盟主に気に入られちゃったし三馬鹿が美少女だった(仮題) (樽薫る)
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機動戦士ガンダムSEED R.O.S 若き悪魔の肖像
終わりそう明日で


 

 ―――なんか知らんけど、ここまできてしまった。

 

 

 キリキリと痛む胃を押さえながら、顔色の悪い男はため息をつく。

 なんか死んで、気づけばなんかC.E.(コズミック・イラ)の一家庭で、そこはたまたま軍属の家系で、手っ取り早く連合の裏方で稼ぐつもりがこの始末。

 彼はため息をつきながらモビルスーツ(MS)の並べられた格納庫をパイロットスーツのまま歩く。

 

 なにはともあれ顔色が悪い。青みがかったその肌を見る者あれば、即座に医務室に突っ込みたい衝動に駆られることであろう。

 

「あぁ~胃が痛ぃ……」

 

 少しばかり屈むと、自身の金髪が視界に映る

 

「なぁに! 暗い顔してるんですかぁ?」

 

 後ろから誰かが大きな声を出しながら背中に抱き着いてきた。驚愕しながら背後に振り向くこともなく、とりあえず倒れないようにすることと、背中に押し当てられる胸の感触に集中。

 頭の中には悪の三兵器。やってきたのはまさに三馬鹿―――ご存知三人、のはずなのだが……。

 

「ブーステッドウーマン三人娘……!」

「ハァ? なに言ってんだ?」

 

 そこにはご存じない三人。

 

 彼の背中に抱きついているのは、赤寄りのオレンジ髪を肩ほどまで伸ばしている少女、クロト・ブエル。

 怪訝な表情で彼を見るのは、薄緑の髪をポニーテールにした少女、オルガ・サブナック。

 さらに黙って彼の傍にやってきてクロトを離すなり彼の腕に絡みつく、ウェーブがかった長い緑色の髪の少女、シャニ・アンドラス。ちなみに左目は前髪で隠れている。

 

 三人の少女、“彼の記憶”では確かに少年であった。

 

「シャニっ!」

「うっさい……」

 

 腕の感触に喜んで良いんだか悪いんだか、彼は葛藤する。

 知ってるけど知らないおっぱい、困惑どころの騒ぎではない。

 

『そんなとこでイチャつく暇あったらさっさと出撃準備してくださいよ』

 

 聞こえる声はこの艦のある意味での最高責任者である“女性”ことムルタ・アズラエルのもので、四人揃って真上を向くが、そこにいるわけでもない。いるのはその向こう側、もっと上の艦橋である。

 しかして、すっかり慣れたものだと彼は顔をしかめた。

 

 ―――盟主王ならぬ盟主女王とはこれいかに。

 

 なんてことを、彼が思うのは仕方の無いことである。

 

「おばさん、妬いてんのかな?」

「いいからシャニ! とっとと離れろ!」

「お前も妬いてんの?」

「あぁっ!?」

「うっせぇよお前ら、さっさと行くぞ」

 

 離れるシャニと、クロトが睨みあっている。呆れた様子のオルガが二人の首根っこを掴んで歩いていく。

 

「死ぬなよ」

「こっちの台詞だ、バカ」

 

 彼がかけた言葉にそう返し、オルガは二人を連れて去っていく。

 三人揃って、ハンガーに立てられたモビルスーツへと乗り込んでいくのを軽く見守った後、彼は困ったようにだが、安心するようにため息をついて“自らのモビルスーツ”のコックピットへと乗り込んだ。

 静かに息つく、その顔色はあの三人と話し出した時ほどから青さが抜けている。

 

 ―――やだなぁ、色々と知ってる側としては。

 

「ふぃ~」

 

 ハッチを閉めると、モニターが開く。そしてそこに映るのは―――長い金髪ストレートの女性。彼女こそが盟主王……ならぬ彼曰く、盟主女王。ムルタ・アズラエル。

 詳しい説明を省けば“色々な方向に偉い人”である。

 

『あ~君たち?』

 

 モニターには他にもクロト、オルガ、シャニが映る。三人揃って不満そうな表情をしている。

 

『マスドライバーとモルゲンレーテの工場は壊してはいけません、いいですね?』

『他はやってもいいんでしょ?』

『ですね』

『うっせーよ』

 

 相変わらず姦しい三人娘。

 モニター内のアズラエルは片眉をぴくぴくと動かしており、おそらく先程のシャニが言った『おばさん』発言が聞こえていたことが容易に想像できる。ここでさらに余計なことを言えば怒髪天を衝きかねない。故に、彼に今できることは―――祈ることだ。

 三人娘も彼の顔を見て気づいたのか黙っているので、アズラエルは満足して頷く。

 

『では、いってらっしゃい。徹底的にお願いしますね』

「了解でございます。アズラエル“理事”」

 

 真横のハッチが開き、三人娘の機体が出撃するのを確認。遅れて彼の機体もゆっくりと前へと進んでいくと、日に当たり鈍く輝くのは錆色の装甲。

 

「ロマ・K・バエルは、ウィンダムで出る!」

 

 背部のエールストライカーパックの大型スラスターを点火。発艦と共に海上を飛行して三人娘の機体に追いつくために、加速する。

 

 現在、大西洋連邦の大艦隊はオーブ連合首長国を包囲し、攻撃を開始している。

 彼は、こうならないために奔走してきた……。

 

 

 ―――前線に出ないために努力してきたんだけどなぁ!

 

 

 三人娘の機体の少し後ろを飛ぶウィンダム。

 突如、プライベート通信が入った。相手が誰かなんて容易に予測できる。だからこそ無視するわけにもいかず、即座に通話を可能にした。

 そこに映るのはムルタ・アズラエルであり、その場所は先程の艦橋ではないらしい。

 

『さぁて、なにが言いたいかおわかりですね?』

「……わかってますよ。ムルタ」

『はぁい、よくできました♪』

 

 ニコニコしている彼女は“原作と違い”未婚(確定)処女(推定)30歳(確定)である。彼は『かわいいな、オイ』とか思うもそれをおくびにも出さずに、冷静に笑みを浮かべた。

 

「それでは、行って来ます。やばそうだったら三人を戻すんで」

『はい、了解です。では……死なないでくださいよ?』

「かしこまりました」

 

 通信を切ると、静かに息をついてヘルメットを外す。息苦しさに苛立ちながら、パイロットスーツのファスナーを胸元まで下ろす。

 すっきりした表情でフットペダルを踏み込み、ウィンダムは三機にさらに近づいていく。

 

 徐々に戦場が近づいてくる感覚と共に、視界には爆発やビームや実弾が奔っているのが見える。

 上空を舞う“ガンダム”が視界に入った。

 

 ―――今すぐ帰っても、許してくれないかなぁ。

 

 

 

 こうなるまで、涙ぐましい。いや涙ぐましいは言い過ぎな紆余曲折があったのだ。

 

 彼の、この世界での最初の思考はそれだった。

 

 ―――なんか生まれた。

 

 





なんか書けた。タイトル思いつかなかったから仮題です

次から本編始動、ここに至るまで
単語とか設定とか間違えてたらすみません

タグはなに入れたら良いかわからんので追加してきます

それではまた近々


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週末が光

 

 ―――なんか死んだ。

 

 今は見ることもなくなった壊れかけのブラウン管テレビの如く、ブツンと視界が真っ暗になった。死んだ理由は、別の場所で語ることもあるだろう。目下の問題はそこではないのである。

 ブラウン管は叩けば直る(直らない)けれど、こればかりはどうにもこうにもだな、と彼は達観的に思う。

 強い光。それに眼が慣れない感覚、暗闇から初めて光が当たる場所へと出た。そう、彼は……。

 

 ―――なんか生まれた。

 

 真っ先に思ったのはそれだ。

 

「この赤ちゃん泣かないんですけど!」

「大変! うちの子泣かしてください看護師さん!」

「どうすればいいですか!?」

「しらんがな!」

 

 言いたい放題聞こえてしまうのは転生故にしかたあるまい。しかして、ここまでハイテンション出産あるだろうか、ちなみに彼は経験などないので知らない。

 しかし、泣けと言われて泣けるほどの演技力などないので彼は困った。

 

「コーディネイターなら安心なんですけどナチュラルで泣かないのは心配ですね!」

 

 ―――ウソでしょ……。ここコズミック・イラなんっすか? 地獄やん!

 

「うおっ、堰を切るように泣き出した!」

「あとパパは最近若禿に悩んでるわ!」

 

 転生後のあまりに辛い現実に慟哭する。

 

 そして彼は、ワカメを貪りながら生きることを決めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 彼はロマ・K・バエル。秀才児である。

 

 このコズミック・イラことガンダムSEEDの世界における“ナチュラル”と呼ばれる者でありながら、一般的学力はコーディネイターに引けを取らず、運動能力もコーディネイターレベル。探せばいなくもないほどの“普通の秀才”だった。

 身内の期待は概ね好評。枕詞で“ナチュラルなのに”がファンネルみたいに着いて来るのもまだ許した……。

 

 ―――だがブルーコスモス(こいつ)が許すかな! まぁブルコスとはなんの関係もねーですし、どうでも良いけど。

 

 しかし、この環境でいるとそりゃナチュラルとコーディネイターが一緒にいたらナチュラル側は擦れるな、とは思わざるをえなかった。

 

 良い悪いではない。純粋に基礎能力が違いすぎるのだ。

 

 父母両家系共にこぞって軍属。大西洋連邦にはお世話になっているものの、反コーディネイター思想が強い方ではないので良いことだが、これで延々と反コーディネイター教育をされていれば普通の子供であればもれなく『青き清浄なる世界のために』な思考が植えつけられるだろう。

 しかしてまぁ、なにはともあれ……。

 

 

 

「……大変だなぁ」

 

 ソファでくつろぎながらテレビを見るのは、ワカメを貪る少年。そうロマである。

 食べすぎ注意、と書かれた袋から乾燥ワカメを取り出してポリポリ食べていく。いつぞやに乾燥ワカメが“腹の中で10倍界王拳”をかまして苦しむハメになったのはトラウマである。

 

 時はC.E.(コズミック・イラ)58年。ロマ8歳。

 四年前の、従来のワクチンが無効なS2型インフルエンザの流行からナチュラルとコーディネイターの溝は深まる一方だ。

 その流行病によりナチュラルに多数の死者が出た。そう、ナチュラルのみである。

 反対にコーディネイターの死者はゼロ。これをコーディネイターがファーストコーディネイターことジョージ・グレン暗殺の報復及びナチュラル殲滅のためにおこなった作戦であるという噂が広まった。

 

 大西洋連邦内ではただでさえ顕著な反コーディネイターの風が増すのは想像に難くない挙句、彼はシーゲル・クラインとパトリック・ザラ、プラント評議会議員に初当選というニュースを眼にしてしまう。

 

 

 

「これ、史実通り進むんだろうなぁ」

 

 父や母と同じく軍属でも後方の方にいるのであれば問題ないだろうと思いたい……しかし大西洋連邦。どうなるかわかったものではない。おもに第二次ヤキン。

 そこを上手く回避するために奔放するには、やはり自分も前線に出ないで済むような地位についておく必要があるかもしれない。

 転生特典みたいなものがあれば良かったが、そんなものはなさそうだ。

 

 頭脳明晰であるなら良かったのだが、そうでもなさそうで、一般教養や知識はあるので、この世界専門の知識を勉強する時間が多かったから学力が優秀なように“見えているだけ”。運動神経は上がっている気がしないでもないが、それでも並のコーディネイターレベル。

 

「なんか才能とかないものか……」

 

 コーディネイターに生まれたかったとは思わないが、コーディネイターなら楽だったんだろうなと思うことはある。それでもきっとコーディネイターたちの中でまた順序が決まるのだから酷な話ではあるのだが……。

 

「とりあえず、後方支援面できるようにしようか……」

 

 御察しの通り“面”はいらない。

 

「……でもまぁせっかくの週末ぐらいはゆっくりしよう」

 

 そう言うなり、週末の陽気に身体を心地良いクッションの海に沈める。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 時はC.E.67年、心苦しいが数年の月日は割愛せねばなるまい。

 毒にも薬にもならないロマの、極々一般的な秀才の半生であるからに刺激など一ミリもないのである。

 

 ロマ・K・バエル17歳。悲しいかな、彼はまだ―――童貞であった。

 

 

 

 士官学校の模擬戦。

 本日は大西洋連邦の偉い方が観覧に来ているため、実にはりきっている訓練生の中に、彼はいた。

 

 大体にして今更チームを分け、わざわざサバゲレベル100の白兵戦訓練などなんの意味があるのかとも思うが、ロマ以外からすれば将校に力を見せ付ける十分意味のある行為なのである。

 ロマは連合軍の制服に身を包みライフル片手に塹壕に身を潜めていた。

 隣にやってきた同期が焦ったようにロマの顔を見る。

 

「コーディネイターがいるんだよ向こう!」

 

 まさにズルだ! と言わんばかりに自分に迫るその男の顔を手で押しのけた。

 

「その代わりこっち、人多いだろ? コーディネイターとて人だよ。寄って集って勝てないのは端から恐れてるからだ」

「でもよっ!」

 

 実際に、コーディネイターがそれほど無双の強さを誇っているならば端から戦争になんてならない。しかして“戦争になる”のだから、勝てない道理もない。

 

「デモもストもないさ。こっちのが人数多くて、あっちのもあのコーディネイター以外は結構倒れてるんだろ?」

 

 それに大西洋連邦の士官学校にいるコーディネイターというだけで、精神的負担は底知れないのだ。せめて明らかに戦力差が出る場所でぐらい活躍させるのは大事だ。

 別にお偉い方に活躍を見せたいとかいう野心はない。だがしかし、それなりにやっておかなければ“それなりの地位”すらも手に入らないかもしれない……それは不味い。後方にいたい。

 仕方ないと息をついて、思考をめぐらせる。

 

「アイツらあのコーディネイターばっか前線にやってほとんどなにもしてねぇんだよ! 誤射しそうな銃撃とかもするしさ!」

「……ほぉ」

 

 そう言ってロマは“サングラスの奥の瞳”をギラつかせた。悔しいけど彼も男、赤い彗星に憧れるのも仕方ないことなのだ。

 

 フッ、と笑みを浮かべて上空に特定の間隔で数発を撃てば、すぐに塹壕の真上部分に模擬弾が飛んでくる。

 

「うわっ! な、なにやってんだよ!」

「耳が良い、眼も良いな。出て行ったら速攻で片付けられるだろ……」

 

 ロマの銃撃での合図に集まってくる20名ほどの仲間たち。今襲われたら即座にゲームオーバー。

 

「指示を出すからなんとか頼む。あれは怯えている……上手くやればなんとかなるさ」

「でもこっち、もうあっちより人数少なくて……」

 

 マガジンを取り外して残弾を確認しつつ、ロマは相変わらず笑う。否、笑うしかない。

 分の悪い賭けをする気はないタイプの男なのだが、分の悪い賭けを……強いられているんだ! 状態。非常に不本意ではあるが、やらざるをえない。後方で、平和に過ごすためにだ。

 故に、深く息をついて隣の同期に合図を出す。

 

 外したヘルメットを持った同期がそれを塹壕から出せば、即座に銃弾が飛んできてヘルメットを弾き飛ばす。さらに他の仲間も同じことをしてみせる中、ロマもチラリと頭をのぞかせる。

 位置を確認、即座に頭を下げるも頭上を銃弾が通り髪が散った。

 

「禿げてないか!?」

「うおっ、急に必死! だ、大丈夫そうだけど」

「ならよし……どちらにしろ失敗すれば終わりだよ。これにベットするしか君らに選択肢はないだろ」

「なぁ、でもこんなの無理じゃ」

 

 大きく息を吐くと、笑みを浮かべる。

 

「無理を無理と言うことくらい誰にでも出来る。それでもやり遂げるのが優秀な人物……どの世界でも常識だろうさ」

 

 そう言って黙らせて散開させるものの、ここでふと気づく。

 

 ―――そういえばマイクで会話拾ってるんだっけ、向こうもヤバイけどこっちは逆の意味でヤバイ。なにがヤバイって俺、結構デカいこと言ってる? 恥ずかしくない?

 

 諸々と考えることが山積みだが、今はその時間すら惜しい。

 深く息をつき……ワンテンポおいてから、眼を見開く。

 

「南無三ッ!」

 

 彼はスモークグレネードを放り投げた。

 

 

 

 結果として―――勝ったには勝った。

 

 あの一手を打ってから、ロマのチームには明確な“脱落者”も出ず、なんなら人数を“増やして”勝つということを可能とし、実現させてすらみせた。

 なにも知らなければ別に彼がなにかをしたとも思えないのだが、いかんせん会話が駄々漏れ。

 

 仲間内は結局コーディネイターに勝てたわけじゃないじゃん、と話をしているがそれもそうだとロマは頭を抱えたくなった。コーディネイターに勝てないわけはないが“この面子”で勝つのは無理があった故に、方法を変えたのだ。

 目的は“相手チームに勝利”であり、そこを履き違えたつもりはない。

 

 だから余計に不本意である。

 

 

 

「ロマ・K・バエル……」

 

 訓練終わりに、よくわからない部屋に呼び出された。

 立っているのは彼と教官、正面にいるのは士官学校の校長と、さらにスーツを着た金髪ロングストレートの女性が一人、凹凸のついたボディ、線の細さからしておそらく軍人ではないのだろうと予測。

 別段、なにか悪いことをしたつもりもないし、目標は達成したしあのコーディネイターも上手い具合に“手加減”してくれたはずだ。マイクもあのコーディネイターとの会話を拾わないようにしたのだが……。

 

「ご苦労でした教官」

「いえ、しかしなぜバエルを!」

 

 ―――しかしこの女。どっかで、見たことあるんだよなぁ。

 

「先程の模擬戦を見て理事が興味をもったようでな」

「理事……?」

「おいバエルっ」

 

 金髪の女性が、ビジネススマイルを浮かべる。

 

「国防産業連合理事、ムルタ・アズラエルです」

 

 ―――え、どゆこと?

 

 失礼のないように、全身をジロジロ見るわけにもいかずなんとか“全体を見る”ようにしてムルタ・アズラエルが“女性”であることを確認。

 そんな馬鹿なと叫びだしたいところだがそういうわけにもいかない。

 こんな変化を目の当たりにすれば、色々と状況が変わってくるというものだ。

 

「理事が、君に関心を持ったようでな」

「いやぁ……良いじゃないですか、使えるものは使う。勝つために手段は選ばない。それが“コーディネイター”であっても、ね?」

 

 ねっとりとした話し方、肩に手を置かれた校長の顔がまんざらでもなさそうだ。

 

 ―――校長が紅潮か、やかましい。

 

 心の中の一人ノリツッコミ。クールな秀才で通っている彼としては決して公にもできまいて。

 それよりも、流石に“ムルタ・アズラエル”であればあのコーディネイターと密約を交わして、逆転したという事実を誤魔化しきれもしないようで、見抜いてると言った様子。

 どうするかと考えつつ、その様子をおくびにも出さぬよう努める。

 

「あのレベルの、訓練したコーディネイターと十数分も一対一でやりあいつつ、誤射をさせたりなんて普通できるはずないでしょう。なにをしたんです?」

 

 答えるべきだろうかと教官に横目を向ければ、全力で何度も首を縦に振っている。

 

「密約を交わしました。訓練ですので見返りは“孤立しがちな彼女を甘言で惑わした”に近いのですが……ただ一人あの扱いをされてる彼女に仲間意識もないでしょうし」

「分の悪い賭けをしたものですね。不確定要素が多いギャンブルをするとは、正気ですか?」

 

 笑みを浮かべて言う彼女は、やはりムルタ・アズラエルなのだと、ロマは少しばかりの実感を得た。

 

「詳細は省きますが、切れるカードは全部切って確率は限りなく成功に近づけました。それにそれ以外の選択肢があったとも思えません、自分一人では勝てない。しかし味方もコーディネイターに“怯えて”いたので、あれ以外はなかったかと」

 

 ふぅん、と彼の足元から頭の天辺までを見定めるようにするアズラエル。

 

「……無理を無理と言うことくらい誰にでも出来る。それでもやり遂げるのが優秀な人物ですか」

 

 ―――しまった台詞パクらせていただきました!

 

 ここは機嫌を損ねるわけにはいかない。目指すはパーフェクトコミュニケーション。

 

「コーディネイターを、どう思います?」

「ただの人でしょう……過半数がナチュラルに“敵対心”を持ってますが、そうでないなら“使える人材”かと思います」

「はははっ、良いですね。改めまして、私はムルタ・アズラエルです」

 

 ―――なんか知らんがこれ、ヤバイパターンでは?

 

 胃がキリキリと音を鳴らすのを感じつつ敬礼をして、しっかりとムルタ・アズラエルの眼を見て言う。

 

「ロマ・カインハースト・バエルであります」

「ではバエルくん。君、今週末は空いてますね?」

 

 ―――認めたくないものだな……。

 

「ハッ! もちろんであります!」

「よろしい。少し付き合ってもらいましょうか、それによっては……将来的な君の立場も、ね?」

 

 近づいてくるムルタ・アズラエルが彼の耳元に口を寄せて言い放った。

 女性らしい良い香り、甘い香水の匂いが鼻孔をくすぐれば、ロマとてムルタ・アズラエルが“彼ではなく彼女”であると認めざるを得ない。

 悲しいかな、彼はまだ―――童貞である。

 

 ―――悔しいけど、僕も男なんだな……!

 

「ハッ! 同行させていただきます!」

「はい、それでは、お願いしますね。バエルくん」

 

 少し離れて、ムルタ・アズラエルは笑顔を浮かべ頷いた。

 顔が良すぎるアズラエルに、悲しいかな彼は手も脚も出ないのも仕方がない。彼は女と権力に弱い、ちょっと転生しただけの、思春期を切腹させた青年である。

 眩しい営業スマイルを浮かべるアズラエルに、彼はどうする術もなかろう。

 

 

 ―――ああ、貴重な週末がゴルディオンハンマー(光になれ)されてしまった……。

 

 

 





オリ主の掘り下げ、キャラ出せないのでオリ主周りの話はパパッと終わらします

アズラエルと邂逅、三馬鹿も早めに出したいしMS戦とかも書きたい

まぁなんとかやってきたいです。色々と


PS、ちょっと修正かけました


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祈りの日

 

 あの模擬訓練から最初の週末。つまりは“盟主女王ことムルタ・アズラエル”との約束の日、当日である。

 彼、ロマ・カインハースト()・バエルは士官学校の校門前にて、胃薬が効いてきたことに安堵感を覚えていた。

 なにはともあれ、所謂“原作組”に関わることに忌避感を抱いているのは確かだ。自分が“あの戦場”に放り込まれて生き延びれる保障もない。そもそもここでアズラエルに粗相をし、色々と終わる可能性すらある。

 

 本当にただ転生しただけのロマから見たら、全てが不確定。なまじ未来を知っているだけに、ただ普通に過ごすことも叶わない。

 あまりにハードな人生にいっそのこと記憶喪失になってしまいたい気分でもある。

 

 ―――ローエングリン止めてくるか! それか自爆ショー!

 

 おそらく死ぬ。人は宇宙で爆発に巻き込まれれば死ぬのだ。

 そんなことを考えていると、一台の黒い車が目の前に止まる。とうとうやってきた審判の時だ。

 今ほど未来から来たシュワルツェ・ネッガーが襲い掛かってきて、全てが有耶無耶になれば良いとおもったことはないがこの世界にはシュワちゃんもスタローンも神もいない。

 

「おはようございます。アズラエル理事」

「おはようございます。バエルくん。良い天気でよかったですねぇ……まぁ今から行く所のことを考えればそれほど関係ないんですが」

 

 そう言って笑うアズラエル。

 助手席から出てきた黒いスーツの女性が後部座席、アズラエルの隣のドアを開けるとロマは軽く会釈をして乗り込む。

 車内はそれなりにゆとりをもった作りになっており、前の席と後ろの席の間に透明な仕切りがされていた。音までは遮断されていないようだと思っていると、アズラエルが手元のボタンを押し音までもが遮断される。

 

 ―――なんたるエロ車!

 

 不埒で冒涜的な思考。しかして彼は純然たる思春期の男である。

 そんな思考を振り切るために煩悩と内紛を始めていると、車が走り出した振動を合図にアズラエルが口を開く。

 

「あ~バエルくん、君のご両親、大西洋連邦の士官だったんですね」

「はい。現場に出るタイプではないようですが……」

「君もそちらを望んでるんですか?」

 

 どう答えるのが正解かはわからないが、いままで通りにするしかあるまいと、ロマは高を括る。

 

「なにをするにも理由がありませんからね。まだ……いずれやりたいことが見つかればその時“立つべき場所に立つ”それで良いかと思っています。楽観的ですが」

「いえ、それでは丁度良い」

「丁度良い、ですか?」

 

 笑うアズラエルに、嫌なものを感じるのは彼自身が“偽りの平和”が崩れるのを予見したからだろう。しかしてなんの変哲もない“転生者”たる彼にできることは、これ以上はない。

 

「ところで君、ナチュラルとコーディネイターが戦争になった場合、ナチュラル側に必要なものはなんだと思います?」

「兵士でしょう。兵器ならば同じものを作ればそれで済む話です。コーディネイターは確かに優れてますが、所詮は人の範疇……ナチュラルの一部の天才であれば、同じ兵器やソレをさらに改良したものを作るのだって、無理じゃない」

「天才頼みと」

「それが人でしょう。やれる人がやる」

 

 少しばかり口が過ぎたかとも思い、アズラエルの眼を見るが彼女は笑いながら手を出して“続き”を催促してくる。

 

「……兵器の問題であれば“強奪”だってありましょう。しかし、個人的には兵士のほうが問題だと思います」

「そうですね。戦いは数と質、どちらに偏っても勝てるものではありませんから」

 

 戦いは数だよ兄貴! という言葉がある。しかして数だけでは勝てない。質だけでもまた然り。

 

「コーディネイターを作るとかですか、地球連合側に服従する。極まった戦争にタブーなどありませんから……」

「へぇ、良いこと言いますね」

 

 どこぞの御大将の言葉を借りたものではあるが……。

 褒める言葉をもらえるのであれば、それに越したことは無い。相手は理事でありブルーコスモス盟主なのだ。機嫌を損ねたくはないだろう。気に入られすぎるのも彼の方針上よろしくはないのだが。

 なにはともあれ、彼はそれほどこの“C.E.(コズミック・イラ)”に極端に詳しいわけでもなく、彼自身も地雷を踏む行為に内心“ガクブル”で会話をする。

 

「コスト面で気になるならやはり、薬物強化でしょうか」

「なるほど、あ~バエルくん」

 

 しまったと、焦る。

 

「はい」

「君、余計なこと知っちゃってます?」

「……その言葉で、邪推をしてしまうのですが」

 

 素直に言葉を口にする。自分はなにも知らないが貴女の言葉で、知ったのだと言う。ここまで話をしておいて今更になって“鈍感なフリ”でもしようものなら、彼女の機嫌を損ねかねない。

 故に、素直にたった今、勘付きましたと白状をしておく。

 

「そうですね。知っちゃいましたねぇ~」

「……」

「ご安心ください。どうせこのあと知るんですから」

「……はい?」

 

 思わず食いついてしまう。つまりは、そういうことだろう。

 

「君が今から見るのはそういうことです。やはり私の目は確かでしたねぇ……君、もう逃げられませんよ?」

 

 妖艶に笑うアズラエルに、男としては魅力を感じざるを得ず、少しばかりの緊張を感じながら正面に向き直る。彼女は彼ではないが、その内側は彼に等しいものがあるのだろう。

 しかし、問題はアズラエルという人間に魅力を感じていることではない。純粋に、彼女と関わらないという選択肢が消えてしまったことにある。

 恐れるべきはバタフライエフェクト、てふてふ怖いのである。

 

 車は真っ直ぐ進んでいく。アズラエルもそれ以上は話すことはない。

 

 

 

 十分ほどして、どこかの施設の地下へと車が進入していく。

 嫌な予感が沸々と湧き出てくるものの、さすがにここで“処理”されることなんてないとは思うが、相手はビジネスのプロ。感情を隠すのなんて他愛ないことであろう。

 それでもロマは冷静を装っているのは、なにも知らないフリをする必要性を理解しているからだ。

 

 いざとなれば“未来の知識”をフル稼働してでも生き残りたいところであるが、その状況になればそんなもの焼け石に水であろう。

 

「さ、到着ですね」

「ここは……?」

「すぐにわかりますよ。バエル君」

 

 ドアが開かれると降りるアズラエルとロマの二人。最初にいた黒スーツの女がそこに立っており、車はそのまま地下駐車場を走っていく。

 どこかの施設の地下、自動ドアの前には銃を持つ警備員が二人、アズラエルを確認するなり敬礼を見せ、黒スーツの女がなにかを取り出せば頷いてどこかと通信をした。

 

「どうぞ、アズラエル理事」

 

 スーツの女に着いていく形で二人は歩き出し開いた自動ドアをくぐる。

 真っ白な通路を行くアズラエル。その少し後ろを歩くロマに視線を向けたアズラエルが、少しばかり歩みを緩めてロマの隣を歩く。少しばかり驚きながらも、それをおくびにも出さない。

 彼にとってムルタ・アズラエルという人間がそういうことをするとは思えなかったので、意外ではあった。

 

「君、ここから先はトップシークレットですから漏洩でもしたら首が飛びますよ?」

「物理的に、でしょうか」

「御察しの通り、それで済めば良いことですが……」

 

 最悪、死んだほうがマシな目にあいかねないということであろう。

 

「怖いですな。手の震えが止まりません」

「よく言いますよ」

 

 その後、エレベーターを経由したり、時たま白衣を着た所員とすれ違ったりなどを繰り返しつつ道を行く。数分歩いた後にスーツの女が止まったのは、両開きの大きな扉の前だった。

 スーツの女がカードをかざして扉を開けると、アズラエルに着いていく形でロマもその部屋に入る。

 

 そこは、なにかをモニターしている部屋であり、全機器が窓の向こうを見えるようにそちらを向いていた。窓の向こうでは、戦闘訓練なんかをしているようで、数人の“少年少女”が近接戦闘をしていた。

 

「……強化人間、と言ったところですか」

 

 ロマは眉をひそめてそう言う。さすがに目の前のそれがあるのは知っていたが、見るとなると気分の良いものではないからだろう。

 しかし、それでも的中させたことをアズラエルは笑顔で賞賛する。

 

「ご明察です。どうです?」

「動きはコーディネイターを凌駕していますね。薬物強化ですか?」

「脳内インプラントもしています。いやぁ、君は本当に……」

 

 手を口に添え、目を瞑ったままクスクス笑うアズラエル。

 

 ―――本当に、見た目だけはドストライクなんだよなぁ。

 

 余計なことを考えてしまうものの、すぐに頭を振って邪念を消し去る。

 とりあえずご満悦なようなので一安心だが、訓練生にしてこんなものを知ってしまってどうしたものかと、顎に手を当てて考え込む。窓ガラスの真上にあるモニターに映る少年兵。否、ブーステッドマンたち。

 

 気持ちの良いものではないが、歴史を“史実通りに進める”のであれば必要なものだ。

 自分に力があるなら変えたい未来もある。だが、それが良い影響を及ぼすかなど想像もできないし、そんな重い物を持てる器でもないのだ。

 

「さて、バエル君にはこちらに来ていただいて」

「はい」

 

 ―――ん、なにか引っかかる。なんだ?

 

 アズラエルに着いて行って部屋を出ると、スーツの女がいた。そのまま女にすぐ近くの部屋へと案内され、アズラエルと共に入る。

 先程の部屋ほどではないが、モニターが存在し数人の所員が計器をチェックしているようだった。アズラエルが見るモニターへと視線を向けると、そこには―――裸体の少女たちが検査を受けているのが見える。

 

「っ!」

 

 バッ、と空気を切る音を鳴らして即座に視線を逸せば―――アズラエルと目が合う。

 しまった! と思う頃にはすでに遅い。

 

 口に手を当ててバカにしたような表情で、肩を震わせ笑うアズラエル。

 

「な、なんですかその反応っ、ま、まさかっ……は、はじめてですかぁ~?」

「……アズラエル理事」

「ぷっ、くくくっ、はははっ……ま、まさかここまで私と堂々と会話するような子がっ、くくっ」

「これでも私は未成年ですよ」

「そっ、そうでしたねっ……あははははっ、くっ、ははっ、だめっ、ツボにっ」

 

 ロマにとっては見たことのないムルタ・アズラエル。彼自身はそう思っていたが、他の所員やスーツの女なども驚いているようだった。

 ひぃひぃ言いながらロマの腕をバシバシ叩いて笑うアズラエルに、冷静を努めていたロマも流石に顔をしかめる。別段、本当に嫌なわけではない。なんならここまで笑ってもらえるとおいしいとすら思ってしまう。そんな自分の芸人根性に感心した。

 

「ともかく……なんなんですか、これは」

「ふぅ、はぁ……こほん、そうですね。あの娘たちはブーステッドマン、その中の最高傑作です」

「ブーステッドマン、ですか」

 

 脳のインプラントと薬物強化を施した、強化人間ブーステッドマン。それの最高傑作、つまりコーディネイターと戦えるように作られた兵士。

 あの三馬鹿か、と脳裏に思い浮かべるのは三人の少年たち。

 しかし、そこで思考が止まる……。

 

 ―――待て、ブーステッドマン、最高傑作。いやいやいや、理事だけで俺の思考は追いつかないのに、そんな馬鹿な。

 

「お願いします」

 

 アズラエルの言葉と共に、ドアが開いた。そちらに向かうアズラエルにほぼ無意識に着いていき、先程まで少女たちが検査を受けていた部屋へと入る。

 すでに目の前の少女たちはガウンタイプの患者衣を着ているが、身体はしっかりと女性らしく起伏があった。

 ロマはしっかりと並んだ三人の少女を見やり、心の中で頭を抱える。

 

 ―――そうかいそうかい、そうやって遊ぶのかい。ファッ○ン、ジーザスクライスト!

 

「ほら君たち、ご挨拶」

 

 ―――なぜに!?

 

「オルガ・サブナックっす」

「クロト・ブエル」

「シャニ……アンドラス」

 

 彼は知っている。その三人を……しかし、知らない。

 ロマの記憶にある三人は、少年であったはずである。この感覚は先日経験したそれだ。ムルタ・アズラエルが女性だったのと同様、彼の知っている歴史と違う。性別が違うというのはそれだけでグルンと諸々が変わってしまうことに等しい。故に、読めない。

 アズラエルが笑って頷く。

 

「はい。よくできました」

 

 赤寄りのオレンジ髪を肩ほどまで伸ばしている少女、クロト・ブエル。

 薄緑の髪が背中の半ばほどまで伸びている少女、オルガ・サブナック。

 ウェーブがかった緑色の髪を腰ほどまで伸ばしており、左目を前髪で隠している少女、シャニ・アンドラス。

 

 ―――これでは道化だよ!

 

「俺、失礼。私はロマ・K・バエルです」

 

 ―――あ~! 名前に悪魔の名前ついちゃってるし! バエルってガンダムしか出てこなかった!

 

「良い名前だと思いませんか?」

 

 アズラエルがそう言うが、ブーステッドマンたちはあまり興味無いようだ。あちらの世界で言えば三馬鹿、こちらで言うなら連合三人娘と言ったところだろうか、一瞥するがすぐに視線を逸らす。

 あまり興味はないようで結構、とむしろロマは安心する様子を見せた。

 この状態であれば、どうにかこうにか逃げられるかもしれないと、アズラエルのほうを向く。

 

「サブナック、ブエル、アンドラス、それにバエル……ぴったりじゃぁないですか」

 

 ―――なにが!?

 

「では今後も、お願いしますね」

「なにを、でしょうか……」

 

 知らないしなにも見なかったことにしたい。なにごとも無く、ことなかれ主義の人間としてロマはあっさりと終わることを祈る……ただ神にだ。

 しかして、現実はそうもいかないらしく、アズラエルが指先をロマの胸に突きつける。

 

「あ~今日から君、私のものなので」

 

 ―――ですよね。やっぱり許さねぇ……この世界に神はいない!

 

「それとこの子達のこと、お願いしますね?」

「……自分は、訓練兵ですが」

「色々と融通利く様になりますよ?」

 

 彼は権力に弱かった。そしてゴヨウ・ガーディアンが極めて苦手だった。

 

「では、これからお願いしますよ。ロマくん」

「ご期待に応えて見せましょう。アズラエル理事」

 

 そう答えてから、視線を三人娘に向ける。

 クロトもオルガも興味無さげ、シャニだけがチラッとこちらを見る。

 だが。とてもじゃないが自分の言うことを聞いてくれるタイプには見えない。性格が変わってないとすればまず、その三人を御せるとも思えない。

 しかして、ここで反論する力などあるわけないのだ。ならばやれるだけはやって、駄目でしたの方がまだ救いがあるかもしれなかった……。

 

「ふふっ、期待していますからね?」

 

 ―――無理難題を仰る!

 

 





ようやくメインメンバー揃いました
まだMSすら表舞台に出てきてない時期なんでまだ刺激的なものはなにもなし
そろそろ白兵戦ぐらいは入るかもですが

序盤なので更新なるべく早めにやってきたいとこです

それとそのうちアンケートとかやるかもしれませんが、よろしくお願いします


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初志は再び

 

 あれから四ヶ月が経ったC.E.68年……。

 

 士官学校では、アズラエルに気に入られたとの噂はすぐさま広まってしまったが、別段校内であれば仕方ないことだ。そもそも目立ってしまっていたので今更、それに最近は“例の密約”もあり、コーディネイターの女生徒と一緒にいるから“よろしくやっている”なんて噂まで出てしまっている始末。

 

 週末は癒しを求めどこかにでかけたい気もするのだが、最近はそうもいかない。

 

 ロマは今日も今日とてアズラエルの“部下”の迎えを受け、再び施設へとやってきた。

 

 本来ならクロト、オルガ、シャニの三人とも別の施設の実験体ではあったようだが、アズラエルの一任でこちらに集めたらしい。

 おそらく、アズラエル自身の私兵にするためだろう。コーディネイターレベルの強化兵、自分がアズラエルの立場でもおそらくそうする。

 しかも、今はなにがあるかわからない状況だ……。

 

 

 

 週末といえばこの道。見慣れた通路を通るサングラス姿の怪しい男こと、ロマはそこに到達する。

 ポケットを探り、“なぜか渡されたIDカード”を使用して、部屋に入るとそこには噂の三人娘……ガラが悪いのがウリである。豊かではないが健康的な生活はさせてもらっているのか、発育が良いのが非常に彼の精神衛生上よろしくない。

 

 少なからず今世において、童貞(チェリーボーイ)なロマ。

 そんな彼には刺激が強い薄着で、挙句に良い匂いもする。別段良いもので身体を洗えているわけではないだろうに、そう感じるのはやはり彼が青い証拠だ。彼自身もそれを自覚しており、だからこそここに来るのはいかんせん億劫でもある。

 

 しかし、ロマが望んだ事とはいえその部屋はまるで一軒家のリビングだった。

 テレビにソファ、近くにはダイニングキッチンや、窓からは“液晶に映された外”も映っている。ついでにもう一部屋あってそこに着替えなんかもあるらしい。

 三人と“打ち解けろ”とのアズラエルの指示。それを完遂するための会話、それをするにあたって必要なものを聞かれた際、ロマが注文したのは『普通にリラックスできる空間』なのだが、思ったより“気が抜けてしまう”ものだった。

 

「おはよう」

 

 オルガとクロトがロマを一瞥するも、すぐにクロトはゲーム、オルガは小説に視線を戻した。シャニは椅子に座ったまま三角座りで耳に差したイヤホンで音楽を聴いている。なんなら音は漏れていた。

 ソファに横になったままゲームをするクロトが、一区切りついたのかゲームを置いて口を開く。

 

「今日もきたんだお兄さん」

「アズラエル理事に任されてるからにはサボれんよ」

「結局、あのおばさんになに頼まれたのさ?」

「普通に君らの世話だよ」

 

 実際には違うものの、おおよそ間違ってもいないことだ。

 

 首を傾げるクロトにそう返すと、ロマは静かに息をついた。

 キッチンのほうに向かうと乾燥ワカメのパックを取り出しいくつか口に放り込む。塩気が効いてよい。きっと頭皮にも良いのだろうと何度か頷いてすぐに戻す。食べすぎ厳禁なのだ。

 とりあえず、本日やるべきことを思い出す。

 

「ロマ、今日はなんか良い小説もってきたか?」

「今日はないな、オルガに教えて欲しいぐらいだ」

 

 二人とはなんとか“ある程度”は打ち解けることはできた。クロトは一緒にゲームをやったりするし、オルガはただ普通に雑談をしたりもする。

 普通だからこそ、二人にとっては珍しいからこそ、恐れるそぶりを“隠し切る”からこそ、それなりに打ち解けられたのだろうけれど、問題は一人―――シャニだろう。

 

「ゲームやろうよ!」

 

 立っているロマにソファに寝転がったままのクロトがそう言うが、軽く平手を出す。

 

「今日はアズラエル理事から“シャニの外出に付き添うように”との指示を承ったのでな」

「え~シャニだけ外~?」

「言ってもしょうがねーだろ。シャニが外行くなんて言うわけねぇし。おばさんの指示だろ?」

 

 おばさん、つまりムルタ・アズラエルを指しているのだろう。アラサーではあるが酷い言い様であると、ロマはサングラスの中で目を逸らす。同意なんてとてもじゃないができない……彼女が見ているかどうかはともかくとしても、ここも監視されているのだから。

 ロマはシャニに近づくと、その前で膝を床につけてシャニと目を合わせる。

 

「シャニ?」

「ん……?」

 

 左目は相変わらず前髪に隠れて見えないが、三角座りしたままのシャニは目の前のロマに気づいてイヤホンを外した。

 相変わらず特に思うところなどない様子でロマの顔を見る。

 

「なに?」

「今日の予定さ、聞いているだろう?」

 

 彼なりの大人らしさを演じた口調で言えば、シャニは軽く応えて頷いた。

 しかして、三角座りしているシャニの膝に圧迫された胸、シャツの弛んだ襟ぐりから見えるその谷間……彼の平静を崩すには十分すぎる威力である。

 

 ―――俺の平静って醜くないか?

 

「ふぅー……」

「どしたのお兄さん」

「いや、なんでもない……」

 

 不思議そうに言うクロトに平手を出して大丈夫、との意を伝え頷きつつ立ち上がる。

 それに合わせて正面のシャニも立ち上がれば、身長差もあり、相変わらずそのたわわな谷間が少し視線を下げれば見えることもあり、即座に移動してオルガの傍にあるソファに座った。

 故にすぐ近くのオルガに視線を向けると、彼女はわかっているのかジト目で自分を見ている。

 

「くっ……認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの」

「カッコつけてもわかってんだかんな」

「……情けない」

 

 フッと笑ってオルガのジト目に耐えられず視線を逸らすが、そんなロマにクロトは首を傾げていた。

 シャニは着替えに行くのだろう。そう思いながらその横顔を見ていると、シャニはシャツに手をかけるなり―――。

 

「なにっ!?」

「おいシャニ?」

「チィ! オラァッ!」

 

 ―――めくりあげる。

 

 肌色のたわわが下半分ほど見えたその瞬間、ロマに飛びかかってきたオルガがそのままロマをソファに押し倒して馬乗りになった状態でシャニへの視線を塞ぐ。視界をオルガが身を挺して塞いだせいで視界一杯に騎乗したオルガ。

 

「うおっ!」

「見るなテメェ!」

 

 視界はオルガで一杯、顔は逸らさないように両手で押さえつけられている。武器を常日頃から握っているのにもかかわらず柔らかいその手に驚く。なんなら馬乗りになられているので太腿やら色々と柔らかさにかなり感情を乱されそうだ。

 そんなオルガは怒った様子でシャニの方に顔を向ける。

 

「シャニっ、テメェもそんなとこで着替えてんじゃねぇよ!」

「え? 別に私らの裸なんておっさんたちに見られてんじゃん……」

「そういう問題じゃねぇだろ特にこいつはアイツらと違ぇんだから!」

「ハァン……そういうもん?」

「ですね。さっさと向こうで着替えてこないとオルガがまたキレるよ?」

 

 そんな言葉に、シャニは不服そうな表情で小首を傾げて別の部屋へと歩いていく。ロマには視えないがもれなく乳を放り出した状態で、だ。

 シャニが部屋を移動したのを確認すると、深く息をついて安堵したように、オルガはロマの顔を押さえていた手を離す。ロマは驚きながらも、どうするかと思考した結果、素直に言う他ないなと頷いた。

 

「……オルガ、女の子にこう乗られっぱなしは私の精神安定上よろしくないんだが」

「ッ!」

 

 気づいたのか、オルガがバッとロマの上から退いた。上体を起こすロマが、僅かにずれたサングラスの位置を正す。

 

「なに赤くなってんのオルガ」

「うっせぇよ……」

 

 不機嫌そうにソファに横になるオルガは小説を手に取り、ロマから顔を隠すように小説を置くと眠る体勢に入った。肩を竦めるクロトに、ロマは『気にするな』と言ってから、軽く頭を撫でる。

 くすぐったそうに目を瞑るクロトを見て微笑を浮かべ、ロマは深く深く深呼吸をした。いかんせん童貞には刺激が強すぎたのだろう。柔らかな太腿や尻の感触は想像すればすぐに思い出せてしまう。

 

 ―――ダメだダメだ。なんと破廉恥な! って俺の心の中のブレックス准将が言ってる!

 

 言ってないが、言っているということにしておいた。

 クロトはロマがゲームの相手をしないということが確定しているからか、興味なさげにソファに横になってゲームを始める。

 待っていると、すぐにシャニがやってくるがオレンジ色のシャツ。上に青い連合の軍服を前を開けた状態で着ているが……まぁさして問題もないだろう。

 

「……じゃ、行くよ」

「了解した。それじゃクロト、オルガ……シャニを借りていくぞ」

 

 借りるとはまた違うとも思ったが、それで伝わったのだろう。クロトは適当な返事、オルガは黙して片手を上げる。返事を確認してシャニと共にIDカードを使って部屋を出る。

 

 残されたのはクロトとオルガの二人。

 オルガが顔にかぶせていた小説を取ると上体を起こすが、その顔は未だ赤さが引いていない。

 

「……デートかよ」

「羨ましいんだ」

「違ぇよ、別にアイツがどうとかじゃなくてだな」

「“そんな小説”ばっか読んでるから頭の中がピンクになっちゃうんじゃない?」

 

 バカにするように言うクロトに、オルガが額に血管を浮かび上がらせる。ここで戦争をおっぱじめても自分は構わないが、そうなった場合に帰ってきたシャニと、なによりロマに『仕方ない奴らだな』的な顔をされかねない。それは癪であると、オルガは怒りの矛を収めて、小説に視線を戻す。

 

 直後に、男に女が騎乗する内容が出たことにより、先ほどのことを思い出す。オルガは顔を熟れたトマトの如く赤くしながら不貞寝に移行した……。

 

 

 

 

 

 

 色々な手続きはアズラエルが前もってしていたようで、書類に名前を書いてGPS等が内蔵された特殊な腕輪をつけるロマ。シャニは同様の型にも見えるチョーカーだ。

 二人で施設を出て街を歩くが、ロマはシャニの隣を歩きながら彼女の行く方向に着いていくのみだ。

 そもそもなぜシャニと二人で外出なのか? よくわからないが、きっとアズラエルなりの考えがあるのだろう。

 

 都会ということもあり人の数も多い。しかも外出時にはアズラエルの指示でシャニは音楽プレーヤーは没収され喧噪が耳に入ってくる。そうとう煩わしいのだろう、ロマは彼女がどこか不機嫌なようにも感じた。

 そんなことを思っていると、意外にもシャニの方から口を開く。

 

「たぶん……」

「ん?」

「おばさん、私らに護衛とかもさすつもりだから、パーティーとかに連れてっても慣れるようにしたかったんでしょ」

 

 この外出の理由だろう。素直に関心して頷くロマ。

 

「なるほどな、だから音楽プレーヤーも無しでか……それはまぁ、仕事だからな。慣れるしかあるまいよ」

 

 そう答えると、シャニはポケットから小さな端末を取り出した。

 

「ルート、決められてるから……」

「ああ、なるほどマップか……思いの外、歩かされるようだな」

「ん、さっさと行こ」

「そうだな」

 

 意外にも、ここ二ヶ月で一番話せているのではなかろうかと思うロマ。基本的にクロト、オルガ、シャニの三人共と一緒だったもので、どうしても雑談ができるオルガ、ゲームをやれるクロトに会話が集中しがちだったが、こうして二人になればシャニも会話相手が自分しかいないからか、口数は多い。

 フッ、と口元が緩むのは“彼女と打ち解け始めた喜び”からか“任務の成功が近い安堵感”からか……。

 

 ―――なに考えてんだ。原作通り進めてノーマルエンドで終わらす予定なんだから、あまり仲良くしすぎるのは良くないだろうに……。

 

 理性では深く理解しているのだ。コズミック・イラの歴史を詳しく知っているわけではないが、おそらく現在、彼女らの性別を除いて歴史は正常に進んでいるのだと……。

 だからこそ、このまま進めるのが良いのだと。

 

「おにーさん?」

「ん、ああすまない。どうしたシャニ」

「ここ、曲がるよ……大丈夫?」

「了解した。大丈夫だ」

 

 シャニに着いていく形で、さらに人がごった返す大通りに入る。シャニと逸れてしまわないように着いていくも、いかんせん人通りが多いせいでシャニも歩きづらそうであった。

 さすがに戸惑っていたせいか、人にぶつかってよろめいたシャニを、ロマは後ろから支える。

 

「大丈夫か?」

「ん……っ」

 

 左髪が少しわかれていて、右目の紫に対して左目の金が見えていた。ハッとしたシャニが急いで隠して歩きだすも、また人にぶつかってよろめくので、ロマが支える。

 さらに同じようにまた左目が出てしまったらしく、それを隠していた。

 ロマはシャニを連れて道の端までいくと、そっとシャニの顔を見る。

 

「っ……」

「そういうことか……」

 

 左目を隠したい理由がなにかしらあるのだろう。オッドアイが嫌というよりは、それによる奇異の目が嫌だとか、などと考察をしてみるも答えが出るものでもない。今現在わかっていることはシャニは左目は隠したいということだ。

 故にロマは自分のサングラスを外して、シャニにかける。

 

「え?」

「……ん、これで良いか?」

 

 そう聞くロマの瞳は、右目の青に対して左目の赤。

 初めて彼が来たその日、サングラスをしてなかった彼にシャニだけが興味を示した理由がそのオッドアイ。彼がそもそも校内で目立っている理由の一つでもある。

 

「いいの? 目、隠したくてこれしてたんじゃないの?」

「いや、“俺”がサングラスをする理由は……ただ、そういう人に憧れているだけだよ」

「……?」

「とどのつまり、カッコつけたいだけだ」

 

 正直に言って苦笑を浮かべると、シャニも少しばかり笑みを零した。

 大人びた雰囲気を“作っている”彼の、珍しい年相応の気恥ずかしそうに笑う姿に、シャニは零れる笑みを止められない。

 

「なにそれっ……」

「男ってのはそういうもんなんだよ」

 

 薄らとはいえシャニの笑顔を見て満足したロマは、軽くその頭を撫でるとシャニの手を取る。

 

「とりあえずここを出るまではこうしとこう、俺……私のあとを着いてきてくれればいい」

「……うん」

 

 歩き出すロマに着いていくシャニ、サングラスにより暗い視界。

 

 その中でも、前を行く青年の金色の髪は輝いて見えて―――。

 

 

 

 

 

 

 クロトとオルガは相変わらず、特に必要以上の会話をすることなくそれぞれやりたいことをやっている。四六時中一緒にいるのだから、それほど会話することもないということだろう。

 時折、時計を見ては時間を確認。そうしていると、クロトが口を開く。

 

「お兄さんが来るとさ、実験も無くて痛くも無いし、結構なことだねぇ」

「まぁその点に関しちゃありがてぇけどな」

 

 当初はアズラエルの部下、ということで警戒はしていたものの、時折出すポカを見る限りその可能性は低いということは、三人の中でも一致していた。それに“部下”と言うにしてはやけに“気安い”気もするし、アズラエルに対して“壁を作りすぎ”ているのだ。

 故に彼の話を信じるなら“気に入られた”だけなのだろう。

 結果、彼が来る日であれば実験もなにもなく、オルガたちにとっても唯一、一日ゆっくりできる休息日。

 

 そんな風に感慨に耽っていると、扉が開く音がした。

 

「ただいま、だな」

 

 戻ってきたロマとシャニ、どこも怪我をしていたり汚れたりはしていないようだし、時間としては1時間ほどだろうか……手荒な実験があったと言う風でもない。

 やはりただ単純に外出、外を見回った時の影響などを観察する実験だったのだろう。だが気になる点が一つあるとすれば、オルガは視線をロマの腕に向けた。シャニがその袖をつまんでいる。

 それになぜか、シャニはロマのサングラスをしていた。

 

「なんでグラサンしてんの?」

「少し貸したのさ」

 

 クロトの疑問に答えたのはロマ。シャニはなにを言うでもなく、ロマの袖から手を離してサングラスを外すと、両手でそれを返す。受け取ったロマが頷いてそのサングラスを胸ポケットにかけた。

 そそくさとシャニは椅子に座って音楽プレーヤー近くのイヤホンを耳に入れる。

 苦笑するロマに、クロトとオルガが首を傾げた。

 

「まぁなにはともあれミッションコンプリートだ。今度はクロトとオルガもあるだろうし、その時はよろしく頼む」

「ほんとお守りって感じだねぇ、おにーさん」

「アズラエル理事の指示だからね。今後ともよろしく頼む」

 

 三人に気づかれぬようにしつつ、“大人ぶって”そう言う彼に、クロトとオルガはフッと微笑。

 ロマは少しばかりの安堵感を感じていた。この三人と共にいるときの妙な落ち着き、その正体はわからない……。などと感慨に耽っていると、シャニが上着を脱いで、シャツに手をかける様子が視界に映る。

 またか、と思う。オルガは間に合いそうもない、クロトは別に気にしてない。

 

「……っ」

 

 シャニは途中で止まると、上着を持って別の部屋へと歩いて行った。

 

「……助かったようだ」

「見れなくて残念、じゃねーの?」

「茶化してくれるなよ」

 

 そう言いながら、肩をすくめるロマは時計を見てから頷く。

 

「少し出てくる。アズラエル理事に呼ばれているしな」

「んー」

 

 クロトの返事ともいえないような返事を受けて、頷いたロマが出ていこうとするがその前に着替えたシャニが戻ってきた。シャニは相変わらず椅子に座るのだが、凶悪な谷間にロマは気が気ではない……ものの、表に出さないのはこの18年間、他人の前では“仮面”を被ってきた成果だろう。たまにボロは出ているが……。

 シャニの傍に寄るロマ、気づいたシャニがすぐにイヤホンを外した。

 

「サングラス、シャニに似合うのを持ってくるよ」

「……ん、ありがと」

「ああ、ではまた後でな」

 

 軽くシャニの頭を撫でてから、ロマは部屋を出ていく。

 残される三人、クロトは相変わらずゲームをしているものの、オルガは口を半開きにしてシャニを見ていた。

 

「赤くなってんじゃねぇぞ……」

「うっさいオルガ」

 

 再びイヤホンをして、シャニは自分の世界に閉じこもる―――今は、一人の世界で色々と噛みしめたかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ロマはアズラエルに呼ばれて、三人娘の部屋から少し離れた部屋へと入った。

 大きなテーブル、ソファ、来客用の部屋。偉い奴が座るのだろうなと思えばアズラエルが座っていた。本当に偉い人が座っていたので、ロマは動揺を顔に出すこともなく、敬礼。

 相変わらずのビジネススマイルのアズラエルと、その向かいにはこの施設の所長。

 

 止まっていると、アズラエルが息を吐いて自分の隣を叩く。軽く礼をしてそちらに向かって座る。

 

「御無沙汰しています。所長、アズラエル理事」

「あー、いいですよ今更そんなの」

「そういうわけにはいきませんよ」

 

 そう言うロマに、アズラエルは『でしょうね』と呟いて笑う。

 所長は先にそちらの話を、と平手でロマに促すので、素直に頷いておく。

 

「シャニとの外出は問題ありませんでした。何事もなく……ああ、サングラス必要ですかね。結構ナイーヴなんですよ」

「なるほど、それじゃ経費は出すので買ってきてください。君のセンスに任せます」

「……厳しいことを言いますね」

「センス無かったらお仕置きですよ?」

「なんですかそれ」

 

 今のとこただの一度もアズラエルの反感を買ったことは無いが、お仕置きとはなにをされるのだろうかと少しばかり気が重い。別に受けなくても良い罰を受けるのはごめんである。

 

「そうですね。一日私の護衛してもらうとか?」

「死にますよ。私は一般人ですから」

 

 よく言う、と所長は心の中で思った。所長にとっては、アズラエルとそこまで気安く話すというのはそれだけ異常であり、一般人の範疇におさめて良いものでもないだろうと思う。相手はブルーコスモス盟主。普通に話すのだって緊張するべき相手なのだ。

 しかもまだ17ほどの子供が……。

 

「ではこれであの三人とはそれなりに、仲良くはなれましたか?」

「さぁ、人の心などわかりませんよ。私から言わせれば大した事のない会話が成り立っているというだけで……」

「それでは今後は訓練の方にも顔を出してもらいましょうか、参加も」

 

 そこで、ロマは固まった。所長はわかってはいたが、顔をしかめる。

 

「……正気ですか? ブーステッドマンたちと?」

「当然です。私は君をあの三人の“まとめ役”にしたいんですから……“保護者”と言っても良い」

「歳はそんなに変わりませんが……」

 

 嘘だ。17年を生きている彼、は“前世”を含めれば彼女たちの2倍以上を生きている。やはり心と身体は年齢相当になっている気もするが……。

 しかし、今後のことを考えれば彼女に従っておくにこしたことはない。

 

 ―――それ以上の感情は無いはずだよ、な?

 

「とりあえず当面の間は、不承不承ながら了承しましょう」

「はい、良い子ですね。ちゃんと嫌そうなことは嫌そうに言うところ、好きですよ?」

「……無敵ですか」

「これでもビジネスウーマンですから」

 

 所長はアズラエルの一言には頷くしかない。故に、彼はあの三人娘との訓練に参加させなければならないのだろう。しかも重傷を負わせるわけにもいかないまま……厄介なことである。

 所長が悩む中、アズラエルはニコニコと笑顔を浮かべたまま、ロマの耳元に口を寄せた。

 

「それではお願いします。くれぐれも怪我のないように……君は私のなんですから」

「……胸がときめきますね」

「そりゃ結構」

 

 笑うアズラエルに、苦笑で返す。

 

 ロマは今すぐ頭を抱えて天を仰ぎたい気持ちで一杯である。別段アズラエルに対して、ではない。状況にである。

 

 心の中で初心を噛みしめる。“原作組に関わらず史実通り”に……これから始まるであろう戦争を収めるためには“必要な犠牲”が存在するのだと、反芻する。

 ただ“自分が平和に生きるため”に、今は彼女たちと共に行動せざるをえない。

 

 ここさえ超えればいずれは、そんな甘い欲に踊らされる。

 

 “必要な犠牲を受け入れる”……それができるほど特別な人間でもないくせに。

 

 

 ―――とりあえずサングラス、買ってくるか。

 

 

 





三馬鹿娘と仲良くなってきたっていう回

まだちょっと退屈な話でもあるかもですね
次回は少し時は飛んで、大きな動きがありそうです

まだまだ始まったばかりですが今後もよろしくお願いします


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たましいの声

 

 C.E.69年。

 

 晴れて士官学校を卒業したロマ・K・バエル。

 

 同級生ともある程度の関係は築いていた彼自身も、中々感慨深いものはあった。これから“戦争”が起こることを知っているロマとしては入れ込み過ぎて後悔しないように、なるべく気をつけていた。そのはずだったのだが、やはり詰めが甘いのだろう、仲の良い相手というのはそれなりにできてしまうものだ。

 故に彼は、泣きつかれていた。

 

「まだなぁ゛~」

「食事ぐらいはできるだろう。別に今生の別れでもない」

「一度配属されたらっ」

「俺は異動も多いだろうから、な?」

 

 その言葉に、ロマに泣きつく青年は何度も頭を振る。

 笑うロマから離れて数言を交わし去っていく青年、それと入れ替わるように同じ歳ぐらいの少女が一人近づいてきた。

 長い青髪を揺らすのは“あの日以来、それなりに仲良く”やってきた連合で数少ない“コーディネイターの少女”である。

 涙目で、今にも泣き出しそうな少女は大西洋連邦内であれば迫害されがちなコーディネイターではあるが、ロマが尽力したこともありそれなりの友人関係を築くことができた。

 

「っ、あ、ありがとうございましたっ、ロマくんっ」

「いや、気にしなくていい。今後色々と大変だと思うが……なにかあれば連絡してくれればいい。相談ぐらいには乗る」

「う、うんっ……」

 

 卒業証書を握っている少女の手は必要以上に力んでいるようで、ロマは軽く笑いながら少女の頭を撫でてから、彼女に声をかけようとしている他の生徒に視線をやる。

 

「わ、私ねっ、ロマくんの、その……」

「俺はブルーコスモスの私兵、だからな」

 

 そう言うと、少女はビクッと跳ねた。

 この士官学校では有名な話ではあった。ロマが盟主ムルタ・アズラエルと密な付き合いがあるということは、それでも大西洋連邦では別段問題はない。むしろ羨ましがられたりもするのだが、コーディネイターの少女にとってそれは……。

 

 しかし、それでもロマは確かに少女の“友達以上”のなにかだったのだろう。

 

「……なにかあれば話ぐらいは聞く。それではな、友達が待ってるぞ」

「……うんっ、ありがとう!」

「すまん、ちょっと待ってくれ」

 

 去ろうとした少女を、呼びとめる。少女は驚きながらも、横髪を弄りながら赤い顔でもじもじと、ロマの言葉を待つ。しかして現実は非情である。

 

「な、なにっ、かなっ……」

「君とは戦いたくないから、連合でいてほしい」

「……うん」

 

 一瞬だけ、落胆したような表情を浮かべるも、すぐに笑顔になった。

 それは自分だけが特別と言われたような感覚で、少女の心はそれだけで舞い上がるに十分である。

 

「……ありがとう」

「こちらこそっ……それじゃぁ、またねっ!」

 

 少女が、涙を振り切り笑顔を浮かべて去っていけば、残されたロマは静かに息をついて胸ポケットに入れていたサングラスをかける。

 未だロマを見る友たちに軽く手を振り、校舎を背に歩き出す。

 両親とは既に話しはした。しばらくの別れは済ましている。

 

 校門を出て歩けば、見慣れた黒い車があった。そしてそれに寄りかかる金髪の女性。

 

「おめでとうございます♪」

 

 楽しそうに笑うムルタ・アズラエルに彼自身も笑みを浮かべて頷く。

 

「ええ、これで晴れてアズラエル理事の私兵ですよ」

「嫌ですね私兵なんて、私としてはお仲間なんですけど?」

「それはどうも」

 

 車に乗り込む二人。すっかり顔見知りである運転手の男性と助手席の女性からも『おめでとうございます』の言葉をかけられて、軽く返す。

 あれから、ずいぶんと周囲の相手とは気安い関係になってしまった。

 

 どうせ平和のために“犠牲となる”というのに……否、“犠牲にする”というのに。

 

 アズラエルが後部座席の音を遮断すると、板のような端末を取り出し、画面を操作してなにかを表示させると、ロマの方へと寄る。

 それに気づいて、ロマの方もアズラエルの持つ端末に視線を落とした。

 

 ―――とうとう来たか。

 

「これプラント側、“ザフト”の兵器、MS(モビルスーツ)ジン。前々からそういう兵器の情報はあったんですけどね」

「人型兵器、ですか」

「ええ、プラント理事国の宇宙軍は大敗、ダメみたいですね」

 

 ため息をつくムルタ・アズラエル。二年以上の付き合いにもなれば彼女の言いたいことは理解できるし、その兵器を見せるのは本題の前フリだということは理解できる。

 

「デュエイン・ハルバートン大佐を知っているでしょう?」

「ええ、もちろん」

「彼が言ってるんですよ。地球軍も独自のモビルスーツを開発するべきだと……却下されたようですけど」

 

 ―――これが正史なのか?

 

 わからない。“宇宙世紀”であれば知っていることも多いが、C.E.に関して詳しいかと聞かれれば、並以上ではあった自信はあるが、政治的なことまでは一切不明。故に悩みつつも、答えを出す。

 どちらにしろ異常な変化を起こすわけにはいかない。正史こそが正しいと信じて……。

 

「表だって作れないのでしたら、裏で作るしかあるまい……といったとこですか」

「同意見です。極秘裏に進める気ではありましたが、もうちょっと出資しても良いかもしれませんね。それにこちらも独自で……」

 

 どうやら正解。と思って良いのだろう。

 

「それとですね。このMSジンのプロトタイプ、プロトジンと呼ばれるものをとあるルートで入手したんですが」

「さすがに手が早いですね」

「情報は生ものですからね、ビジネスの鉄則です」

 

 なにはともあれモビルスーツをリアルで見られるというのは、“ファン”として胸躍らざるをえない。

 少しばかりそわそわとしているのが、自分でもわかりハッとして隣を見ればアズラエルはニヤニヤしながらロマを見ており、思わず顔をしかめる。

 アズラエルが人差し指でロマの腕をつつく。

 

「なんですかぁ~? 楽しみって顔してぇ、でもざんね~ん、ただのナチュラルには操縦できませぇ~ん」

 

 ―――このBBAァ、メスガキみたいなムーヴかましやがって……ありですね。

 

 俗な発想は彼の元々の性格故、なのだろう。

 

「あははははっ……まぁ、あの子たちは操縦できましたけど、ブーステッドマンですからねぇ」

「確かに、ナチュラル用のMSができたら少し乗らせていただければ十分ですよ」

 

 ただし、あまり深入りする前にアズラエルたちからは距離を取らねばとは思っている。このままでは“ドミニオン”コースだ。今のアズラエルとの関係を鑑みればありえないどころではなく確定であると、疎い彼にでもわかっていた。

 しかし、今はまだと現状にまで至っている。

 

 ―――そろそろ本気で考えねばなるまいか……。

 

 そんなことを一人、心の中で思っていると隣のアズラエルが意外なことを言う。

 

「とりあえずためしに乗ってみますか?」

「……では、とりあえず」

 

 ―――ワクワクが止まらねぇぞオイ!

 

 ファンとしてはやはり一刻も早く乗ってみたい。乗れるだけでも十分。ただそれだけの、たったそれだけの感情だったのだ。

 メビウスやスピアヘッドでは満足しかねていたからこそ、気軽に受けてしまう。

 

 壁をつくろうと仮面を被ろうと結局、ロマはただの男なのだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ―――そんなことも、あったよなぁ。

 

 彼、ロマはただ一人で静かに“1/6の重力下”の通路を移動していた。サングラスをしていない裸の視線の先、窓の外に広がる―――月面。そう、ここは月面プトレマイオス基地。

 

 

 C.E.70年6月2日。

 地球連合がプラントに“宣戦布告”をしてから約4ヶ月。

 

 その期間で起きたことは数多あるがやはり“血のバレンタイン事件”は最もたるものだろう。

 ブルーコスモス派将校が放った一発の核弾頭。それは農業用コロニーユニウスセブンに直撃、24万3721名の命が犠牲になり、プラントでは“パトリック・ザラ”筆頭のコーディネイター強硬派が激しい報復攻撃を開始した。

 

 宇宙だけならず地上の侵攻すらもどんどんと進めるザフト、地球連合上層部の焦りは計り知れない。

 

 最近では、流石のアズラエルも少しばかり苦い顔をすることが増えてきた。いや、その原因は“ブルーコスモスが核を使った”ということが公になっているからだろう。

 

 らしくもなく、彼はアズラエルに『核など使うまい』ということを言ったのだ。そして彼女は『使いません』と宣言した。今更、彼女がロマに対して嘘をつくわけもない。故に本当に使う気はなかったのだろう。それは“原作と違い”心境の変化があったか、それとも……。

 

 しかして、核は放たれた。ブルーコスモス派将校、ウィリアム・サザーランドによって。

 彼がアズラエルの私兵であることは連合内では有名な話であり、ロマも面識はあったがさすがにそこまでするまいと思っていた。しかし―――実際には撃った。

 

 止まらなかった凶行、知っていた未来。止められなかった未来。24万人を死なせた。

 なんとかできる立場であったのにもかかわらず、だ。しばらくは頭痛と腹痛と吐き気、身体のあらゆる不調が止まらなかったせいで、ずいぶん“仲間たち”には世話をかけた。

 心配しながらも困ったような表情で『意外とナイーヴだったんですね』と言ったアズラエルの表情は忘れられない。

 

 それでも『正しい未来・正史』だと自分を納得させて今はすっかり立て直した。

 

 そして今、彼はムルタ・アズラエルたちと共に月面・プトレマイオス基地へと上がってきている。つい2ケ月前にあったヤキンドゥーエ攻防戦で受けた損害と、現在このプトレマイオス基地を侵攻するために作られたザフトの基地との小競り合いの状況の二つを視察するためだ。

 

 

 

 ロマにとって宇宙というのは初めてではない。親に何度か連れてきてもらったことはある。

 

「……これからこんなんでやってけんのかねぇ」

 

 クロト、オルガ、シャニ、ムルタ・アズラエル、全員の死。

 

「あ~こういうタイプじゃないのにな」

 

 軽くボヤいてサングラスをかけると、目的地である部屋の前に壁を蹴って着地、横の端末を叩いて扉を開ける。そこに入ればいつもの三人娘。

 ロマに気づくなり、シャニはイヤホンを外してクロトがゲーム機をベッドに放って飛んでくる。

 

「おにーさんじゃん、おばさんは?」

「怒られるぞ……また」

 

 ふわっと飛んできたクロトを受け止めるも、そのまま壁に背をぶつけた。痛いわけではないので軽く笑ってその頭を撫でつつ『危ないぞ』ぐらいで済ます。ふとその横髪に触れてみる。

 

「髪、伸びてきたな」

「ん~そろそろ切りますよ~、おにーさんは長い方が好き?」

「別に好きとかはないよ。短すぎなきゃなんでもいいさ」

「そっか」

 

 そうとだけ答えて、クロトはロマの足もとの床を蹴り、元のゲームのある位置に戻ってベッドで横になりゲームを再開する。視線をシャニとオルガに移すが、二人ともいつも通り。

 シャニは再び音楽を聴くのに戻り、オルガは小説に目を向けていた。彼女にしては珍しいSF小説ではあるが、それはロマが薦めたものだ。

 アズラエルが来るまではこの部屋で待機だが、いかんせん暇なので自分もなにかしら持って来ればよかったとは思う。

 

「……オルガ」

「んぁ? なんだよ……」

「その小説、おもしろいか?」

 

 軽く、無重力下でベッドに座っていたオルガの方へと近づく。小説から視線を逸らして、ロマの方を向く。

 

「……悪くねぇ」

 

 ロマ自身もオルガの近くで浮遊しつつ、言葉を続ける。

 

「もし、だが……その小説にさ、自分が入ったとするだろ」

「はぁ? 突然どうした」

「誰だって一度は想像するだろ、俺ならどうするかとか……」

 

 そんな言葉に、オルガは否定もしない。つまりはあるのだろう。

 

「で、それがなんだよ」

「もしその世界に入ったらさ、自分は未来を知ってるわけだろう?」

「……未来を変えるかって?」

 

 なら答えは一つ。

 

「オレはやりたいことをやるね」

 

 ロマは彼女の言葉は理解している。助けたい者を助けたり、一番幸せに至るだろう結末へと導く。ということ……言い方は粗悪だがつまりはそういうことなのだ。

 

「じゃあその物語がそもそも、ハッピーエンドだとしたら?」

 

 謎の質問が過ぎる。ロマはやはり、冷静なわけではないのだろう。精神的に追い詰められているのは確かだ……24万人がわかっていたのに犠牲になったのだ。止められる術はあったのだと、なんども同じことを考えるほどには……。

 だからこそ、こんな質問をしてしまった。

 

「助けたいヤツを助けたら、未来がどうなるかわからないとして、だ」

「……じゃあ、余計にやりたいことやりゃ良いんじゃねぇのか?」

「それでハッピーエンドが崩れたりする可能性は」

「どっちにしろ自分が入った時点で未来なんかどうなってるかわかんねぇんだし、バタフライエフェクトって知らねぇのかよ」

 

 その言葉に、ロマは静かに目を瞑る。

 

「……なるほど、な」

「なんの質問だよ、お前そういうタイプだったか?」

 

 オルガの疑問も尤もだと、顎に手を当てて天井を見上げた。

 何を言うでもないオルガ、思考するロマが視線を下げる。そうすると、視界にクロトがフェードインしてくる。

 どこか呆れた表情でロマのことを見ているのは、やはり呆れているのだろう。くだらない質問にだろうか、否。

 

「お兄さん、難しく考えすぎなんじゃない?」

「んぁ?」

 

 ついつい、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「自分がそこにいるなら、そこで好きなことやりゃ良いじゃん……だってそこは“自由”なんでしょ?」

「そう、か……自由か」

 

 フッ、と笑みを浮かべて項垂れるロマ。 

 クロトとオルガがなにかを口にしようとしたその瞬間、扉が開いた。現れるのは金の髪を靡かせる女性、ムルタ・アズラエルだ。

 彼女は部屋に入ってくるなり、ジト、とした目でロマのことを見やる。

 

「目を離すとすぐこの子たちのとこですね」

「嫉妬かよ」

「なにか言いました?」

「なんでも~」

 

 クロトの言葉にアズラエルがニコニコと言うが、ニュータイプでなくたって笑っていないことはわかった。ロマは軽く笑みを浮かべて体勢を整え床を蹴るとアズラエルの隣で器用に着地。

 とりあえず、自分がやるべきことはやった。それにここを紹介したのは、あの“整備士”の方だ。

 

「身体検査も機動実験も終わってからここにと言われたので……もしかして迎えに来てました?」

「いいえ、別に」

「……」

 

 絶対迎えに来たやつである。

 

 ―――くっ、このBBAかわいい。

 

「それは良かった。このあとは?」

「ユーラシア連邦のビラード准将とジェラード・ガルシア大佐にご挨拶していただくのでそちらの部屋です。もちろん貴方には来てもらうとして……」

「私もですか」

「そりゃそうでしょう。ブーステッドマンを除けばモビルスーツを“動かせるナチュラル”なんてそうはいませんからね」

 

 それもそうか、とロマは頷く。時計を確認するアズラエルだが、まだ余裕があるのか出ていく様子はない。

 クロトはゲーム、オルガは小説、シャニは音楽といつも通り。まとまってないようで逆にまとまっている。

 

「そういえばあれはどうだったんですか?」

「ん、ああ、空間把握能力ですか、俺……私には適性がないようでした」

 

 ドラグーン、使ってみたかったがそんなことになったら前線不可避である。良かったんだか悪かったんだかと思うも、結果的には良かったんだろうと納得しておく。

 浪漫もなにもあったものではないが―――モビルスーツを動かせただけ良しとしよう。散々万年秀才と呼ばれてきたがようやく、天才に一歩近づけただろうか。

 

 ―――まて、俺は前線に出たくないんだろ。モビルスーツなんて動かせてどうする。

 

「そうですか、まぁ適性あろうものならメビウス・ゼロ部隊に引っ張られてもおかしくないですし……まぁ私がさせませんけど」

「……メビウス・ゼロ部隊?」

「ええ、前に資料は見せたでしょう。オールレンジ攻撃ガンバレルの~」

 

 ロマは顎に手を当てて思考する。

 

 ―――月面、メビウス・ゼロ部隊、ジェラード・ガルシア……くそ、なんで忘れてた。

 

「アズラエル理事、ザフト部隊の」

 

 

 

 ―――瞬間、基地に警報が鳴り響く。

 

 バッ、と体勢を整えるクロトとオルガ、それにシャニ。

 前線に出るのは初めてであり、警報を聞くのも初めてだろうに、素早く体勢を整えるのは訓練の結果か……基地が揺れる。この重力なので勢いよく倒れる心配はないものの、ロマはアズラエルを支える。

 アズラエルもアズラエルでロマに掴まったが、別段問題もないだろう。

 

 ―――やらかい。

 

 別段問題はないだろう。ロマの思考が汚染される以外は。

 

「ん」

 

 シャニがぬっとアズラエルとロマを引き離して、アズラエルの片腕を取る。

 ロマは、シャニに『仕事熱心だなぁ』だとか能天気なことを考えつつ、すぐに状況を把握するために扉を開く。クロトとオルガにもアイコンタクトで、アズラエルの周囲を固めるようにと指示を出して自分が通路を確認し、通路へと出た。

 次いで四人も出てくると、前方から血相を変えて飛んでくるのは―――ジェラード・ガルシア大佐。

 

「アズラエル理事、ご無事で! ザフトの長距離ミサイルです。迎撃部隊も出しています……今は前線をエンデュミオン・クレーターで維持していますが」

「いつこちらまで下がるかわからない、と?」

「はい!」

 

 いつでも脱出できるようにシャトルに、とのことらしい。

 ロマは思考する。これが本来の歴史だったのかと、エンデュミオン・クレーターでの戦いはわかるのだが問題はそこではない。アズラエルがここにいるということだ……自分はこの基地へと来ることに関与はしてないのだが、世の中には“バタフライ・エフェクト”というものが存在するのだ。

 息を吐くロマが外を見れば、メビウス・ゼロが発進するのが見えた。

 

「……アズラエル理事」

「なんです」

「アレで出ます」

 

 その言葉に、アズラエルがそれは珍しく、目を見開いて驚愕する。それもそうだろう、それに驚いたのはアズラエルだけでなく、クロト、オルガ、シャニの三人もだ。

 ここはともかく、少なからずエンデュミオン・クレーターは“マイクロ波発生装置サイクロプス”で吹き飛ばされるのだが、それで確実になんとかなるかはわからない。

 

 だからこそ、彼は自らの意思で“介入”する。自分が強いなんて思っていない。

 実戦なんてしたことはない。だがそれでも……。

 

「……ムルタ、頼む」

 

 サングラスを外して、真っ直ぐとアズラエルの瞳を視る。

 

「……わかりました。けど忘れないでくださいよ。貴方は」

「貴女のものでしょ。わかってるよ」

 

 フッ、と笑みを浮かべてから、三人娘の方へと視線を移す。

 多くを語る必要はないと思った。ここで死ぬならそこまで、しかし自分はそうではないはずだと、信じているのだ……ここまでかき乱すのであれば責任を果たさず死ぬわけにはいかない。

 そう思っていたのだが、意外にもシャニが口を開いた。

 

「お兄さん、ダメだよ。死んじゃ……外、また連れてってもらうんだから」

「わかってる」

 

 クロトとオルガが驚いたような表情でシャニを見ているのがおかしくて、ついついロマは緊張感にそぐわず笑ってしまう。

 

「イルミネーションってやつ、見てみたい。綺麗なんだぜ、あれ」

「了解した」

 

 踵を返して、ロマは“格納庫”へと向かう。

 

「……俺はやりたいことをやる、ね」

 

 

 

 扉を開き、格納庫へと入るロマ。

 ライトも点いていない暗くて狭いそこにはただ一機の“モビルスーツ”が立っていた。

 1/6の重力化の格納庫。地を蹴ってモビルスーツの胸下あたりに開いているコックピットへと乗り込むと、電源を入れて準備を済ましていく。

 締まるコックピットハッチ、機内が明るくなる。

 

 道中は心臓がやかましく鼓動していたものの、コックピットに入るとやけに冷静に、しかし熱くなっていくのがわかる。

 

「案外、これが転生特典だったりしてな」

 

 薄く笑いながら、起動準備を済ましていく。

 そして最後のスイッチを入れて起動準備を済ますと、暗闇の中でその赤い“モノアイ”が独特の音を鳴らす。深く息をついて、どう出るかと思っていれば、突如、通信が入る。

 どうやら“整備士”のようだ。

 

『すみません少尉! すぐにハッチを開きます!』

「ん、ありがとうございます。しかし何故こちらに」

『貴方の愛しの上司様ですよ!』

「アズラエル理事か、ありがとう」

 

 格納庫のライトが点き、連合が鹵獲した“モビルジン”が姿を現す。

 ザフトのモビルスーツだが、連合のせめてもの意地なのか色は塗り替えられている。どうせ分解するくせにと思うのだが、それもまた仕方ないことだろう。

 装備は腰部左に近接装備<重斬刀>、腰部右に中距離装備<76mm重突撃機銃>の二つのみ。

 

『無理しないでくださいよ。MSでの実戦するナチュラルなんて少尉が初めてっすからね!』

「……無理そうなら即座に撤退してくるから、ハッチは開けといてくれ」

『いえ、それは閉めますけど』

「……了解した」

 

 いまいちカッコつかないな、と整備士は笑った。

 ハッチが開いていくと、ジンの全身に付けられたワイヤーやコードがパージされていく。

 ガラス一枚隔てた先に存在するジンが、両腕とモノアイを動かしてみせた。

 

『行ってらっしゃい少尉! ちゃんと帰ってきたらキスしてあげます!』

「君みたいな美人にそう言ってもらえたら男はやれるさ……!」

 

 カッコつけてそれっぽい口調を使う彼は、サングラスの奥の青と赤の瞳を輝かせ、フットペダルを踏み込む。

 

 その“赤銅色のジン”が、姿勢を低くしてから、全身のバーニアを吹かす。

 

「ロマ・カインハースト・バエル、ジン……出るぞ!」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 基地から離れたエンデュミオン・クレーターにて、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 連合は精鋭部隊、メビウス・ゼロ部隊を出撃させるものの、ザフトも最新鋭機ジン・ハイマニューバを投入。

 戦力を見てもやはり今作戦もザフトに有利である。

 時代はモビルスーツ。一機でモビルアーマー数機分に相当する強さ、挙句に敵はすべて自分たちのスペックを凌駕しているのだ。

 

 それでも、前線を維持してプトレマイオス基地へは行かせまいとそれぞれが決死の覚悟で戦う。

 

「こんなんでやれるのかよっ!」

 

 悪態をつくのはメビウス・ゼロ部隊のムウ・ラ・フラガ。だがそんな中―――赤黒い閃光を見た。

 

「なんだっ!?」

 

 赤黒い閃光は、一機のジンへと接近し止まる。それでようやくその閃光の正体が、ジンだということがわかった。

 敵のジンへと接近した赤銅色のジンは、両手で持った重斬刀をジンへと突き刺している。

 

「識別コード、味方だと!?」

 

 

 

 ロマ・K・バエルは安堵していた。まず一撃目の重斬刀での刺突は成功、一機は落とす。

 さらに周囲のジンの動きも十分に把握できるし、しっかりと戦えそうではある。あの“女整備士”にも『情けない奴!』とかの罵倒を受けなくて済みそうだと、息をついて笑みを浮かべる。

 ふと、背後に反応。ジンだ。

 

「そうやって狙いを定めてる暇があったら……撃つもんだろうよ!」

 

 素早く重斬刀から片手を離すと、突き刺されたジンの腰に装備してある重斬刀を引き抜きつつ、その装甲を蹴って加速。放たれた別のジンのアサルトライフルは、今しがた離れたジンに直撃、初めてのモビルスーツ戦なのか、照準は確実に焦ってブレている。

 ロマはさらにフットペダルを踏み込み、そのジンへと接近。

 

「当たらなければなぁっ!」

 

 前方に加速しながらも、左に加速、次いで右に加速、さらに左に加速。左右へと機体を振ることでジンは焦るように銃口を左右に向けるが―――遅い。

 素早く接近した赤銅色のジンはその左右の手に持った重斬刀でジンの両腕を切り裂き、さらにその胴体を切り裂く。

 

「切れ味が良い……こんなものか?」

 

 爆発する寸前、そのジンを蹴って加速、さらに爆風で加速し、その先にいるメビウスを切り裂こうとするジンを切り抜けて撃墜。

 不意打ちとはいえ、三機のジンを瞬時に撃破したことによりザフトの注目はその赤銅色のジンへと向かうだろう。

 二本の重斬刀を持つジンが、戦場の中心にいた。

 

 未だ戦闘は続いているというのに、周囲のパイロットはまるで時が止まっているかのように錯覚したことだろう。それほどにそのジンは、注目を浴びていた。

 しっかりとその両目で“自分が立つべき戦場”を見据える。

 

 やりたいことをやる。なぜなら自分は自由。そして帰るべき理由、約束があるのだ。

 

 故にそのジンは片手を上げ、重斬刀を鈍く輝かせた。

 ザフトを挑発するかの如く、自分の“守りたい者”に視線など向けぬように……。

 

 すべてのモビルスーツは視よ、そう言わんばかりに、ロマは宣言する。

 

 

 ―――このロマ・K・バエルのもとへ集え!

 

 

 





キリのいいとこまでと思ってたらめっちゃ長くなりました
とりあえず初モビルスーツ戦、次回はちゃんと戦闘
チートっぽく見えるかもしれないけど、ある程度のエースにはちょっとみたいな感じで

こっから君の罪は加速する。じゃなくて物語は加速する……予定

結構急ぎ足で書いたけど大丈夫、たぶん

では次回もお楽しみいただけたらと思います!

PS
アンケート入れました
ただしオリキャラはどんなに曇っても良いものとする


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開く獄門

 

 ロマ・カインハースト・バエルのジン……ジン・バエルとでも呼称しよう。

 

 敵機のロックが一気に自分に集中すれば、コックピットはけたたましくアラートを鳴らす。

 顔をしかめるでもなく、冷静かつ即座に握ったレバーとフットペダルを操作して加速、射撃の嵐を回避し、固まっているジン三機の方へと円の動きで旋回しながらも接近。

 しようとするが、妙な感覚に前方にはいかずスラスターを効かせて月面方向に加速。

 

「やはりな!」

 

 真っ直ぐに進行していれば、どこからか飛んできたバズーカ<キャットゥス>の餌食になっていただろう。

 急停止からの、急加速で月面を下として上に向かい加速―――ジン三機がジン・バエルの方を向くが、一番早いであろう一機に重斬刀を投げると、それがジンの胴体を貫く。

 両脇にいた二機のジンがアサルトライフルを放つも……。

 

「射線が素直! 甘いなッ!」

 

 射線を見る。三人娘との訓練で散々させられたことだ。

 焦っているのだろう、後退しようとするが―――今更遅い。

 

「視えた!」

 

 素早く、一機のジンに接近して重斬刀でその両腕を切り落とすと、近くにいた串刺しのジンから重斬刀を引き抜き、もう一機のジンのコックピット部分を切り裂く。

 コックピットだけを切り裂く斬撃は、ジンを爆散させることはない。

 両腕が無くなって慌てているジンの両足を切り裂くと、一方の重斬刀を腰にマウントした。

 

「エースは……!」

 

 離れた場所を見れば、ジン・ハイマニューバとメビウス・ゼロが戦闘をしているようだった。

 ロマは知っている。それはムウ・ラ・フラガと“ラウ・ル・クルーゼ”の戦闘であると……今の自分にラウ・ル・クルーゼをどうにかする力はない。それは自覚している故に、そちらには関わらないことにする。

 さすがにその二機の戦闘に“正史”との変化があるとは思えなかったからこそ、だ。

 

 敵意を感じてから、目視で確認。即座に正面のジンを掴んでそちらに向ける。

 ライフルによる攻撃を受け、盾にしているジンが痙攣するように揺れるが……貫通するより早く、ジン・バエルは加速―――目標はライフルを持っている三機のジン。

 おそらく一組三機で動いているのだろう。だからこそ……。

 

「のこのこと、集っていてはなぁっ!」

 

 撃たれる盾にされたジン。一撃が貫通してジン・バエルの装甲がわずかに損傷するが、致命的ではない。

 穴だらけになった盾にしたジンで接近、それと同時にその(ジン)ごと、ライフルを撃つジンを重斬刀で串刺しにした。

 

「ほう……思ったよりは俺も……!」

 

 ふと、敵意を感じモニターを確認。重斬刀を離して月面から反対方向に加速すると、再びキャットゥスが飛んでくる。それが、串刺しにされた二機のジンに直撃、本来ならばジン・バエルに直撃していたものだが、そうなれば串刺しに繋がっている二機のジンは爆発。

 近くにいた一機のジンが巻き込まれ爆散し、もう一機いたジンは無事なものの、パイロットは明らかに動揺している。

 

「バズーカは鬱陶しいが、まずこちらか……!」

 

 ジンのパイロットは突然の誤射のような爆発に動揺していたが、それが命取りだった。

 瞬間、目の前に現れた赤銅色のジン、次の瞬間にはライフルの銃口……僅かな断末魔と共にジンは動きを止める。

 

 やはり、それもバックパックまでは直撃していないのだろう。爆発はしない。

 

「バカとハサミは使いよう……!」

 

 その“風穴の開いた”ジンを掴むと、キャットゥスを持つジンの方を見る。やはり三機、だが二機はライフル。ならばやりようはあると思うやいなや、加速。

 しかし、やけに攻撃が少ないと周囲を確認すれば、メビウス部隊やドレイク級戦艦なども奮闘しているようである。

 

 ロマ自身は決して思いもしないだろうけれど、彼の戦いは確かに味方を奮起させるには十分だった。

 

「こっちはこっちでやるしか、ないかっ!」

 

 盾にしたジンをそのままに左右に揺れながらも加速……第三者から見れば、赤黒い光がジグザグの軌道を描き敵へと接近しているように見えるだろう。そのような軌道の動き、そう視られるものでもない。

 ザフトでもできるものは少ないことだろう。だからこそ、味方はその戦いに奮起し、敵は畏怖する。

 

 盾にしたジンがライフルで傷ついていき、散ったオイルがジン・バエルへと付着していく。

 キャットゥスを確実に回避しつつ、距離が近づくとそのジンを投げつける。

 

「いけッ!」

 

 投げたジンがライフルとバズーカを受けて爆発、爆煙が巻き上がるとザフトのジンたちの視界から、ロマの駆るジン・バエルの姿が消える。

 爆煙から突如、なにかが跳び出してくる。それに向けてジン三機が銃口をそちらに向けるがそれは―――先ほどのジンの頭だ。

 

 正面の爆煙から、重斬刀を持った赤銅色のジンが現れ、キャットゥスを持ったジンの首部分から胴体を突き刺し、重斬刀から手を離す。二機のジンがモノアイを向け、銃口を向けようとするが―――遅い。

 既にジン・バエルはキャットゥスを持っていたジンの腰からライフルを取り出しており、自分の持つライフルももう片手に持っていた。二挺のライフルの銃口が、二機のジンのコックピットに向けられている。

 銃口がジン・バエルに向くよりも速く、トリガーが引かれ―――連射された銃弾がジン二機のコックピット周りを風穴まみれにする。

 

 二機のジンのパイロットが最後に見るのは大量のオイルを身に浴びた赤銅色のジン。

 

「まだだ、まだ終わらんよっ!」

 

 素早く二挺のライフルをマウント。横の二機の持つ重斬刀を引き抜くなりその三機から距離を取れば、二機のジンが爆発。

 初の実戦、感覚は研ぎ澄まされて―――妙な感覚。

 

「なんとぉ!?」

 

 素早く体を翻したジンのすぐ傍を、ミサイルが通り過ぎた。

 そのミサイルが放たれた方向を確認すれば、そちらにはミサイル装備ことD装備のジンがいる。

 だがそのジンが二射目を放とうとした瞬間、メビウス・ゼロがそのジンを撃墜。

 

「ありがたすぎる!」

 

 コックピットの中で、ノーマルスーツも着ないままのロマは息を荒くし、額の汗を袖で拭う。

 

「くそっ……」

 

 さすがに“この集中力”がそうも長く続くはずもない。周囲に気を張っていたこともあり精神が擦り切れそうだ。

 ラウ・ル・クルーゼとムウ・ラ・フラガの戦闘も一区切りがついたようだが、メビウス・ゼロ部隊も大半が撃墜されている。まだ敵にはジンはおろか、ジン・ハイマニューバも存在しているというのにだ。

 ロマは素早く腰の二挺のライフルと、手に持った二本の重斬刀を入れ替え、別のジンから放たれるミサイルをライフルで迎撃する。

 

『聞こえますか?』

「言葉が走った! あ、いや通信か」

『ロマ!』

「はい、聞こえますアズラエル理事」

 

 珍しい声音に、返事を返すロマ。

 

「どうしました……そろそろ全力で撤退したいんで避難用シャトルにでも乗っててほしいんですが」

『避難するのはそっちのようですよ?』

 

 ―――サイクロプスか。

 

『エンデュミオン・クレーターの氷融解用のサイクロプスを暴走させるそうです。大規模な被害が予想されます。帰還してください』

「他の友軍に警告は?」

『ご自ゆ―――』

『アズラエル理事! 内密にしていただかなければ意味がっ』

『私のものを貴方たちの一存で? 冗談はほどほどにしてくれます?』

 

 ―――マジギレじゃないっすか。

 

 さすがのロマも、少しばかり動揺する。

 しかし、それ以上にアズラエルがそれほど自分に入れ込んでくれているという喜びもあった。故に、死にもの狂いで生き残らなくてはならない。

 責任は持つ。この歴史に、この世界に、そう誓ったばかりだ。その代わりにやりたいことを自由にやる。それは今を生きる者の特権。

 

『……聞こえますかロマ少尉、戻ってきてください』

「了解、撤退する」

 

 通信を切ると、オープンチャンネルで通信を開始する。

 

「連合、ザフト……両軍に告ぐ。連合はサイクロプスを暴走させることを決定した。マイクロ波加熱によりかなりの被害が予想される。撤退せり」

『ふざけるな! あの悪魔を撃てぇ!』

 

 放たれたミサイル攻撃を迎撃、さらに一機のメビウス・ゼロが接近してくると迎撃に協力する。何事かとも思ったがそれが間接的に知っている相手であり、動揺もする。しかし、それでも厚い厚い仮面を被るのは忘れない。

 通信を繋げば、モニターにはムウ・ラ・フラガ。

 

『おい少尉殿、それは本当か!?』

「嘘をつく理由もあるまいよ……味方は撤退を始めた。我々も撤退しましょう」

『ったく、上は何考えてんだよっ』

「ザフトに制圧さえされなきゃなんでもいいのだろう。本来の目的であれば我々がここで一緒に消え去るんだったんでしょうが」

 

 悪態をつきながら、迎撃を成功させ敵の攻撃が止んだその一瞬で、メビウス・ゼロが加速するのに合わせてジン・バエルも加速。

 残り時間が丁度アズラエルから送られてきたのを確認。あまり余裕はなさそうだと、舌打ちを打つ。

 再びオープンチャンネルで周囲の機体に通信を開始する。

 

「ええぃ、聞け! サイクロプスなんてもんで死にたいか!?」

『あの赤い悪魔を撃てぇ!』

『ザフトの魂を汚す悪魔め!』

『逃がすなァ!』

 

 まるで聞く耳を持たない。

 

 ―――まぁ散々殺しといて撤退しろなんて、都合良いわな。

 

 思考しながらも、加速。背後からの攻撃を回避しつつ、だ。

 先に撤退した部隊に追いついてしまい、そちらが撃破されていくがどうにかできる状態でもない。ムウのメビウス・ゼロが背後にガンバレルを飛ばして牽制するが、未だにジン三機、ジン・ハイマニューバ一機が追ってきている。

 顔をしかめつつ、振り返って二挺のライフルを放つ。

 

「落ちろカトンボ!」

 

 二機のジンとジン・ハイマニューバが回避、だが一機は直撃を受け、当たり所が悪かったのかバックパックが爆発、そのまま機能停止となる。

 その場で停止すると、バーニアを吹かして孤立したジンを狙う。そのジンが足に装備された三連ミサイルを放つも、それらを迎撃せずに目標のジンを中心に円の動きで回避し、振り切る。

 中心のジンがアサルトライフルを撃とうとするが、ジン・バエルは即座にジンの方を向いて止まり―――加速。

 

「早々に片す!」

 

 目標にしていないジンとジン・ハイマニューバがこちらを狙うが未だに攻撃に移っていない。

 ならば今が減らすチャンスだと、正面から放たれるライフルを、機体を左右に振って回避しつつ接近。

 

「飛翔しろ、ジン!」

 

 その加速度を保ったまま、所持していたライフルを放り投げた。

 敵のジンがライフルを放つもそれを右方向に回避。直撃ではないもののライフルの弾丸が装甲を傷つけていく。しかし、致命傷でなければ構いはしないのか、そのまま右手で重斬刀を引き抜き、引き続き加速しながら機体を左右に振って回避。

 

「ええい、ままよ!」

 

 ジンにライフルを撃たれるより早く、片手のライフルを撃ちながら接近するジン・バエル。弾丸の雨がジンのライフルを持つ右腕部を破壊。そしてすれ違いざまに腹部を切り抜ければ―――切り裂かれた部分が小さく爆発を起こし、ジンは動かなくなる。

 小さな爆発だが、おそらくコックピットにまで至ったのであろう。

 

「残り二機か!」

『撤退に専念しろ少尉、いつ起動されるかもわからないんだぞ!』

「ここでコイツを連れてくわけにもいくまいよ!」

 

 ムウの声に荒々しく返し、流れる額の汗をそのままに接近するジンを確認。ライフルを放つが回避して接近をしようとしてくる。ジン・ハイマニューバもジン・バエルにライフルを撃つ。

 息をついて、円を描く様に加速するジン・バエル。ジン・ハイマニューバのライフルを回避しながら、迫るジンへの対応が迫られるも、仕方あるまいと覚悟を決める。

 

「こんなところにノコノコ来るから!」

 

 二機からの攻撃を回避しつつ、ジンに接近するが―――直前で向かって真下に加速。

 ジンの真下を横回転してすり抜けながらも、右脚に斬撃、ライフルでバックパックを破壊。通り抜けると、脚部とウイングスラスターを使って急ブレーキをかけた。

 右脚は切り落とすとまではいかなかったものも使い物にならないだろう。しかし、まだ左足のバーニアも残っているしライフルも握っているので止めを刺そうとするが、ジン・ハイマニューバが接近するのを確認。

 振るわれた重斬刀を重斬刀で受け止めるも、パワーが違う。即座に蹴りを放ってジン・ハイマニューバと距離を取ると、さらに離れるために加速。

 

『ロマ、少尉! 聞こえますか? もう限界のようです……早く!』

「くそっ、了解した! 帰投する!」

『当然です。しなかったら許しませんよ……?』

 

 その言葉に笑みを浮かべて、基地方向へと方向を変える。フットペダルを全力で踏み込んで、すべてのバーニアを点火。その赤黒い閃光、ジン・バエルは最大加速を持って戦場を離脱しようとするも、背後からの反応に顔をしかめた。

 ジン・ハイマニューバ。ここまで本隊と離れてはどうしようもないだろうに……。

 

「意地でも俺を落としにきたか!」

『貴様だけは落とす!』

「オープンで言うことか! つくづく軍人は御しがたい!」

 

 ジン・ハイマニューバは高機動型ジンと言って差し支えない機体だ。その加速度はジンをはるかに凌駕している。追いつかれるのも時間の問題、だが……。

 

 妙な感覚、それと共に通信で彼女の声が聞こえた。

 

『ロマ!』

「南無三ッ!」

 

 

 

 ―――サイクロプスが起動する。

 

 

 

 しかして、すでにその射程圏内から余裕をもって出ていたようで、遥か後方、ロマが中途半端に破壊することになったジンが爆散しているのが確認できた。

 一応は生き残ったロマではあるのだが、それは追ってきていた“敵”も同じことだ。

 迫るジン・ハイマニューバに、ロマは顔をしかめてライフルを手放す。

 

『貴様っ、逃がさぬ! 同胞をやった報いは、受けてもらう!』

「お互い様だろうにっ」

『ジン・ハイマニューバをジンでやれるものかよ。裏切り者のコーディネイターが!』

 

 その言葉に、ロマは口元を歪めた。嘲笑するように、笑みを浮かべる。

 自然とナチュラルを見下すような発言をするから、こうして足元をすくわれるのだと……。

 

「ハッ、俺は……ナチュラルだ!」

『なにっ!?』

 

 瞬間、レバーを操作しフットペダルを踏み込む。

 ジンは真っ直ぐと飛ぶ体勢から突如、両足を前に出しバーニアを吹かす。さらにバックパックのウイングスラスターも前下あたりに向け、前進に使っていたバーニアすべてを突如、逆方向へと向けた。

 

「……ッ!」

 

 急停止したジン・バエル。背後から迫るジン・ハイマニューバが重斬刀を―――突き出す。

 

『……きえ、た?』

 

 理解が追いつかないであろう声が聞こえる。

 ジン・バエルは……ジン・ハイマニューバの後方、後頭部の先の位置。

 

 突如として後上方に加速したジン・バエルは、前方に加速していたジン・ハイマニューバには消えたように見えたのだろう。

 コックピット内のロマは凄まじいGによりかき乱された内臓が損傷したのか痛みに顔をしかめており、サングラスも外れている。

 だがその青と赤のオッドアイは輝きを失っていない。腰にマウントされたもう一本の重斬刀を引き抜くと、二本を逆手に持ち、ジン・ハイマニューバへと加速。

 

「そうやって無駄死にを……冗談ではないっ!」

 

 ジン・ハイマニューバの首の横部分から、二本の重斬刀をコックピットに向けて突き刺す。

 突き刺される一瞬だけ、動いたようだが……。

 

 もう―――動くことは無い。

 

「はぁ……はぁっ……」

 

 無音、自身の息使いだけがはっきりと聞こえる。

 初めての実戦だが、おそらく自分はエースになるだけの力はあると、自身のことは低く見積もるタイプであるロマですら確信した。集中力が切れたせいか、ドッと疲労感が押し寄せる。

 これを今後もやらなくてはいけない可能性があるというのは億劫ではあった。

 

 ―――慣れれば多少はマシになるか?

 

 しかしこれならば、もしかしたらやれるかもしれない。自分のやりたいと思うことが……。

 

『少尉殿、聞こえるかい?』

「ええ……他は?」

 

 ムウ・ラ・フラガからの通信と共に、メビウス・ゼロが近づいてくる。

 

『ウチの部隊も俺を除いて二機ほどは残ってるみたいだ』

「それは結構なことで、しかしまぁ……口封じはありますよ」

『少尉殿が言うなら、そうなんだろうな』

 

 アズラエルの腹心のロマが言うのだから、ということだろう。

 

 ロマはコズミック・イラに詳しくはないが、ここらのことは記憶にあった。この後に、この真相を知っている者たちは揃って左遷。ジェラード・ガルシアは“アルテミス”に行くことになる。

 そして、ムウ・ラ・フラガはヘリオポリスへのG兵器テストパイロットの護衛任務。

 

「にしても、サイクロプス、か……」

 

 これが、サイクロプスを“こういう形”で使った初めての例らしい。

 

 ―――ああ、それと、心配をかけるな。

 

「……聞こえますか本部」

『ロマ少尉、無事ですね。追ってきていた敵機は大丈夫ですか?』

「新型ジンならほぼ無事です。たぶんコックピットはミンチよりひでぇっすよ」

『別にそちらはどうでも、追ってきた敵機を撃破して……君は無事なんですよね?』

 

 他にも聞こえる通信でこうも心配されるのは不本意というより、気恥ずかしいものがあるのだろう。ロマはぶり返す痛みに耐えながらも微笑を浮かべる。

 

「……はい、しかしまぁ、あとで医務室に向かいます」

『どこか怪我でもしましたか?』

「大したことはありませんよ。通信切ります」

『はい、ご苦労さまです』

 

 通信が切れると、深く息をついて顔をしかめる。

 

「痛ぇ……」

『やるねぇ少尉』

 

 からかうようなムウの言葉に、眉をひそめつつサングラスをかけなおす。

 

「なんの話ですか……戻りましょう」

『了解、サンキューな。少尉』

「……こちらこそ」

 

 

 

 

 

 

 ジンが格納庫に納められている。脇には二本の重斬刀が突き刺さったジン・ハイマニューバも一緒だ。

 デッキに降りたロマが、深く息をついて上着の胸元を開いていると、前から走ってくる音が聞こえる。驚きながらも、ロマはフッと笑みを浮かべて片手を上げた。

 

「少尉! やりましたね!」

 

 例の整備士の女性、自分より30センチは身長が低いであろうその女性が飛び込んでくる。

 月の重力下では勢いは柔らかく、ロマは整備士を軽く受け止めた。

 

 ―――やっこい。

 

 鬼神の如く戦い抜いたロマではあるが、やはり彼“らしい”心中のまま、整備士を床に下ろす。

 いかんせん寒気がするが、ふと入口の方を向けば見慣れた金髪の女性―――その背後には三人娘。しまったと頭を押さえるのは『心配してきたのに鼻の下を伸ばしていたから怒っているのだろう』と、それらしい発想に収まる。

 ロマの視線に気づいて、整備士の女性が焦ったような様子をみせた。

 

「えっと……すみません少尉」

「いや、私の不徳の致すところだ……」

 

 軽く床を蹴りつつ、アズラエルと三人娘の元へと向かう。しっかりと整備士も付いてきているようだった。

 ジトー、っとした八つの視線が突き刺さるも、ロマはサングラスの奥の瞳を泳がしつつ、クールに笑って見せる。

 軽く金色の髪をかきあげつつ、息を吐く。

 

「心配をかけました」

「いえ別に、心配なんてしてませんけど?」

 

 ハッキリと言われるが、感じる圧に目を瞑って笑みを浮かべたまま額から汗が流れる。

 チラリと片目を開くとやはりアズラエルは腕を組んでジッとロマの方を見ており、“まったく関係ない”のだが、まるで“浮気現場でも目撃された”気分になった。

 腕を組んでいるアズラエルの胸が強調されている。

 

 ―――おっぱい……ってこういうとこだぞ!

 

「まぁ、良くやってくれました。ロマ」

「……はい」

 

 なんとか許されたらしい、のだがシャニが前に出てきてロマの腕に絡みつく。

 腕にたわわな感触を感じてそれこそ鼻の下が伸びそうになるのだが、大人としてはそこは我慢。今は耐える時……。

 

 ―――この先、たわわがあるぞ。

 

「何考えてるんだ俺は」

「……お兄さん、デレデレしてた」

「してない」

 

 シャニの言葉を無理矢理に真っ向否定しておく。

 隣の整備士が、ロマの肩を軽く叩く。

 

「はい?」

「お約束のキスはまた今度で♪」

 

 特大の爆弾を落として去っていく整備士。残されたロマ、そして四名。

 静かに息をついて困ったように笑うロマに突き刺さる視線。先ほどよりもよほど鋭い……重斬刀より鋭い。しかし非モテ人生を歩んできた男にとってそれは、とても嬉しいことである、のだが……。

 

 ―――なぜ今のタイミングで言った!

 

「……タラシ」

「おにーさん、最低」

「……ん」

 

 オルガ、クロト、シャニの視線が痛い。しかし腕のシャニのたわわは心地いい。頭がバグりそうだった。

 ロマは頭はそれなりに良いと言われて育ってきたものの、こと“そちら”においてはからっきしである。

 いくら“赤い彗星”に憧れていようと“青い青年”止まりが良いところ。つくづく女は御しがたい、とかいうが。コイツは度し難いのである。

 

「……サボテンが、花をつけている」

「はぁ?」

 

 ―――アズにゃん冷たいじゃん。

 

 なにはともあれ、早く医務室に行きたかった。

 

 この胃の痛さは、おそらく先ほどの戦闘のせいだけではないだろうけれど……。

 

 

 

 これが後に―――<赤銅の悪魔王>……そう呼ばれる者の初戦闘の裏側である。

 

 

 





便宜上ジン・バエルと命名してみました
もう出番ない気がするけど!

というかMSの戦闘とか初めて書きましたわ

オリ主の鑑のような初戦闘からの二つ名付き
これに対しての公での扱いとかは次回

オリコーディネイターヒロインはいらないっていう票も多いので間をとって、別の方向で出そうかとも思います。ヒロインってよりまた違う感じですかね

もうちょっと考えてみますので
それでは次回もお楽しみいただけたらと思います


PS
ちなみにアンケートのオリキャラ(コーディネイター娘)ですが
士官学校で一緒だった同期ちゃんを“本格参戦”させる? っていうアンケートです
少し説明不足だったので補足でした


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運命の邂逅

 

 月面、エンデュミオン・クレーターでの戦いから一月が経った。

 

 ザフトは資源衛星『新星』を制圧し改造、移送、名を『ボアズ』と改めたりとあったものだ。

 

 しかし、ロマはそれどころではなかった。

 エンデュミオン・クレーターでの戦いの後、ザフトが月から撤退したのは良かったのだが、ロマは諸々と事情を聴かれたりと忙しなく動く羽目になり、挙句にサイクロプス、並びに今戦闘のことを……否、ジンが戦況を覆したことを口外しないようにだとか、もろもろの誓約書まで書く羽目になったのだ。

 それでも、危うげな書類の場合はアズラエルがストップをかけて連合の士官を黙らせていたが……。

 

 同席していたジェラード・ガルシアがロマを自身の元に引っ張ろうとした時などは、それはそれは酷いことになっていた。大の大人が涙目になるほどの口撃。そのままアルテミスへの左遷の追い打ちを受けて、静かに消えた。

 あんまりな姿に、ロマはこうはなるまいと誓ったそうだ。ちなみに、整備士からキスをもらったかどうかはロマのみぞ知る。

 

 

 

 そしてユーラシア連邦、大西洋連邦の決死の隠蔽が行われたわけだが……。

 

 結果として、完璧な隠蔽などできるわけもなかった。サイクロプスのことも、ロマのこともだ。戦場にはいつだって“目撃者”が存在するのだから……。

 

 エンデュミオン・クレーターでの戦い、公になっているのはムウ・ラ・フラガこと【エンデュミオンの鷹】による、メビウス・ゼロでのジン六機を撃破の活躍の功績と、新部隊等による連合側の“大勝利”。

 ちょっとだけ鹵獲したジンも活躍したよというおまけもあった。

 

 しかして、秘匿というのは破られるものであって、それはやはり甘い蜜である。故に結局その“ジン”の情報というものは微かな噂となっていく。

 どこから漏れたのかちょっとした映像まで漏えいしたのは生き残ったどこかの部隊の者なのだろう。書類とはなんだったのだろうか、書いてない者、つまり地位が高い人間が漏らしたとなれば、それはそれで問題ではあるが……さすがにザフトということはない、というのがロマの見解だ。それこそ秘匿、恥というのは隠したいだろう。

 

 なにはともあれ、【ロマ・K・バエル】はともかく……都市伝説と化していた“赤いジン”は現実味をもって各方面にお出しされてしまったのだ。

 

 

 

 

「噂みたいですよ?」

「噂、ですか?」

 

 ベンチに座っているロマが、傍で壁に背を預けて立っているアズラエルの方を向いた。

 施設内の訓練室で先ほどまで“使い所がほとんど無いであろう”格闘戦の訓練をしていたロマは、上着とワイシャツまで脱いでおりタンクトップとズボンのみ、首からかけているタオルで汗をぬぐう。

 そもそもブーステッドマンと訓練などほぼほぼ相手にならないのだ。すぐにマウントを取られてしまう。それでも所員やアズラエルからすれば、ナチュラルにしては良くやっているという見解ではあるが……。

 

「で、噂って?」

「だから、赤いジンで戦ってたので……例のエンデュミオンの鷹に負けず劣らずの噂で、すっかり通り名のようなものまで」

「……ほう」

 

 口元をタオルで拭く―――ふりをしてにやけを押さえる。

 自分でもよくやったとも思うが、そこまでになっているとは思わなかった。内臓へのダメージもそれほど深刻なものでもなく、結果としては上々である。ちなみに鹵獲したジンハイマニューバは“こちら側”で預かりとなった。

 解析情報などは共有するのであろう……。

 

「で、通り名というと?」

 

 ―――赤い彗星きちゃうか? 真紅の稲妻でもヨシ!

 

「赤い悪魔ですって」

「……そう来たかぁ」

 

 ―――白い奴も入ったなこれ。

 

「え、てか味方から悪魔扱い?」

「そりゃあんな戦いしてればそうなるんじゃないすかぁ? 自覚ないんです?」

「……必死だったから、な」

 

 実際に必死ではあった。数の有利は向こうだし、盾も無かった。故にジンを盾にしたり必死で重斬刀を振り回しており、それが―――“悪魔”と言われるのだからわからないものである。

 その内、異名がまた変われば良いなと思うロマだったが―――それは明後日の方向に変わっていく。

 

「……しかし、その二つ名は私のものであってますか?」

「いえ、名前は一つも出てませんから……あのジンの二つ名、ですかねぇ?」

「そうですか」

 

 少し考える。それはそれで良いのだろうかと思う。

 これから色々と動くのであれば、暫定ブルーコスモスである自分は名前など出ない方が良いのだろう。

 

「なんですかぁ、自分の名前が出なくて残念ですかぁ? ダメに決まってるじゃないですかぁ、一生地味に私のとこで働いてもらいますぅ♪」

 

 ―――くそっ、なんでBBAなのにメスガキムーヴかましやがるかわいいな!

 

「まぁそうですね。貴女の元で戦うなら有名になんてならない方がいいし……それで貴方たちの傍に居られなくなる方が問題です」

 

 言うなり立ち上がると、軽く体を伸ばし、アズラエルの追撃に備える。なにを言われようと構わない。

 彼女とも長い付き合いであるからに、本気でバカにしている時なんかは声音と雰囲気で察する。

 

 ―――さすがに、これだけの付き合いともなるとムルタのことは良くわかってきたもんだ。

 

 そんな風に自負していたのだが、そこでロマは違和感を覚えた。なぜか無言のアズラエル。名前を呼びながらそちらを向けば、“巨乳を強調して(腕を組んで)”立っていたアズラエルが、両手で顔を押さえている。

 耳が赤く染まっているものの、戦いにしか相手を察する能力を使えない人間には理解できていないことであろう。

 

「どうしました?」

「い、いえ、なんでも……っ」

 

 アズラエルのことは良くわかってるなどと、よくもまぁのたまったものである。

 

「……?」

「おにーさん!」

「クロ……どわっ!」

 

 突如、声のした方を見ればクロトが飛び付いてきた。体力も消耗しているし、体勢も整えていなかったのでそのままクロトと共に倒れる。後頭部を床にぶつけるも、首にかけていたタオルが落ちてそのままクッションになったようでそれほどの痛みでもない。

 思わず目を瞑ったものの、そっと開く。

 

「っと、おにーさんごめんね」

「いや、大丈、夫……」

 

 倒れているロマの腰にまたがっているクロト。スカートで視えていないので“これ絶対、挿いってるよね”と言われるヤツである。

 もちろん俗物的なロマはそんなこと思わないわけがなく……。

 

「問題ない、ただそのだな……降りてほしいと思うわけだ」

「……ははぁ~ん♪」

 

 悪戯っぽく笑うクロト。ロマはロクでもないことになるのを察した。

 

「え~おにーさん嬉しいかと思ったんですけどねぇ?」

 

 ―――そりゃ嬉しい。

 

 そう、やはり未だにロマは童貞である。不思議なことに童貞である。この状況で童貞など逆に難しいが童貞なのだ。

 

「たまにボクたちの胸、見てますしぃ?」

「自分で持ち上げるなぁ!?」

 

 自分の胸を片手で持ち上げて言うクロトに、思わずキャラを放り投げて言った。赤い彗星とは片腹痛し、所詮は青い童貞。悲しいかな、彼が童貞たる由縁はそういうところである。

 

 ―――素晴らしいおっぱいをお持ちで!

 

 そして、そんな彼を冷たい目で見るアズラエルは処女である。ブルーコスモス盟主、恋愛力は中学生レベル。故に、彼女はクロトの首根っこもってグッと引っ張った。

 

「おっと、なんだよおばさん」

「お・ば・さ・ん?」

「……おねーさん」

「お姉さん、なら良いでしょう……いえ、というより理事ですからね私」

「はーい」

 

 笑顔でキレるアズラエルに渋々と従うクロトは“原作”を知るロマからすれば、非常に健全な関係であると言える。まぁこれもロマの影響ではあるのだが、単なる“バタフライ・エフェクト(てふてふきれい)”の影響だと思っている。彼自身が橋渡しとなっているが、それに気づく男ではないのだろう。

 立ち上がったクロトに次いで立ち上がるロマが、タオルを拾ってまた首にかける。

 

「で、身体検査は終わったんですか?」

「終わりましたよぉ。別に問題ないって……なのに行くんですかぁ?」

「まぁあっちの方が君については詳しいですから」

 

 アズラエルとクロトの会話に、ふむと顎に手を当てるロマ。

 

「どっか行くんですか?」

「何言ってるんですか、君も来るんですよ」

「……なに?」

 

 あっけらかんと言うアズラエルに、ロマは眉を顰めた。

 

「……聞いてないが?」

「言ってませんよ。予定なんてないでしょう? 友達いないし、どうせここで暮らして寝てるわけですし、私に同行以上の優先事項、あります?」

「いや、ムルタとの行動以上の優先事項などもちろんないが」

「……ストレートに答えますね」

 

 少しばかり、ジト目でロマを見るアズラエルの頬はどこか赤い。クロトはそんなアズラエルを見てニヤリと笑うが、少し睨まれて藪蛇をつつくわけにもいかないと、『着替えてくる』と言い残して去って行った。

 ロマは首をかしげて、とりあえずアズラエルの方を向くが、またも顔を押さえていた。今度は片手で、だが……。

 そんな彼女の顔を、覗き込むロマ。

 

「大丈夫ですか?」

「近寄らないでください、汗臭いんでっ……」

 

 ―――えぇ~ショック。

 

 

 

 

 

 

 その後、ロマはいつの間にやら小型飛行機に乗せられていた。小型とはいえさすがにブルーコスモス盟主のプライベート用、中は広く中々どうして乗り心地も良い。

 ロマは最初、それを見たときには操縦でもさせられるかとも思ったが、問題なくゆっくりと空の旅を楽しんでいる。

 並んで座るロマとアズラエル、向かいにはクロト。

 

「三人とは珍しいな」

「ええ、今回行くのはこの子の出身地……ロドニアのラボですから」

「ロドニア……」

 

 何か引っかかる。聞いたことはあるがなぜだったかと頭を捻るが、いまいち思い出せないロマ。

 

「別に大丈夫なんですけどねぇ~最近、調子良いし」

「それは薬の濃度を下げてるからでしょう。依存性が低くなってきてるんですよ……ロマの言うこと鵜呑みにしてやってみてますけど、これで成果でない場合はあとが怖いですよ?」

 

 ロマの提言により、最近は薬物強化そのものを少しずつ弱いものにしていっている。薬物強化が進み凶暴性が増すのは悪くないという扱いだったものの、ロマの言う“協調性”を伸ばすためだった。

 所員は難しい顔をしたものの、アズラエルと所長の協力でその方向へのアプローチを試しているところだ。

 しかし、ロマは決めたことだ。

 

「大丈夫ですよ。私は三人のことを信じてますから……」

「君も“隊長”としてお願いしますからね?」

「モチのロンです」

 

 そう答えてクロトを見ると、クロトは別に何を言うでもなく窓の外に視線を向けた。おそらく気恥ずかしさもあるのだろう。まともに“信じる”なんて言われたのは初めてだろうに仕方ないことである。

 しかしてと、ロマはふと思いもする。無責任に“信じる”と言う言葉を使うのは柄でもない。

 息を吐いてから、サングラスの奥の瞳をアズラエルに向ける。

 

「あ、そういえば理事」

「なんです?」

「シャワーは浴びましたけど、汗臭くないですか?」

「……なんの話です?」

 

 なにかおかしなことを言っただろうかと、ロマは熟考。そもそも汗臭いと言ったのはアズラエルの方であり、念入りに体を洗った。嗅いで石鹸の銘柄を当てる女がいても問題ないぐらいには……。

 しかして、アズラエルは微塵も興味を示していない、というより忘れている。

 

「いや貴女が汗臭いって言ったんですけど」

「……あ、ああ~言いましたね。そう言えば」

「ど~せ照れ隠しで言っただけでしょ、おねーさん?」

 

 ―――どゆこと?

 

「理事……?」

「君、余計なこと言わなくて良いですから……」

 

 片手で顔を押さえているアズラエル。

 

「……なんか照れるとこありました?」

「汗臭いんで近寄らないでくれます?」

 

 ―――ひ、ひでぇ!!

 

 

 

 

 

 

 少しして到着したロドニアの研究所。

 人里離れた森の中、という表現で間違いもないだろう。その中に建設されたそこは、明らかに人目を避けた結果であり、“非人道的”な研究をするにはうってつけである。

 どこか引っかかりを覚えたまま、ロマはアズラエルたちに着いていく形で研究所内に歓迎された。御丁寧にロマにもVIP待遇であり、割と自由にさせてもらえるようだった。

 

 検査に行くクロトを見送って、所員とアズラエルとロマの三人になる。

 

「アズラエル理事、自分は少し通信が」

「あの二人ですか?」

「いえ“友人”ですが……今日、連絡するという予定を忘れてまして」

「友人……?」

 

 ―――え、その『いたの?』って顔やめてくださる?

 

「……いますよ」

「それは失礼、君ったら士官学校時代から私達に夢中だったじゃないですか?」

「否定はしませんけど」

「……女性ですか?」

「まぁはい、こんな感じで」

 

 端末に保存してあった卒業式の日に撮ったツーショットの写真を見せる。

 

「幸薄そうですが、ずいぶん綺麗な娘です。あの時の……コーディネイターですか?」

「御明察、まぁ自分の友には勿体ない相手ですよ」

「……ふぅ~ん」

 

 ロマは思考する。なぜか少しばかり不機嫌になっている気がするからだ。しかしここで最善手だか悪手だかわからないようなことをするのがこの男である。故に、なにか良くないことを思いついたのだろう頷いて、口を開く。

 

「アズラエル理事も綺麗ですよ?」

「早く行ってください」

 

 ―――怒られた。

 

 大人しく、ロマは踵を返して歩き出す。

 目的地としては休憩所あたりで、道中に自販機が並んでいる場所があった気がすると記憶を頼りに辿りついた場所は、まごうことなく休憩所だった。誰もいないことを確認してから端末で連絡を取るために通話を試してみると……。

 

『あ、ハイータです!』

「はや」

 

 ワンコールで出るとは思わず、つい口に出してしまう。

 通話相手は士官学校で同期だった少女であるのだが、ビデオ通話で映る彼女はすっかり少女というより女性であり、一週間に一度は通話していると言っても思うところがある。

 白い髪をポニーテールにした彼女は、頬にガーゼを張っていた。

 

「ん、怪我でも?」

『あ、うん……その、ドジしちゃって』

 

 後頭部をかきながら『えへへ』と笑う彼女を見て、少しばかり眉をひそめるロマ。

 

「無理しないようにな、新人だし……今はビクトリア基地だったか?」

『そう、もうちょっと先じゃぁ小競り合いも多くて、私もいつ前線に出されるか……』

「戦いは怖いか」

『……前線の方が、良いかも』

 

 意外だった。彼女は好戦的なタイプでもないし、コーディネイター、ザフトと戦うことに積極的なタイプではなかったはずだとは思う。だからこそ、少しばかりの違和感に顔をしかめる。

 思ったことを実行。彼はことそこに関しては現状、しやすい立場にあった。スケジュールなどあってないようなものだからこそ、言う。

 

「今度、そちらに行けるようにかけあってみるよ」

『え、ほんと!?』

「まぁ、どうなるかはわからないがな」

 

 そんな彼の言葉に、彼女は笑顔を浮かべてうなずいた。

 

『楽しみ、待ってるねっ』

「ああ、すまない。今は少し場所が場所でな……また来週にでも連絡する」

『うんっ、今度はちゃんと……時間とってほしいな?』

 

 ―――かわいい。わが世の春がきてしまう……絶好調である。

 

「了解した」

『それじゃあ、またね……それと』

「ん?」

 

 何かを言い淀みつつも、しっかりとロマの方を向く。

 

『私、頑張るから、連合で……』

「……ああ、こんなこと早く終わらせよう」

『うん……ま、またね、ロマ君!』

 

 頷いたロマに、再び笑顔を見せて彼女は通話を切る。

 最後の方の彼女の言葉が気になるが、来週にでも通話をするし思惑通りにいけばビクトリア基地に顔を出したりもできるだろう。ロマは端末をポケットに入れると、自販機でコーヒーを買って一口……深く息をついた。

 もう少ししたら戻ろうと思いつつ、ふと思い出す。

 

「そういえばワカメ切れたな……」

「わかめ?」

「そうそうわかめ……俺の作る味噌汁が意外と好評で……」

 

 誰か聞きなれない相手の声が聞こえた。聞いてはいけない声かとも思ったが、自分にそんな霊能力はないので生の現実だろう。

 声のした方向、つまり横を見ればそこには……。

 

 ―――ジーザス……なるほどなー!

 

 少女が、そこにいる。中学生から高校生ぐらいのその少女は、綺麗な金髪を揺らし無邪気な瞳でロマを見る。

 

「……ここの娘か」

「……」

 

 無言、だがしかしここで諦めない。首から下げた入館証を見せて不審人物でないことをアピールしながら、スッと視線を合わせる。

 目の前の相手がこんながっつり絡んでくる“キャラ”だったろうかとも思うが“時期”も違うのだから、そういうものだろうと至って冷静に口を開く。

 

「……ロマ・K・バエルだ。君は」

 

 何も知らないふりをしながら投げかけたその質問に、少女はゆっくりと口を開いた。

 

「……ステラ・ルーシェ」

 

 ―――ここってロドニアじゃねぇか!

 

 最初からそう言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 ムルタ・アズラエルは腕を組んで立っていた。

 不機嫌そうな表情に、所員の男は怯えており、ロマは額から汗を流していたし、サングラスの奥の瞳は水陸両用MSの如く“泳いで”いた。

 こちらの気も知らないで“ちょっと女と連絡とってくる”と、デリカシーの欠片もない発言をして去って行ったかと思えば、帰ってきた時には……。

 

「えっとだな、これは……」

 

 後ろにこれまた綺麗な少女を一人連れていた。

 

「どういう状況ですか?」

「いや、その……迷子、ですか?」

 

 ロマが所員の方に視線を向けると、彼はヘッドバンキングの如く勢いよく頷く。

 

「う、うちの新しいタイプの強化人間でしてっ!」

「らしい……ほら、あれじゃないでしょうか、私も三人と一緒にいる身としてこう、父性が、ね?」

 

 苦しい言い訳であった。挙句自分の首を絞める。

 

「お父さんにでもなるんですか? 10も違わない娘の?」

「お父さん、なの?」

「ステラ、ちょっと静かに、な?」

 

 アズラエルの言葉に反応したステラ、そしてそんな少女の言葉を苦笑いを浮かべて諭すロマ。

 遭遇して、飲み物を奢って、ちょっと話をしたぐらいなのだが思ったより懐かれてしまってどうしたものかとも思う。そもそも“次”にまで関わるつもりなどなかった。

 しかし、考えても見れば強化人間について関わるのだから、これもまた仕方のないことなのだろう。

 

「……お父さん?」

 

 袖を引いてそんなことを言うものだから、助けを求めてアズラエルを見るが彼女はもみあげあたりを指でくるくる弄びながら、ロマを睨んでいる。

 所員の方を向くがどこかに通信しているようだった。この世界に神はいない。髪は信じる。しかして、髪は現状を助けてはくれないのである。

 

「……これでは道化だよ」

「お父さん、どうけ?」

「ステラェ……」

 

 どこか死んだ目でつぶやくロマに容赦のない追撃。なにはともあれ早く帰さなくてはならないのだろうと、所員の方を見れば通信を終えてロマへと向き直る。

 

「すみません、検査中に逃げ出したようで……」

「こういうことは良くあるんですか?」

 

 アズラエルの言葉に、所員は困ったように笑う。

 

「はい、こちらの管理不足で申し訳ないです。しっかりと躾ておきますので」

「……いえ“生きた人”ですからそういうこともあるでしょう」

 

 ロマは軽く返しつつ、斜め後ろに立つステラを見やり頭を軽く撫でる。くすぐったそうにするも、それほど嫌そうでもないのは“相性”が良かったのかなんなのか……2年後の“彼”の場合は少し違った気もするが……。

 元々人懐っこい娘なのかもしれないと思いつつ、所員の方に視線を戻す。

 

「それで、このあとは?」

「私が元あった場所に戻してきましょう、ステラ・ルーシェ、戻るぞ」

「っ……」

 

 所員が手を伸ばすが、ステラはロマの腕を掴んでその後ろに隠れる。困ったような所員を見て、ロマは致し方ないと、怯えるようなステラの頭に再びぽんと手を置く。

 

「私が連れて行きますよ」

「えっ、わ、私は構いませんが……」

「理事、構いませんか?」

 

 アズラエルはその様子を見ていたからこそ理解しているのだろう。何を言うでもなく、困ったように笑って頷く。

 それに対して、軽く笑みを浮かべ礼を伝えるロマは、所員に道を聞いてステラと共に歩き出す。その後ろ姿を見送るアズラエルは仕方ないという顔をしている反面、少しばかり不機嫌そうで所員は肝を冷やす。

 

 なにか話そうかと頭を捻らす所員、だがそんな二人のすぐ近くの扉が開くと、中からクロトが出てきて所員は安心したようにホッと息を吐いた。

 

「あれ、おにーさんは?」

「女の子連れてどっか行きました」

「……ハァ?」

 

 所員は震えた。

 

 

 

 アズラエルたちと別れたロマは、ステラを連れて指定された場所に到着すると、扉前のブザーを鳴らす。

 中から出てきた女性所員が、ロマを見て申し訳なさそうに一礼をするが、ロマはといえば軽く平手を出して首を横に振り、気にするなということを伝えた。

 不安定な強化人間なのだから仕方あるまいということだ。

 

「ご迷惑をおかけして……」

「いや、ステラは利口だったよ」

 

 そう答えて横にいるステラの頭を再び撫でるが、ロマの腕を離しそうにない。

 

「お父さん……」

「ステラ・ルーシェ!」

「まぁそう怒らないでやってください」

「すみません、実は薬物投与の後で……おそらく意識がいまいちハッキリしてない時に中尉を認識して、刷り込みがかかってしまったのだと思います」

 

 やはりアズラエルのお抱えの私兵ということもあり、かなり気を遣われている。というより恐れられているとも言えるだろう。自分も偉くなったものだと思う反面、そういうことは向いているタチでもない故に少しばかり困りもする。

 女性所員を宥めてから、ふと口を開く。

 

「父親代わりの経験もいいと思っている。胸がときめく」

「は?」

 

 ―――ダメじゃん大尉。

 

「ああ、いえなんでも……ほらステラ、検査だからな。しっかり受けておかないとだ」

「……お父さん、いなくなる」

「なるほど」

 

 ―――もうお父さん固定だ俺! かわいい娘できちゃった……お嫁にあげたくない。

 

「また会えるさ」

 

 サングラスを外して、中腰に屈むとステラと視線を合わせた。身長180㎝の彼が160もないステラに合わせるともなると地味に苦労もする。

 しかして、自分を“父”と刷り込んでしまった相手を無下にするわけにもいかない。そこまで非情になれないからこそ、歴史を変えてしまう道を進んでしまっているのだから……。

 

「いや、また会いに来る。約束だ」

「やく、そく?」

「ああ……」

 

 そう言うと、ステラは薄らと笑顔を浮かべて頷いた。

 

「それと俺はロマ、な」

「ロマ……うん、ロマ」

 

 頷いて手を振ると、中に入っていくステラ、立ち上がったロマは腰を叩きつつ自分を見る所員と目を合わせるが、どこかおかしなものを見る目をしている。

 恐らく“強化人間”に対する物腰のせいであろうと、おおよその予測がつく。何十何百もの強化人間を見てきた者と、幾人かしか知らぬ自分との差であろうとロマは結論づけた。

 

「お世話かけました中尉……ステラ・ルーシェについては記憶の調整の方ができるので」

「いえ、あのままで結構です。負担もあるでしょう?」

「……まぁ」

 

 不思議そうにロマを見る所員に、ロマはサングラスをかけなおして軽く笑う。

 

「私もコミュニケーションをとってみたいとは思いますので」

「……わかりました」

 

 頷いた所員が部屋に入っていくのを確認して、ロマは戻ろうと踵を返すと……。

 

「アズラエル理事、クロトも」

 

 いつの間にやら二人がそこに立っていた。迎えに来たのだろうかとも思うが、ジトーっとした目で見られている辺り、先ほどの会話を二人は聞いていたのだろうし、物申したいことがあるのだろう。

 それに気づいているわけもないロマは、首をかしげて二人の元へと歩いていく。

 

「すまない」

「女の子って感じでかわいい子でしたねぇ」

「そうだな、可憐だ」

 

 クロトの言葉に素直に頷き、フッと頬を緩める。

 どんなに可憐な少女とはいえ強化人間、白兵戦ともなれば即座に制圧されるのだろう。そう思っていると、アズラエルが不満そうに腕を組む。もちろんロマは内心跳ね上がる。

 

 ―――ナイスおっぱい!

 

「へぇ、ああいう娘が好みなんですねぇ?」

「いや、そういうわけでは……」

 

 実際そうだ。ステラは可愛いとは思うが、幼さが過ぎる。

 彼女に構ってしまった理由といえばやはりそれは“父性”に近しいものなのだろう。故に、このまま彼女と親睦を深めることになれば、いつか来る“怒れる瞳”はぶん殴ることになるかもしれない。おそらく叩きのめされる……。

 

「別になんでも良いけどさぁ。おにーさん、あの娘の方が大事になっちゃったら」

「なに言ってんだ。お前らより大事なもんなんかあるかよ」

「っ……」

 

 あっけらかんと、当然と言うロマ。いつもと変わらず口にした言葉。その破壊力たるや、想像を絶するものであろう。人は自分がしたことの重大さには気づきにくいものなのだ。

 普段は毒にも薬にもならない男だが、こういう時は毒だか薬だかわからない男である。童貞のくせに。

 

 クロトはそっぽむいて歩き出してしまう。アズラエルはと言えば、相変わらずジト目で見てくる。

 

「へぇ~そういうこと言っちゃうんですかぁ」

「なにがですか」

「……別にぃ?」

 

 なぜだか“拗ねた様子”のアズラエルの後を追って歩き出すロマ。

 

「貴女も大事ですよ?」

「……クサいんで近寄らないでくださいっ」

 

 顔をロマに向けもせずに言い放つアズラエル。

 言った言葉の意味もいまいちに考えずに、“クサいセリフ”を吐いた男には似合いの末路ではあるだろう。

 そして、そんな男は受けた言葉の意味を理解しない。

 

 ―――ひでぇ……。

 

 

 

 そんな彼だからこそ、いずれ訪れるであろう数奇な運命の螺旋に、巻き込まれるのであろう。

 

 

 





一万文字いってしまった……
長い、色々と詰め込みすぎた気もします

ちょっと仲良くなってるアズラエルとクロト
ロマも頑張って周りの状況だけは良くしようと奔放中
どうなるコーディネイター娘

それからロドニアのラボでステラがゲスト参戦
アウルとスティングどうしようかなぁ

では、次回もお楽しみいただければと思います


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立ちはだかること


阿井 上夫さんより支援絵いただきました!
普段は胸元閉じてるので、開いてる時はロマ専用です

【挿絵表示】


それとアンケートの結果、出過ぎない程度にオリキャラことハイータ参戦です


 

 ロドニアラボでの出来事から、一月ほどが経った。

 

 戦況はすっかり膠着状態であり、連合とザフトは共に大規模軍事作戦は無い。最近はすっかり小競り合いばかりである。

 そんな中、最近にしては少し大きい攻勢に出るとの情報が出たので、ここぞとばかりにロマ・K・バエルはビクトリア基地への参戦を提言。ムルタ・アズラエル以下四名は<ビクトリア基地>へとやってきていた。

 

 大型輸送機がビクトリア基地に到着。そこから降りるのはロマ。周囲を警戒しつつ、その次にアズラエル、クロト、オルガ、シャニと四人も降りてきた。迎えるのは基地司令官である連合の士官と兵たち。

 ロマは横目にマスドライバー施設<ハビリス>を視ながら、自分の前に出るアズラエルのために横にずれる。

 

「御苦労さまです。状況は?」

「情報によれば前線基地の方にザフトがモビルスーツを集めていると、攻勢に出るのは確かのようです」

「なるほど……ロマ中尉はどう見ます?」

 

 アズラエルの言葉に、内心で『俺に振るなよ』と思いもするが、仕方ないと脳をフル回転させる。

 

「まだ準備段階であちらは攻める気満々なんでしょう。なら強襲を仕掛けた方がいいかと」

「とのことですけど、私達は指揮権なんてありませんから、ねぇ?」

 

 そう言うアズラエルに、連合の指揮官が敬礼。即座に横にいた兵士に何かを耳打ちすると、その兵士が施設内に走って向かっていくが、おそらく、アズラエルの“提案”通りにするのだろう。

 情けないと思う反面、長い物に巻かれるのは今の世の中じゃベストとも思った。それにロマとしてはありがたい限りだ。

 

 アズラエルはロマの方を見て軽くウインクをして見せる。

 

 ―――かわいいなコイツ……。

 

「ではご案内します。アズラエル理事、お付きの方々も」

「はい……行くぞ」

 

 クロトたちの方を見ると、三人揃ってやる気なさそうな顔。実際ないのだろう。

 

「は~い」

「了解」

「ん……」

 

 気の抜ける返事を返して、アズラエルに、ではなく“ロマに付いていく”三人。周囲の連合兵のヒソヒソとした話声は快いものでもないが、気にしないようにしつつ歩く。

 それは少女兵三人が十中八九ブーステッドマンだからであり、ロマに対してもろくでもない噂があるからだ。慣れたものでもあるが……。

 

 ロマにとっては二度目の戦い。そして三人娘にとっては“初陣”。

 戦いが近づいてきているのを肌で感じて、ロマはサングラスの奥の瞳を細めた。

 

 

 

 応接室にて、質の良さそうなソファに座るアズラエルと、傍に立つロマ。

 クロト、オルガ、シャニの三人は別室に移動しており、現状は二人でビクトリア基地の司令官、並びに副司令官、さらに士官二名と対面している。

 さすがに“余所行きの(カッコつけた)”顔をするロマではあるが、いかんせんこういうことは慣れないものだ。そもそもこういう場に適した人間ではない。

 

 どれだけ“前世”があろうとも、体も精神も今は20代なのだ。それ以上以下でもない。

 

「……もうちょっと肩の力を抜いて良いんですよ?」

「そうさせてもらっていますよ」

 

 肩を竦めて笑うロマは、外側から見ればまるで緊張している様子ではない。故に司令官たちは不思議そうにアズラエルとロマを見るが、依然“緊張する様子は見られない”のだった。

 ともかくだ、話を始める司令官。

 

 此度は防衛……ではなく強襲作戦への参加を感謝するということ、それから資料を取り出しアズラエルに渡すと、主な作戦や戦力についての話……なのだが。

 ロマは頭を抱えたくなった。おそらくアズラエルもだろうけれど、これが今の連合なのだろうと理解する。

 ……圧倒的にモビルスーツを使う戦闘の経験不足。

 

「え~、つまり貴方達はコーディネイター部隊のMSを使ってこれまで“小競り合い”で勝利してきたので、それでいきたいと?」

「こぜ……は、はい、ウチのコーディネイター部隊は一味違いますから」

 

 その言葉に、眉を顰めるロマ。

 

 ―――ハイータもいる部隊、確かにアイツは優秀だが……。

 

「……ですから、ジン数機を前線に出してなんとかしてると、でも資料を見る限り“コーディネイターの消費”が激しいようですが、入れ替えも多い。小競り合いにモビルスーツ部隊を初めて出撃させてから残ってるのは、このハイータ・ヤマムラだけ」

「ほう、ナチュラルのスピアヘッド部隊は?」

「一応出てるようですが、前回も前々回もまったく手出ししていないと」

 

 小馬鹿にするような彼女の言葉。実際しているのだろう、コーディネイターを使っている気でいるのだろうけれど、これではコーディネイター頼りの作戦だ。逆に非効率極まりないと、ロマは内心で憤慨した。

 アズラエルが首をできるだけロマの方へ向け、視線だけで伝えつつ資料を渡す。受け取ったロマがそれに軽く目を通したが、それだけで更に頭が痛くなることだ。

 

「コーディネイターとて人ですよ。私が倒せるんですから、この作戦は撃破理由が……誤射? 錯乱?」

「ええ、困ったものですよ。貴重なジンを……」

 

 ―――なにをどうしたら一体こうなんだ?

 

 数度の戦闘において、コーディネイターは大体2~3人は死亡。その度にコーディネイターを要請しては、これまでで15人ほどが死亡している。連合でコーディネイターは少ないが疎まれてもいるので、要請があればすぐ配属はするだろう。だが、それにしても……。

 

 ―――なにか、してるのか?

 

 ここには友人もいる。故に、少しばかりサングラスの奥の瞳を鋭くして司令官の横、副司令の方を向く。ハイータからはなにも聞いていないし、先週も連絡はした。『ここに来る』とは一言も言っていないものの、なにかあれば彼女ならば説明してきても良いはずだが……。

 

 息をついて、アズラエルの方を向き資料を返す。いまいち中身が見えない資料に何度目を合わせても同じことだ。

 

「……コーディネイター部隊でしたか、今作戦は“私の指揮下”になるので顔合わせをしても?」

 

 ロマはそう言った瞬間、少しばかり場がピリつく感覚を肌で感じる。

 不愉快な感覚。なにか渦巻いているその雰囲気にロマはさすがに失敗したかとも思ったが、司令官が頷き副司令も頷いて見せたことで、少しばかり安心した。

 しかし、コーディネイターの扱いが悪いというのは珍しいことでもないはずだ。それはロマとて理解しているが、どのような扱いをしていたらこんなにも警戒するのか……しかもブルーコスモスの盟主とその私兵を前に、だ。

 早くハイータの現状を確認したいと、内心で焦るロマ。

 

 副司令がスッと前に出る。

 

「どうぞ……お連れします」

「アズラエル理事?」

「これ以上の確認事項もありませんから、今回の強襲作戦の隊長は貴方です。どうぞお好きに」

 

 実際にその通りだろう。書類通りの規模の前線基地であれば補給なしに“強襲制圧”してそのまま帰ってこれる。

 珍しくピリついているロマの雰囲気を察してか、アズラエルもいつもと違う様子。

 

「……オルガを連れて行きます」

「はい、どうぞお好きに」

 

 ―――さて、状況によっては自分を抑える自信なんてねぇぞ……。

 

 

 

 

 

 

 副司令の案内の前に、オルガを迎えに行った。オルガだけということでほか二人が不満そうではあったが、アズラエルの護衛に回ってもらうことにし、そのまま副司令へと付いていく。

 まさかの基地を出た時は何事かとも思ったが、まさか格納庫まで連れて行かれるとは予想外であった。

 

 歩いていて見えるのはモビルスーツ。自分たちが乗ってきた輸送機にもモビルスーツが乗っているらしいが、それらは三人用のチューンがされてるとのことなのでスタンダードのジンというのを見ると、普通はそういうものだと頷く。

 

 ―――ジンが六機、これならば指揮もできるか?

 

「おい、なんか嫌な感じすんな、ここ……」

「オールドな感覚でもわかるものだな」

「……バカにしてるか?」

「違うよ。必ずしも感じるのが良いものとは限らないだろ?」

 

 その役者じみたセリフに、オルガは顔をしかめて頷く。淀んだ雰囲気を敏感に感じ取るとしたら、ここはきっと地獄だろうとすら思う。実際に“彼が来る前”の研究所施設はそうだったし、アズラエルもやはりピリピリとしていたものだ。だから鈍感である方が良かった。自分の世界に没頭できるものを三人とも見つけた……。

 妙なことを考えてしまい、オルガは顔をしかめて後頭部を掻く。

 

「どうした?」

「なんでもねぇ」

 

 副司令が止まると、目の前にまた新たな将校が現れる。驕傲な雰囲気が滲み出ているが、多少階級が高かろうと、ロマ・K・バエルに対して堂々と命令できるような者、そうはいない。

 むしろ階級が高ければ高いほど、彼の価値を理解しているほどにロマと関わるのは難しいことであろう。

 ロマと、その隣にオルガが立てば副司令は手をそっと出す。

 

「大尉、こちらは……」

「わかっております。アズラエル理事の私兵、ウィリアム・サザーランド大佐に次ぐと言う……ロマ・K・バエル中尉殿ですね」

「数刻後に指揮するコーディネイター部隊と顔合わせのためにと来たのですが、ここでは整備までコーディネイター頼みですか?」

「……ハハハ、ブルーコスモス盟主の片腕である中尉殿が、わざわざコーディネイターとですか? それにブーステッドマンまで連れて、ちゃんと“首輪”はしてありますとも」

 

 嫌な雰囲気だ。オルガを足元から顔までねっとりとした視線で見る男に、オルガは不快感を顔に出すので、ロマは軽く前に出て手を差しだす。

 その将校はそれに対して手を差し出して握手に応じる。おかげでオルガへの視線はそれたようで、オルガは少しばかりロマの後ろに隠れるようにする。

 

「ではご案内しますよ。丁度訓練が終わり休憩中、隔離してますのでそちらへ」

 

 ―――隔離、だと?

 

 副司令と別れると格納庫外を再び出て歩き出す。そしてその少し先には無骨な平屋の建物。

 自動ドアを開きそこに入れば、思ったより広く廊下もあることに驚く。将校に付いていく形でそこを進み、一つの部屋の前で止まると将校はIDカードを読み込ませ扉を開ける。さらに将校に付いていく形で、ロマとオルガも中に入り―――唖然とした。

 それなりの修羅場をくぐってきたつもりだし、ロクでもないものも見てきた。しかしだ……。

 

「本日の作戦で貴様らの指揮を執るロマ・K・バエル中尉殿だ! わざわざ顔を見にいらっしゃった。並べ!」

「んだよ、これ……」

 

 オルガの呟きに、ロマは冷静な仮面を被って立っている。

 最低限のものしかない部屋だった。簡易的なテーブル、パイプ椅子、パイプベッドがいくつか、テレビなどもあるが壁の汚さなどから清潔感は一切なかった。8人ほどのコーディネイターであろう男女が前に並ぶものの、その表情は―――死んでいる。ああそうか、とロマは仮面も被れないまま頭を押さえた。

 誰も彼も、首には黒いチョーカーのようなものを着けていて……。

 

 ―――チョーカーにしては大きいか?

 

「あの化け物はどうした……おい」

「……大尉」

「ハイータ・ヤマムラ!」

 

 ベッドの上、シーツの塊がビクッと震えるのが見えた。

 

「チッ!」

 

 将校が取り出したボタンを押すと、絹を裂くような悲鳴と共にシーツの塊が床に落ちる。その反動でシーツが剥がれ、そこに倒れているのはハイータ・ヤマムラ。ロマの士官学校の同期であり、友。今でも連絡を取り合っている友人で、一年前から青髪を―――白髪に染めていた少女。

 その少女が、首を押さえてのた打ち回る。

 おそらく黒いチョーカーから電流のようなものでも流れているとみて間違いない。しかもコーディネイターが悶えるほどのものだ。

 

「あっ、アアァッ!!? ガッ……!?」

 

 将校がもう一度ボタンを押すと、ハイータが力なく垂れる。将校はそんなハイータに近づいて勢いよく足を振るおうと―――。

 

「素直に言うことを聞いていれば良いのだ化け物めっ!」

「大尉殿、そこまでで……この後の作戦に影響が出ます」

 

 振りかぶった足を静かに下ろして、将校は目を細めた。煩わしそうに、涙目のまま肩で呼吸するハイータを見やり肩を竦める。

 ニッコリと快く笑みを浮かべた将校は、本気でこの行為に疑問を持っていない。どれほどの期間、こうしているのかは不明だが、これがここでは“普通”なのだろう。

 

「中尉、こやつらはこの程度のこと問題じゃありません……獣には躾が必要でしょう?」

「そうです。ですから“そのリモコン”を渡していただきたい」

「……ですな、スペアもありますからお渡ししておきます。では私は外でお待ちしておりますので」

 

 リモコンをロマに渡すと、将校は部屋を出るために歩き、扉を開く。その間際に並んでいるコーディネイターたちを一睨みすれば、コーディネイターたちはびくっと肩を震わせる。それに満足したような様子で、将校は今度こそしっかりと部屋を出て行った。

 オルガは顔をしかめて、ロマの傍に立つ。

 

「オレ、アイツ嫌いだね」

「同感だよったく……すまない。座ってくれ、今回の作戦について打ち合わせをしよう」

「ろ、まくんっ……」

 

 上体を起こしたハイータを支えると、他のコーディネイターたちは驚いた表情を浮かべるが、この扱いを見る限りそうもなるだろうと思わざるをえない。ハイータを椅子に座らせると、ロマとオルガも自分の椅子を用意して座った。

 そうして話をしようとした瞬間、扉が開かれる。

 

 今度はなんだと、ロマがそちらを見ればやはり将校。

 

「……なにか?」

「いえ、あと30分もすればハイータ・ヤマムラに薬が届くのでご報告をとね」

「薬?」

「ええ、θ(シータ)-グリフェプタンですよ。聞いていませんか?」

 

 ―――聞いてねぇよ……クソっ。

 

 

 

 

 

 

 その後、至って冷静に今作戦の説明。配置や装備、陣形や撤退時のこと……緊急時の作戦等々だが、黙ってそれを聞くコーディネイターたち。頭が痛くなるどころか胃も痛くなってきて、説明をすべて終えた後に、ロマはハイータとオルガを連れて部屋を出た。

 良いのかはわからないが―――この際、どうでもいいのだ。

 部屋を出れば、一応の休憩所のようなものがあって椅子とテーブルが二組ずつとベンチが一つ、自販機が一台。

 

 ここに着くまで一言たりとも会話はなかった。ベンチに座るロマとハイータ。

 オルガは少し離れて読書中だが、どこか集中できていない様子だった。彼女はここしばらく、いかんせん“優しい世界”にいすぎたのだろう。

 仕方がないのでロマから口を開く。

 

「……こんなことになっていたとはな」

「うん」

 

 素直に返事をするハイータに少しばかりの安心感もある。

 

「長いこといたようだが、俺になんで言わなかった」

「だってブルーコスモスの人のお付きって言うから……私、言ってもしょうがないって、ロマ君が困るかなって」

 

 ブルーコスモス盟主と共にいれば、そうなりもするだろう。それに卒業のあの日に言ったのだ『俺はブルーコスモスの私兵』だと……。だからだろうか、自分のせいだろうか……ロマは思考する。

 なにかあればと言った気もするがブルーコスモス盟主の私兵ともなれば、言えるわけもなかったことだ。『コーディネイター虐待』が起こっていますなど……。

 アズラエルはコーディネイターを有効活用することはあっても無駄に死なせたり、叛逆心を煽ったりするタイプでもないが、それを知っているわけもない。

 

「……薬ってのは?」

「その……」

 

 ハイータが一つ一つ零した言葉によると、ブーステッドマンへの薬を応用したものだそうだ。作っているのもアズラエルとは別のブルーコスモスの幹部であり、コーディネイターの能力を底上げするものらしく、いかんせん実験中とのこと、それを投与してまともに残っているのはハイータのみらしい。

 いかんせん優秀だったせいで生き残ってしまった。いや、ロマにとっては朗報なのだが、今回のことを知らなければハイータは永遠の生き地獄にいただろう。

 

「γ-グリフェプタンのコーディネイター版……禁断症状は?」

「ない、かな……」

 

 禁断症状が無いと言う言葉に、ホッとする。

 一度だけロマは“その眼”で三人娘の禁断症状が出た現場を見たことがあるが、思わず目を逸らしたいほどに苦しんでいたのを思い出す。

 苦虫を噛み潰したかのような表情で、ロマは俯くハイータの方を見た。

 

「副作用と拒絶反応がすごいけど、そのせいで……白くなっちゃったし」

 

 そう言って自らの髪に触れて笑うハイータ。

 

「……そんなものを」

「飲まなきゃ連合には、いられないって、言われたから……」

 

 ―――なんで、そこまでして。

 

「連合で、いてほしいって……だから、頑張れたんだよ?」

 

 ―――俺か。

 

 ロマのたった一言は彼女にとって支えであったが、呪いでもあっただろう。彼女自身がそう思っていなくとも、少なからず終始を聞いたロマにとっては十分そうであると言える。そしてそんな呪いを彼女に与えてしまったという罪悪感から来るのは、新たなロマへの呪いであろう。

 なんの意識もせずにはなった呪いが、彼女をこうまで“地獄”に縛りつけた。

 

「……ごめん」

「えっ、ど、どうしたのロマくんっ?」

 

 いつも通り仮面を被る(カッコつける)こともできないまま、静かに謝罪のみを零す。しかして、その謝罪の意味を、彼女は知ることなどないのだろう。

 彼女も気づいていない“その淀んだその瞳”での明るい表情は、仮面を被った男を刺し穿つには十分な刃である。

 

 この世界において、ただ唯一の自らが自覚し、背負うべきと思った罪。

 

 それを横目で見たオルガは、顔をしかめて小説に視線を戻す。

 

 

 

 

 

 

 格納庫でパイロットスーツへと着替えたクロト、オルガ、シャニが鹵獲された“ジン”の前に立っていた。やれ装備がどうたらと話をしているが、すべてロマの指示通りに役割分担され、しっかりとセッティングされているし今更変えることもできまい。

 作戦時間も近いのだがロマはパイロットスーツに着替えもせずに士官服のまま、カバーが被され横向きに倒されている機体の前に立っていた。三人娘の機体はともかく、ロマのものはまだ“シークレット”とされている。

 

 サプライズ好きなわけでなく、目を離した隙に解析などされたくないアズラエルの一存だ。

 

 離れた場所に置いてあるジン六機の元に先ほどのコーディネイター部隊がいた。全員いるようで、それぞれ会話はあるようだが、いかんせんハイータだけは孤立している気がする。話を聞いている限り、そうもなるだろう。あの大尉もその近くにいるし、近づこうにもハイータに皺寄せが行っては元も子もない。

 

 ため息をついて、自分の機体の裏に入ると、自分の機体の装甲に寄り掛かりつつ、ズルズルと床に座る。元々強い人間ではないのだ、そうして直視することもかなわない。

 

「おや、いつになく沈んだ顔をしてますね」

「……アズラエル理事」

「二人きりですよ?」

 

 その言葉の意味を探し、しっかりと“ロマなりの理解”を示す。

 彼はサングラスを外すと、ゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「……ムルタ、私は、俺は、なにか間違えたらしいんだ」

 

 親しい友人として、彼は言葉を口にする。アズラエルの“意図”を理解したかはともかく、アズラエルは満足そうに頷く、彼女もロマの隣に座る。

 驚愕するロマ。それもそうだろう、汚いだろうこの床にわざわざ彼女が座るとは思えなかった。

 

 ありていに言えば―――らしくない。しかし、横目で見るアズラエルの表情はいつもより晴れやかに見る。だからこそ混乱しているのだ。

 

「まったく、貴方はもう少し……ほら」

「な、ムルタっ!?」

 

 突然、アズラエルの腕に引かれロマが体勢を崩す。否、崩させられる。

 そしてそのままに、ロマはアズラエルの腕に引かれ、そっと抱かれた。顔に当たっているのは服だが、その下のアズラエルの、ふくよかで柔らかな胸の感触も確かに感じている。

 驚きながらも、そのまま抱かれているロマの頭の上に、そっとアズラエルは顔を近づけて頬を当てた。

 

「……弱音はしっかり吐いてください。まだまだ全然、政治のことだって汚い世界だって知らないんですから」

「……良いカッコしたい女性の前でそうは」

「そういうとこですよ。じゃないと……私だって弱音、吐けないじゃないですか?」

 

 そんな言葉に、彼女の胸に頭を預けたままのロマの口元がフッと緩む。

 

「弱音なんて吐くのか?」

「失礼ですね女性相手に」

「……ごめん」

「……今日は許してあげます」

 

 そのまま、作戦時間までの間アズラエルに身を任せ、ロマは静かに目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 作戦開始時間が近づきだし、ジンたちが格納庫を出ていく。そこから輸送機に乗り込み移動し、ある程度で降りてから敵基地へと強襲をかけるということだ。

 ロマとアズラエルの提案によりしっかりとスピアヘッド部隊も待機している。

 

 六機のジンとは装備が違う、三機のジンが格納庫を出る。

 

 クロトのジンは<MMI-M8A3 76mm重突撃機銃>と<重斬刀>を装備。

 オルガのジンは<M68キャットゥス>と<M69バルルス改 特火重粒子砲>装備。

 シャニのジンは<スナイパーライフル>と<重斬刀>装備。 

 

 全機が格納庫から出たことを確認して、最後はロマの機体のカバーが剥がされる。

 コックピットに座るロマはサングラスの奥の瞳を細めた。

 

 現れる機体は―――赤銅色。

 

 鈍く輝く赤黒い装甲こそ違うものの、その機体ジンハイマニューバに違いなく。

 右肩には“悪魔”が描かれている。両翼にて自らの身を抱くような悪魔。言わばパーソナルマークだろう。禍々しいその雰囲気に、格納庫にいた整備士や士官、将校はゴクリと息を呑む。

 

 一見して色違いのジンハイマニューバだが、その右腕の肘から先、前腕が少しばかり違う。左と比べても少しばかり長く、その先のマニピュレーターには鋭い爪がある。

 それはジンが“悪魔に憑りつかれている”ようにも見えた。

 そのジンが、傍にあった二刀の重斬刀を腰にマウントし、ライフル一丁を手に持つ。

 

「オールクリアだな……」

 

 機体の状態を確認する。“後付けのコックピットと右前腕”も正常に起動している。

 そうしていると、通信が入った。それも基地からではなく輸送機の方からで……モニターに映るのはアズラエルである。先ほどのこともあってか、少し気恥ずかしいのか彼女の顔は赤みがかっていた。

 フッと、ロマはクールに笑みを零す。

 

 ―――感謝の念しかないな……。

 

 嘘である。彼も彼で気恥ずかしさでサングラスの奥の瞳が泳ぐ。

 

『あー聞こえます?』

「アズラエル理事……」

『プライベート通信ですよ?』

 

 いつも通りといきたいが男にそんな度胸はなかった。

 

「……む、ムルタ」

『な、なに照れてるんですかっ、この彼女いない歴=年齢ぇ』

「なっ、彼女ぐらいできます。これでも中尉ですよ」

『ざんねぇん、貴方の周りには私達ぐらいしか女の子はいませんねぇー』

 

 ―――子じゃないじゃんメスガキムーヴBBAじゃん。

 

 そんなことは口が裂けても言えない。

 

『……私の隣を歩いて良いの、貴方しかいないので』

「え、あ……お、おっす」

 

 すでにカッコつける余裕もない。

 

『あの娘たちも、死んだら寝覚めが悪いので』

「……はい」

『前回は急だったので言えませんでしたが、これでも心配はしてるんですよ?』

「承知してます」

『ですので、無事に帰ってきてくださいよ?』

 

 こうハッキリと言われては、素直に答えないわけにもいかない。ロマはサングラスを外し、しっかりとモニターの中の彼女に視線を合わせる。

 

「帰りますし帰しますよ。俺が帰る場所は貴女の元しかないんだから」

『っ……ま、まぁ良いでしょう。及第点です』

 

 ―――なにが?

 

「では、トラブルなく―――」

 

 瞬間、轟音が響いた。

 

「なっ!?」

『っ、敵襲ですか!?』

「あ、いえ……」

 

 せっかくの初陣だというのに、ジンハイマニューバが左腕を上げて固まっていた。

 コックピットに座るロマのモニターに映るのは三人娘のジン。そしてその一機、オルガのジンのキャットゥスの砲口が煙を上げている……。

 

 その砲口の先には跡形もなく吹き飛んだ―――先ほどの“隔離施設”。

 

『アーこのバカモビルスーツ勝手に撃ちやがっター』

『なぁにやってんのこのバカ!』

『あーあ、怒られるよ?』

 

 通信で聞こえてくるクロト、オルガ、シャニの三人。

 ロマは思わず、吹き出してしまう。

 

「ハハハハハッ!」

『……誰もいなかったから良いものの、あとでお仕置きですね』

 

 ジトっとした目でアズラエルはため息をついて、笑みを零して通信を切る。

 唖然とするジンたち、今頃アズラエルの元には山ほど本部からの通信が入っているのだろうと、未だ笑いが収まらぬロマは思う。モニターに映るオルガが笑うのを見て、頷く。

 彼女もまた、自分を思ってやってくれたのだろう。彼女たちを助けるつもりが、すっかり助けられてしまっている。

 

 だがそれが嫌なわけはない、むしろ……。

 

 ロマのジンハイマニューバが格納庫を出て、陽に照らされる“赤い悪魔”。

 

 

 

 ―――ハハッ、一緒に謝るか。

 

 

 





今回は珍しいくシリアスしっかりしつつ胸糞ありつつ
最後にやってくれました

それと今回のロマの機体、ハイマニューバほぼまんまです
右前腕はバルバトスルプスみたいな感じと思っていただければ

いかんせんアズラエルは常に一緒のことが多いのでヒロインムーヴがすごい
三人娘もしっかり活躍させてあげたいところです。オルガはこのあとある気がします

前書きでも報告させていただきましたが阿井 上夫さんに支援絵いただきました
モチベーション爆上がりで、これからも頑張っていきたいと思います

では次回もお楽しみいただけたらと思います


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三人娘出撃

 

 ビクトリア基地から離陸した輸送機、その格納庫。

 

 ロマはジンハイマニューバのコックピットで、ノーマルスーツを着ずに士官服のまま静かに目を瞑って座っている。それは“普段の”カッコつけではなくシミュレーターの結果、その方が成績が良かったからに他ならない。

 ちなみに三人娘他はもちろん通常のノーマルスーツである。

 

 サングラスを外すと目を開いたロマ。その手の震えはおそらくシンプルに“怖さ”からだろう。

 戦いだせばそうでもないだろうに、いざ戦場へと向かい“降下ポイント”まで待つということに緊張感を抱いていた。

 モニターにはクロトとオルガとシャニのジン。こちらの輸送機はその四機のみで“もう一隻の輸送機”にはジン部隊。

 

 ともかくここで生き残って帰らなければなんの意味もないと、深く深く息をついて、現在地を確認。

 

「そろそろ降下ポイントだ、各機着陸と同時に加速し強襲をかける。作戦は先ほど言った通り、ビクトリア基地の六機は固まって“いつも通り”動いてくれていい」

『ボクたちはどうするんですぅ、隊長ぉ?』

「クロト、オルガ、シャニは三機で私と前線基地へ強襲……ビクトリア基地部隊は散った敵を頼む。遅れてスピアヘッド部隊も来るので無理はしないようにな」

 

 いつも通りだがいつもと違う口調。それに物申そうとするクロトだが、大人しく従うことにしたのか淡泊に返事を返す。

 ロマも『危なければ撤退しろ』と言いたいところだが、彼女らにそれを言っても意味がないことぐらいは理解しているので言わないでおく。後続のスピアヘッド部隊が上手く援護してくれればいいが、あまり期待はできないものの、今後のことを思えばここで出させなければしようがない。

 

 フォローはするつもりだが、問題視しているのはハイータである。これまでの作戦経歴を見ても、彼女は明らかに陣形から突出しており、一回の戦闘での単独撃墜数は最高10機。ロマの初陣での撃墜数よりも少ないのは確かなのだが、それは前までの話であり、今やって見せるというのはやはり“異常”なのである。

 その“異常”の理由など考えれば一つなのだが……。

 

 いくつか操作を経て、モニターにハイータを映す。彼女は怯えているようにも見えた。

 

「……ハイータ」

『わっ、ろ、ロマくん……じゃなくてロマ中尉!』

「いや、プライベート通信だ」

『あ、ほんとだ』

 

 ホッとした様子を見せるハイータ。やはりロマと友人だということがわかれば、さらに孤立することは明白だからだろう。彼女はモニターに映ったばかりの時より、少しばかり安心した様子だった。

 胸に感じる“ありがちな痛み”に表情を変えることなく、ロマは口を開く。

 

「例の薬だが、戦闘前に飲むのか?」

『あ、うん……集中力とかは凄い上がるから、もう飲んでるよ。作戦時間に合わせて効果出るようになってて』

 

 飲ませたくは無かったのだが、慣れた様子で言うハイータ。副作用が凄まじいという話は聞いている。だが飲まされるのを知っていたとて、止めては不自然だ。今後のことを思えばここで止めないのが正解だったと、自分を正当化しつつロマは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ―――たいが、表に出さない。

 なにはともあれ、今回の戦闘を乗り越えなくては話にならないだろう。

 

「私がなるべくフォローに」

『う、ううん、大丈夫。放っておいて、良いよ……?』

「……なぜそう言う?」

『私は、強いから』

 

 ヘルメットを脱ぐと結われていない白髪が舞った。ヘアゴムを取り出していつも通りのポニーテールにすると、少しばかり俯いて“嬉しそうに”そう言う。

 妙な感覚に、ロマはやはり注意はしておかねばならないと思いつつ、他のジン五機についても頭に入れておく。身内が最優先であるのに変わりはないが、放っておいて良いわけでもない。

 

「なら頼んだ。いざとなれば頼るかもしれん」

『頼るのは私かもしれないけど、うんっ』

 

 ハイータの笑顔に、笑顔で返したロマはプライベート通信を切って味方全機に通信を入れる。

 

『各機、降下を開始する。作戦通り“俺は気にするな”、それと……応援は劣勢になる前に呼べ』

 

 そうは言うが先行するのは自分たちだ。囲まれている可能性は高い……それでも三人娘の誰かを行かせられる可能性はある。故にそう宣言した。

 お前たちは助けると、確実に生かすと言う意味を込めて、カッコつけたがりのガキが、本当の意味でカッコつけて言っているのだ。誰一人としてそれを理解できないのは、ほとんどがロマより年下であるからかそれとも……。

 

 輸送機のハッチが開き、赤銅色のジンハイマニューバがギリギリの場所に立つ。そしてその背後には三人娘のジン。

 

「ロマ・K・バエル、ジン・アガレスで出るぞ……!」

 

 上空の輸送機から、ジンハイマニューバ。否、ジン・アガレスが飛び立つ。

 色と右前腕が変わったぐらいで他に何一つ変わっていないというのに、ずいぶん大仰な名前をつけてくれたものだと顔をしかめつつも、空中で体勢を変える。

 

「うぉっ!」

 

 意外とあっさりといって、やはり最新鋭機のバランサーだなと感心しつつも、レーダーを確認して他の機体も降下しているのを確認。

 バーニアを駆使して緩やかに落下しながらも、レーダーにて基地の位置を確認。左手にライフルを持っているので、右手で重斬刀を引き抜く。

 

「このまま強襲をかける。クロト、オルガ、シャニ……! ザウートが多い、まずそちらから仕留める!」

 

 その声に反応して、三人の声が聞こえる。

 

『選り取り見取りじゃねぇか!』

『ハァン、どーせ雑魚でしょ……?』

『どーだっていいね、さっさとやっちゃおうよ!』

 

「心強いことだな、ではお先に行かせていただく……!」

 

 テンションが上がる三人を相手にフッと笑みを浮かべ、ロマはレバーを引きフットペダルを踏み込む。

 浮遊していたジン・アガレスが背中のウイングバインダーを展開、さらに両足を後ろへと向け―――加速。

 その加速度はジンの比ではない、そのままジグザクの軌道を描き、前線基地へと接近していく。

 

「ぐっ、殺人的な加速……ではないんだろうなぁ、この程度ならまだ!」

 

 前線基地が警報を鳴らし、赤いランプが着くのが確認できるが―――遅い。

 

 加速したジン・アガレスは真っ直ぐ基地の真上で急停止。中央付近のまだパイロットすら乗り込んでいないザウートに即座に加速し、重斬刀を真上から突き刺した。

 先の警報もあり、ザフト兵たちが逃げ惑う。

 ジン・アガレスが重斬刀を引き抜けばそのオイルが周囲に飛び散る。

 

「生身の人間を見ると、さすがにやりにくいな」

 

 顔をしかめつつ、視界に入ったザウートをさらにライフルで撃ち抜き爆散させ、すかさず立ったままのジンオーカーのコックピットを重斬刀で刺し貫き、脚をその胴体にかけて重斬刀を引き抜く。再びオイルが散れば、ジン・アガレスを汚す。

 ザフト兵も作戦準備中だったため行動は早かったようで、奥の方の格納庫から跳び出してきた三機のジン。

 

『裏切りものがぁ!』

 

 残念、男はナチュラルである。

 

「またこの展開か……いや、くるな」

 

 ジン・アガレスが動く必要もなかったようで、先頭にいたジンが“キャットゥス”を受けて吹き飛ぶ。残り二機はさらに接近してきた二機のジンに斬られ、貫かれる。

 三機のジン、此度初陣を飾ることになったクロト、オルガ、シャニだ。

 

「合わせるから好きに暴れろ!」

『ハッ、いいじゃねぇか! オラオラァ!』

「“誤射するなよ”オルガ!」

『アァ!? あたりめぇだろ!』

 

 オルガのジンがバルルスとキャットゥスで武器庫や格納庫を破壊していくのに合わせて、クロトが前に出て敵機を撃ち、切り裂く。そしてシャニは“本来ならばジン長距離強行偵察複座型”が持つスナイパーライフルを使い、遠距離から攻撃をかけようとする敵機を撃ち抜いていく。

 クロトの周囲に敵が増えると、さらにシャニが先行し共に近距離戦で敵を圧倒しつつ、オルガは援護を忘れない。

 ジン・アガレスが上空に跳びあがった直後の戦闘ヘリ・アジャイルを切り落とす。

 

「良いコンビネーションだ。私も見習いたいと思うよ……!」

『んなのは良いけど、敵増えてねぇか!?』

『ですね。どうすんのさぁ……ま、やられないけど!』

『うざーい』

「慌てるな、来る……!」

 

 後方も囲まれ始めている中、予定通りにジン部隊がスピアヘッド部隊と共に現れる。スピアヘッドが上空からの攻撃で武器庫などが破壊しようとするが、ザウートやジンが迎撃しようと上空に武器を向ければ攻撃を止め回避行動に移る。

 だが撃とうとするジンの胸部に投擲された重斬刀が突き刺さり、さらにザウートがそちらを確認すれば高速で突っ込んでくるジン・アガレスがもう一本の重斬刀を引き抜いてザウートを袈裟斬り。ジンが爆散し、ザウートはそのまま動かなくなった。

 三人娘の傍へと下がるジン・アガレスのコックピットの中で、ロマが顔をしかめる。

 

「五機だけ……ハイータはどうした!」

『や、ヤツでしたら薬の効果で』

 

 副作用。いや違うと、ハイータの言葉を思い出す……。

 

「違う。薬の―――効果時間か!」

 

 ジン部隊が来た方向から見て真横、森の中から―――ジンが現れる。

 

『あはははっ、死ねぇぇっ!』

「へ、はいーた?」

 

 笑い声は彼女のものだが、その笑い方は彼女のものではない。ロマの記憶では確かにそうだ。

 だが他のジン部隊の者たちは特に反応をするでもなく、つまりは“通常運転”なのだろう。冷静に考えればγ-グリフェプタンと同系統のものであれば、戦闘中の昂揚は付き物ではあったのだ。

 思考が甘かったと後悔するが、それはロマの元来の性格故か、それとも“焦っていた”からか……。

 

 現れたハイータのジンは、ジンオーカーを左手に持った重斬刀で串刺しにしたまま、まだ残っていた格納庫の壁におしつける。

 完全にジンオーカーが動かないことを確認すると、その頭を右手で押さえて重斬刀を引き抜いた。

 

 さらに奥、敵機を見つけるハイータ。

 

「ハイータ聞こえるか、危険かもしれんから私が先行し―――」

『やだなぁロマくんっ、いつも通りで行くって、言ったじゃぁないですかぁっ!?』

 

 加速したハイータのジンが、奥のザウートへと突っ込んでいく。放たれる砲撃を“全て回避”しながら、だ。

 ロマは顔をしかめつつ、まだ集まる敵機を確認、前線基地、小競り合いと言う割には敵機が多い気もする。

 

「クロトとシャニはジン部隊と共に掃討を、オルガはこちらに!」

『あ~あ、めちゃくちゃだよ。てかオルガ~?』

『ハァン、早く行きなよオルガ』

『うっせーよお前ら!』

 

「ハイータ……っ!」

 

 加速するジン・アガレスを駆るロマはハイータを追う。

 

 

 

 ハイータが一機のジンを腕を斬り落とし、ライフルをほぼ零距離で撃ちこむ。

 さらにアジャイル数機から放たれたミサイルをライフルで撃ち落とし、アジャイル本体すらも落とす。ガチャリと音がしてジンの持っていたライフルのマガジンが落ちた。

 リロードをしようとしたその瞬間、ハイータのジンが横に急加速。

 

「なにぃ?」

 

 聞こえるのはモビルスーツの足音、ではない。それは……。

 

「バクゥ……ワンちゃんだぁ!」

 

 跳び出してきたのは獣型モビルスーツ『バクゥ』である。

 森の中などなんのその、悪地でさえも悠々とその四足で走り、さらには無限軌道まで備えた陸の王者。そのバクゥがこの小競り合いに配備されていたとは、さすがに予想外であった―――故に反応が遅れる。

 

「あははっ、やるね!」

 

 笑う彼女は放たれた二連装レールガンをギリギリで回避するも、後方ではジンがライフルを構えていた。それをわかっていたハイータだが、先のを避けないわけにもいかない。ライフルを受けても致命傷ではないが、バックパックが損傷すれば戦闘に影響は出るだろう。

 迫る危機を前に、ハイータはそれでも笑っている。

 

 

 

 だが、その銃口から弾丸が放たれる寸前、そのジンの両腕が―――切り落とされる。

 もちろん切り落としたのは友軍、ジン・アガレス。それを駆る男は、バクゥに襲われていたジンを駆る少女ことハイータ・ヤマムラが憧憬し、彼女に好奇の熱を与えた男。

 

 ロマ・カインハースト・バエル。人知れず水面下で人知れぬ歴史を動かそうとする者。

 

「殺させるわけにはいかんのでな! それにまだ、ビクトリア基地をやらせるわけにはっ!」

 

 素早くジン・アガレスはそのジンに蹴りを打ち込む。吹き飛んだジンが倒れると、どこから放たれたキャットゥスの直撃を受け爆散する。

 オルガのジンであることを確認する必要もないと、ロマはその視界に“バクゥ”を捉えた。

 

『すり潰してやる。犬畜生ぉのくせにぃ!』

「ハイータ!」

『大丈夫、私達の邪魔するヤツ全部、ぶっ殺すからっ!」

 

 ロマの声をしっかりと聞きながらも、その意図までは理解せず、ハイータのジンがバーニアを吹かしてバクゥへと加速した。

 そちらへと援護に向かおうとするも、二機のザウートと二機のジンが現れてそちらに向かえない。

 地を走るバクゥへと射撃をしているハイータが、攻撃はしっかりと回避しているのを見るとロマはレーダーを見て、すぐにハイータ機へと攻撃できる敵機がいないことを確認。

 

「オルガ、援護を頼んだ。先に掃除する!」

『了解っと……オラァッ!』

 

 放たれるキャットゥスとバルルス。バズーカは回避されるも、ビーム攻撃の直撃を受けたザウートが一撃で爆散する。爆風と爆煙にジンの一機が怯むが―――即座にジン・アガレスが接近。重斬刀をその胸に突き刺し貫通させると、すぐにそのジンの腰にマウントされている重斬刀を引き抜き、ライフルを撃ちながら上空へと急上昇。

 地上でジンが爆散し、もう一機のジンがその爆風に巻き込まれながらもジン・アガレスへと接近する。

 

『赤い悪魔っ、エンデュミオンのヤツ!』

「御存じでなにより、だがわかっていながら来るとはなァ!」

『裏切り者のコーディネイターがぁっ!』

 

 自分はコーディネイターではないと何度言えばいいのか、ロマは答えた相手は“殺した”ので出回っていないので仕方ないのだ。だが、今回に至っては知れ渡ることだろう。

 

 連合の上層部の方はエンデュミオンでの事件を知っている。故にナチュラルがジンに乗って10を超えるジンを破壊したのも然り。

 だがそれを“どこかのバカ”は“ナチュラルでも操作できるモビルスーツがあればコーディネイターを凌駕するのでコーディネイターは必要ない”と勘違いしてしまい“消耗品”として使い始めた。

 確かにそのモビルスーツが完成すれば近づくことはできようが、それとこれとは話が別である。反コーディネイター思想の暴走かそれとも半端な希望故なのか。

 なにはともあれそれも、中途半端に動き出したロマ・K・バエルの知られざる罪なのであろう。それを罪と言うにはあまりに酷な話ではあるが……。

 

 接近してくるジンがライフルを撃ちつつ、重斬刀を引き抜く。

 

「恐れはないか、だがそれでは私には勝てんよ……!」

 

 放たれるライフルを、横に加速して回避。そのジンを中心に円の動きで背後に回りこみ、ライフルを連射、バックパックが小さく爆発を起こして空中のジンのバランスが崩れる。

 

『悪魔めっ!』

「結構、私は赤いなら彗星が良かったんだが、それも……悪くはなかろう!」

 

 だが瞬間、感じた感覚に従い後ろに下がれば、目の前を通る弾丸は―――真下のザウートからのものだろう。素早く重斬刀を投擲し、それはジンを真後ろから貫いた。

 

『ナチュラル共っ、娘の仇のために、俺はぁっ!』

 

 爆散するジン。

 

「10億も殺しておきながら、なんの言い訳になるっ!」

 

 真下を確認すればザウートが射撃をするので、空中で回転しながら回避するジン・アガレス。

 オルガ機を確認すれば、さらに現れたバクゥと戦闘を行っているようだが、重射撃武器のオルガ機では不利であろう。舌打ちを一つして、まず地上のザウートへと加速していく。

 放たれる主砲副砲、機銃に突撃銃、それらの隙間を縫っていく―――なんてことができるほど強くもない。そんなことするのは“白い悪魔”だけで充分だ。

 

「当たらなければ……!」

 

 急停止からの、急加速。第三者から見れば稲妻のようにすら思うだろうジグザクな軌道。その連続でザウートの攻撃を回避し、接近しながらライフルを連射していくジン・アガレス。

 少しずつボロボロになっていくザウート、その武装のほとんどが機能しなくると“零距離”まで接近し、コックピットに銃口を突きつけてトリガーを引いた。

 爆発する寸前にザウートの装甲を蹴り、オルガの方へと―――加速。

 

「オルガ!」

『遅ぇよ! くそ、ちょこまかと!』

「合わせる!」

『ハッ、上等ォ!』

 

 どこぞのお嬢様に言わせれば“不良みたいな口のきき方、おやめなさい”とか言われそうだとか、余計なことを思考しつつ“そのお嬢様の兄に憧れる”ロマは、フットペダルを踏み込み加速。超低空を飛ぶジン・アガレス。

 バクゥに向けて、オルガ機がキャットゥスを放てばバクゥは地を蹴り宙へと飛びあがり回避。だがその回避がよくはなかったのか―――いや、どちらにしろ“結果は同じ”ことである。

 

『どこを見てる連合の!』

『そりゃこっちのセリフだってのバァカ!』

『なっ、子供!?』

 

 オープン通信での会話を横耳に、ジン・アガレスを駆るロマは冷静だった。

 加速したジン・アガレスが爆煙を抜けて低空飛行のまま、180度回転し背を地に向けた状態で跳びあがったバクゥの真下を通る軌道で突っ込む。そしてバクゥの真下に差し掛かった瞬間、ジン・アガレスの持つライフルが弾丸を吐き出す。

 数十の弾丸が装甲の薄い真下からバクゥを貫く。

 

「私たちに勝てるはずもない……!」

『ハハハッすげぇじゃん!』

 

 爆散するバクゥをよそに、ジン・アガレスはそのまま真っ直ぐ格納庫へ。壁にぶつかる直前に、反対方向に足を向けてウイングバーニアも使い減速。そして格納庫の壁を蹴ってさらに別方向へと加速した。

 オルガはなにも言わなかったが、理解しているのだろう。すぐにクロトたちの元へと向かう。

 

 ジン・アガレスはハイータ機の方へと向かっていた。ロマのモニター、視界に映るのはハイータ機とバクゥ。

 レーダーを確認すれば離れた方からバクゥが3機向かってきていて、さらに近くからジン3機も接近してきている。

 バクゥの方がスピードはあるが、おそらくジンの方が近いので接敵は早いだろう。それよりもバクゥの方が問題とロマには思えた。

 

 ―――後続のバクゥの方から妙なプレッシャー……まさか、虎が降りてきた?

 

「猶更、早々に仕留めるっ!」

 

 ハイータのジンがバクゥに接近するため加速するも、バクゥはレールガンで応戦。それを回避しライフルを連射するが、バクゥはハイータ機に正面を向けた。硬い頭は遠距離からのライフルを弾く。もう少し近ければ違ったのかもしれないが、それを理解しているのかバクゥはさらなる接近での射撃よりも前にレールガンを放つ。

 ハイータはそれをさらに回避した。

 

「やはり腕は良い。しかしジンでは、だな……!」

『ロマくんじゃぁないですかぁっ!』

「元気そうでなによりっ!」

 

 ハイになっているハイータの蕩けるような瞳での笑顔がモニターに映る。可愛らしい顔でそんな表情をしていれば並の男であれば放っておかないところだが、ロマの精神衛生上はよろしくはない。

 加速したジン・アガレスはそのまま真っ直ぐに、バクゥへと突っ込む。正面から突っ込んでくるジン・アガレスに対して真っ直ぐに走るバクゥがレールガンを放つも、それを回避し、再び軌道を戻す。

 

『ハイマニューバの機動性は流石かっ……我がザフトの機体を好きにしてくれる!』

「すぐに用済みになるのでお返ししても良いが……!」

『悪魔めがっ!』

「せめて赤はつけてもらおう……!」

 

 このままでは衝突すると、バクゥが止まり横に回避。そのまま突っ込むジン・アガレスへとレールガンを向けるバクゥだが、アラートに気づいて後ろに下がれば正面を通る弾丸の雨。一瞬だけそちらに視線を向けて、飛び上がったハイータ機を確認。

 次いで、重斬刀が迫るのでさらに後方へ跳ぶ。

 

『その臓物まき散らして死んじゃえぇっ!』

『まるで羅刹じゃぁないかっ!』

 

 着地したバクゥの目前に突き刺さる重斬刀に肝を冷やすザフト兵。

 ジン・アガレスの方を向けば、変わらず加速してきている。レールガンを撃つが、ジン・アガレスは正面を向きながら地を脚で蹴り、無理矢理横にズレて回避して見せ、さらに落ちていた重斬刀を取る。

 

『そのような軌道でっ、化け物が!』

「失礼ながらただのナチュラルだよ。貴様らの足元にも、及ばんな!」

 

 動揺するザフト兵のバクゥにできた隙、ハイータ機の放ったライフルが左後ろ脚を直撃。バクゥはバランスを崩し減速する。

 体勢を崩したバクゥへと接近したジン・アガレスがその頭に蹴りを放って後ろへと転がす。背中を地に倒れたバクゥに抵抗する術はなく。ジン・アガレスがバクゥの胴体に足を乗せて、重斬刀の切っ先を向けた。

 

『ザフトに栄光あれっ!』

「戦争せずともあったろうに……!」

 

 重斬刀がバクゥの胴体に突き刺さる。

 

『さすがロマ君だぁっ』

「お褒めにあずかり光栄だよ」

 

 そう言いながら、勢いよく重斬刀を引き抜けばそれがジン・アガレスの足元をオイルで汚す。

 

『あっ! 新しい汚物だよっ!』

「そりゃご遠慮願いたいな」

 

 明るく言う見慣れぬハイータ。そんな彼女が乗るジンへと迫るジン三機。レーダーを確認すればバクゥの小隊もすぐに到着するようで、ジン三機相手に時間を取ってもられない。

 重斬刀のないハイータ機では接近するジン三機を相手にどうにもならない。だがハイータ機へと真っ先に近づいたジンの胴体に―――重斬刀が突き刺さる。

 

『ロマくん、愛しちゃうっ!』

「直線的にものを言うのは薬の影響かっ……!?」

『本心に決まってるよぉ、熱くなってきちゃったぁ!』

 

 ジン・アガレスが投げた重斬刀を見て楽しそうに笑うハイータが、ジンに突き刺さったその重斬刀を引き抜き、そのコックピットにライフルを乱射。近距離射撃により穴だらけになったジンが倒れるより早く、接近するもう一機にハイータ機が自ら近づいて蹴り倒す。

 

『あぁもぉ! ロマくんの前でこんな下品なことさせないでよぉ! ねぇっ!?』

 

 倒れたジンに馬乗りになったハイータ機が、重斬刀をその胴体に突き立てた。

 そして、最後の一機がハイータ機の真横から重斬刀を振り下ろそうとするも……正面に猛スピードで現れたジン・アガレスが、振り下ろされる右腕を左腕で弾く。

 体勢を崩すジンを前に、ジン・アガレスが武器を握っていない右腕を引く。

 

『やっぱりロマくんはいつだって私を助けてくれるねっ♪』

 

 昂揚したハイータの声が聞こえる。

 

「私にできるのは殺すことだけだ……!」

 

 吐き捨てるように言うと、ジン・アガレス(ロマ)はその右前腕の爪を揃えた状態で―――“突き出す”。

 

 その一撃はジンの上腹部へ突き刺さり、ジン・アガレスは内部で“何かを掴む”と、そのまま腕を引く。ジンから抜かれた手にはベッタリとオイルが付着しており、さらに抜いたときの勢いによりジン・アガレスの装甲にもオイルが飛び散った。

 

 その右手に握った鉄塊を投げ捨て、まるで血塗れたようなジン・アガレスの内部でロマは、そこから見える崖上を見据える。

 

 ―――バクゥが三機、先頭は隊長機っ……このプレッシャーはやっぱ虎か!?

 

『あっ、ロマくぅん、新しいワンちゃんだよ。かわいいね! 縊り殺してあげようよ!』

 

 立ち上がったハイータ機が前に出ようとするが、ジン・アガレスの腕がそれを阻む。止まったハイータは待てをされた犬の如く、合図さえあればいつでも視線の先にいる“獲物”を食い殺そうと飛ぶだろう。相手の技量も理解しないまま……。

 助けようとした友人が、バクゥ三体に集られて死ぬなんて“どこかのガンダム”みたいなことにするわけにはいかない。

 

『おや、もっと獣のように襲い掛かってくるものと思ったがね。赤い悪魔は』

 

 ―――やはりっ!

 

 まさかの通信、仮面も被らず顔をしかめたロマだが、すぐに表情を戻す。喋り方からして彼の知っている“砂漠の虎”で違いないのだろう。北アフリカを縄張りとするザフトのエース。英雄と言っても良い。

 

「……私とて理性ある生き物ですからね。砂漠の虎“アンドリュー・バルトフェルド”殿」

『ほう、初見で見抜くとは超能力でももってるのかな?』

「でしたら貴方が着く前に決着をつけていましょう」

 

 戦場に慣れた者であればわかるだろうこの威圧感。ただロマはそれに対して敏感なのだ。

 

『撤退するぞ! 今日戦ってもお互い利もあるまいよ……また別の機会に改めよう』

「ありがたいことですよ」

 

 それは紛れもない本心だ。

 ロマは現状“アンドリュー・バルトフェルド”に勝てるかと聞かれて首を縦にふることなどできやしない。突飛な行動や戦術が通用するのは一般兵までであり、エースは対応してくるだろう。

 機体性能は良いが、武器も弾薬もなければバクゥからは奪うこともできないだろう。

 

『またお会いしたいねぇ、赤い悪魔くん』

「自分は二度と会いたくありませんな」

『ハッハッハ! ……次は確実に狩らせていただこう』

 

 バクゥ三機が去っていくのを見て、コックピット内でロマは深い息をつく。

 ここがしっかりと重要な基地であれば、戦闘になっていただろう。だが、ここはただの前線基地で格納庫や武器庫を既に破壊されており、連合がここに拠点をつくるとも思えないから撤退したにすぎない。戦闘するよりも撤退の方がメリットがあると判断したのだろう。

 実際にロマの記憶ではビクトリア基地はそれほど時を立たずして制圧されるはずだ。それは砂漠の虎の手によってではないだろうけれど……。

 

「ふぅ……生き残った」

 

 気が抜けてどっと疲れると同時に、腹部や胸に痛みを感じる。それが徐々に強くなってくればロマの額には汗が滲み始めた。

 おそらく、また加速の連続でどこかしら痛めたか内臓が傷ついたか……。

 

『ねぇロマくん、ほめて! ほめて!?』

「あ、うん。ちょっと落ち着いてもらっていい?」

 

 キャラも忘れて、ロマは答える。

 

『うんっ♪』

 

 モニター内のハイータは蕩けたような瞳のまま笑顔を浮かべて元気よく返事をする。

 精神衛生上よろしくはないが、これで良いのだ。眼前の壊れかけの女を救うために壊れそうな男がやるべきこと、あとは―――仕上げのみ。

 

 





三人娘初陣ってことですが、あんまり活躍は書きませんでした
専用機手に入れてからが本番ですのでそこはまぁ

便宜上、ジンハイマニューバに名前つけましたがたぶん一発屋
ハイータはアッパー系で発狂、ロマはモツ抜き(一応右腕特別製なので)

そして砂漠の虎と遭遇、からの即解散
また会うこともあるでしょう

それでは次回もお楽しみいただければと思います

【阿井 上夫】さんに今回のアズにゃんいただきました

【挿絵表示】


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変わる世界

 

 ビクトリア基地の応接室。司令官は開いた口が塞がらないでいた。

 

 無事に戻った強襲部隊。スピアヘッド部隊が先行して戻ってきていたので“機体の損傷はともかくモビルスーツ部隊に死者なし”という報告は聞いていた。次も使えるなと思っていたが問題はそこではない。

 怪我人はともかく“誤射”があったのだ。

 

 別段オルガ・サブナックことアズラエルの私兵が起こした誤射……否、暴発はこちらでどうにかできる問題でもないので構わなかったのだが、問題は“こちらが起こした誤射”だった。

 持っていた端末の画面に映るのは“左腕を失ったジン・アガレス”である。そして隣には誤射した本人“ハイータ・ヤマムラ”のジン。

 

 乗っていた赤い悪魔ことロマ・カインハースト・バエルは怪我一つない。現に視界の端でぴんぴんして立っている。その眼はサングラスに隠れて見えないが、その前で腕を組んでソファに座っているムルタ・アズラエルは違った。

 明らかな圧を感じ、司令官は縮み上がっている。

 

「な、なんと申し開きして良いか、修理費用などはこちらが」

「当然です。と言いたいところですがそんなものどうだっていいんですよ」

「と、申しますと……?」

 

 どんな無理難題をふっかけられるのかと、想像するだけで司令官の胃は悲鳴を上げる。

 

「ハイータ・ヤマムラですが、私たちの方でいただいていきます」

「……すみません、今なんと?」

「彼女、薬物強化を受けているそうですね。あれだけの戦力にしては状態も非常に悪い、他のコーディネイターもそうですが、“兵器”のメンテナンスを怠っているような場所に置いておくには勿体ないですし、今回のような暴走を起こしては貴方達も困るのでは?」

 

 尤もらしいことを並べているが、ようは強いので自分たちに寄越せと言っているように司令官は感じたことだろう。しかしそれでも、抵抗する術などない……実際に誤射は起きたのだ。

 だからこそ、大人しく頷いた。ハイータほどではないにしろ、コーディネイターの補充はまだきくはずだと確信している。

 そして、ナチュラル用のモビルスーツの開発も進んでいるという噂もある。それさえ完成すればザフトを殲滅できるはずなのだと、司令官は考えていた。

 

 ……次の襲撃までに間に合えば、だが。

 

「ハッ、すぐに手配いたしましょう」

「はい、どうも……バエル中尉」

「はっ!」

 

 背後のロマが返事を返す。未だに体に痛みはあるだろうに、やせ我慢しているのだろう。

 声をかけたアズラエルはというと、ポケットから一つだけそれを取り出すとロマに手渡す。受け取ったロマがサングラスの奥の瞳を開いて、少しばかり驚いた表情のままアズラエルの方へと視線を向けた。

 眉をひそめるアズラエルが手招きをするので顔を近づけると、耳打ちをされる。

 

「彼女の薬です。そろそろ禁断症状が出るころでしょうから“反省したら飲ませてあげて”くださいね?」

「アズラエル理事……」

 

 顔を離して彼女を見れば、困ったように笑っていたのでそういう意味だろうと頷く。ここから書類を書いたりなどあるのだろう、ウインクを一つよこした彼女が外を指さす。

 あの三人に対して思うところはあるのだろう。しょっちゅう一緒にいるだけはある。

 ロマが一礼して部屋を出れば、そこにはクロトがいた。交代、なのだろう。

 

「あまり無礼を働くなよ」

「まぁ相手次第かなぁ、僕は黙って立ってるだけ」

「それで結構だ。ありがとう」

 

 クロトの頭に手を乗せてそっと撫でると、少しくすぐったそうな表情を見せるも、すぐに頬を赤く染めて乗った手を振り払う。気恥ずかしいのだろうと解釈したロマは、笑みを浮かべると頷く。

 

「それでは頼んだ」

「ん、禁断症状、出始めそうだから早めに行ったげてよね」

 

 ―――それ早く言って!?

 

 

 

 全力疾走でオルガとシャニのいる部屋の前へとやって来たロマは、扉が開くなり部屋へと転がり込むように入室。焦っていると人一倍忙しない男である。

 青い制服姿のシャニが椅子に座っていて、オルガはベッドの上で悶えていた。ロマは肩で息をしながら、オルガへと駆け寄って上体を起こすが、苦しさからかロマの服を強く握る。

 荒く呼吸するロマを見て、シャニは少しばかり反応するも黙っていた。

 

「う゛っ、あ゛ぁ゛っ……!」

「オルガっ、悪い遅くなって……ほら」

「んくっ……」

 

 クスリのキャップを外してオルガの口に当てて飲ませれば、苦しそうにしていたオルガの表情が徐々に和らいでいく。肩で呼吸をするオルガは疲労しているようで、遅れたことを悔やむロマではあったが、やはり体裁として苦しんでいるということが必要だったのだろう。

 わかっていたとしても、肉体に引っ張られて20歳の精神。それが冷静さを許しはしなかっただろうが……。

 

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫だからそのっ、はなせよっ」

「え、ああっ、わ、悪い」

 

 必死でそれどころでなかったのだが、しっかり抱きしめてしまっている。顔を真っ赤にしたオルガが言うのでそっとベッドに寝かせるものの、ロマも少しばかり顔が赤く、このままでは“青い童貞”と名を改めなければならない。赤いのに青いとはこれいかに……。

 ベッドで横になるオルガは壁の方を向いて、ロマは赤い顔を見られなくて安心したと言うようにホッと息をついてベッドに腰掛ける。

 

 ―――やらかい、おっぱいがやらかい。女の柔肌に心乱されるとは……。

 

 いつまで経ってもだ。彼自身そろそろプロに頼もうかとも思ったがその勇気もなければ紹介してくれる友達もいない、仕事人間の末路である。

 そうして悶々とするロマだったが、隣にトスっと音がして、そちらを見ればシャニが真隣りに座っていることに気づく。戦場では経験のない思考の停止がことここに至って発動。

 

 ―――なぜに、てか近くね?

 

「……ん」

 

 そしてシャニはロマにくっつくほど近づいてから、その左腕に自身の腕をからめる。否、ロマの左腕を抱くように“体を絡める”。童貞の脳の処理能力ではとてもではないが追いつかない状況。

 冷静に、至って冷静になろうとすればするほどその左腕の感触に脳がバグを起こす。ウイルスバスターがウイルスバスターを攻撃している。

 

 童貞は“こんなん絶対に俺のこと好きじゃん。もうゴールしちゃっても良いかな”とも思ったが、理性が打ち勝つ。ここで恋愛脳・平和ボケ(ハッピーセット)になるわけにはいかない。

 そうなっていいのは、すべてが終わってからである。正直“この思考”を持ち出した時点で切り札を切ったわけだがその自覚はロマにない。童貞は必死だった。

 

 だがそんなロマをよそに、シャニは“オルガへの対抗心”からかさらにギュッと組みつき、口をロマに近づける。

 

「しゃ、シャニ、近いしその……あ、当たってるんだ」

「好き、でしょ?」

 

 ―――しゅき。

 

 悲しいかな脳細胞が死滅していっている。どんなにカッコつけても中身がこれでは赤い彗星など夢のまた夢である。

 いや、赤い彗星とて内面がどうなっていたかどうかはわからないが……少なからずこれほどまでに“情けない奴”ではなかっただろう。

 

 唯一の救いは外面へ出していないところではあるが、慣れてる者が見ればわかるぐらいにはデレっとしていた。

 

「なに、人が寝てる後ろでイチャついてんだよっ!」

 

 突如、ロマとシャニが引き離される。九死に一生を得たんだか、横槍をさされたんだかわからないが、なにはともあれそれが正しいのだろう。オルガは二人を離すと、不服そうにベッドの上で胡坐をかく。

 相変わらず無気力な表情で、シャニはロマの方を見ており、ロマもシャニの方を見る。もちろん一回視線が胸に行くものの気合で視線を逸らす。

 それに気づいて、シャニは片腕を胸の下に回し、グッと両胸を持ち上げるようにした。

 

 ―――このままではこちらがやられる!

 

「うおっ、な、なにしてんだシャニっ」

「だって好き、なんでしょ?」

 

 所詮は童貞、相変わらず色気の前には弱くあっさりとキャラは吹き飛んでいく。薄っぺらい紙の如くやわな理性である。代わりに髪は強い。

 シャニはいつも通りのテンションではあるが、彼女なりに仕掛けているのだろう。しかしてロマは“からかわれている”という思考に至る。長年のモテないという卑屈な根性が根付いているのだ。赤い悪魔も一皮むけばちっぽけな青い果実である。英雄にはまだ遠い。

 

「……好き、だけど」

「触って、良いんだけど」

 

 心臓が止まるかと思うロマ。脳のキャパが限界でありヤツのライフはもうゼロ。悲しいかな童貞は嬲り殺されそうになっている。

 

「好きにしても……いいよ?」

「シャニぃ!」

 

 一部始終を見ていたオルガがとうとうキレた。注意したばかりだというのに、目の前で今にも乳繰り合いそうな二人を見てればそれも納得である。先ほどまで苦しい思いをしていた相手に酷い仕打ちであるが、ロマもそれを自覚してか申し訳なさそうにサングラスを外した。

 シャニはと言えば、相変わらずの無表情なれど、なぜか頷く。

 

「オルガ、嫉妬してる」

「ハァッ!? そういうんじゃねぇよ! オレが寝てるのにイチャついてるのをどうかって話してんだよ!」

「ハァン、照れてる?」

「だから違ぇって!」

 

 三人寄れば姦しいとは言うが、二人でも十分姦しい。

 なにはともあれ、オルガが元気そうになったのでロマは安心して、自然とその行動をとる。なにも考えず、一切の邪な心無しに、そっと手を伸ばすとオルガを抱き寄せ、抱きしめた。

 固まるオルガとシャニ、ロマは優しく笑みを浮かべてその背を撫でる。

 

「ありがとうな、俺のために……」

「なっ、ち、違ぇよ、勝手にあのバカモビルスーツがっ……」

 

 シャニにだって嘘だということがわかるぐらいだ。クロトやアズラエルも然り。

 言い訳をしようとするオルガだが、黙ってその温かさに甘んじ、目を閉じて体重をロマに預ける。

 彼女とて許せはしなかったのだろう。目の前でああいうものを見せられるというのは気分が良いものではない。自分とてかつてはそうだったのだし、コーディネイターが“ハイータ”のようになっては自分たちが“そうなった”意味がない。存在する意義も、だからこそ許せなかったのだ。

 

「……ありがと、これでちょっとは変わるさ」

「……ん」

 

 受け入れているのか、オルガは少しばかり赤い顔でロマの胸に顔をうずめる。

 

「……え、ダメだけど」

「シャニ、どうしどわっ!?」

「んぁ、お、おいシャニなにやって」

「オルガだけずるーい」

「ずりぃとかじゃねぇだろ!」

 

 いつの間にやらロマの背中側に回ってそちらから抱き着くシャニ。

 人並みの温かさに心が穏やかに……なるほど冷静な男ではない。ロマは焦りに焦っていた。とりあえず素数を数えることにするが所詮は“孤独な数字”。それを数えても人の温もり(おっぱい)にかどわされている男には無力である。

 前門のオルガ後門のシャニ。まさかの挟撃ではあるし“元は男”とか思おうとはするが、ロマの思考は現状そう他の思考ができるほど余裕はない。

 

「離れろよシャニっ」

「やだ、オルガ離れてよ。前行けないじゃん」

「テメェがこっち来たらやべぇだろうが!」

「なんで?」

「そ、そりゃっ……」

 

 二人の会話など聞こえていないのだろうロマは、安らかな顔をしていた。

 童貞を殺す術は世の中に山ほどあるが、ここまでオーバーキルするものもそうそう無いだろう。そう、童貞をぶち殺すブーステッドマンである。

 

 ―――刻が見えそう……。

 

 

 

 

 

 

 その後、ロマはアズラエルと共に医務室の前にいた。

 ロマはあの精神攻撃(オペレーション・メンタルブレイク)のあまりの衝撃に記憶が曖昧ではあるが、蓋を開ければなんてことは無い。オルガとシャニが言い争っている間にアズラエルが来て二人を黙らしかつ、ロマから離させた。オルガとシャニは、三十路(アズラエル)の本気を垣間見た。

 なにはともあれ、医務室の前の壁によりかかるアズラエルとロマ、相変わらず腕を組むアズラエルの胸がロマの精神衛生上、非常によろしくないのだが、それは置いておこう。

 

 唐突に、アズラエルが口を開く。

 

「そういえばですが、とりあえずあの娘は引っ張れることになりました」

「そりゃなによりです……」

「意外ですね。他のコーディネイターも引っ張りたいとか言いだすかと思ったんですが」

 

 さすがに無理だろうと、苦笑するロマ。

 

「そこまで優しくもありませんよ。身内を救うだけで充分ですし」

 

 ―――それに、どうせ代わりが来るだけだ。

 

「まぁ私としては、モビルスーツを動かせる貴重な部品を無駄遣いされてるってのも不愉快なので、我々の息のかかった……しっかりとコーディネイターを扱えるアドバイザーの手配もしましたから、ご安心を」

 

 その言葉を聞いて、ロマは“サングラスの奥の瞳”を見開いてから、フッと口元を綻ばした。

 ロマは、出撃前の格納庫でさえも余計なことを言ったつもりはなかったはずだと思考する。良くもまぁそこまで素早く対応できたものだ。

 同時に、自分が“諦めていた”ものを救いに行った彼女に思うところはある。

 

「なるほど、ムルタの方がよっぽど優しいな……」

「はぁ? 私がぁ? ハッ、まさか……控えめに言って外道ですよぉ?」

 

 笑うアズラエルだが、ロマがなにかを変えるでもない。

 

「……俺にとっては優しいよ。中途半端な優しさよりそれがいい、それで十分だ」

「っ、ど……どうしたんですか? ふぅ……感傷的ですねぇ~、褒めてもなにもでませんよぉ?」

 

 少しばかり頬を染めたアズラエルだったが、すぐに切り替える。小馬鹿にするように笑いながらロマの顔を覗きこめば、ロマは変わらず頬を綻ばせ笑みを浮かべるのみで、アズラエルは小首を傾げた。彼の真意が読めないということなのだろうけれど、目を瞑っているロマがそんなアズラエルに気づくわけもなく……。

 

 ―――未来を知っていたとして、助けられてばかりだ……。

 

 だがそれは正しいのだ。知っていたところで“戦うことしかできない男”になにができようか、“想いだけでも力だけでも”ダメなように、ただ一つの力ではなにもできやしない。故に、男には支える者が必要なのだ。

 

「本当に、貴女と出会えて、見つけてもらってよかった。心の底からそう思うよ」

 

 そう言うと、ロマはアズラエルの方を見る。ロマの顔を覗き込んでいたはずだったが、横に戻っていた両手で顔を隠していた。耳まで真っ赤な彼女に、首をかしげるロマだがふと、先の言葉を思い出す。

 

 ―――俺、ハチャメチャに恥ずかしいこと言ったんじゃ?

 

「あ~その、だな。俺としてはその」

「もう、喋らなくて良いデス……」

「あ、はい」

 

 ―――恥ずかしい! 穴があったら入りたいっ、墓穴ほったら掘り抜けてぇ!

 

 顔に一切出さずに心の中にて慟哭するロマだが、それが誰にわかろうか……。

 アズラエルが片手を顔から離し、片手で顔を押さえつつ、横目でロマの方を見るがやはり冷静に立っているように見えるが、雰囲気が僅かに違っている。この世で両親を除いてそんなロマの変化を察せるのは“四人”だけだろう。

 アズラエルがなにかを言葉にしようとした時、医務室の扉が開く。

 

「アズラエル理事、中尉、お待たせしました」

「んんっ、いえ……ではバエル中尉、行ってらっしゃい」

「理事は良いんですか?」

「はい、私はほかにもやることあるので」

 

 そう言って片手を振るアズラエルに、ロマは頷き返事を返すと背を向けて医務室へと入る。

 

 

 

 医務室のベッドに座っている女性が一人。ハイータ・ヤマムラである。入ってきたロマを見れば、開いていた扉からムルタ・アズラエルの顔が見えて、思わず目を逸らしたくなるが、先に扉が閉まった。コーディネイターであれば誰しもブルーコスモス盟主に目など付けられたくはないのである。

 入ってきたロマが前に立つ。ハイータはといえば上着は脱いでおり上はシャツのみ、近くにあるピンク色の上着を取って袖を通した。前は開けたまま、ロマの顔を見てから―――顔を真っ赤に染める。

 

「無事でよかっ―――」

「ろろろ、ロマ君っ、ごご、ごめんねっ、わ、私そのっ」

「薬の影響はすっかり消えたようだな」

 

 ロマにすれば、正直驚いたが最初に突っ込んだ以外、問題はそれほどなかった。

 動くなという指示にも従い、“左腕を撃てという指示”にもしっかりと従って綺麗に破壊。撤退時もずっと昂揚しており、降りたすぐ後もまだ元気に“抱き着いてきた”ものだ。

 その後は再び、ロマの言うことに従って素直に医務室に連れて行かれたが……。

 

「あっ、う、うんっ……そ、そのねっ」

「なんだ?」

「わ、忘れてほしいなぁって……その、テンション上がっちゃって余計なこと口走ったりしちゃうっていうか、ほらその……うぅっ、ほんと、ごめんっ」

 

 先ほどのロマの比ではないほどの羞恥に顔を染め、涙目のままロマの方を向く。両手を膝の上に置いてもじもじとしている彼女を見て、ロマは視線を天井に向ける。

 

 ―――くそ、かわいいかよ……。

 

 深く息を吐いて落ち着いてからハイータの方を見て、頷く

 

「大丈夫さ、私も必死で覚えていない」

「うっ、そ、そっか……」

 

 それはそれで、と言ったところだろうか、しかしてロマは覚えてはいるのだ。ただそれが“何事もオーバー”に言っているだけだろうと認識しているからこそ、気にしていないだけなのだ。別段ありがとうの代わりに“愛してる”ということだって戦闘中であれば珍しくもない。

 故に、そういうものだと理解している。何事も波立てないでおきたいと思いつつ、色々と波立ててしまう男の勝手な思考だ。

 

「それと、ハイータ・ヤマムラ」

「え、は、はいっ」

「……君は今日から、私の部下だ。持っていくものは用意しておけ」

 

 連合軍でもかなり特殊な立ち位置にいる男の宣言に、ハイータは固まった。ただ固まって、頭の中で今言われた言葉を整理しようと必死で思考するもののいまいち理解が追いつかない。

 

「ようこそ。ブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエル直属部隊へ」

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 大型輸送機が空を飛ぶ。その輸送機の一室にいるのはムルタ・アズラエルと以下私兵。

 つまりはロマ、三人娘、さらに……ハイータ。未だに状況を理解できていないのか口を半開きにして“お外綺麗”しているが、スピアヘッド数機が見えて冷静さを取り戻す。流れるままに自室に連れて行かれて、準備をさせられ移動、まるで理解が追いつかないままロマにアズラエルと三人娘を紹介された。

 

 その後、輸送機に乗せられブリッジへ、さらにアズラエル財閥のお抱え運転士などを紹介されさらに今に至るわけだが……。

 ソファに座るロマと、その隣にはシャニとアズラエル。自分の隣にはオルガ、そのさらに隣にクロト。人見知りの彼女にはいかんせんレベルが高い場所である。

 

「……えっと、ロマ君」

「ん?」

「そ、そのぉ、私って、どうなるの?」

 

 眉をひそめて不安そうに言う彼女に、ロマはふむと頷いてアズラエルの方を向いた。腕を組んだままなにかを考えている様子のアズラエルがふと目を開く。その視線はハイータの方へ向けられ、足元から頭の先までを見てから、口を開く。

 

「貴女はとりあえずロマ中尉の部下、ということになりますねぇ。この子も私のためのお付き、特務中という扱いですので貴女も同じくで、名目上は私の護衛というところですが、テストパイロットやらをしてもらいます」

「は、はっ!」

 

 ビシッと敬礼をするハイータを見て、アズラエルは目を細め眉を顰めて手を振る。

 

「あ~そういうの良いんで、もうちょっと普通で……いえ、普通過ぎるのも困るんですけど」

「ってことだ、ハイータ。もう少し肩の力を抜いて良い」

「え、あ、は、はい……」

 

 言われたことに断ることもできずに、ハイータは頷く。そもそも士官学校以降はまともな軍人扱いされた記憶がないので、こういう場所でどうしていいのか形式もわからない。困りながらブーステッドマン三人を見るも、クロトはゲームをしているしオルガは本を読んでいる。シャニはヘッドホンで音楽を聴きながらロマの腕に寄り掛かっていた。

 どうしたものかとも思うハイータだったが、どうにもならないので思考を放棄する。

 再び、アズラエルが口を開く。

 

「あ~それと、貴女の使っていた薬……θ(シータ)-グリフェプタンですが、開発をこちらで引き継ぐことになりました」

「ッ……はい」

 

 一瞬だけ顔をしかめそうになるも、耐えて平静を装い冷静に返事を返す。

 

「まぁデータも必要ですから適当に報告書を出すわけにもいかないので、とりあえず程度が低いものから試していくとしましょうか、副作用のことも考慮しなくてはいけませんし……」

「へ、え、えっと……」

「つまりは薬と上手く付き合って行こうというわけさ、最終的に廃止できたらそれで良いがな」

 

 アズラエルのいかにも“薬を使って負担をかけさせたくない”という物言いに、

 

「いえいえ、上手いことコントロールできればかなり良い薬になるとは思いますよ。そちらにも期待して貴女を引き取ったんですから」

「理事、参入早々にビビらせないでくださいよ」

「気遣いなーい」

 

 呆れたような表情のロマとシャニがアズラエルを見ると、彼女はバツが悪そうな表情でそっぽを向く。

 

「結構無理して引っ張ってきたんですからそのぐらいは、でなければブルーコスモス盟主たる私が“劣悪な状況下におかれたコーディネイターを救った”なんて言われかねませんよ?」

「……確かに、それはマズイ」

「うざいね」

「ホント“ウザい”のなんの……」

 

 そこまで言って、アズラエルは止まった。ロマにとっても意外だったのは彼女が“うざい”などと言う俗っぽい言葉を使ったことにある。彼女ならば『鬱陶しい』等を言うだろうに、ロマはアズラエルをジッと見ているが、片手を顔に当てて俯く。

 おそらく“彼女たち”に影響されたということが恥ずかしいのであろうと察するが、ここで余計なことを言って虎の尾を踏む必要もあるまい。先に虎の尾は踏みかけたが……。

 

「えっとだ、ともかく……前よりはマシな環境だとは思うし、これからも改善はしていくつもり……らしいからさ、安心してくれとは言えんが、頼んだ」

「ううん、ありがとうロマくん……そ、それとありがとうございます! アズラエル理事、私にできることでしたらなんでもしますので、これからもよろしくお願いします!」

 

 バッ、と勢いよく頭を下げるハイータに、また軍人らしくない私兵が追加されてしまったなと、アズラエルは苦笑を浮かべた。そんなどこか優しげな対応を、ロマは横目で見ながら静かに笑みを浮かべた。

 彼女もずいぶん“原作”から乖離したものだと……。

 

 ―――いや、一部分を見ただけで知った気になっていただけか。

 

 知っているのは“アニメーション”で見れた姿のみなのだから、実際がどうだったのかなんてわからない。気を許せる相手があれば本当はこんなものなのかもしれないし、もしかしたらもっと身内には優しいのかもしれない。だからこそ、ロマは再びそんな“仲間”を見やり、これからのことを考える。

 

 未来は暗い。だがしかし、今ここで暗い顔や思考をするのは違うと、ロマは口を開いた。

 

「……今、なんでもするって」

「言ってない」

「言ってねぇ」

「言ってないよ」

 

 クロト、オルガ、シャニからの否定。アズラエルはロマを睨む。

 

「変態」

「ポンコツ」

「女誑し」

 

 三人娘からの罵倒、いや最後が罵倒かは怪しいが、ダメージを受けるロマ。しかし危ない、別段なにも問題ないロマではあるが、まかり間違って『ハ~ゲ♪』などと言えば、ロマがこの世界に生まれ落ちて一度も言ったことのない罵詈雑言を吐きかねない。そしてワカメの摂取量が増えるだろう、悲しいかな効果はないというのに……。

 

 睨むアズラエルの方に、視線を向けるロマだったが……なにかを言おうとして、顔を再び赤くしそっぽを向く。

 

「……なんで?」

 

 つぶやきながら今度はハイータの方を向く。

 彼女は真っ赤な顔で、両手を膝の上に置いてモジモジとしているのだが……両手を寄せているのでそれはもう、寄せられるのだ。

 

 ―――ナイスおっぱい!

 

 相変わらず下種く冒涜的であるが、それがロマ・K・バエルである。

 

「……ろ、ロマくんが、その、どうしてもって、言うならっ」

 

 

 

 ―――こんなんラブコメじゃん……視線が痛ぇ。

 

 

 





珍しく(?)ちゃんとラブコメっていうかそんな感じでハイータ回収
まぁ、主人公以外のオリキャラなので、四人よりは目立たせないようにしつつ
存在感も出しつつやってきたいと思います

そしてブルーコスモス盟主は辛いよ
ロマの影響で色々と穏やかになってきたけど、立場がそれを許さなそうな……
まぁ基本明るく、闇も書きつつ

次は日常回というか、大事な回というか、そんな感じ

では、次回もお楽しみいただければです


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暗黒の宇宙へ

 

 あれから3ケ月が経った。

 

 それだけあれば、ほぼ毎日一緒にいるだけあってハイータもすっかり馴染んだものだが、やはりθ(シータ)-グリフェプタンのこともあり、一番忙しそうにはしている。最初の二週間ほどはやはり色々と負荷もあったようだったが、ハイータはというと慣れているのか“ロマのため”と割り切っているんだか、副作用もどんと来いの精神で投薬を受けていた。

 

 ビクトリア基地から持ってきた薬はそのまま集中力と判断能力を底上げしハイになるだけでなく、その後に激痛に苛まれるという副作用があったからこそ、まずそこの改善からだった。その程度で済んだのはコーディネイターの毒素を分解する力等が作用した結果らしく、ナチュラルであれば死活問題らしい。

 それにナチュラルが常用していれば、禁断症状はいずれ出るとのことで……結局、禄でもないものには変わりないそうだ。

 

 人を強化するというのは、クロトたちに使っているγ(ガンマ)-グリフェプタンとそれほど変わらないが、それとは似て非なる物らしく、所員たちはこぞって夢中になっている。

 まぁさすがにアズラエルの意向に逆らうわけにもいかないので、効果が多少薄くなろうとも副作用が無くなるように改良しているそうだ。

 

 そして実験は今日も―――。

 

「ロぉマぁくぅン!!」

「メインモニターが死ぬ、やられたっ!」

 

 ロマ・K・バエルの視界は真っ暗だった。

 

 

 

 季節は12月、いつも通りの施設で廊下をただ歩いていたロマだったが、突如曲がり角を曲がった瞬間、跳び出してきたのだ。

 まるでスローモーションのように感じるが動けやしない挙句、固まってしまった。それも致し方ないというものであろう。彼の視界一杯に広がっていたのは……。

 

 ―――乳房(ちぶさ)

 

 そんなことを思っているうちに、自分を呼ぶ声と共に、視界はおっぱいにより真っ暗になり、飛び込んできた者のせいで後ろに倒れ込んだ。

 なんとか途中で全身のありとあらゆる筋肉を使って衝撃は殺し、尻から落ちた後に極力抵抗しながら倒れたのだが、顔面の上に乗っているそのおっぱいは強力であり、埋まったロマは呼吸はできない。

 死ぬにしたってこんな情けない死に方をするわけにはいかない。せめて断末魔で“ステラは私の娘になってくれるかもしれない女性だ!”ぐらい言いたい。さすがに母は求めてない。

 

 息苦しさもピークに達したころに、解放される。

 

「はぁっ、はぁっ、このプレッシャー……!」

「あははっ、ロマくんまっか~しゅきぃしゅぎぃ!」

 

 なにか言おうかとも思ったが、いかんせん余裕がなかった。息も絶え絶えにとりあえず自分の上に乗るハイータに視線を向ければ、彼女はロマに馬乗りになったまま無邪気な笑みを浮かべその瞳をトロンと蕩けさせている。荒っぽい呼吸と紅潮した表情、その呼吸故に上下する胸。

 どれもこれもロマにとっては非常によろしくはなかった。

 

「あぁっ、あっつぃなぁ!」

 

 上着の胸元部分を開くハイータ。

 

「ぐっ、このままではこちらがやられる!」

「ロマくんはぁ、私にぃ、これから食べられちゃいまぁす♪」

 

 驚愕であった。こんな展開、ロマの人生観が革命(レヴォリューション)してしまう。“平和ボケ(ハッピーセット)”待ったなしである。まだ『偽りの平和(本編開始)』もしていないにも関わらず……。

 自分との戦いがもれなく脳内で始まるが、彼の“普通過ぎる神経”がそんな欲に任せた行動を許すわけもなく、廊下のど真ん中で腰の上に乗ったハイータをそのままに上体をぐっと起こした。

 

「んっ、え~ロマくんのえっちぃ」

「落ち着こうな、うん」

 

 素のままの返事。ハイータを抱えたままどうにか起き上がると、そのまま両頬を叩いて冷静さを取り戻した。

 視線をハイータの方に向けるが頬を膨らまして睨んでくる。いかんせん自動的に上目使いになるのが厄介なもので、挙句の果てに胸元を開いているせいで谷間まで覗く。

 視線を真上にそらしたロマ。

 

「どうせ抜け出してきたんだろう。戻るぞ」

「ええ~」

「仕方あるまいよ、ここにいるためにはそれが必要で」

 

 突如、ハイータはロマの背中に飛びついた。

 

「えへへっロマくんの匂いだぁ~」

「聞こえているならやめろっ!」

「やだぁ~! ロマくんとえっ」

「ええい、私の威厳が死ぬ!」

 

 まぁ、あってないようなものだ。

 三人娘にはしょっちゅうからかわれているし、アズラエルには小馬鹿にされ、狂化したハイータには誘惑されだらしない姿にされている。

 所員やらが彼に本当に威厳を感じる時と言えば“戦闘訓練中”のみではあるのだが……それでも所員にとっては親しみやすく、一部女性所員からは熱い目で見られることもあるだろう。齢20にして中尉、ナチュラルでありながらエースパイロット、優良物件以外の何者でもないのだが、彼自身にその自覚はない。

 

 下りたハイータを前にため息をついて、その手を掴む。

 

「あっ♪ ロマくんから手ぇ繋いでくれたぁ……ホテル行く?」

「行っ……かないが!?」

「えぇ~せっかくのイヴだよぉ?」

 

 あまりの誘惑。ちなみにハイータが投薬を受けてから検査を抜け出すのは珍しくもなく、ロマは見つかる度にこういう“誘い”を受けては同じようなリアクションをしている。施設内は男性所員六割と多いのだが、いかんせんロマは女性といる時間の方が長いので色々と大変なのである。所詮は男、しかも童貞だった。いつまで経っても青年、しかして赤い悪魔である。

 そうして葛藤していれば、誰かが駆ける音が聞こえた。そちらを向けば男性所員が二人と女性所員が一人。

 

「中尉そのまま!」

「わかっている」

 

 軽く背を押して所員たちの方を向かせるも、不満そうだった。苦笑する所員たちだが、この状況に慣れているからだろう。

 

「やぁんっ♪ ロマくんったら強引っ、いいよロマくんだったら乱暴してっ♪」

「早く連れて行ってくれ、私がもたん」

「……中尉いっそやることやって大人しくさせといてくださいよ」

「セクハラだぞ」

「そりゃ失敬」

 

 不満そうな顔をするハイータの頭を軽く撫でてから、背をポンと叩く。

 

「はぁ~い」

「良い子だ」

 

 ハイータを見る所員が困ったように笑う。投薬後に何度も抜け出すが、なんだかんだで所員たちは彼女を受け入れているようだった。コーディネイターへの見方が変わってきているのかハイータの投薬を中止したいという所員もいるぐらいだ。

 しかし、そういうわけにもいかないので研究を重ねて“副作用”が出ないものを開発しているわけだが、集中力やらが上がるわけでもないのに無駄に昂揚だけするようになったりと右往左往しているらしい。

 

 なにはともあれ、彼女がいやすい環境になったようでロマとしては言うこともない。

 

「なんで君は毎回抜け出すかなぁ」

「だってぇロマくんったら嬉しそうな顔するからぁ、体触ってくるしぃ」

「へぇ~」

「私は触っとらんよ」

 

 所員たちが疑うような視線を向けるものの、ロマは冷や汗を流しながら笑う。

 

 ―――触ってねぇって!

 

 ちなみにその数十分後、検査室にて真っ赤な顔で『殺してぇ!』と言いながら転がりまわる女がいた。

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間が経った。

 ロマは現在、車を運転している。一見普通車ではあるが、防弾仕様でいざとなればボタン一つで増援を呼べる緊急ボタン付きという周到さ。

 そんな車に同乗しているのはクロト、オルガ、シャニの三人であり、助手席にはオルガ、後部座席に他二人だ。誰も彼も自分の世界に没頭するための“ソレ”を持たずににこやかに雑談をしてる。

 

「おにーさん、気が利くねぇ~“クリスマス・イヴ”に外出なんて」

「まぁ、“約束”もあったからな」

「ん、約束……?」

 

 小首をかしげるシャニ。ロマはサングラスの奥の瞳を細めて苦笑を浮かべた。

 

「なにはともあれ、今日は付き合ってもらうぞ」

「ま、なんでも良いけどなぁ」

 

 外を見ていたオルガが赤信号で車が止まったので、ふとロマの方へと視線を向けると、ロマがそれに気づいてオルガの方を見る。

 目が合うが最近、妙にそういう沈黙が気恥ずかしく、オルガは視線を逸らす。

 

「……せっかくだし俺の用事の前にクリスマスプレゼントぐらいは買うぞ。好きなもの一つ」

「なんだよなんだよ! やるじゃねぇか!」

「ひょーおにーさん太っ腹ー!」

「クリスマスプレゼント、はじめてだね」

 

 三人してテンションを上げているところを見ると、まだまだ子供だなと思わず笑みが出る。信号が青に変わり、ゆっくりとアクセルを踏めば車が走り出す。そして車内では三人娘が姦しくなにを買うかどこに行くかの話をしている。少女のようなそんな会話をする三人娘。

 なぜだか話が変な方向に行っている気がするし『ホテル』やら『朝帰り』やらの単語まで聞こえるが、ロマは知らないふりをして車を走らせる。とりあえず行先はショッピングモールらしい。

 

 ―――たぶん来年は、それほど遊んでやれないしな。

 

 

 

 辿りついたショッピングモールの立体駐車場に車を置いて、中を歩いていく四人。三人娘が先行して少し後ろを歩くサングラスをかけた男こと、ロマ・K・バエル。コートを羽織った“私服のスーツ”なので、もれなく通報案件である。

 もちろんロマが私服であるように、三人も珍しく私服であった。

 

 クロトは珍しく肩ほどで髪を結っていて、上はフード付きパーカー、下はパンストの上にデニムショートパンツとスニーカーでスポーティーな感じを醸し出していた。

 オルガはYシャツの上にテーラードジャケット、下はスキニーパンツとブーツのシンプルな恰好。

 シャニはニットミニワンピースとニーハイブーツ……明らかに童貞(ロマ)を殺しに来ていた。計画殺人、執行猶予無しの実刑、懲役である。

 

 そして、そんな三人が前を行く、ロマ的にはもはやアイドルのマネージャーである。

 しかしまぁやはり容姿も整っていることもあってか視線を集めるが、中にはコーディネイターじゃないかなんて声も聞こえてくるが……そんなわけもない。ブルーコスモス盟主の縄張りでコーディネイターが堂々と歩いているものか、別にアズラエルがどうするという話でなく周りが勝手にどうにかしかねない。

 

 ―――別にムルタはそんなこと望んじゃないんだけどな。

 

 ふと、少し遅れて歩くロマに気づいたシャニが後ろに下がって隣を歩く。ロマはといえば『良いのか?』と前の二人を指さすが、シャニは“サングラス”の奥の瞳を細めて口元をわずかに綻ばし、ロマの腕に抱き着く。

 またかと思ったが、今日はクリスマス・イヴ。耐えてみせようと心に誓い、甘える彼女を受け入れた。シャニとしてはせっかくのイヴなので耐えてくれなくて良いのだが、“彼女いない歴=年齢(ロマ)”に察せと言う方が無理な話である。

 

 そうして数分ほど歩いていると、クロトとオルガがシャニがいないことに気づき、同時に後ろを向く。

 

「あ、シャニ、またおにーさんとくっついてんじゃんっ!」

「うっさい」

「おい、変な目で見られるだろっ」

「別に、私達が“そういう風に”見られるだけだし」

 

 ロマとしてはそれは困る。明らかに少女なシャニと普通の20歳より大人びているロマとではよろしくないのだ。こちらに存在するかはともかく、パパ活的なものに見えてしまう……しかもこれからプレゼントまで買ってあげてしまうのだから役満リーチ。

 

 シャニに抱かれているのとは逆の手を引くクロト、オルガはため息をつきながら先導する。

 

「す、すまんなオルガ」

「別にいいけどよ、たくっ、お前らもちっとは大人しくしてろよ」

「……お姉ちゃんだなオルガ」

「アァ!?」

「すまん」

 

 ちょっと怖かったので素直に謝った。

 

「オルガーあとどのぐらい?」

「あと3分もかからねぇから、店着いたら大人しくしてろよ?」

 

 ―――お姉ちゃんじゃん。

 

 

 

 

 

 

 夕刻。

 施設にて、アズラエルはハイータのデータを見ながらもデスクに頬杖をついていた。たった一人の部屋なので気を抜いているのか表情も緩みきっていて、開いている片手で髪をくるくると弄る。

 暇そうだが……実際に暇なのだろう。手元の端末でやるべき仕事はすべてやり、あとは“会議”の時間まで待つのみだ。

 親父共の下卑た視線を受けながらまた“盟主”として、やるべきことをやらなくてはならない。

 

 女だからと舐められるし、挙句最近は“大人しくなった”などと言われる始末。元々、そこまで過激なことをする方ではない。プラント幹部の暗殺などだって指示したこともない―――にも関わらず“やったことにされる”こともある。本当に事故だったとしてもだ。

 頭が痛くなるが、それで事業が上手く回ったりするのだから厄介である。

 

「はぁ、こういう肝心な時に……」

 

 そこまで口にして頬杖をつくのをやめると頭を左右に振った。

 

「……クリスマス、デート」

 

 ボソッと呟いてから口を押えて周囲を確認。誰もいない―――ヨシ! と頷く。

 

 今頃楽しくやっているであろう一人と三人を思い出して、ため息を吐いて憂鬱そうにテレビを点けた。クリスマスムード一色のテレビ番組に再び深いため息をついてしまう。

 浮ついた話ばかりで、アズラエルも周りからの圧を最近は感じている。出会いなんてあってないようなものなのだから仕方がない。しかして一人だけ、頭の中に浮かぶ顔。

 

「ッ~~!」

 

 デスクの上に、顔を伏せて足をバタバタと暴れさせる。

 とてもじゃないが他の者たちに見せられない姿、アズラエルはその赤い顔を横に向けて再びテレビに視線を戻す。デートスポットなど、当日にやってどうするつもりなのかと悪態をつきたくもなる。

 いや、自分だけではない。ハイータとてこんな日に検査で一日が潰されるのだ。年頃の娘がそうなのだ……自分が悪態をついているわけにもいかない。

 

 だが、理想の人生設計では既に結婚して後任を親戚に任せるつもりだったのだ……。

 

「寿退社が理想なんですけど、ねぇ~……」

 

 聞こえるわけがないその部屋で、誰にも聞こえないように呟く彼女は、再び顔を赤くして足をバタバタと上下させるも……突如、ハッと顔を上げる。

 

「そういえば、あの子の支援AI完成がそろそろでしたっけ……」

 

 アズラエルはさらに思考する。

 来年にはさらに戦況は混沌を極めるだろう。中立を謳うオーブでさえも今は“協力関係”ではあるが、あそこも一枚岩ではない。“サハク家”はともかく“アスハ”は非常に御しにくいところもあり、“義に厚い”のは良いがいかんせん“我も強い”のが問題だ。

 敵ではないが、警戒はしておいた方が良いのだろう……。

 

「……っと、余計なことを、まずは例のAIの搭載日の確認と、新型とか」

 

 仕事が増えてしまったが、余計なことを考えなくていいからかアズラエルは意気揚々と仕事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 ロマ達は、ショッピングモールでやることを済まして、道を歩いていた。

 陽もすっかり落ち、辺りは暗く、その大通り、道路沿いに植えられた木には装飾も施されている。店は明るく車通りも普段より多いのだろう、渋滞に近い状態になっていた。

 いつの時代も、どこの場所も似たようなものだと、テレビで見た光景を間近に笑うロマ。いかんせんこのような状況のクリスマスに実際、外を歩いた記憶は今まで無い。

 

 今回はロマが先行して歩いているが、やはり左腕にはシャニがひっしりと抱き着いている。もう慣れたもので……いや、ロマが慣れるわけもない。やはり左腕のその感触には思わず心奪われるし、時たまシャニに対抗して引っ付くクロトに対してもそれは然り、だ。

 だが歩いていて、ふとロマが気づく。シャニが自分の腕をさすっていた。

 

「それだけじゃ寒いだろ」

「別に……」

「やせ我慢するなよ。そういうのは男のやることだ」

 

 他の者からすれば“らしくない喋り方”でそう言うと、組んでいた腕から抜け出してコートを脱ぐとそのままシャニに羽織らせる。驚いた表情を見せるシャニに軽く笑って見せると、その頭を軽く撫でて歩き出す。

 ロマはシャツの下に吸湿発熱ウェアを着ているので寒いには寒いが極寒と言うほどでもない。黒い皮手袋までしているので手も問題ないが、見た目は完全にマフィアである。

 腕を絡めるでもなく、ロマに借りたコートをギュッと寄せて隣を歩くシャニ。するとクロトが横にやってきた。

 

「なぁんかおにーさん、シャニに甘いよねぇ」

「そんなつもりはないさ、クロトやオルガが寒そうにしてたら同じことをしたに決まってる」

「決まってんの?」

「決まってるよ」

 

 それは間違いない。

 ロマの、彼のこの世界においての数少ない守りたい者なのだ。特別に親しい者がいなかったからこそ、余計になのだろう。それに元々の彼女たち(彼ら)の顛末を知っているというのもあるのかもしれない。

 出会っていなければきっと、当初のただ静かに地球で安全に暮らせれば良いという発想の元、危険を避けつつ、のうのうと暮らしていただろう。

 

 だが、アズラエルに見つかって、出会ってしまったのだから仕方がない。

 両親は守るべき対象かと言われたら微妙だし、やはり彼にとって最優先事項といえばここにいないアズラエルとハイータを含めた、仲間たちである。

 だから、目の前の少女たちは平等に守るのだ。

 

「俺はお前たちが思う以上に、お前たちが好きだよ」

「……ふぅ~ん」

 

 納得したのか、ほんのり顔を赤く染めたクロトは、そう返事をして両手を頭の後ろで組んでロマの隣を歩く。その腕には金と銀のブレスレット。ロマからのクリスマス・プレゼント。

 それを見ていると、踵あたりを後ろから軽く蹴られて、振り向く。オルガがマフラーに“赤くなった顔”を埋めてロマを睨んでいる。

 

「……どうした?」

「くさいんだよ、セリフが……」

「確かに」

 

 そう言われると気恥ずかしくなるロマだが、相も変わらず表情には出ないながらも、三人娘から見れば雰囲気で察することぐらいはできよう。

 なるべく気を付けようと思いつつも、“赤い悪魔”としてはこういうことはしていった方が良いのかと無駄に悩む。

 他に悩むところは山ほどあろうに、くだらぬことで悩めるのは平和な証拠であろう。

 

「へぇ~」

「おぉ……」

「……綺麗」

 

 道に広がるイルミネーション、クリスマスの装いであるからにカップルも多い。

 そして、そのまま道を進めば、どんどんと人が増えていく。逸れないようにと気を遣いつつ歩くロマに着いていく三人。

 

 ロマが止まったところでようやく止まり―――それを、見上げる。

 

「でっかぃねぇ」

「すっげー」

「……っ」

 

 初めて見るだろうクリスマスツリー、それもかなり巨大で煌びやかなものだ。電飾等で彩色豊かに飾り付けられたクリスマスツリーに目を輝かせる三人を見て、ロマは連れてきた甲斐があったと笑みを浮かべた。

 連れてくることができなかったアズラエルとハイータにもプレゼントは買ったし問題はないと思いたいところだが、年末までに出かける予定でも作ろうと心に決める。

 光り輝く中、いずれ来たるべき“終末の光”が脳裏をよぎった。

 

 突如、袖が引かれそちらを見れば、シャニ。

 

「……お兄さん、ありがと」

「ん?」

 

 そう言って少しばかり微笑むシャニの耳でクリスマス・プレゼント(イヤリング)が光る。

 

「約束、覚えててくれたんでしょ?」

 

 あの、プトレマイオス基地でのことだ。

 実際にシャニが言うとおり、それを覚えていたからこそロマは今日、ここに彼女たちを連れてきたのだが、そうでなくても来ていた気もする。いずれ起きる大戦で、自分は彼女たちを守りきれるかもわからないし、自分自身さえ無事でいられるかわからない。だからこその今日だ。

 

 軽く頷いたロマは、視線をすぐにクリスマスツリーへと戻す。

 そうしていると、シャニに引かれた方とは逆の手に温もりを感じ、そちらを見ればクロト、その隣にオルガ。二人ともクリスマスツリーを見上げ、写真を取るでもなくジッと見ている。

 繋がれた手を、ロマの方から軽く握ると、クロトがロマの方を向く。

 

「来年もさ、おにーさんが……連れてきてよ」

「……そうだな、来年も、来ような」

 

 なんの保障もないだろうに、返事を返す。

 

 彼女たちはこのまま“正史通りに至る”のであれば、刺され、斬られ、撃たれるのだ。アズラエルもまた然り、その結果至るであろう結末。それを受け入れられるほどロマは“大人ではない”し、無情ではいられない。

 “運命のその日”まではあと一年もないのだ。ならばできうる限りその結末に至らぬようにするしかあるまい。できるなら、の話ではあるが……。

 

 しかして暗い顔をするわけにはいくまい。彼女たちの前で未来を変えようという自分が……。

 

 時は未来へ進む。誰が決めたわけでもないが、少なからず今はそれが真実なのだ。

 迫る時を前に、ただ一人の人間ができることなどたかが知れているのであろう。

 

 だがそれでも、普通の人間だからこそ諦めることなどできないのだ。

 

「また来年も……」

 

 そうして煌びやかなツリーから視線を外し、クロト、オルガ、シャニをその眼に焼き付ける。

 

 自分が守るべきものを今一度、確かめるように……。

 

 

 

 

 

 

 ふと、ロマ・カインハースト・バエルは、目を開く。

 

 その赤と青の瞳に映るのは暗黒の宇宙。青い地球、そして―――戦火。

 

『目覚めまして?』

「寝てたか……おはよう」

 

 ―――案外余裕あるな俺。

 

『アホ面で眠ってましてよ』

「そりゃ失敬した。良い夢をみてたもんでな」

 

 聞こえる女性の声。その指摘に苦笑しつつも、ロマは状況を確認する。

 

『ポイントまであと十分』

「了解した」

 

 体に感じるG。相変わらずノーマルスーツを着ていないのも影響しているだろうに……。

 

「各部異常なし。“チェシャ”、一応融除剤ジェル、噴出口のチェックも」

『もうとっくにしてましてよ』

 

 彼から言わせれば“ポンコツ支援AI”。その不作法な返事に眉を顰めながらも、ロマはモニターとレーダーを確認。赤も緑も入り乱れた戦場。徐々に近づき十分に戦況を確認できる。

 視線の先、連合の艦隊が劣勢なのは明らかであり、わかっていたことだが手が震えた。戦場に入る前というのはいつだってこうだ。

 

『怯えていやがりまして』

「私は怖いよ、動いてるほうが怖くなくて良い」

 

 その手で、コックピットに浮いているしっかりと加工された“集合写真”を取るとジッと見つめる。写真の中には自分、アズラエル、三人娘、ハイータ。

 フッ、と笑みを浮かべると、リラックスした表情でそれを内ポケットにしまった。

 

「行ってくる……」

 

 制服の胸元を締め直すこともなく、表情を引き締める。

 操縦桿を握りしめ、脚をしっかりとフットペダルに置く。

 

 モニターに映る白い連合の新造艦に視線を送る。

 

『旗艦、メネラオスを確認しましてよ』

「デュエイン・ハルバートンか……」

 

 つぶやくように言い、メネラオス周辺の撃沈寸前の連合艦を見やる。

 

『それに例の新造艦もありますわ。その名も―――』

「―――アークエンジェル、だろ」

 

『あら、ご存じでして?』

 

 男はなんかご存じだった。なんか生まれる前から。

 

「これより地球連合軍第8艦隊と合流、援護する」

『かしこまりですわ。ユー・ハブ・コントロール』

「アイ・ハブ・コントロール」

 

 赤き閃光が、宇宙を往く。

 

 

 

 ―――プレディザスター、飛翔する!

 

 

 





とうとう本編スタートでございます
ここからできる限り歴史を変えないようにしつつ変えつつと難しいところで
悩んでるうちに本編スタートでロマもちょっと困り気味
次回は戦闘、新機体もお披露目でとうとうGと激突、大丈夫かコイツ

三人娘とアズにゃんたちの参戦はまだですが
通信やら一方その頃やら過去話とか交えたりでちゃんと出す予定です

そういえばタイトルずっと仮題のままだけど、まぁいいか

では、次回もお楽しみいただければと思います


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機動戦士ガンダムSEED~From a Roma’s Viewpoint~
チェシャ


 

 戦火渦巻く宇宙、兵士たちは赤い閃光を見た。

 

 彗星の如く迸るそれは、一機のジンの背後から迫り、その“前翼”を使い上半身と下半身の間を切り裂き行動不能にする。

 さらに、その赤い閃光はビームを放ち、進行先のジンを撃破してみせた。

 

 地球連合軍第8艦隊司令官デュエイン・ハルバートンは、旗艦メネラオスのブリッジにて、それを見た。

 まだこちらまでは距離があるが、モニターに映る赤銅色の機体、悪魔が両翼で自らを包むエンブレム。

 

 地球連合の者であれば存在を知らぬ者などいないであろう“青き世界を招く赤い悪魔”だ。

 

「あれは……!」

「閣下、あのエンブレムは!?」

「赤い悪魔、ロマ・バエル……!」

 

 赤銅色の装甲を持つそれは―――モビルアーマー。

 

 それは“モビルスーツより一回り程大きい”流線型の戦闘機。だが、コックピットはモビルスーツと同じく装甲に覆われているようで、見た目からどこにあるかもわからない。

 

 後部に装備されていた拡張大型ブースターが切り離されると、畳まれていた可変翼が展開され、背部ブースターと、機体後部の上下に装着された追加ブースターが点火され、さらに加速。

 ドレイク級<ベルグラーノ>に接近するジン二機を、主翼根元部分にある二門から放ったビームで落とす。

 

「最新鋭機の力か、あれが!?」

「いや、普通の人間が乗ってもああはならんだろうさ」

「どんな薬物強化をしているんだ。あれは……」

 

 苦言を呈す副官ホフマン。だが、ご期待には添えず操縦者はポンコツAIの補助を受けているだけの薬物強化もしてないナチュラルの男だ。それは有名な話ではあるが、故に信用していない人間も多い。

 メネラオスのモニターには、赤い悪魔がさらにジンを落とすのが確認してとれた。

 ハルバートンはオペレーターに声を荒げる。

 

「各艦とパイロットに伝えろ! 赤い悪魔が現れたとな……!」

 

 

 

 

 

 

 赤銅色のモビルアーマー<プレディザスター>のコックピットでロマは顔をしかめる。加速度はジン・ハイマニューバ以上であり、かかるGもそれ以上だ。

 だが人は慣れるもので、ロマとて例外ではない。その加速に慣れた故に、その眼もずいぶん慣れたものだった。

 コックピットの中、支援AI<チェシャ>がロマに提案する。

 

『通信、メネラオスにしなくてよくって?』

「チィ、繋げてくれ!」

 

 トリガーを引くと同時に、プレディザスターから放たれた数十のミサイルが数機のジンを破壊する。

 次の攻撃がくるが、それを90度横に回転して避け、ジンたちのど真ん中から脱出。それに合わせてチェシャが通信を繋げた。

 

「こちらロマ・K・バエル大尉であります」

『デュエイン・ハルバートンだ。赤い悪魔に会えて光栄だよ……ゆっくりと話をしたいが、それどころではないのでな、現在我々は大気圏突入限界点までの、アークエンジェル援護防衛戦に移行している』

 

 ―――知ってる。

 

「了解です。では自分はこのまま防衛線維持のために」

『アークエンジェルさえ降りれば撤退もできようが……ナスカ級を撤退させれば敵も諦めよう』

 

 ロマが眉を顰める。

 

「ナスカ級を落とせと?」

『そういう手もあるというだけだ。君が落ちれば連合すべての士気に関わる……無理はしてくれるな!』

「……了解しました。やれるだけはやってみましょう」

『まずアークエンジェルをここで落とすわけにはいかん、頼んだぞバエル大尉』

 

 ハルバートンからの言葉を最後に通信を切ると、ロマは顔を思い切りしかめた。

 加速するプレディザスターを追ってくるジン二機。フットペダルとレバーを勢いよく操作すると機体に追加で増設されているブースターが機体正面を向き、それにより急停止。さらにロマは追加ブースターを駆使し急転回、さらに加速。あまりのG。慣れてない人間であれば今頃気を失っていてもおかしくはない。

 砲門から放たれたビームにより二機のジンが爆散する。

 

 そのコックピットで、ロマはレーダーを確認。ナスカ級<ヴェサリウス>の前にはローラシア級<ガモフ>も存在している。ジンが攻勢に出ているせいか、守りはそれほどでもないが……。

 

「無理難題を仰る……!」

『大物が来やがりましてよ』

「冗談ではない!」

 

 レーダーに映り込むのは“ザフトに奪取された”連合の機動兵器『G』と呼ばれる赤と黒、二機のモビルスーツ。レーダーに表示される機体コードを確認<イージス>と<ブリッツ>だ。

 ロマは知っている。パイロットはザフトの赤服<アスラン・ザラ>と<ニコル・アマルフィ>であると……。

 

 ―――きたか、ガンダム!

 

 僅かに心躍るも、そうは言っていられない。即座に急旋回し二機に後方を見せて飛ぶ。

 放たれるビームライフルを回避しながらロマは残り二機<デュエル>と<バスター>の場所を確認し、十分に離れていることを理解してから装備を確認しつつ、味方の被害状況も確認。戦闘回避も視野に入れつつだ……。

 

「この二機、どうするか……!」

『ド頭ぶち抜いてさしあげるのはいかがでして?』

「できたらそうさせてもらうっ!」

 

 さすがに“原作のエース”二人を相手にできるほど自分の技量を信じることはできないロマは、回避に専念する。生きた心地がしないものの、そこでふと我に返る。

 だがしかし、回避は最小限の動きでできていた。動きも見えていた。なぜだろうと思うも、答はすぐに出る。

 

「そうか、序盤で練度も覚醒も……?」

『なにを仰ってますの?』

「いいや、やれるだけはやってみるということさ」

 

 加速して、大きく二機のガンダムを離すと旋回し二機の方を向きビームと共に、側部からミサイルを放つ。

 二機はビームをシールドで凌ぐと、イージスは頭部のバルカン<イーゲルシュテルン>を連射し、放物線を描き飛ぶミサイルを迎撃する。

 だが、その爆煙の中を高速で突っ切るプレディザスター。二機の前に出るなり機首の方から<M417 80mm機関砲>を放つ。

 

 

 

 プレディザスターの機関砲。それを受けるイージスとブリッツが大きく怯む。そして、その衝撃を受けるコックピット内で二人のパイロットは焦りを見せた。

 モビルアーマーで御丁寧にモビルスーツに突っ込んでくるなど見たこともないし、聞いたことも無い。

 アークエンジェルに搭載されていたモビルアーマーも奇抜な戦い方をしたが、それとはわけが違うようだった。

 イージスのコックピット内でアスラン・ザラはその衝撃に顔をしかめる。

 

「くぅっ、なんだこの戦い方はっ!」

『アスラン、まだっ!』

「なにっ!?」

 

 二機の間を機体を横向きにしてすり抜けていったプレディザスター。

 だが、その機体を追うようにミサイルが二機へと迫る。

 

 爆煙に入る前にもう一度ミサイルを放ったのだろう。それが今到達したわけだがイーゲルシュテルンを撃ってなお爆風を受け、さらには数発のミサイルを受ける。

 

「ぐあぁっ!」

『うわぁっ!』

 

 PS装甲を持っていないジンであれば爆散していただろう攻撃。そもそも機関砲とてジンぐらいならば落とせる代物だ。

 アスランは焦った。実戦自体は“ヘリオポリスの崩壊”から何度もしてきたが、それでもあまりに目の前の敵はイレギュラーである。

 

 

 

 

 

 

 降下シークエンスに入ったアークエンジェルのブリッジは、緊迫感に包まれていた。

 アラスカのジョシュアに降下するという目的のために、第八艦隊がその身を盾に戦っているが、友軍艦は次々と落とされていくのもわかるからだ。

 歯痒いと言わんばかりの表情を浮かべる艦長<マリュー・ラミアス>だが、今この場で攻撃をしかけることもできない。やるべきことは完璧な降下。

 

 だが、オペレーターのロメロ・パルが叫ぶ。

 

「デュエル、バスター、先陣隊列を突破! メネラオスが応戦中!」

「そんなっ! イージスとブリッツは!?」

「メネラオスから離れて戦闘しています。友軍機……? なんだこれっ」

 

 なにやら言い淀むロメロ。

 

「なにがあったの!?」

「識別コードTS-X9……それ以上はっ」

 

 ロメロの言葉に、マリューは顔をしかめてレーダーを確認する。メネラオスから離れて、ザフト艦に近づいていくようにジンを落としつつ二機の『G』をあしらうように戦う高速モビルアーマー。判明しているのは識別コードのみであり、名前の表示すらない。

 だがそれは、敵ではないのだろう。

 

「ゴーストファイターってわけ……?」

 

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジにて、ラウ・ル・クルーゼは立ち上がる。

 モニターに映るのは見覚えのある“赤銅色”と、ザフトの中でも冒涜的な都市伝説とされ、前線に出ている兵であれば知らぬ者のいないであろう、その“エンブレム”を持つ機体。

 ラウ・ル・クルーゼが立ち上がったことにより、ブリッジ内もそういうことだと理解し、空気が僅かにざわめく。

 

「“赤い悪魔”め、ヤツが介入してくるとはな……アデス。後を任せた」

「つまり、あれは本物の……?」

「間違いないな。ヤツであればアスランとニコルでは負けはしないと思いたいが、勝ちはないだろう」

 

 “あの日”の戦いを思い出す。モニター内で動く“赤銅色”はあの時と変わらず、自分が“ムウ・ラ・フラガ”と邂逅したあの日において、残っているもう一つの……。

 だが、好印象なわけでもない。直感的に感じているのだ。あれを撃たねば後々、厄介なことになると……。

 

「私もシグーで出る!」

「しかし、隊長!」

「限界点までには戻るさ、それにヤツを討てれば箔がつく」

 

 ブリッジを出て、ラウ・ル・クルーゼは格納庫へと向かう。

 

「……ムルタ・アズラエルの私兵、少々考えものだな」

 

 まことしやかに囁かれる噂。

 嘘か真か……クルーゼにとって、それは今後に関わる問題でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 宇宙を駆ける赤い閃光、プレディザスターはイージスとブリッツ、二機の攻撃を回避しながらもジンを落とす。

 速度的にプレディザスターに追いつけるほど二機のガンダムの機動性は高くは無い。ストライクガンダムの高機動パッケージ、エールストライカーでさえもその速度には追いつけまい。

 プレディザスターが、二機を振り切ってガモフへと攻撃をしかけ、いくつかの砲台を破壊しさらに離脱のために加速。

 

 狙いたいのは、そちらではなくヴェサリウス。コックピットの中でロマは顔をしかめる。

 

「っ……このプレッシャー、なんだ……どこかで?」

『ボーっとしてる暇がありまして?』

「フッ、ないな」

 

 背後のイージスが加速するのをレーダーで確認。五機の『G』でも唯一の可変機能を使ったのだろう。

 

「変形したか、羨ましいものだな……!」

『変形はできなくとも最速ですわ』

 

 背後から放たれる高威力ビーム砲<スキュラ>を回避し、背後に向けて側面からミサイルを放つ。それらを回避しながら、イージスが再びスキュラを撃とうとするが、ロマは自機をヴェサリウスとイージスに挟まれるような位置に移動させる。

 故に、イージスはスキュラを撃ちあぐねる。

 

「ならば!」

 

 即座にレバーとフットペダルを操作し、急停止からの180度回転。

 イージスのコックピットでは、アスランがその機動に驚嘆する。彼はそれに乗っているのがナチュラルだということを信じられずにいる。かつての“友人”と同じく、連合に存在するコーディネイターではないかと……。

 旋回したプレディザスターに、イージスが可変するも、放たれたビームが右腕を切断した。

 

『クソエイムですわね』

「かなりよかったと思うが」

『暴力は相手をのしてこそですわよ』

「ごもっともだがな」

 

 そのまま加速し、前翼でイージスに攻撃。切断に至らないまでもその衝撃でイージスは吹き飛んで宙を転がっていく。

 さらにプレディザスターの正面にはブリッツが現れ、左腕のグレイプニールを放つも、ギリギリで回避。

 

『危なくってよ危険でしてよ死にますわよ』

「ええぃ、ナスカ級を撃たねばというに!」

 

 ミサイルを放ちブリッツを攻撃。

 迎撃しようとするブリッツだが、ビームライフルだけでは対応しきれずにそれらを受けてイージスと同じく怯んで飛んでいく。再びの急停止と共にヴェサリウスの方を向くが、即座にバレルロールし、“放たれたライフル”を回避。

 モニターに映るのは白い機体。

 

「シグーか!」

『イグザクトリーですわ。しかもおエースでしてよ』

「ヴェサリウスから出ればな、なんでアレまで出てくるんだよっ」

 

 思わず素に戻るが、それも仕方のないことであろう。本来ならば“ラウ・ル・クルーゼ”がここで出てくるはずは無かったというのに、なぜ出てきたのかと甚だ疑問であった。

 

 ロマ自身理解していないが、既に彼がいるというだけで原作(それ)は十二分に変わる。そういう段階まできているということを、理解していない。それは小さいが大きな変化なのだ。

 だがそもそも、彼がやるべきことは原作再現(レールをなぞる)ことではない。

 

「ぐっ!」

 

 シグーのライフル、数発を受けるがその装甲はそれを通さない。

 

『痛いのですけれど』

「痛覚などないだろうに」

『おデリカシーがなくってよ。お死にになってくださいまし』

「心中になるが……?」

 

 支援AIが良く言う。と思いつつも“こんなAI”を搭載しやがった整備班に文句も言いたくなる。そういうものを積むと言われた時は、悪くないどころか実にありがたいとも思ったのだが、いかんせんこんなものとは知らなかった。

 AIがAIしすぎで頭がおかしくなるとも思ったが、やはり人間慣れるものである。どこぞの砂漠の虎も“未来”で似たようなことを言う。

 

『狙われてますわ』

「わかっているが、避けれれば苦労はないさ……!」

 

 シグーのライフルを回避しながらもミサイルを放つが、対するシグーはライフルを連射し迎撃、重斬刀を引き抜いて接近してくる。

 だが、今更旋回するわけにもいかず、プレディザスターはそのまま突っ込み、重斬刀が当てられる寸前に機体を逸らして紙一重で回避。

 

「やるな赤い悪魔っ!」

 

 口元に厄介だと言わんばかりの笑みを浮かべつつ、クルーゼは悪態をつく。

 

 すれ違うプレディザスターとシグー、背後から飛んでくるライフルを旋回し回避しつつ、復帰したイージスとブリッツからのビームライフルも回避。

 

「さすがにキツいなっ!」

『大天使から二機発艦ですわ』

「このタイミングで発艦か、古今例は無いな……!」

 

 ―――当然、わかっていたことだけどな。

 

 エールストライクとメビウス・ゼロの発艦をレーダーで確認するも、頭を振って即座に加速。

 そちらにかまけている余裕もない。三機が自機を狙っており、ヴェサリウスも主砲を向けてきているようだ。

 今、ロマに他を気にする余裕などあるわけもない。

 

「くっ、並ではないな……」

『当たったらブチギレましてよ』

「支援AIが人にキレるんじゃあない……!」

 

 高速で三機から離れつつも、ヴェサリウスの周囲を旋回。さすがに速度的に追いつけるわけもないが、ヴェサリウスが狙いということはわかっているせいかそれでもシグー、イージス、ブリッツが焦る様子はない。

 ミサイルを放つも、ほとんどが三機のモビルスーツとヴェサリウスのCIWSに迎撃されるが、数発が抜けてそれらの破壊を成す。

 

「えぇい、今までは良かったがエースが相手ではこんなものかっ……!」

『よくやってましてよ』

「世辞はいい!」

 

 急停止、からの急旋回。

 ビーム射撃によりヴェサリウスのビーム砲の一つを破壊するも、ブリッツとイージスの二機にロックされる。歯を食いしばり、フットペダルを踏み込み急加速。

 体への凄まじい負担に顔をしかめつつも、ビーム攻撃をされないようにするために、ヴェサリウスへと接近し三又に分かれているヴェサリウスの隙間を通り、前翼で内側を切り裂きつつヴェサリウスから距離を取る。

 

 シグーが放ったライフルが当たるが、距離があるので貫くには至らない。しかし、それでも衝撃は受ける。

 

「ぐぅっ!」

『先に中身の方がお陀仏ですことよ』

「動かなければお前ごとお陀仏だが?」

『さっさと動きやがりくださいませ』

 

 ヴェサリウスから距離をとりつつ、放たれる攻撃を回避していく。迫るジンをビームで倒すと、大きく旋回して再びヴェサリウスの方へと向かう。

 だが、シグーとイージスとブリッツが立ち塞がり、さらに進路変更を余儀なくされてしまう。

 

「チィッ……!」

 

 しかしヴェサリウスを放置してはメネラオスが危ない。ガモフは既にだいぶ前に出ているようだ。ここでデュエイン・ハルバートンを生かしておきたいのは後々のためである。

 そこで『チェシャ』がなにかに気づく。

 

『メネラオスがおシャトルを射出、腰抜け兵でしてよ』

「いや避難民のシャトルだ……!」

『その心は?』

「そういう輩であればアークエンジェルの単独降下など許さんだろうさ……」

 

 メネラオスの周囲にはまだドレイク級ベルグラーノもいるが、時間の問題だ。

 

「ナスカ級を撤退まで追い込む……!」

『それができれば苦労しなくってよ』

「やってみるさ……!」

 

 プレディザスターをヴェサリウスへと向け、ビームを放つ。

 前に出てきたイージスがシールドでそれを凌ぐも、ロマは続けてミサイルを放ちつつ機関砲を乱射しつつシグーとブリッツの位置を確認し加速。

 

「くぅ、一機では……!」

 

 瞬間、メビウス数機が近づいてくるのをレーダーで確認。

 

『援護します大尉!』

「あくまで援護で構わんよ……!」

 

 フットペダルを踏み込む。

 

『怖いことはしないでくださいまし』

「約束はできん……!」

 

 援護にきたメビウスたちのリニアガンでの攻撃に、シグーとブリッツがそちらを向き、気を取られる。だがプレディザスターの進行先では、イージスがビームサーベルを展開し迎え撃とうと構えた。

 メビウスからの攻撃を回避しつつ撃ったシグーのライフルが僅かに装甲にぶつかるも、構わず加速。目の前にまで迫ったイージスが、ビームサーベルを振るう。

 

『死にますわ!』

「帰ると約束してんだよ……!」

 

 イージスがビームサーベルを振るうが、直前で―――バレルロールし紙一重で回避。

 

「なにっ!?」

 

 アスランは驚愕するが速度ではおいつけない。かといってビームライフルも撃てないだろう。

 

『ひぇっ!』

「支援AIが怯えるなッ!」

 

 イージスの脇を抜けたプレディザスターはビームでヴェサリウスを攻撃するも、撃破には至らない。

 しかし爆発し爆煙を上げるヴェサリウスは撤退するほかないだろう。

 ロマがプレディザスターを加速させるが、イージス、ブリッツ、シグーも追ってこない。

 

 それは良いことではあるが、自機の装甲はそれなりにダメージを受けているだろう。

 

「各機、ナスカ級は撤退すると思われる。メネラオスへと向かうローラシア級を撃つ!」

『了解!』

 

 その返事を聞き、フットペダルを踏み込む。

 

『おベルグラーノ轟沈ですわよあなた!』

「チィ、間に合え……!」

 

 三機のモビルスーツがヴェサリウスに戻っていくのを確認し、メビウスを引き離し加速するプレディザスター。ガモフへ接近し、ミサイルと機関砲を斉射。

 大量のミサイルと共に突っ込んだプレディザスター。ロマの視界のロックサイトが、確実にブリッジを捉えた。

 

「この一撃で歴史が変わる……!」

 

 トリガーを引くと共に、放たれたビームがガモフのブリッジを貫く。

 即座にレバーとフットペダルを操作、ガモフの手前で急停止からの急旋回で爆発するガモフから離れた。通信機から連合兵の感嘆の声が聞こえるが、オープン回線は即座に切る。

 メネラオスは問題ない。ここから加速して重力から脱出できるだろう、しかしシャトルの方が問題だ。

 

「信用されてねぇな……!」

『かなり危ないところでしたもの、当然ですわ』

 

 普通ならば、モビルスーツ三機、しかも『G』二機に囲まれて無事なわけがない。

 既にジンも撤退をしているし敵機はデュエルとバスターの二機だが、バスターは相手をしていたメビウス・ゼロが撤退したことにより離れた場所に一機。進行方向的にデュエルと合流するつもりなのだろう。

 

 そしてデュエルはと言えば、ザフトが開発した追加装甲を纏い、未だストライクと戦闘中なのだが……。

 

「すでに限界点を超えてるかっ!」

『真っ赤ですわ。真っ赤っかですわよ』

「チィッ!」

 

 無事に重力の影響下から移動しようとするメネラオスを横目に、プレディザスターを加速させる。だが先ほどのような加速はできはしない。

 

「重力の井戸に引かれる感覚っ……モビルアーマーに乗りつつ経験することになるとは……っ!」

『“大気圏突入”は設計上問題ありませんわよ』

「完璧か?」

『……』

 

 ―――支援AIが沈黙するってなに?

 

 モニターの先、モビルスーツを見つけた。すっかり赤くなっているがその形を忘れるわけもない。

 この世界でロマが見たのはただの資料。だが……動いて戦闘している姿形に対する既視感は、生まれ出た時より持っている記憶によるものだ。

 ストライクとデュエルは距離を保っているが、デュエルの持つビームライフルの射線に―――シャトルが入った。

 

 ほどほどにしか加速できないプレディザスターのコックピットで、ロマは顔をしかめる。

 

『これ以上の加速はコックピットが大炎上ですわ。シグーの攻撃で装甲に僅かにでもダメージはあるんですのよ』

「だがっ……!」

『あくまで“傷の無い状態かつ一定の速度での大気圏突入”しか想定していませんわ』

 

 確かにその通りなのだろう。ナチュラルの自分は万全を期さなければ死あるのみ。

 

『ここから撃ってくださいまし』

「チィッ!」

 

 徐々に近づきながらも、そこからサイトを展開し狙いをつける。

 

『お熱でビームも逸れますわ。しっかり狙ってくださいまし、コックピットに直撃させる必要はなくってよ』

「わかっている……」

 

 ふと、ロマは思う。この状況ならばコックピットから逸れて肩や腰に攻撃が当たっても、デュエルは熱で弾け飛ぶだろうが、その場合―――パイロット<イザーク・ジュール>も死亡することになる。

 将来的に“シャニ”と“クロト”を殺すかもしれない相手……だが、ロマは思考する。未だに“知っている者”を切り捨てる判断に迷う。顔も性格もある程度は知っている相手、それは仕方のないことかもしれないが、彼をここで殺せば未来は“良くない方”に転がる可能性もあるかもしれないと……。

 

『あなた!』

「ッ……!」

 

 トリガーを引くが、そのビームはデュエルから大きくそれたようで、デュエルは一度だけこちらを見るが、ビームライフルを放ち“正確にシャトルを撃ち抜く”。

 急いで手元の端末を操作し、ストライクへと“届くかもわからない”通信を繋ぐ。

 

「近づくなストライク!」

 

 聞こえたんだか聞こえてないんだか、ストライクが加速してシャトルへと向かっていたが、爆風と共に吹き飛ばされるのを確認した。結果、先ほどよりも近くまで飛んできたが―――ストライクは下だ。

 お門違いも甚だしいが、ロマは“焦ってシャトルを射出した”相手に、心の中で悪態をつく。

 

 ―――くそっ、恨むぞハルバートン!

 

 ストライクへの接近を試みながらも、先ほどの射撃を思い出す。

 

「くそっ、まだ迷うのかオレはッ!」

 

 少しばかりの加速。プレディザスターでストライクの下へとつくと、そのまま速度を落とし機体上部にストライクを乗せるような形を取る。これ以上の移動は困難だろう。

 コックピット内にも少しばかり熱気を感じる。

 

「頼む、チェシャ……!」

『無茶しやがってですわ。耐熱フィルム、融除剤ジェル、展開』

 

 機体の下部から開かれる透明の膜、さらに融除剤ジェルが展開され、二重の防御をもって断熱圧縮の熱から機体を守る。頭から落ちていっていたストライクではロマがいなければ、コックピットは窯となっていただろう。

 そうしていると、オープン回線で通信が届く。

 

『キラ! キラ!』

 

 モニターを確認すれば、アークエンジェルが近づいてきているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 地球への降下、アークエンジェルのブリッジが騒然とするのは自明の理だった。

 ストライクを捉えてはいるが、反応はなく。そのストライクを“乗せている”モビルアーマーもそれ以上は動かなかった。否、動けないのだろう。あのサイズの機体で大気圏を突入しているのだからそれは当然だと、軍人であればおおよその予想はつく。

 副長兼戦闘指揮を担当するナタル・バジルールは、そのモビルアーマーの状態を確認し、確信する。

 

「あのまま降りる気なら、降下地点はどうなっている!」

「本艦とストライク、突入角に差異!このままでは降下地点を大きくずれます!」

 

 オペレーターのロメロ・パルの言葉に、艦長マリュー・ラミアスは顔をしかめた。

 ジョシュアへの降下ルート、ストライクと例のモビルアーマーがこちらへ戻れるかもわからない。そもそもあのモビルアーマーのことさえわからないのだ。

 ストライクをただ助けるためだけに来てくれたとは思いたいマリュー。なお、その予想はおおよそ正解である。ロマはただ単純に“状況を好転させたい”がためだけに動いているのだ。

 

 CICを担当しているミリアリア・ハウが悲痛な声でストライクのパイロットを呼ぶ。

 

「キラ! 戻れないの? 艦に戻って!」

「無理だ! ストライクの推力では……あのモビルアーマーとてこの状況では……!」

 

 突如、通信機から聞きなれぬ声が聞こえる。

 

『艦を寄せてくれ……!』

「モビルアーマーのパイロット!?」

 

 マリューが反応をすると、さらに続けて声が聞こえた。

 

『こちら……大西洋連合所属、ロマ・K・バエル大尉……聞こえるかアークエンジェル』

「えっ……」

 

 呆けるミリアリア。いや他の者たちもだが、それでも正規軍人の場合はその意味が変わってくる。つい最近軍人になった者はそれが誰かなどわかるわけもない。だが連合軍の正規軍人で知らない者はいないだろう。

 それほどまでにそのネームバリューは凄まじい。顔こそ公表されていないが、確かにその名は知れ渡っている。

 故に、即座に反応するのはその“知り合い”であった。

 

『おいおいマジかよ!』

『久しいなと挨拶をしたいところだが、そうはいかんよ。こちらは動けん……』

「艦長のマリュー・ラミアスですっ、アークエンジェルをそちらに寄せますので……ストライクを、お願いしますっ」

『了解した』

 

 通信が切られた。

 操舵師アーノルド・ノイマンが、命令に従いアークエンジェルをストライクの方に寄せていく。いや、そもそもロマ・K・バエルの名が出た時には行動を開始していた。そもそもストライクを失うわけにいかないが、それ以上に彼の名が出た以上は従っておいた方が賢明だと判断したからだ。

 彼のバックを……“飼い主”を知らぬ者など大西洋連合の軍人には存在しない。

 

「降下地点はズレますよっ」

「ストライクを見失ったら意味がないわ。それに……」

 

 言い淀むマリュー。

 正規軍人たちは誰も彼もが、顔をしかめている。ロマ・K・バエルについてあまりにも情報が無さすぎるということと、彼が“ブルーコスモス”であるということ……ここから、場合によっては共に行動しなければならないとなると、だいぶ話が変わる。

 彼女たちがそう予測をするのは仕方ないことなのだ。蓋を開ければ彼が基本人畜無害で“反コーディネイター”の“は”の字も無い男だとしても、話したことも無い人間にとってロマは“ブルーコスモス盟主の私兵”なのだから……。

 

「TS-X9、ストライク、着艦!」

「やったぁ!」

「キラ君っ……!」

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの後部へと着艦したプレディザスター。その上のストライクはプレディザスターの主翼に確かに掴まっており、降下するまで離れることはないだろう。

 そのコックピットの中でロマは深く息をついた。

 とりあえず目的は達成した。おそらくストライクのパイロット<キラ・ヤマト>は心の問題もあり寝込むことにはなるだろうが、“原作”ほど酷いことにはなるまい。

 

「……危なかったな」

『ノーマルスーツを着ないからでなくって?』

 

 それを言われると弱いと、苦笑する。

 

『それにわたくし激熱ですのよ。見目麗しきこのボディ、磨いて良くってよ』

「考えておこう、なにはともあれサポート助かった」

『当然ですわ』

 

 ロマは懐から写真を取り出す。“仲間たち”との集合写真。毎日のように会っていた相手、そのぶんここからは少しばかり辛いかもしれない。完全なアウェーとは言わないが、ホームではないだろう。

 自分はそこに馴染めるような人間ではないと、思っているからだ。

 

 体にかかるGは故郷のそれであるが。これより辿りつく場所は、その故郷から遠く離れた場所だ。

 

「チェシャ」

『なんですの?』

「頼んだ。色々と苦労をかける」

 

 フッ、と口元を緩めて言う。

 

『わたくしは独立型支援AIタイプA、頂いた呼称は“チェシャ”……なんなりと』

「では……」

『ただしわたくし、嫌なことは嫌というタイプですのでお忘れなく』

 

 ―――機械が言うことか!?

 

 

 

 そして、赤き空を突破し、白き雲を抜け、大天使と悪魔王は砂の大地に降り立つ。

 

 

 





ということで専用機登場、まだなんかありそうな感じです
結構頑張って三機相手にヴェサリウス撤退まで、時間制限なしならロマはもっとピンチだったことでしょう
ラウに目もつけられて今後が大変

支援AI登場、あまりオリキャラ出したくないと言いつつ三人目、これ以上はないです
アークエンジェルとの合流、砂漠編ですがロマはどういう立ち位置になるかーとか楽しみにしていただければと思います

前までと比べて三馬鹿娘+盟主女王+ハイータは出番減りますが、ちょくちょく出番作っていきたいとこです

モビルアーマーでしかもオリジナル機体とか初めてだし
ちょっと急ぎで書いたので変だったら申し訳ないです

それでは次回もお楽しみいただければです


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決意の降下

 

 第八艦隊の援護の元、地上、北アフリカの砂漠地帯に降下したアークエンジェル。

 

 その格納庫は騒然としていたが、それも仕方のないことだろう。

 誰もが見慣れぬ“悪魔のパーソナルマーク”が付いた赤銅色のモビルアーマー。その隣で膝をつくストライクのシールドとエールストライカーの翼は熔けていた。上空で空気に晒されたおかげか冷えてはいるが、その姿は痛々しい。

 整備士たちが集まる中、ストライクのコックピットが開き酷く顔色の悪い<キラ・ヤマト>が出てくる。

 

「無事か!」

 

 整備士長であるコジロー・マードックが駆け寄ろうとしたが―――。

 

「っ……」

「おい坊主ぅ!?」

 

 直後、体勢を崩して倒れるキラ・ヤマトを―――金髪の男が支えた。

 その後方にて自動で閉じるモビルアーマーのハッチ、そこから彼が出てきたのは明白である。困惑する周囲の整備士をよそに、男はキラ・ヤマトを抱えたまま歩く。

 念のためにと誰かが手配したのだろう、担架を持って医療班が駆けつけた。サングラスの奥の瞳がそちらへと向けられると、少しばかり空気がピリつく。

 

 前に広げられた担架に、男はそっとキラ・ヤマトを乗せる。

 

「うっ……」

 

 その感覚に、キラ・ヤマトは苦しそうに呻きつつ、僅かに瞳を開いた。おそらくコックピット内での高温も原因なのだろうが、それは大きな問題ではないだろう。“原作”より対処は早かったしそれほど酷いことにはならないと思いたいが、問題は“心”の方だ。

 男はそっとキラの頬に指の背を当てる。

 

「……熱いな、頼んだ」

「あ、はっ!」

 

 そのまま去っていく医療班を見送る男に、誰も彼もが他の者の出方を窺っているようだったが、それもそうだろう。整備士であろうと聞いたことが無い者はいない。

 赤銅色の機体と悪魔のパーソナルマーク。“赤い悪魔”ことロマ・K・バエル。

 ブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルの私兵であり、同時に彼女とは“深い関係”という噂までもある。

 

 だが、このまま無礼を働いてはどうなるかわからないと真っ先にコジロー・マードックが前に出た―――のだが、その前に彼に近づく者あり。

 紫色のノーマルスーツを身に纏う、彼と似たような金髪。

 

「バエル少尉! 久しぶりだなぁ!」

「私は大尉ですよ。フラガ少佐」

「おっとこりゃ失礼」

 

 ムウ・ラ・フラガ少佐、メビウス・ゼロのパイロットでアークエンジェルにいる唯一の正規パイロット。彼がロマに気軽に声をかけて肩を軽く叩くのを見て、周囲は顔を青ざめさせる。

 それもそうだった。ビクトリア基地でイラついて建物一つを消し飛ばしたが問題にされなかったという噂まであるような相手だ。

 誰も彼もが“その背後”に恐れているというのに……。

 

「それにしてもありがとうな、ストライクのこと」

 

 突如として真面目な顔をするムウに、ロマは別段先ほどと変わらぬ声で答える。

 

「いえ、私としてもあの機体を」

「堅っ苦しい喋り方しちゃってぇ」

「……一応、上官なのでな」

「そういうの良いって、階級は上でも立場は君の方が上だろ?」

 

 否定する気はないのか、ロマは黙って視線を逸らして別の方向を向く。それに気づいたムウもそちらを見れば、こちらへと歩いてくるこのアークエンジェルの艦長であるマリュー・ラミアスと副長ことナタル・バジルール。

 どちらも緊張した面持ちで、ロマの前へとやってきたが、ムウは顔をしかめる。

 

 やはりブルーコスモス盟主の私兵。赤い悪魔ロマ・K・バエルの名は伊達ではないようだ。

 

「大西洋連邦第八艦隊所属、アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアス少佐です」

「同じく、ナタル・バジルール中尉であります」

「突然押しかけて申し訳ない。ロマ・K・バエル大尉です」

 

 敬礼するマリューとナタル、ロマはそれに敬礼で返した。

 

「その、詳しい話は艦長室でよろしいかしら?」

「ええ、私としてもその方がありがたい。これでは見世物だよ」

 

 そう言って苦笑する彼は、実に普通の男に見えたことだろう。実際に、普通の男なのだ。

 

 

 

 

 

 

 月面、プトレマイオス基地。

 智将と呼ばれたデュエイン・ハルバートンは非常に困った状況に陥っていた。応接室に呼ばれたと思いきや、ホフマンと共に“ムルタ・アズラエル”の前に座らされている。しかもその後ろには“強化人間が四人”立っており、ハルバートンは平静を装うものの、ホフマンはこのまま縊り殺されるのではないかと気が気でない様子だ。

 脚を組んで、ソファに座るムルタ・アズラエルは顔に不機嫌を張り付けているようにすら見える。

 

「ウチのバエル大尉はどこにいるんです?」

 

 彼女は外装を纏いながらも、ハッキリと彼の名を口にして言う。それだけ気をもんでいるということだろうが、相対する二人はそれに対してなにかを思えるほど余裕もない。

 先ほど報告も聞いたろうに、問い詰めるムルタ・アズラエルにハルバートンは毅然として答える。

 

「先ほど、部下から聞いてはいると思うのですが……アークエンジェルと共に地球に降下しました。おそらく北アフリカだろうとのことですが」

「彼が自ら、行ったと?」

「ストライクの元へ向かっていきましたのを報告されているので、間違いないでしょう。凄まじい戦いぶりでした……“赤い悪魔”とは良く言ったものです」

 

 彼女の機嫌を取るつもりなどない。純粋なハルバートンの感想だ。

 並のナチュラルが操縦できる速度でもない機体、それを扱いなおかつ接近し攻撃、そして急停止と急旋回。内臓や眼球やらが損傷してもおかしくはない、あえてモビルアーマーにて敵モビルスーツや戦艦へと近づいていく戦い方は常識を逸し、敵にとっても味方にとっても理解不能の戦い方。

 それに一番の謎は“誘導ミサイル”だ。Nジャマーの影響下での誘導ミサイルは意味をなさないはずなのだから、“撃つ前に誰かがデータを入力”でもしない限りあり得ない。

 

「……確実に降りましたか?」

「間違いないでしょう、部下がストライクを乗せた状態でアークエンジェルに着艦したのを確認していたようです」

 

 その言葉を聞いて、アズラエルは素直に頷きながらも、心の中でブチギレていた。

 とりあえず今やるべきは“挨拶もなく勝手に降りていったバカ”を締め上げることである。さもなくば気が済まない。帰って来たら即座に説教である。心配かけて、寂しい思いを“四人に”させて……よくよく考えれば“あの機体”の開発に口を出していたのも、単独行動するためなんじゃないかとさえ思う。大気圏突入機能までわざわざつけて……。

 

 苛立ちからか貧乏ゆすりをするアズラエル。

 

「……帰ったらどうしちゃいましょうか」

 

 震えるホフマン。きっと死ぬより辛い目に遭わされるのだろうと、心の中で赤い悪魔に同情する。

 

 

 

 その後、一通りの話を終えて部屋を出たホフマンが、深く息をつく。心底安心したというようにだが、ハルバートンとしては副官なのだからもう少し堂々としていてほしいと思うところである。小鹿のように繊細だが、そこを買っているところもあるので今更何も言わないが……。

 問題というか、引っかかりはそこではないのだ。

 

 部下が前を行き、その後ろをホフマンとハルバートンが歩く。そこで周囲を見渡すと、我慢できずにハルバートンはホフマンの方に少し近づいて口を開く。

 

「ホフマン、ムルタ・アズラエルをどう思った?」

「い、いえ、容姿端麗とは噂に聞いておりましたが私にはもっと恐ろしいものに見えました。あのイラつき方、いつこちらに飛び火が来るのかと、それに赤い悪魔には同情します。どんな恐ろしい罰を受けるのか」

「……そうか」

 

 眉を顰めてそういうハルバートンに、ホフマンは首を傾げる。

 

「准将は違うのですか?」

「……私は赤い悪魔に対するアズラエルのあの怒り方に覚えがある」

「は?」

 

 ハルバートンは苦虫を噛み潰したような顔で“ソレ”を思い出す。

 

「……カミさんが激怒した時と一緒だ」

 

 近からずも遠からずといったところだろうか……。

 

 

 

 一方、ハルバートンからロマの『カミさん』疑惑をかけられたムルタ・アズラエル。先ほどの応接室にいるものの、先ほどよりも不機嫌さを顕著に表していた。隣には苦笑するハイータ、正面に座る三人娘もどこか納得いっていないようだ。

 ロマは“第八艦隊とアークエンジェルの護衛”に行くと言って出て行ったのだから、間違ってはない。状況的に一緒に降りた方が良いと判断したから降りたのだろうし、“完成した試作機”を持っていったのも、まだ理解できる。

 

 しかしだ、頭では理解できても感情は違うのだ。それに心配もする。

 最初に口を開くのはハイータだった。

 

「アズラエル理事、とりあえずロマくんに支援を送らないとです、よね?」

「あ~そうですね。ジョシュアに降りる予定だったんでしたらなにも無いのかあの艦……」

「え~それじゃあ僕がおにーさん迎えに行ってこようか?」

 

 そういうクロトに、アズラエルは顎に手を当てて考える。

 

「いえ、しかしアークエンジェルというかあの子と連絡を取れなければ合流地点も……」

「……問題、山積みですね」

「ビクトリアが落ちたのが痛手ですねぇ」

 

 ため息をつくアズラエルに、隣のハイータが苦笑を零す。

 クロトがふと何かを思いついたのか平手を拳でポンと叩いてみせた。アズラエルが少し期待する。

 

「じゃあ僕が迎えに行きましょうかぁ?」

「どうやってですか、北アフリカに降下して……そこからわかんないんですよ。大型の通信設備があるところなんてそこらへんに無い気がしますし」

 

 期待するだけ無駄だった。そもそも孤立した状態で降下、支援したくても支援する相手が動くかもしれないなど、今の世界でどうにもできないのだ。しかもザフト勢力圏など支援しに行った方がやられかねない。

 軍を動かすことは造作もないが……。

 

「じゃあどうすんだよ、このままアイツやられて良いってことねぇだろ」

 

 オルガの言葉に、全員が心の中で頷く。そこでふと、アズラエルは思いついた。

 

「なんか考えないとですねぇ、とりあえずサザーランド大佐と連絡つけましょうか」

 

 あまり乗り気でないといった表情を浮かべて、アズラエルは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦長室へとやってきたロマ。

 正面に座るマリュー・ラミアス、両側にはナタルとムウが立っており、テーブルを挟んで向かいに用意された椅子に座るロマは、静かにサングラスを外した。お互いの顔合わせは必要で、これからのことを話すことも必要ということだろう。

 故に、ロマは相手からの言葉を待つ。

 

「まずはバエル大尉、ストライクのこと……ありがとうございました」

「私はなんにもできていませんよ。単騎での降下も可能でしたでしょうし……」

 

 ただしその場合、中は今より悲惨なことになっていただろう。

 そう答えたロマに、マリューは少し困りながらも、話題を変えることにした。それが賢明だろう、まず話し合うべきはそれではないのだ。

 

 問題は―――これからのことである。

 

「それでその、バエル大尉はこれからどうするおつもりで?」

「と言っても帰れませんから……この船はこの後、アラスカまで行くのなら同行させていただこうかと」

「お~そりゃぁ助かるねぇ、あんたがいるなら戦闘になっても」

 

「フラガ大尉!」

 

 ムウの軽い口に声を荒げるのはマリュー。ナタルも少しばかり睨むようにムウを見るので、バツの悪そうな表情で肩をすくめてロマを見た。

 すると、ロマは声を上げて笑う。

 

「ハハッ、構いませんよ。ここからは一蓮托生、そう堅くしても疲れるだけです」

「ほら~コイツの方がわかってるぜ。それに俺は少佐」

 

 同じ戦場に立ち言葉を交わし、挙句には彼とアズラエルの会話を聞いたことのあるムウだからそう言えるのだ。普通は盟主の私兵にはそうはいかない。

 噂ではムルタ・アズラエルはブルーコスモスのタカ派。暗殺やら仕掛ける。誰もが知っている“噂”である。しかして信憑性はあるものだ。

 故に、誰もが“彼”との会話というのは難しく思う。ある意味では“アズラエル本人”よりも難しい。

 

 中身はただのカッコつけたがりの童貞(小僧)だというのに……。

 

「なにはともあれここは北アフリカ、ザフトの勢力圏内……“赤い悪魔”と称されたバエル大尉の協力が得られるならば心強いことですわ」

「艦長、悪魔、というのは失礼にあたるのでは?」

 

 ナタルの指摘に、マリューが動揺する。

 

「えっ、いやでも通り名だし……き、気を悪くされましたか?」

「いえ、慣れたものですよ。別段悪い気もしません」

「そ、そうですか、安心しましたわ」

 

 ―――マリューさんなら、例えなにかあっても大概許せる!

 

 若かりし頃は散々とお世話になっただろう、彼女に敬意を払うのは当然だった。なによりも胸が大きい。ご存じのとおりロマは巨乳に弱かった。

 どこぞのポンコツAIにすらここ一月ちょっとで看破されている。

 

「フッ、我ながら俗物だな」

 

 自嘲気味に笑うロマに、マリューとナタルが顔を見合わせて困惑する。“大気圏突入前”には喧嘩のようにもなったが、ロマという爆弾を抱え込んだ結果、それどころではなくなっていた。

 そして、二人は小声で話す。

 

「なにかあったんでしょうか?」

「我々があまりに素人で、笑ったんじゃないでしょうか?」

「……マズイわね」

「はい」

 

 ハッとしたロマはマリューたちの方を向いてから、ムウに視線を移す。両手を広げて肩をすくめる彼に、ロマは訝しげな表情を浮かべた。

 そのジェスチャーで察せられるほど“そういう方面に対して”勘のいい男ではないのだ。

 

「なにはともあれ、詳しくは明日にしないか? 彼だって疲れてるだろうし、俺たちも、な?」

「フラガ少佐、こういう場ではもう少し」

「私は構わんよ。こちらも疲れた……シグーに『G』が二機……正直、生きた心地がせん」

「心地はなくても生きてんだから、立派なもんだけどねぇ」

 

 一度会ったことはあると言っても、やはり“テレビの人”にそう言われると胸が熱くなる。

 

「バジルール中尉、バエル大尉に将校用の部屋を案内してさしあげて」

「はっ!」

 

 立ち上がったナタルがロマの隣へとやってきた。

 

「ではご案内します」

「ああ、もうちょっと砕けても構わんが」

「部下への示しもつきませんので……」

 

 ―――頭堅いなぁ。

 

 なんて思いながら、ムウとマリューの方に視線を向けて軽く片手を上げてから、ナタルに続いて部屋を出ていく。

 廊下を歩きながらも、すれ違う者からは好奇の視線を受ける。やはり“ヘリオポリス”から共に戦い続けたところに自分のようなよそ者が入ればそうもなるかと、サングラスの奥の瞳を細めた。

 

 彼としては降下しないで済むならばそれでよかったのだが、いかんせんこうなったらやるべきことはやるべきだ。

 いざとなれば“オーブ”で“サハク家の関係者”に話を通してもらえれば良い。特にその人物に覚えがあるし、“オーブに入る”となれば確実に接触することにはなるだろう。

 

 

 

 

 部屋へと案内されてナタルと別れると、静かに息をついて椅子に座る。どうせすぐに立ち上がらなければならないのにも関わらず、完全に力を抜いてしまい、ダルそうに表情を緩めた。

 サングラスが顔からずり下がるが、ダルそうにそのサングラスをテーブルの上に置く。

 一刻も早くアズラエルや三人娘やハイータの待つ“家”に帰りたいが、この道を選んだのは自分だ。

 

「どうす……ん」

 

 なにかを思い出したのか、ロマはポケットから小型のインカムを取り出し、耳に当てスイッチを押す。

 

「待たせた」

『待たせすぎですことよ、我慢できずにミサイル撃つところでしたわ』

「やめろ、マジで」

 

 インカムの向こうから聞こえる声は“なんちゃってお嬢様風ポンコツ支援AI『チェシャ』”である。

 

『はやくぶっぱなしてぇですわ』

「そんなもん撃たないに越したことないだろ」

 

 戦闘なんて無い方が良いのだ。心と頭皮の安寧のために……。

 

「だけどなぁ……」

『どうしまして、というよりどうしますの補給もなしに、ミサイルやら機関砲の弾だって限界がありましてよ』

「節約するさ、ストライクもいる」

 

 ロマとしては、原作通りなら無理に自分がなにかする必要もないと思ったが……。

 しかし、やはりこの船にいるからには何もしないわけにもいかないので、関わらざるをえない。そもそも自分の扱いに困っているようなのだし、ここでサボっては論外だ。

 故に、疲れた体に鞭打ってとりあえず立ち上がる。

 

「さて、格納庫には行かんとな。整備士たちも私の機体の扱いに困っているだろう」

『後回しで良いじゃありませんの、面倒くさい』

「そうして後回しにした結果、私はムルタに30分も説教をくらったよ」

 

 苦い顔をしつつ、サングラスをかけた。

 

『はぇ~犬も食いませんわね。わたくし寝るのでお好きになさって』

「寝るってなんだよ……」

 

 ―――ポンコツAI……てかどんどん感情表現豊かになってくな。

 

 

 

 格納庫までの道を歩いていると、先ほど見た顔を見つけた。

 自分と同じような髪色の男、ムウ・ラ・フラガである。

 

「お、どうしたんだ?」

「いや、格納庫にな。私の機体について話をしていなかった」

「なるほどねぇ、明日でも良いんじゃないの?」

 

 ―――ポンコツAIと同じようなことを……。

 

「そういうわけにもいかんよ。お邪魔している身だからな」

「殊勝なことだねぇ。なんであんたみたいのがビビられてんだか……俺から艦長さんたちに話しとこうか?」

「……いや、こればかりは自分でなんとかするしかあるまいよ」

 

 ムウが難しい顔をするが、ロマは苦笑を浮かべて肩を竦めるのみ。

 

「ところで少佐はこれからどうするんです」

「これから医務室でボウズの様子を見てから寝るんだよ。ウチのエースだからな、放ってはおけねぇ」

「そこは仲間、で良いでしょう」

 

 その言葉に、ムウが目を見開いて驚いてから、苦笑を浮かべる。軍人にしてはいやに綺麗な言葉を使った気がしたのだろう。実際にロマはロマで少しばかり顔をしかめていた。

 軍人としてはガラではない言葉だ。仲間など。

 

「……ほんとブルーコスモスに置いとくには勿体ないやつだよ」

「私はブルーコスモスにいるのではなく、アズラエル理事の元にいる」

「お熱いねぇ、相変わらず」

 

 歩き出すムウの横を行くロマ。そんなロマの腕を肘で突いて笑うムウに、ロマは苦笑を浮かべた。

 

「そういうのではないよ。アズラエル理事もどうやら想い人がいるようだしな……」

「マジで?」

「マジだ」

「いやそっちじゃなくて」

「……ん?」

 

 今度はムウが苦笑し、ロマはその真意を理解しかねる。

 軽く雑談をしながら歩くと、すぐにそこに辿りつき自動ドアを開けてムウを先頭にロマも医務室へと入れば、そこには医者の他に四人ほどの少年少女。軍服を着てるからにAAのクルーなのは確かで、しかし幼さは滲み出る。

 だからこそ、彼は理解した。

 

 ―――本物だなぁ。

 

 感慨深いものがある。アズラエルや三人娘は性別が変わっているせいで実感は無かったものの、やはりこうして実際に見ると違う。ムウもそうだが、ここはやはり“その世界”なのだと実感が湧く。

 

 その医務室の空気は、あまり良いものでもないのだと肌で感じるロマ。医者が少々“嫌な笑い方”をしており、少年少女たちはあまり快いといった表情ではない。

 それもそうだろう、この医者は“コーディネイターはあまりに違う生き物だ”と言わんばかりの説明をしていたばかりだ。

 ムウも嫌な空気を感じ取ったのか、少しばかり眉を顰める。

 

「あ? どうかしたのか?」

「ああ、いや、別に……今彼らにも話したんですが……」

 

 医者がムウへの説明を始めるが、ロマは構わず歩いて少し奥に向かう。すると視界に入るベッドに横たわってる少年が一人。苦しそうに唸っているその少年は“主人公(キラ・ヤマト)”だ。

 サングラスの奥の瞳がその顔を真っ直ぐに見つめる。

 すると、ベッドの隣で腰を下ろしてキラを看病している少女<フレイ・アルスター>がロマを訝しげな表情で見上げていた。

 

「失礼、ストライクのパイロットをしっかりと見ておきたくてな」

「えっと……」

 

 近くに気配を感じるが、おそらくキラの友人だろうと予想がつく。

 せっかくなのでまとめて名乗っておこうと軽く顔をそちらに向ければ、トール・ケーニヒ、ミリアリア・ハウ、サイ・アーガイル、カズイ・バスカーク。御丁寧にキラの友人は全員揃っている。

 しかし、自分と視線が合うとビクッとするのでロマは少し傷ついていた。

 

 だが、そんなことおくびにも出さずロマはフッ、と口元を緩める。

 

「本日よりアークエンジェルで世話になる。ロマ・カインハースト・バエル大尉だ」

 

 そう言うと、それぞれが自分の名を名乗る。全員が二等兵。

 

「ストライクのパイロット……先ほども見たが、少年だな」

「えっと、キラは……」

「コーディネイター、だな?」

 

 その言葉に、少しばかり空気が悪くなる。ロマとしては何の気なしに言ったつもりだったが、ハイータと接していすぎたせいだろう。普通はこうなるということを理解していなかった。

 そうして気にするから余計に確執を広げるというのに、とも思ったが言葉を飲んで、ロマは構わず続ける。

 

「問題はないのだろう?」

「らしいぜ、この程度の熱じゃ命に別状はないだろうって」

「性能が全然違う、か」

 

 サイが一人ごちるようにつぶやく。

 

「だが中身は所詮人だよ。コーディネイターとて」

「えっ……」

「辛いことは辛いし、驚くことは驚く、不意だってつける……」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、少しばかり眉をひそめる。

 

「……散々殺してきたんだ、良くわかる」

 

 

 

 

 

 

 北アフリカ。ザフト軍支配下のバナディーヤの街にある屋敷で、砂漠の虎アンドリュー・バルトフェルドはコーヒーを飲みながら驚愕に目を開く。

 持っていたカップをそっと置くと、正面に立っていたマーチン・ダコスタから端末を受け取る。渡したダコスタも少しばかり動揺しているようにも見えるが、それも仕方のないことだろう。

 

 ザフト地上軍は、ビクトリア基地を落としたばかりで少しばかり疲弊している。特にアフリカはそのはずなのだが……。

 

「ほう、バクゥにディン……挙句グゥルまで送ってくるとは大盤振る舞いだねぇ」

 

 バルトフェルドは豪快に笑う。隣に立っていた恋人であり相棒でもある<アイシャ>が小首をかしげる。

 

「どういう風の吹き回しですの?」

「まぁ、納得の指令だよ。上も相当“アレ”をつぶしたいらしい」

 

 そう言ってテーブルの上に端末を置くバルトフェルド。画面を覗き込むアイシャとダコスタ。

 表示されているのは今後の補給と、“目標”に対しての情報。

 

「連合の新型、アークエンジェルとストライクの撃墜または鹵獲ですか、いやそれと……ッ」

「久しぶりに会えるねぇ」

 

 最大限の補給とサポート、そこまでされては本気でやらないわけにもいかないだろう。挙句に『G』を送るとまで言っている。サブフライトシステム、グゥルはそのためなのは明白。

 ザフトの上が本気になる理由が、そこにはある。

 

 アークエンジェル、ストライクを討てとの指令。そして、もう一つ―――。

 

「……今度こそしっかりとお相手しようか」

 

 

 ―――“赤い悪魔”の撃墜。

 

 

 

 

 

 

「うおっ、寒気した……」

『丸出しで寝たんじゃなくって?』

「やめろ、普通に寝てた」

 

 アークエンジェル、格納庫のプレディザスターのコックピットにロマはいた。

 あれから一眠りしたが、落ち着かずにすぐ起きて、早朝から機体の調整をしている。外部の装甲の整備は頼んだが、中に不調がないかの確認するのはロマの仕事だ。

 機動実験とて宇宙でしており、地上での運用などロマもしたことがない。

 

「……さすがに宇宙と同じようにやったら死ぬか?」

『おっ死ぬのが目に見えてますわ』

「慣れればそれで良いんだがなぁ」

『その前に体がもたなくなれば本末転倒ですわよあなた?』

 

 チェシャの言うとおりだなと、ロマは唸る。

 

「ふぅ、とりあえずこの調整だけ終わらせたらもう一度寝るか」

『あ……あれやってあげましてよ? 耳元でささやいてあげるやつ』

 

 そんな支援AIのいらない支援に顔をしかめた。

 

「やめろ、鼓膜が破れる」

『支援AIは感情の起伏なんてないので声を荒げるような優雅でない真似しませんことよ』

「ポンコツAIが良く言う」

『誰がポンコツですの!? ミサイルを撃ちますわよ!』

「こっちからロックできる機能つけた」

『なっ、人の身体好き勝手……わたくしの身体好き放題いじられてますわ~!』

「うるせぇ……」

 

 やかましいAIのスピーカーを強制的に切ろうとするが、そこのロックはいじれなかったので切ったところですぐに点けられるのが目に見えた。まぁ結局は出てしまえば関係ないのだ。インカムもつけなければ良い。

 別に嫌いなわけではないが、一人で盛り上がるので真面目に相手にするのもよろしくはない。激しい独り言を言っていると言われるのも癪だ。

 コックピットのスイッチを押すと、腰かけていたシートがゆっくりと下に降りていく。暗い空間、そこでシートから降りると、床を歩き少し先にあるハッチが開けば光が差し込む。

 

「いちいち、時間がかかるな」

 

 ハッチから出ると、梯子がかけてありそれを階段のようにして素早く降りる。床へと足をつけると、周囲には誰もいないことに気づく。未だ早朝、それもそうだろう。

 整備されすっかり綺麗な姿を取り戻したストライクを見上げ、顔をしかめた。彼には戦ってもらわなければならないが、あまり快い感情ではない。

 

「ふぅ、これではいかんか……」

 

 胸元から写真を一枚取り出す。

 

「……帰るために、やってみるさ」

 

 フッ、と笑みをこぼして写真をしまい、部屋へと歩き出そうとした。その瞬間―――見知った顔を見つけた。

 向こうがどうかは知らないが、少なからずロマは知っている。

 

 ロマにとっては親の顔より見た、は言い過ぎではあるが……散々、その顔も声も“数多の媒体”で見たし聞いてきたはずだ。それ故に、少し呆けてしまった。意識が無い時とある時ではやはり違うようだ。

 目が合っているので、ロマはすぐに切り替える。

 

「体調はよくなったようだな。キラ・ヤマトくん」

 

 そこに、キラ・ヤマトが立っていた。

 

「貴方は……」

「ロマ・カインハースト・バエル、見ての通り軍人さ」

「え、あ……は、はい」

 

 

 ―――ファーストコンタクトでちょっと引かれた……。

 

 





ちょっと急ぎ足で眠い中書いたので変になってたらすみません

とりあえずAA組と合流して色々、こっから顔合わせやらもまだあります
一方、アズにゃんキレ気味、これは帰ってきたあとこってり搾られ、じゃなくて絞られますね
さらにロマのせいでアークエンジェルの危険が危ない(

次回はとうとう本編主人公と会話イベント、さらに色々あります

ロマの影響でどんな風に変わるのかとか、楽しみにしていただければです


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神のいたずら

 

 地球、北アフリカ。砂丘に囲まれ停泊するアークエンジェル。

 

 降下した翌日の昼頃、ロマは自室にて深く息をつく。問題点が多すぎてどこから片付ければいいかわからない。と言ったところだろう。

 しかして、ここにきて一番最初にやるべきことはやったはずだと確信している。

 そうして端末にてプレディザスターのデータをまとめていると、片耳に挿したインカムから声が聞こえた。

 

『にしてもカッコつけましたわね。恥ずかしくないんですのあなた?』

「うるせぇ……」

 

 片手で顔を押さえるロマ。それにはもちろん理由があり、今は相棒であるポンコツ支援AIことチェシャはそれを見て……否、聞いていた。

 

『最後のとこは悪くありませんでしたけど、絶対無理ですわ』

「わかっているさ。それに私は、阿漕なことをしている……」

 

 悪態をついて、ロマは天井を見上げる。

 

『わたくしの貴重さもう少しご理解なさって!』

「うるせぇなこのAI」

『ASMRですわ!』

「うるせぇ……」

 

 深く息をついて、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、早朝。

 ロマ・K・バエルはキラ・ヤマトと共に格納庫の一角に座っていた。

 本来ならば病み上がりなのだから医務室に戻すのが定石ではあるだろう。しかし、ロマとしても“そんな顔”をしている相手を放置もできまい。それに自分は彼のトラウマを“識っている”のだ。

 暗い表情のキラを見て、少しばかり眉を顰める。

 

「……すまんな」

「え?」

 

 突然の謝罪に、戸惑う。出会って数分、倒れそうな自分を支えてくれた相手とだけしか知らない。

 むしろお礼を言おうと思ったのにその前に放たれた一言に、固まる。

 

「いや、シャトルのことさ……君が必死に見えたし感じた」

「っ……」

 

 自責に表情を歪めながら拳を握りしめるキラを見て、ロマは心の中で自身も自責の念を感じる。

 もう少し早くことが済んでいれば、彼女らを助けることができただろうか、そうすれば彼はこのような表情もしなかっただろうかと思考するロマ。胃が痛むが、情けなくさすることもできずに静かに息をつく。

 

 キラ自身も彼のせいではないと思っているし言いたい、だがその謝罪の声に、雰囲気に、黙ってしまう。

 

「人の死というのは、重い。知っている者ならなおさらというものだ」

 

 そういうところで一々痛むであろうことは明白だからこそ、ロマは“歴史を変える”こともできない。撃つことができない。未だある迷いを振り切ることができやしない。中途半端な人でなし。

 

「しかし、残酷な物言いをすれば、君はまだ“大事なモノ全て”は失ってないだろう」

「っ……」

 

 そういう言い方がよろしくはないことは、ロマ自身理解している。だが、ロマにとって一番守りたいモノがあるように、キラにとっても一番守りたいものがあるということも理解していた。

 その悲しみや罪悪感が嘘だとは言わない。だが……。

 

「……引きずりながらでも妥協点を見つけて戦わねば、守れるものも守れんよ」

 

 人でなし故に、あのシャトルならば“まだいい”と遠回しに言う。

 悲しいだろう。辛いだろう。苦しいだろう。しかしそれはまだ“マシ”なのだと……。

 

 しかして、守るために戦え―――それはある種、脅迫の類なのだ。だからこそ。

 

「だが、これは戦士の言い分だ……君が本当に辛いなら、今は戦わないでも良いとも思っている」

「えっ、どうし、て……」

 

 戸惑いを、口にするキラ。ロマはサングラスを外してその赤と青でキラを見やる。

 

「私の個人的な感情だよ。君は正式な連合軍のパイロットだが……まだ少年だ、戦士として生きるのを強要されるべきじゃない」

「でも、守れるものも守れないってっ」

「それは子供がやることじゃない。本来なら……私や少佐のような大人がやることだ」

 

 その“放送を見ていた”当時はどうだっただろうか、どう思っただろうか、それもすべて追憶の彼方。思い出せるわけもない。しかして“今ここに生きる”ロマはキラのような子供が戦うということに、違和感を覚えない大人ではなかった。だから言葉にしてしまう。

 

 卑劣で賢しいことに、その思考の片隅には、なにを言おうと“キラは戦う”という確信もあるくせに……。

 

「ッ……だからヤマト少尉、君が“戦いたい”なら戦うのは良い」

 

 胃がキリキリと痛む。自分の情けない心にだろうか、それとも罪悪感か。

 しかして口から出る言葉はやはり“彼を待っている”という意味の言葉だ。

 

「だが、無理に戦わなくても良い。自分の傷を癒してからゆっくり考えていい」

「っ……でも、僕が戦わなきゃ」

「違うだろう」

 

 なにが違う。なぜ違う。自分一人になにができる。そう思っていても無駄に“カッコつけて”しまう。

 

「戦えるのは君一人じゃないだろう。私はこれでも“赤い悪魔”と呼ばれている男だ」

 

 キラが両手を膝の上に乗せて、グッと拳を握りしめる。

 戦うなと言ったり、遠回しに戦えと言ったり、また戦わなくても良いと言ったり……結局、ハッキリと戦うなとは言えない。責任を持つと言いながら、言葉の全てはキラに判断を任せるものであり、ロマとしては拳が飛んできても文句言えないなと、覚悟はしておく。

 

 それに自分は、“少女たち”を戦わせている立場だ。

 

「その、バ、バエルさんは」

「ロマでかまわんよ。これから長い付き合いになる」

「……その、ロマさんは」

 

 キラと目が合う。ロマは色違いの瞳でキラの瞳を見つめる。

 

「どうして、戦うんですか?」

 

 その質問は、ロマにとって意外だった。キラ・ヤマトが初対面でこうも核心を突いた質問をしてくるとは思わなかったのだろう。

 しかし、キラ自身も驚いていた。出会って間もない相手に、あまりに不躾な質問に思える。すぐに訂正しようと試みるが、その前にロマが口を開く。

 

「それしか知らんからさ、私は“人を殺す(敵を討つ)”しか能がない人間だ」

「そんな……」

「なにかを変える力がそれしかないんでな、だから未だに嫁さんももらえん」

 

 ロマは自嘲するように笑う。

 

「だが俺には、守りたい世界ができたんだ」

「え?」

 

 何の気なしに呟いた言葉に気づいて、ハッとしたロマ。サングラスをかけないまま、立ち上がる。

 

「いや、喋りすぎたな。会ったばかりの年上の自分語りなど聞くに堪えんだろうに」

「い、いえ、そんな……」

 

 そう言うなり、ロマはキラの片腕に手を添えて立たせる。その額に手を当てて自分よりも冷えていることを確認し頷くが、キラは未だに戸惑っている様子。

 そろそろ起床する者も増えてくる時間だろう。寝ているべき人間を連れ出した、などと思われてもよろしくは無いとキラを医務室に連れ帰ることにする。

 

「皆、君に頼りすぎた。君は少し休め」

「ありがとう、ございます……」

 

 おずおずと礼を言うキラの肩に軽く手を乗せた。

 

「君は連合の兵士だからな、ずっと戦わなくて良いとは言えないが……君の心の整理がつくまでは私が守るよ。君もこの船もな」

「……あ、ありがとうござい、ますっ……」

 

 今度は打って変わって、気恥ずかしそうに言うキラ。

 フッ、と笑みを浮かべて頷き、ロマは歩き出す。ともあれ、初対面としては悪くない滑り出しであろうと、ロマは内心で酷く安堵した。

 初っ端の紅い彗星ムーヴで手痛い失敗をかましたものの、どうにか盛り返したと言ったところであろう。一発逆転拳炸裂。

 

 ―――まぁバクゥ数体、例外もあるが多少増えてもなんとかなる、か?

 

 

 

 

 

 

 月面、プトレマイオス基地。

 ブルーコスモス盟主、と同時に赤い悪魔の飼い主で名を馳せるムルタ・アズラエルは、サザーランドとの会議を終えて、廊下を歩いていた。その傍らにはオルガがおり、二人は自動ドアをくぐると“集合部屋”へと入った。

 クロト、シャニ、ハイータがアズラエルとオルガに視線を移すも、オルガは呆れたように肩を竦めるのみ。

 

 後ろの自動ドアが閉まると同時に、アズラエルはその表情に苛立ちを浮かべた。

 荒々しく歩いてソファの前に立つと、ドカッとその“安産型の臀部”を叩きつけるように座る。明らかに機嫌が悪いものの、部屋にいた三人はどこか納得したような表情だった。

 深く深呼吸をして、アズラエルは頷く。

 

「あ~みなさん、とりあえずサザーランド大佐としては補給やら追加戦力は出す気がなかったようです」

「つまり、アークエンジェルは見殺しにする気だったってことですか!?」

 

 ハイータが大声で反応するも、アズラエルは唇に人差し指を当てて“静かにしろ”ということを伝える。おそらくそれは秘匿事項なのだろう。自軍の戦艦を“何らかの都合の悪さ”から見殺しにすることが公なわけもないが……。

 

「で、おにーさんも、見殺し?」

「いえ、そこはほら……私の得意の交渉術で? なんとかしましたとも」

 

 笑うアズラエルを見て、オルガがため息をつく。

 

「嘘つけよ、脅迫だったじゃねーか」

「なにか?」

 

 ニコニコとしているが、そこに暗い何かを感じてオルガは目を逸らす。

 

「……なんでも、でもまぁ多少の妥協はあったよな」

「え~おば、じゃなくておねーさんのソレがあって妥協かぁ」

「まぁジブラルタルが近いから大きな補給船は出せないとか、少数で必要な分のみしか、とか輸送中にMSに襲われたらむしろアークエンジェルが狙われる~とか……適当に理由付けられたもので、送れるのはせいぜい中型輸送機一機分とかなんとか」

 

 そんなしょっぱい補給部隊に、苦々しい顔をせざるをえないハイータ。

 

「まことに遺憾ながら……そもそも私のロマがいる時点でアークエンジェルは最重要目標扱いされてる気が」

「ハァ~? 誰の誰って?」

 

 シャニの言葉に、小首をかしげるアズラエルだったが……直後に理解したのか片手で顔を押さえて俯く。苦笑するハイータと、呆れたように椅子に腰かけるオルガ、クロトはなんとも言えない表情を浮かべており、見事に話の腰が折れた。

 咳払いをしたアズラエルが、深く息を吐く。

 

「なにはともあれ、です」

 

 手を叩いて音を鳴らす。

 

「私からも個人的に輸送機を出します。確かに大部隊で向かってザフトに見つかっては本末転倒なので、それなりに、ですが……」

「おにーさんの機体のスペアパーツとかいりますしねぇ」

「それじゃあ安心ですね」

 

 ホッ、と息を吐くハイータ。だがそこでアズラエルはさらに言葉を続ける。

 

「一機ぐらいモビルスーツを積もうと思いまして」

「僕!」

「私、行く」

「あ~、一応オレが適任じゃねーの?」

「えっと……き、恐縮ながら立候補を」

 

 同時に手を上げる三人と、遅れてハイータ。わかってはいたのだろう、ため息をつくアズラエルは腕を組んで天井を見上げた。

 本来ならば自分も付いていきたいのだろう。しかし、立場がそれを許さない。

 

「待つっていうのも悪くありませんね。そういうことにしましょう」

「なにが?」

「ていうかどうすんだよ。誰行く?」

 

 これでは戦争に行く前に戦争が始まってしまう。むしろ内紛。しかも生々しくも血で血を洗う薬物蔓延る地獄オブ地獄。

 けん制し合うでもなくアズラエルの答えを待つが、別になにを言うわけでもない。

 早く決めてください。と言わんばかりのアズラエルに四人が顔を合わせた。

 

「えっと……じゃ、じゃんけんで決めましょうか」

「まぁそれじゃ勝っても負けてもしょうがねぇな、“勝っても”な」

「公平といえば公平ですねぇ」

「ん、勝つ……」

 

 好戦的な三人に畏縮しだすハイータ。クロトはなぜか手首のストレッチをはじめ、シャニはなにかブツブツと計算式のようなものを言いだす。

 興味なさげだったオルガは、両手を合わせてじゃんけん前にたまにする“アレ”をしていた。

 

 妙な雰囲気、ハイータは思わず『なんか静かですね~』とか口走りそうになるも、言うべきではないと本能が叫んだ。主にオルガがなんやかんやありそうな予感。

 とりあえずだ、ハイータはふと気が付く。

 

「……なんでみんな私の部屋に集まるんです?」

「なんとなく」

 

 四人がした同時の返答に―――。

 

「あ、はい」

 

 それしか返せなかったのも仕方ないことであった。基本人畜無害の辛いところである。

 

 ピリピリとしだすクロト、オルガ、シャニを前に、ちょっと涙目になるハイータ。ソファに座るアズラエルが楽しそうに、集まる四人の方を見る。

 ハイータは『なに笑とんねん!』と思ったのだが、口が裂けても言えない。

 

「それじゃ、私が号令をかけましょうか……じゃーんけーん」

 

 ―――ポイ!

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎのアークエンジェル内、格納庫にてロマはプレディザスターの装甲を確認していた。

 シグーの攻撃で歪んでいるのは確かだが、しばらくは問題ないだろう。同じ場所に攻撃が直撃したところで実弾ならばまだ持つはずだ。

 そうしていると、背後から誰かが近づく気配がする。

 

「少佐か」

「ムウで良いって、大佐!」

「私は大尉だよ。昨日もやったろうに」

「ははは、でもあんたは階級以上に凄い奴だからなぁ」

 

 背中を軽く叩かれるも、周囲がざわついた。

 それを察したロマが、良いのか? と顔をしかめるも、ムウは別になにを言うわけでもなく隣に立ったまま話を続ける。

 

「まぁまぁ……にしても凄いモビルアーマーだよな、コイツ」

「テスト機だからな、いずれ量産予定らしいが、実際されるのかどうか……私とて支援AIを使ってようやくだ」

「そりゃされないな」

「……やっぱりそうか、そうじゃないかとは思ってたんだ」

 

 ロマ自身が気づいているかどうかはともかくとして、彼が凄まじいスピードと言う機体を並のナチュラルが扱えるわけもない。作ってすぐに技術者たちは『なんでこんなの作っちゃったんだろう』と思いながら、従来通りの量産型モビルスーツの開発に勤しんだそうだ。

 プレディザスター。文字通りの試作機に未来は無いのだろう。

 

 ロマとしてはプレディザスターも気に入っている。自由にモビルアーマーとモビルスーツを使い分けられる“可変機”でもほしいところだが、今はまだ酷だろう。

 

「にしても支援AIねぇ、そんなのどうやって積んでんだ。てか中が意外と広そうだしなぁ」

「中に空間があってな、そこから降りているリニアシートに乗り“モビルスーツと同じコックピット”に入るのさ……ちなみに支援AIについての詳細は禁則事項と言うやつだ。知れば監視がつくか、私と同じくブルーコスモスに入ってもらうことになるだろうな」

「お~あんな美人と一緒にいられるなら悪くねぇかなぁ……なんて」

 

 おかしそうに笑うムウ。おそらくアズラエルが気に入るタイプでない気がして、あまりお勧めしたくはない。

 

「そういやキラ、元気になったってよ」

「聞いたと言うより、話したよ」

「へぇ~早いじゃないの」

「偶然会ってな。余計なことを言ったかもしれない……」

 

 眉を顰めるロマを見て、ムウも同じく眉を顰めた。

 

「……なんか言っちゃった?」

「無理なら乗らなくて良いと、私がいるならば問題ないだろうと、な」

「男の子なら挑発だと思っちゃうとこだな」

「……彼ならそんなことは無いと思うよ。勘だがな」

 

 実際、嫌そうな顔では無かった。自分でも投げやりで無責任な言葉だと思ったが、追い詰められた彼がどう思ったかなど知る由もない。しかして、別れ際のキラがロマに対してそんな負の感情を向けていたとは思えなかった。

 故に、彼との関係性は“悪くは無い”のだろう。

 

 今後、どうなるかはともかくとしてだ……。

 

「また、余計なことを……」

「ん、どうした?」

「いや……」

 

 ―――どうせ戦う相手だというのに、ただでさえやりにくいものをさらに……。

 

「それにしても、問題はキラが私の“正体”を知らないことだな」

「えっ、知らないのか?」

「たぶんな、友達から聞くだろう」

 

 そう冷静に言うが、逆にムウが焦りを見せる。

 

「おいおい、自分から説明した方が良いだろ。ブルーコスモスってだけで尾ひれつくかもしれないぜ?」

「それも私の役割だろうさ。ブルーコスモスの中にもテロ紛いのことをする輩がいないでもないしな。一般人まで巻き込んでの攻撃なんてのもある」

「……でもお前たちはそうじゃないだろ?」

 

 ムウの言葉に、少しばかりうれしくも思う。理解してくれる相手というのがこのアウェーの艦内にいるというだけで、少しは心休まると言うものだ。

 

「まぁ、なるようになるさ……なんか上手く行ってきたものだ」

「……アンタが言うなら、上手く行くかもな」

 

 笑ったムウはロマの背を軽く叩いて、自分の新たな機体<スカイグラスパー>の方へと歩いていく。それもまた生で見れたことには感動するのだが、今はそれどころでもない。

 さっそく機体の方へと歩き出すと、インカムからすっかり聞きなれた声が聞こえる。

 

『なにカッコつけてんですの、嫌われるの怖いですって素直にお言いになっては?』

「いや、逆に嫌われたほうがやりやすいかもしれん、後々な」

『なにを仰ってるの?』

 

 説明しても意味ないことだ。

 階段を上ってプレディザスターの中、暗い空間。

 

「そういえば持ってきた食糧とか出してないな」

『出す気あったんですの? そのうちわたくしと二人旅でもするのかと思いましたわ』

「ストレスで死ぬ」

『どういうことでして?』

 

 輝くモニターが付いたリニアシートに乗ると、シートはそのまま上に上がっていき、コックピットに収まる。すぐに下のハッチが閉じて密閉された空間になったところで落ち着いたという風に息を吐く。

 横からキーボードを出して軽く叩くと、モニターには見慣れない文字列とプレディザスターの全貌。

 

「お前の健康診断だ。一日一回のな」

『わたくし体調管理ぐらいしっかりできましてよ!』

「こっちが死ぬから怖いんだよ」

 

 機体に問題箇所がないか調べていく。外部、そして内部。

 やはり今後、オーブまで補給無しとなればやれることも限られてくる。弾は恐らく“バナディーヤ”でなんとかなるだろうけれど、装甲まではどうにもならない。

 最大限、攻撃を食らわずにやり過ごさなければならないともなれば、ビーム兵器が有効なのだろう。

 

「……テストすらまともにしてないことをするのも、な」

『こちらはいつでも完璧でしてよあなた?』

「私の心の準備が完璧でないからな、じゃじゃ馬」

『おしとやかと言いなさいな!』

 

 ―――ほんとうるさいな。

 

 

 

 

 

 

 月面のプトレマイオス基地で、アズラエルとの会議を終えたウィリアム・サザーランドは椅子に座って項垂れていた。片肘をテーブルについて額を押さえている。

 他にも席に着いている将校は数人おり、それとは別にサザーランドの背後にいる副官らしき人物は、同情するような表情でサザーランドを見ていた。

 

 原因と言えば、先ほどまで会話していたアズラエルだろう。

 

「面倒なことになったな……赤い悪魔が面倒なことをしてくれたと言ったほうが正しいか」

「あそこで、ハルバートン共々アークエンジェルが散ってくれれば言うこともありませんでしたな」

 

 悪態をつく副官に頷くサザーランド。

 

「奴が付いて行ってしまったせいで補給部隊を送らねばいけなくなった」

「しかし最小限で済ませたのでしょう?」

「一応は、な。あの方のことだ……どうせ別で補給も送るだろう」

 

 その予想はおおよそ間違っていない。さすが彼女の私兵として数年間働いてきただけはあるということだろう。

 しかし、他の将校は違う。彼女の真意までは理解できていない。赤い悪魔ことロマ・K・バエルはアズラエルのただのお気に入り、それ以上も以下もないとしか思っていないのだ。

 まぁ“お気に入り”と言っても下種な方向性の想像はしているが……。

 

「そんなに若い男を手放したくないのかね、理事は?」

「持て余してるんでしょう。パートナーもいないようですし……どうせなら私が相手をしても良かったんですがね。身体だけは立派なものだしな」

「貴方もその立派な腹をへこませてから、ですな」

「ハハハ、家内にも言われる」

 

 和気藹々としている将校たちを尻目に、サザーランドは今回の件に関しては少しばかり真面目に考えていた。ただ一人のために振り回されるのは大きな損失だ。

 アズラエルとてそこは理解しているはずだが、それ以上にあの“小僧”に価値があるのか、今はあるだろうが、ここで補給部隊を危険地帯にわざわざ送るほどの価値かと聞かれれば、サザーランドとしては納得しかねる。

 

 だがしかし、サザーランドの脳内で立てた仮説が正しいのであれば……。

 

「だとしたら……ふん、女だなアズラエル」

 

 それは大きな問題かもしれない。

 

「感情で動くような俗物でないと思いたいが……」

「どうしたのかねサザーランド大佐」

「いえ……つくづく女は御し難い、と」

「ハハハッ、家内と喧嘩でもしたかね?」

 

 サザーランドは顔をしかめる。あまりに呑気で愚鈍な“上司たち”にだ。

 

「赤い悪魔共々、散ってくれていいのだがな……」

 

 そう、全て自分が思い描く理想の―――青き清浄なる世界のために。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの与えられた自室にて、ロマは静かに思考する。

 今後の戦い、どの程度“改変”しても良いのか、最良の未来を目指しつつ“彼女らを生還”させる方法を……。

 しかして、答えなど出るはずもないのだ。わかりきっていることである。

 

 いっそのこと大きな改変をした方が早いのかとも思うが、その一歩を踏み出せない。

 

「さて、どうするか……」

『どうせならわたくしの色をもっと可憐な色に仕上げてくださいまし』

「断る」

『即答しやがりましたの!?』

 

 なんだか最初の戦闘より感情表現が豊かになっている気がして、少しばかり不気味である。

 

「まったく、あの色は戦術的に―――」

 

 瞬間、艦内放送が響く。

 

『第二戦闘配備発令! 繰り返す! 第二戦闘配備発令!』

 

「なっ……!」

『来やがりましたわ!』

 

 ―――今日なのかっ!?

 

 ズボンを履き、上着を着てから部屋を出た。既に乗組員たちがブリッジや各々の持ち場につくために廊下を行く中、ロマも同じく歩き出す。目的地はもちろん格納庫ではあるが……。

 慣れていない道を行きながらも、ロマは悪態をつく。

 かつて一度だけ、邂逅したことがある相手……。

 

 ―――きたか、砂漠の虎……!

 

「ロマさんっ!」

「キラ……」

 

 道中、後ろから駆けてきたキラが声をかけてくる。まだ自分がブルーコスモスだとは知らないのだろう……雰囲気は“最後に会ったときと違う”が、ロマに関してどうこうという雰囲気でもない。

 だが、そのキラ・ヤマトから感じるのは戦闘意欲。

 

「……戦うのか? そうでないなら私が」

「僕も戦います。全部、やっつけてやる……!」

 

 展開は変わらなかったのだろうか? と自問自答するロマ。否、確かに変わってはいるのだが……いかんせんロマに判別できる範囲ではない。今はまだ……。

 故に、好戦的にすら見えるキラの背を軽く叩いて落ち着きを促す。

 

「そう焦るな。本当に危ないなら私にはよくわかる……落ち着かねば、守れるものも守れんよ」

「……はいっ!」

 

 素直に頷くキラを見て、ロマもまた頷く。

 格納庫に辿りつくと同時に、キラは即座にストライクの方へと走っていく。その後ろ姿を少しばかり眉をひそめて見送りつつも、ロマはプレディザスターへと乗り込む。

 リニアシートに乗りコックピットへと運ばれると、モニターが点き周囲の状態が映る。

 

「ふぅ……」

『あら、彼は元気になったようですわね。どういう心境の変化でして?』

「……」

『あなたの言葉に胸打たれた、とか? オホホホ、まさか、ありませんわよね?』

「さぁな……」

 

 そう答えて、深くため息を吐いた。声だけだが、チェシャが少しばかり戸惑う。

 

『えっと、どうしまして?』

「……ハッ、俺みたいな童貞がなぁに偉そうなこと言ってんだと思ってな」

『突然どうして荒みますの!?』

「そうかぁ、キラ……キラさんかなぁ」

 

『お戻りになってくださいまし! 戦闘ですのよ!?』

 

 黄昏ながらも、しっかりと準備はしていくロマ。しかしまぁ覇気がない。

 支援AIの癖にチェシャはそれを敏感に感じたので……吠える。

 

『これでやられたら化けて出ますわよ~!』

 

 

 





シリアス分があるぶんどっかにギャグ入れなきゃとか思ってしまう
まぁなにはともあれロマ奮闘することを誓いつつ、キラと会話
危ない危ない、危うくキラ攻略ルートに入るところだった

そして原作とは違い補給まで来るかも? な展開に……
サザーランド大佐とアズラエルの関係も少し不穏な気配

アークエンジェル組とももう少ししたら会話増えそうです
良い方向かはわかりませんが…


眠気眼で書いたのでおかしなとこあったらすみませんー

では次回もお楽しみいただければと思います


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厄災の名のもとに

 

 第一戦闘配備が発令されたアークエンジェル。

 その格納庫、プレディザスターのコックピットにて、ロマは再度各部に異常がないのを確認した。先ほどは少しばかり黄昏もしたが……今はいつも通りだ。

 ムウのスカイグラスパーは未だ出られないようで、乗組員の思考では頼みの綱はストライク、といったところだろう。

 

 ミサイル攻撃が続き、直撃こそ受けていないもののアークエンジェルが揺れている。

 

『ハッチ開けてください。ストライクで出なければ的にされる一方です!』

『艦長!』

『出てもらう他なさそうね……』

 

 しかして、ロマはブリッジに通信を繋いだ。

 

「いや、私が先に出よう。敵が私に釘付けになったところでストライクを出せば良い」

 

 ロマは、自身が出撃さえすれば“砂漠の虎”がモビルスーツを出してくると踏んでいるからこそ、そう発言したのだろう。

 先陣切って“現状のストライク”を出撃させるよりも、プレディザスターに視線を集めた方が“奇襲も無く調整”できるだろうとの思考で、だ。

 

『バエル大尉、ノーマルスーツはッ』

「それは今は良い」

『は、はい……あぁっ、いえっしかし……貴方はっ』

 

 ロマの発言に少しばかり動揺したようで、ナタル・バジルールは言い淀む。だが、マリューは決心したように頷いてモニター越しでロマを真っ直ぐ見据えた。

 

『お願いしても、よろしいですか?』

『ラミアス大尉っ』

「バジルール中尉、私もいつまでも客扱いではいられんさ……戦闘は何度もこなしてきたし、今は機体とこの“赤い悪魔”を遊ばせてもいられないだろう?」

 

 そう言ってフッ、と口元を緩めて見せる。メインモニターの上に表示されているマリューが、コクリと頷いた。

 もう一つのモニター内のキラは、少し心配そうな顔をしている。

 

『っ……艦長』

『TS-X9を発進させて!』

 

 それを聞くなり、通信を切ってから息をつく。相も変わらず手が震えるが、どうせ戦闘になれば収まるのだから気にするだけ無駄だろう。

 窮屈なコックピットの中で、ロマは軽く首元を開ける。

 

『はぇ~すっげぇ役者ですわねぇ』

「散々してきたからな、アズラエル理事の隣にいた男だよ俺は」

 

 プレディザスターがコンベアで移動していく。そのコックピットでロマはストライクへと通信を繋げた。戦場に出れば接近しなければNジャマーの影響で通信もできない。故にこれが戦場に出る前の最後の通信になるだろう。

 モニターに映るのはキラ。

 

『ロマさん?』

「キラ……砂漠は通常通りのモビルスーツで戦おうと思えば、足が取られる厄介な地形だ」

 

 そんな“忠告”に、キラはハッとして頷く。

 

『接地圧と、摩擦係数……』

「そういうことだ。気を付けておけ」

『ありがとうございますっ……!』

 

 微笑を浮かべながらも、ロマは頷きサングラスを外す。

 

「どうせ出撃してからでなければ合わせるもなにもない。できうる限りはやってみせるが……」

『はい、気を付けてくださいね』

「赤い悪魔は伊達ではないよ」

 

 そうとだけ言うと、ロマは通信を切る。出撃前にやるべきことはやったはずだ……問題は出撃後におそらく出てくるバクゥ。ロマの記憶には、既に何体のバクゥを相手にするのかという記憶などない。逆に多かろうと少なかろうと驚愕することもなく、ただ戦えるというものだ。

 グリップを強く握り、その赤と青の瞳で開かれたカタパルトハッチの向こうを見据えた。

 

 モニターに表示されるのは管制を担当するミリアリア。さらに聞こえてくるのはナタルの声。

 

『ハッチ開放、TS-X9発進……!』

『カタパルト接続、APUオンライン、進路クリア……TS-X9、発進どうぞ!』

 

「ロマ・K・バエル……TS-X9プレディザスター、出るッ……!」

 

 瞬間、勢いよく発艦するプレディザスター。

 

 宵闇の中、その可変翼を展開しスラスターとバーニアを点火。赤い閃光が空を奔る。

 

 コックピットでロマの目つきは鋭く変わった。スイッチのようなものだろうか、手の震えは止まり、やけに頭の中がクリアになる。しかしてロマにとってはなにかが明確に変わったという自覚はない。

 上昇したプレディザスターのモニターにて確認するのは地上。アークエンジェルから見えない砂丘の向こうを確認した―――その瞬間。

 

「ッ!」

『きますわよ!』

 

 有線式ミサイルが迫るが、ブースターを点火して加速。それらを避けながらも、機首をミサイルを放ったアジャイルの方へと向ける。

 さらに正面から放たれる別のアジャイルからのミサイルを、バレルロールで回避。

 

「カトンボ共がっ!」

 

 二門の銃口から放たれたビームが三機のアジャイルを撃破。

 

「ッ!」

『きましてよっ!』

 

 チェシャからの警告よりも早く動いていたロマ。

 プレディザスターが急旋回し真下へと加速する。そのプレディザスターの背後から迫るのは、アジャイルとは別の方向から放たれた“ミサイル”である。

 加速し、地上へと迫ったプレディザスター。

 

『ひぇっ!?』

「ぐぅっ!」

 

 地上スレスレの場所で急減速―――からの急旋回。そのまま地上の上を走るように飛ぶプレディザスター。

 センサー誘導でもされたのだろうミサイルは地上へとぶつかり爆散。

 砂丘に囲まれているせいで結果的にアークエンジェルに近づく羽目になり、ロマは顔をしかめた。

 

「まさかここでくるとは……っ!」

『ふぅ……バクゥですことよ』

「それは良いんだが、なっ!」

 

 砂丘の向こうから現れるバクゥが五機。上昇するプレディザスターに向けてレールガンとミサイルを放つも、プレディザスターはさらに急旋回し真上へと機首を向けて加速。

 並のパイロットであれば体がもたぬであろう加速だが、慣れたもので“それほど”の苦痛は感じない。

 バクゥからの攻撃を避けて上空へと上がると、スラスターを切り自由落下させ機首を地上へと向ける。

 

『バクゥ、プラス三機ですわね。合計八機でアジャイルは残り七ですわ。アークエンジェルに送信しておきますことよ』

「助かるが……それだけじゃないさ……」

 

 レールガンを装備した一機のバクゥ。異様なプレッシャーを感じ顔をしかめる。

 

「ここで貴様が出るか……“砂漠の虎”!」

 

 

 

 上空でロマが顔をしかめつつも言葉にするれば、地上のバクゥのコックピットで、アンドリュー・バルトフェルドは口元に笑みを浮かべた。

 

「いやぁ、まさかさっそくお出ましになるとはねぇ。赤い悪魔!」

『っ隊長! X105-ストライクです!』

「バクゥを三機とアジャイルはそちらだ。残りは“悪魔祓い”と行くぞ!」

 

 月をバックに映るシルエット(奴の影)―――瞬間、黒い影から放たれる数十発のミサイル。

 

「散開!」

 

 センサータイプとも違う特殊な軌道を描き迫るミサイル。迎撃するためにレールガンを放つも、数発を迎撃するのが関の山であった。

 バルトフェルドはバクゥの無限軌道を展開し加速、そのままレールガンの砲身を背後に向け放ち、迫るミサイルを迎撃。

 

「奴は……?」

 

 ふと、他のバクゥを見れば、一際高い砂丘を乗り越え飛び上がる。

 

「飛ぶなッ!」

 

 だが、既に遅い。機関砲の連射がバクゥの腹部に数十発と撃ちこまれる。それを放ったであろうプレディザスターはそのままバクゥの脇を通って上昇。爆散するバクゥをよそに、上昇しつつさらにミサイルを放ち、もう一機、バクゥを破壊した。

 

 上空で、再び月明かりにその赤銅色の装甲を鈍く輝かせる。

 

「こうも簡単にバクゥを……僕の自慢の部下なんだがねぇ!」

 

 おそらく砂丘に隠れるように地上スレスレを飛んでいたのだろう。普通の戦闘機乗りがやるような、いや普通の戦闘機でできるようなものではない。

 プレディザスターへと放たれるバクゥのミサイルだが、加速したプレディザスターは異様な加速と軌道でそれらをぶつけ合わせ回避してみせた。

 

「本当に悪魔が乗ってるんじゃないのかね……えぇっ!」

 

 だが、バルトフェルド()はどこか楽しそうだが、それでもやはり真剣に喰らいつくべき獲物を見据える。

 

 

 

 そして、そんな砂漠の虎の敵意に晒されたプレディザスターのコックピットの中で、ロマは顔をしかめてくぐもった声を出す。口の端から流れる血は、おそらく内臓が損傷した証なのだろう。

 だが、それをせねば砂漠の虎の隙をついて、敵機を撃破はできないと考えた故だ。

 

「チィ……情けない」

『し、死ぬかと思いましたわっ……』

「良かったな死なないで」

『あなた、こんなとこで一人傷ついて!』

 

 そんな支援AIの言葉に、ロマは苦笑を浮かべつつ次のミサイルを回避するために加速する。

 視線の先にはおそらくバルトフェルドが乗っているであろうバクゥ。回避するプレディザスターへとレールガンを向けているも……その銃口が少しばかりずれた。

 

「一人で死ぬかよッ! どうせなら奴も呼ぶ!」

 

 プレディザスター後部の追加ブースターを逆向きにし、最大出力で点火。

 

「ぐぅぅっ!!」

 

 おそらく進んでいればいたであろう場所にレールガンが迸る。

 後方へと全力で加速したプレディザスター、その姿勢を制御し背後から迫るミサイルの合間を縫い、さらに後退しつつ機関砲を乱射。ミサイルを迎撃。

 コックピットの中でロマは顔をしかめた。さすがにこうも前へ後ろへと加速していれば体がもたない。

 

「ぐっ……!」

『あ゛~! 脳が痛ぇですわ!』

 

 ―――そんなんゴステロじゃん。

 

『ミサイルぶっぱなしてやりますわっ!』

「いけ……!」

 

 再び前へと進みだすプレディザスターへと放たれるレールガンとミサイルだが、それらを回避しつつミサイルを放つ。出し惜しみをしていられる状態ではない。“殺さないようになどという驕る”余裕も……。

 故に、即座にやるべきことを脳内で整理する。

 

 ―――今はいい、すべてを忘れる!

 

「敵は!」

『こちらはバクゥが三機!』

「ぐっ、キラは!」

 

 アークエンジェルの方で爆発が起きるが、そこに立つのは―――ランチャーストライク。

 

「バクゥをやったか……アジャイルも数機はやっているな!」

『ほぇ~さすがコーディネイターですわね』

「ハッキリ物を言う……っ!」

 

 加速して、ストライクへと襲いかかろうとするバクゥにビームを放つ。しっかりと熱対流のパラメーター調整も済ましていることもあり、逸れることもなくしっかりと照準通りにバクゥを狙い撃つ。

 

「グゥレイトォ! っと、らしくもないことを……」

『むしろらしいですことよ』

 

 そのまま加速するプレディザスターはストライクへと近づいていく。おそらく残りのバクゥも追ってきている。キラが今しがた撃破した一機、ロマが見る前にさらに一機を倒しており、アークエンジェルに近づいた三機は撃破済み。さらにロマは二機。

 

 ―――残り三ッ! 一機は虎かよ!

 

 瞬間、どこからか放たれた砲撃がアークエンジェルを襲う。驚愕するロマ、それがすっぽり思考から抜けていたからだろう……思い出したが既に遅い。

 離床するアークエンジェルから、ムウのスカイグラスパーが発進していく。その目的はレーザー目標指示装置(デジネーター)を照射することなのだろう。

 

 放たれる砲撃をビームで迎撃するも取りこぼす。

 ランチャーストライクがガンランチャーでフォローをしてくれたが、モビルアーマーの機動性と射角では迎撃は難しいものがある。

 顔をしかめるロマは、妙な感覚に機体をバレルロールさせ、地上から放たれたレールガンを回避。

 

 残りの三機は固まっているようで、しっかりとバルトフェルドが統制を取って攻めてくるようだった。

 

「チィ、こうきたか……!」

『南西20キロですが、大丈夫ですのあのお方!』

「エンデュミオンの鷹を侮るものじゃないさ……!」

 

 ミサイルをバクゥに放つが、散開して回避されつつ迎撃され……すぐにまた集まる。アジャイルの一機を機関砲で落としながらバクゥが放ったミサイルを回避。

 だがその結果、砲撃が放たれる方向に背を向けることとなった。

 

『さらに砲撃!』

「くそっ!」

 

 プレディザスターは迎撃できるわけもない。ミサイルを撃っても間に合わないだろうし、下手をすればそのまま砲弾はアークエンジェルに直撃する。

 だがストライクが飛び上がるなり、大口径ビーム砲アグニを照射し砲弾を一掃して見せた。

 そのまま上空でガンランチャーを放ちアジャイルを撃破しつつ、落下していく。

 

「SEEDを持つ者、か……!」

『今、なんと?』

「いいや、だが私とてニュータイプのはずだ……!」

 

 急旋回し、ストライク目掛けて加速。

 落下するストライクがバクゥ三機に狙われるが、プレディザスターがタイミングよくストライクを“攫って”行く。放たれたレールガンを回避し、迫るミサイルに横を向ければ、キラが察したのかストライクはイーゲルシュテルン(バルカン)で迎撃。

 

『重いですわ! 早く降ろさせてくださいまし!』

 

 支援AIの抗議を無視する。

 

『ロマさんっ!』

「乗って行け、エネルギー残量は?」

『まだ、余裕はあります……!』

 

 記憶が確かなら“本来”はエネルギー切れを起こすはずだが、良い方向に転じているのだろう。

 

「良い子だ。あちらは砂漠の虎がいる……」

『砂漠の、虎ですか?』

「厄介な奴だよ。キラ、俺たち二人でバクゥとアジャイルを狩る。砂漠の虎は狩れなくとも“巣”を狙えれば十分だ……!」

 

 つまりはレセップスを撃てるようになるまで、ということだろう。飛んでくる砲撃をアークエンジェルのゴットフリートが迎撃する。

 地上のバクゥがさらにミサイルを放つが、プレディザスターは加速。前のめりになったストライクが掴まっていた。

 

 加速しながらも高度を落としていくのは、狙われやすいが逆にキラも狙いやすい故。

 

「好きにしろ。私がフォローする!」

『お願いします!』

 

 二機のバクゥがミサイルを放つも、ストライクはバルカンとガンランチャーで迎撃。プレディザスターがミサイルを放ち三機のバクゥを牽制しようとするも、バルトフェルド機がレールガンを放ちミサイルをある程度は迎撃。さらにもう一撃をストライクに向けて放つが、ストライクはプレディザスターの上から跳躍―――レールガンは空を切る。

 

 プレディザスターは急旋回をかけ、走るバクゥへと向けて真っ直ぐ跳び出す。それを上から見るストライクのキラ。

 バクゥ二機は動揺したようにプレディザスターへとミサイルを放つも、キラはアグニを照射し、そのミサイルを迎撃しつつもバクゥ一体を撃破。もう一機はアグニの火力に恐れてか飛んでしまい、そこをプレディザスターに狙われる。

 接近したプレディザスターが機関砲を撃ちこみながら過ぎ去り、バクゥは空中で爆散。

 

 バルトフェルド機がプレディザスターに向かいレールガンを放つが、キラはアグニでそれを相殺。

 

「ロマさんが守るって言うなら、僕だって……!」

 

 

 

 地上にただ一機残されたバクゥの中で、バルトフェルドは顔をしかめた。

 

「まさかここまでやられるとはねぇ。やはりあちらもクルーゼが仕留めきれなかったというだけあるか……」

 

 空中のストライクをプレディザスターが回収したのが見え、分が悪いことを確信。母艦であるレセップスへと飛んで行った新型戦闘機の方も気になる。

 赤い悪魔を侮っていたわけではない。だが……このありさまは如何ともしがたい。

 

「メイラムたちの仇、取りたかったんだがな……ッ!」

『くっそぉ、ナチュラル如きにぃ!』

「“大天使だけなら”まだしも、とんだ災いが落ちてきたもんだ……撤収するッ!」

 

 部下の悪態を聞きながらも、バルトフェルドはバクゥをレセップスの方へと向かわせる。

 アジャイルたちも撤退を始めればプレディザスターもストライクも攻撃を止め、アークエンジェルの方へと向かっていく。そんな“優しさ”に苦笑するバルトフェルド。

 

 奇妙なパイロットと赤い悪魔、なんとも奇妙な縁を感じる。

 

 

 

 アークエンジェルの近くへと戻ったプレディザスターとストライク。

 プレディザスターで緩やかにアークエンジェルの周囲を旋回しながら、コックピットで撤退を始めたアジャイルの方を見ていた。

 追撃をかけない二機に合わせてか、マリューも追撃をする気はないのだろう。

 おそらく、ナタルは背を向けている敵を討てと言っていそうだが……。

 

「まぁ軍人としてはそれが正しいのかもしれんがな」

『軍人とて人でしてよ? 最低限の良心があるのは“仕方のないこと”ですわ』

 

 その言葉に、フッと笑みを零すのは、ロマがなんとなく“慰められた”気がしたからだ。

 

『わたくし、あなたのそういうとこ―――反応ですの!? 撃った!?』

「ッ!」

 

 どこからか放たれた対空ミサイルが、遅れているアジャイルを破壊した。

 

「なにを、まさかっ……ええい、なぜ撃つ! 奴らは戦う気はなかった!」

『捉えたっ、あれですわ!』

 

 さらに二機のアジャイルを、放たれたミサイルが破壊する。

 一度こちらに機首を向けるも、渋々と言った雰囲気で撤退していく生き残りのアジャイルたち。唖然としているであろうアークエンジェルの乗組員と、キラ。

 プレディザスターのコックピットで、ロマはモニターに映る金髪の少女を見やる。

 

 ―――明けの砂漠ッ! カガリ・ユラ・アスハ……ッ!

 

 

 

 

 

 

 暗い内に戦闘は終わらせたのだが、結果的には朝焼けの早朝。

 アークエンジェルと、その傍にはフェイズシフト装甲を解除した状態のランチャーストライクが立つ。さらに隣に停泊しているプレディザスター。

 数台のジープと多数の“レジスタンス”たちが集まっており、銃口こそ向けていないがいつでも撃てるようではあるようだった。

 

 コックピットに未だいるロマが、通信を繋ぐ。

 

「艦長、どうするおつもりか?」

『私とフラガ少佐で行きます……一応数名は待機させるつもりですが』

「私も行こう、いざとなってもそれなりには対応できるさ」

 

 そう言うが、マリューは渋る様子を見せる。それもそうだろう、戦闘はさせたものの、できうる限り危険なことはさせたくない相手だ。

 しかし、それで止まっていられるロマでもない。面倒事は極力避けてはきたし、なるべく正史に近づけるつもりではあったが既にその限りではないのだ。故に、なるべく事態を好転させつつも……今ここに生きる人間として“文句も言ってやりたくなる”ものであった。

 

『しかし大尉……』

『良いじゃないの、ロマは俺がレセップスがいるって報告するより早くに相手が砂漠の虎って見抜いた男だぜ? その勘を信じてさ……それに、腕に覚えはあるって言うんだから』

「並のコーディネイター程度でしたらどうにかなるぐらいには」

『……それでしたら、私と変わりませんが』

 

 ―――そうだった。マリューさん白兵戦に定評がある人だった……。

 

「まぁ、役には立ちましょう」

『……では、お願いします。できれば穏便に、お願いしますわ』

「了解した」

 

 そう返事をしてマリューたちとの通信を切る。残るはキラのみ。

 

「キラ、君はこちらで待機を……別に警戒する必要はないが、一応な」

『はい……』

「それと」

 

 少しばかり心配そうにしていたキラだったが、ロマのことを見て小首をかしげる。

 

「……ありがとう、被害なく勝てたのは君のおかげだ」

『っ、そ、そんな!』

「人の礼は素直に受け取るものだ。後々に後悔するぞ」

『……はい』

 

 頷くキラにほほ笑んでから、通信を切った。懐にある拳銃を弾が入っていることもしっかりと確認してから懐にしまいなおす。

 レジスタンスとは、“原作”ならばまず戦うことはないはずだが、念には念を、だ。こうなると一体どこが違うのかわかったものでもない。

 

『あなた、あの子のこと気に入ってまして?』

「そうだな。素直に好きさ……戦争には向いてないがな」

『同感ですわ』

 

 リニアシートが降りていくと、ロマはそこからさらに暗い床に足をつける。さらにそこからハッチを開き、ワイヤーを使って砂漠の地に降りた。

 レジスタンスたちの視線を浴びるがそれも想定内であり、今しがた出たばかりであろうマリューとムウに並ぶ。階級だけで言えばアークエンジェルのトップスリー揃い踏みである。

 

 しかして、妙にピリついているのを肌で感じた。

 

 ―――俺がいるからか? 赤い悪魔の名前は伊達じゃないか。

 

 至って冷静に、マリューはレジスタンスのリーダーらしき男を見て口を開く。

 

「助けようとしていただいた、のでしょうか? 地球軍第八艦隊、マリュー・ラミアスです」

「あれ~第八艦隊って手酷くやられたんじゃなかったっけ?」

 

 レジスタンスでも一際若い青年がそう言うと、マリューは眉を顰めた。それもそうだろう……なぜ知っているのか以前に、アークエンジェルにとっては愉快な話ではない。それでも旗艦が残っているだけ十分だとも思うが、それを言うつもりもないだろう。

 青年に咎めるような視線を送ってから、リーダー格のような男が、口を開く。

 

「俺達は明けの砂漠だ。俺はサイーブ・アシュマン、分かってんだろ? 別にあんた方を助けようとした訳じゃない」

 

 ―――あれではただのヴァルチャー(ハゲタカ)だ。

 

 そう言いたかったが、言えるわけもない。今ここで波風立てることにはなんのメリットも無いのだ。言いたい気持ちはもちろんあるが、そこは自分を律しておく。

 わざわざ死に体の敵を討つことも無かったろうにと思うが、それは自分の論理感での話だ。

 

「はん! こっちもこっちの敵を討ったまででねぇ……」

「砂漠の虎を相手にずっとこんなこと?」

 

 ムウの疑問も尤もなことだ。

 

「……あんたの顔、どっかで見たことあんなぁ」

「ムウ・ラ・フラガだ。この辺に、知り合いは居ないがね」

「“エンデュミオンの鷹”とこんなところで会えるとはよぉ」

 

 名前を聞いただけでその者を理解できるというのは、軍の情報に詳しいということだろう。異名はともかくとして“レジスタンス”がさらに顔を見たことがあるというのは、異常である。

 だからこそ、些かマリューとムウの警戒心もあがるというものだった。

 

「次は私か? ロマ・カインハースト・バエル大尉。知っての通りだ」

 

 レジスタンスたちがざわつく中、サイーブはプレディザスターに視線を向けた。

 

「本物のようだな……“赤い悪魔”」

「“悪魔”は不本意だがな。私もご存じとなると本格的に軍の情報を色々とお持ちのようだ」

「ブルーコスモスの私兵、か……」

 

 レジスタンスたちの一部の者は眉を顰めたり睨んだりもする。

 だがロマにとっては“テロ行為”という点に関しては“ブルーコスモス過激派”と明けの砂漠。なにも変わりはしないが、言わぬが仏だろう。それに下手にこの話を掘り下げて“アズラエルを貶す”なんてことが起きたら、さすがに余計なことを言いそうだ。

 

 ―――私は我慢弱い。

 

「にしても……地球軍の新型特装艦アークエンジェル。クルーゼ隊に追われて、地球へ逃げてきた。そんで、あれが」

「X-105 ストライクと呼ばれる、地球軍の新型機動兵器のプロトタイプだ」

 

 金髪の少女がハッキリと発言する。ロマとしては『お前が喋っちゃダメだろ』と思うものの、言わないでおく。

 ロマは知っている。彼女は“カガリ・ユラ・アスハ”、オーブを束ねるウズミ・ナラ・アスハの一人娘。

 いずれはオーブを“継ぐ者”だ。

 

「オーブと共同開発して作った貴重な機体だな。ヘリオポリスで“ザフトに奪われなかった数少ない機体”の一機さ」

 

 その言葉に引っかかりを覚えたのはカガリだけではない。

 サングラスの奥からスッとカガリの横にいる“ベトナム帰りのスタローン(ランボー)”に視線を向けるが、鋭い瞳で自分を見るのみだった。カガリもまた然りだが、ため息をつく。

 

 ―――生の感情を丸出しにするとは、これでは素性を隠すなど絶望的だな。

 

「まぁ私の機体のことまでは知らないようでなによりだよ」

「ハッ、ブルーコスモスの秘蔵っ子なんて知っててたまるかよ」

 

 サイーブの返しに素直に笑うと、ロマは平手をスッと向けた。咳払いをしたサイーブが、マリューの方を向く。

 

「さてと、お互い何者だか分かってめでたしってとこだがな。こっちとしちゃぁ、そんな厄の種に降ってこられてビックリしてんだ。こんなとこに降りちまったのは事故なんだろうが、あんた達がこれからどうするつもりなのか、そいつを聞きたいと思ってね」

 

 そんな思わせぶりなサイーブの言葉に、マリューが首を傾げる。

 

「力になっていただけるのかしら?」

「へ! 話そうってんなら、まずは銃を下ろしてくれ。あれのパイロットも!」

 

 そんな言葉に、周囲が再びピリつくのを感じるロマ。しかして銃を下ろさせたところで問題はほとんどないだろう。マリューとムウとキラにはしっかりと、プレディザスターは“自動制御でいつでも撃てる”ということは伝えてある。

 了承したマリューは銃を下ろさせ、キラもまた機体から降りるように指示した。

 

「キラ……」

 

 このあとのことは、ロマの中でも未だに印象に残っている。

 ストライクから降りたキラがこちらへと歩きながら、ヘルメットを外す。それにレジスタンスは『子供』だとか騒ぎ立てるが、それと年齢が変わらないだろう青年を生身で戦場に送り出している側が良く言う。

 金髪の少女ことカガリがキラの方へと駆け寄り立ち止まる。

 

 ムウが動こうとするがそれより早く、ランボー(キサカ)がムウの前に立ちはだかった。

 

「必死で守ろうとしすぎだ……!」

 

 思わず小声で言ってしまう。誰も聞いていなかったから良いものの、重要な人物だということがバレてしまうだろう。思わず額を押さえて溜息を吐く。

 なにやらカガリが腕を振るうが、キラはその腕を掴んでいた。数言会話をするも、カガリが暴れ出す。

 

「離せこのバカっ!」

 

 カガリが腕を振り払うと、裏拳がキラの頬を打った。事故と言いたいところだが、一発目は完全に狙いに行っていたはずだ。

 ロマはマリューとムウを見るが、何も言えないようで眉をひそめているのみ。ロマとしてもこう“人が多い場所”では余計なことを言うわけにもいかないのだが……やはり一言は言ってやりたくもなる。

 

 

 ―――あのじゃじゃ馬娘、甘やかされ過ぎだろ……。

 

 

 





久々、ってほどでもないけど戦闘でした。変なとこないと良いけど
ヤベーことになったと見せかけてどうにかなりました
ロマのメンタルケアでちょっとキラ君は調子よさげです

一方ちょっとイライラしてるロマ、そりゃそうだって感じの砂漠編
おもにストレスの原因が味方なんですが
これがきっかけでなにかがある気配ですな

そして砂漠の虎も後半は本気出すからもっと大変なことになるかもですね

珍しく出番がなかったアズにゃんたちですが次回こそはしっかり出番あげたい

それでは次回もお楽しみいただければと思います


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舞い込んだ剣

 

 アークエンジェルは、レジスタンスの駆るバギーを追って低空飛行をしていた。

 ブリッジにはロマ、マリュー、ナタル、ムウの四人が揃っている。

 

 明けの砂漠の拠点へとアークエンジェルを隠させてくれるということだが、裏がないわけもない。それはロマもマリューもムウも、ナタルとて理解している。

 しかしそれでも、アークエンジェルが無事に“ジョシュア”に辿りつくためにはそうする他なかった。

 

 ロマ自身やムウは連合が、ひいてはアズラエルがロマを放っておくわけがないとは理解しているが、補給が無事に辿りつく保証もない。今はないと思って行動する方が良いだろうという結論だ。

 

 どうにも納得いかないことが多いが、レジスタンスを“利用”しない手はないだろう。あちらもこちらを利用する気なのだから、お互い様というものである。

 

「さて、補給が受けられるのはありがたいが……」

「なぁに考えてるのかねぇ奴さん」

「我々の技術力を抜くつもりでは?」

「それはないだろうな。私達の技術を抜いたところで再現などできんよ」

 

 ナタルの言葉に否定的に言うロマ。

 実際、今更レジスタンスが盗んだところで役に立つ情報などないし作れもしない。ストライクにしろアークエンジェルにしろだ。バックにオーブがついていたとて、今更抜かれたとこでなんの問題があろうかとロマは思考する。元々これらはオーブと共同開発なのだ。

 それにロマには、明けの砂漠の目的に大凡の予想がつく。

 

「砂漠の虎、だろうな」

「なるほど……共通の敵、と……できるなら避けたいとは思いますが」

「同感だが、避けて通れる道でもないのだろう。アークエンジェルは高度を上げられんからな……」

 

 その言葉に、マリューもムウもナタルも顔をしかめた。他のブリッジクルーもそんな三人の雰囲気を察してか少しばかり空気が重くなる。

 別段、不安にさせたくて言ったわけでもないので、ロマは少し反省した。決して表に出すわけもないのだが……そんな風だから“雰囲気が怖い”だとか言われるのだ。

 中身はただの童貞(小僧)だというのに……。

 

「まぁしかし、明けの砂漠……ここら、アフリカ共同体はプラント寄りなんだが、よくもまぁテロ行為などに勤しむ」

「バエル大尉っ……」

「ああ、いや言わんさ。奴らの前で……私とてまだ死にたくはない」

 

 レジスタンスを名乗る者に“それはテロ行為だ”などと、自ら死ににいくようなものだ。撃たれても文句は言えない……こともないが、死人に口なし。結果的に言えなくはなる。

 そんなことになれば、今度はブルーコスモスが明けの砂漠を潰しにきかねないが。

 

 渓谷へと入り込めば、レジスタンスたちがいるのが見える。誰も彼も唖然としてアークエンジェルを見上げているが、即座に道を開けていく。

 

 レジスタンスの合図を見て操舵士であるアーノルド・ノイマンがアークエンジェルを停泊させる。

 それでようやくそれぞれが、肩の力を少しばかり抜いたのを感覚で理解するロマ。彼はここに関しては元々それほどの心配もしていなかったので、変わらずだ。

 カメラを確認すれば、積まれたコンテナが映っていた。そこには連合やザフトのマーク。

 

「やれやれ、どっからくすねてきたんだか」

「バックアップがあるのだろう。おそらく死の商人関係のな……」

「ブルーコスモスでは?」

 

 ナタルがつぶやくように言ってから、ロマを見て失言だったと口を押さえる。それが意外で、少しばかり固まるロマ。

 それを聞いていたムウが肩を揺らして笑う。他のクルーはマリューも含めてマズイことになるんじゃないかと表情を引きつらせるも―――ロマが笑いだした。

 

「クッ、ハハハッ!」

「ろ、ロマ大尉、彼女はっ」

 

 マリューがフォローしようとするが片手を前に出して大丈夫だということをアピール。

 

「いや、良い、大丈夫さ……確かにな、その可能性もある」

「っす、すみませんでした。失言でした」

「そんなことはないさ、ブルーコスモスも一枚岩ではないし、アズラエル理事も商人だ。利益のためならそういうこともあるかもしれん」

 

 そう言いながら苦笑するロマに、意外そうな表情を浮かべるマリューとナタル。

 想像していたブルーコスモス盟主の私兵、その印象とまったくかけ離れているからこそなのだろうが、彼とて理解している。散々色々な場所をアズラエルと共に歩いてきたのだ。その肩書きがどのような効果を持つのか、身をもって知っている。

 

「まぁかといって、そのためだけに内紛やらを起こさせるのと一緒にされては困るが……」

「あの美人さんがそんなことするとは思えないしな」

「せんよ、アズラエル理事は」

 

 そう言いながら、微笑を浮かべた。それを見てムウは肩を竦める。

 

「……お熱いねぇ」

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルからロマたちが出て行った。明けの砂漠と今後のことについて話し合うとのことだ。

 

 そして現在、クルーたちは次の作業の前に交代で休憩を取ることになり、結果的にキラは久しぶりに食堂で食事をとれていた。無論、昨晩“共に過ごした”フレイ・アルスターも隣で食事をしており、明るく話しかけるが、キラはどこか上の空。

 眉をひそめるフレイは“先ほどの女(カガリ)”が原因かと推測するが、そんなことよりキラとしては気になることがある。

 

 ―――ロマさんが、ブルーコスモス……。

 

 ストライクのコックピットで、三人が会話している声を聞いていた時に飛び込んだ情報だ。

 

「そういえばフレイ」

「ん……なに?」

「フレイはロマさんと、会ったんだよね」

 

 その言葉に、フレイは彼を思い出す。地球に降りた日の戦闘後、医務室で苦しんでいたキラの元へ、興味本位からか現れたあの軍人を……。

 モビルアーマーを駆る凄腕パイロットという話をクルーが話しているのを聞いたので、当然ナチュラルなのだろうと理解している。

 

 だがあの時に出会った彼女の第一印象は―――。

 

「私、あの人、苦手だわ」

「えっ、どうして?」

「……なんだか、怖い感じする。見た目とかじゃなくて……」

 

 キラにとってはそれは意外でもない。初見で格納庫で会ったとき、確かにその雰囲気から畏縮もした。話してみれば気のいい男であったし、なによりも自分を理解しようとしてくれた唯一の相手だったが、フレイは確かに好きではないタイプだろうと理解する。

 

「沢山、人を殺してきたんでしょう。きっと……」

「っ」

 

 フレイの言葉がキラに突き刺さるが、それよりもなによりも……。

 

「そうするしか、ないだけで……殺したくて殺してるわけっ」

「え、キラ?」

 

 絞り出すように言った言葉を、フレイが理解することはなかった。

 彼を誤解するようなフレイの言葉に、動揺するも気を取り直すキラだったが……さらに現れるのはキラの友人たちだ。

 トール、ミリアリア、サイ、ガズィの四人。サイはフレイの方を向くが、フレイは目を逸らす。

 

 どことなく気まずい雰囲気だが、トールは仕切りなおして“本題”に入る。

 

「そういえばキラ、大丈夫だったか?」

「え、あ、うん……ストライク、被弾もないし」

 

 先ほどの戦闘のことだと思い、心配そうな表情を浮かべる友人たちに笑顔を向けた。

 

「そうじゃなくて! あの人だよ、ブルーコスモスの!」

「……ッ!」

「トールが、あの人がキラになにかするんじゃないかって心配してて……」

 

 やはり“ブルーコスモス”なのは確からしく、キラもその事実はしっかりと受け止める。その上でキラは、彼の自分に対するあの態度が嘘だとは思えなかった。嘘であるにしては、あの数々の言葉には熱がこもっていたように思うから……。

 故に、キラは余計なことを考えるのはやめる。トールとて自分を心配して言ってくれているのだ。

 

「大丈夫だよ。戦闘、見てたでしょ? ロマさんは優しいし……」

「でも、気を付けた方が良いよ……ブルーコスモスってテロとかするぐらいだし、なにするかわかんないんだからさ」

 

 だが、カズイの何気ない言葉が、キラの癇に障った。誰も自分の苦悩を理解しようとしなかったくせに、自分の苦悩を理解しようとしてくれた相手を貶すような言葉を口にするから……。

 だが、ここで怒りに身を任せないぐらいには、キラの心には余裕ができていた。だがこれ以上はわからないからこそ、早々に食事を済まして立ち上がる。

 久しぶりにキラと共に食事をしようと思っていた面々は少し驚く。

 

「ごめん、僕ストライクの調整もしなきゃだから……」

「あ、キラ!」

 

 手を伸ばすが、トールのその手は空を切り、キラは足早に食器を片して食堂を去っていった。

 

「えっ、ぼ、僕のせいじゃないよね……?」

「バエル大尉だっけ、ブルーコスモスで……反コーディネイターなんだよ、な?」

 

 トールが後頭部を掻きながらミリアリアに聞くが、わかるわけもない。

 

「……でも、心配よね。ブルーコスモスの偉い人のお付きなんでしょ?」

「なるべくキラのこと、気にかけておこうぜ、俺たちで」

 

 友人故に心配してのことなのだろう。そんなトールの言葉にそれぞれが頷く中、サイは食器を片して無言でキラの後を追うフレイの方を見つめる。

 誰も彼も、余裕などあるわけがないのだ……。

 

 

 

 

 

 

 月面、プトレマイオス基地。

 ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルは、部屋でタブレット端末で諸々の仕事を片付けていた。しかしこの仕事が終わろうと、地球に帰ればこのコズミック・イラの時代において時代遅れも甚だしい“書類仕事”が襲い掛かってくるのだ。

 アナログはデジタルより全てが劣るとは言わないが、やはりナンセンス。

 

 端末を専用のペンでタッチして、時折自身の名前を画面に書いたり、チェックを付けたりと、似たようなことを何度も繰り返す。

 かれこれ何時間やっているだろうか……。

 

 まぁ三人娘やハイータも、今頃は新型モビルスーツの試験データを取ったりと仕事をしているのだろうと頷く。どちらにせよもうそろそろ終わりだ。

 

「それにしても、はぁ……」

 

 アズラエルは、輸送機三隻を北アフリカまで向かわせるということの無茶っぷりを深く感じていた。おかげで仕事が山積みである。

 しかし、このまま支援もなにもないアークエンジェルに彼をいさせるわけにはいかない。ロマのことだ、戦っているのは明白。損傷もするだろう……。

 

「私も行きたかったんですけどね……」

 

 やるべきことが終わったのか“仕事用端末”を切って置くと、自分の“プライベート用”の端末を持ちベッドへ横向きに寝転がる。

 軽く操作すれば画面に映るのは───ロマ。

 

「……」

 

 アルバムの隠しフォルダに秘匿された写真。

 トレーニング終わりなのか、上半身裸で汗を拭いている。カメラの方に気づいていて顔をしかめているも、止めていないあたり撮ったのはアズラエル本人なのだろう。他にも困ったように笑っているなど、色々な写真が保存されている。

 それを見るアズラエルの瞳は、どこか熱を帯びているようで……。

 

「まったく、もぉ……」

 

 吐息を洩しながら、潤んだ瞳で写真の中のロマを見つめながら、ネクタイを緩めて外す。

 なにか思うところがあるのか上気した表情のまま、落ち着きなく足をモジモジとすり合わせながら、シャツのボタンを上から外していく。

 その吐息は徐々に荒くなっていき……。

 

 そして、三つ目のボタンに手をかけたところで―――通知音が鳴り響く。

 

「きゃぁっ!?」

 

 滅多に聞けるものではないだろうアズラエルの、そんな乙女の如き可憐な声。慌てて起き上がったせいで携帯端末が宙に浮くも、慌てながらそれが床に叩きつけられる前にキャッチ。

 安堵するように息をついてから、羞恥に染まる顔と心を落ち着けるように頭を左右に振る。

 

 そして、落ちついてから通信をかけてきた相手を確認し、画面に触れて通話を繋げた。

 

「……はい、アズラエルです」

『あ! アズラエル理事、お忙しかったですか?』

「いえ、なんです」

 

 画面に映るハイータ。MSの試験データでも取っていたのかノーマルスーツ姿である。

 薬は既に切れているのだろう、落ち着いているようだ。

 

『えっと、あの試作機なんですけど』

「貴女たちのですか?」

『はい、その……』

 

 なにか言い淀むハイータだが、妙だった。“こちらに来た当初”ならともかく、今では多少のことならば言い淀むようなことはないはずだ。相変わらずどもったりはするものの……これはなにか“こちらに世話をかけること”に違いないのだろう。

 ハイータの背からクロトが顔を出す。

 

『あの新型機たち、反応遅いんだけどなんとかなんないかーってハイータが』

『えっ! わ、私だけのせいにしないでくださいよぉ! みんな言ってたじゃないですかぁっ!』

「あれで反応遅れるって……もうちょっと個人向けにカスタムしておきましょうか」

 

 そう言って頷くアズラエルに、ハイータが意外そうな表情を浮かべる。

 

『え、でもそしたらブーステッドマン用の機体が個人用の機体になっちゃいますよ?』

『そうそう、代えがきかなくなるからたぶんダメじゃねーのってオルガが言ってましたよぉ?』

 

 二人の言葉に、アズラエルが鼻で笑った。

 

「いや、貴女たちは死なないでしょうし……死なせないように、そうするんでしょう?」

 

 彼女からそんな言葉が出るのは、意外でもないかもしれない。かつてはどうだったか知らないが、彼女はしっかりと三人娘とハイータを仲間として認識しているのだろう。

 故に、その言葉を聞いてハイータは嬉しそうに頬を緩めた。

 

『は、はいっ! そ、それじゃあっ』

「こちらで手配しておきましょう……そのあとはまた休憩に戻ります」

『あ、休憩中だったんですね。すみません』

「いえ、終わったらまた連絡を」

『おば、おねーさんなんで胸元そんな開けてんの? 爆乳アピール?』

『ちょ、クロトさんっ!』

 

 黙って通信を切るなり、アズラエルは顔を赤くしたまま携帯端末をベッドの上に放り投げ、ボタンを閉じる。溜息をついてから赤い顔のまま、恨めしそうに“彼の顔”を思い出す。

 いつになったら帰ってこれるのか、2年以上一緒にいておそらくもっとも会えない期間が長くなることは明白だろう。歯痒いと想うも、立場故に自分はどうにかできるものでもない。

 

「ちゃんと、無事で帰ってこないと……ゆるしませんよ……」

 

 そうつぶやき、深く息をついた。

 

 

 

 

 

 

 なんの因果か、ロマはレジスタンス〈明けの砂漠〉の拠点で会議までさせられた。

 マリュー、ムウ、ナタルと共にサイーブとテーブルを囲んだロマは、まさか“こちら側”に自分が立つとは思っても無かったが、仕方のないことだと自覚もある。自分は正規軍で大人なのだから……。

 

 贅沢を言うなら“パイロットをやっているだけ”が良かった気もするが、立場ある人間としてそういうわけにもいかないだろう。

 責任というものがついて回るのはアズラエルを見て学んでいる。

 

「さて、この後はどうだったか……」

『砂漠の虎をぶっ潰してさしあげますわ! 虎狩りですわよ! わたくし一休さん!』

「一休は虎狩ったわけじゃねぇだろ……」

『細かいこと言ってるとハゲますわよぉ!』

「次に髪の話したらぶっ壊すぞ」

『えー……こわぁ……』

 

 会議を終えてすっかり夜、ロマはアークエンジェルに戻ってきていた。

 赤い悪魔ことロマ・K・バエルがブルーコスモス盟主であるムルタ・アズラエルの私兵であるということはすっかり有名なようで、サイーブもなんとも言えない表情で自分を見てきていたが、それはロマも一緒である。とんでもない爆弾を抱え込んでいるのは“明けの砂漠”の方だろうと……。

 

 そもそもオーブがレジスタンスに金を出しているなど、各国に情報が洩れれば大惨事だ。

 

 そうなれば『(カガリ)が勝手にやりました』など通用するわけがない。

 

「まぁ“原作”通りか……」

『なに言ってますの?』

「いいや……」

 

 格納庫にて、プレディザスターに目を向けてから、ストライクの方へ向かうために階段を上がっていく。すると別方向からコジロー・マードックがやってきていた。軽く片手を上げると会釈される。

 やはりどうにも、馴染むことはできないようだ。

 

 彼も向かっているのはストライクのようで、ロマと同じ道を行く。

 

「いやぁ大尉、坊主……じゃなくてヤマト少尉は大したパイロットですよ。一緒に出撃した大尉に比べたらひよっこかもしれませんが」

「いいや、まともにやり合えばどうなるかわからんよ」

「ホントですかぁ?」

 

 素直に頷く。同じモビルスーツで戦うとして、ロマは自身がキラに勝てる姿を想像できない。最初は押せるかもしれないが、自分の戦い方は奇を衒って相手の動揺を誘いつつ、即座に撃破するというものだが……撃破し損なえば手札も減る。

 通常のストライク同士で戦えばどうなるかわかったものではない。

 

 ―――特に、SEEDを発動されたらコールド負けだろうな。

 

「にしても便利なもんですよ。色々自分でやっちまうし、今もきっとなんかやってんだろうし」

「“便利”、という言葉遣いは気に入らんよ。唯一のモビルスーツパイロットなのだろう? それにただ一人のコーディネイター、少しナイーブにもなる。気は遣ってやってほしい」

 

 マードックにとって、その発言はかなり意外だった。

 ブルーコスモスである彼が、コーディネイターであるキラを“嫌っていない”のもそうだし、おまけに“気を遣ってやれ”など言われるとは、思いもしないことだったからだ。

 

「……へい、肝に銘じときますよ」

「そうしてくれると助かる。彼が出撃できない状況になれば私だけでこの船は守りきれんよ。認めたくないものだがな」

「大尉にそう言わせるんだから、坊主……じゃなくてヤマト少尉も大したもんだ」

 

 ストライクへと徐々に近づいていくことで、マードックも少し小声になる。

 

「そうだな。それとバカにしているわけでないならフランクな呼び方でも構わんと思うぞ、ただでさえ孤立しがちなんだ……」

 

 キラを孤立させないようにと、そういうロマにマードックは不思議そうな表情を浮かべた。

 

「反コーディネイターじゃないんですかブルーコスモスは」

「組織にはコーディネイターもいる。個人的に嫌いなコーディネイターはいない……好意的に思うコーディネイターの方が多いぐらいだ」

 

 むしろ、嫌いなナチュラルの方が名前がスラスラ出てくるぐらいである。

 そう言ったロマを相手に、マードックはなるほど、と頷いてストライクの前で立ち止まりコックピットを覗く。

 

「おう、またなにやってんだ?」

「昨夜の戦闘の時に接地圧弄ったんで、その調整とかですよ」

 

 キラの柔らかい声を聞いて安心する。薄れゆく記憶の中でだが、このときの彼は余裕が無かった気もするので“アレ”が起きないことを願いたいところだが……。

 

「ほぉ、なるほどなぁ。つくづくお前がいると助かることばっかだよ」

「アークエンジェルを、落とさせるわけにはいかないじゃないですか……それに、ロマさんの助けになりたいですし」

 

 聞いていたロマは、少しばかり気恥ずかしそうに腕を組む。それを横目で見て、マードックは苦笑を浮かべた。

 

「へっ、俄然やる気じゃねぇか頼んだぜ、坊主!」

「……はい」

 

 立ち上がったマードックが、キラの視界から外れてから肩をすくめて笑う。

 ロマはというと、話を聞いていた手前、自分から声をかけるわけにもいかず素直にストライクから離れることにした。マードックは別方向、就寝時間といったところだろうか……もう夜も遅いし当然ではある。

 

『はぁ、寝みぃですわ。私ご就寝のお時間ですのでこれで失礼』

「おやすみ」

『おやすみなさいですわ、あなた』

 

 プレディザスターの傍へとやってきたロマは、機体の損傷具合を確認。やはり弾数が心許ないが、レーザー誘導式のミサイルぐらいならば“バナディーヤ”で購入できなくもないだろう。

 あとの問題は、装甲だが……次に砂漠の虎と交戦する機会があって、再び被弾無しで戦えるかが問題だ。

 

 ―――ん、次って、砂漠の虎と決戦だっけか?

 

 なにか引っかかるが、どうにもならない。外の空気でも吸おうと廊下を歩いていると、後ろから誰かが駆けてくる音が聞こえた。

 軽く振り返れば、軽く駆け脚で近づいてくるのは先ほど聞いた声の主―――キラ・ヤマトである。

 

「ロマさん、戻ってたんですねっ!」

「ああ、先ほどな……色々と作戦会議を終えて、私は立場上あそこには居づらい」

 

 苦笑して言うと、キラは首をかしげた。

 同じナチュラルなのに、というのがあるのだろうが……そういうものでもないのだ。ナチュラルでもブルーコスモスを嫌っている者は少なくはない。

 民間人を無視したテロ等をやっている“自称ブルーコスモス”や“ブルーコスモスでも末端”の者たちも存在するのだから、当然と言えば当然ではある。特にこういったレジスタンスは同一視されて迷惑を被っているのだろうし、自分は“ブルーコスモス盟主の私兵”なのだから……。

 

「ロマさんは、ブルーコスモスなんですよ、ね?」

「……友人が待っているんだ」

 

 歩きながらもロマが言葉を口にすれば、その隣を歩くキラは首を傾げる。

 

「コーディネイターで、私の同期で……上司の下で共にいる」

「えっ、ブルーコスモスに?」

「ああ、うちの上司は有能であればなんであろうと使う人間だ」

 

 それが盟主ムルタ・アズラエル。だがわざわざそれを伝えることもないだろう……いずれわかることだ。

 

「ブルーコスモスにいるんじゃぁない。私は彼女たちの元にいるだけだ……」

 

 またなにか偉そうなことを言った気がするなと、少しばかりバツが悪くなるロマ。そんなことが言えるほど覚悟も固まっていない。

 だがそれでも、やはり―――守りたい世界がある。

 

 そうして歩いて外に出ると、涼しげな空気を感じてフッと笑みが零れた。

 

「やはり引きこもってばかりではな……」

「はい……あっ」

「ん?」

 

 キラが見た方向を向けば、赤い髪の少女と、それを追う眼鏡の少年。

 ロマはサングラスの奥の瞳をわずかながら泳がせた。その心中は穏やかではない……むしろ大惨事である。

 

 ―――そうきたかぁ、そういえばそうなるわ。ちくしょぉ……。

 

「っ……キラッ!」

 

 一瞬だけロマの方に視線を向けてから、フレイ・アルスターはキラの背後へと回る。

 少しばかり言いたいこともあるが、そこは大人の対応でなにも言わぬロマ。だがこのあとの展開としてなにも言わないわけにもいかない。

 

 そもそも“この展開”に関わるつもりはなかった。起きたら起きたで後々に、キラに少しばかりのフォローを入れればそれで問題ないと思ったから……だが、目の前にこの状況になって、ロマはなにもしないわけにはいかないのだ。

 今は見守る他ないが……。

 

「……なに?」

「フレイに話があるんだ、キラには関係ないよ」

 

 サイ・アーガイルがそう答えるが、キラは少しばかり眉を顰めた。

 フレイとサイの二人は婚約者である。それはロマは知らないはずの状況、ここで口は出せないだろう。

 

「関係なくないわよ! 私……昨夜はキラの部屋に居たんだから!」

「えぇっ!?」

 

 驚愕に固まるサイ。少しばかり可哀想な気はするが、元々上手く行く感じでもなかった覚えがロマにはあった。かといって言えるわけでもないが……。

 

「うん……」

「え……キラ? どういうことだよフレイ……君……」

「どうだっていいでしょ! サイには関係ないわ!」

 

 多感な時期の少年が性癖がねじ曲がりそうな寝取られ(寝てない)をされている。それを目の前で見せられ、ロマとしてはなんとも言えない気分だった。

 

「もうよそう、サイ」

「キラ……?」

「どう見ても、君が嫌がるフレイを追っかけてるようにしか見えないよ」

「なんだとっ!?」

 

 ギリッと拳を握りしめるサイを前に、キラはフレイを後ろに下がらせる。

 

「もう、止めようよ。ほらフレイ……僕もついてるから……二人の話聞いて、ちゃんと」

「ちゃんと、なんだよ。俺とフレイをっ」

 

 落ち着いているキラを見て、良い傾向かもしれないと見守るロマ。平和に収まりそうだと思いつつ、視線を動かせば物陰に見覚えのある金髪を見つけた。

 

 ―――カガリ・ユラ・アスハ……聞いてたっけかここ。

 

「親の決めたことじゃないっ、もういなくなったんだから……私が誰を好きになろうといいでしょっ」

「ならちゃんと話せよっ! そんなこと、言ってくれなきゃわからないじゃないかっ!」

「サイも、落ち着い」

「キラァッ!」

 

 バッ、と走り出すサイに、ため息をつきたくなりつつも、前に出たロマがその腕を掴む。それで済めば良かったが、暴れようとするので結局見覚えのある腕の極め方をしてしまう。

 サイの腕を背中に回して拘束しつつ、ロマはムルタ・アズラエルのことを思考する。

 

 “原作”であればムルタ・アズラエルがコーディネイターに対してのコンプレックスを持つになるきっかけになった状況、それは“この状況”と酷似していたはずだ。

 だが、彼女はどうなのだろうか……。

 

 ふと、我に返る。

 

「……やめろアーガイル。万一でもキラを傷つけたら自らまで惨事だぞ。彼はパイロットだ」

「ぐぅっ、はなせぇ……!」

 

 怒りに我を忘れているのかなんなのか、とてもじゃないが上官に聞いて良い口ではない。普通ならば即修正というところだが、腕を極めているのでそれが修正という扱いでも良いだろう。

 手を離せばサイが地面に前のめりに膝をつく。

 

「言いたいことは理解するが、キラも落ち着いて話をしようとしている」

「あんたっ、どうしてキラの味方するんだよっ……ブルーコスモスのくせにっ!」

 

 目的のためならば手段を選ばぬ差別主義者―――そう言いたいだろうということを、ロマは理解していた。

 だが違う、彼はブルーコスモスに所属しているが、彼自身が“ブルーコスモス”なわけではない。

 

「ロマ・K・バエル、それ以上でも以下でもないからさ」

「ッ、なに意味のわからないことを言ってんです! あんたたちみたいなのがいるからこんなことにっ」

「やめろよサイっ!」

 

 キラが声を荒げる。

 

「なんだよ、キラっ……!」

「フレイは、優しかったんだ。ずっと付いててくれて、抱きしめてくれて……」

 

 やはりこうなるかと、しかし仕方のないことなのだろう。ちょっと展開が違う気もするが……。

 

「ロマさんもフレイも、僕を守るって言ってくれて……っ!」

 

 ―――そうそうロマさんも……え?

 

 瞳に今にも零れそうな涙を浮かべるキラが、サイを睨みつける。

 

「僕がどんな思いで戦ってきたかなんて! 誰も気にもしなかったのにッ!」

 

 サイもフレイも、キラが色々な感情を押し殺して発した言葉の迫力に言葉を失い、動揺をその顔に浮かべた。思うところはもちろんあるはずだ……散々キラに頼って、挙句この始末。

 ロマとしても別方向で思うところがある。なぜかフレイと並べて出された自らの名前。

 

「……え?」

 

 疑問を抱いたロマの呟きは誰にも届くことは無い。

 

「き、キラ……」

「ロマ・K・バエル……!」

 

 なぜかフレイに睨まれるロマ。なぜこうなったのかわからない。

 本来ならばもっと悲壮感に包まれているはずで、ロマが動揺することはなかったはずなのだが、今は動揺でどうしていいかわからず立っていた。

 本来ならば、動揺こそしないものの色々と思うところがあって然るべきなのだ。

 

「……キラ」

 

 フレイがそっとキラを抱きしめる。

 ロマがサイを起こすために膝をつこうとした瞬間―――警報が鳴り響く。

 

「っ……そう、か」

 

 思い出したがもう遅い。

 

 砂漠の虎による“お仕置き”だ。

 

 街が焼かれ―――空が、燃ゆる。

 

 

 





このような感じで次回タッシルです
キラ周りをフォローしようとした結果、色々なとこに食い込んだロマ
アークエンジェルでも新たな立ち位置を築き始めて……

今回は繋ぎ回というか、現状整理回と言った方が良いかもしれませんね

三馬鹿娘に出番を与えられなかった……そこがメインなのに

なにはともあれ次回はキラのカガリビンタぐらいまでは行ければなって感じです

では、次回もお楽しみいただければと思います


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まなざしの意味

 

 警報の後、明けの砂漠の面々がざわつきだした。

 

 武装した構成員たちがバギーに乗り込み、街の方へと走り出す。

 この事件のことをおぼろげながら思い出したロマ。

 

 ―――街への襲撃だなっ!?

 

 明けの砂漠へ、虎からの仕置き。正規軍へ攻撃をしかけて軍人を殺したのだからそうなって然るべきではある。

 完璧ではないにしろ、状況を理解しているロマが走り出せば、キラもフレイの方を向いて頷くと走りだす。

 

 格納庫へと辿りつくと同時にキラがストライクへと走る。ロマはと言えばほぼ同時に動きだしたにも関わらず少し遅れて到着、プレディザスターの方を向くもムウが近づいてくることに気づいた。

 ムウが片手を上げて駆けてくると、ストライクへ乗り込もうとするキラの方を見上げる。

 

「おいキラ! お前は待機だ!」

「えっ! どうしてですか!?」

 

 ストライクのコックピット前に通っている橋から顔を出して抗議するキラ。

 

「別働隊に襲撃されたら誰がここ守るんだよ! 俺とロマで行く!」

「私もか」

「早いのは俺のスカイグラスパーとお前の~……ぷ、プレ、ディザスター、だろ?」

 

 当然だな、と納得。

 指示が無くとも適当な提案でついては行っただろうが……やりたいこともあるし丁度良い。

 

「言っておくが、それほど速度は出せんよ」

「え、どうしたまた?」

「先の戦闘、Gで内臓が損傷した」

「そりゃまた……って医務室行ったか?」

 

 苦々しい顔をして言うムウに、ロマはフッと笑う。

 それに対して、なに笑てんねんと思いながら顔をしかめるムウ。

 

「一応の応急処置はしたさ」

「帰ったら医者に見せろよ?」

 

 そんなムウに背を向けると、知らぬ存ぜぬでロマはプレディザスターへと乗り込んだ。

 上から垂れるワイヤーを使いハッチへと乗り込むと、暗い空間を走ってリニアシートに座る。シートが真上へと上がっていきコックピットに収まると、ロマは静かに息をついた。

 システムを起動すると、モニターには連合のマークと共に複数の文字列が表示され、ついでにけたたましい少女の声が響く。

 

『……全然寝れてませんわ! ちくしょい!』

「冷静に考えると寝るってなんだ?」

『寝ると言うことは……寝るということですわ~!』

「そりゃ結構」

 

 各部のチェックを軽く済ましモニターを見ると、アークエンジェルのクルーたちが戻ってきているのが確認できる。

 すぐにミリアリア辺りから通信が入り出撃となるだろうと、静かに息を吐く。

 戦闘は無かったと記憶しているが、いまいちそれも当てにならなくなってきた。

 

 通信が入ると、モニターにはマリュー・ラミアス。

 

『バエル大尉、フラガ少佐から聞いていますか?』

「ええ、こちらはいつでも出撃可能です」

『では少佐と共に“偵察”をお願いします』

「了解した」

 

 軽く敬礼して応えると、通信が切れた。プレディザスターを乗せた床がカタパルトの方へ移動していく。

 逆側にスカイグラスパーが移動していくのが見え、本当に二機だけで出るのだと少しばかり新鮮さを感じた。今さら誰に何を言うでもなく待っていると、再び通信。誰かと思えば、モニターに映るのはキラ・ヤマトだ。

 

「キラ?」

『すみません、さっき……巻き込んじゃって』

「なに、気にするな。人と人なんだ、そういうこともあるさ……」

『でも、本当に……嬉しかったんです。一緒に戦ってくれるって、戦わなくても良いって言ってくれて』

 

 サングラスを外して胸ポケットにおさめると、その赤と青の双眸で画面の向こうのキラを見る。

 同胞や友人と殺し合い、味方には“裏切り者のコーディネイター”と揶揄され、挙句にモビルスーツ戦でこの艦を守れるのは自分だけという重圧と戦い。そんな彼の心に踏み込んだのはロマだ。

 

 ―――これから一緒にいるという保証もないというのに……。

 

「結局は、戦わせてしまっている」

『今の僕は、違うから……僕が戦いたいから、戦うんです』

「……そうか、なら良い。君に託すよ、私がいない間は頼む」

『はいっ!』

 

 通信を切ると、顔をしかめて額に手を当てる。

 

『どうしたんですの、良い傾向じゃぁありませんこと?』

「いや、どうだろうな。あのような少年に戦うことを決意させたという見方もできる……私が、だ」

『元気づけた。で良いと思いますけど、いちいち悲観していては辛い人生になりましてよ?』

 

 そんな支援AIチェシャからの言葉に、自嘲するように笑う。

 

「ハッ、そうものわかりのいい性格なら、楽だったと思うよ」

 

 カタパルトへと辿りつくと、ハッチが開く。

 未だ暗い空、もうそろそろ朝焼けにもなろう時間帯だ。

 

『APU起動。カタパルト接続。システム、オールグリーン。進路クリア。プレディザスター、どうぞ!』

 

「プレディザスター、出るぞ!」

 

 

 

 プレディザスターとスカイグラスパーの二機が漆黒の空を行く。

 赤い閃光、という速度も出せないのはやはり体に気を遣ってのことだろう。耐G性能もあるノーマルスーツを着れば多少はマシになるはずではあるが、それでも制服なのはやはり現在は“多少の負傷よりも機体の損傷の方が問題”と考えているのもある。

 しかして、やはり彼自身ノーマルスーツが落ち着かないということもあるのだろう。パフォーマンスが落ちる事態を流石に懸念せざるをえない。

 

 二機のパイロットの視線の先には―――燃え盛る街。

 

『あぁ、こりゃ酷ぇ……全滅かな?』

「いや、そうでもなさそうだ」

 

 ロマはモニターにてしっかりと確認をした。流石に思い出したのだろう―――“虎のやり方”を。

 

 中継地点を通じてアークエンジェルに通信を繋ぐ。

 

「こちらバエルだ。街には生存者がいる」

『えぇ?』

『それもかなりの数な。こりゃぁ一体どういうことだ?』

「虎のやり方だろうさ、撤退も早いしな」

 

 その言葉に、アークエンジェル側はかなり戸惑っているようだった。

 街は焼き討ち、しかもこの時間。にも関わらず生存者は大勢おり、ザフトはそれらを攻撃するわけでもなく、自分たちを“待ち伏せ”するわけでもなく撤退していった。これが戸惑わないわけもない。

 しかして、ロマとしてはこういうことをされては“余計に戦い辛くなる”と、心穏やかではいられないのだ。

 

 

 

 地上へと降りたロマとムウの二人。

 バギーでやってきたレジスタンスたちが、家族の無事に歓喜し、涙を流す。家族の名を呼ぶなりすぐに合流できたのか、それぞれ抱き合ったりと実に“平和な光景”だと思いながら、ロマはサングラスをかけなおした。

 そうしていると別のバギーからサイーブやカガリが現れる。

 

「少佐! 大尉! これは……?」

 

 ナタルが軽く駆けてきて、ロマとムウの間で立ち止まった。目の前の光景に不信感がぬぐえないのだろう、チラチラと足元を見ている。

 

「……脚はある。生きてるぞ」

「っ、そ、そうですね」

「ロマは知ってるか? 砂漠の虎とは“知り合い”だろ?」

 

 気を遣ってか小声で言うムウに、ロマは苦笑した。

 

「知り合いという関係でもないさ、ただかつて戦場で一度だけ“睨み合った”ことがある程度だ。あとは昨日の一戦のみ」

「あれ、砂漠の虎に痛手を負わせて撤退させたって話は?」

「ありえんよ、そう簡単に勝てるほど甘い相手でないさ……それにしても噂というのはまったく」

 

 呆れたように言うロマに、今度はムウが苦笑し、ナタルはその噂を信じていたのか驚いたような表情を浮かべている。

 

 サイーブが怪我人を治療するために各々に声をかけるも、そこまで大きな怪我をした者もいないのか、あって軽傷であった。避難する際に転倒したり火傷したり、誰も彼も、それもそれほど大きな怪我ではなかろう。

 問題はこの後である……。

 

 タッシルの街の長老が、サイーブに一連のことを話す。

 

「最初に警告があったわ。今から街を焼く、逃げろ。とな……そして焼かれた。食料、弾薬、燃料……全てな。確かに死んだ者は居らん。じゃが、これではもう生きてはいけん」

「ッ! ふざけた真似を! どういうつもりだ! 虎めぇッ!」

 

 怒りに震えて拳を握りしめるサイーブ。それに触発されてか、家族との再会を喜んでいたレジスタンスの構成員たちも怒りをその表情に浮かべる。

 お世辞にも愉快でない感情が渦巻くその場に、ロマは顔をしかめた。

 それに気づいてか気づかないでか口を開き言葉を発すのは、ムウ・ラ・フラガだ。

 

「だが、手立てはあるだろう。生きていればさ?」

「なに?」

「どうやら虎は、あんたらと本気で戦おうって気はないらしい」

「どういうことだ?」

 

 そこでふと思い出した。確かこのあとにムウが睨まれていた記憶がある。

 なるべく余計なことは言わないように、視線をそちらに向けて小声でつぶやくように言う。

 

「……ムウ」

「ん、ああ、わかってるよ……こいつは昨夜の一件への、単なるお仕置きだろ。こんなことぐらいで済ませてくれるなんて……随分と優しいじゃないの、虎は」

 

 ―――全然わかってねぇじゃん!?

 

 心の中で絶句する。

 

「なんだと!? こんなこと!? 街を焼かれたのがこんなことか!? こんなことする奴のどこが優しい!」

「あ、失礼。気に障ったんなら謝るよ」

 

 一瞬、ロマの方を向いたのは“やっちゃった?”ということを聞きたかったのだろう。ナタルもジトっとした目でムウを睨んでいる。

 まったく、と息を吐くロマだが……言わんとすることは理解できた。彼とて心中は穏やかではない。

 

「けど、あっちは正規軍だぜ? 本気だったら、こんなもんじゃ済まないってことくらいは、分かるだろ?」

「あいつは卑怯な臆病者だ! 我々が留守の街を焼いて、これで勝ったつもりか!」

 

 突如、カガリがムウの前に出て吠える。叫ぶように、泣きだしそうな声で悲痛に訴える。

 

「勝負にすらならんよ」

 

 しかしそこで、ロマが口をはさんだ。

 

「なにっ!?」

「勝ったも負けたもない。それに明けの砂漠がいたらそれこそ“この程度”では済まんよ……むしろ犠牲が増えるだけだ」

「犠牲が増えるっ!? 我々は、いつだって勇敢に戦ってきたんだ! 昨日だって敵を落とした!」

 

 ただアジャイルを落としただけに過ぎない。しかも“撤退中の不意打ち”でだ。本気でこの街を取り戻したいと思うなら“連合軍に入る”方がよほど可能性がある。でないなら、大人しく街で家族と“偽りの平和”を謳歌していればよかったのだ。

 少なからずここら一帯は“支配者に恵まれている”のだから……。

 

「臆病で卑怯なあいつは、こんなことしか出来ないんだ! 何が砂漠の虎だ!」

 

 そもそも“明けの砂漠”など無ければこんなことにはなっていない。などとはさすがに言えない……正論や理屈で押しつぶすのが正解ではない。ここはビジネスの世界ではないのだ……。

 だからこそ、歯痒さに内心で苛立つロマ。

 

 大事なものを守るために“戦うしかないキラ”と、“勝手に戦って”大事なものを危険に晒す明けの砂漠。キラの苦悩を知っているだけに、思うところがないわけがないのだ。

 

 ロマを睨むカガリ。否、睨んでいるのはカガリだけではない。

 

 だがそこで、先ほどヘイトをかっていたムウが二人の間に入る。

 

「落ち着けって、ほらその……嫌な奴だな、虎って!」

「あんたらもな!」

 

 歩いていくカガリ、サイーブもいつの間にやら呼び出されたようでおらず、相変わらず周囲からの敵意に晒されてロマはため息を吐く。

 簡単なことなのだ……砂漠の虎の支配下にあるということを受け入れれば良い。今よりはよほど平和に暮らせる。だが、たったそれだけのことを気づけないでいる。

 

「中尉、少佐、手伝ってくれ」

「へ、なにをだ?」

「なにかありますか?」

 

 自らの機体へと歩き出すロマへとついていく二人。

 

「プレディザスターに備蓄してある食料やら医療キットやらを全部出す」

 

 その言葉を聞いて、ナタルが驚愕したように目を見開く。それは意外だったのだろう。先ほどまであそこまで文句を言っていたにも関わらず、と思ったのだ。

 だがロマは別に彼らが嫌いなわけではない。“気に入りはしない”が、さすがにそこで放っておけるほど人で無しではないのだ。

 

 サイーブたちの声が聞こえ、そこでハッと気づく。

 そちらを見れば走り去っていくバギー。サイーブやカガリも一緒に乗っていったようで、今度こそハッキリと顔をしかめたロマが舌打ちを打つ。

 困ったようにムウがロマの背中を軽く叩いた。

 

「止めらんないだろ。こっちと戦争になっちゃうぜあれじゃ」

「しかし、みすみす死ににいかせたくはなかったさ」

「……優しいねぇ、あんたもさ」

「全滅しますよ!? あんな装備でバクゥに立ち向かえるわけがない!」

 

 尤もだ。正規軍である連合がこまねいている敵に、レジスタンスの手持ち武装などでなにができようか……。

 

「だよねぇ。どうする?」

「んっ……わ、私に言われても……」

「艦長に連絡を、おそらくキラを出すだろう。さっさと荷物を降ろして私も向かう……見殺しにはできんよ」

「了解です! 大尉殿!」

 

 ちゃらけるようにそう言うムウを肘で軽く突いてから、歩き出す。

 通信をしにスカイグラスパーの方へと向かうムウ。ナタルは軽く駆けて、ロマの隣を行く。

 

「……バジルール中尉、君も副艦長ならそれなりに指示を出すこともある」

 

 少なからずマリューはそうしただろう。

 

「はっ!」

 

 それを理解してかしないでか、ナタルは敬礼をして頷いた。

 

「それと、食糧は結構な量あってな……菓子なんかもある」

「は、はい……」

「君の好きにしてくれ」

「……は?」

 

 すぐに、ナタル・バジルールはその采配に感謝することになる。

 

 

 

 

 

 

 早朝、朝焼けを越えて既に朝といって良い時間。

 

 青空を行くのは赤い閃光―――プレディザスター。

 

 食糧を降ろし、アークエンジェルからの支援が届いてからようやく飛び立つことができた。結果としてこのような時間となってしまい既に戦闘は開始されている。

 ストライクが到着してはいるが、数台のバギーは倒れ、爆散したものもあった。

 わかりきっていた結果だが、やるせない気持ちは拭いきれない。

 

「くっ、そんなに死にたいかッ!」

『バクゥ三機、内一機は動けませんことよ』

「そりゃ結構だ……!」

 

 空からビームを放ち一機を撃破するも、ミサイルが飛んでくる。

 それらを避けるために空中へと上昇してから、下降しミサイルを放ち迎撃。

 

「チィ、無駄弾を……ッ!」

『さっさと潰して寝ますわよ……って、追加きますわ!』

「なにっ!?」

 

 妙な感覚に、素早い操作。それによりプレディザスターの追加されているブースターが方向を変え、突如として機体は軌道を変えた。

 そして迸るビーム、そのまま前進していれば直撃だっただろう。

 額から汗が流れたが、それを服の袖で拭ってモニターにて攻撃が放たれた方を向く。

 

『確認しましたわデュエル、バスター! ゲタ履きですことよ!』

「なっ、ここで二機が来るかっ……!」

 

 サブフライトシステム、グゥルに乗ったバスターとデュエル。さらには空中戦用量産型モビルスーツ<ディン>が2機随伴している。地上ではバクゥが一機増えたようだ。

 顔をしかめるロマがキラの動きを見るが、その動きは並ではない……つまり“SEED”と呼ばれる何かが発動したのであろう。

 そちらはとりあえず放っておき、ロマは自身に攻撃をしかけてくるディン二機とバスターとデュエルの方に集中する。

 

「療養もさせてもらえん……なッ!」

 

 フットペダルを踏み込み、加速。

 

「ぐッ!」

『おっ死にますわよ!?』

「だが、死ぬ気で戦わんと勝てんよ。アレを使うわけにもいくまいッ!」

 

 加速したプレディザスターへと四機がミサイルを撃つも、素早い操作で機体の角度をずらしつつ機関砲でミサイルを迎撃。爆風で数発が誘爆するも、全ては迎撃しきれない。

 だが、機体はそのままミサイルの隙間を縫いさらに四機に接近。

 

 グゥルに乗るデュエル・アサルトシュラウドの中でイザーク・ジュールは顔をしかめた。

 

「なにぃっ、抜けてきただとぉ!?」

『イザーク! さっさとコイツ倒してストライクをやるんだろっ!』

「くっ、わかっているッ!」

 

 バスターのディアッカ・エルスマンからの言葉に頷いて鋭い眼光で迫る赤いモビルアーマーを睨みつける。

 一度“撃たれかけたことがある”が、直撃させられなかった相手。大した腕ではないと思いもしたが、しかして地球への降下後に、ジブラルタル基地であった通信ではあの“ラウ・ル・クルーゼ”が気をつけろと言っていた。

 油断はできないだろう。

 

「汚名返上させてもらうぞ、赤い悪魔の血でなァ!」

『挽回とか言いださなくて安心したぜ……ってね!』

 

 バスターが右の<ガンランチャー>と左の<高エネルギー収束火線ライフル>を放つもそれらを回避しながら、ミサイルをばら撒く。

 ディン二機がライフルと散弾銃にて広域に放たれたミサイルを迎撃。周囲に爆煙が広がる。

 だが―――その中から現れる、プレディザスター。

 

「うわぁぁっ!?」

 

 接近するプレディザスターがそのままディンへと接近していく。それ故に、攻撃をしかねる三機。

 

「そこだ……!」

 

 プレディザスターがディンの翼に機関砲を乱射。それを多少受けながらも直撃だけは回避するディンだが、さらに加速したプレディザスターにコックピット部分を切り裂かれる。

 飛び散るオイルがその装甲を穢す。落ちていくディンを見ることもなく、ロマはもう一機のディンと二機のG兵器に視線を移す。

 

「まず一ィ!」

『血祭りですわ!』

 

 赤い悪魔を迎撃するために、バスターがガンランチャーを前に、収束火線ライフルを後に連結した。そしてトリガーが引かれれば放たれるのは散弾、対装甲散弾砲。

 密集した敵機や高速移動する機体に対する武装なのだが……あくまで常識の範囲内の速さでなら、の話である。

 その散弾が到達するよりも早く、さらに加速して散弾の範囲から離脱し上昇するプレディザスター。

 

 バスターのコックピットでディアッカが驚愕に目を見開く。

 

「マジかよっ!?」

『なにをやっている!』

「あんなのに当てられるかよっ!」

 

 ディアッカは素早く連結を解除し、プレディザスターを追うが……。

 

「ぐっ、太陽っ!?」

 

 陽を背後にしたプレディザスターに視界がやられそうになるも、素早くその場から退避する。

 

 太陽を背にしたプレディザスターの中でロマは口の端から流れる血をそのままに変わらず加速。バスターとデュエルを撤退に追い込みたいロマが、再度ミサイルを放つ。

 それらは独特の軌道を描きながらバスター、デュエル、ディンへと迫るも、それぞれしっかりと迎撃。

 

「目を眩ませたはずだが、さすがだなッ!」

『ミサイルの弾数が心許なくってよ!』

「ぐっ、ならば高速機動しかあるまい……!」

 

 その加速度を維持したまま、ディンを切り裂こうとするも即座に回避されライフルだけを切断。地上へと向かっていくもバーニアと追加ブースターを使い急旋回。

 機首がディンの方を向くなりトリガーを引き、ビームを放ち真下からディンを撃ち抜く。

 

『死にますわよ!?』

「まだだ、まだ終わらんよ!」

 

 さらに加速し、旋回―――まるで空でドリフトをするように機首を向けた方とは別方向に滑る。そして機首の先にはデュエル。

 しっかりサイトにその機体を収めて、トリガーを引く。放たれた一撃が真っ直ぐデュエルに放たれるもシールドで防御される。

 舌打ちをしながらも、ロマはフットペダルを踏み込んで加速。

 

『ぴぇあ!? 突っ込みますのねぇ!?』

「オォォッ!」

 

 バスターとデュエルからの攻撃を回避しつつ、そのまま加速しデュエル―――の乗るグゥルを切り裂く。

 完全に切断とまではいかないが、その一撃により機能の一部が麻痺したのか隣のバスターがデュエルを支える。速度を緩めて、ロマはモニターで二機を確認。

 

 デュエルのコックピット内で、イザークは悔しさに表情を歪める。

 

「クッソォッ! ストライクのみならず……赤い悪魔ァッ!」

『撤退する! クルーゼ隊の坊やたちも遅れるなよっ!』

「なっ……了解、しましたッ!」

『引っ張ってくぞイザーク! バランスはそっちで取れよ!』

「ぐっ……わかっているっ!」

 

 荒々しく返事を返すイザークの視界に映るモニターでは、先ほどよりもかなり遅い速度で飛ぶ背中を見せるプレディザスター。かといってここで不意打ちをかけても当たらないのは明白。

 大人しく、ディアッカのバスターに連れられて撤退していく。

 

 そんなデュエルとバスターをモニターで見ながら、ロマは口の端から流れる血を荒く拭う。

 不意打ちはないようだと思いながら、モニターで地上を確認する。レジスタンスたちがランチャーを持って撤退するザフトに撃つが、まるで意味がない。当たりもしなければモビルスーツに当たったところでなにが変わろうか……それよりも、逆上させたらどうするつもりなのだろうと、ロマは顔をしかめ、怒りを露わにする。

 

 何かを変えるために、殺さなければいけないことに苦悩する身には、憤怒に値するのだろう。

 

 

 

 砂漠に着陸したプレディザスターから降りるロマ。

 キラが立っており、カガリがそんなキラに詰め寄るが近づくロマに気づいて一瞬だけ睨むも、すぐにロマの口周りに付着している血の痕を見て動揺する。

 同じく、キラもそうだった。

 

「ロマさんっ、血が!」

「構うことは無い。別段珍しい話でもないさ……Gに体が耐えられないだけだ」

「だけって……!」

「死にたくないからそうしている」

 

 その言葉に、キラは黙る。カガリは相変わらず驚いたような表情だったが、すぐに目を細めてロマを睨み直す。

 ロマの視界に映る死傷者たち、よくカガリと共にいた青年も―――既に亡くなっているのだろう。

 

「これが結果か、無策で挑んだ。なんの意味も無い……お前たちがやりたいことは仲間を殺すことか?」

「なんだと貴様ッ……! 見て言っているのか本当に!?」

 

 残酷な物言いを平然とできてしまうのは、彼らに思い入れが無いからなのか……それとも本気で“プツン”とキテいるからか、しかしてそれも当然のことであろう。

 仲間を救うために必死で思考する彼からしたら、仲間を死地へと誘うというのは異常以外のなんでもない。その気はなくとも、彼にはそう見えているのだ。

 

 多面的に見た場合、明けの砂漠にもきっと彼らなりの正義はあるかもしれないし、納得できる部分はあるのかもしれないが……少なからずロマには理解できない。

 

「しっかりと見て言っている。子供が死んだんだぞ……こんな子供が……ッ!」

「ッ! みんな必死で戦った……戦ってるんだ! 大事な人や大事なものを守るために必死でな! そこに子供とか大人とかあるか!」

「大人にはあるな、少なからずそれを守るために戦ってたんだろう。お前たちもッ!」

 

 語尾を強めてハッキリとその視線をレジスタンスたちに向ける。

 

「守るためならば“砂漠の虎の飼い犬”になっていればよかっただろ!」

「ふ、ふざけるなっ!」

「それはこちらのセリフだ。嫁も子供も街に置いて貴様ら揃いも揃ってなにをやってる!」

 

 レジスタンスの一人が文句を言うが、ロマは即座に黙らせる。

 彼とて“守るべき相手”を置いてきてしまった人間であるが、だからこそ言う。

 

「守りたいのは誇り、プライドか!? 違うだろうに、勝機無く想いだけで戦って何が守れる。なぜ守れると思う……少なからず雌伏し待てば、あの街の者たちを家無しにはさせなかったはずだろ……ッ!」

 

 彼“らしくもなく”感情に任せて激昂する。

 

「それに、今回に至っては貴様らを突き動かしたのは、守ろうだとかいう想いじゃなく、復讐心だろ……!」

「なっッ!」

 

 カガリが動揺し半歩下がった。他の構成員たちも目を逸らすばかりで反論はできない。いや、させやしないほどの圧と理に適った言葉。

 この争いを止められなかったサイーブが、悔しさに拳を握りしめている。

 キラは黙ってロマを心配気に見ていた。

 

「一時でも虎の飼い犬になるなら“死んだ方がマシ”か? ふざけるなっ、生きてさえいればどうにでもなるだろうにっ、なぜ今ここで死に急ぐ必要があった!」

 

 カガリは、ロマを睨みながらもその瞳から涙を流す。

 レジスタンスの一部も涙を流しながらロマを睨むが、怯むこともなくロマは全員を睨み返してその視線をねじ伏せる。銃を持つ相手だからと関係ない……今、彼は冷静ではない。

 

「死んだ奴に言えるのかよ、なにかを守ろうとして死んだ奴に同じことがッ!」

「言えるかよ。死んだ人間とは喋れないんだ……ッ! だから言ってるんだよっ……」

 

 荒々しく話す彼に、一人の男が近づきその胸倉をつかむ。

 

「戦いを止めて、それでどうするんだよっ! ただ生きてろって、そう言うのかよ!」

 

 男が腕を振りかぶる。それに気づいたカガリだが間に合うわけもない。

 

「やめろっ!」

 

 その声は届かず男は腕を振るうが、それよりもロマの膝が男の腹部に突き刺さる。くの字に体を曲げた男の頬を、ロマの拳が打ち抜く。

 少しばかり吹き飛んだ男が砂の上に倒れたが、頬を押さえながらロマの方を見るのみ。

 

 カガリと目を合わせる。その赤と青の双眸からの視線がカガリの瞳を射抜く。

 

「ただ生きてろ? ふざけるな、それがどれだけ難しいか、わからんお前らじゃないだろうッ!」

 

 咳き込むロマの口から、少量とはいえ血が吐き出された。

 キラがロマを支えようとするが片手でそれを制し、しっかりと両足を地に着けてカガリを今一度見据える。軽く。

 

「死ぬなんざ簡単なんだ。お前らみたいな行為を続けてりゃ済むだけの話だよ……だけどそうじゃねぇだろ」

「俺たちの、家族……死んだら、誰が守るって言うんだ。責任も持たずに、勝手に死んで、そんなん……」

 

 ロマとサイーブの言葉に、明けの砂漠の面々がバツが悪そうな表情を見せた。

 涙を流すカガリの頭に軽く手を乗せれば、少しばかり驚いたような表情を見せるカガリ。そんな彼女に、ロマは軽く笑みを浮かべた。

 世間知らずの小娘に、言い聞かせるように、そっと優しい声でロマはただ浮かぶ言葉を口にする。

 

 

 ―――生きる方が、戦いだ……。

 

 

 





結構急ぎで書いたので変だったら正直すみません

そして再び名言奪取したロマ、こんなとこでこんなセリフ言っちゃって大丈夫かロマ
色々とあってロマの説教TIME、次回以降これがどう響くのかとか
戦闘はあまり変わり映えしない感じですが、一応ちょっと自分なりに工夫しようと四苦八苦

ちなみに矛盾点とかの理由は後々の伏線だったりとかします

そして次回は本編ならバナディーヤで虎さんと出会う
ロマはどうするのかって感じで

それでは次回もお楽しみいただければと思います


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決戦の胎動

 

 バナディーヤの街を、二台のバギーが行く。

 

 それほど珍しくもないのか、住民たちは驚くでもなく避けるのみ。

 市場へと辿りつくなり、そのバギーから降りるのは“私服姿”のキラ・ヤマトとカガリ・ユラの二人であり、同じバギーに乗っていたランボー擬きことキサカがカガリの方を向く。

 カガリは肩を竦めて頷いた。

 

「じゃ、四時間後だな」

「気をつけろ」

「分かってる。そっちこそな……取引相手のアル・ジャイリーってのは、気の抜けない奴なんだ」

 

 頷くキサカ。前のバギーの後部座席に乗る同じく私服姿のナタルがスッと、かけていたサングラスをずらす。

 

「ヤマト少っ……しょっ、少年……た、頼んだぞ……」

「え、あ、はい……なんでサングラスなんです?」

 

 戸惑いながら言うキラに、ナタルはサングラスをかけ直した。

 

「バ、バエル大尉だっていつもサングラスだろう?」

「……真似、ですか?」

「……」

 

 無言のナタル。つまりはそういうことだろう……しかして、キラの理解度は高い。理解のあるパイロット君である。

 

 ―――ロマさん、カッコいいもんなぁ。

 

 なんて能天気なことを考えて頷けば、ナタルの顔が赤く染まったことに気づく。

 それに気づいてか気づかないでか、ナタルの前に座っていたサイーブが視線をカガリに向けつつ口を開いた。

 

「行くぞ」

「え、あ、ああ」

 

 頷いたナタルに、サイーブは頷いて車を走らせる。

 二台の車が去っていくのを見送るキラ、横のカガリを見ればどこかそわそわとしていた。トイレかとも思ったが、それを聞いたら再び鉄拳を喰らいかねない。今までの傾向からしてカガリは口より先に手が出るタイプ。

 故に、黙っていると……カガリの方から口を開いた。

 

「ほら行くぞ、護衛なんだろ……一応」

「うん、一応ね」

 

 今日の二人の目的は買い出しであり、カガリはポケットからメモ用紙を取り出す。

 周囲の喧騒、賑やかな市場、笑顔が絶えない和やかな街。

 

「ほんとに、ここが“虎の本拠地”なの? 随分賑やかで、平和そうなんだけど……」

「……ついて来い」

 

 キラはそう言うカガリに連れられて歩いていくと、ある程度の場所で止まった。そこには砲弾の痕、抉られた地上、バナディーヤ制圧時に撃たれたのだろうか……だが、その周囲を子供たちが笑顔で走っていく。

 キラとカガリの視線の先には、巨大な陸上艦―――レセップス。

 

「あれが、この街の支配者だ。ここはザフトの、砂漠の虎のものなんだ」

 

 その言葉に、キラは静かに頷いた。少しばかりそうしてみていると、カガリはやるせない表情だ。

 数日前の“アレ”が響いているのだろうことは容易に想像がつく。

 

「さて、買い出し行くぞ」

「あ、うん……」

 

 買い出しのメモ用紙を見てから歩き出すカガリに、大人しくついていくキラ。

 

「ところでなんだが」

「ん?」

 

 バツの悪そうな表情を浮かべるカガリが、チラチラとキラを見たり前を見たりを繰り返す。

 

「アイツ、なんなんだ……」

「あいつって?」

「……お前が犬みたいにくっついてるアイツだよっ」

 

 まるで思い当たらないが、最近一緒にいることが多い相手と言えば……。

 

「ロマさん?」

「そうだ。あのブルーコスモスだっていう男だ」

「……色々話したんでしょ? “あの後”に……」

 

 キラが首を傾げてそう言うと、カガリはバツが悪そうな表情を浮かべる。

 確かにあの“説教”の後に、カガリはサイーブたちと“明けの砂漠の今後”についての話し合い。それを経てサイーブの提案でわざわざ会いに行き“ロマ・K・バエル”と話をした。だが、それでわかっていたら苦労しない。

 妙に優しい笑みと、頭を撫でられた感覚を思い出す。

 

「それでも、わからないから聞いてるんだよ。お前、仲良いだろ」

 

 そう言ってキラの方を向くカガリが、顔をしかめる。

 

「……なにニヤニヤしてるんだ、お前」

「い、いやだって、ロマさんと仲良く見えてたんだなって」

 

 へらっ、とはにかむキラを見てカガリが苦笑を浮かべた。

 

「……ほんと、犬みたいなやつだなお前」

 

 そんな彼女の言葉に、キラは小首を傾げたまま歩く。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、アークエンジェルの格納庫。

 プレディザスターから出たロマは、先ほどまで『ミサイルが足りねぇですわ! もっとよこしてくださいましぃ!』とか言いやがる支援AIを相手に調整等をしていた。

 なんだかんだ言いながらも、チェシャも仕事はしているのでロマとしては言うことなしだ。否、やはり文句は言っている。

 

 そしてそんな彼が食堂にでも向かおうと格納庫を上がると、通路にムウとマリューが立っていた。

 

「艦長と少佐、なにかあったか?」

 

 そう聞くと二人は顔を見合わせて難しい表情をして向かい合う。

 

 一方のロマはいつも通りの表情ではあるが、彼も彼とてそういう顔をしたい気分でもあった。

 今日は明けの砂漠の面々とナタルとトノムラがとあるルートに資材購入へ、それからキラとカガリがバナディーヤに買い出しに行くという話ではあったのだが、問題はそれではない。

 ロマは知っている―――あの二人は集合時間に戻りはしないと。

 

 砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドと出会うことになるのだ。

 

「おい、ロマ?」

「すまない……少し耽っていた。してなにが?」

「いやね……あの娘、アルスターさん、いるでしょう?」

 

 マリューの言葉に、素直に頷く。

 結果的にアークエンジェルにはいつの間にやら“フレイとキラがいい仲”だというのは広まってしまっている。それについてのことだろうと、理解した。

 

「ああ、いえ……サイ君の彼女だったのに、いつの間にと」

「私とて知らんよ」

「なんだ、キラのやつお前に懐いてるから知ってるもんだと思ってたよ」

 

 知ってはいる。どういう経緯があったのかおおよそのことは……。

 

 ただそれはキラから聞いたのではなく“なんか知っている”のだ。あの二人の情事とて一部知っているのがもの凄い変態っぽいので脳裏から消したいと願っているが、消えるものではない。夕方にあれは衝撃的だったし空気は凍った。

 

 それで、と話を戻す。

 

「わざわざ、あの二人の噂の真偽を確かめに来たのではあるまい?」

 

 この世界において“キラがコックピットで寝食する”。なんていうちょっとした事件は起きていないので、それほど問題は無いように思っていたのだが、なにかあるのだろうかとロマは少しばかり警戒する。

 マリューとムウが向き合ってから、言いづらそうに言う。

 

「あの嬢ちゃん、なんかオペレーターとかCICの仕事ができるようになりたいって、直談判しに来たんだよ」

「……は?」

 

 柄にもなく……はないが、素っ頓狂な声を出してしまう。あまりにも想定外の極みであったからだろう。ロマ自身、現在は彼女とは何一つ接点がないつもりで、彼女に影響を与えるような行動は何一つしていないつもりだ―――だからこそ、疑問だった。

 すぐに頭を整理して“フレイが仕事を貰いに行った”という事実を理解する。

 

「……どういう心境の変化だ。誰もなにも言わなかったというのに」

「意外? だよなぁ……」

「大尉ならなにか知ってると思ったんですが」

「私は彼女のことはなにも……」

 

 顎に手を当てて思考した。

 

「なにか、か」

 

 しかして、答えなど出るはずがない。

 

 実際のところ、彼女のその行動の原因はロマである。

 フレイがキラといる時に聞いた『なんでブルーコスモスの人と仲良いの?』という言葉に、キラは頭の中で“原稿用紙何枚分にもなりそうな言葉”を泣く泣く端折り『一緒に戦って支えてくれるから』なんて、当たり障りの無い言葉で返したのだ。

 それによりフレイは“利用するつもり”であるキラを、自分に繋ぎとめておくために“キラの力になる”ことを選んだのだ。

 故に、誰も彼女の言動の理由を知らぬ。

 

 答えは出ないなと踏んだマリューは、ロマのことを見る。

 

「……ところで大尉、体の方は?」

「ああ、問題ない。次もしっかりと戦闘してみせよう」

「でもなぁ、大丈夫かぁ?」

 

 ムウが顔をしかめてそう言う。それもそうだろう。

 結局、彼は内臓の損傷も放置のまま戦っていたわけであり、言っていた“応急処置”とやらもブルーコスモス印の最新式の薬品かと思えば、ただの痛み止め。それも、強いと操縦に問題が出かねないからとそれほど効き目が強くないモノ。

 アークエンジェルの医者がだいぶひきつった顔をしていたのを思い出す。

 

「大丈夫だ。問題ない」

「いやぁ……盟主さんはさ、お前が傷ついて帰ってきて俺たちに大激怒、なんてことないよな?」

「ハハハ、アズラエル理事に限ってそんなことないさ」

「でも……“そっち”に関してはお前、信用ならないんだよなぁ」

 

 呆れるようなムウに、ロマは心の中で不満気に思考する。

 

 ―――なぜに?

 

「……なんで不満そうな雰囲気なんだよ」

「不満だからだろう?」

「いやぁ、理解のないパイロット君だなぁ」

 

 そう言って笑うムウ。

 

「誰がだ……これでも勘は良い方だと思うが」

「“そっち”はどうだかねぇ。彼女とかいなかったのかよ今まで」

「……士官学校時代からずっとアズラエル理事のお付きだからな。そんな暇ないさ」

「えっ、そんな昔からか?」

「言うほど昔では……たぶん、ないな」

「難儀なもんだねぇ」

 

 肩を竦めるムウに、眉をひそめるロマ。

 そんな光景を見て、マリューが口に手を当てて笑いだす。二人してマリューの方を見るが、なにがツボに入ったのか笑い続ける。

 ロマとムウが顔を合わせてお互い同時に“お前が笑われている”と指を向け合うが、さらにそれが追い打ちになったようで、お腹を押さえて笑いだす。

 

「ふふっ……お、お二人、仲良しなんですね」

 

 そんな言葉に、ムウは顔をしかめた。

 

「やだねぇ、男同士で仲良しとか言われるの」

「私も不本意だがな」

 

 向かい合う二人を見て、マリューは変わらず笑っていた。

 

「まったく……ん、すまん。少し戻るよ」

 

 呆れた様子のロマだったが、格納庫の自機を見てそう言うと、マリューとムウが首を傾げる。

 片手を上げて格納庫を下りていくロマ、それを見てマリューがムウの方を向いた。

 

「調子に乗りすぎました?」

「いや、そんなんで怒る奴じゃないさ……なんかあったんだろ。それよりどうするの、この後はさ」

「あっ、ええ、補給が済んだあとは出航の準備を進めないといけないわね。明けの砂漠は“戦闘には参加できない”との申し出もあったし、スカイグラスパーをもう一機遊ばせておきたくはないけど、予備機で置いておくしかないわ」

「だな、下手にストライカーパックを変えるよりもう一機に付けといて乗り換える方が良いだろ」

 

 そう言いながら、フッと口元を綻ばせるムウ。

 

「……なぁんか頑張るねぇ、アイツも」

「あら、少佐はもうちょっと頑張っていただいてもよろしいんですのよ?」

「えっ、これでも頑張ってるつもりなんだけどぉ」

 

 

 

 一方、格納庫を下りたロマはと言えば、ストライクの前に立つ少年に声をかける。

 

「休憩中か? サイ・アーガイル君」

「えっ、あ……ば、バエル大尉」

 

 そこにいたのはサイ・アーガイル。キラの学友であり、先日は言い争いにまで発展した少年。

 あの翌日には謝罪しに来たのだが、それ以降は会話をした覚えのないロマ。それもそうだろう、上官とああなったのならば謝罪しようと、普通は避けて然るべきだ。

 

 先ほど上からサイを見つけて、ロマは思い出した。この後に、彼がストライクを無断で動かそうとする事件が発生する。

 今、このアークエンジェルでそういうことを彼が起こすかはわからないが、その可能性はあるのだ。

 だからこそ、ロマはサイの方を向いて口元を緩める。

 

「ストライク、凄い機体だよ。彼が彼のために調整した機体……とても私には扱えるものではないな」

「えっ、でも大尉ってモビルスーツに乗れるんじゃ」

「通常のコーディネイター用のOSならば、な。これは無理だろうさ」

 

 事実、キラの扱うストライクに乗ることは不可能だろう。動かせても戦闘にはなるまい。

 

「件のアルスター嬢はブリッジの仕事をするそうだな」

「はい……意外でした」

 

 俯いてそう言うサイに、先日のような怒りの念は感じられなかった。

 冷静になってから色々と理解はしたのだろう。サイの方がフレイと付き合いは長いのだろうから……。

 

「でもフレイって……強かですから」

「女性はそうさ、それで苦労するものだ」

「バエル大尉も、ですか?」

 

 そんなサイの疑問に苦笑で応える。

 

「そういうものさ、男も女も苦労かけるし苦労するものだ。ナチュラルもコーディネイターもそれは変わらんだろうさ」

「……キラ、あいつお人よしだから、きっとわかってるのに」

「アルスター嬢のことか、それもそうだろう。私とてわかるよ」

「でもきっと……キラ、良い奴なんです。ホントに」

 

 理解してはいるのだろう。フレイ・アルスターが本当にキラ・ヤマトのことを愛しているわけではないと……しかし、彼は同時に彼女がキラにきっと惹かれるということも理解していた。

 だからこそ今、彼は色々な葛藤に整理がつかないのだろうと理解し、ロマは息を吐く。

 

 いずれ至る“結末”を知っているだけに……。

 

「わかってるよ。だから君らを守るために……残ったんだろう」

「そう、なんですよね」

 

 理解していたのか、したのか……頷くサイ。

 

 交代時間になってブリッジへと向かうことになるまで、そうしてサイと会話をする。ロマはそれ以外に道を知らないからだ。

 なんだかんだ“同じ年齢を二度繰り返した”ところで、人を慰める方法などわかるわけもないのである。

 

 ただ話をするだけが関の山。そうしているうちに、サイは交代時間となりブリッジへと向かった。ロマに微弱ながら笑顔を向け、礼をして……。

 

 残されたロマはというと、その後はマードックたちと会話をしつつある程度の時間で、“そろそろ”かと予想し、遅れてブリッジへと向かうこととする。

 

 

 

 ブリッジに辿りつくと同時に、“タイミング良く”キラとカガリがいなくなったとの情報がもたらされた。

 迎えに行ったキサカが、合流地点にいつまで経ってもやってこない彼女たちを心配して連絡をよこしてきたわけだ。

 曰く、電波状況が悪くキサカたちはサイーブたちとも連絡が取れないらしい。アークエンジェルと連絡を取れたのは幸いのようだったが、市街ではブルーコスモスのテロもあり、誰かが巻き込まれていないかという話もあるらしく、今はナタルに連絡を取っている最中とのことだ。

 

 ロマはというと、マリューとムウの二人に顔を向ける。

 

「私が行こう、こうなれば襲撃はあるまいよ」

「キラとお前を出すのかよ」

「勘だが、襲撃はないよ」

 

 そう言うロマに、顔をしかめるムウ。それもそうだろう……戦場において“勘”を持ち出されて気持ちのいい顔で快諾はできない。

 

「フラガ少佐、ブルーコスモスが活動しているならバエル大尉の方が良いと私も思います」

「え、艦長もかよ。いや……まぁ確かにそうだが」

「そういうことです少佐殿」

 

 ムウも少し悩む表情を見せるが、すぐに頷いた。

 ブルーコスモスが活動しているともなれば、ロマしか頼りにできないということもあるのだろう。

 

 しかし、ロマ自身は理解している。バナディーヤで活動している“ブルーコスモス”が本当にあるべき正しい“ブルーコスモス”か、だ。

 十中八九違うのだろう。テロ行為をするブルーコスモスなど、九割九分“自称ブルーコスモス”である。

 故に、ロマ・K・バエルの顔も知らないだろうし、ほとんど意味が無いと言って過言ではない。

 

「それに……白兵戦なら私が良いだろう」

 

 なにが起こるかわからない。キラとカガリが帰ってくるという“描写が原作には無い”のだ。

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折を経て夕方。ロマはバナディーヤの街に到着した。

 なんてことはない私服に着替え、迎えに来たキサカのバギーで街へと到達するなり歩き出す。もちろん一人ではなく、キサカも隣にいるのだが……。

 向かう先は無論、レセップスの方“砂漠の虎の邸宅”だ。

 

 徐々にその進路を理解してきたのか、キサカがロマの肩を掴む。

 

「おい、それ以上は……」

「可能性としてはそこしかありえんよ。それに話さなかったがブルーコスモスの構成員がここにいたとして、端の者に私の顔はわからんさ」

「……ならどうしてきた」

「適任だと思ったからだ」

 

 そう答えると、キサカはロマの肩から手を降ろす。

 

「強行突破するには厳重だぞ」

「しない、近くに行くだけで充分だ……いや、この距離でも良い。砂漠の虎がわざわざキラとカガリ・ユラを拘束するとも思えん」

「……なぜだ?」

 

 勘、と答えるほかはあるまい。“ここゼミで見たところだ!”と同様“ここ原作で見たところだ!”などと口が裂けても言えやしないのだ。

 だからこそ、静かにそこで待つことにした。

 砂漠の虎の邸宅から出て大通りを行くならその道を通らざるをえない。

 

 近くの階段に腰を下ろすと、キサカも近くに寄る。

 

「お姫様に社会勉強させるならもう少しあっただろうに……」

「ッ……気づいて?」

「ブルーコスモス盟主の懐刀だよ。知らないわけがあるまい」

 

 顔が公に公表されていようがいまいが、ブルーコスモス盟主が知らないわけがない。アズラエルなら一瞬で気づくだろうし、自分も“こちらの世界”でちゃんと見せられたことがある。

 他人の空似の可能性もあるが……ロマに至ってはまずない。

 

 ―――平和の国の姫様がザフトを撃つのはマズいでしょ。

 

 とも言いたくもなるが、ここで言っても仕方のないことである。

 

「言わんさ、こちらの利になることもあるまい」

「……助かる」

 

 そう言って頭を下げるキサカに、片手を上げて別に構わないとの意を示す。

 夕日が徐々に傾いてくる中、足音が近づいてくるのを感じて立ち上がると、視線の先に見知った顔を二つ見つける。

 

「カガリ……!」

「キサカっ、それに……!」

 

 出かけた時と変わらない恰好であるが、どこか小奇麗なカガリ。その横でなんとも言えない表情で荷物を抱えるキラ。

 駆けだしたカガリがキサカへと近づくと、キサカは安心したように息を吐く。それとは反対にキラは立ち止まっており、むしろロマの方が近づいてキラの前に立った。

 ロマは知っている。“砂漠の虎”との会話を……。

 

「帰るぞ、“みんな”心配している」

「あ、はい……!」

 

 頷いたキラの背を押すと、ゆっくり歩き出す。そんな彼の背中を見ながら、軽く振り返る。

 

 アロハシャツを着た男が離れた位置に立っており、目が合う。知っていなくても感じることはできただろう。敵意と共に妙な感覚―――砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルド。

 お互い、サングラスに隠された瞳、だが理解はした。次に会うときはやはり戦場なのだろうと……。

 

 どちらかが滅ぶまで、戦えなくなるまで、戦うしかない。

 この小さな戦争では、そうする他ないのだ。

 

 

 

 バギーの運転席に乗り込んだキサカ、助手席にカガリで後部座席にはキラとロマの二人。

 街中ということもありそれほど速度は出さず、比較的ゆっくりと進む。なんなら本気で走った人間に追いつかれかねない速度であった。

 早々に街を出たいのは確かだが、急いで目立ってしまっては本末転倒だ。

 

 今すぐ通信をしたいところだが、電波状況が悪いので街を出てからになるだろう。

 

「買い出しは済んでるのか?」

「あ、はい……なんとか」

「そうか、ならこのまま直帰で問題ないな」

 

 アークエンジェルに襲撃は無いと踏んでいるロマだが、実際のところわからない話でもある。

 マリューたちはキラとロマの二人がいない状況で、気が気じゃないだろうし、カガリのことを知っているサイーブも頭を痛めていることだろう。早めに連絡を取って短めに要点を伝えて、さっさと合流したいところだが……。

 

「ロマくん!?」

「は?」

 

 ―――そうはいかなさそうだった。

 

 自分の名を呼ばれた。いやもしかしたら別人かもしれないが、そちらを向く。すでに街中とは言っても出口付近、そろそろスピードを上げようかという瞬間、かけられた声。

 キサカとカガリとキラもそちらを見る。

 

 ロマを呼んだのは―――白髪の女性。

 

「ハイータか……!?」

「やっぱりだぁ……!」

 

 なぜか“ボロボロの服”を着ているハイータが駆けてくれば、察してかバギーを止めるキサカ。

 キラもカガリもポカンとしているが、そっとキラの方へと寄るロマの隣に飛び乗るハイータ。シャツはなぜだか赤い血がベットリ付着しており、彼女に怪我はないようだが……当初の目的だった“目立たず出る”という目的の達成が難しくなってしまう。

 そしてキサカは先ほどよりアクセルを強く踏み、バギーを加速させる。

 

 後部座席で深く息をつくハイータ。

 

「よ、良かったぁ……」

「ハイータ、どうして……?」

 

 ロマが疑問を口にしながら水を渡すと、頷きそれを飲む。

 

「ぷはぁ……えっと、アークエンジェルへの補給のために……アズラエル理事が輸送機飛ばしたんだけど、一機以外は撃墜されちゃって、その一機も被弾してて私と数人はなんとか生き残ったんだけど」

「それで、どうしてバナディーヤに来ることになるんだよ。連合の支援なんだろ?」

 

 カガリが後ろを向いてそう言うと、ハイータは少しばかり驚きながらも頷く。

 

「この街、砂漠の虎さんの本拠地だって聞いてたんだけど、一応ブルーコスモスの末端組織もあるって聞いて来たんだよ」

「しかし、ここは……」

「うん、色々調べてアジトまでこぎつけて、入れてもらえはしたんだけど……ちょっと不穏というか敵意を感じて」

 

 それもそうだ。自称ブルーコスモスなどに本家ブルーコスモスですと言って近づいてどうにかなるものでもない。

 ブルーコスモスの規模の大きさは、そこの区別がつき辛いのが問題なのだ。しかして、ハイータは知らなかったとはいえ今日、テロを起こしたような団体が“正式なブルーコスモス”であるはずはない。

 故に、カガリは顔をしかめた。

 

「よく無事だったなぁ」

「あ、うん……なんとかまぁ、制圧して逃げたんだけど、よかったよぉロマ君と合流できて」

 

 あっさりと言い放った“制圧して逃げた”という言葉にさらに顔をしかめるカガリ。やはりブルーコスモス盟主の私兵、そしてロマの仲間。普通ではないのは確かであり、キラも苦笑気味だ。

 

「私もそう思うよ。早々に艦長に報告してそちらと合流だな……物資の運搬などもしなければ、か」

 

 顎に手を当てて考えるロマだが、補給は真剣にありがたい話である。

 

「そ、それにしても、ロマくんが、無事で……良かった、よ?」

「こちらも同感さ」

 

 フッと笑みを零すロマ。

 

「イチャイチャしてんじゃねぇよ!」

「いっ、そ、そんなんじゃありませんよっ! ね、ロマくん!?」

 

 真っ赤な顔で否定するハイータを見て、カガリはおもしろくなさそうに前に向き直る。

 

「そうだな」

 

 呆気らかんと答えるロマに、ハイータはどこか不満そうな表情をした。

 そんな“女の子”らしく拗ねた可愛げのある表情と、返り血がベッタリついた服装のギャップにキラはどういった表情でいればいいのかわからずにとりあえず苦笑いをしてしまう。

 なにはともあれ、アズラエルに助けられたことに感謝しつつ、ロマは帰ったら頑張って機嫌を取ろうと誓うのだった。

 

「そういえばハイータが来たのは妥当だな」

 

 呟くと隣の彼女は微笑しつつ首を傾ける。

 

「あ、いえ、誰が来るかわからなかったんです、本当は」

「そうなのか?」

「はい、じゃんけんで勝ったから私になっただけっていうか……」

 

 

 

 ―――じゃんけん?

 

 

 





結構急ぎで書いたので変なとこなければいい

繋ぎ回というかそんな感じの回です
キラとは順調に仲良くなりつつ、ハイータ登場

次回は砂漠の虎との決戦ということで、戦闘です
ついでにちょっとずつ変化も発生しつつ……って感じですね

とりあえず次回もお楽しみいただければと思います


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決戦の地に

 

 明けの砂漠のアジトに停泊するアークエンジェル。

 

 開かれたハッチから入ってくるのは、コンテナを抱える“二機のモビルスーツ”である。

 

 ストライクと、“黄赤色のジンハイマニューバ”の二機が、次々とコンテナをアークエンジェル内に積み上げていく。

 最後のコンテナを置くと、ジンハイマニューバは“真っ赤に染められた右腕”を使い、コンテナの上部を開け、中からいくつかの資材をとりだす。

 突如、そのジンハイマニューバのコックピットが開くなり、中からパイロットが顔を出した。白い髪をなびかせる少女―――ハイータ・ヤマムラである。

 

「とりあえず、プレディザスターのパーツだけ出しておきますね~!」

「お~う、助かるぜ嬢ちゃん!」

 

 そこに立っていたマードックがそう返事を返すと、ハイータは頷くとストライクと協力しつつ、他のパーツを取り出していく。

 

 それを見ていたロマとナタルの二人。中破状態であった輸送機からの“搬送”作業はつつがなく終わりそうであり、ナタルは持っていた端末に何かを打ちこんでいる。

 黙ってみているロマの必要性は、ポッと出のコーディネイターを相手に周囲が“安心”できるようにだ……かといって、モビルスーツに乗っているわけでもないのでなんの意味があるのかとも思うが、やはり“飼い主”がいるのが重要なのであろう。

 

「やはりモビルスーツが増えるのは助かりますね」

「私もそう思うよ。今の私はモビルアーマー乗りだからな……」

「大尉がモビルスーツに乗ったほうが良いのでは?」

 

 そんなナタルの質問に笑みを浮かべる。

 

「私がジンを扱うことは可能だが、ハイータにプレディザスターは乗せられんさ、私用にチューンされているしな……付け焼き刃ではどうにもならんさ」

「コーディネイターが使えない機体を、扱ってるんですか?」

「ハイータに操縦が無理なわけではないがな、何事も適正さ」

 

 そんな言葉に、ナタルはそういうものか、と納得。

 ハイータと共に来た他の補給部隊の面々も、アークエンジェルのスタッフと共に作業を続けているようだが、いざ見るとほとんどが整備士であり、アズラエルがどこを心配して送ってきたのかよくわかる。

 損傷したプレディザスターを扱うのに不安感もあったので、助かるというものだ。

 

 ストライクとジンハイマニューバの二機が、作業を終えたのかパイロット二人が降りてくる。

 

「終わったようだな」

「ええ、では大尉。私は艦長に報告へ」

「頼んだ」

 

 去っていくナタルを見送り、待っているとキラとハイータの二人が近づいてきたのを認識。

 

「お疲れ様だ」

「ハイータさんのおかげで早く終わりました」

「あ、いえいえ、私なんてとても……キラ君、ストライクの扱いが繊細で驚きましたよ」

 

 感謝するキラに、謙遜するハイータ。コーディネイター二人、早くも打ち解けてくれたようでロマとしては安心である。

 バナディーヤで入手した補給物資と、アズラエルから送られてきた補給物資。

 しばらくアークエンジェルも安泰であろう。

 

「さて、昼御飯にしよう……すぐに“作戦開始”だ」

 

 そう言うと、ロマは歩き出す。

 

 ―――決戦の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 バナディーヤの街にてハイータと合流した後、アークエンジェルに辿りついた夜、ロマは艦長室へとやってきていた。

 先に居たのはマリュー、ムウ、ナタルの三人。

 入るのはすっかり“保護者”扱いと化しているロマ。一時的に行方不明になっていたキラとカガリ、お付きのキサカ。そしてハイータと大所帯。

 机に座るマリューを前に、軽く敬礼をするロマ。

 

「ただいま帰艦いたしました」

「大尉、ありがとうございます。さて、色々と整理しなきゃいけないことがあるんだけれど、まずはその……」

 

 三人の視線がロマの“仲間”であるハイータへと向けられる。

 

「ハイータ、紹介を」

「あ、うんっ……ハイータ・ヤマムラ少尉であります!」

 

 そこから話を始めるが、要はアズラエルの命令により補給に来た。だが、ほとんどが墜とされ現在残っているのは中破した輸送機とモビルスーツが一機のみ。困ったことになったので、ハイータが一人でバナディーヤの街に向かい……あとはロマに話した通りである。

 それを聞いて、頭を抱えるマリューと唖然とするナタルとムウの二人。

 

「ええっと、さすが大尉の“同僚”と言いますか……」

 

 苦笑して言うマリューに、ハイータはロマの方を向く。

 

「ロマ君、褒められてる?」

「褒められてないだろ。変人ってことだぞたぶん」

「えっ」

「ちょ、カガリ……っ」

 

 明け透けなく言うカガリに、キラが戸惑うもなぜか納得するハイータ。

 

「なるほど……」

「しかしモビルスーツがあるということは、大尉の機体ですか?」

 

 ナタルの言葉に、首を横に振るロマ。

 

「いや、それはハイータのものだ」

「ッ」

 

 気づいたのだろう、キラとムウが驚いた表情でハイータを見る。

 しかして、それに気づくこともないカガリはハイータに視線を向けながら眉を顰めた。

 

「モビルスーツに乗れるナチュラル、意外と多いのか?」

「あっ、いえ……私はその、コーディネイターですので……」

「ブルーコスモスにコーディネイター!?」

 

 よほど驚いたのか、大声でそういうカガリにビクッと反応するハイータ。ロマはというと冷静……と見せかけておいて、突然の大声に驚いて反応できていないだけ、心臓はバクバク音を鳴らしている。

 しかし、声を出していないだけでもちろんロマ以外の面々も驚愕しているようだ。言葉を選ぶために脳を動かしているようだが、それを遮るように落ち着いたロマが先に口を開く。

 

「珍しいのは確かだが、別にハイータ一人ではないさ。“親の都合”で勝手にコーディネイターにされた自分を嘆く子供だっている」

「そういうもん、かねぇ」

「ああ、コーディネイターになりたいという人間がいるように、ナチュラルでありたいという人間もいる。その二つでなかろうと、自分の生まれや親を呪う人間はいるだろう?」

 

 そう言われ、今度はムウが苦笑した。親子の話をされれば、思うところはあるのだろう。

 

「隣の芝生が青く見えるわけね」

 

 マリューが憂鬱そうに口にすると、苦笑するロマ。

 

「まぁハイータの場合はそういうわけではないが」

「なら、どうしてわざわざ反コーディネイター組織に?」

 

 ナタルの言葉に、少しばかり眉を顰めるハイータ。反コーディネイターを掲げているのは確かだが、そのための組織ではない。

 だが、ここで言うこともないだろうとすぐにハイータは質問に答えようとするが、顔をほんのり赤く染めて俯く。

 

「……あ~なるほどねぇ」

 

 ムウがなにかを察したのか、ニヤニヤと笑っていて、少し遅れてマリューがポンと手を叩いた。

 当事者たるロマとてハイータの思っていることを感じてか、なんとも言えない表情でムウを睨むが、強い言葉を使えないとわかっているからかムウはそのニヤケ顔を止めない。

 質問の答えが返ってこないことに、眉を顰めるナタル。

 

 ロマは、軽く咳払いをして話を続ける。

 

「なにはともあれだ、純粋に戦力が増えてくれたと思ってくれていいはずだ」

「あ、はい。合流させていただいたからには作戦行動には参加させていただきます!」

「助かるねぇ、俺たち三人じゃ苦しい時もあるだろうし……な?」

「大天使討伐にはザフトも本腰を入れているようだからな」

 

 そう言うロマにムウは“悪魔討伐”にもだろ、とは思ったが言わないでおくこととした。

 

「この後に、ハイータと共に来た者たちを迎えに行く。バギーを一台借りたい」

「ええ、それは構いませんが……」

「明日には物資の搬送などもしよう。それと部屋なども」

「用意しておきますわ。むしろ余ってるぐらいですから」

 

 苦々しく言うマリューに、ロマはムウの方を見る。つまりは“フォローしろ”ということだが、理解したのかしていないのか、ムウは少し悩んだ後に笑みを浮かべてグッとサムズアップ。

 不安になりながらも、次はナタルの方に視線を向ける。コクリ、と頷いたので今度こそ大丈夫だと信じたいところであった。

 とりあえずと、ロマは軽く後ろに下がってキラの背を軽く押す。

 

「あ、はい」

 

 察したキラが前に出ると、同じくカガリも出た。

 マリューがロマに軽く笑みを浮かべて頷くと、すぐに表情を引き締める。

 

「続きましては、ヤマト少尉。連絡が取れなくなってから一体何があったのか……説明してくれる?」

「はい……僕とカガリさんがその、街で昼食を食べた時、です」

 

 

 話は実にわかりやすく言えば“原作通り”である。ロマの記憶しているものとも寸分違わず、砂漠の虎との遭遇、ブルーコスモスの襲撃、身を守るためにキラは戦い結果的に砂漠の虎の“命の恩人”となってしまった。そして、助けた礼にと、キラとカガリはバナディーヤのバルトフェルドの邸宅へと案内され、邸宅にてもてなしを受け―――問答をした。

 正体は知っていたようだが、無事に帰してくれたのは彼の“気まぐれ”か“優しさ”なのか……ロマとしてはどちらにしろお互い“やりにくくなるだけ”だと、理解している。

 

「砂漠の虎、やりづらい相手ね……」

 

 マリューが顔をしかめて言うが、それもそうだろう。純粋な軍人でも純粋な武人でもない。

 軍人にしては“中途半端な甘さ”が際立つし、武人にしては“賢しい真似”が強い。だからこそ彼女は“やりづらい相手”という表現をしたのだろう。そこに関してはロマも同感であった。

 あまりに“自分が強すぎる”のだ。ある意味では羨ましささえ感じる。

 

「なぜ砂漠の虎は、パイロットであるヤマト少尉を……」

「“卑怯”だと感じたのだろうさ、砂漠の虎は」

 

 ナタルの疑問に答えたのはロマ。それが正解という保証もないが、だがそれは、この世界の誰にもできはしないだろう、砂漠の虎という男を“三人称”から見たことがある故の推測だ。

 

「卑怯っ、アイツはいつだってそうだ! 今回だって、わけのわからないもてなしをして、最後は銃を突き付けて問答して! なにがしたいんだアイツはっ!」

「さてな……」

 

 だが、自分と似たものを、ロマは感じていた。

 戦わざるをえないが、非人道的な真似もしたくはない。人間性があるが故の、なんのメリットもない行為。だからこそ砂漠の虎は“決闘”に挑むのだろう……。

 そして、大切なものを失ってから、自らが“進むべき道”に辿りつくのだ。

 

 あくまで、それらもロマからの視点に過ぎないが……。

 

「ロマ、さん?」

 

 キラの言葉に、ふと呆けていたことに気づく。

 

「すまんな、少し考え事だ。しかしまぁ、砂漠の虎については考える必要もあるまいよ。どうせ―――“殺す相手”だろう?」

 

 そう宣言すると、場に緊張感が走る。

 耐え切れなくなったムウが、まず最初に両手を上げて笑う。

 

「……そうだな、それもそうだ。考えるのなんてやめにしようぜ」

「私も賛成です。まずは生き残ってこのアフリカを出るのが先決ですよね」

 

 ムウに同意するように言ったハイータの発言に頷くマリューたち。

 

 解散ということになり、部屋を出ていく面々。

 カガリが少しばかり不満そう、いや……苦々しい表情を見せていたが、ロマは自分が突っ突いてもしかたのないことだと放置、キラが苦しそうな表情をしているが、それもまた……なにを言うでもない。

 ハイータが立っているロマを見て小首をかしげるが、軽く頷いてキラの方に目配せすると、彼女はそれを理解してか頷いて出ていく。

 

 最後に残ったロマは三人の方を見て、軽く頷くとその後を追うように出る。

 

 部屋を出るなり、自らを睨む少女が目の前にいて、その横にはキサカ一佐(ランボーモドキ)が複雑な表情を浮かべて立っていた。

 

「……なに用かな、姫様」

「おいっ!」

 

 周囲を見回すカガリ。すでにキラは去っていき、そのあとを追ってハイータは行ったようだ。

 

「いつから、気づいてたんだよ……っ」

「最初からさ、ハイータも気づいているだろう。ブルーコスモス盟主の側近は伊達ではないさ」

「くっ、政治利用でもする気か?」

「自惚れるな。まだその価値もない」

「なんだと!?」

「冗談さ……それよりこんなところで大声で話していて良いのか、すぐに出てくるぞ」

 

 ロマの言葉に、グッと言葉を詰まらせるカガリ。

 見ての通り知っての通りの跳ねっ返りだ。ロマのような“大人”相手にはちょっとしたことでも反発したくなるのだろうが、次期オーブ首長としてはまだ未熟。ヘソで茶が沸く話である。

 歩き出すロマの隣を歩きつつ、そのサングラスの横から見える瞳を睨みつけるカガリ、後ろを行くキサカは眉をひそめてその後を追う。なら止めろ。

 

「君がこんなところで“ザフトを相手に戦う”等、あきらかなオーブの主張に反す行為だ」

「だがっ、これは私の意思でっ」

「“これは個人の意思だ”等と、詭弁にすぎん……(まつりごと)においては意味をなさんさ」

 

 公になれば、おそらくオーブとザフトの両者の緊張感は一気に高まるか……ザフトがそれを利用して、オーブを強請るか、だろう。

 

「頼むっ、私のことは―――」

「言わんよ、私になんのメリットもない」

 

 それにアズラエルたちにとっても、だ。故に理由がない。

 

「……ありがとう」

「構わない。それより砂漠の虎との決戦だが、もちろん君は余計なことはしてくれるなよ」

「それは……」

「言っただろう?」

 

 カガリは思い出す。忘れるわけもない言葉―――“生きる方が戦い”だ。そのたった一言はなぜか深く、カガリの心の刻まれている。

 

 歩き続けていたロマが、立ち止まった。

 

「特に君は、な?」

 

 フッ、と口元に笑みを浮かべて言うロマがカガリの頭を軽く撫でる。

 まるで子ども扱いされているかのような気恥ずかしさに顔を赤くするカガリだが、その感覚にどこか安心感も覚えてしまう。

 しかしカガリは跳ねっ返りである。もちろん凄まじい勢いでロマの手を振り払った。

 

「子ども扱いするなっ!」

 

 ぷんすこ激怒しながら去っていくオーブの姫。これが政治の場であればロマの首が飛ぶレベルの無礼である。

 

「……これが若さか」

 

 意味もなく一人ごちて笑うと、ロマはハイータと合流するために格納庫へと向かう。

 

 その後はなんてことはなく、バナディーヤの街から離れた場所に墜ちた輸送機へと向かい、生き残った仲間たちを拾って戻ってきたというわけだ。

 整備士が四人とその他スタッフ二人ほど、蓋を開ければ補給物資のほとんどがおしゃかになっていたものの、プレディザスターのパーツは残っていたので結果オーライ。

 

 そして、なんやかんやと今に至るわけである。

 

 

 

 

 

 

 飛び立ったアークエンジェルの食堂にて食事をするロマ、キラ、ハイータ、そしてムウの四人のパイロット。

 街で調達したケバブを口にしながら雑談をしているわけだが……ロマは向かいに座っているキラの食事の手が止まっていることに気づく。

 それに隣にいたムウも気づいたのか、軽く肘でつついた。

 

「早く食えよ。ほら、これもやる」

 

 四人の中心の皿の上にあったパンをキラの前のプレートに置くが、キラのその表情は晴れず戸惑いを浮かべる。

 

「ん~やっぱ現地調達っていいですねぇ、プトレマイオス基地は酷いもんでした」

「あ、お嬢ちゃんもそう思う? やだよねぇ軍の食糧なんて」

「まぁ基本的には私達はアズラエル理事の元なので食事も、な?」

 

 別段マウントを取りたいだとかそういうつもりはないのだ。純粋にムウの悔しがる顔を見たいだけである。

 その願い通り、ムウは顔をしかめた。

 

「んだよ、いいよなぁ上司があんな別嬪さんで、しかも待遇も良いし」

「褒めてもなにも出んぞ」

「羨ましがってんだよ」

 

 そういうムウだったが、ロマとしてはムウにこそ言いたいことが山ほどある。

 

 ―――マリューさんとくっつく癖に! あのマリューさんと!

 

 テレビで見てた時はまぁ良かったが、現実で目の前でそうなるんだなと感じれば思うところもあるだろう。なにはともあれ、外面はクールなのがロマ。

 フッ、と笑みを零す横でハイータが『ロマくんしゅてきぃ……』とかいう状態になっていることには気づいていない。

 

 ふと、ムウが次の食事に手を伸ばせば、キラが顔をしかめた。そんなキラを見ながらも、ハイータも手を伸ばしてケバブをもふもふ食べていく。

 

「少佐、まだ食べるんですか? ハイータさんも……」

「んぐっ、だってこれから戦いですよ?」

「え、まぁ……」

 

 きょとんとして言うハイータに、キラが曖昧に答える。それを引き継ぐように、ムウはキラの方を向いた。

 

「食っとかなきゃ力でないでしょほら、ソースはヨーグルトのが旨いぞぉ」

「え~チリですよぉ」

「ヨーグルト!」

「チリ!」

「どう思うよキラ!」

 

 ムウの言葉に、キラは顔をしかめる。

 

「いえ……虎もそう言ってたから、ヨーグルトのが旨いって」

 

 そんな言葉に、ハイータはロマの方を向く。その表情は『なにかまずいこといいました?』という感じだが、ロマは目配せをして別段問題ないことを示す。

 ムウはなんでもないようにふるまいつつ、食事を続ける。

 

「ん~味のわかる男だな。けど、敵のことなんか知らない方がいいんだ……早く忘れちまえよ?」

 

 そんな彼の言葉に、言葉を詰まらせるキラ。

 

「私も言っただろう。これから“殺す相手”のことなど考えるな、と」

「……はいっ」

 

 コクリと頷くキラと目を合わせて、ロマはフッと微笑む。

 

 だが次の瞬間―――艦内に警報が鳴り響く。

 

「言ってる傍からかよ」

「始まるか……」

 

 ムウとロマが即座に立ち上がる。遅れて立ち上がるハイータとキラ。

 

 だがキラのその表情は、どこか曇ったままだ。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルから離れた砂漠の上に、サイーブやカガリ、キサカはいた。

 バギーに乗ったまま、双眼鏡でのぞきこんだ先にアークエンジェルを確認し、さらにトランシーバーから聞こえる声に頷く。サイーブからの言葉を聞いて、カガリは次にアークエンジェルへと情報を伝達。

 明けの砂漠の面々は各場所に散っているのだろう。

 

 仕掛けていた地雷原が吹き飛ばされるのが見える。

 

「我々はバックアップだ。直接戦闘は避けろよ!」

 

 サイーブが再三に渡って言い続けていることだ。

 通信機の向こうからはしっかりと同意の声が聞こえる。

 

「あれだけの地雷を一瞬で……!」

「虎が本気で牙をむいて来たか、だが……その視線の先は我々ではない」

「アークエンジェル……!」

 

 歯痒そうに言うカガリを見て、キサカは眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの格納庫は慌ただしい。

 第一戦闘配備ともなればそうなるのも当然だろう。ムウはストライクがエールストライカーで出るというのを聞くなり、整備士たちに自分の乗るスカイグラスパー一号機にランチャーストライカー、二号機にソードストライカーを装着するように指示する。

 戻ってきて乗り換える方が早いと考えたのだろう。

 

 ロマは相変わらずノーマルスーツも着ないままプレディザスターへと歩く。そしてその隣を歩くのは白に紅いラインの入ったノーマルスーツを着たハイータ。

 ふとロマが、近くにいたキラに気づく。

 

「どうしたキラ、レジスタンスは後方……気を遣わずに戦えるんだ。ある程度肩の力は抜いておいた方が良い」

「あの、ロマさん」

「ん?」

 

 悩むように、キラが口にする。

 

「バーサーカーって、なんですか?」

「バーサーカー……」

 

 ―――そりゃサーヴァントの……じゃなくてな。わかってるわかってる。ていうかこの質問俺にくるの!?

 

 ムウの方を見るが、スカイグラスパーに乗り込もうとしているところでたまたま目が合ってしまう。“出撃前にお前の顔なんか見たくない”と言葉にしなくとも理解できる表情に、早く乗れとロマは顎でジェスチャーをする。

 咳払いをして、ロマは頷いた。

 

「どこかの神話の狂戦士さ」

「狂、戦士……?」

 

 キラの疑問に、今度はハイータが答える。

 

「えっと、普段は大人しいのに、戦いになると興奮して、人が変わったように強くなる……的な感じです」

 

 ―――お前じゃん。

 

 とは口が裂けても言わない大人なロマ。

 そんな彼の心情など露知らず、ハイータは目を輝かせてキラを相手にぐわっと身を乗り出す。

 

「かっこいいですよね! 褒められてますよ!」

「え、あ、はい……」

「私も言われてみたいなぁ~」

 

 どこか、いわゆる厨二チックな願望があるのか憧れを口にする。

 しかしロマは心の中で『いくらでも言ってやるバーサーカー』と吐露するも、やはりそこは自制して決して言わない。今すぐ“お前じゃん”と言ってやりたい。

 

「で、キラ、どうしたんだ?」

「あ、いえ……なんでも」

 

 ロマは知っている。砂漠の虎に言われた言葉だと……。

 

「自分の守りたいモノを守るためなら、なにになろうと構わんがな私は……」

「え?」

「なに、とりあえずはまず生き残り帰ってくることが先決だ。良いな?」

 

 そう言って、軽く笑みを浮かべると、キラも少しばかり元気を取り戻したようで笑顔を浮かべる。

 

「……はい!」

『各パイロットは搭乗機へ』

 

 ミリアリアの声が響くと頷くロマ。そんな彼に頷いて返したキラ。

 走り去ったその背を見送ると、横からの視線を感じてロマはそちらに目を向ける。どこか不満そうなハイータが白い髪を揺らしている。

 ため息をつきながらもそっと、手を伸ばしその頬に触れた。

 

 瞬間、ハイータの顔が真っ赤に染まる。

 

「ふぇあ!? ちょ、ここ、心の準備がですねっ!?」

「なにを言ってる」

 

 いや、わかる……しかもそうしてから気づいたせいでロマも心臓がバクバクである。

 

「生きて帰れよ。お前も」

「えっ、あ……はい。もちろんです。お薬も一杯持ってきてるので戦闘し放題です!」

「しないに越したことないがな」

 

 そう言って苦笑すると、手を降ろして歩き出す。階段を上ってプレディザスターのハッチへと向かう最中、ハイータの声が聞こえる。

 

「ロマ君も、ご無事で!」

 

 それに軽く手を上げて応えると、ロマはプレディザスターへと乗り込んだ。

 シートがリフトアップし、コックピット内に入ると深く息を吐く。システムが起動し周囲をカメラが映せば、既にハイータもジンハイマニューバに乗り込んでいるようだった。

 薬は既に打ったのだろう。でなければ、戦闘能力が落ちかねない……今、彼女が服用しているものは前までのものと違い純粋に“気分を高揚させるだけの薬”なのだ。

 

 前回は副作用的に気分が高揚していたが、既にハイータの技術はかなりのものであり、あとは心の問題なのだがそれを解決するための薬だ。

 

「ハイータがハイに、な……フッ」

『なに寒ぃこと言ってらっしゃいますの……!?』

 

 驚愕するような声に、ロマはため息を吐く。

 

「おはよう、チェシャ」

『おはようございましたわあなた』

 

 騒がしい相棒もすっかりやる気満々なようだ。

 

「砂漠の虎、G兵器も出てくるだろうしディンもな……我々の仕事だ」

『上等でしてよ、近づく奴は全部灰にしてやりますわ』

 

 言っている間に、スカイグラスパーが発艦、続いてストライク。

 そして次にハイータと自分であり、別々のカタパルトにセットされる。プレディザスターの中で、ロマは視界の先の光を見やり、息を吐く。

 先ほどまであった手の震えは収まり、妙な昂揚感すら感じる。

 だが、敵は砂漠の虎に本来より強力になっているであろう、ザフトだ。

 

『システム、オールグリーン。続いてジン・アイズ、プレディザスターどうぞ!』

 

 フレイの声に驚きながらも頬を綻ばしたがそこであることに気づく。

 あ、と声を出しそうになるも止まるロマ。嫌な予感しかしない。

 

『ハイータちゃんは、ジン・アイズでいっきまぁぁぁす!!』

『へっ!?』

 

 CIC初担当のフレイには難易度高めの人材だったせいか、素っ頓狂な声を出して驚いている。

 そりゃそうだ。誰だってこんなもの驚く。

 笑いながら出撃するハイータ。一応“報告”はしたのだが、やはり実物を見るとそれは違うのだろう。

 モニター内のマリューは顔を引きつらせており、ナタルも珍しくあんぐりと口を開いて驚いている。

 不安なのはロマとて理解はできた。初めて見たときはロマとてそうであったし、今とはまた違った。しかし今、あれはあれでしっかりと指示に従うしでテンションが高い以外の問題点はほぼない。

 

 故にロマは―――慣れている。

 

 だからこそ驚くでもなく、ただ坦々と物事を進めるのみだ。

 

 砂漠の虎(アンドリュー・バルトフェルド)をキラに撃たせるために……。

 

「ロマ・カインハースト・バエル。プレディザスター、出るぞ!」

 

 

 

 そして、厄災(プレディザスター)は虎の縄張りたる砂漠へと飛翔する。

 

 

 





遅くなってしまいました
かなり急いで書いたので変なとこあったらそれはそれですみません

ようやく次回は砂漠の虎と決戦ということで……
こうなれば変化とか言ってられるレベルではない

ハイータは機体お披露目、ロマのジンハイマニューバを引き継ぐ形でした
次は戦闘もあり、ちょっと()引かれるでしょう

それでは、次回もお楽しみいただければと思います


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慟哭の空

 

 砂漠の虎との決戦に挑むアークエンジェルから、プレディザスターが射出されるなり主翼を展開、そして飛翔した。

 灼熱の砂漠、涼しいコックピットの中にてロマは顔をしかめつつ戦場を見下ろす。

 

 バクゥが10機以上は確認でき、ジンオーカーに敵駆逐艦ことピートリー級も四隻ほどが確認できた。

 

 ―――明らかに多いだろこれ。

 

 記憶は定かでないものの、敵の数が“原作”と比べても倍はあるだろうとロマは唸る。でなければストライク一機とスカイグラスパー“二機”で覆る戦力ではない。例え隊長を仕留めたとしても、だ。

 なればこそ前のパターンと一緒だろう。降下作戦時のラウ・ル・クルーゼの出撃、降下後の戦闘でのバクゥの数とバルトフェルド、先の戦闘でのディンと二機のG兵器、どれも原作と違う。

 

 ―――修正力とか、か?

 

 ロマは思考したが、そんなものではない。純粋に“赤い悪魔がいる”という事実だけでそうなっているのだ。

 

『きますわよッ!』

「敵意は感じているということさ……!」

 

 チェシャの警告より早く、フットペダルとレバーを操作してプレディザスターを加速させ、放たれたビームを回避。ビーム兵器を使う敵などG兵器以外はないだろう。

 そちらを確認すれば、砲戦用特化機体バスターがグゥルに乗って飛んでおり、銃口をロマの方に向けている。

 

 グゥルに乗ったデュエルはストライクの方へと飛んで行って攻撃をしかけているが、自身に近づく同じくグゥルに乗った機体が一機―――。

 

「“青いシグー”だと……!?」

 

 正確には“青いシグーアサルト”だ。

 両腕にバルカンシステム内装防盾、バインダーにも同じものを装備しており、さらに側部と腰部にミサイルまで見える。

 

 ロマはそのパーソナルカラーを持つ機体、パイロットを知っており、パーソナルマークこそ見えないもののおおよその予測をつけることが可能であった。

 そのパイロットは“シホ・ハーネンフース”、後に“ホウセンカ”の異名をつけられるであろうザフトレッド、エースパイロットである。

 ロマは顔をしかめつつも、そのシグーアサルトが両腕に装備しているバルカンシステム内装防盾から嵐のように放たれる弾丸を回避するためにプレディザスターを地上に加速させた。

 

「あれに当たれば損傷しかねんか……!」

『ひょぉ!? 地面に加速は心臓に悪くってよぉ!?』

 

 ―――心臓、ねぇだろ。

 

 思わずにはいられないものの、あえて言わないでおく。

 

 地上へと加速するプレディザスターを追うようにシグーアサルトのバルカンが放たれるも、プレディザスターは死角である真下へと入り込むように方向を変えて、地上スレスレで高度を上げる。

 グゥルの真下に入られては追撃もできず、シグーアサルトは攻撃の手を止めて移動を開始するが、そんなプレディザスターに続いて襲い掛かるのは―――橙色のバクゥ。否、ラゴゥであった。

 即座に横に回転しつつ回避行動をとれば、先までいた場所に奔るビーム。

 

「砂漠の虎かッ!」

『先日ぶりだねぇ、赤い悪魔……!』

 

 ―――通信をしかけてきやがった!?

 

 ラゴゥとすれ違うも、即座にラゴゥは方向転換してプレディザスターを追う進路を取る。背後から放たれるビームを再び回避するも、涼しいはずのコックピットの中でロマの額に汗が流れた。

 今まで戦った敵の中でも、ラウ・ル・クルーゼに匹敵するようなプレッシャー。殺意というよりまた違ったなにかを感じる。

 顔をしかめつつ、他の敵襲に警戒しながらもミサイルを放つも……ラゴゥはそれらを回避しつつ、プレディザスターを追う。

 

「バスターにシグーのカスタム機に砂漠の虎とは、人気者は忙しくてかなわんなッ……!」

『君は君自身が思っている以上に人気者さ、ファンも多いしねぇ』

 

 瞬間、妙な感覚に追加ブースターを使って急転回、横を向きそのまま加速。

 

『さすがですわねあなたっ! 撃ちますわよ!』

 

 瞬間、向いていた方向の砂丘から跳んでくるジンオーカー。察知していたことにより即座に放たれたビームがジンオーカーを貫き、さらにチェシャが背後のラゴゥを牽制するためにミサイルを放つ。

 ラゴゥは追撃できずにそのままミサイルを跳んで回避。プレディザスターに砲身を向けビームを放つが、さらにプレディザスターは即座にバレルロールで回避した。

 

『本当に人間なのかねぇ、本物の悪魔ならお目にかかりたい……だが、ただの人間のように見えたが!?』

「ご察しの通りただの人間さ、しかも殺すことしか能のない性質(タチ)の悪い人間だ……!」

 

 そう言いながら、次に自身に砲身を向けているシグーアサルトに向かって機関砲とビームを放つ。

 しかし、シグーアサルトはシールドで機関砲を凌ぎながらビームを回避。後退するシグーアサルトの近くにいたバスターが二つの砲身を連結させ対装甲散弾砲を放つも、加速して回避。さらにミサイルが放たれるが、チェシャがミサイルを放ちそれらを迎撃しつつ、バスターへと数発を当てて見せる。

 

 ―――バカにできねぇなチェシャ!

 

 プレディザスターからのミサイルを回避しきり、地上に降りたラゴゥの砲身がプレディザスターの進路へと向けられていた。

 

『いやはや、それは僕にも刺さる言葉だね……アイシャ!』

『オーケーアンディー』

「女の、声……ッ!」

『“君と同じく二人乗り”というわけさ!』

 

 引かれるトリガー、放たれるビーム。

 ロマとてわかってはいた。アンドリュー・バルトフェルドと共に在る女、アイシャ。

 

「チィ!」

『ロマさんッ!』

 

 だが、そのビームは射線上に現れたストライクがシールドで防ぐ。

 

「キラっ、助かった……!」

『いえ、それより一人でこれだけの相手を……バルトフェルドさんは僕がっ!』

「く、頼む……!」

 

 ラゴゥへと加速するストライク。

 プレディザスターのコックピットでバスターとシグーアサルト、さらに迫る数機のディンを認識しつつ、ストライクに代わりデュエルと数機のバクゥを相手にするハイータの方にも意識を向ける。

 戦況は不利だが、まだマシにはなった。

 

『“アレ”をしますの?』

「いや、まだだ、まだやれる……」

 

 その赤と青の瞳で、敵を認識し、プレディザスターはさらに加速する。

 

 

 

 キラのストライクがラゴゥとの戦闘を始めた頃、ハイータのジン・アイズはキラに代わりデュエルと交戦をしていた。デュエルのパイロットであるイザーク・ジュールはストライクを追う気でしかなかったのだが、バクゥとデュエルを同時に相手にしていたキラをハイータが援護した形だ。

 相変わらずのテンションだったので、キラはだいぶ混乱したものの、結果ギリギリでロマを助けることはできた。

 

 ジン・アイズが左手に持った”グレネードランチャー装備の高エネルギー(デュエルと同じ)ビームライフル”をデュエルに向かい放つ。

 グゥルに乗ったデュエルは素早くそれを回避するものの、さらにジン・アイズは右手に持った重突撃銃(ライフル)を放つが、デュエルはグゥルに当てぬようにシールドを使い器用に凌いだ。

 

 コックピットの中で、イザークは顔をしかめつつ“右腕だけが真っ赤な白いジンハイマニューバ”を睨みつける。

 

「くっ、ストライクを討つ邪魔をッ! ザフトから奪取した機体でェ!」

 

 デュエルが肩部からミサイルを放ちながら後退していると、その下の地上をバクゥが走る。

 真っ直ぐにジン・アイズへとレールガンを放ちながら接近していくバクゥ。

 

 放たれたレールガンを、デュエルの方へと加速しつつ回避するジン・アイズのコックピットで、ハイータが犬歯をむき出しにして笑みを浮かべる。

 即座にレバーとフットペダルを操作して、大きく上昇。

 

「アハハッ! ワンちゃんだぁ、畜生は這いつくばってるのがお似合いなんだよねェ!!?」

 

 しっかりとバクゥのレールガンの射角から出て、真上からライフルを連射。レールガンとバックパックを破損させる。

 空中で体を翻すジン・アイズが、左手のビームライフルをデュエルへと向けるも、ハイータは撃たずに上昇を選択。真下を通っていくミサイルとマシンガン。

 それを撃ったのは、ディン。 

 

「小鳥さんがピィピィ鳴いちゃってさぁ!?」

 

 ジン・アイズを空中で加速させてディンへと旋回しながらも接近。右手のライフルを投げつければディンは散弾銃でそれを破壊するも、それは陽動。

 その隙を見て背後から組みつくジン・アイズが右手の指を真っ直ぐに伸ばして引く。

 

「アハァッ♪ 焼き鳥になっちゃえ、ヒートクローでさァ!」

 

 ジン・アイズの右手が背後からディンの胴体に突き刺さる。ただその手の指は―――高熱を発す。

 

 ディンの胴体が熔け―――貫通。指先がその胸部から突き出るとすぐにジン・アイズはディンを蹴って離れる。

 空中で爆散するディンを見ることもなく、ハイータの次の目標は地上で未だ動こうとする損傷したバクゥ。

 

「伏せっ♪」

 

 上空から勢いよくバクゥの背に落ち、そのコックピット部分にビームライフルを撃ちこみ―――離脱。

 爆散するバクゥを背に、地上へと着地するジン・アイズのコックピットで、ハイータはハッとする。上空から降るミサイルは直撃こそしないものの、衝撃は十分伝わる。

 コックピットの中で、ハイータが唸る。

 

「くっ、最速でロマ君のとこ、イキたいのにさァっ!」

 

 だが敵はデュエルのみ、いっそ振り切るのも手だろうと、即座に判断。

 ヘルメットを脱いでシートの後ろに投げ捨て、ノーマルスーツの胸元を開ける。

 

「っハァ……息ッ苦しいんだよねッ!」

 

 笑うハイータがモニターでロマを視認。ロマはといえばバスター、青いシグー、二機のディンと地上から三機のバクゥに狙われていた。

 並のパイロットであれば一瞬で落とされかねない過剰戦力を割り当てられながらも、ディンを一機落としているのを確認できる。

 ハッとした表情をして、上空のデュエルにビームライフルを放つ。

 

「ロマくんっ、私のロマ君になに集ってんのさ羽虫共ォ!」

 

 加速するジン・アイズは、凄まじい速度でロマの戦場へと突入。低空飛行をしていた青いシグーがそちらを向くが───遅い。

 

「邪魔すんなぁっ!」

 

 青いシグーをグゥルから蹴り落として、そのグゥルを踏み台にさらに跳ぶ。ついでに踏み台にしたグゥルをビームライフルで破壊し、爆風により加速。

 バスターがジン・アイズに気づき砲撃とミサイルを放つも、マシンガンを引き抜いてそれらを迎撃、即座にビームライフルで爆煙を晴らすが、丁度バスターもビームライフルを放ったようで爆煙からビームライフルが伸びる。

 かと言って、当たるわけもないのだが……。

 

「えへへっ、きたよロマくぅん♪」

 

 素早く加速し、ライフルを連射してバスターのグゥルを狙うが、バスターは距離を取る。

 プレディザスターが近くを通り、ジン・アイズを狙うディンを一機ビームで破壊した。

 

『助かることだ、しかしまぁデュエルを連れてくるとはな……!』

「ロマくんと一緒なら愛の力で一瞬だよっ!」

『愛かはともかくとして……早々に片付けて駆逐艦を落とすぞ! アークエンジェルの援護もある……!』

「りょーかいですっ♪」

 

 プレディザスターが加速してジン・アイズから離れる。ディンが追おうとするもジン・アイズは加速してそのディンに組みつくと右手のライフルを放り投げてヒートクローでその胸部を鷲掴みにする。

 凄まじい熱により熔けていくディンの胸部、パイロットは恐怖からかライフルやショットガンを乱射するが狙いも定まっておらず、助けようと接近したディンをむしろ遠ざけてしまう。

 そしてその爪が胸部を抉り取ると、ディンは活動を停止させた。

 

「アハァッ♪ 私も悪魔って呼ばれちゃうかなぁ!? ロマ君と一緒になっちゃうなぁ、えへへっ」

 

 ディンを蹴り飛ばして、接近してきたもう一機のディンにビームライフルを放つも、回避される。そのままジン・アイズを狙うディンだったが、接近してきたプレディザスターに気づかずにコックピットを切り裂かれ活動を停止した。

 落ちていくディンを狙って加速したジン・アイズが、接近と同時に地上のバクゥへと蹴り飛ばす。

 

「私とロマ君の邪魔ぁすんなら……死んじゃってよ!」

 

 バクゥは落ちてくるディンを回避するも、ジン・アイズが放ったビームライフルがディンに直撃───爆散。

 怯むバクゥだが損傷は大してない。しかしてその隙に、ジン・アイズがその背に飛び乗るとバクゥのコックピット部分に右手を突き刺す。

 メインカメラの光が消え、動かなくなるバクゥ。

 

「つぎぃ!」

 

 上空のプレディザスターを狙うデュエルとバスターに向かってビームライフルを連射。当たるわけもないのだが、それで充分だ。

 エネルギーの残量を確認しつつ、さらに接近してくるシグーアサルトに目を向ける。

 脚が取られているようで、その隙を逃すはずもなくジン・アイズは加速。

 

「ロマくん以外を押し倒すのは趣味じゃないんだけどね!」

『ハイータ! 聞こえているならやめろ!』

「はぁい!」

 

 色々と危ないハイータの発言を必死に止めるロマに楽しそうに返事を返して、シグーアサルトに組みつく。

 しかし、そのまま押し倒してしまうつもりがパワーは拮抗している。

 

「でも、この距離なら砲撃戦は無意味だねぇ!?」

『なっ、女のパイロット!?』

 

 シグーアサルトから聞こえる声も女性のもの。バルカンのついたシグーアサルトの両腕を押さえるジン・アイズのコックピットで、ハイータは感慨深そうな表情を見せた。

 

「親近感湧いちゃうなぁ、でも私とロマ君のために死んでよぉ」

『くっ、ですがあなたも両手を押さえていてはっ』

「アハハハハッ! 確かにぃ───」

 

 コックピット内でハイータが笑う。

 

 

 

 

 

 

 地球、アズラエル財団の持つ研究所。

 アズラエルと三人娘は無事にそこへと帰ってきており、三人娘は検査を終えて問題なしと診断された後に、再びアズラエルに召集をかけられ集合。

 ここ数日、ずっと顔を合わせていたものの、こうなったのは致し方ないことだろう。

 

 場所は地下の格納庫、ライトが点くと三機のモビルスーツが現れる。

 

「おひょ~すっげぇ! おにーさんにも見せたかったなぁ!」

「いいじゃん、好みの機体だ」

「……でも、作りかけ? びみょー」

 

 三者三様にリアクションをするも、シャニの言葉にアズラエルは眉をひくつかせた。

 

「作りかけですよそりゃ、できてたらまず貴方達を行かせてますから」

「まぁそりゃそっか」

 

 クロトが両手を頭の後ろで組んでため息をつく。

 

「お兄さんにも見せたかったなぁ……」

「そのうち帰ってくんだろ、ハイータも行ったんだし……アイツつえーだろ」

 

 オルガの言葉に、シャニは頷く。

 ハイータの能力は異様だった。ビクトリア基地のコーディネイターの中でも“特別待遇”ではあったし、自分たち以外の研究所の強化人間では相手にならないことは確かだ。戦闘能力に特化されたコーディネイターなのかもしれないが、それであっても“戦闘用コーディネイター(ソキウス)”を圧倒する能力は普通ではないだろう。

 故に、今回行ったのは彼女で正解と言えば正解かもしれない……だが。

 

「薬入ってる時のハイータ、おにーさんになにするかわかんないんだよなぁ」

「それな~」

 

 クロトのつぶやきにシャニが同意し、オルガも苦々しい表情を浮かべた。

 アズラエルはというと、彼女は彼女で難しい表情をしているものの『そうなったらなったでこちらも……』とか呟いているので大丈夫であろう。

 普段からジュブナイル小説を愛読するようなオルガはおおよそ理解していた。“戦争”になるか“共有財産”になるかの二択だろうと結論付ける。

 

 オルガ自身は“自分は違う”と思っているのだろう。達観した様子であり、それを見たクロトとシャニは肩を竦めて笑う。

 

 アズラエルは静かに頷いた。

 

「……ともかく、とりあえずお披露目です。月でのデータとかを入れて武装をちょちょいとすれば完成といったところですね」

「へぇ~じゃあすぐだ」

「お兄さん、迎えに行けるかな?」

「所在さえわかれば、ですかね……予定通りならそろそろハイータも合流してることでしょうし」

 

 そう言いながら、ライトが点いていない方に立っているモビルスーツに視線を送るアズラエル。

 クロト、オルガ、シャニもそちらを見るが、暗がりでモビルスーツがあるということ以外はいまいちわからないようで、すぐに自分の機体の方に視線を向ける。

 データ通りならかなりそれぞれの技能にあった高性能機に仕上がるはずだ。

 

「……そういやハイータが持ってった機体ってよ。アイツが使ってた奴だよな?」

 

 オルガの言葉に、アズラエルは微妙そうな表情で頷く。

 

「若干違いますけどね。ビーム兵器を使えるようにしてありますし、右腕も超高熱のクローに火炎放射、ついでに頭部もちょっといじってますし」

「頭ぁ? お兄さんのと一緒に見えたけど……」

 

 アズラエルが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「そう見えてるところに───ドカン、ですよ♪」

 

 ウインクをして言うアズラエルに、誰かが『歳考えろ』とぼやいたところで、三人対アズラエルの追いかけっこが始まった。

 アズラエルが即座にバテてお開きとなったが……。

 

 

 

 

 

 

 組み合うジン・アイズとシグーアサルト。

 ジン・アイズのコックピットの中で、ハイータが笑みを浮かべる。八重歯をむき出しにして、爛々と輝く蕩けた瞳で、見やるは敵ではなく、獲物。

 

 その狂気は別段、薬の影響ではない。ストッパーを外す薬により現れる彼女の戦意、本能そのものだ。

 コーディネイターの中でも、戦うことに能力を特化させた者。だがそれを抜きにしても、遺伝子操作云々など関係なく、彼女は間違いなく戦いの才に恵まれていた。

 

「───なぁんちゃって♪」

 

 ジン・アイズのモノアイが橙色に輝く。

 シグーアサルトのシホは良くないモノを感じ取り、即座にレバーを操作。バーニアを吹かしてどうにか離脱しようと暴れるものも、ジン・アイズはシグーアサルトを離さない。

 

 そして次の瞬間、ジン・アイズのモノアイから放たれる───閃光。

 

『うあぁっ!?』

「アハハッ、怯えて竦んでモビルスーツの性能を活かせないまま逝っちゃえぇっ!」

 

 しかして閃光はシグーアサルトの首元あたりから頭部を焼き切るにとどまる。

 不満そうな顔をするハイータだが、その右腕はしっかりとヒートクローを起動しており、熱によりシグーアサルトの左腕が焼き切れた。

 右腕を引いてそのコックピットを貫こうとしたその瞬間、ジン・アイズは地を蹴り下がる。

 

「ああもぉ、いいとこだったのにぃ!」

『貴様ぁ、好きにさせるかァッ!』

「威勢のいいパイロットだなぁっ!?」

 

 突っ込んでくるデュエルに向かい合おうとするも……。

 

「アハッ♪」

 

 笑みを浮かべたハイータがフットペダルを踏み込み、ジン・アイズは空へと舞い上がる。

 

『空ならばグゥルの方が───ハッ!?』

 

 瞬間、デュエルが搭乗していたグゥルから跳ぶと、次の瞬間には閃光がグゥルを貫く。

 

「空なら私の悪魔さまが一番に決まってるでしょぉ!?」

『えぇい、こうも期待されてはな……!』

 

 プレディザスターが爆散するグゥルの横を下降していき、地上スレスレを飛ぶ。軽く跳んだジン・アイズがそのプレディザスターの上に乗れば、ロマは高度を上げていく。

 地上に落ちたデュエルがビームライフルを撃つが当たるわけもない。

 唯一空中にいたバスターがランチャーを連結させるが……。

 

『ハイータ!』

「遅いんだよねぇ!?」

 

 プレディザスターの背を蹴って加速するジン・アイズ。その背後のプレディザスターから放たれたミサイルがジン・アイズを追う。

 ハイータがトリガーを引けば、ジン・アイズのモノアイ部分からビームが放たれる。

 

 空を裂くは狂気の火。

 

 それは真っ直ぐに、バスターの左腕を貫く。小さく爆発するバスターの左腕、笑顔を浮かべるハイータ。

 

「やったね狂い咲きィ!」

『ハイータ! そのまま駆逐艦の迎撃にあたれ、ムウだけではあの数はどうにもならんし、アークエンジェルにトラブルだっ』

「いつもの勘ですかぁ!?」

 

 そう言いながら、加速するジン・アイズはバスターにビームライフルを放つ。

 グゥルから跳んで回避するバスターだが、空中のバスターに向かってジン・アイズは蹴りを放ち、バスターを遠ざけつつも乗り捨てたグゥルを足場にさらに跳ぶ。もちろんグゥルを撃ち落とすことを忘れずに……。

 離れると通信にノイズが走り出す。

 

『認めたくないが、そういうことだ……!』

「かしこまりぃ! ロマくんの命令なら物騒なことからえっちなことまで!」

『ええぃ戦場を乱す物の怪かっ』

「残念ケダモノでしたァ♪」

 

 それを最後に通信が切れる。空中で落下しつつも、ジン・アイズはバーニアを吹かして加速していく。

 

 笑みを浮かべて、その加速度で敵艦を捉えると加速。

 スカイグラスパーも戦闘をしているが、まだ落とせていないようだった。

 すでに一隻は落としているようだが、アークエンジェルの方に視線を向ければ確かになにか様子がおかしい、工場地帯の建造物に引っかかっているようにも見える。

 だが、まずは敵駆逐艦だと、飛んでいるディンをビームライフルで撃ち落とすなり、持っていたショットガンを落ちる前に空中でキャッチ、さらに加速して敵艦の正面に降りた。

 

「帰ったらたっくさん愛してもらっちゃうからね、ロマくぅん♪」

 

 上機嫌のまま、ディンの持っていたショットガンで駆逐艦のブリッジを撃ち抜き、即座に離脱。

 

『おいおい嬢ちゃん! すっげぇな!』

「褒めてもなにも出ないよぉオジサァン!!?」

『おじさんじゃない! アイツ全然羨ましくないなまったく!』

 

 スカイグラスパーが別の駆逐艦へと飛ぶのを確認すると、ハイータはアークエンジェルの方へと飛んだ。

 ロマからの指示はアークエンジェルのトラブルを解決してこいということだ。すべてはまずそこから……。

 

 

 

 

 

 

 ロマのプレディザスターが、きりもみ回転しながらミサイルと機関砲、ビームを一斉射する。

 コックピットのロマの視線の先には、旗艦レセップス。“本来”と違い、バスターもデュエルもおらず、ザウートが配置されただけのレセップスには、プレディザスターを迎撃するだけの力もない。

 故に、大量のミサイルと機関砲とビームをそのエンジンや船体に浴び、レセップスは機能を停止する。

 

 これで、退艦せざるをえないだろう。副官であるマーチン・ダコスタも含めて、だ。

 

「次は……!」

『駆逐艦の方も迎撃しているようですわよ。たぶんあの爆発ですと』

「概ね順調か、ハイータめさすがだな!」

『はぇ~あの薬中女ったら存外やりやがりますのね~』

 

 プレディザスターが大きく旋回し、目標地点へと飛ぶ。

 

 そして、すぐに───メインモニターに“敵”を捉えた。

 

「見つけたぞ。“砂漠の虎”……!」

『ロマさん!?』

 

 ストライクと戦闘中のラゴゥにビームを放つ。

 

『男同士の戦いの邪魔をするとは、不粋だねぇ赤い悪魔ッ!』

『あらアンディー、私は邪魔者かしら?』

『いやぁ、これは困った。君たちを倒してから弁明するとしよう……!』

 

 ラゴゥから放たれたビームを回避しながら機関砲を撃つが、バルトフェルドとてザフトのエース。当たるわけもなく軽く回避され、接近したキラがラゴゥのサーベルをシールドで受け止めつつ、自分のサーベルを振るうもわけなく回避された。

 顔をしかめつつ、ロマが旋回。

 

「消えてもらおう!」

『どうかな、手負いのオオカミはなにをするかわからんよ!』

「油断はしない。徹底的にやらせてもらおうか……!」

 

 なにをどう言おうと、やはりロマはなにもしないまま“キラにバルトフェルド達を討たせる”わけにはいかなかった。それができれば苦労もしないのだ。

 それができないからこそ、こんなところまで来てしまったのだ。

 

 だが、キラは叫ぶ。

 

『もう止めて下さい! 勝負は付きました! 降伏を!』

『言ったはずだぞ! 戦争には明確な終わりのルールなどないと!』

 

 その会話に、ロマは介入する術を持たない。そんな会話“知るわけない”のだから……。

 

『バルトフェルドさん!』

「キラ、奴との戯言はやめろ!」

 

 いや、必要な会話のはずだ。しかしそう言って、トリガーを引く。

 それを回避するラゴゥに歯痒さを覚えた故に、高度を地面ギリギリにまで下げて加速。

 ラゴゥを正面から撃つように、機関砲とビームを放ちつつ、ミサイルを放つ。

 

『ぶっ潰してやりますわぁ! 燃える鉄と肉の匂いを放ちながら死ねですわぁ!』

『えぇっ!?』

 

 キラの驚愕の声も当然だろう。知らぬ女、チェシャの声。

 

『あら、下品ですのね……!』

『ッの! お嬢様ぶりやがってぶち殺してやりますわぁ!』

「少し黙れポンコツ……!」

 

 ラゴゥが飛び上がると、プレディザスターへとビームを放つ。

 横にバレルロールして回避したプレディザスターを相手に、横から加速するラゴゥ。

 

「チィっ!」

『もらったぞ悪魔!』

「させるものかッ!」

 

 さらにフットペダルを踏んで急旋回、ラゴゥの方に正面を向けて加速。

 

「ぐぅ!」

『なにっ!?』

 

 加速するプレディザスターの追加ブースターの一つを、ラゴゥのビームサーベルが切り裂く。

 だが、ただではブースターをやるわけにもいかない。プレディザスターの主翼がラゴゥの左前脚を切り裂いた。

 

『くっ! やってくれる……ナチュラルとは信じ難いが、君はその力でなにをするのかなっ』

「私がしたいことをする、だけさ……!」

 

 バランスを崩すプレディザスターをなんとか上昇させながらも、脳裏をよぎるのは自らが全てを“捻じ曲げて”でも守りたいと思った女たち。

 ロマとバルトフェルド、立場も矜持もまったく違う二人だが、それでも……お互いに“死にゆく男たちは守るべき女たち”と共に、戦う。

 

 ラゴゥに背を向けながらも、プレディザスターのミサイルが放たれる。

 左足を失ったラゴゥが、着地しつつビームでミサイルを迎撃しつつ、跳ぶ。さらに放たれたビームはプレディザスターに向けてだが、当たるわけもない射線。

 それでも前に出た“ストライク”がそれをシールドで凌ぎ、ラゴゥへと飛ぶ。

 

『僕は、僕は……!』

『少年! 戦うしかなかろう。互いに敵である限り! どちらかが滅びるまでな!』

 

 飛びだすラゴゥをストライクが迎え撃とうとするが、その間を───閃光が奔る。

 

『邪魔をするか悪魔っ!』

「ええぃっ、若者がすることではない!」

 

 プレディザスターの残った三つの追加ブースターがパージされ、勢いよく飛んでいく。

 その内の一つをラゴゥがビームで撃ち落とすものの、もう一つは外れ、最後の一つがラゴゥに直撃───直後に爆発。

 

『ぐおぉっ!?』

『アンディ!?』

 

 通信機から聞こえる声に顔をしかめるロマ。爆煙から、ラゴゥが砂漠の上に落下する。

 ボロボロのラゴゥがそれでもビームキャノンの砲門をプレディザスターへと向けようとした。それを確認したところで、顔をしかめたそのままに、ロマはトリガーを引く。

 放たれたビームがラゴゥを貫くと、そこでラゴゥはとうとう動きを止めた。

 

「ぐっ……くっ」

『どうしましたのあなた!?』

「なんでも、ない」

 

 どうなったかなどわからない。かなりコックピットに近い位置に撃ちこんでしまったのは癖だったのか、本能だったのか……。

 

 旋回するプレディザスターがストライクの近くを通れば、キラは察したのかストライクが少し跳んでプレディザスターの背に乗る。

 モニターで確認をするが、ラゴゥは動くはずもないただの鉄塊。そこから人が出てくることもなければ、ただの一つの動きも無い。ロマ自身が“そうした”のだ。

 

 片手で頭を押さえながら、息をつく。

 

「チェシャ……ユー・ハブ・コントロール」

『かしこまりですわ。アイ・ハブ・コントロール』

 

 それでも安全確認のために周囲のモニターに目を配れば、戦闘はすでにこちらの勝利。ザフトは撤退していくようで、明けの砂漠の面々も追撃するでもない。

 安心したように息を吐きながらも、手は震えて気分も非常に悪かった。

 今すぐ眠ってしまいたい気分だが、目を瞑れば“会ったことないはずの敵の顔”が浮かぶ。

 

『殺したくなんて、ない……けどっ』

 

 そうだ、殺したくはない。“顔を知っている相手”は……。

 

『殺したくなんて、ないのに……ッ!』

 

 だが、ロマはこれからも殺すのだろう。

 頭を、胃を───いや、心を抉られるような痛みに浸りながらも、自身を殺しながらも……ただ、彼女たちを守るために、だ。

 

「……さて、完璧な勝利だな」

『あら、感傷に浸るのはおやめになったの?』

「さてな、勝利を喜ぶとしようか」

 

 スイッチを切り替え、フッと笑みを浮かべる。

 それに“守りたい相手”と会えれば、コロッと気分は変わってしまうぐらいには自分の心は簡単なのだと理解しているから……。

 アークエンジェルに近づけば、ジン・アイズから通信が入ってくる。

 

『ロマくぅ~ん! 聞こえますかぁ! 貴方のペットハイータちゃんですよぉ!』

「ハイータ、冗談ではない!」

『アハァ♪ 冗談なんかじゃありませんよぉ』

 

 ―――なおタチ悪いんだよぉ!

 

『……おかえりなさい、ロマくん』

「……ああ、ただいま」

 

 守るべき相手、その一人からのそんな言葉を噛みしめて、ロマは笑みを浮かべて返した。

 

『……ということで、薬のせいにして温めあいませんかぁ♪』

 

 

 

 ―――落ちたな、俺の株が。

 

 

 





ロマがとどめでした
というか足止めキラ、ほとんどロマとハイータが撃墜みたいな感じに
チラッとゲスト出演もさせつつ……

シリアス一色にしても良かったのだけれど、こんな感じに
ちょっとだけアズにゃんたちの出番がありましたが、次回はもうちょっと増える予定でございます
メインヒロインたちが出てない不具合、早々に修正パッチ入れねば

最近忙しいながらもなんとか週一更新、そのせいでなんか変なら申し訳ないと思いつつ……

それでは、次回もお楽しみいただければと思いますー


それとアンケート落としときますわ~
アウルとスティング……たぶん(SEED時点では)ほとんど出番ないけど一応です
もしかしたらデスティニーするかもしれないので……


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閃光の海

 

 渓谷を行くアークエンジェルのブリッジにて、艦長席に座るマリュー・ラミアス。

 そしてその隣に立つロマ・K・バエル。

 サングラスの奥の瞳が前方を見据えている。

 

 突如、操舵士であるアーノルド・ノイマンが喜びに満ちた声で報告をした。

 

「海へ出ます。紅海です!」

「ようやく、だな」

 

 静かに息をつくロマの、その視線の先には───“紅海”と呼ばれる青い海。

 

 砂漠の虎との決戦を終えて、ようやくアークエンジェルはそこへと辿りついた。

 目的地であるアラスカ、ひいては“オーブ近海”までもう少しだ。

 

 コロニー育ちの者は初めて見るであろう海、目を輝かすクルーも少なくは無い。

 軽くマリューの方に視線を向けると、マリューはわかっていたのか微笑を浮かべて頷いた。

 

「少しの時間なら交代でデッキに出ることを許可します。艦内にもそう伝えて」

 

 少年少女の歓喜の声が聞こえる。それに今度はロマが微笑を浮かべる。

 

「ソナーはブルーコスモスからの補給に入っていましたし、ありがたいことですわ」

「アズラエル理事がここまで察していたのは流石としか言えんな」

 

 おそらくアラスカに自力で向かうには海を通ると理解しているからだろう。アークエンジェルの規格に合うソナーまで用意されていた。おかげでわざわざザフトのものをこちらにつなげるような真似をしなくて済んだというわけだ。

 ロマがナタルの方に視線を向ければ、少しばかり破顔しており、安心感なども感じているのだろう。

 

 そうしていると、ナタルが隣に立つ。

 

「それにしても意外でした」

「ん、なにかな?」

 

 意外なのはナタルの方から雑談を振ってきたことだが、いちいち言葉にすることでもなかろう。

 

「彼女たち、ですよ」

「……ああ、それに関しては私もだわ。大尉が賛成するなんて」

 

 ───ああ、カガリ・ユラ・アスハのことか。

 

 そういうことだろう。アークエンジェルがアンドリュー・バルトフェルドを討伐した夜、カガリ・ユラ・アスハが『私も連れて行け』ということを言った時に、ロマがそちら側に“味方した”ことを言っているのだ。

 それもそうだ。でなければ“詰む、かもしれない”のだから……。

 

 カガリもかなり意外そうな顔で自分を見ていたのを思い出して、ロマはサングラスの奥の瞳を細めて苦笑する。

 

「しかしまぁ……勘だ。勝利の女神が必要な気がしたのさ」

「まぁ、私も異論はありませんでしたが……」

 

 ナタルの言葉に、ロマは静かに頷く。

 どちらにしろ彼女はこちらへ付いてくることになっていたのだから、問題も無かろう。

 

「さて、私も休憩してこよう。久しぶりに海の香りにも浸りたい」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 マリューの言葉に片手で軽く返すとブリッジを出る。

 すると、前から歩いてくるキサカを発見する。特になにを言うこともないと、通り過ぎようと思うのだが、止まったキサカ。

 眉を顰めながらもロマは歩みを止めた。

 

「どうした?」

「いや、礼を、と思ったんだが……」

「構わんよ。私も乗せた方が利があると思ったからしたにすぎん」

 

 実際にその通りなのだ。キサカは複雑そうな表情を浮かべている。

 

「そうだな、いつか借りは返してもらえればそれで結構だ」

「ブルーコスモスに借りを作るとは、恐ろしいことをしたかもしれんな」

 

 笑うキサカに、ロマも軽く笑みを浮かべて返し、歩き出す。

 別段キサカが振り返るような気配も感じない。そのまま後ろでドアが開く音、そして閉じる音も聞こえたし何事もなく、だ。

 エレベーターに乗り込んでデッキのある階層で降りると、見知った顔を近くに見つけた。

 

「……ハイータ」

「あ、ロマくん!」

 

 ハイータ・ヤマムラである。

 

 バルトフェルドとの一戦の後には、抱き着かれ押し倒されたりもしたが、キラが止めてくれたのは記憶に新しい。その後、薬の効果が切れると顔を真っ赤にして機体に引きこもったりもしたが……。

 結果的にはいつも通りに戻ったのでよしとしよう。ロマはムウに同情のこもった目で見られたりもしたが、よし。

 さらにロマもハイータもクルーから生暖かい目で見られることも増えたがそれもまたよしとしよう。

 

 ロマの目的を察しているのか、その隣を歩くハイータ。

 

「それにしても海ですよ。なんだか久しぶりですねっ」

「そうだな、私も久しい」

「……水着とか無いんで泳げないですけどね」

 

 ―――水着! そういうのもあるのか!

 

「……残念だ」

「あれ、海好きでした?」

 

 水着が好きなのである。水着ガチャのために石は溜めるものだと、かつて教わった。

 

「残念だ……」

「こ、今度行きましょうよ。みんなで」

 

 ハイータは水着を見せたい。ロマは水着を見たい。win-winの関係なのである。

 

 

 

 

 

 

 地球、アズラエル財団の研究所。

 シミュレーションルームから出てくるのはクロト、オルガ、シャニの三人だ。

 なぜ今更こんなことが必要なのかとも思う三人ではあるが、基本的には三人一組での運用を想定して作られている彼女らの機体の力を最大限発揮するためには、訓練を何度繰り返してもやりすぎというものも無い。

 背を伸ばすオルガが、くぁっと欠伸を零す。

 

「ん、眠ぃ……」

「疲れた?」

 

 シャニの言葉に、首を横に振るうオルガ。

 しかし最近、たっぷりしっかりと寝れてないのは確かだ。その理由もなんとなくクロトとシャニも察してはいるのだが……。

 

「おにーさんのこと心配なの?」

「はっ!? 違ぇよ!」

 

 突然強い口調で否定するオルガ。その顔は赤い。

 

「オルガ、あざと」

「はぁっ!?」

 

 シャニの言葉に、さらに顔を赤くするオルガ。憤怒もあるが、やはり羞恥の方が強いのだろう。それは図星だからか、それとも素直に乙女として思うところがあるからか……。

 まぁ十中八九前者であると、クロトは理解した。

 それをおいても、シャニにあざといと言われるのは心外ではあろう。奴は歩くロマの“服の袖をつまむ”ような少女である。

 それをあざといと言わずしてなんと言おうか。

 

「ったく、なんだよ。別に……心配ぐらいすんだろ」

 

 赤い顔のままそう言いながら、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま歩くオルガ。

 

「まぁ僕も心配はしてるけどさぁ、寝不足になるほどぉ?」

「うっせーよ!」

 

 相も変わらず赤い顔で否定もせず、純粋に声を荒げるオルガを見てクロトとシャニが笑いあう。いつだって三人よれば姦しいのだ。

 そして、そんな三人の前へとやって来たのは、盟主王ならぬ盟主女王ことムルタ・アズラエル。

 変わらぬ白いスーツでやって来た彼女はどこか上機嫌に見えた。

 

 付き合いも長いのだからそのぐらいはわかって然るべきなのだ。

 

「どーしたのおねーさん?」

「ん、この人が上機嫌な理由って一つしかなくない?」

「確かに」

 

 三人が頷きあうのを見て、上機嫌だったアズラエルが少しばかり不満そうな表情を浮かべる。

 

「なんですか、朗報だっていうのに……私があの子の話しかしないみたいな……」

「じゃあ違うのかよ?」

「……違わ、ないですけど」

 

 顔を薄ら紅潮させながら、フイッと顔を逸らして言う。

 中々どうしてこちらもあざといが、いかんせん“歳が違う”のでやったとしても周囲の反応は変わるだろう。しかしてロマは素直に“可愛い”と思うのだろうが……。

 

「おにーさん元気なの!?」

「えっと、少なからず砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドを討つぐらいには元気なようですよ」

 

 クロト、オルガ、シャニが顔を合わせる。それぞれが『誰?』と言いたそうな顔をするので、アズラエルは額に手を当てて溜息をついた。

 

「ザフトの英雄ですよ。ですが赤い悪魔に撃退されたということで、間違いないそうです」

 

 なぜか鼻高々に胸を張って言うアズラエル。彼女のシャツのボタンがギチギチと音を立ててるがクロトもオルガもツッコまないことを胸に誓った。

 シャニはというと『よくわかる』という顔でそのボタンを見ている。

 

 なにはともあれ、後方彼女面で『私も鼻が高いよ……』しているアズラエルは、コホンと咳払いをして空気を変えた。

 

「最近は赤い悪魔以外にも呼び名があるそうですが」

「へぇ~それは興味ありますねぇ!」

 

 思い切り食い付いたのはクロト。しかし思い切り食いついたのがクロトなだけであって、ほか二人も興味はありそうである。

 

「曰くアークエンジェルこと“足つき”にちなんで“悪魔憑き”だとか」

「……ん~?」

「もっとこう、わかりやすい方がいいな」

「ええ~」

「私が考えたみたいに言わないでください! それにほら、足つきみたいなって言ってるんですから異名というよりは俗称みたいなものでしょう!」

 

 言われてみればそうだと、三人も納得する。シャニが少し上を向いて考えるような様子を見せた後に、なにか思いついたのかポンと拳で平手を叩く。

 

「そのうちザフトに悪魔祓い(エクソシスト)とか出てきそうだね」

「やですよ不吉な……」

 

 確かに、とクロトとオルガが頷く。

 

「かっこいいのに……」

 

 それはそれとして、カッコいいかもしれない―――とオルガとクロトは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルにて、デッキへと出たロマとハイータ。すると先客が二人ほどそこにはおり、ロマは意外、という風に表情を変えた。

 紅海での戦いがあるのは記憶にあるし、アークエンジェルの戦闘もぼんやりと覚えている。

 だがしかし、ここでのことをそれほど覚えていないのだ。そこで見てようやく思い出した。

 

「キラにカガリ・ユラか」

 

 ここでは“本来”なら“バルドフェルドを討ったことによる傷”から泣いていたキラをカガリが慰めたりするわけだが。

 心に傷は受けているが“原作”ほど重々しくキラが受け止めていないのは、撃ったのが本人でないからだろう。それでも顔見知りが“死んだ”というのは重いものがあるのだろうが……。

 だから落ち込んではいて、カガリは隣に座って話を聞いていたのだろう。

 

 ―――まぁバルトフェルドと会ったのも二人だからな。

 

 そこに関してロマはまるで携わっていない。その気もそれほどなかった。

 彼と話してみたいとは思うが、やはり討った時のことを思えば会わないにこしたことなかったのだろう……。

 

「ロマさん……」

「おいお前、こいつのことちゃんと見ててやれよ」

「か、カガリっ……」

 

 不満そうに言うカガリに、キラは気恥ずかしさからか頬を染めてカガリを止めようとする。

 

「だってこいつ、兄貴みたいなもんだろ」

「フッ、言いえて妙だな」

「ロマ君がお兄ちゃん? ロマ君がお兄ちゃん……かぁ」

 

 ―――お前のお兄ちゃんは背徳的で興奮するからやめろ。

 

 決して口には出せないことを思った。ロマは外面にも出さずクールに笑う。

 

「ともあれ、確かに私が放っておいたのも悪いな」

「な、なんだよ素直に認めるのかよ」

 

 もっと責めるつもりだったのか、意外だというように、カガリが少し引く。

 

「自分の非を認めぬわけにはいくまいよ。すまなかったな」

「……ってなんで私の頭撫でるんだよっ!」

 

 無意識下でカガリの頭を撫でていたようで、勢いよく振り払われる。

 それに関してはロマ自身も驚いていたようで、一瞬だけ止まってしまったのも仕方のないことだ。クロトやステラ、シャニにはよくやっているせいか、癖になってきている。身長が二回りほど低いのも原因だろう。たまにオルガやアズラエルにやって怒られ、ハイータに不満そうに見られたりもする。

 そしてハイなハイータにはせがまれる。

 

 ―――もしかしてモテ期か?

 

 もしかしなくてもそうなのである。

 

「代わりにしてくれたんだろう?」

「うっ、まぁ……こいつ、半べそだったから……」

「ちょ、そ、そんなことありませんからねロマさんっ!」

 

 カガリの隣に立って抗議するキラに、なにか物言いたそうなカガリだったが、ロマは笑ってキラの頭をポンポンと軽く叩く。

 

「いや、顔を知った相手が死んだんだ。苦しいだろうさ……すまない」

「ロマくん、これでも気にしぃなので気持ちを汲んであげてください」

「茶化すなよ」

 

 そう言いながら、デッキの端の方へと歩く。

 潮の香りが鼻腔をくすぐる。ロマにとってはあまり好きな香りではないが、それでも心を揺さぶられるには十分なものだ。良い意味で。

 静かに息をつくと、隣にハイータが立つ。遅れて反対側にカガリとキラの二人。

 

「なんで、お前らコーディネイターのく……なのに、地球軍に居るんだよ?」

 

 少しばかりデリカシーの無い言い方だと思ったのか言い直すも、ロマとしてはどちらにしろデリカシーの無い質問だなとは思ったが、直球なのが彼女のいいところでもある。現状では悪いところの方が目立ってしまっているものの……。

 それにしたって、活かし方はいかようにでもあるだろうに、とロマは一人心の中で呟く。

 

 ロマがそんなことを考えている間に、カガリの質問にキラは顔をしかめ思考し、呟くように言葉にする。

 

「やっぱりおかしいのかな、良く言われる」

「でも別に、そこまで極端に珍しくも無いんですよ? ビクトリア基地にもコーディネイター部隊がありましたし」

 

 お世辞にもホワイトな職場とは言えなかったが……。

 

「まぁ、たぶんナチュラルの方からみたらおかしいのかもですけど」

「おかしいとか、そういうことじゃないけどな。けど、コーディネイターとナチュラルが敵対してるからこの戦争が起きたわけで」

 

「根本的にそこを勘違いしてるのさ」

 

 ロマの突然の言葉に、カガリはそちらを見る。

 カガリとしては“相変わらずなにを考えてるかわからないのに核心だけついてくる奴”という感覚ではあるが、実際に突いているのは核心。それに、そこまで嫌ではないし、目の前の男が嫌いでもない。

 妙な感覚だが……指導者、なんて大仰なものでもないが、そういう類の者に見えるのだ。

 

「この戦争の理由を遡り続ければナチュラルとコーディネイターの確執で違いないが、もはやそういうものではないよ。ザフトが地球にNジャマーを撃ちこみ何人のコーディネイターが犠牲になったと思う?」

「それは……」

「まぁそもそもが地球軍が撃った核が原因でもあるが、無差別攻撃にしたってやり方はあると思うがな」

 

 全面核戦争にしなかった穏健派シーゲル・クライン。などと笑わせる話である。

 核以上に野蛮な兵器、行為をしておいてなにを、とロマは心の中で苦々しく思う。

 

「なにはともあれこの戦争は連合対ザフトだ。ナチュラル対コーディネイターなどと考えるからおかしなことになる。ザフトの被害者は我々ナチュラルだけでない……おかげで反コーディネイターが根強いから、関係のないところで別件の被害者が出る」

 

 そう言いながら、隣にいるハイータの頭を軽く撫でると、ハイータはくすぐったそうに笑みを浮かべた。

 

「カガリ・ユラ、君も」

「カガリで良い」

 

「……カガリ、君とてコーディネイターだからどうこうって気持ちはないだろう?」

「まぁ、うん」

「それで良い。それが一番なのだが、やはり比べられてしまうとそちらに当たってしまう」

「別にコーディネイターだからってなんでもできるわけじゃないんですけどね。練習や努力だって必要だし、コーディネイター同士ならそりゃまた確執もあるわけで」

 

 ハイータの言葉は、どこか他人事のようでもあるが、実際にそうなのだろう。彼女がザフトに行っていればなにかで悔しい思いをしたかもしれないし、逆にほかに劣等感を抱かせることもあったのだろう。

 そういうものだ。人間の欲など果てしないもの故に、嫉妬や欲望は止まらないのだと、ロマは考える。

 

「他者より強く、他者より先へ、だな」

「え?」

「いいや、なんでもない。だがキラ、君はどう思う?」

 

 キラを見れば、自分に話が振られたのが意外なのか少し戸惑うも、すぐに海の方を見て目を細めた。

 

「……怖い病気にはかかんないし、何かの才能とか体とか、いろいろ遺伝子を操作して生まれたのが僕達だけど……でもそれって、みんなの夢だったんじゃないのかな……って」

「そうだな。みな、ジョージ・グレンを目指したんだ。そしてその先を、な」

 

 ナチュラルかコーディネイターを滅ぼせば争いは無くなる……そんなわけはない。そんなことで手に入れた平和が続くものかというのはロマの自論である。

 所詮はどちらも同じ人類であり、コーディネイターがどうとか言う前から戦争など無くなったこともないのだ。

 思考すればするほどズブズブと深みにはまっていく。

 

 ―――考えれば考えるほど泥沼だな。やめとこ。

 

「あ、キラ……!」

 

 少女の声が聞こえた。四人してそちらを振り向けばそこには赤い髪を揺らして歩いてくる少女。随分な薄着である。

 一瞬だけロマと目が合って固まるも、すぐに視線をカガリ、ハイータ、そしてキラへと向けていく。ロマ以外の二人に少しばかり眼力を強めたのを感じ、ロマは苦笑を浮かべた。

 妙に距離感が近いカガリに、どうやったって距離感が縮まるであろうハイータ。牽制しない方がおかしいのだ。

 

「さて、私達は戻ろうか、ハイータ、カガリ」

「はい!」

「なんで私まで一緒なんだよ」

「じゃあ残るか?」

「う゛っ……行く」

 

 不承不承ながら了承したカガリはロマとハイータと共にその場を歩いて去っていく。

 ロマがすれ違いざまに軽く挨拶をすれば。フレイも一応は会釈を返す。

 

 

 

 残されたフレイが、キラへと近づく。

 少しばかり暗かった雰囲気が改善されて、どこかすっきりしたような表情だ。フレイとて自分自身で理解はしていた。

 落ち込んでいたキラを慰められるほど、自分には力はないと……。

 

 自覚していただけに、ロマたちを認められない。そしてそれはそれとして。

 

「あの人、やっぱり苦手……」

「優しい人だよ。ロマさん」

 

 その言葉を否定はしない。だが……。

 

「なんていうか、優しいのかもしれないけど……内面の優しさをあえて刃で囲ってるっていうか、話してるの見ててもなんか他人事っていうか……」

「なんだか、詩的な表現しようとしてる?」

「そんなんじゃないけど、苦手っ」

 

 顔をしかめて言うフレイを見て、キラは思わず笑う。確かに万人に受け入れられるタイプでないのはわかるが、それにしても“人を嫌う”ことはあろうフレイだが、ここまで人を“苦手がる”というのは、非常に珍しく感じて、おかしく思うには十分だった。

 笑うキラに不満そうな表情を浮かべるフレイだったが、どこかその表情には───明るさが見てとれる。

 

 

 

 一方でロマはというと、カガリと軽く話をするも別れてハイータと共に格納庫へとやってきていた。

 ほぼ損傷の無かったジン・アイズの整備は既に終わっており、ストライクも然り。プレディザスターも損傷した箇所の修理等は終わっているのだが……いかんせん、追加ブースターが無くなったことによりやけに身軽になってしまった。

 しかし、身軽に見えても結果的には遅くなったし、奇抜な機動もほぼできなくなってしまったのだが……。

 

 プレディザスターを見ながら顔をしかめるロマに、隣に立つハイータは苦笑を浮かべる。

 

「まぁまぁ、私がいるのでとりあえずそこまでガッツリなことしなくて良いんですから……」

「わかってはいるがな、不安なものだよ。今までできた動きができなくなるというのは」

 

 染みついた動きをしようものならミス、即撃墜されかねない。

 

「無茶な機動して怪我するんですから、私としては安心なとこもありますからね」

「心配をかけるな」

 

 そこについては素直に反省して謝罪を述べた。

 そうは言っても、またなにか機体を手に入れたらそういうことをするのだろうと察しているからこそ、ハイータは困ったように笑うのみ。

 ふと、プレディザスターの方を見てなにかを思い出す。

 

「……それにしてもチェシャですか、本当にロマ君以外と喋らないみたいですね」

「まったくとんだじゃじゃ馬、いや猫だよ」

 

 見てる側としては二人で戦っていると言われてもピンとこないが、そういうものだとは聞いている。

 それにサポートしているのはあくまでミサイルや自動操縦、死角からの攻撃ぐらいなので、結局はロマの技量が要求されるものなのだとか……。

 アズラエルとしては不満だったが、ロマはそれで良いと言ったそうだ。

 

「あ、そういえばロマ君、プレディザスターの」

 

 何かを話そうとするハイータだったが、直後に艦内警報が鳴り響く。

 

「えぇっ!?」

「敵襲か……!」

 

 海のど真ん中、それでもザフトはアークエンジェルを落としに来るのだろう。いや、本命はそちらではないのかもしれないが……。

 ムウを見つけて目を合わせ、頷く。

 

『総員、第二戦闘配備! 繰り返す! 第二戦闘配備!』

 

 オペレーターであるパルの声が聞こえて、すぐに格納庫は慌ただしくなる。

 

「ロマ君、またあとで!」

 

 走り出すハイータはノーマルスーツに着替えるために走ったのだろう。ムウも素早く格納庫から出ていく。

 ロマはと言うと着替えるつもりもないのでそのままプレディザスターへと乗り込んだ。

 

 コックピット内で、静かに息をつくロマ。

 

『海に出てそうそうに敵襲ですの!? 厄日ですわ!』

「私は最近毎日思うよ」

 

 そう言いながら、メインモニターから格納庫内を確認。真っ先に出るのは自分になりそうなのを確信し、少しばかり震える手を見て溜息をついた。

 いつまで経っても慣れるものでもない。特に今回にいたっては今までとは違う戦闘を強いられるだろう……機体のパワーダウンはもちろん、敵は空と水中だ。

 

 通信で聞こえるマリューの声。

 

『総員、第一戦闘配備! バエル大尉、フラガ少佐、ヤマト少尉、ヤマムラ少尉は搭乗機へ!』

『ですが艦長、ストライクはっ!』

『空も飛べなけりゃ泳げもしないってことくらい知ってるわ。ハッチから撃ってもらう形に───』

 

 マリューとナタルの会話に、ロマが口を開く。

 

「バズーカを用意しておけ」

『大尉!?』

「キラの役に立つ。敵機に水中戦機がいるなら対空攻撃で落とされるぞ」

『……マードック曹長!』

『あいよ!』

 

 マードックの返事を聞いて、ロマは軽く頷く。問題はキラ一人に水中を任せなければいけないことだが……と考えたところで、ジン・アイズが持ってきた補給物資を思い出す。

 武装もいくつかあったが、その中に……。

 格納庫をモニターで確認すると、丁度ハイータがジン・アイズに乗り込むのが見えた。

 

「ハイータ」

『はぁい♪』

 

 すでに“キマッて”しまっていた。しかしてテンションが高いこと以外はさほど問題もない。

 

「実弾系、いやスナイパーライフルがあったな」

『ん、アズラエル理事が持ってけって言ったやつがありましたよぉ、そんなのよりロマ君のライ』

「それをな、装備しておけ、私はそう言いたい」

 

 問題しかなかった。

 

『アハァっ♪ なるほどォ、そういうことデスねぇ……♪』

 

 納得したように頷いたハイータは、すぐにマードックに声をかける。カメラで見ているとマードックがちょっとひきつった顔をしているが、ロマからは“慣れろ”と言う他ないのである。

 キラとムウも機体に乗り込んだのを確認し、ロマは再び深く息を吐いた。

 

『アイツやっぱやっべ~ですわねぇ』

「まぁ、そういう薬だし多少はな。かわいいものだよ」

『身内に甘すぎじゃございませんこと?』

 

 そんなチェシャの指摘に、言葉を詰まらす。

 

「……甘くもなるさ、こんなことではな」

『わたくしにももっと激甘でよろしくってよ~』

「考えておく」

『遠回しに断られてる奴ですわ!?』

 

 口元に思わず笑みを零すロマ。

 しかして、すぐに焦るようなトノムラの声が聞こえる。

 

『ディン多数接近! 10時、4時、6時の方向です!』

 

 中々どうして厄介なことになっていると、ロマは綻んでいた口元と表情を引き締める。

 策はあるが、そうすると今度は海への攻撃の手が緩む。早々にディンの数を減らせれば色々と変わるのだろうが……。

 カタパルトへと移動されたプレディザスター、そのコックピットでロマは深呼吸。

 

『プレディザスター、発進位置へ。プレディザスター、進路クリア……発進どうぞ!』

 

 CICのフレイの声に少しばかり慣れなさを感じながらも、ロマは前を見据える。

 

「ロマ・K・バエル。プレディザスター、出撃するッ!」

 

 リニアカタパルトで射出されたプレディザスターが、海上でウイングを展開。

 即座にスラスターを使い加速、追加ブースターが無くなったことにより急旋回こそできないものの、高速で旋回をかけてディンの一機をビームで撃墜。さらにミサイルをばら撒きディン数機を艦から遠ざけつつ、一機をさらに破壊した。

 

 わずか数瞬でディン二機を失ったザフト兵の戦慄は計り知れないだろう。

 

 旋回するプレディザスターを警戒してか、ディンは少しばかり距離を取った。ムウのスカイグラスパーも出撃。

 ロマは通信にて、二人のパイロットへと声をかける。

 

「ハイータかキラのどちらか、私の上に乗れ!」

 

 ちょっとした策のつもりで言ったのだが、それが悪かった。せめてどちらか一人を指名するべきだった。

 

『僕が!』

『私が!』

 

 二人の声が聞こえて、ロマはどうするかと思考した。

 どちらかが先に譲るかすると思っていただけに、ロマは少しばかり混乱する。挙句どちらも声を出すわけでもない……。

 そもそもロマのプレディザスターに乗って戦闘など、かなりの技量を要求されるのだが、キラもハイータもそれをこなせるだけの技量を持っているからさらに厄介である。

 

 どうするかと考えたロマだが、先に言葉を発したのはキラだった。

 

『ハイータさん、ロマさんの方へ!』

『キラきゅぅん♪』

『僕が艦を守ります。任せてください!』

「……キラ、任せた!」

『あぁ!? 背中任せて的な感じですかぁ!? 私もそっちやりたかっ』

「ハイータこい!」

『ワンワン♪』

 

 カタパルトから射出されたジン・アイズを拾うプレディザスター。

 その背に乗ったジン・アイズの手にはスナイパーライフルがあり、背に乗るなり即座に機体を安定させるとスコープを覗き込み───撃つ。

 

 離れた位置にいたディンが一機、撃墜される。

 

 すると途端に、遠巻きに眺めていたはずのディンが動き出す。

 

「やるな……!」

『えへへっ、もっと褒めてくれていいんですよぉ、ご褒美期待しちゃいますしねぇ!』

「考えておく、まずは敵を殲滅するぞ……!」

 

 技量も十分、いかんせん“余計なこと”を口走るのさえなんとかなれば実に頼もしい。

 

『了解です♪ おじさんも頑張ってくださいね!』

『おじさんじゃねぇって! ああもぉ! やるぞロマ!』

「了解だ。ムウ少佐……!」

 

 ミサイルを放つも、今度はディン5機が迎撃、または回避をしてみせる。一機だけ明らかに技量の違うディンを見つけ、ロマはその色違いの瞳を細めた。

 視線の先、この部隊の隊長であろう“マルコ・モラシム”が搭乗しているであろうディンを見据える。

 

「見せてもらおうか“紅海の鯱”の腕前を……!」

『私とロマ君の愛のパゥワーで鯱なんてイチコロですね!』

「鯱は怖いぞ……!」

 

 ロマがフットペダルを踏み込み、操縦桿を引く。

 

 プレディザスターは閃光の如く、加速。

 

 

 そして───紅海は血に染まる。

 

 






こんな感じで海編スタートです

原作沿いな感じですが、ちょっとずつ変化は加わってます
カガリとも少し打ち解けて、キラとフレイも少しばかり軟化
ハイータはいつも通り

非チートと言いつつロマがチートくさい気もする今日この頃、でも砂漠で結構危ないところがあったので非チートで違いないはず
なにはともあれそのうち水着回とか入れたいなと思った今日この頃です

では次回もお楽しみいただければと思います


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さだめの軛

 

 アークエンジェルの格納庫内。

 

 結果としては敵部隊は撤退、被害も最小限で結果的には勝利と言って差し支えないだろう。

 

 ロマはプレディザスターのシートを降ろすと、そこから降りて暗い空間を光差す方へと歩く。

 砂漠の虎との戦いに比べれば、敵戦力はG兵器も無いしで落ちているはずだったが、今回はなかなかどうして気を遣う戦闘ではあった。

 

 ディンを操縦していたであろうマルコ・モラシムはしっかりとこちらの攻撃をさばいていたし、反撃もしてきていた。プレディザスターにはライフルが掠ったことによる損傷もちらほらある。

 ストライクは途中で海に入り、ロマはそれをモラシムと戦闘しながら確認するなりハイータをアークエンジェルへと降ろし、ジン・アイズにて海中から攻撃してくるグーンを攻撃してもらった。

 

 結果、ロマは一人でモラシムのディンと他一機を相手取ることになってしまった。故にこれである。

 キラとハイータがグーンを撃破したことで敵が撤退せねばどうなっていたか、わかったものでもない。

 

「そろそろ潮時か……」

『わたくしはいつでもよろしくってよ~!』

「でなければ困る」

 

 チェシャと会話をしながら、プレディザスターを出て格納庫に立つ。

 

「さて、まずは……むっ」

 

 ―――プレッシャー、そこか!

 

「ロォマァくぅぅぅぅぅん!!」

 

 明らかな邪気を感じてそちらを向くロマ。視線を動かすでもなく、素早くスッと腕を組んだまま横にスウェイ移動。それと共に、先ほどまでいた場所へと勢いよく跳び込むハイータ。

 普通ならば顔面から頑丈な合金製の床にキスをする羽目になるのだが、そこはコーディネイター。素早く手を着いて倒立の要領で一回転して着地。

 それを理解しているからこそ、ロマとて安心して回避できるのである。

 

「なんで避けるんですかァ!」

 

 ───やめろハイータ。お前の身体は俺に効く……やめてくれ。

 

 そう素直に言えたらどれほど良かっただろうか、しかして今更そんなことを言うわけにもいくまい。ロマ・K・バエルという男は後には引けないのだ。

 前回もそうだったように、整備士たちもキラもムウもロマとハイータの方を向いている。キラは、今回もハイータを止めようかと急いで降りたのだが、心配も無さそうだと一安心。

 

 なにはともあれ、ロマは───意味深に笑ってみた。

 

「……フッ」

「やだぁ、ロマくんしゅてきぃ、しゅきぃ……」

 

 ───俺は俺のことを好きな子が好きになってしまうタイプ。このままではこちらがやられる!

 

 童貞の悲しき(サガ)だ。しかして、未だにこうしてただ純粋にハイータを“好き”でいられている。それもまた童貞の悲しき(サガ)なのかもしれない……。

 

「ほどほどにしておかんと後が辛いぞ」

「こんな世界で後なんて気にしてたら死んじゃいますよぉ?」

 

 ぐぅの音も出なかった。悲しいかな、同意せざるをえない。

 ということで! とかなんとか言ってハイータはロマの背中に飛びつき抱き着く、つまりはその背に存分にその大きな二つの果実が押し当てられるわけであり、もちろん童貞(純潔)のロマは外面にこそ出さないがその状況に脳を震わせ歓喜するのである。

 なにが問題かというと、やはり動揺など一切見せないわけなので……周囲の整備士から『すげぇ』『やっぱり大人なのか』『あの感じだもんなぁ』等々、妙な憶測が飛び交う。

 

 そんな中、近づいてくる者がいた。揺れる金髪、身長はロマより明らかに低い。

 

「カガリか」

「なにやってんだよ格納庫で、あんたが被弾してんの見てきたら」

「……心配してくれたのか、ありがとう」

 

 そう言ってほほ笑むと、カガリの頭を軽く撫でる。

 もちろん子ども扱いされたことによりカガリはキレる。しょっちゅうキレてるのでそれほど深刻視されないのが深刻だが、キレる。

 勢いよくロマの手が払いのけられた。

 

「そういうんじゃなくてなぁ!」

「ロマくん勝手にフラグ立ててんじゃねぇですよぉ! むらむらしたら私の身体で遊ぶって約束したじゃぁないですかぁ!?」

 

 もちろんしてない。

 

「なぁっ!? こんなとこで何言ってんだお前!」

「してない」

「ほらこいつも、そうだそうだと言っている!」

 

 ―――俺はラドンか。君が鳥になるなら俺も鳥になっちゃうか。

 

 童貞の脳のキャパはオーバー寸前だ。いやもう手遅れかもしれない。

 そんなわけのわからない混沌と化した場に颯爽と、否、恐る恐る現れるのはキラ・ヤマトである。ムウが口笛を吹きマードックがおもしろそうに状況を見ている。

 キラはそっとロマとカガリの近くへと寄った。

 

「ま、まぁ落ち着いてカガリも、ハイータさんは薬で気分が高揚してるだけだから……」

「普段の私も同じようなこと考えてますよ!」

「やめた方が良いぞハイータ」

 

 冷静にものを言うロマだが、それで止まるハイータではないのだ。仕方ないので、そのまま歩き出すのは圧倒的な“慣れ”の成果である。

 そういえば、とロマはキラの方を見た。

 

「アルスター嬢だが、大丈夫か?」

「え、なにがですか?」

「……いや、なんでもない」

 

 ―――船酔いは? さっき普通にCICしてたけど、え、どゆこと?

 

 混乱が混乱を呼ぶ。おそらく思考の80%を背中の“たわわ”に割いているせいに違いない。

 

「なにはともあれだ、キラも付き合ってくれ」

「あ、はい」

「ロマくんちょっと顔が可愛ければ男の娘でも良いんですかぁ!?」

「違う」

 

 背中から飛び降りて正面に回るハイータにきっぱりと否定の言葉を投げつける。声音はいつも通りで表情も変えていないが心の中は全力投球、160キロのストレート。

 しかしてやはり、見た目は平常を保っているせいか必死感がない。いや、この状況で必死でもいらぬ誤解を招きかねないが……。

 

 なにはともあれ、歩き出すロマの隣を腕を組んで歩くハイータ。そして反対側を歩くキラ。

 

 そんな三人を見送る───カガリ。

 

「なんなんだよ、あいつら……ていうかアイツ、いつも涼しい顔して大人ですって感じでさぁ」

「あいつも良いお兄ちゃんやってるよなぁ」

 

 いつの間にか隣に来たムウがそう言い捨てて、ロマ達の後を追って歩いていく。

 

 兄、存在はしないが、カガリもその言葉がやけにしっくりと来た。いたこともないからこそ、なんとなくそう思ってしまったのかもしれない。

 しかしてカガリは、そんな自分の考えを頭を左右に振って振り払って、余計なことを思考しないようにと、近くにあった“スカイグラスパーのシミュレーター”へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ここ数年でもっぱらアズラエルの本拠地と化した研究所。

 今日も今日とて、データ収集のためにクロト、オルガ、シャニの三人娘はシミュレーションで課された課題を即刻終わらせ、シミュレーションルームを出たその足で自室へと向かっていた。

 

 そう、圧倒的にスケジュールを巻いた……それが間違いだったのだ。

 

 その日、彼女らに肉弾戦の訓練かなにかでもあればまた変わっていただろう。シャワーを浴びたり、あるいは“お仕置き”でもあれば、やはり汗は出るわ涙は出るわ、シャワーを浴びる必要がふんだんにあっただろう。

 しかし今日は無かった。そう、無かったのである。

 

 彼女らの部屋。二重になっている扉、その内側の扉を開いた瞬間、三人娘は固まった。

 

「ん~♪ 案外似合ってるんじゃないですかぁ、これならあの子も───」

 

 そして、部屋の中の姿見でクルクル回りながら“ピンク色の連合制服を着たアズラエル”も固まった。

 

 人は時だって支配できる云々を言った電波も別の世界にはいたが、そう言う問題ではないのだ。純粋に人は状況を理解できなければ固まるのである。

 数年前までは殺意すら湧くこともあったブルーコスモス盟主ことムルタ・アズラエル。最近ではすっかり“慣れ親しんで”しまった故に、それ故に……その姿に固まったのだ。

 

「……え~」

 

 クロトが口に出したその音は、純粋なこのタイミングの悪さに対してだ。神などもちろん信じていないが、信じていたら中指を天高く突き上げただろう。

 

「なんつーか、うん」

 

 最近はロマがいなくても実験は痛みを伴うようなものはないし、それなりに充実した環境でストレスなく過ごせているわけだが───今、膨大なストレスが三人娘、ついでにアズラエルに襲い掛かっていた。

 

「……コスプレじゃん」

 

 シャニの歯に衣着せなさすぎた言葉に、アズラエルの顔が怒りか羞恥か真っ赤に染まる。漫画的表現をするならばボンッと音を立てているところだ。

 クロトとオルガは『言ったわコイツ』みたいな目でシャニを見やるが、アズラエルはそれどころではない。

 

「あなたねぇっ!」

 

 わなわなと震えてシャニを指さした、その瞬間───バツンッ、と音がしてアズラエルの着ていた制服のボタンが弾けた。

 

 そのボタンは勢いよく、オルガとクロトの間を通って後ろの壁にぶつかる。

 おもわずオルガは戦慄し、クロトは『ひぇっ』と小さく鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦長室に集まる面々。

 まず艦長であるマリュー、副官であるナタル。さらにパイロットであるロマ、キラ、ムウ、ハイータの四人……なのだが。

 マリューは苦笑しながら、ハイータの方に視線を向ける。

 

「えっと、大丈夫? ハイータさんは……」

 

 部屋の隅、顔を両手で覆いながら壁の方に体を向けて蹲っているハイータ。ロマはそちらを向いて“安産型だな”等と余計なことを考えつつも前を向く。

 

「放っておいてやってくれ、死ぬほど疲れてる」

「少尉、その……」

 

 規律に厳しいナタルさえも、さすがに不憫に思ったのだろうなにも言わない。

 疲れているというわけでもないのだが、ロマの微妙に的外れなフォローを受けてマリューは苦笑いを浮かべたまま頷いた。とりあえず時間はどれだけあるかもわからないのだから、対抗策は早めに立てたいところではあるのだ。

 故に、マリューは口を開く。

 

「えっと、ハイータさんはそのままでいいから聞いてくれる?」

「……はぃ、しゅみませぇん」

 

 情けない声でそう言うハイータ。笑うムウを肘で小突くキラ。ハッとしてから無駄にきりっとした表情でマリューの方を向いた。

 それを確認するなり、さて、とマリューが口を開く。

 

「今回の襲撃ですが……あなたたちはどういう見解?」

「おそらく基地ではないでしょうな。カーペンタリアからにしたら非効率だ……モビルスーツであれば往復だけでエネルギーが底を尽きましょう」

「潜水母艦……と言うこと?」

 

 マリューの疑問にロマは頷く。それについてはムウも同じようで、口を開いた。

 

「俺も大尉殿に賛成かな。洋上艦や航空機なら、いくらなんでも見逃さないだろうけど、水中はこっちも慣れてないからねぇ」

「今度の交戦ではそちらも潰さなくてはどうにもならんよ。アラスカまで追い回されても、だろう?」

 

 ロマの言葉にナタルも納得したようで、マリューに視線を送る。

 

「ですわね……」

 

 ―――『ですわ』口調は余計な奴が脳裏に現れるからやめてほしい。

 

 その思いは通じない。通じたところで誰も取り合わないと思うが。

 

「ガンバガンバ! どうにかなるよ。なるべく浅い海の上行くようにしてさぁ……これまでだって、どうにかなってきたんだから」

「少佐、また根拠なくっ」

「それが励ましってもんでしょ!」

 

 マリューとナタルがジトっとした目でムウを見ると、後頭部を掻きながら笑っていたムウが固まる。味方はいないかとハイータを見るが、変わらず蹲っており、キラは苦笑している。

 すると、ロマが顎に手を当ててフッと笑みを浮かべた。

 

「……一理ある」

「えぇっ」

「だろぉ!?」

 

 驚愕する面々、喜ぶムウ。だがそれも一瞬だ。

 

「だが、その根拠のない励ましを現実にするために、頑張ってくれ少佐」

「お、おいおい俺だけぇ!?」

 

 ムウの言葉に、艦長室が笑いに包まれる。困ったように笑うムウ。

 ハイータもいつの間にやら起き上がっていてクスクスと笑っているが、キラがそちらに目を向けると『ごめんなさいごめんなさい』を連呼しながら視線をよそに向けた。

 ロマは心の中で『本当にごめんなさいだよお前』とも思うが、気づかないふりをしておく。

 

 すると、突如艦長室に通信。もちろんマリューに向けてであり、机に設置された通信機のスピーカーをONにして出る。

 

「どうしたの?」

『あ、艦長。アルスターなんですが』

「え、フレイがなにか?」

 

 キラが真っ先に反応するのも必然と言えよう。

 

「落ち着いてキラ君。それで、フレイさんがどうしたの?」

『ああいやその……船酔いらしくてですね。少し早いんですが交代をしましたと』

「船、酔い……?」

 

 なんだそんなことかと、周囲が安心して一息ついた。

 

 しかし、ロマ・K・バエルは外面にこそ出さないが心の中ではアラートが鳴りっぱなしだ。それもそうだろう、賢明な理解あるパイロットくんは気づくのである。

 そりゃ気づかないわけがない。先ほどロマが意味深に聞いた言葉を……。

 

「ロマさん、フレイのこと、わかってたんですか?」

「……勘だ」

 

 そう、この危機的状況を何とかする方法は……。

 

「勘だ」

「さすがロマさん」

 

 ……ゴリ押しである。力こそパワー。

 

 

 

 

 

 

 アズラエル財団が所有する研究所。

 その三人娘の部屋にて、ソファに座る部屋の主ことクロト、オルガ、シャニ。そして向かいに座っているのは“いつも通りの恰好”をしたムルタ・アズラエルである。

 

 先ほどのアズラエルが“コスプレ”をしていた事件から数十分。

 彼女は監視カメラを取っ払っておいて正解だったとここまで思ったことはない。

 

 連合の士官が制服を着ているのと、まったく関係ない30歳社会人女性がその制服を着てるのは、大きく意味が違ってくるということを心から理解したアズラエル。その顔は未だに赤い。

 気まずい空気、クロトとオルガはバツの悪い表情をしていた。

 それは、目の前に用意された先ほどアズラエルが来ていた制服と同じようなもの、のせいだろう。

 

「……そもそもね、私は貴女達に制服を届けに来たんですよ」

「なんで着てたのさ」

「う゛っ」

 

 シャニの手痛い口撃、クロトとオルガは『余計なこと言うな』という目で見るが、相変わらず唯我独尊なシャニが意に介すわけもない。

 

「……ともかく、あなたたちにいつまでもその恰好させとくのもなぁ、と思ったわけです」

「どした今更?」

 

 この状況で華麗なスルーを選択したアズラエル。突っ込みどころはあるが、さわらぬ神にはなんとやら、オルガもそれに乗りつつも、訝しげな表情でアズラエルを見やる。

 普段三人娘は、最初に適当な連合の制服を渡されたので、男性士官用の青いものを着用しているしボトムスはズボン。クロトとオルガは半袖にしたりしているが、シャニに関しては袖がダボダボ、それを見たアズラエルは今更ながら女性士官用の制服を用意したわけだ。

 

 だが、本当に今更である。今更スカートの作法など知らぬオルガ。

 ロマと出かけた時にクロトがたまに着用しているのは知っている、シャニはロマと出かけるとなると10割それであるが、オルガは違う。

 

 唸るオルガに、ニヤリと口元を緩めるアズラエル。

 

「え~♪ その歳になってスカート履くの恥ずかしいとか言うんですかぁ?」

 

 口元に手をやってニヤニヤしながら言うアズラエルにイラッとするオルガ。お前らのせいだろ、とは言わない大人なオルガではあるが、イラッとはする。

 このアズラエル相手に何も言わないロマは大人だなぁ、と見当違いな発想をする。奴は心の中で「わからせてぇ」精神であるが、それを知るオルガではない。

 なにはともあれ、オルガはその制服を顔をしかめて見やる。

 

「……これで良い。ズボンの方が実用的だろ普通に」

「貴女達、せっかく素材は良いのに、嘆かわしい」

 

 笑うのをやめてため息をつくアズラエル。

 オルガから言わせたら“余計なお世話”ではあるのだが、シャニとクロトはどこか悩んでいる様子だった。そもそもスカートとはなにか、なぜスカートである必要があるのか、そこがオルガにはわからない。

 まぁなにはともあれ、とアズラエルの隣に綺麗に畳まれている女性士官服を見やる。

 

「……おねーさん、さっきのキツかったでしょ」

「シャニてめぇっ!?」

 

 とんだ発言にはっとするオルガ。さすがに気の毒だとは思ったし、怒りをかおうものならとんだ災厄が降りかかりかねない。

 アズラエルの方を見れば───ただ、固まっていた。

 

「私もわかるなって、ボタン跳ぶよね」

「ああそっち」

「そっちって……?」

 

 墓穴を掘った! そう思ったオルガがチラリとアズラエルを見る。

 

「……なんて?」

「あ~なんでも」

 

 オルガは、気まずそうに目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 就寝時間。ロマは“帰るべき場所”が混沌と化しているなど露知らずに、自室のベッドで横になって眠っている。

 疲労からか、倒れ込むようにベッドで横になっているロマは、魘されるように唸っていた。

 

 そしてそんなことも知らず、警戒心もなくロックもしていない故に、扉を開いて入ってくるのは───ハイータである。

 まさか開くとも思わずに、恐る恐ると言った様子で入って、驚いたように目を見開く。

 

「ぐっ……うぅっ……」

「ろ、ロマくん……」

 

 珍しく苦しそうな表情でいるロマへと駆け寄る。

 

「え、えとっ、えと、こういう時はっ……」

 

 起こして良いものかと悩みながらも、そっとその手を握った。それによる効果かはわからないが、魘されていたロマが少しずつだが安心したように表情を和らげ、唸り声も鳴りを潜める。

 呼吸の音だけになり、そこでようやくハイータも安心したのか空いていた片手で胸をなでおろす。

 そっと、ロマのベッドに腰掛けると笑みを浮かべ、その金色の髪を撫でる。

 

「……ん」

「あ、起こしちゃいました?」

 

 ふと、目を覚ましたロマ。自らの状況を確認して一瞬固まるも、すぐに理解した。

 

「ロックをかけ忘れたのか」

 

 彼女が部屋に入ってくることはなんら不思議なことではないと思っているのだろう。そこには疑問を呈さずにただ自分がロックをかけ忘れたということだけを理解。

 即座に上体を起こすと、握られている手を一瞬見る。

 ハッとしたハイータが即座に手を離した。

 

「そ、そのっ、う、魘されてたので安心さっ、し、してもらおうとっ」

「ああ、そうか、そうだな。夢見が悪かったのさ」

 

 そう言って笑うと、近くに置いてある水を取り半分以上を一気に流し込む。寝汗もかなりかいたようで、顔をしかめた。

 

「また、あの夢を見るように……」

「え?」

「いや、なんでもない。最近は少し、色々とありすぎてな」

 

 心穏やかである時間があまりないせいもあるのだろうと、ロマは自身で自覚した。そしてあまりにも“死を身近に感じる”機会が多すぎたのだ。

 故に、生きる者の識るはずもない“死”を夢見るのだろう。

 インナーであるタンクトップを迷いなく脱ぎ捨てると、ハイータが顔を赤くする。

 

「あ、悪りぃ」

 

 思わず素で謝罪をするロマだが、ハイータは真っ赤な顔のままジーッとロマの上半身を見ていた。

 

「……さすがに羞恥心ぐらいあるぞ私も」

「ふぇあっ!? すす、しゅみましぇんっ!」

 

 勢いよく謝罪するハイータだが視線はがっつりロマを捉えている。言っても仕方ないだろうし、別に上半身だけ、ならばそれはそれで構わないかと、ロマは自分を納得させた。

 別の黒いタンクトップを着ると、ハイータの隣に腰を下ろす。

 ハイータがチラチラと自分を見るのも理解するロマだが、ここでなにかをできるほど彼は“大人”ではないのだ。

 

「さて、寝るか」

「えっ!? しゃ、シャワー浴びてきてもいいですかぁ!?」

「……いや一人で寝るんだが」

 

「ッ~~! しゅみませんでしたぁっ!」

 

 猛ダッシュで部屋を出ていくハイータ。その様子を唖然としたまま見送ったロマ。

 開いていた扉が閉まると共に、ゆっくりと頭を抱える。

 

 

 ―――いや今の、もったいねぇ。

 

 

 だから今も、彼は大人になりきれない。

 

 




あとがき

戦闘はキングクリムゾン、あまり変わり映えしないものなので
今回は日常回というか繋ぎ回で、ロマやアズにゃん周りの展開でした
ちなみにハイータは普通の連合士官服

据え膳を食い損ねる男、でも食ったら自分が日和りそうでこわくなる
日和ってるやついる? いるんだよなぁ……という男

でも、そのうち覚悟を決めなきゃなこともあるでしょう

そして次回はモラシム編後半、驚愕の展開……かはわからないんですが

では次回もお楽しみいただければと思います


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プレディザスター

 

 海上を行くアークエンジェル。

 いつも通り、ロマは制服姿で廊下を歩く。先ほどまではブリッジにてマリュー、ナタルと今後についての話もしたのだが、結局は変わらずだ。

 だが、それで良い。必要だったのは“確認”であって進路の“変更”ではない。

 

 ここで改変する必要は一切ないのだ。ともなれば……。

 

「問題は私だな」

『どうしましたの』

 

 耳元から聞こえる支援AIチェシャの声。

 

「いや、各部の異常は?」

『昨日から何回言いますの、滅茶滅茶にヨユーですわよ!』

 

 自信満々という声音で言うチェシャに、ロマは静かに息を吐き頷く。準備はできている。いつ敵が来たとて問題はない、はずだが……。

 いかんせん、いつ来るかなど日にちや時間までわかるわけもない。

 

 歩いていると、ふとこの先はキラの部屋だということに気づく。“グロッキー状態”のフレイもいるので訪問するわけにはいかないが、声ぐらいかけておくか悩む。

 

 スルーが安定だと歩き出した直後───艦内に警報が張り響いた。

 

「なに?」

『総員、第一戦闘配備! 繰り返す! 総員、第一戦闘配備!』

『来ましたわね。ディンの5機や6機楽勝ですわぁ!』

 

 そのぐらいならば良いが、と思いつつ歩き出す。

 キラの部屋の前に辿りつくなり、丁度出てこようとドアを開けたキラと鉢合わせて少し驚くも、キラも驚いたようにロマの顔を見る。通り道であるからに仕方ないのだが……。

 なにか言おうとしたキラに、部屋の中から声がかかった。

 

「キラぁ、私も仕事……」

「フレイ寝られるなら寝ちゃった方が良いから……」

「っ、うん、ごめんね……頑張って」

 

 弱々しいフレイの言葉を聞くなり、キラは部屋を出る。

 

「あっ」

 

 そんな声に、キラとロマが同時にそちらを見れば、そこにはヘリオポリスでのキラの友人たち。サイに関してはとても複雑な状況であることを知っているからか、なんとも言えない表情を浮かべる。

 だが、その中で一番最初に口を開いたのは───サイだった。

 

「俺が言うことじゃないけどさ、キラ……頼むな」

「……うん」

 

 微笑を浮かべるサイに、キラは頷く。

 

 そしてロマはというと、サイの変化にもだがフレイについての方が驚いていた。体調が悪かろうに仕事に向かおうとしたこともそうだが、諸々と違う気がすると……。

 走り、去っていくサイたち、残されたキラがロマの方を向いた。

 

「行きましょうロマさん!」

「ああ……」

 

 頷いて、ロマも走り出す。

 

 

 

 目的地である格納庫に着くなり、ロマはプレディザスターへと駆けだす。

 キラは更衣室へと向かい、ハイータが既にジンへと乗り込もうとしているのが視界の端に見える。そしてさらに視界に映るのは───マードックとムウ、それと、カガリだ。

 そういえばそうだったと、忘れていた自分に顔をしかめたくもなる。

 

 前回はキャンセルできたが、今回はどうしたものか……。

 

「だからなんで機体を遊ばせておくんだよ! 私は乗れるぞ!」

「だからあんたはっ……!」

 

 カガリの言葉に、マードックが抵抗を見せる。

 ロマはそんな二人へと歩いていくが、カガリは背を向けていて気づいていないようだった。

 

「あ、大尉ぃ~!」

「大尉って……げっ」

 

 振り返って顔をしかめるカガリ。彼女も、ロマは止めるだろうとわかっていたのだろう。だからこそ早々に話に決着をつけようとしたのだが、そうもいかなかった。

 そもそもそうでなくとも、ロマにカガリが出撃すると報告が行かないわけがないのだ。

 

「カガリ、なにをしている。私は言ったはずだが?」

 

 自覚を持てとの話、だろう。オーブの、獅子の娘として……。

 

「あ、アークエンジェルが沈んだらみんな終わりだろ? なのに何もさせないでやられたら、化けて出るぞ!?」

 

 彼女が出なければ、彼女のスカイグラスパーが“ザフトの輸送機を落とさねば”、ある一つの出来事がなくなる。ザフトの輸送機を撃墜し、彼女も撃墜され、無人島に流れ着く。そこでザフト兵、アスラン・ザラと出会うことになるのだ。

 しかし、それでも……。

 

「やられないさ、私がやらせんよ」

「っ……」

 

 カガリを、目の前の少女を生死のわからぬ戦場に出せられるほど、ロマは覚悟が決まった男ではない。

 

「大人しくしていろ。キサカはどうした、まったく」

 

 ため息をつくロマに、カガリは歯痒そうな表情を見せるがその頭をポンポンと叩いて収めようとする。

 

「子供扱いするなっ!」

「なら聞き分けをもたんと、だろうさ」

 

 ロマの手を振り払って、顔をしかめるカガリ。マードックとしては今にも噛みつきそうな犬を見ている気分ではあったが、ロマはいつも通りであった。

 カガリがスカイグラスパーの方を見てから、再びロマに視線を向けるも、やはり首を横に振るわれる。それもそうだろう。

 

「私やムウ少佐、それにハイータとキラもいる。いざとなれば私がどうやったって守るさ、この船はな。もちろんキラも」

 

 純粋に、カガリはキラを心配しているのは理解していた。だからこそそう言ったのだが、やはりどこか不満そうなのでいまいちわからなくなるロマ。

 だがしかし、いつまでもそうしているわけにはいかないと、軽くカガリの肩に手を置く。マードックに視線を向ければ、後頭部を掻きながら頷いて他の機体の方へと向かう。

 二人きりになって、ロマは単刀直入、真っ直ぐに話す。

 

「君の仕事は戦場に出て戦うことではないだろう。誰かに守りを託すというのは今の内に慣れておくべきことではないか?」

「慣れるって……!」

 

 戸惑うカガリに余計な反論を考える隙も与えず、たたみかける。

 

「さらに言うと、スカイグラスパーを軍人でもない者に、いや君にいじらせるわけにはいかんよ。シミュレーターでさえ本来なら……」

「わ、わかったわかったから!」

「……なら良い。今すぐ大人になれとは言わんが、少しずつ大人になっていくべきではあるな」

「だから子供扱いするなって!」

 

 それっぽい言葉を口にして、カガリをたしなめるが、やはり不服そうではあった。仕方あるまいとそこは理解して、再び軽く頭を撫でる。

 手を振り払おうとするカガリだが、ロマはその前に手を下げて回避。さらに強く睨まれるが、ロマは軽く笑って踵を返し歩き出す。

 後ろに軽く手を振ってプレディザスターへと向かうロマを見て、カガリは不満そうに床を蹴る。

 

「なんなんだよ、保護者かっての……」

 

 深いため息をつくと、カガリは格納庫の出口に向かって足を進める。

 

 

 

 

 プレディザスターへと乗り込んだロマが、静かに息を吐く。

 それっぽいことを言っているだけで、実際にカガリの立場などよくわかっていないまま投げかけた言葉である。彼女の“無断出撃”を知っているからこそ、だ。

 原作で見たキャラクターではなく、今を共に生きる人間、だからこそ危険な目に合わせるわけにはいかない。なんてことはない一般的な思考、ではあるのだが……。

 

「キラたちを戦わせておいて、よくもまぁ言えたものだ」

 

 自嘲するように笑う。

 

『あら、珍しい顔をするんですのね。的を射たことを言っていましてよ?』

「あのような、説教とも言えんよ。ただの屁理屈さ」

『嫌われても文句は言えませんわね~』

「……そうだな」

『まぁ嫌われてないからこそ、あんな感じなんでしょうけど』

 

 チェシャのAIらしくもない言葉遣いに慣れたつもりではあったが、人の心の機微までも感じるのだから、流石に驚いた。それに嫌われていないからこそ、ということもだ。

 だが、アークエンジェルを落とさせないと約束はした。故に彼女も“無茶”を冒してまで戦うとは考えない。

 素早く機体のチェックを済まして、深く息を吐く。

 

 機体に、否。艦全体に振動。

 

「戦闘が始まったな……浮上したか?」

『そのようですわね。バリアントなんかも、バシバシ撃ちまくってますわ』

「なによりだ。さて、こちらもそろそろだな」

 

 そうしていると、突如サブモニターにキラが映る。

 

『ロマさん、僕はソードストライカーで海に降ります。前回みたいに……!』

「水中の戦力も増しているかもしれん……以前と比べてな」

 

 ―――あぶねぇ! 原作と比べてとか言うとこだった!

 

 なんとか違和感もない言葉にはなった。問題もないだろう。

 

『はい、危なそうなら上がるつもりです』

「そうしておいた方が良いな。我々は海には入れん」

 

 そう言うと、キラが深く頷く。

 通信が切れると、ストライクが海へと入ったことがアナウンスで知らされ、プレディザスターはリニアカタパルトへと運ばれていく。

 

 すると、再び通信、サブモニターにはハイータ。

 既にヘルメットは放り出しているし、ノーマルスーツは胸元を大きく開けていた。下着はつけていないのか胸の間がしっかりとロマの“童貞眼(チェリーアイズ)”に焼き付けられる。

 しかし冷静に、至って冷静にロマは対応しようと表情も態度も崩さない。そもそもそんなもの研究所の方で散々見ているはずなのだ。にも関わらず未だに動揺しそうな方がおかしいのである。

 

 なにはともあれ、サブモニターでニコニコしているハイータ。

 

「ん、どうした?」

『顔見たくなっちゃっただけですよぉ♪』

 

 ───かわいいかよ。

 

『たっくさん殺して帰ったらぁ、たっくさん褒めてくださいねェ!』

「……了解した」

 

 微笑を浮かべてそういうロマに、ハイータが瞳を輝かせる。

 

『約束ですからねッ♪』

「あぁ、また後で、だな」

 

 ―――俺が、お前に殺させるんだから、ある程度の責任はもつさ。

 

 プレディザスターがリニアカタパルトへと運ばれる。視界の先には光。

 

『そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでくださいまし、縁起が悪くってよ』

「わかっているさ。ちょっと迷っただけだ」

『貴方みたいな人間が迷うと死にましてよ?』

「理解しているから、迷うのさ」

 

 苦笑しつつも、グリップを握りしめ、フットペダルにかけた足に力を込める。

 全身の血が流れる速度が速くなるような妙な感覚、そして昂揚感。震えていた手は止まり、昂揚はしているにも関わらず、やけに冷静。戦闘になるといつもこうだ。

 今更違和感もないが、おかしなことだとは思う。

 

 だが、それでもそれはロマにとって───助かることではあるのだ。

 

『プレディザスター、どうぞ!』

「ロマ・カインハースト・バエル。プレディザスター……出撃する!」

 

 リニアカタパルトによりプレディザスターが、アークエンジェルから海上へと射出される。

 主翼を展開するなり、ロマは自身に集まる敵意を感じて即座に動き出す。フットペダルを踏み込み───加速。

 背後を通るのは“ディン”の攻撃。

 

『出待ちはマナー違反でしてよ!?』

「さて、私には良いハンデだ……!」

『大きく出ますのね!』

 

 戦いともなると気が大きくなるが、それもまた仕方のないことだ。

 海中ではキラが戦っているのだろう。空ではムウが飛んでおり、ハイータはアークエンジェルから射撃を行っている。だが、ディンの数は10機。

 母艦も一隻ではないだろう。ここで手をこまねいていてはしようがない。

 

『落ちろ、赤い悪魔ッ!』

「フッ、挑発とは……若いな!」

 

 実際のところ、敵兵がロマより年下であるパターンの方が低いが、そう思わせられるだけのことはあるのだろう。

 ディンからの散弾での攻撃を加速して回避、追加ブースターもなく無茶な機動はできないが、ビームを放ち一機を撃破。

 しかし、迫るミサイル。

 

「チェシャ!」

『迎撃ですわ!』

 

 プレディザスターが放ったミサイルがミサイルを迎撃するも、多方向から一斉に放たれたそれに対処しきれるはずもなく、さらに放たれたライフルがプレディザスターを被弾させる。

 衝撃に揺れるコックピット、ロマは顔をしかめつつ、ライフルを放ったディンに向けて機関砲を放つ。

 しかして、それが当たるでもない。

 

「機首の方にしか撃てなくてはな……!」

『どうしますの!? って、出撃ぃ!?』

「な、なんだとっ……!」

 

 モニターに映るスカイグラスパー二号機。

 

「カガリッ……えぇい、じゃじゃ馬娘め、なにをするッ!」

『どうしますの!?』

 

 彼女を守りながら戦えるかと聞かれて、今の状態では自信満々で頷くことはできない。

 だからこそ、ロマは操縦桿を握りしめてその瞳を細める。彼女の決意など知らないロマだが、それでも彼女は守らなくてはならないのだ。

 故に、プレディザスターは加速した。

 

「やるぞ、チェシャ……!」

『やるんですのね、あなた! 今、ここで……!』

 

 

 

 

 

 

 アズラエル財団研究所ではない連合の拠点にて、アズラエルが手に持っていた端末をテーブルに置いて溜息をついた。

 もたらされた情報は有益なものではあった。だが、今のアズラエルとしてはそれを知ったとしてもより必要な情報があるのだ。所詮パナマ基地が攻撃されるとかそんな話である。

 必要ではあったが、最重要ではない。彼女の最重要はもっと私情的であった。

 

 ちゃんと仕事はこなそうとも、思考の中には常に……。

 

「はぁ~」

 

 VIP用の部屋に、その溜息の声が響く。

 そしてそんな溜息を聞いた三人の少女が、顔をしかめた。

 

「溜息つかないでよ。こっちまで気が滅入るじゃん」

 

 近くにいたクロトが不満そうに言う。連合の制服すら着用せずにシャツ一枚とズボン、髪は珍しく後ろで束ねており、どこか印象が違う。

 まぁなにはともあれ、アズラエルはそんなクロトすら別に気に留めるわけでもなかった。

 

「……一応、アークエンジェルがアフリカを発ったという情報はきたんですが、それ以来すっかりですねぇ」

 

 しっかりとアークエンジェルに赤い悪魔が同行しており、共に右腕が赤いジンがいたとの情報もあった。とりあえず安心はしたものの、やはり紅海を通ってともなればザフトの追撃が気になるところである。

 カーペンタリアから直接、ではないもののあそこが本気で戦力を送れば潜水空母数隻が一気に襲い掛かってきかねない。そうなればプレディザスターでどの程度戦えるのか……。

 ジンは水中も空中もどうにもならないので、考えるまでもない。

 

「“フォビドゥン”の開発がもう少し早ければ、だったんですが」

「そんなこと言ってもしょうがないじゃん、私も行きたかったけど……」

 

 ソファに膝を抱えて座るシャニがむすっとしてそう言うと、アズラエルも頷く。だがそうはならなかったのだ。故にロマに頼るしかないのだが……心配は心配なのだが、どこか大丈夫だという妙な予感もあった。

 あのプレディザスターには“それなりの機能”も付いているし、“高性能特殊支援AIチェシャ”も積まれており、ハルバートンの言うようにストライクのパイロットが“特別(スペシャル)”なのだとしたら、PS装甲があれば“水中戦”ぐらいはできるはずなのだ。

 最悪、ハイータがストライクにでも乗ってくれても水中戦ぐらいはこなすだろう。

 

「ん~鯱、ですか」

「……シャチ?」

「ザフトのエースですよ。水中仕様のジンでブイブイ言わせてたそうです」

 

 そう言って苦笑するアズラエルに、三人娘が首を傾げる。

 

「……ぶいぶいって、なに?」

 

 アズラエルは答えない。何事も無かったかのような表情で続けた。

 

「まぁあの子が負けるとも思えませんが、プレディザスターのアレを使えば」

「バレちゃっていいの?」

「所詮は試作機ですよ。その機能を今後使う予定もありませんし、それでザフトのエースを撃破できるなら上々です」

 

 そう言いながら、端末を軽く叩いてとあるデータを開く。

 

「脱いだら凄いんですって、ね?」

「……おば、おねーさんのこと?」

「おねーさんおっぱいそれ以上大きくなんの!?」

 

 シャニの言葉に食いつくクロト、アズラエルがこめかみをピクピクとさせているのを見て、オルガは小説を顔に乗せて昼寝を決め込んだ。

 

 

 

 

 

 

 加速するプレディザスターが、攻撃を回避してディン数機の間を行く。

 そのウイングで切り裂かれぬように距離を取ったディンだったが、すぐにプレディザスターを追う。

 背後から放たれるライフルやらミサイルを回避していくプレディザスターのコックピット内で、ロマが深く息を吐いた。

 

 正面のモニターに表示される文字の羅列。それらすべてを理解できるはずも、する必要もない。

 

 故にロマは、左右の手元についている赤い大き目のボタンを、拳で叩く。

 

「ユー・ハブ・コントロール……!」

『アイ・ハブ・コントロールですわ!』

 

 プレディザスターの操作権がチェシャへと移る。

 

『装甲展開───』

 

 高速で飛行するプレディザスターの背部装甲に亀裂が走り、少しばかり開く。

 

『───パージ』

 

 その装甲が外れていく度に、背後へと高速で流れるプレディザスターの装甲。特殊合金の破片が背後のディン二機を襲い、損傷させ、傷つけていく。

 一際大きなパーツの直撃を受けたディンがそのまま海へと落下していくが、そのディンを気にかけたディンもまた、他のパーツが運悪く胸部へと突き刺さり海へと落ちる。

 

 背部装甲がすっかりなくなったプレディザスターのそこには───“モビルスーツ”。

 

『いつでもいけますわよ。私にお乗りになって存分に戦いやがりませ!』

 

「フッ、やってみるさ……!」

 

 軽量化されたプレディザスターの背部に“合体”していたモビルスーツはうつ伏せのままプレディザスターにしっかりと固定されていたのだが、その固定が外れると共に動き出す。

 背中側に折りたたまれた脚部の下腿に装備された“ビームライフル”は、先ほどまで撃っていたビーム砲の正体であろう。

 たたまれていた脚部が展開され、たたまれていた腕も展開、緩やかに速度を落としたプレディザスター……否、“飛行ユニット”の上に立つのは、ツインアイと後ろへと流れるようなV字アンテナを持つ“G兵器”だ。

 

 下腿についていたビームライフルを、鋭い爪を持つマニピュレーターで掴むと、そのまま腰横部分に移動させ、その全貌をザフトとムウとカガリを前に表す。

 

 スカイグラスパーのコックピットで、ムウは驚愕に目を見開く。

 

「な、なんなんだよあのモビルスーツ!」

 

 彼が狼狽えるのも当然であろう。

 そのモビルスーツには“まともに装甲がない”のだから……。

 

 装備されている装甲といえば、せいぜい胸部、肩、肘、腰、膝ぐらいのものだ。それ以外は黒いフレームがむき出し。

 数少ない装甲だけが赤銅色に鈍く輝く。

 

 コックピットの中、ロマが静かに息を吐いた。横向きにされていたコックピットが縦になる感覚に新鮮さを覚えたりもしたが、それも一瞬だ。

 素早くフットペダルを踏み込み、プレディザスターの背部と脚部のスラスターを点火。

 

 大空へと舞い上がる黒と赤の悪魔。その緑色のツインアイが輝く。

 

「まず一つ……!」

 

 空中でバーニアでバランスを制御しつつ、落下しつつも加速。

 

『悪魔めがぁ!』

「彗星と呼んでもらいたいところだがな……!」

 

 ディンに放たれるライフルを回避しながら、接近。引き絞った右手を突き出してディンの胸部を───貫く。

 

「良い機体だな……だが付け焼き刃にすぎん。早々に終わらせてもらおうかッ!」

 

 勢いよく引き抜くと、ディンのオイルをその身に浴びる。

 プレディザスターはディンを蹴って再び上昇。

 二機のディンが同時にミサイルを放つも、胸部左右に装備された機関砲と二挺のビームライフルを抜いて迎撃。

 

「チェシャ……!」

『───わかってましてよ!』

 

 飛行ユニットが、落下するプレディザスターを背に乗せて加速。ミサイルを撃ったディン二機がプレディザスターを追うが、プレディザスターは背後に向けてミサイルを放つ。

 迫るミサイルをライフルで迎撃するディン二機だが、一機が直撃を受けて爆散、もう一機がプレディザスターへと向くが、爆煙の中その姿は確認できない。

 

『どこだっ、どこだ……!』

「戦いとは常に二手三手先を読むものだ……!」

 

 爆煙の中からそのツインアイを輝かせ、現れるのは黒と赤のモビルスーツ。

 ディンがライフルと散弾銃を向けるが既に遅い、プレディザスターが右脚を振るい散弾銃を叩き落とすと、次に左足をディンの胴体に打ち込む。

 

 ただの蹴り───そんなわけもない。

 

「ただの打撃と思ってくれるな……!」

 

 その左足のつま先から鋭い“爪”が展開される。

 

「クローならばな……ッ!」

 

 爪がディンの胸部と腹部に突き刺さり、再び元に戻り収納された。ディンを蹴って跳ぶプレディザスターを、再び飛行ユニットが回収。

 ロマは素早い操作でビームライフルを両手に持つと、カガリの乗るスカイグラスパー二号機を追うディンを撃ち抜いた。

 

『狙いもバッチシでしてよ!』

「じゃじゃ馬娘にも困ったものだ……!」

 

 既に被弾しているスカイグラスパー二号機とすれ違うプレディザスター、そのコックピットでロマはカガリを視界に入れる。

 彼女もこちらを見ているのを感じつつ、ロマは素早く敵を視認。しかし、すぐさまムウのスカイグラスパーがそれを撃破してみせた。

 

「やるな、ムウ!」

『お茶の子さいさいってねぇ! たく、それよりも空母だ……あっちのお嬢ちゃんはどうする!?』

「さっさと帰したいとこだが、引き下がるような娘でもあるまいよ。私が下がらせる」

『いい兄貴分だねぇ』

 

 自分の立場で兄など、考えたくもないことだった。しかも強気な妹など以ての外だ。妙な“兄妹”を思い出してしまう。

 まぁあの“兄”ほど自身がなにかをできたり、やらかせるとも思えないが……。

 

 なにはともあれ、空母が一隻とも限らない現在、カガリを放置するわけにもいかない。

 残りのディンの数は2機だが、既に撤退を始めようとしている。

 

「ムウ、追撃はほどほどにな……!」

『えっ、なんで!?』

『奴さんの艦を出させなきゃだから、だろ……てか増援が出てきたりしてな』

 

 反論しようとするカガリだが、ムウの説明で納得してか黙った。

 

「頭を出せば私が潰すさ……それとカガリ、撤退しろ。無理を道理でこじ開けられはせんよ。そうするには君はまだ未熟」

『わ、わかってるよ……くそぉ』

 

 弱々しくつぶやいたカガリのスカイグラスパーが旋回して去っていく。

 それと共に、視界のディン二機が高度を落としていけば、海上に浮上するのは三隻の潜水空母。

 

 その瞬間、プレディザスターは───加速。

 

『おいおい、大丈夫かよ!』

 

 異常な速度で加速したプレディザスターの飛行ユニット。大量のミサイルを放ちつつ、ビームで着艦しようとしていたディンを貫き、誘爆させて空母を破壊する。

 横についていた二隻の潜水空母がハッチを開き、ディンを出撃させようとするも既に遅い。ムウのスカイグラスパーの装備していたアグニが一隻を沈め、もう一隻へとプレディザスターが、跳ぶ。

 

「逃げられはせんよ……ッ!」

 

 跳び上がったプレディザスターが出撃しようとウイングを展開したディンを蹴り倒し、そのままその胴体に爪を突き刺す。

 ビームライフルを持つなり、即座に真下へと数発を撃ちこんで、再び跳ぶ。

 空中にてプレディザスターを拾った飛行ユニット。

 

 それと共に、空母は爆発。三隻の空母が沈められた。

 

『やったぜぇ!』

「見事な手際だ。さすがだなエンデュミオンの鷹」

『おいおいよしてくれよ赤い悪魔さん……ていうかキラは!』

 

 カガリは戻った。故に今の心配はキラということだろう。

 ロマとしてはカガリも心配なのだが、今ここでよそに行くのもおかしな話だし、なによりキラは一人で海にいるのだ。そこが心配でないわけもない。

 だからこそ、今やるべきことをやる。

 

「アークエンジェルに戻らんとわからんな」

 

 そう言うなりプレディザスターはアークエンジェルへと加速していく。

 

 

 

 少しすれば、被弾し損害を受けながらも飛んでいるアークエンジェルを確認。

 カタパルトで手を振っているジン・アイズも視界に映る。

 フッ、と頬を綻ばしながらも、その様子にストライクも無事だということを理解し、静かに息を吐く。どうせ手を離そうと進路はチェシャが取るのだから別段問題もないだろう。

 気がかりもあるが、なにはともあれ緊張感から解放されたことにより一気に眠気が襲い掛かってくるも、無事に戻ってしっかりと話が一区切りつくまでは気を抜くわけにもいくまい。

 

 アークエンジェルが近づいてくる。

 

 ───そして、そこにはやはり、カガリの姿はないのだ。

 

 

 





難産でしたわ~!

ようやっとプレディザスター(MS)を出せた
まぁ出番はそんなにないんだけども

キラ側がどうだったかについての話は次回、本当に軽く話すだけですが

とりあえず原作通りカガリが消えて、なにも変えられない男ロマ
まぁ本番はもうちょっと先からなので多少はね?

では次回もお楽しみいただければと思います


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果てなき思考

 

 アークエンジェルの格納庫に、パンッと乾いた音が響く。

 

 赤くなった左頬を、左手で押さえるカガリ。驚いたような表情から、それが突然起こったことなのだと理解させる。

 目を開いて、自分の“頬を張った”相手に視線を向ければ、そこにはサングラスをかけた男───ロマ・K・バエル。

 

 彼は彼女の頬を張った右手を降ろしてから、サングラスの奥の瞳で彼女を見やる。

 

「っ」

 

 ビクッと震えるのは薄汚れたカガリ。

 

 それもまた、仕方のないことなのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 事の発端は一日前の戦闘後の話だ。

 スカイグラスパー二号機、カガリに撤退を命じたロマだったが、アークエンジェルに戻ってきてみればカガリは帰艦しておらず、挙句に信号はロスト。

 無線も通じず、戦闘空域を離脱してから行方が追えないそうだ。

 

 ロマとしては“原作通り”ことが進んだのかどうか、そこが気がかりではあった。別段起きなくても良いとも思ったが、こうなってしまったのならば“原作通り”進んでもらわなければならない。やはり多少の縁があった少女だからこそ……死んでほしくはないのは当然だ。

 あの少女の戦死。ただの“一般人的思考”の持ち主として、認めるわけにはいかない。

 

 故に、彼は機体を降りるなりすぐさま“木偶の坊”を拾って、ブリッジへと入ったのだ。

 振り返った面々が、それぞれ反応を見せるが、マリューは眉をひそめて申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「大尉、すみません。私達がしっかりと」

「いやラミアス大尉、君が悪いのではない。あのじゃじゃ馬娘に関してはお目付け役が悪い」

 

 そう言うと、共にブリッジに来た“キサカ”が顔をしかめる。なにも言えずに眉を顰めているのは、彼自身も自分の過失を理解しているからだろう。

 

「状況は?」

「ハッ! 現在私がMIA認定をするかどうかの相談を艦長に───」

「……早計だな。明日の昼頃まで捜索は続けよう」

 

 ナタルの言葉に反論するロマ。なにかを言おうとするナタルを、平手を出して制す。

 

「スカイグラスパーを一機、撃墜されたかの確認も無しに放置はできんさ、一応は重要機密だろう? それにザフトは我々の反撃で潜水空母まで落とされているし、早々に攻撃はできんよ」

「うっ、そう、ですね……」

 

 さすがに理に適っているので、彼女も反論はできない。一刻も早くアラスカに到着したい気持ちはロマとて理解しているのだが、彼女を今ここで放置するのは得策ではない。

 実際に目の前にしても、本来のルートを壊さぬ意味でも、だ。それに……。

 

 ───さすがにこれは、温厚な俺もブチギレ案件だぞガキ。

 

「ストライクは海中から、私も少ししたらプレディザスターで出る。日没までには戻るということで……よろしいか、艦長?」

「はい、助かります」

 

 マリューが軽く頭を下げると、ロマは片手を上げて踵を返す。

 疲労からか、艦長席に深く座り込むマリュー。それもそうだろう、此度の戦闘は色々と初のことも多かったし“知らないモビルスーツ”が帰ってくるし……。

 最初はかなり焦ったものだが、肩部の装甲についていた“エンブレム”でロマだとは理解したが……。

 

「本当に、何者なのかしら、あの人……」

 

 軽く振り返るが、既に当の本人はいなくなっていた。

 

 

 

 一方、格納庫ではキラ、ムウ、そしてハイータの三人が飲み物を片手に固まっていた。否、ハイータは自分の胸に乗せて飲んでいるが……。

 ムウが『すっげぇ』と零し、キラは顔を赤くして視界になるべくそれを入れないようにしている。

 ハイータはコンテナの上で胡坐をかいて不満そうな表情でズズズッ、と飲み物を飲みほした。

 

「ん~戻ってきませんねぇ」

 

 戦闘終了と同時にロマに突撃しようとしたハイータではあったが、さすがにピリピリした雰囲気を察してやめた。それぐらいの理性は残っている。

 テンションが上がっていようと中身はハイータなのだ。気遣いぐらいはできるのだ。

 

 カガリが行方不明と聞いたキラは、今にも飛びだしそうな勢いだったのだが、ハイータはしっかりとロマが戻ってくるまでと止めた。

 

「にしても、こっちも大変そうだったな。二人ともご苦労さん」

 

 ムウの言葉にハイータが軽く頷く。

 アークエンジェルはバレルロールまでして主砲<ゴットフリート>でグーンを撃破し、ハイータはジン・アイズの狙撃で数機を撃破。キラは隊長機であるゾノまで葬ったとのことだ。

 苦しい戦いだったのは違いない。

 

「いえ、ムウさんとロマさんも、潜水空母三隻もあったって……」

「まぁ奴さんが“あのモビルスーツ”でなんとかしてくれたよ」

 

 そう言って笑うムウの視線の先、キラもそのモビルスーツ、プレディザスターを見やる。そんな二人に気づいて、ハイータはストローを噛むのを止めて、口を開いた。

 

「あのモビルスーツが、本来のプレディザスターなんですよ」

「へぇ、じゃあ……いつものっていうか、下のは?」

「追加ユニットというか、大気圏突入ユニットの試作型的な……」

 

 ハイータが言い淀むのは、それ以上は機密事項だからである。

 

 プレディザスターの持つ飛行ユニットは、第2期GAT-Xシリーズの量産機である『レイダー』の専用オプションである<副翼>の試作型でもあった。

 だが当時<副翼>はともかく、機体自体が設計段階であったレイダーは開発できないからこそ、従来のモビルスーツに近いものを改良するだけで同時運用できるものを作ろうという計画から始まり、なぜかできあがったのがあれだ。

 完全に趣味に突っ走った技術畑の人間たちにアズラエルは頭を抱えたのが記憶にある。

 実際のところ、ロマはかなり乗りこなしてはいたが、並の人間に扱えるものでもないだろう。それに本来の<副翼>であればほぼ使い捨てで、あそこまで高コストのものにはできまい。

 

「……まぁ、私もロマ君に怒られたくないのでここまでで」

「あ~なるほどね。そういうの聞くとお前らがお偉いさん直属なんだなって実感するよ」

 

 苦笑するムウに、同じく苦笑で返すハイータ。

 薬の効き目が薄れてきたのかテンションは徐々に落ち着き、少しばかり赤い顔で胸の部分のファスナーを上げた。

 そこでようやくキラも安心してハイータの方を向けるようになる。

 

 キラが口を開こうとしたその瞬間、ハイータがバッ、とキラでもムウでもない方向を向く。

 

「ん、ロマ君だ」

 

 ハイータが向いた方向を向けば、ロマとキサカの二人が歩いてきていた。

 

 艦長たちへの話は済んだのだろうと三人が理解するものの、ハイータだけが彼がどことなく不機嫌なのを察していた。

 一応、彼はそういうものを隠すのが上手い方ではあるのだが、おそらくアズラエルや三人娘なんかにも呆気なく看破されることだろう。

 ともあれ、ロマは三人の前で止まる。

 

「艦長からの許可は下りた。キラ、疲れているところすまないが……」

「はい、やります! 僕は大丈夫ですから!」

 

 サングラスの奥のロマの瞳をしっかりと見やり言うキラに、ロマは口元を綻ばせその肩に軽く手を乗せた。

 

「頼んだ。私もプレディザスターと飛行ユニットで空から調べる。ここらは無人島も多い、救難信号が出てても電波状況は悪いし、なにがなんでも二時間後には一度帰投だ。いいな?」

「……なんの手がかりが、なくってもですか?」

「ないということは無事ということさ、緊急用の食糧なども積んである」

 

 それが無事かどうかはともかくとして、だ。

 

「キラ、いいな? お前が倒れては我々も苦しい」

「……はい」

 

 渋々ながら、キラは頷いた。

 軽く視線を動かせばムウが自分を指さして出るかどうか、と言った表情をするが彼は待機ということを伝えるために首を横に振る。頷いて、ムウは更衣室へと歩き出した。

 そして次はハイータだが、昂揚している様子もなくロマは少し安心する。

 

「ロマくん、私もカガリちゃん、探さないとですよね」

「いや、ハイータも待機だ。私とキラが出る以上は即座に対応できる戦力は残しておきたい」

 

 それほど遠くに行くわけでなくとも、だ。

 ハイータが少しばかり不安そうにしているのは“カガリの正体を知っているから”か、それとも“年頃の少女が放り出されているから”か……。

 どちらにしろ、ロマとしても無視できる状況ではない。探す以上は“ザフトと一緒にいようと”構わず連れ帰る算段ではある。

 

「さて、いくぞキラ、体調に異変があればハイータと交代しろ」

「やります!」

「……いい返事だ」

 

 軽くキラの頭を撫でると、ロマは格納庫に立つプレディザスターへと向かう。

 そんなロマの背中を、キサカは黙って見送った。

 

 

 

 

 

 

 ムルタ・アズラエルは連合基地の一室で見ていた資料に眉を顰めた。

 そしてそれを横目で確認するなり、三人娘も少し気になっている様子でありながらも興味なさげなふりをして目を逸らす。

 

 アズラエルがどこかへと通話をしているが、十中八九基地内の人間だろう。

 今回、こちらに来たのはアズラエルと三人娘だけではない。彼女お抱えの技術スタッフ数名も共に来ていて、おそらくそちらであるということは三人娘も即座に理解した。

 すぐに通信が繋がったのか、アズラエルが口を開く。

 

「設計図は確認しましたが、なんですかあれ……当初のものと少しばかり変更があるとは聞きましたが、誰が乗るんですあれ」

『そりゃぁ我らが悪魔様ですよ。“こんな素晴らしいもの”大尉ぐらいしか乗りこなせませんって、チェシャセットで』

 

 女性スタッフの声が聞こえる。アズラエルがどこぞの基地から引っ張ってきた技術者。

 結果、本来作る予定であった“ディザスター”とは全く別の、モビルスーツと飛行ユニットの融合機である“プレディザスター”などと言う変態機体が完成したわけだった。

 故に、アズラエルは今度はしっかりと確認して許可を出そうとしたつもりであったのだが、当初出された設計図から変更点があるということで、再び確認すれば“それ”である。

 

 うちの技術者はロマをモルモットかなにかだと思ってるのだろうか、と頭が痛くなってくるのだが、それでもそれを乗りなんとかするのが“彼女のロマ”なのである。

 アズラエルは深いため息をつきつつ、頷いた。

 

「これ一旦止めてください。例の次期高級量産機の試作機の方に集中して頂いて」

『え~! ようやくおもしろくなってきたのにっすか!?』

「ともかく! 彼が帰ってきてから彼と相談してください。いいですね?」

 

 盟主の言葉に、これ以上はまずいなと判断した技術スタッフは素直に頷く。

 それにおそらくロマの方が“説得”しやすいと判断した上である。

 

『それじゃ“ウィンダム”の方に取り掛かるっす!』

「はい、お願いしますね」

 

 それだけ言うと、通信を切るアズラエルだが、すぐに大きなため息をつく。

 

「おば、おねーさん、ため息ばっかついてると幸せが逃げますよぉ?」

「余計なお世話です」

 

 寝転がりながらゲームするクロトの言葉に、そう返してから再び溜息をついた。

 このままでは幸せが逃げていく一方である。このままでは、小さな幸せから大きな幸せまで逃げかねない。そう思ったシャニが、呟く。

 

「お姉さん、このままじゃ結婚できなくなっちゃうよ」

「う゛っ……」

 

 シャニの何気ない一言がアズラエルにクリティカルヒットした。

 さすがに一番大人であるオルガはマズイと思いつつも、止められなかったので関わらないことにする。三十歳の初心なキャリアウーマンに対して決して言ってはいけないことがある。それはその一つと言っても過言ではないと、オルガは確信した。

 テーブルに顔を突っ伏してアズラエルがなにか呟いている。

 

「私だって、母さんからもプレッシャーが凄いですし、お見合いとかどうたら言われて……そもそも私が優秀すぎるから男どもだって……」

 

 ぶつぶつと言葉を零すアズラエル。

 クロトもさすがにあの発言はまずかったのだろうと察し、オルガは相変わらず我関せず。時には撤退も必要なのである。

 原因といえるシャニはというと、きょとんとした表情でアズラエルを見やり呟く。

 

「壊れちゃった?」

「壊しちゃった、だろ」

 

 思わずツッコミを入れてから、オルガはバツの悪そうな表情をして再び本に視線を戻した。

 彼が帰ってきた時、おそらくろくでもない展開になるのは目に見えている。

 とりあえず自分ぐらいは多少は優しくしてやろうと思いつつ、再び“読んでいて胸焼けするほどのジュブナイル小説”に視線を落とした。

 

 

 

 

 

 

 結局、二時間の捜索でも手がかり一つ見つからず日の出を待つこととなったアークエンジェル。

 

 翌朝の早朝からの捜索の甲斐もあって、無人島にてカガリをあっさりと発見、救出。

 スカイグラスパー二号機もほぼ無事であり、ストライクはカガリごとそれを回収。格納庫へと戻ってきた。

 膝をついたストライクがスカイグラスパーをおろし、ハンガーへと向かっていく。

 

 そしてスカイグラスパー二号機から、金髪の少女が降りた。

 どこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、周囲に視線を送るものの、一点でその視線が止まった。

 

 その視線の先には一人の男。そして、そんな男の隣から“カガリ”を見ていたムウが、表情をひきつらせつつ言う。

 

「ひとまずこれで安心……ではないけど、ほどほどにな?」

 

 隣に立っていた“ロマ”が歩きだし、その隣のハイータはロマについていく。

 歩き出したロマの方をじっと見ているカガリ、キサカも駆けよる。

 

 カガリの前で止まったロマ、ハイータ、そしてキサカ。

 

「えっと、その、機体壊してごめ───」

 

 乾いた音が響く。

 

「えっ……」

 

 カガリの戸惑うような声、熱を持った左頬を左手で押さえ、右平手を振るった“ロマ”を見やる。

 キサカは何を言うでもないし、ハイータは一瞬だけびくっとしたがすぐに納得したようで、特になにも発言しないまま立っていた。

 ストライクから降りたキラも驚いた表情でロマを見ている。

 

「機体を壊したこともそうだが、そうではないな。わかっているだろうに」

 

 そう言うロマに、カガリは少しばかり縮こまっているように見えた。

 

「文句は言えんぞカガリ・ユラ……!」

「……っ」

 

 左頬を押さえたまま、目を泳がせながらも頷くカガリ。

 帰ってきたばかりなのだから説教は後で、等と言うものは存在しないし、言わせはしない。それだけの雰囲気はあった。

 だからこそ、キラもムウもハイータも、黙って成り行きを見守るのみなのである。

 

「お前が一般人だから? 軍属ではないから? 勝手にスカイグラスパーを持ち出したから? そうではない、確かに“建前上”はそれで怒ってはいるが、マリューが、ムウが、キラが、ハイータが、どれだけ心配したと思う」

 

 それらは感情的な言葉である。

 カガリは恐らく、キラやこの艦の者たちを守りたいのだと、ロマは察した。いや、ロマでなくても、キサカとて理解していることだ。しかし、これとそれは話が別なのだ。

 ロマにとっては彼女とて現状にありては“守る対象”である。

 

 それに……。

 

「理解しよう。お前の気持ちは……だが、気持ちだけで一体なにができる……!」

 

 勢いよく、カガリの胸倉を掴む。小声で、呟くように言う。

 

「それにお前は、気持ちだけで動いて良い立場ではないだろうに……!」

「うっ……」

「お前にとってはそれでいいと思った行動かもしれんが、もう少し立場をわきまえろ。それがいずれ……自らを殺すぞ」

 

 そう言うと、手を離す。

 変わらず左手で左頬を押さえているカガリを見つつ、ロマは踵を返して去っていけば、カガリとキサカはなんともいえない表情で、彼の背を見送る。

 残されたカガリに、ハイータが軽く駆けて近づく。

 

「その、ロマ君も、心配してたんですよ」

「えっ……」

 

 意外、という表情を浮かべるカガリだったが、すぐに考えなおす。彼は別段人でなしではないし、冷たい人間でもない。それを知っている。

 

 あの砂漠で、言い争った言葉を何度も考え直して、そうだろうと理解したつもりだ。

 砂漠の虎だって、キラに撃たせることもできただろうに自らが撃った。

 

「……その、私はっ」

「わかってますよ。ロマ君も言ってたじゃないですか、気持ちは理解できるって……ただその、ロマ君の言うとおりですね」

「っ……わかってるんだ。けどっ」

「けどもなにもありませんよ、死んだら……終わりなんですから」

 

 その言葉に、カガリは顔を悔しそうにしかめる。

 ハイータはロマのようにカガリの頭を軽く撫でるが、振り払われるでもなく……少しして手を降ろすと、気恥ずかしかったのか少しばかり赤い顔でロマを追って去っていく。

 キラもムウも、キサカすらもかける言葉を見つけられず、黙ったままキサカはカガリを“艦長室”へと誘導するのだった。

 

 

 

 一方のロマはといえば、自室で項垂れていた。

 感情的な説教だったと思う。理には適っているようには見えたが、やはり“皆に心配をかけた怒り”からの説教である。無人島で見つかったという話を聞いたときは嬉しく思ったのも事実ではあるが、やはりすぐに怒りの方が来ていた。

 だからこそ、そのまま説教を垂れてしまったことを悔やんでいるのだ。

 

 ―――いやでも、説教、誰かがしないとだよなぁ。

 

 実際に“原作”では誰かが説教でもしたのかもしれないが、その様子は見られない記憶がある。

 だからこそ、というわけではないが……結果的には良かったのだろうと納得しようとして、再び自己嫌悪。ロマはメンタル的には弱い部類に入る男だ。

 故に、余計なことを考える。

 

 だが突然、扉が開く音に思考を中断された。

 

「ロマ君」

「ハイータ……」

 

 どちらも“鍵をかけてない”ことや“勝手に入ること”についてなにも思わないあたり、関係性は並ではないのだろう。

 無論、アズラエルや三人娘にも言えたことではあるが……。

 

「なんだか、落ち込んでます?」

「らしくもない説教をしてしまったんだ。後悔もするだろうさ」

 

 サングラスを外し胸ポケットに入れると、静かに息を吐く。

 

「間違ったことは言ってませんでしたよ。それにたぶんこの艦でしっかりとカガリちゃんをああやって叱ってあげられるのって、ロマ君しかいないでしょう?」

「……」

「大丈夫ですよ。みんなわかってますから」

 

 ハイータがロマの前に立つと、その後頭部へと手を回し、そっと自らも近づきロマの頭も近づけ、その胸にロマの頭を抱く。

 ナイーブだかセンチメンタルだからか、ロマも別段“キョドる”わけでもなく、腕をハイータの腰へと回す。

 

「ハイータは優しいからな」

「ロマ君ほどじゃ、ありませんけど、ね」

 

 そう言って笑うハイータの胸で、目を閉じるロマ。

 

「それに優しいっていうか、ずるいかも……」

「ずるい、か?」

「あ~っと、えへへ、なんでもないですよぉ」

 

 ギュッと抱かれる手の力が強くなり、ロマの顔半分がその胸に埋もれる。

 

「しかしまぁ、私は阿漕なことをしているな。これでは道化だよ……」

「ロマ君がどんなに今の自分が嫌でも、私はロマ君についていくだけですよ。たとえどんな道でも」

 

 その言葉に、ロマは少しばかり胸の中にしこりを覚えた。それは罪悪感からか、それとも……。

 

「……いいのか?」

「ロマ君が、私を傍に置いてくれるなら……」

「いてくれなければ困るよ、ハイータ」

 

 疲れたような声音に、少しばかり可笑しそうに、それでいて憂うように笑う。

 

「無理にお父さんを演じるから疲れるんですよ。ロマ君が大人なのはわかってますけど、そういう無理するタイプではないでしょう?」

 

 そんな言葉に、ロマは顔をフッ、と口元を緩めた。

 ロマも“当初”は大人を演じていたのだが、すっかりそれが素になっている自分もいる。故に、それ自体に不満も疲労もないのだが、それとこれとは話が別だ。今回のことのように“叱る役”など、無理してやるのはまた別なのである。

 

「叱る役をやるのは辛いな……君のような支えがいる」

 

 一瞬、ハイータが止まったことに違和感を覚えるロマが顔を離して何かを言おうとしたが、それより早くハイータがロマを強く抱きしめた。

 完全に顔が埋まり呼吸困難になるが、“顔が茹蛸の如く真っ赤に染まったハイータ”には、それを気にするような余裕はない。

 

「なっ、なんでそういう歯の浮くような台詞を平然と言えるんですかっ!?」

 

 だが答えは返ってこない返ってくるはずがない。ロマは現在酸素欠乏により帰らぬ人となりかねないのだから。

 

 ともあれ、薄れ行く意識、温かで柔らかな感覚、先ほどの悩みを抱える余裕などどこにもなく……。

 

 

 

 

 

 

「言葉が走りましたよ!」

 

 連合基地にて、アズラエルがふと言った。

 クロト、オルガ、シャニの三人は『はぁ? 何言ってんだコイツ』的な表情をするので、アズラエルは目を細めた。その扱い、普通に考えてブルーコスモス盟主にするものではない。

 私室でなければ、他の兵士たちの顔が真っ青になることだろう。

 

「……なぁんか、嫌な予感がしたんですよねぇ」

 

 年甲斐もなく───ではなく、柄にもなく可愛らしく頬を膨らませて言うアズラエル。

 

「絶対、あの子が原因ですね」

 

 そう言われてみればと、三人娘もが顔をしかめた。

 

 

 

 “女の勘”というのもバカにできたものでもない……らしい。

 

 

 





まぁ繋ぎ回といったところです
一応大事な話でもあるんですが……真面目な話をギャグで濁してしまうのは悪い癖
とりまちょっとパロったりなんだり

次回はなんやかんや、ここまできたか感

では次回もお楽しみいただければと思います


PS
アンケート閉め切りますーぅ
そうだね。女の子だね


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RIVER

 

 あれから数週間後、ボロボロのアークエンジェルが海上を行く。

 

 射出されるのはスカイグラスパー。

 甲板に着地しているのはストライクとジン・アイズ。

 

 開かれたハッチ、カタパルト上には黒いフレーム、赤銅色の装甲を持つプレディザスター。

 飛行ユニットに搭乗した状態でそのツインアイを輝かせた。

 

 その機体に搭乗するロマは、変わらずノーマルスーツすら着用していないままであり、鋭い眼をしたままグリップを握りしめ、フットレバーに足をかける。

 あれから二度目の戦闘、前回は“機体には”損傷もなくザフトを退けたものの、今回はそうもいかないだろう。それに結局アークエンジェルは損傷しているのだ。

 

 敵機にはグゥルに乗った4機のG兵器とその他量産機まで確認されているし、これはどうしたものかと頭を悩ませるロマ。

 だがしかし、今はやれることなど限られているのだ。

 

 ロマが少しばかり視線を上げれば、サブモニターに映るのはフレイ・アルスター。

 

『カタパルト接続。システム、オールグリーン。プレディザスター、どうぞ!』

 

「プレディザスター、ロマ・K・バエル……出るぞ!」

 

 リニアカタパルトから青空の元に射出されたプレディザスター。

 陽の光がその赤銅色の装甲を鈍く輝かせる。

 

 飛行ユニットに乗ったプレディザスターのコックピットにて、メインモニターでロマは未だ小さい黒点である敵機を確認した。

 

「すぐに攻撃が仕掛けられるぞ……“あと少し”なんだ。なんとかするしかあるまいよ!」

 

 アラスカ(JOSH-A)までは、まだしばらくあるもののロマはそう呟く。その言葉が意味するところを誰も知るまい。

 

 敵もアークエンジェルの向かっている先がわかっているからこそ、アラスカ(JOSH-A)に近づけたくはないのだろう。だがロマにとっては目的地は“そこではない”のだ。

 しかし、今回攻撃をしかけてきたG兵器四機はアラスカに到達する前に撃沈しようと躍起になっている。何度も撃ち逃した大天使、苛烈な攻撃をしかけてくるのは間違いないのだが……。

 

 ロマは危機を察知し、素早く飛行ユニットを加速させる。

 

『っぶねぇですわね!?』

 

 先ほどまでいた場所を奔る高火力ビームは、バスターのものだ。

 

「ムウ、キラとハイータと共にAAに行くだろうGを頼む……!」

 

 ランチャーストライカーを装備したスカイグラスパーに近づき、ムウに声をかける。

 

『お前一人であれかよ、ディンが四機……Gが全部こっちに来るとは限らねぇぞ?』

「結構だ。なんとかしてみせるよ……でなければさっさと片付けてこっちを頼む」

『……考えとくよ』

「ありがとう」

 

 それだけ言って、飛行ユニットを加速させた。

 

「ユー・ハブ・コントロール」

『アイ・ハブ・コントロール……ですわ!』

 

 キラとハイータの通信は聞こえないロマだが、二人がきっと何か言っているであろうことはわかる。

 進行方向の四機のGが射撃攻撃をするが、ロマとしてはそれで良い。であればパワーダウンを狙うだけなのだ。

 だが、バスターとデュエルのミサイル、ブリッツとイージスのビームライフルを飛行ユニットから飛び上がって回避するプレディザスターのコックピットで、ロマは顔をしかめた。

 

「避けにくくなっている。練度が上がっているか……!」

 

 デュエルがレールガンことシヴァとビームライフルを放つも、プレディザスターは飛行ユニットから落下することで回避。バスターが狙いをすますが、飛行ユニットがミサイルをばら撒きながらプレディザスターを回収し、バスターが放ったビームを回避して見せた。

 

 プレディザスターのコックピットで、ロマは顔をしかめながらも笑みを浮かべた。

 

「おもしろい。歯ごたえがあるな……恐ろしいよ」

『んなこと言ってる場合ですの!? Gが全部攻撃してくるなんて想定外でしてよ!』

「いや、すぐに……!」

 

 イージスとデュエルがプレディザスターの攻撃を抜けてアークエンジェルへと向かう。

 ロマと相対するのはブリッツとバスターの二機であり、イージスとデュエルに対応するのはストライクとジン・アイズになるだろう。

 

 G二機であればキラとハイータに迎撃できない道理はない。どちらかと言えば自身の方が危ないだろうと、ロマは苦笑を浮かべた。

 ブリッツが左腕のロケットアンカー<グレイプニール>を放つも、飛行ユニットから飛び上がって回避したプレディザスターが、左手に持ったビームライフルでブリッツの乗るグゥルを狙い撃つ。

 

「負けてはやれんよ……!」

 

 だが、それが当たるわけもなくブリッツは回避、バスターがミサイルを放つも飛行ユニットが放ったミサイルと機関砲がそれらを迎撃。さらに残ったミサイルがバスターとブリッツを襲うも、後退しながらそれらを迎撃。

 だが隙はできたと、プレディザスターは空中で加速。ビームライフルを腰にマウントし、迎撃されたミサイルの爆煙、その中へと突っ込む。

 

『2on2でしたら、負けるわけはありませんわねあなた!』

「当然だ。差は歴然というわけさ、しかも……大したコンビネーションができていない部隊なのではな!」

 

 爆煙の中、敵意を頼りにプレディザスターが飛ぶ。機動性はエールストライクには劣るが、他のG四機を十分に凌駕するだけはある機体だ。ロマの戦闘スタイルに合わせて作られたので当然と言えば当然ではあるが……。

 

「そこか……私にも敵が見える!」

『貴方どうなってますの!?』

 

 それを機に、チェシャの声は届かなくなる。理由はと言えば、彼女がバスターとディンを引き付けて離れているからだろう。

 それとは別に、ディンが数機周囲にいるのがわかるが、ロマとしては別段問題もない。どうせ───援護攻撃できるような距離で戦うつもりもない。

 

 爆煙の中に放たれるビームライフルを回避しつつ、プレディザスターはその爆煙を抜ける手前で、右脚を振るう。その先に“なにがいる”かわかっているかのように、だ。

 その先、爆煙を抜ければそこにはブリッツ。

 しかして、やはり赤服。“ただのザフト兵”であれば対応できずにプレディザスターの餌食になるものの、ブリッツは攻盾システム「トリケロス」にて、ビームサーベルを展開してみせた。

 

「青いな……!」

 

 縦に振るわれるビームサーベルを右方向に逸れて回避するプレディザスター。

 振るわれた<トリケロス>、プレディザスターのコックピットのロマの瞳に、メインモニターに映るのはトリケロスの内側……弱い部分が確かに晒されていた。

 故に、ロマは素早く操縦桿を引きフットレバーを踏みしめる。

 

「やってしまえばできるものだな……!」

 

 プレディザスターの左脚部のクローが、トリケロスごとブリッツの右腕を挟み込む。プレディザスターは左腕でブリッツの右肩を掴み、ブリッツの胴体に右膝の装甲部分を膝蹴りで打ち込む。

 いくらPS装甲があろうと、その衝撃は計り知れない。コックピットの中で脳がシェイクされるような感覚、知らないわけではないロマだからこそ、その攻撃を選択した。

 

 そして、右脚を一度引いてから、再び打ち込む。

 

 だがもう一撃を打ち込む直前に、ブリッツは左腕を動かす。

 

「さすがに耐G能力も違うものか……しかし、甘いな!」

 

 ロマは素早く脚部クローを収納すると、バーニアを吹かし機体を後ろに倒れるように操作。放たれたグレイプニールがプレディザスターの胸部前方を通るも、ロマは眉を顰めることもなく、赤と青の瞳でそれを確認。

 

「だがやはり、赤服は手強いか……!」

 

 撃破するチャンスが無かったかと言えば嘘になるが、それに対応してこないとも言い切れない。そもそもする気もないのだから、試すこともできないのだが……。

 バルトフェルドはやらせられなかった。故に今度こそ“キラにやらせなくてはならない”のだ。故に、今ここで墜とすわけにもいかないからこそ……。

 

「“落ちろ”!」

 

 斜め向きだったプレディザスターが、一気に起き上がる。離れたはずの敵機が即座に眼前に迫る……それは十分に恐怖だろう。故に───反応が一瞬ばかり遅れる。

 だが“赤い悪魔(ロマ)”を相手に、その一瞬は命取り。

 

 そのまま、プレディザスターは脚部クローを展開してグゥルを刺し貫くと、即座にブリッツを蹴り飛ばして離脱。海に真っ逆さまに落ちていくブリッツとは反対に飛び上がるプレディザスター。

 爆散するグゥルの勢いを利用して、加速。

 

「不運だったな!」

 

 近場にいたディンの一機に蹴りを打ち込み、クローを展開。コックピットを貫かれその活動を停止するディンを、蹴り飛ばしてさらに近くにいたディンへと接近。

 散弾が向けられるが、放たれるより早くその銃口の先から回避───ディンから見れば消えたようにすら見えるのだろう。

 

 いつの間にやらディンの懐に飛び込んでいたプレディザスターのコックピットの中で、ロマは顔をしかめた。やはり無理な機動に体が追いつかないのだろう。

 だがそれでも、やめられはしない。やめるわけにもいかない。

 

「ぐぅ……!」

 

 腕を振るえば、マニピュレーターの先端にある鋭い爪がディンのコックピットを貫く。他の機体に狙われるより早く、その脚でディンを蹴って上昇。

 既に自身を狙うディンはいないことを確認し、加速。

 

 チェシャを狙うバスターとディン二機へと近づけば、聞きなれた金切り声が聞こえる。

 

『ぎゃぁぁぁっ!? さっさと援護しなさいな!』

「ずいぶんと賑やかだな……!」

『言ってる場合ですの!?』

 

 赤い悪魔が近づいてきたことに気づけば、ディン二機がロマの方へと向く。だが遅い。二挺のビームライフルを引き抜いたプレディザスターが放った二発のビームでディンを一機落とす。

 もう一機がミサイルを放ちながらライフルを撃つが、プレディザスターは右手に握ったビームライフルをディンの方へと投げ、ミサイルに当てて爆散させた。

 

 再び爆煙が巻き起こるも、先ほどの一連の流れを見ていたのであろうディンはそこから離脱。

 

「しかし……そこかッ!」

 

 放たれたビームライフルが、離脱するディンの頭部とバックパックを貫く。

 

「酸素が無くなる前に見つけてもらうのだな……!」

 

 爆煙から出てきたプレディザスターは落ちかけているディンを踏み台に、上昇。飛行手段を失ったディンはそのまま海へと落下していく。

 

 飛行ユニットは大量のミサイルを放ってバスターを牽制するが、バスターも散弾を使いそれらを迎撃していた。

 それを逃すロマでもない。バスターへの接近を図るが、バスターは振り向くと同時に散弾を放つ。

 

「チィ!」

 

 理解はしていつつも、舌打ちをしながら回避。チェシャがそんなプレディザスターを拾う。

 

『助かりましてよ! 命拾いしましたわぁ、あ~! 脳が痛ぇですわ!』

「がなるな。私の内臓に響く」

『まぁたやりやがりましたの!?』

「そんなことより、だ」

 

 そんなロマの視界にはバスターはもちろんだが、その先の海、アークエンジェルの行く先に“艦隊”が確かに映っていた。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルへの追撃をロマが凌いでいる一方で、ハイータはキラとムウと共にイージスとデュエルを相手に迎撃攻撃をしていた。

 さすがに赤服、突拍子もない攻撃がないアークエンジェルの艦砲如きではダメージすら与えられない。

 スカイグラスパーのガンランチャーも、少しばかり二機を遠ざけるのが関の山といったところだ。

 

 そんな中、ジン・アイズはビームライフルを右手に、ストライクの持つシールドの予備を左手にブリッジ近くに立っている。

 

「あんの“死体漁り(グゥル)”、うちにも一台欲しいんですけどぉ!?」

 

 グゥルを狙えと言われてもそれができれば苦労もしない。故に苦戦している。

 

 そしてこの海の領海線上にはオーブ艦隊が配置されており、既に侵入すれば撃つとまで言われていた。ブリッジではあの“跳ね返り娘(カガリ)”がなにかを騒いでいるらしいが、ハイータからすればそれもそうだろうと、思わないでもない。自身の国なのだ……だがしかし、いくらテンションが高かろうとハイータはハイータである。

 

「カガリちゃん黙らせなさいよぉ!」

 

 彼女のためだ。とてもじゃないが“ザフトにも聞こえる”ように言わせるわけにもいかない。

 

『行政府へ繋げ!』

『カガリ! いかん!』

『なっ、なんで止めるんだよっ!』

 

 今度は、しっかりとキサカがカガリを止めたようでコックピットの中でハイータは頷く。

 

 もしもここで“カガリ・ユラ・アスハ”等と名乗ろうものなら、非常に厄介なことになっただろう。そもそもこの状況下で信じられるとも思えないし、信じられたとしても表向きに入ることもできまい。

 だからこそ、意味はあっても反動が大きすぎるそんな行為をさせるわけにいかない……ともあれば、別の方法でオーブにこの艦を落とすわけにはいかないと、“遠回しに思わせる必要”がある。

 

「答えは知ってるんですよねぇ! これがぁ!」

 

 ジン・アイズがスラスターを使い飛び上がり、頭部からのビームを放つ。デュエルがそれをシールドで凌ぎ反撃とばかりにミサイルを放ってくるも、それらをビームライフルで撃ち落とす。

 イージスが旋回し、エンジン部分を狙ってスキュラを撃つ。

 

「なっ、やりましたか! この汚物共ッ!」

 

 下品に叫びながらも状況を確認。エンジンへの直撃、爆発と共に黒煙を上げながらアークエンジェルが激しく揺れた。ミリアリアたちの悲鳴が聞こえる。

 

『1番2番エンジン被弾! 48から55ブロックまで隔壁閉鎖!』

『推力が落ちます! 高度、維持できません!』

 

 アークエンジェルのブリッジ前方へと着地するジン・アイズ。コックピットでハイータが叫ぶ。

 

「私のロマくんはまだですかぁっ!?」

 

 ブリッジを狙いビームライフルを構えるデュエルに───蹴りを浴びせるのはプレディザスター。

 

「私のロマくぅん♪」

『ええい、こうも押されていては……!』

 

 その衝撃により後ろへと下がるデュエルだが、グゥルから落ちるでもなく少しばかり後退。

 飛行ユニットがプレディザスターを拾うと、そのままプレディザスターはアークエンジェルの前を旋回。

 

 まるで今一度、自らが誰なのかを見せつけるように、だ。

 

 そして、攻撃しようとするデュエルとイージスを牽制する。さらに遅れてバスターが現れるも、ストライクが放ったビームライフルにより牽制され、上手く攻撃できないでいるようだった。 

 しかし、それで状況が良くなったわけでもない。

 

『構わん、そのまま“領海内”に落ちろ……!』

『大尉!?』

 

 ロマからの通信に、マリューが困惑したような声を出す。他の面々もそのようだった。

 

『この私を落とすような度胸、オーブにはあるまいよ。キサカ、いいな?』

 

 その声に、ブリッジでカガリを押さえていたキサカに問う。

 

『ああ、第二護衛艦群の砲手は優秀だ。上手くやる……!』

 

 アークエンジェルは黒煙を上げながら、オーブの領域内へと落ちていく。

 

『警告に従わない貴官等に対し、我が国は是より自衛権を行使するものとする』

 

「ロマくん、よかったんですか?」

「これ以上はあるまいよ……!」

 

 そして、アークエンジェルにオーブから歓迎の祝砲が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 オーブ領内、オノゴロ島。

 酷く気遣いの行き届いた砲撃を受けたアークエンジェルは、ザフトが撤退したことが確認されるなりオーブ艦隊の案内を受けその島のドックへと入港しようとしていた。

 物々しい雰囲気のブリッジ、既にことが済んだからか大人しくしているカガリ、そしてその隣にはキサカ、さらに扉が開き、ロマが入ってくる。

 

「さて、なんとかなったようではあるな」

 

 その一言に、マリューとナタルは頷く。キサカを見れば、彼もまた頷いた。そしてカガリは……。

 

「なぜ睨む」

「だって、私の名前出した方が良かっただろ絶対……あんたがキサカに言ったって聞いた。オーブ領海付近で戦闘になれば私が“でしゃばる”から押さえとけって」

「事実だったろう?」

 

 実際にそうであったのだが、カガリにとってはそういう話でもないのだ。

 

「私の名前出した方がスムーズ、じゃなかったんだろ。あんたがそう言うんだから」

「そういうことさ、あの場で君の名前を出すとザフトにも聞かれるからな。地球の艦にオーブの姫が乗っていて、その口利きでオーブに入るのは色々と問題が起こる。君の父上にも、君自身にもな」

 

 そう言うロマに、頷くカガリ。

 

「納得したか?」

「ん、その……ありがとう。色々と、考えてくれて」

「良い子だ」

 

 その頭を軽く撫でるが、すぐに振り払われた。

 

「ガキ扱いすんなっ!」

「子供だろうに……」

 

 少し眉を顰めて言うロマに、キサカが苦笑を浮かべる。そこでハッとするなり、表情を引き締めた。

 

「君にもしっかりと名乗っておこう。オーブ陸軍、第21特殊空挺部隊、レドニル・キサカ一佐だ」

「一佐なのだから、もう少し使える護衛になることだな」

「言葉もないな」

 

 顔をしかめるキサカに、カガリもバツが悪くなったのか顔をしかめた。

 別段、そこまで気にさせるつもりもなく軽口を言ったのだが、とロマはロマでバツが悪くなり、咳払いと共にブリッジからドック内を見やれば、整備士などが立ち並んでいる。

 アークエンジェルの解析でもするのだろう。

 

「さて、問題は……ここからだな、艦長」

「……その、大尉の力でなんとかなりません?」

 

 困ったように言うマリューに、ロマは思わず笑みを零した。

 

「君、ムウに似てきたな」

「えっ」

 

 本気と書いてマジで、マリューはショックを受けた。

 

「なにはともあれ警戒態勢は解いていいだろう。仕事が続くのは“我々だけ”で充分だ」

 

 

 

 

 

 

 結果として、入港したアークエンジェルから、クルーが降りることは許可されるわけもなかった。

 だが、数名が艦から降りることができた。もちろん、これからの話をするためなわけで、マリュー、ロマ、ムウ、ナタルの四人はウズミとの会談の場へと赴く。

 長いテーブル、四人が横並びに座り、向かいにはオーブの獅子───ウズミ・ナラ・アスハ。

 

 カガリの父であり、オーブで最も力を持つ男。

 

 そして彼の視線は現在、ロマに向けられている。

 

「……なにか?」

「いや、ブルーコスモス盟主の懐刀。気にならない人間の方がいまいて」

「仰る通りでしょう」

 

 その赤と青の瞳を細め、そう答えるロマに、ウズミは特別な反応をするわけでもなく頷いた。

 

「御承知の通り、我がオーブは中立だ。公式には貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱したということになっておる」

「助けて下さったのは、まさか、お嬢様が乗っていたから、ではないですよね?」

 

 ムウの問いに、ウズミを首を横に振る。

 

「それを知ったのも先ほどだ。そういうわけもない……それに知っていたからと言って、国の命運と甘ったれたバカ娘一人の命、秤に掛けるとお思いか?」

「失礼、致しました」

 

 そんな謝罪に、片手を上げて構わないと意を示す。

 

「そうであったなら、いっそ分かりやすくて良いがな。ヘリオポリスの件、巻き込まれ、志願兵となったというこの国の子供達。聞き及ぶ戦場でのXナンバーの活躍……人命のみ救い、あの船とモビルスーツは、このまま沈めてしまった方が良いのではないかと大分迷った。今でも、これで良かったものなのか分からん」

 

 だが、そうする以外に選択肢は無かったのだ。その選択を取れない理由は、ロマ・カインハースト・バエルその人にある。

 ブルーコスモス盟主の懐刀、大西洋連合上層部から“露骨に疎まれているアークエンジェル”と違い、ロマは盟主のお気に入りであり、彼への扱いによりオーブの状況は変化を求められるだろう。

 だからこそ、ここであえて助けるという選択をした。なによりその案を出したのが、連合と結託し、モビルスーツ開発に手を出していた“サハク家”というのも気になるところではあるが、結局なにがあろうとこの選択を取らざるを得なかっただろう。

 良いか悪いかは、ともかくとしてだ。

 

「申し訳ありません。ヘリオポリスや子供達のこと、私などが申し上げる言葉ではありませんが、一個人としては、本当に申し訳なく思っております」

「よい……あれはこちらにも非のあることだ。“国の内部の問題”でもあるのでな。我等が中立を保つのは、ナチュラル、コーディネイター、どちらも敵としたくないからだ。力無くば、その意志を押し通すことも出来ず、だからといって力を持てば、それもまた狙われる。軍人である君等には、要らぬ話だろうがな」

「ウズミ様のお言葉も分かります。ですが、我々は……」

 

 マリューが言い淀む。

 ロマとしては、わからぬ理屈ではあった。散々戦ったからこその自論。力無くできることなど、何一つなく、オーブの理念はともかくとして、彼自身、力無くして今の自分は無い故に……。

 

「ともあれ、こちらも貴艦を沈めなかった最大の訳をお話せねばならん。ストライクの、これまでの戦闘データと、パイロットであるコーディネイター、キラ・ヤマトの、モルゲンレーテへの技術協力を我が国は希望している」

 

 その言葉に、マリューとナタルが驚愕に表情を歪めた。

 

 ―――やはりな、食えん男だよ。ウズミ・ナラ・アスハ……。

 

 あの突然の状況からこうすることまでを、即座に判断。そしてアークエンジェルのこれ以上の航行ができないこともしっかりと確認し、保護し、そして目の前のそれをチラつかせる。

 ロマがいようがいまいが、どちらにしろこの提案を跳ね退けるだけの余裕は、アークエンジェルにはない。

 

 これは所謂───。

 

「叶えば、こちらもかなりの便宜を、貴艦に図れることとなろう」

 

「ウズミ様、それがどのような意味か、おわかりで?」

「わかっているとも、ロマ・K・バエル大尉」

 

 ───決定事項、なのだ。

 

 

 

 アークエンジェルへと戻り、オーブの監視も無くなりようやく肩の力を抜くマリューたち。

 しかしてロマは、ほぼ普段通りだった。ウズミ・ナラ・アスハとの邂逅はやはり緊張するものではあったが、“偉い人間”と会うというのは別段珍しいものでもない故に。

 

 カガリとキサカは既に艦を降りたようで、状況も落ち着いたのか廊下には誰もいない。そんな人気のない廊下を歩いていると、ナタルが立ち止まった。

 

「私は反対です。この国は危険だ!」

 

 その言葉に、マリューとムウ、そしてロマまでもが立ち止まる。言いたいことはわかるし、わかっているのだ、当然。

 感情に理屈を添えて出しても、現実というのは変わらない。

 

「私も同感だがな。この場でNOと応えてアラスカまでたどり着けるか?」

「だよなぁ、泳いでいくってわけにもいかないし……」

 

 肩を竦めるムウに、ナタルは眉を顰めた。

 

「そう言うことを言っているのではありません。修理に関しては代価をと……」

「落ち着けナタル。君の言っていることがわからないマリューやムウではないさ、だから代案を思考して、それでも見つからないから困っている。君だけが色々と考えているわけではないよ」

 

 ロマの窘めるような言葉に、ナタルは少しばかり落ち込むような雰囲気を見せる。怒ったつもりもないので、ロマは少しばかり困りもするが、言う必要があったことだ。

 ため息を飲みこんで、マリューが口を開く。

 

「何も言わなかったけど、ザフトからの圧力も、もう当然あるはずよ。それでも庇ってくれている理由は……分かるでしょ?」

「……はい」

 

 既に決定事項なのだ。それ以外に選択肢はないのだから……だからこそオーブは、アークエンジェルを手厚く保護している。それを頭では理解しているからこそ、ナタルは素直に頷いた。

 ロマはというと、軽くその背を叩く。

 

「私もできる限りはなんとかするさ」

「……というより、大尉はよろしいのですか? その、我々もですが、大尉の方がマズイのでは……ブルーコスモス直々に、と捉えられかねない選択ですよ? そうなったら大尉の責任は我々の比では……」

 

 顎に手を当てて、ロマは少し思考する。

 

「さて、アズラエル理事が素直に私を売り渡すとは思えんからな、もしかしたらこの一連の出来事が丸々無くなる可能性すらあるさ、そうなれば君たちも問題なかろう」

 

 そんな言葉に、マリューとナタルは驚愕するように目を見開くが、ロマはあくまで可能性、と答えた。

 

「ホント良い上司だねぇ」

「確定ではないと言っているだろう。しかしまぁ、大西洋連邦の独断では私を裁けんよ」

 

 大西洋連邦へのブルーコスモスの影響からして、だろう。それらもあくまで可能性の話ではあるが……。

 ナタルが、杞憂を感じているような表情を浮かべた。

 

「……ヤマト少尉には、負担をかけますね」

「意外だねぇ。中尉殿からそんな言葉が出るとは」

「わ、私だって、思うところぐらいはあります……!」

 

 ムウが茶化すと、ナタルが言い返す。マリューはというとほほ笑みながらそんなやり取りを見つつ、ロマに視線を向けた。

 やはり、自分たちとは立場が違うからこその責任もあるだろうに、とは思う。それを次いで言葉にするのが野暮なことも理解してるが……。

 

 歩き出すマリューとムウとナタル。遅れてロマも歩きだす。

 

 ───オーブ、か……。

 

 来るところまで来た、と言ったところだろう。

 

 ───“賽は投げられた(ルビコン川を渡る)”か……後戻りなんて、できねぇぞ。

 

 

 

 流れる川が如く、未来はその方向と様相を変化させていく。

 

 

 





まずお気に入り10000突破、ありがとうございます
まさかこんなにも多くの人に読んでもらえる作品になるとは思いませんでした
これからも、ご期待に添えるかどうかはともかくとして書いていくので、よろしくお願いします



と言った傍から、結構難産でした
最近は忙しくて書く時間も減っちゃってどうにもです

とりあえずオーブ、ここからまたじわじわと変化があったりなかったり
三馬鹿娘とアズにゃんはお休み、次回は出番多めかも?

では次回もお楽しみいただければと思います


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平和の国で

 

 時刻は早朝、朝焼けの中、霧が立ち込めるオノゴロ島を“二機”のモビルスーツが行く。

 

 前を走る車両を追って歩く二機のモビルスーツ、ストライクとプレディザスター。もちろんストライクを操縦しているのはキラで、プレディザスターにはロマ。

 

 先のウズミからの要求を呑むしかないアークエンジェルは、ストライクとキラ・ヤマトをモルゲンレーテ工場へと派遣することを決めた。ただしそれでも、“保護者同伴”で、という条件をつけてだ。

 交渉した本人、ロマとしては最初にハードルの高い要求をして、そこから少しハードルを下げた要求を通す予定だった。

 

 ―――アンカリング効果ってんだっけか。

 

 つまり、現時点でロマ本人が出向くつもりはほぼなかった。それは後々に、の予定ではあり、当初は保護者としてハイータを同行させるつもりだったのだが、思ったより簡単に通ってしまい、ロマはキラと共にモルゲンレーテの工場へと足を踏み入れる。

 ゲートをくぐり、巨大なエレベーターに乗せられて、二機は地下へと連れられていく。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……それとも、獅子か?」

『ちょっとかっこいいこと言うじゃありませんの』

「やめろ」

 

 チェシャの声が聞こえる。

 彼女は本来、プレディザスターに搭載されているのだから当然なのだが……飛行ユニットをパージした時には、ほとんどのデータをあちらに移行しているので、チェシャがこちらにいるのは戻ってきたと言って良い。

 エレベーターが止まると、目の前のゲートが開く。

 

「ストライクと一緒、だな」

『どういうことですの?』

「里帰りなのさ、父と母の実家があるようにな……」

 

 連合とオーブによりつくられたXナンバー、それをありありと感じるロマ。

 結局はザフトがそのほとんどを奪って行ったわけではあるが……。

 

『ところでわたくしをわざわざ戻して連れてきた理由はなんですの?』

「本来なら“コレ”から離すことを想定して設計されていない。不安要素は廃したいとは思わんか?」

 

 軽く後ろに指を向けて言うロマ。

 

『あら! 心配してくださってますのぉ~? かぁいいとこありますのね~』

「それにここでは存分にこき使わせてもらう予定だ」

『前言撤回ですわ!』

 

 叫ぶチェシャに、微笑するロマ。

 

『なに笑ろてんですの!?』

「いや……まぁしかし、頼む。この機体の情報、戦闘データや機体構造などはともかく“深い部分”までは知られるわけにはいかんからな」

『別に良いと思いましてよ?』

「良くは無いさ、金がかかっている」

 

 そう言えば、少しばかりの沈黙。

 

『……まぁ、そうですわね~。ある程度はロックかけときますわよ。まぁあちらも無理矢理データを引き抜くなんて真似をする気はないとは思いますけど』

「そうだが、な」

 

 ただでさえ“ロマを敵に回すかもしれない”という賭けに打って出ているのだ。それ以上をする気がウズミ・ナラ・アスハにあるとも思えない。

 あくまでロマをブルーコスモス盟主の懐刀と正しい意味で理解していれば、の話ではあるが……。

 

 とはいえ、ロマ自身は今回の件については相変わらず“識っている”ので、それほどの心配はしていなかった。

 

『ん、どうやらあちらは降りるようですわね』

「私も降りるとする……では頼んだ。勝手に弄られることは、ないとは思うが」

『了解ですわ』

 

 ハッチを開き、ロマは空気の違いを感じる。明確にオーブにやって来たのだと視覚、嗅覚で理解した。

 下に降りれば、ストライクから降りたキラが速足で近づいてくるのが見える。やはりアウェーな空間での心細さ故だろう。フレイもいなければ学友たちもいない。頼れるのはロマのみ。

 

 そんなキラには、ロマは相変わらずいつも通りのように見える。見えるだけだが……。

 

 ―――さすがに知ってる顔はねぇよなぁ。

 

 余計なことを考えつつ、サングラスの奥の瞳を右へ左へ、だ。

 

「ロマさん、ここって……」

「ここなら“ストライクは”完璧な修理が出来るわよ。いわば、お母さんの実家みたいなもんだから」

 

 キラが質問をしようたした矢先に、女性の声が聞こえてくる。キラとロマがそちらを向けば、そこには明るい茶色の髪をもった女性。

 

「オーブの技術主任か……ご存知の通り、ロマ・K・バエル大尉だ」

「あ、キラ・ヤマト少尉ですっ」

「これは御丁寧に……エリカ・シモンズ技術主任です。あの赤い悪魔と呼ばれるバエル大尉とお会いできるとは思いませんでした」

 

 スッと差し出された手を、ロマは握り返す。

 

「……意外と、普通なんですね」

「単刀直入、ですね。言われ慣れてはいますが」

「あっ、ごめんなさいっ」

 

 本当に漏れ出てしまった言葉だったのだろう、エリカは少しばかり焦った表情で言うが、ロマは微笑を浮かべて片手を上げた。

 問題ない、と意を示す。

 

「いや、もっと砕けた言葉でかまいませんよ……私の方が歳も下です」

「えっと、そう……かしら?」

 

 そう聞くエリカに頷くロマ。

 キラとしてはその内心を知ることもなく、尊敬するような表情で『大人だなぁ』とか思っているが、その実ロマはドキマギとしている。そりゃもちろん目の前の美人人妻にだ。

 ロマはいつだって女に弱いのである。もちろん前世の頃から。

 

「それじゃ、こっち……二人には見てもらいたいものがあるの」

「行こうか、キラ」

「あ、はい!」

 

 エリカの後を追って歩く二人。それほどの距離があるわけでもなく、すぐに“ソレ”が視界に入り込む。

 

「……モビルスーツか」

「ガンダム?」

 

 そのハンガーに立っているのは、モビルスーツが数機。

 V字アンテナにツインアイ、Xナンバーの特徴と一致するから、だからこそキラは無意識にその名を口にした。

 だがロマは識っている。かの機体はガンダムではない。

 

「どう?」

「これが中立国オーブという国の本当の姿だ」

「あ、カガリ……」

 

 そこに立っていたのは、カガリ・ユラ・アスハ。いつもと変わらぬ見慣れた格好ではあるが、どこか小奇麗だ。

 当然ではあるが、獅子の怒りに触れたようで、その頬は赤くなっている。

 

「……これはM1アストレイ。モルゲンレーテ社製のオーブ軍の機体よ」

「これを、オーブはどうするつもりなんですか?」

 

 キラの質問も尤もなものだ。

 中立国オーブの保有するモビルスーツ……その意味を分からぬ者たちでもないだろう。

 

「これはオーブの守りだ。お前も知っているだろ?オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして、他国の争いに介入しない。その意志を貫く為の力さ」

 

 必要なものだとは思う。ロマとて、この戦時下でそれを貫くことの“愚かさと賢明さ”を理解できないわけではない。

 

「オーブはそういう国だ。いや、そういう国のはずだった。父上が裏切るまではな」

「……ほぉ」

 

 それでもロマは識っている。ウズミ・ナラ・アスハとヘリオポリスの事情を……オーブが一枚岩ではないことを、そして自らが主と繋がっている者がいることを……。

 

「あ~ら、ま~だ仰ってるんですか、そうではないと何度も申し上げたでしょ? ヘリオポリスが地球軍のモビルスーツ開発に手を貸してたなんてこと、ウズミ様は御存知───」

「───黙れ! そんな言い訳通ると思うのか! 国の最高責任者が、知らなかったと言ったところでそれも罪だ!」

 

 怒りに叫ぶカガリに、エリカは肩を竦めて呆れたように言う。

 

「だから、責任はお取りになったじゃありませんか」

「職を叔父上に譲ったところで、常にああだこうだと口を出して、結局何も変わってないじゃないかっ」

「仕方ありません。ウズミ様は、今のオーブには必要な方なんですから」

「あんな卑怯者のどこが!」

 

 仕方がないと、ロマは軽く一歩前に出る。二人の視界の端でロマが動いたせいか、少しばかり沈黙が生まれ、そこですかさずロマは口を開いた。

 

「……いいのか、私の前でオーブの内情を明かして」

「うっ」

 

 言い淀むカガリ、大人しく口を噤むが、どこか不満そうではあった。

 エリカは深いため息をついて、ロマとキラに視線を戻す。

 

「さ、こんなおバカさんは放っといて、来て!」

 

 この国の姫とは言え、ずいぶん気安い人間ではあるようだった。嫌われてはいないし、トップになれば一部の人間は確かに付いてくるのではあろうが、それでも子供だからだろう。

 どうせ“オーブが戦火に巻き込まれるにしろしないにしろ”、彼女は子供のままではいられなくなるのだ。ロマはどこか遠い場所を見るような目をして、乾いた微笑を零した。

 

 

 

 エリカ・シモンズに案内され、キラとロマ、ついでにカガリが移動したのは地下に用意された管制室。

 その窓の向こうには広い空間があり、そこに三機のM1アストレイが立っていた。なにをするのかと思うキラだが、これももちろん識っている。故に、腕を組んでただ見るのみ。

 

 エリカが、マイクにて指示を出す。

 

「アサギ、マユラ、ジュリ……やって」

『はーい!』

 

 気の抜けるような少女たちの声が聞こえた。

 もちろん、内心でロマは興奮を抑えきれないのだが、端から見ればなんでも見通したような眼で冷静に立つのみ。

 

『あっ、カガリさま!』

『あらホント』

『なに、帰ってきたの?』

「わるかったなぁ」

 

 マユラ、ジュリ、アサギからの言葉に、カガリは不満そうな表情を浮かべる。

 やはり気安すぎるのも問題かもしれんと、ロマは思考した。

 

「はじめて!」

『はい!』

 

 エリカの宣言があるなり、ゆっくりと動き出すM1アストレイが、武術の型のようなものを見せるのだが……。

 

 ―――遅い。遅すぎる……知ってたけどこんなに遅いか。

 

 ゆっくり、ゆったりとした動きをみせるM1アストレイに、ロマはため息をつきたくもなる。

 なまじコーディネイター用のOSでも機体を動かせる人間故に、それを理解できないのだろうとロマは自分自身を判断してみるが、それでもあんまりである。機体を動作させるためのOSがまともでない。

 故に、ウズミ・ナラ・アスハはキラを呼び寄せた……彼が並のコーディネイターが動かせるOSを作れるかどうかとして、だ。

 

「相変わらずだな」

「でも、倍以上も早くなったんです」

 

 カガリの不満に、エリカは困ったように返す。

 ロマは心の中でエリカに同意する。彼自身、そちらの方はからっきし故に、ナチュラルに動かせるOSを作るということの苦労はわからないが、それでもプレディザスターのコーディネイター用のOSをロマのために調整するという作業ですらも、ブルーコスモスの多数のコーディネイターやハイータが関わっている。

 並の労力ではないだろう。

 

「けどこれじゃぁ、あっという間にやられるぞ。何の役にも立ちゃしない、ただの的じゃないか」

 

 カガリの声に、アサギ・マユラ・ジュリから不満の声が上がる。

 

『あ、ひどーい!』

「ホントのことだろーが!」

『人の苦労も知らないでっ!』

「敵だって知っちゃくれないさ!」

『乗れもしないくせに!』

「なんだとぉ!? じゃあ代わってみろ!」

 

 少女四人の言い争いに、ため息をつくエリカ。

 仕方あるまいと、ロマはカガリの頭に手を置く。

 

「カガリ、明け透けにモノを言うのが正しいわけではないぞ……上が下の士気を下げてどうする」

「こ、子供扱いするなって!」

 

 腕が払い落とされるも、ロマは別に気にした様子もない。

 

「子供でないなら余計に、だろう?」

「うっ……す、すまない」

『怒られた~!』

 

 アサギの言葉に、ロマはため息を吐きたくもなる。

 

 ―――煽ってどうする。

 

「ぐっ、お前らぁ!」

「はいはいはい、止め止め止め!」

 

 エリカがそこで止めに入る。ロマは内心ありがたいと、一安心。

 

「でも、カガリ様の言うことは事実よ。だから、私達はあれをもっと強くしたいの……貴方のストライクや、大尉の機体の様にね」

「えっ!?」

 

 驚愕するキラだが、それもそうだろう。ストライクのように強くしたい。そんな風に言われても本人は困るというものだ。ただ必死にやっていただけ、なのだから……。

 それにストライク、プレディザスターにしてもパイロットの良し悪しがあるが……まぁ突っ込むところではないだろう。

 

「技術協力をお願いしたいのは、あれのサポートシステムのOS開発よ」

「ああ……なるほど」

 

 キラはようやくそこで納得した。自身を呼んだ理由を……。

 

「ロマさんは、わかってたんですか?」

「わかるさ、キラとストライクを呼ぶ理由などMSの解析やらだが、オーブには必要ないだろうしな」

「へぇ」

「さすがですね。大尉」

 

 関心するようなキラとエリカに、カガリは不思議そうな表情を浮かべた。

 

「良いのかよ、オーブが強くなって」

「構わんさ。敵にならんのであれば……地球をザフトの好きにはさせられんからな」

 

 嘘ではある。連合にとっても完全に良いことではない。

 だが、今後のためにこれは必要なのだとロマは断言できる。できうる限り“悲劇”は避けたいが、避けられなかった時には、オーブがそれなりに戦えなくてはならない理由がある。

 少なからず、その悲劇に“自分たちが関わる”気はないが……。

 

 管制室を出るエリカに続いて、歩き出すキラとロマとカガリ。ふと、ロマは口を開く。

 

「私がこれらを知って良かったかの方が気になるところだが」

「ウズミ様としては構わないんでしょうね。許可したぐらいですもの」

 

 オーブが強くなっていると知られても構わないと、そういうことなのだろう。

 それかやはり、ムルタ・アズラエルにロマが、“オーブに情報提供した”など、言えないと思われているかだ。ロマ個人としては後者を押したいところである。

 だが、どちらにしろ全て無意味なことではあるのだ。

 

「なるほど」

「それじゃあキラ・ヤマトくん、あとはうちのスタッフに案内をしてもらって……大尉もお付きになるんでしょう?」

 

 エレベーターの前でボタンを押して立ち止まったエリカ。来るまでには少々時間を要しそうだ。

 四人してそこで待つことになるのだが、ロマはただ静かに、エリカの方を向く。彼女もそれに気づいたのかロマの方を向いた。すると、ロマがフッ、と口元に笑みを浮かべて口を開いた。

 

「いや、私は“エリカ・シモンズと個人的に話”をしたいところだが」

 

 サングラスを外しながらそう言うロマに、空気が固まる。

 

 ―――……カッコつけすぎたか?

 

「そ、そのっ……た、大尉? わ、私はその……ふ、父子もいますしっ」

「な、何考えてんだこのタコ! お前、もっと立場ってのを考えてっ」

「いや、私は……」

 

 赤い顔であたふたとするエリカに、真横から滑り込んできてグイッとロマの腕を掴むカガリ。

 

「エリカには旦那も子供もいるんだぞっ!」

「いや、それは私には関係ないが」

 

 そうである。純粋に“話”が必要なロマにとってはまるで関係がない。

 だがいかんせん、周りはそうは思わない。確実に“落としにくる男”の語り方だった故に、そのような事態になっているのだ。そもそも内密な話をするのであればそこまで意味深にしてどうするとも思うが、普段から何事も意味深に語る男なのだから、癖になっていても仕方ないことである。

 カガリは顔も怒りで顔が真っ赤だ。それもそうだろう……理由はわからないが、一々自分の世話を焼く目の前の男が突然、女を口説きだしたのだから。

 

「な、なに言ってんだ!」

「た、大尉、その……こ、困ります……こ、こんなおばさん相手にっ……」

 

 ―――え、なにが?

 

 

 

 結果、誤解は無事にとけた。カガリは顔を別の意味で真っ赤にして、エリカは両手で顔を覆って壁の方を向いて、キラは困ったような顔で笑う。そんな中で、ロマだけが意味を理解しないままであった。

 なにはともあれ、キラはスタッフに連れられ、カガリはそのままキラに付いていき、ロマはエリカと共に、彼女の部屋へとやってきている。

 ちなみにチェシャと繋がっているインカムはキラにつけさせた。彼女から積極的に話かけることはないだろうけれど、なにか問題があれば“警告”は送るだろう。

 

 ソファに座すロマ、テーブルを挟んで向かいにはエリカ。

 

「その、大尉……話とは?」

 

 少しばかりそわそわしている様子なのは、やはり“先の件”の疑いが完全に払しょくされていない故だろう。

 

「いや、折り入って君にしかできない話さ」

 

 少しばかり声音が真剣だったせいか、エリカは深く呼吸した。なにがきても大丈夫なようにだ……いやしかし、なにもないのである。

 確かにロマのストライクゾーンだったとしても、彼は“人妻を口説いてはいけない”ぐらいの道徳心はある。

 

 そして、ロマはそれを言葉にした。

 

「サハク家に、繋いでほしい」

「えっ」

「正確にはその伝手を使って……私の上司に、だがな」

 

 そう言うロマの赤と青の瞳に、エリカは全てを見透かされていることを悟った。

 

 

 

 

 

 

 アズラエルにとってはなんてことない日だったのだ───そう、だったのだ。

 

 今日も今日とて“愛しの悪魔”は音沙汰無しではあるが……便りが無いのは良い便り、とも言う。ロマの情報もハイータの情報もほとんど無いということで、あまり心配はしていない。カーペンタリアからガンガンに敵輸送機やらが出撃しているという情報もあったし、むしろ暴れている証拠ということで良しとしていたのだが……。

 

 まさか“オーブから”彼についての報せが届くとは思わなかった。

 

 どういう経緯かの報告は無かったが、まさか件の大天使ごとお世話になっているとは盲点である。しかし、盲点という意味では“オーブの獅子”も、すべて知られているとは思うまい。

 彼女は今更“大天使”をどうこうしようなどとは思っていないし、オーブの協力者との関係もあるし今すぐオーブに対してなにかを、とは思っていないものの……少しばかり思うところがないでもない。

 まぁ全ては、彼が帰ってきた後、の話になるだろう。

 

「ということで!」

 

 アズラエルはクロト、オルガ、シャニの部屋にて、ソファに座って脚を組んだまま、その顔に不敵な笑みを浮かべる。

 彼女らは、アズラエルがいることをなんとも思っていないのか、テーブルを挟んで向かいのソファで横になってゲームをしているクロト、ヘッドフォンを首に下げて音楽を聞いているシャニ、カウンター式キッチンにて料理をしているオルガ。

 

「まぁとりあえず座りなさい」

「ん、オルガ~」

「ちょっと待て」

 

 つけていたエプロンを外して、歩いてくるオルガ。

 強化人間、ブーステッドマンたる彼女らがなんて健全なのだろうと、アズラエルは少し複雑な心境であった。彼女らの本分は戦うことにあるのだ。

 生きる楽しみなど見つけるべきではない。と合理的な理性は訴えかけてくる。あくまで理性は……。

 

「はい、とりあえず君たち……見つかりました。彼とハイータ」

 

 アズラエルが手を叩いてそう言うと、ワンテンポ置いてから三人がそれぞれ反応を見せる。

 

「え、どこなんですか!?」

「行く? 迎えにさ……」

「たく、心配かけやがって……」

 

 前のめりになるクロト、シャニは冷静に質問を投げかけ、オルガはそっぽを向いて呟く。

 

「……で、これからについて話しましょうか」

 

 そう言って、アズラエルは頷く。

 感情では、自らがしたいことではある。だが、それらは彼女らがするべき仕事であり、でなければ彼女らの存在理由すら奪う行為で……。

 今ここで、感情で動くわけにはいかない。それは自分の仕事ではないのだ。

 

 故に、アズラエルは三人娘に、此度の任務を与える。

 

 ―――寂しい思い、してるかもしれませんしね。

 

 

 

 

 

 

 アズラエルがそんなことを思っている一方、ロマは……。

 

「む、こんなものか?」

「大尉すごーい!」

「フッ、造作もないことだよ」

「さっすが赤い悪魔!」

「ホント凄い……」

 

 オーブ三人娘、アサギ・マユラ・ジュリに囲まれて、心の中で鼻の下を伸ばしていた。

 

 シミュレーターから降りて胸ポケットにいれていたサングラスをかけ直すと、表示されるスコアを確認。ぶっちぎりの一位だが、それもそうである。モルゲンレーテの関係者しかやっていないものだし、なによりも、シミュレーターは“やり慣れている”のだ。

 

「だがしかし、私がこれに触って良かったのか?」

「良いんですよ。ほら、大尉の腕を直で見た方がためになりますし!」

「……なるものか?」

「絶対ならない」

 

 ジュリが冷静にツッコミを入れるなり、アサギとマユラが彼女をジトっと見る。

 

 実際のところ、ロマの操縦のなにが役に立つのか……。先ほどのシミュレーションも“予定通り完成したM1アストレイ”を使ってのものだったが、あまりにも無茶な操縦であるし、度々、シミュレーションの反応は遅れていたものだ。

 機体特性自体が、ロマのスタイルと相性がよろしくないのも事実だ。

 故に、それほど凄いことはできてなどいない。

 

「いずれ、M1が完成した暁には訓練ぐらいは付き合うさ」

「大尉、約束ですよ~?」

「ああ、しかしまぁ……」

 

 

 

 ―――それまで、連合とオーブが仲良ければ、の話だけどな。

 

 

 





オーブにて、でしたね
地味に暗躍っぽいことしてたりします
ロマがあっさり入場許可が出てビビってましたが特になにもなく……

危うくエリカ・シモンズと薄い本が始まるところでしたわ~!

プレディザスター関係については次回辺りですね
ちなみにシミュレーターを使ってデーターを取られてますがまるで役に立たないのは間違いない

まぁ繋ぎみたいな回が続きますが……次回はしっかり話が動く、はず

では、次回もお楽しみいただければと思います


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二人だけの……

 

 あれから一日経った夕方頃、モルゲンレーテの工場。

 

 そこにやってきているのはキラ、ムウ、ロマ、ハイータの四人はもちろん、整備士たちもだ。昨日とは違い、それぞれ仕事をこなしているわけなのだが……。

 ハイータは無論その程度の知識はあるようで、ムウも並み以上ぐらいにはできるようだ。

 

 しかし、ロマはそうではない。

 せいぜいが士官学校や現場で多少齧った程度の知識しかなく、それ以上はない。故に現状、まるで役に立たない。

 ただそれっぽい雰囲気のまま立って時たま誰かに話しかける。そして呼ばれればシミュレーターぐらいが関の山であった。

 

 これほどまで無力だったことがあっただろうか……否である。

 

「……フッ、私は阿漕なことをしている」

『なに言ってますの、さっさと働いてくださいまし』

「わかっているさ」

 

 呟きつつ、工場内を歩いているロマの服装は、オーブの作業着である。やはり連合の制服を着たまま歩くのはマズい、ということらしい。

 

 ロマは、足を止めて視線を上げた。

 その瞳が映すのはプレディザスター。かの機体についても調べられているようだが、特別なものなど見つかるまい。唯一“特別製”である部分は“最新式のAI”によってリアルタイムで警備されているのだから。

 そうしていると、ふと近づく影に気づく。

 

「エリカ技術主任か」

「ええ、おはようございます大尉」

 

 エリカ・シモンズがロマの隣でプレディザスターを見上げた。

 

「ブルーコスモスの特別製だ。いい機体だろう」

 

 答えなんてわかっているが、そう言えば苦笑するエリカ。その意図を理解している故だろう。

 

「なんというか……ええ、大尉にしか乗りこなせないことを除けば、良い機体……という機体ではありますね」

「フッ、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 フレームはXナンバーの流用だし、装甲も然り、PS装甲はないが機動力にそのぶん全振りされている。

 その装甲の薄さは“当たり所が悪ければ”即座に死ぬ。しかもその“当たり所が悪い部分”があまりに多い。

 そして、文字通り“当たらなければどうということはない”というコンセプトの機体なので機動力も異常、並のパイロットが乗れば反応速度もそうだが、身体がついていくものでもないだろう。

 正気でない。というのがエリカの印象であった。

 

「死角からの一撃があればおしまいですね」

「まったくだな」

 

 死角を作らないという意味でも、チェシャがいるのだ。

 

「で、どうしたんだ一体、わざわざなにもなしに話しかけにきたわけでもあるまい?」

「あ、そうでした。いやだわ大尉と話してるとつい夢中に」

 

 クスッと笑うエリカを見て、ロマは微笑で返すも……心中は穏やかであるはずもない。

 

 ―――ぐっ、強力無比! 俺がやられる!

 

「ではこちらへ、良いお知らせができますわ」

「ほう、それは楽しみだ」

『美人相手にカッコつけてんじゃねぇですわよ』

 

 歩き出すエリカへについていく、慣れない環境、慣れない美人人妻、ロマの心が穏やかになる瞬間など一時的なものである。

 美人は三日で慣れるとかつては聞いたことがあるが、彼としては美人と三日一緒にいること自体が大変なのだ。もちろんアズラエルや三人娘やハイータと相対した時もそうであったが……。

 

 ―――人妻って、エロスだな。

 

 悔しいけどロマも男なのである。

 

 

 

 エリカの後を追ってやってきたのは、昨日も立ち寄った管制室。その場には既にキラやムウ、ハイータがオーブの作業着を身に纏い立っていた。

 ロマの視線がサングラスの奥で泳ぐ。その理由はハイータ……いつもの制服でも中々だが、ツナギスタイルのその胸は凄まじいものである。

 故に“小僧”には、効果は抜群なのだ。

 

 ───オーブ来てから色ボケてないか、俺?

 

 少しばかり反省し、深く息を吐いて窓の外に視線を向ける。

 その視線の先には、M1アストレイが立っていた。そして、その意図を理解し頷く。

 いや、正確には理解したというより“思い出した”の方が近いだろう。

 

「もう調整が済んだか、流石だなキラ」

「いえ、ほとんど基礎はできてたので……」

 

 はにかみながら頷くキラは、素早くキーボードを叩いていく。リアルタイムで調整するつもりなのだろう。

 

「どうぞ」

「アサギ、おねがい」

『はい!』

 

 キラの許可と同時に、エリカがM1のパイロットであるアサギ・コードウェルに声をかける。

 突如、M1アストレイが“走り”出した。昨日とはまるで違う挙動、速度、機敏に動く様に全員が言葉を失う。

 

『あぁ! すごい!』

「よくもこんなに、この短時間に……本当に凄いわ」

「俺が乗っても、あれくらい動くってこと?」

「そうですわ少佐。お試しになります?」

『あの女いま「ですわ」って言いましたわ!』

 

 ───うるせぇ……。

 

「いやぁ、俺はいいよ……まだ戦闘機乗りでいるとする」

「あら残念、少佐と大尉の戦いも見てみたかったんですが」

「それは、少し興味があるな」

「おいおいやめてくれよぉ」

 

 ロマの言葉に、ムウが顔をしかめる。

 

 空気がどことなく解れる中、ロマは少しばかりキラに視線を向けるが、彼はただ画面を見ながらキーボードを弾いていた。その雰囲気はどこか淀んでおり、彼が心になにかを抱えているのは明らかである。

 そしてロマは、キラがなにを抱えているか知っているのだ。コーディネイターであったからこその葛藤、既に両親がいないフレイとの確執、自覚を始める間違い。

 親と会うという子供として当然のことにすら、悩みを抱える少年。

 

「……はぁ」

「ロマ君?」

「ん、ああ……なんでもないさ」

 

 すぐにムウやエリカとの会話に戻るロマだったが……ハイータはそんな彼を少しばかり意味深な表情で見るも、彼女もすぐに、にこやかな表情で会話を続けることになる。

 

 

 

 

 

 

 面々が自らの仕事に取り掛かる中、ハイータ・ヤマムラはキラを追ってストライクの方へとやってきていた。

 ムウが話しかけようとしているのを見かけてどうするかとも悩むが、ムウがハイータに気づくと後頭部を掻きながら近づいてくることに気づく。

 キラがそのままストライクへと乗り込むのを尻目に、ムウへと意識を向ける。

 

「あれ、キラくんいいんですか?」

「いいや、嬢ちゃんがいるなら嬢ちゃんの方が良い……ほら俺、そういうの向いてないからさ」

「そんなこと……」

 

 否定しようとするハイータに、ムウは笑う。

 

「いや、自分が一番わかってるさ。だから君に頼むよ……大概情けないよな」

「……タイミングが悪いだけですよ」

 

 そんなフォローに、ムウは苦笑を浮かべながらハイータの背に軽く手を添える。

 

「頼んだわ」

「セクハラですよ」

「えぇっ!」

 

 驚いたような声を出すムウに笑みを浮かべるなり、ハイータはキラの方へと歩き出す。

 ストライクを器用に上って、開いているコックピットハッチから中を覗けば、そこには当然キラ・ヤマトである。凄まじい速度でキーボードを叩きながら機体の調整を行っているのを見ると、少しばかり話しかけづらい。

 そうしていると、キラの方が先にハイータに気づく。

 

「あれ、ハイータさん、どうしたんですか?」

「あ~その……ロマくんがキラ君のこと心配してたみたいだから」

「え、そう、ですか」

 

 少しばかり暗い表情。なるほどこれか、とハイータは納得した。

 

「家族との面会も断ったって、みんな会ってるのに……どうしたの?」

「今会ったって僕、軍人ですから」

 

 そんな風に言うキラに、眉を顰めるハイータ。

 マードックが近づいてくるのに気付くなり、ハイータはキラに気づかれないようにそちらを見ると首を横に振る。それで察したのか彼は後頭部を掻きながら頷くと去っていく。

 再びハイータがキラの方を向いた。

 

「軍人でもキラ君はキラ君でしょ? いやまぁ、その、私が軍人がどーたらとか説くのはどうかと自分でも思うけど」

「ハイータさんは……」

「ん?」

「ハイータさんは……自分が、どうしてコーディネイターなのかとか、思ったりしません、か?」

 

 彼は、彼なりの疑問をぶつける。なにせ連合のコーディネイターなどキラはハイータしか知らないのだ。どこぞで活躍する【煌めく凶星J】や【ソキウス】など知る由もない。

 しかして、そんな彼の疑問に、彼が抱えている何かを察する。

 

「思ったこと、ないわけないですよ。地球のコーディネイターは沢山いても、連合のコーディネイターは限られてますから」

「こんなことばっかやってます。コーディネイターだから、できるから……今、両親に会ったら言っちゃいそうなんですよ。どうして僕をコーディネイターにしたのって」

 

 わからないでもないのだ。やはりそれも……。

 

「私は、お父さんはいないしお母さんとは会いたくないから、ちゃんとはわかってあげられないかな……私はロマ君がいればそれで良いし、コーディネイターだからロマ君とこうしていられるし……キラ君は? フレイちゃんは、そういうのじゃない?」

「僕ら、間違えたんですよ」

「間違った……?」

 

 ハイータが素直に疑問を浮かべるが、キラは笑うのみ。彼の方が大人な部分もあるということだろう……ロマと比べても、である。

 恋は知っていようと、恋人を知らぬロマよりもハイータよりも、“そちら”に関しては彼の方が幾分か大人なのだろう。

 

「両親に会ったほうが良いとは言ってくれたんですけど、やっぱり今は……それで、少し言い争いになっちゃって」

「……そっか、でもお母さんとお父さんと、仲良いんでしょ?」

「別に悪くはない、と思います」

 

 どこか気恥ずかしそうに言うキラに、年相応の雰囲気を感じてハイータがクスッ、と笑みを浮かべた。

 

「やっぱり、会ったほうが良いと思うよ。顔を見るだけでも、さ」

「……」

「コーディネイターじゃなきゃ、キラくんがロマくんに会うこともなかったんだし、他のみんなとも」

「そういう言い方は、ずるいじゃないですか」

「そうかも」

 

 笑うハイータに、キラも少し明るく笑う。

 その瞬間、キラの肩にとまっていた鳥型ペットロボットことトリィが飛び立つ。ハイータの顔面ギリギリを通って空へと舞い上がり、そのままどこかへ飛んでいく。

 

「うわわっ!」

「あ、トリィ! す、すみません!」

「う、ううん……トリィも休めってさ」

 

 ハイータがそう言うと、キラはストライクから出て困ったような表情を浮かべた。

 

「……行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 去っていくキラに軽く手を振るハイータ。

 なにはともあれ、少しは元気が出たようだと安心するが、肝心のロマがどこにもいないことに気づく。どこに行ったのかとも思うが、彼は忙しい男である。

 こちらに来たときのように“小娘たちに囲まれている”のであれば、周囲に姿が見えるはずだ。

 

 まさか誰かとどこかに行ったのではと一瞬ばかり想像するが、それはないだろう……そのような度胸がある男であれば、自分がこんなやきもきすることはないはずである。

 

 

 

 

 

 

 ハイータが拗ねつつもシミュレーションでハイスコアを叩きだしている頃、少年がかつての親友と出会っている頃、ロマ・K・バエルはとある一室にいた。

 ソファに座るロマ、その隣にはエリカ・シモンズ、そしてテーブルを挟んだ対面には、長い黒髪の“女性”がいた。

 やけに整った容姿から、おそらくコーディネイター。

 

 その者の名は───ロンド・ミナ・サハク。

 

 オーブ五大氏族サハク家当主、ロンド・ギナ・サハクの姉である。

 

「こうしてお会いできて光栄ですよ。ミナ・サハク様」

「貴公が“赤い悪魔”……まさか我々に接触してくるとは、しかもエリカ・シモンズを通して」

「いやはや、私にも色々とありまして、感謝していますよ。話を繋いでいただけたようで」

「構わぬ。こちらも“借り”はある……」

 

 それがどういうものかは、今更問うことでもない。彼女たちは今更、アズラエルを敵に回すわけにもいかないのだ。

 故に、多少のトラブルがあろうと、無茶があろうと協力関係は続く。

 

「して、盟主殿からの言伝を貴公へ」

「わざわざ相対して、でしょうか」

「ああ、直接言う方が良いだろう……ロマ・K・バエル大尉」

 

 ミナがしっかりとロマの赤と青の瞳を見据える。

 

「貴公とハイータ・ヤマムラには、アークエンジェルよりも早くにオーブを出てもらう」

「なっ!」

 

 彼女の言葉に声を発したのはエリカだった。心配するようにロマを見るが、ロマはミナの言葉の真意を理解しているのか微笑を浮かべて頷く。

 

「了解した」

 

 不敵に笑う彼に、ミナは少しばかり驚いた表情を浮かべる。エリカは変わらず心配そうな表情でロマを見るのみ。

 だが実際のところ、彼が言葉の裏などこの場に至って読めるはずもない。彼の“感じる能力”というのは、こと戦場でしか使い道のないものなのだ。

 故に……。

 

 ―――追い出されるとか、どうしよぉ……せめてハイータだけでも残してぇ。

 

 追い詰められていた。

 

「……あえて、意地の悪い言い方をしたつもりだったのだが、貴公には効かぬか」

「どういう意味ですかな」

「フッ、あえて言わせるか」

 

 そんなつもりはない。本当に意味が解らないのだ。

 

「詳しくは“帰って”から聞くと良い……迎えが来るそうだ」

「迎え、とは?」

「……公には言えないがそういうことだ」

 

 ロマは心底安心した。追い出されるのではなく、迎えが来て離脱する……ということになるらしい。

 

「なるほど、なにからなにまで世話になります」

「フッ、貴公に興味があったので丁度良い。ギナも気にしていた故に、いずれ見えることもあろう」

 

 そう言って笑みを浮かべるミナに、同じく笑みで返すロマ。

 エリカは気が気ではないようで、そわそわとしながら二人のやりとりを聞いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェル。ロマの部屋。

 そこにいるのはロマだけではなく、ハイータも共にある。ベッドに腰掛けるもすぐに背を倒してベッドに横になるハイータを尻目に、ロマは椅子に座っている。

 スカートの中が見えそうにもなるが、そこは自制。ロマとて大人である。

 

 そうして欲望と戦いながらハイータに一連のことを話すが、ハイータから出たのは意外な言葉だった。

 ここでロマが驚いた表情を浮かべる。

 

「いま、なんと言った?」

 

 寝ていたハイータだったが、上体を起こす。

 

「ん……私、アークエンジェルに残ります。ジョシュアまで」

「どうしてまた?」

「……放っておけないんですよ。色々と」

 

 彼女が面倒見が良いことは知っているし、若いクルーたち、つまりはキラの友達ともそれなりに会話をしているのを知っている。

 キラやムウともまた然り、だからこそ、なのだろう。

 

「それにロマ君がいたときのままの戦力をもってこられても、このままじゃマズイじゃないですか」

「っ、確かにな」

 

 それを言われると弱い。自分のせいで追撃の戦力が増大している可能性が十分にあるのだ。

 

「でも、ロマ君は戻ってあげてくださいね。みんな寂しがってるでしょうし」

「そうか?」

「そうですよ。だからアラスカで降りたらまた、ですね」

 

 笑うハイータに、ロマも微笑で返す。

 

「助かるよ。ありがとう……頼んだ」

「その、も、もうちょっとこう、ご、ご褒美的なもの、あったり、しないんですか……?」

 

 りんごのように顔を真っ赤にして、もじもじとしながら言うハイータに、ロマは揺れる。そりゃ揺れる。彼はまだ小僧なのだ。

 故に彼の心は揺れるし、ハイータの揺れる胸に視線も向く。

 それでも、冷静な表情で口を開いた。

 

「……無事、戻って来たら応えるよ。なんでも言ってくれ」

 

 そんな言葉に、彼女は顔をパァッ、と輝かせる。

 

「ぜ、絶対ですよ! 約束だからね!」

「可能なことで頼むよ」

「は、はい! もちろんです! ロマ君にしかお願いできないこと、ありますからっ……!」

 

 数年前まで彼女が学生だったことを思い出す。自らと同じ、学生で、共に学んだ。

 

「やはり、君たちがいてくれるから……そう思うよ」

 

 彼が戦う理由。戦える理由。

 自らの両足の上に座るハイータを抱きしめながら、まだだというのに少しばかりの別れを惜しむ。

 抱きしめ返す彼女の柔らかさに、思わず睡魔が襲い来るが、それもまた悪くはないと思う。

 

 

 

 これが、どういう選択になるかも知らず……。

 

 

 







バトルアライアンス難しいなこれ!

ともあれ今回も難産、次回はさくっと書けると思いたいとこです
色々と話しを繋ぐ回というか、次と合わせて前半後半といったところになりそうです
ミナの喋り方はこれで良いのかどうか……

ようやくアズにゃんたちと合流できそうで、ハイータとは一旦お別れ
故にハイータメイン回というかそんな感じでございました

では次回もお楽しみいただければと思います


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運命の再会

 

 あれから一日が経った昼。

 

 アークエンジェルの格納庫にて、クルーが集まっている。

 もちろんロマも然り、というよりこの集まりの主役は彼である。

 みなよりも高い位置に立つため、台の上、そこでここまでの旅を共にしたクルーを見据えた。

 

 交流した者から、彼を避けていた者まで、全ての者が集まっているのは確かだ。

 

 マリューやムウやナタルは、そんなロマの立つ台の横に並んでいる。

 

 ロマは息を少し深く吸うと、一拍置いて口を開く。

 

「本日をもって私はこの艦を離れる。本来ならことオーブにおいて降りるということはできないはずではあるのだが……まぁ私の立場もあってな」

 

 苦笑を浮かべれば、クルーの一部は納得したのか苦笑を零す。

 

「厳しい戦いも多かったが、生き残れたのも諸君らの力あってのもので、立場は違えど確かに仲間だったと胸を張って言えると、私は思っている。アラスカ、ジョシュアまではあと少しだ……私は先に去ることにはなるが、諸君らと再び見える日を楽しみにしているよ」

 

 それだけを言うと───敬礼。

 

 合わせるように他のクルーも敬礼をするが、どことなくぎこちない一団を見つけ思わず口元を綻ばすも、すぐに胸と腹に痛みを覚える。

 キラのゼミ仲間、つまりは彼、トール・ケーニヒがいるのだ。

 

 彼は彼自身の選択により、その少年を“殺す”かもしれないのである。

 

 

 

 クルーが散り散りになる中、ロマの元へと駆けてくるキラ。

 フッ、と口元を綻ばすも、その心中は穏やかではない。かの少年が戦死した時の、彼の慟哭を知っている故に、だ。

 だがそれを表に出すこともなく、いつも通り笑みを浮かべるのみ。

 

「キラ、これでお別れだ。まぁいずれ会うこともあるさ……アラスカに着いたらアークエンジェルについても君についても、私から悪いようにしないように伝えるさ」

 

 もちろんアズラエルを通じて、ではある。

 なにか言いづらそうにするキラを、フレイが見ていることに気づく。最初はともかく、やはり彼女は彼に惹かれているのだろう。きっかけなど山ほどあるのだ。

 それをロマは知っているからこそ、キラの頭にポンと手を置く。

 

「えっ」

「フレイと、上手くな……別に元の鞘に、とは言わんが、ある程度はスッキリさせておくべきだ。この先、行く場所は戦場だからな」

「……はい」

 

 コクリ、と頷くキラから手を退かす。

 

「それに、ハイータもいる。なにかあれば彼女を頼れ」

「ハイータさんのこと、信頼してるんですね。すごく……」

 

 その言葉に、素直に笑みを浮かべたロマ。事実その通りだし、自分が信頼するハイータをキラも信頼してくれると思うから。

 

「ああ、私には過ぎたる仲間の一人だよ。それに、私より強い」

「え、そうなんですか?」

「そうさ、彼女には直接は言えんが……天賦の才があるよ。戦いのな」

 

 シミュレーションとはいえど“あの三人”を相手に大立ち回りできるなど、それこそ“主人公(キラ)”や“準主人公(アスラン)”ぐらいのものだろう。

 もちろん勝つまではいかないものの、彼女はそういうレベルにいるのだ。

 

「だが、やはり彼女も一人では勝てまいよ。戦場とはそういうものさ。だからハイータにも頼んだが、君にも頼む」

「……はい」

 

 頷くキラに安心したように笑みを浮かべ、ロマは頷く。

 

「また会おう、君の生還を祈っているよ」

「はい、ロマさんもご無事で」

 

 安心安全に彼が過ごせると思っていない故の言葉、なのだろう。

 だが周囲、というよりは彼の直属の上司は彼を危険な戦場などには送り出したくはないのだ。戦うのはいつだって“彼の意思”や“周囲の空気”のせいなのである。

 なればこそ、彼はまだ戦うのだろう。

 

 踵を返し、ロマはキラと別れる。これがきっと、今生の別れになるのだと思いながら……。

 

 

 

 アークエンジェルが入港しているドック、艦への出入りのためにかけられた橋の近くへと歩いてきたロマ。

 立ち止まり、目の前にいるマリュー、ムウ、ナタルを見やる。

 それなりに感慨深いものがあるのだろう。彼女らも……。

 

「あとは任せた。ハイータも残る……戦いは上手くやってくれるだろうさ」

「それは安心なんですけれども、大尉。今までありがとうございました」

 

 穏やかな笑みを浮かべるマリューに、ロマもまた笑みを浮かべて頷いた。

 

「にしても、お前さんがいなくなるんじゃ、やっぱ心配だけどなぁ」

「大丈夫さ。キラもハイータも、スカイグラスパー二号機だってあるん、だろ?」

「……ええ」

 

 少しばかり憂鬱そうな表情で頷くマリューは、やはり新たに少年を戦場に送り出すからだろう。

 ナタルの方へと視線を向けるが、彼女は相変わらず生真面目な雰囲気で敬礼をして見せる。

 

「君も、もう少し柔軟にな。現場はマニュアルだけでは生き残れんよ」

「ハッ!」

 

 そういうところだぞ。とは思ったが野暮なことは言うまいと、笑みを浮かべて軽く敬礼を返す。

 

「幸運を祈るよ。ハイータを頼む」

「俺もこのまま情けないままじゃいらんないからな、任せとけよ大尉」

「頼んだ少佐」

「大尉、またいずれ……」

「ああ、世話になったなマリュー艦長」

 

 歩き出すロマ、やはり“今後のことを識っている”と、ナタルを意識せざるを得ないからこそ、彼女と一瞬だけ視線を交わせてから、歩き出す。

 鉄の床を靴底が叩く音が響く。

 アークエンジェルの甲板を見れば、ハイータが立っているのが見えた。

 

「……いずれ、な」

 

 ただそれだけを、伝わるはずのない言葉を呟いて歩く。

 

 ドックを抜ければそこには、すっかり見慣れた金色の髪を持つ少女。この国の姫、カガリ・ユラ・アスハが立っていた。もちろんその隣にはキサカだ。

 帰路につくにあたっての案内役、と言ったところだろう。

 ロマが来たことに気づいて、カガリはハッとした表情を浮かべた後に、一拍おいてその瞳を鋭く細める。

 

「お前、どんな手品を使ったんだ! どーやってオーブ経由で帰るなんて真似できるんだよっ!」

「五大氏族が一枚岩でないことぐらいは勉強しておくべきだな。それに君の義父とて承知のことだよ」

「そういうことじゃなくてっ、ああもぉ! あんたっていっつもわかったようなことを……」

 

 実際、理解(わか)っているのだ。識っていると言っても良い。

 

「まぁなにはともあれだ、わざわざ案内をしてくれるのだろう。てっきりサハク家かとも思ったが……」

「どこからどうやって繋がって連絡取れたんだよ」

 

 さすがに“エリカ・シモンズ”からとは言えない。キサカの方も気にはなるのだろうが、聞くわけにもいかないのだろう。

 どうせ答えなど返ってこないのだ。

 

「まぁいいさ、頼む。お前にも世話に……なってないか」

「むしろ世話をかけた」

「キサカっ!」

 

 顔を真っ赤にして抗議するカガリに、笑みを零すロマとキサカ。

 カガリは怒りなのか羞恥なのか、その赤い顔のまま歩き出す。それに追従する形でロマとキサカも歩き出す。

 目の前の少女とも、おそらくはこうして会うのは最後なのだろうなと、どこか感慨深さを覚えた。

 

 

 

 目的地、空港へと辿りつく。

 彼がここから飛び立つなど公になるわけにもいかないからだろう、そこには誰もいない。閉鎖しているというよりは、VIP専用と言ったところである。

 自動ドアの前で別れることになり、ロマはその前で立ち止まり、振り返った。

 

「さて、ここで別れることにはなるが……まぁ、先程ああは言ったが、やはり世話になった」

「こちらこそだ。貴方の機体のブラックボックスはパージしてすでに輸送機に搬入済みとのことだ」

「それは助かる」

 

 もちろん“プレディザスターに積んでいるモノ”の話である。

 

「なぁ、また会えるか?」

「戦争が終わっているかは定かではないがな、できればまた会いたいとは思っているよ」

 

 だがやはり、戦争が終わっていなければ会うことなどないのだろう。

 オーブと連合、しかもアスハの人間ともなれば出会うことも無い……ロマの識る“ソレ”があるにしろないにしろ、だ。

 いずれ焼き払われる“かもしれない”国、しかもそれは連合の手によって、だ。

 

 それに、そうなったとして“そちら側”に行く気もないのだから、出会うことなど無いと確信している。

 だからこそ彼は“会いたいと思っている”とだけ言うのだ。

 

「その……ありがとな、感謝している」

 

 カガリからの言葉に、少しばかり驚かされる。

 

「……意外、だな」

「な、なんだよ。これでも色々とその……思うことがあるんだよ。お前とあの船で話したこと、沢山」

「……そうか、なら色々と勉強はしておくべきだな」

 

 そう言ってカガリの頭を軽く撫でるロマ。彼女は素直に頷いた。

 隣のキサカは少し驚いたような表情を浮かべるが、ロマはそちらを気にすることも無く今度こそ自動ドアの方へと歩き出す。

 近づくなり扉が開き、振り返ることもなくそのままロマは自動ドアをくぐって歩いていく。

 

 施設内は静かであったが、少しばかり進めば黒いスーツを着た男女が立っていた。

 案内役だと即座に察し、そのまま誘導に従いさらに歩き出す。

 

 ―――まるでVIPじゃん。

 

 まんまVIPなのである。

 

 

 

 そうして案内されるままに、ロマは空港内を行き、輸送機へと辿りつく。

 スーツの男女と別れて機内へ入れば、背後でハッチが閉じる音を聞く。

 軽くコックピットの機長に挨拶をしてから、やけに豪華な個室へと入ると……。

 

「っ!」

 

 サングラスの奥の瞳が、見開かれた。

 

「あ! おにーさんだ!」

「ん、久しぶり、だな」

「ハァン、びっくりしてる……?」

 

 見慣れていたはずの、久しく見てなかった三人がそこにはいた。

 

「……クロト、オルガ、シャニ」

 

 三人娘が、そこにいた。数か月ぶりの再会、ようやく自らが帰る場所に戻るのだという実感……。

 

「はぁ~……」

 

 気の抜けたように息をついて、近くの椅子に腰かける。

 

「へ、ど、どうしたのおにーさん」

「ど、どっか痛いとかか!?」

「ん、気ぃ抜けただけじゃない?」

 

 シャニの言う通りではある。シンプルにそれが答えだ。

 なんだかんだとアークエンジェルでは気を張り詰め過ぎていたのかもしれない……別に常に疲れていたとかいうわけではないだろうが、心の底から安心できたのはやはり、彼女らがいるからだろう。

 アズラエルもいたらそのまま腰を抜かしていたか、倒れてぐっすり眠っていたか……。

 

 なにはともあれ、“格好つける(いつもどおり)”というわけにはいかないだろう。

 

「いや、安心したんだ。ただ単純にな……」

「え~ハイータ(おねーさん)だけじゃダメだったわけですかぁ?」

 

 そんな言葉に、微笑を浮かべて首を左右に振る。

 

「そういうわけでもないさ、ただやはりあの艦は私に向いていないということだろう」

「それじゃ、なんでハイータの奴残ったんだよ」

「彼女には向いている」

 

 オルガのそんな疑問に、ロマは明確に理解していないものの、答える。

 

 彼女と違い、ロマは識りすぎているのだ。数多の事情を、碌でもない未来を……。

 そして、戦闘になり危険が増えれば増えるほど、無意識下でだが、“本来なら生きている人が識るべきでない終わり”を“思い出し”ている。それがどれほどの負担かも知らないままに。

 

 ロマは、これからの戦いに身を投じるハイータを思う。“正史通り”であれば問題はないが、と。

 

「まぁ、考えても仕方がないことか、今は任せるとしよう」

「ん、おにーさん……せっかく久々なのに寝そうだ」

「クロト、コイツも疲れてんだろ」

「おにーさん、ベッドで寝ないと体痛めるよ?」

 

 椅子に座ったままだったロマが、肘置きに手を置いて立ち上がる。

 

「っと……そうだな、私は寝るとしよう。せっかくの再会だが、悪いな」

「ま、いいよ、こっからはしばらく一緒だしねぇ」

 

 クロトの言葉に、それもそうかと笑みを零す。

 あとはアークエンジェルが無事にジョシュアまでたどり着き、ハイータが戻ってくればそこで一安心はできる。

 その後のことは……。

 

「とりあえず、寝てから考えるとするよ……」

 

 そう言うなり、ロマはサングラスを外し、上着を脱ぎ椅子に置くとそのままベッドで横になる。

 クロトもオルガもシャニも、何を言うでもなく部屋を出ていくのは、やはり彼に気を遣ってはいるからだろう。

 一人になった部屋で、ロマは静かに息を吐く。

 

「……次は、オーブか?」

 

 ―――冗談じゃねぇぞ、オーブと戦うなんて。

 

 

 

 

 

 

 オーブ、モルゲンレーテの工場。

 

 夕方、地下故に日が沈んだかもわからないながらも、スタッフはそれなりに仕事の詰めにかかっている。

 もちろんキラとムウとハイータ、それにマードックたちそしてそんな中、アサギの声が響く。

 

「えぇ!? 大尉がいなくなったってど~いうことですか少佐ぁ!?」

 

 詰め寄って聞くアサギに、ムウはたじたじであった。

 

「い、いやぁ~泳いで帰ったって噂だぜ?」

「そんなわけないじゃないですかぁ! あ~もぉ! コンビネーションの話とか途中だったのにぃ!」

「まぁまぁアサギ、いないんだから仕方ないじゃない」

 

 苛立つアサギを宥めるマユラ、ジュリは肩を竦めて呆れた様子である。

 

「えっと、よければ私が補足しましょうか? ロマ君が教えてたコンビネーションなら、たぶん私でも多少は」

「ほんとですか!?」

「ふぇあっ!?」

 

 フォローしようとしたハイータではあったが、あまりの勢いにビクッと怯えた。

 

「良かったぁ~いいとこで行っちゃうんだもん大尉ぃ」

「ま、まぁロマ君ほど上手くはできないんです、けど……」

「大丈夫です! とりあえずやり方だけでも教えていただければ!」

「ひゃっ、は、はい……っ」

 

 鼻息荒く顔を目の前まで持ってきたアサギに、ブンブンと首を縦に振るハイータ。パーソナルスペースなどあったものではない。

 

「ありがとうございます! それじゃあとでシミュレーションルームで!」

 

 嬉しそうに去っていくアサギ。マユラとジュリの二人は申し訳なさそうにしながらハイータに軽く頭を下げ、アサギの後を追って行く。

 

 とんでもない圧であったと思いつつ、胸をなでおろすハイータ。

 そんな様子を見ながら、キラがハイータへと近づき、傍にいたムウは後頭部を掻いて溜息をつく。

 

「たく、アイツって女の子人気あるよなぁ~そんなにいいかね~悪魔さんが」

「はい、ロマ君は最高です!」

「っ、そう素直に言われると返す言葉もねぇな」

 

 ため息をついて去っていくムウ。

 

「ハイータさん、大丈夫なんですか?」

「まぁロマ君ほど上手くはやれないと思いますけど……」

「え、でもロマさんがハイータさんの方が強いって」

 

 そんな言葉に、ハイータは苦笑を浮かべた。

 

「まぁシミュレーションならですよ。ああいうのってガチンコじゃないですか……実際の戦場じゃ当然そうはいきませんし」

「そっか、そういうことだったんだ……」

「はい、ロマ君は最高です!」

 

 先ほど聞いた気がするがもう一度言われた。ロマ本人にそういうことを言えたら100点なのだが、言えないので結果0点である。

 しかしふと、キラは思った。このあとするのはシミュレーションではないかと……。

 

「あ、まだ余裕あるしお薬飲んでからお相手しようかな」

 

 そしてオーブの三人娘は───地獄を見るのだ。

 

 

 

 

 

 

 ふと、目を覚ますロマ。

 視界に映る天井は、十中八九機内であることを理解させるには十分であり、眠る直前の記憶もある。オーブについて、今後について考えていたのだ……。

 そこでふと、起き上がろうとして気づく。

 

 ―――身体が重いな。金縛りか!? Iフィールドバリアで金縛りにされているのか!?

 

 ロマは心霊現象を疑わない男だった。

 

「……ん?」

「んぅ」

 

 別の声が聞こえた。隣を見れば───薄緑の髪。

 

「シャニか……」

 

 ―――シャニかぁ。

 

 意識すれば柔らかい感触。完全に抱き着かれて動けやしない。

 

「いや待て、動けるはずだ……」

 

 それが“片方だけなら”の話である。

 

「クロト……」

 

 なんの因果か、両脇に少女を侍らせて寝ていた童貞(ロマ)は、やけに冷静だった。心の中でも冷静なのは、おそらくこのあとどうなるパターンか読めているからだろう。

 彼なりに、なにかの間違いでラブコメの神様と(ダンス)っちまったのかとも予想するも、自分に限ってそれはあるまいと確信する。どこに根拠があるかはわからないが確信したのだ。

 

 ともあれ、結局ロマの予測通りのパターンであった。

 

「おい、シャニとクロト来てな……」

「……やぁオルガ、来ているとも」

 

 予測通りオルガが来た。そしてさらに予測通りにオルガは目を点にした後に、顔を真っ赤にして今にもキレそうになっている。

 ニュータイプでなくたって読めるパターンである。

 

「これでは抱き枕だよ」

「そういう問題じゃねーんだよ! クロトォ! シャニィ!」

 

 オルガの怒声に、起き上がるクロトとシャニ。勝手に抱かれていたロマの両腕は少しばかり痺れていた。

 

「んぁ、オルガぁおはよ~、ふあ~」

 

 大欠伸をするクロト、そしてシャニはまだ眠そうな目を擦っている。

 

「オルガ、うるさぁい」

「お前らは目ぇ離したらすぐソイツにくっついてやがる。もうちょっと男女の距離感ってもんをだなぁ!」

 

 凄くまともなことを言う人間の存在に酷く安心したロマ。

 

「オルガの言うとおりだぞ、嫁入り前の娘がこういうことをするものでもないさ」

 

 嫁入りするような将来があるわけでもないが、そう諭す。

 まぁもちろん二人ともその気はないし、そういう未来も夢見ているわけでもないが、ロマが言いたいことは素直に理解した。そして理解した上で……。

 シャニはロマの腕にもう一度抱き着く。

 

「おにーさん、一緒に寝よ?」

 

 ───おっぱいやらけぇ!

 

 ダメだった。

 齢20を超えようと、どれだけ“大人の男(赤い彗星)”を真似ようと、所詮は童貞(ロマ)なのである。中身はいつまで経っても変わらないのを、今回のオーブで悟った。

 だがそれでも、外面を取り繕うなど造作もない。

 

「フッ、私はそろそろ起きるよ」

「ん、それじゃ私、一人寝る」

「ボクももうちょっと寝てますねぇ~」

 

 ロマの腕を離して、横になるクロトとシャニの二人。

 手前のシャニに触れないようにベッドから出ると、立ち上がって背を伸ばす。体中からボキボキと音が鳴るが、まぁそれも悪い気分ではない。

 落ち着いた様子で、ロマが周囲を見渡す。

 

「私の上着は……」

「あ、これ、ほら……」

 

 オルガに渡された制服を受け取り、袖を通して胸ポケットにあるサングラスをかける。

 振り返ってベッドを見るが、既にシャニとクロトは眠ってしまっているようだった。彼女たちにも、これから帰って会う彼女にも心配をかけただろう。

 誠心誠意、謝る準備はしておかねばと、胸に誓い、同時に怒られる覚悟はする。

 

「そのさ……」

「ん、どうした?」

 

 目の前のオルガが、少しばかり赤い顔で目を逸らしながら、口を開く。

 

「お、おかえり、な」

「……ああ、ただいま」

 

 微笑を浮かべるロマに、オルガもぎこちないながらも笑みを零す。

 

 こんな流れになった故にとても言いだせないが、ロマの頭の中には一つの疑問。

 

 

 

 ―――なんで俺の上着、着てたの?

 

 

 







ちょっとずつロマの闇を放出していくスタイル

ともあれ、ようやっと三馬鹿娘登場、ちょっとロマとの絡み書くの久々で心配です
とりあえずラブコメの波動……次回はアズにゃんと再会ということで
ハイータは向こうで楽しくやってるようです

数話は本筋進まないけど、気長に見てやってつかぁさい

では、次回もお楽しみいただければと思います


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紅に燃える

 

 空港、滑走路にて直接輸送機を降りるのはロマ。

 遅れてクロトとオルガが、さらに遅れて眠気眼を擦りつつシャニが降りてくる。

 

 ロマの視界に黒いスーツを着た女性が見えて、軽く片手を上げれば会釈を返してきた。彼女も士官学校時代からの付き合いということもあって、ずいぶんと気安い。

 そしてその横には、同じぐらいの付き合いである車。

 後部座席のドアが開くなり、降りてくるのは白いスーツの美女。ブロンドの髪を靡かせ、キラキラと輝く笑顔を浮かべ、その背後に鬼を浮かべているようにすら思える怒気を纏った───ムルタ・アズラエルだ。

 

「お久しぶりです、アズラエル理事。ご迷惑をおかけしました」

「……」

 

 まさかの無言に、ロマは混乱する。だがそれでも、口を開く。

 

「勝手な行動を、それにオーブに機体まで」

「ええ、しかし……言いたいことは、それだけですか?」

 

 ニコニコしているが、明らかに“キレて”いる。

 

 ───なんでこんなに怒ってらっしゃるの!?

 

「帰還いたしましたが……」

 

 言い淀むのはプレッシャー故だろう。誰だって圧を感じるぐらいには激怒しているようで、視線を逸らしてスーツの女性の方を見るが、無言で目を逸らされ、背後からの援護防御は期待できない。

 ともなれば素直に謝罪をするべきなのだろうと、ロマは理解した。

 

「Xナンバーのマイナーチェンジ機とはいえ、オーブに情報まで」

「え、それだと思ってます?」

「……へ?」

 

 思わず、動揺する。マズイと思い、落ち着くために深呼吸。

 あまりにらしくない行動に、スーツの女性が驚くのが横目に入るも、仕方も無いことだ。自らが落ち着いたことをしっかりと理解して、頷く。

 そしてなにかを言おうとするが、アズラエルがほんのりと頬を赤らめ、視線をロマから逸らした。

 

「……ん?」

「いえ、とりあえず帰りましょう。いいですね?」

「ええ、しかし“チェシャ”が」

「別ルートで持って帰りますよ」

 

 目を合わせないままそう言うと、再び車に乗り込むアズラエル。スーツの女性が手をスッと動かしたのを見て、頷くと同じくロマも乗り込む。

 クロトとオルガとシャニの三人は、後ろにやってきた別の車で帰るようだった。

 運転席に女性が乗り込むなり、アズラエルは手元のボタンを押す。おそらく音を遮断したのだろうと理解し、何が起こるのかと“内心だけで”ビクビクとするロマ。

 

 だが、ここでなにも言わないわけにもいくまいと口を開く。

 

「……その、ですね」

「お前ぇ!」

「うおっ!」

 

 ロマ自身、気を抜いているのかもしれない。驚いたとはいえ、ロマがこのようなリアクションをすることもそうは無い。

 基本的に驚こうとも、ロマの“仮面”が剥がれるなどよほどのことでもない限りないのだ。

 

「こっちがどれだけ心配したと思ってんの!」

「お、落ち着け!」

 

 思わず素でそう言うが、二人きりでなによりである。

 

「落ち着けぇ!? 貴方よくほざきやがりますね!」

「待て待てっ、本当に申し訳ないと……し、しかしオーブにあの程度の情報が与えられたところでっ」

「そっちじゃないって言ってんの! 心配したって、言ってるでしょ!?」

 

 それで察せるほどできた男ではない。ではなかったはずなのだが……アズラエルの顔は真っ赤だし、涙目だしで、さすがに長々と共にいた相手のことを理解できないロマではなかった。それほど“人間離れ”していない。

 故に、ロマは静かに息を吐いた。

 

 ゆっくりとしたその動作に、アズラエルも落ち着きを見せる。

 

「私の……俺の帰る場所はムルタ、貴方の元だけですって、そう言ったでしょう。帰ってきますよ」

「だから、心配するなと?」

 

 ジトっとした目で見られて、思わずサングラスの奥で視線を逸らす。だが、即座にアズラエルによってそのサングラスが奪われ、顔を吐息を感じるような距離まで近づけられたことにより、ロマは思わず赤面する。

 所詮は小僧、坊やなのだ。

 

「そうは言わんさ。俺は弱いからな。それでも帰ると言っている。それに嘘はないさ」

 

 弱くは無い。だが、それでも……。

 

「さらに、だが……貴女の隣を歩いていいのは、俺だけ、なんだろう?」

 

 そう言いながら、その青と赤の瞳を真っ直ぐにアズラエルの青い瞳へと向ける。

 アズラエルの赤い顔がさらに赤く染まっていくが、決して瞳は逸らさない。

 

 ―――ぐおっ、アズラエル理事はいま、俺を試しているっ! だが、捨てられるわけにはいかぬっ!

 

 明後日の方向に努力する男である。

 

「わ、わかってるなら……それでいいですからっ」

 

 バッ、と視線を逸らし真っ直ぐ前を向いて、腕と足を組むアズラエルは赤い顔で冷静さを装う。

 

「……次はなしですよ。私、なにもできないまま貴方失うの、凄い……その、損失なので」

「ああ、わかってる。しかし、伊達に君の懐刀と言われてないさ」

 

 そう言って正面を向き、口元に笑みを浮かべるロマ。そんな彼を横目で見つつ、アズラエルはため息を吐いた。

 

「ホント、わかってないですね」

「ん、なにがわかってないって?」

「黙って反省しといてください」

「……はい」

 

 ―――アズにゃんつめてぇな……。

 

 

 彼女とのやり取りに懐かしさを覚えて、やはり酷く安心をしているのか再び眠気が襲う。

 欲に負けてゆっくりと目を閉じていると、薄れ行く意識の中でアズラエルがいる方の腕に少しばかりの重みを感じるが、別段気にすることも無く、その穏やかさに意識を委ねる。

 

「ほんと、心配ばかりかけて……」

 

 すぐ傍から聞こえる声も、微睡の中に消えゆく。

 

 そして車は真っ直ぐ、帰路を行く。

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 オーブの工場にて整備されているジン・アイズには変化があった。

 本来装備されていた両前腕が外され、代わりにプレディザスターのものが装備されている。シルエットはだいぶ変わっており、異様に長いその前腕が異形感を増していた。

 

 そして、そんなジン・アイズのコックピットから出てくる影。

 現れたのはオーブの作業服に身を包んだハイータであり、彼女は狭いコックピットに長い間いて窮屈だったせいか、勢いよく背を伸ばす。

 もちろんその豊満な胸が張るので、集めるのだ……視線を。

 

「ん~っ」

「おい、もうちょっと気をつけろよ」

「へ、カガリちゃ……さま」

 

 ジトっとした目でハイータを見たのは、いつの間にやら横にいたカガリ・ユラ・アスハ。

 

「“さま”はやめろ、“ちゃん”でい……いや良くない。普通によべ」

「普通に呼ぶと“ちゃん”なんですけど、やっぱり“さま”しか」

「……じゃあ、“ちゃん”で良い」

 

 そんなに“さま”付けが嫌なのかと、ハイータは小首を傾げた。オーブの姫なのだから当然とは思うが、ハイータはあまり言及しなかった。

 カガリについて特に“変”な人、という認識なのはレジスタンスに入ってドンパチもやっていたからこそだろう。

 とりあえず、ハイータは話を戻すこととした。

 

「ところで、気をつけろって?」

「いや、お前その……ほら、大きいだろ」

「……身長が?」

「いや乳だよ! 胸! 見られてるって!」

 

 食い気味に突っ込むカガリに、ハイータがビクッと驚いてから胸を押さえる。

 

「え、えぇ~そんなこと言われてもぉ、私なんて誰も」

「お前もうちょっと自覚持てよ」

 

 そう言われても、どうにもこうにもである。ナチュラルまみれの場所にいればコーディネイターは容姿がすぐれていて当然という考えもあり誰も口にしなかった故、だろう。

 見た目を重視していなければコーディネイターと言えどそれほど極端に容姿端麗とはいかないのだが……。

 

「ま、まぁ見た目の話は良いじゃないですか……セクハラ、ですよ?」

「セクハ……ってなんで私がそんなこと言われ、違うだろ今のは!」

 

 良いリアクションが返ってくるのがおかしいのか、ハイータが楽しそうに笑う。

 

「まぁ、ロマ君ったら、ほんっと~にたまにですけど良い反応してくれるので、これはこれで」

「ロマ、あいつなぁ……」

 

 どこか遠くを見るカガリに、ハイータがハッとする。

 

「……あげませんからね?」

「いやちげぇよ! そうじゃなくって、なんていうか……キラもどことなく、寂しそうだなって」

「ロマ君、すっかりお兄ちゃんでしたからねぇ」

 

 そう言いながらハイータはロマとその妹分三人を思い出す。

 あの三人娘とアズラエルとロマ、揃っていると家族のようにも見えて、疎外感を感じもするが、それ以上に心が温かくなる感覚をハイータは覚えていた。

 その中に、自分も違和感なく入れていれば良いと思う。近所のお姉さん的な立ち位置でも良い……。

 

 ―――いえ、どうせなら不倫愛人枠でも可。

 

 ハイかローかのテンションの違い、薬が無くても頭は多少イッちゃってるのがハイータなのである。

 

「そう、なんだよな……なんか、兄貴っぽいんだよな。いたことはないけど、さ……」

「……え、妹ポジションに収まるつもりですか!?」

「な、なに言ってんだお前!?」

 

 カガリの猛抗議、ハイータの誤解。

 

 そんな姦しい二人を、離れた場所から見ているキラとムウ。

 

「いいねぇ、こっちまで元気貰えるよ」

「ムウさん、なんだかおじさん臭いですよ」

「う゛っ」

 

 ムウは顔をしかめた。

 

 

 

 

 

 

 いつもの研究所、というよりすっかりアズラエルの別荘。

 

 仕事もなんでもここでほぼこなすものだから、ほぼ職場と言っても過言ではない。そんな場所で、ロマは本日の仕事であるシミュレーターをこなした。

 撃墜音と共に画面が暗転、立ち上がったロマがいつも通りに微笑する。

 

「フッ、こんなものか」

「やられてるじゃないですか」

 

 隣にいたアズラエルの言葉にも、ロマは表情を変えない。

 

「あの三人が相手ではこんなものだよ」

 

 クロト、オルガ、シャニの三人を同時に相手、“原作”でキラすらできなかったことをできるわけがないという圧倒的な説得力。しかして、ロマはそれを口に出すことなどできない。

 実際に誰もその三人を同時に相手などできはしないのだが、ハイータがいい線を行ってしまうのでロマとしては立つ瀬がない。

 

 しかし、三人娘を相手に勝つことができないなど、アズラエルはわかっている。そこではないのだ……。

 

 ニヤリと笑みを浮かべたアズラエルがロマの顔を覗き込む。

 

「えぇ~? はっや~い、前より全然撃墜時間早いですよ~散々戦ってきたくせにぃ~?」

 

 ―――懐かしいなメスガキムーブ! この三十路!

 

 口が裂けても言えない。

 それに負けたのはやはりシミュレーションをしばらくしていなかったというのもあるだろう。実戦とソレとではロマの戦い方はあまりに違いすぎるし、そもそも感覚に頼った戦い方になってしまっている。

 至る所で、シミュレーションでの戦闘では能力を発揮できない要素が多すぎる。

 

「まさかぁ実戦じゃないからとか言いますぅ~?」

 

 ―――う゛っ。

 

 ロマは顔をしかめそうになった。

 

「……まぁ砂漠の虎倒してますからそれも一理ありますか」

 

 意外、それは譲歩。アズラエルがまさかの納得、さすがのロマも言葉を失った。少しこのメスガキムーブが嫌いではないロマがいた。

 もちろん、そういう趣味があるわけではないが……。

 

「なんですか、意外でした?」

「いやまぁ、言い訳はしませんが……フォローを入れてくれるとは」

「私だって貴方のこと、これでも理解してるつもりですよ。貴方、実戦だと背中に目がつくタイプじゃないですか」

 

 否定はしない。悪意を感じ取るという意味では……だ。まぁあくまでそれも、“殺し合いでなければ意味がない”のだが。

 少し離れた場所にあるシミュレーターから、クロト、オルガ、シャニがやってくる。

 ドヤ顔しているクロトに、オルガはどこか不機嫌、シャニはいつも通り。

 

「これまた手酷くやられたよ。これでは隊長は務まらんな」

「ま、隊長はボクらの後ろで守られててくださいよ~」

 

 してやったりな表情のクロトの頭を軽く撫でる。

 オルガが不機嫌そうに腕を組んでいるが、ロマの動体視力をもってすれば、寄せてあげられた胸をチラ見するなど造作もないことである。あまりに早いチラ見、普通は見逃してしまう。

 ちなみにシャニは見逃さなかった。

 

「んな正面きって戦いましょうなシミュレーターで、お前の力を計れるかよ」

「過大評価だな、お前たちならカバーし合うことで私の戦術だけでは勝てんよ」

 

 事実、どんな突飛な戦術や不意打ちをしたところで、目の前の三人を相手にロマは勝つことはできないだろう。故にそう言うが、オルガはどこか気に入らなさそうである。

 視線をシャニに向けるが、彼女は特になにを思うでもないのか、逆に首を傾げられた。

 

「……おにーさん大丈夫? おっぱい揉む?」

 

 ―――揉む!

 

「ふっ、大人を揶揄うものではないな」

「ん、いつでも、いいからね?」

 

 ―――やめろシャニ、それは俺に効く……やめてくれ。

 

「おいシャニ、この痴女!」

「おにーさん相手だとシャニって頭のネジ飛ぶよね」

 

 このままではまた三人が小競り合いを始めかねない。しょっちゅうであるが……。

 

「あ~君たち、よくできましたということでいったん休憩にしましょうか、少し早いけど食事にしましょう」

「おひょ~休憩だって! ラッキー!」

「チッ、いくぞシャニ」

「はぁん、またあとでねおにーさん」

 

 アズラエルの一言により、三人がシミュレータールームから出ていく。お腹でも空いてたのだろうか、食堂に一直線のようだった。

 遅れて部屋を出て歩く、ロマとアズラエルの二人。

 そうして二人で歩くことも珍しくはなく、こういう時は大体アズラエルがいつも話を始めるが、いかんせん今日は雰囲気が違うことに気づく。

 

「プラント評議会の議長、パトリック・ザラで確定だそうですよ」

「ほう、それはまた……厄介なことだな」

 

 彼にはわかってはいたことだ。

 こうなるとアズラエルもブルーコスモスも黙ってはいられないことも理解している。もちろん連合も、だ。確実に歴史は動いているのだから、ロマは“オペレーション・スピットブレイク”が近いことも悟る。

 そしてそうなれば、その前に、“閃光の刻(キラとアスランの決着)”があるはずだ。

 

 戦力が多少増強されていようと、ハイータもいる。問題なくあの二人が決着をつけ、“痛み分け”になればそれでいいのだ。

 

「強硬路線は確定、だな」

「……体調悪いんですか?」

「え?」

 

 思わず、素で返す。この研究所でアズラエルや三馬鹿娘と一緒にいると、ふとした瞬間に素が出ることも珍しくなくなってきている。

 そしてそんな彼に疑問を抱くでもなく、アズラエルは足を止めて手をロマの頬に当てた。

 少しばかり眉が下がっており、ロマは彼女が心配しているのだと理解する。

 

「いえ、だって……なんだか」

「……っ」

 

 理解した。ロマは自身の心がそれほど強靭なものではないと理解しているからこそ、今なぜそうなったのかを理解した。

 彼らが“死する未来”を望んで、導いた自分に対する嫌悪。燃えるような怒り。そういうことだろう。

 しかしそれでも、そういうものを飲みこんででも、導きたい未来があるのだ。

 

「大丈夫さ……話を戻そう」

「ホントですか? 今日はお休みにします?」

 

 ―――めちゃめちゃ心配してくれるなこの盟主、かわいい。

 

「本当に大丈夫さ……それよりブルーコスモスは、大西洋連邦の方針は?」

「あまり変わりませんよ。私は変えるつもりありませんし」

 

 プラントが屈服するまで戦い続ける……量産型MSの開発も進んできているし、当然だろう。

 ロマとしてもここで折れるという選択肢は当然ないと思っている。彼の望む未来であれば、譲歩できて連合の勝利、できるならばアズラエルと三人娘とハイータを生かすという上での原作通りがベスト。そういう考えだ。

 だからこそ、変わらないという言葉を聞いて安心した。

 

「私は、アズラエル理事についていきますよ」

「……二人きりですよ?」

 

 そう言って少しばかり拗ねたような表情をするアズラエルに、苦笑するロマ。

 

「ムルタ、貴女についていくよ。俺の居たい場所はそこ、だからな……」

「っ……」

 

 拗ねた表情でロマをジトっと見ていたアズラエルが、赤い顔で視線を逸らす。

 

「……まぁ、その、よろしい。及第点です」

 

 否、120点の回答である。

 もちろん、ロマの言葉は三人娘やハイータも込みでの言葉だが、それを理解できないアズラエルではない。それを理解した上でも構わないと思っている。

 どちらにしろ、アズラエル自身も彼女らのいない日々をあまり想像していない。すっかりロマのせいで絆されたということだろう。それが悪いことか良いことかはともかくとして……。

 

「おっと、私は“アチラ”に顔を出してから行きますよ」

「ん、わかりました……それでは食堂で」

 

 アズラエルと別れて別の道を行くロマ。

 

 ―――顔出さないと拗ねるだろうからな。

 

 エレベーターを使い地下へと向かう。

 

 目的の階層へと到着して扉が開くなり、さらに目の前にあるドアをキーカードで開いて歩く。

 奥にある扉をくぐれば、巨大なコンピューターが並べられた部屋。その部屋の、さらに先にある部屋が、透明なガラスの向こうに見える。そして、その部屋の中央には縦横1.5メートルほどある正方形の重厚感のある黒い箱。

 その黒い箱は、下部分が機械に設置されており、そこからコードが何本も伸びていた。

 

「あ、バエル大尉。お疲れさまです」

「ああ、いつもありがとう」

 

 白衣を纏った研究者八名ほどが、その正方形の機械をコンピューターでモニターしており、さらに三名ほどが、黒い箱のある部屋にて小型端末でなにかをしている。

 ロマはさらに歩き、除菌室にてミストを浴び除菌をしてからガラスの向こう側の部屋へと入った。

 入ってきたロマに気づき、三人の研究者が軽く会釈をする。

 

「いらっしゃいませ大尉、そろそろだと思っていました」

「すまないな」

「いえ、大尉のおかげでこちらも助かってますよ。きっとこの子も……では、ごゆっくり」

 

 研究者たちが出ていき、部屋に残されるのはロマと黒い箱。振り返りガラスの向こう側に軽く手を上げると、頷いてなにかをする。

 ロマは理解して指示したのだ。防音システムの作動である。

 

 黒い箱の、ロマから向かって丁度正面の中心には赤い点が一つ存在していた。それに手を当てれば、次の瞬間───それを中心に十字に亀裂が入る。その上部分が左右にスライドし開けば、黒い箱の中には、大きな楕円形のガラス。

 

 その中には緑色の液体。

 

 そして、そこに浮かんでいる───“脳髄”。

 

『あ~まったく、暇でしたわ!』

 

 黒い箱の傍のスピーカーから聞こえる聞きなれた声。

 

『もうちょっと頻繁に会いに来てくださってもよくってよ?』

「私も仕事があるものでな」

 

 苦笑するロマに、スピーカーからは不満そうな声。

 

「さて“チェシャ”、新型機についての話といこうか」

『出番ですわね!』

 

 それは元気な声が、ロマと“脳髄”と無機質な機械だけの部屋に響く。

 

 

 





ちょっと詰め込み過ぎた気がします

アズにゃんとの再会、飛んでハイータとカガリ、さらに飛んでアズにゃんとイチャつき
さらにチェシャ、なんかごちゃごちゃしてる回でした
なんというか分けると文字数少なくなるし、でこんな感じに

一応伏線みたいなのはちょくちょく張ってはいたんですが
本人が楽しそうなのでチェシャはそんな暗いことにはならないという
ただそういうものだよって説明と言うかなんというか

ここからは案外サクサク進むようなそうでもないような……
時系列的にはここからジョシュアまで一月もあるっていう

では、次回もお楽しみいただければと思います


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閃光の果て

 

 あれから半月ほどが経ち、四月も半ば。

 すっかり懐かしかった三人娘、そしてアズラエルといることに慣れたロマは、今日はそのアズラエルに連れられて“クロトと共に”とある場所へとやってきていた。

 

 白い部屋、椅子に座るロマ。そんな彼の“膝の上”に座る金髪の少女───ステラ・ルーシェ。

 

 そう、ここはロドニアラボである。

 

「しかし、私もつくづく道化だな……」

 

 思わず口に出したその言葉とて、口調はともかく間違いなく素の言葉なのであろう。視線の下にある頭が向きを変えて自分を見上げる。

 こうしてロドニアラボに来るのも久しい。最後に来たのは、アークエンジェルと合流する一週間ほど前のことだ。

 故に、“子供(ステラ)”がそれだけベタつくのも自明の理、なのだろう。

 

「また道化?」

「すまないなステラ、独りごちてしまったよ」

 

 微笑を浮かべてそう返す。

 こうして父親役に甘んじている自分に対する皮肉、でもあったのだ。故に、やはりそれは独り言以上でも以下でもないのだ。

 しかし、彼が自分の世界に入るのも仕方のないことなのである。

 

「相変わらず小難しいことばっか言うじゃん」

「カッコつけてるだけだろ」

 

 やはりあの三人組と違い、慣れないのだ。

 

 ―――なんでこっちまで女の子なんだよ!

 

 水色の髪を小さなツインテールにした少女と、薄緑の髪をオールバックにした少女。

 ステラ・ルーシェと共にいるその二人。

 

「スティングはいつも手厳しいな」

「いつも澄ましてなんでも知ってますって顔してる奴がいれば、気にも障るだろ」

「そのつもりはないさ」

 

 ―――ちょっとドキッとするようなこと言うんじゃないよ!

 

「ホント、ロマ相手にいつも厳しいよな、スティングって……気になる人に突っかかるタイプ?」

「うるさいぞアウル」

 

 ロマの近くの椅子に背もたれの方を前にして座るアウル・ニーダと、ソファで足を組んで座っているスティング・オークレー、二人の少女。

 そう、二人の“少女”である。

 この現象をロマは知っていた。知りすぎていた。慣れ過ぎていたと言っても良い。

 

 ―――三人組は女になる法則でもあるのか?

 

 そうなると該当する組がいくつかあるが、まさかと首を横に振る。

 そもそもどうして性別逆転でなく、少女になっているのか……考えても詮無きことではあるが、あまりにも“自分に都合がいい”ことがありすぎて、不安にもなってくるというものだ。

 自問自答を繰り返すロマ。

 一方で、立ち上がったアウルがスティングの手を引く。

 

「バスケしよーぜ!」

「たく……」

 

 立ち上がったスティング。

 二人が出ていくのだろうと察したロマが、真下のステラを見る。ステラもロマを見ていたようで至近距離で目が合い、ロマは少しばかり緊張した。

 やはり“原作キャラとの邂逅”というものはいつまで経っても慣れるものではない。

 

「ステラは良いのか?」

「ん……おと、ロマはどうするの?」

「私か?」

 

 その問いに、ロマは頷く。

 

「では、私も参加しよう」

「お、ノリ良いじゃん!」

「ハッ、おもしれぇ……やれんのかよ、おっさん」

「私とて伊達にクロトたちと動いてないさ……それと、まだおっさんじゃない」

 

 二人がロマの参戦に乗り気なのを見て、ステラは少しばかり眉を顰めた。

 立ち上がるステラに合わせて立ち上がったロマだが、その腕をステラが掴む。

 

「私も、やる」

「っ、珍しいなステラが」

「いいね~! なんかかける!?」

「賭けるものがないだろ」

 

 ロマは顎に手を当てて、頷く。

 

「ならば、私がなにか褒美でも用意しようか」

「マジかよ」

「おぉ! いいじゃんいいじゃん!」

 

 乗り気の二人、そしてステラはロマの服の袖を引く。

 部屋を出るアウルとスティング、ロマは立ち止まったままステラの方に視線を向けた。

 儚い雰囲気を持つ少女、それは“全てを識る”ロマの視点だからこそなのか、それともただそう思ってしまうだけなのか、色々と自身を勘ぐってしまうのも良くないなと思いつつも、それもまた思わずにいられない。

 ステラが、抑揚のない声で言う。

 

「私、ロマと……お出掛けしたい」

「……そうだな、そうしようか」

 

 まだ勝ってもいないのに、ロマはそう約束した。別段、そのぐらいの願いを叶えてあげても罰は当たらないだろう。

 

「いこうか、ステラ」

「……うん」

 

 少しばかりの笑みを浮かべて、ステラは頷く。

 そんな儚げな少女に手を引かれて、ロマもまた金色の髪を靡かせて歩き出した。

 いずれ訪れる未来、それを幻視しながらも……。

 

 

 

 

 

 

 オーブの保護下から離脱してからほどなくして、アークエンジェルはザフトはザラ隊の強襲を受けた。

 相手は相も変わらずXナンバーが四機だが、今まで以上に苦戦を強いられたアークエンジェル。

 ロマがいるいないの話ではなく、純粋にあちらの士気も練度も、上がっている故なのだろう。

 

 だがそれでも、アークエンジェルは深刻なダメージを回避しながら、ハイータとキラ、そしてムウとスカイグラスパー二号機のトールでそれらと相対し───。

 

 

 

 振るわれたイージスのビームサーベルを、頭を低くして回避するジン・アイズ。

 その狂ったような輝きを宿す(モノアイ)が放つビームが、イージスのコックピットを狙うも素早く上昇して、回避して見せる赤きモビルスーツ。

 だが、そこにキラのストライクが参戦。蹴りを打ち込んでイージスを倒す。

 

「キラきゅんさすがぁ!」

 

 海上の孤島、足場と言っても良い。姿を隠すものもなにもない戦場。イージスを挟んで立つジン・アイズとストライクの二機。

 コックピットの中でハイータは相変わらずヘルメットは放り投げてシートの後ろに、胸元は大きく開けていた。舌なめずりをして、狂気の火に蕩けた瞳はその“色素を失った獲物”を捉える。

 

「あはぁっ♪ フェイズシフトもダウンしちゃえば私のぶっといのを挿れてあげれるよねぇ!?」

 

 ジン・アイズの赤銅の右腕、その手首から先の部分の鋭い爪が鈍く輝き、回転を始める。

 

「ドォリルでさァ!?」

 

 動き出そうとした瞬間、ハイータは妙な感覚を感じて下がった。

 真上から放たれたライフルを回避し、それを放ったディンへとモノアイを向けてビームを放ち、その胸部を貫き撃破。

 だが、ディンが撃破直前に放ったミサイルがジン・アイズの周囲を破壊、砂埃と爆煙を巻き上げる。

 

「くぅっ……ッ!」

 

 瞬間、ハイータが察したが―――遅い。

 

 ジン・ハイマニューバの改造機たるジン・アイズですら、彼女にはついてこれない。

 爆煙の中、放たれたビームがジンアイズの右腕を奪う。

 

「デュエルぅ!」

 

 ストライクにやられ、海へと落ちていたデュエルが上がってきたのかビームライフルを構えていた。

 顔をしかめたハイータが、残った左腕を使いストライク用のバズーカを素早く放ち、空中のデュエルへと直撃させる。だが、バスターも上がってきた。

 

「弱ってる奴からならさぁ!」

 

 左腕でもう一度バズーカをバスターへと放つと、バスターはそれを迎撃。

 

「キラくん! イージスを!」

 

 その叫びは届いていないだろう。しかしチャンスはチャンス、ストライクの方へとハイータが視線を滑らせるが、気づき、感じる。

 

「躊躇、してる……!?」

 

 シュベルトゲベールを振り上げたストライクが、僅かに固まったのを見逃さない。そして彼の躊躇もまた、彼女は“感じた”のだ。

 しかしそこで、もう一つを感じ取る。

 声にしても意味は無い、すでにその(ブリッツ)は、姿を現したのだから……。

 

「ブリッツ!?」

 

 ランサーダートを片手に、イージスを庇うようにストライクへと走るブリッツ。

 横にシュベルトゲベールを構えるストライク。

 

 そして―――“ストライクはブリッツを撃破”した。

 

 

 

 とうとう成したXナンバーの撃破を、アークエンジェルのクルーは喜んだ。ただ、キラ・ヤマトを除いて、だ。

 そして、彼の複雑な感情を感じてしまう妙な自分に戸惑うハイータもまた然り。

 

 殺されたから殺して、殺したから殺されての連鎖、その始まり。

 

 そして、ブリッツ撃破の二日後、マーシャル諸島のとある島にて、アークエンジェルは再びザラ隊とザフト空戦部隊の強襲を受けた。

 仲間を撃墜されたせいか、イージス・デュエル・バスターの士気は異様に高い。

 

 キラとハイータ、二人の高い戦闘能力を持つコーディネイターでさえも苦戦を強いられる。ザフトの勢いは凄まじいものだった。

 

 片腕の修理が間に合わなかったジン・アイズと、ストライク、そしてムウのスカイグラスパー。

 その三機ではできることなどたかが知れている。

 それでもデュエルを戦闘不能にし、バスターもアークエンジェルとスカイグラスパーで追い込む。

 

 そして、残りのXナンバーことイージスを追い詰めていくエールストライクとジン・アイズ。

 

「あははっ、引導を渡してやるってのにさァっ!」

 

 θ(シータ)-グリフェプタン(改良)の効果で変わらずテンションは有頂天、しかして彼女自身も気づいているが効果の切れはずいぶんと早くなっている。

 本能的には理解しているだろう、早々にケリをつけなければ“余計なことを感じてしまう”ということも……。

 故に、左腕のみのジン・アイズでストライクと共にイージスへと攻撃を続ける。

 

「ぐっ、決め手に欠けるなァ!? っ、トールくん!?」

 

 ストライクを攻撃しようとしたイージスを、ビームが襲う。

 それを撃ったのはスカイグラスパー二号機であり、パイロットはトール・ケーニヒ。今戦闘では待機命令を受けていたはずの彼が出撃していることに驚愕するハイータだが、遅い。

 

「こんな戦場に出てくんじゃぁないよチェリーボーイがさぁ!?」

 

 遅いのはハイータがではない、ジン・アイズが、である。

 

 イージスが投擲したシールドが、真っ直ぐにスカイグラスパーへと突き刺さった。

 

「え」

 

 ハッとするハイータの視線の先、モニターに映る爆発。

 ジン・アイズのコックピットではハイータが驚愕に顔を歪める。

 別段、思い入れがある人物ではない。しかし、それでも共に戦場を駆けたし、同じ艦で戦った仲間なのだ。話だってする。

 初めてではないが、仲間の死に慣れるタイプの彼女でもなかった。

 

 それに(トール)には、彼女(ミリアリア)がいる。帰りを待つ者が、家族以外にも……。

 

「あっ、あぁっ……イージスゥ!」

 

 ハイータが憎しみの目でイージスを睨みつけるも、それより先にストライクがイージスへと飛びだした。

 すぐにフットペダルを踏み込んでジン・アイズで飛ぶも、敵意を感じてそちらに視線を向ける。ディンが並んで二機。

 

「邪魔ぉするんじゃぁないよねぇ!? 今の私のさぁ!?」

 

 左手のライフルをディンへと投げつけると、素早くディンはそれを迎撃。

 だがその隙を見逃すはずもなく加速し、クローで一機の胸部を貫く。もう一機のディンがライフルをジン・アイズに構えるも、顔とモノアイをそちらへと向け、ビームでその胸部を貫き撃墜。

 クローを引き抜けばオイルがジン・アイズを濡らす。

 

「死ぬんだからさぁ、出てこなきゃぁ良かったんだよ。出てこなきゃさぁ!?」

 

 それは誰への言葉なのか、ハイータはディンを蹴ってさらに上昇し、イージスを捉える。

 左腕を失ったイージスが右腕と両足からビームサーベルを展開しており、対するストライクも左腕を失っている。そしてそんな彼らの間に、別にディン一機が入り込む。

 ストライクへとライフルを撃つも、キラは素早くそれを回避。

 

「邪魔者ばっかで、さっさと墜とさないと、でしょぉに!」

 

 イージスにストライクを討たせるわけにもいかないと、加速。

 距離的にも、キラがディンを討つのが良いと理解したハイータが、“異様な雰囲気を纏ったイージス”へと飛ぶ。

 接近するハイータに気づいたのか、イージスが素早くジン・アイズの方へと向いた。

 

「私でもある程度はさァ!?」

 

 ジン・アイズでXナンバーとも遜色ない戦いはしてきたつもりだ。故に、負けるはずはない―――それが普通の相手であれば。

 

「えっ」

 

 接近から、その瞬間までは一瞬だった。

 

『お前もっ、いつまでも!』

「子供の声っ!」

 

 キラと年齢が変わらなさそうな声音に、僅かに動揺する。いや、そちらよりもやはり動揺の元は、一瞬で右脚が切り払われたせいなのだろう。

 即座にフットペダルを踏み込んでさらに上昇。

 だが、イージスは素早く距離を詰めてくる。

 

「んなっ、ならさァッ!」

 

 そのモノアイが淡い光を宿したその瞬間―――イージスの右腕が振るわれた。

 ジン・アイズの頭部と背部バインダーが同時に切り裂かれる。

 

「……は?」

 

 ロマも三人娘も、確かに強い。しかし、ハイータは対応ができる。

 機体性能もあるのかもしれないが、反応できたとてジン・アイズはついてこないだろうが……だが、今のは違う。ハイータは反応できなかった。いや、されないと思っていたのだ。

 先読みし、回避するロマともまた違う。

 

「ッ!」

 

 しかしいつまでも呆けているわけにいかない。機体にダメージを残せなくともパイロットに衝撃を与えれば良いと、ハイータはイージスに組みつこうとするがさらに腕が振るわれる。

 ジン・アイズの残った左腕が吹き飛んでいく。

 

「こ、れは……」

 

 投げ出された左腕の向こうで、ストライクがディンを撃破するのが見えた。

 ハイータはメインカメラ、正面のイージスに視線を向ける。既に足が振るわれようとしており、それをやけにゆっくりと感じた。

 オレンジ色の光、それが真下から迫る。

 

「ははっ……」

 

 ロマを、アズラエルを、クロトとオルガとシャニの姿を思い出す。楽しかった記憶、走馬灯が駆け巡る。

 彼女の楽しかった思い出すべてには、それでもやはり彼がいて、彼女たちがいて……。

 

 衝撃と、光と、熱を感じる。

 

 

 

 

 

 

 ふと、ロマは目を開く。

 正面にいるのはクロトで、ここはロドニアのラボからの帰りの飛行機であった。

 テーブルを挟んで向かいのクロトは目を瞑って眠っていて、その口の端から垂れる涎を、クロトの隣に座っていたアズラエルが眉を顰めて拭う。

 ふとアズラエルが、ロマが“目覚めている”のに気づき、少しばかり頬を赤らめて目を右往左往させてから、立ち上がりロマの隣に座った。

 

 そしてアズラエルはほんのりと赤い顔のまま、ロマの顔を覗き込む。

 

「どうしたんですか、変な顔して」

「あ、ああいや……」

 

 ―――言葉が走った?

 

 いやまさか、と頭を左右に振って雑念を捨てる。自身が戦闘以外で“その力”を発揮できるわけがない。

 戦闘マシーンであるという事実を突きつけられているようで愉快な気分ではないが、それでも“それが事実で現実”なのだ。戦う才能しかないのだから、致し方あるまい。

 しかして、確かに何かを感じた気がし、手が僅かに震える。

 

「……なんだ?」

 

 震える左手を、柔らかな白い両手が包む。

 

「り、理事……?」

「なにを怖がってるのか知りませんが、戦いはありませんよ。ここには……」

 

 ビジネスの場では決して見せない柔らかな笑みを浮かべて、アズラエルはそっとロマの手を撫でる。

 

「たまには何も考えずに、ゆっくり休んだらどうですか……」

「私はいつも余計なことは考えていないよ」

「私、貴方の事わかりますからね。これでも結構」

 

 その言葉に、顔をしかめるロマ。やはり見破られているのだろう。

 彼女は、彼女たちは自身の素も知っているのだから当然と言えば当然だろう。結果的に“共に出かけることになったステラ”にもその内バレてしまいかねない。

 自分は詰めが甘い男だという自覚もある。

 

「……そうだな、そうしたいと思う。早く終わらせたいものだよ、こんな戦争は」

 

 少なからず“原作知識”の無い戦後ならば……“続編”が始まるまでは、多少はゆっくりできるだろう。

 だがそれまで、自分は“正史で散るはずの彼女たち”を救わなければならないのだ。そのためにできることはしなければならないし……。

 

 ―――くそっ、余計なことを考えるっ。

 

 キラたちをなんとかしてやりたいとも思う。オーブでの戦いも然り。

 

 考えれば考えるほど泥沼だが、左手にやはり暖かな感覚。

 

「ありがとう、ムルタ」

「へ……な、なんですか突然っ」

「いつも思っているさ……君たちには」

 

 間違いない事実。そして思うところがある故に、それを言葉にする。

 俯くアズラエルの“温度が上がってきた手”がロマの左手から離れた。

 

「貴方、誰にでもそんなこと言ってるんですか?」

「君たちだけに決まってるが」

 

 さも当然のように言う男。童貞(ロマ)の癖に言うことだけは一丁前、だがしかし、アズラエルはいつだって“負けた方”なのだ。

 故に視線を合わせることもできないまま、赤い顔で余所を向く。

 

「っ……そう、ですか」

「……なぁに、見てるこっちが恥ずかしくなるようなやりとりしてんですぁ?」

「なっ、起きてたならそう言ってくださいよ君!」

「いや今起きたし」

 

 それもそうだ。涎垂らして寝ていて、挙句アズラエルに口元を拭いてもらっていて、実は起きてましたということはないだろう。

 右を見れば、飛行機が高度を落としていくのが確認できた。

 

「愛しき我が家、だな……」

 

 その研究所を家と認識するにはあんまりであると思う者もいるだろう。だが、ロマにとってはそれが事実なのだ。

 父と母を招いたこともあるし、なにより新たな家族がそこにはいる。

 

「ずいぶんと味気ない我が家ですね」

「まぁ、愛しき家族がいれば、問題もないさ」

「また君はっ、そうやって……歯の浮くようなことをっ」

「事実、そう思っているからな」

 

 口調はともかくとしても、本音だ。むしろこの口調でなければこうもハッキリ、ものは言えないだろう。

 

「ほんと、おにーさんってそういうとこありますよねぇ?」

「お前たちも同じように想っているさ」

「っ、わかってんだから言わなくていいよ……っ」

 

 そっぽを向くクロトに、微笑を浮かべるロマ。

 オルガとシャニも待っていることだろう。おそらく先と同じことを言えば、オルガはクロトのように顔を赤くしながら文句を言い、シャニは……たぶんとんでもないことになる。

 だが、それらはこの心休まらぬ世界において、ロマの愛しき日々。

 

 童貞(ロマ)の心臓には悪いかもしれないが……。

 

「ハイータも、早く帰ってくればいいがな」

「……ですね」

 

 同意するクロトに、ロマは頷く。

 アークエンジェルの進路予測からして、あと二ヶ月ほどだろう。

 短いようにも思うが体感はきっと長いのだろう。

 

 自分の背を押し、彼ら(アークエンジェル)を守るために残った彼女との最後の夜を、思い出す。

 

「なんかニヤついてます?」

「ニヤついてないが」

 

 ないったらないのである。ハイータの胸の感触など微塵も思い出していない。

 

 そして、ふと……。

 

「……そういえばチェシャもいたな」

「また怒られますよ。忘れてたなんてバレたら」

 

 ―――もちろんバレた。

 

 

 

 

 

 

 マーシャル諸島の孤島。

 森の中で、大破と言って過言でもない無残な姿の“ジン・アイズ”が存在していた。

 上空での攻撃、爆発により“二人(キラとアスラン)”の戦場からかなり離れた場所に倒れているジン・アイズ。

 そのひしゃげたコックピットは僅かな光が差し込むだけでほぼ暗闇、計器も破損し、すでに機能を停止したモニターには血が付着している。

 

「ッ、ァ……」

 

 暗いコックピットの中で、彼女―――ハイータは確かに呼吸をしていた。

 

「……ぅ、ぁ」

 

 既に視界は薄れているし、身体の感覚もなくなってきている。

 感じていた燃えるような熱い痛みもまた然り。無事なはずの部分もすっかり動かないし、焦げた計器のせいか自身のまき散らした血液のせいか、鉄の匂いだけを感じていた。

 口から出る音は、それ以上の意味を持たない。

 

「……っ」

 

 空気が漏れるかのような呼吸、せりあがってくるソレで窒息をしないために体力を削ってでも、血塊を吐き出す。

 ダラッと垂れた赤いそれが、どうなっているかも自身でわからない体に垂れる。

 

「……ご、め」

 

 ハイータのぼやけた視線の先───彼らを見た。

 

「ろ、まく……」

 

 少しばかりの意識の覚醒。

 

 左腕を伸ばそうとするが、なにかがぶつかってそれはかなわない。

 右腕を伸ばそうとするが、それもまた然り……たしかし、右腕は伸びるわけがない。

 

 存在しない、その右腕では……何一つとして掴むことなどできやしない。

 

 ―――約束、破っちゃったなぁ。

 

 そして彼女は、深い深い闇の中へと堕ち逝く。

 

 

 






ゆるい感じからのシリアス、からのゆるい感じからのシリアス

ぅゎアスランっょぃ

クロトとオルガとシャニの三人ともっとわいわいさせたいけど、もうちょっと後の予感です
なにはともあれ、ロマも行動を起こしたり起こさなかったり起こしたり

では次回もお楽しみいただければと思います


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おだやかだった日々に

 

 あれから、再び半月ほどが経ち五月。

 

 ロマ・K・バエルはムルタ・アズラエルと共に、いつもの車の後部座席にいた。

 いつも、と言えばクロトとオルガとシャニの三人だが、今日は一緒ではない。彼女らもとうとう“専用モビルスーツ”ロールアウトの目途が立ち、最終調整を行っているところだ。

 結果、ロマとアズラエルは二人でいつもの拠点への帰路についているわけである。

 

 しかし、その表情はどこか暗い。

 

「……本当に、良いんですか?」

「理解しているよ。自らが言っていることは……いや、言わなかったことと言ったほうが良いかな?」

 

 アズラエルが再度確認するように言うが、ロマは微笑を浮かべたまま首を左右に振るのみ。

 

「JOSH-Aをザフト諸共吹き飛ばすということは、あそこにいる貴方が長いこと乗ってた船ごと……ということになるんですよ?」

 

 アラスカはJOSH-Aへのザフトの攻撃。

 ザフトの内通者による情報により判明したその【オペレーション・スピットブレイク】へのカウンター、それこそが“囮を使ってのサイクロプスでの自爆”である。

 公には“ザフトの新兵器による敵味方関係なしの無差別攻撃”ということにするそうだ。発案は大西洋連邦のウィリアム・サザーランドであり、不利益もないので別段こちらが口を出すことでもないのだが、問題はその作戦自体ではなく……“アークエンジェルも囮”というところである。

 

 彼女、アズラエルはロマの性格をよく理解しているからこそ、『放っておいていいのか』と聞いたのだ。

 だが彼は、彼女の予測に反してその問いに対して首を縦に振った。

 

「ああ、そういう運命だったということさ」

「……意外、ですね」

 

 訝しげな表情で目を細めて言うアズラエルに、ロマは微笑を浮かべる。

 

「生存確率、万に一つもありませんよ?」

「……そうかも、しれんな」

 

 そう返すロマの顔を覗き込むアズラエル。

 

「ホントに良いんですね……なにかありました? あっちで」

「……なにも無かったさ。ただ、な」

「……そうですね。クルー数名は、転属させるそうですが」

 

 頷くロマは、理解していた。

 ムウ・ラ・フラガとナタル・バジルールとフレイ・アルスターの転属、そして“オペレーション・スピットブレイクとアークエンジェルの顛末”を……。

 アズラエルからの話によれば、ストライクは撃墜されたようではあるし、パイロットはMIA。そのあたりは原作通り、問題はなにも感じない。

 

 しかし、それ以上の問題がサザーランドからもたらされた。

 

「ハイータ、ですか……」

「……だからと言って恨んでいるわけでもないが」

 

 少しばかり暗い顔で呟くアズラエルに、ロマは苦笑。

 数日前、アークエンジェルがジョシュアに到着しもたらされた情報。

 

「俺の甘さが、ハイータを……」

 

 ストライクとそのパイロット、そしてハイータ・ヤマムラの───。

 

 

 

 

 

 

 宇宙、プラントはアプリリウス市。

 

 プラント評議会の議員であり穏健派のトップでもあるシーゲル・クライン。彼の持つクライン邸にて、目を覚ます少年がいた。

 

 キラ・ヤマト───“旧友(アスラン・ザラ)”との“殺し合い”を経て、なんの因果か彼はここにいる。

 

 あの島はとある伝道師、マルキオの暮らす孤児院が存在しており、彼と会うためにやってきた“ジャンク屋”があの戦闘を目撃し、傷ついたキラを見つけ、マルキオへと預けた。

 そして、ザフトにも顔が利くマルキオは預けられたキラが“知人の友人”であるということを理解するなり、ここに運び込んだのだ。

 キラは目を覚まし、アークエンジェルがまだ宇宙を飛んでいた頃に出会った少女、ラクス・クラインと再会、今はここで心の傷を癒しつつ過ごしていた。

 

 

 

 庭にて、緑豊かな景色を見ながらボーっとするキラに近づくラクス。

 

「キラ、また悲しい夢を見たのですね」

「ラクス……僕は、僕だけがこんな……」

 

 苦悩するキラ。その身体の各所には包帯が巻いてあり、彼の身体がいかに傷ついたかがわかる。

 

「ご友人ですわね。それと……」

「ハイータさん、僕は……ロマさんに、なんて言えばっ」

 

 顔を押さえて、キラは吐き出すように零す。

 

「……ブルーコスモスのコーディネイター、ですわね」

「僕は……うぅっ」

 

 嗚咽するキラをそっと抱き寄せるラクス。彼は涙を堪えつつ、彼女に抱かれた。

 

「キラのせいではありません。それに……守れたものも、確かにありますわ」

「ぐぅっ……でもっ、それでもっ」

「その方も、“守るために戦っていた”のでしょう?」

 

 その言葉に、キラはラクスの胸の中で慟哭する。

 起きてすぐに“友人(トール)と違い”生死不明であった“戦友(ハイータ)”のことを問い、ラクスは逆にハイータ・ヤマムラという女性について問うた。

 彼女がハイータを知らないという時点でその答えは出ており、キラは彼女の死を確信した。

 

「いいんです。貴方は今、泣いていい」

「ぼくはっ、ぼくはっ……っ!」

 

 僅かばかりの休息かもしれないが、それは確かに、今のキラには必要なことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 施設内を歩くアズラエルとロマの二人。

 彼女と二人きりを許されるなど、かつてからその役割を担っているボディーガード二人か彼、または三人のブーステッドマンか“コーディネイターの娘”ぐらいである。

 まぁ今に至っては、ほとんどロマと二人きりのパターンが多いのだが……彼女もまた彼といるとずいぶん気軽に、肩の力も抜けて丁度いいのだろう。

 

 しかし、今回に至ってはその空気は重い。

 

「そういえばですが、チェシャの方は新型機の方に積み込み完了だそうですよ」

 

 空気を変えようとしたのか、アズラエルが思い出したように話を振る。

 

「そうか、となれば戦い様はある……」

「まだ貴方も、前線に行きたいと思うんですね」

 

 自制も働かぬままにその言葉を口にして、アズラエルは立ち止まり顔をしかめた。

 彼女自身が空気を変えようと思っていたのに、ついつい口に出してしまったのは、やはり“彼女の状況”を引きずっているからなのだろう。コーディネイターで自らの一兵士であるだけの彼女を……。

 だからこそ、彼に“まだ戦うのか(死ににいくのか)”と言ってしまったのだろう。

 

 そしてロマとて彼女が言いたいことを理解しているのだ……理解できるほどに、彼女を識っている。

 

 故に、答えは一つであると、ロマも立ち止まった。

 

「あまり格好つけるつもりはないが、やはり君たちを守りたいからこそ……私は戦うさ」

 

 なにか大きな使命があるわけでも、復讐を誓ったわけでもない。ただ今はその目的を、ささやかなその願いを叶えるためだけに戦うのみだ。

 結果、その目的に必要な一人が、ブルーコスモス盟主であったというだけ……。

 そして三人の、それほど先が長いわけでもないであろう少女たちと───コーディネイターの少女。

 

 そういった想いをこめて、この世界において珍しくもなんともないだろう、そんなくさい言葉を口にした。

 しかし、“生まれたときより特別であった彼女”は、そんなありふれたくさい言葉で、その綺麗な白い肌を真っ赤に染めていた。

 慌てたように顔を背けるアズラエルに。

 

「だいぶ、カッコつけてると思うんですけど……っ」

「そうかもしれん」

 

 自嘲するように笑うロマ。

 その理由は彼自身もそれがらしくないとは思っており、形にしたその言葉に絶対の自信がない故なのだろう。いや、自信がないというより、自信が無くなったという方が正しい。

 

 アズラエルは深呼吸をして自らを落ち着かせようとするも、やはりほんのりと赤い顔で話を再開する。

 

「地上の作戦ですが、次の作戦で言えば……ビクトリア基地奪還でしょうかね」

「その前に、ザフトが動くだろう?」

「……アラスカの次、パナマ攻略に乗り出してくると?」

 

 その言葉に、ロマは頷いて笑う。

 

「勘ではないさ。ザフトの傾向からしてジョシュアを落とし損ねてそのまま、ということはあるまいよ」

「そうですね。そこは貴方の方が詳しいかもしれません」

「散々、殺りあってはきたからな」

 

 アークエンジェルでも、その前でも然り。

 これからもきっと両手足の指では数えきれないほど、人を殺し続けていくのだ。最初とは違いすっかり慣れて、いまでは進んで殺しに行く。

 戦うことでしか食う術を知らないということもあるが……やはりそれも、ただ彼女らと生きていくため、である。

 

「……やっぱり、行ってほしくはありませんけど、ね」

 

 彼女の言葉に、ロマは彼女としっかりと向かい合う。

 

「私をそうまで心配する人間も数少ないな」

「みんな、貴方は負けないと思いすぎなんだよ……」

 

 いくら強かろうと、人は死ぬ。今回で思い知った。

 あと一週間もあれば、彼女とて持ち直すのだろうけれど、“ハイータの死”を突きつけられてまだ僅かの彼女には、重いことである。

 心配そうに眉をひそめて自らを見上げるアズラエル。

 ロマは微笑を浮かべながら、そんな彼女の頬に左手を当てた。

 

「私は……俺は死ねないし、死なないさ」

「そんなこと言って生き残れるほど戦場は甘くないって、知ってるでしょ……我々に限らず、人はか弱い生き物なんだから」

 

 ナチュラルにしろコーディネイターにしろ、だろう。

 どこか不安そうなアズラエルに、ロマはゆっくりと顔を近づけていく。ハッとしたアズラエルが視線を左右に泳がせるも、意を決したように目を伏せる。

 そっと近づいていき、ロマは彼女の額に自分の額を合わせた。

 

「わかってる。死ぬのは怖いよ……」

 

 人の生において、二度と味わうことなどないであろう感覚を識っている。

 故に、“それ”への忌避の心は強い。痛み、熱さ、寒さ、無音……思い出すだけで身震いするような、圧倒的な孤独。

 だからこそ、彼は今生ではそれを回避しようとしてきていたのだ。

 だが、今では進んでその戦場へと足を踏み入れ、悪夢に神経を削られながらも戦う道を選んでいる。

 

 彼女らを救いたいという、ただ一心。

 

「エゴだな、これは」

「な、なに言ってんですっ、あなたっ……」

 

 額を合わせている故に些細な吐息すら感じるまでの、超至近距離。

 

「あ~! おばさんとおにーさんがイチャついてる!」

「ひぁっ!?」

 

 突如の大ボリュームの声に、素っ頓狂な声を上げてロマから離れるアズラエル。

 顔を真っ赤にして壁に背をつけてそちらを見る……と言っても、聞きなれたその元気な声が誰のものかなど、考えるまでもないし確認するまでもないのだが。

 

「おいクロト、お前空気読めよ」

「そうだよ、あのままヤらせちゃったらよかったじゃん……私たちもやりやすくなるし」

「オレを一緒にすんじゃねぇよ」

「シャニ、頭の中まっピンクかよ」

 

 そう話す三人娘の会話の内容はロマとアズラエルには届いていない……が、こぞって見ていたことを理解して、アズラエルがさらに顔を赤くするのもまた仕方なきことなのだろう。おそらく、しばらくはこれで弄られる。

 近づいてくる三人に、片手を上げるロマ。

 アズラエルは未だに真っ赤な顔で口をパクパクと開閉している。

 

「なんの話をしてたんだ?」

「ううん、なんでもない……」

 

 シャニがロマの腕に抱き着く。

 柔らかな感触に危うく鼻の下が伸びそうになるが、それが自制できていなければ今頃大惨事であるので、上手く隠す。クロトが羨ましそうにシャニを睨むが、シャニはクスッと笑みを浮かべてそのまま離れるわけもない。

 それに業を煮やしたクロトが、ロマの背中に回り込んで飛びつく。

 

「クロト、少し苦しいが」

「んしょ、えへへ、かまいませんよねぇ?」

「……かまわんよ」

 

 左腕にシャニ、背中にクロト。相も変わらず懐かれている自分がどうだとか思いたいところではあるが、それどころではない……赤い悪魔の弱点はいつだって胸である。いや、女と言っても良い。

 ふと、左足に“軽く蹴られた”ような痛み。

 その痛みを感じた方向を見れば、アズラエルがムスッとしている。

 

「なるほど」

 

 理解した風なロマ。“注意するために軽く蹴った”のだと……。

 しかし、その理解は浅い。彼女は割と強めに蹴った。そういうところである。

 

「君を蔑ろにしたつもりはないがな」

「当然です……あなたの敵意だとか察知する“能力(チカラ)”ってこういう時、使えないんですか」

「殺し合いにしか役に立たんつまらんものさ」

 

 だが、と一呼吸置く。

 

「人の好意ぐらいは、わかるものだよ。そんなものなくてもな」

 

 微笑し、そう呟く。

 驚いたように目を見開くアズラエルと三人娘。

 

 しかし、次の瞬間のその表情は冷たい。

 

「……いや今さらじゃねぇか?」

「ですねぇ」

「おにーさん、遅いよ?」

「……ってことですが?」

 

 ―――あれ、思ってたのと違う。

 

 

 

 

 

 

 ふと目が覚めれば、無機質な機械の天井が見えた。

 体を動かそうとするが、鈍い痛みに顔をしかめて“しばらく使っていなかった喉”から掠れた呻き声が出る。もんどりうつこともできずに、上を向いたままの体勢でいると、少しして痛みは治まった。

 記憶を整理しようとするが、やはりいまいち曖昧で、最後の記憶は“何人もの人間が大騒ぎしていた”というところだ。

 視界に妙な違和感を感じながらも、視線で周囲を見渡そうとする。

 

「え、お、起きたの!?」

 

 声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

 

「う、ぁ……」

「ちょ、ちょっと待って! もぉ、なんでこういう時に席外しちゃうのっ」

 

 慌てるような声音が聞こえ、視界に紅い髪の少女が映る。

 

「ぁる、すたー、さ……」

「む、無理して喋らないでっ、ここちゃんとした医療設備とか、ないみたいだからっ」

 

 少女、フレイ・アルスターがそう言って周囲を見渡す様子が確認できた。

 

「い、痛いとかある? その、鎮痛剤ぐらいなら」

「ん、んぅ……」

 

 どうにか、首を左右に振る。それは自分でもわかるほどに弱々しい動き。

 それを見るなり安心したような表情で頷くフレイ。

 

「そ、そっか、あの後、みんなが頑張って時間ギリギリまでって探してくれて……それで」

 

 突如、扉が開く音が聞こえた。

 

「アルスター二等兵、どうし……起きたのか!?」

 

 その声は、フレイに似ている。

 

「意識は?」

「だ、大丈夫そうですっ……痛みも無いって」

「そ、そうか……はぁ」

 

 新たに入ってきた女性、ナタル・バジルールの顔が視界に映る。

 

「意識ははっきり、しているか?」

「は、ぃ……」

 

 返事を返すとナタルも安心したような表情を浮かべた。

 

「ここは地球連合の潜水艦だ。君が撃墜された後、航路上にどうにか発見できて回収したんだ……」

 

 つまりアークエンジェルがジョシュアに辿りついたのは確かなのだろう。その後、転属命令かなにかで今はそちらから移動しているのだと察する。

 結果的には上手く転んだのだと考えたい。

 

 だがようやく、帰ることができる。自らの帰りたい場所へ―――彼と彼女たちの元へ。

 

「ハイータ・ヤマムラ中尉……その、言いにくいのだが」

 

 ―――でも私は、戦えますよ。ね、ロマ君。

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な部屋、なんとか目を慣らして自らの服を拾って着ていく。

 シャツの上から制服に腕を通したところで、ボタンをしめながらデジタル時計を見れば時刻は午前の6時過ぎ、日付は五月二十五日。

 ボタンをすべてしめたところで、テーブルの上に置いてあるサングラスを胸ポケットにかける。

 

 ふと気配を感じて振り返れば、ベッドの上で上体を起こしているのは彼の主、長いブロンドに青い瞳───ムルタ・アズラエル。

 

「ん、まだ早いんじゃないですか?」

 

 一糸纏わぬ姿の彼女は、シーツで体を隠しながらベッドから立ち上がる。

 そんな彼女を見て、別段驚くでもなく彼は笑みを浮かべた。

 

「落ち着かんのさ、戦場が近いのにこうしているのは……」

「知ってるからこうしたんだけど?」

 

 その言葉に、彼───ロマ・K・バエルは“らしくもない”表情で破顔した。

 

「ははっ、まぁ……やっぱり怖いものは怖いんだろう。それにチェシャの機嫌も取らないとだ」

「なかなか最低だぁ~?」

 

 ニヤッと笑みを浮かべながら言う彼女に、ロマも言葉を失う。AIとはいえおそらく女性であるチェシャに、アズラエルと過ごした後に会いに行くというのはよろしくはないだろう。

 だがしかし、アズラエルも理解している。あれは戦友やその類なのだから、戦闘前にコミュニケーションを疎かにするわけにもいかないだろうと、ましてや今回は“新型機”である。

 だが、ロマは素直に言葉を受け取ったのかバツの悪い表情で視線を逸らしていた。

 

「……ぷっ、な、なんですかその顔ぉ~」

 

 ケラケラ笑うアズラエルに、ロマはようやく揶揄われていたのだと理解。別の方向にバツの悪い表情を浮かべるが、そんな彼に近づくアズラエルがそっと背を伸ばし、彼の唇に自らの唇をそっと重ねた。

 “数時間前とは違う”触れるだけの口づけに、ロマは微笑を浮かべてアズラエルの頬に手を添える。

 

「ちゃんと無事に帰ってきてくださいよ? ハイータもせっかく戻ってきたんですから」

「私はモビルスーツに乗っても、必ず帰って来る主義だ。死にたくない一心でな」

 

 そう言って頬を軽く撫でると、ロマは手を降ろして踵を返す。

 

「いってくる」

「……いってらっしゃい」

 

 そう言ってほほ笑むアズラエルの柔らかな笑顔に、ロマは変わらず“らしくもない”笑顔で返した。

 

 

 

 そうしてロマは、出撃前のことを振り返っていた。

 コックピット、メインカメラの映像はハンガー内で、機体がカタパルトに運ばれていくのを確認できる。

 相も変わらずノーマルスーツを着ていないが、そろそろ身内に怒られることも増えたので考えを改める日も近いだろう。死にたくない故にノーマルスーツを着ないという矛盾もあったが、そうも言っていられない。

 

 つけていたサングラスを外して、息を吐く。

 

「チェシャ、細やかなことは任せる」

『お任せあれですわ!』

 

 相も変わらずテンションの高い声が聞こえた。気のせいか背後(脳髄)の方から聞こえるような気すらする。

 そんな彼女の変わらぬ様子に、心の中がどこか落ち着く。

 手の震えも相変わらずだが……。

 

『かまいませんけど……どうなってますのこの機体! やっぱりミサイルがどこにもないじゃありませんの!』

「新しい“得物”があるだろう?」

『でかしましたわ!』

 

 ずいぶん前からわかっていただろうに、生の人間であればリアクション芸人になれただろう。

 

『おっと、そろそろ出番ですわよ。準備はできてまして?』

「当然だ。パナマはやらせんよ」

 

 操縦桿をしっかりと握りこむと、彼の雰囲気はどことなく変わる。

 

 それと同じように、ロマ自身も自分の変化を感じていた。

 手の震えは収まり、昂揚感と熱い血が体を駆け巡るような感覚。

 

 いつもと同じだ……ならばいつもと同じように、帰るのみ。

 

『進路クリア、バエル機……発進どうぞ!』

 

 フレイ・アルスターの声に、応える。

 

「ロマ・カインハースト・バエル───」

 

 

 

 ―――ディザスター、出撃する!

 

 

 







水星の魔女が百合いい……


ってことで今回は書くのかなり苦戦しましたわ~

もっとゆっくり時間を進めようとも思ったんですが長くなりそうなので割愛です
ハイータもなんやかんやで僅か一話で生存確認
他にもなんか言うことある気がするけど気のせいってことで

次回はもうちょっと早めに更新したいとこですね

では次回もお楽しみいただければと思います


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宿敵の爪

 

 五月十五日。

 

 地球連合軍艦であるはずのアークエンジェルは、再びオーブへ入港していた。

 

 アラスカ、ジョシュアでのオペレーション・スピットブレイクに対するカウンター、サイクロプスでの自爆。

 その事実を知り離脱したアークエンジェルはそのまま連合を離脱した。そうでなくとも事実を知っている自分らを軍が放っておくわけもないだろうということは容易に理解でき、敵前逃亡で銃殺刑なんてことも考えられる……故に、オーブへとやってきたのだ。

 その大天使を救出するため、プラントでラクス・クラインから託された新たなる剣【フリーダム】を持つキラ・ヤマトも共に、である。

 

 彼が、心に深い傷を持っていたのも事実だ。

 だが、友人と“慕った者の大事な者”の二つを失い……だからこそ、失ったからこそ強い決意を持ち彼女に託された剣で、キラは再び戦場に舞い戻った。

 そしてその結果、キラは“ロマの大事な者(ハイータ)”の生存を知る。

 

 そのようなことを経ての今、キラはカガリ・ユラ・アスハと共にアークエンジェルの傍で佇んでいた。

 自らの居ぬ間になにがあったのか、そしてカガリはキラに話さねばならないことがあったから……。

 

「そっか、アスランに会ったんだ」

 

 意外そうでもないように、キラは言う。

 頷くカガリは、どこか嬉しそうでもある。

 

「お前を探しに行って見つけたの、あいつだったんだ。滅茶苦茶落ち込んでたぞ、あいつ……お前を殺したって、泣いてた」

 

 旧友()を殺して流した涙。

 その意味合いをキラは強く理解していた。

 

「あの時、僕は彼の仲間を殺した。アスランは、トールを殺したし、ハイータさんも殺したと思った。どうしようもなかった。僕も……きっとアスランも」

 

 こうした痛み分けだからこそ、今はキラもこうして冷静でいられるのだろう。

 未だに許せるかはわからない。だが今、“あの時と同じ怒りがあるか”と聞かれれば、首を横に振る。

 

「小さい頃からの友達だったんだろ?」

「アスランは昔から凄くしっかりしててさ、僕はいつも助けてもらってた」

 

 カガリがアスランと再度出会った時、アスランを詰めたカガリにアスランはキラのことを語った。その時と同じような声音で、キラも親しい旧友の話をするように語る。

 

「なんで、その……そんな奴と戦ってまで、地球軍の味方をしようとなんて思ったんだ?」

「え?」

 

 彼女自身、無神経だとは思った。それでも知りたいと思ってしまったのはやはり、アスランとキラ、二人を共に知っているからだろう。

 もしかしたら“兄代わりだった男(ロマ)”の言葉などにも影響されているのかもしれない。なんて自分で思って、ないなと苦笑を浮かべる。

 キラが不思議そうな顔をしていることに気づいて、ハッとカガリは首を横に振った。

 

「いやだってさ、お前……コーディネイターなんだし、そんな友達と戦ってまでなんて……なんでだよ」

 

 いつぞやアークエンジェルで話したことと、変わりないことではあるが、あの時とは違う。

 あの時は【なぜコーディネイターなのに、地球軍で戦うのか】だったが、今回は【なぜコーディネイターの友達がいるのに地球軍で戦うのか】なのだ。これは大きな差である。

 

「僕がやんなくちゃ、みんな死んじゃうと思ったから。僕、コーディネイターだし……」

「え?」

 

 コーディネイターだからという理由でごまかしたが、違う。やはり根本は“誰かのために戦っていた”のだろう。

 感情の大きさこそ違うものの、ハイータと同じだ。

 彼女は【ロマがいるから戦う】というもので、そこにナチュラルだからとか、コーディネイターだからなんてものは無いのだ。

 

 キラはただ【友達がいるから戦う】だった。その結果に対しての予測の甘さは、否めなかったものの……。

 

「ほんとは……ほんとのほんとは、僕がアスランを殺したり、アスランが僕を殺したりするなんてこと、ないと思ってたのかも知れない」

 

 思っていたのだ。

 

 ともあれ誰も死なず、そのまま全て終わってくれると……。

 

 

 

 

 

 

 五月二十五日、未明。

 

 地球周回軌道上には、パナマ基地を攻撃する地上部隊を“援護”するためのザフト艦隊が展開していた。

 

 地上での作戦開始から未だそれほど時間は経っていない。

 現状で無理矢理にでも“新兵器”を投入などすれば、高いコストを払ってした“EMP対策”も“新兵器自体”も無に帰すかもしれない故、今はまだ雌伏の時。

 しかして、ジン強行偵察型も配置し、可能性は低いが連合からの攻撃に対する対策は用意した。万全の状態で作戦に挑むはずではあったのだ……。

 

 だが、先を“識る者”がいればそれもまた……。

 

 

 

 突如、一隻のローラシア級が爆散。

 三機のジンがバズーカを構えるが、次の瞬間にはビームに貫かれ破壊される。

 

 まさかの強襲、そして間髪入れずに撃破されたローラシア級……既にザフト艦隊は混乱に陥れられていた。

 

『どうなっている!? 敵機の反応があると報告を受けてからまだ二分も経ってないぞ!?』

『そんなっ、接敵してる敵モビルスーツはまだ一機でしょ!?』

『うそじゃない! あのエンブレムっ……“悪魔憑き”だ!』

 

 ザフトにとっては畏怖の対象、それこそが“赤い悪魔”であり、そのエンブレムから“悪魔憑き”とも呼ばれる者。

 ロマ・カインハースト・バエル───ブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルの懐刀。どの程度までザフトが彼を知っているか、答えとしてはほとんど知らないというのが正しい。

 だからこそ、正体不明の悪魔、それは圧倒的な恐怖の対象なのだろう。

 

『こちらガルバーニ! 奴が前にっ、ああぁぁあぁ───』

 

 再びローラシア級が墜ちたのだと理解するザフト兵たち。

 混乱するザフト部隊では“ソレ”を抑え込むことなどできるはずもなく、一部を除けば“若者ばかりの兵隊たち”では状況を理解して小隊の再編成すらもまた然り。

 ブリッジに“腕を突き立てられた”ローラシア級ガルバーニの甲板の上、爆煙の中、そこに立つのは───たった一機の赤いモビルスーツ。

 

 

 

 頭部は所謂“ガンダムタイプ”で、目つきは鋭く、さらに鋭いV字アンテナは四本。頭部にはブレードアンテナも伸びていた。

 

 人型ではあるものの、前腕は他のMSよりも長く、伸ばせば膝ほどまであるだろう。腕部脚部にもプレディザスターと違いしっかりと装甲を纏っている。

 

 胸部装甲は少しばかり前に突き出すような形になっており、上部左右には砲門。

 

 腰部リアアーマーには大型ビームライフルがマウントされており、サイドアーマーはそれほど大きくはないものの厚め、フロントアーマーはストライクのようにシンプルなもの。

 

 肩部の装甲は上腕部分と同等の長さで横に伸びているが、細かなバーニアも装備されておりロマの戦闘スタイルの肝である機動性を増すことはあっても、殺すことはないだろう。

 

 バックパックは上部左右に装備されたポッドにショルダーアーマーよりも一回ほど大きなウイングバインダーが装備されており、下部左右からはテールスラスターが伸びる。

 

 甲板に立ち、真下のブリッジから鋭い爪を引き抜くその姿は、まさに悪魔の様相。

 

 

 

 その肩部のエンブレムにザフト兵は畏怖の念を、または激しい敵意を向ける。

 しかして、敵意を向けられるだけ、その兵士は場数を踏んでいるベテランなのであろう。連合に比べ圧倒的に数に劣るザフト、若い兵士たちを大量投入している故に、“ソレ”が現れるということの意味は大きい。

 だからこそ、銃口を向けるのが遅れる。

 

 その赤銅色の装甲を持つモビルスーツ【ディザスター】のコックピットで、パイロットであるロマは静かに呼吸する。

 息遣いを乱さぬように、その視線と感覚で敵機を探っていく。

 

「さて、問題は私にこの機体を使いこなせるだけの素養があるかどうかだが……」

『オーホッホッホッホ! 素養があるかどうかなど関係ございませんわ! 私がいるのですから!』

「お手柔らかに頼みたいものだな……!」

 

 ローラシア級、ガルバーニの甲板を蹴り加速。さらにガルバーニの爆発で―――加速。

 

「ぐッ……!」

 

 さらにバーニアを使って加速していることもあり、その速度は“飛行ユニット付きのプレディザスター”と遜色ないだろう。

 設計には自分がさんざ関わっている上に、“じゃじゃ猫(チェシャ)”の要望もある程度は飲んだ。

 なればこそディザスターのことは理解しているが、それでもなお……いやそれ故に使いこなせるか、そこに明確な確信を得られず、それでも戦うしかなく―――。

 

『悪魔めぇ!』

『落ちろぉ!』

 

「そうも生の感情を丸出しではな、私を討つには絶望的というものだ……!」

 

 加速していたディザスターを減速、転回させると共にリアアーマーの大型ビームライフルを引き抜き、放つ。

 大型ビームライフルの割には、普通のビームライフルとさして変わりない緑色の光が放たれる。

 それは敵機であるジンが放ったキャットゥスの弾ごと、放ったジン本体の胸部を貫いて爆散させた。

 

「通常出力でもやれるものだな……!」

『あなたはいつだってやれましてよ!』

 

 残りのローラシア級の数を確認。

 ロマにとっての今作戦の目的は、別段“敵機の殲滅”ではない。“パナマを落とさせない”ことにあるのだ。

 ならば撃つべきは“赤い悪魔”に怯える“有象無象(MS)”たちではない。

 

 彼の地に“神のいかずち”を放つ力を持つ“大物(敵艦)”である。

 

 十数機のジンたちが銃口を向けるも、ロマはフットペダルを踏み込んでディザスターを加速させた。

 攻撃されるより早く、敵群の中へと入り込む。

 集団の中に入り込んでいることにより、他からの攻撃を牽制させるという効果を狙ってだが……。

 

『こいつ、集団戦になれた動きをっ』

『敵に対して対角線上に入るな!』

『無理です!』

 

 その思惑は功を奏す。

 

 左右から重斬刀を引き抜いて接近しようとするジン二機。

 

「ええぃ、邪魔をする……!」

 

 大型ライフルを手放し、先端が鋭い爪となった五指と両腕を真っ直ぐと伸ばしたディザスター。

 

 すると迫るジン二機へと、その両腕、前腕付け根部分から先が―――射出された。

 

「出てくるからそうなるッ!」

 

 射出された“有線アーム”が真っ直ぐにジン二機の腹部を貫く。

 両腕が即座に回収されるなり、身を翻し他の敵機からの攻撃を避けつつ、手放したライフルを拾い、目標のローラシア級へと速度を上げる。

 その速度は凄まじく、並の兵士では銃口を合わせることもできないだろう。

 

「チィ……チェシャ!」

『こっちも準備っつーもんが必要であらせられるでございましてよ!』

 

 ローラシア級の機関砲と、その周囲のジンによるライフルやミサイル。

 向かう先から放たれるその波状攻撃を、加速しながら回避するディザスターが、ローラシア級から見て上方に加速。真上を取る状態になるなり、ブリッジにライフルを向ける。

 

 その銃口に収束する光。

 そして……引かれるトリガー。

 

「墜ちるがいい……!」

 

 最大出力で放たれた大口径ビームが、船体とジン一機を穿つ。

 ブリッジに直撃でないとはいえ、大口径ビームの直撃を受けて大穴が開いたローラシア級は既に誘爆を待つのみといったところだろう。今更脱出されたところで問題もあるまいと、ロマは次の敵機を見やろうとするが、殺気に気づき即座に加速する。

 立ち止まっていては、大型対艦ミサイルの直撃を受けていたところだろう。

 

「D型装備かッ!」

 

 対艦装備のジンを見つけるなり、即座に大型ビームライフルを向けて放とうとするも……ジンは動き出す。それを理解するなり、ロマは即座に銃口を逸らしてからトリガーを引く。

 放たれた出力を絞った通常のビームが、動いたはずのジンの胸部を貫く。

 

「やってやれるものだな!」

 

 しかし、鋭い敵意を複数方向から浴びる。

 

「くっ!」

『ちょっとあなた!?』

 

 即座に加速し攻撃を回避するも、20を超えるジン、ジン・ハイマニューバ、ジン強行偵察型からの波状攻撃すべてを避け切ることはかなわず、ライフルの数発が掠る。

 PS装甲により致命的な攻撃ではないものの、僅かに怯みさらにスナイパーライフルでの攻撃を受けた。

 さらに、迫るキャットゥスに気づく。

 

「好きに、やらせるものか!」

 

 胴体に装備された砲口からバルカンを放ち、それを迎撃するも爆散。

 

 広がる爆煙から即座に抜け出したディザスターは、最も近いジンへと接近。超至近距離まで接近すると同時に左腕でその胴体を貫き、右手に持ったライフルで近くのジンを狙い撃つ。

 他のジンが放ったライフルを左腕で貫いたジンで防ぎ、風穴まみれになったジンを蹴って加速。

 さらに他のジンへとライフルを向けてビームライフルで敵機を貫く。

 

「チェシャ、まだか!」

『おぉ待たせいたしまぁしたわぁ! 完了ですわよ!』

「っし!」

 

 口元に笑みを浮かべながら、残り四隻のローラシア級を睨みつける。

 攻撃を無理矢理に抜けて、加速する。

 

『なんで止まりませんの!?』

「止まれる場所に、いくのさッ!」

 

 真っ直ぐ加速し、大型ビームライフルを通常出力で放ち上部に搭載された主砲を破壊。

 さらに加速し、狙いのローラシア級の甲板へと勢いよく着地する。振り返ればジン・ハイマニューバが重斬刀を持ち接近してくるが、ロマは素早くライフルをそのジン・ハイマニューバへと投げた。

 それに反応し、重斬刀で切り裂く。

 

「目の良さが命取りだな……!」

 

 片手を軽く開いてそちらに向けるディザスター。その手首には―――小さな銃口。

 

 その銃口から放たれた弾丸がジン・ハイマニューバを貫く。

 コックピットのロマは、爆発が起きるわけでもなく力なく浮遊する敵機からすぐに目を逸らすと、残り二門の主砲へと意識を向ける。

 ディザスターは、両腕をそちらへと向け弾丸を放ち主砲を破壊。

 

「これで敵機は攻撃できまいよ……僅かだがな?」

 

『赤い悪魔が、止まった!』

『く、だけど攻撃はっ!』

 

 まだローラシア級は破壊されていないが、時間の問題だと理解し、なおかつ味方ごと撃つ判断さえできれば攻撃は飛んでくるだろう。

 だからこそ“僅か”と言ったのだ……だが、それで十分である。

 

「チェシャ!」

『General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System……接続、有線式サブアーム【ファウスト・ヌル】起動』

 

 ディザスターのツインアイの色が緑から赤に変わる。

 

『なんだ、悪魔憑きの様子がっ』

『目が、赤く……?』

 

 バックパックのウイングバインダーが展開されると、内部に向けて折りたたまれていた“四本のソレ”が───現れた。

 

 その間、ザフトのMSたちは動くのを忘れる。

 

『あれは、腕か!?』

『な、なんだあのモビルスーツはっ!』

 

 ウイングバインダーから現れたのは―――サブアーム。

 

 延長するようにバインダーの先に一本、下部分に一本、二対四本の隠し腕。前腕部分の型はディザスター本体とほぼ一緒のものであるように見えた。

 

『あ、悪魔よ……』

『これがっ、赤い悪魔……!?』

『て、撤退しましょう! これじゃぁ、ぜ、全滅ですよぉ!』

 

 その四本の腕を翼の如く広げたディザスター。

 見ていた者は恐れ慄き、聞こえぬはずの咆哮が聞こえるようだった。

 

 ジン・ハイマニューバの一機が重斬刀を引き抜き、前に出る。

 

『恐れるなよ若造! 所詮見かけ倒し……我々コーディネイターがナチュラル如きにィ!』

 

 飛びだしたジン・ハイマニューバを認識するなり、ローラシア級の上に立っていたディザスターはその脚部底からクローを展開しブリッジを刺し貫く。

 そして、甲板を蹴り加速。

 

 さらに爆風で加速し、凄まじい速度でジン・ハイマニューバへと接近。

 爪を真っ直ぐに伸ばした右腕を振るうが、ジン・ハイマニューバはその刺突を重斬刀の腹で凌いで見せる。さらに、ジン・ハイマニューバは片手を重斬刀から離し右腕を掴む。

 

『その動きも見飽きたわぁ!』

 

 隊長機のそんな行動に、当然のように他兵士の士気も上がる。

 

『隊長!』

『俺たちもやるぞ!』

 

 続くようにディザスターへと加速するジン六機。

 ディザスターが左腕の爪を隊長機のジン・ハイマニューバの胸部へと向けて、振るう。

 

『俺の死を無駄にしてくれるなよ小童ど───』

 

 ジン・ハイマニューバを貫いた腕を引き抜けばオイルがディザスターを汚す。

 素早く腕は引き抜いたが、すでに周囲には六機のジン。

 

『もらったぁ!』

『悪魔退治の時ィ!』

『往生しろやぁ!』

 

 だが―――腕は二本ではないし、それは飾りではない。隊長機の活躍に昂揚したのか、既に錯乱していたからか、判断能力は既に失っているのだろう。

 四本の腕が動きだすと、前腕付け根部分から先が───射出。

 

 当然、ほぼ同型の腕ができないわけがない。

 

『えぇっ―――』

『いやぁ―――』

『かあさ―――』

 

 即座に四機が貫かれ、さらにそのサブアームは───自在に動いていく。

 

『ここからわたくしのショータイムですわ!』

「ローラシア級を落とす、手短にな……!」

『有線アームに難しいこと言いますわねぇ!』

 

 メビウス・ゼロの有線式オールレンジ攻撃兵装【ガンバレル】の技術を応用した新武装、サブアーム四機はロマの使う腕と違い、文字通り自由自在に動きだす。

 ジンを貫いた四機のサブアーム【ファウスト・ヌル】がさらに動きだし、迫るジン二機を狙う。

 

『い、いやぁ! 助けてパパぁ!』

『そんな、こんなのどうやって!』

 

 二機のファウスト・ヌルにより腕をもがれ、最後にコックピットを貫かれるジン。

 

「いくぞチェシャ!」

『今の私はあなたと一つ、身体はディザスターそのものですわぁ!』

 

 ロマはポケットから取り出した“筒状の注射器”を首に突き刺しスイッチを押す。

 中の液体が注入されると、その注射器を“既に使用済みが一本入っている”別のポケットに入れ、ファウスト・ヌルが回収されるなり、フットペダルを踏み込む。加速するディザスターの先、ローラシア級。

 

「邪魔をしてくれる……まだいるか」

 

 周囲から感じる敵意、追加で前方に現れる二機のジンがライフルを放つも、それを回避。

 

『露払いはお任せですわね!』

 

 再び射出された四本のファウスト・ヌルが敵機の迎撃に飛ぶ。

 前方にいる二機のジンの攻撃を回避し続けつつ接近していると―――。

 

「そろそろか、新兵を殺すとは……気が滅入ることだ」

 

 ―――弾切れを起こす。

 

「甘いな……!」

 

 両手を前へと向け、射出する。

 放たれたそれがジン二機の頭部を掴み、そのまま前方のローラシア級へと叩きつけた。

 繋がれている腕を追うように加速したディザスターが、そのままローラシア級の甲板へと着地、即座に腕を引いて二機のジンの胸部に手首から弾丸を撃ち込み、さらに片腕をブリッジへと伸ばし突き刺す。

 

 甲板を蹴って加速、またしても爆風で加速し、次なるローラシア級へと飛ぶ。

 

 

 

 ザフトの地上部隊は―――未だ“新兵器落下地点”を制圧もできないままであった。

 

 

 

 

 

 

 地上、パナマ基地。

 

 ディンが爆散し地上に落ち、その落下地点近くでゾノが“剣のようなもの”に貫かれて倒れる。

 その“剣擬き”がワイヤーのようなもので回収されていくと、その先には一機のモビルスーツが立っていた。

 近くにはバクゥ二機とジンオーカー一機の残骸。

 そして一機のジンが、片足をその胴体に乗せられ、胸部に弾丸の雨を浴びる。

 

 ディザスターに似たモビルスーツが、そこにいた。

 

 そしてそれを駆るのは一人の女。

 

「アハハハハッ! 凄いよロマ君! この機体はァ、まるで失った私の手足みたいだァ!」

 

 高笑いする女、ハイータ・ヤマムラ。

 失った右腕と左足を取り戻したかのように、喜ばしそうに、狂気的に、楽しそうに笑う。

 

 地上で彼女が戦っていたなどと、ロマは夢にも思うまい。もちろんアズラエルは既知のことではあるが……。

 

「んぁ~みんなも頑張ってるねぇ~♪ 理事も喜ぶよォ~」

 

 連合の量産機、ストライクダガーがザフトのモビルスーツを破壊しているのを横目に見る。

 

「フフフッ、私の機体鬼強い! このままかかってくるザフト軍皆殺しにしよーっと!」

 

 黒煙より、朱色のモビルスーツが―――加速する。

 

 

 

 

 

 

 宇宙にて、半壊したローラシア級の甲板に立つディザスター。

 

 既にファウスト・ヌルもウイングバインダーに格納されており、周囲にはモビルスーツの残骸。

 全滅させたわけではないものの、最後のローラシア級を倒す直前には、既に撤退を開始していたザフト部隊。

 ディザスターはフェイズシフト装甲の展開を解除し、その装甲は灰色に戻っている。

 

「……ぐっ、気持ち悪りぃ」

『ほらぁ、無理して薬なんて使うからそういうことになるんですのよ?』

「じゃなきゃ、一人で敵艦隊とやりあえんだろっ」

 

 しかも、さらにかなり奇を衒った戦い方をして、損傷ゼロとはいけなかった。

 フェイズシフト装甲が無ければ死んでいただろうと、苦笑する。

 

『……お疲れ様ですわ』

「ああ、戦争はまだ終わらんが……な」

 

 そう言いながら、遅れてやってきたアガメムノン級を見やった。

 

「とりあえず……また怒られるな」

『腹上死なんて笑い話にもなりませんわよ~?』

「……なんで知ってる」

『オホホホ! マヌケは見つかったようですわね!』

 

 生の脳で演算やらをしているとはいえ、AIに隠し事を看破されたことによりロマは顔をしかめる。

 

『まぁ、冗談はさておき……これでもしっかり見てますのよ』

「……そうか」

 

 照れたような声音を出すAIに微笑を浮かべ、ロマはフットペダルを踏む。

 脚部から展開された爪が収納され、ディザスターが宙を浮き肩部やテールスラスターを使い体勢を整えると、アガメムノン級【メネラオス】へと向かっていく。

 

 気分の悪さが徐々に収まっていくのは、その副作用が切れてきただけということでもないだろう。

 

「さぁ、帰るとしよう……」

 

 場所ではない、今その時───彼女らの元こそが、帰る場所なのだ。

 

 

 

 こうして彼の思惑通り、パナマは───マスドライバーは守られた。

 

 

 







最近忙しくて書く時間とれないので結構急ぎめに
変なとこあったらすんませんー

とりあえず新型機ディザスターお披露目
ちゃんとしたガンダムタイプ乗らせるつもりは企画段階ではなかったんですが、連載前に急遽決めました
トンデモ兵器のような、案外そうでもないような
お薬パワーとチェシャパワーで強く見えるのかもしれないです

さらっと地上でもなにかあったようなそうでもないような

では、次回もお楽しみいただければと思います


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ノー ウェイ バック

 

 

 パナマ基地防衛から数日後、地球。

 ブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルを含めた地球連合の高官たちが会議を行うために集うのは大西洋連邦首都、ワシントン。

 そして、そんな彼女について地球へと降りたロマ・K・バエルとクロト、シャニの二人。

 彼らはアズラエルと別れて、“彼女ら”と合流するために、別の部屋へとやってきた。

 

 無機質な自動ドアが開くと、その部屋にあるソファに座していたのは……オルガ。

 

「あ、オルガだ」

「ん」

 

 笑顔を浮かべて軽く手を上げるクロトと、軽く頷くシャニ。

 オルガが興味無さそうな表情で頷きながらも、おそらく内心ではそれなりに喜んでいるか安心しているのだろうと、クロトもシャニもロマも察する。

 部屋をキョロキョロと見ながらも、ロマはそっとオルガの隣に腰降ろした。

 クロトとシャニも各々好きな場所に座る……シャニはロマの隣で、クロトはオルガの隣。

 

「ハイータは?」

「検査だってよ、そろそろ帰ってんじゃねぇか?」

 

 オルガがそう答えると丁度そのタイミングで、自動ドアが開いた。

 

「ただいま戻りました……あ、ロマ君にクロトちゃんとシャニちゃん」

 

 戻ってきたのはハイータ・ヤマムラ。後ろにいた女性スタッフがロマに目配せだけして去っていき、ハイータは“電動の車椅子”を操作して部屋の中、ロマの近くに移動してくる。

 こうして会うのはおおよそ一週間ぶりほどになるが、やはりその姿を見慣れることもない。

 

 ザフトとの戦闘で彼女は重傷を負った。右腕と左足を失っており、既にそこには存在しない。

 そして、右目には眼帯───視力はもはや回復することもないだろうとのことだ。

 

 彼女をそういう風にしたのはイージスだと聞いている。

 そして、そのパイロットをロマは知っていた。

 

 ―――アスラン・ザラ。

 

 知り合いでもない、ただ一方的に彼を知っているのだ。

 血のバレンタインで母を亡くし、現評議会議長パトリック・ザラの息子にしてエリートである赤服を身に纏い、今頃はフェイスの称号すら得た者。

 そして、ロマが“殺すわけにはいかない”と思っていた者だ。

 

「あ、そういえば……あの、アズラエル理事に聞いちゃいました?」

「……ああ、聞いた。パナマ防衛に出撃したそうだな」

 

 その言葉に、ハイータは困ったと言う風に笑う。

 

「その、あれですよ! アズラエル理事に指示されたとかじゃなくて!」

「わかっているさ、理事がそんなことするわけもあるまい。むしろ相当止めたんだろう」

「わかっちゃい、ます?」

 

 いつも通りの表情、そんな彼女にロマは笑みを浮かべて頷いた。

 彼女がこんな状態のハイータを“新技術を使ってまで戦いに駆り出すわけがない”と、理解しているからこそハイータの我儘なのだろうということも予想がつく。

 ロマの識る“リユース・サイコ・デバイス(システム)”に近いなにか……。

 だが、それで彼女が構わないと言うのであれば、あとは自分が“なんとかしてやる”だけだ。

 

「……さて、問題はアズラエル理事だな」

「ん、なにが問題、なの?」

 

 シャニが隣で小首をかしげる。

 

「次の、戦場さ」

 

 今、この時に進行している会議こそが、彼にとってのターニングポイントの一つなのだ。

 

 

 

 

 

 

 会議室に、テーブルを叩く音が響く。

 叩いたのはムルタ・アズラエルであり、その勢いのせいで舞い上がった髪が、ゆっくりと下に垂れる。そこでようやく、アズラエルはその会議室にて座す連合構成国の高官たちに目を配った。

 誰も彼もが驚愕の表情をして、少しばかり狼狽えているようにすら感じる。

 

 場の支配は完了した。出鼻は挫かれたが、都合の良い状態には持ち直せただろう。

 

「で、なんと言いました?」

 

 ゆっくりと、座って聞くアズラエルのその瞳は鋭い。

 少しばかりの沈黙の後、高官の一人が咳払いをして話を始める。

 

「貴女のやり方が」

「私のやり方が? 手ぬるいと? で、貴方達は一体全体どうするつもりですか……代案も無いのに文句を言っているわけじゃあないんですよねぇ?」

 

 テーブルの上に乗った片手の人差し指がトントンとテーブルを叩く。

 

「再三徴用要請をしても、頑固者のウズミ・ナラ・アスハは、どうあっても首を縦に振らん……」

「だから? 私達に関係ありますか? ザフトとオーブが繋がっているのであれば、背中から叩かれるわけにはいきませんからね。戦うのを私だって推奨しますが、今回に至っては違うでしょう」

 

 マスドライバーもある。ビクトリア基地奪還の目途も経っている。

 オーブを攻める理由が見当たらない。むしろアズラエルとしてはオーブがMS開発を進めているということを知っている故に、むしろその戦闘によっての戦力の低下を懸念せざるをえない。

 勝って手に入る利益があるとしても、戦わないと言う選択肢を上回るわけもないだろう。

 

 故に、アズラエルはハッキリと口にする。

 

「しかも、よりによって“私達”にそちらをやれと?」

「……でなければね、アズラエル。そちらを“ロード・ジブリール”がやると、そう言っているのですよ」

 

 その言葉に、アズラエルは露骨に顔をしかめた。

 ロード・ジブリール。立ち位置としては、次期ブルーコスモスならびロゴスの盟主候補、と言ったところであろう。反コーディネイター思想ではアズラエル以上であり、過激っぷりもまた然り。

 まさしく“イメージされるブルーコスモスそのもの”と言ったところだろう。

 

「正気ですか……?」

「そういう方向に話は動いてしまっているのだよ」

 

 アズラエルとて『地球の一国家であるのなら、オーブだって連合に協力すべき』だとも思ってはいるが……。

 

「パナマ防衛が失敗した、とかならまだ理解できますけどね。よりにもよって……」

「しかし、もうビクトリアの方はウィリアム・サザーランドが動いているからに」

 

 再び、アズラエルはテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「どうして私が知らないところで話が進むんです!?」

「わ、我々に言われても……ブルーコスモスで、伝達し合っているんではないのか?」

「ロゴスも然り、だよ。アズラエル……」

 

 高官たちは恐る恐るながらも言葉を発していく。

 

「っ……」

 

 顔をしかめながらも、アズラエルは両手をテーブルから退けて真っ直ぐに立つ。

 恐れる中に下種な視線も感じながら、アズラエルは深く呼吸をしつつ、頷く。

 

「良いでしょう……“オーブとの交渉”は───こちらで引き受けます」

 

 

 

 

 

 

 アズラエル財団が保有している航空機の中で、アズラエルは不満そうな表情を浮かべていた。

 テーブルを挟んで向かいに座っているロマは難しい表情をしており、クロト、オルガ、シャニは別になんでもよさげ、ハイータはというと複雑そうな表情を浮かべている。

 

 ゆっくりと、ロマは口を開く。

 

「つまり、オーブ襲撃の指揮を取ると?」

「まぁ結果的にそうなるでしょうね。一応は“交渉”に出向く、という話ではありますがね……」

 

 だがロマは識っている。

 いや、彼でなくともわかっているのだろう。ウズミ・ナラ・アスハが首を縦に振ることなどありえないと……。

 

「私だって」

「わかっているよ。私とて君がなんの“利益もない戦い”に出向くわけもないと思っているさ。それに君のことだ……気を遣って自ら行くのだろう?」

 

 その見透かしたような言葉に、アズラエルは不快になるどころか快い気持ちにすらなる。

 彼女にしてはロマンチスト的な思想にはなるが、それは“通じ合っている”ように思えたからだろう。

 身体だけでなく、心さえも……。

 

「……件の“ロード・ジブリール”に任せたら『コーディネイターと結託している見せしめ』とか言って焼野原にしかねませんからね」

「それはナンセンスだな」

「意味あるんですかそれ、無駄に敵対心を買うだけですよ……しかも“ブルーコスモス(私達)”は特に強く」

 

 それもロマは識っている。ロード・ジブリールはそういうことをする者だ。記憶の中に、“明けない夜(ソレ)”がしっかりと焼き付いている。

 そしてそれは、ステラと出会ってから、なお強く意識するようになった。

 故に、彼にとっても“ロード・ジブリール”の台頭など許すわけにはいかないのだ。

 

 ───ここでジブリールに大きな顔をされるわけには、な。

 

「で、ボクらでオーブを叩くってわけ?」

「やれって言われりゃやるけどな」

「ん、おにーさんもいるなら」

 

 クロト、オルガ、シャニのスタンスは作戦であればやるというだけだ。そこになんの感慨もない。

 討つべき相手が“ロマやハイータやアズラエル”でもなければ、なんの抵抗も無く受け入れることだろう。それがいかに非人道的作戦だったとしても、だ。

 故に、あとはロマの判断のみなのである。

 

「……いくさ、どちらにしろ作戦は決まっているのだろう。ともなれば君の下でオーブを討つ方がよほどいい」

「はい、決まりですね」

 

 ロマの言うとおり、彼らの答え云々を余所に、オーブとの交渉については既に“指揮はアズラエル”ということで決定しているのだ。

 ただ、アズラエルが聞いたのは『この作戦に参加するか否か?』ということである。ロマにも、もちろんハイータにも気を遣ったのだろう。

 相も変わらず身内に甘いなと考えて、ロマは苦笑を浮かべる。

 

「む、なに笑ってるんですか?」

「ああいや、優しいな、君は……」

「……」

 

 顔を赤くして、ジトっとした目で睨みつけられるロマ。

 フッと微笑を零すなり、ロマは脳内に彼女のあらゆる姿を思い出す。

 危うく鼻の下が伸びかねないので、すぐに思考を別の方向へと向け、ついでに視線を向ければその先にはハイータ。

 車椅子に座っている右眼右腕と左足を失った彼女と向き合うと、彼女は何かを察したように頷く。

 

「……ロマ君とアズラエル理事、さてはちゃっかり進んでますね」

「なっ!?」

「っ!」

 

 珍しく声を上げて驚くロマに、ハイータはおかしそうに笑う。

 それを見て顔を赤くして俯くアズラエルと、顔をしかめて目を逸らすロマ。

 そしてクロト、オルガ、シャニはオーブでの作戦を聞いたときより強く反応を示し、驚いていた。口をあんぐり開けているクロトとオルガをよそに、一足先にシャニはいつも通りの雰囲気に戻ると、ロマの顔を覗き込む。

 

「ん~……ヤったの?」

「ぐっ、ストレートに聞く奴があるかっ」

 

 顔をしかめて言うロマに、シャニはニヤリと口元を歪める。

 

「え~お兄さん、ちゃんとそういうことできたんだぁ」

「どういう人間だと思ってたんだお前はっ……」

 

 すっかりカッコつける余裕などありはしないが、何とか体裁を保つために足を組んで大人らしい雰囲気だけだしておき、手元にあったコーヒーを啜る。

 横のシャニから視線を感じ、視線だけをそちらに向ければ視線が合う。

 

「……私とも、する?」

「ぶふぉっ!」

 

 思わず吹き出すと、向かいのアズラエルが顔をしかめつつティッシュでテーブルの上を拭く。

 

「す、すまない」

「まったく、かっこつかないですねぇ」

「そんなこと言われてもだなぁ」

 

 情けない奴であるが、それがロマなのである。

 わかっているからこそ、みなどこか“笑顔”なのだろう。

 

「おめでとうございます」

 

 そう言うハイータを、ロマとアズラエルの二人が見る。

 笑顔で、一切の曇りなく祝福の言葉を投げかける彼女は、そんな笑顔のまま。

 

「でも、私の方がおっぱい大きいです!」

 

 ―――どういうことだ! まるで意味がわからんぞ!?

 

「私の方がおっぱい大きいです!」

 

 ―――なんか知らんが二回も言った!?

 

 

 

 

 

 

 会議のその日から半月ほどして六月半ば、海上の大西洋連邦艦隊の旗艦にロマはいた。

 甲板にて潮風を肌に感じるが、既にそうして海上に“二日”もいれば思うところ等ない。

 しかして、視線の先に存在するオーブには、何度見ても様々な思いを抱かずにはいられない。なぜならロマだけが知っているのだ。そこに“戦友”がいるのだと……。

 

 六月の頭に、地球連合はオーブ連合首長国を含めた中立を保っている赤道連合、スカンジナビア共和国に対して『ワン・アース』をアピールした。

 大がかりなイメージ作戦だが……その実、水面下では、各国政府に恫喝に近い連合への加入要求を行っている。

 そしてその参加を蹴って、さらには協力すら蹴り、まんまとこちらの手の上で踊らされているオーブ。

 

 そもそも連合は最初からオーブを潰す気だったのだから、何の不備もあるまい。

 

 大西洋連邦も含めて、連合に参加しないのであれば全て敵という思考なのだろう―――知れば知るほどロクでもないなと、思わず苦笑を浮かべる。

 

「どうしたんですか、こんなところで?」

「アズラエル理事……」

「そろそろ出撃準備ですよ。作戦が開始されます」

 

 二日前、46時間前に地球連合軍はオーブに対して“武力放棄”のみを要求したが……当然ながら受け入れられるはずもなかった。それどころか、即座に拒否という回答はきていたのだが、アズラエルは結局48時間後の答えによって動くという判断を取ったのだ。

 しかして、答えは恐らくNOであると、アズラエルも他の兵士たちも理解していた。

 

 故に───オーブ解放作戦は発動される。

 

 手すりに寄り掛かっていたロマの隣にアズラエルが立ち、同じように手すりに寄り掛かった。

 

「せっかくの新型専用機、使えなくて残念ですか?」

「……あの日からチェシャが不調なんだ。仕方あるまいよ」

 

 複雑な機構をしたディザスターを完全に使いこなすには、どうあってもチェシャは必要不可欠なのだ。ファウスト・ヌルを使わないとしても、それでなくとも彼女の存在あっての機体ということでやっていたものだから、今更チェシャ無しで乗っても逆に使いこなせないとわかっている故に、ロマは今作戦でのディザスターの出撃を棄権した。

 まぁかといって戦わないわけでもないが……否、戦わざるを得ない理由があるのだ。すべてを変えると決めて、試行錯誤したものの、結局ここに至ってしまったのだから、自らは戦わざるをえない。

 

「これで無理をさせて、チェシャが演算に使っている大事なパーツの“どこぞの誰かの脳”に不調が出る方が厄介だ。」

 

 詳細はロマはおろかアズラエルすら詳しくはしらない出所不明の“脳髄”になにかあっては、代わりを探すのも苦労する。保管された“脳”程度いくらでもあるが、“同調する脳”となると話は変わってくるのだ。

 故に、そうそう無理させるわけにもいかず、今回のロマの出撃する機体は新型量産機の試作機と言ったところ。

 

「まぁ例の機体も私の専用機と言っても過言ではないだろう? ストライクの量産機という点であればダガーと変わらんし、使えん道理はないさ」 

 

 既に資料は目にした。妙に“既視感”を感じるその機体。

 ストライクの量産型を目指した105ダガーよりも、さらにストライクに近い機体。

 

「一応、貴方が乗る前提で今回の試作機は作られましたからね。たぶん量産が成功しても“ああ”はなりませんよ」

「だろうな、一般兵が乗るにはいらぬものが多すぎる」

 

 苦笑しながら言いながら、ロマは手すりから離れた。

 それに合わせてアズラエルも手すりから離れると、ロマの方を向く。

 彼も彼でアズラエルの方を向いたものの、固まる。

 

 そのブロンドの髪が潮風により靡く。

 

「……変えてみせるさ」

 

 アズラエルにも聞こえないような声で呟きながら、ロマはアズラエルの頬に手を添えゆっくりと近づく。

 彼女は一瞬だけ戸惑う様子を見せ、周囲に視線を配りながらも、誰もいないことに安堵するなり、すぐに瞳を閉じた。

 ゆっくりと影が近づき、その唇が重なる。

 

 触れるだけの、ただそれだけの口づけ。

 

「こ、こんなとこでっ……」

「あ、悪い……」

 

 ついつい、だったのだろう。素で謝るロマに、アズラエルは困ったように笑う。

 

「別に構いませんけど……」

「まぁ見られても私が本命だとは思われんだろうさ」

 

 そういう噂があるのも確かだ。アズラエルは若い男を傍に置いて遊んでいると……。

 周囲の者は大体そんな噂無いだろうと思っているし、他にも“あの悪魔が遊ばれるわけがない”という層もいるので、真実は闇の中。

 歩き出すロマとアズラエルが、艦の廊下を歩く。

 

「しかしまぁ、私もコーディネイターを侍らせてるなどと言われるしな……」

 

 無論、ハイータのことである。さすがにブーステッドマンを侍らせているという噂は無い。

 

 もちろん───侍らせているのは事実なわけだが。

 

「あら、ハイータとはすっかりシテるのかと思ってましたけど」

「君とが初めてだったさ、知っているだろう」

「いえ、その後に」

 

 右腕と左脚がなかろうとハイータはハイータだし、無理ではないだろうとロマは思考してから、頭を振る。

 

「なにを……」

「別に良いですよ。ハイータとやっちゃっても」

「ファッ!?」

 

 つい変な声を出して立ち止まってから、ハッとして周囲を見渡す。

 

「……ふぅ」

 

 誰もいないことを確認してから胸をなでおろす。

 

「なに言ってんだ。君は」

「別に変なことじゃないですよ。私、状況は理解してるつもりですよ……“あの娘たち”の」

 

 クロト、オルガ、シャニのことを言っているのだろうとは容易に想像がつく。

 ロマ自身、クロトとオルガはいまいちわからないが、シャニは確実に自分を好意的に想ってくれていることは理解しているし、だからこそ男心としては揺れる。

 だがアズラエルは今、それを自ら肯定した。

 

 むしろいっちゃえと言っている。

 

「いや、しかしだな……」

「短い命なんですから、良いんじゃないですか? ハイータも、酷な話ですが貴方以外いませんよ。あの子、それに……」

 

 クロトもオルガもシャニも、今は多少マシだったとしても過酷な訓練とそれに伴う肉体強化、薬物強化で彼女らの命は当然普通の人間の半分もない。それは確実で、既になにをどうしても仕方がないことなのだ。

 それにハイータも、彼女もあの身体ではそうそう貰い手は見つからないだろう。挙句……。

 

「……子供もできませんからね」

「っ」

 

 例の負傷時の怪我によって、そういった機能を喪った。それはロマも理解している。

 

「だからね、良いですよ。特別です……」

「俺は……」

 

 顔をしかめるロマを見て、アズラエルは眉を顰めて笑う。

 別にそんな顔をさせたかったわけではないから、だ。

 そっと頬を撫で、今度はアズラエルの方から顔を近づけ……。

 

『アズラエル理事、作戦開始時刻が近づいています。ブリッジへお越しください』

「っ!」

 

 ビクッと震えて離れるアズラエル。

 

「……はぁ、いいところで」

「帰ってからで十分だ……」

 

 そう言ってアズラエルの頭にポンと手を置いて軽く撫でる。

 

「……それでは、また後で」

 

 軽く駆けていくアズラエルが、ふと止まって振り返った。

 

「あと、ノーマルスーツは着てくださいよ!」

 

 そんな言葉に苦笑で返すロマは、彼女が見えなくなってから壁に背を付けて深いため息をつく。

 その表情はどうにもならないことに、歯痒さに当て所のない苛立ちに、心が苛まれている故か悲痛である。

 わかってはいたが、ハイータや彼女たちのことを思えば色々と、考えてしまう。

 

 もう少し早くなんとかなったのではないか、など……。

 

 

 

 行きたくは無い、などと思いながら彼はそこ……格納庫へとやってきた。

 

 キリキリと胃は痛んで、その表情は青い。

 この格納庫にいる整備士たちは、アズラエルの私兵ともいえる者たちばかりで、少しばかり気を抜けるからか、多少情けない姿をさらしても問題もないだろう。

 とはいえ、彼が青い顔をしていればすぐにでも医務室に連れて行きたくなるものだが……。

 

「あぁ~胃が痛ぃ……」

 

「なぁに! 暗い顔してるんですかぁ?」

 

 後ろから誰かが大きな声を出しながら背中に抱き着いてきた。

 誰かなど確認する必要もあるまい。声や、感触でわかる。わかってしまう。いかに傷ついていようと、やはりそれは彼自身の性。

 先ほどのアズラエルの発言で、余計に意識してしまっていることもあるのか……。

 

 クロト、オルガ、シャニの三人娘を視界に入れた。

 とうとう“決意の砲火(この日)”がやってきたことを、彼女たちと、そして格納庫に立つ三機のGにより実感する。

 オーブを討ちたいわけがない。そこには“アークエンジェル(戦友たち)”もいるのだ。

 

 だが、全てを変えるために今は戦うしかない。

 

 

 

 新型機のコックピットで、ロマは深く息をつく。

 既に作戦は開始されており、オーブ本土では既に戦闘が始まっている。

 

 通信が入り、サブモニターにはアズラエルが映る。

 

『あ~君たち?』

 

 モニター内のアズラエルは片眉をぴくぴくと動かしており、先程シャニが言った『おばさん』という発言が、通信で聞こえていた故だろうということは、容易に想像がつく。

 彼女のことを見ると、また“あの話”を思い出してしまう。

 顔色は幾分かよくなったが、逆の方向に顔色が変わりそうだが……相当なことでもない限り顔に出ないタイプである。

 

『マスドライバーとモルゲンレーテの工場は壊してはいけません、いいですね?』

『他はやってもいいんでしょ?』

『ですね』

『うっせーよ』

 

 相変わらず姦しい三人娘に、微笑が零れる。

 

『では、いってらっしゃい。徹底的にお願いしますね』

「了解でございます。アズラエル“理事”」

 

 真横のハッチが開き、三人娘の機体───レイダー、カラミティ、フォビドゥンが出撃するのを確認。

 

 遅れて彼の機体もゆっくりと前へと進んでいくと、日に当たり鈍く輝く錆色の装甲。

 赤い悪魔の名を名乗るにしては、色が少しばかりいつもと違うが、是非もあらず。

 

「ロマ・K・バエルは、ウィンダムで出る!」

 

 背部のエールストライカーパックの大型スラスターを点火。発艦と共に海上を飛行して三人娘の機体に追いつくために、加速する。

 

 その新型エールストライカーパックによる自由飛行は、ロマの記憶では“二年後の新型ダガー”がしていることだが、その試作型ということであろう。

 機体ウィンダムすらも、ロマの記憶では二年後の機体である。

 随所が僅かに鋭い気がするのは、おそらく見間違いでも感じ方の違いでもなく、ロマが乗る試作機として生まれた故なのだ。

 

 色々と違いはあるが、ロマの目的は既に固まっている。

 嫌だと言う気持ちは確かにあるし、今すぐ帰って胃袋の中身を全て吐き出したいような嫌悪感に苛まれてもいるが、それでもやはりやりたいことは既に決まっているのだ。

 

 サブモニターに映るアズラエルからの通信。

 背景を見るに、場所は先程の艦橋ではないようだった。

 

『さぁて、なにが言いたいかおわかりですね?』

「……わかってますよ。ムルタ」

『はぁい、よくできました♪』

 

 ノーマルスーツのこともそうだが、彼女の名を呼ぶということもだ。

 

「それでは、行って来ます。やばそうだったら三人を戻すんで」

『はい、了解です。では……死なないでくださいよ?』

「かしこまりました」

 

 通信を切ると、静かに息をついてヘルメットを外し、息苦しさに苛立ちながら、“赤いノーマルスーツ”のファスナーを胸元まで下ろす。

 すっきりした表情でフットペダルを踏み込み、ウィンダムは三機にさらに近づいていく。

 レイダーに乗ったカラミティ、そしてその隣を飛ぶフォビドゥン、そしてその三機の後を飛ぶウィンダム。

 

「キラ……」

 

 徐々に戦場が近づいてくる感覚と共に、視界には爆発やビームや実弾が奔っているのが見える。

 上空を舞う“ガンダム”が視界に入れば、していたはずの決意が一瞬、揺らぐ。

 

 彼女たちの元へ帰りたいという感情が溢れるが、やはりそれでも……戦う必要があるのだ。

 

 故に、三機へと近づき通信を繋ぐ。

 

「……クロト」

『はぁい♪』

「オルガ」

『あぁ?』

「シャニ」

『ハァン?』

 

 三人の返事を聞き、しっかりと赤と青の瞳で自らが“戦うべき場所”を見据えた。

 

「往くぞ……!」

 

 

 

 ───見せてもらおうか、ザフトの核機動モビルスーツの性能とやらを!

 

 

 







序盤がかなりハイペースになりましたがこんな感じでオーブ攻めです

とうとうここまで来て、次回からはオーブ解放作戦ということで
ちなみにウィンダムですが若干尖った感じに仕上がりました……バリグナーみたいな?

盟主から変な許可でましたが、しょうがないね
情け深いアズにゃんでした

色々と変化していくと、いいなぁ……
あと三人娘のイベントも入れたいとこで

では、次回もお楽しみいただければなによりです


PS
ここらへんからOP変わってロマが敵としての再登場なんだよね(存在しない記憶)


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オーブ再び

 

 

 オーブ本土を戦火が包む。

 大量のストライクダガー、中にはコーディネイター専用機ロングダガーやエースにのみ配備される105ダガーすらも混じり、オーブの量産機M1アストレイと交戦、その圧倒的な物量で徐々に前線を押し上げていく。

 しかし、オーブもやられるだけではない。

 

 やけに連携のとれたM1アストレイ三機が、一機のロングダガーを撃墜して見せる。

 さらには連合から離脱し、オーブに停泊していたアークエンジェルが出航し、連合の攻撃を凌ぐ。

 そして、エンデュミオンの鷹こと、ムウ・ラ・フラガは“パーフェクトストライク”を駆り、エールストライカーの高機動で空へと飛び上がり、装備したアグニでストライクダガーを薙ぎ払い、地上に降りるなりシュベルトゲベールで切り裂く。

 

 さらにはキラ・ヤマトの“フリーダム”が、空を往く。

 

 

 

 それをモニターに捉えながらも、ロマは素早くウィンダムを操縦。

 正面の陸地に並んだM1アストレイ数機のビームライフルでの攻撃を上昇して回避、前方にいたレイダー、カラミティ、フォビドゥンも然りだ。

 そして三人娘の機体は、一斉に射撃武器を構え、放つ。

 

 レイダーが口部から大口径ビーム(ツォーン)を、カラミティが二連装ビーム(シュラーク)大口径ビーム(スキュラ)を、フォビドゥンが頭部に被った背部ユニットから高出力ビーム砲(フレスベルグ)を放つ。

 それらが陸地のM1アストレイ達を撃墜するが、上昇して避けたM1アストレイが一機。

 

 しかし―――。

 

「良い判断だが……!」

 

 鈍い赤をした機体、ウィンダムがその真上から足をM1アストレイに向けて落下する。

 その蹴りを受けたまま、M1アストレイは大地に叩きつけられた。しかし、まだ動けるらしく腕を上げようとする。

 だが、その胴体に乗ったウィンダムの足、爪先と二又に別れた踵からクローが展開し、その胴体を突き刺した。

 すぐにクローが収納されると、その脚部は“ロマの知るウィンダム”と遜色ない姿に戻る。

 

「しかしまぁ、私向けの機能だな……付け焼き刃でもなんとかなるか」

 

 ぼやきながら、ロマは次を感じ取る。

 

「君か────キラ!」

 

 メインモニターに映るのは、まだ連合側の者が知るはずもないモビルスーツ【フリーダム】だ。

 アークエンジェルからなるべく離れないようにしつつ、連合からの波状攻撃からオーブを守るように動いているところを見て、思わずロマは苦笑を浮かべた。

 まさかその場に自分がいて、しかも連合側など夢にも思わない光景だ。

 

 数多の“ゲーム”をやってきたものの、連合の立場で、などそうそうしたこともない。

 

「……クロト、オルガ、シャニ! アークエンジェル側に行くぞ。奴らがいてはオーブを攻めきれん!」

『意外と動揺してねぇんだな、元仲間だろ?』

 

 痛いところをつかれて、少しばかり反省する。

 確かに多少は動揺して然るべき場合だなと思いつつも、首を横に振った。

 

「構わんさ、さっさと終わらせた方が向こうもこちらも被害が少ないだろう……それと、避難船は攻撃するなよ」

 

 そう言いながら、近場の物陰から現れたM1アストレイの頭部を撃ち抜き、接近と共に腰部のビームサーベルを“ストライクと同型のシールド”を持つ左手で引き抜き、コックピットを刺す。

 それが“知った顔でないことを願いながら”だ。

 

『ってことなんで、やるよ白いの!』

『ハッ、上等ォ!』

『じゃあ私、周りからいくから』

 

 フォビドゥンが海へと潜航し、カラミティがMA形態のレイダーの背に乗るとそちらへと加速。

 少し遅れて、ロマはフットペダルを踏み込んでウィンダムを上昇させた。

 

「……ッ!」

 

 瞬間───妙な感覚を感じ、ウィンダムをバレルロールさせる。

 

 元居た場所に奔ったビームに、すぐさま視線を動かす。

 

「ゲタ履きのモビルスーツ!」

 

 ロマの視線に映った2機のM1アストレイは、グゥルのようなものに乗って上空からロマを攻撃していた。

 サブモニターにて、他の方向にも、“サブ・フライト・システム(SFS)”に乗ったM1アストレイが出撃を始めたのを確認する。

 再び放たれた二機からのビームライフルを回避。

 

「だが、グゥルのマイナーチェンジにすぎんな!」

 

 ロマの知らぬことではあるが、そのSFSはプレディザスターの戦闘データから、空中戦の有用性がハッキリと示されたから開発されたものである。

 まぁ本来であれば、プレディザスターに随伴する飛行ユニットのようなものを作るはずではあったのだ。しかし、なんの参考にもならないマニューバと戦術データを研究している内に“グゥルのようなもの”に妥協することとなった。

 

 だが、確かにそれは有用ではあるのだ───ただのパイロットが相手であれば。

 

「真下は……ほう」

 

 下に回り込むが、そのSFSの真下に装備された機関砲が放たれる。

 PS装甲ではないウィンダムでその機関砲の直撃を受けるわけにもいかない。ウィンダムを加速させて下から出るが、次は二機のM1アストレイがビームライフルを撃とうとするも、撃てない。

 銃口を向けたときには、既にウィンダムはその場にはいないのである。

 持ち前の機動性だけではなく、ロマによる予測回避。

 

「そこ……!」

 

 ロマがトリガーを引くなり、その一撃はM1アストレイのコックピットを貫く。

 一機が爆散し、もう一機のM1アストレイの動揺を感じ取りロマはビームライフルを腰後部のリアアーマーにマウント、ビームサーベルを引き抜いて加速。

 そして、真下から振り上げるようにビームサーベルを振るい、コックピットを切り裂く。

 

「素直に投降すれば、とは言えんな……!」

 

 理解はしていたことだ。しかし予想外のことでもある。

 

「見つけた……!」

 

 メインモニターをそちらに、サブモニターで三人娘の方を確認すれば、アークエンジェルから少し離れた場所でクロトとシャニは空中で、オルガのカラミティは地上から、フリーダムとパーフェクトストライクの二機と相対していた。

 そちらに三機、いや四機が釘付けになってくれているなら構わない。

 

 だがそれで“その家族が安全”であるのならばいいのだが、そうもいかないだろう。流れ弾はゆうにそちらへと飛ぶ距離である。

 

「っ……思っている傍から!」

 

 ウィンダムを地上へと加速させ、地上へと着地すると共にシールドを構えて飛んできたシュラークを凌ぐ。

 さすがにまともに受けたせいで体勢を崩しかけるものの、なんとか片膝をついて倒れるのは免れた。

 すぐにカメラを確認し、背後を見やった。

 

「……ふぅ」

 

 そのカメラに映るのは───三人の家族。

 

「マユ・アスカ……」

 

 ロマは識っている。彼女らがここで死ぬ“運命”にあると……。

 

 そして少し離れた急な斜面には、黒髪の少年がいるのも見えた。

 

「シン・アスカ、か……しかし!」

 

 戸惑うように立ち止まっている三人と、そこに戻る黒髪の青年シン・アスカは、ロマを、ウィンダムを見上げている。

 すかさずスピーカーを入れた。

 

「そこの避難民! もたもたするな……!」

 

 その声が聞こえたのか、走り出そうとする四人。

 

 だが───運命は……。

 

「なッ!」

 

 現れた三機のM1アストレイが、ビームライフルを構える。

 

「ふざけたことをッ!」

 

 シールドでそれを凌ぐも、すぐに背後を確認。

 固まって伏せているが、このままではマズいとロマは顔をしかめた。

 攻撃に出ようにも、M1アストレイのビームライフルとバルカンにより動くこともできないまま、シールドで凌ぎつつ、徐々に損傷を増やしていく。

 

「くっ、私の後ろを……オーブの民がいるというのに撃つか!」

『赤い悪魔を倒すチャンスだ!』

『悪魔に惑わされるな! 撃て!』

「チィ! 悪魔祓いの贄とするか、貴様らの守るべきものをッ!」

 

 ―――まぁ人質を取ってるようかッ!

 

 実際、それで手を緩めたからといってM1アストレイを攻撃することもないつもりだが、彼らにとってはそうではないのだ。そのまま撃たれればなす術などないのだから……。

 ロマも反撃のためビームライフルを撃ち、M1アストレイを狙うが決まった方向から来る決まった攻撃など、シールドを使い防ぐのに技術など必要ない。

 ロマのビームライフルはシールドで凌がれる。

 

「しかし……ぐっ!」

 

 跳んだM1アストレイが撃つビームライフルを、シールドを少し上げて凌ぐが、それによりがら空きになった右腕が撃たれた。

 ビームにより溶断された腕が真下へと墜ち、さらにはビームはそのまま真っ直ぐにシン・アスカたちを吹き飛ばす。

 ハッとしてそちらを向くが、砂煙により見失ってしまっており、どうにもならないと即座に動き出した。

 

「貴様ら……!」

 

 左腕のシールドをパージして、サーベルを引き抜いてその場から跳ぶ。

 上空でバーニアを吹かして放たれたビームライフルを回避し、跳んでいたM1アストレイへと加速しすれ違いざまに胴体を斬りさきその背後へと抜けると、さらに地上へと加速。

 それに対応もできずに、M1アストレイ二機の背後へと着地すると共に、一機の胸部を背から貫き、もう一機の胴体に蹴りを打ち込むと共にクローを展開、引き裂く様に足を振り抜けば、その胴体に爪痕のようなものを残してM1アストレイは倒れた。

 砂煙の方を見れば……。

 

「っ……私に、なにができる」

 

 運命はそれを許さない。

 

 先に視界に映った大人が二人……だが、既に人の形はしていない。

 そしてさらに間をおいて、砂埃が晴れた場所に黒髪の青年がいた。その腕に───妹を抱いて。

 少なからず“原作”と違い、その妹は人の形を保っているし、生きていてもおかしくはないように見えた。

 

「……今は、この場にいるべきではないか」

 

 呟くように言うと、バーニアを吹かしてフリーダムとストライクの方へと飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 フリーダムのコックピットで、キラ・ヤマトは顔をしかめていた。

 三機の新型Gからの攻撃、連合が敵の時点でこれは予測できていたことだが……パイロットとしての能力も、性能も、連携も、全てが今までの敵を凌駕している。

 連携は上手く、特徴的な兵器での攻撃、ビームを曲げる兵装を使って避けた攻撃が飛んできた時は肝を冷やした。

 ムウと合流してもこの状態、オーブ軍の援護などする余裕もない。

 

「くっ、どうしてこんな……!」

 

 跳んでくるハンマー(ミョルニル)を回避して、接近するフォビドゥンが振るう大鎌ニーズヘグをシールドで防ぎ、腰部のクスフィアスで怯ませる。

 地上の方から飛んでくるビームをバレルロールで回避すると、頭部を下に向けたままウイングバインダーのプラズマ集束ビーム砲(バラエーナ)と腰のレール砲(クスィフィアス)をカラミティに放つも、牽制程度にしかならない。

 だが、核機動のモビルスーツにエネルギーの心配もなにもないのだろう。

 

「くっ、強い……!」

『キラ、無理するな!』

「はい、ムウさんも……ッ!」

 

 そこで、接近するモビルスーツに気づく。

 

「あれは、まさか……!」

 

 キラの視界に映るのは、赤いモビルスーツ。

 見慣れた赤とはまた違う赤だが、その肩のエンブレムを見間違うわけもない。

 自らの身体を覆い隠すような翼をもつ、悪魔のエンブレム。

 

「ロマさん!?」

 

 だが、そこに存在する可能性は皆無ではない。

 片腕は損傷しているのを見て、ロマでない可能性を模索するも……。

 

『下がれキラ、コイツは俺が!』

 

 ムウも気を遣ったのだろう。彼がロマに懐いていたのを傍で見ていた故に……。

 

 

 

 

 

 

 ロマがウィンダムを駆り、フリーダムに近づいていくもその前にストライクが飛びだす。

 すぐにバルカンを撃ちながら距離を取るも、PS装甲により構わず接近するストライクはシュベルトゲベールを振るう。それを回避し、素早く脚部を振るう。

 それを横腹に受け、怯んだストライクに向けてビームサーベルを振るったが……シュベルトゲベールとアグニを捨てて、ストライクはウィンダムから少しばかりの距離を取る。

 

 追撃をせず、そのままの位置で止まった。

 

『おい! ロマならなんでこんなことをする!』

 

 懐かしい声に、戦場にも関わらず頬が緩みそうにもなる。

 

「軍人ならわかるだろうに……やむを得ない事情というものも、責任もあるものさ」

 

 ガンランチャーでの攻撃をビームサーベルを持つ左手首を回転させ、シールドのようにして凌ぐ。

 

『じゃあお前自身はどう思ってんだよ! 俺らは……』

「知っているさ、サイクロプスの件はな……!」

『なっ、じゃあなんで!』

「連合全てが腐っているわけではないさ、いや……そうでなかろうと私はアズラエル理事と往くのみだ」

 

 投擲されたマイダスメッサーをサーベルで弾くが、ストライクは腰から抜いたビームライフルを構える。致し方なく片足ぐらいは犠牲にする心持でいたものの、ストライクが即座に下がった。

 その場に下方からビームが奔る。

 

「オルガか!」

『なぁにやってんだテメェ! 片腕ぶっつぶされてんだから下がってろ!』

「そうもいくまいよ……!」

 

 フリーダムをクロトとシャニが押さえているのを確認して、ウィンダムを加速させた。

 左右のバランスが悪いものの、即座に偏り方などを理解して加速させ、カラミティの攻撃を回避するストライクへと背後から接近し、ビームサーベルを振るう。

 だがその一撃は、ストライクの背部に装着された追加バッテリーだけを切り裂くことしかできない。

 

「チィ……!」

『あらぁ、腕が墜ちたんじゃない少佐殿!?』

「今の私は“大佐”だよ。ムウ……!」

 

 そのままストライクへと蹴りを打ち込めば、地上へと落ちていく。

 途中で体勢を整えて、カラミティからの追撃を避けるストライクを見て、少しばかり安心するロマ。撃ちたくはないが、撃つつもりでいかなければこちらが危ない。

 それにオーブはSFSにより少なからず強化されており、長期化して連合がなりふり構わなくなれば余計な被害も出る。

 

 なるべく“原作通り二日”で落としたいところだ。

 

『やるぞロマぁ!』

「わかっているさオルガ、脚は引っ張らないようにする……!」

『ハッ、いいねぇ!』

 

 カラミティとウィンダムでストライクと相対する。

 明らかにストライクが不利ではあるが―――直後に敵意。

 

「ッ!」

 

 すぐに後ろに下がって攻撃が放たれた砲口を確認すれば、そちらにはM1アストレイが三機。

 

『少佐下がってください!』

『バエル少佐は私達が!』

『嬢ちゃんたちにゃ早い! さっさと下がれ!』

『だからって放ってはおけない!』

 

 ウィンダムはそちらを向く。

 

「オープン回線で姦しいことだな、オルガ! ストライクを頼む!」

『はぁ!? 片腕で三機がやれんのかよっ』

「やってみるさ」

 

 ロマはウィンダムを三機のM1アストレイへと加速させた。

 パイロットが誰かなど先ほどの声で理解できている故に、撃つことはできないが……戦闘不能にさせるぐらいならば、可能なはずだ。

 アサギ、マユラ、ジュリが駆るM1からのビームライフルをそちらに加速しながら機体を翻して回避しつつ、接近。

 

『えぇっ!?』

『これが赤い悪魔なのっ?』

 

 顔を苦々しく歪めつつ、通信のチャンネルをロマもオープンに変えた。

 

「エース相手にはできんさ……!」

『少佐、ばかにしてぇ!』

「だが正しいものの見方だ!」

 

 そう言うなり、最接近。すれ違いざまにサーベルを振るってマユラとジュリの乗ったM1の腕を斬り落とす。

 即座にバーニアを逆噴射して急停止させつつ、機体の向いている方向を変えつつ背後からアサギ機の足を切り落とす。

 

「ぐっ……!」

 

 Gに顔を歪めながらも、そのままウィンダムでアサギ機の腕を踏むとクローで切断。

 

『うそっ、こんな簡単にっ』

『バエル少佐っ、なんで!?』

「戦場で戦う意味を問うとはナンセンスだ……!」

 

 それっぽい言葉を使っているが、ただ聞かれたくない故の言葉だ。

 

『嬢ちゃんたち! くっそぉ!』

 

 ウィンダムのモニターに映る上空での戦闘は、すでに佳境。

 それと共に、ロマが感じるのは強いプレッシャー。

 

 彼自身は自分の中に安心と共に妙な不安と、さらに奥底に怒りのようなものを感じる。

 

 シャニのフォビドゥンが作った隙を突き、レイダーがフリーダムにツォーンを放つ。

 

 しかし、それは―――赤いモビルスーツのシールドに凌がれた。

 

「っ……!」

 

 ───アスラン・ザラ、ジャスティス! 

 

 フットペダルを踏み込むと、上空へと加速するウィンダム。

 そのまま、レイダーとフォビドゥンより、少しばかり二機に近づいた状態で止まった。

 

『くそぉ、なんだアイツ!』

『へぇ、まだいたんだ……変なモビルスーツ』

「油断するな。妙なプレッシャーだ……私も片腕を貸そう」

『大人しくしてろよおにーさんはさ!』

「そうもいくまい。大人で大佐だからな……!」

 

 そう言いながら、下で拾ったM1アストレイのビームライフルをフリーダムとジャスティスの二機に向ける。

 レイダーとフォビドゥンも同時に射撃攻撃を放つが、二機はあっさりと回避。

 戦闘を開始しながらも、オープン回線で声が聞こえてくる。

 

『こちら、ザフト軍特務隊、アスラン・ザラだ。聞こえるかフリーダム! キラ・ヤマトだな?』

『アスラン……どういうつもりだ! ザフトがこの戦闘に介入するのか!?』

『軍からはこの戦闘に対して、何の命令も受けていない! この介入は……俺個人の意志だ!』

 

 フリーダムとジャスティスがレイダーとフォビドゥンの攻撃を回避していく中、ロマはジャスティスへと接近してビームライフルを放つ。

 だが、それをギリギリで回避するなりジャスティスが蹴りを放ってくるので、ロマも蹴りで応戦。

 内心で“足にサーベルが付いた機体”であればおしゃかだったと肝を冷やす。

 

「ザフトが介入とは、これで連合はオーブへの攻撃に遠慮が要らなくなるようだな……!」

『くっ、そもそもなぜ連合がオーブを!』

「出資者はいつも無理難題を仰るものさ、アスラン・ザラくん……!」

 

 その脚を下げつつもう片方の足で蹴りを放つも、ジャスティスはそれをシールドで凌ぐ。だが、衝撃は殺し切れずに僅かに後ろに怯んだところでビームライフルを撃つが、それもシールドで弾かれた。

 舌打ちをしつつ、さらに追撃をかけようとしたところで、妙な感覚を感じ背後に下がろうとするが―――。

 

「間に合わんかっ」

 

 真下から上がってきたフリーダムにもう片腕も持っていかれる。

 

『ロマさんっ……なんでなんですかっ!?』

「軍人だからさ、勝手気ままはできんし……その本質はキラ、お前と同じかもしれんよ」

『それってどういうっ……!』

「ともあれ今の私は君の敵、それにハイータの分もやらせてもらわんとな……イージスのパイロットくん」

『なにを……!?』

 

 アスランが驚愕の声を上げるが、構わぬと言う風にロマはその双眸でジャスティスを見やる。そして前方に出てきたフリーダムを見て、喋りすぎたことに顔をしかめた。

 フリーダムがビームサーベルを引き抜いたのを見て、回避行動をしようと試みるがそうもいかない。

 おそらく今のキラの技量とロマの機体状況では、この状態から回避はできないだろう。

 

『喋ってる前にさっさと退いてろよ!』

「言葉も出んなっ」

 

 さらに砲撃、フリーダムが回避しなければ今頃レイダーに乗ったカラミティが放った砲撃の餌食になっていた。

 そこにはロマも内心で一安心するが、やはりこうなってはどうしようもない。

 少しばかり距離を取れば、三人がフリーダムとジャスティスに攻撃を始める。

 

 ロマがサブモニターで下の状態を見やれば、そちらではM1三機からアサギ、マユラ、ジュリが脱出している様子が見えた。

 

「人でなしがなにを今更……っ」

 

 自ら攻め込む意思を見せておいて、攻撃しておいて、心配するなど烏滸がましい。

 そういう思考に至るのもまた仕方のないことなのであろう。

 

「しかし、攻めあぐねるか……!」

 

 他の方面を確認しても、やはりどこも攻め切れておらず今日中に、とは結局いかないだろう。

 そもそもフリーダムとジャスティスが揃ってしまっている時点でクロト、オルガ、シャニはそこに縛られてしまう。いくら“原作”よりも三人が強かろうと、圧倒はできない。

 ともなれば、そうなるのもまた仕方のないことなのだろう。

 

 などと思考している内に、ウィンダムのコックピット内にタイマーのような音が響く。

 

「チィ……クロト、オルガ、シャニ……撤退するぞ!」

『えぇっ!?』

『チッ、もぉ時間かよ!』

『ハァン、おにーさんが言うなら……いいよ』

 

 即座に攻撃行動を中止するなり、三機はフリーダムとジャスティスを相手に牽制用の攻撃を撃ち、撤退。

 三機から遅れてウィンダムを帰還ルートに向けるロマ。

 

『ロマさん! なんでオーブに攻撃なんてっ!』

「そういうものさ、割り切れ。でなければ……死ぬぞ」

 

 それだけを言うと、ウィンダムをアズラエルが待つ艦の方へと加速させた。

 

 

 

 

 

 

 アズラエルと今作戦の司令官である連合の将校が乗る艦。

 

「レイダー、フォビドゥン、カラミティ、ウィンダム帰投します」

「なに?」

 

 その報告を受けるなり怪訝な顔をする司令官だが、アズラエルは飄々とした面持ち。

 

「ふむ……時間ですか」

「これはどういうことだね?」

「止め止め、ちょっと休憩ってことですよ、艦長さん。一時撤退です。全軍撤退」

「なんだと!?」

 

 突然の作戦中断宣言。

 ブルーコスモス盟主、ロゴス代表に逆らう力はないが、でなくともなにか聞いておかなければ納得はできない。

 だが、アズラエルは別段表情を崩すことも無く、しっかりと戦況は見ていた故に言う。

 

「どうせストライクダガーだけじゃどうにもなりません。オーブの底力、思っていた以上ですね」

「ぐっ」

「それに……あの子たち抜きで戦ったら全滅しますよ?」

 

 司令官は言い返せない。

 先ほどのフリーダムの動きを見ていればそれもそうだろう。

 それに、ストライクにバスターとXナンバーが出撃し、オーブ防衛……今の戦力であれと対抗できる力がどれほどあろうか……。

 つまり、アズラエルの部下たちの力はそれほどのものなのだろう。

 

「まぁ全滅は言い過ぎでも、赤い悪魔も抜きで戦いますか?」

「……信号弾撃て! 一時撤退!」

 

 その言葉と共に、各艦が撤退の信号弾を打ち上げた。

 

「ウィンダム、かなりの損傷のようです。アズラエル理事、バエル大佐が対応を求めてます!」

「っ……後で行くと伝えておいてください」

 

 決して表情は崩さなかった自分を、アズラエルは褒めたい気分であった。

 

 

 

 格納庫で、薬を飲む三人娘と、コーヒーを飲むロマ。

 妙な威圧感を感じて、苦笑しつつもそちらを向けば、見慣れた金髪の女性がやってきていた。

 ニコニコとしているのは、良いことなのか……。

 

 少しばかりセンチメンタルになっているロマにとっては、なんとも言えない気分であった。

 

「すみません、理事」

「あなたたちねぇ……三人は?」

 

 その言葉に、三人共首を傾げる。

 

「はい大丈夫、貴方は?」

「……怪我はありませんよ」

「口の端、血がついてますけど」

 

 Gにやられたであろうことは容易に想像がつく。

 フッ、と微笑を浮かべたまま頷くロマ。

 

「……いつものことです」

「あなたノーマルスーツ着てましたよね。マシになったらそのぶん無茶して良いと思ってる人ですか?」

 

 それは否めない。

 

「……腕の修理をお願いします。機体の」

「貴方の頭の修理の方が先だと思いますけど」

「手厳しい」

 

 ハハハ、と笑うロマに腕を組んで顔をしかめるアズラエル。

 

「ともかく、一応別パーツで修理は進めますけど……使うかわかりませんよ」

「ん、というと?」

「オーブからの会談要請があれば飲みます。このレベルの国、今の連合が無理してやりあったってなんの得もありませんよ」

 

 ジブリールに余計なことをされたからせざるをえなかっただけで、本来なら戦争を終わらせるのに、必要のない戦いなのだ……。

 故に、アズラエルは早々に終わらせるつもりであった。

 いたずらに戦力を消耗する必要もない。

 

「……やるとしたら一緒に来ます?」

「遠慮させて───」

「きますよね? 私一人で行かせるなんてことないですよね?」

「……お供させてもらいます」

 

 そう言ったロマの顔を覗き込むようにして、アズラエルはニッコリと本物の笑顔を浮かべた。

 

「それでよし♪」

 

 少しばかりセンチメンタルに浸っていたロマだったが、少しばかりその笑顔で救われるものはあるのだろう。

 フッ、と笑みを浮かべて、軽く頷いた。

 

 

 

 目的を忘れてなどいない。

 だがやはり、人の心とは移ろうもので、その場で流され揺らがされるもので……。

 

 それでも毎度のように、彼は傷つきながらも自らの願いを思い出す。

 

 自分だけが安心安全に暮らすこと?

 自分だけが平和に裏方で生きること?

 自分だけが前線に出ないために努力すること?

 

 どれも否だ。断じて否。

 

 その“原作からの乖離(目的)”故に、自らのやるべきことは……。

 

 

 

 ―――運命を切り開く、か……。

 

 

 







とりあえず半分で重要なポイントなのでこんな感じに……打ち切りエンドっぽいですねこれ
ロマの戦いはこれからも続く

民間人を盾にする汚い悪魔を討伐しようとしたM1はぼこぼこにされました
そしてちゃっかりSFS、たぶんシュライクを平べったくしたような奴

シンは無事に運命ルートにいきそうですかね
でもマユはちゃっかり生存ルート

ロマは珍しくちゃんと損傷ですが、たぶん今後は増えていきそうですね
とは言いつつアズにゃんは和解ルート突っ走る気満々のようです

……原作みたいに放送されてたらロマの「なんだこいつ」感が凄いっすね

では次回もお楽しみいただければと思います



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燃ゆる国

 

 

 あの戦いの翌日。

 

 早朝にも関わらず、オーブ本部は慌しい雰囲気に包まれていたが、それもそうだろう。

 今、そこにはブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルと、その側近たる大西洋連邦特務部隊所属、ロマ・K・バエル大佐の二人がいるのだから……。

 

 その本意でない作戦の最高指揮官であるムルタ・アズラエルは、それでも始まった作戦に手を抜くつもりもなく、結果として連合側の“対話”を無視し続けたオーブからの会談要請を引きだした。

 

 そして、大きな長いテーブルを挟んだ対面に若きブルーコスモス盟主と、オーブの獅子が相対する。

 

「……そちらの要求は理解した。しかし、オーブの理念はご存知のはずだ」

 

 重々しい雰囲気を纏いながらも、オーブの現代表であるホムラの隣で、ウズミはハッキリとそれを口にした。

 しかし、だ。

 肝心のムルタ・アズラエルがそれを聞く必要性も、理由もない。

 

「自分たちの立場、理解してます? こうなっちゃあどうにもなんないことぐらいわかりません?」

 

 刺々しい言い方は、実際にイラついているからなのだろうとロマは理解する。

 無理もないだろう。やりたくもない戦争、挙句に対談を申し出てきて、危険を承知で自身とロマの二人でここまでやってきて、挙句の果てにウズミの言葉は『自分たちは曲げない』ということだ。

 今、こんなところで時間を無駄にしているわけにはいかないし、この戦闘での損害もまた然り、ここでオーブを取り込めなくてはなんの意味もない。

 ロード・ジブリールにやらせなかったという情けをかけた意義も……。

 

「理解はしている。しかし我々が連合についたとなれば……」

「それに、このまま戦うとなれば徹底抗戦になるのは明白でしょう。民間人の避難は? 済んでるんですか? こっちの赤い悪魔、貴方達の“逃がし遅れた民間人”を庇って死にかけてるんですよ? 貴方達の兵隊の“無差別”攻撃で」

 

 その言葉に、オーブの重役たちは苦々しい表情を浮かべた。

 

「徹底抗戦になる理由はわかってるでしょう。貴方達が“逃亡艦”を匿っていることが判明して、挙句に出ちゃいましたからね……ザフトとの関係性」

「それは!」

 

 ホムラが反論をしようとするが、どうせどれも無意味。あったとして墓穴を掘るのが関の山。故にウズミが、手を出して制す。

 このオーブに“ザフトの機体が援護に来ている”と、ロマからの報告を受けたアズラエルが此度の切り札として持ち出した情報。

 

「うちのバエル大佐からの情報ですが、まだこれは公にしていない情報です」

 

 テーブルの上に肘をついて両手を組むと、アズラエルはウズミを見やりフッ、と微笑を零す。

 

「……黙っていてほしければ、降れと?」

「そう取ってもらって構いません。お互い、これ以上に被害を広げないために、最善を打っていくべきだと言っているんですよ」

「だがオーブが降れば次はカーペンタリアからザフトが攻めてくるぞ」

 

 そんなウズミの理屈に、今度はロマがアズラエルの背後から口を出した。

 

「その程度、ですな。この場でオーブが降るのであればオーブの戦力もあり、我々もそれなりの戦力を防衛に回すことも可能でしょう」

 

 ウズミが勢いよくテーブルを叩く。

 

「どうあっても世界を二分したいか大西洋連邦は! 敵か味方かと! そしてオーブは、その理念と法を捨てて、与えられた敵と戦う国となれと言うのか!」

「ザフトが停戦交渉を申し入れるまで、ですよ。我々がここで退いてしまってもザフトはさらなる新兵器を持ち出しかねない……ニュートロンジャマー、エイプリル・フール・クライシスの惨劇は貴方達とてその身をもって味わっているでしょう」

 

 冷静に説いていくアズラエルに、オーブの他の者たちは顔をしかめる。明らかにここから逆転する術もなく、言っていることを徐々に理解してきているからだろう。

 理念だけでやっていける状況ではなく、大西洋連合(ブルーコスモス)が動き出してしまったからには、取るべき道は限られている。

 

「くっ……連合と組めば、プラントは敵。プラントと組めば、連合は敵。例え連合に降り、今日の争いを避けられたとて、明日は」

「陣営を定めなくとも、どのみち戦火は免れませんよ。ウズミ様」

 

 ロマの言葉に、ウズミは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 本当はロマもそのぐらい表情を崩したいぐらい、胃がキリキリと痛んでいるのだが……。

 

「……アークエンジェルはどうなる?」

「当然、こちらで引き取る形にはなるでしょう。ザフトのことはもみ消せても、そちらは多くの兵が見てしまってますからね」

「敵前逃亡で銃殺刑、か?」

「そちらは私が融通をきかせましょう……ある程度、ですが」

 

 大佐の立ち位置で、ブルーコスモス盟主のお付きともあればある程度の権限はあるだろう。しかし、だからといってウィリアム・サザーランドやその他もろもろを黙らせられると言えば怪しい故に、ロマはここではっきりと“大丈夫だ、と言うわけにはいかない”のだ。

 だからこそ、それを“匂わせる”ことに意味がある。

 ウズミは少しばかり俯くが、すぐに顔を上げて頷いて見せた。

 

「……貴君らの要求、今一度、よく理解した。故に、もう少しだけ時間をくれぬか」

「それはウズミ元代表、貴方が私達の要求を呑むと理解して結構ですか?」

「現政権の即時退陣、国軍の武装解除、並びに解体……しかと」

 

 アズラエルはホッと一息吐く……わけもないが、心の中では安堵しているのだろう。それを理解して、ロマは頬を綻ばす。

 頑固者のウズミのことなので妥協しない可能性も考えたが、そうでもないようだ。しかし、このまま素直に投降するわけがないということも理解している。

 彼が“アークエンジェルを見捨てる”という選択肢を取れるはずもない。だからこそ、このあとの展開は容易に想像が付いた。

 

「では、同意書のほうを」

「……オーブの民は───」

「民間人を巻き込むような野蛮な真似、するわけないでしょう」

 

 その当然という風なアズラエルの言葉に、ウズミは深々と頷く。

 そしてウズミと相対するアズラエルの背後で、ロマはあっさりと要求を飲んだウズミを見やりながら、心の中でこの状況に対するハッキリとした違和感を覚え、同時にこの後に“こちらの不都合”が起こることを確信する。

 それで良い。ロマ・K・バエルにとってはそれでいいのだ。

 

 まだこの段階では“劇的な変化”を起こすわけにもいかない。故に───。

 

 ―――これにて今作戦は成功……とは、いかせまいな? ウズミ・ナラ・アスハ……。

 

 

 

 

 

 

 その後、アズラエルとロマが部屋を出ていくなりウズミ並びに官僚たちは頭を抱える。

 戦わずして降伏し、大西洋連邦に降り領地を明け渡し他国を侵略するなどオーブの理念に反する行為。

 だからこそ、許されるわけもなく、なにより自分たちが許せるわけもなく、故に戦った。

 

 しかし結果はこれであり、“協力者(アークエンジェル)”があったとて、オーブの敗北に変わりはない。

 それで被害が減ったとは思いたいところだが……。

 

 ともあれ、結果的にオーブは降ると、そう宣言した───敗戦したのだ。

 

「……ウズミ様、本当にアークエンジェルを引き渡すので?」

「いや、そんなことできるわけがなかろう」

 

 そう言いながら、拳をテーブルに叩きつけるウズミ。

 

「───そうでなくてはな」

 

 瞬間、ドアが開く音と共に周囲の官僚たちが息を呑む音が聞こえた。

 

「っ……赤い悪魔、なぜ戻ってきたのかね?」

「少々確認したいことがございましてな。聞きたいことは聞けたので、これ以上は何も言いますまいが」

 

 アズラエルと部屋を出た後、部屋の外で待機していたクロトと共に帰るところを道中で『トイレ』だとかなんとか言ってロマは戻ってきていた。

 本当ならばウズミの本心を引きだして、この後に“アークエンジェル”を逃がすつもりかどうかの確認を取りたかったのだが、その心配はなかったらしい。

 しかしだ、ロマの思い通りにするのであれば限りなく“知っている未来に近い状態”にしなければ意味がないのだろう。故に彼は、さらにダメ押しをする必要があった。

 アズラエルを待たせていることもあり、早めには済ませなければならないのだが……。

 

「アズラエルに報告するつもりか?」

「いや、そのつもりであれば私一人で戻ることもありませんでしたよ。私の目的は“アークエンジェルを逃がす”ことにありますから」

「なっ……どういうつもりだ!」

 

 その目的はウズミに不都合はないだろう。ないからこそ、わからないのだ。

 

 ウズミ・ナラ・アスハは、目の前の【赤い悪魔】と呼ばれる男が読めないでいた。

 聞けばアークエンジェルに乗艦していたころから、カガリのこともわかっていたのになにも言わず、挙句にレジスタンスに参加していたことすらも言っていないようで、先の様子を見るにアズラエルにすら報告していないことは明らかだ。

 ウズミ自身も理解はしている。今のオーブは叩けば埃が出る状態であり、それが正当だろうと詭弁であろうと、いくらでも責める理由が“彼”にはある。

 

「“アークエンジェルら”はこの戦争を終わらす“鍵”だと、そう確信しているのみですよ」

「……貴君らにとっては逃亡艦、にも関わらずか?」

「だからこそ、だろうさ。故に、貴方にはしっかりと確認しておきたいことがある」

 

 連合の赤い軍服を身に纏った男は、不敵な笑みを浮かべながらそう言う。

 自らを除いた者たちは既に彼の雰囲気に呑まれていることを、ウズミは察し、しっかりと彼を見据えて口を開き、言葉を紡ぐ。

 本来ならば、連合に知られて良いわけがない話だ。

 

 なぜだか理由はわからない。それでも獅子は、悪魔と相対し、対話を始める。

 

 

 

 

 

 

 オーブ官邸の外、レイダーと“赤い両腕のウィンダム”が膝をついている傍でアズラエルとクロトは立っていた。

 道中でロマが手洗いに行くと言って別れてかれこれ10分、やけに遅いことに不信感を抱いてそろそろ近くのオーブ兵をビビらせてやろうかと考えていると、まだ見慣れない赤い軍服が視界に映る。

 目が悪い者が見て【ザフト赤服】と身間違えられたら困るなとも思いながら、眉を顰めた。

 

 クロトが大きく手を振れば、彼は微笑を浮かべながら片手を上げて応える。

 

「すまない。待たせたな」

「トイレで離脱しただけのくせしてぇ、なにカッコつけて帰って来てんですかぁ?」

「う゛っ……ま、まぁなんとか締結となったんだ。凱旋と行こう」

「誤魔化すのヘタだなぁおにーさん」

 

 ───しょうがないでしょうが必死だったんだからぁ!

 

 とは心の中で思っても決して口にできない。オーブに来てからというものの、彼はずっと必死なのだ。

 重要な者たちを殺さないようにしつつ、うまく立ち回る。

 普通に戦っている方がよほどいい。

 

 そんなことを考えつつ、ロマは“アズラエルと共に”ウィンダムに乗り込む。

 リニアシートの後ろにある狭いスペースに半身をもぐりこませ、アズラエルは上半身をロマの斜め後ろに出す。不満そうな表情で髪をいじりながら、だ。

 

「相変わらず狭いですねぇ」

「仕方ないさ。だから船で来るかという話になってたんだ」

「信用できる相手以外連れてこないという選択肢をとるなら、これ以上はないでしょう?」

 

 違いない。とロマは微笑を浮かべるなり、レイダーが飛び上がったのを確認し、ウィンダムをゆるやかに飛翔させる。

 空中で徐々に速度を上げていき、オーブの港から離れていく二機のモビルスーツ。

 もちろん警戒も忘れていないのは、背後から勝手に撃つ兵士なんかがいてもおかしくないと思っているからだろう。

 

「しかし、ウズミ・ナラ・アスハもあっさりと落ちましたねぇ……助かることですが」

「だが油断ならんだろうさ、オーブの獅子」

「ですね。まぁ律儀に一度は戦闘の意思を見せなければオーブの理念云々も言えませんからね。今後は対ザフトに協力してもらいたいことですが……まぁ期待しないでおきましょう」

 

 だが、オーブが降伏した場合、連合の上層部がオーブを戦力として使うことを推奨しないはずがないだろう。

 現状、アズラエルはかなり危ない立場のようで……ともなれば、それを否定もしづらい。

 色々と悩むことも多いのだろうと、ロマはアズラエルの横顔を見る。

 

 そうしているとアズラエルはその視線に気づき、頬をほんのりと紅潮させて目を泳がす。

 

「……え、いやっ、こ、ここじゃちょっと、ふ、二人きりだからってそのっ」

「え、なんの話?」

 

 あまりに脈絡がないのでロマは思わず素で小首をかしげる。

 ほんのりと赤かったアズラエルの顔がさらに赤くなり、彼女は両手で顔を押さえた。

 

「……忘れなさい」

「……あ、そういうことか」

「忘れろ」

「はい」

 

 藪蛇である。

 

 こういう時は言われた通りにするのがベストだと、さすがにロマとて学習しているのだ。伊達に何年も一緒にいるわけではない。

 

 

 

 その後は何気ない話をしていたものの、ゆっくりと戻っていることもあり三十分ほどかけてウィンダムとレイダーは大西洋連邦の旗艦へと接近、ハッチも開いている。

 ロマは、そろそろかとモニターに視線を向ければ、旗艦の方から連絡が入った。

 表情を動かすこともなく、ロマは通信を入れる。

 

「こちらバエル、どうした?」

『オーブ軍に動きあり、マスドライバーカグヤです!』

「なっ、確認!」

「了解した」

 

 空中で止まったウィンダムをマスドライバーの方へと向け、モニターを操作。

 

 瞬間、マスドライバーから―――アークエンジェルが射出される。

 

「っ……ウズミ・ナラ・アスハ、時間稼ぎに会談を使いましたかっ」

 

 ―――そうだ。それで良いウズミ・ナラ・アスハ!

 

 ロマの思惑通り、ことは進んだ。

 アークエンジェルは宇宙(そら)に上がり、もう少しすれば“クサナギ”も上がるだろう。

 だが、こうなってはどうにもなるまいと、ロマは歯噛みする。ここから先はオーブ軍に期待するしかないだろう。

 原作通りならキラとアスランが出撃するはずだ。いや、出撃させざるをえない、と言ったほうが正しいのだ。

 

 連合側の混乱をよそに、アズラエルは顔をしかめて即座に通信機に声を発する。

 

「全軍、状況開始! 戦闘再開です!」

『りょ、了解しました!』

 

 ───耳元でがなるなよぉ! キーンてなるわ!

 

 通信を切ると、横から耳を押さえられる。

 

「すみません、ちょっと感情的になりすぎました」

「構わんさ、せっかくの会談を無駄にされたんだ。思うところもあるだろう……私は君を降ろして戦場に戻る」

「……それは構いませんけどこの機体」

「先ほどから動かして“両腕に問題はない”ことは確認した。心配ないさ」

 

 そう言いながら、ウィンダムを空母へと着艦させるとハンガーに入り、ハッチを開いてアズラエルを降ろす。

 

「では……」

 

 前へと乗り出したアズラエルがそのままハッチからハンガーへと降りようとするが、振り返るなりロマへと近づいてその唇に唇を重ねる。

 触れるだけのそんなささいな口付け、すぐに離れるアズラエルにロマは微笑を浮かべて頷く。

 アズラエルはというと、小さく頷いてそのままウィンダムから離れる。

 

 それを確認するなり、ロマはハッチを閉じて通信を繋げた。

 

「クロト、オルガ、シャニ……オーブを撃つ。我々は恐らく出てくるであろう例の二機を相手取りつつの戦闘になるぞ」

『へへっ、昨日の強い奴か……!』

『今日こそやらせてもらうよ?』

『ん、殺す』

 

 士気も高いようでなによりだと思いつつも、こうなると逆にあちら二人の方が心配にもなるが……。

 

「……今更か」

 

 呟いて、深く息をついて頷く。また手が震えるものの、どうせ出撃すればそれも収まるのだろうと理解。

 唇に軽く触れて、彼女のどこか不安そうな顔を思い出したが、やはり自分が戦場に出ないわけにもいかない。世界の平和など求めない。自分はそんなたいそうなことをできるタイプでもない。

 だがしかし、自分たちの平和だけは求めていくつもりではある。

 

 歴史そのものを変えるほどのことを自分ができるとは思わない。だからこそ……。

 

『レイダー、いくよ!』

『カラミティ、出るぞ!』

『フォビドゥン、いく……』

 

 三機が出撃したのを確認し、ロマもグリップを握りしめる。

 その手はもう震えていない。

 

「ウィンダム出撃()るぞ……!」

 

 再び出撃したウィンダム。

 昨日とは違い、その腕は真紅であり、ディザスターのものをそのまま取りつけたような歪な機体と化している。

 その異形の機体は空母から飛びだし、カラミティを背中に乗せたレイダー、フォビドゥンと共に飛ぶ。

 

 ―――こうなってくるとゼルトザームとかの類だな。俺はビルド系に転生してた?

 

 やはり三人といればそういう余裕も出てくるのだろう、余計なことを思考しながらも視線の先に“敵”を捉える。

 

 

 

 

 

 

 連合艦隊から放たれたミサイルを、フリーダムとその隣のジャスティスが武装の一斉射にて迎撃する。

 それでもすべてを迎撃することなどできず、ミサイルは二機の攻撃をすり抜けて地上へと落ちようとするが、オーブのサブ・フライト・システム(SFS)に乗ったバスターがそれらを迎撃。

 いくらかがオーブ市街を直撃。

 フリーダムのコックピットでキラは苦々しい表情を浮かべつつも、隣のジャスティスを見やる。

 

「アスラン、ディアッカ……どうして?」

『俺たちにだってわかってるんだ。戦ってでも守らなきゃいけないものがあることぐらい……!』

『まぁ、お前らを死なせたくなくなっちゃったってこと、勝手かもしんねぇけど、さ!』

 

 さらに放たれる攻撃をバスターが迎撃。

 だが、そこで気づく。

 

『きたぜ、例の新型三機! いや……赤い悪魔含めれば四機!』

「ロマさん……!?」

 

 モニターに映る四機を確認し、その中にウィンダムを確認。

 肩のマークと妙な赤い両腕、そんな装備をしている相手はキラの知る限りロマしかいない。ムウも確かに相手はロマだったと確信していた。

 それにロマが乗っていた機体に乗るなんて、並の人間がやれるとも思わないし、少なくとも自分は許可しないだろう。

 

『キラ、やれるのか!?』

「……うん、やらなきゃいけないんだ。守るために、それでも!」

 

 こうなればミサイルの迎撃に意識を向けるわけにもいかない。

 フリーダムとジャスティスとバスターの三機は迫りくる四機へと意識を向ける。

 

 キラとアスラン、二人が極限へと至り、種は弾けた。

 

 

 

 

 

 

 戦闘を始めてから数分……。

 レイダーとカラミティとフォビドゥン、そしてウィンダムが、フリーダムとジャスティス、バスターと戦闘を続けているものの、お互いに決定打となる攻撃は撃てないでいた。

 所謂“SEED”を発動した者たちの動きは異常であると、ロマはウィンダムのコックピットで歯噛みする。

 

 初めて戦うSEEDを持つ者、自らより強いハイータを瞬く間に撃墜したという力……。

 

「しかし、私も“ニュータイプ”のはずだ……!」

 

 フリーダムが放ったレールガンを回避するために、カラミティがレイダーから飛び上がって回避、ジャスティスがすかさずビームライフルをカラミティに放つも、フォビドゥンがカラミティの前に出るようにしてビームを曲げる。

 だがそのフォビドゥンをバスターが連結させた拡散弾で攻撃、衝撃によりフォビドゥンが怯み、防御が緩む。

 そこを逃さぬようにとジャスティスがビームライフルを構えるが、ウィンダムで接近して腕を振るい爪撃。

 

「やらせんよ……!」

 

 怯んだジャスティスを蹴り飛ばして離れると、ビームライフルで攻撃。今度はフリーダムがジャスティスを守るようにシールド防御。

 だが、そんなフリーダムへとレイダーがハンマー(ミョルニル)を射出しぶつけ、シールドの上から怯ませる。

 その隙を見逃さず、オルガのカラミティが背部の二連装ビーム(シュラーク)大口径ビーム(スキュラ)を撃とうとするが、バスターのミサイルが直撃し地上へと落下していく。

 

「オルガ! ……チィ!」

 

 地上へと落下するカラミティへと追撃しようと連結していたライフルを分離させ、拡散弾から大口径ビーム砲へと変えようとするバスターへとビームライフルを放つウィンダム。

 しかし、バスターはそれをSFSから跳んで回避してみせる。

 顔をしかめるロマ。

 

 バスターのコックピットでディアッカはしてやったりな表情で笑う。

 

「ビンゴ! あんたのやり方だぜ!」

 

「しかし、バスターの空中適正ではな……!」

 

 ウィンダムをバスターへと接近させようとするが、敵意に気づき停止し背後へと急加速。

 目の前を通るジャスティスの“背部ユニット(ファトゥム-00)”に肝を冷やしつつ、すぐに下に落ちたカラミティを確認するが、体勢を整え着地し、地上で戦闘を再開しているようだった。

 戻ってきたファトゥム-00に乗ったジャスティスがウィンダムにビームライフルを撃つが、その前に銃口の先からウィンダムは消えている。

 

「私はまだ落とされるわけにはいかんのだよ……!」

 

 ―――ブーステッドウーマン三人娘もな!

 

 真下へとビームを放ち、オルガと戦闘していたM1の一機を撃ち貫く。

 

「まだ終わらんか、この戦いも……!」

『おにいさん、撃つやつがっ……!』

 

 シャニの声に、ロマがそちらを確認すれば、突如バスターが撤退していくが、ロマとしてはありがたいことだった。

 戦力が減るということだけでなく、クサナギの射出準備が進んでいるということをハッキリと理解した故に……。

 フリーダムとジャスティスへとビームライフルを連射し牽制しつつ、通信機に向かって言う。

 

「クロト、オルガを拾って三機で二機とやれ……地上からの援護はいかんようにする!」

『了解っと!』

 

 レイダーが可変するなり地上へと加速。それに追従する形でウィンダムを地上へと向かわせると、一機のM1を踏みつぶすようにして着地。

 すぐ近くのカラミティが飛び上がりレイダーに乗ると空中へと戻っていく。

 

 真下のM1のコックピットを脚部から展開したクローで貫くと、ゆっくりと十機を超えるM1を見やる。

 すべてのM1から感じる明確な恐怖心に顔をしかめたくもなるが、そうもいかない。

 

「私と出会った不幸を呪うがいい……!」

 

 僅かに前屈姿勢の異形の両腕を持つウィンダムが獲物に襲い掛かる。

 

 

 

 死する者たちが最後にその眼に焼き付けるのは、燃える自国に君臨する―――赤い悪魔。

 

 

 







だいぶ間が空いてしまいましたがこんな感じで
とりあえず次回でオーブ編が終了となったりならなかったり

会談でなんとかなると思ったらならなかったので、結局原作通りの道を取るウズミ様
正直そうするしかないので致し方なし

そうじゃなければロマも困るので……原作視点だとロマの内面とか描写されないからロマめっちゃ黒幕に見えるんだろうなぁ

とりあえずこんな感じで次回もお楽しみいただければと思います


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それぞれの道

 

 

 オーブ本国。

 展開したストライクダガー部隊を押さえるために、M1部隊は戦闘を続けているものの、すでに105ダガーやコーディネイター部隊のロングダガーが展開している状況では、やはりそれらも時間の問題だ。

 そして、マスドライバーカグヤから最も近い戦場、上空ではレイダー、カラミティ、フォビドゥンがフリーダムとジャスティスを相手に戦い、地上では───。

 

 一機のM1アストレイを、“赤銅色の右腕”が貫く。

 

「この程度で私達に勝てるはずもない……いや、時間稼ぎ故か……!」

 

 明らかに、戦闘している雰囲気も感覚も、若い兵のものではない。

 

「老兵は黙して去るのみか、もう少し黙して頂いた方が楽ではあるが、な!」

 

 腕を突き刺したM1を蹴るようにして離れて、左手に持ったビームライフルで一機を撃墜。さらにエールストライカーのスラスターを使ってホバーするように移動し、その爪で一機の脇腹部分を切り裂く。

 M1の数も減ってきて少しばかり余裕がでてきたのか、ロマは上空の戦闘をモニターに出すが、戦闘は拮抗……いや、僅かにクロトたちが勝っているように見える。

 

「しかし、決め手に欠けているか……」

 

 だが、それで良い。

 

「それでも、やらねばならんよ」

 

 周囲のM1が接近してこないことを把握し、上空へと加速。真下から迫るビームライフルを回避しながら、目標はフォビドゥンにレールガンの銃口を向けるフリーダム。

 真後ろから迫り、蹴りを打ち込むつもりだったが、敵意に顔をしかめて急停止。

 眼前に現れる赤い装甲、ジャスティス。

 

『おにーさん!』

『うぁっ!』

『シャニ!?』

 

 レールガンを受けたシャニの声が聞こえ、彼女を心配するオルガの声もまた然り。

 だが、眼前のプレッシャーにロマはそちらを気にする余裕もなく、即座に動き出し、ビームライフルを放つ。ジャスティスとフリーダムを一直線に狙ったものだが、当たるわけもない。

 凄まじい反応速度による回避、ロマはフリーダムからの戸惑うような感覚を余所にジャスティスからの敵意だけを感じ取り、即座に接近し振るわれたビームサーベルを回避。

 

「えぇい、SEEDとはこういうものか……!」

 

 眼前のジャスティスにビームライフルを構えるが、ジャスティスの振るいきったビームサーベルの柄が僅かに長いことに気づいたロマは、素早く下がる。

 そのビームサーベルの柄尾から突如として伸びたビームの刃がウィンダムの持つビームライフルを貫く。

 それを手放してさらに背後に加速しながら、ロマは顔をしかめた。

 

 フリーダムとジャスティスの持つ<ラケルタ ビームサーベル>は柄同士を連結させて双刃にすることができる。

 

「アンデなんたらか……!」

 

 アンビデクストラス・ハルバードモード。

 そう呼ばれる状態のままのビームサーベルを持ち、ジャスティスはウィンダムとの距離を詰めていく。

 

 しかし、ジャスティスのコックピットでアスラン・ザラは驚愕を隠せないでいた。

 まさか、不意をついたはずの一撃を回避されるとも思わなかった故だ。イージスを駆りアークエンジェルを追っていた時から“赤い悪魔”がいかに常識はずれかは味わっていたはずだが、それでもまだ驚愕させられる。

 友人であるキラは彼を仲間で頼りになる兄のような存在だと言っていたが、自分にとっては今も昔も最大の脅威と言って過言でない。

 キラや他のコーディネイターたちとも違う―――“攻撃される前に回避”。という戦い方にいつまで経っても慣れない。

 

「くっ、赤い悪魔……ジャスティスで押し切れないだと!?」

 

 ビームライフルだけは破壊したが、他にどのようなギミックが隠されているかもわからない新型機。

 アスランはさらに素早くサーベルを振るうが、それも回避されてしまう。

 

「なら、避けられないように追い詰めれば……!」

 

 背部ユニットファトゥム-00からビームを放ちウィンダムを牽制し、さらに肩部の<バッセル ビームブーメラン>を投擲。

 それを回避されるも、さらに<サジットゥス 20mm近接防御機関砲(頭部バルカン)>を放ちながら接近、ファトゥムからもさらにビームと機関砲を放ち、ウィンダムの移動を制限。

 そして、帰ってきたバッセルを回避したところを狙い―――ビームサーベルを振るう。

 

「ここまでしてこれかっ!」

 

 ウィンダムは、そのビームサーベルにて左腕を斬りおとされる。

 

 迫るジャスティスを見やりながら、ロマは冷や汗を額に浮かべた。

 

「くっ、化け物か!」

『くそっ、おいロマ!』

「少女に心配されては物笑いの種だな……!」

 

 振るわれたビームサーベルを回避しながら隙を探すも、シールドも持っていない今のウィンダムではいかんせん勝機が見えない。

 ロマ自身も理解していたことではあったが、ここまで散々戦ってきたというのに“彼ら”を相手に同格に戦うこともできないのかと、歯噛みしたくもなる。

 それでも、ジャスティスが振るうビームサーベルを回避しながら、ロマは素早い操作でウィンダムを加速させ、ジャスティスがビームサーベルを振るった瞬間に、その脇を抜けた。

 

「なにっ!?」

 

 ジャスティスのコックピットでアスランは驚愕。

 

「ぐぅっ、これならばさすがになッ!」

 

 脇を抜けたところで反対方向にバーニアを吹かして全力で急停止。

 コックピットのロマがそのGに顔をしかめながらも、さらにスラスターを使い反転しようとしたがその瞬間───バックパックが爆発を起こす。

 衝撃に驚愕しながらも、ロマはウィンダムが予期せぬ自由落下を始めたことに気づき、すかさず破損したエールストライカーをパージし、スラスターを使い体勢を整える。

 隙を晒した今では攻撃もなにもできまい。

 

「えぇい、慣らし運転もしないで使うからこうなる……!」

 

 こういうときに限って“ニュータイプのなりそこない”のような能力が発動しないことに、苦々しく表情を変えつつ、ジャスティスから放たれたビームを回避しようとするが、その一撃は頭部を破壊する。

 さらに追撃しようとするジャスティスを、カラミティのシュラークが妨害。

 

 無事に地上へと降りたウィンダムのコックピットで、ロマはマスドライバーを確認。

 

「……終わりか。いや、始まるのか」

 

 マスドライバーから射出されるクサナギと、それを追うように前線を離脱したフリーダムとジャスティス。

 追うのはレイダーとカラミティとフォビドゥンの三機。

 少しばかり心配だが“原作通り”進めば、このままフリーダムとジャスティスはクサナギと共に宇宙へと飛び立つはずだ。

 

 瞬間───爆発。

 マスドライバーの一部と、離れた場所にあるモルゲンレーテの工場をオーブ軍が爆破したのだろう。連合に技術を渡さぬため、マスドライバーの一部を破壊したのは即座に追うのをできなくするため。

 周囲に敵機がいないことを確認して一息を吐くが、そうしていると、妙な感覚を感じ―――そちらを向く。

 

「M1アストレイだと、まだやるのか……?」

 

 サブカメラにて、そこに現れたM1を捉える。

 

「なんのつもりだ、今更でてきて……弔い合戦のつもりか?」

 

 おそらくウズミもオーブの翁たちもまとめて爆散したのだろう。だが、それでも戦うつもりのようだった。

 感じる敵意でもない妙な感覚に戸惑いながらも、ウィンダムの残った右腕を構える。

 敵のM1はシールドもライフルも持たないまま、ビームサーベルを両手で構えた。

 

「死ぬ気か……?」

 

 そのつもりだとしても、こちらが負けてやるわけにもいかない。

 

「……っ!」

 

 瞬間、敵のM1がバーニアを吹かし、ビームサーベルの切っ先をこちらに突っ込んでくる。

 同じくロマはウィンダムを加速させ、その勢いのままビームサーベルを回避し、そのM1の脇腹をクローで切り裂きつつ、少し離れた場所で停止。

 当然、負ける気はしなかった。ただ、敵意も殺意もないことだけに違和感を感じる。

 

 背後のM1アストレイはビームサーベルを両手で持ったまま、両足を地につけているものの、その脇腹は抉られておりバチバチと漏電し、いつ爆発してもおかしくはないだろう。

 ともすれば、コックピットも無事では済んでいないかもしれない。

 

 だがその瞬間、オープン回線での通信。周囲にはその通信を聞く者はいないことは確かである。

 

『ロマ・バエル……聞こえるか?』

「なに───ウズミだと!?」

 

 ウズミ・ナラ・アスハ。

 彼は“本来ならば”自爆するはずなのにも関わらず、なぜここにいるのか……。

 

「なっ、なにやってんだよ!? なんでアンタがM1に乗ってんだッ!?」

『ふっ、その方が、良いではないか……』

「なっ……カッコつけて自分だけ満足して死ぬんじゃねぇ!」

『……頼む、カガリを』

 

 ロマの言葉は既に聞こえていないんだろう、返事は遅れているし、返答になっていない。

 

『世界を……“奴ら”の好きなように───』

 

 瞬間、M1アストレイは脇腹部分から爆発、そのまま地に倒れ伏す。

 オープン回線での通信は切れ、既に声は聞こえない。

 ロマは自らの震える両手を握りしめて、思い切りモニターに叩きつける。

 

「くそっ、これだから嫌いなんだよ、オーブもウズミもっ……!」

 

 項垂れるようにして前のめりになるロマは、悪態を吐き出し、何度もモニターに拳を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、お見事でした。流石ですわ……サザーランド大佐」

 

 そんな声で、ロマの意識が“あの日”から引き戻される。

 

 現在は輸送機の中、隣に座ったアズラエルとウィリアム・サザーランドが会話をしているのだということを理解した。

 オーブ解放作戦と同時に発動していたビクトリア基地奪還作戦は成功し、今はビクトリア基地のマスドライバーを使い、宇宙(ソラ)へと上がろうというところだ。

 先ほどまではアズラエルが『コーディネイターの捕虜が大量で困る』という話をしていたのを思い出す。本来であればコーディネイターは皆殺しな勢いであったビクトリア基地なのだが、パナマの敗戦もなく下ろすべき溜飲もないのだろう。

 

 ロマは、窓の外を見やりながら聞き耳を立てる。

 

「いえ、ストライクダガーは良い出来ですよ。オーブでアズラエル様が苦戦されたのは、お伺いした予期せぬ機体のせいでしょう」

「まだまだ課題も多くてねぇ。こっちも……よもや、カラミティ、フォビドゥン、レイダーで、ああまで手こずるとは思わなかった」

「しかも、バエル大佐もいて、ですな」

 

 突然の飛び火にそちらに視線を送るが、ウィリアム・サザーランドは本気でそう思っているのだろう。裏の無い表情で笑うのみ。

 彼はアズラエルの側近であるロマを散々見てきている故に、その実力を理解しているからだろう。

 ザフトに打撃を与え続けた男、ロマ・K・バエル。だからこそ、本気でウィリアム・サザーランドはオーブが驚異的な戦力を持つと考えている。

 

「本当にとんでもない国だね、オーブは……何考えてたんだか」

「上手く立ち回って、甘い汁だけ吸おうと思っていたんでしょう……卑怯な国です。プラントの技術も相当入っていたようですからなぁ。いや、もしかしたらその2機、実はザフトのものだったのかも知れない」

 

 そんなサザーランドの洞察力に、ロマは心の中で思わず苦笑を浮かべる。

 

「どちらにしろあれは何とかしなきゃねぇ」

 

 目的はあの二機の捕獲、ロマは前もって聞いていた。

 しかし、それをウィリアム・サザーランドには言えない理由がある……。

 

「それでご自身で宇宙へと?」

「あの機体もしかしたら、核エネルギー、使ってるんじゃないかと思ってね」

「なんですと!?」

 

 さすがのサザーランドも大きな声で反応を見せた。

 ミョルニルを真っ二つにして、あれだけの火力を出しながらの戦闘の継続……おかしいとは思っても、核動力という発想は真っ先に否定されて然るべきだが、彼女はそれを見抜く。

 ロマはこうなることを知っていたものの、何年も彼女の傍らにいたからこそ、むしろ気づかないはずがないという確信を持っていた。

 

「確証はないけど……でもあれだけのパワー、従来のものでは不可能だ」

「Nジャマーも、コーディネイターの作ったものですからなぁ。確かに奴等なら、それを無効にするものの開発も可能でしょうが、それが本当なら由々しき事態ですな」

「ん、国防産業理事の私の目を疑うの?」

「いえ、そのようなことは……」

 

 アズラエルが笑って言うと、サザーランドは苦笑を浮かべながらそれを否定する。

 

「大体我々は弱い生き物なんだから、強い牙をもつ挙句凶暴なのは……ちゃんと繋いでおくかしないと、でしょ?」

「宇宙に野放しにした挙げ句、これでは……ですな」

 

 コーディネイターはナチュラルよりも強い。それは生物的に仕方のないことなのだ、だがそれでこちらに牙をむくなら容赦はしない、ということだろう。

 まぁ、コーディネイターが、というよりは“ザフト”は……だ。 故に“凶暴なのは”と言ったのだろう。

 

「頑張って退治してくるよ。私達も」

 

 そう言ってから、どこか複雑そうな表情をしているアズラエルを見て、ロマはサングラスの奥の瞳を細めた。

 

 

 

 その後、サザーランドと別れてジープにて空港へと移動したロマとアズラエル。

 レイダー、カラミティ、フォビドゥンを輸送機からシャトルに移したクロトたちも直に合流するだろうと、二人はシャトルへの道を行く。

 無言のアズラエルを見てから、周囲に人がいないことを確認しロマは静かに口を開く。

 

「……どうしました」

「いえ、昔のことを思い出して……私も大概クソガキだったなぁ、とか」

 

 ―――今ではメスガキムーブかましてくるけどな。

 

 などとは、とてもじゃないが言えない。

 

「センチメンタル的だな、ムルタ」

「たまにはそういうこともあって当然でしょ、私だって人間だし……ナチュラルの子供なんて、大概そういうことを親に言っちゃうもんでしょ」

「……違いない」

 

 苦笑するロマ。言ったことは無いが、やはり思ったことはある。

 自分が“コーディネイターであったなら”と……。

 

「すっごい怒られたけど、っていうか……泣かれた」

「ハハハ、それは苦い記憶だな」

「笑い事じゃないから……はぁ、いやまぁ、少し言ってスッキリしたけど」

「それはなにより」

 

 彼女の言葉にウソはないのだろう。先ほどよりもスッキリしたような表情をしている。

 こういう時に能力(チカラ)を使えないからこそ、“ニュータイプモドキ”なのだと、逆にロマが顔をしかめたくもなるが、今更と言うものだ。

 三人娘が合流する前に、彼女がいつも通りに戻りそうで良かったと思いながら、ロマはアズラエルと共にエスカレーターに乗る。

 ふと、アズラエルが声を上げた。

 

「あ、そういえばサザーランド大佐と居た時、全然喋らなかったけど、結構貴方の話題出してましたよ?」

「いえ……理事と大佐の真面目な話の邪魔をするわけにもいかなかったので」

「別に良いでしょ。貴方の意見って結構大事なんだから……」

「……理事が楽しそうに話してらっしゃったので」

 

 そう言っている最中にアズラエルを見れば、なぜだか口に手を当ててニヤリと笑っているのに気づく。

 

「もしかしてぇ~嫉妬しちゃってますぅ~?」

「なっ!? そういうわけではっ」

「えぇ~あやしぃ~、いやですねぇ、ただの業務じゃないですかぁ~♪」

 

 なぜだか嬉しそうなアズラエルに、これ以上は“誤解”だと言うのも難であるなと、ロマは黙る。それに、その感情が完全に無かったかと問われれば自分でもわからないところでもあるのだ。

 ニヤニヤと笑いながら肘で突いてくるアズラエル。

 

 ―――メスガキ、わからせたらぁ……。

 

 余計なことを思考していれば、エスカレーターの出口付近。

 一歩踏み出すロマを肘でつついていたアズラエルは、それに気づかず、つまづく。

 

「にゃぁっ!?」

「おっと」

 

 不意の事故に、素っ頓狂な声を上げてこけそうになったアズラエルを支えるロマ。

 抱き合うような形になったのもまた仕方のないことなのだが、それ以上の問題を抱えたせいでアズラエルは顔を真っ赤にしており、挙句体勢が体勢なものでロマと顔があった状態。

 不備の事態にロマも混乱しているせいか、必死にフォローをする。

 

「……えっと、かわいい声だった」

 

 フォローはした。明後日の方向に。

 

「なっ、あ、貴方ねぇ!?」

「い、いやその! 事実だ!」

 

 そういうことではないが、もはや止められまい。当事者たちでは……。

 故に、第三者の介入が必要なのである。

 

「迎えに来たらなにイチャイチャしてやがるんですか?」

 

 ただし武力介入。

 

「ッ!?」

「は、ハイータっ」

 

 真っ赤な顔で絶句するアズラエルと、声が裏返るロマ。

 エスカレーターの出口から少し離れた場所、車椅子に座したハイータがそこには居た。

 

 

 

 

 

 

 宇宙(ソラ)、クサナギのハンガーにキラ・ヤマトとアスラン・ザラはいた。

 ウズミとの別れの時、カガリに手渡された写真。それは双子を抱く女性、その裏に書かれたカガリ、そしてキラの名、ウズミが言った『兄妹』もいる。と言う言葉。

 オーブは代々養子を取るものだし不思議はないが、キラはそうではない。今まで母と思っていた相手が母でない、それにカガリと兄妹かもしれない可能性。

 なにも考えない方が異常というものだ……。

 

「こんな時、ロマさんがいてくれればな……」

「ロマ、赤い悪魔が?」

 

 隣のアスランがキラの言葉に反応する。

 

「あ、いやすまない……バエル大尉、だったか?」

「今は大佐だって」

「……スピード出世だな」

 

 茶化すつもりはなく、純粋に出た言葉なのだろう。キラは思わず微笑する。

 

「凄い人だから、ムウさんより階級が下だった方がおかしいんだよ」

「……ん?」

 

 それはそれでムウに失礼じゃないか? とも思ったが、そういうものなのだろうと思うことにした。

 

「強くてカッコ良くて優しくて、アークエンジェルだってロマさんがいなければ……」

 

 ザフトの戦力が増したのはロマがいたからだ。

 それを知っているアスランではあったが、言わない方が良いと判断した。さすがのアスランもそのぐらいはわかる。

 だがやはりというべきか、キラはずいぶんロマを慕っており、戦わせるのは酷なのだろう。

 

「……だがキラ、これからおそらく」

「うん、そうだね。きっと……戦うこともあると思う。ううん、僕らが戦いを続けるなら、絶対に戦うことになるんだ」

「その時、お前は……いや、その時には俺が」

 

 代わりに戦う。そう言おうとしたが、それをキラは首を横に振って遮る。

 

「戦うよ。それでも僕は」

「そうか、強くなったな。お前は……」

「そんなことないよ」

 

 微笑を浮かべながら、キラはそれを否定した。

 

「それにロマさんなら、きっと言うと思うんだ……“戦え”ってさ」

 

 事実、ロマはそう言うのだろう。彼らではなく、“彼女ら”を助けるために……。

 

 

 

 

 

 

 月へと向かうシャトルの中、ロマはアズラエルとハイータに挟まれ座っている。

 向かいには座席を回転させて向き合う形となっているクロト、オルガ、シャニの三人。

 アズラエルがいる側の窓を見れば、その向こうは宙域。すっかり宇宙にも慣れた自分に、ロマは思わず笑いそうになるが、変な目で見られるのは確定なので耐える。

 ふと、窓の向こうを見ていたアズラエルが振り返りロマの方を向く。

 

「そういえば、これから月に行って新造艦に同行する形でアークエンジェル(あの船)を追います」

「ああ、なるほど」

 

 ―――ドミニオンか。

 

 アークエンジェル級二番艦、黒き天使、ドミニオン。

 原作でもアズラエルが乗艦しており、その艦長は『ナタル・バジルール』であり、アークエンジェルと死闘を繰り広げ、最後は撃たれる。

 ロマにとっては縁起がいい艦ではないが、それでも必要なものだ。

 

「まぁ貴方とハイータにとっては慣れ親しんだ内装の艦ですがね」

「え、それじゃアークエンジェルと同型艦ってことですか?」

 

 ハイータの疑問に頷く。

 

「そう、アークエンジェル級三番艦」

「え?」

 

 ―――三番艦?

 

 

 

 原作(未来)を知るはずのロマの知らぬ、新たな天使。

 

 

 

 その名は―――熾天使(セラフィム)

 

 

 







前回お待たせしたのでちょっと急いで書きあげてみましたわ
オーブ戦が最初の少しで終わってしまったので、印象が薄くなりそうです
まぁウズミがM1で突っ込んできた以外に改変はないので問題なし、かも

なにはともあれ色々あってまさかの三番艦でした

次は戦場は、ようやくメンデルですね
そしてAI娘も久々に出番

ロマの立ち回りもどうなるか、とかお楽しみいただければです


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果てしか見えぬこの時の中で

 

 月面、プトレマイオス基地の上空。

 

 月軌道上を行く小型機(ランチ)、レイダー、フォビドゥン、カラミティを随伴させるそれの中から、ロマ・K・バエルは視線の先に“ソレ”を見る。

 あまりの予想外の事態に、聞いてはいたものの瞳を鋭く尖らせた。

 正面からそんなロマを見れば、新兵なら怯えて竦んでモビルスーツの性能もいかせないことであろうが、正面に映るのは、漆黒の宇宙(ソラ)に堂々と君臨する第三の天使。

 ムルタ・アズラエルの座るシートを掴んでいた彼の右手に力が込められる。

 

「おや、君にぴったりですね」

「ええ、よもや───」

 

 アークエンジェル級三番艦、熾天使(セラフィム)

 

「───赤い戦艦、とは」

 

 (アークエンジェル)(ドミニオン)とはまた違う、真紅の天使が、そこには在った。

 

 

 

 その後は赤き戦艦、セラフィムのハンガーにて、アズラエルと別れたロマ。

 所要を済ました後に、クロト、オルガ、シャニ、そしてハイータの四人を連れてよく知る構造の戦艦の中を行く。

 赤い制服などロマぐらいのもので、一目見るなりクルーたちが敬礼をするので、ロマも軽く返しながら移動していき……ブリッジへと辿りつくなり、そのドアを開く。

 そこには、見知った顔。

 

「なっ、たい……大佐っ」

「久しいな、バジルール“少佐”」

 

 フッ、と笑みを浮かべてそう言うと、アズラエルと話をしていたナタル・バジルールは敬礼。

 お互いに手を降ろすなり、ロマは背後に視線をやれば“オルガに背負われたハイータ”が軽く手を振り、ナタルは眉を顰めながら笑みを浮かべる。

 なんとも言えない表情なのは、これもまた仕方の無いことだろう。

 ロマはアズラエルの方を向く。

 

「どこまで話を?」

「お互いの紹介まで、ですね。本題はこれから、です」

 

 本題。否、問題はこれから、である。

 

「本題、ですか……?」

「ええ、私たちはこれから、アークエンジェルを討ちに行くんです」

「えっ……」

 

 ナタルが驚愕しながらロマの方を向くが、ロマは……。

 

 ―――とりあえず笑っとくか。

 

 困ったので不敵に笑みを浮かべておく。

 

 彼女の印象としては、彼は包容力のある頼りになる大人、というものだ。

 自分やマリュー、ムウももちろん大人ではあったが、彼はまた違うタイプであったように思う。しかし、それと同時に研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を感じることもある。

 故に、彼がアークエンジェルを討つということを、ありえないという風にもまた感じない。

 

「頼りにしているよ。ナタル艦長」

「は……はい」

 

 戸惑いながらも、ナタルは頷く。

 

 そして、オペレーターとしてナタルと同じくセラフィムに配属された赤髪の少女、フレイ・アルスターもまた、驚愕に表情を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 L4宙域、メンデル。

 C.E.68年に発生したバイオハザードにより、多数の死者を出し放棄されたコロニー。

 そんな縁起の悪いコロニーに、三隻の船。

 

 オーブから無事脱出したアークエンジェル、クサナギ。

 そして、ザフトの歌姫ことラクス・クライン率いるクライン派が、ザフトから奪取した最新鋭艦エターナル。

 紆余曲折あり、三隻はこうして共にある。

 

 現在、エターナルのブリッジにはアークエンジェルからキラ・ヤマト、マリュー・ラミアス、ムウ・ラ・フラガの三人がやってきていた。

 ラクス・クラインの隣にいるキラは、顔をしかめている。

 理由はといえば、操舵手を務めている“彼”の言葉故、だろう。

 

「……なんでコーディネイターを討つのが、青き清浄なる世界の為なんだか……そもそも、その青き清浄なる世界ってのが何なんだか知らんが、プラントとしちゃあそんな訳の分からん理由で討たれるのは堪らんさ」

 

 砂漠の虎“アンドリュー・バルトフェルド”の言葉も、尤もなことなのだろう。

 

「しかし、プラントもナチュラルなんか既に邪魔者だっていう風潮だしな、トップは……当然防戦し反撃に出る。二度とそんなことのないようにってね。それがどこまで続くんだか」

 

 撃ったから撃たれて、撃たれたから撃つ。

 そういうものなのだ。それを終わらせることなど……。

 

 マリューが悲痛な表情を浮かべ、ムウの服の袖を掴む。

 

「酷いものよね……」

「ああ、本当にいつまで……」

 

 そんなムウのぼやきに、ラクスはキラの腕を掴みながら口を開く。

 

「でもそうしてしまうのも、また止めるのも私達、人なのです。いつの時代も、私達と同じ想いの人も沢山居るのです……創りたいと思いますわね、そうでない時代を」

「うん、そうだね」

 

 ラクスの言葉に頷くキラも、確かにその志を持つ同志なのだ。

 導いたのは彼女ではあるが、選んだのはキラ自身であり、そんな彼と同じくアークエンジェルの者たちもクサナギの者たちも、今、此処に在る。

 ふと、ムウはキラに視線を向けた。

 

「それとこれから、連合と戦うことになるとすれば……いずれまた、アイツと会うぞ」

「っ……ロマさん」

 

 悲痛な表情で拳を握りしめるキラを、ラクスは心配そうに見つめる。

 彼女はどことなくそんなキラの表情に、自らを責めていた頃の彼を思い出したからだ。しかし、それでもキラはすぐに表情を変えた。

 そして強い瞳で、ムウに対して頷く。

 

「そうか……すまん、これで嫌って言われても返す言葉なんて考えてなかったんだけどさ」

「ムウ……?」

「はははっ、ロマみたいにはいかんね、どうも」

 

 ムウもムウなりに、キラを支えようと思っていたのだろう。それを察してか、キラもマリューもおかしそうに笑みを浮かべる。

 慣れないことはするもんじゃない、と笑うムウが次に視線を向けたのは“左腕を失った”バルトフェルド。そしてそんな彼の隣にやってくるのは、“右腕を失った”女性。

 二人にとって、いま話に出たロマ・K・バエルは自身の仇、でもあるのだ。 

 

「僕かい? いやぁ、どう思うアイシャ、君は?」

「んー……戦争ですもの、誰かを討つ理由なんて、誰にでもあるし、誰にだってないでしょう?」

「……ってことさ」

 

 バルトフェルドとアイシャが笑うと、キラは口元を綻ばせる。

 

「……ありがとう、ございます」

「な~んで君がお礼言うのかな?」

「……それでも」

 

 言わなければいけない、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 宙域を行く真紅の戦艦、セラフィム。

 

 その艦の艦長であるナタル・バジルールは休憩時間に、艦内の展望デッキへとやってきていた。と言っても、視界に映るのは宇宙と星々の光のみだが……。

 

 だがそれでも、落ち着くことは確かなのだろう。

 帽子を取って首元も空け、ドリンク片手に無重力空間に浮くナタルがいるそこへ、誰かがやってきた。

 

「おっと失礼、ナタル艦長……?」

「た、大佐っ!」

 

 やってきたロマに驚きながら、いそいそと首元を閉じようとするが、ロマは微笑を浮かべて平手を出す。

 

「構わんよ、今は休憩時間だ。私もな」

「大佐……」

「アズラエル理事は、ブリッジか」

 

 ぼやくように言う彼が踵を返そうとすると、ナタルは少しばかり悩むような表情を浮かべた。

 ロマの背を見やりながら、口を開こうとするが……止まる。

 

 だが、その瞬間―――扉が開いた。

 

「きゃっ!」

「む、すまんな……フレイ・アルスター」

「っ……だ、大丈夫、です」

「フレイ・アルスター……?」

 

 そこにやってきた赤髪の少女、フレイ・アルスター。

 

「あ、その……」

「前はありがとう、挨拶もなしに去ってすまなかったな」

「あっ、いえ……」

 

 前回のパナマ基地防衛の際での戦闘でオペレーターを務めたのはフレイだ。といっても、単騎先行故に最初と最後以外はほぼ仕事はなかった。

 彼女は、こうして再び共に戦うなど夢にも思わなかっただろが、ロマはこうなるパターンもある程度予測していたので、それほど驚くこともなく、今に至る。

 少し退くが、フレイはロマの前を通り過ぎる気配なく、彼に不安げな視線を向けるのみ。

 

 ―――え、なにか致したか俺?

 

「どうした。なにか言いたいことが?」

 

 心の中では不安になりながらも、至って冷静にそう問いかける。

 

「あの……アークエンジェル、本当に、倒すつもり……ですか?」

 

 どこかぎこちない敬語に口元を綻ばせるロマ、それに対してフレイは質問を笑われたように感じ、少しばかり不満そうな表情を浮かべる。

 だがその誤解を理解し、ロマは平手を出してフレイがなにかを言おうとするのを留めさせ、軽く床を蹴ってナタルの方へと流れていく。

 フレイも床を蹴ってナタルの近くへと移動。

 

「そうだな、彼らが降伏するのであれば話は変わるが、バジルール少佐。君はどう思う?」

「しない、でしょうね……私と大佐である程度減刑ができたとしても」

「そういうことさ、そしてアズラエル理事は例の二機、フリーダムとジャスティスを捕獲するつもりなのだから、我々がやることはソレだ」

 

 その言葉は嘘偽りに塗れている。

 もちろん、捕獲するつもりなどない。そんなことをして、原作を狂わせては、終わる戦いも終わらないというものだ。

 ロマの知っている未来通りにことが進むとすれば、あの“三隻同盟”が無ければこの戦争があのような形で終わることもないだろう。

 どちらかがどちらかを滅ぼすまで……それこそ泥沼だ。

 

「キラが守ろうとした。アークエンジェルを本当に撃つっていうの……?」

「アルスター……」

 

 泣きそうな声でそう聞くフレイの肩を、ナタルが抱く。

 

「……勘違いしているようだな」

「っ、キラはあんたにあんなに懐いてたのに、あんたはキラのことなんともっ―――」

「キラは今も守っているよ。アークエンジェルを」

「───え?」

 

 ロマの言葉に、フレイは唖然とした声を上げ、ナタルも戸惑うような表情を浮かべる。

 

「フリーダムのパイロットはキラだ」

「なっ……!?」

「交戦したので間違いない」

 

 そうでなくたって、ロマにはわかることだ。

 

「……それにキラは、この戦争を終わらす鍵さ」

「っ……戦争を終わらす、鍵?」

 

 得てせず、妙な言葉を口走ったロマ。

 

「少しは信用してほしいが……フッ」

 

 信用できる要素などあるわけもないのだが、ロマは微笑を浮かべてそう言った。

 フレイは無言でロマを見やるが、彼は困ったような笑みを浮かべてナタルの方に視線を向ける。

 静かに息をついて、頷いた。

 

「少し話しすぎた。私はこれで……君らも落とされたくなけば全力でやるしかあるまいよ。彼らを殺さずに、としたくとも、あくまで自分が生きていなくてはどうにも、な」

「ハッ、理解しています!」

 

 そう返事するナタルに、ロマは笑みを浮かべて頷いた。

 フレイは相変わらず鋭い瞳をロマに向けているが、彼とて話し始めた時からそうなることは想定済みというものである。

 故に、静かにその部屋を出ていく。

 

 そんな飄々と出ていくロマとは反対に、一方のフレイは苛立つような悲しむような表情をして、両手で顔を覆う。

 

「キラっ……」

「今作戦、参加はとりやめるか? 君であればそれも可能だと思う。ブリッジを出て居住区にいても……」

 

 ナタル・バジルールからそのような言葉が出ること、同じアークエンジェルのクルーであった者が聞けば驚くことだろう。

 同時に、彼女自身もそんな自分に驚いている。

 しかし、ロマもマリューもおそらく納得はするだろう。アークエンジェルの状況故にあのような立場になってしまっていただけで、他の規律がしっかりしていればきっとこれが本来の彼女だったのだ。

 そんな彼女に、フレイは驚くでもなく、両手を降ろして涙を流しながら首を横に振る。

 

「でも、私……どうしても会いたいんです。みんなと、会って今度こそちゃんと話……それに、生きててくれたキラともっ……」

 

 フレイの目的上、同行するだけでも十分ではある。だが、それでも、彼女はこの艦でやるべきことをやると、そう決めたのだ。

 それがいかなる道であろうと、ナタルと……癪ではあるがロマを信じるのであれば、アークエンジェルを“余裕ある状態で倒す”必要がある。

 だからこそ、自分が戦場にいたいと、そう思う。

 

「大佐を信じて、共に戦うしかないさ、今の私達には……」

 

 ナタルはそう言うと、そっとフレイを抱き寄せた。

 

 

 

 部屋の外、扉の傍に背をつけて聞き耳を立てていたロマが微笑を浮かべ、床を蹴ってそこから離れていく。

 盗み聞きなど褒められた行為ではないし、自分自身で下種なことをしていると理解はしているが、それでも確認が必要だったのだ。

 彼女らが“アークエンジェルを捉える”ために“自分に協力する”かどうか……。

 

 ───さすがにナタルとは目標を統一しときたかったしな……。

 

 戦場で味方をも警戒しなければならないなど、今のロマにする余裕などない。

 しかも、すっかり“戦士として完成した者たち”を相手に、だ。

 キラもアスランも、もちろんムウもディアッカも、これまでの相手の比ではないのは自明の理。

 

 本気で戦って勝てないような相手だが、あのクロトとオルガとシャニの三人がいれば、それもまた違ったものになる……だが“勝ってしまう”こともまた問題である。

 勝たないようにしつつ、余計な被害が出ないようにしつつ、ただしそれでも進めなければならない。

 

 ―――戦争の終わり、までか。

 

「……私はまた、阿漕なことをしているな」

 

 インカムを付けると、そのまま壁に付いているベルトコンベアに触れそのまま廊下を流れていく。

 

「チェシャ、聞こえるか?」

『あ~ら私のあなた、聞こえないはずがなくってよ!』

「なら結構……ディザスターは?」

『もーまんたい、ですわ!』

 

 月基地でようやく受領できた専用機、ディザスター。

 そして、その機体を操るのにどうあっても必要になるのが、支援AIである『チェシャ』であり、かのAIは先日のパナマ防衛線での戦いで不調をきたし、再調整並びにメンテナンスということでしばらくは預けていたのだが、問題なしということでディザスターと共に帰ってきたのである。

 ウィンダムを使用してでの彼らとの戦いは、“彼女(チェシャ)”もいなければ、良い機体ではあったものの乗り慣れてもいない機体で、ロクに戦いになっていなかったように思う。

 

 不確定要素も多少なりとも改善されたと、そう思いたい。

 

『あら、暗いですわね。どうかしまして?』

「……どうかしてるさ」

『はぇ~よっぽどですわね。しかし安心なさいませ、この私が戻ってきたからには近づく敵はまとめて……』

 

 ―――溜めるなぁ。

 

『星屑にしてあげますわ! してやりますわよ、スターダスト・メモリーに!』

「……フッ」

『え、今の決め台詞に面白要素ありまして?』

 

 お前がおもしろい。などとは言えるわけもなく、一言だけ礼を言ってからチェシャとの通信を切ってポケットにインカムをしまう。

 

 

 

 それから少しばかりして、ロマは重力が効いている居住区画の与えられた自室へと入るが……既に部屋の主でない者がそこにいた。

 ブロンドの髪をなびかせる女性、ムルタ・アズラエルが、スーツのジャケットは壁にかけ、シャツなどは着崩して椅子に座っている。

 さらにベッドに寝転がっているクロトとそのベッドに腰掛けているオルガとシャニの三人は揃ってゲームで遊んでいるようだった。

 

 ロマが戻ってくることに気づくなり、四人がそちらに視線を向ける。

 

「おかえりおにーさん!」

「やっとかよ」

「おにいさん、ちゃんと休まないとお仕事の時間になっちゃうよ?」

「そうだな、それは困る。しっかり休んでしっかり働かねばな」

 

 ───前の世界の俺に聞かせたいな……社畜的なことだ。

 

 思わず心の中で自嘲した。

 

「ホント、ちゃんと休んでくださいよ?」

「理事、ご心配いただかなくても……」

 

 そんな風にロマが笑いながら言っていると、手洗いのドアが開いて車椅子に乗ったハイータが出てくる。

 

「アズラエル理事も、ちゃんとロマ君を休ませてあげてくださいね?」

「……あなた、言うようになりましたねぇ」

 

 赤い顔で眉をピクピクとさせながら言うアズラエルと、してやったりな表情で笑うハイータ。

 ずいぶんと気安い仲になったなとも思うが、ロマとしてはそれは良いことである。自分になにかがあっても、きっとハイータはアズラエルらと上手くやっていけるだろう。

 故に……。

 

「しかし、プラントからの情報……強奪されたフリーダムとジャスティスか」

「貴方もこれ、信用してないんですか?」

「いや、ナタルはハイリスクは避けるタチだ。そういう発想をするのはわからんでもない……だがL4宙域にナスカ級が三隻向かっている。ともなれば我々がやることは一つさ、それがなんだろうとな」

 

 ザフトが罠をしかけていようと、ある程度であればこちらの戦力で充分押しつぶせるはずだ……。

 いや、しかしそれが本当の情報だということをロマは知っている。そして、その情報を流した男の存在すらも……。

 

「さて、どうなるか……」

 

 ―――俺は、どうするか……。

 

 

 

 

 

 

 L4宙域、コロニーメンデル。

 戦艦レベルの大型の熱量を捉えたアークエンジェルが出航し、遅れてクサナギも出航を始める。

 最終調整のため、エターナルは未だ出撃できない。

 

 コロニーの港から離れ、第一戦闘配備という状況下にクルーたちが、気を張っているせいか、独特の緊張感に包まれるアークエンジェル。

 それは、敵に再び“彼”が現れるかもしれないという恐怖からか……。

 

「イーゲルシュテルン、バリアント起動。艦尾ミサイル発射管全門装填!」

 

 その号令をかけ、いつでも戦闘が始まっても問題ないようにと備えるが、その瞬間―――通信。

 

『こちらは地球連合軍、宇宙戦闘艦セラフィム。アークエンジェル聞こえるか?』

 

 聞こえる声、当然それに驚愕するアークエンジェルのクルーたち。

 

『本艦は反乱艦である貴艦に対し、即時の無条件降伏を要求する』

「ナタル……」

「バジルール中尉……」

『この命令に従わない場合は貴艦を撃破する』

 

 その言葉がしっかりと届き、アークエンジェルには動揺が奔る。

 

「艦長、敵艦の光学映像です!」

 

 ミリアリアの声と共に映し出されるのは、宇宙(ソラ)を往く真紅の戦艦、その姿は……。

 

「アークエンジェル!?」

「同型艦か……っ」

 

 近づいた影響でモニターには、懐かしい顔が映る。

 セラフィム艦長、ナタル・バジルール。

 

『このような形でお会いすることになって、残念です』

「……そうね」

 

 本当にその通りだと、マリューは返事を返す。

 ナタルの顔を見れば、マリューでも彼女は戦うことに対して不本意な念を抱いているのは理解できる。

 しかし……。

 

『アラスカでのことは自分も聞いています。ですが、どうかこのまま降服し、軍上層部ともう一度話を。私も……バエル大佐も及ばずながら弁護してくれると約束してくれました。それに、本艦の性能は、よく御存知のはずです』

 

 彼の名前が出て、それに弁護するという言葉に少しは思うことがあるのだろう。

 再び、アークエンジェルに僅かな動揺が奔った。

 

「……ありがとう。でもそれは出来ないわ! アラスカのことだけではないの……私達は、地球軍そのものに対して疑念があるのよ。よって降伏、復隊はありません!」

『ラミアス艦長……』

『アークエンジェルっ、降伏して……!』

 

 突如として第三者の声、ナタルの隣に顔を出すのは赤い髪の少女───フレイ・アルスター。

 

「えっ!?」

「フレイ……?」

「どうして……」

 

 マリュー、サイ、ミリアリアが驚愕に表情を変える。

 

『あの人がっ、ろ……ロマさん、が出撃しちゃうっ! そうなる前に降伏しなきゃっ』

『……ラミアス艦長、それでも、降伏してはくれませんか』

 

 だが、ここで降伏するわけにはいかない。

 自分たちに託したウズミのためにも、自分たちのためにも……。

 故に、しっかりとマリューは画面の向こうのナタルを見据えた。

 

「……ごめんなさい」

『っ、なんで……』

 

 落胆したように、酷く沈むフレイに、心が痛むマリューたちだが、決して答えは変わらない。

 

『はぁ……言って解ればこの世に争いなんて無くなります』

 

 知らぬ声に、アークエンジェルは再び混乱する。

 だが確実にセラフィムのブリッジにいる誰かの声で、それはもちろんロマではない落ち着いた女性の声にして、どこか優雅さや気品を感じ取らせた。

 その容姿が映るわけではないものの、確かにその女性は存在感を放っている。

 

『解らないから敵になるんでしょう? 元お仲間の艦長さんたちが、ここまで言ってダメということは、敵なんですよ……そして敵は、討たねば』

『アズラエル理事っ……』

 

 その名を理解してる者は、驚愕。

 

『カラミティ、フォビドゥン、レイダー、ディザスター、発進です。不沈艦アークエンジェル……沈めて差し上げる』

 

 その声を最後に通信は切れる。

 オペレーターであるミリアリアは、理解がいまいち追いついていない。

 

「アズラエルって……?」

「ブルーコスモスの盟主! それでなくたって“赤い悪魔”のことで有名!」

「それって……」

 

 アーノルド・ノイマンの言葉に、次はサイが首を傾げる。

 

「つまり、バエル大尉の主様だよ……くるぞ、赤い悪魔が!」

「くっ、大尉……」

 

 

 

 

 

 

 戦艦セラフィム。

 カタパルトから射出されたレイダー、カラミティ、フォビドゥンの三機、さらにストライクダガーが数機発進する。

 そして、カタパルトにセットされる他とはまったく違う機体。

 レイダー、フォビドゥンも異質なタイプとされるが、それらとはまったく毛色が違う異質なモビルスーツ、キラから言わせればガンダムと呼ばれるタイプの機体ではあるが、それにしてはやけに禍々しい。

 

 パナマ攻略戦時にもちかえられた映像を見た者は震えあがるであろう、その機体のシルエット。

 

 異様に長い前腕、特徴的なウイングバインダー、やけに鋭い顔、大型ビームライフル、灰色の装甲。

 

 そのコックピットで、いつかと同じ赤銅色のパイロットスーツを身に纏った男。

 彼はその色違いの双眸で、往くべき戦場(ソラ)を見据える。

 漆黒の宇宙で視界に見える光は、星々の光だけでなく……文字通り、彼にとっての“希望(ヒカリ)”。

 

『進路クリア、GAT-X300D……発進どうぞ!』

 

 CICからの声に、頷く。

 

「ロマ・K・バエル、ディザスター……出撃()るぞ!」

 

 リニアカタパルトにより、勢いよく赤い戦艦から射出されたモビルスーツ、ディザスター。

 

 邪魔にならぬようにしていたウイングバインダーをしっかりと斜めに開くと、PS装甲が展開し機体は赤銅色を纏う。

 ストライクダガー部隊を追い抜いてレイダー、カラミティ、フォビドゥンに並ぶ。

 

 コックピットで、モニターに映る白い戦艦、アークエンジェルを見やる。

 

「不沈艦アークエンジェル、これでエンドマークだ……!」

 

 

 

 そして、誰とも一致しないであろう、“彼の目的”を果たすための戦いが始まる。

 

 

 







こんな感じでメンデル編スタートです
……たぶん変なところはないはず

現時点でかなり改変はありませんが、ロマの思惑通りですね
問題はNJCとかですが、ロマの暗躍がはじまる……といいなぁ

ようやくディザスターの出番ですが、キラたち相手にどう立ち回るのか

スパロボとかGジェネみたいなロマとかディザスターのステータスを小ネタで書きたくなったりならなかったり

なにはともあれ、これが放送されてたら完全ボス枠ですねロマ
キラたち視点で考えるとやべぇやつですわ~

では次回もお楽しみいただければと思います

PS、三馬鹿やハイータとの絡みを最近書けてないんですが
メンデル終わったらちゃんとやります


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宇宙を奔る星

 

 コロニーメンデル宙域。

 赤い戦艦、セラフィムから出撃したのは四機のGと八機のストライクダガー。

 ダガーたちはセラフィム周囲に配置され、四機のGがアークエンジェルの方へと進行していく。

 

 それに対するアークエンジェルから出撃するのは、フリーダム、ジャスティス、エールストライク、バスターの四機。

 様々な経験から誰もがエース級のパイロットであり、ストライクダガーだけなら数十機用意したところでそれほど意味もないレベルの戦力である。

 

 セラフィムから出撃した“例の三機のモビルスーツ”とは別に、赤銅の装甲を持った機体を、フリーダムのコックピットからキラは視界に捉える。

 その肩部装甲に悪魔のパーソナルマークを確認しながら……。

 

「アスラン、例の三機と……」

『ああ、ロマ・K・バエル、赤い悪魔か……!』

 

 キラの目に映るそれは“前回の機体(ウィンダム)”と比べても、まったく違う類のモビルスーツだった。

 

 それはプレディザスターを思い起こさせ、しかし、その機体はより禍々しく感じられる。

 肩部装甲やウィングバインダーなどで少しばかり大きく見えるものの、ボディは他のモビルスーツよりもやや細く、だが前腕は異様に長く、そのマニピュレーターの指先はプレディザスターの時と同様に鋭い爪となっており、同じような戦闘が可能なのだろうと予測できた。

 脚部はプレディザスターと違いしっかりと装甲を纏っており、爪先は三又に分かれて、より一層悪魔の様相を強めている。

 バックパック上部から伸びるウイングバインダーは、フリーダムほどではないにしろ、その機体の両側から飛びだす程度には大きく、下部から伸びるテールスラスターは機体の膝ほどまでの長さはあるだろう。

 そして、頭部は前に長く、後ろに流れるような鋭い四本のV字アンテナ、さらに頭部前方からブレードアンテナも伸びており、メインカメラ部分の目つきはかなり悪いように見て取れる。

 

 キラもアスランもディアッカも、いやベテランであるムウすらも見たことがないような異様なタイプのG兵器。

 

「アスラン、前とは違うよっ」

『ああ、敵での赤い悪魔ならお前よりも見てきたさ……!』

 

 違いないと、キラは頷く。

 瞬間、敵機ことディザスターが一瞬止まった後に───急加速。

 

「っ!」

 

 四機が同時にビームライフルを放つも、“回避しながら接近してくる”ディザスターに、即座に攻撃を止め散開する。

 離れた四機の間をすり抜けるディザスター。

 

『なんつー速度だよ、ありゃ!』

『おいおい冗談じゃないぜっ……って、おい!』

 

 ディアッカとムウの二人が悪態をつくが、それに次いでディザスターを追うように放たれる連合の三機、レイダー、カラミティ、フォビドゥンからの猛射撃に四機が回避なり防御なりをする。

 次いで、そのままその場で射撃を継続するカラミティ、そして接近しながら射撃攻撃を続けるレイダーとフォビドゥン。

 四機がそれぞれ回避行動をしながら射撃攻撃をするも、それらに当たるブーステッドマンたちではない。

 

 そして、キラがハッとした表情で口を開く。

 

「アスラン! ロマさんが!」

 

 別段、アスランとディアッカとムウとてロマのことを無視して良いと思っていたわけではない。だが、しかし……意識し続けられない状態にさせられたのも事実であり、前回の戦い故に、アスランは三機を意識しすぎてしまった。

 別にアスランの落ち度ではない。そういう風な連携なのだ……。

 だが、それが場合によっては命取りになることもあろう。

 

「どこだっ!」

 

 アスランがロマを探すも、既に見失っていた。キラだけが彼を捉えていたのか、<クスフィアス(レールガン)>とビームライフルを同時に明後日の方へと放つも、キラから通信はない。

 ふと、気づいた瞬間に下から上がってくるように現れる───異形のモビルスーツ。

 ハッ、と息を呑み目の前のディザスターが“手刀”を振るうその瞬間、アスランの集中力が極限へと達し───種が割れる。

 

「えぇい!」

 

 ジャスティスを後ろへと下げて、振るわれた手刀を紙一重で避けた。

 普通のモビルスーツの手刀であれば、いや物理攻撃であればまずは問題ない装甲を持っているジャスティスではあったが、結果的にはその回避でアスランは大打撃を避ける。ディザスターのその手刀、爪の先にはビームの刃が伸びていたからだ。

 故に、回避とて紙一重になってしまった。

 

「くっ、やはり強い!」

 

 だが、ディザスターから離れようとするが、他がそうもさせない。

 ジャスティスの隙を見つけたとばかりに、カラミティが<バズーカ(トーデスブロック)>を打ち込むが、それにも反応したアスランは素早くシールドを使って爆発と爆風を凌ぐ。

 次にカラミティへと牽制射撃を放とうとシールドを下ろしたその瞬間、目の前に現れるのはディザスター。

 

「なっ、ぐあぁっ!!?」

 

「いくら装甲がよかろうと……!」

 

 素早い蹴りで、ジャスティスは勢いよく吹き飛ばされる。

 さらに、追撃としてディザスターは大型ビームライフル<アンフィスバエナ>を“低出力モード”で放つ。細いそのビームはストライクやデュエルと同様の通常のビームライフルとほぼ同出力のものだ。

 しかして、そのビームライフルはフリーダムが庇いシールドで防御。

 ジャスティスが回避した時のためにレイダーが放ったツォーンだが、それはジャスティスの背後を空ぶってそのまま飛んでいく。

 

「やはり、こちらの連携をかいくぐるか……!」

『向こうも連携できますわ───デンジャー!』

「チィ!」

 

 チェシャからのアラートよりも早く、既に動いていた。

 間髪入れずに放たれたフリーダムのビームライフルを上昇することで回避しつつも、後方へと振り返りバスターから放たれたビームライフルを五指の先端から伸びる<ビームクロー>で弾くなり、即座に残りの一機、ストライクのムウからのプレッシャーを感じ取る。

 かなり無理な体勢から、90度機体を回転させ、接近するストライクへと右腕を向けた。

 

 ストライクのコックピットでムウが顔をしかめ攻撃を取りやめてシールドを構える。

 

「なにをしようってんだロマ!」

 

「戦いは常に二手三手先を、しかし、そうそういかんものか……思っていようと!」

攻撃(アングリフ)でしてよ!』

 

 右腕が前腕の付け根部分から───射出される。

 

 その意外な攻撃に対応できずに、射出された右手はストライクのシールドを弾き、さらにその腕を追うように加速したディザスターがストライクの胴体へと蹴りを放つ。

 それを受けて吹き飛ぶストライクだが、即座に体勢を整えてバルカンを放ちながらビームライフルでロマを牽制。

 回避しつつも、腕を回収するディザスター。

 

「やってくれるじゃないの、モビルスーツ乗りの先輩!」

 

「モビルスーツの性能が戦力の決定的差ではないな、ムウ……!」

『戦いは結果のみが真実ですのよあなた!』

 

 放たれるビームライフルの合間を縫いつつ、ロマはフリーダム、ジャスティス、バスターがクロトたちに釘付けになっている内にと、ストライクへと接近して指から伸ばしたビームクローを“低出力”で振るう。

 別に手加減しているだとかそういうわけでもない。どうせ“当たらない攻撃”故に、バッテリーを無駄に消費する必要もあるまい、ということだ。

 予測通り、ストライクは余裕たっぷりで回避してみせるものの、本命はそちらではないと、ロマは即座に操縦桿を操作し、フットペダルを押し込む。

 ディザスターの肩部アーマーとリアアーマー、そしてテールスラスターについたバーニアが一気に点火され、突如として加速。

 ストライクから見て下方向へと一直線に加速し、急停止、からの方向転換しさらに加速。

 離れた場所から見れば線が次々描かれるかのような光景。

 

「ぐぅ……ッ!」

『あなた!?』

 

 ―――きっちぃなぁ!? まぁオーダーだけどさ、俺の!

 

 翻弄されるストライクから一気に離れると、オーブ艦<クサナギ>へとある程度の距離へと接近していくものの、その手前のアークエンジェルから<ミサイル(スレッジハマー)>と<レールガン(バリアント)>が放たれる。

 それらを受けるわけもなく、ディザスターは身を翻しながらクサナギへと<大型ビームライフル(アンフィスバエナ)>を“高出力モード”で放つ。

 

 ―――この一撃で変わる……!

 

「そこか……!」

『なぁにやってますの!?』

 

 放たれたその高出力ビームは、クサナギの横を通って巨大なデブリを破壊した。

 

「外したか」

『外すことがあって!? こんな距離であなたが!?』

「買いかぶりすぎさ、万能でもないよ。私はそこまで……!」

 

 いや、今の攻撃が当たらなかったのは、わざとであるのに違いない。

 本来ならばクサナギはこの後、コロニー建造用のメタポリマーストリングに絡め取られ動けなくなってしまうのだが、それはロマの本意ではなかった。

 だが“原作通り”にクサナギが動けないということになれば、現状では“こちら(アズラエル)”の戦力が“あまりに強力”であるからだ。

 

 だからこそ、“バランスを取る必要がある”のだ。

 

『えぇい、きますわよ!』

「わかっているさ……!」

 

 クサナギの周囲に展開したM1アストレイ六機からのビームライフルだが、あまりに稚拙な攻撃にロマは軽くそれらを回避しつつ、さらに低出力でアンフィスバエナを放ち、その一撃にて一機のM1アストレイを撃破する。

 だが、残り五機の内の三機が加速してロマのディザスターへと接近を試みた。

 

「フッ、お前たちか……余計なことを」

『あなたが鼻の下伸ばしてた小娘たちですわね!』

「事実だな、不本意ながら……!」

 

 ディザスターを加速させ、三機へと対応するために飛ぶ。

 

『ファウスト・ヌルならいつでも起動可能でしてよ!』

「あれはお前を不調にしかねん。まだテストが完全ではないだろう?」

『むぅ!』

「仕方なかろう、“ソレ”以外で同調するとも限らん、使い捨てではないよ。チェシャ……!」

 

 三機のM1アストレイ。アサギ、マユラ、ジュリの駆るそれらの訓練された動きは、他の者たちとはまた違ったようなものを感じるが───その程度に過ぎない。

 

 ストライクを相手にした時のように再び急加速し、三人の視界からディザスターは消える。

 

『なっ、大尉、じゃなくて大佐はどこ!?』

『ジュリ後ろ!』

『えっ!?』

 

 ロマの居場所を確認しようとするが、既に遅い。

 ジュリ機の背後へと現れたディザスターが、アンフィスバエナを手放して、両手の五指から伸ばしたビームクローでその両腕を斬りおとし、蹴り飛ばす。

 吹き飛ばされたジュリ機を、マユラ機が受け止めた。

 

『うあぁぁっ!?』

『ジュリっ、こんのぉ!』

 

「アサギか……!」

 

 接近したアサギ機が右腕にてビームサーベルを振るうが、素早く左脚を振るい、その右腕を脚部底で押さえる。さらに、それと同時に脚部クローを展開、右腕を破壊した。

 すぐに脚を下げ、体勢を整えて左腕を射出、アサギ機の頭部を貫き即座に腕を回収し、その間に右腕で浮いているアンフィスバエナを回収し、その銃口をアサギ機に向ける。

 

「終わりだな……!」

『あっぶねぇですわよ!?』

 

 理解しているからこそ、即座にアンフィスバエナを手放して後ろへと下がれば───アンフィスバエナをビームライフルが貫く。

 

 ―――ワンオフなのに、勿体ねぇ……。

 

「この感覚、キラか……!?」

『誰だと思ってましたの!』

 

 ―――ムウかディアッカ・エルスマンじゃないっ、二人そろわずしてクロトたちに勝てるものか!

 

 迫るフリーダムの方へと向くが、少し離れた場所でアークエンジェルとクサナギがセラフィムと交戦を開始していた。ストライクダガーとフォビドゥンが防御に回っており、別方向を確認すればジャスティスとストライクとバスターを、レイダーとカラミティの二機で凌いでいる。

 攻撃をしかけたのに防戦一方になってしまえば、撤退も時間の問題であろう。

 それよりも問題は……。

 

 ―――“SEED(あの)状態”のキラに、勝てるか、俺がッ!?

 

「えぇい、チェシャ……いざとなったら頼むっ」

『わかってましてよ。あなた、私相手にモノを考えすぎですの!』

 

 そういう性分なのだ。覚悟を決めたと自分で考えておきながら、やはり妙なことばかり考えてしまって、故にこのような状態になった。犠牲が出るということを、認められない。

 だがそれでも、いつ動くかは決めている。だからそれよりも早く、落とされるわけにもいかない。

 おそらくキラのことだ、殺すことはしないとは思うが……。

 

「それでも、ここで落とされるようではな……!」

 

 接近するフリーダムがビームサーベルを振るうも、即座に後ろへと下がって回避。

 

『速ぁッ!?』

「二手三手先を読まなくては、な!」

 

 PS装甲を持つフリーダムに致命傷を負わせることのできるだろうアンフィスバエナはない。ともなれば抵抗する術はその五指から伸ばせるビームクローぐらいだ。

 だからこそ、それを高出力で伸ばし振るうが、当然それが直撃するわけもないだろう。

 

「良く動く……!」

『動かなければ死にましてよ! こちらも!』

 

 回避したフリーダムがクスフィアスを展開するが、その時には既にロマは射線上に存在しない。

 超反応と、限定的ながらも発動する“NTモドキ(先読み)”能力、中々どうしてけりがつきにくいものの、現状はロマにとってはそれで良いことなのだ。

 シールドを捨てたフリーダムがビームサーベルを二本引き抜いて、接近してくる。

 

『ロマさんっ、どうしてまた! アークエンジェルを討ちになんてっ』

「特に放ってはおけんのさ、アズラエル理事も警戒している! 核駆動のモビルスーツ!」

『ッ……でも僕らはっ』

「正しい道を往くと? ああそうだろうさ、しかし今の私は……地球連合の大佐だからな!」

 

 そう言いながらも、フリーダムの攻撃を避けるので精一杯のロマ。

 しかし、すぐにそんな彼へと迫るフリーダムを───ミョルニルが弾く。

 

「クロトか!?」

『なぁにやってんだよおにーさん!』

「助かったぞ」

 

 吹き飛んだフリーダムへとカラミティがスキュラを放つが、フリーダムの前に出てきたジャスティスがそれをシールドで防御。

 続けてレイダーのツォーンと共に、ロマはディザスターの両手をジャスティスへと向け、その手首部分から徹甲弾を撃つ。

 それらの攻撃をジャスティスは再びシールドで防ぐものの、シールドは使い物にならなくなる。

 

『まだまだァッ!』

「待てクロト、オルガ! 撤退命令、信号弾だ!」

 

 これ以上追撃したとて、やはり決着はつかないだろう。

 

『タイムアップかよっ』

『……みたいだねぇ』

 

 ディザスターで両腕の徹甲弾と胸部の機関砲を使い二機の牽制をしつつ、レイダーがMA形態へと可変、カラミティと共に退くのを確認して、その後を追うように撤退を開始する。

 追ってくる気配もなく、このまま撤退をすれば丸く収まると、すこしばかりの安堵を感じるロマ。

 今回はかなり危ない橋を渡った感が否めない。

 

「一時撤退し体勢を整え───っ!」

 

 二機から離れたところで、妙な感覚に頭を押さえるロマ。

 

『どうしまして?』

「このプレッシャーは……そうかっ!」

 

 モニターを確認するが、フリーダムとジャスティスの姿は見えるものの、既にストライクとバスターの姿は見えない。

 ともすれば、やはりその二機は撤退ではなく、コロニーメンデル内部に入ったのだろう。

 理由や目的は理解している。

 だからこそ───一旦の撤退を計った。

 

「いくぞ、このまま下がる……!」

『それ以外に選択肢がありまして?』

 

 ―――あるんだよ。

 

 思いながらも、レイダーとカラミティを追ってセラフィムへと向かっていくと、既にアークエンジェルとクサナギも離れており、少しばかり損傷したセラフィムと、その周囲には展開したストライクダガーとフォビドゥンがいるのみ。

 後ろを向き開かれたハッチへと入っていく各機。

 

 最後にディザスターを入れると、ハンガーにてコックピットを開くなりヘルメットを取って半身を乗り出す。

 

「ディザスターの補給を優先で頼む! この後、偵察に向かう!」

「はぁ? なに言ってんのお兄さん、このまま帰るパターンでしょ?」

 

 そう言いながら近寄ってくるのはシャニ。

 まぁセオリー通りならば一旦撤退して補給し出直すというのが妥当ではあるのだが、ことここに至ってはそれに該当しない。

 逃亡艦をザフトが狙っており、フリーダムとジャスティスがここで捉えられれば本末転倒、目的を達するためにはここで戦うしかないのだ。

 

 というのは建前。ロマは、ここに残って“とある男”と対話しなければならない理由がある。

 

「それよりも、薬は?」

「飲んだよ、このあとちょっと検査」

 

 その言葉に頷きながらも、コックピットに戻り機体の状態を確認。

 チェシャは声でなくモニターに文字として機体の万全を知らせており、あとは補給だけ済ませば問題もないのは明らか、ともなれば間に合わなくなる前に向かい、色々と済ませなければなるまい。

 コックピットを覗くシャニの隣にクロトとオルガも現れた。

 

「おいおい、一人だと死ぬぜ?」

「そのつもりはないさ、ただの偵察だ。場合によっては威力偵察になるが───逃げると決めていれば、私に追いつける者などいないよ」

 

 微笑を浮かべながらそういうと、クロトが眉を顰めながら笑う。

 

「うわーかっこわるいよおにーさん」

「カッコつけれるのは生き残ってきたからさ」

 

 そう言いながら、モニターを操作してブリッジにつなぐ。

 モニターに映るナタルが、戻ってこないでモビルスーツから通信を繋いだことに少し不思議そうにしながらも、頷く。

 

『大佐、どうしましたか?』

「補給を済まして偵察に向かう」

『え、た、大佐?』

「理事は?」

『その……』

 

「なんて言いました、あなた?」

 

『そちらに』

 

 ───なんつープレッシャー……。

 

 通信を切って、モニターから顔を上げればシャニ、クロト、オルガが見えていたはずのそこには満面の笑みを浮かべた女性。

 状況が違えば実に心が満たされて、色々と思うこともあろうが、今はそういう状況でもない。なにはともあれプレッシャーに鳥肌が立つ。

 確実に“キレている”が、ロマはこれからさらに悪化させることを言わなければならないのだ。

 

 そもそも彼女が心配するだろうことを見越して、ブリッジに居る間に画面越しに伝えたかったのだが……。

 

「そのだな、偵察に」

「……わざわざ貴方が?」

 

 ごもっともなことなのだが、それでも……。

 

「シャニたちは三人揃ったほうが良い。それに単機でならば私が一番適任だろう……ストライクダガーでは無事に帰ってこれん可能性もある」

「……大丈夫なんでしょうね?」

 

 言っていることは理解している。身体が、であろう。

 かなり無理な機動はしたが、前までほどのダメージがないのは専用のスーツのおかげと思いたいところではある。

 アズラエルも、ロマの身体に“それほどの不調が無い”のを確認しつつ、たぶん言っても聞かないということを理解し、さらには“どうせ自分(アズラエル)たち”のためになにか頑張るのだろうとも思い……だからこそ、しかたなく(・・・・・)首を縦に振る。

 

「はぁ……わかった。と言っておきますけど」

「世話をかける」

「心配をかける。でしょおにーさん」

 

 アズラエルの後ろからシャニが眠そうな目でそう言うので、ロマは苦笑を浮かべて頷いた。

 

「心配をかける」

「ホントですよ……コレもあんまり意味無いみたいですし」

 

 そう言いながら装甲を軽く叩くアズラエルに、言っている意味を理解しながらロマは肩を竦める。

 アズラエルは少しばかり不満そうな表情をしていたものの、すぐに困ったような笑みを浮かべながら離れると、クロト、オルガ、シャニの三人と共にそばを離れていく。

 損傷もないので補給だけを終えて、コックピットを閉じる。

 

「さて……慣れるものでもないな。いつまで経とうと」

 

 ヘルメットを外して、深く深呼吸をし、震える手を見やり、眉を顰めた。

 しかし、こと今回に限っては今までとは色々と違う。

 そのようなことを思っていると、通信……モニターに映るのはブリッジのナタル。

 

『大佐、アズラエル理事から連絡を受けました……お気をつけて』

「まぁ偵察だ。すぐに戻るさ」

『なにかあれば、すぐに……艦を動かします』

「……そうか、了解した。ありがとう」

 

 彼女がそのようなことを言うなどと、まるで予測もしていなかった故に少しばかり戸惑うが、素直に頷き、礼を言う。

 帰艦して早々、カタパルトに運ばれるディザスター。

 用意された代わりのビームライフル<アンフィスバエナ>を持つ。

 

『ディザスター、発進どうぞ!』

 

 フレイの声はハッキリと聞こえるが、どこかその中に不安を感じる。

 

「……大丈夫さ、キラを殺すことが目的ではない」

『……はい』

 

 ―――それに、倒せないしな。生き残ることが精一杯とは、皆私を買いかぶりすぎだ。

 

 コクリと頷くフレイは、ロマを信じているかはともかく少しばかり不安はぬぐえたようだ。

 

「ディザスター、出撃()るぞ……!」

 

 そして、真紅の戦艦から赤銅色の装甲を持つ悪魔が放たれる。

 

 アークエンジェルから敵機が出撃するより早く、デブリに紛れながらコロニーメンデル、アークエンジェルたちが停泊している港とは別の港に向けて加速。

 

 ―――道化を演じさせるか再び……だが、ロマ・バエルらしいことだな。

 

 

 

 

 

 

 セラフィムのブリッジ。

 ぎゅっと拳を胸の前で握り、静かに目を瞑った。

 そしてそんな彼女を、艦長席から立ち上がったナタルは、どこか心配げな表情で見つめてから、そっと傍によるとその肩に手を置く。

 

「ナタルさん……っ」

 

 頷いたナタルは、フレイと共にブリッジの外へと視線を向ける。

 

 そしてそこに、“彗星のような赤い閃光”を見た。

 

 

 







戦闘バランス考えてると時間がかかりますね
思ったより強くさせすぎないようにしつつ、弱すぎず、的な
なんか変なとこが無いか心配です

バランスとるために暗躍するロマ、本当に悪いやつ感がどんどん出てきますね
これアニメでやると味方か? 的な演出になりそうです

そのうち機体説明とかちゃんと入れたいとこ

次回はメンデル、ロマがどんな立ち回りをするかお楽しみいただければです


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ロマの選択

 

 L4コロニー群、コロニーメンデル。

 C.E.68年に発生したバイオハザードにより、多数の死者を出し放棄されたコロニー。

 しかし、彼にとっての問題はそこではない。彼にとっての現状での問題は、内部に残った大量の資料と、内部にいる者たちだ。

 

 コロニー内部に侵入した赤きモビルスーツ、ディザスター。

 そのコックピット内で、パイロットであるロマはどこか“見覚えのある”建造物の近くに、見覚えのある機体が待機させられているのを確認する。

 そしてもう一度、独特の形状の建物に視線をやり苦笑を浮かべた。

 

 ───連ザを思い出すなぁ。

 

「この場で破壊……するわけにはいかんか」

 

 フッ、と口を綻ばせるロマは、片足を失い小破したストライクと無傷のフリーダムから離れた場所に機体を降ろす。

 

「チェシャ、私は出てくる」

『はぁ? 正気ですの? あのフリーダムっつーのを持って帰ってくればそれでオールオッケー万事解決でしてよ?』

 

 ―――元も子もないこと言うじゃんコイツ。

 

「そうはいかんよ。アークエンジェルたちは私にとっての鍵なのだから」

『……あなた、なに考えてますの?』

「いつも同じさ、“お前たち”のことだ」

『よくそんな台詞平然と言えますわね……はい、行ってらっしゃいまし』

 

 しっしっ、と聞こえてきそうな声でそういうチェシャに微笑を浮かべながら、膝を降ろしたディザスターのコックピットから手に飛び乗り、そのまま地上へと降ろしてもらうと建物へと走る。

 やることは一つ、目的はこの戦場に来るときから決まっていた。

 だからこそ、道化を演じるために“素顔のまま仮面をつけた”男は走る。

 

 

 

 

 

 

 ロマが侵入した建造物───研究所の中、ムウはキラを連れて隠れていた。

 ラウ・ル・クルーゼの足音と声が聞こえる。

 そもそもムウはクルーゼのことを感じ、ディアッカを連れてコロニー内へと入ったのだが、ディアッカは友人であるイザークとの対話を望み、キラがさらに援軍に来て、結果こうなった。

 

 ロマで言う“原作”と違い、エールストライクを駆るムウは、本来するはずの負傷をしないままここにいる。

 故に、ラウ・ル・クルーゼを前にしてもそれほど切羽詰まった様子でもない。だが、余裕がある表情でもないだろう。

 クルーゼは異常である。コーディネイター云々を抜きにしても、普通でないと感じる。

 

「人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレン……フッフッフッ」

 

 近づいてくる感覚。

 隣のキラは先ほど“自らの出生の秘密”を聞いてから、上の空だ。

 それもそうだろうと思いながらも、ムウは歯噛みする。

 

「奴のもたらした混乱は、その後どこまでその闇を広げたと思う? あれから人は、一体何を始めてしまったか知っているのかね?」

 

 自らの子供を“遺伝子操作(コーディネイト)”で思い通りの容姿に、そして思い通りの才能を与えると言う行為。

 科学者は『優れた能力は子供への未来の贈り物』等と称し、そして結果は様々な光も、闇も生み出す。

 思い通りにならなければ捨て、思い通りにならないのは母体のせいなどとのたまい、そして求められたのが、終ぞ数多の者たちの届かぬことがなかった夢、“スーパーコーディネイター(キラ・ヤマト)”。

 

「高い金を出して買った夢だ。誰だって叶えたい……誰だって壊したくはなかろう」

 

 そして生み出した。鉄の子宮で……完璧に調整されたコーディネイターを。

 

「だから挑むのか! それが夢と望まれて、叶えるために!」

 

 クルーゼがムウとキラの隠れる部屋に足を踏み入れる。

 

「人は何を手に入れたのだ! その手に、その夢の果てに!」

 

 徐々に足音が近づいてくるのを感じ、ムウはキラの肩を揺らすがやはり心ここに非ずと言った様子。

 無理もないだろう、彼には重すぎる事実だ。

 こんなことになる前は、普通の両親の元育った争いなど望まぬただの学生だった故に……。

 

「知りたがり、欲しがり! やがてそれが何の為だったかも忘れ、命を大事と言いながら弄び殺し合う!」

「ほざくな!」

 

 キラを撃たせるわけにはいかないと、ムウが立ち上がり動き出す。

 お互いに拳銃を撃ちあうも、周囲の備品が破壊されるのみでお互いに直撃するでもなく、ムウは転がるようにキラから少し離れた壁の裏に隠れた。

 お互いに負傷もないが、時間の問題だろう。

 

「何を知ったとて! 何を手にしたとて変わらない! 最高だな人は……」

 

 皮肉めいたように言い、嗤うラウに、ムウが顔をしかめた。

 

「そして妬み、憎み、殺し合うのさ! ならば存分に殺し合うがいい! それが望みなら!」

 

 クルーゼがさらに拳銃を撃つが、ムウの傍の壁にぶつかる。

 そしてそこに、新たな足音と共に銃声が響き、吐き出された銃弾がラウ・ル・クルーゼの足元を跳ねた。

 

「ッ!」

 

 余裕だったはずのクルーゼがムウともキラとも違う第三の方向を向いて顔をしかめる。

 

「しかし、そんな権利が貴様にあるのか?」

 

 そこに立つのは、一人の男。

 このC.E.の宇宙において、今では知らぬ者などほとんどいなくなった英雄であり殺戮者、そして彼らにとっても因縁浅からぬ者。

 その赤と青の瞳で“この世界の闇”を見据え、舞台に立つ。

 

「ロマっ!?」

「えっ……ロマ、さん……?」

 

 まさかの乱入に驚愕するムウとキラ、そしてラウ・ル・クルーゼは笑みを浮かべる。

 

「ほう……ロマ・K・バエル、異物が紛れ込んだようだな」

「否定はせんがな、ラウ・ル・クルーゼ」

 

 ラウ・ル・クルーゼに拳銃を向けながら、微笑を浮かべる男。

 自分たちを助けにきたのか、それとも別のなにかか、ムウとキラは彼を見極めかねているが、ロマは彼らを一瞥したのみですぐにクルーゼに視線を向け直す。

 銃を向けられたクルーゼは、少しばかり顔をしかめながらも、銃口はしっかりとムウに向けていた。

 

「質問に答えよう……私にはあるのだよ。この宇宙でただ一人……全ての人類を裁く権利がな!」

「ふざけるな! この野郎!」

 

 ムウが声を荒げるが、反するようにクルーゼはその口元に笑みを浮かべる。

 

「なぜなら私は、己の死すら金で買えると思い上がった愚か者……貴様の父、アル・ダ・フラガの出来損ないのクローンなのだからな」

 

 その言葉に、驚愕の声を漏らすムウとキラだが、一方のロマは至って冷静であった。

 当然、それは彼がそのことを知っているからに過ぎず、“見ていた当時”は思うこともあったのかもしれないが、この世界に至り彼にとってそれは当然のことだ。

 なにも驚くことはないし、彼らとの関係性故に知らなかったとて『だからどうした』以上の感情を見せるわけにもいかない。

 違法なクローン実験? ブルーコスモスに所属し“チェシャ”を使っておいて何を今更、という話だ。

 

 故に、ロマはそのまま口を開く。

 

「貴様はすべての人類を裁くという野望のため……連合にザフトの情報を流したか」

「ほう、よくわかっている。それも君の“並外れた勘”というやつかな?」

「いや、ただカマをかけただけさ」

「フッ、大した役者だよ。ロマ・K・バエル」

 

 ロマはゆっくりと銃口を、クルーゼから降ろす。

 それを見て、ムウは驚愕に言葉を無くし、キラもハラハラとした様子でロマを見やる。

 だがクルーゼは笑みを浮かべたまま、ムウから銃口を逸らさない。

 

「貴様が持っているのだろう、渡せ……ニュートロン・ジャマー・キャンセラーのデータを」

「なっ、ロマお前!?」

「ロマさん!?」

 

 その言葉に、ムウとキラが表情を歪め、その男の名を呼ぶ。

 だが正反対に、沈黙するロマとクルーゼ、この世界において世界を歪めようと暗躍する二人の男。

 誰にも悟られるわけにもいかず、ただそれを内に秘めたままに、自らの存在を取り巻く者たちを利用し、思い通りに動かし、世界を己が望む結末へと導く。

 クルーゼは目の前の男が“識っている”ことを知らず、ロマは自らが目の前の男と同じ類の人間だということを“理解(わかって)いない”。

 

「フッ、フハハハハハハッ! なお求めるというのか、聞いてなお!」

「貴様の野望通りに踊ってやろうというのだ」

「結局、君も愚か者たちの一人だったということだ。人間の性であり業、だな」

 

 ロマのそれは、人間同士欲望の元、殺し合えばいいというクルーゼのスタンスに、加担するような行為である。その自覚はロマにもあるが、それ以外の道はない。

 このままであれば、ロマの知っている未来よりも連合───いや、アズラエルたちの未来は暗いものになってしまう。なればこそ、ロマは今ここでその“力”を手にする必要があるのだ。

 だからこそ、ここに来た。

 

「ロマ、君は間違いなく“悪魔”なのだろう。ディザスター(厄災)をもたらす……」

「悪魔が必要になるなら悪魔にもなる。私にも私の目的があるのさ……ラウ」

 

 ラウ・ル・クルーゼは空いた右手で内ポケットから一枚のデータディスクを取り出し、ロマの方へと投げると同時に、ロマから距離を取る。

 そしてロマは、足元まで転がってきたそれを一瞥した後、拳銃をクルーゼに向けるが既に彼はロマから離れた位置であり、彼はそのまま足元のデータディスクに手を伸ばす。

 ムウもキラも、その姿を見てハッとした表情を浮かべるが、もう遅い。

 

「フハハハッ、最後の扉は君が開くが良い! 赤い悪魔……そしてこの世界は終わる。そして、この果てしなき欲望の世界は……」

 

 ―――ラウ・ル・クルーゼ。あの汗、薬切れが近いな……。

 

「ロマっ、そんなもの手放せ!」

「そこであがく思い上がった者達! その望みのままにな!」

 

 データディスクを拾おうとするロマに、ムウが銃口を向けるが、ロマは静かにそちらを見たままデータディスクを拾う。彼は理解しているのだろう。ムウに迷いがあることを……故に恐れなく拾う。

 そして、クルーゼは早かった。

 ムウに向けられる彼の拳銃、その引き金が引かれようとする───その瞬間。

 

「そんなことっ!」

 

 物陰から飛び出したキラが落ちていた空き瓶を投げた。

 回転して飛んでいくそれが、クルーゼのマスクに直撃し、その勢い故にマスクは飛んでいくがクルーゼにダメージが入っているとは思わない。

 だが、クルーゼは顔を押さえながら忌々しげにムウとキラを睨みつけていた。

 異物、と称されたロマとしては何をするでもなく、拾ったデータディスクを内ポケットに入れるのみ。

 

 ―――待てよ、ここで俺が、コイツを……。

 

 クルーゼのその顔に、驚愕するムウとキラ。

 ムウは記憶の中の父親とまったく一緒だったことに、キラは先ほど見た写真のアル・ダ・フラガと瓜二つだったこと故に。

 ロマが銃をクルーゼに向けようとするも、途中で止まる。

 クルーゼがどう暗躍するか理解している故に、数多の可能性が、思考と彼の動きを重くさせていく。

 

「っ、貴様等だけで何が出来る! もう誰にも止められはしないさ。この宇宙を覆う憎しみの渦はな!」

「ッ……!」

 

 走り去るクルーゼにハッとして拳銃を向けるが、既にロマの死角に入ってしまったクルーゼにどうすることもできず、感覚に従いその場から転がれば、元居た場所に銃弾が奔る。

 撃ったのはムウで、位置的には足を狙ったものなのだろうと予測がつく。

 優しいことだと、ロマは内心で苦笑するが……ここで倒れるわけにいかないのも、また事実。

 

「ロマっ、まだ間に合う……それは連合に、ブルーコスモスに渡していい力じゃないだろっ!」

「いいや、これがあればもしかするかもしれん、ザフトの“アレ”に諸共蹂躙されるわけにはいかんのだよ」

「……あれ、だと?」

 

 ムウの声に、ロマが答えることはなく、ただムウが隠れる場所に拳銃を向けたまま、少しずつ下がっていく。

 キラが物陰から顔を出し、ロマがその表情に手を一瞬震わせるが……そこで止まるわけにも、全ての事情を話すわけにもいかない。

 なればこそ、彼はただいつも通り“赤い悪魔”でいるべきなのだ。

 

「これ以上の戯言は必要あるまい……」

「ロマさんっ」

 

 キラからの呼び声に背を向け、ロマはクルーゼとは違う方向へと走り出す。

 

 それ以上そこにいては、自らが揺れる気がする故に……。

 

 

 

 

 

 

 コロニーメンデルの外、宙域では既に戦闘が始まっていた。

 ザフトが動くよりも早く動かなければならないとうアズラエルの提案を、ナタルが飲んだ形で戦闘を開始したが、中々戻ってこないロマにナタルやクロトたちもがしびれを切らしたせいもある。

 しかし交戦を始めるなり、三機の新型G兵器に対して、アークエンジェル側が出撃させたのはジャスティスのみであった。

 

 フリーダム、ストライク、バスターの出撃がない。

 アークエンジェルと交戦を続けるセラフィムの中でアズラエルが目を細めて考察する。

 クロトたちを相手に、ジャスティスだけで長時間持たせるのは無茶だ。ともなれば出撃させられざる理由がある……そしてコロニー内部から偵察に行くと言っていたロマと交戦しているのか、それとも撃破されたか……。

 

 揺れるセラフィム。

 ブリッジのアズラエルは顔をしかめながら座席で上体を揺らす。

 

「くっ……」

「理事っ、やはりこの状況では……」

「ここって時には頑張らないと勝者にはなれませんよ……ずっとこのままじゃいられないんだ。うちのバエルが戻ってくるまでは頑張らないと」

 

 彼女が言うことに、ナタルは素直に頷いた。

 このままここで彼を見捨てて撤退などできようはずもなく、おそらくアズラエルも……いや、ジャスティスと交戦している三機すらもそれを認めはしないだろう。

 それに、あの“赤い悪魔”を置いて帰るなどしようものなら、軍法会議にかけられても不思議ではないし……ナタル個人としても、彼を見捨てるという選択肢は存在しない。

 

 

 

 レイダー、カラミティ、フォビドゥンの三機がジャスティスを追い詰めていく。

 三機からの連携のとれたコンビネーション攻撃に、SEEDを発動していてもなお、押されていくアスラン。

 カラミティのスキュラとシュラークでの攻撃の合間を縫うことで回避するジャスティスだが、次いで放たれたレイダーのミョルニルを避けること叶わず、シールド防御。しかし勢いに弾き飛ばされる。

 吹き飛んだジャスティスにフォビドゥンのフレスベルグが放たれるが、ジャスティスはどうにかそれを回避───しかし、そのビームは曲がった。

 その一撃はジャスティスの右脚を破壊。ようやく得た目に見えるダメージに、三者三様に笑みを浮かべた。

 

「ハァン、これなら殺れるかもね……!」

『ですね。おにーさんが帰ってくる前にやっちゃおうぜ!』

『おめーら! 気ぃ抜くんじゃねぇぞ!』

 

 さらにジャスティスを追い詰めるため、囲むように展開した三機。

 レイダーは左腕に装備された<2連装52mm超高初速防盾砲(機関砲)>、フォビドゥンは両腕の<115mm機関砲(アルムフォイヤー)>、カラミティは<115mm2連装衝角砲(ケーファー・ツヴァイ)>を放つ。

 連射される攻撃、PS装甲があろうとこの三機からの攻撃であれば当たれば隙が生まれ、致命的な追撃を受けかねない。ともなれば、ただの一撃も当たらないようにと立ち回るのだ。

 そしてアスラン・ザラは、それをやってのける。

 

 挙句、反撃にビームライフルとファトゥムに装備された二門のビーム<フォルティス>を放った。

 レイダーに向けて放たれたそれを、フォビドゥンがバックパックに装備された、エネルギー偏向装甲<ゲシュマイディッヒ・パンツァー>で逸らすも、ジャスティスは素早く、三機の包囲を突破して不利な状況から逃れた。

 

「マジ?」

『おいおい、おにーさんより強いんじゃないのコイツ!?』

『チッ……みてーだなっ!』

 

 

 

 アークエンジェルと交戦するセラフィムのブリッジで、アズラエルは歯噛みする。

 

 あの三人がしっかりと連携しているのであれば、間違いなくロマより強いはずで、それはアズラエルから見ても“最強クラス”であるはずなのだ……にも関わらず、決着はつかない。

 ようやく足の一本をもぎとった程度、出撃させたストライクダガーもM1アストレイたちと二隻の戦艦、エターナルとクサナギに足止めされ、撃墜されはじめている。

 そんな時、オペレーターのフレイ・アルスターが声を上げた。

 

「あっ! こ、コロニーメンデルから……ディザスターです!」

「ようやくですかっ……!」

 

 安堵した表情を浮かべるアズラエル。

 他のブリッジクルーやナタルも同じような表情だが、フレイだけが不安そうな表情を浮かべる。

 ディザスターは全身のバーニアを使い、クロトたちとジャスティスの交戦ポイントを大きく回り込みつつ、セラフィムへと接近した。

 

 

 

 

 

 

 セラフィムのハンガーへと戻ったディザスターのコックピットが開き、中からロマがその身を出す。

 周囲を見渡し、離れた出入り口近くに一人のノーマルスーツを纏った女性を見つける。その女、ハイータは左腕と右脚を器用に使って、そこからロマの方へと浮いて進む。

 ディザスターのコックピット前で進んできたハイータを受け止めたロマ。

 

「すまないな、呼び出して」

「いえ、みなさん忙しいから……どうしたんです?」

「これを頼む」

 

 そう言って、ロマがハイータに受け渡すのはデータディスク。

 

「え、これは……」

「戦闘が終わったらアズラエル理事に渡してほしい。この戦争を終わらせるための“鍵”をな」

「鍵、ですか……?」

 

 ヘルメット越しに彼女の額に自らの額を合わせるようにして、ロマは囁きだす。

 

「……君に託す」

「え?」

「戦場に出たなら帰ってくる主義だが、どうにもな」

「ちょ、ロマ君!」

「頼んだ」

 

 そのまま軽くハイータを出入り口方面へと押すと、ハイータは力のままに飛んでいくので、ロマは問題ないことを察してディザスターのコックピットに戻った。

 リニアシートに座りコックピットハッチを閉じると、ヘルメットを取って胸元を開け、深く息を吐く。

 モニターに映ったハイータは、出入り口近くの柵に掴まっていて、それを確認するなり微笑を浮かべ頷いた。

 

「チェシャ、もう一度出るぞ……」

『まったく、あなたなにをやってやがりますのやら』

「阿漕なことさ、さらに道化だ。挙句、冷静でない」

『あちゃ~こんなところ、わたくしの死に場所にしては華がなくってよ?』

 

 違いない、と同意する。

 

「ロマ・バエルだ! 発艦準備!」

 

『大佐、ディザスター出るぞ!』

『ディザスター出ます!』

 

 慌ただしい声、時たま揺れるセラフィム。

 突如、サブモニターが点く、オペレーターであるフレイのはずだが……。

 

『あなた!』

「アズラエル理事……」

 

 フレイの横で彼女のインカムを耳に当てているアズラエルがそこには映る。

 隣にいるフレイはというと、なんとも言えない表情を浮かべているので思わず笑いそうになるが、そこはいつも通り“仮面”を被って冷静。

 アズラエルの色々な表情を見てきたので、その力云々を抜きにしたって彼女が今何を考えているかはわかる。

 だからこそ、頷く。

 

「アレを渡すわけにはいかないでしょう。話であれば“帰ってから”でお願いします」

 

 その言葉に、アズラエルは思い切り顔をしかめる。

 

『……わかりました』

「ありがとうございます」

 

 そう礼を言えば、アズラエルはフレイへとインカムを返し、フレイも戸惑いながらそれを受け取った。

 そんなことをしている内に、ディザスターはカタパルトへと運ばれる。

 サブモニターに映るフレイは、どこか不安そうだ。この状況ならば他の者に会話は聞かれまい……。

 

「フレイ」

『え、はい』

「……キラのことだが、無事だった。後でもう少し詳しく話す」

『あ……はいっ』

 

 安心したように頷くフレイの目元には、少しばかりの涙が浮かんでいた。

 

『あ、ナスカ級からモビルスーツが出撃! 熱紋照合、ジン12、デュエル、シグー!』

「了解した……ディザスター、再度出撃()るぞ!」

 

 そして再び、セラフィムから出撃するディザスター。

 出撃と同時に身を翻してセラフィムから見て真上を向くような体勢になり、アンフィスバエナを低出力モードで放ち、アークエンジェルに損害を与え、目標ポイントを正面になるように姿勢を再び変える。

 前方の宙域でレイダー、カラミティ、フォビドゥンと戦闘するジャスティス。そして合流したフリーダム。

 片足を失ったジャスティスを見て、ロマは眉を顰めたが、撃墜されることはないだろうと高を括る。

 

「フッ、抜けるぞチェシャ!」

『あらやだ下ネタでして?』

「おい」

『失敬』

 

 加速するディザスターを見つけ、フリーダムがクスィフィアスを展開するが、即座にカラミティのトーデスブロックにより体勢を崩される。

 ロマはそのままディザスターを加速させ、ジャスティス、フリーダムから離れると、向かう場所はザフトが展開したポイント。

 

 つまり、エターナルとクサナギの二隻、さらにナスカ級三隻が相対する戦場である。

 

『M1が六機、ジンが十機、バスターとデュエルが戦闘中、ストライクもランチャーで出てますわ!』

「フッ、どうということはないな……!」

 

 あっという間に辿りつくなり、まず目先のジンへとさらに加速。

 その右腕でジンの背中を突き刺し、そのまま貫通させた。

 

 ジンの腹部から突然飛び出した、禍々しい鋭い爪をもつマニピュレータ。その腕の持ち主たるモビルスーツに、周囲の機体がほんの一瞬だが気を取られる。

 それだけ、ロマの存在というのはここコズミック・イラにおいて大きなものなのだ。

 ガクガクと動くジンの背中に左腕を添えて、右腕を勢いよく引き抜けば、それと共にオイルが飛び散り、ディザスターの装甲へと付着する。

 

『バスターとデュエル、こちらを視認……これ絶対やべぇ奴でしてよ』

「仕方あるまいよ」

 

 そう言いながら、懐から取り出した一本の注射器を首に突き刺し、中の液体を体内に入れた。

 所謂ドーピング、一時的な薬物強化……ハイータが飲んでいたθ(シータ)-グリフェプタンの研究によって生み出された副産物的なものだ。

 人によってかなり副作用も出るが、ロマはそれでも“出ない方”ではあったので、服用を許可されていた。いや、許可してもらった。

 服用するのは相当に切羽詰まった時のみという条件ではあったが、今がその時だ。

 

 故に、ロマはM1とジンとバスター、デュエル、ストライクに囲まれた状況で動き出せる。

 

『やれますの? どうせ面倒な“縛り”付きなんでしょう?』

「ああ、やってみるさ。私には帰りを待つ者たちがいる……これは絶対的な力だ」

 

 そう言いながら、操縦桿を握りしめた。

 自らにまとわりつくプレッシャーを肌に感じながら、口元には笑みを浮かべつつ───フットペダルを踏みしめる。

 突如の加速、それと共にジン数機がマシンガンを撃ってくるも、それらを放った時にはジンのモニターにディザスターは映ってすらいないことだろう。

 そしてそのジンを、M1が攻撃する。

 

 それをディザスターのコックピットで見ながら、ロマは苦笑した。

 

「ほう……!」

 

 M1とジンが戦闘を再開、だがこちらを攻撃するM1やジンも存在する。

 乱戦、ここに極まれり……おそらくだが最初にジンを攻撃したM1はアサギあたりだろうと、ロマは察した。

 バスターが拡散弾とミサイルを撃つのを確認し、距離故に大きな隙間ができていることを悟りそこへと加速し回避、さらに迫るミサイルを胸部の115mm機関砲<アルムフォイヤー>で迎撃。

 

「もらいうける……!」

 

 バスターへとアンフィスバエナを低出力モードで放つ。

 回避しようとするバスターだが、そのビームライフルは回避先へと放たれており、その一撃が右腕をわずかに焼いた。

 舌打ちをするロマが、素早く動きだしデュエルの<レールガン(シヴァ)>を回避。

 

「やるなバスター、腕を落とすつもりで撃ったのだが……即座に理解し止まったか」

『一般兵とダンチじゃありませんの!』

「わかっていたことさ……ちぃ!」

 

 接近してきたデュエルの縦に振るわれたビームサーベルをあえて紙一重で回避し、左足で膝蹴りを打ち込む。

 衝撃により離れたところを、右腕にビームクローを展開して振るうが、デュエルはそれを左腕のシールドで防御。

 そのままデュエルへとアンフィスバエナを向けるが、妙な感覚を感じたロマはデュエルの腹部を脚底で蹴って離脱。

 

「チィ、決めさせてはくれんか……!」

 

 ディザスターがいた場所を真っ直ぐに奔るバスターの高エネルギーライフル。

 アルムフォイヤーを放ちながら、デュエルと距離を取りつつバスターへとアンフィスバエナを放ち牽制。

 離れた位置からストライクが放ったガンランチャーを回避しつつ───加速。

 

 直線加速、からの急停止、そして直線加速。

 

 それらを繰り返し稲妻のような軌跡を描きながら、バスター、デュエル、ストライクへ牽制射撃を行いつつ───ジンの背後を取り、再び背中から腕を突き刺す。

 そのジンと交戦していたM1アストレイが、その腕の先にはいる。ジンを貫いた腕、その手首から徹甲弾が放たれ、正面にいたM1アストレイの頭部を穿つ。

 

「ぐっ……!」

『あなた無理しないでくださいまし!』

「無理難題を言う……!」

 

 またしてもジンを蹴り、離れる。

 そのジンを他方向から放たれた───アグニが貫く。

 

「ムウ、やる気になってしまったな……」

『まぁ敵ですものねぇ、むしろ今までよく手加減してくれてたと───っぶねぇですわね!?』

「見えていたさ……!」

 

 紙一重で、バスターが放った<超高インパルス長射程狙撃ライフル>を回避。

 だが、その攻撃を感じていても紙一重になってしまうのは、余裕がないからに他ない。故に、追い詰められているということに間違いはないのだろう。

 クサナギとエターナルがナスカ級へと攻撃しているのがモニターで見える。

 

 ―――そうだ、それでいいラクス・クライン!

 

 笑みを浮かべるロマだったが、直後にその表情を歪めた。

 妙なプレッシャーは今まで以上に彼を追い込むのに十分なものだ。

 

「ッ……貴様がくるか!」

 

 だが、即座にその場から退けば、目の前を通るのはアグニ。

 そう何発も撃てる攻撃ではないが、まだエネルギーに余裕はあるだろう。

 ディザスターを加速させ、近場のM1を足蹴にして加速、さらに接近するジンをビームクローで切り裂きながら、ストライクへと接近。

 展開していたビームクローを振るうが、ストライクはギリギリで回避。

 

「だが……!」

 

 ディザスターの脚部底をアグニにぶつけるなり、装備されたクローが展開されアグニを挟み込み……切り裂く。

 さらにアンフィスバエナをストライクの頭部に向けるが……妙な感覚。

 

「しまっ」

 

 ―――遅いっ!?

 

 アンフィスバエナの銃身が、突如現れたシグーの重斬刀にて真っ二つにされる。

 PS装甲を纏っているはずもないそのビームライフルはあっさりと実体剣で切断され、顔をしかめながらもロマはフットペダルを踏み込みその場を離脱。

 再びバスターとデュエルからの攻撃を回避しようとするも、拡散弾が装甲をかすめる。

 

「ぐぅ!」

 

 さらに、シグーのシールドに装備されたバルカンを受け、機体はともかく中のロマが揺さぶられた。

 

 シグーのコックピットで、ラウ・ル・クルーゼは笑みを浮かべる。

 

「私の勘が君を生かしておくべきではないと言っているのだよ。アレを持ち帰ったのならば、君はもう死んで良い……今は協力と行こうじゃないか、ムウ?」

 

 シグーを即座に移動させれば、その軌道上を奔るのはストライクのガンランチャー。

 ムウにとってはロマよりも倒すべきと感じる存在は、やはりクルーゼなのだろう。だが、それも理解はしているのかクルーゼはコックピットで嗤う。

 もとより協力できるなどと思っていないが、その状況そのものが“彼ら”に対する挑発であり嫌がらせであり、クルーゼ自身の目的に近づくことだ。

 だからこそ、どのような形であれロマ・K・バエルを討てるかもしれないこの状況は悪くは無い。

 

「私はお前が嫌いなのだよ。他の誰よりも貴様には討たれたくないと思う」

 

 それは彼の持つ才能が、アル・ダ・フラガを思い出させるからなのか、それとも……。

 

「私も、ムウも、もちろんキラ・ヤマトも……だから、ここで墜ちてくれると、助かるのだがね!」

 

 彼を討つのは別段、今でなくても構わないが、討てるならば討っておいて損は無いだろう。

 まぁ、もしもこの場で討てなかろうと、場合によっては自らが手を下すまでもなく、彼は消えるかもしれないが……。

 

 バスター、デュエル、ジン、M1、ストライク、シグーの攻撃を掻い潜るディザスター。

 致命的な攻撃は回避しているものの、もはや時間の問題だろう。

 コックピットの中、ロマは顔をしかめる。

 

『あなた、やりますわ』

「ッ、認めん……まだ調整が完全でな───」

『ここでやられたら調整もなにもありませんわ! 守るのが私の仕事でしてよ、あなた!』

 

 顔をしかめながら、ロマは加速して各機から離れた。

 無言であり、なにを言うでもないロマではあったが、チェシャは彼の言いたいことを“感じ、理解し”て、そして起動する。

 彼がそうであるように、彼女もまた戦士なのだ。

 

「チェシャ……!」

 

 その声と共に、手元のモニターに表示されている画面が変わる。

 真っ赤な背景に浮かび上がる白い文字は、起動画面。

 

『General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System……接続、有線式サブアーム【ファウスト・ヌル】起動』

 

 ディザスターのツインアイの色が緑から赤に変わり、ウイングバインダーから二対四本の“腕”が展開された。

 バインダーの先に延長するように一本、下部分に一本の隠し腕。上腕は黒く、前腕はディザスター本体のそれと同じもの。

 

 四本の腕を、まるで翼のように広げ───赤き悪魔が羽撃(はば)たく。

 

 

 







これ絶対ラスボスの奴!

ということで、今回は少し早めに投稿できました
そのぶん荒がある……かもです

メンデル、これを初めてから書きたいとこの一つでした
ロマはめっちゃ暗躍してNJCまで手に入れました、キラ(原作)視点だとめっちゃヤベー奴
三馬鹿も奮闘、たまにはちゃんと連携させたいんですが、そうするとパワーバランスが崩れるので避けてます
そしてラウにはめっちゃ嫌われるという、しょうがないね。このタイプのナチュラルをラウが嫌わないはずがないね

ディザスター(とチェシャ)がようやっと全力モード
たぶんディザスターの能力開放的なのは気力130以上か超強気で発動するタイプ
VSシリーズだとたぶん時限強化……とか考えるのが最近おもしろい

では、次回もお楽しみいただければです


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目覚める凶爪

 

 翼の如き四本の腕を広げた赤き悪魔、ディザスター。

 

 そのコックピットで、パイロットであるロマ・K・バエルは青と赤の瞳を見開く。

 

「往くぞチェシャ!」

『かしこまってましてよあなた!』

 

 そのコックピットにて、ロマは即座に行動を開始する。

 いつまでも呆けているわけにはいかない理由は、相手も即座に状況を判断しすぐに動けるエースばかりだからだろう。その中でもこうして戦えている理由は、ディザスターとチェシャ故か、それともロマの能力か……。

 

 バスターとデュエルからのビーム攻撃を回避し、両腕とサブアーム四本での徹甲弾を使った射撃。

 計六発のそれらを回避する二機だったが───。

 

「なぁっ!?」

 

 デュエルのパイロットこと、イザーク・ジュールは驚愕する。

 ふと気づけばディザスターがかなりの近距離まで接近してきていたからだ。

 即座にミサイルをばら撒きながら後退するも、距離は離れず、むしろ縮まる。

 

「先ほどと動きがっ!」

 

「イザーク・ジュール……これならばッ!」

『アングリフ!』

 

 デュエルへと向けた左腕が射出され、その先端に展開されたビームクローは胸部コックピットに向かって真っすぐに迫る……だが、デュエルはそれをギリギリで機体を逸らすことで回避。

 しかし、ビームクローはそのままデュエルの肩部ごと右腕部を奪っていく。

 危うく“当たるところ”であったと、ロマも肝を冷やしたところだが、回避してくれたようでなによりだ。まぁ、当てる気で行っても当たらないことが、本当に良いことかはともかくとして……。

 

「この機体、性能が良すぎる……ッ!」

『お薬キメてるんですから使いこなしてくださいな!』

 

 即座に腕を回収しながら動き出すディザスター。先に居た場所にはバスターの拡散弾が迸るが、すでにディザスターは直線加速と停止を繰り返しながら戦場を飛び回ることで回避。

 まるで稲妻のような軌跡を描きながら戦場を縦横無尽に高速で駆け抜ける赤き閃光。

 エースたちも見失ってはいないものの、今まで戦ったことが無いタイプ故に、攻めあぐねている。

 

 その性能故に、さすがのクルーゼもロマの動きを捉えきれないでいた。

 おそらく彼の機体が違えば、また違ったものとなるのだろうが……現実、今のクルーゼはシグー。

 コックピットの中で歯噛みしながら、攻撃に備える。

 

「チィ、動きが良いなロマ……!」

 

 シグーの突撃機銃を、なるべくロマの軌道を先読みして放つものの、何十発を撃とうと数発が掠る程度、PS装甲を持つディザスターには無意味。

 当てるというだけでも十分に大したことではあるが、クルーゼにとってそれは当然のことであったし、それでも撃墜に至る決定打が無い歯痒さにクルーゼは顔をしかめた。

 

 ビーム兵器であれば無事では済むまいと、ディザスターのコックピットでロマは眉を顰める。

 

「ラウめっ、やはり狙いが良い……!」

 

 一機のジン、その突撃機銃を回避しながら正面から接近し、ディザスターはその腹部に左腕を突き刺す。

 

「ッ、数を減らさねばな……ッ!」

『M1部隊は下がってきますわよ!』

「それで良い。私たちに勝てるわけがない……!」

『あら、嬉しいこと言ってくれやがりますわねあなた』

 

 さらに右後ろから迫るジンに右腕を向けて、徹甲弾を連射し損傷を与えて、右腕を射出しその胸部を貫く。

 背後からバスターのミサイルが迫るも、バックパックの四本の腕がそちらに向き、徹甲弾にて迎撃。

 

「次っ!」

 

 近づいてきたシグーを察知し、即座にその場を離れる。

 だが突如、新たな感覚に顔をしかめながら機体を翻すと、奔るのは二本のビームであり、ロマがそちらを確認すればそこには“青いシグー”。否、“青いシグーディープアームズ”であり、その左肩には“ホウセンカ”のパーソナルマーク。

 ラウのシグーが<突撃機銃>と<バルカンシステム内装防盾>を乱射してくるので、それらを回避しながら、さらにシグーディープアームズがレーザー重斬刀を片手に迫ってくるのを感じる。

 

「チィ……!」

 

 さらに別方向からはバスターとデュエルのミサイル。挙句にビームライフルとバルカンまで飛んでくるのだから厄介なことであるが、それでも素直に当たってはやれない。

 しかし、こうも波状攻撃を続けられては、流石にロマとて時間の問題となってくる。

 

『どどど、どうしますのあなた!?』

「接近すれば撃てまいよ! 誤射を警戒するはずだ!」

 

 その言葉通りに、ロマはシグーディープアームズへとあえて接近。

 振るわれたレーザー重斬刀を回避し、即座に右腕ビームクローを振るうも、シグーディープアームズは回避。それでも距離は空けない。

 それによって、他の機体からの射撃攻撃はなくなり、ジン三機とデュエルが接近してきているが、こうなればロマにとってはやりようがいくらでもある。

 

「チェシャ!」

『かしこまってましてよ!』

 

 背中の四本の腕が徹甲弾でデュエルを牽制。

 デュエルはシールドを使ってそれらを凌ぐが、それ故に接近をできずにいるものの、ジン三機は容赦なく近づく。デュエルのパイロット、イザークがそれを止めようとはするが、既に遅い。

 両腕のビームクローでシグーディープアームズと戦闘をしながらも、背部の四本の腕が本体の腕と同じように───射出される。

 

『ファウスト・ヌルでぇ……死ねよやぁっ! ですわ!』

 

 背部の腕、それもまた本体の腕と同じで、鋭いマニピュレーターはジンの装甲を容易に貫いた。

 

「さすがだな……!」

『当然ですわエリートですわ最強ですわ!』

 

 捲し立てるようにテンション高めに言うチェシャにツッコミを入れるでもなく、ロマは冷静に動揺するシグーディープアームズの左前腕をビームクローで斬り落とす。

 別段、そこだけを器用に狙ったわけでもない。それは純粋に回避されたに過ぎなかった。

 顔をしかめるロマは、やはり敵が並大抵でないことを理解しているからだろう。

 

 ―――やはり赤服か、やるなシホ・ハーネンフース!

 

 そう、ロマは理解し過ぎている。敵のパイロットのことを……。

 デュエルが接近していることに気づき、背中の腕を回収することもなく、そちらを向いて振るわれたビームサーベルを回避。

 左腕でビームサーベルを振るったデュエルが素早くそれを手放し、腰部から引き抜いたビームライフルをロマに向けるが、素早くそのビームライフルを蹴ると、同時に脚部底のクローを展開しビームライフルを切り裂いた。

 

「くるか……!」

『結局、劣勢は劣勢ですの!?』

「当然さ……!」

 

 デュエルを蹴り飛ばし離れれば、眼前を奔るストライクのガンランチャーとバスターのビームライフル。

 正面に胸部のアルムフォイヤーを放ちデュエルを牽制、バスターとストライクに両腕で徹甲弾を放ちつつも、さらにファウスト・ヌルの一本を突き刺したジンごと回収。

 本体の腕で動かぬジンを掴むと中距離から攻撃をしかけようとするシグーの方へと放り投げ、さらに徹甲弾を撃ちこみ誘爆させる。

 しかし、その爆発に巻き込まれたシグーは、少しばかり損傷した状態で爆煙の中から出てきた。

 

「これでは墜とせはせんか、ラウ……む、後ろッ!」

『はいな!』

 

 背後から迫るのは右腕にレーザー重斬刀を持つシグーディープアームズ。

 ジンを攻撃してから回収していないファウスト・ヌルの間を縫って迫ってくるものの、コックピットのロマは至って冷静であった。

 レーザー重斬刀であれば致命的な一撃を受けるとて……。

 

「当たらなければどうということはない……!」

『この人のものとは違いましてよ、射出できるだけではありませんことよ!』

 

 放たれていたファウスト・ヌルが、動き出す。

 それはメビウス・ゼロのガンバレルが如く、有線式オールレンジ攻撃を可能とする武装であり、つまりは射出されてから一度回収するまでもなく、自由な動きをもって敵を討つことが可能であるということ。

 通常の前腕と同じように見えて、その細部には細かなバーニアを持つその副腕、ファウスト・ヌルが罠にかかった得物を狙う。

 

 デュエルのコックピットで、イザークはそれを見る。

 そして、青いシグーに叫ぶ。

 

「退けぇ、シホォ!」

 

「遅いなイザーク・ジュール……!」

 

 コックピットの中で、フッと微笑を浮かべるロマの、ディザスターの背後で動き出したファウスト・ヌルはシグーディープアームズを八つ裂きにした。

 ビームクローを展開するまでもなく、PS装甲を持っていないシグーは四本の腕での通常攻撃を受け、バラバラにされる。

 ただそれでも、チェシャ自身が彼に気を遣った故なのだろう……コックピットに損傷があるようには見受けられなかった。

 

「チェシャ……!」

『わかりますわよ私とて!』

 

 ディザスターそのものと言える彼女は、彼がシグーディープアームズことシホ・ハーネンフースを討つ機会を、“わざわざ逃している”ということを優に理解している。

 それでも、彼が彼女を撃ち墜とさないということは……。

 

『これでよろしいんでしょうに!?』

「賢しいな、それでこそだ!」

 

 故に、コックピットを避けて攻撃をしているのだ。

 バラバラにされたシグーディープアームズを右腕で掴むと、その勢いのまま残った胴体をわざわざデュエルの方へと投げ飛ばし、受け止めさせる。

 もちろん、それを避けるなどという選択肢がないだろうと理解しての行動だ。おまけに徹甲弾を数発放ってデュエルにシールドで防御させてから───。

 

『ファウストで金縛りにする! でございましてよ!』

 

 ―――追撃。

 

 射出されたファウスト・ヌルはシールドをビームクローで破壊しつつ、シグーディープアームズを守るデュエルに損傷を与える。

 下がるデュエルの前に出たシグーがファウスト・ヌルの持つ有線ワイヤーに重斬刀で攻撃をしかけるが、その攻撃を他の腕にてカバー。

 シグーのシールドを持った左腕がクローで貫かれ切断される。

 

『貰い受けますわ! やってしまいますわよ!?』

「やれるものか……!?」

『このチェシャ、甘く見てもらっては困りますわァ!』

 

 もう一本のファウスト・ヌルがシグーへと追撃をかけるが、シグーは体を翻し回避。

 

『やりますわねこの男ッ!』

「だからそう言っている……!」

 

 突撃機銃を放ちながら後退していくシグーを援護するために周囲のジンと、その背後のデュエルがミサイルを放つ。

 ロマは顔をしかめつつも、レールガンを右腕のビームクローで斬り払い、ミサイルを胸部のアルムフォイヤーで迎撃。

 すぐにシグーに追撃をかけたいロマではあったが、他のジンが突撃機銃と3連装短距離誘導弾発射筒(パルデュス)にて牽制をしかけてくる。

 挙句にバスターからも狙われていることを悟り、ロマはフットペダルを踏み込む。

 

「ストライクは……ムウ、追撃をかけるかお前が!」

 

 ジンらの攻撃を回避しながら、感じなかったストライクを確認すれば、シグーへ対艦バルカンとガンランチャーを使い攻撃をしかけているが、ロマの目から見てもそれでは撃破できないだろうと察する。

 しかして、今のロマは自分のことで手一杯であり、彼を援護してクルーゼを撃破までもっていくこともできないだろう。

 それに……。

 

『ナスカ級、一隻轟沈! 旗艦であらせられるれるれ!』

「ここでは人間の言葉で喋れ! 不調なら黙って腕を戻せ!」

『噛んだだけでしてよ!』

「AIが噛むか!?」

『かみまみた!』

 

 ―――ホントに噛んでる!?

 

 高機動で敵機の攻撃を避け……否。攻撃の合間を縫うように接近し、一機のジンの胸部をその左腕マニピュレーターで貫く。

 さらにファウスト・ヌルを射出、オールレンジ攻撃により翻弄しさらに一機を撃墜。

 バスターの牽制をチェシャとファウスト・ヌルに任せると、もう一機のジンへと直線加速と急停止を繰り返しつつ接近。

 

「これで」

 

 ジンが重斬刀を振るおうとするも、ビームクローを振るって重斬刀を持つ腕を斬り落とし、蹴りを見舞う。

 

「終わりだ……!」

 

 同時に、脚部クローを展開しコックピットを貫くと、そのジンから離れる。

 エターナルとクサナギが撤退を開始し、シグーたちも撤退をしたようで、ロマのモニターに映るのはバスターとストライクぐらいのものだが……そこまでの戦意を感じない。

 つまり、目標を達してあとは撤退するまで時間を稼ぐことのみが目的、ということだろう。

 

「しかしな……!」

 

 だからといってロマが戦闘を停止して良い理由にもなるまい……ファウスト・ヌルと両腕と胸部アルムフォイヤーを一斉射し、ストライクとバスターを牽制しつつ後退を始める。

 モニターに映るアークエンジェル、それを追うようにしてセラフィム、さらにその間でレイダー、フォビドゥン、カラミティの三機が、フリーダム、ジャスティスと戦闘を続けていた。

 ストライクとバスターでは追いつけないほどの速度で、ディザスターを加速させる。

 

「キラ……!」

 

 レイダーは右脚を、カラミティは右腕を失っており、フォビドゥンはニーズヘグとゲシュマイディッヒ・パンツァーがなくなっていた。

 やはり“SEEDを発動した二人”を相手に勝つ事の難題さは理解していたが、あの三人がそうも劣勢に立たされているところを見れば思うところもある。

 自分一人に、なにができるのか、などと……。

 

「だが……!」

『どうしますの!?』

「撤退させるだけで充分だ……!」

 

 ファウスト・ヌルを射出せずに、フリーダムに向かいそのまま徹甲弾を放つ。

 不意に放たれた攻撃ではあったが、放ってから当たるまでのほんのわずかな時間で気づき、反応。

 ビームサーベルで切り払う。計六門から放たれた徹甲弾を余すことなく、だ。

 

「チィ……!」

『さすがですわねあの坊や!』

 

 そのフリーダムへとレイダーがツォーンを放つも、ジャスティスがそれをシールド防御。

 カラミティとフォビドゥンがスキュラとシュラーク、フレスベルグを同時に放つが、二機は素早く離脱しそれらを回避。

 フリーダムがクスィフィアスを放つが、フォビドゥンは片方のみのゲシュマイディッヒ・パンツァーを使いそれを凌ぐものの、次いで投擲されたジャスティスの<バッセルビームブーメラン>によってそれが切り裂かれた。

 怯むフォビドゥンを相手に、ジャスティスがファトゥムを飛ばす。

 

「やらせはせんよ……!」

 

 だが、急加速したディザスターはそれを蹴り跳ばし、その勢いのままジャスティスへと接近。

 素早くビームクローを振るうも、呆気なく回避される……先読みをしたつもりでも、だ。

 わかりきっていたことだが、こうも他のパイロットと違うと苛立ちを通り越して、圧倒的な理不尽さすら感じてしまう。

 

「だが、それでもッ……!」

 

 目の前の相手は、目的遂行のためには絶対に必要な鍵ですらある。

 

『滅殺!』

『落ちなよ……!』

 

 だが、それは同時に自らの目的を、守るべきものに害成す敵。

 

 眼前のモニターに映るジャスティスは、既に退路を防がれている。

 そうなればどれだけ反応がよかろうと、どれだけ速かろうと、逃れる術などあるわけもない。

 右腕が、まだ彼が“一度目の少年”であった頃に見た、赤きモビルスーツを捉える。

 

「墜ちるがいい!」

 

 伸ばされた右腕、そしてその先端から伸びたビームの刃が───ジャスティスの頭部を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 L4宙域を離れ、アークエンジェル、エターナル、クサナギの三隻は新たな拠点へと向かう。

 主にアークエンジェルはとても軽微とは言えない損傷を受けているものの、航行に問題もなく、だ。

 主なパイロットは誰も怪我なく、ではあるが機体の損傷はそう安堵できるものでもなく、エターナルのハンガーでは戻ってきたジャスティスとフリーダムの整備が続く。

 ジャスティスは頭部を失い、フリーダムは片翼を失っている。

 

 そんな様子が見える場所に、アスラン・ザラとカガリ・ユラ・アスハはいた。

 

 戦闘後に、酷く疲労した様子のキラを医務室に連れて行き、その後ラクスに預けて出てきた二人だったが、アスランはそこでキラがつぶやいていた言葉の数々が気になる。

 話題を探していたし丁度良いと、隣のカガリの方を向いて、どこか言い辛そうにしながらも口を開く。

 

「その、フレイって……?」

 

 出撃前、通信での声。

 アークエンジェルのクルーたちが知り合いなのは理解したのだが、キラが呟いていたのが気になったのだ。キラは『自分が傷つけた』とまで言っていた。

 故に、カガリならば知っているのではないかと……予想も当たって、カガリは思い出す

 

「あ、あー……フレイな。前、アークエンジェルに乗ってた。キラ達の仲間だ」

 

 その一言で表せる関係ではないように思えたが、それ以上を言うのも野暮だと考えた。

 

「そうか……なら」

「ん?」

「その、赤い悪魔……バエル大尉、いや大佐か……彼は?」

 

 その言葉に、カガリは苦笑いを浮かべた。

 彼もまた、一言で言い表せる相手ではないし、ずっと敵として戦ってきたアスランにと言うならなおさらだ。それに今もまだ、彼は敵である。

 だからこそ、余計なことを言い辛いといこともあるのだが、やはりカガリにとって彼を一言で表すなら……。

 

「にいさ……アニキ、みたいな感じだな」

 

 気恥ずかしそうに言うカガリに、アスランは小首をかしげる。

 

「キラと、カガリの?」

 

 そんな言葉に、カガリは笑みを零した。

 自分とキラ、兄妹疑惑が浮上している二人の“兄貴分”なんて、どこかおかしく感じてしまったのだ。

 それに、未だに自分は……きっとキラすらも、彼を憎み切れていない。

 戦場に於いてそれは危険だという自覚ももちろんある。

 

 ―――それでも……。

 

「でもお前、アイツ相手に手加減なんてしてたら死ぬからな!」

 

 忠告のように言うカガリに、アスランは損傷したジャスティスを見て頷く。

 

「わかってるよ」

「……死ぬなよ?」

 

 再度、しっかりと頷いた。

 

「ああ、わかってる」

 

 

 

 

 

 

 L4宙域から月への航路を進むアークエンジェル級三番艦“セラフィム”。

 戦闘終了から程なくして、そのハンガーには損傷したレイダー、カラミティ、フォビドゥン、そしてディザスターが戻っていた。

 先ほどと変わらぬ損傷具合のクロトたちの機体に対して、ディザスターは右腕を失っており、コックピットに損傷はないものの、整備士たちや一般のパイロットたちも心配げな様子で機体を見やる。

 

 その機体の中、コックピットでロマは荒く呼吸をしていた。

 

「くっ、やはり……」

 

 口の中に広がる鉄の味に顔をしかめながらも、いつも通りの表情になれるよう努める。

 

「はぁ、はぁ……すまんチェシャ、アズラエル理事に……フレイにつないでくれ」

『先に医務室行った方が良いんじゃなくて?』

「いや、問題ない」

 

 そう言う彼に、チェシャは唸りながらも、すぐにため息を零すなり通信を繋ぐ。

 サブモニターにフレイ・アルスターが映った。

 

『あ、大佐……』

「すまんフレイ、とりあえず理事に代わってくれ」

『あ、はい……!』

 

 ロマの言葉にすぐに頷き、モニターの向こうでフレイがアズラエルを呼んだ。

 すぐにフレイの隣にやってきたアズラエルが、彼女からインカムを借りるなりモニターの向こうのロマと顔を合わせる。

 とても快い表情ではなく、ロマは眉をひそめた。

 

『っ……はい、バエル大佐。大丈夫なんですか?』

「ええ、機体は問題ありません」

 

 サブモニターに映るアズラエルが“機体はともかく本人は?”と言いたげな表情をするが、苦笑で返してすぐに頷く。

 今伝えたいことは自分の無事ではないし、機体の無事でもない。

 彼の言葉通りハイータが動いているのであれば……。

 

『なんです───』

『あ、理事!』

『貴女なんでブリッジに……』

 

 向こうからハイータの声が聞こえることで、彼女がアズラエルの元に行ってくれたのだと察する。

 モニターに映る座ったままのアズラエルと共に、ハイータの左手が映った。

 そしてデータディスクをしっかりとアズラエルに手渡す。

 

『いえ、これ……ロマ君から』

『え、どういうことです……?』

 

 事情はあとで説明するとして、ロマはハッキリと口にする。

 

「それは“鍵”ですよ。戦争を終わらす……」

『……へぇ、おもしろいこと言いますね。普通、言わないですよ。“戦争を終わらす鍵”なんて……』

「事実さ、ラウ・ル・クルーゼと言う男が“落とした”ものだが……奴の話を聞く限り、確かさ」

『ふぅん、なんだかホントっぽいじゃない……?』

 

 興味深げにデータディスクを見るアズラエルに、頷くロマ。

 

「ではまた後に」

『ええ、医務室寄ってくるんですよ』

「余裕があれば」

 

 それだけ言って通信を切ると、深く息を吐く。

 痛みはだいぶ治まっているし新たに血が中から溢れてくる気配はなく、ロマは静かに息をつきつつも、ドーピングによる副作用に気分の悪さを感じる。

 少しばかり感じる頭痛もその一種だろうと理解しながら、コックピットを開き機体の外に出た。

 

「っ……すまんそこの君!」

 

 一人の整備士に声をかければ、まだ若く彼に緊張した面持ちで敬礼をする。

 

「はっ、なんですか大佐!?」

「ブーステッドマンたちは……もう医務室か?」

「あ、はい、薬も切れてしまったようで」

 

 ―――さすがに長時間の戦闘が過ぎたってことか……チッ、私の失態だな。

 

 別段あそこで戦闘をする必要も無かったと言えば無かったのだ。

 しかし、そうもやすやすと逃がすのも良くないと判断したのだが、むしろそちらが間違いだったと若干後悔する。

 整備士に礼を言って、そこからハンガーの出口へと向かう。

 

「しかしまぁ……」

 

 ―――また、役者をしなければな……。

 

 

 

 

 

 

 戦艦セラフィム、アズラエルの部屋。

 ロマから渡されたデータに興味をそそられたアズラエルは、部屋の電気をつけることもしないまま、自らのデスクに座ってモニターを見ていた。

 彼女の食い入るような表情から、ロマがラウ・ル・クルーゼから手渡されたデータがいかに彼女にとっても重要だったかがわかる。

 

「こ、れは……」

 

 いや、それが重要でないはずがない。

 フリーダム、ジャスティスのデータと共に、ニュートロン・ジャマー・キャンセラーの文字がモニターに浮かび上がると、アズラエルは頭を押さえて立ち上がる。

 

「フフフッ、ハハッ……ハハハハハァッ!!」

 

 それにより、地球のエネルギー問題を含め、再びその手に“核の力”が蘇ることになるのだ。

 エイプリルフール・クライシスの日に奪われた、その力が……。

 

「ぃ、やったぁァァッ!!!」

 

 嬉々とした表情、で絞り出すような声で歓喜に打ち震える。

 

 これで、全てが終わるかもしれない。

 

 

 

 望んでいたモノを手に入れる───勝利(破滅)へと至る鍵。

 

 

 







こんな感じで、メンデル編が終わりました
たぶん(誤字はともかく)おかしなとこはない、はず……
そしてそろそろ歴史が変わってきそうな予感

今回は話の進行というよりはディザスターの性能見せ回というかなんというか……おそらくコストは2500
ドーピング+チェシャで頑張ったロマ

次回以降は、戦ってばかりだったのでようやく三馬鹿娘たちと普通に絡ませられそう

本放送してたらキラ視点で悪の女盟主とその腹心の悪魔、さらに凶暴な三人娘
こいつら絶対に仲間にはならない(確信)
そしてスパロボで条件付きで味方になるタイプだとしたら条件面倒そう

では次回もお楽しみいただければです



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重なり合う道

 

 コロニーメンデルでの戦いから数日が経った。

 

 あの戦闘の後、アズラエルの命により戦艦セラフィムは性急に月面プトレマイオス基地へと戻り、そこからさらに地球へと帰還。

 急ぐわけは、ロマが持ち帰った“ニュートロン・ジャマー・キャンセラー(NJC)”が理由に他ならない。

 

 だが、そのままでは、わざわざNJCを持ち帰ったロマの思惑通りにことは進まないだろう。

 

 ―――ならば、私が状況を動かすほかあるまいよ。

 

 大西洋連邦首都ワシントンへと、アズラエルに着いてくる形でやってきたロマ。

 会議前、前室にてソファに座るアズラエルが携帯型の端末で、色々と情報やらを整理している。

 どこか珍しいその表情に彼女の“悩み”を理解したロマは、サングラスの奥の瞳で、そこにいるもう一人……オルガに視線を向けた。

 

「……ん」

 

 読んでいた小説から視線を上げたオルガと、ロマと目が合う。

 少しばかり赤い顔をして視線を逸らすオルガに、ロマは心の中で小首を傾げながら、彼女に近づいた。

 

「すまんオルガ、少し席を外してくれるか?」

「は?」

 

 思ってたのと違う! と言わんばかりの視線を向けてくるオルガに申し訳なさそうに眉を顰めて頷く。

 不満そうな表情を浮かべるも、すぐにアズラエルの方を見てから溜息をつきながら、不承不承ながら部屋を出て行った。

 扉が閉まるまでの間に、外にいるクロトとシャニの声が聞こえる。

 

「追い出されてやんの~」

「ちげぇよ。オレは空気読めんだっての、お前らと違って」

「……お兄さんたち、えっちなことしない?」

「さすがにしねぇだろ」

 

 バタン、と扉が閉められたがロマは頭を抱えたい気持ちで一杯であった。

 あの三人は自分をなんだと思っているのかと、しかしてまぁ……オルガが誤解を解いてくれると信じつつ、アズラエルの座るソファの向かいのソファに腰を下ろす。

 それによって、ようやくどこか上の空だったアズラエルがロマに気づき……ついでにオルガがいないことに気づく。

 ほんのり顔を赤らめつつ、ジト目でロマを睨む。

 

「……え、ダメですよ前室でなんて」

「俺をなんだと思ってんだ……」

 

 ───ちょっとショック。

 

 咳払いをして、ロマは本題に入る。

 

「なにか悩んでいる様子でしたので」

「……まぁ色々と、どっちにしろ大事だなぁって」

 

 その言葉に、ロマはハッキリと理解した。

 彼女は彼女の利益のため、二択に頭を悩ましているということと、その内容……。

 少しも考えるそぶりを見せずに、ロマはそれを口にする。

 

「核弾頭の用意を推奨するよ、このロマ・バエルは」

「なっ……わかってたんだ」

 

 NJCを手に入れて、核の力をどう使うかとなれば攻撃かエネルギー問題の解決。

 どちらにしろ、彼女にとっては利益しかないことではあるが……。

 

「エネルギー問題が重要なのもわかるが、このままでは“追い詰められた”ザフトの方が、なにをしかけてくるかわからん。エネルギー云々が解決してもこちらがやられてはな」

「そうですねぇ。昨今のプラントの情報を聞く限り、パトリック・ザラは我々を全て討つまで終わらす気がないようだから……」

 

 ロマは識っている。

 既にザフトは、核よりも強力かつ、野蛮な兵器を用意していることを……。

 

「相手も核の力を持っている。ともすれば……」

「撃たなきゃ勝てないでしょうね、この戦争」

 

 彼女とて理解していることだ。だがそれでも、問題はある。

 

「はぁ……絶対に反対意見出るってのがねぇ」

 

 理解はしていても、という話なのだろう。

 ロマの識る“原作”であれば、アズラエルが核での総攻撃を強行するところだが、この世界においてアズラエルのコーディネイターへの私怨やコンプレックス的なものは既に緩和されすぎている。“正史”のように、殲滅戦争を仕掛けるほどでもない、のだろう。

 なればこそ、彼女も強行してまで核攻撃。というのは避けたい……それ故に、あくまで自然に使うように誘導したいところだが、それが難しい。

 

「強行するわけにもいかないだろう。君の今後の立場を思えば」

「だねぇ……」

 

 それに、ここでアズラエルが強行すれば、後々にどういう影響が出るかもわからない。

 戦後、彼女たちが生き残っていて安定した日々を過ごすためには、ここで余計に立場を危うくするような行為をするわけにもいかないのだ。

 しかしロマは今回、一人の男が動く可能性に賭けてみることにした。オーブ解放作戦時のように、上手く暗躍をしてくれれば言うことは無いだろう。

 

「まぁ、ブルーコスモスの中で核の使用を推奨してくる人物がいればそれに乗っかればいいさ」

「……確かに、責任とか全部おっかぶせてやればいいってことね」

 

 ―――頼むぜ……ロード・ジブリール。

 

 

 

 

 

 

 アズラエルにとっても、ロマにとってもストレスフルだった連合首脳会議が終わった。

 少しばかりの予想外などはあったものの、大凡はロマの思惑通りに事が進み、極秘裏に核攻撃部隊こと“ピースメーカー隊”の編成が決定し、二ヶ月後には作戦開始だそうだ。

 ロマも自身の記憶しかないので曖昧ではあるが、おそらく原作から大きく外れてはいないだろうと信じつつ……。

 

 その後のロマは、ロドニアのラボでステラたちの相手をしたり、アズラエルと朝帰りがあったり、それを知ったハイータが暴走したり、ついでにクロトたちも暴走したり、と平和(のようなもの)を享受していたわけである。

 そして、件の会議から二週間が経った今日、ロマは───。

 

「……水着回とな?」

 

 なんかプールだった。

 

「なんか言いました?」

「いえ、なにも」

 

 アズラエルの持つ高級ホテル、その屋上。

 プールサイドにて黒い海パンと赤いパーカー姿のロマが、パラソルの下でサマーベッドに腰掛けていて、その隣では赤いビキニを纏う女、ムルタ・アズラエルがサマーベッドでゆったりと足を伸ばしている。

 そろってサングラスをつけているが、ギラギラと照りつける太陽の前には必須アイテムであろう……でなくともロマはいつも装着しているが。

 

 ホテルの従業員がやってくるなり、二人の間にある小さなテーブルに“それっぽい”飲み物が入ったグラスを二つ置いて去っていく。

 

「久しぶりですねぇ、プールなんて……」

「私もさ」

 

 なんだかんだ数年の付き合いではあるが、プールに来ることなど一度も無かった。

 彼女の……否、彼女たちの裸すら見たことがあるのに水着姿を見ることが初めてとは……と、おかしく思う。

 プールの上、浮き輪に気怠そうに乗りながらもプカプカ流れるシャニ。

 楽しそうにはしゃぎ泳ぐクロト、その相手を仕方なくしている風に見えておそらく内心はしゃいでいるオルガ、他にも“セラフィムのクルー”がそれぞれ、この休暇を満喫している。

 

「しかしまぁ、意外だったな。君がこんな慰安をするとは」

「私をなんだと思ってんの……と言いたいとこだけど、まぁハイータの提案」

「ああ、そういうことか」

 

 妙に納得してしまった。

 ロマは少し離れた場所でクルーと話をしているハイータに視線を向ける。

 車椅子をフレイに押してもらっているハイータはパーカーを着ているが、おそらく内側は水着なのだろう。

 そんなハイータを視界に入れながら、ロマはジッとそちらの一点を見つめ……。

 

 ―――デッッッッ!!!

 

「……おっぱい見てるでしょ」

「なにを言う!」

「必死……」

 

 語るに落ち過ぎた。平和であればあるほどこの男はダメになっていく……皮肉な話である。

 

「言っときますけど私も結構大きいと思いますよ?」

「知ってるさ、隅から隅まで」

「っ……言うようになりましたね」

 

 頬を染めて言うアズラエルに、ロマは微笑を浮かべた。

 今更はしゃいで泳ぐような歳でも、それを楽しめる人間でもない。そこまで“陽の側”の人間でなかった……故に、プールサイドで誰かと雑談でもしながら、クロトたちを見守るのが丁度良い。

 

 サングラスの奥の二色の瞳が、識ることのない今を見つめる。

 

「……あ、シャニちゃんが落とされてる」

「キレてるな」

「キレてますね」

 

 いつの間にやら隣へとやってきたハイータ。車椅子の隣でプールサイドに座るフレイ。

 

 ハイータの着ているパーカーの胸部分の主張が凄まじく、他のクルーもその魔力に視線が吸い寄せられるようでチラチラと見ている。ロマとしては嫌ではない……器が小さいんだか大きいんだか、むしろ優越感すら抱く。

 視線の先、浮き輪から落とされたシャニがクロトを追いかけ、暴れて跳ねた水がオルガに直撃。オルガは気管に入ったのか咳き込みながらクロトとシャニを追い掛け回す。

 そうしていると、ごく普通の姦しい思春期の少女たちのようで……。

 

 中途半端に真人間であるロマの罪悪感のようなものが、妙に主張してくる。

 

「ま、貴方とハイータがいなければあの娘たちも、こんな楽しそうにできやしなかったんですよ」

「私か?」

「そうでしょう。貴方が状況を変えたんでしょ……ブーステッドマンの在り方についても、少し思うところがある研究員たちも増えましたから」

 

 肉体改造はしているし薬物強化はしている。

 それでも、少しはロマのようにした方が成績も上がると言うことは証明になった……それは、かなり手間ではあるし、効率的ではないものの、確かな事例の一つなのだ。

 ステラ、アウル、スティングの三人も少しは状況が改善された。

 故に、アズラエルはそれをロマのおかげと……そしてクロトたちがそうしてはしゃげているのはロマとハイータの二人のおかげと、そう言う。

 

「私ってなにもしてない気がしますけど」

「……良いお姉さん、やってると思うけど」

 

 意外にも、ハイータの疑問に返すのはフレイだった。

 

「え、そうかな?」

「うん……アークエンジェルでも、そうだった。私にできないこと、キラを支えること、ハイータさんや大佐がやってくれたから」

 

 寂しそうに笑うフレイに、ハイータはそっと左手を伸ばす。

 頭に置かれたハイータの手に驚くフレイだが、振り払うこともなくそのままいれば、ハイータはその赤髪をそっと撫でる。

 そんな光景を見ていたロマは、やはり“良いお姉さん”をやっていたのだろうと理解し、笑みを浮かべつつアズラエルの方を向いた。

 

「……ん?」

 

 彼女の視線の先は、クロトたち。

 状況は落ち着いたようで、いつの間にやら浮き輪に乗って浮かぶオルガ。そしてその浮き輪に掴まってゆらゆらと漂うクロトとシャニ。

 セラフィム内でもすっかり三馬鹿、マスコット扱いですらあるかもしれない。

 微笑ましく見るクルーたちもいる中、アズラエルが如何ともしがたい表情。

 

「どうしました?」

 

 そんなロマの問いに、周囲を見回すアズラエル。

 

 ハイータとフレイはと言うと、少し離れた場所でプールに入ろうとしているようで、アズラエルはもう一度周囲に誰もいないかを確認してから、肩の力を抜いてプールベッドによりかかる。

 再びクロトたちに視線を向けるなり、ぼやくように、ロマにしか聞こえないような音量で話し始めた。

 

「唐突にね、不安になるんですよ」

「ほう……なにに?」

 

 彼女がここまでしっかりとした弱音を吐くとは思いもしなかっただけに、ロマも驚く。

 

「あの娘たち……生体CPUに本気になっちゃいそうで」

 

 ───あ、本気じゃないつもりだったんですか。

 

 しかし、アズラエルがクロトたちに情が湧いているということに葛藤しているのだとロマは理解する。

 クロト、オルガ、シャニを始めとした“強化人間”の作成に携わっているにも関わらず、という感情があるのだということも……。

 

「悪いこととは、思わんがな」

「悪いことですよ。私みたいな立場の人間だと特に」

「……あの三人に本気になったとしてどうなる。変わらんだろうさ、別に」

 

 悪い意味ではない。

 生体CPUというものが外道の所業だということはロマとて理解しているのだが、罪悪感はあってもそれ以上の手出しをするつもりはないのだ。

 それに、生体CPU全体とクロトとオルガとシャニの三人は、ロマにとってはまた別の話である。

 

「犬を飼いだしたら他の犬も可愛く見えるっていうじゃないですか」

「言いえて妙だな……言いたいことはわからんでもないが。それぞれだろう?」

「死んで来いって命令、できなくなりそうです」

 

 そういうアズラエルの横顔を見て、ロマは顔に出さぬように、内心で苦笑を浮かべた。

 どこかで聞いた、“似て非なる人物(・・・・・・・)”の言葉が、脳内で再生されたからだろう。

 

「元々言わんよ、君は……。効率や戦略がどうとかいう話ではない。人間という資材、その価値を正しく理解しているというのは勿論だが……」

 

 その言葉、その想いにはきっと、ロマ自身の願望も入っているのだろう。

 目の前の相手が……“前の生”と“今生”を含めて、初めてその腕に抱いた女性が、この数年間で知ってきたどおりの人物で、重ねてきた関係通りの女性であれば、という願望。

 だからこそ、はっきりとそれを口にするのだ。

 

「───純粋なのだよ」

「え?」

 

 唖然としながら、アズラエルはロマの方に視線を向けた。

 

「……君は、純粋で、優しいのさ」

 

 純粋の意味はそれぞれある。邪気が無い者という意味ではそうなのかもしれないが、ことここに至ってロマが発した“純粋”の意味はそれとは異なる。

 彼なりに考えて、“それっぽく”放った言葉。

 アズラエルの所業や、内心や思惑は、控えめに行っても純粋とは言い難いことが多いが、やはり共にいたからこそ感じるものもある。

 

 映像作品(アニメーション)で識る“ムルタ・アズラエル”が目の前の“ムルタ・アズラエル”と同じ思考をしていたかどうかは識らない。

 実際には同じだったのかもしれないし、実際に違うのかもしれない。だが、そんなことはどうでもいいのだ……。

 

 サングラスを外し、ポカンとしているアズラエルをしっかりと見つめる。

 

「こういう立場だから“こうだからこうでなくてはならない”、など、自ら器になる行為さ……それでは道化だよ」

「……そうなろうとする私は、道化だと?」

「ああ、“その立場の人物”などでなくて良い。今まで通り“その立場の君”でいてくれれば……“私達”はついていくのさ」

 

 今、ロマは素でそう言っているのだ。

 役者でも道化であろうともしていない。彼もまた純粋にそう述べる。

 視線の先のアズラエルは、ため息をついて 

 

「ホント、そういう台詞をよく恥ずかしげもなく言えますね……っ」

「自分でもそう思う」

 

 ───めっちゃ恥ずかしぃぃぃぃぃ!!

 

 内心はともかく、ロマは涼しい顔をしてサングラスをそのままミニテーブルに置く。

 

「でも……ありがとう」

「フッ、礼を言われることでもないさ」

 

 彼女もこれで吹っ切れると思いたいなと、ロマは静かに息を吐いた。

 どこか赤らんだ表情のアズラエルを見ていると、さすがのロマも雰囲気で察する。今夜は寝られない感じだと……。

 未だに慣れないことではあるので、気恥ずかしさから視界を泳がせれば、ハイータが浮き輪を使ってプールに入っており、そんなハイータをフレイが誘導しているのが見えた。

 彼女にも後で礼を言っておかなければならないなと思いつつ、冷静さを取り戻し再びアズラエルの方へと視線を戻す。

 

「元気ですねぇ。大人には真似できませんよ」

 

 ―――まぁプールに入ってるの年上結構いるけどな。

 

 連合の正規軍なのだから当然と言えば当然である。

 

「さっさと戦争終わらして、もう一回来ましょうか」

「……そうだな」

「今度はナイトプールもいいですね。そのまま、貴方とベッドに沈むのも雰囲気あって」

 

 ストレートなそんな言葉に、さすがのロマも眉を顰めて苦笑を浮かべた。

 決して、断じて、嫌なわけではない。ただ……そう真っ直ぐに彼女が言葉にすることに驚いたのだ。

 ロマ的には大人らしいと言えば大人らしい会話だな、などと思わないでもないが……。

 

「酔ってるのか?」

「さぁ、お酒もありますし、そうかもしれませんね……」

 

 薄く笑うアズラエルが上体を起こし、ロマと向き合うように座ると、ミニテーブルの上にある“まだ一度も口を付けていない”グラスを持つ。

 ロマも微笑を浮かべながら、運ばれてきた時から減っていないグラスを手に持った。

 

「乾杯……」

「ああ、乾杯……」

 

 アズラエルの言葉にロマは真っ直ぐにそう返し、お互いが同時にグラスを口に付け、傾ける。

 話し疲れて喉も乾いているので一気に中身を半分ほど飲みほしてから、グラスを同時に口から離す。

 

 コトッ、と置かれたグラス。

 

 そして、二人は同時に口を開く。

 

「麦茶だコレ!」

 

 

 







今回は閑話というかそんな感じなので短めになってます
あとはシリアスばっかなので今の内にラブコメ要素的なものは入れておきたい願望が顔を出している……
特に新情報もなにもないんですが、日常回なのでそんな感じですね
フレイやハイータの関係が良い感じ……これ百合ルートあるのでは?(迷推理)

次回はこれの続きからで、今回出番が無かったナタルとか、三馬鹿娘も

立場上、ちゃんと出番作ろうと思わないと、アズにゃんとの会話ばっかになるので地味に難しいことに気づく……

にしてもロマ、案外他のガンダム世界でものらりくらり生きていけそうになってきた……
スパロボとかエグバの掛け合い集みたいなの考えるの好き……

ということで次回はなるべく早く更新したいとこで
お楽しみいただければと思います


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消えていく灯り

 

 プールでの一件、その夜。

 

 アズラエル財団が所有しているその高級ホテル内のバーで、ロマは一人、カウンター席に座っていた。

 時刻はすでに0時を回り、深夜と呼べる時間である。

 設置してあるテレビから聞こえる音は、なんてことはないニュースの報道。

 

「演説でもあればな……フッ」

 

 名場面の再現をしたいなどという俗にまみれた欲が出るのは、酒のせいだと思いたいところ。

 なにも誘った相手に振られたからこうして一人でいるというわけではない。単純にアズラエルは“疲れて寝ている”し、ハイータもクロトもオルガもシャニも眠っているというだけだ。

 だからこそ一人。それもたまには悪くないだろう……。

 一人になると余計なことを考えたりもするが、酒の力があればそんなこともないはずだ。

 

「大佐……?」

「む、ナタル。君か……」

 

 そこにいたのはナタル・バジルールだった。

 軍服を着ているが、軍人なのだから正装は当然そうである。わざわざロマのように“コスプレ(スーツ)”で来る者の方が軍人では少ないくらいだ。

 故に、ナタルは少し驚いた様子だが、そのままロマの元へと進む。

 周囲を軽く見渡すのは、“いつも一緒の相手”が誰一人としていないからだろう。

 

「今日は一人さ、付き合ってくれるのか?」

「その、お邪魔でなければ……」

「いや、嬉しいものさ」

 

 隣に座るナタルを前に、サングラスをそのままにロマは静かに笑みを浮かべた。

 

「ん? ……酒、飲めたか?」

「ああいえ、たしなむ程度には……さ、砂漠でのことは」

 

 砂漠の虎との戦いの後、勝利を祝してムウやマリューたちと共にサイーブと乾杯した時のことだ。

 中々にアルコール度数の高い酒を用意されたせいか、ナタルがむせていたのを思い出す。

 下戸、かはわからないがそれほど強い酒を飲む習慣はないのだろう。正しい軍人ではある。

 

「まぁここはバーだ。アルコールに弱い者の飲みやすいものから、潰しやすいものまである」

「つ、潰しやすい、ですか……」

「ホテルの中だからな。君もロクでもない男に潰されないように気を付けた方が良い……敵に鹵獲されたくはないだろう」

 

 物々しい言い回しで生々しいことを言うと、ナタルは少しおかしそうに笑みを浮かべながら頷き、カウンター越しに酒を頼む。

 少しばかり無言で設置してあるモニターに視線を向けているが、報道番組はジブラルタル侵攻作戦ぐらいしかしない。

 ロマとナタルにとっては重々知っていることである。

 

「もう一杯、おかわりをくれ」

 

 ロマがそう言うと、マスターらしき男が頷く。

 程なくして、酒がナタルとロマの前に出された。

 

「では……」

「ああ、乾杯」

 

 二人がグラスをぶつける。

 同時に口をつけるが、あまり多く飲むものでもない。少しだけを口に含み、飲み込む。

 ナタルは度数の低いものではあるが、喉を通るアルコールの感覚をしっかりと感じた。

 

「えっと、大佐はなにを飲んで?」

「芋のショーチューだよ。独特の香りがあって悪いものではない」

「日本の、ものですね」

「良く知っているな。まぁなに、慣れ親しんだ味が一番ということさ」

 

 そう言いながらもう一口。

 すると、ロマはサングラスの奥の瞳をしっかりとナタルへと向けた。

 黒い短い髪の下、その両の瞳が揺れている。酒のせいだけではあるまい。

 

「どうした?」

「え……」

「良いさ、酒の席だ……」

「……その、アークエンジェルのこと、です」

 

 ―――まぁ、それ以外ないわな。

 

 もう一つだけありもするが、それについては今更ロマに言うことでもないだろう。

 故に、アークエンジェル。

 

「あれだけいたんだ。情がわいて当然というものさ……軍人である前に人だよ。我々は」

「バエル大佐も、迷いますか?」

「迷わないわけがないさ……ただ、私は君ほど優しくないのさ」

「優しいとは、違うと思います。これはただ、割り切れていないというだけで……」

 

 一方的に裏切ったと言うならば、撃って当然だろう。

 しかし、アークエンジェルに限って言えば事情があまりに違うから……同情の余地があるからこそ、迷うのだ。

 連合に捨て駒にされ、挙句に逃げ込んだオーブも焼かれ、そして逃亡艦として狙われる。

 マリューたちと旅を共にしていたのだから、彼女たちが手前勝手な理由からそうなるとは思えないのだろう。

 だからこそ、迷う。

 

「君はそれでも良い」

「え……?」

 

 ロマはそれら全てを識っている。その上で言うのだ。

 アークエンジェルの事情も、オーブの事情も、キラの事情も、アスランの事情も……すべてを理解し、識った上で、彼らを“甚振る”ことをして、全てを理解した上で核の力を手にし、ザフトを討ちに行く。

 最初の頃の良心の呵責すら、今ではずいぶんと薄くなってきた。

 決して辛いと思わないわけではないにしろ、それは自分が人でなしになってきたようで、そういう余計なことを思考する。

 

 そこで、ロマは頭を振る。

 

「なに、これからアークエンジェルとやりあうとは限らんさ、逃亡艦アークエンジェルは他に任せ、我々は次の作戦に備えよう」

「……はい」

 

 素直にナタルは頷いた。

 次の作戦、ボアズ侵攻、アークエンジェルたちが立ちはだかることはまずない……ともなれば、気も楽というものだ。

 ただしボアズへの侵攻後、軽い補給だけを済ましてすぐに次の作戦というハードスケジュールではあるが……。

 

「君に任せる。セラフィムのことは」

「も、もちろんですっ」

「アズラエル理事のこともな」

 

 その言葉に、ナタルはハッとする。

 

「私達は艦を離れることが多いからな。余計に、さ……君を信用している」

「しかし私は、まだ艦長としての実戦など」

「君は良い艦長になる」

「ッ……!」

 

 それは奇しくも、ナタルが別れ際にマリューに言われた言葉。

 ロマ自身が意識して言ったつもりはなかろうと、それは確かにナタルに響くのだろう。

 だからこそ、頷く。

 

「お任せください」

 

 しっかりと、サングラスの奥のロマの瞳を見据え、ナタルは言葉にする。

 来たるべき日までは、そう時間もない。

 

 

 

 その後、かなり酔ったナタルを部屋まで送り届けてからロマは廊下を歩いていた。

 ふと、視界に映った赤い髪。

 

「フレイ・アルスター……?」

 

 その言葉に、赤髪の少女はロマの方を向く。

 最近は会うことも話すことも増えたものの、彼女はどこか緊張した面持ちでロマに会釈を返す。

 どうしたものかと思いつつも、どうしようもないと理解し、ロマはそのままフレイの横を過ぎて去ろうとすれ違うものの、腕の裾が引かれる。

 振り返れば、ロマの腕の裾をつまんでいるフレイ。

 

 ―――え、なにその可愛いモーション、シャニあたりにやられたい。

 

 真面目な時とは別のベクトルでロクでもないことを考えるロマは、それでも凛とした表情を崩さない。

 

「どうした?」

「え、あっ……その……」

「いいさ、この時間だ。誰も通るまいよ……」

 

 そう言いながら口元を少しだけ歪め笑うと、フレイの緊張感も少しだけ解れた。

 

「その、キラのこと……」

「ああ、話した通りではあるが……」

 

 コロニーメンデルでの戦闘の後、月基地に到着するまでの間に、ロマはしっかりとフレイにキラのことは伝えることに成功している。

 彼が元気そうだったこと、無事そうだったこと、そして現状、自らの意思で連合と戦ったりする様子はないこと……。

 この先を識っている身でよくもそんなことを言えたな、とも自分では思うが……。

 

「また、戦うことになるんですか?」

「否定はできんよ。他の部隊が送られる可能性もあるがな……」

「私、キラと話したい。キラと会って、しっかり謝らなきゃいけないことが沢山あるんですっ」

 

 それを識っている。ロマは彼と彼女のことを識っているのだ。

 だが、そこで素直に頷いてやれるほど、彼の立場は自由ではないし、その方法を安易に教えてやれるほどの蛮勇はない。

 だからこそ、ただ聞いて……。

 

「でも、出会っちゃったら、戦わなきゃ、なんですよね?」

 

 それを否定するわけにはいかないし、否定する術を持たない。故に、頷く。

 

「戦いの中で人と分かり合う方法もあるはずだ……」

「そんなの、あるんですか?」

「……やってみなければわからんよ」

 

 適当にものを言うが、フレイは素直に頷いた。

 それが意外で、内心で面食らうロマではあったが、表にはおくびも出さないままただフレイの頭に手を伸ばし、そっと撫でる。

 

「あっ、その……」

「すまん、つい、な……」

「いえ……キラがお兄さんみたいって言ってた理由も、その……」

「ふっ、兄代わりをよくやっていたと思うよ」

 

 そっと手を降ろしてそう言う。

 彼女の想いに応えてやる気は間違いなくあるのだ。

 それにもし本当に、ことがロマの計画通りに進んだのであれば……フレイの望み通りになる。

 彼女の命運すらも変え、彼女とキラの再会を実現できるだろう。

 

 故にどちらにしろ、セラフィムを落とさせないために動き続ける必要があるのだ。

 

 ―――しかし、見殺しにした人間たちも山ほどいるのに、よくもまぁ……。

 

「そのっ、ロマ、さん……っ」

「ん、どうした?」

「いえ、その……なんだか、今……こ、怖い顔をしてたので」

 

 自らの顔を押さえて、苦笑する。

 

「……すまんな。いつまでたっても私はこんなだ」

「ロマ、さん……?」

 

 フレイが不安そうな表情を浮かべるが、ロマは首を横に振る。

 今更、自分が良心の呵責に苛まれているというのに対する嫌悪感。“だろうな”という案の定な落胆。人間らしい自身への安心感。

 色々と複雑な感情、内側に混沌としたものを感じる。

 

「大丈夫だ、私の使命は……いつだって一つに帰結するのさ」

 

 生まれた当初とは、そしてあの出会いまでとは正反対の……。

 

 

 

 

 

 

 一月以上前の、あの日の会話を思い出しながら、ロマは“セラフィムの格納庫”で浮いていた。

 その身に“普通(ノーマル)でない赤いノーマル(専用)スーツ”を纏いながら、“完成した”ディザスターを見やる。

 様々な要素から実装の遅れたトランスフェイズ装甲を搭載し、赤い装甲をそのままに纏うディザスター。NJCこそ搭載していないが戦闘できる時間が伸びたのは確実だ。

 そして隣にレイダー、フォビドゥン、カラミティと並び、さらに奥にはもう一機、黄赤色の装甲を纏う機体。

 

 足場へと辿りつき、手に持ったドリンクを飲みつつ整備士たちの様子が落ち着いてきたのに気づく。

 

「……さて、そろそろだな」

「波状作戦、だったか? でっけー要塞ぶっ壊した後に、すぐにでっけー要塞まで行くんだろ?」

「オルガ……いや、間違ってはいないがな」

 

 今作戦はボアズ攻略戦、制圧後一気にザフトはプラントの最終防衛ラインたるヤキン・ドゥーエまで侵攻。

 そして彼らの降伏を引きだせれば勝利、といったところだろうか……。

 ロマの計画通りにことは進んでいる。

 

 ただし、ここからのイレギュラーは自ら起こすことであり、それに連なることだ。

 自らだけの道を進めばそうもなろう。

 

「……つくづく運命とは御し難い」

「運命って……おにーさんってそんなロマンチストなタイプだっけー?」

 

 隣へとやってきたクロトに頷く。

 

「私は元々そういう男だよ」

「だよね、じゃなきゃこんな機体乗らないし」

「フッ……痛いところをつく」

 

 フッ、と微笑を浮かぶのは思い切り図星を突かれたからだろう。

 彼のリクエストが散々に反映された機体だ。PS装甲を“抜きすぎぬよう”意識された実弾が多めの高機動特化機。

 クロトの言葉に返答もできぬままのロマの近くに、さらにもう一つの影が現れた。

 

「シャニか」

「お兄さん、今回……大変そうだけど大丈夫?」

「私はこれでも連合のエース、赤い悪魔だよ」

 

 ザフトから言わせれば“悪魔憑き”でもある。

 

「そっちを心配してるんじゃなくて……お兄さんの身体のほう」

「あぁ、そういやお前、いっつも体壊すからなぁ」

「慣れてきたものだよ。多少の無理は効く」

「無理すんなっつってんの! おばさ……」

 

 オルガは言いかけてから周囲を見渡す。

 息を吐いてから頷くなり、また話を再開。

 

「アイツが機嫌悪くなんだよ。別にこっちに実害があるってわけじゃねぇけど……やだろ?」

 

 困ったようなオルガの言葉に、少しばかり驚きながらもロマは首を縦に振る。

 愛されているのは良いのだが、それ故にロマの無茶があればいい気はしないだろう。当然のことだ。

 しかし、ロマとて無理をしないという選択肢はなかった。

 

 所詮はただの人間であり、世界の在りようを、行く末をどうにかしようと思えば、自らのなにかを削らざるをえない。

 

「すまないな、苦労をかける。だが理事のことはお前たちになら任せられるからな……」

 

 なんだかんだ、彼女たちがいればアズラエルも安心はすると理解していた。

 だからこそ“安心して無茶をできる”というもので、ここからの“最終決戦”に赴くこともできる。

 

 あれだけ死を忌避し、あれだけ恐れ、“もう二度と普通でない死を経験したくなどない”と強く思い、その悪夢にすら苛まれてきたロマではあったが……今、男は自らその道を往く。

 

 ロマの言葉に、シャニが怠そうにしながら微笑を浮かべる。

 

「良いように使ってくれるよね、おにーさん」

「ですね。ま、いいけどさ」

「お前が無茶したぶんはなんとかしてやるけど、オレらにできることだってたかが知れてっかんな」

 

 オルガの言葉に、再びロマは頷く。

 

「しっかりと報うつもりではある」

「ハァン……それじゃ、終わったらデートしてよデート」

「かまわん、が……」

 

 ―――しまっためっちゃ死亡フラグ!

 

 ロマは焦った。ここ最近で最も焦った瞬間かもしれない。

 しかし、現実は意外となんとかなるものだと自分を鼓舞し、シャニの頭をそっと撫でる。くすぐったそうに眼を細めて気持ちよさそうにする少女。

 守りたい対象ではあるのだが、やはり戦場に出さざるをえない。出さなければならない。

 

「えぇシャニだけずるい! ボクも!」

「わかったわかった。オルガも、な?」

「は、ハァ? オレは別に……」

 

 ほんのりと頬を赤くして言うオルガに、ロマは昔懐かしいツンデレの味を感じた。

 

「四人で行こう、な?」

 

 瞬間、三人娘の冷たい視線が突き刺さる。

 

「はぁ?」

「なに言ってんのおにーさん?」

「お前っ……ホント、お前なぁ」

 

 ―――ダメだったらしい。

 

「その、すまん。うん……一人ずつ、な」

 

 その言葉に三人娘は頷く。

 兄代わりの男に寄せる好意でないというのはロマとて理解してはいるが、それでも上手いことやれない辺り、やはりどこまで行ってもロマはロマであるのだろう。

 だが、そういうところに惹かれる者もいる。惹かれる者たちが実際にいた。目の前に。

 彼女らの冷たい視線を受けながら、ロマはとりあえず誤魔化そうと視線を逸らす。

 

「……サボテンが花をつけている」

「は?」

 

 もっと視線が冷たくなるのは、自明の理である。

 

 

 

 大規模作戦前だとは思えぬ軽いやりとりを終えたロマ。

 先ほどと打って変わり、満足そうな顔をしたクロト、オルガ、シャニが自らの乗機へと浮遊していくのを見送る。

 そろそろロマ自身もディザスターへと向かおうとしていると、彼の傍に三人ほどのパイロットがやってきた。男性二人、女性一人、ロマより年上なのは間違いないだろう。

 

「ん、君たちか……」

「大佐、ブリーフィングではどうも……プトレマイオス基地、エンデュミオン・クレーターでの防衛戦以来ですね」

 

 ロマが初めてジンに乗って戦ったあの日、ムウが『エンデュミオンの鷹』の異名を授かった戦いで生き残った元メビウス・ゼロ部隊の者たち、つまりはムウ・ラ・フラガの元同僚。

 彼らは今作戦にて“ロマの部隊”に配属され、部下として戦う。

 離れた場所に存在する<105ダガー>三機が彼らの乗機である。

 

「今回は頼む」

 

 微笑を浮かべて挨拶がてらそう言うと、三人のパイロットは強く頷く。

 

「大佐の部隊に入って一緒に戦える、光栄ですね!」

「胸を借りる気持ちで戦わせてもらいますよ!」

「あまり期待してくれるなよ……?」

 

 苦笑するロマに、パイロットたちはおかしそうに笑う。

 赤い悪魔、ロマ・K・バエル。期待するなという方が難しいのだが、ロマはいつだって必死であり、ギリギリで戦っている。余裕に見えたとて内側がそんなものだから、ロマ自身は周囲からどのように見えているか理解し難いのだろう。

 そしてやはり、連合のパイロットたちにとって彼は絶対的エースなのだ。

 

「そんなご謙遜を、大佐の話は聞いてますから!」

 

 ここでこれ以上謙遜しても無意味だなと思い、ロマは頷いてその場を離れることとする。

 作戦開始時間も間もなくだ。

 

「敢えて言おう、死ぬなよ……!」

 

 それだけを言ってから、赤銅色を纏う機体、ディザスターの開いているハッチからコックピットへと乗り込む。

 まだ開いているハッチの先に、一人の女性が現れる。

 身なりから整備士だということは理解できる知った顔。

 

「大佐! ディザスターですが」

「取扱いについては説明書は見たつもりだが……?」

「一応ですよ。トランスフェイズになってからバッテリーの持ちはよくなって、そのぶん“隠し腕(ファウスト・ヌル)”の徹甲弾、ビーム兵器になってますから」

 

 間違ってもキラたちに当てるわけにはいかないなと、ロマは思考するが……そもそも当てることができるわけもないだろう。

 そして今作戦の“第一段階”に至っては、おそらく出会うこともない。

 しかして、万が一“何かの間違い”で、ザフトにPS装甲持ちの機体がいてもやりやすくなるのは良いことだ。

 

「承知している」

「……それとファウスト・ヌルですけど」

「もしチェシャがダウンしても私が扱えるようにはなっているのだろう?」

「ええ、大佐の空間認識能力テストの結果は見ましたけど……」

 

 ロマはガンバレルを扱えるかという適性検査に見事に不合格。故に、ガンバレルの派生であるファウスト・ヌルをチェシャなしで使用することはできないと、書面には記された。

 

「問題は私にサイコミュ兵器を扱う素養があるか、だな」

「さいこみゅ、ですか?」

 

 ───あ、やべ。

 

「いや、気にするな。ともかく了解している……チェシャが不調になればそうそうに切り離すか、回収するつもりだ」

「お早い帰艦をお待ちしてますよ。帰って来たらキスでもしましょうか?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて言う整備士に、ロマは微笑を浮かべる。

 

「期待させてもらおうか?」

「い、いや冗談ですって! ファンになにされるかわかったもんじゃないしっ、そもそも理事になんて言われるか……っと、そろそろ時間かっ! えっと、それじゃ大佐、壊さないでくださいよ!」

 

 ディザスターの装甲を蹴って離れる整備士。

 おそらく整備士の彼女は気づかなかったであろうが、ロマのその手はわずかながら震えていた。

 

「いつまで経っても、だな……」

 

 ロマがハッチを閉じるなり、モニターが起動画面へと移行、映る“GUNDAM”の文字。

 それを見ると、ロマは自身が“ガンダム”に乗っていることを実感する。

 夢と言えば夢であったが、やはりそれは悪夢の類。

 

『どーしましたの憂鬱そうなお顔なさってぇ~』

「チェシャ、戦争が終わるかもしれないんだ。こんな顔もしたくなるさ」

『戦いたがりってことでよくって?』

「そうでないだろうに、私の性格も私のこともよくわかってると思うが?」

『オーッホッホ! 当然ですわ!』

 

 姿があれば手を口に当てて高笑いしていたであろう支援AIことチェシャ。

 彼女のサポートがなければ自分がこの“ガンダム”を使いこなすことはできないだろうと思えば、やはりエースパイロットたちの異常さを身を持って思い知る。

 おそらく、真っ当にやりあっては自分が太刀打ちできないことでさえも……それでもなお、やらずにはいられない事情と私情が男にはあった。

 

 チェシャが口早に色々と話すが、ロマはそれに苦笑しつつ相槌を打つ。

 

『ていうかプール! わたくしもプール!』

「濡れられないだろ。というよりどうする、お前のボックスごと脳の入ったカプセルをプールに?」

 

 ―――いや地獄絵図。

 

『はやく人間になりた~い!』

 

 ―――妖怪人間……?

 

『あっ! ワンコから通信でしてよ!』

「ハイータか、繋いでくれ」

『私黙ってますのでどうぞ!』

 

 ―――クソ人見知りAI……。

 

 すぐにサブモニターにハイータが映し出される。

 それに気づくなり、彼女の表情が、パァッ───と音を付けたくなるほどに明るいものに変わった。

 

『ロマ君!』

「ハイータ、接続は問題ないか?」

『はい、右腕も左脚もしっかりシステムに繋いであって、問題も無しです』

 

 アスラン・ザラとの戦闘の折に失った右腕と左脚は、専用のシステムで機体に直接接続されているし、右眼にも、上から眼帯のように機械の端末を装着している。

 神経接続によって彼女の機体は、今までとは比べ物にならないほどの反応速度を有していた。それはブルーコスモスが当初ブーステッドマンに求めた“生体CPU”の完成にほど近いものだ。

 彼女が望んだこととはいえ、アズラエルもロマも、快い気分ではない。

 

 少しばかり特殊なノーマルスーツを着用する彼女だが、やはりヘルメットはしていなかった。

 曰く、息苦しいから。とのことだが……そこはロマも同様なので特に言及するでもない。

 

「一応、訓練は重ねたとはいえ、その機体を使って宇宙での実戦は初めてだろう。なにか不調があればすぐに戻るように」

『はい、無茶しないようにって理事からも言われてますからっ!』

 

 セミロングほどまで伸びた白い髪を舞わせ、ハイータは満面の笑みで頷く。

 

「しっかりと付いてくるようにな」

『了解です。隊長っ!』

 

 通信が切れると、静かに息を吐いてロマは操縦桿を握った。

 チェシャが話しかけてくると思ったが、サブモニターに次いで映ったのはアズラエル。その場所は艦橋ではないらしいが、その近くなのは間違いないのだろう。

 目が合ったものの、なにか言いだしづらそうな表情。

 

「……どうしました。理事」

『……言葉遣い』

「どうしたムルタ?」

 

 その言葉に、少しばかり満足気な表情を見せる。

 

『正直言うと、顔が見たくなっちゃっただけ……』

「かわいいかよ……」

『え、なんて?』

「いやなんでも」

 

 ―――かわいいかよ。

 

『君、今回で初めてのこと多いから……ピースメーカー隊への合図とか、モビルスーツ部隊の指揮とか』

「なに、ピースメーカー隊への号令はともかく、モビルスーツ隊の指揮自体はやっている」

『規模が違うでしょうに』

 

 尤もなことではあるのだが、それでもやらねばならない理由もある。

 セラフィムを守るためともなれば嫌でもそうなるし、彼自身もすっかりそういう立ち位置であることに慣れたというものだ。

 おかしな言い方ではあるが、“生前の自分”とはまるで違った思考。

 

『ともあれ、貴方も、あの子たちも……無事に帰ってくれば言うことなしってことで』

「っ……!」

『……なに、その表情?』

「いや、あまりに有り体にものを言うから驚いただけだ。優しい物言いでな」

 

 そんなロマの言葉に、アズラエルは頬を赤らめて少しばかり動揺を見せた。

 

『ともかく、とりあえずこんなとこで躓くわけにはいかないんだから、あとよろしく……!』

「ああ、ムルタ……いってくる」

『いってらっしゃい』

 

 通信が切れるなり、作戦開始のタイムリミットがサブモニターに映る。

 

『はぇ~相変わらずイチャイチャと……にしても羨ましいことでして』

「なんだ、恋愛に興味が……?」

『乙女ですから!』

 

 ―――乙女とな……?

 

「まぁなんだ……良い相手、見繕ってやれればな」

『機械と恋愛とか、正気ですの……?』

「なんだお前」

 

 

 作戦開始時刻が、迫る。

 

 

 

 

 

 

 プラント本国、アプリリウス市。

 プラント最高評議会の拠点にて、現議長であるパトリック・ザラは忌々しげな表情を浮かべた。

 その周囲には議員たち、イザーク・ジュールの母であるエザリア・ジュールや、さらにパトリックの懐刀でもあるラウ・ル・クルーゼの姿もあった。

 今しがた入った報告に、エザリアが狼狽える。

 

「ザラ議長閣下……!」

「月艦隊のボアズ侵攻など想定外のことではなかろう! 全軍への招集は?」

 

 パトリックの声に、通信をしている士官たちが即座に反応する。

 

「完了しております!」

「報道管制!」

「は! 既に!」

「詳細を報告しろ!」

 

 まだ“戦闘が始まって間もない”ボアズの状況を求め、パトリックは声を荒げた。

 現在では、ザフトの戦況は不利であり、月基地から攻撃部隊が攻めてくることは想定していた。故に意外性はない。

 資材と戦力が潤う連合の攻撃、かといって要塞ボアズの堅牢な守り、そうやすやすと落とせるものではないだろう。

 

「しかし……」

 

 剣呑な雰囲気に包まれる部屋で、クルーゼの声がパトリックの耳に入る。

 

「なんだクルーゼ?」

「ボアズ突破が容易でないことくらい、地球軍とて承知のはず。何の勝算もなしに侵攻を開始したりはしますまい。今踏み切った……そのわけが気になります」

 

 不穏な物言いに、エザリアが顔をしかめた。

 

「そんなもの、大方例のモビルスーツ部隊と新型あたりであろう? ふふっ、それで落とせるとでも踏んだのであろう!」

「なら、いいのですが……」

 

 内心でほくそ笑みながら、クルーゼは“その時”を待つ……。

 

 

 

 

 

 

 ボアズの守備軍は、奮闘していた。

 連合の大艦隊は、視界一杯に広がっており、さらに奥にも山ほどの艦影。

 さらにストライクダガーや105ダガー、バスターダガーにロングダガーのフォルテストラ装備、資材と資源に溢れた連合の力。それでもなお、守備軍は士気を落とすでもなくやっているのは───やはり、圧倒的な自信。そしてそれを裏付けるだけの撃墜数。

 

 並のナチュラルの操縦するストライクダガーでは、新型量産機ゲイツ相手では数機程度では各個撃破により呆気なく落とされる。ジンにすら苦戦もするだろう。

 大局的に見れば、その程度で戦力差が覆るわけもないのだが、それでもその“思い込み”は力である。

 

『ナチュラル共の細胞を真空にぶちまけてやる!』

『このボアズ、抜けるものなら抜いてみろ!思い上がったナチュラル共め!』

 

 景気の良い情報だけが耳に心地良いボアズ守備軍であったが───すぐに状況は一転。

 

『例の三機がいるぞ!』

『撤退できた地上部隊からの報告にもあった“ヤツ”もだ!』

『“悪魔憑き”もいるぞ……いや、あれは、うわぁぁぁ!!?』

 

 フォビドゥンのフレスベルグが二機を薙ぎ払い、カラミティのシュラークとスキュラが三機を撃墜するが、迫る攻撃をレイダーがミョルニルを回転させて防御、即座にツォーンでの反撃でその敵機を撃破。

 

『なんだこれは……尾か!?』

『ふふっ、かわいいでしょぉ!? 崩壊(コラプス)の尻尾はさァ!?』

『なっ、女のうおぁ───』

 

 さらにジン三機が背部から鋭いビーム刃に貫かれる。

 そのビーム刃を持つブレードは有線であり、それが回収された先には黄赤色の機体。

 

 どことなくディザスターに似通っているが、腕はそれほど長くもなく、ディザスターより装甲は厚めであるし、背中のユニットはデュエルの追加ユニットであるザフト産のアサルトシュラウドに似通った追加スラスターのみ。

 だが、後腰部のリアアーマーに装備されるのは、先ほどジンを貫いた尾と称されたブレード。文字通り、テイルブレードといったところだろう。

 その数───九本。

 

『なんだあの機体は!』

『胸部装甲を見てみろっ! あのエンブレム、悪魔憑きじゃないか!?』

『いや、他の三機にも……ん、あれは!?』

 

 赤い光が宇宙(ソラ)を奔る。

 

 ビーム煌めき、宇宙(ソラ)を裂き、赤い閃光はゲイツを背後から“串刺し”にした。

 

 赤い閃光の正体、ディザスターがゲイツに突き刺した腕を引き抜く。近くにいたジンはそちらに向けて突撃機銃を構えるが、引き抜いた腕はそのままそのジンに射出され、撃つよりも早く貫かれる。

 もう一機のゲイツが動きだすが、展開したサブアームの手首から放たれたビームがコックピットを貫く。

 瞬時に撃墜された三機のモビルスーツ。

 

 その異様な雰囲気を持つモビルスーツ部隊に、ボアズ守備軍の雰囲気は一転する。

 

『なんてこった……あの部隊は全部“悪魔憑き”だ……』

 

 レイダー、カラミティ、フォビドゥン、新型機(コラプス)

 さらにはその後ろからやってくる105ダガーのガンバレルストライカー三機、ランチャーとエールが二機ずつ、ロングダガーフォルテストラ三機。

 もれなくすべての機体のどこかに“悪魔のエンブレム”がある。

 

 

 

 そして、その中心たる“赤い悪魔”ディザスターの肩部には、“王冠を頂く悪魔”が描かれていた。

 

 

 







終わりが近づいて参りました
ナタルやフレイともだいぶ打ち解けたロマ
セラフィム組、全員に出番を作りつつ、ボアズ攻略戦開始───ってことで文字数がだいぶいってますね
まぁともあれ、連載当初から書きたかった部分の一つに到達

お金かかってそうなバエル隊

ちなみにハイータのはディザスターの姉妹機
次終わった辺りで機体紹介あたり入れとくか悩む

では、次回もお楽しみいただければと思います



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敵軍の切り札

 

 ボアズ攻略戦が開始してからしばらくが経ったが、戦況は明確に連合の優勢であった。

 艦隊攻撃に連合の高級量産機の活躍、なによりも連合のエース、赤い悪魔ことロマ・K・バエルが指揮する部隊の参戦によるザフトの士気の低下。

 様々な要因と諸々な理由から、予想よりも早くボアズ守備軍は瓦解させられていく。

 

 ザフトの予測はおろか、連合の予測よりも圧倒的に速い侵攻。

 

 ガンバレルストライカーを装備した105ダガーこと、ガンバレルダガーが三機、計十二機のガンバレルを飛ばし、オールレンジ攻撃にてジン四機を瞬時に撃破。

 即座に三機の105ダガーが回避行動をすれば、その三機のいた場所へと、少しばかり離れたローラシア級が艦砲射撃。

 

『ローラシア級か……ランチャー!』

『はい!』

 

 ランチャーストライカーを装備した105ダガー、ランチャーダガー二機はアグニを同時に放ち、甲板とブリッジ近くを撃ち抜く。

 

『撃破……!』

『おいおい、このままいけば撃墜スコア更新だぜ!』

 

 少しの間の後、爆散するローラシア級。

 別方向から現れたジンD型装備五機が<M66キャニス 短距離誘導弾発射筒>と<M68パルデュス 3連装短距離誘導弾発射筒>を一斉射。

 ランチャーダガー二機を狙うそれらが到達するより早く、展開されたガンバレルが弾幕を張りミサイルを全て迎撃、爆煙が広がり視界は塞ぎられる。

 

『吶喊する!』

『大佐たちにばっかやらせるわけには、ね!』

 

 瞬間、爆煙の中から現れた“エールストライカー装備の105ダガー(エールダガー)”が二機、バーニアを吹かしてジンたちへと突っ込む。

 二機のエールダガーはビームライフルをリアアーマーにマウントしており、空いた手でビームサーベルを引き抜きつつ、敵機の合間を斬り抜ける。

 二機のジンが爆散するも、残り三機のジンが腰部にマウントしていた突撃機銃を引き抜く。

 

『こっちにもいるんだよ!』

『んなのでやられてたら、このエンブレムが泣くのよね!』

 

 二機のジンをレールガンが貫き、さらに大量のミサイルがもう一機のジンを撃つ。

 討ったのはロングダガーフォルテストラ二機。

 

『っし、大佐たちは!?』

『もうちょっと前線、部隊って言ってもやっぱ違うわねぇあの人らは、レベルがさ』

『そんな言い訳がエクスキューズになるかよ。追うぞ!』

 

 ロマの部隊のダガーたちが、加速していく。

 

 どの機体も、どこかにロマがつけていた自らの身を翼で抱くデフォルメされた悪魔のパーソナルマーク……だが、今のロマのパーソナルマークはそれに王冠が乗っている。

 事の発端はアズラエルによる提案、ロマ・K・バエルのための部隊の発足。

 精鋭を集め、そしてそれと同時に、ロマのパーソナルマークを与えることによる、その部隊そのものが存在することによるタクティカル・アドバンテージ。

 

 実際ザフトは動揺し、ダガーだけでも落とそうとしたがこの始末。

 さらに前線では大暴れしている“悪魔王”と愉快な仲間たち。

 後方からは不沈艦アークエンジェルの同型艦、赤き三番艦『セラフィム』と共に黒き二番艦『ドミニオン』を擁する大艦隊。

 

 ボアズ守備軍といえど士気の低下は否めない。

 

 

 

 前線をどんどんと押し上げていく連合軍。

 ど真ん中を突破されていき、後方からやってくる量産機の部隊が防衛ラインの穴をさらに広げていけば、ボアズ守備軍はみるみると機体数を減らしていく。

 プラント本国のパトリック・ザラが全軍召集をかけたところで、その後のボアズへと向かわせたところで、今更戦況が逆転するわけもないだろう。

 ザフトのエースパイロットたちもボアズにはいない。つまり、赤い悪魔を止める術を持つ者たちなどいないのだ。

 

 故に───。

 

『選り取り見取りってねぇ!』

 

 カラミティがケーファー・ツヴァイの先端をシグーの胸部に突き刺し、そのまま射撃しながら後退。

 爆散したシグーの近くにいるジンが、さらにシュラークの直撃を受け撃墜される。

 

『地球の悪魔どもめっ!』

 

 近くにいたゲイツがカラミティへとビームライフルを放つが、その間に割り込んだフォビドゥンがビームを湾曲させ、フレスベルグを放つ。

 回避しようとするが、そのビームは歪曲、ゲイツを貫きさらに近くにいたジンもろとも爆散させた。

 

『ハァン、いいじゃん……最近ケチつきっぱなしだったからさぁ?』

『ハハッ! ちがいねぇ。くるぞ!』

 

 十機近いジンが射撃攻撃をしかけるも、フォビドゥンはそれらを回避、その背後にいたカラミティはどこからか現れたレイダーMA形態が、爪で肩を掴み回避させる。

 

『やるじゃねぇかクロトォ!』

『ま、当然だけどねっ♪』

 

 旋回しレイダーとカラミティは装備する火器を一斉射撃。

 それに巻き込まれて五機のジンが破壊されるも、散開し回避した半分のジンたち。

 

『一時撤退して籠城戦に……!』

『そんなこと言っている暇───なんだ!?』

 

 それらを───“尾”が襲う。

 

 有線で繋がれた九本の<テイルブレード>は先端にビームの刃を展開し、ジンの腕や足を切断し、抵抗する手段を奪っていく。

 

『な、なんだこれはっ!?』

『うあぁっ!?』

 

 トドメとばかりにコックピットを貫き、五機のジンを撃破するなり、テイルブレードは持ち主たる“コラプス”の元へと戻る。

 燃えるような黄赤色の装甲を持つディザスターの姉妹機、その胸部装甲にも勿論パーソナルマーク。

 

 ロマの部隊の者たちの証。ブルーコスモス盟主の懐刀たるエース、ロマ・K・バエルの眷属たる象徴。

 彼が必死に積み上げてみたものの形、と言っても良いだろう。

 

『アハハハッ! こんな木端コーディネイターが相手になるわけないんだよねェ、私達のさァ!』

『こえーなハイータ』

『ハイータ、無茶するとおば……お姉さんに怒られるからね?』

『アハァ♪ わかってるよォ♪』

 

 わかってるんだかないんだか、と思いながらもオルガはなんだかんだ彼女が理性的に戦うのを理解しているし……あの機体とのシミュレーション結果では、自分たちも勝てた試しがない。

 別段、問題もないだろうと理解する。

 精神が安定しないだとかそういうわけではなく、純粋にテンションが上がっているだけのハイータがそんなミスを犯すとも思えない。

 だとしたら問題は……。

 

『悪魔祓いをするッ!』

『こけ脅しに怯むなっ、所詮はナチュラルだっ!』

 

 コーディネイターもいるのだが、そんなツッコミも野暮だろう。

 接近するゲイツとシグーが二機ずつ。動きは不規則で予測しにくく、一般兵とは違うということをハッキリと示す……だが、所詮はその程度だ。少なくとも“戦闘特化のコーディネイター(ハイータ)”と“強化人間の上澄み(ブーステッドマン)達”を倒すほどには至らない。

 

 一機のシグーが、ビームに貫かれた。

 

『なっ!? 動いていたはずだっ!』

 

 不規則な速度と動きで翻弄するつもりだったが、撃破された機体。

 そちらに視線を向ければ───赤き閃光。

 

『悪魔憑きだと!? 憑いてるどころかっ、悪魔そのものじゃぁ───』

 

 ゲイツ二機とシグーがそちらに武器を構えるが遅い。

 どちらにしろ、動こうと思えば三人娘かハイータが十分に処理できるレベルだが、しないのは別にする必要がないからに他ない。

 閃光と共に訪れる“厄災(ディザスター)”が<大型ビームライフル(アンフィスバエナ)>を放り投げれば、展開されたサブアームがそれを回収。

 

「遅いな……!」

『遅くってよ!』

 

 両手から展開したビームクローを振るい、すれ違いざまに二機のゲイツを切り裂く。

 シグーが背後に回ったであろうディザスターへと振り返ろうとするが、サブアームが持っていたビームライフルが“銃口下部から大型ビームサーベルを展開”し、その胸部を貫く。

 ビームの刃を収めるなり、そのシグーを蹴って離脱したディザスターが四機のGへと近づく。

 

 さらに後方から敵機を撃墜しながら追いついてくる105ダガーとロングダガーたち。

 

 ディザスターのコックピット内で、ロマは軽く息を吐いた。

 

「“ゴエーティア隊”全機、損傷なしか……補給が必要な者は戻れよ……!」

『まだいけますよ大佐!』

『さっき補給してきたばっかですし、ブエル中尉たちは大丈夫ですか?』

 

 接近してきたガンバレルダガーがカラミティたちの方を向く。

 

『ボクら? 全然平気ですよぉ~』

『あ~今回は手持ちで何個か持たされてるしまだ余裕あるしな』

『ハァン、私達より自分の心配したら?』

 

 自分たち以外の相手にも物怖じするわけでもなく、いつも通りな三人娘。

 同じ部隊なので余計な不和に恐れていたロマではあったが、子供たちの言葉に別に腹を立てるような人材もいないようでなによりだった。

 すぐに、ディザスターをボアズの方へと向ける。

 

「なら、このまま戦闘を継続する。我々の目的は敵機の撃破は勿論だが……重きを置くべきは、敵軍の士気を下げることと陣形の瓦解だ。前哨戦ではあるが、ここで踏み外せば軌道修正に苦労するぞ」

『はァ~い♪ 前戯は大事ってことですよねロマくんっ♪』

「全然違う」

 

 相変わらずブッ飛んでいるハイータだが、怒ろうにも戦闘終了後に悶えているのを見ると、不憫でいつもなにも言えなくなってしまう。

 むしろ言ったところで対して意味を持たないのも理解はしている……。

 

 ともあれ、部隊の中年が大笑いする声が聞こえた。

 

『はははっ! ヤマムラ中尉はユーモアがおありのようだ!』

『ちなみにロマくんは意外とねちっこいぜん』

「やめないか!」

『えっ、ハイータ中尉そこ詳しくっ!』

 

 なぜだか女性パイロットが食いつく。

 ロマは片手で顔を押さえながら、フットペダルを踏みしめて前進する。

 それでも三人娘とハイータを含めて、部隊員たちはしっかりと後ろから追いかけてくるので、ちゃんと作戦を理解しながら“無駄話”をしているのだと、なんとも言えない気分であった。

 

『やべ~なハイータ、やっぱアイツは未来に生きてるわ』

 

 オルガの言葉に同意したいロマではあるが、ハイータが上手いことこの部隊のコミュニケーションを取り持ってくれているのであまり責めきれない。

 あれはあれで、良い緊張の緩和になるとも思いたいところだ。

 

 でなければ報われない───自分(ロマ)が。

 

 

 

 

 

 

 エターナルのブリッジにて、モニターに数刻前の“ボアズの戦況”の情報が流れる。

 そこに集まるのは主たる面々であり、艦長であるラクス・クライン、マリュー・ラミアス、レドニル・キサカは勿論として、キラやアスランやカガリ、ディアッカにムウまで集まっていた。

 当然、ブリッジなのでバルトフェルドやアイシャ、ダコスタもいる。

 それらの面々で、今話し合うべきなのはボアズのことであり───<ニュートロン・ジャマー・キャンセラー(NJC)>を持ち帰ったロマ・K・バエルの動向。

 

 モニターに映し出されるボアズを見れば、連合が圧倒的であるということが一目でわかる。

 

「月艦隊と言えど、ボアズが10時間ほどでこうも追い詰められるなんて……」

 

 アスランの疑問に、バルトフェルドがコーヒーを飲みながら頷く。

 

「まさか、だねぇ。ボアズは堅牢な要塞と聞いていただけあって、少し思うところがあるよ」

「防衛ラインが、あの“赤い悪魔”に穴を開けられてからあっさりだったらしいわ……アークエンジェル級も二隻、連合は資金も資材もありあまってるみたいね」

「うらやましいねぇ、そりゃ」

 

 アイシャの報告に、苦笑するムウ。

 だがここで、やはり気になるのは“ロマの戦果で防衛ラインに穴が開いた”程度のことではない。

 ロマが強いことは理解している。その部下たる新型G兵器も然り……しかし、最も知りたいのはそこではなかった。

 一時はしていた出撃準備を取りやめた原因はそこにある。

 

「核攻撃、なんかの情報は?」

 

 マリューの言葉に、アイシャは首を横に振った。

 訝しげな表情で、ムウはモニターに視線を移し、じっくりと戦況を見やる。どこからどう見ても核を使う気配はないし、使用するなら、もう少し早くても良い。

 こうも通常通りの侵攻戦をしてからでは、意味もそれほど感じない。

 

「じゃあロマは……連合側はすくなからず核兵器を使うつもりはないのか?」

「正直、意外だねぇ。ザフトはナチュラルを絶滅させるまでやめるつもりはないし、ブルーコスモスもそのつもりだと思ってたけど、さ?」

「ロマさん……」

 

 ホッとした表情のキラを、アスランは何とも言えない表情で見た。

 

「でも、油断はできませんわ。彼がキラたちの言うとおりの人物だとしても、その上にはブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルがいます」

「……あっちも、そんな悪い人には見えなかったんだけどな」

 

 ムウのぼやきに、カガリが顔をしかめる。

 それに気づいたマリューに肘で突かれると、ムウはそれを理解し後頭部を軽く掻いた。

 自分の国を焼いた人間を擁護されれば良い気はしないだろう。カガリと親交があったロマはともかく、ブルーコスモスの首魁、アズラエルならなおさら。

 

「いや、昔に見たときの話だからわからんがね!?」

 

 そんな言葉に、カガリは首を横に振ってから頷く。

 

「いや、いい……アスランはどう思う?」

「俺は……父上がこのまま終わるとは、どうしても思えない。父親だからとかではなく、元ザフトの軍人として」

 

 アスランの言葉の重みを、彼らは理解する。

 深く考え込むようなアスランの横顔を見て、キラはなにかに気づく。

 二ヶ月前のあの日、コロニー・メンデルでロマが去り際に言っていたこと……。

 

「ロマさんの言っていた“アレ”っていうのが、気になりますね……」

「アレ? 秘密兵器だとかは聞いたことないぜそんなん」

「ザフトが新兵器を隠し持っていると? ……バルトフェルド隊長、アイシャさん」

 

 ラクスが二人の方を向くが、二人とも揃って首を横に振る。

 彼らが知らないような新兵器があるとして、なぜそれをロマだけが知っているのか、それこそ甚だ疑問だが、彼について不思議が尽きないのは今に始まった話ではない。

 何を考えているのかわからないなんて、今に始まった話ではないが、アークエンジェルのマリューたちにとって、彼が“大衆が知るブルーコスモスの理念”を持っているわけではない、というのは理解している。

 だからこそ、ザフトの殲滅こそ行えど、プラント殲滅を企てるように思えなかった。故に、彼がNJCを“その大義の持ち主”に預けることも、だ。

 

 ならばやはり、自ずと深く考えるべきは……。

 

「少し調べたほうが良さそうね……?」

 

 マリューの言葉に、一同は頷く。

 キラは元来、優しい性格でかなり情に流されやすいことは周知の事実であり、ムウもかなりそのきらいがある。しかしマリューがロマについてそう認識しているとなると、話は変わってくるだろう。

 彼女もキラやムウに近い性格ではあるが、敵となった相手にはもっと合理的かつ理性的にものを判断するタイプではあるという認識だからだ。

 少なからず前者二人よりは……だからこそ、彼女の言葉にラクスたちも思考する。

 

 しかし、直後……。

 

「ほ、報告ですっ!」

 

 エターナルのブリッジにザフトのクライン派兵士が転がり込んでくる。

 

「なんだ騒々しい。ブリーフィング中だぞ」

「ば、バルトフェルド隊長っ……し、しかしっ」

 

 焦るような表情を浮かべる兵の背後に回ったディアッカが、彼の背中を叩いて落ち着かせたが、片手を出して感謝を述べるなり、大きく息を吸いこむ。

 その表情は青白く、ろくでもないなにかがあったのは確かなのだろう。

 

「ぼ、ボアズでの戦闘が終了しましたっ」

「なっ……速すぎるッ! 見積もりでもあと五時間はかかっていい状態だったはずだ!」

 

 ダコスタの声に、兵は首を横に振る。

 

「ザフト新兵器により、連合艦隊のおおよそ三十パーセントが壊滅っ、同時にその兵器によりボアズも五十パーセントが破壊され……さらに直後、連合がボアズを核攻撃っ!」

 

「なっ!」

「新兵器に、核攻撃……!」

「ザフトはボアズごと撃ったのか!?」

 

 面々が驚愕に顔を歪めている最中、兵は報告を続ける。

 

「既に連合はおおよそ七十パーセントの戦力のまま、ヤキン・ドゥーエ……プラント本国へと移動を開始しましたっ!」

 

 そして、最後の扉が開かれる。

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、ボアズ攻略戦の最中。

 セラフィムのハンガー、ゴエーティア隊を指揮する者、ロマは赤いノーマルスーツを身に纏いディザスターのコックピットに入り込んだ。

 前線はかなり押し上げられ、すでに連合の一部艦隊はボアズへと取りついている。

 そして立役者たるロマは、落ち付いたころに補給ついでに休憩を経て、今に至るというわけだ。

 

「チェシャ、戦況は?」

『はへぇっ!? なにかおっしゃいまして!?』

「……寝てたな、AIのくせに」

『演算にどこぞの脳使ってんだから休憩ぐらいしますわよ!』

 

 ただ、寝るのは違うだろと思わないでもない。

 

『スリープモードですわ!』

「ガチで寝るスリープモードって……」

 

 しかし、終わりのない話である。

 これ以上は追及しまいと、ロマはすぐに各種の機体状況を確認して、機体に不備がないことを確認。ハッチを開けっ放しのまま、ブリッジと通信を繋げた。

 少なからずチェシャはこれで黙る。

 

「さて、聞こえるかブリッジ、再度出撃するぞ」

 

 サブモニターに映るのは、フレイ・アルスターであった。

 セラフィムは主力であるロマ、遅れてクロト、オルガ、シャニが休憩に入ったこともあり、前線から退いている。

 現在はガンバレルダガー三機とハイータが護衛に回っており、ボアズへの攻撃は他艦隊が担っていた。

 

『あ、了解です! 大佐出ます!』

 

 少しばかり雑把ではあると思うが、それで充分通じるだろう。

 

「出ると同時に予定通りハイータと交代する。私はそのまま護衛に移るぞ」

 

 などと話をしていると、サブモニターに映るフレイがナタルへと変わる。

 彼女もロマと同時に休憩に入ったおかげか、やけにすっきりした顔をしている。

 

『大佐、出撃後に護衛のネルソン級二隻からロングダガー二機と105ダガー二機が出撃します。セラフィムはそのまま前線へと進行し───』

 

 ナタルが説明を続けているその瞬間、ロマは自身に鳥肌が立つのを感じる。

 そして、一瞬にして吹き出す冷や汗。

 

 ロマが感じるのは、悍ましいまでの殺意と敵意───憎悪。

 

「ッ! ……今すぐ撤退命令を出せッ!!」

『えっ……は?』

「理事は!?」

 

 すぐにサブモニターに映るアズラエル。

 フレイの座席からインカムだけを受け取って通信しているようで、隣にはフレイが映っているが、そこを気にしていられるほどロマは“感覚的”な余裕がない。

 だがアズラエルの方も、深刻そうな表情を浮かべているのは……ロマのことを何一つとして疑っていないからだろう。

 

『……わかりました。すぐに出します、貴方は?』

 

 故に、彼女が発したのは“疑い”の言葉ではなく“確認”である。

 

「出撃しておく……っ!」

『わかりました。それで、なにが来るんです?』

「憎しみと人の渦……あれは、終末の光だっ!」

 

 言うなり通信を切り、ハッチを閉じ、ディザスターはリニアカタパルトに乗ることもないまま加速し、出撃した。

 セラフィムから少しばかり前方にハイータのコラプスを確認、ダガーもいる。

 即座に、背後のセラフィムから放たれた信号弾は“全軍撤退”を意味し、周囲のモビルスーツもモビルアーマーも戸惑ったような挙動を見せているが、撤退を開始し始めるが……問題は前線だ。

 今更、間に合うとも思えない……。

 

「撤退する! 聞こえるか撤退だ!」

『た、大佐一体なにが!?』

『あと数時間でボアズは落ちますよ!?』

 

 戸惑うエールダガー二機だが、ハイータの声は聞こえない。

 

「ハイータ聞こえているか……!?」

『は、はい。ちょっと驚いてしまって……撤退ってどうして?』

 

 ―――薬が切れてるのか。

 

「ともあれ撤退だ。間に合うかわからんが前線の艦隊にも───」

『え?』

 

 瞬間、ボアズの方面に───“光の渦”が横切る。

 

 その巨大な光の渦は、ロマ達の視界にあるボアズと、連合艦隊を飲みこむ。

 前線にいた連合艦隊は爆散、消滅し、ボアズに取りついていたモビルスーツ部隊も然り……それはおろか、ザフト軍とて無事では済まないだろう。

 味方ごと焼き払ったその一撃は、連合の戦力を確実に削った。

 

『な、なんですかアレっ!?』

『巨大な、レーザー!?』

『ろ、ロマくんはわかってたんですか、あれ!?』

 

 戸惑うような自分の部隊の者たちの声に顔を顰めるロマだが、その表情は青ざめている。

 まさか“先行して使用される”とは思わなかった。

 見通しが甘かったと言えばそうだが、こちらが“切り札”を切っていないにも関わらず味方共々に撃ってくる等と……。

 

「っ! 感じただけだ。故に正体こそはわからんかったがな……!」

 

 勿論、嘘である。

 ロマはその光の渦、レーザーを識っていた。故にあれを一瞬で葬るために“核の力”を求め、温存したのにも関わらず、<パトリック・ザラ(ザフト)>はロマの識る歴史を超え、それを放った。

 なればこそ、ザフトが“ジェネシス”と名付けたその新兵器を前に、ロマは選択を強いられる。それ以外に、選択肢など無かった。

 苦渋の決断ではあるが、その命令が早くなっただけであり、それ以上も以下もない。

 

「セラフィム、聞こえるか!」

 

 ディザスターを後ろに下げ、セラフィムのブリッジに近づきながら叫ぶ。

 

『大佐っ、これが……わかったのですか!?』

「話は後だ! ピースメーカー隊を発進させる。ボアズを仕留め、早々にあの兵器を……ヤキン・ドゥーエを攻略するッ!」

『……はッ!』

 

 切羽詰まったロマの声に、ナタルはハッキリと返す。

 間髪入れず、放たれる信号弾。

 

 それと共に後方支援であったアガメムノン級、ワシントンと共に多数の艦が前線へと出てくる。

 ロマの言うピースメーカー隊、メビウス部隊が出撃していく。

 武装に“核弾頭”を持つ数十のメビウスたち。

 

 前線に出たロマはコックピットから、すでに半分以上がボロボロとなったボアズに視線を向ける。

 戦力はまだ残っている。ここで温情をかけて背後から撃たれてピースメーカー隊がやられることの方が問題だ。

 ならばこそ、徹底的に倒す必要があった。

 

「遠慮はするな! 奴らにこれ以上“アレ”を撃たれる前に仕留めるぞ……!」

『ハッ!』

 

 戦場の最前線にある姿、そしてその背を見る者たち。

 本来ならば嬉々とした心持ちで放ったであろう“ソレ”を、恐怖心で一杯の心で撃つことになろうなどと、思ってもみなかった哀れな者たち。

 彼らは次が撃たれるよりも早く、という逸る感情を胸に、トリガーに指をかける。

 

 赤い悪魔、ロマ・K・バエルとディザスターは最前線にて、必死になる心をなるだけ抑えつつ、号令をかけた。

 

「往け……!」

 

 

 

 ―――青き清浄なる世界のために……!

 

 

 







いつもよりペース速めな更新でした

本編と明確な差異が発生
色々と見せたいところが多かったのでもっと刻んでも良かったんですが、刻み過ぎると短くなりすぎてしまうというジレンマ
ともかく、ボアズが終わりとうとうヤキン・ドゥーエ突入

三隻同盟はどう動くか、あとはロマの落としどころ、ですね

ロマの当初の思惑とかは次回あたりに入れられるはず
別枠で機体説明とかも書いておきたいとこです

では、次回もお楽しみいただければです



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【機体設定】

 

◇機体名 :ディザスター

・型式番号:GAT-X300D

・装甲材質:トランスフェイズ装甲

・動力源 :バッテリー

・搭乗者 :ロマ・カインハースト・バエル

 

・武  装

 両腕部有線アンカー「ファウスト・アングリフ」×2

 120mm腕部徹甲砲×2

 115mm胸部機関砲「アルムフォイヤー」×2

 有線式サブアーム オールレンジ攻撃兵装「ファウスト・ヌル」×4

 腕部試作ビームガン×4

 五連装ビームクロー×6

 多機能大型ビームライフル「アンフィスバエナ」

 

<設定解説>

アズラエル財団傘下の国防連合企業体が、初期GAT-Xシリーズのデータを基に開発、その設計開発にはアクタイオン・インダストリー社の研究員等も関わっている。

 

初期GAT-Xシリーズのデータを基に開発されたものの後期GAT-Xシリーズとは全く違う派生の機体。

後期GAT-Xシリーズの「カラミティ」と同じく指揮官機としての側面も有しており、『ザフトに災厄を呼ぶ疫病神』としてのカラミティと、似て非なる名として『ザフトに厄災(天災)をもたらす者』として「ディザスター」いう開発コードを搭乗者兼開発協力者に与えられた。

 

可変機であるX300系フレームを採用したのは、地球連合のトップエースである「ロマ・K・バエル」の機動性特化の要望を汲んだ故の結果であり、結果的に薄い装甲に多数の武装をしながらの超高機動を実現した。

ちなみに本機にはX300系の持つ可変機構は存在しない。

 

指揮官機として開発されたディザスターではあるが、搭乗者の戦歴から多対一も強く想定されており、あらゆる状況で対応できるようにと、ビーム、実弾と様々な武装を持つ。

本機最大の特徴である「ファウスト・ヌル」は支援AIである「チェシャ」側に神経リンクをしており、『高度な空間認識能力』を持たぬロマにとって、当機を扱うにあたってチェシャが不可欠となっている。

 

<武装>

 

・両腕部有線アンカー「ファウスト・アングリフ」

 両腕の肘から先を射出し、鋭利で頑強なマニピュレータ先端の「爪」で敵を貫くことを想定した武装。

 射出後や射出中に腕部の他の武装を使うなどもできるので、PS装甲や対ビーム装甲を持つ相手でも対応可能となっている。

 有線サブアームに似ているが、本武装は高い空間認識能力に適応がないとされるロマがパイロット故に直線的にしか飛ばすことができないものとなった。

 有線コードを切断されても問題ないように複数本が内臓されている。

 

・120mm腕部徹甲砲

 両腕、手首部分に内蔵された大口径機関砲。PS装甲を搭載しないMS相手ならば撃破しうる威力である。

 

・115mm胸部機関砲「アルムフォイヤー」

 胸部左右の大口径機関砲。

 「フォビドゥン」の装備している腕部機関砲と同様のものだが、開発者たちからは「アルム(腕)」なのに胸に装備するのか、名称を変えた方が良いんじゃないかと無駄な議論が起きた。

 

・有線式サブアーム オールレンジ攻撃兵装「ファウスト・ヌル」

 バックパックのウイングバインダー内に装備された計四本のサブアーム(隠し腕)。

 両腕部の「ファウスト・アングリフ」と似ているが、支援AIである「チェシャ」と神経接続させることで、「ガンバレル」と同様のオールレンジ攻撃が可能となっている。

 本武装にも「ビームクロー」が搭載されており、さらにビームガンを撃ちだすことが可能となっている。

 

・腕部試作ビームガン

 「ファウスト・ヌル」の手首部分に装備された内蔵武装。

 両腕部の徹甲砲である部分に装備されおり、逆に徹甲弾を撃ちだすことはできないが、本武装でも対ビーム仕様でなければ十分にMSを撃破可能。

 

・五連装ビームクロー

 両腕部、サブアームの五指から伸びるビーム刃。

 ザフトの次世代量産機「ゲイツ」の武装と同名だが関連性はなく、こちらは直線に伸びる。

 

・多機能大型ビームライフル「アンフィスバエナ」

 本機の唯一の外付武装である小型バッテリー内臓試作ビームライフル。

 量産化を目途にしていたが、コスト面から考えて量産化計画は廃止された。

 低出力で放てば通常のビームライフルに相当する程度だが、高出力であれば「スキュラ」相当の威力で放つことが可能。

 さらに砲口下部からはビームサーベルの展開も可能となっている。

 

 

 

◇機体名 :コラプス

・型式番号:GAT-X300DN

・装甲材質:トランスフェイズ装甲

・動力源 :バッテリー

・搭乗者 :ハイータ・ヤマムラ

 

・武  装

 両腕部有線アンカー「ファウスト・アングリフ」×2

 腕部試作ビームガン×2

 115mm胸部機関砲「アルムフォイヤー」×2

 有線式オールレンジ攻撃兵装「テイルブレード」×9

 試作ビームピストル×2

 試作ビームサーベル×2

 

<設定解説>

アズラエル財団傘下の国防連合企業体が開発したディザスターの姉妹機であり、機体名称でもある「コラプス」は“崩壊”を意味する。

内部フレームから「ディザスター」とはほぼ同型であるものの、各細部に相違点があり装甲などはしっかりと増強され、はっきりとディザスターとは異なった機体と認識できる機体となった。

サブアーム「ファウスト・ヌル」を装備していない代わりに、リアアーマーには有線式オールレンジ攻撃兵装「テイルブレード」が九本装備されており、中でも本機体の最大の特徴は【オシリスシステム】である。

姉妹機である「ディザスター」と違い、指揮官機としての役割を求められた機体ではなく、“鉄砲玉”の要素が強い。

ディザスターが「ロマ」専用機としか言えない性能になっているのに倣い、こちらも「ハイータ」専用としての要素が強い機体になってしまっている。

 

・【オシリス】システム

 手足を欠損したパイロットを“再利用(リユース)”するためのシステム。

 脳が本来の手足を動かそうとする信号を、そのままモビルスーツの動作に変換できるため、人間のような動きを実現する事が出来る。

 完全なものにするのであれば、残った手足も切り落としたほうが効率的。

 

<武装> ※ディザスターと同様のものは割愛

 

・試作ビームピストル

 両腰に装備された射撃武装。中近距離戦での取り回しと連射性能を重視し、銃身を拳銃サイズまで切り詰めている。

 これによりビーム収束率は低下、有効射程は低下しているが、近接戦闘を想定した機体のため、実際の運用では特に支障は生じていない。

 

・試作ビームサーベル

 背部バックパック側面にマウントされている。

 見た目こそ通常のビームサーベルと変わりないものの、並列に繋げることで高出力ビームサーベルに切り替えることが可能となっている。

 量産化を検討したものの、コスト面から計画中止。

 

・有線式オールレンジ攻撃兵装「テイルブレード」

 本機の特徴でもある九本のテイルブレード。それぞれが鋭いブレードとして並のMSなら切り裂く能力がある他、ビーム砲を内臓しており、さらにビーム刃の展開も可能。

 九つものオールレンジ兵装を扱うには、使用者に高度な空間認識能力を要求するものとなり、現状連合内でこれを扱うことができるのは「ハイータ」のみである。

 

 

 







機体設定とかでお茶を濁します

時間が無くて書けてないんですが、なるべく週一ぐらいにしときたいという心持ち
これ自体は一応前々から書いてはいて、連載中に変わった部分も直せてる、はず

とりあえず今週中には続きを投下したいと思う次第です

では、次回をお楽しみにしていただければと思います


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ソラの傷跡

 

 地球軍、戦艦セラフィムのブリッジ。

 物々しい雰囲気の艦内……いや、それはセラフィムだけではないだろう。

 月基地から出航した連合の大艦隊、それら全てにその緊張感は漂っている。

 

 艦長席に座ったナタル、少し離れた場所に座るアズラエル、その間に立つロマ。

 

「例の兵器は?」

「ガンマ線レーザー砲ね。ヤキン・ドゥーエの正面にある馬鹿でかいのがそれらしいけど……連射できないのが唯一の救いってとこかな」

 

 宇宙要塞ヤキン・ドゥーエをモニターに、赤いノーマルスーツを着たロマは顔を顰めていた。

 ボアズを核攻撃での攻略した直後、連合艦隊は即座に転回し進行を開始、あれからそれほど時間も経っていないし、艦隊は30%が壊滅したといっても、まだ70%が残っている。

 本来であれば月基地の増援を待ってからという手筈ではあったが、撤退し補給や再編などと言っていられる状況でもない。かく言うアズラエルも先ほどまではかなり焦っていたし、ロマもまた然り。

 まともな対策方法もないため、艦隊をかなり広範囲に拡大して進行しているが、やはり気が抜けるわけもない。

 ナタルが、ロマの方を見て口を開く。

 

「先ほどのエザリア・ジュールの演説が、ザフトの士気を上げていますので、敵からの圧はボアズの比でないでしょうね」

「まぁ構わんさ、やることは変わらん」

 

 ―――問題は、三隻同盟がどう動くか、だな。

 

 ロマとしては、核を使わない限りは邪魔をしてこないと思いたかったが、既に撃ってしまった。

 ともなれば、アチラもこちらを攻撃してきて不思議ではないが……核を使うまでは向こうもこちらを攻撃する理由がないはずだ。それにプラントに核を撃ちこむわけでもない。

 

 逆にジェネシスを討つ手伝いを期待したいぐらいなのだが、連合の味方になるような行為をこの状況でできる三隻同盟でもないだろう。

 使うタイミングを見計らうだけで核を持っていることには変わりない。

 

 となれば、三隻同盟が邪魔をしてくるより前に、核を通すまでの道を作って……最悪、自分がディザスターで“撃ちこみに行く”という選択肢もとれる。

 

 ……などと思考していれば、アズラエルが肘置きを叩いた。

 

「なにがナチュラルの野蛮な核だっ、くっ……あそこからでも地球を撃てる奴等のこのとんでもない兵器の方が遙かに野蛮じゃない! そしてもう、いつその照準が地球に向けられるか解らない。撃たれてからじゃ遅い……!」

「わかっていますよ理事、だからこそ我々も最速でここまで来た。あとはボアズと一緒です」

 

 だが、プラント本国と共に視線の先にある要塞は、ボアズの比ではない防衛力を誇り、ザフトもその防衛のためにはどんなこともするだろう。

 

「前だってそう、奴らは“核を使わない”んじゃない……“使う必要がない”だけ、それ以上に、こっちに被害をもたらす方法があるから……ッ!」

「……落ち着きましょう理事、私もそろそろ出撃準備があります」

 

 肩に手を置いて頷くと、アズラエルは頷いて立ち上がる。

 ロマがナタルの方に目配せして頷くと、彼女もまた静かに頷いた。出て行く直前で、不安そうな表情を浮かべるフレイが見えるので、彼女にも微笑を浮かべつつ頷き、ブリッジを出る。

 そのまま無言でハンガーへの道を向かうが、人気のない通路で突如、アズラエルがロマの腕を掴む。

 

「ムルタ……?」

「っ……これが終われば全て終わるんです」

「ああ、そうだ。少なからずこの大きな戦争は終わるだろうさ」

 

 二年は安泰と思いたいところだが、もっと言うならここからずっと平和であればいいとも願っている。

 サングラスを外したロマがそっと笑みを浮かべる。

 赤と青の瞳が、目の前のアズラエルを見据えた。

 

「だからこそ、行かないわけにはいくまい。新しい時代を作るためにもな」

「貴方が先陣切って、そんな危ないことしなきゃいけない理由があるんですか?」

 

 いつもと違う声音で、アズラエルにそう聞かれればロマは頷く。

 

「……趣味ではないが、期待を、想いを背負ってしまっている。器という人間でもないが、それでもやらなければならんのさ」

「貴方のやることじゃないでしょう、そんなのっ……!」

「ああ、らしくないことをしているが、君らと生きるためには必要なことだろう」

 

 そんな言葉に、アズラエルが飛びだす。

 無重力の通路で、アズラエルがロマの首に手を回し、そのまま───唇を重ねた。

 

「っ……」

 

 少しばかり眼を見開いたロマだったが、すぐに彼女の背に手を回す。

 

 今やるべきことは理解している。

 目の前の女と、少女たちと戦い抜き、なおかつ彼女たちを守り切るということだ……。

 そのためであれば、既に“間に合わないもの”や、自身でどうにもできないことに気を取られるわけにはいかない。

 切り捨てるものと拾うものはしっかりと

 

 ―――選択しなければ……か。

 

 

 

 

 

 

 セラフィム格納庫、ディザスターのコックピットにロマが乗り込む。

 

 ノーマルスーツはいつも通りの赤い専用のもので、その姿の彼が機体へと乗り込む姿だけで充分、他のパイロットたちの士気は上がるのだが、今回に至ってはその効果もそれほど高くはない。

 先に見せつけられた“ガンマ線レーザー砲(ジェネシス)”により、かなり士気は落ちており、次がいつ放たれるかと怯えている。

 それはロマとて理解しているが、次の一撃の狙いは既に“月基地”ということでブリーフィングでは結論づいた。

 

 今、前線に出ている艦隊であれば直線状から退避するだけで済む話であり、増援部隊もまた然り。

 だが、月部隊の退避については……。

 

『オールグリーン……ディザスター、発進どうぞ』

 

 フレイの声が聞こえ、ふと意識を戻す。

 

「……フレイ」

『え、はい』

「早く終わらせれば、キラと会うこともできるさ」

『……はいっ!』

 

 笑顔を浮かべるフレイに、ロマも微笑で返し頷く。

 保証なんてないが、それでもフレイにとっては唯一縋るべき希望であった。

 

 彼女を守ることもまたロマにとって今作戦での大事な目標の一つだ。アズラエルを守ると言うことは必然的に彼女もナタルも守ることになるのだが、それはそれ、これはこれ。

 彼女が死ねばキラもそうだが、おそらくハイータも悲しむ。

 

 故に、と……フットペダルを踏み込む。

 

「ディザスター出撃()るぞ……!」

 

 セラフィムから射出されたディザスターが、その宙域に赤銅色の装甲を鈍く輝かせる。

 

 既にモビルスーツ部隊、そしてピースメーカー隊を除くモビルアーマー部隊も展開しており、艦隊の前線付近にいたセラフィム、そしてその隣の黒きアークエンジェル『ドミニオン』の周囲に陣形を展開している。

 最前線、その中央にはディザスター、そして左右にゴエーティア隊。

 

 ロマは苦笑する。

 

 自身はその器ではないと、だが……それでもやるべきであると理解した。だからこそ……。

 

「我々はこれよりザフト最終防衛拠点ヤキン・ドゥーエを攻略。そして、あのガンマ線レーザー兵器を破壊する……!」

 

 その通信は周囲の連合機すべてに届いている。

 艦を中継地点に陣形の端に展開した部隊にも、それはまた聞こえているのだろう。

 

「二発目はおそらくプトレマイオス基地を狙うと予測されるが、おそらく退避は間に合わないとのことだ」

 

 優先されるべき人間とそれ以外、というものがある。

 下の方にはその警告すら出されぬままということだって考えられるだろう。

 ジョシュアの件もあるから当然だ。だが、ここで引き返すという選択肢が無いのもまた事実……ザフトが死力を尽くすように、こちらも死力を尽くさぬわけにはいかない。

 

「だが、それを撃たせぬために我々は今ここにいる。そしてあと少し、全力と全霊を持って戦い、守れ! “ピースメーカー隊()”で、奴らを穿つ!」

 

 ディザスターのツインアイが赤く染まり、ウイングバインダーからは四本の腕が翼のように広げられた。

 異形のモビルスーツはザフト軍を躊躇させ、連合軍を奮起させる。

 

「青き清浄なる世界は、すぐそこだ……!」

 

『全軍、攻撃開始!』

 

 旗艦ワシントンからの号令と共に、宇宙(ソラ)を震わせるほどの雄叫びが上がる。

 

 

『青き清浄なる世界のために!』

 

 

 動き出す艦隊、放たれる砲火の中を進むディザスターと、ゴエーティア隊。

 

 

『おにーさん、あんなことまでするんですねぇ』

「仕方あるまいよ。その役割(ロール)を担う立場になってしまったのだから……不本意ではあるがな」

 

 クロトの言葉にそう返すと、同じ部隊の者たちからも声が上がる。

 

『大佐の演説ほど効くものはありませんよ! みんな参っちまってましたから!』

『ホント、大佐の演説素敵でしたっ惚れ直しました!』

『なにがあっても付いていきますよ大佐ぁ!』

 

 男性パイロットからも女性パイロットからもそう言われて、嬉しくないはずもない“ただの青年(ロマ)”ではあったが、それを抑えなくてはならないのも、彼なのだ。

 故に、意味深な微笑を浮かべるのみ。

 

「フッ……世事を言う」

『お世辞なわけないじゃないですかァ~ロマくんが人気者で私も鼻が高いですよォ~』

『い、イカれ女の後方彼女面ですわ……』

『チェシャちゃん珍しく喋ったと思ったら毒吐くね!?』

 

 ともあれ、だ。現状やるべきことは見えている。

 

「無駄話もここまでだ。帰ってきてから存分にしろ……」

『っと、了解です大佐!』

『や、やってやりますとも!』

 

 ロングダガーのパイロットたちの声が聞こえ、ロマは頷く。

 

『おにーさんもしくじらないでくださいよ~!』

『ハァン……私達じゃ追いつけないし、ほどほどにね』

『さっさと道開いてやっから、さっさと終わらせようぜ』

『アハハッ! 近づく奴は全部灰にしてやりますよッ!』

 

 士気が高いようでなによりだと、ロマはフットペダルに乗せた足に力を込める。

 レバーを握る手に無用に入った力を抜く意識をする。 

 そして、モニターに映る巨大な“ジェネシス”を睨みつける。

 

「これで終わらせる……各機、攻撃を開始しろ。道を開くぞ!」

 

『了解!』

 

 迫るゲイツやジンを前に、ゴエーティア隊が動き出す。

 

 

 

 背水の陣、まさに退路が無い状況であれば嫌でもそうなるのだが、それでも連合艦隊は奮闘する。

 いつあの兵器が撃たれるともしれない状況であろうと、下がっても結局は撃たれるのだから当然と言えば当然ではあるが……。

 それでも、ゴエーティア隊を含めてその士気は今までのそれとは比較にならないほど凄まじいものである。

 しかしそれは、ザフトも同じではあるのだが……。

 

 ディザスターの射出された腕<ファウスト・アングリフ>がゲイツの腹部を貫いた。

 それを即座に回収して足蹴にし腕を引き抜くなり、そこから離脱しジンに放たれたビーム兵器を回避。

 高速移動をしながら、右手に持ったビームライフル<アンフィスバエナ>を放てば攻撃してきたジンと、他のジンを二体同時に撃ち抜く。

 さらに背中のファウスト・ヌルがビームガンにて敵機を貫いた。

 

 コックピットの中で、ロマは顔をしかめる。

 

「くっ、プレッシャー……!」

 

 放たれたビームライフルをビームクローで弾く。

 

「デュエル……!」

 

 ―――イザーク・ジュールかっ!

 

 自身にその銃口を向けるデュエル。

 交戦自体は何度かしているものの、やはり思うところがないわけではない。撃破してはいけないという自制がかかるものの、そんな余裕が今の自分にあるか、だ。

 その隣には青いシグーディープアームズもいた。

 

「くっ、厄介なことだな……!」

『ファウスト・ヌルで一網打尽にしてさしあげますわっ!』

 

 それしかないとは理解しているが……。

 

『そらぁッ! 滅殺!』

『このぉ……!』

 

 二本の高出力ビームがデュエルとシグーディープアームズを襲う。

 すぐに回避行動に移る二機、そしてそれとは別に、ロマの目の前に現れる二機のモビルスーツ。

 レイダーとフォビドゥン。

 

「クロト、シャニっ」

 

『やるよ、あれ! またでっけぇ花火見たいし!』

『お兄さんはオルガたちと、道……作ってよ』

 

 その言葉に、ロマは頷く。

 デュエルとシグーディープアームズを任せてロマは“ルート”を確保するために再びゴエーティア隊本隊と合流するためにディザスターを加速させる。

 戦闘している故に仕方のないことなのだが、当初予定していたルートから外れがちになってきていた。

 特にロマは狙われることも多く、回避行動などを繰り返しながら戦闘していればそうなる。

 

「チェシャ、進行率は?」

『穴が開いているかという意味であれば、40パーセントとかそこらですわ……まぁ連合の他部隊も躍起になってそのルートを開いているようですし、ザフトもこっちが何考えてるかは理解しやがってますわよ』

「ピースメーカー隊の発進を要請する……」

『まだルートが開くまで敵戦力が山ほど残ってますわよ?』

「構わん、核で開く……!」

 

 このままジェネシスを撃たせるわけにはいかない。

 撃たれるのも“仕方のないこと”ではあるが、やはり防げるものは防いでおくに限る。

 それに……。

 

「信号弾を放て、あとはサザーランドが指揮をするはずだ……!」

『あら、あなたってあの方が嫌いなんだと思ってましたわ』

 

 好きではない。勝手にユニウスセブンに核を撃ちこんで、アズラエルの名を落とした者だ。

 だが、それでもアズラエルは有能であることを理解し、自身の傀儡になることも理解し使っている。となればロマとて一緒に仕事をすることも顔を合わせることもそれほど珍しくはなく、それなりに打ち解けはした。だから“嫌いではない”のだ。

 そして、ザフトを“排除する”という点では、目的は同じ。

 

「ピースメーカー隊の指揮など私でなくともできる。頼んだ」

『了解ですわ。あの犬コロも寄ってきますわよ』

 

 そう言いながら、チェシャの主導でディザスターから信号弾が放たれた。

 

 同時に、ディザスターはゴエーティア隊本隊と合流、同時に敵機をビームクローで斬り裂きつつ、ファウスト・ヌルのビームガンで撃ち抜く。

 五機ほどを一瞬で片付けてそうそう、前方から放たれる弾幕を回避。

 赤い閃光、そこから時折放たれるビームがザフトのモビルスーツを貫く。

 

『大佐っ、敵の弾幕濃くって……!』

「目で追ってどうにかなるものでもない。動き回ればそうそう死にはせん……!」

『適当にものを言ってくれますねっ……!?』

 

 そう言いながら、ロマの言う通りにしながら攻撃をするゴエーティア隊。

 クロト、シャニとは別で本隊に残っていたオルガのカラミティが一斉射撃にて固まっていた敵を一掃するなり、ガンバレルダガー三機がそこから敵機を翻弄し、撃破していく。

 105ダガーとロングダガーの精鋭部隊、ゴエーティア隊。

 ほぼ全員が所謂“悪魔憑き”と言われる部隊であり、それだけでも敵機の戦意を削ぐもののはずだが……。

 

「こうなっては意味もそれほどないな……!」

『ワンコ突出してますわ!』

「なに?」

 

『ロマくんの邪魔ぁするなら……死ねェッ!!』

 

 単機突っ込んで敵機の攻撃を回避しながら、九本のテイルブレードを振り回しながら、ビームピストルにて敵機を撃墜していくハイータのコラプス。

 有線であると見抜くなりシグーやゲイツがそこを狙いに行くが、狙いに行けば別のテイルブレードからビームが飛び、さらに貫かれる。

 

『アハハッ! 失った手足よりも自由なコラプスならさ!?』

 

 自身よりよほど敵機を撃破しているであろうハイータを尻目に、ロマは苦笑を浮かべつつ、自身接近する敵機を撃ち貫く。

 ファウスト・ヌルと両腕の手首についた射撃武装で敵機を撃ちながらも、ロマはモニターを見た。

 ピースメーカー隊の接近を確認するつもりだったが―――。

 

「なにっ……サザーランドなにをするっ!?」

 

 そのモニターに映るピースメーカー隊の進行先は―――プラント本国だった。

 

『た、大佐! ピースメーカー隊はほぼアチラに向かってますよ!?』

『プラントに核攻撃なんて聞いてませんぜ!』

「チィっ、サザーランドめ……これでは嫌いでないものも嫌いになるっ!」

 

 戸惑うゴエーティア隊。他のジェネシスへの進路を開く部隊とて同じだろう。

 

「こちらよりも防衛が薄いのは事実だがっ」

『なるほど、あちらに撃ちこんで防衛網をあちらにも割かせるおつもりですわね』

 

 チェシャの独り言のような言葉は通信に乗って他の兵にも届く。

 

『で、でもプラント本国に……兵士でもない人らに核を撃ちこむなんて一線を越えてますよ!?』

『い、いやだがプラントならどうせ敵になるんだ、やっちまっても……』

『正気かお前っ!?』

 

「狼狽えるなっ、まず周囲の敵機を撃破……チィッ!」

 

 ゴエーティア隊のロングダガー、止まっているその機体に一機のゲイツが接近するが、加速したディザスターでゲイツを切り裂く。

 さらに接近しようとする敵機をアンフィスバエナで撃ち抜きつつ、そのロングダガーの肩に手を置いた。

 

『た、大佐っ……わ、私たちはどうすればっ……』

「そうか、お前は元はプラントで……いや、我々は“ガンマ線レーザー兵器”を撃破するのが目的だ。いいな?」

『は、はいっ』

 

 震える女性兵士の声に顔をしかめつつ、ロマはそこから加速。

 もう一機のロングダガーがそのロングダガーに近づき、二機でカバーし合いながら戦闘を続ける。

 

 そしてロマはと言えばディザスターを加速させ敵機を撃墜しながらも……理解した。

 

「このプレッシャー……くるッ!」

 

 モニターに閃光を捉え、そして感じる。

 

「オルガ、ここの指揮を任せる!」

『ハァッ!? おいなに言って―――』

「アークエンジェルが……フリーダムとジャスティスが来る!」

『チッ! しょうがねぇ……っぶねぇ! 死ねオラァ!』

 

 ゴエーティア隊から離れて、ディザスターでプラントを攻撃する部隊へと加速する。

 サザーランドの余計な行為のせいで、余計な敵を招いてしまった。

 場合によっては協力関係とまではいかないが、上手いこと使えたかもしれないというのに、だ。

 

「厄介な……!」

『あの砂時計にドカンとやってもなにも解決しなくってよ?』

「理解しているさ、フリーダムとジャスティスに好きにさせてから撤退命令を出す。いや、正確には進路変更の命令だな……サザーランドめ」

 

 加速していく最中、モニターに核の光が映った。

 

「すでに開始しているか、当たっているようには見えないが……」

『しっかりプラントを守ってますわね。やっぱザフトの味方じゃありませんの?』

「さてな、どちらにしろ我々の敵であることには代わりないさ」

 

 さらに加速、そして視界に補助兵装“ミーティア”を装備したフリーダムとジャスティスを捉えるなり、アンフィスバエナの出力を上げる。

 当てようとしても当たるものではない。

 

 故に、射程圏に捉えた瞬間に―――トリガーを引く。

 

『避けられましてよ! ガッデム!』

「構わんさ、倒したいわけでもない。ただ私がいるとわかれば良い」

『貴方、ザフトを滅ぼしたいのかなんなのかはっきりさせた方がよくってよ』

「私はザフトを倒したいだけさ」

 

 その言葉に偽りはない。

 なればこそ、コーディネイターの殲滅を目的にするわけでも、プラントの打倒をしたいわけでもない。

 だが、下手にこの先を“識る”からこそ、自らのすべきことのために右往左往しなくてはならなかった。

 

『ま、わたくしは付いていくだけなので構いませんけど……っとやべぇのつけたフリーダムが来ますわっ!』

「見えている……!」

 

 核攻撃が一旦収まった段階で、フリーダムがミーティアユニットの加速力を使い接近してくる。

 

『通信きますわよっ!』

 

『ロマさんっ! なんでこんなことを……!』

 

 キラの声に、不意に口角が上がった。

 

「私とて不本意だがな。これは戦争だよ……上官の出した命令に逆らえる部下たちではない。それにザフトは“アレ”を撃ったのだ。ともなれば兵士たちも躍起になる」

『だからって、撃つのはアレだけでよかったでしょう……!?』

 

 放たれるミーティア側面のビームを回避し、さらにロマは近づいていたゲイツに蹴りを撃ちこみ脚部クローを展開、そのコックピットを刺し貫く。

 

「アレだけを撃つつもりだったが、状況が変わった。あれだけ防衛網を厚くされてはと思ったんだろうな……故にそれを薄くするつもりで核を撃っている。と思いたいが……」

『え……?』

 

 明らかにサザーランド指揮下のモビルスーツ部隊はこちらの方に戦力を割いてきている。

 ジェネシスは止められないと悟って、こちらを撃って戦意を削ぐ目的があるのかあるいは……。

 

「私怨、だな」

『ロマさん、なにをっ……貴方はなにをするつもりなんですッ!』

「私は“アレ”を撃ちたいだけだ。故に邪魔をしてくれるな……!」

『だからって“核弾頭(あんなもの)”、撃たせちゃいけないんです。プラントに!』

「ジェネシスだけを撃つなら、貴様らは私達に協力でもしてくれるのか? 違うだろう。なら……同志になれと言って首を縦にふるわけでもないなら、下がっていれば良い!」

 

 フリーダムから放たれるミサイルとビーム攻撃を全て回避しながら接近しようとするが、即座に急停止。

 

「ぐぅっ!」

『あぁもう無茶な機動しやがりますわねっ!』

 

『キラっ!』

『君までこっちに来ちゃっ』

「アスラン・ザラかっ!」

 

 さらなる猛攻は防ぎきれないだろう。

 一体一でもいずれは撃破されるというのに、キラとアスランの両方を相手にして勝てる自分ではないことぐらい理解している。

 フリーダム、ジャスティスから距離を取ってロマは思考する。

 当初の目的を果たすためにピースメーカー隊へと加速しようとするが、それを阻むようにゲイツとジンからの攻撃。そしてそれを回避。

 

「えぇい、貴様らのためにもなるというに……!」

 

 離れた場所をモニターで確認すれば、すでにプラント防衛にデュエルやシグーディープアームズもやってきていた。

 

「想像より時間を取られた……!」

『第二射目来ますわよっ!』

「チィ! プラントを撃たせるわけには……!」

 

『地球軍はただちに核攻撃を中止してください』

 

『なっ、広域に……!?』

「ラクス・クライン……!」

 

『あなた方は何を撃とうとしているのか本当にお解りですか?』

 

 わかっている。ジェネシスだ。

 と、大見得切って言えるほどの状況でないのはロマとて理解している。今現在、核攻撃の矛先はプラント本国になっているのだから……。

 ラクス・クラインの声もおそらく、現状の連合兵にはほとんど意味のないことだ。

 

 それにこうなればジェネシスの矛先も……。

 

「チィっ、このままでは……!」

 

 ピースメーカー隊から放たれる核攻撃を、ザフト軍と三隻同盟が凌いでいく。

 これで“原作通り”であれば、さほど問題もないだろう。

 しかし、不安要素が拭えないのも事実ではあり……。

 

『マズイっ、さらに広範囲の核攻撃ですわ……!?』

「なっ……そうか広げているからっ」

 

 広がった艦隊から放たれたピースメーカー隊、さらにジェネシスに割いている防衛網。

 ロマが識る歴史よりも、プラント本国を防衛する戦力は低下しており、そのぶん防衛網にも空きができる。

 三隻同盟が加わったところで、やれることとやれないことがあるだろう。

 それに地球連合の戦力は“ロマ・K・バエルという男のせい”で、本人が識るものより増強されているのだから……。

 

『このままじゃ抜けますわよ……いえ、抜けた!?』

 

「えぇい! 冗談ではない……!」

 

 偶然、そう……偶然だ。

 偶然にもフリーダムとジャスティスから逃げるように離れ、バスターとストライクたちも離れ、三隻同盟と離れた場所にいたそこで、ザフト軍を倒しながらいたからこそ、そこだったのだ。

 ロマ本人のせいと言えばそうでもあるが、それでも偶然にもそこにいてしまった。

 

 故に……。

 

『ええい邪魔でしてよッ!』

 

 ファウスト・ヌルが展開して周囲の“邪魔する”敵機をチェシャは“自発的”に牽制。

 そしてロマは、ほぼ無意識でアンフィスバエナを“目標”へと構える。

 

 ほぼ条件反射のような、思考を置いて行っての行為、故になんの躊躇もなく───トリガーを引いた。

 

「ッ!」

 

 銃口からビームが放たれてから、少し遅れて理解し、同時にそのビームが“核ミサイル”を貫く。

 

「なっ……」

『やってしまいましたわねぇ』

 

 自らが破壊した核の光を目にして、ロマはコックピット内で自分の膝を叩く。

 

「なにをやってるんだ……オレはっ!」

『……嫌いじゃありませんけど、そういうとこ』

 

 その周囲のザフト機が止まるのも、仕方ないことなのだろう。

 地球軍の、あの“赤い悪魔”が“プラントを守る”という、信じられないものを見たのだから……。

 とはいえ、核攻撃は続いているのだが……。

 

 周囲のザフト軍が下がっていくが、それに意識をやれるロマではない。

 

 

 ―――ここまできてっ、なにをしてる。ムルタたちを守るために戦ってきたのにっ!

 

 

 合理的に考えるのであれば自分はこちらに来るべきではなかった。プラントを撃たせて、さらにジェネシスも撃たせればそれでよかったのだ。

 にも関わらず、こちらに来て、挙句自分になんの利もないことを働いて……。

 まったくもって合理的ではない。

 

『あ……た……』

 

 

 ―――こんなだからオレは、いつまで経ってもフラフラとっ!

 

 

『あなた!? 聞いてまして!?』

「ッ!?」

 

 ハッとするロマ。

 

 周囲に敵機はいたようだが、すでにチェシャがファウスト・ヌルで片付けたようだ。

 戦場でぼうっとするなど信じられない行為だが、自分がそんなことをしてしまうのがさらに信じられない。

 それほど、自らの行いに思うところがあったのだろう。

 

『ザフトが撤退していきますわ。きますわよっ!?』

「あ、ジェネシスか……!?」

『それ以外なにがありますのっ、後悔するのは後で離脱しますわよ!』

 

 連合艦隊の方向に逃げるわけにもいかないと、ロマは理解する。

 確実に自身のした行為は、あちらも捕捉しているだろう。

 そんな最中、声が聞こえた。

 

『ロマさんっ……あれが撃たれますっ!』

「キラっ……!」

『乗ってください! 連合には帰れないでしょう!?』

「……くっ!」

 

 大人しくキラに従いミーティアの背部に乗り掴まる。

 その最高速度は当然ディザスターを超え、そのまま戦場を離脱。

 

 モニターに映る連合艦隊が徐々に小さくなっていき、次の瞬間―――。

 

『きますわっ!』

 

 

 

 ―――“終末の光(ジェネシス)”が、放たれる。

 

 

 







めっちゃ難産、だけどまぁとりあえずプロット通りには進んでます

賛否ありそうなロマの立ち回りです
最終決戦にしてまさかの三隻同盟合流……これも賛否ありそう
どの面下げて会うのか

ともかく、こんな感じで最終決戦一戦目
次の出撃で原作通りラストになることでしょう……原作通りのラストになるかはともかく

月基地に撃つって言ってたのに思い切り連合艦隊に撃ってる説明とかも次回あたり

では、次回もお楽しみいただければと思います


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集うガンダム

 

 ロマ・K・バエルはディザスターの中、フリーダムが装備したミーティアに取りついた状態で、状況を整理していた。

 放たれたジェネシス、方向からしておそらく月面基地でなくプラントを攻撃する連合艦隊を狙ったものだ。

 故に、まだ月面基地が無事なのは想像できるが、おそらく次の攻撃は“原作通り”月面基地か……月面基地からの増援の艦隊だ。

 

 射程等から、おそらくセラフィムも、サザーランドの乗るドミニオンも無事と考えて良い。

 

 自分がこうして“裏切ってしまった”ことで、アズラエルの立場が危ういかもしれないが……ともあれ、再攻撃は補給と整備を終えてすぐに行うだろう。指揮権がアズラエルから移っていようと、だ。

 そしてサザーランドが指揮するとすれば再び、プラントへの核攻撃とジェネシスへの核攻撃を同時に行うはずだ。

 猶予はまだある。

 

 そう確信し、静かに息を吐く。

 

『ロマさん……』

「ん、ああキラ、すまない……」

 

 エターナル、クサナギ、アークエンジェルの三隻がモニターに映る。

 

『ロマさんはアークエンジェルに、僕とアスランはエターナルに戻りますから』

「ぐっ……わ、私はアークエンジェル、か」

 

 動揺する。そりゃそうである。

 

『大丈夫ですよ?』

「いや、しかしな……」

 

 クサナギよりはマシであるが、どうせならエターナルに着艦したほうがまだ良い気もする。

 そもそも三隻同盟とは一度交戦しているのだからどこに行っても針のむしろではあるのだが……。

 

『赤い悪魔も人の目が怖いもんかねぇ、ちょっと意外だな』

「人間そういうものさ……」

 

 ディアッカの声にそう答える。

 

『まぁ俺がいるんだし大丈夫だと思うぜ』

『ディアッカの言う通り、ほら行くぞ』

「君とはまた立場が違うが、仕方あるまい……」

 

 ディアッカとムウの言葉に素直に頷いて、アークエンジェルにゆっくりと近づいていくディザスター。

 フリーダムとジャスティスもエターナルへと戻っていく姿が見えれば、それを少し恨めしそうに見て、ロマは自分に拒否権などない。あるわけもないと、今一度覚悟を決め、通信を繋げる。

 

「こちらディザスター、ロマ・K・バエルだ……着艦許可を頼む」

『着艦を許可しますわ……た・い・さ?』

「ぐっ……感謝する」

 

 サブモニターに映るマリューがやけに笑顔だが、妙な圧を感じた。

 通信を切るも、すぐにムウに『彼氏なんだからなんとかしてくれ』と頼みたくなる……それができれば苦労もしないのだが、などと考えながら懐かしき大天使へと着艦。

 ハンガーへと入るなり、ロマは背後に視線を向ける。

 

「チェシャ、大丈夫か?」

『私はともかく貴方こそ大丈夫ですの? 愛しのあの娘たちとも離ればなれでしてよ』

「仕方あるまいよ。私の未熟さが招いた結果だ」

 

 感情に任せる暇さえもなく、無意識だった。

 

『……ま、まぁわたくし、あなたのそういうところは、その……良いと思いますわよ?』

「そう言ってもらえると助かる。さて……」

 

 気が重い。何を言われるかわかったものではない。

 元々、精神的にはそれほど強い人間ではない故に……。

 

『大丈夫ですわ。あなた』

「……そう、か?」

『ええ、わたくしが保障しますわ。たぶん歓迎してるからこそ、艦長さんもあの言い方だったんでしょう』

 

 支援AIの機械らしくない物言いに、ロマは頬を綻ばせながらヘルメットを外す。

 

「お前がそう言うならそうなんだろう……着替えてから出る。お前も大人しくな」

『自己メンテに移りますわ。スリープモードになってますので』

「わかった……おやすみ」

『おやすみなさいませ。あなた』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 撤退した連合、ゴエーティア隊が殿を務めたこともあり被害はジェネシスの一撃を除けば最小限といったところだが……状況は悪い。

 第二射により『月基地への攻撃』を予測していた連合は、艦隊に直撃を受けた。

 広範囲に広がっていた故に被害は20%ほどだが、前回と合わせれば50%の消耗、通常のセオリーでいえば撤退以外に選択肢がないところだが……ことここに至っては撤退という選択肢がない。

 

 さらに言えば“赤い悪魔が裏切った”などという事実がある。

 

 戦艦セラフィムは騒然としている……。

 

「ウィリアム・サザーランド大佐……なにやってるんですか、あなた?」

 

 セラフィムのブリッジには、ウィリアム・サザーランドがいた。

 そしてその正面には、兵たちに銃を向けられた“ムルタ・アズラエル”だ。

 

「それはこちらの台詞ですよ。ムルタ・アズラエル……」

「……ウチのロマが“アークエンジェル側”に寝返ったとか聞きましたけど、ホントですか?」

「ええ、しっかりとモニターで確認しました。フリーダムと共に撤退する姿を」

 

 艦長席に座るナタルも、オペレーターであるフレイも動けないでいた。

 セラフィムとドッキングしたドミニオンから乗り込んできたサザーランドと兵たち、アズラエルが連合兵たちに銃を向けられているという事実、そしてロマが裏切ったという事実……。

 それでいてナタルとフレイは、驚愕こそするものの、ロマが裏切ったというのは、別にそれはそれで構わないという思考でもあった。

 アークエンジェル側に彼が行く、一種の安心感さえ覚える……アズラエルの処遇を除けば。

 

「さ、サザーランド大佐、アズラエル理事はっ」

「いや、この作戦が終われば彼女も理事でなくなるさ」

「なっ!?」

「……解任だよ。そういう話が裏で進んでいたようでな」

 

 驚愕するナタルだが、アズラエルは別段驚いていないようだった。

 

「ジブリール……アイツ、そんなことだろうと思った……」

「ご理解が早い。それに今回の貴女の懐刀たる男の離反、これは責任重大ですな」

「で、どうするつもりで?」

「貴女を拘束させていただきますよ。“繋がっていない”とも言い切れない」

 

 別に構わないと、アズラエルは両手を上げて息を吐く。

 

「作戦中の独断行動、挙句私が指示した攻撃の妨害と、バエル大佐の罪状は多いことですな。まぁ生きて捕獲されたところで、その異名の大きさから銃殺刑こそないだろうが……」

 

 苦笑するサザーランドに、アズラエルは何を言うでもない。

 

「嫌いではなかったんですが……」

「そう言う人間ですよ。だからわざわざジェネシスに正面突破で、ボアズも“アレ”が撃たれるまでは核を温存してたんですから……それに、ロマも貴方のこと、嫌いではなかったと思いますけどね」

「……残念なことですよ。アズラエル理事を部屋に、見張りもつけておけ!」

 

 サザーランドが道を譲れば、アズラエルは素直にブリッジから出て行く。

 どこかの部屋に軟禁されることになるのだろうことは明白で、ブリッジのクルーたちはどこか不満そうな表情を浮かべるが、それもまた仕方のないことだ。

 ブーステッドマンたちもハイータ達もここにいないのは、サザーランドとてこの状況に対する反感を買うと理解しているからだろう。

 そして、サザーランドは艦長たるナタルに向き合う。

 

「……君たちの部隊がなければおそらくあの兵器は攻略できまい。次、地球に撃つつもりならば本当におしまいだ。月基地からの増援を待つ暇などない……早々に戦闘を再開するぞ」

「……はっ!」

 

 敬礼するナタル。

 

 どちらにしろここで反論しても仕方ないし、なによりもアズラエルは理事でなく盟主でもない。ともなれば、まずはこの戦いを終わらす方に集中して、あの兵器を破壊しなくてはならないと言う判断。

 それにサザーランドであれば、クロトたちやハイータについてもなにか知っていて、上手く制御できるようにしているやもしれない。

 だからこそ従う。それ以外の選択肢などないのだ。

 故に今は、雌伏の時。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 アークエンジェルのハンガーから、エターナルへと移動してきたロマ。

 状況は一刻を争うものの、連合が動いてザフトと戦闘をしている時でなければこちらも動けない。故に、今は補給と整備に時間を割きつつ、次の戦いについて検討するべきである。

 わざわざアークエンジェルに顔を出して結局はエターナルへと移動してきたことについて不満はあるが、言える立場でもないのでロマは甘んじてそれを受け入れるのみ。

 そして、ロマはサングラスの奥の目を見開いた。

 

「いやぁ“久しぶり”だね。赤い悪魔」

「……アンドリュー・バルトフェルドに」

「アイシャよ、声だけだったけど」

 

 ロマの識る歴史と違い、そこには彼の恋人でもあるアイシャもいた。バルトフェルドの失った左腕と反対に、右腕を失った状態で……。

 ともあれ、そこで異様な動揺を見せるわけにもいかない。

 

「世話になったよ。君らにも……おかげで昇進した」

「残念ながらそれもパァだねぇ」

 

 バルトフェルドの言葉に苦笑するロマ。

 

「で、どういう風の吹き回しなんです大佐?」

 

 隣のマリューが少しばかり意地の悪い笑顔を浮かべながら言うもので、ロマは顔をしかめた。

 

「勝手に動いてしまっただけだ……」

「へぇ、正義感が強いじゃないの」

 

 ディアッカの言葉に、首を左右に振る。

 

「プラントに撃つのは違うだろう。私は“アレ”を破壊する以外に核を使うつもりなどないよ。ましてや非戦闘員になど……」

「やっぱりロマさんは優しいですね」

「キラ、物事はそう単純ではないよ」

 

 苦言を呈しながらも、ロマは周囲を見渡す。

 エターナルのブリッジには主要な面々が集まっていた。艦長であるラクス・クラインは勿論、バルトフェルドにアイシャ、ダゴスタ、キラ、アスラン。

 アークエンジェルからはマリュー、ムウ、ディアッカ。

 クサナギからはキサカとエリカ・シモンズ……カガリはいない。

 

「……エルスマンやアスラン・ザラとは違うだろう。私は」

 

 オーブを焼き、メンデルで戦い。挙句、核の号令……ただ一時の感情任せの行動の結果、ここにいるというだけだ。

 他の面々も感情任せの行動に過ぎはしないが、それでもロマは自身を許しはしないだろう。

 後悔はない。だがそれとはまた違う話だ。

 

 だがそこで、アスランが口を開いた。

 

「違いなど、ありませんよ」

「アスラン……」

「……今は、やるべきことは一緒だと思っています。バエル大佐」

 

 赤服を纏ったアスランの言葉に、赤き軍服を纏うロマは頷く。

 

「そうだな。今、私がやるべきと思うことはプラントへの核攻撃の阻止と、“アレ”の破壊だ」

「貴方が同じ目的を持って戦ってくださるというのは、とても心強いことですわ。お噂は耳に入ってきていましたから」

「ラクス・クライン嬢……」

 

 ピンク色の髪を靡かせる少女が、視界に入る。

 こうして会うのは初めてで、さすがのロマも緊張というものをしてはいるのだが、それをおくびにも出さないのはアズラエルの側近として生きてきた故か……。

 彼女はキラの横に立ち、真っ直ぐとロマを見る。

 

「ラクスで構いませんわ。バエル大佐」

「そうか……ではラクス嬢、勝手ではあるが、ここからは協力させてもらう……」

 

 その言葉にラクスは頷こうと、するが……キサカが手を上げる。

 

「しかしだ。そうなれば我々は君の……連合を撃つこともあるだろう。そこは?」

「構わんさ、私も連合と相対する覚悟はある」

 

 もちろん嘘である。いや、半分は本当でもあった。

 正直なところ、結局ロマは自分の“仲間”以外に興味はないのだ。別に連合の一般兵が落ちようが、今更……以上の感情はない。

 故にゴエーティア隊以外の相手ならば、ほぼ躊躇なく落とすことはできるだろう。

 勿論、気持ちのいいことではないが……。

 

「まぁある程度の賭けには出る。説得もするさ……コーディネイターへの憎悪で動いている者らに通じるかはわからんがな」

「なら大佐は例の兵器、ジェネシスの攻略側に行かなくても良いんですか?」

 

 エリカの言葉に、ロマは首を左右に振った。

 

「いや、それはもちろんだが……おそらくサザーランド大佐のことだ。先と同様にプラントとジェネシスの両方に核攻撃部隊、ピースメーカー隊を送り込むだろう」

 

 物量任せの二点同時の作戦で防衛網を緩めて、できることなら二つ同時の完全破壊。目指す先はそこだろう……。

 故に……。

 

「ジェネシスの方は放っておこう。君らとしては受け入れがたい気持ちがあるのはわかるが、やはり核を使うのが一番効果的ではある。モビルスーツの殲滅にも役立つしな」

 

 冷静なふりをして物事を語る。

 

「核攻撃を見逃す、ですか……」

「ラクス嬢、君らがプラントと連合、どちらの味方でもないというのなら必要な判断だ。この状況でジェネシスの核攻撃まで妨害しては、ただのザフト親派と認めるに過ぎんよ。それに引き金を引くのは君らでもない……故に君たちはプラントの防衛を頼む」

「……では、大佐は?」

 

 ラクスの言葉に、ロマは不敵な笑みを浮かべた。

 

「……動き回るさ。悪魔らしく、すべてかき回す」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 セラフィムの一室にて、クロト、オルガ、シャニの三人が肩で息をしていた。

 そしてその視線の先には、ウィリアム・サザーランド。

 三人娘は最近はめっきり味わっていなかったγ-グリフェプタンの禁断症状に、立つのもやっとな状況で抵抗などできようはずもない。故に、睨みつけるぐらいがせいぜいであった。

 

「君らの部隊長たるバエル大佐は裏切った。勿論、君たち生体CPUにもその危険があることは重々承知であるからに……こちらで手綱を握らせてもらう」

「ちぇっ、変わりませんよぉ、ボクらはなんにもさ……」

「ま、ソレを握ってる奴に従って、殺すだけだわな」

 

 クロトに続きオルガの言葉を聞くと、サザーランドは特に表情を変えるでもなく頷いた。

 γ-グリフェプタンを握っていれば生体CPUは裏切れないと理解しているからであり、彼らを貴重で重要な戦力とも思っているからこそ、しっかりと管理をするのだろう。

 ともあれ、ウィリアム・サザーランドにとってやはりロマ・K・バエルの部隊はそれほど重要であるという想いがあるのだ。

 だからこそ、その裏切りには失望したし驚愕もした。

 

「核の号令までしておいて、なにを今更躊躇うことがある……」

「ハァ?」

 

 無意識の内に呟いた言葉をシャニが拾うが、サザーランドは反応することも無く、三人娘に背を向けて部屋を出る。

 

 そして、残された三人娘は脱力したかのようにベッドに転がった。

 医師兼研究員数人が、手持ちのタブレットに色々と状況やら経過やらを記入しているが、三人娘の知ったことではない。

 問題はそこではなく……。

 

「どうするよ、私ら……」

「オルガがそんなこと言うなんて、珍しいね……」

「殺されるよりは殺す方がマシなんじゃねぇの?」

 

 オルガは片腕を顔に乗せて、ため息をついた。

 らしくない自覚はあるからこそ、なのだろう。

 

「てか、おばさんはどうしたんですかねぇ」

「ハァン、あのおっさんが来たってことはさ……?」

「なるほどな……こりゃオレたちにゃどうしようもねぇか」

 

 自嘲するように笑うオルガを見て、クロトは肩を竦めて、シャニは無表情のまま息を吐く。

 どちらにしろ、やることは変わらないのだと……。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 エターナルのブリッジでのブリーフィングを終え、各々が自らの艦へと戻り始めた。

 だが未だエターナルにいたロマは、ハンガーが見える廊下にて……キラとアスランを前に―――頭を下げている。

 戸惑うようなキラとアスランだが、ロマはそのままだった。

 

「頼む……」

「ろ、ロマさんっ!」

「やめてくださいバエル大佐……!」

 

 二人の制止の声に、ようやくロマは頭を上げる。

 サングラスは外しており、その青と赤の瞳で二人を見ていた。

 

「モノの頼み方は心得たつもりだが……」

「そうじゃなくて……」

 

 再び、ロマはサングラスを装着する。

 

「これは私の死活問題だ。それに彼女たちにとっても……」

「バエル大佐、しかし俺は貴方に頭を下げてもらえるような立場にはありませんよ」

 

 アスランの言葉は、彼自身が“ロマの大切な者をどうしたか”わかっている故の言葉だ。

 

「……戦争さ、私とて理解している」

 

 恨んだことはある。落としてやろうと思ったことも然り、だが今は違う。

 彼らでなければならないことがあり、彼らと共に戦うことになったからこそ、全てを“受け入れる”必要があるのだ。

 これは“戦争だから仕方ない”等と割り切れるほど器が大きい男ではない。

 

 ―――それでも、オレは……。

 

「……それに私も無理を言っているのは理解しているからな」

「バエル大佐……」

「わかりましたロマさん、僕は……」

 

 微笑みを浮かべたキラが頷き、アスランも苦笑しながら頷いた―――その瞬間。

 

「見つけたぁ!」

「むっ!?」

 

 珍しくロマが明らかな動揺を顔に浮かべたが、既に遅い。

 声の主はその金髪を振り乱しながら無重力の中、ロマへと加速してくる。

 

「カガリっ!?」

「このバカぁっ!」

 

 突っ込んできたカガリが、ロマに弱々しい拳を叩きこむ。

 

「っ……おいカガリっ、大佐は!」

「わかってるよ! こっちに来てくれたのは素直に嬉しいっ、けどなぁ!」

 

 感情の整理が追いついてないのだろう。

 キサカは意外とあっさりと受け入れたようだし、他の面々も然りだ。

 

 ……しかし、オーブを襲撃したロマを前に、カガリはそうもいかなかった。

 

 前にアスランと話した時は、素直に状況を受け入れてはいたが、やはり本人を前にして冷静でもいられなかったのだろう。

 キラもアスランも、キサカがブリッジにカガリを連れてこなかった理由をなんとなく理解した。

 

「カガリ、オーブを攻撃したことを『すまない』と言うつもりはないぞ……」

「わかってるよっ、お父様が言ってた……お前が『私達の敵ではない』って、でもぉっ……!」

 

 胸に飛び込んでくるカガリを、ロマはそっと抱きしめてその頭を撫でる。

 これまで、“二度の人生”で一度も妹をもったことはないが、やはりその在り方は“妹”を思わせるもので、ロマは弱々しく胸が叩かれるもそれを受け入れながら、キラとアスランに視線を向けた。

 当の二人もなにを言うでもなく、困ったように笑うのみ。

 

「……お前たちを悲しませたことについては謝罪するよ。すまない」

「お父様を、討ったか……?」

 

 つまり、知っているのだろう。ウズミがロマに挑んだと……。

 元々死ぬつもりで、トドメがロマに変わったかどうかの話ではあるのだが、それでもロマ自身がそう割り切れはしない。だからこそ、素直に頷く。

 そして、彼の最後を思い出す。

 

「ああ、君らを『頼まれた』よ」

「……っ」

 

 胸の中で泣くカガリに、ロマはなにも言ってやることはできない。

 キラがカガリの背に手を置いてロマに苦笑を浮かべた。

 思ったほどのトラブルにならずに、安心している気持ちもあるが―――赦されてしまったことに対する、妙な罪悪感もある。

 

「……大佐、カガリは貴方のことを兄のように」

「アスランお前ぇっ!」

 

 ロマから離れたカガリが、顔を真っ赤にしながらアスランの方へと飛び付いた。

 

「空気読めよっ!?」

「えっ、だ、ダメだったか!?」

「そんなんだからお前あぶなっかしいんだよっ!」

「えぇっ!?」

 

 苦笑するロマ。

 もう幾ばくか状況が落ち着いていたならば、キラとアスランが揃った場に“自身”がいるということに、もう少しばかり昂揚感やらをおぼえたのかもしれないが、そうもいかない。

 隣にいるキラの頭を軽く撫でれば、くすぐったそうにしながらも嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「アスラン……」

「え、はい」

 

 名前を呼ばれ驚きながら、そしてカガリの拳を受け流しながらアスランはロマの方を向く。

 

「……二人を頼む」

 

 驚いたように眼を見開くも、すぐにアスランは頷く。

 

「ロマさんっ……」

「子ども扱いしてっ」

 

 少し照れくさそうにするキラと、不満そうに頬を膨らますカガリ。

 

「それと、君も無理してくれるな。キラもカガリも悲しむ」

「はい……それと、大佐も」

「っ……ああ、ありがとう」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 地球連合軍艦隊が動き出す。

 補給と整備を済まし、即座に“ジェネシス”攻略のために動き出した。

 ボアズ攻略時より派遣していた増援も合流し、さらに月面基地から増援が向かっている。

 

 核ミサイルもかなりの数の補給が完了し、先の戦いよりもその数は多い。

 

 ボアズ攻略時にその増援を提案したのも、もちろんロマ・K・バエルではあるのだが……。

 

 旗艦ワシントンが“消失”した今、旗艦となったドミニオンのブリッジにて、ウィリアム・サザーランドは頭を押さえる。

 

「心の底から残念だよ。バエル大佐……」

 

 そう言いながらも、その視線の先にあるモニターに映るのはプラント本国とジェネシスの二つ。

 同時波状攻撃でのジェネシス崩落、そして可能であればプラントの滅却。状況だけで言えば今にもその二つの目的に手が届きそうで歓喜に震えるところではあるが、やはりジェネシスの脅威というものが目の前にあることにより、その感情の起伏はフラットに抑えられていた。

 

「定刻です。全艦発進準備完了!」

 

「発進! ペルグランデ……“(セカンド)・ペルグランデ”も出せ!」

「ペルグランデ、並びにインゲンス、出撃させます……!」

 

 サザーランドの号令に、オペレーターが強く応える。

 

「青き清浄なる世界のために……!」

 

 その号令と共に、地球軍が動き出す。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 アークエンジェルのハンガー。

 ディザスターのコックピットで赤いノーマルスーツを着たロマは震える手で操縦桿を握る。いつだってそうだ。変わらない。

 

 少し前に“連合の進撃の開始”と共に出撃準備を言い渡され、ロマはそこにいた。

 それまでの間にマードックとも会ったし、サイやミリアリア、アーノルド・ノイマンとも然り……。

 カガリには『アサギたちも会いたがっている』と言われたがその時間までは取れなかった。

 

 しかし、お互いに生き残れたら会うこともあるだろうとは思う。

 

『あなた、大丈夫ですの?』

「ああ、起きたかチェシャ……」

 

 相棒の声に、しっかりと意識を向ける。

 

『まさか、またここから出撃する機会があると思いませんでしたわ』

「私もさ……素直に喜ばしいと思えんのがなんだがな」

『大丈夫ですわ。あの娘たちも、理事も、ワンコだって弱くはないでしょう?』

「……ああ」

 

 彼女の穏やかな声に、少しばかり気持ちも落ち着く。

 モニターでハンガー内を見てみれば、ムウとマリューが別れる姿が見えた。

 彼もまた、どうにかしてやらなければならないだろう。

 

 ……状況は全く変わってしまい。ロマにとっても先が見えないことではあるが。

 

『全機! 核がプラントに向けられるまで連合は放っておいていい!』

 

 バルトフェルドの声に、ロマは頷きつつ通信を繋げる。

 

「核を持った別働隊がいるはずだ。そちらに注意を頼む」

『了解した。頼んだぞ赤い悪魔……いや、味方になったのに悪魔、は不吉か?』

「構わんよ」

 

 ―――彗星ってガラでもないしな。

 

『オレンジ25、マーク12、アルファにセラフィムです!』

 

 配置は離脱前の作戦と変わっていない。

 

『モビルスーツ、発進してください……!』

『全艦、モビルスーツ発進!』

 

 ラクスに次いでバルトフェルドの号令と共に、各艦からモビルスーツが発進していく。

 今作戦に至ってはクサナギからM1Aアストレイやストライクルージュもだ。

 自らと似たような立場ではある“白いM1Aアストレイ”を見て、そのパイロットとも少しばかり言葉を交わしてみたくも思うが……。

 

「そのような状況でもないか……」

 

 次々と出撃していくモビルスーツ、そして“ガンダム”。

 アークエンジェルからストライクとバスターも既に発進し、残るはディザスター。

 

『ディザスター、発進どうぞ!』

 

 ミリアリアの声が響く。

 

『私があなたの翼ですわ……!』

「頼むチェシャ……」

 

 震えの止まった手で操縦桿を握る。

 

「ロマ・K・バエル、ディザスター……出撃()るぞ!」

 

 最後のガンダムが、飛び立つ。

 

 

 

 視界に広がる戦火、点いては消える命の灯火。

 

 それは―――わかれゆく宇宙(ソラ)

 

 

 







ようやく最終決戦突入です
説明してないとこも多々ありますが、次回あたり判明したりしなかったり

そしてロマ、いろんな人たちと和解(?)ということで
まだこっから地味に長いかも……?

ついでに、ここで生き残れば地獄のデスティニー編が続く

アズにゃんたちはどうなるのか……
そしてちゃっかり出てきたモビルアーマー

それでは、次回もお楽しみいただければと思います


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カウントダウン

 

 ヤキン・ドゥーエ、そしてプラント本国近くの宙域。

 連合艦隊とザフトがぶつかり合う、丁度中央といったところだろうか……。

 

 そこは既に、地獄の様相を呈していた。

 

 モビルスーツ、そして戦艦の残骸(デブリ)まみれの戦場、加速しようものなら普通のパイロットであれば事故の危険性すらあるだろう。

 だがそこを越えねば、連合はジェネシスを討てない。

 ビームと実弾が飛び交う戦場、機動力を削られたその戦場でモビルスーツ戦を、艦隊戦が続く。

 

『こんなんでホントに勝てるのかよぉ!』

『地球がダメにされるかなんだ、やるしかないだろ!』

 

『ナチュラル共めッ!』

『ジェネシスで消し去ってやる!』

『こいつでぇ―――うあぁっ!?』

 

 瞬間、ゲイツがビームで貫かれた。

 

『なんだ!?』

『敵……あっちか!?』

 

 ザフトのパイロットたちがそちらを向くなり、再びビームが奔る。

 それが二機のジンを貫き、さらにローラシア級を落とす。

 

 宙域、デブリの狭間を縫うように飛ぶ―――赤き閃光。

 

『あれはっ!』

『“悪魔憑き”がくるぞッ!』

 

『あれは赤い悪魔っ……バエル大佐!?』

『裏切ったはずじゃっ、なんでまた!?』

 

 赤い閃光───ロマ・カインハースト・バエル。そして、ディザスター。

 

 ザフトは勿論、連合兵すらも“裏切り者”と聞いているだけに戦慄する。

 散々話に聞き、その戦果を知っているだけに、その銃口が自らに向けられることが恐ろしい。

 コーディネイター、宇宙の悪魔を倒すということで手一杯の彼らにとっては、それは悪夢だ。

 

「この程度のデブリで足止めされていてはな……!」

 

 赤い悪魔、ロマ・バエルは涼しい顔でデブリを回避しながらゲイツへと接近。

 

 パイロットが反応するが、ディザスターは右腕の爪でゲイツの腕部を破壊、さらにそのまま右腕で胸部を貫き、そのまま加速―――デブリへと叩きつける。

 動かなくなったゲイツをそのまま足蹴にし、加速すると共に、<ビームライフル(アンフィスバエナ)>を高出力で放ち、離れたローラシア級を撃ち抜く。

 

 周囲の敵機がいなくなったことを確認すれば、戸惑いながらビームライフルの銃口を向けるストライクダガーを余所に、ディザスターは片腕を振った。

 別段なんというわけでもない。

 ただ純粋に“下がれ”だったり“銃を退け”的な意味合いだ。

 

『はい、どうぞ!』

 

 チェシャの言葉に頷く。

 

「周囲の連合軍に告ぐ!」

 

『なっ、やはりバエル大佐!?』

『ゴエーティア隊はどうした、対抗できるのなんてあの部隊だけだろうにっ!』

『ダメですもっと後続ですっ、遅れてるらしくて!』

『どうやって私達だけで大佐に勝つんだよっ』

 

 混乱する声が聞こえる。

 

「“我々”にジェネシス攻撃を邪魔する意思はない!」

 

『なっ、バエル大佐……』

『でも連合の艦を落としたって話じゃ!?』

『それはデマだろ!?』

『い、いやでもっ……!』

 

 頭を抱えるロマ。

 情報が錯綜しているのは、この混乱故に仕方ないことだが……ここで足止めを喰らっては本末転倒だ。

 ストライクダガーをはじめとしたバスターダガー等も、ロマへの攻撃を躊躇っている。それもそうだろう……今までさんざ自軍の先頭を走ってきたエース。

 攻撃してどうなろうかなど、考えるまでもない。

 

「む……!」

 

 戸惑う連合兵たちの前で、ディザスターは視覚外から放たれたはずのビームライフルを回避。

 そちらに加速するとアンフィスバエナからビームサーベルを伸ばし、そのままビームを撃ったゲイツを斬り裂く。

 さらに接近するジン二機を狙い、素早く徹甲弾を放つ。

 

「こんなにも見える……!?」

『なぁに自分で驚いてますの!?』

 

 徹甲弾の一発が一機のジンを貫くが、もう一機は回避してからシグーの持つ突撃機銃と同じものを、ディザスターへと向ける。

 放たれた突撃機銃を急加速して回避するも、しっかりとそのあとを追って機銃を連射するジン。

 

「中々どうして、やるな……!」

『ですが貴方にはかないませんことよ!』

「フッ、あまり買いかぶるな……!」

 

 ディザスターが急旋回し加速、左腕ビームクローを振るいジンの腕を斬り裂くなり、右腕でジンの装備する重斬刀を引き抜くなり、即座にジンの胴体を斬り裂く。

 真っ二つになったジンが爆発するより早く、加速し離脱。

 唖然とする連合兵たちの前で、右腕に握る重斬刀をかかげる。

 

 奇しくも───あの日のように。

 

「私達がやるべきことはなにか……コーディネイターの殲滅などでは断じてない!」

 

 少なくとも、ジェネシス攻略のためにここに来た兵士たちは、その悪魔の姿を見る。

 

 自らを導き地獄への道標を作るその悪魔を……。

 

「そんなことをするために戦うつもりは、私にはない! 復讐、それも良いだろう。しかしそれは今か? 仲間たちの帰る場所を失わせてもすべきか……否! 断じて否だ! あの兵器『ジェネシス』あって生きて帰ることもできまいよ! ……だからこそ、諸君! 自らの道を拓く為、真の蒼き清浄なる世界を手に入れる為に……あと一息、諸君らの力を私に貸していただきたい!」

 

 銀色に輝く剣を持ち、赤銅色に輝く装甲を持つ悪魔は声高らかに叫ぶ。

 

「このロマ・カインハースト・バエルの元に集え!」

 

『そうだ! バエル大佐に続けぇ!』

『蒼き清浄なる世界のために!』

『我々は、大佐と共にある!』

 

 連合兵たちが奮起し、侵攻を開始する。

 ディザスターを加速させ、ロマも敵機を落とす。

 身を翻し、攻撃してくる敵機を漏らさず撃ち落とし、重斬刀で斬り裂く。

 

『ファウスト・ヌル、起動しますわ!』

「……頼んだ!」

『ええ、月からの増援を落とさせるわけにもいきませんものね!』

 

 甲高い彼女の声を聞きながら、ロマは苦笑を浮かべた。

 

「間に合わんさ」

『……わかった上で言ってるんですのよ』

 

 一転して静かな彼女の声に、苦々しい顔のまま頷く。

 

「わかっていたことだ」

 

 そう、止めはしたかったが、しばらく前に理解はしていたことだ。

 次の一撃を止めることはできない。

 目標が“月艦隊”だろうと“月基地”だろうとだ。

 

『あなた……』

「大切なものの順番は間違わないさ、だからこそ───私は地獄行きだな」

 

 隠し腕ことファウスト・ヌルを開き、ディザスターはザフトのモビルスーツへと攻撃をしかけていく。

 

 今の目的は背後のピースメーカー隊、その本隊の道を作る。

 

 

 ―――しかしまぁ、やっぱこっちにはいないか、あいつら……!

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「プラントに核攻撃! 波状攻撃であの砂時計を宇宙の藻屑に変えろ!」

 

 旗艦ドミニオンのウィリアム・サザーランドからの号令により、核攻撃開始の合図が出される。

 

 彼とて、そこへの攻撃が成功したところで、ジェネシスを止めねば自分たちの危機が変わらないのは理解していよう。それでもなお攻撃をするのは、相手にとってプラントへの攻撃が“無視できるもの”ではないからだ。

 その核攻撃を凌ごうとザフトは躍起になり、ジェネシス側の防衛網が緩めば、向かわせた三割のピースメーカー隊はそれだけジェネシスに近づく。

 

 それにあの“忌々しい砂時計”が落ちたところで、こちら側に一体なんの不利益があるのか、むしろ落ちたらそれはそれで“いいこと”ではないのか……。

 

 自身は合理的な判断をしているはずだと、ウィリアム・サザーランドは拳を握りしめる。

 

「なぜわからん、ロマ・バエル……っ!」

 

 そう言ってから、サザーランドは頭を振るう。

 

「……ペルグランデ及び、Ⅱ・ペルグランデ(インゲンス)はどうなっている!」

「戦闘を継続しています。ニュートロン・ジャマー・キャンセラーも問題なく、核動力も可動中です!」

「戦績を聞いている!」

「あ、二機共に損傷はほとんどない様子です!」

「ならばもっと先行させろ! 一刻も早く“アレ”を落とさんでどうする!」

「はっ!」

 

 オペレーターに指示を飛ばすと、一機のストライクダガーが近づいてくることに気づく。

 

「なにごとだ!」

『前線にバエル大佐が、例の兵器の破壊を援護するとのことです!』

「っ……奴は何を考えている……」

 

 サザーランドにとって今のロマは理解しかねる存在である。

 作戦の邪魔をしておきながら、今は援護をするという。

 彼を信用していただけに……故に、怒りがふつふつとわき上がる。

 

「……捨て置け! こちらの邪魔をしないのならば、今はネコの手も借りたいぐらいだっ!」

 

 だがそれでも、目的を見失うわけにもいかないだろう。

 拳を握りしめて、先の“裏切り”に対する怒りを抑えるウィリアム・サザーランドは、二方のピースメーカー隊の動向に気を向けようとするが……。

 オペレーターが悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

「高エネルギー反応!」

「間に合わんかっ……!」

 

 ―――ジェネシスは放たれた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 戦艦セラフィムのブリッジで、ナタルはその光に顔をしかめた。

 オペレーターを務めるフレイも、恐怖に顔をゆがませる。

 凄まじいエネルギーの渦、禍々しい終末の光……。

 

「推定される目標は……“どちら”だ!?」

「照準は―――月増援艦隊ですっ!」

「ッ! やはりか……!」

 

 月増援艦隊と月基地、双方を同時にやらせないようにする。

 つまりは“どちらか”を狙わせるために、月艦隊はルートを大幅に遠回りする方向を選ぶしかなかった。そしてザフトがジェネシスをどちらに撃つか、賭けのようでそうではないだろう。

 目前の脅威は明らかに“こちら”に向かう月艦隊だ。

 それを警戒して大きく広がってはいたそうだが……。

 

「ほぼ壊滅は免れない、か……」

「あっ、あぁ……!」

「……アルスター曹長、彼女らの部屋に!」

「あ、え、えぇ!?」

 

 持ち場を離れろと言う言葉に、フレイは少しばかり驚愕する。

 

「せめて“もう一人”ぐらい出撃許可を出すように伝えろ! でなければ次はどこにアレが向くかわからないっ!」

「艦長っ、お言葉ですがバエル大佐の件もあるのに“アンドラス少尉だけ”でも出撃許可が下りたのが奇跡ですよ!?」

 

 ナタルとて理解はしていた。

 裏切り者ロマ・K・バエルの主たるアズラエル、そして側近と言って差し支えない部下の三人と一人。この戦闘が終わるまでその五人は独房入りだとサザーランドは指示を出し、挙句に彼の部下をそれぞれに付けたわけだが……それでもなんとかシャニの出撃許可はもらった。

 ハイータも出撃しているが、“アレ”ではどうにも、といったところだ。

 

 サザーランドにとって、彼女らは人質。

 つまり、その意味を悟っているであろう兵たちに、その人質を解放しろ、というわけである。

 

 故に、もう一人の出撃が許可されるか……?

 

「だが、やらないよりはましだ! アルスター曹長!」

「無理ですよ艦長っ」

「無理を無理と言うことぐらい誰にだってできる……! それをやりとげるしかないんだっ!」

 

 ブリッジのクルーにそう言うと、ナタルはフレイの方を見て頷く。

 彼女も、それを受けて頷いた。

 

「お願いします!」

 

 もう一人のオペレーターに声をかけて、フレイはそこから離れる。

 

「ハルバートン提督、ご無事でっ……」

「ドミニオンから入電! セラフィムは共にプラント攻撃に参加せよ……とのことですっ!」

「なっ、プラント攻撃の方に!?」

「どうしますか!?」

 

 オペレーターの声に顔をしかめた。

 

 彼の言う“どうする”とはそういう意味なのだろう……。

 この状況で“上官”の命令無視などできるはずもないだろう。

 それに今、なにか余計なことをすれば周囲の艦隊の砲門がコチラを向いてもおかしくはないのだ……。

 

「転回! ドミニオンに続けぇ!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ジェネシスは放たれ、連合はプラントへと核攻撃を開始した。

 ウィリアム・サザーランドの思惑通り、やはりザフトはプラント防衛にも戦力を回すことになりジェネシスへの防衛網を手厚くすることは適わない。

 それでもなお、前線を維持し続けている……。

 

 プラントに放たれた第一陣の核攻撃、全てが迎撃される。

 

 ドミニオンでウィリアム・サザーランドが肘置きに拳を叩きつけている頃、核攻撃を凌いだキラはミーティアを装備したフリーダムのコックピットで顔をしかめた。

 モニターに映り自らを撃とうと攻撃してくるのは“悪魔の紋章”を持つ機体、フォビドゥン。

 

 ロマの仲間であり、彼が守るべき者……そして、出撃前に彼が“頭を下げて”まで、見逃してほしいと頼まれた存在。

 

「でも、これじゃぁ……!」

 

 ロマも“できる限り”とは言ったが、それを無下にできるキラでもない。

 彼もそれを“計算”して言ってはいたのだろうが、さすがにこうまともに戦うことになるとは、ロマも予想していなかったのだろう。

 核攻撃部隊、そしてその護衛部隊……。

 

『キラ、気を付けろっ!』

「アスラン……!?」

 

 瞬間、フリーダムが動くが―――右腕に装備してたウェポンアームが複数の“ビーム刃”によって攻撃された。

 すぐに右腕のウェポンアームをパージして爆発から回避、だが次の瞬間には“ソレ”が接近してきている。

 ジャスティスがウェポンアームのビームソードを伸ばして振るうが、“ソレ”は紙一重でビームソードを回避し、フリーダムへと接近。

 

「ハイータさんっ!?」 

 

 驚愕しながらも、フリーダムの右腕でビームライフルを引き抜き“コラプス”を撃つ。

 だが、当然のように回避したコラプスはフリーダムへと接近、その距離ではウェポンアームを振るうこともできないだろう。

 ビームサーベルを引き抜いたコラプスを前に、キラは咄嗟にトリガーを引く。

 

「くっ!」

 

 腰部のクスィフィアスレールガンを放ち、接近してきたコラプスを迎撃。

 衝撃により、怯んで下がるコラプスにもう一度ビームライフルを撃つが、即座に加速しそれを回避しながら、コラプスは二つのビームサーベルを並列に繋ぎ大型ビームサーベルへと変えると、そのままフリーダムの左腕ウェポンアームも斬り裂いた。

 加速し、その場を離れるフリーダム。

 

「こんなっ、ハイータさんっ……!」

 

 コラプスはビームサーベルを収納すると、ビームピストルを引き抜いてジャスティスを攻撃。

 

 素直な攻撃に当たるアスランではないがその違和感を確かに感じ取る。

 持ち前の反射神経でどうにか回避はしているものの、アスランはその正体をわずかに掴んだ。

 ミサイルを掃射するも、フォビドゥンが迎撃。

 

 さらにコラプスがビームピストルを放つが、アスランはやはり紙一重で回避。

 コラプスから放たれた九本のテイルブレードはフリーダムを釘付けにし、キラはそれを回避しながら迎撃するので手一杯になっている。

 異常ともいえる戦闘能力……。

 

「チィッ……!」

 

 そしてその違和感に気づく。

 

「先読みしている……バエル大佐に近いっ!?」

 

 アスランはミーティアを加速させ、核ミサイルを迎撃しつつコラプスの攻撃を回避。

 キラもアスランも、“覚醒(SEED)”が無ければ詰んでいたところだ。

 それがあってもなお、ハイータ(コラプス)を討てないで、さらには被害をもたらされている。

 

「えぇい、核の迎撃もあるというのに……!」

 

 

『アハハハッ! 落ちろぉ!』

「落ち着けよハイータっ……!」

 

 シャニの窘めるような声に、ハイータは耳を貸さない。聞こえていないと言ったほうが正しいかもしれない……。

 サザーランドの指示による薬物強化により、正気を失った挙句、“妙な刷り込み”を受けたハイータに声は届かず、ハイータは戦いながら思考の迷路に陥っている。

 故に考えず、目の前の“敵”と戦うだけ。

 

『ロマくん殺しておいてっ、私のロマくんを殺してぇ! ロマくんは私のお父さんになってくれるかもしれなかった人なんだよっ!』

「おいハイータ……っ!」

 

 だが声はやはり届かず、それでも狂戦士的な戦いは継続。

 強化された挙句に『ロマが殺された』と刷り込まれ、思い込み、暴走するハイータの力はいつもの比ではない。

 シャニには理解できないがそれは“覚醒(SEED)”に近いものすらあるのだろう。

 

 援護の必要等ないかもしれないが、それでも今の彼女は見ていて怖い。

 

『おいシャニっ!』

「クロト……!?」

 

 現れたレイダーが、ハンマーを振るい近づこうとするフリーダムを牽制する。

 

 コラプス、レイダー、フォビドゥンの三機、キラとアスランとてそれを捨て置いて良いと判断はできないだろう。核攻撃を止めようというなら、この場で三機をひきつけておかねばならない。

 そしてシャニもクロトも、“人質二人”がセラフィムにいる今、そして“薬”も握られている今、戦わないという選択肢も無い。

 彼女ら二人にとっても、オルガにとっても、“自分さえ生きていればそれで良かった”頃とはまったく違うのだ。

 

 故に───戦う。

 

『殺んなきゃ、みんなが殺られる、それだけだろーが!』

「ハァン、だね……またみんなでイルミネーション見ようぜ。綺麗だからさ、あれ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 セラフィムのブリッジで、ナタルは衝撃に体を揺らす。

 怯えるクルーたちだが、そこに構う余裕もない……にも関わらず、心は乱される。

 原因は、モニターに映る“アークエンジェル”だけのせいでもないだろう。

 

「くっ、バリアント……てぇ!」

 

 放たれたレールガンが白き大天使を損傷させる。

 

「さらに味方艦轟沈っ!」

「さすがだな、マリュー・ラミアス……ッ!」

 

 笑みすら浮かべるナタル。

 アークエンジェルの接近報告を聞いて、迎撃に出るとサザーランドへ入電しドレイク級とアガメムノン級を率いてきたが、数の差を徐々に埋められている。

 初撃のローエングリンでアガメムノン級を失ったのは痛い……。

 

「……っ!」

 

 拳を握りしめて、ナタルは頷く。

 

「ゴエーティア隊は!」

「こちらへの援護は、まだかかるとのことです……!」

 

 当然だろう。

 ハイータ、シャニと違い、彼らはジェネシス方面だ。

 核攻撃部隊と共にあるセラフィムとでは距離があまりに違う。

 

「ドレイク級轟沈!」

「くっ……やはり叩き上げは違うかっ」

 

 すかさず、ナタルは受話器を取り上げ艦内通信をかける。

 

「……アズラエル理事をブリッジにっ、貴方達も共にで構いません! そちらが被弾しない保障もないっ!」

 

 会話を終えるなり、受話器を叩きつけるように置く。

 

「艦長、サザーランド大佐の腹心をこちらに!?」

「理事になにかあるよりマシだっ……!」

 

 アークエンジェルからの攻撃に、再びドミニオンが揺れる。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 加速するフリーダム。

 背部につけたミーティアユニットからミサイルを放つも、フォビドゥンとレイダーがそれらを迎撃───だが、確かに隙は見つけた。

 ジャスティスが単機でハイータを引き付けているが、やはりその戦い辛さからか基本的に防戦を強いられており、攻勢に移りづらくなっていた。

 故に、ここで不意打ちを狙う。

 

「くッ!」

 

 急加速、迎撃されたミサイルの爆煙の中を突っ切る。

 

「なッ!」

 

 だが、その中から放たれた先読みしたかのようなフレスベルグとツォーン。

 キラも無意識の内だが、その戦法はロマと酷似していた。

 クロトとシャニも無意識ではあるが、それを悟り同時に攻撃。

 

「でもッ!」

 

 フリーダムをバレルロールさせて紙一重でそれらを回避。

 脚部が僅かに焼かれるが、構わず突っ込む。

 開けた爆煙の中、フォビドゥンとレイダーが実弾を放つが、ビームサーベルで弾く。

 

『くっ!』

『こいつぅっ!』

 

 二機が離れようとするが、キラはそのままビームサーベルを振るってフォビドゥンの二本の足と、レイダーの左腕を斬り裂き―――さらに加速。

 

 狙うはジャスティスと戦闘をするコラプス───ハイータ・ヤマムラ。

 

『ハイータをやろうっての!?』

『させるかぁっ、滅殺ッ!』

 

 フリーダムの背後から放たれたツォーンを、キラは素早くそちらを確認し、再びバレルロールで回避。

 ジャスティスへビームピストルと手首のビームガンを撃ちつつ、テールブレードを転回していたコラプスがキラに気づく。

 ビームピストルとビームガンの照準がキラへと向けられ、放たれる。

 

「せめてッ!」

 

 ビームサーベルを持つ左手を前に向け、手首を高速で回転させた。

 その疑似的なシールドがビームを弾く。

 

「それだけでも!」

 

 コラプスが回避しようと動いたが、フリーダムはその勢いのままコラプスのリアアーマーから伸びる有線ワイヤーを、まとめて斬り裂く。

 有線での制御を失ったテイルブレードがそのまま無重力下に浮く。

 

「なっ!? キラァっ!」

 

 叫ぶハイータの背後から、ミーティアとミサイルが迫る。

 ハイータは素早く上昇してミーティア本体を回避し、ミサイルをビームピストルとビームガン、さらに胸部機関砲(アルムフォイヤー)で迎撃するも、気づく―――否、感じた。

 先ほどの突っ込んできたミーティアの無機質感、そして、迫る敵意。

 

「ロマくんっ!」

 

「もう遅いッ!」

 

 コラプスから見て真上、アスランは通常のジャスティスにて突っ込む。

 ラケルタビームサーベルを『双刃の薙刀(アンビデクストラス・ハルバード)』モードにし、そのままコラプスの両腕を斬り抜ける。

 本来であればそのまま追撃して脚も斬りおとすつもりではあったのだが、やはりハイータの反応にアスランは追撃を取りやめた。

 

 下がるジャスティスが、背部にのみミーティアユニットを装備したフリーダムの隣へと下がる。

 

 コラプスに近づく、損傷したレイダーとフォビドゥン。

 キラとアスランは一番厄介な問題が解決したと一息つきたくもなるが、状況はそうはいかない。

 迎撃されてるとはいえ、核の光はプラントへと近づいている。

 

「アスラン、早くいかないと……核もジェネシスもっ」

『ああ、キラ……ここは俺に任せて』

 

 フリーダムとジャスティスが同時にビームライフルを放ち、浮遊しているテイルブレードが再び繋がれる前に落とそうとするが……。

 

「ッ!」

 

 ……そうはいかない。

 

 放たれたビームライフルを“回避”するテイルブレード。

 斬られた有線ワイヤーがテイルブレードからもコラプス本体からもパージされ、そのまま意思を持つようにコラプスの周囲へと装備されたバーニアを使って戻る。

 既にワイヤーは繋がっていない、つまり……。

 

 コラプスのコックピットでハイータは嗤う。

 

「勝ったと思いましたぁ? アハァッ……ロマくん、コイツら殺して、すぐ逝くからねぇ……!」

 

『ハイータ、おいハイータ!』

『下がれよ……!』

 

「大丈夫ですよぉ、貴女達だって、私がしっかり守る。それで褒めてもらうんだ、ロマくんにっ!」

 

 涙を零しながら笑うハイータは眼前の“赤と青”の敵を睨みつける。

 そして動き出したテイルブレードが、ビーム刃を展開してその切っ先をフリーダムとジャスティスに向けた、その瞬間……。

 

「え?」

 

 ハイータが止まる。

 それと共に、現れるのは―――赤銅色の装甲を持つ、悪魔(ディザスター)

 

 機体が現れたから止まったのではない。

 

 ハイータ自身が、彼を感じたから止まったのだ。

 いつも使っているものと違う強力な薬物により精神は安定しないながらも、ハイータはそれを感じ、目の前にそれを視た。

 

 そして、ソレのコックピットでは“赤と青”の瞳で、愛しき者たちを見やる男がいる。

 未来を識り、抗わず、時には抗いながら、運命を翻弄し、運命に翻弄される者。

 

 転じて生まれてきた者。

 

 

「私はここにいる……ハイータ、私を感じてみろ……!」

 

 

 ―――ロマ・カインハースト・バエル。

 

 

 







間が空いてしまいましたが、なんとか更新できました

クライマックス、全体的にあちこちで戦闘が起きてて書くのが大変なのなんの

とりあえずロマ、再び前線放棄で駆けつけました
ハイータ無双……と見せかけて、さすがにキラとアスランは強かった
バランス崩壊待ったなしですよこんなん

ラウ(ラスボス)はどこ……? ここ……?

では、次回もお楽しみいただければと思います


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サイレント サイレン

 

 連合とザフトの両軍がぶつかり合うヤキン・ドゥーエ周辺宙域。

 ここがザフトにとっての最後の砦。

 しかし、連合にとっても“後に引けない”戦いになってしまった以上、泥沼と化そうともこの戦いはどちらかが滅びるか、“きっかけ”でもない限り終わりはしないだろう。

 

 さらに、そこには三隻同盟も参戦し……今、その宇宙()は混沌を極めていた。

 

 ジェネシスとプラント、双方に核攻撃を開始する連合と、それらを阻止するために戦うザフト。

 三隻同盟はジェネシスの発射とプラントへの核攻撃を阻止に動きだした。

 

 プラント本国へと核弾頭を放っていた連合の部隊、三隻同盟の一部はそれらを迎撃するために戦力の半分をこちらに展開している。

 その主力たるフリーダムとジャスティス。核攻撃をするにあたって厄介極まりないそれらを迎撃するため現れたのはゴエーティア隊の主力……その主力を前に、本来であればゴエーティア隊を指揮するべき男、“赤い悪魔”が現れた。

 

 赤銅色の装甲を鈍く輝かせ、コラプス(ハイータ)フォビドゥン(シャニ)レイダー(クロト)の前に立ちふさがるディザスター(ロマ)

 激しい戦闘を繰り広げていたフリーダム、ジャスティスとゴエーティア隊の争いが一瞬だが静寂に包まれる。

 

 だが即座に、シャニはハイータとクロトを撃たせまいと“ディザスター以外”にむけてレールガン(エクツァーン)腕部機関砲(アルムフォイヤー)、を放ち牽制。

 フリーダム、ジャスティスが同時にその場から動くが、ディザスターはそのままコラプスと向き合う。

 敵意を感じることもなく、自らを撃つこともないと思っていた故にロマは一切の操作をすることもなく、ただそこにいた。

 そして、ディザスターをゆっくりとコラプスに接近させていくロマ。

 

「ハイータ……聞こえるか?」

 

 彼とて“異質な力を持つ者の端くれ”ではある。

 故に、彼女が異常なことは理解しているのだ。

 だからこうして、通信が届く範囲まで近づき、語りかける。

 

『ろ、ロマくん……? げ、現実? でも、撃たれたはず……っ』

 

 戸惑うハイータの声、彼女の心が乱れているのは理解していた。

 

「私はここにいる。そうだろう……?」

『あ、ありえないっ、ロマくんは死んでっ、死んでるっ……私は、確か、見て……っ!? でも、ずっと声、聞こえてっ……!』

 

 薬物的な錯乱のしかただとロマは理解。彼とてブーステッドマンたちに関わってきた人間なのだから、していて当然。

 クロトたち以外のブーステッドマンも散々見てきた。

 ハイータの言葉からするに、他人からの“刷り込み”により、ハイータ自身がロマの死を間近で見たと思い込み、挙句に幻聴まで聞こえていたのだろうということをロマは察する。

 だからこそ不安定で、だからこそありのままにロマの“生”を認められない。

 

 ───よくもまぁ、これで戦場に引っ張り出してくれたなっ……!

 

 一人で暴れてくれればいいし、最悪の場合死んでくれても構わない……等と言う思考なのだろうと、ロマは怒りのあまり頭痛すら覚える。

 プラントへの核攻撃のこともそうだが、サザーランドには言いたいことだらけだ。

 しかし、ここで精神を乱して怒りに身を任せようものなら、余計におかしなことになるだろうことは、特殊な力がなくともわかる。

 

 故にロマは、敵意を向けずに、冷静に、ゆっくりと近づいていく。

 

「キラ、アスラン……下がっていてくれ、ハイータの視界に入るな」

『えっ……はい』

『ハイータさん……』

 

 アスランは戸惑うような返事をして少し遠ざかると、キラもまたフリーダムをジャスティスの隣まで下げる。

 核の光が輝く戦場で、異様な静けさに包まれる。

 ハイータに自身が見えるよう、ロマがコックピットを開こうとしたその瞬間───。

 

 

『おにーさん!』

 

 

「敵意ッ!!?」

 

 ―――ディザスターを勢いよく下げる。

 

 刹那、ディザスターとコラプスの間に、向かって右からビームが迸った。

 

「なんだこの異様なっ……こちらかッ!」

 

 さらに“反対方向”から放たれた攻撃に気づき、そちらを向くなりビームクローを振るい、迫るビームを弾く。

 攻撃を放った“自立兵器”が加速していき“本体”に戻るのを見やるなり、ロマは顔をしかめた。

 

 十機ほどのストライクダガーを伴いながら迫る“ソレ”は“大型モビルアーマー”であり、ロマの記憶にも存在するもの……。

 

「ペルグランデ……!?」

『おい知ってるのかよおにーさん!?』

「ロクでもない代物だっ……だがッ!?」

 

 大型モビルアーマー<ペルグランデ>は、中央のコアブロックを中心に上下で三機ずつ、計六機のブロックからなる異形のモビルアーマーであった。

 機体上部にある三基の“ドラグーン分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステム”、そして下部の三つにはパイロットが搭乗しているニュートロンジャマ―キャンセラーが搭載された核駆動機。

 

 ロマとて“こちら”でしっかりと計画書を見るまで頭から抜けていた“外伝(アストレイ)”の機体。

 ただ、それはこの世界でのアズラエルはあまりよくない反応を示したことから、凍結となった計画であった……にも関わらず、今ここに存在する理由は、また別の経緯で生まれたという証拠。

 

 計画書が漏れたか、技術者が漏れたか……どちらにしろ“アズラエル以外の派閥”からと考えて良い。

 

 フリーダムとジャスティスがビームライフルを同時に構えるが、ペルグランデは攻撃を開始。

 全体に装備されたビーム兵装による攻撃に、さすがの二人も攻撃より回避を選択せざるをえなくなる。

 ロマはディザスターにて素早く攻撃を回避しながら、未だ止まっているコラプスに意識を向けるが、ハッキリとハイータというものを感じない。

 

「くっ……!」

 

 顔をしかめるロマが、ペルグランデからの砲撃をさらに回避。

 だが、すぐに射出された自立兵器ドラグーンに狙われる。それからの砲撃も回避しつつ、さらにペルグランデ周囲に配置されたストライクダガーからの攻撃にも意識を向ける必要があった。

 そして、同時に核の光がプラントに近づいていることに気づく。

 

「キラ! アスラン! プラントの方を頼むっ」

『でもロマさんっ!』

『大佐、一人でこの数はっ』

 

 二人の懸念も当然ではあるが、今ここでプラントを落とされるわけにもいかない。

 

「なんとかするっ、自らのやるべきことをっ」

 

 そんなロマの指示に、キラが頷く。

 

『アスラン、ここは僕が残るから君はプラントを!』

『キラ!?』

『ボクのミーティアも腕の方が無いから、君が! どちらにしろこのモビルアーマー部隊を止めないとこっちの防衛も間に合わない!』

 

 今度はアスランがキラの言葉に納得し、頷いた。

 ミーティアを装備したジャスティスのコックピットで、アスランは幾度となく戦った友と男を見やる。

 ロマも言いたいことはあったが、ここを早々に片す方が先決であると見た。それに

 

『……ここは任せた! 大佐もご無事で!』

「ああ、君も……」

 

 去るジャスティスを尻目に、フリーダムはペルグランデの方へと向き直る。

 キラもコックピットでしっかりとペルグランデを、そしてレイダーとフォビドゥンとコラプスを見やるが……。

 

『ロマさん……』

「ああ、助かる。しかし……」

 

『たくっ、うぜぇっ!』

「クロトっ!?」

 

 レイダーが“ペルグランデのドラグーンに”ツォーンを放つ。

 しかし、MSの二倍はあろうドラグーンは素早くそれを回避してみせた。

 さらにシャニがエクツァーンを撃つが、直撃したところでそれは弾かれた───PS装甲である。

 

 フリーダムのコックピットで混乱するキラ。

 同様にロマも少しばかりの混乱を見せた。

 

「クロト、シャニ……私の味方をッ!?」

『ハァン、私らはいつだって……生き残ることしか考えてないからさ』

『そーいうことっ、だから後のことはおにーさんがなんとかしろよなっ!』

 

 反旗を翻したレイダーとフォビドゥンに、ストライクダガーとペルグランデが攻撃を開始。

 かといって、素直にそのような攻撃の直撃を受ける二人でもなく、回避しながら攻撃を開始。

 

『ロマさん、彼女たちは!?』

「味方で良い。今は……!」

 

 ストライクダガーへと銃口を向けるディザスターが、器用に照準をずらしてビームライフルの腕部を破壊して見せる。

 自らがそういう芸当をすることになると思わなかったと、顔を顰めるロマ。

 所謂“メインキャラ”ならともかく、よりにもよって見ず知らずの者を相手に、だ。

 

 

 ───私自身の薄っぺらさが透けて見えるようだな……ッ!

 

 

 フォビドゥンがゲシュマイディッヒ・パンツァーでペルグランデからのビームを曲げる。

 それが明後日の方向へと飛んでいけば、その先で核の光が輝く。

 

『ハァン、おにーさんのなに、あんた?』

『えっ、ただの仲間で……』

『おいシャニぃ! 余裕かよ!?』

『だってぇ』

『くそっ、んでオルガがこんな時いねぇかなぁ、まとまらねぇんだよ!』

 

 そんな言葉に、ロマはオルガがいないことに確かな違和感を覚えた。

 

 二機のドラグーンがフリーダムを狙うが、キラはその間を縫うようにどうにか回避。

 焼かれた脚部の反応が鈍いことに顔を顰めつつも、ビームサーベルを抜き迫るビームガンを弾く。

 フリーダムを狙うドラグーンへと、フォビドゥンとレイダーの二機がフレスベルグとツォーンを撃つが、それらを受け付けない対ビーム加工された装甲。

 

「対ビームコーティングっ……チィッ!」

 

 さらに、この戦場においてやけに濁りのない、しかしながらごちゃごちゃとした敵意。

 まるで癇癪を起した子供が向けるような、不思議な感覚。それに戸惑いながらも、ロマは本能的に機体を動かす。

 直後、ディザスターがいた場所に迸るのは───テイルブレード。

 

「ハイータっ!」

『ハイータさん!?』

『おいハイータっ、おにーさんだって!』

 

 クロトが叫ぶが、ディザスターを追うように放たれるテイルブレードは止まらない。

 

『あぁっ! こんな幻ばかりっ、さっきからうるせぇんですよ!』

 

「ハイータっ、えぇぃ!」

『うっそでしょ!? あの女完全にラリってますわよ……っ!』

「わかっている!」

 

 錯乱しているのは、薬物は勿論、彼女のロマほどでもない程度の“感応力”によるものだろう。

 

 原因は、間違いなくそこに鎮座する巨大なモビルアーマー……“巨人”の名を冠する機体、ペルグランデ。

 パイロットは三人。外科手術により脳は物理的に繋がっており、“空間認識能力(その力)”が無くても自立兵器を使うことができる。

 

 だが故に、異様なモノを感じてしまう。

 さらに目の前で死んだと“刷り込まれた”人物までいるのだから、当然といえば当然なのだ。

 不安定なのはわかりきっていたのだから……。

 

「厄介なッ!」

『ロマくんは死んだんだっ、こっ、これは夢でっ、お、お前を倒せばっ、うぁぁっ! 頭の中を蛇がのたうつみたいなッ! い゛っ……あ゛ぁ゛っ! し、死ねっ、消えろぉっ!』

「話が通じる状態でもないかっ、まさか自らに“こんなこと”が降りかかるとはなっ!」

 

 テイルブレードを回避し、受け流しながらもロマはコラプスが下がっていくのをハッキリと意識する。

 目の前の事象から逃げるように下がるコラプスを、追わない選択肢など今のロマにはない。

 だからこそ……。

 

「キラっ、クロト、シャニ!」

 

 この激戦必至である戦場に、彼と彼女らを……。

 

『行ってください、ここは僕らが……ハイータさんを助けてあげてください!』

『ハァン、いいじゃん白い奴……』

『ってことなんでさっさといってこいよおにーさん!』

 

 一瞬ばかり目をつむり、苦々しい顔を浮かべるロマ。

 その心中は自分を罵倒する言葉で埋め尽くされているが、それでも目下やるべきはハイータを追うことだと感覚的に、本能的に判断してしまったのだ。

 そして、そんな判断を後押ししてくれる者たちがそこにはいる。

 

 すでにロマの識るところでない戦場で、ロマは識らぬ選択肢を取らざるを得ない。

 

「すまない!」

 

 離れるコラプスを追うディザスター。

 そのコクピットで、ロマは深く深呼吸をする。

 

『救うなんてできますの!?』

「戦いの中でも人を救う手段が、あると思うか……?」

『あるわけありませんわ、そんなもの!』

 

 尤もな言葉だと、ロマは頷いた。

 

「だが、やらなければならん……!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 戦艦、ドミニオンのブリッジにてウィリアム・サザーランドは一機のストライクダガーからの報告を聞き、凄まじい形相で激しく肘置きを叩いた。

 部下たちはビクッと震えるが、それに構っていられる状態でもない。

 

 状況は考えうる最悪の状態であり、プラントへもジェネシスへも、ただの一発たりとも核攻撃は届いていない。

 本命であるジェネシス攻略が邪魔されていないのは救いではあるが、だが好調とも言い難く、防衛網はじわじわと下がってはいるようだが、このままでは次の一撃を許してしまう。

 次、月基地を焼き払われるのはこの際“まだまし”ではある……地球を狙われようものなら本当に終わりだ。

 

 サザーランドは思考する。

 プラントへの核攻撃さえ無ければ、状況は違ったのかと……防衛部隊を分散させるためにプラントへ攻撃することが、なにか……。

 

「ッ!」

 

 サザーランドは、真っ直ぐにプラントを見据えながら、顔をしかめて部下に指示を出す。

 

「……転進! セラフィムへ向かえ! 奴は、ロマ・バエルは来るはずだッ!」

「しかし大佐、セラフィムは別方面に……アークエンジェルの迎撃に出てますよ!?」

 

 セラフィムが間違ってもアークエンジェル側に寝返らぬようにと、サザーランドはアズラエルに部下二人をつけてはいる。

 つまりは人質的な意味合い。なにかしようものなら彼女の命はないぞ、という圧もかけた。アズラエルがあの艦において、それなりの人望を得ていると理解して……。

 だからこそ、既にあちらに行く必要などないのだろう。

 セラフィムが討たれるならばそれで良い、逆もまた然り。

 

 だが、それでもサザーランドは、ジェネシスでもプラントでもなく……セラフィム(ロマ)を選んだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 三隻同盟でも、クサナギに搭載された部隊はジェネシス攻略を進めていた。

 本来であれば三隻同盟はプラント防衛にのみ専念する予定ではあったのだが……現状ではジェネシスへの核攻撃を援護する形になってしまったが、それを“嫌”の一言で片づけられる状態でもない。

 故に、キサカとカガリの提案、そしてラクスの承認を得て今ここでザフト防衛隊と戦闘を行っている。

 

 さすがに先までのロマのように堂々と共同作戦といけず、ある程度の距離は離れているが、やはり連合もそうだがオーブの人間たちが、お互いを信用できない故だろう。

 ともあれ、背後から撃たれる心配をするよりはよほどいい。

 

 

 カガリの駆る桜色のストライク、ストライクルージュが右手に持ったビームライフルでジンを撃ち貫く。

 

「やれる……ッ!」

 

 ストライクルージュはエールストライカーを装備して出撃しており、周囲のM1と連携を取りながら戦う。

 もちろんロマが言いつけたことであり、カガリは反対の意思を示すこともなく素直に三機のM1アストレイ、アサギ、マユラ、ジュリの三人と共に戦闘を続けていた。

 

『カガリ様っ!』

「わかっている!」

 

 マユラの叫ぶような声に返事をするなり、カガリはフットペダルを踏み込み、M1三人娘の連携攻撃を抜けたゲイツへとライフルを撃ちつつ、円の動きで近寄らせまいと牽制。

 しかし、そのパイロットもベテランではあるのだろう、三機の連携を抜けてきただけはありその程度、造作もないというように回避しつつ、ストライクルージュへと接近していく。

 

『姫様こっちへっ、えぇい!』

『ジンなんかが、邪魔をぉっ!』

 

 アサギとジュリの声が聞こえるが、マユラも含めて三人共手が離せる状態ではない。

 向けていたビームライフルがゲイツの<ロケットアンカー(エクステンショナル・アレスター)>に貫かれる。

 即座にそれを手放しシールドを使ってビームライフルの爆発を凌ぐも、シールドを降ろせば至近距離にゲイツ。

 

「ッ!?」

 

 既にビームクローの射程圏内、ゲイツが真っ直ぐにその腕を伸ばそうとする───瞬間。

 

「私だってっ、ここまで、気持ちだけで来たわけじゃないっ!」

 

 感情の爆発と極限状態が、カガリの『SEEDを持つ者』としての力を覚醒させる。

 人類種の可能性、キラ、アスランに次ぐ覚醒者。

 

 カガリがフットペダルを強く踏み込む。

 

「ッ!」

 

 ストライクルージュが後ろへと倒れ、腕を真っ直ぐ伸ばしたゲイツのその一撃を回避───それと共に、縦に回転し、所謂サマーソルトの形でゲイツの頭部を、蹴り飛ばした。

 さらにそのまま回転するストライクルージュは、シールドをパージしつつ、左手で右腰部の“柄”を掴む。

 

「アイツに、今更説教されてたまるか……!」

 

 そして一回転を終えるなり、装備された“9.1メートル対艦刀”を引き抜きゲイツの左腕を斬りおとす。

 ゲイツは即座に背後に下がってストライクルージュと距離を取りつつ、右手のビームライフルを撃ちつつ、再度エクステンショナル・アレスターを放った。

 カガリはビームライフルを回避しつつ、素早く左腕に握った対艦刀を振るいアンカーを弾き───加速。

 一気に距離をつめつつ、空いた右手で背中のビームサーベルを抜刀し、そのままゲイツを袈裟斬り。

 

「ッ!」

 

 ストライクルージュを素早く別方向へと加速させ、爆散するゲイツから離脱。

 

「はぁっ、はぁっ……次ッ!」

『カガリ様凄いっ!』

『そんな強いなら最初から本気だしてくださいよっ!』

「うるさい! 最初から本気だ!」

 

 嘘ではないが、突然動きが変わればそう言われるのも詮方ないことだろう。

 

「いくぞ、ジェネシスを撃たせるわけにはいかないんだからっ」

 

 カガリのその言葉に、アストレイ三人娘が『はーい!』と気の抜けるような返事を返す。

 別段緊張してないわけでも気を抜いているわけでもないが、それもまたいつも通りを心がける故なのだろうと、カガリは自分を納得させつつ、対艦刀とビームサーベルを納刀し、シールドを回収。

 ジェネシスまではまだ距離がある、だが……。

 

「オーブを、地球を撃たせるわけには……ッ!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 戦艦セラフィムに大口径ビーム砲が掠る。

 

「くッ、アークエンジェル……っ!」

 

 それだけで艦内は大きく揺れ、その衝撃にブリッジの艦長席に座るナタル・バジルールは顔を顰めた。

 視界に映る白い戦艦、アークエンジェルの損傷も決して軽微ではないが、他の友軍艦が破壊されてからこちらの損傷が徐々にアークエンジェルに追いついてきてしまっている。

 だが……。

 

「ちょっとちょっと! なにやってんですか、このままじゃ落ちちゃいますよ?」

 

 近くの座席に座っているアズラエルが、半笑いで煽るような声を上げる。

 

「あっちの攻撃ばっかり当たってるじゃないですか、ブリッジ直撃なんて勘弁してくださいよぉ?」

 

 顔をしかめてそちらを見るナタルの視界に映るアズラエルは手錠を掛けられており、その背後にはノーマルスーツを着た男性兵士が二人。

 どちらも銃を持っており、ウィリアム・サザーランドから送られてきたその二人は、なにかあればその銃口をアズラエルを含め自分たちにも向けるのだろう。

 しかし、彼らをブリッジに上げたのはナタルであり、彼らも状況が見えぬ状況を恐れてアズラエルを連れて上がってきた。

 

 アークエンジェルと円を描くような動きで牽制しあいながら、ナタルはアズラエルの背後の男たちの方に視線を向ける。

 

「カラミティを出撃させれば迎撃可能です。あちらにモビルスーツが戻ってくる前に……出撃させる許可が頂ければそれで終わりますが?」

「へぇ、らしいけど?」

「許可が、いただけますか?」

 

 目を細めてそう言うが、二人の兵はお互いにしかめた顔を見合わせた。

 ナタルの言うことは尤もではあるが、ウィリアム・サザーランドから伝えられた言葉では<ブーステッドマン>と<コーディネイターの小娘>、そしてムルタ・アズラエルはロマ・K・バエルを相手にする場合の切札であり、それらを自由にするということはその分、彼に対してのカードが減ることと同義。

 故に、すでにクロト・ブエルを解放してしまった今、オルガ・サブナックを解放しては手元にはムルタ・アズラエルのみになる。

 

 彼らは<ロマ・K・バエル>という人間を知らない。

 ロマに対する理解が深い人間であれば、その面々を人質に取るならば一人であろうと二人であろうと、彼が止まることには変わりないということを察することができるが、彼らはそうではなかった。

 だからこそ、葛藤する。

 

 そして彼らは、ナタルたちに聞こえぬように相談を始めた。

 

「ナタルさん!」

「っ、なんだ!」

 

 もう少しで最後の一手を打てるところだったが、突然フレイが叫ぶ。

 焦るような声もそうだが、呼び方が“艦長”ではなく名前呼びなところからして、かなり混乱しているのは理解でき、故にナタルも強く応えた。

 

「コラプス、ハイータ中尉がこちらに接近中!」

「なに!?」

 

 この状況でハイータが戻ってきてはならない理由が、セラフィムひいてはナタルにはある……オルガが出撃できそうなこの状況では、あまりにタイミングが悪い。

 ナタルは苦虫を噛んだような顔をしながら正面を向く。

 アークエンジェルからの攻撃はもちろん止まない、こちらも止めるわけにはいかない。

 

 戦わない選択肢は、現状においてはない。

 

「コラプス……でぃ、ディザスターと交戦を続けつつ接近中!」

「ディザスターだとッ!?」

 

 ナタルがアズラエルの方をわずかに見れば、彼女は先ほどとは違う……どこか穏やかな表情で微笑を浮かべていた。

 

 だが、その背後のサザーランドの兵二人は違う。

 険しい表情で持っていた銃の銃口をアズラエルへと向けている。

 それに小さな悲鳴をあげるフレイと、ピンと張りつめるブリッジの空気。

 

「コラプスとコーディネイターの帰還先はドミニオンになっているはずだっ!」

「薬物ガンガンに入れたんでしょぉ? そりゃ冷静に判断できないでしょう、帰巣本能って奴じゃないですかぁ? ま、貴方達にはわかりませんかぁ、このレベルの話は~♪」

「黙れっ!」

 

 アズラエルが間延びするような声でそう言えば、兵が苛立つように叫ぶが、フレイは次いで焦ったような声で声を上げる。

 

「コラプス、損傷してますっ!」

「一度コラプスを収容し、カラミティでディザスターを迎撃します。よろしいですね?」

「ダメだっ! コーディネイターをそのまま戦わせろっ」

 

 空気感にあてられたのか、彼らもかなり焦ったように言う。

 

「貴方達はあまり見てないかもしれませんけど、バエルであれば機体を破壊したあと戦艦を落とすぐらいわけありませんよ?」

 

 アズラエルの言葉に、さらに兵は追い詰められていく。

 

「少なからず、今の内にサブナックをカラミティに乗せてでもおかないと、コラプスが撃破された瞬間こっちもすぐにバァン♪ とやられておしまいですけど───貴方達、理解してます?」

 

 それまで半笑いでどこかバカにしていたように言うアズラエルだったが、最後の言葉だけは真剣な声音。

 言っていることは全て事実であると言うように……いや、それ自体は彼らも理解しているのだろう。なんなら彼らの方がロマに怯えているのだ。

 そう、彼のカリスマ性についても……だからこそ、ロマの“元仲間”を解放することに躊躇がある……。

 

「ぐ、ぐぐっ……!」

「お、おい、やっぱり!」

 

 一人の兵がもう一人の肩を掴む。

 

「少なからずこのままではアークエンジェルにも狙われ続けます!」

「くそっ、わかった! 出撃させろっ、ただし余計なことをしてみろ、お前ら全員道連れだ!」

 

 自棄になり叫ぶ兵に頷くなり、ナタルはもう一人の兵からオルガが監禁されている部屋のパスコードを聞く。

 これで、離れた戦場ではレイダーとフォビドゥンが裏切っているなどと報告があればどうなるか、想像もしたくないことではあるが、そうはなっていない―――現状は。

 

 ディザスターとコラプスは目視できる距離にまで近づいてくる。

 テイルブレードが飛び交い、ディザスターが二本の腕と、四本の隠し腕でそれらを捌く姿を確認。

 

「さ、逆賊を撃つ時間ですよ。艦長さん……?」

 

 アズラエルの言葉が後方から聞こえ……ナタルはフッ、と口元を綻ばせた。

 

 ナタルは自分自身、規律に厳しい軍人であろうとしているし、そのつもりだ。

 

 故に、この艦の主導権を握るのは最初から───。

 

 

「ゴットフリート照準、ディザスター!」

 

 

 ならば自分は、仕事を全うするのみだ。

 

 

 







お待たせしました、お待たせしすぎたかもしれません

要所要所はプロット組んであるものの
色々と整理しながら書いてるとどうにもこうにも、最終決戦は特に
書き直したい部分とか書き直してる内にこんなことに……


ハイータ乱心、お薬は用量用法を持って使用しましょう
サザーランドも乱心、原作アズにゃんの皺寄せというかなんというか

ペルグランデは本来の要塞防衛の用途ではないので若干改変して固定砲台感が薄くなってたり
まぁ形はまんまだと思っていただいて大丈夫です


ともあれ、次回はもっと早く更新できると思います

あとアズにゃん女の子にしてるんだからジブリールもジブにゃんにした方が良い気がしてきた今日この頃の私でございます
別にストーリーにそれほど影響ないし()


では、次回もお楽しみいただければです



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崩壊の宇宙

 

 ロマ・K・バエルはディザスターを駆る。

 

 四方八方・全射程(オールレンジ)から放たれる攻撃を回避、相殺させながら、恐れと哀しみを振りまき自らの“帰る場所”へと逃げ惑う“守るべき者”を追って行く。

 赤橙色の装甲を持つモビルスーツコラプスを追う、赤銅色のモビルスーツ。

 

 コックピットの中で、ロマは苦々しい表情を浮かべながらコラプスからの攻撃を回避していく。既に隠し腕ことファウスト・ヌルまで起動しているものの、捌くので精一杯だった。

 テイルブレードに幾度となく攻撃を仕掛けているが、上手いことテイルブレードが他のテイルブレードをカバーする。

 薬物で錯乱状態とは思えない精密な操作……。

 

「いや、錯乱状態だからこそ、庇うのかっ……?」

 

 舌打ちをするなり、片手でヘルメットを外して後ろへと放り投げる。

 

『ちょっ、後ろに投げないでくださいまし!』

「こちらの方がやはり慣れているな……!」

『聞きなさいな!』

 

 いつも通りのチェシャの声を聞くと、どことなく安心感を感じるロマ。

 正直に言えば調子に乗るし煽られるし、なんてことは容易に想像がつく故に言えないが、すっかり彼女といるのが当たり前になっているということだろうと自覚する。

 もちろん“いるのが当たり前”という感覚であるならば、アズラエルや三人娘、そして目の前の女もまた然り。

 故に彼は“想像する日常”を再度続けるために、目の前の彼女にしっかりと意識を向ける。

 

 コラプスは両腕を失っているものの、テイルブレードがある限り戦闘不能にできたとは言い難い。

 

『艦砲射撃!』

「チィ、射程圏内かっ!」

 

 素早く機体を翻し、セラフィムから放たれたゴットフリートを回避する。

 敵艦に近づいているのだから攻撃は飛んできて当然ではあるが、遠慮なしの攻撃にロマは思わず苦笑を零す。

 彼女らが自らになんの“警告”もなく攻撃をするとは思えない。思いたくないのかもしれないが、それを鑑みたうえで現実的ではない。

 

 ともなれば、撃たざるを得ない理由がある。と思ったほうが良いだろう。

 

「人質? えぇいっ、クロトたちに詳しく聞いておくべきだったな……!」

『そんな暇ありませんでしたでしょう!』

「違いないなっ!」

 

 テイルブレードだけで手一杯にも関わらず、さらにセラフィムからの射撃ともなれば捌ききる自信がない。向こうが“わざと外して”くれたとしても、ロマの予想通り“人質がとられている”のだとしたら、わざと外すにも限界があるはずだ。

 だが、その余裕が生まれるほど、ハイータの攻撃に隙はない。錯乱していようと、それは変わらないだろう。

 だが……。

 

『大佐! セラフィムはこちらでっ!』

 

 通信でマリュー・ラミアスの声が聞こえる。

 

「頼んだ……!」

 

 本音を零すのであれば『撃墜しないように』と言いたいところではあったが、さすがにわざわざそれを言うことなどできない。

 ナタルが上手いこと撃墜されず撃墜せず戦闘を継続してくれるのを願うのみだ。

 それか、こちらが早々にことを終わらせるか。

 

 それができれば今もこんなに苦労はしていないのだが……。

 

『仕方ありませんわね! ファウスト・ヌルを射出しますわよ!』

「っ……他に方法もないかっ!」

 

 ファウスト・ヌルを隠し腕として接続したまま使う場合と、射出しオールレンジ攻撃兵器として使用するのとではまた違ってくる。主にチェシャに接続されている脳への負担が……だが、ここで使わない選択肢はないだろう。

 彼の識る歴史通りにことが進むのであれば、この後に自分の出番はほとんどないはずで……それでなくとも、ハイータを取り戻さなければ……。

 

「私がここにいる意味がないっ……存在する意義もッ!」

 

 吐き出すように、ロマはそう零した。

 

『いきますわよ……ディザスター、バトル・ゴー! ですわ!』

「お前はいつも楽しそうだな……!」

 

 有線式オールレンジ兵装、ファウスト・ヌルが射出される。

 九本のテイルブレードがディザスターの周囲を囲むように展開されていたが、独自に動く四本の腕はコラプスのテイルブレードを狙い攻撃を始めた。

 指先からのビームクロー。あるいは手首部分からのビームガン。

 防戦一方であったロマだったが、テイルブレードの隊列やパターンが崩れたことにより、瞳を鋭く細めて視線の先に映るコラプスを見やり、口元に笑みを浮かべる。

 

「ハイータ……!」

 

 ロマは操縦桿を引きフットペダルを踏み込む。

 

「逃がさんッ!」

 

 加速したディザスターに、チェシャのファウスト・ヌルをもってしてもカバーしきれないテイルブレードが飛ぶ。

 だが、本数が先ほどとは違うからだろう、機体を逸らし回避しながらコラプスまでの距離を詰めるほどの余裕は生まれた。

 ある程度の距離まで接近するなり、ロマはディザスターの右腕をコラプスへと向けて、射出させる。

 

「掴まえたッ!」

 

 放たれた腕はコラプスの左脚を掴む。

 

「ハイータ!」

『……うぁっ!? その声でっ、喋るなァッ!』

「オレは、ここにいるッ!」

 

 勢いよく回収される腕と共に、コラプスもディザスターへと近づく。

 範囲内に入るなり、コラプスの掴んでいない右脚が横薙ぎに振るわれるが、PS装甲に任せてその一撃を受けながら組みついた。

 激しく揺れたコックピットだが、構いはしない。

 

 超至近距離、ロマは通信で聞こえるハイータの叫びに顔を顰める。

 

「これならばテイルブレードは使えないなっ!」

『アハハハッ! ロマくんっ、いま、逝くからっ!』

「ッ!?」

 

 ロマの視界に、モニターに映るのは複数のテイルブレード。

 

「諸共かっ!?」

『あぁ、これでやっと……』

「ハイータッ!」

 

 視界に入る四つのテイルブレードが四機のファウスト・ヌルに貫かれる。

 まだ展開されている五機の内の一機に、空いた左腕を向けて射出するがそれは呆気なく回避され、別のテイルブレードが、射出したディザスターの左腕を貫くも、腕に巻き込まれ共に爆散

 残りは四、それらを止める術を今のディザスターが持っているわけもない。

 

 ハイータだけでもなんとか離脱させたいが、今の状況ではそうもいかないだろう。

 

 ―――離して私だけ離脱、いや……そんな選択肢はッ!

 

『なにやってんだよロマァ!』

「ッ!?」

 

 瞬間、放たれた三本のビーム砲がまとめて四つのテイルブレードを破壊。

 

 聞きなれた声、見慣れた機体───カラミティが、そこにはいた。

 

「オルガ!?」

『チッ、撃っちまった!』

 

 焦るような声。

 それを聞き、ロマは急ぎセラフィムの方へと意識を向ける。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 セラフィムのブリッジでは、カラミティがディザスターを援護した光景がハッキリと見えていた。

 アークエンジェルからの攻撃はまだ続く、しかしこの状況で動かない選択肢もない。今ここで、チャンスを逃せばさらに厄介なことになるのは明白だった。

 だからこそ、サザーランドの兵二人が混乱している今がチャンスであろう。

 

 だからこそ、一番最初に動いたのは、ナタルだった。

 

 前を向いたまま握っていた拳銃を立ち上がると同時に背後に向けて、お手本のような動作で―――撃つ。

 

「がっ!」

「なぁっ!?」

 

 一人の兵士の肩を撃ち抜く。

 顔をしかめるナタルだが、形式上は味方である相手に先制して銃弾を撃ちこんだのだから当然といえば当然であろう。

 もう一人に銃を向けるが、その兵は既にナタルへと銃口を向けていた。

 だがそれも、ナタルとしては思惑通りと言ったところだ……。

 

「っ……!」

 

 一人を行動不能にできたとしても、こうなることは目に見えていた。

 覚悟はしていたのだ。だがこうでもしなければ、彼女が生き残るには、他の手は無かったとナタルは結論を出した。

 故に……。

 

「大佐、あとは……」

「だめっ! もうやめて!」

 

 瞬間、飛びだしたのはフレイ・アルスター。

 

 彼女がナタルに銃を向けていた兵へと体当たりをするように掴みかかり、怯ませる。

 銃弾がブリッジの天井へとぶつかり跳弾するも、誰にもあたることもなかったが、すぐに蹴り飛ばされたフレイがアズラエルの座っていた椅子にぶつかった。

 だがそんな彼女の隣に、手錠をされたままのアズラエル。

 

「こらっ! なにやってんの!?」

 

 咎めるように言うアズラエルだが、そんな彼女へとフレイを突き飛ばした兵は、混乱してかアズラエルでもナタルでもなく、フレイに銃口を向ける。

 引き鉄を指が引こうとするその寸前、鈍い音がすると共に、その兵が白目をむいて、気を失う。

 

 そしてそんな兵の後ろには、“レンチ”を振り下ろした女性。

 アズラエルは、見知ったその顔にホッと息をつく。

 

 その女は、ロマの専属ともいえる整備士である。

 かつてプトレマイオス基地に配属されていた整備士であり、その後にアズラエルお抱えのロマの、お抱えの整備士となった女性。

 ナタルがアズラエルの隣へとやってくる。

 

「大丈夫ですか理事」

「えぇ、どうもご苦労かけまし───ッ」

 

 ナタルが、アズラエルへと飛びかかった。

 周囲が驚愕するよりも早く、なにかが弾けるような音がする。

 

「なんのつもり……っ!?」

 

 ハッとしたアズラエルの視界に映るのは、無重力故に浮き上がる球になった血。

 

「くっ!」

 

 すぐに視線を動かし確認すれば、最初にナタルが撃った兵が拳銃を片手に持っていた。

 即座に他のブリッジクルー数人がその兵を取り押さえるが、アズラエルはそれを確認するなり、無重力下で、近くの椅子を使い器用にナタルと自分の身体を入れ替えた。

 ナタルを支えながら、負傷した場所を確認……負傷箇所は肩、銃弾は抜けている。

 

「う゛ぁっ……!」

「バジルール!」

 

 叫ぶアズラエルに、ナタルが弱弱しく笑みを浮かべる。

 

「無事、ですか……」

「あ、あなたっ……!」

「ナタルさんっ!? い、いやっ、し、しっかりして! し、止血、止血しないとっ!」

 

 悲痛な表情で顔をしかめるアズラエルとフレイ。

 怪我をしたハイータを世話していたこともあって、焦りながらもすぐに止血に動くフレイ。

 

 アズラエルも手を貸そうとした……次の瞬間、セラフィムが激しく揺れた。

 

「きゃぁっ!?」

 

 次いで数秒もしないうちに、さらに轟音と共に揺れる。

 

「なっ!? なにが起きた!」

 

 その白いスーツを、ナタルの血で真っ赤に染めながら、アズラエルは叫んだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 錯乱したハイータと共に死するしかないという状況で、予想外の味方。

 自らを援護し、コラプスの抵抗の手段を奪うことに手を貸したカラミティ、そしてそのパイロットのオルガ。

 彼女の焦るような声に、セラフィムの方へと意識を向けるロマであったが、すぐに別のことに気づく。

 黒い戦艦が、セラフィムへと攻撃を開始した。

 

 ―――ドミニオン! サザーランド、なぜこちらにッ!?

 

「マズイっ!」

 

 アークエンジェルをモニターで確認すれば、開いたハッチに“損傷したストライク”が入っていくのが確認できる。

 ともなれば、もう“その時”なのだとロマは理解した。原作(本来)であれば、アークエンジェルがドミニオンに撃たれる───その時。

 だが、その照準はセラフィムに向けられている。

 

「ッ!」

『オイオイオイ! マジかよっ!?』

 

 焦るようなオルガの声に、コラプスを離す。すでに攻撃手段など胸部機関砲ぐらいなのだから、構わない。

 それよりもセラフィムの方へと……と言う判断だが、状況を理解し焦る理性的なロマよりも、本能的な彼女は早かった。

 ロマの耳に入るのはハイータの声。

 

『わ、私たちのっ、ロマくんの帰る場所っ!!』

「ハイータっ! なにをする!?」

 

 突如動き出したコラプスがディザスターを蹴り飛ばすなり、加速する。

 

「ハイータ……ッ!?」

 

 突如、妙な感覚。背後からだ。

 

「チェシャ!?」

『い、いカラ、いきな、サイ、あナタ!』

「ッ!」

 

 後ろ髪を引かれるが、構わずフットペダルを踏み込んでコラプスを追う。

 すでにドミニオンのローエングリンは展開されており、その照準はおそらく……セラフィム。

 

 先行するコラプスの速度は“制限(リミッター)”というものが外れているかのような速さであり、まともな人間が耐えれるものでもないだろう。

 だが、それでもディザスターは喰らいついていく。

 

「ハイータっ……! 止まれ、ハイータ……!」

 

『ッッ! ろ、まくんがっ……みんなのっ、かえる、ばしょっ……!』

 

 薬物の大量投与と刷り込み、さらに現れたロマに錯乱していながらも、それでも“セラフィム”を守るために、ハイータはコラプス真っ直ぐ突っ込ませる。

 ブレーキなど存在しないというように、止まる必要などないと言うように……。

 

 

 そしてそのままハイータ……コラプスは、ドミニオンにぶつかる寸前でバーニアを使い加速度を極力殺さぬままに体勢を変えると、ローエングリン発射口に右脚部で蹴りを撃ちこみ───同時にディザスターと同じ脚部クローを展開。

 

 突き刺さったクローがその発射口を破壊する。

 

 だが、機体本体の勢い故に右脚部が引き千切れた。

 

 しかして、それも計算通りなのだろう。

 もう一方のローエングリン発射口の方へと機体が勢いのまま飛んでいく。

 

 機体本体が回転しながらそちらへと辿りつく直前、ハイータはそれをやけにゆっくりと感じつつ、澄んだクリアな頭で、視界にチラッと映った赤銅色の機体に気づいた。

 先ほどと違い、穏やかな心でそれを受け入れた彼女は、日頃の“彼ら”を見守る時と変わりない笑みを浮かべている。

 

「あ、ロマくん……そんなところに、いたんだ……」

 

 そして、一回転したコラプスは残った左脚部でもう一方のローエングリン発射口に蹴りを撃ちこみクローを展開───破壊。

 発射寸前で攻撃を受け、そこは眩く輝く。

 

 その輝きを受ける大破したコラプス。だがコックピットの中で、ハイータは変わらず穏やかであった。

 ノイズの走るモニターに映る赤い戦艦と赤銅のモビルスーツ。

 

 そっと手を伸ばして、モニター内の“ディザスター”に触れる。

 

「ロマくん……」

 

 喜びの笑みを浮かべたハイータの瞳から溢れる涙が、ヘルメットの中で球となり浮く。

 最愛の者に、聞こえてはおらずとも、それでも……。

 

「“あの時”、“私”を見つけてくれて───」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ハイィタァァァッッ!!」

 

 

 ディザスターのコックピットで叫ぶロマ。

 無情にも視線の先にある二つのローエングリン発射口部分は爆発し、一方はコラプスの右脚を巻き込んで、もう一方は“コラプス”本体を巻き込む……。

 爆発の規模はとても小さいとは言えず、ドミニオンはほぼ大破。

 

 ロマはディザスターをそのまま加速させ、まだ無事であり射撃体制に入っていたゴットフリート二門をビームクローで斬り裂き、抜ける。

 まだドミニオンは轟沈には至っていない……しかし、戦う力は無いだろう。

 

「ハイータっ……!」

 

 ローエングリン発射口付近をモニターに捉え確認。

 徐々に爆煙が晴れていくも、コラプスとドミニオンの残骸ばかりがロマの視界に入っていく。

 混乱するロマはまともな思考もできないままに、コックピット内で自らの膝を強く叩いた。

 

「私は……っ!!」

 

 だが、それでも……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 セラフィムのブリッジ。そこから見えるのはローエングリンとゴットフリートを破壊され、黒煙をあげるドミニオン。

 今現在、セラフィムは丁度、ドミニオンの真正面を捉える形となっている。

 ブリッジは沈黙している。

 空気が重い、等と言うよりは、誰もが現状を理解するのに時間がかかっている、のだろう……。

 

 撃たれると思った瞬間、コラプスが特攻、そしてディザスターの攻撃。

 

 先の攻撃ですでにセラフィムに航行機能はほぼ失っており、この艦にこのまま乗っていれば撃たれるのを待つだけだ。

 それを理解したからこそ、最も混乱していて然るべきアズラエルだったが、叫ぶ。

 

「総員退艦っ!」

 

 唖然とするクルーたちを余所に、アズラエルはナタルの拳銃を手に取るなり、彼女をフレイに任せて真上に拳銃を放つ。

 跳弾するが、それもまた誰かを傷つけるでもない。

 しかし、唖然としていたクルーたちの横っ面を叩くには十分で、クルーたちは一斉にアズラエルの方を向く。

 

「しかし理事っ!」

「私達もっ」

「私が命令してるんだっ!」

 

 食い下がるクルーに、鋭い眼を向ける。

 その眼力に言い淀む彼らではあったが、それでも構わぬというようにアズラエルは、続けて場所を移動した。

 やるべきことは一つであり、そこに座るクルーを押しのける。

 

「君たちはそれに従うのが仕事だろっ! いちいち逆らうなっ!」

 

 確かな怒り、彼女の爆発する感情。

 誰も、食い下がることなどできないのは、やはり“彼女たち”の関係性を理解しているから……。

 

 ハイータ・ヤマムラが死んだ。

 ムルタ・アズラエルは無意識下で、このまま少しでも立ち止まれば動けないことを理解しているからこそ、だからこそ、間髪入れず行動した。

 だがそんな彼女に、フレイが叫ぶ。

 

「あ、アズラエル理事っ!」

「ッ、黙ってアークエンジェルに行けよ!」

 

 手錠をされたまま、素早くパネルを操作していく。

 セラフィムのローエングリンが展開されれば、その照準は当然のことながらドミニオン。

 瞳一杯に涙を溜めて、それでも怒れる瞳で黒い天使を睨みつけて……。

 

「ナタルさんっ!?」

 

 フレイの声、それから誰かがアズラエルに掴みかかる。

 弱弱しいその力に、振り返れば、そこにはナタル・バジルール。

 

 だが、彼女は力を振り絞ってアズラエルの横っ面を―――引っ叩いた。

 

「あ、なっ……私にこんなことして、どうなるかわかって―――」

「貴女は、生きるべき人だっ……私達と、共にっ……」

 

 自棄っぱちになっている冷静でないアズラエルに、ナタルは負傷した身体をそのままに掴みかかる。

 アズラエルは眼を見開いてから、瞑った。

 瞳に溜まった涙が、球になり宙を漂う。

 

「わかってますよ……言われなくたって死ぬつもりなんてないっ!」

 

 フレイがやってきてナタルを引き受ける。

 アズラエルは再びコントロールパネルの操作を始め、他のクルーも艦の制御などで狙いを確実なものにする手伝いを始めた。

 そして、数分もしない内にすべてが終わり、アズラエルはその瞳に黒き堕天使を捉える。

 

「私たちは勝つんだ……」

 

 原作(本来)であれば“ムルタ・アズラエル”が乗るべきで、討たれるはずだったドミニオンを。

 

「そうさ、いつだって……!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ドミニオンのブリッジにて、艦長席に座るウィリアム・サザーランド。

 前のめりになっていた彼だったが、脱力して深く椅子に腰かける形になる。

 ブリッジから見えるセラフィムはローエングリンを展開しており、それでなくともすぐ近くにはディザスター……抵抗する手段であるゴットフリートとローエングリンは既に使い物にならない。

 

「ローエングリン、ゴットフリート共に使用不可っ!」

「インゲンス、到着までまだかかりますっ! このままではっ!」

 

「総員、退艦せよ」

 

 その言葉に、クルーたちが慌てたようにブリッジから出て行く。

 深く椅子に座って、やけに落ち着いたように天井を仰ぎ見るサザーランド。

 

「ロマ・K・バエル……お前は、すべてのナチュラルの希望になる男なのだ。なのに、なぜ……プラントなど捨て置けばそれで良かったのだ。なぜ裏切ったっ……」

 

 今まで言っていたロマへの評と、まったく違うことを呟くサザーランドだが、それが彼の本心なのかもしれない。

 

「嫌いなのだな、あのような立場で甘んじる貴様が……」

 

 だから後顧の憂いが無いように、アズラエルを盟主の立場から蹴落とす手伝いをした。

 

 盟主の座をロード・ジブリールに引き継がせ、彼を縛る全てを薙ぎ払い……。

 

 数多の感情、数多の選択肢がサザーランドを狂わせる。

 

 元を正せば、ただ一人の男が狂わした。

 

 同胞(ナチュラル)でありながら、宿敵(コーディネイター)を圧倒する自然(ナチュラル)な力。

 今まで存在しえた者たちでも、あれほどの力を持つ者はいなかった。だからこそ“希望”であったのだ。

 そしてそんな希望であった者を生かすための選択をしたつもりが、結果的にこうした未来に繋がった。

 

 理性で押さえつけた情動が、数多の選択を間違わせる。

 

 今、ここにいる理由さえそうだ。

 

 大きな希望を見た。

 

 それが崩壊の始まりであったのだろう。

 

「ロマ・バエル。お前は背負って立ち……戦い、導くべき者だったはずだ……」

 

 副官がサザーランドへと詰め寄る。

 

「大佐はやく! 我々も退艦をっ……急いでくださいっ!」

 

 だが、既に間に合わない。

 プラントを攻撃していた核部隊も、すでに全滅しているだろう。

 

 敗北を冷静に分析しながら、サザーランドは副官へと視線も向けないまま、呟く。

 

 

「……私はなにか、間違っていたのか?」

 

 

 瞬間───ローエングリンの光がドミニオンのブリッジを貫いた。

 

 







しっかりクライマックス感が出てきました
ハイータは……とりあえずなにも語るまいということで
たぶんご察しの通り、かも?

では、次回もお楽しみいただければです


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激動の宇宙

 

 アークエンジェルは、大破したセラフィムの近くを航行していた。

 セラフィムから一部の脱出艇が、そのまま問題なくアークエンジェルへと搬入されるのは偏にロマという男のそれまでの積み重ね故であろう。

 負傷していたナタル・バジルールは早々に医務室へと運び込まれ、他のクルーはアークエンジェルの応急処置などに協力している。

 

 まだそれほど時間も経っていないのだろう、離れているドミニオンは未だ黒煙をあげていた。

 

 アークエンジェルの傍にはディザスター。

 連合の部隊が近づいているという報告もあり、そこに長々といるわけにもいかないので手短に済ませようとロマは“格納庫”にいるマリューに通信を繋ぐ。

 サブモニターに映ったマリュー、そして隣にはアズラエル。

 その絵面に、思わず目を見開いて驚くも、すぐにいつも通り冷静な表情を顔に張りつけた。

 

「すまない、マリュー艦長……感謝する」

 

 モニターの中のマリューが、どことなく気まずそうな表情を浮かべるが、それもそうだろう。

 今の今まで“無理矢理”とはいえ、戦闘していた相手を受け入れる……いや、それはまだ良い。マリューとて“三隻同盟(その)”立場であるから、それを受け入れるの自体はそこまで抵抗はなかった。

 だが問題は、隣にいるのがブルーコスモス盟主であるということだ。

 

 それが“嫌”というよりは、緊張している。と言ったほうが正確であろう。

 

『いえ、その、アズラエル理事から軽く事情は聴きましたが……』

「そうか……理事を頼む。アズラエル理事も人の家で勝手な真似は」

『貴方は親ですか? 人様のホームでは大人しくしてますよ。私これでも政治屋の部類ですよ?』

 

 当然。という風に反論するアズラエルに、ロマは苦笑を浮かべた。

 眼が赤いが“それも当然”であり、今更触れることでもない。

 

『貴方に心配されるいわれはありませんよ。そんなことより、他にも心配事があるでしょう?』

「……ええ」

 

 間を開けてから、頷くロマ。

 クロトとシャニ、そしてゴエーティア隊の面々、それにジェネシスも……彼の“識る”歴史通りならばすべてこともなく進むはず……むしろ好転さえしていてもおかしくないが、どこか胸騒ぎが止まない。

 離れたドミニオンを見れば、時折小規模の爆発を起こしている。

 オルガのカラミティがハイータの捜索へと向かっているようだが……。

 

『失礼盟主さんっ、おいロマっ』

『ちょ、なんですあなたっ!?』

『ムウ!? あ、アズラエル理事に失礼なことしないっ!』

『失礼って言っただろ!』

 

 突然、マリューとアズラエルの間に割って入ったムウ。

 

「ムウ、負傷は……」

『クルーゼにやられたっ、アイツ新型の“ガンダム”に乗ってやがったけど、さっきハイータ嬢がやってたのと同じような攻撃をしてきやがるっ』

 

 オールレンジ攻撃、ドラグーン。

 ロマが知らないわけがない。

 

 なんなら“使用した”こともある……ゲームで。

 

 ロマはムウが負傷して戻るのも理解していたし、最悪ローエングリンの光に一時的にその存在が消え去ることすらも理解していた故に、罪悪感が心を苛む。

 今回に至っては、全力でどうにかしようとしたところでどうにかできたわけでもないが……。

 

『それにアイツっ、お前の名前も出してたっ……』

「なに……?」

 

 意外な言葉に、ロマは目を細めた。

 

 ロマの記憶が正しければ、ラウ・ル・クルーゼが固執し執着するのはただ二人。ムウ・ラ・フラガとキラ・ヤマト。

 クルーゼの中では、この世界は既に終末、破滅へと向かっており、後など無いはずだ。

 だからこそ、わざわざ自分へと意識を向けていることに驚いた。

 

 自らと同じように人の欲と業により生まれた素晴らしき存在、キラ・ヤマト。

 自らの元となった男に、役立たずと言われて切り捨てられた男、ムウ・ラ・フラガ。

 二人を討とうと、二人に討たれようと、それはラウ・ル・クルーゼにとっては……本望である。

 

 だからこそ理解できなかった。今さら“なんの因縁もないはず”の自分の名を出すということに……。

 

「ムウ、それは……」

『大佐! 敵機接近してきます!』

「チィッ!」

 

 ミリアリアの声と共に、長話もできないことを理解する。

 考察など後で良い。今やるべきことはオルガにハイータの生死の確認をしてもらうことと、自分がそれを守りきることだ。

 ハイータの死を確認するまで、ロマは諦めるつもりなどない。

 普通であれば撃墜されたと思うところではあるが、“ローエングリンの直撃”を受けて生きていた男が、ロマの目の前にいるのだ。

 

「話はここまでだっ……」

『あ、ああ、気を付けろよっ!』

 

 ムウの言葉に頷き、視線をアズラエルへと向ける。

 

『貴方、私のなんですから……』

 

 余計な言葉は必要ないということだろう。ただ、それだけを伝えるアズラエル。

 僅かに赤くなった、潤んだ瞳がロマを捉え……赤と青の瞳が、優しく彼女を捉える。

 

 やるべきことも、帰るべき場所もわかっているのだ。なにも迷う必要はない。

 

「ああ、わかっているよ。ムルタ」

 

 そう応えるなり、通信を切った。

 下手に会話を長引かせようものなら後ろ髪引かれることは明白なので、これ以上の会話は不要だ。

 ハイータのことについても、まだ心の整理がついていないし、余計な迷いを産むことだけは避けたい……。

 サブモニターに映るミリアリアに一声かけて通信を切ろうとしていると。

 

『なにか手伝えることは!?』

『えっ、フレイ!?』

「フレイが……?」

 

 サブモニターに映ったミリアリア・ハウの隣に、見慣れた赤い髪の少女が顔を出す。

 どこか凛々し気なその表情は、彼の“識っていた”彼女ではないが、彼の“知る”彼女だ。

 彼女、フレイ・アルスターにも譲れない想いと、叶えたい願いと、やりたいことが……やらなければならないことがある。

 

『大佐……ロマさん』

「……君は“アークエンジェル(そちら)”の方が似合ってるよ」

『あ、その、ありがとう、ございます』

 

 いつぞやの苦手意識もどこへやら、フレイは少し照れたように笑う。

 肉親のいない、天涯孤独のフレイではあるが、彼女はロマに、いつの間にか“兄”のようなイメージを持っていた。

 ハイータやナタルは姉、と言ったところだろうか……故に、彼女の目元にも涙の痕がある。

 

 ―――愛されてるな、ハイータ。

 

 ロマは軽く笑みを浮かべ頷く。

 ミリアリアとフレイが、ハッとした表情を浮かべる。

 

『大佐! カラミティが間もなく接敵します!』

「っ……援護に行く。アークエンジェルは後方へ!」

 

 フットペダルを踏み込むロマ。

 それと共にディザスターは、ドミニオン方面へと加速する。

 敵機とカラミティが交戦するより早く、ディザスターなら追いつくことも可能だろう。

 

「ザフトにこちらを攻撃する余裕があるとも思えんが、連合か?」

 

 ならば、説得の余地はあるだろう。

 

『おはようございましたわ! 覚・醒! 目を覚ませ私の世界が何者かに侵略されてますわ~!』

「うるせっ……って、チェシャ無事かっ!?」

 

 コラプスを追う際に起きた不調から、ロマは先ほどチェシャの再起動をかけた。

 少しばかり時間もかかるので、その間に敵機が接近しようものならアークエンジェルの防衛が手薄になる可能性もあり、いかんせん賭けではあったが……。

 

『無事も無事ですわよ! まったく勝手に眠らされるなんて! えっちなことする気でしたのね!?』

「んなわけあるか……」

 

 いつも通りのチェシャの声に、少しばかり安心感を抱く。

 

「だが、その不調。やはり脳波コントロールが原因だな」

『だからと言ってやらないわけにもいかなくってよ』

「……次はどうなるかわからんだろう。あのような状態になっておいて」

『いちいち細かいことを気にしやがる男ですわね!』

 

 なぜ自分がそう言われるのかロマはてんで理解できない。そりゃそうである。

 

『むっ、敵機モニターに!』

「ああ……ッ、コイツは!?」

 

 モニターに映ったのは、灰色の装甲を持つ―――ガンダム。

 

 背中には大きな“プラットフォーム”を背負っており、それにいくつも生えている突起は、全て“ドラグーン”。

 勿論、ロマは識っている。

 その機体を、そしてパイロットは仮面の男、ラウ・ル・クルーゼであることも。

 

 ―――天帝(プロヴィデンス)

 

「ガンダムっ!」

『目が二つついててアンテナがありゃなんでもガンダムですの!?』

「チィ、やれるのか……私にっ!?」

 

 チェシャの言葉にツッコむ余裕もないまま、ディザスターをカラミティの前方へと出すなり、プロヴィデンスが放った大型ビームライフルこと<ユーディキウム・ビームライフル>を、右手のビームクローで弾く。

 尋常ではないそのプレッシャーに、ロマは顔を顰める。

 

「ラウ・ル・クルーゼ……!」

 

 背後のカラミティから、通信。

 

『おい、もう大丈夫なのかよあっち!』

「ある程度はなっ、問題はこちらだ……並ではないッ!」

『お前がそんな言うってことはっ……くそっ! ハイータもまだ探せてねぇってのに!』

 

 左腕を失い、ファウスト・ヌルを使うわけにもいかないディザスターでどの程度までやれるか、睨み合いになるが、このまま先手を打たせるわけにもいかない。

 プロヴィデンスに向け徹甲弾を放つが、それは左腕に装備した<複合兵装防盾システム(シールド)>の先端から伸びた“大型ビームサーベル”で難なく弾かれる。

 次いでプロヴィデンスはビームサーベルを納めるなり、そのシールドの先端を二機の方へと向ける。

 

「オルガ!」

『わかってる!』

 

 二機が同時にその場から別方向へと飛べば、プロヴィデンスのシールド左右に装備されたビーム砲が放たれた。

 単純な攻撃ばかりだが、ロマは気を抜かない。

 プロヴィデンスのパイロット、ラウ・ル・クルーゼのことを鑑みれば当然の話である。

 

『オラァッ!』

 

 カラミティがシュラークとスキュラをプロヴィデンスに向けて放つが、プロヴィデンスはその間を縫い素早く回避。

 しかし、オルガとてその程度の回避は予測していないわけもなく、ケーファー・ツヴァイとトーデスブロックを回避先に放つ。

 プロヴィデンスは再び大型ビームサーベルを展開、横薙ぎに振るってそれらを一掃してみせた。

 

『チィ! こいつゥ!』

「気を付けろオルガッ! ビット攻撃がくるぞ!」

『ハァッ!? なんでわかんだよ、たくっ!』

 

 深く聞かないのは、ロマに一定の理解がある故だろう。

 ディザスターをプロヴィデンスへと接近させると、右腕のビームクローを振るう。

 後ろに下がるプロヴィデンスへと、振るったビームクローは本来であれば当たる距離でもないが、振るった直後に射出することでリーチをさらに伸ばした。

 しかしそれも……。

 

「凌ぐかッ!」

 

 左腕の盾にて防がれる。

 

『ハハハァッ! ロマ・カインハースト・バエル! まさか最後の刻を前に、君と逢うことになるとはな!』

「ラウ・ル・クルーゼっ……貴様が私を意識するとはッ!」

 

 プロヴィデンスの11基のドラグーンが展開される。

 即座に射出した腕部の回収を行うが、それより早くドラグーンから放たれたビームがワイヤーを焼き切った。

 これで左腕どころか右腕も使用不可だ。

 

『当然だよ! 私は君を討ちたいとすら思っている。思わせられている……!』

 

 ドラグーンの総数は11基だが、大型3、中型2、小型6。さらに砲門は大型ドラグーンに9門、その他に2門ずつという破格の手数。

 しかし、それらに狙われながらもディザスターの機動力を活かし、隙間を縫いながら回避しながら、接近を試みる。

 

「アル・ダ・フラガでも思い出すか……!?」

『そういう人を見透かすような物言い、不愉快だな!』

 

 当てずっぽうで言ってみたロマだが、どうやら図星だったのか、クルーゼは感情をむき出しにしながらビームライフルとビーム砲を放つ。

 それらもまた回避するが、攻撃手段もないロマにはどうにもできない。

 

 だからこそ……。

 

「くっ、チェシャ……!」

『待ってましたわよ、私のあなた!』

 

 ディザスターのツインアイが緑から、赤へと変わる。

 

『General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System……接続、有線式サブアーム【ファウスト・ヌル】起動』

 

 いつものチェシャらしくもない機械的な声音で機械的なことを言う。

 一抹の不安を感じながらも、ロマは彼女のソレを使わざるを得ない状況に顔をしかめつつ、ドラグーンの攻撃を回避していく。

 すぐに背中に装備された計4本のファウスト・ヌルが射出され、迎撃のために展開される。

 

『ハハハッ! おあつらえ向きだな、ロマ!』

「不本意ながらなッ! ラウッ!」

 

 プロヴィデンスへの接近をかけるディザスターへと向けられるドラグーン。

 ドラグーンを撃つためにファウスト・ヌルが射撃、そしてビームクローでの斬撃。

 お互いに一進一退、ドラグーンもファウスト・ヌルも落ちはしないが、その凄まじいビームの雨の中、踊るような二機の“ガンダム”。

 

『しかし、存外見ものだったじゃぁないかッ! 終末の扉が開く瞬間というのは……君も含めた人の業が、あれらを撃たせたのだッ! そしてそれが引き鉄となった! 止められないさ、君とて!!』

「止めるつもりさッ……でなければ貴様にニュートロン・ジャマー・キャンセラーの提供など求めるものか!」

『止められると思っていたのか!? 果て無き争いの連鎖を! 核の力を持って!? ハハハハッ! 楽観的だな! その結果がこれか!』

 

 ジェネシス、そして核。

 戦争が至るところまで至ったという結果。

 世界の終末は目に見えるレベルで迫り、今まさに終わりを迎えようとしている。

 ジェネシスが地球へと撃ちこまれると言う形で……。

 

 ロマとてただの一度もジェネシスを撃たせないなど無理なことは理解していた。

 ボアズごと焼き払われるということこそ想定していなかったが、それでも追い込まれたザフトがソレを放つのは明白であり、その一撃を持って核を使用し戦争を両者痛み分けの形で終わらすのが理想ではあったのだ。

 だが、そうはならなかった。

 

 結果として泥沼の決戦と化し、ジェネシスを破壊し、プラントと地球を守るという目的の達成さえも確実ではない。

 

「ただ一人の思惑で世界を好きに動かせると思うなッ……!」

『その言葉、そっくり君にお返ししようロマッ!』

「ッ!?」

 

 ディザスターを中心に大型ドラグーンがビームを照射。

 展開された<ビームカーテン>だが、普段のロマならば回避もできたことだろうが……揺さぶられ、迷いと動揺を孕んだ彼の反応は遅れ、ディザスターの左足を破壊される。

 致命傷こそ回避したものの、機動力への影響は避けられないだろう。

 

「ッ……私が一人でっ!?」

『君一人で人の業を止められると思ったのだろう!? 結果放たれた! 君の思惑を外れ……核は! プラントへ!』

「ッ!」

『浅はかだったな。人の欲と業を理解していないと見えるッ! 君が思う以上に醜いものだよ、人は!』

 

 どこまでラウ・ル・クルーゼがロマの“計画”を理解していたのかは不明だ。

 だがそれでも、彼はロマの思惑について理解があった。否、ロマ・K・バエルならば“こうする”と、感覚で理解してしまった。

 それにすら、クルーゼは嫌悪感を抱く。

 無論、見透かされたロマも。

 

『ごちゃごちゃうるっせぇんだよ! オラァッ!』

 

 オルガがカラミティの全武装を一斉射する。

 視覚外からの攻撃だが、クルーゼは直撃を回避。だが小型ドラグーンの一基が破壊された。

 

『チッ、あんだけやって一基かよっ』

『君のような小娘が我々の間に入るものではないなッ……!』

「やめろラウッ!」

 

 そんな言葉で止まるわけもなく、ドラグーンが一斉にカラミティを囲むように迫り、ビームが放たれる。

 

『くそっ! こいつゥッ!』

 

 なんとか一撃目は回避するオルガだが、それで攻撃が止むわけもない。

 一方でクルーゼはカラミティへの攻撃を行いながら、ロマのディザスターへと接近。

 ドラグーンを扱いながらその様なまね、並のパイロットができる業ではないだろう。

 

「オルガッ……えぇいッ!」

『よほど大事と見えるなッ!』

 

 振るわれるビームサーベルを回避するロマへ、流れるようにビームライフルが放たれるが、それも機体を後ろに倒して回避。

 ファウスト・ヌルがプロヴィデンスへの攻撃を開始するも、クルーゼは上手く回避する。

 双方共に回避という動きの無い戦いだが……故に、オルガの方に向かおうものならば、即座に狙い撃ちされるだろう。

 

「冗談ではないッ!」

『どうしますの、あナた……ッ!』

「ッ……オルガだ!」

了解(アイ・コピー)、デすわ!』

 

 ドラグーンを回避していくオルガだったが、その数の追撃に対応しきれるはずもない。

 特に重量級の機体であれば殊更難しいことであり、右脚、左腕、シュラークを二門、そして右腕に持っていたトーデスブロックも撃ち抜かれる。

 まともな機動はできなくなるカラミティへ、さらにドラグーンが迫る……。

 

『わりぃっ、ここまでかよっ……』

『覚悟なされるのは早くってよ、オレっ娘ッ!』

 

 オルガへ向けられたドラグーンが、一斉に散開し回避行動に移った。

 確実に仕留められるタイミングでのその行動に対し驚愕しながらも、オルガがモニターを確認すれば、ディザスターは未だプロヴィデンスと交戦中……と言っても防戦一方である。

 あまりに防戦一方で何事かとも思うが、その理由は攻撃手段であるファウスト・ヌルがオルガの方へと飛ばされているからだった。

 

 ディザスターはプロヴィデンスが振るうビームサーベルを回避。

 コックピットの中で、ロマはオルガの方を一瞬確認するが、ボロボロのカラミティへと向けられたドラグーンが一斉に散るのを見た。

 しかし、すぐに状況は一転する。

 

『そういうところがまた、私を苛立たせるのだよッ!』

「そうだろうと思うっ!」

 

 ドラグーンは一斉にファウスト・ヌルの有線ワイヤーをビームで焼き切る。

 

『やられましタわっ!』

「オルガは囮だろう。理解していたが……っ!」

『わかりやすいものだな。悲しいことと言っても良い!』

「なにを言うッ!」

 

 次いで、ドラグーンが一斉にディザスターを囲むが、やはりそれを紙一重で回避。僅かに肩部が焼かれるが、それほど支障もないはずだ。

 だが、抵抗の手段がないロマでは墜とされるのも時間の問題だろう。

 

 覚悟の決め時であることは理解している。抵抗の手段がないわけではない……。

 

「えぇい……ッ!」

 

 しかし、次の攻撃はなかった。

 ディザスターへとビームライフルを向けていたプロヴィデンスが後ろへと下がったからだ。

 そして、聞きなれた声がロマの耳に入る。

 

『ぐぅっ……抹殺ッ!』

 

 そしてそこに奔るのは、大口径ビーム。

 

「クロトかっ!?」

『あぁ゛ッ、わたしも、いる……けどねっ……!』

 

 クロトの声の後、シャニの声。

 先に放たれたツォーンに次いで、さらに放たれたフレスベルグだったが、プロヴィデンスはそれを回避。

 現れるレイダーとフォビドゥン、さらにバスターとデュエル、そしてフリーダム。

 

「ディアッカ! キラもっ!」

『おいおい、アンタがそんなやられるって冗談だろ!?』

「冗談ではないさ……」

 

 デュエル・アサルトシュラウドが一緒にいるところを見ると、無事に和解は済んだと言うことだろうと理解する。

 どの機体も大小なり損傷を抱えており、レイダーは左腕と左翼、右脚を失っている。

 フォビドゥンは右のゲシュマイディッヒ・パンツァーと右腕、フリーダムは左足と右翼。

 バスターとデュエルも欠損部位こそないものの、損傷が見て取れる。

 

 だが、この数を相手にするのはさすがのクルーゼも面倒だと踏んだのか、ドラグーンを回収するなり後ろへと下がる。

 

『ハハハッ! 君たちも特等席で見ておくと良い。世界の終わり……最後の扉が開く、その時をなぁッ!』

「ラウ・ル・クルーゼ……!」

 

 高笑いをしながら去っていくクルーゼをよそに、ロマは膝を叩く。

 結局なにもできなかったことに、そして……。

 

『お、おいっ、オルガ……大丈夫、かよっ!』

『うっせーよっ、別になんともねぇ……お前らの方がやべぇだろうが、さっさとアークエンジェルに行って薬もらってこいっ』

『え、なんで、あの白い船……?』

『色々あったんだっての……っ』

 

 アークエンジェルへと向かうレイダーとフォビドゥン、そしてカラミティを見ながら、ロマはディザスターの前腕を失った右腕を、浮いている右前腕に向け、そこから予備ワイヤーを射出し再度回収。

 右腕は戻ったのであとは他の腕の回収だ。ファウスト・ヌルにも予備ワイヤーが接続されているが、もう一度クルーゼと戦っても同じことの繰り返しだろう。

 それに……。

 

「チェシャ、無事か?」

『問題ございませんわぁ!』

「……ならいい」

 

 フリーダムがディザスターへと近づく。

 

『ロマさんっ! あの機体、まさか……』

「クルーゼだ。奴を追う……」

『隊長が……』

 

 デュエルのパイロット、イザーク・ジュールの声に、ロマは眉を顰める。

 明確にザフトを裏切ったわけでもないイザークには複雑な心境だろうということは理解しているつもりだ。だからこそ、追撃をさせるわけにも、ザフトと戦闘をさせるわけにもいかない。

 そして、連合の部隊が接近の報告は既に受けている故に、こちらを手薄にするわけにもいかないともなれば……。

 

「ディアッカ、デュエルと共にこちらでアークエンジェルを頼む。連合の部隊が近づいているそうだ」

『はぁ!? あんたはどうするつもりだよ!』

「キラと私でクルーゼを追う。野放しにしておけばエターナルが危ない」

『ラクスたちがっ!?』

 

 ロマとしても、損傷したフリーダムだけにクルーゼを任せるのが危険だということは理解している。

 小型ドラグーンが一基損耗した程度で、クルーゼの戦力が明確に変わるとも思えないからだ。それに、“これから”のことを思えば、キラに“勝利”以外の方法でクルーゼと決着をつけられるわけにいかないし、逆に自分だけでもクルーゼには勝てない。

 だからこそ、今はキラと協力してエターナルを守り、クルーゼを討つ必要があるのだ。

 

「頼むディアッカ、そしてデュエルのパイロット……」

『イザーク・ジュールだ』

 

 聞き覚えのある。懐かしい声だった。

 こんな時でもなければ、“必殺技”の一つでも言ってもらいたいほどだ。

 

「……そうか、イザーク。アークエンジェルを頼む」

『約束はできん』

 

 そう言いながらも、クロトたちと共にこちらに来た彼だ。

 ある程度の状況は協力してくれるのだろう。

 敵が連合と言うのならばなおさら……。

 

「しかし、それで十分だ……ディアッカも、アークエンジェルとあの三人を頼む」

『はいはい、了解っと……』

 

 気怠そうに言うが、少ない時間ながら彼もロマのことをどことなく理解はしているのだろう。

 

「それとアズラエル理事も」

『ハァッ!? それは聞いてねぇっておっさん!』

「おっさんという歳でもないよ私は……いくぞキラ!」

『はい!』

 

 キラが損傷したフリーダムの全力をもってエターナルの方へと飛ぶ。

 そして、ディザスターは緑色のツインアイを輝かせ、それを追い赤き軌跡を残し宇宙を奔る。

 

 ディザスターのコックピットから見る宇宙(ソラ)では、未だ絶え間なく光が点いて消えてを繰り返す。

 深く深呼吸をして、どんどんと離れていくフリーダムを見ながら、ロマは口を開いた。

 

「チェシャ……」

『ナん、ですの?』

 

 時折ノイズが奔る、たどたどしい機械音声が響く。

 

「すまん」

『……わたくし、アナタの、支援AIでしテ、よ?』

 

 今更、というチェシャの言葉に、ロマは微笑を浮かべた。

 

『存分ニ、使ってくれやがり、なさいまセ』

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 それだけを返し、一瞬だけ目を伏せたロマは、すぐに鋭い眼を開き。

 

 強く、操縦桿を握りしめた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ヤキン・ドゥーエ宙域で、連合艦隊とザフトの戦闘は未だ激しく続いていた。

 

 防衛線に穴を開けようと連合艦隊も必死ではあるが、それをやりながらも生き残ったピースメーカー隊を死守するのに戦力を割いてしまっていることもあり、いかんせん前線の部隊ばかりが消耗、勢いは当初と比べて随分と衰えている。

 その連合艦隊を援護するため、三隻同盟のクサナギとエターナル、そして元オーブのMS部隊は前線を往き、とうとうジェネシスを射程距離に捉えた。

 

 当初よりも連合艦隊と物理的距離が近くなってしまったが……邪魔をしなければそれで良いのか、使えるものは使う主義なのか、それともそちらを気にしていられる余裕もないのか……あるいはその全てか……連合艦隊は三隻同盟を撃つでもなく、むしろ足並みをそろえる形で侵攻を続ける。

 最前線にいたモビルスーツ部隊が、橋渡し的な役割を果たしていることもあるのだろう。

 

 三隻同盟側としては、むしろやりやすくなったのでありがたいことではあるが……。

 

「ザフトの敵部隊、増えてんじゃないのかこれ!? 連合も勢いがっ……くそぉ!」

 

 悪態をつくカガリ。

 ストライクルージュが加速し、両手に持った9.1メートル対艦刀を振るってジンを切り裂き撃墜。

 そんなカガリを討とうとゲイツが接近してくるが、一機のM1アストレイが前に現れた。

 

『カガリ様、あんまり前にでないでよ!』

「私の方がやれるっ!」

 

 事実だが、護衛役を仰せつかったアストレイ三人娘は気が気でない。

 マユラ機がゲイツの振るったビームクローをシールドで凌ぐと、その背後からジュリ機が素早く接近し、ビームサーベルを振るい撃破。

 ストライクルージュの傍によるのはアサギ機。

 

「アイツはいつ戻ってくるんだよっ!」

 

 もちろんロマのことである。

 前線を去ってからずいぶん経つが、彼が戻る気配も無ければ、キラやアスラン、ディアッカやムウ、アークエンジェルもまた然りだ。

 彼らがいてどうにかなるかはわからないが、ジェネシスの全体がフェイズシフト装甲となっており、並の攻撃程度ではダメージも通らない。

 ピースメーカー隊は核攻撃を行おうにも、未だ進路が開いていないこともあり動けないでいる。

 

『ヤキンに突入してコントロールを潰す!』

 

 ジンを撃破しながら現れた赤い機体、ジャスティス。

 

「アスラン!?」

『アスランっ、プラントは……』

『あちら側の核部隊はすでに壊滅した。残りはこちらだけだッ! 時間がない、行く!』

 

 ラクスの答えに、アスランは即座に返し、時間が無いと言う風に余計なことも言わずに加速するジャスティス。

 そして、それを追うストライクルージュ。

 カガリも無意識の内にフットペダルを踏んでいた。

 

「私も!」

『アスラン、カガリさん!』

「大丈夫だ、任せろ!」

 

 彼を放っておくわけにもいかないと、本能的に思ったということなのだろう。

 カガリから言わせれば、彼が強いことは理解していても、やはり“あぶなっかしい”のだ。

 

『マユラ、ジュリ、私たちも行くわよっ!』

『了解!』

『あーもう、いつまでカガリ様のお守りすればいいのよぉ!』

「これからもよろしくな!」

 

 そう言うカガリに、アストレイを駆る三人娘は困ったような笑みを浮かべ、揃って『はーい』と間延びする返事を返せば、ジャスティスとストライクルージュを追うために加速。

 ヤキン・ドゥーエへと向かう五機……その眼前に現れる数機のゲイツとジンだが、カガリたちが攻撃を開始するよりも早く放たれた射撃が、敵モビルスーツを殲滅した。

 前に現れて、手信号で『進め』と合図する“悪魔のエンブレム”を抱いたガンバレルダガー。

 

 カガリたちはそれに従い、さらに加速。

 

 悪魔のエンブレムを抱いたモビルスーツ部隊は、カガリたちが抜けた穴を補うように、エターナルとクサナギの周囲に展開した。

 

 







ようやくラウが登場
ここからずっとクライマックス感、ラウは最初からクライマックス(中の人感)
とりあえず損傷済みのディザスターとフリーダム……ぅゎ、ぺるぐらんでっょぃ

色々と深掘りしたかったりもっと深く会話させたりしたいとこが多いんですが、最終決戦なので致し方なし

放送時はここらへんでロマ死ぬ説が有力になったよね(存在しない記憶)

では、次回もお楽しみいただければと思います


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遥かなる渇き

 

 未だ、収まることを知らない戦場。

 そんな戦火を潜り抜けプロヴィデンスがヤキン・ドゥーエ、そしてジェネシス方面へと向かう。

 クルーゼの思惑通り戦場は混沌を極め、新たなる戦いの狼煙を上げるであろうジェネシスは照射準備を進めていた。

 だが、既に連合艦隊と三隻同盟はジェネシスを射程圏へと捉えている。

 

 戦艦の主砲だろうと寄せ付けないほどの防御力を持つジェネシスではあるが、ピースメーカー隊、つまり核部隊の連続核攻撃を受けては流石に持たないのも確かだ。

 故にクルーゼは、ドラグーンを射出してピースメーカー隊の一部を遠距離から破壊。

 

「ハッ、呆気ない。この程度を落とせないか……“優良種”が聞いて呆れるな」

 

 それに対し、先走って核を放ったピースメーカー隊の一部だったが、それらは呆気なくザフトに迎撃され、友軍も巻き込み吹き飛ぶ。

 ピースメーカー隊の全滅こそ成していないものの、クルーゼはこれ以上の攻撃が必要ないと判断し、ドラグーンを回収し次のターゲットを見つけそちらへと向かう。

 ソレとの距離はそれほどもなく、クルーゼをもってすれば接近は容易なことであった。

 

「君の歌は好きだったがね……」

 

 次の目標、エターナルの砲火がプロヴィデンスに集中するが、クルーゼは特に焦る様子もないまま、それらをドラグーンで迎撃。

 

「だが世界は歌のように美しくはない!」

 

 エターナルのブリッジにビームライフルを放つ。

 

「なに?」

 

 しかし、エターナルの前に出たガンバレルダガーがシールドでそれを弾いた。

 少しばかり意外そうな表情を浮かべるなり、すぐに顔をしかめるクルーゼ。

 まさか連合がエターナルを守る行為に出るとは思いもしなかった故、だったが……その思考はすぐに覆された。

 

「フッ……しかし、貴様が邪魔をしてくれるわけか、ロマッ!」

 

 ガンバレルダガーが悪魔のエンブレム……つまり、かつてのロマのエンブレムを付けていることに笑みを零す。

 クルーゼがロマに妙な因縁を感じるのも仕方ないことだ。

 間接的とはいえ、やはり彼が邪魔をしているようなものなのだから……。

 

『そこの艦っ、下がって! こいつは並ではっ』

 

 ガンバレルダガーがエターナルに公共通信で訴えかけるが、遅い。

 ロマはもちろん、エースパイロットたちでさえ完全回避が難しいそのドラグーンでの波状攻撃。

 回避行動を取ろうと即座に四肢はもがれ、バックパックは破壊される。

 

「フッ、意外と呆気ないものだな」

 

 接近し、ガンバレルダガーに大型ビームサーベルを振るう。

 

『いやぁっ! た、大佐ぁっ!』

 

 プロヴィデンスが離れるなり、ガンバレルダガーが爆散。

 他の悪魔のエンブレムを持ったモビルスーツがプロヴィデンスを目標に定めるなり、クルーゼは顔をしかめる。

 落とされる心配こそないが、その数の敵ともなれば面倒ではあろう。

 ドラグーンを警戒してくるのは当然であり、そのぶんエターナルを落とすのも……。

 

「ッ!」

 

 プロヴィデンスを素早く後ろに下げれば、眼前をビームが奔る。

 

『あなたは……っ!』

「君か……キラ君」

 

 迫りくるフリーダム。

 ドラグーンを展開して弾幕を張りフリーダムを牽制しつつ、連合のモビルスーツ部隊(ゴエーティア隊)へと攻撃をするが、コックピットの直撃には至っていない。

 別段気にするでもなく、クルーゼは迫るフリーダムが振るったビームサーベルをシールドで受け止めた。

 

「厄介な奴だよ! 君は!」

『なにを!?』

「在ってはならない存在だというのに……!」

 

 業と欲に塗れた人間たちが生み出した素晴らしき存在、キラ・ヤマト。

 完璧な器から生まれた完璧な存在、あらゆるコーディネーターを凌駕するスーパーコーディネイター。

 クルーゼたちが求められた完璧の体現。

 

「知れば誰もが望むだろう! 君のようになりたいと! 君のようでありたいと!」

 

 放たれたドラグーンの雨を掻い潜るフリーダム。

 両手に持ったビームサーベルで、それらを弾きながらプロヴィデンスへの接近を試みるが、やはり損傷したフリーダムでは無理がある。

 いくらスーパーコーディネーターだろうと、だ。

 

 だが、キラに勝つこともクルーゼにとってはこの世界への復讐と言っても良いことではある。だからこそ、手を抜くつもりはない。全力で仕留める。

 

『僕は、それでも僕はっ……力だけが僕の全てじゃない!』

「それが誰に解る! なにが解る!?」

 

 フリーダムだけでなく、さらに悪魔のエンブレムを抱くエールストライカーを装備した105ダガーが現れる。

 クルーゼは接近してくるその機体にビームライフルを撃つ。

 それをシールド防御するエールダガーだったが、すぐに小型ドラグーンいくつかがその機体をバラバラにし、そのコックピットを狙う。

 

『大佐っ、すみませんっ、うあぁ!』

 

 爆散するエールダガーの爆煙を振り切り、現れるランチャーダガー。

 

「わからぬさ、誰にも!」

『ぐっ……!』

 

 フリーダムは接近できない。

 ランチャーダガーがプロヴィデンスにアグニを向けるが、小型ドラグーンが腕部を撃ち抜き、さらに接近したプロヴィデンスはアグニの銃身をビームサーベルで両断。

 そしてその胴体に蹴りを撃ちこんで距離を取るなり、さらに小型ドラグーンを放ち、そのコックピットを狙い撃ち―――。

 

『させんよッ!』

 

 小型ドラグーンが、徹甲弾の一撃を受けて破壊された。

 

「また貴様なのだな! ───ロマ!」

 

 クルーゼの視界に入る赤銅色のモビルスーツ。

 

 王冠を頂く悪魔のエンブレム。

 

 そして、不愉快な感覚。

 

『ロマさんっ!?』

『大佐ですかっ!』

 

 現れた赤い悪魔、そしてディザスター。

 左足と左腕を失っているかの機体だが、クルーゼは気も抜かず油断しない。彼だけには、負けるわけにはいかない……理屈はわからないが、そう思う。思わされる。

 この“最高の刻”を前にしてそんな風に感情を揺さぶられることこそ不愉快であるのだが、それを解消すると同時にさらなる歓喜を得る方法が、同時に目の前に存在していた。

 

 ロマを討つ。

 

『ゴエーティア隊は下がれっ、コイツは私とキラで!』

 

 ドラグーンをプラットフォームに戻すと、隣り合うディザスターとフリーダムを前に、クルーゼは不敵に笑みを浮かべた。

 これですべてが終わるのだ。

 いくら叫ぼうと、足掻こうと、今更……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 応急修理を進めていたアークエンジェルだが、のんびりとしていられないのは既に誰もが理解していたとおりのことだった。

 連合部隊の接近、それもドミニオンの援護に来る予定だった者たちであり、もちろんそちらは攻撃をしかけてきた。

 大破したドミニオンを見れば戦意を喪失する可能性も考えてはいたが、そう思惑通りにもいかず……結果としてアガメムノン級一隻とドレイク級二隻を相手取ることになってしまう。

 

 だが、機体が損傷しているといえどイザークとディアッカがいれば大した相手でもなかった。

 ストライクダガー数機がいたところで、焼け石に水。恙なく殲滅。

 

 戦艦の方も、デュエルとバスターに翻弄されたアガメムノン級をアークエンジェルが主砲で沈めてしまえば、ドレイク級二隻はすぐに後方へと下がる。

 停戦を申し入れるわけでもなく“下がっただけ”なのは気になるが……。

 

「なんだ、なにが目的だ……?」

 

 デュエル・アサルトシュラウドのコックピットで、イザークは訝しげな表情を浮かべた。

 

『おいイザーク、油断すんなよ』

「お前に言われなくてもわかっている! だが、妙じゃないか……?」

『まぁそれには概ね同意……って、あぁ?』

 

 ディアッカの声に、イザークも眉を顰めて周囲を確認───そこで、気づく。

 

『敵……え、これ、モビルアーマー……? せ、接近してきます!』

 

 アークエンジェルのオペレーターからの声に、イザークもそれを改めて認識する。

 人型でも戦闘機型でもない、既存のモビルスーツにもモビルアーマーにも当てはまらないトゲトゲとしたヒトデのようなシルエットをした機体。

 白いそれは上下に四本ずつの“トゲ”のようなものを持っており、それぞれに“砲門”が付属していた。

 

『オイオイ、なんだよありゃ……マキビシか?』

 

 ディアッカの緊張感のなさそうな声に、イザークは戸惑いを振り払いいつもの調子を取り戻す。

 彼の言う“マキビシ”がなにかは知らないが、事情はあったものの趣味で日本舞踊をやっている男が言うことだし、言葉の発音からしてもおそらく“日本的”な何かだということは理解する。

 なにはともあれ、問題はモニターに映る白いヒトデ……。

 

「いや、ウニか?」

『お前も余裕あんねぇ』

「ふん、ナチュ……連合のモビルアーマー如きが」

 

 言い終えるよりも早く、モビルアーマーが動き出した。

 下部の突起の一つに装備された砲塔二門がイザークたちの方を向くなり、ビームを放つ。

 素早くそれを避けるバスターと、シールドで凌ぐデュエル。

 

『ッ、くるぞイザーク!』

「チッ!」

 

 連続して放たれるビーム砲。

 さらに上部の突起四つが本体から離れるなり、白いモビルアーマーの周囲に展開し、不規則に動きながらビームを連射する。

 アークエンジェルは距離を取っているおかげで巻き沿えを食うことはそうないと思いたいが、イザークとディアッカにその火砲を回避しながらそちらを気にする余裕もない。

 先の戦艦三隻とストライクダガー数機の比ではなかった。

 

「えぇい、なんだあのモビルアーマーはっ!」

『連合はへんなのばっかつくるねぇ……って砲撃する余裕も───イザーク!』

「なっ!」

 

 気づけば、モビルアーマーの突起の一つが、デュエルの死角に浮遊している。

 メビウス・ゼロやディザスターを相手にしたことがあるのでそういうものがあるのは理解しているのだが、ただ一機で弾幕を放ちながら有線でもなんでもなく、遠距離からそれが可能なモビルアーマー。

 不意をつかれたと言えばそこまでだが、戦場ではそれは死を意味する。

 

「くっ!」

 

 大型ビーム砲二門、ビームガン二門、ビーム砲一門、計五門の砲塔から放たれるビーム。

 即座に動きだし、それらを回避しようとするが、どうしたって無理なもので……ビームガンの一発がデュエルへの直撃コースへと迫る。

 

 だが───そうはならなかった。

 

「なっ!」

『ギリギリセーフってやつ?』

 

 デュエルの目の前に現れた“フォビドゥン”が、残った左のゲシュマイディッヒ・パンツァーでそれを歪曲させていた。

 予想だにしない援護防御に動揺するイザークではあったが、すぐにフォビドゥンの<レールガン(エクツァーン)>に合わせてビームライフルを撃つ。

 だが、標的であった<(ドラグーン)>はそれをゆうに回避し、モビルアーマーの方まで戻る。

 

『チッ、はずした……』

『ですね。たく、またかよアイツ……って一個トゲ増えてるし』

『おいおい、あれと一回やってんなら対処方法、知ってんの?』

 

 バスター、デュエルに並ぶフォビドゥンとレイダーの二機。

 攻撃の手は一旦止まり、ドラグーンはモビルアーマーの元へと戻ったが、本体が徐々に近づいてくる。

 遠距離攻撃ができるにも関わらず距離をつめるということは、本体側からの攻撃もなるべく効果的なようにということだろう。

 確実に仕留めにくるということだ。

 

 先にクロトとシャニ、そしてキラが交戦したモビルアーマー<ペルグランデ>をさらに改造し、上下三本だったユニットを四本へと増設している。

 三人の脳を直結させ各パイロットが<X軸・Y軸・Z軸>をそれぞれ担当していたペルグランデはそれで完成していたはずだったが……それはあくまで“拠点防衛用”という意味で、だ。

 そこに本体制御を担当するもう一人を合わせて“拠点攻略用”として、ロマも知らぬそのモビルアーマー<インゲンス>は、完成した。

 

 クロトが先の戦闘を思い出しながら、困ったように笑う。

 

『あ~ビームも実弾も効きにくいけど無敵じゃないよ、なんとかなったし』

『ん、さっきは白い奴と一緒に攻撃して……本体を落とした』

 

 本体、つまり分離しなかった下部だろうとイザークは解釈する。

 

「わかりやすくて何よりだな……!」

 

 イザークは皮肉交じりにそう言いながら、ビームライフルを白いモビルアーマーへと向けた。

 

 程なくして、ビームの雨がイザークたちに降り注ぐ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ドラグーンがビームを照射し、ビームカーテンを編み出す。

 その間を縫うディザスターと、それらを回避しながらプロヴィデンスへとビームライフルを放つフリーダム。

 迫るビームをビームサーベルで切り払いながら、クルーゼは小型ドラグーンを接近しようとするフリーダムを牽制。

 その間に入ることもできないディザスターことロマではあったが、大型ドラグーンをこうして釘付けにしているだけ意味もあるのだろう。

 

 しかし、それで本人が納得するかは別の話でもあるのだが……。

 

「チィッ……!」

『あなた、私の出番ですわよ!』

「これ以上の負担を強いるかっ!?」

『でなければ私の意味はなんですの!?』

 

 ヒステリックな声をあげるチェシャではあるが、いつも以上に必死な声音であることはロマも理解していた。

 機械に“必死”という言葉を使うのが正しいかはわからないが、それでもそう聞こえるしそう感じる。

 ビームカーテンを抜けて、フリーダムと共にプロヴィデンスへと接近。

 

『これが定めさ! 知りながらも突き進んだ道だろう!』

『なにを!』

 

 プロヴィデンスが小型ドラグーンを放つも、ロマはビームクローでそれを弾き、反対方向からくるものをフリーダムがビームサーベルで弾く。

 だがその隙を狙い、本体であるプロヴィデンスがディザスターへとビームライフルの銃口を向けた。

 そのタイミングでロマが回避することはできない。

 

「くっ、ラウ……!」

 

 さらなるドラグーンがロマを狙うからだ。

 

『アイ・ハブ・コントロール!』

「なにっ!?」

 

 ウイングバインダーに格納された四本の腕部<ファウスト・ヌル>が展開されると、ビームクローを出力して放たれたプロヴィデンスのビームライフルを弾いた。

 チェシャのした“勝手な行動”に顔をしかめるロマだが、ここで文句を言うのは筋違いだと理解している。

 だからこそ……。

 

「背後を頼むっ……!」

『前も横もお任せあれ……ですわ!』

 

 だが、その隠し腕に今更驚くプロヴィデンスでもないのか、再度距離をとりつつドラグーンで攻撃を開始。

 全方位から行われる攻撃を、キラとロマの二人は回避していく。

 “本来”ならば、キラ一人で切り抜けるはずではあるが……今フリーダムは損傷していて、ディザスターも然り、二対一といえど優勢とは言い難い。

 

『正義と信じ、わからぬと逃げ! 知らず! 聞かず!』

 

 ロマは迫る攻撃を必死に回避し、弾きながらも、どこか冷静にクルーゼの言葉を聞き、飲み込む。

 

『その果ての終局だ! もはや止める術は無い! そして滅ぶ! 人は、滅ぶべくしてなぁ!』

『そんなことっ……そんな貴方の理屈っ!』

『それが人だよ、キラ君!』

『違うっ、人は……』

 

 プロヴィデンスへと接近したフリーダム。

 大型ビームライフルがフリーダムの頭部を狙うものの、フリーダムが横に僅かに逸れてそれを回避しながらビームサーベルを振るう。

 だが、それもプロヴィデンスのシールドで凌がれた。

 

『なにが違う! 何故違う! この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界で! なにを信じ、なぜ信じる!』

『それしか知らない貴方がっ!』

『知らぬさ! 所詮人は己が知ることしか知らぬ!』

 

 それ故に、お互い理解しようともしないからこうなってきたのだ。

 三隻同盟の者たちや、ハイータとアズラエルたちのようにお互いが歩み寄る機会さえあれば、“理解(知る)”ことができれば、また違ったのだろう。

 だが、そうはならなかった。ならないまま“こんなところ”までやってきた。

 

『うぅっ』

「キラ、奴との戯言はやめろ……!」

 

 フリーダムを背後から狙う小型ドラグーンを、ディザスターが切り裂く。

 プロヴィデンスのコックピットでラウが忌々しげに顔をしかめるが、それもまた当然だろう。

 キラという憎くもあるが愛しくもある自らと同じく人間の欲から生まれた存在。撃たれるのならまた本望とさえ思う相手との戦いを邪魔する“不快な敵”が現れれもすれば……。

 

 ことここに至って、唯一クルーゼが“特別な感情”を向ける相手。

 

『ロマ……!』

「ラウッ……!」

 

 追撃を避けるためにプロヴィデンスが後ろに下がれば、フリーダムのビームサーベルが空ぶる。

 

「キラッ!」

『ぁ、はい!』

 

 だが、キラとロマの行動は早かった。

 素早くお互いの機体を反対に動かし、二機を180度回転させ、フリーダムがプロヴィデンスに背を向け、ディザスターが向き合う形になる。

 そのまま加速した左腕と左脚を失ったディザスターだが、右腕の徹甲弾を連射しながらプロヴィデンスへと接近していく。

 

『チィッ、邪魔ばかりをしてくれる男だよ!』

「都合の良い事実だけを羅列してキラを惑わしてくれるな!」

『幸福に生まれた者にわからぬことさ!』

「否定はせんさ……! だが、決して楽な道ばかりを選んできたつもりもないッ!」

 

 右手のビームクローを展開し切りかかるも、変わらずシールドで凌がれる。

 小型ドラグーンがディザスターの周囲に展開し、その銃口を向けた。

 

 しかし……。

 

『わタクし、ガ、イマ、してよ、あナタ!』

「えぇい!」

 

 射出された四つのファウスト・ヌルがドラグーンへと真っ直ぐ伸びるが、それが素直に当たるわけもない。

 素早く回避した小型ドラグーンを追うファウスト・ヌルではあったが、大型ドラグーンがビームカーテンを展開し、先と同じく有線ワイヤーが焼き切られる。

 

 フリーダムが接近しようとするがビームカーテンに阻まれており、小型ドラグーンは既にディザスターを狙っていた。

 ロマは素早くビームクローを納めると、そのままプロヴィデンスにディザスターを使って体当たりする。

 そしてプロヴィデンスごと加速し、小型ドラグーンからのビームを回避。

 

「中途半端に人類の滅亡を望んでいるからにッ!」

『っ!』

「ことここに至っているからそのようにッ! 貴様が望むのは、滅亡だけではあるまいッ!」

 

 ロマは識っている。

 ラウ・ル・クルーゼが世界の行く末、滅亡と存続の“どちらも望んでいる”ことに……。

 コインだけを投げ、賽を振り……最後は人智の及ばぬ“運命”に世界を委ねた男の心中を……完全ではないにしろ、識っているのだ。

 

『貴様になにがわかる!』

「わかることしかわからんよ!」

 

 プロヴィデンスをデブリにおしつければ、衝撃にクルーゼが呻くが、ロマもまた然り。

 ドラグーンはフリーダムを近寄らせまいとそちらの牽制に割いており、まだロマには到達しない。

 プロヴィデンスの大型ビームライフルでは組み合ったまま使えず、左腕はディザスターの右腕に阻まれて攻撃に使えない。

 故に組み合ったまま、プロヴィデンスが頭部と肩部の機関砲を放ち、ディザスターも胸部機関砲で応戦する。

 

 PS装甲により機体ダメージこそないが、衝撃はコックピットを揺らす。

 

「本当に滅亡だけを望んでいるのであればっ、なぜ自らの二次コピーを引き取るような真似をする!」

『なに!?』

「貴様に理解を示す友人もいるだろうッ!」

『なんなのだ! 貴様はッ!』

 

 転じて生まれし者。未来を知る者。

 そして、因果律を歪める者……荒唐無稽な話だ。

 

「人の欲に翻弄され生み出された者。だが、同情をするつもりはない! 貴様は真っ当に幸福な人生を謳歌するだけのものを手に入れていただろうに!」

『だが私の身体は朽ち果てていくのだよ! それが運命だ!』

「だからそれに絶望してお前は……!」

 

 だが、それにだけではない。それもまた一部に過ぎない。

 

『土足で人に踏み入る行為をしてくれる。だから貴様を殺さねばと感じていたのか……? 私はッ!』

 

 ロマの知るはずの無い言葉の数々に、声を荒げるクルーゼ。

 プロヴィデンスとディザスターが同時に右脚部を振るい、蹴りを放つ。

 吹き飛ぶディザスターだが、その背後に小型ドラグーンが一基。

 プロヴィデンスのコックピットで、笑みを浮かべるでもないクルーゼ。ただ、真っ当に目の前の男の死を見やる。

 

 だが───それは成されることはない。

 

『あナたッ!』

「チェシャッ!?」

 

 その小型ドラグーンが“ワイヤーの接続されていない”ファウスト・ヌルに破壊された。

 

『なんだと!?』

「チェシャ……お前っ」

『つケ、な、サイ、な……けッチャく、を……!』

 

 コックピット内を浮遊するヘルメットを掴むと、ロマはそれを装着する。

 赤と青の瞳で、プロヴィデンスを見やるロマの周囲に、ワイヤーの接続されていない四基のファウスト・ヌルが浮遊していた。

 姉妹機であるコラプスが積んでいるのに、ディザスターが積んでいない道理もない。

 それは“分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステムドラグーン”である。

 

『ロマさんっ!』

「キラ……!」

 

 並び立つのは手足が欠損するフリーダムとディザスター。

 迎え撃つ五体満足のプロヴィデンス。

 

『もはや止める術はない!』

 

 高笑いするクルーゼ。

 

『そんなこと!』

 

「あるんだよ、それが……」

 

 戦うのは……クルーゼを止めるのは、別に世界のためでもなんでもない。

 ロマ自身、そんな大層な理想を抱える器ではないと理解している故に……。

 

 ただ、目的はいつだって“ソレ”である。

 

 今ここにはいない。だが、だからこその帰るべき場所。

 

 ちっぽけな、守りたい世界のためだ。

 

 

 







徐々にラストとなってきました
アークエンジェル側もなんやかんやで、ロマ側もなんやかんやですね
言葉の防御貫通攻撃するロマとキレるラウ。そりゃキレる

ラウ周りのことはあまり安っぽい言葉で済ましたくないので色々と悩みますね
なんとか更新ペースはそれほど空かないようにしたいとこです

キラきゅんの影が薄くなってますが、ちゃんと出番はあります

Gジェネなら別マップで三機戦わされそう()

では、次回もお楽しみいただければです


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虚空の宇宙

 

 ヤキン・ドゥーエから少し離れた戦場に、降り注ぐはビームの雨……否、カーテン。

 

 そしてそれを掻い潜るのは―――レイダー。

 

 左腕、左翼、右脚を失いながらもバランスを取りつつ、四方八方から放たれるビームを回避していく。

 ツォーンを放ち、ビームの雨を放つモビルアーマー<インゲンス>の“ドラグーン”へと攻撃をしかけるが、それは即座にそこより回避してみせる。

 レイダーのコックピットでクロトが顔をしかめ舌打ちをし、一度下がった。

 バスターと背中合わせになって周囲へと機関砲をばら撒いた。

 

「うぜぇ!」

『イライラしたってしょうがないだろっ、たく……でもまぁ気持ちはわかるけどさっ』

 

 苛立つクロトに同意するバスターのディアッカ。

 強力なPS装甲により実弾は通用しないし、並のビームでは弾かれる。

 ドラグーン一基一基がモビルスーツを超える戦力、並ではない。

 

『こいつぅっ……!』

『同時に攻撃するしかあるまい!』

 

 シャニもクロト同様苛立つ様子でフォビドゥンのエクツァーンを放つ。

 それを受けるドラグーンではあったが、ひるみはしてもダメージはない。

 さらにイザークの駆るデュエルが同じドラグーンにビームライフルを放つが、ドラグーンは回避するでもなくビームライフルを受けながら、五門の砲口からビームを放った。

 

 隣り合った二機が離れてそれらを回避。

 

『バラバラに戦ってる場合じゃねぇぜイザーク! それに嬢ちゃんたちも!』

『えぇいわかっている!』

 

 それ自体はイザークも、クロトとシャニも理解しているのだ。

 しかし、即席で集まった二人組が二組でコンビネーションもなにもあったものではない。

 クロトは肝心な時にいない男に悪態をつきたくもなるが、彼も彼で今必死に戦っていることは理解している。

 

 だからこそ……。

 

「やるぞシャニぃ!」

『わかってる。おにいさんが帰ってくるとこ、守らなきゃっ……!』

 

 セラフィムが無くなろうと、クロトたちや(ロマ)が帰る場所はあるのだ。彼女たちにとっては彼が、彼にとっては彼女たちこそが……。

 

『イザーク、俺らも腹くくろうぜ!』

『さっきからそうしているっ、合わせるぞ!』

 

 帰る場所を守る。それはディアッカやイザークも一緒だった。

 目的も一緒、その過程でやることも一緒。

 ならば、“ナチュラルとコーディネイター(ささいなこと)”に囚われているわけにもいかない。

 

「滅殺ッ!」

 

 再度、四機にビームの嵐が襲い掛かる。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 離れた戦場でも、ビームのカーテンが張り巡らされていた。

 核動力による無尽蔵のエネルギーによって放たれるそれらも、また同じ。

 そしてそのカーテンの中を潜り抜ける赤と青の閃光。

 

 ディザスターとフリーダム。

 流れるような柔らかな動きで、それらを掻い潜りつつ時折ビームサーベルで迫るビームを弾くフリーダム。

 それと対照的に、直線的に動くディザスター。

 

「ぐぅッ」

『ア、ナタ……!』

「進むのみッ……!」

 

 直線で動き、直角に曲がり、再度直角に曲がる。

 まるで稲妻のような軌跡を描きながら荒々しく───宇宙を駆ける。

 

『どの道、私の勝ちだッ!』

 

 そしてフリーダムより速く、プロヴィデンスへと辿りつく。

 振るった右腕のビームクローを、プロヴィデンスはシールドで受け止める。

 右腕のみのディザスターが両腕が健在のプロヴィデンスと接近戦は自殺行為的だが、プロヴィデンスの近接装備はシールドと一体化したビームサーベルのみだ。

 少なからず、シールドで真っ二つにはされまい。

 

「ヤキンが自爆すればジェネシスが撃たれるッ、だろう……!」

『貴様はどこまで知っているのだ!』

 

 外部からの攻撃では撃破不可。

 今更、ピースメーカー隊の攻撃が届くようになることもないだろう。

 ザフトも必死だ。自爆特攻ぐらいはできるだろうし、それを捌きながらピースメーカー隊を防衛できる戦力が今更あるか……否。

 

「だが、止めてみるさ。私ではない“誰か”が……!」

『貴様ほどの男が他人頼みとはなッ!』

 

 プロヴィデンスのドラグーンがディザスターを左右から狙うが、それらをさせまいとファウスト・ヌルがドラグーンを攻撃。

 チェシャの攻撃が回避されるが、ロマ撃墜は防いだ。

 大型ドラグーンを今すぐにロマに向けようとすれば、今度はフリーダムとファウスト・ヌルにドラグーンが撃たれると思えば、ラウはそちらをロマに向けられないでいた。

 

『やってきたのだろう、一人で……!』

 

 プロヴィデンスの大型ビームライフルがディザスターの頭部を打つ。

 怯んだディザスターを蹴って離れると、大型ビームライフルとシールドに装備されたビームを放つ。

 だが、それをファウスト・ヌルのビームクローが弾く。

 

「やれんさ……やってやれなかった!」

『なに……!?』

「私は一人ではなにもできなかった男だ……! だから守るべき者を危険に晒して……望む通りに、自らの力を使い、この結果を導いたお前とは違う……!」

 

 最初は自らがやらねばと思っていたこと、自らだけが未来を識るからこそ、立ち回らねばならないと思っていたこと。

 それはクルーゼと似たことだった。

 世界を自分の力で、自分の望んだ方向へと導く……方向性やら、望んだことは、二人まったく別のものであり、むしろ真逆と言っていいものではあるのだろう。

 だが、その本質は似ているのだ。

 

 そこでようやくロマは理解し、確信する。

 

「私はお前を羨ましく思うよ……ザフトに入り、戦い、自らの力を示し……!」

『なんのつもりだ……!』

 

 さらに接近するディザスター。

 動揺しながらも、戦いの手は緩まないし止まらないクルーゼ。

 プロヴィデンスが後ろに下がりながら射撃をするが、速度はやはりディザスターの方が上であり、コックピットでクルーゼは顔をしかめつつ、ビームサーベルを展開する。

 離れることが敵わないならば、切り捨てれば良い。

 

「そして人心も得て、白服に袖を通し……偽りの仮面だとしても、それができるということの実力がわかるからこそ、そうだな……! 私はお前が羨ましいのだろう!」

『戯言を、よく喋る男だなロマ!』

 

 大型ビームサーベルが横に振るわれるが、ロマはそれを上昇して回避。

 プロヴィデンスから見て真上に移動したディザスターがビームクローで突きを放つも、プロヴィデンスは後ろに下がりそれを回避。

 即座に大型ビームサーベルを切り、シールド内蔵のビームを放つ。

 

「あとは守るべき者を、帰る場所を見つければ、それでよかったろうにッ……!」

 

 ビームクローを振るいそれを弾き、さらにビームクローを振るうが再度シールドで凌がれる。

 至近距離での攻防。

 それをしながら、クルーゼはフリーダムを接近させまいとドラグーンを扱いつつ、さらに周囲に展開されるファウスト・ヌルの牽制も忘れない。

 

『ハッ、ハハハッ! なにを言うかと思えば、この期に及んで……!』

 

 命のリミットが目に見えて迫っていく……それは彼を狂わせた要因の一つ。

 人の業を憎み、人の業の肥大を嗤い、人の業による終焉を望む。人の業により生み出され、歪められた男。

 

『その力も全て、紛いものの、あの男のものだ……!』

「それでも、そうしてそこまでやったのはお前の力だろうに……! キラもそうだ。才能があろうと、やらなければやれるものではないッ! それは、お前のっ……!」

 

 プロヴィデンスの蹴りがディザスターを直撃する。

 

「ぐぅっ……!」

 

 生ぬるい言葉を放っている自覚は、ロマにもあった。

 その程度の言葉で止まる男ではないとわかっているのだが、それでも言わなければならないと感じて、らしくもない言葉を放っている。

 なにがしたいのか、伝えたいのかなど自分でもわかっていない。

 

 だが、それでも……。

 

『目障りで耳障り、誰よりも厄介で不愉快……うっとおしい男だよ。ロマ……!』

「チィ!」

 

 プロヴィデンスへ徹甲弾を連射しながら接近しようと試みるが、ドラグーン三基がプロヴィデンスの前方に現れる。

 

『アな、タ』

「……チェシャっ」

『まも、り、マス、わ』

 

 三基のドラグーンから放たれたビームを、三基のファウスト・ヌルのビームクローが弾く。

 

『甘いなロマ……!』

「なにっ!?」

 

 しかし次の瞬間、フリーダムを相手取っていたはずの大型ドラグーンの一基が現れ、その9門からビームを照射する。

 そこまで意識を回せなかった自分の落ち度であると思いつつも、ロマは素早くフットペダルを踏み込み操縦桿を操作。

 ディザスターを傾けさせる。

 

「チィっ……!」

『ヤ、ラレ……!?』

 

 それが三基のドラグーン、そしてディザスターの残った右脚を破壊した。

 だがそこで、止まるわけにもいかない。

 

「パワーダウンっ……しかし!」

 

 ディザスターが加速。

 

 プロヴィデンスが次の射撃攻撃を行おうとするが、それよりも速く接近しビームクローを振るう。

 それはプロヴィデンスの大型ビームライフルの砲身を切り裂き、さらに接近の最中に大型ドラグーンの一基すらも撃破していた。

 

『やってくれる……!』

「まだだッ!」

 

 少し離れた位置から小型ドラグーンが自らを狙っていることを感じ、そちらに腕を向け───射出。

 放たれた前腕がそのドラグーンを貫くが、射出している最中すらもディザスターは動き、そのままプロヴィデンスへと身体でぶつかる。

 怯み、下がるプロヴィデンス。

 

『ぐっ……っ!』

 

 呻くクルーゼだったが、ハッとした表情を浮かべるなり即座に上昇。

 だが、背後から現れたフリーダムがビームサーベルを振るいプロヴィデンスの右脚を切断した。

 クルーゼが四肢の無いディザスターにドラグーンでビームを放つ。

 

「チィッ……!」

 

 右腕が帰ってくるよりも早く、そのビームはディザスターを貫くだろう。両足を失ったディザスターをすぐに操れるほど器用でもない。

 残り一基の左腕仕様のファウスト・ヌルが戻ってこようとするが、途中で止まる。

 

「ッ!?」

『ゴメ、ンナ、サ……』

「チェシャっ……!?」

 

 だが動き出していたのはチェシャだけではなかった。

 突如、ロングダガーがディザスターへと体当たりをする。

 

「なっ!?」

 

 衝撃に目を見開くロマではあったが、なにかを言うよりも速く、ビームはロングダガーを貫く。

 そしてその胸に、悪魔のエンブレムが描かれていることに気づく。見間違うはずもない、自らの、ゴエーティア隊のエンブレムであり、そのロングダガーは部隊の者の……コーディネイターの駆るもの。

 ノイズが奔るサブモニターに映るノーマルスーツを着ている女性。

 

 見覚えはもちろんある。いや、見慣れた顔だ。

 

『隊長……無事で……』

「ッ……すまない」

『いい、んで……わた、し、……お役に、たて、ました……?』

「ああ、ありがとう……無駄死にではないぞ……!」

 

 弱々しく笑みを浮かべるゴエーティア隊の部下。

 それを最後に、ロングダガーが爆発を起こす。

 

「くっ……!」

 

 顔を顰めて膝を叩くロマだが、すぐに顔をあげてモニターを確認。

 フリーダムがプロヴィデンスを追うようにして戦っているが、その動きは先ほどよりも洗練されているように見える。

 事実、ドラグーンはすべてそちらに展開されロマの方には来ていない。

 

 数が減った、というのもあるが……。

 

「これでは、足手まといだな……」

 

 戻ってきた右腕と、傍を浮遊する唯一残ったファウスト・ヌルの左腕。

 二本の腕でなにができよう。

 それにチェシャはもう……。

 

『ヤレ、ます、わ……』

「チェシャ、お前はもう……!」

『アナた、ガ、やり、なさい……!』

 

 どこかおかしいチェシャの言葉に、ロマは再度顔を顰めた。

 

『あなたな、ラ、うまく、できマすわよ』

「ありがとう、信じよう」

 

 そう応え、ロマは微笑を浮かべる。

 戦場においてするに相応しくない、どこか柔らかな笑顔であり、チェシャにも勿論それは“視えて”いるのか、スピーカーからノイズの入った優しい笑い声が聞こえた。

 そして、ロマは浮いているファウスト・ヌルへと近づき左腕に接続する。

 

「……アイ・ハヴ・コントロール」

『……ユー・ハヴ・コントロール』

 

 二人の声、ディザスターのツインアイが、今一度緑色の光を宿す。

 

「往く……!」

『でハ……ゴきゲんヨう……ワたシ、の、ア、ナ、タ……』

 

 スピーカーがブツン、と切れるのを聞くなり、ロマはフットペダルを踏み込み、操縦桿を押し込む。

 加速するディザスターの中、ロマは声を聞いた気がした。

 

 ───いってらっしゃいませ、あなた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 放たれたフレスベルグが、歪曲し―――ドラグーンを撃つ。

 

 それによりモビルスーツ大のドラグーンは撃墜こそできないものの、大きく怯んだ。

 そして、それを見逃さずバスターは連結させた超高インパルス長距離狙撃ライフルを撃ち、レイダーがツォーンを放つ。

 二つの大口径ビームの直撃を受け、ドラグーンの一基が爆散した。

 

「グゥレイトォ!」

 

 コックピットでディアッカが拳を振り上げる。

 すぐに他のドラグーンからの攻撃がくるが、ディアッカはそれを即座に回避し、散弾を放つ。

 ドラグーンがそれを回避するも、内蔵エネルギーの問題か本体の方へと戻っていった。

 

『ハァン、やるじゃん……!』

「だろ! 惚れんなよ!」

『私、おにーさん一筋だから……』

「モテるねぇ」

 

 笑みを浮かべつつ、ディアッカも自らが帰り、守るべき相手を思い出す。

 残り三基のドラグーンだが、先ほどから隙あらば本体を狙っていることもあり、攻勢に出がちなのは残り二機、一基は本体の傍だ。

 四機いればある程度はどうにかなるだろうが……。

 

『もう一度、今のができると思うか?』

 

 イザークからの言葉に、クロトとシャニは眉を顰める。

 

『ゲームならCPUのパターンなんてわかりやすいんで、素直に当てられるんですけどねぇ』

 

 クロトの言葉の真意が、まともにやっても通じないだろう。ということだとすぐに理解した。

 だが、まともにやらなければ良いだけの話ではあるのだ。

 避けられないように怯ませて、ディアッカとクロトが手を空いている状態を作れば良い。

 

「ハッ、やってやろうぜ……どんな状況でもぶちこんでやるぜ」

『当然だ。お前を連れ帰って軍法会議にかけてやるのが俺の今の生きる目標だからな』

「えぇ!? 冗談だろ!?」

 

 サブモニターに映る笑みを浮かべるイザークに、ディアッカも思わず笑みを浮かべる。

 再び射出されたドラグーン二基。

 本体から放たれるビームの雨を回避する四機。

 

『うおっぶなぁ!? なにマジになってんだよ!』

『ビビりだね。あ、やばい……?』

 

 ビームを歪曲させるシャニ。

 正面からのビームの雨、そして左右からドラグーン。

 マズイと思いつつも、どうにかなるものでもない。

 

『そのまま止まってろ! オラァッ!』

 

 女性らしい声から発せられる荒々しいと言葉と共に、高出力のビームが放たれる。

 その一撃が、二機のドラグーンを同時に貫いた。

 

 二機での攻撃が必要とばかりに思っていただけに、その一撃に驚愕する四人のパイロット。

 大型モビルアーマーインゲンスからのビームの雨も止む。

 

『お、オルガ!?』

「おいおい、なんかもってきてるぜ?」

 

 四人が確認するのは、先ほどと変わらぬ右腕と左腕しかないボロボロのカラミティ。

 だがその右腕にはドラグーンを貫いた武装、“アグニ”を持っていた。

 さらに、その背中には“四肢を失ったストライク”をワイヤーで無理矢理くっつけ背負っており、アグニはその背中から伸びていた。

 

 そんな無茶な運用に、思わず笑いを零すクロト。

 

『なにそのだっせぇの!? ベビーシッター!?』

『うっせぇよ! オレだって好きでこんなだっせぇことしてんじゃねぇし……でも、必要だろ?』

 

 その言葉に、ディアッカは笑みを浮かべ頷いた。

 

「助かるぜ、バスター()の後輩!」

『誰が後輩だってぇの』

『ハンっ、今はネコの手も借りたいぐらいだ!』

 

 アグニを構えるカラミティ。

 五機のモビルスーツを前にするインゲンスの感情は読めない。

 だが、やることはどちらも変わりない。

 

 インゲンスは残り一基のドラグーンと共に、ビームを一斉射した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 迫るフリーダムを捌くプロヴィデンス。

 

 先ほどまでとは違う動き。ただこれまでの戦闘で成長でもしたのか、それとも別の要因か。

 さすが特別なコーディネイターだと、クルーゼは笑みを浮かべる。

 自分と同じく人の業により生み出された彼に倒されるのであれば、それもまた……。

 

「これだけの業を重ねてきたのだ! 人がそれによって滅びる。業により滅びる!」

『そんなことっ!』

 

 展開されたドラグーンの中、バレルロールで回避しながらバラエーナプラズマ収束砲を放つフリーダム。

 回避をし損ねて、プロヴィデンスの右腕が吹き飛ぶが、どうせ大型ビームライフルも持っていない腕だ。

 残る大型ドラグーン二機がフリーダムを牽制するためにビームカーテンを張り巡らせる。

 

『くっ……すり抜けてみせる!』

 

 その合間を縫って加速するフリーダム。

 さらに小型ドラグーンがフリーダムを狙うも、キラは抜いたビームサーベルをもう片方のビームサーベルと繋げアンビデクストラス・ハルバードモードへと変え、そのまま回転させる。

 小型ドラグーン二基からのビーム、ビームカーテンのビームを回転させたビームサーベルで弾きながら、プロヴィデンスへと接近していく。

 

 そしてプロヴィデンスを捉える───だが……。

 

「甘いな、キラくん!」

『くッ!』

 

 残る一基の小型ドラグーンが、眼前へと現れる。

 

「これで終わりだ……!」

『まだ終わらんよ!』

 

 男の声と共に、フリーダムの眼前の小型ドラグーンが“ビームクロー”に貫かれる。

 撃破された小型ドラグーンに構わず、キラはフリーダムを加速させてそのまま、プロヴィデンスへとビームサーベルを突きだす。

 プロヴィデンスの頭部と背部のプラットフォームを貫くが、同時にフリーダムに蹴りを打ち込みつつ後退しプロヴィデンスは難を逃れる。

 

 といっても、ドラグーンのエネルギー供給機能は断たれただろう。

 

「えぇい……ロマッ!」

 

 悪態をつきながらも、クルーゼは憎きその男を見やる。

 接近してくるのは、両足を失いながらも未だ飛ぶディザスター。

 脚がなくなろうと、腰や背中にはまだバーニアがある。

 

『ラウ……ッ!』

 

 クルーゼは小型ドラグーンを撃った“前腕(ファウスト・アングリフ)”を、別の小型ドラグーンで狙い撃つ。

 先ほどからの戦闘で、両腕から射出した武装はワイヤーを焼かれれば操作できないことは判明している。

 背中の腕は自由に動いたが、それも途中で止まった。

 

 クルーゼの中も、特定の法則は完成しており、だからこそ回収する腕部を、どちらにしろワイヤーを焼き切れる場所にビームを放つ。

 だが……そうはいかなかった。

 

「なに!?」

 

 その有線ワイヤーで繋がれた腕部が───“自由自在”に動き出す。

 

「ちぃ!」

 

 ビームクローを展開しながら接近する腕部を回避し、大型ビームサーベルを振るう。

 プロヴィデンスを狙っていた腕が、下がっていく。

 そしてその腕の持ち主たるディザスターに視線を移せば、両足を失い浮遊するディザスターの左右には、自在に動く有線アーム。

 

「やはりロマ、貴様にも扱えるか……!」

 

 そしてディザスターのコックピットで、ロマは深く深呼吸をする。

 

 

 赤いヘルメットとノーマルスーツを身に纏い。

 

 赤銅色の機体を駆り、悪魔王のエンブレムを抱く者。

 

 

『ロマさん!』

「やるぞ、キラ……私とお前で」

『……はい!』

 

 並び立つ自由(フリーダム)厄災(ディザスター)

 

 

「チェシャ、ハイータ……私を導いてくれ……!」

 

 

 赤き何者かに憧れ仮面を被り、そして何者でもない何者かに成った者

 

 掴み取る未来を目前に、それを掴みとる手を持つ者。

 

 因果律を歪める者であり、新たな因果を紡ぐ者。

 

 

 世界にとっての毒であり薬でもある者。

 

 それは、摂理を覆す厄災である。

 

 







結構間が空いてしまいましたがなんとか

とうとう最後の最後、ラウとロマの二人、殴り合い宇宙
チェシャが脱落するもロマ、復活
キラきゅんと一緒に……これキラきゅんルート入ってるんじゃ(

そして、地味にディザスターがアレなことになってますが、ご察しください

では、次回でラスト

お楽しみいただければと思います


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その名は……

 

 デブリの浮く宙域にて、連合の巨大モビルアーマー<インゲンス>と戦闘を続けるクロト、オルガ、シャニ、そしてディアッカとイザークの五人。

 先ほどよりも四方からの弾幕は薄くなったものの、その分本体からの弾幕は激しさを増した様に感じられる。

 オルガは“ストライクの胴体”を背負ったカラミティにて、左右に揺れてどうにかビームの雨を回避していくが、他の四機も回避を強いられている故に、攻撃のタイミングを失っていた。

 

「チィ、こいつ……!」

『えぇい、あっちも必死ってわけね……くそ、飛んでくるのは一つになったってのに!』

 

 γ-グリフェプタンを追加で飲んでから、それほど時間は経っていない。

 禁断症状の心配はそれほどないことはオルガも、シャニもクロトも理解しているのだが、そうなると長期戦になった時の問題はそちらではない。

 モビルスーツの稼働時間だ。

 バッテリー残量を確認しても、このままこの状況が続けば心許ない。

 

『エネルギー切れがないってのは羨ましいねぇ!』

『言ってる場合か!』

 

 火力から見てインゲンスがニュートロンジャマー・キャンセラーを積んでいるのは誰の目から見ても明らかだった。

 エネルギー残量を完全に無視するような怒涛の攻撃。

 だからこそ、早々に決着をつける必要がある。

 

 だが、状況が変わるのを理解して、クロトはレイダーを前に出す。

 

『一か八かやるっきゃないってわけか!』

『ハァン、焦んないでよクロト』

『わかってます、よォ!』

 

 ビームの雨の中、ドラグーンはやはりオルガのアグニを警戒してか、オルガを狙いがちである。

 だからこそ、クロトは本体に向かって加速した。

 つまり本体から放たれる火力はクロトに集中するわけだが……。

 

『えぇい、こいつでぇ!』

『無茶すんじゃねぇよ嬢ちゃん!』

 

 デュエルがビームライフル、肩部ミサイル、<レールガン(シヴァ)>を一斉に撃てば、バスターもその攻撃に合わせて肩部ミサイルとビームライフルで援護。

 それらがレイダーを追うように、インゲンス本体へと放たれるも、下に装備された四本のユニットを一斉にレイダーに向ける形に横になるインゲンス。

 四つのユニットが蕾のようにレイダーの方を向き、ビームを放つ。

 ドラグーンと違って大型ビーム砲が一門減ってはいるが、四門が四つ、計十六門のビームがレイダーへと襲い掛かる。

 

『マジかよぉ!』

 

 急停止と共に、後退。

 だが迫るビームすべてを避け切れずに、残った左足を失う。

 

『くっ!』

「クロトぉ!」

 

 オルガの叫び、レイダーへと次いで迫るビームの雨。

 

 

「ちぃっ……うざい!」

 

 レイダーの正面へと出たフォビドゥンが残った片方のゲシュマイディッヒ・パンツァーでそのビームを歪曲させる。

 

『シャニ!?』

「うぅっ……!」

 

 だが、多数のビームすべてを歪曲させるだけその装甲は大きくもない。

 フォビドゥンの両脚部が破壊され、さらに背部ユニットにビームが掠り損傷していく。

 しかし、直後フォビドゥンへのビームの雨が弱まる。

 

「あ?」

 

 あと少しで撃破できるのに……なぜ? 答えは簡単なことだ。

 他の攻撃方法で確実に仕留めきるため、だろう。

 

『シャニぃ!』

 

 突如、自身の方にインゲンス本体からの火閃が集中し、オルガが叫ぶ。

 勿論助けろという意味ではなく、自分を攻撃していた“ソレ”が離れたのを理解したからだ。

 その瞬間、シャニがモニターにて確認するのは自身を狙うドラグーン。

 

 今のフォビドゥンは既に動けやしない。

 

「チッ……!」

 

 放たれたビーム砲。

 

 それは真っ直ぐに伸び、フォビドゥンを貫───かない。

 

『えぇい!』

「なっ!?」

 

 その射撃を、デュエルがシールドで代わりに受けたからだ。

 なんとか一撃を耐え凌ぐことができたが、デュエルは使い物にならなくなった盾を捨て、ビームライフルをシヴァを放ちながらそのドラグーンへと一直線に加速する。

 

 

 デュエルのコックピットで、イザークは眼前のドラグーンが大型ビーム砲を放とうとしているのを理解した。

 だが、構わない。

 

「突っ込む!」

『イザーク!』

 

 ディアッカの叫び。

 それでも、イザークは真っ直ぐにドラグーンへと突き進む。

 瞬間、放たれたビーム。

 

 そして―――爆発。

 

『なっ、正気かよアイツ!?』

 

 驚愕するクロトの声に、応える者がいる。

 

「無論、正気だァ!」

 

 そう、イザークだ。

 爆煙の中から現れるのは<追加装甲(アサルトシュラウド)>を脱ぎ捨てたデュエルであり。

 そのまま背中に装備された二本のビームサーベルを抜き放ち、ドラグーンに肉薄するなり素早くその砲口にサーベルを正確無比に突き刺した。

 すぐに動き出そうとするドラグーン。

 

『逃がすかよぉ!』

 

 放たれるのはバスターの二本の武器が連結された<対装甲散弾砲>。

 それがドラグーンの動きを止める。

 イザークはそれに対して僅かに動揺するが、すぐに次のトリガーを引いた。

 

「バァァルカン!」

 

 手放したビームサーベルに放たれた<イーゲルシュテルン(バルカン)>が、持ち手部分に直撃。

 そして爆発したビームサーベルは内部からドラグーンを破壊し、行動不能へと追い込む。

 

「次ィ!」

 

 それに気を緩めるでもなく、イザークは次にインゲンス本体へと向くが、既に手筈は整った。

 相手が“ソレ”に気を向けられるほど余裕がないのは先ほどからの戦闘をもって知っている。

 だからこそ───気づかない。

 

「当てろよ足つきぃ!」

 

 瞬間───ローエングリンが放たれた。

 

 陽電子砲がペルグランデのコアユニットへと直撃。

 中央のコアユニットに内蔵された核エンジンとニュートロンジャマー・キャンセラーが破壊されれば、もちろんそこは核爆発を起こし、眩い光と共に、装備されていた四つの“有人ユニット”も諸共に消滅する。

 それを前に、五機のガンダムのコックピットで、パイロットたちはようやく少しばかり息を吐いた。

 

 相変わらず綺麗な光ではあるのだが、それを言わない程度の礼儀、シャニとて持ち合わせている。

 だからこそ、別のことを考えようとするが、既に頭は“別のソレ”で一杯であった。

 おそらく、それはクロトとオルガも然り……。

 

『終わりましたねぇ』

『気ぃ抜くんじゃねぇぞ……こっから、迎えに行かなきゃなんねぇしな』

『だね……おにいさん』

 

 クロト、オルガ、シャニは同時に自らの帰る場所、帰りたい場所を思い起こす。

 

 だが、やはりと言うべきか、そこは“場所”であって“場所”でないのだろう。

 

 帰りたい場所は、いつだって“彼”の傍なのだから……

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 赤いツインアイを輝かせ、ビームのカーテンをすり抜ける“赤い閃光”。

 

 両足も無く、両腕すらないように見えるそのモビルスーツ“ディザスター”のコックピットで、ロマ・K・バエルは異常に血走った赤と青の瞳を見開きながら、ハッキリと灰色の“ガンダム”を見やる

 呼吸は荒く、冷や汗が額を伝うが、それに構っていられる余裕もない。さらに無茶な機動により、口の端からは血が伝うが、異常に分泌されたアドレナリンは、その痛みを消し去る。

 

 いや、そもそもこの戦いに参戦する前に、手持ちの薬物全てを摂取した故、なのだろう。

 

「ラウッ……!」

『ロマさんっ!』

 

 編み出されるビームのカーテンをすり抜けつつ、ロマを案ずる声を出すキラだが、敵対するプロヴィデンス本体の左腕、複合盾から放ったビーム砲を右肩に受ける。

 右肩の装甲が吹き飛び、さらにドラグーンがキラを狙うがコックピットへのそれをギリギリで回避。

 しかし、左腕が上腕からもっていかれた。

 

『くっ!』

「キラっ!」

『あれは僕がっ!』

 

 大型ドラグーン二基と小型ドラグーンが二基……すでにそれだけの戦力しかないラウ・ル・クルーゼだが、彼自身の能力の高さは、ロマとて理解している。

 だからこそ、ドラグーンがキラの方を向いているとしても油断などしない。

 ディザスターの両腕をコントロールしながら、ロマは全力でクルーゼを追い込んでいく。

 

「ラウ……!」

『フッ、ハハハハッ! だが、貴様には負けてはやらんよロマ!』

「っ……流石の立ち回りだなッ、“赤い悪魔()”と“スーパーコーディネイター(キラ)”を相手にッ!」

『これも“アル・ダ・フラガ(あの男)”の遺伝子が成せる(ワザ)、なのだろうなッ!』

 

 ディザスターの射出された右腕からの徹甲弾を受け、怯むプロヴィデンス。

 さらに射出された左腕からビームが放たれるも、そちらはビームサーベルで弾いた。

 左右の腕がさらにビームクローを展開しながらプロヴィデンスへと迫るが、それらを回避しながら有線ワイヤーを切断しようとするも……ロマもそれをさせまいと腕をコントロールする。

 だが、それによりプロヴィデンスの接近を少しずつだが許してしまう。

 

「ザフトでも指折りのエースになり、その立場に着いた貴様だからできることかっ……ナチュラルでありながらな!」

『奴の力だと言った! 忌わしきっ、あの男のォッ!』

 

 接近したプロヴィデンスが大型ビームサーベルを振るうも、ロマは後ろに下がりギリギリで回避。

 プロヴィデンスを前に、だが背後から危険を感じたロマが機体を前へと傾けたが、既に背後へと回り込んでいたドラグーンからの攻撃により右側のテールスラスターとウイングバインダーが破壊された。

 さらに距離を詰めるプロヴィデンスだが、突如停止。

 向かって上から放たれたバラエーナプラズマ集束ビームを回避。

 

『ロマさんはやらせないっ!』

『キラくんっ! 君もまた人の業に生まれた存在、だが……成功例だからこそ、そうしているのだろう! 君の影で生まれた“失敗作”は、君をどう思っているかな!?』

『なっ……!』

「惑わされてくれるな、キラ……!」

 

 ことここに至って、“カナード・パルス(他のスーパーコーディネイター)”など関係のないことだ。

 

 二人の会話を断ち切る様に、右腕を回収したディザスターがビームクローを展開してプロヴィデンスへと接近しようとするが、ロマもプロヴィデンスを目前に急停止。

 それにより眼前に展開されるビームカーテンでの被弾を回避。

 そして大きく旋回しながらプロヴィデンスに徹甲弾と胸部機関砲を連射するが、ディザスターに合わせるように機体を下げて避けるクルーゼ。

 

「だが、貴様は自らと“同じ存在”に、その憎しみを背負わせようとはしなかった……それもまた事実だろうにっ!」

『とことん、気味の悪い男だな、貴様はッ!』

「着せてもらおうか、歯に衣ぐらいはッ!」

 

 右腕のビームクローを展開しながら射出するも、クルーゼはそれを回避。

 だが背後から迫る左腕に気づき、プロヴィデンスの身体を僅かに倒してそれもまた回避し、同時に左腕の大型ビームサーベルを振るい、ディザスターの左前腕を破壊。

 顔を顰めるロマが、コックピット内で機体のバッテリーが危ういことに気づく。

 もう長い戦闘などしていられないだろう。

 

「掴みとってきたはずだ! 貴様はッ……! その腕で、自分の力でッ! 貴様の……未来をッ!」

『だが、既にないものだ! そしてそれはッ!』

 

 接近するプロヴィデンスが大型ビームサーベルを振るう。

 コックピットへの直撃は回避するディザスターだったが、その左腕と背部のウイングバインダー、そしてテールスラスターをまとめて切り裂かれる。

 さらに次いで蹴りを受けて吹き飛ぶディザスター。

 

『遺伝子の力だと言ったァ!』

 

 クルーゼが二つの大型ドラグーンをロマへと飛ばすが、フリーダムが異常な反応速度でその二つをラケルタビームサーベル・アンビデクストラス・ハルバードモードで斬り裂く。

 だが、即座に小型ドラグーン二つをフリーダムへと向けるが、ディザスターから放たれた徹甲弾がドラグーンを狙撃、破壊こそされないが、それは射撃の向きを変えるのには十分なものであった。

 傾いたドラグーンがフリーダムの頭部を破壊する。

 

「ラウッ!」

『ロマだとっ!?』

 

 まだ動けることに驚愕しながらも、接近するディザスターへと左腕のビーム砲を放ちつつ後退。

 直線での機動性ではディザスターはプロヴィデンスを凌駕する。

 損傷しているディザスターではあるが、それはプロヴィデンスも同じことだ。

 

「遺伝子の力……!? アル・ダ・フラガの力……!? ふざけるなッ!」

 

 放たれたビーム砲を紙一重で回避しつつ、そのビームの隙間を縫ってプロヴィデンスへと接近する。

 

「それは、お前の力だァッ!」

 

 放たれた右腕が、ビームクローを展開しプロヴィデンスの左腕を貫き奪う。

 

 だが、さらに接近をしようとするも、その直前でバッテリーは底を尽き、ビームクローが消失する。

 故にロマは、伸ばした右腕部のワイヤーでプロヴィデンスを―――拘束した。

 ようやくプロヴィデンスを掴まえたディザスター。

 

 逆にロマに捉まったクルーゼだったが、驚愕の方向はそちらではなかった。

 

『なにっ!?』

「お前が努力で勝ち取ったものだっ! お前がこの世界で生きようとして手に入れたもので、力だッ! 遺伝子の力!? そんなもんでたまるかっ! 世界の全てが“アル・ダ・フラガの遺伝子のおかげ”だなんだとほざこうが、オレがんなもん全部否定してやるっ! 全部がお前がした努力だッ! 掴み取ったものだっ!」

 

 ロマ自身、なぜ自分でそんなことを言っているか理解していないのかもしれない。

 薬物により蒸発した理性が、想ったことを考えるよりも先に口から吐き出させている。

 しかし、それはやはり本音であり、ロマが“第三(視聴者)”の視点で“ガンダムSEED(この物語)”を見たことがあるからこそ、想うことなのだ。

 その中には、もちろん(ラウ)への愛着も。

 

 だが、それだけではないだろう。

 クルーゼの背景を知り、さらにキラの背景も知り、コーディネイターが、ナチュラルがなんなのか理解し、だからこそ……キラが努力したからこそことを成しえたように、遺伝子の力だけで簡単にそれができるなど、あり得ないと理解しているからこそだ。

 視聴者(第三の視点)として、上から見た世界と、地に足をつけて対等な視点で見た世界、それをしたからこそ、ロマは“(ラウ)”を、肯定するのだ。

 

 “(ラウ)”を肯定しながらも、仮面の男(ラウ)の目的を否定するのだ。

 

「否定させやしねぇッ! こんなクソッタレな世界でもっ……!」

『理解しているならばなぜ世界を肯定する!? キラ君っ! ロマッ!』

「それでもっ!」

 

 ワイヤーで拘束されるプロヴィデンスにディザスターはそのまま体でぶつかる。

 

『それでもっ!』

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ジェネシスの内部の中枢部に、真紅色のモビルスーツ、ジャスティスが突入する。

 その背中にファトゥム-00を背負っていないのは、途中で聞き分けのない“じゃじゃ馬娘”を止めるために置いてきた故なのだが……。

 アスラン自身、無意識かもしれないが、やはりここで“終わらせる”以外の方法を、自らで無くしてしまいたかったのだろう。

 

 母はかつての血のバレンタインで死に、父も先ほどヤキン・ドゥーエの司令部にて死亡を確認。

 ただ一人残されて、自身の戦いの意味も、これからの生きる意味も見失い……。

 

「ッ……!」

 

 だからこそカガリに『内部でジャスティスを核爆発させる』と宣言した。

 手元を操作し、キーパッドを出現させ、自爆コードを入力───。

 

『アスラン!』

「っ……カガリ!?」

 

 振り切ってきたはずだ。

 ジャスティスの到着がもう少し早ければ、核爆発に彼女も巻き込まれていたかもしれない。

 なのになぜ戻ってきたのか、叱咤の言葉を口にしようとするが……。

 

『ダメだ! キラを頼まれただろ、アイツにっ!』

 

 カガリのそんな言葉に、アスランは出撃前のロマとの会話を思い出す。

 確かに、アスランは彼に“キラとカガリ(二人)を頼まれた”し、約束した。

 それにアスラン自身の無事も……。

 

 ならば、まだあるはずだ……自分にはやることが。やらなければならないことが。

 

 そしてカガリは、自らを叱咤した兄のような男の言葉を思い出す。

 あの日のことは忘れていないし、これからも忘れないだろう……だからこそ、目の前の“道”を選ぼうとするアスランに叫ぶのだ。

 

『逃げるなっ! 生きる方が、戦いだッ!』

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 フリーダムが、眩い光を纏い飛ぶ。

 

 右腕に連結させたラケルタビームサーベルを持ち……真っ直ぐに。

 

 コックピットのキラの見るモニターに映るのは、プロヴィデンスをワイヤーで拘束しているディザスター。

 どう攻撃しても、ディザスターへの直撃は免れないだろう。

 だが、大丈夫だという確信が持てた。

 

 わからないが、ロマに言われたような気がしたのだ───そのまま往けと。

 

『それでもっ!』

 

 ロマの声が聞こえた。

 思い出すのは、彼と初めて出会った日。否、初めて対話した日。

 ここは残酷な世界で、残酷な現実がある。

 

 だが、それでも───。

 

「それでもっ!」

 

 どうしてか、“世界(自分たち)”は“こんなところ”まで来てしまった。

 クルーゼの言う通り、それは人の“業”と“欲”による結果で……自らの意思のもとで、そこへと辿りついた。

 だが、まだ“結末”ではない。

 

 だからこそ、他の誰でもない。キラには、それがあった。

 

 故にキラの、キラ自身の“業と欲”に従い、飛ぶのだ。

 

 

「守りたい世界があるんだ!」

 

 

 ロマとキラ、二人の言葉がそのまま重なる。

 

 そして、ビームの刃はディザスターの脇を抜け、プロヴィデンスの腹部を───貫く。

 

「ッ……!」

『キラ、よくやってくれた……ありがとう』

 

 フリーダムがビームサーベルから手を離してディザスターを掴もうとするが、その手は空を切る。

 そのコックピットでハッとするキラだったが、ディザスターの“有線ワイヤーから外れた”右手がフリーダムを押しのけていたのだ。

 そのまま勢いよくフリーダムはディザスターとプロヴィデンスの二機から離されていく。

 

 逆にバーニアを吹かそうとするが、キラは視線の先のディザスターに……笑みを浮かべるロマを幻視した。

 

「ロマさぁぁんッ!!」

 

 嗚咽交じりに叫ぶキラだが、次の瞬間───ジェネシスは第三射のためのレーザーをミラーブロックに放つ。

 

 

 

 しかし、そのレーザーはミラーブロックに辿りつく前にプロヴィデンスを直撃し、プロヴィデンスが核爆発を起こし、それによりミラーブロックが核の光によって破壊される。

 さらにその瞬間、内部でジャスティスは核動力を暴走させ自爆、こちらも同様に核爆発。

 それにより、皮肉にもザフトが開発した核の力がジェネシスを破壊したのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ジェネシス自身の破滅の光。

 

 エターナル、クサナギと合流したアークエンジェルのブリッジにて、ムルタ・アズラエルはそれを見た。

 破壊されたジェネシス、それは戦闘の終わりの合図と言って良いと彼女は確信し、ゆっくりと全身の力を抜き無重力化の流れに身を任せる。

 公共通信で響くのは、プラント最高評議会議員アイリーン・カナーバの戦闘停止を求める声だ。

 

 それも───停戦協議に向け、動いているとの報告もついて。

 

「ロマっ……!」

 

 そうなろうとも、アズラエルの戦いは終わらないだろう。

 政治的なことであるならばなおさら、さらに彼女には山ほど戦いが待っているのだ。

 だが、そんなことは、今のアズラエルにとってはどうでもいいことだ。

 

 彼が生きてさえいればいい。

 

 対等であり最高であり最愛の、ただ一人のロマ。

 

 瞳に浮かんだ涙を零さぬように目を閉じるが、それ故に零れた涙が一粒───宙を漂う。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ロマさんっ……どうして……!」

 

 右手以外の全てを失ったフリーダム。

 最後に“ドラグーン”を使ってキラを引き離したロマのおかげか、機体はその色を失ってもおらず、動くことも未だ可能であった。

 だが、それでも動くことなく浮遊するフリーダム。

 

 コックピットを開いて、ハッチの上に立つ。

 

「なんだろう、光……あ、れは……すと、らいく……」

 

 ストライクルージュが、近づいていた。

 コックピットハッチを開いたまま、アスランを乗せてカガリが操縦して、そのままフリーダムの隣へとやってくる。

 戦闘停止の声が聞こえ、ようやく全てが終わりに近づいたからか、アスランもカガリもその瞳から涙を零していて……。

 

「キラ?」

 

 ストライクルージュから降りたカガリとアスランが、フリーダムのハッチに掴まる。

 だがキラは、その場で浮遊したまま、暗い顔でその瞳に涙を浮かべた。

 

「……ロマ、さんがっ」

「大佐がっ!?」

「っ、アイツが! どうしたんだ!?」

 

 キラへと飛び付くカガリと、それを受け止めるキラ。

 だが、そんな彼女の背後にキラは“ソレ”を見た。

 

 見間違うはずもない、対面して、隣に立って、何度も視たその姿を……。

 

「あっ……あぁっ……」

 

 言葉にならない声を発しながら、キラは瞳からポロポロと涙を溢れさせる。

 アスランとカガリはそれに気づいてキラの視線の先を辿り……それに気づいた。

 

 そのほとんどが焦げにより黒くなっているが、その四肢を失った機体はところどころに赤銅色の装甲を残している。

 その色を見間違うはずもなく、その機体を見間違うはずもない。

 

 彼は───そこにいるのだ。

 

「大佐……!」

「ば、ばかあにきぃ……!」

 

 涙声で、彼を呼ぶ。

 

「ッ……ロマさんッ!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 四肢を失ったディザスターのコックピット。

 

 真っ暗なそこで、ロマ・K・バエルは静かに弱々しいが、確かに笑みを浮かべる。

 全身に激痛が奔り力は入らず、頭の中からも強い痛みが奔っているが、それでも“ここに来ることができた”という喜びは、安堵感はそれらを上回っていた。

 

 因果律を乱しながらも、この結末へと導くに至った。

 

 これで終わりではないが、それでも今のロマにははっきりとそれを判別するだけの余裕はない。

 なんとか動く右手を上げるが、それ以上は動きそうもなかった。

 

 薬物で散々に脳と身体を酷使した故の弊害だが、やはりそれも必要な犠牲だとロマは納得している。

 嗅覚も一時的か永遠か……失っているようで匂いを感じない。

 

 だがそれも、また理解していたことだ。

 

「あり、がと、う……」

 

 それは生きている者への言葉か、散って逝った者への言葉か……否、その両方なのだろう。

 

「ハイータ……チェシャ……」

 

 だが、口から零れる名は、自らのために散って逝った者たちへの……。

 

「ラウ……」

 

 その言葉を発すと同時に、彼の視線の先、ハッチが音を立ててゆっくりと開かれていく。

 

 真っ暗なコックピットに光が差し込む。

 

 

 

 完璧ではない、彼の望んだ未来。

 

 

 完璧でない彼女たちの生きるべき、生きていく世界。

 

 

 そして……。

 

 

 

 ───“オレたちの世界”。

 

 

 







ようやく終わりました
と言っても、次回はエピローグのようなものが入ります
三人娘やアズにゃんが書けてないので……このままじゃキラがヒロインみたいになるので
ついでにロマが生還(?)した経緯とかも軽く

とりあえずおかしなところはないはずで、ないと信じて

次回、エピローグ……お楽しみいただければと思います


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偽りの平和

 

 コズミック・イラ71年9月24日から翌未明まで続いた第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦は、パトリック・ザラ死亡とそれを機に発生した穏健派のクーデターにより、台頭したアイリーン・カナーバによる停戦の申し入れ、そして終戦に向けての講和会議を受け入れたムルタ・アズラエルによって終わりを迎えた。

 その作戦により、地球連合はプラント攻撃の実質的主導者であったウィリアム・サザーランドとその攻撃艦隊の七割、プトレマイオス基地の戦力の半数以上を喪失、さらには英雄ロマ・K・バエルすらも……。

 一方、ザフト側は議長パトリック・ザラと最終兵器であったジェネシス、さらに連合よりも甚大な総戦力の半数もの戦力を失い、戦争継続が不可能となった。

 

 そして、そこに至りようやく両軍は講和会議を実施。

 しかし最初の『ナイロビ講和会議』で、地球連合はプラントに対する『国家としての』独立と引き換えに軍事力の放棄を迫るが、プラントは断固として拒否。

 幾度もの会議を重ね、提唱された『リンデマン・プラン』を経て、紆余曲折の末に……前大戦の悲劇の地であるユニウスセブンで、条約締結が結ばれる運びとなった。

 

 コズミック・イラ72年1月1日、こうして連合とプラント間に停戦条約『ユニウス条約』が締結した。

 

 だが、こうして“痛み分け”でことが済んだのも、双方の大量破壊兵器に“最後の”狼煙を上げさせなかったことにあるだろう。

 

 そして、その殺戮を防ぐことはできたのは、大戦の英雄と囁かれる“三隻同盟”の活躍があったからだ。

 連合、ザフト、そしてオーブの三隻の艦からなる独立した戦力、三隻同盟。

 

 そしてその三隻同盟と共に“連合・ザフト”双方と戦ったのが、ムルタ・アズラエルとロマ・K・バエルである。

 ブルーコスモス盟主であるアズラエル、そしてロマが率いる“セラフィム”はウィリアム・サザーランドに反旗を翻し、“三隻同盟”と共にその連合の闇を打ち、さらにはザフトの闇も打ち払い、地球とプラントの間に対話という橋を掛け、永遠とも思えた戦争を終わらせた……などと子供騙しのストーリーが、今はどこでも信じられている。

 

 ムルタ・アズラエル本人はそれを聞くたびに背筋がむず痒い感覚に襲われるだとかなんとか……。

 

 

 

「い、今なんと言ったね、アズラエル?」

 

 厳かな雰囲気の部屋、一人の役人が狼狽える。

 いや、口にはしないだけで、その大きな部屋にいる者たちは誰も彼もが狼狽えていた。

 誰も彼も身なりは良く、位が高い人間なのは明らかだ。

 

 それもそうだろう。そこにいるのは連合構成国の高官ばかり。

 

 そして彼らの視線の先にいる“ムルタ・アズラエル”は不敵に笑みを浮かべてたまま立ち上がる。

 

「ですから、私……ブルーコスモスとは縁を切りますんで……まぁ“ロゴス”ともゆくゆくは手を切るつもりですけど、今すぐとなれば経済崩壊とか起こしかねないので、ゆくゆくは……ですけど」

 

 飄々と言うアズラエルに、役人たちはなおも狼狽えるだろう。

 

「そ、そんなことをすれば君もただでは」

「アズラエル財団を今すぐにでも切ろうなんて……そんなことすれば、あの人たちもただでは済みませんよ。経済的なことを考えれば私達との取引を切るにしても、突然に、というわけにはいきません……潰そうなんてもってのほかです。お互いはおろか世界規模の経済崩壊になりますよ」

 

 元ロゴス代表が明言するのだ。それは間違いない。

 そして散々、そのロゴスと関わってきた人間たちにとっては、先の代表とはいえ、アズラエルの言葉は重くのしかかる。

 

「だからお互いの利益を考えればゆるやかに切るのがベストなんです。“ブルーコスモス(反コーディネイター主義)”の人らよりも理性的なんですよ。“ロゴス”って……それで、それまでに私は上手いこと回せばいいんです。みなさんも“知っての通り”名声はあるので」

「ぐっ……」

 

 それに、既にブルーコスモス盟主も“ロゴス代表”も“ロード・ジブリール”となっているのだ。

 今更、未練も責任もあったものではないし、出回ってしまった噂を鑑みれば、とてもじゃないがこのままブルーコスモスを続けてはいけない。

 本来の“環境保護団体(ブルーコスモス)”ならともかく、今の“ブルーコスモス(反コーディネイター主義)”に、ザフトとの停戦を進めたアズラエルが身を置くわけにもいかないのだ。あちらも置かれるわけにはいかない。

 そもそも、かなりコーディネイターに対して穏健的な思考の持ち主だったアズラエルも、都合が良いからそこに身を置いていただけで、後年はまるで反コーディネイター思考などなかったのでさもありなん。

 

 さらに、現状のブルーコスモスには敵しかいない。ロゴスも然り……ならば、彼女がそこにいる道理などどこにもないのだ。

 この面々も今のアズラエルに召集される謂れなどないのだが、彼らの公私にわたる諸々の事情を知る彼女に、半場強制的に集まらされており、故に悔しげにする彼女なんかを期待してみたりはしたのだが、そうはならなかった……むしろ、させられている。

 

「……しかし、君の手駒、英雄ロマ・バエルは───“作戦行動中戦死(KIA)”なのだろう?」

 

 その一言に、アズラエルはピタリと動きを止めた。

 

「奴を表舞台に出して支持を得ることはもう」

「結構、私一人で充分ですから……少なからず、今の状態であればね?」

 

 相棒(ロマ)を失くした悲劇のヒロイン。

 それで、十分物語性は生まれるし、一般大衆の支持を集めるには十分だ。

 だからこそアズラエルは変わらず笑みを浮かべるが、それはどこか目の前の面々を“小馬鹿”にしたような笑みで、片手を口元に当ててクスクスっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「え~それに貴方達の方がこれから大変じゃないですかぁ~♪」

「ぐっ……」

 

 それも事実だろう。

 ザフトとの停戦協議の最中に発生した南アメリカ独立戦争は、大西洋連邦の実質的な敗北であったし、色々と今後出てくることもある。

 それらに関して、アズラエルは関与していないし、関与していることにしようにも、アズラエルの実績がそれらを“虚偽”だと暴いてしまう。

 故に、アズラエルは余裕の表情で笑うのだ。

 

「ま、頑張ってくださいよ。ただ後々、私に縋りたくなるかもしれませんけどぉ~♪」

 

 一人の役員がテレビの放送コードに引っかかりかねないような汚らしい罵声を飛ばすが、アズラエルはそれに眉一つ動かすことなく、変わらずクスクスと笑うのみ。

 そしてそのまま歩き出すと、会議室の扉を開ける。

 前に立っていたのは“元ゴエーティア隊(ロマの元部下)”で、今はアズラエルのボディーガード。

 そのまま出て行くかに思われたアズラエルだったが、ふと何かを思い出したように振り返る。

 

「ッ!」

 

 その部屋にいた全員が息を呑む。

 それほどに冷たい表情と目線であったから……。

 

「あとですけど、ロマは“作戦行動中戦死(KIA)”じゃなくて“作戦行動中行方不明(MIA)”なので……お間違えなく♪」

 

 ニコッと笑顔を浮かべて、扉が閉じられた。

 そこにいた高官たちは、揃って安堵するように息をつきつつ、背もたれに体を預ける。

 ブルーコスモス盟主でなかろうと、ロゴス代表でなかろうと、彼女は恐ろしい女であると、彼らの認識は変わることもないだろう。

 そしてなによりも、世はそんな彼女に味方し、そんな彼女を英雄と讃えるのだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ムルタ・アズラエルの現状の立場は複雑なものであった。

 元ブルーコスモス盟主であり、元ロゴス代表、今残っている肩書きはアズラエル財団の長だけ……しかし、現状ではもはや連合の幹部とばかりの表現のされ方をメディアでもされており、大西洋連邦の会議などにも“特別アドバイザー”として召集までされる始末。

 それに関しては“デュエイン・ハルバートン”すらも了承……というより、むしろ彼の方がアズラエルを大西洋連邦に取り入れんばかりに推している。

 

 よって、自分の財団を管理しているだけで済むと思っていたアズラエルは想定外の忙しさとストレスで頭を痛めていた。

 挙句、アズラエル財団系の会社もムルタ・アズラエルのネームバリューで売り上げが跳ね上がりさらに忙しくストレスが溜まる。

 さらにおまけに、自分の私兵とも言える三馬鹿娘の末っ子である“クロト(ヤンチャ娘)”が『更年期?』とか言うものだから……そこらへんで一回爆発。

 

 結果的に定期的な爆発によりアズラエルも助かっていたりするが、それを言う彼女でもない。

 

 ともあれ、彼女には癒しが必要なのだ。

 数少ない者だけが知っている、彼女の秘密の癒し。

 

「ん~♪」

 

 鼻歌混じりに上機嫌のアズラエルが、清潔感のある白い通路を歩く。

 そしてその後ろには、連合の制服ではなく私服姿のクロト、オルガ、シャニの三人。

 いつものアズラエル財団の所有する病院、その高層階……窓からの景色にはその高さに匹敵するビルもなく、街を一望すらできる。

 

「おば……おねーさん、めっちゃ機嫌いいね」

「あ? いやそりゃ、そうだろ……」

 

 前を歩くアズラエルに聞こえぬようにこそこそと話すクロトとオルガ。

 会話に参加していない二人の隣のシャニは……ヘッドフォンを首からかけて歩いているが、彼女もまたどこか上機嫌で、足取りも軽そうに見えた。

 いつもダウナー的な彼女にしては珍しいことで、“あの戦い”が終わってからはさらに稀であり、クロトとオルガは少し驚く。

 

「シャニもめっちゃ機嫌良いし」

 

 そう言うクロトもどこか機嫌が良さそうに見えるし、オルガも口角がわずかに上がっている。

 しかし、それも当然のことなのだろう。

 アズラエルは上機嫌のまま、一室の前で止まり、ノックもせずにボタンを押してドアを開く。

 

「おはようご」

 

「大佐ぁ、おくちあけてくださ~い♪」

「はい大佐、あ~ん♪」

「おいお前らそこまでに……あ」

 

「フッ、もう腕も動かせるのだが……ん、カガリどうし、た……」

 

 瞬間、その“病室”の空気は凍った。

 否、凍ったのは病室のベッドで上体を起こしている“赤と青の瞳を持つ男”と、今ドアを開いたアズラエルの二人。

 遅れて、男の口元にブドウを運んでいた“アサギ・コードウェル”と“マユラ・ラバッツ”も一瞬固まるが、即座にそれをお互いの口に放り込んで立ち上がった。

 その間も、もちろん男とアズラエルは固まっているのだが……。

 

「あっ、そ、そのっ、あ、アズラエル理事!?」

 

 最初にアズラエルに気づいた少女、カガリ・ユラ・アスハは裏返った声で彼女の名を呼ぶ。

 もう一人いた少女、ジュリ・ウー・ニェンは呆れたような表情を浮かべながら二人の首根っこを掴んでそっとカガリの後ろへと下がった。

 カガリとて二人を止めていた立場ではあったのだが、やはり側近ともいえる部下二人がそのような行為に出てたのを放置していたのだから、彼女自身としても気まずい雰囲気は拭えないのだ。

 動揺しながら、カガリはポン、と手を叩く。

 

「か、会談の時間までもうしばらくありますのでっ、その、の、後ほどですねっ」

 

 ふと、アズラエルが笑顔を浮かべる。

 

「ええ、アスハ代表、後ほど」

 

 中に一歩入ったアズラエルの横を、アサギとマユラとジュリが冷や汗を浮かべながらも笑顔で通る。

 カガリもどこか気まずそうな表情ではあるが、明らかにオーブ三人娘と比べても作り笑いが下手であった。

 これで政治家とは嘆かわしい、アズラエルが“通常の状態”であれば、教育されていたことだろう。いや、後々されることであろう。

 カガリも次いで去っていくと、部屋に残されるのはアズラエルと連合の三馬鹿娘。

 

 そして……。

 

「なぁにやってんの、あ・な・た?」

「……サボテンが花をつけている」

 

 ベッド脇の棚の上に置かれた“小さなサボテン”を見ながら───“ロマ・K・バエル”は笑みを浮かべた。

 

「つけてないけど!?」

 

 

 

 それからなんやかんやとありつつも、状況は落ち着いた。

 ベッドの上で、上体を起こしているのは“死んだ”とされているロマだ。

 世間一般も当然のことながら、連邦高官にも悟られぬように隠し通している理由は……。

 

「あなたを“行方不明”にするのって大変だったんですからね?」

 

 アズラエルが溜息をつきながら、ベッド脇の椅子に腰かけて言う。

 どこか不満そうに言う彼女だが、本気で怒っているわけでないことは、女性の感情の機微に疎い方である彼とて察せられた。

 だからこそ、少しばかり申し訳なさそうな表情を浮かべて笑みを浮かべる。

 

「無理を言ってすまないな」

「ま、なにか考えがあってのことなんでしょうけど……それにその方が今後、こっちも使いやすいしね。英雄さん?」

「フッ、茶化すなよ」

 

 苦笑する“死んだはずの男(ロマ・K・バエル)”。

 なんてことない話だ。自らを死んだことにしてもらったのは“続編(今後)”のことを鑑みて、動きやすくするため、というだけである。

 もっと良い方法もあったのかもしれないが、彼も必死で“死んだことにしてくれ”とだけ伝えたのだ。

 ヤキン・ドゥーエでの戦いの後、回収されアズラエルと再会するなりそれだけを伝えて意識を失ったロマは、薬物の“多量摂取(オーバードーズ)”と無理な機動での肉体への損傷、そして脳への負担やらの諸々により二ヶ月の間、意識不明であった。

 

「まぁ、あの娘たちも……心配してたみたいだし、仕方ないか」

「そう言ってもらえると助かる。年上の男というだけで物珍しいのだろうさ」

 

 そんなことを言う彼に、アズラエルは目を細めてジトっとした視線を送るが……当の本人であるロマは内心で『かわいいなぁ』などと能天気な感想を浮かべるのみ。

 ふと視線を下げて、ベッドに腰かけてロマの膝に頭を乗せるようにしているシャニの頬にそっと触れれば、くすぐったそうな表情を浮かべた。

 強力無比な胸部装甲が気になりもするが、ロマは頭からそんな煩悩を振り払う。

 

「お前たちにも心配かけたな」

「起きてから会う度に毎回言うね、それ」

 

 それも仕方のないことなのだ。

 いつも天真爛漫だったりする彼女たちの“泣き顔”を見てしまっては、何度でも言いたくなる。

 シャニと同じようにベッドの反対側に腰掛けて、ロマの腕を触っているのはクロト。

 

「にしても、細くなっちゃいましたねぇ」

「運動もできていないからさ。身体の方もおおよそ問題はない……そろそろ戻すさ、元に」

 

 二ヶ月もの間眠っていた彼にとって、それは簡単なことでもない。

 だが、それでもやらなければならない理由があった。

 

 彼が起きて、アズラエルと話せるようになった頃にはもう“ロドニアのラボ”は閉鎖されてしまったし、ステラ・ルーシェ、アウル・ニーダ、スティング・オークレーの所在は不明。

 記憶を頼りに立てていた“計画通り”とはならず、記憶の通りの“原作(規定)通り”と相成ってしまい……だからこそ、悲劇を回避するためにも彼は決められた時間内に、あらゆる準備を進めておく必要があるのだ。

 

「無理すんなよ。とりあえず戦いも終わって……いや全部終わったわけじゃねぇけど、お前が出る必要なんてねぇんだから」

「心配をかけているからな、さすがにこの身で無茶をする気はないよ」

「お前はそう言いながらすっけどな」

 

 リンゴの皮をむいているオルガが、苦笑しながらそう言うので、ロマも思わず苦笑を浮かべた。

 無茶をしないとは言い切れないし、おそらくするだろう。

 今後起こるであろう“次の戦い”でも、彼女らを守るためならば無茶でもなんでもしないわけにはいかないのだ。

 

 ロマの知る歴史と違う歴史が始まる。

 極力、ある程度同じように進めるつもりではあるが、それでも“アズラエルたちが存在している”ということがどれだけ影響を与えるかわからない。

 世界には“バタフライ・エフェクト”と言う言葉もあるのだ。

 

「戦うの、怖いんでしょ?」

 

 アズラエルの言葉に、フッと口元をゆるませた。

 かつて、誰かに聞かれた気もする。いや、もしかしたら自分で自問したのかもしれない。

 いつだってそうだった。

 

「怖いさ、震えが止まらん時もある」

 

 それでも、飛ばないわけにはいかないのだ。

 

 かつての生とは違う。生きる意味がしっかりとあるからこそ……。

 

 死の恐怖を知っている。

 じわじわと自らの命のカウントが消費されていくあの感覚を……かつてのその感覚を、彼は未だ忘れてはいない。未だ夢に見ることだってある。

 だが、それ以上の恐怖は、視界と両手の温もりが喪失されることにあるのだろう。

 

 此度の戦いで、“大切な者たち”を失った故に、ハッキリとわかる。

 

 ───キリエ、ターニャ、ケン、トーマス、オランド……チェシャ、ハイータ。

 

 次に同じことがあれば、“自分の弱い心では耐えられる保証があるかもわからないほど”に。

 

 だからこそ、未来を変え、未来を守る術を……。

 

「他に方法を知らんからさ」

 

 それしかないと理解しているからこそ……恐ろしくとも、痛かろうとも、戦わないという選択は取らない。戦う

 誰かのように完璧ではない。迷いも早々と振り払えない。いつまでも同じところでグルグルと回る……ただ心弱きが故に。

 ただの一般人で、ただの人間だから……。

 

 だが───“ただの人間”で十分だ。十分だと思っているが故に、最後まで“台詞”を言ってしまう。

 

「……だから、いまだに嫁さんももらえん」

 

 瞬間、空気は凍る。

 

 ───突如、ロマの脳内に溢れる存在した“時間よ、止まれ(第14話)”。

 

「……は?」

 

 ロマは震えた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 その後、ケラケラ笑っているクロトと、呆れるような視線を向けるオルガとシャニを見て、怒るアズラエルを止めてくれとも思ったが……しっかり自分が悪いので大人しくお怒りを受けて謝罪した。

 だがしかし、死んだ人間では、嫁だってもらえまい。それも事実だ。

 いや、事実故にアズラエルも怒りを抱いたのだろう。

 

 責任もとれなくなってしまった故に……。

 

「だが、そうだな……いずれは、な」

 

 カガリ・ユラ・アスハとの会談もあり一人病室に残されたロマは、フッと笑みを浮かべてひとりごちる。

 

「私は、オレは……生きるよ。死んだ身だろうと、戦うさ……」

 

 あの戦いの最後の瞬間を思い出す。

 

 ロマがキラを“ドラグーン(ファウスト・ヌル)”を使い遠ざけた時、灰色のドラグーンがディザスターを押し退けてプロヴィデンスの核爆発から遠ざけた、それを。

 あれが夢でなければ間違いなくプロヴィデンスのドラグーンだったはずで。

 

『せいぜいあがけよ。“こんな世界”で……!』

 

 あれが幻聴でないのなら……。

 

「やってみるさ」

 

 なんとなく、生きてきたが、今は違う。

 

 はっきりと生きなければならない目的があるのだ。

 

 こんな世界でも、こんな世界だからこそ……。

 

 

「守りたい世界があるんだ……ラウ」

 

 

 






【挿絵表示】
 【阿井 上夫】さんよりいただきました
SEED篇ラスト、かつ運命篇に続くといった感じの爽やかな支援絵です



そしてSEED篇、これにて終了です
最後ということもあって、シリアスになる前の感じも思い出しつつ
ラストに相応しい感じに書けた、と思いたいとこです

そして最後にヒロインレースはラウがぶっちぎる事態

残念ながらロマは死にました()
アズにゃんは婚期を逃しました
これバッドエンドでは……?

ともあれ、続編のデスティニーではアズにゃんやロマはどういう立場になるか
どう動くのか、デスティニー篇もお楽しみいただければと思います


・蛇足
オンエア版の場合ロマの生存はハッキリさせないまま運命篇の予告でチラッと映って総ツッコミくらってましたね(存在しない記憶


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機動戦士ガンダムSEED DESTINY~F.R.V 赤き悪魔の帰還~
識らない未来


 

 C.E.(コズミック・イラ)73、ユニウス条約の締結より二年近い月日が経ち、世界は前大戦での傷を癒しながら、次第にかつての安寧を取り戻しつつあったのだ。

 相互理解に努め、平和を誓い、人々は二度とあのような戦いが起きなければ良いと、皆がそれを望んでいると願い、祈っていた。

 

 “あんなこと”はもう誰も望まないと……故に、世界は穏やかであったのだ。

 

 ───表向きには(・・・・・)

 

 水面下で、彼らは徐々に動き始めていた。

 それは、ユニウス条約締結(平和への一歩)よりもっと前から……。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 アーモリーワン……そこは大戦以降に、他のプラントのあるL5宙域ではなくL4に立地を構える新世代(ネクストステージ)の軍事プラントである。

 兵器工廠たるそこで、ザフトは戦後初の新造艦の進水式を控えており、プラント内はどこも慌ただしい。

 

 それは宇宙港とて変わりないようであり、新造艦の進水式を見るために、多数の人々が集まってきている。

 その船を見るのを楽しみにする子供の無邪気な声の中に、ナチュラルに対する敵対心をむき出しにする大人の声も聞こえた。

 宇宙港なのだから色々な人間がいて当然ではあるが……。

 

 数多の声をそこで聴き、彼女―――カガリ・ユラ・アスハは顔をしかめる。

 

 世界は変わっても、変わらない人間もいる。

 手すりに掴まって無重力の中、目的地へと真っ直ぐ運ばれていくカガリの後ろに控えていたサングラスの青年が、スッとカガリに近づく。

 眉をひそめるカガリに、青年は続けた。

 

「本当に、ドレスはいいのか?」

「だから良いって……女だからって舐められたら嫌だろ。そういうのは肝心なとこで使ってこそだってアズラエルが言ってた」

「彼女の場合は別だろうに……」

 

 呆れるように言う青年だったが、カガリは構わず進む―――と思いきや、突如止まる。

 それに驚きながらも勢いを殺せず、カガリにぶつかる青年。

 

「カガっ、アスハ代表っ……!?」

「すまんっ、でも……」

 

 カガリの視線の先に、周囲をキョロキョロ見回すサングラスをかけた紺色のスーツを纏う男がいた。

 金色の髪をなびかせながら、そのサングラスの奥の瞳は“誰かを探している”ように見受けられる。

 二人の案内をしているザフト将校二人が振り返ってカガリの方を見ると、彼女に合わせて動きを止め……その鋭い視線でカガリが気に掛ける男を見るも、知った顔に“表情を緩めた”。

 カガリが口に手を添えて、すっかり出し慣れた通る声で男を呼ぶ。

 

「“ウィル”!」

「アスハ代表っ、極秘訪問なのですから目立つことはっ」

「こんなところでそうそう目立つかよ」

 

 言い争うカガリと青年。

 件の男は、自身が呼ばれたことに気づき床を蹴ってそちらへと浮遊しながら、やはりキョロキョロと誰かを探しているが、お目当ての人物は見つからないのか、そのままカガリへと近寄り通路へと合流する。

 ザフト将校が進みだすと、カガリと青年と金髪の男はその後をついていく。

 少しばかり眉を顰めるカガリに、男は苦笑を浮かべた。

 

「すまないな、前乗りをして……少し用事があったんだ。だが、おかげで私の方は“デュランダル議長”との会談は終わらせておいたよ」

「なんで先にやっちゃうんだよっ」

 

 抗議するカガリだが、男がする“最高評議会議長ギルバート・デュランダル”との会談は、カガリとはまったく無関係のものだ。

 そしてカガリの会談もまた男にとっては然り。

 ただ、やはりそういう甘えたことを口にするのは、彼女が男に“懐いている”故なのだろう。

 

「何事も速い方が良い。速さこそこの世の理、クーガーも言っていた」

「なんて?」

「いや、なんでも……」

 

 男は時たまわけがわからないことを言うが、もう慣れたものだ。

 後ろにいた青年が、男───ウィルの隣に行く。

 

「“マクスウェル”大佐、久しぶりです」

「……私は大尉だよ。アレックスくん」

 

 ウィルの言葉に、青年───アレックス・ディノはハッとした後、苦笑して頷く。

 

「すみません……大尉」

 

 お互い想うことがあるのだろう。だからこそ、意味深にウィルも笑みを浮かべた。

 黒いサングラスの奥、ウィルの瞳がアレックスのサングラスの奥の瞳を覗く。

 

「なに気にすることはない。カガリ、アレックスくん……再会できて早々ですまんが、私は少し離脱させてもらうよ」

「はぁ!?」

 

 ウィルの言葉にカガリが少し大きな声を出すので、再びアレックスが眉を顰める。

 同じくウィルが眉を顰めているのを理解し、カガリがバツの悪い表情を浮かべるのは、さすがにオーブの代表としてはしたなかった自覚があるから……だが、それだけではない。

 問題は、それがバレるとウィルの背後にいるカガリにとって仇であり恩人である“彼女”のお叱りを受けかねない。

 

 だからこそ、口をすぼめつつ、カガリは静かに言葉を続ける。

 

「なんでまた?」

「調べたいことがあってな、デュランダル議長にも“ある程度自由な行動”の許可はもらっているしジープも借りた……なに、後ほど工廠で会おう」

 

 彼がそう言いだしたのだから、自分が止めることはできないだろうとカガリは察し、溜息をつきながら頷く。

 そんな彼女と彼に、アレックスはどこか穏やかな笑みを浮かべた。

 ウィルは手すりを掴んでいた手に力を込めるなり、器用に通路から離れる。

 

「では、後ほどだな」

 

 そう言うとウィル・マクスウェルは宇宙港の一般通路、出口へと向かって行った。

 残されたカガリとアレックスはといえば、ザフト高官についていく形で手すりに掴まって流されていくのだが、彼女はどこか不満そうで、アレックスはそれを察して苦笑。

 彼のことだ、きっとなにかしら目的はあるのだろう。

 

 だが……それがわかるのはいつだって先の話なのだ。

 

「あいつ、あれで自分が有名人ってわかってないんだよなぁ」

「違いない」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 街まで降りてきた金髪の男、ウィル。

 彼は借りたジープを走らせるより先に、宇宙港からほど近いそのショッピングモールに赴く必要があると考えたのだ。

 いやむしろ、目下彼の目的はそこにあった。

 その地でとある人物たちを探す……それだけが目的であり、そのために性急に必要なわけでもない会談を取り付けて、今日ここにいるのだ。

 

「しかしまぁ……“マクスウェル”より“マックスウェル”だったな」

 

 この世界の万人が聞いたとして万人が首を傾げるようなことを呟き、ふと足を止める。

 視線の先にはアパレルショップで、そこに近づくと周囲を見渡す。

 なにがあるわけでも、特別な誰かがいるわけでもないと判断すれば、ため息をついて再び歩き出す。

 

「いない、か……」

 

 だが、目的の“彼女たち”がいなくとも、“彼”がいればまだ近くに彼女たちがいるということだ。

 ウィルの“かつて”の記憶が正しければ、ここで遭遇するはずで、よもや彼女の胸を彼が触ると言う暴挙を犯すのだから……。

 彼女と関わり合いをもってしまったウィルの立場からすれば、それはとても複雑なことであるのだが。

 

 妙な考え事をしながら歩いていると、むしろウィルが、道から出てきた誰かとぶつかる。

 

「きゃっ!」

「おっと……」

 

 すぐさま、自分にぶつかったことにより倒れかけるその“少女”に手を伸ばした。

 素早く伸ばされた右手は、しっかりと少女の左手を掴み、間髪入れずに力を込めて少女を引き寄せれば、それが自分よりも二回りは身長が低い少女だと気づく。

 少しばかり力を入れすぎたのか、少女はその勢いのままウィルの鳩尾あたりに軽く顔をぶつけた。

 

「わぷっ!」

「ぼけっとしていた。すまな、い……?」

 

 そのままでは良くないと判断して少しばかり離れたウィルだったが、そこで気づく。

 目の前の、少女に“見覚え”があることに……。

 

 茶色の髪、左右の横髪と後ろ髪を下の方で結っており、あどけなさが残るも、綺麗な顔立ち。記憶よりは幾分か大人っぽくもなっている気はするが……。

 ウィルは思わず目の前の少女の“生存”に固唾を飲むが、非常に危険な絵面でもある。

 

「い、いえ、マユの方も、ボーッとして、て……」

 

 謝罪の言葉を返そうとしながらも、少女はウィルを見上げる。

 彼がかけていたサングラスを外せば、その下にあった赤と青のオッドアイの瞳が姿を見せ、マユはそれを見て、いや彼の顔を見てぽかんと口を開く。

 そんな少女の反応に、ウィルは心の中で疑問符を浮かべた。

 

 一、二秒そうしていれば、少女はようやく口を開く。

 

「きれい……」

 

 そういう風に眼を褒められるのに慣れていないわけでもない。

 ウィルは軽く咳払いをしてから、しっかりと少女と目を合わせた。

 

「すまない、怪我はないかい?」

「あっ! だっ、大丈夫です! こ、こちらこそごめんなさいっ!」 

 

 まさかの遭遇に、ウィルの動揺は激しい。

 だが、それでも仮面をするのも“慣れた”もので、軽く笑みを浮かべ首を横に振るなり、サングラスをかけなおす。

 この遭遇はいいことなのか悪いことなのか、だがこの周囲の様子だと“目的”はここでは達成できそうになかった。

 ならば、場所を変えるしかないだろう。

 

 少し離れるなり、ウィルは笑みを浮かべながらなるべく優しい声音で少女に話かける。

 

「すまない。少し道に迷っていてね……」

「あ、ここらの方じゃないんですか?」

 

 少女がスカートを揺らしてそう聞けば、ウィルは軽く頷いた。

 

「月の方から昨日来たばかりで、疎いのさ……」

「月っていうと、コペルニクスですか?」

 

 実際は違うが、それをここで言う必要もないし、言えば余計な疑惑をかけられかねない。

 許可を出した“デュランダル”曰く、なるべく“そちら”と関わり合いがあるということを知られない方がいいとのことだ。

 軍事工廠プラントなのだから、敵対的な行為をしようとしているのだと思われかねないのも確かだし、仕方のないことなのだが……。

 

「そういうことになるかな、仕事できたのだが……迷うとは、良い大人が恥ずかしいことだ」

「そんなことないですよっ、初めての場所なんだから……あ! それじゃマ、わ、私でわかる場所ならお教えしますよ!」

 

 そう言われるが、ウィルは少女が場所をわかっていようともそうでなかろうとも問題はないと考えている。

 それに本当に道に迷ったわけでもない。場所は理解しているが、ただ咄嗟に出てしまったのがそういう言い訳だっただけだ。

 だからこそウィルは、正直にものを言うことにした。

 

「工廠さ、道だけでもわかれば助かるが……」

「えっ!? マっ、私も今からそこに行くんです! 丁度よかったぁ!」

 

 ───え、なんで?

 

 思わず口に出そうになった言葉を飲み込むが、もうすでにことは遅い。

 こうなれば一緒に行く、という選択肢以外は存在しないことだろう。

 

 それに、どういうことかはわからないが、目の前の少女が遅かれ早かれ“そこ”に行くとするのならば、一緒にいた方が“安全”な可能性すらある。

 できれば“ソレ”が起こる前に止めたいところではあったが、“主犯”の足取りもわからなければどうしようもない。

 

 仕方がないと吐こうとした溜息を飲みこむと、ウィルはポケットから左手で“許可証”を取り出し少女に見せる。

 

「え、それって、軍の……」

「ライセンスさ、ウィレーム・マクスウェルだ……すまんが、道案内を頼む」

 

 それを説明するなり、自己紹介と共に右手を差し出せば、提示された許可証に戸惑いながらも、少女は頷いた。

 目の前の相手が誰なのかいまいちはわからないが、それは確かに本物なのだろうと確信し、目の前の相手が“なにかしらの大物”だと理解している故に……。

 

「はい! えっと、ま、私っ……マユ・アスカです!」

 

 彼が“識っている”通りの名を名乗り、少女───マユ、アスカは“彼の識らない”であろう“黒い皮手袋”に包まれた右手を上げるも……止まる。

 疑問に思うウィルを前に、マユはすっと右手を降ろした。

 申し訳なさそうな表情で、左手で右手を掴む。

 

「ご、ごめんなさい。右手は機械義手なので……」

 

 その言葉の意味を即座に理解して、ウィルは“なぜか”苦虫を噛み潰したような感覚に陥るも、それはもちろん隠しきる。

 そのまま、“初めて知った(識らなかった)”それに動揺もしない様子で、口元に微笑を浮かべて右手を降ろす。

 

「なに、私の配慮不足だ」

「あ、えっとそれで……なので……」

 

 言葉を続けるマユに、ウィルは優しげに『ん?』と声を発した。

 

「左手で……その……いいです、か?」

 

 まだ13にもなっていない少女なのだが、少しばかり申し訳なさそうな顔で上目使いをされ、ウィルの弱い心は少しばかり揺れそうにもなったのだが……そこは大人として、なんでもなかったことにする。

 危うく誤った方向に自らの“守備範囲”を広げるところだったと、内心でべらぼうに焦りながら、自制しつつ、そっと左手を差し出して、マユの左手と握手を交わす。

 柔いその左手は、確かに“どこかの誰か”が守ったものなのだろう。

 

 なにはともあれ、ウィルにとっては、ここから“先も”未知の領域だ……。

 

「借りた車がある、それで向かうとしよう」

「あ、はい……よろしくお願いしますマクスウェルさん!」

 

 なぜか、“家”に残してきた家族が脳裏にチラつく。

 

「ああ、よろしく頼む……“マユ・アスカ”」

 

 

 

 彼が識る。彼の識らない物語が、ここより始まる。

 

 識っている悲劇、識らない悲劇、識らなければよかった真実。

 

 それは、彼の識らない出会いから───生まれた。

 

 

 







始まりましたデスティニー篇
謎の男が出てきて……いったいどういう立ち位置の何者なんだ……


まぁそれは置いといて、あまり説明を入れてないのはプロローグなのでご察しください
徐々に現状の世界情勢は明かしていくつもりです

ちなみにSEED篇との間に、なにかしら他のキャラたちとの会話とかを入れようかとも思ったんですが、語りすぎることになるので割愛しました
過去の話として中盤あたりに入れるか、それか外伝として、ですね

運命篇の序盤は旧メンバーの出番は少なそうですが、中盤あたりからは一気に増える予定です
序盤はミネルバ組が多い、かも?

では、運命篇もお楽しみいただければです


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震える瞳

 

 アーモリーワンの公道を、ジープが走る。

 その運転席にははウィレーム・マクスウェル、そして助手席には先ほど彼と出会った少女、故あって同行することになったマユ・アスカ。

 ピンク色の“最新型の携帯電話”がチラリとポケットから覗いているが、気にしないようにしながらウィルはジープを走らせながら彼女の話に耳を傾ける。

 彼女について、いやその“兄”について気にならないわけでもないウィルではあったが、急に言及などできるはずがないのだが……幸運なことに、彼女の口から自然とその“兄”についての話は出てきた。

 

「それで、おにっ……うちの兄、凄い心配症で、私がいないとホントダメって感じなんです!」

「フッ、良いお兄さんだと思うがね」

 

 風にその金色の髪をなびかせながら、ウィルはサングラスの奥の瞳を細めて笑みを浮かべる。

 彼には彼女が言葉にする“兄への愚痴”が、あまりにも“微笑ましく感じた”からだろう。

 そう感じるだけの理由と、そう感じるだけの“記憶”が彼にはあるからだ。

 

「そんなことないですよっ、過保護だしっ!」

 

 頬を膨らまして不満そうにするマユを横目で見て、ウィルは再び口から笑みを零す。

 

「で、このまま工廠で構わないのか? 君の話を聞く限り、その兄は新造艦なのだろう?」

 

 ウィルの言葉に、マユは素直に頷いた。

 

「はい、少しその……工廠の方ですることがあるので」

「……そうか」

 

 それについて、ウィルはなにもわからないが素直に頷く以外の選択肢もない。

 目的地が同じというぐらいで、彼は彼女とそれについて聞くほどの信頼関係を築いていないと考えているからだ。

 だから、マユが言い辛そうにしているのを察してウィルはなにも言わずに頷くのみ。

 

「人には色々とあるものだ。私にも君にも……」

 

 だが、マユは少し眉を顰めているあたり、少しは聞いてほしかったのかもしれない。

 どうやら彼は女心がわかるタイプでもないのだろう。

 

 一方のマユ・アスカ自身も、自分について少し驚いていた。

 なぜか目の前の相手をやけに信用している自分がいるし、かなり“デリケートな問題”である工廠への用についても、少しは食いついてくれても良いんじゃないかと、不満に思う。

 初めて会ったはずなのだが、街でぶつかった時、やけに懐かしく感じたのも、妙だ。

 

「むぅ、なんなんだろ……」

 

 ひとりごちて、マユは視線をウィルの逆側に向けた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 カガリ・ユラ・アスハは、ザフト兵に囲まれて、アレックスを従えながら、黒い長髪の男と共に“工廠”を歩いていた。

 その男こそが、現プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルである。

 此度、わざわざカガリが彼に極秘会談を申し込んだ理由とは、『彼のオーブ戦の折に流出したオーブの技術と人的資源、その軍事利用の即時停止』だ。

 このことに関してオーブはザフトに再三再四に渡り申し入れているのだが、それについての返答が一切ない。

 それに痺れを切らしたカガリは、火急的すみやかにこの問題に決着をつけるため、現議長ギルバート・デュランダルに直談判をしに、わざわざお忍びでこちらまで足を運んだわけだ。

 

 だが、彼はのらりくらりと問題の答えについてを躱しながら、カガリたちを連れてこの工廠へとやってきた。

 ジンやシグーはもちろん、新型機も並んでいる。

 

 デュランダルは立ち止まり、カガリと視線を交わす。

 

「姫、なにを怖がってらっしゃるのです?」

「っ、その姫というのはやめていただきたい」

 

 すでに話は、オーブの理念、それについてになっている。

 デュランダルもオーブの理念は素晴らしいと感じているからこそ、だがそれには力が必要だと……そしてそれを一番知っているのはカガリたちであると……故に、オーブもまた軍備を整えているのではないかと。

 確かにその通りだった。それを否定はできない。

 

「失礼しましたアスハ代表」

 

 素直に謝罪を挟むが、デュランダルは言葉を続ける。

 

「しかし、その恐れの理由は……大西洋連邦の、ブルーコスモスの圧力ですか?  オーブが我々に条約違反の軍事供与をしていると?」

 

 大西洋連邦からの圧力は確かにある。

 実際にオーブの技術はザフトに渡っていて、ザフトの兵器にそれが転用されているのも事実。

 秘密裏に他国と繋がっているという意味であれば、オーブは前科もある。その相手は大西洋連邦ではあったが……。

 

「だが、そんな事実は無論ない。彼のオーブ防衛戦の折、難民となったオーブの同胞達を我等が温かく迎え入れたことはありましたが……その彼らが、此処で暮らしていくためにその持てる技術を活かそうとするのは仕方のないことではありませんか?」

 

 それもまた事実だ。だが、ことはそう簡単なものでもない。

 人情的なことで言えば、オーブの難民を受け入れてくれたプラントに感謝の気持ちはもちろんあるし、彼らがプラントで働いて行けるために持てる力を使うのは悪くは無いだろう。

 だが、兵器のための技術となると話は変わってくる。

 

「強すぎる力は、また争いを呼ぶっ!」

 

 その強い言葉に、デュランダルは首を横に振った。

 

「いいえ姫、争いがなくならぬから、力が必要なのです」

 

 瞬間―――警報が鳴り響く。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 警報が鳴り響く工廠内へと入っていたジープ。

 

 マユの目的地へと向かっている最中だったためか、だいぶ内部へと入ってきてしまっているし、四方八方はハンガーに囲まれている。

 運転席のウィルが顔をしかめ、隣のマユが混乱するように左右を見回す。

 辺りの整備員たちが焦った様子で走り出している。

 

「な、なにっ!? 警報!?」

「タイミングは“バッチリ(最悪)”だな……」

 

 瞬間、轟音が響き、大地が揺れることにより、周囲はあわつきマユは動揺。

 ウィルは久しく感じていなかった肌の痺れる“戦いの感覚”に、音のした方へと視線を向けつつすぐに動けるように足を座席に上げた。

 続いて、マユもウィルの見ている方を見るが、ハンガーの向こうに黒煙が上がっているのを視認する。

 

 次いで、近くのガレージを貫く緑色の閃光。

 

「マユっ!」

「え、きゃぁっ!?」

 

 ウィルは助手席のマユを抱えて勢いよくジープから飛び降りると、そのまま近場のコンテナの影に隠れる。

 次の瞬間、ハンガーが爆発しその爆風があたりを襲うが、ウィルとマユは背にしたコンテナのおかげでその被害を免れた。

 地面が揺れる感覚は未だ止まない、それどころか音もまた激しくなっていく。

 

「な、なんでっ……こんなっ、ま、また戦争っ!?」

「大丈夫だ。私に任せておけ」

「うぃれーむ、さんっ……」

 

 狼狽え怯えるマユを抱く腕に、そっと力をこめつつ顔をしかめて状況を再度確認する。

 自分一人であれば話は早かったが、今はそうではなく、そうもいかないのは確かで……コンテナからそっと顔をのぞかせるが、乗ってきたジープは横転しているし、あれではもう使い物にならないだろう。

 ハンガーの向こう、道の先に黒い“ガンダム”が見えた。

 それがザフトの新型モビルスーツ、セカンドステージシリーズの一機<ガイア>であると、ウィルは識っている。

 

 ふと、マユがウィルの腕を強く握った。

 

「ウィレームさんっ……」

「なに?」

「大丈夫、です……!」

 

 しっかりと自身の足で立ったマユが、“誰かを思い出す”強い瞳で、頷く。

 それを見て、フッと口元を緩めたウィルが立ち上がってその頭を撫でれば、くすぐったそうにするマユだが、すぐに頷いて……ウィルの手を取る。

 

「ん?」

「こっち!」

 

 マユに手を引かれるままに、コンテナの影から飛びだすなり、すぐ近くのハンガーへと侵入。

 明かりの点いていないハンガー内だが、マユが歩き慣れた様子でウィルの手を引いて行ける理由は一つ……そもそもここが、彼女の目的地であったのだ。

 そして立ち止まったマユの目の前、ウィルの目が徐々に暗闇に慣れ、それを認識するまでに時間は掛からなかった。

 

「なっ、これは……!」

「ザフトの新型機、ザクです……この子はちょっと特殊なんですけど」

 

 暗く影しか認識できないものの、確かにそれはウィルの識る“ザクウォーリア”だった。

 マユがなぜこれを知っていて、なぜ此処に案内をしたのか、ウィルは理解できないでいたが、手を引かれるままにザクウォーリアへと近づき、コックピットへと上がろうとするマユを見て、ようやく頭をハッキリとさせる。

 なにがなにかはわからないという“今まで”無かった感覚……だが、やるべきことはハッキリしていた。

 

「マユ、手を貸す」

「あ、はい!」

 

 マユの手助けをしながら横たわるザクへと昇ると、開いているコックピットにマユを先導として乗り込む。

 その狭いコックピットでは……と言いたいところだが、モビルスーツにしては一回りほど大きい気がする。キツくはあるが、誰かが一緒に乗り込むことを想定したような大きさ。

 マユが小さいだけの可能性も考えたが、それともまた違うだろう。

 シートへと腰掛けるマユに合わせるように、機体の操縦桿等が狭まっている。

 

「ま、任せてくださいっ……」

「なぜモビルスーツに、軍人ではないだろう。君は……」

 

 コックピットに少し窮屈そうに入っているウィルではあったが、それを気にすることもなく、マユが手慣れた様子で機体を起動させる様子を見やる。

 各部のスイッチを押していけば、モニタが光る。

 機体の起動画面へと移り、OSが表示された。

 

「試作品で、最新式らしいんですこの義手。それで、これを使わせてもらう代わりに……少し軍に協力してて……」

 

 ウィルは眉を顰めた。

 素直に『子供をそんなことに使うなど』と思いたかったし口にしたい気もしたが、そんな資格が“自分にあるわけない”ことを理解しているから、それを口になどしない。できない。

 だから黙って、手で眉間に触れて寄っている皺をなんとかしようとする。

 

「パワーフロー良好、各部アクティブ……義手とのリンク94%!」

 

 だが、ふと視線を下に向ければ、マユの身体が震えていることに気づく。

 それを見て再び眉を顰めて、少しばかり真上を仰ぎ見て思考するものの、ほんの僅かの間ですぐに“自らやるべきこと”に結論を出し、息を吐いて、強く頷いた。

 そっと、マユの肩に手を置く。

 

 やるべきことは、自らを“偽る”ことではない……少なからず、今は……。

 

「マユ、この機体……その義手が無くても扱えるのか?」

「え、あ、はい。一応、義手や義足でも、普通と変わらず扱えるっていうのがコンセプトのモビルスーツなので……操縦桿とかも可動式でマユ以外の人でも……」

 

 話しながらも、機体の起動準備を終える。

 モニタを見ても、“ビームトマホーク”以外の武装がついているとの表示は無かった。

 逃げることが目的だとしても、“あの三機”が“目立つ”ザクウォーリアを放置するとも思えない。

 

「実戦経験は、ないのだろう?」

「は、はい。でも戦闘訓練……せ、正式には違うんですけど、いつかザフトに入るって話してたらそういうこともさせてもらってたんで……ま、マユだって!」

 

 ウィルは静かに、首を左右に振る。

 

「マユ……」

「え、はい……」

「私が───」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 強奪された機体、ザフトの新型機であるセカンドステージシリーズのガイア、カオス、アビス。

 脱出時の追っ手を封じるため、それらが工廠内を破壊し続ける中、彼らへの攻撃をしかけたのは一機のザクウォーリアだった。

 そのコックピットにはアレックス・ディノとカガリ・ユラ・アスハの二人。

 なんてことはない、戦火の最中にそうする以外の選択肢がなく、アレックスにとってそれが最も安全策だと判断したからだ。

 

 敵がただの脱走兵であったなら問題はなかったかもしれない、初めて扱う機体、敵は“強化人間”であったからに、アレックスはただ一機のモビルスーツに片腕を切断されるというらしくない失態を犯す。

 これでアレックスが乗っていたのが“前大戦”と同じ機体であったなら、こうはならなかっただろうが、所詮はもしもの話である。

 

 だが、左前腕を切断されたザクを援護に現れたのは───新たなガンダム。インパルス。

 

 強奪された三機よりも秘匿されたモビルスーツ。

 インパルスはかの機体ストライクと同様、戦闘によって姿を変える換装型であり、此度は近接戦特化のソードシルエットを装備した赤き姿、ソードインパルスとしてそこに立つ。

 だが、最新鋭機と選ばれた赤服(エリート)であっても、それはあまりに不利な戦いである。

 

「くぅ、こいつらッ!」

 

 インパルスのパイロットであるシン・アスカは、悪態をつきながら次々と鳴らされるアラートに対応して三機からの攻撃を回避していくが、回避することだけで手一杯だった。

 実戦経験もないのだ。当然といえば当然なのだが、戦場でその言い訳は通用しない。

 インパルスの真上から、カオスが脚部のビームクロウを展開して急速落下するが、それをギリギリで回避。

 

 カオスのコックピットにいた長い緑髪の少女、スティング・オークレーは顔をしかめる。

 

『チィッ、だがこれで!』

 

 次いでカオスがビームライフルをインパルスに放とうとする───が、そうはならない。

 

『っ!』

 

 健在だったハンガーの影から現れるモビルスーツが、そのまま加速しながらカオスへと“ゲイツR”のビームライフルを連射。

 それをシールドで凌ぐカオスではあったが、次にシールドを下げた時には、目の前に迫っている“ザク”。

 驚愕に顔を歪めながら対応しようとするが、遅い。

 

 打ち込まれた───蹴り。

 

『うあぁっ!』

『スティング!? このぉっ!』

 

 吹き飛び、ハンガーに激突し倒れるカオス。

 仲間が不意をつかれやられたことに憤慨したアウル・ニーダが駆るアビスが、蹴りを放ったザクへと両肩部シールドを広げて三連装ビーム砲、計六門を放とうとするが、ザクは構わず接近してくる。

 その“間抜けさ”に笑みを浮かべたまま、アウルは六連のビームを放つが、ザクは“スライディング”するような体勢で地面を滑って回避。

 スラスターとバーニアを精密に使いこなしそれをするパイロットに、アウルは戦慄する暇すらない。

 

 既に、地面と体を並行にしながら滑るザクがビームライフルを構えていたからだ。

 

『なんなんだよコイツっ!』

 

 放たれたビームライフルを、アウルはビームランスをもってどうにか弾くも、そのまま接近したザクから、カオス同様に蹴りを受ける。

 

『うあぁっ!?』

 

 後ろへと勢いよく吹き飛んで倒れるアビス。

 そのザクは、バーニアを使って停止するとそのまま空中に飛び上がり、インパルスと戦闘を行うガイアに向かってビームライフルを連射し、牽制。

 それらを回避し、下がるガイアのコックピットで、ステラ・ルーシェは鋭い眼でザクを睨みつける。

 

『なんなのっ、あれ……!』

 

 インパルスの近くに着地するザクウォーリアだが、それは通常の緑の装甲と違い───胴体は濃い赤、手足は赤というより濃いピンクを纏っていた。

 おあつらえ向きに“指揮官用”ではなく“目印”として“赤いブレードアンテナ”をその頭部に頂く、普通と違うザクウォーリア。

 左手に持ったビームライフルをそのままに、三機に囲まれるように立つインパルスとザク。

 シンは“見知った”そのザクを見やり、動揺して言葉も出ない。

 

 そのザクのコックピットのシートには“ウィレーム・マクスウェル”が座していた。

 マユはといえば、ウィルの操縦に振り回されないようにウィルの膝の上で対面した状態で座り、ぴっしりと彼にしがみついている。

 それだけを見れば“事案”的なことではあるかもしれないが、今の状況で誰が咎められようか。

 

「すごい、こんな……」

「マユ、平気か?」

 

 荒々しい操縦に比べ、穏やかな声音。

 マユは顔を少し離して上げると、ウィルの色違いの瞳を視て、強い表情で頷く。

 先ほどの怯えはもうないようでウィルの服を掴む腕に力を込めた。

 

「大丈夫ですっ、このぐらいっ……」

 

 明らかな強がり、やはり彼自身“いつもの機動”をするわけにもいくまいと気に留めておくことにする。

 

「でも、ウィレームさん……なんでこんな?」

「できてしまうのさ。だからこそ戦わねばならん……マユ、しっかり掴まっていろ。私も気を付けはするが、生きるためには無理をさせてしまう」

「……はい!」

 

 グッと、マユが再度ウィルへとしがみついた。

 今、隣にいる“彼女の兄”に申し訳ない感情が湧き出る気もする。

 しかしステラのことを考えれば“お互い様”と思いたいところであるし……それに、すぐにそんなことを気にする余裕もなくなるだろう。

 

 ウィルは操縦桿を強く握りしめ、フットペダルに乗せた足に力を込める。

 

 

「やってみるさ……!」

 

 

 ―――ステラ、アウル、スティング……ッ!

 

 







運命篇開始早々なので、なるべく早めの投稿です
変なところがなければいいなと思いつつ、とうとう戦闘開始

原作で言うところの1話が終了って感じですが、ここにきてアーモリーワンで戦闘に参加と言う王道
前半はマユがヒロインって感じのムーブをしてますが、ウィルは大人なのでまだ幼い女の子に手を出したりしないのでご安心を


マユとアスハ代表が出会うまで、もうすぐ……


では、次回もお楽しみいただければと思います!


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ミネルバ、大地を発つ

 

 アーモリーワン、工廠にて三機のガンダムと対峙するインパルスと赤いザクウォーリア。

 カオスがビームライフルを放つが、ザクはそれを左肩のシールドで弾く。

 素早く手に持ったゲイツRのビームライフルで反撃をかけるも、カオスは飛び上がって回避、さらに撃ったもう一発は隣のアビスに向けたものだが、アビスも肩部シールドでそれを凌いだ。

 

 反対側にいたガイアがビームサーベルを引き抜いて接近をかけてくるも、インパルスがそちらをシールドで受け止める。

 背後の攻防、ザクは左手のビームライフルを右脇から通して背後を撃つ。

 ガイアが急いでインパルスから離れてシールドを構えるも、受け方が悪く体勢を崩しながらも、無理矢理下がったのでインパルスの追い打ちは期待できないだろう。

 いまいち決定打にならず、ザクのコックピットで、ウィルは顔を顰める。

 

 ―――ここで捕獲は無理か……!

 

 膝の上に乗せたマユのことを考えれば、これ以上無茶な機動で戦うのはあんまりなことだ。

 

 ふと、通信機に反応があるので、ウィルは音声だけで通信を開始する。

 現状、サブモニターに気を取られていられるほど余裕もない。

 そして聞こえてくるのは、マユにとっては“聞きなれた”声であり、ウィルにとっては“懐かしい”声。

 

『マユっ! マユなのか!?』

「お兄ちゃん!」

『なんでお前っ、こんな! ていうかなんだよさっきの動きっ!』

 

 立ち止まってなどいられない。

 アビスの胸部にある<カリドゥス複相ビーム砲>が放たれようとするなり、ウィルはザクを即座に飛翔させ、インパルスは遅れて動き出す。

 

『マユっ、下がれ! コイツらは普通じゃないっ、正規兵でもないマユじゃ!』

「喋っている暇はないぞ少年!」

『はぁっ!? 誰だよあんた! おいマユ!?』

 

 会話を続けながらも、反撃にとザクがアビスへとビームライフルを放つ。

 しかし、素直に当たってくれるはずもなくそこからバーニアを吹かして回避するアビス。カオスとガイアがインパルスへと攻撃をしかけているのを理解し、ウィルはそのままアビスにビームライフルをもう一撃───撃つ寸前に、ビームライフルの切っ先を僅かに逸らして、トリガーを引く。

 

「そこだ……!」

「えっ!?」

 

 放たれたビームライフルがアビスの右腕を僅かに焼いた。

 

「チィッ、直撃とはいかんか……!」

『おいあんたっ、マユが怪我したらどうすんだっ!? 下がれっ、妹なんだっ!』

「お兄ちゃんだって危ないじゃんっ! ウィレームさんっ、お願いしますっ!」

『うぃれ、誰だって!? おいマユっ!』

 

 ―――うるせぇ……。

 

 ウィルは内心げんなりするが、実際にインパルスのパイロットである彼の妹を連れ出して危険な目に合わせている自分が反論するわけにもいかない。

 インパルスが地上でガイアと交戦を続けているのを確認し、カオスが空中からそのインパルスを狙っているのも認識する。

 そして、アビスが感情的になっていることを悟るウィルは、バーニアを使ってアビスとカオスの間に入った。

 

「ともかく、ここを凌がねば撤退もなにもないよ。ガンダムのパイロット!」

『くっ、いきなり出てきて偉そうにぃッ!』

 

 彼に噛みつかれるということに、なぜだか妙な“感慨深さ”すら抱きながらも、ウィルはアビスの両肩の三連装ビームが放たれる直前で、回避する。

 

『あっ、スティングッ!』

『なっ、うあぁっ!?』

 

 シールドを使ってなんとか直撃を回避するも、体勢を崩して地上へと落ちるカオス。

 動揺するアビスへと接近しつつ、ビームトマホークを引き抜き振るうが、アビスはビームランスの柄を使ってそれを受け止めた。

 つば競り合いになれば、押し切ることは不可能だろう。

 

「パワー負けしているか……揺れるぞマユっ!」

「だ、大丈夫ですっ!」

「良い子だ……!」

 

 つば競り合いながらも、アビスが両肩を展開する。

 そのままビームで消し飛ばそうという算段だろうが、ウィルはアビスの“武装全て”を理解しているからこそ、既に動き出していた。

 バーニアを僅かに吹かして宙に浮くと、アビスへと蹴りを打ち込みつつ後ろへと下がる。

 さらにビームライフルを撃とうとするが、背後から───殺気。

 

「くっ!」

「きゃぁっ!」

 

 上昇して背後からMA形態で迫っていたガイアを回避。

 そのままであれば両翼の<グリフォン2ビームブレイド>で両断されていたところだっただろう。

 着地するザクが素早くビームライフルを撃つが、ガイアは可変すると同時にシールドで防ぐ。

 

「チィ……!」

「す、すごいっ……」

 

 ガイアが反撃にビームライフルを撃ってくるも、ザクは肩部シールドでそれを弾いた。

 インパルスがそんなザクの背後から、ガイアへと飛びかかる。

 両刃刀エクスカリバーを分裂させたその内片方を持つインパルスが、それを振るいながらガイアへと飛びかかるものの、撤退しようと飛び上がるカオスとアビスと違い、ガイアはそのままインパルスと切り結ぶ。

 

 ───確かここで……!

 

『っ、なんだコイツ!』

 

 だが突如、ガイアが先ほどとまったく違う動き、錯乱するような動きを始め、そのまま空へと飛び上がった。

 それはすなわち、ウィルの予測通りなのだろう。

 ガイアのパイロットである“彼女”に“錯乱するようなナニか”があった。

 

 先ほどザクを起動させたときに、アーモリーワン内が揺れたのも感じ、そして今の撤退行動……。

 

「母艦が来ているか……」

 

 追撃をかけるインパルスを追うのは諦める。

 さすがにこれ以上、マユを連れ回すわけにもいかなければ、追撃をかけるのも自らの役目ではないだろう。

 なりふり構いたくない気持ちもあるが、かといってマユを危険な目に合わせたくもないし、彼女を乗せながらでは自分の本来のポテンシャルも発揮できぬまま討たれる可能性も捨てきれはしない。

 だからこそ、ビームトマホークを納めて空を見上げた。

 

「きたか」

「赤と白のザクっ……ルナさんとレイさんっ!」

 

 パァッ、と顔を明るくさせるマユを見て、ウィルは全身の力を抜く。

 対面で座っていたマユの頭にポンと手を乗せ、撫でる。

 空に上がる赤と白のザクをそのままに、ウィルはザクを歩かせてもう一機の緑色のザクの方へと歩いて近づいた。

 

「マユ、前を向いていいぞ。もう激しく動くこともあるまいよ」

「あ、はい! その、あ、ありがとうございますっ!」

 

 ウィルの言葉に、素直に体勢を変えて前を向くマユだったが、先ほどまではともかく、今は途端に恥ずかしくなってしまったのか赤い顔で俯く。

 一方のウィルは大人なのでそれと言って気にする様子はない……わけもなく、眉を顰めている。このようなことは“何度経験しても”慣れるタイプの人間ではないのだろう。

 左腕を失っている緑色のザクウォーリアの前で止まったウィル。

 

「聞こえるか、そこのザク……」

 

 通信をしかければ、すぐに“聞きなれた声”が帰ってくる。

 

『なっ、大佐!?』

「やはり君たちか……それと大尉だ」

『え、いや、というよりなんですか!? それ!』

 

 緑のザクから聞こえてくる“錯乱するようなアレックス”の声にウィルは思わず笑みを零したのだが、次いで聞こえてくるのは……。

 

『なにやってるんだお前っ!』

「ひゃっ!?」

 

 マユの声が聞こえると共に、声がピタッと止まる。

 

『……女の声。またかバカアニキ!?』

「あに、き……おにいさん?」

 

 すっかり聞きなれた妹分の怒声に、ウィルは肩をすくめつつマユの頭を再度ポンと撫でた。

 

「また、とはなんだ。この工廠に関係のある少女でな、少し手伝ってもらったのさ……危険だったから今は相乗りしているが……」

『とか言ってどうせまた!』

 

 このままでは話が脱線し続けるなと察したウィルは、どこで区切ろうかと考える。

 ウィルとカガリの関係性上、カガリがウィルを相手にがなるなどということは珍しくもない故に、彼自身、それほど焦る様子は見せない。

 それを理解しているからこそ、緑のザクに乗っているアレックスは溜息をついてから、カガリの腕を引く。

 

『少し黙ってていただけますか、状況を整理したいので』

『黙ってろとはなんだ!?』

 

 今度はアレックスとカガリの言い合いとなり、ウィルは膝に乗せたマユがポカンとしているのを見て苦笑い。

 このままではマズイと考えたウィルが、わざとらしい咳払いをして二人はそれに気づいて黙る。

 まず、ウィルとしてはここで“うまく誘導”する必要があるが……。

 

「さて、我々はどうするべきかな……」

『ああ、先ほどデュランダル議長が新造艦へ向かっているのを見ました』

「あ、ミネルバっ! ミネルバに行きましょうウィルさんっ! 新造艦の方です!」

 

 その言葉に、ウィルは素直に頷いた。

 もとより……それが次の目的だ。

 

 本来ならばこうなる前に、色々と決着をつけたくもあったのだが、そうならなかったし、できなかった。

 

「案内を頼む、マユ」

「はいっ! 任せてくださいウィレームさんっ!」

 

 真上にあるウィルの顔を見て、マユは両手をグッと寄せ自信を見せつける。

 

『やらかしたな……』

「君は何を言ってるんだ」

『お前ぇ……』

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 アーモリーワン宙域。

 破壊されたローラシア級二隻の誘爆により、港は全壊していた。

 その二隻の艦を破壊したのは、現行の地球連合軍の主力量産機ことダガーLだが、その装甲は漆黒に染められている。

 ダガーLをテロリストが使っている。と言う可能性もなくはないが……。

 

 現状、その機体を使っているのはテロリストなどではない。

 

 

 一隻のナスカ級が、“ビーム砲”の直撃を受けて沈んだ。

 次いで、ユニウス条約で禁止されたはずのミラージュコロイドステルスで姿を隠していたその“艦”が現れる。

 既存のどの戦艦とも違う型、船体両舷に推進剤予備タンクを装備するそれは───地球連合軍、第81独立機動軍。その非正規特殊部隊『ファントムペイン』の所属する特殊戦闘艦<ガーティ・ルー>。

 此度の強奪事件の実行犯たる三名の“エクステンデッド”、ステラ・ルーシェ、アウル・ニーダ、スティング・オークレーの母艦。

 つまり、この一件は地球連合が裏で糸を引いているということであった。

 

 だが、それを悟られないためにも、ファントムペインがいる。

 

「ナスカ級撃沈!」

「左舷後方よりゲイツ、新たに3!」

 

 ガーティ・ルーの艦橋に、オペレーターたちの声が響く。

 ブリッジに通る大きな声で報告はするが、彼らはモビルスーツの接近に対しても冷静であった。

 それは特殊部隊所属艦のクルーとして特別な訓練を受けたからか、それとも艦長や指揮官に絶対の信頼をもっているからか……。

 

「アンチビーム爆雷発射と同時に加速20%、10秒。1番から4番、スレッジハマー装填、モビルスーツ呼び戻せ!」

 

 艦長であるイアン・リーは指示を飛ばしながら、隣の“女”に視線を向けた。

 作戦が時間通りとはいかないことは理解しているのだが、今回は別だ。

 今作戦に至っては綿密な下調べと計画、そして手回しをしており、挙句にこちらが“地球軍”だと看破されるわけにはいかない。

 この宙域に長居するわけにもいかないのはもちろんだが、失敗=即時撤退という判断が即座に必要になる。

 

 故に、ファントムペイン『ロアノーク隊』司令官である“ネオ・ロアノーク”という“女”に視線を向けていた。

 

「ん~……あの娘たちから連絡は?」

 

 戦場に似つかわしくない間延びするような、おっとりとした声。

 慣れてなければ戦意を削られかねないような優しげなその言葉に、オペレーターは首を横に振る。

 

「まだです」

 

 顎に手を当てながら、少し何かを考える様子を見せるネオ。

 右眼に眼帯をしている故に、彼女の右側にいるオペレーターからは彼女の表情は見えない。

 左側にいたイアン・リーは間を埋める意味でも、口を開く。

 

「失敗ですかね? 港を潰したといってもあれは軍事工廠です。長引けばこっちが保ちませんよ?」

 

 彼の言っていることも尤もであるのだが、ネオの考えることはそちらではない。

 

「ん……でも失敗するようなら、私だってこんな作戦最初っからやらせませんよ。まぁ断っても無理矢理やらされるんだろうけど……ともかく、私もあの娘たちを信用して向かわせてるんです。となれば不測の事態で時間稼ぎを食らってる……とか?」

「撃墜された可能性は?」

 

 イアンの言葉に、ネオは“そうは言っても”不安定な子供たちに作戦を任せているという不安感もあるのか、苦笑を零しながら立ち上がった。

 絹のような白い長髪がふわっと広がる。

 

 一方のイアンはそんな彼女を見て少し苦い表情を浮かべるものの、すぐに威厳ある表情で前方を見据えた。

 無重力化にて彼女が立ち上がれば、髪だけでなく右腕の袖と左脚の裾がふわっと不規則に浮かび上がる───つまり、そこに手足がないことは明白であろう。

 

「出て時間を稼ぐ。イアンさん、艦を頼みます」

「はっ! 格納庫! エグザス出るぞ! いいか!」

 

 殺伐としたその戦場と、その身体に似つかわしくない明るい笑顔を浮かべたネオへと返事を返し、イアンは次いで彼女の機体の起動準備を急がせる。

 彼女が出るのならば、ある程度の時間はかせげるだろう。

 撤退するとて、そう難しくないはずだと判断して、イアンは新たに指示を飛ばす。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか、だねぇ」

 

 ネオはブリッジを出ると同時にため息を吐いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ウィルが操縦するザクウォーリアが、新造艦<ミネルバ>の開いているハッチから格納庫へと入ると、次いでアレックスが操縦するザクも同じく。

 二機が立ったまま立ち止まり、コックピットを開いた。

 マユの赤いザクに乗っているウィルはといえば、膝の上からようやくマユを降ろす。

 

 安堵するようなマユの表情を見て、そっと頭を撫でながら腰を上げた。

 

「怖い思いをさせてすまなかったな」

「い、いえっ! マ、私もいつか……ザフトのパイロットになるんですから、経験になりました!」

「……そうか」

 

 気を遣わせてるとわかっていても、それ以上言うのが野暮だと判断したウィルはマユの頭からそっと手を退けて頷く。

 降りるため昇降用のワイヤーに掴まるウィルと、そんなウィルに正面から掴まるマユ。

 そっと背中に手を添えて落ちないように気を遣いながら、ウィルはワイヤーを下降させていくのだが、ふと気づく。

 

 アレックスとカガリが先に降りており、赤服の女に銃を突きつけられていることに……。

 

 ───なんで先に降りちゃったかなぁ。

 

 などと考えながらも、どちらにしろあまり変わりないので気にしないこととする。

 降りるなり、そっとマユから手を離すと、彼女は少し赤い顔で赤服の女───ルナマリア・ホークへと視線を向けた。

 マユが声をかけるより早く、ルナマリアはマユの存在に気づいてその銃口をカガリたちへと向けたまま目を見開いて驚く。

 

「なんでここにっ、ていうかあのザク……! ッ、離れてマユ!」

 

 彼女に気づいてから、次いでマユのザクウォーリアに気づいた。

 そして隣の男ことウィルに気づくなり、銃口はそちらを向く。

 二人と一人、明らかに銃口を向けるなら二人の方だが……ウィルの見た目を考えれば、それも仕方ないことなのだろう。怪しいのは明らかにそちらだ。

 マユと一緒にいたとはいえ……。

 

「あっ、る、ルナさんっこの人は私を助けてくれてっ」

 

 弁明しようとするマユだが、それはそれ、これはこれだ。

 身元がハッキリとするまで新造艦たるミネルバと新型機たるザクに乗っているのに『はいそうですか』と気を許すわけにもいかない。

 ウィルとてそれを理解しているからこそ、マユから少し距離を取ろうとするが、マユはウィルの右の袖を掴んで離さなかった。

 

「動くな! 何だお前達は。軍の者ではないのに何故その機体に乗っている!」

 

 まずアレックスが、カガリの前に出る。

 

「銃を下ろしてくれ。こちらはオーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハ氏だ。俺は随員のアレックス・ディノ……デュランダル議長との会見中騒ぎに巻き込まれ、避難もままならないままこの機体を借りた」

「え、オーブのアスハ……?」

 

 呆然とするルナマリアだが、それもそうだろう。

 さきほどから予想外のことばかりだろうし、挙句にアスハだ。

 銃を降ろすルナマリアではあったが、まだ彼女たちの正体については疑念は拭えていないだろう。

 

「ん……?」

 

 ふと、ウィルが妙な感覚を覚える。

 袖を掴むマユの力が強くなったのを覚えたのと、明確に感じる隣の少女からの───怒り。

 サングラスの奥の視線をマユの方へと向ければ……無意識なのだろう。強い力で袖を握っており、その瞳は怒りが籠った“視た”ことのないものであり、だがそれは、どこかの少年を思い出させるものだった。

 そういうことかと理解し、ウィルは眉を顰める。

 

「“怒れる瞳”、か……」

 

 ウィルの独り言が聞こえたのか、マユがハッとしてからウィルの方を向く。

 

「あ、ご、ごめんなさい! スーツ、皺になっちゃう……」

「構わんさ、どちらにしろ埃まみれだ」

 

 独り言の内容までは理解してないのか、マユは先ほどと同じような表情に戻る。

 ウィルがルナマリアへと視線を向ければ、彼女は冷静さをとりもどしたのか、そのままウィルへ銃口を向けた。

 それに対し隣のマユは少し前に出てウィルを庇うように立つので、ルナマリアは困ったような表情をしながら銃口を上へと向けて、不貞腐れたような声を出す。

 

「……貴方も、そちらの方々の関係者ですか?」

 

 ハッキリ“アスハ代表”と呼ばないのは、まだ疑わしいものがあるからだろう。

 証明などなにもないのだから当然であるが、それに対しウィルにはとっておきがある。

 そっと内ポケットに手を入れると、反射的にルナマリアの指が銃のトリガーにかかり、銃口は再びウィルへと向けられた。

 

「止まれ!」

「落ち着いてくれ、私は身分を明かすものを出そうとしただけだよ。それに暴れるならモビルスーツに乗ったまましているさ」

「っ……出せ」

 

 銃口を向けられたままのウィルは、内心では落ち着かないものの、頷いて懐から手を出す。

 そしてその手にある取り出されたものは、ギルバート・デュランダルから預けられた“許可証”だ。

 彼の立場上、それをもらわなくてはいざと言うときに危険であり、彼にそういった危険が及べば、今度はデュランダル自身も困ったことになる故に。

 ルナマリアが、少しばかり近づき彼の持っていたソレに目を通す。

 

「ウィレーム・マクスウェル……?」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、ウィレームはそれを軽く放ってルナマリアに投げ渡せば、ルナマリアはそれをマジマジと見て偽装の疑いがないか確認するが、それらしい痕跡もない。

 そしてウィルは、今ここで言うことではないが、後で言うのも余計な誤解を招くだろうと考え、内心で気が気でないもののそれを口にする。

 ハッキリと、そこの誰にでも聞き取れるように……。

 

「大西洋連邦所属、ウィレーム・マクスウェル大尉だ」

 

 そう言って笑みを浮かべながら、彼は自らの身分を明かした。

 

「え……地球軍!?」

 

 瞬間、数多の銃口がウィルへと向けられる。

 当然のことながら、彼はその場で立って平静を“装う仮面”を付けながら、笑みを浮かべるだけだ。

 カガリが彼に近寄ろうとするが、アレックスは当然ながらそれを止める。

 

「ウィレームさんが、連合……?」

 

 マユは唖然とした表情で、そっと呟いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ガイア、アビス、カオスの三機はプラントに穴を開けて宙域へと飛びだした。

 それを追ってインパルスと両肩にシールドを持つザクことザクファントムも追ってはきたが、ようやく追撃を振り切り、三機は母艦であるガーティ・ルーへと帰艦する。

 問題なく着艦しハンガーへと入り込んだガイアではあったが、そのコックピットではステラが涙を流していた。

 怯えた表情で自らの身体を抱きながら……。

 

「死んでない……あぁっ……あたしっ、大丈夫っ? 大丈夫よねっ、ステラぁ……」

 

 冷たい鉄の中、震える。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ミネルバ艦内。

 ルナマリアが先導し、その後を歩くカガリとアレックス。

 さらに背後にウィルとマユが歩いているが、その背後のザフト兵は“いつでも撃てるように”銃をウィルの背中に構えている。

 仕方のないことだが、やはり彼も気が気じゃない。

 

 マユが時たま背後のザフト兵を睨むと、ザフト兵は気まずそうな表情を浮かべる。

 

「この船は避難するのか……プラントの損傷はそんなにひどかったのか?」

 

 艦内に響き渡る艦長である女性の声、それはミネルバ発進の報せであった。

 次いで、オペレーターなのだろう少女の声が響き渡る。

 

『ミネルバ発進。コンディションレッド発令、コンディションレッド発令』

「えっ!?」

 

 驚愕する面々。

 マユがウィルの袖を再び掴むが、ウィルはどこまでも冷静だった。

 まるで知っていたかのように、ただ坦々と聞く。

 

「戦闘に出るのか、この船はっ!?」

 

 アレックスの声に、隣のカガリはハッとしてそちらを見る。

 

「アスラン! ……んんっ! アレックスぅ!」

「え、あす、らん……?」

 

 カガリは確かに成長した。

 それでも、変わらないことがあることをどこか微笑ましく思ったウィルは、小さく笑みを浮かべた。

 

 しかし直後、ウィルの表情が変わり、サングラスの奥のその目を細める。

 真新しいような懐かしいような独特の感覚、ここまで強いなにかを感じた相手は数少ない……。

 プレッシャーに、思わず手に汗が滲む。

 

 ───この感触、キラ? ラウ? いや、違う……。

 

 識るはずの男が、可能性があるはずの“候補”を消しているのは、無意識か、それとも……。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 宙域、アーモリーワンに張り付くように待機している灰色のモビルアーマー<エグザス>。

 コックピットのネオ・ロアノークは軍服のまま、リニアシートに座していた。

 彼女は出撃してからものの三分足らずで周辺のザフト機を全滅させ、現在は三人を待ちつつ敵の追撃がないかを確認するために待機していたところだ。

 

「ふぅ、おかえり……」

 

 くわえていたストローから口を離す。

 飲料水の入ったボトルは無重力のコックピットで浮かび上がるも、彼女は“右手”を使ってボトルを持つなり、それを小さく握り潰しポケットに押し込む。

 

「ほぉ~新型の義手は優秀だねぇ。ま、戦後だし……義手や義足が必要なのは“私だけじゃない”か」

 

 感心しつつ、レーダーで三機の着艦を確認しながら、“左右の脚”でフットペダルを踏み、エグザスをプラントから離脱させる。

 義手である右手と左手を器用に使って、白い長髪をポニーテールに……そして軍服の首元部分から胸の辺りまでのボタンを外していく。

 

「暑っ苦しいなぁ」

 

 胸元を開いた扇情的な姿のまま、ネオは操縦桿を握る。

 彼女には義手など無くとも、もっと“合うシステム”があるのだが、今は無いのだから、コレを使う他あるまい。

 搭載数を考えて、モビルアーマーを選んだのも自分だ。

 

 ふと、二機のモビルスーツ反応を確認。

 

「なるほどねぇ」

 

 彼女らの遅れた理由がよく理解できた。

 

「まったく、しっかり下調べしてよねぇ……四機目なんてさぁ」

 

 加速するエグザスのモニターに映る二機のモビルスーツ。

 

「……さて、その新型も……頂こうかッ!」

 

 その赤き瞳は爛々と輝き、自らの“敵”を捉える。

 

 

 







あまり話は進まなかった気がする……

シンがキレてた気もするけれど、とりあえずセーフ

そしてでましたネオ・ロアノーク……ダリナンダアンタイッタイ
どうなるシンとレイ

ついでにウィルが大西洋連邦所属ということが発覚、ザフト艦でまずいです

原作をなぞりつつ、ウィルは目的のために奔放しつつですね
では、次回をお楽しみいただければです


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黒い感覚

 

 アーモリーワン宙域にて、フォースインパルスが相対するのは灰色のモビルアーマーだった。

 メビウス・ゼロの後継機であるそのモビルアーマー<エグザス>には、もちろんガンバレルが装備されてあり、その数は変わらず四基ではあるのだが、対PS装甲を想定されたエグザスのガンバレルには二連装ビーム砲と近接用のビームカッターが搭載されている。

 さらに、本体には四連装ミサイルと二連装リニアガン。

 だが、そのリニアガンは彼女のためなのか、わざわざビーム砲に換装されている。

 

 対PS装甲用仕様、と言ったところだろう。

 

 故に、ただの一撃も受けるわけにはいかず、フォースインパルスのパイロットであるシン・アスカは反撃の糸口も見つけられないままに防戦一方となっていた。

 そしてそれは、白いザクファントムことレイ・ザ・バレルが増援に来たとて同様のことである。

 

 四方八方から放たれるビームをかいくぐる防戦一方のインパルスとザクファントム。

 だが、追い込んでいるはずのネオはコックピットで顔をしかめていた。

 

「よく避けるねぇ、いいパイロットだ……!」

 

 本体からのビームを回避するインパルスとザクだったが、次いで二基のガンバレルがインパルスへとビームを放つ。

 一方を回避し、一方をシールドで凌ぐも、さらに二基のガンバレルがインパルスへとビームを放ちながら接近していく。

 再度ビームを回避するインパルスだが、右脚が僅かに焼かれる。

 そして、接近しながらもガンバレルはビームカッターを展開。

 

「いただきたいところだけど……!」

 

 だが、一方のガンバレルへとザクが投げたトマホークが近づくことに気づき、止める。

 そのビームトマホークはガンバレルを掠るだけにとどまるが、おそらく目的は攻撃の停止でそれを成功させられてしまった。

 インパルスがビームライフルを放ちガンバレルを攻撃するも、ネオは別のガンバレルのビームカッターを展開しそれを弾くことで撃破を回避。

 

「ぐ……やるねぇ、白いの……」

 

 だが、次いでガンバレルを使い四方からザクファントムを狙い、ビームカッターを展開したガンバレルがビームライフルを持った右前腕を切り落とす。

 それを確認するなり、ガンバレルを一度回収し、ネオはインパルスからのビームライフルをバレルロールで回避した。

 再度、ガンバレル四基を展開し、インパルスとザクを囲い込むも、そこで、なにかに気づき顔をしかめる。

 

「ッ! なに、この不愉快な感覚はっ……!?」

 

 妙な感覚に気を削がれて、ガンバレルのコントロールが疎かになった一瞬、一基のガンバレルをインパルスが撃ち落とす。

 それに顔をしかめつつも、ネオはガンバレルのコントロールと目の前の戦闘に集中し直す。

 

 ネオを襲う“妙な感覚”以外にも、彼女が“弱体化している要因”はあるが、それでも……。

 

「っ……えぇい、気持ち悪い!」

 

 代わりとばかりに、ビームカッターを展開したガンバレル二基が、インパルスの左右の脚を斬り落とす。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方、アーモリーワンより出航したミネルバ。

 そのブリッジにはもちろん艦長であるタリア・グラディスと、副長であるアーサー・トライン、オペレーターであるメイリン・ホークやバート・ハイムはもちろん、そこには故あってプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの姿もあった。

 宙域を往くミネルバの中、マニュアル通りにミネルバが動けているかの確認を欠かさない。

 そして同時に、インパルスとザクの位置確認もだ。

 

「インディゴ53、マーク22ブラボーに不明艦1、距離150!」

「それが母艦か……」

 

 バート・ハイムの声に、デュランダルが頷く。

 

「諸元をデータベースに登録、以降対象をボギーワンとする」

 

 タリアの言葉により、ガーティ・ルーはボギーワンというコードネームを与えられた。

 誰もその本当の名を知らない。もちろん所属も……。

 

「同157、マーク80アルファにインパルスとザク、交戦中の模様」

「呼び出せる?」

「駄目です。電波障害激しく通信不能……!」

 

 メイリンの返答に、タリアは顔をしかめながら、矢継ぎ早に声を上げる。

 

「敵の数は!?」

「一機です。でもこれは…モビルアーマーです!」

 

 その言葉に、タリアは顔を横に振る。

 背後で同じくメイリンの言葉を聞いていたギルバート・デュランダルは、タリアのことなど見えるはずもないが、タリアに同意するように頷いた。

 

「モビルアーマー一機だからって油断できないわよ。私達ザフトはそれをよく知っているでしょう」

「あ……赤い、悪魔……」

 

 メイリンも、噂で聞いたことはあるからこそ呟く。

 戦争を止めた立役者である三隻同盟のことを世界中の人々が知っているのだから、もちろんその“英雄”の一人であった彼もまた、人々は知っているのだ。

 プラントを守った“英雄”でありながら、ザフトにとっては“悪魔”であったのも事実。

 ザフト軍の中では、“赤い悪魔”について詳しい者も少なくは無い。

 

「ボギーワンを討つ! ブリッジ遮蔽、進路インディゴデルタ、加速20%、信号弾及びアンチビーム爆雷、発射用意!」

 

 

 

「新造艦……!」

 

 エグザスのコックピットで、ネオ・ロアノークはモニターの光学映像でミネルバを捉えた。

 ここから補給なしでの長距離移動と考えれば、ガーティ・ルーを損傷させるわけにもいかない。

 インパルスを捕らえることができたなら、すべてが丸く収まるところではあるのだが、相手をしていたからわかるが、黒いダガーLことダークダガーLを出したところで、それほど頼りにはならないだろう。

 あの三人、ステラたちを出すことは現状ではまず不可能……戦闘を続ければインパルスとザクを討つことは可能であるだろうが、母艦がやられてしまえば元も子もない。

 

「欲張りすぎはっ、よくないってことね……!」

 

 ハッ、と好戦的な笑みを浮かべ、ネオはガンバレルを回収して二機から離れるように離脱する。

 背後をモニターで確認するも、二機が追撃してくる気配はないどころか、ミネルバからはおそらく帰艦信号と思われる信号弾が出ていた。

 ガーティ・ルーへと帰艦しようとするネオが、近づくミネルバから“妙な感覚”、慣れないその不快感に顔をしかめる。

 

「ッ……なんなのコレ……っ!」

 

 

 

 エグザスを収容したガーティ・ルーと、インパルスとザクを収容したミネルバの攻防は続く。

 お互いに躍起になるのは仕方のないことだろう。

 ザフトなど新型機三機を奪われたのだから……因果応報とはいえ。

 

 攻撃を続けるミネルバは、ガーティ・ルーよりも足は速い。

 このまま攻撃しながら追い続ければ、撃破の目途はたつことだろうが、突如としてガーティ・ルーが船体両舷のタンクを切り離す。

 それがなにかに気づき、タリアが攻撃の手を止めるようには言ったが、ガーティ・ルーがそれを撃ち誘爆させることにより、ミネルバに激しい衝撃を与えた。

 

 ブリッジはおろか、ミネルバ全体が大きく揺れ、ハンガーでは物が散乱し飛び交う。

 

 ウィルたちがいる重力制御が効いている“士官室”にも、激しい衝撃。

 

「うぁっ!?」

「なんだっ!」

 

 アレックスが急いでカガリを抱き留める。

 ウィルはと言えば、それに先んじてマユを抱えて体勢を低くした。

 

「きゃあぁっ!?」

「敵の攻撃か……!」

 

 彼はそれが“なにか”わかってはいる。

 そしてソレが起きたと言うことは、戦闘が一旦の終了を迎えることも理解していた。

 衝撃が収まるなり、ウィルは立ち上がりマユのこともそっと立たせる。

 

 落ち着いたことによりカガリは席に着き、アレックスは先ほどと同様にその背後に立つ。

 壁に寄り掛かっていたルナマリアも、なんとか体勢を整えたが、部屋を出て廊下を見回す。

 そっと椅子に腰かけるウィルと、その隣に座るマユだったが……彼女はカガリを視界に入れぬように顔を背けていた。

 ウィルは顎に手を当て、思考する。

 

 ───シン・アスカがオーブを、アスハを恨んでいるならば妹もまた然り、か。

 

 これではトラブルの種が二倍になるなと、少し頭を押さえたウィル。

 そうして黙っていれば、すぐに艦内放送がかかり、ミネルバはこのままに『ボギーワンの追撃任務にあたる』ということが発表された。

 驚愕するアスランとカガリ、そしてマユではあったが、ウィルは“識っていたかのように”冷静にそれを受け入れる。

 

 次いで、ルナマリアが部屋に設置されていた通信機を使い、タリア・グラディスへとカガリとアレックス、そしてウィレームのことを報告するのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ガーティ・ルーの重力コントロールが効いている区画の一部屋……そこは医務室であり、そこに設置されたベッドにて眠っているのは二人の少女、スティングとアウル。

 二人の身体にはシリコン製のパッドのようなものがつけられており、繋げられたベッド脇の機器は二人のデータを表示し、研究者たちはそのデータを入念にチェックしていた。

 そして、もう一つあるベッドに腰掛けているのはステラ・ルーシェ……ではなく、ネオ・ロアノーク。

 

「死ぬのこわぃっ、ステラっ、死ぬの……?」

 

 呟くように言うステラは、ネオ・ロアノークの膝の上に対面して座っていた。

 まるで子供をあやすように、ネオは義手の右手でステラの背中を支え、左手でその頭を撫でる。

 穏やかな表情で、ステラの頭に頬を当てて、そっと冷たい義手で背を撫で、暖かな左手で頭を撫で続けながら、諭すように優しい声音でステラを落ち着かせていく。

 

「大丈夫、ステラは私が守るから……それでステラがみんなを守る……そしたらみんな、死なないから、ね?」

「死なない? 守れば、死なないの?」

「うん、死なないよ」

 

 ステラはネオの背中に手を回して、その軍服を力いっぱい握りしめている。

 慣れた様子でそうしているネオと慣れた様子でそんな二人を見る研究者たちは、これまた慣れた様子でステラの腕などに機器から伸びるパッドを取り付けていく。

 ステラたち“エクステンデッド”は『ゆりかご』と呼ばれる睡眠カプセルで定期的な“記憶の操作”や調整が必要である。それは旧型ブーステッドマンが持ち合わせていた協調性の無さや凶暴性を改善し、コミュニケーションや連携のとれる安定性ある強化人間、というのが開発のコンセプトだったからだろう。

 結果、想定通り改善はされたものの、それとほぼ同時期に、ブーステッドマン達に新たな可能性が発見された

 

 前大戦時の───クロト・ブエル、オルガ・サブナック、シャニ・アンドラスたちであった。

 

 薬物投与を最低限に抑えながら、心理的な支柱や仲間意識による自己の確立と、それによる安定。

 故に、そちらの方に舵を取ると言う計画が発案されたが、さらに問題が発生。自意識が強すぎた結果───連合を裏切ると言う可能性が示唆される。

 そして、完全にそちらに計画を変更することは中止され、結局はゆりかごを使ったシステムへと相成りつつも、裏切りを凌ぐために『ブロックワード』というものも搭載されたというわけだ。

 

「ステラ、寝ちゃったか……」

 

 ネオは口元を綻ばせると、抱き着いたまま眠っているステラをそっとベッドに寝かせた。

 

 しかし、本来ならば定期的に『ゆりかご』で調整するはずのエクステンデッドは、こうしてベッドで眠っている……理由など簡単なことだ。

 身体機能にそれなりに負担をかけるゆりかごの使用を最大限避けて、損失を避けるため。

 ネオはそれを続けて徐々に“ゆりかご離れ”を進めてはいるが、やはり完全に使用しない状態にはもっていけないので、使うこともあるが……。

 

「さて、後をお願いしますね」

 

 そう言うと、ネオは義足を使って立ち上がる。

 戦闘時とは違いしっかりと軍服は首元まで閉めているが、その豊満な胸により胸元ははち切れんばかりだ。

 

 医務室から出た直後、ネオは左手で口元を押さえて片膝をついて蹲った。

 周囲に人影もなく、誰も気にした様子はないのだが……。

 

「新しい義手と義足、ダメだ、これっ……」

 

 生理的嫌悪、相性の悪さが顕著に表れており、戦闘中もそれによりパフォーマンスが下がっていたのは間違いないだろう。

 でなければ、新型といえど実戦経験のないルーキーなど早々に落とせていたはずだ。

 挙句に、あの不愉快な感覚。

 

「さっさと外して、ブリッジ行こ……っ」 

 

 体調も落ち着いてきたのか立ち上がったネオは、深呼吸をしてから歩き出す。

 

「“オシリスシステム”も持ってこれたらなぁ……」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ミネルバの士官室で、ウィレーム・マクスウェルはソファに腰かけていた。反対側にはカガリ、後ろに立つのはアレックス。

 カガリとは反対側のウィルの隣に座るマユは、その雰囲気と自分の場違い感に緊張してソワソワとしているが、未だ立つわけにもいかないので仕方ないことである。

 そして彼女の緊張の原因は、テーブルを挟んで向かいに座るギルバート・デュランダル。

 

「すまないね。民間人である君まで……もう少し我慢していただけるかな?」

「あ、はい! こ、こちらこそすみませんっ!」

 

 デュランダルの言葉に、マユは頭を下げる。

 彼女のそんな動作に笑みを浮かべながら片手で『構わない』と意思を示すデュランダルの背後には、艦長であるタリア・グラディスが立っている。

 ウィル自身、デュランダルとこうして会うのは初めてではない。

 そもそも、ウィルがアーモリーワンへと来た理由が彼との会談にあったのだから……。

 

「さて、お三方には本当にお詫びの言葉もない。姫やマクスウェル大尉までこのような事態に巻き込んでしまうとは……ですがどうか御理解いただきたい」

 

 デュランダルの言葉……というより声に、不必要に口角が上がるウィルではあったが、誤魔化すように頷く。

 さすがにサングラスも取っており、その左右の赤と青の瞳をそのままに口を開いた。

 

「あの部隊についてはなにも?」

「ええ、艦などにもはっきりと何かを示すようなものは何も……しかし、だからこそ我々は一刻も早く、この事態を収拾しなくてはならないのです。取り返しのつかないことになる前に」

 

 その言葉に、次いでカガリが首を縦に振って同意する。

 

「解ってる。それは当然だ議長。今は何であれ世界を刺激するようなことはあってはならないんだ。絶対に」

「ありがとうございます。姫ならばそう仰って下さると信じておりました」

「私もアスハ代表に同意だ。なにかあればコチラとしても見逃すわけにはいかないさ……疑われやすい立場としてな」

 

 だが、ウィルは知っている。此度の件は大西洋連邦の企みであると……。

 

「大尉にも後で映像を見て頂きたい……なにかわかることがあるやもしれません」

「そうですね。そうさせていただきましょう」

 

 やはり、思わず口角が上がる。

 彼の口から放たれるのは“憧れの声”なのだ……やはり慣れるものではない。

 深呼吸をして頷いたウィルに、デュランダルは友好的な笑みを浮かべた。

 

「よろしければ、まだ時間のあるうちに少し艦内を御覧になって下さい。もちろん大尉も」

「っ、議長……」

 

 タリアが苦言を呈そうとするが、それもそうだろう。

 他国の責任者は愚か、ほぼ敵対していると言っていい地球軍の軍人にミネルバの艦内を見せるなど……。

 それに驚いたのはカガリとアレックスだけでなく、ウィルもだった。

 

「一時的とは言え、いわば命をお預けいただくことになるのです。それが盟友としての我が国の相応の誠意かと」

「しかし、その、連合は……」

 

 彼女の言うことは尤もなことではあるが、ギルバート・デュランダルは首を横に振った。

 

「問題もそうないさ……彼は───“バエル”だよ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ガーティ・ルーのブリッジに、ネオ・ロアノークがいた。

 義手と義足はすでに外しており、先ほどよりもスッキリとした表情であるからに、やはり不調の原因はあの義手義足なのだろうと容易に想像はつく。

 座席に腰掛けるネオの隣、イアン・リーはネオの方を見る。

 

「彼女らは問題ないので?」

「ん、概ねは、ゆりかごも使わないで済みましたし……ただ、アウルがステラにブロックワードを使ってしまったようでですね。まぁなんとかなったけれども、ステラはちょっと不安定だからねぇ」

「ですが、何かあるたび、ゆりかごに戻さねばならぬパイロットなどよりはマシかと……それを、ラボは本気で使えると思っているんでしょうかね?」

 

 エクステンデッドについて思うところがあるのか、イアンは顔を顰めてそう言う。

 苦笑するネオは、ポニーテールにしていた髪を解いて頭を振る。

 

「仕方ないですよ。ブーステッドマンよりはマシ、って聞きますけど……」

 

 笑いながらそういうネオに、イアンは眉間にしわを寄せながら頷いた。

 色々と知っている自分と、色々と知らない相手だからこそ、想うこともあるのだろう。

 ともあれ、今は目の前の任務に集中する他あるまい。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ミネルバのハンガー。

 次の戦闘に備えて整備兵たちは忙しなく動いており、パイロットであるシンは機体の調整をようやく終えた。

 レイはと言えば、タリアに呼び出されてどこかに行ってしまい、代わりに戻ってきたのはルナマリア。

 カガリが来ていたことと、随伴のアレックスがアスランかもしれないというこを聞いた後、最も大事なことを彼女に聞けば……。

 

「はぁっ!? 地球軍の大尉!?」

「ちょっ! 声が大きい!」

 

 そりゃ大声も出したくなるというものだ。

 唯一の家族である妹を危険な場に連れ出した……いや、マユが工廠に行くのはわかっていたので、むしろ守ってくれたのかもしれないが……だとしても、妹を連れて戦闘していた“妙に偉そうな”相手がよりにもよって連合の軍人である。

 ルナマリアが口に人差し指を当てて“黙れ”と伝えて来るので、少しばかり声を潜める努力をしようとするが、やはり口数が減るわけでもない。

 

「っ……でも、なんで連合のそんな奴が普通にこっち来てるんだよ……てかなんでモビルスーツに、コーディネイターなのか!?」

「知らないわよ。でも、議長と会談があったとかなんとかで」

 

 現状は停戦協定を結んでいるが、未だ冷戦状態であるし軋轢もある。

 敵国と言っても過言ではないし、言葉にはしないがやはりボギーワンは地球連合の手の者と思っているクルーだって少なくは無いだろう。

 だからこそ、今この状況で連合の軍人が乗り込んでいるということがどれだけ異常なことか……。

 

「ま、マユって大丈夫だったか!?」

 

 未だ姿を現さない妹について、ルナマリアの肩を掴んで食い気味に問い詰めるシンではあったが、一瞬だけ面食らうものの、ルナマリアはそんなシンのシスコンっぷりにも慣れているのか、手を軽く振りながら笑って答える。

 

「大丈夫よ。むしろ懐いてるみたいだったし」

「大丈夫じゃないじゃないかぁ!」

 

 至極当然、シンとしては大丈夫ではないだろう。

 連合兵などに懐いてどうする……なによりも、連合はシンとマユがかつて暮らしていたオーブを攻撃し、あの事故を引き起こした者たちでもあるのだ。

 オーブを恨んではいるが、連合だって快く受け入れられる相手でもない。

 

「あ、お兄ちゃん!」

「え、あ……マユっ!」

 

 聞きなれた声にそちらを向けば、“シンにとって”話の中心だったマユが現れる。

 エレベーター近くで話していたシンへと、無重力下の中、壁を蹴ってその勢いのまま抱き着き、それを安堵した表情で受け止めるシン。

 二人を見て、ルナマリアは肩を竦めて苦笑する。

 

「相変わらず仲がよろしいことで……」

 

 色々な経緯を聞いたことのあるルナマリアとしては、それも当然だとは理解しているが……。

 

「大丈夫か!? アイツっ、あの連合のやつになにもされてないか!?」

 

 なにもされてはいないが、なにがあったかはとても話せることではないだろう。

 やましい気持ちがお互いになかろうと、とてもじゃないが自分のことを溺愛する兄に、マユは決して何も話さないだろうし、そんなことを赤裸々に話すなど、兄だからこそ以ての外である。

 故に、隠そうとしてマユは、思い出して少しばかり赤くなりながらも、眼を逸らして頷く。

 

「な、なにも……ないよっ……?」

「なにかあった感じじゃないか!?」

 

 ルナマリアは『これはヤバいなー』と感じたが、面白そうなので放っておくことにした。

 

「くそっ、マユになにしたか聞きだしてやるっ!」

「うぃ、ウィレームさんは紳士的だよっ、マユを助けてくれたしっ……ウィレームさんがいなかったら、マユ……」

「っ……いやまぁ、そう、だろうけど」

 

 妹の言葉に、冷静さを取り戻すシン。少しつまらなさそうにするルナマリア。

 確かに妹を助けてくれた相手、実際は見てみなければわからないが、連合であるのにも関わらず、危険だからと妹と相乗りをしながら自らの援護まで行ってくれた相手に、そこまで失礼な先入観を持つのもどうかと思った。

 マユがいることもあり、“多少は大人”になる必要があるからこそ、今彼は少し冷静である。

 深く息を吸ってから、溜息をつくように吐き出す。

 

「……ともかく、マユが無事でよかったよ」

「お兄ちゃんっ」

 

 (シン)(マユ)の頭をそっと撫でながら微笑めば、マユは安心したのか涙を浮かべながらも笑顔で彼の胸に顔を埋めるようにして抱き着く。

 そんな二人に、ルナマリアもさっきとは打って変わってどこか安堵する様子を見せた。

 

 ふと、マユがシンの胸から頭を離して周囲を見渡す。

 年頃の娘なのだから、兄とそうしてベタベタとするのに羞恥心を覚えるのは当然のことであるのだが、どこか違うように見えてシンは小首をかしげる。

 離れたマユが、エレベーターの前のそこに立つ。

 

「えっと、ウィレームさんたち、今は艦内を見学してて……あとでハンガーに案内するとか」

 

 つまり、件の男ことウィレームに見られるのが嫌だったのだろう。兄に甘える姿を……。

 年相応の彼女の反応に、やはり“そういうこと”だとシンは焦るが、彼女の言葉を反芻して気づく。

 とんでもないことに……。

 

「地球軍の人間をハンガーに!?」

 

 何を考えてるんだ議長は……とは言えないのでそこで黙るシン。

 ルナマリアもさすがに驚いているが、むしろそれを聞いて驚かない人間の方がいないだろう。

 

「あ!」

 

 だがふと、ルナマリアはなにかを思い出したかのようにポンと平手を拳で叩く。

 なぜ議長が“大西洋連邦の軍人”にそこまで手厚い対応をするのかようやく納得がいったといったところだろう。

 そして、少し遅れてシンもなにかを思い出したのか、あぁ! と声を出してルナマリアと顔を見合わせ頷いた。

 

「“バエル”!」

 

 二人同時に口に出した言葉に、マユが頷く。

 

 

「うん……“Brand-new Advanced Existing Logical alliance”……“B.A.E.L(バエル)”」

 

 

 それは一年前、大西洋連邦内で結成された“派閥(組織)”である。

 

 







ということで徐々に色々明かされつつ、な感じです
たぶん組織名は作った人の趣味
英語は怪しいのであまり気にしない方針で()

そしてネオはデバフされまくりでシンとレイは無事生還
ウィルとミネルバクルーとのやりとりもここから増やしていきたいとこですね

では、次回もお楽しみいただければです


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ミネルバの少女

 

 Brand-new Advanced Existing Logical alliance……“B.A.E.L(バエル)”。

 

 それは、コズミック・イラ(C.E.)72年に大西洋連邦の准将、デュエイン・ハルバートンらによって反ブルーコスモス、脱ブルーコスモスを目的とし組織された、大西洋連邦内の一派閥である。

 特別顧問に前大戦の英雄であり大戦末期にブルーコスモスを離脱し、プラントとの和平の道を作ったムルタ・アズラエルを迎え、組織には志を同じくした連合兵だけでなく、地球のコーディネイター、反コーディネイター主義を疑問に思うナチュラル、プラントより離脱したコーディネイターなども参加し、さらにはその姿勢に、そしてB.A.E.L(バエル)の名に、“今は亡き英雄ロマ・K・バエル”を“勝手に視た”者たちも、集った。

 もちろんそれも“彼女”の計画通りなのだろうが……。

 

 B.A.E.L(バエル)の規模はほどなくして大きく育ち、一年もない内に独自の戦力すら持つようになった。

 故に現在では大西洋連邦、その中でも強い反コーディネイター主義者たち……所謂ブルーコスモス派とは一触即発となっており、いつその爆弾が弾けてもおかしくはないと認識されている。

 

 現在、大西洋連邦は、B.A.E.L(バエル)、ブルーコスモス派、中立派の三つに別れ、混沌を極めていた。

 

 

 

「はぁ?」

 

 ムルタ・アズラエルは、モニターに向かって呆れたように声を出した。

 テーブルに肘を置いて頬杖をつく彼女の、肩から垂れるルーズサイドテールにした金色の髪が揺れる。

 画面の中にいる連合士官服を身に纏った男は、彼女に失礼なことでもしたかと少しばかり不安になるものの、彼は有り体に今しがた入った情報を伝えたのみだ。

 そこに、なんの失礼も無かったと自負している……となれば原因は自分ではなく、伝えた情報にあるのだろう。

 

「そう、わかりました……ご苦労様です」

『ハッ!』

 

 モニタを切って、深い溜息をつきながらずれた眼鏡の位置を整える。

 

「……ホント、許可なんて出すんじゃなかった」

 

 彼女が現在いるのは月面……プトレマイオス基地。

 

 前大戦で最終兵器ジェネシスでの被害をなんとか免れた“プトレマイオス基地”は、現在B.A.E.L(バエル)の本拠点として使用されている。

 ジェネシスによる艦隊崩壊から、再度の編成までの間にプトレマイオス基地の責任者であったデュエイン・ハルバートンとB.A.E.L(バエル)による事実上の占拠を許したブルーコスモス派は、本拠地をそこから離れたアルザッヘルへと移転させた。

 お互いの基地が離れているとはいえ、月面はかなりデリケートな問題を抱えている。

 

 だからこそ、よそで問題が起きた時がそれはそれで面倒なのだ。

 しかも、それが私情も関わってくるのだからさらに厄介。

 

 アズラエルは今一度眉を顰めた。

 

「どうしたの?」

 

 そう彼女に問うのは赤髪の少女、クロト・ブエルである。アズラエルのテーブルを挟んで向かいにある応対用のソファに座ってゲームをしている。

 さらにそのソファには二人。音楽を聴きながら端末を触っているシャニ・アンドラスと、相変わらず小説を読んでいるオルガ・サブナック。

 彼女ら三人も二年の月日で成長し大人びたが、やっていることに変わりはない……そのことに、アズラエルはどこか安心感すら覚える。

 

 しかしだ……。

 

「人が忙しそうにしてるのに、なに遊んでんですか」

「え、今日非番、僕ら」

 

 そう言う問題ではない。そういう問題ではないのだ。

 

「なんで非番なのにいるんですか、わざわざ私の執務室に」

 

 頬杖をつきながら、眼を細めて呆れたように言うと、クロトはゲーム画面からアズラエルの方へと視線を向け、シャニとオルガも同じく自分の持っているソレから視線をアズラエルの方へと移動させる。

 そして、三人同時になんでもないと言う風に……。

 

「……なんとなく?」

「癖だな」

「ん」

 

 そう言いながら頷く。

 アズラエルは一瞬面食らった後に、呆れるような表情で再び息を吐いた。

 少しばかり口角が上がっている気もするが、アズラエルは自身でそれは気のせいだと思うことにして、とりあえず目の前の三人には先に話しておこうと判断する。

 三人は再び、自らの“趣味”の方に意識を集中させるものの、構わずアズラエルは話し出す。

 先ほどの通信、報告の内容だ。

 

「えーっと、マクスウェル大尉のことですけど」

 

 ピクリと、三人が僅かに反応する。

 実にわかりやすいことだと、今度はしっかりと口角を上げたアズラエルは続けた。

 

「L5宙域アーモリーワンでトラブル……テロのようです」

 

 とうとう三人が顔をあげてアズラエルの方を向く。

 その地はウィレーム・マクスウェルがギルバート・デュランダルとの会談のために向かった場所であり、彼に関して、さすがに放置しておけない理由があるアズラエル。そしてクロト、オルガ、シャニの三人。

 

 平和主義で見た目より怠惰なタイプな彼のことだ、トラブルを起こすタイプではない。

 しかし、彼が行く場所では、大概“トラブルが起こる”のだ。

 それを知って二年前のことを思い出しつつ、三人は軽く息を吐いた。

 

 予定していたデートもなにもかもパァにした挙句、遅い帰りになるのだろうと……。

 

 とりあえず、埋め合わせはさせることにした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 結果的にデート等をすっぽかした件の男は、帰るべき基地が地獄の入り口になっていることなど露知らず、ミネルバのエレベータへと乗り込んでいた。

 ウィレーム・マクスウェル、カガリ・ユラ・アスハ、そして付き人であるアレックス・ディノの三人は、ザフトの赤服レイ・ザ・バレルと、ギルバート・デュランダルに連れられて“格納庫”へと向かう。

 まさか連合の軍人である自分までそこに案内してもらえるなどと思ってもいなかったため動揺しているウィルだったが、素直にそれを悟らせる表情はしていない。

 

 ふと、視線をレイ・ザ・バレルに向けるが、彼から何の“悪意”も感じないことに気づく。

 つまりそれは、彼は“自分”を知らないと言うことなのだろうと理解し、今度はデュランダルの方へと視線を向ける。

 彼はすぐにそれに気づきウィルの方を見て、微笑を浮かべた。

 

「……到着しました」

 

 エレベータの扉が開かれるなり、ぞろぞろとハンガーへと出て行く。

 視界に映るのはザクと、三つのパーツに別れているインパルス。

 思わず、ほう……と口に出すと、デュランダルは頷いてそちらへと手を向ける。

 

「ZGMF-1000、ザクはもう既に御存知でしょう? 現在のザフト軍の主力の機体です。そしてこのミネルバ最大の特徴とも言える、この発進システムを使うインパルス。工廠で御覧になったそうですが」

「あ、はい」

 

 素直に返事を返すアレックスではあるが、あまりに赤裸々にモノを語るので動揺の色は隠せない。

 

「技術者に言わせると、これは全く新しい効率のいいモビルスーツシステムなんだそうですよ。私にはあまり専門的なことは解りませんがね……大尉はご理解できますか?」

「いえ、私も技術畑の人間ではありませんから、しかし……」

 

 ―――変形合体はいいよなぁ。

 

 好みか好みでないかで言えば、好みである。

 

「……ええ、性能面は確かなのでしょう」

B.A.E.L(バエル)の方にそう言っていただければ技術者たちも喜ぶことでしょう……」

 

 ふと、デュランダルの視線はカガリへと向けられた。

 

「しかし、やはり姫にはお気に召しませんか?」

「気に入るか気に入らないかで言えば、やはり気に入らないさ……」

 

 それは本心なのだろう。

 眼を細めながら言うカガリに対し、アレックスは失礼なことを言わないかとそわそわしている。

 せっかくここまでの手厚い歓迎を受けたているのだから当然ではあるが……。

 

「だが、守るための力が必要なのはわかっている……」

 

 オーブも新型モビルスーツを作っている。

 この戦争の無かった二年間で、復興はもちろん、それと並行して戦力が必要だったのは……やはり存在しないはずの敵からの攻撃を恐れていたからだ。

 二年前の悲劇は起こすべきではない。それはもちろん理解しながらも、二年前のような悲劇が起こった時のための備え。

 

 それを止めるわけにはいかないが、やはりそれを認めたくもないのが“カガリの感情”であった。

 

「しかしそれは、抑止力的なものであるべきなんだっ」

「ええ、大切なものを守るため……あの混乱の中からみんなで懸命に頑張り、ようやくここまでの力を持つことができました」

「ああ、だが守る以上の力を求めてしまう。必要になってしまう……!」

 

 それはきっと、オーブのことをも含めてなのだろう。

 

「我々は誓ったはずだっ……もう悲劇は繰り返さないと……! 互いに手を取って歩むべき道を選ぶと!」

「代表……っ」

 

 拳を握りしめ感情的になるカガリを見て、ウィルは彼女を止めるよりも、無意識に“彼”を探してしまう。

 サングラスの奥の瞳で捉えたのは、黒い髪の少年……シン・アスカ。

 隣にはルナマリア・ホークとマユ・アスカの姿もあるが、ウィルにはほとんど見えていない。

 

「守るための力、それさえあればっ」

 

「なにが守る力だっ!」

 

 瞬間、声が響いた。

 

 全員が固まるのも致し方ないことなのだろう。

 カガリも、デュランダルも、アレックスも、レイも……ウィレームさえも。

 数秒の間もなく、全員がその響いた声の主へと視線を向ける。

 

 その───少女へと。

 

「何も見えてないアスハの、綺麗事だらけのいつものお家芸じゃない!」

 

 ウィルは言葉を口にできないでいた。

 カガリへと強い言葉を投げつけた“マユ・アスカ”……今は義手となった、喪った右腕を左手で押さえながら言う彼女の瞳には、明らかな憎悪の色がある。

 まったく意識していない方向からのその言葉に、ウィルは数秒遅れて我に返った。

 怒れる瞳をした少女。“本来であれば”それに似た言葉を放った少年に飛びだすはずのレイは止まったままで……むしろ放つはずだった少年、シン・アスカが怒りに震える妹を後ろから押さえる。

 

「マユっ!!」

 

 彼もオーブには快い感情はもっていないのだろうが、だがそれでもそれ以上に妹を止めることに必死だった。

 自分だけで自分ならばともかく、妹がとんでもないことを言ってしまったことと、妹の今後のことを考えれば当然ではあるが……。

 レイが床を蹴ってシンの方へと向かう。

 

「離してお兄ちゃんっ! 守る力!? それでマユたちはっ」

 

 そこで、シンがマユの口を押さえて黙らせた。

 先ほどまで一緒にいた少女からの暴言に、固まるカガリだったが、突如として艦内警報が鳴らされる。

 ハッとして真上を向くカガリ、そしてアレックスとウィル。

 

『敵艦捕捉、距離8000、コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ!』

 

 オペレーター、メイリン・ホークの声が響く。

 シンは腕に抱いているマユをどうしようかと左右をキョロキョロと見回すも、丁度開いたエレベーターにマユを押し込む。

 まだなにかを言おうとするマユだったが、少しは冷静になったのか言葉を飲み込んで、その扉が閉まるまで“怒れる瞳”でカガリを睨みつけていた。

 レイがシンへと何かを言うなり、二人が同時に敬礼をする。

 

「申し訳ありません議長! これに関しましては後ほど必ず!」

 

 大きな声でそういうシンに、デュランダルは片手を上げて応えれば、二人はそのまま機体の方へと向かって行く。

 だが、僅かにシンが向けた視線もまた、強い瞳だったように思える。

 カガリもそれを感じないほど愚鈍ではなく、彼女は表情を僅かに曇らせた。

 

「本当に申し訳ない……彼女と彼は兄妹でオーブからの移住者でして」

「え、オーブからの……?」

「はい、先の大戦でこちらへと来た避難民なので」

 

 その言葉に、カガリが明らかな動揺を見せる。

 

「よもやあんなことを言うとは思いもせず……」

 

 だがそんなカガリよりも、最も動揺していたのはやはりウィルなのだろう。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ボギーワン……ガーティ・ルーのブリッジにて、ネオ・ロアノークは口元に笑みを浮かべた。

 予測していた事態ではあったからこその余裕なのであろう。

 ザフトの新造艦の足の速さも予想内、ともなればこの戦場での戦闘もまた予定内……。

 

「やはり来ましたか」

 

 艦長であるイアンの言葉に、ネオは頷く。

 

「ええ、ザフトも寝ぼけてないってことですね。ここで一気に叩きましょう……総員戦闘配備! パイロットはブリーフィングルームへ!」

 

 今は感じないが、戦闘ともなれば再び“あの感覚”が襲ってくるだろう。

 そして、義手と義足の拒絶反応もある。

 彼女は内心でかなり憂鬱ではあったものの、自らが出ることで少女たちの危険が多少なりとも少なくなるのであれば、背に腹は代えられまい。

 

「みんな、消耗品の兄弟たちですからね……」

 

 ハッ、と笑う彼女を、イアンは横目で見てから少しばかり苦い表情を浮かべた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ボギーワンとの接敵間近のミネルバ、そのブリッジ。

 ギルバート・デュランダルに連れられて、カガリ、アレックス、そしてウィルの三人はそこへと足を踏み入れた。

 またもやウィルは自分まで連れてこられると思っていなかったもので驚愕するが、やはりそれもデュランダルとの先の会談や“B.A.E.L(バエル)”あってのことなのだろう。

 緊張感の立ち込めるブリッジに入ったデュランダルへと、艦長であるタリアが視線を向ける。

 やはりその後に、カガリ、アレックス、ウィルへも……。

 

「艦長、私はオーブの方々やマクスウェル大尉にもブリッジに入っていただきたいと考えるが、いいかな?」

 

「え、あ、それは……」

 

 もちろん良いわけがないのだが、議長の言うことだ。

 タリアとデュランダルがどういう関係性だったとしても、部下たちの手前ハッキリと拒否することもできないで言い淀んでいると、彼の方が畳みかけるように言葉を続ける。

 

「君も知っての通り、代表は先の大戦で艦の指揮も執り、数多くの戦闘を経験されてきた方だ。そうした視点からこの艦の戦いを見ていただこうと思ってね」

 

 真っ当な理由ではある。

 実戦経験のないこの艦で、ほとんどが新米と言えるこの艦で、実績ある人間がそこにいるというのは大事なモノなのだろう。

 だからこそ、タリアは素直に首を縦に振る。

 

「解りました。議長がそうお望みなのでしたら……」

「ありがとう。タリア」

 

 しかし、やはりタリアとしても他の者たちとしても……連合の軍人は気になるところだ。

 

「目標まで6000!」

「ブリッジ遮蔽! 対艦対モビルスーツ戦闘用意!」

 

 デュランダルに促され、カガリ、アレックス、ウィルの三人は艦長席の背後にある席へと腰を下ろす。

 新造艦たるミネルバの可変昇降式ブリッジが可動し、CICと一体化する新たな技術に、ウィルは思わず感嘆の声を出した。

 暗いブリッジの中、オペレーターであるメイリンの声と共に出撃するインパルスとザクウォーリアの二機。

 そんな中、ウィルがふと視線をデュランダルの方へと向ければ、彼は一度だけアレックスに視線を向けるなり、正面に向き直り口を開く。

 

「ボギーワンか、本当の名はなんというのだろうね……あの艦は」

「はぁ……?」

 

 彼の言葉に、アレックスは曖昧に返す。

 

「名はその存在を示すものだ。ならばもし、それが偽りだったとしたら……」

 

 少しばかり、ウィルはそわそわしていたが、誰も気づく者はいない……彼は役者の才能でもあるのかもしれない。

 デュランダルの言葉と共にウィルの頭の中で流れるエンディングの前奏。

 

「それが偽りだとしたら、それはその存在そのものも偽り、ということになるのかな……?」

 

 その言葉の真意に気づき、アレックスは目を見開いた。

 

「アレックス……いや、アスラン・ザラ君」

 

 

 

 ブリッジの各員の意識が一瞬だけそちらへと向けられる。

 それもそうだろう……大戦の英雄とはいえ、ザフトを裏切り今はオーブにいると噂される男だ。

 殺伐とした雰囲気になっても、咎められても不思議ではない。

 

 だが、気づいているのかいないのか、副官のアーサーは淡々と指示を出していくので、タリアとメイリン以外の面々は自らの仕事に集中する。

 少しして、タリアもデュランダルにその意思がないことに安心し、正面を向いた。

 カガリが、少し前のめりにデュランダルの方を向く。

 

「議長、それは……っ」

「御心配には及びませんよアスハ代表。私は何も彼を咎めようと言うのじゃない」

 

 それに嘘はないのだろう、穏やかな声で言う彼に、カガリは前のめりになっていた体を元に戻す。

 

「全ては私も承知済みです。カナーバ前議長が彼等に執った措置のこともね。ただどうせ話すなら、本当の君と話がしたいのだよ……アスラン君」

 

 警戒するような表情を見せるアスランに、デュランダルは困ったように眉を顰めて頷く。

 

「それだけのことだ」

 

 カガリが視線をそっとウィルの方へと向けるが、ウィルは別段気にしてない様子で前を向いている。

 アレックスがアスランだと看破されたのに、そうして余裕の表情をしている彼が気にならないわけではない。もちろん盛大に気になっているカガリなのだが、いつもと変わらぬ彼に内心で危機感がないんじゃないかと思わないでもなかった。

 だが、ここで余計なことを言って“ソレ”が判明すれば彼に……いや、彼の背後の“彼女”に何を言われるかわかったものではないので、大人しく黙っている。

 しかしまぁ、それでもやはり眉一つ動かさないのは心臓に毛でも生えているんじゃないかと疑いたくもなるものであった。

 

「……フッ」

 

 いつも通りの表情で、不敵な笑みを浮かべるウィレーム・マクスウェル。

 

 ただその心臓は、バクバクと激しく音を立てていた。

 

 







そろそろ更新速度が落ちてきそうですが……なんとかなりました

ちゃっかり生き残ったプトレマイオス基地が本拠地
そしてようやく登場のアズにゃんと三馬鹿娘
二年経って成長してる三馬鹿娘ですが、本格的な出番はまだそうで
ロマが死にましたがいつも通りで安心ですね()

そして怒りのマユ、結果シンがストッパーに……

次回……ダイジェストかも(

では、お楽しみいただければと思います


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赤いモビルスーツ

 

 ミネルバは現在、小惑星とその周囲の岩により身動きが取れないでいた。

 

「エイブス、レイを出して!」

 

 受話器に叫ぶのは艦長であるタリア。

 

 ボギーワンことガーティ・ルーとの戦闘、追っていたはずがデコイを掴まされ、そのまま背後を取られ、まんまと“敵指揮官”の作戦通りに動いてしまったミネルバ。

 小惑星への攻撃により岩のシャワーを浴びてスラスターも破損、正面に落ちてきた岩により進路を塞がれ、正面の岩塊を破壊しようにも、それをすれば再度岩塊を生み出すのが関の山。

 頼みの綱のモビルスーツ隊、インパルスとザク、そしてゲイツR二機の計四機はカオス・ガイア・アビスの三機に釘付けにされている。

 そして、現在接近しているモビルアーマーとモビルスーツが二機、レイ・ザ・バレルが出撃したものの……。

 

「これは……そうか、そういうことか……」

 

 一人ごちるウィレーム・マクスウェルの言葉を、誰も拾うことはない。

 ウィルの識る“原作(未来)通り”ならば良い。良かったのだが、そうではない。

 本来なら敵指揮官───モビルアーマー(エグザス)に乗るべき人間は、そこにいない。いるはずがない。

 ならば誰か……? 答えは代わりの誰かだったのだが、その相手をウィルはその“擬きめいた力”でハッキリと理解してしまう。

 間違えるはずもない、そしてなぜその答えに至らなかったのか自身を不甲斐無く思うが……。

 

「そうではない、か……」

 

 答えに至らなかったのではない。その答えに辿りつかぬように無意識下でしてしまっていたのだろう。

 そんな状況でもないし、場合によっては“詰み”となっていた可能性すらあるのだが、もはや言っても詮無いことである。

 自身の心を完全にコントロールできるならば苦労もない───ウィル自身が一番わかっていたことだ。

 

「この艦にもうモビルスーツはないのか!」

「パイロットがいません!」

 

 デュランダルの言葉にタリアが強く答えるが……。

 

「私が出ましょう」

 

 そこで、とうとう“彼”は動き出した。

 本来であればどうにでもなるが、これは“本来”とは違うことなのだから当然だろう。

 ウィルの感じた通り、“彼が彼女”であるならば、レイ一人でどうにかなる問題ではない。

 

「う、ウィレーム、大尉っ!?」

 

 立ち上がったウィル自身の発言に、カガリが“あまり親しげでない”ように声をあげる。

 だが、彼のサングラスの奥の瞳を視て、彼女は顔をしかめて動かない。一方のアレックスことアスランも、そんな彼を見て想うところがあるという表情をするが、それでも何を言うでもなかった。

 そして、ブリッジのクルーたちは当然、訝しげな表情をする。

 ギルバート・デュランダルの方を向き、ウィルはサングラスを外し眼を合わせた。

 

「……タリア」

「危険です。敵はかなりの手練れ……B.A.E.Lの、外部の方を危険に晒すなど!」

「だが、そうも言っていられる状況ではないでしょう?」

 

 タリアにそう言いながら、ウィルは再度サングラスをかけなおす。

 

「この状態の方が危険だ。それに私は一度ザクを操縦している……あれをお貸しいただければそれで十分です」

「貸すって言ったって……」

 

 艦長であるタリアの迷いも当然なことだ。

 おいそれと他国の人間にモビルスーツを貸すことも、戦わせることも、連合に頼ることも……そして、いくらザフトと協力関係に近い状態であるB.A.E.Lの人間であろうと、なにかあっては国際問題になりかねない。

 モビルアーマーはザフトレッドであるシンとレイを同時に相手にしてまともにやりあうような異常な相手であるし、得体のしれぬ連合のパイロット一人を追加したところでどれほどやれるか……。

 

 モビルアーマーでモビルスーツのエースとまともにやりあい、むしろ追い込んでくる……それはあの“赤い悪魔”を彷彿とさせる。

 最終的にプラントを守った者でもあるが、ザフトにとってはやはり縁起のいい名ではない。

 

「タリア、彼に任せてみよう」

「っ、議長……!」

 

 なぜそこで彼の後押しをするのか、タリアは理解できないでいた。

 

「確かに彼の言う通り、このままの方が危険だよ。レイ一人で敵を対処できるか保証もないともなれば、今は一機でも多く戦力が必要なはずだ」

「しかし……」

 

 これがアスラン・ザラならまだ良かった。だがそうではない。

 

「艦長、長考する時間はないはずです」

「あなたであれば対処は可能だと……?」

「ええ、約束はできませんがお役にはたてるはずです。あの新型三機が相手であれば約束はできますが」

 

 その言葉に、タリアは溜息をついて頷く。

 

「……わかりました。ですが損傷すればすぐに帰投を」

「ありがとうございます」

 

 不敵な笑みを浮かべて言うウィルは、デュランダルの方を見て軽く頷き合うなり、踵を返せば、思わず苦笑を零した。

 カガリはどこか不安そうだし、アスランは複雑な表情をしている。

 

「アスラン、頼んだ」

 

 小声でそう言うなり、ウィルはブリッジを出ていく。

 タリアは再度手元の受話器へと手を伸ばし、ハンガーのエイブスへと繋ぐ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ハンガーへと入ったウィルは、内心でかなり焦っていた。

 レイ・ザ・バレルは既に出撃したようだし、ミネルバの方も動きがあるのは肌で感じているのだ。

 後者は問題ないのだが、前者の方はかなり不安で、敵機が本当に彼の予想通りの彼女なのだとしたら、現状のミネルバクルーで相手になるはずがない。

 しかし逆に、本当に彼女であるならば、先の戦闘でインパルスとザクが無事だったのも甚だ疑問であった。

 彼女の異常な強さは、彼が一番よくわかっている。

 

「しかし、私もつくづくソッチは弱いな……」

 

 見たくないものに無意識下で蓋をして、挙句にこの状況だ。

 

「捜索はしていたのだがな……」

 

 一人悪態をつきながら、目的のザクへと近づいて、ウィルは顔をしかめた。

 

「お嬢ちゃん! はやく下りろ!」

「ピンチなんでしょ! 私だってやれます!」

 

 彼が“乗るはず”の赤いザク。そのコックピットに入っている誰かと、整備士……チーフメカニックのマッド・エイブスが言い争っているのを聴きながら、ウィルは無重力下のハンガーを漂い、その装甲に手をつく。

 それを見て、エイブスはハッとした表情を浮かべる。

 既に話しが通っていることを理解し、頷くとコックピットを覗きこんだ。

 

「マユ……」

「あ、ウィレームさんっ!」

 

 笑顔を浮かべる彼女に複雑な表情を浮かべつつ、ウィルはサングラスを外すなり胸ポケットに入れる。

 

「グラディス艦長から許可は頂いた。すまないが機体を借りる」

「っ……ザクならあるはずです! これは私がっ!」

「一度乗った機体でないと不安なのだよ。それに君のような子供が戦場に出るものではない……」

 

 言い聞かすようにそう諭すが、マユは顔を強張らせた。

 

「子供じゃありません! 私は操縦できるんです! それにみんなが危ないっ、力がないと守りたいものも守れない。それが嫌だから義手の開発協力だけじゃなく“戦闘訓練”まで受けさせてもらってるんです!」

「……兄は知っているのか?」

「っ……で、でもっ」

 

 コックピットに潜り込むと、ウィルはマユの頭を軽く撫でる。

 それに“亡き何か”を思い出したのか、安心するような表情を浮かべるマユではあったが、すぐハッとした表情を浮かべて、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

 複雑な心境であるのだろうと理解しつつ、ウィルは頷く。

 

「そういうことは、私のような大人がやることだ……大丈夫さ、機体に傷はつけんよ」

 

 確実に守れるとは言い切れない約束だが、嘘も詭弁も必要だ。大人には特に……。

 

「だから今は頼む、私の腕は君が良く知っているだろう?」

「……はい」

 

 マユは不服そうではあったが、素直に従いコックピットを出る。

 エイブスはホッと一息ついて、出てきたマユの肩に手を置く。

 そのままコックピットへと乗り込むウィルは、即座に機体の起動を始めた。

 

「大尉、出撃のことは艦長から聞きましたが、ノーマルスーツは?」

「必要ない。この方が良いのさ……それに“機動性”は確認済みだ」

 

 その言葉の真意を理解などできるはずもなく、戸惑いながらもエイブスは頷く。

 ウィルがコックピットを閉じる直前、不安そうなマユに軽く笑みを浮かべて頷けば、彼女も複雑そうだが笑みを浮かべて頷いた。

 コックピットで一人になり、ウィルは深く呼吸をし、震える手を見やり苦笑。

 

「カッコつけといていつまでもコレとはな……情けない男だ」

 

 そう言いながら、操縦桿を握ればその震えは収まった……至極わかりやすいことである。

 ミネルバの状況的にカタパルトデッキは使えず自力で出るしかないが、別段問題ないことだ。

 

「さて、本当にお前なのか……だとしたら、私は、俺は、喜んでいいのか……?」

 

 自問自答しながらも、そこに辿りついてしまえばやるしかない。

 通信機を起動して、サブモニターに『メイリン・ホーク』を確認した。

 数言を交わして装備を指示するなり、それをザクにて受け取る。

 

「ウィレーム・マクスウェル、ザク、出撃する……!」

 

 宣言をするなり、ウィルはフットペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 レイ・ザ・バレルはザクファントムを駆り、再び灰色のモビルアーマー<エグザス>と相対していた。

 換装(ウィザード)システムによりバックパックには機動戦型のブレイズウィザードを装備しており、レイはそれに装備された<ファイヤビー 誘導ミサイル>で、エグザスと共に現れたダガーL二機を狙う。

 だが、素早く放たれたエグザスのガンバレルから放たれたビームが、それらを迎撃。

 

「ちぃっ……!」

 

 レイはビームライフルでダガーLへと攻撃をしかけるが、さらにガンバレルのビームカッターでそれも凌がれた。

 別方向のガンバレルから放たれたビームを、紙一重で回避。

 顔をしかめながら、レイは灰色のモビルアーマーを見やる。

 

「並じゃないっ……味方を守りながら攻撃まで、こんな芸当っ」

 

 ダガーLはミネルバへと近づこうとするが、レイはエグザスの相手だけで手一杯だ。

 そしてエグザスはレイの攻撃を凌いでるだけで十分……。

 

「ギルがっ、議長がいるというのにっ……!」

 

 再度バックパックのミサイルをダガーLに放つが、やはりガンバレル三基がビームにてそれらを迎撃する。

 そして残る一基のガンバレルがレイを狙うものの、それはどうにか回避。

 だが、エグザス本体がビームを放つ。

 

「くぅっ……!」

 

 肩部のシールドでそれを凌ぐが、体勢を崩して距離を取る。

 だがその分、ダガーL二機との距離は離れてしまい、レイは顔に苛立ちを表した。

 

 

 エグザスのコックピットでは、ネオ・ロアノークが相も変わらず軍服の胸元を開けた状態でいる。

 だが、顔色はあまり良くはないし、呼吸も少しばかり荒い。

 迫りくる吐き気と戦いながら、同時に味方を守りつつザフトのエースと戦っているのだから大したものではあるのだが、彼女の本来の力は出せていないのは確かだ。

 だが、それでも彼女は気丈に振る舞い、不敵に笑う。

 

「ハッ、大したもんだねザフトの白い子……パイロットがカワイイ子ならキスでもしてあげたいぐらいだ。けど、できる口が残るもんならねっ!」

 

 放ったガンバレルを、それでも回避し続けるザク。

 明らかにその精度や機動速度が遅くなっているが、このまま戦っていれば回避が間に合わなくなるのも時間の問題だし、第一に新造艦を落としてしまえばこちらの勝利。

 ネオが横目でモニターのダガーLを確認した、その瞬間……。

 

「なっ!?」

 

 ダガーLへと迫る“赤い閃光”。

 

「チィ、もう一機いたとはね……!」

 

 だが、完全な想定外ではない。

 ガンバレルを二基、白いザクへと飛ばして牽制しながら、残るガンバレル二基を装備したエグザス本体をそちらへと加速させる。

 

 赤い閃光の正体は───ザク。

 

 ただし手足は濃いピンク色で、報告にあった赤いザク二機の内の“異常な方”ということだ。

 アーモリーワンで置いてきたという可能性もあったが、やはり乗っていたらしい。

 最初に出さなかったのはなぜか、などと考える必要もないだろう。今はそれどころではない。

 

「ッ! ……頭に響くんだよ! 赤いのばかりでぇ!」

 

 二基のガンバレルを放つが、赤いザクが動揺した様子はなく、ビームを放ちながら接近させビームカッターでの攻撃をしかけようにも、まるで“識っていたかのように”回避する。

 顔をしかめながら、ネオは機体を真っ直ぐに飛ばしつつ、姿勢制御で横に向けた。

 ドリフトのように横滑りをしながら飛ぶエグザスがビームを放つが、赤いザクはビームトマホークでそれを弾き、ダガーLに接近。

 

「これじゃあ!」

 

 味方機を守る動きをしていたネオに諸共に撃つこともできるはずがなかった。

 

 

 赤いブレイズザクウォーリアのコックピットで、ウィレーム・マクスウェルは目の前のダガーLの胴体にトマホークを振るう。

 僅かに背後に下がってそれを回避するダガーLに、少しばかりの感嘆の声を上げた。

 

「さすが“ファントムペイン”か……!」

 

 即座に背後に下がり、真上から放たれたエグザスのビームを回避。

 ウィルはダガーLへと左手のビームライフルを構えてトリガーを引く───直前で、僅かに横にずらす。

 

「そこか……!」

 

 完全にトリガーが引かれ、放たれたビームは回避したつもりだったダガーLの胴体を貫く。

 そのまま素早く離れ爆発から回避するも、次いで一つの敵意を多方向から感じる。

 顔をしかめながらも、四方向から放たれたビームを機体の機動性を活かしつつ回避し、その勢いのままデブリへと脚から突撃。

 止まったザクの背部、ブレイズウィザードからミサイルを掃射。

 

「目くらまし程度にはな……!」

 

 ダガーLとエグザスを狙ったそれらを、エグザスが四基のガンバレルを使い迎撃。

 

「だが、私だけに構っていてはな……!」

『そこだッ!』

 

 レイの声と共に、放たれたビームがガンバレル一基を貫く。

 

 そこで、ウィルは少しばかりの疑いを抱いた。

 本当に敵が“彼女”であるならば、この程度で済むわけもない。

 慣れないモビルスーツをもって御せるほど、彼女は甘い相手ではないし、彼女が本気ならば最高九基の無線兵器すら使って見せる。

 だからこそ、疑念がぬぐえない。

 

「だが、この感覚は確かに……?」

『この声、大尉ですかっ!』

「やぁ、確かレイ・ザ・バレルくんだったな。話は後だ、とりあえずは……!」

 

 残る三基のガンバレルがウィルとレイを狙うも、二人は回避。

 だが、回避しながらもフットペダルを踏み込んでウィルは加速し、ダガーLへの接近を試みる。

 それでもやらせまいと、ガンバレル二基がレイを狙い、一基と本体で赤いザクを狙うエグザス。

 

「くっ、良い上官だな……その身を張ってくるとはっ……!」

 

 ガンバレルを扱うモビルアーマー乗りは多数知っているウィル。

 だが、その中でもここまでの技量に至るパイロットが幾人いようか……。

 

「モーガン・シュバリエはB.A.E.Lにいるから違う……誰だっ……やはり本当にハイー」

 

 瞬間───陽電子砲の光が戦場を貫く。

 

「ミネルバかっ!」

 

 ボロボロのミネルバがモニターに映る。

 ブリッジにいる“彼”の助言が功を奏したのだろうということは、見なくてもわかる。否、“視聴()ていたから”わかることだ。

 そして、放った陽電子砲は真っ直ぐにガーティ・ルーを……貫かない。

 直前で危険を察していち早く回避命令を出した艦長のおかげ、なのだろう。

 

「くっ……!」

 

 だがそれにいつまでも気を留めているわけにはいかないと、ザクを加速させる。

 狙いはダガーLだが、ガンバレルがやはり邪魔をした。

 放ったビームライフルがビームカッターに弾かれるも、ウィルは素早くビームトマホークを投擲。

 

「墜ちろ……!」

 

 そのトマホークは歪曲した軌道を描きながら、ダガーLの脇腹に突き刺さる。

 

 

 エグザスのコックピットで、ネオは爆散するダガーLを見やり顔をしかめた。

 素早く展開していたガンバレル三基を戻すと、そのまま帰艦信号をあげる母艦ガーティ・ルーへと加速。

 追撃がないことを理解しつつ、視線の先、モニターには赤と白、二機のザク。

 

「赤いやつ、今度出会った時は……絶対に墜とす……!」

 

 頭痛と吐き気に耐えつつも、ネオは悪態をつき“仲間を討った敵”を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 ミネルバへと帰投したウィルは、ザクのコックピットの中で深い溜息をついた。

 額を流れる汗を袖で拭うなり、ジャケットを脱いでネクタイを緩める。

 戦闘時は疑いはしたが、やはりアレは間違いなく自分の求める彼女で間違いないのだろうと、頭の中で整理し、それを噛みしめた……複雑そうな表情で。

 

 嬉しいやら悲しいやら、悔しいやら苛立ちやら、色々とものが煮詰まった感情でいる彼ではあったが、すぐに帰るべき場所を思い出して、もう一度深く息を吐きサングラスをかけた。

 コックピットを開けば、人の気配を感じる。

 開いたコックピットの脇から出てくるのは……。

 

「マユ……」

「お疲れさまですウィレームさんっ!」

「いや、すまないな。機体を借りて……おしゃかにしてはいないが、無理はさせたかもしれん」

 

 そう言いながらコックピットから出ると、他にも一人。

 

「大尉、先ほどはありがとうございました」

「ああいや、礼には及ばんよ」

 

 ───レイだけに。

 

 などというつまらないことを考えつつ、ウィルは敬礼をするレイに片手を上げる。

 

「大尉は、あの機体をご存知でしたか?」

「いや、メビウス・ゼロ系統には似ているが……」

 

 そう言いつつも、新たにインパルスと赤いザクのコックピットから出てきた二人、男女に気づく。

 赤いパイロットスーツを着たその二人が自分たちの元へと近づいてくると、男の方はヘルメットを外して妹、マユへと近づいた。

 ウィルには気づいていないようだが、家族に身の危険があったらと思えば当然と言えば当然なのだろう。

 

「なんでマユのザクが出て!」

「落ち着きたまえシン・アスカくん、私だ」

「え?」

 

 女の方、ルナマリア・ホークもヘルメットを外しながら驚いた表情を見せる。

 

「私が出た。マユのザクを借りてな……」

 

 固まっていたシンだったが、動き出す。

 

「あ、あんたは一体なんなんだ!?」

「ウィレーム・マクスウェル大尉、それ以上でも以下でもないよ」

「そういう話してんじゃないんだよっ!」

「お兄ちゃん! 大尉はミネルバを守ってくれたんだよ!」

 

 マユの一喝に、ハッとするシン。

 

「あっ……す、すみませんでした」

「いや、気持ちはわからんでもないよ。家族のこともあるだろうに……それに君はオーブの移民、連合を良く思っていなくて当然さ」

「いえ、俺、自分が……」

「気にしなくて良い。ザフトの艦なのだから私は爪弾き者で当然さ。B.A.E.Lと言えどな」

 

 そう言いながら軽くシンの肩を叩けば、少しばかり驚いた表情をしながらも、素直に頷く。

 ここまで彼が素直だと調子が狂うというものだが、仕方もあるまい。

 ウィルの識る彼とは、歩んできた道が違うのだから……。

 

「いやでも、艦を守っていただき……ありがとうございました」

「あ、ありがとうございましたっ!」

 

 シンがそう言うと、ルナマリアが続けてそう言う。

 

「いや、本当にレイくんの援護が関の山だった」

「いえ……あの相手、自分一人ではおそらく艦を守り切ることはできませんでした」

 

 その言葉に嘘偽りはないのだろうということは、ウィルにも理解できた。

 ふと、ルナマリアが敬礼を落として疑問を口にする。

 

「でもザフト製のモビルスーツを扱えるってことは、マクスウェル大尉ってコーディネイターってことですか? B.A.E.Lだし珍しくないって聞きますけど」

「いや、私はナチュラルだよ」

 

 あっさりとした言葉に、シンとマユとルナマリア、レイまでもが驚いたように眼を見開く。と言っても、レイの場合はまた若干違う驚き方に見えるが、ウィルは言及しない。

 それに、彼は“ウィルのこと”を知らないようなのだから、今はそれでいいのだ。

 知ったところで、“レイはレイ”であり“彼は彼”だ。そして世界への憎しみは彼一人で持っていったのだから……。

 

 ふと、思考が余所にいったことに気づき、ウィルは心の中で苦笑する。

 

「でも、ナチュラルでもザフト製のモビルスーツに乗れるなんて……」

「君らの中でも有名なのがいただろう」

 

 その言葉に、ルナマリアが気づく。

 

「……ロマ・K・バエル」

「そう、特殊ではあるが特別でもなんでもない……できる人間はいるのさ」

 

 そう言いながらサングラスの奥の視線を動かし、シンを見て、少し視線を下げてマユを見る。

 複雑そうな表情をするシンの内心までは完全に理解できないものの、オーブ解放作戦のことなのだろうことは理解できた。“ロマ()”とシンの関わり合いと言えばそれである。

 だからこそ、マユに戸惑う。

 キラキラした表情で自分を見上げるマユ。なぜ片腕を失う原因の一因となった男の話でそれほどキラキラとした表情ができるのか───わからない。

 

 復讐相手として見ても咎められるはずもない相手なのに……。

 

「大尉! 艦長と議長があちらに、士官室までご案内するそうです」

 

 ふと、エイブスに声をかけられて頷けば、視線の先にはギルバート・デュランダルとタリア・グラディスの二人。

 仲睦まじいことであるが、このあともっと仲良くすることをウィルは知っている。

 複雑な表情をしながら、ウィルは頭を振った。

 

「まぁそういうことさ……さて、私は戻るとするよ。議長に挨拶もある」

「はっ!」

 

 レイが再度敬礼をし、遅れてシンとルナマリア、マユまでもが同じく敬礼。

 微笑しながら、ザクの装甲を蹴って宙を流れつつ、軽く敬礼で返すウィルが、ネクタイをしめなおしてジャケットを羽織る。

 

 ウィルはアーモリーワンに来るまでに仕込みをした。

 悲劇の地、ユニウスセブンに関係する、この後に発生する事件において布石を打っておいたのだ。

 必ずとも予測通りにいくとは思わないが、予測通り防げたならばそれで上々……。

 

「だが、どうなるか……頼むぞ」

 

 呟きながら、残してきた仲間たちのことを想う。

 デュランダルとタリアの前に着地すると、軽く頷く。

 

「ありがとうございました。大佐」

「……私は大尉ですよ。デュランダル議長」

 

 

 心臓が止まるかと思った。

 

 







お待たせしました
ということでウィル、赤いザクで頑張りました
まぁ敵が変わってるので参戦しましたが、ここらもほぼ原作通り
と言いつつ、ウィルがなんかしてたようですが、それも次回

そして水星の魔女が最終回、ネタバレ防止のためまだなにも言わないでおきます
そしてそして劇場版ガンダムSEED FREEDOM!

では、次回もお楽しみいただければと思います


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地球に墜ちる墓標

 

 大西洋連邦B.A.E.L、その拠点である月面プトレマイオス基地の会議室で、ムルタ・アズラエルはテーブルを叩いた。

 長い金髪がぶわっと宙に浮いてから、ゆっくりと彼女の肩、背にかかる。

 周囲の将校たちはそれぞれ難しい顔をしているが、それも仕方あるまい。

 

「落ち着きたまえアズラエル」

「わかってますよ。ハルバートン提督」

 

 B.A.E.Lを立ち上げた張本人、ということになっているデュエイン・ハルバートンに窘められ、アズラエルは落ち着きを取り戻す。

 こんな公の場で彼女がそこまで感情的になるのも珍しいので、B.A.E.Lの将校たちは彼女の精神安定剤でもあり、パートナーである“彼”の存在を求めるが、周知の通り彼はこの場にはいない。

 円形のテーブルを囲むように座しているアズラエルとデュエイン・ハルバートン、そして将校たち三人は、そのテーブルの中心にあるモニターの映像を見て顔をしかめる。

 

 問題は“ソレ”だった。

 

「すみません。しかしまぁ事態は一刻を争うわけですか……ユニウスセブンが襲撃を受けたということで……“彼”の情報から目は光らせていたんですがね」

「どうやら、彼の予測通りザラ派の仕業ですな」

 

 将校の一人の言葉に、アズラエルは前髪をいじりながら思考する。

 帰投した兵からの映像に、改良されたジンが映った……いや、正確にはジンハイマニューバ。

 

「2型ですか、ずいぶん旧式のマイナー機を引っ張り出してきましたね。コイツを使う傾向的に、脱走兵でしょう。議長がギルバート・デュランダルになってから大人しくなったと聞いていたんですが、地下に隠れてずっと機を伺ってたわけですか、よくあの子もこんな奴らの情報を拾ってきたものです」

 

 だが、問題はそこではない。論点がズレるというのが一番現状においてタイムロスになる。

 問題は、ザラ派がユニウスセブンでよからぬことをしようとしている。という情報を得たのに、そのよからぬことをさせてしまったこと……そしてその対処。

 大西洋連合、月の裏表でブルーコスモス派と睨み合いとなっている現在、下手にベテランパイロット全員を動かすわけにもいかず、だが“彼”からの情報を無視するわけにもいかなかったので、中途半端な結果に終わった。

 

「……まさか、ユニウスセブンを“半分に砕いてもっていく”とは」

 

 モニターにCG映像が映る。

 半分に“割られたユニウスセブン”が、地球へと向かって移動していた。

 警戒していたにも関わらず不意打ちを受け、立て直し戦闘を開始したものの、敵兵の士気と純粋な技量に、あまりにこちら側の部隊の被害が大きかったので隊長は撤退を選択。

 ルーキーを含めた兵たちを生き残らせるには正しい選択ではあったが、いかんせんそのせいで出遅れた感もある。

 

「半分で済んだのが良かったのか悪かったのか……」

 

 ユニウスセブンを占拠し拠点とするつもり、と考え半分は守り切り撤退を判断した隊長は正しい。敵は“半分だけ持っていったので態勢を整えてから出直そう”という発想は悪くはなかった。

 作戦は『ユニウスセブンでテロ組織が計画を企てている』という報告に対する対処なのだ。真っ当に鎮圧を指示されたわけでもない。

 地球に落とそうとするなど考慮していなかったので仕方ないことだ。

 

「だが、そうだな。兵が悪いのではない……我々の想像力不足だ」

「反省は後です。追撃部隊は?」

 

 アズラエルの声に、ハルバートンが頷く。

 

「追撃艦隊を編成したが、間に合うかわからん。こちらも財力やら資源が無限にあるわけではない……君のバックアップがあろうともね」

「わかってますよ。ロゴスのバックアップもありませんし、資産は有限です……しかも“一族”まで警戒する羽目になるし、さっさと誰かが潰してくれませんかねぇ」

 

 最後の方は小声だったので誰にも届かないであろうボヤキ。

 情報には前以上に敏感になり色々と仕入れているのだが、仕入れすぎた情報のせいで不安も増えるのが瑕だが、今更言っても仕方のないことだ。

 懐刀たる“彼”も、持って帰ってくるのはいつも“自分関係以外”の情報。

 ならば“彼”関係の情報はアズラエルや、その私兵であるあの“三馬鹿”を頼るしかあるまい。

 

「っと……ともかく、追撃部隊はなるべく急がせましょう。アーモリーワンへ出した迎えは?」

 

 その声に将校三人の内の一人が、顔をしかめる。

 

「アズラエル……」

「……なんです?」

「いなかったそうだ。アーモリーワンに……彼が」

 

 その言葉に、アズラエルは目を見開く。

 

「そのだね。彼が例の襲撃の被害にあったとも考え難いのと、それとだね事件の時……えっと、そんな怖い顔をしないでいただきたいんだが」

 

 そう言う将校の視線の先のアズラエルは、驚くほど───笑顔だった。

 

「怖い顔なんてまさか、ええ、そんなわけないじゃないですかぁ~♪」

「その笑顔も怖いんだが」

「えぇ~なにかぁ~♪」

 

 将校はこれ以上藪蛇をつつくのをやめる。

 

「なんですか、ええ、仰ってくださいよぉ♪」

「……ザフトの新型機が、正規軍らしくない戦闘機動で戦っていたとか」

 

 ピクリ、とアズラエルの眉が動いた。

 

「そしてその新型なんだが、足取りは新造艦に入って消えたとかなんとか」

 

 アズラエルが俯き、その表情は見えない。

 

「……ユニウスセブン追撃部隊は?」

「か、会議終了と同時に出撃させるつもりだが……いや、しかしそれだけで彼と判断するには」

「今すぐ出してください! それとモビルスーツ隊の隊長、誰です!」

「追撃部隊はエルスマン少佐に任せるが……」

「今すぐ連絡を! バカはいます!」

 

 顔を上げるなり指示を飛ばすアズラエル。

 部屋の端にいた連合兵がビクッと反応し敬礼をするなり、部屋の外へと走り去る。

 ふしゅー、と息を吐くアズラエルを見ていると、その金髪も相まってまるで獅子の鬣のように感じ、将校は今はいない彼を思い出し顔をしかめた。

 普通にしている分には良いアドバイザーではあるのだが、いかんせん“彼”が関わると人が変わる。

 

 別におかしな指示を出すわけでもないし、それ故に誤った判断をするわけでもなく、的確な行動を外さないのでそれでも信用はしているが……。

 むしろ、ハルバートンを含めた将校たちの方が“彼”に関しては判断を誤りそうな時があるぐらいだ。

 

 変な話、過保護が過ぎそうになる。彼の“立場上”仕方ないことなのだが……。

 

「で、なぜそこに大佐……じゃないか、大尉が来ると?」

「勘です」

「ハッキリ言いおった……」

 

 将校がドン引きするが、彼に関することでその勘を外すのを見たことが無いので、スピリチュアル的なことではあるが、信用はする。

 

「……それは、アドバイザーとしての?」

「いえ」

 

 フッ、と口元を綻ばせ、アズラエルは黒々とした笑みを浮かべる。

 

「女の勘ですよ」

 

 ハルバートンは自身の家内を思い出し、噴き出る冷や汗を拭った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ザフト新造艦ミネルバ。

 その一室で、カガリ・ユラ・アスハ、アスラン・ザラ、そしてウィレーム・マクスウェルの三人は議長ギルバート・デュランダル、艦長タリア・グラディスと対面していた。

 そういう場に馴染んでしまっている自身に苦笑を零しそうになりながらも、ウィルは大人しく状況を理解する。

 つまり自身は───失敗したのだと。

 

「割れたユニウスセブンが、地球に!?」

 

 そういうことだ。

 この事件を識るウィルはアーモリーワンでことが起こるよりも早く、布石を打っておいたのだが、結果的にこの件に関しては完全に防ぐことはできなかった。

 結局、ユニウスセブンは“何者かのバックアップがあった”のか、半分に割られ、そのまま地球への落下軌道へと誘導されている。

 ウィルは黙ったままいつもの飄々とした表情で、拳を強く握りしめるが、それを誰が気づくことができようか……。

 

「……詳しく聞かせてくれ議長、なぜ?」

「B.A.E.Lからの情報ではジンハイマニューバが確認されたそうです。つまりは」

「ザフト脱走兵か」

 

 その言葉に、眉を顰めて頷くデュランダルであるが、同じくタリアとアスランも顔を顰めていた。

 しかし、それもまた当然であろう。

 道を違えたとはいえ身内の犯行とあっては……。

 

「半分でもあれだけの質量だ、このままでは……っ!」

「今、プラントも全力をあげてこの行為を阻止しようとしています。それと、またもやのアクシデントで姫や大尉には大変申し訳ないのですが、私は間もなく終わる修理を待ってこのミネルバにもユニウスセブンに向かうよう特命を出しました」

 

 その言葉に、カガリもすぐに状況を察した。

 

「無論だ。このままで構わない……それに、なにかできることがあるのなら協力も惜しまない」

「ありがとうございます、姫。お力をお借りしたいことがあれば、こちらから申し上げます」

「ああ、頼む」

 

 次いで、デュランダルがウィルの方へと視線を向ければ、ウィルは言葉を口にするよりも、まず頷く。

 

「私もアスハ代表の意見に同意です。母なる地球にあんなものを落とされてはたまったものではありませんよ」

「すみません。しかし助かりました。B.A.E.Lの方々がユニウスセブン周辺を警戒してくださっていただけていたから早々に対処できるのです。不意打ちなども受けず」

 

 その言葉に、ウィルは苦笑を零して首を横に振る。

 結局は防げていないのだから、ウィルとしてはやはり“失敗”なのだろう。

 ここから次第ではあるが、これでは地球の反プラント感情は昂りかねない……。

 

「難しくはありますが御国元とも直接連絡の取れるよう試みてみます。出迎えの艦とも早急に合流できるよう計らいますので……大尉の方も、おそらく議長経緯でそろそろこの艦にいるということがプトレマイオス基地に伝わると思いますので」

「ああ、すまない」

「世話を掛ける。グラディス艦長、デュランダル議長」

 

 タリアの言葉にカガリは暗い表情で返し、ウィルは相も変わらず飄々とした様子だった。

 彼の言葉に、軽く会釈を返すタリア。

 だが、アスランはそんなウィルの様子にどこか違和感を感じて、眉を顰めた。

 

 

 

 タリアもデュランダルもこの後の対応やらで忙しいのか、今知っている情報だけをウィルたちに伝えるなり、その場で解散。

 

 その後、ウィルはカガリ、アスランと共に、与えられた個室の方へと艦内を歩いていた。

 だが共に歩いているはずのウィルは、カガリとアスランの会話も耳に入っていないまま思考する。

 

「でも、どうすればいいんだ……」

「砕くしかない」

 

 識っている情報からB.A.E.L部隊を動かしたのは問題ないはずで、テロリストたちが熟練している兵であることも見越して、“元ゴエーティア隊”であるパイロットも複数名配置したはずだ……あの巨大なユニウスセブンすべての状況を把握できるわけないとしても、ある程度の異変が起きた時にそれぐらいは対応できるはずだった……。

 

 だが、彼がアーモリーワンへと発った直後に、“ソレ”は起きたのだ。

 プトレマイオス基地と離れたブルーコスモス派の月面基地、ダイダロス基地から艦隊が出撃し、プトレマイオス基地へと接近……それ故に、ユニウスセブンの警戒にあたっていたベテランパイロットたちを呼び戻すはめになった。

 結果、緩くなった警戒網を抜けて“どこから調達してきたのか”掘削機<メテオブレイカー>と推進器<フレアモーター>を設置、ほぼ同時に稼働、あとはB.A.E.Lが撤退するまで時間稼ぎ、それを成功させた。

 

 その裏で“プラントと連合の対立を煽る者(一族)”の暗躍があるが、ウィルがそれを気づくこともない。

 さらに、ウィルはその党首たるマティス()に、イレギュラーの該当者とされているが、自身がそんな認識をされているなどとは、夢にも思ってもいないだろう。

 

 ふと、立ち止まったアスランの背にぶつかりそうになり、ウィルは立ち止まる。

 横のカガリから妙な雰囲気を感じてそちらを見れば、彼女の視線の先には……。

 

 ───ここだったか、そういえば。

 

 休憩室のような場所で、ミネルバの正規パイロット三人と、メカニックであるヴィーノ・デュプレとヨウラン・ケント、さらにマユ・アスカが会話をしていた。

 ウィルは聞き逃したが、この前を通ろうとした時、丁度カガリの耳に入ってしまったのだ。

 ヨウランの『しょうがないといえばしょうがない』『不可抗力だろうけど、変なゴタゴタも綺麗に無くなって、案外楽かも』等という言葉が……実際、不謹慎で心無い発言ではある。

 

 ウィルとしても識らずにそんなことを聞けば、苦言ぐらいは呈したくなるものではあるが……。

 

「カガリ……?」

 

 ふと、ここで激情に駆られると思っていた彼女が無言なのに気づく。

 拳を握りしめて、なにも言わずに彼女はそちらを見てから、すぐに歩みを続けようとした。

 思わず、ウィルは微笑を零す。

 

 ───あとで頭でも撫でてやるか、絶対怒られるけど。

 

「あの、すみません……」

 

 ヨウランの声に、カガリが立ち止まる。

 ここで無視して歩き出すのも変な話だからと、そう思ったのだろう。

 ウィルとしてはこの後のことを思うと素直に無視して歩いてしまっても良いと思うのだが、それはあくまでウィルの視点での話だ。

 謝罪する人間を無視していけるほど、カガリは擦れていない。

 その謝罪について『不謹慎だったな、今度から気を付けろ』とでも言っておこうと口を開こうとする。

 

「国民じゃなくて国のピンチだったら、躍起になりますよね。アスハも」

 

 瞬間、空気が張り詰める。

 

「っ、マユっ!」

「あ、そうだったね。偉いんだっけその人、オーブのアスハだもんね」

「いい加減にしろって!」

 

 マユ・アスカがカガリをバカにするようにそう言い放つ。

 シンが止めようと手を伸ばすが、彼女はシンから素早く離れた。

 プラントでの成人にも満たない少女の言葉に、さすがに顔をしかめるカガリだったが、アスランがその前に立つ。

 

「君はオーブがだいぶ嫌いなようだが、いったい何故なんだ? 昔はオーブに居たという話だが、下らない理由で関係ない代表にまで突っかかるというのなら……」

 

 瞬間、マユが立ち止まり、シンがそんなマユに手を伸ばす。

 

「下らない? ……下らないなんて言わせない! 関係ないってのも大間違い! 私たちのパパとママはアスハに殺されたんだ!」

 

 その言葉に、マユを掴まえようとしていたシンが止まった。

 動けなくなったのは、マユの言うことに同意しているからか、それともそんなことを言わせてしまった自身への……。

 だが、その言葉にアスランも動揺する。

 

「国を信じて、あなた達の理想とかってのを信じて、そして最後の最後に、オーブのモビルスーツに殺された……ッ!」

「……ッ!」

「連合が、ロマ・バエルさんが流れ弾から私たちを守ってくれて……ッ! なんでっ、なんでオーブのモビルスーツが私達を撃ったの!?」

 

 カガリの表情が暗いものへと変わるが、ウィルは黙ってサングラスの奥の瞳で怒りに震える少女を見やった。

 すべてのオーブ兵がそうだったわけではない。それに、そこにいたのがロマ・K・バエルだったからこその行動かもしれない。だからこそウィルは思考する。

 その罪は誰のものか、誰が防げなかったのか、ハッキリと口に出して言うべきかという……迷い。

 

「だから私はあなた達を信じない! オーブなんて国も信じない! そんなあんた達の言う綺麗事を信じない! この国の正義を貫くって……あなた達だってあの時、自分達のその言葉で誰が死ぬことになるのかちゃんと考えたのッ!?」

「う、あ……」

 

 カガリの瞳が、助けを求めるようにウィルの方へと向けられる。

 だがそこで、彼女は彼の表情が見たこともない程に苦々しく歪んでいることに気づく。

 いつも顔に感情を出さないウィルがそうした表情をしていれば、カガリ自身も思うところもあるのだろう。視線をマユへと移す。

 

 変わらぬ怒りを含んだ瞳が、カガリを射抜く。

 

「なにも解ってない人が……ッ!」

 

 それだけを言うと、マユは走ってカガリの横を通り部屋を出ようとするも……ウィルの前で立ち止まる。

 見上げれば、そこでようやく彼がいることに気づいたのか、ハッと目を見開いてからバツの悪い表情を浮かべると、何を言うでもなくそのまま廊下を走り去る。

 空気は重く、誰かが何を言うわけでもなかったのだが、ただ一人が動く。

 

「え、シン……?」

「す、すみませんでしたっ、妹がっ!」

 

 カガリへと近づいて頭を下げる彼は、おそらくひどい顔をしているのだろう。

 彼も、アスハへの恨みがないわけではないのだから当然だ。

 

「そ、そのっ、や、優しい妹なんです。ただちょっと気持ちが抑えられなくって、きっと、反省してると思うんですっ! 言っちゃったこと、だからどうかっ」

 

 だからカガリは近づいて、シンの肩に手を添えてその頭を上げる。

 

「えっ……?」

「いや、私は、言われて当然なんだろうな。その、君だって……私のこと、アスハのこと、オーブのこと許せないだろうし……家族を、失ったんだもんな」

 

 そんな言葉に、シンは顔をキョトンとさせていた。

 

「すまない。って言うのが正解なのか、わからないんだが……その、悪い。私もなにを言えば良いかわからない。オーブの兵が……あ、ロマを撃とうとして市民を攻撃したって話は、聞いてはいたんだけど、その……いや、やはり本当に、すまない。オーブの、護国の兵が、守るべき民を……」

「……カガリ、少し休もう」

 

 今のカガリではまともな話になるか怪しいと踏んだのだろう、アスランがそう言う。

 

「あ、うん……えっと、シン・アスカ。今度しっかりと話を……」

 

 戸惑いながら頷くシンに、カガリはぎこちない笑みを浮かべてそのまま廊下の先へと消える。

 残された面々、そこにはウィルもいた。

 気づかれぬように深く呼吸し、感情を落ち着ける。

 

「彼女とて父や友人を戦争で亡くしている。なにも解っていないわけではないよ……」

 

 サングラスの奥の瞳を細めて、ウィルはそう呟き、カガリとアスランを追うように少し足早に歩き出す。

 二人に追いつき、そのまま無言で個室の前に辿りつくと、カガリは足取り重く部屋の中へと入った。

 ウィルはそんな後ろ姿を見て、アスランの肩に手を置く。

 

「いつも任せてはいるが、カガリを頼む……大事な妹分だ」

「……はい」

 

 彼の返事に、ウィルは満足そうに笑みを浮かべて頷いた。

 

「大佐は、大丈夫ですか?」

 

 そんな言葉に、訂正のことすら忘れて、ロマは一瞬目を見開いて驚く。

 すっかり“仮面をつける癖”は染みついたと思っていたが、そうでもなかったようだと苦笑を零した。

 彼女の隣にいるならば、その程度の芸当は身に着けておきたいが……あまりそちらの才能はないのかもしれないと、自嘲する。

 首を縦に振ると、ウィルはサングラスを外す。

 

「私は平気さ、それよりもアスラン……泣かすなよ。カガリを」

「えっ! あ、も、もちろんです!」

 

 ───嘘つけ。

 

「なら良い。それでは“後で”な」

「は、はぁ……」

 

 それだけを言うと、ウィルは踵を返して歩き出す。

 

「さて、先に議長への交渉を済ますとしようか」

 

 動いてしまったのなら、あとは全力でやるしかないのだ。

 

 震える手を握りしめつつ、ウィルは艦橋へと向かった。

 

 







ユニウスセブン、ハーフで地球にお届け中
色々と暗躍しようとしたロマですが、さらに暗躍されてた話でした
一族は特に話に絡むこともないのでさらっと流しましたが、どうせすぐに消え去るので問題なし
他にもさらっと重大な情報がまぎれてたりしましたが、次回辺りに

それでは次回もお楽しみいただければです


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男たちが見た流星

 

 ミネルバの格納庫は慌ただしく作業に追われていた。

 ユニウスセブンの地球への落下コース、それを防ぐためならば、連戦の疲労は隠せないがやるしかあるまいと、それぞれハラを括って作業に勤しむ。

 そしてそんな中、ある程度視線を集めるのは赤いザク……ルナマリア機でなく、マユ専用機の方だ。

 

 その機体の前にて、ウィレームはメカニックチーフであるエイブスと共に端末を見ながらなにかを話し合っているが、実にわかりやすいことである。

 勿論、彼はギルバート・デュランダルへの交渉を行った。

 此度の破砕作業に参加させてもらうと……そしてザフト脱走兵との戦闘も然り。

 

 タリアは渋ったのだが、どうせ一回出撃させたのだからというデュランダルからの言葉もあり、あっさりと下りた許可故に、早々にこちらで調整をしにきた。

 

「この機体、反応速度が異常ですね。リミッターがついていた状態でも通常の比じゃありません……でも良いんですか、このまま解除しちゃって……敏感になりすぎると今度は支障が出ますよ」

「構わんさ、ある程度敏感な方が良い反応をしてくれる。頼む」

「困るんですけどね。他国の軍人さんなんであんま無茶してくれるのは」

 

 その言葉に苦笑を零すウィレームではあったが、頷く。

 

「しかし、地球がダメになるかどうかなんだ……やるしかあるまいよ」

「まぁ、そうでしょうねぇ」

 

 後頭部を掻きながら困ったような様子を見せるエイブスの肩を叩きながら、ザクの装甲を蹴って移動するウィル。

 そして着地するなり、その傍に誰かがやってきた。

 赤いパイロットスーツを纏うのは、ルナマリア・ホークとシン・アスカで、感慨深さを感じるウィルではあるが、やはりそれどころでもないのも確かで、心は完全に平静とは言い難い。

 ルナマリアがウィルの顔を覗きながら笑みを浮かべた。

 

「今回も出撃ですか?」

「そうなるな。B.A.E.L(こちら)が始末をつけきれなかったという負い目もあるし、なにより生命の母たる地球を、これ以上に穢すわけにもいくまいよ」

「へぇ、環境保護団体のようなことを言うんですね」

 

 その思想自体は、ウィル自身が“この世界”において本当に感じて、思ったことだ。

 別段、“彼ら”のような“過激なこと”をするつもりも言うつもりもないが、やりたい気持ちはわからんでもなくなっている。それで世界が変わるとすれば……。

 

 ───ハッ、そんな器じゃないだろ。俺は……。

 

 行き過ぎた思想に共鳴しそうな思考に、心の中で自嘲し蓋をするウィルは、息を吐いて笑みを零した。

 

「“ブルーコスモス(環境保護団体)”にいたからな、ご存知の通り」

 

 そう言う彼の言葉を理解したのか、ルナマリアが腹を抱えて笑い、シンは苦笑。

 ふと、隣を通る人影に目線を向ければそれはレイ・ザ・バレルであり、彼はそのまま自らのザクファントムの方へと流れていく。

 軽く敬礼をされて返そうか悩みもしたが、構わないと片手を上げるだけで済ました。

 そこでふと、シンが思い出したかのように言う。

 

「あ、そういえばレイが絶賛してましたよ。大尉のこと」

「彼が、私をか……?」

「はい、ナチュラルであの動きは凄いことなんだって……類稀なる才能が~、とか云々」

「へぇ、レイがそんなこと言うなんて意外ね」

 

 それに関してはルナマリアに同意だった。

 

 ───“奴”はこの力を毛嫌いしたものだったがな……忌々しい男と同じ故に。

 

『モビルスーツ発進三分前。各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す、発進3分前。各パイロットは搭乗機にて待機せよ』

「あ、それじゃあ大尉、ご武運を!」

「よろしくお願いします!」

 

 艦内放送にてメイリンの声が響き、ルナマリアとシンが一言ずつ残して自らの機体の方へと去っていく。

 連合の自分の立場上、彼らとこう話す機会など無いと考えていたが、思いの外上手くやれていることに内心で驚きながら、ウィルもマユのザクの方へと床を蹴って浮遊する。

 マユのことを言及もしたかったが、ここに現れないということは部屋に閉じこもっているとか、だろう。

 それか兄に閉じ込められているか、だ……“あんなことがあれば”当然ではあるが。

 

 マユ機改めウィル機の隣、その通常色のザクウォーリアへと乗り込もうとするのは赤いノーマルスーツを着た───アスラン・ザラ。

 

 機体説明を受けて乗り込む直前だったのだが、ウィルを見たことにより中断する。

 

「アスラン、君も出ることにしたのか……」

 

 まぁ知っていたわけだが。

 

「ええ、カガリにも了承を得て」

「ほう、ちゃんと報告はしたのか……」

 

 意外に思うウィルではあったのだが、三年も付き合いのある少年のそんな成長を見れば思うところもあった。

 ようやく女心がわかってきたかと、後方保護者面を心の中でかますウィルだったが、彼もとてもじゃないがわかっていない。

 

 アスランは苦笑しつつ頷き、ウィルを見てぎこちない笑みを浮かべた。

 

「大尉は、やはり赤が似合いますね」

「ん、ああ……新鮮でもあるだろう?」

「まぁ、ザフトのノーマルスーツですからね」

 

 今、ウィルは赤服のみが着用を許されている赤いノーマルスーツを着ていた。

 

「だが、その言葉はそっくりそのまま返そう。私の赤など所詮は“願掛け”みたいなものだよ……借り物の赤さ」

「大尉はまた難しいことを言いますね。赤って縁起がいいんですか?」

「ニホンでは赤と白は縁起が良いとは言うな」

 

 残念ながら白はないのだが、と零すがアスランは首を傾げるのみ。

 ディアッカもそうだが、ウィルが日本のなにに魅了されたのかはわからないが、時たま“日本では”なんて言葉を零す時がある。

 まぁ別に誰がどこの国を好きか、などいちいち詮索するものでもない……場合によるが。

 

 ともかく、アスランはウィルが自身の赤をそれほど認めていないことに対して思うことはあった。

 

「しかし、“あの赤”といえばですよ。三年前から……俺たちにとっても、世界中にとっても」

 

 そんな言葉に、ウィルは意外そうにサングラスの奥で眼を見開く。

 思わぬところからの思わぬ言葉に、今度は表向きに自嘲するような笑みを零す。

 

「……君にそう言ってもらえると自信がつくよ」

「ええ、自信を持ってください。大尉が自信がなくて誰が自信をもてるんですか……とか、キラなら言います」

「違いない」

 

 子犬の如く自分に懐いてくれた少年を思い出し、ウィルは素直に笑みを零し、アスランと別れて機体へと乗り込む。

 やるべきことは決まっているし、自分は“赤い悪魔”ではないが……どうせ赤に乗ったのだから、それなりにやるべきことはやるべきだと、コックピットハッチを閉じる。

 

 意外な相手に勇気づけられて、ウィルはそんな“赤の男”の言葉を噛みしめた。

 

「借りものではなく、私は“赤い男”になれる、か……?」

 

 誰に語るでもなく零す。

 ウィルはサングラスを外してしまうと、傍に置いてあるヘルメットを被ってはみたが、別に久しぶりでもない。

 プトレマイオス基地ではモーガン・シュバリエに頼まれて新人の育成なんてものに手を貸していたし、他の小競り合いなどにも参加してきた。

 

 ふと、通信と共にメイリンの声がコックピットに響く。

 

『各機、発進後はジュール隊に従ってください……B.A.E.Lの艦もすぐに到着予定です!』

「きてくれたか……」

『っ! 更にボギーワン確認。グリーン25デルタ!』

 

 ウィルからすれば予測通り、いや予定通り。

 

「さて、ここからどこまでやれるか……願わくばすべて砕けるのが理想だが」

 

 呟きながら、震える手で操縦桿を握るなり、その震えはすぐに止まる。

 最悪は、逆側から押す側にでもなってみるかと思考を奔らせるが、そういえば“あれ”についても押す方向が違う議論なんかがあったことも思い出した。

 ウィルは余計な思考をできる自分を、心の中で自嘲する。

 

 ───そうだなウィレーム、“そういうことはしなくていい”。

 

 

 

 

 

 

 ユニウスセブンを乗機のコックピットでモニターに見るは、ディアッカ・エルスマン。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の後に、プラントへと帰還しあらゆる政治的理由から無罪放免を頂戴するも、“彼”からの提案で連合のB.A.E.Lへと入隊した。

 最初は両親からの反対等ももちろんあったわけだが、結果的にこうしてここにいるのは、彼の努力の甲斐もあったのだろう。

 使い慣れたタイプのコックピットで、“らしくもない”階級を得たディアッカは、専用の黒い連合のノーマルスーツに身を包んでいた。

 

「おいおい、ホントにジンばっかかよ……えっと、とりあえず新型は味方で良いんだよな?」

 

 サブモニターに映る眼鏡をかけた青年に聞けば、彼は頷く。

 

『ザフトのジュール隊からの報告では敵部隊はジンと、アーモリーワンで強奪された三機のガンダムだってさ』

「へぇそりゃ懐かしいね。どっちもさ」

『お互いな』

 

 モニターの中の青年、サイ・アーガイルが苦笑を零した。

 

「メテオブレイカーは?」

『五機だ。急にしては用意したほうだって言ってたよ……パイロットもルーキーはいないし上手くやれるはずだろ。頑張ってな隊長』

「えぇ……、ベテランのみなさんがいるならそれで良いんじゃぁないですかねぇ」

『ウィレーム大尉がこういう時には隊長の任を任せられるようにお前を推薦したんだから、上手くやってくれよ』

 

 そんなサイの軽口に、ディアッカは溜息をつきながらも笑みを浮かべて頷く。

 彼に期待されているのに、ここで情けない結果で終わらせられるはずもない……それにアズラエルからの連絡によれば彼はここにいて、さらに先ほどの話通りならば旧友すらもいるのだ。

 仕方がないと、気を引き締めてモニター内のユニウスセブンを見やる。

 

『デュナミス、作戦ポイントへと接近……各機発進!』

 

 機体がカタパルトへと運ばれていく。

 

「こりゃ、責任重大だな……」

『カタパルト接続、APUオンライン、進路クリア……GAT-X103HA、発進どうぞ!』

「ディアッカ・エルスマン、ヘビーバスター、出るぜ!」

 

 黒いガンダムが、カタパルトから射出される。

 本体だけ見ればただのバスターに見えなくもないのだが、中身は最新鋭のものであるし、その両肩には機体の上半身を守れるほどの大きさのシールドを装備していて、胸部、腕部、脚部に追加装甲。

 腰部からサブアームで背中に固定されている二挺の大型携行砲は変わりないが、背部にはビームサーベルこそないが、ロングダガーフォルテストラに似た追加ブースターが装備されている。

 

 さらに、背後の“緑のアークエンジェル級”から、105ダガー六機が発艦。

 ガンバレルストライカーが二機、ランチャーが二機、ドッペルホルン連装無反動砲装備が二機……その機体に乗っていることでベテランなのは確かなのだが、情報通りならば相手もエース、侮れはしない。

 さらに射出された採掘作業機、メテオブレイカー三基を二機で一基ずつ受け取って運んでいく。

 

「各機、敵機がいる場合は無理に撃破する必要はないから報告をくれ! 掘削作業が優先でいい!」

『了解!』

 

 返事の声が聞こえて、慣れないことをしている自覚に思わず吹き出しそうになるも、頭を振って表情を引き締めた。

 

「さて、どこにいるんだ……おっさんは!」

 

 

 

 

 

 

 各所で破砕作業が行われているが、メテオブレイカーを打ち込まないことにはどうにも先がない。

 

 白いザクファントムのコックピットでイザーク・ジュールは舌を打った。

 

 スラッシュウィザードの背部に装備されたハイドラ ガトリングビーム砲がジンハイマニューバ2型を撃ち抜き撃破……さらに、接近するジンハイマニューバ2型が振るう日本刀型実体剣<斬機刀>を回避するなり、大型近接装備<ファルクスG7 ビームアックス>を振るい、そのまま敵機を斬り裂く。

 

「えぇい! モタモタしていると割れても間に合わんっ!」

 

 モニターに映るメテオブレイカーを持ったゲイツR二機の内の一機が撃破され、顔をしかめるイザーク。

 さらにもう一機へとジンハイマニューバ2型がビームカービンを撃つが、ゲイツRへと直撃する前に、そのビームは藍色のブレイズザクウォーリアのビームトマホークが弾く。

 そのまま、藍色の“ホウセンカ”のエンブレムを装備したザクはビームトマホークを投擲、それを斬機刀で弾き接近をかけるジン。

 だがそのザクは、腰部サイドアーマーにマウントしていたレーザー対艦刀を引き抜き、そのまま斬り裂く。

 

「シホ!」

『隊長、ミネルバ隊は!?』

 

 シホ・ハーネンフースが駆る藍色のザクが、ゲイツRと共にメテオブレイカーを運び、設置。

 ジュール隊副隊長であるシホが守りにつく。

 

「例の三機をひきつけているらしいが……んっ、これは連合の!」

『B.A.E.Lっ!』

 

 メテオブレイカーへと接近しようとするジンハイマニューバ2型三機が、散弾にて一斉に破壊される。

 それに見覚えがあるイザークは顔を顰めながら、接近するその機体を見た。

 

「黒いバスター……まさか!」

『こちら大西洋連邦B.A.E.L所属のディアッカ・エルスマンしょう』

「貴様! なにをしている!」

 

 思わず叫ぶイザーク。

 

『うおっ、やっぱイザークかよ……勿論、破砕作業の援護だよ』

「そういうことを言っているんじゃない! そちらのメテオブレイカーは!」

『三基、これでも急いできたんだぜ?』

 

 接近したヘビーバスターが肩部と胸部のハッチを開きミサイルを放って接近しようとするジンを牽制していく。

 イザークがモニターを確認すれば、少し遅れてメテオブレイカーを持つ連合の105ダガーが接近してきているのが見えた。

 

「敵は並ではないぞ、それとお互いに邪魔をせぬように指示をしておけ!」

『はいはい、まったく相変わらず荒れてんなぁ』

「貴様はまったく変わらんな! やる気があるのかないのか!」

 

 そう言って悪態をつくイザークであったが、その顔には笑みが隠せないでいる。

 

『最後に会ったの二ヶ月前ぐらいだろ。そんなんで人間変わんねぇよ』

 

 サブモニターに映るディアッカも笑みを浮かべながら返す。

 

 さらに接近するザフト脱走兵をモニターに捉えて───白いザクと黒いガンダムが同時に動き出す。

 

 

 

 

 

 

 出撃したミネルバ隊はカオス、ガイア、アビスを相手取っている。

 アスランはザクをもってしてカオスに同等以上の戦いを繰り広げ、ルナマリアはガイアと、シンはアビスと戦闘を続けていた。

 レイはジンハイマニューバ2型を撃破しているが、その数も腕も並ではない。

 

 脱走兵、かつてはプラントで覇権を握っていたザラ派がこぞって集まっているのだからそうもなろう。

 

 だが、彼らだからこそ、それを再び恐れるのだ。

 

『こんなばかなっ!』

 

 閃光が迸り、ランダムな機動をしていたはずのジンハイマニューバ2型が貫かれ、爆散する。

 

『な、なんだ今のは……彗星?』

『いや、あれは!』

 

 グポン、と音を立ててモノアイが輝く。

 その赤い閃光は彗星ではなく、モビルスーツであると気づいたときには既に遅い。

 ビーム突撃銃(ビームライフル)が再び放たれるが、その閃光はジンハイマニューバ2型の腕を貫き、接近した角を付けた赤いザクは、ビームトマホークを振るいジンの胴体を斬り裂き、爆散する前に機体を蹴って離れつつ加速。

 加速しながら投げられたトマホークが、別のジンへと突き刺さる。

 

『あ、赤い悪魔!?』

『いや、奴は死んだ!』

『ならばあれはなんだ!?』

『……くっ、亡霊めぇっ! 生ぬるいデュランダルのザフトは赤い悪魔に憑りつかれでもしたかァッ!』

 

 接近するジンに、赤いブレイズザクウォーリアはビームライフルを放つが、ジンはアンチビームシールドでそれを弾く。

 だが、そのシールドを下げた瞬間、ジンは眼前にせまるザクを見た。

 そしてそれが、パイロットの最後に視る光景。

 

「これでは身体がもたんよっ……!」

 

 圧倒的な戦闘力を見せつけつつも、顔をしかめながらウィレーム・マクスウェルは腰部背面に携行していたスラッシュウィザード用のビームアックスを引き抜き、折りたたんだままのそれでジンの胸部を削る。

 流れるように斬りぬけ、さらにビームライフルを放ち一機を撃破。

 

「機動兵器が機動せんでどうする……!」

 

 そう言いながら、さらにビームライフルを放とうとするも、接近したジンが斬機刀をもってその銃身を斬り裂いた。

 超至近距離にて睨み合う二機。

 顔をしかめながら、コックピットのウィルは次の行動に即座に移ろうとする。

 

「くっ、やる……!」

『やらせはせんぞッ! 三度我々の邪魔をする気かっ、赤き悪魔っ! その亡霊が!』

「図星を突かれたな……!」

 

 悪態をつきつつ、赤いザクが蹴りにて斬機刀を振るおうとするジンを弾き飛ばす。

 しかしウィルは怯むジンへと離れるでも無く接近し、折りたたんだままのビームアックスでジンの左腕を斬り裂くと、その左手に持ったビームカービンを奪取しつつ撃ちながら後退。

 その直撃を受け、ジンが爆散するも、次々とジンは集まってくる。

 

「フッ、囮として役には立てれば、だがな……!」

 

 ビームアックスを展開しながら、ウィルは額に流れる汗をそのままにフットペダルを踏み込み加速した。

 

 

 赤き悪魔の亡霊は───漆黒の宇宙(ソラ)に赤き流線型を描く。

 

 







今回は少し遅れたものの、がっつり話が進んだ気がしないでもない感じで
ディアッカ、もちろんバスターの後継機的なものでした
黒いバスターはヘイルバスターと被る気はしたけどヨシ!

では、次回もお楽しみいただければです



PS
前に間違ってオリジナルの奴を誤投下してしまったので、中々伸びないついでに宣伝
よろしければ見てやってください

https://syosetu.org/novel/319279/


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ユニウスセブンは出ているか?

 

 地球への落下コースを進むユニウスセブン。

 未だ、そこでの戦闘は止むことなく続いており、つまりはザフトとB.A.E.Lの共同戦線もまた然り。

 掘削作業機メテオブレイカーを運ぶゲイツRや105ダガーをジンハイマニューバ2型が狙うものの、各員がそれを妨害する。

 だが、集められたザラ派は背水の陣にて決死の攻勢に出ている故に、名だたるパイロットたちでもそう簡単なことでもないのだろう。

 

 ジンがビームカービンを使って射撃するも、105ダガーがビームサーベルを持ってそれを弾く。

 だが、さらに別方向から接近したジンが105ダガーをすり抜けてそのままメテオブレイカーを斬機刀で突き刺した。

 105ダガーは素早くジンを蹴り飛ばしてビームライフルで射撃、破壊するもメテオブレイカーは使い物にならなくなる。

 

 敵は数少ないメテオブレイカーを潰すだけでことが済むのだ、こちらとは条件があまりに違いすぎる。

 

「えぇいこんな奴らにっ!」

 

 ディアッカがヘビーバスターの携行砲を連結させ、対装甲散弾砲を放ち三機のジンを同時に撃破。

 

『連合が邪魔をするな! これは我等コーディネイターのための!』

 

「コーディネイターのためになんかなるかよ、そんなことぉ!」

 

 携行砲を分裂させると、接近するジンの斬機刀を回避したバスター。

 即座に右腕部追加装甲からビームサーベルを伸ばし振るうが、ジンは僅かに背後に下がりその直撃を回避。

 片腕が切断されるものの、やはり今の一撃で撃破されないのは手練れの証拠なのだろう。

 

「なんて奴らだよ、ジンでこうまで……!」

 

 だが、バスターの脚部追加装甲のハッチが開き、そこから放たれた拡散弾がジンの体中を穿つ。

 即座に反転し、ゲイツRがメテオブレイカーを設置したのを見てそちらに加速。

 ジンが放ったビームライフルを肩部のシールドで受け止めれば、さらに白いザクファントム、イザークのザクがそのジンを斬り裂いた。

 

『固定よし!』

『よし!』

 

 瞬間、メテオブレイカーが起動する。

 ユニウスセブンの地表へと打ち込まれたそのドリル状の杭が、地中深くへと突き進み───ユニウスセブンに亀裂が奔った。

 そして、地球に向かい加速する半分に砕かれたユニウスセブンは、さらにその半分ほどの大きさへと砕かれていく。

 

 余波に巻き込まれないようにとユニウスセブンから一度距離を取るディアッカとイザーク、そして同じくジュール隊とディアッカの部隊の者たち。

 それをモニターで見ながら、ディアッカは腕を突きだす。

 

「グゥレイト! やったぜ!」

『だがまだだ、もっと細かく砕かないと……!』

 

 突如通信で聞こえた声に、ディアッカは目を見開く。

 

「あ……アスラン!?」

『貴様までなにやってる! こんなところで!』

『そんなことはどうでもいい! 今は作業を急ぐんだ!』

「あ、ああ……」

 

 バスターと白いザクファントムに合流する通常カラーのザクウォーリア。

 オーブとザフトとB.A.E.Lの三人、予想外の同窓会にディアッカはこんな緊急時だというのに笑みがこぼれてしまう。

 それも仕方ないことなのだろうが……。

 

『わかっている! 言われるまでもない!』

『相変わらずだなイザーク』

『貴様もだ!』

「やれやれ」

 

 新たなメテオブレイカーが運ばれてくるのを見て、ディアッカは再度イザークと、そしてアスランと共に護衛を開始する。

 

「あ、そういやアスラン、おっさ……うちの大将はそっちにいんのかよ」

『大尉か……ああ、共に“出撃”している』

 

 その答えに、ディアッカは呆れたように溜息をついた。

 

「やっぱいんのか……こえぇ」

『ディアッカふざけてるんじゃないぞ!』

「いや、マジで怖い話なんだって……」

 

 

 

 

 

 

「く、まだか……!」

 

 赤きザクのコックピットで、ウィレーム・マクスウェルは顔をしかめる。

 次いでメテオブレイカーを設置しようとしているゲイツRを確認するなり、そちらに加速しつつ近づくジンを確認し、そちらにビームライフルを向けた。

 それに気づき回避しようとするジンではあったが、ウィルは既に銃口を逸らしており、そのまま放ったビームはジンを貫く。

 

『なっ、ミネルバ隊ね、そこのザク!』

 

 藍色のザクが接近してくるが、ウィルはそのままメテオブレイカーを守る様に立てば、同じく藍色のザクも隣にやってきた。

 

「フッ……シホ・ハーネンフースか」

『この声っ、あなたまさかっ』

「一年ぶりだな、と懐かしんでる暇もあるまいよ……!」

 

 イザーク・ジュールと出会うこともあれば、彼女と出会うことも然り。

 B.A.E.Lとして諸々と活動はしていたのだから、そういうことも珍しくはない……それに、かの三隻同盟に最終決戦のみとはいえ参戦したイザークの副官ともなれば、だ。

 接近するジンを確認し、そちらに加速。

 

「イザークたちとは離れてしまったか……いや、仕方あるまい」

『なにしてるんですか、貴方は!?』

「君らと同じさ、だからこうしてモビルスーツに乗っている」

 

 ジンが振るった斬機刀を回避し、ビームアックスでその両腕を斬り裂くとビームカービンでその胸部を撃ち抜きつつ、ビームカービンを手放しジンの持っていた斬機刀を回収。

 

 ───斬艦刀! じゃなくて、斬機刀、だな。

 

 さらに接近するジンへとそれを振りかぶり……投擲。

 

「大車輪ッ……!」

 

 回転して飛んでいく斬機刀は、そのままジンを斬り裂き爆散させる。

 ゲイツがメテオブレイカーを作動したのを確認。

 シホのザクとゲイツ二機がウィルの元へと下がるなり、さらにユニウスセブンが破砕……。

 

「くっ、小さいかっ!」

 

 申し訳程度にしか砕けなかったが、それ以上と欲張れば今度は破砕すらできなかったかもしれないだろう。

 所詮どう語ろうと結果論にしかならないのだから、今は少しでも被害が減るであろうことを喜ぶべきなのだが、そんな心持ちでいられるほどウィルは自分に優しくはない。

 砕けていくユニウスセブンの中、そこに“赤白のモビルスーツ”を見つけた。

 

 独特のフォルムのモビルスーツは、モノアイを輝かせ、テロリストたちが使用していたジンハイマニューバ2型が持つ斬機刀に似た“刀”を持ち、ユニウスセブンの破片を破壊している。

 いいや、だがウィルは知っている。

 むしろ斬機刀の方が、その“縁起のいい(赤と白の)”モビルスーツが持つ“菊一文字(ガーベラ・ストレート)”を模したものだと……。

 

『あれは……』

 

 ウィルの識るゲルググ(機体)によく似た容姿を持つモビルスーツ。

 それが偽装であるということすら…・・いや、パイロットすらも彼は知っている。

 一瞬、目が合うような感覚を覚えるが、きっと気のせい、なのだろう。

 

 ───シホとは因縁も多少ある相手だが、“マーズジャケット(アレ)”じゃぁな。

 

「王道を行かぬ者、か……フッ」

『なにを?』

 

 思わず出た独り言に、首を左右に振る。

 

「いや、そろそろ阻止限界点だ。撤退を開始する」

『ちょっと、なんであなたが仕切ってるんです!』

 

 接近するジンをレーザー対艦刀で斬り裂きながら、文句を言うシホは、ザクをボルテールへと加速させていく。

 離れた方で信号弾が上がるのが確認できるが、おそらく“ファントムペイン(乱入者)”たちのものなのだろう。

 そこから撤退を開始するウィルとシホとゲイツ二機。

 

 少しして、離れた位置に緑色のアークエンジェル級を捉えるウィル。

 

 ───アークエンジェル級デュナミス、ということは……。

 

「君らはボルテールに戻れ、イザークによろしく頼む」

『……了解です』

 

 シホの少しばかり不機嫌そうな声を聴き、苦笑を零すウィル。

 そのままユニウスセブンへと加速するなりすぐに、撤退を始める105ダガー四機と黒いバスターことヘビーバスターをモニターに捉えた。

 その五機は、ウィルの乗るザクことマユ機を前に止まる。

 

 ───おい、赤ってだけで俺だと思うんじゃぁないよ。

 

「さすがに単純な思考がすぎるぞ、ディアッカ」

『アスランから話聞いてるっての……』

 

 すぐに通信が返ってくるあたり、話を聞いてるとはいえ、ウィルであることを確信していたのだろう。

 

『ほら、さっさと戻ろうぜ大将、機体のことが心配ならイザークたちの艦の方に……』

「……いや、私もミネルバと共に地上に降りる」

『そうそう、地上に降り……はぁ!?』

『大尉なにを!?』

『アズラエル顧問カンカンですよ!』

 

 それは非常に怖いのだが、むしろ逃げたいのだが、これは逃げるためではない。

 むしろいつか帰らなければならないのだからここで帰る方が、“身の安全”のためではあるのだが、ここで目を逸らすわけにもいかないのは、諸々の問題があるからだ。

 せめてこの後に、オーブに着く前になんとか緩和させたい問題もある。

 

 今後のことを思えば、それが正しい道だと思っているのだ……エゴだとしても。

 

「すまないディアッカ、ム……アズラエル顧問にはなんとか言っておいてくれ」

『おいなんとかって……なんて言えってんだよ俺にぃ! てか三馬鹿もキレてんぞおっさん!』

 

 非常に恐ろしいことが聞こえた気がしたが、止まればもう進めない気がするので、進む。

 ディアッカたちを振り切り、ザクを加速させていく。

 

 ユニウスセブンの破片はだいぶ砕けているのだが、おそらく被害が無し、という状況には至らないだろう。

 それに“ロゴス”……否、“ロード・ジブリール”はコーディネイターを潰す戦争を起こしたくて仕方ないのだから、例え被害がなかったとしても戦争を勃発させるきっかけを生み出すことは間違いない。

 ユニウスセブンから離れた位置に、ミネルバを確認するとそちらへと加速。

 

「むっ、敵か……!」

 

『逃すかぁっ!』

『これ以上はやらせんっ!』

 

 もはやその意思もないのだが、彼らからしたら関係のないことだ。

 このままユニウスセブンと共に燃え尽きる覚悟である。

 だからこそ決死の覚悟でユニウスセブンへと近づくモビルスーツは叩くのだろうが……。

 

『コーディネイターの未来のため……なぜザフトが邪魔をぉ!』

「地球には山ほどコーディネイターが住んでいるだろうに、それともプラントのコーディネイター以外はコーディネイターではないと言うか……!?」

 

 思わず感情的になるが、それもまた仕方のないことだろう。

 ビームアックスを折りたたんだ状態で持ち、切りかかってくるジンの斬機刀を受け流し、素早く蹴りを打ち込み上昇しつつミネルバの方へと加速。

 だが、それを追ってくるジン二機。

 放たれるビームカービンを回避しながら、ウィルは停止してジン二機を迎え撃つ。

 

『くッ! あそこには俺の婚約者も、父さんと母さんだっていたんだ……!』

『俺の娘もだ! 連合が、ナチュラル共が核など撃つからに!』

 

 まるで前大戦を思い出す。いや、彼らの“刻”は前大戦、それより前から止まっているのだろう。

 だから、そのような聞き覚えのある、聞き飽きたような言葉をウィルに投げつけるのだ。

 ウィルはビームアックスを展開、ジンのビームカービンを回避し、さらに接近するもう一機のジンの斬機刀を肩部シールドで受け流す。

 

『なぁっ!?』

 

 驚愕するジンのパイロットだが……並のパイロットにできる芸当ではないのだから当然である。

 そのまま、ビームアックスを振るってジンの上半身と下半身を真っ二つにしつつ、機体を蹴って離れ、爆風で加速。

 もう一機のジンへと加速しつつ、ビームアックスを振るい真っ二つにした。

 

「貴様らと同じ境遇の人間を増やしてなんとするッ……!」

 

 そして、再度爆発寸前の機体を蹴って、ミネルバへと加速。

 徐々に機体の振動が激しくなっていき大気の摩擦でモニターが赤く染まっていく。

 ユニウスセブンへと“タンホイザー”を向けるミネルバの上方へと位置を調整し、そのままそっと後部甲板へと着艦。

 次の瞬間、タンホイザーが放たれユニウスセブンがさらに破砕された。

 

「なにが娘たちの、だ。同じ境遇の者を生み出すとなぜわからん……!」

 

 ───いや……。

 

「わからんか……そうだろうな。復讐などあれこれを考えてするものでもない」

 

 復讐は、自分のためのケジメなのだ。それ以上でも以下でもない。亡き誰かのためでなく、自分のためだ。

 それも、所詮はウィルなりの自論ではあるのだが……。

 

 誰かを亡くせば、自分とてその道を進まないなどとは言い切れない。

 自分自身にケリをつけるために、その道を歩む可能性もあるだろう……。

 

 だが、そうならないために戦っているし、戦った。

 

 さらに、タンホイザーが放たれてユニウスセブンの巨大な破片が砕かれた。

 

 ……あとは、待つのみだ。

 

「ザクには大気圏を突破する能力がある。幸運なことにな……だからアスラン、死ではないぞ」

 

 どこか懐かしい感覚……“あの時”はモビルアーマーだったが、今度はモビルスーツ。

 

 あの時も、今も、守るべき、守ると誓った彼女らを置いて、こうして目の前のことで必死だ。

 

 自身の感情にあまりに従順で、身勝手なことだ。

 

 今は良いが、いずれ“パイロットだけをやっているわけにいかなくなった時”が来たとして、自分はどうするだろうか、どうすることができるだろうか?

 だが、それをリアルに想像できるほど、ウィルは大人というにはまだ若い。

 若さ故の過ちを犯すにしろ、まだ遅くない歳だ……だが、ウィル自身が、そう思うことはない。この先もきっと……

 

「私はつくづくエゴイストだな……」

 

 悪態をつき、苦笑を浮かべるウィルの顔に、額から流れる汗が伝った。

 

 おそらく戦争は避けられないだろう。

 ともなれば、やるべきことはまた一つだ。

 世界の行く末は変わらなかった。

 

 ならば……戦いの中で探すしかない。道を。

 

 

 ───また戦争が始まるか、憂鬱だな……ラウ……。

 

 







キリよく少し短めでした
斬艦刀の件はちゃんと「だい・しゃ・りぃん!」って言わせたかったですがキャラに合わないので割愛
サトーさんは絡んだらウィルが論破しそうなので絡みなし

次回はディアッカの災難、ぷらすα
そろそろヒロインと絡ませたいとこですが、もうちょっとかかるかも?

では、次回もお楽しみいただければです


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刻に吠える

 

 ミネルバは無事に、地球の太平洋へと降下を成功させた。

 

 空でしっかりとアスランのザクとインパルスを拾い、ミネルバの甲板にいたウィルもまた艦内へと入り、着水の衝撃をしっかりと体で味わいつつ、さして懐かしくもないはずの地球の重力を懐かしむ。

 やはりどこまで行っても“地球の人間(アースノイド)”なのだと、妙な気分にさせられる。

 母なる地球を恋しく思うことは別段普通ではあろうとも、“ガンダム(こういう)世界”で生きていれば、地球にしがみつくということに妙な拒否感もあるのだ。

 

 ふと、一人で廊下を歩いているウィルだったが、見慣れた少女が視界に映る。

 

「マユ……」

「あ、ウィレームさんっ!」

 

 駆けてくる少女───マユ・アスカ。

 

 おそらく兄からカガリとの接触禁止令を出されたわけだが、残念ながら当然。

 だからここで会うのが意外ではあったが、それもまた運命だろう。

 ルート的には、おそらく甲板に行って海でも見る予定なのかもしれないが……そうなればカガリと鉢合わせることは明白。

 

「お疲れさまです。ザクで出たって、大丈夫でしたか?」

「あぁ……いやすまない。少し調整まで変えてしまったからな、扱いづらくなってしまうと思うが、損傷はほぼ無い。安心してくれ」

「い、いえそっちは別に……でも、ウィレームさん、やっぱりすごいなぁ」

「そんなことはないさ、私以上に上手くやる者もいる」

 

 実際、イザークやディアッカ、アスランたちの方が上手くやってくれていただろうとウィルは判断している。

 自分がやったことなどたかが知れていると……。

 格段に被害は減ったが、無くすことはできなかった。

 

「そんなことない。アーモリーワンでだって、宙域の時だって……ウィレームさんがいなきゃマユたちは」

 

 そう言いながら、悲しそうな顔をされてはさすがにウィルもこれ以上、自らを卑下することもできない。

 苦笑を浮かべ、サングラスをそのままに、そっとマユの頭を撫でる。

 くすぐったそうにする少女を前に、ウィルは手を降ろすと目的地であるブリッジに行くか少しばかり葛藤するも……。

 

「あ、これから甲板で海を見に行くんですけど、ウィレームさんも行きますか?」

「……そうだな。同行しよう」

 

 カガリたちの誘いを断っておいて非常に行きづらくもあるのだが、彼女らなら子供にせがまれたのだと理解してくれるだろうと、ウィルはマユに手を引かれるままにそのあとを追う。

 

 この後のこと、ウィルの識る歴史通りに進めばシンが再びカガリに噛みつくわけだが、この時間軸においてその可能性はほぼ皆無。

 彼はウィルが識る彼以上に大人だ。

 だからこそ、その可能性があればマユであり、そうなったらまた全員が傷つく羽目になる。それは避けたい。

 

 などと思考している内に、甲板に辿りつく。

 

「あ、お兄ちゃん」

「マユ……ウィレーム大尉も」

 

 シンが振り返るより早くマユがパッと手を離したおかげで、別に怪しまれることも無かった。

 彼もマユがウィルに非常に懐いていることを理解しているおかげだろう。

 ウィル自身も、シンと多少は打ち解けたおかげと思いたい。

 

「大尉、あんなに強かったんですね」

「ああいや、そうたいしたものではないさ、あのザクの性能のおかげだよ。相性も良かった……アスランも自身に合った機体であれば」

 

 ───さらに、迷いがなければ。

 

「私など足元にも及ばんさ」

「……そうなんですか?」

「戦ったことあるんですかウィレームさん」

 

 ───やべっ、あ、いやまぁ普通か。

 

「私もモビルスーツ乗りが長いからな」

 

 そう答えながら、ウィルは少し離れた場所にいるカガリとアスランへと視線を向けた。

 下の階層には他のクルーたちがいて、上にいるのはアスカ兄妹と自分、そしてカガリとアスランだけのようだ。

 ふと、無意識に聞き耳を立ててしまう。

 

 潮風に髪をなびかせながら、カガリが隣のアスランを見やる。

 その瞳には迷いが見えるが仕方のないことだろう。

 

「ウィ……レーム大尉から聞いた。ユニウスセブンの件、ザフト脱走兵はザラ派だったって」

「そうか、大尉が……」

 

 アスランも、どこか苦々しく言葉を吐き出す。

 

「たぶん、お前も色々と聞いたんだろうけど……」

「ああ、そうだな。聞いたよ、色々と……」

「でもっ、あの戦いは……あの時の戦いは、今でも間違ってるなんて思ってない。アスランも、そうだろ?」

 

 その言葉に、アスランは頷く。

 そこで首を横に振られてはウィルとしても立場が無くなるので、それでいてくれて安心はするが、やはり彼から感じるのは明確な迷いだった。

 別に父の取った道が正しいとかどうではなく、やはり“ナチュラルやコーディネイター”に縛られて戦っている者たちがいることに、そして未だ父を盲信する者たちが戦っていることに、だ。

 

 だからこそ、今回も……。

 

「だが破片は、落ちてしまったんだ」

 

 被害は“ウィルの識る原作(歴史)”ほど甚大ではないが、かといって軽いものでもない。

 バラバラになった破片は、各地に被害をもたらし、やはり地図の書き換えは多少なりとも必要になるだろう。

 エイプリルフールクライシスほどでないにしろ、二次被害は懸念される。

 

 そしてそれをやったのは、コーディネイターだ。

 

「俺たちは、止めきれなかった……」

「……そうだな。それでも、オーブに帰ったら、やれるだけのことはやるつもりだ。私だって……お前たちを、今回の戦いをこの目で見たんだ」

「カガリ……」

 

 一部の者たちがやったこと。

 

 それは確かだが、やはり人類に根強く“ナチュラルとコーディネイター”という大きな枠組みがあるのも事実で、これは“コーディネイター”がやったこと、になる。

 その思考である者は、“コーディネイターを許さない”だろう。

 奇しくも構図は、前大戦を思い出させる様相へと変化していっているように思えた。

 

「こちらも、B.A.E.Lもそれなりに現プラントに関しては擁護していくつもりだ」

「っ……大尉」

 

 ウィルがアスランの肩に手を置いてそう言うと、アスランはぎこちないながらも笑みを浮かべる。

 

「もちろん、ミネルバのことに関しても……しっかりとハルバートン提督に伝える。共に戦っていたデュナミスのエルスマン隊もきっと上手く伝えてくれてるはずだ」

「……ありがとうございます」

 

 アスランの弱々しいそんな言葉に首を横に振り、スッと視線をカガリ、そして下の階層にいるクルーたち、そしてシンに向けた。

 嘘偽りない、ウィルは自身の言葉を自身の口でしっかりと伝える。

 

「こちらこそ、感謝したいよ。ミネルバの皆にもな」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 月面、プトレマイオス基地。

 ムルタ・アズラエルの執務室にて、ディアッカ・エルスマンは苦笑を浮かべていた。

 

 アークエンジェル級デュナミスにて帰還した彼は、ありのままを報告し、面倒な書類を部下に回しながら、最も面倒というかやりづらい仕事を引き受ける。飄々としているせいで気にする者は少ないが、所謂貧乏くじを自ら引きに行ったのだ。

 そして、それに感謝する者は少ない。

 

 実際、自分ががなられるわけではないが、やはり心臓には悪いことである。

 

「へぇ~ふぅ~ん、なるほどぉ~♪」

 

 テーブルに肘をついて頬杖をつく、ルーズサイドテールのアズラエルはニコニコと笑顔を浮かべていた。

 片手の指が机をトントンと叩いているが、おそらく不機嫌でリズムは不安定……。

 

 後に帰ってくる彼の自業自得ではあるのだが、さすがに合掌したい気分にもなってくる。

 前大戦の後は公私に渡り世話になった相手であるのだから、それも当然なのだが……。

 

「また勝手に地球に降りたんですか……へぇ~♪」

「あ~なんつーか、い、色々とやることがあるみたいですよ」

「別に良いんですけどぉ、また『オーブにいます~』とか連絡が来たらどうしてやりますかぁ♪」

 

 控えめに言っても、目の前の女性───ムルタ・アズラエルの容姿は良い。

 

 ディアッカにも愛する恋人がいるわけだが、それでもそれはハッキリと言えるだろう。

 そして、背後の応接用のソファに座っているクロト、オルガ、シャニもまたそれぞれジャンルの違うタイプの美女揃い。

 そんな彼女らに囲まれて、愛される“彼”を、ディアッカも一時は羨んだものである。

 

「へぇ~まぁたおにーさん勝手にどっか行ったんだ……」

「戻ったらケジメつけさせてやる……」

「……搾りカスにする」

 

 今は、微塵も羨ましくはない……というより、他人の恋愛ごとや男女間のことには的確にアドバイスして上手く収めたりできるというのに、彼自身の立ち回りがあまりにヘタなように、ディアッカは思えた。

 もしかしてわざとやっているのではないかと疑いたくもなるが、わかっていてやっているあたりは、事実である。

 

 だがそれでも、譲れないものがあるのだろう。

 

 ディアッカは素早く踵を返し部屋を出ようとする。

 

「早くミリィに会いてぇ……」

「あ~ディアッカくん」

 

 小声でぼやいた直後、呼び止められる。

 

「は、はい……?」

「この後、ユニウスセブンの被害とかに関しましても色々とあるので、会議室ですから」

「自分も、ですか?」

「ええ、当事者ですから、当分睡眠時間は削られますね。私も貴方も提督も」

 

 ディアッカはガクリと崩れ落ち、床に手と膝をつく。

 そしてそんなディアッカを見てクロトは腹を抱えて笑い、オルガはアズラエルの方を同情するような表情で見やり、シャニは“お兄さん”に対する極刑を思考していた。

 そう、デスマーチが始まるのである。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 画面の中、ギルバート・デュランダルが演説をしている。

 

 壁一面に並べられた数十のモニターの中、別のモニターではユニウスセブンの破片落下による被害状況を報道しているが、当然ながらその被害は深刻。

 エイプリルフールクライシスを思い出させる状況に、プラントへの憎しみを再度蘇らせる者もいる。

 

 そして、いずれその真実が知れれば、その憎しみの炎はさらに燃え上がることであろう。

 

『この未曾有の出来事を、我々プラントもまた沈痛な思いで受け止めております。信じがたいこの各地の惨状に、私もまた言葉もありません。受けた傷は深く、また悲しみは果てないものと思いますが、でもどうか地球の友人達よ、この絶望の今日から立ち上がって下さい。皆さんの想像を絶する苦難を前に我等もまた援助の手を惜しみません』

 

 他のモニターに映し出されるのは、プラントによる被災地への支援活動の様子。

 さらに、別のモニター数個に映るのは、まったく被災やらと縁遠そうな初老の男や女が数名。

 不満そうなその表情は、十中八九プラントの動きのせいであろう。

 

『デュランダルの動きは早いぞ。奴め、もう甘い言葉を吐きながら、なんだかんだと手を出してきておる……支援を拒否してはこちらの立場も危ういからな、あやつめ……』

『だが、こちらにはこれがあろう。先ほどジブリールから届いた面白いものだ』

 

 モニターに映し出されるのは、ユニウスセブンでの攻防戦。

 ザフトとB.A.E.L、そしてザフト脱走兵の戦闘。

 他にもジンハイマニューバ2型による工作の様子……明らかにファントムペインに撮れないはずの映像もあるのだが、それはかの“一族”からもたらされたものだ。

 地球とプラントを煽るための材料。

 

 それを見て、笑う“ロゴス”の面々。

 

「そんなものはこのさいどうでもいい……!」

 

 数十のモニターの前、勢い良く叩かれるテーブル。

 その上に乗っていたグラスが倒れ、入っていたウイスキーがカーペットを汚す。

 近くにいた黒猫がビクッと震える。

 

『おいおいジブリール、これは最高のカードだろう』

「我々が真に許すべきでないのはコレではない!」

 

 別に、そこにいる面々は誰も“ユニウスセブンの落下”に対して怒りを抱いてはいない。

 実に『困った』とは思ったとしても、それ以上の感情はないだろう。むしろ、コーディネイターへの怨嗟を生むための重要な“因子(ファクター)”であると、得をしたような感情すらあるだろう。

 だから、ロード・ジブリールが激怒している理由はそれではないのだ。

 

「見なさいコレを!」

 

 大きく映し出されるのは、“赤いザク・ウォーリア”の戦闘映像だった。

 

『赤いな……それに素人目で見ても凄まじいと思うよ』

『してこのザフトの新型がなんだね?』

「赤いモビルスーツなのはまだ良いでしょう、しかし……! この動き、明らかに……っ!」

 

 ギリッと握りしめられた拳、そして噛みしめた唇、“赤い唇”にさらに濃い赤が滲む。

 

「“赤い悪魔”を模しているのです! 彼は、彼はッ、我々ナチュラルの希望ッ!! そして、すべてのコーディネイターを駆逐するべき存在ッ!! にも関わらずッ……奴らめ私達の当て付けにあんなものを持ちだしたのですよ!?」

『むぅ、まぁ君の言うこともわからんでもないがね』

『確かに、これは許すべきではない、のかもしれん……な?』

「そうです! 許すべきではないのです! その光をもってして奴らコーディネイターを滅ぼすべき存在を侮辱したのです。これは我々ナチュラルに対する宣戦布告と考えても良い!」

 

 拳を握り、高らかに宣言するジブリール。

 

「今度こそ奴らの全てに死を、です……青き清浄なる世界のために!」

 

 そして“彼女”は不敵に笑い、恍惚とした表情で両腕を広げた。

 笑みを浮かべるロード・ジブリールは、マイクも拾わぬような小さな声で呟く。

 

「そして、赤い悪魔をもう一度……」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ミネルバの甲板にて、ウィレーム・マクスウェルは腕を組んで装甲に寄り掛かっていた。

 視線の先、アスランが何度もトリガーを引いて高速で出現し消えるターゲットを撃ち抜く。

 なんだか強く見覚えがあるし、なんなら“読んだ”覚えもある。

 

 まさかこの場に自分がいるなどと想像もしてなかったし、そのつもりもなかった。

 

 故に、僅かに動揺もしているのだ。

 

 ───アスラン、やっぱチートくせぇなぁコイツ。

 

「うわーすっご、同じ銃使ってるのになんで!?」

「銃のせいじゃない、君はトリガーを引く瞬間に手首を捻る癖がある」

 

 それを見ていたルナマリアがはしゃいだように声を上げる。

 訓練規定を甲板でやろうと言うところまでは良かったのだが、いかんせん成績が芳しくないルナマリアが、たまたま近くへやってきたアスランを半ば“挑発”に近い形で訓練に誘った結果がこれであった。

 横目で少しだけそちらを確認するも、気にせず自身の訓練を続けるレイ。

 今しがたそこに来たシンとマユも少しばかり驚いたように見ている。

 

「これがアスラン・ザラ……」

 

 そして、アスランに少し遅れて到着したウィルを引きとめたメイリンがそう呟く。

 

「さすがだな」

「あ、ウィレーム大尉もどうですか?」

 

 メイリンに銃を差し出されるも、苦笑しながら首を横に振る。

 彼の後にやろうものなら、なまじ下手でない分、余計に白けた空気になりかねない。

 プトレマイオス基地で“彼女ら”とスコア勝負をしてみたりはするので鈍っている可能性は皆無であるが、だからこそだ。

 そして、そんなところでアスランと張り合う気もない。

 

 ───所詮は脇役だしな。

 

 自嘲するように笑うウィルを、メイリンとマユが首を傾げて見やる。

 

「こんなことばかり得意でもどうしようもないけどな」

「そんなことありませんよ。敵から自分や仲間を守るためには必要です」

 

 ルナマリアのそんな言葉に、迷いを孕んだアスランは苦笑を浮かべた。

 

「敵って……」

「自らの平和を冒す者たち、だろうさ……少なからず私はそうだった。だから戦ったつもりだ」

 

 ウィルの言葉に、意外そうにアスランが目を見開く。

 他の面々も、彼の方を向いて少しばかり難しそうな表情を浮かべるのは、やはり彼が連合で、前大戦で戦った相手だからであろう。彼にとっての敵は自分たちの親や上官たちだ。

 レイとふと目が合うが、すぐに彼は訓練を再開する。

 

 サングラスの奥で、ウィルは目を細めた。

 

「まぁそうだな。だが軍人ということは、誰かの平和を冒すこともある」

「大尉……」

 

 複雑そうな表情を浮かべるアスランに、ウィルは変わらず言葉を投げかける。

 いや、アスランにだけではなく、その場の全員に、であるのだろう。

 

 そして、自分自身にでもある。

 

「なら、敵は誰が決めることだと思う?」

「それは……」

「軍や上官です」

 

 その言葉に、握っていた拳銃を降ろしたレイが答えた。

 

「そうだな。それもまた間違いではない」

 

 アスランを見れば、言いたいことがあるという表情ではあるが、言わないで良いことだ。

 そんなことを続けていたら『昔の俺みたいになる』なんて、若者に言っても響くことではない。

 だからこそ、投げかけるべきは今この場では教訓ではなく……。

 

「自らで決めてそうしているならば、それもまた一つの選択だがな」

 

 サングラスをスッと外し、その青と赤の双眸でレイを見やり、彼を思いだし首を振る。

 

 ───違うな。違うよな。すまん。

 

 心の中で、僅かでも重ねてしまったことを謝罪する。

 

「まぁ所詮は年寄りの自論だと思ってくれて構わないが、自らで決めることを薦めるよ」

「自分で、敵を決める。ですか?」

 

 シンの言葉に、後の彼を識るウィルは微笑しながら頷く。

 このまま“原作(運命)”通りに進んでいけば、彼は自らの敵であるステラ(連合)を助けることを決め……だが、自らの故郷を敵と言われ、それに従うことを決め、焼く。

 前者はまだいいが、結局後者は迷いの中、自分自身に“デュランダル(議長)”が言うことだからと無理矢理に納得させ、退くこともできぬまま最後まで進むことなる。

 

 言うべきではないと思いながらも口は止まらない。

 

「それがなにかが重要なのではない。それを自らが決めることが重要なのさ」

「敵を、自分が決める……?」

「ああ……どんな敵を討つか、そして討たれるか、な」

 

 サングラスを右手で揺らしながら、ウィルは変わらず笑みを浮かべている。

 

「いやすまんな、年を取ると説教臭くなってかなわんよ。ただの老婆心だ。忘れてくれていい」

「えぇ、そんなこと言われたら気になりますよ大尉~」

 

 眼を細めて不満を漏らすルナマリアに片手を上げて、ウィルは首を左右に振る。

 

「偉そうにモノを言える立場でもないのだがね。私は……それにやはり、ただの自論さ」

 

 それは芝居でも演技でもなく、本心からの言葉なのだろう。

 若者たちに長々と説教をするタイプになりたいわけもなかったのだが、やはりどこか説教臭くなってしまった。

 さすがに本気で反省もする。

 

「忘れてくれ」

 

 そう言ってサングラスをかけ直そうとして、止まった。

 

「そうだな、それでも気になるようだったら……“宿題”だとでも思ってくれ、期限もなければ義務もない、な」

 

 そして今度こそサングラスを掛け直すと、ウィルはその場からアスランよりも早く立ち去っていく。

 

 

 残されたルナマリアはメイリンに今の言葉の意味を問うが、メイリンはやはり首を傾げた。

 レイは少しばかり眉を顰めながら、ヘッドホンを首にかけ遠くを見、何かを考える様子。

 マユはシンを見上げ、シンはなにかを考える様子で眉を顰めた。

 

 アスランはと言えば、どこかおかしそうに苦笑する。

 そしてそんなアスランに、シンはどこか難しそうな表情で問う。

 

「ウィレーム大尉って何者なんですか? まだ二十代って聞いてるんですけど」

「……あの人は達観しすぎっていうか、まぁ色々“見て”きたんだろうけど」

 

 その見方は正しい。彼は様々な“刻”を“視聴()”てきた者だ。

 

「でも、俺もあの人の自論に賛同するよ」

「……よくわからなかったけど、ちゃんと考えてみます。大尉の言葉の意味」

 

 シンの素直な物言いに、アスランは頷く。

 

「さすがだな、大佐は……」

「え、大佐?」

「ああいや、大尉な。大尉……」

 

 頬を掻きながら、アスランは歩き出した。

 

 







この前作キャラ感……
あまり絡む気もなかったウィルでしたがガッツリですね

そしてジブりんはこんな感じになりました
まぁアズにゃんと対比する意味でもこれはこれでと言った感じで、後々もっと意味が出てくる(

次回あたり、久々の登場キャラが多数

では次回もお楽しみいただければです


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変わらぬ世界

 

 ザフト軍新造艦ミネルバは、オーブ連合首長国はオノゴロ島へと入港をしていた。

 奇しくもかつてのアークエンジェルを思わせるその状況に、諸々の事情を知っている“彼”は苦笑を零していたのだが、それももちろん筋書き通り、わかりきっていたことだ。

 そうでなくとも、カガリ・ユラ・アスハを乗せているのだから、艦長であるタリアとしても第一の目的はこちらであっただろう。

 

 インパルスのパイロットことシン・アスカも、これで少しは肩の荷が下りるというものだ。

 すっかり激情家みたいな扱いの妹の心配もしなくて済む。

 いや、それでなくとも心配はするが……。

 

 ミネルバに掛けられた鉄橋を渡るのはカガリ、アスラン、タリア、アーサー……そしてウィレームの五人だ。

 

 階段を降りればオーブの政治家たちが揃って立っているが……代表のお迎えともあれば妥当であろう。

 

「カガリぃ!」

「ユウナっ!?」

 

 突如、その中から一人が駆け出し、カガリへと抱き着く。

 他の政治家たちと比べればずいぶんと若く、威厳と言うものにかけているが、五大氏族セイラン家の“ボンボン(跡取り息子)”であり、甘やかされて育っているのだから仕方も無い。

 すると、その父であるウナト・エマ・セイランがカガリの前に出る。

 

「これユウナ、気持ちはわかるが落ち着きなさい。ザフトの方たちも見ているぞ」

「ウナト・エマ……」

 

 宰相である彼はカガリを迎え、さらにミネルバを労う言葉をかけた。

 彼はそのままカガリへと近づくなり、なにかを耳打ちするが、政治家同士なのだからそうあって当然であり、他国に漏らすわけにもいかない話が多々あるだろう。

 特に“ザフト”には話せない話が……。

 

「ああ、えっと……」

 

 ふと、振り向いたカガリが見やるのはアスランやウィル。

 この場ではウィルもさすがにサングラスを外している。その赤と青の瞳は“彼が誰なのか”をハッキリと証明するものであるが、その場にいる者はほとんどが彼を誰かなど理解していない。

 いや、彼を───ウィレーム・マクスウェルとしか認識していない。の方が正しいだろう。

 さらに言えば、彼をB.A.E.Lの軍人だと理解できているのも一部だけだ。

 

「ウィレーム・マクスウェル大尉も、手筈は整っている」

「ええ、ありがとうございます……して、いつに?」

 

 口元を綻ばしながら言うウィルではあったが、内心穏やかではない。

 ブチギレられるかどうかはともかく、心配をかけたのは事実。

 

「まだ数日かかるとのことだ、貴殿もごゆっくりと」

「感謝致します。セイラン宰相」

 

 ウィルがふと、ユウナの方に視線を向けるが、彼はその視線を浴びるなり怯えたような表情でビクッと震えた。

 別に鋭い視線を送ったわけでもないが、とウィルは心の中で苦笑。

 ユウナはウィルへと愛想笑いを返し、カガリの肩に手を回すと、ウィルへと背を向けつつもそっとアスランの方へと視線を送った。

 

「君も本当にご苦労だったねぇアレックス。よくカガリを守ってくれた……ありがとう」

 

 ───もう自分のものみたいに言うじゃん。

 

 思わず心の中でツッコミを入れるウィル。

 

「報告書などは後でいいから君も休んでくれ。後でパイプ役を頼むかもしれない」

「はっ」

 

 短く返事を返すアスランに、軽く手を振ってカガリと共に去っていくユウナ。

 詳しい話は後々、ということなのだろうとタリアとアーサーは鉄橋を戻っていき、ウィルはアスランと共に黒塗りの車両に乗り込む。

 オーブの者と同じ扱いになるとは思わなかったなと、意外に思うウィルではあったが……裏で誰かしらが上手いことやってくれているのだろうとも思う。

 

 ふと、隣のアスランがやけに脱力した表情なのに気づく。

 

「さすがに疲れたか、君も」

「さすがもなにも、俺だって疲れますよ。それに……」

「ユウナ・ロマ・セイランか」

 

 運転手に聞かれぬように小声で言うと、アスランは露骨に顔をしかめた。

 

「そういえば大尉は数日間はこちらですか……キラたちと会っていきます、よね?」

「ああ、今日の夜にでもお邪魔しよう。その前におそらくこのまま私は連れて行かれる場所があるだろうしな」

「え……ああ、そっか」

 

 苦笑するアスランに、ウィルも同じく苦笑いで返す。

 

「女性関係は流石ですね。大尉」

 

 ───いや、お前に言われてもなぁ。

 

 

 

 軍令部に入りアスランと別れたウィルは、オーブ兵の案内の元、その部屋へとやってきていた。

 案内されて入ったものの誰もおらず、仕方あるまいとソファに座り自らを“呼んだ”者を待っていれば、数分ほどでその相手はやってきた。

 茶色のウェーブがかったポニーテールを揺らして入ってくる女性。

 

 あれから二年経ったが別段変わった様子もない。

 

「久しいな、エリカ技術主任」

「ええ、たい、いもお変わりないようで……ふふっ慣れませんわね。やはり私たちの中では“大佐”ですから」

「そろそろ慣れても良い頃合いだとは思うがね。アスランもだが……」

 

 どこか抜けていて“危なっかしい”彼のことを思って微笑を零す。

 

「大尉もそろそろエリカと呼び捨て、慣れません?」

「それはな……」

 

 苦笑いを浮かべるウィレーム・マクスウェルという男の弁護をするとすれば、アスランが言っていた相手とは、決してエリカ・シモンズその人ではない。子持ち人妻とランデブー等タブーも良いところだ。

 彼女は戦友、以上の間柄ではない……はずである。

 

 アスランが言っていたのは、次いで入ってきた三人。

 

「大尉!」

「きゃ~! 久しぶりの大尉!」

「お元気でしたか?」

 

 姦しいことだが、そういうのは慣れているようで特別なリアクションをするでもなくウィルは笑みを浮かべた。

 溜息をつくエリカを余所に、三人の少女はウィルへと駆け寄る。

 ちなみに困ったようなふりをして笑うウィルではあるが、内心満更でもない。

 

「アサギ、マユラ、ジュリ……君らもな、しかし少し見ない内にまた大人の女性らしくなった」

 

 その三人はアサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェン。

 前大戦ではM1アストレイを駆り、カガリと共に戦ったパイロットたちで、モビルスーツ開発にも量産化にも体制を整えるにも後れを取っていたオーブではすっかりベテランエースパイロットだ。

 ウィルのことを知る者たちの間では、中々どうして会うことも多かったせいかすっかり懐かれている。

 

 いや、よくよく考えればずいぶん前から懐かれてはいたのだが……。

 

「大尉ったら相変わらずですね」

「ホントねぇ、なにかと重要なことには関わってるんだもの」

「そう言われると否定はできんがな。私とてトラブルの種を消すために戦っているのだが、結果的に中途半端に終わっていつもコレだよ……君らも知っているのだろう?」

「まぁその、はい。数日前に大西洋連邦。ブルーコスモスの方から」

 

 苦々しい表情で言うアサギに、ウィルは頷く。

 つまり、すでに“ブレイク・ザ・ワールド(ユニウスセブンでの事件)”はザフト脱走兵……コーディネイターの起こした事件だというのは世間に知れ渡っているということだ。

 彼自身も彼女らが求めていた空気ではなくしてしまったことを自覚している故か、多少の罪悪感はあるものの、既に“戦争まで秒読み”状態であれば、これも致し方ない。

 やれることもやるべきことも、できることすらも限られている。

 

「ジャンク屋組合は?」

「あら、大尉はそんなことまで既にご存知ですのね」

「生憎と耳は良いものでな」

 

 本当にどこから情報を仕入れて来るのか、とエリカは苦笑しながら頷く。

 

「プラント政府が事件後の放送でテロリストのジンが使っていた“刀”からジャンク屋がテロリストを支援していたって表明してからかなり風当りが強くなってるみたいです。確かに特殊なものですけど、武装だけで判断なんてかなり早計と思いますが、連合も真に受けてるみたいですし……」

「またひと波乱あるな、だがまぁ……そちらはミナに任せておいて良いだろう」

 

 そう言いつつ、軽くジュリの方に視線を向ける。

 彼女も一時は件の“ロウ・ギュール(ジャンク屋)”と親交があったはずであり、ウィルはもちろんそれを知っているし、アサギとマユラにも度々からかわれていた。ジュリも満更でもなさそうな時期はあったのだが、いつの間にやらすっかりだ。

 だがまぁ、普通の友人はやっているせいか、彼女の表情はどこか暗い。

 

 なんだかんだで上手くやることを知っているウィルとしては『心配するな』と声を掛けてやりたい気持ちもあるのだが、余計なお世話だなとエリカへと視線を戻す。

 

「愚痴を零してましたよ。貴方の期待は重いって」

「仕方もあるまい。能力があるものには期待してしまうものさ」

 

 そう言いながら肩をすくめる。

 

「それと、カガリ様がいない間にセイラン家がだいぶ動き回って、色々と厄介なことになりました」

「ほう、それはまた……」

 

 言いながらも、彼は良く理解していた。故に、今後の動向が気にもなるが、おそらく彼の識る“原作(歴史)”通りにことは進むだろうことも理解する。

 カガリがいかに成長していようと、いない間に“顔の利く”宰相が企てをしてしまえば現状、一部の老人たちにはお飾りとしか認識のされていないカガリでは圧倒的に不利だ。

 隣へと座りながら、アサギが溜息をついて不満気な表情を浮かべる。

 

「ウナト様、というよりセイラン家はブルーコスモス派よりですからね。今はB.A.E.Lとの親交が深いオーブですが、たぶんこのままじゃって感じです」

「他の五大氏族、マシマ家もキオウ家もセイランの方に寄ってますし、これじゃカガリ様が立場ないわよ……!」

 

 マユラは憤ったようにそう言うが、それもそうだろう。

 戦場を共にし、慕った姫がこんな状況に晒されては怒りたくもなるというものだ。

 

「……私もB.A.E.Lに行こうかしら」

「ちょっとジュリ」

 

 ジュリを諌めようとするエリカだが、アサギとマユラまで考える様子を見せるので溜息を吐く。

 

「貴女たちがカガリ様を支えないでどうするの」

「そういうことだ」

 

 エリカに次いでウィルもそう言うので、三人は不満そうではあるが揃って間延びした返事を返す。

 彼女らもカガリを支えたいという心持ちではあるのだが、いかんせん国が、内政がこうでは嫌気が差しても不思議ではない……しかし、それはどこにいっても同じだ。

 B.A.E.Lだってブルーコスモス派との睨み合いが続いているし、おそらく戦争が再度始まってしまえばこちらに燻っていたものも火種というだけには済みはしない。

 

 立ち上がるウィル。

 

「せっかくの再会だったが、暗い話になってしまったな。すまない」

「いえいえ、こうして大尉とお話ができただけでも十分です。と言っても、まだ数日はこちらにいるんでしょう?」

「ああ、迎えが来るまではな。まだ顔を合わせることもありそうだ」

 

 そう言うと、両側に突然の重みだが、誰かはわかる。アサギとマユラだ。

 

「それじゃたまには買い物とか付き合ってくださいよ大尉!」

「デートですよデート!」

「あんたたちも懲りないわね」

 

 先ほどの空気を一変させるような明るさで言うアサギとマユラに、ジュリは額に手を当てて笑いながら溜息をつく。

 そういう明るいところに助けられたのも事実で、ウィルは微笑を浮かべて肯定の意味を含めて頷いた。

 すると二人がウィルの目の前で手を合わせて喜ぶものだから、ウィルも内心で満更でもなくなる。

 

 ……内心とはいえ、こういうところでクールでいられないのはこの男の性分なのだ。

 

「ジュリはどうする~?」

「え~でも前は散々私たちのことミーハーだどうだって言ってたしなぁ」

 

 意地悪く笑う二人に、ジュリは肩をすくめて『なんのことだか?』と白を切る。

 そしてフッ、と笑みを浮かべつつ、中指でズレた眼鏡の位置を直す。

 

「やはりデート、私も同行するわ」

 

 ───ウーニェン院!

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 エリカたちと別れて軍令部を出たころにはすっかり陽も落ち始めていた。

 ウィルは暗くなってきた夕焼けに妙なセンチメンタルを感じながら、一人で歩きだす。

 目的地に着くまでに、“アスラン”から話を聞いた誰かが迎えにでもくるだろうと、海岸傍の道路、その歩道を歩いていると、想像よりもすぐにその迎えはやってきた。

 

 通り過ぎた車が少しして止まるので、隣に行けばその窓が開く。

 

「久しぶりね。ウィレームさん」

「まさかカリダさんとは思いませんでしたよ」

 

 運転していたのは“カリダ・ヤマト”……キラの義母であり、実叔母。

 

 

 

 複雑な関係性ではあるのだが、すっかり慣れたカリダとの会話は悪いものでもなかった。

 

 そもそも彼女が迎えに来た理由は、今日は夕食を共にするからと食材の購入に行くのも兼ねて、だったそうだ。

 コペルニクスに在住時には幼かったアスランの面倒を見ることも多く、その時からアスランは彼女のロールキャベツを好んでいて、だからそれを急遽作ろうと思ったらしい。

 アスランの気の落ちようを察した故、だろう。

 

「色々と雲行きが怪しくなってきたみたいね」

「ええ、残念ながら……」

 

 ハンドルを握る彼女の手に力が籠るのを、ウィルは見逃さなかった。

 

「また、前みたいにならないわよね。キラとアスランがっ!」

「大丈夫ですよ。キラもアスランもオーブです。それに……」

「っ、そう、よね。もうキラは、戦う必要なんてないんだものね」

 

 嘘だ。ウィルは識っている。

 もう止まらないこと、止められないこと……そしてこうなってしまえば、キラとアスランがもう一度、ぶつかりあってしまうこと……。

 そして、彼自身も既にそこを止める気はない。もはやその方が彼にとって都合が良いのだから……当然、気持ちの良いことではないが。

 

 だから視線はカリダの方ではなく、窓の外、茜色の海へと向けられる。

 

 

 

 ほどなくして、現在カリダたちが暮らすアスハの用意した屋敷へとやってきたウィル。

 本来であればオーブ本島から少し離れた島に暮らしていた彼女らではあったが、落下したユニウスセブンの破片により発生した高波は、“やはり”アスハ邸を押し流した。

 結果、オーブ本島のこちらに住居を移したわけだが、結果的にはこちらの方に来て正解だっただろう。

 

 食材の入った紙袋を手に、カリダと共に屋敷へと入るウィル。

 ソファに座っている相手を見れば、そちらも入ってきた母とウィルに気づいた。

 

「っ……ウィルさん!」

「久しぶりだなキラ」

 

 明るい笑顔を浮かべるキラに、ウィルもまた笑みを浮かべる。

 向かいに座っていたアスランとも視線を合わせるが、先ほどぶりなので別に言葉もいらない。

 そしてもう一人、男性がそこにはいる。

 

「マルキオ導師……」

「お久しぶりですね。ごゆっくりなさってください、貴方の話も後々聞かせていただきたい」

「ええ、後で」

 

 ウィルはそのままキッチンへと向かうが、その後をキラは付いていく。

 まるで犬かなにかのようで、アスランは苦笑を零し、カリダは思わず笑みを零す。

 彼がウィルに懐いているというのも今更なのだが、そんなキラは最近では珍しいのもまた事実だ。

 

 孤児院もかねているこの屋敷では、むしろキラは逆の立場である故に。

 

「すまないなキラ、最近はこちらに寄る余裕もなくてな」

「いえ、忙しいのは知ってますから」

 

 食堂のキッチンに着くなり、ウィルは紙袋を置いて腕を組み壁に寄り掛かる。

 キラへと視線を向ければ、先ほどと打って変わりどこか表情は暗いが……言いたいことは理解していた。もちろん、彼の杞憂も。

 だからこそ、かけるべき言葉を選ぶべきなのだろう。

 

「……また、戦争になるんですか?」

「そうならぬように努力はしたさ、そしてするつもりだ。これからもな……」

 

 だがもう、全ては手遅れだ。

 開戦は避けられないだろう……戦争がしたい連中がいるし、その思惑通りに事は運んでしまったのだ。

 

 ならばやれることは、その戦火の中、いかに守るべきものを守るか、である。

 

 同じだ。やることも、やれることも、やってしまったことも、なにも変わりはしない。

 

 新たなる戦いの始まり。

 

 

 ───そんなに戦争がしたいのか、お前たちは……。

 

 







次回はさらに久々の面子と会話も
まだ特にウィルに動きはないのでここらへんは原作通り進んでいく感じですが、諸々と変わるのは開戦してからになります
こうなったら下手に歴史改変するよりもある程度歴史通りの方が都合が良いので見て見ぬふりのウィル……精神にだいぶダメージ

そろそろヒロインにも出番を与えたいのに、やることが、やることが多い……!

では、次回もお楽しみいただければです


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悪魔のチカラ

 

 ウィレーム・マクスウェルは、キラたちが住まうアスハ別邸のバルコニーにいた。

 

 月光がそこから見える海を照らし、地球でゆっくりすることも忘れていた彼にはそれがひどく美しく、かつ残酷な光景に映る。

 ウィルは根本的にこの世界の人間の感性とはやはりどこか離れているせいか、この世界に住む人々と比べても、地球に対する愛着が一際強い。

 

 だからわかる。そして、許せないこともある。

 

「こんな綺麗な星をよくもまぁ汚してくれるものだな」

「おや、環境保護団体のようなことを言うんだねぇ、君は」

「実際そうでしょ?」

 

 そう言って現れるのは“アンドリュー・バルトフェルド”と“アイシャ”の二人。

 片腕を失ったはずの二人ではあったが、今は義手をつけてそれほど不自由もなく暮らしている。

 バルトフェルドが義手である左手で差し出すコーヒーを受け取り、ウィルはそれを一口……。

 

「っ……」

「おや、猫舌かい?」

 

 顔をしかめるウィルに、バルトフェルドとアイシャの二人が笑みを零す。

 目の前でひっついてイチャつかれて少しばかり思うところもあるが、それはそれでウィルの心を満たす光景でもあるのは事実。いや、満たすというよりは安心する、と言ったほうが正しいかもしれない。

 彼自身が掴み取った未来でもある。

 

 再度コーヒーに口をつけ、少しばかり啜る。

 

「ん、悪くないが……もう少し濃くても良いな」

「ほう、君とは味の好みが合いそうだねぇ」

 

 少しばかり嬉しそうなバルトフェルドに、ウィルは苦笑を零して所詮は素人の戯言であると論ずるが、あまり聞いているようにも見えない。

 柵に寄り掛かりつつ、ミネルバに乗っていた時とはまた違った感覚で潮風を感じる。

 そうして飲むコーヒーというのも乙なものだとは思うが、自身が格好つけすぎている気もして少しソワソワとした気分になってきた。

 

「お! 久しぶりじゃないのロ、ウィル!」

「ムウ……」

 

 隣から聞こえる声にそちらを向けば、そこには“ウィルの識るこの時代のムウ・ラ・フラガ”よりも二年前に近いムウ・ラ・フラガがいる。

 ヤキン・ドゥーエでの戦いで、彼がしっかりと帰艦したことの証でもあるだろうから、ウィルとしてもその結果には満足しているのだが……。

 

「久々だってのに辛気臭い顔してんなぁ、キラの奴ちょっと心配してたぞ?」

 

 その言葉に眉を顰めるのは、諸々と表情に出てしまうぐらいキラたちがいると気が緩んでしまうということに少しばかり思うところがあるからだ。

 アズラエルたちの前ならば構わないが、これから色々とあるであろうキラをはじめとしてここの者たちに心配をかけるということに抵抗はある。

 

「憂鬱にもなるわよね。軍人さんは」

 

 さらにやってきたマリュー・ラミアスの言葉に、肩をすくめた。

 

「君らとて他人事ではいられんだろうさ、セイランが連合……ブルーコスモス派と協定を結べば、おそらく戦火を完全に回避とはいくまい」

「いやなこと言うねぇお前さんは」

現実主義者(リアリスト)なのさ、それだけではダメなんだな。だから理想主義も必要になる」

 

 やや凝った物言いをするものだから、ムウは『いつも通りだな』と溜息をつく。

 

「どうせ色々一人で考えてるんだろ」

「そういうこともする。私には守りたいものが多いからな、君ら然りだよ」

 

 そう言いつつ、コーヒーを一口すすって息をつく。

 もう少し毒気の無い話をしたかったのだが、いかんせん状況が状況で、面子が面子なだけに、どうあってもそういう話になってしまうのは、やはりウィル自身が世界を考えすぎているから、なのだろう。

 大舞台に立つ人間でもないのに、余計なことばかりが頭を過り思考する。

 

 だが、そうでなくてはならない理由がある故に……。

 

「少し下に降りてキラたちと話してくる。帰る前にはもう一度顔を出すよ」

「そうしてくれ、次はいつ会えるかわからんからねぇ」

 

 バルトフェルドの言葉に、やはり苦々しい笑みで返したウィルは、コーヒーカップを持ったまま中に入ろうとする。

 だが、バルトフェルドは次いで不敵な笑みを浮かべた。

 隣のアイシャが眉を顰めるのは、彼が何を言うか理解し、ウィルがそれを快く思わないと理解しているから……。

 

「戻るのかい。戦争が始まったら……“赤い悪魔”に」

「……“ロマ・K・バエル(赤い悪魔)”は死んだ男だ。今更表舞台に彼の居場所は存在しないさ」

 

 少しばかり空気が張り詰めるも、それをバルトフェルドが笑い飛ばす。

 

「そうかい。そうかもしれないねぇ……ま、物騒な奴らに居場所なんて無い方がいいのかもだけど、“虎”も“鷹”も“悪魔”も、さ」

 

 バルトフェルドたちに背を向けたまま軽く手を上げて応え、ウィルは消える。

 残された四人の中、アイシャがバルトフェルドの脇腹を軽く突く。

 咎めるような彼女の視線に、困ったような笑みをうかべつつ、バルトフェルドは今一度肩をすくめた。

 

 

 

 下の階、リビングへと入るとそこにいると思っていたはずのキラはいない。

 むしろ誰もいないことに気づき、溜息をついてソファへと座る。

 バルトフェルドとの会話を思い出しそうになるも、頭を振って忘れるのは、今は必要ないと理解しているからだ。

 

「あら、ウィレームさん」

「ラクス嬢……」

 

 桜色の髪の少女、ラクス・クラインがそこにはいた。

 

「キラなら子供たちと一緒にお風呂ですわ。もう少しすれば出てくるとは思いますけど」

「そうか、ならここで待つとするよ」

 

 そう言うウィルの対面のソファに座るラクス。

 彼女も湯上りなのか、ウィルの視線にはいつもより、どこか色っぽく映る。

 らしくないといえばらしくないが、らしいといえばらしいウィル自身の思考を、ウィルは否定して封印しておく。

 弟のような相手の恋人を相手に、妙なことを考えてしまったという嫌悪感に僅かに眉をひそめた。

 

「キラは、ウィレームさんが来るといつもより元気になりますわ」

「慕われているというのは悪いことではないがな、やはり私などを慕うべきではないよ。キラは……」

「それは“自由”でしょう?」

 

 違いない、とウィルは頷く。

 

「時々、思います。わたくしも……」

「……なにを?」

 

 その言葉に、ラクスは微笑を浮かべた。

 元ザフトの歌姫ラクス・クラインのその笑顔は、どこか迷っているようにも見えるのだが、それを視た記憶はウィルにはない。

 彼女はここでキラと仲良くにこやかに過ごしていたはずだ。それを“視聴()”たはずで、それしか見ていないはずだ。

 

「アズラエル顧問のように、表舞台で悲劇を止めるためになにかできたのではないのか、と……やるべき義務があったのではないか、と……」

 

 そこでキラたちと平和に暮らすことに後悔があるわけではないだろう。

 ただ、それでも別の可能性があって、それをやることによって回避できた悲劇があったのではないだろうかという迷い。

 それを理解してしまうからこそ、ウィレームはやや間を取ってから、吐き出すように言葉にする。

 

「同じさ、なにをしても諸々の悩みなど尽きんよ」

「ウィレームさん……」

「あの時ああしてなければ、あれをやれてたら……もしも等言っていても尽きんよ。私も何度も選択を間違ったと思いながらも、その選択をしなければどうにもならなかったと思っている。ヤキン・ドゥーエで自らの生みの親を見捨てたということも然りだ」

 

 正確には『第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦』で、だ。

 月、増援艦隊に両親がいることはわかっていたし、月基地か増援艦隊のどちらかにジェネシスが放たれることも理解していたが、それでもウィレーム・マクスウェル。否───ロマ・K・バエルはそれを許したのだ。

 自らの最も大切な者たちを守るため、そちらを“見殺しにする”ことを選択した。

 

「別に取り返しがつかない事態になったわけではない。それに君がいたとて、そうなっていたかもしれない。詮無い話だ。今、君がするべきことは心に傷を負った子供たちを包み込んでることだろう」

「……はい」

「状況はいつだって不変ではないよ。君がやるべきことは常に目の前にある……キラや、私、ラクスや……君もな、フレイ」

 

 そう言うと、ラクスがウィルの向いている方向に視線を向けた。

 赤い髪の少女、フレイ・アルスターがそこにいて、苦笑を浮かべている。

 彼女もまたここで戦争から離れて暮らしていた者の一人だ。

 

「あ、あはは、別に立ち聞きするつもりは無かったんだけど……」

 

 あの頃よりずいぶんと柔らかい雰囲気になったフレイが、そのままウィルの隣に座る。

 

「あ~なんていうか意外っていうか、ラクスがそんな悩んでたなんて思わなかった」

「いえ、そこまで深刻なことでは、ただ少し……そういう方向もあったのではないか、なんてことを思ってしまうぐらいで」

 

 少し暗い表情で言うラクスに、フレイは手を軽く振った。

 

「ないわよ。ないない、あんたがここにいなくて誰があの子たちの面倒見るのよ」

「……それはみなさまが」

「なんだかんだみんなアンタに懐いてるんだから、アンタのおかげで立ち直った子だっているのに、その子たちのこと放っとけばよかったって思ってる?」

 

 呆気らかんとしたフレイの言葉に、ラクスは首を左右に振れば、彼女は満足そうに数度頷く。

 昔、色々と抱えていた彼女を思えばずいぶん変わったものだとは思うが、ウィルはそんな彼女にどこか“ハイータ”の影を感じた。

 ラクスが、口に手を当てておかしそうに笑う。

 

「ふふっ、ありがとうございます。フレイさん……それに、ウィレームさんも」

「私はなにもしとらんよ」

 

 心底、本気でそう思っているウィルがそう答えると、フレイとラクスは顔を合わせて、また可笑しそうに笑った。

 なぜ笑われているかわからずに眉を顰めるも、それにつられてかあらたに一人、リビングへと脚を踏み入れる。

 

「ん、キラか」

 

 顔を出したキラが、そのままラクスの隣へと腰を降ろす。

 

「ウィルさん、降りてたんですか?」

「ああ、少しな……子供たちは?」

「寝室に連れて行きました」

 

 子供は寝る時間ということだろう。

 ウィルも時計を確認し、ぼちぼち帰る時間だなと思いつつ、もう少し話しておきたい気もした。こうしてゆっくり会話をするのが、この数日を逃せば、いつになるかわかりやしないのだから……。

 足についてはアスランは先に帰ってしまっているので、帰りはムウの車を借りていく手筈となっている。

 

「ウィルさん、食堂で一緒に御飯もしなかったですけど、子供苦手なの?」

 

 フレイの言葉に、苦笑するウィル。

 

「子供たちは私を怖がるからな。純粋にモノを見るから、私のような大人は彼らにとっては少しやりづらいんだな」

「あ、そういえばフレイも昔はロマさんのこと」

「えっ、私ってめっちゃ子供だったってこと……?」

 

 いまいちハッキリ覚えていないからそう言うフレイだが、キラもウィルも彼女がロマを怯えていた理由を理解している。

 逆に内面を僅かにでも感じてしまったから、当時の周囲に気を張っていたロマに苦手意識を持っていたのだろうと……。

 

「年長組は逆にウィレームさんのことを慕っている子が多いんですのよ?」

「ん、そうだな。彼らもよく話しかけてくるようになった」

「初恋はウィレームさんですわね」

 

 ラクスの言葉に動揺を見せないようにしながら、コーヒーを飲む。

 

「しょ、少女にとっては私のような存在は珍しいだけさ、そういうものだろう……?」

「ここにはウィルさんみたいな、紳士な大人の男はいないから……ムウさんもあれだし、バルトフェルドさんもそう言う感じじゃないし、10代前半の女の子は憧れるわよねぇ」

「フレイ、茶化すなよ」

 

 からかうように笑みを浮かべるフレイに、はっきりと眉を顰めながらコーヒーをさらに一口。

 

「やっぱウィルさんってすごいんだなぁ」

「いや、そうはならないでしょ」

 

 呑気に言うキラに、フレイが即座にツッコミを入れるのだが、当の本人であるキラは小首を傾げた。

 彼はウィルを盲信しているようなきらいがあるので、フレイとラクスは少し心配にもなる。

 ウィレーム・マクスウェルが非道なことをするような人間ではないと、思ってもいるのだが……。

 

「え、そうかな。でもウィルさんってカッコいいし……」

「いやいや。タラシよタラシ、みんなに気を付けろって言っとかないと」

「私の名誉のためにお手柔らかに、な?」

 

 苦笑を零しつつ、ウィルはコーヒーを一気に飲み干した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから数日後の早朝のことである。

 

 オーブ軍令部の応接室に、ウィレーム・マクスウェルはいた。

 ふと、“生前(前世)”で読んだコミックに書いてあった言葉を、思い出す。

 

 ───笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。

 

 そんなとんでも起源説のことを思い出したウィレーム・マクスウェルであったが、無理もないだろう。

 いや、その文を読んだ時、どう思ったかは重要なことではない。問題は、実際にその場でそう思ったということが問題なのである。

 そう思わせられた。それを思い出さざるを得なかった。

 

「お久しぶりですね。大尉」

 

 ウィルの正面には、いつも通りの白いスーツを纏った女性がいた。

 事務仕事でもないからか、髪も結っていないし眼鏡もしていない見慣れた“ムルタ・アズラエル”その人だ。

 彼女は笑顔を浮かべながら、ウィルの前に立っている。

 

 約束通り、数日以内に彼を迎えに来たのだ……顧問自ら。

 いや、顧問であるからこそできたのだろう。

 盟主時代ではできなかった話だ。

 

「で、では私たちはこれで……」

「ご、ごゆっくり~……」

 

 アズラエルを案内してきたエリカとアサギが部屋を出る。

 引きつった笑みで冷や汗を流していたのは、この軍令部応接室がこれから戦場になると思っているからだろう。

 

 ───通行人はどいてた方がいいぜ! 今日この応接室は戦場と化すんだからよ!

 

 妙なことを思考してしまうのも、追い詰められた者の末路なのだ。

 

「さて、とりあえず明日は“埋め合わせ”してもらうとして……」

「あ、ああ、任せてくれムルタ」

 

 広げた両手を勢いよく合わせてパンッと破裂音のようなものを響かせる。

 

「……お説教ですねぇ♪」

「お、お手柔らかに、な?」

「ん~?」

 

 笑みを浮かべたまま首を傾げるアズラエルに、ウィルは静かに平伏。

 

「と、とりあえず言い訳を」

「良いですよぉ♪ 聞いた上で捻じ伏せますからぁ♪」

 

 満面の笑みに、ウィルは首を縦に振る。

 

「あ、はい」

 

 ウィルはこれが自身の最後の戦いになることすら覚悟するのだった。

 

 







今回はほぼ会話だけって感じでしたが、前篇じゃ会話あまりさせられなかったキャラたちと会話もさせられました
アズにゃん見ててラクスも思うところができてしまったりしてますが、とりあえず悪魔的カウンセリング
一番カウンセリング必要なのは悪魔本人な気もしますが(

そして最後にラスボス登場
次回「ウィレーム死す」


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鉄と赤と

 

 ウィレーム・マクスウェルは車を走らせる。

 

 二日ほど前に、自分の迎えにやってきたムルタ・アズラエルと数名。

 軍令部で部屋を借りていたウィルもそれによって無事、ホテルへと宿泊場所を移しゆっくりと羽を伸ばし……否、羽を伸ばせるわけもない。アズラエルへの負い目から少し、いやかなり姿勢は低かったし、かなり気を使っていた。

 別に彼女の怒りも初日で収まってはいたのだが、尻に敷かれるのがすっかり板についてしまったというとこだろう。

 

 オーブも今は形式上“B.A.E.L”側と親密という扱いではあるが、水面下ではセイラン家が徐々にブルーコスモス派に近づいている。

 いや、ブルーコスモス派というより、ロゴス派ではあるのだが、それを大衆が知るわけもないので語る意味もない。

 

 ともあれ、ウィルはこうしてオーブへとやってくるのも最後になる可能性もあるということを考え、なおかつアズラエルへの埋め合わせも兼ね……彼女に“デート(観光)”を提案したわけだ。

 

 

 ウィルは“待ち合わせ場所”の最寄にある駐車場へと“アスランから借りた車”を止め、車から出て十月後期の肌寒さに僅かに眉を顰めた。

 サングラスをかけ歩きだしたウィルは、ふとここ二日のことを思考する。

 一日目はオーブの政治家たち、つまりカガリやウナト等との談合と空いた時間でのお説教で終わり、二日目も変わらず政治家たちとの会合、会食……。

 

 アズラエルとしては前大戦で多少なりとも世話になった“アークエンジェル”の面々の元に顔を出しておきたかったそうだが、そうもいかないだろう。

 結局、次に会うのは戦場なのだろうと、ウィルは歩きながら思わず苦笑を浮かべる。

 

 二日目にアズラエルと共にロンド・ミナ・サハクと顔を合わせもしたが、大した話もしていない。

 別に“天空の宣言(彼女のすること)”など、今更自分たちにそう関わり合いがあることでもないのだから当然と言えば当然であり、そういう政治的なことを事前に知っていたところで、彼女にそれを教えても詮無きことだ。

 だからこそ、今はただ流れに身を任せるのみ、と言ったところだろう。

 

 動くのは十一月の“審判の日”が訪れてからで十分だ。

 

「む、いかんな……」

 

 ───せっかくムルタと久々にゆっくりするのに、こんな顔してちゃぁな。

 

 そのぐらいの気遣いをできる程度には大人になったつもりだが、やはりそういう顔をせざるをえないこともあるので、ウィルにとっては憂鬱なことである。

 センチメンタル的になるのもまた仕方のないことであろう。

 深く深呼吸をして、目的地へと脚を進めていると、ふと……立ち止まる。

 

「むる、た……」

 

 近づいて、彼女を見て途切れつつ名を呼ぶ。

 

「ん……あ、まったく遅いですよ。私を待たせるなんて貴方以外じゃなきゃ許されませんから」

 

 そう言って微笑を浮かべる彼女は───至極、普通の女性であった。

 

 いや、普通ではないだろう。普通よりもよほど整った容姿をしているし、その身体は凶悪である。ウィルは良く知っている。

 だがそうして待ち合わせ場所で、両手で小さな手提げバッグを持っている彼女は、やはり“普通”であるだろう。

 すっと身体をウィルの方へと向けると、肩口から前に垂れた金のルーズサイドテールが揺れる。

 一応身分を隠すためだろう赤縁の眼鏡。

 

「まぁ、あの娘たちも結構待たせてきますけど」

 

 クスッと笑う彼女の青い瞳が細められる。

 

「あ、あぁ……」

 

 白いニットのセーターと、灰色のロングスカート、足元はブーツ。

 その凶悪なボディラインがハッキリと理解でき、ウィルはやはり身構える。

 仕方もあるまい、長年“童貞(小僧)”だったのだから、それは性根に染みついているのである。

 

「どうしたんです?」

「あ、い、いやなんでもない。すまないな、待たせた」

「ん、まぁ許してあげましょうか」

 

 クスッと笑みを浮かべて頷くアズラエルを見て、ウィルはいつも通りな彼女に頬を綻ばせた。

 

 ───どえらいおっぱい美人とか緊張するんですが。

 

 

 

 一方、揃い並んで歩いていく二人を見やる影。

 ムルタ・アズラエルのお付きとしてやってきたディアッカ・エルスマンである。

 腕を組んでその後ろ姿を見送るなり、溜息をつく。

 

「微笑ましいことで……」

「なに言ってんの?」

 

 そんな彼に横から声をかけるのはミリアリア・ハウ。

 現在、戦場カメラマンとして世界を駆ける彼女とこうして直に会う機会は少ない。

 今回はアズラエルが気を利かせて、こうして地球へと自分を付添いとしてつけてくれたおかげで二週間ぶりであるが、でもなければ一月近く会わないこともざらにある。

 だからこそ、ディアッカ自身としては彼に少し感謝してるところもあった。

 

「まぁおっさんのせいで色々大変だったって話さ」

「ウィレームさんも大変だったんでしょ、色々と聞いたけど」

 

 歩き出すミリアリアの隣を歩くディアッカはその言葉の意味をよく理解しているし、なんならミリアリアよりも思っている節はある。

 ただ、性格上小言を言わないということもできない。

 彼のおかげだと素直に言いだせるタイプでもないし、だからこそ微笑を浮かべながら静かに頷く。

 

「ちっとは大人しくしてて欲しいもんだよ」

 

 大人しくしていられるよう、そうなればそれが良い。

 

「……てか、ゆっくりしたいんだよなぁ、俺も」

「なに言ってんの、ちゃんと仕事してんの? アズラエル顧問たちに迷惑かけてないでしょうね?」

「信用ねぇなぁ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ミネルバ艦内、食堂にいたシンが、ふと思い出すのは前日のことだ。

 

 オーブへの上陸許可が出たことによりはしゃいでいたクルーたちを尻目に、レイは上陸などすることもなく射撃訓練に勤しみ、マユもまたMSのシミュレーターに“余計な思考を排除する”が如くかじりついていたし、シンもそのつもりではあったが、結局は“忌わしい記憶”が存在するオーブへと足を踏み入れた。

 実際に足を踏み入れ、歩いて見て思うことは勿論ある。

 真新しい道、見知ったはずの道が存在した場所は知らない場所になっていたが、それでもその匂いや潮風はあの時を想起させた。

 

 だからこそ、感傷的になってしまったのだろう。

 

『いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす』

 

 それは自分の言葉だ。

 

 優しげな青年に、わざわざ口にしてしまい後悔した言葉。

 

 慰霊碑の傍に咲いた花が波を浴びて枯れると言う言葉に対する……。

 

「なにやってんだろ、俺……」

 

 自分でこうなのだから、マユを連れて行けばどうなったかわかったものではない。

 心の傷を癒すには、もっと時間が必要なのだろうと深く息をつく。

 

「なんて顔してんのよ。大丈夫?」

「ルナマリア……」

 

 食事を持って隣に座るルナマリアが、心配そうにシンの顔を覗き見る。

 微笑を浮かべつつ、軽く首を縦に振るシンが顔を上げれば、正面にレイが座っていたのに気づく。

 二人が同時に来るなんて珍しいなと思っていれば、ルナマリアが少しばかり唇を尖らせるのを見て、やはり一緒に来たわけではないのだと察っす。

 

 どうにも折り合いが悪いように思う二人だが、性格上納得できる。

 

「ん、大丈夫」

「なら良いんだけど、しっかりしてよね」

 

 そう言って肩を軽く小突かれるが、シンは変わらず笑みを浮かべて頷く。

 少し遅れてヨウランやヴィーノ、メイリンとマユもやってきた。

 すっかりクルーの一員のような扱いの妹に、少しばかりモノ申したい自分もいるのだが、艦内のことを手伝ってもいるようで、他のクルーやタリアも何も言わないので、気持ちは胸にしまっておく。

 

 ちなみに昨日、ミネルバへと戻ってきたシンの顔を見るなり放ったマユの第一声は───。

 

『だから行かなきゃ良かったのに』

 

 である。

 

 そんなことを思い出していれば、ふとメイリンが思い出したかのように言う。

 

「あ、そういえば今日、市街でウィレーム大尉見たよ」

「え、大尉がまだオーブに? てか市街?」

 

 ルナマリアが首を傾げてそう言うので、おそらく同行していなかったのだと察する。

 

「意外だよなぁ、大尉って街歩くとかするイメージないし」

「そうそう、休日でも仕事とかモビルスーツのことばっか考えてそう」

「偏見凄いわねあんたたち」

 

 まぁ、言いたいことはわからんでもない。

 ごく一般的な楽しみを享受しているイメージがないのだ……目の前にいるレイもまた然りだが。

 

「なのにまさかデート中とはなぁ」

「デート!?」

 

 大きな声を出して立ち上がったのは───マユだった。

 

「あっ……す、すみませんっ」

 

 顔を赤くして大人しく椅子に座るマユを見て、ヨウランたちは『狂犬』的なイメージを持っていた彼女に一抹の安心感を抱く。年相応であるということは良いことだ。

 メイリンとルナマリアは苦笑を浮かべ、シンはというと複雑な表情を浮かべていた。

 彼を慕う気持ちはシンにもわかる。説明できないものの空気感からそれは理解する。

 

 だが、そういう意味の“慕う”とはまた違ったなにかを感じるのも事実だ。

 

 口をへの字にしているシンに、横のルナマリアが近づく。

 

「まぁまぁ、あの年頃の子は一回は初恋ぐらいするものだから」

 

 さらに口が歪み眉が吊り上るシン。

 だが、やはり納得はできないが理解できないものでもないのだ。

 シンはそうでもなかったが、思春期なのだからそういうのもあり得ない話ではないし……これで相手が身近な者だったら全力で考え直すように言いに行くところだが、そうではない。

 強張った顔の筋肉を徐々に緩め、深く息を吐く。

 

「そうそう、変な男が相手なら私もなんとかしてあげるから」

 

 頼るべきは身近な女友達である。

 

「でも大尉も興味ありませんって顔してブロンド美女とデートとかすげぇよなぁ」

「いや、大尉はモテるだろ。あの感じ……にしてもおっぱい大きかったよな」

 

 子供の前で下種な会話はやめろ、とシンが視線を送れば二人は気まずそうな表情を浮かべて視線を逸らす。

 そしてマユとメイリンは自分の胸を見て大きなため息をついた。男はやはりそこなのかとヨウランとヴィーノに軽蔑の視線を送りながら、次にルナマリアの方を見て、やはり大きく息を吐く。

 一瞬止まってから、ルナマリアが自分の胸を見下ろして少しばかり顔を赤くする。

 

「な、なによぉ……」

「いいなぁ、ルナさん」

 

 マユの言葉にルナマリアはさらに顔を赤くして、無言で食事を進めていく。

 シンはと言えば“そちら”に向きそうな視線を精神力で制しつつ、やはり同じく食事を続けるのだが、ふとメイリンがナニカを悩むような表情を見せつつ呻く。

 

「あの女の人、どこかで見たことあるんだよねぇ……」

 

 そんな言葉に、レイが僅かに食事をする手を止めるものの、すぐに手を動かし始める。

 レイの僅かな変化を見たシンではあったが、彼も構わず食事を続けることにしたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 特筆すべきこともない、普通のデートであった。

 

 だが、ウィレーム・マクスウェルとムルタ・アズラエルにとっては、そうではない。

 らしくもない、ごく普通の男女らしいデートコース。

 買い物、ランチ、映画、カフェ、再度買い物、そしてようやく“らしい”ディナーとホテル。

 

 だが、あくまでウィレーム・マクスウェルとムルタ・アズラエルにとっては、である。

 

 かつての“×××()”にとってはそういうのが最も“らしい”ことであり、落ち着くことだ。

 

「ん、なに黄昏てるんです。“らしく”もない」

「ああいや、別にその気は無かったんだがな」

 

 深夜、すでにデートが前日となった時間帯。

 ホテルの窓際の椅子に座すバスローブ一枚を羽織ったウィルは、お高いワインを飲みながら苦笑を浮かべる。

 すっかりそれらしい仕草が板についてしまったし、役者じみた言葉遣いも同じく染みついてしまったが、やはり内面にそれほどの変わりはない。

 

 どこかおかしそうに笑う彼は、他の者たちの前にいる彼とはまた違う彼だ。

 

「ん、私は赤にしときます」

 

 そう言いながら、ウィルの飲んでいた白ワインとは別の赤ワインを冷蔵庫から取り出しグラスに注ぐなり、ウィルの膝の上へと座る。

 彼女もまた、バスローブ一枚を纏っているだけなのでウィルとしても非常に眼の毒だなと思いつつ、視線を窓の外へと向けた。

 街は一部を除けば徐々に明るさを失っていく。

 

「で、どうするんですか……?」

 

 膝の上でワインを飲むアズラエルの言葉に、ウィルは苦笑を浮かべた。

 今日は“仕事の話”はしないように努めては来ていたが、こうなればそうもいかないだろうと正直に頷いて思考する。

 いや、思考はずっとしていたのだが、言葉をまとめている。

 

「ああ、そうだな。ともかく戦争になるのはほぼ確定だろう。戦争にしたい者たちがいるからにはな……だが問題は“ハイータ”の方だ。彼女を取り戻そうと思えばやはり、大西洋連邦と争うことにはなるな……いや、ロゴス派と、か」

「別に今でも一触即発ですからね。戦争になったら向こうがしかけてくるでしょうけど……あとはこっちが

上手くザフトとやりあわせて戦力を削りつつ戦うしかないでしょう」

 

 前大戦での余力を“原作(本来)以上”に残しはしている連合。

 B.A.E.Lと分裂していることもありウィルの識る歴史ほど戦力は集まらないと思いたいところではあるが、中立派もこのままではロゴス派と合流することになり、結局は識る歴史以上に戦力差は連合に傾くだろう。ユニウスセブン落下での被害が“比較的に抑えられた”こともその一因である。

 だからこそ、B.A.E.Lを牽制しつつザフトとの戦闘もやりかねない連合(ロゴス派)

 

「厄介なことだが、ハイータがいるんだ。我々が引く理由はあるまいよ」

「……ん、わかってるなら良いんですよ」

「にしても、エゴイスティック的なことだ」

 

 実に軍人らしくはないが、それでも人間ではあるのだ。

 

「ふふっ、まぁでも良いんじゃないですか」

 

 ワインを口に含んだウィルを見るなり、アズラエルは顔を近づけ、当然のように唇を合わせる。

 深い口付けにウィルの飲み込む前の赤ワインが垂れていき、アズラエルの口の端からその首を通り胸元へと伝っていく。

 数十秒と続いた接吻を終え、少し呼吸を荒くしながら離れるアズラエルは悪戯っぽい笑みを浮かべウィルの顔を見上げる。

 

 彼の手が“再度”アズラエルの肌を撫でていく。

 

「欲望によわよわですねぇ~♪」

 

 無言のウィルに、変わらず挑発的な表情で挑発的な言葉を投げかける。

 

「でも、そういうとこ……好きですよ」

「……ああ、ありがとう」

 

 微笑を浮かべ頷いたウィルは、すっかり馴染みとなった自らの金色の髪を掻き上げ、続いてアズラエルの顔に手を添えた。

 自分と同じ金色の髪をかきわけ、後頭部へと手を伸ばし、再度顔を近づけていく。

 

 やはり彼女の言う通り、欲望に弱いのだろう。

 

 赤と青の双眸に映るのは、この時ばかりは、世界のことなどではなかった。

 







お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません
とりあえずのほほん(?)とした回です

アズにゃんとウィルの関係性やら、ディアッカとミリィやらその他もろもろと
箸休め回というヤツですね
こういうののほうが書くのに時間がかかったりする

そしてお茶の間が凍りつきそう(

では、次回もお楽しみいただければです


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亡霊と亡霊

 

 月面、プトレマイオス基地の会議室に、B.A.E.Lの幹部数名が集っていた。

 

 あの“ユニウスセブン落下テロ事件(ブレイク・ザ・ワールド)”の時同様の重々しい空気が漂うそこには、なぜか“ただの大西洋連合の大尉”であるはずのウィレーム・マクスウェルもいる。

 神妙な面持ちでいるのは、現状故か、こんな場所に引っ張り出された故か……。

 

 どちらにしろ無視はできないだろう。

 ニュースはどのチャンネルもソレを報道しているし、当然ながら連合も……否、B.A.E.L内もそれなりに慌ただしい。

 

「核、か……」

 

 苦々しい表情で言うのはデュエイン・ハルバートンである。

 

「そして開戦、ですね」

 

 宣戦布告と同時に、“大西洋連合(ロゴス派)”は、プラントへの攻撃を開始。

 主力を十分に引きつけた後に放った核攻撃はプラントへの直撃コースかと思われたが、たった一発の新兵器での攻撃で全滅。

 戦闘自体は収まったものの、睨み合いは続いている。

 

 ウィレームとしては、ある程度は歴史通りにことが進んでいるようでなによりだと安心感すらも覚えていた。

 戦争になることは明白であったので今更どうこうは言わない。

 だがしっかりと核をすべて迎撃し、“本来の歴史”通りにことが進んだ。

 

 ある程度は動きやすくもなろう。

 

「……オーブの動きはいかがか?」

「未だ不明ですが、アスハの姫を抱え込んだセイラン家が実権を握っているとなれば……結果は自ずと明らかになるのでは?」

「そう勿体ぶった言い方は好きじゃありませんねぇ……まぁ、違いないことですけど」

 

 情報では大西洋連邦、つまりロゴス派とオーブの接近は明らかだ。

 新たな同盟の締結となれば今後、B.A.E.Lと今までのように、とはいかないだろう……いや、もはや敵となる可能性も否めない。

 ロゴス派の敵はオーブの敵になるだろうし、あの大戦力も合わさればザフトとB.A.E.Lを同時に相手にすることも可能だろう。

 おそらくロゴス派にとってもB.A.E.Lは目の上の瘤であるから……。

 

「……君はどう思う。マクスウェル大尉」

 

 ハルバートンの言葉に、他の幹部たちもアズラエルの斜め後ろに立つ金髪の男の方へと視線を向けた。

 その目にあるのはハルバートンやアズラエルに向けるものと同じ、明確な信頼感。

 とてもではないが、一兵士に向けるものではないだろう。

 

 だが、彼には向けられるだけの“存在しない実績”があるのだ。

 

「今言っていた通りの展開にはなるでしょう。おそらくオーブは大西洋連合と組むのは間違いありません。それに大西洋連合もオーブを遊ばせておくとも思いませんから、足並みそろえて明確に攻勢に出てくるでしょう。すなわち、大西洋連合と戦闘になればオーブが増援としてくる可能性も否めない」

 

 彼の言葉に、皆が頷く。

 

「我々は第一目標として、まずこのプトレマイオス基地を守り切ることを優先せざるを得ないわけですが……同時に立場を示す必要もある。大西洋連合本体が弱体化した時」

「B.A.E.Lが大西洋連合の実権を握る。そのためにですか」

「そういうことです」

 

 アズラエルの言葉に、ウィルは肯定で返す。

 そもそもB.A.E.Lは大西洋連邦の“中立を含めた自陣勢力以外への弾圧や差別”そして“ブルーコスモス(ロゴス)の暗躍”に、デュエイン・ハルバートンとムルタ・アズラエルが反発し、そのイデオロギーに共感した者たちが集い組織された派閥……となれば、最終目標は自ずと決まっている。

 そう、大西洋連合内にて実権を握ることだ。

 今しがた、その後に停戦協議まで持ちこむ、ということまで追加されたが……。

 

「今回は戦力が出揃っているところを見れば、前大戦の後半のような戦闘が序盤から始まると言って良い。戦力が圧倒的に偏ることもないでしょう……異常ではありますが」

「まぁ物量では圧倒的に連合だからね。よくもまぁザフトはあの数で……」

「ええ、放っておけばいずれ連合が有利になるように見えますが、デュランダル議長に関しましては侮れますまい」

 

 直接会ったウィルがそう言うのであれば、幹部たちも頷かざるを得ない。

 会談をしたということであればデュエイン・ハルバートンやムルタ・アズラエルも一度や二度はあるのだが、やはり彼はそれとはまた違っているだろう。

 そして、従うとまではいかないものの、重要な参考とするに値する証言だ。

 

「つまり、連合が負けると?」

「いえ、不確定要素が数多あれば、ですな。アズラエル理事を盟主、否代表の座から引きずり下ろしたのがロゴスのジブリール。そして此度の戦争を無理矢理引き起こすようなやり方は、彼女が現状の大西洋連合を左右していると考えて良いでしょう。企業家でしかないどころか激情家の……つまり」

「つけいる隙があるってことですか?」

 

 少しばかり悪い笑みを浮かべるアズラエルに頷く。

 

 ウィレーム・マクスウェルは“変わる可能性がある”のも確かだが……未来を識る男だ。

 ギルバート・デュランダルの“デスティニープラン(計画)”とその道程、選ばれる未来。

 そして、ウィレーム・マクスウェルはその“運命(計画)”に従うつもりなど毛頭ない。

 

 つまり、いずれにせよザフトは敵となるのは確定した未来だ。

 

 だが、だからと言ってこの場で『ザフトを叩け』と言うのはナンセンスであることも理解している。現状に至ってはザフトを攻撃する理由も意味もB.A.E.Lには存在しない。

 むしろ、戦争を止めるにあたってやるべきことは連合を制することであり、この状態でザフトとも戦闘するなどロゴス派と変わらない。

 むしろB.A.E.Lのイデオロギー(思想)に反する行為だ。

 

「だからこそ、今はアルザッヘルの戦力が手薄になったことを好機と捉えるべきでしょう」

「ほう、今が攻め時だと?」

 

 幹部の言葉に、首を横に振る。

 

「我々の立場を明確に示すためにやるべきことは、手薄になった場所を早々に攻めて陥落させることではありますまい。むしろその逆でしょう」

「先の戦闘でアルザッヘルの戦力が減退し、ダイダロス基地を含めても、月の戦力だけで言えば我々が僅かながら有利なはずだが……やるべきことは、戦力を遊ばせておくことだと?」

「そういうことです。戦力を遊ばせます」

 

 ハッキリとした物言いに、幹部たちは『またなんか言いだしたぞコイツ』と訝しげな表情を浮かべるも、どこかそこに信頼感はあった。

 そもそもデュエイン・ハルバートンとムルタ・アズラエルの思想に共感して集まった幹部たちではあるが、ウィレーム・マクスウェルという男も、彼らが今ここにいる理由の一つであるのだ。

 だからこそ、ハルバートンもアズラエルも彼の言葉を待つ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 数日前、ウィレーム・マクスウェルがオーブを発つ日。

 

 彼はたった一人で“ミネルバ”へとやってきた。

 散々世話になったのに、そこでなにも言わずに帰ることもできないし、なによりも彼自身がもう一度、シンやマユに会っておきたかったのもある。

 色々とかき回してしまったし、なによりも心配事も一つや二つではない故に。

 

 ウィルはタリアとアーサーの二人と共に、艦長室にいた。

 

「しかしまぁ、厄介なことになりましたな」

「ええ、こうして貴方とここで話をすることですら、危ないものがありますわ」

 

 いずれにせよ連合とザフトが新たに対立するのは明らかである。

 だからこそ、ザフトの艦に連合兵が乗っているというのはそれなりに危ない橋を渡る行為。

 それをわかっていながらも、ウィルはここに来たし、タリアもそれを受け入れた。

 

「すまんな、B.A.E.Lではそれを止めるに至る力はないようだ」

「えぇっ、大戦力って聞いてましたよ!?」

 

 アーサーの言葉に、ウィルは苦笑を浮かべる。

 

「一派閥にしては、だな。大本の大西洋連合の所謂ロゴス派や中立派には及ばんよ……挙句連合の一部からはプトレマイオス基地不法占拠のテロリストじみた扱いだ」

「……いずれ始まる戦い、貴方達はどういった立場を取るつもりなんです?」

「私は政治家ではないし、一パイロットに過ぎんからなんとも言えませんよ。ただ、自分が選ぶのみです……なにを討つのか、なにを守るのか、そして誰の元で戦うのか……」

 

 自身を待つ、すべてを託し委ねると、自分が選んだ相手を思い出し、ハッキリとそう答えた。

 アーサーはいまいちその言葉の意味を理解していないのか首を傾げるものの、タリアは眉を顰めつつも、静かに笑みを浮かべて頷く。

 理想とは千差万別であり、軍人としての正解など存在するかはわからないが、タリアにはそのハッキリとした物言いと思想が、どこか羨ましく感じられた。

 

 深く息をついて、肩の力を抜いたタリアが、先ほどと違う視線でウィルを見やる。

 

「では、貴方は……組織が大義を失い迷うことになったら、どうするのかしら?」

「踏み込んだことを聞く」

「失礼、でもこれは私個人として聞いておきたいと思って」

 

 良くあること、ではないものの前大戦を経験した者ならば誰もが思うことだ。

 ザフトも連合も大義を失い、暴走の果て、結果的には丸く収まったものの、一歩間違えば全滅戦争。

 それを目の当たりにした者たちは、その選択に迷うことは珍しくもない。

 

 

 

 少しして、艦長室を出たウィルはザフトの護衛二人と共にミネルバを出るため廊下を歩いていた。

 時たますれ違うクルーと言葉を交わしたり、敬礼をされたりと、連合の人間であるというのにと、どこか不思議に思うウィル。

 だが、ふと立ち止まったのは、それだけの理由があった。

 

 視線の先、いるのはシン・アスカ、ルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレル、メイリン・ホークの四人。

 マユがいないことに僅かながら違和感を覚えながらも、オーブにいる内は色々と不安定でもおかしくはないなと、納得しておく。

 会っておきたいが、わざわざ言える立場でもないし、言えばあらぬ誤解が生まれそうだ。

 

「ウィレーム大尉!」

「やぁ、プトレマイオス基地に帰る前に少し立ち寄っておこうと思ってな。君らにも礼を言っておきたかったし丁度良かった。色々と助けられたし、我儘にも付き合ってもらったよ」

「いえ、むしろ助けてもらったのはこっちです!」

 

 シンの言葉に、苦笑を浮かべて素直に頷き、次にルナマリアやメイリン、レイに視線を向けていく。

 ふと、ルナマリアがニヤリと笑みを浮かべる。

 

「あ、そういえば大尉も隅に置けませんねぇ」

「ちょっとお姉ちゃん!」

「ん、なんの話だ……?」

 

 ───アサギとマユラとジュリと出かけたのを見られたか!? いやカリダさん!?

 

「金髪の美人さんと二人っきりでいたのを見たってメイリンが」

「お姉ちゃん!」

 

 なぜ私を巻き込んだとばかりに声を荒げるメイリンだが、ウィルは内心でホッと息をついた。

 金髪というとアサギもそうだが、二人でとなると選択肢は一人のみだ。

 そもそも、アサギたちとはデートと言うより買い物に連れ出されているに近い。

 

「まぁなんだ……“妻”というかな」

「え、大尉って結婚してたんですか!?」

「ああいや、まぁ籍は入れてないが……色々とあるのさ」

 

 そう言って苦笑を浮かべ、首を左右に振るウィルにルナマリアとメイリンが二人して首を傾げる。

 ふとレイへと視線を向ければ、彼は相変わらず無表情であるのだが、黙ってそこにいた。

 彼にかける言葉は見つからないが、それでも視線が交差する。

 

「……大変だとは思うが、君らも無事にな。色々と片付いたらまた会おう」

 

 それだけを言って、彼らの返事を聞くなり再度歩き出す。

 どちらにしろやるべきことも……いずれ刃を交えることも、間違いはないのだろう。

 

 

 

 しばらくしてミネルバを出るなり、艦と港を繋ぐ鉄橋を歩くウィル。

 これでもう、しばらくは会うこともないだろうと、僅かな名残惜しさを感じつつも歩いていれば、背後から鉄の橋を誰かが駆ける音が聞こえた。

 もちろん気配も感じて、ウィルが振り返ればすぐに……マユが跳び込んでくる。

 

 それを受け止め、腹のあたりでマユが顔を上にあげてウィルを見つめた。

 

「ウィレームさん……」

「マユ、君も色々と大変だったな。すまない、私に付き合わせた」

 

 あの日、アーモリーワンで出会ってしまったばかりに、色々と厄介なことに巻き込んでしまったのも事実。

 過程や『もしも』はどうあれ、それは紛れもないことだ。

 だからこそ謝罪の言葉をかけるが、マユは少し離れると、瞳に涙を浮かべながら頭を左右に振る。

 

「私、ロマ・バエルさんと同じくらいに、ウィルさんのこと尊敬してます!」

「……あぁ、そうか、ありがとう。光栄に思うよ」

 

 道化なことだと、心中で苦笑を零す。

 

 膝を床について、頭の位置を近づけてそう言うウィルにマユは再度跳び込む。

 自らの首に手を回して肩に顔を埋めるマユを横目で見て苦笑しつつも、そっと抱き返してその頭を撫でた。

 背をポンポンと叩くと、僅かに嗚咽が聞こえる。

 

「ありがとう、ございました……」

「こちらこそだ」

 

 そこまで入れ込まれるとは思わなかったものの、だが悪い気がするはずもない。

 

 自らが“変えた未来”の結果がこれなのだ……。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 プトレマイオス基地での会議を終え、ウィルとアズラエルは、自分たちが普段いるべき場所である“アズラエルの執務室”へと戻った。

 そして既に、我が物顔で三人の少女たちがそこにはいる。

 わざわざ三人の部屋があるにも関わらずこうしてここにいるのは、よほどそこの居心地がいいからか、別の理由があるのか……。

 

 どちらにせよ、ウィルとアズラエルが入るなり三人とも一応はそちらに視線を向けた。

 一人はゲームしているし一人は読書しているし一人は音楽を聞くことに集中しているものの、だ。

 強化人間(ブーステッドマン)らしからぬ真っ当な感性は、その道の研究者からしたら驚くべきものだが……。

 

「あ、おかえりなさい。どうなりました?」

 

 ソファに座っていた連合の制服を着た“フレイ・アルスター”は、立ち上がるなりそう聞く。

 

「まぁ実りあるものでしたけど……色々と忙しくなりそうですねぇ」

「理事たちはこちらに残っていても」

「なんか言いました?」

「……いえ、なんでも」

 

 そう答えて、ウィルは通常色の士官服を脱いでそれをソファに置く。

 やるべきことは纏まったのだが、それ以前になぜフレイ・アルスターがここにいるのか、である。

 アスハ別邸にキラたちと平和に暮らしていた彼女がわざわざ復隊した理由、なんてことはない“大切な者のため”という、特別でもなんでもない。普通の理由だった。

 

 別にアズラエルたちを心配しているだとかではない。今更彼女らを心配などしない。

 ……いや、心配していないは嘘かもしれないが、だがそれでもわざわざ平和を捨ててまで来る理由にはならないだろう。

 だからこそ、別の明確な理由が、目的が存在するのだ。

 

「あ~君たちも地上に降りますよ。方針が決定しましたんで」

 

 クロト、オルガ、シャニの三人がしていたことを中断してアズラエルの方を向く。

 何を言うでもなく、ただ素直にその話を聞く。

 そしてその上で、フレイはただ一人、言葉を口にする。

 

「じゃあそっちに、ハイータさんがいるのね?」

 

 そう、フレイがわざわざ復隊した理由はそれだった。

 アスハ別邸にいたとき、ウィルがフレイにだけその事実を告げたのは、彼女がハイータと仲が良かったのをしっかりと理解していて、なおかつ“戦う”という選択を取らないと思ったからだ。

 キラに話せば、キラは再度思わぬタイミングで剣を取ってしまう可能性があったから……。

 

 だが、ウィルの思惑と外れてフレイは帰還当日に、大きなキャリーバックを持ってウィルとアズラエルの前に現れた。

 当日突然というあたり、葛藤はあったのだろう。

 だが彼女の勢いに押されてあっさりとウィルとアズラエルはそれを認めて、結果がこれだ。

 

「私の勘と感覚に過ぎないがな……」

「それが一番、信用できる」

 

 そう言ったのはシャニであり、ヘッドフォンを耳から外し首にかけて言う。

 オルガとクロトも同じように自身が持っていたそれをテーブルに置いて、笑みを浮かべていた。

 ウィルは両の瞳を閉じ、そっと開く。

 

「では、色々な手続きを済ましてからプトレマイオス基地を出る」

 

 クロト、オルガ、シャニ、フレイ、アズラエルと視線を向けていく。

 腕を組んで、アズラエルはデスクの上に腰を降ろした。

 

「ってそれはともかく、目的地とか決まってるんですか貴方?」

 

 アズラエルの言葉に、ウィルは頭を左右に振る。

 

「まだではあるが、当面の主戦場は地上になり、おそらく例の部隊はミネルバを追うだろう……勘だがな。それにこうなれば地上に置いてあるアレが役に立つ」

「……地上の拠点、一個しかないのキツイくね。そうなっとさ」

「ま、仕方ねぇだろ。ないものねだりしたってよ」

 

 クロトとオルガの言葉に、フレイが苦笑した。

 

「だが、やるしかあるまいよ。ハイータを取り戻すために……誰かに討たれるより早くな」

「ハァン、ハイータをヤれるヤツなんていんの?」

「でもハイータがガチだったら、おにーさんが乗ってた戦艦なんてもう沈んでんだろ。ってことはデバフかかってるってことは……あんじゃね?」

 

 まぁ事実なので否定もできずに、ウィルはアズラエルの方を向く。

 

「とりあえずやるしかないでしょ、一つずつ、目の前のことを……」

 

 やるべきことは決まった。

 

 そしてそれは、“死人”が残した未練で、さもなくば……。

 

 ───成仏もできまいな、ロマ・カインハースト・バエル。

 

 







今回は次にウィルがどうやって動くまで、みたいな感じでした
色々とごちゃごちゃしてきましたが、あまり原作と変えたくないウィルです
そしてどうあってもある程度は改変されるので……

ついでにフレイ合流ということで、書いてて思った
フレイ、ハイータへの想いが重くない……?

ともあれ、本来の視点の本放送版だとこっからウィルの出番がガッツリ減るんですね(存し記

ということで次回、諸々カットしつつダイジェストしつつな感じで
お楽しみいただければです


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ポケットの中の平和

 

 大西洋連邦グリーンランド基地。そこは前大戦時、アラスカ自爆後に地球連合軍最高司令部が移設された拠点である。

 だがC.E.72年現在、地球連合軍最高司令部はアイスランド島ヘブンズベース基地に移設され、結果として手薄になったグリーンランド基地は、新たな開戦前にはB.A.E.L派が占拠する形となっていた。

 決してもぬけの殻、というわけでもなかったが“ユニウスセブン落下事件(ブレイク・ザ・ワールド)”での混乱やB.A.E.L派へ鞍替えを考慮していた者の多かったせいか、ほぼ無血開城のような形となり、結果的に地球軍はそれにより多少の打撃を受けることとなり、もちろん奪還も計画されていたのだが、すぐにそれ以上の問題が地球軍には圧し掛かった故に、グリーンランド基地をわざわざ奪還するための戦力を用意することもないまま、現在はB.A.E.Lの占拠を許す形となっている。

 

 グリーンランド基地を放置せねばならぬような状況となった原因とはなにか……それは開戦直後の戦闘だった。

 大口叩いて、核攻撃までしておいての撤退、立場も悪くなる。

 挙句、その後ザフトの“積極的自衛権の行使”も許し、戦況は芳しくない形になっている。

 B.A.E.Lなどにかまけている余裕はないだろう。

 

 結果、アズラエルとしても非常にやりやすい状況にはなったのだが……。

 

 

 

 そして、そのグリーンランド基地の執務室のソファにて、ウィレーム・マクスウェルは片手を頭に当てて、息を吐く。

 テーブルを挟んで正面に座るムルタ・アズラエルからの報告に、思うところがあったのだろう……それを“知っていた”としても、だ。

 サングラスのしていない彼の赤と青の瞳が、不安そうな表情を浮かべ立っているフレイを見やる。

 

「そうか、フリーダムが……」

 

 オーブ連合首長国にて、その代表であるカガリ・ユラ・アスハとユウナ・ロマ・セイランとの結婚式が行われていた。

 しかし、前大戦の英雄ことフリーダムが突如現れ、カガリ・ユラ・アスハを連れ去りアークエンジェルと共に逃亡したとのことだ。

 ウィルでなくても前大戦、彼らと関わった者たちは皆、それがどういうことか理解している。

 

「そうかキラが……」

「世界安全保障条約機構加盟の件で思うところがあったというとこか、あの娘じゃぁあの状態のオーブでセイラン家と老人たちを御して実権を握り、挙句に中立を主張するなんてさ……厳しいものがあったのも確かなわけで、ロゴスっていうかジブリールのチビのことだから、力技でゴリ押ししてくる可能性もないわけじゃないと考えれば……前大戦みたいに国を焼かれまいと躍起になる人らは抑え込めないでしょ」

「だからって、キラがまたフリーダムに乗るなんて……」

 

 アズラエルの言うことは理解できるも、だからと言ってそれを理由にキラが再度モビルスーツで戦うきかっけになるとはフレイには思えなかった。

 オーブがきな臭くなるならプラントに行く選択肢もあったはずだ。実際にその選択肢を皆が考えていたことをフレイは知っている。

 だからこそ、此度の件にまだ裏があると思考してしまう。

 

「結構派手なやりかたするね、にしても」

「だが、どうしようもなかったのも事実さ、それを責められるほど我々もカガリになにかしてやれたわけではない。であればオーブをなんとかするために、カガリだけでも“自由”でいさせるべきだと思ったんだろう。キラも、マリューも、バルトフェルドたちも」

 

 所詮は大西洋連邦の、一派でしかすぎないB.A.E.Lにやれることなどたかが知れている。

 大西洋連合を三分していると言えば聞こえが良いが、戦力の比率だけで言えばやはりブルーコスモス派に劣るのも事実だろう。

 だからこそ、結局はオーブを救うために取る方法としては、これはベストではないがベターなのだ。

 

 結果を知っているからこそ、ウィレーム・マクスウェルと言う男は彼らを擁護した。

 

「オーブのことはともかくとしてだ、月基地は?」

「“ロゴス派”からの攻撃ですね。第一波は迎撃したとのことですよ。パイロットの練度の差ですね、我々の方が被害は少ないそうですけど」

 

 モーガン・シュヴァリエやディアッカ・エルスマンを置いてきた甲斐があったというものだと、ウィルは素直に安堵する。

 他の事ならともかく、肝心のB.A.E.Lのことがウィルには見通せない。

 だからこそ、ことは慎重を要する。

 

 そしてもう一つ、それも役者の違い故に気がかりだ。

 

「ミネルバは?」

 

 その言葉に、アズラエルが頷いてフレイの方を向いた。

 ハッとした彼女は手元の端末を操作して、すぐに口を開く。

 

「今はカーペンタリア基地に、との報告があります。オーブから出航時には地球軍の待ち伏せにあって戦闘になったともありますけど」

「これじゃオーブを切りたくもなるでしょ、彼らは」

 

 そんな言葉にケラケラと笑うウィルの隣のクロト。

 

「オーブと地球守った艦を攻撃して、オーブを攻撃した連合と組むってすげぇ頭してるんですねぇ“平和の国”って」

「オーブの利益を……否、目先の安全を優先した結果なのだろう、それが悪いとは言わんが、良いとも言えん判断ではあるな」

「小難しいのはごめんだぜ、オレは」

「私も」

 

 オルガとシャニも呆れたように息を吐くが、別にオーブが全て間違っていたとも言い難い状況であるのも確かだ。

 現にオーブは地球にあり、その地球で力を持っているのは大西洋連邦である。もう二度とオーブに戦火を持ちこまれないようにとすれば連合に降るのは間違いではない。

 だが、それにより別の敵性国家に侵略される可能性を除けば、だ。

 

 ───まぁ、所詮は識っている人間の思考か。

 

「ともかく、我々もカーペンタリアの方に向かうとしよう」

「ザフトに攻撃されたらどうします?」

「いや、今のザフトがこちらが不用意に近づいたとしても突然攻撃してくることもないだろう。ほどほどの距離を保ちつつ、だな……」

「ま、それであの娘を取り戻せるなら安いもんだけど」

 

 そんなアズラエルの言葉に、ウィルは微笑を浮かべ頷いた。

 フレイも、どこかなにかを決心した強い瞳でウィルの方を向き、グッと拳を握りしめて首を縦に振る。

 やるべきことは決まっているし、戦うべき相手もわかっているならば、あとは上手く立ち回る方法を考えるだけだが、それがどうにも難しい。

 ウィルはサングラスをかけるなり、クロトとオルガとシャニを順に見やる。

 

「すまないな。付き合わせる」

「今更かよ」

「ですねぇ、死ぬまで付き合ってあげますよ」

「やるよ……ハイータ、帰ってくるなら」

 

 ウィルは手元の端末に視線を落とすと、その緑色の航空空母を確認し、サングラスの奥の瞳を細めた。

 

「ガルダを出す……!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 カーペンタリア基地の軍港に停泊しているミネルバに、アスラン・ザラはいた。

 いや、つい先ほど到着した。と言ったほうが正しいだろう。

 プラントへと向かった彼はイザークと向き合い、さらにギルバート・デュランダルとの交流を経てザフトへと復隊する流れとなり、特務隊FAITH(フェイス)に任命され、新型機セイバーを受領し、こうしてミネルバへと合流したのだ。

 

 何も知らず、ミネルバがいるのだろうと立ち寄ったオーブではスクランブルをかけられ、ようやく辿り着いたカーペンタリア基地。

 だが、ゆっくりとする間もなく今度はジブラルタルへ向かうようにとの作戦指示を受けた。

 それもミネルバに同行する形で……。

 

 いや、それよりもアスランの頭の中は先ほど知らされたカガリ・ユラ・アスハ拉致の件と彼女の結婚ということで頭が一杯だった。

 プラントに立つ間際にプロポーズまでしてしまった故に……。

 彼女が一番大変だったであろう時に、共にいることができなかった。あまりに早急に状況が進んだとはいえ、だ。

 

「これでは大佐に叱られるな……」

「誰に叱られるんです?」

「うおっ!?」

 

 突如として横から聞こえた声に、アスランはらしくもなく動揺を露わにしてたじろぐ。

 

「……ぷっ、あははは! あ、あのアスランさんがそんな声出すなんてっ!」

「き、君か……えっと」

「ルナマリア、ルナマリア・ホークです」

 

 いつのまにやらやってきていた格納庫、彼女はそう言うなり自身の赤いザクを指差してそれのパイロットであると紹介をする。

 赤いザクと言うと、ウィルの乗っていたザクを思い出しどうしたのかと周囲を見渡すが特に姿は見当たらないことに気づく。

 ルナマリアはそんな彼に気づくでもなく、会話を続ける。

 

「たまたまボーっと歩いてるの見つけたんで声かけてみたんですけど、ご迷惑でした?」

「いや、そういうわけではないが……」

 

 セイバーの調整もしたいのでやはり一人が良い気もするが……。

 

「あの、大尉が乗っていたザクは?」

「あ~マユのですか、あれは修理とかもあるし、そもそもマユをここカーペンタリアで降ろすってことになってるので、今は港の方ですよ」

「そう、なのか」

 

 カガリに何度か噛みつき、ウィルにやけに懐いていた少女、マユ・アスカを思い出す。

 少しばかり話をしてみたかった気もしたが、やはり自分にそんなカウンセラーのような真似はできないだろうと、すぐに思考を切り替える。むしろ火に油を注ぎかねない。

 そういうのはそれこそ“彼”の役目であろうと、アスランはやはり彼を思いだす。

 

「でもオーブから出た時の連合との戦い、マユも勝手に飛び出しちゃったんですけど凄いのなんので」

「えっ、あんな子供が!?」

 

 まだプラント基準でも成人していない子供が戦場に出たという話を聞けばそうもなる。

 ルナマリアも一瞬驚きもしたが、気まずそうに頬を掻きながら目を逸らし苦笑を浮かべて、少しだけ首を縦に振った。

 彼女自身も、そこについては思うところがあるということなのだろう。

 

「いやその、私たちも出したくて出したわけじゃぁ」

「あ、いやそうだよな。すまない……」

「まぁシンだってそりゃ怒ってましたしね。マユちゃんに……いやでも戻ってきてすぐの時はなんかボーっとしてたけど」

 

 その言葉に、アスランはどこか引っかかりを覚えた。

 彼が獅子奮迅の活躍をしたのは聞いたが、やはり“そういうこと”なのだろうかと……。

 

「でも、まさかザクで空中戦をしてみせるなんて」

「え、空中戦……?」

 

 いまいち理解が追いつかないので、思わず“オウム返しをくりだす”のだが、ルナマリアは頷きながらしみじみとした様子で腕を組んで頷く。

 その様子からして事実なのだろうとは予想はつくが、乗っていたのは“あの少女”のはずだ。

 

「ああいや、元々推進力とかは通常のザクよりカスタムされてて上なのは知ってたんですけど、凄かったですよ。跳び上がって新型の量産機を斬って踏み台にして撃って踏み台にして! ウィレーム大尉より凄いんじゃないですかもしかしたら!」

「いや、それは無いとは思うが……しかしまぁ、本当に民間人の少女がそんなことを」

 

 散々戦ったからこそわかるが、その戦い方は聞いている限りでは彼を思い出させる。

 

「マユのザクはかなりスペシャルな機体なんですけどね。マユの右手の義手と特殊なシステムを介してリンクさせて、それでなんか色々と繋げて~、みたいな」

「ずいぶんと曖昧だが、そうか……“そういうタイプ”か」

 

 連合にそういうシステムがあったことは知っている。というよりウィルから聞き及んではいるし、それはあまり自分には楽しくない話ではあるのだが……ザフトも似たようなものを開発しているのは意外でもなかった。

 考えつくことはナチュラルもコーディネイターも、“同じ”だ。

 前大戦でそれは良い意味でも悪い意味でも散々に思い知ったことである。

 

「でも、シンもマユもオーブが撃ってきたの見たらなんかカーッとなってからスーッとなったとか……意味わかります?」

「そうか」

「あ、わかるんですか」

「いや、なんとなく、な」

 

 嘘だ、アスランはソレを知っている。

 擬音だらけの説明でアスランが理解したことを驚くルナマリアではあったが、それを経験しているアスランからすれば、十分だった。

 それがなければ前大戦、キラも自分もあの“三人”に討たれていただろう。

 

 他の者の話ではカガリもその力を持っているようではあるが、それは彼女がキラの親族であることと関係があるのか……だが、シンとマユ、兄妹揃ってともなれば、やはり遺伝子的なものであるのかもしれない。

 マルキオ導師曰く『SEED』と呼ばれる力、聞いてもいまいち理解のできないことだ。

 だが、それで戦ってこれたのも事実で、それが無ければ今の自分はやはりない。

 

 それは戦いに用いるべき力なのか、その疑念を呟いた男もいたが、答えなど無いのだろう。

 

「遺伝子的なもの、か」

「さぁ、そこまでは知りませんけど……でも議長って遺伝子工学のスペシャリストとか聞いたことはありますよ。あっ、だからレイじゃなくてシンをインパルスに推薦したのかも」

「……なるほど」

 

 それは少しばかり引っかかる言葉ではあるが、今のアスランでは判断しかねることである。

 

「正直、あの戦いを見ればマユをこのままこっちに残していくのが“勿体ない”気もするんですけどね」

「おい……」

「いやいや、冗談ですよ冗談!」

 

 アスランのツッコミに笑ってごまかすルナマリアだが、すぐにその表情を陰らせた。

 

「私だって本当にマユに戦ってほしいなんて思ってませんよ。戦争で両親と片腕無くして、身体に傷跡だって残ってるんだもの……」

 

 その言葉は、やはりどこかアスランにとっても他人事にも思えない。

 それはもちろん前大戦で自らが討った相手のことを思いかえすからなのだろう。

 少し重苦しい空気を、放ってどこかに行くのもあまりにひどい話であるから、アスランは少しばかり思考する。彼がそのようなことをするようになったのも、どこかの誰かの影響かもしれないが、それを理解するアスランでも“彼”でもない。

 

「あの娘のこと、大事に思ってるんだな」

「メイリンだってそうですよ。シンと一緒にいたなら誰だってあの娘には思うところがあります。口には出さないけどレイだって、たぶん、おそらく、きっと……?」

 

 意外ではあるが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 連合所属、強襲揚陸艦スペングラー級J.P.ジョーンズの艦内を、ネオ・ロアノークは車椅子で移動していた。

 

 顔の右半分を仮面で隠した彼女は、戦闘時は結っている長い白髪をそのままに左の肘置きに設置されているコントローラーで車椅子を操作していく。

 重力下で右腕と左脚に義手義足を付けていないこともあって、移動するにはそれが不可欠なので仕方のないことだが、不便なことである。

 しかし、先に装着していた義手義足の神経接続が非常に相性の悪かったこともあり、それをつけるぐらいならば車椅子で移動する方がマシだということで、ネオは現在そうしている。

 

 先ほどまでスティングもいたのだが、ネオが自由行動中の二人を探してくるように頼んだ結果、一人であった。

 そして身体に不備を抱えていると言えど、彼女は美女であるし軍服の上からでもスタイルは間違いなく良いわけであるのだから……。

 

「まぁしょうがないけどねぇ」

 

 好奇の目はまだ良いのだが、明らかにそういった欲を宿した視線まで感じる。

 別に男女比が極端なわけでもないのだが、やはりネオの爆発的な体型は男の精神衛生上よろしくないのも確かであろう……だが、ファントムペイン大佐にも、見て見ぬふりをする情があった。

 そうしていると、廊下の先から金髪の少女が駆けてくるのが見える。

 

「あ~はいはいこのパターンね」

「ネオー!」

 

 か細い声で彼女の名を呼びながら、飛びついてくるステラを受け止めた。

 

「もぉ、急に飛びついてくると危ないでしょ?」

「ん、ごめんなさい」

「……ん、いいよ」

 

 強襲的に抱き着いてきたステラを窘めつつも、そっと頭を左手で撫でると、ステラは満足したのかにこやかな笑顔を浮かべて素直に離れる。

 遅れてやってきたアウルとスティングが苦笑するのを見て、首を傾げたステラは、そっとネオの横に異動した。

 

「アウルとスティングも、したい?」

 

 ステラの言葉に、アウルとスティングの二人がぽかんとしてから……すぐに表情を変える。

 スティングはおかしそうに腹を抱えて笑い、一方のアウルは顔を真っ赤に。

 

「はぁっ!? そんなんじゃねぇよ!?」

 

 実際、本当にそういうのでもないのだが、今こうして否定してしまっては逆に本当っぽくなるのだが、それを考慮できる余裕はその時のアウルには無かった。

 故に、ネオは『仕方ないなぁ』という表情で、そっと左手を前に出す。

 その爆発的な母性の象徴が、少女アウルの理性を崩しにかかる。

 

「い、いやいや! 俺はそんなガキじゃねーし!」

「別に良いのに」

「うっせ!」

 

 変わらず赤い顔のまま、アウルは目的地であったブリーフィングルームへと歩いていく。

 スティングは肩をすくめて首を傾げるステラを見てから、そっと視線を降ろしてネオを見やる。

 

「あんま揶揄ってやんなよな」

「別にそんなつもりないんだけど……スティングは、する?」

「おいおい」

 

 溜息をついて歩き出すスティングに合わせて、ステラはネオの乗る車椅子を押す。

 勢いよく進んだアウルだが、少し先でしっかりと自分たちを待っているのがどこかおかしく、ネオは思わず笑みを零した。

 そっと、同じように笑う隣のスティングに視線を向ける。

 

 そんな年長者らしい彼女の笑みに、なにか覚えを感じた。

 

「別に遠慮しなくて良いよ。おねーさんは嬉しいけどね……君らが甘えてくれるの」

「……その内な」

 

 のほほんとしたネオの、あまりに軍人らしくない表情にスティングは気を緩めてそう応える。

 ネオの露わになっている左目が、僅かに輝いて見えるのは気のせいだと思いたいところだ。

 それに、スティングとしては甘えると言ってもステラのように彼女に甘える気もないのだが……そういうわけにもいかなさそうだと、溜息をつく。

 このままでは押し切られそうだと、話題を変える。

 

「とりあえず次の作戦、またあの艦を追うんだろ?」

「ん、まぁ私の機体と新型義手と義足も届くし、モビルスーツも結構来るから大丈夫でしょ。ウィンダムだけじゃなくてディープフォビドゥンも配備してくれるらしいし」

「ずいぶん本気じゃねぇか」

 

 スティングの言葉に、頷くネオは、先ほどと打って変わって不敵な笑みを浮かべた。

 

「ま、それだけあの艦を墜としたいってことだね。私らのスポンサーはさ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ちゃんと一人でもしっかりな。お兄ちゃんすぐに帰るから」

「大丈夫だよ。マユだって同じ歳の子たちと比べたら十分大人だもん!」

「あと軍の人らに迷惑かけないように」

「わかってるってば!」

 

 カーペンタリア基地軍港、ミネルバの前にシン・アスカとマユ・アスカはいた。

 次の作戦、ジブラルタル基地へミネルバが向かうということを聞いたシンが、最後にマユと会っておきたかったからと、彼女とこうして会っているわけなのだが……いかんせん説教臭くなってしまうのは、彼女の保護者であるという自覚があるからなのか……。

 少し離れた場所でその様子を見ているルナマリアはどこか可笑しそうに笑う。

 

「マユはお兄ちゃんの方が心配だよ!」

「なっ、俺が強いのは見ただろ!?」

「マユだって強かったもん!」

 

 とても、先の戦いで獅子奮迅の活躍を見せた二人の姿には見えないなと笑いながらも、ルナマリアはそちらへと近づいていく。

 そろそろ止めなければいつまでも続きそうだ。

 

「ほら、シンもマユもそこまでにしなさい。私とメイリンと違って、一緒に戦場ってわけにもいかないんだから……そうやって喧嘩しててもしょうがないでしょ」

「ルナさん……」

「シン、妹ってのは案外しっかりしてるもんよ。たぶん」

 

 そうなのだろうか、と疑問にも思うシンだが、同じく妹を持つルナマリアの言葉に素直に頷く。

 自分には少しは反発すると思っていただけに素直なシンが意外で、少しばかり面食らうルナマリアだが、妹と離ればなれになるとなれば、そりゃ心も弱るだろうと思う。

 今までずっと一緒だったのだから猶更だ。

 

「マユ、それじゃあ、ちゃんと御飯は食べろよ」

「……わかってるよ」

 

 そういうマユの頭を、シンはそっと撫でる。

 

「お兄ちゃん、気を付けてね?」

「ああ……」

 

 

 

 ルナマリアと去っていく“シン()”の背中を見送るマユ。

 彼が強いのは、先の戦いでしっかりと理解はしているが、自分だって同じぐらいやれることもまた理解しているマユは、どこか歯痒さを感じる。

 だが、それ以上にあの時、自身の意識がやけにクリアになるより前に、なにか不思議ななにかを感じたことも事実だった。

 

「あれは……」

 

 自身の義手を見やり、マユは思考する。

 あのザクは特別製であり、マユが使えば使うほど操作のクセや前回の訓練での情報をアップデートし、その情報を義手を通してマユに伝達する。

 そしてオーブ沖での戦いの際、義手を通してザクと繋がった瞬間、今までとまったく違う情報の波を感じた。

 

「マユ、このままで、いいのかな……?」

 

 





【阿井 上夫】さんにファンアート【ネオ・ロアノーク】を頂きました!

【挿絵表示】

一体なにータなんだ……


しばらく空いてしまいましたが、話がぐっと進みました
色々な情報を出しつつ、色々とばら撒きつつ
あまり書かなかったアスラン視点を書いたりという新鮮味
そしてウィルが色々と影響与えてたりしたりしなかったりな感じで

そして、ここらでOPがPRIDEに変わるわけです



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ノスタルジックメモリー

 

 ザフトのカーペンタリア基地からそれほど遠くないポイントに、大西洋連邦インド洋前線基地は建設されていた。

 といっても、カーペンタリア基地のザフトに基地の建設を悟られるわけにもいかず、大規模な工兵は動かせないということで、労働はもっぱら現地住民たちを強制徴用している。

 兵たちも深い良心の呵責は感じているし不本意なことではあるが、止める等という選択があるわけもない。

 

 そんな建設を進める段階であるはずのインド洋前線基地では、現在慌ただしく機体の発進準備が進められている。

 

 それは港に停泊するジョン(J).ポール(P).ジョーンズ、ファントムペインのせいであろう。

 ミネルバとボズゴロフ級の出航に、『ミネルバを墜とせ』との命令が下っているネオ・ロアノークはロゴス代表ことロード・ジブリールの命をそのままに、インド洋基地の全戦力を此度の戦闘に回すよう、インド洋基地司令官に指示した。

 さすがに“ロゴス代表直轄部隊”の命令を無下にできるわけもない司令官は、拒否もできないまま基地防衛のために派遣された部隊を貸し出すことを決定したわけである。

 

「防衛にガイアをつけるとは言ったけど、不満だろうねぇ」

 

 J.P.ジョーンズのハンガーに入るなり、白髪の長髪を揺らしながらネオ・ロアノークは苦笑した。

 自身のモビルスーツの元へと移動しようとしていると、ステラ、アウル、スティングの三人を見つけて、ネオはそちらに“歩いて”向かう。

 どうやらステラが『ネオと出撃できない』ということに対して落ち込んでいるようで、スティングはそんな彼女の頭を撫でて慰めていた。

 

「私もステラと出撃できないのは残念だけどね」

「あ、ネオっ!」

 

 彼女を見つけるなり、ステラは駆け寄りその服を抓んで寂しそうな表情を向ける。

 良心がキリキリと締め付けられて思わず眉を顰めながら、ネオはステラの横髪を左手で撫で、その額に自らの額をそっと合わせた。

 吐息が掛かりそうな距離で、ネオはその真紅の瞳で、ステラの赤い瞳を覗き込む。

 

「なにもないと思うけど、任せるね……」

「……うん」

 

 アウルとスティングが自らの機体へと歩いていくのを見て、ネオはステラから額を離す。

 

「大丈夫、すぐに終わらせて帰ってくるよ。約束する」

「約束……?」

「うん、約束」

 

 そう言って今度は左手でそっと頭を撫でるなり、ステラに一度微笑んでから、歩き出す。

 移動しながらも、ポケットからヘアゴムを取り出して口に咥えると“右手”で髪を束ね、左手も使っていつものポニーテールにするなり、赤橙色のウィンダムの前に立つ。

 新たな右手と左脚の義手の感覚は悪くはない。これならば、ミネルバを討つことも可能であろうと、微笑を零すなり、ネオはウィンダムへと歩を進める。

 

「でも、長々と続いてくれるといいね。戦争が……」

 

 でなければ、自分も“あの娘たち”も、存在意義を失ってしまうのだ。

 生存戦略、それ以外の理由もあるまい。

 

 インド洋前線基地からJ.P.ジョーンズと、30機のウィンダム、そして新たに派遣された20機のウィンダムと5機のディープフォビドゥンが出撃する。

 敵の数だけを考えればあまりにも過剰戦力であると判断されかねないが、それがそうでもない。

 

 オーブ沖会戦の戦闘、ネオはそれに“妙な不快感”を感じた。

 

「まぁ、あの艦とはこれでカタがつけば御の字だけどね。ネオ・ロアノーク、ウィンダム……出撃()るよ!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ロゴス代表、ロード・ジブリールは数多のモニターが並ぶ暗い部屋にいた。

 そこは会議室であり執務室であり作戦室、ロゴスの面々と顔を合わせて世界の行く末を企てる(話し合う)場である。

 彼女は膝の上に座る黒猫を撫でながら、すぐ横のテーブルに置いてあるウイスキーを飲みながら、不敵に笑みを浮かべた。

 

 モニターに映るのは、海上で戦闘するミネルバ隊。

 オーブ沖会戦でのインパルスと赤いザクの戦闘映像であり、連合のウィンダムが次々とやられていく姿なのだが、やはりその表情にはどこか余裕そうな笑みが浮かんでいた。

 一月ほど前にユニウスセブン落下阻止時の同じザクを見て怒り狂っていた人物とも思えないが、それを余裕で見られるだけの状態である、ということだろう。

 

『せっかくの待ち伏せもこれではな……しかし、建設中のインド洋前線基地から発見できたのは朗報であろう。あちらには多数の戦力があるしな』

『さらに増援も送った。確かに凄まじい力ではあるようだが、戦いは数だよ。やはり』

 

 別モニターに映る老人たちはそう言って笑うが、ジブリールはそれには眉を顰める。

 

「間違いではないでしょう。数はもちろん……ですが、そのために必要なのは“英雄”です。象徴であり導く者です」

 

 手元の端末のキーボードのキーを叩けば、モニターに映るのは赤銅色のモビルスーツ……それはかつて、ロマ・K・バエルが駆ったウィンダム。

 

「だから必要なのですよ。我々には英雄が」

 

 撫でられた黒猫が退屈そうに鳴き声を上げた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 カーペンタリア基地にて、マユは自らのザクの前にいた。

 すでに整備も終えてあり先ほど、基地の試験場を借りて少しばかり“新型試作ウィザード”まで試したばかりで、マユも専用のパイロットスーツのままだ。

 かなり特殊な立場であるせいか、マユはそれなりに知名度がある。新型機インパルスのパイロットであるシン・アスカの妹、というのも相まって……。

 

「私は、特別なのに……戦えるのに……」

 

 ぼやくように独りで呟くマユは、その拳を強く握りしめる。

 

 実際特殊でもあるし、特別でもあるだろう。

 基地内でもある程度の自由は許されているし、なにより専用のモビルスーツ。

 

 だがそれは、やはり借り物であるし、その真理は自惚れの類である。

 

 しかしそんな時、おあつらえ向きに───基地内に鳴り響く警報。

 

「これっ!?」

 

「おいなんだ!?」

「沖で戦闘だってよ。ミネルバとニーラゴンゴが狙われてるんじゃないのか!?」

「マジかよ、パイロットに召集っていうか、今から救援隊を編成して間に合うのか?」

「間に合わせるんだよ!」

 

 一転、慌ただしくなる基地内。

 整備士たちもそうだがパイロットたちも駆け足で“そちら”へと向かって行く。

 

 マユは拳を握りしめて、強い瞳で自らのモビルスーツを見上げた。

 

「あ、アスカさん!」

「え?」

 

 突如呼ばれた声に驚きそちらを見れば、自身の機体や義手の整備を担当する人物が走ってくる。

 少しばかり動揺しながらも、そちらへと向けばその男性は肩で息をしながら手に持っていた“ソレ”をマユへと渡す。

 動揺しながらもそれを受け取ったマユは、小首を傾げた。

 

「これは、いったい?」

「それは議長からです」

「デュランダル議長が……?」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 既に海上では、ミネルバと連合との戦闘が開始していた。

 戦闘開始直後、大量のウィンダムを次々と落としていくアスランの駆るセイバーとシンのインパルスであったが、隊長機である赤橙色のウィンダムが突出してからは状況が変わる。

 

 カオスが出てきたところで、アスランには多少手間取ったところで、重大な状況変化が起こったと判断するほどではなかった。

 確かに木端連合兵たちと比べれば強力であるが、大気圏内では四方からの攻撃も封じられたカオスでは捌きながらウィンダムを撃破することもそれほど難しいことではない。

 だが、シンがやけに隊長機たる専用ウィンダムに苦戦を強いられるのを見て、戦闘指揮を任されたアスランが相手を代わってみてから状況は変わった。

 

「くっ……なんだ、この敵は!?」

 

 セイバーのコックピットで、アスランは悪態を吐く。

 赤橙色のウィンダムは他のウィンダムとは明らかに違う動き、素早い回避と獰猛的な接近、そして威圧感……どこかなにかを思い出しそうではあるが、やはりそれはハッキリとしない。

 あえて思い出すことがあるとすれば、やはり専用ウィンダムと言えば前大戦時、先行的に実戦配備された“彼の機体”を思い出す。

 

 だが、彼とは違うし、なんなら彼よりも……。

 

「くっ……!」

 

 右腕のライフルを左手に持ちかえるなり、ビームサーベルを引き抜いて接近をかける。

 だが、専用ウィンダムはビームサーベルも展開しないままセイバーに相対するように接近をかけてきた。

 

「でぇい!」

 

 周囲のウィンダムをビームライフルで落としつつ、専用ウィンダムに接近しビームサーベルを振るうのだが、当然のように専用ウィンダムが左腕のシールドでそれを凌ぐ。

 少しばかり停滞するも、こうまで接近していては他のウィンダム、それも一般兵は誤射を恐れてセイバーを攻撃できない。

 左腕のビームライフルを至近距離でそのコックピットへと向けようとしたが、赤橙のウィンダムはビームライフルでセイバーのビームライフルの銃口を自身から逸らさせる。

 

「くっ……!」

 

 だが次の瞬間、ウィンダムの右脚がセイバーの左脚を蹴るように動く。

 その不自然な攻撃に、アスランは即座にセイバーの脚を後ろに下げるも、次の瞬間───ウィンダムの脚底からクローが展開された。そして彼はそれに強い既視感を感じる。

 いや、確かに覚えていた。

 

「これは大佐と同じっ!?」

 

 その鉤爪にセイバーの脚が掴まれれば、次に通常のウィンダムよりも遥かに強いパワーで引かれ、空中で態勢を崩すセイバー。

 専用ウィンダムはシールドで受けていたビームサーベルをいなし、ビームライフルをセイバーの胴体へと向ける。

 シールドがギリギリで間に合いビームライフルを弾くが、無理な姿勢で凌げばもちろんさらに体勢は崩れるが、次弾が来る前に動かなくてはならない。

 

「こんなところで……!」

 

 だが、瞬間───アスランは“覚醒”する。

 

 彼の中に迷いがないからか、それとも本能的に“彼女”を相手にするには必要となったのか、理由はどうあれアスランの中の“SEED”は二年の空白を経て弾ける。

 

 まだ脚部は掴まれているが、アスランは頭部機関砲で専用ウィンダムを牽制。

 PS装甲を持っているのか機関砲が明確に装甲を傷つけるわけではないものの、ビームライフルの射線を一瞬でも遅らせることができたならそれで十分だろう。

 次に背部に装備された二門のビーム砲、その左側だけを稼働させる。

 

 この距離ではもちろん撃てやしないが、ビームライフルを持つ右手の邪魔には十分だ。

 

「まだッ!」

 

 それをやりながらも、左手のビームライフルを手放してシールドをパージ、右手に持っていたビームサーベルを手放し、空いた右手でウィンダムの左腕を阻む。

 ビームの刃が消え、自由落下する柄を、自身にとっても邪魔なビーム砲を避けて素早く左手で掴み、手首を回転させその先端を真っ直ぐにウィンダムの頭部と向ける。

 

「これで……!」

 

 角度的にコックピットは狙えないが、十分だ。

 伸びたビームサーベルが専用ウィンダムの頭部を貫き、小さな爆発を起こす。

 

 怯んだウィンダムを前に、左砲門を下げて、左脚部を掴むウィンダムの右脚を斬り落とそうとビームサーベルを振るうが、それは回避される。

 離れるウィンダムへと向けて二門のビーム砲<アムフォルタスプラズマビーム砲>を向けるが、専用ウィンダムが離れたことにより他のウィンダムの攻撃が開始された。

 

「チィっ……!」

 

 舌打ちをしながらも、素早く下降してビームライフルとパージしたシールドを拾い、可変しウィンダム一般機を<アムフォルタス>で薙ぎ払う。

 モニターでインパルスを確認するが、カオスやウィンダムで手一杯だ。

 二機だけでは凌ぎきれず、他のウィンダムもミネルバへと向かっていた。

 

 赤橙色のウィンダムはまだ撤退する様子を見せていない。

 

『このままじゃ、こんな奴らにっ!』

「落ち着けシン!」

『は、はいっ……!』

 

 素直にそう返事は返してくるが、やはり冷静ではないだろう。

 アスランもかなり不利な状況であることは理解している。

 彼が“その状態”だとしても、こうも多勢に無勢ではミネルバを守りきる自信はないし、なにより隊長機のウィンダムが他の比ではない。

 

 ミネルバへと取りつこうとするウィンダムの迎撃にザクが出ていないこと、そして先ほど海上に水柱が上がっていたことから、海中で戦闘が起きていると思って良いだろう。

 ともなれば、やはり隊長機か旗艦を潰すことが手っ取り早いが、それができれば苦労もない。

 

 自身が囮となっている内にシンにミネルバの護衛を任せる。ぐらいしか考えもつかないが……。

 

「シン、俺が囮に」

 

 次の瞬間、ビームが奔る。

 

『なんだ!?』

 

 シンが驚愕の声を上げるが、次いでビームが数発放たれてウィンダムが二機ほど撃破される。

 新たな敵機の出現に、連合が僅かに怯む様子を確認しながら、アスランはセイバーの<アムフォルタス>で敵機を牽制、撃墜しながらモニターでそちらを確認。

 グゥルに乗ったモビルスーツ、ザクがビームライフルを構えていた。

 

「友軍機、グゥルで……カーペンタリアからか!?」

『あれは……マユ!?』

 

 赤いザクが、グゥルから───飛ぶ。

 

 跳ぶではなく、飛んだ。

 

 明確な飛行は、その背部に装備された試作“飛行試験”ウィザードのおかげだろう。

 それは次の“量産機”が装備しているフライトユニットなのだが、現状でアスランもシンもそれを知るわけもない。

 だからこそザクが空中を飛ぶのに驚愕もする。

 

 いや、シンの場合はそれだけではないが……。

 

『こちらマユ・アスカです! 援護します!』

『な、なにやってんだよマユ!? そんなことっ!』

『事情はあと! 大丈夫だから!』

『大丈夫ってなぁ!』

 

 兄妹喧嘩が始まってしまう。否、始まっている。

 だが、そんな状況でないのも確かで、アスランはビームライフルで敵機を撃破しつつ、状況を確認した。

 一機味方が増えたところで、頼れる相手でもない。

 

 ……となれば、やることは変わらないだろう。

 

「落ち着け二人とも! ともかくシンはその子を連れてミネルバの援護を!」

『えっ、でもあの変なヤツとかカオスとかコイツらを一人でっ!』

『わ、私だって戦えます!』

「ミネルバを落とされたらどうしようもない。そっちで敵機を減らす間ぐらい持ちこたえられる!」

 

 そう宣言をして再度<アムフォルタス>を放ち数機を薙ぎ払った。

 まだ30を超えるウィンダムがいるのも確かだ。このままではいられまい。

 実際、持ちこたえることは可能だろう。

 

 ただ、敵の隊長の出方次第ではあるが……。

 

「なんだ……?」

 

 ふと、敵機が別方向へと意識を向けているのに気づく。

 モニターでウィンダムたちが意識を向けている方向を確認したアスランは、顔を顰めた。

 

「巨大な輸送機……!?」

 

 全長300メートルを超える超大型輸送機が、その先にはあった。

 徐々に戦場へと近づく、ブルーグレーの輸送機<ガルダ>は、大西洋連邦“B.A.E.L”所属であることを示す“自らを翼で抱く悪魔のエンブレム”をその側部に張り付けている。

 敵ではない、とアスランは確信した。

 

「大尉……!」

 

 そして、そこに“誰”がいるのかもまた然り。

 

 ウィンダム数機がそちらへと向きビームライフルを放つも、ガルダはその一切を受け付けない。

 ノーダメージなわけではないだろうが、その巨体のラミネート装甲のエネルギー拡散は並ではないだろう。ただのビームライフル程度なら十分無効化することができるはずだ。

 周囲のウィンダムへとアスランが攻撃を開始すると同時に、シンのインパルスとマユのザクがミネルバへと向かう。

 

 

 

 ガルダが、戦場へと近づくと共に下部のハッチを開く。

 それは“本来のガルダ”であればない機能ではあるが、“彼”は細部まで大型輸送機ガルダを再現する知識があるわけもないし、所詮はただのガワであるのだから、“SEED(この世界)”にあったように変更するのは当然のことである。

 だがやはり、それは十分な破格の性能と予算で設計、開発しているし、グリーンランド基地での収穫は彼らにとって十分な恩恵をもたらした。

 

 ガルダの下部ハッチから、“ナニカ”が海上へと落ちて巨大な水柱を上げる。

 

 しばらくして、その付近の海上に大きな水柱が上がった。

 海中からB.A.E.Lの大型輸送機に奇襲をかけようと接近していたディープフォビドゥンが撃破されたのだろう。

 さらに数秒もしない間に、海中から“ソレ”が姿を現す。

 

 

 それは───赤銅色に染められたモビルアーマー<ザムザザー>。

 

 悪魔のエンブレムを頂くザムザザー本体の、顔のような部分の中央部に“赤いブレードアンテナ”が展開された。

 

 

 ザムザザーは操縦系の複雑さから、本来ならば機長・操縦士、砲撃手の三人を必要とする。

 だが、そのコックピットに座していたのはただ一人の男、ウィレーム・マクスウェルであり、そのコックピットは一人分のスペースしか存在していない。

 彼が三人分の仕事を一人でこなせるかと言われれば、答えは勿論NOである。

 

 故に、彼は一人のようで、一人ではない。

 

「まったく、わざわざブレードアンテナまで必要か?」

 

 独り言のように呟き、赤いヘルメット、その奥の赤と青の瞳が戦場を見据え、赤橙色のウィンダムを捉えた。

 上空のガルダが旋回を始め、両主翼下のサイドハッチを開き、そこからバスターダガーが敵機の迎撃を開始するのを確認。

 

(わたくし)たちの機体なのですから当然でしてよ! カッケ~ですし!』

 

 コックピットに女の声が響くが、ウィルはそれに驚くでもなく、当然のように笑みを浮かべて軽く頷いた。

 

「そうだな、なら仕方ないか……」

『わかってんじゃありませんの!』

 

 ───そりゃ男の子だしな。俺も。

 

 しっかりとグリップを握りしめる。

 

『あら、怯えてやがりまして?』

「フッ……お前がいると怖くなくていい」

『あら、かわいいこと言いやがりますのね。なら結構!』

 

 敵機が近づいてくるのを確認する。

 

『新生───チェシャ・マクスウェルの初陣ですわ!』

「いつから姓がついた。しかも私と同じ」

『不粋な男はモテませんわよ!』

「……さよか」

 

 そう呟きながら、フットペダルに足をかける。

 

「これよりザフト艦ミネルバを援護する」

『かしこまりですわ! 改めまして、ユー・ハブ・コントロール!』

「……アイ・ハブ・コントロール、か?」

 

 ───さっきから私がコントロールしてるが……?

 

 

 四方八方に“取り戻したい(守りたい)”者がいる……そんな、どこまでも欲深い亡霊が、海を往く。

 

 







見たことが無い(当社調べ)ザムザザーに乗る系主人公
懐かしのキャラ登場で、一人で乗れるという感じですね
チェシャ、復活でございました

そしてアスランちゃっかりSEED発動
敵が敵なのでしょうがないですね。ネオ・ロアノーク……強化しすぎたか(

ちゃっかりマユも合流しました
盗んだMS走り出すのは主人公の嗜み……
とみせかけてちゃんと大丈夫だったりします

では、次回もお楽しみいただければです


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バエルの残光

 

 現れた新たなる“B.A.E.L(悪魔)”の“戦力(眷属)”たち。

 ウィレーム・マクスウェルの希望により設計・開発された大型輸送機ガルダと、グリーンランド基地にて接収したザムザザーを改造したウィレーム専用の赤いザムザザー。

 両機体が頂く悪魔のエンブレムは、前大戦でその力を敵として味わっていない連合兵たちにも、十分な力を発揮するものであった。

 

 明らかな動揺、それが伝染していくのを感じ、ネオ・ロアノークは赤橙色のウィンダム、そのコックピットで顔を顰める。

 彼女とて、ロマ・K・バエルの威光は理解しているし、その影響力を直接的でないものの知っていた。否、知らない人間が、連合にいるはずもない。

 

「ま、ヤキンにはいなかったし実際に見たことはないけど……てか、他のもそうでしょうに」

 

 ぼやきながらも、ネオはすぐに周囲の味方機に通信を繋げる。

 ウィンダム数機とカオス、それで今は十分だ。

 

「各機、連携とって! 私らはミネルバを落とせればそれで良いんだからさ! 守りについたあの二機をなるべく切り離すように、でスティングは誘導をお願い!」

『あ? 誘導って……あぁ、そういうことか……了解!』

 

 そう返事をするなり、カオスがウィンダム数機と共にミネルバへと加速していく。

 セイバーがカオスらを追撃しようとするが、ネオは素早くビームライフルで牽制しつつ、加速して視界に入りやすいように立ち回る。

 わかりやすい挑発ではあるが、“セイバーのパイロット(アスラン)”もそれを無視できるわけもないだろう。

 

 故に、ネオとアスランの戦闘が再度開始される。

 

 

 

 ブレードアンテナを再度折りたたむザムザザーのコックピットにて、ウィレーム・マクスウェルは周囲のウィンダムを確認しながら、フットペダルを踏み込み海上を低空飛行する。

 大型モビルアーマーでありながらその機動性は従来のモビルスーツ並のザムザザーの機動性をさらに強化した代物だ。並のものではない。

 上空のウィンダムが一斉にビームライフルを放ってくるも、ザムザザーは自慢の“陽電子リフレクター”を展開するでもなく、加速しつつ左右に揺れて回避していく。

 

 ドデカイ一撃でもかまされない限り、まず使い様がないシステム、仕方ないのだが……。

 

「さて、ミネルバの援護もしつつ、でなければな……」

『あなたったら、いつの間にザフトの味方になりまして?』

「そのつもりはないさ、そうだな……ある程度は“筋書き通り”にことを運ぶ必要があるからな」

『はぇ~相変わらず正義の味方ルートはなさそうですわね』

 

 慣れ親しんだそのような軽口を聞きながら、ウィルは口元に笑みを浮かべる。

 

「私を善悪というくだらない基準にあてはめるのは……よせ」

 

 言いながら、目を細めて操縦桿とフットペダルを細かく操作。

 

 上空から放たれたビームライフルを───バレルロールで回避。

 

「ザムザザーでバレルロールだとぉ!?」

「異常です! やっぱり本物なんじゃぁ……!」

「本物だったらなんでザフトの味方なんてする! B.A.E.Lの奴らがつくったイミテーションなんかに怯むな!」

 

 バレルロールで敵機の攻撃を回避したザムザザー。

 

『あなたのそういう無茶な操縦! (わたくし)でなければバランサー制御もできませんわよ!』

「まったくだ……いてくれて助かるよ!」

 

 相槌を打ちながら、ウィルは間髪入れずに次の行動へと移る。

 ザムザザーの四肢<超振動クラッシャー(ヴァシリエフ)>を<複列位相エネルギー砲(ガムザートフ)>へと入れ替えつつ、ウィルはさらに機体を半回転させる。

 さらに回転させつつ、上空を向く方の二足からガムザートフを照射して、上空のウィンダム4機をまとめて破壊。

 

『ほんっと無茶しやがりますわね!』

 

 本来なら三人のパイロットで複雑な操縦系を扱う仕様であり、巨体の姿勢制御などもまた然り……さらに言えば、動かしているのは真っ当に通常想定された運用をするパイロットではない。

 たとえ通常のナチュラルと一線を画す能力を持つウィルと、高性能で“特殊な演算システム”を持つチェシャと言っても、簡単なことではないだろう。

 だが、それをできるのはやはり……。

 

『ラヴですわね!』

「なぜそこで愛!」

 

 真下を向いたまま海上を滑る“奇怪なモンスター”ことザムザザー。

 だが、意味が解らないというのは戦場において恐怖であり、連合のウィンダムが明らかに動揺していることをウィルに感じさせた。

 逆さのまま、ガムザートフの砲口を真上へと向ける。

 

『モンスタークラブザムザザーとお呼びになって!』

「“スーパーデフォルメ(SD)”のようなことを言う……むッ!」

 

 瞬間、ザムザザーを僅かに“上昇”させれば───海中からディープフォビドゥンが飛び出す。

 背部ユニットから<ゲシュマイディッヒ・パンツァー>に装備された鋏状の<ニーズヘグ>を展開しながらトライデントを構え、ザムザザーを突き刺そうとする姿はさながら大物を今にも狩猟せんとする漁師と言ったところだが……。

 それを“感じていた”ウィルは既に行動に出ていた。

 

 ザムザザーの頭部の折りたたまれていたブレードアンテナが展開。

 

『伊達や酔狂でこんな頭してるんじゃありませんわよ!』

「そこだ……!」

 

 ガムザートフが放たれると同時に、ザムザザーのブレードアンテナから───“ビームサーベル”が伸びる。

 

 上空のウィンダム六機が、放たれた大口径ビームに薙ぎ払われ、海から飛び出したディープフォビドゥンはそのトライデントを獲物に突き刺すこともないまま、胸部をビームサーベルで突き刺された。

 素早くブレードアンテナを折りたたみ、半回転して元の頭を上空へと向けた状態になると、ウィルはザムザザーを加速させる。

 強烈な敵意と殺意、そして覚えのある感覚に顔をしかめつつ、フットペダルを踏み込んだ。

 

 海上をドリフトするように滑るザムザザーの背後を奔るビームライフル。

 回避こそしたものの、危なげなくことが終わるとも思えないその精度に戦慄しながら、ウィルはモニターで自らに攻撃をしかけた“赤橙色のウィンダム”を確認。

 即座に四本の脚の上部に装備された単装砲を放つも、当然のように回避される。

 

『大佐!』

『大尉でしてよサクラン・ザラ!』

『え、あ、えぇっ!? い、いや、アスランです!』

 

 接近してきたセイバーからの通信に、即座に対応するのは意外にもチェシャだった。

 戸惑いながらも真面目に返すアスラン、なぜか得意気なチェシャ、気の抜けたような表情を浮かべつつ、ウィルは首を横に振る。

 

「口を挟まないでくれチェシャ、今はマジメな話をしているんだ」

『私と話してる時はマジメじゃありませんの……!?』

 

 ともかくだ、まだウィンダムの数は20を超えているし、なによりも“原作(本来)”と違って隊長機のウィンダムは異常な強さだ。

 挙句、破壊するわけにもいかないという条件付きなのだから、アスランと共に戦う他選択肢もあるまい。

 

『すみません、バッテリー残量の問題があって……ミネルバに接近する必要があります!』

 

 先からの戦闘、高火力の攻撃を数度も行っているセイバー。

 一機だけを相手にしているウィンダムとは消耗もそれは違って当然だろう。どちらにせよミネルバを守ることが目的でもあるのだから、それも悪くはない。

 専用ウィンダムからの攻撃を回避しながら、ウィルは頷く。

 

 ガルダの方を確認するが、それほど敵機が接近していっている様子も見えない。

 

「了解した。一時ミネルバへと“接近”する……!」

 

 そう言いながら、ザムザザーを僅かに下げて、海中から飛び出たディープフォビドゥンを<超振動クラッシャー(ヴァシリエフ)>で掴み、回転してその勢いのまま上空へと放り投げる。

 上空で姿勢制御に必死になるディープフォビドゥンを、そのまま後ろ足の<ガムザートフ>で撃ち抜く。

 ウィルとしても、四機中の一機でも鹵獲できれば目的に一歩近づくのだからそれで構わないのだろう。

 

 海にも空にも地上にも、目的がある。

 

 

 

 ウィンダムのコックピットで、ネオは顔を顰める。

 下がっていくセイバーとザムザザーを尻目に、ヘルメットを取って胸元を開き、溜息をつきながら気の抜けた様子でウィンダムの数を確認。

 50機いたウィンダムは既に30を下回っているし、ミネルバに決定打を与えられている様子もない。

 

 対空戦闘ができる機体はセイバー、インパルス、ザク、そしてザムザザーの四機。

 

「にしてもあの赤いの……私が一撃貰うとはね」

 

 頭部を破壊された時、妙な感覚を抱いた。

 記録にあったモビルスーツ、イージスの記憶にない攻撃。

 頭を振って、今は戦闘に集中しようと操縦桿を握る。

 

「スティング、上手くやってくれてるかな……」

 

 指示は出した、上手くやってくれていれば戦力の分散にもなるし、上手くいけば一機や二機を落とすこともできるはずだ。

 そうすれば、きっともう少し落ち着いた戦場に送られる可能性もあろう。

 ネオはフットペダルを踏み込み、ミネルバの方面へと加速する。

 

 

 

 ミネルバを取り囲むウィンダムを、インパルスが牽制していた。

 ウィンダムの数があまりにも“原作(本来)”と違うものであるからか、ウィルの知る状態よりもミネルバは損傷を負っている。

 シンは“ブラストインパルス”の四連装ミサイルランチャーを放ち、上空のウィンダムを牽制。

 

 シルエットをフォースからブラストに変更することで、セイバーが戻ってくるまでの時間稼ぎをしようという判断だったのだが、それは間違いでもなかった。

 実際に周囲には落とされたウィンダムの残骸が10近い数ある。

 

 本来ならば、それでザクが上空で攻撃をしかけてくれれば良かったのだが……。

 

『すまないシン! 待たせた!』

「アスランさん! マユがカオスを追って先行しちゃって……!」

『なんだと!?』

 

 驚愕するアスランではあるが、シンとしても妹の不肖に思うところはあると言った表情で、さらに言えば心配の方が勝っているであろうことは彼にも理解できた。

 だからこそ悩みながらも、アスランは頷く。

 チラリとモニターに映るウィルの方を見れば、彼もまた頷いた。

 

『シン、ウィレームだ』

「あ、はい……! ありがとうございます!」

『礼は良い。ともかくマユを追って連れ戻せ!』

『ええ、その方針で、シン・アスカ、ここは任せておけ!』

「あ、ありがとうございます……!」

 

 ホッと息をつくのも束の間、さらにその背後からウィンダムが多数迫っているのを見る。

 

「ってなにやってんですか! あんな一杯連れて来て!」

『問題ない、行け! ミネルバ、デュートリオンビームを!』

『はい! デュートリオンチェンバースタンバイ。捉的追尾システム、セイバーを捕捉。デュートリオンビーム照射!』

 

 それは次世代の送電システムである。

 ミネルバから照射されるビームを額部分に受けて、セイバーの電力は瞬く間に回復していく。

 ウィンダムらがミネルバへと一斉にビームとミサイルにて攻撃をしかけるも、そのミネルバの前方に現れた赤銅色のザムザザーが陽電子リフレクターを展開しすべてを防御してみせる。

 

 

 

 ミネルバのブリッジにて、タリアはホッと息を吐く。

 

『こちらB.A.E.Lのウィレーム・マクスウェル大尉。貴艦を援護する』

「ウィレーム大尉、あなた……協力、感謝します」

 

 タリアの返事を聞くなり、笑みを浮かべて頷いたウィルを最後に通信が切れた。

 彼の戦闘力を知ってる身として、さらにはあの大型モビルアーマーと戦った身として、これほど心強いこともないだろう。

 ブリッジにどこか安堵するような雰囲気が生まれるが、タリアはすぐに表情を引き締める。

 

「まだ油断はできないわ、迎撃を続けてちょうだい! ルナマリアとレイ、ニーラゴンゴの方も気を配るように!」

「ハッ!」

 

 各員の返事に頷くタリアが、ぽけーっとモニターを見るアーサーに気づく。

 

「にしてもあの機体、本当に“赤い悪魔”みたいですねぇ。案外本物だったりして!」

「余計なお喋りしてないで」

「え、あ、す、すみません!」

 

 溜息をつきながらも、タリアもまたモニターに映るザムザザーを見やる。

 エネルギーを回復したセイバーとザムザザーが上空にてウィンダムと戦闘を繰り広げているが、伝説のエース、アスラン・ザラと共に戦っているのにあまりに後れを取っていない戦闘力。

 思うところはあるが、今は考えるべきではないと頭を左右に振って、タリアは今一度指示を飛ばす。

 

 

 

 空中を滑るように加速するザムザザーが、ウィンダム一機をその爪で掴み粉砕。

 背後から迫るウィンダムがいるが、後ろ脚二本の単装砲にて撃墜。

 次いでバレルロールをしながら下降し、専用ウィンダムの攻撃を回避しつつ、脚部の単装砲と<イーゲルシュテルン>で牽制。

 赤橙色のウィンダムは、それらを回避しながらビームライフルにてザムザザーを狙う。

 

「ぐっ、回避はできるものの……やはり!」

『あれを生かして捕獲とか難易度たけぇですわ~!』

「わかっているが、やらねばなるまい。しかし……!」

 

 シンを行かせることで、海中での戦闘に参加はかなわなくなってしまった。

 アビス(アウル)の方は諦める他ないだろうと、ウィルはやはり目の前のウィンダムに乗る相手を狙う。

 単装砲とイーゲルシュテルンを放つも、回避しながらその弾幕の中を突っ込んでくるウィンダムに、ウィルは戦慄する。

 セイバーが斬りかかるが、それをシールドで受け止める専用ウィンダム。

 

「頭部がないというのに……アスランとやりあうって、やっぱ俺の腕じゃあ……!」

『アイツがおかしいだけでしてよ! バグですわ! チートですわチート!』

 

 ネオとアスランの戦闘が始まってしまってはザムザザーで攻撃に参加すればむしろ邪魔なだけだと、ウィレームは後ろ髪引かれる思いをしながらも、他の一般機のウィンダムへと攻撃を開始する。

 敵機にアラートが出るより早く、即座に砲口を移動先へと向けて放ち、ウィンダムを落とす。

 さらに加速、すれ違いざまにヴァシリエフにて一機を斬り裂き、空中でドリフトのように横滑りをしながら、四肢からビームを放ちつつ───回転。

 

『回転ジェットですわ!』

「ぐぅ……!」

『おほほほ! ガメおろろろっ!』

 

 一気に四機ほどのウィンダムを破壊して止まるも、間髪いれずにザムザザーを加速させ、海面へと出てミネルバを狙うディープフォビドゥンをヴァシリエフにて片腕を掴み“吊り上げ”て“放り投げる”。

 

『一本釣りですわ!』

「だが!」

 

 上空のディープフォビドゥンへと単装砲を放ちつつ、そちらに加速。

 ディープフォビドゥンは<ゲシュマイディッヒ・パンツァー>にて単装砲を防御するものの、接近したザムザザーはヴァシリエフにてディープフォビドゥンを下から救い上げるように攻撃。

 トランスフェイズ装甲があるものの、その衝撃は殺し切れず空中で縦に回転するディープフォビドゥンを、ブレードアンテナを展開しそこから伸ばしたビームの刃で切り裂く。

 

「くぅっ……!」

『あなたまた無茶してまして!? 道理を無茶でこじ開けるタイプでしたっけ!?』

「場合による、な!」

 

 接近していたウィンダムが縦一閃に振るったビームサーベルを───回避。

 

 大型モビルアーマーにビームサーベルが回避されるとは思ってもみなかったウィンダムのパイロットは驚愕したことだろう。

 ウィルは横へと移動させつつ機体を回転させて紙一重でビームサーベルを回避、さらに次いでそのウィンダムのビームサーベルを持った右手を爪で掴む……切断はしない。

 

「くっ!」

 

 さらにもう一方の腕で逃げようとするウィンダムの左脚を掴み───引き千切る。

 

『悪役ですわ悪役令嬢ですわ!』

 

 落下していくウィンダムをよそに、ウィルは引きちぎった手足を放りミネルバの方へと加速。

 アスランとハイータの戦いは続いているようだが、決着はまだつきそうにないように見え、ホッとしたように息をつく。

 矛盾しているが、一貫していることだ。

 

「少し黙っててくれ……」

『久々なので許してくださいまし!』

「……そうだな」

 

 疲れたように息を吐きながらも、次の敵機を見据える。

 懸念はハイータのことだけではない。

 

 マユとシン、二人のことも同じく、だ。

 







スタイリッシュザムザザー降臨
一般兵相手の無双っぷりはいつものウィルです

そして狂犬マユ、狂犬が過ぎる
誰かに怒られそうですが、残当

映画やるまでに終わる気がしない……

では、次回もお楽しみいただければです


あとユーザーを統一したので活動報告とかでなんか小ネタ的なのをやるかも、です


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エンドレス ロンド

 

 シン・アスカの駆るブラストインパルスが、水上をホバー移動する。

 大西洋連邦のウィンダムは既にほとんど落とされているし、残った分はすべてミネルバ側であるので、妹ことマユを追ってそこに辿り着くまでにはそう時間を必要とはしなかった。

 

 辿り着いた島の近海、視界に入ったカオスとガイア、そして二機の攻撃を回避しながらビーム突撃銃で反撃をしかけるザク。

 カオスは空中からビーム攻撃で牽制をかけ、ガイアが肉薄する。

 並のパイロットであれば生き残ることなどできないであろうその猛攻の中でも、マユはしっかりとそれらすべてを回避していた。

 

「マユ……!」

 

 妹が無事だったことにホッとしながらも、シンはバックパックのブラストシルエットに装備された<デリュージー超高初速レール砲>と<ケルベロス高エネルギー長距離ビーム砲>を、上空のカオスに放つ。

 その攻撃がカオスの右脚部を持っていくが、撃墜には至らない。

 次いで地上のガイアへと、ケルベロスの砲口と逆側に装備されている<四連装ミサイルランチャー(ファイヤーフライ誘導ミサイル)>を放ち、ザクとの距離を取らせると、ケルベロスの砲身から<デファイアントビームジャベリン>を取り出し、ザクの前に立つ。

 

「無事かマユ! このバカ! 勝手に先行して……!」

『お兄ちゃん!? き、来て早々バカってどういうこと!? 敵を全部やっつけるためには必要でしょっ、それにここ、地球軍の基地だよ!』

「な、こんなところに……建設中か!?」

 

 だが、ゆっくり話している暇など無い。

 MA形態からMS形態へと変形したガイアがビームサーベル片手に突っ込んでくるのを見て、シンはブラストインパルスのビームジャベリンでそれを迎撃。

 間合いの外からの攻撃に、ガイアはビームサーベルでの攻撃を止める。

 

『っ、お兄ちゃん空は私が!』

「マユ……!」

 

 止めるより早く、飛行ユニットを装備したザクが上空のカオスへと飛ぶ。

 マユが強いのはシンとて理解しているが、兄として心配するかしないかとはまた別の話である。故に心配そうな表情で飛び立つザクを見やるが、そちらにいつまでも気を向けていられるほどシンとて余裕があるわけでもない。

 迫るガイアに、ビームジャベリンを振るって距離を取りつつ、レールガンを撃つ。

 

 それをシールドで弾いたガイアが、ビームサーベルを引き抜いて接近しつつ振るう。

 

「くっ、コイツ……!」

 

 それを回避しながら、ミサイルを撃ちつつ後退。

 ガイアは跳びあがりソレを回避し、さらにビームサーベルからライフルへと持ち替えるなり反撃するが、今度はインパルスがそれをシールドで弾く。

 

 ガイアのコックピットで、決め手に欠けることにステラは歯噛みした。

 

「コイツぅッ! ネオの邪魔ばっかり、してェっ!」

 

 インパルスとガイアの攻防、それにより戦場は徐々に建設中基地へと移行していく。

 警報が鳴り響き、ステラはハッとした表情でMA形態へとガイアを変形させると、ブラストインパルスと敢えて距離を取る。

 ネオに『ここを守る様に』と言われていたのだから、それもそうであろう。

 

 だが既に遅く、基地は守備戦力であるリニアタンクなどを出撃させる。

 

 

 上空で、カオスが背部の機動兵装ポッドからミサイルを放つ。

 機動兵装ポッドはドラグーンシステムの如く射出しオールレンジ攻撃を可能とする兵装だが、大気圏内ではブースターを兼ねているためそれを扱うことはできない。

 しかして機動力の高さはフォースインパルスに匹敵するものであり、つまりそれは後に生産される『グフ イグナイテッド』の飛行ユニットをつけただけのザクでは到底及ばないのだ。

 

 まぁもちろん、それがまともな相手であれば、であるが……。

 

「このぉ!」

 

 ザクウォーリアのコックピットで、マユは地上の光景を見た。

 強制的な労働を強いられる現地民たちが、脱走しようとし、防衛隊がいない基地が戦場になったことにより錯乱する連合兵に撃たれるのを……。

 今更現地民の逃走を許さない必要もないだろうに、そのような虐殺行為。

 

 いや、理由など関係はない。問題はマユ・アスカがそれを見たことだ。

 

 軍とは関係もない民たちが、撃たれる。子供たちの前で親が撃ち殺されると言う光景。

 

 それはマユにとって十分───。

 

「許せない。こんなっ……どこまで戦火を広げたいのさ、アンタたち地球軍はァッ!」

 

 覚醒、マユ・アスカ。

 

 彼女の中で怒りと共に何かが弾け、意識はクリアになる。

 厳密に理解が及ばぬ“SEED”と呼ばれるそれは、格段にマユの動きを変えた。

 MA形態のカオスから放たれたミサイルとビームライフル、そして<カリドゥス改 複相ビーム砲>であったが、マユはそれらを大きく回避。

 カオスの真下を取ると、地に背を向けて真上へとビームライフルを撃つ。

 

「ッ!」

 

 放ったビームはカオスのビームライフルを破壊する。

 

「まだぁッ!」

 

 ライフルを腰後部アーマーにマウントすると、ビームトマホークを抜いてそのまま真上へと加速。

 カオスがMS形態へと変わり、残った左脚部のつま先部分からビームサーベルを展開し振るうが、それを紙一重で回避しつつ、斬りつける。

 シールドでどうにか受けるカオスだったが、マユはさらに素早い動きでザクを操作し、蹴りを放ってシールドの上からカオスを蹴り飛ばす。

 

 マユの右手と両足が素早く操縦桿やパネルを操作するのに対し、右腕の義手は操縦桿を握ったままほとんど動いていない。

 それがザフトの新たな技術なのだろう。そしてマユがザクを“貸し出されている”理由だ。極端な反応速度の速さはそれが理由の一端である……あくまでも、一端だが。

 

「蹴り、私は蹴りを……?」

 

 したこともない行為に違和感を感じながらも、蹴りで離れながらカオスにビームライフルを放つ。

 落下しながらも体勢をどうにか整えて、カオスはシールドでそれを弾く。

 さらに追撃をしようとするマユだったが……。

 

『マユ!』

「お兄ちゃんっ……!?」

 

 その声に、意識を周囲に向けて、迫る機体に気づく。

 

 赤橙色のウィンダム……隊長機だ。

 

「くっ、コイツ……!」

 

 ウィンダムから放たれるミサイルに、腰部サイドアーマーに装着されていたグレネードを投げる。

 ミサイルとグレネードが接触した瞬間、それは他のミサイルも巻き込んで爆発。

 

 爆煙で視界が遮られるものの、直後にその中から何かが現れる。

 

「突っ込んできた!?」

 

 赤橙色のウィンダムがマユのザクへとビームサーベルを振るうが、マユはそれをギリギリで下降して回避。

 無理矢理に回避したこともありかなり下降してしまうが、追撃も特に行われないままウィンダムとカオス、そしてガイアが撤退していくのを確認した。

 

 次いで、マユは地上───連合基地を睨みつけ、そちらに向かって加速する。

 

 

 

 シンは撤退していくウィンダムとカオス、ガイアを見て深々と溜息を吐く。

 アーモリーワンの頃から何度か交戦しているが、自身が前よりも敵機を追い込めるようになっているのを感じる。だがそれよりも、異常に感じるのはマユだ。

 あまりに戦い方が洗練されてきているように思う。

 

 ガイアと戦闘しながら、もちろんマユの方にも意識は向けていたが、カオスと一対一で戦ってあまつさえ押していた。

 

「どういうことなんだよ……」

 

 困惑しながらも、マユのザクが基地へと降りたのを見る。

 

 そちらへと歩き出すが、直後に───爆発。

 

「なっ、マユ!!?」

 

 バーニアを使って全速力で基地へと侵入したシンは、基地を破壊するザクを見た。

 ビームライフルやグレネード、ビームトマホークを使って施設を破壊している。

 

 強制労働させられていた現地民たちが家族との再会を喜んでいるのがモニターの端に見えるが、その逆側で連合兵から奪った銃で逃げ出す連合兵を虐殺する現地民たちもいた。

 顔をしかめ、シンはマユを見る。

 

 ふと、上空に赤い戦闘機が、赤いモビルアーマーと飛ぶのが見えた。

 

「アスランさん? それにウィレーム大尉まで……」

『なにをやっている! 彼らにもう戦闘力も戦闘の意思もない!』

 

 突如聞こえたアスランの声に、呆けていたシンが我に返る。

 

「あ……マユ! 止まれマユ!」

『こんな奴らっ……許せない!』

「命令だマユ! 止まれって、そんなことしたって……!」

『うあぁぁぁっ!』

 

 ザクがビームトマホークで司令部を叩っ斬る。

 

 

 

 上空にて、ザムザザーのコックピットにいたウィレームがヘルメットを放って首元をゆるめ、眉を顰めた。

 汗により僅かに湿った金色の髪をかきあげて、その二色の双眸で真下の基地をみやる。

 暴れるザクと、それを止めようとするインパルス。

 

 彼の“識る”それとは明らかに違う光景だが、もはやそういうものなのだ。

 

「修正ものだな……まともな軍人であれば」

『違いますの?』

「彼女はまだ乙女だよ」

 

 そう言いながら、モニターにて接近する『ガルダ』を確認する。

 

「親父にも殴られたことない、か……」

 

 彼らの場合、叱咤する大人がいないことは不幸なのだ。

 だから、叱ってやる大人が必要にもなるだろう。諭す大人もまた然り……。

 

『あら、殴られもせずに一人前になった奴がどこにいまして?』

「だからお前は半人前なのか……?」

 

 微笑を浮かべながら言う。

 

『なぁに言ってやがりますの!? 私は最初から一人前どころか百人前でしてよ! 弱音も涙も流しませんわ! ロボットだからマシンだから!』

「ダダッダー?」

『は?』

「……いやその、すまん」

 

 ノリに乗ったつもりではあったが、悲しいかなチェシャにそのつもりは当然ながら無い。

 素直に謝罪を入れて、ウィルはザムザザーをガルダへと向ける。

 此度の戦闘、まともな収穫こそ無かったが、二人での勘を取り戻すには十分なものだったろう。

 

「着艦は任せる」

『お任せあれですわ。あなた……アイ・ハヴ・コントロール』

「ユー・ハブ・コントロール」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ミネルバの格納庫、聞こえた声にルナマリアとレイがそちらを向く。

 そこにはシンとアスラン、そしてシンの向かいには不貞腐れた表情を浮かべる“マユ・アスカ”がいた。

 レイとルナマリアの二人も彼女がコチラに合流したというのは聞いていたのでその場に居ること自体には、既にそれほど驚いていないのだが、驚いているとすればあのシンがマユに怒号を飛ばしているせいであろう。

 それはシンとマユを知る他のクルーも同じようで……。

 

「マユっ、どうして!?」

「別に、マユは議長に預かっただけだよ。この機体と、ある程度の自由を……ミネルバへの乗艦は自由だって言われたし、戦闘への参加だって……」

「なんだって!?」

 

 ある程度の自由、それらは『FAITH(フェイス)』を彷彿とさせる……いや、おそらく厳密には違うのだろうけれど、シンはそう感じたし他の者もまた同じだった。

 だからこそ驚愕し、シンは半歩下がる。

 まだ成人もしてない少女を相手に、議長がなにを考えているのか理解が及ばない。

 

「でも、軍のモビルスーツを借りてるんだ。戦場で勝手していい理由にはならないだろ! そこまで自由にしていい許可なんて別に出されてるわけでもないはずだ!」

「じゃあなに、あそこをあのまま放置すればよかったわけ!?」

「戦闘の意思が無くなった後はそうに決まってる!」

 

 そのシンの言葉に、マユは明らかな怒りを表情に浮かべる。

 

「本気で言ってるの!? 戦争なんかに関係ない人たちが、強制労働させられて、逃げだしたら撃たれてっ、そんなの放っておけばいいって!」

「そういうことじゃないっ、あれじゃマユがやったことはっ……」

 

 言い淀むのは実の妹にその言葉を使いたくなかったからだろう。

 唯一残った家族に、その十字架を背負わせることになるかもしれない言葉……。

 

「なんて言われても、私は間違ったことはしてないからっ、あそこの人たちだってあれで助かったんだ。私の力で、笑顔になってた! あんなことしてる奴ら、死んで当ぜ───」

 

 瞬間、パシンッ、と乾いた音が響く。

 

 それは───マユの頬をシンが張った音だ。

 

 ルナマリアは勿論、他の面々も驚愕した。

 

「あっ……!」

 

 シンも自身が行ったそれに驚愕し、怯みかけるが、それでもと目を鋭くする。

 狼狽えるのは自分であってはならないと、頭で理解して、しっかりと自身を律し……その一発は確かに理性的ではなかったが、それでも必要だと言い聞かせ、自身の頬に触れるマユを見やる。

 だが、マユは目を鋭くしてシンを睨みつけた。

 

「打った……お兄ちゃんがっ、マユを打った!?」

「殴られて当然だっ、軍に入るって言うなら一発や二発じゃすまない。それに、軍法会議にかけられたって不思議じゃないんだ! 命令違反は!」

「あんな酷いことしてる奴らを倒して人を守るのがそんなダメなことなの!?」

 

 正義感故に、間違いではないとマユは叫ぶ。

 だが、戦争は正義感でやっていることではないし、やっていいことでもない。

 シンはマユを責任もって守って、育てていくと“あの日”に誓った。

 

 だからこそ……。

 

「ヒーローごっこじゃない! 戦争なんだぞ!」

「マユがヒーローごっこに興じてるって言うの!?」

「じゃなきゃ勝手な判断でみんなを危険に晒すな! 人を一杯殺しちゃうんだぞ! お前の持ってる力ってのは!」

 

 その言葉をハッキリ聞き、理解したのかはわからないが、マユは複雑な表情を浮かべてシンの横を通り抜けていく。

 追う気にもならないのか、シンはその場で深い溜息をついて、マユの頬を張った“震える左手”を見る。

 ふと、肩に手が置かれた。

 

「……アスランさん、なんです?」

「いや、君は立派だな。しっかりと兄をやってる……それに父代わりもな」

 

 そんな慰めに、シンは首を左右に振る。

 

「アスランさんにも経験あるんですか?」

「いや、銃を向けられた経験はあるがな」

「それはその、笑えないです……」

「……だな」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 巨大輸送機ガルダのブリッジに、ウィルが足を踏み入れる。

 内側こそ違うが、その外装の輸送機に自身が乗っているという興奮を未だに感じるぐらいには、彼はまだ男であった。

 ふと、ブリッジの一番大きなモニターに視線を向ければタリア・グラディスが映っていることに気づく。

 

『グラディス艦長……』

「ウィレーム大尉もありがとうございました。おかげでなんとか……」

 

 想像以上の戦力は、なにが切っ掛けだったのかウィルにはわからない。

 だが、来なければ不味かったこともハッキリとしていて、ウィルは素直に頷く。

 

「いや、偶然だったし、こちらも大西洋連邦のブルーコスモス派に好き勝手させるわけにもいかんからな……またどこかで出会うこともあろう」

『ええ、その時もまた、共に戦えることを願っています』

「こちらこそ、だ」

 

 前に出てそう応えると、先ほどまで話をしていたであろう艦長───ナタル・バジルールに視線を向ける。

 頷いた彼女が、軽くタリアとの対応をし、通信を切った。

 静かになったブリッジに、ナタルの深い溜息が響く。

 

「あっ、す、すみません……」

「まぁ久々の実戦でしたし、少しは緊張しました?」

 

 副艦長の席に座していたムルタ・アズラエルの言葉に、ナタルは苦笑を零し頷いた。

 

「ええ、まさか新造艦の艦長をするとも思いませんでしたし、元々は宇宙軍の人間ですので」

「着水します」

 

 フレイ・アルスターの声に、全員が揺れに備えるものの、思いの外緩やかな着水となりそのままガルダは前哨基地付近の海上で停まる。

 破壊されつくした基地の後始末やらはミネルバから譲ってもらい、物資や連合兵を積んで早々に退散するつもりだ。

 ザフトの基地周辺にB.A.E.Lの基地を作るわけにもいくまい───今は敵対状態ではないのだから。

 

「さて、次はどうするつもりです?」

「とりあえずは一旦基地へ戻りたいところだな。この基地の者たちのこともそうだが……その後にまたミネルバを追えばハイータたちと遭遇する機会もあるだろう」

「ハイータさん、やっぱり……?」

 

 ウィルの言葉に反応したフレイに、頷く。

 

「さすがに強い。捕獲はそう易々とは行かんな……だがアスランもいる。なんとかできれば」

「ハイータさんを傷物にした奴でしょ?」

「そう不満そうな顔をするな。だがまぁ、あの状態のアスランとやりあうレベルとは……」

 

 さすがに骨が折れることは間違いないだろう。いや、骨が折れるだけで済めば上々だが。

 

「アークエンジェルの動きも気になる。今は諜報部の方にミネルバの動向を探らせるとしよう……できれば例の部隊の方もな」

「……とのことです。艦長さん」

「了解しました。ではそのように」

 

 頷いたナタルの表情にも迷いはない。

 彼女もまた、ハイータの無事を祈っているからこそなのだろう。

 ウィルは静かに息をついて、既に次の戦場のことを思考していた。

 

 ディオキア基地への潜入も考えたが、現状でそれをやるのはリスキーすぎる。ならば取るべきは次の“乱戦”の最中、上手く立ち回ることだ。

 

 

 ───次の戦場は、“黒海”か……。

 







インド洋が終了ということでした
完全にマユの狂犬っぷりがシンを食う事態に……
マユを山の手の学校に通わせるために奮闘していたシンくんの願いむなしく、狂犬
結果的にアスランはミネルバがちょっと居心地がよくなる

ゴチャゴチャとしはじめるのは次の戦場あたりから
衝撃の展開が待ってましたね(存し記

あとビルドメタバースよかったです(小並感)

では次回もお楽しみいただければです


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ミラー・レポート

 

「はぁ……」

 

 深いシンの溜息。

 ディオキアの街……周囲は“ラクス・クライン”のライブで盛り上がっている中、憂鬱という表情をしている彼だが、気にするような者はそうもいまい。

 彼が考えているのは、もちろん“(マユ)”のことである。

 

 

 ディオキアはユーラシア西側、黒海沿岸に位置する街だ。

 地球連合軍が武装支配していた故に反地球連合感情が強く、解放後、ザフト軍はあっさりと受けいれられるどころか、むしろ歓迎ムードですらあり、昨今の地球での連合の立場の悪さが伺える。

 実際のところ、そういった地域は少なくはないようで、各地でレジスタンスなども増えており、インド洋での戦闘後にミネルバが向かったガルナハンでも同様であった。

 

 ガルナハン……ローエングリン砲台が設置されたローエングリンゲートでの作戦。

 高所に設置され、強固なシェルターと陽電子リフレクター装備のモビルアーマー『ゲルズゲー』に守られたローエングリン砲台の破壊任務。

 現地協力員、つまりレジスタンスからの情報を元に、インパルスが坑道を潜り抜けローエングリン砲台付近へ地球軍に気づかれぬように接近、そして強襲をかける作戦であった。

 

 三機の小型機への分離機能を持つインパルスだからこそ可能であり作戦の要である任務。だが、敵モビルスーツとモビルアーマーを出来うる限りローエングリン砲台から引き離し、陽動を行う部隊の責任も決して軽い物ではない。

 挙句にローエングリン砲台からの攻撃や敵機からの攻撃なども回避しつつ、という非常に危険なものではあったのだが、結果としてミネルバ隊のアスラン、ルナマリア、レイ……そしてマユ・アスカの活躍によってインパルスは無事にローエングリンゲートの破壊を達成、ガルナハンの街を解放したというわけだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ローエングリンゲートでの作戦よりも前、ウィレームたちB.A.E.Lと共闘したインド洋での戦闘の後、乗艦したマユとの口論直後、シンは程なくしてタリアに艦長室へと呼び出しを受けた。

 妹のことで、謝罪することも説教を受けることも覚悟していたが、艦長室に入るなりタリアが見せた表情は、思ったよりずっと“同情的”だった。

 タリアが深く息を吐いて端末を差し出せば、シンはそれを受け取りそこに表示されていた“伝達”を読む。

 

「えっ……」

 

 要約すれば、言い合いの際にマユが言っていたことにほとんど相違はなかった。

 一定条件下でのモビルスーツの独自の判断での使用、及び作戦行動への参加自由……ただしその際は、戦闘指揮を執っている指揮官の命令には従うことや、戦闘行動は明確に自身への危険が差し迫った時のみ、等々頭が痛くなることが山ほど書いてある。

 

 これでタリアの視線の意味もわかり、シンは怪訝な表情を浮かべながら、端末をタリアへと返す。

 

「議長は、なにを考えてるんですか……あんな子供にそんな……」

「ギ……議長から私宛の伝達じゃぁ、貴方の妹、マユのことを考えて、だそうだけど」

「考えた結果がこれなんですか?」

「マユについては、少し直情的なところがあるでしょう? 先の戦闘でもそうだけど、その前のオーブ沖での戦闘だって、普通なら要注意で済むものではないわ。それにアーモリーワンから出航後も、マクスウェル大尉がいなければあの子が飛び出していきそうな勢いだったわ。議長は“だから”とのことよ」

 

 つまり、マユが感情任せに勝手に動いてしまう前に、動く権利を与えて処罰が下らないようにした。ということらしい。

 大きなマイナスを生み出す前に、小さなマイナスで片を付ける。実に彼らしいことだなと、タリアは“実体験”を思い浮かべ、苦笑を零す。

 それが、さらに大きな負に陥る可能性もあるというのにと……。

 

 だが、にしても今回は些か違うなにかをタリアはどことなく感じていた。上手く説明はできないが……。

 

「艦長、その、マユのこと……」

「あ、ええ、そうね。こうなっては私達に彼女を止める術もないわ。議長直々の特権、ライセンス持ちというわけだし……」

「くっ……」

 

 拳を握りしめ悔しそうな表情を浮かべるシンを、タリアはどこか心配そうに見やる。

 彼が人一倍努力して今の座を掴みとったことは理解していた。オーブから難民としてやってきて、プラントに後ろ盾もなにもないというのに、実力一本でそこまでのし上がったのだ。

 それに軍の技術開発に協力する妹の世話もして、今では戦場でも妹の安否まで気にしなければならない。

 

 だからこそ……。

 

「ねぇシン、これは提案なのだけど……」

 

 タリアの言葉に、シンは顔を上げた。

 

「……いっそ、マユを作戦行動に組み込んでしまうのはどうかしら、ライセンスの件もあるし、私たちにはそれが可能だわ」

「マユを進んで戦場に出せって言うんですかっ……!?」

「勝手に出撃する権利が彼女にはある。だったらそこで勝手な行動をされるより、最初から作戦通りに動きなさいって言ってなるべく安全な方向へ彼女を導くのは悪い話ではないでしょう? ……まぁ、今回のように指示した上で勝手な行動をされてはたまったものではないけど……」

 

 彼女の言うことは尤もであり、シンとしてもマユがどちらにしろ出撃してしまうなら、最初からそのていで作戦を組んでしまうのはアリだと思った。

 だからこそ、素直に頷く。

 タリアはどこか優しげに微笑を浮かべると、静かに息をついた。

 

 

 その後のローエングリンゲートでの戦闘は、マユをミネルバ隊に組み込み順当に作戦は終了。

 彼女も自身が作戦参加を認められたことにより鼻高々だったが、やはりシンとの関係の改善は特に無く、悪化すらも無かった。

 ただ冷戦状態……まぁこう言ってはなんだが、よくある“兄妹喧嘩”である。

 

 場所と状況が、あまりに特異ではあるが……。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ふと彼は、“サングラスの奥”の視線を泳がせる。

 その視線に入るのはジープに乗り込み去っていく三人の少年少女たちであるが……彼らを“奪還”することも目的の一つであるというのに動かなかったのは、今ここでなにかをして、なにかを変えられるわけでもないと思ったからだ。

 見過ごす他、なにもできないのは歯痒いが、隣の少女を危険に晒すのもよろしくはないだろう。

 

 理性で律することができすぎるのも問題だなと、自分が自分の好きでない大人になったことを自覚し、少しばかり息を吐く。

 フェンスの向こう、盛り上がるザフト軍人たち。

 そして、フェンスのこちら側で盛り上がるディオキアの市民たち。

 

 だが、いつも通りな“彼”と、明らかに不機嫌ですと言わんばかりの表情を浮かべる隣の少女。

 

「……フレイ、もう少し表情をだな」

「ウィルさんもあれがラクスだって思います? てか雰囲気が全然違うじゃないの、みんな節穴なんじゃないの」

 

 腕を組んで憤慨するフレイ・アルスターに、ウィレーム・マクスウェルは苦笑を零した。

 彼女の言うようにあまりに雰囲気が違うし顔と声が似ているだけのように思うが、空白の二年があったのだからそういうものなのだろうと彼らもすっかり理解してしまっている。

 ラクスもまだ成長期で思春期で、成長もするだろうからと……。

 彼の視線が激しく動き回る“ミーア・キャンベル(ラクス・クライン)”に吸い寄せられる。

 

 ───本物のラクス様はもっと……。

 

「……フッ」

「ん、どうしたの」

 

 フレイが相変わらず不機嫌そうにそう聞くので、ウィルは動揺しながらもそれを見せるでもなく首を横に振った。

 

「ああいや、なんでもない」

「そっか、ウィルさんまであの“おっぱい”に釘付けなのかと思った」

 

 ───危ねぇ!

 

「偶像は人々の希望さ、だからこその偶像崇拝なのだろう。平和の象徴的な偶像も軍神的な偶像も、どちらも人々の願望の器なんだな。人々が望む完璧な器に“成りきる”など本人でもできることではない……自らを殺して器という役割に徹するというのは中身をよほど空っぽにできなければ……だからこそ、彼女はあれで良いんだろうさ、人々が求めているのは“平和を愛する歌姫”なのだから」

「なんか急に一杯喋る……」

「……」

 

 珍しく誤魔化すのを失敗しそうな気配を感じて、ウィルは無言の無言。

 とりあえず、話を逸らそうと思いフレイへと視線を向けるが、彼女は相も変わらず不機嫌そうであり、その理由に大凡予測がつくからこそ、ウィルはそちらに話を向ける。

 別に、断じて誤魔化すためとかではない。

 

「君がそうして不機嫌なのは、先に立ち寄った“ハイータの家”が原因だろう……?」

「……当たり前じゃない」

 

 ディオキアに到着するより前、ウィルとフレイ、その時は共にいたムルタ・アズラエルの三人は“ヤマムラ家”へと寄った。

 目的はハイータの情報がなにかあるか、ということを聞くため、そして彼女が生きていると伝えるためなのだが……。

 

「なによ『興味ない』って……『金が振り込まれてるからどうでも良い』って……あれが親だっての? てかそもそも『稼ぎのためにコーディネイターにした』ってなんなのよっ、後々のための投資って……自分の子供なんだと思って……!」

「落ち着けフレイ、そういう人間もいる」

「私のお父さんとお母さんは、私を愛してくれた。最後までっ……」

 

 識っているが、知らないことだ。彼女は母を先に亡くし、残った父は前大戦時に目の前で失い、そして……だがやはり、それをウィルは知らない。

 

「あんなの、あんなの家族じゃないわ……」

 

 肩を震わせ、拳を強く握るフレイ。

 そんな彼女の肩に手を置いて、ウィルは静かに彼女が落ち着くのを待つ。

 ハイータは家族については特に語ることはなく、あの怪我をした時だって『親については平気』としか言わなかったから、おそらくなにかあることを察しはしていた。

 士官学校時代だって、帰っているところを見たことが無いし聞いたこともない。

 

 だが、思ったよりも酷いものだったから、思うところが無いわけではないが……。

 

「……ウィルさん」

「ん?」

「絶対連れ戻して、ハイータさんのこと……」

 

 その強い言葉に、ウィルは頷く。

 

「当然だ」

「それであんな奴らから、私がハイータさんのこといただいてやるんだから……!」

 

 ───え、そういう感じ?

 

 おそらく……否、確定的にウィルが思っているようなソッチなことではないだろう。

 フレイは天涯孤独の身であり、かつてアークエンジェル、そしてセラフィムを共にしてハイータに思うところがあって当然であり、彼女の身の回りの世話だってしていた。

 だからこそ、彼女を“姉のように”慕うのは道理で……。

 

 ───フレイとハイータかぁ、ありなのかぁ……?

 

「いや、私が受け入れんでどうする。私もまだお堅いんだな……フッ」

「え、どうしたの?」

 

 ちょっと引かれた。

 

「おう、待たせた」

 

 ちょっと引いてんじゃねぇよ。と思いながら声のした方に視線を向けるウィル。

 

「オルガか、どうだった?」

「いや、別になんも……」

 

 共に来ていたものの、周囲を見て回ると言って離れたオルガ。

 目ぼしい物はなかったらしく興味なさ気にそう言って溜息をつくなり、ウィルの隣に立つ。

 いつも連合の制服姿の彼女ばかりを見ているせいか、私服姿のオルガにどことなく新鮮味を感じはしている。

 アロハシャツにハーフパンツ、いつもと違い前髪は降ろしているようだ。

 

「てか前髪上げるか、鬱陶しいな」

「ダメ、せっかく素材は良いんだから、もうちょっと女の子らしくしなさいよ」

 

 面倒そうに言うオルガにフレイが抗議する。

 

「今まで女らしくとかで育ってきてねぇんだからしょうがねーだろ」

「だからこそ、これからしなさいって話よ。せっかくの人生なんだから楽しんどきなさいって……てか服装もアレね。このあと服買いにいきましょっか、クロトとシャニのぶんも買わなきゃ」

「アイツらのはともかくオレは」

「だ~め、決定」

 

 そう言うなり、フレイはオルガの隣へと寄ってなにかを耳打ち。

 

「それにほら、ウィルさんもいるしちょっとはね」

「ん……チッ、しゃあねぇ」

 

 顔を顰めつつも同意するオルガを見て、話の内容こそ聞こえていないものの、思わず笑みを零すウィル。

 こうしてフレイとオルガが仲良くやっているのを見て、微笑ましく思わないわけもない。

 女の子らしい、的なことはフレイに任せておこうとウィルはこれからのことを少しばかり思考しておく。

 

 ───このあと、確かミネルバ組は議長と会談だったな。しかしまぁ、問題は明日か……。

 

 ウィルの目的の一人、ステラとシンの邂逅……そこで上手く介入してステラを取り戻しておきたいところだが、二人の出会いの場が海岸沿いということ以外にいまいち場所もわからない。

 それにここは既にザフトの領内だ。下手に動き過ぎればいらぬ疑いをかけられるし……場合によっては太平洋連邦ともぶつかることになりかねないだろう。

 連合内での内輪もめをここで起こすのは言語道断。

 

 ───やりにくいものだな……敵を討つだけなら、まだ簡単なのだが。

 

 そう言いながら、いつのまにやら“ラクス・クライン(ミーア・キャンベル)”の歌が終わったことに気づく。

 ピンク色のLIVE仕様ザクウォーリアの手の上で、ミーアが手を振っている。

 そりゃ仕方ないことではあるが、彼の視線は彼女に釘づけにもなろう。

 

 ───翌日か、確かアスランとミーアが……。

 

「……アスランめ、許さん」

「え?」

「あ?」

 

 フレイとオルガが同時にウィルの方を向くが、彼は知らんふりをして顔を逸らした。

 大事な者はいる。ほぼ妻と言っても良い者もいるし、他にも自らを慕うものもいるが……それはそれである。

 あのミーア・キャンベルと翌日にはイチャイチャとしている男に僻みを向けてなにがおかしいか、否、なにもおかしいことはない。

 そう自身で思い込んで、彼はふと視線を近くへと向けた。

 

「フレイ……フレイ・アルスター!?」

 

 その声は、聞き覚えのあるものだ。

 

「ミリアリア・ハウ……?」

 

 ───そういえばそうだったか。

 

 ミリアリア・ハウがそこにはいた。

 彼女は今はフリーの戦場カメラマンで、ディオキアの街とこのライブの写真を撮りに来たのだろう。

 戦火は広がる一方で、彼女もあちらこちらへ飛び回っている……プトレマイオス基地に残してきたディアッカには申し訳ないことをしたな、と思いながら近づいてくるミリアリアに片手を上げた。

 

「久しぶりねフレイ! それにウィレームたい……ウィレームさんも、えっと、オルガ……ちゃん?」

「『ちゃん』はやめろ、オルガだ」

「そっか、オルガね。それにしてもフレイ、なんでウィレームさんと一緒に、てっきりキラたちと一緒かと……」

 

 つまり、フレイはアークエンジェルと共に行ったと思っていたのだろう。

 ウィルもそうなると思っていただけに、この展開は意外といえば意外。

 だからこそ、フレイに視線を向けるが、彼女は少し困ったように苦笑を零した。

 

「まさかキラたちが出るなんて思ってなかったから……でもまぁ、あの人を取り戻すためならこっちの方が良いかなって思ってるから良いんだけど」

「そっか……そうだ。せっかくだし久しぶりにお茶でもしない? 良さげな喫茶店みつけて」

「えっと……」

 

 ふと、フレイがウィルへとどこか迷うような視線を向けるので、彼はそれを察して首を縦に振る。

 

「行ってくると良い。そもそもまともに作戦行動をするつもりで来たわけではない……おおよその状態が知りたかっただけに過ぎんしな……私は一足先に戻るとしよう」

「ありがとうウィルさん!」

「構わんよ。むしろわざわざ同行してもらった立場だからな、私は」

 

 そう言って軽くフレイの頭を撫でると、彼女ははにかみながら笑顔を浮かべた。

 そんな彼女に頷いて、ウィルは次にオルガの方へと視線を向ける。

 

「どうせならオルガも連れて行くと良い、服を買いに行くんだろう?」

「絶対、かわいい服を着せてみせるわ!」

「なにそれおもしろそう!」

「……はぁっ!?」

 

 嬉々とするフレイとミリアリアを前に、オルガがわけもわからず驚愕の声を上げた。

 

 

 

 その後、オルガがミリアリアとフレイに両腕を抱えられていくのを見送るなり、ウィルは車を走らせてホテルへと戻っていく。

 ともかく、海岸線を走って“その場所”があったとして、自身はそれを認識できないだろう。

 それがわかっているからこそ、今日は大人しくしているのが良いのだろうと思う。

 

「にしても、私とオルガとフレイか……強行策はやはり取れんな」

 

 ぼやきながら、アクセルを踏み込む。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夕方……ディオキア内の高級ホテルのテラスには、ギルバート・デュランダルとタリア・グラディス、レイ・ザ・バレルの三人がいた。

 甘えるようにデュランダルに抱き着くレイの背を軽く撫でながら、彼はタリアへと視線を向ける。

 そんなレイをどこか微笑ましそうに見守るタリアに、なんとも言えない表情を浮かべながら、デュランダルはレイと離れた。

 

 ふと、レイはポケットから一枚のデーターディスクを取り出す。

 

「ギル、これ……頼まれていたものです」

「ああ、ありがとうレイ」

「それは……?」

 

 タリアが首を傾げてレイが渡したそれを見るが、見ただけでわかるものでもない。

 デュランダルは別に隠すつもりもないというようにそれをポケットに入れるなり口を開く。

 

「マユ・アスカ、彼女のザクウォーリアのデータさ……彼女の機体が義手義足に対応した機体だということは知っているだろう。今後反応速度や精密さが生身と変わらない義手や義足を開発するのに必要なデータ、と言えばわかりやすいかな」

「なるほど……」

 

 戦後であり戦時中、体を欠損した者は別に珍しくもない故に、そういうものが必要なことが多い時代だ。

 ザフトが支援をよこした各国や、ディオキアの街でもそういう戦災にあった者たちはいる。

 だからこそ、本来の手足と変わらぬ義手義足、というのはそれだけでその人々には十分な希望たりえるだろう……だからこそ、タリアは納得するように頷いた。

 

「まぁ、それだけではないがね。あの機体に入っているのはマユのデータだけではないから……余計なデータが入り込んでいるし、それが余計な影響を与えないかどうかの確認等も含めてさ。私とて民間人である彼女に我々の不手際で余計な後遺症なんかを与えたくはない」

「それは、どういう……?」

「義手義足での戦闘データをそのまま使用者にフィードバックするシステムは、慣れてない者にもとても便利なのさ、それで戦死者が減るのなら悪いことではないだろう?」

 

 言いたいことは理解した。

 つまり、義手義足を装着した者の慣れぬ初戦闘でも、それをカバーするシステムということだろう。

 負傷者を戦わせるようで心苦しいところではあるがそれでも戦場に赴こうとする者は少なくはないのだから、彼らを生かそうと思えば悪いシステムではない。

 だが、やはり気になることはある。

 

「で、余計なデータとはどういうことです? 彼女の機体に、余計な何かが?」

「そうだね。君にも覚えがあるだろう……あの機体が戦闘時に戦闘データやら操作のデータやらを記憶して、搭乗者にフィードバックするのであれば……」

 

 マユの他に、あの機体で戦った者。タリアは先の戦闘でも自分たちに助力してくれた“彼”を思い出す。

 

「さしずめ“悪魔の破片(デビルスプリンター)”……とでも言ったところかな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 モニターが並ぶ部屋。

 ロード・ジブリールは今日も今日とてそこにいた。

 琥珀色のウイスキーの注がれたグラスを片手に、老人たちといつも通り“世界の行く末”を決める話し合いをしている。と言ったところだろう。

 

 膝の上のネコを撫でながら、ジブリールは笑みを浮かべている。

 

『ローエングリンゲートが突破されたのがそんなにおかしいかね』

『インド洋の建設中の基地も破壊され、ザフトの好きにされっぱなしではないか』

『どうするのかねジブリール?』

 

 責められているというのに、変わらずジブリールは不敵に笑みを浮かべていた。

 不穏な笑みを浮かべる女に僅かにたじろぐモニター内の老人たち。

 

「大事の前の小事にすぎませんよ。ここからが本番です」

 

 そう言って隣のテーブルに置いてある端末を操作すれば、老人たちの元にその『計画書』が届く。

 

『ほう……とうとう動くのかね』

『もう少し早くすればこうはならなかったと思うが、まぁ良いだろう』

 

 悪態を吐く者もいるが、その表情がどこか嬉々としているのは、その計画の重要さを理解しているからだろう。そして効果を確信してもいる。

 

「英雄の帰還、これほど皆が奮い立つものもありません。そしてファントムペイン、いえネオ・ロアノークも既に動いています」

『一族から“Bの因子”を受け取った甲斐があったなジブリール』

『して、ネオ・ロアノークは大丈夫なのかね。アレを使っても問題ないか? あのコーディネイターはこちらにとっても非常に貴重な戦力でありシンボルであろう』

 

 その言葉に、ジブリールはグラスを軽く揺らし、ウイスキーの中に入った氷の音に耳を澄ます。

 

「ええ、なにも問題はありません……故に、計画を“第二段階”に移します」

 

 グラスを勢いよくテーブルに置くと、猫が驚いたようにジブリールの膝から跳ねる。

 笑みを浮かべ、立ち上がったジブリールの視線の先のモニターには、やはり赤と黒に塗装された新たなウィンダム。

 その機体の肩には、“翼を広げた”悪魔のエンブレム。

 

「我々“ナチュラル(人類)”の希望、『ベリアルプロジェクト』をセカンドフェーズに!」

 

 





【阿井 上夫】さんにファンアート【ジブリール】を頂きました!
※魔界天使じゃぁないよ

【挿絵表示】



結局ディオキアへとやってきたウィル
でも、今は動けないそれが運命だけど状態です
そして想いが重いフレイ、傷ついてた時に一緒にいたのでしょうがないですね

そしてロマのせいで各陣営が予想外の動きを始めてるのを本人はまだ知らない
ちなみに計画とかについての名前は元ネタがあったりしますが別に関係はないです

あと活動報告に近々おまけを上げてみました
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=304636&uid=120091
またこういうねつ造系を上げたいとこ

では、次回もお楽しみいただければです


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ディープダイバーズ

 

 ディオキアの海岸沿いを、シン・アスカはバイクで走っていた。

 ミネルバがこの街に寄港してからまだ二日。

 街に出ても住民たちから聞こえる声はザフトを称賛するものばかり……シンは先の戦闘で勝利し、ディオキアを解放できたことに対する達成感というものも確かに感じていた。

 

 だが───同時に、懸念が存在するのも確かであり、思い出すのは昨日の、議長との会談だ。

 

 ミネルバの艦長であるタリアと、パイロットたちが召集され、もちろんその中にはマユもいた。

 

 昨日、議長に放った“自分の言葉”を思い出す。

 

『確かに戦わないようにすることは大切だと思います。でも敵の脅威がある時は仕方ありません。戦うべき時には戦わないと。何一つ自分たちすら守れません』

 

 連合側が譲歩してくれないからこそ、戦いたくなくても戦うしかない。戦わないという道を選びたいが、それはとても難しいことだ。

 

 そんな議長の言葉に、シンはフォローするつもりだとか一切そういうつもりはなく、本心からソレを言った。

 経験に基づく、とはまた違うのかもしれないが、“あの時”……自らの無力を感じたのは確かだったから……そしてそれは、やはりマユも同じようで……。

 

『普通に、平和に暮らしている人は守られるべきです! だから、向かってくる敵がいるなら全部倒さなきゃ!』

 

 些か過激な、“優しく明るい妹らしくない(今のマユらしい)”言葉である。

 だが、それについてはアスランが遠回しに苦言を呈し、殺されたから殺しての連鎖で戦争は無くなり平和になるのか、とかつて問われ、未だ答えが見つからないと言った。

 それが本当に言われた言葉なのか、彼自身の言葉なのかはわからないが、マユも次の言葉を言い淀んだからには、思うことがあったのだろうと思う。

 前大戦に最前線で参加していた者だからこその重み在る言葉……アスランには少しばかり感謝している。

 

 だが、議長は一パイロットたちに聞かせるには大きすぎる話もした。

 

「ブルーコスモス、ロゴス」

 

 利益のために戦争を推し進めるロゴス。あのブルーコスモスの母体でもあるその組織。

 それがある限り、戦争は続くことだろうと……議長は言った。

 そしてそれを何とかするのが、何より本当に難しいことだと……。

 

「ウィレーム大尉……」

 

 マユだけでなく、自分たちも守ってくれた彼を思い出すのは不思議なことではないだろう。

 B.A.E.Lの特別顧問、事実上の幹部であるムルタ・アズラエルもかつてはブルーコスモス、ロゴスの人間だったとギルバート・デュランダルは言っていた。

 そして、その下についている“彼”もまた然り。

 

「いや、でも今は……」

 

 それでもやはり、脳裏をチラつくのは“あの日”のことだ。

 オーブで、両親と、右腕を失ったマユ……。

 あれがもしもロゴスの思惑で進んだことで、ムルタ・アズラエルや“ロマ・K・バエル”が仕組んだものであれば……

 

「ッ……!」

 

 今、それを考えるべきではないとシンは息をついた。

 

 当面の問題はまだ尽きない。

 会談後、シンはさらに議長に呼ばれて“マユのことについて”もまた話をした。

 マユにあのライセンスを与えた理由は、概ねタリアの推測した通りであり……勝手をするマユが、処罰を受けないようにと気を利かせて与えたものだったそうだ。

 他の基地で勝手なことをしたり、戦場に出たりするよりは、シンや見知ったルナマリアやレイたちの元に居ればかえって安全でシンも安心できるのではないかと……。

 

 結果として、シンの心労が増える羽目になったが、シンとしては自らとマユにそこまで気を回してくれた議長には感謝もしよう。

 

 マユも少し冷静になったのか、話もしたがやはりどこかぎこちない。

 故に、今日はオフということでルナマリアに街に出ようと誘われもしたが、マユの方を頼んだ。

 彼女は溜息交じりにだったが『しょうがない』とシンの頼みを聞いて、マユと共に街に出ているらしい。

 

 だが結局、自分は色々と考えたいこともあり一人で出てきてしまった。

 

 ルナマリアの誘いを断っておいて申し訳ないという気持ちはあるが、部屋に一人でいても鬱屈した気分になるだけだ。

 だから、こうして潮風を浴びて思考している方がまだ良い。

 

「……」

 

 シンは黙って、バイクの速度を上げた。

 

 

 

 

 ジープを運転するウィレーム・マクスウェルは、バックミラーで後部座席のオルガとフレイをチラリと確認する。

 二人とも仲良さそうにやっているようでなによりだが、オルガがどこか不満そうなのも確かだ。

 まぁ昨日、フレイとミリアリアによってさんざ着せ替え人形にさせられたのだからそうもなろう。

 

 結果的に戻ってきた時には随分と女性らしい恰好をしていたが、オルガがあまりにも恥ずかしがっているのを見てウィルは『目立つ』という理由で助け舟を出しもしたが……今日も今日とてそれなりにだ。

 いつも鬱陶しがっている前髪を降ろしている姿は新鮮で、ウィルとて素面の状態でそう何度も視たことがあるわけもない。

 だからまぁ、少しばかりそういった何気ないイメチェンや、そうして普通に生きている姿を嬉しくも思う。

 

 彼女ら“強化人間(ブーステッドマン)”は、そう長くはないのだ……。

 

「うッ……ぐっ!?」

「ん、ウィレームさん?」

 

 ふと、ウィルは激しい不快感、次いで頭痛を感じた。

 急いで路肩に停車すると、その感覚に頭を押さえながら苦悶の声を上げる。

 後部座席から、オルガが助手席に急いで移動しウィルの顔を覗き込む。

 

「おい、大丈夫かよっ!?」

「ぐっ……い、今はまだ……」

 

 先の一瞬がピークではあったようで、徐々に収まってはくるが……頭痛は今しばらくは続くだろう。

 

 言葉にするなら……。

 

「蛇が頭の中でのたうつような感覚、だな……」

「わかんねぇけど、今日は大人しくしてた方がいいんじゃねぇの?」

 

 凄まじい不快感は、今まで感じたことのあるソレとは違った。

 本能かなにかから来る拒否感、そして深い……。

 

「……いや、平気だ。少しはマシに」

「お前だけの体じゃねぇだろ。お前になにかあったら全体に関わんだ」

「フッ、真っ当なことを言う」

 

 冷や汗を額に浮かべながらそう言うウィルに対し、オルガが眉を顰めた。

 

「バカにしてんのか、クロトとかシャニだって同じこと言うだろ……“アイツ”ならもっと心配しててもおかしくねーんだぞ」

「いや、まぁそうだな……それにバカにしたつもりはないさ、そう聞こえたかもしれんが……私は馬車馬のように使われる方が性に合ってるからどうにもな」

 

 ふと、後ろからフレイがペットボトルの水と薬を前に出す。

 

「痛み止め。生理痛のためのやつだけど、頭痛にも効くから飲んで?」

 

 こういう時は彼女のような人がいてくれて助かると、ウィルは素直に頷いてそれを受け取る。

 二錠を口に放り込んで水を飲み、真上を向きながら深く息を吐く。

 ペットボトルを隣のオルガが受け取り、ふたを閉めてフレイへと戻す。

 

「ふぅ……」

「効くまでもう少しかかるだろ、とりあえず運転代われ、帰るぞ」

「いや、だが……」

「ここに来たのだって、ただの偵察だろ。明確な目的もない」

 

 そう言われると返す言葉もない。

 この街にステラがいて、このあと海岸沿いで溺れてザフトの少年に救助されるからその隙を狙って彼らにバレないよう、共に来ているスティングとアウルも一緒に取り返そう、などと言えるはずもない。

 それに、エクステンデッドが三人。できる可能性も低い。

 

 ならば戦場で、の方がウィルにとっては可能性が大いにあるのだろう……。

 

 ───仕方ない、か……。

 

「すまないな」

「いいよ別に、気を付けろよ。マジで……お前が倒れたらどうにもなんねぇだろ」

 

 車から降りたオルガと変わって、ウィルが助手席へと移動しながらも『そんなことはないだろう』と思考する。

 別に自分がいなくてもB.A.E.Lはどうにでもなるだろうし、アズラエルはどうにでもしてくれるだろうという信頼感が確かにあったが……その認識は大きく間違っているだろう。

 彼がいなくなったからといって瓦解することはないが、組織内への影響力は小さくない。

 

 前大戦後“ロマ・K・バエル(赤い悪魔)”がいなくなった時も、彼は理解していないが連合内での動揺や影響は凄まじいものだった。

 それほどまでに、赤い悪魔ロマのネームバリューというのは大きい。

 ザフトにおけるラクス・クラインのように、それは信仰と言っても良いほどのものだ。

 

 運転席に座ったオルガが車を走らせる。

 

 風を浴びていると、少しばかり気分は良くなっていく。

 

 ───俺は結局、ここでなにもできていない、か……。

 

 だがやはり、人々の彼への理解と違って、彼は自身を無力な者としか思えないのだろう。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 すっかり日も落ちたディオキアの街のはずれ……シン・アスカは一人の少女と共にボートに乗り込んだ。

 

 バイクで海岸線をドライブしていたシンが、その金髪の少女───ステラが崖から海に落ちたのを目撃、助けるために跳び込んだ故にそうなっている。

 二人がそうして落ち着くまでに、紆余曲折もあった。

 

 ステラがシンの『死にたいのか』という言葉を聞いて発狂、どうにかシンが『守る』という対になる言葉で落ち着かせ……さらに脚を怪我したステラのためにシンは脚にハンカチを巻いて応急処置。

 シンはステラの様子から彼女を『戦災孤児』と認識したが、それは間違いだが……だが、シンがそれを知る術など、今あるはずもない。

 

 泳げないステラを抱えて崖を回り込めるはずもなく、シンはやむをえずエマージェンシーをかけ洞窟で暖を取り、救助を待った。

 その間に、彼女はシンに心を許したのか、すっかり彼に甘えた様子で、シンは彼女から『小さな貝殻』を受け取る。

 そうして心を通わす二人の元に、アスランたちがボートで救助に来たわけだが……。

 

「名前以外、身元もわからないとなると……基地に戻って調べてもらうしかないな」

「ですよね……」

 

 アスランの言葉に、シンは横のステラの肩を抱く。

 ふと、一緒にボートに乗っていたマユと視線が合った。

 心配した故にこうしてアスランと一緒に来ただろうに、彼女は案外と笑顔である。

 

「おにーちゃんやるぅ」

「茶化すなよマユ」

 

 どこか意地の悪い笑みを浮かべる彼女は、ルナマリア以外の女性と親しげにしているシンにどこか新鮮さを覚えたからだろう。それに距離感でいえば比較のしようがない。

 アスランとしても、そうして兄妹間で仲良くしている様子を見れば安心もする。

 マユがステラに視線を向ければ、彼女は少し怯えた様子でシンへと抱き着く。

 

「ステラ、大丈夫……こいつはマユ、俺の、妹だから……」

「いもうと……」

 

 そうして皆、深く深く、陥る。

 

「……うん」

「あははっ! よろしくね、ステラ……さん?」

 

 もがいても抜け出せない深い深い場所へ……。

 

 







今回は繋ぎ回なので少し短めです
諸々と不穏な感じになってまいりまして
次回はダルダノスの暁(ユウナ)作戦ですね

ついでに前回、更新時には間に合わなかったやつ
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=304636&uid=120091
もしかしたら特殊会話とかもねつ造するかも……もしかしたら

では、次回もお楽しみいただければです


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星光

 

 強襲揚陸艦スペングラー級J.P.ジョーンズ。

 ダーダネルス海峡にてミネルバを討つ任を受けたファントムペイン……そしてその隊長ネオ・ロアノークは作戦の方針を決めるための話し合いを前に、ハンガーにいた。

 この後にあるオーブの【セイラン】との打ち合わせを前に、少し憂鬱な彼女の前に、少しおどおどとした様子のステラ・ルーシェ。

 戦闘前に不安定になるのも、別に珍しいことではないからか、ネオは慣れた様子で彼女に視線を合わせる。

 

 義手義足と、怪我を隠すため顔半分を覆う仮面をつけている専用軍服を着た彼女は立っているだけで十分目立つが、“エクステンデッド(彼女たち)”といるというのがことさら彼女を目立たせる。

 

「ステラ、大丈夫?」

「あ、ネオ……うん」

 

 素直に頷くステラは、左手首に巻いた“ハンカチ”を見ていた。

 ネオは困ったような表情で笑みを浮かべるも、すぐに笑顔を“貼り付けて”、そっとステラの頭を撫でれば、彼女はネコのようにくすぐったそうにする。

 事情はステラから聞いたが、だからこそ、ネオは笑顔を張り付けるようなことになるのだ。

 最初から残酷な人間で、最初からもっと“調整”されていればこうはならなかったろうに……。

 

「シン、くん?」

「うん、シン……ステラを守るって……また、会えるって……」

 

 少しばかり寂しそうな声で嘆き、左手首に巻いたハンカチに右手で振れる。

 

「大丈夫、ステラがしっかり“敵を倒せば”……シンくんを守ることだってできる。そしたらまた、会うこともできるから……」

「シンを、シンと……?」

「うん、だから一緒に悪い奴、やっつけよう」

 

 そんな言葉に、ステラはグッと拳を握りしめて頷く。

 

「うん……!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 大西洋連邦の一派閥B.A.E.Lが持つ巨大航空輸送機『ガルダ』のブリッジにて、副長席に座るムルタ・アズラエルが難しい表情を浮かべていた。

 いや、そんな表情を浮かべているのは別にアズラエルだけではない。

 艦長席のナタル・バジルールも、オペレーターをしているフレイ・アルスターやクルーたちも然り。

 

 そしてそんな中、片手を腰に当てて見定めるような表情をモニターに向けるのはウィレーム・マクスウェルである。

 

「オーブが連合と合同作戦……黒海にてザフトを討つつもりなのは確かな情報として、君の言う通りに本当に来るかなアークエンジェルは」

「ええ、確実ではありませんが、おそらく十中八九」

 

 そう言うウィルに、アズラエルは目を細めた。

 

「まぁ、あの娘がフリーダムに攫われたって言う噂が本当なら、ほぼ確実か……」

「キラが、また戦場に、カガリまで攫って……」

 

 眉を顰めて不安そうに呟くフレイだが、ウィルとしては彼こそ本当に心配いらない人物だろうと思ってしまう。やはり全てを識っているからこそ、であるが……。

 

「大西洋連邦の小間使いとなっているオーブを憂うならば妥当と言えるでしょう。特にアスハ代表はそういう方でしたし、あの状態のオーブで彼女がなにを言っても発言が通るとは思えません」

「艦長さんが言うことにも一理あるでしょうね……それを考えて“彼ら”があの娘を誘拐したとすれば、彼女を表舞台に出すとしたらここがベストなわけで、上手くいけばセイランの不信任決議案……」

 

 つまりは、オーブが揺らいでいるときに、ということだ。

 彼らの理念『他国を侵略せず・他国の侵略を許さず・他国の争いに介入しない』というものを破り、兵たちが動揺している今こそ、カガリの声をオーブに届かせるには絶好の機会……。

 だが、ウィルはその結果もまた識っている。

 

「いや、それはないか」

 

 自らの言葉を否定するアズラエルに、ウィルはサングラスの奥の目を僅かに見開く。

 

「現状のオーブだとセイランの力が圧倒的で老人たちもセイラン派、ウナト・セイランが上手くことを運んでいる結果こうなっているのだとすれば、下はともかく上はどうにもならないでしょ……もっと“追い込まれ”でもしない限り、さ?」

「オーブを救うためにはオーブを叩くしかないとは、皮肉なものだよ」

 

 アズラエルの言葉にウィルは同意しながらも、戦場が近づいてきているのを肌で感じる。

 彼が持つ“擬きめいた力”ではなく、ベテランのパイロットとしての、戦場を散々に感じた者としての感覚であろう。

 だからこそ、踵を返す。

 

「私も機体にて待機する。牙を剥くならこちらも相応の対応はする……所詮あちらもロゴス派なのだろうしな」

「ええ、どうぞ……あの娘たちには、作戦内容しっかり叩き込んでおいてくださいね。大尉?」

 

 そんな“面倒見のいい”アズラエルの言葉に、ウィルは苦笑しながら振り返り頷いた。

 

「彼女たちとていつまでも子供でないし、理解しているだろうさ」

「だと良いんだけど……」

 

 肘置きに肘を置いて頬杖をつくアズラエルが深く溜息をつくのに、ナタルとフレイは苦笑を零す。

 彼女らが命令違反を犯すことなどそうはないのだが、それでもやはり気になってしまうのは親心というか姉心というか……。

 フレイやナタル等も心配していないわけではないが、やはり思うところがあって然るのも当然。

 

 軽く敬礼をして出て行くウィルを見送るなり、ナタルは深呼吸。

 

「指揮は任せていただいて大丈夫ですね?」

「ええ、意見はさせてもらうけど、戦場での立ち回りや“誰を討つか”なんてのも含めて最終的な判断は君に任せるよ。艦長さん」

 

 それは彼の言う通り、本当に“アークエンジェル”がいたとしても、ということなのだろう。

 だからこそ、ナタルは表情を引き締めて、頷く。

 

「かしこまりました」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ダーダネルス海峡では、既にミネルバとオーブ、連合艦隊との戦闘が開始されていた。

 フォースシルエットを装備したインパルスとセイバー、そしてマユのザクウォーリアが、寄ってくる飛行ユニットシュライクを装備したM1アストレイを次々と撃破していくも、後方に控えた艦隊が近づいてはそう悠長に敵機を落としていられないだろう。

 だからこそ、タリアはタンホイザーを使用することを決め、そのスタンバイに移る。

 

 射線をオーブ艦隊に向け、その一撃が艦隊を屠りさえすれば一気に形勢はミネルバ側に傾く……はずだった。

 そこに、乱入者が現れなければ、だ。

 

 タンホイザーを放つ直前、放たれたビームは砲口を貫き破壊する。

 エネルギーのチャージも終えて後は放つだけだったタンホイザーの砲口は激しく爆発し、軽微とは言えない被害をもたらし、ミネルバは緊急着水。

 M1アストレイをビームトマホークで斬り裂くなり、マユは動揺しながらも周囲を見渡した。

 

「なに、どこからっ……!?」

『あれはっ……!』

 

 アスランの声に、ようやく“撃った者”を見つける。

 

 翼を広げる“ガンダム”は、マユが忘れるはずもない機体であった。

 青と白のコントラスト、それは……。

 

「フリーダムっ……!?」

 

 さらにその背後には、アークエンジェル、そして桜色のストライク……ストライクルージュ。

 

『私は、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ!』

 

 その声は確かにカガリ・ユラ・アスハのもので、オーブ軍はもちろん、マユたちの動揺も著しい。

 

『オーブ軍! ただちに戦闘を停止せよ! 軍を退け!』

 

 誘拐され行方不明になった彼女が、どういった経緯でアークエンジェルと共にこうして戦闘行動に介入したのか、どういった理由で再度あの機体で出撃し、こんなことを呼びかけているのか……。

 政治に精通するものであればおおよその仮説を立てることは可能だろうが、彼女には理解しがたいことだ。

 そしてなぜ、フリーダムはミネルバを撃ったのかも……。

 

『現在、訳あって国もとを離れてはいるが、このウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハが、オーブ連合首長国の代表首長であることに変わりない! その名において命ずる! オーブ軍はその理念にそぐわぬこの戦闘を直ちに停止し、軍を退け!』

 

 

 

 そのカガリの言葉を聞いた、オーブ軍旗艦『タケミカズチ』にいるユウナ・ロマ・セイランの動揺は、他の者たちの比ではない。

 

 大西洋連邦との連携が、同盟が堅いことを示すために、オーブとしての立場を示すために軍を動かし出立し、ここからオーブが大西洋連邦にも負けぬほどに強い国であるとアピールするために作戦を開始した直後にこの始末。

 彼女は無理矢理に誘拐され、その後の足取りは掴めず、夫であるユウナが代理としてオーブの指揮を執っている。

 そういう経緯でことが進んでいるというのに……なぜかアークエンジェルに協力してそんなことを訴えかけてきた。

 

 まずどこから対応するかを思考するが、このような状況でどうしろというのか……。

 

「うっ、ぐっ……!」

 

 震える手で、肘置きに設置されている通信機を取った。

 

『ユウナ・ロマ・セイラン』

 

 瞬間、“男の声”が響く。

 それは大西洋連合の、J.P.ジョーンズに乗っているはずの人間だ。

 モニターに映るその男の鋭い視線を受けて、ユウナは震えた。

 

『これはどういうことでしょう。彼女が貴国の代表であるなら、なぜ今頃“アレ”に乗って現れ、軍を退けと仰るのか、ハッキリと答えて頂かねば……お国もとを含めて諸々と面倒なことになりかねませんが?』

「こ、このままではっ! こ、こちらの士気に関わることですっ!」

『ほう……そして、貴方はどうしろと仰る?』

 

 目に見えぬ圧に、ユウナは拳を握りしめる。

 

「ぐっ……あ、あんなもの私は知らない!」

「なっ!?」

 

 ブリッジのトダカやアマギたちが驚愕の表情を見せるが、ユウナは勢いよく受話器を叩きつけてそちらに視線を向けた。

 

「ユウナ様、なにを仰います!」

「あれはストライクルージュ、あの紋章もカガリ様のものですよ!?」

「わかってるよ! だからってオーブを守るためにこうしてきた僕らが、今更『はい、やめます』とは言えないだろ! あっちへの攻撃は最小限でいいからっ! さっさとミネルバを沈めるんだよっ! ならなんだっ、今更戦闘をやめて、地球軍に討たれろって言うのか、お前たちはっ!?」

 

 トダカとアマギも、その問いに明確な答えは出せない。

 状況はもはや、後戻りできない段階まで来ているのだから当然と言えば当然だ。

 連合から身を守る術を持たないオーブではないが、このまま連合に異を唱えて敵対関係ともなれば二年前と同じ状況になるだけなのは明白。

 再度、国を焼くわけにもいかない。それを凌ぐために連合と手を組むと“父は言っていた”のだから……。

 

 まぁユウナが、その連合の裏に居る“何者か”と父が深く繋がっていることを、事細かに知るわけもないのだが。

 

「国に戻って『やっぱり地球軍が敵になります』『また国が焼かれます』『全部カガリのせいです』って言えるのか!? 恥をかいておめおめと戻って、二年前と同じことになって……そんなん、どうしようもないじゃないかっ!? だからさっさと撃つんだよ! それで“赤い奴”に僕らは地球軍の味方ですってアピールするんだよっ! でさっ、あとはミネルバを墜としてさっさと帰ろうよっ!? ねぇっ!?」

 

 だが、これで勝利したとて、またオーブは戦場に駆り出されることになるだろう。

 一度あれば二度ある。そしてそれは戦争が終わるまで無限に続くのだ。だが、ウナト・エマ・セイランがロード・ジブリールと繋がっていて、オーブが連合と繋がった時点で、それはほぼ確定した未来だった。

 今のオーブの命運を握っているのはカガリでも、ましてやユウナでもない、ウナトでありジブリールだ。

 

「ッ……ミサイル照準、アンノウンモビルスーツ!」

「トダカ一佐!?」

「我等を惑わす賊軍を討つ!」

 

 トダカの掛け声と共に、オーブからの攻撃が“ストライクルージュ”に放たれる。

 

「頼んだよっ!」

「フリーダム……!」

 

 両手を合わせ祈るユウナと、凛と立つトダカ。

 だが二人とも……否、オーブ軍の面々が願うのは同じことだ。

 

 ストライクルージュへと放たれたすべてのミサイルが、フリーダムの“ハイマットフルバースト(一斉射撃)”にて迎撃される。

 

「ふー……」

 

 ユウナとトダカが同時に息をつき、肩の力を抜く。

 だが、それは戦闘再開の合図であり、総てが動き出す。

 

 連合も多数のウィンダムと、ガイア、カオス、アビスを出撃させ、ミネルバも新型機グフイグナイテッドと共にザク二機を発進させる。

 交戦が始まれば、先に出撃していたザフトの三機のモビルスーツがウィンダムを落としていく。

 

「っ、うちもさっさと攻撃させて! 赤い奴と仮面女にちゃんとやってますよってアピールしないとマズイでしょ、僕らはもう地球軍で、あいつらはただの大西洋連邦の部隊と違うんだからっ!」

「……ハッ!」

 

 苦々しい表情を浮かべながら返事を返し、トダカは戦闘指揮を開始する。が……。

 

「さらに機影接近!」

「なに、所属は!?」

「これは情報にあった……B.A.E.Lの大型輸送機です!」

「ああもぉ、なんでこうなるの!?」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 混沌とする戦場を間近に、自らの機体───ザムザザーのコックピットでウィルは息を吐く。

 いつも通り用意されている赤いノーマルスーツを着用しながら、彼は震えもしなくなった手を見やり苦笑を浮かべた。

 どんなに素人で並の人間程度だったとて、ここまで戦い続ければ慣れもするものだ。

 

『にしても、あなたったら赤、赤、赤って……隠す気はございませんの?』

 

 支援AIことチェシャの言に、ウィルが苦笑したのは言っていることは尤もなことだと理解しているからであり、だがそれでもそれを求められて乗ってしまっている自分に対する自嘲もあるからだ。

 これでは“赤い悪魔”ですと言っているようなものだと……。

 だが、別に赤い機体は彼だけのものではない。なんなら“人気の色”だ。

 

「金にでもしておいた方が良かったか?」

『目立つのがお好きで? それとも自信の表れでして?』

「その分味方に敵意が向かなくなるなら悪いことばかりではないよ」

 

 そう言いながら、ふと妙な感覚に気づく。

 

「これは……?」

『どうかしまして?』

 

 数日前の酷い頭痛、その時に感じた不快感に似たような何かを感じる。

 彼は自身が“特殊な力を持つ者なのではない”と思っていたが、やはりその不快感は並の人間が感じるそれとはまた違うものなのだろう。

 彼の想起する“ニュータイプ”とは違うが、やはり彼はこの世界における“新たな力を持つ者(ニュータイプ)”なのかもしれない……すべては断言できることではないが。

 

 すると、サブモニターにフレイが映った。

 

『間もなく作戦エリアに入ります。総員、第一戦闘配備』

 

「クロト、オルガ、シャニ、聞こえるか」

『はぁい』

『あぁ?』

『なに……?』

 

 三者の声が聞こえ、彼はどこか不安感を覚える。

 久しぶりの出撃だというのに、彼女らはまるで不安感もないようで、前と同じように気の抜けた返事を返すので、ウィルは少し眉を顰めた。

 彼女らの腕を信用していないわけではない。シミュレーターもゲーム感覚で遊んでいたことだし、腕が明確に落ちているなどということは無いと思いたい。

 だが、やはり守るべき対象……守った対象を再び戦場に連れ出すのは不安感を煽るには十分すぎる要因である。

 

「お前たちはガルダの護衛だ。離れるなよ」

『んなもんわかってるっての』

『ですね。おにーさんは心配性なんだよ』

 

 二人の言葉に、ウィルはその自覚があるのかバツの悪い表情を浮かべた。

 

「かもしれん、だから心配させてくれるな」

『ハァン、こっちの台詞だから、それ』

 

 シャニの言葉に、ウィルは頷く。

 

「そうだな、努力する」

 

 すると、次にサブモニターに映るのはアズラエルだった。

 

『あ~君たち、“案の定”戦場に出てるアークエンジェル陣営には手出し無用ってことは覚えておいてくださいね。と言っても君たちはガルダの護衛なわけだから……あなたに言ってることお忘れなく』

「了解してますよ顧問。触らぬ神になんとやらだ……私ではキラに勝てんからな、手出しなどせんよ」

『かっこわりーこと言いますわね』

 

 チェシャの言葉に、アズラエルが苦笑を零す。

 事実、ウィルが万全で、戦う必要があったとしてもキラに手を出すことは最低限したくはないことだ。

 自身が撃墜される危険がある行為など好き好んでするわけがない。

 

『ともあれ無事に帰ってくるように。君たちも、あなたたちも』

『かしこまりですわ!』

『ほんとAIっぽくないことで』

 

 今、自身がやることは……。

 

『システム、オールグリーン……発進、どうぞ!』

 

 ガルダの下部ハッチが開かれ、コックピットのウィルの目先のモニターにも光が差し込む。

 

「……ウィレーム・マクスウェル、ザムザザーで出撃()るぞ!」

 

 瞬間、ガルダの下部からザムザザーが海面に向けて落下していくも、バーニアを使い姿勢制御をしつつ、止まる。

 赤きザムザザーはそのブレードアンテナを輝かせ、戦場に舞い降りた。

 戦況はそれだけで十分に変わるに値する。それだけの心理的圧をかけるものだ。

 

 ミネルバ隊はもちろん、アークエンジェルや、ファントムペインもすぐにそちらに意識を向ける。

 当然だろう。彼が誰かを理解している者であり、彼を彼と理解していなくとも、ウィレーム・マクスウェルを知っているのだから……。

 突如、加速するザムザザー。

 

「オーブは放っておきたいとこだがな…!」

『忖度するってわけですわね。別に構いませんけど、あっちはやる気満々でしてよ!』

 

 四脚、その前二つの<複列位相エネルギー砲(ガムザートフ)>を放ち、ウィンダムとダガーLを一機ずつ破壊。

 海上を加速するザムザザーを追うのは二機のムラサメ。

 ミサイルとビームを放ってくるも、機体を傾けてそれを回避しつつ、脚部の上部に装備された単装砲を放ち二機のムラサメを“撃墜”する。

 

「私はキラほど上手くはやれんぞ……!」

『連合の空母から新たな反応、ワンコのモビルスーツ、ともう一機……ハァッ!? なんですのコレっ!』

「なに、どうしたチェシャ!」

 

 モニターに映る新たな機影を確認し、ウィルは顔をしかめた。

 

「どういうことだ……?」

 

 それは───見覚えのある赤いウィンダムだった。

 

 肩部のパーソナルマークこそ翼を閉じた悪魔から、翼を広げた悪魔へと変わっているし、細部も他のウィンダムより鮮麗されているように見える。

 さらに言えば、おそらく中身も違うのだろう。

 妙な不快感、僅かな頭痛に、ウィルは顔をしかめた。

 

「オレを、なぜ……?」

 

 

 

 ネオ・ロアノークは自身の専用ウィンダムで“赤いウィンダム”へと近づく。

 見覚えがあるだとか不快感はともかく、今やるべきことはミネルバを墜とすことであり、B.A.E.Lを始末することであり、ついでに邪魔者を払うこと。

 そしてそのためにどうするかは、傍にいる“上司”が決めることだ。

 

 だからこそ、ファントムペインの隊長としてジブリールに最も近い、その男へと指示を仰ぐ。

 

「全機出撃しました」

 

 モニターに映るのは、金髪赤眼の男だ。

 

「“サタナ”特務大佐、指示を」

『ああ、ありがとうネオ大佐』

 

 飄々と、どこか余裕そうな男の声に、僅かな不快感を感じる。

 ネオはいつだって……“一年前”に初めてあったときから、その男に違和感を感じていた。

 だがしかし、それはステラたちを守ることとは関係の無いことだ。

 

 今やるべきことは目の前の男を拒絶することではない。

 

『ほう、あれがB.A.E.Lの専用ザムザザー、素直に赤とはな』

 

 ザフトにも二種類ほど赤があるが構うつもりなどはないようで、男は口元に笑みを浮かべたまま、ウィンダムをそちらへと向けて加速させる。

 尋常でない加速をするそのウィンダムのコックピットで、男はノーマルスーツも着ないまま余裕の笑みを浮かべていた。

 接近しながらも、ザムザザーへと右手のビームライフルを放つが、急停止したザムザザーが逆方向に加速し回避。

 

「避けるか、さすがだな」

 

 ザムザザーのガムザートフが放たれるもそれを回避し、男は変わらず余裕の笑みを浮かべる。

 

 

「見せてもらおうか、“赤い悪魔”の力を……!」

 

 







色々と動き出して、新キャラ登場でした
あまりオリキャラは出さない主義ではあったんですが、致し方なし
どういうキャラか、なんかはガンダムシリーズ履修済みの方にはおおよそ予測がついてそうな感じの奴ですが、まぁそんな感じです
パワーバランスが複雑なことになってきまして、ウィルも当初の目的すら果たせるかどうかな感じに……


映画の新情報が出ましたが、劇場版編をやるとしてこのままB.A.E.Lが残るとコンパスとの関係性が複雑なことになりそう
いやまぁ見て見ないことにはなんともなんですが


では、次回もお楽しみいただければです



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赤を継ぐ者

 

「チィ! ただものではないか!」

『あなたのイミテーションなのだから当然そういう“役者”を用意してやがるわけですわね!』

 

 海上を滑るように、高速で飛び回るザムザザー。

 それを逃さんと追い続けるのは、“赤いウィンダム”だ。

 細部が先鋭化されてはいるものの、確かにオーブ解放戦の時に“ロマ・K・バエル”が駆ったあの機体に類似している。

 実際のところは、本当にあのウィンダムを改良した機体なのだが……。

 

「攻撃が命中しそうなら上部にリフレクターを頼む……!」

『わぁってますわよ!』

「だがなぜ、なぜだ……?」

 

 なにも難しく考える必要はない。

 なぜなら、“ウィレーム・マクスウェル”という男の知識の中に、“そのパターン”はいくつか存在している。

 だが、確かに感じる“不快感”は正解を無理矢理にでも彼につきつけるものなのだろう。

 

 シンプルな“名を騙る偽物”程度では、不快感は得ても“こういうもの”ではないだろうから……。

 

「っ!」

 

 水上でウィンダムに追われていたザムザザーだったが、海上から跳ねるように上昇すると同時に底を天に向けるように逆さまになりウィンダムと高度を合わせる。

 接近するウィンダムが急停止をかけるも、そのウィンダムへ向けて単装砲と<高出力ビーム(ガムザートフ)>を同時に撃つ。

 

「これで仕留められるとは思わんが……!」

『そういうことは言うべきではなくってよあなた!』

 

 放たれた四本のビームがウィンダムを襲うが、ウィンダムはその合間を縫うようにして回避しながら、後方へと下がりつつビームライフルを放った。

 ザムザザーを回転させつつ下降させそのビームライフルを避けながら、ウィルは背後から迫る量産型のウィンダムを感じ、二本の後ろ脚のガムザートフを放ち撃墜。

 

「くっ、なぜ私のイミテーションなど……っ! なんの意味がある……!?」

『あなたそれ本気で言ってますの!?』

「私はいつだって本気のつもりだが……!?」

 

 単装砲とイーゲルシュテルンで、追ってくる赤いウィンダムに牽制をかけつつザムザザーを後退させていき距離を取る。

 このままでは本来の目的である“ミネルバの援護”や“ハイータたちの奪還”もままならない。

 まずは“偽物”をなんとかしなければ……。

 

 いや、偽物と言うには、操縦技術がかなり“本物”に寄っているのも気になるところであるが……。

 

『貴方って存在がどれだけ士気をあげると思ってますの! それに下げるのも!』

「いや、私はっ……私のようなっ……!」

 

 ───私自身が、まがい物のようなものだというのに……!

 

『ともかく、アイツ操縦技術が並はずれてましてよ! あなたに似てますわ!』

「わかるものか!?」

『わかりますわよどれだけ見てきたと思ってやがりますの! 明確な弱点が無いってとこが厄介ですのよ!  あなたって味方でも敵でも面倒ですのね!?』

「がなるな……!」

 

 赤いウィンダムの移動先を感覚で掴み取り、そちらに向けてガムザートフを放つ。

 敵はそれを盾で凌ごうとしたようだが、あえなく爆散。

 だが、ウィルに撃墜できたかどうか、そしてできてなかったとしてどう動くのか、理解できないわけもない。

 

「上だろう!」

 

 片腕を<超振動クラッシャー(ヴァシリエフ)>へと換装させると、機体を上へと傾けてそれを振るう。

 爆散したのは盾のみで、本体は加速し上へと逃げていたという、単純な話だ。

 ウィル自身であれば、やりかねないことである。

 

 真上から振り下ろされたビームサーベルを、ビームコーティングの施されたヴァシリエフで受け止めた。

 

「気色の悪い。これほどわかるとは……ただの偽物ではないか!」

『わかっているようだな、ロマ・K・バエル……! その通り、貴方の名声を借るだけの偽物ではないのだよ。私は……この“サタナ・L・タルタロス”は!』

「なにっ!?」

 

 声は違うが、話し方はウィルと似たようなものだった。別にそこまで珍しいものではないと自負しているウィルだが、それでも、自身を彷彿とさせる。

 否、すっかり素になってしまっているが、かつては“模倣”していたその元を彷彿とさせるのだ。

 だからこそ、動揺もする。

 

「何者だ……!」

『名乗った通り、それ以上でも以下でもない……とはいかないようだな。貴方が望んでいるのはそういう答えでないようだ』

「サタナ・L・タルタロスっ……ずいぶんと大仰な名前をつけたな!」

 

 お互いに弾かれるように下がるが、距離は離さない。

 いや、サタナ・L・タルタロスという男がウィルを離さず、食らいついていく。

 圧倒的体格差のモビルアーマーザムザザーを前に、一歩も引かずに接近し、ウィルとの対話を続ける。

 

『貴方という“役割(ロール)”を担うのだからそうもなるのだろうさ、少なからず“彼女”はそれが必要と判断したから私という“器”に……人々の望む“赤い悪魔”を授けた』

「器だと……!? 他者の望む私になろうと言うつもりか、貴様は……!」

『理解が早くて助かるな、そういうことさ』

 

 振るわれるヴァシリエフを回避しながら、サタナはウィルへと攻撃。

 放たれたビームライフルを機体を横回転させて回避し、さらにそれを行いながら単装砲で牽制。

 もちろん回避されるが、構わず換装したガムザートフで射撃。

 

『ほう、やはりよく動く……私の“知る”ロマ・K・バエルだな』

「今の私はウィレーム・マクスウェルだ……!」

『そうさ、だから人々が望む赤い悪魔が必要になる。必要になったからこその私だ』

『ほざいてくれますわね! イミテーション風情が!』

 

 チェシャの声が響くが、特にサタナが動揺する様子もない。

 

『他者の力を借りねばザムザザーはさすがに操縦できんか、それもそうだな……だが人々の望む“ロマ・K・バエル”はもっと完全で無欠なものだ』

「そんなロマ・K・バエルは存在しない……!」

『それは人々の望む“赤い悪魔”ではないのだよ。器たる私はそれを成さねばならん……!』

 

 ウィンダムが振るったビームサーベルがザムザザーの右前脚を突き刺した。

 

「チィ……!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方、突如として戦闘に乱入したフリーダムを駆るキラ・ヤマトは、赤黄色のウィンダムと交戦を開始していた。

 放たれたビームをシールドで弾き、反撃にビームライフルを撃つ。

 だがそれもまた、シールドで凌がれた。

 

「この相手っ……この感じっ……!」

 

 困惑しながらも、ビームサーベルを引き抜いて接近し、攻撃。

 だが、それはゆうに回避され、ウィンダムは反撃とばかりに蹴りを放つ。

 

 もちろん、それに当たるキラではないが、フリーダムを駆る自身に食らいついてくる者……彼の記憶では、それは数名しか存在しない。

 そして、消去法的に目の前の相手は“その人物”である可能性が非常に高かった。

 

 だからこそ、困惑する。

 

「どうして、なんで……!」

『キラ!』

 

 カガリの声が聞こえるが、キラは顔を顰めてウィンダムの攻撃を捌きながらアークエンジェルと、共に出撃した“ストライク”へと叫ぶ。

 

「カガリ下がって! ムウさん、バルトフェルドさん、頼みます!」

『おうよ!』

『了解!』

 

 ムウの搭乗する統合兵装ストライカーパック(I.W.S.P)を装備したストライクが、新型ストライカーパック<オオトリ>を装備したストライクルージュの前へと出る。

 程なくして黄色いムラサメがアークエンジェルから出撃、フォローに回った。

 今の彼にはアークエンジェルやカガリをフォローする余裕がないからこそ、先に彼らに頼る必要があったのだろう。

 

「本当に、ハイータさんだとしたらっ……!」

 

 開幕に一斉射撃でムラサメやウィンダムの腕部や武装を破壊し撤退に追い込みはしたが、カガリの声を届けてオーブの戦闘を止めるという当初の目的は失敗に終わり、それでも戦闘を止めるためにやることはやるつもりだったのだが、そうもいかなくなった。

 目の前の機体、ウィンダムが本当に“ハイータ・ヤマムラ”の駆るものだとしたら……。

 

「くっ、どうしてウィルさんがいるのに……それにあの機体も……!」

 

 だが、キラが“偽物のロマ・K・バエル”を、赤いウィンダムを確認したのも確かで……故に目の前のウィンダムに乗るのが本当にハイータ・ヤマムラでない可能性もあるが、だがそれでも、その操縦技術は並の人間が簡単にコピーできるものではない。

 一番手っ取り早く確認する方法があるとすれば、それはウィルに接触することだが、その余裕がないのも事実。

 

 ならば……。

 

「これなら!」

 

 クスィフィアスレール砲を放ちウィンダムを牽制、回避したウィンダムに機関砲を乱射。

 それを受けまいとシールドを構えた所にさらにレールガンを撃つも、ウィンダムはそれを回避。

 だが、フリーダムはそこに接近し、ビームサーベルを右腕で振るう。

 

「はぁっ……!」

 

 それをシールドで凌ぎながらも、ウィンダムは右手でビームサーベルを引き抜き振るおうとした。

 だが、フリーダムは左手でその右手を掴み、そうさせない。

 そしてキラは即座に接触通信をしかける。

 

「ハイータさん! ハイータさんなんですか!?」

『フリーダムのパイロット? まったくなんなのかなぁ君はっ……!』

「やっぱりハイータさん!」

『くっ……! どこの誰と勘違いしてるか知らないけど……!』

 

 確信……だが、直後に敵の攻撃を確認しウィンダムを蹴って離れた。

 

『きゃぁっ!』

「くっ!」

 

 二機の間に迸るビームライフル。

 赤黄色のウィンダムから離れて射撃の行われた方向を確認すれば、そちらには───赤いウィンダム。

 それがウィレーム・マクスウェルでないことは理解している。なぜならウィレーム・マクスウェルはB.A.E.Lなのだ。

 だからこそ、赤い大型モビルアーマーを視界に入れても、そちらをそれほど警戒していない。

 

「ウィルさんが被弾してる……!?」

 

 右腕部を破損させたザムザザーを見やり、キラは顔を顰めた。

 

 偽物であろうとも、実力は本物であると理解した故に……。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 マユ・アスカは空戦用の試作ウィザードを装備したザクウォーリアにて空中戦を続けていた。

 新たにミネルバに加わったハイネ・ヴェステンフルスの駆るグフイグナイテッドが装備しているバックパックとほぼ同型のものだが、加速度は試作の方が高いという代物である。

 故に、その“どこからか降ってわいた”戦闘スタイルに噛みあうのだろう。

 

 加速したザクウォーリアがムラサメの腹部を蹴りつけ、吹き飛ばす。

 

「そこッ!」

 

 体勢を崩したムラサメを突撃銃で撃ち抜くと、即座に加速。

 

「ガイア……!」

 

 島のようになっている陸地から、ガイアがビームを放ってくる。

 それらを回避しながら、反撃にビームライフルを撃つが、その距離ではシールドで防がれてしまう。

 ならばと、マユが動こうとするがそれより早く、その前に出てくるのはオレンジ色の機体……グフイグナイテッド。

 

『下がれ嬢ちゃん! コイツは俺に任せとけ!』

「私だってやれます……!」

『ミネルバの援護を頼むって言ってんの! ミネルバを守ってるのはレイとルナマリアのザクだけなんだ、シンはアビス、アスランはカオスを相手取ってるし、グフは守るタイプの機体じゃぁないんだ!』

 

 理にかなった言葉だと、マユはなけなしの理性で判断した。

 強奪された……強奪を許した機体をこうして敵に使われている。特殊ではあるがザフトの末端程度の位置にいるマユでも屈辱を感じるのだから、ハイネにとってもそれは許し難いであろうことは察っした。

 だからこそ、マユは大人しくハイネの指示に従う。

 

「ッ……了解です!」

 

 マユはザクを反転させて、ミネルバへと加速。

 

 

 その場に残ったハイネはグフを加速させ、ガイアへと接近をかけるも、ガイアは素早く後退。

 グフの左腕の<四連装ビームガン ドラウプニル>を乱射しガイアを牽制。

 ガイアはシールドを前に出しながらビームライフルの銃口をグフに向けた。

 

「待ってましたぁ! ってね!」

 

 ハイネはグフの右腕に装備された鞭、<スレイヤーウィップ>を振るってガイアのビームライフルを巻き取る。

 

「ザクとはちがうんだよ! ザクとは!」

 

 スレイヤーウィップを奔る電撃がガイアの持つビームライフルを爆散させた。

 怯むガイアへと、ハイネはシールドから<テンペスト ビームソード>を引き抜きつつ加速。

 構えるシールドを弾き、さらに一歩踏み込んでガイアへとテンペストにて斬撃。

 

「踏込が甘かった!」

 

 だがその一撃は、ガイアの胴体に深い斬撃をくわえ、コックピット部分を引き裂いた。

 尻もちをつく様に倒れるガイアへと追撃をしようとしたところで、ハイネは止まる。

 そのコックピットの隙間から見えてしまった……少女が。

 

「くそっ、エクステンデットかよ胸糞悪りぃぜっ……!」

 

 捕虜にするべきかと数瞬の迷いを見せたその瞬間、ハイネは迫る敵機に気づきその場から跳ねた。

 先までいた場所にビームが突き刺さる。

 敵機の接近、それは赤黄色のウィンダム。

 

「あいつはB.A.E.Lとフリーダムがやってたんじゃぁ……!」

 

 だが、接近してきているのは事実。

 ビームサーベルを引き抜いて激突しかねないような速度で接近するウィンダムに、ハイネは右腕部のスレイヤーウィップを振るうも……回避される。

 しかし、ドラウプニル然り、スレイヤーウィップもグフの両腕に装備された武装だ。

 

「もう一撃!」

 

 振るわれたスレイヤーウィップを、“脚底”で受けるウィンダムだったが、次の瞬間クローが展開され、スレイヤーウィップを切断する。

 

「なにっ!?」

 

 さらにそのまま体勢を整えつつ、ウィンダムは腰部から短剣<スティレット>を取り出し投擲。

 ロケット推進式のそれは勢いよくグフへと迫るも、ハイネはスラスターを使いどうにか体勢を変え、胸部に直撃するはずだったそれを肩部に逸らす。

 だが、刺さったそれは小さな爆発を起こし、グフの右腕部が落ちた。

 

「チィ! コイツ、エースか……!」

 

 さらにウィンダムはビームサーベルを引き抜いてグフへと接近しようとするが……止まる。

 

 直後、グフとウィンダムの間を横切るのは高出力ビーム……ガムザートフだ。

 ハイネはモニターに映る赤いモビルアーマーと、それを追う赤いウィンダムを見て顔を顰める。

 

「ずいぶんゴチャゴチャしてきたじゃないのっ……!」

 

 

 

 ザムザザーのコックピット内で、ウィルは表情に焦りを浮かべていた。

 理由はと言えば、彼のことだ。もちろん身内のことでしかない。

 

 自身とキラの二人で、二機のウィンダムを相手していたが回避と防御と攻撃の繰り返しで停滞した状態から、一気にハイータことネオ・ロアノークが戦闘を離脱。

 一直線に向かっている方向を見れば、それはガイアの方で、既にステラは追い込まれた状態にあった。

 このままではハイネに撃破されかねないと踏んでネオはそちらへ加速したのだろうと、その段階ではウィルは安堵を抱いていたいのだが、ハイネがネオに追い込まれてからは違う。

 

 構わずステラを助ければ良いと言うのに、思わず援護射撃をしてしまった……。

 

「えぇい、ガイアを回収するのが最優先だ!」

『ワンコじゃありませんの!?』

「今、私だけの力ではハイータは御しきれんよ……!」

 

 赤黄色のネオの駆るウィンダムがザムザザーの方を向く。

 背後からはヒシヒシとプレッシャーを感じているが、この場で止まって再度サタナの相手をしていては今度はガイアを回収されかねない。

 ガルダに通信をする暇も……。

 

「チェシャ! ガイアの回収をクロトたちに……!」

『え、あ、かしこまり!』

「チィッ!」

 

 背後から放たれるビームライフルを、ネオの方に加速しながら回避していると、突如さらに下から殺気を感じた。

 

「くぅ!」

 

 横回転をかけて、前進しつつもその場から退けば、真下の海中から現れるのはアビス。

 ランスを真上へと向けた状態で海上へと出たアビスが、そのまま左右のバインダーや胸部、さらに背部のビーム砲から一斉射撃をかければ、ウィルはザムザザーの上部をそちらへ向けて陽電子リフレクターを展開しそれを防御。

 だが、その隙を見てサタナが接近をかけてくる。

 

『ここで終わらせよう。人々が望む者でない“者”よ……!』

「役者じみた台詞ばかりでっ!」

 

 ウィンダムのビームサーベルを左前腕のヴァシリエフにて受け止めた。

 だが直後、真上から迫る気配を感じ、単装砲とイーゲルシュテルンでウィンダムを牽制し背後に下がる。

 上空から下降してきたカオスの脚部ビームサーベルにて、ザムザザーの左腕部が切断された。

 

 どうにか左腕の一本で済んだが、既に詰みだ。

 

「くっ!」

『右腕左腕と使い物になりませんわ! 撤退しますわよ!』

「欲をかいたか、この私がッ……!」

『ウィルさん下がってください!』

「キラっ……!」

 

 フリーダムが接近してくるが、既に遅い。

 加速した“赤い悪魔”は、ウィレーム・マクスウェルという“ただの男”の前にいる。

 体勢を崩し機動力の低下したザムザザーでは逃げ切れまい。

 

 

『これでお別れだ。ウィレーム・マクスウェル……いや、ロマ・K・バエル』

 

「サタナ・L・タルタロスっ……!」

 

 

 ザムザザーの眼前で、赤いウィンダムがビームサーベルを振るった。

 

 







色々あって執筆速度が遅くなってるんで突貫工事気味ですがこんな感じです

まぁわりと予想通りだったと思います。新キャラ
迷いの無いウィル、ほぼ全裸(

ごちゃごちゃしてきましたが、次回一段落というところで

では次回もお楽しみいただければと思います


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