気になり始めている。

 

 「なぁ、ディックス達まだ戻って来てないのか?」

 「ああっ...まさか、モンスターにやられたとかじゃないよな?」

 「おいおい、アイツはレベル5なんだぞ?それにカースだって使えんだ。

  そう簡単にくたばって」

 

 カツーンッ...

 カラン カラーン...!

 

 たまるか、と言い終える前に何かが団員達の前に転がった。

 それはディックスが愛用している、槍先が赤い槍だった。

 団員は目を凝らして、よく見てみると柄部分に血痕が付いていた。

 イケロス・ファミリアの団員達はそれが何を意味しているのか、すぐに

 察知し武器を構え、敵に対し警戒し始める。

 

 「だ、誰だ!?出てこいっ!」

 

 その呼び掛けに、返事は返って来ない。 

 周囲を警戒しながら、団員の1人がディックスの槍に近付き、

 回収しようとする。

 目と鼻の先まで近付くと、血が付着していない箇所を掴んで、

 拾い上げた。

 

 ピッ ピッ ピッ ピッ...

 

 ド ガ ァ ア ア ア ア ア ア ア ンッ !!

 

 その瞬間、爆発が起き団員は爆発による爆炎と爆風に呑み込まれた。

 付近の団員達も爆風で吹き飛ばされ、檻や岩肌に叩き付けられる。

 離れた場所に居た団員達は直積的な被害を受けなかったものの、突然の

 爆音に耳を塞ぎ、脳を揺さぶられたかの様な感覚に襲われ顔を歪める。

 痩せ細った男の団員の顔に何かが降りかかってきて、それを振り払い、

 地面に落ちたそれを見る。

 爆炎で黒焦げになった手だった。

 手首から下の前腕が欠けているのは、衝撃波を直接的に浴びたせい

 だろう。

 痩せ細った男は先程まで生きていた仲間の手が、自身の顔に

 触れたのだとわかると、顔を急いで袖で強く拭く。

 だが、皮膚の焼け焦げた臭いが取れず更に強く拭いてみるが、寧ろ

 皮膚に臭いが沁み込んでしまい逆効果となった。

 

 「う、ぅぁ、ぁあ...!ぁぁ、ぁ、ぁあ、あああああああああっ!!」

 

 痩せ細った男は臭いが取れなくなり、一生このままになると思い込んで

 しまい発狂した。

 爪を立てながら手で顔面の皮膚をガリガリと引っかき、皮膚そのものを

 剥こうとし始める程に。 

 他の団員達はその異常な行動を取る仲間を見て、戦意喪失してしまい

 クノッソスから出るための出入口へ向かおうとする。

 

 ジュッ...

 

 「いぎぃっ!?...?」

 

 女性のエルフの団員が一番最初に、出入口の前にある巨大な階段を

 登っている最中、転んでしまった。

 階段で躓いて転んだと思い、自身の足部を見る。

 だが、躓いたはずの足部が下の段に転がっているのに気づいた。

 

 「...ひ、あぁ、あぁあ!!足がぁあああ!?」

 

 足首から下が切断され、断面が焼け焦げていた。

 それを見て団員達は慌てて階段を登るのをやめ、別の出入口へ

 向かおうとした。

 

 「どこへ逃げても無駄だ。イケロス・ファミリア」

 「「「「!?」」」」

 「リド!グロス!」

 

 すると、その別の出入口からフェルズが姿を現してそう宣言する。

 団員達は突然現れたフェルズに驚き、数歩後退していった。

 フェルズの後に続いて、リド達も大広間へ入って来た。

 檻に閉じ込められているモンスター達がリド達を見て、助けにきて

 くれたのだと歓喜した。

 

 「テ、テメェら、どうやってここに...!?」

 「決まっているだろう。ディックス・ペルティクスが君達を裏切り...

  クノッソスの鍵を渡してくれたからだ。

  他にも仲間が持っていたので、こちらに回収させてもらっている」

 

 フェルズは鍵を見せつけながら経緯を話し、降伏を迫った。

 

 「既に理解している通り、ディックス・ペルティクスも他の仲間達も無残な死を遂げた。

  君達もそうなりたくないのなら、降伏するんだ。

  さもなければ、君達も」

 

 ドチャ...! ドチャッ!

 ガコォーンッ!

 

 フェルズの言葉を遮って、団員の目の前に何かが吊り下げられる。

 団員達はそれを見て、ただ戦慄した。 

 内蔵を抜き取られ、生皮を剥がされている死体が天井から

 吊るされているのだからだ。

 片方はゴーグルを額に付けられたままで、もう片方の死体は頭部が

 無く、傍には先端の割れた大剣が落ちていた。

 リド達もその死体を見て驚き、リドとラーニェは以前に見た事が

 ある事を思い出した。

 

 カカカカカカ...

 

 低い顫動音が鳴り、フェルズ達の前方で3つの淡く発光する物体が

 出現した。

 

 「...こうなってしまうようだな。残念だが、彼らを止める事は出来ない。

  来世では真面目に生きてくれ」

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 青白い光弾が連続でいくつも発射され、立ち尽くす団員達の胸部を

 貫いていく。

 また次々と死んでいく仲間達を目の当たりにして、我に返った幾人かの

 団員は恐れ慄き、檻の影に隠れ始める。

 やがて青白い光弾の発射が止むと、1人が剣を引き抜いて檻の中に

 閉じ込めているモンスターを引き寄せ、首を絞めつけながら言った。

 

 「こ、こいつを殺すぞ!?いいのか!?」

 「貴様ァ!」

 

 グロスは仲間のモンスターに手を掛けようとしている団員に向かって

 吠える。

 団員は不敵に笑みを浮かべ、本気だと示すために剣を突き刺そうとした

 

 ザシュッ!

 ズバァンッ!

 

 瞬間、自身の首を絞めている腕が肘の根元から斬り落とされる。

 

 「ギャァアアアアアアアアッ!?」

 

 フォシュンッ!

 ドパァッ...!

 

 切断された箇所に走る激痛で、檻の影から出てきた途端に冒険者の

 頭部が消し飛んだ。

 同じ様に隠れている団員は、それを見て震えが止まらなくなっている。

 俺だけは助かりたい、そう利己的な事を思っている団員の耳に 

 風切り音が届いた。

 前を向いた瞬間、檻の柱を縦向きにすり抜けてきた円盤が団員の

 頭部を、顔面から後頭部に掛けて一直線に斬り裂く。

 円盤は非常識な動きで大広間を飛び交い、隠れている団員達の頭部を

 切り裂いていった。

 

 「ウァア...!アァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 最後に残された団員は、隠れていた檻の影を飛び出し階段を登って

 逃げようとする。

 しかし、あるものを見つけて立ち止まった。

 先程、足を切断された女性のエルフの死体だ。

 だが、妙な事に腰から上半身と下半身とで真っ二つになってしまって

 いた。

 恐らく、あの後暴れた拍子に階段を転げ落ちてしまった事で、自ら

 死を招いてしまったのだろう。

 

 『どこへ逃げても無駄だ』

 

 その言葉が再び聞こえ、震えながら恐る恐る振り返る。

 目線の先には、黄色い2つの光が浮遊していた。

 それは、捕食者の両目だった。

 団員は腰が引けながらも、歯を食いしばり腰から剣を引き抜いた。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...こいつは強くもない臆病者だ。決闘する気もしない。

 

 「オ、ォオオオオオッ...!」

 

 僕は向かってくる男が手にしている武器をリスト・ブレイドの

 刃間で挟み込む。

 そのまま刃間を狭め、腕を勢いよく振るい捩じると剣の刃を折った。

 それに驚いている男の首を掴むと、持ち上げながら腰に巻き付けている

 革のベルトも掴んだ。

 首を掴んでいる方の手を持ち直し、少し飛び上がって膝を曲げながら

 着地しようとする。

 

 メギョッ...! 

 

 片膝を付いた姿勢で着地すると、落下の勢いを利用して男の背骨が

 突き上がっている膝に直撃した。

 胸髄と腰髄の中間が砕け、更に頚髄も着地の際に折れた事で呼吸困難に

 させた。

 僕は立ち上がりながら男を投げ捨て、地面に転がす。

 男は虚ろな目で、首を動かせないため天井を見る事しか出来なくなって

 いた。

 ...無謀なまま最期を迎えようとしているこの男に、情けを掛けるか。

 

 ジャキンッ

 ドシュッ!

 

 リスト・ブレイドの刃を伸ばし、刃間を先程と同様に狭めさせて

 喉を一突きする。

 頚髄が折れているため容易く突き刺さった。

 ヘルメットで心肺と呼吸が停止し、生命活動が途絶えた事を確認すると

 僕はリスト・ブレイドを引き抜く。

 

 ブシャァアアッ...!

 

 刺創から鮮血が噴き出し、ヘルメットや僕自身を汚していく。

 ...獲物なら気にしないが...

 こいつらの血は、気分が悪くなりそうに思えた。



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>'、,<>'、< T’rs

 グチャ...

 ブチィッ...

 

 捕食者はフェルズやアスフィ、リド達の視線も気にせず死体の腹部を

 切開すると内臓を抜き取っている。

 既に数体から抜き取られた内臓が、至る所に散らばっていた。

 そして、また内臓を地面に捨てると首元と足首に切れ目を入れ、

 足首の方から、脛、脹脛を辿り腹部と胸部へと斬り刻んでいく。

 最後に首元の斬り刻み、胸倉を掴むようにして力一杯引っ張った。

 

 ビビィィィ... ビリッ

 

 それによって、皮膚が筋肉組織から剥ぎ取られた。

 皮膚もその場に投げ捨て、顔と足部の皮膚も細かく斬り刻んでから

 剥ぎ取った。

 仕上げにワイヤーを足首に巻き付け、モンスターを閉じ込めるための

 檻に吊るした。

 

 ドチャッ

 

 カカカカカカ...

 

 手に付着した血を払い、捕食者は別の死体へ近付くとその行為を

 続けるのだった。

 捕食者の行為を見ていたリド達だったが、フェルズの呼び掛けで

 我に返ると仲間のモンスターを助け出し始めた。

 檻の扉を破壊し、慎重に傷ついているモンスターを外へ出すと、

 アスフィが傷の具合を見て、的確な処置を施す。

 処置と言っても、モンスターにはポーションなどが効かないと

 思われるので、傷口を包帯で塞ぐ程度になるのだが懸命に続けた。

 

 バキィンッ!

 

 「大丈夫カ?」

 「あ、ありがとう、グロス...」

 「さぁ、掴まってください。ミスタ、ではなかったミスアスフィ!

  こちらの方もお願いします!」

 

 レットに支えてもらいながらアスフィの元へ向かう仲間のモンスターを 

 見てグロスは、非常に複雑な感情が芽生えていた。

 何故なら、仲間を傷つけたのはアスフィと同じ人間達であり、憎むべき

 相手だと思っているからだ。

 かつてから敵対し続け、これまで幾多の仲間達が犠牲となっている。

 犠牲とまではいかずとも、腕や足、翼や尻尾を捥がれ、目を抉られ、

 辱めを受けた仲間も大勢居る。

 だからこそ、グロスは憎むべきだと思っている。

 しかし、アスフィは真逆の事をしている。

 仲間が痛みに苦しむと気遣い、手当てが終わると労わっていた。

 

 「(...アイツト、同ジヨウナ人間モ存在スルノカ...)」

 「グロス。同胞の手当てが終わり次第、里へ連れ戻すぞ」

 「...アア。...ラーニェ、人間ガ同胞ノ傷ヲ手当テシテイル...

  コノ光景ガ信ジラレルカ?...アイツト同ジニ俺ハ思ウ」

 「...ただの気まぐれに決まっている。

  グロス、お前は...人間達の残虐さや狡猾さを知っているはずだろう?

  今、その残虐さを...同種族を相手に、あんな...っ...」

 

 ラーニェは顔を背け、言葉を詰まらせる。 

 捕食者達を見てグロスはラーニェの言わんとする事を、察して

 答える。

 

 「忘レタ訳デハナイ。確カニアイツラハ、限リナク危険ダ。

  ...ダガ、アノ人間ハ違ウト...少ナカラズ、思イ始メテイル。

  ソノ確証ハ無イガ...アイツラヨリハ、マシダロウ」

 

 ラーニェはグロスと同じ視線の先に居るアスフィを見た。

 仲間であるドラッグ・オクトパスが、触るなと叫んで、大量の吸盤が

 備わった脚を振るいながら威嚇した。

 その脚は傷だらけになっており、8本ある内幾つかの脚の先端が

 斬り落とされている。

 リドが説得を試みようとしたが、アスフィに制止させられる。

 戸惑うリドを余所に、手袋を外しアスフィは手を差し伸べると、

 こう述べた。

 

 「恐れても構いません。人間が貴女に酷い仕打ちをしたのは、誰に言われずともわかります。

  ですが...その仕打ちをした人間と、私は違います。

  なので、私を信じて手当てをさせてください」

 

 いつの間にか振るっていたはずの脚を止め、ドラッグ・オクトパスは

 差し伸べられたアスフィの手を見る。

 リド達はその様子を見守り、緊張感が高まっていた。。

 ドラッグ・オクトパスはアスフィの手から、今度はグロスとラーニェの

 様子を窺った。

 グロスはラーニェの方を見ると、ラーニェはため息をつき、そっぽを

 向く。

 好きにしろ、と言っているようだった。

 仲間が困っているのに自分も答えないというのは、流石に不憫だと思い

 グロスはドラッグ・オクトパスに頷く。

 それを見て目を見開き驚くが、ドラッグ・オクトパスは再度、

 アスフィの手を見つめ、恐る恐る手を伸ばし掌に触れると、アスフィの

 方から握ってきた。

 

 「ありがとうございます。手当てをして、早く仲間の所へ戻りましょう」

 

 一瞬振り払いそうになった手が、アスフィの言葉を聞いて止まった。

 手を離すと、負傷箇所を見ながらアスフィは包帯を伸ばして、傷口に

 巻き付けていく。

 ドラッグ・オクトパスは助かったという安堵と、アスフィの慈悲に

 涙した。

 その様子に、近寄ってきたリド達が肩に手を乗せ、労わった。

 

 「...アレガ気マグレダト、思ウカ?」

 「...あれさえ見なければ...少しは信じていたかもしれん...」

 

 ラーニェは流し目で吊るされている死体を見て、すぐに視線を返すと

 答えた。

 

 「アイツもまた...変わった人間という事だな」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「あーあ...アイツら死んじまったか...ったく、つまらねえな」

 

 眷族が皆殺しにされたと感じ取ったイケロスは、その場に寝転んだ。

 ダイダロス通りにある薄汚れたデッドスペースは異様に静かで、

 イケロスの呟きが一層、大きく聞こえる程だった。

 自身の楽しみが無くなってしまい、イケロスはこれからどうするかと

 考えたが、何も浮かばない。

 もう一度眷族を集め直すという手も考えたが、恐らく真面でない

 倫理観の破綻しきった子供でなければ、すぐ逃げ出すのがオチだと

 ため息をつく。

 

 「...んじゃ、サクッと天界にでも還るか」

 

 軽々しくそう呟きながら、転がっていた瓶を地面に叩き付ける。

 割れた箇所を喉にでも刺せば余裕だと思ったのだろう。

 しかし、手に持っている割れた瓶は、割れた箇所が短くとても皮膚には

 突き刺せそうにない。

 イケロスは深くため息をつき、それを投げ捨て別の瓶を拾った。

 

 ...パリンッ

 

 その時、投げ捨てた瓶を踏みつけ、背後に立つ存在にイケロスは

 気付く。

 ゆっくりと振り返り、その存在を見ようとしたが、人影は無かった。

 奇妙だと思い、拾った瓶をその場に置いてイケロスはのそりと、

 立ち上がろうとする。

 

 バリィインッ!!

 

 しかし、立ち上がった直後、脳天に衝撃が走る。 

 先程までイケロスが持っていた瓶が叩き付けられたからだ。

 イケロスは脳震盪を起こし、その場に倒れた。

 

 カカカカカカ...

 

 黄色い2つの眼が光り、イケロスの体が浮遊すると風景に溶け込む様に

 消えた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...そう、捕まえたのね。

  ご苦労様、ケルティック。戻って来て?」

 

 『カカカカカカ...』

 

 ケルティックとの通信を切り、ネフテュスはため息をつく。

 

 「イケロスは何となくそうだとは思っていたけど...

  まさかソーマや、イシュタルにニョルズまで関わっていたなんて...」

 

 ネフテュスは3人の顔を思い浮かべると、目を伏せて悲しんだ。

 イケロスは悪夢を生むとされ、天界でも面倒事が起きると、必ず

 直接的ではないが、ひっそりと関与していた事がある。

 彼は自分が楽しければ良いという性格で、ある意味ではエレボスよりも質が悪い。

 今回もそれと同じだろうと、ネフテュスは考えついた。

 イシュタルも恐らく、彼女への対抗心で何かしらの事情があると

 答えを導き出した。

 どちらも綺麗なのだから張り合っても意味が無い、と天界で数万回にも

 及ぶ口論を、その度に止めてあげた思い出が蘇る。

 そのイケロスとイシュタルが奴らに加担するという事は納得がいった。

 しかし、酒造りにしか興味が無いソーマと、美脚で心優しいニョルズが

 奴らに加担していたという事には、腑に落ちていなかった。

 

 「...少し、お話してみないといけないわね。

  協力してもらうなら...うん...アストレアの子供達にお願いしましょうか。

  ロキにお願いしたら、ニョルズをイジメるかもしれないし」

 

 ピピッ ピピッ

 

 ネフテュスがそう考えついた時、通信が入ってくる。

 パネルを操作し、名前を見て微笑んだ。

 

 「まぁ、明日にしましょうか。

  今日は楽しくお話したいし...ふふっ」



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>'、,<>'<、⊦ F’epst

 フェルズという人物とゼノスに連れられ、僕らは数時間前まで

 進んでいた20-D5へ繋がる通路を再び進んでいた。

 アスフィという女性の仲間である女性2人は、スカーは担ぎ、

 ヴァルキリーは抱き抱えて運んでいる。

 クローキング機能は解除しており、同行者の誰かにぶつかる

 心配は無いはずだ。

 ディックスという男と同じファミリアの冒険者達だった連中を

 吊るしてある地点を通り過ぎ、しばらくして広い空間に入った。

 マップを確認すると、20-D5に辿り着いたみたいだ。

 

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 入った瞬間に、生体感知センサーが多方面でモンスターの反応を

 感知する。

 ナイトビジョンに切り替えようとしたが、リドというゼノスが前に

 出てくると叫んだ。

 すると、火が灯され、多段となっている断層の上からゾロゾロと

 多種多様なモンスターが出現する。

 ...こんなにも居るのか。

 知性を持ったゼノスという種類のモンスターは...

 

 「お前ら!フェルズが連れてきたアスっちと...

  捕食者って奴らのおかげで、同胞を助ける事が出来た!

  それに、もう密猟者に襲われる事もなくなったぜ!」

 「「「...おぉおおおおお~~~!!」」」

 

 リドというゼノスからの吉報を聞き、多くのゼノス達は欣喜雀躍する。

 空間に響き渡る歓声で抱えられていた、仲間の2人が目を覚した。

 

 「...うぉわぁあああああ!?なななな、なんだよここぉ~~!?」

 「い、一体何がどうなっているんですか...!?

  ...そ、それにこの方は...?」

 

 突然、モンスターの群れが視界に入れば驚くのは当然だ。

 自身を抱き抱えているのも踏まえて。

 ヴァルキリーはそっと下ろし、スカーは乱雑にだが、なるべく怪我を

 しないよう配慮して同じくそっと下ろした。

 

 「やっと目覚めましたか、ルルネ、ローリエ...

  事の全容は後でしっかりと教えますよ」

 

 アスフィという女性が2人にそう伝えていると、ゼノス達が僕らへと

 近付いてくる。

 名前を最初に言われたアスフィという女性に注目が集中して、握手を

 求められていた。

 彼女は苦笑いを浮かべながらも、握手に応じる。

 すると、半人半蛇の女性と思われるゼノスが僕に近付いてきて、

 手を伸ばしてきた。

 

 「キュー!」

 

 ガシッ...

 

 「グルルルルルルルルルルルルルルッ!!!!!

 

 それに応じようとしたが、白い塊が飛んできたので反射的に

 掴み取る。

 見ると...角が生えていないが、あの兎だった。青い服を着ている。

 僕は本能的に本気で唸り声を上げ、その服を着ている兎を睨む。

 その唸り声で周囲は静まり返り、緊張が走ったようだった。

 臙脂色をした鳥の少女と思われるゼノスが慌てながら、近付いてきた。

 あの時、捕獲されそうになっていた子だ。

 

 「ち、地上の方!も、申し訳ありません!

  その子は決して貴方を襲おうとしたのではなくて...!」

 

 ...それはわかっている。つい、思い出しただけだ。

 皆が、こいつは僕を可愛くした兄弟みたいだから狩れない、と

 からかってきたのを...

 だから僕はこの種類のモンスターが嫌いなんだ。

 服を着ている兎は恐怖で震え、目には涙が溜まっていた。

 ...こいつがゼノスというモンスターである以上、殺してはならない。

 なので、地面にゆっくりと下ろした。

 その瞬間に服を着た兎は一目散に逃げ、火を吐く犬のゼノスの後ろへと

 隠れた。

 僕は鼻から息を出し、フーッと鳴らす。

 周囲のゼノス達は動揺し、僕に対して戸惑いを見せていた。

 ...このままではいけないな。

 そう思い、先程の半人半蛇の女性のゼノスに近寄って、手を差し出す。

 友好的であると示すにはこうするといい、と教えられた。

 最初は迷っていたようだが、意を決して僕の手を握ってくる。

 僕は力を入れず、同じくらいの力で握り返すと、半人半蛇の女性の

 ゼノスは笑みを浮かべる。

 そして、周囲のゼノス達に、僕には敵意は無い事を伝えた。

 その途端にまたゼノス達は歓声を上げ始める。

 ...少しだけ周囲からの音量を下げようか...

    

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「飯だ!酒だ!どんどん出せ!」

 

 手に持てるサイズな樽型のジョッキをレットが置くと同時に、

 ゼノス達は手や舌を伸ばし掴み取る。

 全員に行き渡ったのを確認して、リドが高らかにジョッキを掲げた。

 

 「無事に戻って来た同胞と初めて人間の客がやってきた事と...

  それから密猟者共が消えた今日を祝って!」

 「「「おおおおーーっ!!」」」

 

 リドの言葉にゼノス達はジョッキを掲げる。

 これまで苦しめられていた密猟者が、もう居なくなった事が一番に

 嬉しく思ったのだろう。

 何故ならグロスやラーニェ達が、そう乗り気ではないがジョッキを

 掲げていたからだ。

 それでも、人間の客人としてアスフィ達は丁重に持て成されていた。

 

 「...改めて聞きますが、夢ですか?これは」

 「ほっぺひゃひゅねっへやろうは?」

 

 ローリエの発言に、ルルネは自分の頬を抓って夢ではない事を自覚し、

 発言したローリエは首を横に振り拒否する。

 時折、ゼノス達が近付いてきて、それぞれが持っているジョッキを

 そっと差し出してくる。

 それにルルネとローリエは、最初こそ怯えながら小さくコツンと

 当てる程度だった。

 しかし、もう慣れたのか中身の酒が大きく揺れる程の勢いで乾杯して

 いる。

 ふと、ローリエは隣に座っているオードを見た。

 オードは自身を見ているのに気付くと、手を後頭部に持っていき、

 照れている仕草を見せる。

 それにローリエは、人間らしい反応だと思うと少しだけ笑みを浮かべ

 警戒心が薄らいだ様に思えた。

 一方で、アスフィはフィアから感謝の意を告げられていた。

 

 「地上の方、あの時は本当に助けていただいてありがとうございました。

  この恩は決して忘れる事はありません」

 「いえ、そこまで気にする事は...」 

 「アスっち、遠慮しないでどんどん食えよ。

  この近くで採れたものだ。地上じゃ珍しいもんらしいぜ」

 「そうなのですか。では、いただきます... 

  ...あ、美味しいですね。初めて食べる味です」

 「そうか!気に入ってくれたならよかった」

 

 もう一度、赤い実を一口齧る。

 肉厚な実の歯応えと中身の絶妙な甘辛さに、アスフィは舌鼓を打つ。

 ルルネとローリエもその赤い実の味が気に入ったようで、ルルネは

 ガジガジと遠慮なく食べていた。

 捕食者はというと、食べ物にも酒にも手を出していなかった。

 隣に座っているフェルズが聞いた所、もう少し待ってほしい、との

 事だった。

 やがて、ルルネとローリエはアスフィの両隣へと移動して、リドから

 武装している事について話していた。

 彼曰く、人間がモンスターを倒した際に落とすドロップアイテムを 

 持ち帰るのと同じだという。

 アスフィ達は言い返す言葉も見つからないため、納得せざるを

 得なかった。

 

 「人間の武器ってすげえよなぁ。

  そこらへんに生えてる花や草なんかよりよっぽど斬れるし硬ぇ。

  俺っち達には作れねぇよ。

  ...けど、捕食者の武器は比べ物にならねぇくらいヤバかったな」

 「武器がヤバいどころがアイツら自体がヤベェって話だよ...

  あ、これ見たら思い出してきそう...」

 「や、やめてください、ルルネ...」

 

 先程まで美味しく食べていた赤い実を手で隠すルルネに、ローリエも

 思わず隠してしまった。

 恐らく、ディックスの死に様を思い出してしまったのだろう。

 すると、リドの発言にアスフィが目を見開く。

 

 「同種族の人間をあんな風にするのは前にも見たが...

  まぁ、俺達にとっちゃいい気味だと思ってるぜ」

 「!。前にも、というのは...以前にも見た事があるのですか?」

 「多分だが、30階層のパントリーで見たのではないか?」

 

 フェルズが問いかけると、リドは頷き革水筒の中身を飲む。

 ルルネは何故知っているのか首を傾げ、問いかけようとしたが

 先にフェルズが答えた。

 

 「イヴィルスの残党が何かを企てているという情報は知っているな?

  食人花のモンスターをパントリーで繁殖させていたという...

  実は30階層でも同じ様な事をしていたんだ。

  それをリド達に対処してもらっていたが...

  途中で捕食者に援軍として向かってもらいイヴィルスの残党を全滅させられたという訳だ」

 「あ!?ま、まさかあの宝玉って...」

 「そうだ。あの宝玉はイヴィルスが何かしらの方法で生み出した物。

  だから何としても回収しておきたかったんだ。   

  まぁ、既に1つを捕食者から譲り受け、詳しく調べている所だ」

 「...なら私無駄に苦労したって事?ふざけんなよぉおお~~~~!!」

 

 ルルネは座った状態でそのまま背中から倒れ、脱力する。

 あの時は死を覚悟し、それを乗り越えたと思えばロキ・ファミリアの 

 尋問を誤魔化さなければならなかった。

 結果的に何とかなったが、それ以前の苦労はなんだったのかと

 落ち込むのだった。

 

 「すまなかった。

  報酬は上乗せして、東区画のセーブポイントに保管しておこう」

 「...なら、まぁいっか」

 「「(全く懲りてないですね(このシーフは/ルルネさんは)...)」」

 

 尻尾をブンブンと振ってすっかり上機嫌になっているルルネに、

 アスフィとローリエは呆れるしかなかった。

 恐らくだが、ルルネに顔を向けているフェルズも思わず、チョロい、と

 思っているかもしれない。

 

 「なぁ、捕食者。お前の名前って、それが本当の名前じゃないんだろ?

  本当の名前は何ていうんだ?」

 『...ごめんなさいね。掟で私や仲間以外と口を利かないって決められているの。

  それと名前も...その子が書こうとしないみたいだから、答えられないわ』

 「あー、それじゃあ仕方な...ん?なら誰が話してるんだ?」

 

 それに呼応するようにファルコナーが、リドの頭上から降りてきた。

 捕食者の1人が操縦して飛行させているようだった。

 ゼノス達は見た事のない物体に驚き、思わず握っていたジョッキを

 落としそうになる。

 アスフィ達も驚いていると、アスフィはレンズの汚れを拭き取って、

 眼鏡を掛け直しファルコナーを凝視する。

 

 「神ネフテュス、お待ちしていた。同胞達よ、恐れる事はない。

  これは捕食者達が使用する道具だ。

  そして、その道具を介して話しかけているのは、彼らの主神である神ネフテュスだ」

 『よろしくね、ゼノスの皆。それとヘルメスの子供達も

  今日は色々とお話をしにきたわ』

 

 アスフィはその言葉を聞き、姿勢を正すと問いかける。

 

 「...既に私が調べている事は、お見通しだったのですか?」

 『ええ。彼女の足取りから探って、私達を見つけようとしていたそうね。

  地道だけど確実に答えを見つけだそうとしていた貴女を評価してあげるわ』

 「...ありがとうございます」

 

 アスフィは頭を下げ、少し不満げにお礼を述べた。

 ネフテュスの誉め言葉が本当に褒めているのかわからなかったからだ。

 

 「えっと、ネフテュス様でいいのか?話ってのは...何の話だ?」

 

 その質問に、ファルコナーのカメラがリドの方を向いた。

 

 『私達、ネフテュス・ファミリアがゼノスと協力関係を結ぶためのお話よ』



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>'、,<>'<、,< N’wgtyatom

 ...予想していた通りの発言を、我が主神は口にした。

 ゼノスという知性を持つモンスターに我が主神は、興味を持たれたの

 だろう。

 その上、レイというゼノスの歌声を大変気に入っているのも把握して

 いる。

 リドというゼノスは、突然の申し出に戸惑いを隠せないでいた。

 すると、蜘蛛の女性のゼノスが前に出てくる。

 

 「協力関係だと?何故我々が、人間と協力しなければならないんだ!」

 『貴方達、ゼノスの事はウラノスから聞いたわ。

  15年前にレックスが見つけて、初めてコンタクトを取ったのも彼女である事も』 

 

 レックスの名前が出てきて、僕は直感だがスカーは前を向きそうに

 なったと思う。

 しかし、首を垂れたたままでいなければならないので堪えてもらうしか

 ない。

 周囲のゼノス達はザワついており、岩の竜のゼノスが叱咤すると

 静かになった。

 

 「...アイツノ事ヲ知ッテイルノカ?」

 『ええ。あの子は私の眷族になっていて...

  今、遠くへ行っていて、しばらくは会えないのよ』

 「それは直接レックスから聞いてるぜ。

  じゃあ、俺達と時々会ってるって事は聞いたのか?」

 『ええ。あの子に事情を説明して、話してもらったわ。

  ウラノスに内密にするように言われていたから、私や皆に内緒で仲良くしているって事を...』

 

 レックスは元々、我が主神の夫であるオシリス様の眷族だった。

 我が主神が先に地上へ降り立っていたオシリス様にある条件を出し、

 それが成立した事で入れ替わるように地球へ降り立った。

 その条件というのが...

 

 「...神ネフテュス。話しを反らしてしまいますが、単刀直入にお聞きします。

  何故、オシリス・ファミリアの団員達を引き入れたのですか?

  貴女と神オシリスのご関係は私共の主神からお聞きしてはいますが...

  その事と関係があって、貴女はオラリオへ来たのですか?」

 『...そうよ。私がここへ来るためにあの方に条件を出したわ。

  あの方の眷族の面倒を引き受けるから、天界での役割を交代してほしい、と』

 「役割って、死んだ人の魂の管理とかそういうの、だったりします?」

 『ご明察ね。でも、交代したのは...あの子のためなのよ』

 

 ファルコナーが低空飛行して、僕の顔を見据えた。

 3人の視線がこちらに向けられる。

 

 「...彼らの素性は明かせないのでしたね?

  では...それ以上は聞かない事にします」

 『ありがとう。ヘルメスの子供にしては、聞き分けがよくて助かるわね。

  ヘルメスなんて天界に居た頃は、いっつも言う事を聞かないでフラフラとどこかに行くのよ?』

 「本っっ当に申し訳ございません!

  今も昔も変わらないクズですっとこどっこいなヘボ神で...!」

 

 アスフィという女性は額を地面に付けながら、我が主神に謝罪する。

 ルルネとローリエという女性はその姿に動揺しているようだった。

 それに我が主神は腹を抱えて笑っていらした。

 

 『自分の主神を、そこまで罵倒するなんて...面白い子ね。 

  これからも、ヘルメスの事をお願いしていいかしら?』

 「仰せのままに!」

 「...えっと、ホントに話が逸れちまってるんだけど...

  ネフテュス様達は俺っち達と本当に協力してくれるのか?」

 

 リドというゼノスが目の上辺りを爪で掻きつつ、問いかけて来た。 

 次いで、岩の竜のゼノスが割って入って来る

 

 「アイツには幾度も世話になっている。そこの人間も同胞達の手当てをしてくれた。

  ...だが、他の人間を信じるつもりなど、私は無い」

 「おいおい、ラーニェ。今それを言うもんじゃねえだろ?」

 「黙れ!そもそもお前は何故、あんなものを見て平然と話しかけているんだ!」

 「あ、あれは、その、確かにやる事が派手だとは思ったけど...」

 

 ...僕らにとって生皮を剥いで吊るす事は、示威として行う事だ。

 奴らであれば、子供や妊娠している女以外では問答無用でそうすると

 決めている。

 それが原因で、どうやらあの石の竜のゼノスは僕らを警戒しているの

 だろう。

 

 『...待って?貴方達...気付いていないのかしら?彼らは...

  1人を除いて、人間ではないわよ?』

 「何?ドウイウ事ダ...?」

 

 ...僕は耳を疑った。気付いていなかったのか?

 今こうしてスカーとヴァルキリーは姿を見せているのに、何故なのか

 気になっているとファルコナーはアスフィという女性の目の前に

 移動する。

 

 『貴女達も気付いてなかったの...?』

 「そ、その...今は姿が見えていますが、それまでは見えていませんでしたし...

  それに、仮面で顔は見えないですから...」

 

 そういう事か...それなら、仕方ないと思おう。

 ファルコナーはアスフィという女性から離れ、20-D5の中央で

 灯りのための燃え盛る炎の前へと、再び移動した。

 

 『...2人共。ヘルメットを脱いで?貴方はいいから。

  これは名誉に背く事ではなく...私からのお願いとして見せてほしいの』

 

 ...カカカカカカ...

 

 我が主神に言われ、2人は立ち上がるとファルコナーに背を向けて、

 並んだ。

 僕も邪魔にならないよう立ち上がって、2人の背後へ回った。

 アスフィという女性達やフェルズという人物、そしてゼノスの全員が

 注目している。

 

 カチッ

 プシューッ...

 

 ヘルメットの左側前頭部に接続されているパイプを引き抜く。

 呼吸するために必要なメタンガスが少量だけ溢れ、白い煙となって

 噴き出した。

 パイプを離すと、2人は両手をヘルメットに掛けロックを解除し

 顔から引き剥がす様に外した。

 ヘルメットを脇に抱え、その顔を見せる。

 人間であるアスフィ達やフェルズ、モンスターのリド達は、その顔を

 見て硬直した。

 ...まぁ、無理はないだろう。僕も初めて見た時は...

 

 ゴルルルルルッ...

 ガロロロロロッ...

 

 ...特徴において、まず挙げるなら口の部分だ。

 僕と同種である人間とは全く異なっていて、口の外周に外顎となる

 2対4本の牙がある。

 全て大きく開くと、正面から見て四角形を描くようになっており、

 その内側には人間と同様の上下に開く顎、正確には小さな牙と歯茎が

 剥き出される、という二重構造になっている。

 外顎の牙は節足動物の大顎の様に、それぞれ独立して動かす事が出来て

 ヘルメット内部にあるバーナーのトリガーや通信機能を起動するための

 ボタンが備わっている。

 僕のヘルメットには、そういった物は排除されている特殊な物だ。

 2度瞬きをする動作がトリガーとなる。

 その他に特徴を挙げるとすれば、人間のような鼻孔や耳介に相当する

 部位はない。

 だが、10M程の音ならヘルメットのヒアリングデバイス無しでも

 聴く事が出来る。

 眼窩が大きいが、対して眼は小さい。なので皆はあまり目が良くない。

 眉に当たる部分には棘が生えていて、年齢を重ねるとその棘や外顎の

 牙の本数が増えていくそうだ。

 エルダー様がその例となる。

 側頭部から後頭部にかけ黒色で先細りの管が数十本生えていて、それが

 何なのかは僕もわからないが、皮膚に生えているだけの体毛ではなく、

 それぞれが骨格の一部として頭蓋骨に関節を介して繋がっている。 

 ただ、意識的に動かせないらしい。

 体表には人間にない爬虫類に似た模様や鱗があり、体色も黄土や茶、

 緑、黒など爬虫類に近い色をしている。

 

 『彼らはこの地上とは違う所...

  空を越えた遥か彼方から、私と一緒に来訪してきた異星人よ。

  人間から見れば人間のようなモンスターに見えて、モンスターから見れば人間のような同種と見て取れないかしら?』

 「...偶然、遭遇シテイレバ確カニ、同胞ト見間違エテイタダロウ。

  ソレハ否定シナイ。ダガ...ナントミ」

 『ストップ。その言葉を言い続けたら、彼らの逆鱗に触れるわ。

  だから...胸の内に秘めて置いてね?』

 「...ソウシテオコウ」

  

 石の竜のゼノスは頷いて、我が主神の言う通りにしたようだ。

 命拾いしたな。

 僕らにとってそれは禁句であり、ディックスという男の眼を抉ったのも

 それが原因だったのだから。

    

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 『協力関係を結べば多くのメリットを与えてあげるわ。

  だから、どうかしら?』

 「...何故、そこまで我々の肩を持つんだ?」

 

 ラーニェは率直に質問した。

 そうまで言って協力関係を結びたいネフテュスの本心を知りたかった

 からだろう。

 ファルコナーは一度ラーニェを見てから、方向転換してレイの方を

 向く。

 

 『以前、レイに素敵な歌を聴かせてもらった事があるのだけど...

  それは盗み聞きをしてしまって申し訳ない気持ちになったから、そのお詫びも兼ねているの。

  贔屓してしまうけど、レイには特別に欲しいものを与えたい次第よ』   

 「欲しいもの、ですか...?」

 

 レイはその言葉に反応し、ネフテュスは続ける。

 

 『ええ。遠慮せず教えて?

  今まで私は退屈な7年間を過ごしていたのだけど...

  貴女の歌を聞けて、すごく気持ちが晴々したの。

  でも、ゼノスが密猟者に襲われる事があるのを知って、すごく心配になったから今日は話し合いに来たのだけど...

  もう密猟者も始末した事だし、その心配は無くなったわね。

  でも、同胞の皆も含めて協力関係になれば、そちらの負担は大いに減らしてあげられるわ』

 

 アスフィはもしも自分がゼノス達の立場になって考えてみる。

 第一級冒険者をも葬る力を持つ捕食者達が味方になれば、これ以上無い程

 心強く思う。

 しかし、反面デメリットがどの様なものとなるのかという、不安が

 過ぎった。

 恐らく金銭などに興味はないと思われ、魔石やドロップアイテムも

 彼らだけで十分大量に獲得するだろうから何を要求してくるか本当に

 わからない。

 そう考えながら、リド達を見る。

 いつの間にかヒソヒソと話し始めており、真面目に考えているよう

 だった。

 そして、話が纏まったようで前に出てきた。

 

 「ネフテュス様。本当にレイになら、何でも欲しいものをくれるのか?

  物じゃなくても、何かこう...願いとか」

 『ええ。可能であれば、という話しにならなければね』

 「...なら、協力するためにも1つだけレイの願いを叶えてくれないか?

  それでここに居る皆の信用が得られるはずだ」

 

 なるほど、とアスフィはリドの提案に納得した。

 条件が成立すれば、確かな信頼性を得られるからだと。

 

 『じゃあ、レイ。貴女の願いは何かしら?』

 

 ネフテュスは間を空けず、ファルコナーをレイへと移動させて

 問いかけた。

 あまりにも唐突な問いかけに、レイは戸惑うが意を決して答える。

 

 「私は見ての通り、両方の腕が翼になっていまス。

  なので、抱きしめる事が出来まセん...

  ですから...もしも...もしも、願いが叶うのでしたら両手が欲しいです」

 

 生物は不必要な部分を取り除き、環境に適応しようとする。

 鳥類は空を飛ぶために手を捨てた。何故なら、手があったとしても

 飛行時には邪魔でしかならないからだ。

 翼に指があるとしても、それはあくまで壁などに張り付くための

 補助として使うに過ぎない。

 両腕を残したまま翼を背中から生やしているドラゴンなどは、生物の

 概念を超越しており鳥類の成り立ちとは当てはまらないのだ。

 翼を差し出して答えたレイに、ネフテュスはしばらく間を空けてから

 問いかけた。 

  

 『それが、貴女の願いね?...わかったわ。その願いを叶えてあげるわ』

 「!。ほ、本当ですカ...!?」

 『嘘なんてつかないわ。だって、貴女は私を楽しませてくれたもの。

  神に二言なんてないわ』

 「...あ、ありがとうございまス...!」

 

 レイは笑みを浮かべ、頭を深く下げる。

 リドを始め、ゼノス達は本当にそんな事が出来るのかと訝るが、

 喜んでいるレイを悲しませないためにも黙っているしかなかった。

 すると、ファルコナーはレイから離れ、今度はアスフィ達の目の前に

 移動する。

 

 『さて...それじゃあ、次は貴女達と話さないとね』

 「あ...そういえば、私達をお呼びした理由とは何ですか...?」

 

 ルルネとローリエも理由を知らないため、耳を傾ける。

 

 『今日の今まで見た事を...

  ヘルメスに言わないでほしいから、それをお願いしたいの』

 「...口止め、という事ですか?」

 『私達が使っている装備をいくつかあげるから』

 「わかりました。ヘルメス様には何を聞かれても口を閉ざします」

 

 ルルネとローリエは即答するアスフィに呆気にとられた。

 いくら何でも相手の言いなりになりすぎてるのではないかと、

 思っていると今度はその2人に問いかけられた。

 

 『貴女達も要望はあるかしら?』

 「え?...。...じゃあ、4億ヴァリスとか?」

 「...私は5000万ヴァリスで...」

 

 流石に2人まで相手の思い通りにはなりたくないと考え、多額な

 口止め料を要求した。

 合計で4億5000万ヴァリスとなる。

 但し、ローリエは控え目に言っているがルルネは割と本気で言った

 ように思えた。

 それに対し、ネフテュスは即答する。

 

 『じゃあ、貴女の5000万ヴァリスを2倍にして...

  丁度5億ヴァリスをあげるわね』

 「「...えぇ...」」

 

 もはや打つ手無しと悟り、2人は項垂れるしかなかった。



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,、、,<' G’ramdo

 捕食者の2人はヘルメットを顔に着け直し、外していたパイプを

 繋ぐ。

 すると、数回ほど全身が光に包まれた。

 それが収まると、捕食者は左腕に装着している物体を触って、何かを

 見始める。

 リドはその様子を興味津々に見ていたが、グロスに肘で突つかれると

 焦りながら振り向いた。

 見てはいけないと言われるのかと思ったからだ。

 

 「...ドウ思ウ?手ヲ与エル事ガ、本当ニ出来ルト思ウカ?」

 「んん~...何となくだけど、出来るって確信はあるんだよな。

  あんな見た事のない武器とか持ってるし、ネフテュスって神様はレイの事気に入ってるみたいだしな」

 「...ソウカ。ダガ、ドウヤッテ...?」

 

 グロスが疑問に思い、ファルコナーを見る。

 何かを話しているようで、レイは翼を水平に差し出していた。

 すると、ファルコナーの表面の一部がせり上がり、そこから球体状の

 物体が浮かび上がる。

 ファルコナーが頭を下げる様に上体を傾けて、その球体をレイの翼の

 上に落す。

 

 キュイィィン

 

 その瞬間にレイの姿が消える。

 グロスは目を見開きながら驚き、すぐに駆け寄っていった。

 尻尾でリドを突き飛ばしてしまうが、それを気にする余裕もなく

 ファルコナーに掴み掛かる勢いで近付く。

 

 「オイ!レイニ何ヲシタ!?」

 「グ、グロス、落ち着いてくださイ!私はここに居まス」

 「ナ...!?...姿ヲ消シテイルトイウノカ...?」

 『そうよ。これで冒険者や知性の無いモンスターにもバレずに地上へ出られるから安心出来るでしょう?』

 

 グロスは唸るしかなかった。仲間を案じた余り、我を忘れ攻撃しそうに

 なっていたからだ。

 姿は見えないが、レイはそれを察してクスリと微笑む。

 

 「グロス、心配していただいてくれて嬉しくはありますガ...

  あまり過度になると大変な事になりますから、気をつけてくださいネ」

 「ワ、ワカッテイル。...クレグレモ死ヌナヨ」

 

 そう言い残してリドの元へ戻っていった。

 リドは突き飛ばされた事に対し文句を言っているが、グロスは無視して

 いる。

 ファルコナーはレイの前へと移動し、カメラのレンズで見つめるように

 した。

 

 『彼はとても仲間思いなのね。素敵だわ』

 「はい。私もそう思っていますガ...

  ただ...レックスはともかくとして、人間に対しての不信感はとても強いんでス。

  かつて、関わりを持った人間に何度も裏切られた事が原因で...」

 『そうなの...可哀想ね...

  でも、レックスの事は多少は信頼してくれてるのよね?』

 「はい。そのおかげで人間を殺すといった事まではしていないのが幸いでス。

  私も彼女のおかげで、こうして言葉を少しだけ上手く話せるようになりました」

 『あら、そうだったの。...でも、秀才だから不思議ではないかしらね』

 

 カカカカカカ...

 

 ファルコナーに近付く捕食者が低い顫動音を鳴らして、何か話しかけて

 きた。

 先程、ヘルメットを脱がなかった方の捕食者だ。

 レイには聞こえていないが、話し終えるとアスフィの元へと向かう。

 

 『それじゃあ、地上へ向かいましょうか。

  少しだけゼノスの皆と離れてしまうから、挨拶しておくのはどうかしら?』

 「...そうさせてもらいまス」

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 アスフィという女性に内容を書き記した紙を読んでもらい、今後の

 予定を伝えた。

 その間にクローキング機能が正常に作動するかの確認を終え、スカーと

 ヴァルキリーが近寄ってくる。

 

 「...わかりました。ルルネ、ローリエ、地上へ帰還した後、適当な宿で宿泊しましょう。

  私はネフテュス・ファミリアのホームへ赴きますので、お2人はその宿で待っていてください。

  目印はいつものようにお願いします。

  後日、フェルズが報酬を保管してくださったセーブポイントへ向かいます。

  5億ヴァリスもそこに保管してくださるそうです」

 「はいはい...というか、5億って現金で持ち運べるもんか?」

 「まず、袋に入れているなら、どれほどの大きさなのかがわかりませんよ...」

 

 ルルネとローリエという女性は何やら、ヴァリスを持ち運ぶ事に対して

 困っている様に見えた。

 あれくらいなら持ち運ぶのは簡単だと思うが...

 そこまで非力なんだろうか? 

 そう思っていると、リドというゼノスが近寄ってきたのに気付く。

 アスフィという女性達も気付いて、一度考えるのを止めていた。

 

 「アスっち、ルルっち、ロリっち、捕食者。

  さっきレイと少しばかりの別れの挨拶をしといた」

 「(ロリっちって...)」

 「今日は皆と会えて嬉しかったぜ。

  今までも手助けしてもらったりしてたが、改めてこれからもよろしくな!」

 「...はい。よろしくお願いします」

 

 アスフィという女性とリドというゼノスはお互い握手に応じる。

 次に2人とも、握手をした。

 ルルネという女性は最初こそ戸惑っていたようだが、手を握ると

 ぎこちない笑みを浮かべていた。

 ローリエという女性は、それと対象的に明るく笑みを浮かべながら手を

 握った。

 そして、僕らへも握手を求めてくる。 

 

 「こっちの2人と違って、お前は人間なんだよな?

  いつか素顔を見せてもらえるくらい、仲良くなろうぜ」

 

 ...カカカカカカ...

 

 いつか、となると、もうすぐ始まるんだったな...

 無事に生きて戻れたら...その約束は必ず果たそう。

 僕はその想いを込めてリドというゼノスと握手を交わした。

 スカーとヴァルキリーも握手を済ませ、アスフィという女性達と

 20-D5と正規ルートへ続く通路の出入り口で別れる事となった。

 

 「では、皆さん。お先に地上へ進出する事になりますが...

  行ってきます」

 「おう!何か面白そうな思い出話聞かせてくれよな!」

 「はい。もちろんです」

 

 レイというゼノスがそう答えてから、僕らは通路へと入る。

 ゼノス達の声援や気を付けるようにという言葉を背に受けながら、

 通路を進んで行った。

 しばらくして隠し扉となる、水晶で隠されていた出入口から出て

 正規ルートへと戻ってきた。

 ふと、あの水晶で隠されていたのなら、どうやってここを隠すのかと

 疑問に思った。

 だが、よく見ると足元から花が芽を出す様に水晶が生え始めていた。

 ここへ来るのは上級者でなければ来る事はまず無い上に、今は深夜だ。

 恐らくここを誰かが通る頃には水晶で隠されているだろうと、僕は

 自己解釈して疑問が晴れた。

 

 「あ、あの、確認しますが本当に見えていませんか...?」

 「え?...あー、バッチリ見えてないから心配すんなって」

 

 両腕の翼で持ちながら歩くと落としてしまい、シフターが小さいため

 足で掴むのは難しいという事なので苦肉の策として彼女の胸を

 隠している布の中へ入れる事となった。 

 ...当然、性別が同じであるアスフィという女性が入れてくれた。

 それでも非常に恥ずかしがっていたが...

 ともかく、18階層まで上って来た時、フェルズという人物が提案して

 きた。

 

 「君達はそのまま地上へ直行してくれ。

  私は少しクノッソスから地上に辿り着けるのか、試してみようと思う」

 「わかりました。くれぐれもイケロス・ファミリアやイヴィルスの残党にはお気をつけください」

 「ああ、もちろんだ。では、君達も無事に戻る事を祈っているよ」

 

 フェルズという人物と別れ、それから僕らは言われた通りに地上へ

 向かった。

 道中、モンスターに出会したりしたが、戦利品に値しない獲物だった。

 なので、通り道の邪魔になるモンスターだけを排除して、通り過ぎて

 いくモンスターは手を出さず、素通りしていった。

 ようやく1階層を上り切り、バベルの外へと出て地上に帰還する。

 ルルネという女性が真っ先に姿を見せ、その場に座り込む。

 

 「だぁ~~~。やっと外に出られた~~」

 

 続いてアスフィとローリエという女性も姿を現す。

 僕らとレイというゼノスはクローキング機能を解除せず、そのまま

 姿は消したままだ。

 

 「予定通り、お2人は宿へ。

  私とレイはネフテュス・ファミリアのホームへ向かいます」

 「わかりました。...ほら、ルルネ行きますよ」

 「えぇ~~。もうちょい休ませてくれよ~...」

 

 ローリエという女性が先に歩き出すと、ルルネという女性はため息を

 つきながらも立ち上がって後を追いかけ始める。

 クローキング機能を解除して、マザー・シップが配置されている場所を

 伝えるために、ガントレットからマップを立体映像で投影する。

 現在位置からナビゲーションシステムとして、赤いラインを動かし、

 アスフィという女性が進めるルートを赤いラインが沿っていく。

 目的地にまで赤いラインが辿り着いて、理解出来たのか確認しようと

 する。

 

 「こんな小さな物体でこれほど精密な地図を描いている...

  姿を消すための球体もあんなにも小さいのには驚きましたが、一体どのような構造体に...?」

 

 ...食い入るように見ていたが...わかってくれたのか...?

 

 「ここが、地上なのですね...」

 

 一方でレイというゼノスは...不安そうな面持ちとなっている。

 わかった理由は、ナイトヴィジョンに切り替えているため、その表情が

 よく見えるからだ。

 現時刻は深夜の真っ只中で、周辺の光景は暗闇で肉眼では何も見えない

 はずだ。

 それに、もしかすればどこかに身を潜め、覗き見をしている人間が

 居るのではないかと、疑心暗鬼にもなりかけているのかもしれない。

 加えて...最大の要因としては仲間と離れてしまった事だと思う。

 すると、見兼ねたアスフィという女性が肩に手を掛けて励ました。

 

 「不安になるお気持ちはわかります。ゆっくりと慣れていけばいいですよ」

 「アスフィさん...ありがとうございます」

 

 笑みを浮かべるレイというゼノスを見て、少しは安心してくれたと

 思い、僕は安堵した

 そして、2人をマザー・シップへ向かうルートの案内を始める。



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,、、,<>∟ ⊦ H’undo

 夜空を滑空するレイは時折屋根の上へと着地して、周辺を見渡す。

 建物の灯りや夜道を照らす魔石灯の灯りも消えており、月明かりのみが

 暗がりで動くための頼りになっている。

 なので、建物の角で見える赤い3点の光を見つけると、レイは両腕の

 翼を羽ばたかせて飛び立った。

 捕食者が指示をしながら案内しており、順調に進んでいく。

 やがて、人気の無い未開拓地の森林へ辿り着いて、レイは地面に

 降りるようにという指示が出されて、ゆっくりと着地した。

 アスフィはハデス・ヘッドを頭から外し、レイに伝える。

 

 「この森の奥に、彼らのホームがあるそうです。

  ここから先は一緒に歩いて行きましょう」

 「わかりましタ。...あの、アスフィさん?1つお願いガ...」

 「はい?何でしょう?」

 

 アスフィは足を止めて、レイが居ると思われる方を向く。

 レイは翼の翼角を擦り合わせながら、怖ず怖ず答えた。

 

 「て、手を...翼ですガ、繋いでもらえたらと、思いましテ...

  迷ってはいけないですかラ」

 「そういう事ですか。もちろん構いませんよ」

 

 と微笑むアスフィは自身の手を差し出した。

 それを見て、レイはアスフィ達からは見えないが満面の笑みを浮かべて

 片方の翼の大きな羽を指代わりに握らせる。

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者が低い顫動音を上げ、進む事を促される。

 アスフィはレイの羽を引きながら、森の奥へと進んでいった。

 暗闇の中を樹木にぶつかったり、石で躓いたりしないように気をつけ、

 捕食者が示す、3点の光に向かっていく。

 すると、先程まで木々に当てられていた3点の光が足元の地面に

 当てられている。

 恐らく止まれという意味だと思い、レイの羽を引くのを止めてアスフィ

 自身も足を止めた。

 2人は周囲を見渡し、アスフィはここにホームがあるのかと首を

 傾げる。

 

 ...ヴゥウン...

 

 「「...!?」」

 

 突如として、目の前に何かが現れる。

 それはとてつもなく巨大で、奇妙な形状をしていた。

 度肝を抜かれたレイは口を半開きになったまま放心状態となる。

 アスフィはそうなるのを何とか堪え、その巨大な物体に近付いていく。

 まず始めに、軽く接触して人体に問題がないかを確かめる。

 腫れ物を触るかのようにそっと触れ、表面の溝を沿ぞりながら、その

 感触をしっかりと確かめる。

 

 「(...今、私は未知なる物をこの目で見て、この手で触っているようですね...)」

 

 アスフィは触るのを止め、レイの元へ近寄る。

 ようやくレイも正気を取り戻し、アスフィに問いかけた。

 

 「こ、こ、これが、その、ホーム、というものですカ...?」

 「そのようですね...あちらから入るようです。行きましょう」

 「は、はい...」

 

 ゴクリとレイは固唾を飲み、巨大な物体の後方部分から開かれた

 出入口らしき開口部へ近づいて行く。

 開口部には開かれた側面がスロープとなっており、そこから2人は

 入ろうとした。

 だが、入る直前にアスフィは立ち止まり、ある個所を凝視する。

 自身が知る扉の開閉とは違う構造体で、筒状の部分に支えとなる棒が

 収納されており、それが伸びきってから固定されるという仕組みに

 なっているのだと独自に考察し、間近で観察しながら唸った。

 アイテムメーカーとしての性なのか、その部分を自分が理解出来る

 範疇での解析を徹底的に行い始めてしまい、アスフィはそこから

 動こうとしない。

 レイは夢中になっているアスフィに、どう声を掛けて良いのか戸惑って

 いる。

 すると、姿を現わした捕食者の1人がアスフィの肩を軽く叩いた。

 それに気付いたアスフィは、ようやく顔を離して何度も頭を下げる。

 

 「も、申し訳ございません!つ、つい、興味深い構造をしていたものですから...

  さ、さぁ、では案内してください」

 

 捕食者は頷き、2人を連れて中へと入っていった。

 その場に誰も居なくなると、スロープとなっていた部分が置き上がって

 いき、閉じられる。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「よく来たわね。初めまして、私がネフテュス。

  2人の事を歓迎してあげるわ」

 「ありがとうございます。神ネフテュス」

 「は、はイ」

 

 玉座に座りながら、アスフィという女性とレイというゼノスに

 我が主神は微笑んだ。

 2人はそれに頭を下げて、応えた。

 シフターはアスフィという女性が布から取り除いたので、既に

 姿が見える状態となっている。

 

 「それじゃあ、早速だけど...アスフィは案内に従って、別の部屋に行ってもらうわね。

  そこに装備を集めておいたから」

 「わかりました。早速、案内をお願いします」

 

 カカカカカカ...

 

 案内を担う事になったのはウルフだった。

 ウルフに連れられ、アスフィという女性は居なくなってレイという 

 ゼノスが残される。

 我が主神はパネルを操作し、レイの姿を3Dモデル化させた映像を

 投影する。

 上半身まで拡大し、両腕を広げた状態に3Dモデルを動かすと説明を

 し始めた。

 

 「まず両手をどこに施すかを検討してみたわ。

  やっぱり腕を翼となる位置に生やすと不格好になるから、やっぱり翼のこの部分に施そうと思うの。

  ここなら人間と同じ様に腕を動かして、誰かを抱きしめたり物を掴めるわ」

 「ここ、ですカ」

 

 我が主神が示している部分は、翼にある初列風切を動かすための

 翼角だった。

 その位置は僕らでいう手首と同等となるので、我が主神が説明した通り

 不便にはならないだずだ。

 

 「まぁ、何はともあれ手を使ってみない事には判断しかねるわね。

  まずは練習から始めてみましょうか」

 

 すると、ビッグママがのそりとレイというゼノスに近寄る。

 ...やっぱりと言うべきか、その巨体に硬直してしまっているよう

 だった。

 だが、そんな事は気にせずビッグママは持っていたボックスから

 何かを取り出した。

 それは、応急処置用に開発した義手だった。

 万が一、腕を失った際それを切断面に嵌め込む事でコネクタ部分が

 装着者の細胞を採取し起動する。

 そうする事でEEGを受信する事で思う様に動かせる代物だ。

 今回は上腕部は無く手首から先の部分のみの義手をレイというゼノスの

 翼角に挟み込む形にするようだった。

 ビッグママは片方の翼を折らないよう慎重に掴むと、義手のコネクタを

 挟み込ませる。

 

 キュリリリッ...

 ピッ ピッ ピッ... ピピッ

 

 「今、それは擬似的に貴女の手となったわ。動かしてみて?」

 

 レイというゼノスは翼の前腕部となる関節を曲げ、義手が自分から

 見えるようにする。

 深呼吸をし、義手に意識を集中させ始めた。

 

 ...ギュィィン

 

 すると義手が動き、ぎこちなくだが開閉した。

 レイというゼノスはそれを見て、驚きと歓喜の声を上げる。

 我が主神が小さく拍手を送り、お褒めした。

 

 「動かす事は出来たわね。それじゃあ、次は...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「こちらの仮面は、被ってもよろしいのでしょうか?」

 

 カカカカカカ...

 

 その問いかけに捕食者は頷いて、アスフィに差し出した。

 アスフィは受け取ると緊張しながら仮面を顔に付けた。

 すると張り付いた感触はあったのだが、一瞬にしてそれがなくなり、

 顔の一部になったような感覚となった。

 触ってみると確かに、顔には付いている。

 

 「(これも何かしらの細工があるのでしょうか...)」

 

 そう思いながら瞬きを2回した。すると視野が拡大される。

 

 「...うわっ!?」

 

 突然、壁が迫ってきたように見えて、思わず仰け反った。

 様々な捕食者の扱う道具が置かれている台に腰を強打してしまい、 

 鈍痛で声にならない悲鳴を上げる。

 捕食者はその様子に、棒立ちのまま見続けていた。

 

 「(せ、せめて説明を願いたいところですが...

  アイテムメーカーのプライドとして、自力で理解しなくては...!)」



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,、、,<>'<、⊦ S'omgu

 1時間後、義手を自ら作動させられるかの確認が終わった。

 翼に手を移植する準備のため、レイというゼノスを用意しておいた 

 部屋に案内している。

 そこは、レックスが使用している部屋だ。

 本人の許可は得ているそうなので、問題はないだろう。

 扉が開き、部屋へと入る。レイというゼノスは少し落ち着かない様子で

 キョロキョロと室内を見渡していた。

 とりあえずとして、僕は寝床を指し座った。

 それに彼女も続いて、少し間を取ると座る。

 一般的に考え、ここから対話をすると思われるのだが...

 掟に従い、僕は成人の儀を成し遂げるまで他人に素顔を見せない、

 言葉による会話をしないと決めている。

 但し筆談や鳴き声、ゴーグルを光らせる事による返答は適応されない。

 この地球上では、本来僕はまだ14歳になる。

 しかし、今の僕は肉体的に成人を迎えているので、もうじき成人の儀を

 執り行うはずだ。

 ...それはそうとして、これからどうしようか...

 

 「...あの、私の歌を...貴方も気に入ってもらえていたのですカ?」

 

 唐突に彼女から問いかけてきた。僕は頷いて答える。

 僕自身がまず聞き入ったので、我が主神にもお聴かせしたいと思い、

 録音したのだから、間違ってはいない。

 

 「貴方も歌ったりしますカ?」

 

 それには首を横に振り、否定する。

 僕らは狩りの文化を最重要視している。

 儀式の際、鼓舞のために奏楽をするが、技の熟練と勝利と名誉を掛けて

 狩りに臨むので、そういったものにほとんど興味はない。

 ヴァルキリーや我が主神は別だが。

 

 「そうですか...レックスさんとは仲良しですカ?」

  

 カカカカカカ...

 

 「...あ、えっと...」

 

 しまった。つい癖が...

 僕が改めて頷くと、レイというゼノスは笑みを浮かべる。

 

 「私もでス。今より言葉遣いが酷かった頃、レックスさんが直すのを手伝ってくれたんでス。

  私だけでなく、他の同胞の皆さんも一緒に...」

 

 なるほど。彼女なら教えるのに適任だと僕は思った。

 レックスは戦闘に長けているとは言えないが、知能は凄まじく高い。

 獲物の弱点を瞬時に見抜き、最小限の動きで仕留めるという戦法を

 得意としている。 

 僕が幼い頃、文字の読み書きや計算方法、歴史や地質学などを

 教えてくれた所謂、先生みたいな関係でもある。

 ...それなら、レイというゼノスや他に教えを受けたゼノス達も

 僕と同じ教え子という事か。

 何となく親近感が湧いた様に思える。

 

 「...手を授けられたら、私は最初に誰を抱きしめましょうカ...

  ネフテュス様には失礼でしょうかラ...

  ...やっぱり、ここまで来るのに色々と手伝ってもらった、アスフィさんがいいでしょうカ...?」

 

 恐らく、我が主神を抱きしめても大丈夫だとは思う。

 だが、皆が無礼だと怒るかもしれないので、アスフィという女性に

 した方がいいと思い、僕は頷いておいた。

 

 「わかりましタ。...すごく楽しみになりますネ」

 

 そう言って微笑む彼女は、容姿とは異なって幼い子供の様に思えた。

    

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 アスフィは選んだ道具を袋へ詰めてもらい、通路を歩いていた。

 その表情はとても満足気で上機嫌の様子だった。

 

 「久々に制作意欲が刺激されて、あらゆる構想が思い浮かんできましたね。

  ホームへ戻ったら早速制作...を!?」

  

 そう思っていると、突然何かとぶつかった。

 否、ぶつかったというよりもぶつかって来たと言える。

 思わず転びそうになるが、仮にもレベル4の冒険者であるため何とか 

 踏ん張って体勢を持ち直す。

 安堵しながら、何がぶつかってきたのか見ようとするが、それが勝手に

 離れ、アスフィの視野に入る。

 

 「...レイ?」

 「アスフィさん...!い、いきなり抱き着いてしまって、申し訳ございません。

  ですが...見てくださイ!私の...私自身の手を授けてもらいましタ...!」

 

 その両手は人間と同じ箇所に位置していた。

 というより、翼の前縁部が人間と同様の両腕そのものとなっていた。

 レイの人間と同じ胴体をしている肌の色となっており、覆っていた

 金色の羽が無い。

 腕の内側も飛行の際に必要な雨覆や風切りが無く、完全な人間の女性と

 同じ腕になっていた。

 ぎこちなく動かしていた義手の時とは違い、滑らかに指を動かしていて

 最初から付いていたとしか思えない程だ。

 アスフィは思わずレイの手を取って、凝視するしかなかった。

 

 「...どうやって、この腕に変化させたのですか?」

 「えっと、それは...眠っていたのでわかりませン...

  確か、いでんし?を組み換える事で、こうなったとしか...

  目が覚めた時には既にこうなっていて、ネフテュス様に綺麗な手と褒めてもらいました」

 

 細くスラッとした肌荒れも無い美肌で、確かに綺麗だとアスフィは

 思った。

 しかし、これではもう飛べなくなってしまったのでは、と問いかける。

 すると徐に両腕全体を手で擦り、グッと握り拳をつくる。

 開くと同時にメキメキと両腕が金色の羽に覆われて翼となった。

 非現実的な変化にアスフィは呆気に取られ、眼鏡がズリ落ちる。

 魔法でも絶対にあり得ない現象に、レイが何かを言っているようで

 あったが全く耳に届かなかった。

 しばらくして、人間の手に変化させたレイがアスフィの手を握ってきて

 ようやくアスフィは我に返った。

 

 「...あの、アスフィさんも私の歌を聞きますカ? 

  手を授けてもらったお礼に、ネフテュス様に歌を披露しますかラ」

 「...え、ええ。是非ともお聞かせください」 

 

 頭に広がっていた様々な疑問がその笑みで消え去り、アスフィは

 自分自身に少し呆れながらも、その招待に頷く。

 レイはアスフィの手を引いて、ネフテュスの所へ向かおうとした時、

 ふと横から差し込む光に驚いた。

 レイは手でその光を遮り、恐る恐る目を細めながら何が光っているのか

 見ようとする。

 

 「レイ、大丈夫ですか?」

 「は、はい...あの、あれは...?」

 「...あれが、太陽ですよ。地上を照らす巨大な光です」

 

 レイは初めて見る太陽を見つめた。

 ダンジョンでは決して見る事が出来ない、眩い光に思わず息を

 呑んでもいた。

 

 「(...ルルネ達に何と言い訳をすればいいでしょうか...)」

 

 そう考えていると、鼻を啜る音が聞こえてきたので、その方を見る。

 見ると、レイが手で涙を拭っていた

 

 「レイ?...どうかしたのですか?」

 「...いえ...ただ、とても...とても、綺麗だと思いまして」

 「...そうですか」

 

 そう答えるとアスフィはレイの顔に手を伸ばし、頬を伝っていた涙を

 拭ってあげた。

 それにレイは照れくさそうに口元に手を当てて、微笑んでいた。

 

 

 「素敵な歌を聞かせてね、レイ」

 「はい。...すぅ...」

 

 ...♪~♫~♬~♩~

 

 その歌はマザー・シップの室内に響き渡る。

 我が主神は玉座に居座り、目を瞑って静かにお聞きになっていた。

 とても満足そうにされているようで、僕自身も嬉しく思った。

 改めて、彼女には敬意を払わないといけないな... 

 最後まで歌い続け、終わりに頭を下げると我が主神が拍手を送った

 

 「素敵な歌をありがとう。レイ」

 「こちらこそ、手を授けていただき...ありがとうございまス」



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,、、,< ̄、⊦ gaun

 「...んぅ...?」

 

 リリルカは漂ってくる香りに目を覚まし、体を起こした。

 見渡して見覚えのない部屋に居る事に気付くリリルカは、昨日までに

 起きた出来事を思い出す。

 今まで自身を苦しめていたソーマ・ファミリアから解放された。

 それに伴って、行く宛てが無いという事から命の提案で命が団員として

 所属しているファミリアで、一夜を過ごしたのだ。

 ここへ来た際には、タケミカヅチや団員達も驚いていたが、それまでの

 経緯を聞いて、暖かく迎え入れてくれた。

 リリルカはそれを思い出すと、思わず涙が溢れてきそうになる。

 すると、襖が開かれてリリルカは咄嗟に目元を拭いて顔を勢いよく

 振る。

 

 「あ、リリルカ殿。お目覚めになっていましたか。」 

 「ヤマト様...はい。今までにないくらい、とても清々しい目覚めでしたよ」

 

 そう答えるリリルカに命は微笑みを浮かべる。

 リリルカの横に正座をして手に持っているお盆を置く。

 お盆には湯気が立つ味噌汁に綺麗な三角形となっているおにぎり、

 そして沢庵が添えられていた。

 先程から漂っていた香りは、この味噌汁だったのかとリリルカは

 気づいた。

 

 「どうぞ食べてください。もうお昼頃ですから、お腹も空いているでしょうし」

 「ありがとうございます、ヤマト様。では...いただきます」

 

 リリルカは手を合わせて、おにぎりに手を伸ばす。

 一口食べて、絶妙な塩加減と熱さに食欲が刺激される。

 それによって空腹感が増し、また一口、二口と頬張りあっという間に

 平らげる。

 続けて2個目も食べていると、命が話し掛けた。

 

 「リリルカ殿。本当にここへは入団しないのですか?

  どこにでもコンバージョンは可能となっているのですし...

  自分からタケミカヅチ様に話を持ちかけても」

 「いえ、これ以上ヤマト様にお手数をお掛けする訳にもいきません。

  大丈夫ですよ。もし入団出来ないとなれば...諦めて、商売人へ転職でもしますから」

 「...そうですか」

 

 話が途切れ、おにぎりを一口食べてから皿の上に置き、リリルカは

 味噌汁を啜る。

 体の芯から温まる感覚に安堵のため息をついた。

 リリルカが言った通り、転職する方が本人にとっても安泰した生活を

 送れるはずだと命は思った。

 しかし、本当にそれが正解なのかという疑問が残る。

 リリルカが酷い仕打ちを受けていたのは、ソーマ・ファミリアに

 所属していたせいであり、冒険者を辞めたいと思っている本心が

 あるのかどうか、それが気がかりに命は思っていた。 

 まだ一緒に冒険をした事は無いが、もしも本来持っているはずの素質が

 開花し、大化けする可能性も捨てきれない。

 それならばと、命はこう提案した。

 

 「では、タケミカヅチ様の知り合いを紹介してもらうというのはどうでしょうか?

  その方が早くそのファミリアに入団出来ると思いますが...」

 「...なるほど、確かにそれがいいかもしれませんね...

  ですが、冒険者を増やすのもやっとなファミリアにとなると、気が引けそうな気も...」

 

 命はその発言に、少し顔が険しくなった。

 自身のファミリアも零細であるため、もしもリリルカを入団させると

 なると、経済的に厳しくなるのはわかり切っている。

 自身の考え不足に不甲斐なさを覚えていると、襖が開いた。

 

 「リリルカ、よく眠れたか?」

 「あ、おはようございます、タケミカヅチ様。

  はい。久しぶりにぐっすりと眠れました」

 「そうか、それは何よりだ。

  命と何か話していたようだが、何の話をしていたんだ?」

 「あ...あの、タケミカヅチ様。実はですね...」

 

 命は事の経緯を話した。

 タケミカヅチ様は話を聞き終えると、腕を組んで少し考え込む。

 すると、拳でポンッと掌を叩き何かを思いついた仕草を取る。

 

 「俺の神友にまだファミリアを結成してない女神が居るんだが...

  そいつに会ってみるか?

  神の中でも良い奴だから、お前を悪い様にはしないぞ。俺が保障する」

 「ファミリアを結成していない...その女神のお名前は?」

 「炉の女神。ヘスティアだ」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ん~...ねぇ、ホントにウチに入団させるのはダメなの?」

 「ダメって訳じゃねえけど、今の状況的に入団させてもなぁ」

 「今はヤマトさんに預かってもらい、もしもの時にこそ入団させましょう」

 「それがいいですねぇ。まぁ、もしかすれば転職するという事も考えられます」  

 

 星屑の庭にてアリーゼ達は書類仕事に追われていた。

 昨日、検挙したソーマ・ファミリアの団員達を投獄させたので、

 ギルドへ報告書を提出しなければならないからだ。

 尤も、ザニスが記録していた内容を書き写すだけなのだが、それも

 枚数が枚数なため、やっと半分まで済ます事が出来ている。

 

 「皆、とても頑張っているわね。無理は体に毒だから、時々休むのよ?」

 「ありがとうございます、アストレア様。

  もう少しで終わらせますので、ご心配なく」

 「そう。じゃあ、終わったら何かご褒美をあげないと」

 「あ。ご褒美は是非ともアストレア様と一緒にお風呂へ入りましょう!

  お風呂もアストレア様も堪能するわ!」

 「「「やめろ、不敬な」」」

 「痛゙!?」

 

 アリーゼの言動に3人は書き終えた書類の束で叩く。

 痛みに悶えるアリーゼにアストレアは苦笑い気味に微笑んでいた。

 その時、ネーゼがやって来てアストレアに声を掛ける。

 

 「あの、アストレア様?お客様がお見え...

  というか見えないんですけど、来ていますよ?」

 「あら、私に?誰かしら...?」

 「私よ。アストレア」

 

 その声を聞いた瞬間、アストレアは目を見開いた。

 アリーゼ達は声はしたが、姿が見えない事に気付くと即座に

 立ち上がってアストレアを囲う様に警戒した。

 ネーゼはそれを見て、戸惑うがアリーゼ達の方へ付く。

 しかし、アストレアは手を差し出し、待ったを掛けた。

 

 「ア、アストレア様?」

 「いいの。皆、大丈夫...私のよく知っている女神様だから」

 

 ヴゥウン...

 

 アリーゼ達が女神と聞いて呆気にとられる中、その女神が姿を現わす。

 鈍く銀色に光る仮面を被った、褐色の美しく瑞々しい肌に包帯を

 巻き付けている。

 そして、その仮面を脱ぎ正体を明かすと...

 

 「ふふっ...元気そうで何よりね。アストレア」

 「ネフテュス様...」

 

 アストレアはスッとアリーゼとリューの間をすり抜けて、ネフテュスに

 近寄る。

 何とも感動的な再会を思わせる光景にアリーゼ達は止めようとは

 しなかった。

 恐らく、仲の良い神友関係なのだろうと思ったのだ。

 が、その思いが突如として一気に崩れ去った。

 

 「ん...」

 

 アリーゼ達はアストレアの背後から見ているので、最初こそは

 抱きしめていると思っていた。

 しかし、どこか違和感を覚えたので全員で横に移動してみると 

 アストレアが、ネフテュスに躊躇なく接吻していた。

 舌を絡ませてはいないが、濃厚な接吻をしている。

 アリーゼ達は一瞬にして真っ白くなり、その場で硬直した。

 やがて、アストレアが唇を離すが、今度はネフテュスの方から

 接吻を迫ろうとした所でようやく全員が我に返る。

  

 「何やってるんですかぁああああ!?」

 「...カハッ!」

 「あ!?ポンコツエルフが倒れた!?」

 「沈着冷静になってくださいライラ。ここは浅く深呼吸をして」

 「いやいや矛盾しかしてないってそれ!?」



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,、、,<,、 ̄、⊦ H’undosyak

 「「「「恋人おぉおおおお!?」」」」」

 「そうよ。私はオシリスの妻だけど、アストレアの恋人でもあるの」

 「...おふ...」

 「おいクソザコエルフ!しっかりしろって!」

 

 リューという女性は目を虚ろにしながら桃色の髪の少女に寄り掛かる。

 余程、信じられないんだと思った。 

 ...実のところ、僕も最初こそは彼女と同じ反応になっていた事がある

 ので気持ちはわかる。

 我が主神の話しによると、神々の喧嘩が勃発しそれを止めようとした

 アストレア様だが、失敗し天界は破滅の一歩手前まで陥ったという。

 しかし、そこに我が主神が止めに入ったそうだ。

 紆余曲折を得て止められたらしく、壮絶な戦いだったのだろう。

 傷心に浸るアストレア様を我が主神が慰め、その時に感じた慈しみと

 温情に惹かれアストレア様から思いを告げられたそうだ。

 尚、その時には当然オシリス様とは夫婦になっており、包み隠さず

 その事を話した所、婚姻は不可能だが恋仲は良しとされたそうだ。

 イシス様は絶句していたそうだが後に恋仲と認識してもらえたらしい。 

 それらの事を我が主神は話した。

 彼女達は黙って聞き入れ、それぞれ顔を見合わせながら戸惑っている。

 

 「...えっと、それで...神ネフテュス?

  この度はどの様なご用件で、ここへお越しに...?」

 「ま、まさかアストレア様を奪いに!?そんな事は団長である私、がふ!?」

 

 アリーゼという女性が近付こうとしたので僕は止めようとした、

 だが、先に隣に座っていた桃色の髪の少女が頭部に拳を叩き込む。

 ...中々に優れた拳打だ。

 アリーゼという女性が悶えている間に、我が主神は答える。

 

 「実はね...後輩の神や女神の何人かが、イヴィルスに関与しているみたいで...

  それを確かめてほしいのよ」

 

 その言葉にアリーゼという女性はすぐに姿勢を正した。

 リューという女性も意識を取り戻すと、他の女性達も我が主神の話に

 耳を傾け始める。

 

 「その情報は、どこで手に入れたんですか?」

 「イケロスの子供であるディックスっていう子が教えてくれたの。

  把握しているのはソーマ、イシュタル、ニョルズが該当しているわ」

 「...じゃあ、やっぱりあの書類の内容は本当だったって事か。

  信じられないけど...密輸の事は本当なのね」

 

 アリーゼという女性は口元に手を当て、何やら考え始める。

 彼女の口から密輸という言葉が出てきて、僕は何かが引っかかった。

 隣に立っているアスフィという女性とレイというゼノスも恐らく、 

 同じ様に思っているはずだ。

 我が主神もその発言が気になったようで問いかける。

 

 「あら、もしかして...少し変わったモンスターの事、知っているのかしら?」

 「喋るモンスターの事か?まぁ、こいつが言ってた書類の内容には書かれてたが...

  ...マジで居るのか?」

 「...。...見た方が早いかしらね」

  

 そう言うと、握っていたアストレア様の手を離し席を立つ。

 アストレア様の表情は少し曇ったが、我が主神は頭を撫でる事で

 頬を赤く染めて微笑みを浮かべた。

 そして、僕らが立っている所へとお近づきになられる。

 

 「手をこうして?武器を持たないようにしてほしいから」

 「...ふざけんな。そこに居るってのかよ」

 「ライラ」

 「いいのよ、アストレア。...ごめんなさいね?勝手に連れ込んでしまって。

  外で待たせていても不安かと思ったから...」

 「...まぁ、とりあえず、その実物を見せてくれますか?」

  

 全員が先程とは違う雰囲気となった。

 鋭い視線がこちらに向けられている。僕はいつでもバーナーを

 発射出来るようにスタンバイしていた。

 我が主神に万が一があれば、僕も容赦はしない。

 

 「レイ。姿を見せて?...2人もそうした方がいいかも」

 

 ...ヴゥウン...

 

 ピピッ ピピッ ピッ

 ピッピッピッピッ

 

 レイというゼノスは言われた通り姿を現わす。

 完全に使い熟せている手でシフターを操作している。

 僕もクローキング機能を解除し、アスフィという女性も姿を見せた。

 彼女達はレイの姿を見て警戒心がより一層、高まったようだが

 アスフィという女性を見たアリーゼという女性が首を傾げる。

 

 「あれ?貴女達は...人間、よね?というかそっちはヘルメス・ファミリアの...」

 「アスフィ?何故、貴女が...?」

 「リオン、これには説明が長くなりますので...

  一先ず彼女の事を知ってください」

 

 そう言って、アスフィという女性はレイというゼノスの隣へ立つ。

 レイというゼノスはアスフィという女性を見つめる。

 それにアスフィという女性は頷いた。

 少し俯いてから前を向き、レイというゼノスは一歩前に出た。

 

 「...初めましテ、地上の方々。私はレイと申しまス。

  私は喋る事や考える事も出来る、ゼノスと呼ばれるモンスターでス」

 「彼女が危害を加えないという事は私が保証しましょう。

  まだ知り合って日が浅くもありますが...

  こうして...手を繋げられるんです。彼女の綺麗な手を」

 

 そう言ってアスフィという女性はレイというゼノスの手を握り締める。

 それに驚くレイというゼノスに、アスフィという女性は微笑んで

 心配させまいとしているように見えた。

 我が主神はその様子に微笑みを浮かべ、アリーゼという女性達は

 しばらく硬直していた。

 すると、唐突にアリーゼという女性が立ち上がり近付いてくる。

 アスフィという女性はレイというゼノスの傍から離れず、近付いてきた

 アリーゼという女性を見据えた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 レイとアスフィに対峙するアリーゼは俯かせていた顔を上げると、

 ニコリと笑みを浮かべる。

 次いで、手を差し出した

 

 「じゃあ、私も友好の印として握手はしとかないとね」

 「おいおい、団長っ...!?」

 「...まぁ、何となく予想はしておりましたし。

  何を言っても意味が無いですよ、ライラ」

 「ここは...黙ってみていましょう」

 「...ったく」

 

 悪態をつくライラは、ソファに座り直す。

 モンスターと仲間が目の前に立っており、話せるからと言っても

 万が一があっては遅いと思い、心配しているんだろう。

 レイは戸惑いながらも、自身の腕を伸ばし手でアリーゼの手を

 握った。

 とても弱く、まるで花を撫でるように。

 

 「よろしくね、レイ。私はアリーゼ・ローヴェル。

  清く正しく聡明で美しい完璧美女であり団長なの!」

 「あ、は、はぁ、確かに綺麗です、ネ...」

 「(清く正しく聡明とはやはりモンスターでも思わないのですか...)」

 

 アスフィはモンスターでも前者はそうとは思わない自己紹介に

 ため息をつく。 

 アリーゼはそんな事もお構いなしに、今度は捕食者と向き合った。

 一瞬、アスフィは内心焦るが、何も起きない事を咄嗟に祈った。

 

 「貴方は同じ人間よね?名前は?というか、その仮面...

  中々カッコイイけど、部屋の中では脱いでもいいじゃない?

  ほら、恥ずかしがらずに」

 「ア、アリーゼ!初対面の相手に失礼な事をしてはいけません!」

 

 アスフィが止めようとしたが、先にリューが飛び出してアリーゼを

 引きずって、後ろへ下がらせる。

 以前にヴィオラスの群れを倒し、オリヴァスを倒した捕食者の

 実力を知っているので、リューは気に障るような事をしてはならないと

 判断したのだろう。

 アスフィは項垂れながら深くため息をつく。

 

 「も、もしも怪我をしていてそのために着けているのだとすれば...

  それこそ大変な事になります」

 「あ、そっか...それもそうね。ごめんなさい。

  ...けど、せめて名前だけは教えてもらってもいいんじゃないの?」

 「それは掟によって、誰にも教えられない事になっているわ。

  だから顔も明かせられないの。...まだ、ね」

 

 まだ、という意味深げな言葉を最後付け加えて答える。

 アリーゼは仕方なく諦めたようだった。

 しかし、再び捕食者の前へと近付いて、手を差し出す。

 

 「握手くらいはいいでしょ?」

 

 ...カカカカカカ...

 

 「え?今の何?声?どうやって出したの?」

 

 質問攻めのアリーゼを無視して、捕食者は握手に応じる。

 アリーゼの手を離すと、次に後ろに立っていたリューに捕食者は手を

 差し出した。

 リューは戸惑いながらも、その手を握った。

 その瞬間にアリーゼ達は驚く。アスフィも含めてだ。

  

 「うっそ!?リオン、何で普通に握手してるの!?」

 「認めた奴だけしか無理とか言ってなかったか?」

 「わ、私も初対面では、かなり拒否された事があるのですが...」

 「まさか、一目惚れでもしたか?」

 「な、なな、な、何でそうなるのですか!?違います!

  ...はぁ...ここは、もう明かしてもよろしいでしょうか?」

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者が返事をしたのを確認し、リューは手を離してアリーゼ達の

 方へを向いた。

 

 「実はこの方は...捕食者と呼ばれていますが、数日前リヴィラに巨大なモンスターが出現した時に協力をした事があるんです。

  その際、武器を貸していただいたりもしました。

  それと...私達にとって恩人と呼べる方なんです」

 「え?恩人?というか捕食者って...

  リオン、もうちょっとネーミングセンスは磨いた方が」

 「私ではなく他の者が最初に付けたんです!

  ...話を戻します。5年前に出現した、あの怪物を倒したのが彼なんです」

 

 一斉にアリーゼ達は捕食者へ視線を向けた。

 捕食者は動じず、そこに佇んでいる。

 レイやアスフィは何の事かわからず、アリーゼ達と捕食者を見るのを

 行き来していた。

 

 「...そうなの?5年前に出て来た、あの骸骨ザウルスを?」

 「はい。フィルヴィス・シャリアという同胞も彼に助けられた事があり、同じ様に武器を貸してもらい協力していました。

  ...そうですよね?」

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は両目を光らせ、低い顫動音を鳴らし返事をした

 その途端にアリーゼが急接近し、捕食者の両手を掴み取る。

 アスフィとリューは心臓が口から飛び出す程、驚き硬直してしまう。

 

 「それならそうと早く言ってよね!そっかそっか!

  道理で只者じゃないなぁって思ってたのよ!

  じゃあ、改めて、助けてくれてありがとう。

  私からちょっとしたお礼をしてあげるわ。んーー...」

 「「馬鹿なマネは止しなさぁああい!」」

 

 アリーゼは顔を突き出し、捕食者の仮面に唇を付けようとした。

 アスフィとリューは意識を取り戻したと同時にアリーゼを捕食者から

 引き離し、事なきを得たのだった。

 

 「...なんつーか、悪いな?ああいう奴だからさ」

 「あまりにも気に障りましたら...

  噛み付くくらいは許可してさしあげましょうかねぇ」

 「だ、大丈夫ですかラ...」

 「話が中々進まないわね...」




Ⅳ期開始記念


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,、、,<>'、,< A’drubrw

 「...では、イケロス・ファミリアの団員達は、やむなく殺めてしまったと?」

 「はい。同胞達を助けてもらうためニ...」

 「イケロス・ファミリアは以前からイヴィルスと結託して、ゼノスの密猟をしていました。

  そして、怪物趣味の貴族達へ売りつけているとこちらで調べはついています。

  なので...どちらにせよ、イヴィルスと関わっていたからには処刑は免れなかったはずです」

 

 ディックスを始め、イケロス・ファミリアの団員達を殺害した理由を

 聞き、アリーゼ達は真剣な面持ちになる。

 殺めたのが1人や2人ではなく、全員という事が問題なのだろう。

 尚、殺した後の事は話していない。

 リューのみは事情を知っているので、アスフィがアイコンタクトを 

 取った際、察してくれている。

 

 「ボコボコにする程度なら未だしも...命を奪ったのは良くないわね」

 「けど【万能者】の言う通り、イヴィルスと手を組んでたならどっちにしろだよな?」

 「イヴィルスは根絶やしにしなければならないのは確かな事。

  相手が斬り掛かって来たのなら、尚の事殺めたのは正当防衛ですからねぇ」

 

 アリーゼの主張にライラと輝夜はそれぞれの意見を述べて、捕食者を

 素知らぬ様子で弁護した。

 現実的に考えイヴィルスに関連している者を殺害したとしても、やはり

 ギルド側が同じ様に捕食者を弁護すると思ったからだろう。

 頬を膨らませて、納得がいかないアリーゼは捕食者を見つめて、

 問いかけた。

 

 「あれだけ人を巻き込んだもの。恨む人は数え切れない程、この街に居る。

  ...私もその1人よ。親しかった人を何人も殺されたんだから...

  ...だけど、殺したのはゼノスを助けるため?それとも...

  個人的な殺意で?」

 

 それこそがアリーゼの知り得たい、捕食者の本心だった。

 誰かのために成す事は、崇高な責任感だ。

 助けるためにというのもそれに等しいものである。

 だが、人間の本質として自己を満たすための手段とも成り得る。 

 それを踏まえ、命を奪う事までするのはどうだろうか?

 輝夜が言った通り、やむなくゼノスを助けた事で正当防衛となるが、

 基本的な規律として適応しない事が今回ある。

 それは、守ったのが人間ではなくモンスターである事だ。

 人間が動物を虐待し殺せば、それは罪となる。

 しかし、モンスターは殺す事で人間の収入源と言える。

 食べられるために殺される家畜と一緒だと、同視されるのが一般的に

 広まっているらしい。

 何千年もの間、人以外と争い続けておりオラリオだけでなく、世界が

 絶対なる悪と認識している。

 なので、モンスターを守る代わりに人間を殺した事は正当防衛には

 値しない。

 だが、捕食者が守ったと思われるモンスターとは、全く異質で理知を

 兼ね備えた別の生物と言える。

 秩序を守るアストレア・ファミリアとして、判断すべき事は捕食者が

 どういった思いでイケロス・ファミリアの団員達に手を掛けたのか、

 アリーゼはそれを見極めようとしているのだ。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...僕はアリーゼという女性に射貫くように見つめられている。

 ヘルメットで眼は見えないのに、彼女は的確に僕の眼を見ているように

 思えた。

 まぁ、光の加減でゴーグル部分が見えるはずだから、不思議では

 ないか。

 とにかく、彼女は僕がディックスという男や他の奴らを何故殺したのか

 知りたいのだと理解した。

 僕はペンシルと紙を手に取り、書き記した紙をテーブルの上へ、彼女の

 目の前に置いた。

 僕はこう書き記している。

 

 [奴らのせいで僕らの先達は不名誉とされている。

  許されざる愚者は天に召し来世まで更生させるべきだ]

 

 「...そう、これが貴方の本心ね。つまり復讐心、って事か...」

 「じゃ、お咎めなしって事だな。

  こいつじゃなくて、別の誰でも同じ結果だっただろうしよ」

 「当時を知る人々は賞賛するでしょうなぁ。恨みを買い過ぎた代償をこの方が払ったと。

  かく言う私もそうですし」

 

 輝夜という女性は僕を怪しげな笑みを浮かべながら見据えている。

 僕は何か仕掛けて来るかと思い、視線を逸らしてアリーゼという女性の

 方を見た。

 

 「...本来であれば、反省させる所だけど...

  私達は貴方に借りがあって、大切な人のために手を掛けた。

  輝夜とライラもそう判断してるし、それと...

  リューが手を握れるくらい認めてる事を踏まえて...

  今回はと・く・べ・つに!...見逃してあげるわ」

 

 ...僕は奴らも奴らと関わっているファミリアの冒険者を許しは

 しない。

 必ず...皆殺しにして先達の不名誉を少しでも回復させるんだ。

 

 「...それじゃあ、神ネフテュス。

  さっきのイヴィルスに関与しているって話し、協力させてもらいます。

  実は、ソーマ・ファミリアが関与しているって証拠を昨日見つけ出したものですから。

  アスフィの言った通り...貴族へ売り飛ばす予定だったみたいね」

 「そうですか。恐らく、その売り飛ばされそうになっていたゼノスは救出したので、もう大丈夫です」

 「...それ以前に地上のどこかへ行ってしまった同胞は、助けられないのでしょうカ...?」

 「レイ...お気持ちはわかります。ですが...

  何年も前に密売されてしまっている同胞の事は...諦める他ありません。 

  居場所を特定出来ませんから...」

 「ここにあるのは新しく作成された書類みたいで、昔のは...無さそうね」

 

 レイというゼノスは目を伏せ、悲しみに暮れていた。

 ...僕らの掟では、敵に捕まり傀儡となってはならないので、万が一

 その様な状況になった場合は仲間の手で殺される事が名誉を回復する

 唯一の手段となっている。

 助けに向かおうにも、場所がわからなければ意味は無いのだが...

 

 「イケロスの方は拉致して片付いてるから...残るはイシュタルとニョルズね。

  私がイシュタルの方に行ってみるから、ニョルズの方は任せていいかしら?」

 「もちろんです!任せてください!」

 「おい。まさかメレンに行けるからラッキーとか思ってねえだろうな?」

 「そんなまさかではありませんよねぇ?団長殿?ん~?」

 「何言ってるのよ?そのまさかに決まってるでしょ!

  メレンへ行くわよ!アストレア様と一緒に!」

 「「「...はぁ!?」」」

   

 アリーゼという女性の発言にリューという女性達は目を見開いて、

 驚愕する。

 恐らく主神と行く事が信じられないと思っているのだろう。

 

 「馬鹿か!何でアストレア様も一緒なんだよ!?」

 「えー?せっかく外に出るんだから、アストレア様と一緒に観光する方が楽しいじゃない?

  それに神様同士の方が話しが進みそうだもの」

 「そ、それはわかりますが...

  主神をオラリオから連れ出してまで向かうのはどうかと...」

 「大丈夫よ。日帰りすればいいんだし」

 「日帰りであっても、オラリオから出る許可を得てからでないと無理なのは...

  もちろん理解しておりますよねぇ?」

 「...え?そうだっけ?」

 

 ...任せて本当に大丈夫なのか、少しばかり心配になってきた。

 輝夜という女性も呆れて首を振っていた。

 すると、我が主神が提案する。

 

 「ちょっとだけ出るだけなら、隠れて出て行きましょう?

  ドロップ・シップで送ってあげるから、ものの3分で着くわ」

 「どろっぷしっぷ?何ですか、それ?」

 

 ...実物を見てもらった方が早いか。

 そう思った僕はガントレットを操作し、ドロップ・シップの立体映像を

 投影した。

 ドロップ・シップの映像は全形が詳しく見えるように、ゆっくりと

 回転している。

 突然、目の前に投影された立体映像にアリーゼという女性達は

 前のめりになって凝視している。

 見るのは構わないが、余計な詳細が出てきてしまうので、触ろうと

 するのはやめてほしい。

 ...アスフィという女性も何故か一緒になって触ろうとしていた。

 

 「これがそうよ。言うなれば...空飛ぶ船かしら。

  この船も外部からは姿を見えなくする事が可能だから、ちょっとだけズルをしてオラリオから出られるわよ。

  向かうのは貴女達とアストレアでいいのかしら?」

 「...前提としてなら、そうですね。5人になります。

  それだけの人数を乗せられますか?」 

 

 全く問題ない。スカウト・シップでは厳しいところだが、

 ドロップ・シップは運搬を目的とするので30人程を乗船させる事が

 可能だ。

 それを聞いて、アリーゼという女性が今度は全員で行こうと

 言い出したので、流石にアストレア様が止めに入った。

 

 「全員は無理でも、アストレア。彼女の言う通り、行ってもらえないかしら?

  ニョルズを説得するのに、貴女の力が必要になるかもしれないわ」

 「...そうしましょうか。ニョルズもきっと理由があってイヴィルスに加担したはず...

  危害を加える事はないでしょうから、話し合ってみるわ」

 

 アストレア様からの返答を聞き、頷く我が主神は次にアスフィという

 女性の方を向く。

 

 「アスフィ。貴女はレイを送り届けたら、今回の件は終わりになるけど...」

 「...個人的な協力として、アストレア・ファミリアと同行させてもらいたいというのが本音です」

 「そう。...レイも行ってみる?

  姿を隠すにしても、下半身さえ隠していれば問題ないと思うわよ?」

 

 レイはその提案に戸惑っていた。しかし、アスフィという女性が

 その手に自身の手を重ねてくる。

 

 「リドが思い出話を聞かせてほしいと言っていましたよね?

  それなら...もっと地上を満喫してはいかがでしょうか」

 「...はい」 

   

 レイというゼノスは笑みを浮かべて頷く。

 改めて予定を確認しよう。

 我が主神はイシュタルという女神と対話をする。護衛はケルティックと

 チョッパーに任せる事にした。

 アストレア様とその眷族4人、他2名を含めた7名でメレンという

 港町へ向かい、ニョルズという男神へ話を聞きに行く。

 向かう際は僕が操縦するドロップ・シップで送るという事になった。

 明朝、まだ人々が寝静まっている時間帯に、マザー・シップを

 着陸させている森林の前を集合場所とした。

 これで話し合いは終わりなのだが...どうやら簡単には帰れないな...

 

 「ネフテュス様。これまでにアストレア様の可愛いとか愛おしいって感じた思い出はありますか?」

 「ア、アリーゼ...!?」

 「ん~...小石を使って私がどのくらい好きなのかを、天秤で計っていた姿が可愛かったかしら。

  もちろん隠れてね」

 

 そう答えた我が主神にアストレア様は顔を真っ赤に染めると、

 我が主神の両肩を手で掴み、下から上を覗き込むような姿勢で睨んで

 いた。

 

 「...ど、どうして、それを知っているの...!?」

 「...適当な想像で言ってみただけなのだけど...」

 「わー、アストレア様が墓穴掘ったー。

  でもってこいつまた気を失いやがったよー」

 「まさか正義を司る主神様からそんな惚気話が聞けるとは...」

 「アストレア様ったら可愛いー」

 「~~~っ!...わ、忘れて...お願いだから...!」

 「「「いやいや、無理ですって」」」

 

 ...なるほど、我が主神が恋人に選んだ愛おしさを理解した。

 気がする。



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,、、,<,、、,< F’rltu

 ギルドの掲示板の前に大勢の冒険者達が集まっていた。

 どうやら貼り紙に釘付けになっているらしく、様々な会話が

 飛び交っていた。

 その貼り紙に掲載されている内容はこうだ。

 

 [リヴィラの街を襲った食人花及び巨大なモンスターの出現した原因は、

  イヴィルスによる奇襲であり、今後も要注意が必要となる。 

  尚、両モンスターはロキ・ファミリア、アストレア・ファミリア、

  ガネーシャ・ファミリアの手により討伐。

  奇襲の首謀者であるオリヴァス・アクトは死亡した。

  以下の似顔絵と酷似した緑色の瞳に赤い髪をした女性は同じく

  イヴィルスの首謀者であるため要注意されたし]

 

 名前が不明なため、レヴィスの特徴のみがブラックリストに

 記載されていた。

 当然ながらネフテュス・ファミリアの名前は一切書かれていない。

 フィルヴィスの名前も無いのは、何かしらの理由があるのだろう。

 

 「仲間が惨い殺され方をしたから、その復讐でもしようとしていたのか...?」

 「さぁな。どっちにしろ、あんな事した連中にはお似合いの最後だよ」

 「全くだ...やり過ぎだと思ってる奴らがどうかしてるんだ。

  殺した奴らは賞賛すべきだな。もし会えたら酒でも交わすか?」

 

 と、イヴィルスを唾棄する冒険者達はネフテュス・ファミリアに対し

 恩義を知らず知らずの内に感じているようだった。

 その様子に、事務処理を熟すエイナはつい手を止めてしまう。

 そのイヴィルスを殺した者の正体を知っているがために、複雑な心境に

 立たされているからだ。

 

 「(...あの人は...どういう気持ちで、人を殺したのかな...

   恨みながら?怒りながら?...それとも...快楽的に)」

 「...あの、すみません」

 「!。あ、は、はい!?...あれ?」

 「あ、こちらです。下ですよ、下」

 

 エイナは声がしてくるカウンターの下を覗き込んだ。

 そこに居たのはリリルカだった。筒状に巻いた羊皮紙を握っている。

 

 「お忙しい中申し訳ありません。リリはリリルカ・アーデと言います。

  この度、所属していたファミリアからコンバージョンしましたので...

  冒険者登録の再登録をお願いしたいんですが、よろしいでしょうか?」

 

 エイナは書類の数を確かめ、この程度ならすぐに終わると判断すると、

 カウンターの前に立つリリルカと向かい合った。

 

 「はい。問題ありませんので承りますよ。

  私はエイナ・チュールと申します。

  では、コンバージョン先のファミリアの名前を教えていただけますか?」

 

 エイナに返事をしながらリリルカは握っていた羊皮紙をカウンターの 

 上に広げて差し出す。

 

 「ヘスティア・ファミリアと言います」

 「...ヘスティア・ファミリア、ですね。聞いた事はありませんが...」

 「それはそうでしょうね。

  何せつい数時間前に結成したばかりですので、団員はリリだけです」

 「えぇ!?...あ、え、えっと、そ、そうなんですね。

  わかりました...」

 「まぁ、驚くのも無理はありません。あの女神様は優しいですが...

  堕落し過ぎて友神様を怒らせた結果追い出されて、ようやくファミリアを建てる事にしたのですからね」 

 「...何と言うか...頑張ってくださいね」

 「ありがとうございます...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「アーディ~?居るんでしょ~?出てきてよ~!」

  

 ガネーシャ・ファミリアのホーム、アイアム・ガネーシャにティオナは

 足を運んでいた。

 正確にはアーディを訪ねに来ている。

 シャクティから自室に引き籠もっていると聞いているため、居るはず

 なのだが、何度もドアを叩いては呼びかけ続けても、一向に返事は

 返って来ない。 

 無理矢理こじ開けるという手もあるが、そうしてしまうと自分が

 叱られると思ったので考え直した。

 

 「んー...ん?」

 

 ふとティオナは鍵が掛かっているのかどうかを確認していない事と

 気付く。

 ドアノブを捻ってみると、簡単に開いてしまった。

 最初からなのか途中で開けたのかわからないが、開いたのなら入ろうと

 ティオナは躊躇なく入室する。

 

 「アーディ?」

 「...」

 

 ティオナはベッドの上で背を向けたまま座り込むアーディを見つけた。

 室内はカーテンも閉められており暗い。

 辛うじて隙間から溢れる日差しで足元が見えるくらいであり、

 アーディの様子がよくわからない。

 目を凝らしながら窓に近付き、ティオナはカーテンを勢い良く開ける。

 室内が明るく照らされ、アーディが何をしているのか見えるように

 なった。

 

 「おはよう、じゃなくてもうこんにちはだね。

  ...大丈夫?朝から何も食べてないって聞いたけど...」  

 「...」

 

 一切答えない様子にティオナはお見舞いの品をそばにあった机の上に

 置くと、背中合わせとなるようにベッドの縁へ座った。

 お互いに、というよりもティオナの方から話しかけず、静寂の中で

 時間だけが過ぎていく。

 しばらくして、ようやくティオナが口を開いた。

 

 「アーディ...もうクヨクヨするのはやめようよ。

  ずっとそうしてても、つまんないでしょ?」

 

 それにアーディは答えなかった。

 ティオナは体ごと振り返り、ベッドの上で胡坐をかいてアーディの方を

 向く。

 その表情に怒りは籠っていなかったが、真剣そのものだった。

 

 「シャクティも言ってたけど...

  気持ちの切り替えをはっきりしないとダメだと思うよ。

  あたしよりアーディは年上なんだし、大人になってるんだから...

  楽な気持ちにはなれなくても、辛い気持ちにはならないようにしようよ」

 

 かつて、自分が経験した苦い思い出が鮮明に蘇る。

 怪我をしていないのにも関わらず、辛いと感じる度に拳や心臓に

 鈍く冷たい痛みを感じる時があった。

 それが悲しみのせいなのか、幼い少女にはわからなかった。

 師弟の契りをバーチェと結ばされ、更に過酷な鍛錬が課せられた。

 手加減など一切しないバーチェの瞳は感情が宿っておらず、冷たく

 見据えているだけだった。

 それにティオナは恐怖した。

 一方で、ティオネは何もかもが荒々しくなっていた。 

 言葉遣いは汚くなり、事ある事に乱暴さが増していき、目は濁って

 いく...

 血反吐を吐く程の鍛錬を何年も続けている内に、ティオナ自身は感情が

 薄れていく事にすら気付かなくなっていた。

 だが、そんなティオナを救ったのは丸められていた紙の塊。

 破られた英雄譚の数ページ。アルゴノゥトの物語だった。

 バーチェに読んでもらい、その物語に今まで感じた事もなかった

 喜楽が芽生え始めた。

 その後はバーチェとほんの少しだけ打ち解けたのか、指導の際に

 問いかけたりしていた。

 そのおかげか、痛みに耐えるだけだった鍛錬が辛くなくなっていき、

 寧ろ話したり出来る機会えて楽しみになっていった。

 それからというもの儀式に勝つと、カーリーに本を与えてもらい

 ずっと読み続けた。

 本に描かれている物語にのめり込んでいき、いつしかティオナは

 笑うようになっていた。

 鈍く冷たい痛みが消えていたからだ。

 

 「...な...」

 「ん?なに?」

 

 アーディが何かを言ったのに気付き、ティオナはそっと近付いて

 耳を傾ける。

 泣き続けたせいなのか、掠れた声でアーディはもう一度言った。

 

 「...どう、すれば...いいのか、な...」

 

 辛い気持ちにならなくなる方法を問いかけられているとティオナは

 思い、一度ベッドから降りる。

 机に置いてあったお見舞いの品を手に取って、再度ベッドの上に乗ると

 アーディに近寄って篭の中から果物を1つ差し出した。

 

 「沢山食べながら話そうよ。そうすれば、少しはマシになるかも」

 

 それが、ティオナなりに思いついた方法であった。

 かつての自分を見ているように思えたからこそ、そう思いつき

 アーディの苦しみを少しでも取り除きたいという気遣いも含めて、

 ティオナはそう言ったのだ。

 差し出された果物をジッと見つめ、ゆっくりと体を振り向かせると

 アーディはティオナと向き合いながらそれを受け取る。

 ティオナは別の果物を手に取り、アーディの隣に座り直した。

 

 「果物屋のおばさんがね、一番美味しいのを選んでくれたの。

  美味しいものを食べたら元気になって、辛い気持ちもきっと収まるよ」

 「...そっか...じゃあ、いただくね?」

 「うん!遠慮なく全部食べてよ」

 「全部はちょっと...まぁ、食べられるだけ貰うね」

 

 そう言ってアーディは一口齧る。

 甘いしっとりとした触感が口に広がり、少しだけ心が安らぐのを

 感じた。

 ティオナも頬張りながら、アーディに話しかけた。

 

 「ほひょふひゃもふひゃもひょっへひゃへふのひゃは?」

 「...飲み込んでから言って?」

 「んぐっ...」



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 「...ティオナ」

 「んー?」

 「私も確かに気分転換しようと思ってダンジョンに潜ろうとは思ってたよ?

  ...だけど何で...」

 

 バオォォォオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 「何で21階層まで潜っちゃうかなぁ~~~!!

  武器を持ってきてないのにぃ~~~~~!!」

 

 その叫び声は、マンモス・フールの咆哮に負けない程の声量で

 響き渡った。

 何故、ティオナとアーディが21階層まで潜っているのかというと、

 始めにティオナが外へ出ようと言い出して、アーディを自室から

 引っ張り出した。

 その際、アーディの言った通り武器を持ち損ねている。

 バベルを通って一気に18階層へ辿り着き、そのまま21階層まで

 降りてきた途中でモンスタールームに迷い込んでしまい、壁から

 生まれたマンモス・フールと対峙しているのだ。

 

 「いやー、運動には丁度いいくらいかなーって」

 「武器も無いのにどこが丁度なの!?」

 

 アーディは胸倉を掴んでティオナに言い寄る。

 しかし、マンモス・フールが槍の様な2本の象牙を突き出し、巨体に

 そぐわない程の速度で突進してきた。

 アーディはティオナを担ぐや否や全速力で走り出し、追いかけっこが

 始まった。

 モンスタールームは円形状となっており、どこかに隠れそうな岩陰が

 無いのか走りながら見渡すが、どこにもそういった場所は無かった。

 マンモス・フールが踏みしめる度に、地面が揺れて転びそうになるが

 何とか体勢を立ち直らせ、必死になって逃げまわる。

 

 「どうしようどうしようどうしよう!?」

 「あのモンスターって確か...転ばせて魔石を突けばいいんだよね?」

 「そうだよ!そうだけどその転ばせるための岩もロープも無いから困ってるの!」

 

 担がれているティオナはふと上の方を見ると、木の根で形成された

 壁から突起している状態の岩を見つける。

 あれを落として上手く頭部にぶつければ、何とかなるかもしれないと

 考え出した。

 

 「アーディ。あの上にある岩を落としてみるのはどうかな?

  頭に当たれば倒れるかも!」

 「...あれ!?あれの事!?高すぎて届かないよ!」

 「でも他に方法が無いし...」

 

 ティオナに言われアーディはぐうの音も出なかった。

 ここで突破口を導き出せば助かるはずだが、成功する可能性も

 高いかといえばそうでもないと思える。

 しかし、マンモス・フールはしつこく追いかけて来てくるので

 通路に出たとしても、出入口が広いため追ってくるのは明白だった。

 思考を巡らせた結果、アーディは腹を括るしかなかった。

 

 「じゃあティオナが上に登ってあれを落として!

  何とか私が誘導するから!」

 「オッケー!」

 「タイミング絶対に間違えないでよ!?」

 

 ティオナを下ろし、最初は並走して徐々にアーディが先を走り抜けて

 いった。

 ティオナとの距離を十分に空け、突起している岩が頭上の前方に

 見える位置で立ち止まった。

 少し屈み両手を重ねて足場を作る。

 その両手の足場に後方から走って来たティオナが跳び乗り、アーディは

 タイミングを見計らって勢いよく腕を振るい上げた。

 頭上を滑空する様に跳んで行くティオナを見送り、アーディは急いで

 また走り出す。

 跳んで行くティオナは勢いが無くなってくると、木の根で形成された

 壁にへばり付いた。

 

 「よっ、ほっ、っと、ふっ...」

 

 手と足の指を隙間に突っ込み、勢いをつけて斜めに上へと登っていく。

 岩の上まで辿り着くとティオナは着地し、体重を掛けながら踏み付け

 岩の根元に罅を入れようとする。 

 

 ビキッ ビキキッ... バキッ...!

 

 「よしっ!アーディー!いつでもいいよー!」

 

 下に居るアーディに呼びかけ、アーディが頷きサムズアップするのを

 確認しマンモス・フールが一周するのを待った。

 もしも失敗した場合はアーディも巻き添えになり、遅ければ当たらなく

 早ければアーディのみが潰される事になる。

 ティオナはタイミングを誤らないようリズムに合わせ、体を小刻みに

 上下させる。 

 そして、勢いよく跳び上がると全体重を掛けて岩を踏み付ける。

 

 ガゴッ...!

 

 罅が根元を一周し完全に割れると、上にティオナは乗せたまま岩が

 落下していく。

 アーディは頭上から降ってくる岩を見逃さず、マンモス・フールに

 悟られないためにあえて速力を落す。

 マンモス・フールは遅くなったのに気付くと咆哮を上げ、2本の象牙を

 突き出し猛突進してきた。 

 猛突進してくるマンモス・フールに合わせ、アーディも更に速力を

 上げる。

 細かい落石が降り注ぐ中、頭上に注意しながら落下してくる岩の下を

 駆け抜け通過し、岩がマンモス・フールの頭部に直撃した。

 

 ド ゴ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 マンモス・フールは頭部に与えられた衝撃で脳が揺さぶられる。

 覚束ない足取りで体勢を保とうとするが、耐えきれず足が崩れ落ち、

 横転した。

 頭部に直撃する直前に岩から離れていたティオナが着地していると、

 アーディが息を切らしながら近寄ってきた。

 

 「ハァーッ...ハァーッ...な、何とか...転ばせたね...」 

 「うん。じゃあ...どうやって魔石を突こっか?」

 「え?え!?それ考えてなかったの!?」 

 「...テヘッ」

 

 舌を出して誤魔化そうとするティオナにアーディはチョップを頭部に

 叩き込んだ。

 悶絶するティオナにため息をつきながら急所をどの様にして突けば

 良いのかを考える。

 自分はもちろんティオナの拳打でも急所にある魔石に衝撃を与えるのは

 困難だと判断する。

 その時、ふと2本の象牙に目が行くとある方法を閃いた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ホントにいいの?買い取ってもらったお金全部貰っちゃって」

 「いいよ(ホントは慰謝料として半分以上貰おうかと思ったけど...)

  ゴブニュ・ファミリアに借金してるって聞いたから、先にそっちを支払いなよ」

 「あははは...そうだね。ありがとう、アーディ」

 

 結果的にマンモス・フールの魔石は手に入れる事が出来た。

 マンモス・フールの象牙をへし折り、それを2人掛かりで構えながら

 破城槌が如く急所を突いた。

 象牙の先端が分厚い皮膚を貫くと、ものの見事に魔石へ到達した事で

 マンモス・フールは消滅し、魔石とドロップアイテムとしてその象牙を

 入手したのだ。

 疲労の具合と持ち運びの難しさから、リヴィラの街で買い取ってもらい

 証文をティオナにアーディは渡していた。

 アーディの言った通り未だに借金を返していないティオナは照れ笑いを

 浮かべている。

 

 「...こっちこそ、ありがとう。

  おかげで少しは吹っ切れた気が...するかな」

 

 まだ少し蟠りはあるものの、最初の時よりは幾分かマシになったと

 アーディ自身そう思った。

 

 「そっかぁ~!それならよかった!

  ...でも、やっぱり捕食者の事は許せない?」

 「それは...。...心の中では、まだそうだけど...

  今だけは...心の内に秘めておく事にしようかな」

  

 それはギルドの近くを通っていた際に聞いた事だった。

 邪悪な殺人鬼達を全滅させる救世主が現れた。

 かつての罪を精算させた。

 名も無き英雄を称えるべきだ。

 どれも殺されたイヴィルスの使者に対する同情の無い言葉ばかりで

 やはり自分が間違っていたのではないかとアーディは思った。

 しかし、それでも自分自身を裏切る事は出来ないと決意し、一度

 心の整理をつかせるためにそうしたのだ。

 自分の信念を捨てれば最後、何もかもを見失うと思ったのだろう。

 

 「(...じゃあ、もう少し言わないでおこっと。

   せっかくアーディと仲直り出来たのにまたあんな風になったら嫌だし)」

 「あ。前からミノタウロスが数体来てるよ」

 「っと、うん!任せてっ!」

 「(それに、今よりも強くなって...

   捕食者に認めてもらえるくらいにならないとね!)」

 

 ティオナは片腕をグルンと回し、ミノタウロス目掛けて走り出す。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「はい、あーん」

 「は、恥ずかしいから、今は遠慮させて...」

 

 話し合いは終わったが既に日も暮れてきたので、夕食を出されて

 しまった。

 我が主神は喜んで召し上がっていて、アストレア様に食べさせて

 上げている。

 かなり恥ずかしがっているようで、中々食べようとしていないが...

 それよりも...

 

 「ほらほら、捕食者君も食べなってば。

  今日はリューが作った料理じゃないし、安心して食べられるわよ」

 「ア、アリーゼ!わざわざそんな事を言わなくていいですから!?」

 

 アリーゼという女性がとにかく僕に話しかけてきている。

 というよりヘルメットを脱がせようとしてくる。

 不思議な事に腹が立つ事も鬱陶しくも感じないが...

 僕の事はそっとしてほしいのが本音だ。

 

 「美味しい...!これは何ですカ...?」

 「ミネストローネという野菜のスープです。

  鍋さえあればレイでも作れるかもしれませんね。

  ゼノス達にも食べさせてあげられますよ」

 「本当ですか...!」

  

 レイというゼノスもスープの美味しさに満足しているようだった。

 作れるとアスフィという女性は言っているが、あの数であれば

 かなり大型の鍋でないといけないんだろうか...

 そう考えていると輝夜という女性が同じスープを差し出してくる。

 

 「スープくらいなら飲んでもいいのではありませんかねぇ?

  口元がちょっとだけ見えるくらいでしょうし」

 

 ...なるほど、この女もグルになったな。

 少しだけヘルメットをズラした隙に外そうという魂胆だろう。

 ...それなら、こうするか。

 まず、受け取って飲もうとする素振りを見せるためにヘルメットの

 縁に手を掛けた。

 その瞬間に直ぐさま別の方向を向き凝視する。

 

 「ん?」

 「どうかしたの?」

 

 と2人の女性が余所見をしている瞬間にヘルメットを少しだけ上に

 ズラす。

 皿に口を添え、注がれているスープを一気に口内へ流し込む。

 ...熱っ...

 口内に熱湯が溜まった事で体が震えるが無理矢理飲み込んだ。

 喉から食道を走る熱い刺激に耐え、少し咳き込む。

 それに気付いた2人の女性が視線を僕にへと戻す。

 

 「...!?」

 「あれ!?いつの間に...!?」

 

 ...恐らく、舌が火傷しただろうから後で冷やそう。



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 「タ、タナトス様!イケロス・ファミリアの団員達が消えました!」

 「んー?...消えたってどういう事?」

 「で、ですから、そのままの意味でして...

  モンスターを地上へ運ぶ手筈のはずが、誰1人戻ってきていないんです!

  それに檻が何者かによって破壊されていました!」

 「...イケロスを探しに行ってきてくれない?

  アイツなら把握してるはずだし、というかしてるから」

 「は、はい!直ちに...!」

 「...ま、イケロスが居なくなっても、こっちにはとってきおきの子達が居るから大丈夫でしょ」

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 「...あぁ...?」

 

 イケロスは目を覚ますと、周囲を見渡した。

 薄暗く、異臭を放っているそこはどうやら檻の中のようだった。

 立ち上がろうとしたが動けない。見ると全身にワイヤーが巻き付けられ

 身動きが取れなくなっていた。

 

 「イケロス。やっとお目覚めかしら?」

 「...おっと...これはネフテュスパイセン。どうもお久しぶりで」

 「そうね、久しぶり。...今の状況、理解してるかしら?」

 

 イケロスは目頭を押えながら、ここで目を覚ます前の記憶を辿った。

 最後に覚えているのは割れた瓶でも使い、自害して強制送還しようと

 したが、頭に衝撃が走った以降から何も記憶がない。

 つまり頭を殴られ、気絶させられたのだと判断した。 

 

 「貴方達はイヴィルスに関わっていたそうね?

  だから、処罰を下すために捕まえたわ」

 「...それはアストレアやガネーシャのする事じゃないすかね?」

 「いいえ、私の子供達の名誉のためにやっている事よ。

  だから...貴方の子供達はみーんな、殺したわ」

 

 鉄格子越しに見ているネフテュスの瞳が真っ赤な血の様に光っていた。

 ただし、口元に映る白い歯が三日月を描いている。

 いつもなら七色に変色するはずだが、それは怒りを表わしていると

 イケロスは悟り、そして言い訳をしても無意味だという事も悟った。

 

 「あぁ、それは知ってますよ。...で、俺を強制送還させるつもりなんすか?」

 「それは決めかねるわね。神々の皆と話し合って、決めようかしら』

 「別にいいすよ?今すぐでも。

  楽しみがもう無くなっちまったなら、ここにいても退屈すからね」

 

 そう答えるイケロスにネフテュスは背を向けて、数歩前に歩く。

 何かを考えているようだった。少しするとすぐにまた振り返る。

 

 『じゃあ、皆との話し合いをする日まで、ここに居てね?

  それが貴方に対する罰よ。いい?』

 「はいはい...というか、何か声が最初より変になってないすか?」

 『まぁ、そうでしょうね。それじゃあ、まだ眠いからおやすみなさい』

 

 ネフテュスの姿がまるで縮む様に消える。

 イケロスは誰もがあり得ないと思う現象にも関わらず、気にしないで

 いた。

 その場にまた寝転び、寝る事にしたようだ。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ファルコナーを操縦し終え、ネフテュスはベッドの縁に座ると

 ガントレットを枕元に置く。

 窓の外を見るとまだ月明かりに照らされている、深夜の時間帯だった。

 先程まで真っ赤に染まっていた瞳は、月の灰色と夜空の群青色と同じ

 色に変色し始める。

 

 「..もう一眠りしましょうか...」

 「ん...ネフテュス様...?」

 「あら...起こしちゃったわね。もう少し寝ましょ?」  

 

 隣に寝ていたアストレアが起きたのに気付くと、ネフテュスは優しく

 微笑みながら寝そべり寄り添った。

 腰の位置で引っ掛かっていたシルクの掛け布団を引き寄せ、自分と

 アストレアの全身を覆うように掛け直す。

 言わずともだが、お互いに何も身に着けていない。

 とてつもなく長い包帯は1つの塊に巻かれ、アストレアが着用している

 寝間着も綺麗に畳まれて机の上に置かれている。

 ネフテュスから足を絡めると、滑らかな陶器肌同士が擦れ合って熱を

 持つ。

 月明かりに照らされ、白皙な肌の頬がほんのり赤く染まっているのを、

 ネフテュスは見逃さなかった。

 手をその頬へ伸し、そっと添える。

 赤く染まっているためか少し熱い。頬に指を滑らせ、アストレアの

 下唇に沿ってなぞるとアストレアも同様にネフテュスの唇をなぞった。

 ネフテュスは不意を突いて口を開き、アストレアの指を咥えた。

 口内で舌を蠢かると舐め回し、唇を窄めて吸い、歯を覗かせて甘噛みを

 する。

 

 「んっ...ぁ...」

 「...っはぁ...ふふっ。これだけで劣情を抱いたの?」

 「...だって...」

 

 ムスッと頬を少し膨らませ、アストレアはネフテュスに抱き付く。

 胸に顔を埋めたまま上目遣いになってネフテュスの瞳を見つめる。

 アストレアの潤んだ瞳にネフテュスは背筋から首筋までが、興奮と

 喜びで震える。

 

 「...オシリス様にお叱りを受けるかもしれないけれど...

  貴女を求めてしまうの...」

 「私と姉と関係を持っているのだから、何も言わないわよ。

  だから...」

 

 ネフテュスは何故かアストレアを引き剥がすように起き上がる。

 包帯を下半身のみに巻き付け、片腕で胸元を隠しながら部屋のドアの

 前に立つ。

 

 「いいのよ...もっと肉欲を、潤いを、私の全てを求めて...

  私も貴女の全てが欲しい...けど」

 

 ドアノブを軽く捻る。すると、ドアが自然と開いていき向こう側から

 ドタドタと複数の影が傾れ込んで来た。

 アストレアは慌てて掛け布団で自分の体を隠して、室内に設置してある

 小型の魔石灯を付けた。

 

 「痛ったた...もう!リオン、重いから早く退いてってば!」

 「なっ、わ、私が肥えているとでも言うのですか!?」

 「おいおい、今喧嘩してる場合じゃねえだろ...」

 「そうでございますねぇ...」

 

 と、輝夜とライラは視線を上に向ける。

 アリーゼとリューも自分達に影が被った事に気付き、顔を上に向けた。

 そして全員揃って顔が青ざめ、固唾を飲む。

 体に掛け布団を巻き付けた自分達の主神が目の前に立っていたからだ。

 それも笑みを浮かべながら禍々しいオーラを漂わせて。

 

 「この子達には悪影響よね...」

 「...何をしているのかしら?」

 

 ネフテュスはクスクスと可笑しそうに笑いつつ、ベッドに腰掛けて

 離れた所から傍観する気のようだ。

 助け船は来ない、そう全員が悟る中、アリーゼは思考を巡らせて何とか

 言い訳をしようと考える。

 最初は偶然にもリューからアストレアの自室から音が聞こえてくると

 聞き、ライラと輝夜を呼び出して盗み聞きをしていた。

 何やら卑猥な会話が聞こえ、リューがこれ以上はプライバシーの侵害で

 あると言っていたのだが、そんな事は気にせず聞き続けた。

 そして、ドアが唐突に開き、全員が見つかってしまった。

 なので...結論から言えば言い逃れ出来ない。

 つまり、雷が落ちるのは必至である。

 取るべき行動は2つ。まず1つは自分に被さっているリューを退かす。

 

 「うわっ!?」

 

 2つ。逃げる。

 

 「ごめんなさぁ~~~い!」

 「少なからずリオンが原因なんでぇ~~~!」 

 「わたくし達は巻き添えに過ぎませんからぁ~~~!」

  

 どさくさに紛れてライラと輝夜はリューのせいにしながら、アリーゼの

 後に続いて逃げていく。

 置き去りにされてしまったリューは突然の事に呆然としていたが、

 逃げ遅れたとわかり冷や汗が顔中に吹き出る。

 その時、フッと仄かに甘い香りが鼻をくすぐってきたので、横を向くと

 アストレアの顔が目の前にあった。

 リューは肺を鷲掴みにされた様な感覚になり、思わず呼吸を止めて

 しまった。

 

 「ア、アストレア様、ど、どうかお話を...」

 「どう話したとしても、盗み聞きはしていたのでしょう?

  それなら...問答無用よ」

 

 その瞬間、リューは怒れる正義と秩序を司る女神の影に覆われる。

 

 「お仕置きはしないとね」

 「...ひぃっ...!」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ん...?」

 

 用意された寝室で就寝していたアスフィは目を覚ました。

 悲鳴が聞こえたように思えたが、気のせいだったのか何も聞こえない。

 不思議に思いつつアスフィは、欠伸をかいて再度眠りにつこうとする。

 目を瞑って寝返りを打ち、腕を伸ばした所で何かに触れた。

 ムニムニと触り心地のよい柔らか過ぎない柔軟な物体。

 枕とは違うそれにアスフィは疑問を抱いて、目を開く。

 

 「すぅ...すぅ...」

 「...!?」

 

 瞬時に顔が赤面した。いつの間にか自分が寝ているベッドに

 潜り込んでいたレイの胸をガッツリ揉んでしまっていたのだ。

 慌ててアスフィは手を離し、感触を忘れようと両手の掌同士を擦り

 合わせる。

 また寝返りを打ち反対側を向き、レイの顔を見ないようにして、

 早く寝ようと思ったようだが、ここでレイが何故かすり寄ってくる。

 先程まで手で得た感触が今度は背中に感じて、アスフィは声にならない

 悲鳴を上げ悶絶するしかなかったのだった。

 

 

 尚、捕食者は月明かりに照らされている星屑の庭の屋上で寝ており、

 何事も無く翌日まで睡眠したという。




ベル君にラキスケ成分がいかないためアスフィさんがこうなります。


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,、、,<>'<、,< D’rrp-Shypu

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 ...出発する30分前になったか。

 僕は体を起こし、屋上からそのまま地面へ飛び下りる。

 着地すると同時に周囲を見渡して人影の有無を確認し、屈んだ体勢から

 ゆっくりと立ち上がる。

 クローキング機能で姿は消しているが、自然と警戒する癖がついて

 しまっているんだ。

 なので、すぐに背後から現れた人影に気付く事が出来る。

 リスト・ブレイドを伸長させながら振り返り、正体を確かめる。

 

 「...アリーゼ達とは二度と口を利きません」

 

 ...正体がリューと言う女性だとわかったが、どこか疲弊している様に

 見える。

 アリーゼという女性達と何かあったみたいだ。

 僕は鳴き声を上げ、リューという女性に僕が居る事を伝える。

 

 カカカカカカ...

 

 「あっ...お、おはようございます。

  とても、早く起きていたのですね...」

 

 僕も彼女に対してそう思っていた。

 30分も前に出発準備をする所を見ると、かなり真面目な性格で

 あるとも僕は思った。

 しばらくすると、アリーゼ、輝夜、ライラという女性と少女達を

 合わせ全員が集まった。

 怪しまれないようにと全員、衣服のどこかにエンブレムを付けていた。

 我が主神とレイというゼノス、そしてアスフィという女性も姿を

 消したまま集っている。

 

 「それじゃあ、出発しましょうか。皆、離れないよにね?」

 「ちびっこい子供じゃあるまいし、大丈夫ですっての」

 「とは言え、姿が見えないですからねぇ。

  下手をすれば本当に見失ってしまうかもしれませんし、気を付けなければ」

 

 輝夜という女性の言っている事は間違いない。

 我が主神が指示を出しながら移動するが、もしも誰かがルートを

 外れた場合は僕が引き戻す役割を担う事にした。

 レイというゼノスは目的地まで飛行するため、先に向かわせると

 その後を追う様に、僕らも移動を開始する。

 魔石灯に照らされている夜道を進んで行き、途中立ち止まると

 我が主神がルートを示す。

 時折、アリーゼという女性が離れてしまいそうになるがリューという

 女性が引き戻してくれたりしたので順調に進んで行き、森林の前まで

 辿り着いた。

 レイというゼノスは先に到着しており、僕は全員が居るのを確認する。

 僕はスカーが用意してくれたドロップ・シップをガントレットの

 遠隔操縦で起動させる。

 

 「何かワクワクしてきたわね!ちょっといけない事してるみたいで」

 「ちょっと所ではないのですが...」

 「完全に無許可でオラリオから出るもんな。

  どんだけキツいペナルティを受けるもんだか...」

 「バレない事を祈るしかありませんねぇ。

  本当に見えない船なんてあるのやら...」

 

 輝夜という女性がそう言っていたので、僕は信憑性を持たせるために

 ドロップ・シップをクローキング機能で見えなくする。

 重力制御システムによって無音のまま頭上へ接近させると、僕らの

 目の前に着陸させた。

 少量の風が吹くが、レイというゼノスのみが気付いたようで

 ドロップ・シップを着陸させた方を見ている。

 

 「レイ、どうかしましたか?」

 「あ...今、そこに何かガ...」

 「え?...何もないように見えるけど...?」

 

 ヴゥウン...

 

 クローキング機能を解除しドロップ・シップを肉眼で確認出来るように

 する。

 アリーゼという女性は驚きのあまり硬直してしまっていた。

 リューという女性も同様な状態となってしまっているが、残る2人は

 何事もなくドロップ・シップへ近付くと躊躇なく外装を触り始める。

 

 「何だこりゃ...鉄、って感じでもねぇな。

  アダマンタイトでもこんな形にするのは無理があるだろうし...

  第一、もしそうなら、いくら注ぎ込んだって話になるな」

 「そうですよね、【狡鼠】。貴女の考えは非常に共感します。

  私も詳しくは理解出来ていませんが、どうやら私達には知り得ない金属か鉱石で造られているようです。

  凄まじく強固で頑強、そして腐食液でも溶けない素材なのだと思われますね。

  彼が身に着けている装備や武器も、同様の素材が使われているのではないかと」

 「...お、おう、そうか」

 

 どこか引きつった笑みを浮かべるライラという少女はアスフィという

 女性からスッと距離を取り離れた。

 未だに考察している彼女の熱弁にたじろいだのだと思う。

 

 ガゴンッ!

 

 その時、何か硬質な物体同士が衝突し合う音が鳴り響いた。

 振り向くと、輝夜という女性が右手を振るいながら顔を顰めている。

 ...まさかとは思うが、拳で叩いたのか? 

 

 「...確かに、ビクともしないな。拳に罅が入ったかと思った...」

 「ちょ、ちょっと輝夜大丈夫なの!?」

 

 ...外装に傷やへこみは無い。彼女の拳も血に染まっていないので、

 怪我はしなくて済んでいたようだ。

 本当にまさか叩いたとは思わなかったので、僕は輝夜という女性を

 見て呆れながらため息をつく。

 輝夜という女性が僕の方を見てきて、何か言いたそうにしていたが

 気にせずガントレットを操作しドロップ・シップのハッチを開ける。

 

 「あそこから乗る事が出来ますので行きましょう」

 「ええっ!早く乗りましょう!ほらほらリューも固まってないで!」

 「あっ、え?あっ、は、はい...」

 

 リューという女性はアリーゼという女性に手を引かれながら、後方部へ

 回り込みハッチの前まで移動させられる。

 先程まで呆然としていたのに、あっという間に立ち直っている事から

 並みの精神力ではないと思った。

 ライラと輝夜という女性達も後を追い、乗り込もうとする。

 アスフィという女性も足を進めようとしていたが、レイというゼノスが

 戸惑ってその場から動こうとしない事に気付く。  

 恐らく、自分で飛ぶのではなく他人に任せて飛ぶ事が不安なのだろうと

 僕は思った。

 

 「大丈夫ですよ、レイ。私が手を握っていてあげますから」

 「アスフィさん...で、では、お願いしまス」

 

 レイというゼノスの手を握り、アスフィという女性はハッチを

 登っていった。

 アストレア様はというと...姿を消している我が主神と口付けを

 交わしていた。

 見ているのも野暮だろうから、先にコックピットに搭乗しよう。

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 「ん、はぁ...ネフテュス様、いきなりするのは...」

 「あら?昨日、先にしてきたのは貴女じゃなかったかしら?

  それならお相子じゃないの」

 「...もう」

 

 多少呆れつつもアストレアは微笑みを浮かべたまま、ネフテュスを

 見つめる。

 ネフテュスも微笑みながらアストレアを見つめ返した。 

 無言のまま数秒が経ち、先にネフテュスが口を開く。 

 

 「ニョルズは恐らく関わってると言っても、子供のためだろうから...

  私も知ってる事を伝えるといいわ。すぐに訳を話してくれると思うし」

 「わかったわ。...本当は貴女と一緒に居たいけれど...

  また会える...のよね?」

 「ええ、大丈夫よ。もう寂しい思いはさせないと誓うから」

 

 そう答えると仮面を脱ぎ、姿を見せると最初に唇と髪の毛と鼻、次に

 喉から首筋へ、そして最後に胸元に口付けをしていった。

 唇は相手への深い愛情を表わす。

 髪の毛は愛おしく思い、鼻は大切にしたいと強く思う気持ちを表わす。

 喉は強い欲求、つまり離したくないという思いであり首筋も執着心、

 胸元は独占したいという気持ちの表れだ。

 それらの意味を理解しているのかアストレアは頬を赤く染め、苦笑いに

 似た微笑みを浮かべるとネフテュスの瞼に唇を寄せた。

 それは相手を大切にしたいと強く思う気持ちを表わしている。

 

 「...約束よ?」

 「ふふっ...ええ」

 

 瞼へのキスにくすぐったそうにしながらも返事をし、ネフテュスは

 仮面を被り直す。

 呼応するようにアストレアはネフテュスから離れ、ドロップ・シップへ

 搭乗しようとする。

 しかし、立ち止まると振り返ってネフテュスに呼び掛けた。

 

 「戻ったら...」

 「言わなくてもわかってるから、安心しなさい。アストレア」

 「...うん」

 

 仮面でネフテュスの表情は窺えないが、笑みを浮かべているように

 思えた。

 ネフテュスが姿を消すとアストレアは足を進め、ドロップ・シップへに

 搭乗した。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 少し時間を潰してしまったが、何事もなくオラリオから飛び立った。

 ...今のところは何も起きていないが、モニターを見て僕は

 気が気では無かった。

 

 『うわぁああああ~~~!本当に飛んでる!

  しかも速い!もうオラリオが見えなくなっちゃったわ!』

 『ア、アリーゼ、はしゃぐのは程々に...』

 『団長、まるで幼女に戻った様でございますねぇ』

 『本当にね。でも、輝夜?

  貴女も今まで見た事のない楽しそうな顔になってるわよ』

 『ですが、これなら確かに日帰りで戻れそうですね。

  テイムしたドラゴンに乗って飛行するよりも速いのですから...

  ...どのような仕組みで、この船を動かしこれ程の速さを生み出しているのか...』

 『あー、悪いがそれは独り言に留めてくれ』

 

 アリーゼという女性が特に何をするかわからないのが不安だからだ。

 

 『ん?これ何かしら?』

 

 あ、まずい。

 

 ヴヴーーーッ!! ヴヴーーーッ!!

  

 『え!?何々!?何でさっきの入口が開いていってるの!?』

 『さっきそれ押したからだろ!』

  

 今すぐにハッチを閉じないと。

 コンソールパネルを展開し、操作して開いていくハッチを止める。

 同じ操作を行なってハッチが閉じていくのを確認し、僕は安堵した。

 

 『あ、と、閉じていってる...』

 『どうやら捕食者が何とかしてくださったようですね...』

 『団長?もしあのまま開いていっていれば...

  わたくし達はともかくアストレア様が落ちていましたよねぇ?

  そうなった時はどう責任を取るつもりだったのでしょうか?』

 『ご、ごめんなさい...』

 『後で捕食者にも謝っとけよ。ったく...』

 

 ...とにかく、黙って座っててほしいな...



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>'、<' l’ybidow

 「また食人花が出現する可能性がある。

  ラクタ、くれぐれも気をつけるようにな」

 「は、はい」

 「それじゃあ、出発しよう」

 

 ラクタが頷くとフィンの号令でティオナ達はダンジョン探索へ

 出発した。

 前回、リヴィラの街で襲撃が起きた当日の件を知るメンバーに

 サポーターとしてラクタを加えた編成となっている。 

 3日が経ちようやくギルドへの報告などの後始末が終わったので、

 イヴィルスの企みを解き明かすために、手掛かりを見つけるべく

 再びリヴィラの街へ向かう事にしたのだ。

 ギルドからの依頼ではなくロキ・ファミリアの幹部での話し合いで

 そうする事になっている。

 もし何も手掛かりが無いと判断した場合は、ギルドに後を任せその後は

 通常通りの探索を行なうそうだ。

 

 「あ。ねぇねぇ、そう言えば聞いた?

  イヴィルスの残党を完全に撲滅するために、ギルドが懸賞金を賭けるんだって。

  使者を捕まえても殺害しても変わらない額って聞いたよ」 

 「懸賞金ねぇ...まぁ、どうせ大した額でもなさそうだし、気にするだけ無駄よ」

 「どれ程の規模で動いているのかわからない以上、最初よりは減っていくだろうね」

 「そ、そうですか...」

 

 ラクタはガッカリしたようで耳を八の字に垂れ下げる。

 これまで幾度となくオラリオに被害をもたらしたイヴィルスを今度こそ

 滅しようというギルドの覚悟は確かに感じられる。

 だが、イヴィルスとは1つのファミリアで成り立っているのではなく、

 複数のファミリアが集った事で形成している。

 そうなれば人数は当時よりも増えている可能性が高い。

 なので、フィンの予想が正しければ懸賞金もガクッと下がるのは

 明白である。 

 その話が終わってレフィーヤはふと隣を歩くアイズに目を向ける。

 顔を俯かせたまま、どこか足取りが重い様に思えた。

 

 「アイズさん、大丈夫ですか?どこか体調が良くないとかじゃ...」

 「...ううん。何でもない」

 

 そう答えるアイズは足を止めず、先にレフィーヤの前を進んで行く。

 レフィーヤは立ち止まって明らかに何かあると違和感を覚える。

 だが、あの様子では何も話してくれないと思い、もう少しだけ時間を

 置いて再度話しかけようと決めた。

 やがて18階層まで潜り、リヴィラの街に到着する。

 

 「おう!戻ってきたか。

  宿から道具屋から何でも揃ってるぜ。有り金全部落していきな!」

 「ありがとう。3日の内にすっかり元通りになったようだね」

 「ああ。ここはダンジョンの重要拠点だからな!

  俺様達が一肌脱いでやらねえと困る奴らが大勢いるだろ!」

 

 リヴィラの街はいつも通りの賑わいを取り戻していた。

 建物などの施設の補修工事などは終了しており、外見は不格好だが

 雨漏りや隙間からの風の心配がここでは必要のない事なのでそのままに

 しているのだろう。

 フィンはボールスに事情を話し、街中を探索する許可を得た。

 3人と4人の2組に分かれ、それぞれ各自思い当たる所を手分けして

 探す事になった。

 

 「ティオナさん、どこを探してみましょうか?」

 「ん~~っと...やっぱり物資置き場が怪しそうだから、そこに行ってみよ?」

 

 ティオナ、レフィーヤ、アイズ、ラクタの4人は物資置き場へ赴き、

 最初にルルネと出会った場所を捜索し始める。

 木箱の隙間や積み上げられた箇所までしっかりと見ていったが、何も

 見つけられなかった。

 一度集合してその事を話し合っている際、ティオナの腕から血が

 垂れているのにアイズが気付く。

 曰わく、狭い隙間を覗き込んでいる際に擦ったのだそうだ。

 フィン達と合流する前に洗い流したいとの事でティオナは湖へ

 向かった。

 足を水中に浸けたまま、屈んだ状態で乾いた血と傷口を洗い流す。

 出血は既に止っておりポーションを掛ける必要もないと思いつつ、

 立ち上がろうとしたが、そこであるものが目に止った。

 それは赤黒い小さな斑点が付いた石と、同じ様な模様がある葉っぱ。

 恐らく血痕だと思われ、付近にもそれらしきものがありティオナは目で

 追って行く。

 その時、地面に落ちている何かが光を反射させているのを見つけた。

 ティオナはそれが何なのか気になり、近付いて見てみると、今まで

 見た事もない小さな物体が落ちていた。

 拾い上げてみると、それはコの字をした形状で鋭利な先端をしている。

 

 「...!。ひょっとして、捕食者の武器なのかな...?」

 

 ティオナはそう予想し、その武器と思われる物体を見つめる。

 フィンに渡すべきかと考えるが、ティオナはそれをパレオの金具で

 隠れる位置に刺し込む。

 

 「(...別に渡したからって何になる訳でもないだろうし...

   いいよね)」

 

 そう決めつけると、フィン達が待つ集合場所へ向かうのだった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 所変わって地上のオラリオは第三区画にある歓楽街。

 まだ朝方なので、どの店も扉や窓が閉まっており、どの建物よりも

 一際目立つイシュタル・ファミリアのホームであるベーレト・バビリも

 不気味な程静かだった。

 

 「んん...」

 

 窓から光が差し込むと、ベッドの上で眠るイシュタルは鬱陶しそうに

 背を向けて蹲る。

 光が遮られ、目に当たる刺激が無くなると再び安眠し始めた。

 しかし、ドアをノックする音が数回鳴らされ、重い瞼を開けると

 イシュタルは気怠げに上半身を起こす。

 ため息をつきながらベッドから降り、何も身に付けずにドアの前へ

 移動した。

 ドアノブを捻り開けてみると、そこにはアイシャが腕を組んで佇んで

 いた。

 

 「...何用だ、アイシャ。まだ私は寝足りぬというのに」

 「アンタに女神様の客人が来てるんだ。それも...

  とびきり体が疼く雄を引き連れてね」

 「女神...?...誰だか知らぬが、後日にしてくれと」

 「いや、もうそこに居るんだ。待たせるのもあれだと思ってさ」

 

 そう答えるアイシャにイシュタルは気が利かないと、ため息をついて

 ドアを更に開けると身を乗り出してアイシャが手で示す方を見る。

 そこには2人の仮面を被り鎧を纏っている大男を背に立たせている

 ネフテュスの姿があった。

 

 「...あら、イシュタルったら。性欲的ね...私を誘ってるのかしら?」

 「...」

 

 ソッとドアを閉めるとイシュタルは自室へ入ってしまった。

 アイシャはその行動を訝り、またノックしようとするがそれよりも 

 先にドアが再度開かれる。

 先程まで何も身に付けていなかったはずのイシュタルは、先程の数秒の

 内に胸掛けとスカートを着ていた。

 

 「アイシャ、付いて来い。恐らく話し合いをするはずだ。

  ...恐らく...強制送還させられるとも考え得る」

 「なっ...」

 

 そう答えるイシュタルだが、その表情は諦めの色は窺えない程に

 平静だった。

 アイシャは対照的に目を見開き、先に進んで行くイシュタルの背を

 見るしかなかった。



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>'、<>∟ ⊦ A’mgarr

 ネフテュスとイシュタルはそれぞれ眷族を背後に立たせ、部屋の

 ソファに座り対面している。

 応接室ではないが、防音となっているので話し声が漏れる事はないとの

 事だ。

 お互い足を組んだ姿勢でどちらが先に口を切るのか伺っている様だ。

 イシュタルの背で用心しているアイシャは、相手側の眷族の1人を

 一点に見つめていた。

 鎧の下以外から覗く肌の色や、黒い何かが付いており人とは思えない

 異形の肢体。

 しかし、それが気にならない程に鍛え抜かれた筋骨隆々なその肢体に

 本能が反応し、雄を求める渇望が堪らない。

 喉が渇いてもいないのに何度も唾液を飲み込み、足を擦り合せ下半身の

 奥が疼くのを何とか抑えようとするがどうにもならない。

 徐々に彼女自身でも自覚出来るくらいまで、頬が熱くなってくるのを

 感じた。

 話し合いの内容を把握しようにも、脳内は完全に本能的な欲求で

 満ちており聴く事もままならなくなっていた。

 そんな様子をイシュタルは気にも留めず、ネフテュスを見ている。

 やはり向こうから開口する事はない、そう思った様で観念したのか

 先に話し掛け始めた。

 

 「何用で私に会いに来たのだろうか?

  ...私が不正を働いた事を餌に、気に食わない女神共を強制送還させた件か?

  フレイヤを打ち負かすために進めている算段の事か?

  それとも...」

 

 イシュタルは思い当たる節を淡々と述べ、ネフテュスに問いかけた。

 最後に述べようとした言葉が詰ると、その反応に何かを見極めたかの

 様にネフテュスは組んでいた足を下ろし、肘を机の上につく。

 

 「ええ、そうよ。貴女がイヴィルスに関与している事...

  それを確かめたかったの。

  私の眷族はね、奴らのせいで名誉を穢されてしまったの。

  だから...イヴィルスもそれに関与しているファミリアも潰すつもりよ。

  前述の2つは知らなかったのだけど...珍しく墓穴を掘ったわね?」

 「...どちらにせよ、私の目の前に姿を現したのであれば処罰を下すのだろう。

  それなら口が滑ってそうなったという事にしてもいい」

 「そう...まぁ、それはどうだっていいわ...

  どうしてイヴィルスに関与しているのか、それを教えなさい」

 

 ネフテュスは問いかけではなく命令形で理由を述べさせようとする。

 瞳の色はイケロスとの会話でなっていた赤ではなく、白く濁った冷淡に

 相手を見る色へと変色していた。

 イシュタルがイヴィルスに加担してまで何かを企んでいる事に呆れて

 いるのだろう。

 それを察してイシュタルは目を伏せ、薄く開けた唇に煙管を差し込むと

 煙を一服する。

 腹を括って話す気になったのか、その煙管を灰皿に置きネフテュスを

 見据えた。

 

 「5年前。そう...5年前から奴らに私は莫大な資金を投資している。

  フレイヤに一泡吹かせようと、あるものを用意させるためにな」

 「...これの元になる素体をかしら?」

 

 ネフテュスはガントレットを操作し、立体映像を映し出す。

 あの時、リヴィラの街に出現したデミ・スピリットと宝玉の姿を。

 映し出された映像か、それともデミ・スピリットの事を

 言い当てられたのに驚いたのか、イシュタルは目を少し剥いて驚くが

 すぐに頷くと述べ続けた。

 

 「これさえ手に入れば、必ずフレイヤを打倒出来ると確信があった。

  奴の眷族を皆殺しにし、奴を消せば私こそが唯一無二の美の女神となる...と。

  ...が、どうやらそうでもなくなったようだな?」

 「ええ。私とロキとディオニュソスの子供達が倒したわ。

  多分...でもなくて、フレイヤの子供ならもっと早く始末していたでしょうね」

 「...其方の眷族でもか?」

 

 それに答えないネフテュス。言わずともと言った具合だろう。

 イシュタルはそれを察して両手を広げお手上げであると表現し、

 ソファに凭れ掛かった。

 

 「...私を強制送還させるのか?」

 「いいえ。しない事にするわ」

 

 即答された事にイシュタルは訝ると眉間に皺を寄せた。

 最初辺りの会話からして、潰すつもりでいたというのに何故、

 そうしない事にしたのか意図が読めないからだ。

 

 「何故だ?私はフレイヤもその眷族も殺そうと思っていた。

  それだけではない。算段の件では自分の眷族の命も犠牲にするつもりでいる。

  其方なら...それを許すはずがないだろう?」

 「そうね。でも、まだ未遂なのでしょう?それなら大目に見てあげるわ」

 

 イシュタルは明らかに不自然だと思った。

 自己中心的な目的を打ち明けたのにも関わらず、何故そこまで寛大に

 許しているのか理解不能となる。

 

 「...どういうつもりだ。私に何を要求する気なんだ?」

 

 汗が噴き出て蟀谷から頬を伝う。

 あちらも何かを企んでいるのでは、とイシュタルは思った。

 ネフテュスは微笑みなら答える。

 

 「ここを続けていてほしいの。今まで通りにね」

 「...何?」

 「だって、ここでならアス...恋人と思う存分に楽しめるじゃないの。

  関与していた事も許すし支払いはするから...ね?お願い」

 

 隠さずともアストレアと恋人である事は、イシュタルだけでなく神々の

 誰もが知っている。

 ネフテュスが神々の戦いを停めさせたのもアストレアの願いであると、

 高らかに宣言した際に堂々とアストレアの口付けを見せつけたからだ。

 衝撃と別の意味での興奮、それによって興奮で神々は昂ぶっていた

 戦意が削がれた事で戦いは終わった。

 しかし、その後にとんだ問題が起きた。

 あのとてつもなく堅物な恋愛アンチのアルテミスがまさかの自分も

 ネフテュスに恋心を抱いていたとカミングアウトしたのだ。

 更にはアテナまでも同じ様にネフテュスに告白してきて、何故か

 アフロディーテがヘファイストスにプロポーズをするという始末。

 ヘスティアを含め処女神のスリートップである内の2柱が、

 まさかの同性愛に目覚めていた。

 その事実に神々の阿鼻叫喚と歓喜が交わった叫び声が天界を

 埋め尽くしたのは忘れられない。

 尚、後者は置いとくとして、アルテミスとアテナに至っては

 その2柱による闘争が起きそうになったが、ネフテュスがフった事で

 事なきを得ている。

 但し、フラれたアルテミスとアテナはしばらくの間、自身の神殿に

 引き籠もってソーマが造った100年分の神酒を飲み干したとされる。

 飽くまでも噂であるため、真相は神のみぞ知る。

 ...つまり本人のみしか答えられないという事だ。

 話は戻り、何故ネフテュスが許してくれるというのか、それは

 恋人との目合い目的でここを使いたいがために、強制送還はしないと

 いう事だとイシュタルは話の流れから理解する。

 自己満足という点では、自己中心的な目的を達成しようとしていた

 自分と同一であると思い思わず吹いてしまった。

 

 「なるほど...私が居なければここが無くなるがために、見逃すという事か」

 「そういう事にしていいわ。

  ...ちなみにだけど、貴女は自分の子供を犠牲に何をしようとしていたのかしら?」

 「...今更隠す必要もないか」

 

 イシュタルは置いていた煙管を手に取り、話し始めた。

 ルナールを生け贄とし、殺生石に魂を封じ込める儀。

 魂を封じ込めた殺生石によって妖術を思いのままに使用する事が

 可能となり団員達を強化する事が出来る。

 強化するのはフレイヤ・ファミリアと抗争で勝利するためであり、 

 宝玉も団員達の対策として入手しようとしていたそうだ。

 そのためにイシュタルはイヴィルスに資金を投資していたという。

 フレイヤ・ファミリアを壊滅させる事が出来れば、イシュタルが

 下界において美の女神を高らかに名乗れると、理想を抱いていたのだ。

 

 「...イシュタル。イヴィルスの件は別として...

  フレイヤとの抗争はやめなさい。結果は目に見えてるもの...

  第一...美の女神を名乗ってるのは彼女だけでもないし、競い合うだけ...

  意味がないわ。それぞれが個性的に1番と思えばいいじゃない」

 「...プライドというものがあるんだ。

  それだけはお前からの説得であっても、聞く耳は持たぬぞ」

 「じゃあ、何故...美の女神のフレイヤが貴女よりも上なのか、言っていい?」

 「...言ってみろ」

 

 ネフテュスはチョイチョイと顔を近付けるように手招きをする。

 それにイシュタルはズイッと机に身を乗り出して、耳を傾けた。

 イシュタルの耳元で潤った瑞々しい唇が粘膜の音を立てながら、

 開かれる。

 

 「品性がちょっと...って、彼女もそう言うでしょうね。

  それから化粧が厚いのが良くないわ。スッピンになったら?」

 「...素顔を晒したぐらいで変わるとでもいうのか?」

 「逆に聞くけど、化粧ぐらいで変わったりするの?

  美の女神であるからには、着飾る必要はないと自負すればいいの。

  そもそも...素顔の時点で綺麗なのだから、そうしなさい」

 

 ネフテュスはイシュタルの片方の手を取り、瞳の色をイシュタルと

 同じ金色へ変色させた。

 まるで鏡に写っている自分の顔を見せる様に。

 イシュタルはネフテュスの顔を見つめ、美の女神としての在り方を

 改めて考える。 

 幾多の美の女神を名乗る女神達の中で頂点となって何になるのかを。

 そして、握られていない方の片手でネフテュスの手を包む様に覆った。

 それが返事だとネフテュスは微笑む。

 

 「じゃあ、皆と話し合いする機会を設けるから、その日を楽しみにしてるわ。

  貴女以外にソーマとイケロスとニョルズも呼ぶ予定よ」

 「あぁ、もうそこまで把握してたのか...タナトスの事はまだ知らないようだな?」

 「...フーン、彼もそうなの」

 「というよりも...アイツがイヴィルスの主神となっている。

  会った事があるのだから、間違いない」

 「そう...教えてくれてありがとう」

 

 そう答えたイシュタルに頷いて微笑んだ。

 その微笑みは優しさが溢れる分、タナトスに対する感情を露わにしない

 冷たさを感じさせる異常さをイシュタルは覚えた。

 最古の女神を怒らせてはならない。それが神々の暗黙の了解であると、

 改めて思うのだった。



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>'、<>'<、 Jehdin Jehdin

 「話は変わるけど...そのルナールの子はどうするのかしら?」

 「そうだな。ヘルメスに頼んでいた殺生石は奴に譲るとして...

  国へ帰すなり、別のファミリアへ売るとするか。

  身請けをするなら...奴なりに努力した分として5億はくだらないとしよう」

 

 身請けとは即ち、その女性がそれくらい稼いでいるので、その対価を

 支払い身を引かせる事だ。

 5億ヴァリスとなれば零細なファミリアはまず手出しは出来ず、

 安定した生活環境を賄えているファミリアでないと身請けをする事は

 出来ない。

 春姫という女性はそれだけ人気なのだとネフテュスは思った。

 アイシャが眉間に皺を寄せて訝っているのには首を傾げたが。

 しかし、すぐにネフテュスは唇に指を添えて、何かを考え始める。

 イシュタルは何を言い出すのかと待ちながら煙管を吸い、煙を吐く。

 

 「...売れなかったら、その子はここにずっと居る事になるのかしら?」

 「まぁ、そうだな。ただ、居ても清掃くらいにしか使わん。

  何しろ男の裸を見るだけで倒れてしまうのだからな。

  正直に言えば、5億は吹っかけだ。今まで生殺しにされた男達が懐の深い輩で幸運だったと言える」

 

 そう答えたイシュタルにネフテュスは、悪戯を思い付いた子供の様な

 笑みを浮かべると、こう提案した。

 

 「じゃあ、こういうのはどうかしら?

  その子を賭けて、お互いの眷族同士の決闘をするのは」

 「決闘、だと...?それは、戦争遊戯になるのではないか?」

 「いいえ。遊戯なんてお遊びじゃない、真剣勝負よ。

  こちらが勝てばその子はこちらに。そちらが勝てば...

  キチンと相応の支払いをするから、身請けを」

 「いや、交換条件として春姫の代わりにそいつを貰おうじゃないか」

 

 と、今まで沈黙していたアイシャが唐突にそう要求してきて、

 何を言い出すのかとイシュタルは驚き、黙らせようとする。

 だが、ネフテュスが人差し指を立てて何も言わないよう指示を出した。

 イシュタルは戸惑いつつもそれに応じて、口を閉ざす。

 

 「確かアイシャだったわね?そいつ、というのは...

  彼の事かしら?」

 

 ネフテュスは掌を上にしたまま後ろに居る捕食者を示す。

 その捕食者は、もう1人よりも一際屈強且つ圧倒する威圧感を

 醸し出している。

 アイシャは頷きながら嬉しそうに微笑むと、舌舐めずりをして答えた。

 普段のアイシャであれば多少は歯止めが効くはずなのだが、明らかに

 異常な程雄を求めている所からして、イシュタルはアマゾネスの本能が

 抑えきれていないと判断する。

 

 「ああ、そいつさ。少なくとも、アンタなら春姫の面倒を見てくれそうだから賭けるのは良しとするよ。

  ...まぁ、本音を言うと交換条件なんてのはどうだっていい。

  戦わせてほしいんだ、そいつとね...!」

 「口を慎めアイシャ!私が決める事だというのに勝手な事を」

 「落ち着いて、イシュタル。

  そもそも、決闘で賭ける提案をしたのはこちらなのだから...

  お誂え向きになって好都合だわ」

 

 イシュタルはネフテュスの方もやる気があると察して、止めるようと

 するのは無駄だと、ため息をついた。

 

 「...はぁ...いいだろう。但し、無様に負けた場合はここから出て行け」

 「ああ、いいさ。どうせ春姫も出て行くなら一緒に出て行こうと思ってたからね。

  で?タイマン張ってやるのかい?」

 「ん~...1回だけだとつまらないし...1対1の2組でやりましょ?

  どちらが勝っても負けてもその春姫って子はこちらが引き取るのだから、とことんやってほしいわ」

 「上等だよ。イシュタル様、私が出るとしてもう1人は誰にするんだい?」

 「...当然、奴に決まっているだろう。

  少し痛い目に遭ってもらおうではないか」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 歓楽街の一角にある、極東様式の巨大な建物。

 その屋上に、イシュタル・ファミリアに所属する眷族のバーベラ達が

 集まっていた。

 何か見物となる事を行なうとアイシャから聞かされているだけで、

 これから決闘が行なわれる事など知る由も無かった。

 

 「ふあぁ...ねぇねぇサラミ。何が始るのかな?」

 「さぁな。というかわざと名前間違えただろ?」

 「え?サラミって言ったけど?」

 「サミラだよ!サ・ミ・ラ!」

 

 まだ寝ぼけているようで名前を間違えるレナにサミラは

 首根っこを掴んで前後に振るう。

 周囲のアマゾネスが止めに入っていると、床を揺らすが如く大きな

 足音を立てながら迫ってくる黒い影に気付いた。

 

 「ゲッゲッゲッ、退きな。あたしの通り道の邪魔だよ」

 「ちっ...レナ。ヒキガエルに潰されない内にそうしなよ」

 「あ、うん...」

 

 サミラに手を引かれ怖ず怖ずとレナは道を開ける。

 他のアマゾネス達も恨めしそうにしながらも下がると、フリュネは

 イシュタルとアイシャが立っている場所まで足を進める。

 

 「遅いぞ。呼ばれたら早く来いと言っているだろうが」

 「早々に怒らないでくださいよぉ、イシュタル様~。

  その肌がシワクチャになって老婆になってもいいんですかぁ?」

 

 嘗めきった態度を取るフリュネに、イシュタルは怒りを堪えつつ

 鼻で嘲笑ってみせた。

 そして、2人から離れると用意していたイシュタル・ファミリアを

 示すエンブレムが描かれている旗の前に立つ。

 

 「お前達!これよりネフテュス・ファミリアとの決闘を行なう!

  選ばれたのはアイシャとフリュネだ。

  対するファミリアの眷族は...」

 

 イシュタルの唐突な宣言にバーベラ達は動揺と困惑を隠せずにいた。

 名前を挙げなかったのは、事前にネフテュスから口止めをされて

 いたからだろう。

 イシュタルが背後を振り返ると、どこからともなく現われた

 ネフテュスが立っていた。

 仮面とガントレットを身に付け、威風凛然としている。

 バーベラ達が見知らぬ女神を凝視する中、イシュタルと対面する形で

 ネフテュスは両腕を広げる。

 

 「この子達よ。名前は教えてあげられないけど...

  見た目で恐そうだとか、判断はしないでね?」

 

 ヴゥウン... 

 

 カカカカカカ...

 

 その場所が揺らいだ様に見えると同時に捕食者が姿を現す。

 それに驚き絶句するバーベラ達だが、フリュネだけは低い笑い声を

 上げながら捕食者を品定めする様に見ていた。

 アイシャも同じく目を付けている捕食者に釘付けになっている。

 左側の捕食者は筋骨隆々ではあるが若干細身に思える肢体で、

 背中から伸びているポールには白骨化した何かの生物の頭蓋骨が

 装飾となっている。

 右側の捕食者は左側の捕食者と比べると、体格の差が著しく違い

 屈強な巨体をしている。

 見た目の違いとしても、ヘルメットの鼻から顎までのデザインが複雑な

 形状をしており頬部分にある穴からは突起が覗いていた。

  捕食者の2人が並んでネフテュスの前に立つと、反対にイシュタルは

 アイシャとフリュネの背後へ下がった。

 

 「これより行なう決闘は2組の1対1とし...

  どちらかがくたばるまで徹底的に打ちのめす事を規則とする。

  この決闘では春姫を賭ける事となった。あちらが勝てば身請けとして差し出し、こちらが勝てばあちらの眷族を貰い受ける。

  文句は言わせないぞ。いいな!」

 「「「えぇ!?」」」

 

 またも唐突な発言に、今度はアイシャとフリュネ以外のバーベラ達が

 驚愕して叫ぶ。

 あれだけ春姫を使い、何かしらの企てを試みようとしていた主神の

 不可解な意図を読めないからだ。

 それを気にせずイシュタルは更に下がっていくと、ネフテュスも

 後方へ下がっていく。

 それに合わせてバーベラ達も巻き込まれるのは危険だと思い下がって

 いった。

 

 「第1戦はフリュネ、お前だ。

  精々...その綺麗な顔を傷付けないようにしろ」

 「ゲッゲッゲッゲ!価値が下がらないようにってのかい?

  美しすぎるのも罪だねぇ~」

 

 フリュネが前に出ると、ネフテュスは左側の捕食者の肩に手を乗せる。

 

 「名誉なき者は一族にあらず。そして名誉のために戦わぬ者に名誉はない。

  ...認めるのなら、ヘルメットを外して構わないわ」

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は低い顫動音を鳴らして返事をすると、前に出てフリュネと

 対峙した。

 唇から涎を垂らしながらフリュネは二挺の巨大な斧であるゴルダを

 手に取り、捕食者は両腕のガントレットの側面が割れると内部から

 長細い突起がせり上がり、その中から大型の一枚刃が伸びた。

 開始の合図は互いの主神の掛け声となる。

 

 「...始め!」

 「Ā,u!」

 「ゲッゲッゲッ...アンタ中々良い匂いがするじゃないか!

  たっぷり嬲ってから搾り取るとしようかねぇえっ!」

 

 フリュネは外見とは裏腹に凄まじい走力で捕食者に襲いかかり、

 ゴルダを振り下ろす。

 ヒキガエルと醜く罵倒されるが、腐っても実力有りきで団長という

 立場になったフリュネだ。

 勝てるはずがないとバーベラ達は仮面諸共、勢い余った攻撃で頭が

 砕ける様を見まいと目を反らす。

 

 ガギィンッ!

 

 しかし、骨が砕かれる音ではなく金属同士がぶつかり合う音が代わりに

 耳に入ってきた。

 思わず視線を戻したバーベラ達は開いた口が塞がらなくなる。

 捕食者は数C滑って後退したのみで、フリュネが振り下ろしたゴルダを

 片方の一枚刃で受け止めていたからだ。




初戦はチョッパーVSフリュネです。


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>'、< ̄、⊦ C’hweeros

 「グゥウウ...!?」

 

 フリュネは歯を食い縛って醜い顔を更に醜くくさせ、丸く太い腕に

 血管が浮かぶ程、命一杯力を入れながらフリュネはゴルダを

 押しつけていく。

 しかし、その場から微動だしない捕食者はもう片方の腕を振るい上げ、

 斜め下の死角から一枚刃による斬撃でフリュネの顎から眉間までを

 斬り付けた。

 

 ザシュッ!

 

 「ギ、ギギャァアアアア!?」

 

 フリュネはゴルダを1本落し、片手で顔面を押さえる。

 怯んだ隙を突いて捕食者は即座に接近し、頭突きを鼻に叩き込んで

 続け様におかっぱ頭の髪の毛を引っ掴む。

 体重を掛け、落下する勢いで顔を強引に引っ張ると膝蹴りを額に

 めり込ませた。

 フリュネの頭部がボールの様に弾かれると天を仰いだ。

 

 ドスンッ!

 

 「ア、ぎ、ェエエ...!?」

 

 追撃は止らず、捕食者は一枚刃を半分まで収縮させ、顔に切り傷を入れた

 時と同じ動作で脇腹に突き刺す。

 しかし、一枚刃が分厚い肉で浅くしか刺さらず、与えられるダメージが

 少ないと気付くと引き抜いて前蹴りで刺し傷を蹴り付け、強制的に

 距離を取らせた。

 地面を転がったフリュネは横倒れの状態となり、腹部の苦痛に

 悶えながら上半身を起こして片膝をつく、。

 その顔には先程の切り傷が縦一直線に走っており、腹部の刺し傷からは

 血が滲んでいる。

 

 「こ゛、こ゛のぉ...!よくも...よくも、よくもよくも!!

  私の顔に傷を付けてくれたねぇえ!?

  殺すっ!殺す殺す!殺してやるぅうううっ!!」

 

 青筋をいくつも立てて叫ぶフリュネに、捕食者は右手の人差し指で

 自分自身を指した。

 次にお前、と言っている様にフリュネを指すと自分の首へ手を移動させ

 中指を伸しながら首を切る様に見せ、最後に手を突き出してそのまま

 中指を立てる。

 

 「(あらあら...チョッパーったら)」

 

 ネフテュスにはその手振りに少し呆れつつも、可笑しそうに笑みを

 浮かべる。

 対してフリュネは更に怒り心頭となり、青筋がはち切れんばかりに

 体を震わせる。

 バーベラ達も手振りの意味を少なからず理解しているようで、

 フリュネを激怒させた事に顔が蒼褪めている。

 

 「ゲ、ゲ...ゲゲェェエエエエッ!!」

 

 奇声を発しながら、建物を揺らす錯覚を起こすかの如く捕食者目掛けて

 猛進していく。

 逆鱗に触れた事で我を忘れ、ただ殺すという事だけが頭の中を占領して

 しまっているのだろう。

 捕食者は向かってくるフリュネに対し、足元に落ちていたゴルダを

 拾い上げると投擲した。

 斧刃が縦に回転しながら、フリュネの進行方向上のすぐ目の前に

 突き刺さった。

 フリュネは転ばそうとしていると見抜いて走力を落して横へ飛び、

 回避するとまた前進しようとする。

 だが、それが敵わなくなる。

  

 ドシャアッ!

 

 「ゲヒッ...!?」

 

 フリュネは転んでしまった。足を滑らせたのか、絡まってしまったのか

 考える間もなく答えをすぐに理解する。

 いつの間にか目の前まで移動していた捕食者が自分を転ばせたのだと。

 背中が床に落ち、仰向けとなったフリュネに捕食者は跳び上がると

 体を捻らせながら背を向けつつ肘を背中側に突き出す。

 

 ゴキャッ...!

 

 肘の先が鼻をへし折り、両方の鼻孔から鼻血が噴き出てくる。

 それによって鼻での呼吸が困難となり、更には仰向けになっているため

 上咽頭から流れる血が中咽頭と下咽頭に詰まり口での呼吸まで

 出来なくなる。

 フリュネは鼻の痛みを堪えつつ、急いで俯せになり喉の奥の血を

 吐き出す。

 

 「ゲ、ゥ...ブゲェエ...!」

 

 グシャッ!

 

 息をつかせる隙さえ与えず、捕食者は片足を軸にした横向きの膝蹴り

 を繰り出して、またも鼻に叩き込む。

 下から上へ突き抜ける衝撃によってフリュネの頭部がまた天を仰いだ。 

 仰け反る体勢で頭部が後方へ吹き飛ぶため、体の重心が背中側へ傾くと

 フリュネは仰向けに倒れた。

 後頭部を強く打った事で意識が朦朧となり目を回しながらも、顔を

 上げつつ、本能的に捕食者から目を離さまいとする。

 

 ジャキンッ

 

 「ゲッ...」

 

 ゴルルルルルッ...

 

 捕食者は目と鼻の先まで一枚刃を伸ばし、身動きを取らせなくした。

 それに自身の絶体絶命的な状況を悟ってフリュネはゴルダを手放すと

 両手の掌を前に向け待ったを掛ける。

 

 「こ、降参だよ!降参するから、やめておくれよぉ...!」

 

 フリュネが負けを認めた事にバーベラ達は歓声も驚愕の声も上げず

 ただ息を呑んだ。 

 発展アビリティの治力により鼻血は既に止まっている様だが、

 残息奄々となって、恐怖で震えているフリュネを捕食者は観察する。

 そして、戦意喪失したと判断したのか、腕を引き背を向けて

 離れていきネフテュスの元へ足を進める。

 それを狙っていたようで、フリュネは口の両端を吊り上げ誰もが

 不快に思うがまでの笑みを浮かべゴルダを再び手にする。

 

 「ゲッゲッ!甘いよぉ!」

 

 ドヒュンッ!

 

 仰向けの状態でゴルダを槍の様に構え、投擲する。

 斧刃の根元にある鋭く尖った部分が空を切りながら向かって行き、

 捕食者の背中に突き刺さってしまうと、バーベラ達は悲鳴を上げる。

 

 バシュンッ!

 

 しかし、ゴルダが捕食者の背中に突き刺さる事はなかった。

 

 バキィィンッ!!

 

 左肩に装備されている武器が向きを後ろへ変え、青白い光弾を発射し

 粉砕したのだ。

 アダマンタイト製の武器が容易く破壊されてしまったのに、フリュネは

 理解が及ばず口を半開きにしたまま呆然となる。

 万策尽き無気力に陥る中、分厚い皮に埋もれた首が掴まれ体が宙に

 浮かぶ感覚に恐慌する。

 戻ってきた捕食者がそうしていると分かり、フリュネは捕食者の手首を

 掴みながら許しを乞う。

 

 「ギ、ィ...!ご、ごめんよぉ?つい、手が...

  も、もうしないから、さ!ほ、奉仕でも何でも、してあげるから」

 

 ギリリ... ギリリリッ...!

 

 「ゲ、ェ...」

 

 捕食者はフリュネの言葉など聞き入れず、両手で首を絞めつける。

 頚動脈の血流が遮断され、迷走神経が過剰な反射を起こす。

 それが心臓の洞房結節や房室結節に伝わり抑制され、徐脈となって

 血圧が低下し、脳幹へ行く血液が少なくなり脳幹での酸素量が減少して

 いく。

 やがてフリュネは白目を剥いて、口を開けたまま涎を垂らし掴んでいた

 捕食者の手首を離し失神する。

 

 カカカカカカ...

 

 ドシャッ!

 

 捕食者は放り投げる様にしてフリュネの首を離す。

 倒れたフリュネは息こそあるものの起き上がる事は無かった。

 バーベラ達はフリュネの完全なる敗北に戦慄する。

 しかし、ほんの数秒もすれば戦慄は掻き消され、捕食者の圧倒的な

 強さに興奮が勝って歓声を上げる。

 

 「勝っちゃった!あの人フリュネに勝っちゃったよ!」

 「マジかよ...マジかよ、おい...!

  やべぇ、体が疼いてきちまった...!」

 

 歓喜の声を聴いた捕食者は振り返ると睨みつける様にバーベラ達を

 見据えた。

 それにバーベラ達は一瞬で静まり返り、狼狽えてしまう。

 

 ウ゛オ゙オ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

 

 気に障ってしまったと思っていたが、捕食者は両腕を上げると

 自身の勝利を告げるかのように雄叫びを上げた。

 バーベラ達はその心が揺れる程の力強い雄叫びと雄姿に、先程とは

 比べ物にならない程の歓声を上げるのだった。

 

 「お前達、興奮するのは構わないがフリュネを退かせ。

  次はアイシャの番だからな」

 「ああ...ようやくやり合える...」

 

 引きずられて運ばれていくフリュネには眼中になかった。

 次に相手となる捕食者だけをアイシャは見ている。

 

 「この疼きを止めるには...

  ...とことんやるしかないみたいだね...!」




ザ・プレイ最高にクールでしたね。
原始的とは言え、やっぱり科学技術は桁違いだと思いました。


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>'、<,、 ̄、⊦ m’eydenm

 次の決闘に臨むアイシャと捕食者は、先程フリュネ達が立っていたのと

 同じ位置に着き開始の合図を待っていた。

 先程までとは打って変わって、周囲のバーベラ達が2人に対し声援を

 送っている。

 フリュネと違いバーベラ達から信頼が厚いからこそ、彼女の決闘には

 熱狂的となっているのだろう。

 フリュネを倒した捕食者の事もあるので、同じ様な強さを見せつけて

 くれるという期待もあるのだと思われる。

 

 「準備はいいな?では...始め!」

 

 「Ā,u!」

 

 決闘が開始され、アイシャは愛用するザーガを手に捕食者に歩み寄って

 行く。

 捕食者も腰に装備していた巨大なハンマーを手にすると、ゆっくり

 近付いていった。

 柄を含めると自身の身長より巨大な得物を担いでいるアイシャもだが、

 見るからに重量が捕食者自身よりも重たいはずのハンマーを片手で

 軽々と持っている様は、不釣り合いとしか言いようがない。

 2人は互いに攻撃が届く範囲まで近付くと、足を止めた。

 アイシャは決闘が始まる前の興奮状態のはずだったが、今の様子は

 一変して冷静そのものに見えている。

 

 「...言葉が通じてるかわからないけど、言わせてもらえるかい?」

 

 ...カカカカカカ...

 

 「いいんだね。...一目で、あたしはあんたが欲しいと心身が求めたんだ。

  それも、習性として求めているだけじゃない。何なんだろうね、これは...

  まだやり合ってもないから断言は出来ないが...

  あたしを満足させてもらおうじゃないのさ!」

 

 言い終えると同時にアイシャは担いでいたザーガを構えた。

 捕食者もハンマーを構え、唸り声を上げる。

 

 ゴルルルルルッ!

 

 「いいねぇ、その威勢...そそられるよっ!」

 

 周囲にも聞こえる程の風切り音を鳴らしながら横払いに斬ろうとする。

 それを捕食者は何とブーツの底で足払いをし、斬撃をいなしてみせた。

 アイシャはゾーガを振るった軌道に弾かれた事で、片足が浮かぶ状態と

 なり蹌踉めくと、逆にその状態を利用して回し蹴りを捕食者の横腹に

 叩き込んだ。

 

 ゴキィンッ!

 

 かに思われたが、足払いをするために支えとして置いていたハンマーで

 捕食者は足蹴りを防ぐ。

 誰もがアイシャの美脚に傷が付いたと思われたが、よく見ると上手い

 具合に紫色のハーレム・パンツの裾となる金属で脚には直撃して

 いなかった。

 咄嗟に防御したとは思わず、アイシャは捕食者の実力に舌舐めずりを

 しながら笑みを浮かべる。

 

 「ハハハッ...!そうでないとねぇ!」

 

 逆手に持ち替えられたザーガを先程と同じ様に横払いしてくるのに

 対し、捕食者はハンマーのヘッド部分を蹴って持ち上げると振るわれた

 ザーガを防ぐ。

 火花が飛び散り、お互いに押し退け合い始めた。

 逆手持ちにしているアイシャの方がしっかりと力を込められないため、

 不利になると思われるが全くそうにはならず互角となっている。

 長く続くかと思いきや、アイシャが先に押し退けられた。

 しかし、それは意図的にであって彼女の顔には笑みが浮かんでおり、

 床にザーガを突き刺しそれを軸に柄を掴んだまま一回転すると、

 2連続で飛び蹴りを繰り出す。

 片腕を突き出し、捕食者は蹴りを受け止めると脚が引っ込められる前に

 足首を掴んだ。

 

 ギュオッ!

 

 「ッ...!」

 

 足首を掴んでいるアイシャを捕食者は自身を回転させた事で生じる

 遠心力を応用し、豪快に投げ飛ばした。 

 アイシャは水平に飛ばされた事で床に叩き付けられはしなかったため、

 何とか空中で体勢を整え着地する。

 どちらも攻勢を譲らない戦いにバーベラ達の歓声がより一層増す。

 ネフテュスは楽しんでいるバーベラ達の様子を見て、大いに満足して

 いる様だった。

 

 「やっぱりいいわね。力のぶつかり合いに歓喜するこの光景は... 

  堪らなく心地良いわ」

 

 ネフテュスが悦に入っていると、始まってから今まで先に仕掛けに 

 行かなかった捕食者の方から動いた。

 槍で刺突するかの様にヘッド部分を突き出しアイシャが回避すると、

 両手で握っているためそのままの姿勢でハンマーを大振りする。

 直撃すれば肋骨が全て折れそうな勢いだがアイシャは上体を仰け反らせ

 黒い艶やかな長髪を掠めつつもまた回避して見せた。

 したり顔になるアイシャはお返しとザーガを突き出そうとする。

 

 ゴ ンッ !!

 

 「ぐぅっ...!?」

 

 だが、目の前に迫る四角い塊に気付き手で受け止めようとするも、

 衝撃で体勢を崩し、背を床に付けてしまう。 

 四角い塊の正体はハンマーのヘッドだった。

 捕食者は横へ振るった勢いを殺さず、円を描く様にしてハンマーを

 振るうと、今度は頭上から叩き込んできたのだ。

 仰向けの姿勢で倒れているアイシャに、捕食者はハンマーを顔へ

 突き付ける。 

 降参するかどうかを問いかけている様だ。

 当然、アイシャは降参する訳もなくザーガを周囲に投げ飛ばすと、

 足を回す様に空を蹴るその勢いを利用して、華麗に立ち上がった。

 

 「まだまだこれからだよ。

  もっとあんたの強さを味合わせてもらおうじゃないか!」

 

 バク転をしながらザーガが落ちている場所まで移動し、手が床に着く

 タイミングでザーガの柄を掴み取る。

 足を踏みしめ床を蹴ると全速力で捕食者に接近し、斬り掛かった。

 

 「【来れ、蛮勇の覇者、雄々しき戦士よ、たくましき豪傑よ、欲深き非道の英傑よ」

 

 捕食者は右腕のガントレットから同じ様な一枚刃を伸ばし、斬撃を

 屈みながら受け身を取ると片手に握っているハンマーでザーガの刀身を

 叩く。

 

 ガギィィンッ!!

 

 「っ...!

  女帝の帝帯が欲しくば証明せよ、我が身を満たし我が身を貫き、我が身を殺し証明せよ」

 

 それによってザーガが弾かれるが、顔を顰めながらも手放さず

 アイシャもハイキックを繰り出してハンマーを弾いた。

 距離が開くとアイシャはザーガを構え、最後の詠唱を唱える。

 

 「飢える我が刃はヒッポリュテー】!

  【ヘル・カイオス】!」

 

 詠唱を終えた後に剣を振り下ろし、床を這いながら抉る程に巨大な

 紅色の斬撃波を放つ。

 その大きさは4Mにまで達し、捕食者を優に超える。

 捕食者は素早く左腕に装備しているガントレットの表面をなぞり、

 何かをする様だった。

 

 ギュオン ギュオン ギュオン...

 

 するとハンマーが青白い光をヘッド部分に収束し始める。

 バーベラ達はそれが魔法だと思ったが、ガントレットを触っただけで

 詠唱をしていない事に驚く。

 ハンマーのヘッド部分が青白い光に包まれると、捕食者はその場から

 飛び上がりハンマーを振るい上げる。

 前方へ降下していき、虹色の斬撃波を迎え撃とうとしている様だ。

 アイシャはその無謀なまでの勇ましさに、胸が締め付けられる感覚に

 陥った。

 

 「(...あぁ、そうか...そうだったんだね...)」

 

 十分に攻撃が届く距離まで接近し、捕食者はハンマーを斬撃波に

 叩き付けた。

 

 ギュオンギュオンギュオンギュオン...!!

 

 ...ド ゴ オ ォ ォ オ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 ヘッド部分は真っ二つにも、粉々に砕かれる事もなく虹色の斬撃波と

 鍔迫り合いの様にぶつかり合い、先に虹色の斬撃波が粉砕された。

 打撃面から青白い光を衝撃波として放った事で、虹色の斬撃波を

 相殺したのだ。 

 だが、勢い余ってハンマーは屋上の床に打撃面を叩き付けてしまい、

 石灰が捕食者の周囲に撒き散らされ煙となる。 

 バーベラ達はもちろんの事、イシュタルも凄まじ過ぎる荒業に度肝を

 抜かれていた。

 それに対して、魔法を物理的に打ち砕かれたアイシャはというと。

 

 「(...一目惚れ、って奴だったんだね。

   我ながら、春姫みたいな乙女思考みたいで参っちゃうよ...」

 

 と、自身が捕食者に対して純粋な好意を抱いた事を自覚していた。

 石灰の煙が晴れていき、のそりと黒い影が動いた。

 砕けたコンクリートを踏み付けながら、捕食者が無傷の状態で姿を

 現した。

 数秒経ち、バーベラ達はまた歓声を上げ途轍もない力でアイシャの

 魔法を破った捕食者に拍手を送って称える。

 

 「...流石、ネフテュスの眷族だな...」

 

 イシュタルも最初こそは呆れていたが、捕食者の実力を認めざるを

 得ないと苦笑いを浮かべつつ一服した。

 アイシャはザーガの刀身を労わる様に撫でてから、床に切っ先を

 突き刺して固定する。

 そして、そのまま置いていき捕食者へと近付いていった。

 捕食者はアイシャが近付いて来るのに気付くと、対面する位置まで

 来るのを待った。

 アイシャは捕食者の前まで来ると、両手で拳をつくり構えを取る。

 

 「...これで最後にしようじゃないか。

  くたばるまでとことん...付き合ってもらうよ」

 

 ...カカカカカカ...




ケルティックVSアイシャ


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>'、<>'、,< f’iuncsé

 カチッ

 プシューッ...

 

 捕食者が徐にヘルメットに繋がれていたパイプを引き抜くと、白い煙が

 接続口から噴き出た。

 アイシャはその行動に目を丸くしつつも構えは解かなかった。

 彼女だけでなく、その場に居る全員もヘルメットを脱ぐのだと

 察した。

   

 「...認めたのね、彼女を強いと」

 

 ネフテュスが捕食者に語り掛ける様に呟き、それに答えるかの様に

 捕食者はヘルメットに手を掛け、顔から引き剥がす様に外した。

 重厚なヘルメットの下から晒された顔に、ネフテュスともう1人の

 捕食者以外は全員絶句する。

 

 グルルルルルッ...

 

 イシュタルが抱いた第一印象はバーベラ達も同じ様なものだった。

 フリュネが可愛く見える、と。

 険しい顔や厳つい顔など、一見で判断し警戒するのが生物の本能であり

 大抵の冒険者は相手の力量を測る事が出来る。

 しかし、捕食者に関してはそれ以前の問題だった。

 人ではない。それが理由だ。

 鋭い4本の牙を開いて別の生物かの様に動かし、窪んでいる目元から

 覗く眼がアイシャを睨んでいる。

 バーベラ達が戸惑い、混乱する中、意外な事にアイシャは平然と

 構えたままだった。

 

 「...それであたしがビビるとでも思ったのかい?

  まぁ、確かに少しは驚いたけどさ...

  まさか、故郷の伝承に出てくる悪魔をこの目で見るなんてね...」

 「(あら。ヤウージャ達の事を知ってる口みたいね...)」

 「ま、何でもいいさ。悪魔でも怪物でも、あんたに惚れたんだから...」

  

 拳を更に強く握り締め、骨の節々がメキメキと鳴る。

 

 「言った通り、くたばるまで楽しませてもらうよっ!」

 

 ガァァァァアアアアアアッ!

 

 左の拳を突き出し、それを受け止められると透かさず右脚を低く振るい

 ローキックを捕食者の左脚に叩き込む。

 並みの冒険者であれば膝が崩れるのだが、捕食者は立ったままで

 ビクともしていない。

 やり返す様に捕食者は右拳を腹部に叩き込もうとする。

 アイシャは空いている右手を腹部に持っていき防ごうとした。

 

 ドゴォッ! 

 

 「ぐっ!?カハッ...!」

 

 ッパァァン!

 

 ところが、防いだはずの拳がズンッと2段階で突き上げてきて

 強引に腹部を貫いた。

 背中を曲げ、宙を浮くアイシャに捕食者は彼女の頬を張る。

 完全に無防備となっていたため、鈍い音が立ちながらアイシャは

 1M程突き飛ばされた。

 床を転がり、止まった所ですぐに起き上がる。

 口の中が唾液とも違うヌルッとした粘液に満たされ、それが血であると

 アイシャは気付いてそれを吐き出す。

 吐血はビシャッと床に赤黒い染みとなる。

 下唇のみに塗っていた口紅毎、唾液と血を拭って立ち上がる。

 捕食者は4本の牙を大きく広げ、威嚇しながら向かって行きアイシャは

 迎え撃つ姿勢を取る。

 

 グオォォォオオオオオッ!

 

 「シッ...!」

 

 発展アビリティの拳打によって強化され、目にも止まらぬ速度の

 右ストレートを放つ。

 胸部は鎧で守られているため先程やられた腹部を殴打し、動きを

 止めさせると続けてボディブローを連続で叩き込んだ。

 時折狙いが逸れ鎧にぶつかるが、構わず殴打し続けていく。

 捕食者が腕を掴もうとしてくるとアイシャは腕を引くと同時に、

 ローキックのフェイントを織り交ぜハイキックで顔面を蹴り付けた。

 

 バキャアッ!

 

 「ッハハハハハ!これでお相子だねっ!」

 

 捕食者が蹌踉めき、一矢報いてやったとアイシャは心の底から

 喜んだ。

 歓声が静まり返っている周囲では、ネフテュスだけがアイシャに

 小さく拍手を送り称賛していた。

 眉に負った裂傷部から黄緑色の液体が滲み出て、捕食者は拭うと 

 仕切り直しといった様に距離を開けながら独特な構えを取る。

 アイシャも妖艶な笑みを浮かべ同じく構えた。

 これで勝負が決まると察してレナが沈黙を破り、アイシャにもう一度

 声援を送り始めた。

 隣に立っていたサミラも同調して声援を送り、次々とバーベラ達も

 声援を送る。

 イシュタルも自分の眷族が強者に挑む姿に感極まり叫んだ。

 

 「アイシャ!いけぇっ!」

 

 声援が響く中でアイシャと捕食者は徐々に詰め寄り、互いに目の前まで

 近付くと動きを止めた。

 どちらかが先に手を出せば有効打を与える事が出来る。

 悟られず、息を吸って呼吸を止めたアイシャが先に動いた。

 小細工などせず、ただ一点を狙う拳が一直線に向かっていく。

 拳が眉間を捉えた、そう思った矢先、捕食者が上体を屈ませ

 位置がズレた事で前頭部で受け止める。

 

 メキィッ...!

 

 骨が折れる音が鳴り響き、アイシャが後退して右手の痛みに顔を

 歪ませた。

 指全体と根元の皮膚がズル剥け、血が滴っている。

 それでも尚、アイシャは残った左手で拳をつくり仕掛けようとした。

 しかし、それよりも早く捕食者の拳がアイシャの蟀谷に叩き込まれた。

 人体の急所であったため、アイシャは数秒耐えて立っていたが目から

 光が消え、意識が途切れたようで前のめりに体が傾いていく。

 しかし、目の前に立っている捕食者に凭れ掛かった事で倒れる事は

 なかった。

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は振り払おうとはせず、アイシャの肩を掴んで首が後ろへ

 垂れる様にし、ゆっくりと寝かせた。

 

 ヴオオォォオオオオオオオオオオオッ!!

 

 乱れた黒い長髪が顔に掛かっているのを指先で退かしアイシャの顔を

 ほんの少しだけ見つめ、目を逸らし立ち上がると勝利した事を

 誇示するべく雄叫びを上げる。

 バーベラ達はその雄叫びに負けない程の歓声を上げ、捕食者の勝利を

 称えた。

 

 「...完敗か。まぁ、アイシャには最高の戦いを見させてもらった。

  感謝しよう、ネフテュスとその眷族よ」

 「どういたしまして。...イシュタル、やっぱり支払う事にするわ。

  2人も傷付けてしまったのはいただけないもの。

  治療費と身請けのを相応に、ね?」

 「そうか。では、手続きなどを今すぐ用意するのも無理があるので...

  明日までに用意しよう」

 「わかったわ。じゃあ、私達は...あら?」

 

 イシュタルは途中で言葉を止めたネフテュスが何かに気付いたのに

 首を傾げ自身も振り返った。

 見ると、少数のバーベラ達はアイシャにポーションを掛けたりなど

 手当てをしているが、大半は捕食者達に我先にと群がっていた。

 しまった、とイシュタルは額に手を当て頭を抱える。

 あれ程の激闘を繰り広げ勝者となった捕食者にアマゾネスの習性として

 見過ごすはずがなく、歯止めが利かなくなったと思われるからだ。

 たとえ、人でなくても...

 事実、アイシャの手当てが済んで回復した事を確認するや否や、

 あっという間に少数のバーベラ達も捕食者に駆け寄っていく。

 

 「どっちも強いんだから、大歓迎だよ!」 

 「ねぇねぇ!私を指名してみない!?」

 「ちょっと待ちな!こいつより俺ならお前を満足させてやれるぜ?」

 「アンタみたいな男勝りなのより私にしなよ!」

 「そんなツルペタより私の方が!」

 「いいえ!私の方がいいに決まってるわ!」

 

 ネフテュスに少し待つように言い、イシュタルはズカズカと

 近付いていき煙管を突き出して一喝する。

 

 「お前達!今すぐに離れろ!その眷族と目合うは許さん!」

 「「「「「ええぇぇええええ~~~~~~~~!?」」」」」

 

 当然ながら不服そうにするバーベラ達はイシュタルに文句を言って

 捕食者から離れようとしない。

 一方で捕食者の方は気にしていないのか、先に拾い上げていた

 ヘルメットを付け直している。

 もう1人はただジッとしており、抱き着かれているがやはり気にせずに

 いた。

 ネフテュスはイシュタルにその場を任せると、アイシャの元へ

 近寄っていった。

 まだ気を失っているアイシャの傍にしゃがみ込み、頬を撫でる。

 すると、瞑っている目が動き薄っすら開くと数回瞬きをして、完全に

 目を開きアイシャは意識を取り戻した。

 横の方から聞こえてくる喧騒に目を向けようとしたが、そこで

 ネフテュスが自分の顔を覗き込んでいると気付く。

 

 「すごいわね、あの子に血を流させるなんて。

  とっても勇ましい戦いを見せてもらったわ」

 「...それはどうも。けど...負けてしまったのだから、ここにはもう居られないだろうね」

 「そんな事ないわよ?イシュタルが最高の戦いを見せてもらったって、褒めてたんだから」

 「...へぇー?そうなのかい...それなら、ここに居られるんだね」

 

 アイシャは起き上がるとネフテュスの背後で仲間達が自身の主人に

 懇願している光景を眺めた。

 その中に巻き込まれている様にしか見えない捕食者を見つけると、

 急いで向かおうと立ち上がる。

 

 「アイシャ。彼は貴女の事を認めてヘルメットを脱いだの。

  周りの皆にも見せたのは...貴女だけでなく、皆にも自らを知らしめるため。

  つまり...許嫁になれる権利を与えてあげられるわ」

 「!?」

 「よかったわね。相思相愛っていうのかしら?」

 

 アイシャは振り返り、優しく微笑みを浮かべるネフテュスを見た。

 ふざけて言っている様子はなく、本当にそう言っているのだとわかると

 俯きながら頭を掻いた。

 まさか、言ってもいない事を見抜かれていたとは思ってもみなかった

 からだ。

 

 「...なら、アイツの...名前を教えてもらえるかい?」

 「ええ。...彼の名前はケルティックって言うの」

 「ケルティック、ねぇ...良い名前じゃないか。気に入ったよ

  全部が好きになったって思えた事も含めてね」

 

 そう答えると、アイシャはケルティックの元へ歩み寄って行った。

 バーベラ達を押し退け、軽く投げ飛ばしケルティックに抱き着く。

 ケルティックは視線を下に向け、アイシャを見つめた。

 それにアイシャは顔を上げて微笑むと腰に腕を回したまま宣言する。

 

 「アンタ達!諦めな!こいつは...ケルティックは誰にも渡さないよ。

 あたしはこいつに惚れちまったんだからね。それに...

 こいつの主神様直々に許嫁になれる権利をいただいたんだ!文句は言わせないよ!」

 「「「「「...はぁぁあああ~~~~~~~!?」」」」」

 「...はぁ?」

 

 イシュタルとバーベラ達が驚いている最中、ネフテュスは

 ガントレットを操作して何かをしていた。

  

 「...ええ、構わないわよ。一網打尽にして」



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>'、<,、、,< b'ycyny

 決闘が行われる数時間前、話し合いの最中まで遡る。

 その頃、アリーゼ達はオラリオの外、南西3Kに位置するメレン港へ 

 到着していた。

 誰にもバレないよう、ドロップ・シップは高い岩陰がある砂浜に

 隠している。

 そもそも肉眼で見えないので隠す必要はないが、用心のためである。

 ドロップ・シップから降りるや否や白い砂浜を走り、眼前に広がる

 ロログ湖を見て、アリーゼは大はしゃぎしていた。

 ダンジョンの27階層に出来た滝壺にある底の穴から淡水が3K離れた

 地上に溢れ出た事で巨大な湖を形成。

 その湖の付近が海であったため、陸が消滅した事で海水が侵入し

 淡水と海水が混じる汽水湖となっているのだ。

 

 「一番乗りは私が貰うわよ~!」

 「おい!先にニョルズ様の所に、って何脱ぎ始めてんだ!?」

 「やめなさいアリーゼ!」

 

 当然の如くアリーゼは泳ごうと服を脱ぎ始めたのに、ライラとリューは

 強烈なタックルをして押し倒した。

 ドサッと顔から砂に突っ込んだので口に入ったらしく、ペッペッと舌を出して

 アリーゼは不快そうになる。 

 

 「裸になって泳ぐ気か!?馬鹿なマネはやめろ!」

 「下着で泳ぐから大丈夫よ!替えもいっぱい持ってきたんだし!」

 「(あのギッシリ詰まった荷物がそうですか...!)」

 

 リューは鞄の中身が何であるのか謎が解けて呆れ返る。

 

 「あ、あの、【狡鼠】。少しよろしいでしょうか...」

 「何だよ?それともう名前で呼べよ、名前で」

 「そ、そうですね。では...ライラ?あちらはよろしいのですか...?」

 

 ライラが恥じらいを持てと言っている最中にアスフィとレイが顔を

 赤くしてライラの肩を軽く叩き、ロログ湖の方を指した。

 その方を見ると、輝夜が既に水に浸かっていっている姿が見えた。

 着物どころか下着までも脱ぎ捨てて。

 絶句するライラとリューだが、すぐに我に返ったライラはアリーゼを

 リューに任せると彼女自身は輝夜の元へ全力疾走していった。

 品性が欠けている痴女かと、ライラは輝夜に罵声を浴びせていたが、

 輝夜はうるさいと手酌で掬った水を浴びせる。

 完全に堪忍袋の緒が切れたライラは仕返しに砂を掛けようとした所で

 アスフィが待ったを掛ける。

 

 「こ、こちらを着てください!

  ま、万が一、水辺での調査を行う際に用意した物ですが...

  アリーゼもこれをお使いください」

 

 そう答えながら羽織っている白いマントを勢いよく広げ、裏地に

 貼り付いている衣類を差し出した。

 輝夜は立ち上がってそれを受け取る。レイは慌てて拾っていた着物で

 こちらからの視点を遮った。

 

 「これは...どう見ても下着でございますねぇ」

 「これは神々の発明した三種の神器の1つ...水着です」

 「あ、知ってる!水に濡れるために創られた物よね!

  じゃあ、これさえ着ればライラもリューも不満はないわよね?」

 「不満、というより...私達の本来の目的を貴女は忘れているのですか?」

 

 再度呆れ返ってリューは頭を抱える。ライラも同様に。

 レイの傍に立っていたアストレアは微笑んで2人に伝えた。

 

 「ニョルズと話しに行くのに全員は多いと思うし...

  私だけで話しに行ってくるわ。だから、皆は楽しんでて?」

 「いや、護衛ぐらいは居るでしょうよ...

  アタシは心配だから、付いてってやりますよ」

 「そう。ありがとう、ライラ」

 

 リューも咄嗟に護衛の候補を名乗ろうとしたがライラに止められ、

 見守り役を任せると言った。

 嫌がるリューにライラは問答無用で押し付ける。

 

 「リオン、頼んだからな。アスフィとレイ、それから捕食者も頼むぞ」

 「は、はい...」

 「わかりましタ」

 

 カカカカカカ...

 

 そうしてアストレアはライラを連れて、メレン港にある町の方へと

 向かって行った。

 アリーゼは見送り終えると同時にアスフィから受け取った水着へ

 着替えるべく、脱ぎかけだった服をまた脱ぎ始める。

 輝夜は脱ぐ以前に一糸纏わぬ姿となっていたので既に水着を着ていた。

 リューが思わず手で目を隠すと、レイはその行動の意味を理解して

 いないがそれを真似た。捕食者は背を向けている。

 水着に着替えたアリーゼはクルリと1回転し、自身のプロポーションを

 見せつける様なポーズを取る。

 

 「どうかしら?似合ってる?ねぇねぇリオン、似合ってるでしょ!」

 

 トップスは布面積が大きいので胸部はそれほど大きく露出していないが、

 ボトムは紐と同じ程細い物を履き、その上に少し大きめの物を重ねると

 いった男性が見れば、釘付けになりそうな白色のビキニを着ている。

 

 「ん~...素っ裸で泳ごうと思ってたが、中々着心地は悪くはないな」

 

 輝夜の水着はというと、Vを描く様な形状をした前面は胸部と下半身を

 隠しているが背中はまる見えとなっている物だった。

 リューは下着の定義と水着の定義がわからなくなり、アスフィに

 問いかける。

 

 「...本当に、あれが水着という神器なのですか?アスフィ...

  どう見ても下着にしか...」

 「いえ、歴とした水中で活動するための物です。

  残念ながらレイの分が無いので...いつかお作りしましょう」

 「あ、ありがとうございまス...」

 

 頭を下げるアスフィにレイは苦笑いを浮かべつつお礼を述べた。

 レイはネフテュスの言った通り、パレオを腰に巻いており足を隠した

 状態となっている。

 パレオは同じくアスフィが持参していた物だ。

 

 「さ、リオンも水着に着替えなさいよ」 

 「結構です。木陰で見守っていますの、でっ!?か、輝夜!?

  何故、羽交い締めに...!?」

 「アスフィ。この慎ましい胸に見合う水着はございますか?」

 

 それを聞いた瞬間、リューは渾身の力を振り絞ると輝夜から逃れようと

 する。

 しかし、その腕から逃れる事が出来ず目の前に差し出された水着を

 見て絶句した。

 アリーゼ達の水着と同等な、ほぼ裸体を晒す事になる水着だからだ。

 

 「こちらはどうでしょうか?きっと似合いますよ」

 「ア、アスフィ!貴女は私の味方ではないのですか!?」

 「見た目も重要な事なので...

  リオン、貴女の望まぬ犠牲とご協力に感謝します」

 「一言もそんな事は」

 「はいはい、もう大人しく着替えちゃいなさい!」

 「あぁああああああ~~~~!

  ベルトを外さないでくださいアリーゼ~~!」

  

 リューの悲鳴はロログ湖を越え海へと響き渡るのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...見てはいけないと本能で感じ取った僕は、余所見をしていた。

 しばらくしてアスフィという女性に呼び掛けられ視線を前に戻す。 

 

 「うぅぅ...」

 

 先程まで悲鳴を上げながら抵抗していたリューという女性は

 体を自ら抱きしめる様にして隠そうとしていた。

 しかし、隠せているのは一部のみでほとんどの裸体は見えている。

 胸を隠す中央にリングの装飾がついた黒い布はとても細く、

 胸元を大きく露出している。

 下半身を隠す黒い布も細く、鼠蹊部が覗く程際どい。

 

 「いいじゃない、リオン!とっても似合ってるわ!」

 「胸が少し寂しい以外は男を虜に出来るでしょうねぇ」

 「褒めているのですか!?軽蔑しているのですか!?

  どちらですか!?」

 「わ、私としても似合っていますので、決して軽蔑はしませんよ」

 

 アスフィという女性がフォローし、リューという女性は口を紡いで

 怒りを堪える。

 その間にアリーゼという女性が僕に近付いて来る。

 今は彼女達以外に誰も居ないので、クローキング機能は解いており

 見えているんだ。

 僕の方が背丈が高いので自然と上を向きながら、彼女は笑みを

 浮かべて問いかけてくる。

 

 「ねぇねぇ、捕食者君。

  貴方もリューの水着、似合ってると思うわよね?」

 

 カカカカカカ...

 

 ...不格好ではないので頷く事にした。

 リューという女性は異性からの評価に恥ずかしさが込み上げたようで

 俯いている耳から首元まで顔が赤く染まっている。

 それに輝夜という女性はからかうと、リューという女性は怒りながら

 何か反論し始めた。

 アリーゼという女性が宥めに行くと、僕は目の前の汽水湖を見渡す。

 ...ダンジョンでよく見かける湖より、とても綺麗だ。

 雲が点々と散らばっている青空の下に、水面が輝くこの光景は

 天井の発光する水晶で照らされる湖とは違う美しさを見出している。

 

 ザッパァアーン!

 

 そんな音が聞こえ、見てみるとリューという女性が汽水湖へ浸かって

 いた。

 浸かっていたというよりも、どうやら輝夜という女性が投げ飛ばした

 ようだ。

 続いてアリーゼという女性も汽水湖へ飛び込み、リューという女性の

 近くへ着水する。

 ...少し騒がしいと思い、彼女達を放って置く事にしてその場から

 離れていった。

 汽水湖の畔に沿って歩き続け、やがて声が聞こえなくなったその場所に

 腰を下ろす。

 人2人分に木々が開けたスペースで僕はもう一度、汽水湖を眺める。

 ここから更に遠くは海へ繋がっており、オラリオがある陸地とは別の

 陸地に海洋国が存在しているそうだ。

 まだ原始的な木造の帆船で海を渡るしかないこの地球上の人々にして

 みれば、そこへ向かうのも途方も無い旅だと思った。

 尤も、魔石を原料にしている現段階では向こう数百年は技術の発展も

 遅れる事だろう。



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>'、<>'、< P'yeasu

 「っぷはぁ~~~!ふぅ~...気持ちいいわね、リオン!」

 「ぜぇ、ぜぇ...え、ええ...」

 

 答えるリューだが、疲労した以外に何も思い浮かばなかった。

 確かに水着を着ているおかげで泳ぎやすくなっていると思うが、

 それでもアリーゼに付いていくだけでやっとだった。

 更には輝夜が思い切り水を掛けてきた事で、小規模の波となり

 リューを転倒させたりしたのも原因だろう。

 まだまだ遊び足りないアリーゼと輝夜から逃げる様にリューは潜行して

 浜辺へと避難する。

 息を切らしながら砂浜を這いずり上がっていると、影が自身に覆い

 被さった事に気付く。 

 見上げるとこの世に何故存在するのかわからない、スクール水着を

 着たアスフィが心配そうに見つめていた。

 

 「大丈夫ですか?リオン...」

 「...しばらく休憩させていただきたい...」 

 「そうでしょうね...」

 

 苦笑いを浮かべるアスフィはその場に座り、リューも体を起こすと

 アスフィの隣に座る。

 ふと、レイはどこに居るのか問いかけると波打ち際で白い砂を寄せ集め

 山を作っていた。

 見た目は成人女性だが、幼い子供の様に遊ぶ姿にリューは自然と

 微笑みを浮かべた。

 

 「やはり来て正解でしたね。レイが喜んでもらえてよかったと思います」

 「そうですか...確かに疲れる以外には、アリーゼ達も楽しめているので何よりですね」

 

 お互い控え目に笑い合って、リューはアリーゼを見た。

 つい数日前まで蘇ったトラウマにより、意気消沈していた姿とは

 思えない程、明るい笑みを浮かべ楽しげにしている。

 ふと周囲を見渡し、捕食者が居ない事に気付いた。

 恐らくどこか静かな所へ行ったのだろうと思い、視線をアリーゼに

 戻すとアスフィが問いかけてきた。

 

 「...アスフィ。彼が、イヴィルスの使者に対してした行為は...

  皆に伝えるべきでしょうか...?」

 「...レイの仲間達を助けに行った際、イケロス・ファミリアの団員達の...

  内臓を抜き取り、生皮を剥ぎ、吊し上げたのを目撃した身として言えば...

  今は、アリーゼのためにも墓まで持っていく事ですね。

  後々バレるとしても、その方が捕食者との良好な関係を維持出来ますから」

 「...そうですね」

 

 24階層で見つけたイヴィルスの使者の死体。  

 あの時、悲鳴を上げていたアリーゼの叫び声が鮮明に蘇った。

 またあんな目に遭って欲しくないと、リューの良心が訴えかけてきて

 アスフィの言う通りにする事にしたようだ。

 

 「真実を知った時、アリーゼは...彼の事をどう思うでしょうか...」

 「わかりません。...彼女自身の意思の問題ですから」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「いやぁ、まさかアストレアがここへ来るなんてな。

  珍しい事もあるもんだ」

 「ふふっ、そうでもないと思うけど...」

 

 メレン港にあるニョルズ・ファミリアのホーム、ノアトゥーン。

 仕事の最中だったニョルズはアストレアが来たと知り、一度作業を

 止めて応接室で対談をする事となった。  

 アストレアがオラリオで治安維持をしているのを知っているためか、

 オラリオの外であるメレン港に赴いた事に驚いている様子だ。

 

 「それで、わざわざここへ来た理由は...  

  何かオラリオで良くない事でもあったのか?」

 「...ニョルズ、正直に答えてほしいの。

  そうでないと...ネフテュス様がどんな処罰を下すのか、恐ろしいから...」

 

 ネフテュスの名前を聞いた途端、ニョルズの顔から笑みが消えた。

 日差しが強い生活で肌が焼けているため、すぐに顔色が悪くなったのが

 わかった。

 アストレアはその反応から察し、言い逃れさせないよう手を伸ばして 

 ニョルズの手を包む込む様に重ねた。

 人肌の温もりとは他人に対して安心感をもたらすとされる。

 アストレアは安心感を与え、ニョルズから正直に真相を話して

 もらおうとしているのだ。

 

 「お願い、ニョルズ。話して?どうしてイヴィルスと関わりを持ってしまったのか...

  イケロスやその子供達は手遅れだったけど...

  貴方やイシュタルは、まだ間に合うはずだから」

 「...。...ネフテュス先輩にバレてんなら...仕方ないか...」

 

 顔を俯かせ、観念したニョルズは語り始めた。

 切っ掛けは増えすぎた水棲モンスターによる、海中での生態系が

 狂った事が原因だった。

 海中に生きる水棲モンスターはかつて27階層のレート・フォールから

 流れ落ちる水流によって形成された滝壺の底にある大穴から、地上へ

 進出した古代のモンスターの繁栄させてきた子孫である。

 現在その大穴はゼウス、ヘラ、ポセイドン・ファミリアの協力によって

 倒されたリヴァイアサンのドロップアイテムを利用し作った、蓋となる

 リヴァイアサン・シールによって塞がれている。

 しかし、水棲モンスターは駆除する事は陸上のモンスターよりも

 困難とされる。

 水中で戦う事はまず不可能であり、罠を仕掛けた上で仕留める事も

 危険を伴うからだ。

 その上、繁殖する規模も年々拡大していき、倒しても切りが無いため

 水棲モンスターが魚介類を補食し続けた事でメレン港での収穫量は、

 ほとんど0に近くなっていく一方となった。

 ファミリアの維持費や眷族の生活費など、様々な費用が必要になるため

 漁をしなければならないが、その度に網に掛かった水棲モンスターに

 海へ引きずり込まれ、落水してしまった眷族が幾人も餌食となって

 死んでしまっていく。

 ニョルズはファルナを授けた主神として自身を不甲斐なく思い、

 その状況を憂う日々を送っていた。

 しかし、6年前に事態が急変した。

 オラリオとメレン港を繋ぐ排水路から流れ着いた、ヴィオラスが

 出現したのだ。

 ヴィオラスは偶然にも訪問していたアステリオス・ファミリアの助けも

 あり駆除には成功した。

 その時、ニョルズはヴィオラスが魔石を狙う習性に気付いたという。

 アストレアには新種だと誤魔化し、彼女達が旅立った後に無断で

 オラリオの地下水路を調べに行ったニョルズはそこである人物と

 遭遇したそうだ。

 

 「...見ず知らずの人間に話したの?」

 「別に隠す様な事でもないだろ?子供達の命が掛かってたんだからな...」

 「...そう」

 「それで、そいつは条件を呑むなら食人花を貸してくれる、って言ってきたんだ」

 「その条件って...?」

 「ここで密輸が出来るように手配してくれたらって感じだ。

  俺は中身の事は知らないが、子供達曰わく金目の物だったり酒だったり...

  あとは、そう。箱がガタガタ震えてたらしいから、生き物って線があるな」

 

 アストレアはハッとレイの言葉を思い出す。

 その生き物は、恐らく捕えられ密売されてしまったゼノスなのだと。

 アストレアが考察している中、ニョルズは続けた。 

 密輸の手配をするため、ギルド支部と街長であるボルクに話を

 持ちかけたという。

 ボルグには、ヴィオラスに襲われないため魔石を魔法の粉と称し、

 粉末状にした物を隠すために屋敷にある地下を借りたいと言った所、

 ボルグは街長として漁場の平和のためなら、と承諾したそうだ。

 一方、ギルド支部。もとい総責任者のルバートは相応の報酬を要求し、

 魔石の横流しに協力する事となったとの事。

 そして、密輸の準備が整った事でヴィオラスを数匹貸し出してもらい、

 ロログ湖へ放ったと答える。

 ヴィオラスは目論み通り、付近の水棲モンスターは数が減っていき

 魔法の粉のおかげでヴィオラスには襲われず、以前より安全に漁が

 行えているそうだ。

 

 「粉を持っていない人達がどうなるか...それは考えていなかったの?」

 「海からモンスターが減らなきゃ人類がもっと死ぬ...

  そう考えちまって、頭に入ってなかったんだ...

 「...それで、密輸をしていたファミリアが...イケロスね」

 「ああ。それと、イシュタルの子供達も時折だが運びに来ていた。

  下水道に居るイヴィルスとの仲介役とか強くなりすぎた食人花の処理とか...

  商会とグルで都市を出入りしてたみたいで、色々頼ってた」

 「...そうなのね。イシュタルが何故、イヴィルスと関わっているのか...

  大凡見当は付くから、ネフテュス様も大目に見ている事でしょうね」 

 

 アストレアはクスリと笑みを浮かべながらそう予想した。

 流石と言うべきか、読み通りネフテュスはイシュタルに処罰を

 下さない事にしていた。

 結果的にニョルズは自身の眷族のために、イヴィルスと交渉して

 ヴィオラスを貸し出してもらったという事に過ぎないという事が

 わかった。

 ヴィオラスに他国からの船が襲われる危険性を考慮していなかったとは

 いえ彼の神格者である事に変わりないと、それに安堵しアストレアは

 微笑みながらニョルズを抱きしめる。

 数秒、呆然としていたニョルズだが慌てて離れようとするもその神格が

 故に無理矢理突き放す事は出来なかった。

 

 「ありがとう、ニョルズ。正直に話してくれて。

  貴方の行いでメレンが平和になったのは間違いないわ。

  ...でも、ネフテュス様には伝えておかないといけないし...

  食人花も使ってはダメよ。いいかしら?」

 「...むぐぐ、むごむご」

 

 ニョルズは頷いて、アストレアが抱きしめるのを止めると仰け反る様に

 急いで離れた。

 逃れられない包容によって、息が切れており何故、アストレアは

 そうなっているのか首を傾げる。

 

 「...じゃあ、ロログ湖に放ってる食人花は駆除しないとな」

 「そうね。...ん~...手伝ってくれるかしら...」

 「何言ってるんだよ。これは元々俺の責任なんだ。

  当然手伝ってやるよ」

 「あ、そうじゃなくて...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 話し合いが無事に終わったその頃、捕食者は未だにロログ湖を眺めて

 いた。

 すると、背後から誰かが近付いてくるのに気付き、直ぐさま姿を消す。

 何者かと警戒していたが、すぐに姿を見せる事となった。

 その正体がリューだったからだ。

 

 「ここに居たのですね。

  ...お隣に座っても、よろしいでしょうか?」

 

 カカカカカカ...

 

 「ありがとうございます」

 

 捕食者からの返事を聞き、リューは座った。



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>'、<>'<、⊦ H'urphonm

 リューという女性が隣に座ってからも僕は湖を眺め続け、数分が

 経った。

 我が主神から通信が入り、決闘をする事になったという。

 ケルティックとチョッパーに敵う相手であるなら、見てみたいと

 思っていたが、不意にリューという女性が話しかけてきたので

 決めるのは後回しにする事にした。

 

 「...あの、貴方は...貴方は何故、殺した相手の生皮を剥ぎ、吊すのですか?

  見せしめか、それとも相手を侮辱するためなのか...」 

 

 ...前者は当てはまると言えるが、後者は違う。

 僕はペンシルを手に取り、その事を紙に書き記すとそれを差し出して

 伝えた。

 リューという女性は読み終えると、紙を折り畳み何かを考え始める。

  

 「...私が言うのも説得力に欠けると思いますが...

  少々...やり過ぎでは...」

 

 僕は否定するべく首を横に振る。

 リューという女性は眉間に皺を寄せ、納得していない様だった。

 僕は人間での感性が薄れていると自覚はあるので、彼女が示威行為に

 対して思う所があるのは理解しているつもりだ。

 しかし、あの示威行為は必至な理由となる起源がある。

 僕は先程の紙よりも大きめな紙を取り出し、かなり長い文章となるが

 その起源をなるべく重要な点を据え置きつつ書き綴った。

 それは反逆した伝説の狩人の歴史を辿る事で、その示威行為を明確に

 理解する事となる。

 全面いっぱいを使い、ようやく書き綴る事が出来たのでそれを渡した。

 リューという女性は受け取って文面をまず一目して、整った眉が

 揃え違いになって戸惑いながらも読み始める。

 時間が掛かると思うが、それを読んでもらい過度な示威行為をする

 理由を理解してもらうしか他ない。

 やがて我が主神から決闘を時間が経ち、チョッパーが相手を倒し、

 次にケルティックがアイシャという女性と決闘を始めると通信が

 入った頃、リューという女性も読み終えた様だ。

 

 「古から続く種族としての示威行為、か...

  ...それならば阻む事は無礼に値しますね。

  ただ...1つだけお願いがあります。よろしいでしょうか?」

 

 ...カカカカカカ

 

 彼女の事は認めており武器を貸した事のある関係なので、1つなら

 聞き入れる事にした。

 僕が頷くのを見て、リューという女性は言った。

 

 「アリーゼの前では絶対に...

  イヴィルスであっても、あの示威行為だけは控えていただきたいのです。

  彼女は生皮を剥がれ吊された死体にトラウマを抱えてしまっていて...

  もしも、貴方がそうしていると知った場合は、良好な関係が崩れるはず。

  なので...どうか、お願い出来ないでしょうか...?」

 

 ...そうか。そういった理由があるのなら承諾しよう。

 我が主神の恋仲であるアストレア様の眷族であるので、確かに良好な

 関係を崩すのは不本意だからだ。

 僕が鳴き声を上げ、頷くとリューという女性は安堵した様だった。

 

 「ありがとうございます。

  ...あの、そろそろ戻りませんか?

  アリーゼが昼食を摂りたいと言い始めていると思いますので」

 

 そんなに時間が経っていたんだ...

 そう思っていると空腹感を覚えたので、彼女の言う通り戻ろうと

 思った。

 

 ピピッ ピピッ

 

 だが、その途端に生体感知センサーが反応したので湖を見る。

 水中専用の赤外線に切り替えると湖の底を動く水棲生物を発見した。

 僕はそれを獲物にすると決め、リューという女性に先に向かうよう

 指示をする。

 リューという女性は首を傾げるが素直に従ってくれた。

 彼女が立ち去って、僕はヘルメットと顔の密閉補助が機能しているかを

 確認するとガントレットを操作し、ブーツのチャージタンクに

 プラズマエネルギーを蓄積させる。

 そして、勢いよくその場から湖へ飛び込んだ。

 

 ザッパァァンッ!

 

 水深は僕の身長よりも深く、すぐに潜行を開始する。

 靴底からプラズマエネルギーを変換させた衝撃波が放出される事で

 推進力を得るため、高速潜行が可能となるのだ。

 僕らが跳躍したり、木々を移動するのは鍛え抜いた脚力によって

 出来る事だが、補助として常時稼動しているこの機能のおかげもあり

 俊敏性が向上する。 

 そのため、補助ではなくメインエンジンとしての役割に切り替えた事で

 この潜行方法は編み出された。

 水中での呼吸もヘルメットに酸素が送られるため溺れる事もない。

 更に僕らが今使用しているクローキング機能も、今までは防水性が

 皆無であったが我が主神の知恵により改良され水中でも姿を消して

 獲物を狩る事が出来る。

 

 ピピッ ピピッ

 

 見つけた。先程、湖の底を移動していた獲物だ。

 僕は一度潜行を止め、水中で浮遊した状態となりながら獲物の動きを

 見据える。

 狙っている獲物は蟹だ。それも、かなり大きい。

 地上のモンスターは子孫を残す手段を選んだ事で進化はせずに、

 その生態を保ったまま棲息していると言われる。

 なので、この蟹も同じだろうと思った。

 僕は腰から筒状のジョイントパーツと掌に乗るサイズの鋭く尖った

 銛の先端を取り出し、根元を軽く捻る。

 そうする事で根元から伸びたパイプ部分をジョイントパーツの穴に

 差し込みハンドプラズマキャノンに装着させる事で、水中戦専用の

 武器であるハープーン・ガンとなった。

 

 ピッピッ ピッピッ...

 

 レーザーポインターを蟹に照射し、狙いを定めた。

 蟹の弱点は腹部の下となる部分。

 真正面を向いているが、まだ僕の存在には気付いていないようで

 絶好のチャンスだ。

 

 ピピピピ ピロロロロロッ!

 

 バシュッ!

 

 水の抵抗力に避ける様に発射された銛は水中を突き進んでいき、

 蟹が気付くよりも早く腹部の下を貫いた。

 数秒藻掻いた蟹は、眼の光を失うと絶命する。

 パイプには発光する細く頑丈なロープが、先程ジョイントパーツに

 差し込んだ際に取り付けられているので僕はガントレットを操作し、

 ロープを収納させていく。

 蟹は水中を漂いながら向かってきて、目の前まで辿り着くと胴体の

 横を掴んだ。

 

 ピピッ ピピッ

 

 また生体感知センサーが反応したのに気付き、反応がある方を

 見る。

 今、狩ったのと同種の蟹がこちらへ向かってきていた。

 恐らく、この蟹から溢れている体液につられ共食いにでも来たの

 だろう。

 ...残念だが、喰らうのは僕の方だ

 

 

 「遅いなぁ~...捕食者君、何してるんだろ?」

 「先に戻るようにと言われたので、私もわかりませんね...」

 「...ん?」

 

 鳥類のモンスターであるレイは人間よりも鋭い聴覚で、遠くから

 何かが近付いて来るのに気付いた。

 凄まじい速度で近付いてくるので、慌てて叫ぼうとした。

 しかし、既に遅かった。

 

 ザ バ ァ ァ ア ア ア ア ン !!

 

 「「「「「!?」」」」」

 

 ブ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア !!

 

 水面からヴィオラスが出現したのに、全員が驚く。 

 茎の部分で頭部を擡げ、アリーゼ達を狙おうとしている様だったが

 突然、頭部の根元に閃光が走る。

 風切り音が遠離っていき、動きの止っていたヴィオラスの首が

 水飛沫を上げながら水面に落ちた。

 胴体も水中へ沈んでいき、一瞬にして静寂が訪れる。

 

 「...な、何だったの?」

 「...!。...どうやら、また助けられた様ですね」

 

 そう言ったリューにアリーゼ達が視線を向けると、リューは

 沖合にある突起した様な磯を指した。

 

 カカカカカカ...

 

 そこに立っていたのは捕食者だった。

 腰に2匹の青色をした蟹型のモンスターを引っ提げている。

 先程の風切り音がまた聞こえてきて、空を切っていた円盤を

 捕食者は掴み取った。

 

 「...なるほど、リオンが認めた実力を確かめる事が出来ましたねぇ」

 「私は知ってはいましたが...

  やはり装備の威力も、使い熟す技術も並外れていますね...」

 

 輝夜に対して答えるアスフィは捕食者の実力を改めて認知し、

 固唾を飲む。

 リューも同じ様子になっていたが、磯から水面を飛び越え浜辺に

 着地した捕食者にアリーゼがいつの間にか近付いていたのに気付く。

 

 「すごい武器ね!ねぇねぇ、私にも使える?というか使わせて!」

 

 ロログ湖を見てはしゃいでいた時と変わらない興奮状態のアリーゼは

 捕食者が投げ飛ばした武器を貸して貰い、使う気満々だった。

 リューは投げ飛ばした後、掴み取るのに失敗して大惨事になる事は

 必至だと察し、全速力で向かうのだった。




ザ・プレイが海外Huluにて視聴回数最多記録を達成した模様。
更にロッテントマトでは92%、81%のスコアを出したとの事。
Congratulation!


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>'、<>'<、,< D’yelicias

 ザパァ...

 

 水面から現れた捕食者...ではなく、捕食者の装備を纏った女性が

 浜辺に上がってきた。 

 素肌がほとんど露出する網状の衣服ではなく、水着を着用して

 装備を見に纏っているため、見た目と該当しないからだ。

 アリーゼ達の前まで近付き、ヘルメットを脱いだ。

 その正体はアスフィだった。水が滴る前髪が顔に張り付くのを嫌い、

 顔を振るって、手で掻き上げる。

 

 「どうだった?アスフィ」

 「...水中をあれほど速く動ける事にも、息が出来る事にも驚きを隠せません。

  ある程度このヘルメットを扱えていると思っていた自分を恥ずかしく思いました...」

 「い、いえ、それは気付かなかっただけであって、何も自分を貶める事はありません。

 確かに、貴女でも作るのは無理なような気もしますが...」 

 

 浅はかな理解力で納得し、自己嫌悪感を覚えるアスフィを見てリューは

 励まそうとした。

 だが、最後に余計な事を言ってしまったので、アスフィは自尊心が

 喪失しかけるかの様に眼鏡に罅が入る。

 レイは駆け寄ってアスフィを心配し、リューの後頭部にチョップを

 輝夜は叩き込んだ。

 

 「トドメを刺してどうするんだ、このポンコツエルフ。

  馬鹿にしているようにしか聞こえなかったぞ」

 「そ、そんな!?わ、私は決してアスフィのアイテムメーカーとしての腕を見込んで励まそうと...!」

 

 後頭部を抑えながら言い訳をするリューに輝夜はため息をついて、

 あまりにも不器用なリューの気遣いに落胆する。

 一方、アリーゼはアスフィに近寄りるとリューに代わってアスフィを

 励ましていた。

 

 「大丈夫よ、アスフィ!その悔しさをバネしてもっとすごい魔道具を作る目標を立てたら気が落ち着くはずよ。

 貴女の魔道具には助けられてる人達が沢山居るんだし、自分に自信を持つ事が肝心なんだから。」

 「...その通りですね。

  アイテムメーカーとしてのプライドに掛けて、作ってみせましょう...!

  捕食者が驚くようなすごい物を!」

 「その意気よ!レイも見てみたいわよね?そのすごい物!」

 

 不意に問いかけられたレイは慌てながらも頷いて答える。

 

 「は、はい!み、見てみたいでス。なので...

  が、頑張ってくださいネ、アスフィさん」

 「はい。ありがとうございます」

 「...さて、ちょっと捕食者君の様子見に行ってくるわね。

  お腹壊してないか心配だから。あ、それとちょっとだけ、それ後で貸してね?」

 「あ...は、はい...」

 「(励ましたのはそのためでしたか...まぁ、いいでしょう。

   これは是非とも体験してもらいたいですから)」

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 パチパチと木片が燃え上がる焚火の中で蟹の甲羅が赤く染まり始めた。

 赤色色素の影響で、生きている内はタンパク質と結びついて寒色と

 なっているが、熱によってタンパク質と分離すると赤色化するんだ。

 この蟹は恐らくダンジョンの下層に出現する同種の青い蟹が太古の昔に

 地上へ進出し、繁栄し続けてきた子孫だと思われる。

 僕はセレモニアル・ダガーで燃える木片を退かし、状態を確認した。

 鋏部分に巻き付けていたロープを握り、焚火の中から引っ張り出す。

 木片が崩れ落ち、焼き上がった蟹を重ね合わせた大きな葉を皿として

 その上に置き、バトル・アックスを手に取る。

 

 バキッ!

 

 狙いを定め、勢いよく振り下ろし鋏の根元を叩き切った。

 切り落とした鋏を持ち上げ、両端にある筋に沿って短刀で切れ込みを

 入れていく。

 

 ミシミシッ...! ベキィッ!

 

 それから身がはみ出ている根元に指を食い込ませ、切り込みに

 沿って強引に引き裂く。

 カパッと割れた鋏の中には、甲羅に閉じ込められている事によって蒸し上がった

 赤い身が詰まっていた。

  

 カカカカカカ...

 

 僕はヘルメットをズラし、食べようとしたが背後から近付いて来る

 気配に気付いて手を止めた。

 姿は消しているので気付かれないようにすれば問題ないと思っていると

 正体がアリーゼという女性だとわかって、僕はクローキング機能を

 解除し、姿を見せるようにする。

 

 「あ、なんだ、そこに居たのね。

  てっきり別の所で食べてるのかと思ったわ」

 

 現に僕が彼女達と別の場所で食べているのだけど...

 僕はまたクローキング機能で姿を消し、ヘルメットを少しズラして

 赤い身に喰らいついた。まだ少し熱いので口内に空気を入れながら

 唾液で冷まして咀嚼する。

 味は蟹の味でどちらかと言えば美味い方だ。

 加えてこれだけ大きければ、空腹も満たす事が出来る。

 もう一口食べようとしていたが、不意に隣からの視線を感じた僕は

 その方を見る。

 アリーゼという女性が凝視していた。正確にはこの蟹を。

 ...放っておいてもいいとは思うが、どのみち少し分けて欲しいと

 言ってくると予想して僕は一度手に持っている鋏を葉の上に置く。

 残っている脚の一本を胴体から引き千切り、同じ要領で裂くとそれを

 アリーゼという女性に差し出す。

 

 「あ、いいの?あはは。ごめんね、何だか強請ったみたいで」

 

 実際そうなんじゃないのか...?

 僕は内心でそう思いつつも、改めて鋏を拾い上げ赤い身を食べ始める。

 先程よりは熱くなくなっているので食べやすくなった。

 

 「じゃあ、いただきまーす」

 

 アリーゼという女性は赤い身を摘まんで一口で食べられるサイズにし、

 食べた。

 すると、目を見開いて口元に手を当てる。

 僕は口に合わなかったのかと食べるのを中断し、彼女に何があったのか

 問いかけようとしたが、突然叫んできた。

 

 「美味しい!何これ!すっごく美味しいじゃない!?

  モンスターがこんなに美味しいなんて初めて知ったわ!

  どうしようかしら、これクセになりそうかも...」

 

 ...お気に召してくれたのならよかった。

 僕は恐らく食べ足りないので、また要求してくると思い脚を数本、

 彼女が食べられるようにしておく事にした。

 その後、予想通り彼女はその数本を平らげて満腹になったのか

 ため息をつきながら幸福に満ち足りた表情になっていた。

 

 「はぁ~...美味しかった。ありがとう、捕食者君。

  お礼に完璧美女からの素敵なお礼を」

 

 グルルルルッ...

 

 要らない。と、威嚇して断る様に唸る。

 アリーゼという女性は見るからに残念そうにしながら、諦めてくれた。

 彼女の相手をするリューという女性達は苦労しているんだと、僕は

 若干同情した。

 ...ただ、嫌な気持ちにならないのはアリーゼという女性の愛嬌と

 性格なんだろう。

 

 「...ねぇ、今更聞くのも遅いかもしれないけど...

  君の事を君付けで呼んで大丈夫なのかしら?」

 

 カカカカカカ...

 

 「そう...じゃあ、私より歳下...になるの?それとも同い年?

  私は今、君のおかげで23になってるけど」

 

 それなら歳下で間違いない。肉体的には2つ下だからだ。

 僕が人差し指を下に指し、2本の指を立て年齢を伝えると

 アリーゼという女性は納得した様で頷いていた。

 

 「そうよね。私より背が大きいし...

  その体格で14歳って言われても無理があるわ」

 

 ...本来ならこの地球上で育っていれば、その通りだ。

 地球を離れて体感では9年もの間、母星で育てられ、狩りや勉学を

 学び、皆と狩りを共にしていると思っていたが...

 地球の時間の流れでだと、僅か2年程しか経っていないんだ。

 何故なら、母星での時間の流れは地球上よりも早いため、1日が

 10.95秒早く進む事で2年というの時間の流れは大きく変化し、

 9年間の時間を僕は過ごした事になる。

 ブラックホールなどの引力で発生する重力により、時間の流れが

 変化するのは自然現象の様なもので、母星がそうなっているのも

 重力に関係しているんだとレックスに教えられた。

 しかし、地球とは987億光年も離れているため本当に重力に

 よるものかどうかは確証が無いらしい。

 話を戻して、僕はアリーゼという女性の話に耳を傾ける。

 

 「でも、どうしてかしら?貴方の事を14歳って思ったのは...

  ん~...わからないわね...」

 

 ...案外、彼女は勘が鋭いのだと思った。

 ファミリアの団長をしているだけはあるのか...

 そう思っていると通信が入ってくる。

 ...ケルティックに許婚候補が出来た、という内容だった。

 驚いた様なやっと見つけたかという様な、何とも言えない気持ちに

 なる...

 一応、祝福しよう。何か渡した方がいいだろうか...?



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>'<、⊦' S'ansewto

 蟹を食べ終え、浜辺へと戻るとアストレア様とライラという女性が

 戻って来ており、日焼けしている男神もそこに居た。

 恐らくニョルズという男神だ。

 僕とアリーゼという女性は近付き、声を掛けると話の内容を詳しく

 アストレア様は説明してくださった。

 ...眷族のためとはいえ、奴らの力を借りた事は頂けない事だ。

 しかし、アストレア様がそれを許したのであれば、その意思に

 背く事などしてはならないので不本意ながら目を瞑る事にした。

 そして、アストレア様からこう告げられた。

 

 「海に棲んでいるモンスターを少しでも倒してほしいの。

  可能な限りで構わないから」

 

 そうなるとドロップ・シップの兵装であるレーザーキャノンを使えば

 済む話しだが、それには我が主神の許可が必要だ。

 バーナーやスマート・ディスクなどの武器は小型のため目立たないが、

 レーザーキャノンの威力は当然ながら強力で人目に付けば面倒な事に

 なるはずだ。

 僕はすぐに我が主神へ通信を入れ、許可を求めた。

 しばらくして返信が届き、我が主神からの承諾を得た事を確認する。

 僕は返信の内容を書き記し、アストレア様と男神ニョルズに見せる。

 

 「...わかったわ。ニョルズ、ギルド支部には...

  モンスターを一掃するために強力な魔法を使ったと誤魔化してもらえるかしら?」

 「え?どうするんだ?」

 「ネフテュス様の子供が何とかしてくれるから、その代わりに口止めしてもらうのよ」

 「あ、あぁ、そういう事か...わかった。何とかしてみる。

  ...すまないな。

  後の事まで考えないばっかりに迷惑かけてしまって」

 

 ...二度と奴らに関わらないでくれるなら、その謝罪で十分だ。

 巨大な花のモンスターも駆除がてらに狩るとするか。

 僕がドロップ・シップへ向かおうとすると、アスフィとアリーゼと

 いう女性達が同行しようとしてきたので止める。

 流石にこればかりは見世物ではないのでダメだ。

 残念がりながらもアスフィという女性は素直に引き下がってくれたが、

 文句を言っているアリーゼという女性にライラという女性と輝夜という

 女性が後頭部を殴打する。

 砂浜を転がりながら悶絶している間に、僕はドロップ・シップへ

 搭乗した。

 ジェットブースターではなく力制御システムで操縦しているため、

 離陸の際も無音で上昇する。

 コントロールスティックを前に倒し、海上を目指して前進して

 いった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ピッ ピッ ピピッ ピッ ビビッ

 

 まずはモンスターを誘き寄せる事から始めようと、メレン港から

 約5K離れた海上で滞空し、コンソールパネルを操作する。

 ドロップ・シップの船体の底からディッピング・ソナーを海中へ

 投下し、およそ1000Mの漸深層まで沈めていった。

 漸深層まで到達するとディッピング・ソナーから、特殊な音波を

 響かせる。

 この音波は多種多様な生物に共通して聴性誘発反応を起こすので、

 有機体であれば指定した半径の生物は必ず反応し、誘き寄せる事が

 可能だ。

 しかし、例外としてあの価値が高い獲物には効果がない。

 尤もあったとしても使わないだろうが...

 

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 そう考えていると、早速モンスターが集まり始めた。

 モニターに映っているドロップ・シップを中心とした反応は、

 夥しい数を表わす様に赤く浸食されていく。

 数百、数千、数万と増えていく中、ディッピング・ソナーを早急に

 引き上げながら、僕はレーザーキャノンの発射用意をする。

 回収出来るまで残り500Mを切り、トリガーに指を掛けた。

 ディッピング・ソナーを追いかけて来ているのをソナーモニターで

 確認しながらタイミングを見計らう。

 

 ...ピピィーッ!

 

 回収完了、発射する。

 

 ドシュンッ! ドシュンッ!

 

 レーザーキャノンから2発のプラズマシェルが発射され、海中に

 消える。

 

 ...ド ギュ ォ オ オ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 プラズマシェルが水中で爆発し、100Mは越える水柱が立った。 

 海中の水温がプラズマシェルの爆発によって上昇していき、やがて

 熱膨張を引き起こし始める。

 海面の様子を観察するためのモニターに視線を移すと、水柱が

 崩れ落ちていく中、ブクブクと沸騰する勢いで海面に泡が立ち、

 煮えたぎっている様子がよくわかった。

 その泡に混ざってモンスターの死骸が浮かび上がってきており、

 まだ生き存えていたモンスターも数回飛び跳ねていたが、すぐに

 茹で上がって絶命する。

 ソナーモニターに映る反応が見る見る内に消えていき、周囲の

 モンスターは全滅したと確認する。

 

 ピピッ ピピッ

 

 しかし、ソナーモニターに別の反応が現われ始めた。

 見ると巨大な長細い影が集まり始めてきている。これは巨大な花だ。

 どうやら付近をグルグルと周回して、水温が低下してから死んだ

 モンスターを躍り食いでもしようとしているんだろう。

 腹立たしいくらい利口だと思いながらも、僕はコンソールパネルを

 操作しオートパイロットシステムを起動する。

 コクピットから立ち上がると、ウェポンボックスに常備されている

 水中でも使用可能な武器を装備する。

 武器が正常に作動する事を確認し、サイドハッチを開いて勢いよく

 飛び降りた。

 

 ザッパァァアアンッ!!

 

 海中へ潜り込むと、直ぐさまブーツの推進力で潜行し巨大な花の元へ

 向かって行く。

 複数の巨大な花がまだ頭部を咲かせていないが、根を揺らしながら

 泳ぐ姿を捉える。

 その姿を見て、地上で活動する際とは全く異なっている様に思えた。

 以前にもあの街で出現した同種は湖をあの様に進みながら崖を

 這い上がって来ていたのだろうか。

 そう考えていると、巨大な花が次々と頭部を咲かせ始めた。

 どうやら食事を始めるらしい。

 だが、そうはさせない。獲物の横取りするなど反吐が出る。

 最初に狙いを定めた巨大な花に目掛けてクラッシュ・ダイブしながら

 ハープーン・スピアを構える。

 本来、スピアは古代から神聖且つ狩人としての象徴的な武器とされて

 いるので僕は成人の儀を迎えるまでは持つ事は許されない。

 しかし、ハープーン・スピアは水中でのみ使用するという条件で

 成人の儀を迎えていない僕でも扱う事は出来る。

 

 ザシュッ!

 

 その性能は、水中戦に特化している事もあり潜行する勢いによる

 水圧が掛かると先端のトライデントが衝撃波を放ち刺殺の威力を高め、

 巨大な花の胴体を容易く斬り裂いた。

 更に地上で振るうかの様に水の抵抗力を受け流すシステムが搭載されて

 いるので、傍を泳いで来た巨大な花も頭部を真っ二つにする。

 また別の個体に接近していき、通り過ぎる間際にしがみついて

 収縮させた状態でハープーン・スピアを首の根元部分に突き刺す。

 突き刺した箇所のその先には石が埋め込まれており、トライデントが

 石を粉砕した事で巨大な花は消滅する。

 複数生息していた巨大な花を確実に仕留めていき残るは2匹だけだ。

 すると、危険を察知したのか1匹は逃走を図りもう1匹は僕の方へと

 向かって来た。

 僕はガントレットで滞空状態のドロップ・シップを遠隔操縦し、

 逃走する巨大な花が潜行していく方角にレーザーキャノンの照準を

 合わせる。

 向かって来る巨大な花が噛み付こうとしてきたので、僕は口頭部に

 ハープーン・スピアを縦状に入れ込みボタンを押し、ハンドル部分を

 伸ばした。

 そうする事で上の顎をトライデントが貫いて開閉が出来なくなり、

 支え棒の役割を持つ。

 それに混乱し、周辺で暴れ始めハープーン・スピアを取り除こうと

 している間に再びドロップ・シップを遠隔操縦すると、同じ様に

 タイミングを見計らってレーザーキャノンを放った。

 

 ...ド ゴ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 巨大な花の頭上からプラズマシェルが直撃したか、衝撃波による

 威力でなのかは不明だが仕留めたのは確かで反応は消える。

 最後に残った個体へ接近していき、ハープーン・スピアを掴んだ。

 そして、鰐が獲物を殺す際に見せるデスロールと同じ様に僕自身が

 回転する事で巨大な花の頭部を捻じ切る。

 頭部を失った胴体は海底へと沈んでいった。

 これでモンスター諸共全滅させたはずだ。

 ドロップ・シップを遠隔操縦で頭上の海面まで降下させ、海から

 上がろう。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 捕食者がアリーゼ達の元へ戻ってくると、ヴィオラスの首を見せて

 モンスターを駆除した事を告げた。

 しかし、見せなくとも浜辺から見えた水柱で威力は十分に伝わって

 いるのでその場に居る全員は既に把握していた様だった。

 

 「ははは...流石、ネフテュス先輩の子供なだけあるな...

  ありがとな、助かったよ。これでまた安全に漁へ出られる」

  

 カカカカカカ...

 

 「もう少しで夕暮れになるわね。そろそろオラリオへ戻りましょうか」

 「では、服へ着替えましょうか」

 「そうですね。...レイ、楽しめましたか?」

 「はイ!とても楽しめましタ。

  外の世界は、こんなにも美しいのですネ...」 

 

 レイというゼノスは湖を見つめて、沈んでゆく夕陽を見つめた。

 

 「あれが、リドの言っていた夕陽...本物を見られて、よかったです」

 

 その言葉にはリドというゼノスへの思いが込められているように

 思えた。



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>'<、⊦>∟ ⊦ R’ewtarnm

 「はぁ...ん...」

 

 灯りが消された部屋で、カーテンの隙間から溢れる月光を頼りに

 アイシャはシーツを手繰り寄せる。

 思うように手が動かせずにいると、のそりと彼女を覆い隠す程の

 大きな影が動いた。

 ケルティックだ。彼女の代わりにシーツを掛けてやった。

 それにアイシャは笑みを浮かべる。

 

 「...ふふ...あたしを、あんなにも夢中に...  

  それも火傷するくらい火照らせるなんてね...」

 

 ケルティックの顔にアイシャは手を添え、牙に沿って指先で撫でた。

 それを嫌がる素振りは見せないケルティックは同じ様にアイシャの

 頬を撫でた。

 

 「ケルティック...あんたに惚れてよかったよ...

  許婚に...してくれるかい?」

 

 カカカカカカ...

 

 「...ありがと。...ん...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 イシュタルの自室でネフテュスは微笑みながら、手渡された羊皮紙に

 目を通していた。

 そこには更新したばかりのステイタスが書き写されている。

 

 「...そうね、あの子を相手にあれだけ奮闘したのだから...

  これは当然だと思うわ」

 

 [Aisha Belka        

  LV 4

  

  STR G 290 

  VIT G 201 

  DEX H 105

  AGI H 155 

  MAG H 103

 

  ABILITY:Hunter :H

       :Guard Anomaly :I

       :Knuckle :H 

  MAGIC:Hell Kaios     ]

     

 「元々からレベル4へのランクアップは目と鼻の先だった。しかし...

  それを超えて余る程、熟練度が伸びたのには驚くしかないな」

 「それだけケルティックが強いという事ね。

  実力は知っていたけれど、改めて認識すると嬉しく思うわ」

 

 ランクアップする事で熟練度は1度リセットされ、潜在値として

 能力に反映するはずなのだが、それを越えてそのままレベル4の

 状態で数値が上がっていたのだ。

 羊皮紙をイシュタルに返すと、ネフテュスは通信が入ってきたのに

 気付いてガントレットを操作する。

  

 「...そろそろ、アストレアが戻ってくるみたいね

  ケルティック達は、十分お楽しみ出来たかしら?」

 「一応は、秀才な教え子達だと自慢出来る。

  男を持て成す術は熟知し、愛と欲望を満たすのは得意だぞ。

  ...ケルティックともう1人が人間と同じ感性であればの話しだが...」

 「大丈夫よ?人体はほぼ同じ構造だから、快感を得るもの。

  それに私が立てた掟の方針で女性は大切にって教えているから、その辺も大丈夫よ」

 

 あの見た目で紳士的だという事に、イシュタルは余計に混乱が

 生じそうだった。

 明らかに獣の様な性欲の求め方をしそうだと思っていたからだ。

  

 「そういえば...神々を集めて話し合いをすると言っていたな?

  それはデナトゥスの際という事か?」 

 「デナトゥス...?そんなものがあるの?」

 

 ネフテュスの反応からして、本当に知らないと察したイシュタルは

 デナトゥスについての説明をした。

 

 「3ヶ月に一度行なわれている。

  神々が情報を共有、意見交換を行ったりランクアップした眷族の二つ名の命名式や都市規模の催し物を企画したりもするな」

 「あら、面白そうね。3ヶ月という事は...あと1ヶ月後になるのかしら?」

 「ああ、その中旬になるぞ。今回、私は参加するつもりでなかったが...

  アイシャがレベル4となったからには出るしかあるまい」

 「そう。じゃあ、そのデナトゥスに私も参加して話す事にするわ。

  貴女とニョルズは咎めないとして、イケロスだけは処罰しないと」

 

 決闘を行なう前にイシュタルは無様に負けた場合はファミリアから

 追放するとアイシャに言っていた。

 しかし、アイシャは果敢に挑み、イシュタル自身も声援を送る程の

 奮闘を見せた。

 更にはお釣りが出る程に熟練度が伸び、ランクアップを果たした。

 なので、手放したくなくなったという心変わりはもちろんあるのだが、

 新たな団長としてアイシャを置く事にするというを含め、追放はしない

 という事になった。

 何故アイシャが団長となるのかというと、敗北したフリュネが自室へ

 引き籠もったままになってしまっているからだ。

 ポーションなどで体の傷は癒えたが、完膚無きまでに叩きのめされ、

 殺されかけた恐怖心によってフリュネは実質的に再起不能となった。

 副団長の座には同じレベル4のタンムズがいるのだが、彼自身から

 アイシャを団長にするべきだと薦められたので決定したのだ。

 ファミリアのNo.2の立場に就いており、バーベラ達からの信頼も

 厚いので、誰1人からも拒否はされないだろうとイシュタルは踏んで

 いる。

 

 「しかし...事前にお前が来る事は伝えておいた方がいいのではないか?

  腑抜けな奴らでは押し黙るのは目に見えているぞ」

 「そうね...じゃあ、伝言を任せておきましょうか」

 「ウラノスにか?」

 「いいえ。実はウラノス以外に私が7年前からこの街に居るのを知ってる知神が居るの。

  その彼に頼んでみるわ」

 「そうか...」

  

 名前を言わなかった所からして、恐らく教えてはくれないのだと

 イシュタルは察して話を変えた。

 

 「またこう言うのもなんだが、本当にあの金額で身請けしていいのか?

  アイシャとフリュネの治療費だけでも十分な気がするのだが...」

 「ヘルメスにもそれくらいで口止めしてもらっているし、何より貯まるばかりで困っているもの。     

  税金のために全部はあげられないけど、相応に支払うわよ」

 「それなら...まぁいいが。支払うにしても出し過ぎないのが賢明だ」  

 「わかったわ。ご忠告ありがとう」 

 

 ネフテュスがお礼を言うと、イシュタルは立ち上がる。

 捕食者を相手にしているバーベラ達を止めにいくためだったようだが、

 通路の曲がり角からレナが覚束ない足取りで歩いて来るのが見えた。 

 よく見れば衣服を着ておらず、艶やかな汗だくの裸体を隠している

 のみだ。

 その姿にイシュタルは虚をつかれ、絶句したまま戸惑うがすぐにレナの

 元へ駆け寄る。

 

 「レ...レナ?何が...」

 「あ、あの人...すご過ぎるよぉ...

  サミラも、皆も、限界で...あふん...」

 「レナ!?」

 

 その場に倒れてしまったレナを咄嗟に抱き抱え、イシュタルは

 頬を叩き意識の有無を確かめる。

 穏やかな笑みを浮かべたままスヤスヤと寝息を立てているのを見て、

 安堵していると今度は捕食者が向かって来た。

 水が滴っている所を見ると、シャワーを浴びてから一切体を拭かずに

 歩いて来た様だ。通路の床が水浸しになっている。

 それを気に留めず、捕食者はネフテュスの傍に立った。

 

 「満足したかしら?」

 

 カカカカカカ...

 

 「そう。よかったわ」

 「...一体、どれだけ相手をしたというんだ...?」

 「お相手なら1000人は余裕なのよ。

  この子には番の子も4人居て、その子達も性欲はすごいから...

  アマゾネスの子達の欲求を満たすなんてお手の物だわ」

 「...そうか。恐れ入ったな」

 

 イシュタルはレナを抱き抱え、自身が座っていたソファに寝かせ、

 体が冷めないための配慮としてシーツを掛けた。

  

 「あ、ちなみに人体の構造は似ていると言ったけど...

  DNAが異なるから妊娠はしないの。それだけは伝えておいてちょうだいね?」

 「?...DNAとは何かわからないが、子は出来ないというのは理解した。

  しっかりと伝えておこう」

 「ええ。でも、妊娠出来るようにしてあげられる事は可能だから、いつでもお呼びして構わないわ。

  呼ぶ時は、これを押してね」

 

 ネフテュスは以前にもロキに渡したのと同じ物を差し出す。

 イシュタルはそれを受け取ろうとしたが、手を止める。

 

 「...少し考えさせてくれ。

  その者の強い血を引く子供を授かるのは、有り難いとは思うが...」

 「あぁ、大丈夫よ。

  人間と同じDNAに組み替えたら、お腹の子はアマゾネスの子として生まれてくるから」

 「そうか...それなら次を楽しみに待っていてくれ」

 

 そう答えながら受け取るイシュタルに、ネフテュスは微笑んだ。

 

 「今の話、本当なんだろうね?...嘘だったら悲しい他ないよ」

 「アイシャ...。...お前も随分、堪能したようだな」

 「うるさい...」

 「あらあら...」

 

 ケルティックに抱き抱えられているアイシャは図星を突かれ、そっぽを

 向くしかなかった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 その頃、旅人の宿ではヘルメスが落ち着きなく、部屋中をウロウロと

 徘徊してアスフィの安否を気遣っていた。

 同じくキークスも窓の外を見ては椅子に座り直すといった一連の行動を

 繰り返している。

 それが2日間も続けば、いい加減鬱陶しさも限界となりルルネは

 テーブルを叩いて怒りを露わにする。

 その際、いくつも積み上げていた金貨のタワーが倒れた。

 それはネフテュス・ファミリアが口止め料としてくれたヴァリスだ。

 一緒に数えていたゴルメスとドドンが慌てて落ちた金貨を拾おうと

 するがお互いに頭突きをし合うようになってしまって両者床に倒れる。

 

 「ヘルメス様!いい加減落ち着いてくださいよ!キークスも!

  私が言うのも何ですけど、ネフテュス様は神格者みたいなんですから」

 「だからって2日も戻って来ないなんておかしいだろ!?

  つかお前はその女神様に買収されるのも同然なんだから信用できねーよ!」

 「なんだとぉ~~~!?」

 「やめてください2人共!確かに心配になるでしょうけど...

  団長は無事だと私も思っています。信じて待ちましょう」

 

 ローリエはルルネとキークスの間に立ち、そう言った。

 他の団員達もキークスと同じ気持ちになっていたため、心配にはなって

 ているがアスフィに限ってと思っている。

 キークスは言い返そうとはせず引き下がると、ヘルメスがパンッと

 軽く手を叩きその場に居る全員の視線を集めた。

 

 「ま、ルルネの言う通り...アスフィなら大丈夫だと思うぜ?

  ネフテュス先輩は裏表がないからこそ、信用出来る女神様だからさ。

  もし万が一、明日にも戻って来ないとなったら...

  その時はギルドやアストレアの所に捜索依頼を出してみるか」

 

 ヘルメスはキークスの肩に手を乗せ、軽く笑みを浮かべた。

 先程まで同じ様に心配していた様子とは打って変わって、冷静な

 雰囲気になっていると団員達は思った。

 芝居だったのか、それとも気持ちを抑え込んでいるのかわからないが

 ヘルメスの提案に無言で全員が頷いた。

 

 ...コンコンッ

 

 その時、出入口のドアからノックする音が聞こえてくると、ヘルメスを

 突き飛ばしてキークスは我先にとドアへと向かった

 ヘルメスが俯せに倒れた事で、また積み上げられていた金貨が倒れる。

 キークスはドアを勢いよく開け、アスフィに抱きつこうとする。

 

 「アスフィさぁ~~~ん!心配してたんですよ!?一体どこで何をぶぐえ!?」

 

 しかし、ドアの前には誰も立っておらず端から見れば、キークスが外へ

 ダイブする様な光景となっていた。

 幸いな事に、周辺には誰も居なかったので彼の赤っ恥は部屋から

 様子を伺っていたルルネ達しか見られなかった。

 

 「何やってんだが...というか、ホントに居ないの?」

 「居ないねー。...でも、誰がノックしたのかな?」

 

 全員が周辺を見渡している中、ヘルメスは誰からの心配されない事に

 ショックを受けながらも立ち上がっていた。

 帽子を被り直し、ヘルメスも出入口へ向かおうとした。

 その瞬間、ルルネを始めとするファルガー、ホセ、タバサの獣人達が

 チャキッと刃物が引き抜かれる音に気付く。

 急いで振り返って見ると、ヘルメスが立ったまま動かずにいて

 振り向いたルルネ達に来るなと手振りをしていた。

 他の団員達も異変に気付くや否や、各自の得物を手にして臨戦態勢と

 なる。

 

 ...ヴゥウン...

 

 「なっ...!?」

 

 突如として、その姿を見せた人物にルルネ達は驚愕した。

 特にルルネとローリエは。

 何故なら、捕食者がヘルメスの首に短剣を突き立てていたからだ。

 それもよく見てみると、アスフィがオーダーメイドとして彼女自身が

 作り上げたカノーヴァル・ダガーを握っている。

 

 「お前...!?何でアスフィさんの武器を持ってんだ!?

  あの人をどうしたってんだ!?」

 「落ち着けキークス!今の状況を考えろ!」

 

 ファルガーがキークスを止めている間に、捕食者がヘルメスの横へ

 ゆっくりと移動した。

 ヘルメスは動じないまま、観察するかの様に捕食者の動きを見ている。

 

 「...ネフテュス先輩の所の子供、でいいのかな?

  これは何の冗談で」

 『JYOウDAンDEYAッTEIルTOデモ、OMOッTEイRUノKA?』

 「「喋った!?」」 

 

 その声は不気味な程、低音でどこか発音が変に聞こえた。

 捕食者はその声で話し続ける。

 

 『...ネフテュス様からの伝言だ。

  あまりアスフィに苦労を掛けさせるのはやめなさい、と。

  ...覚えたか?』

 「...ああ、よーく覚えたよ。アスフィ」

 

 そう答えたヘルメスに全員が絶句した。

 誰の名前を言った?と思っていると、パイプを引き抜きヘルメットを

 脱いで顔を露わにする。

 ヘルメスが言った通り、正しくアスフィ本人だった。 

 キークスは混乱のあまり全身が真っ白くなり、そのままの姿勢で

 石像の様に倒れた。

 

 「よくわかりましたね。私であると...」

 「ま、伊達に神様やってる訳じゃないからな。

  ...それで、今まで何をしていたのか...話せないって感じか?」

 「はい。貴方であっても、他言無用にと...

  ネフテュス様からのお願いですから」

 

 ヘルメスは困った様にため息をつくが、仕方ないと言いつつ

 それ以上は何も言わなかった。

 どうやら、ネフテュスのお達しを素直に聞き入れるつもりらしい。

 

 「...あ、えっと...アスフィ?レイの奴はどうしたんだ?」

 「無事に送り届けました。捕食者も同行していただきまして...

  私は先に地上へ戻って来たんです。

  今頃、彼らと楽しく長話をしているでしょうね」



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>'<、⊦>'<、⊦ P’rewpulatyon

 『...これで協力関係は結んでもらえるわね?』

 「...結バナイトイウ選択肢ハ選ベナイカラナ。

  ラーニェ、オ前モイイナ?」

 「いいだろう。...しかし、本当にどうやったというんだ...?」

 『ん~...貴女達には難しい話だから、魔法とは違う力で授けたって思ってほしいわ』

 「フンッ...そういう事にしてやろう」

 『ありがとう。何かあったら知らせてほしいわ

  それじゃあ』

 

 そう言い終えると、ファルコナーから投影されていた我が主神の

 お姿が消える。

 肩の装甲にファルコナーを収納すると僕は自分自身から出入口を指し、 

 地上へ戻る事を手振りで伝えた。

 グロスとラーニェというゼノスはすぐに理解してくれて、僕は頷き

 出入口へと向かう。

 その際、リドというゼノス達と楽しそうに思い出話に花を咲かせていた

 レイというゼノスに呼び止められる。

 

 「本当に、ありがとうございましタ。

  またいつでも来てくださいネ」

 「ああっ!アスっち達も大歓迎するからな」

  

 カカカカカカ...

 

 僕は鳴き声を上げて返答し、クローキング機能で姿を消すと

 そのまま出入口を通過していった。

 来た道を戻る様に通路を進む。時折目に入った獲物を狩りながら

 地面に落ちた獲物の一部を拾いつつ。

 

 

 18階層へ辿り着くと、僕は湖の畔で足を止めた。

 ...戻る前に体を洗おう。

 腰を掛けるとまずは鎧と両腕のガントレット、そしてブーツを外し、

 適当な長い草を毟り、その草を丸めて水に浸けると肩から腕にかけ、

 汚れを落すために擦り付ける。

 脚と胴体も拭き終え、最後に少し前のめりに屈んでヘルメットを

 ズラし濡らした手を突っ込んで顔を洗う。

 成人の儀を迎えるまでは絶対に外さない、そう決めたからには

 片手でこうして洗うしかないんだ。

 洗い終わるとズラしたヘルメットを着け直し、脱いだ順にまた

 装備を身に付けていく。

 

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 ...この反応はモンスターではなく人間の反応だ。 

 以前にも同じ様な事があったが、まさか二度も同じ事が起きるとは

 驚きだと思った。

 僕は木の枝に跳び乗り、姿を消す。

 やがて森の奥から現れた人物を見る。

 ...ティオナという少女だった。

 何故ここに来ているのか、疑問に思ったが...個人の行動を

 気にする事はない。

 僕は立ち去ろうとしたが、ヒアリングデバイスが彼女の発した声を

 拾ってしまい思わず立ち止まってしまう。

 

 「はぁ...ここに居れば会えると思ったんだけど...

  やっぱり会えそうにないなぁ...

  アミッドの手紙も渡してあげたいのに」

 

 ...アミッドという人物が誰なのか僕は知らないが、手紙を彼女に

 託したというのなら恐らく知っている人物かもしれない。

 僕は受け取るべきかと考えるが、また掟に背けば今度こそ僕は

 処罰されるはずだ。

 すると、ティオナという少女がこちらへ向かって来るのに警戒して

 僕が枝に止まっている木の下まで歩み寄ってきた。

 

 「ここに刺さってたから...

  もしかしたら取りに来るかもしれないし、それに賭けてみよっか。

  ここには誰も来ないはずだから盗られる事はないもんね」

 

 そう独り言を呟きながら取り出した手紙を、彼女は徐ろに胸に

 巻いている布から何かを取り外して木にその手紙を固定した。

 視野を拡大して見てみると、それはステープルだ。

 ...思い出した。確かこの木に角の生えた兎をあのステープルで

 突き刺して仕留めた事があるんだった。

 

 「...無くなってなかったら、その時は取りに戻らないとね。

  アミッドの想いが書いてあるんだし」

 

 ティオナという少女はその場から立ち去り、森の奥へと消えていった。

 僕は足音が聞こえなくなるまで待ち、枝から飛び降りて着地すると

 その手紙を見る。

 ...僕に宛てた物なら受け取る権利は当然ある。

 そう思い、刺さっているステープルを引き抜いて落ちた手紙を拾って

 広げ、内容を読む。

 

 [我がディアンケヒト・ファミリアに多くのドロップアイテムを

  いつもお贈りくださり、誠に感謝致します。

  無償で頂くというのに抵抗はありましたが、貴方のお気持ちを

  無下にはしたくありませんので、献上品の方は様々な薬品の

  材料としてありがたく使わせていただいています。

  お怪我やお風邪を引かない様お祈り申し上げます。

                     アミッド・テアサナーレ]

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...なるほど、あの店の団員からだったのか。

 字の綺麗さと名前からして女性であって、受け取ったからには返事を

 書かないといけないか...

 僕は紙を取り出すと手紙の内容に対する返事を書き記す。

 書き終えるとその紙を折り、手紙と一緒にガントレットへ挟み込んで

 落さないようにすると僕はその場を後にしようした。

 

 ...ガシュッ!

 

 その前にリスト・ブレイドで手紙が刺してあった箇所に切り傷を

 付ける。

 これで僕が受け取ったとわかるはずだ。

 ティオナという少女は渡そうとしてくれていたので、彼女に対しての

 感謝の意として残す事にした。

 直接的に話した訳でもないので、掟に背いたという事にはならない。

 

 

 地上へと戻った時には日付が変わろうとしていた。

 屋根を跳び移りながら、アミッドという女性がいる店へ辿り着く。

 店の灯りは既に消えており誰も居ないと確認して、僕は出入口に

 手紙を獲物の一部と一緒に添えて置く。

 あの傷痕に気付かなかったとしても、アミッドという女性が

 ティオナという少女にこの手紙の事を話せば知る事は出来るか。

 そう結論づけて戻ろうとした際に通信が入った。

 ...我が主神からだ。先にマザー・シップへお戻りしているので

 そこから通信しているんだ。

 僕はガントレットを操作し、応答する。

 

 『ついさっきウラノスから聞いたのだけど、フェルズから話があるそうよ。

  何でもゼノスに関する内容らしいから... 

  アストレアのホームで待機して、そこを集合場所にしましょうか』

 

 カカカカカカ...

 

 僕は跪き、眉に拳を当てて承諾する。

 ゼノスとは協力関係となったので、何かあった場合は僕らが何かしらの

 対処をしなければないと思ったからだ。 

 我が主神は労いの言葉と共に返答してくださり、通信は終了する。

 ...向かうとしよう。

 僕はその場から跳び上がり、再び屋根を伝ってアストレア様のホームへ

 向かった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...エルダー。そろそろ準備を始めましょうか」

 『...T'hewn wer huvew tu c'uputra thew kainde amedha』

 

 ネフテュスはそう伝えるとエルダーは、人間には聞き取れない原語で

 答えた。

 その言葉にネフテュスは頷き、パネルを操作するとある場所の

 上空写真を投影する。

 映し出されているのはカイオス砂漠だった。

  

 「この惑星にも聖地があったのね。

  別の部族が勝手に創り出したのかしら...

  でも、別の惑星に行く手間が省けるしありがたく使わせてもらうわ。

 

 次に映し出されたのは、ダンジョンに出現するようなモンスターではなく

 虫の様な異形の怪物と戦う、白い髪に赤い瞳を持つ少年の写真だった。

 その表情は幼さを掻き消す程、気高く獰猛な咆哮を上げている。

 

 「この子の成人の儀のために...」




wikiでいつの間にかプレデター文字が掲載されてたので
それを元に何となく話数の数字を再現するため、全部直しました。
サブタイトルだけは簡便してください。


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>'<、⊦ ̄、⊦ C’nsltutyone

 「...なので、どうか手を貸してくれないだろうか?」

 

 カカカカカカ...

 

 そう問いかけたフェルズに捕食者は低い顫動音を鳴らし、眉間に

 拳を当てた。

 何を話していたのかというと、イケロス・ファミリアに捕獲され

 密売されてしまったゼノス達の居場所を突き止めたので救助に

 向かってほしいという事だった。

 ディックスを殺害する際に何かを落した事がある。

 それは手帳だった。

 中身には様々な名簿が書かれており、その中に密売されたゼノス達が

 どこに居るのかを突き止める事が出来る。

 しかし、オラリオと同じ大陸に居るのであればフェルズでも

 向えるのだが、オラリオから海を越える程の距離まで密輸されて

 しまったゼノス達は流石に向えないという事で捕食者に協力を

 依頼したのだ。

 

 「感謝する。

  ...そういえば、メレン港で不可解な水柱が立ったと聞いたが...

  君は何か知っているか?」

 

 その問いかけに捕食者は無言で消し、答えなかった。

 話は終わりだ、とでも言う様に。

 フェルズは捕食者が立っていた場所を見据えて、少し残念そうにして

 いた。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 明朝から数時間が経ち、ディアンケヒト・ファミリアの治療院は

 開店時間と同時に灯りが灯される。

 出入口の扉がゆっくり開かれると、アミッドは足元を見渡す。

 捕食者が贈呈するドロップアイテムが置かれていないかを確認する事が

 日課となっているのだ。

 置かれているのは時折だが、今回は布に包まれて居る状態で置かれて

 いた。

 持ち上げてみると更に下には折り畳まれた紙もあった。

 

 「あ...!」

 

 アミッドは慌ててその紙も拾い上げ、店内へ戻った。

 ドロップアイテムはカウンターの上に置き、手に残っているのは

 紙だけとなる。

 深呼吸を数回し、心を落ちる科せてアミッドは広げてみると何か

 書かれているとわかった。

 

 [そちらの感謝の意、とても嬉しく思う。

  こちらも不要な物を押しつけてしまい、迷惑でないのであれば

  これからも贈呈するとする]

 

 「...ありがとうございます」

 

 そう呟くアミッドは嬉しそうな微笑みを浮かべていた。

 そして、手紙をポケットに仕舞い、贈呈してくれたドロップアイテムが

 どの様な物か見るために広げて確認し始めるのだった。

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 「...くれるのはいいけどよ...

  せめて武器になりそうなもんだけにしてくれねえもんかなぁ...」

 

 同じ頃、ヴェルフはまた置かれていたドロップアイテムにため息を

 ついて頭を掻いていた。

 今回は毛皮、血、目玉などが贈呈されており、武器や防具として

 成り立つ素材ではないため、売りに出すという事になった。

 

 「ま、今日もアイツらとダンジョンに潜る予定だったし、丁度いいな」  

 

 ヴェルフは風呂敷に贈呈されたドロップアイテムを包んで、

 先に自身が手掛けた武器が売れたかどうかを確認するためにバベルへ

 向かった。

 バベル7階の武器・防具店に居る店員に訪ねると案の定売れていないと

 言う。

 以前売れたのは命が購入した刀だけで、それ以降からは全く売れては

 いないと言われ、ヴェルフはガックリと肩を落しながら店員に何か

 言われている事も耳に入らず下に降りようしていた。

 

 「おっ?何だ、ヴェル吉。そんな何時になく肩を落しおって。

  シャキッとせんかシャキッと!」

 「いでっ!?...うるせねえな、ほっとけ。椿ぃ~...」

  

 背中を力一杯叩かれ、ヴェルフは無理矢理椿に背筋を伸ばされる。

 椿はいつも通りのヴェルフの返事を聞き、豪快に笑って肩に腕を

 回し問いかけた。

 

 「そう言うな。何を落ち込んでいたのか、手前が相談に乗ってやろう。

  まぁ、聞かずとも答えられるが」

 「何だよ、なら言ってみろよ」

 「ネーミングセンスが無いから売れないんだろうな」

 

 ぐうの音も出ない言葉にヴェルフは顔を背けるしかなかった。

 それにまた椿は笑うと、肩をポンポンと軽く叩いて腕を解く。

 

 「もう少しマシな名前は思いつかないもんなのか?

  以前打った極東様式の刀もエラく酷い名前だった気がするぞ」 

 「そ、それでも売れたからいいだろ!?

  名前なんかより、俺の血と汗を注ぎ込んだあの刀は、持つべき奴に買われたんだからよっ!」

 「まぁ、それは確かにスミスとしては喜ばしい事だな。

  そういえば、その買った奴と今日もダンジョンへ向かうのか?」

 「ああ。発展アビリティを習得するためってのもあるが...

  アイツらと冒険するのは悪くないからな」

 「...そうか。それなら気合を入れて行ってこい!」

 「いっでぇ!」 

 

 椿は気合を注入するかの様に、またヴェルフの背中を力一杯

 叩くのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 バベルの中央広場では、タケミカヅチ・ファミリアの団員達と

 リリルカが談笑していた。

 今回はどこまで潜るか、どれだけ稼ぐ事が出来るかなどリリルカは

 純粋に話の輪に入って楽しげである。

 すると、ヴェルフが走って向かって来るのに桜花が気付く。

 

 「悪い、遅れちまった!」

 「ヴェルフ殿。何かあったのですか?」

 「いや、面倒くせぇハーフドワーフの団長に絡まられちまってて...

  ...なぁ、お前ら。1ついいか?」

 「何だ?相談事なら乗ってやるぞ」

 「ネーミングセンスがどうかと聞かれたら困りますけど」

 

 リリルカの発言にヴェルフは俯いて何も言わなくなってしまう。

 その場に居る全員が全てを察し、汗を垂らした。

 これでパーティーを組むのはまだ2度目となるが、それだけでも

 ヴェルフのネーミングセンスについて話すとなると何とも言えない

 雰囲気となるのだ。

 

 「...やっぱ、思う所はあったのか...」

 「も、申し訳ありません!その...

  と、とても素晴らしい刀だと賞賛はさせていただきます!

  ...ただ、やはり...この刀の名前を言うとなると...」

 「ヴェルフ様、ネーミングセンスを磨きたいのでしたら、詩など書物を読むといいですよ。 

  ユーモアある方々の大半は親しみやすい言葉を使う事で知られるので、ネーミングセンスを磨くには打って付けではないかと」

 「詩かぁ...柄じゃねぇけど、アドバイスとして受け取っておくぜ。リリスケ」

 「そうですか。...ってまたリリスケって呼びましたね!?

  やめてくださいってば!」

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 『それじゃあ、皆には前日に知らせておいてね』

 「ふむ、では手配しておこう。ネフテュス氏」

 『あ、そういえば武器の性能は落ちていないかしら?』

 「問題ないようだ。以前よりも格段に使い熟せている」

 「それならよかったわ。じゃあ、お願いね」

 

 通信が切れ、装置を懐に仕舞うとネフテュスに言われた知らせる手段は

 どうしようかと考える。

 親しい神友にならその眷族の冒険者に伝えておけば問題ないが、

 それほど知る仲ではない神々は直接ホームへ赴くしかないかと悩む。

 しかし、すぐにギルドの職員に伝えておけば問題ないかと決断して

 店内の掃除に戻る事にした。

 中堅ファミリアとして、忙しい日々を送る中でも欠かせない事だ。   

 商品を丁寧に並べていると、階段を誰かが降りてくるのに気付き

 振り返る。

 

 「今日はダンジョンへ行ってきます」

 「ああ。ランクアップしたとはいえ、十分気をつけて行ってくるのだぞ」 

 「はい」

 

 そう答えてヘルメットを被り、裏口のドアを開けると同時に姿を消した。

 ドアは独りでに閉じられる。

 

 『今日は...フロッグシューターの油とスライムのゲル...

  それからミノタウロスの紅血を摂りに行こう』



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>'<、⊦,、 ̄、⊦ S'ysturas

 「...それじゃあ、しばらくはここから離れる事になるわね。

  少し寂しくなってしまうかも...」

 『僕が居なくても、スカー達が居ます。

  なので、寂しい思いにはならないですよ』

 「そういう意味じゃないのだけど...はぁ...

  まぁ、とにかく気をつけて行ってくるのよ?」

 

 カカカカカカ...

  

 ...正直に言えば、寂しくなると言ってくださって少し嬉しいと

 感じた。

 我が主神が僕の事を想ってくださっていると改めて認識したからだ。

 僕は眉に拳を当て承諾すると、立ち上がって自室へ戻ろうとしたが、

 不意に我が主神に呼び止められる。

 

 「そうそう。近々貴方の成人の儀を行う事にしたわ。

  それまでに...鍛練に余念を許さないようにね」

 『...はい。ありがとうございます』

 「それと...ゼノスを買ったのは貴族だったのよね?

  それなら慰謝料を貰いなさい。どうやってかは貴方に任せるわ」

 

 カカカカカカ...

 

 「...それじゃあ、私も迎えに行かないと」

 

 再度我が主神に返事をし、オープンスペースを離れて自室に戻った。

 我が主神が言った通りマザー・シップには当分戻らないだろうから、

 装備の点検は怠ってはならない。

 点検を済ませた僕は格納庫へ赴くと、前回も乗ったドロップ・シップに

 搭乗する。

 エンジンを点火し、ハッチを開かせると数M浮遊させた状態にして

 前進しながら格納庫から出て行く。

 

 ギュ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ オ...!!

 

 クローキング起動。目的地設定完了。

 テイクオフ。

 

 グ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ!!

 

 森を飛び出し、オラリオから数K離れた所でエネルギーチャージを

 行いワープドライビングサークルを形成する。

 前方へ射出すると、空間を斜め状に裂きドロップ・シップは目的地へ

 ワープドライブする。

 

 バシュンッ!

 

 裂かれた空間は瞬時に戻り、何の証拠も無くなる、 

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「よっと。ふぅ~...これくらいあれば足りるよね」

 

 ティオナは24階層に生えている白い木々から同じ様な色をしている

 葉を掌一杯に持って降りてきた。

 4日前にアミッドから受けた依頼のために採取したのだ。

 待たせていたフィン達と合流し、それを布に包んでラクタに渡して、

 再び捜索を開始する。

 

 「団長、ここはもう粗方探しましたし...

  もっと下の階層まで降りてみましょうか?」

 「そうした方が良さそうだね。恐らく下層を探すとしても見つかるとは思えないから、そのまま深層まで降りてみよう」

 

 そう話している2人をティオナはジッと観察する様に凝視していた。

 フィンに恋をした事でティオネは変わった。

 ティオナからすればそれは一目瞭然で、自身も捕食者に好意を抱いたと

 リューに告げられ自覚する事となった。

 それならば、フィンに恋心を抱く姉の様子を伺い、役立ちそうな事を

 学ぼうとしているようである。

 その凝視する様子を見て、レフィーヤは不思議そうに思いながら

 問いかけた。

 

 「ティオナさん?お2人をずっと見ていますが...

  どうかしたんですか?」

 「ん?あー...何だかんだ言って2人は仲がいいんだなーと思って」

 「あぁ...確かにそうですね。

  見ている側としては、少し恥ずかしいように思いますが...

  それでも羨ましいと思う程、仲が良いですよね」

 

 率直な意見を述べるレフィーヤに後ろを歩くラクタは頷いて

 肯定した。

 過度な言動はあるにしろ、ティオネのフィンに好意を抱いている事は

 ロキ・ファミリアの団員含め自他共に認められている。

 加えてフィン自身が彼女の想いを受け止めるのは難しい事も。

 しかし、それでも折れないティオネの信念は本物だ。

 

 「うん。...好きな人だとあんな風になれるんだね...」

 「...へ?」

 

 アイズは俯いて聞こえていないようだったが、ティオナの言葉に

 レフィーヤとラクタは耳を疑う。

 ティオネと違い、色恋沙汰に関心を抱くような事はないと思っていて

 遠征時などで女子同士でのお話し会では、首を傾げている事が多い

 印象が強かったからだ。

 なので、ティオナがそう言った事には違和感を覚える他なかった。

 そう思っているとティオナが問いかけてくる。

 

 「...ねぇ、レフィーヤだったら好きな人とあんな風に楽しく話したり出来る?」

 「え?えぇ!?あ、え、えっと、そ、それは、その...

  す、好きな人、という定義がどれかによりますが...」

 「定義?」

 「ほ、ほらあれですよ。親しい真柄としてなのか...

  こ、ここ、こここ、恋人としてという意味で...」

 

 ティオナはその解説を理解している中、ラクタはそそくさとアイズの

 斜め後ろへ移動した。

 話しに巻き込まれないためだろう。

 

 「じゃあ、恋人としてならどう?」

 「ふぇっ!?こ、ここ、こ、恋人、で、ですか...」

 

 チラッとアイズに視線を移すと脳内で様々な妄想が巡りやがて

 涎を垂らしながら不可解な笑みを浮かべ始める。

 それにティオナはどうかしのかと思い、レフィーヤの目の前で

 手を振った。

 視界に光が数回入った事で脳が刺激されたレフィーヤはハッと我に

 返り首を振って涎を吹き飛ばす。

 

 「や、やっぱ少し緊張はしますでしょうけど...

  楽しくお話し出来たらすごく幸福でずっと傍に居たいと思うようになると思います。

  それ程こ、こ、恋人というのは特別なのですから...」

 「...そっか。そうなんだ...」

 

 レフィーヤの返答を聞いて、ティオナは何かを考え始める。

 最近になってよく見かけるようになった両手で後頭部を支えながら、

 頭上を眺める姿だ。

 そうなると会話が終わりとなる。

 レフィーヤはホッとしつつも、再度妄想に浸り始めてしまい2人して

 上の空となった。

 

 「...ダメだありゃ」

 「?」

 

 ため息をつき、少し呆れているラクタにアイズは首を傾げるのだった。

 その時、先導していたフィン達が立ち止まったのに気付いてラクタと

 アイズは足を止めるが、ティオナとレフィーヤだけはそのまま進んで

 しまいフィン達の横を素通りしてしまった。

 

 「は?ちょ、ちょっと、ティオナ!?レフィーヤ!?」

 「「え?」」

 

 呼び止められた2人は何故、自分達が先頭になっているのか

 キョトンと思考が停止した。

 すると、肩を誰かが軽く叩かれてレフィーヤは視線を前に戻す。

 

 「ここで会うとは奇遇だな、ウィルディス」

 「フィ、フィルヴィスさん!?あ、ど、どうも、お久しぶりです...」

 

 そこに立っていたのはフィルヴィスだった。

 もう1人、影となって顔がわからないが誰か立っている。

 

 「やぁ、シャリア。また会うとはね。

  ...君も何か探している口だったりするかい?」

 「ん?探し物、という訳ではないが...

  一先ず、体を馴染ませてるために来ていたんだ」

 「え?それは、つまり...?」

 「ランクアップしたという事か。それは何よりだ。

  よかったな、フィルヴィス」

 「ありがたきお言葉、感謝いたします」

 

 フィルヴィスが深々と頭を下げた事で、後ろに立っていた人物の姿が

 ハッキリと明確に見えた。

 その瞬間、レフィーヤを始め全員が驚く。

 フィルヴィス本人とそっくりな少女が立っていたからだ。

 違う箇所といえば手袋を着けず、ズボンを履いていないのでスラッと

 した白い手と足を露出させているぐらいだった。

 

 「あ、あの、フィルヴィスさん?あ、あちらは...

  ふ、双子の方ですか?」

 「いや、魔法によって生み出した分身だ。

  分身と言えど意思を持ち、考える事も話す事も出来る。

  区別するために、私の主神が名はエインと名付けてくださった」

 「そ、そんなすごい魔法を持っているなんて...

  流石フィルヴィスさんです!

 「ああ。意思を持つとは、長らく生きてきた私としても初めて見る。

  とても興味深い」

 

 リヴェリアはエインに近寄ろうとするが、エインが顰め面になったのに

 気付くと足を止めた。

 エインはドレスの裾を翻し、フィン達のそばを通り過ぎて行くのを

 見て慌てて呼び止めようとする。

 だが、エインはそのまま進んで行ってしまった。

 

 「まったく...リヴェリア様、大変なご無礼を...」

 「いや...気にしないでくれ。それより、後を追った方がいいのではないか?」

 「はい。では、失礼します」

 

 一礼をしてフィルヴィスはエインの後を追いかけていき、フィン達は

 その背を見送る。

 

 「...まるで姉妹の様だな。お前達とよく似ている」

 「あはは。確かに、言われてみるとそう思うかな」

 「だ、団長!私は決して、決して...!

  あんな態度は取ったりしませんから安心してください!」

 「わかっているよ。...さぁ、進むとしよう」



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>'<、⊦>'、,< C'lisysu

 ダンジョン11階層。

 ダンジョンギミックである濃霧が発生し、視界が妨害されている中で

 命達は多数のモンスターと戦っていた。

 オーク、バッドバット、ハード・アーマードなどといった種類の

 モンスター・パーティと遭遇し、団長である桜花が前衛で指揮を

 執りながら命とヴェルフと応戦し、中衛と後衛に居るリリルカ達は

 待機しつつ、いつでも援護射撃が行える陣形を組んでいる。 

 

 「桜花殿!また3匹増援が!」

 「リリルカと千草!前衛に上がれ!」

 「わ、わかった...!」

 「お任せください!」

 

 探知系スキルの八咫黒鳥を持つ命がモンスターの数を伝えてきて、

 桜花はリリルカと千草を増援として呼び、遊撃する態勢を取った。

 バッドバットに接近し、千草は小刀の細雪で鋭い爪の攻撃を受け流し

 足を踏み付け後退させるのを防ぐ。

 胸部を斬り付け裂傷部から覗く魔石を細雪の頭で強く叩くと

 魔石が弾き飛び、魔石を失ったバッドバットは消滅する。

 

 「(千草様は性格からして戦闘は不向きなのではと思っていましたが...

   どうやらリリの見当違いだった様ですね)」

 

 千草の戦闘能力の高さを見て、そう思っているとヴェルフの

 叫び声が聞こえてきた。

 オークが倒れたと同時にヴェルフは大振りをして大刀で頭部を

 叩き切った。

 大刀を引き抜いている隙を狙ってハード・アーマードが身を丸め、

 回転しながら突進してくるのを桜花が逆手持ちにした戦斧を横に

 振るって真っ二つに斬り裂く。

  

 「助かったぜ!礼に何か武器作ってやるよ!」

 「それはありがたい...が、出来ればまけてくれないか?」

 「いやいや礼の品って言っただろ?」

 「ヴェルフ様!桜花様!お話しは後にしてくだ...さいっ!」

 

 ダンッ! ダンッ!

 

 右腕に装備しているリトル・バリスタから2発の矢を発射した。

 2人に接近しようとしていたオークの右肩に命中し、それに一瞬だけ

 怯むオークだがすぐにリリルカを睨み付けて先程よりも敵意を

 剥き出しにする。

 しかし、怯んだ隙に桜花とヴェルフが同時に目の前まで接近し、

 大刀と戦斧を交差する様に振るう。

 オークは魔石諸共、全身を斬られた様で灰と化し消滅した。

 

 「ああ~~~っ!?

  お2人共せっかくの魔石を斬られてしまっては困ります!

  収入が減るじゃないですか!」

 「あ...!す、すまない、つい勢いで...」

 「しょうがないだろ、やっちまったもんは。

  それにまだこんだけ...っ!?」 

 

 周辺を駆け抜けた影に勘付いたヴェルフと桜花は急いで、それぞれの

 得物を構える。

 影が止まって奇跡的に霧が晴れると、姿を明確に捉える事が出来た。

 その正体はシルバーバックだ。

 大柄な桜花と同等の大きさで、成長途中であるようだが3匹も

 居る。

 ヴェルフと桜花は背中合わせになり、話し合い始める。

 

 「3対2。でもって囲ってやがる」

 「それぞれ1体ずつやったとしても...

  残る1体は背を向けているどちらかに襲ってくるのは間違いないか。

  リリルカが気を反らせたとしても、リリルカを襲う可能性も...

  ...なら、俺の方へ来るように誘き寄せて」

 「ふざけろ!んな無茶な事させられっかよ...って、ん?

  ...っはは!それだ!良い考えが浮かんだぜ!」

 「何だ?」

 

 ヴェルフは耳打ちをして桜花に思いついた作戦を伝える。

 その作戦を聞いた桜花は不敵に笑みを浮かべ頷いた。

 

 「リリスケ!俺が合図してから撃て!いいな!」

 「な、何をするつもりですか!?」

 「っしゃ!やってやろうぜッ!」

 「応ッ!」

 

 リリルカに作戦を伝えず、2人は同時に動き出す。

 しかし、分かれてではなく1体に対して同時に接近していった。

 シルバーバックはその行動に驚き、動きを止めてしまった事で

 ヴェルフの大刀が腹部を、桜花の戦斧によって首を刎ねられる。

 残る2体は同種の死に激怒したのか、凄まじい勢いで猛突進してくる。

 

 「今だ!やれ!」

 「っ!」

 

 ダンッ!

 

 ヴェルフの合図を聞いてリリルカは2体の内、1体のシルバーバックに

 向かって矢を発射する。

 脇腹に刺さった激痛で、その個体は転倒した。

 2人に向かってくるシルバーバックは豪腕で薙ぎ払おうとしたが、

 戦斧で受け止められ、ヴェルフが死角から現われると大刀でその腕を

 斬り落とされる。

 一方、転倒した個体は矢が刺さったままでありながらリリルカを

 見つけ襲いかかろうとする。

 

 「させませんっ!」

 「命様!」

 

 命がリリルカの前に立ち、飛び掛かってくるタイミングを見計らって

 自身も跳び上がると体を横向きに大きく足を蹴り上げる。

 ブレる程の勢いで顔の側面に蹴りが入り、シルバーバックは横へと

 落下していった。

 命も宙返りをしながら降下してき、着地するや否やすぐさま

 地に伏しているシルバーバックへ近付き、胸部に引き抜いた刀で

 一突きして討ち取る。

 

 「ありがとうございました、命様」

 「当然の事をしただけです。さぁ、もう一踏ん張りと参りましょう!」

 「はい!」

 

 笑い合うリリルカと命を見て、ヴェルフもつられて笑っていた。

 

 「どうかしたか?」

 「いや...やっぱいいよな、仲間っていうのは。

  頼り切るのもダメなんだが...頼りになるのに越した事はないんだからよ」

 「...ああ。そうだな」

 

 桜花は今までパーティを組めずにいたヴェルフの心境を察して、

 頷くのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「お前という奴はいつもそうだ!

  親しく接してくる者に対しての敬意が足りな過ぎる!

  リヴェリア様が寛大なお方で命拾いしたと反省しろ!」

 「いい加減説教は止めろ。耳障りだ」 

 「な、こ、この...!」

 

 歯軋りをしながらフィルヴィスは青筋を立て、握り拳をつくり

 聞き分けが悪いエインに怒りを見せる。

 しかし、エインはどこ吹く風と聞き流しており全く相手にしようと

 していなかった。

 フィルヴィスはそれに呆れ返ってため息をつき、何を言っても無駄だと

 わかってそれ以上何も言わなくなる。

 やがて11階層にまで登ってくると、小規模のパーティが戦闘を終え

 一息ついている所を見かける。

 顔立ちからして極東出身の冒険者が大半を占め、他の2人は別の

 出身である冒険者のパーティだった。

 恐らくその2人は別のファミリアの冒険者だろうとフィルヴィスは

 推測した。

 周辺には倒されたモンスターが散らばっており、それをパルゥムの

 少女や首に包帯を巻いた少女が一箇所に集めて魔石を採取していた。

 

 「(...まだレベル2に至ったばかりの冒険者が2人しかいない様だが...

   それでもあの極東の者達は中々の手練れと見受けられる。

   主神の指導による賜物といったものか)」

 

 そう思いながらフィルヴィスはなるべく気付かれないよう、少し離れて

 10階層へ続く階段まで進んで行く。

 階段の1段目に足を掛けようとしたその時だった。

 

 オオオォォォオオオオオオオオッ!!

 

 空間がビリビリと揺れるかの如く、その唸り声は響き渡った。

 フィルヴィスとエインはすぐに振り返って見てみると、先程見かけた

 パーティが居るその後ろの壁から、巨大な影が壁を突き破るかの様に

 現われた。

 けたたましい足音を轟かせ、パーティのすぐ目の前で立ち止まる

 その巨体は牙を剥き出しにし威嚇し始める。

 

 「インファント・ドラゴン・・・!」

 「あの者達だけでは太刀打ち出来るか、厳しい所だな」

 

 エインがそう言った矢先、インファント・ドラゴンは目玉を

 動かしリリルカを視界に捉える。

 魔石の採取に専念していたリリルカは突然の事に硬直してしまい、

 動けなくなってしまっていた。

 

 「まずい!逃げろリリスケェ!」

 「あ...!」

 

 仲間の1人がそう叫ぶがインファント・ドラゴンは既に尻尾を大きく

 振るう体勢に入っており、逃げるのは困難である。

 

 「っ!アーデさんっ!」

 「うわっ...!?」

 

 ド ゴ ォ ォ オ オ オッ!!

 

 「ち、千草!?」

 「千草殿ッ!」

 

 千草と呼ばれる少女がパルゥムの少女を庇って押し退け、代わりに

 尻尾の打撃を無防備の姿勢で受けてしまった。

 仲間の2人が叫び、千草は白い大木に激突して地面に倒れる。

 このままでは全滅してしまう、とフィルヴィスは判断して直ぐさま

 パーティの元へ向かおうとする。

 だが、その時エインに片腕で制止され行く手を阻まれる。

  

 「っ!?何のマネだ!?今すぐに助けなければ」

 「...その必要はないみたいだぞ?」

 

 エインは見殺しにするつもりなのだと思い、フィルヴィスは

 殴ってでも退かそうとした。

 しかし、不意に指を指してきたのでその方を見る。

 そこに居るのはパーティを襲っているインファント・ドラゴンで

 他に誰かが居る訳でもない。

 そして、千草に駆け寄り安否を心配するパルゥムの少女に近付き、

 再びインファント・ドラゴンが襲い掛かろうとしている。

 フィルヴィスは今度こそエインを押し退けようとした。

 

 ヒュンッ! ヒュンッ!

 

 しかし、風切り音に気付きインファント・ドラゴンを見る。

 

 グ オ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ !!

 

 片目に銀色をした長細い矢が深く突き刺さっており、目玉を

 潰された激痛にインファント・ドラゴンは絶叫していた。

 そして、フィルヴィスはようやく気付く。

 インファント・ドラゴンの鼻先に赤い1点の光が照射されて

 いる事に。



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>'<、⊦,、、,< E’rycira

 「ど、どうなってんだよ...!?」

 「ヴェルフ殿!今は千草殿の元に!」

 「っ!そ、そうだな!桜花!

  あのデカブツをこっちに近付けないようにしてくれ!」

 「っ、ああ!千草は任せたぞ!」

 

 命とヴェルフは急いでリリルカと千草の元へ駆ける。

 インファント・ドラゴンは視覚を失った事で暴走状態となり、

 周辺の木々を手当たり次第に薙ぎ倒していく。

 

 ザシュッ!

 

 グ ア ァ ア ァ ア ア ォ ォ オ オ オ オ オ オ オッ !!

 

 そこへまた銀色の矢が鼻に突き刺さりインファント・ドラゴンは

 長い首を頭上へ突き上げ、天を仰いだ。

 膝が崩れ、前のめりになると顔を勢いよく地面に擦り付けて鼻に

 刺さっている銀色の矢を無理矢理にでも抜こうとする。

 しかし、そうした事で余計に深々と刺さってしまい、激痛に悶えて

 咆哮を上げる。

 フィルヴィスはどこから射撃をしているのか突き止めようと、

 階層全域を見渡すが、どこにも姿が見えない。

 

 ブシュッ! ブシュッ ...ブシュッ!

 

 すると、インファント・ドラゴンの片目と鼻の奥に突き刺さっていた

 銀色の矢が引き抜かれ、浮遊しながらどこかへ飛んでいく。

 それをフィルヴィスは見逃さず、エインをその場に置いて飛んでいく

 方向へ走った。

 もしかしたら銀色の矢を飛ばした人物が彼であると、思ったからだ。

 エインは肩を竦め、観戦するかの様にその場に座った。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「千草殿!大丈夫ですか!?」

 「ぁ、ぅ...かはっ!ゲホッ!えぅ...!」

 

 咳き込むと吐血してしまい、呼吸困難となっている状態になって

 いた。

 リリルカはバックパックから3本のポーションを取り出し、

 着物を脱がせようとする。

 しかし、極東の独特な着熟しのため脱がし難そうなのを見かねて

 命は千草の小刀を鞘から引き抜き、脇腹から横腹を傷付けないように

 して帯を斬る。

 帯毎着物を払い退ける際、ヴェルフは思わず目を背けた。

 

 「ヴェルフ様!今は見ても問題ありませんよ!」

 「サラシを自分と同じ様に巻いてもいますから!」

 「あ、そ、そうか。悪い...って、こりゃ...」

 

 謝りつつヴェルフは視線を千草の体に戻す。

 女性を見る事として問題ないとリリルカは言っていたが、

 容態としてはとても問題があった。

 脇腹から横腹、そして臍までが打撲した影響で白い肌が青紫色に

 浸食されていた。

 命はソッと横腹に手を添え、ほんの少しだけ押した途端に千草は

 悲痛な叫びを上げた。

 それを見てリリルカは最悪な状況だと察し、顔を更に青褪めさせ

 2人に声を荒げながら問いかける。 

 

 「エリクサーはありませんか!?

  肋骨が折れて、肺が潰れてしまっているかもしれません!」

 「俺はポーションしかねぇな...命は?」

 「自分もです...ですが、何とかこの傷だけでも治してみましょう!」

 

 ヴェルフとリリルカは頷き、それぞれが所持しているポーションの 

 入った瓶の蓋を開けて打撲した箇所に振り掛ける。

 エリクサー並の治癒効果はないにしろ、痣は見る見る内に消えて

 いく。

 痣が消えていくにつれ、打撲の痛みも引いていくと千草の呼吸は

 先程より苦しそうではなくなっていた。

 

 ドスンッ...!

 バキャァァアアッ!

 

 「ぐうぅうっ!?」

 「っ!?桜花殿!」

 

 背後から響く鈍い音に命は振り返る。

 千草がやられた時と同様に振るってきた尻尾の攻撃を受け、木を

 へし折る程の勢いでぶつかり、座り込む桜花の姿が見えた。

 よく見ると、戦斧で自身を守る体勢になっていたようで、重傷と

 まではいっていないようだ。

 しかし、インファント・ドラゴンは木の折れた音を目印にしてか、

 桜花が居る場所へ突進していく。

 

 「っ...ここまでか...!」

 

 そう呟きながらも桜花は戦斧を構え、迎え討つ気力を醸し出して 

 いた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「はぁっ...はぁっ...!」

 

 フィルヴィスは崖の最上まで登り詰め、周囲を見渡した。

 誰も居ないかに思われたが、ザザッと地を踏み締める音が聞こえ

 その方を見据える。

 

 ...ギュオッ!

 

 「っ...!」

 

 見据えていた先で何かが飛び出した。先程とは異なる黒い矢だ。

 一直線にインファント・ドラゴン目掛けて飛んでいき、胴体に深々と

 突き刺さる。

 核となる魔石に直撃したようで、インファント・ドラゴンは力無く

 膝が崩れ、横倒れになると魔石と大量の鱗と残っていた片目の竜眼を

 残し、全身が一瞬にして灰と化し消滅する。

 武器を構えていた桜花は何が起きたのかわからず、呆然とするしか

 なかった。

 

 「...そこに居るんだろう?私の事は、わかるか?」

 

 フィルヴィスは捕食者であると思い、声を掛けた。

 以前に低い顫動音を鳴らして眼を光らせると思っていたのだが、

 一向に返事がない事にフィルヴィスは首を傾げた。

 

 「私だ。フィルヴィス・シャリアだ。

  あの時助けてもらった者で...

  お前の名前はわからないが私の恩人だ。今でも恩義は忘れていない。

  ...それでも、お前はわからないか...?」

 

 ...ヴゥウン...

 

 フィルヴィスは目の前の光景に息を呑む。

 何故ならあの時は眼を光らせるだけだった捕食者が、姿を現わした

 からだ。

 しかし、以前に見た時の姿と違う事に疑問を抱く。

 金属製のようだったはずの仮面は虫の顔をした様な赤黒い物で、

 鎧らしき防具も生物の骨格をそのままにした様な形状をしている。

 網状の服ではなく動きやすさを重視してた、体のラインがハッキリと

 見える黒いボディースーツを着用しており、更にはスカートを

 履いているとわかった。

 よく見れば豊満な胸の膨らみもある事から女性であると判断出来る。

 どういう事なのか、とフィルヴィスは混乱しそうになっていると

 今度はその人物の方から話しかけてきた。

 

 『貴女は...本当にフィルヴィス・シャリアなの?』

 「っ!?あ、ああ...そうだ。嘘は言っていない。

  ...お前は私の知っている、恩人の...仲間か?」

   

 フィルヴィスは恐る恐る問いかけると、数分間を空けてその人物は

 何と虫の顔をした仮面に両手を添えて脱ぎ始めた。

 突然の行動にフィルヴィスは慌てふためき、見ていいのか戸惑いつつも

 好奇心には敵わず凝視してしまっている。

 そして、素顔が晒された。

 ハーフアップにした茶髪から覗く垂れた犬耳。

 シアンスロープの名も知れている女性だった。

  

 「ナ、ナァーザ・エリスイス...?」

 「うん...貴女の言う恩人との関係は数日前に主神様から聞いてる。

  だから説明してあげてもいいんだけど...」

 

 ナァーザは仮面を着け直し、下の様子を見始める。

 インファント・ドラゴンという脅威が去ったので、桜花達は千草の

 手当てに掛かろうとしていた。

 

 『...彼女の容態の方が心配だから、後でって事でもいい?

  これを渡してきてほしいから』

 

 フィルヴィスはナァーザが差し出している試験管を見る。

 中身はポーションとは違う色彩をしたエリクサーだと気付き、

 あの少女の容態が深刻だと知らせているように思えた。

 

 「...いいだろう。では...ここに必ず待っているんだぞ?」

 『わかった。どこにも行かない。

  ついでにインファント・ドラゴンの魔石とドロップアイテムも拾ってもらえる?』

 「...あ、あの鱗全部か?」

 『...持てるだけでいいよ』

 

 そう答えるナァーザの声は少し沈んでいたが、フィルヴィスは試験管を

 受け取り、急いで登って来た道を下って行った。

 ナァーザは背後にあった岩に背を預け、待つ事にした様だ。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「千草!しっかりしろ!」

 「ハァ...ハァ...」

 「千草様...リリのせいで...っ」

 「おい、今後悔してる暇はないだろ!もうポーションは無いのか!?」

 「さっきので最後です!右側は直りましたが、まだ左側の肋骨が...」

 

 命は触診して骨が沈む感覚でそう判断し、歯軋りをする。

 このままではマズイと誰もが思っていたその時、近付いて来る足音が

 聞こえヴェルフは顔を上げる。

 

 「おい!何も聞かずこれを使え!エリクサーだ!」

 「なっ...ありがとうございます!」

 

 命は受け取ったエリクサーを千草の左胸付近に振り掛け、残った分を

 ゆっくりと飲ませる。

 飲み終えて、数秒経つと千草の呼吸が安定し始め虚ろだった目を開け、

 意識が戻った。

 

 「命、桜花...皆...」

 「千草殿...!」

 「千草様ぁ!うわぁあああああん!よかったですぅ~~~!」

 「い、痛いよ、アーデさん...」

 

 苦笑いを浮かべつつも千草は強く抱きしめるリリルカの頭を優しく

 撫でてやった。

 ヴェルフは危機を乗り越えた安堵感で腰が抜けたかのように、

 その場に座り込んだ。桜花達も同じ様に安堵していた。

 今まで味わった事もない緊張感による脱力感は、相当なものだった

 ようだ。

 ふと、エリクサーを渡してきたエルフの少女の姿が無い事に気付く。

 ヴェルフは何者だったのかと、疑問に思っていたが助けてくれた事に

 変わりないと思い彼女に感謝するのだった。

 

 「一先ず、地上へ戻りましょう。

  治療院へ行って診察はしてもらった方がいいでしょうから」

 「そうだな。千草、ほら」

 「え?い、いいよ、自分で歩けるか、ひゃあっ!?」

 

 遠慮している千草を桜花は無理矢理、背負うと恥ずかしさのあまり

 千草が暴れて桜花が転んだ拍子に目の前に立っていたリリルカに

 頭突きをしてしまって、お互い悶絶してするのだった。



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>'<、⊦>'、< f'ryendo-shipuw

 『彼女は?』

 「...無事に回復した様だ。それと...約束の物だ」

 『ありがとう。...じゃあ、話してあげる。

  ...但し、貴女の主神にも仲間にも、誰にも言わない事』

 「やはり、そうだろうな...いいだろう。

  誓って誰にも言わない」

 

 ポーチに受け取った鱗数枚と竜眼を入れ、虫の仮面を脱ぐナァーザ。

 一体何を話すのか、無意識にフィルヴィスは固唾を飲む。

 

 「私が彼らと出会ったのはまだ私がレベル2の頃。

  仲間とはぐれて、モンスターの大群に遭遇してしまった時に助けてくれた。

  貴女と同じ感じかな」

 「...そうだな」

 

 意外にもあっさりとした簡潔な体験談だった。

 しかし、同じ境遇を経験した者なのだとわかり、フィルヴィスは頷く。

 ナァーザはガントレットを装着している右腕を擦りながら続けた。

 

 「私はその時、片腕を失ってしまったんだけど...

  彼らのおかげで元通りになった。それも一瞬でね。

  この装備は治してもらった代償を交換条件として与えられた物」

 「...誰にも言わないでもらう、といったものか?」

 「そう。彼らの主神様の存在を他言無用にする事と...

  何かあった時のために協力をする事って。  

  ミアハ様が何度も頭を下げてお礼を言いながら条件を呑んで、私は使わせてもらってる」

 

 手術痕も一切見えないので事実なのだろう。

 ナァーザは腕から装備へ手を移動させ、撫でるように触っていく。

 ふとインファント・ドラゴンを倒した矢を放つための武器を2つ

 背負っているのを見てフィルヴィスは問いかける。

 

 「階層主ではないにしろ、同等の力を持つモンスターを倒す程の威力を持っているが...

  随分とその...何と言うか...原始的、だな?」

 「お古だから仕方ない。それに今の彼らが使ってるのも試したけど...

  肩が外れた事があって、使うのはこれとこれを選んだ。

  元々弓を扱うのが得意だったからね」

 「なるほど、それなら納得だ」

 

 弓とボウガンは冒険者が扱う一般的な物と全く異なる形状をしていた。

 木製ではなく金属製で捕食者の武器だと一目でわかる。

 

 「...彼らは一体、何者なんだ?

  人間でないのはわかるが、どこかの部族に思えるだが」

 「それは教えられていないからわからない。

  でも...彼らは私を助けてくれたから、恩人である事に間違いはない。

  貴女もそうでしょう?」

 

 ナァーザはフィルヴィス微笑みかけ、問いかける。

 フィルヴィスは頷いて微笑み返す。

 

 「ああ、私もその通りだと思っている。

  ...他にまだ話していない事はあるか?」

 

 ナァーザは口元に手を添えて、何かを思い出そうとする。

 そして数秒も経たずポンッと片方の掌に拳を乗せて話し始めた。

 

 「私とミアハ様、それと...

  どこかの主神様とその眷族、あともう2人くらい同じファミリアに所属する冒険者が彼らの存在をずっと前から知っているらしいよ。

  2人は当人達の主神様には存在を教えないようにって口止めしたそうだよ」

 

 零細か中堅かあるいは大手派閥の主神か。

 大手派閥であるロキ・ファミリアの主神は知らなかったとすれば、

 零細の可能性もある。

 ずっと前からというのは助けられた以前よりもという事なのかと思い、

 その3人の冒険者についてフィルヴィスは聞き出そうとする。

 

 「その冒険者達の名前やファミリアは?」

 「ごめん。教えられてないから、わからない」

 「...そうか。何か理由がありそうなのか?」

 「さぁ...もしかしたら貴女と同じような理由なだけかもしれないけどね。

  ミアハ様曰わく、温厚だけど気紛れだからって...」

 「気紛れか...神らしくて寧ろ安心感がある気がするな」

 

 世界の次に気紛れと言われる神の性質。

 それは眷族にとって不思議でも何でもない事なので、納得するのは

 当然であった。

 フィルヴィスがそう答えると、ナァーザは仮面を被り直してどこかへ

 向かおうとする素振りを見せた。

 

 『話したい事はそれで全部だよ。私はまだ潜るから』

 「そうか。気をつけるんだぞ」

 『かかかかかか...』

 

 明らかに声を発して真似ているのに、フィルヴィスは沈黙して

 言うべきか言わないべきか迷った。

 

 「...何となくそれっぽいが、それは声で言っているよな?」

 『難しいから出来ないんだよね、あれ...それじゃ』

 「...ッカカ...確かにな」

 

 つい真似をしたフィルヴィスは頬を赤らめながら咳払いをして、

 誤魔化しその場を後にした。 

 尚、エインは隠れて待っていたようで階段の影から現われたため

 フィルヴィスが思わず驚いたのは言うまでもない。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 地上のオラリオへ視点を移す。

 第三区画にある歓楽街に訪れたネフテュスは、ベーレト・バビリに

 赴いていた。

 春姫を引き取るためだ。

 今回は男性への免疫力が滅法弱いため、女性の捕食者を護衛に

 連れていた。

 誓約書に署名し治療費と共に身請けの料金を渡し終え、春姫の身請けは

 成立した。

 後はファルナを解除し、改宗するのみとなる。

 

 「...私の気のせいだといいんだが...

  あの袋の中身はこの金額より上回っていないんだろうな?」

 「ちゃんと数えて入れてあるから大丈夫よ」

 「...それならいい。では、春姫の所へ案内する」

 

 イシュタルの案内の元、春姫が待っている極東様式の名称で遊廓と

 呼ばれる店にネフテュスは案内される。

 遊廓へ着くと、様式美と言っていいのか不明だが入る際も極東の

 習わしにより茶店へ入り、そこから遊廓へ向かった。

 フローリングとは違う木床の通路を進んで行き、襖が開かれて座敷へと

 ネフテュスは入る。

 そこで正座をし待っていた春姫が、お辞儀をして出迎えてくれた。

 

 「お待ちしておりました。ネフテュス様。

  私、春姫と申します。

  この度は私の様な卑しい娼婦を身請けしてくださり、誠に嬉しく」

 「春姫。ずっと黙っていたがお前の体も貞操も汚されてなどいないぞ」

 「...ふぇ?」

 

 ネフテュスの隣に座ったイシュタルにそう告げられ、春姫は

 目を点にしながら顔を上げた。

 煙管を吸い、ため息をつくのと同時に煙を吹く。

 

 「床を共にする前に倒れてしまってたからな。

  倒れた後のお前に手を出さなかった上、返金も受け取らず許した客人達の恩情に感謝しろ」

 「...ぁ、ぅ...はわわわわわ...!

  で、ではあの時のあれやこれやは全て...」

 「夢だ。ムッツリスケベ雌狐」

 

 思わず吹き出すネフテュスの反応がトドメとなり春姫は全身を

 真っ赤にして跳び上がる。尻尾をビーンと伸ばしたまま。

 着地するとスススと後退りをし、背後にある襖を勢いよく開けて

 中に仕舞っていた布団を全て引き出すと空いた押し入れの中に

 入り込んで襖を閉じた。

 穴が無いため、そこに入るしかなかったのだろう。

 

 「あらあら...笑ってはいけなかったわね」

 「おい春姫!客人に対してその様な態度を取って良いなどと教えられたか!?」

   

 すると中からくぐもった声が聞こえてくる。

 

 「(サンジョウノ家での不始末に留まらず、ここでも私は...

  私は何という恥を掻いてしまったのでしょう...!

  このご無礼は私の命を捧げてでも)」

 「そう自分を責めてはダメよ。

  いいじゃない。相手が許してくれていたのだから、ね?」

 

 幼い子供をあやす口調で説得をするネフテュス。

 先程まで怒鳴っていたイシュタルはその様子を見守る事にしたようだ。

 

 「不始末の事は知らないけれど...

  貴女を許してくれた人の気持ちを受け取る気持ちが重要なの。

  いい?人誰しも失敗なんてするものらしいのだから、気にするのは少しだけでにして。

  ずっと思い詰める人生なんてつまらないもの」

 

 ネフテュスはソッと襖の取っ手に指を入れ、ゆっくりと開けた。

 イシュタルが覗き込んで見てみると、膝を丸め込み涙目で様子を

 伺っている春姫が居た。

 

 「出てらっしゃい。もうイシュタルも怒ったりしないから...ほら」

 「...ありがとうございます」

 

 手を引かれて春姫は押し入れから出てくる。

 イシュタルが日頃隅々まで綺麗にするよう指導している事もあってか

 金色の美髪や赤い着物は一切、埃などで汚れてはいなかった。

 恐る恐る春姫が自分の事を見ているのを察して、イシュタルは

 仕方なしにといった面持ちで怒らないと頷く。

 安堵してため息をつく春姫は、改めてネフテュスと対面した。

 

 「改めまして、春姫と申します」

 「私はネフテュスよ。神々の先輩って立場だけど、恐れ多くしなくていいからね?」

 「は、はい...」

 「ふふっ...

  と言っても初対面の神と話すなんて緊張するのは仕方ないわね。

  じゃあ...ファルナを解除している間にお話しでもしましょ」

 

 そう提案した事で春姫はネフテュスと談話をする事となった。

 慣れた手付きでイシュタルは帯を解き、赤い着物がスルリと両肩から

 擦り落ちて白皙のきめ細かな肌が露わとなる。

 豊満な胸がまろび出そうになる際に、イシュタルが気を遣ってか、

 春姫の長髪で隠してくれていた。

 ネフテュスは春姫の事を知りたいと言ってきたので、春姫は

 俯いたまま自身の生い立ちを語り始める。

 オラリオより遥か向こうの島国である極東。

 春姫は高い地位の役職を持つ朝廷であり、アマテラスに仕えている

 三条家の娘であった。

 父親は非常に厳しく、屋敷の外へ出る事は許さなかった。

 しかし、四季という極東特有の季節によって庭に植えられた

 様々な草木を見て回る事と巻物に感情で彩られた煌めく物語を

 読む楽しみがあった。

 そんな何不自由ない暮らしをしている反面、三条家で働く雑用係の

 不満は募っていたという。

 当時の極東では飢饉によって人々が相次いで餓死するのが日常的と

 なってしまっており、それをアマテラスが何とか打開策を練ろうと

 していたそうだ。

 アマテラスだけでなく、三条家の裏山ではタケミカヅチが自身の持つ

 社で親を亡くした子供を引き取り、面倒をみていると。

 

 「...イシュタル。今でも極東ではそうなの?」 

 「いや。既に数年前の過去の話しとなっている。

  こいつの実家が落魄れ始めたと同時に成り上がったパルゥムの貴族が何かしらの手を打ったとの事だ」

 「...続けて?」

 「はい...」

 

 そんな話を聞いたある日、門の前から喧騒が聞こえ覗き込んでみると

 擦り切れている衣服を着た足に何も履いていない3人の少年と少女達が

 居た。

 門番の話によれば、裏山に住み着いているという孤児達だという。

 話で知ったタケミカヅチが引き取った子供だと春姫は悟り、その日の

 夜に戻ってきた父に勇気を振り絞って食料を分けて欲しいとお願いを

 申し込んだ。

 その時は外へ出ようとしていた事が原因で叱られていたが、あの話を

 聞いてしまったからには聞き捨てられなくなっていたそうだ。

 その翌日の深夜、名前を呼ばれ庭先を見て春姫は驚いた。

 あの時の少年と少女達が食料を分けてくれたお礼を伝えに来たのだ。

 社で出来た新たな家族を助けてくれた恩人だと笑みを浮かべる少女に

 春姫はとても嬉しかったという。

 更に、屋敷の外へ連れ出してもらい少し離れた池へ辿り着き、そこで

 ナナイロ蛍が淡い光を漂う幻想的な光景を目にした。

 少女はまだまだ見てもらいたいものが沢山あり、毎日少しだけ屋敷の

 外を冒険しないかと、そして友達になろうと手を差し伸べた。

 春姫は最初こそ父への恐怖心が勝っていたが、少女の優しさと初めて

 抱いた友情という感情で打ち破る事ができ、その手を握った。

 

 「ふわぁぁあん...!」

 「っ!?」

 「え...!?ど、どうかなさりましたか...!?

 「うぅぅ、わ、私、友情物語とかそういう話は弱いのよぉ...

  良いお友達と出会ったのねぇ...ぐす...」

 「...よかったな。今は力を抑えられていて、無事だが...

  ネフテュスが泣くと自分の意思と関係なく泣かされる。

  体が干涸らびるまでな...」

 「そ、そんな恐ろしいお力を...」

 「すんっ...だけど、今は大丈夫よ?

  イシュタルの言った通り、力は抑えられているから。

  さ、まだ話は続くんでしょう?」

 「は、はい...」

 

 春姫は少女達と共に様々なものを目にしていった。

 社へ来た際にはタケミカヅチとも初めて出会い、その時に縁が

 出来たそうだ。

 春姫は少女達と仲良しになっていき、以前より明るく笑う様になった。

 とても幸せな日々を送っていた。

 しかし、ある日を境にその幸せは途切れる事となる。

 いつもよりも早い、昼間に屋敷を抜け出したために雑用係がそれを

 目撃し大騒ぎとなった。

 運悪くその日は早く父が戻ってきていた。

 程なくして見つかってしまい、少女達は人攫いの罪に問われそうに

 なった。

 その際、春姫は付き人と来ていた父に何とか少女達を開放するよう

 懇願し事無きを得たが二度と会わない事を言いつけられた。

 

 「...それで?」 

 「ネフテュス...抑えろ。面倒なのに見つかるぞ」

 「あら、ごめんなさい。まぁ、バレても何とかするから」

 「まったく...春姫。もうすぐ解除するんだ、最後まで話せ」

 「...はい」

 

 月日が経ち、1年が過ぎた春姫が11歳の頃。

 少女達と会えなくなった事が傷心となり、春姫から明るい笑みが

 消えてしまっていた。

 だが、傷心している春姫に更なる不運が襲ってきた。

 飢饉の厄災を鎮めるために執り行う儀式が近付く頃、三条家には

 人種にしては珍しいパルゥムの貴族である客人を招いていた。

 春姫の父は夜遅くまで酒盛りに付き合っており、春姫は就寝していた。

 しかし、手洗いへ行き自室へ戻る途中、渡り廊下で月に照らされて 

 いた餅を見つけた。

 寝惚けていた春姫は徐ろに近付き、それを食べてしまったという。

 それを見つけた雑用係が慌てふためき餅を吐かせようとしたが、

 既に遅く飲み込んでしまった。

 実は、その餅はアマテラスに献上するための神饌だったのだ。

 儀式では神の力を使うのに天界へ伝えるの許可証の様な物が必要なため

 神饌がその許可証の役割となるらしく、1つでも無くなれば役割を

 持たなくなるのだという。

 月に照らされていたのは神の力がより効果を増すためにと、願掛けを

 していたのだ。

 それを知らずに食べてしまった春姫は父に勘当を告げられる。

 本来であれば重大な不始末となり、一生を牢獄で過す事になる所なの

 だが、子供のした事だからと三条家が仕えるアマテラスの寛大な処置の

 おかげで勘当される程度で収まっていたのだ。

 春姫は屋敷を追い出され、どこかへ向かうために案内人と

 山道を歩いている道中、地上に棲まうモンスターに襲われる。

 だが、偶然居合わせた盗賊が春姫を助け、報酬代わりにと身売りを 

 させられ、その後、紆余曲折を経て最終的にオラリオへ流れ着いたの 

 だという。

 

 「...解除は終わった。ネフテュス、今度はお前がファルナを...

  と、言った所で授ける訳がないか。そんな話を聞いたからには」

 「...ええ...春姫、ごめんなさい。

  私は貴女を眷族に出来ないわ。だって...

  貴女の居るべき場所は、その友達とタケミカヅチの所よ」

 

 ネフテュスは微笑みながら、春姫の頬に手を添えて目線を合わせる。

 それに春姫は目を見開くがすぐに目を伏せて答える。

 

 「それは...。...はい、正直に申しますと彼女達の元へ行きたいです。

  ですが...勘当された私がすぐ近くに居ると父が知れば...

  今度こそ彼女達が...命ちゃん達が捕まる事になりかねませんっ。

  ですからっ」

 「いや、タケミカヅチやその命、というのはヤマト・命の事だろうな。

  その者達はこのオラリオで冒険者となっているぞ」

 「え...!な、何故、ここに...?」

 「きっと...貴女を見つけたい想いがあったからでしょうね。

  あ、また泣けて、ふわぁぁぁん...!」

 

 頬に手を添えたまま、号泣し始めるネフテュスを余所にイシュタルは

 春姫の前に移動し言った。

 

 「私はお前の命を奪うつもりだった。...が、その気はもう無い。

  タケミカヅチにその事を話しても構わないぞ。

  この顔を殴られるだけで済むなら...安いものだからな」

 「...イシュタル様。私は...貴女の眷族でした。

  もし、そうなった時、死への恐怖はあると思いますが...

  ここに置いてくださった事への恩は...

  一度たりとも忘れた事はありません。これからも、ずっと...」

 

 イシュタルは思いがけない言葉に黙り込んでしまった。

 命を奪おうとしていたと言っている主神に対して、恩を忘れないと

 言っている事が信じられないのだろう。

 

 「憧れのオラリオの地に居る事も、姉女郎の皆様やアイシャさん達アマゾネスの方々も良くしてくださっていました。

  ...なので、私はその恩を一生忘れる事はありません」

 「...馬鹿だな...本当にお前は...だから勘当もされるんだ」

 

 そう答えるイシュタルはそっぽを向いており、よく見れば頬を1滴の

 伝う滴が見えたように春姫は思えた。

 一方、ようやく泣き止んだネフテュスはもう一度、春姫と見つめ合う。

 

 「...タケミカヅチの所に行きなさい。

  そして友達の皆とまた...冒険をするのよ」

 

 春姫の脳裏にあの頃の記憶が鮮明に浮かんできた。

 楽しかった、少し恐かった、それでも命達と居る事が本当に

 幸せだったと微笑みを浮かべ、目を瞑ると目尻から涙が零れる。

 

 「...はい。そうさせていただきます、ネフテュス様」

 「ええ。それでいいのよ」



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>'<、⊦>'<、⊦ R'euwnyon

 「じゃあ、タケミカヅチの所まで送ってあげるわ」

 「...いえ、自らの足で向かわせてください。

  それが...私の最初となる冒険にしたいのです」

 「...わかったわ、春姫。貴女の勇気、確かに受け止めたから」

 「ありがとうございます」

 

 そうと決まればとイシュタルは立ち上がって、襖を開ける。

 するとドタドタとアイシャを始めとするバーベラ達が座敷に

 傾れ込んできた。

 バーベラの数人は泣いており、どうやら盗み聞きをしていたよう

 だった。

 春姫は何が起きたのかわからずキョトンとしており、ネフテュスは

 デジャビュを感じ笑っていた。

 イシュタルが見送る準備をしろ、と叱咤する様に指示を出してきて

 アイシャ達は慌てて起き上がりその指示に従った。

 

 「...春姫。お前も表門から出る準備をするんだぞ」

 「あ、は、はい。荷物を纏めてありますので、いつでも...」

 「そうか。では...先に外で待っているぞ。呼び出しが来たら外に出よ」 

 「わかりました」

 「ネフテュスも一緒に来てくれ。極東の仕来り通りに見送るんだ」

 「そうなの。わかったわ」

 

 イシュタルの後を追ってネフテュスは来た道となる渡り廊下を

 同じ順路で進み、外に出た。

 既に眷族のアイシャ達や歓楽街で働く一般人の女郎達が入口となる

 表門の通り道で横一列に並んでいた。

 身請けをされた娼婦は見送りも無く、黙ってその表門を出て行くのだが

 極東出身の娼婦の場合は世話になった恩義を示すために、並んでいる

 者達へ一礼をしながら進んで行き、表門から出る際に最後は最も深く

 お辞儀をして出ていくのだとイシュタルから教えられる。

 しばらくして、荷物を持った春姫が向こうから歩いてきた。

 特別な装いで来るのかとネフテュスは思っていたのだが、春姫は

 赤い着物のままで風に金色の長髪を靡かせながらゆったりとした

 姿勢で向かってくる...が。

 

 「へぶっ!?」

 

 石に躓いてしまい、ビターン!と顔から転んでしまった。

 綺麗に整えていたであろう荷物も地面に散乱する。

 ネフテュスは思わず硬直してしまい、イシュタルやその場に居る全員は

 ため息をついたりガクリと肩を落したりなど様々な反応を見せた。

 慌てて荷物を拾い集める春姫に見ていられない、とアイシャやレナ達が

 駆け寄って一緒に拾い集めた。

 

 「さ、最後の最後に申し訳ございません...」

 「あ~もう、止しな辛気臭い。これで世話を見るのも最後なんだ。

  次は無いんだし甘え時なよ」

 「そうそう。はい、これで全部だよね?」

 「はい。ありがとうございます...」

 

 集めてもらった荷物を改めて春姫が持ち、アイシャはレナ達と列に

 戻ろうとした際、耳元でこう呟いた。

 

 「これからは自分らしく生きていくんだよ。

  じゃあな、春姫」

 「...はい。今まで本当にありがとうございました」

 

 アイシャの激励に、春姫は涙を目尻に浮かべて微笑んだ。

 イシュタルが言った通り春姫は一礼をしながら進んで行く。

 バーベラ達は手を軽く振ったり、不安そうな面持ちになりながらも

 アイシャと同じ様に激励していた。

 そして表門の前で立ち止まり、振り返る。

 少しだけ俯き、意を決して感謝の意を込めながら深々とお辞儀をした。

 表門を出て行く春姫に、先程激励や手を振っていたバーベラ達は拍手や

 歓声は送らず、ただ静かに見送っていた。

 

 「...上手く行けばいいのだが...」 

 「きっと大丈夫よ。あの子はもう迷ったりしないはずだから」

 「意思はそうだろうが...

  私が言っているのは道に迷わないかどうかの心配だ」

 「...やっぱり送ってあげる事にするわ。但し...

  彼女の意思を無下には出来ないから、言った通り自分の足で辿り着くようにしないと」

 「眷族になった訳でもないのに、お節介なものだな...」

 「それが、皆の先輩である私でしょ?」  

 「違いないな。...では、頼んだ」

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 ダイダロス通りを彷徨い始めて早30分。

 イシュタルの言った通り案の定、春姫は迷子となってしまっていた。

 

 「ど、どうすれば良いのでしょう...」

 

 困っている最中、ふと何かが動いたような気がして横を振り向き、

 ユラユラと揺れながら浮遊している何かを見つけた。

 目を凝らしてよく見てみると、春姫はハッと息を呑む。

 それは、ナナイロ蛍だった。

 あり得ない、と自分の目が信じられなかった。

 何故なら極東のみにしか生息しない虫であり、しかも水源も無い街中に

 居る事は絶対に無いからだ。

 春姫は本物なのかと近付こうとすると、ナナイロ蛍は曲がり角へ

 消える。 

 

 「あ...!」

 

 春姫は転ばないように気をつけながら、早歩きとなって追いかける。

 ナナイロ蛍は曲がり角の向こう側からまた別の薄暗い細道へと入って

 いっていた。

 まるで追いかけっこでもしている様に思いながら春姫はナナイロ蛍を

 追いかけ続けた。

 次に曲がり角へ入り、真っ直ぐそのまま進んで行くと...

 

 「っ、ま、眩し...え...?」

 「ん?あ、やぁ!いらっしゃい!」

 

 先程までナナイロ蛍を追いかけていた薄暗い細道から、いつの間にか

 東のメインストリートに出ていた。

 行き交う人々に戸惑っている中、真横から接客業の挨拶が掛けられる。

 ジャガ丸くんを売っているヘスティアからだ、

 

 「あ、え?えっと、その...」

 「丁度良いタイミングで来てくれたね!

  出来たてのジャガ丸くんはいかがかな?」

 

 ヘスティアに促されて春姫はこんがり焼き上がったジャガ丸くんを

 見ていると、可愛らしい腹の虫が鳴った。

 思わず赤くなる春姫にヘスティアは微笑むと、ジャガ丸くんを1つ

 手に取って差し出してくる。

 

 「お腹が空いているようだから、サービスしてあげるよ。

  遠慮は無用だぜ?」

 「え?で、ですが」

 「いいんだよ。ボクの先輩が5ヶ月分の収入分まで支払ってくれたものだから...

  1つや5つくらい、君にあげても文句は言われないからね」

 「...では、お言葉に甘えまして...」

 

 春姫は荷物を傍にあったベンチに置き、ジャガ丸くんを受け取った。

 ジッと見つめていると口の中が唾液でいっぱいになり、飲み込んでも

 また口内がいっぱいになりそうになる。

 瑞々しく潤った唇を開け、一口食べる。

 出来たてとだけあって少し熱く感じるが、それ以前にサクサクした

 食感と中身の美味しさに春姫は自然と笑みが零れた。

 

 「美味しいかい?」

 「は、はい。とても...とても美味しいです...!」

 「それはよかった。さ、そこに座ってゆっくり食べなよ」

 

 春姫は頷くとベンチに座り、また一口食べて至福に浸る。

 初めて食べるジャガ丸くんの味が相当お気に召したのだろう。

 ヘスティアは嬉しそうに食べている春姫の隣に座ると、話しかけて

 きた。

 

 「ボクはヘスティアというんだけど、君は?」 

 「んくっ...私は春姫と申します。ヘスティア様、こちらの...

  じゃがまるくん、を食させていただき、ありがとうございます」

 「うん、どういたしまして。

  ...えっと、ちなみに春姫君は極東の出身になるのかな?」

 

 ヘスティアは恐らく着物姿からそう予想したのだろう。

 春姫は頷いて肯定する。

 

 「その通りです。アマテラス様に仕えていた貴族なのですが...

  訳あってここオラリオへ流れ着いたのです。」

 「そっか。じゃあ、タケの事も知ってるのかな?」

 「タケ...。!?、も、もしや、タケミカヅチ様をご存知なのですか!?」

  「う、うん。神友だからね...

  もしかしてタケの事を探しているのかい?」

 

 思ってもみなかった交流関係に春姫は少し高揚した気分となっていた。

 ヘスティアの問いかけに、春姫はまた同じ様に頷く。

 

 「は、はい!も、もしよろしければ、どこに居るのか教えていただけませんか...?」

 「もちろん、教えてあげるに決まってるよ!

  もうすぐバイトの時間も終わるから、その後に案内してあげるよ」

 「あ、ありがとうございます...!」

 

 お礼を述べる春姫にヘスティアは微笑んでいた。

 その後、バイトの終了時間となってヘスティアはエプロンを脱いで

 屋台を畳むと春姫をタケミカヅチの元へ案内をし始めた。 

 案内している最中、ヘスティアと春姫は楽しそうに話していた。

 しばらくして周囲の建物とは似つかわしくない、極東様式の長く

 延びた建物が見えてきた。

 

 「ほら、あれがタケのホーム、タウンハウスさ」

 「あそこが...あそこに、皆さんが...」

 

 そう呟いて春姫が一歩踏み出した時だった。

 聞き慣れた声が複数、前方から聞こえてくる。

 立ち止まったのに首を傾げ、ヘスティアは呼び掛けるが春姫は

 反応せず前を向いていいた。

 やがて、夕暮れを背に近付いてきていた8人の影の内、6人が

 同じ様に立ち止まって春姫の事を見つけていた。

 

 「おい、桜花。どうしたんだ?」

 「命様?千草様も...一体何を...?」

 

 懐かしい名前。そしてその姿。

 間違いなく、友達の命達がそこに居た。

 春姫は思わず荷物を手から落してしまうが、間一髪の所でヘスティアが

 何とか掴み取った。

 それを気に留めず、春姫は駆け出して命達の元へ急ぐ。

 そして、目の前まで近寄ったが足は止めずそのまま、命に抱きついた。

 

 「命ちゃん!桜花さん!千草ちゃん!」

 「春姫、殿...春姫殿...っ!」

 

 春姫を抱き止め、命の目からはありったけの涙が零れていた。

 千草も前上で隠している瞳から大粒の涙を流し、桜花は安堵した様子で

 春姫の肩に手を乗せていた。

 ヘスティアは春姫の荷物を持ちながら、何が起きているのかわからず

 棒立ちとなっているリリルカとヴェルフに近寄った。

 

 「...あの、ヘスティア様?これは一体...

  何がどうなってるのでしょうか?」

 「ボクも詳しい事はわからないんだけど...

  まぁ、物語の最後で言うめでたしめでたしって事でいいんじゃないかな?」

 「いや、それじゃ説明も何もないじゃないですか...」

 「お?ヘスティア?それにリリルカとヴェルフ・クロッゾも...

  って、は、春姫...?春姫なのか!?」

 

 リリルカとヴェルフは説明してもらえそうなタケミカヅチに

 期待を持ったが、当の本人は3人を飛び越えて眷族達の元に

 歩み寄って行ってしまった。

 ヴェルフとリリルカはまた呆然と立ち尽くし、その様子にヘスティアは

 苦笑いを浮かべるしかなかったのだった。

 尚、唯一事情を把握しているネフテュスはマザー・シップ内で

 感動のあまり号泣してたという。



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>'<、⊦>'<、,< R'acuptulew

 オラリオから遥か遠くに存在する王国。

 その王国の街中で一際目立つ豪邸に僕はファルコナーを侵入させ、

 室内を隈無く調べていた。

 理由はそこに住まう貴族がゼノスを買ったとされていからだ。

 あれから2日経ち、数体のゼノス達を貴族達から慰謝料と一緒に

 奪還させる事に成功した。

 移動時間は1分も掛からずに目的地へ着くので、フェルズという

 人物から教えられた買い取り手である貴族もここだけとなった。

 それまで、向かった先で既に死んでしまったゼノスのために、

 制裁として慰謝料分の金品を奪い、残りは貴族の邸宅諸共

 焼き払った。

 生皮を剥いで、吊し上げるつもりだったが我が主神にどう処罰を

 すればいいのかを聞いた際に、そうするよう告げられたのでそう

 したんだ。

 なので、今回もゼノスが死んでしまっていたらこの豪邸も焼き払う

 つもりでいる。

 X線スキャナーを掛けているため、ヘルメットのゴーグルに

 送られてくる映像は透明になっている。

 すると、今まで見かけた豪奢なドアとは違う全面が鉄製の扉を

 見つける。

 カメラを下に向けてそれが地下へと続く扉だと分かり、恐らく

 地下室がありそこに閉じ込められているのでは、と僕は予想する。

 ファルコナーを扉の前に滞空させ、僕も忍び込む事にした。

 楽々と塀に跳び乗り、番犬として飼っている猛犬を犬笛で誘き寄せる。

 その犬笛は本来、僕らが飼育している犬に使う物だが一般的な犬も

 聞こえるので上手く誘導させる事が出来た。

 猛犬と言えど、今の僕にとっては戦利品にもならないので狩っても

 仕方ないのでそのまま放っておいて豪邸の中へと入った。

 鉄製の扉がある通路まで来て、ファルコナーを肩の装甲に収納すると

 リスト・ブレイドを1枚だけ伸ばし、隙間に差し込んでデッドボルトを

 斬り落とすと扉が開いた。

 使用人が通り際に違和感を覚え、バレる前に見つけ出さなければ

 いけない。

 階段を降りて行き最下部の地下室に続く通路へ辿り着いた。

 

 「次の飯までに食い終わってお、げぅッ...!?」

 

 バギィッ!

 

 その時、視界に男の姿が入ってきたので側頭部を掴むと反対側の

 側頭部を壁に叩き付ける。

 軽い脳震盪を起して、男は倒れた。息はあるから大丈夫だろう。

 丁度良く鍵を落したので僕はそれを拾い、いくつかある牢屋を

 覗き込んで確認する。

 ...居た。最後の1体だ。

 僕は牢屋の前に近付き、クローキング機能を解除して姿を見せる。

 そこに居るのは女体を持つ蜘蛛のゼノスで、男が倒れた男に気付いて

 いたのか、鉄格子の穴から様子を覗き込もうとしていた。

 なので、僕が姿を現わすと目を見開いて驚く。

 

 「だ、誰なの...!?」

 

 言葉を発したので、ゼノスに間違いない。

 僕はガントレットを操作し、通信を繋げた。

 2日前から奪還する際にはリドいうゼノスに通信装置を渡して

 いるので、彼に事情を説明してもらうという事にしている。

 女体を持つ蜘蛛のゼノスはリドというゼノスが話している説明を

 聞き入れてもらえた。

 

 『そいつの言う通りにして、そこから出るんだぞ』 

 「わ、わかった...」

 『無事でよかった。帰ってきたら、また楽しくやろうぜ!』

 「...うんっ」

 『じゃあ、頼んだぜ。捕食者!』 

 

 カカカカカカ...

 

 通信を終了し、鍵を使って扉を開けるとゼノスを牢屋の外へ

 出した。

 代わりに、まだ気絶している男を放り投げておき鍵を掛けて、その鍵を

 へし折り床に投げ捨てる。

 ファルコナーに内臓されているシフターを渡し、クローキング機能で

 彼女も肉眼で見えなくさせ、降りてきた階段を登ろうとした。

 ところが、女体を持つ蜘蛛のゼノスの体格では階段の幅が狭い事に

 気付く。

 どうやって入れたのか、僕が訝っていると彼女が言った。

 

 「ここからじゃなくて、そこの大きな扉から入ったんだよ。

  でも...開けたらすごい音が鳴って、すぐにバレるかもしれない...」

 

 ...それなら、好都合だ。

 

 

 ...ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギッ!

 

 「ん?...っ!。おい!地下の扉が勝手に開いてるぞ!?」

 「何だとっ!?くそっ!」

 

 豪邸が収まる程の敷地内を見回っている衛兵の1人が急いで地下室へ

 向かった。

 地下室へ降りる階段の出入り口となる扉が開かれているのに驚くが、

 それよりも主人が買い取ったモンスターがどうなっているのかを

 確かめるべく階段を下りていく。

 地下室に辿り着いて牢屋を見ようとしたその時、開かれた扉から

 黒い影が飛び出し、地面に着地している所を衛兵は目撃する。

 

 「おい待て!逃げるなぁっ!」

 

 衛兵は黒い影を追いかけ飛び掛かった。

 弱っているであろう喋るアラクネなら自分だけでも抑え込める、と

 思っていたのだが、違和感を覚え、その正体をよく見てみると

 驚愕する。

 黒い影の正体は同僚の男だった。白目を剥いて気絶している。

 

 「し、しっかりしろ!大丈夫か!?」

 

 衛兵は同僚の男の安否を気遣っていると、遠方から何かが走ってくる

 音に気付く。 

 その瞬間、衛兵は地面に押し倒され右腕に走る激痛に悲鳴を上げた。

 

 「ギャァァアアアアアアアアッ!!」

 「どうし...!?」

 

 悲鳴を聞きつけた別の衛兵はその光景を見て、困惑するしかなかった。

 何と、自分達が躾け手懐けた番犬が仲間の衛兵に襲い掛かっているでは

 ないか。

 間違っても襲わせない事を教え込んだはずなのだが、目の前の光景は

 幻などではなく現実であり、すぐにでも止めなければ仲間が餌食に

 なってしまうと衛兵は駆け寄っていった。

 敷地内の衛兵達は逃げ出したモンスターを捜索し始めているが、 

 どこにも見つからない。

 

 「塀をよじ登った姿を見た者は!?居ないのか!?」

 「そ、その様です...侵入者の姿も、見た者はいません」

 「馬鹿な...一体どうやって」

 

 ...ドゴォオオオンッ!

 

 侵入者を見つけようと叫ぶ衛兵達の声で聞こえ難かったが、

 微かに爆発した音がしたように思えた。

 指示を出していた上級の衛兵が見渡し始めると、他の衛兵達もつられて

 周囲を見渡す。

 すると、建物の一部から黒煙が噴き上がり始めているのを見つけた。

 そこは財産などを保管するための貯蔵庫がある場所だった。

 上級の衛兵にそれを伝えると急いで建物の中へと入り、貯蔵庫へと

 向かう。

 通路を進んで行くにつれ、黒煙だけでなく白い粉末も舞っている。

 恐らく壁を構築するために用いたコンクリートが粉砕された事で

 浮遊する石灰であると思われた。

 そして、貯蔵庫がある通路の曲がり角の前に衛兵が倒れているのを

 発見する。

 

 「2名で救護しろ!残りは俺に続け!」

 

 そう上級の衛兵は指示を出し、曲がり角を進んでいった。

 貯蔵庫の前に着くと、既に扉が壁毎破壊されてしまっているのが

 目に張った。

 上級の衛兵はサーベルを手にし、自らが確認するので他の衛兵には

 待機するよう指示を出す。

 足音をなるべく立てず歩み寄って行き、大穴の縁から貯蔵庫の中を

 覗き込んだ。 

 誰も居ない。あの短時間で、どうやって逃げ出したのかと訝る上級の

 衛兵は身を乗り出して中へと入る。

 

 「...な...何て事だ...!」

 

 立ち並ぶ一部の棚が爆風によって倒れているが、それよりも重要な

 金庫の扉が開かれてしまっていた。

 当然ながら金貨も全て奪われており、挙げ句の果てにオークションへ

 出品するために保存していた油絵に2本の爪で斬り付けられた様な    

 裂傷が付けられていた。

 主人が見れば間違いなく卒倒するはずだ。

 それに伴い、見張りとしての役目を果たしていないと断定され、 

 クビになるだろうと上級の衛兵は悲観する。

 その場に腰掛けて今後どうしようかと思い悩んでいると、ふと足元に

 落ちていた金貨を目にし徐ろにスッと拾いくすねるのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 バシュンッ!

 

 女体を持つ蜘蛛のゼノスをドロップ・シップへ乗せ、オラリオから

 10K離れた上空にワープドライブをした。

 斬り裂かれた空間は瞬時に元通りとなって、何事もなかったかの様に

 青空に戻っている。

 以前アストレア・ファミリアを乗せた事のある貨物室に居るゼノス達は

 お互いに無事を喜び合い、隠れ家で待つリドというゼノス達の元へ

 早く行きたい、と言っていた。

 気持ちはわかるけども...これから我が主神にレーザーキャノンによる

 20-D5への近道を作ってもらう必要がある。 

 それに、まだ冒険者達がダンジョンを彷徨いている時間帯なので

 もう少し待つ事になる。

 なので、深夜になるまで僕は寝る事にした。

 ある惑星で1ヶ月間、睡眠を取らず狩りを続けた事があり、それに

 比べれば大した事はない。

 しかし、皆と違って僕は人間なため、睡眠は必要だとレックスや

 マチコに教えられた事があるので教えを無視する事はしないように

 しているんだ。



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>'<、,<' M’ysuwjadygmento

 「...あ」

 「?。どうかしたの?」

 

 捜索開始から6日目が経って、フィン達はアイズとリヴェリアを

 深層の37階層に残して地上へ戻っていた。

 何かしらの理由でアイズが残りたいと言い、その我が儘を聞き入れて

 もらうためにリヴェリアも残る事となったそうだ。

 アイズならきっと大丈夫、とティオナは思いながら18階層まで

 上ってきた時、手紙の事を思い出した。 

 持っていかなかったにしろ確認だけはしておこうと思い、ティオナに

 伝える。

 

 「ちょっと...あの...」

 「はぁ~...さっさと済ませてきなさい」

 「ごめん!すぐ戻るから!」

 

 内股気味に足を擦り用を足したいという演技でその場から離れる。

 森の中を走り続け、木々が開けたあの畔に辿り着く。

 どの木に手紙を刺したのかを見つけるために、畔へ近付くと

 少し屈んで見渡してみる。

 

 「...あれ?」

 

 しかし、あの時光って見えていた捕食者の武器らしき物が見えない事に

 違和感を覚える。

 立ち上がって、恐らくこれだと思った木に近付いてみると、その木の

 下付近に、あの武器が落ちているのを見つける。

 更に、木の表面に2本の爪痕も残っていた。

 その爪痕を指でなぞるとティオナの脳裏に、捕食者の姿が浮かび

 上がってきた。

   

 「...受け取ってくれたんだね。よかった...」

 

 安堵しているティオナだったが、ふとアイズが残った理由を考え

 始める。

 フィン達から赤い髪をしたイヴィルスの女性に敗北したと、アイズに

 聞こえないよう伝えられた時は、驚きを隠せなかった。 

 敗北したせいか、或いは別の事で思い悩んでいるのか、わからないが

 食事も録に摂らず、リヴェリアの問いかけにも答えようとしなかった。

 そして、今回に至っては1人だけ深層に残ろうとしていた事も踏まえ、

 ティオナはアイズの気持ちを少なからず察した。

 強くなりたい、と自分も捕食者に認められる様に強くなろうとして

 いるので、気持ちは共感出来る。

 強くなるにはやはりランクアップするしかないのだと思った。

 

 「...っ」

 

 ティオナは武器を拾うと、急いで森を駆け抜けて行った。

 リヴィラの街で待っていたフィン達の元へ戻るなり、こう言った。

 

 「もう少しダンジョンに残らせて!お願い!

  食料とか水は自分で何とかするから!」

 「ちょっと、急に何言い出して」

 「あたしも!...あたしも、負けてられないんだ。

  生半可に頑張るのは嫌なの。だから...」

 

 俯いたまま拳を握り締めるティオナにティオネは、直感的に

 何かを察した。

 アマゾネスの習性。それによって変わった自分自身。

 それらによって導き出される答えに、ティオネはため息をつきながら

 フィンと向かう合う。

 

 「団長。どうせ言っても聞かない馬鹿は放って置いて、地上へ戻りましょう?

  私は残りませんけど」

 「ティ、ティオネさん...?」

 「...さっき、リヴェリアには子を見守る親みたいな気持ちじゃ動けない、と言ったんだ。

  だけど、君達は血の繋がった姉妹だ。みたい、ではなくちゃんとしたね。

  団長である僕より本当の家族であるティオネ、君が決めるといい。

  ...本当にたった1人の妹を置いていくのかい?」

 「はい。こうなったら意地でも聞かないんですから...」

 

 即答するティオネにフィンは吹き出して、笑いながら頷いた。

 

 「それなら、ティオナ。絶対に深層までは行かない事を条件として、残る事を許可するよ」

 「!。う、うん!わかった!」

 

 フィンが許可を出してくれた事にティオナが明るい笑みを浮かべて

 いると、ティオネがズイッと顔を近付けてくる。

 

 「団長が許してくれたから今回は私も許すけど...

  もしも情け無い結果を残したら、二度と助け船は出さないわよ。

  いいわね?」

 「...うん。期待しててよ」

 「...もう」

 

 困った妹だと思いつつ、ティオネはポンポンと頭を軽く叩く。

 ティオナは少し恥ずかしそうにしていたが、目を細めて心地良さそうに

 していた。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 日付変更線を越える時間帯となったので近道となる通路を採掘して

 もらい、ゼノス達と共にダンジョン20階層へ潜っていた。

 以前はフェルズという人物に案内をしてもらうために、1つ上の

 階層までだったが今回は直接20-D5へ向かう事になった。

 万が一を考え全員には布を被せてもらっている。

 やがて、以前20-D5に通じる入口の前へと辿り着く。

 バーナーによって破壊したはずの水晶は元通りとなっており、入口を

 塞いでいた。

 僕はゼノス達に下がるよう手振りで伝え、下がらせるとバーナーと

 ハンドプラズマキャノンを同時に撃つ。

 

 バキャァァアッ!!

 

 水晶が砕け散り、奥の通路へ進む事が出来るようになった。

 僕は先にゼノス達を通路へと進ませ、誰も見ていないか周囲を確認して

 後に続いた。

 すると、足元に注意しろ、と言われ僕は立ち止まり下を見る。

 そこにはポッカリと空いた穴があり、僕の体格では引っ掛かって

 大丈夫そうだが、小柄な人物だと落ちてしまえば危険があると思った。

 大穴を離れて、薄暗い通路を進み続けてからしばらくすると前方で

 灯りが見える。20-D5だ。

 するとゼノス達は一斉に走り出し、僕も早足で追いかける。

 20-D5へ入るや否や、大歓声が響き渡っているのに気付き、

 捕えられていたゼノス達は同胞達と抱きしめ合い、笑い合っていた。

 最後に豪邸から連れ出した女体を持つ蜘蛛のゼノスはラーニェという

 ゼノスと再会を喜んでいる。

 ...これで僕の目的は果たした。

 そう思って地上へ戻ろうとした際にいつの間にか居た、フェルズという

 人物に呼び止められる。

 

 「捕食者。もし良ければだが...

  どうやってここまで早く助け出したのか、教えてもらえないだろうか?」

 

 ...我が主神にもだが、この人物も協力関係であるので報告は

 すべきだと思い、話す事にした。

 ゼノス達は宴の準備を始めており、少し離れた場所でフェルズという

 人物と話し始める。

 話すと言ってもヘルメットに記録している映像を見てもらいつつ、

 質問された所で紙に解答するといった筆談による会話だ。

 

 「何だこれは何だこれは?...空飛ぶ船?

  明らかに魔石程度では動かすのは不可能だ。動力源は一体...?

  ...イオンエンジンによってプラズマ状イオンを噴射する?

  プラズマの説明は君の主神から教えられたが、まさかそこまで万能な物質という概念だとは思ってもみなかった...

  是非ともどうやって創り出すのか知りたいものだよ」 

 

 と、フェルズという人物は新たに知り得た概念に好奇心を抑えられ

 なくなっているように見えた。 

 ...アスフィという女性にもこのやり取りはしたので、どう答えたら

 いいのか大体はわかる。

 数時間が経って最後まで見終わると同時に、レイというゼノスが

 近寄ってきて宴の準備が出来た事を伝えてくれた。

 僕は地上へ戻りたいので、宴に参加するのは丁重のお断りしようと

 したのだが...

 

 ...ぁぁぁ...

 

 ヒアリングデバイスが声を拾った。 

 僕は振り返ると、レイというゼノスは首を傾げたがすぐに異変に

 気付いたようだ。

 数匹の聴覚に優れていると思われる他のゼノス達も気付き、周囲を

 警戒し始める。

 フェルズという人物は何が起きているのか、と問いかけてくるが

 それに答えるよりも先に声の主が現われる。

 

 ...あぁぁああ~~~!!

 

 ドスンッ!

 

 「あいだっ!こ、腰、がふっ!?...きゅう...」

 

 ゼノス達は冒険者を見て慌てふためき、混乱状態となりつつあったが

 フェルズという人物やリドとレイというゼノスの2体が宥めた事で

 すぐに静まり返った。

 僕はその冒険者に近付く。

 穴から飛び出してきた冒険者は尻餅を着いて着地した後に、その穴から

 続けて転がってきた岩が後頭部に直撃し、気絶してしまったようだ。

 ...ただ、見間違えであってほしかった。

 ティオナという少女である事を...



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>'<、,<>∟ ⊦ d’ysuppoymtmemtu

 「オイ、サッサトココカラ連レ出セ!

  奴ラノ生キ残リカモシレナインダゾ!」

 「落ち着け、グロス。彼女は別のファミリアの冒険者だ。

  何故ここへ来られたのかは定かではないが...」

 

 グロスをフェルズが宥めている間に、レイはティオナが飛び出してきた

 穴を観察しながら考察する。

 大きさはティオナくらいの小柄な少女であれば十分に入る事が

 出来る程で覗き込むと前に真っ直ぐではなく、直上に伸びる細い通路と

 なっていた。

 

 「隠れ里に通じる入口から入り、迷い込んだと思われますガ...

  この穴から出てきたのは、何故なんでしょウ?」

 「あー、その穴はな...入口の足元に大穴があっただろ?

  その穴からここへ通じてるみたいなんだ。

  俺っちみたく大きいのは無理だが、そいつくらいならここに落ちて来られるな」

 

 そう説明するリドにグロスが激怒した。何故蓋せずそのままにして

 いたのかと。

 まさか入ってくるとは思わなかったし、俺達を見る前に気を失ったから

 問題ない、と信憑性に欠ける反論をする。 

 レイがその場を収めようとしている間に、捕食者が気絶してしまって

 いるティオナに近寄ると屈んで容態を調べているようだった。

 フェルズも近寄って、捕食者に問いかける。

 

 「岩が直撃したがまぁ...レベル5なら問題ないだろう。

  血も出ていない上に息もあるのだからな。

  ...しかし、どうしたものか。気絶したのはここに来た直後で、確かに問題はないと思うが...」

 

 ティオナがゼノス達を見たのか、あの一瞬ではまずわからないと

 思われるが、レベル5の第一級冒険者の視力を甘く見てはならない。

 モンスターと生死を懸けて戦い、ランクアップする事で並外れた

 身体能力を得ているはずだからだ。

 

 「...外へ運ぼうにも、途中で目を覚ませば厄介な事になるのは間違いない。

  どうするべきか...」

 

 ティオナがいつ目を覚ますかわからない状況で、フェルズは考えた末に

 ある事を思いついた。

 

 「すまないが、すぐに神ネフテュスに通信を入れてもらえるだろうか?」

 

 捕食者は頷き、左腕のガントレットを操作する。

     

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...っ、んん~...?」

 『お目覚めかしら?ティオナ・ヒリュテ』

 「え?...だ、誰?っていうか、何これ?目隠しされてるの!?」

  

 意識を取り戻したティオナは目隠しをされ、視界を奪われている事に

 困惑する。

 目隠しを外そうとするが、腕が上がらない。足もだ。

 どうやら拘束されてしまっているのだとわかり、ティオナは背筋に

 悪寒が走る。

 慌てて手足を動かし、何とか拘束を解こうと抵抗し始める。

 

 「な、何のつもり!?あたしに何をしようっていうの!?」

 『落ち着いて?私達は貴女に危害を加えるつもりは微塵も無いわ。

  寧ろ...協力してもらいたいの』 

 「協力って...どういう事?というか、誰なの?」

 『私はネフテュス。ロキから名前は聞いているんじゃないかしら?』

 「...え?」

 

 ティオナは思考回路が止まった様な感覚に陥った。

 自分は確かダンジョンに居るはずで、そこに神が居るのはあり得ない

 からだ。

 動かしていた手足を止め、冷静になったティオナは怖ず怖ずと答えた。

 

 「し、知ってるけど...ど、どうしてダンジョンに居るの?

  神がここに入るのは禁止だって言われてるんじゃ」

 『そうよ。だから、私はダンジョンには居ないの。

  ...これから目隠しを外して、状況を説明してあげるから』

  

 そうネフテュスが答えると、ティオナの視界を奪っていた目隠しが

 外される。

 目を開けると暗順応していたために、急激に光が目に入り込んできた

 ので眩しく感じた。

 細めていた瞼を徐々に開かせていき、慣れ始めるとその視界に映った

 光景にティオナは驚愕する。

 全身が少し赤みがかった包帯を巻き付けている女性の背後に、多数の

 モンスターの姿があったからだ。

 

 「あ、え...な...」

 『ふふっ。驚くのも無理はないわよね...

  でも、安心して?彼らは知性と心を持ったモンスター、ゼノス。

  そしてここはそのゼノスの隠れ里よ』

 「ゼノス...ま、待ってよ。知性と心って、どういう意味?」

 『普通のモンスターとは違う、話したり笑ったり出来る存在なのよ。

  私もつい最近知ったのだけど...』

 

 ネフテュスは振り返るとレイに歩み寄り、掌で差した。

  

 『彼女の歌を聞かせてもらって、そのお礼にゼノスとは協力関係を昨日結んだわ。

  ちなみにこの子の名前はレイよ』

 「...は、初めましテ、ティオナさン。レイでス」

 「ホントに喋ったぁ!?嘘ぉ!?モ、モンスターなのに...」

 

 ティオナは本当に喋るとは思ってもなかった様で、混乱状態となる。

 そんなティオナにレイは少しだけ近寄って、話しかけた。

 

 「ここへ通じる入口に入って、穴に落ちたのだと思いますガ...

  それは、ここへ入る誰かを見かけたからですカ?

  それとも...偶然でしょうカ?」

 「ぐ、偶然だよ?歩いてたら入れそうな隙間を見つけて、入ったら...

  勢いよく落ちて、後は覚えてないよ」

 「そうですカ...では、リドが悪いという事になりますネ」

 「えぇえええ~~~!?俺っちかよ!?」

 「当然ダ。オ前ガ穴ヲ塞イデサエイレバ、アイツモココヘ来ナカッタカモシレナイ。

  ダッタラオ前ガ悪イ」

 

 ガクリとショボくれるリドにネフテュスはクスクスと可笑しそうに

 笑っており、一方でゼノス達はやれやれ、といった反応を見せる。

 

 それにティオナは、喋っている以外に別の驚きを感じた。

 人間の様に驚き、落ち込み、呆れる。

 それが意味するのは、本当に彼らが知性と心を持っている事だと

 わかった。

 

 「...それで、あたしをどうするの?

  協力してもらうって、言ってたよね?」

 『ええ。貴女はロキ・ファミリアの眷族だから、私達の方では関わらない事としていたわ。

  理由はわかっているかしら?』

 「うん...ベートのせいだって事はね...」

 

 ティオナは口籠もりながら答えた。

 ベートが完治してから、時折会う度に以前よりも彼とは険悪な

 関係となってしまっており、ガレスやリヴェリアからの説教が

 絶えなくなっているのだ。

 それによって余計にベートとは折り合いが悪くなると自覚しては

 いた。

 

 『けれど...特別に貴女だけ、私達との協力関係を結べる条件を運良く満たしているわ。

  だから、こちらとしては協力関係となってゼノス達の事は内密にしてもらいたいのよ』

 「ちょ、ちょっと待って?その条件って...何の事?」

 

 ティオナは今までに捕食者と何かをしたという記憶は無い。

 あるのはミノタウロスから助けられ、ベートを庇い、ヴィオラスの

 襲撃の際に手紙を貰ったりなど、最後の出来事に関しては捕食者から

 一方的に受け取っただけだ。

 その他に思い当たる事はない、とティオナが答えるとネフテュスは

 微笑みを浮かべ答えた。

 

 『そのミノタウロスから助けられる前に、貴女は他の個体を倒したのよね?』

 「う、うん。そうだけど...」

 『それを貴女とよく会うあの子が見ていたの。

  それで...貴女を強いと認めてあげていたのよ』

 「...え...」

 『覚えていないかしら?あの時、あの子は姿を見せたでしょう?

  それは認めたからであり、関わりを持たないと決めた日よりも前となるから...

  協力関係となるのは有効となるの。

  だから、さっき言った通りに内密にしてもらいたいの』

 

 ティオナは絶句するしかなかった。

 認めてもらうために強くなろうと思っていたのに、そんな事を

 伝えられてしまっては仕方ないだろう。

 本来であれば認めてもらえていたという事に、喜びを感じている

 はずだがその感情が芽生えてこない。

 あまりにも唐突過ぎたからとも言えるが、それ以前に拍子抜けしてしまい

 どう思えばいいのかわからなくなっているからだ。

 

 『...という訳で、貴女が求むものは何かしら?

  協力関係を結ぶからには相応の対価を与えてあげたいの』

 「...せて」

 『ん?』

 「捕食者と戦わせて。強いって認めてもらえてたのは、嬉しいけど...

  あたし自身、納得出来ないから...お願い!」

 『...ですって。どうしましょうか?』

 

 カカカカカカ...

 

 ネフテュスの問いかけに、捕食者の低い顫動音が聞こえた。

 

 「...貴女がそれを望むなら、いいそうよ」

 「!...うん。お願いっ」



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>'<、,<>'<、⊦ Dtai'k-de

 決闘ではなく飽くまでも勝負という事なので、何かを賭ける事は

 ない。

 だが、彼女の意思を尊重するからには手加減しないと僕は決めた。

 クローキング機能は解除するが、使用する武器に制限は無いと、

 敢えて誇張する。

 20-D5、基いゼノス達の隠れ里の中央の十分に広いスペースで

 ティオナという少女と戦う事になった。

 対峙すると、そこを囲うゼノス達は半数が僕を、もう半数は彼女に

 声援を送り始める。

 ティオナという少女は戸惑いながらも声援に手を振って応えていた。

 ...僕も誰かから声援を送られる事自体が初めてなので、応えるべき

 なのか悩んでいる。

 

 「お2人さん準備はいいか?」

 「うん。いつでもいいよ」

 「気合十分だなぁ、ティオナっち。捕食者もいいか?」

 

 カカカカカカ...

 

 いつの間にかリボンを首に巻いているリドというゼノスに僕も準備は

 出来ている事を伝える。

 

 「よーーしっ!んじゃ、少し離れてから俺っちの合図で始めるんだぞ」

 

 僕とティオナという少女は同時に頷く。

 背を向けず真正面を向いたまま後退していき、十分な距離を空けると

 リドというゼノスが両腕を掲げた。

 

 「いくぞ?...始めぇっ!」

 

 リドというゼノスが両腕を振り下ろし、合図をした。

 僕は照準を彼女に合わせ、バーナーの砲口からプラズマバレットを

 撃ち放つ。

 彼女が軽々と回避したので、次に足元へ2発を撃ち放つ。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 ドオォォォンッ! ドゴォオオンッ!

 

 着弾して地面が抉れ、土煙が巻き上がるとティオナという少女の

 視界を妨げる。

 その間に僕が横に逸れ、ティオナという少女の得物に対抗するため、

 バトルアックスを手に取る。

 攻撃を回避しながら追い詰めるのであればエルダーソードや刀でも

 良いが、恐らく彼女の力を見定めるなら真っ向からの方が良いと思い

 これにした。

 すると、彼女が土煙から勢いよく抜け出してきた。

 ...予想していたよりも動きが速いな。

 僕を視認すると蛇行して相手を翻弄するかの様に駆けて、手にしている

 大型のダブルブレードを横に振るってきた。

 僕は斧刃の根元と石突を握り締め、柄で受け止める。 

 

 ガ キ ィィ ンッ!!

 

 「くっ...!」

 

 凄まじい金属がぶつかり合う音が隠れ里に響き渡る。

 冒険者が扱う一般的な木製の戦斧であれば、この一撃で木っ端微塵に

 なっていただろうが僕らの武器はそう簡単には壊せはしない。

 僕は大型のダブルブレードをティオナという少女毎振り払うと、まだ

 どんな戦闘をするのかわからないので観察する事にした。

 ティオナという少女は大型のダブルブレードを構え、深呼吸をしながら 

 ゆっくりとすり足歩行で横へ移動し始める。

 僕も合わせようと身構え、同じ様な動作で移動する。

 ジリジリと獣が狙いを定め、いつ飛び掛かってもおかしくない程の

 距離まで詰めていく。

 僕が足元に転がっていた小石を潰した瞬間にティオナという少女が

 動いた。

 縦横、斜め、更に刺突の猛攻で攻め込んで来る。

 大型のダブルブレードを地面に突き刺し、柄を握り締めて自身を

 浮かばせる事による蹴りも繰り出してきた。

 ゼノス達は彼女の強さに興奮し、レイやフィアというゼノスは

 僕の心配をしながらも応援してくれているようだった。

 ...そろそろ、いいか。

 

 ギュロロロロォ...!

 

 ブーツにプラズマエネルギーを収束させ、彼女の攻撃を回避し

 カウンターで蹴りを見舞った瞬間を狙い...

 

 ドゴォンッ!

 ...ゴ ォ ッ !

 

 「ぐぶっ!?...カハァ!」

 

 腹部に靴底がめり込んだと同時に2段攻撃となる衝撃波を放出する

 追撃で蹴り飛ばした。

 肺の空気を吐き出しながらティオナという少女は地面を転がる。

 水中の移動や着地の制御をするための機能なので、攻撃手段として

 使用したのは初めてだが成功した。

 下手をすれば肋骨が折れているか、臓器が潰れているかもしれないので

 並みの冒険者では、立つ事もままならないはずだ。

 

 「っ!やるね...っ!」

 

 しかし、ティオナという少女は転がる勢いを利用して、体を起すと

 顔を歪め、痛みを堪えながらも向かって来る。

 僕はリスト・ブレイドを数C程伸ばし、バトルアックスによって

 大型のダブルブレードを弾き返すと、無防備となった隙を狙い

 二の腕と脹脛を斬り付ける。

 

 ザシュッ! ザシュッ!

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「い˝っつぅ...!」

 

 ティオナは傷の程度を見て、深くはあるが出血の量はそう大した事は

 ないと判断し再び攻め込もうとする。

 

 「こんっ!のぉおおおっ!!」

 

 普段のティオナであれば見せる事のない怒りの表情。

 自身の上半身からミシミシという音が聞こえてきた。

 肋骨が数本折れ、別の箇所には罅が入っているせいだろうと思いながら

 片手に大双刀を持ち替えると、もう片方の手で拳を握り締め振り翳す。

 捕食者に躱され、拳は地面を殴打する。

 拳が叩き込まれた箇所を中心にボコンッと地中が盛り上がり、表面の

 土や岩などが激しく散乱した。

 発展アビリティである拳打の補正がかかり、更に破砕の攻撃による

 破壊規模や効果の増幅が成されたようだ。

 捕食者は右腕に装備してるガントレットの下から大型の一枚刃を

 伸ばし、斬り掛かってくる。

 既に伸ばしていた上部の2枚刃は収納してだ。

 ティオナは大双刀を振るうのは間に合わないと即座に判断し、両腕に

 身に付けている金色の腕輪で防ごうとする。

 

 ザブッ!

 

 「い、ぎっ...!?」

 

 ところが、一枚刃は金属製である腕輪を容易く斬り裂き、腕まで

 斬ったのだ。

 二の腕や脹脛とは比較にならない程の裂傷を負った様で、腕輪の影に

 なっていて傷口は見えないが、多量の鮮血が流れている。

 

 「っ...!」

 「(動くよね...まだ、動いてくれないと...!)」

 

 ティオナはその場で蹲り、手が正常に動くのか確かめた。

 数回開閉させ、手首も動く事を確認すると大双刀を構え、捕食者と

 対峙する。

 

 「オイ、アノ血ノ量ハ放ッテオケバ死ヌゾ」

 「だ、だよな?今すぐに止めないと」

 『ダメよ。止めてはならないわ』

 「そ、そんな!?どうしてですカ、ネフテュス様...!?」

  

 レイは思ってもみなかった発言に狼狽する。

 リドとグロスもネフテュスの思惑に驚愕しており、止めるに

 止められなくなってしまった。

 

 『ティオナが止めて、と一言でも言ったかしら?

  まだ戦う気でいるのに止めるなんて...侮辱もいい所だわ』

 「で、ですガ...」

 『大丈夫よ。あの子だって彼女の重傷は見えているし...

  頃合いを見て終えるはずだから。

  それまで絶対に止めない事。...ただ、治療する準備はした方がいいわね』

 「な、なら、マリィの血を貰ってくるぜ!

  アイツの血なら回復させられるからな!」

 

 リドはラウラとフォーを同行させ、どこかへと向かった。

 レイとグロスは見送っていると同胞達が吃驚の声を上げたのに気付き、

 振り向くとレイ達も目を剥く。

 何と重傷を負っているはずのティオナは鮮血を撒き散らしながら、

 捕食者に猛攻を仕掛けているではないか。

 更に言えば、その表情は満面の笑みを浮かべている。

 

 「あたし、をっ!認めるの、はっ!まだ、まだっ!

  早い、よっ!もっと...!もっと!もっと!もっと!

  あたしの全力を、見せてあげるからぁっ!」

 『...ヴォオオオオオオッ!!

 

 ティオナへ答える様に捕食者は咆哮を上げる。

 片腕のみで巨大な斧を斜め下から振るい上げ、そこで握っていた手を

 離すと反対の手に持ち替え今度は振るい下ろした。

 予測はしていたティオナだが、受け止める反動が凄まじかったのと、

 血で掌が濡れていたため大双刀を放してしまった。

 

 「やばっ...!?」

 『グルォオオオオオッ!!

 

 メギィッ...!

 

 「ぁ、が...!」

  

 油断していたティオナの側頭部に捕食者の肘打ちが直撃する。

 骨が軋む音が鳴り響き、ティオナは地面を転がり横倒れの状態と

 なった。



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>'<、,< ̄、⊦ f’yers-butr

 暗闇の中で浮いている様な感覚。

 自分の鼓動さえ全く聞こえない無音の中に居る、とティオナの意識は

 虚空へ沈んでいく。

 目を開けていても何も見えないのは変わらない虚空の中で、誰かの

 声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある...いや、日常で常に聞く自分の声が。

 

 [あれ?捕食者に負けっぱなしで終わっちゃうけど...

  あたしはそれでいいの?]

 

 自問自答しているのだとわかり、ティオナはすぐに答えようとするの

 だが、迷いが生まれ口を閉ざす。

 恐らく気を失っているであろう自身の体はボロボロで動けなくなって

 おり、スキルが発動しない限りは立ち上がる事さえ無理だと思われる。

 捕食者に立ち向かった所で勝機は無い。

 

 [ふーん...ここで立ち上がらなかったら、今度こそ会えなくなるよ?]

 

 それだけは絶対に嫌だ、とティオナの意識は拒否する。

 諦めたくない。負けたくない。後悔したくない。

 嫌いになってほしくない。

 様々な想いがティオナの思考を巡りやがてそれは一筋の光へと

 変わった。

 沈んでいた感覚が消え、いつの間にか足が地に着いておりティオナは

 立っていた。

 あの光へ向かって行けばいいのかと考えていると、不意に背中を誰かが

 押し、前進させられる。

 

 [じゃあ、ティオネに言った期待を裏切らないで...頑張りなよ]

 

 振り返った時にはフッとその姿は虚空に溶け、一瞬で消えた。

 ティオナは頷いて答え、その光へと向かって行った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...っ!...ッハァ!ハァッ...!」

 

 ...僕は改めて思った。彼女は強い、と。

 あの一撃で倒れなかったのは流石だ。

 普通なら半身の麻痺や、激しい頭痛と嘔吐で立つのは難しいはずであり

 腕部裂傷からの出血多量で目眩も含めれば、人体の構造上そうなるのも

 不思議じゃない。

 それでも...ティオナという少女は立ち上がった。

 目眩の症状が現われているようで片目は薄く開かれ、今にも倒れそう

 だが立ち上がっている。

 

 「ま...だ、やれるよ...ま、だ...!」

 

 ...なら...倒れる前に言っていた通り、全力を見せてほしい。

 僕は足元に落ちていた彼女の得物である大型のダブルブレードを拾い、

 投げ渡した。

 受け取るとティオナという少女は深呼吸をし、構えようとする。

 しかし、片腕が上手く動かない様で片手のみで持つ事にした様だ。

 ...情けをかけるか。

 これで二度目だが、今回で本当に最後だ。

 

 ガリッ ガリッ

 

 僕はバトルアックスを地面に突き立て、ガントレットに隠れていない

 前腕の掌側にアックスブレードを当てると、深く切り傷を入れる。

 鮮血が噴き出てビリビリとした、腕部が麻痺していく感覚が起こり

 始める。

 腱が通る箇所を切ったので、僕も指が動かなくなった。

 ティオナという少女は一連の行動に驚いていた様子だったが、

 バトルアックスを片手で握るのを見て、僕が情けをかけていると 

 気付いたようだ。

 

 「...そこまで合わせてくれたからには...負けないよ!

  絶対に...絶対に掠り傷だけでも、つけてみせるんだからっ!」

 

 『...ヴォォォオオオオオッ!!』 

 

 僕は彼女の威勢に答える。

 互いにどちらからともなく接近し、それぞれが持つ得物をぶつけ

 合った。 

 火花が飛び散る程の力を、片手だけでも発揮するのかと驚くが、すぐに

 体勢を立て直しながら踏み止まる。

 透かさず彼女が仕掛けてきた飛び蹴りを回避し、バトルアックスを 

 横に振るった。

 

 「っと...!」

 

 ガギィンッ!

 

 屈んだ所に右脚を軸にした左足の回し蹴りでティオナという少女の肩に

 叩き込もうとしたが、手首から先が動かない腕によってガードされる。

 足蹴りが直撃した腕の裂傷部から鮮血が僕の仮面や地面に飛び散った。

 

 「ぃ゙、っ...!く、んぬぅうっ!!」

 

 痛みで顔を歪ませつつ僕の足を払い退け、大型のダブルブレードを

 振り翳し、勢いよく振るい下ろす姿勢を取った。

 僕はリスト・ブレイドを伸ばしてから地を蹴り、ティオナという少女に

 体当たりで距離を詰め、斬撃を阻止する。

 

 メキィ...!

 

 「ぐぶっ...!?」

 

 右肩の装甲を鳩尾にめり込み、彼女は肺の空気を唾液と一緒に

 吐き出して体を硬直させる。

 僕は右腕の肘を引き、リスト・ブレイドを死角から腹部に突き刺そうと

 したが、硬直が解けた彼女は大型のダブルブレードで僕が身に纏って

 いる鎧の背中側を叩き、反動で頭上へ跳び上がる様に回避した。

 振り向き様に突き出される大型のダブルブレードをバトルアックスの

 斧刃の面を押さえながら受け止めるが、膝を蹴られ体勢を崩される。

 その隙を狙い、彼女は大型のダブルブレードを背後へ投げ飛ばすと

 握り締めた拳を振るってくる。

 僕は敢えて頭突きの要領で威力を弱めさせ、受け止める事が出来た。

 痛みを堪えきれず、ティオナという少女は水を払う様に拳を振りながら

 後退し、僕と距離を取った。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「っ...ぁ、動いた...まだ、大丈夫...」

 

 ティオナは手に罅が入っていないか確かめ、戦えると判断する。 

 先程投げ飛ばし、足元に落ちている大双刀をその手で掴み取って

 構え直す。 

 捕食者は前方で待ち構えており、ティオナと同じ様に戦う気満々で

 いた。

 

 「(...すっごく強い...

   さっきはああ言ったけど、掠り傷さえ付けられそうにないかも...)」



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>'<、,<,、 ̄、⊦ w'oumdu

 「(多分、スキルはどっちも発動してるはず...

   それなら、もう我武者羅になってでもっ!)」

 

 ティオナは捕食者へと接近するとなるべく隙が出来ないよう、縦横に

 小さく動いて大双刀を振るい捕食者が受け止めるとローキックで膝を

 蹴りつけ、また姿勢を崩させた。

 どれだけ強靱な肉体であっても、関節を狙って動きを止める事は

 有効的な攻撃手段である。

 少し前にも同様の手段が成功したので、上手くいけば一発逆転を

 狙う事が出来るかもしれない、とティオナは考えていた。

 今度は拳ではなく、蹴った方の足を軸に反対の脚で無防備となっている

 左脇を蹴った。

 足蹴りを受け、捕食者は僅かに体を揺らす。

 それを見てティオナは初めての手応えにやってやった、と喜びを露わに

 するかの様に笑みを浮かべた。 

 

 「(どうだっ!)」

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は低い顫動音を鳴らし、どこか喜々としている様に思えた。

 一歩後退すると足払いで大双刀を弾き、間合いを取って巨大な斧を

 アッパーをするかの様に振るい上げてティオナに斬りかかる。

 体を仰け反らせるティオナを逃さまいと肩の重砲から、青白い光弾を

 ティオナの背後へ撃った。

 

 ドオォォンッ!

 

 「うわっ!?」

 

 爆風によって強制的に前へと上半身が押し出されるティオナは、慌てて

 大双刀を先程と同じ動作で攻め込もうとする。

 もっと素早く仕掛けようと捕食者が受け止め、膝を蹴ろうとする。

 だが、捕食者はティオナが狙っていた脚を滑らせるように後ろへと

 動かし、回避した。

 驚くティオナだが、それは偶然避ける事が出来たのではない。

 学習及び記憶力はどの生物にも備わっており、今、ティオナと

 対峙する人間の捕食者も例外ではなく、どの様に動けばいいのかを

 最適な方法で対処する事が出来る。 

 捕食者は大双刀を下へ弾き返し、腕を下ろさせると巨大な斧の石突を

 左肩の下、正確に言うと腕部分へ叩き込んだ。

 

 ゴキャッ...!

 

 「っ!アァアァアアアアアアアアッ!!」

 

 上腕骨頭に直撃した事で、関節窩から外れ脱臼した。

 激痛にティオナは膝を折るが、幸いな事に手が動かない方の

 腕だったので大双刀を離す事はなかったが、これで完全に片腕のみで

 戦う事になる。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 恐らくあれから10分...いや、30分以上は経っているかも

 しれないか?

 ともかく、それだけ長い持久戦となるのは予想外だった。

 既に手を濡らしていた血も乾き、裂傷部からの出血も勝手に

 止まっていた。

 

 「ぐ、ぅぅっ...!あ、ぐ...!」

 

 それはティオナという少女も同じ状態だが...心拍数が最初よりも

 異常に増加してきている。

 失血した血流量を維持しようとする働きによってだと思われる。

 脱臼させたのもあるから、これ以上は命に関わる。

 本気にさせてみたかったが...死んでしまっては意味がない。

 僕は柄の根元である石突部分を握り、脱臼させた肩側の方へと 

 回り込んで即座に接近していく。

 ティオナという少女は僕に近接攻撃をさせないようにするためか

 歯を食い縛りながら、僕の方へと向かってきた。

 僕は足を止めないまま、肩を突き出し体当たりを繰り出す。

 

 ドガァアッ!!

 

 「ぐ、ぬぅうッ...!」

 『ヴオ゙ォ゙オ゙オ゙ッ!』

 

 脱臼して激痛を伴っているはずだが、彼女はそれを物ともせず

 体当たりしてきた僕を受け止めた。

 互いに肩を押し込む持久戦になるのは避けたいと思い、僕は背後へ

 回ろうと算段を考える。

 その時、彼女が持つ大型のダブルブレードの丸い切っ先が足元に

 刺さったのを見て咄嗟に足を移動させた。

 

 ...ザクッ

 

 鋭い痛みが走ったのを腕から感じた。見ると、小さな傷が出来ている。

 彼女が何かをしたのかと思い、拳を見て僕は驚く。

 脱臼したはずの腕が動いており、指が動かなくなっていた手も拳を

 握り締め、人差し指と中指の間から覗く針の様な物体を挟んでいた。

 ...ステープルだ。まさか、あれを手持ち様の武器として使うとは...

 僕もあの時は角の生えた兎を狩るために射撃として使ったが、そうして

 使う発想は中々思いつかないと思った。

 肩の脱臼も先程の体当たりで肩同士がぶつかった事により、上手く

 嵌め込まれたんだろう。

 指も恐らくは、気力か魔法で曲げたのかもしれない。

 ...見くびっていた訳ではないが、掠り傷は付けられた。

 これで終わりにしよう。

 彼女を後退させる様に押し退け、プラズマをガントレットから介して

 エネルギーセーバーに蓄積させる。  

 青白い発光体がアックスブレードを包み込んでいく。

 

 「(あれって...!?やばっ!)」 

  

 ティオナという少女は得物を横向きにして前へ突き出してくる。

 以前にも見た事があるので、防ごうとしているのだろう。

 だが...甘く見るんじゃない。

 僕は振り翳したバトルアックスを勢いよく振るい下ろした。

 

 バ ギ ィ ィイ イ ンッ!!

 

 大型のダブルブレードは柄部分から真っ二つに切断される。

 どれだけ硬質な素材で作られた武器であっても、僕らの武器なら

 容易く切断や粉砕も出来るんだ。

 

 「な、ぁ...」

 

 ガチッ! ギリギリギリギリ...!

 

 「っ...!っ!」

 

 驚く彼女を余所に僕は背後へと回った。

 彼女は逃れようと前へ動こうとするが、そうはさせない。

 バトルアックスを死角から首へ回り込ませ、アックスブレードの隙間に

 腕を引っ掛けるようにする。

 石突から柄の部分に手を移動させて握り締めながら、引っ掛けている

 腕を引く事で首は絞め付けられる。

 このまま落せば...っ

 

 ド タ ァ ア ンッ !

 

 ティオナという少女は抵抗しようと、地面を蹴り僕が背中側へと

 倒れる様に押し倒した。

 まだこれだけの気力を見せるのか...。

 仰向けの状態のまま首を絞める僕に肘打ちをしてくるが、やがて力が

 入らなくなっていく。

 そして、最後の一突きが腕に当たったと同時に彼女の後頭部が僕の

 ヘルメットの上に乗る様に落ちた。

 ...見事だった。

 彼女をゆっくりと僕の上から下ろし、僕は起き上がると屈んだ状態に

 なって彼女の両足首を掴み足を伸ばしたまま持ち上げる。

 数秒後、深く息を吸って息を吹き返した。

 状況を飲み込めていないのか、呆然と仰向けのまま動かずにいる。

 ゼノス達はいつの間にか静まり返っていて、まるで凍っている様に

 なっていた。

 すると、通路から誰かが声を掛けながら出て来た。リド達だ。

 

 「おーい!グロス!連れてきたぜーっ!」 

 「...。...アア。ソレナラ、早ク傷ヲ癒シテヤレ」 

 「ああっ!マリィ、ちょっとだけチクッとするぞ」

 「うん。わかった」

 

 リドというゼノスはマリィと呼ばれる人魚の少女のゼノスの指先に、

 爪を少し刺して血を滲ませた。

 人魚という事は、あの血液による治療を施すつもりなんだと思って

 いるとラウアというゼノスが近付いてきた。

 

 「捕食者。その子をあそこに運んでもらえるかしら?」

 

 カカカカカカ...

 

 僕はラウラというゼノスに入れた通り、ティオナという少女を

 運ぶために彼女を横抱きで抱え上げる。

 彼女は突然の事に驚いていたが、僕に抱き抱えたられていると気付く。

 

 「...あはは...負けちゃったなぁ...

  やっぱり強いね、君って...」

 

 カカカカカカ...

  

 それは僕の台詞でもある。そちらも強かった。

 リドというゼノス達の元へと歩み寄り、ティオナという少女を

 寝かせる。

 マリィというゼノスはその指を彼女の口内へ差し入れた。

 すると、全身が淡い黄緑色の光に包まれ傷が塞がっていく。

 やはりそういった治療法か...僕もしておこう。



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>'<、,<,、、,< R'uydo

 捕食者とティオナの勝負が終わった頃、27階層にある巨大な

 滝壺にて、アイシャやイシュタル・ファミリアに所属する数人の

 バーベラ達が下層の階層主であるアンフィス・バエナと応戦していた。

 正確には、捕食者達の狩りを見ていると言った方が正しいだろう。

 蒼い炎の息吹を吐き出す筈の2つの口は、矢が深々と引っ掛かるように

 突き刺さって開口出来なくさせられており既に全身の裂傷部から血を

 噴き出している。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 ドゴォオオオンッ!! ドゴォオオオオオンッ!

 

 その裂傷部に容赦無く青白い光弾が命中した事で大穴を開く。

 アンフィス・バエナは口の端から悲鳴にも似た咆哮を漏らし、

 グレート・フォールを昇って上層階へと逃げようとする。

 だが、激しく落ちてくる水流の中を赤い線が走っているのに片方の

 頭部が気付き避けようとするが、もう片方の頭部は気付くのに遅れ、

 その赤い線に触れた途端上顎と下顎を境に真っ二つに裂ける。

 それによって重心が崩れ、アンフィス・バエナは滝壺へと真っ逆さまに

 落下していく。

 

 ザシュッ!

 ズ バ バ バ バ バッ !!

 

 落下する最中、突如として首と胴体を繋ぐ部位から頭部まで縦状に

 斬り裂かれる。

 頚髄と脳幹が機能しなくなった事により絶命したアンフィス・バエナの

 死骸は滝壺に落水し、プカプカと水面に浮かんだ。

 バーベラ達は歓声を上げ、トドメを刺した捕食者を賞賛する。

 

 「やっぱり強えなぁ!俺らでもやっとだったってのに」

 「ホントね。あぁ...疼いてきた...」

 「ちょっと...流石にここはマズイから戻るまで辛抱しなさいよ。

  ...まぁ、気持ちはわかるけど」

 

 と性欲的な眼差しを捕食者達に向ける仲間達を放って置き、アイシャは

 ケルティックに近寄る。

 彼女も又、同じ感性を持っているため、その逞しい肉体に指を這わせ

 ながら恍惚の微笑みを浮かべていた。

 

 「流石だよ、ケルティック...

  あたしも火照りをちょっと収めたいから、リヴィラの街にある宿で...いいかい?」

 

 カカカカカカ...

 

 「ふふっ...ありがとう。

  皆!魔石とドロップアイテムを取って18階層へ戻るよ!」

 「「「はーい!」」」

 

 引き上げたアンフィス・バエナの死骸から魔石を抜き取った事で

 滑らかな白色をした無数の鱗と竜胆を獲得した。

 更に、狩っている際に呼び寄せられたモンスターからも多数の魔石や

 ドロップアイテムを入手し、アイシャ達は満足な収穫を得た様子で

 18階層へと登る事にした。

 

 「...18階層へ向かうつもりだ」

 「その前に仕留めるぞ。全員殺せば...報酬は上乗せされるからな」

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 蒼色の水晶で覆われた広大な通路を進んで行く道中、バーベラ達は

 今回の収穫で換金の額がどれほどになるのか和気藹々と話しており、

 アイシャはケルティックの隣を歩いている、様に少し後方へ離れて

 歩いていた。

 腕に抱きついているようだが、姿が見えないため少し不自然な姿勢で

 歩いている様に見える。

 しかし、唐突にケルティックが足を止めた事で腕を離してしまい、

 アイシャは眉間に皺を寄せつつ振り返りながら不機嫌そうに答えた。

 

 「急にどうしたんだい?抱きついてるのが嫌なら丁寧に」

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 「っ!?」 

 

 突如として捕食者達が四方八方へ向かって青白い光弾を発射した。

 1本道となる通路の両端は盛り上がった出っ張りのある崖状となって

 おり、それが破壊される。

 粉砕された水晶と一緒に、何かがドチャッと異物と一緒に落ちる水音を

 立て落ちてきた。

 アイシャはそれを見ていち早く、ザーガを構え仲間達に指示を飛ばす。 

 

 「襲撃だッ!武器を取りなッ!拳を固めろッ!」

 

 バーベラ達は大剣、メイス、ハルバードに拳を覆うナックルダスターを

 装備し警戒態勢に入った。

 粉末状となった水晶の霧が晴れた瞬間に黒い影が一斉に飛び出し、

 アイシャ達に襲いかかる。

 黒い影の正体は、その見た目通り黒装束を身に纏った黒一色で

 イヴィルスの使者とは対を成す様な襲撃者達だった。

 中には防護を重視した鎧を着込んでいる者も見受けられる。

 

 「(アイツらは一体...!?)」

 

 襲撃者達に見覚えがなかったが、アイシャは自分達が狙われているのは

 間違いないと、只ならぬ殺気で勘付く。

 捕食者達は青白い光弾で降下中と着地時に数人を射殺し、接近しようと

 してくる襲撃者達を投げ飛ばした円盤や6枚の鋭い刃が備わった物体で

 横並びになっている所を斬首した。

 隙を狙い、捕食者達の攻撃を掻い潜って接近した襲撃者はアイシャ達が

 対処している。

 襲撃者達のほとんどは片手剣やナイフを手にしており、重厚な鎧を

 纏っている者は両手の鉤爪による攻撃で襲いかかってくる。

 片手で扱う武器に対し、大型の武器では小回りが利かず対処し難いと

 思われるが、アマゾネス特有の高い体術で斬撃や刺突などを回避や

 武器で受け止めたりなどして、同時に足払いや股間を狙った足蹴りで

 姿勢を崩させた隙を狙い、襲撃者の頭部や胸部、鳩尾などを的確に

 強打して撲殺する。

 

 「アイシャッ!こいつらかなりの手練れだ!

  どっかの暗殺者かもしれない!」

 「なら、裏切ったって事はバレたって事だね...

  1人は生け捕りにして後は残らず息の根を止めるんだよ!」

 

 そう指示を出した瞬間、背後から接近してきた襲撃者のナイフによる

 攻撃を回避し、別の方向から現われた襲撃者に同士討ちさせる。

 屈んだ姿勢でアイシャは利き足を軸に回転すると、横向きに構えた

 ザーガで背後の襲撃者の胴体を斬り裂く。

 立ち上がって同士討ちされた襲撃者の傷口を見て異様な事に気付く。

 刺されたとはいえ、心臓まで達する程の刺傷ではないはずだが、その

 襲撃者の出血は明らかに異常なまでに多量だった。

 アイシャは武器に何からの細工をしていると睨み、仲間達に注意を

 促した。

 

 「そいつらの武器は小細工が施されているよ!

  掠り傷だからって嘗めてたら死ぬからね!」

 

 それを聞いたバーベラ達は自身の傷口が確かに塞がっていない事に

 気付く。

 1人を残して、手早く全員を仕留めなければならないと悟った。

 しかし、捕食者の先制攻撃によるおかげか既に半数以上が減っており

 残るは数人程度となっている。

 このまま押して行けば仕留められる、とバーベラ達が思っていた矢先、

 襲撃者達は攻撃を止めた。

 アイシャが訝っていると、突然襲撃者達は背を向けて走り去ろうと

 した。

 

 「逃げる気かいっ!?そうはいかないよっ!」

 「待ってアイシャ!レナがマズイかも!」

 「何だって...!?」

 

 リーシャに止められ、レナの元へと急ぐ。

 その間にケルティックが捕食者の1人に指示を出して、襲撃者達を

 追跡させた。

 

 「レナ、傷はどこだい?」

 「よ、横っ腹のとこっ。うぅ...

  アンチ・ステイタスで油断しちゃって...」

 

 傷口は10Cの切り傷で皮膚の断面が見える程の深さだった。

 バーベラの1人が急いでポーションを掛ける。

 しかし、一時は塞がるもすぐに傷口が開いて出血し始める。

 それにアイシャやバーベラ達は驚き、すぐにも地上へ戻るしかないと

 判断した。

 すると、捕食者の1人が姿を見せてレナに近寄ってきた。

 手には見た事のない器具を持っている。

 

 「それで治せるっていうのかい?」

 

 アイシャの問いかけに捕食者は器具の底にある突起を押すと、透明な

 液体が先端部から溢れ出てきた。

 地面に落ちるとジュウッと小さく煙を噴き、高熱を発している事が

 わかる。

 それで止血出来るのかどうかはわからないが、アイシャは捕食者の

 治療に賭ける事にした。

 

 「...レナ、歯食い縛っておきな!」

 「っ!」

 「動かさないように手足を掴んでおいて」

 

 ケルティックと別の捕食者が手足を掴んで拘束し、レナは歯を

 食い縛って見ないようにと視界を傷口から反らす。

 鼻孔で深呼吸をしながら数秒も経たない内に、信じられない程の

 激痛が横腹の傷口に走った。

 

 ジュウウウウウゥ...

 

 「あぁぁああああああああああああああああああああああああっ!!」

 「レナ!」

 「耐えるんだよっ!死ぬよりマシだろっ!」

 

 アイシャの言葉が聞こえたのか、レナは首を左右に激しく振って

 激痛に耐えようとする。

 捕食者が傷口を塞ぎ終えたと同時にレナは気を失ってしまった。

 バーベラ達が呼び掛ける中、アイシャは冷静に傷口が開かないかを

 確認する。

 透明な液体によって出血面の皮膚と血が焼けた事で、傷口は密閉され

 開く気配もなかった。

 

 「リーシャ!イライザ!死体だけど1人、それと武器を数本持って行くよ。

  【戦場の聖女】とヘファイストス・ファミリアなら何かわかるはずだからね!」

 

 アイシャはレナを背負い、リーシャとイライザに襲撃者の死体と武器を

 確保させる。

 ケルティックから捕食者の1人に追跡させたと身振りで伝えてもらい、

 それを把握したアイシャは任せる事にして地上へと急いだ。



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>'<、,<,、、,< C’urasu

 ヴェルフに頼んで刀の整備をし終えた頃には夕暮れ時となっていた。

 以前にインファント・ドラゴンと遭遇した際の対処について反省点を

 隈無く、詳細に考察した。

 そして、それぞれが得意とする武器を所持する役割や編成を変えた事で

 昨日の探索よりも円滑に13階層へ到達する事が出来た。

 更に奇跡的な再会を果たした春姫との初冒険では、再び遭遇した

 インファント・ドラゴンにリベンジを挑み、様々な戦術を駆使して

 快勝とはいかずとも勝利を収めた。

 その時の喜びは忘れられないと命は整備の最中に、熱弁していたのを

 ヴェルフは鮮明に覚えている。

 尚、危うく髪の毛が焦げそうになったのもあり、別の意味で忘れるのは

 難しいだろう。

 肩の整備を終えた後の現在、ヘファイストスにステイタスの更新を

 してもらうついでという事で、ホームへ帰路に付き添ってバベルの

 入口まで来ていた。

 

 「ではヴェルフ殿。またよろしくお願いします」

 「おう、またな!」

 

 お辞儀をして歩き去る命の背を人混みで見えなくなるまで、ヴェルフは

 見送った。

 やがて、どれほどステイタスが伸びたのか、期待を胸にバベルへと

 歩き始める。

 しかし、命が歩き去った方向とは反対側から大声を発しながら誰かが

 向かって来るのに気付く。

 

 「うわわわっ!?退いて退いて退いて~!」

 「げっ!?」

 

 振り返る時には回避する事も出来ず、ヴェルフは突っ込んできた

 リーシャと衝突してしまう。

 ヴェルフは背中から倒れ、リーシャはヴェルフに抱きつくような

 姿勢となっていた。

 

 「いっででで...お、おい!気をつけろよ!?」

 「ご、ごめんね!その、もう一刻の猶予もないから、ってあれ!?

  あのナイフどこ!?」

 「ナイフ?...って、危ねぇ!?」 

 

 見ると、リーシャの探しているナイフは地面に直立する様に

 突き刺さっていた。

 幸いな事にヴェルフの手には掠っていないようだ。

 ヴェルフは慌ててそのナイフを地面から引っこ抜き、リーシャに

 渡そうとしたが刃に刻み込まれた文字を見て眉間に皺を寄せる。

 

 「ね、ねぇ、ちょっと、それ返してほしいんだけど」

 「...お前、これどこで手に入れたんだ?こんなヤベェ代物を...」

 「ヤ、ヤバイって、何がどうヤバイっていうの?」 

 「俺は専門外だが...こいつにはカースの文字が刻まれてるぞ」

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 少し乱暴なノックの音にヘファイストスは、書類に走らせていた

 羽ペンを離して入口のドアを見る。

 声の主がヴェルフであるとわかり、安堵すると同時に少しばかり

 注意しようと思いながら開けるよう言った。

 その瞬間、ヴェルフの他に2人組のアマゾネスが入ってきたのに

 意表を突かれ目が点になる。

 

 「ちょ、ちょっと、ヴェルフ?後ろの2人は」

 「今はそれより...こいつを見てください。

  その2人が襲撃された時に相手側が使ってた武器みたいです」

 

 ヘファイストスはヴェルフがデスクの上に置いてきたナイフを

 手に取る。

 ヴェルフと同じくその文字を見て、怪訝そうな表情を浮かべて椅子から

 立ち上がる。

 

 「...間違いなく貴女達の物ではないのね?」

 「ち、違いますって!?まさか、カースを纏ってるなんて...」

 「そのせいで同僚の子が1人、やられたんですよ!

  多分、今頃ディアンケヒト・ファミリアの治療院で診てもらってるはずで...」

 「...そう。それで私に解呪の方法を求めにきたって訳ね」

 

 ヘファイストスは手頃な布を手にすると刃に巻き付け、誰かを

 斬り付けられないようにする。

 刃の文字は見えなくなってしまったが、ヘファイストスは目を細めて

 重くため息をつきながら答えた。

 

 「これはセクメトという女神が施したヒエログリフよ。

  破壊と殺戮と復讐を司る女神で特殊な呪術師を育てているそうだから...

  きっと襲撃してきたのはセクメトの眷族ね」

 「なら、犯罪を働いてるファミリアって事ですか」

 

 ヴェルフは稀にギルドが公表するブラックリストのファミリアが

 思い浮かび問いかけた。

 ヘファイストスは頷いて答える。

 

 「そうなるわね。実際に会ってもいないからわからない。

  でも...セクメトは人間を殺戮しようとしていた事があるの。

  その時は運良く止める事が出来たわ。私達、神々の先輩のおかげで」

 「じゃあ、その先輩の神様がここに居ないと無理って事ですか...?」

 「そうね。ただ、幸いにもオラリオには居るのだけど...

  どこで何をしているのかサッパリなのよね。

  多分、この解呪もわかるはずなのに...」

  

 すると、リーシャとイライザは顔を見合わせて頷き合う。

 それに気付いたヘファイストスが何か心当たりがあるのかと思い、

 問いかけようとするが先にリーシャに言葉を遮られる。

 

 「目の色が変わったり天界では女神にモテるすごく女神様ですよね?」

 「!?。え、ええ...どうして知って」

 「事情は言えないんですけど、わかりました!

  じゃあ、それ持ってるの怖いから預かってください!」

 「失礼しますっ!」

 「あ、ちょ、ちょっと...!?」

 

 ドアを勢いよく開け、リーシャとイライザは嵐の様に去って行った。

 残されたヘファイストスとヴェルフは呆然としたままでいるしか

 なかった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 24階層の木々を駆け抜けるセクメト・ファミリアの暗殺者の

 1人が頭上から捕食者に押さえ付けられ身動きが取れなくなる。

 

 「ギャッ...!」

 

 バキャッ!

 ベギ ベギ ベギベギィッ...! 

  

 両手を背面の中心部に突き刺し、背骨に沿って縦状に引き裂かれた。

 内臓は分かれた上半身のどちらかに接着したまま地面に転がる。

 捕食者は残る1人が既に走力でも追いつけないと判断し、弓を取って

 直ぐさま2本の矢を番え跳躍した。

 

 バシュゥウッ!!

 バツンッ! バツンッ!

 

 2本の矢は暗殺者の進行方向へ放たれ、プラズマによる推進力で

 加速しながら矢が地面に突き刺さる前に暗殺者の足を飛ばした。

 足を失った暗殺者は痛みを感じていないのか、腕だけでも進もうと

 するも目の前に現われる影に気付き、動きを止めた。

 その巨体から滲み出る威圧感に暗殺者は恐怖を覚え、奥歯を舌で

 外そうとするが捕食者は親指と人差し指の根元となる部分を突っ込み

 強制的に開口させ、そのまま後頭部を勢いよく地面に叩き付けた。

 暗殺者が白目を剥いて気絶したと確認し、捕食者は右腕に装備している

 武器で両腕の前腕を切断する。



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>'<、,<>'、< d'esyrew

 「...んうっ...?」

 「キューッ!」

 「ふぶわ!?」

 

 目を開けた途端にティオナの視界が何かに覆われ真っ暗となる。

 顔面にはモコモコとした感触が押しつけられており、思い切り首を

 左右に振っても取れない。

 ティオナはそれを手で掴み、引き剥がしてみると顔に貼り付いていた

 その正体はアルルだった。

 

 「キュキューッ!」

 「い、いきなり何するのさ!?」

 「あ、お目覚めになったんですね。地上の方」

 

 真横から聞こえてきた声にティオナは顔を振り向かせる。

 器用に小翼羽でジョッキと葉っぱで包んだ物を持ったフィアが

 隣へ座り、ティオナの傍に置いた。

 

 「えっと...あたしはティオナでいいよ」

 「では、ティオナさん。私の事はフィアと呼んでほしいです。

  それから、どうぞこちらを召し上がってください」 

 「あ、ありがとう...」

 

 フィアが葉っぱの包みを解くと、中には色取り取りの木の実が山盛りに

 入っていた。

 火で通さず、新鮮なままであるのだがそれを気にせずティオナは

 大きめの赤い木の実を取って一口食べる。

 

 「ん...美味しい...!」

 「お口に合ってよかったです。

  まだまだ沢山ありますから、沢山食べてくださいね」

 「うん!あぐっ、んむ...!」

 

 ティオナはフィアの言う通り、食べる口と手を止めず一心不乱に

 木の実をガツガツと食べた。

 時折、喉を詰まらせて咽せたりするとフィアが水を薦めて背中を

 擦ってあげていた。

 やがて山盛りだった木の実が半分以下までになると、ティオナは

 息をついてフィアに話しかける。

 

 「...あたし、負けちゃったんだよね...?」

 「そう、ですね。で、でも、すごく頑張っていましたね!

  捕食者が認めている方なだけはあると思いました」

 「...そっか。ありがとう」

 

 負けたからには強いと認めてもらっていた事も無しになる、と思って

 いるティオナは、浮かない表情となっていた。

 すると、どこからともなくネフテュスが現われてティオナは驚きつつも

 何かを覚悟したかのように座り直す。

 ネフテュスはフィアに2人きりで話したい、と伝えてフィアを

 その場から外した。

 

 『目覚めたわね、ティオナ・ヒリュテ。

  ...あの子に負けてしまったわね』

 「...うん...これで、もう会えなくなっちゃうんだよね...」

 『ん?何の事かしら?...あ、もしかして...

  負けたから、ペナルティがあると思っていたの?』

 「え?あ...う、うん。一応、そう思ってたけど...」

  

 ネフテュスはそう答えたティオナにクスリと細く笑みを浮かべる。

  

 『大丈夫よ。今回は戦いであって、決闘の様に何かを賭けた訳でもないし...

  第一、あの子は改めて貴女の事を強いって思ったそうだから』

 「ホ、ホント?...素直に喜べないけど...

  ガッカリさせてなかったなら、よかったかな...」

 

 ティオナは木の実を摘まんで、口の中へ放り込む。

 安堵して食欲がまた湧いてきたのだろう。

 そんなティオナにネフテュスは問いかけた。

 

 『ねぇ、ティオナ・ヒリュテ。貴女はあの子の事...

  どう思ってるのかしら?』

 「...ど、どうって...

  あたしより強くて、今は勝てそうにないなって思うけど...?」

 『そう。...それ以外には?例えば...欲しい、とか』

 

 ティオナは咀嚼を止め、ネフテュスを見る。

 視線を自分に向けてきたティオナにネフテュスは悪戯を楽しむ様に

 微笑みを浮かべて答えるのを待っていた。

 

 「...欲しいってどういう意味?」

 『そのままの意味よ。アマゾネスは強い雄を求めるのでしょう?

  だから...貴女もあの子を欲しいと思ったんじゃないかと思って』

 「...うん。欲しい、っていうより好きになったって思ってはいるよ。

  友達に相談して教えてもらったから」

 『あら、そうなの?ふーん...それはいつからなの?』

 「数日前。オリヴァスを倒した時に自然と...」

   

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 僕は少し離れた空洞で休んでいた。

 ゼノス達は宴をしていて、楽しげな笑い声がここまで聞こえてくる。

 手当てした傷口に触れる。少し熱を持っていて、疼く様に感じた。

 ...思ってた通り彼女は強く、僕に傷を負わせた。

 決闘だったら、もっと全力を見せてくれると思うが...

 すぐにとは言わない。僕にも休息が必要だからだ。

 

 ピピッ ピピッ

 

 その時、誰かが近付いてくるのに気付き僕は起き上がる。

 クローキング機能で姿を消し、空洞に入って来たのが誰なのか

 確かめるとすぐに姿を見せる。

 正体はティオナという少女だった。

 

 「...えっと、傷の方はどう?大丈夫?」

 

 ...カカカカカカ

 

 「そっか...

  あたしもマリィってマーメイドの子に手当てしてもらってたみたい」 

 

 ...つい数時間前に見ていたはずの覇気が、彼女から一切感じられ

 ないように思えた。

 僕に負けた事がそんなに悔しかったんだろうか...?

 

 「隣に座っていいかな?」

 

 僕は頷く承諾する。

 ティオナという少女は背を向けた状態で隣に座ってきた。

 それから、しばらくの間ゼノス達の笑い声が聞こえる程の

 静寂が訪れた。



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>'<、,<>'<、⊦ B'elyewfu

 「...その、ごめんね?本気出す前に気を遣わせちゃって...」

 

 彼女の謝罪に首を振って、僕にとっては楽しめた事を身振りで伝えた。

 自分を指し、次に彼女を。

 それから両手を組ませて拳を握ったまま親指を立てる。 

 伝えたい事をティオナという少女は理解してくれたようで、頷いて

 くれた。

 

 「...それなら、よかったって思うけど...

  今度は絶対に負けないからね!」

 

 僕は頷いてその約束を聞き入れた。

 もうじき、僕も成人の儀を執り行うため彼女が強くなるなら、僕も

 負ける訳にはいかない。

 価値ある獲物はこのダンジョンに棲み着くモンスターと比較しても

 桁違いの強さだと知っている。

 モンスターは所詮、地球上の陰でしか生きられない生物だ。

 弱すぎるモンスターは戦利品にもならない。  

 

 「ねぇ。君は...英雄譚って、しってる?」

 

 ...知っている。と、僕は頷いた。

 

 「何が好き?あたしはね、アルゴノゥトって物語が好きなの!

  あたしが初めて読んだ英雄譚で...」

 

 ...よりによって、それか...

 

 「あの語りが好きだなぁ。さあ、喜劇を始めましょう、って言うの!

  始る前からワクワクしちゃうもん!」

 

 ...そうだった。僕も、小さい頃は...

 彼女の様に楽しそうに、嬉しそうに見ていたに違いない...

 

 「君の好きな英雄譚って何?あたしが知ってるのかな?」

 

 ...僕は知っているだけという事にしようと、首を横に振り

 紙にその事を伝える。

 

 「あ...そっか...でも、読んでみるといいよ?

  すっごく面白いんだから!」

 

 ...どう答えるべきだろう...

 そう思っている中、ふと彼女の武器を破壊した事を思い出し、

 問いかける。

 

 「大双刀はまた作ってもらうから大丈夫だよ。

  しかも、ネフテュス様が払い終えてない分まで支払ってもらえるから、すごく助かっちゃったなぁ」

 

 あの武器の価値はかなりあるだろうから、払い終えていないというのは

 納得する。

 だから、我が主神が代わって支払う事に不満はない。

 そもそも破壊したのは僕であって、本来は僕が支払うべきなのだが、

 我が主神の意思を尊重しよう。

 

 「...君は、人間...だよね?あたしより背が大きいけど、年上かな?

  あたしは17歳だけど...どうなの?」

 

 それも答えるのに迷うが...肉体的に考え、年上という事にしよう。

 

 「あ、年上なんだ。やっぱりそっか...

  ネフテュス様から大体の話は聞いたけど、それって脱げないんだよね?

  大人になってからじゃないと、いけないんだっけ」

 

 そうだ。成人の儀を成し遂げる事で僕は誓いを果たした事になり、

 ヘルメットを脱ぐ事が出来るんだ。

 

 「大変だね。ずっと被ったままって...

  でも...信念を貫いてるって感じで、カッコいいと思うよ。

  あたしなら、すぐにでも脱いじゃうだろうし」

 

 ...失礼かもしれないが、確かにそんな気はする。

 僕は皆と同じ様になりたいと願って、その誓いを立てた。

 簡単に脱いだりしては、我が主神の教えと同等の信念を捨てる事と

 同じと思ったからだ。

 そう思い出していると、不意にティオナという少女が立ちあがって

 僕の顔を覗き込む様に見てきた。

 ...その明るい笑みは、彼女の純粋さを表しているように思える。

 

 「あたしはあっちに行ってるね?少しお腹すいちゃったから。

  君もよかったら一緒に行こう?」

 

 ...僕は頷いて、とりあえず付いて行く事にした。

 ティオナという少女が手を差し伸べてくるので、僕は手を掴み

 立ち上がると、彼女と一緒にゼノス達の元へ向かっていった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ティオナっち、これも食ってくれよ!美味いぜ?」

 「ありがとう、リド。...ん~~ん!美味しい!」

 「お酒をお注ぎしましょうカ?」

 「うん。ありがとう、レイ...っととと」

 

 ティオナを囲う様にゼノス達は思い思いに持て成している最中、

 ネフテュスと捕食者は何か話し合っているようだった。

 当然、アイシャ達がセクメト・ファミリアの暗殺者達から襲撃を

 受けたという内容だ。

 

 『...それなら、私も手伝ってあげるしかないわね。

  特別な処置として解呪の方法を教える事にするわ』

 

 捕食者が眉に拳を当てて返事をすると、ネフテュスは姿を消した。



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>'<、,<>'<、,< H'yewloglipfh

 治療室に設置されたベッドの上でレナは苦しんでいた。

 発熱、発汗、息切れなどの症状が出ており、顔色も芳しくない状態だ。

 ネフテュスの要望でアミッドのみが治療にあたってくれている。

 

 「はぁ...はぁ...」

 「おい、レナ!しっかりしろよ!」

 「アミッド。何でこの子はこんなに苦しんでるんだい?

  血も流れていないっていうのに...」

 「恐らくですが...

  彼女が受けたカースには出血させる以外に苦痛が伴う効果も付与されていて、それが原因となっているのではないかと思われます。

  やはり解呪しなければ...しかし、その方法がわからなければ、手の施しようが...」

 

 悔しそうに下唇を噛みしめるアミッドにアイシャは眉間に皺を寄せ、

 苦い顔を浮かべる。

 何も出来ない自分への苛立ちとセクメト・ファミリアの暗殺者達に

 対する殺意を込めて握り拳を傍にあった柱に叩き込んだ。

 ビシリと罅が入り、建物全体が揺れた様な感覚にアミッドは

 驚きつつも手を怪我しかねないので注意した。

 その時、出入口の扉が開き、ファルコナーがアイシャとアミッドの

 目の前に現れる。

 アミッドは見た事のない物体に驚愕し、アイシャはファルコナーを

 掴んでカメラのレンズに顔を近付けネフテュスに救いを求める。

 

 「急いで解呪の方法をアミッドに教えてもらえるかい、ネフテュス様!」

 「(ネフテュス...?)」

 『そのつもりだから、落ち着いて?アイシャ』

 

 アイシャが手を離すと、ファルコナーは少し距離を空けて滞空する。 

 光が投射されるとネフテュスの姿が浮かび上がり、アミッドは

 思わず硬直してしまった。

 

 『初めましてね、私はネフテュスよ』

 「...は、はい。こちらこそ、神ネフテュス。

  ...失礼ながら、解呪の方法をご存知なのですか?」

  

 ネフテュスは頷いた後、やれやれと落胆した様に首を振ってため息を

 つく。

 アミッドは首を傾げて何かあったのかと疑問を抱く。

 

 『セクメトとは同郷で邪神のお手本みたいな子だからよく手を焼いていたものよ。

  何より疫病神の中でも指折りだから、彼女が苦しんでいるのも病に関連する呪いに違いないわ』

 「なるほど。では、貴女の知る解呪の方法を教えていただけますか?」

 『ええ。いつも不要な物をあげているから、教えるくらいお安いご用よ』

 

 その発言にまたアミッドは疑問を抱く。

 何の事を言っているのか最初の内は、気付かなかったがハッと

 気づいて息を呑んだ。

 

 「...ま、まさか、貴女の眷族は」

 「ちょっとアミッド。

  患者の命の方が大事なら、話は後にしてもらえるかい?」

 「っ、も、申し訳ございません。すぐに取り掛かりましょう」

 

 アイシャに叱咤され、アミッドは自分のすべき事に集中しようと

 一度その事について問いかけるのを止めた。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 『あらあら...随分と念入りに解呪の対策を施したようね。

  最初期のヒエログリフまで刻み込んでいるわ』

 「現在よりも古くに使われていた文字があったのですか」

 『そうよ。今はコイネーの様な文字の形状だけど、最初期は見たままの形状を文字にしていたのよ』

 「では、最初期のヒエログリフの解読もお願いします」

 『ええ。じゃあ、まずは...この蛇みたいな文字は文字通り毒蛇。

  次にこの2つは手足と読むの。それから...』

 

 アミッドは解読される文字の意味を書き残す。

 初めて知る事を覚えるのには、最適な手段であるからだ。

 最初期のヒエログリフの文字は、現在使われている文字よりも

 比較的、人が読めるとアミッドは思った。

 1つの文字に様々な種類があるというのが難点と思われるのだが、

 それさえ覚えてしまえば、誰でも読めるというのは間違いない。

 しばらくして、全てを解読し終えるとネフテュスは言った通りに

 最初期のヒエログリフを並べて書くよう言った。

 指示通りアミッドは文字を書き並べる。

 

 『...それが解呪となる呪文よ。

  ちゃんとした物ではないけど、魔道具の創り方を教えてあげるから、すぐに助けてあげなさい』

 「はい。...改めてお聞きしますが...

  そちらのファミリアがドロップアイテムを贈呈してくださっていたのですか?」

 『ええ。迷惑でないと思ったからあげていたけど...

  やっぱり迷惑だったかしら?』

 

 アミッドはネフテュスに対して首を勢いよく横に振った。

 

 「いえ、滅相もございません。とても感謝しております。

  今後も贈呈していただけるのでしたら、是非良好な関係を築きたいです」

 『もちろん。私もそうしたいわ』

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 ネフテュスに教えられて創り出した即席の魔道具を、すぐさま

 使用した事でレナはみるみる内に快復した。

 アミッドが診察を行った所、既に退院出来る程だという。

 

 「ん~~~~っ!はぁ~~...すごくスッキリした気分!

  ありがとう、アミッド、ネフテュス様」 

 「無事に快復して何よりです。

  ...正直に申しますと、即席でここまでの効果を発揮する事に驚いています」 

 

 一度きりしか使えない解呪の魔道具を見つめてアミッドは内心、

 興奮が抑えきれなくなりそうだった。

 しかし、普段の雰囲気を壊してはならないと平静を装うのに徹した。

  

 「じゃあ、また後日支払う事にするって事でいいかい?

  今すぐの手持ちが無いからね」

 「いえ、初めて行う治療でしたので...無料という事で構いません。

  あってほしくはありませんが、また別の治療を行なった際はお願いします」

 「...ん。そういう事でいいなら、お言葉に甘えるとするよ」

 

 プロとしての意思を尊重し、アイシャは無料という厚意を聞き入れた。

 そうしてイシュタルに報告するためにホームへ戻ろうとした際、

 ふとアミッドが問いかけてくる。

 

 「それにしても、カースによる傷口を塞ぐ事が出来る応急処置とは、どういった物をお使いになられたのですか?」

 「ん?あたしもよくは知らないけど...

  こんな感じに持つ器具の先端から出てきた液体で塞いでいたね」

 

 そう答えていると、アイシャは肩を叩かれた感覚に振り返って

 手を持ち上げられる。

 開いている掌の上に件の器具がどこからともなく置かれた。

 捕食者がわかりやすいように見せてやろうと思ったのだろうか。

 

 「...これだよ。確か、こうして...ほら、この液体で傷口は塞がれていたよ」

 「拝見させてもらえませんでしょうか?」

 「...ネフテュス様、いいかい?」

 『ええ。構わないわよ』

 

 ネフテュスの許可を得て、アイシャはその器具をアミッドに差し出す。

 落さないようアミッドは気をつけながら受け取り、様々な角度から

 それを隈無く観察する。

 先程、アイシャが試したように引き金を引いて液体をトレイに

 塗り付けてみると、白い煙を立てながら瞬時に凝固化してしまった。

 アミッドは触れてみて仄かに熱を持っていると確認しながら、この

 熱によって傷口の皮膚と出血を焼き、焼灼止血法と同じ方法であると

 考察した。

 

 「ポーションではカースの傷は塞げませんが...

  こちらの医療器具でどのように塞ぐのかという原理は理解出来ました。

  ただ...麻酔なしでは正直言いますと...失神してしまいますね」

 「そうそう。私がそうなっちゃったもん。

  痛いし熱すぎるし...」

 『私の眷族は麻酔を使わずに我慢出来るから、そのまま使うのよ』

 「とてつもなく痛みの耐性があるのか、余程のへ...

  いえ、何でもありません。とにかく、こちらを普及するのは難しいですね」

 

 そう結論付け、アミッドはアイシャに器具を返却した。

 アイシャは確かに無理だろうね、と思いつつ捕食者へ渡す。

 

 『...わかったわ。

  アイシャ。暗殺者を捕まえたから、私はこれで失礼するわね』

 「ギルドに突き出すなら、あたしらでやってもいいけど?」

 『少しお話しをするから、任せてくれていいわよ。

  ケルティックとゆっくり休んでいても構わないから』

 「...じゃあ、そっちは任せるよ」

 『ええ。じゃあ、アミッド?

  また要らない物があったら贈呈するからね』

 「はい。ありがとうございます」



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>∟ ⊦'' G'ordo

 ティオナという少女と戦った、その翌日。

 僕らはリドというゼノス達と25階層にある洞窟へ赴いていた。

 マリィというゼノスがそこを住処としているので、送り届ける

 ためだ。

 人魚のモンスターであるため1日程度なら問題ないが、数日間を陸地で

 過ごすとなると危険だと思われるので、ここで過ごしてもらうしかない

 とレイというゼノスは言っていた。

 マリィというゼノスは最初こそ同胞達と離れたくない、と駄々をこねて

 リドというゼノス達は困り果てていたが、ティオナという少女が

 また会いにくる、と約束をしてそれを聞き入れたマリィというゼノスは

 大人しく住処である水辺へと帰ってくれた。

 それから来た道へ戻る最中、モンスターの大群に出会わした。

 ...僕が一番嫌っている兎のモンスターと。

 

 「え?何?あの兎のモンスター...

  めちゃくちゃ金ピカなんだけど?」 

 「稀ニ現レル奴ラダ。俺ヨリ硬クハナイガ、ソコソコ手強イゾ」

 「ティオナっち。手貸してくれるか?捕食者も」

 

 カカカカカカ...

 

 「うん、いいよ!体が鈍っちゃうといけないから、丁度いいかも!」

 

 彼女が先陣を切ったので僕も後に続く。同時に金の兎も向かってきた。

 文字通り金で形成されている角を突き出してきたので、そこを掴むと

 地面に叩き付ける。

 

 ビシッ! パキパキ...

 ガラガラ...

 

 全身に罅が入って金の兎が暴れると石と角だけが残り、自壊した。 

 金で形成された角を観察していると別の個体が突進してきたので、

 鋭い先端が顎へ刺さる様に突き上げる。

 絶命した金の兎を足元に捨てた後、胴体を踏み付け粉砕した。

 

 「どりゃぁあっ!

 

 バキャァアアッ!!

 

 粉々に砕ける音がした方を見ると、ティオナという少女が金の兎の

 群れを鋭い足蹴りで薙ぎ払っていた。

 

 「グロス!右だ!」

 「左カラモダロウ!」

 

 ザシュッ! バキィッ!

 

 その背後ではリドというゼノスが長い直刀と曲刀で、グロスという

 ゼノスは自身の硬質な爪を利用して金の兎を斬り裂いていた。

 レイというゼノスは降下しながら鳥が獲物を捕える様に、金の兎を

 鳥の足で掴むと空中で宙返りをし、投げ落とす事で金の兎を粉砕した。

 ...彼らの強さを知らなかったが、強いんだな...

 

 ...ズズン...!

 

 僕が瞠目していると、地響きの様な足音をヒアリングデバイスが

 拾った。

 聴覚が鋭いゼノス達は気付いており、ティオナという少女はまだ

 金の兎を狩るのに夢中になっていた。

 やがて、その足音の正体が姿を現わす。

 

 ブ グ ォ ォ オ オ オ オ オッ !

 

 兎の次は犀か。数は2匹で...同じ金色の体色をしている。

 金の犀はその巨体からは信じ難い程の走力で、ティオナという少女に

 目掛け突進していった。

 向かってきているのに彼女もようやく気付き、慌てながらも回避した。

 もう一体も僕に向かってきたので足を開き、目の前まで来るのを

 待ち構える。

 ...来いっ

 

 ブ グ ォ ォ オ オ オ オ オッ !

 

 ド ゴ ォ オ オ オ ンッ !!

 

 突き出された角を掴み、僕は肩を押しつけながら足を踏み締めて

 突進の勢いを殺しつつアッパーカットで顎を殴打する。

 頭部を突き上げられた金の犀は仰け反り、後退すると怯んで僕を

 睨み付けてきた。

 頭の良い奴だ、僕の出方を窺っている。

 図体がデカく屈強、更に利口なモンスターか...

 なら、この獲物は戦利品にする価値があるな...!

 エネルギー・ボアを手に取り、エネルギーで形成された鎖ロープを

 伸した。

 

 「おぉ!?な、何だ?あの光ってるロープみたいなの?」

 

 僕は鎖ロープを頭上で振り回し、向かって来るのを待った。

 そして雄叫びを上げ再び突進して来たのを見計らい、鎖ロープの

 先端となる輪を投げ飛ばすと首に絡ませた。

 金の犀は首に巻き付かれた鎖ロープを解こうとするが、あの太い指では

 当然解ける訳もない。

 僕は命一杯引っ張り、強引に金の犀を前のめりに転ばせる。

 起き上がる前に僕は接近し、巨体に飛び乗って刀を引き抜くと

 横一文字に斬首した。

 兎同様に硬化ではあるが、僕らの武器では枯れ木も同然に切断する事が

 出来た。

 ヘルメットのゴーグルで体内の中央にある石の位置を特定して、

 皮膚に刀を突き刺し、裂け目を作るとそこに手を突っ込んで石を

 引っこ抜く。

 胴体のみが消滅し、戦利品は残った。 

 持ち上げて良い獲物を手に入れたと思っている最中、悲鳴が横から

 聞こえてきて咄嗟に振り向くと、ティオナという少女が飛んで来るのに

 驚くが僕は何とか受け止める事が出来た。

 

 「っててて...あ、ありがとう...」

 

 カカカカカカ...

 

 油断したのか知らないが、どうやら突き飛ばされて来たんだろう。

 しかし、彼女が相手にしていた金の犀は角が折れ、傷だらけになって

 いるので負けっぱなしではなかったはずだ。

 

 「ティオナっち、大丈夫か?」

 「うん。でも、グロスの言う通り硬ったいね...

  食人花より硬いかも...」

 「フン。武器ガ無イオ前デハ、厳シイヨウダナ?」

 「むっ...」

 

 ティオナという少女はグロスの煽りに顔を顰めた。

 彼女の実力不足な訳では決してない、と僕は思っている。

 武器を失ったのは僕のせいなので、ここは詫びるとして武器を貸すと

 しよう。

 彼女に適応するのだとすれば...これだ。 

 僕は指を落さないように刃を持ちながら刀を差し出す。

 

 「え?...使って、いいの?」

 

 カカカカカカ...

 

 「...わかった。使わせてもらうね!」

 

 ティオナという少女は刀を受け取り、軽く振って感触と馴染み具合を

 確かめていた。

 確認をし終えると、全速力で向かってきた金の犀に立ち向かっていく。

 

 ブ グ ォ ォ オオ オ オ オッ !

 

 「やぁああーーーッ!」

 

 ティオナという少女は片手に刀を握り、もう片方の手を拳に変えて

 金の犀が振るう拳に対抗する。

 拳同士がぶつかり合い、僕らが今立っている空間に鳴り響いた。

 両者共に怯んでしまっていたが、先に復帰したティオナという少女が

 踏み止まって至近距離まで接近すると膝蹴りを腹部に叩き込んだ。

 が、やはり硬いのもあってダメージは与えたようだが、彼女も膝を

 擦って痛がっている。

 金の犀は頭を下げ、死角から角を突き上げてきた。

 

 「っと...!そりゃぁあッ!」

 

 ダ ンッ !

 

 ティオナという少女は上半身を仰け反らせて角を避け、刀で

 根元から切断する。

 金の犀はそれに驚き、後退するがその好機を逃さず彼女は

 跳び上がって降下しながら、刀の石突部分で頭部を強打した。

 脳を揺さぶられ、金の犀は呆然とその場に立ち尽くす。

 

 「これでっ...!どうだぁあッ!!」

 

 ド ス ンッ!!

 

 力一杯の刺突により金の犀の胸部に刀が突き刺さる。

 体内の石を傷付けるのに成功したようで、金の犀は石と角を残し

 消滅する。

 ティオナという少女は倒したとわかると、息を荒げて呼吸を

 整え始めた。

 使い慣れていない武器なため、余計な力を込めていたんだろう。

 僕は彼女に近寄り、手を差し伸べる。

 それに気付いた彼女は笑みを浮かべて僕の手を握り、立ち上がった。

 

 「すごい武器だね、これ...簡単に斬れちゃうんだから」

  

 そう答えながら刀をマジマジと見るティオナという少女。

 使い慣れていないにしろ、一撃を与えればモンスターを倒せるという

 点は彼女が強いという事もあるんだろう。

 刀を返してもらい、地面に落ちている石や角を拾い上げて回収し、

 ゼノス達の隠れ里へと向かった。




100話到達しました。
ご感想や評価の程、ありがとうございます。いつも糧にしていただいております。

ダンメモに出てくる金色の犀の名前は忘れたので後々修正します。合ってたらそのままにしますので。


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>∟ ⊦''>∟ ⊦ I'dewmtyti

 「ーーーーーーッ!!」

 

 マザー・シップ内で声にならない悲鳴を上げている男が居た。

 セクメト・ファミリアに所属する暗殺者で生け捕りにされた

 男だ。

 熱してある刃で胸部から腹部に掛け、斬り付けられている最中で

 肢体は失っており、断面が焼かれた痕によって止血されている。

 目の前に立つ山羊を思わせるヘルメットを被った捕食者は、

 一度武器を引き、背後で眺めているネフテュスに次はどうするか、と

 言っている様に振り返った。

 ネフテュスの瞳は白くなっており、正しく見下しながら欠伸をついて

 問いかけた。

 

 「セクメトもイヴィルスに加担しているのよね?

  他に神々の中で誰がイヴィルスに手を貸しているのか...

  教えてもらえないかしら?」

 

 その問いかけに暗殺者の男は頑なに口を割ろうとせず、頷きもしないで

 いる。

 マザー・シップへ連れ込んだ際に口内から歯に仕込んでいた毒などは

 全て排除しており、仕込んでいた歯だけでなく全ての歯を抜き取られて

 しまっているので喋るのは困難であると思われる。

 なので、頷くしか手段はないのだ。

 

 「...そう、それならいいわ。ゴート、起こして」

 

 頷かないとわかるや否や、ゴートと呼ばれる捕食者に命令して暗殺者を

 起こさせる。

 ネフテュスも立ち上がると隣に立った捕食者から何かを受け取った。

 掌サイズのケースでそれを開け、中から粘液を分泌させている小さな

 物体を手に取り、暗殺者の男に見せつける。

 

 「これは遠い国からのお土産よ。こうして起動させると...ほら。

  虫みたいに動いてるでしょう?これを貴方の口の中に入れるわね」

 

 虫の様な機械はネフテュスの掌の上で蛇が鎌首を上げる様に、体の

 上部を上げると頭部に生えている2本の触手を6つに分裂させる。

 今まで死んだ様に無反応だった暗殺者の男は唐突に暴れ始め、焦りを

 見せた。

 恐怖心か、或いは何をしようとしているのか察したからなのかは

 わからない。

 ゴートに口をこじ開けさせられるとネフテュスの掌から虫の様な機械は

 飛び跳ねて口内へ侵入していった。

 瞼を固定されている目を更に広げ、暗殺者の男は悶絶する。

 虫の様な機械は喉を下ってから中咽頭へ潜り込み、鼻咽頭へ登ると

 頭部の触手を目の裏側に位置する蝶形骨の蝶形骨洞へ捩じ込んでいく。

 ナノ単位にまで細くした触手は浸食する様に入り込んで、蝶形骨洞の

 上部の骨をも貫通し、脳へ到達する。

 白目を剥いて暗殺者の男が気絶する寸前で虫の様な機械が口から

 飛び出し、ネフテュスは掴んだ。

 

 「はい、お疲れ様」

 

 ベキッ

 

 触手の一本を折ると、別の捕食者が差し出した装置のケーブルを

 折れた触手の根元に接続した。

 すると、装置から光が投射されて映像が浮かび上がった。

 虚ろな目になっていた暗殺者の男はそれを見て、正気を取り戻したかの

 様に息を呑んだ。

 何故なら、自身の過去の出来事が鮮明に映し出されているからだ。

 

 「ん~...とりあえず、1週間前の記憶を見てみましょうか」

 

 そう言うと装置を捕食者が操作した事で別の映像が映し出される。

 その映像にはハッキリと暗殺者の男と同じ眷族、そして主神である

 セクメトの姿が映っていた。

 横には欠伸をしているタナトスやローブとケープを身に纏った

 妖術師の様な不気味な姿をした人物が居て、更にその人物と同じ色の

 外套を身に纏った人物も隣に立っている

 

 「...音声も再生して」

 

 カカカカカカ...

 

 『...でー?エニュオ~。マジでネフテュスパイセンが来てるの?』

 『...この目で見たからには、間違いない。

  クソ...ようやく求めてきた狂乱の宴を見られると思っていたのに。

  極上の葡萄酒にも勝る、狂い叫ぶ子供の悲鳴を聞けるはずが...!』

 『まぁまぁ、そうカリカリしないでさ。

  ...イシュタルのおかげでアレもようやく育ったから、もう少しの辛抱だ』

 『...ネフテュスの眷族の強さを知らないだろ。

  それも使い物にならないはずだ』

 『えー?やってみなくちゃわからないでしょー』

 

 タナトスの発言を最後に音声も映像も途切れた。

 映像を巻き戻させてネフテュスは妖術師の様な人物を見据える。

 白かった色の瞳はいつの間にか、赤く染まっており怒りを見染み出して

 いるようだった。

 

 「...フーン...そう...はぁ...まったく...」

 

 ネフテュスは虫の様な機械からケーブルを引き抜き、折った触手を

 元通りにする。

 電源を切り、ケースに入れ直すとその場に居る捕食者達と暗殺者の男に

 背を向けて上を向いたまま目を瞑った。

 

 「...楽にしてあげなさい」

 

 ザシュッ!

 

 刃で胸部を貫かれ、数秒呼吸をしてから暗殺者の男は息絶えた。

 

 「女の子を傷付けた代償よ。来世にも転生させてあげないんだから」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ベーレト・バビリにあるレナの自室のドア越しから軋む音が数十回

 鳴り響いた後、静かになる。

 

 「はふぅ...えへへ...やっぱりすごいね...」

 

 昼間にもなっていない時間帯にも関わらず、朝一からレナと捕食者は

 お互いを求め合っていたようだ。

 レナに至っては生命の危機を感じた時、生物は子孫を残そうと性欲が

 増すと言われるその現象によるものかもれない。

 

 「ねね、もう一回しよ?ん...」

 

 ドンッ! ドンッ!

 

 「んー?」

 

 ドアが叩かれるとその向こう側からいつまでやってんだ!などの

 不満な声が聞こえてくるが、レナは気にせず抱きつくのだった。



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>∟ ⊦''>'<、⊦ o'rdewsto

 「またいつ会えるのか、わからないけど。その...気をつけてね!」 

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は先に地上へ戻るそうなので、ゼノス達と混じってティオナも

 見送ろうとしていた。

 捕食者は頷いてから姿を消し、隠れ里から去って行った。

 ティオナはまだ戻るのも早いという事で、しばらくの間は隠れ里に

 居座らせてもらう事にしたそうだ。

 しばらくして、ティオナは柄の中央から真っ二つに切断された大双刀を

 何とかくっ付けようとゼノス達手製の紐で括り付けるが、ポロリと

 落ちてしまう。

 ガックリと肩を落しながらため息をついていると、リドが隣に腰を

 下ろして座った。

 

 「まぁ、壊れちまったもんは仕方ねぇって。

  俺っち達も人間の武器が壊れたら天然の武器を使うしかないからな」

 「あたしにとってはすごく深刻な問題だからさー。

  ネフテュス様が支払ってくれる事になったけど...

  やっぱり愛着は少なからずあるんだし、試してみたいんだ」

 

 そう答えながらティオナはもう一度、紐で括り付けてみようとするが、

 やはり失敗に終わった。

 その時、少し離れた所でバグベアーやゴブリンなどのゼノス達が

 ラーニェとフォーと争い始めた様に見えた。

 ティオナは慌ててリドに止めなくていいの、と指を指して問いかけるが

 リドは首を振って大丈夫だ、と言う。

  

 「あれは人間で言う特訓みたいなもんだ。

  少しでも戦えるようになってないと、殺されちまうからな」

 

 ティオナはその言葉を聞いて、ふと疑問を抱いた。

 それは数時間前に戦ったゴールデンラビットとゴールデンライノスでの

 戦闘でリド達の身のこなしは普通ではなかったという事にだ。

 

 「ねぇ、リド達ってどうしてあんなに強いの?

  強化種にしても、ちょっと違和感があるって言うか...」

 「俺っち達はこれを食って強くなれるんだ」

 

 リドは掌に乗せた魔石を見せてから口へと放り込む。

 バリボリと人間では到底噛み砕けはしない魔石を咀嚼して飲み込むのを

 見て、ティオナは若干顔を引き攣らせる。

 

 「強化種ってだけじゃ、それ以上強くならないからな」

 「私達はモンスターでありますガ、ゼノスではない同族に襲われ命を狙われル。

  なのデ、生きるために強くならなければならないのでス」

 「そっか、皆も大変なんだね...」

 

 人間からも、モンスターからも襲われるという危機的状況の中で

 ダンジョンに潜むしかないゼノス達に同情するティオナは目を伏せて

 自分ではどうにか出来ないと悔しむ。

 モンスターと人間は太古の昔から争い続けてきた。

 悪意を持たずとしても、地上に蔓延んだ結果多くの命が犠牲となり、

 現在でも地上で進化を続けたモンスターによる被害が起きているのが

 現状である。

 そのためオラリオ外で活動しているファミリアが討伐を実行し、

 被害を何とか食い止めているのだ。

 

 「まぁ、戦い方は教わって身に付けたんだけどな」

 「教わったって...?」

 

 人間からではないとすればゼノスである同じモンスターであると

 思われるが、それが誰なのかティオナには見当がつかなかった。

 すると、グロスが近寄ってきて教えてくれた。

 

 「我々、ゼノスノ中デ最モ古イ存在カラダ。

  コノダンジョンガ出来タバカリノ頃ニ生マレタ...

  最強ノゼノスト言ワレテイル」

 「最強のゼノス...ここの誰かがそうなの?」

 「いエ、あの方はもっともっと下の階層に居まス。

  ダンジョンを移動する事が出来ないですかラ...」

 「え?何で?」

 「成長シ過ギテシマッタカラダ。

  出会ッタ当初ハマダ動ケテイタガ、今デハ...

  人間デ言ウ100Mヲ超エル程ニ巨大トナッテイル」 

 「ひゃ、100M!?

  そ、そんなデッカいモンスターなんて見た事ないんだけど...」

 

 ティオナの脳裏には今まで見た、巨体を持つモンスターの横に

 謎の巨大な黒い物体を並ばせて大きさを比較する。

 以前アーディを元気付けるために探索した際、遭遇した

 マンモス・フールでも6Mだった。

 階層主であっても階層に適応して大きさは限定されるため、それほどに

 成長するのは異常だとティオナは感じた。

 

 「けど、デカいだけじゃなくて戦い方を誰よりも理解してるからな。

  俺っちがこの剣を使ってるのも、あの方の教えのおかげだ」

 「俺ハ武器ヲ使ワナイガ、俺モ同様ニ教エラレタ。

  人間デ言ウ...何ダ?ド忘レシタ」

 「門下生、でしょうカ?」

 

 それだ、とグロスが指を指して頷き、レイはよかった、と微笑んだ。

 一方でティオナは何かを考え始めており、リドがどうかしたのかと

 声を掛けようとする前にティオナの方から話しかけた。 

 

 「...そのゼノスと会って、私も戦い方を教えてもらう事は出来ないかな?」

 「い、いやぁ、あの方、優しいっちゃ優しいけど...

  怒らせるとやばいからさ...」

 

 リドは頬部分を爪で掻きながら、言葉を選んで遠回しにやめておけ、と

 ティオナに言い聞かせようとした。

 レイも同様に止めようとするが、ティオナは真っ直ぐに見据えて

 自分の意思を伝える。

 

 「あたし、捕食者と同じくらい...ううん。

  捕食者よりも強くならないといけないの。

  またいつか戦うとしても、今のままじゃ勝てないから...もっともっと強くなりたいの!

  それから勝って...想いを伝えたいから...

  リド、レイ、グロス。どうにかお願い出来ない?」

 

 リドとレイは顔を見合わせて戸惑った。

 そして少し話させてほしいと申し出て、相談し始める。

 

 「...どう思う?レイ」

 「ティオナさんの意思は尊重したいですガ...」

 「やっぱ危ないよな...」

 

 会わせたとして、もし下手をすればティオナの命が危うい事は

 両者ともわかっていた。

 なので、やはり危険だと判断しリドは断ろうとしたが、グロスが

 前に出てティオナに問いかけた。

 

 「本気ナノカ?モンスターデアッテモカ?」

 「お、おい、グロス?」

 「うん、本気だよ!強くなりたいから!」

 「...ナラ、リド、レイ。オ前ラモ付イテ来イ。

  俺達ガ一緒ナラ、話クライハ聞イテクレルダロ」

 「ホ、ホントに会いに行くのか!?グロス、お前何考えて...」

 

 リドは慌ててグロスの真意を聞こうとする。

 いつもと違う様子に困惑しているのもあるが、ティオナへの心配が

 勝っているようだった。

 

 「コイツガ本気デアルナラ、寛大ナアノ方モ理解シテクレル筈ダ。

  俺モ強クナルタメニ頼ミ込ンダ事ガアルカラナ。

  少シハ気持チモワカッテヤッテルツモリダゾ」

 「グロス...わかったよ。ティオナっちのためなら、俺っちも行くぜ」

 「私もでス。ティオナさン、もしも危ないと感じた際は...

  すぐに離れましょうネ」  

 「わかった。気をつけるよ」

 

 そうして、隠れ里を実力的に強いラーニェに任せてリド達はティオナを

 連れて下の階層へと向かった。

 

 

 黄昏の館にある食堂でティオネは幾度目かのため息をついていた。

 それはティオナを心配してなのだと周囲の団員達は察している。

 加えてティオネと向かい合って座っているレフィーヤも同様に

 アイズを心配してため息をついていた。

 

 「ティオネ、レフィーヤ。

  そんなに気にしていたら食事も喉を通らなくなるよ」

 「団長...ごめんなさい。言い出しっぺの私が迷惑をかけて...」

 「わ、私もすみませんでした。気にし過ぎ、ですよね...」

 

 レフィーヤは俯き気味に弱々しく答えた。

 すると、フィンは肩に手を乗せて微笑みながら優しく答える。

 

 「いや、誰だって誤って選択をしてしまう事はあるさ。

  だけど、アイズもティオナも自分で決めた事なのだから...

  2人の事を信じて期待に応えてくれる事を、楽しみに待ってみよう」

 「...はい」

 「はい。アイズさんを信じます...!」

 「それでいい。...ところで、ティオネ?

  アイズはともかく、ティオナはどうしてああ言ったのか...

  見当は付くかな?」

 

 そう問いかけられ、ティオネは口元に手を添える。

 あの時感じたティオナの意思は微かにだが、わかった様に思えたが

 それは他人が言い当てられるものではないとティオネは感じた。

  

 「...わかりません。

  勘違いだといけませんから、憶測では答えられないです」

 「それなら仕方ないな。ありがとう、考えてくれて」

 「いえ...(...まさか、ね...)」



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>∟ ⊦'' ̄、⊦ P'oysn

 ヒュ ロ ロ ロロロ ロ ロッ...! 

 

 ティオナという少女やゼノス達と別れた僕は下層の30階層まで

 潜り、群れを成して出現した芋虫を狩っている。

 あの蟲とは違い、溶かす液体ではなく単なる毒液を吐き出して

 攻撃してくるようだが、それ以外に敏速に動いて噛み付いたりしてくる

 という事はないのでレイザー・ディスクで斬り裂けばすぐに片付く。

 死んだ芋虫の切断面からは体液が溢れ出て、地面に水溜まりを形成して

 いた。

 半数以上を狩った所で生き残っている複数の個体が逃げ始めた。

 危機感を覚えるのが遅すぎる。やはり知性の無い生物は相手に

 ならないな。

 ...けれど、戦利品にもならない獲物だが狙ったからには全て

 狩り尽くそう。

 僕は高所へと先回りをして、ヘルメットのゴーグルで照準を合わせる。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 ドパァンッ! ドパァンッ! ドパァンッ!

 

 1体ずつ確実に仕留めながらプロミキシティ・マインにプラズマを

 充填させると、投げ飛ばして地面に設置する。

 群れの先頭が通過した瞬間、起爆する。

 

 ドガァァァアアアンッ!! ドガァァァアアアンッ!!

 

 芋虫の群れは爆炎に呑まれ、一瞬にして焼却される。

 残った後続はバーナーとレイザー・ディスクで仕留めていき、芋虫の

 群れを全滅させた。

 洞窟に響いていた爆音と爆風による風切り音が消え、静寂が訪れた。

 僕は下へ降り、地面に撒き散っている芋虫が吐き出した毒液を

 体細胞サンプルの採取用に用いるトラッキング・シリンジで吸収する。

 ガントレットにあるトラッキング・シリンジの針を挿すための穴に

 挿し込んで体液を流し入れ、どういった成分が含まれているのか

 調べてみる。 

 

 ピッ ピッ ピッ ピッ... ピピッ

 

 ...α-ラトロトキシン、ティティウストキシン、他に様々な毒素が

 含まれている。

 運動神経系や自律神経系が障害され、筋肉の痙攣が起きる事で呼吸が

 出来なくなる毒といった訳か。

 なら、毒液とは別のこの体液はどうなんだろう...?

 気になったので、トラッキング・シリンジの中の毒液を蒸発させてから

 それを吸収する。

 

 ピッ ピッ ピッ... ピピッ  

 

 ...なるほど。

 こっちは毒素を中和させるための成分が全て含まれている。

 だから芋虫は毒液を体内に蓄積させて、いくらでも吐き出せるんだ。

 それなら、この体液自体が抗体という訳か。

 ...アップグレードのために、いくらか回収しておこう。

 ついでに贈呈する分も含めて。

 そう決めた僕はトラッキング・シリンジの後部にあるカプセルを

 大型の物へ交換し、回収作業を行おうとした。

 

 ピッ ピッ ピッ

 

 その時、アライシグナルを受信して僕は周囲を見渡した。

 クローキング機能で姿は見えないため、ゴーグルで確認するしか

 ないからだ。

 すると、相手側の方から声を掛けてきた。

 

 『私だよ、ナァーザ・エリスイス。

  覚えてないかな...?』

 

 ...彼女か。それなら警戒する必要はない。

 僕がクローキング機能を解除すると、ナァーザも姿を見せた。

 何故、ここに居るのかと問いかけると薬品を作る為の素材を集めに

 来ているそうだ。

 当然、言葉での会話ではなく身振りで問いかけている。

 偶然にもここを通り掛かった際、僕が狩りをしているのを見かけた

 らしい。

 

 『あんな数のポイズン・ウェルミスを一撃で倒すんだから...

  貴方達はやっぱりすごいね。

  ...ちなみにだけど、この体液を集めるのに協力したら分けてもらえる?』

 

 ...まぁ、これだけの量を全て回収するのは無理だろうから、

 協力せずとも欲しい分だけ回収するよう言っておこう。

 すると、ナァーザは詰め寄ってきて顔を目の前まで近付けてきた。

 

 『いいの?本当にいいの?二言は無しだよ?

  ...ありがとう。すごく嬉しい』

 

 ナァーザは喜びのあまり尻尾を勢いよく振りながら、手を握ってきて

 お礼を述べた。

 かと思えば、すぐに回収し始めた。...感情が極端過ぎると思った。

 ともかく、カプセルは3つ予備があるので全て使い切ろうと思いつつ、

 僕も回収作業へ移る。

 耳を澄ますと、体液を吸収する音以外に鼻歌が聞こえてきて、上機嫌に

 なっていると窺えた。

 その後、3つのカプセルを満タンにしたのを確認し、僕はナァーザも

 回収し終えたかと見れば、彼女は布に体液を染み込ませて出来る限り

 持ち帰ろうとしていた。

 ...執念と言うべきか、貪欲と言うのか僕は少しだけ戸惑う。

 しばらくして、ようやく回収を止めたナァーザはフーッと満足そうに

 ため息をついて、また尻尾を振り始めている。

 

 『ありがとう、これで特効薬を沢山作れる。

  第一級から第二級の冒険者も少しは安全に進めるかな...』

 

 先程言った言葉は撤回し難いが、根は他人のためという行動原理で

 あると少しは思った。

 

 ピピッ ピピッ

 

 今度は違う反応があった。冒険者が居るようだ。

 僕とナァーザはクローキング機能で姿を消し、別れを告げてそれぞれ

 別方向へ進んで行った。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 オッタルは違和感を覚えていた。

 大穴が出来ている程の抉れた地面、恐らく毒液と思われる紫色の

 液体や、それとは別の薄い黄土色をした液体がそこかしこに

 撒き散らされており、先程まで何者かが戦闘を繰り広げていたに

 違いないと思っている。

 しかし、先程まで、ならその何者かがこの場に居ないというのは

 不自然だ。

 

 「(...一体、何者が...?)」

  

 考察して思い浮かんだのはフィンを始めとするロキ・ファミリアの

 団員達だったが、自身の勘で違うと判断し、オッタルは眉間に皺を

 寄せてその正体を訝るのだった。



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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦ 72h'yerurchi 

申し訳ございません。
この話数の前に前話を入れ忘れていたので、再投降しました。


 地上に出ると、既に辺りは真っ暗だった。

 僕はマザー・シップへ戻る前に贈呈しておこうと決め、あそこへ

 向かう事にした。

 アミッドという女性が居る治療院へ。

 いつもの様に建物から建物へ飛び移り、目的地に到着すると

 まだ灯りが付いているのを確認する。

 周囲の店舗は閉まっているようだが、あそこだけはまだ閉めないのだと

 思い、僕は深夜まで待つことにしようとした。

 しかし、我が主神がアミッドという女性と接触したと聞き、僕らも

 接触する事を許されているという事を思い出す。

 ...それなら、出て来た所で渡そう。

 僕は向かいの建物の屋根で待機し続け、30分後に出入口の扉が

 開くとアミッドという女性が出てきた。

 扉にCLOSEと書かれた札を掛けようとしている。それなら今の内に...

 誘導させようとガントレットに録音しているデータの中から、

 使えそうな音声を選択するとオーディオデコイに設定し、彼女のすぐ

 横に音波を放つ。

 

 『来いよ...来いよ...』

 

 オーディオデコイは設置した装置などで音声を流すのではなく、

 ガントレットから音波そのものを放射し、放射中は空気を振動させず

 壁や人体にぶつかる事で空気が振動して音声や音響が特定した人物に

 聞こえる仕組みとなっている。

 

 「...?」

 

 アミッドという女性は、その聞こえてきた音声に気付き周囲を

 見渡し始めた。

 もう一度、今度は建物の影にオーディオデコイの音波を放射する。

 すると、建物の影から呼ばれていると思った彼女は、そこへ歩き始め

 音声が流れた位置で立ち止まった。

 よし、行こう。

 僕は屋根から跳び上がり、向かい側の建物へと移った。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「(...気のせいだったのでしょうか?

  耳に異常は無い筈なのですが...)」

 

 アミッドは自身の耳に触れながら、自己診断をして正常な事を

 確認すると、やはり気のせいだったのかと思いながら治療院へ

 戻ろうとする。

 

 ...カカカカカカ

 

 「!」

 

 しかし、確かに聞こえた。人間ではなく動物の鳴き声の様な音が。

 振り返ってみると路地裏へと続く通路の中央で黄色い2つの発光体が

 浮かび上がっていた。

 アミッドは恐る恐るそれに近付き、少し離れた位置で立ち止まる。

 

 「...誰か、そこに居るのですか?」

 

 ...ヴゥウン...

 

 捕食者が突如としてその姿を現したのにも関わらず、アミッドは

 平静を装った。

 実際には内心驚いているが、冷静さを保つために叫ぶ事はせず

 耐えていたようだ。

 

 「...貴方が、捕食者様...ですか?」

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は頷くと、アミッドに近付いていく。

 アミッドは反射的に後退りしそうになるが、それも耐えて踏み止まる。

 捕食者は目の前に立つと、両手に持っている黄土色の液体が入った

 2つの容器を差し出してきた。

 

 「あ...また贈呈をして下さりに来たのですか?

  ...ありがとうございま...す...?」

 

 初めて直接渡してくれた事に少し嬉しく思ったアミッドは微笑みながら

 受け取る。

 しかし、容器に溜まっている液体を見てその微笑みが瞬時に消えた。

 有り得ない容量のポイズン・ウェルミスの体液。

 特に危険な特殊派遣クエストを依頼したとしても、精々小瓶程度にしか

 得る事が出来ないドロップアイテムであり、ポイズン・ウェルミスの

 毒液の特効薬には必要不可欠な原料でもある。

 入手するのも命懸けで困難である為に、対価はとてつもない額となる。

 それを贈呈しようとしているので、流石のアミッドも交渉をしようと

 話し始める。

 

 「あ、あの、貴方の誠意には心から感謝申し上げます。

  しかし、こちらを無償でいただくという事は...

  どうか、支払う他に何か私に出来る事をさせていただけませんか?

  もし無ければ...その...あの...」

  

 中々案が思い浮かばず、口籠りそうになるアミッドは必至に考えた。

 捕食者は発言を待っているのか、アミッドを見たまま立っている。

 

 「...そ、そちらのご要望をお聞かせください。

  治療以外の事でも構いませんので...いかがでしょうか?」

 

 ...カカカカカカ

 

 捕食者は低い顫動音を鳴らすと、紙に何かを書き記し始める。

 数分後、書き終えた内容をアミッドに見せた。

 

 [そちらの純情な対応に感服する。

  要望は今すぐにとはないため、いずれ申し込む]

 

 「...かしこまりました。

  その時は、誠心誠意を込めて応じて差しあげます」

 

 その返答に捕食者は頷き、手を差し出してきた。

 握手を求めていると察して応じると、アミッドはある事に気付いて

 思わずその手を取った。

 その手は一般的な男性の手の大きさと変わらないが、指や手の甲、更に

 掌のどこを触ってみても皮膚が分厚く硬質だった。

 指の爪先をほんの少し押し込んでみても痕が全く残らず、まるで

 石の様だと思った。

 

 「(これは何度も表皮が剥けた事でなったのでしょうか...

   ですが指や掌はそうなるとわかりますが、何故手の甲や手首、それに腕まで硬いのは一体...)」 

 

 考察に没頭するアミッドに捕食者はそろそろ離してもらおうと

 軽く腕を引いた。

 一度目、二度目、三度目は強く引いた事でようやく気付き慌てて

 手を離した。

  

 「も、申し訳ございません。つい気になってしまったもので...

  それでは、またお会いする事をお待ちしております」

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は姿を消し、その場から去って行った。

 アミッドはお辞儀をして受け取ったポイズン・ウェルミスの体液が

 入っている容器を手に治療院へと戻っていった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 一方その頃、ティオナはリド達と深層にある未開拓領域を利用して

 奥へ奥へ、とにかく奥へと潜っていっていた。

 各階層の環境に未開拓領域も応じて変化し、飛行できるモンスターで

 なければ進めないような断崖絶壁を這いずったり、巨大な盆谷を

 渡ったり、息を止めなければ肺が凍る様な極寒の氷で形成された

 洞窟を通ったり、そのすぐ後には猛暑に喘ぐ程のマグマが通路の左右を

 壁となって流れ落ちる極暑の通路を進んでいき、ようやく目的地となる

 階層の一段上まで辿り着いた。

 ティオナは既に疲労困憊しており、立っていられなくなっている状態な

 ため寝そべっていた。

 尚、気を遣ってレイが膝枕をしてくれている。

 

 「リ、リド...もう必死になって潜ってきたけど...

  ここって、何階層なの...?」

 「今は72階層だ。

  この下の73階層に居るから、もう少し頑張ってくれ」

 「7さ...え?待って待って?な、72階層?ここが?

  ...えぇええええええええええええええええええええええええ!?」 

 

 ティオナは驚きのあまり絶叫した。リド達は耳鳴りに悶える。

 しかし、ティオナがそうなるのは当然である。

 然も当然の様にロキ・ファミリアの到達階層を越えて、前人未踏の

 階層まで潜ってしまっていたのだからだ。

 普段の遠征では食料や物資を消費しながら潜っているのに、その苦労も

 無くあっさりと未知の階層へ来てしまった事にティオナは呆然として

 いた。

 

 「お、おーい?ティオナっち大丈夫かー?」

 「...す、少し休んでからいきましょうカ」

 「ソウシタ方ガ良イナ」



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>∟ ⊦''>'、,< K'yngu Kongu

 「...ホントに72階層なんだよね?...そっか。ちょっと...

  ビックリしちゃった...」

 

 何とか落ち着きを取り戻したティオナは、改めて自分が73階層まで

 潜ろうとしている事を確認する。

 唐突な展開となった事に少なからず焦り、緊張している様に見えたが、

 どこか胸を高鳴らしている様にも見えた。

 

 「イイカ?マズ、俺達デ話ヲ聞イテクレルカ訪ネテクル。

  許可ヲ得ル事ガ出来タラ、呼ビニ来ルト覚エテオイテクレ」

 「うん、わかった。

  ...許可してもらえなかったら?」

 「その時は...全速力で逃げるしかないなぁ。

  言っとくけど、怒らせたらマジで手が付けられないから気をつけるんだぞ?」

 

 普段の陽気なリドが真面目な口調で伝えてきたのに対し、ティオナは

 冷や汗を流しながら頷く。

 リド達は説明した通り、先に73階層に続く入口へ消えていった。

 1人だけとなったティオナは片足を軸にハイキックを繰り出して

 暇潰しに体を動かす事にしたようだ。

 対峙している相手のイメージはもちろん捕食者である。

 鋭い蹴りで関節や顔面を狙うも、イメージ上での捕食者は回避せず

 手で払い退けたり、足首を掴んできたりなどティオナの動きを

 止めさせる様な対処法を熟している。

 

 「ん~...?...これはどうかな?いや、これもダメか...」

 

 ティオナはどうすればその対処法を打ち破れるかそれを考察しながら

 再度、ハイキックを繰り出し別の動きで足蹴りを試みた。

 しかし、それでも防御されてしまうと即決する。

 しばらく何度も何度も試行錯誤を繰り返したが、結局対処法を破る

 攻撃手段が思い浮かばず、ティオナはその場に座り込んだ。

 

 「はぁ~...どうすればいいんだろ...」

 「おーい、ティオナっちー!許可もらえたぞー!」

 「あっ、ホント!?今行くー!」 

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 73階層。

 58階層から、未だ現オラリオ二大派閥も辿り着いていない正しく

 前人未踏の階層である。

 

 「...すっごく広いなぁ...」

 

 特徴を挙げるとすれば間違いなくオラリオの総面積を遥かに越えて

 いるぐらい広大な事だ。

 崖の上から見渡す限り、海の様な水面が広がっており、その中央には 

 島らしき巨大な陸地が存在していた。

 リド達が言っていた最強のゼノスの体長を考えると、この階層の

 広々とした空間であれば確かに住処には出来そうだとティオナは

 思った。

 リドによれば島で待っているそうなので、レイに運んでもらう事に

 した。

 73階層に来るまでの間にもそうしてレイに運んでもらっているので

 すっかり慣れたようである。

 

 「でハ、ティオナさん。行きますヨ」

 「うん!お願いね、レイ」

 「んじゃ、グロスも頼むぜ」

 「全ク、仕方ナイ奴ダ...」

 

 そう愚痴を吐きながらもグロスはリドの両腕を掴んで、レイと同時に

 崖から飛び降り、飛行し始める。

 

 「(...この島の形、何ていうか...?)」

 

 ティオナは先程立っていた崖から空中で見下ろすと、その島の形状が

 どことなく、頭蓋骨に見えると思った。

 徐々に降下していき、ティオナ達は島の中央である野原に着地する。

 

 「あれ?ここに居るんじゃないの?」

 「そうなんだけど...あり?どこ行ったんだ?」

 

 ...クルルルルッ...!

 

 「ッ!奴らです!」

 「アァ、クソッ!」

 「え?な」

 

 に、と言い終わる前にどこからともなく、何かがティオナに向かって

 飛び掛かってきた。

 いち早く反応したリドが咄嗟に長直刀でそれを斬り付ける。

 斬り付けられたそれは、黄緑色の液体を撒き散らしながら鞭の様に

 不規則な軌道を描きながら森へと消えていった。

 ティオナは訳がわからず、問いかけようとするも、森の中から

 黒い影が飛び出してきて頭上から落下してくるとわかり、ティオナ達は

 散開する。

 

 ズ ズゥ ンッ!

 

 ギャ ロ ォ オ オ オ オッ !!

 

 「き、気持ち悪...!」

 

 ティオナは今までに見た事もない複数の不気味なモンスターを見て、

 思わず顔を歪ませた。

 頭部が髑髏の様に見える爬虫類系のモンスターで、後ろ足がなく

 前足2本だけで周囲を動き回りながら、いつでも襲い掛かろうと

 している。

 

 「こいつらいつの間に出てきたんだ!?」

 「知ルカ!ソンナ事ヨリモ、一刻モ早クココカラ逃ゲルゾ!」

 「え!?で、でも」

 

 最強のゼノスは大丈夫なのかと心配するティオナを余所に、レイは

 ティオナの両腕を足で掴んで飛翔しようとする。

 グロスは先にリドを掴んで上昇し、その後に続いてレイも飛翔して

 いくがその時、下へ引っ張られる衝撃に襲われた。

 

 「痛ったたたたたたたっ!痛い痛い痛い!

  あ、足がもげるぅう~~~っ!」

 「ッ!?ティオナさんっ!」

 

 ゲ ル ル ル ル ルッ...!

 

 見ると、髑髏の様な頭部をしたモンスターが大きく広げた口から

 細長い舌を伸ばし、ティオナの足首に巻き付けて引っ張り落そうとして

 いた。

 先程、森から飛び掛かってきた鞭の様なものも舌だったという事だ。

 レイは痛がるティオナを見てこれ以上は本当に危険だと判断し、

 少しだけ降下したその高さで羽ばたきながら滞空すると、ティオナに

 外せそうにないか問いかける。

 ティオナは必死に舌が巻き付いていない方の足で舌を蹴り付けたり、

 足の指で剥がそうとするも外せなかった。

 そんな時、レイの足にも別の個体が伸ばしてきた舌が巻き付いてきた。

 慌てたレイは更にまた別の個体の舌が向かって来るのに気付き、体勢を

 崩してしまって急降下していく。

 それを目撃したリドは急いで助けに行くようグロスに言って、

 ティオナ達の元へ向かおうとするが、複数居るモンスターがリド達も

 狙って舌を伸ばしてくるため近付こうにも近付けない。

 

 「ったたた...あっ...!レイ!大丈夫!?」

 「わ、私は大丈夫でス...!それよりもっ...!」

 

 落下中、咄嗟に片方の翼のみを腕に変える事でティオナを抱きしめ、

 もう片方の翼で着地する勢いを緩和したため致命傷には至っていない

 ようであった。

 しかし、髑髏の様な頭部をしたモンスター達がティオナ達の周囲を

 囲うように群がってきている。

 逃げ場はないと覚悟を決め、ティオナは身構えた。

 レイも腕を再び翼に戻し、臨戦態勢となる。

 モンスター達は唸り声を上げながら、飛び掛かろうとする。

 

 ...ズッ ド ォ オ オ オ オ オ ンッ !!

 

 「うわぁっ!?こ、今度は何さ!?」

 「あっ...!」

 

 頭上から落下してきた巨大な黒い塊が、落下地点に居たモンスターを

 潰した。

 その巨大な黒い塊がのそりと動き、まるで人の様に起き上がった。

 付近に居るティオナが見上げても、その全貌をはっきりと目視で

 確認が出来ない程の巨大さを誇り、髑髏のような頭部をした

 モンスターとは比較にならない程である。

 ただ仁王立ちしているだけで滲み出る威圧感は勇ましさと凶暴さを

 感じさせた。

 それを感じたティオナは固唾を飲んで硬直し、モンスター達は慄きつつ

 威嚇をしている。

 

 「ティオナさン。あの方こそが最強のゼノスと称される...」

 

 レイは一息つき、その名を告げた。

 

 「キングコング様です」

 

 ヴ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ!! 

 

 ドゴォンッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴンッ!  

 

 雄叫びを上げ、キングコングは威嚇をしてくる髑髏のような頭部をした

 モンスターに対して分厚い胸板を力強く叩き、ドラミングをして

 威嚇を返す。

 勇ましさと凶暴さをより一掃、誇示させた。




モンスターバースから髑髏島の巨神が登場


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>∟ ⊦'',、、,< S'kal monztars

 ギャ ロ オ オ オ ォ オッ !

 

 2体の髑髏のような頭部をしたモンスターが飛び掛かってきて、

 キングコングは両手で鷲掴みにし握り潰した。

 推定100M越える身長に対して、モンスターは全長は凡そ

 10M弱なので到底敵うはずもない。

 魔石諸共粉砕されたモンスターは、手の中で灰となって消滅する。

 隙を突いて腕に噛みついた個体は強引に引き剥がすと、別の個体

 目掛けて投げ飛ばし衝突させた。

 背後から襲い掛かってくるモンスターも先程と同様に振るい下ろした

 足で踏み潰し、その程度か、とでも言うように吠えた。

 

 ヴ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ!!

 

 「っ!ティオナさん!今の内に!」

 「う、うんっ...!」

 

 キングコングの圧倒的な強さにティオナは呆然と見ていたが、

 ハッとレイの呼び掛けで我に返り退避する事にした。

 急いでレイに両腕を掴んでもらいながら飛翔し、上昇していくと

 リドとグロスも付近へ接近してきた。

 

 「あー、危なかったな~」

 「奴ラモ敵ウ筈ガナイトイウノニ、呆レタモノダナ」

 「あのモンスターって何なの?」

 「あーあー...俺っちは髑髏の亡者って呼んでる。

  別の名前ならスカルクローラーってとこか」

 「え?いつそんな名前ガ...」

 「今、思イツタンダロウ。俺モ今知ッタゾ」

 

 そんなやり取りをしている最中、何かが飛んで来て慌てて

 回避する。

 それは引き千切られたスカルクローラーの頭部だった。

 先程より増えたスカル・クローラーと一騎当千の状態で戦う

 キングコングにティオナは視線を向けた。

 飛び掛かる直前に両腕を振るい下ろして地震を起こす程の威力で

 拳を地面に叩き付け一網打尽にスカル・クローラーを押し潰す。

 器用に足の指でスカルクローラーを掴むと首を挟んでいる第1趾と

 第2趾でへし折った。

 残る1体をキングコングは大きく振りかぶると73階層の端である

 壁にまで投げ飛ばし、そのスカルクローラーは壁に衝突した衝撃で

 全身から緑色の血を噴き出して絶命し、水面へ落下していった。

 

 ズズゥンッ! ズズゥンッ!

 

 「...えぇ~...」

 

 ギュ ロ ロ ロ ロ ォッ !

 

 その時、キングコングの背後から現われたスカルクローラーと

 思わしきモンスターにティオナは顔を引き攣られた。

 思わしき、というのは、その個体は明らかに先程までキングコングに

 囲っていた個体が小さく思える程、キングコングに負けないくらい

 巨大だからであり、一目では同じ種類とは思えなかったからだ。

 

 「アイツはスカルクローラーの中で1番長生きしてきた奴で...

  スカルデビルっていうんだ」

 「スカルデビル...」 

 

 小さな個体であるスカルクローラーとは違い、キングコングとの

 距離を空けつつスカルデビルと呼称されるモンスターは襲い掛かる

 瞬間を狙っていた。

 長く生きているという事はより知能が高く、どういった攻撃手段を

 すればいいのかわかっている様だ。

 一歩、キングコングが歩み寄った瞬間、目にも止らぬ俊敏さで

 スカルデビルは噛み付こうとして来たので、腕を咄嗟に突き出して

 防御する。

 頭部を拳打してから、振り払うと着地した瞬時にスカルデビルは

 再び噛み付いてくる。

 今度は隙を狙い、首に噛み付いた。

 体を捻らせ、弱体させようとするもキングコングが首部分を

 殴打した事で怯み、動きが止った。

 キングコングは上顎と下顎を掴み、口を開かせて外すと

 顎をそのまま引き裂こうとする。

 

 メキメキメキィッ...! ベキッ! バキッ!

 

 バキャアッ!!

 

 スカルデビルは足でキングコングの両腕を掴んで抵抗する。

 しかし、抵抗虚しく下顎が曲がってはらなない方へ曲がり顎が

 裂かれた。

 悲鳴に似た叫びを上げながらスカルデビルは掴んでいた両腕を

 離してしまい、キングコングが自由に動ける様になってしまう。

 

 ド ガ ァ ァ ア ア アッ!

 

 キングコングは崖にスカルデビルの頭部を叩き付け、力無く

 崩れ落ちる様を見ながら背を向けて離れると、足元に生えていた1本の

 巨木を引き抜く。

 尚、キングコングの足と同じ長さの巨木である。

 樹皮から伸びている枝を、抜刀するかの様に巨木の根元から手で

 剥がし落して構えた。

 

 ギュ ロ ロ ロ ロ ォ オッ!!

 

 ヴ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ!! 

 

 戦意を喪失させずスカルデビルはキングコングへ向かっていく。

 キングコングも同時に向かって行きながら、間合いを詰めると

 巨木を振りかぶり下から上へ勢いよく振るった。

 頭部が跳ね上がり、スカルデビルは舌を揺らしながら倒れ込んだ。

 立ち上がろうとするも、すぐに倒れて瀕死の状態になっているようで

 あった。

 キングコングは巨木の先端を折って、棘状にするとスカルデビルへ

 近づいて行く。

 顔を上げようとしたスカルデビルの頭部を足で押さえ付け、

 巨木を両手で掴むと頭上へ高く掲げ、棘状の先端を胴体へ突き刺す。

 顔を地面に押さえ付けられたまま、スカルデビルは断末魔を上げて

 徐々に発声が弱まり絶命する。

  

 ヴ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ!! 

 

 ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!

 

 勝利した事を告げる様に雄叫びを上げ、ドラミングを始める。

 耳を劈くが如く73階層全体に響き渡り、ティオナは思わず

 耳を塞ぎたくなった。

 しかし、その勇姿を目に焼き付け、その雄叫びを耳に残したいと

 塞ぐ事はしなかった。

 

 

 スカルクローラーが居なくなった場所にティオナ達は再び着地した。

 すると、気配に気付いたキングコングが歩み寄ってくる。

 ティオナはその巨体に圧巻して、呆然としていた。

 

 「キングコング様~!助けてくれてありがとな~!

  この人間がティオナっちだ~!」

 

 フゥーーーッ...

 

 鼻を鳴らし、キングコングは見下ろしながらティオナを見据えた。 

 ティオナは慌てて頭を下げ、お辞儀をする。

 

 「は、初めまして!ティオナ・ヒリュテ、です!

  えっと...す、すごく、強いん、です、ね、ぇ...」

 

 何故、最後の語尾が弱くなったのは、キングコングが屈んで顔を

 至近距離まで近付けてきていたからだ。 

 その瞳は、まるで燃え上がる太陽の様に闘争心を秘めていた。

 再び鼻を鳴らし、ドスンとその場に胡座を掻いて座ると人差し指のみを

 立ててゆっくりと左右に振るう。

 それを見てティオナは何をしているんだろう、と首を傾げるもそれが

 手話であると理解した。

 

 「コノ方ハ俺達トハ違イ、喋ル事ハ出来ナイ。

  ダカラ、コウシテ仕草デ会話ヲ成リ立タセテクレル」

 「捕食者さんと同じ様な感じだと思ってくださイ」

 「あぁ...うん。確かにそう思った。

  えっと...何か用なの、って聞いてるのかな?」 

 「ああ、そうだぜ。

  一応、何の用で来たのかは話したけど、内容まではまだなんだ」

 「そっか。こっちの言葉は通じるのかな?」

 「大丈夫でス。受け答えは問題ありませんのデ」

 

 それなら、とティオナは一歩近付き、キングコングに答えた。

 

 「あたしをリド達と同じ様に鍛えてほしいの!

  絶対に負けたくない相手に勝ちたいから...

  お願いします!」

 

 ティオナはもう一度お辞儀をして、キングコングに懇願した。

 キングコングは顔を顰めたままティオナを見つめ続けた。

 やがて、立ち上がったかと思うと大きく息を吸い込んだ。 

  

 ヴ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ!! 

 

 ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!

 

 雄叫びを上げてドラミングをするキングコングにティオナは

 憤慨しながら拒否していると思って、思わず座り込んでしまう。

 しかし、キングコングは小指を立てて顎を軽く突ついた。

 それがどういった意味なのか、リド達に問いかけようとするが

 先に意味を教えてくれた。

 

 「よかったなティオナっち!いいってさ!」

 「え?あ、い、いいよって意味だったんだ...」

 

 安堵するティオナは尻部分を手で汚れを払いながら立ち上がる。

 そうしてキングコングを師としての特訓が始るのだった。 



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>∟ ⊦''>'、< e’velidui

 アイアム・ガネーシャの出入口からアーディが出てきたタイミングで

 ティオネが声を掛けてきた。

 簡潔に挨拶を済ませると、すぐに本題を投げかけた。

 それにアーディは数秒絶句して、驚愕しながら声を上げた。

 

 「え!?ティオナまだ戻って来てないの!?」 

 「そうなのよ。アイズは先に戻って来たのに...

  あの子ったら、ホントどこまで潜ってるのかしら...」

 「も、もう6日は経ってるんだよね?捜索は...しないの?」

 

 ここで時系列を説明すると、ティオナが門下生となってキングコングとの

 特訓を始めてから5日が経ち、アイズと同じ日付でダンジョンに残ると

 言った日から加算して6日も経ってしまっているのだ。

 ティオネも流石に心配になり、昨日から方々を歩き回りティオナを

 見ていないか知人や最近ダンジョンへ潜った冒険者に聞き込みを

 始めていたのだ。 

 しかし、一向に手掛かりが見つからないと判断してアーディの元へ

 来たのだ。

 ティオネはアーディの問いかけに、ため息をつきながら答えた。

 

 「したいんだけど、もうじきまた遠征が始るから無闇に動けないの。

  だから...アーディ。もしよかったら、今日付き合ってもらえないかしら?

  もし今日がダメだったら、ギルドに捜索依頼を出す事にするわ」

 

 そう頼み込まれてアーディは承諾し、急いでホームを走り自室へと

 急いだ。

 愛剣を腰に引っ提げ、ガネーシャに捜索をする事を伝えて承認して

 もらうとティオネの元へ戻ってくる。

 そして、バベルへと急いだ。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「あぁ、愛おしい...」

 

 第六区画にある巨大なホーム。その屋上でアポロンが天を仰いでいた。

 両腕を広げ、高揚とした表情で何かを求めるように呟いてもいた。

 

 「どれだけ美しい美男女であっても、花であっても宝石であっても...

  あぁ、その美しさにはこの世の美しい全ての物で勝るものはない」

 

 高揚とした顔から今度は涎を垂らして間抜け面を晒す。

 それにヒュアキントスは顔色1つ変えずにいたが、その背後に居る

 他の団員達は嫌悪感以外に感じられない面持ちとなって自分達の主神を

 不快そうに思っているようだった。

 

 「ヒュアキントス、どう思う?」

 「はっ。どう、と仰いますと?」

 「先程言ったこの世の美しい全ての物より、美しい物を手に入れたい。

  しかし...それは手が届かない所にあるとすれば、どうすればいいか。

  お前ならどう思う?」

 「アポロン様が望むのであれば、私達が手に入れ貴方に捧げてみせましょう。

  例え死に直面する事があっても...貴方のためなら命すら惜しくもありません」

 「そうか。実に嬉しい言葉だ、ヒュアキントス」

 

 ふざけんな、と背後の団員達は聞こえない程度に鼻で笑う。

 しかし、アポロンもヒュアキントスも本気で言っていると思い、

 問いかけた。

 

 「質問ですが、その美しいものとは何でしょうか?」

 「もの、ではないな。私が言っている美しいとは美貌の事。

  つまり、私は愛でたい女神を手に入れたいのだよ」

 「...その女神のお名前は?」

 「我々神々の偉大な先達と言われる女神、ネフテュス。

  その星空の様に輝かしい銀の髪、その褐色の肌は実に頬摺りしたくなり、色取り取りな瞳は全てを吸い込む様な魅力を持ち、目の下のタトゥーは可愛らしさを引き立て...」

  

 などとネフテュスを賞賛するアポロンは口を閉じる事を知らない。

 時折、一息ついて口を潤すとまた魅力を語り始める。

 そんな言葉をヒュアキントス以外の団員達は、いい加減勘弁してくれと

 いったような態度を露わにする。

 

 「(...これは時間の問題かな。アイツにも伝えておいて...

   ネフテュス様にも知らせないと...)」

  

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 一方その頃、同じ第六区画にある南西のメインストリートの

 アモールの広場でベンチに座っているパルゥムの少女が居た。

 リリルカだ。随分と気合の入った服装をしている。

 パージした袖によって肩を露出するノースリーブのワンピースに

 胸の下には黄色いリボンを結んでいた。

 水玉模様のスカートに重ねてフリルを配ったスカートを着用しており、

 可愛らしさがより強調されている。

 髪型も下ろしておらず、後ろ髪を片方に結っている。

 いつも履いている古びた靴も、綺麗な買ったばかりの茶色い革靴を

 履いて地面の小石を軽く蹴って、待ち焦がれている様子が窺えた。

 すると、リリルカの方へ走って来る人影を見つけると、リリルカは

 立ち上がって皺を無くすためにスカートを払う。

 

 「よっ。待たせちまってたか?」

 「あ、い、いえ。リリも少し前に来た所なので...」 

 「そっか、ならよかったよ。

  ...その服、似合ってるな。お前にピッタリだぞ」

 「あ、ありがとうございます...ルアン様」

 

 頬を染めるリリルカに自ら発言したのにも関わらずルアンも

 照れくさそうに頬を指で掻いていた。

 初々しい雰囲気を漂わせる2人に周囲に居る男女は微笑ましく

 見守っていた。

 何がどういう事なのかと説明すれば、恋人未満の恋仲なのである。

 遡る事、2日前の午後6時頃。

 帰路を歩いている最中、以前にリリルカが剣を盗んだ事のあるゲドと

 遭遇した。

 というのも、ゲドは以前の事を根に持っておりリリルカの事を

 その日から探し続けていたそうなのだ。

 既にヴェルフ達とは別れてしまっており、1人だけという事もあって

 絶体絶命の危機的状況となったのは言うまでもない。

 怒り心頭となっているゲドは古びた短剣を振り翳し、迫ってきた。

 武器などは没収されているので、拾った物なのだろ思われた。

 足が竦み、リリルカはその場から逃げられなくなっていた。

 その時、何者かに突き飛ばされるとゲドは気を失わされ、

 リリルカは助けられた。

 その助けた人物こそ、ルアンだったのだ。

 助けたリリルカをその後、引き連れて色々な相談をし紆余曲折あって

 お互い惹かれ合った。一目惚れである。

 そして、今回のデートはその時の感謝の気持ちを返すためにも

 する事となったのである。

 ちなみに、現在の服装も奮発して命、春姫と選んで購入した衣服だ。

 

 「そういやアイツ、ガネーシャ・ファミリアに突き出してやったよ。

  もう二度と牢屋からは出られないだろうな」

 「え...?...そ、そうなんですか...」

 「全く。女の子を傷付けようとするなんて屑も同然だよな」

 

 しかし、その言葉にリリルカは抱いていた罪悪感が深々と刺さった。

 確かに危害を加えようとしてきたとはいえ、それは自らの過ちでゲドが

 怒りに身を任せて犯してしまった事なのだと自覚があったからだ。

 こうして悠々と楽しんでいる自分に対し、リリルカは怒りと憎ましさを

 覚えて歯を食い縛る。

 すると、ルアンがどうかしたのかと問いかけてきた。

 これから楽しく話したり、食事をする予定が無くなってルアンを

 ガッカリさせてしまうと思ったリリルカだが、アストレアの言葉が

 過ぎった事で、今自分が言うべき思いをルアンに伝えようとする。

 

 「...あ、あの、ルアン様」

 「ん?」

 「実は...リリは...リリはその...」

 「...ゆっくりでいいから言いなよ。そこに座ってさ」

 「あ...はい...」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 所変わって、アストレア・ファミリアのホームである星屑の庭の

 前にフィルヴィスとナァーザが立っていた。

 何故かと言うと、フィルヴィスはどうしても捕食者にまた会いたいと

 青の薬舗まで相談をしに来たため、見て見ぬふりは出来ないと思った

 ナァーザはネフテュスに連絡を入れた。

 その結果、ネフテュスが話し合う場所を設けるのでそこへ来てほしい

 という指示を出した。

 その場所が星屑の庭であった。

 

 「...聞き直すが、本当に女神ネフテュスと女神アストレアは...

  ど...同性愛、の恋人なのだな?」

 「私の主神様がそう言ってたから、ホントだと思う。

  神々の中では有名な話しみたいだし...」

 「はぁ...そうか...」

 

 と話しながら、出入口の扉をノックしようとする。

 しかし、先に扉が開かれてナァーザは咄嗟に手を引っ込めて後退した。

 フィルヴィスも若干慌てつつも、姿勢を正して扉を開けた人物を

 見る。

 

 「あ...フィルヴィス・シャリア...?」

 「リュー・リオン...以前は世話になったな。

  改めて礼を言わせてほしい」  

 「いえ、こちらこそ。そうでしたか、貴女が件の来訪者だったのですね。

  お話しは窺っていますので、どうぞ中へ」

 「失礼する」

 「お邪魔します」

 

 通路を進んで行き、レストスペースに辿り着いた。

 ソファに誰かが座っていると気付くと、視線をそちらへ移した。

 

 「ん...んぅ...」

 「んぁ...ん...んんっ!?」

 

 濃厚な接吻をしている最中のアストレアはネフテュスの背後に

 居る3人に気付き、目を見開く。

 首元から頭部が真っ赤に染まり、慌ててネフテュスの口内から

 舌を引き抜いた。

 

 「リュ、リュー。こ、これは違うの。

  ネフテュス様がちょっとだけって言ったのに貴女が2人を連れて戻るまで続けてたから」

 「あら?でも、離してくれなかったのはアストレアじゃないかしら?」

 

 図星を突かれたアストレアは更に顔を真っ赤にして口籠もる。

 ふとナァーザはリューとフィルヴィスが全く動かない事に気付き、

 2人の顔を覗き込んだ。

 

 「「...おぶっ!」」

 「うわ...」

 

 その途端、2人は同時に鼻血を噴き出して前方へ倒れるとナァーザは

 腰のポーチから鼻孔を詰められる物が無いか探し始めるのだった。



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>∟ ⊦''>'<、⊦ f’olce

 いきなり倒れた2人が意識を取り戻したのは30分後の事だった。

 大量に流血していた鼻孔からの出血も止って、飲み物を飲用した事で

 落ち着いたようだった。

 やがてフィルヴィスという少女が姿勢を正し、我が主神に話し始める。

 

 「で、では...私はフィルヴィス・シャリア。

  以前にそちらの眷族のおかげで助けられた事があり、その恩は忘れる事はない。

  なので、しっかりと感謝の意を伝えたいと思い来た次第です」 

 「なるほどね...そういう事なら、拒否する理由もないわ。

  出てらっしゃい」

 

 我が主神に応じて僕はフィルヴィスという女性に姿を見せる。

 僕が居る事に気付くと立ち上がって対峙し、すぐに頭を下げてきた。

  

 「6年前のあの時、本当に助かった。

  礼を言わせてほしい。...ありがとう」

 

 カカカカカカ...

 

 僕は彼女の率直な感謝の意を受け入れ、拳を眉に当てる。

 あの出来事は偶然、助けたという形になったと思うのだが

 彼女の意思を無下にはしたくないと僕は気遣う事にした。

 顔を上げてフィルヴィスという少女は手を差し出し、握手を求めて

 きた。

 それに応じて握手をすると、リューという女性はどこか不思議そうな

 面持ちとなって首を傾げているのに僕は気付き、どうかしたのかと

 思ったが問いかける程でもないと気にしない事にした。

 

 「さて...フィルヴィス・シャリア。

  この事はデュオニュソスや同じ所属の眷族には内緒にしてね?

  私の事を彼は苦手だと思っているから...」

 「そう、なのですか...?

  あの方が厭神だというのは、あまり想像つかないのですが...」

 「誰しも自分のそういう所を見せたがらないものでしょう?

  だから、貴女にも悟られないようにしているはずよ」

 

 我が主神の返答にフィルヴィスという少女は頷いて納得してくれた。

 僕も初耳だが、嫌っていると発言していたらそのデュオニュソスという

 神を僕や皆は敵視していたのは間違いない。

 そう思っていると、複数の足音が聞こえ始めて僕は振り返る。

 

 「あっ!捕食者君、おっはよー!

  っと...あれ?貴女、どこかで...?」

 「アリーゼ。こちらはフィルヴィス・シャリア。

  私達と同様、6年前に捕食者に助けられた事がありまして...」

 

 リューという女性が説明をし終えると、アリーゼという女性は即座に

 近付いてフィルヴィスという女性の手を握り、同じ境遇を経験したの

 だと、何故か嬉しそうだった。

 それに当然フィルヴィスという少女は呆然としており、リューという

 女性は頭部を殴りつけて引き離し、後から続いてやって来た輝夜という

 女性達の元に連れて行くと、ライラという女性も一緒になって

 袋叩きにされてしまっていた。

 乱れた髪を直しながらアリーゼという女性はフィルヴィスという少女に

 謝罪をした。

 

 「い、いや、いいんだ。それよりも大丈夫か?」

 「うぅ...貴女の優しさが染みるわぁ...」

 

 抱きつくアリーゼという女性にフィルヴィスという少女は

 戸惑いつつも自身の胸に埋める頭部を撫でていた。

 普通なら少なからず怒るはずだが、そうならない彼女は寛大だと

 僕は思った。

 それに対する様にリューという女性達は怒り心頭となっている

 

 「何ですかぁその言いぐさはぁ?

  それではまるでわたくし達がお伽噺に出てくる悪女みたいではありませんか」

 「シャリア、その虚け者をこちらに渡してください。

  今すぐ仕置きを執行します」

 「反省するまで尻引っぱたき続けてやるからな」

 「いやぁ~~~~!フィルヴィス助けて~~!」

 「え?なぁ!?」

 

 3人が同時に迫り寄って来て、フィルヴィスという少女は

 巻き込まれるのはごめんだ、と逃げようとするもアリーゼという女性が

 腰から離れず追いかけられる羽目となった。

 僕はクローキング機能で姿を消し、少し離れて傍観する事にした。

 ナァーザは周囲の騒ぎを気にせずに飲み物を静かに飲んでいる。

 しばらくして、アストレア様が手をパンッと叩き、注目させると

 全員が動きを止めた。

 

 「そろそろ、静かにしましょうね?...わかった?」

 「「「「「は、はい」」」」」

 

 僕は一瞬だけ見えたアストレア様の気迫に思わず、身構えそうになって

 しまった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...知性を持つモンスター、ゼノス...ですか。

  ...聞くだけでは信じ難いのですが...」

 

 フィルヴィスは紅茶を一啜りして、ネフテュスの真意に思考を

 巡らせた。

 本当なのであれば、信じる他ないが確信を持てない以上そうはいかない

 からだ。

 しかし、唐突に目の前にレイの姿が立体映像として投影され口に

 含んでいた紅茶を噴き出してしまう。

 咽せながら落ち着こうと深呼吸をして、立体映像とネフテュスを

 交互に見る。

 

 「彼女がそうよ。これは記録したものだから話せないけど、見ていればわかるわ」

 「...は、はい」

 

 そう言われてフィルヴィスは口を閉じ、言う通りに見る事にした。

 映像が動き始めてレイは歌声を室内に響かせる。

 その美しい歌声にフィルヴィスはもちろん、初めて聴く事になった

 アストレアやリュー達も聞き入っていた。 

 レイが歌い終えると、映像が消えてネフテュスはその場に居る全員の

 顔を窺ってレイの歌を気に入ってもらえたと嬉しそうにした。

 

 「どうだったかしら?」

 「...とても素晴らしく、美しい歌でした」

 「ホントホント!私も初めて知ったからビックリしちゃったわ!」

 

 興奮気味に話すアリーゼにリュー達も頷いていた。

 捕食者は知っていたので頷きはしていなかったが、美しい歌だったと

 答えたフィルヴィスに共感はしていたようだった。

 

 「...そのゼノスという存在もデュオニュソス様には」

 「ダメ。絶対によ?

  いずれ世界に存在を知る様に浸透させるつもりだから...

  その時が来るまでは...ね?」

 「わかりました。自身の主神に烏滸がましい行いかと思われますが...

  命の恩人の主神であるそちらの意向も同様に重大と受け止め、約束します」

 「ありがとう、フィルヴィス。

  貴女みたいな子供が眷族でデュオニュソスは幸福ね」

 「い、いえ、そんな...」

 

 恥ずかしがりながら顔を赤らめるフィルヴィス。

 そんなフィルヴィスにネフテュスとアストレアは微笑んでいると、

 アリーゼが突拍子な事を言い出した。

 

 「じゃあ、今からレイに会いに行きましょ!

  折角だしフィルヴィスとナァーザもどう?」

 「は?」

 「いいよ。丁度、薬品の素材を探しに行こうと思っていたから。

  でも、装備を取りに行かないと」

 「じゃあ決まり!さぁ皆!準備をしてバベルの中央広場に集合したら出発よ!」

 

 一人勝手に決めたアリーゼは自室へと急ぎ、その場に残された

 フィルヴィスは開いた口が塞がらなくなってしまっていた。

 そんなフィルヴィスの肩にポンと乗せてきたリューが申し訳なさそうに

 言い放った。

 

 「申し訳ありませんが...一度決まってしまった事をアリーゼが曲げる事はありません。

  なので、付いて来てください」

 「...えぇ...」

 

 困惑の声だけしか出ないフィルヴィスに、輝夜とライラは思わず

 吹いてしまっていた。

 アストレアは苦笑いを浮かべ、ネフテュスは可笑しそうにクスクスと

 笑っているのだった。



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>∟ ⊦''>'<、,< c’lumusi

 1体、2体、3体と続けて急所である眉間を貫かれたバグベアーが

 その場に崩れ落ちる。

 素早く動き襲い掛かるのがバグベアーの特徴だ。

 しかし、それよりも速くナァーザが倒すのにフィルヴィスとリューは

 度肝を抜かれていた。

 捕食者の武器を貸していると事前にネフテュスから聞いていたとはいえ

 ここまで圧倒するとは思ってもみなかったからだ。

 ボウガンと思われる武器から放たれた矢はナァーザが何かしらの

 操作をした事で、自動的に手元へ戻っている事にも驚いていると、

 誰かに呼ばれた気がして振り向くが誰も居ない。

 気のせいかと思われたが、今度は確かに背後から声が聞こえてきて

 思わずティアーペインを構えた。

 しかし、捕食者が手を掴んできて制止させられるとフィルヴィスは

 警戒しながらも構えを解く。

 声の主はフィルヴィスが構えるのを止めたと確認すると、捕食者の

 様にどこからともなく姿を現わした。

 その正体はレイだった。以前に貰い受けたシフターという装置で

 姿を消して出迎えに来たそうだ。

 

 「初めましテ、地上のお2人。私はレイと言いまス」

 「ナァーザ・エリスイス。ナァーザって呼んでいいよ」

 「...フィルヴィス・シャリアだ。同じくフィルヴィスで構わない」

  

 レイは頷いてしっかりと2人の名前を覚える。

 それから、不思議そうな面持ちで問いかけた。

 

 「その、失礼かと思われますガ...

  あまり驚かれないのですネ...?」

 「い、いや、これでも少しは驚いているぞ?

  事情は説明してもらっているので、そこまで混乱はしていないが...」

 「うん。でも...彼らの素顔を初めて見た時と比べたら...」

 「あァ...なるほド...」

 

 フィルヴィスは捕食者の素顔が気になり、問いかけようと思ったが

 星屑の庭でネフテュスから聞いた話を思い出す。

 成人となるまで例え協力者であっても素顔は晒さない事、会話もしては

 ならないと彼自身が定めた事を。

 なので恐らく、別の捕食者の素顔を見たのだと判断して問いかけるのは

 止めておく事にした。

 いつか、彼が成人となって素顔を見せてくれる日まで、待つために。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「あぁぁ~~~...この暖かさが心地良いわね~。

  ずっとこうしてたい~」

 「ご、ご迷惑でしたら、すぐにでも引き剥がしますので...」

 

 ゴルルルル...

 

 グリューの首辺りに寝そべってアリーゼは夢心地となっており、

 リューは機嫌を損ねさせてはならないと思いながらそう言った。

 しかし、グリューは満更でもなさそうであり、喉を鳴らした。

 

 「気にしてないってさ、リュっち」

 「リュ、リュっち...」

 「そう気張らなくてもいいから、ゆっくりしてくれよ」

 「そうそう。リュっちはいつもお堅いんだから~。

  もう少し物腰柔らかくしなさいって」

 「わ、私はオラリオに住む人々のためを思って...!」

 

 隠れ里に着いて早々、温かく迎え入れてくれたゼノス達が歓迎を宴を

 開く事となったのでアリーゼ達は賛同する事となった。

 フィルヴィスは最初こそ沢山居るゼノス達に戸惑いを隠せずにいたが、

 リューに心配はいりません、と然も当然の様にアルルを抱っこしながら

 危害を加える存在ではない事を認識させてもらい宴に加わった。

 席となる段差に座った際、隣に居たヘルガを見て無意識にそっと頭を

 撫でる。

 ヘルガはそれに嫌がる様な素振りは見せず、喉を鳴らしてご機嫌に

 なるとフィルヴィスは自然と顔を綻ばせた。

 すると、ナァーザが羨望の眼差しで見ているのに気付くと、

 フィルヴィスは代ってあげた。

 お礼を言うや否や撫でるだけに留まらず、頬摺りや顔を背中に

 埋めて吸ったりするナァーザにヘルガは驚いて逃げだそうにも

 ナァーザが抱きついていて逃げ出す事は出来なかった。

 用意が整ってからリドが乾杯の音頭を取り、宴が始ったのだ。

 

 「ふむ...この酒、中々に美味なる上物ですなぁ。

  初めて堪能する味わいと思います」

 「ホントにな。まさかどっかで買ってきたとかじゃないだろ?」

 「こちらは19階層から24階層に生えている特定の木の中に溜まっていル、樹液と言えばいいでしょうカ?

  それを集めて発酵させる事でお酒にしているんです」

 「すげぇ...手は加えてるけど、天然の酒って事か。

  味も良いし、オラリオで売ればそれなりに稼げそうだな」

 「そうでしょうねぇ...ちなみに、あそこに置かれている物は何でしょうか?」 

 

 レイは輝夜が指した方を見る。

 それは、以前遭遇したゴールデン・ラビットゴールデン・ライノスを

 倒した際に拾った幾つもの角で無造作に置かれていた。

 暗がりでも焚き火の灯りで煌めくその艶やかさは、一際目立っていた。

 レイは翼を腕に変え、置かれている角のそばに居た同胞に1本を

 投げ渡してもらうとライラと輝夜にそれを手渡す。

 ライラは感触とズッシリ手に乗った重さで絶句してしまった。

 

 「...マジか。金で出来てるぞこれ」

 「ほほぉー...。...こちらはもしやお仲間の遺品か何かで?」

 「い、いえいエ。倒したモンスターが落した物で...

  武器に使えるかと思い拾ったのですが、中々難いものですから放置していたんです」

 「お願いしますお譲りくださいませ」

 「代わりに欲しいもんをやるから頼む」

 「効くかわからないけど薬草をあげるから1本だけでも」

 「お、お顔を上げくださイ!3人方!」

 

 ライラと輝夜の隣にしれっとナァーザも混じって土下座をしながら

 懇願した。

 レイは全部あげますから、と土下座する3人を止めるために

 そう答えるしかなかったのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 つい数日前に、宴をしていたのは記憶に新しい。

 アリーゼといいう女性達は思い思いにゼノス達と楽しんでいるのを

 眺めていて、ふとティオナという少女がこの場にいないのかと周囲を

 見渡す。

 ここへ来た時点で近寄って来なかった事から居ないと、察するべきだと

 思うが、念のためだ。

 しかし、居ないとわかって地上へ戻ったのだと判断する。

 

 「誰か探しているのか?」

   

 すると、フィルヴィスという少女が近寄って来て声を掛けてくる。

 僕は紙にティオナという少女が居るのかを確認していた事を書き記し、

 それを渡した。

 フィルヴィスという少女は頷くと、近くを通り掛かったラーニェという

 ゼノスに彼女は居ないのかと問いかけてくれた。

 

 「...誰にも言わないと約束しろ。人間と我々ゼノスの関係性を崩しかねないのだからな。

  それと...本来、お前には内密にしてほしいと言われていたんだ。

  だが、知りたいのかはお前次第としよう」

 

 そうだったのか...

 ...僕次第なら知る権利はあるな。

 

 「...ああ。誰にも言わないと誓うと言っている」

 「...今、73階層に居て我々ゼノスの最も古い存在に鍛えてもらっている。

  捕食者との勝負に負け、強くなりたいと頼み込んできたからな」

 「ちょっと待ってくれないか?73階層?...37ではなく? 

  73と言ったか?」

 「そうだ。73階層で間違いない」

 「...そこへ行くのは、お前達にとって、普通の事か?」

 「まぁな。ただ、人間が知り得ない道順でなら向かう事が出来る」

 「そういう事か...納得はしたが、73階層とは驚きだ。

  人間である私達でも精々、58階層が限界なのだからな」

 

 ...やはりこの地球の文明レベルや力ではそこまでなのか。

 僕らもダンジョンの最深階へ直接向かった事はないが、その気になれば

 いつでも向かう事は出来る。

 それはともかくとして...僕は鍛えているという彼女の様子を問い

 かけるようフィルヴィスという少女に書き記した紙を渡した。

 

 「...ティオナ・ヒリュテはどんな様子だ?」

 「さぁな、私より連れて行ったリド達に聞いた方がいいだろう。

  ...ついでに言っておいてやる」

 「ああ、すまない。感謝する」

 「...別に」 

 

 ラーニェというゼノスは振り向かずにそう言い残し、リドという

 ゼノスの元へ向かって行った。

 ...不器用なところが、どことなくウルフに似ていると思った。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦' H'ewrl B'yrdo

 「ティオナっちなら頑張ってるぜ。あのキツ~~イ特訓に何とか付いて行ってるからな。

  しばらくは戻って来ないと思う」

 

 リドというゼノスから話を聞き、僕はどんな事をしているのか

 気になった。

 なので、フィルヴィスという少女に特訓をしている彼女を見たいと

 伝えてもらいレイというゼノスが案内してくれる事となった。

 向かった先で騒がしくしないためにもフィルヴィスという少女には僕が

 73階層へ向かう事は黙っているようにと身振りで伝える。

 

 「わかった。特にローヴェルには気をつけよう」

 

 その通りだと思いながら、承諾してもらえたので誰にも気付かれない

 内にレイというゼノスと同時にクローキング機能を起動させ73階層に

 続く通路へ入って行く。

 

 「んへへ~。フィルヴィス~?ひっく...楽しんでる~?」

 「...あ、ああ...お前も随分ご機嫌だな」

 「私はんぅ、いつだってご機嫌よ~!

  今は特にね~。良い気分だわ~んふふふ~...」

 「(...絶対に黙っていなければならないな)」

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 レイと捕食者は73階層を目指して未開拓領域を進みながら、

 話していた。

 話すと言ってもレイが問いかけ、それに捕食者が頷いて答えると

 いったような、とても静かな会話である。 

 

 「ティオナさんが特訓を終えテ、再挑戦を挑んで来ましたラ...

  捕食者さんは応じますカ?」

 

 カカカカカカ...

 

 「そうですカ、それならティオナさんもきっと喜ぶでしょうネ。

  強くなって貴方とまた勝負をしたいと言っていましたから」

 

 それを聞いた捕食者はレイの顔をジッと見つめ、何か思い当たった様に

 見えたが顔を前に戻した。

 レイは気になって問いかけようとしたが、巨大な盆谷が見え始めたので

 捕食者を問いかけるのは止め、運ぶ事に専念した。 

 この盆谷、実は73階層よりも更に下の階層への近道となるのだが、

 非常に危険なため絶対に入ってはならないのだそうだ。

 曰わく、降りている際に光が見えてその光に飲み込まれると急に体が

 引っ張られる様な感覚となる。

 それから下の階層に出ると、天と地がひっくり返ったかの様にそのまま

 地面に叩き付けられそうになった事があるらしい。

 その近道となる盆谷を越え、レイと捕食者は次なる下の階層へ降りて

 行った。

 肺が凍るとティオナが言っていた極寒の氷で形成された洞窟を捕食者は

 寒がりもせずにいるので、レイが寒くないのか問いかける。

 捕食者は網状の衣服を示して、親指を立てて寒くないと答えた。

 左右が溶岩の壁となっている通路を渡る際も、暑くないと答える。

 しかし、唐突にその通路が存在する72階層に出たいと伝えてきたのに

 レイは慌てて止めさせようとする。

 

 「き、危険でス!ここの階層のモンスターにリドやグロスでさえ殺されそうになった事があるんですかラ...」

 

 レイは鮮明に蘇ってきた記憶。

 それは無惨にも傷付けられ気息奄奄となっているリドとグロスの

 姿だった。

 まだキングコングも各階層を行き来出来ていた頃だったので、

 モンスターを倒す事は出来たが二度と自分達で歯が立たないと思われる

 モンスターが居る階層には出ないと決めたのだ。

 それを教えたが、捕食者は頑なに72階層へ出ると伝えてくる。

 レイは困りに困った挙げ句、少しだけという条件で72階層へ通じる

 脇道の穴から出た。

 マグマが流れているので想像通り、そこは活火山の内部と思うかの様な

 溶岩で覆い尽くされている空間となっている。

 先程通過した氷の洞窟は肺が凍ると言われていたが、その空間では

 肺が火傷すると言えるだろう。

 捕食者は周囲を見渡し、どの様な環境となっているのか隈無く見ている

 ようで足元に転がっている石を拾ったりしていた。

 

 「あ、あノ、あまり長居はしない方がいいですかラ、そろそろ...」

 

 ギュ ァ オ ォ オ オーーーッ!

 

 「っ!上ですっ!」  

 

 捕食者は頭上から降ってきた羽毛の生えていない鳥形のモンスターを

 視界に捉える。

 それと同時に左肩に装備している武器の砲口も上に向け、照準を

 合わせて青白い光弾を発射した。

 

 ドゴォ オ オ オ ン ッ!

 

 青白い光弾は命中し、モンスターの胸部を魔石諸共破裂させ一撃で

 仕留めた。

 捕食者はレイの傍に近寄って、また襲って来ないかを警戒しながら

 右腕の武器を装備する。

 

 ギュ ォ ァ ァ ア ア アーーーッ!

 

 けたたましい鳴き声が空間に響き渡る。

 上を見上げれば同種のモンスターが飛び交い、狙いを定めて

 向かって来ようとしているのがわかった。

 捕食者は円盤状の武器を持ち、迎え撃とうとしたがレイに腕を

 引っ張られる。

 

 「早く出ましょウ!あの数では本当に殺されてしまいまス!」

 

 ...グルルルルッ!

 

 「あっ...!」

 

 ヴオ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

 

 捕食者はレイの腕を振り解くと、前に躍り出て咆哮を上げた。

 羽毛の生えていない鳥形のモンスター達はその咆哮に気付くや否や

 一斉に急降下してくる。

 捕食者は円盤を投げてから急降下してくるモンスターを惹き付けようと

 空間の中央へ走った。

 円盤は直進しながらモンスターの頭部を斬り落とし、弧を描く様に

 落下していく。

  

 フォシュン! フォシュン! フォシュン!

 

 ドパァアンッ! ドパァアアアンッ! ドパァンッ!

 

 捕食者は左肩の武器で次々とモンスター達を撃ち落としていき、

 落下してきた円盤を掴み取って、着地してから隙を突いて飛び掛かった

 モンスターの首を斬り裂いた。

 急降下して向かって来る1体を確認すると、砲撃せず鋭い爪で捕まる

 寸前の所で跳び上がって回避し、盛り上がった背中の棘にしがみ付く。

 

 ギュ ァ ォ オ オーーッ!

 

 ザシュッ!

 

 羽毛の生えていない鳥形のモンスターはそれに驚き、翼を羽ばたかせて

 上昇していくが捕食者は手を離さず、モンスター達が追いかけて来て

 いるのを確認するとモンスターの首を斬り落とす。

 首を失ったモンスターの体は落下していき、捕食者も落ちていきながら

 照準を合わせて左肩の武器の砲口を、自身に向かって来るモンスターの

 大群目掛け、集中砲火を浴びせた。

 

 ド ガ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ンッ!!

 

 モンスターの大群は青白い光弾の集中砲火により半数が消滅し、更に

 捕食者が投げ捨てた物体が大爆発を起こし、残る半数のモンスターも

 大打撃を受けた。

 捕食者は着地して再び円盤を手にするが、生き残っていた羽毛の生えて

 いない鳥形のモンスターは散り散りとなって逃げ去っていくのが見えて

 円盤を専用のケースに収める。

 

 「...すごイ...」

 

 レイは捕食者の圧倒的な強さに、ただ呆然とするしかなかった。

 地面に落ちていた幾つかの魔石やドロップアイテムを拾い終えた

 捕食者はレイの所へ戻って来る。

 ハッと我に返ったレイは、未開拓領域に入る穴へ戻るように伝え、

 73階層へ再び向かうのだった。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦>∟ ⊦ c'onsydewlutyon

 「本当に見かけてないのね?」

 「だからそうだって言ってるだろ?

  6日間もここに居たってなら一度くらいは見てるはずだしよ」

 「じゃあ...どこで寝泊まりして、食べ物は何を食べてたのかな...」

 

 リヴィラの街でティオナが滞在していないのかを調べていたが、

 全く手掛かりが無いという結果にティオネは焦りを見せていた。

 一方でアーディは行方不明になったと断定する他ない事に不安を

 募らせる。

 ボールスも2人の話を聞いて、真剣になりリヴィラの街の住人や

 18階層へ辿り着いた冒険者を集めるとティオナを見かけた者が

 居ないか若干脅し気味に問いかけた。

 しかし、それでもティオナに関する情報は手に入らず、ティオネと

 アーディは気落ちするしかなかった。

 長時間探していたので、少し休息を取ろうと酒場へ入った。

 

 「...死んだって事はあり得ないから、まさかとは思うけれど...

  あの子、50階層まで潜ったんじゃ...」

 「でも、それならアイズとリヴェリア様がすれ違うはずだし...

  ...正規ルートに居なくて、未開拓領域に入って行ったとか?」

 

 アーディの間違っていない考察にティオネは少し考えてから、首を

 振って否定する。

 ファミリアの規定でもし見た事のないルートへ続く出入口を見つけた

 場合は必ず1人では入らず、ホームへ戻って来て報告する事と言われて

 いるからだ。

 なので、落ちた場合は別として未開拓領域へ入ったとは考え難く

 姉としての願望も含めてアーディの考察を否定したのだろう。

 それからしばらくお互いに無言となり、ティオナがどこへ行ったのかと

 いう話は途切れてしまった。

 ただ居座るのは図々しいという事で、注文したフルーツジュースが

 運ばれて来るとアーディは一啜りし、ため息をつく。

 

 「...ティオナは...捕食者の事、どう思ってるのかな」

 「...いきなりね。そんな事聞いてくるなんて、どうかしたの?」

 「別に...気になっただけで...

  私は捕食者の事を許せないって思う気持ちがあって、ティオナは...助けてもらったから親しくしようとしてるっていうのはわかるよ?

  ただ、それ以上に接しようとしてる感じがして...」

 

 ティオネはアーディの言葉に、どこか不安げそうな表情となり目を

 伏せた。

 それを見逃さず、アーディは何か思い当たる節があるのかとティオネに

 問いかける。

 

 「私達の習性がどんなのか知ってるわよね?

  それを元に考えると...」

 「...嘘でしょ?だって、あのティオナが...

  異性に対して興味が無いってティオネがそう言ってたよね?」

 「そう。だから、姉として不覚と思ってるのよ...

  というか私自身、自覚があるから余計にそう思ってるわ...」

 

 恋は盲目。それをティオネが自覚している。

 フィンに惚れ込んだ事で以前の自分を捨て、変わろうと努力をして

 きたと覚えがあるのだ。

 そして、ティオナも強くなり、変わろうとしている。

 自分がフィンに認めてもらおうとしているように、妹も捕食者に

 認めてもらおうと頑張っているのだと。

 それを聞いてアーディはテーブルに突っ伏すと、3回強く天板を

 拳で叩いた。

 

 「...よりにもよって...はぁー...

  ...そっか。気を遣わせちゃってたんだなぁ。

  年上のお姉さんなのに気づいてあげられなかったなんて、情け無いよ...」

 「いいえ、実姉である私の方が情け無いわ。

  ...それを踏まえてアーディは、捕食者の事を許せないかしら?

  今後、顔を合わせる度に気まずくなるわよ」

 

 ティオネの発言からして、色々と察するアーディ。

 恋人になるという前提で今後も会う事になるのは必至であり、

 顔を見合わせた際、気まずくなると理解したからだ。

 しかし、そう簡単に割り切れる程の気持ちではないアーディは

 どうするべきか考え始める。

 考えに考え、閉店間際となってようやく答えた。

  

 「...ティオナを泣かしたら、一生許さない事にしよっかな」

 「あら、奇遇ね。私も同じ事考えてたわよ」

 

 そうしてティオネとアーディは笑い合うと、酒場を後にした。

   

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 「ったく、アイツからポーションか何か貰ってから別れるんだったな」

 「今更言っても仕方ありません。大人しく宿泊先で休みましょう」

 「あれ?リオン?」

 「っ!?ア、アーディ...?それに...」

 「ありぇりぇ~~~?あーりぃとてぃろねりゃらいのぉ~」

 「...ア、アリーゼ?」

 

 ティオネとアーディの視野に入ってきたのはアストレア・ファミリアの

 主力である4人と、呂律が回っていないアリーゼを背負っている

 フィルヴィスだった。

 その中で2人を見たライラは顔を逸らして困ったと誰が見ても

 わかる顔をしていた。

 

 「うわぁ、最悪なタイミングで...」

 「んへへぇ、めずりゃひいふみあわひぇりゃな~い?

  ぃっく...ふひゃりでれーとしてたのぉ?」

 「...一体どうしたのよ?」

 「...天然の酒を見つけた際、自身の容量を考えず呑んでしまったんだ。

  おかげでこの有様といった具合、に!?」

 

 言葉を詰まらせるフィルヴィスにティオネとアーディ、残る3人は

 首を傾げた。

 何があったのかというと、アリーゼがフィルヴィスの胸を鷲掴みに

 していたのだ。

 

 「んぅ~...これはなかなか、リオンよりあるぅ...」

 「...は、早く宿の部屋に放り込もう」

 「そっ...そうしましょうか。ではお2人、これにて失礼します」

 

 珍しく慌てそうになる輝夜にリューとライラは頷き、急ぎ足で宿へと

 向かおうとした。

 通り過ぎる際、ティオネはティオナの事について問いかける。

 

 「ねぇ。うちのティオナ知らない?実は行方知れずになってて...」

 「いえ、残念ながら見かけた覚えは...

  捜索依頼を出していただけたら、是非協力させてください」

 「そう...わかったわ。ありがとう」

 

 はい、と返事をしたリューはそそくさと先に進んで行った輝夜達を

 追いかける。

 ティオネとアーディは5人を見送りながら、リヴィラの街の出入口へ

 足を進めた。

 

 「天然のお酒って、どこにあるんだろうね?」

 「さぁ...湧き水みたく出てるのか、樹液みたいに木から出てきたんじゃないかしらね」

 「あー、なるほど...」



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>∟ ⊦''>∟ ⊦>'<、⊦ P’ructysew

 アストレア・ファミリアとフィルヴィスという少女と17階層で

 別れる事となった数時間前。

 僕は73階層へ辿り着いた。

 

 「あそこの中央にある島にティオナさんは居ますヨ。

  ですが、ラーニェが話した通リ...貴方には内緒にと言われていますので、覗くだけにしましょうネ?」

 

 カカカカカカ...

 

 「ありがとうございます。では...」

 

 すっかり僕との意思疎通にも慣れてくれ始めたレイというゼノスは

 翼を羽ばたかせ、宙に浮くと腕を落さない程度の力で掴む。

 バレないように島の縁となる崖に着地するとクローキング機能で

 姿を消し、再びレイというゼノスに運んでもらい始めた。

 幾つかのエリアに分かれて様々な種類の木が生い茂る森林を飛び越え、

 何も無い開けた平地まで飛行すると、黒い巨大な影が動いているのが

 見えた。

 レイというゼノスに滞空してもらうよう腕を掴んでいる足を叩き、

 僕はヘルメットのゴーグルの視野を拡大する。

 ...何て大きさだ、と僕はその時思った。

 最強のゼノスという存在であり、キングコングと呼称される

 ゴリラのモンスター。

 体高は103M。重量は515tといったところだった。

 ゴリラと違い、人間の様に仁王立ちをしながら下を見下ろして、

 何かを見ているとわかり、僕は視線を下へと向けた。

 

 「あっ。あそこにティオナさんが居ますネ」

 

 レイというゼノスの言う通り、ティオナという少女がキングコングの

 足元で何かをしていた。

 

 ドガァッ! ドガァッ! ドガァッ! 

 

 ここからでは見え辛いため、少し移動してもらうとティオナという

 少女が巨大な岩を一心不乱に蹴っている姿を見て僕は目を疑った。

 蹴り付けている両足は皮膚がズタズタに裂け、剥けており岩の破片が

 刺さったままで血みどろとなっていた。

 更には力加減も考えず、足が折れんばかりに蹴っていた。

 あんな事をして何か意味があるのかと僕は思っていたが、ふと足元に

 散らばっている岩の破片に気付く。

 ティオナという少女が居る位置から3M弱といった後方まで落ちており

 それが元々の岩の大きさだったのだとわかり、5日間も蹴り続け、岩の

 表面を削っていたのだとも理解した。

 やがて、キングコングというゼノスがパンッと手を鳴らし、止めるよう

 指示を出した。

 

 「っ!ハァッ!ハァッ!っく、ハァ...ッ!」

 

 ティオナという少女はその場に崩れ落ち、身を縮ませて足に走る

 激痛に耐えているのが考えなくても、見ているだけでわかった。

 ティオナという少女は悶えながらも上半身を起こし、両足の皮膚に

 刺さっている岩の破片を取り除き始めた。 

  

 「ふ、っぐぅうううっ...!」

 

 痛みを堪えているために歯を食い縛り、時折拳を握り締めて

 息を荒くしていた。

 改めて確認して見ると、白い骨が小さく覗いて見えるとわかった。

 防具も何も無しに蹴っているので、そうなるのは当然だろうと

 僕は思った。

 刺さっていた岩の破片を取り除き終えると腰に括り付けていた竹を

 手にして先端の断面にある突起を抜いた。

 見れば、すぐ近くにもいくつも同じ竹が置かれてあった。

 竹を足の上で傾けると、その穴から水が流れ落ちてきた。

 水を掛けた箇所から血が洗い流され、更に見る見る内に足の傷も

 治り始めていた。

 恐らく、以前に見た人魚の血が水に含まれているのか、若しくは

 水そのものの効力なのかもしれないと僕は推測した。

 

 「っぶはぁ!はぁー...はぁー...」

 

 その水を飲んで体力も回復したのか、先程まで疲労していた彼女は

 息をついて落ち着いていた。

 しばらくすると、キングコングというゼノスがまた手をパンッと

 鳴らしてティオナという少女は立ち上がり、気合を込めた叫び声を

 上げると再び岩を蹴り始める。

 

 ドガァッ! ドガァッ! ドガァッ! ドガァッ!

 

 岩の表面が砕け、破片が飛び散る事で足元に落ちている範囲が

 更に広がっていく。

 あのまま続けていれば、また骨が見える程に皮膚が裂け、剥けたりして

 血を流すのは分かりきっていた。

 それでも彼女は強くなるために、自らを傷付けて必死になっているの

 だと僕は感服した。

 ...そして、思った。僕は彼女以上に強くなろう、と。

 僕はレイというゼノスに出入口のある崖へ引き返すように伝え、

 急いで隠れ里へ向かった。

 レイというゼノスを置いて行きそうになる程、とにかく急いだ。

 そして、隠れ里まで戻ると僕はフィルヴィスという少女に先に

 地上へ戻ると伝え、レイというゼノスにもそれを伝えると言った通り

 出入口へ入って行った。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 地上へ出て、鍛冶師が住んでいる小屋に羽毛の無い鳥から得た

 黒く鋭い嘴や爪を贈呈し、エイナという女性宛の手紙をギルドの

 ポストに出してから僕はマザー・シップに戻った。

 通路を進んでいると、ヴァルキリーから我が主神がお呼びに

 なられていると聞かされて、僕はオープンスペースへと足を運び、

 玉座に座る我が主神に話を窺った。

 

 「貴方の成人の儀を執り行う日取りが決まったわ。

  10日後にカイオス砂漠にある聖地で始めるわ」

 

 カイオス砂漠は南東の方角に存在する砂海で、以前に調査した際

 聖地を発見した場所だ。

 どこの部族かは不明だが、間違いなく皆の建築技術によって造られた

 聖地となるピラミッドがあったと聞いた。

 僕は承諾してから、ある事を提言した。

 しばらくの間、他の惑星へ渡り修練を積みたいと。

 モンスターは価値のある獲物は存在するが、正直に言えば外れと

 出会わす方が圧倒的に多い気がする。いや、多いと明言しよう。 

 どれだけ深く潜っても、バーナーどころかリスト・ブレイドで

 対処出来てしまってはあの価値が高い獲物と比べても相手にならない。

 今回も72階層で襲い掛かってきた羽毛の無い鳥も雑魚だった。

 他の惑星やパラレルバースへ転移し、そこに存在する惑星に棲む生物と

 戦いたいと思ったので、我が主神にその意図を伝えた。

 

 「そうね...わかったわ。その提案を許可しましょうか。

  じゃあ、9日の間に一段と強くなる事を祈るわ」

 『ありがとうございます』

 

 我が主神の意向に感謝し、僕は首を垂れる。

 そうして僕は我が主神の前から下がり、オープンスペースから

 離れた。

 

 「...ふふっ。ティオナが良い起爆剤になってくれたわね」

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 今回はゼノス達を救出へ向かった時とは違い二週間近く宇宙空間や

 各惑星で過ごす事になるため、入念な準備をする事にした。

 まずはビッグママに武器のメンテナスと新たな武器の新造をして

 もらおう。

 鍛冶場に赴くとビッグママに今まで使ってきた武器を渡して、

 新たな武器を要望する。

 すると、ビッグママは僕に付いてくるよう言ってきて、僕はそれに

 従った。

 普段ビッグママも行かない鍛冶場の奥へと入って行き、灯りが

 付くと、そこには古びた旧式の鍛冶設備が存在した。

 僕はここが何なのか問いかけると、ビッグママはストーリッジから

 何かを取り出しながら教えてくれた。

 ここは神聖な武器であるスピアを創生するための鍛冶場であり、

 ストーリッジから取り出した母星でのみ採取出来る鉱石を僕に見せて

 これからスピアを創り出そうと言った。

 僕が成人の儀を10日後に迎えるというのは周知となっていて、

 ビッグママはスピアを創るための素材を用意してくれていたそうだ。

 僕はとても嬉しく思い、ビッグママに感謝の意を伝えた。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦ ̄、⊦ C'onby Stycku

 ガギィンッ! ガギィンッ! ガギィンッ!

 

 土台に固定した円筒状に長い鉱石を専用のハンマーで叩き、表面の

 出っ張りを窪んでいる箇所に合わせて平らにしていく。

 厚みは十分にあり叩き過ぎても形状が歪んだりはしない、と

 ビッグママが教えてくれたので、力一杯叩き続けた。

 圧力を掛ける程、硬質となる。

 

 ギャリリリリリッ... ギャリリリリリッ...

 

 時折表面が平行になってきているか、硬度が全体的に均等となって

 いるかを確認して、約50Cのファイルで研磨していく。

 グラインダーなど自動式の道具でスピアを創る事は、掟において

 伝統を貶すに等しいと言っていた。

 全て自らの手で創り上げ、成人の儀を得てから獲物を狩り続ける事で

 神聖且つ狩人としての象徴的な武器とされてきたんだ。

 スピアの正式名称はコンビスティックと言い、種類はセレモニアル、

 クラシック、レイテストの3つとなる。 

 レイテストは3段伸縮式の様々な機能を搭載する事が可能な最新型で、

 グリップの両端が左右非対称となっており穂先は二股に分かれている。

 クラシックはレイテストが開発される前まで普及されていた、全体が

 やや太めでスパイク、ポール、グリップのレイテストと同様に

 3段伸縮式となっている。

 セレモニアルは最も伝統的な装飾を象る形状で、2段伸縮式の造形が

 全体的に細くグリップの両端には小さな刃が付いている。

 形状などは違えど、3種共に自動的に手元へ戻ってくる機能が付いて

 おり、プラズマのエネルギーによる攻撃手段も搭載している。

 スカー達5人は伝統と名誉を重んじているので、セレモニアルを

 選んでいた。

 なので、僕もセレモニアルにしようと思った。

 しかし、ビッグママから伝統と名誉を重んじるのは良い事だが、

 新たな世代としてレイテストを選ぶのも悪くない、と提言を受ける。

 僕は研磨を止め、どうするか悩んだ。

 そして、ある事を思いついてビッグママに伝えた。

 ビッグママはそれを承諾してくれて、ストーリッジから別の素材を

 譲ってくれた。

 

 ギャリリリッ ギャリリリッ ギャリリリッ

 ガギンッ! ガギンッ! ガギンッ!

 

 僕は研磨を再開し、もう一度長い鉱石を叩く。

 表面が平滑になり硬度も申し分ないと判定してもらい、次にそれを

 中心部となるポールへ加工していく。

 2段式となるので大型のペンチカッターで2つに分割し、切断面を

 整えて収納時に隙間が生まれないか確認し、問題ないとわかると

 また別の作業を始めた。

 

 ゴポポポポポ... ドプププ...

 

 溶かした鉱石を鋳型に鋳込み、三角錐状と平たく丸い菱形と似た形状の

 刃が無いスパイクを創った。

 ポールと同じように研磨をして、鋭い刃へ研ぎ澄ませる。

 

 ギィィィッ... ギィィィッ...

 

 研ぐために使うのはこの地球上に存在する物質の砥石ではなく、皆が

 住む惑星で採取した堆積岩を原料とした砥石だ。

 地球産の物では研ぐ以前にめり込んで砕いてしまうので使えない。 

 研ぎ終えると、グリップを創る作業に掛かる。

 グリップ部分はポールと違い、複雑な形状となるのでコツを掴むまで

 手間が掛かったが、何とか良い出来にはなった。

 上部は楕円形の鱗の様な丸みを帯びた装飾を3つ重ねた形状にし、

 下部は同様に丸みのある楕円形の切断面に整えた。

 様々な機能を備えるためのコンピューターやデバイスをグリップに

 内蔵していき、それらを囲う様にしてポールを組み込む。

 最後にスパイクの根元を簡単に外れないよう粉末状にした黒い鉱物を

 練り込んで、ポールに嵌め込んだ。

 

 カカカカカカ...

 

 これで完成した。僕のコンビスティックが。 

 新たな世代を象る意味を込めて3種を組み合わせた僕専用の武器だ。

 グリップは最新型のレイテストとして、片方が3段式、もう片方が

 2段式で伸縮するポールの機構を用いている。

 3段式の先端にあるスパイクはクラシック型で、2段式の方には

 セレモニアル型のスパイクとした。

 ビッグママは良い仕上がりだと称賛してくれて、僕自身も納得のいく

 仕上がりとなって安堵している。

 

 ジャキンッ ジャキンッ

 

 グリップの中央にあるフィンガープリントセンサーに指を押し当てると

 ポールが伸びて正常にコンビスティックは作動した。

 

 ヒュンッ! ヒュッ! ギュオッ!

 ズパンッ! ドシュンッ!

 

 試しに鉄板を斬り裂き、刺突して貫こうとする。

 どちらのスパイクも50mmの厚さを物ともせず容易に貫けた。

 確認を済ませた僕はコンビスティックのポールを収納し、ビッグママに

 差し出した。

 これを使うのは成人の儀を迎えた時だ。

 ビッグママはコンビスティックを受け取ると、大事に保管しておいて

 くれると言ってくれた。

 しかし、成人の儀までにコンビスティックを使い熟すためにもと

 ビッグママはある物を差し出してきた。

 それは、シンプルかつ洗練された銀の槍だった。

 僕の身長よりも少し長く、コンビスティックのような収納はないが

 真っすぐで全く歪んでいない。

 加えて、先程貫いた50mmの鉄板もコンビスティックと同様に

 貫いた。

 しかし、違和感を覚えた。これは僕らの装備や武器の素材となる

 鉱石とは違うんじゃないかと。

 ビッグママは肯定して頷いた。

 何百年も前に調査していた惑星で偶然、見つけ出した槍だという。

 衝撃に対して高い耐性を持ち、僕らが使う武器でも破壊するのは

 困難な程の武器で、コンビスティックの代わりとして使い熟すためにも

 最適であるという理由で、僕に授けてくれるそうだ。

 僕はありがたく、その銀の槍を受け取る事にし、次はメンテナンスを

 頼んだ。

 メンテナンスの他に武器の新造とカスタマイズもしてもらう事にした。

 スマート・ディスクだけでの対処が困難となった場合を想定して、

 シュリケンとプラズマ・グレネードを作成してもらい、今まで

 輪となっていたエネルギー・ボアの先端をウルフが使用する

 スラッシャー・ウィップの様な鋭い刃にも変更を可能にしてもらえる

 事となった。

 それらをしてもらっている間、僕は彼女の鍛えている姿を思い浮かべて

 いた。

 血肉を滾らせ、鋭い眼光で獲物に食らい付く勇ましさを醸し出していた

 あの姿を。

 ...思い出すだけで僕は自然と力が湧いてくる様な感覚がした。

 それと...表現するのが難しい胸の苦しみもあった。

 フィジカルイグザミネーションを後で受けてみるか...

 1時間も経たないうちにメンテナンス、武器の新造とカスタマイズを

 済ませてくれた。

 しばらく会えないので念入りにしてくれた事を感謝し、ビッグママに

 激励の言葉を掛けて貰い僕は鍛冶場を後にする。

 自室に戻り、改めて装備の確認をしているとコトンっと音を立てて

 何かが床に落ちた。

 拾い上げて見てみると、それは僕が初めて狩りをした時に手に入れた

 獲物の牙だった。

 僕に噛み付こうとしてきた所でリスト・ブレイドを歯茎に突き刺し、

 動きを止めさせてから刀で心臓を貫いた記憶が鮮明に蘇ってくる。 

 退かす際にこの牙が抜けて、自分への戒めにと持ち帰った事を

 思い出した。 

 ...あれから、僕は強くなったと言えるのかな...

 スカーや皆と同じ様に強くなりたいと願望を抱き、掟に誓いを立てた

 あの日から僕は...

 ...その答えは、死ぬまでわからないのだと思う...

 僕はデスクの上に転がっていたヒートンを手にすると牙の根元に

 螺子部分を捩じ込む。

 これは獲物の一部をアクセサリーにするための物で、螺子部分を奥に

 差し込んでから細く小さいチェーンを輪に通すとネックレスとなった。

 そのネックレスを首に掛け、いよいよ出発の準備が完了した。

 自室を後にして、格納庫に着くと我が主神と皆が見送りに来てくれて

 いた。

 別にずっと居なくなる訳でもないのにと思ったが、すごく嬉しいと

 思いつつ眉に拳を当てて感謝の意を伝える。

 

 「気をつけて行って来るのよ?

  ...ティオナにしばらく会えない事、伝えておきましょうか?」

 『...はい、お願いします』

 

 特訓がどれほど続くのかわからないが、そうしてもらった方が彼女も

 強くなろうとする意志が高まるはずだ。

 

 ギュ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ オ...!!

 

 そして、僕はスカウト・シップに乗り込んでハッチから離陸すると

 上空へ急上昇していった。

 高度を上げていくにつれ、周囲が暗くなり外気圏を抜けた所で目的地で

 ある惑星付近にワープポイントを設定する。

 ワープドライビングサークルを形成し、前方へ射出して空間を斜め状に

 裂いてワープドライブしようとする。

 僕は振り返って地球を見つめ、ティオナという少女とまた会える日まで

 強くなると心に決め、操縦桿を前に倒す。

 

 バシュンッ!

 

 こうして9日間の修練が始った。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦,、 ̄、⊦ meruit

 「ハァッ...!ハァッ...!」

 

 ほとんど身動きが取れない程の感覚が狭い竹林の中で、ティオナは

 呼吸を整えながら神経を研ぎ澄ませ、頭上から降り注ぐ刺突を必死に

 回避していた。

 

 ギ ギ ギ ギィィ...!

 

 襲撃してくるその正体はバンブー・スパイダーだ。

 体長7Mの巨大な蜘蛛型モンスターであり長い脚を竹に擬態させ、

 竹槍の様に脚を獲物に突き刺そうと襲い掛かって捕食する習性を持つ。

 周囲の竹と見分けがつかない程、擬態は完璧で頭上を見上げながら

 バンブー・スパイダーの動きを先読みしないと回避は間に合わない。

 

 ビチャッ! ビチャッ!

 

 「うわっ!?またこれ!?」

 

 ティオナの腕に付着してきたのは、バンブー・スパイダーの胴体の

 下部から垂れ下がってきた触手である。

 その触手は粘着性であり、付着すれば先端の吸盤が3つに分かれて

 1つ1つを剥がすとなると手間取ってしまい、引き寄せられた所を

 鋏角に斬り刻まれる危険が伴うのだ。

 ティオナはそうなる前に、直ぐさま付近にある竹の周りを一周し、

 触手を竹に巻き付けた。

 そうする事で触手に引き寄せられるのを防ぐようだ。

 

 ギチギチギチギチィッ...!

 ミシミシッ! ベキッ!

 

 触手に締め付けられる竹は軋み、徐々に罅割れていく。

 ティオナは竹が砕ける前にパレオを留めるベルトに挟ませていた

 石刃で触手を切り始めた。

 特訓で蹴り続けている岩の破片であり、触手を容易く切り取る事が

 出来た。

 ティオナはその場から離れ、真横の擬体している脚が浮いていくのを

 見逃さず、竹で例えるなら節間の中間部を斬り落とした。

 それにより、バンブー・スパイダーは体の重心がズレた事で蹌踉めく。

 奇声を上げながらバンブー・スパイダーは狙いを定め、8本ある内の

 前脚の1本を振り下ろしてきた。

 

 「おっと!」

 

 ドスンッ!

 

 ティオナは咄嗟に後方へ大の字になって倒れるように回避した。

 腰布の前垂れを突き破り、前脚は地面に深々と突き刺さって、引き

 抜かれるとまた振り下ろされてくる。

 地面に寝転んだ状態でティオナは体を捻らせて再び回避すると、

 目の前に落ちてきた脚を石刃で叩き斬る。

  

 「そりゃぁああっ!!」

 

 バキャアッ!

 

 竹で例えるなら節間の中央が切断され、バンブー・スパイダーは

 体の重心が崩れて蹌踉めく。

 立ち上がったティオナは、更に別方向から飛んで来た脚も斬り裂いて

 それを目印にすると一度頭上に上がって降りてきた所で、その脚に

 しがみついた。

 

 「よっ!っしょ!ほいっ!」

 

 そのまま節を掴みながら器用に脚を登っていき、脚が上がって

 振り下ろされるタイミングで落されないようにしがみつく。

 また登り始め、関節部をよじ登るとバンブー・スパイダーの背中に

 乗った。

 背中には擬体のためなのか笹の葉の様な体毛が生えており、それを

 掴みながら頭部の方へと這いずって近付いていく。

 そして、8つの目玉がある箇所まで辿り着くとと石刃を突き立て、

 勢いよく振り下ろす。

 

 ザシュッ!

 

 ギュ ギ ギ ギ ギ ギィイッ!

 

 「どっりゃああっ!

 

 目玉より少し上に刺さっている石刃の平らな根元を拳で叩き付け、

 より深く突き刺した。

 バンブー・スパイダーは動きを止め、8本の脚を崩し始めると

 周囲の竹をへし折りながら地面に倒れる。

 ティオナは倒れる直前に折れなかった竹に掴まって移動しており、

 手の力を緩め滑り降りながら着地した。

 バンブー・スパイダーに近付くと、まだ息があるようで呻き声を

 上げている。

 すると、ティオナはもう一度背中に乗って腹部に切れ込みを入れて

 いくと裂傷部から巨大な魔石が見えた。

 

 「これで...終わりだよっ...!」

  

 ガッ... メリィッ!

 

 魔石を取り除されたバンブー・スパイダーはドロップアイテムを残し、

 灰となって消滅する。

 背中に乗っていたためティオナは地面に落ち、尻餅をついた。

 痛そうに尻部を撫でながら立ち上がり、ドロップアイテムである背中に

 生えていた笹の葉の様な体毛を拾い集めるとパレオとベルトの隙間に

 挟み込んでから歩き始め竹林から出た。

 視線の先にはキングコングがレイと一緒に待っており、ティオナは

 近寄っていって両手で巨大な魔石を掲げる。

 

 「はい!今日の収穫だよ」

 「すごいですネ、ティオナさん。とても大きな魔石でス」

 「うん。多分、地上で売ったらすごい値段になるかもね」

 

 そう答えながらティオナはキングコングに魔石を差し出すと、

 キングコングは手を伸ばしたまま、もう片方の手を手の甲の上で

 垂直に上げる。

 レイ曰わくありがとう、という意味らしい。

 魔石を受け取り、キングコングは口内へ放り込んで咀嚼し飲み込んだ。

 100Mを越える体になっても尚、魔石を摂取し続けている事で

 更に強くなっていくようだ。

 

 「じゃあ、あたしはお腹空いたからご飯食べてくるね。

  レイも一緒に食べる?」

 「はイ。是非ご一緒させてくださイ」

 

 頷くレイに続いてキングコングも、胸に掌を当てながら下ろし

 わかった、と返事をする。

 返事をしたキングコングにティオナは頷き、レイを連れてどこかへ

 向かった。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 そこは島を流れる巨大な河川の付近にある森で、そこに生えている

 樹木から生っている果実をティオナは収穫していた。

 果実は白くて丸く、何故か表面がベトベトと油の様に滑っている。

 ティオナは数十個程、採り終えると洞窟の中へ入っていく。

 以前からそこに入った事があるようで、焚き火の痕が残っており、

 その近くで枝を集め終えたレイが並べながら待っていた。

 

 「レイ見て見て!ほらー!」

 「わぁ!沢山採れたんですネ、すごいです!」

 「えへへ~。それほどでもないって~」

 

 レイに褒めてもらいティオナは上機嫌になりながら、細い枝や木片を

 交互に立てかけるように積んでいく。

 小さな山状にすると先程入手した、笹の葉の様な体毛を撒いて

 太い枝で囲うと火打ち石を打って火の粉を散らした。

 数回目で笹の葉の様な体毛に火の粉が引火し、一気に燃え上がった。

 囲っている太い枝が崩れ、その上にまた太い枝をくべていった。

 火が大きくなり始め、ティオナは白い果実を石刃で真っ二つに割ると

 果肉の断面は紅く瑞々しい艶やかな肉の様であった。

 この果実はミルーツと呼ばれる73階層のみでしか採れない貴重な

 ものなのだという。

 4等分に分厚く切ったミルーツに長い竹串を刺して、焚き火の近くに

 X字に立たせている木片の交差している間に引っ掛けて焼き始める。

 果実を焼くというのも些か変な行為かもしれないが、ミルーツは

 生で食べると何故か腹痛を起こしてしまうため、火で焼くと問題なく

 食べられるそうだ。

 ちなみに腹痛を起こしたのはリド、グロスだったとの事。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ですガ、フィアも食べていたのに何故か平気だったんでス。

  種族の違いでしょうカ...?」

 「ん~...どうなんだろうね?

  もしかしたら、たまたま傷んでたのを食べちゃったからかもしれないよ?」

 「あァ、それも考えられますネ。

  リドとグロスはもう食べないと嫌いになってしまってますので、この機会に克服してあげてみましょうか」

 「うん。...何かレイはゼノスの皆のお母さんみたいだね」 

 「エ!?そ、それは違うかと...

  私達の生みの親はこのダンジョンであって」

 「例えだよ、例え。みたいって言ったじゃん。

  ...でも、皆の事を理解してるし優しく接してあげてるから、本当にお母さんだなってあたしは思ったよ」

 「そ、そうですカ...少し、照れちゃいますネ」

 

 レイは頬を赤らめて、両手で隠す様に押さえる。

 そんなレイの反応に可愛らしさを感じ、ティオナは微笑んでいると

 ミルーツの表面から油に似た汁が溢れ落ち始めてきたのに気付いた。

 

 ジュウウウゥゥ...

 

 「...んくっ」

 

 歴とした果実でありながら、焼き上がっていく音と見た目と香りは

 本物の肉の様でティオナは思わず涎が口内に溢れてきて、溜まらず

 飲み込んだ。

 しかし、まだ裏面を焼かなければならないので我慢するしかない。

 火傷しないよう気をつけてひっくり返し、早く焼けないかと

 待ち焦がれ始める。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦>'、,< a'tnemewmto

 「あちちっ...はぐっ」

 

 こんがりと焼き上がったミルーツを口内で冷ましながら、ティオナは

 その美味たる風味に自然と笑みが零れた。

 果実とは思えない程、正しく焼いた高級な肉の風味は一度食べれば

 頬張るのを止められずあっという間に焼き上げた1個分を完食する。

 既に焼いていた2個目の焼き具合を見て、もう食べられると確認すると

 息を吹きかけて冷ましつつ噛み千切った。

 一方でレイはゆっくりと食べており、幸せそうな表情であるティオナの

 食べっぷりを見て嬉しそうにしていた。

 以前までは誰かに取ってもらってか物を翼の小翼羽に挟み込んでもらう

 という方法で掴んでいたが、今は自分自身で竹串を持ち、焼いた

 ミルーツを食べる事が出来ている。

 それがレイにとって密かな喜びでもあった。

 

 「ん~~!美味しいね、レイ!」

 「はイ。リドとグロスにもやっぱり食べてもらいたいですネ。 

  ...そういえば、ティオナさん?」

 「ん?なに?」

 「あれから一度も地上へ戻っていませんガ...

  冒険者の仲間の方々が心配しているのではありませんカ?」

 

 レイの言う通り、ティオネとアーディがティオナの捜索をした日から

 更に2日過ぎて1週間と1日も地上に戻っていないのだ。

 遠征であれば、その日程の間はダンジョンに居たとしても不思議では

 ないが単独でとなればギルドに捜索願いが出され、緊急クエストを

 発令するはずである。

 しかし、ティオナは咀嚼を終えて飲み込み、首を横に振る。

 

 「大丈夫だよ。だって、ネフテュス様がロキや皆に伝えておいてくれるって言ってたんだよね?

  あたしが生きてるってわかれば皆も心配はしてないよ」

 

 73階層へ来る数時間前に、ネフテュスからの通信でそう教えられた

 のでレイはここへ来ていた。

 ティオナはどういった方法で伝えるのか不明だが、きっと何か手段が

 あると思い、地上へ戻らずキングコングとの特訓を続行しているのだ。  

 

 「それに...捕食者も特訓を始めたって言ってたんだし...

  強くなって戻るって約束したから、まだ戻っちゃダメなんだよ。

  捕食者にも負けないくらい強くならなくっちゃね!」

 「そうですカ...

  でハ、頑張らないといけませんネ。私やゼノスの皆も応援していますヨ」

 「ありがとう、レイ」

 

 応援してくれるというレイにティオナは笑みを浮かべ、また一口

 ミルーツを囓った。

 

 ...ビリッ

 

 「んぅ?...何?今の音...?」

 「...あ、あの、ティオナさん?」

 「え?」

 「...み、見えています...胸が...」

 

 そう指摘され、ティオナは視線を下に向けるとレイの言う通り、胸元が

 露出していた。

 顔を赤らめ、慌ててティオナは片手で隠しながら地面に落ちていた

 胸当て布を拾い上げて巻こうとする。

 しかし、1本の布でしかなくなったため巻く事は出来ず、困った事に 

 なってしまった。

 しかし、ふと何故破れたのか疑問を抱いてティオナは胸を隠している

 手を離すと胸元を見て硬直する。

 

 「...あ、あたし、いつの間にこんな大きくなってたっけ?」

 

 困惑するティオナだが、目の錯覚でも幻覚でもなく胸が少し豊満に

 なっているのは事実であった。

 寄せなければ谷間が出来ない程の貧乳だったはずなのだが、手で

 持てるくらいには育っている。

 しかし、それだけではなかった。

 

 「(あ、あれ?こんなに目線高くて、腰も...

  こんなにくびれてたっけ!?)」

 

 ティオナは一度立ち上がって、自身の体を隈無く見てみると以前より

 背が伸び、腰回りが大きくなってくびれが出来ていると気付いた。

 成長という言葉だけで片付けられる事なのか将又、何か体に異常が

 起きているのかとティオナは心配になり始める。

 

 「どうかしましたカ?ティオナさん」

 「え、えっと...体が変というか、何でこんな成長してるんだろうなぁって...」

 「あァ...やっぱり、ですカ...」

 「や、やっぱりって...どういう事!?」

  

 何かを知ってそうなレイにティオナは詰め寄って問い掛ける。

 レイは落ち着かせて、話し始める。

 

 「このミルーツを食べた事で私モ、む、胸や体が大きくなりましテ...

  まさか人間のティオナさんにも効果があるとは知らなかったものですかラ...」

 「そ、そうだったの...」

 「も、申し訳ございませン!」

 

 謝罪するレイにティオナは苦笑いを浮かべながら顔を上げるよう

 言った。

 ティオナにとってはコンプレックスを抱いていた体が成長した事に

 喜ぶ事なのだが、今はどちらかと言えば原因が判明して安堵して

 いるようだった。

 

 「じゃあ、これを食べ続けたら...

  捕食者と同じくらいに背が伸びるかな?」

 「そうだと思います。見ての通り、こうなりましたから」

 「...じゃあ、一杯食べないと!」

 「ま、待ってください!先に胸を隠してから...!」

 

 ミルーツに齧り付くティオナにレイは周囲に胸当て布の代わりと

 なりそうな物が無いか探し始めるのだった。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「でハ、ティオナさん。頑張ってくださいね」

 「うん!ありがとう!気をつけて戻ってね?」

 「はイ」

 

 レイを見送り終え、ティオナはキングコングと対峙する。

 

 「じゃあ、特訓を再開しよう!次は何をするの!?」

 

 キングコングは付いて来いと手招きをし、ティオナは後を

 ついていった。

 着いた場所はミルーツを収穫していた所のすぐ横にあった

 巨大な河川であった。

 そこで何をするのかと思っていると、キングコングが足元に落ちていた

 岩を小石のように拾い上げる。実際はティオナよりも巨大な岩だ。

 それを河川に向かって投げ飛ばし、岩は水飛沫を上げて沈んでいった。

 

 ザ ッ パ ァ ァ ァ ァ ア ア アッ!

 

 「んぇ!?」

 

 その途端、何十本ものウネウネと動く巨大な頭足類の足が水面から

 伸びてきた。

 リバー・デビルだ。

 ティオナはリバー・デビルを見て、あれを相手にするのかと

 キングコングを見る。

 どうやらその通りで、人差し指で指している。

 

 ゴフッ... 

 

 「...はーい。行ってきま~す」

 

 と、河川に飛び込んで5M進んだ所で、潜水し始める。

 発展アビリティによる潜水で水の抵抗、圧力に強くなり水中での

 攻撃手段の威力が向上するなどの効果を持つため、一気にティオナは

 リバー・デビルへ接近していくとそのままの勢いで殴りつけた。

 

 ドッ パ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア アッ!!

 

 水中からリバー・デビルは水面から飛び出し、宙を舞うのだった。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦,、、,< flyenwdshypu

 その頃、地上元い豊饒の女主人ではリューがシル達と掃除に勤しんで

 いた。

 

 「...あれ?」

 「ニャ?ルノア、どうかしたのかニャ?」

 「そういえば今日でリューがこの店で働き始めて、丁度3年経ったんだって思い出して」

 「もうそんなに経ってたなんて気付かなかったニャ!」

 「べ、別に気にする事ではないと思うのですが...」

 

 リューはルノアの発言を聞いてから、気まずそうな雰囲気を

 漂わせていた。

 しかし、それ余所に可笑しそうに笑っていたシルが話し始める。 

 

 「3年前の今日、ミア母さんを怒らせちゃったのが原因で働き始めたんだよね」

 「い、言わなくていいですよ、シル...」

 「そうそう。言われなくても覚えているから大丈夫ニャ」

 「なっ、ア、アーニャ...!」

 「リューの投げた奴が窓を突き破ってカウンターから椅子とか何まで壊して、それで逆鱗に触れたニャ」

 「ク、クロエ...」

 「どこに投げたらいいのか、ちょっとは考えるべきだったわね」

 「ふぐぅ...!ル、ルノア、貴女まで...!」

 

 リューはモップに縋りながらその場に崩れた。

 投げた人物は大犯罪を犯した極悪人でも賞金首でもない、単なる

 盗人であり、投げ飛ばさずともその場に押さえ付けていれば抵抗も

 させず捕まえる事が出来、こうして強制的に働かされる事もなかった

 はずであり、本人としては余程の後悔があるのだろう。

 尚、その際の弁償代が5000万ヴァリスだという事は流石に誰も

 口にしなかった。

 

 「まぁでも5000万なんてミャーの1億と比べたら安いもんニャ」

 「そうニャ。だからリューは一攫千金すればチャンスがあるニャ!」

 「そんな簡単に言わないでください...

  それと、クロエ?貴女はキチンと反省しているのですよね?

  もしもまだ私達を狙っているのでしたら...

  ...その時は容赦しませんよ」

 「...しているし、狙ってもないわよ。

  あの頃は廃業覚悟で必死になってたんだから、仕方ないでしょう」

 「ちょっ、クロエいきなり真面目になるのは怖いニャ!?」

 

 事の始まりは5年前の暗黒期が終結した頃、ブルーノ商会からクロエは

 暗殺の依頼を受けた。

 アストレア・ファミリアの眷族及び主神を全員殺せという依頼だ。

 クロエ1人では当然無謀だと思われる依頼であったが、クロエが

 供述した通り、暗殺稼業から足を洗うために依頼を受けた。

 星屑の庭に侵入し、最初にアストレアを狙った。

 主神を殺せば眷族はステイタスが消滅し、常人に戻してしまえば

 楽に始末出来ると考えていたからだ。

 自室に忍び込んで就寝しているアストレアに近付き、様々な毒が

 塗られたナイフであるバイオレッタで突き刺そうとする。

 しかし、その直前アストレアが目を覚まし、クロエと目が合った。

 予想外な事に焦るクロエは早く刺し殺そうとするも、今までに見た事も

 ない、その澄み切った空色の瞳に惹かれて心臓毎体が動かなくなった

 かの様な感覚に陥る。

 それにより体の力が抜け、思わず手にしていたバイオレッタを落して

 しまった。

 完璧に企てていた計画が崩れ去り、自暴自棄になりかけているクロエは

 自分を見つめるアストレアから逃げようと部屋の壁際まで退いた。

 そんなクロエに起き上がったアストレアはゆっくりとクロエとの距離を

 開けつつ、微笑み掛け対話を始めた。

 しばらく黙ったままのクロエだったが観念して、目的や自身の素性を

 全て吐き出した。

 それから素早くバイオレッタを掴み取り、自分の喉元に当て自害しよう

 とするも、その手にアストレアの柔らかな手が添えられて阻止される。

 クロエはその際、アストレアの手を振り払おうとしたが全く動け

 なかったそうだ。

 自分の命を大切にしなさい、と諭されアストレアの温かな抱擁で

 クロエは静かに泣いた。

 とにかく泣き続け、アストレアから離れまいと強く強く抱きしめた。

 その後、アリーゼ以外の眷族からは死刑宣告を受けたのはもちろんの事

 数々の命を奪った償いやアストレアの服を汚したりカウンセリングと

 いう名目でクロエに1億ヴァリスという金額が課せられたのだ。

 その際、アストレアとは真面目に働いて利潤を得るという条件を 

 付けた。

 なので、クロエの大好きな賭博で稼ぐという手は使えなくなったため

 アリーゼの紹介を経て豊饒の女主人で働き始めたのだ。

 尚、依頼主のブルーノ商会は摘発され、クロエが失敗した場合に

 雇われていた悪徳冒険者も御用となっている。

 

 「アストレア様はミャーの恩人ニャ。だから...

  裏切ったりなんてしないのニャ」

 「...それを聞けてよかったです。

  ですが...私も勢いに任せていたとはいえ、やはり1億ヴァリスというのは...」

 「いいんだニャ。ニョルズ様にも言われたけど、ミャーのケジメとして1億を払いきってみせるニャ」

 「...では、もう野暮な事は言いません。

  お互い、奮励しましょう。クロエ」

 「もちろんニャ!」

 

 シルとアーニャは2人の懇親に心が温まったように思えていた。

 ルノアも笑みを浮かべている中、ふと背後に誰かが立つ気配を感じて

 振り返った。

 

 「ルノア。ちょっといい?」

 「...ええ。丁度拭き終わったとこだから」

 「ありがとう。そこで待ってるから」

 

 そう言い残して立ち去り、ルノアはモップをバケツに入れて 

 立て掛ける。

 それ気付いたアーニャはルノアに問いかける。

 

 「ニャ?ルノアどこ行くニャ?」

 「ちょっと知り合いと話しにね。すぐ戻るから、気にしないで」

 「ん~?...わかったニャ」

 

 最初は疑心を抱くも、ルノアが既に行ってしまったのでアーニャは

 見送りながらそう答えた。

 普段、真面目に働く彼女に対して疑う余地もなかったからなのも

 あるだろう。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「それで、何かあったの?」

 「変神にそろそろバレそうかもって伝えに来たの。

  多分、もうじき始まるデナトゥスでアイツが知ったら...」

 

 路地裏に入り、そう聞かされたルノアは外壁に凭れ掛かって

 腕を組む。

 しばらくして何か決心したのか、こう答えた。

 

 「そっか...まぁ、それを承知の上で出席するらしいし...

  何か指示があったら動くだけよ」

 「そうね...じゃあ、そういう事だから。お仕事頑張りなよ。  

  ...それから、プリンス様が会いたがってたよ」

 「えぇ...この間会った気がするんだけど...

  はぁー...まぁ、やぶさかではないしまた会いに行ってくるから」 

 「うん。そうしときなよ」

 

 ルノアが眉に拳を当ててから路地裏を出ると、豊饒の女主人へ戻って

 行った。

 

 「...随分と丸くなったもんだね。

  ま...ウチとしてはよかったって思っておこっか」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「大変申し訳ございませんでした」

 「...二度と盗みなんてするなよ」

 

 収容所の出入口前でルアンの隣に立っているリリルカは頭を深々と

 下げてゲドに謝罪していた。

 ゲドはそう言い残して踵を返し去って行った。

 2日前、ルアンに自身が犯した過ちを話して相談した結果、何と

 ルアンが保釈金を全額支払って出所させるという事になったのだ。

 最初こそリリルカも大反対していたが、ルアンはリリルカが正直に

 話してくれたからには、それに応えるべきだと言ってその日の予定を 

 変更し、収容所で仮釈放の手続きを行なった。

 保釈金は驚きの一括払いで、しかも小切手というリリルカが唖然とする

 支払い方法でゲドの釈放は受理が決定された。

 しかし、リリルカへの暴行は事実なため1日置いて、釈放される事と 

 なってその際、リリルカはゲドと面会をした。

 面会相手がリリルカだと気付くや否や、ゲドは憤慨して去ろうとするも

 ルアンが呼び止めた。

 ゲドは苛つきながらも面会に応じてくれたので、ルアンはリリルカが

 何故剣を盗んだのかを大いにソーマ・ファミリアのせいだと言った

 口ぶりで責任転嫁するように話した。

 ゲドは話を聞き続け、次第に落ち着きを取り戻すと顔を俯かせて

 最後まで聞いてくれた。

 そして、現在に至りリリルカはゲドに謝罪をした。

 

 「よかったな。これで1つ、償えたって訳だ」

 「...ルアン様、本当にありがとうございました。

  この恩は一生忘れません」

 「いいって事だよ。オイラ、これでも物持ちだからさ」

 

 悪怯える様な口調ではなく、自信ありげな正々堂々とした雰囲気で

 応えるルアンにリリルカは少し安堵した。

 ルアンの言う通り、1つ償いをした事も含めてだ。 

 

 「...あの、ルアン様。

  少しでもいいので、何かお詫びをさせてください。

  そうでないとリリは気が晴れないですから」

 「ん?んー...じゃあ、そうだなー。

  あ。今からこの間のデートの続きを最初っからやらないか?」

 「え?あ、は、はい。もちろん... 

  って、そんな事でいいんですか?」

 

 そう言ったリリルカにルアンはスッと頬に手を添え、顔をズイッと

 近付ける。

 リリルカは突然のルアンの行動に慌てふためいていた。

 

 「ル、ルアン様...?」

 「リリルカにとってはそんな事かもしれないけどさ。

  オイラにとっては大事な思い出にしたいんだ。

  その辺の事は...わかってくれると嬉しいな」

 「...は、はぃ」

 「んじゃ、行くとするか」

 

 ルアンはリリルカの手を取り、前へ進もうとする。

 屈託の無い笑顔に一度俯いてから顔を上げると、リリルカも

 笑顔を浮かべる。

 

 「はい!」




悪い事をしたらキチンと反省する事は大事です。


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>∟ ⊦''>∟ ⊦>'、< Lunoire Faust

 「はぁ~...しばらく会えなくなるって実感すると、やっぱり寂しくなりますね」

 「ええ...でも、ティオナは再戦を望んでいるから...

  それに応えるためにも彼はこの惑星を離れて、別の惑星に居る強い生物を狩りに行ったわ」

 「惑星、って国の名称の事ですか?」

 「いいえ。惑星はこのオラリオがある国とその国がある大地、そして大地を覆う海が球体となっている太陽の周りを回る天体の1つよ」

 「...はぁ...」

 

 アリーゼはネフテュスの説明の途中から理解が追い付かなくなり、

 ポカンとした様子で生返事をする。

 それにライラや輝夜は呆れたり馬鹿にしたりはしなかった。

 何故なら2人もわからなかったからだ。

 アストレアはそれを察して、少し苦笑い気味となっていた。

 恐らく、この場にリューが居れば何かしらの注意はしていただろう。

 惑星の意味を理解せず放棄するかのようにアリーゼは別の話へ移ろう

 としていた。

 

 「私達の他にネフテュス様や捕食者君達を事を知ってるのは、ロキ・ファミリアとイシュタル・ファミリアとミアハ・ファミリア、それからフィルヴィスに...

  他にどこのファミリアが知ってるんですか?」

 「ん~...あと3人知っている子が...

  というより、私の眷族だから知っていて当然よね」

 「あの...アイツら、とは違う普通の人間...の眷族なんだよな?」

 

 ライラがいち早く発言に対して反応した。

 昨日、捕食者が鍛練のためにしばらく会えなくなると伝えに

 訪れた際、別の捕食者が同行していた。

 アリーゼは落ち込むほど寂しがり、リューも少しばかり寂しさを

 覚えていた。

 しばらく話し合っていると、その捕食者もヘルメットは脱がないの

 かと輝夜が問いかけネフテュスが着脱の許可を出した。

 それを聞くや否やアリーゼがアストレア・ファミリアの団員を

 招集して皆で見ようという事になり...

 捕食者がヘルメットを脱いでその顔を晒した途端に悲鳴、絶叫が

 星屑の庭を揺るがす程、響き渡った。 

 何とかその場を落ち着かせる事は出来たのだが、恐れ知らずの

 アリーゼが捕食者の体中や牙や後ろ髪から生えている管などを

 隅々まで触り続け、最終的にリューとライラと輝夜が

 引き剥がして止めたのは言うまでもない。 

 それを察してかネフテュスはクスリと微笑みつつ頷いた。

 

 「ええ。見た目は同じ人間だから安心してちょうだい。

  鍛練に出たあの子と同じくらい強く育て上げて、今はそれぞれ別のファミリアでお世話になってもらっているわよ」

 「へぇ~、捕食者君と同じくらいかぁ...

  その人達も名前は教えられないんですか?」

 

 その問いかけにネフテュスは少し考えてから答えた。

 

 「1人は教えてあげられるわ。もう2人はダメだけど」

 「じゃあ、教えてください!」

 「いや、ちょっと待てよ団長。

  ...何で1人は良くて、2人はダメなんだよ?」

 

 ライラの言う通り、何の差分がありそう言ったのかと輝夜も

 訝る。

 ネフテュスは紅茶を一啜りして、一息ついた。 

 

 「その2人は問題神の眷族になってもらっていて...

  私の眷族だってバレたら面倒だし、皆を信用していない様な物言いで申し訳ないのだけど教えてあげられないのよ」

 「つまり密偵させていると...それなら仕方ありませんなぁ」

 「...どこのファミリアなのか聞くだけ野暮だろうな。

  で?教えてくれる奴は何て奴なんだ?」

 

 ガントレットを操作すると、立体映像で女性の顔が浮かび上がった。

 アリーゼ達はその顔をマジマジと見て、少しの間首を傾げる。

 少し違和感があるがどこかで見た事のある、と思った途端に廊下を

 歩いて近付いて来る足音に全員が気付く。

 正体はリューだった。

 

 「あら、リュー?どうかしたの?」

 「いえ、忘れ物をしてしまいまして...

  ...ん?...あの、何故ルノアの顔が映し出されて」

 「「「【黒拳】がぁあ~~~!?」」」

  

 アリーゼ達は驚愕しながらルノアの二つ名を叫ぶ。

 余りの大声に長い耳を抑えて、耳鳴りに悶えるリューをアストレアは

 心配そうに気遣った。

 ネフテュスはと言うと、3人の反応に面白おかしく笑っている。

 改めて話を戻すが、最初にルノアだと気づけなかったのは現在より

 長くしている後ろの髪を数十本ずつに纏めドレッドヘアーにして

 いたからだ。

 捕食者の後ろ髪の管に見立てているのだと思われる。

  

 「話した事あんまりないけどそうだったんだ!」

 「まぁ、暗黒期にイヴィルスの奴らを薙ぎ倒しまくったって噂があるくらいだし...

  納得は出来るな」

 「今はデメテル・ファミリアに所属しているでしたかねぇ」

 「い、一体、何の話をしているのですか...?」

  

 話の概要が見えていないリューは戸惑いながら問いかけ、ネフテュスが

 それに答えた。  

 一時的に思考が停止するリューだったが、驚きよりも寧ろ冷静に

 ルノアの素性を受け入れていた。

 3年間もの間、先輩として色々と教えてくれていた事やルノアの

 人柄のおかげであると思われる。

 

 「ですが、何時頃からコンバージョンを?

  私が3年前に豊饒の女主人で働く事になった時には、既にデメテル・ファミリア所属となっていたそうですが...」

 「というより、ネフテュス様の眷族になったのは何時なんですか?」

 「えっと...14年前。ルノアが8歳の頃よ」

 

 ガントレットから表示された記録表のようなものを映し出して、

 ネフテュスは応える。

 コイネーではなく独特な文字体系のため、その場に居る全員には

 書かれている内容が一切わからなかった。

 

 「丁度その年、私はウラノスにちょっとした用事でここへ来てミアハとデメテルに協力をしてもらう事にしたの。

  暇潰しに遊覧飛行をしていると、根無し草の旅をしているあの子を見かけて...

  気になって話しかけたら、私が神だとわかった途端に眷族にして、と言ってきてその流れて眷族になったわ」 

 「り、理由も無しにですか?」

 「まぁ、理由と言えば...

  生きていくのにファルナが必要だから、って感じだったかしらね」

 「至極単純でわかりやすい理由だな...」

 

 ライラの言葉に嫌味は含まれていなかった。

 神からファルナを授かり、人間や亜人も力を得る事でモンスターや

 武器を持った冒険者とも対抗出来る。

 最初こそは似た様な思想であったので、ライラもそう答えたのだろう。

 

 「だから、眷族としてはいつも貴女達と会ってる子の先輩になのよね。

  その子以外の子達の面倒もよく見ていたし、まるで姉みたいだったわ」

 「確かに...私も接客など色々な作業について教えてもらいましたね。 

  世話焼きとまでは言いませんが、ルノアには本当に助けていただいています」

 「ふふっ。そうなのね...

  まぁ、遠からず近からずの妹みたいな存在がいたから、そうなったのでしょうけど」

 「遠からず、近からず...?...血の繋がりの無い、って意味ですか?」

 「血は繋がっているわよ。でも、単純に妹とも言えないから、そう表現する他ないのよね」

 

 ネフテュス自身わかりやすく説明しているようだが、アリーゼー達の

 脳内は?で埋め尽くされていた。

 しかし、アストレアが異母姉妹と言うのでは、と発言した事により

 全員が納得する事が出来た。

 しかし、ふとリューがある事に気付いてネフテュスに問いかける。

 

 「あの、ネフテュス様?既に貴女と面識して日が経っていますが...

  ルノアはその事を把握して、私と何食わぬ顔で話していたのですか?」

 「ええ、そうよ。

  私の眷族だって誰かにバレたら面倒だから、今の今まで黙っててくれていたのよ。

  でも、こうして話したのだからリューにはそうする必要は無くなったわね」

 「では...これからも、いつも通りに接していこうと思います。

  畏まる必要もないでしょうから」

 「それがいいわね。あの子も気が楽でしょうし」

 

 リューは頷いて、アリーゼに忘れ物をして戻ってきた事を言われ、

 思い出すと慌てて自室へ向かう。

 しばらくして、急いで豊饒の女主人へ戻って行った。

 輝夜はリューの発言を思い返しながら、アリーゼとライラに

 問いかける。

 

 「...いつも通りと言っても、あのポンコツがそう器用な事出来ますでしょうかねぇ?」

 「無理だな。100ヴァリス賭ける」

 「ん~...じゃあ、1000ヴァリスで!」

 「アリーゼ?ライラ?お金は大事...よね?」

 「「もちろんです!」」

 

 金色の角を売却し、3か月分の手取りが入ったので浮かれている

 2人にアストレアはため息をつきながら注意するのだった。

 一方でネフテュスはガントレットを操作しており、何かをしていた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ただいま戻りましたっ」

 「遅いよ、リュー!さっさと窓拭きを終わらせな!」

 「は、はい!」

 

 リューは水を貯めたバケツを手に取り、雑巾を絞って窓際に

 近付いた。

 埃を一切残さないよう、清潔にしなければミアの拳骨が飛んでくるので

 硝子や溝など隅々まで拭き始める。

 その時、何も言わずに手伝いに来たルノアにリューはあっ、と声を

 出しそうになるが咄嗟に口を紡ぐ。

 

 「...いつも通りに接するって言ってたくせに、早速動揺してるじゃないの」

 「め、面目ないです...」

 「...っぷふ、あはは。ま、そういう所がらしいと思うから、こっちは安心したよ。

  でも、なるべく気を付けてよね?

  フォローするのはこうするだけで十分なんだから」

 「は、はい。気を付けます。

  ...あ、ところでネ」

 

 名前を言い始める所でルノアが濡れた手から水滴を弾き、リューは

 強制的に黙らせられるのだった。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦>'<、⊦ M’etynwgu

 早朝、黄昏の館にある団長室にてロキを含めた幹部会議が開かれていた。

 会議の内容は今後の予定を中心としているので深刻な問題について

 話し合うつもりはないのか、張り詰めた空気は漂っていない。

 だが、幹部として話し合う以上、ロキを除いて3人は真剣な面持ちと

 なっていた。

 

 「んじゃ、改めて今後の予定の整理をしよか。

  6日後にアイズたんがレベル6にランクアップしたのを公表して...

  その2日後、今日から1週間後に皆は遠征出発。

  遠征してから3日後にデナトゥスが開催されるっちゅう感じやな。

  ...この1週間の間にティオナが戻って来るかどうかやけどなぁ」

 

 予定表を見つめながら、机の上に座っているロキは胡座を掻くと

 自身の膝の上に肘をつく。

 ティオナがダンジョンへ残ってから1週間と2日が経つも、未だに

 戻って来る気配は一向に感じられなかったからだ。

 しかし、2日前にロキがアリーゼ達からある情報を得た事でティオナの 

 安否は確認されている。

 

 「2日前にリヴィラの街で見かけたと報告してくれたアストレア・ファミリアの情報が正しいのであれば、あの日捜索に行っていたティオネとアーディとはすれ違いになっていたと考えられるが...

  ティオナは一体どこで何をしているんだ...?」

 「深層まで行かず約束を守っておるのだったら、下層で頑張っているとそれだけじゃが...」

 「ああ、どうも腑に落ちないんだ...」

 

 ダンジョンに潜った冒険者が道中、他者と遭遇する事は至って

 不思議ではない。

 しかし、行方のわからないティオナはその逆で誰も見ておらず、

 又どこに居るのかすら把握出来ていないという点が不可解であった。

 

 「少なくとも下層までなら誰かしら見かけるはずなのに目撃証言も無ければ、ティオネ達が探した際にも見つからなかった。

  ...それなら、やっぱり深層へ行っているとしか考えられないんだけどね」

 「だが...深層へ降りたのなら、どうやって私達とすれ違わずに降りたか、だ」

 

 ウダイオスを倒し、リヴィラの街で一泊した後に地上へ帰還した

 アイズとリヴェリア。

 その際にティオナを見た覚えは一切無かった。

 全く知らないルートから降りるという事は、労力の割に合わないので

 まずあり得ないためやはり帰還している際に出会すはずであると

 リヴェリアは推測した。

 すると、ガレスがロキに問いかける。

 

 「そもそもじゃ、ロキ。

  本当にアリーゼ達は嘘をついておらんかったのか?

  ワシらを心配させないための口実を言っておっただけなんじゃ...」

 「いんや、この耳で聞いてちゃーんとホンマやったって確信しとるで。

  それにや。見かけたって伝えてくれただけで、どこに潜ってるかまでは言うてへんかったから疑う余地もあらへんと思うわ」

 「それもそうじゃのう...

  まぁ、それにあの馬鹿娘が偽善をするはずもないか」

 

 頑固親父が年頃の娘を気遣う様な口ぶりでガレスはアリーゼの

 疑いをすぐに消した。

 脳裏に思い浮かぶ無邪気な笑みが過ぎり、鬱陶しそうに手で

 空を払った。

 

 「しかし、これ以上の独り善がりは許せないと私は思うぞ」

 「とはいえ、深層へはそう易々と潜れない上に見つかる確証もない。

  無暗に探しには行けないよ。

  アリーゼ達の情報を信じて、僕らは待ってみよう」

 「...まったく。甘くなったな、フィン...」

 「それをお主が言う台詞かのう...」

 

 ジロリとガレスを睨むリヴェリアにフィンは苦笑いを浮かべる。

 

 ピピーッ ピピーッ

 

 「はうあっ!?」

 

 奇妙な音が鳴り響き、ロキは慌てて胡座から正座に座り直す。

 机の上なので品が無いのは変わりないが、ロキなりに正しているの

 だろう。

 ズボンのポケットから通信機を取り出し、ボタンを震える指で

 押した。

 

 「は、はいぃ!?こちらロキでございます!?」

 『おはよう、ロキ。今、話せるかしら?』

 「あ、え、えと、フィン達が居るんで話の内容にもよるんですが...」

 『あぁ、大した事じゃないから大丈夫よ』

 「さ、左様でっか。ほ、ほんなら、どうぞ話してもろうても...」

 『10日後のデナトゥスに私も出席する事にしたの』

 「...ほ...?」

 

 ネフテュスの発言を聞いた途端、ロキは真っ白になった。

 髪だけ、という訳ではなく全身が見てわかる通り白くなっている。

 フィン達は顔を見合わせて、何が起きているのか理解出来ず冷や汗を

 垂らした。

 

 「そ、そりゃあ、また、何で...?」

 『色々お話しする事があるからよ。特に...イヴィルスについてね』

 「...何か、情報掴んでるんですか?」

 『それは当日、詳しく説明するわ。

  あ、他の皆には既に伝えておいてあるから情報伝達の手伝いは気にしなくていいわよ』

 「は、はぁ...わかりました...」

 『それじゃあ。またね』

 

 そう言い終えると通信が途絶える。

 数分程、ロキは正座をしたまま脱力した状態でいたが、正座を崩して

 机の上から降りると、壁際まで歩きベタッとへばり付いた。

 

 「はぁぁあ~~~...」

 「...その様子だと、何か重大な問題が発生したようだね」

 「情報を掴んでいると言っていたが?」

 「...ネフテュス先輩やっぱ怖いわぁ。

  どこよりも先にイヴィルスを潰しに掛かる気やで、マジで」

 

 そう答えながら、ロキは体の向きを変えると壁に背を預けた。

 フィン達は予想だにしていなかった返答に、若干困惑していた。

 以前よりネフテュス・ファミリアはイヴィルスに対して、異常に

 敵愾心を向けているというのは知っていた。

 内臓を抜き取り、生皮を剥いで吊すという行為もイヴィルスの

 使者のみにしか行なっていないという事実も。

 尚、ディックス・ファミリアの件については当然把握していない。

 

 「それはまぁ、それでええんやけど...

  っかぁ~~!始まってン千回目にして真面目に進行役やらなあかんねやなぁ~」

 「おい、待て。真面目にというのはどういう意味だ?

  まさかいつも神々と悪ふざけをしているんじゃ」

 「い、いやいや、そんな事はあらへんて!あははは...」

 

 と言いつつも、脳裏に浮かぶのはこれまで行なってきたデナトゥスでの

 神々との呆れる程の戯れ。

 リヴェリアがその場に居れば、神であろうと性根を物理的に叩き直して

 いるであろう。

 

 「ま、まぁ、そういう事で!これにて会議は終いや!

  ウチちょっと進行の予定を確認するからほな!」

 

 会議室から去って行くロキにリヴェリアはため息をつき、頭を抱える。

 フィンとガレスも半ば呆れた混じりといった様子となるのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ふふっ...あの様子だと、皆と同じ様に真面目に取り組むようね。

  どうなるのか、楽しみだわ」

 

 カーテンの隙間から零れる光により、薄明かりの部屋。

 ベーレト・バビリの最高級な個室が並ぶ最上階を貸し切り、昨日から

 ネフテュスはアストレアと一夜を共にしていたのだ。

 以前、アリーゼ達に覗き見をされてしまった事を反省し、イシュタルに

 頼んだ通り宿泊して時間の許す限りお互いを求めたのだろう。

 

 「んぅ...ネフテュスさまぁ...」

 「はぁい。ここに居るわよ...」

 

 隣で寝ていたアストレアが寝惚けて擦り寄ってくるのに気付き、

 ネフテュスは通信機をベッドの傍にあるサイドテーブルに置くと

 覆い被さる様に抱きしめる。

 お互いに何も着ていないので、肌と肌が重なり合う温もりが

 心地良かった。

 自身の胸に埋まり眠るアストレアの寝顔に愛おしさを覚えた

 ネフテュスは足までも絡め、再び眠りにつくのだった。

 尚、護衛に当たっているケルティックは当然ながら、番となる

 アイシャと夜通し目合っていたそうである。



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>∟ ⊦''>∟ ⊦>'<、,< Daphne Lauros

 起床時間となり、被っていたシーツを剥がして体を起こす。

 カーテンを閉め切っているため、薄明かりを頼りに時計を見なければ

 ならないがその必要はない。

 自身の体内時計が正常に機能しており感覚でわかるからだ。

 周囲を見渡したり手を動かして、視覚や身体に異常がないかを

 確認する。

 

 「むにゃ...」

 

 どこにも異常は無いと確認したと同時に隣から言葉にならない寝言が

 聞こえてきたのに気付き、振り向く。

 自分がシーツを剥がしたので、同じ様に裸体が顕わになり肌寒さで

 身を縮こませていた。

 そっとシーツを掛け直そうとしていると、不意に一瞥した口元が

 目に付く。

 瑞々しく潤った柔らかな唇が薄く開いて、寝息を零している。

 更に下へと視界を映していき、細い首筋と鎖骨、着痩せすると言って

 おきながら普段の制服でも見てわかるほど豊かな胸元。

 沸々と劣情が湧いてくる感覚に自分でも呆れそうになる。

 昨日も夜通し求め合った...というよりも、一方的に求めた結果、

 半分気絶させる様に終えたのだからだ。

 無理はさせてはいけないと良心が訴えるが、本心ではその唇に自分の

 唇を重ねたいと無意識に体が動きそうになる。

 そんな葛藤を続けていたのだが、裸体をより見える様に寝返りを打って

 きたので、プツリと自分の中の何かが物理的に切れたかのような衝撃が

 脳内を駆け巡った。

  

 「...カサンドラ」 

 「ん...ふぁ...?」

 「カサンドラ...」 

 「ぇ...ダ、ダフネ、ちゃ、んんむぅ...!」

 

 寝起きのカサンドラの目に飛び込んできた黄色い瞳。

 その瞳が眼前にまで近付き、更には唇に重なる柔らかな感触で眠気が

 一気に吹き飛んだ。

 昨夜も求められてきて、自分が気を失って眠りについたという記憶は

 曖昧だが覚えており、それから目が覚めると再び求められているという

 状況にカサンドラは困惑した。

 1日の始まりから精力を奪われては本日予定しているダンジョン探索の

 際、足手纏いになってしまうと不安を覚え、ダフネの胸を精一杯押して

 離させようとする。

 ダフネは押されているのに気づき、唇を離した。

 舌を入れる直前だったらしく、2人の唇に透明な糸が引いていた。

 

 「んは...何?」

 「な、何じゃなくてっ...

  ダメだよ、朝からなんて...今日はダンジョンに潜るんだから、我慢してよぉ...」

 「...」

 「...うぅ~...そんなに見つめても、ダメだってば...

  ダフネちゃんは体力あるから大丈夫だけど、私は非力だから...」

 

 無言のまま覆い被さっているダフネにカサンドラは目を泳がせ、

 視線を合わせないようにしている。

 しかし、全く動く気配がないと察すると赤く頬を染めたまま真っすぐに

 ダフネと顔を合わせた。 

 

 「...ちょ、ちょっとだけ、だからね...?」

 「うん」

 「ホ、ホントにちょっとだけだ、よ、んふぅ...!」

 

 ダフネは1秒も躊躇せずカサンドラと口付けを交わす。

 2人が同室をしている部屋の前を取り掛かった女性団員達は、またか、

 と方や呆れ、方や顔を赤くして通り過ぎて行くのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 時を同じくして、アストレアは用意された食事を終えてイシュタルと

 話し合っていた。

 ネフテュスは宿泊していた部屋に残り、誰かと会話をしているため

 そこには居なかった。

 アストレアはそれを好機と思ったのか、イシュタルにこんな質問を

 していた。

 

 「どうすれば...ネフテュス様より優勢になれると思う?」

 「お前では無理だな」

 

 即答されたアストレアはショックの余り項垂れた。

 理由を問いかければ、イシュタルは矢継ぎ早に徹底してダメ出しを

 する。

 

 「つまりだ、受けが攻めに転ずるなど言語道断。

  愛してくれる相手に対して、素直に受け入れる悦びに浸っていればいいんだけの事だ。

  本当に優勢になりたければ、ネフテュスに勝る知識を得る事だな。

  私の部屋に山程、置いてあるからいつでも貸してやるぞ」

 「け、結構よ。正義と秩序を司る女神なのだから...

  そんな卑猥な物に頼る事なんて...」

 「私の予想が正しければ、以前にネフテュスが見せてくれた紙のマスクと言われるサージカルマスクなるものを付けて何かしら、いたしていた様だが?」

 

 真っ赤に染まる顔を手で押さえながらアストレアは声にならない

 悲鳴を上げる。

 惚けていたとはいえ、ネフテュスと堪能していた事がイシュタルには

 バレていると勘付いたからだ。

 

 「試しに子供の3人にあれを顔に付けて男を持て成した所...

  それが蠢く様な動きに不思議な興奮を覚え、外せば今まで見えなかった顔を見る事でより一層萌えると、非常に好評だったので追加してもらう事になった。

  アストレア。正直に言おう...勝てると思うな、諦めろ」

 「そう...」

 

 煙管から煙を吹かしながら率直に答えるイシュタルに、アストレアは

 残念そうに俯く。

 百戦錬磨であるイシュタルが諦めろと言っている以上、打つ手なしと

 決定づけられたからであり、今後もネフテュスにやられっぱなしに

 なると思ったからだ。

 

 「お待たせしたわね。...何か話してたのかしら?」

 「お前がくれたあれのおかげで儲けが増えた話をしていた。

  付けるオプションに外すためのオプションをつけた事で2度美味しくなっている、というな」

 「あぁ、そうなの。ふふっ...

  あの時のアストレア、すごく良かったわね」

 「い、言わなくていいから...!」

 

 ポカポカと全く痛感を与えられないように叩くアストレアに、

 イシュタルは可笑しそうに笑みを零すのだった。




二次作品でもこの2人のカプ無いのが不服。だから好きにしました。

書き忘れてたんですが、ティオナの特訓はここで書きますが白髪の捕食者君は書きません。
別の所で書く予定ではあります。


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>∟ ⊦''>'<、⊦' W'hyto purews

 「うぅぅ...ちょっとだけって言ったのに...」

 「ごめん。つい歯止めが効かなくなって」

 「ダフネちゃん、いつもそう言ってるよね...」

 「でも毎度止めないカサンドラもどうかと思うけど?」

 

 止めようにも止められないから、カサンドラは内心でダフネに

 反論する。

 口を開こうにも口付けを止めず、快楽を与えてくる手も止めないので

 事実、止めようとするのは困難であるのだ。

 そんなやり取りをしている2人だったが、不意にダフネが立ち止った。

 何か異音が聞こえてきたので確認しようとする。

 

 「ダ、ダフネちゃ」

 「しっ...」 

 

 問いかけようとしてくるカサンドラの唇を指で押さえ、耳を澄ます。

 前方の右側面の壁から僅かに罅割れる音が聞こえ、目を細めたりはせず 

 瞳孔を開いて僅かな光をも取り込み、罅割れていく箇所を見つける。

 カサンドラに弓を用意するように伝え、ダフネは腰に掛けている鞘から

 フェンサー・ローリイットを引き抜く。

 カサンドラは腰に装備している弓を取り外し手に取ると、矢筒から矢を

 引き抜いて弦に矢筈を番えた。

 

 バキバキバキバキィッ! 

 ゴゴォンッ!

 

 グ ル ォ ォ オ オ オ オ オッ!

 

 壁から産み落とされたのはバーバリアンだった。

 そう、ここは深層最初の37階層ホワイトパレスの第2円壁と

 第3円壁に隔てられている、戦士の間である。

 この階層で生み出されるモンスターの多くは大型級の戦士系で、

 バーバリアンが主に出現するのだ。

 カサンドラは緊張で硬直しそうになるもダフネに狙いを定めるよう

 言われ、深呼吸をしてから弦を引き絞りバーバリアンに鏃を向ける。

 バーバリアンはカサンドラが攻撃してこようとしているのに勘付き、

 岩の棍棒を手にして咆哮を上げながら向かってきた。

 

 「(呼吸の終わりと鼓動の合間に射る事...)」

 

 グ ル オ ォ ォ オ オ オ オ オ オッ!

 

 「ッ!」

 

 視界が鮮明になり、姿をハッキリと捉えた瞬間、カサンドラは鏃を

 バーバリアンの頭部を狙って矢を射った。

 空を斬り裂きながら矢はバーバリアン目掛けて一直線に飛んで行き、

 見事急所となる眉間のど真ん中に刺さって、バーバリアンはその場に

 倒れる。

 ダフネは倒れたバーバリアンの体温が低下していくのを確認し、

 カサンドラを撫でながら褒め称える。

 

 「...お見事。また上手くなったね」

 「あ、ありがとう...ダフネちゃんのおかげだよ」

 「そう?...じゃあ、後でお礼してもらおうかな」

 「...うぅ...(また墓穴掘っちゃった...)」

 

 自分の言動に後悔するカサンドラを余所に、ダフネはバーバリアンの

 死骸に近付きフェンサー・ローリイットで背中を斬り付ける。

 深い裂傷部が出来て魔石を見つけると、手が血で赤黒く染まるのも

 気にせず抜き取った。 

 魔石を失った事でバーバリアンの死骸は灰となり消滅する。

 未だに落ち込むカサンドラに呼び掛け、魔石を投げ渡していると

 再び背後の壁から罅割れる音が聞こえた矢先、目の前の壁を突き破って

 バーバリアンが出現してきた。

 カサンドラはその光景を見て悲鳴を上げようになるが、手を向けてくる

 ダフネを見て慌てて口を手で押さえる。

 

 グ ル オ ォ ォ オ オ オ オ オ オッ!

 

 「...Blyng yto on」

 

 誰にも聞こえない声量でダフネは謎の言語を呟き、まず最初に目の前に

 出現したバーバリアンの岩の棍棒による攻撃を片手で受け止めると、

 隙だらけの胸部に足蹴りを叩き込む。 

 

 ド ガ ァ ァ ア ア ア ア ア アッ!!

 

 その蹴りの威力は凄まじく、バーバリアンの巨体を軽々と蹴飛ばして

 生まれ出てきた壁に衝突させる程だった。

 胸部に足蹴りを受けたダメージと壁との衝突で体内にある魔石は砕け、

 バーバリアンは絶命し、消滅した。

 背後のバーバリアンは同種が瞬殺された事に驚いているが、すぐに

 感情が怒りへと変わりダフネに襲い掛かってくる。

 

 「ダフネちゃん!」

 

 バシュンッ!

 

 今度こそ危険だと呼び掛けるカサンドラは、既に番えていた矢を

 射ってバーバリアンの左肩に命中させた。 

 それによりバーバリアンは足を止め、意識をカサンドラに向ける。

 その瞬間にダフネがアクロバティックに前方宙返りをして、頭上へ

 舞うと脳天にフェンサー・ローリイットを突き刺す。

 バーバリアンの後方へ落下しながら、その巨体を引っ張って仰向けに

 倒しながら引き抜いて刀身にへばり付いた血を振るい落とした。

 カサンドラは前屈みになりながらため息をついて、ダフネの無事に

 安堵していた。

 

 「ありがとう、カサンドラ」

 「う、うん...で、でも、心臓が縮みそうになるから気をつけてね?」 

 「大丈夫だって。私は...獲物を狩るだけだから」

 

 そう答えるダフネは不敵な笑みを浮かべ、どこか楽しげだった。

 カサンドラはその様子にゾクゾクと悪寒が走り、固唾を飲む。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 更に2人はある場所へ足を踏み入れていた。

 階層主以上に危険な大型空間であるコロシアムに。

 誰もが冒険者として学ぶ事だが、そこはモンスターが一定の数まで

 無限に産み落とされる事からその危険度をギルドが認定している。

 最初に見つけた冒険者が命辛々、ギルドにコロシアムの存在を報告した

 以降に誰も足を踏み入れないその場所へ無謀にも程があると言っても

 過言では無い行為をダフネとカサンドラは行なっているのだ

 

 「や、やっぱりこの場所に来るのは怖いね...」

 「そう?ウチにとっては興奮する以外ないけど」

 「...少しは気持ちを察してよ~!」

 

 バ キ ャ ァ ア アッ!!

 

 地団駄を踏みながらカサンドラが泣きべそを掻いている最中、ダフネも

 唐突に足元を踏み締めた。

 ビクリと体を震わせるカサンドラだったが、ダフネの足元を見て

 更に震え上がる。

 地面から這い出る様に生み出されようとしていた、スパルトイの

 死骸があったからであり、ダフネが頭部を粉々に粉砕した事で

 動かなくなってはいるが、死角から現われていた事にも戦慄していた

 からだ。

 

 バキバキバキバキィッ...! バキバキィッ!

 

 オオォォォォオオ...!

 

 気がつけば、空間を覆い尽くさんばかりにスパルトイが出現しており、

 剣、槍、棍棒、鎌など骨で出来た武器を手にしている。

 カサンドラは絶体絶命という状況に陥っていると判断するのには

 迷いがなかった。そもそも迷う暇もないのだが。

 しかし、出入口がある場所はスパルトイの大群で見えなくなっており、

 逃れられない事も察していた。

 

 「スパルトイか...はぁー...」

 「残念そうにしないで...!?」

 「だって、さっきのバーバリアンとかルー・ガルーがよかったからさ。

  こいつらだと...」

 

 徐ろに足元の石を拾うと、体を捻らせながら振りかぶって勢いよく

 投球する。

 石はカーブしながらスパルトイの数体に直撃し、砕け散った。

 それを見てカサンドラは痙攣する様に口をひくつかせて絶句した。

 

 「ご覧の通り、脆くてウチの相手にならないし...

  カサンドラ、還ろっか」

 「簡単に言ってるけど、あそこまでどうや!?」

 

 ド ゴ オ ォ オ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 カサンドラが言い終える前に、出入口の方から爆音と衝撃波が

 押し寄せてきた。

 思わずダフネに抱きついて、何が起きたのか彼女の肩越しにその光景を

 目にする。

 道が開かれる様にスパルトイが直線状に消滅し、その奥に人影が

 見えた。

 左右に生き残ったスパルトイはすぐに襲い掛かろうとはせず警戒して、

 その人影が悠々と通り過ぎるのを見るしかなかった。

 カサンドラはその人影の正体が、目の前まで来てようやくわかった。

 

 『あれ?ダフネもカサンドラと来てたんだ』

 「あ...ル、ルノアさん...?」

 『他にこんな装備してる奴なんて居ないでしょ。

  上での狩りはもうしてないの?』

 「まぁね。上のだと味気ないから」

 

 そう答えるダフネにルノアはクスッと苦笑いに似た微笑みを浮かべる。

 以前から数回会った事のあるカサンドラだが、ルノアの格好を改めて

 マジマジと観察した。

 口元を隠せる程のマフラーを首に巻き、裾が赤い白色のシャツは

 襟元から胸元の上半分のみ閉じたが状態で胸の下半分からへそまでが

 露出してしまっている。

 履いているズボンもショートパンツかと思えば、太腿部分を切り抜いて

 ガーターベルト風にしてある奇抜なデザインにしていた。

 更に目に付くのは装備だ。

 小さな穴が目の位置に4つずつある模様が描かれたヘルメットを被り、

 表面の3ヶ所が赤く点滅する正方形のガントレットを両腕に装着し、

 左上半身を覆い隠すような背中に大型のユニットを肩に乗せている

 鎧を身に纏っていて、膝当てを兼用しているブーツを履いていた。

 

 『言えてる。...で?この大群を狩るとこだったの?』

 「ううん。相手にならないし、帰ろうかなって思ってたから...

  任せてもいい?」

 『いいよ。とにかく狩りたかったから、遠慮なく...?』

 

 ルノアは足元からの揺れを感じ取り、訝っているとその揺れが一気に

 激しくなったかと思えば突如として巨大な影が姿を現わした。

 背中に猛毒を含む無数の針を生やした竜種のペルーダであった。

 カサンドラはその場に尻餅をつきそうになるが、ダフネが抱きしめて

 支えてくれた。  

 ペルーダに周囲に居たスパルトイを尻尾で薙ぎ払い、4本の足で

 踏み潰し、更には背中の針を飛ばして頭上からの攻撃で全滅させた。

 圧倒的な強さを見せつけるペルーダに、ダフネとルノアは顔を

 見合わせると頷き合って何かを決めたようだ。

 

 「カサンドラ。こっち」

 「わ、わわ...!?」 

 

 ダフネはカサンドラを抱き上げると、その場からひとっ飛びで

 スパルトイの大群を飛び越えていった。




ルノアさんが着けてるヘルメットはハンティンググラウンズのライバル・マスクで、装備もプレデター1作目のウォーリアー使用な感じです。


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>∟ ⊦''>'<、⊦>∟ ⊦ I'nwstunto-de

 『さあて...肩慣らしの相手になってもらえるかな?』

 

 ギャ オ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 ヒュ バ バ バ バ バッ!

 

 ルノアを視界に捉えるや否や4本の足を交互に動かし、ペルーダは

 細長い体を正面に向け、頭部を下ろすと毒針を数本発射してきた。

 その場から即座に離れた事で背後のスパルトイは数体粉々になる。

 狙いを外したとわかり、ペルーダは再び毒針を発射しようとしていると

 ルノアは察知してプラズマ・キャスターを展開し、照準をペルーダの

 背中に合わせた。 

 

 フォシュンッ!

 

 ド ゴ ォ ォ オ オ オ ンッ!!

 

 砲口から放たれたプラズマバレットが背中に命中し、ペルーダの

 背中が燃え上がった。

 悲鳴に似た咆哮を上げるペルーダ。

 ルノアはプラズマ・キャスターを収納し、左腕のガントレットの

 タッチパネルを順番に押して操作すると、アーム・クラッティングが

 右腕のガントレットとも連動する事で両腕の前腕に装着される。

 オリハルコンを上回る硬質な装甲には打撃の際に衝撃波を発生させ、

 手の負傷を防ぐための衝撃吸収を行なうなど、様々な機能が搭載されて

 いるのだ。

 拳をつくりギシギシと握り締めると、プラズマが全体を覆っていき

 稲妻が飛び散る。

 

 「ふぅーっ...!」

 

 ダンッ...!

 

 ブーツから発生させた衝撃波により、ルノアは地面を蹴ると勢いよく

 跳び上がった。

 ペルーダは接近してくる敵に対し、大きく息を吸い込むと灼熱の炎を

 吐き出してくる。

 迫り来る炎を前にルノアは不敵に笑みを浮かべながら左腕を引き、

 アーム・クラッティングに包まれた左拳を突き出す。

 

 ボ ボ ボボ ボ ボ...!

 

 アーム・クラッティングから発生される衝撃波で灼熱の炎を掻き分け

 ながらルノアは突き進んでいき、顔面まで近付くタイミングを

 見計らって右拳を突き出す。

 

 「フンヌァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 ド ッ !!

 ゴ ォ ォ オ オ オ オ ンッ!!

 

 ルノアの拳が下顎を砕きながら上顎、頭蓋骨までも貫き、ペルーダの

 長細い体が宙を舞った。

 殴り飛ばされた先に居た複数のスパルトイはその長細い体によって

 潰され、全滅する。

 着地したルノアはすぐに身構え、襲い掛かって来るのを待つが一向に

 向かって来ないので近付いていった。

 グシャグシャになった頭部は目玉が飛び出て、口からは舌が伸びており

 悲惨な状態でペルーダは絶命していた。

 

 『...はぁー。やっぱりこの程度か~...』

 

 ルノアはため息をつき、相手にならなかった事を残念がりながら

 首の根元へ移動すると、アーム・クラッティングを解除して脹脛に

 巻いているベルトから収納しているカプセルを取り出す。

 青い溶解液が中に入っている物だ。

 

 ジュウウゥゥゥ...

 

 カプセルから垂らした溶解液が掛かった箇所から皮膚が溶けていき、

 体内の魔石が転がり落ちる。

 それを拾い上げポーチに入れていると、背後から近付いてくる足音に

 気付いて振り返った。

 

 「やっぱり終わってたか... 

  カサンドラを避難させなくてもよかったね」

 『まぁ...万が一って事もあり得ただろうし、無駄ではなかっ...!

  ダフネ!』

 

 ヒュバッ!

 

 ザシュッ! ザシュッ!

 

 ルノアが叫んだ時には遅かった。

 背後から飛んで来たのは鋭く尖った毒針。そう、ペルーダのモノだ。

 いつの間にか2体出現しており、2人が話している隙を突いて奇襲を

 仕掛けてきたようだ。

 飛ばされてきた毒針はダフネの前腕に2本突き刺さっており、目に

 刺さる寸前の所まで貫通していたが止っていた。

 ダフネは腕を曲げた状態で突き出し、反射的に防いでいたのだった。

 

 『ちょっと、大丈夫?』

 「うん」

 

 と、短く返事をして突き刺さっている2本の毒針を引っこ抜く。

 すると、毒針が刺さっていた穴から鮮血が噴き出てくるが、その色は

 赤くはなく蛍光を発する緑色をしていた。

 しかも、傷口は塞がっていってる。

 ダフネは傷が塞がり、正常に動くかを確認すると自身を攻撃してきた

 ペルーダを睨み付ける。

 

 「アイツはウチが狩る...いい?」

 『どうぞ。ご自由に』

 

 ルノアは手で獲物は譲るという仕草を見せ、少し離れた。 

 下ろしていた腕から垂れてきた緑色の血が指先に伝ってくると、それを

 舌先で舐め取る。

 舌を動かすと、体内を巡っていた毒液が毛細血管を経由して唾液腺に

 蓄積し、口内で緑色の血と混ざり合う。

 それを地面に吐き出した瞬間、白目の部分を血走らせ、黄色い瞳は

 赤黒く変色した。

 彼女の理性と神経が鋭利なまでに研ぎ澄まされたのだ。

 

 「ヴオォオアアアアアアアアッ!!

 

 人間とは思えない雄叫びを上げ、その場から跳躍しただけでペルーダが

 居る10Mもの距離まで一気に詰め寄り、喉を両手で鷲掴みにしながら

 飛び掛かった勢いで仰向けにペルーダを押し倒した。

 

 ミシミシミシミシッ...!

 

 バギィッ!

 

 細長い体とはいえ、首の太さは大木程あるのだがそれを物ともせず

 両手の握力のみで締め付けていき、ものの数秒で頸椎をへし折った。

 残ったもう1体は同種の死に怒ったかのように咆哮を上げながら

 数え切れない程の毒針を発射してくる。

 

 「フンヌァァァアアアアアアアッ!!」

 

 ブ オォオ ンッ!

 

 ダフネは首から降り、そのまま首を掴むと勢いを付けて両足で

 踏ん張りつつペルーダの死骸を振り回した。

 遠心力の遠離る向きへの力によって、死骸はもう1体のペルーダの

 方へ投げ飛ばされ、毒針を受け止める役割となりながら衝突する。

 

 ド ゴ ォ オ オ オ オ ンッ!!

 

 ギャ オ ォ ォ オ オ オ オッ!!

 

 下敷きとなったペルーダにダフネはフェンサー・ローリイットを

 引き抜きながら近付いていき、首を擡げて口を開こうとする前に鞘で

 下顎から口内を貫く。 

 鞘が上顎に突き刺さった事で、口を塞がれたペルーダは咆哮を

 上げようにも、くぐもった呻き声しか出せなかった。

 

 「...S'hyto hapnes」

 

 ザブッ...!

 

 そう呟くとダフネはフェンサー・ローリイットをペルーダの喉元に

 突き刺し、てこの原理で頸椎の骨が連なっている箇所を剥がす。

 生物であるため当然、鮮血が噴き出してダフネの顔から上半身までを

 真っ赤に染め上げる。

 それを気にせず、フェンサー・ローリイットを少し引き抜いてから

 喉の筋に沿って縦状に切り込みを入れ、首周りにも切り込みを入れると

 頸椎を掴み、首から頭部ごと引っこ抜いた。

 

 「...カカカカカカ...」

 

 人間が出せるとは思えない低い顫動音を鳴らし、ダフネはその戦利品に

 少なからず満足しているようだった。

 頸椎を紐の様にして肩に担ぎ、血で濡れた顔を拭いながらルノアの元へ

 近寄って行く。

 ヘルメットで顔こそ見えないが、近寄ってくる血塗れのダフネに

 心なしか呆れている様に見える。

 

 『お見事。...だ、け、どっ!汚いでしょうが!

  服に染み込んだら落とせなくなるっていい加減覚えなさいよ』

 「下層で多少は洗い落とせるし、大丈夫だって」

 『だっ、アンタね...まったくもう。

  ほら、お姫様が待ってるんだから行ってあげなさいよ』

 「うん。じゃあ...良き狩りを」

 

 はいはい、とルノアは背を向けながらヒラヒラと手を振って、再び

 壁から出現してくるモンスターへと向かって行った。 

 ダフネは出入り口で待たせていたカサンドラに声を掛ける。

 

 「ダ、ダフネちゃんっ。だ、大丈夫...だった?」

 「見ての通り。さ、セーフティポイントまで戻るよ」

 「あ、う、うん...その頭、いつもの所に飾るの...?」

 「当然。私に傷を負わせたから、価値のある獲物として認めた証拠にしないとね」

 「...そ、そっか...」

 

 内心では怖いので止めてほしいという気持ちは大いにある。

 しかし、ダフネが大事にしているというのは認知しているため言葉を

 飲み込むしかなかった。

 そうしている間に通路を先に進んでいたダフネに呼ばれ、カサンドラは

 後を追いかけて行くのだった。



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>∟ ⊦''>'<、⊦>'<、⊦ fri

 「という訳だ、ヘルメス。当日は真面目にするようにな」

 「...ああ、もちろんそうするとも」

 

 旅人の宿へ足を運んできたミアハの伝達に、ヘルメスは帽子で

 表情と真意も隠しながら答えた。

 贈答品として貰い受けたポーションの10本セットをテーブルの

 隅に落さない位置に置くと肘をついて口元に手を添えながら、神妙な

 面持ちで何か考え始める。

 

 「どうかしたのか?」

 「...いや、今まで姿を隠していたネフテュス先輩が、何故今になってデナトゥスに出席しようと思ったかそれが疑問でならないんだ」

 「ふむ...イヴィルスに関する情報を伝えるために致し方なく、という事ではないか?」

 「そう考えられなくもない。だが...

  他に何かありそうな気もするんだ。それが何か俺はとても気になる」

 

 ヘルメスは詮索するのをキッパリと止めて以降、ネフテュスの

 行動を予想して待ち続けていた。

 そして、予想外の行動に出てきて益々、ネフテュスに対する疑問を

 抱くしかなかった。

 詮索されたくないのは何か重大な事を隠しているのか、それだけに

 留まらず、これまで何をしていたのかも知られないようにしていると

 ヘルメスは模索していた。

 そんなヘルメスにミアハが何か言おうとしていると、どこからか

 ドスン!という大きな音が聞こえた、

 地震かと思い、身を屈めて警戒するミアハにヘルメスが音の原因は 

 あれだと言いながら開いている窓を指す。

 ミアハは窓へ近付き、そこから見える裏庭の光景に目を見張った。

 

 「ぜぇ...ぜぇ...ア、アスフィ、も、もう、これが、限界、だと、思う、ぞ...」

 「いいえファルガー!もっと今以上に全力で回せば飛べるはずです!

  さぁ!もう一度お願いします!」

 「ファルガー!ファイトー!ホームより上まで行かないと多分終わらないよー!」

 

 他人事の様に言っているリディスにファルガーは項垂れるも、すぐに

 顔中の汗を拭い、目の前にある取っ手を両手で掴む。

 呼吸を整え、その取っ手を前に動かすと連動して大型の円形な物体も

 反時計回りに回転し始める。

 4つの柱が支える頭上の円卓には円形な物体よりも更に巨大な螺旋状の

 物体が取り付けられており、根元にある格子の間隔が広い円筒の鳥籠の

 様な物体と円形な物体の表面から伸びる突起と噛み合って、巨大な

 螺旋状の物体はゆっくりとだが回転している。

 それらを中心としている台座の4方向にはファルガーが歯車の前で、

 他の3箇所には重石が乗せられており傾き防止としていた。

 ファルガーが全身の力を込めて、より一層素早く取っ手を回すと

 3つの機構の回転速度も速まって巨大な螺旋状の物体から風が発生し

 始めた。

 地面の雑草や植木の葉や、窓際に立っているミアハの髪を揺らし、

 風の吹く勢いは強まっていく。

 

 「フッ!くっ!フンッ!フンッ!」

 

 ...ズズ... ガコッ...

 

 「おっ!浮いてる浮いてる!」

 「そのままもっと回してください!」

 

 これでもう全力だ、と無茶ぶりを言ってくるアスフィに内心で事情を 

 察しろと吐き捨てながら要望に応え、取っ手が引き千切れんばかりに

 回転を速める。

 やがて、台座と接地していた地面から30C、1Mとやがてアスフィ達が

 上を向く程にまで上昇していった。

 それを見てミアハは思った。

 人が、空を飛ぼうとしている、と。

 

 「最初は鳥の様に翼を付けて飛ぶといった発想をアスフィは考案していた。

  けれど、完成直後にこれは違うと叫んでからぶっ壊すと、また一から考え直したんだ。

  鳥の様に既存の飛行手段ではなく、人間独自の方法で飛ばないと意味が無い...そう言っていた」

 「魔石昇降機とは別物として、なのだろうか?」

 「その通り。俺が魔石を使ったらどうかと言ったら、とんでもない形相で否定されてしまったのをよーく覚えてるさ。

  魔石は永久的に使える代物でもない。だから、永久的に何かを動かす事が出来るという発明をしたいんだろうな」

 

 ヘルメスはこれまでに見ていたアスフィの苦悩を思い返す。

 供述した通り最初は翼を模した道具を作ったがすぐに破壊し、三日三晩

 徹夜して考案し続けた結果、あるものを見た事で今、窓の位置まで

 上昇してきている機構を発明したのだ。

 それは、目の前を落下して行く植物の種を見た事で得た発想だった。

 まだ種が風に乗って運ばれる時期ではないのに、その種はアスフィの

 前を通り過ぎていったのだという。

 種の根元には4枚の葉っぱが四方に広がって生えており、回転しながら

 落ちていくが風に乗る事で再び上昇するという現象を起こしていた。

 それを見たアスフィは息を呑んで、これまで考えていた発想を全て

 消し去り、その場でメモを書き記すとホームへ戻るや否や自室に篭って 

 あの機構の図面を引いたのだ。

 

 「今はまだ粗いと思うけど...

  何れ、あの発明品がすごい物になると俺は思っているよ」

 「...確かに、そうだろうと私も思う。

  魔石に頼らず、人智の技のみで為し得る偉業だ」

 

 ミアハがそう述べている間に、その機構は遂にホームの屋根を通過し、

 飛ぶ事が出来た。

 回転させるのに必死なファルガーを余所にアスフィは感極まって

 号泣し、リディスは労いの言葉を掛けながら抱きしめる。

 やがてファルガーの体力も限界が訪れ、回転の速度が弱まっていき

 地面に着地、ではなく落下した。

 

 「じゃ、早速これ使わせてもらうぜ。ミアハ」

 「ああ、またいつでも取り寄せよう。

  では...私はこれで失礼させてもう」

 「またな」

 

 ヘルメスは先程貰ったポーションを数本手に、倒れているファルガーの

 元へ急いだ。

 アスフィとリディスは心配しながらも激励しており、ヘルメスが

 ポーションを差し出してきたのでファルガーに飲ませた。

 

 「...ネフテュス氏も、さぞ驚かれるだろうな」

 

 そう呟いてから窓から覗くのを止め、ミアハは旅人の宿を後にするの

 だった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「もう一度聞くぞ、ヴェル吉。正直に申せ、いいな?

  これは、どこの、誰が、くれた物で作り上げた品物だ?ん?

  団長命令として答えよ!」

 「だ、だから、俺もわからないんだよ...

  大分前からタダでドロップアイテムをくれる奴が居るみたいで、多分そいつなのは間違いないとは思うけど...」

 

 ヘファイストスの主神室にてヴェルフは椿からの追求にたじろぐ。

 3日前、いつもの様に出入口の前に贈呈されていたドロップアイテムを

 使い、鎧や数本の戦斧やナイフを作った。

 タケミカヅチ・ファミリアに戦斧を3本程分け与え、残りをテナントへ

 売り出しに来た際、椿と鉢合わせた際、作った品物を見せた所、椿は

 表情を一辺させて何を使って作ったのかと問い詰めてきた。

 突然の事に困惑して黙ってしまうヴェルフをその時は何か疚しい事を

 しているのではと訝り、椿はヘファイストスの元へ連れて来たのだ。

 

 「ヴェル吉よ。これらに使ったドロップアイテムがどのような物か確認もせずに作ったのか?

  この硬さは明らかにアダマンタイトと同等であり、そんなドロップアイテムを落すモンスターなど見た事がない。

  つまりは、だっ!レアアイテムであると見て間違いない上、それをタダで貰うなど不届き千万!

  しっかりと互いに相応の利益を得なければ!」

 「椿、その辺にしてあげなさい。

  ヴェルフも悪気があっての事ではないんだし...」

 

 らしからぬと言ったように注意し続ける椿にヘファイストスは

 制止を求めた。

 ヴェルフも普段では見られない椿の叱咤に、戸惑っていた。

 

 「しかしだな、主神様。

  手前もこうして言いたくて言っているのではなく、団長として同じ団員の対応の問題を注意せねばならないためであって」

 「わかっているわ。貴女らしくないって思っていたもの。

  ...ヴェルフ?この武器の元となった素材のドロップアイテムは、本当に贈呈されて貰ったものなのね?」

 「は、はい。それは間違いなく...  

  あぁ、そうだ。この紙をいつも添えてますから」

 

 そう言って1枚の紙を差し出し、ヘファイストスに見せる。

 椿も覗き込む様にして見て、贈呈したという事実を認識した。

 

 「むぅ、本当に贈呈している冒険者が居たとは...」

 「俺だって最初捨てられたゴミかと思ってたけど...

  箱の中身には武器になるドロップアイテムが山程入ってたんだ。

  どこの誰だか知らないが...貰ったからには、作らないと勿体ないだろ」

 「まぁ...それは一理も二理もあるな。手前も作るだろうし」

 「そうね。でも、私や椿にくらいは相談してほしかったわね。  

  そうすれば、椿にこうして叱られもしなかったのに」

 「そ、それは...申し訳ありませんでした...」

 

 素直に謝罪するヴェルフにヘファイストスは微笑んで許した。

 

 「しかし、一体どこの誰が贈呈などを?

  ロキ・ファミリアでもそう易々とするはずはなさそうだが...」

 「...心当たりがあるわ。

  前にヴェルフには話したわよね?神々の先輩の事」

 「あ、ああ、はい。

  ...その女神様の眷族が正体って思ってるんですか?」

 「わからないけど...そうしそうなのが否定出来ないのよね...」

 

 ため息をつくヘファイストスにヴェルフと椿は顔を見合わせて、

 首を傾げるのだった。

 

 「まぁ、とにかく、これの売り出しは許可するわ。

  仕上がりも申し分ないから...目立つ所に置いてもらいなさい」

 「!。ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

 「よかったな、ヴェル吉。...ちなみにだが、それの名前は?」

 「こっちの鎧はクチバシバシでこっちは」

 「「はぁー...」」

 

 詩を読み始めたとは思えない程、ネーミングは悪化していたの

 だった。



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>∟ ⊦''>'<、⊦ ̄、⊦ M’ewlunwchori

 何度目のため息だろう、とエイナは自身の中で思い返す。

 昼に差し掛かろうとしている時間帯。

 まだ午後からの仕事があるにも関わらず、エイナは既に気力が

 失せてしまっている様に見えた。

 

 「...昨日も来なかったなぁ...」

 

 仕事に復帰して以来、捕食者と呼ばれる彼が姿見せなくなって2週間も

 経ってしまっている現状がため息の原因だった。

 ギルドでの情報公開に伴いほとぼりが冷めるまで待っているのか、

 まさかとは思うが、命を落してしまったのかなど様々な不安が過ぎり、

 話し合おうと決心した彼女は日に日に諦めの気持ちへと揺らぎ始めて

 いる。

 2年前からネフテュス・ファミリアの担当者となり、捕食者への対応は

 未だに慣れないものの、何とか親しくなりたいという思いは変わりない

 エイナにとってこのもどかしい時間が憂鬱となっていた。

 

 「...はぁー...」

 「エイナー?またまた出ちゃってるよー」

 「あっ...」

 

 ミィシャに注意され、ハッと気付くエイナは首を振って仕事に

 集中しようと頬を軽く叩く。

 捕食者だけでなく他の冒険者との対応も任されている身として、憂鬱に

 なってる場合ではないと自分に言い聞かせた。

 しかし、隣から聞こえてくるため息にエイナは顔を顰める。

 

 「ちょっとミィシャ。私に注意しておきながら...」

 「だってさ~。ティオナさんが行方知れずになってもう10日も経つんだよ?

  心配にもなるでしょ?」

 「...それも、そうよね。ごめんなさい」

 「う、ううん。謝る事ないって...」

 

 ミィシャは苦笑いを浮かべ、自身と同様な気持ちになっているエイナに

 気を遣う。

 同期であり親友でもある仲なためお互いに、事情を察し合っているのは

 言うまでもない。

 頷いているとエイナが居るカウンターへ近寄ってくるリリルカの姿が

 見えた。

 すぐに姿勢を正し、少し寄れていたリボンとズレていた眼鏡を

 掛け直して目の前に立つリリルカに話し始める。

 

 「どうも、チュール様」

 「こんにちは、アーデ氏。ご用件は何でしょうか?」

 「はい。実は今度、加入しているパーティーで中層まで探索に向かうのはどうかという話が持ち上がっていまして...

  その相談をお願いに来ました」

 「なるほど。では、あちらの部屋にお願いします」

 

 はい、とリリルカは頷いて対談室へ向かう。

 ミィシャがしっかりアドバイスしてあげてね、と言ってきたので

 エイナは当然でしょ、と答えるとリリルカの後を追って行った。

 

 「(...心配するのは悪くない事だけど、今は目の前の仕事に集中しないとね)」

 「...そういえば、アーデ氏?そちらのヘルメットとナイフは新しく購入したものですか?」

 「購入というより、貰ったんです。

  ヴェルフ様がパーティーの皆さんにも売らない分を提供してくださって」

 「なるほど。見た所良い装備のようですし、よかったですね」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ドア・ベルが鳴り、背後の棚にポーションや応急器具などを並べていた

 ナァーザは耳を動かして気付く。

 丁度並べ終えた所なのですぐにカウンターに立つが、来客の姿が

 見えない事にキョトンと目を点にする。

 

 「あ、すみません。下ですよ、下」

 「え?あ...いらっしゃい。初めて見る顔だね?」

 「はい、リリルカ・アーデと申します。以後お見知りおきを。

  【医神の忠犬】のナァーザ・エリスイス様で間違いありませんか?」

 「そうだよ。こちらこそよろしくね」

 

 お互いに自己紹介を済ませた所で、リリルカは商談を始める。

 リリルカとは初対面であるが、タケミカヅチ・ファミリアの面々は

 お得意様という事もあって堅苦しい雰囲気はすぐに無くなった。

 商談の内容は中層まで探索に向かうために大量のポーションを

 用意してもらうというものだった。

 ヒーラーが居ないパーティーにとって、治療や体力の回復には

 ポーションのみが頼りとなるためそれだけ必要となるのだ。

 しかし、当然ながら出費額はダンジョンで稼いだ収入の大半を

 使い切る事になるため、リリルカは交渉という目的も兼ねている。

 数時間前にエイナと相談した結果として、最低限必要な数を提示した。 

 ナァーザは提示されたポーションの数を見て定価を元に計算し、

 リリルカが教えてくれた予算と照らし合わせて、金額を考える。 

 

 「...じゃあ、依頼するクエストを達成してもらおうかな」

 「クエスト、ですか?」

 「うん。新薬を作ろうと思ってて、その材料となるドロップアイテムを入手してきてほしい。

  もし要望の量を多く集めてくれたら...うん、これの半額にしてあげるよ」

 「え?半額ですか!?...あ、で、ですが...

  そのドロップアイテムというのは...?」

 

 リリルカの心配している点は、何のモンスターのドロップアイテムで

 あるかだった。

 物にもよるが手強いモンスターのドロップアイテムとなると入手は

 そう簡単ではなく、万が一致命傷を負う事となり治療院へ入院する事と

 なれば、ポーションを買うための予算を費やしてしまう可能性も

 考慮する必要がある。

 先程、新しいポーションを作るという発言からして、入手するために

 倒さなければならないモンスターは中層に限りなく近い相手なのではと

 リリルカは予想していた。

 

 「ブルー・パピリオの翅。出来るだけ多く収集してほしいな」

 「(出現階層は上層。危険はありませんが、レアモンスターであり見つけだすには骨が折れそうですね...)」

 「それからブラッド・サウルス」

 「(出現階層は下層の)ってちょっと待ってくださぁあ~~~い!?

  リ、リリ達は今から中層を目指すんです!それにそのモンスターを相手になんて」

 

 唐突に難易度が跳ね上がったので、リリルカは手だけで体を支えながら

 カウンターに乗ったまま抗議する。

 それにナァーザは手を振って答えた。

 

 「ごめん。誤解させて...

  ダンジョンに居るのじゃなくて、地上のブラッドサウルスの卵を収集してきてほしいの。

  オラリオから少し離れたセオロの密林に棲んでて、レベル2の桜花と命なら倒せるよ」

 「そ、そうなのですか?確かに地上のモンスターと比べれば弱いと聞きますが...

  しかし、30階層のモンスターがそう弱くなるのでしょうか...?」

 

 リリルカが疑問に思っていると、ナァーザが棚の裏へと回って何かを

 持って戻ってきた。

 それはとても小さな石ころと同じくらいの魔石だった。

 

 「これが地上のブラッドサウルスが落した魔石。

  大昔から生殖を繰り返してきた地上のモンスター達は、親となる個体が魔石を削り分け与えて生きているから第一世代より著しく弱くなってるの。

  でも、ファルナを授かってない人からしたら十分に脅威だけどね」

 「なるほど...ちなみに、強さはどのくらいですか?」

 「ダンジョンのオークよりちょっと強いくらいかな」

 

 それを聞き、リリルカは以前から見続けている命達の戦闘を思い出して

 オーク程度なら倒せると踏み、クエストを受注する事にした。

 ナァーザは依頼書を書きながら、ブラッドサウルスの卵を入手する

 方法をリリルカに教えた。

 ブラッドサウルスをトラップアイテムで誘き寄せ、その隙に卵を

 窪地の巣から奪取するというものだった。

 リリルカはその方法をしっかりと覚え、ブルー・パピリオの翅と

 ブラッドサウルスの卵の収集は2組に分かれて実行するという案を

 命達に伝える事にした。

 

 「じゃあ...はい、依頼書」

 「確かに受け取りました。ナァーザ様。

  ところで、その新薬とはどういったものなのですか?」

 「体力とマインドを同時に回復させる...デュアル・ポーションっていうのをね。

  今までにない新薬だから、値段はこっちで決められて製造もここだけでするから、他のファミリアにも販売するようにすれば利益がもっと上がるし...

  何よりデュアンケヒトの爺の悔しがる顔が見たい」

 

 と、怪しく笑うナァーザにリリルカは戦慄した。

 温厚そうな雰囲気が一変したのだから、しない方がおかしいだろう。

 

 「えっと、そ、それは...すごく冒険者様にとっても需要がありますね...

  ちなみにおいくらで?」

 「...これくらい」

 「...ま、まぁ、妥当なお値段ですね。はい...

  リリ達には購入出来ませんが、ロキ・ファミリアなど大手ならいくらでも買うと思います

 「うん。...貴女達でよければ、定期的に収集してもらえないかな?

  そうしたら今回は5本、次からは3本を報酬で提供してあげるよ」

 「マジですか!?ぜ、是非お願いします!」

 

 リリルカは快諾してナァーザとの商談を終えた。

 しかし、この時はまだリリルカも命達も知る由はなかったのだ。

 獰猛な生き物から、卵を奪うという危険性を... 



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>∟ ⊦''>'<、⊦,、 ̄、⊦ Sewkmewto

 「そっりゃぁああああああああああああああああっ!!

 

 ド ガ ァ ア ア ア ア アッ!!

 

 71階層。岩山が広がる大地に地響きが鳴り響いた。

 ティオナに投げ飛ばされたワーバットは突起していられる岩と衝突し、

 首の骨が折れて更には突起していた岩の先端が落石となり、頭上から

 落下してきた事で頭部が潰される。

 ピクリとも動かなくなったワーバットの上に着地するティオナ。

 その格好は以前と比べて様変わりしていた。

 下半身を隠すパレオや腰布はそのままではあるが、胸当て布は

 使い物にならなくなったので代用として笹の葉を長細い竹の皮紐で

 固定するように、胸元に巻き付けている。

 どちらもキングコングの指導の下、自作したものだそうだ。

 笹の葉は約1Mあり、十分に隠せるはずなのだが違っていた。

 というのも、あれ以来ミルーツを食べ続けた事で似ても似つかない程

 ティオナは成長を遂げているのだ。

 笹の葉で隠れていない部分から谷間を覗かせる胸元は動く度に

 上下左右へと揺れ、既にティオネよりも勝っている。

 背丈も同等だった時より10cmも伸びており、魅力的な女性の体つきに

 変わっていた。

 髪の毛も後ろ髪がティオネ並みに長くなっており、竹の皮紐で束ねて

 いる。

 

 ギャ ギャ ギャ ギャ ギャ ギャ ギャァアッ!!

 

 呼吸を整えるティオナの背後から、3体ものワーバットが体の側面から

 生えている巨大な皮膜を翼の様に羽ばたかせながら迫ってきた。

 ティオナはワーバットの死骸の上から降りると、尻尾の先端を掴み

 両足で踏ん張りつつ乗っている岩を崩して引き抜いた。

 

 「でぇええいっ!!」

 

 ド ゴ ォ オ オ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 踏ん張ったままワーバットの死骸を振り回し、向かってきた1体に 

 勢いよくぶつけた。

 激突したワーバットはすぐ真横の尖っている岩山に突き刺さり、

 絶命する。

 他の2体は危険を感じ取り、その場から離れようとしているが

 ティオナは逃さまいと丘の斜面を走り出した。

 走る、というよりも飛び跳ねてワーバットを追いかけていると目の前に

 あった巨大な岩の頂上まで登る。

 

 「待てぇぇぇええええ~~~っ!」

 

 岩の頂上からワーバットの背中に飛び乗るティオナ。 

 それに気付いたワーバットは振り払おうと、回転しながら滑空して

 激しく暴れ始めるがティオナはゴツゴツとした硬い皮膚にしがみつき、

 皮膜の根元まで這いずる。

 何とか辿り着くと、ティオナは皮膜を動かすための骨を両手で掴み、

 本来曲がらない方へ曲げ始める。

 

 ギャ ギャ ギャ ギャ ギャァッ!!

 

 「ふんぐぐぐぐぐぐぐっ!!」

  

 メキ メキ メキッ! バキッ! ベキョッ!

 

 「っおりゃあああ!!」

 

 骨が関節部から外れた事で、皮膜を動かせなくなったワーバットは

 飛行制御が不可能となる。

 それにより重力にしたがって岩山へ落下し、先程の個体と同じ様な

 死に様となった。

 空中で離れていたティオナは最初に足を着いてから、前転をする要領で

 受け身を取りつつ着地に成功した。

 

 「ふぅー...よし!今日は3体だよ!」

 

 ヴォホッ ヴォホッ...

 

 丘の上から隠れていたキングコングが顔を出し、親指を立てティオナを

 褒める様に鳴くとティオナもそれに応えてサムズアップをした。

 それからワーバットの体内から取り出した魔石をキングコングに 

 渡し、休息を摂るのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 オラリオの外にある森で、また1人断末魔を上げる事なく死んだ。

 否、殺意を持って殺された。心臓を2枚の刃に貫かれて。

 この森はセクメト・ファミリアが住処としており、謂わばホームと

 言える。

 そのため、治安維持を目的とするファミリアや賞金稼ぎなどが

 踏み入れたら、優勢となるのはセクメト・ファミリアで即座に殺させる

 のは明白だった。

 しかし、既に20人も殺害されている事に団員の1人が困惑し、焦りを

 感じていた。

 正体不明の何かに殺されている、その光景を目に焼き付けてしまい

 その場にへたり込んで必死に息を殺して存在を消すようにしていたが、

 目の前にあった地面の石が不自然に動くのに気付いた。

 視線を上げた瞬間、頭部に鈍痛を感じるか感じないかの狭間で意識を

 刈り取られる。

 

 カカカカカカ...

 

 その低い顫動音はその場から離れつつ、葉擦れによって掻き消された。

 やがて葉擦れが鳴り止むと同時に森で襲撃者を迎え撃とうとしていた

 セクメト・ファミリアの団員達は鎮圧されたのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 洞窟を宮殿の様な造りにした場所でセクメトは居座っていた。

 すぐ傍には残った眷族の中でも実力者である5人がセクメトの

 警護についている。

 5人はカースが施されている武器を手にしていた。

 以前レナを苦しませた、セクメトの知識により最初期のヒエログリフが

 刻み込まれている物で間違いない。

 一撃で倒せなくとも体のどこかを傷付ければ出血は止らず、更に刃に

 塗り付けてある毒が傷口に入ればジワジワと死へ至らしめるという

 凶悪な武器だ。

 それらの武器を構え、いつでも来いというように団員達は待ち続けた。

 

 「...あーあ」

 「セクメト、様?どうかしましたか?」

 「こっちの負けみたいだナ♪全員、武器を地面に置け」

 

 何故自分達が負けていると言っているのか、団員達は意味がわからず

 セクメトの指示に訝る。

 そして、2人が顔を見合わせた途端に息を呑んだ。

 額に3点の赤い光点が照射されており、他の仲間も同様に狙われている

 とわかった

 

 「ほら、早くしろ。殺されるよ?」

 

 急かされる団員達は指示通り、武器を地面に落す。

 それでも尚、額には赤い光点が照射され続けられており、油断を

 見せない姿勢であると考えられた。

 団員達が降参するという意思を示すために、両手を軽く上に挙げて

 いると、黄色い2つの光が見えた。

 それが眼であるとわかり、襲撃者だと団員達は認識する。

 

 「...ようこそ♪ここまで来るなんて、一体何者かな?」

 『私の眷族よ。セクメト』

 

 その声を聞いた聞いた瞬間に口元に浮かべていた笑みが消えて、

 セクメトは肘をつくのを止めながら立ち上がった。

 団員達は相手の正体が何なのかわからず困惑していると、前方に

 ファルコナーが出現して更に立体映像のネフテュスが映し出される。

 

 『相変わらず、おいたが過ぎるんだから...

  もうお終いにしましょうね?』

 「...何でアンタがここにいるんだ?

  あたしがやる事に文句をつける理由なんてないはず」

 『イシュタルと協力関係にあるの。...それでわかってほしいわね』

 

 報復しに来た。そう理解したセクメトは深くため息をつきながら、

 仰向けに倒れ無気力となる。

 やらかした、とただ後悔しているとネフテュスに呼び掛けられて

 体を横たえる様な姿勢でネフテュスを見た。

 

 『イヴィルスに加担している事も踏まえてオラリオに来てちょうだい。

  それと...イシュタルの子供達を襲った1番過激な子供達は貰っていくわね』

 「...お好きにどーぞ」

 『ありがとう。忠告しておくけど、逃げようとしても無駄だから。

  ...あぁ、そういえば、クロエ・ロロっていう子はどこかしら?』

 「さぁ?ここを抜けて、どっかに行ったよ

  どこかで裏稼業やってるか、もうくたばってるかもナ♪」

 『そう...じゃあ、9日後にまた会いましょう』

 

 そう言い残してネフテュスの姿が消え、ファルコナーも見えなくなる。

 眼を黄色く光らせていた襲撃者もいつの間にか、その場から

 居なくなっているようだった。

 

 「...セ、セクメト様。一体、今のは...?」

 「...怖い怖い女神様だよ」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 セクメトの了解を得て、気絶させた眷族を拘束し貨物室へ運び終えたと

 ネフテュスは聞き、次の目的地へワープドライブする。

 

 成人の儀を執り行う聖地が存在する、カイオス砂漠へ。

 内部を調査している際、奇跡的に機能する端末の記録から入手した

 情報によると、その聖地は今から5000年前の古代に建造された

 物である事がわかった。 

 当時、まだ国として成り立つ前の地でダーク・ブレード・クランと

 ヤング・ブラッドの一族と氏族が原住民に建築技術を指導して、聖地を

 建設させたとされる。

 

 「(その原住民達は後に授かった技術によりシャルザード王国を建国したのね...)」

 

 改めて記録を読み直していると、ドロップ・シップが揺れて着陸した

 事に気付き、ネフテュスは後部ハッチから降りていく。

 砂漠に足を着き、数歩進んだ先にある巨大な穴の前に立った。

 マザー・シップからのレーザーキャノンにより掘られた穴で、砂が

 高熱量で黒焦げになっており硬質化して崩れないようになっている。

 ネフテュスは捕食者達を引き連れ、その穴の中に入って降りて行き、

 最奥部に到達すると、聖地が目に入った。

 

 「ふぅーん...人間が造ったにしては見事なものね。

  これならそう簡単に壊れそうにないわ」

 

 そう称賛し、聖地へと足を運ぶ。数名の捕食者は万が一を考え、

 出入口付近で待機させた。

 通路を進んでいる際、足元に接地されている起動装置を踏まないよう

 注意して進んで行き、聖地の中央となる場所へ到着する。 

 そこは生贄を捧げる間だ。

 台座には白骨化した遺体が放置されており、恐らくかつて生贄として

 選ばれた人間達であるとネフテュスは察した。

 

 「ありがとう...貴方達の来世に祝福がありますように...」

 

 遺体の手に自身の手を添えて労ると、ネフテュスは室内の壁際へ

 移動して鍵穴を見つける。

 

 ジャキン

 ギャリッ ギャリッ

 

 それにリスト・ブレイドを差し込み、時計回りに捩る事で

 コントロールをリンクさせ、扉を開かせる。

 捕食者達にそこで待つよう指示して、その中へ入ると昇降機のような

 機構であるようで降下していく。

 位置としては聖地の遥か奥深くの地下となる場所まで降りた。

 光が全く届かないため、ヘルメットからの視界を頼りにネフテュスは

 奥へと足を進めると階段の前で止まった。

 

 ガゴン...

  

 ギ ギ ギ ギ ギ ギッ...!

 

 ガントレットを操作し、階段の最上段となる祭壇の上面が開いていき、

 吊されている鋭利な鎖が引き上げられていき、それが姿を現わす。

 ヘルメットのバイタルチェックを実行し、正常に冬眠状態であると

 わかりネフテュスは安堵して頷く。

 

 「...当日は沢山、産むのよ」

 

 ネフテュスは慈悲を与える様な笑みを浮かべて、そう言い残すと

 ガントレットを操作して先程と同じ状態にするため、下ろしてから

 祭壇の上面を塞ぐのだった。 



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>∟ ⊦''>'<、⊦>'、,< Arewxa wods

 ブ モ ォ ォ オ オ オ~~~ッ!

 

 「オラァアアアッ!!」

 

 ド ガ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア アッ!!

 

 これで50体目。そう数えながらベートは息を整える。

 連日ダンジョンに潜っているベートは、只管モンスターを倒し続けて

 いた。

 もうじき遠征が近いというのもあるが、それだけでなく満たされない

 渇望に苦しんでいるようである。

 その原因はアイズにランクアップを先に越された事、捕食者に敗北した

 苦渋が未だに彼のプライドを蝕んでいる事だった。

 後者に関しては自身の落ち度があるので、多少なりともまともになった

 と思っているのだが、それでも一方的に負かされた腹立たしさは消えて

 いないようだ。

 

 「...クソっ...」

 

 しかし、いくら悔しがろうと敗北した事に変わりはないと自分自身に

 言い聞かせ、通路の先を進んで行く。

 とにかく目先の事以外を考えないでいた。

 アイズに追いつくためにランクアップする事だ。

 無謀な挑戦を成し遂げ、偉業と認められた事でランクアップしたと

 知った時は、捕食者に手も足も出せなかった自身の弱さに怒りが

 込み上げ、翌日は一日中ダンジョンで荒れていたという目撃証言が

 ある。

 どうすればこの苦しみから抜け出せるのか、あれから何も変わらぬまま

 ダンジョンに籠ってはモンスターを倒し、ステイタスを伸ばす事に

 必死となっているのだ。

 そして、目の前を動く影を見つけるや否や足を踏みしめ、攻撃される

 前に仕掛けようと攻め込んでいく。 

 

 「ん?」

 「な、ぁっ...!?」

 

 ベートは蹴りの構えを崩しながらそのまま壁際に何とか着地する。

 危うく人を殺しそうになったベートは呼吸が乱れ、激しく打つ鼓動が

 うるさいくらい耳に届いていた。

 そんな様子を見かねて、レナは声を掛ける。

 

 「大丈夫?どこか具合でも悪いの?」

 「っ...うるせぇ。とっとと失せろ...」

 「む。心配してあげてるのにそれはないんじゃない?」

 

 その言葉に怒りが無意識に込み上げてきて、立ち上がると目の前の

 壁を蹴り大穴を開ける。

 レナは飛び散ってきた岩の破片に手で顔を隠し、ベートに文句を

 言おうとした。

 だが、そうする前にベートが凄まじい形相で怒鳴ってくる。

 

 「誰が心配しろだなんて頼んだ!?あぁッ!?

  俺は誰からも憐れまれたかねぇ!ましてや雑魚からにはな...!

  虫唾が走るどころじゃねぇ、反吐が出るんだよ...

  雑魚が自分の弱さを棚に上げて、強者を慰めるなんざ!

  ...俺が何しでかすかわからねぇ内に...今すぐ消えやがれッ!」

 

 激しい怒声が通路内に響き渡る。

 声を荒げたために呼吸も更に乱れ、ベートは顔中から汗を吹き出して

 レナを睨みつけた。

 流石に怯えて逃げるだろうと思っていたのだが、レナは怯えるどころか

 不思議そうな表情を浮かべていた。

 

 「...何で?」

 「が、ぐっ...!?ぶっ殺すからに決まってんだろッ!」

 「殺すって、貴方が私を?」

 「...それ以外にどういう解釈があるってんだ」

 「んー?危ないから離れろって感じ?」

 「...は...?」

 

 ベートは絶句して何も言い返せなかった。

 殺すという意味を理解していない馬鹿なのか、と思われているレナは

 人差し指を立てながら頬に当て続ける。

 

 「雑魚って悪口っぽく言ってるけど、ホントは違うよね?

  釣り竿の餌というかロバの人参っていうか?

  気付いてほしいなぁって思ってるんじゃないかな」

 「...テメ、何、言って...」

 「とにかく...貴方なりの優しさだってわかるよ。えへへ♪

  誰かに強くなってほしいから応援してるって事」

 

 再び、何も言い返せなくなるベートにレナは首を傾げる。

 そして、ハッと何かを思い出して地上へ戻る方向へ向かおうとする際に

 助言を告げた。

 

 「じゃあ、そろそろお愉しみの時間になるから、バイバイ!」

 「...おい」

 「あ、それから...

  アマゾネスの私も含めて言うなら獣人みたく、皆が皆そう簡単に強くはならないし...

  雑魚って言っても傷つけるだけになっちゃうから気を付けた方がいいよ?」

 「...っ」

 

 問いかける前にはっきりと否定された。

 その場に佇むベートを置き去りにし、足音は遠退いて行くのだった。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 20階層の隠れ里にて、アリーゼ達とアスフィが訪れていた。

 フィルヴィスとナァーザも誘おうと思っていたのだが、2人は

 それぞれ私用があるため断念し、今回は5人のみという事に

 なったそうだ。

 

 「あぁ~~~...やっぱりグリューの背中暖かいなぁ...」

 「またですか...申し訳ありません」

 

 案の定、グリューの背中に乗って暖を取るアリーゼにリューは

 ため息をついてグリューに謝っていた。

 一方で、アスフィは輝夜とライラを交えてゼノス達と工作をして

 いた。

 何を作っているのかというと竹トンボだ。

 アスフィが完成させた物を飛ばしてみせると、ゼノス達は大いに

 興味を持って一所懸命に作っているのだ。

 竹ではなく木片で作っているのに故郷で遊んだ事のある輝夜は

 疑問に思ったが、気にするだけ野暮だと思い何も言わない事に

 している。

 

 「キュー?」

 「ミスアスフィ。出来たと言っています」

 「はい。少し見せてもらえますか?

  ...上出来ですね。あちらで飛ばしてみてください」

 「キュー!」

 

 手ではなく前歯で削った物だが、ものの見事に飛んだ。

 アルルは大喜びして、アスフィとレットは拍手を送って頑張った事を

 称える。

 ところで何故、アスフィが竹トンボの作り方を熟知しているの

 かというと、2日目に遡る。

 ファルガーの協力の元、飛行テストに成功したので更なる人力の

 飛行機構を模索していた際にある物が頭上から落ちてきた。

 それが、竹トンボだった。

 拾い上げて飛ばしたと思われるルナールの女性が慌てて謝りに来たが

 アスフィは大丈夫ですよ、と言いながら返した。

 その時までは、竹トンボがどのようなものなのか知らなかったので

 アスフィが問いかけた所、ルナールの少女は竹トンボを飛ばして

 見せた。

 高く飛んでいく竹トンボを見て、アスフィは卒倒しかけたという。

 螺旋状の飛行機構でなくても、たった2枚の羽根で飛んでいるの

 だから信じられないと思ったそうだ。

 落下していく竹トンボを猛ダッシュで掴み取り、ルナールの少女に

 作り方を是が非でも教授してほしいと頭を下げて懇願した。

 ルナールの少女は困惑しながらも、主神に作ってもらったので彼女

 自身ではわからないと言い代わりにその主神に作り方を教わる事を

 勧めた。

 そうして名前を聞き、春姫という名前を知ってからアスフィは

 タケミカヅチに会い、竹トンボの作り方を教わったのだ。

 本来の材料である竹と竹が無い場合に材料とする木片で作る事を

 学んで、いつかお礼をすると約束し春姫にも改めて感謝しすると、

 ホームへ戻って飛行機構の改良を始めたのだという。

 

 「これでいいのか?...よっ」

 「いだ」

 「...わ、わざとじゃないからな?」

 「ええ、もちろんわかっていますとも。

  ですから余計に質が悪くて腹立たしく思っております。

  なので一発ちょっと」

 「わざとじゃないって言ったろ!」

 

 ライラと輝夜の追いかけっこが始まり、それも遊びだと思った

 一部のゼノス達が混ざって賑やかとなる。

 リューは人間とモンスターの親睦が深まるその光景を見て、顔を

 綻ばせた。

 すると、レイが近寄って来て手の持っている物を差し出してくるのに

 気付く。

 

 「リューさン。少しだけ食べてみていただけませんカ?」

 「え?あ、はい...?」

 

 差し出された物をリューは無意識の内に受け取って、それを見る。

 それは湯気が立つ赤めのスープだった。

 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐるとリューは唾液を飲み込み、息を

 吹きかけながら冷ますと一口啜った。

 

 「...!」

 「どう、でしょうカ...?」

 「...地上では食事を提供する職をしているのですが...

  生れて初めて味わったほど、とても美味しいです」

 「そうですカ...!あの時食べた、ミネストローネをマネしてみたのですが...

  お口に合って、よかったでス」

 

 ふとレイの組んでいる両手の指先が傷だらけになっていると、リューは

 気付いた。

 同じような痛みを味わった事のあるリューは、レイの努力に感銘を受て

 思わず涙目になっていた。

 

 「リュ、リューさン?どうかしましたカ?」

 「っ、い、いえ。目にゴミが入ってしまって...

  レイ、これは貴女の努力の結晶です。皆さんも喜んで食べていただけるに違いありません」

 「!。...はい、ありがとうございまス」

 

 その後、拾ったとされる大鍋で木の実などを使ったミネストローネを

 アリーゼ達はゼノスと一緒に仲睦まじく食した。

 その美味しさに舌鼓を打って全員がレイを賞賛し、レイは嬉しく

 思うのだった。

 尚、ミルーツも混じっていたので、食べたアリーゼ達がどうなって

 しまうのかは言うまでもない。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギュ オ ォ ォ ォ ォ ォ オ...!

 

 一隻のドロップ・シップがマザーシップの格納庫に着艦した。

 スカーを先頭にケルティック、チョッパー、ウルフ、ヴァルキリーが

 近くで待っており、ドロップ・シップの後部ハッチが開くと1人の

 褐色の肌をした女性が降りて来る。

 赤いニットワンピースと同じく赤いズボンを着用し、黒く長い髪が

 ウェーブしている目鼻立ちがはっきりした女性だ。

 スカー達は女性に近付くと、女性は笑みを浮かべて気さくに声を

 掛ける。

 

 「皆、久しぶりね。元気にしてたかしら?」

 

 カカカカカカ...

 

 スカーを始めとしてケルティック達も低い顫動音を鳴らし返事をした。

 それに頷く彼女にスカーが一歩近付くと、その巨体で抱き締める。

 彼女も長身な方ではあるが、それでもスカー達は平均として200Cは

 軽く越える程身体が大きいので離れようにも離せられない。

 

 「ちょっと...もう。いつもはクールなくせに...」

 

 ため息混じりに呆れるが、微笑みを浮かべ満更でもなさそうではあった。

 スカーは腕は解かず、彼女を見つめて頬の傷跡を指先でなぞる。

 それはスカーのヘルメットにも刻まれている一族の紋章であった。

 そう、彼女こそスカーの番であるアレクサ・ウッズ。レックスだ。

 物資の補給のために母星へ向かっていたのだが、途中で未確認の惑星を

 発見したので、その惑星の調査と数日前にネフテュスからの依頼を

 受けた事もあり戻るのに時間が掛かったそうである。

 

 「お帰りなさい、レックス。

  惑星の調査、アレの運搬とお疲れ様だったわね」

 「ネフテュス様。ご希望通り...

  1番活きの良いのを選んで持って来ましたよ。

  ...本当にこの地球でアレを放すつもりなら、考え直した方が...」

 「大丈夫よ。聖地の設備はキチンと機能しているし...

  あの子なら全部倒すのも簡単よ。

  それに...あの子の故郷である事に意味があるわ」

 「...そうですか。それなら、あの子を信じましょう」

 

 そう答えるレックスの背後を執務クルーの3人が通り過ぎていった。

 多くのカプセルに入ったソレを運びながら。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...ん、ふ...」

 

 その頃、青の薬舗ではナァーザが笑いを堪えていた。

 ディアンケヒトが歯を食い縛りながら悔しがっている様を絶対に 

 見られると思っていたからだ。。

 リリルカ達、タケミカヅチ・ファミリアが回収してくれた

 ドロップアイテムにより新たに開発された2つの新薬。

 その名もディアル・ポーションとハイ・デュアルポーション

 どちらも体力とマインドを同時に回復するという効能は同じであるが

 ハイ・デュアルポーションの方が上位互換性となっている。

 ディアル・ポーションが完成した際にもっと優れた効能を発揮する

 ものが出来るのでは?と考えたので、ナァーザは徹夜をして作った

 そうだ。

 リリルカ達、タケミカヅチ・ファミリアの面々には大いに感謝して

 以前に約束した5本を10本に増やしてあげようと決めた。

 

 「...リリルカの様子からして、とっても大変だったみたいだし...

  やっぱり15...13本とこっちを2本あげよう」

 「ナァーザよ。どうだ、完成したのか?」

 「はい。明日、これを見せるのが楽しみです」

 

 そうか、とミアハは微笑みながら頭を撫で、徹夜してまで作り上げた

 ナァーザを労う。

 それに少し恥ずかしそうに笑みを浮かべるナァーザだが、尻尾を

 勢いよくブンブンと振って喜んでいるのが見てとれた。

    

 「もうじきロキ・ファミリアが遠征に出発するそうだったな。

  きっとそれが役立つはずだろう」

 「もちろん、そのはずです。

  でないとリリルカ達の苦労が無駄になってしまう...

 「(それにディアンケヒトの爺の悔しがる顔が見れなくなる...)」

 

 そう思いながら、ナァーザは眠気が無いので今の内に2つを

 大量に作ろうと言ってすぐに作業に入った。

 ミアハは内心を知る由もないとはいえ、そこまでして励むナァーザの

 邪魔にならないように、部屋を後にするのだった。

 尚、いつの間にか寝てしまっていた頃には2合わせて合計30本を

 作ったそうだ。



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>∟ ⊦''>'<、⊦,、、,< Wynwew

 「...フィルヴィス?」

 「あ、はい?」

 「ワインを味わって飲むにはどれくらいがいいのかは、以前に教えたはずだと思うんだが...」

 「...あ!」 

 

 咄嗟にフィルヴィスはワインボトルの口を上に向かせ、注ぐのを

 止める。 

 ディオニュソスが持っているグラスは、なみなみと芳醇な赤ワインで

 満たされており注ぐのを止めなければ手やテーブルが汚れてしまって

 いただろう。

 そうなっていたらと思うとフィルヴィスは恐れ、ディオニュソスに

 謝罪した。

  

 「何かあったのだろう?

  つい最近、落ち込んでいる様に見えるが...」

 

 来た、とフィルヴィスは慌てずこの時のために考えた口実を

 思い出そうとする。

 ネフテュスとの約束を貫き通すと誓ったので、バレてしまう訳には

 いかないのだ。

 しかし、神は少しでも偽りがあれば、どのような口実でも事実では

 ないと悟る。

 なので、悟られないようになるべく事実を交えて口実を述べた。

 

 「その、親しい友人がしばらくの間、旅へ出てしまっていて...

  危険な目に遭うのは承知の上で向かったのはわかっているのですが、やはり心配になってしまうんです...」

 「...その友人とは、男...なのか?」

 「は...はい。そうです」

 「...そうか...」

 

 次にどこのファミリアかと聞かれれば、フィルヴィスは答えられないと

 いう返答をするつもりでいた。

 ディオニュソスの神格からして無理矢理に聞こうとする事はないと

 信用しているからであった。

 ところが、ディオニュソスから予想外の言葉が飛び出して来る。

 

 「恋煩いになってしまったのなら仕方ないな。

  治るまでは、大目に見てあげよう」

 「はい。ありが...は?」

 「ん?」

 

 口を半開きにし、拍子抜ける。

 誰が恋煩いに?とフィルヴィスの脳内では様々な思考が巡り、暫くして

 自分がそうなっていると思われていると考えつく。

 その瞬間、ボフッとフィルヴィスは首元から顔を真っ赤に染めて

 ワインボトルをテーブルに置きながら反論する。

 

 「ち、違います!な、何をおっしゃっているのですか!?」

 「何を、と言われてもそのままの意味だが...

  お前がその者に恋をして、離れ離れになってしまっている現状に思い悩んでいるんだろう?」

 「後者は間違っていません!ですが!前者は全く違います!

  わ、私は彼にそんな思いを抱いた事など...」

 

 あり得ない、と言い切る前にまたしても予想外の言葉を告げられて

 フィルヴィスは絶句する。

 

 「神が嘘を見抜くというのは周知の事実のはずだ」

 「...はい。それが何か?」

 「恋煩いになってしまった、と言った際の返事でお前の魂は揺れなかった。

  反対にそんな思いを抱いた事など、と言った際は揺れていた。

  ...つまり、どういう意味なのか...わかるな?」

 「...おっ、お戯れを...

  そもそも、彼に好意を抱いている女性が既にいます。

  ですから!...決して彼にそんな思いを抱く事などあり得ません」

 

 初めてここまで反論したとフィルヴィスは自覚した途端に、ハッと

 我に返って冷静になりつつ咄嗟に謝罪する。

 ディオニュソスは気にしなくていい、と言いエインと交代するよう

 勧めた。

 最初こそは断りを入れてまだ自分が傍に付こうとしていたが、背後から

 現れたエインに押し退けられ、強引にディオニュソスの隣に立った。

 フィルヴィスは怒り心頭となり、ティアー・ペインを引き抜こうに

 なるも何とか怒りを飲み込んで指示通り、交代するのだった。

 

 「...どうだったのですか?本当の所は」

 「...面白いものだ。言っていた通り、初めは違っていたが...

  後からは何故か揺れていたよ」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ズカズカと地面を砕く様な強い足取りでフィルヴィスは行く宛てもなく

 西のメインストリート沿いを進んでいた。

 行き交う人々はその形相に驚き、恐れると道を開けてぶつかるのを

 回避する。

 フィルヴィスの思考は捕食者に対する思いの否定でいっぱいになって

 いた。

 

 「(確かに彼に対する恩は一生持ち続けると自覚はしている。

   しかしっ...好意を寄せたりはしていないっ。絶対に...)」

 

 やがて足を進めるのをゆっくりと止め始め、扉が開いている店の前で

 立ち止まった。

 今の頭に血が上り、熱くなっているのだと自分に言い聞かせて頭を

 冷まそうと深く息を吸った。

 その矢先、素っ頓狂な叫び声が横にある店内から聞こえてくる。

 

 バッシャアアアァ...!

 

 「...ぶふぷ...」

 

 頭から水を被らされ全身まで冷まされた。

 目元を覆う様にに貼り付く前髪を掻き分けて横を向く。

 

 「...やっちゃったニャ」

 「こんの馬鹿猫共~~~~!」

 「ンニャア~~~!ミャーは悪くないのニャ~~~~!」

 

 見ればアーニャとクロエの頭頂部を両手で鷲掴みにし、ミシミシと

 締め付けているルノアの姿があった。

 何が起きたのか理解出来ず、呆然としているフィルヴィスに

 駆け寄って来るリューの姿が見えたかと思えば、いきなり頭を下げて

 きた。

 それにはフィルヴィスも面喰ってしまい、戸惑う。

 

 「申し訳ありません!同僚の者がご無礼を!」

 「...いや、寧ろ好都合だったっと思える」

 「え?...あ、と、ともかく、店内へお入りください。

  濡れたままでは風邪を引いてしまいますので...」

 

 そう言われ、フィルヴィスはお言葉に甘える事にし豊饒の女主人へと

 入っていった。

 従業員の自室が並ぶ2階へ上がる途中に聞こえてくる悲鳴は無視して。

 シルと共有している部屋に入ったフィルヴィスはウェイトレスの服を

 貸してもらい、着替え終えると下へ戻りカウンターに座って謝罪を

 受けた。

 悪気があっての事ではないのは理解しているので、2人を咎める事は

 しないとフィルヴィスが言うと、アーニャとクロエは安堵して大いに

 フィルヴィスに感謝するのだった。

 事が無事に収まり、服が乾くまで待つフィルヴィスにリューが話し 

 かける。

 名前など素性は隠した会話で初めは武者修行へ出たという捕食者に

 ついてや、ゼノス達と楽しんだ宴での一幕、それから互いの主神の

 あれこれを話していると、フィルヴィスがふと眉をひそめたのを

 リューは見逃さなかった。

 差し支えが無ければという前提で問いかけた所、フィルヴィスは

 少しの間、悩んでいたがリューに打ち明けた。

 

 「...そ、その、貴女はその自覚があるのですか?」

 「わからない。だが...

  戯れとは思えない様子だったので、私自身気付いていないだけなのかもしれない...」

 

 紅茶を一口啜り、ため息混じりに吐息をつく。

 体が冷めてはいけないと、シルが気遣ってくれたものである。

 尚、砂糖をどれほど入れたのかわからないが、一瞬にして口内が

 甘ったるくなりフィルヴィスは思わず咽そうになった。

 

 「ま、まぁ、安心してくれ。

  私は恋を奪うなどという愚かな女ではないからな」

 「そう、ですか...

  ...実は、ティオナ・ヒリュテもそうだったんです」 

 「ん?というと?」

 

 ティオナが捕食者に好意を抱いた経緯、所謂、馴れ初めをなるべく

 簡潔に話すリュー。

 ポンコツながらもある意味ではリューの手助けによってティオナを

 自覚させたのだとフィルヴィスは納得した。

 

 「...リオン。お前はどうなんだ?」

 「はい!?わ、私も、貴女と同じように恩義を持っているに過ぎません!

  それに好意を抱いているのなら顔が熱くなり呼吸も苦しくなるはずです。

  そうならないので、私にはそういった」

 「...そ、そうだな」

 

 何とも言い難いリューの思う単純過ぎる恋愛感情の表現に、答えようも

 なく、頭を抱えるのだった。

 しばらくして服が乾いたので着替えようとした時、ミアが戻ってきた。

 リュー達がお帰りなさい、と挨拶を交わす中、すぐにフィルヴィスの

 存在に気付いてルノアが説明をする。

 当然ながらアーニャとクロエの頭頂部にポコッと大きなたん瘤を 

 作ると、若干引いているフィルヴィスにミアは謝った。

 謝礼としてワインを手渡され、恐縮しつつフィルヴィスは受け取ると

 悪いのはこっちだよ、と言い残しミアは店の奥へと去って行く。

 着替え終わったフィルヴィスは紙袋を用意してもらい、それにワインを

 入れてリュー達に暇乞いをし、豊饒の女主人を後にした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...こ、断れずに受け取ってしまったが、これは...」

   

 酒に疎いフィルヴィスでも、そのワインの銘柄が有名な一級品であると

 わかった。

 デメテル・ファミリアのみが育てられる葡萄を使用した、ソーマの

 酒の次に値段の張るヴィンテージ物であると。

 ディオニュソスへの手土産には十分過ぎる程の物だが、謝礼とはいえ

 タダで貰ってしまっていいのかと今更になって戸惑うフィルヴィス。

 すると、どこからかとても深いため息が聞こえてくる。

 周囲を見渡すと、階段の踊り場にある手摺りに突っ伏す見覚えのある

 山吹色の髪をした同胞の姿があった。

 

 「ウィリディス?」

 「え?あ、フィルヴィスさん?」

 「奇遇だな、こんな所で会うとは」

 「は、はい。そうですね...」

 「...何かあったのか?随分と深いため息をついていたようだが...?」

 

 そう問いかけるフィルヴィスに一度背を向けて、何かを呟いてから

 直ぐさま向き直る。

 それに驚くフィルヴィスを余所にレフィーヤは唐突にこう言った。

 

 「お願いですフィルヴィスさん!

  並行詠唱について色々と教えてください!」

 「...あ、ああ。構わないが...?」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 その頃、フィンとロキはヘファイストスと椿と遠征の打ち合わせを

 していた。

 スミスとして冒険者として腕利きの団員を椿を含め、総勢20名を

 貸してくれる事となり、更にデュランダルの武器も椿が主力となる

 5人がそれぞれ得物とする5振りをしっかり用意してくれていると

 伝えられる。

 その際、椿はフィンにベートの小言を漏らし、ヘファイストスは

 魔剣をローンを組んでも用意していたのにと意地悪く言ってきて

 ロキは苦笑いを浮かべながら値段を理由に陳謝するのだった。

 

 「魔剣か...ヴェル吉もレベル2にさえなっていれば、連れて行ってやってたのになぁ」

 「ヴェル吉?」

 「ヴェルフって子の事よ。鍛冶の腕はそれなりにあるけど...

  まだレベル1だから、タケミカヅチとヘスティアの子供達とパーティーを組んで頑張ってる所なの」

 「ふーん、そないなんか。将来有望株って感じなん?」

 「有望も何もあやつは魔剣を打てる。手前よりも凄まじい魔剣をな。

  こと魔剣に関してはあやつの方が全くもって上だ」

 

 その発言にフィンとロキは目を見開いた。

 椿よりも強力な魔剣を、それもレベル1にして打てるという 

 スミス系ファミリアに関してはっきりと詳しくないにしろ、

 前代未聞のスミスが居るという事に驚いたからだ。

 フィンはヴェルフがどのような人物なのか問いかけようとするが

 椿は首を横に振り、返答を拒否する。

 

 「あやつの事はそこまでしか話せん。本人からも主神様からも止められておっての。

  まぁ、何れ知る時が来るまで待っておれ」

 「そういう事だから、名前と魔剣を打てるって事だけ覚えておいてほしいわな」

 「わかったで。...ちなみにファイたん?ネフテュス先輩の件は...?」

  

 ヘファイストスはロキと目を合わせてすぐに頷き、状況を

 把握していると伝えた。

 

 「実はね、ネフテュス先輩の眷族がヴェルフにドロップアイテムを無償で贈呈してくれているらしいの。

 それで、この間一悶着あって...」

 「信じられん事にアダマンタイトと同等の硬さを誇る、モンスターの嘴をだぞ?

  恐らくギルドでさえ認定されていないレアドロップアイテムであるなら、筋は通さねばならない、と手前もついらしくない事を言ったものだ」

 「あー...あんな、ファイたん。ネフテュス先輩の眷族から

  ドロップアイテムをタダで貰うてるファミリアは他にも居るねん」

 「え?そうなの?」

  

 意外な事実を知って驚くへファイストスにフィンが頷いて答える。

 

 「僕らが把握しているのはディアンケト・ファミリアだけだが、恐らく同じように贈呈してもらっているファミリアも居ると十分考えられる」

 「ぬぅ。それなら何故、ヴェル吉ばかりに...

  手前とて貰える物なら貰いたいのが正直な所なんだが...」

 

 肘をついて不貞腐れる椿に逃げ笑いを浮かべるフィン。

 一方でヘファイストスは神妙な面持ちでロキと話を続けた。

 

 「ネフテュス先輩、イケロスやソーマをどうするのかしらね...」 

 「さぁ...子供が絡んどるから、只では済まさんやろな。

  ウチらも一歩間違えとったら...おぉー怖っ」

 

 わざとだはなく本当に悪寒が走り、ロキは震えた。

 天界で何かしら迷惑をかけたからこそ、ネフテュスの恐ろしさを

 知っているだろう。

 

 「まぁ、それは当日にわかる事だから、待ちましょうか。

  それで話を戻すけど、物資の方は私達も半分持ってあげるわ。

  ここまで来たら、一蓮托生だしね」

 「助かるよ、神ヘファイストス。

  けど、ダンジョン内の戦闘は基本こちらに任せてくれ」

 「...そんじゃ、4日後...遠征当日はバベルの前で合流。

  そのまま突入してや」

 「ああっ」

 「久方ぶりに胸が高鳴るなぁ...!」



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>∟ ⊦''>'<、⊦>'、< fukto

 「しかし、まさかあのメルティ・ザーラ本人だなんて...

  というかよくギルドに偽名だってバレなかったね」

 「まぁ、当時はそんな事、気にもしていなかったもの。

  今でこそ平穏になったから、通用はしないわ」

 

 レックスとアイシャ、そしてスカー達は深層の45階層へ足を

 運んでいた。

 茹だるような蒸し暑い火山が屹立しているその階層へ、7人のみの

 パーティで到達するのは、はっきり言ってしまえば無謀にも程が

 あるのだが、アイシャは全く気にしていなかった。

 自身が所属するファミリアですら、漸く辿り着けた階層であるのに。

 しかし、気にしていない理由が何かというと目の前に居るレックスは

 他ならないレベル9の冒険者であるからだ。

 オシリス・ファミリアが隠し持っていたとされる第一級冒険者クラスの

 1人でオッタルよりも先にレベル7になっていたとレックスは話し、

 その事は数時間前、イシュタルと対話した際に嘘ではないと証明されて

 いる。

 尚、以下の話でレベル9にランクアップしているという理由は察しが

 出来るはずである。 

 

 「で?ネフテュス様が神オシリスと交代すると同時にアンタを含めて全員がコンバージョンしたんだね?」

 「全員、ではないわ。納得のいかない第二級の団員は...

  アパテー・ファミリアにコンバージョンして、裏切り者として見せしめに殺されてしまったの」

 「...ケルティック達が殺したのかい?」

 「ええ...私はもちろん、反対していたわ。仲は良かったんだもの。

  それで殺さない条件を得るためにスカーと決闘をしたけど...

  全く歯が立たないままやられたわ。何度も立ち向かったけど、最後の一撃は死んだかと思ったわ」

 「あっははははは!その気持ち、痛いくらいわかるよ。

  もしかして、それがスカーとの馴れ初めかい?」

 「ご明察。最初は何を言ってるのか理解不能だったわね...

  まぁ、一緒に狩りをするにつれて好きになったのは否定しないけど」

 

 と、楽しげに話している中、レックスが笑みを消して気配を察知する。

 アイシャも遅れて岩が削れるような音に気付き、モンスターが近付いて

 来ているとわかった。

 

 ゴ オ オ ォ ォ オ オ オ...

 

 フレイム・ロック。

 全身が岩石で構成され、頭部中央の眼が燃えているのが特徴的である。

 普段は周囲のそこかしこに転がっている歪な岩に擬態しており、

 通り掛かった冒険者に襲い掛かるという危険なモンスターだ。

 数十体が周囲を囲っており、逃げ場を無くしているのに気付くと、

 すぐさまレックスとアイシャは得物を構えて迎え撃とうとする。

 

 「...折角だし、お手並み拝見させてもらってもいいかい?」

 「ん?...ええ。いいわよ、見てなさいっ」

 

 そう答えたと同時にレックスは構えていた槍を投擲し、1体の眼に

 突き刺した。

 弱点となる眼を貫かれたその個体は関節部から腕や足が剥がれて、

 ドロップアイテムの火炎石と魔石を地面に落しながら崩れた。

 同種の死に気が逸れた個体へレックスは全速力で接近し、左腕に

 装備している楕円形の黒い盾を突き出して突進する。

 

 ド ゴ ォ ォ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 凄まじい勢いで激突されたフレイム・ロックは全身が砕け散る。

 足元に転がる破片を踏み潰しながらレックスは着地し、先程倒した

 個体の死骸に近付いて槍を回収する。

 フレイム・ロック達はアイシャから視線を外し、レックスを敵対視して

 向かって行くも、レベル9の圧倒的な力には為す術もなく、槍での

 刺突や盾による体当たりと様々な戦闘手段により、ものの1分で

 全滅したのだった。

 

 「...これはまた、とんでもない奴が居たもんだね...」

 

 そう呟くアイシャはレックスのあり得ない強さに呆れつつも、

 紛う事なき無敵の勇姿を称賛した。

 フレイム・ロックを倒し終え、戻ってくるレックスにアイシャは

 数回の拍手をして頷く。

 

 「お見事。スカーが惚れたのも頷けるわ...」

 「ありがとう。...スカーも見直してくれたかしら?」

 

 カカカカカカ...

 

 「そう。よかった...」

 「ところで、気になってたんだけど...その槍と盾は特注品かい?」

 「これはとてつもなく危険な生物の尻尾と頭を作り替えた武器なの。

  その生物を倒す事が彼らにとって成人儀礼になるのよ」

 「ふーん。ケルティック達も苦戦はしたのかい?」

 

 その問いかけに誰も答えようとしない様子から察するに、アイシャは

 ノーコメントだと察して聞かなかった事にした。

 その後、フレイム・ロックと属性の違うウィンド・ロックや

 ビッグシャドウ・ロック、オブシディアン・ソルジャーなどを

 次々と狩り続けて数時間。

 夕暮れ時となった頃、地上へ戻る事にした。

 

 「アイシャ。私はちょっと担当者と話があるから、先に行ってて?」

 「ああ、わかったよ」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 今朝から現時刻の夕方に掛けて、冒険者達は掲示板に掲載された記事に

 釘付けとなっていた。

 内容はアイズがレベル6にランクアップしたという発表である。

 元々【剣姫】として名の知れ渡っていたアイズがランクアップした

 という事に冒険者達は湧き上がり、成し遂げた偉業に戦慄もしていた。

 モンスターレックスのウダイオスを1人で倒したという、攻略するには

 大規模のパーティでなければ不可能と言われていた。

 それを覆したアイズに誰もが称賛し、自身の強さに落胆した。

 そんな中、エイナは仕事に没頭していた。

 アイズはロキ・ファミリアの団員で、担当者はミィシャなため

 自分の仕事を熟そうとしているようであった。

 

 「ねぇ、ちょっといい?」

 「あ、はい。何かご用で...?」

 

 書類に目を向けていたエイナは前を向いて、訪ねてきた来訪者に

 対応しようとする。

 しかし、目の前には誰も居ない。

 目の錯覚か、或いは幻聴でも聞こえたのかと少し不安になるが、 

 ふと、以前から同じ様な事をしてくる彼が思い浮かんできた。

 しかし、聞こえてきたのは女性の声だったため、やはり違うのかと

 思っていたエイナだが、カウンターに置かれた紙を見つける。

 先程まで何もなかったはずが、それを見てエイナは確信した。

 彼と同じ所属の団員であると。

 その紙を手に取り、書かれている内容を読む。

 

 [2人だけで話せる部屋はあるかしら?]

 

 そう書かれていたので、エイナは頷くとカウンターの上に休止中と

 書かれた札を置き、ついて来るよう伝えて対談室に案内する。

 姿は見えなくても足音が背後から聞こえてくるため、ついて来ていると

 わかった。

 対談室に入り、ドアを閉めると椅子に座るエイナ。

 対面する位置に置かれた椅子が勝手に動いているように引かれ、

 そこに誰かが座った。

 

 ...ヴゥウン...

 

 「!?」

 

 突然、目の前に姿を現わしたレックスにエイナは驚いた。

 いつも対応している捕食者は眼だけを光らせ、筆記による会話だけで

 あったのにも関わらず、レックスは事も無し事もなげに姿を

 見せたからだ。

  

 「あ、ぇ、あっ...」

 「あぁ、ごめんなさいね?

  いつも話してくれているあの子はヘルメットを脱げないし、無口でないといけないから貴女がビックリするもの無理はないわよね」

 「...あ、あの、貴女は...?」

 「私はアレクサ・ウッズ。レックスって呼んでいいわよ。

  貴女の名前は?」

 「私はエイナ・チュールと申します。」

 

 レックスはエイナに名前を問いかけてきて、エイナはそれに答えた。

 初対面であるのに、まるで親しい友人の様に話しているレックスに

 エイナは不思議と安心感を覚えた。

 正体が不明な相手との言葉のない対応と違い、明確に顔を見合わせて

 話している事が理由だろう。

 

 「今までご苦労様だったわね。あの子との対応には困ってたでしょ?」

 「ま、まぁ、はい...

  担当者となって2年経ちますけど、やっぱり慣れなくて...」

 「そうでしょうね...

  ...それじゃあ、エイナ。貴女に教えてあげるわ、彼らについて...

  というより、あの子についてね」

 

 唐突に知る事となる事実にエイナは驚愕するのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ディアンケヒト・ファミリアの治療院へアナキティとリーネが

 訪れていた。

 用意してもらっているポーションなどの治療薬や医療品をキチンと

 数が揃っているのか確かめに来たのだ。

 

 「ティオナさん...本当に大丈夫なんでしょうか...」

 「ん~...でも、目撃証言が頻繁にある以上、生きてるのは間違いないと思うわよ?

  昨日だってレフィーヤがフィルヴィスって同じエルフから見かけたって聞いたし」

 「そ、そうですよね...」

 

 安否を気遣うリーネにアナキティも心配こそはしているものの、

 遠征間近となっている今では迂闊に捜索へ向かう事は許されないと

 いうのはわかっていた。

 自身よりもレベルが上であり、何より姉のティオネが生きていると

 断言した以上、信じるしかないとアナキティは思いつつ出入口の扉を

 開けようとした。

 

 バァァアンッ!

 

 「お外走ってくぅるぅうううううううう!」

 「ニャア!?」

 「キャッ!?」

 

 その瞬間、扉が勢いよく開かれてディアンケヒトが飛び出していった。

 何が起きたのかわからず、納得いかんぞー!と悔しそうに何かを

 叫びながら走り去って行くディアンケヒトをアナキティとリーネは

 見送るしかなかった。

 すると、治療院の中から高らかな笑い声が聞こえてくる。

 アナキティとリーネはカウンターを叩きながら、笑い続ける人物を

 見た。

 

 「あははははははっ!くふっ、あはははははっ!」

 「これこれナァーザ。何をそんなに笑っているのだ...

  アミッドに失礼だろう」

 「はぁ...はぁ...はい。すみませんでした...

  ごめん、アミッド」

 「い、いえ...あ、で、では...

  こちらはありがたく買い取らせていただきます。

  また完成品を納品してくださいね」

 

 お辞儀をするアミッドにナァーザは頷いて、ミアハはもちろんだと、

 答えた。

 そうしてナァーザとミアハは出入口から出ようとした際にアナキティと

 リーネを見つけて声をかけた。

 

 「これはこれは。ロキの子供達ではないか」

 「は、はい。どうも、神ミアハ...」

 「こ、こんにちは...」

 「遠征で使う物を買いに来たなら、丁度良いタイミングだね。

  すごいのを作ったから使ってみて」

 「初回という事で安くしておいたので、買って損はないはずだ」

 「は、はぁ...わかりました」

 

 頷くリーネにでは、と軽く会釈をして出入口から出ようとするミアハを

 追いかけるナァーザ。

 だが、あ、っと何かを思い出したのか2人に振り返ってこう伝えた。

 

 「そういえば、ダンジョンでティオナ・ヒリュテを見かけたよ」

 「「え?」」




尚、最後にレックスがステイタス更新したのは5年前。つまりは...


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>∟ ⊦''>'<、⊦>'<、⊦ Byrdo-up

 黄昏の館にて、ラウルは遠征出発の事前準備に追われていた。

 他の団員達も荷物などを運んでは下ろしたりと、慌ただしく準備を

 しており緊張感が漂っている。

 

 「ラウルさーん。18階層のゴライアス討伐されたみたいです」

 「ラウルさーん。うちらに討伐してもらおうって放置してたみたいですけど、誰かが倒したみたいで」

 「ラウルさーん。発注していたサラマンダー・ウールとウンディーネ・ローブ、人数分が用意出来たって報告が...」

 「まっ、待つっス!ちょっと待ってほしいっす!」

 

 ラウルは中間管理職的な立ち位置として団員達の報告や意見などを

 覚える必要があるので、1人ずつでないと聞き分けるのは難しいとの

 事。

 尚、フィンは7人なら余裕だと言われており自分には到底出来ないと、

 諦めている。

 

 「えーと、それでアキ?ティオナさんを見かけたっていうのは...」

 「【医神の忠犬】のナァーザ・エリスイスからよ。 

  数日前に何をしているのかわからなかったけど見たらしいの。

  ねぇ、リーネ」

 「は、はい。

  何でも怪我はしていなかったらしいですけど、ポーションを渡してあげたそうで...」

 

 ラウルは名前からナァーザの人物像を思い出そうとする。

 名の知れている中堅ファミリアの団長であり、一級品の回復薬を

 作っている事で知られている。

 回復薬の効力はディアンケヒト・ファミリアで販売している物と同等に

 優れており、引けは取らないと言われてもいた。

 商業系ファミリアにしては珍しく腕利きのレベル4でダンジョンへ

 積極的に潜っているという噂はラウルの耳にも入ってる。

 なので、ティオナを見かけたというのも不思議ではないと思った。

 

 「じゃあ...遠征中にバッタリ会って、合流するって事になるかもしれないっスね。

  その時、傷だらけでヤバそうな状況になってないといいんスけど...」

 「大丈夫じゃろ。ティオナも馬鹿ではあるまいて」

 「ガレスさん」

 「それはそうっスけど...

  本当に大丈夫なんスかね...」

 「もしそうなっていた場合は遠征に同行させず、大人しくホームで待たせるだけじゃ」 

 

 重たそうな木箱を置きながらそう答えると、ガレスはギルドに本報告へ

 行く事を伝えた。

 遠征を行なう申請は前日にする事がいつも通りなのである。

 

 「お主ら遠征まで二日、今更特訓なんぞせずに十分に休んでおくんじゃぞ」

 「「「はは、ははは...」」」

 「全くどいつもこいつも...」

 「あ、そ、そういえばラウルさん。ナァーザさんの事で思い出したんですけど...

  こちらを購入する予定を確保しておきました」

 「ん?これは...ポーションっスか?何か特別な効果でも?」

 

 2本の試験管に入っているポーションは本来の青色をしたポーションと

 違う色をしていた。

 

 「デュアル・ポーションと上位になる、ハイデュアル・ポーションって言ってたわ。

  体力とマインドを同時に回復させる事が出来るらしくて、今日から売り始めて安くしてるからお得に買えるみたいなの」

 「へぇえ~~!それはすごいっスね...

  じゃあ、物は試しという事で買っておくっスか」

 「そうしておくといい。一筋縄でいかんのがダンジョンじゃ」 

 

 ガレスにも勧められたので、ラウルは忘れないように購入予定として

 メモを書き残す。

 安くなっているとはいえ、何故即決したのかというと予算が余っている

 からだ。

 ポイズン・ウェルミス対策として購入した特効薬が運良く手頃な値段で

 購入出来た事が理由だろう。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヒュンッ! ヒュンッ!

 

 「...はぁ...」

 

 中庭でデスペレートを振るっていたアイズは鞘に収めると、呼吸を

 整えて室内へ戻ろうとした。

 しかし、花壇の縁に座っているベートの姿が目に入った。

 耳や尻尾を下ろして一目で落ち込んでいるとわかり、アイズは

 呼び掛けた。

 

 「ベートさん...?どうかしたの...?」

 「...気にすんな。大した事じゃねぇ...」

 

 そっぽを向きつつ、答えたベートにアイズは違和感を覚える。

 いつもなら口悪くどこかへ遠退かせようとするような言動を言うはず

 なのだが、そういった口振りを見せなかった。

 やはり何か大きな問題を抱えてしまっているのでは、とアイズは

 気になって2人分空けて座ると、必要以上の事を含まず問いかけた。

 

 「私で良ければ...言ってほしいです。気になるから」

 「あぁ?...大した事じゃねぇっつっただろ...」

 「でも...いつもと違う気がして...だから...」

 

 このまま続けていても、立ち去ろうとはしないと察したベートは

 深くため息をつきながら話した。

 2日前にレナから言われた自分の言葉の意味について。

 アイズは黙って話を聞き、最後に話した罵倒は傷付けるだけと

 言われた事に答える。

 

 「その人の言っている事は、あってると思います。

  それに...ベートさんが嫌われるのも、良くないですから...」

 「...はっ、雑魚が何て言おうが遠吠えにしか聞こえねぇ。

  種族のハンデがあるにしろ、結局雑魚は雑魚だ。

  お前みたいに強くなろうとしねぇから雑魚のままなんだよ」

 「...それなら、もしも皆が強かったらいいんですか?」

 「あ?」

 「モンスターにも負けないくらい強くなれば... 

  ベートさんもそうやって見下さなくなるんですか?」 

  

 その問いかけにベートは少し苛立ちながら、呆れるようにして答えた。

 

 「言っただろ?雑魚はお前みたく強くなろうとしねぇって。

  そんな都合の良い話しなんざ」

 「もしも、って私は言いました。そうだったら...どうなんですか?」

 「...何も言わねぇ。雑魚じゃねぇって認識するだけだ」

 「...そうですか」

 

 これで満足して行ってくれると思っていたベートの予想通り、アイズは

 立ち上がってどこかへ行こうとする。

 しかし、立ち去る際に言い残した言葉に耳を疑った。

 

 「ベートさん...もう少し素直になっていいと思いますよ。

  そうしたら...皆もわかってくれるはずです」

 「...は?...はぁああ!?」

 

 ベートが顔を上げた時には既にアイズの姿がなかった。

 少しだけ空いた間の内に、正しく風の如く消えたのだ。

 あの発言の意味を問い詰めようと慌てて立ち上がり、ベートは

 渡り廊下の出入口に入ると、一先ず右側へ進もうとする。

 が、視界にリーネの姿が映った時には遅かった。

 

 「げっ!?」

 「キャッ!」

 

 あまりにも至近距離だったので、ベートは回避出来ずにリーネと

 真正面からぶつかりドサっと倒れ込んだ。

 リーネが運んでいたらしき書類が宙を舞い、周囲に散らばって

 降って来る光景が奇しくもベートがリーネを押し倒しているように

 見えてしまっていた。

 

 「あ...ぁ、ぁの、ベート、さん...?」

 「っがぁ、クソッ...!...あ?」

 「...きゅう」

 「お、おい...おい!嘘だろ、勘弁してく」

 「「あぁああああああああああああああ!?」」

 

 前方から聞こえてきた叫び声に耳が先に反応してから、ベートは

 顔を前に向ける。 

 そこに居たのはエルフィとアリシアだった。

 何故叫んだのか最初はわからないでいたベートだが、2人の発言で

 漸く自分がどういった状態なのか理解する。

 

 「ベートさんがリーネを襲ってる!

  真っ昼間から堂々とリーネを食べようとしちゃってる!」

 「なななな、な、なんて破廉恥極まりない...!

  エルフィ!見てはいけません!貴女には早いです!」

 「うわ!?ちょ、ちょっと~!」

 

 騒ぎを聞きつけ、付近に居た団員達が駆けつけてきてベートがリーネを

 押し倒しているように見える状態に数人は驚き、また数人の女性団員は

 歓声を上げて何故か興奮していた。 

 流石にこれ以上はマズイと思い、ベートは黙らせようと立ち上がろうと

 するも、背後から伝わってくる冷気にも似た威圧感に悪寒が走った。

 先程までワイワイとしていた団員達もその威圧感によって、押し黙る。

 

 「...ベート?」

  

 優しい口調で名前を呼ばれたベートは振り返ろうとはしないで、

 まずはどこへどうやって逃げようかという打開策を考え、前方へ

 全速力で逃げるという手を考えた。

 それならいくしかない、と3つ数える。

 

 「(3、2、1...!)」

 

 ゴッ!

 

 「ガフ...」

 

 ほんの少しだけ動いた瞬間にベートの意識は刈り取られた。

 リヴェリアの目にも止らぬ手刀が項付近に叩き込まれたからであり、

 そのままリーネの上に倒れる。

 ギリギリの所で顔同士の衝突は免れたようだ。

 

 「ん...え?...っ、えぇぇぇぇぇぇええええ!?

  な、なな、な、何で、ベートさんがはわわわわわわわわわ!?」

 「すまないなリーネ、こいつは少し説教しなければならないな。

  失礼するぞ」

 「は、はい...?」

 

 ズルズルと裾を掴まれたままリヴェリアに引き摺られていくベートに

 団員達が思ったのは1つだった。

 お気の毒に...という同情。

 状況が読めず、呆然としているリーネにエルフィとアリシアが近寄って

 話しかける。

 

 「大丈夫でしたか、リーネ?あの破廉恥狼に何かされそうになっていたんですか?」

 「え?え?」

 「あ、もしかしてリーネの方から誘い受けしたとか?」

 「はい?」

 「そ、そんな事していけません!いいですか、リーネ!

  乙女たるもの男性を選ぶのは慎重にしなければ...!」



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>∟ ⊦''>'<、⊦>'<、,< 100h'yerurchi

 ロキ・ファミリアの遠征が決行される事を聞き入れ、ウラノスは

 ロイマンを下がらせる。

 ウラノスだけとなった空間。そこに亡霊の様に現われたフェルズが

 姿を現わした。

 

 「やはり仕掛けるようだな。

  彼らも一連の騒動に関わっていたのだから、必然と言えるか...」

 「ああ。我々が手に入れている情報以外の事を知るのに期待しておこう」

 

 これまでネフテュス・ファミリアの情報提供によりこれまで起きた

 様々な事態の根源を突き止めていた。

 エレボスの後釜としてイヴィルスを率いたのがタナトスであり、エニュオという

 謎の人物が支援しているという事だ。

 資金提供をしていたイケロス・ファミリアは捕食者達により壊滅し、

 イシュタル・ファミリアは抜けた事で恐らく資金調達の手立てが

 なくなり衰え始めるに違いないと伝えられた。

 報復、口封じとして雇われたセクメト・ファミリアもネフテュスが

 直接対面し、大人しくさせたので脅威ではなくなったとも言われた。

 

 「エニュオ...神々の言葉で意味するのは都市の破壊者。

  だが、その名を称する神は存在しない」

 「では、偽りの神だというのか?」

 

 フェルズの問いかけにウラノスは曖昧ながら否定した。

 確信が無い以上、判断するのは困難だからだと言う。

 

 「しかし、その名の通りであればイヴィルスと結託した目的は...

  オリヴァス・アクトが発した彼女なる存在の願いため、オラリオを破壊する事だろう」

 「彼女という存在が深層深部に潜んでいるのなら、目的は古代のモンスターと同じ地上への進出か...

  何にせよ、イヴィルスの企みは阻止しなければならない」   

 「ロキ・ファミリアが目指す深層59階層に必ずあるはずだ。

  一連の事件に繋がっていた、その鍵が...」

 

 フェルズが頷いている際、ヒタヒタと僅かな足音が聞こえてきて

 誰が来たのかすぐに察してフェルズはウラノスの前から少し離れた。

 

 「ネフテュス。何か新たな情報を得たのか?」

 「ええ。エニュオの正体を突き止めたわ」

 

 知れて当然のような口振りでそう言い放つネフテュスにフェルズは

 絶句する。

 またしても科学による未知の力で正体を明かしたのか、と思ったの

 だろう。

 

 「...何者だ?神を偽る人間か?」

 「いいえ、神で間違いはないわね。ただ名前を偽っているだけ...

  自分の神性を認めてもらうために、頑張っていた健気な神よ」

 「...奴か」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 『それじゃあ、エイナ。これからもよろしくね』

 「...はい。ありがとうございました」

 

 姿の見えないレックスが窓から外へ出ていくと、エイナは窓を

 閉めた。

 鍵を掛け、先程まで座っていた椅子に座り直すとレックスから

 聞いた話を改めて整理し始める。

 

 「信じられないけど、事実みたいなのよね... 

  ...アーディさんに伝えた方がいいかな...?」

 

 内密にとは言われていないが、初耳となれば信憑性を持つのは難しいと

 考え、アーディに話すのは止めておく事にした。

 もうじきデナトゥスが行なわれ、ネフテュスも出席するらしく、

 話し合いの際、彼らについて話すと考えたのもあるのだろう。

 

 「...今度会えたら、何か楽しく話してみようかな...」

 

 そう呟きつつ、エイナは立ち上がると部屋を後にした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 特訓開始から2週間と1日が過ぎた。

 ティオナは一度、地上へ戻るとキングコングに伝えた。

 レイから聞かされた話しによれば、遠征へ出発して当日になっても

 ティオナが戻って来なかった場合、ダンジョン内で合流するという事を

 視野に入れているらしい。

 それなら合流する方針にしようと思っていたティオナだが、ふと大量の

 お土産を持ち合わせているため、やはり地上へ戻ってホームにそれらを

 置いてから後を追うという事にした。

 しかし、ネフテュスが見せたいものがあるという誘いを受けた。

 遠征に行かなければならないが、捕食者に関わる事らしくどうしても

 気になったティオナは承諾して見に行く事にしたそうだ。

 ほぼ第一級冒険者でも油断すれば瞬殺されるようなモンスターを

 倒し続けてきたティオナ。

 実力からすればレベル6を既に越えており、捕食者に対抗出来る程だと

 思われ、キングコングはある場所へ案内してくれると伝えてきたので、

 ティオナはレイを連れてキングコングと共に下の階層へと降りていって

 いた。

 正確には70階層にある盆谷から垂直に落下している。

 

 「うわぁあああああああ~~~~~~~~~!?」

 「っ...!」

 

 落下している途中、渦を巻く光が見え始めてキングコングはティオナと

 レイが肩から落ちないように手で覆うと渦へ飛び込む。

 ティオナは意識が遠退いていると思う程、無音の真っ暗な空間をまるで

 自身が流星の様な速さになって進んでいるのがわかった。

 更にしていき加速していき、目の前を青や紫など様々な色をした火花が

 飛び散っているように見えて思わず目を瞑る。

 やがて、より一掃眩い光が閉じている瞼越しでも見え始めたとわかり、

 ティオナは目を開けてみると先程と同じ光の渦に迫ってきていた。

 渦へ飛び込み、抜け出すと洞窟に出てそのまま落下していくと、突如

 体が浮遊する様な感覚となって落下していく方向が真逆となり、上に

 落ちていく。

 

 「どわぁぁああああああ~~~~~~~~~!?」

 

 キングコングは地面に手を突っ込みアンカーにして落下速度を

 減速させていく。

 地面を抉りながらの減速は衝撃が激しく、振り落とされそうに思えた。 

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴォッ!

 

 ド ゴ オ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 減速していった事でキングコングは何とか突起していた岩を掴み、

 急停止する事が出来た。

 ティオナとレイは衝撃が収まったのに気付き、安堵して肩から

 降りようとするとキングコングが身を屈めてくれたおかげで、

 上手く着地した。

 

 「ここが目的地の階層なの?」

 「はい。ここは100階層ですヨ」

 「...100階層かぁ...」

 

 最早、人類が到達するのは不可能と思われる領域の階層である。

 地形は草木などの植物は一切生えておらず、青く光る黒い地面が一面に

 広がっていた。

 その黒い地面の正体はオリハルコンだ。100階層全域を覆っていると

 考えられる。

 周囲を見渡したティオナはあるものを見つけて、開いた口が塞がらなく

 なっていた。

 同じように青い光を発光させる無数のオリハルコンの塊が、雲のように

 浮遊していた。

 まるで今立っている地上と天井の岩山が上下に向き合う境目を表わして

 いるように見える。

 その幻想的な景色にティオナはため息を溢す。

 

 ゴフッ...

 

 「あ、付いて来てくださイ。ティオナさん」

 「う、うん」

 

 キングコングの後に続いて、ティオナとレイは坂道を登り始める。

 登っていくにつれて浮遊している無数のオリハルコンの塊に近づいて

 行き、頂上の崖にまで辿り着くと、キングコングが足を止める。

 

 「あれ?行き止まりだよ...?」

 

 フーッ...

 

 徐ろにキングコングはすぐ目の前にあったオリハルコンの塊を指先で

 突つく。

 

 コツーン...

 

 その塊は前方の岩とぶつかりながら天井へ飛んで行った。

 それを見て、ティオナはキングコングが何を伝えたいのか理解して

 無言で頷く。

 キングコングの隣に並んで崖の縁に立ち、タイミングを合わせて

 その場から飛び跳ねた。

 すると、オリハルコンの塊を越えた途端に体が天井へ引き寄せられて

 いき、岩山を削って作られた右手の形状をしている岩山にティオナは

 手を伸ばし、それに触れながら天井側の地面に足を着いた。

 

 「(これ、右手の形をしてる...)」

 「これはキングコング様が自ら作った目印でス。

  ここからでなければ、あそこへ戻る事は出来ないそうなのデ」

 

 自力で飛行して隣に着地してきた、レイがその岩山が何なのか教えて

 くれた。

 

 「そうなんだ。...というか、何であの岩みたいな塊が浮いてるの?」

 「さぁ...それは私にも...

  多分ですガ、あそこが浮くか浮かないかの境目になっていて、塊が浮いているようになっているのではないでしょうカ」

 「なるほど...それで、ここからどこに向かうの?」

 

 そう問いかけると、キングコングが手招きをして歩き始める。

 1歩1歩の歩幅が大きいため、ティオナはレイに運ばれていった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 同じ色合いになっている天井側の地上を進んで行く途中、ゴロゴロと

 キングコングの足音とも違う轟音が聞こえ始めて、ティオナは前方を

 見据える。

 

 「...何、あれ...」

 

 視線の先に見え始めたのは、連なっている鋭く頂上が尖った岩山群。

 中央の一際目立つ最も巨大な岩山の上方には雷鳴を轟かし激しく稲光を

 走らせる雲が漂っており、巨大な岩山を照らしているようだった。

 近付いていくにつれて雷鳴が耳を劈き、軽い耳鳴りがしそうになる。

 巨大な岩山の山裾まで来ると、キングコングが足を止めたのでレイは

 ティオナを降ろす。

 キングコングは指を指して、ティオナに前方を見るように示した。

 

 「(...あれって、扉...?)」

 

 ティオナが見つけた通り、そこには扉が存在した。

 キングコングの身長よりも遥かに大きく、右側の表面には赤い手形が

 押されてあり、誰のものなのか一目でわかった。

 キングコングは扉に近付いていき、その手形に自身の手を重ねると

 重厚な扉が開かれる。

 

 ゴ ゴ ォォ オ ン...

 

 キングコングが中へと入っていきティオナとレイも後に続いていく。

 青い光がそこかしこに見え、上方の稲光と溶岩の赤い光でその中は

 照らされていた。

 周囲の壁は丸みのある三角形の彫刻が施され、11本の柱に囲まれた

 中央の柱の根元には玉座のようなものが見受けられる。まるでそこは宮殿のように思えた。

 

 「あそこにキングコングが座るの?」

 「はイ。時折ここへ弔いに来た際に、勝ち取った証として...」

 「弔う、って誰を?死んじゃったゼノス?」

 「はい...命を賭けた一騎打ちで...」

 

 最強と称されるキングコングと一騎打ちをしたというのなら、

 そのゼノスもまたとてつもない強さを誇っていたのだろうとティオナは

 固唾を飲んで思った。




この世界戦では映画よりも更に老化していたので敗北したという設定です。


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>∟ ⊦'' ̄、⊦' D'olsur fynw

 階段ではなく、スロープを転げないよう下っていく。

 溶岩が足元を流れているはずなのだが、不思議な事に宮殿と思われる

 その場所は全く暑さを感じなかった。

 ティオナは周囲を見渡しながら玉座へと近付いていき、キングコングが

 玉座の前で止まって背凭れの上にある窪みを見つめていた。

 その窪みをティオナも見てみると、その中には歪な三角錐状の岩を

 台にして、何かが置かれていた。

 

 「(斧...?)」

 

 それは柄となる巨大な骨に革の紐で、整えられていない斧刃が

 括りつけられている斧であった。

 キングコングは窪みから取り出し、ティオナとレイがよく見れるように

 置く。

 斧刃は岩ではなく、別の硬質な物を使われており革の紐も触ってみて

 硬く締め付けているわかった。

 

 「この刃がキングコング様と一騎打ちをしたゼノスの背鰭なんでス。

  持つ部分はムートーという前足の長いモンスターの骨ですヨ」

 「あ、背鰭だったんだ、これ...」

 

 ティオナがマジマジと見ていると、ゴトンゴトンと何かが地面に

 落ちたのに気付いて斧から視線を逸らす。

 キングコングが落としたと思われるそれを拾い上げ、目を凝らしながら

 見てみると、斧に括り付けられている同じ背鰭の破片だとティオナは

 察した。

 様々な大きさをしている幾つもの背鰭の破片はキングコングからすれば

 とても小さいがティオナとレイからすると1番大きいものは両手で

 持たないといけない程の大きさだった。

 

 ゴフ... ヴォホフ...

 

 「これで、何かを作れ、って言ってるのかな?」

 「その通りでス。武器を作る事を伝えていますネ」

 「武器...あぁ、だから紐を持ってこさせてたんだ」

 

 100階層へ向かう前に腰に巻き付けていた長い竹の皮紐を解く。

 長さは5Mあり、それでキングコングが見せた斧のように背鰭を

 括りつけて加工する事が可能なはずである。

 ティオナは武器となる材料を確かめていると、キングコングがまた

 何かを落としてきた。長く細めの骨だ。

 細いと言っても太さは十分にあり、柄にするには最適と思われる。

 

 ゴフッ...

 

 「小さな破片を使えば、穴を開けたり出来るそうでス」

 「そっか。よーしっ!じゃあ...

  これとこれをこうして...ここにこうすれば...」

 

 ティオナはその場に座ると2つの平たく長い背鰭を左右に置き、中心に

 骨を置いた。

 やはり愛用する武器を作るようである。

 

 ガリッ ガリッ ガリッ

 

 キングコングとレイが静かに工作過程を見守る中、ティオナは小さな

 背鰭の破片で平たく長い背鰭の底の中心部分を刳り貫き始めて、指が

 すっぽりと入るのを確認してもう1つの背鰭も同じように中心部分を

 刳り貫いた。

 両方ともに穴を開け、長細い骨の片方の先端部分を切り落とすと

 その穴に嵌め込もうとする。

 

 ギ ギ ギ ギッ...

 

 「ん?ん~?あれ?入、ら、な、いっ...!」」

 

 フーッ... 

 

 「あ、あの、ティオナさン。

  先端を少し尖らせた方がいいそうでス。そうすれば、嵌るはずだと」

 「あ、わかった」

 

 カッ カッ カッ カッ カッ

 

 キングコングのアドバイス通り、骨の先端を尖らせた。

 更に斜め状の切り込みを入れる事で表面がネジのような形状となり、

 背鰭の穴へ回転させながら入れるとキュッとキツく締まって嵌った。

 おぉ~と歓喜の声を上げながら、ティオナはキングコングの知識の

 広さに感心する。

 もう片方も同じ加工を施し、背鰭を嵌め込んだ。

 形状は正しく大双刀となって仕上げに入ろうとする。

 再びアドバイスを受け、骨に今度は小さな穴を開けるとそこに竹の

 皮紐を通してから背鰭の根元のヘコみに引っ掛けながら括り付けて

 いった。

 竹の皮紐は簡単には引き千切れはしないので、補強するのに適して

 いると思われる。

 

 「っと...完成!出来たーーーっ!!」

 

 ゴフッ ゴフッ

 

 「ティオナさン。あそこの溶岩に先端の背鰭を入れてみてくださイ」

 「え?あ、う、うん...?」

   

 ティオナは戸惑いながらも溶岩が流れているのが見える穴に近付き、

 ゆっくりと入れてみた。

 異物が入った事で火の粉が飛び散り、ブクブクと背鰭に付着していた

 水分が蒸発する事で泡立つ。

 しばらく入れ続け、溶けていないか心配になったキングコングに

 抜いていいかを聞き、許可を得るとすぐに引き抜いた。

 

 ジュウウゥゥ...

 

 「あ...全然溶けてない...

  それに、何か光ってる...?」

 

 溶岩を垂らしなら中身を青白く発光させる背鰭にティオナは驚きの

 あまり呆然とする。

 キングコングは手話で、その原理をレイに伝えた。

 

 「その背鰭ハ、炎や熱線を吸収するそうでス。

  なので攻撃をすると威力が増しながラ、戦えると言っていまス」

 「へ、へぇ...じゃ、じゃあ、すごい武器を手に入れちゃったんだ...」

 「捕食者さんと戦う際に是非使ってくださイ」

 「...うん。もちろんそうするよ」

 

 最初は恐縮していたが、捕食者との再戦するという思いによって

 自然とそう答えたティオナ。

 それにレイは微笑み、キングコングは頷いていた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 100階層へ向かう際に通った光の渦をもう一度潜り抜け、70階層に

 戻ってきたティオナは未開拓領域の出入口付近でキングコングと別れの

 挨拶を交わしていた。

 遠征が終わり次第、特訓は再開するのだが礼儀はキチンとしなければ

 ならないと思ったのだろう。

 

 「また戻って来たらよろしくね!ししょー!」

 

 フーッ...

 

 「うん!それじゃ!」

 

 ティオナはお土産を入れている丸く大きな竹篭を背負い、手を

 振りながら70階層を後にする。

 キングコングはティオナの背中が見えなくなるまで見送るのだった。

 未開拓領域の通路を経由して、20階層へ向かっている途中、マリィが

 居る25階層に立ち寄って再会を果たした。

 臭いでティオナだと気付き、大喜びしてマリィが抱き着いてきたので

 ティオナはバランスを崩し、水の中へ落ちてしまったりした。

 体を洗うためにも訪れていたので、丁度よかったと言える。

 

 「っぷはー!ふぅ~、さっぱりした~!」

 「ティオナ、すごくながくなってる」

 「ん?あぁ、髪の事?そうだね、マリィと同じくらいかな?」

 「おなじ?おなじ、マリィ、うれしい!」

 

 パシャパシャと尾びれで水面を揺らして、マリィは嬉しそうに

 はしゃいでいた。

 それにティオナは顔を綻ばせて、可愛さに癒される。

 その光景は親子と見ても不思議ではないように思えた。

 しばらくして、マリィと遊んだり、お話をしたティオナは以前と

 同じように再会を約束し、マリィに見送られながら隠れ里へ向かった。

 灯りが見え始め、隠れ里に入った瞬間に歓声を上げる。

 特訓を頑張ったティオナを労おうと、ゼノス達が待っていたらしい。

 ...のだが、ティオナの姿を見て静まり返ってしまった。

 髪が伸びているのもそうだが、また10C程伸びて180Cと長身になり

 少女の体から女性へ成長しているその姿に一瞬だけ誰なのかと思ったの

 だろう。

 

 「...え、えっと...ティオナっち、だよな?臭いは同じだけど...」

 「う、うん。そうだよ。

  ...そんなに見間違えてるかな?」

 「ソ、ソウダナ。見タ目ガデカクナッテイルシ...

  特ニレイヤラーニェニモアル乳房ガ...」

 

 嗅覚以外に外見で人物の特徴を視認している辺り、ゼノスの知能は

 やはり高い事が伺える。

 ティオナは照れ笑いを浮かべながら、自然と胸を隠すようにして

 恥じらっているようだった。

 以前までの彼女からは想像出来ない仕草である。

 

 「ま、まぁ、ティオナっち!キングコング様の特訓、よく頑張ったな!

  捕食者とまた勝負する時が来たら、応援するぜ!」 

 「うん、ありがとう。リド」

 

 困惑しているゼノス達だが、ティオナだと改めて認識して再度、歓声と 

 拍手を始める。

 ティオナはゼノス達の祝意に感謝の意を込めて頷いた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...バシュンッ!

 

 ...漸く戻ってこれた。僕自身の宇宙へ。

 設定したワープポイントより1000K離れた空間に出てきたらしく、

 やはり無茶をさせ過ぎたみたいだった。

 早くマザーシップへ戻らないと、いつスカウト・シップが制御不能に

 なるかわからない。

 僕は操縦桿を前に倒し、地球へ向かった。

 大気圏を突破して降下していく中、周囲を見渡すと夜に差し掛かる

 時間帯なので暗くなっている事に気付く。

 そして、明かりが灯っているオラリオの夜景が見え始めた。

 

 ビビッ! ビビッ!

 

 その途端にフォールトアラームが鳴り、重力制御システムに深刻な

 エラーが生じているとわかった。

 降下を止めようにもエンジンも異音を出し始めて、このままでは

 墜落しかねないと判断する。

 僕はマザーシップが滞在してある森へワープドライブしようと、

 3Dディスプレイでマップにワープポイントを設定する。

 スカウト・シップの真下にワープドライビングサークルが射出され、

 再び船体を水平に戻しながら通過していった。

 よし。マザーシップの真上へワープする事に成功した...!

 推進力による着艦を行うため重力制御システムを解除する。

 

 ゴゴゴッ ゴゴゴォッ... ゴゴゴッ!

 

 正常に動かないエンジンが噴射を途切らせているが、僕は構わず

 開かれている格納庫のハッチ目掛けて降下し続ける。

 マザーシップの上面まで来た所で一気に噴射させた。

 

 ビビーッ! ビビーッ! ビビーッ!

 

 エンジンが燃え始めた...!もう降りるしかないっ。

 収納していたランディングギアを展開し、1Mあるかないかの高低差まで

 降下した。

 僕はその瞬間、エンジンを切った。

 

 ガ シャ ァア ア ア ンッ!! 

 

 思っていた程ではなかったが、落下の衝撃が全身に伝わってきた。

 ...しばらくは修理に時間が掛かるだろうな...

 僕はコックピットから離れると、後部ハッチを開けて降りようとするが

 途中で開くのが止まってしまう。

 何度かガントレットを操作して開けようと試みるが、無理だとわかり

 よじ登ると天井を押すようにしてハッチを強引に開かせた。

 

 ガ ゴォ ンッ!

 

 漸く降りられた...

 僕はスカウト・シップの全体を見渡すと、改めて、よくこれで飛べて

 いたと内心呆れていた。

 エンジンは2つとも焼け焦げ、船体の表面には切り裂かれた痕や

 浅くはあるが弾痕がくっきりと見えている。

 僕の鍛錬に付き合ってくれた事に感謝して、船体の表面を撫でていると

 スカー達が近寄ってくるのに気付いた。

 よく見ると、レックスも居る。戻ってきていたんだ。

 

 「お帰りなさい。随分と手荒な帰艦だったわね...  

  すぐにビッグママを呼んで修理してもらわないと」

 

 僕は頷いて、我が主神の元へ向かう事を伝えてからその場を後にする。

 通り掛かる度にヤウージャの皆は、帰還した僕を労ってくれた。

 オープンスペースに着き、玉座にお座りになられている我が主神の

 前で首を垂れる。

 

 「...ふふっ。また強くなれたみたいね」

 『戦利品は船内に置いてあります。是非お見せしたいと...』

 「楽しみだわ。どんな獲物を狩ったのか...

  でも、体を休ませなさい。成人の儀についての説明は明日してあげる。

  勇猛な戦いを期待しているわ」

 

 カカカカカカカ...

 

 僕は拳を眉に当て、承認すると我が主神の前から立ち去る。

 いよいよだ、と僕は拳を握り締めた。



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>∟ ⊦'' ̄、⊦>∟ ⊦ b'asto

 自室に戻る前に武器と装備の修理をビッグママに頼もうと鍛冶場に

 赴いた所、タイミング良くビッグママが通り掛かった。

 スカウト・シップの修理に向かおうとしていたそうで、僕は修理をして

 もらう事を伝え、授けてくれた銀の槍について話した。

 あの銀の槍はパラレルバースにある内の1つ、パラレル191112の

 世界に存在する金属で作られた武器であるとわかった。

 マンダロリアンという民族が装着するアーマーを構築するために

 使用されるベスカーという金属で、あの槍は非合法に製造したのだと

 推測されている。

 その銀河系で最も頑強にして、最も伝説的な金属の1つであるため

 本来の持つべきマンダロリアンに返還したと伝えると、ビッグママは

 それならよかった、と話しを理解してくれて納得した。

 そのマンダロリアンは僕と同じ名前であったので、恐らくその時空に

 存在する僕の同一人物だったのだと思う。

 マンダロリアンだけでなく、他にも様々な別時空の僕と出会った。

 弟子と詩人と共に旅をしていた、指輪の魔法使いと呼ばれる僕。

 巨大な自足兼搭乗型兵器に乗るパイロットと呼ばれる僕。

 赤、白、黄色など様々な形態に変形する鎧を纏う僕。

 何かしらの事故により、森で遭難していたマスターと呼ばれる僕。 

 ポケモンというモンスターを引き連れていた僕。

 そして、英雄に憧れ、呆れるくらい愚かで純粋な心を持っていた僕など

 それぞれ僕とは似ても似つかない性格の違いがあり、混乱する事も

 あったが滞在中はその世界での案内人として協力してくれたりしたのは

 忘れる事はない。

 ビッグママに翌日の事について応援してもらい、僕は別れた。

 自室に戻り、ベッドに腰掛けると深く息を吸い込みながら心身を

 落ち着かせる。

 この世界での地球上は9日間程度の時間しか経っていないが、様々な

 パラレルバースを行き来していた僕にとっては体感で1ヶ月分の時間を

 過したような感覚となっている。

 地球上と宇宙空間での時差はほぼ皆無だが、ワープドライブ時の

 超光速移動によって地球上での時間よりも速く動くために大幅な時差が

 生じる。

 なので、1ヶ月という時間を僕は9日間の内に過しているという

 解釈になる

 ...その間にティオナという少女も強くなったのか気になった。

 しかし、明日は僕の尊厳を確立するための儀式が始ると考えるのは

 止め、そのまま横になる。

 座ったままの姿勢で眠る事が多かったため、すぐに眠気が強まって

 僕は眠りに就いた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ダフネちゃん...どこかに行くの?もう夜なのに...」

 『大事な用事があるからさ。明後日まで戻らないと思ってて』

 「う、うん...」

 

 アポロン・ファミリアのホームから抜け出し、ダフネは夜の街を

 駆け抜けて森林の中へと入って行く。 

 クローキング機能で見えなくなっているドロップ・シップを見つけて

 乗り込むと、開いていた後部ハッチが閉じていきエンジンが始動した。

 上昇していくため揺れが生じ、貨物室に様々な生物の鳴き声と檻を

 蹴りつけ、噛み付く音が響き渡る。

 

 『ゴルルルルルルルルッ...』

 

 ダフネが上げた唸り声で、瞬時に押し黙らされる。

 静かになるとダフネはコックピットへ向かおうとしたが、ある物が

 目に入って足を止めた。

 それは複数個のコールドスリープ装置だった。

 中には既に人が入っていて、装置の機能により睡眠状態となっている。

 

 「(...どういう事?)」

 

 ダフネはそれを確認し、疑問に思いながら貨物室を通り抜けて

 コックピットに着くと操縦席の後ろに立ってルノアに話しかける。

 このドロップ・シップは旧式の船体とは違い、全て3Dコンソールの

 操縦によって行なわれているのだ。

 

 『人間を使う予定はなかったんじゃ?私以外に』

 『ケルティックの伴侶候補を襲って来た奴らの生き残りだから、粛清も含めて利用するの。

  まぁ、あの子も多い方がやる気は上がるんじゃない?』

 

 自分にはわからないという意味を込め、ダフネは鼻息を溢した。

 

 『そういえば、あの子にも伴侶候補が居るってスカーが言ってたっけ。

  ロキ・ファミリアのティオナ・ヒリュテがそうみたい』

 『フーン。いいんじゃない?惚れ込んだ人なら、それでも』

 

 他愛もない話をしている内にドロップ・シップはオラリオから数K離れた

 南東上空を飛行し、間もなくカイオス砂漠に着陸する。

 後部ハッチから2人は降り、ゴーグルで以前に開けた大穴を隠している

 ハイドシートを見つけると、端を掴んで引っ張り剥がした。

 大穴の状態を確認し、下っていけると判断したので貨物室から檻を

 ホバーシステムを使用しながら下ろしていく。

 

 『これで最後。後は任せていい?』

 『うん。お疲れ様』

 『...死なないとは思うけど、気をつけなさいよ』

 『わかってる』

 

 拳を眉間に当て、お互いに承認の仕草を見せるとそれぞれ反対方向へ

 歩いていく。

 ルノアはドロップ・シップへ乗り込み、ダフネは大穴を通って檻を

 運んでいくのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 その頃、ティオナは何度目かになるゼノス達との宴を楽しみ終え、

 出入口で見送られていた。

 背中に大量のお土産を包んでいる竹籠を背負って。

 

 「じゃあ、またね皆!レイ。ミネストローネ、すごく美味しかったよ」

 「はイ。ありがとうございまス」

 「捕食者との再戦、楽しみに待ってるからな!」

 「うん!」

 

 力強く頷いてティオナは出入口へと入って行く。

 すぐに20階層の通路に出ると、レイから手渡されたシフターを

 手順通りに起動させる。

 ティオナが戻って来る前にアレックスから預かっていたものらしい。

 姿を消したティオナは急いで地上を目指して駆け上がっていった。

 

 「(すごい...走るのが前より速くなってる...!

   ベートより速いかも!?)」

 

 そう思いながらあっという間に18階層まで上がって来られた。

 深夜にも関わらず賑わっているリヴィラの街を姿は見えないのだが、

 誰にも見つからないよう通り抜ける。

 やがて円筒状の空間に合わせて作られた螺旋階段を登り、1階層の

 出入口まで走るとすぐに外へ出た。

 

 「...はぁ~~~...すぅ~~~~~っ...ふぅ~~~...」

 

 新鮮な地上の空気を吸い込んでティオナは自然と安堵する。

 広いとはいえ、長らく閉鎖的空間に居た影響があるのだろう。

 そして、黄昏の館ではなくアストレア・ファミリアのホームへと

 向かった。

 宿に泊まってしまっては大騒ぎになるのは確実なので、アストレアに

 頼んだ所、快諾してくれたので星屑の庭で宿泊させてもらう事になって

 いるそうだ。

 ティオナは道を使わずに屋根を伝って星屑の庭まで飛び跳ねて、すぐに

 到着した。

 

 「(えっと...3回ノックして2秒空けて、また3回、と)」

 

 コンコンコンッ...コンコンコンッ

 

 ティオナであるとわかるように伝えられた合図だ。

 すると、アリーゼがドアを開けて出てくると周囲を見渡す芝居をする。

 首を傾げる仕草が入る指示であり、ティオナはそそくさとアリーゼの

 横をすり抜けて入ろうとするが、竹籠が引っ掛かってしまう。

 慌てて強引に引っ張ると、ドアが動いた反動でスポッと抜けてしまい

 後方へ仰向けに倒れてしまった。

 

 ...ヴゥウン...

 

 「...はぁ~~」

 「ティオナ、お疲れぇえええええええええええええええええ!?

 「うわぁ!?」

 「ア、アリーゼ!?どうしましたぁあああああああああああ!?

 「うるせぇなぁああああああああああああああああああああ!?

 「...」

 

 シフターを落したと同時に、姿が見えるようになると、ティオナの

 成長した姿にアリーゼは叫ぶ。

 全く同じ声量の叫び声をリューとライラも上げて目が飛び出そうな程、

 驚愕した。 

 そうなるも当然、というよりもならない方がおかしいと言える。

 輝夜は自身の性格上、素面で絶句しているに違いないが。

 

 「...ティ、ティオナだよ、ね?」

 「そ、そうだよ。ビックリするとは思ってたけど...

  そこまで大声出さなくても」

 「いやいやいや、何がどうなってそんなデカくなれるんだ?

  変なもんでも食ったんじゃないよな?」

 

 食べた物について問いかけられたティオナは竹籠を背中から下ろすと、

 ゴソゴソと中身を探り、ミルーツを見せながら答える。

 レイが教えてくれた説明をそのまま答え終えたと同時に、アリーゼ達は

 一斉に自身の胸を触って、だからかぁ!と言った。

 それぞれの胸をよく見ると、一回り育っていたように見える。

 

 「サイズが合わなくなったと思ったら、それを食べたからなのね!」

 「何かの病かと心配していましたが、原因がわかって安心しました。  

  動く度に重みを感じるので困惑していたものですから...」

 「少し寂しかった胸が育って大喜びしていた貧乳エルフがよく言う」

 「ああ、部屋の鏡の前でずっとモミモミ揉んでたエロ・リオンがな」

 

 輝夜とライラの発言に忽ちリューは全身を真っ赤にさせて、羞恥心の

 あまりその場から逃げ出した。どうやら図星だったようだ。

 そんなリューの行動にティオナは痛い程、気持ちを理解出来た。

 

 「(気持ちはわかるよ、リオン。あたしもやってたから...)」

 「でも、それを食べ続けてたらホントにそうなったの?」

 「あ、う、うん。そうそう。

  育ったってわかったのは胸当て布が破れて、レイに言われてから気付いたよ」

 「ほほ~...。...ん~、アストレア様程だと動きにくくなるかな...?

  ティオナ、そこのとこどう?」

 「あたしはこの格好だから動けるけど、多分キツイと思うよ」

 「やっぱそっかー。じゃあ、やめとこ」

 

 真面目な返答にアリーゼは潔く諦めた。

 ライラと輝夜はアリーゼに呆れて、ため息をつく。

 デカければいいというものではない、と言いたかったのだろう。

 そうして件のアストレアが近寄って来て、ティオナに話しかける。

 

 「ティオナ、よく頑張ったそうね。

  今日はゆっくり体を休ませるといいわ」

 「うん、ありがとう。アストレア様」

 「ええ。...ところで、皆?

  さっきリューがすごい勢いで自室に駆け込んでいたけど...」

 「「「気にしなくていいですよ」」」

 「そ、そう...?」

 

 異口同音の返答にアストレアは頷くしかなかったのだった。

 尚、リューはベッドの上で毛布を被ったまま自身の行動を思い返して、

 再び恥ずかしさが込み上げて悶えてしまっていた。




今まで書いてきた短編(メジロアイズは除く)は伏線だったのでした。
尚、FGO時空のベル君は別シリーズで書きます。


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>∟ ⊦'' ̄、⊦>'<、⊦ F'yanwa

 ...ゴ ウ ゥ ン...

 

 ...エンジンの起動音が聞こえた。

 マザー・シップが上昇していっているんだろうと思いながら、僕は

 まだ眠りに就きたいので薄く開けた瞼を瞑る

 

 ...ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 ...起床時間に設定したアラームが鳴っている。

 今度は起きなければならないので上半身を起こす。

 眠気は抜け落ち、倦怠感も感じない。体調も万全のようだ。

 窓の外を除くと星が消えかける寸前となって朝焼けが見え始めていた。

 日光で照らされた地上の砂漠が淡い赤色に染まっていく。

 その光景を見ている中、ドアをノックする音が聞こえてきて僕は

 窓から離れるとドアを開けた。

 目の前に誰も居ないので、視線を下に向けると予想通りショーティが

 居た。

 

 『準備はいいな?降下ポッドに乗ってくれ』

 

 僕は頷いてショーティの後に続く。...歩幅が小さいのでもっと

 速く進めと言いたくなるが、ここは我慢だ。

 通路を進んで行き、降下ポッドが配備されている場所へ着くとパネルを

 操作して扉を開けてくれた。

 僕は中へと入っていき、垂直に立て並んでいる降下ポッドの1つに

 入り込んでガントレットで蓋を閉めるよう操作する。

 すると、我が主神からの通信が入って来た。

 

 『おはよう。気分はどうかしら?』

 『体調などに問題はありません。

  ...説明をお聞かせてください』

 『わかったわ。それじゃあ、まず...』

 

 目的地に到達するまでの間、僕は我が主神から説明を聞き続けた。

 不明な点があった際には質問をして詳細に教えてもらい、反対に僕へ

 我が主神が問いかけてくると、僕はそれに受け答えをする。

 

 ビビィーッ! ビビィーッ! ビビィーッ!

 

 やがて目的地周辺にまで近付いてきたらしく、降下準備を知らせる

 アラームが鳴り響いた。

 

 『幸運を祈るわ。

  名誉なき者は一族にあらず。そして名誉のために戦わぬ者に名誉はない。

  最高の名誉を掲げるために勝ちなさい』

 『...はい』

 

 通信が切れて僕は目を瞑り、アラームが収まるまで待った。

 そして、鳴り止むと手の傍にあるスイッチを指先で押し、降下ポッドの

 射出口を開かせた。 

 

 バシュウゥウッ...!

 

 僕が乗っている降下ポッドはマザー・シップの後方へと置き去りに

 されながら、後部に備えられている減速機構が展開する。

 同じ箇所に搭載されているジェットエンジンにより、落下ポイントを

 調整しながら数秒後に砂漠地帯に着地する事に成功した。

 説明された通り、しばらくは出られないので蓋が開くまで僕は

 待つ事となる。

 ...必ず僕は勝ち残って...ティオナと...

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ロキ・ファミリアの遠征出発日。

 自室にてアイズはデスペレートの剣身に映る自身の目を見つめ、

 心構えを行なっていた。

 

 「...」

 

 鞘にデスペレートを収め、腰に引っ提げるとベッドの縁に座り

 心を静めようとする。

 

 「レフィーヤ、先に行ってるよー?」

 「あっ、はい。どうぞ!」

 

 レフィーヤも窓の外を眺めているとエルフィに呼び掛けられて自身も

 集合場所へ向かおうと深呼吸をし、気持ちを高めていた。

 外ではラウルが荷物の確認をしている最中にベートがやって来たのに

 気付く。 

 

 「...おい、アイズ達はまだ来てねえのか?」

 「まだ部屋にいるみたいっす。それと...

  ティオナさんはまだ戻って来てないっすね」

 「あぁ?...バカゾネスはどうでもいいとして、アイズの奴、飯食わねえつもりか?」

 「よかったらリーネと一緒に朝食、誘ってあげたらいいと思いますよ」

 「バッ!?んな、何でそうなんだよ!?ふざけんな!」

 「でも、実際の所アイズさんは朝食を食べてないすし...」

 「...ちっ、しょうがねえから呼びに行ってきてやる...!」

 「「お願いしまーす」」

 

 どこかベートとのやり取りに角が無くなっているのは、ある事が

 きっかけだった。

 リーネを押し倒した事案の数時間後、アイズが数人の団員達がベートの

 素行不良について話しているのを見かけた。

 身勝手な言動、他人を見下す態度などを酷く批難していた所をアイズは

 会話の中に割って入り、ベートから聞いた話を包み隠さず全て話した。

 団員達は極端に心配する心遣いが不器用なんだと各々で理解し、ベートの

 批難をアイズに謝罪した。

 それにベートの事を悪く言わなければそれでいい、とアイズは許した。

 そうして団員達はベートの不器用さを全員に知ってもらおうと、一度

 話し合いをした。

 ベートの性格上、自身の不器用な気遣いの意味をハッキリと理解して

 しまうと意地を張って逆効果となる。

 そこで出した結論は、気持ちは理解した上でやんわりとベートの言動を

 受け入れるという事であった。

 団員達は各自で周辺に居た同僚や先輩後輩にその旨を伝えていった。

 最初こそは信じられないと反対意見が上がっていたが、ベートの性格を

 踏まえ、これまでの言動を先程の極端なまでに不器用な気遣いで言って

 いたと考えた所、納得してもらえた。

 そこから枝分かれするようにベートとのやり取りの改善しようという

 話がロキ・ファミリアの団員達に行き渡った。

 最後にこれまで相談に乗っていたロキやフィン達幹部にも、その事を

 伝えると大いに感心されたという。

 そのフィンは執務室で、壁に飾られているタペストリーに片膝をついて

 祈りを捧げていた。

 

 「フィン、入るぞ。...おっと、邪魔じゃったか」

 「いや、大丈夫だよ。今終わった」

 

 立ち上がって、もう一度タペストリーに目を向ける。

 そこに描かれているのは、パルゥムにとって深く信仰されていた

 男神であるフィアナ。

 神々が降臨する以前の古の時代において、パルゥムのとある騎士団の

 騎士団長を擬人化した神。

 多くの怪物を屠り、多くの人々を救い、大いなる勇気を示し、最初で

 最後の栄光を手にしたとされるパルゥムだったとされる。 

 元々は女神だったとされていたが、いつしか正しくは騎士団長が男で

 あったので男神にすべきだという改正によりそうなったとされている。

 先が細長く尖った菱形の穂先が両端に備わっている槍を手にしており、

 周囲には6人の騎士も描かれており、それぞれ剣、弓、斧などを掲げて

 いた。

 更に、そのフィアナの頭上には空を飛ぶ船のような物に乗った天使の

 姿も描かれている。

 しかし、その姿は清く美しいとは言えず、まるで悪魔だと思えた。

 

 「準備は整った。物資を含め、不備はない」

 「あぁ、ありがとう。リヴェリア。

  皆の様子はどうだい?」

 「問題ない。しっかり体長は整えてきている。士気も上々だ。

  ...と言いたいところだが、1人は不安を抱えているようだった」

 「やっぱりか...」

 「まったく。当日になったというのに本当に戻って来んとは...

  前言撤回して馬鹿としか思えんわい」

 

 ガレスが呆れてため息をつくと、フィンとリヴェリアもつられて

 ため息をついた。

 ティオナが戻って来ていない。

 それに関して最も不安を抱えている1人とは姉であるティオネだった。

 前日の夜は早めの就寝を全員に言い渡していたのだが、日付が変わる

 直前までティオネは妹が帰って来るのを待っていたのだ。

 偶然にも空を眺めてティオネが居たのに気付いたフィンが声を掛け、

 不安なのは理解しつつも明日に備えて寝るよう伝えたのを、フィンは

 数分前の出来事のように覚えている。

 あの時に見せた、今にも泣きそうな面持ちのせいだろう。

 

 「多分、戻って来たら即行で叱り始める...

  いや、ティオナも言い訳をして啀み合うかもしれないね」

 「不思議な程、明確に思い浮かぶのう...

  まぁ、それも若さ故じゃ。ワシらとて出会った頃はのう」

 「ああ。あれだけ啀み合っていた我々が...

  今やこうして種族も関係なく、わかり合えている」

 

 3人の脳裏には同じ光景が浮かんでいた。

 かなり尖っていた。かなり短気だった。かなり互いを嫌っていた。

 それぞれが顔を見合わせず、全く違う方を向きながら無理矢理ロキに

 手を重ねさせられた思い出。

 懐かしい記憶に引かれ、ふと3人は手を前に出すと重ね合わせた。

 

 「熱き戦いを」

 「まだ見ぬ世界を」

 「一族の再興を」

 

 変わらぬ思いを告げ、互いの信頼を確かめ合った。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...」

 

 着替え終えて装備も点検も完璧に確認した。

 後は集合場所へ向かうだけ、なのだが、ティオネは部屋から出ようにも

 出られなくなっていた。

 いつもなら気合を入れて騒がしく準備をしている妹の姿がなく、

 散らかっていた私物も居ない間に綺麗に仕舞って余計に狭く感じた。

 

 「...ティオナ。どこに居るのよ...」

 

 普段、叱っては反発してくると余計に怒ってばかりだった。

 今回の件でも遠征出発の当日には戻って来ると信じていた。

 しかし、それが叶わない結果となり、とうとう精神的にも耐えられなく

 なっていた。 

 数回に渡り、生存報告は聞いたがその見かけたという人物が別の

 アマゾネスだったとすれば今度こそ絶望的と考えていい。

 そんな不安が募り、ティオネは頭を抱えながら自身のベッドに座って

 妹の無事を祈った。また一緒に姉妹として楽しく過したいとも。

 そして絶対に叱りつけてやると決意した。

 

 「...行きましょうか」

 

 立ち上がったティオネはドアを勢いよく開けて、集合場所へ向かおうと

 したが目の前にフィンが居るのに気付き慌てて立ち止まる。

 

 「あ、だ、団長?どうかしたんですか?

  もうすぐ集合時間じゃ...」

 「ああ。いや、君が不安そうだと聞いてね。

  ...ただ、もうその心配もなさそうかな?」

 「...はい、もう大丈夫ですよ。

  戻って来たらこってり叱りつけてやりますから」

 「はははっ...それが君達らしい、のかな」

 

 微笑みを浮かべるフィンにときめき、ティオネは抱きつこうとするも

 華麗に避けられて壁に激突するのだった。



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>∟ ⊦'' ̄、⊦ ̄、⊦ rewvewru50

 バベル前の中央広場にロキ・ファミリアの団員達が集合していた。

 以前の打ち合わせで連れて行く事を約束したため、椿を筆頭に

 ヘファイストス・ファミリアのスミス達も来ており、椿はベートに

 フロスヴィルトを早急に修理させた事に文句をつけ始めている。

 フィンに近寄って来たのはライラだ。

 パルゥム同士の腐れ縁として、見送りに来たようだ。

 

 「よっ、【剣姫】。調子はどうだ?」

 「...あ、ルルネさん?どうしてここに?」

 「遠征の見送り、かな。前に助けられたから...

  これ差し入れな。1つ食べるだけで1日は腹持ちするぞ」

 

 変なものは入っていない、と付け加えるルルネにアイズはそれを

 感謝の意を伝えながら受け取ろうとする。

 掌に乗せた際、死角になるように手で隠しながら、小さなクリスタルを

 アクセサリーとしたネックレスを渡した。

 見送りに来る少し前、フェルズからお守りと称してアイズに渡すように

 と、預かった代物である。 

 曰く、深層を把握するための目となるそうだ。

 

 「これ...お守りってやつで受け取ってもらえるか?

  59階層に行く時、何かあっても大丈夫なようにさ」

 「...うん。わかった」

 「ありがと。じゃあ、帰ってきたら酒飲もうぜ?」

 「あ...私、お酒は...」

 

 アイズが言い終える前にルルネは、その場からそそくさと離れて

 行った。

 禁酒を命じられているという事を伝えられなかったアイズは落ち込み

 ながらも、受け取ったネックレスを無くさないようポケットに仕舞う。

 アイズとルルネの会話を遠目に見ていたレフィーヤの元へ、特訓に

 協力してくれたフィルヴィスが見送りに来てくれていた。

 

 「レフィーヤ、これまでの成果を存分に発揮するんだぞ。

  そして...必ず還って来い。いいな?」

 「...はい!」

 

 一方、遅れて向かって来ないかとティオナを探すティオネの元には

 アミッドとアーディがやってきた。

 アミッドの手には箱、アーディは包みを持っている。

 

 「ハイ・マジックポーション。それからハイ・ポーションとエリクサーも少々入っています。

  皆様でお分けください」

 「私からもこれ。きっと役立つから使ってね」

 「アミッド、アーディ...こんなに沢山、悪いわよ」

 「いいえ。オラリオ中がこの遠征の成功を願っています。

  私もその1人なので、これだけの事しか出来ませんが...

  どうかご武運を」 

 「ティオナが無事である事も...祈ってるよ」

 「...ありがとう。何かあったらありがたく使わせてもらうわ」

 

 そう答えながら様々な回復薬の入った箱と包みを受け取る。 

 受け取ったと同時に、周囲の団員達がフィン達の前へ集合し始めたのに

 気付くと、再度アミッドとアーディに感謝してティオネは向かった。

 アミッドはお辞儀をし、アーディは手を振りながら見送るのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 その頃、黄昏の館ではロキが窓際に座って外を眺めていた。

 これから向かう先に眷族達が何を見つけ、何を知るのか。

 それは神でも知り得ない運命であり、ロキも知りたい事であった。

 

 「さて、どうなるかなー...」

 

 コンコンッ

 

 「ん?...入ってええでー」

 

 ロキが発した返事の後、ドアが開く。

 しかし、誰かが入って来たようには見えないのだが、開いたドアは

 独りでに閉まった。

 ロキは首を傾げ、窓際から降りてドアに近付こうとする。

 しかし、途中で何かフカフカと柔らかいモノが顔面にぶつかり、

 更にその弾力で尻餅を付いてしまった。

 

 「な、何や...?(このたわわんとした感触、どっかで...?)」

 「ご、ごめんロキ!大丈夫?」

 「へ?...その声、ティオナか!?何や見えへんのやけど...

  ん?どこ居るん?」

 「すぐ目の前」

 

 ヴゥウゥン...

 

 ロキは姿を見せたティオナの顔を見て、喜びの笑みを浮かべる。

 が、視線を下に向けた途端、細めている目を見開いて絶句する。

 片膝をついて屈んでいる状態になり、もう片方の膝が胸を押し上げて

 その豊満さが強調されていた。

 思考が停止していたロキはまず始めに、ティオナではなく別人なの

 ではという考えが過ぎるが、体こそ変わっているものの顔つきこそは 

 紛う事なきティオナ本人であると自身が納得しかけている。

 だが、どうにも以前までの姿が脳裏かは離れず、確信に変わらない。

 

 「...えっと、ビックリしてる所悪いんだけど...

  ロキ、今すぐにステイタスの更新をしてくれる?」

 「...あ、お、おう。じゃあ、そこに座ってもろて...」

 

 困惑しつつも何とか理性を保ち、ティオナに座るよう指示をして

 ロキは立ち上がる。

 立ち上がったものの、酔ってもいないに衝撃的な出来事に足腰に

 力が入らず千鳥足となりながら机の引き出しから針を取り出し、荷物を

 テーブルに置いて座ったティオナの背後に回った。

 指先に針を刺し、少量の血を背中に垂らすと淡い光が背中に灯り、

 ロキ・ファミリアのエンブレムが出現する。

 ロキが指先を少し動かすと眩く発光し、ヒエログリフで書かれている

 レベル、基本アビリティ、発展アビリティ、魔法、スキルなどが

 浮かび上がるとステイタスが更新されていった。

 

 「...お?お?おぉん?」

 

 だが、ロキは驚きを隠せなかった。

 何故なら、5項目からなる基本アビリティ全ての数値がこれまで

 見た事もない程の早さで繰り上がっていくからだ。

 一度更新を始めれば、数値が上がり終えるまで止らない。

 なので、ロキは未だに数値が上昇していく事に戸惑うが、主神として

 最後まで見るべきだと腹を括り、更新されていく数値を見続けた。

 そして、30分が過ぎた頃にようやく止った。その結果は...

 

 「(...熟練度...トータル34950オーバー...?)」

 

 等級は全てSという文字が6つ並んでおり、正しくデタラメと思える

 上昇具合であった。

 事前にネフテュスから熟練度がすごい上がっているかも、と伝えられて

 いたものの、ロキは卒倒するのを堪えながら頭を抱えて内心で叫ぶ。

 

 「(上がり過ぎやろぉぉぉおおおおおおおお~~~~~~~~~!?

   何なんやこれ!?何なんやこれ!?何なんやこれ!?

   ちょ待って?これ、ランクアップして6になるだけやんな?

   そのまま10いかんよな?あははははは...それはないか)」

 「...ロキ?まだ更新してるの?」

 「あ。あー終わったで?多分、ランクアップ出来るみたいやけど...

  する?してみる?やってもまうか?」

 「うん。お願い」

 「おし来た!」

 「(...っか~!もうちょい待ってほしい言うてほしかったなぁ)」

 

 固唾を飲んで覚悟を決めると、再度針を刺すと指先に血を滲ませ、

 ティオナの背中に当てた。

 3秒程度でランクアップが完了し、改めてステイタスを確認する。

 

 [Tiona Hiryute

  LV 50

  

  STR SSSSS 2022 

  VIT SSSSS 2018

  DEX SSSSS 1990

  AGI SSSSS 2010

  MAG SSSSS 1987

 

  ABILITY

   :Knuckle :SS

   :Diving :S

   :Guard Anomaly :S

   :Clash :S

   :Hunter :S

   :Healing :S

   :Indomitable :SS

   :Runner :S

   :Eyesight :S 

   :Insight :S

  MAGIC:Die set down

  SKILL

   :Berserk

   :Intense Heat

   :Predator Realis

   :Kong Physical      ]

 

 「...うぅーん」

 「え?...ロキ!?」

 

 今度こそ卒倒したロキをティオナは慌てて介護しようと、抱き抱えて

 ソファに寝かせた。

 耳元で呼び掛けるも、全く反応が返って来ない。

 オロオロと狼狽するティオナだが、助けを呼ぼうにも自分がここに

 居る事がバレてしまえば混乱を招いてしまうと思い、必死に考える。

 すると、ハッと荷物の中に入っている竹筒を取り出す。

 穴を塞いでいる木片を引き抜き、ロキの顔の前でゆっくりを揺らし、

 その穴から匂いを漂わせた。

 それは、ダンジョン内でゼノス達と飲んだ酒であった。

 

 「...ん?」

 「あ、よかったぁ。ロキ、ビックリさせないでよ~!」

 「え?あ、あれ?何でウチ寝かされてるん?」

 「何でも何も、私のランクアップに驚き過ぎて意識が飛んでたんだよ。

  ...どれくらい、上がってたの?」

 「...50や。嘘やないで?

  魔法と新しい発展アビリティが6つ、スキルは2つ発現しとる。

  見た感じどっちもレアっぽな。特に...あぁ、いや何でもないわ。

  とりあえずレアなのも含めて全部習得させといたで?

  ...もうホンマ...どういうこっちゃねん」

 

 気を失う直前、意地で更新したロキは両目の上に左腕を乗せて

 不可解なティオナの成長具合に頭痛が起きそうになっていた。

 3日後のデナトゥスではランクアップしたアイズの話を自慢しようと

 思っていたが、前代未聞のレベル50というランクアップをたったの

 2週間で成し遂げたのだから言い訳を考えなければならないとロキは

 考えたようだ。

 しかし、ふとネフテュスに弁護してもらえば大丈夫では?と考えたが、

 もしも助け船を出してくれそうになければ、自分自身で切り抜けるしかない。

 

 「(...まっ、それはウチがやる事であってティオナは悪くないもんな。

   強うなろうと頑張った成果やもんな、これは)」

 「50...それで、また捕食者と勝負しても...

  太刀打ち出来るかな...?」

 「大丈夫やって。というかフレイヤの子供もワンパンやろ...

  というか、ホンマに捕食者とやり合ったんやな...?」

 「うん、ボコボコにされちゃったけどね。あはは...」

 

 ふと、ロキは違和感を覚えた。随分大人しめな言動になっていると。

 姉やベートからは馬鹿と称されている程、天真爛漫とした年相応の

 少女だったが、今はどうだろか?

 成長した体に合わせ、精神も大人になっているのでは?と思う程、

 違和感があるのだ。

 しかし、そもそもここまで成長した理由が何なのか問いかけようと

 ロキはしたがティオナはあっ!と、声を上げて立ち上がる。

 

 「ごめん、ロキ!もう行かなくちゃ!」

 「え?あ、み、皆と合流するん?」

 「それもあるけど...その前に行く所があるから。

  あ、そうそうこれ!結構美味しいから、飲んでみて?」

 

 と言われ、上半身を起こしたロキは酒の入った竹筒を受け取る。

 竹の中一杯に入っているようで、ズッシリとした重みを感じた。

 

 「お、おう...おおきにな」

 「じゃあ、行ってきまーす!」

 

 そうして更新されたステイタスを書き記した羊皮紙を手にティオナは

 シフターで姿を消し、勢いよくドアを開けてどこかへ行ってしまった。

 残されたロキは呆然としたままでいたが、受け取った竹筒を見つめて

 鼻を近付ける。

 鼻腔をくすぐる竹の匂いと混ざった酒の香りに口内で溢れる涎を

 飲み込み、口に付けて一口飲む。

 

 「んぐ...っかぁ~!こら美味いわぁ...!

  え?これがダンジョンにあるん?...マジかいな...」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 誰も居ない中庭に辿り着き、ティオナは以前と同じ方法で手を鳴らし、

 合図を出す。

 すると、ドロップ・シップの後部ハッチ部分だけが露わになって

 開いていくとすぐに乗り込んだ。

 ティオナが乗り込んだと確認され、後部ハッチは景色と同化し見えなく

 なる。

 スカーに案内されたティオナはコックピットまで移動すると、

 ネフテュスに話しかけられた。 

 

 「ステイタスの更新はどうだったのかしら?」

 「もうロキが倒れちゃうくらいすごくなってたみたいだよ。

  お酒の匂いで何とか目が覚めたけど...

 「ふっふふふふふ...それは見てみたかったわねぇ。ちょっと残念」

  まぁ...それはそれとして、早速向かいましょうか」

 

 そう指示を出すと、スカーは操縦席に座り直してドロップ・シップを

 飛行させる。

 

 「ところで、どこに向かって何を見るの?」 

 「向かう先はカイオス砂漠で...

  貴女には見届けてもらいたい儀式があるのよ」

 「儀式...?」

 「ええ。...きっと、貴女のためにもなるはずだわ」

 

 その言葉の意味に理解が及ばず、ティオナは首を傾げるだけだった。

 ドロップ・シップはオラリオから遠離って行き、南東方向へと向かって

 いく。




ホントは10程度くらいにしようかと思いましたが、キングコングとあれだけ特訓して10だけってそりゃ無いわと思い50にしました。
魔法とレアスキルとレアアビリディの解説はデナトゥス回でやります。


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>∟ ⊦'' ̄、⊦,、 ̄、⊦ R'ewrygyous sytew

 「...っ...!?」

 

 男は暗闇の中で目覚めた。

 瞼を見開いているが、周囲の状況が何も見えず、冷たい空気が漂い、

 岩石臭が鼻孔を通ってくる。

 男は仰向けに寝かされて体が動かない事に気付き、必死に藻掻くが

 全く動かせない。

 息苦しい、と思い藻掻くのを止めると何かが聞こえてきた。

 それは獣の息遣いだ。1匹だけでなく、複数聞こえたように思えた。

 

 「あ、起きたんだ」

 

 突如として少女の声が聞けてきたのに男は驚愕する。

 ここはどこなのか、何をする気なのか、男は少女に問いかけようと

 するも、口に何かを咥えさせられていて上手く話せない。

 

 「慌てなくてもいいよ。知る必要もないんだから」

 

 コツコツと少女が近付いてきたと思い、男は再び藻掻いて逃げようと

 する。

 しかし、やはり体は動かせず恐怖が男を支配していく。

 一際近くで聞こえた後、足音が止まった。

 目の前に居る。そう思った矢先、頬に鼻息が吹き掛かるのを感じた。

 

 「アンタは生贄に選ばれたんだ。とても名誉な事だよ?

  もう少し待っててもらうからね」

 

 その言葉を聞いた途端に男は悲鳴を上げ、言葉にならない命乞いを

 するが少女はもう目の前には居なかった。

 

 「そう怖がらなくても...少し苦しいだけだってば」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ティオナを乗せたドロップ・シップがカイオス砂漠に到着し、付近で

 待っていたルノアやレックスが後部ハッチへ近付く。

 ハッチが開き、地面と接地するとネフテュスの後に続いてティオナと

 スカーが降りてきた。

 ティオナはルノアとレックスに気付き、体の見た目から女性であると

 思いながら声を掛ける。

 

 「え、えっと、初めまして。ティオナ・ヒリュテだよ。

  その...よろしく、ね?」 

 『こちらこそ。...って訳でもないんだけどね、私は』

 『私は初対面で間違いないわよ』

 

 最初に返事を返してきたルノアの言葉にティオナは首を傾げる。

 初対面ではないという事であれば、どこかで会った事があるのかと

 疑問が浮かぶ。

 首を傾げるティオナを見て、クスリと笑うとヘルメットに手を掛けて

 脱ぎ始めた。

 それに続き、レックスもヘルメットを脱ぐ。

 

 カチッ

 プシューッ...

 

 「っふぅ...ほら、見覚えあるでしょ?」

 「あ、う、うん。【黒拳】のルノア・ファウストだよね?

  デメテル・ファミリアに所属してる...

  どうして、ここに居るの?」

 「まぁ、ちょっとした理由でデメテル様の眷族になってるんだけど...

  本当はネフテュス様が主神様として崇めてるの。

  で、こっちはアレクサ・ウッズ。

  元オシリス・ファミリアの団長で、愛称はレックス」

 「よろしくね、ティオナ。ルノアの言った愛称で呼んで構わないから」

 「うん、わかった。こっちこそよろしくね、レックス」

 

 自己紹介を済ませると、背後に立っていたネフテュスが近寄って来て

 そろそろ向かおうと促す。

 2人は頷き、ティオナだけはどこへ向かうのか知らないため、2人に

 問いかけようとした時、スカーが前へ出て左腕のガントレットを

 操作した。

 すると、目の前に大穴が出現する。

 ティオナはそれを見て、どうやって隠していたのかと気になったが

 すぐにそこへ入るのだと察してネフテュス達が進んで行くと、その後を

 追う。

 大穴を下っていき、最奥部に到達すると以前にネフテュスが視察した

 建造物を見つけ、ティオナは足を止めて凝視する。

 どこかで見た覚えがあり、更には懐かしさを感じさせた。

 

 「(...!。似てる、よね...?)」

 

 形状は違えど、雰囲気は故郷のテルスキュラにある闘技場と酷似して

 いた。

 ティオナが覚えている闘技場は楕円形で、目の前にある建造物は

 三角形であるが壁や柱などに施されている彫刻は間違いなく闘技場と

 同じものである。

 

 「あそこで儀式を行うのよ。...どうかしたのかしら?」

 「あ、その...あたしが生まれ育った故郷にある闘技場と似てるなって...」

 「闘技場...。...ずっと昔に造られた物かしら?』

 「多分、そうだと思うよ。カーリーが来た時にはあったって言ってたし」

 「(カーリー...あぁ、そういう事ね...)」

 

 名前を聞いて何となく似ている理由を察したネフテュスは1人納得する。

 

 『あの聖地を造った当時の人々が建築技術を広めるために、貴女の故郷へ行った事があるのかもしれないわね』

 「でも、テルスキュラだよ?男子は入れないはずだけど...」

 『技術は学べるんだし、女性かアマゾネスだったら入れても不思議じゃないと思わない?』

 「あ...そっか。そうだよね...」

 

 疑問が晴れたティオナにネフテュスは聖地へ入ろうと促した。

 長い階段を登り切り、出入口を潜ろうとした際に肩を掴まれて

 ティオナは立ち止まる。

 止めたのはスカーだった。足元の床を指し、何かを伝えている。 

 下を見てみるも床には何もなく、何があるのかわからないでいると

 レックスが教えてくれた。

 

 『そこに仕掛けがあって、踏まないように彼が止めてくれたのよ』    

 「そ、そうだったんだ。ありがとう...」

 

 カカカカカカカ...

 

 低い顫動音を鳴らし、眼を光らせながらスカーは頷く。

 まだ他にも仕掛けはあるそうなので、気を付けながらティオナは

 ネフテュス達と共に聖地の中を進んで行った。

 

 「...ところで、儀式って何の儀式をするの?」

 『成人になるための通過儀礼をね。

  価値のある獲物を狩って、最後まで生き残れたら合格って感じかな』

 「カーリーも似た様な事をしていなかったかしら?」

 「...うん。最強の戦士を見たいからって、毎日アマゾネス同士を戦わせてたよ...

  今も、そうしてると思うけど...」

 「やっぱりね...

  あの子、私の真似をするのが好きだから何となくそう思ってたわ」

 

 仕方なさそうに言ってため息をつくネフテュス。

 真似をするのが好きという言葉を聞き、ティオナはだから建造物が

 似ているのかと思うのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 しばらくして、通路を進み続けるとある部屋に入った。

 以前に生贄を捧げる間へと入る方とは別の通路を進んできたようだ。

 ネフテュスが左腕のガントレットを操作すると、部屋に明かりが灯る。

 いきなり明るくなったため、暗順応となっていたティオナは目を細めて

 チカチカと眩い明かりに慣れようとする。

 やがて細めていた目を開き、部屋の中を見渡す。

 何も置かれておらず、壁一面に透明な硝子が張られているだけの部屋で

 あった。

 

 「この部屋であの子の様子を観戦する事が出来るわ。

  ここは特等席だけど、特別にここで観させてあげるから」

 『そういう訳だから、私達は別の所に行ってくるわ』

 『観てる時はなるべく、はしゃがないようにね?』

 「わ、わかった。気を付けるね」

 『それではネフテュス様。失礼します』

 「ええ、また後でね」

 

 レックス達3人は特等席とされる部屋を出て、ティオナとネフテュスの

 2人だけとなる。

 ティオナは硝子の向こう側がどうなっているのか気になり、覗き込むが

 何も見えない。

 というよりも、壁が見えるだけだった。

 

 「もう少し待って?直に上に登るから」

 「登るって...どういう事?」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 レックス達は目的の部屋に着き、入室する。

 室内には既にケルティック達が待機しており、レックス達が来た事で

 間もなく始まるのだと察した。

 しかし、ティオナが居ない事に気付いて問いかけた。

 

 『ゲストはどうしたんだ?』

 『ネフテュス様と一緒に居るわ。

  特別にあそこで観させてもらえるそうよ』

 『ふーん...まぁ、アイツの許嫁になるって話だろ?

  なら、特別扱いも妥当か』

 『そういうアンタも何か良い感じの子を見つけたって噂があるけど?』

 『へぇ~?どんな子なの?』

 『ま、また今度な教えてやるって。

  ...多分、デナトゥスが終わってからそう長くはない頃に』



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>∟ ⊦'' ̄、⊦,、、,< Kainde amedha-Quewnw

 ピピッ 

 プシューーッ...

 

 ...蓋が開いた。

 僕は我が主神から受けた説明を思い出しながら外へ出る。

 周囲を見渡し、ゴーグルの探索機能で聖地へ向かうための出入り口を

 探し出す。

 1Kも離れた距離に待機させてはいないと言われていたので、すぐに

 見つけられた。

 そこへ進もうとしたが...僕はバーナーの照準を右斜めに合わせる。

 

 ド ド ド ド ド ド ドッ!

 

 グ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ!!

 

 地中を潜行する巨大な蚯蚓か。僕を喰らおうとしているようだが...

 今は取り込み中だ。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 ドッ! バ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ンッ!!

 

 出力を上げたプラズマバレットを口内へ撃ち込み、内部から頭部を

 吹き飛ばす。 

 頭部を失った蚯蚓の死骸は砂を巻き上げながら倒れた。

 僕は死骸の横を通り過ぎ、出入口の大穴へと入るとナイトヴィジョンに

 視界を切り替え、レーザーキャノンにより掘り進められた穴を下って

 いく。

 そのまま下っていき、最奥部に辿り着くと聖地が見えると言っていた。

 最奥部に着き、前方に視線を向けると説明通り聖地が見えた。

 母星でも儀式を行うために建造されていて、呼び方自体は聖地だが、

 本来の建造物の呼称はハラム、若しくはピラミッドとしている。

 正方形に整えた岩を特殊な方法で積み上げていき、物理的、熱線による

 砲撃、そして地震などで微動だにしない耐久性を持っている。

 ナイトビジョンは解除せずに聖地へと近付き、階段を登ろうとしたが

 その前に我が主神が見ておいてほしいと伝えらえたメモリーキーを

 ガントレットに入力する。

 

 ジジジジ... ジジジ...

 

 すると、記録映像がゴーグルを通して映し出される。

 これは古代のヤウージャ達が成人の儀を行うために、生贄として捧げる

 原住民を聖地へ連れていく様子を記録したものだとわかった。

 正装を身に纏った原住民は恐怖に震え、抗おうとしたりはせず、寧ろ

 選ばれた事への喜びの笑みを見せている。

 記録映像である古代のヤウージャと原住民の後を追っていく途中、

 壁画に描かれたヤウージャと価値のある獲物との闘争を見つけた。

 その横に刻まれた文字には...

 これより先、選ばれた者のみが入ると許される聖地なり。

 まだ血を見ぬ者、価値ある獲物の血により、血塗られた者へと刻印を

 刻め、と記されていた。

 我が主神に教えられた事があるので、意味は理解している。

 壁画から目を離して記録映像の後に続こうとした際、足元に青白く

 点滅する箇所を見つけた。

 それが仕掛けであると察し、そこを踏み付ける。

 

 ゴゴゴ ゴゴ ゴゴゴ...

 

 床の一部が沈んでいく。これで聖地に備わっている機能が起動する

 はずだ。

 僕は先に進んで行った記録映像を追いかける。

 記録映像を追いかけ続けていた途中、1人が別の通路へ進み始め

 他のヤウージャ達は原住民を引き連れていき、姿が見えなくなった。

 その1人だけとなったヤウージャを追って行くと、下へと降りていき

 ある部屋へと入ってから数秒後に消えた。

 そこは成人の儀を始めるためのスタート地点となる場所であり、

 天井を見上げると、生贄の間を示す紋章が見えた。

 周囲を見渡すと奥の方に、石棺のような物体があるのに気付く。

 我が主神の説明によれば、そこに僕が製作したコンビスティックを

 収めてくださったそうだ。

 

 ガリガリガリ... ガリガリッ ガリガリ...

 

 僕はコンビスティックが収められているその物体に近付き、表面に

 備わっている3つの歯車の形状をしたダイヤルを見つけた。

 説明を思い出しながら、僕の生年月日に合わせてダイヤルを回す。

 

 ガゴンッ...

 ズ ズ ズ ズ ズ ズッ

 

 解錠された事でスライドするように開き、中に収められていた

 コンビスティックが出てくる。

 これを手に取る事で成人の儀は開始されるんだ。

 僕は呼吸を整え、固定されているコンビスティックを両手で掴むと

 意を決して引き抜く。

 その瞬間、固定していた器具が貝の様に合わさって閉じると右側の

 壁にあった階段の中央部が陥没し、奥へと続く別の階段になる。

 さぁ...始めるぞ...!

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ネフテュスとティオナが居る観戦室が大きく揺れたかと思うと、

 観戦室自体が昇っていくのがわかった。

 揺れが収まっていき、完全に止まるとティオナは見渡して窓の外を

 覗き込むと、そこから見えるのは闘技場であると思った。

 四角い場内には突起する建造物があり、壁には穴がいくつもあるのが

 見える。

 

 「...大昔に造ったとは思えないよ...」

 「ふふっ。現代の発明家も構想は出来ても、造るのは不可能でしょうね」

 

 ティオナの隣に立ち、ネフテュスは捕食者達の現世に生きる人間よりも

 上回る技術力の高さに愉悦を覚えた

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 聖地中央の真下となる地下空間に明かりが灯った。

 巨大な祭壇やそこに続く階段の縁には片膝をついている捕食者の姿を

 象った石像が立ち並んでいる。

 

 ガゴン...  

 

 ギ ギ ギ ギ ギ ギッ...!

 

 ネフテュスが視察した時と同じように祭壇の上面が開いていき、

 吊されている鎖と共にそれが引き上げられていく。

 天井に固定するための器具に拘束具の金具が嵌め込み、鎖同士の擦れる

 金属音が止った。

 解凍装置が作動して氷漬けとなっている全身に稲妻が走り、体温を

 徐々に上げていく。

 

 バキャァアッ!

 

 最初に左手が動き、右手も動き出す。

 次に付着した氷を剥がしながら頭部も動かし始める。

 唇を開き、牙を剥き出しにしながら不気味な奇声を上げた。

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ァ ァ ア...!

 

 永くに渡り、冷凍保存されていたエイリアン・クイーンが現世に

 目覚めたのである。 

 数分も経たない内に、完全に解凍されると拘束具からより強力な

 電流が流れ込んで全身を駆け巡り、その刺激によって強制的に

 産卵を促される。

 排出腔から産み落とされたエッグ・チェンバーは運搬装置によって

 生贄の間へと運ばれていく。

 しかし、いくつかのエッグ・チェンバーは取り除かれるように

 運搬装置の端が盛り上がると焼却炉に落された。

 次の女王となる個体、若しくは次期女王候補となる可能性のある

 プレトリアンとなる個体の卵を処分しているのだ。

 その悲しき光景を見て、エイリアン・クイーンの悲鳴がその空間に

 響き渡った。



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>∟ ⊦'' ̄、⊦,、、,< A'lien

 成人の儀が開始した事により、生贄の間にも明かりが灯された。

 男は明るくなった事に驚くも周囲を見渡してここがどこなのか

 見渡す。

 見ると、自身は台座の上に仰向けの状態で拘束されているとわかり、

 他にも6つの台座の内、誰も寝かされていない1つを除いて仲間の

 1人も寝かされている。

 更には3つの台座にモンスターの姿もあった。

 ミノタウロス、ヘルハウンド、マッハバット、レアモンスターである

 ワーム・ウェールの幼体が居るとわかった。

 

 ブ モ ォ ォ オ オ オ~~~ッ!

 

 明かりによって目が覚めたのか、モンスター達は叫び始めると

 暴れだす。

 しかし、男と同じように拘束されているため身動きは取れなくなって

 いる。

 

 「このちっこい蛇は捕まえるのに苦労したんだよね... 

  瞬殺されたら嫌だけど、まぁ、期待はしておこうかな」

 

 ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 ワーム・ウェールの幼体を撫でながらそう答えたのはダフネだった。

 数時間前から男に話しかけていたのは彼女であったのだ。

 男は何も伝えられないにも関係なく、ダフネに何かを言おうとしたが、

 突然、出入口が岩の扉によって全て塞がれてしまった事に気付く。

 

 ズ ズ ズ ズズ...

 

 男が寝かされている台座の足元にある穴から、何かが突起するように

 出現した。

 地下空間から運搬されてきたエッグ・チェンバーだった。 

 照らされる表面は免疫で艶めかしく黒光りしている。

 その卵が他の6つの台座の穴からも出現して、中からカサカサと

 蠢く音が聞こえてきた。

 

 クチャァ... 

 

 やがて、エッグ・チェンバーの先端部が粘液を引きながら4つに

 分かれて開く。

 開口部から覗く8本の脚をバラバラに動かし、フェイスハガーが

 這い出てくる。 

 エッグと称されているが、正確には卵ではない。

 卵を確実に宿主へ寄生させる為のフェイスハガーを生み出す

 繭なのだ。

 男の足元に降りると意思を持つかのように男の体を這って頭部へ

 移動していく。

 他の卵から這い出たそれも、それぞれ男の仲間とモンスター達の

 体を這いながら頭部まで移動していった。

 男が騒ぎ始めるとモンスター達も恐怖を感じ取ったのか、一際叫び声を

 上げて逃れようとする。

 その時、生贄が居ない1体のフェイスハガーがダフネに飛び掛かった。

 

 ピギィィィッ...!

 

 フェイスハガーはダフネの顔に張り付こうとするも、先に寄生管を

 掴まれて、張り付くのを阻止されてしまった。

 ダフネは暴れるフェイスハガーに向かって、こう言った。

 

 「悪いけど、ウチはもう予約済みだから」

 

 ...グチャッ!

 

 寄生管を掴んだまま尻尾の根元も掴むと左右に引っ張る。

 ギチギチと関節部から鈍い音が鳴り、限界が訪れるとフェイスハガーの

 胴体と尻尾が引き千切れた。

 引き千切れた胴体と尻尾の根元から黄色い体液がボトボトと床に

 垂れ落ちる。

 

 ジュウウゥゥゥゥ...

 

 すると、体液が落ちた箇所が白い煙を上げながら溶け始める。

 ダフネはピクピクと痙攣するフェイスハガーを壁際に投げ捨てて、

 空いている台座へ移動した。

 その間に、フェイスハガーは男とその仲間、そしてモンスター達の

 顔面に張り付き、8本の脚で抱え込むと、更に引き剥がされないよう、

 長い尻尾を首に巻き付ける。

 巻き付けた尻尾で首を絞めつける事により、男は藻掻き苦しみながら

 気絶した。

 先程まで叫んでいたモンスター達も昏倒し、静まり返っている。

 動かなくなった寄生対象に、フェイスハガーは腹部にある長い寄生管を

 伸ばして口内に挿入した。

 男やモンスター達の喉が蠢き、体内に胎児が寄生される。

 一方、ダフネは容器の厳重に閉めている蓋のロックを解除して開ける。

 中には通常よりも白濁とした色合いのフェイスハガーが半透明な液体に

 浸かっており、それをダフネは躊躇なく掴み取る。

 液体から取り出すと、白濁のフェイスハガーは一瞬だけ痙攣を起こし、

 徐々に8本の脚を広げていき寄生管を伸ばし始めた。 

 

 「...Usynwg mi pawewr ahs fod...」

 

 謎の言語を呟いたダフネは、何と自ら寄生管を咥えながら顔に

 フェイスハガーを張り付かせた。

 8本の脚は同じ様にダフネの顔を抱え込み、尻尾は首に巻き付いて

 絞め付けていく。

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 しばらくして、男は目を覚ました。

 顔の傍にはフェイスハガーの死体が転がっており、ピクリとも

 動かなくなっている。

 男は自身のみに何が起きたのかわからず、動揺していると頭上から

 ダフネの姿が現れる。

 

 ...ドグン... ドグン...

 

 一体何が起きたのか、問いかけようとするも不意に胸が苦しく感じた。

 苦しいだけでなく、激しい痛みも伴い始める。

 体の中で何かが蠢き、益々苦しみと痛みが強まっていくとビシャッと

 顔に液体が掛かってくる。

 見ると、蛍光を発する緑色の液体だった。

 

 「コフッ...ん、んんっ...やっぱ、これは、慣れないなぁ...」

 

 ダフネが口から吐き出した吐血だった。

 男は人間ではないと思い込み、怯えていると自身の胸の内から何かが

 突き破ろうとして、無理矢理胸が突き出される。

 

 メキメキメキッ...! メキョッ ベキッ...!

 ブシャッ! ブシィ...!

 

 鮮血が噴き出し、男は悶絶して白目を剥きながら痙攣を起こす。

 次の瞬間、男の胸を突き破り、チェストバスターが血塗れとなって

 体外へ出てきた。

 

 キシャァァァアアッ!!

 

 男は死に、他の宿主となっていた仲間の1人やモンスター達も

 チェストバスターに体のどこかを突き破られ絶命していた。

 そんな中、ダフネだけは吐血しながら苦しんではいるが、意識は

 ハッキリとしているように見える。

 

 「っ、ガ、ァ、う、ぁ...!」

 

 ブシャァッ!

 

 キシャァァァアアッ!!

 

 仰け反ったダフネの胸を突き破って、先程のフェイスハガーと同様の

 色をした白いチェストバスターが出てきた。

 チェストバスターが床に落ちると同時に、ダフネも膝から崩れ落ちて 

 倒れる。

 奇声を上げながらチェストバスター達は壁にある、小さな穴を

 潜れ抜けていった。

 再び静寂が訪れた。...かに思われたが、誰かの呼吸が響き渡った。

 

 「...ぅ...っく、ふぅ...」

 

 呼吸を整えながら、ダフネは立ち上がった。生きていたのだ。

 突き破られた傷は異音を立てながら塞がっていっている。

 

 「...ウチも観戦室に行くとするか」

 

 そう言いながら口内に残っていた緑色の血を吐き捨て、岩の扉によって

 塞がれた出入口に近付くとガントレットを操作し、生贄の間を後に

 するのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヒュオッ! フュンッ...!

 

 ...間もなくすれば、虫の幼体が成長し始める頃だ。

 僕は予習として振るっていたコンビスティックを収納し、腰の鎧に

 引っ掛ける。

 先程、現れた階段を下りていき、最下部まで辿り着くと目の前の

 通路を進んでいく。

 通路の左右には古代のヤウージャを象った石像があった。

 壁に描かれている壁画には原住民が古代のヤウージャ達を崇める姿も

 ある。

 その壁際に片膝をついている石像が配置され、上段には座っている

 姿勢で石像が均等に並んでいた。

 上段の石像は、まるで僕の儀式を見ているように思えた。

 ここから先、いつ虫が現れるかわからないため視界を切り替えようと

 した途端、生体感知センサーが反応した。

  

 ピロン ピロン ピロン ピロン...

 

 この反応はモンスターではなく、虫の反応だ。

 僕はリスト・ブレイドを伸ばし、バーナーも起動させて臨戦態勢に

 入る。

 息を潜め、反応が強まる方向を向いていると、背後からも近付いてきて

 いるのに気付く。

 

 ギ ビャ ァ ア ア アッ!!

 

 ギ シャ ァ ア ア ア ア アッ!!

 

 数歩後退したと同時に、壁の穴と頭上から2体同時に襲い掛かって

 きた。

 僕は咄嗟にバーナーを頭上から襲ってきた1体に向けて、もう1体は

 近付いてきたのを逆手に取り、首を掴むと壁に向かって投げつける。

 プラズマバレットが命中した個体は腹部が破裂して絶命し、強酸性の

 体液をぶち撒けながら床を溶かしていた。

 

 ギ シャ ァ ア ア ア ア アッ!!

 

 壁に投げつけた個体は怯まず、僕に向かって吠えてくる。

 こいつこそが価値ある獲物。 

 エイリアンと認識される、ゼノモーフだ。ヤウージャの間では虫と

 呼んでいる。

 僕はその虫に対し、吼え返した。

 

 ウ゛オ゙オ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ついに始まったわね...」

 

 観戦室の窓に映し出された映像には、捕食者とゼノモーフの

 姿があった。

 聖地の機能により、内部映像が直接映されているようだ。

 ネフテュスはゼノモーフと対峙する捕食者を真剣な眼差しで見守って

 おり、ティオナは見た事もない異形の生物の姿に固唾を飲んだ。

 

 「あ、あれが...儀式で狩る獲物、なの...?」

 「そうよ。名前はゼノモーフ...

  この世界で言えば、エイリアンかしらね。まぁ、どちらでもいいわ」

 「エイリアン...」

 

 映像で見えるゼノモーフは長い尻尾を振るい、捕食者に飛び掛かって

 いた。

 捕食者は降りてくる地点から離れ、ゼノモーフが着地すると同時に

 頭部を左手で殴りつける。




VSエイリアン・バトル(1体)

エイリアンでの生体感知センサーの音はモーショントラッカーの音と思ってください。


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>∟ ⊦'' ̄、⊦>'、< Kainde amedha-Dogu

 先端が鋭利な尻尾を振るってきて、僕は顔を仰け反らせ回避する。

 尻尾の先端にぶつかった柱の一部が粉々に砕け、粉塵が舞った。

 虫は再び尻尾を振るおうとするが、僕は先制して、リスト・ブレイドを

 突き出し、動きを止めさせた。

 今度は僕が前へ出て、頭部を蹴り付けようとするが虫は素早く動き、

 僕の背後へ回り込んで来る。

 背中から尻尾を突き刺そうとしている。

 この攻撃でチョッパーがやられかけたんだ...!

 そう判断し、バーナーのオートエイムによる追尾機能で虫に合わせると

 プラズマバレットを発射する。

 

 フォシュンッ!

 

 しかし、先程の個体のように不意討ちは通用せず、動きも速いため

 命中はしなかった。

 宿主の性質を受け継ぐ生態なので、恐らく生贄に捧げられた宿主は

 それなりに強かったのだろう。

 僕が振り返る時には、口を開いて吠えながら尻尾を左右に揺らし、

 僕を惑わせようとしていた。

 そんな間抜けな手に引っ掛かるつもりはない。

 そう思いながら、リスト・ブレイドを振り翳して攻撃を仕掛ける。

 

 ヒュンッ! ビュンッ!

 

 パシィッ!

 

 ところが、遠心力により頭上から一気に下へ振り下ろされた尻尾が

 僕の足に引っ掛かり、仰向けに転倒してしまった。

 それを狙っていたかのように虫は飛び掛かってくる。

 虫が僕の上に乗って押さえ付けてくると同時に、尻尾の先端が僕の顔に

 突き刺さりそうになるが、咄嗟に体を捻らせて躱す。

 

 ド ス ンッ!

 

 尻尾の先端は床に深々と突き刺さり、抜けなくなったのか虫は僕の

 上で暴れているだけだった。

 僕はリスト・ブレイドの向きを変えて、先端を斬り落とそうとする。

 ...いや、ダメだ。ケルティックがこの手段で厄介な事になったと

 言っていた。

 なので、その教訓として押し退けた方が最善だと言われたのを

 思い出す。

 

 ド ガ ァ アッ!!

  

 僕は教訓通り、虫を押し退けてその場からすぐに離脱する。

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア アッ!!

 

 虫は未だに尻尾が抜けないのか動けずにいて、僕を威嚇しながら

 近付いて来ないようにしているとわかった。

 ...近付く必要もない。こうしてやる。

 

 フォシュンッ!

 

 ド パ ァ ァ ァ ア ア ア ンッ!!

 

 バーナーで頭部を狙い撃ち、死骸となった虫はその場で横倒れとなる。

 肩の装甲に砲身を収納し、リスト・ブレイドも収縮する。

 ここで2体を狩る事に成功した。僕は最初に殺した虫に近付く。

 

 シュウゥゥゥ...

 

 死骸がスッポリと入る程の穴が周囲には出来ていて、白煙が立ちこめて

 いる。

 床を溶かした強酸性の体液は虫が死ぬ事で中和され、数分もすれば

 溶解しなくなる。

 最も、水中若しくは雨が降る中では強酸は著しく弱まり、溶解の効果は

 無くなるという実態をウルフが発見した。

 水中で虫と出会した際、漂う体液に触れても融解しなかったからだ

 そうだ。

 その事から強酸性の体液には細菌が存在し、水温か水分そのものに

 耐性がないため、細菌は死滅し強酸性でなくなると考えられている。

 なので、装備には耐酸加工として空気中の水分を付着させているという

 機能が全てに搭載されている。

 僕は虫の死骸の種類を確認した。

 どちらも、同種のゼノモーフ・バトルだ。

 ウォーリアーを元に品種改良されており、フェイスハガーによって

 宿主に寄生したチェストバスターの脱皮をするまでの成長過程が短く、

 鉤爪の生えた指は5本から4本、呼吸器官となる背中の突起物は5本で

 両足は蹠行性となっている。

 この種類は大抵、ヒューマノイドタイプの生命体から生まれるので

 宿主は生贄に捧げた人間であると思った。

 

 カカカカカカ...

 

 僕は残る獲物を狩るため、通路の先へと進んで行った。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...エイリアンってモンスターじゃないの?」

 

 捕食者とゼノモーフの戦いを夢中になって見ていたティオナは、

 そう問いかける。

 明らかにモンスターとは異質で、この世の生き物とは思えない異形の

 姿をしているからだ。

 ネフテュスは頷き、ティオナにゼノモーフについて話し始める。

 

 「ええ。地球には本来生息しない生物だもの」

 

 ガントレットを操作し、最も最古の原種とされるエイリアンの全身を

 立体映像で映し出した。

 ディーコン、別名プレエイリアン。

 先程、捕食者と戦闘を繰り広げたゼノモーフより小柄で後頭部が

 尖っており、呼吸器官の突起は背中に生えておらず灰色の体色で、

 歯茎を覗かせている口が特徴的である。

 

 「これが始祖となる個体でディーコンと呼称されているの。

  いつ何処で、どの様な進化を得てこの個体があれになったのか...

  それはわからないけど、ディーコンが原種であるのは間違いないわ」

 「...確かに、似てるね...」

 

 ティオナはディーコンの姿を脳裏に思い浮かべているゼノモーフと 

 比べてみて、若干異なるにしろ似ていると思った。

 

 「...捕食者が強すぎるのかもしれないけど...

  エイリアンも、間違いなく強いよね?」

 「ええ。もっと言えば...

  貴女が狩り続けていた程の大型は厳しいけれど、少し大きいくらいのなら1匹でも数百匹は殺せるわね。

  クイーンは卵を永久に卵を産み続けるから100匹となると...」

 「そ、そんなヤバイ生き物なの...!?」

 

 自分達でもその数を倒す事は確実に不可能だと固唾を飲む。

 以前に遭遇した腐食液を吐き出す新種のモンスターからも逃げる事しか

 できなかったように、ロキ・ファミリアでも危険行為は回避する事を決めて

 いるのだ。

 尚、キングコングとの特訓でティオナが倒したモンスターの数は

 50匹以上とされている。

 2週間で凄まじい強さを誇るモンスターを半数まで倒しているのは

 異常と言える圧倒的な撃破率だが、それに伴ってゼノモーフの脅威さも

 計り知れないとティオナは思った。

 超大型を除く前提として1体だけで数百匹という信じられない数を

 倒すと言われるゼノモーフが、もしも地上に出てしまったら...

 そう考えたティオナは問いかける。 

 

 「もしも...この聖地から逃げ出したりでもしたら」

 「大丈夫よ。成人となるために狩るのは7匹でクイーンがそれ以上産ませないようにして、何より次にクイーンとなる個体は産ませない対策もしてあるわ。

  それに生贄も7人しかいないから、どちらにせよ増えないし今回の儀式が終わり次第、聖地諸共消滅させるわ」

 

 それを聞いてティオナは安堵すると同時に、生贄という言葉が耳に

 入ってハッとネフテュスに詰め寄る。

 

 「生贄って、まさか...人を利用しているの...?」

 「そうよ。人間だけじゃなくて、モンスターも...

  あぁ。ゼノスじゃないから安心して?

  人間も命を奪い続けてきた暗殺者だから...構わないでしょう?」

 

 道徳的に考えれば、それは正当な理由での死刑ではなくて傀儡として

 他人に殺害される事と言える。

 しかし、イヴィルスの件もあってかティオナはネフテュスの言い分に

 何も言い返せなかった。

 命を奪い続けてきたという犯罪歴があるのなら、イヴィルスの使者と

 同様に死刑か終身刑となる可能性もある。

 善良的な行為ではないが、快楽を求めるために殺めた訳でもない。

 そう考え始めると、益々どう答えればいいのかわからなくなり、

 思わずネフテュスに背を向けてしまった。

 

 「...彼らが何故、内臓を抜き取って生皮を剥ぐのか...知りたい?」

 「...!...うん。お願い」

 「それじゃあ...」 

 

 ネフテュスは再びガントレットを操作し、ヤウージャの歴史について

 話し始めた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ...

 

 僕はある1室へ入り、別の通路へと通じる出入口に入ろうとした

 瞬間、出入口の床が上り始めた。

 更には他の出入口も塞がれていき、その部屋に僕は閉じ込められて

 しまったようだ。

 僕は周囲を見渡して部屋から出る方法はないかを探していると、鍵穴を

 見つける。

 リスト・ブレイドを差し込んで捻れば開くはずだ。

 

 ピロン ピロン ピロン ピロン

 

 そう思って近付こうとした矢先、虫が背後から迫って来るのを察知して

 振り返った。

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ア ア ア アッ!!

 

 武器を使うのは間に合わない。そう判断した僕は敢えて虫に突進した。

 虫は思いの外、重量がなかったのでそのまま壁に激突する。

 粉々になった壁の破片が飛び散り、虫も地面に横たわるがすぐに

 起き上がって僕から距離を取った。

 背中の呼吸器官である突起が無く、指の本数が6本で足は趾行性と

 なっており茶色い体色をしている。

 ...こいつは犬のモンスターの性質を持っているんだ。

 数十分前に戦ったゼノモーフよりも素早いため、動きを止めて仕留める

 対処法をヴァルキリーが教えてくれた事があるので、それを実行しようと

 決めた。

 犬の虫は尻尾を振り回し、飛び掛かる隙を狙っている。

 

 ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ

 

 僕はエネルギー・ボアを手に取り、エネルギーで形成されている鎖を

 伸ばして輪を頭上ではなく体の横で回す。

 こうすれば反対側の方から攻めてくるはずだ。

 すると、犬の虫は予測通り、エネルギー・ボアを回転させてない側の

 方へ移動し、すぐに飛び掛かってきた。

 僕は横っ飛びになりながら、頭部を通過させるために広がるよう

 調整して輪を投げ飛ばす。

 見事に輪が虫の頭部を通過し、ボタンを押して輪を縮めてキツく

 締め上げた。

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ア ア アッ!!

 

 犬の虫は首に巻き付いている鎖を解こうとするのを見て、強力な

 電流を鎖に流す。

 稲妻が走り、犬の虫の全身を包み込むと痙攣を起こし始める。 

 しばらくして暴れていた犬の虫が動かなくなり、腕や足の関節から

 白い煙が噴き出していた。

 ...今だっ...!

 

 ズル ズ ズ ズ...

 

 ドシュッ...!

 

 電流を止め、エネルギー・ボアを引っ張りそのまま足元まで引き寄せて

 エルダーソードを引き抜くと、トドメに頭部へ一突きする。

 ピクピクと手足を動かしていた犬の虫は完全に沈黙し、絶命した。

 エルダーソードを引き抜くと、体液が付着していたので振り払ってから

 収める。

 そして、僕は鍵穴に近付くとリスト・ブレイドを差し込んで捻る。

 

 ゴ ゴ ゴ ゴッ...

 

 すると出入口の床が下がっていき、通路へ向かう事が出来るように

 なった。

 僕はリスト・ブレイドを収縮し、通路へ向かう。




VSゼノモーフ・バトル 2kill
VSゼノモーフ・ドッグ kill

ここで映画シリーズのエイリアンは終わりで、次からのエイリアンはとんでもないです。


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>∟ ⊦'' ̄、⊦>'<、⊦ Snwewku|Batto

 通路を進んで行くと、壁や天井が広がっていくのがわかった。

 壁の窪みには白骨化した人間のミイラがいくつもある。

 偶然ここへ迷い込んで息絶えてしまったのか、或いは見せしめなのかは

 分からないが、そこに収まるように入っていた。

 しばらく進み続け、突き当りに差し掛かろうとした時だった。

 

 ピロン ピロン

 

 背後から...違う、上だ...!

 見上げると同時に飛び降りてくる影が見え、僕は前転をする要領で

 前方へ回避する。 

 すぐさま振り返り、その正体が目に入った。

  

 シャ ア ァ ァ ァ ァ ア アッ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今まで殺した個体よりも大きく、何より形体が異なっている虫だ。

 口の左右に巨大な牙が生え、手足が無く、全身は正しく蛇のそれで

 頭部の下が楕円形の皮膜で鎌首に見えており外側の縁には12本もの

 鉤爪が上から順に動いていた。

 ゼノモーフ・スネーク。

 蛇の性質を受け継いだ事で、異色の姿になっているんだ。

 以前に見た記録では蛇の性質が15%だと上半身は虫のままで、

 下半身が蛇の尻尾となるような姿をしていた。

 こいつはその反転した感じだ。

 蛇の虫は口内から第二の口顎となるインナーマウスを伸ばし、尻尾を

 前後左右に勢いよく揺らしながら威嚇をしてくる。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 僕は手始めにプラズマバレットを撃ち放つ。

 蛇の虫は上半身を捻らせて2発とも回避し、仕返しとばかりに口から

 強酸性の体液を放射状に吐き出してくる。

 鎧には耐酸加工を施してあるが、僕自身に触れたら危険なため後方へ

 下がりながら、スマートディスクを手に取ると起動させて投げ飛ばす。

 そちらも耐酸加工は施してあるため、浴びても溶解される事なく 

 蛇の虫へ接近していく。

 

 シャ ア ァ ァ ァ ァ ア アッ!

 

 だが、体を屈ませて回避すると、蛇行しながら僕へ向かって来た。

 スマートディスクを戻すのも間に合わない上、バーナーの照準を

 合わせるのにも遅れが出ると判断して、自分自身で狙い撃とうと右手に

 スピアガン、左手にハンドプラズマキャノンを取った。

 

 バシュンッ! バシュンッ!

 

 1発でも命中すれば致命傷となるので、弾数を数えながら撃ち続けた。

 当たらなければ...あの手段でいこう。

 蛇の虫は床だけでなく壁や天井を這い、縦横無尽に動き回っていくと

 徐々に僕の目の前まで迫ってきた。

 口を大きく開き、再び体液を吐き出そうとしている。

 弾数は残り1...やるしかないか。

 僕は蛇の虫の足元に最後の1発を撃ち、動きが止まった所で接近すると 

 スピアガンを突き出し下顎に銃口を押し当てたまま、引き金を引く。

 

 ドシュッ!

 

 スピアが下顎から上顎の裏側まで突き刺さって強制的に口の開口は

 不可能となり、これで体液を吐き散らす事はなくなった。

 蛇の虫は焦り、困惑しているのかその場で暴れ始める。

 僕はプラズマバレットを撃とうと、バーナーの砲口を蛇の虫に向けたが

 突如として蛇の虫は、凄まじい速さで僕に向かって来た。

 どうやら激情して暴走状態となったらしい。

 鎌首にある鉤爪を全て広げて、口の左右にある牙を大きく開けながら

 噛み付こうとしてくる。

 僕は咄嗟にスピアガンを横向きに突き出し、その牙に噛ませると右側の

 壁へ跳ねた。

  

 ミシミシミシィッ...!

 

 バキィィンッ!

  

 強靭な顎の圧力によりスピアガンは破壊されてしまった。

 バラバラになった破片と弾丸となるスピアが混ざり合いながら、床に

 散らばる。

 僕は足元に転がってきたスピアを拾い、蛇の虫の背後へ回ると尻尾を

 掴み上げて、全体重を掛けながら引っ張る。

 

 ドガァッ! ドガァアッ! ドガァアアッ!

 

 その場で振り回し、左右の壁に頭部をぶつけてから通路の先へ蛇の虫を

 投げ飛ばした。

 蛇の虫は体勢を崩したまま地面に転がり、横たわって隙を見せる。

 僕は近付こうとはせず、蛇の虫が鎌首を擡げるのを待った。

 

 ヒュ ロ ロ ロロロ ロ ロッ...!

 

 そして、ゆっくりと蛇の虫がそうしたタイミングを見計らって

 レイザーディスクの戻って来る飛行速度を速めた。 

 蛇の虫は風切り音に気付き、振り返るが既に遅く左側の鎌首を縦に

 斬り裂く。

 

 ドパァッ...!

 

 ジュウウゥゥゥゥ...!

 

 斬り裂かれた断面から体液が大量に噴き出し、壁や床を融解する。

 僕は戻ってきたスマートディスクを掴み取ると、次にシュリケンを

 投げ飛ばして反対側の鎌首も斬り裂いた。

 鎌首を失った蛇の虫はその場で激痛に悶えているようで、動かない。

 シュリケンを回収してからガントレットを操作し、そのガントレットの

 一部がせり出して発射口が出現する。

 今回、新たに武器として装備したプラズマボルトだ。

 左腕を突き出して操作をリンクさせたヘルメットにより、発射口から

 高熱ボルトを蛇の虫に射出した。

 

 ギュ オ ィィ ンッ!

 

 高熱ボルトは頭部を貫き、蛇の虫はインナーマウスを伸しながら

 絶命する。

 左腕を下ろしながらせり出した部分を収納し、僕は息をついて蛇の虫の

 死骸を通り過ぎ、突き当りがある方へ向かった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 通路を抜けると広い空間に出た。

 周囲を見渡し、我が主神や皆が観戦している闘技場ではなく別の所だと

 わかった。

 残るは3体。最後の1体は必ず闘技場で戦うと説明されているので、

 2体は道中で倒す事になる。

 だとすればここで遭遇してもおかしくはないと思い、僕は周囲を

 警戒する。

 

 ピロン ピロン ピロンピロンピロンピロンピロン...

 

 反応が急速に近付いて来る...!

 振り返るが姿は見えない。どうなって...また上か...!?

 

 キ ィ ィ ィ ィ ィ イ イ イ イッ!

 

 そう思った時には何かに両肩の装甲を掴まれ、そのまま宙に浮く

 感覚となる。

 視界が上下左右に揺さぶられ、状況判断がつかない。

 掴んでいる足らしきそれを強引に引き剥がし、僕は約20Mの高さから

 落下していく。

 地面に足が接地する寸前にブーツの衝撃吸収機能によって、難なく

 着地するとすぐに獲物の姿を捉えようとする。

 

 バサァッ! バサァッ!

 

 キ ィ ィ ィ ィ ィ イ イ イ イッ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 見えた。あれは...蝙蝠か。

 体色は赤紫色で長い頭部の両側面に沿って窪みがあり、中央は

 青みがかっている。

 両腕は蝙蝠の翼となって、猛禽類などに見られる三前趾足の指には

 鋭い爪が備わっている。

 翼を折り畳んで急降下し、再び捕まえようとしてきた。

 それを察して僕はその場から退避する。が...

 

 ザブッ!

 

 『グゥッ...!』

 

 通り過ぎる間際に振るってきた尻尾の先が僕の腕を斬り付けた。

 床に血が飛び散り、生暖かい感触が腕を垂れているのがわかる。

 ...腕は動く。大した事はないな。

 そう自分に言い聞かせているが、実際の所かなり深い。

 ここで一度撤退し、治療を行なおうかと思ったが...

 最後の1体以外の6体は単なる腕慣らしでの相手に過ぎない。

 それなら、この傷ぐらいで退けはしない。

 蝙蝠の虫は頭上を旋回しながら様子を伺っているようだ。

 飛行するなら...地面に引き摺り下ろせばいい。

 僕はガントレットに装備しているネットランチャーを用意し、飛び交う

 蝙蝠の虫が向かって来るのを待った。

 向かって来る際、撃ち落とせるようにバーナーも照準を合わせておく。

 

キ ィ ィ ィ ィ ィ イ イ イ イッ!

  

 来た...まずはバーナーからだ。

 ネットランチャーはガントレットに装備してある3発、個別の武器で

 5発を発射出来る。 

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 プラズマバレットを連射するも、蝙蝠の虫は全て回避する。

 標的から外れたプラズマバレットは壁に被弾し、破片を飛び散らすと

 床に落下してきた。

 空間内を響き渡る炸裂音は蝙蝠の虫の羽ばたく音に掻き消される。

 蝙蝠の性質を持っているなら、エコーロケーションで回避しているに

 違いない。

 そもそも虫の目は頭部そのものなので、全方位を常に見ている。

 どこから撃たれようがプラズマバレットを回避するのも、この虫に

 とっては余裕なんだろう。

 それなら...これは避けられるか...!?

 

 シュピンッ! シュピンッ! シュピンッ! シュピンッ!

 

 シュリケン・ダーツ。これも今回のために追加した装備だ。

 増設された機構から小型のシュリケンが複数射出され、蝙蝠の虫へ

 向かっていくと背中に突き刺さる。

 流石に小さい物体であれば回避は難しいようだ。

 蝙蝠の虫は背中から体液を垂らしながら飛び続けているが、先程よりは

 飛行速度が鈍くなっている。

 次に来た時を狙えば...

 そう思っている最中、蝙蝠の虫は僕の方へ向かって来た。

 

 ...パシュンッ!

 

 僕はギリギリまで近付かせ、数Mまで来た所で左腕のガントレットを

 突き出すと同時にネットランチャーを発射した。

 ネットランチャーが蝙蝠の虫の全身を包み込んで、動きを封じ込める

 事に成功し、僕は体を翻して落下してくる虫を回避する。

 蝙蝠の虫はネットの中から抜け出そうと藻掻いているが、ワイヤーは

 頑丈で尻尾の先、鉤爪、インナーマウスでも破けはしない。

 刀を引き抜きながら近付くと、ネット越しに蝙蝠の虫の頭部を鷲掴みに

 して持ち上げた。

 

キ ィ ィ ィ ィ ィ イ イ イ イッ!

 

 ...黙れ

 

 ザシュッ!...ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!

 

 刀を突き刺して引き抜き、また突き刺しては引き抜く。

 ワイヤーが切れた箇所から体液が噴き出し、足元に飛び散るが

 気にせず突き刺し続けた。

 やがて動かなくなったので手を止め、蝙蝠の虫を見る。

 ...死んだ。

 そう思いながら死骸を地面に投げ捨てて刀に付着した体液を振り払い、

 収納する。

 傷の具合を確認すると、まだ出血はしているがこれくらいなら

 問題ないと判断して、別の出入口へ向かった。




ゼノモーフ・スネーク kill
ゼノモーフ・バット  kill

自分の画力ではこれが限界なのでご勘弁を。

どちらのゼノモーフもこの小説オリジナルではなく、既存の種類です。
ゼノモーフ・スネークはスペース・マリーンのコミックにて初登場し、1993年に発売されたAVPのゲームやネカという会社からもフィギュアとして発売された事があります。
バットも1995年に発売されたゲームの中ボスで登場しました。


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>∟ ⊦'' ̄、⊦>'<、,< Kainde amedha-B'ur

 『あっという間に5体目...アイツ、傷は治療せず続ける気か?』

 『さぁ?もしかしたら、最後の1体を狩る前で治すんじゃないの?』

 

 そう予想しつつルノアは答え、立体映像に映っている通路を進んでいく

 様子を見ていた。

 バトル、ドッグ、スネーク、そしてゼノモーフ・バットを狩る事に

 成功し、このペースは自分よりも尋常ではない程、早いとその実力に

 感心する。

 その反面、これまでの成長過程を考えて明らかに人間離れしていると

 理解不能な身体能力に呆れも含まれていた。

 レックスも呆れてはいないが、驚きを隠せずにいた。

 

 『あの子...また強くなってるわね...』

 『まぁ、他のパラレルバースで獲物を求めに行ってたって話しだし。

  あれくらいなら妥当でしょ』

 『...そうなのかしらね...』

 

 どこか不安げに答えるレックス。スカーは何故、彼女が不安がって

 いるのか首を傾げた。

 すると、レックスはある事をふと思い出して話を持ちかける。

 

 『そういえば、別の自分と出会ったってビッグママから聞いたんだけど...

  別人のあの子ってどんな感じだったのかしらね?』

 『別のアイツか?ん~...

  こう、特殊部隊として身体能力、遺伝子学的、技術的に優れた装甲宇宙服着て異星人連合と戦ってたそうだな』

 

 オリーブグリーンの一着あたり小型宇宙艇一隻と同等のコストとなる

 動力源が小型の核融合炉を内蔵しているスーツを身に纏い、敵から

 奪った、柄の部分から伸びる磁力線により成形される超過熱された

 プラズマのブレードとアサルトライフルを両手に構える姿が

 イメージされた。

 

 『私は緑の勇者の服を着て同じ色の帽子を被って、選ばれし者しか抜けない剣と青い盾を持ってるエルフだから耳が尖ってるのを想像した。

  あと、変な被り物した魔物の少女がサポートパートナーなのも』

 

 白い髪から覗くエルフ特有の長い耳に緑のとんがり帽子とチュニックを

 着た、群青色の翼を模したような柄の青白く光る剣身となっている

 退魔の剣に、黄金の聖三角は装飾された青い盾を構える姿が

 イメージされる。

 

 『ウチは種類は問わないけど地球外生命体とのトラブルを解決する目的で創立された組織に所属してそうなのは居ると思う。

  その地球外生命体を見たら隠匿のためにピカッて光る記憶でっち上げ装置で記憶を改竄するようなね。 

  相方は...年いってるおっさんかな』

 

 黒いサングラス、黒い背広、黒いネクタイ、黒い靴下、黒い革靴と

 背広の下が白いシャツのみで他は全て黒尽くめの容姿をしており、

 銀色の銃を構えている姿がイメージされる。

 

 『案外、皆って想像力豊かなのね...

  私は...。...未知なる力を持った蜘蛛に噛まれて、その力を授かったから大いなる責任のために赤と青のスーツを着て、オラリオを守ってる...

  みたいな感じがいいわね』

 『『『お前(レックス)(アンタ)も大概想像力すごい(な)(じゃないの)...』』』

 

 と、それぞれが別次元に居るとしたらという想定での捕食者を

 言い合っていると、ケルティックが立体映像に注目するよう促した。

 どうやら、次のゼノモーフと戦うようだ。

 

 『見た目からして雄牛...ミノタウロスから産まれたのね』

 『正解』

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギ シャ ァ ァ ァ ア アッ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 雄牛の虫は不規則に曲がっている角を突き出し、勢いよく突進して

 きた。

 犬の虫と同様に後ろ脚が趾行性の4足歩行で移動するようで、

 今までの虫よりも真っ直ぐ進む速度が速い。

 僕は1Mまで接近させ、蝙蝠の虫を捕縛した時と同じ対処法で

 回避する。

 雄牛の虫はそのまま通り過ぎて行き、4足でブレーキを掛けるように

 止まろうとした。

 しかし、止る気配はなく壁に激突して止まった。

 ...どうやら頭は良くないみたいだな。

 そう思いながら僕はバーナーの照準を雄牛の虫に合わせ、即座に

 仕留めようとプラズマバレットを撃ち放つ。

 

 ド グ ォォオ ンッ...!

 

 ...何だ?プラズマバレットの直撃を耐えた...?

 僕は再度、バーナーの照準を合わせると今度は5発を撃ち、全て

 雄牛の虫に命中する。

 しかし...

   

 ギ シャ ァ ァ ァ ア アッ!

 

 やはり耐久力が凄まじいようだ。

 雄牛の性質によって見た目に加え、外殻が通常の個体よりも強靱な

 変異体となっているのか不明だが、どうやらバーナーは役に立たない

 と思われる。

 それなら...これはどうだ...!

 

 ヒュ ロ ロ ロロロ ロ ロッ...!

 

 ガキィンッ...!

 

 『...C'jit』

 

 投げ飛ばしたスマートディスクを雄牛の虫は尻尾で弾き返し、壁に

 突き刺した。

 ...前言撤回する。こいつは利口のようだ

 そう思っていると、雄牛の虫は再び僕目掛けて突進してくる。

 ガントレットのネットランチャーを用意し、5M手前で発射したが、

 右へ逸れて躱されてしまい、突進は阻止出来ないと判断した僕は突進を

 受け止める姿勢を取った。

 

 ド ゴ ォ ォ オッ!

 

 右肩の装甲で角を押さえ付けたまま、口を開かせないよう両手で

 前頭部と下顎を塞ぐ。

 右手で下顎を掴んでいるのでリスト・ブレイドを突き刺そうとするも、

 外殻が思ったよりも硬く、突き刺せない。

 踏ん張って止めさせようとしたその直後、脳天に鈍い衝撃が襲う。

 見上げると、振るってきた尻尾の先で叩いてきたんだとわかった。

 手も塞がっている以上、バーナーで弾くしかない...!

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 バヂィッ! バチィッ...!

 

 オートエイムに切り替え振るってくる尻尾を弾きつつ、攻撃を凌いで

 いると、段々と勢いが弱まってきた。

 あれだけ硬いなら...これを使おう。

 手は使えないため、アイトラッキングデバイスでガントレットを

 操作すると、アーム・クラッティングのパーツが出現し、左腕を

 包み込むように装着される。

 そうして漸く止まり、僕は下顎を掴んでいる手で力一杯押し返す。

 雄牛の虫は仰け反りながら後退した所を見計らい、僕は前蹴りを腹部に

 叩き込んで更に退らせた。

 ブーツからの衝撃波で勢いよく雄牛の虫へ接近し、一気に間合いを詰めると

 アーム・クラッティングを装着した左拳を突き出す。

 

 ド グ ォ ォ ォ オ オ オ ンッ!!

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア アッ!

 

 アーム・クラッティングから発生する衝撃波によって、雄牛の虫は

 突き飛ばされながら硬い外殻に罅が入り、そこから体液が噴き出た。 

 それに伴って悲鳴を上げ、激痛に悶えているように見える。

 僕は追撃しようと尻尾の動きを見極め、接近しようとした。

 しかし、雄牛の虫は体を回転させる事で尻尾を死角から振るい、

 先端の少し曲がっている針が腕に突き刺さる。

 

 ベリベリベリッ! ブチィッ...!

 

 『グゥウウッ...!?』

 

 刺さった箇所から不規則な形に皮膚を剥がされた。

 僕は咄嗟に横へ跳び、接近を中断せざるを得なかった。

 蝙蝠の虫によって負った傷よりも出血が酷い。

 何よりこれ程の痛みを感じたのはいつ振りだろう...?

 そう思っている暇もすぐに消え失せ、雄牛の虫が突進してきた。

 僕は再びネットランチャーを発射し、動きを止めようとするも、

 雄牛の虫は同じように回避する。

 それを予測していたのでもう1発を発射した。

 

 パシュンッ!

 

 ギリギリギリギリギリッ...!

 

 今度は回避出来ず、ネットが雄牛の虫の全身を包み込む。

 すぐに息の根を止めようとしたが雄牛の虫は角を使い、両手で地面に

 ネットを押さえ付けながら強引に引き千切ろうとしていた。

 ギチギチと音を立て、ネットが保つのは精々3分程度か...

 罅が入った箇所を狙い、同じ攻撃手段の一撃を入れようと考えたが、

 恐らく同じ手は通用しないと思われるので別の手を考える。

 ...上手くいくか...?やってみない事にはわからないが...

 

 ブチィッ! バツバツッ...!

 

 雄牛の虫はついにネットを破り捨てた。

 やるしかないか...!

 まず、ベアトラップを背後に仕掛けた。

 底面から杭が伸びる事で床に固定され、3つの刃が展開すると

 横向きに地面と接地し、クローキング機能によって見えなくなる。

 それを確認した後、咆哮を上げて闘争心を煽り、突進させようと

 する。

 

 ヴオ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア アッ!

 

 掛かった、突進してくる...!

 1Mまで迫ってきた所で僕はベアトラップを設置した地点よりも

 後ろへ後退した。

 雄牛の虫が接近してきたのを感知し、ベアトラップが起動すると

 横向きになっていた3つの刃が縦状になり、収納されていた部分が

 伸びる。

 それを踏み付けると同時に3つの刃が稼働して雄牛の虫の脚に

 食い込んだ。

 脚を掴まれた事でその場から動けなくなる。

 僕は刀を構えると罅の入っている箇所へ接近していき、辿り着くが

 やはり尻尾を振るって離れさせようとしてきた。

 インナーマウスの射程範囲には届かないので、そうしてくるのは

 わかっていた。

 

 ガキィンッ! ギャリィッ...!

 

 刀で弾いていたが、雄牛の虫は尻尾の先端の針を引っ掛けて刀に

 絡めると強制的に手放させた。

 雄牛の虫は嘲笑うかのように奇声を上げ、尻尾の先端で僕を

 突き刺そうとしている。

 ...ここまで想定通りになったのは、運が良かった...!

 

 ザブッ!

 

 僕は手に隠し持っていたスピアを持ち直し、罅の入っている箇所に

 突き刺す。

 すると、罅の範囲が広がって体液が対象に噴き出した。

 雄牛の虫は悲鳴を上げ、尻尾による攻撃はせず怯んでいたのでその隙を

 逃さず、僕はアーム・クラッティングを装着している左拳をスピアが

 より深く刺さるよう叩き込む。

 

 ド グ ォ ォ ォ オ オ オ ンッ!!

 

 バキャァアッ...!

 

 ベアトラップに掛かっていた脚が捥ぎれ、突き飛ばされる雄牛の虫の

 腹部には穴が開き、内蔵が零れていた。

 床を転がり、立ち上がろうとする雄牛の虫を見て油断しないよう

 リスト・ブレイドを伸ばし、いつでもやれるよう警戒する。

 

 ギ シャ ァ ァ ア ッ...!

 

 雄牛の虫は1歩踏み出した所で奇声を上げながら、ドシャッとその場に

 崩れ落ちる。

 ...勝った...手強かったな...

 だが、これよりも最後の虫は強いと思うと...興奮が収まらない...!

 次でそいつと戦り合えるんだ。...ただ、その前に治療しないとな...

 そう思いながら、僕は最終地点へ向かうべく出入口へ入っていった。




ゼノモーフ・ブル kill

エイリアン3に出て来たドッグの没案です。
通常版ではなく完全版で牛から生まれてきたシーンがあるのでこっちを使うはずだったのですが、何かしらの理由でドッグになったとか。
尚、スネークと同じくネカ社でフィギュア化されてます。

やっぱ因縁の相手は牛でないと。

ちなみに4人が駄弁ってるシーンで予想してた別同一個体はまだ確認されていないパラレルバースに存在します。


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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦' A'guni

 メディコンプが開き、ライトに照らされている中身から円筒形の容器を 

 僕は手に取る。

 割れ目から容器を捻らせつつ、2つに分離させると青黒く発光している

 太い針が出現する。

 ヘルスシャード。

 体力回復のために蛋白質、含水炭素などを混入した液体が詰まった

 メディキットだ。 

 ポーションのように体力を回復する事は出来るが...

 

 ドスッ ドスッ...!

 

 『グヴゥ゙ヴヴヴヴッ...!』

 

 その太い針を左右の腹部に突き刺し、液体を体内に注入させなければ

 ならないので激痛を伴う。

 数秒で流し込み終えるが、刺さっていた箇所から引き抜くと血が

 先端から糸を引いているのを見て、ウンザリする気持ちになりながら

 容器をその辺に放り捨てた。

 

 ガキンッ! ガキンッ!

 

 次に背にしている壁にウォークラブを叩き付ける。

 粉々に飛び散った破片をかき集め、メディコンプから収納されている

 イグニッションデバイスを取り出し、点火装置部分を押す。

 そうするとパラボラソーサーが展開して3点のチューブから火が

 点火される。

 

 グシャグシャ パキッ サラサラ...

 

 砕いた破片を更に握り潰して砕き、火で熱する。

 十分に熱した所で長細いカプセルの蓋を外し、中に詰まっている

 青白い溶液を満遍なく振り掛ける。

 これはあの溶解液とは別の医療用の液体だ。

 

 シュボ オ ォ ォ オッ...!

 

 溶液に含まれる可燃性の物質が熱で燃え上がり、同色の青白い炎が

 破片に燃え移る。

 しばらく燃え続けて炎が収まると青く発光する焼灼剤が完成された。

 破片に含まれる珪素を強粘性の液状にした、所謂軟膏と言える。

 ヘラを取り出し、その焼灼剤を掬うと深呼吸をして不規則な形状に

 皮膚が剥がれている傷口に押し当てる。

 

 ジュウゥゥゥウッ...

 

 『グォ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!

 

 有棘層が焼ける臭いと同時に言い表せられない苦痛が襲ってきた。

 以前のステープラーの処置よりも、比較にならない程の激痛を伴う

 処置とはこれの事だ。

 スカー達もこれだけは未だに耐えられないと言っていた。

 先程のヘルスシャードも同様だが、麻酔など無痛にする薬を絶対に

 使用してはならないという掟がある。

 自身に刻まれる苦痛は誇れる証となり、その痛みを忘れようとするのは

 恥と定められる。

 治療での痛みも同じで、耐えられるようになればロスト・クラン入りを

 認めてもらえる段階の1つでもある。...らしいが、事実かは知らない。

 焼灼剤を傷口に塗り付け終え、痛みを紛らわせようと壁を何度も

 殴りつけた。

 ...体力を回復したので疲労感はないが、少しだけ休もう。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...普通の人がやったら、気絶しちゃうの?」

 「ショック死するわね。あの子達も1番苦手としてる処置だもの。

  別の医療器具なら、以前に傷を負ったアマゾネスの女の子に使ったら気絶で済んでたわ」

 

 捕食者でも苦手とするなら、常人では耐えられないという訳を

 ティオナは理解した。

 捕食者がどういった存在なのかを認知したので、誇りとして苦痛を

 味わう行為も彼らなりの意味があるという事も。

 立体映像に移っている捕食者は座ったまま、動かないでいた。

 

 「次で最後の1体になるんだよね?

  今までの6体よりもすっごく強いんだっけ...」

 「ええ。特に、あの子には特別なゼノモーフを用意したわ。 

  どんな狩りとなるのか、とっても楽しみ...ふふっ...」

 

 おもちゃで遊ぶ子供のような笑みを浮かべるネフテュスの瞳の色が、

 橙色や黄色と暖色に変わっていく。

 お気に入りと称していた通り、あの捕食者はネフテュスにとって

 特別なんだと、ティオナは改めて思った。

 

 「(そうだよね...だって、すごいもん...

   レベル5のあたしやベートに勝ったのが)」

 「あら、立ったわね。いよいよここへ来るみたいよ」

 「!...うん...」

 

 処置を施した腕を確認し、捕食者は通路を進み始めていた。

 最後の1体との狩りへ向かうために。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ァ ァ ア...!

 

 エイリアン・クイーンは怒りと悲しみを込め、叫んだ。

 苦しみながら産卵したはずのエッグ・チェンバーから育った6体の

 子供を無残に殺されたからだろう。

 最後の1体を殺させる訳にはいかないと、必死になって手を動かし

 暴れ始めた。

 しかし、頑丈な手枷と鎖は壊れる気配もない。

 エッグ・チェンバーを産もうにも強制的に産めなくさせられているのに

 加え、生贄の間には寄生させる生物もいないため意味がないのだ。

 やがて動かなくなり、項垂れるように前のめりになった。

 

 ギシリ...

 

 ...シャァァァッ...!

 

 その時、僅かな痛みを右手首から感じたエイリアン・クイーン。

 見ると、手枷の内側が凹凸となっており角が立っている。

 それに気付くや否や、エイリアン・クイーンは手首の関節部を

 その角に擦り合わせ始めた。

 ガリガリと外殻が邪魔して上手くいかない。

 しかし、諦める素振りは見せずその行為を続けた。

 そして...

 

 ギャリッ...!

 

 ...ポタタ ポタ... ジュウウゥゥゥゥ...




ヘスルシャードの出典はプレステで2010年に発売されたAVP3です。
大体、刺してるのは肋骨の下、肺に近い所ですね。尚、普通なら死にます。

加えて、プレデター2の名シーン(?)である治療シーンのオマージュも入れました。
ランボー3での治療も見てる分にはすごいと思いましたね。


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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦>∟ ⊦ Kainde amedha-A'rbynwo

 通路を抜けると最終目的地である闘技場に辿り着く。

 見渡すと壁の上部に観戦室があるのを見つけた。

 拡大するとその観戦室に居るのはスカー達だと気付き、別の観戦室には

 エルダー様達、ロスト・クランが観てくださっているとわかった。

 真正面の壁面に設置された観戦室も見ると、そこに我が主神が...

 ...あれは誰だ?レックスやルノアより背が高い人間の女性...?

 皆が誰も対処していないなら、我が主神が連れてきたんだろうか...

 気になるところだが...今は最後の狩りに集中しよう。

 僕は高く跳び上がり、建造物へ飛び乗った。

 まだ姿は見えない...だが、ここへ来るはずだ。直感でわかる。

 

 ...ピロン ピロン ピロン ピロン...

 

 そう思っていると、早速反応があった。

 どこかに隠れているんだ。

 僕は縁に立つと、雄叫びを上げて虫との戦いに挑む事を示した。 

 

 『ヴオ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!

 

 僕は生体感知センサーで位置を確認し、その方向に試験を向けると

 正面の建造物にある四角形の穴から蠢く虫の影を見つける。

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア アッ!

 

 虫が呼応してきた。

 その虫は這い上がって建造物の上に登り、立ち上がった。

 一瞬、最初に2体を狩ったゼノモーフ・バトルかと思ったが...

 どうやら違う個体だとわかった。

 何故なら見た目は一致しているが、体色が真っ白で関節部や呼吸器官の

 先端部などが淡いピンク色となっている。

 これまで狩ってきた虫と同様に変異体だとは思うが、この個体は

 どの様な特殊能力を持っているのか予想出来ない。

 けれど...奴の首を獲ってやる...!

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 『あれがダフネから産まれた虫?』

 『そうだと思うけど...どうなの?』

 

 自身の胸を突き破って産まれた所を見た覚えはないので、レックスに

 問いかける。

 彼女があの白い変異体のゼノモーフとなったチェストバスターを

 運んできたので、詳細は知っているはずだからだ。

 ダフネはレックスに頷き、話し始めた。

 

 『ええ、そうよ。

  名称はアルビノってボーン・グリルとブルは呼んでたわね。

  遺伝子情報にヤウージャのDNAを組み込ませてあって、その時に色素の欠損で白くなったそうよ』

 『ん?じゃあ、実質プレデリアンって事か?』

 『まぁ、組み込んだのは15%だけでダフネから産まれたのもあるし...

  どちらかと言えばウォーリアー寄りなのよね』

 『そういう事か...それなら身体能力が向上してるだけって事?』

 『いいえ、アイツの尻尾の先を見て?』

 

 そう指示され、全員が捕食者と対峙するゼノモーフ・アルビノの

 尻尾の先を見た。

 じっくり見てみると、何か違和感を感じ始めて数秒後にはルノアが

 あっ、と声を上げる。 

 その直後、全員も気付いたようだ。

 

 『尻尾の先が鋭くないな。厄介な武器を外したのか?』

 『外してはないわよ。別の所にくっつけたの』

 

 ダフネはレックスの言う別の所とはどこかのか、自分で見つけようと

 するも答えはすぐにわかった。

 

 『...そういう事』

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギ シャ ァ ァ ァ ア ア アッ!

 

 シュルッ シュルッ...!

 

 白い虫が口を大きく開くと、インナーマウスではなく先端が尖った

 舌の様なものを伸した。

 その先端の中央にある穴からは何か透明な液体が零れている。

 ...なるほど。あれが奴の特殊能力か。

 しかし、それだけではないはずだと思っている最中に白い虫は舌を...

 プローブマウスと呼ぶか。

 それを鞭の様に振るい、液体を僕目掛けて撒き散らしてきたので僕は

 咄嗟に回避し、付着した足元を見る。

 その液体はどうやら体液ではなく、分泌液だとわかったがどちらにせよ

 付着してしまえば厄介になるというのは目に見えた。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 先程の仕返しにと僕はプラズマバレットを撃ち放つ。

 白い虫は回避するや否やその場から僕に向かい飛び掛かってきた。

 明らかに通常の虫より身体能力が向上している...

 それにこの動きはまるで...ヤウージャだ...!

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ア ア アッ!

 

 ガシュッ! ガギィィッ!

 

 3本の指に生えている爪が胸部の鎧に傷を入れた。

 更に伸ばしたプローブマウスを器用に僕の腕に巻き付けてきたかと

 思えば、舌の力だけで僕は投げ飛ばされる

 宙を舞う僕は上下と左右の感覚がかわからなくなりつつも、何とか

 着地しようとコンビスティックを手に取って両端が前後になるよう

 構えた。

 搭載されている機能の1つをグリップにあるボタンで操作しながら

 クラシック型スパイクが先端となる方を射出させた事で、繋がっている

 ワイヤーを伸しながら天井か壁か地面に刺さらせようとする。

 

 ガシュッ!

 

 スパイクは地面に突き刺さり、僕は遠心力で飛ばされないように

 しっかりとコンビスティックを掴んだまま強制的に空中で停止し、

 落下していく。

 上に振るい上げると、ワイヤーに引っ張られた反動で突き刺さっていた

 スパイクは地面から外れて収納されるワイヤーと同じ軌道を描きながら

 コンビスティックの先端にカチリと填まり込んだ。

 僕は着地すると、死角からの襲撃を受けない内にその場から離れようと

 するも頭上から降り注ぐ分泌液に気付くのに遅れた。

 

 ビシャァァッ...!

 

 手足だけは動かせるように背中で浴び、鎧の隙間に入り込んだ分泌液の

 生温い感触に不快感を覚える。

 上を見上げると、白い虫がプローブマウスは揺らしながら僕を

 見下ろしていた。

 ...どうやら、苛つかせるのが得意みたいだな。




VSゼノモーフ・アルビノ

お馴染みネカ社で発売された白いエイリアン。
実はジェームズ・キャメロン監督が考えたエイリアンの初期デザイン案であったそうです。

ちなみにダフネの呼称していた、ボーン・グリルとブルはAVP2でエイリアンの頭の表面を剥いでいたのと、プレデリアンを発見して速攻でプラズマキャスターぶっ放してウルフに緊急要請を出した執務クルーです。


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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦>'<、⊦ I'nwterygewnwto

 「さっき1匹で数百匹は殺せるって言ったわよね?

  改造されて生み出されたあの個体なら...どれくらいだと思う?」

 「えっと...す、数千匹?」

 「外れ。数十万匹は軽く越えるわ。

  大型のモンスターもあの個体なら...ふふっ...」

 「...」

 

 桁違いな数にティオナは絶句する。

 先程の数による脅威さが、ゼノモーフ・アルビノ1体だけでの脅威に

 一瞬で覆されたからだ。

 捕食者の遺伝子がどうのこうのと説明されたものの、さっぱり意味を

 理解していないティオナだがゼノモーフ・アルビノは正しく特殊な

 怪物なのだと認知した。

 その怪物と戦っている捕食者に少なからず心配が募ってくる。

 

 「もし、もしもだよ?...ないとは絶対思うけど...

  負けそうになったら、助けるんだよね...?」

 「あら?さっきの説明で言わなかったかしら?

  仲間に助けられることは不名誉な事。だから、殺されかけている状況でも見るだけよ」

 

 ティオナは信じられないといった表情となる。

 助け合わないというのは頭に入っていたが、まさか殺されそうに

 なっている場合でもそうだとは思ってもみなかったからだ。

 更にネフテュスから衝撃的な発言を聞かされる。

 

 「それと、負けた場合は名誉の掟に定められている処置に則って自爆するわ」

 「じ、自爆って...!?」

 「自らの体が戦利品として奪われないためよ。

  優れた技術が他者の手に渡る事を阻止するためという理由もあるわ」

 「な...何なのそれ!?いくらなんでもおかしいよっ!

  自分の命まで、簡単に捨てるなんて...!?」

 

 息を荒くするティオナにネフテュスは微笑み掛けながら、宥めるように

 諭した。

 

 「それが彼ら、人間ではないヤウージャという種族の習性なのよ。

  あの子は...幼き子供の頃、そのヤウージャに惹かれた。

  全てを受け入れると誓いを立て、私の涙を飲んだわ」

 「涙を...?どうして?」

 「私の涙は、飲めば心を壊す程の毒なの。

  神であれば飲んでも大丈夫で、私にお願いをする事が出来るけど...

  もし私が毒に変えてしまったら最後、その神は死ぬ。

  強制送還ではなく、本当に死に堕ちて天界からも下界からも忘れ去られるの」

 

 そんな危険な毒を飲んだと言われているというのにも関わらず、

 しっかりと生きている捕食者にティオナは目を移す。

 神をも殺す毒を飲み、心を壊さなかった。 

 レベルの高さがどれ程のものかわからないが、つまりそれが彼の

 為し得た偉業であるのだと思った。

 

 「...すごいね。本当に、すごいよ...」

 「ええ。人間を捨てる覚悟と引き替えにヤウージャと同じ強さを手に入れようとしている、あの子は...

  神智を越えた存在よ」

 「え...人間を捨てるって...?」

 

 そう問いかけるティオナにネフテュスは首を傾げ、数秒間を空けてから

 あぁ、と声を漏らして苦笑いに似た微笑みを浮かべる。

 

 「もしかして...

  あの子も同じ様な方法で強くなっていると思っていたの?」

 「...どういう意味...?」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 白い虫はプローブマウスを口に収納し、腕を大振りに爪で引っ掻こうと

 してきた。

 間合いが空くと隙を突いて分泌液も吐き出してくる。

 十分にコンビスティックを振るえる通路なので攻撃を防ぎ、分泌液も

 回避が間に合わない際は、なるべく弾き返した。

 

 ジュウゥゥッ...!

 

 熱プラズマで高熱を発生させる機能により、分泌液は蒸発して付着を

 防いでいるが、容赦なく吐き出してくるので油断は許されない。

 それに加え、尻尾の攻撃も退化しているとはいえ鋭く強力な刺突であるため

 一撃でも浴びれば虫が優勢となる。

 

 ギ シャ ア ァ ァ ァ ァ ア ア ア アッ!

 

 白い虫は収納していたプローブマウスを伸ばしてくると、僕の腕に

 巻き付けてきた。

 それもリスト・ブレイドで切り裂けない右腕に。

 僕は収縮させたコンビスティックを突き刺そうとするも、白い虫は

 プローブマウスを引っ張り上げ、僕を壁に激突させる。

 

 ド ゴ ォ ォ オッ!

 ガ シャ ァ ア ンッ! ガラガラ...

 

 激突した際に砕けた壁の破片と一緒に僕は地面に倒れるが、頭部への

 衝撃はヘルメットによって緩和されていたのですぐに立ち上がれた。

 すると再び引っ張り上げようとしたので、それよりもプローブマウスに

 コンビスティックを突き刺す。

 

 ブシッ...!

 シャ ア ァ ァ ァ ァ ア...ッ!

 

 突き刺した箇所から分泌液と混じった体液が噴き出した。

 僕は強引にプローブマウスを剥がすと、コンビスティックから

 引き抜いて体液を浴びないよう後退する。

 白い虫は体液が噴き出す傷口に苦しんでいるようで、真横にあった穴へ

 潜り込んだ。

 

 カチッ 

 ピッ ピピッ ピッ ピピッ ピッ...

 

 僕はプラズマ・グレネードを2つ取り出し、通常の爆破タイプから

 強力な電流を放電するエレクトロパルスに切り替えて、白い虫が入って

 いった穴と背後の穴へ投げ入れる。

 穴と穴とを繋ぐ通路を電流が流れる事によって、白い虫を炙り出そうと

 考えたんだ。 

 直ぐさま跳び上がってその場から退避し、建造物に飛び乗った。

 

 ...バヂィイッッ! バヂィンッ! バヂバチィッ...!

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ア ア ア アッ!

 

 数Mも離れた右方向の穴から白い虫の奇声が上がった。

 僕はその方向へ向かっていき、白い虫を見つけるとプラズマバレットを

 発射した後に勢いよくコンビスティックを投擲する。

 一直線に飛んでいくプラズマバレットとコンビスティックに気付いた

 白い虫は身を翻し、どちらも回避した。

 プラズマバレットは地面に着弾し、コンビスティックはそのまま壁に

 突き刺さる...

 かと思われただろうが、そうはならない。

 

 ピッ ピッ ピッ

 

 ...ギュオッ...!

 

 コンビスティックはレーザーに照射されている獲物を自動追尾する事が

 出来るからだ。  

 原理はナァーザに与えたボルトガンの誘導システムと同様の電磁誘導で

 一度上昇し旋回しながら、再度飛んでいった。

 それに驚く白い虫は分泌液を吐き飛ばし、止めようとしているが当然

 高熱を発生させているので付着せず勢いも止まらない。

 それを理解すると同時に白い虫はすぐ真横にあった穴へ潜り込み、

 攻撃を回避するようだ。

 僕もそれを察し、コンビスティックを電磁誘導で手元に戻す。

 白い虫の位置を特定しようとするも、生体反応センターから奴の反応が

 消えている...

 どこへ行った...?まさか、反応しない距離まで離れたのか?

 それを認識しているという事は、奴は遺伝子操作でヤウージャの思考を

 持ち合わせている、利口な個体だと推測した。

 闇雲に接近した時、不意討ちを狙われる可能性もある。

 ...いや、それを逆手にとってやろう。 



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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦ ̄、⊦ Y'nwstynwcto

 ...これで用意は出来た。行くぞ...

 僕は建造物から通路へ降りると、足音を立てないようにしながら

 コンビスティックを構えつつ白い虫を探す。

 反応はまだ出ない。

 曲がり角に差し掛かり、横の壁を確認して先程よりも幅が狭まった

 通路に入った。

 左右どちらの壁にも穴があり、白い虫が背後から襲って来るのには

 最も可能性のある通路だ。

 僕は敢えて入り込むと、反応が出ないか生体感知センサーから目を

 離さないよう、その通路を進んで行く。

 

 ...ピロン ピロン ピロン ピロン

 

 ...出て来たか。

 ガントレットを操作すると、ゴーグルの視界に赤い光点が僕を表し、

 そこを中心として周辺を半球形にした立体映像が映し出される。

 1Mの水平距離、約14Mの斜距離、高低差30Mと表示されて

 いるので...

 ほぼ頭上の垂直上で天井に張り付き、僕を狙っているとわかった。

 そこから分泌液を吐き出した所で命中はしないだろうし、先程の

 刺傷で上手く吐く事もままならないと思いつつも万が一を考えた僕は、

 なるべく壁際に近付く。

 これで全身に浴びせる事は出来ないはずだ。

  

 ピロン ピロン ピロン ピロン... 

 

 反応が途切れた。どうやら本当に分泌液を吐こうとしていたみたいだが

 別の所から狙うつもりだろう。

 僕はその場に佇み、また反応が出るのを待ち構えた。

 すると、今度は背後から白い虫の反応を確認する。

 まだ少し遠いな...もっと近付いて来い。こっちへ来るんだ...

 来い...どうした?僕はここだ。...ここだと言ってるだろ...!

 どうした...!さぁ来い、来てみろ...!

 

 ピロン ピロン ピロン

 

 すぐそこだ...!

 H'ka-se...!

 

 ギュ ィ ィ ン...

 

 右肩の装甲に固定させていたレーザーネットを起動すると一筋の 

 赤いレーザーが照射され、曲がり角の突き当りとなる側の壁に

 接触する。

 通路を進む前に壁を確認したのは、この為だ。

 立体映像にもレーザーは映っており、白い虫の横を通過しているのが

 見て取れた。

 僕は背を向けたまま肘打ちをする様に肩を動かすと、その動きに合わせ

 レーザーは水平に移動した。

 

 ...バシュッ!

 

 ギ シャ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!

 

 切断された音と白い虫の奇声が聞こえてくる。

 真っ二つになったか振り返って確認してみるが、白い虫は五体満足で

 そこに居た。

 ...斬れたのは背中の呼吸器官か。外れたみたいだ。

 そう思っているや否や、白い虫は左側の壁から天井を這って僕目掛け

 飛び掛かって来た。

 咄嗟に僕はコンビスティックを突き出す。

 しかし、プローブマウスを伸ばしてきた事で先端の硬質な針により

 狙いが逸れ、白い虫が衝突してくる。

 最初に狩った虫と同様に仰向けとなっている僕に白い虫が乗っている

 状態となった。

 

 ギ シャ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!  

 

 グ ル ル ル ル ル ル ル ル ル ル ル ルッ!!

 

 右手にコンビスティックを握っているため、左手を白い虫の喉元に

 押し付け口が僕の顔に向かないよう逸らせる。

 インナーマウスによる刺殺はないにしろ、分泌液を顔中に浴びせられて

 しまっては視界を失うと判断したからだ。

 コンビスティックを収縮させ、突き刺そうとするも何かが右腕の手首に

 絡まってきて動かせなくなる。

 見ると、伸ばした尻尾が巻き付いていた。

 更に、白い虫は僕の首を両手で絞めつけてくる。

 吸い込んだ酸素は少ない。窒息するのも時間の問題だ。

 僕はバーナーの照準を白い虫に合わせようとする。

 自滅覚悟でやるしかない...!

 

 フォシュンッ!

 

 ド ゴォ オ オ オ オ オッ!!

 

 白い虫の胸部にプラズマバレットは命中し、吹き飛ばされる。

 巻き付いていたプローブマウスは粘液によってズルリと剥がれたので、

 僕自身も吹き飛ばされはしなかった。

 しかし、至近距離からの砲撃による衝撃波とその衝撃波によって

 生じた電磁波でヘルメットのゴーグルから見える視界にノイズが走って

 いる。

 僕は急いで起き上がり、白い虫の生死を目視で確認する。

 

 ギ シャ ァ ア ア ア アッ...!

 

 Pauk...こいつも雄牛の虫と同様に耐えるのか。

 その特性のおかげで幸いにも体液を浴びずに済んだが...

 命拾いしたのも同然なのでケルティックかルノア辺りにお小言を

 言われそうだと思った。

 白い虫は僕を警戒しながら、ゆっくりと近付いて来る。

 どうやら隠れもしない気でいるらしい。...なら、もう小細工はなしだ。

 そう思い、僕は跳び上がって建造物の上に着地する。

 すると、それに続いて白い虫も登って来た。

 

 ガシュン プシュッ...

 ガシャンッ...!

 

 バーナーを左肩の装甲から外し、次にベルトや脚に装備している武器も

 足元に投げ捨てる。

 残したのはリスト・ブレイドだけだ。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「どうやら...最後の勝負になるみたいね」

 

 ティオナの耳に、ネフテュスの言葉は入ってこなかった。

 信じられない事実を立て続きに聞いてしまったからだろう。

 しかし、捕食者とゼノモーフ・アルビノとの最後の一騎打ちが

 始まるという事だけは認識出来ていた。

 自身と勝負をした際に使用した青い光弾を発射する武器や戦斧を捨て、

 両腕に装着しているガントレットのみで挑むのだとわかった。

 

 「...ネフテュス様」

 「ん?なに?」

 「あの捕食者が、どうして強くなろうと決意したのかわかったけど...

  そう決意出来た理由は...あるのかな...」

 「...単純明快よ。本能がそう求めた...ただ、それだけの事。

  人間も動物もモンスターも、あらゆる生物の渇望する原点は強さであり、意志的にも物理的に手にしようとする。

  その渇望こそも、目の前で起きた光景によって本能が欲するからなのよ」

 

 生命が生き残るために最も必要とされる力の根本は強さにある。

 強さを欲してきた事で千年以上よりも前の生命は進化の礎を築き、

 個々の繁栄も築いてきた。

 力があったとしても真価を発揮出来なければ、ただの徒労に終わり、

 渇望は失せるのだ。

 捕食者の原点となる強さへの渇望は、幼き頃に見た鮮烈なまでの

 あの光景なのだろう。

 

 「...本当に...難しく考えずにそうしようって思うからなんだね...」

 「そうよ。だからこそ、神々は人間が大好きなの。

  心が躍る程、劇的に生きる貴女達をずっと未来永劫、見守っていてあげたくなるくらいに...ね」

  

 神々が天界から下界へ降りてきたのは、暇潰しに来た、と多く語られて

 いる。

 それが真実なのか虚偽なのか、神々のみしか知り得ない事だ。

 但し、神々が人間に愛情を注ぐのはティオナ自身も嘘ではないと

 信じている。

 

 「さぁ、お話はこれくらいにして...

  あの子の決闘を見ましょう、ティオナ」

 「...うん」

 

 頷いたティオナはネフテュスの顔から視線を逸らし、捕食者を

 見つめた。

 

 「...ヘルメットは外さないの?」

 「まだ儀式を達成していないから外せないのよ」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヴ オ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オッ!!

 

 ギ シャ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!  

 

 咆哮を合図に僕と白い虫は接近していく。

 尻尾の一振りを掻い潜り、リスト・ブレイドを腹部に突き刺そうと

 する。

 白い虫は身を翻し、回避したと同時に僕の顔へプローブマウスを 

 何重にも巻き付けてきた。

 ゴーグルが埋もれる程なので視界は真っ暗となったが、巻き付いている

 箇所を掴んで強引に引き剥がそうとする。

 しかし、すぐには外せないと判断し今度はリスト・ブレイドで

 斬り裂こうとするも手応えがなく、器用に動かして回避しているのだと

 わかった。

 

 ギュ オッ!

 ド ダ ァ ァ ァ ア ア ア ア ンッ!

 

 その途端に宙を浮く感覚となり、投げ飛ばされた僕は背中から地面に

 叩き付けられて衝撃が全身に響き渡ると鈍痛に襲われた。

 プローブマウスは解かれてはいないので、再び投げ飛ばされ地面に

 叩き付けられる。今度は体の真正面からだ。

 このまま一方的にやられるのはごめんだ...!

 僕は手を伸ばし、プローブマウスを掴み取る。




不定期なのは変わりませんが、この度から投稿は水曜・木曜を中心にする事にしました。


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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦,、 ̄、⊦ Nain-desintye-de

 その場で踏ん張り、今度は僕が投げ飛ばそうとするフリで頭部に

 巻き付いているプローブマウスを引っ張る。

 それを察した白い虫も同様に踏ん張りを利かせ、対抗してきた。

 お互いに引っ張る力は強いが、そう簡単には引き千切れはしない

 ようだ。

 これなら...!

 

 ギチギチッ...! ギリリッ...!

 

 僕はプローブマウスを掴んだまま左腕の外側から肘に引っ掛け、

 3回繰り返すとキツく締めて解けなくさせた。

 それからロープを引っ張るようにプローブマウスを辿って、白い虫へ

 近付いていく。

 

 ガ ギ ィ ィッ!

 

 白い虫はそれを察知し、僕を投げ飛ばそうとするがリスト・ブレイドを

 アンカーとして地面に突き刺しているのでそうはさせない。

 強引に僕を投げ飛ばそうとする力が弱まると同時にまた引っ張り始め、

 やがて張りが強まったのを感じ、そこで止まる。

 かなり伸ばしているなら、ここで斬り落としてやる...!

 最初から斬らなかったのは、今の視界が見えない状況でだと

 斬った際の断面が噴き出した体液や分泌液が僕の脚や腕に当たって

 しまう可能性があり、危険だと判断していたからだ。

 

 ザシュッ!

 

 僕はリスト・ブレイドの向きを変えた状態にし、振り上げる勢いを

 利用して掴んでいる箇所より手前でプローブマウスを斬り裂く。

 斬り裂いた手応えを感じ、その場からすぐに離れると頭部から外して

 投げ捨てた。

 断面からはやはり体液と混じって分泌液が溢れており、当たれば

 危険だったと思われる。

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア アッ!!

          

 見ると、白い虫はプローブマウスを斬り落とされた激痛に悶えていた。

 口からはみ出ている残った部分の断面からは体液と混じった分泌液が

 噴き出ていた。

 錯乱していて、僕への意識は向けていないようだ。

 ...終わりにしてやる...

 リスト・ブレイドを伸ばしてから勢いよく跳び上がると、白い虫の頭上を

 通り過ぎ、背後に着地すると尻尾を掴み取った。

 

 ギュオッ! ギュオッ! ギュオッ!

 

 ドッ ダ ァ ァ ア ア ア ンッ!!

 

 遠心力で体液を周囲に飛ばしながら白い虫を振り回し、タイミングを

 見計らい地面に叩き付けた。

 そして尻尾の根元を切断し、白い虫の胸部を踏み付け動きを封じる。

 白い虫は悪足掻きをしている。

 僕は左手で顔を押さえ付けた、リスト・ブレイドを喉元に宛がった。

 

 『...Nain-desintye-de』

 

 ザブッ!

 

 そう宣言した僕はリスト・ブレイドを横に引き、白い虫の首を

 斬首する。

 最後に抵抗しようと上げていた手がパタリと地面に落ち、絶命した。

 ...これで7匹を狩った...儀式は成し遂げた。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 「勝った...」

 「ええ。これで...あの子は立派な男になったわ。

  そして...名誉ある狩り人の称号を得たのよ」

 

 ティオナの胸の内から熱く火照る感情が込み上げそうになっていた。

 それは儀式を成し遂げた捕食者への喜びか、或いは悔しさから伴う

 強さを軽々しく自負していた自分への怒りか。

 このままじゃいけない、とティオナは思いネフテュスに問いかける。

 

 「ネフテュス様。この後はどうするの?」

 「あそこへ皆も降りて、最後に狩った獲物の血で自身の額とヘルメットに刻印を刻むのよ。

  その後に...」

 

 ビビィーッ! ビビィーッ! ビビィーッ!

 

 突如として鳴り響くアラームにティオナは驚く。

 対照的にネフテュスは訝りつつも冷静にガントレットを操作し、何が

 起きたのか調べ始める。

 聖地の出入口付近には警備体制を敷いており外部からの侵入者が

 入る事はないと思われるので、最初に聖地内部で何か起きたのかと

 判断し、聖地全域の立体映像を映し出す。

 

 「な、何が起きてるの...?」

 「少し待って。すぐに何の警告なのか...

  ...ん...?」

 

 何かを見つけた様子のネフテュスにティオナは気付き、近寄って

 立体映像を見た。

 複雑な通路が張り巡らしている地下を白い発光点が登っていくのが

 わかり、原因はそれだと予測する。

 

 「これ...あそこに向かって行ってるよね...!?」

 「...そうね」

 

 ガントレットから立体映像を消してネフテュスは窓へ近付き、正体を

 目視で見ようとする。

 それにティオナも続いて見ようと前に出た。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 ピロン ピロン ピロン ピロン

 

 ...おかしいな。何故、反応が出てるんだ?

 目の前には最後の1匹である白い虫の死骸があるのに...

 僕はガントレットから立体映像を映し出そうとした。その瞬間。

 

 ド ガ ァ ァ ァ ア アッ!!

 

 僕は足元からの衝撃により、これで幾度目かの宙を浮く感覚となる。

 ただ今回は今までよりも高くまで直上している。

 なので、体勢を持ち直しながら衝撃の原因をすぐに理解する事が

 出来た。

 宙に浮く前に立っていた場所から砂埃と破片と共に、巨大な影が

 のそりと動いていた。

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア...!

 

 間違いない...クイーンだ。

 まさか、自力で拘束具を外したのか...?

 そう予測している間に僕は落下していき、壁の1番上となる上段へ

 着地する。

 そこからクイーンを観察する事にした。迂闊に近付けば危険だからだ。

 白い虫の死骸へ近付き、クイーンはその手で撫でながら小さく唸る。

 ...知能が高いのは知っていたが、我が子が死んだ悲しみを覚える

 感情まであるのは知らなかった。

 クイーンは白い虫の死骸から背を向け、僕を見つけるや否や咆哮を

 上げてきた。

 どうやら僕が殺したのだと理解しているようだ。

 

 ピピッ ピピッ ピピッ

 

 『...どうしましょうか?』

 

 我が主神からの問いかけの意味を僕はすぐに理解した。

 クイーンを狩るか、時間稼ぎをして閉じ込めた後に聖地諸共クイーンを

 消滅させるか、というものだ。

 これまでクイーンを狩った事があるのはエルダー様やロスト・クランを

 含めてスカーとレックスがタッグを組んで死闘の末、狩ったとされて

 いる。

 ...あの日、エルダー様の強さに憧れて、皆と同じように強くなろうと

 これまで僕は命を懸けてきた。

 それなら...

 

 『...やるのね、わかったわ。

  手出しは無用という事で...』

 『え?ネ、ネフテュスさ』

 

 誰かが何か言いかけた所で通信が途切れる。

 ...最後に聞こえてきた、あの声は...

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア!!

 

 該当人物を考えているとクイーンが近付いて来ているのに気付き、

 僕はガントレットを操作する。

 ガントレットの一部がせり出してプラズマボルトの発射口から、

 高熱ボルトを射出した。

 

 ギュ オ ィィ ンッ!

 

 牽制としては心許ないが、遠距離攻撃として使えるのはこれの他に

 シュリケン・ダーツ、ネットランチャー、最終手段として

 リスト・ブレイドを射出するしかない。

 プラズマボルトも次の1発で最後だ。

 何とかしてあそこに置いてきた武器を回収しないと...!




ゼノモーフ・アルビノ kill
成人の儀 達成

VSエイリアン・クイーン
イレギュラーボス戦開始

尚、装備ほぼ皆無でスカーよりもヤバイ状態です。


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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦>'、,< P'osswybrti

 『いいわね?手出しは無用よ』

 『...わかりました』

 

 ネフテュスからの通信でその指示に従い、レックス達は観戦室から

 出ない事にした。

 最初こそすぐに向かおうとしていたが、主神は元い捕食者の意思を

 無下には出来ないためだ。

 

 『スカー、レックス。本音ではどう思う?』

 『...本来の儀式を達成出来たのだから、苦戦はするでしょうけど...

  勝つって信じるしかないわね』

 

 カカカカカカ...

 

 レックスが答えるとスカーも顫動音を鳴らし、同感だ、といったように

 頷いた。

 ルノアとショーティは顔を見合わせてそれなら、と闘技場が見える窓際に

 ある柱に凭れ掛かる。

 

 『ま、行った所でアイツなら腕を折ってでも手を出さないようにするだろうしな』

 『あー、そうかも』

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア...!

 

 高熱ボルト、シュリケン・ダーツを使い果たした。

 次にネットランチャーをクイーンの手へと狙いを定め、ネットを発射し

 手に巻き付いた事で開閉を出来なくさせる。

 既に1発使っているので、これで残るは1発のみだ。

 壁をよじ登ってきていたクイーンは片手が使えなくなった事により、

 その場から動けなくなった。

 僕は高く跳び上がり、武器が置かれている場所へ着地しようとする。

 

 ド ガ ァ ァ ァ ア ア アッ!!

 

 『ガ、グゥッ...!?』

 

 だが、突然真横から飛んで来た物体に突き飛ばされてしまう。

 恐らくクイーンの尻尾だ。それ以外に考えられない。

 僕は壁際まで飛ばされ、地面に叩き付けられた。

 流石に予想外だったので、背中から打ち付けられた際の衝撃が全身を

 駆け巡り、一瞬硬直してしまう。

 

 ズズンッ! ドガッ ドガッ ドガッ...!

 

 クイーンが壁から降りてきたのか、こっちへ向かって来る足音が

 聞こえてきた。

 僕は鈍痛を堪え、急いで起き上がると壁を這い上っていく。

 どうにか建造物の上まで登りきり、武器を見つけた。 

 

 ヒュオッ...!

 

 『っ!』

 

 ド ゴ ォ ォ オ オンッ!!

 

 そこへ向かおうとするが、建造物の下に居るクイーンが尻尾を鞭の様に

 振るい、狙ってきた。

 紙一重で腕か足が切断されなかったのは運が良かったとしか言えない。

 また尻尾を振るってきたので僕は前方へ回避した。

 そのまま走ろうとするも、まるで見ているかのように下にいる

 クイーンは的確に僕に叩き付けてこようとしてくる。

 ここまで的確なのはおかしいと思ったが、ふとレックスから教えられた

 虫に関する生態の1つを思い出す。頭部が眼なら全身が鼻である、と。

 30M範囲まで嗅ぎ分けられると想定されているので、見えないはずの

 僕を狙う事が可能なんだ。

 ここで背を向けたら最後、串刺しになる...!

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「イレギュラーなのに何で協力しないの!?

  どう見ても...1人じゃ手に負えないよね!?」

 「そうね。だからこそ...

  あの子は1人で相手をすると決めたのよ」

 「...強くなるためなら、無謀でも挑むのに厭わないっていうの...?」

 

 そう問いかけたティオナに、ネフテュスはクスリと微笑みを浮かべると

 静かに頷く。 

 

 「ティオナも2週間、無謀な特訓をしていたんでしょう?

  それなら、あの子のやっている事なんて...ね?」

 「で、でも...」

 「いい?間違っても助けに行こうだなんて...考えない事よ」

 

 ティオナはその赤黒く変色した瞳に息を呑む。

 神々特有の神威とは異なる、純粋な気迫で押し黙らされているのだ。

 尤も神の力を使えば強制送還されてしまうので、今その場に本人が

 居るという事は神威ではないというのは事実である。

 固唾を飲み、ここで逆らえば危険だと感じ取ったティオナは素直に

 頷くしかなかった。

 それにネフテュスはスッと目を瞑り、瞳の色を変色し始めて微笑みを

 浮かべる。

 

 「大丈夫。あの子が負けるはずないもの」

 「...どうして、そこまで信じられるの?」

 

 主神が眷族に対して信頼を持つ事は当然である。

 そうれなければダンジョンへ冒険に行かせたりはしないからだ。

 しかし、ネフテュスの信頼度はどこかズレているようにティオナは

 感じた。

 強いからという理由だけではなく捕食者の何かを知り得ているからこそ

 信頼してそう言ったように思えた。

 

 「...あの子が、特別な存在だからよ。神々も驚愕するような...

  未来永劫、二度と現われる事のない人類の可能性を秘めた存在」



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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦,、、,< Kv'var

 ガギィィッ!

 ド ゴォ オ オ オ ンッ!

 

 隙を突いて後退しようにもクイーンの猛攻は凄まじく、今まで相手に

 してきた虫が比較にならない程だ。

 縦横無尽に振るってくる尻尾の動きも見極めようにも不規則な

 軌道を描くため目を逸らす事も許されない。

 それに加えリーチも長いので、回避した筈がすぐに先端の刺突が

 襲い掛かってくる。

 

 ヒュオッ! ドガァッ!

 

 但しその刺突は時折、的外れな方に向かったりする。

 鋭い嗅覚を頼りにしているとはいえ、正確ではないみたいだ。

 ...危険な賭けだが、あれをやってみるか。

 僕はアイトラッキングデバイスでガントレットを操作すると、ブーツに

 エネルギーを収束させる。

 

 ギュロロロロォ...!

 

 エネルギーが充填されると、ゴーグルの3Dディスプレイに100%の

 パーセンテージが表示される。

 確認していると真横から振るわれてきた尻尾を回避し、その場に

 留まって刺突してくるのを待ち構えた。

 動かなければ狙ってくるはずだ。

 その予想通り、尻尾の先端が意思を持っている別の生き物かのように

 僕の方を向く。

 来い...来てみろっ...!

 

 ギュ イ ィ ンッ!

 

 『...っ!』

 

 ド ガ ァ ァ ァ ァ ア ア アッ!!

 

 身を翻してから尻尾を蹴ると、ブーツの靴底から放出される衝撃波に

 よって尻尾は5M離れるくらいまで弾かれる。

 以前にティオナとの勝負で実践した攻撃手段だ。役に立つ日が来るとは

 思わなかった。

 今なら行けるっ...!

 そう判断して僕はすぐさま武器の回収へ向かおうと走行していく。

 跳び上がってしまえば、あの時の二の舞になるのは目に見えていた

 からだ。

 弾き飛ばされた尻尾はすぐに振るわれていたが、既にそこに僕は

 居ないため空振りとなっていた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 クイーンが登って来るのも時間の問題だ。

 攻撃力が高い武器を重視して装備する事にした。

 

 ガチャンッ

 キュインッ キュインッ...

 

 当然ながら最初に主力としてバーナーを左肩の装甲に固定し、次に

 ハンドプラズマキャノン、シュリケンを装備する。

 使い慣れているのはスマートディスクだが、雄牛の虫との戦闘で

 不調となっている事を想定して、こっちの方を選択した。

 一撃で仕留める算段としてプロミキシティ・マインと溶解液の入った

 カプセルも拾い上げた。

 次に近接攻撃を行うとしてコンビスティックとバトルアックス、

 それとセレモニアル・ダガーを腰のベルトに装備する。

 特別な武器であるので、縁起担ぎのために手放す訳にはいかない。

 これでいい。今からここは狩場だ...絶対に狩ってやる...!

 

 ヴオ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

 

 僕は咆哮を上げ、自身を奮い立たせる。

 ここで死んでも悔いがないようにしたいからだ。

 そうしていると、クイーンが這い上がって来るのが見えた。

 どうやら片方の手を包んでいたネットは引き剥がされたようだ。

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア!!

 

 クイーンも奇声を上げ、僕を威嚇してきた。

 我が子を殺した僕への憎しみを込めた復讐をしたいんだろう。

 ...知った事じゃない。名誉のための致し方無い死だったのだから。

 クイーンはその巨体に似つかわしくない走力で近付いてきた。

 まず照準をクイーンの頭部に合わせてプラズマバレットを発射する。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 動きを止めるために、止め処なく砲撃を継続する。

 クイーンは悲鳴に似た奇声を上げると怯み始め、その場で足を止めた。

 

 シュ ル ル ル ル ル ル ルッ!

 

 ザシュッ! ...ザシュッ!

 

 透かさずシュリケンの刃を展開し、投げ飛ばして最初に喉部分、次に

 ガイディングシステムによって弧を描きながら戻って来る際には、

 頭部の端にある短い角を斬り裂いた。

 シュリケンを掴み取り、僕はコンビスティックを構えてクイーンに

 接近して行く。

 

 ヒュオッ!ヒュインッ...!

 ド ゴ ォ ォ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 自身を傷付けられた事に憤慨しているクイーンは尻尾を振るい、

 頭上から叩き潰そうとしてくる。

 それを両手で握り締めているコンビスティックを横向きにして防ぐが、

 余りの打撃に姿勢を崩しそうになった。

 それでもバーナーでクイーンの胴体にプラズマバレットを撃ち込み、

 怯んだ隙に再び接近していく。

 目の前まで迫った所でクイーンが両腕を振るってくるのを見抜き、

 僕は身を屈めてスライディングをしながら巨体の下へ潜り込んだ。

 

 ザシュッ! ドシュッ!

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア!!

 

 体液の噴き出る範囲を考慮しつつ、両脚の第二関節を狙って

 コンビスティックを突き刺し、斬り付けた。

 獲物を狩る基礎基本は弱らせる事だ。

 以前にも巨大な花を狩る際にそれを思い返した事がある。

 初めての狩りで強引に攻め込んだ結果、返り討ちに遭った屈辱は

 忘れた事はない。

 なので、的確に傷口を抉るように攻撃し、尻尾の動きに用心しながら

 その場を離脱する。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 振り返ってクイーンを見ると、足取りが重くなっているようで動きが

 鈍くなっていた。

 どうやら両脚への攻撃の効き目があったようで、このまま攻め込みたい

 所だが尻尾の攻撃を不可能にするために斬り落とす必要がある。

 通常時のプラズマバレットでは怯む程度なので、エネルギーを

 最高出力で収束させたプラズマシェルを決定打にしないと...

 プラズマシェルと同等の威力を持つハンドプラズマキャノンには

 エネルギーをフルチャージする機能が搭載されていないためバーナーで

 なければならない。

 僕はコンビスティックを収縮させて腰に固定し、バトルアックスを

 手にして持ち替える。

 狙うのは尻尾の付け根だ。

 

 シュ ル ル ル ル ル ル ルッ! 

 

 最初と同じようにシュリケンを投げ付けた。

 しかし、今度は直接攻撃するのではなく引き付けるための誘導に

 使うためだ。

 クイーンが顔を逸らし、シュリケンを追っているが頭部自体が眼で

 あるので恐らく僕の事も見えている。

 僕はクローキング機能で姿を消し、プロミキシティ・マインに

 プラズマを充填させ、背後に回り込む際にクイーン目掛け投げ飛ばす。

 それに察知したクイーンが尻尾を振り被る。

 

 ド ガ ァ ァ ァ ア ア ア ンッ!!

 

 尻尾が直撃する寸前に起爆させ、爆炎によって僕を見失わせるのと

 同時に硝煙の臭いで位置も特定出来なくさせた。

 続けて2つ、3つと周囲を囲うようにプロミキシティ・マインを

 起爆させて徹底的に気を逸らせようとする。

 そして、背後に回るとクイーンは前方を向いたままで僕を完全に

 見失っているようだった。

 僕はガントレットを操作し、プラズマをアックスブレードに収束させて

 背中へ飛び乗る瞬間を狙う。

 

 ギュイィ ィ ィ ンッ...!

 

 今だっ...!

 僕は勢いよく飛び上がり、放物運動によって降下しつつ距離を

 図りながら、振り翳したバトルアックスを振るい下ろす。

 アックスブレードは蓄積されたプラズマによって青白く発光しており、

 その温度は50万度に達している。

 これならどれだけ分厚い対象物であっても...!

 

 ド バァ ンッ...!

 

 手応えを感じながら、着地すると同時に跳び上がって後退する。

 斬り落とされた尻尾はピクピクと痙攣しつつ、根元から地面に転がって

 いた。 

 クイーンは何が起きたのか理解出来ず、ただ激痛に悶えて奇声を

 上げた。



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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦>'、< B'ranwder

 『徹底して攻撃手段を削ぎ落す...正しく理に適ってる狩り方だな』

 『油断さえしなければ、勝てるはずよ』

 『...けど、そう簡単にはいかないと思うし、何か...

  嫌な予感が』 

 

 する、と言おうとしたダフネの顎をルノアは抑え、中断させた。

 顎部分が露出しているので口は容易に塞がれる。

 最後まで言わせなかったルノアの行動にダフネは訝りながら、睨む様に

 視線を横に向けた。

 

 『それ以上言ったら、ホントになりそうだから言わないでよ』

 『...はいはい』 

 

 顎を離されてから、ダフネは若干呆れつつそう返事をした。

 想定した事が本当になるのは発言のせいではないと現実的に考えている

 ダフネ対し、ルノアは何かが起きると直感的に感じて止めたようだ。

 それにレックスも返答する。

 

 『力学でもないからカオス理論と言えないけど...

  因果律で何かしらの可能性が発生するのを考慮したんだから、間違っていないわ』

 『...そういう事』

   

 蟠りが解けたのかダフネは頷いて納得した。

 すると、エイリアン・クイーンが仕掛ける動作を見せたので4人は

 視線をそちらへ戻すのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア!!

 

 尻尾を失ったクイーンは僕へと接近し、口からインナーマウスを

 伸ばしてきた。

 子であるゼノモーフは精々数十Cだが、巨体を持つクイーンの射程範囲は

 数Mも伸びるので口を開いた瞬間にその場から退避しなければ危険だ。

 しかし、残っている攻撃手段はそれしかないといのならこれが最後の

 抵抗だと思われる。

 僕は距離を取ってガントレットを操作し、バーナーに最高出力での

 エネルギーを収束させていく。

 

 ギュオン... ギュオン... ギュオン...

  

 通常時ならチャージをコンマ単位で完了するが、フルチャージとなると

 時間が掛かるためクイーンからの攻撃を回避し、発射時には最低でも

 10Mの距離を空ける必要がある。

 あの外殻を貫くプラズマシェルの速力を稼ぐためだ。

 

 バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!

 

 トドメを刺すのに気付かれる訳にはいかない。

 僕はハンドプラズマキャノンを手にし、弾数を考慮しつつクイーンを

 砲撃する。

 弾数は8発。撃ち尽くすとチャージに数分間掛かってしまう。

 なので、弾数を節約するためにシュリケンも投げ付けた。

 

 ザシュッ! バシュッ!

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア!!

 

 砲撃の威力はプラズマバレットよりも強力なので、クイーンの動きが

 後退した所でシュリケンが体の至る所を斬り付けた。

 発射可能まで30秒。それまで弱らせ続ける...!

 クイーンが接近しようとしてくると、僕は最後の1個となる

 プロミキシティ・マインにプラズマを充填し、頭部目掛けて

 投げ飛ばす。

 

 ド ガ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ンッ!!

 

 至近距離で起爆させ、クイーンから僕がどこに居るのか見えなく

 させる。

 残り23秒。ハンドプラズマキャノンの弾数も3発だけだ。

 出し惜しみはしない...!

 

 バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!

 

 硝煙でクイーンの頭部の位置が阻害されているものの、感覚的に

 狙いを定め、最後の3発を撃ち放つ。

 弾切れとなり、ハンドプラズマキャノンはチャージのために機能を

 強制停止状態にした。

 クイーンに砲撃した3発は命中していたようで、その場から動かずに

 怯んでいた。

 残り10秒。

 僕は10M以上の距離を空け、バーナーの砲口をクイーンの胸部に

 3本のレーザーサイトを照射しロックオンする。

 

 ピッ ピッ ピッ ピッ...

 ギュ オ オ ォ ォ オ オ オッ...!

 

 クイーンは僕を発見し、咆哮を上げると近付いて来ようとする。

 ...そのために余分に距離を空けたんだ。

 残り5秒...3、2、1。

 発射...!

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...ド ギュ オ ォ ォ オ オ オ オ ンッ!!  

 

 発射されたプラズマシェルは僅か3秒で目標に命中した。

 その瞬間、眩い光がクイーンの姿を隠した。

 衝撃波で吹き飛ばされないよう屈む姿勢で踏ん張り、数十秒後に

 漸く収まった。

 前方を見てみると、通過した軌道上ではバチバチと放電現象が起こって

 おり、陽炎で歪んで見える。

 僕は少し横へ移動し、クイーンがどうなったか見る。

 

 ...ギ シャ ア ァ ァ ァ...!

 

 ...仕留め損なっていたか。

 左腕が欠損している所からして咄嗟に防ごうとしたのだろうが、

 プラズマシェルの爆破によって胸部は大きな半球形に陥没している。

 零れ落ちる体液と共に内蔵が垂れ下がり、斬り落とされた尻尾が

 転がっている足元の床を溶かしていた。

 プラズマシェルを発射するには数分間掛かる。

 それなら、コンビスティックでトドメを...ん?

 

 シャ ア ァ...ァ ァ...

 

 ズ ゴ ォ ォン...!

 

 ...死んだ...?

 その場に崩れ落ちたクイーンに訝りながら僕はガントレットを 

 操作し、生体感知センサーで本当に死んだのか確認する。

 ...臓器など筋肉繊維は動いていない。心拍数も0だ...

 だが、僕は到底死んだとは考えていないのでコンビスティックを

 投擲し、クイーンの頭部に突き刺す。

 

 ドシュッ...!

 

 深々と突き刺さっているが、それでも動かない。

 手元に戻ってくるようコンビスティックを誘導し、掴み取ると次に

 再起動したハンドプラズマキャノンを撃つ。念入りに3発だ。

 

 ド ガ ァ ァ ァ ア ア ンッ!!

 

 頭部に命中し頭部の一部が欠損し衝撃で体が揺れるも、やはり動く

 気配はない。

 ...本当に死んだのか...?

 これ以上確認する手立てはないので、僕は我が主神に通信を

 入れようとした。

 

 ...ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア!!

 

 『っ...!』

 

 次の瞬間、クイーンが巨体を起こして驚異的な勢いで迫り来るのに

 気付く。

 咄嗟にハンドプラズマキャノンを構え、撃とうとする。

 しかし、鋭い感覚が右腕に走った途端に撃つ事が出来なかった。

 

 ズ パ ァ ァ ア ア ンッ!!

 

 『グア゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!

 

 僕の右腕が切断されてしまったからだ。

 肘より上の上腕部の中央から断面が見えており、大量の血が噴き出て

 いる。

 激痛に耐えつつ何が原因なのか、それを理解する前に答えは目の前に

 あった。

 揺れ動く鋭い刃を持つ鞭の様な物体。クイーンの尻尾。

 そう...クイーンが右手で掴み、尻尾を振るってきたんだ。



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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦>'<、⊦ P'lewdycamenwto

 捕食者の腕が吹き飛んだ光景にティオナは思わず、口元を手で覆い

 驚愕していた。

 あれだけ一切動かず、一瞬の隙を突いて襲い掛かったのだとしたら

 とてつもなく利巧な生き物だとティオナは思った。

 

 「死んだんじゃなかったの...!?」

 「見ての通り、生きていたわね。擬死で隙を狙っていたのよ...

  どの生物でも行なう行為だから、油断してはいけないわ」

 「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?

  早く助けに行かないと!」

 

 ティオナは観戦室の出入口へ移動し、出ようとするも突然扉に閉ざされ

 出られなくなってしまう。

 驚くティオナだが、すぐにネフテュスに詰め寄って扉を開けるよう

 言おうとする。

 

 「言ったでしょう?助けに行こうなんて考えない事、って」

 「っ...!しっ、死んでもいいっていうの!?

  神様なら助けるべきなんじゃない」

 

 の、と言い終える瞬間に唇を指先で塞がれる。

 強く押しつけている訳ではないが、何故か口を開けられなくなり、

 ティオナは焦っていた。

 

 「むぐぐ...!?」

 「ティオナ。あの子と勝負をしている時、ゼノス達は止めようとしていた。

  でも、私は止めないで続けさせたの。...どうしてかわかる?」

 「...?」

 「貴女が止めて、と言わなかったからよ。

  ...見なさい。あの子だって...ほら」

 

 唇から指を放し、ネフテュスはその指で闘技場を指す。

 ティオナは視線を闘技場へ移し、捕食者が何をしているのか見た。

 

 「...あっ...」

 

 ティオナが驚くのも無理はなかった。

 捕食者は片腕を失っても尚、立ち向かおうとしていたからである。

 先程切断された右腕で握られている武器を取り、そのまま左手で

 撃ち始めた。

 クイーンは頭部と喉元に青白い光弾が被弾した事で後退し、捕食者は

 その場から、勢いよく跳び上がる。

 距離を取り立て直すつもりなのだろう。

 ところが、頭上を通過する際にクイーンが再び振るった尻尾が

 左脚の膝裏を斬り付けた。

 体勢を崩し、捕食者はそのまま落下していく。

 

 「っ...!」

 

 右腕が無いため、左腕を突き出し何とか地面に叩き付けられる衝撃を

 緩和し、背中側から接地し数M程転がる。

 捕食者は強引に体を起こして転がすのを止め、立ち上がろうとするも

 その場で跪いてしまった。

 見ると斬り付けられた裂傷部から、切断された腕と同様に大量出血して

 おり、上手く動かせていない所から下腿三頭筋が肉離れと似たような

 症状となってしまっているのだろう。

 クイーンは尻尾を掴んだまま、捕食者へと向かって行っている。

 

 「立って...!立ってッ!急いで早くッ!」

 

 そう叫ぶティオナだが、観戦室から捕食者が居る場所までの距離では

 届くはずもない。

 捕食者は手持ちの武器と左肩の武器から青白い光弾を発射し、

 クイーンを接近させまいと、弾幕を張る。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 フォシュンッ! フォシュンッ! フォシュンッ!

 バシュンッ! バシュンッ! バシュンッ!

 

 残り3発...

 これ以上撃てばハンドプラズマキャノンは使用不可になるので、

 撃つのを止めて腰に固定し、バーナーによる集中砲火でクイーンの

 接近を止める事に専念した。

 アドレナリンが大量に分泌されているおかげか、感覚器が麻痺して

 痛みは全く感じられない。

 だが、そんな事を考えているよりもクイーンを殺す手段を考えないと

 いけな...!?

  

 ギュ オッ!!

 ド ゴ オォ ォ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 間一髪の所で尻尾に押し潰されずに済んだ。

 下手をしたら残ってる左腕まで使えなくなる所だった。

 ...目視で確認出来ない程、ジリジリといつの間にかそれだけ

 近付いて来ていたのか。

 つまりは...

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア アッ!!

 

 怯ませるのも容易ではなくなったという事だ...!

 そう思っている矢先、クイーンが口を開けるとインナーマウスを

 射出してくる。

 近付いているため、当然届く射程範囲に僕は立っている。 

 咄嗟に僕は横っ飛びとなり、正面からの攻撃は回避出来た。

 

 グ オ ォ オ オッ!

 

 『...っ!?』

 

 しかし、伸ばされたままのインナーマウスが槍の様に横振りに迫って

 きたのに反応が遅れ、叩き飛ばされる。

 左腕を伸ばそうとするも動かない。衝撃で神経が麻痺しているんだ。

 僕はなるべく上半身から首を丸めて接地から床を転がる衝撃に備える。

 運良く足から接地したので、前転する様に僕は転がり背中側を接地し、

 床を滑りつつ両脚の踵で止まろうとした。

 

 ギャ ギ ギ ギ ギ ギィッ...!

 

 片方の脚が上手く動かせず困難ではあったが、徐々に止まっていき

 床の亀裂がベルトに引っ掛かった事で完全に止まった。

 急いで立ち上がろうとするも、やはり膝裏を斬り付けられた方の脚が

 動かせない...

 C'jit...!片足だけでは動くのも難しいんだぞ...!

 何とかしようと感覚はないが動けるようにはなった左腕を持ち上げ、

 太腿から膝までを強く叩く。

 すると、ビクリと痙攣して歯を食い縛りながら力を込めたら、

 立ち上がる事が出来た。

 動ける、そう思い直ぐさま跳び上がろうとした矢先、全身を強く

 締め付けられる苦痛に襲われる。

 

 ギチ ギチ ギチ ギチィッ!

 

 『グゥウウッ...!』

 

 下を向くと尻尾が左腕毎上半身に巻き付き、拘束されてしまって

 いるのがわかった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 『...ああなったの、ウチのせい?』

 『当たり前だろったく!お前って奴は』

 『今それはどうでもいいから見ていなさいって!』

 

 落ち込むダフネに叱咤し始めるショーティにルノアは宥めはせず、

 ヘルメットを強引に闘技場へ向かせた。

 それにショーティはルノアの手を離そうと反抗して暴れる。

 その様子にケルティック達は何やってるんだ、と尻目に絶体絶命な

 状況となっている捕食者を見続けていた。

 

 『He's dyffewlenwt flom thos thle.I showard be a'brew tow dow samuthynwgu』

 『...ええ、あの子なら勝てるはずよ。絶対に...』

 

 スカーの語源を理解しているらしく、レックスは両手を組んで祈った。

 神に対してではない。

 捕食者本人に対して、勝つ事を信じての行いだった。



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>∟ ⊦'',、 ̄、⊦>'<、,< Dhi'ki-de

 締め付けられているのは上腕部のみで前腕は動かせる。

 それを確認し、僕は腰に固定してあるカプセルを取ろうと、手探りで

 掴む。

 溶解液の入ったあの容器だ。

 クイーンは身動きが取れないと思っているようで、悠々と歩きながら

 僕に近付いてくる。

 その間にカプセルを取り外せたので、クイーンが目の前まで来るのを

 待った。

 やがてクイーンは目の前まで迫り、更に顔を近付ける

 僕は微動だにせず、カプセルの蓋を開封して奴が口を開くのを... 

 いや、笑うのを待った。

 

 フシュゥゥーーーッ...

 

 クイーンは口を閉じたまま唇を震わせて、怒りを露わにしているように

 見えた。

 我が子を殺した仇が情けなく捕まっている。

 賢いのなら舌舐めずりをして、嘲笑うくらいはするはずだ。

 笑え...笑ってみろ、この化け物...!

 

 ギャ シャ ァ ァ ァ ァ ア アッ...!

 

 口が開かれた瞬間、僕はカプセルを足元へ落とす。

 コツンッとインサイドキックでカプセルを蹴り、クイーンの口内へと

 放り込んだ。 

 カプセルはインナーマウスに咥えられるように挟まり、クイーンは

 それに驚いたのか顔を僕から離した。

 すると、突然顔を左右に激しく振るって暴れ始める。

 口内から白煙が噴き出ているのが見え、どうやら溶解液が溢れており、

 インナーマウスを融解していっているのだろう。

 上手くいった。戦利品を獲得出来なくなるのは残念だが、これで... 

 

 ミシミシミシィ... ベキッ...!

 バ キャ ァ アッ...!

 

 ...自らインナーマウスを噛み千切った... 

 適切な言葉ではないが、あれは自切だ。

 生物が生命活動において、主要ではない器官を切り離す事で外敵から

 身を守るための行為。

 まさか、最後に残っている武器を捨ててまで生に執着しているとは

 思ってもみなかった。

 僕は完全に予想外の行動に驚いていたが、すぐに次の手として全身に

 巻き付いている尻尾の余分となっている部分へ照準を合わせてから

 プラズマバレットを連射し、千切ろうと考えた。

 最初に狙った箇所を重点的に撃ち込んでいき、やがて外殻の破片が

 飛び散った所で僕は後方へ跳び上がる。

 だが、亀裂が甘かったのか引っ張られても引き千切れなかった。

  

 ギャ シャ ァ ァ ァ ァ ア アッ...!

 

 バ ギ ィ ィイイッ!

 

 クイーンは僕を引き寄せ、踏み付けてくる。

 何度も踏み付けられた事で尻尾の棘が皮膚に突き刺さる痛覚に襲われ、

 鎧が軋む音と同時に、僕自身の骨格も軋む音が聞こえてきた。

 

 パキィンッ...!

 

 更には肩から頭付近を踏み付けられた際、割れる音が耳元から 

 聞こえたと思えば、亀裂が入ったような視界となる。

 ヘルメットが重量に耐えられずゴーグル諸共、外装が破損して

 しまったようだ。

 これ以上は、マズイ...!

 僕はクイーンの足が上がった瞬間を狙い、体を捻らせ前方へ転がる。

 

 フォシュンッ! フォシュンッ!

 

 限界まで出力を上げプラズマバレットを頭部に集中砲火し、僅かでも

 怯ませようとした。

 5発撃ち込み顔を上げて怯んだ所で尻尾を掴んでいる手に狙いを

 定めた。

 だが、首が曲がる程の勢いで投げ飛ばされた僕は宙を舞って顔面から

 床に叩きつけられ、更に反対側へも投げ飛ばされる。

 今度は後頭部が床に打ち付けられた激しい衝撃で脳震盪に陥る。

 視界が霞んで歪み、今自分が倒れているのか投げ飛ばされているのか

 状況判断がつかなくなる中、異様に長く宙に浮く感覚となった。

 

 ガ シャ ア ァ ァ ァ ア ア ア ア ンッ!!

 

 全身を衝撃が襲うのと同時に浮く感覚が消える。

 一体何が起きたんだ...?

 両目から見える視界の明暗が異なっており、今自分がどこに居るのか

 上半身を起こそうにも感覚が全くなくなっている。

 首さえも左右に動かせず、それと耳鳴りがして煩い... 

 ...ちくしょう...これで終わるしかないのか...

 ...右手がないから、アイトラッキングデバイスで自爆装置を

 起動させよう。

 その前に皆を聖地から出るように...

 っ...し、っかり...しろ...意識を、保、て...

 

 ―...!...っ...!

 

 ...?...この声は...それに...この、温かい感触は...?

 

 ―...して!...ぇ!...し...かりして...!

 

 ...ティオナ...?

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 捕食者がクイーンに為す術なく、踏み付けられている光景に

 ティオナは口元を抑えて絶句していた。

 ベートや自分、食人花と魔石によって蘇り強化されたオリヴァスを

 圧倒してきたあの捕食者が打ちのめされているのが信じられなかった

 からだ。

  

 「...っ!(やっぱり助けに行かないと...!)」

 

 青白い光弾を発射し、抵抗する捕食者だったが幾度も投げ飛ばされて

 しまっているのを見て、そう決意したティオナは窓際から離れて助走を

 つける。

 背後の閉ざされた扉ではなく、窓を突き破って捕食者の元へ向かおうと

 しているようだ。

 不可解な事にネフテュスは止めようとはしなかった。

 ティオナは観戦室の端まで移動すると意を決して発足する。

 5、4、3Mと窓際まで迫った時だった。

 

 ガ シャ ア ァ ァ ァ ア ア ア ア ンッ!!

 

 「っ!?」

 

 突如として窓が割れた。いや、何かが突き破って割れたのだ。

 ティオナは咄嗟に立ち止まろうと足腰に力を入れ、窓を突き破ってきた

 それを受け止めつつ後方へ突き飛ばされる。

 背中から倒れ、床を擦った痛みを堪えつつも急いで上半身を起こした。

 

 『グ、ぁァ...』

 

 その正体は捕食者だった。

 尻尾が巻き付いている状態であり、僅かに呻き声を漏らしている。

 どうやら青白い光弾が命中し、裂傷部から尻尾が投げ飛ばした際の

 遠心力で引き千切れ、ネフテュスとティオナが居るこの観戦室へ

 飛ばされてしまったようだ。

 ティオナは重なるように乗っている捕食者を下ろし、床に寝かせると

 必死に呼び掛ける。

 

 「しっかりして!ねぇ!しっかりしてってば!」

 

 ティオナの呼び掛けに捕食者からの反応はない。

 破損したヘルメットの亀裂からは目元が覗いており、出血で赤く

 血塗れているのがわかった。

 やがてガクンと顔が横を向き、捕食者は動かなくなる。

 ヒーラーとしての知識が薄いティオナでも瀕死であり、このままでは

 死んでしまうと、そんな予感を抱いて焦るティオナはネフテュスに

 手当てをするための回復薬はないのか問いかけようとする。

 しかし、ネフテュスが近付いて来て亀裂に指を入れ、捕食者の目に

 自身の右手の指を当てる様子を見て戸惑った。

 

 「...」 

 「何、してるの...?」

 「...今、この子は彼女に会っているわ...」

 「え?...誰に?」

 

 ティオナの問いかけに、ネフテュスは目を瞑ってそのままの状態で

 答えた。

 

 「...彼女に...」




笑えよって言ってる台詞はまんまジョーズオマージュです。


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>∟ ⊦''>'、,<' T'aeewnwto

 [起きろ。いつまで呑気に寝ている]

 

 ...?

 

 [フン...やっと起きたか。まったく...]

 

 ...ここは...どこだ...?

 

 [言うなれば、死の淵だな。そこから落ちれば死ぬぞ]

 

 ...まだ落ちていないなら、戻れる手段が?

 

 [さぁ?私はそのまま落ちたものでな...

  あちら側に戻る方法は知らない]

 

 ...そうか...まぁ、それは当然か...

 

 [あぁ、そうだとも。お前に殺されたのだからな]

 

 ...僕の事を、恨んでいるか?

 

 [いいや?死んだのはお前に敗北したからだ。

  卑怯な手も使わず、覚悟を決めて挑んできたお前を恨みなどしない。

  そう...寧ろ清々している]

 

 ...本当に?

  

 [だが、今のお前に関して言えば...

  惨めで情けないとしか思えん。私に勝っておいて、その様とは...

  ここで蹴落としてやってもいいんだぞ]

 

 ...あの時、蹴落とさなかった仕返しか?

 恨まない代わりにその事を根に持っているんだな?

 

 [私の亡骸は灰に還すと決めていた。

  お前の母親と同じように...

  それなのに、あろう事か土に還された。あの小娘共の手で...

  仕返しぐらいしたくなるのも当然だろう]

 

 覚悟を決めてと言っていたが...トドメを刺す際、本当は躊躇したんだ。

 価値のある獲物は首を獲り、戦利品とするのが僕らの狩りであるが...

 それを僕は成し遂げられなかった...

 

 [...情けをかけたのか。私に...]

 

 ...そうだ...貴女の首を獲る事が我が主神からの試練だった。

 試練を達成出来れば、成人の儀を含め狩り人として認められると

 約束されていた...

 ...だが、あの時の僕は...出来なかった...

 たった1人の血縁者を...いや...家族の首を取るなんて事は出来ないと

 我が主神の期待を裏切った事に...

 

 [...今のお前なら...あの時、私の首を獲っていたか?]

  

 ...当然、獲っている。

 あの時、貴女を殺めたのが切っ掛けで本当に覚悟を決めたのだから... 

 貴女には感謝している。

 だからこそ、ここから戻らないといけないんだ。

 

 [...1つ聞いていいか?]

 

 何だ?

 

 [お前は英雄になる事を捨てた...それを後悔はしていないか?]

 

 ...おじいちゃんとの約束を破った事を除けば、していない。

 名誉なき者は一族にあらず。名誉のために戦わぬ者に名誉はない。

 その掟に誓いを立てた僕にとって、それ以外に後悔する事は

 何1つないんだ。

 価値のある獲物を狩り続ける...それが僕の覚悟だ。

 

 [...そうか。それなら心配しただけ損だったな。

  だが、無様に死んでいたならお前を地獄でも殺していたぞ]

 

 ...本当に容赦するつもりがないな。これでも僕は甥で...?

 

 ―...しっかり...して!

 

 ...聞こえる...この声はやっぱりティオナだ...

 

 [どうやら迎えが来たようだな。

  目を覚ましたら、さっさとあのデカい雑音を消してこい]

 

 ...言われなくても、そうするつもりだ。

 全身全霊を懸けて狩ってやる...!

 

 [いや...今のお前はまだ全ての能力を引き出せていない。

  精神、知力、身体、五感を完全に我が物とし...自らを解放しろ]

 

 ...簡単に言っているが、どうすれば?

 

 [私を殺したあの時に感じたはずだ。あの感覚を思い出せ。

  それと...最後に言っておこう]

 

 ん...?...アルフィアさん。抱き締める必要は

 

 [私がしたいからさせろ。空気を読め、まったく...

  メーテリアと父親の代わりに言っておく...お前は私達の誇りだ。

  そして...愛している。必ず...勝ってこい] 

 

 ...うん。言われなくても、わかってるよ...

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 『...っ...』

 

 空気を命一杯吸い込んで肺に送る。唾が詰まり、咳き込んでしまうが

 寧ろそれのおかげで意識が完全に覚めた。

 両目を開けようとしているが、片方の目が開け難い。

 血が凝固化しているんだろう。

 徐々に感覚がハッキリとし始め、あちこちから痛みが突き付けられて

 くる。 

 ...ただ、左手から伝わってくる温もりは...

 

 「あっ、め、目が覚めた?...よかったぁ~...」

 

 ...ティオナ...

 そうか、ずっと握って呼び掛けてくれていたのか...

 僕は上半身を起こそうとすると、ティオナが左手を引っ張り手伝って

 くれた。

 ...これは協力という事で認めてもらえるのかか、少し際どいな...

 起き上がって手を引くと、彼女は握っていた手から離してくれた。

 

 「大丈夫、って聞くのもおかしいよね。

  右腕が無いし、こんなにボロボロだもん...」 

 

 彼女はヘルメットの頬辺りと僕の左肩から上腕部にかけて撫でる。

 ...少なからずともそれが慈悲による行為だとはわかっている。

 理解したのに加え、少しばかり自分自身が腹立たしく思った。

 頼りなく、情けない自分の姿を見せてしまった事も含めて彼女を

 心配させた自分の不甲斐なさを覚えたからだ。

 今でもティオナが心配そうに見つめている。

 ...そういえば、以前にイヴィルスの奴らが弩級の花を育てていた

 狩り場へ向かう途中でチョッパーに言われた事があったか...

 頼りない自分を見られたらその時は吠えろ、名誉挽回出来る、と。

 ...女性の扱いに慣れているチョッパーの言った事なのだから、それを

 信用してみよう。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヴオ゙オ゙ォォオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

 

 ティオナは驚いた。

 突然、立ち上がったかと思えば捕食者が咆哮を上げたからだ。

 観戦室にビリビリと響き渡り、通路を走って向かっていた途中の

 レックス達は足を止める。

 

 『っと...今のは...』

 『アイツの声か。随分と気合入れてたな』

 『...どうする?このままあっちの観戦室に行く?』

 『...大丈夫そうなら戻って観た方がいいと思うわね』

 

 闘技場に居るクイーンはこじ開けようとしていた扉から

 咆哮が聞こえた方を向く。

 生きていた事に驚く様に吠え返した。

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!

 

 『...フゥゥゥ...!』

 

 肺の空気を全て吐き出し、咆哮を上げ終えると息を整える。

 何を意味するのかティオナにはわからなかったが、遠目から見ていた

 ネフテュスは何か知っているようでクスリと微笑みを浮かべている。

 

 「...あ、あはは...元気そうだね。すごいや...」

 「ふふっ...この子は特別なのだから当然でしょう?

  (...まぁ、彼女が発破をかけたおかげもあるようだけどね)」

 

 冥府の境目でアルフィアと話しているのを知っているネフテュスは

 それをティオナに教えようとはせず、捕食者の特異性のみで捕食者が

 気力を保っていると思わせるようであった。

 それを知らずしてティオナが近寄ると捕食者は振り向き、ジッと

 真っ直ぐに視線をティオナの目に向ける。

 亀裂から覗く瞳がヘルメット内部の光で照らされ、浮かび上がって

 いた。

 

 「...っ」

 

 目の周りが血で染まっているが、その瞳の色はそれよりも赤い。

 故に熱さ、強さ、興奮が芽生え惹かれていた。




埋めたのは当然アリーゼ達です。リヴェリア様も一緒に。
お義母さん呼びにしようか悩みましたが、二番煎じと思い名前呼びのさん付けにしました。


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>∟ ⊦''>'、,<>∟ ⊦ A'wekynynwg

 ティオナを見ていると、不思議と落ち着くように思えた。

 身体の熱と昂ぶりはそのままだが、心は平静となっている。

 ...今更だが、ティオナの身体の変化はどうなってるんだ...?

 

 「...な、何...?」

 

 ...いや、今は気にする余裕はない。

 とにかく、これならアルフィアさんの言っていた事を行えるかも

 しれない。

 そう思った僕は視線をティオナから逸らし、俯いてあの時の感覚を

 思い出そうとする。

 精神、知力、身体、五感...それらをモノにして自らを解放...

 ...そうだ...命を奪う揺るぎない意思を持て。

 ...どう正確に急所を狙うか判断しろ。

 自分の血肉が滾るのを感じ取れ。

 獲物が死ぬ様を目に焼き付けろ。鼓動が止まるのを聞け。

 血の臭いと味を堪能しろ。

 そして...首を獲るために掴み取るんだ...!

 

 ...ドクン...ドクンッ...ドクンッ!

 

 ...熱い...手足の指先から始まり、腹、胸、背中の全てが...

 細胞や骨格1つ1つの動き、心臓から体を巡る血液の流れ。

 そして脳内の思考力がまるでスクリーンの様に見えているようだった。

 そうか、これが...アルフィアさんの言っていた、覚醒か...

 人を捨てる事で目覚める生物の極限だ...!

 

 ...ヴォ゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...っ...」

 

 また捕食者が咆哮を上げた。しかし、今度の咆哮は少し違うように

 ティオナは思えた。

 

 「あぁ...あぁ...!遂に、遂に貴方は辿り着いたのね...!

  神の恩恵を得ずして人間の可能性を超えたのよっ!」

 

 ネフテュスは涙を流しながら歓喜する。

 常に冷静で顔色を変えたりしないその端麗な顔立ちが、今は口の両端を

 吊り上げて破顔し、喜びに満ちている。

 7年待っていた。

 神にとっては数週間程度だろうが、待ち望んでいた時が眼前にて

 展開されているのだ。

 ネフテュスの言った通り人間である捕食者は、恩恵を授からずに

 これまで獲物を狩り続けていた。

 人智だけでなく神智でさえも類を見ない不可解な奇跡。

 

 「(メーテリア、アルフィア、ゼウス...

  この子は英雄を超える事が出来たわ...)」

 

 目を伏せて悲願を噛みしめながら、ネフテュスは目尻の涙を拭う。

 一方ティオナはというと、唯々呆然と捕食者を見つめていた。

 

 「(カーリーの言ってた最強の戦士...これが、そうなんだ...)」

 

 吼えるのを止めた捕食者は何かを確かめるように両手を開閉させ、

 最後に握り拳をつくる。

 ギリギリと音を立て、前を向くと自分が突き破った事で割れている

 窓へ近付き、そこから闘技場を見下ろす。

 先程まで扉の前に居たクイーンは建造物の上に戻ってきており、

 捕食者を迎え撃とうと待っているようだった。

 ヘルメットの亀裂から覗く瞳は原理は不明だが、物理的に赤く発光して

 おり、クイーンが見ている位置から捕食者がそこに居るのがわかる。

 それを察して飛び降りようとした。だが、その際に手を引かれた感覚に

 動きを止めて振り返る。

 ティオナが握り締めて、止めていたのだ。

 何故、そうしているのか捕食者が疑問に思っていると不意にティオナが

 抱き付いた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...何でティオナはいきなり抱き付いてきたんだ...?

 引き離せばいいのかと考えていると、自然に頭脳が思考を巡らせ始めて

 様々な心理的行動パターンを浮かべていき、最終的に導き出した答えが

 眼に浮かび上がってくる。 

 その答えは...異性として認識する好意の表われ、だった。

 ...つまりティオナは僕に慕情を抱いているんだ。

 信じられない、という否定的な感情は少なからずあるにしてもほんの

 少しだけであって、彼女の好意を抱いているという気持ちを僕は素直に

 受け入れていた。

 何故なら、アマゾネスという人種には強い雄を好むという習性が

 あるからだ。

 これまで、僕の戦いを見てきたのだからその習性に従ってティオナが

 強い雄として僕を見ていると確信する事が出来て、否定的な感情は

 綺麗に消え去る。 

 

 「...あ、あのね...その...」

 

 言葉を詰まらせるティオナ。何を伝えたいのかわからないが...

 こうした方がいいと考えるまでもなく、僕は握られている左手を

 引いて離させるとそのまま抱き寄せる。

 

 「ひゃっ...!...え...?」

 

 ...僕も彼女の事が好きになってたんだ...

 本能でそう理解する事が出来た。これは覚醒しているから、などと

 言い訳はしない。

 本心で僕はティオナを女としてみて、好きになったんだ。

 なので、僕は腕の力を緩めると抱き寄せた彼女を少し離れさせ、

 見つめる。

 オリーブグリーンの瞳に赤い発光点が映っているのが見えて、それが

 発光している僕の眼だと気付く。

 

 「...こんな事言うのも、君にとって余計な事かもしれないけど...

  絶対に...負けないで!」

 

 ...カカカカカカ 

 

 ティオナは僕の左手を握り締めて、そう言った。

 ...確かに負ける気なんて毛頭ない。

 だが、好きになった彼女の敬意を貶す事はしたくないので僕は彼女に

 頷いて、鳴き声を上げる。

 ティオナも頷き返して、左手を離した。 

 僕は握られていた左手を見てから握り締めて振り返り、割れた窓の縁に

 立った。

 そして、縁を蹴る様にしてその場から跳び上がると闘技場まで一気に

 到達した。 

 

 ズ ダ ンッ!

 

 片膝を付きながら着地し、振り返るとクイーンが待ち構えていた。

 すぐにでも決着を着けようと思ったが、ふと爪先に何かが当たったのに

 気付いて下を向いた。

 それは僕の右腕だった。

 切断された箇所は赤黒く血液が凝固かしており、壊死が始まっている。

 マザー・シップにある医療機器で壊死した箇所を治療し、元通りに

 接着させる事は可能だ。  

 すると、思考回路が自然と回り始めて数秒もしない内に答えを眼に

 浮かび上がらせてくる。

 ...そんな事が出来るのか...? 

 最初こそ疑心を抱くしかなかったが、好奇心のまま僕は足元に転がって 

 いる右腕を拾い上げる。

 

 グチャッ...

 

 次に上腕部の切断面部分を合わせた。

 その瞬間に骨髄で造血機能が活発化し、造血幹細胞が異常な程大量に

 造られていき、成熟した細胞となると血管を流れていき切断面から

 血が溢れた。

 更に体細胞分裂が始まり、壊死した箇所の皮膚、筋肉、上腕骨、骨髄へ

 行き渡っていくのが見える。

 数秒経つと細胞と細胞とが繋ぎ合って断面の切れ目が見えなくなり、

 ビクンと右腕が痙攣したかと思えば指先から手首、肘が思い通りに

 動かせるようになった。

 覚醒による凄まじい再生能力で僕の右腕が元通りになった。

 ダフネを除いて皆でも不可能な能力を僕は得たという事だ。 

 ...これでいくら傷付いても恐れなくていいんだ。

 

 ギ シャ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア アッ!!

 

 吠えてくるクイーンに目を移し、僕は吼え返した。

 お前をこれから狩るんだと宣言するように。

 

 ヴ オ゙ ォ゙ ォ゙ オ゙ オ゙ オ゙ オ゙ オ゙ オ゙ オ゙ ッ!!




よくある人間は潜在能力を何パーセントしか使ってないって概念をぶっ壊す事で覚醒しました。
まぁ、人類は4万年掛けて進化してきたからこそ、潜在能力を発揮すると身体にダメージが大きく出てしま学習結果、本気は出せなくなったと思ってます。
元ネタはLUCYです。あっちはお薬のおかげですが、こっちは本能で100%になってます。


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>∟ ⊦''>'、,<>'<、⊦ Kantra

 クイーンが接近して来るのを知らせるように側頭部にゾワゾワと

 疼くのを感じる。

 更には移動経路を正確に予測するようにクイーンの透明な影が見え、

 横へ移動すると察知し、僕はコンビスティックを構えた。

 もう武器も残っていないクイーンに恐れなんてない。

 身体能力の向上によって勢いよく跳び上がり、予測通り横へ移動する

 クイーンの前に着地し、胸部にコンビスティックを突き刺した。

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!

 

 クイーンが上半身を上げて暴れる前に引き抜くと穴が開いた箇所から

 体液が噴き出して足元の床を溶かし始める。

 直後に右腕が振るわれてきたのを察知し、同じ右腕を突き出して

 受け止めてみせた。

 

 ギチ ギチ ギチッ...!

 

 無意識の内にしていたが血管が浮かび上がる程に全身の筋肉繊維を

 肥大化させ、ぶつかる衝撃を緩和する事が出来たんだ。

 僕は腕を振り払い、追撃しようとその場で跳び上がる。

 降下していきながら身を屈めて右手にコンビスティックを握り締めつつ

 クイーンに背を向けるようにして全身のバネを利用した刺突で頭部に

 突き刺す。

 スカーがやっていたから真似てみた攻撃だ。

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!

 

 頭部に突き刺さったコンビスティックの激痛にクイーンは暴れ回り、

 両腕を振るい上げて折ろうとしている。

 僕はバトルアックスを手に取り、付近に落ちていたエネルギー・ボラを

 掴むと先端を刃に変更して振るい回すとクイーンの右腕に巻き付けた。

 それに気付いたクイーンは腕を引くが、エネルギー・ボラを掴む右腕や     

 両脚の筋肉組織をまた肥大化させて対抗する。 

 数分に渡って力比べは続き、視界の左端に浮かぶカウントダウンが

 0になると同時に僕の方から引っ張るのを緩めた。

 その拍子にクイーンは前方へ蹌踉めく。

 それと同時にエネルギー・ボラも解き、バトルアックスを振るい上げ

 ながら接近すると右腕の上腕部を斬り裂いた。

 

 ダ ァ ア ア ア ア ア ンッ!!

 

 勢いの余り床にアックスブレードがめり込んでしまった。

 それでも強引に引き抜き、見上げてみるとクイーンの上腕部から

 その下までが傍に落ちてきたのを見た。

 これで仕返しはしてやった。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 

 収納したエネルギー・ボラを腰に固定し、頭部に突き刺さったままの

 コンビスティックを電磁誘導で引き抜いて手元に戻すと、僕はそのまま

 目の前の左脚に狙いを付ける。

 

 バ ギ ィ イッ!

 メギョッ! グシャッ...!

 

 左脚を軸に利き足の前蹴りで足首をへし折ってやった。

 それにより自重を支えきれなくなったクイーンは床の表面を粉砕

 しながら崩れ落ちる。

 残った片方ずつの手足では立ち上がる事も出来ないはずだ。

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア...ッ!!

 

 それでも足掻こうとするクイーン。

 ...これで終わりにしてやる...

 アックスブレードを腰に固定し、セレモニアル・ダガーへ持ち替える。   

 ガントレットを操作するとセレモニアル・ダガーのチャージタンクへ

 プラズマが収束されていき、それに伴って刃が青白く発光し始めた。

 

 ギュオン ギュオン ギュオン...

 

 その発光するに流れるエネルギー流も目視で見えるようになっていた。

 

 ピ ピ ピ ピ ピ ピ ピッ!

 

 チャージが完了したのを告げるアラームがヘルメット内に鳴り響く。

 僕はグリップを握り締め、一撃で仕留めるためにどこを狙うべきか

 見定める。

 思考が巡り、コンマ1秒で答えが出てきて即座に決行した。

 僕は跳び上がり、セレモニアル・ダガーを振るい上げて降下しながら

 狙いを定める。

 狙うは...その首だっ!

 

 ギ シ ャ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!

 

 『Thei-de...!』

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...ズ ダ ンッ!!

 

 クイーンの体表を十分に溶解させる熱量を纏った刃を着地寸前に

 振り下した。 

 その手応えを感じつつ前を見る。

 

 ブツッ... ブチブチブチッ!

 ズ ズ ン...!

 

 クイーンの首が落ちた。

 これで狩る事は出来たが、まだやるべき行いがある。

 ガントレットを操作してから僕はその首と胴体を掴むと、胴体は肩に

 担いで首を手で掴んだまま持ち、その場を離れた。

 

 ...ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ...!

 

 すると、地響きと共に揺れを感じ取り、後ろへ振り返る。

 建造物の中央から二等分するように分断していき、巨大な正方形の

 穴が出現した。

 揺れが更に激しさを増していくと、その穴の奥底から登って来る

 物体を見る。

 それはクイーンを拘束していた祭壇だ。

 祭壇が穴を覆い隠すようにして完全に設置されると、揺れが収まる。

 僕はクイーンの首と胴体を持ち運びながら階段を登っていく。

 登っている最中、祭壇に続く階段の縁に古代のヤウージャ達の

 3Dホログラムが投影されて跪く姿が見えた。

 階段を登り切って祭壇に足を踏み入れると、そこで振り返る。

 観戦室に居る皆が僕を見ている。

 

 ドダンッ!

 ゴゴッ ゴッ ゴゴゴ...!

 

 僕はクイーンの胴体を階段へ投げ飛ばした。

 段差に引っ掛かる事もなく胴体は最下段まで転がり落ちていき、最後は

 床に平伏す。 

 そしてセレモニアル・ダガーに戦利品となった首を突き刺し、高々と

 掲げながら吠える。

 

 ヴオ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

 

 これが成人の儀を成し遂げた事を告げるための行いだ。

 右腕で左胸の装甲を叩きながら咆哮を上げる僕に皆が答えてくれている。

 あのエルダー様とロスト・クランも...

 これ程の賛辞はスカー達でも与えられた事はないと思う。

 僕は咆哮を止めなかった。

 母に、アルフィアさんへ確かに聞こえるように祈りを込めて。




エイリアン・クイーン kill

サブタイのKantraとはプレ様語で"祈り"という意味です。
そして、いよいよ次回彼の正体が...!(今更)


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>∟ ⊦''>'、,< ̄、⊦ E'nglavynwg

 その光景にティオナは圧倒される他ない。

 捕食者の仲間達が思い思いの咆哮を上げ、称賛を浴びせている。

 捕食者もそれに応えてクイーンの首を掲げながら自分の成し遂げた

 偉業を告げていた。

 今まで物静かで無関心な様子しか見た事がなかったために、

 あれほど喜ぶ姿を目にしたティオナは多少なりに戸惑っている。

 それから暫くの間、咆哮が鳴り響いていて捕食者が掲げていた

 クイーンの首を下ろすとすぐに静寂となった。

 

 「...じゃあ、行きましょうか」

 「え?で、でも、あたし部外者だからダメなんじゃ」

 「協定を結んでいるし特別ゲストとして認可しておいたの。

  それに...貴女が居てくれた方が、あの子もきっと喜ぶわよ」

 

 そう言われては拒否出来ない。というよりも拒否した場合、無礼な

 事をしたと捕食者達を怒らせるのは明白なのでティオナは大人しく

 付いて行く事にした。

 扉が開き、通路を進んで行くと別の観戦室に居たレックス達と

 合流する。

 9人の内、レックスとルノアとスカーの3人のみしか会っていない

 ティオナは緊張が走った。

 天真爛漫である彼女でも初対面の捕食者を相手にするとそうなって

 しまうようだ。

 

 『どうだったかしら?あの子の戦いを見て』

 「あ...うん。もうすごかったって言うしかないよ。

  それと...えっと...」

 

 レックスに答えた後の言葉に口籠るティオナ。

 俯いているその表情は頬が赤らんでおり、指で前髪を弄っている。

 その様子からして、その場の全員が察した。

 惚れたんだな、と。種族もアマゾネスであるので考える間もなかった。 

 

 『そっかそっか。まぁ...うん、勝てばアンタのものになるから頑張ってね?』

 『いや、負けてもアイツのものになるんだしどっちにしろだろ』

 『でも、勝った方がエルダー様もすぐに認めてもらえそうだし...』

 「な、何の話をしてるの?」

   

 ティオナを差し置いて勝敗で何かを決めようとしている3人に

 戸惑いながらも問いかける。

 

 『ヤウージャは稀にだけど異性と勝敗によって交際を決める時があるの。

  少しでも自分に傷を付けたり若しくは女性側が勝てば強者と認めて、ヘルメットを脱いで顔を晒す。

  そうして自らを知らしめる事で許嫁となる権利を得られるのよ。

  ちなみに何人でもOKって感じね』

 『このチョッパーって奴が大所帯持ちで4人...え?また増えるっての?』

 『レックスもスカーに一発かましてやって、負けちまったけどスカーが許嫁にしてくれたんだよな』

 「ちょ、ちょっと待って?

  ネフテュス様から聞いたけど、勝負に負けたら自爆するんじゃないの...?」

 『それは敵意と敬意を表した奴との決闘で適応される掟。

  だから、男女での勝負ではものにするか、されるかの2択になるよ』

 

 そう聞かされた途端にティオナは自分の心配事が吹き飛ばされたように

 思えた。

 それなら次の勝負で手加減せずに戦えるんだ、と。

 ネフテュスの自爆をするという話を聞いた時は、勝ってしまっては

 いけないと思っていたので大いに嬉しく思っているようだ。

 

 「...あ、でも...前に一度、勝負した時は脱がなかったけど...

  まだこの儀式を達成していなかったからって事?」

 『そうそう。だから安心しなさいよ。

  あの子もアンタに気があるっぽいから』

 「...え?」 

 『多分で、だぞ?こいつらがそう予想してるだけで根拠もないからさ』

 「あ...そ、そうだよね。あはは...」

 

 ショーティの可能性としての意訳にティオナは笑って誤魔化した。

 内心ではドギマギしていたからだ。

 

 「さ、お話は後にして...あの子の所へ行きましょう?」

 「あ、うん」 

 

 ネフテュスに促され、その場に居た全員は闘技場へと向かった。

 その時、ふとティオナはある事を思い出す。

 

 「名前はまだ教えてもらえないの?」

 「あぁ...ん~...儀式の際に教えてあげるわ」

 「そっか。わかった」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 闘技場へ皆が集い始めて来るのが、ここからよく見える。

 見渡していると我が主神を筆頭にスカー達とティオナが向かって来ると

 気付いた。

 部外者となるティオナがここへ足を踏み入れているのに疑問は

 浮かばない。 

 我が主神がエルダー様に掛け合って認可してもらったのだろうから。

 しばらくして我が主神と件のエルダー様が階段を上がり祭壇まで

 登って来られた。  

 僕はお2人の前で首を垂れる。

 

 『T'hos who huvu yewt tro se Thwei.

  Yt wus ar great Kv'var』 

 『Honorewdo wyt tha hyghewsto Playsew』

 

 最上級の称賛をいただき、僕は感謝の意を答える。

 エルダー様は頷くと1歩下がり、次に我が主神が前に立たれた。

 そのまま跪いているつもりだったが立つように言われ、その言葉に

 従い立ち上がった途端に抱き締められた。

 汚れてしまうと焦る僕は離させようとするも、エルダー様に制止され

 手を下ろす。

 我が主神は数分間もの間、離れないでいて僕を離した時には

 眼に涙を浮かべていた。

 

 「...よくやったわね。これで貴方は...立派な狩り人よ」

 『...ありがとうございます』

 

 エルダー様に次いで同等となる最上級の称賛に僕は返事をして頷くと、

 再び我が主神は僕を抱き締めてくださった。

 やがて満足された我が主神は僕から離れ、エルダー様と立ち位置を

 替えると僕のそばに置かれている戦利品に近寄る。

 これから血塗れた者となるための刻印を刻むんだ。

 氏族によって違うため、その者が属する氏族のリーダーに刻印を額と

 強酸耐性を解除してヘルメットに刻んでもらうのが、成人の儀の

 最後となる行いだ。 

 僕はエルダー様と同じ氏族に属するので当然ながら、エルダー様に

 刻印を刻んでもらう事になっている。

 刻むために使うのは刃物でも爪でもなくクイーンの体液であり、

 虫が死ぬと体液は中和するため爪先に塗り、刻む事が出来る。

 これが聖地へ入る際に見つけた文字の意味なんだ。

 まだ血を見ぬ者とは僕の事であり、価値ある獲物の血は最後に

 狩る事が出来た虫の血、そして血塗られた者へと刻印を刻めとは

 今からする行いの事だ。

 僕は今か今かと待ち続けているとエルダー様が目の前に立ったのに

 気付いてパイプを抜こうとしたが、ふと手を止める。

 何故かエルダー様はセレモニアル・ダガーの表面に戦利品の肉片を

 乗せていて、刻んでくださろうとはしていない様子だった。

 どういう事なのか僕は理解が及ばず、問いかけようとするが先に

 我が主神からこう告げられた。

 

 「貴方は一氏族として置くのはとても惜しいと思うの。

  だから...貴方が新たな氏族の長となりなさい」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...信じられない。まさか僕が氏族の長へ任命されるなんて... 

 本来、長となるにはロスト・クラン入りを果たしてからであり、まだ

 血濡れた者となったばかりで治療の痛みも耐えられない僕が長になって

 いいのかと戸惑った。

 ...いや、待て...今の僕なら...?

 そう思った僕は少し時間をいただくよう伝え、セレモニアル・ダガーで

 自分を傷つけてみる。

 あの時の感覚を呼び覚まし、腕に力を込めてみた。

 すると、切断された右腕と同じように傷が塞がり、傷跡も残らずに

 完治出来た。

 ...そうか、もうメディコンプすら必要なくなったのか...

 我が主神とエルダー様はこの覚醒による僕の力を見極めた上で、

 長となる事を任命してくださっているんだ。

 それなら...これまでの恩を返すために僕は長へなろう。

 僕は拳を眉に当て、承認する。

 同じ動作をして我が主神とエルダー様からの承認を得た僕は、改めて

 パイプを引き抜いていく。

 

 カチッ

 プシューッ...

 

 ...9年前以来に外すんだ。この時をどれだけ待っていたか...

 両目を瞑りながら両手をヘルメットに掛けロックを解除し、顔から

 引き剥がす様に外した。

 ゆっくりと瞼を開き、大きく息を吸い込む。 

 肌に感じるひやりとした空気、鼻腔を擽る臭い。

 それらを堪能し、心を静めていると我が主神から提案をされる。

 

 「刻印は自分で思い描きなさい。これから長となるのだから...

  思い入れの強い何かをモチーフにするといいわ」

 

 それを聞き入れると右手の人差し指の爪を伸ばし、差し出されている

 肉片から体液を掬う。

 思い入れの強い何か...当然、あれらしかない。

 最初に強酸耐性を解除したヘルメットの額部分に爪を当て、刻印を

 刻んでいく。

 白い煙を小さく上げながら刻み終えて見栄えを確かめ、問題ないと

 思いながら今度は自分の額に爪を押し当てた。

 多少の痛みが走るが、気にせずそのまま額に刻印を刻む。

 

 「っ...」

 

 僅かに覚醒しているので鏡があるように自分の額に刻む事が出来た。

 それは我が主神が愛しい神のために流したとされる涙の形。

 そして、福音の音色を奏でる鐘だ。

 僕は体液の付いている爪を落とし、新たな爪を生やすと我が主神と

 エルダー様にその刻印をお見せした。

 

 「いいと思うわ。ねぇ?エルダー」

 

 カカカカカカ...

 

 「ふふっ...それじゃあ、お披露目しましょうか」

 「はい」

 

 僕は頷き、最上段の手前へと立った。




現代的に例えると平社員から代表取締役の会長へ出世しました。


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>∟ ⊦''>'、,<,、 ̄、⊦ Bell Cranel

 『これで言葉がわかるようになっから使えよ』 

 「あ、ありがと...えっと、どうやって使うの?」

 『こうして耳に当ててみろ。それだけでいい』

 

 ショーティから差し出された器機を耳に当て、祭壇に佇むネフテュスを

 見上げるティオナ。 その表情には不安の色を漂わせていた。

 かなり時間が掛かっていたようなので、何かあったのかと少しばかり

 心配していたようだ。

 ネフテュスが咳払いをして何か話し始めようとしているのに気付き、

 耳を傾ける。 

 

 『我が勇猛なるヤウージャ達に告げる。

  たった今より...新たな氏族の長が誕生したわ』

 

 その発言に隣に立っていたショーティやルノアはへ?やえっ?と

 ヘルメット越しでも呆然とした顔になっているのがわかった。

 レックスとダフネも顔を見合わせ、予想外の事態になっているんだと

 ティオナは感じ取れた。

  

 「あの捕食者が長になるって事?」

 『ええ...でも、色々と過程を通り越しているから異例の昇格だわ』

 『特別としているにしても、掟には厳しいから本当にすごい事だよ。

  番になったらアンタも一目置かしてもらえるかもね』

 「へぇ...え?ちょ、ちょっと待って?番って」

 

 聞き捨てならないダフネの発言にティオナはどういう意味なのか

 聞き返そうとするもショーティとルノアに静かに、と言われしまい

 押し黙るしかなかった。 

 

 『貴方達も目に焼き付けたのだから、異議はないわね?

  ...ある者はここまで登って来なさい。決闘をする権利を与えるわ』

 

 ティオナは周囲を見渡して、誰1人として向かおうとしないと

 わかった。

 あの圧倒的な力を手に入れた捕食者の強さを認めないはずがないので

 当然と言えば当然だろう。

 ネフテュスはそれを確認し終えると、スッと横へ立ち位置を変える。

 

 『それじゃあ...その意思に名を刻みなさい』

 

 軽く掌を横へ差し出し、後ろに控えていた捕食者を立たせる。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ティオナの瞳には、初めて見る事が出来た捕食者の素顔。

 レベル50となれば2K先の針の穴まで見えるようで、今ティオナが

 立っている場所からでもはっきりと見えていた。

 その筋骨隆々な体格とは裏腹に意外な程、穏やかで中性的なあどけない

 顔をしている事に驚く。

 目付きも同様に凶悪ではないものの、鋭い眼光は明らかに獲物を狙う

 捕食者のそれだと言えた。

 ヘルメットを着けている際にも靡いていた長く白い髪は、前髪から

 横髪までを後頭部へ纏め、後ろ髪なども金色の輪で数十本に結った 

 ドレッドヘアーとなっている。

 レックスとショーティもそれと同じようにしている。

 そうしてティオナが捕食者の顔を目に焼き付けるように見ていると、

 ネフテュスがその名を告げた、

 

 『新たな長となる男...ベル・クラネルよ』

 

 「ヴオ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ!!

 

 成人の儀を成し遂げた事を告げた時と同じ様にベルは咆哮を上げた。

 それに応えるべくヤウージャ達も咆哮を上げ、新たな長の誕生を

 称える。

 

 「ベル...クラネル...」

 

 そんな中、ティオナだけはベルを見つめたまま名前を呟いていた。

 好意を抱いた相手の名前を知れた嬉しさと、もう一度挑む事が出来る

 期待が込み上げてきているようだ。

 それを察したネフテュスはベルに呼び掛ける。  

 

 「ベル、見なさい。あの嬉しさと楽しみが混ざり合った顔を...

  貴方との再戦をあんなにも熱望しているのよ」

 「...また何れ、彼女が万全を期した時が来れば...

  必ず僕は挑戦を受けましょう」

 「ふふっ...」

 

 ベルの返答に満足気なネフテュスは咆哮を上げ続けていた

 ヤウージャ達に掌を上げ、静止させた。

 

 『それじゃあ、各自ドロップ・シップへ戻ってオラリオへ帰りましょうか。

  この聖地は用済みだから30分後に消滅させるわ』

  

 ネフテュスがそう伝えると眉に拳を当て、ヤウージャ達はゾロゾロと

 闘技場の壁にある出入口へと向かって行く。 

 どうすればいいのか戸惑うティオナにレックスが手を引いて案内をして

 くれる事になり、出入口へ向かおうとする。

 出入口の手前で振り返ると、もう一度ベルを見つめた。

 

 「...!」

 

 ベルも同じようにティオナを見つめている。

 それに驚くも再戦した時、強くなった自分に期待をしてほしいという

 願望を込めてティオナは頷いた。

 そして、レックスが待つ出入口の奥の通路へ向かうのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...ド オ オ ォ ォ オ オ オ オ オ オ ンッ!!

 

 一面平坦だった砂の海が一瞬にして膨れ上がり、山になったかと

 思えば破裂して黒煙が凄まじい勢いで噴き出した。

 原因は地下の奥深くにあった聖地が跡形もなく爆破されたからだ。

 砂が風に乗って黒煙と共に舞い散り、雨の様に周辺に降り注ぐ。 

 その光景を小窓から見ていたティオナは船内の壁に凭れて、ズルズルと

 その場に座り込んだ。

 聖地が無くなった事で二度と見る事の出来なくなってしまった、ベルの

 勇猛なる姿。

 しかし、脳裏に焼き付いていて決して忘れる事はないだろう。

  

 『ティオナ。オラリオに戻ったらどうするの?』

 『もう深夜だからホームに戻るのも何だし...

  よかったらウチに泊まってく?』

 

 ロキにステイタス更新をしてもらい、ネフテュスと聖地へ向かった

 時間帯から既に丸12時間過ぎていた。

 このまま黄昏の館に戻ったとしても扉が閉まっていて入る事は

 出来ないと思い、ダフネがそう提案する。

 

 「...ううん。オラリオに着いたらダンジョンの入口へお願いしていい?」

 『...まぁ、ティオナがそうしたいなら...

  ただ、感化されたのかもしれないけど休憩くらいはしなよ?』

 「うん、大丈夫だよ。あたしだってそこまで馬鹿じゃないし...」

 

 そう答えるティオナにダフネはレックスへ目配りをし、頷くのを

 見て目的地をダンジョン入口の直上へ設定する。

 

 バシュンッ

 

 ワープドライブにより一瞬にしてバベルの目の前へ到達し、そのまま

 ダンジョンの入口に着陸した。

 クローキング機能によって誰にも見つからずに到着したようだ。

 しかし、油断してはいけないので既にネフテュスへシフターを返却した

 ティオナにルノアは予備のガントレットからシフターを取り外して

 それを渡した。

 

 「ありがとう、ルノア。戻ってきたら返すね」

 『ん~...別にいいかなぁ。どうせ持つ様になるんだし』

 「え?...ね、ねぇ、もしかしてだけど...

  皆、あたしが...ベルの事を好きなのって...」

 『『『『知ってる(わよ/から/っての)』』』』

 

 レックス達に続いてスカー達も頷いて返事をしていた。

 するとティオナは恥ずかしさが込み上げてきたらしく、一気に赤面して

 顔を両手で隠した。 

 そんな様子を見かねて、ヘルメットを外したレックスがティオナの肩に

 手を乗せる。

 

 「恥ずかしがる事なんてないわよ?

  あの子、天涯孤独の身だから貴女みたいな子と結ばれるなら私達は文句なんて1つも言わない。

  でも...ベルに勝つ気でもう一度戦うのよ?」

 「...もちろん、そのつもりだよ。レックス」

 「それじゃあ...頑張りなさい」

 「うん!じゃあ、行ってくるね!」

 

 ハッチから降りてティオナは手を勢いよく振り、ダンジョンへと

 向かって行った。

 レックス達はティオナの背中が見えなくなるまで見送り、やがて

 ドロップ・シップを浮上させ、マザー・シップを隠している森林へと 

 向かっていくのだった。




次回のあとがきでちょっとしたお話があります。


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>∟ ⊦''>'、,<>'、,< S'pylyto

 ティオナが向かったのは仲間達が向かう予定である階層ではなく、

 21階層にある隠れ里だった。

 深夜という事もあり、ゼノス達は火を消して就寝していた。 

 イケロス・ファミリアのような密猟者達からの襲撃も無くなったので

 安眠出来ているようだ。

 起こしてはいけないと思いながら忍び足でティオナは目を凝らしつつ

 1体1体を見ていき、暫くしてレイを見つける。

 

 「レイ...レイ」 

 「んん...ふぇ?...あ、ティ、ティオナさむぐっ」

 「しーっ...うん。あたしだよ。

  寝てる所を起こしてごめんね?」

 

 ゆっくりとレイの口を塞いでいた手を退かし、苦笑いを浮かべながら

 謝った。

 レイは悪意があって起こしたではないと察しながら首を横に振る。

 

 「い、いエ...あ、あの、どうしてここニ...?」

 「うん...今すぐにししょーの所へ連れて行ってほしいの」 

 「え?い、今からですカ?ですが、キングコング様も恐らく寝ていると思いますガ...」

 「いいの。寝てたら起きる頃まで待ってるから」

 「そ、そうですカ...わかりました。では、行きましょう」

 「ありがとう、レイ」

 

 お礼を言うティオナにレイはいえ、と微笑み返してくれた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ベルさん...それがあの方のお名前なのですネ」

 「うん。今度からそう呼ぶように皆にも伝えといてもらえる?」

 「はイ。わかりましタ」

 

 キングコングが暮らしている73階層へ到着するまでの間、ティオナは

 自分が目にした事をレイに話した。

 本当の名前からエイリアンという異形の怪物の存在とヤウージャ達の

 文化。

 そして、勝敗によって番になれるかを決める事も。

 雌を賭けて戦う生物は居るが異性でとなると、非常に珍しいものだ。

 モンスターにも性別はあるが、ダンジョン内に生息する種は繁殖は

 行えない。簡潔な理由は生殖器が無いからである。 

 地上へ進出したモンスターは進化の過程で繁栄という従来の方法で

 生きながらえてきた。

 ゼノス達も知性があるにしても繁栄という生物に備わっているはずの

 本能が欠けているらしく、雌の個体を意識して争う事などはしない

 らしい。

 そもそも家族という概念によって意識すらしないという。

 そんな話をしながら、73階層へ辿り着いた。

 どうやら73階層にも朝から夜の時間帯があるらしく、天井の発光する

 結晶体が照らされている以外、階層全域は暗闇に包まれている。

 

 「ん~、やっぱり寝てそうかな...

  とりあえず島へ運んでもらっていい?」

 「はい、もちろんいいですヨ」  

 

 レイに島へ運んでもらったティオナは周囲を見渡して、キングコングが

 その辺で寝転んでいないか探した。

 すると、ドスンと地響きを立てて何かが背後に降ってきたのに気付いた

 ティオナとレイは身構える。

 しかし、頭上を見上げて正体がキングコングだとわかると安堵して

 警戒を解いた。

 

 「戻ってきたよ、ししょー。えっと...

  沢山話したい事があるんだけど、ちょっと質問していい?」

 

 ゴフッ...

 

 「...今まで倒してきたモンスターよりも強いモンスターと戦わせて」

 

 それを聞いたレイは目を見開いて驚愕し、キングコングは人間の様に

 顔を顰めながら左手を水平に置いて、その下を右手の人差し指を

 立てたまま滑るように2度潜らせる。

 理由は?という意味だ。

 ティオナは率直に答える。

 

 「あたしね、地上に戻るまでは強くなったって満足してた。

  でも...ベルはそれ以上に強いんだって知ったから、もっと強くならないといけないんだって思ったの。

  恩恵も無いのにあんなに強くなれるなんて...凄過ぎるもん...」

 

 俯くティオナの脳裏には多種多様なエイリアン、そしてクイーンを 

 倒した勇猛な姿が過っていた。

 まるで自分の満足していた強さはその程度なのだと、思い知らすように

 鮮明だった。

 ティオナは握り拳を作り、顔を上げてキングコングに叫ぶ。

 

 「あたしはベルに負けたくない!勝ちたい!

  勝って...あたしが本当に強いんだって認めてもらいたいから...!

  お願い!ししょー!もっと強くなりたいの!」

 

 キングコングは無言で息を荒げるティオナを見つめる。

 叫んでいた時の気迫に押されたレイは声を掛けられず、静かに

 キングコングがどうするのか見守っていた。

 やがてフーッと息をつき、キングコングは手を地面に置き、掌を上に

 してティオナが乗れるようにする。

 ティオナはそれを察して掌に飛び乗るとキングコングは立ち上がり、

 レイも乗るように手話で伝えて乗ったのを確認すると、どこかへと

 向かった。 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 以前と同じ様な移動方法でティオナ達は100階層へ辿り着いた。

 やはり慣れない感覚に目を回すティオナだが、顔を振って平衡感覚の

 違和感を消してどこへ向かうのか問いかけた。

 キングコングは以前に赴いた玉座のある山と反対方向へ歩き始め、

 降ろされたティオナはレイに飛行して運んでもらいながら付いて行く。

 

 「...まさカ、キングコング様...」

 「え?何?どうかしたの?」

 「...いエ、すぐにわかりますヨ」

 

 レイの朧気な発言にティオナは首を傾げる。

 何か知っている様子だが、教えてくれないという事は言い難い事情が

 あるのかもしれないと思い、聞き返しはしなかった。 

 進むにつれて木々が生い茂り、土は見えず岩が剥き出しとなっている

 地帯へ入った事がわかった。。

 暫くして、キングコングが足を止める。

 レイはキングコングの周囲を回るように旋回してゆっくりと降下し、

 ティオナを着地させてから自身も降り立つ。

 周囲を見渡すと、ティオナはある事に気付き不審な点を見つける。

 それは平たい岩が不自然な程垂直に立っていて、表面の汚れは何かの

 絵に見えたからだ。

 

 「ここに...誰か居るの?」  

  

 ゴフッ...

 

 「...はい。あちらに...」

 

 レイが前方を見つめながら翼を腕に変え、指を指しているのに気付いた

 ティオナはその方向を見る。

 そして、息を呑んだ。

 岩の傍に立っている女性がティオナ達を見据えていたからだ。

 

 「(女の人...?)」

 

 腰まで長い緋色の髪をした、幼く可憐な少女とも絶世の美女とも

 見受けられる青いドレスを身に纏っている女性。

 髪と同じ緋色の、澄み切った瞳に射抜かれるティオナはまるで

 全身を拘束されたかのように動けなくなっていた。

 それは、以前に本気でロキが怒った際と同じような感覚だと思い、

 ティオナの疑問は更に深まった。

 そうしてレイに何者なのか問いかけようとした時、その女性が

 ニコリと穏やかな微笑みを浮かべると近付いてきたのに気付く。

 目の前まで近付いて来た女性は徐に顔をティオナの顔に近付け、 

 更に周囲を一周しながら臭いを嗅いでいた。

 不気味な行動に戸惑うティオナ。一体何をしているのかと凝視する

 しかなかった。

 やがて嗅ぐのを止め、ティオナの前に立つ。

 

 「貴女、ロキの子供?」

 「...え?」 

 

 唐突に投げかけられた問いかけにティオナは呆然とする。

 ロキ・ファミリアの【大切断】として知られるティオナを知らない者は

 少ないはずである。 

 仮に知らないとして、この女性が本当に何者なのかわからなくなった

 ティオナは一先ず頷いて答える。

 女性は頷いて見せたティオナにやっぱり...と確信した様子でいた。 

 本人だけ何かを納得するのは不公平だと思い、ティオナも問いかけた。

 

 「そっちは何者なの?どうして、この階層に...」 

 「...私は精霊。神の分身にして付けられた名はナルヴィ」 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「...精霊...ナルヴィ...?」

 

 同じ名前の仲間を思い浮かべるも、すぐに別の事を思い出し始める。

 英雄譚以外にも冒険譚を読み漁っていたティオナでもその存在は

 知っていた。

 神々の最も愛された子供、そして神の分身。それが精霊。 

 神々の降臨前、嘗て人類ひいては英雄のために加護を授け、下界の

 モンスターを一掃するために神々が放った導き手であり、武器として

 神意を受け取って英雄を助力していた存在。

 オラリオには多くの精霊が遣わされ、それぞれの時代にサラマンダー、

 ウンティーネ、ノームなどが存在し、その中には俗世間の中で暮らす

 精霊も多いとされる。

 しかし、ある時代を皮切りに忽然と姿を消した。

 様々な考察や公論あるにしろ、人類の前から精霊は姿を消したのだ。

 そんな存在を目の前にしてティオナは意識が遠退きそうになるも、

 ナルヴィと名乗った精霊に手を握られてハッと直立した。

 

 「大昔に私はモンスター達の攻防に敗れ、傷付き呑み込まれそうになったけれど...

  彼が...コングが助けてくれたの。

  ずっとずっと傷が癒えるまで守ってくれて...

  お礼に私は言葉を教えてあげた。レイや他のゼノス達にも...」

 「そうだったんだ...

  だから、言葉を話せるようになったんだね」

 「はイ。...ですガ、私はとても言葉遣いが酷かったのデ...

  レックスさんに直してもらいました...」

 

 ションボリと耳が垂れさがる程、落ち込むレイにティオナは苦笑いを

 浮かべる他なかった。

 ナルヴィも優しく笑みを浮かべていたが、ティオナにまた問いかけた。

 

 「貴女の名前は?」

 「あたしはティオナ・ヒリュテだよ。

  ししょーの...えっとキングコング様の弟子で、その...

  今よりもっと強くなりたいってお願いしたら、ここに来たんだけど...」

 「...そう。それじゃあ、つまり...」

 

 ナルヴィは握っていたティオナの手を離すと、背を向けてティオナ達を

 見据えていた場所まで戻っていった。

 どうかしたのかと思った矢先、ティオナは吹き飛ばされそうになる。

 何とか踏ん張ってティオナはナルヴィを見ると、そこに居たのは

 先程までとは異なる姿のナルヴィ、否、精霊が居た。

 瞳が消えた眼。触手のように蠢く緋色の髪。

 正しく異形の姿、神秘の象徴とも言える。

 神威とは違った凄まじい威圧感に固唾を飲み、ティオナは混乱する。

 

 「私が相手をしてあげたらいいのね?」

 「...え?」

 

 ゴフッ

 

 「そう...わかった。それじゃあ、ティオナ」

 「あ、う、うん?」

 「全力で来なさい」 

 

 そう呟いた後、ナルヴィは両腕を交差させる。

 突然の事にティオナはキングコングに止めさせようとするも、レイを

 掴んでその場から一目散に退避するのを見送るしかなかった。

 その間にもナルヴィは何かを呟いていた。詠唱だ。

 

 「【閃光よ駆け抜けよ。闇を切り裂け。代行者たる我が名はルクス。光の化身。光の女王】

 【ライト・バースト】」

 

 それも短文詠唱だった。 

 交差している両腕の掌から無数の光り輝く手の様な閃光の砲弾が

 伸びてきて、一直線に向かってくる。

 ティオナは咄嗟に跳び上がり、回避したものの追尾してきた砲弾を見て、

 腰に引っ提げていた大双刀を振るった。

 

 「そっりゃぁあああっ!!」

 

 バギィイインッ! バギィイイインッ!

 

 砲弾は斬り裂かれ、他に追尾して来なかったのを確認しつつティオナは

 ナルヴィが居る場所より離れた所へ着地した。

 心拍数が上がり、興奮状態になりそうになるが冷静さを失わないよう

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

 「...確かに、こんなに強いなら...ベルに追いつける...!

  絶対、逃げたりなんかしないっ!」

 

 決意を固め、ティオナはナルヴィへ向かって行くのだった。




59階層に居た穢れた精霊の生存ルートシナリオ確立。
原作及び様々作品のキング・コングに登場するアンという立ち位置です。
名前がナルヴィなのは敢えて被らせてます。



ここまでご閲覧いただきありがとうございました。
では、ちょっとした話を。と言ってもそう大した事ではありません。

ここで区切ります。つまり 第一部 完 という事にします。

理由はベル君が今までスカー達と同じ所属していた氏族から独立して、独自の刻印を刻んたのでタイトルの挿絵を変えるからです。
来年のいつぐらいから再開する、というのも決めてませんが是非続きのご閲覧をお願いします。
では、次回で予告みたいなのを投稿しますので、第二部のURLから移動をしてください。
それでは皆様、よいお年を。2023年も健康第一に過ごしましょうね。


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予告

 ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか


             第 二 部


 「ロキ・ファミリアが襲撃されたようだ」

 「え...!?」

 

 「怯むな!確実に仕留めろ!」

 「デカブツ相手のセオリー通りにいくぞ!」

 「足を狙い、地面に落とす、だな!」

 

 「雑魚が俺に噛みつくんじゃねぇえっ!!」

 「フィルヴィスさん。力を貸してください...!」

 「貴女に負けたくなかった...それだけ」

 「馬鹿ティオナに説教たれないと気が済まないんだっての!」

 

 59階層での熾烈

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「ポケモンマスターになってみせます!」

 「令呪をもって命ずる...!」

 「こいつが有機体なら殺して!メカなら!ぶっ壊します!!」

 「運がいいな」 

 『皮肉を検知』 

 「さぁ、ショータイムだ」

 「我らの道」

 「僕は...もっと強くなりたいです!」

 

 「来い...英雄の作法を教えてやろう」

 

 追憶にて、休息

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「あぁ、我が愛しのネフテュス。

  その滑らかで褐色に染まった肌を食べさせてくれ...!」

 「私はアポロン様に忠誠を誓った!必ず貴様らを倒してみせよう!」

 

 「散々俺をこき使いやがって。許すと思うなよコラ」

 「ウチがあんな変態糞神に忠誠を誓ってると思ったら大間違いだから」

 『あたしの拳で風穴空けられたくなかったら、とっとと退きな』

 『その程度で粋がるなんて...最近の若い子はホント軟弱ね』

 

 「ベル」

 「...ティオナ」

 

 ベルとティオナの決闘

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「リャガ・ル・ジータ...ディ・ヒリュテ」

 「久しい顔が見えたものだな」

 

 「何で私、ここに戻って来たのよ...!」

 

 「仲間と出会えたから...ベルが居るから!」

 

 嘗ての未練を断ち切るため

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「美しき狂乱を...」

 

 「やっぱり入る必要すらなかったわね」

 「ダイダロス通りが...クノックスが...」

 

 「私は...私の全てを捧げる!」

 「...いいだろう。そこまでの覚悟があるなら、歯を食いしばれ!

  この愚昧がっ!」

 

 都市の破壊者、死すべし

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「アンタレスよりも凶暴な悪が...目覚めようとしている」

 「俺達が来るずっと前から眠りについていたらしい」 

 

 「...彼らの仕業ね...悪しき血の者達の...」

 

 「...どうするの?」 

 「血が出るなら...殺せるはずだ」

 

 最恐の狩りが始まる





 

 ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうかⅡ
 http://syosetu.org/novel/305623/


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