ドンモモタロウが童磨をオトモと認めるまでのアレコレ! 略してドン×どま! オンリーワンのハイブリッド鬼退治物語、満員御礼・大好評連載中…ドンドン行くぜぇ!! (マキシマムとと)
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①【深刻なエラーが】ドン10話『オニがみたにじ』鬼頭はるか転送中【発生し■§た!】

 

 

平行世界(パラレルワールド)という概念がある。

似たような歴史を辿り、似たように人が死ぬ。

けれど、決して同じではない。

 

そうした可能性の世界。

 

 

 

あらゆる世界において、ドンブラザーズという集団を管理する人間は同一人物が勤めており、皆が同じように『マスター』と呼ばれていた。

だが、とある世界における『マスター』は他の世界の彼と比べて少しだけ気弱だった。

 

 

 

ある時、一つの出来事があった。

ドンブラザーズしての戦績に応じて配られる『キビポイント』を使用して同戦隊から離脱した少女がいた。

 

彼女は戦いという責務から解放され、幸せを手にした。

だが、その幸せの影に他人の涙が流れている事を知り、彼女は自らの意思で戦う道を選んだ。

 

 

 

決意した少女が荒々しく歩みより、マスターの服を掴む。

 

「マスター! ホントは私の事覚えてるよね? なんせ管理人なんだから」

 

動揺しながらも押し隠そうとする彼を睨み、

 

「覚えてるんだろコラ!!」

 

少女が声を荒げて叫んだ!

 

「お………覚えてます」

 

 

 

少女の名は鬼頭ハルカ。

 

 

 

通常であれば、その後ハルカの要望は叶えられ、元の時間軸で元のオニシスターとしてヒトツ鬼と呼ばれる人の欲望と戦う。

 

だが、この世界のマスターは気が弱かったのだ。

その輝くような意思の光を前に、端末を操作する指が震える程度には。

 

「あ………!」

 

enterkeyを押した瞬間に、その間違いに気付く。

しかし、その瞬間には、もうーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、お仕舞いかな?」

 

上弦の弐・童磨が、微笑みながら飽きた玩具に語りかける。

 

「は、はぁ…はぁ」

 

跪くのは花柱・胡蝶カナエ。

 

「無駄なんだって、わかってるだろ? どれだけ呼吸を意識しても無駄。俺の氷はとっくに君の肺を凍りつかせてる。今さら足掻いても無駄なんだから、大人しく俺に喰われなよ。楽になれるぜ」

 

(まだ致命傷には遠い。でも、勝ち目はもうありませんね)

 

冷静に判断して、呼吸の力に頼らずに立ち上がる。

 

「おぉ? おやおやぁ? まだ立つのかい? 信じられない。面白いな君は!」

 

(足掻けば、日の出までは生き長らえる可能性はある。それなら…どれほど苦しく、肺も脳も…身体の全てが焼けつくような痛みを理解していても、この鬼に喰われる未来だけは、退けてみせます!)

 

「ごめん、ね…しのぶ」

 

大切な妹は、きっと悲しむだろう、苦しむだろう。

それだけが彼女の心残りとなる。

 

 

ーーーーーはず、だった。

 

 

 

【ドン! オニシスター!!】

 

 

 

「なーーー!?」

 

突如、鬼の肌を焼く神々しい光が立ち上ぼり、そこから黄色い戦士が現れたのだ!

 

《鬼に金棒ゥ!》

 

どことも言えない空間から不可思議な声が響くと同時に、黄色い戦士の手には凶悪なトゲが無数についた巨大な金棒が握られた。

 

「おっりゃぁぁぁぁぁあ!」

 

猛獣のような気迫を込めて童磨に襲いかかる。

 

「な…! こ、れは!」

 

その仕草は歴戦の剣士とは程遠い。

まるでそこらの子供が我武者羅に振り回したような稚拙さ。

しかし、そこに秘められた脅威を童磨は己の鋭敏な感覚で掴み取った。

 

「こ、のぉ! 避けるなぁ!!」

 

「無茶苦茶言うねぇ君、これ当たったらヤバそうなんだが?」

 

しかし、回避を重ねる内に童磨の動きが小さく、少なくなる。

最適化が進み、脅威を正確に把握した。

 

「当たらなければどうということは無いんだぜ?」

 

金棒の振り終わりに鉄扇を添えて、容赦なく叩き落とす。

 

他愛無い。

童磨がそう思い、気を緩めた一瞬。

 

「なめんじゃねーよ!」

 

奇術のように、黄色い戦士の手に小銃らしき絡繰り(カラクリ)が現れる。

 

「アバターチェンジ!」

 

戦士がそれの一部に歯車のような部品を嵌めん込んでグルグルと回した。

 

【ドン!】【ドン!】【ドン!!】【ドンブラコォォォォォ!!】

 

《オニ・ロボタロウ!》

 

再び立ち上った光に身を焼かれ、後ろに後退った童磨。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!」

 

強靭な鎧を身に纏った戦士、いつの間にかその手に収まっていた金棒が火を吹き、表面にあったトゲの一つ一つが花火のように射出され、童磨目掛けて飛翔した。

 

「アハハ! なんだこれ! なんだこれはっ!! 面白いじゃないかぁぁぁ!」

 

着弾、そして爆発。

静まり返った市街地の中心で巻き起こった爆音と閃光。

異変に反応して一帯の住宅に明かりが灯った。

 

「…やるなぁ」

 

鉄扇で煙を仰ぎ、視界を確保した童磨。

しかしその先に求める人影は既に無く。

 

「今度は鬼ごっこ…か」

 

傷一つ無く現れた鬼が、冷たく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいて、行って…ください」

 

生きも絶え絶えな様子のカナエをハルカが睨んだ。

 

「馬鹿なこと言わないで!」

 

目を吊り上げて怒る少女に、カナエが疲弊した笑みで応える。

 

鬼と戦う道を選んだのはカナエ自身だ。

助けてくれた女性が戦う力を持っていたからと言って、この血塗られた道に引き込むわけにはいかない。

 

「あの鬼は、強い。きっと…追いかけてきます」

 

だが、カナエを救った女性はただの女ではない。

 

鬼頭ハルカ。

 

彼女はドンブラザーズのオニシスターであり、盗作漫画家と誹謗中傷されながら、それでも人を助けるために戦う道を選んだ戦士なのだ!

 

「だったらなおさら、ほっとけない! だって私は知ってるもの、貴女が死んじゃうって知ってて逃げたら、私はずっとずっと、この先私自身を許せないままだって。そんなの、絶対に認められない!」

 

輝くような瞳の強さに。

その美しさに吐息が漏れた。

ーーーその時。

 

「えらい!!」

 

廃墟となったあばら屋の屋根上から、声が降った。

 

「つっ!」

 

咄嗟にカナエを突飛ばしたハルカへ、鬼が襲いかかる。

 

「アバター…!?」

 

変身用のドンブラスター、そのトリガーが…硬い!

 

「俺は感動したよ! 出会って間もないゆきずりの女一匹のために命をかけられるだなんて!」

 

獲物に絡み付く蛇のようにハルカの肢体へ身体をすり寄せ、髪をひと房取って口へ運んだ。

 

「美味しい…」

 

「キッッッッッッッッッショ!!!」

 

足掻き、童磨から身体を離しながらドンブラスターを見て、異変の正体を掴んだ。

 

「凍ってる!?」

 

「その絡繰りの力で変身してるんだろ? バレないように凍らせるのは大変だったんだけど、喜んでもらえたみたいで俺も嬉しいぜ」

 

悪意。

それ以外の感情を捨て去った笑顔に、ハルカの表情が凍る。

 

ドンブラザーズとしての力を失った彼女は、結局のところ盗作疑惑の渦中にある売れっ子漫画家女子高生でしかないのだから。

 

「おっと?」

 

弱々しくも剣が切る。

カナエの剣。

その死線から身を躱して童磨が笑みを深めた。

 

「大丈夫さ、心配しなくてもちゃんと二人まとめて喰ってやるぜ」

 

うっすらと、常のごとく薄っぺらな楽しさが童磨口から溢れ出た。

正しく軽薄を絵に書いたような嘲笑が、しかし。

 

「来た!」

 

笑い声が重なり、確信したハルカの声が弾む。

 

「な…に?」

 

不可解な現象、その連続に知らず知らず童磨の鼓動が高鳴る。

それを更に高める雅な音色。

 

「ハッハッハッハッハ! やぁやぁやぁ! 祭りだ祭りだ! 踊れ歌えぃ! 袖振り合うも多生の縁、この世は楽園! 悩みなんざぁ吹っ飛ばせ!」

 

きらびやかな神輿に乗って、現れたるは暴太郎戦隊ドンブラザーズ・その主たる男の中の漢!

 

桃井タロウ、またの名をーーー【ドン!】

 

【モモタロウ!!】

 

「いざいざいざァァァ!!」

 

発射したエンヤライドン(※あの赤いバイクの名称。作者も今日初めて知りました)から飛び降り、重力を絡めた一撃を勢いよく振り下ろす。

 

「勝負!」

 

交差した鉄扇で真っ赤な戦士の一刀を受け止める。

その童磨の足元が沈み、嘘のように巨大な亀裂が入った。

 

「今度は赤色か、男は不味いから嫌いなんだ…ぜ!」

 

舞うように一対の鉄扇を振り払い、ザングラソードと火花を散らす。

 

「ほぅ! 少しは使えるヤツか!」

 

「そっちこそ、黄色い女の子と同じかと思えば、なかなか、どうして! ヤルじゃないか!!」

 

常人では認識すら不可能な剣と扇が生み出す生と死の舞踊。

 

タロウの剣を右の鉄扇で捌き、崩れた体勢を独楽のように回すことで左の鉄扇に活力を集め、全身をバネのように連動させてタロウの背後から斬りかかり、

 

「ゼッアァァ!!」

 

その動作を完全に把握していたタロウが飛び込むように前方に転がり、起き上がる勢いを剣に乗せて薙ぎ払う。

 

暇の無い攻防が数瞬の内に幾度も入れ替わり、金属の弾かれる音が破砕音となって空間を切り裂いた。

 

「す、すごい!」

 

「お供! バカみたいに口を開けるな! 手を動かせ! お前は何のために此処にいる!」

 

ハルカへの叱咤。

その間隙を見逃すほど、童磨は鈍くない。

 

「グハァ!」

 

鳩尾(みぞおち)を貫くような鋭い突きの一撃。

当たると同時に後方に跳ねてはいたが、小細工など意にも介さぬ鬼の怪力にタロウの足がよろめいた。

 

「なんだか、君のことは嫌いかも」

 

抜け落ちた表情。

感情の機微を知らぬ鬼が、それでも確として存在する不快感に突き動かされる。

 

「奇遇だな! 俺も全く同じだ!」

 

強烈なダメージを腹の奥底に封じ込め、威風堂々とした構えでタロウがそれを迎え撃つ。

 

【血鬼術・散り蓮華】

 

細かな硝子のような蓮華の花弁が、美しい死を伴って吹き荒れ、タロウの視界を塞ぐ。

 

「その奇天烈な服。肺は保護できても、全てを見通せるわけじゃないんだろ?」

 

僅かな戦闘の経験から、ドンブラザーズが纏うスーツの性能を理解した童磨が一気に攻勢に入った。

 

【蔓蓮華】を用い、煙幕となった散り蓮華の外側からタロウを打ち据え、二体の【寒烈の白姫】を生み出して足場を凍らせる。

 

「さっさと死ねよ」

 

普段の飄々とした態度からは想像もできない厳しさを見せ、告げた。

 

「【血鬼術・冬ざれ氷柱】」

 

宣言を行い、威力と範囲を増強した氷柱の雨が降り注ぐ。

 

「タロウ!!」

 

仲間の危機に、ただ悲鳴をあげるハルカ。

 

(このままで良いのかアタシ! こんな、ただ見てるだけで、何も出来ないだなんて!!)

 

負けられない、助けたい、力になりたい!

 

そうした想いが炎となって燃え上がる。

炎は照らす。

凍え、凍りつき、諦めかけた命の中に火を灯す。

 

「ハルカさん、呼吸を…!」

 

口から血を吐きながらカナエがハルカの持つドンブラスターに手を添える。

 

「カナエさん?」

 

「一瞬だけ、手本を、見せます。きっと貴女なら、呼吸を扱える」

 

ハルカの片手を自らの胸の内側に誘い込み、慌てふためく彼女へと微笑みかけた。

 

「血の流れを意識して、心臓の鼓動を…早めてください。ひたすら、愚直なまでに、肺を大きくして。たくさん空気を取り入れて」

 

カナエの声。

悶えるような痛みと苦しみを押し込めて、それでも凛と響いてハルカを導く心地よい音の列が、その内側に入り込む。

 

「フーーーーーー!!」

 

少しずつ、トリガーを固める氷に亀裂が入る。

 

「血が驚いた時、骨と筋肉が、連動し、熱くなって…強く、なって!!」

 

「「全集中!」」

 

二人の叫びと共に、光を弾いて氷が散った。

 

【ドン】【ドン】【ドン!】

 

【ドンブラコ~!!】

 

「アバターチェンジ!」

 

《オニシスター!》

 

「鬼に金棒! タロウをいじめるなぁ!!」

 

驚き過ぎて固まった童磨に、この夜初めての痛打が入る。

 

「グハ!!」

 

吹き飛び、壁にめり込んだ童磨へ警戒を続けるオニシスターの肩を、タロウが叩いた。

 

「タロウ!」

 

「良くやった!!」

 

そして。

 

「お供達! 最終奥義だ!」

 

「え?」

「え?」

「「えぇぇぇぇ??」」

 

二人の困惑を他所に、豪奢に光る櫓が興る。

 

「あぁぁ、もう! カナエさん、つらいと思うけどあと一押し、手伝って!」

 

「え、えぇ? はい??」

 

ガラガラと音を絶てて巻かれる歯車、その回転が櫓を天へと持ち上げる。

その最上段に位置するタロウが高らかに声を張り上げた!

 

 

 

「桃代無敵・アバター乱舞!!」

 

 

 

虹の剣線を棚引かせ、闇夜に舞い踊る剣の閃光。

 

《モモーータローーザン!》

 

光は、狂いなく鬼を切り捨てた。

 

「やった!」

 

達成感から、軽く肩を下げるタロウと喝采を上げるハルカ。

しかし鬼狩りとして、柱として生きた胡蝶カナエだけは見ていた。

 

「まだです! 鬼は頚を斬らなければ死なない!」

 

ドンブラザーズが普段相手取っている『ヒトツ鬼』と『鬼』の違い。

それが明暗を別ける。

 

「は、ははははは! やってくれるねぇ」

 

「な、バカな!」

 

胴体から下をなくし、それでも微笑んだ童磨が睨む。

 

「とどめを!」

 

カナエの声も虚しく、鬼の願いは無慈悲を招いた。

 

「【血鬼術…霧氷・睡蓮菩薩ゥゥウ!!!】」

 

全身全霊を賭けて放たれた鬼の術!

見上げれば首がもげるほど、莫大に巨大な仏の氷像が現れ出でた。

 

全てを捧げて行使した鬼の秘術は、朝日の訪れとともに消え去るだろう。

だが、質量とは力だ。

純然で純粋なその暴力は、近隣一帯…あらゆる命を容赦なく奪う。

 

その事実に、かえがたい現実に。

至らなかった己の弱さに。

これ程の業を抱え込み、足掻き震えて人を害する以外に進めない、そんな悲しい鬼の魂の嘆きを聞いて。

 

カナエの瞳から涙が零れた。

 

「…?」

 

その涙をタロウが拭う。

表情の見えない仮面の奥から、暖かな心がカナエを励ました。

 

「泣くなお供よ! まだまだこれからだ!」

 

「…え?」

 

「よく見ておけ! 祭りとは! 笑うものだぁ!」

 

呵々大笑!

 

天すら突き動かすような笑いの声を響かせて、タロウが黄金のロボタロウギアを手に取った。

 

【ドン】【ドン!】【ドン!!】

 

【ドンブラコー!!】

 

光が渦巻き、金色の奔流となって氷像を押し退ける!

 

「ドン全界合体!」

 

アバター空間を引き裂き、巨大化したエンヤライドンとジュランティラノが現れて重なる!

 

《ドンゼンカイオー》

 

現れ出でるは大巨神!!

 

異なる世界の境を超えて!

 

輝く機械の日輪を纏いて!!

 

「祭りだ祭りだぁ!!!」

 

いざ!

いさ!

いざいざいざァァァ!!!

 

風が逆巻き大地が唸る。

世界の条理を狂わせて、いざ尋常に!

 

「勝負! あ・勝負ぅ~!!」

 

ドンゼンカイオーそのものとなったタロウの口上に、童磨の氷像が目を光らせて応える。

 

「気にくわない、こんなに誰かに苛々したのは生まれて初めてだぜ! 何が祭りだ! 何が極楽だ! この世は地獄、誰も彼もが無知蒙昧で、自分で自分の頚を絞めている事にすら気付かない馬鹿ばかり! わかってる癖に! お前は俺と同じ側のイキモノの癖に!!!」

 

童磨は生まれつき優秀だった。

どのようなことでも習えば完全に理解し、指導者よりも優れた結果へと至った。

 

「ハッハッハッ! 笑わせるな! お前程度が俺様と同じであるものか!」

 

アバターソードの剛刃が唸り、氷像の拳が悲痛を奏でる。

その剣舞が火花を散らす。

 

太郎も生まれつき優秀だった。

彼にとって大人が言う難しい事など片手間で処理できる雑事でしかなく、その程度の小石に躓いて動けなくなる他人が理解できなかった。

 

「何故だ! 同じはずだ! お前は、俺と! 同じ筈なのに!!」

 

「………!」

 

わかっている。

どれほど暴れ、武威を示そうともその本質は同じ。

タロウと童磨は、同じ鬼を抱えて産まれついた。

 

しかしーーー。

 

「俺には人の幸せがわからない」

 

嵐のような攻防が終わり、タロウが呟いた。

 

「は、はは。そうだろ? そうだろうとも! 俺達にはーーー」

 

的を射たとばかりに童磨が喜び、しかし。

 

「たから! 人を幸せにすることで、幸せを学ぶ!」

 

この考えに至れたのは、決してタロウが童磨より優れていたからではない。

 

「ふざけるなよ?」

 

彼には、道を示す人がいた。

 

「ふざ、け……ぁぁぁぁあああああ゛!!!」

 

童磨と違って。

 

 

 

羨望、怒り、憎しみ、渇望。

 

 

 

表と裏。

鬼と人。

 

決して変えられない過去がもたらす平行線が、今ここで交わる。

 

「【血鬼術・冬ざれ氷柱】」

 

突如として猛吹雪が天へと逆巻き、恐ろしき氷の柱を作り出す。

 

ーーー無数に。

 

空を埋めつくす死柱の影。

これがもし放たれたならば、ドンゼンカイオーの力で食い止める事は不可能…!

 

天災の如き鬼の術が今、世界を食い潰そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やばい!」

 

ピンチがヤバすぎて超やばい!

 

慌てて鬼ぴょいポーズを決めたハルカだが、それで事態が変わることもなく。

 

「やばいよ! 鬼やばい!」

 

見上げれば山のように巨大な敵と、それが生み出した氷の柱。

頭を抱えて転がるハルカを他所に、カナエは明確で不可避な『死』に立ち向かうドンゼンカイオーを見つめていた。

 

(力になりたい…!)

 

タロウは受け止めてくれた。

他人はおろか、本質的には実の妹にすら理解されなかった『鬼を救いたい』と言う思いを。

 

受け止め、その上で笑い飛ばしてくれた…!

 

「貴方の、力に!」

 

現実は非情だ。

願いだけでは叶わない。

 

だが、現実は!

願わなければ! 叶わない!!

 

 

 

【ドン!】

 

 

 

「え!?」

 

唐突に響いたその音に、ハルカが固まる。

 

【ドン!!】

 

しかしカナエにはわかった。

その銃の意味が。

突如、眼前に現れたドンブラスターのその価値が!

 

【ドン!!!】

 

ためらいなく手に取り、喜びを胸に解き放つ!!

 

「アバターチェンジ!」

 

【ドンブラコー!!!】

 

目映い閃光の中、カナエの身に光が纏う。

それこそは『白』の戦士!

 

胡蝶の羽織と同色のスーツに身を包み、現れたるは新たなお供。

 

《ヨッ! チョウシスター!!》

 

「え! え! えぇぇぇぇぇぇえええええ???」

 

混乱するオニシスターへ、ロボタロウギア見せ付けてカナエがーーーチョウシスターが先導した。

 

【ドンドンドン!】

 

「花の呼吸!」

 

【ドンブラコー!!】

 

艶やかな花吹雪が白を彩る。

 

《チョウ・ロボタロウ!!》

 

鋼の花弁を身に纏う。

一拍遅れでオニシスターもロボタロウへと身を変えた。

 

「行きます!」

 

「へ、は、ひ! ヒャーーーー!!」

 

ハルカの理解を待たず、その腕にオニシスターを抱えてチョウシスターが飛翔した。

 

《天限突破ァ! 月・光・蝶ォ!!》

 

巨大な蝶々の翅が虹色に輝いて闇夜に浮かぶ。

カナエは知っていた。

己が進むべき道の名前を!

 

「超次元合体!」

 

「わわわわわ! やってやるわよぉ!」

 

二人の戦士の意思を受け、ドンブラスターが唸りを上げる!

 

「「ユニオンライン・アバタードライブ!!」」

 

光の線がドンゼンカイオーと繋がり、三つの心が一つに重なる!

 

背に蝶を、両腕に鬼を!

これこそが!!

 

「ドン全界三位一体!」

 

《ドンゼンカイ・キッチョウダイオー!》

 

新たなる巨神が、天の定めを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

 

キッチョウダイオーの内部では、姦しい高音が繰り返されていた。

 

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

 

「さっさと押せ!」

 

カナエとタロウの前には既に止まったルーレットが表示され、そのど真ん中に桃の絵柄が揃っていた。

 

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

 

この音の正体。

それこそが三人の眼前にあるルーレット。

 

『鬼』『蝶』『桃』(キッチョウトウ)

 

この3つの絵柄がグルグルと回り、今もハルカの停止ボタンを待っている。

 

「だーーーーー! なんなのよ! なんでルーレット!? スロットゲームとか誰得なのよ! 目押しなんて出来るわけないでしょ!?」

 

至極もっともなツッコミなのだか、それを理解出来る人はここに居ない。

 

「何故だ!? 真ん中に桃が来た時にボタンを押すんだ!」

 

「わぁぁぁぁがってんの! そんなのわかってて困ってるんだよぉ!!」

 

【5】【4】【3】

 

「ファ! カウント!? 時間制限!?」

 

容赦ない宣告に、ハルカの混乱が最高潮!

 

【2】【1】

 

「だー! んもー知らない!!」

 

目を閉じてボタンへと拳を振り下ろす。

その結果は………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『桃!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【桃】【桃】【桃】大当たり~!!

 

《ヨッ! 両手に花ぁ~!!》

 

祝福のファンファーレが花束を落とす。

 

「やた! やたやたやたっ! すごいアタシ! 鬼凄い!!」

 

喜ぶハルカの頭をカナエが優しく撫でた。

 

「よし! オプション選択、Wi-Fi接続!!」

 

「ファ!? たたた、タロウ今Wi-Fiつった? Wi-Fiなの? ゼンカイオーってスマホアプリだったの??」

 

「Wi-Fi…ワイド、ファイブスターだ…」

 

「苦しいよね? その語呂合わせ無理じゃね? てかなんでファイブスター…ロボ漫画の神かよーーーよ!?」

 

唐突な浮遊感。

アバター空間とドンブラザーズが強固に繋がり、その結果として鬼とドンゼンカイ・キッチョウダイオーを異空間に落とす事に成功したのだ。

 

「これで周囲への被害は防げた」

 

「けど、今度はあの氷が全部コッチ目掛けて落ちてくるんでしょ? て、やばい! 目が光ってる! 来るよアレくるくる! 絶対来るよタロウォォォォォォォォ!!」

 

「ここは私が!」

 

二人を押し退け、チョウシスターが立ち向かう。

この身は仮初め(アバター)

だから、今だけは呼吸が使える!

 

 

「花の呼吸・終ノ型ーーー彼岸朱眼ーーー」

 

 

カナエの呼吸により、キッチョウダイオーの目が変わる。

真紅に瞳が燃え上がる!

 

《ヨッ! EXAMシステムゥゥウ!》

 

「おおお、怒られるよ!?」

 

ハルカの渾身のツッコミも虚しく、赤光を放って機神が吼える。

 

「これは、行けるぞ!」

 

迸っては迫り来る氷の柱。

一つの巨大な濁流のように思えていた柱の中に、確かな隙間が存在している!

 

「「「全力・全開・全集中!!!」」」

 

三人の心が一つとなり、合わさった全てがキッチョウダイオーを突き動かした。

 

蝶の翅が羽ばたいて、鬼の(カイナ)が煌めいて!

 

「「「必殺奥義!!!」」」

 

【ドン!】【ドン!!】【ドン!!!】

 

三枚のロボタロウギアが光を放ち、空中に三つの輪を描く。

その光はシルエット。

 

「やってやるぜぇ!」

 

氷柱の雨をかわしながら、タロウがキッチョウダイオーの拳を操る。

殴りるは光、光の影よ!

 

【鬼!】

 

一枚。

 

【蝶!!】

 

二枚。

 

【桃!!!】

 

三枚の光輪がドンゼンカイ・キッチョウダイオーへと吸い込まれてれて、

 

《スキャニングチャージ!》

 

月光蝶の翅が空間を超えて広がり、キッチョウダイオーが天へと舞い上がった!!

 

 

 

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

キッチョウキッチョウ・キッチョウトウ!

 

 

 

【ドン・ゼンカイ・OOO(オーズ)クラッシュ】

 

 

 

「「「セイヤー!!!」」」

 

 

 

超質量の神威が氷像を打ち砕く。

 

「馬鹿な…」

 

鬼としての終わりを前に。

しかし、童磨の心に残ったのはーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってしまうのですか?」

 

朝日。

輝く太陽に照らされた、この町並みを守った勇者が別れを告げる。

 

「俺のお供が向こうの世界で戦ってる」

 

「え゛帰ったら二回戦突入コースなの? もぅ私限界なんだけど!?」

 

目の下にクマが出来たハルカの嘆きをサックリと無視して、タロウがカナエの頭を撫でた。

 

「お前も俺のお供だ、ピンチの時には駆けつけてやる」

 

「タロウ様…」

 

潤んだ瞳でカナエが彼を見つめ。

 

「たろーさま…」

 

その隣で童磨が同じようにタロウを見つめた。

 

「うん、お前(童磨)は無いな!」

 

そう、タロウはドンブラザーズだ。

鬼を斬り、人へと戻す正義の戦隊。

 

「ヒドイなぁタロウは、俺とお前の中じゃないか」

 

ニヤリと唇の端を吊り上げて笑い、タロウの肩に手を回した。

 

「まさか、人間に戻る日が来るとは…」

 

流石に感慨深いのだろう。

登り来る朝日を眩しそうに見つめる童磨の横顔はどこか超然としていた。

 

「俺は人喰いの人殺しだ」

 

「そうだな」

 

例え人に戻った所で、その事実は変わらない。

だからタロウは極めて冷静に童磨を見つめた。

その瞳の鋭さが、童磨にはまだ厳しくて。

 

「誰ぞ殺した人間の縁者にでも、首を捧げるかな?」

 

軽く、まるで気さくなジョークのようにこぼした言葉。

 

「バカ野郎!」

「グハァ!」

 

ハルカが童磨の腹を殴った。

 

「ふざけんな! そんな逃げ道許さないんだから! アンタ私がどれだけ苦労して退治したと思ってんの? アンタはね! これから死ぬまで働くの! 人を助けて人を助けて人を助けて人を助けるの! そうやって、お爺ちゃんになっても前のめりで生きて! 生き抜いて! それで初めて人間になれるんだ! 中途半端な覚悟で人間やってんじゃねーよ!!」

 

かなり深い所に入ったのか、腹を抱えて蹲る童磨の頭にカナエが手を添えた。

 

「貴方一人では難しいでしょう。けれど貴方は独りではありません。乗り掛かった船ですもの、私が手助けしてあげますよ」

 

カナエが優しく微笑んでみせた。

 

 

 

 

 

こうして歴史は変わった。

その因果が何処へと通ずるのか、それを知るものはまだいない。

 

だが、世界を超える繋がりが互いを思いやる限り、物語に終わりは無いのだ。

 

戦士よ、鬼を倒せ。

戦士よ、鬼を救え。

 

 

暴太郎戦隊ドンブラザーズ『ドン10話・errorstole』開幕。

 

 

 

 



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②【とんでもねぇエラーが】鬼滅の刃 第29話 那田蜘蛛山【に発生◇$■¶!!】前編!


短編から連載に設定変更しました。
対戦ヨロシクお願いします!!




 

 

「何故こんな事になる…!」

 

『絶賛閉店中!』の張り紙を表に、喫茶どんぶらの室内でマスターが一つの端末を睨み付けていた。

 

桃井タロウの帰還プログラムにバグが発生したのだ。

 

本来であれば有り得ない現象。

そもそもの話、いくらでも替えの利くお供を助けるために、誰一人として代わる者がいない【ドンモモタロウ】がエラー時空にインサートしたという、頭の痛くなる現実こそが有り得ない話なのだが、その原因の一端を担う以上、マスターに仕事を投げるという選択肢は無い。

 

わめき散らしたい心を切り離し、端末を。

その先に見える景色を睨んだ。

 

「童磨…厄介な奴め」

 

 

 

 

 

 

事の起こりは前話の終盤にまで遡る。

 

ハルカの恐ろしい恫喝と、それに震えた管理者のミスにより始まった一連の騒動。

それが終局し、円満に別れを迎えたその瞬間。

 

「よっと」

 

気負い一つ無く、当然のように童磨が光の扉を潜った。

 

「へ? えっ??」

 

胡蝶カナエの手を引いて。

 

「…は??」

「何ぃ?」

 

振り向いたハルカとタロウの驚愕は、あまりにも遅すぎた。

 

「どうした? 腹が減ったのかい?」

 

目映いアバター空間を背景に、ニコニコと擬音が見えそうな屈託のない表情で笑う童磨。

その彼の襟元を掴んでハルカが怒鳴った。

 

「な! ななな!? なんで付いてきてんの!?」

 

くっつかれて嬉しい。

そんな気持ちを隠すこと無く眉尻を下げ、童磨がへらへらと口を開いた。

 

「だってハルカちゃんが言ったんだぜ? 『人を助けろ』って、もちろん俺は可愛い可愛いハルカちゃんの言葉に従うけれど、どうせ助けるなら俺はハルカちゃんを助けたい。だってほら、君に見つめられるだけでこんなに胸がトキメクんだもの! 可愛い! 胸が張り裂けそうなほど愛おしい! こんな素敵な気持ち生まれて初めてだぜ! ハルカちゃん! 好きだ!!」

 

身長差を活かしてそのままハルカに抱き付く童磨。

 

「んぎゃー!! こぉんの、野郎ォ!」

 

ハルカ怒りのボディーブローが童磨の腹に突き刺さる。

ーーーその時。

 

けたたましい警報がアバター空間に鳴り響き、白と青のプリズムで構築された世界が一面赤に切り替わる。

 

【エラー発生】【エラー発生】【エラー発生】

 

【エラー発生】【エラー発生】【エラー発生】

 

黒と黄色の警告色で空間一帯を包む文字が浮き上がり、彼等を取り囲んで交錯しながら少しずつその範囲を狭めてくる。

 

「アレ? これ…もしかしてヤバいのかな?」

 

さりげなくハルカの腰に手を回す童磨と、その阻止に命を賭けるハルカの攻防。

 

「遊んでいる場合か!」

 

タロウが叱咤しながらドンブラスターを抜き放ち、足元にアバターゲートを作り出した。

 

「急げ!」

 

童磨を押し退けてハルカが、次にカナエがゲートに消える。

 

「どうした、早くしろ!」

 

タロウが童磨を急かし、大柄な彼を見上げた瞬間。

 

「ハハッ、やっぱりお前…嫌いだなぁ」

 

視線がかち合うだけでお互いの思考が読み取れる。

他者の思考を読む事など造作もないが、読みながら読み返されるとなると、タロウには経験が無かった。

 

見せ付けるように腕を組み、嘲笑を浮かべて目で喰らう。

 

「俺は確かに負けた」

 

じわりじわりと狭まる世界。

 

「それを否定する気はないんだぜ?」

 

次第次第に高まる闘気。

 

「けど、負けや間違いを犯したからって、それを諦める理由にしちゃ駄目だって、俺の女神が言うから」

 

赤子のそれより無垢な笑みで童磨が構え、剣の切れ味冴え渡る眼力でタロウが拳を握り締めた。

 

「お前の口上は好きだぜ? 『いざ、尋常に』」

 

「「勝負!!」」

 

先手を選んだのはタロウ。

身長は同程度。

しかし対格差を鑑みれば長期戦は不利となる。

そして迫り来る空間の消滅を思えば、待ち構える選択肢など考慮にすら値しない。

 

「やっぱり、殴りかたも様になってる」

 

穏やな童磨は、笑顔を浮かべたままその拳を受け止めた。

回避・防御…何れの行動も選ばずに。

 

「ぐ…ぉ!」

 

間違いなく、桃井タロウは天才だ。

常人とは違う瞳で世界を生きて、常人とは違う速度で世界の真理を解読して進む。

 

平和な世界に生まれ、拳で人を殴る経験が無くとも、ただテレビ越しに格闘技を眺めた記憶。そのたった一つの経験から最適で最高の武闘家としての極められた一撃を放てる。

 

(一撃で沈める!)

 

その意思を込めて放った拳は、

 

「…やるじゃないか。これは痛いぜ」

 

ーーーだが、と童磨が唇を舌で濡らした。

 

本来、人の拳とは物を掴むために機能する部位であり、それを握り締めて物質を叩くようには出来ていない。

だから拳を用いる格闘を主とする武闘家はその強化・鍛練を怠らない。

鈍器としての扱いのために、心血を注いで本来の在るべき機能を壊し、崩して再構築するのだ。

 

ーーー長い長い、年月をかけて。

 

「俺さ。鬼になる前も鬼になってからも、人を殴った経験は無いんだぜ? お前と同じで」

 

芸術的な迄に真芯を捉えた一撃のお陰だろう。

タロウの手は、その甲の骨に亀裂が入る程度の怪我で済んだし、殴られた童磨は僅かにその巨体を中空に浮かせた。

 

…だが、それがどうした?

 

殴った側がたたらを踏むほどの負傷をして、殴られた本人は飄々とこちらの様子を窺っているのだ。

生まれてこのかた経験の無い異常事態に、明晰な頭脳と堅牢な精神がどうしようもなく揺らいだ。

 

「だからお前は俺にとっても初めての人間になるわけだ! キッショク悪ぃな、ハハハ!」

 

機械のように意思の無い拳。

相手を憎まず、相手を尊ばず。

ただ殴るための拳がタロウの腹に突き刺さり、その身体をくの字に折り曲げた。

 

「う~ん、対格差ってのは正義だねぇ。我ながら恐ろしいぜ」

 

格闘家の観点からして、童磨の肉体は理想形に近い。

高身長になればなるほど、タロウがそうであるように自然と細く尖ったり、逆に肉が付きやすくなる。

 

だが童磨の筋肉は太く、しなやかで強靭だ。

鍛練すら必要とせず、本来の用途と違う『打撃』にすら対応し得る頑強を、骨にまで伝えて遺憾なく発揮する。

 

「…だけどこれ、長い間鬼だった補正が入ってるな。鬼補正? いくらなんでもこの肉体は強すぎる」

 

小鹿のように足を震わせるタロウ。

追撃に移る気配もなく、むしろ背を向けて数歩進み、距離を取った童磨が一対の鉄扇を大仰な動作で広げた。

 

「俺はお前を過大評価するつもりはないが、その逆もまた無い。公平にヤろうぜ? もちろん、お前が逃げ出したいのなら止めはしないが?」

 

眼前の脅威、差し迫る空間の消失。

 

彼がただの天才であったなら、無駄なリスクに片足を入れることなどしなかっただろう。

むしろ今後ドンブラザーズにとって危険因子となり得る存在をアバター空間に閉じ込めて抹殺する事すら有り得たかもしれない。

 

だが、彼は天才である以上に『戦士』なのだ!

あまねく歴代のヒーロー達の魂を受け継ぐ、男の中のドンブラコ!

 

【ドン・ドン・ドン・ドンブラコォ!!】

 

「アバターチェンジ!」

 

発奮興起!

 

『赤』のスーツに身を包み、ドンブラザーズが一党の頭。

【ドンモモタロウ】が現れ出でた!

 

《ヨッ! 日本一ぃ!!》

 

合いの手の言葉に恥じる事なきその勇姿!

ザングラソードを煌めかせ、一気呵成に攻め立てるぅ!

 

「くっ…フッ、、、ハハ!」

 

鬼の力を引き継いだといっても、あくまでもそれは本来の能力の一部に過ぎず、また一世紀に近い長い年月を『鬼』として存在していた童磨にとって、人間の肉体は重すぎた。

 

そして、何よりもーーー。

 

「どうした!? その程度で俺を煽ったのか!」

 

タロウがあえて殺意を乗せた致命的な剣線だけを鉄扇で弾きながら、しかしその肉体には無数に細かな斬撃の印が刻まれる。

 

「ハハ、少ぉし不味い…かな?」

 

首と日光以外に明確な弱点を持たず、損傷など一瞬で消え去ってしまう鬼の肉体に慣れきり、それを前提としている童磨の戦闘スタイルそのものが、この場において致命的な過失となっていた。

 

「ゼィヤぁ!!」

 

上段からの打ち下ろし。

抜刀状態にある人類が成し得る、合理の極致。

凌ぐためには両手の扇と骨を犠牲にする以外に無い、完全にタイミングを見計らった豪剣が童磨を討つ。

 

「流石だぜ、たろーちゃん!」

 

楽しげな笑みを崩さない童磨。

その様子に一瞬の疑念が過った。

 

(この男は俺と同等の能力を持つ。それならば見えていた筈だ、この結末に至る盤面が………まさか!?)

 

「氷の呼吸…」

 

童磨が穏やかに告げた。

 

肺の使い方、気道の筋肉、空気への理解。

全身を駆け巡る血潮と、その循環を生み出す臓器の猛烈な蠢動(しゅんどう)

 

まるでアバターチェンジでもしたかのような急激な変化が、タロウの剣を撫でるように絡めとり、刹那の後には鉄扇の冷気がタロウの首に添えられていた。

 

「…これで一勝一敗」

 

童磨に殺意は無い。

その内にあったのは。

 

「この世界の人間の技だ。この技術を極めなくては立ち向かう事すら出来ないのが、この世の鬼だ」

 

互いに姿勢を正し童磨は呼吸を、タロウはチェンジOFFを行って緊張を解いた。

 

「鬼は理不尽だぜ? 俺がいた世界に戻る事になるようだし、ゆめゆめ寝首を掻かれないように気を付けるんだね」

 

スッキリした様子でゲートに足を向ける童磨を、タロウが止めた。

 

「口で言えば十分に伝わっただろう!?」

 

「は? そんな事したら俺が負けっぱなしになるじゃないか?」

 

勝者の笑みで、童磨が消える。

 

「…チッ」

 

舌打ちを響かせながら、しかしタロウの瞳はギラギラと狂暴な歓喜を輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーなってんのよ!?」

 

アバター空間から落っこちた先は、再度の戦場。

先ほどみた朝日の景色とは真逆の肌寒い闇夜の森の中。

 

背中に『滅』の一文字が縫われた黒い制服を身に纏う剣士の集団が、奇っ怪な動きで剣を振り回してはオニシスターに襲いかかっていた。

意識もなく、呻き声を垂れながら迫るその姿はまるで。

 

「ひぇぇぇぇ! ゾンビ映画!? ゾンビ映画の世界キタコレ!?」

 

(フルコンボウ(あの金棒の名前です、作者は3日前に知りました)で殴ったりして、万が一腐肉が飛び散ったりしたらアタシ絶対に死ぬ! 心が死ぬ!)

 

「もぅヤダ! ヤダヤダヤダヤダヤダ!! 超怖い! チョー怖い! 鬼コワイィィィ!! ドンだけ待ってもタロウ来ないし! もぉ! 労働局に訴えてやる! ドンブラザーズなんて辞めてやるんだからぁ!!」

 

視界を妨げる夜の帳と森の草木、想像力を掻き立てる血臭と呻き声。

膝と頭を抱えて器用に鬼ぴょいポーズを決めたハルカだが、彼等に可愛さなど通用しない。

 

「ハルカさん!?」

 

操られた剣士の一人がハルカの背中越しに剣を振り上げる。

間に合わない!

カナエの叫びは、しかし!!

 

 

 

「水の呼吸!」

 

 

 

独特に、空気を震わす呼吸の響き。

 

「肆ノ型!!」

 

誰かの為に、命の為に。

常に懸命に立ち向かう、勇気の音色を伴って!

 

「打ち潮!!!」

 

竈門炭治郎。

この世界の主人公たる男の中の(お母さん)が、その危機を切り払った。

 

「大丈夫ですか!? この人達は蜘蛛の糸で操られているみたいなんです!」

 

「おい権八郎! コイツら何だ? 変態か!?」

 

確かに、オニシスターとチョウシスターの出で立ちは奇抜ではある。だが。

 

「俺は炭治郎だ!! …て、お前がそれを言うのか!?」 

 

伊之助(猪頭)が言えた台詞ではないのだ。

 

「あ゛あ゛ん? どーいう意味だゴラァ!」

 

蜘蛛の糸と格闘しながらも言い争う二人の影で、チョウシスターが呟いた。

 

「成る程、私とした事が気が動転しておりました」 

 

それからはーーー、

 

「花の呼吸ーーー漆ノ型・胡蝶蘭!」

 

一瞬。

 

「は………え?」

 

「ウッそだろオィ、米粒みてぇなチビ蜘蛛まで、一匹残らず叩っ斬りやがったぞ!?」

 

風に舞う蝶々のような、緩やかな羽ばたきを感じさせる優雅な舞い。

しかしてその剣は効率と緻密によって極限にまで研ぎ澄まされた秘剣。

鬼滅の歴史により裏打ちされた花の呼吸、至上の連撃剣が闇に蠢く邪悪を打ち払ったのだ!!

 

「凄い! スゴイ!スゴイ! カナエちゃん格好いい!」

 

無邪気そのもの。

元気を取り戻したオニシスターが小躍りしそうな勢いでチョウシスターに抱き付き、押し返される胸の弾力に硬直した。

 

「…待って、まてまてまて、え? あれ? カナエちゃん何歳?」

 

「はい? 私は数えで17になりますが、どうかされたのですか?」

 

「ジーザス! タメじゃん!? 同い年でこの差!? は? は? ハァァァァァァア!?」

 

有無を言わさず『グワシ』と胸を揉みしだく。

 

「ひゃ!?」

「ブッ!?」

 

驚くカナエと首が折れそうなほど高速で首をへチに回した炭治郎。一人状況を理解していない伊之助は不思議そうに腕組みをして首を傾げた。

 

「チート!」

 

ハルカは叫びながら腰の細さをサワサワと確認し、もう一度胸を掴んで轟き叫ぶ。

 

「チィィトォォォーーーーーーーー!!!」

 

 

 

ーーーと、その瞬間。

 

 

 

「【斑毒痰】」

 

 

 

「アギャ!?」

 

オニシスターの首と腰をしっかりと抱き締め、チョウシスターが出し抜けに地面を転がった。

 

「なに!?」

 

彼女達がいた場所から、鼻がもげて涙まで流れ出そうな強烈な臭気と、物質が溶解するおぞましい音が届いた。

それは毒。

恐ろしく濃い毒素を凝縮し、強い粘性を持ってこの世のあらゆる繋がりを融解させる悪鬼の外法。

 

「チッ…面倒だな」

 

その声は、空。

月光を受けて煌めく糸のその上に立つ、白い少年の口から放たれた。

 

「あのお方からの警告は、やっぱり正しかった」

 

白い髪の間から覗く冷酷な片目。

その上下には赤丸の文様。

 

「お前は…!?」

 

炭治郎の誰何(すいか)に応えるように、悪戯な風が舞い上がり白い少年の髪を掬い上げた。

 

隠されていた左目には《下伍》の刻印。

 

その名は『累』他の鬼へと力を授ける能力を持ち、例外的に群れる事を許された子供の姿の絆鬼。

 

「下限の鬼!」

 

カナエは知っている。

如何に下限とは言えど、数字を与えられた存在の恐ろしさを。

 

呼吸を更に深め『悪鬼滅殺』の日輪刀を腰だめに構えた。

暴れ狂うような血液の膨張が、その活力の渦がアバタースーツの外側にまで溢れて美しい花弁の閃光を放つ。

 

「花の呼吸ーーー」

 

「待って!」

 

臭いでも触感でもない。

女の勘でハルカが叫んだ。

 

「ドンブラスター!」

 

小銃から射ち出された光の弾が複数の花火のように天へと登りーーーその途中で不可視の糸に切り裂かれ、火花を生じて掻き消えた。

 

「なんだよ、黄色はカスだって聞いてたのに…」

 

厄介な柱を誘い殺すための罠を見抜かれた累が不服そうに呟き、

 

【殺目篭・弐ノ絆】

 

三重に折り重なった死と糸で作られた巨大な篭が編み出され、四人を取り囲んだ。

 

「うォあ!?」

「これは、なんて臭いだ!!」

「なに! なになになに!?」

 

三者三様に取り乱す中、カナエは冷静に累を睨みながら呼吸を整える。

 

「私の背後に集まって下さい!」

 

扱うは伍ノ型・徒の芍薬。

急角度の剣閃が芍薬の花弁のように咲き誇り、僅か一息の間に血鬼術の全てを切り捨てていた。

 

「なんて、凄い…!」

「お、おぉ」

「チート過ぎる…」

 

しかし。

 

<やっぱり、お前に対抗するにはまだ足りないのか>

 

姿を眩ませた累の声が、糸の先から朧気に伝わる。

 

<面倒だけと仕方がない、また一から作り直しになってしまうけれど、仕方がない…あぁ、仕方がない、仕方がない。あぁ……不快だ、本当に………不快…だ>

 

気配が消え去る。

だが同時に別の気配の接近に気付いていたカナエが炭治郎と伊之助に語りかけた。

 

「新手が来ます。血鬼術に犯された人間の気配が…複数」

 

明らかに強い、その上で人間の部分を残した被害者の集団が眼前に迫っている。

 

「先ほどの操り糸の比ではありません。ここは私が引き受けます、ハルカさんは二人を連れてあの鬼を追ってください、嫌な予感がします!」

 

「えっ、でもーーー!?」

 

一人残して行く事へのためらいは、しかし。

 

「ウヲォゴケケケ…」

 

二本の足で歩く人の身体を持ちながら、頭部は完全な蜘蛛のそれ。

隊服を突き破って現れた毛の生えた三本腕が痙攣し、チラリと見えたお尻の袋がネタネタした液体を被って蛆虫のように蠢いた。

 

怪人・蜘蛛男。

 

その団体御一行を前に、ハルカのためらいなど綿毛よりも軽くコンコルドよりも速やかに吹き飛んだ。

 

「イ゛ッっってき゛ます!!」

 

とりあえず怖い!

なにアレ怖い!

生理的にムリ!! ムリムリムリムリムリ!!

 

(し、ししししし、死んじゃう!!)

 

五感の、その全てのセンサーが(警報)一色に切り替わり、ハルカの中に住まう八百万(やおよろず)のチビハルカが満場一致で逃走ボタンを押しまくった。

 

「ぐえっ!」

 

ちょうど逃走ルートの近くにいた炭治郎の首に腕をかけ、引き摺りながら鬼ダッシュで駆け抜けるぅ!

 

…怖い時って、無性に人肌が恋しいよね。

 

恐怖を紛らわせる為の肉人形となった炭治郎の呻き声が消え去り、辺り一帯には本物の怪人が発する悲痛な音が木霊した。

 

「貴方も早く!」

 

包囲される、そうなっては逃げられない!

その思いは。

 

「嫌だぜ!」

 

森の王が鼻息一つで吹き飛ばした!

 

「お前は強ぇ! 俺が今まで見てきた中でも最強だ!」

 

わざわざ近くの小岩に登り、見下ろして指を突きつけながら伊之助が叫ぶ。

 

「だが俺様はもっと強い!」

 

根拠も実力も欠いていて、それでも伊之助は叫び倒す!

 

「お前よりも活躍して、証明してやる! そういう寸法だ。どうだ!? 参ったか!!」

 

死の恐怖など微塵も持たず、未来を信じて大笑いするその姿に、カナエは桃井タロウを重ね見た。

 

「ふ…ふふふっ」

 

「なんだ!? どうした! 腹が痛いのか!?」

 

「いえ、面白くって。そうですね、簡単な事です。誰一人殺さずに脅威を奪い取り、その上で猪頭の坊やに『格の違い』を見せつけて差し上げるだけですもの。この程度、そつなく泰然とこなせなくて、どうしてあのお方のお供を名乗れるというのでしょうか」

 

仮面によって見えない視線。

にも関わらず伊之助の肌が恐ろしさに震えた。

 

「伊之助と仰いましたね? 貴方の呼吸はまるでダメです。基礎の基礎から叩き潰して、私色に染め上げて差し上げますからーーー」

 

ゾクリ。

肌が粟立つ。

 

「ーーー途中で死なないで下さいね?」

 

「は、、、ぷ、ぷぎぃ…」

 

間違えたがもしれない。

伊之助は、生まれて初めて己の選択を後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「炭治郎ぉぉぉ、本当にコッチであってる? ねぇ大丈夫なの? 本当にあのバケモノ出てこない? ね、ね、ねぇ炭治郎ってばぁ!」

 

「いや、あのねハルカさん? 俺たちはあの鬼を追ってるんだから出てきてくれなきゃ駄目なんじゃないですかね?」

 

「わぎゃってるよぉ! 違うじゃん!? そっちじゃなくてさっきの蜘蛛男! あんなのダメでしょ? 乙女に見せるクリーチャーじゃないでしょ? も、ホント無理、絶対夢に出るよ。夜中の3時に飛び起きてそれからドキッドキ! 恐怖に耐えられなくなって部屋中の電気点けてさ? それから温かいミルク飲んでトイレに行ったらさ? そこに居るの! トイレにお座りして大股開けて、タバコふかしてんの!! んぎゃーつって叫んだらそこまでか夢だったって言うオチ! やだ怖い、も、ほんっっっと怖い! 怖いよぉ禰豆子ちゃぁぁぁぁぁん」

 

「台詞だけ聞いてたらまんま善逸だよコレ…」

 

戦闘よりも疲弊した表情で炭治郎がハルカを見下ろす。

その隣では少しだけ柔らかい表情を浮かべた彼の妹が、がっしりと腰に抱き付かれた格好のままでゆっくりとハルカ

の頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

「正直に申し上げて、迷子です」

 

手詰まりだ。

その思いでその場に腰を下ろして頭を抱えた。

 

「な、なんで!? 言ってたじゃん! 臭いで追いかけちゃうぞって! ウチのイヌブラザーよりも優秀なんでしょ?」

 

混乱するハルカに、疲れた笑みで炭治郎が応える。

 

「イヌブラザーという方が誰かは知りませんが、無理です。さっきの鬼の仕業だと思うのですが、そこかしこに斑毒痰の臭気が撒かれてて鼻が馬鹿になってるんですよ」

 

そもそもの話。

鬼を見失った原因はハルカの暴走にある。

 

炭治郎を強引に引き摺りながらあてもなく森の中を爆走したのだ。ウマシスターすら追い抜きかねないオニシスターの暴走特急。

その状態で数分間は走り続け、唐突に立ち止まったハルカがチェンジOFF。

黄色いチェック柄のシャツが良く似合う、可愛らしい私服姿に変貌した。

 

驚く炭治郎を完全に無視してその場で膝を抱えるハルカ。

 

度重なる激戦、命に関わる本気の勝負。

それが終わって朝日を眺め、さて帰れるぞと思ったら夜更けの森の中に落っことされてゾンビ(生きてます)やクリーチャー(半分人間)に襲われ続けたのだ。

 

限界。

ハルカちゃん17さい。

限界にゴサルぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。

 

年上女子の声を圧し殺したガン泣き。

炭治郎は長男だ。

だが、彼はまだ15歳の少年なのだ。

 

対応を決めあぐねる兄の心情を感じ取り、霧雲杉の木で作られた箱から現れた禰豆子が優しくハルカを抱き締めなければ、炭治郎はこの居たたまれない空間で一夜を明かす事になっていただろう。

 

慰められたハルカは禰豆子の着物を汚しながら泣き続け、それから少しして彼女が鬼である事を聞いた。

そして家族を惨殺され、ただ一人生き残った妹を人間に戻そうと足掻いている炭治郎の身の上を知った。

 

知って、その上で自分を労るように抱き締めてくれた禰豆子の優しさにそれまでとは別の涙を流し、そこでようやく歩ける精神状態にまで回復したのだった。

 

(持つべきものは妹。やはり妹は正義…!)

 

と、そのように思考が壊れた炭治郎の耳に聞き慣れた声が届いた。

 

「この声は善逸! おーい善逸ぅ!! こっちだー!」

 

「炭治郎ー! たんじっ…禰豆子ちゃん!? うっひょー↑↑↑ ねぇぇぇぇずこちゅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

(俺ってなんて運が良いんだろう! 森の中をさまよって、もう二度と禰豆子ちゃんには会えないと思ってたのに。女の人の泣き声が聞こえたから紳士として手を差しのべてあげようとしたのが良かったんだ、やっぱ愛だよ! 愛が世界を救うんだ!)

 

頭の上にお花畑を咲かせ、舞い上がりながら近付く善逸。

その瞳に映るのは、恐怖に震えながらそれでも探し求めた愛しい愛しい女の子、ただ一人。

 

「は?」

 

しかし、その眼前に一人の女が立ちはだかった。

 

鬼頭ハルカ。

 

女子高生として、漫画家として。

そして何よりもオニシスターとして…。

ハルカにはわかる。

コレは、悪い虫…!

 

我妻善逸。

 

男として、剣士として。

そして何よりも雷の呼吸の継承者として…。

善逸にはわかる。

コレは、天敵…!!

 

空気がひび割れるような気迫が、稲妻の幻影を見せる。

 

「…アァん?」

「…ンだぁ??」

 

※ここは、ヤンキー漫画の世界ではありません。

 

お互いに感じ入るナニカがあるのか、まるで蛇とマングースの生霊に取り憑かれたかのように、お互いの間に火花が飛び散り。

 

「なにをやってるんだ!」

 

慌てて炭治郎が仲裁に入った。

 

そりゃ慌てるよ、もぉホントなんなのこの人たち。

出会って一秒で睨み合いとかどうなってるの?

ここが何処で、俺たちが何をしてるのか忘れちゃったの??

どんな脳ミソしてるんだ???

 

そんな思いをひた隠して場を収めようと頑張る長男。

 

「は? この金髪がーーー」

「炭治郎この人ーーー」

 

とても険悪とは思えないほど、息を揃えて自分の正当性を主張しようとした二人の口が固まる。

 

「「逃げて!!」」

 

炭治郎の背後、その暗がりから突如として白銀の糸が迫る!!

 

細く、薄氷のように頼りない風切り音が通り抜け、直後には信じられないような轟音を発して辺り一帯の大木が放射状に薙ぎ倒された。

 

「本当だよ…お前らは本当に、何をやってるんだ?」

 

森の中心に大きな広場を作り出した鬼が、呆れたように髪をかきあげ、乱暴に掻き乱した。

 

「追ってこないと思ったら『迷子』だと? 『蜘蛛が怖い』だと? お前ら、僕の事を馬鹿にしてるのか?」

 

「なんなのアレ!? 今回の鬼!? ひ、ヒェェ! ね、ねねね、禰豆子ちゃんは俺が守るから、だからほら行って! 炭治郎頑張って!」

 

臆面もなく仲間を盾にして鼻水を垂らす善逸の言動に青筋が浮かび。

 

「なんか…あれ? この子大きくなってない? いや大きいよ、成人男性サイズ? 着物はそのままなのに背丈だけが伸びて…」

 

まるで脅威と対峙しているとは思えない呆けた顔のハルカに堪忍袋の尾が切れるーーー寸前。

 

 

「待って!!」

 

 

恐ろしく真剣なその表情。

遠目に見てもわかるほどポッカリと瞳孔が開き、指先が僅かに痙攣さえするハルカ。

常軌を逸した気迫に、鬼として…存在として遥かに格上の累すらも動きを止めた。

 

その彼を指差して。

 

「絶対に駄目だからね!?」

 

「………は?」

 

「ちょ、ちょっと君ほんとデリカシー無いの? こっちには花の女子高生と可愛い可愛い禰豆子ちゃんがいるんだよ!? ほんっと信じらんない!」

 

顔が赤くなっていく。

その理由、根本的なズレを誰一人として理解できない。

それがより一層場を混乱させた。

 

「炭治郎!」

 

「は!? ハイィ??」

 

俺!?

俺なんかした!?

 

そんな心の声が背景に浮かぶが、ハルカはまるで考慮しない。

そんな余裕があるわけがない。

 

「替えのズボン持ってないの?」

 

「ーーーえっ………………とぉ?」

 

「わかんない? ズボンだよズボン! 下履きって言う方がわかる? ほら、ズ・ボ・ン!」

 

言葉が理解できてないわけじゃ、ないんです。

 

炭治郎の背景に浮かぶ文字を、当たり前に無視してハルカが天を仰いだ。

 

「ほんっと、なんなの? いくら鬼だからってパンツ丸出しで女子の前に来る? 普通にありえないってーーーあ、いや違うのよ? パンツ見たわけじゃ無いの! その着物の長さで戦ったりしたら絶対に見えちゃうじゃん? 私は見てないよ? 別に見る気もないし本気で困ってるって言うか絶対に困ったことになるから事前に予防的な意味で話をしてるんてあってね?」

 

「ーーーね、ねえ。これ…この空気、嘘でしょ? 俺たちこれから死闘するんだよね?」

 

純粋な疑問を善逸がこぼした。

 

「金髪!」

 

「ひゃい!?」

 

「なに馬鹿なこと言ってるのよ! これから戦うからこそ言ってるんじゃないの! アンタ私がどれだけ恥ずかしい思いで言ってると思ってるの? 謝りなさい! 私と禰豆子ちゃんに謝りなさい!!」

 

「ひ、ひぃぃぃ、ゴメン、ほんと『でりかしー?』が無くってゴメン、ごめんよ禰豆子ちゃぁぁぁぁん」

 

ひどい寸劇であるーーーが。

本人たちはいたって真面目なのだ。

これこそがドンブラクオリティ。

本物はもっと凄いので自信をもってドンブラザーズを知人にお勧めしましょう。

 

「…なんで?」

 

(なにもしていないのに、ただ少し身体より小さい着物を身につけていただけなのに…なんで? なんで僕がこんな、惨めな思いをしなくちゃならないんだ…!!)

 

炭治郎から向けられる哀れみの視線。

優しさがヒトを傷付ける、そんな悲しい現実を知らない炭治郎の生ぬるい視線が、ツラい。

 

「…鬼は悲しい生き物だ」

 

「た! たぁぁあんじろ!? その台詞ダメでしょ! 使いどころ間違えてるよね? バグってるよね!? ガチでガチな人から怒られるよ!? 粛清されちゃうからぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

人間であった頃の記憶が無くも、これほど残酷な刑罰を受けたことは無いと、累は断言出来た。

 

「………やる」

 

鬼を無視してワーワーと盛り上がる黄色と黄色と緑色。

三人の姦しい声に、累がキレた。

 

「サイコロステーキにしてやるぅううう!!!」 

 

この時代の解釈には登場しない単語を叫んだのはきっと、怒りがフッハフッハしていたのが原因である、と後の学者が言ったとか言わなかったとか。

 

「【血鬼術・刻糸輪転ーー肆ノ絆ーー】」

 

家族役を任せていた4体の鬼。

その全てを取り込んだ累の能力は上弦にすら匹敵する。

 

鬼頭ハルカをこの世から追放する。

絶対に、絶対にだよ!?

 

その鋼の意思を乗せ、五芒星を描くようにハルカを取り囲んだ糸がギュルギュルと唸りを上げた。

 

あわや!

ハルカの命は風前の灯火!

 

何故こうなったんだ!

誰が悪かったんだ!?

 

風は応えず、ただ吹きすさぶのみ。

 

(ちなみに累は血鬼術を使う傍らで糸を編み、白いズボンを足に纏いました。安心してください)

 

 

 

そんな感じて次回へ………続く!!

 

 

 



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【とんでもねぇエラーが】鬼滅の刃 第29話 那田蜘蛛山【に発生◇$■¶!!】中編!



ダメだ。
週一投稿を目指してたんだけど、
本編が良すぎて我慢出来ない。

よって、本日は2話連続更新となります。




 

 

「ハァ ゼィ ハァ」

 

一羽の鴉が、珍しくも口から荒い息を吐く。

 

その場所は産屋敷。

 

鬼滅を目的とする集団。

その頭領が隠し持つ、数多あるの拠点の中の一つ。

 

伝令の為に死力を尽くした鎹鴉を労いながら『お館様』が口を開いた。

 

「しのぶ、我慢しなくて良いんだよ」

 

彼の背後に控えて座する二人の柱。

その片方『蟲柱』胡蝶しのぶが、恐れ入るように身体を丸めて、

 

「シッ!」

 

発破が炸裂するような呼気だけを残しその場から姿を消した。

 

「…良かった。あのしのぶが、礼節を欠くほど喜んでいる」

 

それはそうだろう。

 

四年前、突如としてこの世界に現れた光の戦士と共に上弦の弐を討伐し、どういう理屈か不明ながら討伐した筈の上弦の弐に連れられて朝日の中に現れた光の扉の中に姿を消した姉。

 

その姉と思しき『白』の戦士が、那田蜘蛛山に現れたのだ。

 

「………」

 

「そうか、義勇も嬉しいか」

 

姉を喪う悲しみを知る『水柱』が微笑んだ(表情筋は死んでる)。

 

「俺も行きます」

 

当然ながら、彼は蟲柱…そして花柱の実力を知っている。

だがあの山にはまだ沢山の仲間が鬼の術中に陥っているのだ。

微力であろうとも、仲間のために最善を尽くす。

それが義勇の矜持。

 

「あぁ、待ってくれないか」

 

立ち上がった義勇を、お館様が制した。

 

「…?」

 

目上の人の制止を受け、立ったまま無言で先を促す。

流石は義勇。

サスギユである。

 

いや、万が一知らない人の為に明言しておくが、義勇は礼儀知らずでもなければお館様を小馬鹿にしているわけでもない。

効率だ。

義勇にとって現在、達成目標の最上段にある項目が『仲間の救出』で固定されているが故の誤作動であり、それ以上も以下もないのだ。

 

…サスギユである。

 

「義勇には少し、お願いしたい事があるんだ…」

 

数少ない理解者であるお館様は、今日も穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

平行世界(パラレルワールド)という概念がある。

似たような歴史を辿り、似たように人が死ぬ。

けれど、決して同じではない。

 

そうした可能性の世界。

 

あらゆる世界において、鬼殺隊という集団が存在した。

九人の柱の中で『蟲柱』と呼ばれる人間は同一人物が勤めており、皆が同じように『しのぶ』と呼ばれていた。

 

この世界に存在する『しのぶ』は他の世界と比べても特筆する事のない、ごく普通の『しのぶ』だった。

 

鬼に両親を殺され、姉を敬愛し、姉の志を信じて鬼滅の道をひた走る。

なんの変哲もない、運命に裏打ちされた『しのぶ』の人生を進んでいた。

 

しかし。

その運命は『しのぶ』を置き去りにして、最愛の姉を奪い去った。

 

四年前。

半身とも言える存在を唐突に喪失した『しのぶ』は、それでも懸命だった。

 

「姉さんは必ず帰ってきます」

 

「姉さんが帰ってきた時に、少しでも強くなってビックリさせてあげるんです」

 

「姉さんは少しだけ間の抜けた所がありますから、きっと道に迷っているんですよ」

 

「姉さんは」

「姉さんは」

「姉さんはーーー」

 

彼女は『しのぶ』は本当に素晴らしい人間だった。

 

泣きたい。

喚きたい。

当たり散らしたい。

 

一年、二年、三年…耐えて、耐えて、耐え続けた。

四年目にはついに、喪失した当時の姉の年齢を追い越して、それでも。

 

仕事や人付き合いに私情を挟まず。

声を圧し殺して、絶望的な喪失感に耐えていた。

 

 

 

きっと。

それだけならば、問題はなかったのだ。

 

 

 

…しかし、運命は常に残酷を強いる。

 

この世界の『しのぶ』には1つだけ、他の世界の『しのぶ』が持たない習慣があった。

 

それはあの日、姉が消え去った扉が存在した場所へ赴くこと。

 

空き時間があれば鍛錬がてらそこへと向かい、考え事をする際にもそこで思考する事が習癖となっていた。

 

ここで待っていれば、姉が帰ってきた時に一番に抱き締めてあげられるかもしれない。

そんな幼さを秘めた純心。

 

誰が見ても、そこに悪を見出だす事は無いだろう。

心を打たれ、涙する者とている…その想い。

 

だが、悲劇は常に爪を研ぐ。

 

 

誰が予想しただろう。

かつて、一瞬だけアバターゲートを通して繋がった異界の怪異が、その源泉となる因子が、目には見えず音にも聞こえない小さな小さな世界の狂いが、片羽の蝶へ汚れた呪い()を背負わせていたなどと。

 

 

悲劇は常に爪を研ぐ。

虎視眈々と、世界に悲しみを刻み込む為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ…あ………」

 

煌々と、鮮やかに満月が輝く。

 

その月を見上げるのは死屍累々の妖怪変化。

ピクピクと微かに痙攣する怪人・蜘蛛男の群れの中で、まるで戦友のようにそれらと肩を並べて倒れ伏す伊之助の姿があった。

 

(死ぬよりもツラいってのは、こういうことなのか?)

 

まさか、自分が。

この嘴平伊之助様が、こんなに弱いイキモノだとは知らなかった。

 

<呼吸を整えなさい>

 

優しい口振り、包容力のある心地よい響きの音の列が、あんなにも恐ろしいモノだとは、知らなかった。

 

<肺と心臓は素晴らしい。天性の素質もあるのでしょうけれど、貴方が普通よりもかなり過酷な環境で生き抜いた事を証明しています>

 

蜘蛛男を相手取りながら、二人羽織のように伊之助の背後に立って『文字通り』手取り足取り伊之助の肉体を操って、当たり前に蜘蛛男を蹴散らしながらカナエの指導は激化した。

 

<だけれど、筋肉が悪い>

 

白くて細い。

この手のどこにそんな力があるんじゃワレぇ!

と叫びたくなるような万力で締め上げられる。

 

<貴方の筋肉は剣士としては最低です、剣に関連しない筋肉が多い。取り返しようがないほどに容量を圧迫し、その才能を潰してしまっています>

 

難しい、息が苦しい、ユルシテ…ユルシテ。

 

<簡単な話ですよ? 剣で斬るために必要な玉の色が赤、その他を青としましょう。今回は単純化して考えるために赤と青は混ざり合わないモノとします。私の玉の数は貴方が所有する玉の数よりもずっとずっと少ない。けれどほぼ全ての玉が赤色です。対して、貴方は青ばかり。だから、こんな華奢な私に翻弄される>

 

意味がわからなかった。

わからないなりに、カナエの理論が無茶苦茶だという確信だけはあった。

コイツの筋肉が俺より少ないなら、何故俺はコイツの操り人形にされている? 

 

<フムフムなるほど、なるほど。よくわかりました、貴方を強くする方法>

 

その言葉に希望を感じた。

強くなれる、そうなれば、この地獄から解放される?

 

その、毛先ほどの気の緩み。

 

<ダメ、ですよ?>

 

手が三本あるのか?

両手で伊之助の腕を操りながら、硬い何かで背中越しに伊之助の肺を突いてくる。

 

怖い、苦しい、おっかねぇ。

 

<青い玉に色を塗りましょう、一つ一つ丁寧に塗って赤色の玉だと錯覚させましょう、うんうん、それが一番ですね>

 

待て!

なんか、絶対にマトモじゃねぇ! せめて、こ、心の準備ーーー

 

<さん、ハイ!>

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ぴ■■■■■■タスケ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■タスケテ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ダレカ

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■タス■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■タス■■■■■■■■

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そして、気付けは月を見上げていた。

 

「もしもーし」

 

カナエの声がする。

だが伊之助は動かない。

恐怖もある、気合いもある。

だが、肉体は完全に機能停止している。

 

だから無視していたのだが、目の前に映るカナエの髪はもう少し長かったような、気がした。

 

「大丈夫ですか~?」

 

蜘蛛を蹴散らし、討ち漏らしがないかを確認するといってチェンジOFFしたとき、カナエの身体や服は、もっと傷だらけだった…気がする。

 

だが、今はもう眠い。

 

「ふ…んご」

※意訳(殺すなら殺せ)

 

伊之助が再度意識を落とす瞬間。

 

「しのぶ?」

 

そんな声を、確かに聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

背丈はそれほど変わらない、けれどわかる。

柱だけが纏うことを許された羽織。

私と同じ柄の特別な羽織を見る迄もなく、しのぶの…大切な妹の顔を見れば、あの日から切り飛ばされた時間、その年月がどれ程のものだったのか、カナエにはわかった。

 

「しのぶ!!」

 

駆け寄ろうとした足がすくむ。

 

「……?」

 

何故だろう。

自分の肉体、自分の意識。

それは間違いがない。

怪しい鬼の血鬼術の気配も、無い。

 

にも拘らず、動こうとしない自分の足がカナエには理解出来なかった。

 

「…ふふふ、頭だけは回るようですね?」

 

淑やかに妹が笑う。

 

「え…え? しのぶ?」

 

理解出来ない。

いや…理解『したく』ない。

 

「まったく、呆れてしまいます。なんて滑稽で、なんて下手くそな物真似なのでしょうか。見抜かれている事に気付かず私に駆け寄っていたなら、それはそれで楽に殺して差し上げましたのに」

 

「…しのぶ?」

 

左手を鞘に添える妹の姿に、心が怯える。

どす黒い殺意の闇が、カナエの心を凌辱して、嗤う。

 

「しのぶ! 何を言ってるの!? 私よ! カナエよ!?」

 

そんなハズはない。

そう、そうか!

 

「しのぶ、怒ってるのね? だからそんな、子供みたいな意地悪して、姉さんを困らせようとしているのね?」

 

そうに決まっているのだ。

なぜらな、もし、万が一にも『そう』でなかったなら。

 

「ごめん。わかるよ? 長い間私を探してくれたのよね? ずっとずっと待っててくれたんだよね? 遅くなってゴメン。でも帰ってきたから、こらからはずっとーーー」

 

ーーーずっと、一緒に。

 

その言葉は、心は。

想い、信じ合う実の妹によって遮られた。

 

初めは静かに、小さな片手を上げて顔を覆い隠し、小鳥のさえずりような小さな小さな笑い声。

 

「バカにしやがって」

 

「ーーーーー?」

 

笑い声の合間に届いた言葉が、信じられない。

だって妹は、しのぶはそんな言葉を使わない。

 

「ふふ…ふふふふ、ふ……………」

 

静まり返る。

唐突に妹の全てが制止した。

それに恐れ戦いたように、風も虫も…何もかもが動きを止める。

そして。

 

「アーーーー!ーー!!ー!!ーーーーハッハッハッハッハッハーーーーーーーーーーーー!!」

 

呵々大笑。

 

あの時、カナエの全てを救ったタロウのそれと、まったく同じ熟語でありながら全てが真逆に堕ちていく。

 

 

 

「偽物め」

 

 

 

その言葉を最後に、禍々しい光と文字を纏ってしのぶが融けてーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーは?」

 

 

 

 

 

 

理解できない現象。

いや、違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

『しのぶ』は、理解している。

 

 

 

 

 

 

 

本気で怒った姉の恐ろしさを。

 

「許しません」

 

『肺を損傷しているだなど戯言だ』

 

百人が百人、そう言うであろう神速で地を駆けて、カナエがしのぶを押し倒した。

 

「許しませんよ?」

 

カナエは笑顔だった。

危機を予見したとき、困難に直面したとき、妹が悪さをしたとき。

 

カナエは常に笑顔でその理不尽に立ち向かった。

 

この世の理不尽を知らないとでも?

このカナエが?

目の前で親を鬼に惨殺されて、それでも人道を外れなかったカナエが?

花柱まで昇り詰めた、この、胡蝶カナエが?

 

「しのぶちゃん? 私が少し居ない間に目が腐ってしまったのですね? 耳も馬鹿になって、礼儀も忘れた…と。あんなはしたない笑い声を実の妹から聞くことになるだなんて、姉さんは悲しいわ」

 

「やめ、やめ…!!」

 

『ヒトツ鬼』の因子は4年の歳月をかけて、完全に胡蝶しのぶを汚染している。

だが、

 

「匂いはどうかしら? 姉さんの匂いを感じるかしら? 触感は? 肌触れ合うも他生の縁、なんちゃって、面白いと思いませんか?

面白いですよね? なんで笑わないんですか? 姉さんに恥をかかせるのですか? しのぶはそんな悪い子になってしまったのですか? 違いますよね? しのぶは良い子ですものね? しのぶちゃん? ほら笑って? 笑えよ、おい、笑えぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええ!!!」

 

因子?

汚染??

 

そんなもの『クソ食らえ』だ!

 

「笑いなさい」

 

この世の理不尽を分かち合う、掛け替えのない、絆。

 

「笑いなさい、しのぶ。狂うだなんて許しません。そんな馬鹿な話、姉さんが絶対に許しません」

 

離さない。

堕ちるなら堕ちればいい。

 

「絶対に…!」

 

それでも離さないから。

 

「絶対に………!!」

 

「ご、ごめんなさい…ね、姉さ、ん」

 

そして…融けた。

輝く光の繭が二人を包み、一つとなって産まれた。

 

 

この世界で、最初に発現したヒトツ鬼。

 

その名を蝶々鬼という。

 

 

 

 

 

 

 

 

本来の、有り得た世界。

『鬼滅の刃』と題される世界で、胡蝶しのぶは胡蝶カナエの今際の際に間に合った。

日の出まで戦い抜き、鬼に喰われる事なく命を散らしたカナエを看取った。

 

そして、この狂った世界においても、それは変わらなかった。

しのぶは、そこに居たのだ。

 

「姉さーーー」

 

朝日が立ち上る、金色の景色の中に彼女は見た。

 

楽しげに、嬉しげに、悲しげに。

まるで七色の虹を見て、蕾を綻ばせる草花のように。

 

長身痩躯の男性を見上げる、しのぶの知らない顔をした女を。

 

(…姉、さん?)

 

その当時のしのぶは、まだ14歳の子供で。

両親を亡くし、慣れ親しんだ住処を離れ、たった一人の肉親と共に未来の見えない道を行く。

自分の心がどれだけ痩せ細っているのかも見えず、どれだけの支えを姉に求めていたのかも知らず。

 

視野を狭め、姉だけを盲信して。

 

それなのに、誰なのか。

あの女は、誰なのだろうか…?

 

軽く手を引かれて姉が光る扉の先へ消えて、なおさらに混乱が深まった。

だって、振りほどけたじゃない。

 

姉さんの手を取った男は、本当にただ誘っただけだ。

まるで友達の家に誘うように、嫌なら好きにすれば良いという体で。それなのに、行っちゃったの?

 

私を、捨てたの?

私こと、忘れちゃったの?

 

 

(そんなわけない。姉さんは帰ってくる)

 

明日には帰ってくる。

 

(帰ってきたら、怒ってあげるんだ)

 

明日こそは帰ってくる。

 

(帰ってきたら、抱き締めてあげるから)

 

明日は…明日は…明日は………?

 

(明日って、、、、、いつ、なの?)

 

 

姉が自分を捨てるハズが無い。

そうした確信はある。

 

しかし最後に見た姉の顔。

自分が知らない顔をした姉の姿がしのぶの心を引き裂いて。

 

 

落ちて行く、墜ちて行く、堕ちて行く。

 

 

「しのぶ?」

 

 

やっと見つけた。

 

やっと出会えた姉は、あの日の記憶と寸分の狂いもなく。

それは即ち、あの日見た私が知らない『女』としての姉は、やはり見間違いではなかったという証明で。

 

つまり、私は、やっぱり、本当に。

ーーー捨てられたんだ。

 

思考が辿り着いてからは、もう止まらない。

止められるなら、それはもう人間ではない。

 

人間であるが故に鬼に堕ち、醜く惨めに討ち倒される。

そう思っていたのに。

 

「許しません」

 

姉は姉だった。

わかっていた。

 

しのぶにはわかっていた。

姉を失って四年間を、懸命に生きたのだ。

わからないハズが無い。

あの頃の姉がどれだけ必死に『姉』として立っていたのかを。

さして強くもない心を、私のために砕いて、抗って。

 

それなのに、私は、それなのに……!!

 

 

『キュロ…キュロ…』

ヒトツ鬼となった肉体が、奇っ怪に鳴き声を垂れた。

 

 

(消えていく、人としての意識が薄れ、闇に浸る。このまま堕ちて、深い…深いーーーーー?)

 

しのぶの意識が揺れた。

 

(…いえ、違う、揺れたのは私はでは無い)

 

揺れるのは上。

遥か高みから空気を揺らし、世界に響く。

 

ーーー呵々・大・笑ーーー!!

 

(見上げなさい)

 

自分ではない誰かの声。

よく知っている、追い求めた誰かの声。

 

(うつ向いて、べそかいて。貴女の姉はそんな女でしたか?)

 

違う、違うよ。

だけど、私は…!

 

(どんな時もDon't Cry、ですよ!)

 

ド…どん、と?

知らない言葉、知らない感性。

 

(貴女は私の立派な妹。自信を持って、目を…開きなさい!!)

 

顔を叩かれたような衝撃に、意識が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁやぁ!! 今宵は満月!」

 

月を背負うはモモタロウ。

星より煌めく声が降り、地に堕ちた蝶がその光を見上げる。

 

「月は円満! 満ちては欠けて!! 欠けも満ちるも永遠奇縁!」

 

声の先は最上段。

もっとも高い霧雲杉のその先端!!

 

「兎よ踊れ! 駆けては回って円となれ! この世は楽園、歌え、踊れぃ!! 悩みなんざぁブッ飛ばせ! ハァーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハァ!!」

 

意気衝天にて天を斬る!

 

「トァ!!」

 

蝶々鬼の見上げた世界。

巨大な月を、真っ二つに両断するような大・上・段!!

 

並みのヒトツ鬼であれば開幕早々、何一つ見せ場なく両断されるであろう、その絶技!

 

「キァァァァァァァァァ!!」

 

腹からの、魂を燃やし尽くすような猿声(えんせい)が物理的な圧力となって蝶々鬼を大地に縫い止める!

 

「一桃騒乱・ジゲン斬!!」

 

ウッキッキ♪ ウッキウキ♪

クリハチぷんぷんウスどっすん♪

 

《大・切・断ンンンンン!!》

 

真っ向から振り抜かれたザングラソードが光となって蝶を斬る。

 

『キュロ』  『キュロ』

 

一拍の後、

別たれた半身がそれぞれに呻き声をあげ。

 

「なに!?」

 

それぞれから赤い体液のような影が溢れだし、2体のヒトツ鬼となってタロウの前に立ち上がった。

 

「クッ………」

 

うつ向くタロウ。

その心はーーーーー。

 

「クハハ」

 

折れない。

 

「ハァーッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

折れることなど有り得ない!!

 

「そうだ! そうでなくては祭りにならん! いいぞ! もっとだ! 月見なんぞは祭りの肴よぉ、歌って騒いでぇ! 躍り狂えぇぇ!!」

 

タロウの闘志が燃え広がって。

 

『花ノ呼吸』

 

一の鬼が、呼吸を変える。

 

『蟲ノ呼吸』

 

二の鬼が、華々と。

 

「面白い、呼吸を使うヒトツ鬼…面白い、面白い、面白いので、あるならば! 盛り上げなくては男が廃る!!」

 

取り出したるは『虹色』のギア。

 

「オニガカリ・ギア!」

 

ドンブラスターが回って唸るぅぅぅぅう!!!

 

【ドンドンドン・ドンブラコー!!】

 

表面に【上弐】と書かれたその能力は…!

 

『オ…ニ?』

『メッサツ? アッキ…メッサツ??』

 

動揺するヒトツ鬼の視線の先。

 

「やれやれぇ、このアバターは流石に規格外なのかな? せっかくのお祭りなのに、テンションの上がりが弱いぜ」

 

ふぅ、と吐き出す吐息が凍る。

白橡の髪、極彩色の瞳の虹が【上弦】と【弐】にて指し示す。

 

「童磨、この世界の鬼の実力、拝見してやーーー」

 

『ーーー真靡き』

 

二の鬼、その手が変化しながら刀を形作り、生み出されたそれをタロウに突き刺す。

防御すら間に合わず、左目から頭部を貫通したソレの形状はレイピアに近い。

 

「早い!」

 

反撃を…いや!?

 

『御影梅』

 

一の鬼が、二の鬼の突き技の間隙を無くす形で剣を薙ぐ。

目にも止まらぬ連撃剣!

 

「…い、や?」

 

目にも止まらぬ、ではない。

見えない…?

視界が、狭…い。

 

「ガハッ」

 

対の鉄扇で御影梅に対処しながら吐血する。

技の終わりと思しき一合を弾き『ーー戯れーー』二の鬼に六ヶ所を撃ち抜かれた。

 

(このアバターは優秀だ。凄まじい再生速度、怪力、毒への耐性。だが足りない、この連携の前にはゴミに等しい!)

 

「ゴホッ、そうで、なくてはーーー」

 

『渦桃』

 

タロウが身を引いた距離、それを埋めて更に一段大きく迫る。

一の鬼。その刃が月光を切り、上空から螺旋の軌道で襲いかかる!!

 

「そうだ! 祭りは! そうでなくては!!」

 

氷の呼吸は使えない。

呼吸によって血の巡りを早めれば、この毒の循環速度も早まる。

そうなれば恐らく、耐性による解毒能力を越えて肉体が崩壊してしまうだろう。

 

持久戦による毒耐性の強化。

これもま馬鹿馬鹿しい。

二の鬼だけならまだしも、一の鬼の剣舞は業風。

耐性云々の前に斬り殺される…!!

 

ーーーならば!

 

『ーーーーー!!』

 

一の鬼、その剣を受けて右の扇子が弾け飛ぶ。

完全な隙。

二の鬼が、吼える!

 

『百足蛇腹』

 

四方八方にうねりながらも駆け抜けて、一足毎に大地が踏み割れる、その膂力!

 

苦し紛れの左の鉄扇が、二の鬼の羽を斬る。

 

ーーー低い、あまりにも…素早い!!

 

『メッサツ!』

 

身体の真芯を貫かれ、その強力無比な脚力によって空に打ち上げられ、背後にあった霧雲杉へと縫い付けられた。

ーーーだから。

 

抱き締める。

 

『グ? グ!?』

 

「理解していた…一の鬼など霞むほどの、俺への、殺意…!」

 

【血鬼術・凍て曇】

 

来ると想定して体内に練り込んでいた術を発動し、己を巻き添えにして凍り付かせる。

 

己のアバターが氷結する寸前!

 

「アルター、チェンジ…!」

 

《ドン・モモタロウ! 天下一!!》

 

モモタロウギア・アルターの輝きにより、タロウの意識が玩具のような大きさのアルターに転送された。

 

「ワァーッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

毒と重力から解放されたタロウが笑う。

 

「素晴らしいぞ! おいカナエ! お前の妹は最高だ!! これ程強烈な殺意を向けられたのは初めてだ! 欲しい! お供に欲しい逸材だ!!」

 

笑いながら妹を絶賛するタロウ。

次第次第に一の鬼からの怒気が増す。

 

…タロウ。

お前そういう所なんだよ、タロウ!

 

「どうした? どうしたんだカナエ! お前も殺る気になったのか! 結構結構、大いに踊れぇ!!」

 

怒りからか、技の精度を狂わしながら、それでも小さなアルターへと斬りかかる。

 

「どうしたどうした! 自慢の剣は、花の呼吸は! そんなものじゃないだろう、なァ!!」

 

アルターの小ささと、見た目にそぐわない剛力に翻弄されながら、一の鬼がたたらを踏んだ。

 

その瞬間、幻のようにアルターが消え去った。

 

『………!?』

 

音がする。

 

【ドン!】

 

冬の終わりを知らす音。

 

【ドン!!】

 

春が訪れ、氷が割れる、激変の音が…!!

 

【ドン!!!】

 

割れては出でる。

桃から産まれず氷から。

何から産まれて何処へ行く、そんな事など知るものか!!

 

【ドンブラコォォォォォオ!!】

 

光の渦。

二の鬼を封じる氷も巻き添えに、現れたるはモモタロウ!

 

【暴太郎戦隊!!】

 

「俺こそが! ドン・モモタロウ!!」

 

ザングラソードの刃が氷を纏う。

ドンブラスターに宿した童磨の術が、鬼を救えとギラギラ噛み付く!!

 

「氷桃無情・トウゲン神楽」

 

…その剣に、速度はなかった。

緩やかに、神へ奉納するように。

 

怒りも、嘆きも、悲しみも。

全てのわだかまりを溶かし、春へと導く演舞。

 

無慈悲な剣が、無慈悲だからこそ。

蝶は斬られた事にも気付かない。

 

春はそう。

ここに今。

 

今こそが『明日』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーー私は…淋しかったんだ」

 

ぽろぽろと、涙と一緒にぽろぽろと、言葉が落ちた。

 

「私には姉さんにだけなのにって、ずっと思ってた」

 

情けなくて、情けなくて。

 

「姉さんが居なくなって、ずっと、我慢して」

 

我慢って何だろう。

 

「ただただ意地っ張りな、だけの、私を、カナヲは慕ってくれて」

 

空っぽになっていく。

 

「蟲柱になって、色んな人と、繋がって」

 

「どんどん、どんどん、姉さんが、消えて、行って」

 

「淋しい、淋しい、淋しい」

 

「………あ」

 

暖かい。

柔らかい。

カサカサの心が、姉さんの香りを吸って。

 

「ごめん、ごめんなさい、ごーーー」

 

塞がれた。

指一本。

 

細くて綺麗な、たった一本の指で、私が止まった。

 

「私は願いました」

 

声が降る。

私の上から、花の声。

追い求めては仕舞いに狂った、私の欲望が言う。

 

「あの御方の力になりたい、と」

 

「その気持ちに嘘はなく、だから童磨の誘いにあっさりと誘惑されました。もちろん、浦島太郎になるとは存じませんでしたけれど…あれ? でも私は17歳のままですし、男性でもないので表現的には違うのでしょうか」

 

可愛らしく上品に、姉さんが笑った。

 

嗚呼、その笑いかた。

笑い声。

なんて、懐かしく、心を満たす。

 

「淋しい想いをさせましたね」

 

その言葉だけで、私は。

 

「ただいま、しのぶ」

 

「…おかえり、姉さん」

 

 

 

蝶が『今』花へ帰った。

 

 

 



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【とんでもねぇエラーが】鬼滅の刃 第29話 那田蜘蛛山【に発生◇$■¶!!】後編!


たびたび申し訳ないのですが、タイトル変更しました。
やっぱり略称は大切だよね、と思ったので変更するついでに色々モリモリ盛り合わせしました。

自分は信じられなくてもこの作品の出来映えには自信があるのでグイグイガンガン自発的に宣伝して行くスタイル。

俺は鬼滅とドンブラが大好きだ!
たがら、大好きな皆を集めまくってドンドコどんぶら~っと盛り上げて行くんだぜぃ↑↑↑




 

「気がすんだか?」

 

返事が無いと知りながら、それでも彼は童磨に語りかけた。

ここはアバター空間。

その中でも最も重要な役割を持つ【守護人の間】世界から隔絶された浮き島の形をした異空間。

 

語り手は薄手のフードを被り視線を隠す。

その名を桃井陣。

桃井タロウの育ての親である、謎多き男。

 

彼が捕らえられた監獄の奥、その壁の一面に映し出された映像が繰り返し再生されては、童磨の心を傷付けた。

 

『ウソ…?』

 

呆然とした表情のまま、周囲から押し寄せる絶死の糸に飲み込まれ、無惨な血肉と成り果てる彼の女神の、その最期。

 

「ーーーーーー!!」

 

まだ炭化していなかった左手を、牢獄の奥に向かって押し込む。

腕は一瞬で燃え上がり、細かな粒子に分解されて黒い煙となり消える。

 

全身の毛穴が開き、人のモノとは信じがたい量の濃い汗が溢れ、噛み締めた奥歯がバキリと砕けた。

 

しかし童磨は諦めず、更に強引に腕を捩じ込もうとして…エネルギーの暴発を引き起こした。

 

「グァ!!」

 

爆発により遂に両腕を無くした童磨が弾き跳ばされる。

 

「無駄だ、理解しろ童磨」

 

桃井陣は平然とそれを見下ろし、童磨は血汗にまみれて疲弊した、野獣のような視線で憎悪を尖らせた。

 

「理解しろ、これを防ぐためにお前を呼んだのだ」

 

「ふざけるなよ? 俺の女神だ、なんで…なんで俺から奪うんだ!?」

 

会話にはならない。

 

…童磨は天才だ。

一を聞いて十を知る、紛う事なき天資英明。

しかし。

 

「お前は愛を知った、それは素晴らしい変革だ。だが、お前の心はまだ愛しか知らない。愛は素晴らしく、愛は美しく………そして、愛は果ての無い我欲の炎を産み出して、世界の全てを喰らい潰す」

 

桃井陣の求めにより、一部の床が浮上して台となった。

 

「お前は知らなくてはならない。だが世界はお前の成長など考慮せず、まありにも無慈悲にその選択を迫るだろう」

 

ーーーだから。

 

台座には光。

 

『赤』『青』『黄』『紫』『白』

 

五つの光から、桃井陣が赤を指差した。

 

「心を学べ」

 

赤色の光球が舞うように空を踊り、童磨の胸の中に入り込む。

 

「…腕と歯はサービスしてやる」

 

アバターの光が煌めき、一瞬の後に童磨の腕は元の状態に復元されていた。

 

「いいか、歯は大切にしろ。神もそれを望んでいる」

 

「おう! そんじゃま! いっちょ暴れてやるぜ!」

 

童磨の口から、童磨ではない台詞が転ぶ。

それはもう、楽しそうに。

 

「…!?」

 

愕然と、自らの口を押さえる童磨に取り合う者はおらず、

 

「ふむ、やはり野上…本来の特異点よりは相性が悪そうだ」

 

「あぁ~ん? リョータローを他の誰かと比べるんじゃねーよ」

 

噛み付くように下からヤンキー睨みを利かせたかと思うと、即座に驚いた表情に七変化して飛び退いた。

 

「申し訳ない。だが相性が悪くとも彼は童磨だ、下手に暴れないようしばらくの間封印しておく」

 

指を揃えて空を切る。

それだけでもう、童磨は動けなかった。

 

「今回はベルトもパスも無い。だが童磨の肉体は人外の域にある、それでどうにかしろ」

 

「武器は?」

 

問われ、渋々と言った体で一本の棒を投げた。

 

「デンガッシャー(仮面ライダー電王の武器←あ)…なんだ、やれば出来るじゃねーか!」

 

手にし、喜びを露にして童磨の中にある活力を練り上げ、赤い刀身のオーラソードを形成した。

 

「封印に関してだが、下手な刺激を与えなければしばらくは持つ」

 

「お!? そいつぁー豪気じゃねーか! いやぁーワクワクするぜ、鬼退治だろ? なぁ、おい鬼退治だぜオイ!? ハナクソ女もいねぇから暴れまくっても怒られねーし! いやーここに来て良かった! サイコーだぜぃ!!」

 

仕舞いにはスキップし始めた童磨(の中の人)に厳しい視線を投げ、桃井陣が呟いた。

 

「下手な刺激を与えるなよ? いいか? これはフリじゃないからな? おい聞いてるか? ちょっと、お…えっ? あれ? モモさん? モモタロスさん??」

 

【へんじがない。だれもいないようだ】

 

「…時間だ」

 

おもむろにフードを被り直す桃井陣。

 

ーーーしかし、それはおかしい。

何故なら今回は最初からフードを被りっぱなしで、最初から1ミリもズレていな「時間だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

…時間だそうです。

まったく、四十代まで行くと怒りっぽくなるんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーそんなんだから、気が付かないんですよ。

ほら、台座の光の数が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

正直、作者はこの小説を書いてる時、だいたいこの辺でドンブラのオープニングが頭の中を流れるんだよ。

 

前回は胡蝶姉妹&義勇くんとお館様がバックダンサーでセンターにドンモモだったから、今回はカマボコ隊&ねずこちゃんがバックでセンターに童磨(中の人は赤)とかどうだろうか。

ねずこちゃんにはウサギの耳を着けて踊ってほしい。

 

あー歌が聞きたいんじゃー!

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「【血鬼術・刻糸輪転ーー肆ノ絆ーー】」

 

 

糸が迫る。

前後左右、どこを見回しても逃げ場のない糸の波。

 

ハルカの前に位置していた炭治郎が振り返り、必死の形相で刀を構える。

ハルカの後ろに逃げていた善逸の悲鳴が耳に障る。

 

正直、それらを認識する余裕がハルカにはあった。

 

(ドンブラザーズをなめんじゃないわよ!)

 

「ドンブラスター!」

 

光を抜き射ち、大地にゲートを作成する。

ドンブラザーズの十八番となる緊急回避手段。

 

(余裕余裕♪)

 

ほくそ笑むハルカが目にしたのは。

 

【ワイド・ファイブスターに接続して下さい】

 

事務的で、デジタル的なその一文。

 

「ーーーーぴ?」

 

ワイド・ファイブスター?

ん、んん?

 

ワイド・ファイブスター…ワイド・ファイブスター……ワイド・ファイブスターァァァァァァァァァァァァァァァァァアアア!?!?!?

 

Wi-Fi接続!?

ファ?

あれ、タロウの嘘じゃなかったの?

《■■■■■■■■》

なになに?

最新情報wとして確定?

タロウは嘘ついたら死ぬからあの時の台詞は本当になりました、悪しからず?

PS.タロウが初めて嘘ついて死ぬシーンかわいいんだけどあれはなんかのバグなんですかね? 男に可愛さを感じる日が来るとは思わなくて死にたくなったのですが。

 

ーーーーーーは?

ファ?

馬鹿…なの??

 

え、なに?

んじゃ、そのWi-Fiに接続しなきゃって事?

接続…接続!?

接続ってどうやるの? 出来るの? 出来ないの? どっちなんだい!?

 

いや、ムリ、ムリムリムリムリムリ!

そんなの知らない!

合体とか変身とか、他のことならボンヤリ知ってるけど。

…コレ、知らない!!

 

ーーー死ぬ、の?

え、、、へ?

ひょっとして、死んじゃう??

 

鬼頭ハルカが?

この天才美少女漫画神女子高生でありながらドンブラザーズの紅一点の、鬼頭ハルカが?

 

ウッソでしょ?

見間違いだよね?

ゲートあるよね??

 

無い?

ないないないないない、地面とWi-Fiщ(゚д゚щ)カモーンの文字しか、なぁーーーーーーーーーーーーーい!!

 

 

絶体絶命!!

 

 

鬼頭ハルカの消失はこのerrorstoryを生み出すイキモノのモチベーションの喪失と同義!

 

つまり!

これは!

世界の危機!!

 

 

だがその時!

だからこそ、その時!!

高らかに夜空に響く電車の警笛が響いて轟き!

 

「行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇぇえ!!」

 

突如、ハルカの直上に現れたアバターゲートから、騒がしい男が舞い降りた!

 

「ふぎゃ!!」

 

尻に当てられ、姿勢を崩したハルカが転ぶ。

彼は当たり前にその背を踏んで、踏ん…踏み…何故か踏めなくてよろめきながら、それでも狂暴に笑い両手を広げ、デンガッシャーを片手に構えて大見得を切った。

 

「俺!」

 

シュバシュバ!!

腕が振るわれ空気が呻く!

 

「参上!!」

 

その姿は童磨。

しかし、その髪は燃え盛る炎の赤を滲ませて、爛々猛勇な瞳が叫ぶ!

 

「バカッ! 格好つけてる場合か!!」

 

下から睨み上げられて、それでも余裕に鼻を鳴らし。

 

「俺は最初から最後まで、いつだってクライマックスだぜ?」

 

ベルトが無い? ライダーパスが無い? 電車が無い?

 

それがなんだ!

俺が、俺こそが元祖!!

 

「電王を、ナメんなよ!!」

 

桃の戦士、その裂帛でもって剣が鳴く!

糸も因果も斬っては捨てる!!

 

「バカな! 鋼糸だぞ!? 日輪刀よりも強く、変幻自在に形を変える、僕のーーー!!」

 

認めない。

認められるハズがない!

だが、現実に!

眼前で四体の鬼を使い潰した絆の糸が切り飛ばされて…!

 

「ふざけるな、そんな、デタラメを!!」

 

その思いで血鬼術を乱れ撃つ。

 

「【刻糸牢】【殺目篭】【刻糸輪転】」

 

調律された糸の波が、多重起動して混ざり合う!

細く鋭利な糸の束。

それらが結合を重ね、最後には虚な龍の姿を成した。

 

「絆だ…絆の力さえあれば、僕は負けない!!」

 

何一つ中身を持たない幻影の龍。

たった一頭の、地に足付かぬ夢幻の龍。

その悲劇すら見えない子供が嘆く。

 

「【血鬼術・刻糸龍天涯!!】」

 

だが、それは児戯なのだ。

 

「俺のぉぉおおおおおお!」

 

童磨を中心に、目に見えるほどに膨大な活力が渦を巻く。

本来ベルトがあるはずの場所、人体の氣の中枢ーーー丹田ーーーに集積し、そのオーラの全てが光の糸となってデンガッシャーへ繋がれる!

 

人外と評された童磨の肉体、そこに正しく人外であるモモタロスの『道理(俺・最強!)』が噛み合わさり、光を放つ!!

 

「必ーーー殺ーーー技ーーー!!」

 

迫る糸の龍を頭から斬り刻みながら、少しずつ刀身が柄から離れて距離を持つ。

 

「鬼退治! パァァァト1だぁ!!!」

 

飛翔する刃が桃色に発光する竜巻を生み出し、強襲した空虚の龍を巻き込んで天の果てまで輝き猛る!!

 

「そんな、バカな!?」

 

「ドォォォォォォォリャア!」

 

流星のような剣が、累を頭から叩き割った。

 

「ぎゃー!!!! R18!!」

 

ハルカが衝撃映像に泡を吹き、モモタロスは世紀末のモブキャラよろしく『ヒャッハー』と口角をつり上げ、デンガッシャーの柄でトントンと肩を叩いた。

 

「決まった、ゼ…?」

 

勝利を確信したモモタロスだが、次の瞬間には停電したように全身の活力を失い、大の字になって地に倒れたのだった。

 

「ーーーは? え、なに? なんで??」

 

急展開に動揺するハルカ、その混乱に応えたのは。

 

「エネルギー切れだぜチクショウ! こいつ腹の中カラッポなんだけどよぉ、どうなってんだぁ?」

 

赤い砂のような粒子が、さらさらと音を伴って童磨から抜け出して人の形に組合わさる。

 

上半身は地面、下半身は空に生えて、下の身体が偉そうに腕組みしてハルカに応えた。

 

「は!? なにアンタ? ヒトツ鬼!?」

 

「ちげぇよ! 俺はイマジン! 今お前を助けてやっただろが! つーか見たか? 見たよなぁ? 俺の超かっこいい必殺技! まさか変身なしで使えるとは思わなかったんだけどよぉ、才能だよなぁ? 俺の才能は仮面ライダーを超えちまったなぁオイ!」

 

大喜びで素振りを始める愉快なお友達。

その隣でピクリともせずに地面に転がる大男。

 

「ど、どうしよーーー」

 

なにはともあれ危機を脱し、今後の展望に意識を向けた瞬間。

 

「いや…ハルカさん! 臭いが!?」

 

炭治郎の鋭い嗅覚が、その異常を感じ取った。

 

見れば、血に見えたのは細かな糸。

赤く染められた糸が解れ、累を形どっていた全てが崩れた。

 

「た、炭治郎…音が、音が近付いてくる!」

 

次の異変に善逸が反応し、全員が彼の指差す森の奥に向かって構えた。

 

「や、ヤバい? またヤバいヤツ来るよね? 鬼ヤバ? 鬼ヤバのボスキャラ来ちゃう??」

 

「マジかよ!? ここでおかわりとかズルだろ! 俺はまだ暴れ足りねぇんだぞ! おい女、俺に身体を寄越せこらオイ! て、やっぱりムリなのね~」

 

動けない大男、騒がしい幽霊。

そして残念ながら現時点では頼りになりそうにもない子供たち。

死の運命を切り抜けたハルカに、更なる脅威が襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

累は家族役の鬼を取り込む事で上弦に匹敵する力を得ることが出きる。

だが、それは『上っ面のスペックだけを見れば』と注釈がつく砂上の楼閣。

 

それはそうだろう。

実力ではなく、他者を取り込んで力を得る一時的なドーピング。

その行為が日常化しているのならまだしも、累にとってその代償は安くはない。だから切り札として常に温存しなくてはならず、結果として格段に上昇した己の能力をもて余す。

 

端的に言えば、これは通常形態では対応できない危機に抗うための非常手段でしかないのだ。

 

だから累は、無惨から光の戦士がこの那田蜘蛛山に現れたと聞いた瞬間、もっとも確実性の高い生存ルートを模索した。

『赤』の戦士は単体で上弦の弐と互角に渡り合ったと言うし『白』は元柱であることも分かっていた。

 

たから『黄色』だと思った。

 

もっとも弱く、剣の心得すら無いゴミだと聞いたし、どれだけ観察してもあの隙の多さはただの一般人にしか思えなかった。

 

『黄色』を殺し、その功績を用いて敵前逃亡からの減刑を願う。

生きたいのなら、この胸の内側にある空白を埋める為のナニカを追い求めるのなら。

累にはそれ以外の道が無かった。

 

 

だから最初に狙いを定め『白』の戦士に邪魔されて。

苛立ちながら、糸で編んだ写し身に力を宿して送り込み、それすらも突如現れた元・上弦の弐に邪魔された。

 

 

「父さん、アイツはズルいんだよ」

 

信じられない。

雑魚なのに、足手まといなのに。

 

「母さん、なんとか言っておくれよ」

 

人の助けを借りなくては、生きることすら出来ない能無しのクズなのに。

 

「ねぇ、ねぇ! 父さん? 母さん!?」

 

なんで?

なんで返事が無いの?

 

アイツは、アイツは何もしなくても、誰かに助けて貰えるのに。

アイツは弱くて、蜘蛛が怖いと泣いて、慰めて貰えて。

 

「父さん…?」

 

父さんは優しい。

頭が良くて、口数が少なくて、力持ちで、お茶目な所があって、いつも僕を守ってくれる。

 

「母さん…?」

 

母さんも優しい。

良い匂いがして、穏やかで、たくさんお喋りしてくれて、僕のために操り人形の練習をして、動けない僕を喜ばせようとしてくれる。

 

「ゴホ…」

 

血を吐いた。

醜い。

 

着物を汚した。

汚い血で着物が汚れた。

 

誰がその処理をする?

ーーー母さんだ。

母さんが、また、自分の人生を浪費して、自分が幸せになる為に使われる筈の、大切な、大切な時間を、無駄に、無意味に浪費して、汚れを無くすために動かなくてはならない。

 

「ゴホッ、ゴホゴホッ!!」

 

醜い血を垂れ流すだけの、出来損ない。

誰がその命を繋ぐ?

ーーー父さんだ。

父さんが、苦労して稼いだお金で、なんの意味もない薬を買って、ザルのような僕の身体にザバザバ注いで捨ててしまう。

 

「…なんで?」

 

なぜ、僕は『こう』なのだろうか。

どんなに願っても、大切な誰かの重石にしかなれない。

それが嫌で、嫌で、、、嫌で。

 

父さんを助けたかった。

母さんを喜ばせたかった。

 

ただそれっぽっちの願いすら。

現実は。

 

「不公平だ…」

 

世界は、平等じゃ無い。

 

「不公平だ…」

 

だから僕は。

 

「不公平だから…」

 

呼び寄せる。

 

「皆殺しにしよう」

 

 

 

これできっと、僕はしあわせになれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地鳴りの正体は蜘蛛。

過去、累と契約を結び『不良品』として処理された鬼たちのカルマを集め、気紛れに捏ねては継ぎ足して放置していた大鬼蜘蛛。

 

カニのように硬質な足。

その一本一本が霧雲杉の大木と大差ない重量物であり、本来胴体と顔があるはずの部分には濁った緑色の液体がユラユラ揺れていた。

その中には身体を融かしながら浮かぶ累の姿。

胎児のように身体を丸める彼の、その白い皮膚が少しずつ剥がれ、内側にある筋肉の赤が見え隠れし始める。

 

もはや後戻りは出来ない。

勝とうが負けようか累は死ぬ。

未来永劫に救いのない地獄に落ちて。

これは、そう言う死の奥義。

 

(それでも殺す。お前は、お前だけは…!)

 

その決意を持って、累は運命と対峙した。

 

 

 

 

 

 

「…なんで?」

 

 

 

 

 

累が目にしたのは緑と黄色の少年、ただ二人。

 

どう見ても雑魚だ。

いや、雑魚だゴミだと評する以前。

母役を任せていた鬼の【操り糸】にすら苦戦する半人前。

家族を食べる必要すらなく、元々の累の能力だけであっさりと殺せる路傍の石ころ。

 

それが二匹残って、肝心の『黄色』は………。

 

「逃げたの…か?」

 

許せない。

そう思考しながらも、累の唇は歓喜を乗せて怪しく歪む。

 

「俺たちには意識の無い大柄な男性を運ぶ力はない、だからーーー」

 

「逃げたんだよ!!」

 

子供の癇癪により、蜘蛛の足が大地を割いた。

 

「アイツは逃げた! 弱くて弱くて、守られなければ息をする事さえ出来ないお前たちを、見捨てて逃げたんだ! なんてヒドイ奴なんだ!? 蜘蛛が怖いだ疲れただのと、グズグズと喚いて迷惑をかけて、母さんを困らせて依存したくせに、いざとなったら逃げるんだ! 醜い…醜いィィィィィ!!」

 

悲しい臭いだった。

ただ…ただ。

悲痛で、悲しい。

残酷を煮詰めて押し込めた…。

 

「お前…誰に怒ってるんだ?」

 

意識を混濁させながら叫ぶ累。

炭治郎はその悲しみを嗅ぎ取り、善逸は強く奥歯を噛み締めた。

 

「俺…やるよ。怖いし、逃げたいし、死にたくないし。嫌でたまんないよ! けど…だけど、こ、こんな悲しい音を聞いて『弱いから』とか『今は無理だから』とか、そんな事言えない。もしここで、そんなこと言ったら。じいちゃんにも、兄貴にも、顔向け出来ない…!」

 

息を尖らせ目を見開いて。

脆く儚い雷を纏う。

 

「俺たちは、弱い」

 

炭治郎の願いは、その根源は家族だ。

亡き父に代わって家族を守りたかった。

守れなかったのなら、せめて妹だけは救いたかった。

そのために走って、走って、走り続けてここに来た。

 

幾度かの戦闘によって理解している。

この鬼は、この悲しみは手に負える代物ではない。

鼓の鬼など比較にならない、明白な死の香り。

 

妹を救いたいのなら。

胸の中にある空白を埋める、その為の未来を願うのならば、あの場所で最も強いオニシスターに殿を任せ、自分と妹、そして善逸の三人で大男を運びながら、カナエやまだ見ぬ彼らの頭領に助けを乞い願うべきだった。

 

「だけど…それでもーーー」

 

『出来る』『出来ない』

 

ではない。

 

『やる』『やらない』

 

この二択こそが、その心の太陽こそが!

 

【竈門炭治郎なのだ!!】

 

「ーーーお前を、倒す!!!」

 

師から受け付いた呼吸が燃える。

輝く命に血が燃える。

心を燃やして剣を取る!!

 

「五月蝿いよ」

 

羽虫を払うような雑さで、累の蜘蛛足が薙ぎ払われて炭治郎を狙う。

 

「させないーーー雷の呼吸・壱ノ型」

 

信頼の絆を見せ、動かない炭治郎の影から黄金が飛び立つ。

 

「霹靂一閃」

 

その神速は、しかし。

 

「グッ…!」

 

子供が大人に挑むような物だ。

違う。

実力以前に質量が違いすぎる。

 

善逸の剣は何一つ意味を成さずに弾かれて「六連!!」それでも、喉から血を吐いてでも食らい付く。

 

そんな程度で! 諦めるのならば! 彼はこの場に、残っていない!!!

 

弾かれる方向を自発的に調整し、重力よりも強烈な慣性の直下に樹木の真芯を持ってくる。

これにより足場を確保して連激の火力を高め、迫る蜘蛛足を炭治郎から遠ざけた。

 

「…有り難う、善逸」

 

有り難い。

 

その技が、どれほど大きな価値を持つのか。

それを証明するために、炭治郎が口を切る。

 

「水の呼吸・拾ノ型」

 

現時点で、炭治郎が放てる最強の技。

原作であれば、その発動前に累の糸により刀身を切断され、その上で発動して累の本気を呼び起こした、奥義。

 

刀は斬る為の剣だ。

西洋の武器とは違い、力ではなく速度で斬る。

最も速度が増す切先の、最重要部位を失って、それでも累の鋼糸を切り捨てた絶技が。

 

体調万全、意気軒昂。

 

「生生流転!!」

 

幻影の水龍が立ち昇り、守護する勇者と共に行く!

回転し、うねる龍と歩調を揃え。

 

一撃・二撃・三撃と、回転と共に、増す威力!

 

(助走を得るための時間は善逸にもらった、後はこのまま、最高速度で…!!)

 

切り払う。

善逸が傷付けた足の一点を狙い、両断する!!

 

ーーーーーーそれは。

 

「ーーー?」

 

ーーーーーーーーーーー幻想ーーーーーーーーーー。

 

「ーーーーーー!!」

 

聞こえない。

炭治郎には聞こえなかった。

 

(善逸…?)

 

必死の形相で手を伸ばし、何か叫んでいるらしい友人の声が、届かない。

なんだか、腹が熱い。

 

意識を無くす直前、炭治郎が見たのは濁った液体の中の累。

その鬼の指が長く長く伸びて、自分の腹を貫通している所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ぬ。

炭治郎は遠からず死ぬだろう。

そうした確信があって、それでも善逸は退かなかった。

 

「なんでだ? 勝てないのに、無駄なのに、なんで?」

 

炭治郎に興味を無くし指を引き抜いた累が、今度は善逸に照準を当てながら問いかけた。

 

「駄目かよ…」

 

「は?」

 

「勝てなきゃ、駄目なのか?」

 

泣きながら、震えながら、それでも。

 

「無駄なら、諦めるのが、正しいのか?」

 

剣を構える。

 

「俺は嫌だ、絶対に、絶対に…!」

 

子供だ。

それは、その姿は、いつの間にか累が無くした。

 

「もういいや………死ね」

 

飽きたから、目障りだから、弱くて無価値で無意味だから。

だから、死ね。

 

そして、闇が訪れた。

ーーーいや。

闇にも見える紫色の、その光が…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーそうなんだよぉ! モモタロスばっかりヒーキされてるんだよ、今回だって最初は僕の出番無かったんだよ? 信じらんないよね、僕ってこんなにキュートで格好良いのに!」

 

沈まない水面の上に立ち、光る小人と手を繋ぐのは黒い龍。

 

「でもここに来て良かった! 君たちはワンちゃんやネコちゃんみたいに可愛いし、お空の太陽はポカポカで温かいし、空気は涼しくて気分が良いんだ」

 

アバター空間を抜け出して、自由気儘に散策していたリュウタロスは彼に惹かれた。

自分と同じ龍の幻影を身に纏い、自分の大切な友達と同じ、気高い魂を震わせる、弱くて強い男の子。

 

負けてしまったのは残念だったけど、ここで出会ったのも何かの縁かもしれない。

そう思って彼の中に入ったリュウタロスを、彼の中に存在する光の小人たちは『わきゃわきゃ』と喜びながら歓迎した。

 

…だけど。

 

「消えちゃうの?」

 

世界の真ん中にある太陽が、消える。

夕陽が水平線の向こうに落ちる、あの瞬間のようにあっさりと、容赦なく消えていく。

 

残念で、切なくて、もったいなくて。

 

あの子なら。

僕の大切な友達なら、どうするだろうか?

 

そう考えた時にはもう、リュウタロスの手は太陽に向かっていた。

 

その手に繋がるのは『過去』か『未来』か。

 

 

 

 

 

 

 

 

一変。

 

 

 

 

 

 

 

 

紫色の怪しげな光球が炭治郎の中に入った瞬間、世界が変わった。

具体的には、鬼滅の世界軸から………。

 

「ミュージック!」

 

唐突に、前後の脈絡など完全に無視して炭治郎が立ち上がる。

右手には黒いハット帽。

市松模様の羽織を天高く投げ捨て、帽子を目深に被って指を鳴らした。

 

「え? た、たたた、炭治郎? ケガは? え、アレ?」

 

流れに置いて行かれた善逸が目を白黒させるが、その程度では止められない。

 

スポットライトが炭治郎を照して魅せて、軽快に胸を高鳴らせる太鼓の音が人を呼ぶ。

 

気付けば彼の背後にはウサ耳を着けた禰豆子、その姿に狂乱する善逸、笑顔満点花丸良い子のハルカ、そして気合い十分のモモタロスが宴の始まりを待っていた!!

 

「準備は良いよね? 答えは聞いてない!!」

 

決め台詞と共に、全てが始まる、

 

今世紀最高の名曲と名高い【暴太郎戦隊ドンブラザーズ】そのopening・song、それこそが!

 

「【俺こそオンリーワン】」

 

彼らは踊った。

小説の都合上、歌詞は控えるが、その笑顔と気迫は鬼である累すらも虜にして動かさなかった!

 

もお、それはもお! ドンドンいった!!

 

「僕の好みで言えばもっともっとハードな踊りの方が好きなんだけど、皆で踊るとそんなのカンケー無いってくらい楽しいね!」

 

「お、俺もう死ぬんだと思ってたのに、ね…ねずこちゃんのこんな可愛らしいウサギ耳を拝めるだなんて…夢じゃないよね? 夢じゃないですよね!?」

 

「むーむ~♪」

 

「ねずこちゃん踊り上手いね! 超超超鬼カワユかったよ!」

 

「チッ、超なのか鬼なのかハッキリしろってんだ」

 

「ハァ? なんか文句あんの? 踏み潰すわよ?」

 

「あ…無い、無い…です」

 

和気あいあいである。

そして禰豆子ちゃんの初台詞である。

作者はとても嬉しいのである。

 

「てゆーかさ、踊ってわかったんだけど炭治郎って音感無さすぎなんだよー。むしろマイナスって感じ? だから弱かったんだよ♪」

 

気軽に気さくに飄々と。

楽しい祭りの余韻のままに、リュウタロスが『一息』入れる。

 

「炭治郎の心はポカポカで、どこまでもどこまでも見通せたから良くわかるんだ、この子がどれだけの才能を埋もれされていたのか、僕には、わかる!」

 

その息は燃える。

発熱し、自ら光り、輝き照らす!

 

「【ヒノカミ神楽ーーー】」

 

燃え上がる呼吸は日輪の炎。

それがーーー!

 

「【ーーー黒龍演舞!!】」

 

黒に染まる。

黒く揺らめく炎の龍が、情熱の炎を活力に、吼える!!

 

「炎舞」

 

吼える。

 

「火車」

 

吼える。

 

「陽華突」

 

吼えたくる!!

 

剣と同時に牙を剥き、鋼の塊に近しい大鬼蜘蛛の足を易々と噛み千切った。

 

「これはね、神楽なんだよ! 神様に見せて、皆を魅せて、そうして楽しく踊って歌う! 炭治郎、楽しいだろ? 剣じゃ無い、ダンスだ! 踊りが鬼を救うんだよ!」

 

消えて行く炭治郎に、リュウタロスが語る。

舞い、踊り、剣を振っては魅せながら、死に行く気配を励まして。

 

……そう、例え世界の軸がズレた所で、致命傷は覆せない。

強引に塞いで、強烈に惹き付けて。

それでも炭治郎の命の零落は止められない。

 

(どうすれば良い? 僕に何が出来るんだ? こんなに、ポカポカの良い子なのに…!)

 

彼には手の施しようが無かった。

だが『彼』は一人ではない。

 

「むー!!」

 

鬼の力で身体を歪め、涙を溢す妹がいた。

そして、その隣には。

 

「ねずこちゃん」

 

禰豆子の優しさがハルカを救った。

それなら、今度は…!

 

「ねずこちゃん!!」

 

強く抱き締め、心を伝える。

 

「私たち、オニシスターだよね」

 

大丈夫。

絶対に、大丈夫だよ。

 

その心を、目で送り、繋がる…絆!

 

「ドンブラスター」

 

願い、応えるその神器。

 

組み込む歯車は虹の色。

 

人の願いと咎から産まれ、希望の光で照らし出す!

 

「【ヒトガカリ・ギア】」

 

二頭の蝶が戯れる桃源郷、その描かれたる魂の!

 

「一緒に、救おう!!」 

 

私と共に、兄と共に。

悲しみの連鎖を、打ち砕くためにぃぃ!!!

 

【ドンドンドン!!】

 

禰豆子の指が、ハルカに重なる。

天空の月よりも気高き決意を魅せて、二人の鬼が、鬼を見る!

 

 

「これが私の…私達の!!」

 

 

【ドンブラコォォォォォオ!!】

 

 

「鬼退治!!」

 

 

光。

 

 

 

 

 

 

月の光さえ霞むほどの、柔らかな桃色の光が闇夜を包む。

鬼の苦しみ絶望を、受け入れ流し、抱き締める。

人が知る、無償の光…即ちそれはーーー。

 

 

 

 

 

 

 

「むーむ?」

 

「…む?」

 

現れたのは、小人。

 

小人の姉妹。

 

蝶の髪飾りを頭に乗せた、3頭身程度の幼児の姉妹。

 

「む? むーむん??」

 

仮に名付けるなら『ちびカナエちゃん』と『チビしのぶチャン』が適切だろう。

良く似た姉妹の口は禰豆子と同じ竹の口枷によって封じられ、良く見ればそれぞれの小人の頭には可愛らしい角がちょこんと鬼を主張していた。

 

「え、ちょっと待てコレ、可愛いけど、今? 今そんな場合? 死んじゃうんじゃね? 炭治郎死んじゃう直前じゃね? なんか激辛カレー食べてる所にオハギ持ってこられたような食い合わせの悪さがちょっともぅアップダウン激し過ぎてゲボしちゃいそうなんだけど??」

 

消えた禰豆子とハルカの代わりに現れたのが幼児だ。

この状況下でなければ善逸もヨダレを垂れ流してハアハア言いながら目を血走らせていたのだろうが、残念。

 

肉体、精神共に限界を向かえた善逸がその場に崩れるが、二人の幼女は気にしない。

 

月を見上げ、まるでお日様の下でピクニックに出かけるような足取りの軽さで鬼へと向かう。

 

「え、えぇ!?」

 

死んじまうぞ!?

止めたくとも、身体の無いモモタロスにはどうにも出来ず、しかし。

 

「え! えぇぇ!?」

 

早い。

動作と現実が噛み合わない。

どう見てもヨチヨチした小さな歩幅の動作一つで、倍速された映像を見せられるように存在が転移する。

 

時間が飛ぶ、それはモモタロスだけが観測する現象では無い。

 

「な、なんだ、この!?」

 

ちびカナエちゃんが飴細工のような棒を抜き、エイエイどんどんと斬りかかり、チビしのぶチャンがその間に炭治郎を救い出す。

 

「む~~~~むっ!」

 

傷口に指を差し込んで、ぐるぐる。

それはもう容赦の欠片もない、幼児特有の残酷さを遺憾無く発揮してぐるぐるぐるぐると、炭治郎の悲鳴もお構い成しに押さえ付けてグリグリと回し、最後に『痛いの痛い飛んでいけ』の要領で指を天に差し向けた。

 

「ーーーーーーゲ…ボァ」

 

口から鬼毒の塊を吐き、炭治郎が意識を失う。

その傷口が塞がれている事を確認すると、大粒の汗をかいたチビしのぶチャンがその上に倒れ込み、チェンジOFFの光と共に元の禰豆子の姿に戻り、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「くそ、くそ、くそがぁ!!」

 

ーーー強い。

 

ふざけた姿の幼女に圧倒され、蜘蛛の巨体がよろめいた。

既に累に許された時間は少ない。

 

肉が溶け、骨が露出して内臓からは血が溢れる。

なのに倒せない。

いや、それどころか。

 

「むっ!」

 

棒切れの一振りでその千倍はあろうかと言う巨大質量の足が砕かれ、振り回されて。

 

その隙に合わせて幼女が睨んだ。

 

「む~~~~~っ!」

 

気合いを込める。

可愛さ100倍・勇気は1000倍・込める威力は10000倍!!

今、ヒッサチュの!!

 

すぅーぱぁー↑↑↑

カナエちゃん☆アタック☆

 

投擲された棒は軽々と音速の壁を超え、凄まじい衝撃波で辺り一帯の木を薙ぎ倒して累の首を突き抜けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負けた。

累は負けた。

誰一人殺せず、何一つ切れず。

絆と言う名の見えない糸に、グルグル巻かれて負けたんだ。

 

なのに、それなのに、累の目の前には血溜まりが広がっていた。

 

黄色い女、黄色い男、緑の男や白い女。

 

山で見かけた人間や、両親という顔も忘れた記号が転がり、恨めしそうに累を見ていた。

 

「よくやった」

 

肩に冷たい手がかかる。

 

「え…」

 

それは無惨。

鬼舞辻無惨と言う、鬼の始祖。

 

「素晴らしい戦果だ」

 

後ろから抱き締められる。

冷たい熱に、背筋が、凍って。

 

「お前には褒美を取らそう。何が良い?」

 

問われ、意識する間も無く。

 

「絆」

 

「…ほぅ?」

 

「絆が、欲しい…です」

 

殺されるかもしれない。

なのに、願っていた。

命よりも、欲しかった。

 

何よりも欲しかった。

二度と手に入らないからこそ、欲しかった…!

 

「よかろう」

 

だから、その返事は夢だ。

いや、そう。

この世界の全てがゆめまぼろしで。

 

「俺がお前のママになってやるよぉ? うふふ、うふふふふ」

 

怖気がする。

精神の、一番大切な何かを掴まれて、いる。

 

「大丈夫だ累、俺がママだ」

 

「あ、ああ…あ。か・あ・さ……ん?」

 

その赤い涙が何故流れたのか。

累にはもう、何もわからない。

 

「ほら…ほらぁ、ママの中にお入りィ? あたたかくて、ネトネトしてて…直ぐに病み付きになるから」

 

うふふ。

うふふふふふ。

うふふふふふふふふ。

 

その声に抗う力を、今先ほど知ったはずなのに。

 

堕ちてしまった。

累は、どこまでも、世界を堕ちてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー那田蜘蛛山編・完ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 





くっ!!!!!
ドンブラ本編が神すぎる!!
時間が一瞬で消し飛ぶぜ!!!


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③【幸せなエラーが】鬼滅の刃 第55話 無限夢列車【に■♡し∞しΩ!】前編!

 

那田蜘蛛山での戦闘。

戦地に赴いた隊員の大多数が重軽傷を負ったものの、奇跡的に死者はゼロ。

 

理屈は全くの不明なのだが、蜘蛛男のように取り返しがつかないほど酷い血鬼術に犯されていた隊員達は、ちびカナエちゃんの一撃による累の討伐と同時に人間の姿に戻る事が出来たし、ドンブラザーズの介入により早い段階で累の家族役が吸収されていた事が功を奏したと見られている。

 

しかし、桃井タロウは気付いていた。

 

鬼退治がなされたにも拘らず、人間の累が居ないこと、そして累から得られる筈のオニガカリ・ギアが存在していない、その事実に。

 

 

 

 

 

…まぁ。

それは兎も角として。

実は鬼殺隊の重傷者リストには竈門炭治郎の名前が無かった。

 

毒を除去され傷口を塞がれたとはいえ、累の指は完全に腹を貫通していたし、それによって命が消えかけた事実は重い。

 

彼は約一月の間昏睡状態にあり、しかし重傷者とは見なされなかったのだ…不思議なことに。

 

そして、彼が意識を取り戻した、その時。

 

 

 

 

 

「死ねよ炭治郎」

 

 

 

 

 

何故か友人だと思っていた我妻善逸に呪詛を吐かれ。

 

 

 

 

 

「おめ、おめで、と♪」

 

 

 

 

 

何故か日の光の下で生き生きとした笑顔を浮かべる妹に祝福され。

 

 

 

 

「ふ…フツツカもの、ですが」

 

 

 

 

何処かで見た覚えのある………ような、気のする、凄まじく、、、言語に変換する事が出来ないほど、もぅ…なんだろう、綺麗というだけで語彙力の限界を八百万回ほど突破してしまうような美女が、炭治郎に潤んだ瞳を見せて『白無垢姿で』正座して、深く身体を丸めてお辞儀をしたのだった。

 

「ーーーーーひゅ…」

 

声を荒げなかったのは、炭治郎が長男だからだろう。

流石は長男、長男は世界を救うぜ…ゴクリ。

 

現状把握のために脳が全力で稼働し『身に染み付いた』ヒノカミ神楽の呼吸を行って平静に努める。

 

何故、自分の身体がこれ程完全に、日の呼吸に適応しているのか。

そこに思い至る事が出来れば、もしかすると現状把握の切っ掛け程度にはなったかもしれない。

 

だが、至らない。

 

炭治郎…お前は判断が遅い!

『ぺんぺんぺしぃぃぃん!!』

 

彼が首を動かさず、必死で読み取った情報は三つ。

 

 

 

① ここが厳かな雰囲気の小部屋であり、どう見ても神前、神主様がムニャムニャ祝詞をあげている。

 

② 自分の服装は今まで見たこともないくらい立派で綺麗な和服。それは五つ紋の黒紋付羽織袴であり、羽織には黒羽二重の染め抜きの五つ紋が付いていた。

 

③白無垢姿のどえれぇ別嬪さんからは自分の、そして自分からはどえれぇ別嬪さんの匂いがぷんぷんしていた。

 

 

 

明らかに、馬鹿でも理解できるアレである。

 

(ケ・ボーン!!)

 

騎士竜戦隊もアッツアツで『イカしてる!』て違うでしょ、炭治郎くん?

 

(けっ、けけけけけ…! 結婚!?)

 

さよう。

ケ・コーンである!!!

 

結婚式の前にはしっかりと、入念に禊をします。

にも拘らず、婚前であるにも関わらず!!

 

お互いから、拭いきれないほど濃厚に、お互いの匂いが!

 ぷんぷん はふはふ しておるこの現実!!!

 

炭治郎は鼻が良い。

だから炭治郎は匂いに段階を付けて人間関係を把握していた。

 

 

 

縁の無い、もしくはこれから縁を持つ人。

 

縁があり、そこそこの頻度で触れ合う事のある知人。

 

血縁、もしくは共に生活をしている伴侶や戦友。

 

 

 

驚くべき事に、目の前に控える美女は3番目に該当する禰豆子よりも濃く、自分の匂いを香らせており。

 

そして。

 

その中でも、一番匂いが強い場所を意識した瞬間、炭治郎の…いや、15歳の少年の脳ミソが沸騰し、ショート寸前の非常事態に陥った。

 

「こちらを…」

 

その瞬間を見計らった訳でもないのだが、実に絶妙なタイミングで小さな盃を押し付けられ、硬直した炭治郎に神主様が小声で話しかけ、飲み干す動作をしてみせて。

 

「あ、ぁぁ…?」

 

意味を理解しないまま、その通りに中に注がれた液体を口に含んだ。

 

「ーーーーー!!」

 

気付いていた。

酒だと気付いていたのだが、気付いてその上で至らずに口に含み、含んだからには………呑んでしまう。

テンパりキッズと化した炭治郎であれば、それは仕方のない失態であり(他の世界線ではどうあれ)この世界の炭治郎は驚くほど酒に弱く、その一口で前後不覚に陥った。

 

だが、だが…!!

 

それでも彼は炭治郎…いや、長男なのだ!

長男は負けない、長男はくじけない、長男は酔っぱらわない!!

 

炭治郎の魂に染み付いた『長男』という概念が、公の場で醜態を晒す事を拒み、その結果…炭治郎は本当に意味がわからない状態のまま、つつがなく結婚式を終え、(旧姓)栗花落カナヲと夫婦になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物事に結果があるのなら、当然ながら原因がある。

 

那田蜘蛛山での決戦の後、お館様は原作通り負傷した隊員の回収と共に『竈門炭治郎』及び『竈門禰豆子』の拘束を命じた。

 

そして旧花柱・胡蝶カナエ、元上弦の鬼・童磨、赤と紺色の隊服…制服? を身に纏う長身痩躯の男、黄色っぽい服装の女の子、この四人には絶対に手を出さず、誠心誠意…心からお願いして任意同行を求めるよう通達された。

 

そこで三姉妹の再開という美しいドラマがあったのだが、この時点ではまだ、そこまで重大なエラーに及ぶ事象は発生せず。

 

 

 

その狂いは『柱合裁判』から始まった。

 

 

 

「裁判の必要などないだろう! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!」

 

皆大好き!

炎柱の煉獄杏寿郎を筆頭に、四人の柱がその意見を肯定し。

 

「おい、何でソイツはまだ寝てやがるんだァ?」

 

つついても殴っても、耳元で騒いでも何をしても目を覚まさない炭治郎に痺れを切らし、禰豆子が入っている箱を片手に不死川実弥が現れた。

 

「この鬼は特別だァ? 人を守るために戦えるゥ? そんなことはなァ………」

 

右手を刀の柄に伸ばし、抜き放とうとしたその瞬間。

 

『バン!!』

 

内側から蝶番もろとも、その扉が十数メートルほど吹き飛んだ。

それは打撃。

極めて高威力の。

 

「ん、んん~…んふ」

 

身体の大きさを整えながら、竈門禰豆子がその姿を表した。

 

「…え?」

 

思わず空を見上げる実弥。

うん、快晴…今日は洗濯物が良く乾くぜ! ヒャッハー!!

 

てーーーはァ!?

 

 

「お、おは…おは、よ♪」

 

 

口枷の紐を指の鋭い爪で切り捨て、後ろ手に荒縄で拘束されたまま眠り続ける兄に微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

裁判を保留し、日陰で安らかに眠る炭治郎と、その頭を撫でる禰豆子に厳しい視線を向けながら、実弥はお館様の到着を待った。

 

あの後の話。

目覚めない兄と、その拘束された姿に。

 

「にいちゃ、お…おにい、ちゃ…う、うぅ…!」

 

目を潤ませ、あわやギャん泣き寸前の禰豆子を助けたのは他の誰でもない、不死川実弥その人。

 

流石は風柱様でいらっしゃる、と下手すれば(友達だからきっとそんな酷いこと言わないと実弥は信じてるが…)伊黒小芭内に揶揄されそうな神速で空を駆けて炭治郎を拘束する縄を断ち切り、禰豆子と同時に小脇に抱えて庭の隅に移動させたのだ。

 

「わん、わん…わん!」

 

ねずこちゃんニコニコである。

何故か実弥を「わんわん」と呼んで可愛らしく手首だけ動かして好き好きアピールする。

 

絶妙に空気を読んでその場から動かないのだが、万が一実弥が近付いたら頭を抱えてその白い髪の毛をワシャワシャする未来しか見えず、その絵づらを思い浮かべてしまった甘露寺蜜璃は今まで経験したことのない超ハイレベルのギャップ萌えに脳をやられていたし、伊黒小芭内はそんな彼女の扇情的な姿にハラハラドキドキを募らせていた。

 

この三人は退席させるべきなのではないだろうか。

 

まとめ役的なポジションにある悲鳴嶼行冥は本気で検討したが、よくよく考えれば冨岡義勇は常にボッチだし、時透無一郎は上の空、胡蝶しのぶは姉に付き添っているため、まだここには参上していないこの有り様で、今さら何をどうしても無意味だと結論付けたらしく、ひたすら数珠をガシャガシャ鳴らして涙を流した。

 

…うん、行冥くんも大概アレやないかい。

 

 

 

「すまない、待たせたね」

 

 

 

お館様が見えられた。

 

「しのぶと客人扱いの四名は少し遅れていてね、ただ待つのも芸がないし、那田蜘蛛山で起こった出来事を一度整理しておこう」

 

それから、那田蜘蛛山での戦果や話題の彼らの素性など、それはもう重要な話が頭の上で飛び交うのだが。

 

正直、実弥はそれどころではなかった。

 

だから彼らの実力を知りたいと意見した宇髄天元に頷き、こう言った役割に定評のある人物に話を割り振ったお館様に罪はないのだが、彼のその発言により事態はさらに加速して狂った。

 

 

 

 

「実弥…お願い出来るかな?」

 

「…お館様」

 

(流石はお館様だ。俺の思考を見抜いていらしたとは)

 

実弥は彼の事を改めて尊敬した。

そして躊躇いを切り捨てて歩き出す。

 

「…え?」

 

後ろでお館様が困惑している事も知らず。

 

 

 

 

向かう先には禰豆子。

さっきの騒動からこっち、実弥の『お兄ちゃんスイッチ』は入りっぱなしである。

 

木陰に座っていた禰豆子のもとに、美しい蝶々の番がヒラヒラと舞い寄った事に気付いていたし、それに魅せられてフラフラ歩き出して(あぁ~こら、もぅアカン! アカンよォォォォォ!!)と内心で絶叫していたその時にお館様からGOサインが出たのだ(出てません)やはりお館様は素晴らしい。

 

側に控えていた隠の二人が、そのあまりの鬼気にお互いを抱き合い、震えながら涙を流した。

だが、今の実弥にはそんなもの目にも入らない。

 

「…わ? わん? わん、わ!」

 

うれしい!!

 

蝶への興味を消し去って、ただひたすらに真っ直ぐな感情を身体ごと実弥に投げ掛けて、禰豆子が頭からその腹に突っ込んだ。

 

「ヒィィ!!」

「ヒエェェェ!!」

 

上弦の肆だったか伍だったか、こんな怯え方する鬼がいましたね。そう言いたくなるような見事な悲鳴をあげる隠の二人を背景に、実弥がゆっくりと腰を下ろす。

 

「わん、もも、ももふ、ふふっ♪」

 

禰豆子が実弥の頭をワシャワシャ撫でまくる現実の光景。

妄想よりも一段飛ばしで萌え萌えキュンキュンな神の景色を前に、蜜璃の理性は遂に決壊し、だくだくと滝のように鼻血を流した。

 

しかしそこは流石、伊黒小芭内が即座にハンケチーフを差し出し、彼女は感謝と共に息を乱して事の推移を見守ったし、そんな彼女を見守りながら大切な友人のやらかし映像を眺めると言う至福の時間に彼は心から感謝していた。

 

 

 

「お嬢ちゃん、嬢ちゃんの兄貴は少し疲れてるみたいだなァ」

 

「う? あに、あにき、ちかれ? おちか、れ?」

 

「アァ…そうだなァ、おちかれだ」

 

(ブッフォ…!!!)

蜜璃さん、静かにしててね?

 

「だから、もちっと静かな場所でネンネさせてやろうぜ?」

 

(ネ・ン・ネ…☆♡♡♡*∀*)

もう目が血走ってるんですけれども。

 

「………? わん、いっ…しょ?」

 

なんとなぁ~く理解した風な禰豆子に微笑み、実弥が優しく頭を撫でた。

 

「まだこっちの話しは終わりそうにねーから、先に行ってなァ。オイお前ら、この二人を蝶屋敷へ連れてけ、目を離すんじゃねーぞォ?」

 

目を離したら…死ぬ、地獄の果てまで追い回されて、噛み殺される。

そんな未来を幻視した二人がコクコクと首を振りーーー、

 

「あらあら、不死川くんはいつの間に蝶屋敷の主人になったのかしら?」

 

遅れてやって来たドンブラ御一行と胡蝶しのぶ。

四年ぶりに再開した花柱の発言によってそれまでの空気が一変した。

 

「しのぶ、もしかして不死川くんと祝言をーーー」

「「馬鹿なことを言うな!(言わないで姉さん!)」」

 

おっとりと、見たまま聞いたままの客観的な推測によって飛び出したカナエの問いは、当人二人によって即座に否定された。

 

「て、オィマジかよ。お前、カナエ…本当に」

 

夢現の状態で、実弥の手がカナエの頬に伸びて、

 

「俺のお供に気安く触るな」

 

当然のように桃井タロウが払い除けた。

 

「それにしても驚いた、この世界の犬は喋るのか、しかも人間に良く似ている!」

 

恐ろしい事に、まったくの、鼻くそ一ヶ程度の悪意も無くタロウが言い放った。

 

…作者が思うに、タロウは良く舌が回る義勇なんだと思うんですよ。本気で、本人には悪気の欠片もないまま除雪車のようなクソ馬力で目の前にある問題に体当たりして行く所とか、もぅそっくりじゃね?

 

「テんんんんメェ、殺されてェのかァァァァァァン??」

 

一触即発。

頭を撫でようとしたタロウの細腕を掴み、へし折る前提で圧力をかける実弥に、その力強さを理解して「ほほぅ?」と狂暴に笑うタロウ。

 

「ね、ねね! カナエちゃんカナエちゃん! あの人ってカナエちゃんの何? 恋人? 恋人??」

 

外野で騒ぐのは漫画家・鬼頭ハルカ。

もうネタとしか見ていない。

 

そして、

 

「おぃ! なんでプリンがねぇんだよ! 3時のおやつはプリンなんだよ! わかんだろ? なんでもいいわけじゃねぇんだ! プリンじゃなきゃドン王にはなれねぇんだ! な? わかんだろ? なぁあ??」

 

騒がしくおやつについて熱弁を振るう童磨(モモタロス)まで現れて一気に場が騒然とした。

 

(絶対にヤバイぞ)

(死ぬわね、ここにいたら絶対に巻き添え死するわ)

 

隠二人の意見が合致し、彼らは即座に禰豆子と炭治郎を担ぎ上げ…それはもう『隠』の名に恥じぬ素晴らしい隠密力を発揮してその場から遁走したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…死ぬかと思った」

 

「そうね」

 

「あの細い奴が『赤色』なんだろ?」

 

「たぶん、そうね」

 

「強い奴は皆、頭のネジ取れてるんかな?」

 

「さぁ…わからないけれど、聞いた話あの『赤色』の人が水柱様と共闘して下弦の弐・参・肆・陸を討ち取ったらしいわ」

 

「…は? あの、一晩で? どこ情報だよ??」

 

「寛三郎さま」

 

「かん………み、水柱様の鎹鴉やんけ。お前それ…」

 

ボケてんじゃね?

 

その一言を飲み込んで、二人は走った。

そして蝶屋敷へとたどり着く。

 

「…あっいる。人いる」

 

「あれはえーっと、そうだ」

 

「"継子"の方だ、お名前は…」

 

カナヲの後ろ姿を見つけた二人、その背中で『彼』が目を覚ました。

 

「ツグコ?」

 

まだ眠そうに目を擦りながら。

 

「ツグコって………?」

 

ふわり、風に舞い揺れるように身体の向きを入れ換えて、カナヲがこちらに向き直った瞬間。

 

ーーーお前起きたのか!?

ーーーいつから!?

 

そんな隠の悲鳴に似た声など、無価値同然。

 

「まま…」

 

その二文字の意味を理解出来る人は、その場には存在しなかった。

 

「ママ!!」

 

ママ、お母さん、母上、母親、お袋、マザー、等々など。

沢山の呼び名があるその意味は、ただ一つ。

 

「ムギゃ!?」

 

ここまで背負ってくれた隠の背を足場にして炭治郎が…いや、彼の中にいるリュウタロスが飛び跳ねる!!

 

「ママァァァァァァァァァ!!!」

 

全力全開の笑顔でルパンシャンプを決め、カナヲの胸に顔を埋めた。

 

「ふぇ?」

 

そう。

これが今回のerrorstoryの走り。

栗花落カナヲ(16歳を)を心の底から自分の母親だと断言する竈門炭治郎(15歳)の中のイマジンが引き起こした『僕はママとずっと一緒にいるよ! だってママが良いよって言ったんだもん!!』事件である。

 

ガチで、炭治郎が意識を取り戻した祝言の日に至るまでの約一ヶ月間、彼はガチで四六時中カナヲにくっついて過ごした。

 

ご飯の時も、お散歩の時も、鍛練の時も、鬼退治の時も。

 

…そして、うん。

そうなのである。

お風呂の時も寝る時も、いつ如何なる時も炭治郎(リュウタロス)はカナヲと共に過ごしてしまった。

 

カナヲさんと彼女を教育した胡蝶姉妹の名誉の為に言っておくが、カナヲさんの貞操観念は十分に有る。

ただそれは欲望任せの下衆な男や犯罪から身を守るようにと指導された物であり、同年代の息子?? との距離感については明記されていなかったのだ。

 

那田蜘蛛山の戦後処理や、童磨と禰豆子の現状確認、想定される鬼の今後の動向、現在の推移、ドンブラザーズが何者なのか、何をどうしたいのか、その今後は…などと、話し合う話題が途切れずに続き、胡蝶姉妹がようやく家に帰りついた頃にはとっくのとうに(アレな交渉事は無いのですが)客観的に見た場合の既成事実は成立していたし、困ったことにカナヲ本人が炭治郎を含むリュウタロスにクソデカ感情を抱いており…。

 

「炭治郎の魂はもうすぐ目覚めるよ。そしてその時、炭治郎の命と同化した僕の意識は、その魂に包まれて眠ることになる。だから…だからその前にーーー結婚したいんだ、ママと!!」

 

リュウタロスはそう。

昔から結婚に強い憧れを抱いたイマジンだった。

 

「僕の意識は眠るけど、ママと炭治郎が結婚して赤ちゃんが出来たら、きっとそれがら僕だから。だから大丈夫!」

 

どういう理屈でそうなるのか、一切不明なのだがリュウタロスの中ではそれが真実であり、カナヲもそれを信じた。

信じたし、それまで自発的な言動を取らなかったカナヲが「結婚します」と断言して譲らなかった。

 

 

 

「カナヲ、立派になって…!」

 

いや、違う。

 

「姉さんどうしましょう、カナヲの結婚式よ? 私の権限で使える限度額は全て投入するけれど、、、足りない…ですよね? ごめんなさい…私の失敗です、四年前の上弦の弐討伐報酬を受け取っておけば、妹に心配かけなくても済んだのに…!!」

 

かなぁぁぁり、間違っている。

 

「大丈夫よ、お館様はお優しいから。姉さんに任せなさい、カナヲに悲しい想いはさせないから…絶対、絶対に…!!」

 

「姉さん、素敵…♡」

 

…まぁ、そんな感じてある。

素敵脳と化した二人のとんでもねぇ妹愛を原動力に、結婚式の準備は時間と資金とお館様の寿命の限界までを酷使して行われた。

 

その一月の間、鬼は鳴りを潜めており鬼殺隊に珍しく余裕があったことも幸いし、柱を含む部隊の役半数が炭治郎の故郷に向かい、里の人々と一緒に彼らの門出を祝福したのだった。

これが炭治郎の住む山の麓の町の名物となる『炭カナ祭り』の始まりであるとかなんとか、ムニャムニャムニャ…。

 

 

 

 

 

式の翌日。

炭治郎は宛がわれた旅館の一室で目を覚ました。

 

「おはよう御座います」

 

目覚めたら彼に微笑むのは、妻となったカナヲ…ではなく。

 

「お、おは…おはよう、ございます?」

 

その姉『胡蝶しのぶ』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口下手な妹に代わり、まるで状況をわかっていない炭治郎への説明役を買って出たしのぶは、那田蜘蛛山から今日までの一連の話を順序立てて説明した。

 

最初こそ、混乱や困惑といった感情の乱れが多かったものの、那田蜘蛛山で死者が出なかったことに加え、妹が人間に戻りつつある現状、その後の顛末など…。

事の経緯を知る毎に落ち着きを見せる炭治郎の胆力に、しのぶは内心で彼の評価を上向けた。

 

「俺の事は良いんです。正直、家族を亡くしてからここまで、妹を人間に戻す事だけを考えて生きて来ましたから、こんな…その、綺麗な人と夫婦になれただなんて、嘘みたいな幸福だと思ってます」

 

そう述べる炭治郎の表情は、硬い。

しのぶの隣にちょこんと座ったカナヲを見据えて続けた。

 

「けど、俺は炭売りです。鬼狩りとしての生活が終わったら、きっと山で炭を作って、それを売って生活していきます。炭売りは普通の家庭に比べれば遥かに貧しいし、苦労をさせない保証はありません。

 

本当なら、式を中断してでも話すべきでしたし、今の話だって五体満足に生き残れたら、の夢物語の上にある話です。カナヲさんを戦いから遠ざけたとしても、俺は不具になるかもしれないし、それこそ死ぬかもしれない。不安を言い出したらキリがありません。

 

そもそも、カナヲさんが好きなのはリュウタロスであって、俺とは殆ど初対面ですよね? 本当に、本当に俺なんかと結婚して良かったんですか?」

 

炭治郎は聡明だ。

だが謙虚だ。

だからこそ、確認しなくては納得出来なかった。

 

「私は…」

 

カナヲは怯える。

自分の心を言葉にする行為は、やはり苦手で。

難しくて、頼りなくて。

けれど、真っ直ぐに自分を見詰める彼の瞳が美しくて。

だから、そんな彼に恥じないように、懸命に言葉を紡いだ。

 

「私は、いらない子供…だったの。間違えたり、遅かったりしたら、両親は容赦なく私を打ったし、ご飯を抜かれたり、酷く怒鳴られたり、泣いたりしたら、それこそ動けなくなるまで叩かれた。

 

けどね。

ある日ぷつんと音がして、何もつらくなくなったの。

 

気味が悪かったのか、お金が欲しかったのかわからないけれど、私は親に売られたの。売られて、紐にくくられて。

男の人に犬のように引っ張られていた時、大きな大きな橋の上で姉さん達に拾われたの。

 

汚い汚い私の手を掴んで、しっかり繋いで走ってくれた。

お風呂に入れてくれて、ご飯を世話してくれて、綺麗な服を着せてもらって、皆が知っている常識を教えてもらって。

 

私はね…私は、空っぽなの。

この『私』は姉さん達に貰った私。

本当の私は惨めで無価値で、誰からも必要とされずに二束三文で売り払われる汚ならしい子供なの」

 

真っ白な膝の上で、握りしめた拳を震わせながら。

それでも、彼女は真っ直ぐに彼を見詰め、彼もまたそれを真正面から受け止めた。

 

「でも、リュウタロスはそんな私の事をお母さんだって言ってくれた。代わりなんか居ない、大事な大事なお母さんだって言ってくれた。私の全部が大切なんだって、言ってくれた。

 

それに…炭治郎、本当に覚えてない? 三日月の夜、リュウタロスが寝た後、少しだけお話したよね」

 

炭治郎はカナヲを知らなかった。

顔だけは見た記憶もあるが、名前すら知らず気付けば夫婦になっていた。

 

そう告げられて、落胆した。

 

落胆したカナヲは、それでも諦めない事を選んだ。

自分は、人に覚えてもらう価値などない存在だと思っている。それでも、諦められなくて、だから、だから震える手で一枚のコインを取り出した。

 

「覚えてない…かな?」

 

それには『表』と『裏』が書いてある。

 

「投げたの…お、覚えてない……かな?」

 

彼を見る。

しっかりと、細部に至るまで。

 

(…あれ?)

 

瞳孔の開きが、大きい…?

 

光の加減でそう見えるだけかもしれない。

けれど…!

 

「『表が出たら、カナヲは心のままに生きる』そう、言って投げたの…お、覚えてる?」

 

炭治郎の頬を、一筋の汗が伝う。

 

「…!! 覚えて、る。覚えてるよね? 覚えてるんだ! そ、そうでしょ!? 返事して、炭治郎!!」

 

らしくなく、うつ向いて返答を控える炭治郎に、カナヲがにじり寄った。

 

「表が出たんだよ。私、ドキドキしたけど、表が出て炭治郎が言ったの『人は心が原動力だから』って、そしてーーー」

 

言い募ろうとしたカナヲの口を、炭治郎が押さえた。

 

「ゴメン。本当に、ゴメン…! 夢だと思ってたんだ、ホントに悪意は無かったんだ、意識がボンヤリしてて、ふわふわしてて、きっとリュウタロスの意識が混ざってんたです!!」

 

狼狽している。

あたふたあたふたと、みっともなく慌てふためくのは。

 

「詳しいお話を、聞かせてもらいますね?」

 

隣にお姉さんが座っていて、困る話だからですよね?

 

「ーーーーーは、い…」

 

 

 

 

 

 

原作ファンのちびっこには申し訳ねぇんだか。

これが、この世界の事実なんだ。

 

いいかい?

 

リュウタロスはガチでカナヲを母親だと思ってた。

だから一緒に風呂にも入るし同衾(同じお布団でお寝んねする事だよ! 家族でもない年頃の男女は普通しちゃイケない破廉恥な行為なんだよ!)するし………オッパイだって、吸うんだよ。

 

炭治郎が目覚めたのは、カナヲがコインを使って乳吸いを拒絶した日の夜でね?

ふて寝したリュウタロスの代わりにおっきした炭治郎くんが聞いたのよ。

 

「なんで自分で決めないの?」

「カナヲはどうしたかったの?」って。

 

もう、ほんとゴメン。

作者は原作大好きなんだよ?

汚す気持ちはこれっぽっちも無かったんだよ?

 

けど、何故か、世界がこの展開を求めていたんだよ。

 

「何で表を出せたの?」

 

問いかけるカナヲに、炭治郎は笑顔で応えた。

 

「偶然だよ、それに裏が出ても表が出るまで、何度でも投げ続けようと思ってたから」

 

そう言って、カナヲの隣に腰を下ろし。

 

「さぁ、カナヲ…カナヲは、どうしたい?」

 

その細い腰に手を回して、隊服の下に隠された脹らみを見詰めた。

 

 

 

 

 

 

「ギルティですね」

 

しのぶの氷のような笑顔が、有罪を告げた。

 

「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい」

 

そこには少年漫画で一世を風靡した主人公の面影はない。

 

「だ、大丈夫? おっぱい吸う?」

 

そんな炭治郎を心から心配したカナヲの言葉が、炭治郎の罪を抉る。

 

「カナヲちゃん? そう言うのは夜、二人だけの時しか言っちゃイケないのよ?」

 

「そう…なの? ごめんなさい姉さん、気を付けます。リュウタはいつも、どんなに泣いててもおっぱい見せたら機嫌が治ってたから、つい」

 

『つい』で出てくる台詞じゃねぇんだよなぁ。

監督不行き届きを恥じながら、それでも過ちの相手が悪人では無かった奇跡に感謝して、しのぶが口を開いた。

 

「しかし、わかりました。お互いに結婚に際しては問題は無いようですし、あと必要なのは時間だけのようですね」

 

そして、懐から取り出す。

 

「これは…?」

 

それは切符。

 

【東京 無限 9373】

 

運命が刻印された、一枚の。

 

「新婚旅行、炭治郎くんは知っていますか? 西洋では蜜月…ハネムーンと言う大切な行事があるそうです。

 

二人で見知らぬ土地に赴き、共に過ごす。

 

それはにお互いの事をもっと知る良い機会になるでしょう。貴方達にとって一生に一度の思い出になりますし、是非、楽しんで来てください」

 

そして運命は動き出す。

 

さぁ。

次の駅はーーー過去かーーー未来かーーー。

 

 




今週も最高を更新しました。
ドンブラザーズ、どこまで高みに昇っていくんだ。


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【幸せなエラーが】鬼滅の刃 第55話 無限夢列車【に■♡し∞しΩ!】中編!

 

「新婚旅行みまもり隊!」

 

それは結婚式の翌日。

竈門炭治郎への状況説明と夫婦となった二人の仲人役を務めた胡蝶しのぶが自室へと戻り、待機していた姉と姉の友人、そして自分の友人と、最後に家族となった炭治郎の妹、その合計四人に事の成り行きを報告した時の事だった。

 

「新婚旅行みまもり隊!!」

 

再度となるハルカの発言に、一同の動きが止まった。

 

「ハルカさん? 血鬼術の気配はありません、よね?」

 

理解できない現象=血鬼術。

まだハルカの芸風を理解していない胡蝶しのぶが鬼の気配を探すのだが、

 

「新婚旅行みまもり隊!!!」

 

取り合わず、それどころかハルカは同意者を募るように右手を真っ直ぐにカナエに向かって指し伸ばし。

 

「素晴らしい提案ですね」

 

何故か姉は当たり前に同意してそこに手を重ねて。

 

「なんだかドキドキする響きで素敵!」

 

友人の甘露寺蜜璃もそこに加わり、

 

「た、たい! …ふふっ!」

 

今一つ理解しているのか否か、ふわふわとした笑顔で楽しそうに禰豆子がそこに手を伸ばした。

そして。

 

「しのぶちゃん!」

 

柱にまで上り詰めたしのぶがたじろぐような熱量を伴って、ハルカが真っ直ぐにしのぶを見詰めた。

 

「カナヲちゃんはまだ16歳で、炭治郎なんてまだ15歳の子供なんだよ!?」

 

君は17歳だけれどもね?

 

「私達大人が、しっかりと見守ってあげる、それこそが責任なんだ! 投げっぱなしじゃダメ! しっかりと見守って、その青春の一ページを心のアルバムに記録しなきゃモッタイナイ! そうでしょ!?」

 

「それは…」

 

それは、出歯亀と言うのではないでしょうか?

その一言を飲み込んだのはやはりしのぶも人間だからか。

 

姉として、人として。節度を守るべきだと主張する心はあるのだが『そんなのわかってるよ! わかってるけど人生を全力で楽しむことの方が万倍大切!!』と言ってのけるようなハルカの元気な表情に、ふっと肩の力が抜けた。

 

「…楽しそうですね」

 

仕方ないですね。

そんな表情で手を差し出したしのぶに、

 

「楽しそう? 違うよしのぶちゃん、楽しい! だよ!! 間違いないって!」

 

五人の乙女の手が重なり。

 

「新婚旅行みまもり隊、ファイヤー!!」

 

「「「ファイヤー!!!」」」

  「ふや、いやー☆」

 

春日部を防衛する子供達のようにキラキラと光輝く笑顔で、その五本の手が空を指したのだった。

 

 

 

 

 

ーーーこれは。

 

これは、那田蜘蛛山での決戦から一月も後の話である。

 

そう。

一月もの時が流れ、それでも彼と彼女は戻れずにいた。

何度となくドンブラスターでアバターゲートの作成を試みた。

桃井陣とコンタクトを取ろうと試行錯誤を重ねた。

だが、現実は彼らの求めには応えなかった。

 

修学旅行に近い、ともすればそれよりも楽しい雰囲気の中、自分にとっての【現実】に戻れない恐怖を心の底に沈めるハルカ。

そして、その彼女の懸命な強さを心から愛し、支えようとする鬼殺の面々による旅は愉快に始まる。

 

(優しい皆に、これ以上心配をかけたくない)

(ハルカさん、その悲しみ少しでも薄めてあげたい)

 

他者を思いやる人間の愛。

それはきっと、お互いを幸福へと押し上げる。

 

 

 

…だが、その汽車は【無限】の名を持つ運命の列車。

 

その無慈悲なる牙は、今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまい!!!」

 

無限列車。

八両で編成された車両の後方。

最後尾の二歩手前にある無限6号車は異様な雰囲気に包まれていた。

 

「うまい! うまい!」

 

「くぅぅぅ! 確かになぁ、このしょうが焼きなんて絶品だぜぇ!」

 

「うっまい、う…うま!!」

 

四人がけの座席を占領し、合計40に近い弁当の山に舌づつみを打つのは煉獄杏寿郎と童磨(モモタロス)、そして禰豆子。

大中小と揃い踏みのハデハデな一団。

 

食い散らすと言っても過言ではない量の弁当。

その空箱を積み重ねながら、それでもそこに『美しさ』を感じさせる食への感謝が散見されて、同乗した客や空箱の処理に来た職員からの感嘆を集めていたしーーーその隣の座席には。

 

 

 

 

「7六歩…か。なるほど? 流石は義勇、大胆にして洗練な実に良い一手だ、俺を理解しているからこそ打てる、その一手…面白い!」

 

「ーーーー」

 

「…っ! なるほど! そう言うことなのか!?」

 

こちらは普通に空席だ。

二人の男性は向かい合うように窓際に腰掛けており、通路側の座席は空白で荷物もない。

 

それでも誰一人寄せ付けない独特の狂気があった。

 

片方は桃井タロウ、そしてもう片方は冨岡義勇。

目隠し将棋に興じているらしいのだが、傍目にはタロウが百面相をしながら独りで喋り倒しているようにしか見えず、義勇は人形のように身動ぎしない。

 

 

 

ーーー先日、隠が口にした那田蜘蛛山での共闘は紛れのない事実だった。

 

光の戦士、その参戦を察知した鬼舞辻無惨がなんらかの形で事態に介入すると予見したお館様の判断により、山中で警戒を強めていた義勇。

そこへヒトツ鬼となった胡蝶姉妹を退治したドンモモタロウが合流して下弦の鬼へと対峙したのだが。

 

…そもそも、義勇は合理を言動の軸として行動している節があり、それはタロウからすれば川の流れを見るように明白で、自分に馴染む感性だった。

 

表現力に乏しい義勇の意思表示をタロウが汲み取る事で補って抜群の成果を叩き出した結果、お互いに強い連帯感が生まれ、それはこの場に於いても強い絆として作用していたのだが…。

 

 

傍目には、普通に怖い。

 

 

騒ぐタロウと無視する義勇。

一触即発のような、普通に仲良しのような??

 

そうした事もあり、誰一人そこには近寄らず。

そのすぐ後ろの座席では。

 

 

 

 

「蜜璃ちゃん…ほ、本当に!? それって愛の告白なんじゃない? ストッキング、蜜璃ちゃんの髪の毛の色にあわせてプレゼントしてくれたんでしょ?」

 

「そ、そそそ、それは! そう…だけど、だからって愛の、こ、ここ、告白だなんて…そんな(///ω///)」

 

「絶対そうだよ! ね、ねね! そうだよねしのぶちゃん!」

 

「蜜璃さんは本当に可愛らしいですね…そう言えば柱合裁判の日に伊黒さんが蜜璃さんにプレゼントしたハンカチも、同じ蜜璃さんカラーでしたよね? そうそう見る柄でも無いですし、少なくともその色がお好きなのは間違いないのではないでしょうか、姉さんはどう思われます?」

 

「そうねぇ、とっても素敵なカップルだと思うわ。直接の面識は無いけれど、伊黒さんってあのやんちゃな不死川くんが大切にしてる友人なのでしょ? それだったら人格的にも素敵な人なのでしょうし。そうだわ、ねぇ冨岡くん、冨岡くんはどう思うかしら?」

 

「ーーーーー」

 

「そうなの? なら素敵じゃないの」

 

「…姉さん、姉さんってどうやって冨岡さんとコミュニケーションとってるの? あの人喋るどころか表情筋のひとつも動かさないのに、なんで会話が成立するのですか??」

 

「ーーーあら? あらあらぁ? 気になるの? しのぶちゃん、もしかして気になってるのかしら?」

 

「へぇ? へぇ? へぇぇぇぇえ?↑↑↑」

 

「キャ、きゃあ♡ どきどきするわ! 切ないわァ!」

 

「ちっ! ちがっ! 私はただ職場の同僚として…!!」

 

ギャんギャんである。

作者は会話文だけでの文章作成は苦手なのだが、何一つ問題なく会話が弾むこの恐ろしさ。

やはり鬼滅は強い。

そしてその強さに埋もれない鬼頭ハルカよ。

 

その服装は一月前から一変。

桃井タロウと同じ【滅】の刺繍を省略した鬼殺隊の隊服に袖を通しており『黄色』の面影は腕に金糸で刺繍をされた鬼マークにしか残っていなかったのだが、それにしてもやたらと黄色い。

醸し出す雰囲気がキャピキャピに派手派手なのだ。

 

その上、女が三人に集まって姦しいとなる上にお一人追加であり、四人集まった彼女達はそれはもう凄い圧を放って周囲を圧倒していた。

 

 

 

当初【新婚旅行みまもり隊】は五人構成だった。

 

隠密性を重視して! と言う現状からすれば謎としか言えないの理屈で絞られた人数だったのだが、ハルカが、

 

「こんな美女が五人も揃ったら絶対に悪い虫が集ってくるわ! 虫除け要員が必要です、絶対に!!」

 

そのように提言し、まず大きく威圧感があって単純な童磨(モモタロス)が呼ばれ、そのお目付け役として煉獄杏寿郎が加わった。

 

「う~ん、厳しいわね」

 

加えてから思ったのだが、モモタロスは基本的にガキだ。

お子さま状態のふわふわ禰豆子ちゃんとの相性は良いのだが、自分達の虫除けとしてはあまり意味がない、逆に楽しみそうな感じがした。

頼りになりそうな煉獄さんはその二人の子守りで手一杯に見えるし、もう少し人を増やすべきかな?

 

そうハルカが思考した折りに、服の裾を摘ままれて。

 

「あの、タロウ様を…」

 

「…ほっほぅ~??」

 

押し隠せないトキメキを魅せるカナエの恋心から、タロウの参入が決定し「それなら義勇も連れていってあげて欲しい」とのお館様の要望を受け入れて最終的な『チーム☆新婚旅行みまもり隊DX』が結成されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殆どか柱かそれ以上の実力者、それが奇しくも柱の人数と同じ9名。

 

「過剰戦力も甚だしいねぇ?」

 

無意味と理解しながらも、極力鬼の気配を抑えて彼が呟く。

そこは機関部の直ぐ側に連結された1号車。

 

「ヒョッ、そうは言っても産屋敷からすればまだ心ともないであろうな。その証拠に終着駅には…ふむ、柱だけでも3人。隊士で言えば50から上は先行して現地制圧の真っ最中、と…ヒョヒョッ!」

 

「恐ろしいィィ、まさか、こんな鉄の塊に乗り込む羽目に陥るとは…恐ろしい、恐ろしいィィ…!」

 

彼とは違い、気配の制御などという児戯に意識を割く必要性を持たない古参の鬼が、腹に入り込んだ極上の料理を前に舌鼓を打つ。

 

「しかしそれでも9人は多い、頭の茹で上がった発情夫婦を交えれば実に11人もの大所帯ですか。私なら兎も角として…貴殿には、些か…ヒョヒョッ! 荷が、重いやもしれぬなぁ?」

 

ベロリ…と、溢れたヨダレを舐めるのは玉壺。

上弦、その伍に座する白の鬼。

 

「恐ろしい、あんな小童どもに恐れおののいて小便を垂れるような小僧を頭にせねばならんとは、嗚呼、恐ろしい恐ろしい…!!」

 

一切の責任を負わず、いざとなれば即座に逃げ出せるこの祭りを誰よりも喜び、心の底で愉悦に浸るのは上弦の肆・半天狗。

弱者をいたぶり、虚仮にして、空虚な悪意をカラカラ鳴らす。

 

そんな彼らがーーーあまりにも。

 

 

 

 

「惨めだなぁ」

 

 

 

 

「ーーーはて?」

 

「…なんぞ、申したか?」

 

そう………惨めだ。

哀れで無惨で、笑ってしまうほど、

 

「愚かで滑稽、老害の極みのようなゴミだなぁ」

 

うふ。

うふふふふ。

 

そっと、撫でるような緩やかさで、玉壺の瞳をえぐる。

 

「ヒョ…ヒョ?」

 

左右の手のひらに、それぞれ【上弦】と【伍】の文字・数字。

 

「面白いよね? こんなモノに価値を求めていただなんて」

 

鬼の始祖である鬼舞辻無惨から与えられる血の呪い。

その強さを明確に示す刻印を弄び、ほんの一月前までは下弦に位置して彼の鬼の寵愛を夢見ていた魘夢が嗤う。

 

「ーーーはて?」

 

「…なんぞ、申したか?」

 

再生される。

古めかしい蓄音機のように、僅かな言葉を必死になって。

意識に上らない脂汗を流しつつ。

現の悪夢に踊らせられるが、そのままに。

古き時代の鬼達が、素知らぬままに踊って狂う。

 

 

 

この状況を引き起こしたのは魘夢…ではない。

 

那田蜘蛛山の月の夜。

 

光の戦士、その未知なる力を調べるため、無惨の命令を受けて累の首を回収した彼は出会った。

禍々しいアバターゲートのその先【脳人レイヤー】と呼ばれる異世界で、真実の高次元的存在に。

 

「ソノシ様…!!」

 

その名を口にするだけで、心が昂り身体が疼く。

 

『魘夢、お前は見込みがある。人間とは矮小で、小賢しくも浅ましい蛆虫だと思っていたのだが、お前は違う』

 

偉大なる、事実隔絶した【神】が、魘夢を選んだのだ。

 

(なんて、素敵なんだろう…夢よりも美しく、夢よりも華やかに。無惨の如きゴミを敬っていた愚かで愚図で、虫ケラ一匹の価値すらなかったこの俺を! 俺を!! 選んでくださった!!!)

 

『お前には価値がある、それを示せ。簡単だろう?』

 

「勿論です、この命の…いいえ! 六道輪廻の全てを貫いてでも、貴方様のお役にたって見せます。あァ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ソノシ様! ソノシ様!! うっぅぅぅんっ!! お美しい貴方様のために、必ずや、必ずやドン王家の生き残りを! ドンモモタロウの首を捧げて御覧にいれます!! うふっ! うふふふふぅぅぅぅぅぅぅうん!! イグっっっ(フリーハンド)!!」

 

…作者ドン引きである。

 

正直、魘夢がからんで好きに台詞を言わせたら毎回こんな感じになるのである。

きっと『ソノシ』様も草葉の陰でドン引きの真っ最中に違いないし、人選に後悔もするのだろうが。

だが、仕方がなかったのだ。

 

魘夢だけだった。

彼だけがドンブラザーズの攻撃を受け、浄化寸前にあった累を体内に吸収し、かつ悪夢という異能を用いてアバター因子との適合を果たす事が出来たのだから。

 

「ドンモモタロウ…お前の縁と俺の魘、どっちが太くて大きいか…いざ、尋常に…うふふ、うふふふふふふふふ」

 

恐ろしい未来を予見させながら、それでも彼は本気だった。

 

「【幽鬼術・強制昏倒睡眠ーーー眼ーーー】」

 

壁が、床が。

1号車全ての金属が肉に転ずる。

 

本体の魘夢、その眼球に刻まれた【夢】の文字と全く同じ無数の瞳が形成され、2号車・3号車を津波のように汚染する。

 

魘夢はもう『鬼』ではない。

彼は幽鬼。

 

始祖の呪縛から解き放たれて、新たな悪夢を貪る怪異。

その瞳は車両を喰らうに留まらず。

 

「ーーーはーーーてーーーーーー?」

 

侵食する。

 

「…なん…なんぞ、も、、もも、、、し?」

 

侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する

侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する

 

侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する

 

 

侵食する侵食する侵食する侵食する侵食する。

 

 

………そして。

 

無限【夢】列車が。

 

その幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不知火!!」

 

火を吹くような、とは正にこの事。

狭い車内である事など歯牙にもかけず、業火の迸りを思わせる踏み込みからの突撃が【夢】の眼を切り裂いた。

 

(へぇ? 早いじゃないか)

 

しかし、それは無数に発現した悪夢の一部。

6号車を侵食した瞳の大群は、即座にその役割を成し遂げる。

 

「血鬼術か…!?」

 

否、これは幽鬼の呪詛外法。

 

「こんばんは、お前がーーー」

 

作成した『口』が瞬く間に切り捨てられて、鮮やかな舌が空を舞う。

だが、即座に天井に複数の口を作り直して笑顔を見せた。

 

「…せっかちな男だなぁ。優しい俺が、せっかく真心でお前達に助言を授けてあげようと思ったのに。大丈夫だよ? 俺は強いから、お話の途中で寝首をかくようなズルはしない、約束してやるよぉ」

 

「血鬼術を用いての先制攻撃! 悪辣な一手を仕掛けておいて、よくそのように舌が回る!! 一周回って感心したぞ!!」

 

周囲に広がる混乱の声は、皆一様に低い。

『低い』のだ。

その混乱の、音域が低い。

その意味する所は即ち。

 

「女は姦しいだろぉ? 汽車はね、美しいんだよ。とりわけレールの上を車輪が噛んで、ゴトゴトギシギシシュコシュコと動き続けるこの音は控えめに言っても最高さぁ…だけど、残念なことにそれを理解してくれる女には出逢ったことがなくてね、ついつい邪険にしてしまうんだ。それに、効き目も抜群だろ? 俺の敬愛してもし足りぬ至高のお方が助言してくださったのさ、俺の為に、俺の為に!! うっふふふ…」

 

鬼であった頃の魘夢の術は脆かった。

わざわざ切符に血を仕込み、揺り起こさぬよう気を配り、夢であるとは気付かせず。

じわりじわりと術中に落として、それでようやく強制昏倒の睡眠に陥れる事が出来る程度の、脆くて迂遠で面倒な術でしかなかった。

 

「概念を教わったのさ【制約と誓約】夢へと誘う俺の術は、

 

①男には効果がない

②夢の内容は指定できない

③対象者の精神には干渉出来ない

 

敢えてそうした枷を設ける事で、術の強度を確固たる物に改編する。

 

女達が目を覚ます条件はーーーっ!?」

 

『昇り炎天』

 

炎の呼吸、その弐ノ型が魘夢の口を封じる。

 

「耳を貸すな! 恐らくこの『認識の共有』も【制約と誓約】に含まれている!!」

 

「ふっ…うふふふふふふふふ! お前、面白いなぁ? 勘が鋭いとかそんなレベルじゃない。流石は名高い炎柱様…それに」

 

無数の目を蠢かせて魘夢が笑う。

 

「場馴れしているだけはある」

 

この6号車に視認出来るのは、

 

炎柱『煉獄杏寿郎』

 

元上弦の弐『童磨』

 

赤の戦士『桃井タロウ』

 

この三人のみ。

 

 

 

 

水柱『冨岡義勇』は即座に判断し、実行していた。

7号車にも侵食する鬼の術を『凪』払いながら駆け抜けて、最後尾を走る車両にて炭治郎と合流を果たす。

 

「貴方は!」

 

炭治郎にとって義勇は妹の命の恩人。

半々羽織と怜悧な視線。

炭治郎の視点で見れば二度目の邂逅なのだが。

 

「抜け」

 

冨岡義勇の絶技、水の呼吸『拾壱ノ型』が魘夢の術を切り祓い、悪夢の進行はここに防がれた。

 

『ギョッ!!』

 

ーーーしかし。

 

「鬼…! いや、これは!?」

 

複数の車窓から、ヌルリと怪異が姿を見せる。

壺から魚の怪人を産み落とす玉壺の秘術。

 

騒然とする車内で、いち早く刀を抜いたのは竈門カナヲ。

 

「炭治郎…!」

 

口数の少ない者同士の共感力、

 

「私と水柱様で車内を守りながら制圧するから、炭治郎は上を進んで!」

 

義勇が魘夢の術に意識を割き、その隙をカナヲが埋める。

言葉に重きを置かなかったカナヲだからこそ、格上である義勇が敢えて眼の処理に注力する意味を即座に理解し、行動に移せた。

 

「早く!」

 

「わかった…! 気を付けて!!」

 

「ありがとう、そっちも気を付けて…!」

 

「接吻するなら、他所を向いておくが…?」

 

義勇にしては珍しい気遣いに。

 

「ありがとう御座います」

「か、カナヲーーーひゃ!?」

 

「愛してるよ、炭治郎」

 

耳元に囁かれるその響き。

もうこれ、どっちが主人公だかわかんねぇんだけど、やっぱ恋する女は強いんだよね。

 

気恥ずかしさから逃げるように車外へ飛び出し。

 

「俺の方が愛してる…て、馬鹿か俺は!!」

 

頬を張り、呼吸を強く意識する。

 

神楽を、躍りを、心の友を。

 

「ヒノカミ神楽…黒龍演舞!!」

 

闇夜を喰らう闇の龍。

黒の幻影を纏い、いざ悪鬼の悪逆を討ち滅ぼさん!!

 

その覚悟を腹に落としたその瞬間。

 

『あれれぇ? 炭治郎?? ママはどこぉ?』

 

ボンヤリと寝起きのような表情で龍が呟く。

 

「………え、リュウタロス?」

 

『そだよー♪ なんか目が覚めちゃった(ノ^∇^)ノ』

 

先頭車両の方から続々と這い寄る怪人を一息で平らげて、黒龍と化したリュウタロスが笑った。

 

『ねーねー炭治郎! ボクねボクね、ママと結婚したんだよ! 途中で炭治郎に代わったから知ってるよね? ママってばホントキレイで可愛くって、最高の結婚式だったよね!! ーーーあれ? あれれぇ? けどけど、変だよね? ボクがここで目覚めたってことはぁ~、炭治郎…』

 

耳元に迫り、龍が嗤う。

 

『まだ・・・なんだ?』

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『やだなぁ炭治郎ったら、初夜は終わってるんでしょ? なっさけないのー』

 

「こっこの! こっちは大変だったんだ!! 気付いたらいきなり結婚式で、お酒も呑まされて前も後ろもわからないままで、そんなお前、初夜もクソもないだろっっっ!!」

 

『据え膳食わぬは男のハジ、カメちゃんがよく言ってたなぁ~。やーい、ハジおとこーハジおとこー♪』

 

「うっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

心を乱しながらも、その呼吸が龍となる。

 

「円舞!」

 

湧き出す怪人を屠り、日輪の軌道で光を魅せる。

 

『炭治郎が寝坊助してる間に、ボクとママでいっぱい鍛えたんだよ! 褒めて褒めて~!』

 

コロコロと態度を変えるリュウタロスを無視して、

 

「俺は長男 俺は長男 俺は長男 俺は長男 俺は長男」

 

念仏か。

 

『違うよぉ~炭治郎はパパでしょ? パパに長男も次男も無いんだよ! しっかりしてよねー?』

 

「パパでもなんでもいい! 俺は、負けない!!」

 

『そーそー、最低でもボクを仕込むまでは絶対に死ねないでよね~?』

 

「ーーーーーーーー!!!!!」

 

腹の底から叫んで吠えて、炭治郎の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、強いねぇ?」

 

戦闘開始から僅か十数分で車両の半数が奪還さた。

人質として機能する予定だった一般人は男女問わず無傷で後方車両に避難させられて、今しがた4号車と5号車を繋ぐ連結器が外されて、緩やかに…だか確実に速度を落として闇夜に消える。

 

あちらに残った戦力は竈門夫婦と冨岡義勇。

 

「柱なんて眼中に無かったのに…なかなかどうして、ヤルじゃないか」

 

1号車の真ん中で、舞台を制する役者のように両手を広げて魘夢が彼を称賛した。

 

「炎柱…煉獄杏寿郎くん。素敵な瞳だねぇ?」

 

「父母から頂いたこの眼! 鬼からの賛辞でなければ素直に喜べたのだが、残念だ!!」

 

威風堂々。

赫き炎刀を突き付けて、狙うはその首ただ一つ。

 

「素敵な人だ。人にしては抜群に素敵だ。きっと俺が人間のまま、浅くて狭い井の中の蛙だったなら、性差など超越してキミに夢中になっていただろう。うふふ…だから、そうだね。良いことを教えてあげよう」

 

目を細め、遠くを指差す。

 

「切り離したのは失敗だったね」

 

それは、連結を断った後方車両。

 

「アレには爆弾が取り付けられてるんだぁ、定められた速度を下回る事で起動する特殊な爆弾」

 

「バカな!?」

 

アバターチェンジを終えている桃井…ドンモモタロウが驚愕に戦く。

 

「本当さ、お前たちには真偽がわからなくとも、キミにはわかるだろ? 俺の言葉が本当か、嘘か。俺としては信じてもらえない方がイロイロと楽しめるんだけど?」

 

「ーーー真実だ! 桃井殿!!」

 

即断、その判断をタロウもまた信じた。

 

「来い! エンヤライドン!!」

 

汽車から飛び降りると同時にアバターゲートを開き、舞い降りた愛機に跨がって並走する。

 

「ほらほら、そんな小さなバイクじゃ足りないだろ? もっと馬力を出さなきゃ…ねぇ、童磨様?」

 

「ーーーむ!?」

 

「時間が無いよ? お前の大切な女神とやらも、一緒に吹き飛んでしまう、それでも黙っているのかな?」

 

童磨は縛られている。

桃井陣の戒めによって封じられ、モモタロスの意識の下に固定されている。

 

「…タローちゃん、受け取りな!」

 

ーーーそれは、偽装。

 

封印など初戦で壊れた。

あっさりと吹き飛んだ戒めを寄せ集め、逆にモモタロスの意識を縛り、利用していたのは他ならぬ童磨の意思だ。

 

だが、彼の思惑などこの場においては意味がなく、弾いて寄越された深紅の歯車を受け取り、タロウが叫ぶ。

 

「『イマタロス・ギア!』」

【ドンドンドン・ドンブラコー!!】

 

「アバターチェンジ」

 

ドンブラスターが光を放つ。

 

撃ち抜かれるは機炎の愛馬!!

 

 

 

《ヨッ! デンライナァ~!! 時空の王者!!》

 

 

 

時間の波を掴まえて!

 

現れ出でるは未来の車両!

 

桃の光を自ら生み出し、いざ駆け抜けるは桃源郷!

 

【ファオン!!】

警笛が響き、車輪が吼える!

 

「ここは任せたぞ!!」

 

『おいおいおいおいぃー! やっと出てこられたと思ったのに! なんで俺がデンライナーになってんだよ!? しかも頭の部分だけとかどーなってんだよ!? こんなのディケイドにやらせとけ! お前は戦隊だろがぁ!!!』

 

「黙れ! 今は忙しい! 鬼退治はやることをやってからだ! は~っはっはっは!!」

 

『いや今笑うところあったか? なかったよな? なぁ~??』

 

騒がしく、その影は闇夜に消えた。

 

 

 

 

 

「………さて、これで勝ち確定、か」

 

あっけなかったね。

 

そのようにこぼし、続ける。

 

「これでドンモモタロウのWi-Fiはスッカラカン、ジュランティラノを呼び出すどころか、あと一刻も走ればデンライナーの維持すら困難になるだろうし…残念だけど、これでチェックメイト。だけどさ…だからこそ、ここでキミたちに提案したいんだ」

 

「童磨殿!」

 

「…ははっ、煉獄ちゃん、お前は本当に男前だよな」

 

鬼の戯れ言をするりと躱し、全幅の信頼を示すため、あえて童磨の前に立ち背中で語るは炎の柱!

 

「アレは擬い物だ! 本体の首はこの奥にある炭水車の先!! 運転室の床の底!!」

 

「うふふ、やっぱり見えてるんだ? 綺麗な瞳…ゾクゾクするぜ」

 

急所を見抜かれた事すらも、魘夢には悦びでしかなく。

 

「でもせっかちは良くないぜ? 人の話は最後まで聞きましょう。学校で先生に習ったろ?」

 

童磨がオーラソードで天井を切り裂こうと意識を向けた瞬間、その天井が青く鮮やかな魚に変じた。

 

「ヒョッ…ギョッゲ!」

 

生臭い雨を伴って舞い降りたのはーーー、

 

「玉壺…はははっ、笑ってしまうぜ。それが【真の姿】なのか? 何十年も偉そうに、後生大事に隠し通していた? なんともオイオイ、情けない姿じゃないか!」

 

「ゲ…ギョ?」

 

金剛石よりも硬い鱗を身に纏う、半人半蛇の奇々怪々。

首・胴・手首に【夢】の瞳が数珠ーーーもしくは鎖ーーーのように埋め込まれ、一つ一つの瞳が蠢き、陰湿に嗤う。

 

「言ってやるなよ、可哀想に。美学なんて人それぞれなんだし、言うだろ? 『チガイはマチガイじゃない』って」

 

ヒドイよねぇ、ヒドイヒドイ。

嫌味ったらしく嘲笑い。

 

「お前たちは上弦仲間だったんだろぉ? まぁ、今はもう上弦なんて有って無いようなモノなんだけれども?」

 

「ーーーなに?」

 

「そのままの意味さ。ねぇ煉獄くん、煉獄杏寿郎くん? 桃井タロウ…あの赤のドンモモタロウと鬼舞辻無惨の首を交換しないかぃ?」

 

「な!?」

 

それは、恐ろしい意味を含んだ提案。

 

「童磨様もその方が良いだろ? ドンモモタロウさえ居なくなれば、お前の女神は永遠にこの世界から抜け出せない。鬼舞辻無惨が居なくなれば、お前たちは極々普通の人生を歩める。

 

考えるんだ。

 

たった一人の異邦人の命でこの先何百、ともすれば何千何万と零落する命を救うことが出来る! お前たちは救世主になれるんだ!」

 

もちろん。

 

「この提案を蹴るならば、この俺と俺の全てを捧げたお方の慈悲を足蹴にするのなら」

 

「ゲゲ、ゲゲゲ! ゲキョォォオオオオオオオオ!!!」

 

玉壺が光に包まれる。

梵字とも英字とも読めぬ不可思議な光の文字に包まれて…!

 

「死ぬよりもヒドイ目に遇わせてやるよ」

 

【シロツバ鬼】

 

魘夢の前に立ち塞がる鬼を内包した鬼。

ウナギのようにヌメリを帯びた白い皮膚、口吻が前に突き出した独特の形状をした頭部。

若干エヴァの量産型を思わせる出で立ちのそれが、魚臭い吐息とヨダレを垂れ流し、大きな唇を醜悪に歪めた。

 

 




毎回毎回ほんと凄い。
来週が楽しみ過ぎなんだよな~( ☆∀☆)

オニタイジンおもちゃ大賞おめでとう!!


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【幸せなエラーが】鬼滅の刃 第55話 無限夢列車【に■♡し∞しΩ!】後編!  

 

 

(儂は善良な弱者じゃ、なのに、世の中は間違っておる。これほど可哀想な、か弱い老人を責め立てて、誰一人儂に同情すらせぬ。誰も助けてくれぬねら、ならば儂が儂を助けるより他に無い!)

 

(……………そのように、思っておったのに)

 

しくしく、めそめそ。

 

小汚ない爺を模した【怯】の鬼が無様を晒す。

 

『ねぇ炭治郎、食べてもいい? これ、食べてもいいよね?』

 

鋭い牙の間に、指一本程度の太さしかない首を挟みながら、狂暴な可楽を見せて彼が問う。

今にも『答えは聞いてない!』と叫んで食い散らしそうなリュウタロスを宥め、炭治郎がカナヲへ判断を委ねた。

 

 

 

それは車両を切り離してすぐの事。

 

「なにか…嫌な臭いがする」

 

カナヲに身体を巻き付け、文字通り全身で愛情表現するリュウタロスに、自身で意識せぬままジェラシーを募らせていた炭治郎が唐突に呟き、彼の化身でもあるリュウタロスが即座に反応した。

 

「ヒッ…ヒィィィィィィィ!!」

 

けしからん事に昏睡している胡蝶姉妹の右尻と左尻の間に潜んでいた鬼を見つけ、たちどころに引きずり出したのだ。

 

「お前がなんと言い逃れようと事実は変わりません、その薄汚い命を持って、罪を償ってもらいます…必ず!!」

 

ひぐらしの瞳…もしくはウサミちゃんの瞳でカナヲが爺を凝視しながら、その罪を数える。

 

いや、まぁそうなるわな。

超絶お姉ちゃんっ娘のカナヲの目の前でそんなセクハラぶちかまして「目が見えなくて」とか「あの尻が悪い!」とか。

そんなクソ以下の言い訳で赦されるハズがねぇんだよ。

 

「貴様らは! 儂が可哀想だと思わんのか!?」

 

命からがら、悪夢そのものとしか思えぬ魘夢の術を切り抜けて、唯一逃げ出す事が出来た半天狗の本体にして残りカス。

ただ息をして逃げ惑う以外の能を持たない哀れな鬼へ。

 

「「思わないよ」」

 

台詞を食うように重なる思い。

底冷えするような嫌悪を纏い。

 

おや?

おやおやおや?

 

これはもしかして、もしかするとアレですか?

夫婦となって初めての共同作業。

 

ケーキ入刀ならぬ、下衆鬼(ゲーキ)入刀?

 

パンパーカ→パーン、パンパ↑ーカパーン!

 

西洋のきらびやかな文化を嗜み、竈門カナヲさんが今純白のドレス姿で入場されました!

その美姫を迎えるは燻銀のスーツに身を包んだ竈門炭治郎さん! お二人のなんと凛々しく初々しい事か!

眼福! お目目が幸せで一杯です!

幸福を有難う。

 

だから今!

感謝を込めて!!

 

 

 

 

悪・鬼・滅・殺!!

 

 

 

 

カナヲの剣が、炭治郎の剣が。

お互いを引き立てるように振り上げられて!

 

「こ! この車両には爆弾が仕掛けられておる!! ほ…本当じゃぞ!? 儂が仕掛けたのじゃ、このまま儂を斬れば取り返しがつかぬぞ!!」

 

流石に躊躇した瞬間、唐突に車両が揺れた。

緩やかに減速していた所を、強引に引きずられるような揺れ。

 

「その小物の言葉は間違いではない、だが気にするな! 俺が来たからには安心しろ!」

 

進行方向にある扉からドンモモタロウが現れ、台詞と同時にドンブラスターを射ち放った。

 

『いでっ!!』

 

「リュウタロス!?」

 

光が龍を食らって刻み!

 

「アバターチェンジ」

 

【ドン・ドン・ドン!】

 

ギアの回転に合わせ、幻影の龍の内側から迸る亀裂が、光を放つ!!

 

「騎士竜ギアだ! リュウタロス…変わって魅せろぉ!!」

 

『ドンブラコ』

 

常ならばそう叫ばれる一言が、大きく変わる!

 

【ADVENT!!】

 

『GyaOoooooooooooooo!!』

 

「ギャ…!!」

 

醜く、卑劣な小物の鬼を噛み砕き、現れ出でるは黒の龍。

 

「やはり、ドラグブラッカーになったか」

 

巨体。

恐ろしく巨大な力を垣間見せ、車両の天井を吹き飛ばして現れた漆黒の装甲。

龍であり機龍である、異次元のモンスター。

かつて仮面ライダー龍騎の世界で猛威を奮った黒の厄災。

 

「ここは俺が引き受ける! お前は炭治郎と義勇を乗せて童磨と煉獄に加勢しろ! カナヲ、お前は女どもを叩き起こせ! 寝こけておっては話にならん!! 祭りに男も女も無いぞ! 皆で盛り上げねば、意味がない!!」

 

返事も待たずにアルターチェンジしたドンモモタロウが高笑いと共にスラスターに火を灯し、窓から飛び出して姿を消した。

 

(炭治郎、急いで! これ見た目よりもずっと脆いし、エネルギーもカスッカスだ! たぶん全力で飛んだら数分と保てないよ!)

 

「っ! 義勇さん、急いだ方が良いみたいです。カナヲ、後を任せた!」

 

「炭治郎!」

 

「?」

 

「きっと、上手く行く。私…信じてるから!」

 

「ああ! 俺も、信じる!」

 

黒龍が浮き上がり、流星のような尾を引いて虚空を泳いだ。

その背に確かなる希望を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【シロツバ鬼】

 

「白い椿の花言葉は『完璧な美しさ』『申し分のない魅力』『至上の愛らしさ』なんだって、まさに汚ならしい玉壺様にピッタリだよね。うふふ」

 

 

 

 

鬼舞辻無惨とドンモモタロウの交換交渉は即時決裂した。

 

 

 

 

『笑止! 鬼殺隊は未来の為だけに戦っているわけではない!! 過去を背負い、英霊の気高き魂と共に剣を握って明日を目指す!! そうした道理の初歩すら理解しておらぬとは! これこそ正に鶏鳴狗盗!! お前の主人とやらの底が知れるぞ!!』

 

『くっ…ハッハッハッ!! オイオイ煉獄ちゃん、正論てのは時に人を傷付けるらしいぜ? ほら、見てみなよ魘夢の顔、幽鬼だのなんだのと名乗った癖に、真っ赤な茹でダコになってしまったじゃないか。可哀想にーーーッ!』

 

童磨は一月の間に電王としての戦いかたを修めていた。

接近戦はもちろん、モモタロスが必殺技として活用する刀身の分離と飛翔、その遠隔操作の精度に関しては本来の使用者であるモモタロスすらも上回る。

 

その刃が光の線となってシロツバ鬼の首を切り飛ばし!

 

『甘いんだよ、旧時代の残りカスが』

 

即座に再生された。

 

 

 

 

「ーーー言ったろぉ? コイツはシロツバ鬼だ…って。椿は首が落ちるように花を散らす植物だ。落ちるのが道理なんだから、それが弱点になるハズないじゃない、こんな事にも気付けないだなんて、童磨様は俺が思ってたよりもずっとずっと頭が弱かったんだねぇ?」

 

「フッ…煽り耐性ゼロのキッズかな?」

 

「いやいや? 最初に煽ったのはお前だろ? つまりお前がキッズ」

 

「キッズって言うヤツがキッズ」

 

「キッズって言うヤツがキッズって言うヤツがキッズ」

 

勘弁してください。

作者の低脳が知れ渡ってしまう。

 

「まぁ…いいや。どうせお前らには用は無いんだし」

 

魘夢が腕を刃に変えて、横に二回薙ぎ払う。

 

『ギョッ!』  『ゲンギョロ!!』

 

更にシロツバ鬼の首が落ち、

 

『ギョロン』 『ケッゴゲ!』 『ゲキョ!!』

 

巨大なナメクジのような三つの頭と、本体であるシロツバ鬼が一斉に頬を膨らませた。

 

「埋め尽くせ」

 

【万本針魚殺】

 

「見えた所で、雨粒を避ける事は出来ない。さようなら煉獄杏寿郎くん、キミのことは忘れないよ、たぶんね」

 

【カルテット!!!!】

 

4つの悪夢が解き放つ死の針。

元来の千本針よりも遥かに小さく軽くて薄い。

莫大に多いその針は、たった一本刺さればそれだけで人を魚に作り替えてしまう不条理の塊。

 

その針が今、豪雨のように無秩序に撒き散らされ、

 

「義勇さん!!」

 

ーーー天空。

 

夜より黒く、神聖な。

闇より深く、狂暴な。

 

機龍の背から、半々羽織が舞い降りて!!

 

「水の呼吸・拾壱ノ型」

 

歪む。

その空間の歪みには『正しさ』しか無い。

 

邪なる呪い、妬みや嫉み…世界への怨嗟と慟哭を煮詰め、この現し世の道理を狂わす魔の術を『真っ当・潔白・清廉・愚直』千年絶えずに受け継がれし、当代随一の【水柱】その純一無雑なる呼吸が正す!

 

それが故の、歪み。

邪を正が受け止めて。

 

 

「【凪】」

 

 

針が消える。

風が消え、呪いが消えて、無となって。

 

ポツンと一つ、現れた空白で。

 

 

 

 

「炎の呼吸」

 

 

 

 

水面の炎。

猛々しく、浄められた大気の全てに感謝して。

 

 

 

 

「奥義・玖ノ型」

 

 

 

 

小さく、小さく。

熱を、想いを、心の奥の、魂の!!!

 

 

 

 

 

ギシリ…。

音を立てて軋むのは、肉体か。

はたまたーーー世界か。

 

「コイツ…本当に人間ーーー」

 

ーーー人間なのか?

 

その疑問を妨げて、顕現したるは大いなる。

 

 

 

 

    「煉獄」

 

 

 

 

そこに相応しい文字はない。

当然だ。

この世に実在した彼の世の神業。

どれほど高名なる文豪が身命を賭して文字数字を並べ立てたとしても、不可能なのだ。

 

だが。

だからこそあえて、此処で断言しよう。

煉獄杏寿郎こそ、鬼殺隊最強であると。

 

 

 

周知の事実だ。

 

 

 

ただ単純に物語の序盤で戦死した歴史が『周知の事実』を歪め、世論を間違いへと導いた。

 

周知の事実。

そう、彼には見えていた。

黒死牟が鬼に落ちてまで追い求めた【透き通る世界】が。

竈門炭治郎の身体のその内側を見透し、その瞳で溢れ堕ちる命を救った。

 

周知の事実。

彼には見えていた、この世ならざる者の姿が。

己が母に留まらず。

卑しき鬼へと身を堕とした、伴侶へ寄り添う雪の花が。

だからこそ、振り上げた一撃を躊躇して…。

 

 

彼の死因は『弱さ』ではなく『優しさ』

 

 

自身の命よりも、他人の【ソレ】に夢を見て。

故に喪われた未来こそが、有り得た世界の正しき歴史。

 

宇髄天元は述べた『上弦の鬼には煉獄でさえ負けるのか』と。

伊黒小芭内は呟いた『俺は信じない』と。

 

上弦の鬼、その強さは柱三人分に匹敵すると知りながら、彼らは本気で思っていたのだ。

 

『煉獄は勝つ』と!!

 

たからこそ、この攻撃は必然だった。

 

 

 

 

「【業重煉斬(ゴウジュウレンザン)!!】」

 

 

 

 

奥義たる煉獄。

 

それは灼熱。

それは業火。

 

轟音とともに相手を抉り斬り、一瞬にて勝負を決める正真正銘の一撃必殺。

 

 

 

 

にも、関わらず。

 

 

 

 

「ご、ご、ご…五連撃? この、密度の…剣……………を?」

 

 

 

 

幽体であろうが、ヒトツ鬼であろうが。

その程度の違い、真なる剣の前には等しく同じ。

 

灰塵と帰した鬼など意にも介さず、煉獄が夜空に吠えた。

 

「竈門少年! 運転室の床板の下だ!! 一撃で断ち切れ!」

 

「は……!? あ! ハ! ハヒ!!」

 

凄まじい剣気にあてられ、心を乱したまま龍から炭治郎が飛び降りた。

 

「いやいや、凄いモノを見れたぜ。炭治郎の気持ちもわかるが…流石に危ないし、俺も見せ場を作っておかないと、後でハルカちゃんに自慢できないからッーーーね!」

 

人外の(煉獄と比べるなら人の範疇だが)膂力で飛び上がり、童磨が空中で炭治郎に肉薄する。

 

「炭治郎、落ち着きな。煉獄ちゃんは煉獄ちゃん、炭治郎は炭治郎だ。お互いに出来る限りの最善を尽くせばそれで良い、違うかい?」

 

「ーーーはい!!」

 

「良い返事だ!」

 

天へ昇る童磨が吼える。

 

「俺の必殺技…!!」

 

地へ襲い掛かる炭治郎が放つ。

 

「ヒノカミ神楽…!!」

 

水と炎に魅せられて!!

 

「「碧羅・流星斬」」

 

互いの刃を大空の青に染め、寸分の狂い無く魘夢の首を斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアーーー」

 

車両に融合していた魘夢の肉塊が暴れて狂い。

 

「ーーーッッッッハッハッハッハッハァ!!!」

 

おぞましい量の口を生み出して一斉に嘲笑った。

 

「これはーーー!」

 

「良い気配は、しないな」

 

列車は依然として速度を落とさない。

如何に呼吸を極めし柱といえど、その身は人間。

この速度から振り落とされればーーー、

 

「っ!」

「しまった!」

 

下からの突き上げに身体が浮かび、手の届く支えの一つもなく二人は空中に投げ出された。

 

「危ない!!」

 

窮地を救ったのは炭治郎。

彼と童磨を背に乗せたドラグブラッカーことリュウタロスだった。

 

(クッソ重いぃぃぃぃ、定員オーバーだよぉ! しかもガス欠だし! もうヤダぁボク帰るからね! 答えは聞いてナイ!!)

 

『Gyuooooon…』

 

悲しげに一声鳴いて、龍がその姿を幻のように消した。

 

「助かった! 礼を言うぞ竈門少年!!」

 

「いえ! 今のはリュウタロスが頑張ったので! お礼なら今度リュウタロスに言ってあげて下さい!! それより! あの…! 俺は竈門炭治郎と申します!! さっきの剣の技! 感動しました!! 凄い! 凄く凄く格好良かったです!!」

 

「………」

 

「ん? どうしたんですか義勇さん、突然間に入り込んでーーーはっ!? す! スミマセン!! 義勇さんも凄かったです! 本当ですよ!! 敵の攻撃がシュババババ~って消えちゃって! 俺ーーー?」

 

「………逃げろ」

 

【凪】

 

その秘剣が破邪となりーーー砕け散る。

刃を砕き、叩き折り。

人の未来を踏んでは走る。

 

『よくも、やってくれたじゃないかぁ?』

 

陰湿な響きの声が、大音量となって空間を揺らす。

 

【ドクン】

 

音源はレールの遥かな彼方。

急停車により、折り重なって積み上げられた車両と肉塊が。

 

【ドクン】

 

歪に膨らみ、子供の粘土遊びのように。

 

【ドクン】

 

醜悪な命と穢れた魂を宿して。

 

「避けろ!!」

 

義勇の喚起により、全員が姿勢を低くして攻撃を避ける。

大きな物では人の頭程もある無数の金属片が、銃弾の速度で飛来してーーー!

 

「チッ!」

 

義勇がまだ保持していた刀を用いて鉄塊を弾き、炭治郎と童磨を守る。

 

「ゴメンよ冨岡ちゃん、守りはどうも苦手で」

「ごめんなさい義勇さん! 足を引っ張って…!」

 

「いい! それより炭治郎、刀を寄越せ! この剣は限界だ!」

「はい!!」

 

「煉獄!」

「こっちは気にするな! 躱すだけならば、なんとかなる!」

 

正に嵐のような攻撃をしのぎ、生き残った彼らを見付けて魘夢が高らかに笑った。

 

『あれあれぇ? やっぱり、まぁだ生きてるんだ? ゴキブリみたいなヤツラだねぇ? うふふ、うふふふふ…』

 

金属が擦れ、肉が潰れる音がする。

悪意と悪夢を重ねて合わせ。

大地に立つのは鬼と機の偽神。

 

『それなら、俺が直々に…!』

 

【ズン】

 

質量が。

 

【ズン!!】

 

人では、絶対に、立ち向かう事すら許されない『暴力』その言葉を思うがままに!!

 

「なんと…!!」

「あちゃ~…」

 

鋼の車両が軸となり、白い鬼から肉を得て。

卑劣な爺が隠し持つ、鬼の呪龍を腕として。

 

歪な幽者が天をから見下す。

 

『俺の名は魘結(エンムスビ)

 

告げる。

異界の神より賜った、真なる名を告げる!

 

『特級幽鬼・魘結…老いも若きも、誰も彼も…目につく全てのあらゆる縁を、魘夢にすげ替えなぶって殺す。ほら、抗って見せなよ、ほら、ほらぁ? うふふ、うふふふふふふふひふふひひひふひひひひひぃ!!』

 

絶望が、その正体を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ」

 

白い。

真っ白くて、細くて細くて、目を離したらすぐに見失ってしまうような、そんな声。

 

「うぅ~?」

 

私は眠たい。

なんだか頭の真ん中にふわふわのマシュマロがみっちり詰まってて、なにかを考えようとしたら途端にマシュマロがマシュマロマンに変身してブラザーになった猿原さんみたいにステップするの。

 

「黙れ、起きろグズ」

 

えぇ~?

話聞いてた?

無理なんだってばぁ。

頭の中がもやもやのムッキムキなんだよ?

ほらほら見てぇ?

サルブラザーが4人に増えたよ。

めっちゃお尻赤い。

プリティ~。

 

「ほらな、言った通りだろ? 寝汚いヤツだって」

 

なんかヒドイこと言われてる。

けど平気だよ。

私はこれからサルブラザーの4人をバックダンサーにして『俺こそオンリーワン』を踊るんだから。

 

「さっさと燃やせ」

 

なんか不穏な単語が聞こえた気がするけど、大丈夫!

さぁミュージックスタートぉ。

 

ボッボボボボボボーーー

 

ん?

あれ?

なんかドンドン言うハズの太鼓の音がボボボーボボーボボさんになってない? てかてか……ん? 暑くない?

 

いや、これーーー熱くない!?

 

「ーーーアッツ!!!」

 

飛び起きて、身体を叩いた!

 

 

 

 

これは夢。

魘夢の幽鬼術によって夢に落とされ、各々の心の中心に囚われていた新婚旅行みまもり隊の面々。

 

それらを一つ一つ寄せ集め、しっかりと『糸』で繋いだのは他ならぬその鬼。

 

「君は…あの時の、パンーーーぐぇ!」

 

だから、無作法を行う者の首に糸を巻き付けて締め上げる事など造作もない。

 

「お前は本当に失礼なヤツだよな! 何故ソレで記憶するんだ!? あれだけの蜘蛛の恐怖を巻き付けたのに、パンツだなんだと…下品なんだよ!」

 

虚空から取り出した糸を弛めると、ハルカがわざとらしく咳き込んだ。

 

「な、何よぉ! アンタがデリカシー無いからダメだったんでしょ!? 下品なのはそっちなんですー!」

 

イーだ!

 

と、昭和の香りを漂わせる所とかホント『アザトイ』んだよ。

あざとさの欠片も無いのにオジサンのハートをガッチリキャッチして、こんな過疎地域で見込める最大収容人数を毎週必死で更新し続ける週一万文字の二次小説を孤独にカキカキ書き続けられる要因の一つは間違いなくハルカちゃんの可愛さなんだよ、見たろ? 先週のVSジロウ戦。

 

アレだよ、あの怒りとか憤懣とか、普通に誰よりもキュートなお顔を誰よりもぶちゃいくに歪めて、それがまた、くっっっっっっっっっっっっそ悶えるほど、可愛いんだよ!!

 

なんなんだ鬼頭ハルカ。

 

娘に欲しい。

恋愛とか性欲とかの対象外で、心から『娘』に欲しい。

ほんと、頭とかナデナデしたい。

あげたお小遣いで一緒に喫茶店につれてってもらって『お父さん、いつもありがとね』とか言ってコーヒーおごってもらいたい。

 

元々の役者さんも可愛いんだけと、鬼頭ハルカとしての演技が最高にオジサンのツボを『ドゥクシ・ドゥクシ!』して来る来る狂るのよ。

メイクさんの腕とか、脚本とか共演者とか監督とか。

も、ほんと鬼頭ハルカを形作ってるあの世界の全てに感謝の正拳突きを一万回ほど捧げたいよね!

 

「…な、なに? なんかスゴく気色悪い寒気がする?」

 

ーーーと、流石にヤバいので作者は口にチャックします。

 

「だい…だいじょ、ぶ?」

 

コテン、と首を傾げるのは禰豆子。

 

「ねずこちゃん!」

 

駆け寄って抱き締めると、ほんのりお日様の匂いに包まれた。

 

「あまりにもお前が起きないから連れてきた」

 

「ん…? てことは、さっきの炎って」

 

「も…もえた、ねぇ? ハルカ、良くもえた、ねぇ♪」

 

悪事を働いた意識がないのだろう。

屈託無く笑う禰豆子に苦笑いを返してハルカが周りを見回す。

 

「ここって…」

 

そこは日当たりの良い和室。

部屋の真ん中に一枚の布団があり、縁側から向こうには…なんとなく、存在が薄い? ペラペラの薄っぺらい紙に描いて張り付けたような…そのように感じられる景色が広がっていた。

 

「ここは僕の心の中。そして…」

 

白い子供ーーー累ーーーが布団を捲ると、そこには中心部に闇を内包したガラス玉があった。

 

「これが、僕の精神の核」

 

手のひらに乗る大きさのソレを、軽くハルカに投げ渡す。

 

「ちょ! ととと!!」

 

「夢から覚めるための条件は【縁切り】だ。自分と縁のある存在を切ることが条件で、その法則は絶対だ」

 

「ーーーは? それって」

 

「急げ。外では鬼が巨大化して暴れてる」

 

累が指差すと、縁側から見える景色が即座に切り替わり、特級幽鬼の鋼鉄へと立ち向かう小さな人間たちの絶望を映し出した。

 

「どうせ僕との縁なんて偶然殺しあっただけの悪縁なんだし、僕が死ぬことであの人たちや汽車の乗客…それに、お前の命が助かるなら、僕はーーーそう。僕は、納得できる」

 

胡蝶姉妹に頼む事も出来た。

けれど。

それでも…どうせなら。

累は黄色に…まだ名も知らない少女に、この命の残りカスを託したいと思っていた。

 

「僕は生まれつき身体が弱かった。父さんと母さんの人生を台無しにした以外に、人間として成し遂げた事の無いゴミだ。

鬼になってからはもっとヒドイ。

たくさん殺した。罪の無い人も、罪のある鬼も。

誰も彼もを殺し続けて、悲しみの石ころを積み重ねた。そんな僕が、少しで……もーーーお、おい?」

 

すっげー睨まれてるんだが。

仁王像よりもおっかない眼で、ドチャクソ睨まれてるん…だが?

 

累が躊躇して口を閉ざした瞬間。

丁寧な手付きで精神の核を布団の上に置いたハルカが、両手で累の着物の襟を掴みーーー、

 

その顔をゼロ距離に近付けた。

 

「ハロー!?」

 

「は、、、は? はろ?」

 

「ワターシは鬼頭ハルカでェェーす! アナタのお名ァ前! 教えてプリーズ!?」

 

いや誰だよ。

え、誰なの?

お前そんなキャラじゃないよな?

 

そう思ったものの、混乱が上回って形にならず。

 

「る、累だ」

 

名乗った。

 

すると目の前でハルカの表情が変わる。

ゆっくりと、蝶が初めて羽を広げる時のように、神秘的な美しさで微笑んでーーー。

 

 

 

 

「お馬鹿ァァァァァア!!!!!」

 

 

 

 

強烈に顔を『しわくちゃ』にして怒った!!

 

「この、バカバカおバカ!! なんなの? 鬼ってみんなソウなの? 自己紹介すらしてない相手に投げんな! 命ってのはね、重いの!! アンタは、累はもう! ほんっっっとうに全ッ然ダメ!! 人殺しは悪い事? 罪を重ねた? よくそんな思ってもない事をペラペラペラペラ言えたよ!! この、口先だけの大嘘つき!! 命の重さがわかってないから! だから! こんな簡単に自分の命を捨てられるんだ!! そうだろコラッ!?」

 

怒りだ。

この気持ちは『怒り』だけ。

ハルカは自分の心を決めつけた。

 

「はる、ハル、カ…」

 

だけど。

 

「なんだよ、お前…なんなんだよ」

 

顔が歪む。

累の、その端正な顔が心のようにしわくちゃになっているらしいけれど、ハルカにはそれがよく見えなかった。

 

「泣くなよ、僕なんかの為に、泣くな、泣くな…よ」

 

「泣いてないもん!」

 

「泣いてる」

 

「泣いてないったら!! バカ、バカ、バカ…!」

 

なにも考えてなかった。

お互いに、なにも考えぬままお互いを抱き締めて泣いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

【炭治郎!!】

 

緊迫した声に意識が変わる。

遠くに見える現実の景色が、惨劇の色を帯びる。

 

地面から生えた龍に足を噛まれ、動きを封じられた炭治郎。

そこへ容赦なく振り下ろされるは鋼の霊剣ドウリン刀。

 

【童磨殿!?】

 

デンガッシャーで束縛を切り裂き、炭治郎を抱き締めてその場から距離を取る童磨のその背中。

剣の直撃こそ逃れたものの、莫大な衝撃によって作り出された大小様々な岩の散弾が容赦なく突き刺さる!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ハルカさん!」

 

慌ただしく、悪夢の攻略法を探していたカナエが舞い戻り、しのぶと蜜璃が後に続いた。

 

「見つけましたよ! 出口!!」

 

「は? 馬鹿な…ここは閉じられた世界」

 

そう。

ここは夢。

しかし夢であるからこそーーー、

 

「聞こえるのよ、私達の妹の…カナヲの声が」

 

ーーー届く。

親愛の絆は、心にきっと届くから。

しのぶが確信を持って全員をそこへ案内した。

 

 

 

「玄関」

 

「無駄なんだよ、その先は…無い。真っ黒の壁がずっとずっと…」

 

「無駄とか無理とかさぁ…っはぁ~あ、ほんっとお馬鹿ね! ドンブラスター!!」

 

願えば響く!

その神器!!

 

【ドン】

 

光る。

 

【ドン!】

 

笑う!

 

【ドン!!】

 

未来を!

 

【トンブラコォォォ!!】

 

その手に!!

 

「アバターチェンジ!」

 

光が生まれ、その身を包み!

 

《ヨッ! オニシスター、鬼に金棒!!》

 

「よいしょぉお!!」

 

開口一番!

気合いと共にフルコンボウを叩き付ける!!

 

「私は怒ってるんだから!」

 

殴る。

 

「無駄とか無理とか罪とか罰とか!」

 

殴る殴る殴る!!

 

「知ったことか!!」

 

壁はほとんど動じない。

まったく遅くて間に合わない。

 

「アンタは私が…」

 

たが、それは決して【無】では無い。

 

「必ず! 退治してやるんだ!!」

 

『有』であり、そして恐れず進み続ける光があれば!

 

「アバターチェンジ」

 

光は…重なる!!

 

「カナエちゃん…!」

 

「しのぶ。ハルカさんは素敵でしょ?」

 

「…えぇ。姉さんを救ってくれたオニシスターですもの、桃井タロウは気に食いませんが、少しだけドンブラザーズの勧誘を蹴ったことを後悔してしまいました」

 

「え゛? 初耳なんだけど?」

 

「それなら、こんなのはどうかしら?」

 

動揺するオニシスターをサックリと無視し、チョウシスターが『蝶と花』のヒトガカリ・ギアを取り出した。

 

「これは貴女」

 

【ドン】

 

「これは私」

 

【ドン・ドン!】

 

「それならば、きっと…!!」

 

【ドンブラコォォォ!!】

 

「アバターチェンジ」

 

願いを込めた光が、ドンブラスターから放たれて。

 

「し! しのぶちゃん!!」

 

胡蝶しのぶの心を射った。

痛みに揺らぎ、ただ立つ事すら難しく。

だが、そんなもの!!

 

「アバターチェンジよ…さぁ! しのぶ!!」

 

願いは、その姉の願いは!

 

「あばたぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

光が!

今その背に羽となり!!

 

「ちぇんじ!!」

 

しのぶの全身を包んで柱となった!!

 

《ヨッ! チョウシスター!!》

 

「え、えぇぇぇぇえ!?」

 

二人目のチョウシスターの出現に取り乱すハルカ、その横を禰豆子がすり抜け、カナエの前で両膝をついた。

 

「カナ、エ…叶え、て。わたし、も!!」

 

「えぇ…共に!」

 

再度光が立ち上がる。

七色に輝く光の花弁。

その一枚一枚が寄り集い、力となって願いへ向かう!!

 

「あばたーちぇんじ☆」

 

白いぴかりを巻き付けて♪ 

お花のキラキラお星さま☆

 

《ヨッ! チョウシスター!!》

 

「…なんか、私の時と演出違いますよね? 私の時は『うぉぉぉぉ! ド根性!!』て感じでしたのに、なぜ禰豆子さんのときは『ぷりぷりできゅあきゅあ』な演出になるのです? まったく全然、納得がいかないのですが?」

 

「細かいことは後よ、しのぶちゃん。後でね~、あとあと。大丈夫大丈夫♪」

 

機嫌の悪い『しのぶチョウシスター』を『カナエチョウシスター』がなだめて、その回りを一回り小柄な『ねずこチョウシスター』が跳ね回った。

 

「え、えと、えっとぉ?」

 

最後に残った甘露寺蜜璃。

恥ずかしそうに胸の前を片手で隠し、顔を赤らめてシスター達を見つめた彼女。

 

結論から言おう。

彼女は。

 

 

 

 

 

 

甘露寺蜜璃は、チョウシスターになれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『童磨ァァァァァア!!』

 

爆弾を片付けたタロウと共に、救援に駆け付けたモモタロスが目にしたのは、背中から血を流して倒れる童磨。

 

そして、大上段に剣を構える偽神の殺意。

 

(間に合わねぇ! あん畜生好き勝手やっといて、俺の目の前でおっ死ぬだなんざ、許さねぇぞ!!)

 

『おぃタロウ! なんとかしやがれぇ!!』

 

エンヤライドンに跨がって、自分を操作するドンモモタロウに希望を託す。

 

『お前が今の桃の戦士だ! 桃代最強なんだろ!?』

 

「任せろ。俺こそが…ドンモモタロウ!!」

 

取り出したるはロボタロウ・ギア!

 

「アバターチェンジ!」

 

ドンロボタロウが描かれたそれ。

そのギアで、撃ち抜かれるのはーーー!

 

『イッッッッーーーーデェェェエエエエエエ!! ば! バカ野郎お前! お前は一寸法師か!? 腹ん中で暴れんじゃね、こ、この、ててててててててててて! 痛゛ぇぇぇぇぇぇ!!』

 

ローボタロさん♪

ロボタロさん♪

 

《ヨッ! ロボタロス!! あんよが上手w》

 

現れたのは鋼の特急!

巨大なデンライナーのボディーの下に、ちょこんと可愛くロボタロウの足をつけ、左右にはロボ腕。

上部には胴体と比べればあまりにも小さいロボタロウヘッドが厳めしく『ちょこん』と乗っている。

 

正に、子供の工作。

 

『馬鹿にしてんのか!?』

 

「いや? 俺は最初から最後まで大真面目だ!」

 

エンジンが唸り、体積の6割りを超える頭のトチ狂ったスラスターが火を噴いた。

 

『チッ! それがふざけてるってんだーーーよ!!』

 

 

 

ーーー時を超えるーーー

 

 

 

その文言に何一つ恥じる事なく、ロボタロスが時空を駆ける!

 

『なに!?』

 

桃色の疾風に、魘結の巨躯がよろめき。

 

「…は、は。タローちゃ、んーーーゴフッ!」

 

「喋るな童磨、少し動く…舌を噛むなよ!」

 

胴体の下側にくっついているロボ腕に童磨を抱え、彼が死なないギリギリのラインに速度を落として機動する。

 

『うふ! うふははっ! なんだソレ!? ドン王家の末裔ともあろう御方が、うふはははははっ!! なんて惨めで醜い姿! 俺を笑い死にさせたいのかぃ?』

 

魘結からすれば膝下の、中型犬程度の大きさのソレを執拗に追いかけて。

 

『なんだぃ? 思ったよりは動けるんだ?』

 

千日手と悟った魘結が動きを変える。

 

『【幽鬼術・無限【夢】業樹】』

 

呪龍で形成された腕を大地に突き刺し、土地の全てを狂わせ染める。

 

『おぃ、コレぁ…!』

 

「義勇! 杏寿郎! 炭治郎! 急いで乗り込め!!」

 

術が発動するまでの僅かな隙を拾い、意識を失った童磨共々男連中を車内に迎え入れる。

 

『あはっ♪ 無駄なのに、まだ足掻くのかぃ? 俺はそういうの好きだぜ? 足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて、足掻き続けた無能のカスを、チョンとつついて地獄に落とす。

 

もちろん、落とす前には夢を見させてあげるんだぁ、努力が実った! 夢が、希望がすぐ目の前に!! ーーーって。そう思わせてから、教えてあげるんだ。優しくね? ほら、見てごらん? 俺の手のひらの中にあるモノは…な~んだって。

 

ーーーこんなふうに…うふふふふ!』

 

 

 

 

暗転。

 

 

 

 

時間が消し飛んだように唐突に。

 

全身を負傷し、血を流す彼ら。

それを空中に磔にするのは無数の呪龍。

 

童磨・煉獄・義勇・炭治郎。

そして、真ん中にチェンジオフした桃井タロウのその姿。

 

『嗚呼。あぁ、アァァァァ…ソノシ様』

 

破壊され、アバターの光となってデンライナーが薄れて行く。

その背を踏みつけ、魘結が剣を正眼に構えた。

 

『神の為にーーーーー死ね』

 

その剣が振りかぶられた。

 

 

 

ーーーその時!!

 

 

 

《~~~~~~~~~~~♪》

 

『な……なに!?』

 

動かない。

魘結の豪腕が、まるで悪夢に囚われたかのように!!

 

《~~~~~~~~♪》

 

広がる、繋がる、神楽の音色。

 

その笛の主は天女。

 

神楽笛を横向きに。

 

祈るように目を閉じて。

愛するように息を吐き。

 

天女の音色が響いて渡る。

 

 

 

一人、二人?

 

いや、いやいやいや!

 

十、百、千万飛び越えて!!

 

八百万人もの天女の大群が大地も空も!!

あらゆる時空を埋め尽くして現れ出でた!!

 

 

 

『なんだ、これは…俺は『夢』でも見ているのか?』

 

 

 

魘結をしてそう思わせる怪現象。

 

「寝坊助な俺ちゃんなんだね!」

 

『!?』

 

それは遠く。

線路の上に停車した、無限列車の後方四車両。

月明かりに照らされて! 五つの凛々しい影がある!

 

「これは現実ですわ」

 

「まったくダメな鬼ですねぇ」

 

「私、いたずらに人を傷つける奴にはキュンとしないの」

 

「…いや、キュンとかそんな話しだっけ!?」

 

それは五人のロボタロウ。

左右に別れて二人ずつ、白のチョウロボタロウが並び立ち。

そして中央にはただ一人!

黄金のオニロボタロウが堂々と!!

 

『お供…か? は、はは! どうやって数を揃えたか知らないが、主人も無しに…お前ら如きに何が出来る? 女の出る幕は無いんだよぉ!!』

 

その罵倒に、止まる。

笛が、天女が、世界が止まる。

 

 

 

「へぇ…それなら」

 

 

 

いざ。

足を踏む。

 

《ーーーたい》

 

いざ!

足を踏む!

 

《ーーがったい》

 

いざいざいざと!

踏み鳴らす!!

 

 

《超合体!!!!!》

 

 

「みんな!」

 

 

ハルカの声に合わせ、天女の笛が吹き荒れる。

 

その音色と同時に《超合体♪》《超合体♪》《超合体♪》《超合体♪》実に楽しく音頭が笑う!

 

「み、みんな、やっ! やっちゃおう!」

 

中央のオニロボタロウ。

内股のそれは甘露寺蜜璃。

 

チョウシスターに変身できないなら、オニシスターに変身しちゃいなよ!

そんなハルカの発案。

ハルカが蜜璃を射ち、そのハルカをカナエが射つ事で鬼×1蝶×4を実現し。そして…すべての条件が揃ったのだ。

 

「私が支えて見せます、姉として!」

 

左足に胡蝶蘭カナエ。

 

「なんでだろ、私って凄く右足がしっくり来る」

 

右足に鬼頭ハルカ。

 

「私は非力なのですが…?」

 

腕に胡蝶しのぶ。

 

「けんけ~ん♪」

 

肩には竈門禰豆子。

 

 

 

 

鬼に集うは白き花!!

 

 

 

 

【完成!! CX(蝶クロス) 鬼吹雪姫(オニフブキ)!!】

 

 

 

 

《ヨッ! 傾国の美し姫~!!》

 

「いっくよぉ~!! どんぶらすたー♪」

 

鬼吹雪姫(蜜璃)が【オニフブキ・ギア】を手にとって。

 

「え…えっと?」

 

「回すの! 蜜璃ちゃん!」

「蜜璃さん、そこに窪みがありますよね? あ、そうそう、そこです。そこにギアを嵌め込んで…あ、お上手です♪」

 

「なんか…照れちゃうな、えへへ」

 

女性的なフォルム。

手足の先はほっそりと、肩・胸・お尻は過剰なまでに豪勢に! 何故なら私は鬼吹雪姫!!

 

【ドン・ドン・ドン・ドンブラコー!!】

 

地響きを伴い、空気を押し退け!

CX・鬼吹雪姫が巨体へ転じる!!!

 

 

 

 

特級幽鬼・魘結 VS CX・鬼吹雪姫

 

 

 

 

決戦・決戦・大決戦!!

今、戦いの火蓋が切られた。

 

『馬鹿だなぁ…俺の目的は飽くまでもドンモモタロウの首を取る、これだけなんだから真面に勝負なんてする筈がないだ…ろ!!』

 

天女の幻影、その消失と同時に霊剣を振り下ろす。

 

『俺の勝ちだ!!』

 

ーーーそれは。

 

『!?』

 

写し身。

白い糸を色で染め、簡略粗雑に編まれた人形。

 

『バ、バカな…』

 

気付いてしまえば夢の後。

目覚めるまでは正真正銘、しかし目覚めたその後は。

 

『まさか…累!?』

 

呪龍が拘束する、その全てが偽物で。

 

【ファオン!!】

 

足元に踏みつけていたデンライナー。その警笛が再び唸り、桃色の光が力となって魘結を押し退ける!

 

「ハルカ! やれ!!」

 

ドンモモタロウの掛け声に、応えるお供が今ここに!!

 

鬼弐武器(オニフブキ)!」

 

取り出しのは一対のフルコンボウ。

左右に手にしたその武器を!

 

ーーー超合体・オーガフルコンボウーーー

 

「一気に決めるよ!!」

 

ハルカの掛け声に、仲間共々世界が応える!

 

 

 

《国崩し♪》      《国崩し♪》

 《国崩し♪》    《国崩し♪》

  《国崩し♪》  《国崩し♪》

   《国崩し♪》《国崩し♪》

      《国崩し♪》

   《国崩し♪》《国崩し♪》

  《国崩し♪》  《国崩し♪》

 《国崩し♪》    《国崩し♪》

《国崩し♪》      《国崩し♪》

 

 

      超・クロス!!!

 

 

      《一打傾国!!》

 

鬼吹雪姫の背に【✕】の形に舞い踊る蝶。

その全てが光となり、ゴルD…ゴールドなハンマーとなったオーガフルコンボウに、溢れんばかりに注がれまくる!!

 

【必殺奥義! 桃源ブレイカー!!】

 

「『《ドリャアァァァァァァアアア!!》』」

 

震源となり、一足ごとに大地を割って!

戦乙女の超鉄槌が!!

悪鬼の野望を打ち砕くゥゥゥゥゥ!!!

 

 

 

夜空一杯に広がる、大輪の花火の音色。

 

 

 

腹を揺らし、臓腑を震わす轟音・爆音・破砕の砂塵!

神の悲鳴のように一陣の風が吹き、その砂の煙幕を吹き飛ばす。

 

『は、ははっ…! あれだけ呪龍を壁にして、それでも足りないのかよぉ…!』

 

生み出したる全ての龍と、己の両腕を犠牲にして。

しかし。

それでも魘結は大地に有った!

 

『だが、足りなかったようだねぇ。俺のーーー』

 

魘結の言葉を遮るのは。

 

【ドン】【ドン!】【ドン!!】

 

三に分割された撃鉄を起こす…その響き!!

 

 

      《一姫当千!》

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーは?』

 

      【必殺奥義!】

 

 

重く、重機の稼働音。

開かれたのは、鎚の木殺しに相当する打撃の先頭。

 

ハンマーそのものが鈍器であり、大砲!

鬼の紋様が描かれた銃口が、金色に光輝いて!

 

 

 

『遅いんだよぉ【幽鬼術・蛸壺【夢限】地獄】』

 

 

 

魘結を構成する汽車、その至る所から赤色の触手が現れ、鬼吹雪姫を締め上げる!!

 

『俺の勝ちだ! 例え玉壺の能力を失っても、この一撃にさえ耐えきればお前達に2発目を射つエネルギーは無い!!』

 

「あっ…クゥゥゥ!!」

「ダメ、耐えて…みんな!」

「ーーーてか、さ。ちょっと…これ言いたくない…けど。この触手、スケベなんですけど!?」

「えちえち、サイテーだよね」

「死ねば良いのに」

 

『チッ! 随分と余裕だねぇ? それなら、このまま絞め殺してやる!』

 

悲鳴が重なり、槌に充填されたエネルギーが霧散する。

ーーーその時。

 

 

 

「魘夢。このクソ猿がぁ…俺の女神に触れやがって」

 

 

 

激怒を憎悪の火にくべて、一瞬にして炎の渦を巻き起こす!

 

「お前らァ!! 俺に全部寄越せェ!!!」

 

それは童磨。

集うは桃と、鬼殺の剣士!!

 

己の血で全身を染めながら、憤怒と嫉妬の化身が猛る!

 

「俺のぉぉぉぉぉ!!」

「俺達だぞ童磨殿!」

「この人ぜんぜん聞こえてませんよ!?」

 

 

「必・殺・技!」

 

 

デンガッシャーはオーラソードだ。

オーラとは氣であり、それは即ち!!

 

「全集中だ!! 気合いを入れろァァァァァァア!!」

 

男五人の氣が光の糸となり、

デンガッシャーと連結・連結・大連結!!

 

 

《fullchar》《full》《fullfullfull!?》

 

【ドン!】【マァキシマム・あチャ~ジィ~!!】

 

 

 

「死に腐れ蛸壺ヤロウ! パート1ズァァァァァ!!!」

 

 

 

五人の雄叫びが時空を砕き、唯一無二なる剣を呼ぶ。

 

それは幻想、されど鋼鉄。

永遠の、勇気の象徴!

 

【動輪剣】

 

絡み合う2体の巨人を縦一文字に斬り捨てて!

しかして、断ち切られたのは魘結の悪夢だけ!

 

「今だ!」

 

誰かが叫んだ。

 

そしてーーー。

 

【桃源・ブレイガン】

 

シャコン。

小意気良い音と共に、鬼吹雪姫の視界を保護するバイザーが…いや、ザングラスがセットされ。

 

「ファイヤー!!!!!」

 

《ヨッ! ヒカァリと・なぁ~れぇ~!!》

 

声が、その全てを物語る。

 

 

 

その日。

日ノ本の国、東京某所にて真夜中の太陽が観測された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所詮、蛆虫だったという話か…」

 

異次元に住まう、人外の呟きに。

 

「蛆虫…なるほど? 面白い。では貴様は蛆虫に頼らねば増殖出来ぬ細菌、と言う話か…流石は脳人様、己の貶めかたにも品がある」

 

嗤う。

それこそは鬼舞辻無惨。

 

その頭を蹴り飛ばし、不快な雑音を封じ込める。

 

「ゴミが、貴様の存在は私の胸先三寸。消し去ったところで修正は可能だ…!」

 

無惨に残された力は無い。

生首一つを床に転がされ、ソノシ専用の脳人レイヤーに幽閉されている、だが…それは。

 

「ーーーククッ…クックックッ! お前は本当に超越種なのか? あまりにも頭が弱い、弱すぎる」

 

「なん…だとォ?」

 

「修正は可能…確かに、不可能ではないのだろう。だが、それは現実的ではない」

 

「…………」

 

「非効率極まりなく、迂遠に過ぎる。お前の目的はドンモモタロウの抹殺であり、くだらない感情に任せてこの私を排除する事はーーークククッ、それこそ『鶏鳴狗盗』と嘲られても仕方がないのではないか?」

 

異世界に封じられ、首から下をもぎ取られ。

それでも彼は王だった。

 

知れるハズの無い情報を、見えざる手でしかと掴み。

鬼の始祖たる囚人が『人』を知らぬ神を噛む。

 

 

 

「素晴らしい提案をしようーーー」

 

 

 

言葉という【毒】を含んだ見えざる牙が。

その悪意が行き着く世界が。

知らず、脳を汚した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー無限夢列車編・完ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 




CX・鬼吹雪姫。
原作は言わずと知れた傾国の美女・妲己。

ただし、鬼吹雪姫の傾国は物理とする。



特級幽鬼・魘結。
原作は言わずと知れた勇者特急マイトガイン。

魘結を切った【動輪剣】はマイトガインの武器。
原作はほとんど見たことがないけど、好き。
この気持ちはジャスティス。


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