ファミーユ“奴隷の街” (こなぎゆめ)
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奴隷の街

本作品は、残酷,差別的な表現などを含む場合があります。ご了承ください。

……あと何年ぶりかわからないほど久しぶりな小説です。
なにとぞよろしくお願いいたします…


父は英雄だった。

決して指揮を執るような立場の者ではなかったので、功績というものはあまりない。

それでも戦線で戦う姿とその影響力は周りからも一目置かれていたし、慕われていた。

そんな父に、俺も憧れた。

将来は親父みたいな英雄になる、なんて言って。

父は照れてこそいたが、どこか嬉しそうではなかった。

優しい父だ、俺の夢を否定こそしなかったが剣からは遠さげていたように感じる。

そんなことを分かっていながら、俺は夢をあきらめきれなかった。

俺はここまで来た。その報告を兼ねた、墓参りだ。

 

「行ってくるよ、親父」

 

手に持った花を、墓の前の花瓶に刺した。

慣れないスーツを身にまとい、足元の鞄を手に取る。

父がかつて所属した、この人類国家の治安維持部隊。

今日はその入隊式だ。

父の眠る墓に背を向け、歩き出した。

父のような英雄になるための舞台に、ようやく立てるのだ。

 

 

 

朝から街は賑わっていた。

ここは人類の国家、人間の街だ。

レンガ作りの建物が並び、道の端には早朝から物を売ろうと露店が並んでいる。そしてそんな露店に群がる人々。

この世界には、人類のほかに種族が存在する。

例を挙げればエルフ、自然の力を感じ取ったり扱ったりする人型の種族。横に長い耳が特徴だ。

獣人族、獣と人間が融合したような姿をしているのが特徴だ。

その姿は人寄りだけでなく獣寄りの見た目だったり、鳥のように羽があったり。猫のような耳があったりと多種多様だ。

勿論竜族など人間の姿からかけ離れた文明も存在する。

まあ、そんな多種多様な種族がそれぞれに文明を築いて国を形成している。

そんな様々な国家がある中でも、人類国家は少し変わった文明だ。

街で周囲を見渡せば、耳が長かったり尻尾がある人たちを見ることができる。

そう、この人類国家には他種族も住んでいるのだ。

 

ただし、それは人間たちの奴隷としてだ。そのため彼らの首には首輪がつけられている。

 

正直、人類は不思議な文明を築いたと思う。

他の種族を奴隷として飼い始めたのだ。

 

「おっ、正人じゃねぇか!」

 

入隊式会場に行こうと街の中を歩いていると、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

振り返ると、近くの露店から見慣れた顔が顔を覗かせていた。幼いころ、父と一緒によく食べた饅頭の露店、その店主だ。

 

「正人おめぇ見ないうちに大きくなったなぁ!」

「それこの前も言ってなかった…?」

「はっはっは、おっちゃんももうボケちまってよぉ!それで今日はどうしたその恰好、スーツにあってんじゃねぇか!」

「ありがとう…実は今日から社会人で」

「かーっ、時がたつのは早いなぁ!おっちゃんお前があんなちっさい時からずっとこの仕事してたと思うと、時が経つのは早いねぇ!」

 

 愛想笑いしながら、硬貨を差し出す。

 おっちゃんがそれを受け取り、代わりに饅頭を渡してきた。

 

「ん、もう行くのか?」

「入隊式があるんで。」

「入隊式…おめぇ、親父の後を継いだんだな。立派になったな。」

「あぁ、だからこそ立派になるのはこれからだよ」

「急ぎならうちの奴隷貸してやろうか?おんぶしてもらえば早いぞ」

「帰りはどうするんだよ。俺を送り届けた後、その奴隷がご主人さま無しになる。『奴隷の放し飼いは例外を除き厳禁』ってな」

「ははっ、さすが治安維持部隊様は言うことが違うねぇ!」

「じゃ、行ってくるよ」

 

 饅頭をほおばりながら、露店に背を向け歩き出す。

 いってらっしゃい、そんな声が背中を押した。

 

 

 

 入団式会場。

 軽い当日リハーサルを行った後、淡々と入隊式が執り行われた。

 そこまで多くの新隊員が居るわけでもなく、そこそこの式場で行われた。

 

「瑞樹さん」

「はい」

 

 名前が呼ばれた者が起立し、前に居るお偉いさんの所まで足を運び辞令を受け取り席に戻る。

 その後、役員達全員に礼をして席に戻る。

 それを新隊員全員分執り行う。

 

「正人さん」

「はい」

 

 俺の名前が呼ばれ、席を立つ。前の人がやったことをなぞるかのように、お偉いさんの前まで歩き辞令を受け取ってお辞儀。

 しかし、憧れの治安維持部隊に入るのだと思うと、不思議と緊張して力が入った。

 

 辞令の交付が全員分終わると、役員の挨拶がある。

 まずは国家のお偉いさんが話を始める。

 

「新隊員の皆さんこんにちは。人生にはいろいろな選択肢があったことでしょう。その中でも治安維持部隊を選んでいただいてありがとうございます。

我々は人間は翼も、霊力と呼ばれるものもありません。ですが、だからこそ我々は最強なのだと声を大にして言いたい。

とある研究者は、人類は進化したと唱えました。自然と調和したことによって生まれた種族エルフ。空や大地などの生物との調和を果たした獣人族など。

それぞれは、元々同じ人間でありながら、それぞれ独立して国家を持って今に至る。“人類起源説”というものです。

まあ、竜族などの人型ではない種族まで当てはめてしまうのは…などと色々穴のあるような説ではありますがそこはひとまず置いておいて。」

 

 なんだか校長先生のお話感がある。

 これは長くなりそうだ。所詮つい数か月前までは学生、学生気分のどこか抜けない俺はそんなことを考えていた。

 各国家同士は、正直良い環境とは言えない。特にエルフ族と人間族の対立は絶えない。

 エルフは人間を見下しているし、人間はそもそも他種族すべてを見下している傾向にある。

 まぁ、他種族を奴隷にするくらいだからなぁ……。

 そんな国家間の関係上、場合によっては侵略戦争も起こることもある。

 まだ話は続く。

 

「人類がもしエルフや獣人族になったのだとしたら、それは果たして進化なのでしょうか。

いや、断じて違う。退化だと言ってもいい。生き延びるために調和を必要とした彼らに対し、何にも成らなかった私たちはこうして一つの国となっている。

これは、我々が劣等種ではないことを証明している。我々は調和を必要としなかった強い人類なのだと。

各国家間は非常に危険な状態にあります。皆さんは基本的には治安維持を行っていただきますが戦線に出ていただく機会もあるでしょう。

ですが心配ありません、我々は強い人類です。だからと言って“英雄”のように活躍をしろ、などというつもりもございません。

ただし皆さん生きて帰ってきてください。できますね?できるはずです。皆さんは強い人類ですから。

皆さんが治安を維持してくれているおかげで暮らしていける人々が居ます。そのことも忘れずに」

 

 そんな話が、あと5分は続いた。

 

 

 

 入隊式が終わると、給料やらなにやらと生々しい説明を受けた。

 その後は、新隊員だけでなく役員も含めた交流会が執り行わた。

 『交流会』なんて名前を使ってるから聞こえがいいが、言い換えれば飲み会である。

 勿論酒の飲めない人用にお菓子(おつまみ含む)やジュースも用意された。

 そんな交流会は入隊式よりも広い会場で行われた。

 それは何故か、理由は単純で別室に控えさせていた奴隷が参加して人数が増えるから。

 皆それぞれの奴隷を見せ合っている。奴隷自慢大会の開催だ。

 勿論ただ見せ合っているわけではない。奴隷というのは武器や乗り物のように扱う場合がある。

 奴隷はただのお洒落などではない、計算高い隊員は役員たちに自身の力量をアピールしているわけだ。

 まぁ…外見のいい奴隷などの観賞をしないかと言われるとそうでもないだろうが。

 俺はあまり興味なかったので、適当にジュースを飲んで終わるのを待っていた。

 

「君、“英雄”の息子さん?噂には聞いているよ組織内では“未来の英雄”が現れたと大盛り上がりだったさ」

「はは…期待に添えるように頑張りますので、これからよろしくお願いします」

 

 突然に役員さんに声をかけられた。

 相手側からしたら軽い挨拶のつもりだろうが“英雄”の名を出されるとプレッシャーでしかない。

 声をかけてきた役員の目つきが一瞬で鋭くなる。

 目利きの顔だ。

 

「ところで、もしよければ君の奴隷を見せてくれないか?」

「いえ、私は………」

「そういえば、かの“英雄”も奴隷は飼ってなかったな…まさにその腕に自信があるとみた」

 

 愛想笑いを繰り返した。

 目利きするものも無いと判断したのか、役員は別の隊員に話をしに行った。

 しかし、お偉い人に話しかけられるとさすがに緊張するものである。

 もうすでに何人か来たが、何人来られても緊張するものはする。

 緊張が解け、思わず胸をなでおろす。

 あまり良い印象は持たれなかっただろうが、奴隷を連れていない以上はこの場でいい印象を与えるのは諦めたほうがいいのかもしれない。

 ふと、一人の美人な女性に目が奪われた。

 確か瑞樹という新隊員だ。

 

「あの女の子…どこかで……」

 

 見たことがある、そんな気がする。気のせいだろうか。

 しかし、女性の隊員など正直珍しいような感覚がある。

 元より、隊員は男性限定等という縛りは無いがどうしても男性が組織に多くなっている印象だ。

 そんな組織に女性、いい華になりそうだ。きっと職場の雰囲気も和らぐだろう。

 よく見たら違和感を感じた。その女性は手綱を握っていないのに、人が集まっている。

 まぁ本人が美人だから……でも、それだけが理由ではなさそうだった。

 

「奴隷は……?」

「すみません、奴隷は……」

「あの政治家の娘さんですものね」

 

 彼女たちの会話が聞こえて、それでようやく思い出した。

 あの瑞樹という女性、界隈では有名なとある政治家の娘か。

 父の政治活動を手伝っている姿を稀に見たことがある。既視感の正体に気づいてすっきりした気分だ。

 彼女の父は『他種族と人間は共存できる』という言葉を掲げている政治家だ。

 まぁ言ってしまえば『奴隷制度反対』という活動指針。

 反社的な思想だと危険視されがちだが、実際は支持率は悪くない。

 その支持率は世の中の考え方の変化というものか、はたまた組織票や不正票によるものだと根も葉もない噂が流れたり。

 話題に尽きず、今最も注目されている政治家だ。

 しかし、そんな政治家の娘が治安維持部隊など…それは物珍しく人も集まるわけだ。

 そんなことを考えていると、いつの間にかそんな美女の顔が目の前にあった。

 

「…ねぇ」

「うわっ!びっくりした!」

「勝手にびっくりしないで貰える?」

 

 何か理不尽なことを言われたような気がしたが、何はともあれぼーっとしてた俺が悪い。

 

「私は瑞樹、君は?」

「正人です。瑞樹さん、同期の隊員としてこれからよろしくお願いします」

「敬語なんて要らないわよ、堅苦しい。それこそ同期の仲間としてこれからやっていくのに。気楽に話しましょ」

 

 美人な政治家の娘さんに声をかけられたら、緊張して敬語にもなるわ。

 しかし、瑞樹の言うことも一理ある。

 それが望みなら、俺も慣れない言葉使いをしなくて済むというもの。

 

「じゃ、お言葉に甘えて…よろしく瑞樹」

「ん、こっちこそよろしくね」

 

 握手を交わした。

 瑞樹が、側にあった机の上からジュース手に取り、紙コップに注いで手に取った。

 

「あなたはあっちに混ざらないの?」

 

 ジュースを一口飲んだ瑞樹が、今まで自分がいた場所を指さしてそんなことを聞いてきた。

 奴隷見せ合いの場に参加しないのかということだろう。

 

「うーん、正直興味がないんだよなぁ…」

「奇遇ね、私もよ。はぁ…正直やっと抜け出せたと安心してる」

 

 すごく深い溜息が聞こえた気がする。

 おそらく美人だし政治家の娘だしと、役員やほかの隊員が挨拶にすり寄って来てあの場から離れられなかったのだろう。

 

「奴隷を自慢げに見せつけられるの、苦痛でしかなかった……」

「そ、そうか……」

 

 突然愚痴りだした。美人が台無しである。

 もしかしたら、俺が奴隷を連れていないから“こっち側”と見て安心しているのかもしれない。

 少し様子を探ってみることにする。

 

「俺は奴隷を連れてないから、見せるものも無いんだよなぁ」

「やっぱり」

 

 その反応を見る限りは合ってそうだ。

 父の政治活動を手伝っているだけあって本人のも“奴隷”という制度を嫌っているのだろう。

 少なくともこの場で奴隷を連れていないのは一部役員と俺と瑞樹だけである。

 俺が奴隷反対派かどうか今、目利きされているわけだ。

 流石政治家の娘といったところか、底が見えない。

 

「でも、これから一緒に働くのだから。挨拶くらいはしておいたら?私はやったわよ、あなたを除いたね。みんな挨拶に来てくれたけど、あなたとはまだ出来てなかったから」

「そりゃどうも」

「さっき役員の方に聞いちゃったんだけど、“英雄”の息子なんだって?」

 

 父のことを知っているのか。

 そうなれば俺を奴隷制度反対派だとは思ってなさそうだな。

 父は侵略戦争の前線でも活躍した人物だし………別領土から多くの奴隷を攫ってきたことに貢献している。

 

「ま、父は父だよ。俺は大した人間でもない。一般人だよ。」

「あら、私もそうよ。父がちょっとした政治家ってだけで私に名刺なんか渡したところで、ねぇ?」

「へぇ、父が政治家なのか」

 

 複雑に考えても仕方ない。

 初めて知ったふりして、話を広げよう。

 どんな政治家なのか、とでも訊いて話を繋げようとした時だった。

 

「ねぇ、あなたは奴隷制度のことどう思ってる?」

「俺?奴隷制度は好きじゃないかな」

 

 瑞樹から話を振ってきた。

 その問いに対して返した言葉は嘘ではない。

 

「あらそうなの?私も」

「俺が言うのもおかしな話だが、なんでこの職場に?奴隷たちを取り締まる立場だぞ」

「取り締まられるなんて、元から悪いことしてる奴ばかりじゃない。ま、父の政治活動の手伝いをしたいってところかな」

「………ん?」

「“革命軍”」

 

 首をかしげる俺に瑞樹が一言。

 “革命軍”。それは現在の社会問題の1つだ。

 花のような紋章と『奴隷の解放』を目標に掲げている組織で、人類国家の中に紛れ込んで犯罪だったり問題事をよく起こしている。

 その組織は主にエルフで構成されていると言われているし、悪事を働いて捕まった者のほとんどがエルフだ。

 といっても紋章さえ真似てしまえば革命軍のせいにできる、なんて言われるくらいで。その起こした事件すべてが本物の革命軍によるものかは定かではないが。

 

「私の父は奴隷制度の撤廃を目指している政治家なんだけど、革命軍が事件を起こすたびに風当たりが強くなるのよ。

『他種族にこれ以上権利を与えるだなんて』とか色々言われちゃってね」

「あぁ…なるほど」

 

 確かに瑞樹の父はヘイトの絶好の的だろうな……。

 

「そしてなにより、父が実現した国の形を私が守るのが夢なのよ」

「立派な夢だな」

「あなたは?」

「へ?」

「なんで入隊したの?」

 

 分かりきったことを聞くものだ。

 

「頼もしい“英雄”の背中が、忘れられなくてね」

「……貴方の父は……」

 

 そう、俺の父は“革命軍”によって暗殺された。

 敵が多そうな人ではあったが。何かの復讐だろうと言われているが、はっきりとした理由はわかっていない。

 俺の父が死んだあとから、革命軍の犯行が増えたのは偶然か。関係性は。

 今は納得する答えや復讐が望みなわけはない。

 ただ、知りたい。復讐や納得など、その後だ。

 そんな話をしていると

 

「皆さん、ご歓談の所申し訳ございませんがお時間です!」

 

 役員の方の声が会場に響いた。

 いつの間にか、終了の時刻を迎えていたのだった。

 

 

 

 

 

 解散時刻をとっくに過ぎたというのに、俺たち新隊員の多くと一部役員は何故か式場横の広場に集まっていた。

 何やら役員や隊員の中に「瑞樹の奴隷がどうしても見たい!」と懇願したやつがいたらしい。

 というか、瑞樹のやつ奴隷が居たのか。奴隷制度は嫌いと言っていたのに。

 てっきり居ないものだと思っていたが、会場に連れてきていなかっただけらしい。

 なんか、皆が移動するのに付いてきたら帰るに帰れなくなっていた。

 しかし、周囲を見渡してもどこにもその姿は見えない。

 瑞樹が口笛を数回吹いた。

 突然に強い風が吹き、俺たちのいる広場を影が覆った。

 

「……会場に収まりきらなくてね」

 

 瑞樹がそう呟いた。

 俺たちの上に、何かがいる。

 その事に気付いてみんなが上を見上げ、驚く。

 

「私の家族を紹介するわ」

 

 もし、最も安く奴隷を買おうとするなら、猫系などの比較的非力な獣人族だ。

 戦闘力としては正直あまり頼りにならないし、数も多いため希少価値が低い。

 このように武器や乗り物としての性能や希少価値から値段が決まることが多い奴隷だが、瑞樹の奴隷は格が違った。

 会場に収まりきらない奴隷。それもそのはずだ。

 それはあまりにも巨大な体を持ち、大きな翼で空を舞い、巨大な瞳で俺たちを見下ろしていた。

 戦力としては破格。乗り物としても破格。人が何人集まっても歯が立たないから、人の奴隷になること自体が珍しい。

 奴隷としては、最高級。竜族だ。

 その長い首には奴隷であることを示す首輪がついていた。

 

「名前は、カンナって言うの」

 

 瑞樹が振り返ってその場の全員に言った。

 

 

 

 

 

 今日はなかなか濃い一日だったように思う。

 

「最後にとんでもないもの見せられたなぁ……」

 

 竜奴隷で通勤とか、まさに富豪のやることだ。

 あの会場で、自慢をしていた人たちの奴隷が霞んでしまうほどの衝撃があった。

 しかし疲れた。

 

「ただいま」

「おかえり~」

 

 家の扉を開けると、そんな声が聞こえた。

 ドタドタと、走る音が聞こえ玄関に出迎えが来る。

 透き通るような金髪に長い耳。

 食事を作ってくれていたのだろう、エプロンを着ていた。

 

「ご飯にする?ご飯にする?それとも…ってご飯まだできてないけどね。ちょっと待ってね」

 

 おたまを持って、そう笑うエルフの少女。

 

「寝る、おやすみ」

「ふざけんな食べろ」

 

 エメラ、俺の家の奴隷だ。




いかがだったでしょうか、1話はどちらと言えば世界観説明に使ってしまったような気がしますが…伝わりましたでしょうか。
久しぶりに小説を書かないか、と友達が言ってくれたのですが…楽しいですね。
しかし文才はなかなかない人間なので…伝わっていれば幸いです。
もし続きがあればぜひ読んでください。というより是非、次回でお会いしましょう。


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手綱からの解放

さて、お久しぶりです。1話を見ていただきありがとうございました。
後日友人との相談やいただいた感想など踏まえてタグなどを見直してます。よろしくお願いします。


 エメラと俺の2人で食卓を囲む。

 エメラが奮発したという夕食は豪華なものだった。

 入隊祝いだ、と用意されたそれは本当に2人分なのかと疑うような種類と量のおかずで構成されていたのだ。

 

「初日どうだった?」

「普通」

「なんかその反応、お姉ちゃん心配ですよ」

 

 自称姉は心配する様子無く、ただ目の前の食事に目を輝かせてそれを口に運ぶ。

 こいつ…祝いとか言いながら、ただたくさん食べたかっただけではないだろうか。

 よく見ればエメラの好物に偏っているような気がしなくもない。

 というか俺の家にこんなにも食材あったか?

 

「どうしたの?そんなに見つめても胃の中からしか出すものないよ?」

「それは出すな。外出てたのか」

「うん、食材少なかったから」

「先に言ってくれれば買いに行ってたのに」

 

 こんな量を作らなければ余裕で足りただろうに。

 

「一人で街に出ていってると思うと毎度ひやひやするな」

「大丈夫大丈夫。ほら」

 

 そう言ってエメラが手で両耳を隠した。

 手を下ろすと彼女の耳が長いエルフの耳ではなく人同様のまるっこい耳になっていた。

 魔法。エルフなどが扱う“自然の力”を借りて起こす不思議な現象。

 そんな現象で、他人の目を錯覚させるというのだから不思議だ。

 俺の目には普通の人間にしか見えなかった。

 

「耳さえごまかしてしまえばぱっと見は人間と何にも変わらないよ」

 

 ここは人間の国、街中で魔法が使いたい放題となれば国が崩壊しかねないだろう。

 そのため魔法を使えなくするエルフ用の首輪なんかも存在する。

 人間がエルフなどに対抗するため開発された。魔法の使用を制限する物質が使われているそうで。

 しかし、何故かエメラはそんな首輪をしていても関係なしに魔法を使う。生まれつきの体質のせいらしい。

 美味しそうに飯を頬張るエメラをおいて手を合わせ、席を立つ。

 

「ご馳走様、美味しかったよ」

「ん、マサトどこ行くの?」

「風呂まだなんだろ?薪割ってくる」

「もう割ってる、火もつけてるから沸くの待ってね」

 

 そういうとエメラは再び口を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類国家、この奴隷の街に朝日が昇る。

 大通りは朝市で盛り上がっていた。

 今日も仕事なので出勤だ。

 といっても今まで学校や寺小屋に通っていたのと変わらない。

 定刻までに目的地について、やることをやって帰る。

 勉強をしていたのが仕事に変わっただけだ。そんな考えが、学生気分というやつなのだろうが。

 しかしこの道、あまりにも人が多すぎて、通勤経路としてはあまり良くないように感じてきた。

 急がば回れ、などという言葉があったか。迂回路を探してみたほうが良いかもしれない。

 人込みの中を歩いて進む。

 しかし今日はやけに人が多い…何かイベントがあっただろうか、と考えていたら。

 

「異種族と人間は、共存できる!」

 

 人込みの向こうから男性の大声が聞こえた。

 どこかで聞いたことがある声だ。

 その声に続いて、その声の周囲の人々が「「そうだー!」」と声をそろえた。

 声の主が誰かって、奴隷制度の撤廃を目標に活動する最近話題の政治家。

 

「この永津を応援よろしくお願いします!」

 

 永津その人だ。

 ありがとうございますありがとうございます、と何度も会釈し周囲の人と握手などの交流を交わす。

 立派な政治活動の真っ最中だった。これは人も多くなるわけだ。

 反社的と言われるこの永津という政治家だか、実はかなりの人気がある。

 実際最近は奴隷制度そのものを疑問視する声もあったりするのが若者の考えで、それに支持されているのだろう。

 そして何よりこの人は本気なのだ。口だけではなくしっかり行動を起こす。

 

「最近制定された奴隷保護法、これは異種族共存への第一歩であります!」

 

 奴隷保護法、この人が主体となって行動して最近作成された法律だ。

 奴隷に対するあまりにも不当な扱いを禁じるもので、実際どこまでというライン引きは難しいと反発もあったが実現されたようだ。

 この政治家は口だけではない、結果まで示す。まあ、その分敵も多いから反社的などと言われているのだが。

 丸いことばっかり言って敵を作らないようにして、何もしない政治家によりよっぽどましだと俺も思う。

 などと考えながら、政治家演説のギャラリーの合間を縫って進む。

 流石に仕事間に合うだろうが…朝から辛い通勤になっている。

 

「他種族に権利を!永津をよろしくおねがいしますー!」

 

 ふと耳に入った、永津本人じゃない女性の声。

 この声も聞いたことがあった。

 思わずその声の方向に向かう。

 ギャラリーの中心部に近い位置だったためかなり苦労して進むことになった。

 その先には、ビラを配る少女。永津の娘。

 

「何やってんだ瑞樹」

 

 瑞樹。俺と一緒に入隊した隊員だ。

 

「あら、正人おはよう。何って父のお手伝いよ。仕事まで時間あるしね」

「いや、俺出勤してるんだけど。瑞樹は時間大丈夫なのか」

「…………え…あっ」

 

瑞樹が、自身が時間を忘れていたことに気付き、あわてふためき「ご、ごめんパパ!私仕事行ってくるね」と永津の耳に小声で伝える。

彼女は持っていたチラシを永津に渡し、足元にあった自身の鞄を拾う。

そして俺の手を引き、言う。

 

「行くわよ、正人」

「え?」

「あなたも出勤でしょ」

 

 瑞樹が手を引かれて歩き出す。

 人込みを抜けると、瑞樹が口笛を吹いた。

 するとどこからか空に瑞樹の竜奴隷、神無が現れた。

 

「さ、行くわよ乗りなさい」

「え」

 

 いいのか、竜なんていう高級乗り物に乗せてもらって。

 しかも竜車と呼ばれる『竜が運ぶ籠』なんてなく、直接神無の背中の鞍に案内された。

 鞍には2人分の乗り場所があった。

 竜車ならまだしも、鞍とは……こんな機会、滅多にないぞ。

 なんて思っていると「いいからいいから」と再び手を引かれ、鞍に乗った。

 

「正人、しっかり綱握っとかないと落ちるから注意しなさい!神無、お願い!」

 

 神無が翼をはためかせ、俺達を乗せて空へ飛ぶ。

 見上げる永津政治家に目線で見送られ、瑞樹がそれに手を振った。

 俺もお辞儀をし、神無は空を翔けだした。

 風を切る、その風が直接肌を打つため、竜車に乗るより圧倒的に迫力があった。

 正直感動した。でもちょっと怖かった。

 

 

 

 

 

 

 職場に着いて席に着く。

 入隊して間もない俺たちは、まだ仕事に必要な知識がない。そのため座学ばかりで

 

「学生気分抜けねーな…」

 

 机や椅子のの並びやら、机の上に置かれた教材やらなんやらと。

 なにもかもが学生を彷彿とさせる要素ばかりだ。

 そして

 

「やあやあ、おはようだ」

 

 こうやって隣のやつが声をかけてくることもだ。

 

「初めまして」

「聞いたよ、あの“英雄”の息子なんだって。あっ紹介が遅れたねボクは和真。好きに呼んでくれて構わないさ」

「どうも、俺は正人だ」

 

 そんな、軽い自己紹介を済ませた次の瞬間。

 和真の後ろに人型獣人族の奴隷が複数人いることに気付く。

 

「こっちがボクの奴隷達だ、挨拶を」

「リンです」

「カカオだわん」

「こすずにゃん」

「初めましてシオです」

「…………こゆきち」

「そして私がリーダーのリオナです」

「「「「「「6人揃って“和真様親衛隊”」」」」」」

 

 あまりにも濃い挨拶をされて反応に困った。

 えっ、奴隷飼いすぎじゃない?そして連れて来すぎじゃない?

 何だよ親衛隊って。堂々と自己紹介させたけど和真は恥ずかしくないのか?

 しかも全員人間寄りの獣人族の女性。傾向的に言えば…比較的幼めのような気がする。

 俺はなんと反応したらいいものか。…あまり触れないようにしよう。

 

「…ま、正人だ、よろしく」

「ありがとう、ボクのかわいい奴隷たち」

 

 当の和真本人は何もなかったかのように堂々としている。

 俺は思った、和真…こいつは変わっている。いや、むしろヤバい奴だ。

 まあでも、声をかけてくれるあたり好意的な様子。

 

「正人、君の奴隷も見せてくれよ」

「いや、俺は」

 

 エメラは今は家だ。

 俺が奴隷を連れていないと分かると、和真はそっかとあっさりしていた。

 

「それより、そろそろ仕事が始まるぞ。奴隷は奴隷待合所に移動しなくていいのか」

 

 連れてきた奴隷は、機密情報を聞かないようにするだけでなく建物の中に居ても場所を圧迫するだけなので、専用の待合室で待機させておく仕組みになっている。

 待合室なんて響きがいいが、実際そこはただの大きな倉庫なのだが。

 それほど広い場所でないと全員分の奴隷を収容できないと言われればその通りで。少しだけかわいそうに思えてくる。

 ちなみに瑞樹の連れている竜、神無は大きすぎて収まってないらしい。

 竜奴隷など例外中の例外だ。

 

「そうですね。正人様、親衛隊を代表してこのリオナがご挨拶申し上げます。これから和真様と親衛隊をよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく」

 

 リオナという奴隷と握手を交わす。

 頭に大きな動物のような耳がある少女だが、人と同じような手とぬくもりを感じた。

 

「和真様、お手数ですがリードを」

 

 リオナにそう言われた和真は、全員のリードを持って待合所に親衛隊を連れていく。

 いや持ってるリードが多すぎるだろ。

 そんなシュールな光景を目にして、俺は苦い顔で和真と親衛隊を見送った。

 

 

 

 

 

 仕事に対する基礎知識の学習。隊の規則の周知などを受ける。

 講師役の、先輩や上司であろう人が前で説明しているのを聞いて、メモを取る。分からないことがあればその都度質問する。本当に学生のようだ。

 横の和真は意外にも真面目に話を聞いている。

 眠気が俺を襲う。そんな中、一つ気になる話が俺の耳に入った。

 

「皆さんの中には、奴隷を飼っている方も多いと思います。先ほど説明したように、パトロール時などには奴隷を連れていくこともあります。」

 

 たしか奴隷は武器だ。そんな話だっただろうか。

 街のパトロールを行う、その仕事は確実に安全だとは言えない。

 危険に遭遇した時に自身を守るため、事件が起きたとき場を制圧するため。

 各々武器を現場に持参する。つまり、奴隷を現場に連れていく。

 

「そんな時に、リードを握ったままというのはいささか不便ではありませんか」

 

 講師役の隊員が言う。

 それは確かにその通りだ。

 足の速い奴隷を連れていても手綱を握ったままでは主人のペースでしか移動できない。

 逆に足の遅い奴隷が居た場合も、緊急時はそのペースでしか移動できない。

 まぁ、神無みたいな主人を乗せて移動できる場合は別だが。

 

「我らのような職種の人たちは、申請すれば『公務用首輪』と呼ばれる特殊な奴隷用の首輪を貸与されます。その首輪を付けている奴隷は放し飼いが許可されます」

 

 公務用首輪、この街で住んでいれば勿論聞いたこともあれば見たこともある。

 本来、奴隷を外に連れ出す際には例外を除き首輪と手綱を握っておくことが法で義務付けられている。その例外がこの『公務用首輪』だ。これを付けた奴隷は主人の公務執行のためという理由のもとに手綱を必要としない。

 勿論、放し飼いが許可されるだけではない。エルフ用の首輪などに本来あるはずの魔力を抑える機能、これも撤廃される。つまり武器としての魔法の使用が奴隷に許可されるというわけだ。

 ただなんでも許されるなんてわけではない。首輪には管理番号が振られ、過度な行動や紛失、ましてや奴隷が逃げ出したなんて場合は始末書で済むかどうか。

 まぁそんなもの仕事以外で使うなという話ではあるが、実際そこまで言われたりはしないようだ。ただし、それでもしも何かあったときは…という話で。

 そのため調教を済ませた信頼できる奴隷に与えてください、そんな説明をした講師役は申請書を配布した。

 

「必要な方は期限内に事務担当に提出してください。というかもう、今書いてしまいましょう」

 

 その言葉を聞いて俺も申請書を受け取った。

 横にいる和真がすごい速さで申請書に記入していく。

 

「……あの親衛隊全員分申請するのか?」

「…正人君、ボクはこのためにこの仕事に就いたのさ」

「えっ」

「彼女たちはリードにつながれている限り不自由だ。もちろん家では首輪は取るが外だとそうはいかない。しかしどうだ、これがあれば彼女たちは自由だ。一人で買い物にも行ける!」

「……お、おう」

 

 意外と奴隷愛の強い奴のようだ。若者には奴隷と家族のように接する人は多い。

 まぁ、それ以前に6本もリード持って現場とか行けないわな。

 そもそも6人も連れてくることに疑問を覚える。つまり異常なのだが。

 いや、この性格だ。もしかしたら全員連れてきたいのだろう。

 その奴隷たちも親衛隊を名乗っているし、実は和真は奴隷との仲がかなりいいのだろう。

 

「すみません、私もう取得済みで」

 

 瑞樹はそんなことを言って申請書を返していた。

 思い出せば。今朝瑞樹が口笛を吹いたあの時、神無は放し飼い状態で飛んできて瑞樹のもとに現れた。

 すでに公務用首輪を付けていたのか。政治家である父が取得したのか、待合所に収まりきらないのを考えて先に取得したのかは定かではないが。

 ………しかし、公務用首輪か。

 

『耳さえごまかしてしまえばぱっと見は人間と何にも変わらないよ』

 

 頭によぎったのはそんなことを言う少女。

 和真の言う通り、これがあればエメラも公道を堂々と一人で歩けるのか。

 耳を、自身の正体をごまかす必要なんか無く堂々と。

 俺は1人分のエルフ用の首輪を申請用紙に記入し、提出した。

 

 

 

 

 

 数日後、申請した首輪はそれぞれに配布された。

 勿論莫大かつ厳重な注意書きが書かれた書類などにサインをし、提出した。

 でも和真はそんなものを全く読んでなかった。全員に書類が配布されるより早くサインして提出していた。

 あぁボクの夢が叶った、待っててねボクの奴隷たちと。そんな呟きを横から聞かされ、待ってられなかったのか部屋を飛び出し自身の奴隷に付けに行った。

 そんな和真をみんなで見届けて俺も規約を読む。途中で飽きていたが、エメラのためと思い読み切った。覚えてるかと言われれば…細部は怪しい。

 家に帰ったら、その首輪をエメラに見せた。

 

「おお、公務用首輪!」

「これがあれば、堂々と街中を歩けるな」

「…もしかして、結構心配かけてた?私が一人で街中歩いてるの」

「正直心配してた。エルフとか結構魔力に敏感なんだろ?街中で公務用首輪付けたエルフに感知されたらと思うと」

「それはバレない自信あったけど…そっか、確かにね」

 

 エメラは申し訳なさそうな表情をした後に、笑って。

 

「ありがとう、大切にする」

 

 その表情は本当に嬉しそうで。

 そんな大げさな、なんて言えなかった。

 

 

 

 

 

  *****

 

 

 

 

 

 私、エメラの気持ちは軽やかだった。

 幸せすぎて天にも昇る思いだ。いやもう、天は超えてる。天の上って何があるんだっけ、何かあったっけ知らないや。

 それは何故かと聞かれれば、正人がプレゼントをくれたのだ。

 それが何かって、聞いて驚け。公務用首輪だ。

 正人は私が首輪を付けることを嫌う。そんな正人が首輪をくれた。

 きっと悩んで、私のことを心配して、私のことを考えて、私のために面倒な書類手続きも済ませてくれたのだろう。

 いいだろう。うらやましいだろう。みんなもそう思わないかね。

 そんな誰に投げかけるのかわからない問いを思い浮かべながら、外出の用意をする。

 これがあれば耳を偽装し、バレないように外を歩く必要もない。

 貰った首輪を付ける。

 エルフや一部の竜族などは、魔法と呼ばれる力が扱える。

 魔法は周囲の精霊に呼びかけ、協力をしてもらうことによって発動する力だ。

 空気中に居る風の精霊に呼びかければ風を起こしたり、炎の精霊に呼びかけて火を起こしたりと色々できる。

 そんな精霊に協力をお願いする力は“親和性”と呼ばれる。

 ただしこの首輪はエルフ用、その親和性を制限する。

 親和性が下がるが魔法を使えないレベルではない。でも普段と違うので少し違和感を感じた。

 でも魔法など使う必要はない、いざ行かん。

 機嫌よく食材を買うため家を出た。

 いつもより周りを気にしなくていい。

 ただし今までの行いがバレる可能性があるから、いつもよく行っていた店は避けるようにしよう。

 

「おっ、正人んとこの嬢ちゃん!」

 

 街中を歩いていると声をかけられた。

 昔正人の父がよく買っていた饅頭の露店、その店主だった。

 

「わあ、お久しぶりです。元気してましたか」

「いや嬢ちゃんらしき人は街中でちょくちょく見かけるけど、声かけにくくてよ…どした今日は」

 

 おぉう、バレてた人1名発見。

 以前正人と二人で饅頭を食べに来た時以来だが、よく私の顔を覚えてたものだ。

 

「聞いてくださいよ~、正人が就職して、プレゼントくれたんですよ!」

「おぉ、この前正人にも会ったがあいつもいつの間にか就職かぁ…成長したなぁ。そして嬢ちゃんも大きくなったじゃねぇか、あんなに小さかったのによぉ!」

「いつの話をしているんですかもう…小さい頃はお世話になりました」

「しかし、小さいころと比べると正人も嬢ちゃんも変わったなぁ…」

「そうですか?いや、そうですね」

「だって、初めて見たときは可愛かったが、今ではこんなに凛々しくなって。ま、昔も今も美人ってことには変わりねぇわ」

「美味しい饅頭を食べて育ちましたから」

 

 そんな風に昔話に華を咲かせた後、饅頭をいっぱい買わされた。くそっ、商売上手め。

 あの店の売り上げ6割くらい私たちじゃないのだろうか。いやそうに違いない。感謝しろあの饅頭屋。

 そんなどこ目線なことを考えながら買い物を再開した。

 色々な思い出話をして、気分が上がっている。

 思わず、足も弾んだ。

 

 浮かれた私は。そんな私を狙う影があることに、このときはまだ気付かなかったのだ。




2話をお送りしました。
ありがとうございました。
そして、改めまして1話も色々意見や感想。ありがとうございました。
一つ気になった意見をいただきまして。
展開が早いというか、情報量が多いという意見。
振り返ってみれば今まで、オリジナルの物語をこうして形にすることは少なかったような。なかったことは無いんですが、身内以外に公開というのは初めてですね。
…何が言いたいのかと言いますと、原作ファンが多く見に来る2次創作と違い、世界観の説明をより丁寧にしなければいけないこと。
そして何より、私の書き方。書きたいとこを描きた過ぎて急いでる節があり…それが影響しているような。
友人が「趣味なんだから書きたいように楽しんで書けばいい」と言ってはくれるのですが、考え物だなと。

オリジナルって難しいなぁと感じました。

さて長々と自分語りも終わり2話もいかがだったでしょうか。
世界観説明が本当に多くなりがちで申し訳ないところではありますが、ぜひ3話も見ていただけると幸いです。


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親和性至上主義

 俺、正人は今日も職場で座学を受けていた。

 仕事をするなんて嘘のような、学生のような毎日。

 それでも学生と違うのは、お金をもらっていて。

 学んでいることはどこで使うかわからないような知識じゃなくて、絶対にこれから使う知識だということだ。

 ただ、現場に出ないからあまり実感がわかない。そして身に入らない。

 そんなことを考えてしまう、いつもの研修中。

 

「君たちにも、そのうち現場に出てもらうことになる」

 

 ふと、講師役の隊員がそんなことを言った。

 そのうちもなにも、そういう職業だろう。と思わなくもないが、座学続きの新隊員に緊張感がなさすぎるのも事実。

 治安維持部隊は国家の秩序を守るためのパトロールをはじめ、取り締まりや事件の調査、場合によっては戦争への参加もあり得る職業。

 命に係わる危険かつ重要な仕事なのだということを再認識させられる。

 

「制服が届いた。それを着て、午後からは戦闘訓練を行ってもらう」

 

 俺たちの間に、入隊当時の緊張感が戻ってきたのを、その場の誰もが感じた。

 

 

 

 

 

 まるでスーツのようなデザインの制服。

 しかし現場で動きやすいように上着はノースリーブで設計されており、胸に隊の紋章が入っている。

 その下には白地の長袖、さらに腕に腕章をつけているのが特徴だ。

 そんな制服を身に着け、皆は午後の戦闘訓練を行うため広場に集まった。

 

「どう、似合ってる?」

 

 瑞樹がそういってくるっと一回転して見せつけてくる。

 回転してもデザインは一緒だろうに。

 

「似合ってるよ」

「ありがと、正人も似合ってる。」

「ありがとう」

 

 そんな何気ないやり取りをしていると空から大きな竜が翼をはためかせながら下りてきた。

 瑞樹の奴隷の神無だ。

 戦闘訓練は、武器扱いの奴隷ありで行う。

 奴隷を含め一度全員の戦闘能力を把握しておく、というのが今回の戦闘訓練の趣旨なんだそうで。

 周りを見渡せばみんながそれぞれに個性的な奴隷を連れている。

 首輪の付いたエルフや獣人族…複数人連れている人もいるな…。

 その中で飛び切り目立つのは

 

「ご主人様かっこいいにゃん…」

「お似合いです和真様」

「……ぐっど」

 

 以下略。奴隷を6人も連れて、制服お披露目で親衛隊からちやほやされいてる和真だ。

 改めて見ても多すぎる。まさか毎朝7人体勢で出勤しているのか。一度出勤風景を見てみたいものだ。

 …退勤なら見れそうだな。今度一度退勤のタイミング合わせてみよう。

 

「全員揃ったな!これより戦闘訓練を行う」

 

 各々、剣の形を模した棒を配られた。もちろん怪我しないような素材でできている。

 これを相手に一本当てたらいいという模擬戦だ。ちなみにこの棒は奴隷の分は無い。

 ただエルフなどは魔法を使えるし、獣人族なども種類によっては人より力がある。

 奴隷の数は、そのまま有利に直結する。それは現場でも同じことだろう。

 

「訓練の組み合わせを発表する」

 

 2人で一組になって、それが模擬戦の対戦相手となる。

 俺の相手は、和真だった。

 

「お手柔らかに、お願いしますね正人様」

「こっちこそ」

 

 親衛隊のリーダー、リオナが声をかけてきた。

 そこに和樹もやってきて

 

「手加減はしないけどな」

「加減してくれよ、こっちは一人だぜ」

「英雄の息子がよく言うぜ」

 

 お互い、手加減する気はない様子だ。

 しかし、相手は7人…どうするか。

 そんなことを考えながら、戦闘開始のために和真たちと距離を置いて配置に着く。

 考えても答えは出ない。やるようにやって、なるようになるだろう。そんな半分諦めの思考になったところで。

 試合開始の合図が鳴った。

 

「お覚悟!」

 

 リオナがそう言い、親衛隊6人が一気にこちらに飛び込んできた。

 ……あとはお察しの通り、それを全員捌けるわけでもなく。

 数の暴力で圧倒され、何人かに組み伏せられ。あっさりと和真の勝利となった。

 

 

 

 

 

  *****

 

 

 

 

 

 折角だから冒険をしよう、浮かれた私、エメラはそんなことを考え大通りから外れて裏路地へ入っていった。

 暗い道だが、私の気持ちは明るい。

 軽い足取りでスキップ。そんな私に

 

「お嬢ちゃん、ちょっといいかい?」

 

 ふと背後から、そんな声。

 スキップをやめ、振り返るとそこには男二人。

 うち一人は長い耳に首輪を付けていて、そこから伸びたリードをもう一人の男が持っていた。

 エルフの奴隷と、その主人というところか。

 

「何の用ですか?」

「君、エルフじゃないか。かわいいね、どこに住んでるの?っていうか今暇?」

 

 主人の男に語り掛けられる。

 おぉ、これが世に聞くナンパですかい。

 どうしようマサト。私お持ち帰りされちゃうかも、きゃっ。

 などと、ふざけたことを考えていると違和感に気付いた。

 周りの精霊が二人に反応していた。

 エルフの奴隷だけでなく、その主人にも。

 

「……ああ、そういうこと。ナンパと思って損した……」

「そういうこと、とはどういうことだい?」

「あなたたち、2人ともエルフでしょう?」

 

 主人は魔法で人間に化けたエルフ。

 しかも奴隷の付けている首輪は偽物。親和性を抑える効力がないことは。

 そんな、エルフ二人組。明らかに人類国家への潜入捜査員。怪しさ満点である。嫌な予感しかしない。

 それが示すことはおそらく

 

「君は“革命”の意思を持つ者か?」

 

 主人役の男が上着を少しめくり、そこに隠された花弁の紋章を見せながら言う。

 “革命軍”への勧誘だ。

 

「ごめんなさい、私にはその紋章を示し返すことはできないわね」

 

 自身がその紋章を体に刻んでいない、革命軍に所属していないエルフであることを告げる。

 首輪を付けたほうの、奴隷役のエルフが額に手を当て、天を仰いだ。

 それに主人役のエルフがやれやれと、首を振った。

 

「君は、故郷を愛しているか?」

 

 主人役のエルフにそう問いかけられ、私は首を縦に振った。

 それを見た主人役のエルフは満足そうに、手を差し出し

 

「革命軍へ、加入しないか?我らの想いは、故郷エルフの国家のためにあるのだから」

 

 私を革命軍に勧誘するのだった。

 差し出された手をそっと見つめて、私は尋ねる。

 

「あなたは、人間をどう思う?」

 

 そう問うと、エルフの2人組は笑った。

 何を聞いているんだと、私を少し馬鹿にしたかのような笑い。

 返ってきた答えは。

 

「親和性を持たない人間なんて、劣等種だ。力ない人間は力あるエルフが管理すべきだ。」

「……そう。それじゃまたね」

 

 その言葉を聞いて、私は踵を返し走り出す。

 人間を劣等種と呼ぶことは、エルフの中では一般的な思想だ。

 だが、それは私とは相いれない。

 

「おい、待てよ!」

 

 勧誘を拒否したことに気付き、エルフの男2人が追ってくる。

 なんか怒ってる様子だし、口封じで殺しにかかってくるだろうか。

 奴隷役のエルフが、魔法を使おうと大気中の精霊に呼びかける。

 行く手を阻むつもりかそれとも直接攻撃してくるのか……

 

「吹っ飛んじまえ!このクソ女ぁ!」

 

 男がそう叫んで、魔法を発動した。

 

 

 

 

 

   *****

 

 

 

 

 

 戦闘訓練の結果は散々だった。

 研修部屋で帰宅の準備をしつつ、そんなことを思い返していた。

 まさか1戦も勝てないとは、思わずため息が出た。

 

「ま、まぁ…評価に響くことはないだろうから…」

 

 瑞樹がそんなことを言って慰めてくれるが、正直響くような気はするな…

 ふと、和真の側から1人の獣人族が前に出てきた。

 名前はこゆきちって言ったっけか、親衛隊の無口で小柄な猫系の獣人族だ。

 そしてこゆきちが目の前の机に肘をついて手を見せてくる。

 そのままこっちを見つめてきた。

 

「………」

「……え?」

 

 どう見ても腕相撲の体勢だ。

 そのまま無言でこちらを見据えるこゆきち。挑まれている。

 俺はこゆきちと机を挟んで膝をつき、肘を彼女と同じようにたてて構えを取った。

 

「こゆきち、何をしているのですか」

「………」

 

 親衛隊リーダーのリオナに注意されてもこゆきちは無視していた。

 和真が諦めたようにため息をつく。

 

「まー…正人も嫌がってないみたいだしいいんじゃないか」

 

 和真がそういって俺たちの間に立って。

 こゆきちと俺が合わせた手の、その上に手を置いて。

 

「レディ……ゴー!」

 

 和真の合図を聞いて、相手の手の甲を机に叩きつけるためお互いに力を込める。

 

「ぐっ…」

「…………っ!」

 

 最初は少し優勢だったが、少しずつこゆきちが押し返してきた。

 気付けば俺の手は机の上に接近していて。

 そのまま手の甲が机に触れる感触があった。

 

「………くそざこ」

 

 そんな圧勝でもなかっただろうに好き勝手言ってくれるなコイツ。

 

「こら、こゆきち!なんてことを言うのですか!申し訳ありません正人様!」

「いや、いいんだ」

 

 怒るリオナにそう返すと何度も頭を下げてきた。

 そのままこゆきちのほうに向いて言う。

 

「こゆきち、今日の夜は……わかってるわね?」

「……ぴぇ…」

 

 こゆきちが青ざめる。先ほどまで勝者の余裕を見せていたのが噓のような声が出えていた。

 罰あること覚悟の上でリオナの注意を無視したわけじゃなかったのか…というか何があるんだ夜に。

 というか和樹は笑ってる。なにを笑ってるんだか、最も頭下げるべき人だぞお前。

 

「……まぁ、こゆきちちゃんの言わんとすることはわかるけど」

 

 瑞樹が少し躊躇ってから言う。

 

「正人って…ちょっと体格がヒョロ過ぎない?」

「そうか?」

「少なくとも、これが“英雄の息子”だって言われてピンとくる体格はしてないかな…」

 

 瑞樹がこゆきちのいた場所に立ち、腕相撲の体勢をとる。

 俺は手を握り返すと和真の合図を待った。

 そして、和真の合図と同時に

 

バンッ!!

 

 俺の手は文字通り机の上に叩きつけられた。

 瑞樹の圧勝だ。

 

「……まじかよ」

「おいおい、正人。馬鹿にしてるわけじゃないが、瑞樹ちゃんに負けるってそりゃ嘘だろ」

「あら和樹、やる?」

 

 和樹に代われと言われ、瑞樹と和真の腕相撲。

 

「レディ…ゴー!!」

 

バンッ!!

 

 和真の手が、躊躇なく叩きつけられていた。

 

「嘘だろ……」

「和真、あなたもよ…」

「……ゴリラだ」

「誰がゴリラだ」

 

 

 

 

 

   *****

 

 

 

 

 

 エルフの国家の特徴として、『親和性至上主義』が挙げられる。

 親和性とは、精霊に語り掛ける力。

 仮に同じ場所で親和性が高いエルフと低いエルフの2人が同時に魔法を使おうと試みたとする。

 そうした場合、周りの精霊は親和性が高いほうの魔法使いの魔法の発動に協力し、親和性が低い魔法使いは魔法が発動できない。

 エルフの国家では親和性は人権なのだ。親和性が高い者が絶対の王者。親和性が高い者だけが、相手を魔法という圧倒的な力で蹂躙できる。

 エルフが人間を見下す理由は、これでも説明できる。

 人間は魔法を使えない、故に親和性を持たない。しかも特別魔法以外の力を備えているわけでもない。

 そんな人間を見下し、エルフの支配下に置くべきだ。

 そんな考えのエルフもいたりする。

 さて、話が逸れたが

 とにかくエルフの世界では、親和性が重要だという話で

 

「吹っ飛んじまえ!このクソ女ぁ!」

 

 そう叫んで奴隷役のエルフは私エメラに向かって魔法を発動した、はずだった。

 

「あれ…………」

 

 発動しない。

 勿論首輪はエルフ用ではないので親和性を阻害する効果もない。

 魔法が発動しない理由は単純で。

 この3人の中で私が、最も親和性が高いのだ。

 そんな私が予め、周囲の精霊を自身の支配下に置いておいたからだ。

 

「嘘だろコイツ……!?」

 

 魔法を使って反撃してやりたいのは山々だが私は奴隷の身。ここで他人の奴隷や人間に危害を加えた場合、責任を取るのは正人で。

 しかも公務用の首輪を付けた奴隷が、となれば責任は重い。

 正人の迷惑になるようなことは避けなければならないのだ。絶対に。

 危害を加えない程度に魔法を使い、逃げるしか手段はない。

驚いてる二人に背を向け走る。

 

「関係ねぇ、この女は人間の犬だ!こっちを攻撃できるはずもねぇんだ、直接やってしまえ!」

 

 主人役のエルフがそう言うと、2人が懐から刃物を取り出し追ってきた。

 困ったことに、私の進行方向は大通りとは別の方向。

 変に冒険して、知らない道に迷い込んで、その知らない道に向かって男から逃げている。

 どうにかして大通りに戻りたいところだが……

 そんなことを考えていると

 

「可愛いじゃねぇか!人間の犬なのが勿体ねぇな!」

「……っ」

 

 至近距離に詰めてきた奴隷役のエルフがナイフを構えていた。

 精霊に呼びかけ空気の壁を作り出し、ナイフを受け流す。

 

「そんな親和性を持ってるのに人間にばかり股開いてんだろうなぁ…!俺はどうよ、人間なんかよりよっぽどいいぜ!」

 

 お断りだって言ってるでしょ……。

 しかもあまりにも汚すぎる。

 空気の壁を破裂させて起こった突風で加速し、相手との距離を開けた。

 

「助けてー!!襲われていますー!!」

 

 そう叫んでみるも少し奥まで来てしまったか、反応がない。

 ただ親和性が高い私のほうが優位である、それは変わらない。

 よく考えれば空気の壁でも作り出して、道を遮断してしまえば安全に逃げられるような……

 

「あいつ魔法の使い方下手だぜ!やっちまえ!」

 

 もしかして、相手は私が魔法をまともに使えないと思ってる…?

 そんな私の頭に一つのひらめき。

 この時間の、ここより東側の大通りならもしかして……

 私は安全に逃げるのをやめて、そのまま走り出した。

 向こうののほうが身体能力は高い、追いつかれるたび距離を離し少し魔法の扱いが下手なふりをしながら逃げることにした。

 

 

 

 

 

   *****

 

 

 

 

 

 瑞樹とともに奴隷待合室に来た。

 神無と呼ばれる竜が姿勢を低くし、瑞樹を鞍に乗せた。

 

「ほら、正人」

 

 瑞樹が自身の後ろに俺を乗せてくれた。

 瑞樹は街中で選挙活動している父の手伝いに行くそうで、俺の帰る方向が同じなので途中まで乗せて行ってくれるそうだ。

 神無の上にお邪魔する。2回目だが慣れなくて少しそわそわした。

 瑞樹が、神無に向かって言う。

 

「神無、今日は戦闘訓練お疲れ様」

「いえ、たいしたことでは」

 

 瑞樹の問いに神無がそう答えた。

 耳を疑って思考が停止した。

 

「しかし流石神無、全勝だったわね…」

「現場はもっと危険ですから、気を緩めないように。もっとも瑞樹様には指一本触れさせませんが」

「あら頼もしい」

 

 神無が離陸し、ようやく状況を飲み込んだ。

 

「え、竜って喋るの?」

「何ですか、全敗」

 

 空を翔けながら神無が返事をする。

 返ってきた言葉が凄い辛辣だった。

 瑞樹が失笑しながら

 

「喋らない竜族も居るようね。喋るわよ、神無は」

「瑞樹様、それは違います。私レベルになると、喋れるのです」

「言うじゃない」

 

 まぁ、竜車などの街中で稀に見れる竜族たちが喋っているところを見たことがないから…おそらくその通りだろうけど

 この神無はやけに自信過剰な性格をした竜のようだ。

 

「やっぱり、神無は強いのか」

「当たり前です。あなたみたいな有象無象と一緒にしないで下さい」

 

 当たりがあまりに強すぎる。俺なんか悪いことした?

 瑞樹曰く、空を飛べるのはもちろん、竜族は親和性を持っているため、エルフなどが魔法などによる遠距離攻撃を使おうとしても親和性で圧勝すれば一方的な戦闘が出来るそうだ。

 竜族が高級奴隷である所以だ。武器としての性能が桁違い。竜族に対抗するには竜族を連れてなければと言っても過言ではない。

 

「竜族って、強いんだな…」

 

 改めて感じて、思わず声に出た。

 そんな言葉を「実はそうでもないです」と神無が否定した。

 この竜、謙遜ができたのか。いやここまでくると嫌味に聞こえるな。

 

「街中で見る竜が、竜車として。武器としてではなく乗り物として使われている理由は何だと思いますか?」

「え?」

「20秒あげます。19……18……17」

「えーっと……」

「16……15、答えは戦闘において使い物にならないからです」

 

 考えさせろよ。せめて待てよ、20秒。

 不満そうな俺を見ることも無く、神無が続ける。

 

「親和性を持つという意味、正人様はお分かりですか」

「はじめて名前呼ばれたな……エルフのカースト制度のことか?」

「そうです、竜族も同様実力主義。親和性が重視される世界。親和性を持たなかった、恵まれなかった竜族は……竜世界から追放され、奴隷として生きているのです。」

 

 実は戦闘力はエルフ未満の竜族もいるでしょうね、と神無が締めた。

 竜世界から追放された竜族。それは、神無を含んでの言葉だったのか。

 少しだけ、重たい空気を感じた。

 急に、神無が別の話を振ってきた。

 

「正人様は奴隷を飼わないのですか」

「え?」

「英雄の息子と聞いていたので言わなかったのですが、今日の訓練を見て瑞樹様がすごく心配していたので……」

「ちょっと神無…!」

 

 瑞樹が慌てたように神無を窘める。

 神無や瑞樹の言わんとしていることはもっともだ。

 今日は訓練だったから大丈夫だった。もし、本番だったら。

 もし、仮にパトロールに出た現場で不審者と戦闘になったときに……

 もしものことを考えて、護身用の武器“奴隷”を連れておけということだろう。

 なにも戦闘用の奴隷でなくとも、逃げ足の速い獣人や動物系を連れているだけでも救える命があるということだ。

 命がなくなってからでは遅いぞ、と忠告を受けているわけだ。

 ただ、奴隷制度が嫌いな瑞樹にとっては複雑なことだろう。

 ふと、頭にエメラの顔が浮かんだ。あいつなら喜んでついてきそうな気もするが。

 いや、無理だ。わざわざ危険な現場に連れてなんてこれない。

 そんなことを考えてたら、演説の声が耳に入る。

 瑞樹の父、永津の演説だ。朝もやってたのに、熱心なことだ。

 

「近くの広場で下ろすわね」

「あぁ、ありがとう」

 

 瑞樹がそういって、近くの広場に神無を着陸させる。

 父の手伝いに向かう瑞樹を見送って、俺は帰路に着いた。

 

 

 

 

 

  *****

 

 

 

 

 

 私エメラはまだ、追ってくる2人のエルフから逃げていた。

 親和力がこちらのほうが上だから、捕まることはないだろうのにしぶといものだ。

 

「おらぁ!」

 

 投げナイフが飛んできた。こんなものを隠し持っていたとは…油断ならない。

 空気の壁を作りそれを防ぐ。

 走れ、走れ私。きっともうすぐ大通りだ。

 そう言い聞かせた。

 

「思い出してみろ、どうしてテメェは奴隷になった!どうして人間に惨めな思いを受けて、そのまま黙っていられるんだ!あぁん?!」

 

 男の一人が、私を追いかけながらそんなことを聞いてきた。

 

「さ、どうしてでしょうね。ただ私は平和主義者だから、あなたたちには協力できないわ」

「平和だァ?!人間なんて平和からほど遠い存在じゃねぇか!」

「………」

「テメェは知らねぇのか!人間が起こした、エルフの里への侵略を!」

 

 その言葉を聞いて、ふと頭が痛くなった。そんな気がした。

 何人も、犠牲が出た。何人ものエルフが抵抗することもできないまま死んだ。

 私が、殺した。

 エルフの領土の中で最も人間の国家に近い場所で起きた、とある昔の侵略戦争。

 

「隙ありだ、女ぁ!」

 

 一瞬過去を思い出していた私に、奴隷役の男がナイフを振り上げる。

 とっさに突風を起こし、距離を取る。

 そして微かに耳に聞こえた、とある人の声。

 この時間、近くの大通りになら居るはずだ。

 この奴隷の街で、最も平和を求めている男が。

 エルフの男二人が再びこちらに迫ってくる。

 軽く、深呼吸。

 

「侵略戦争では多くの犠牲者が出た。でも、だからこそ。平和を脅かすあなた達を放っておくわけにはいかないのよ」

「寝ぼけてんじゃねぇぞ!女ァ!!」

 

 男二人を可能な限り引き寄せて、再び魔法を使う。

 わざとらしく、あたかも相手の攻撃魔法で吹っ飛んだように見せながら、自身の体を

 反対方向に吹き飛ばす。

そして、叫ぶ。

 

「助けてー!!革命軍に襲われていますー!!」

 

 そして、自身の支配下に置いておいた精霊を手放す。

 

「神無ッ!!」

 

 そんな女の人の声が聞こえたその瞬間、竜の咆哮が場を支配した。

 

 

 

 

 

  *****

 

 

 

 

 

「神無ッ!!」

 

 助けを求める声が聞こえ、瑞樹は竜を呼んだ。

 路地裏から、声の主の女性が吹き飛ぶように現れたのを確認し、その奥に革命軍が居るのを悟る。

 永津が、演説を聞きに来ていた観衆を避難させる。

 神無が、周りの精霊を制圧し路地裏で魔法を発動。

 無事、革命軍の人間二人を取り押さえることに成功した。

 

「治安維持部隊、瑞樹です!!あなた達を拘束します!」

 

 神無の巨大な腕が革命軍の二人を地面に押さえつけて離さない。

 そのまま手首と足首を拘束、本来であれば首輪などを付けて魔法を封じることろだが、瑞樹は持っていない。

 まぁ、心配しなくとも神無が居るうちはこの2人は魔法は使えないだろうが。

 

「テメェは……!あの政治家のとこの……!!」

 

 拘束された、男の一人が憎たらしく瑞樹と永津を睨んだ。

 

「テメェら、奴隷の解放とか言いながらしっかり奴隷飼ってんのかよ、ああん?!」

「………」

 

 神無が睨むと男は怖気づいた様子で以降の言葉を発しなかった。

 瑞樹は襲われていた女の子を探したが、もうすでにどこかに避難したのか、民衆の中にさえその姿はなかった。

 誰かが治安維持部隊の本隊に通報したようで、増援は直ぐやってきた。

 幸い、現場検証をせずとも証言者は多い。拘束した二人を引き渡して、事は片付いた。

 永津が観衆に振り返り、言う。

 

「皆様、緊急時にもかかわらず指示に従って避難していただきありがとうございました。」

 

 永津が神無を見て、続ける。

 

「知っている方も多いとは思いますが、改めてご説明を。

この子は、私達の“家族”の神無です。もっとも、見ての通り血はつながってませんが

決まりのため、首輪を付けています。決まりを作る政治家が、今の決まりを破っていては示しがつかないでしょう?」

 

 永津が笑って。

 

「この子や、ほかの皆の首輪を取ることが私の使命です。」

 

 その日はまだ革命軍が近くにいるかもしれないということで、解散となった。

 

 

 

 

 

   *****

 

 

 

 

 

 俺、正人は帰路についていた。

 穏やかに流れている小さな川の上にかかる橋を渡る。この川を渡れば少し大通りと呼べる場所ではなくなる。

 都市部と田舎を分けるような橋…と言えば言い過ぎだが。

 俺たちの家は少し街外れにある。おかげで通勤が少し苦労している…引っ越そうかな。

 

「なんか、騒がしいな。」

 

 今来た道を振り返ってそんな感覚を覚えた。

 瑞樹たちが演説をしている場所で何かがあったのか…?

 戻って確認するか…

 そう考えて走り出そうとした瞬間

 

バシャバシャ!!

 

 真下を流れる川から激しい水音。

 

「ん?」

 

 思わず、橋から身を乗り出し下を確認する。

 川のど真ん中に人影があった。

 ………まさか、誰かが溺れてる?

 透き通ったような川ではないので、あまり確信をもてなかった。

 一瞬、川から獣の耳のようなものが出てきて、再び水中へ。

 間違いない、何かが、誰かが水中に居る。

 大丈夫か、水面に向かんでそう叫んで少し待ったが、再び耳のようなものは姿を見せなかった。

 

「おいおい…?!」

 

 誰かが溺れている、おそらく獣人族か。

 橋は幸い高くなかった。

 思わず、その恰好のまま水面に飛び込んだ。

 それが、よくなかった。パニックになったとはいえ泳げる体勢は確保してから潜るべきだ。

 ましてや鞄を持ってなど。

 穏やかな川など橋から眺める風景だけで、飛び込んで初めてその流れを経験するものだ。

 

(おいおい…!!)

 

 他人に向けていたはずのそんな言葉は、いつしか自分に向けたものになっていた。

 このままではまずい、溺れる。

 ミイラ取りがなんとやら。溺れている人を助けに来たのに俺が溺れては…

 ふと、川の中に先ほど見た獣耳が見えた。

 自身の下にその持ち主の少女が見え、目が合った。

 もこもこしたような白い被り物をした幼い容姿。ただ、手と足が大きな白い猫の肉球のようになっていた。

 少女はこっちを見るなり、こちらに近づいてきた。

 あれ、もしかしてこの子泳いでる?

 そしてその容姿に見合わない、俺の手より一回り大きな手と大きな力で俺の腕をつかんで泳ぐ。

 泳いだ少女に引っ張られ、俺は岸辺へ上がった。

 

「ぜぇ…はぁ……」

「だいじょうぶ?」

「あぁ、ありがとう」

 

 溺れていると思った少女に、まさか溺れそうになっているとこを助けられるとは……

 緊張が解け、思わず息が荒くなった。

 

「なにしてたの?」

「いや、君こそ川の中で何してたんだ」

 

 こんな少女相手になんだが…溺れているのを助けに来た、とは言いずらかったのでごまかしてしまった。

 

「おさかなさん、とってた」

 

 少女はそう答えると、白いワンピースのポケットから何匹か魚を取り出した。

 白いワンピースは肉球の手や足、帽子などとは違い水に濡れて透けていた。

 その下には幾つか包帯などが巻かれていたたが、下着などが少し見えてしまって少し恥ずかしくなって目をそらした。

 耳あてのあるふわふわした帽子を被っている割にはワンピース。寒いのか暑いのかわからない、変わった格好をしている少女だ。

 

「ミアがとったおさかなさんだけど、いっぴきいる?やいてたべると、おいしいよ?」

 

 これが、ミアという少女と俺の出会いだった。




さて、親和性至上主義をお送りしました。いかがだったでしょうか。
結構間隔があいてしましましたが、待ってくださってた方がいらっしゃいましたらありがとうございます、そしてごめんなさい。
多趣味なものでほかの趣味をやっていました。
主に絵を描いていまして、もし機会あればというより需要(あと気力)あれば挿絵でも書いてみたいものですね。私の絵にそんな実力があるかはさておき…
最後にミアという少女が登場しました。しばらくは多分この子が中心になって話が進んでいくかもしれません。
勢いで始めた小説ですが、この子のエピソードのキリのいいとことまで行けたらなと思いつつ…
また次回でお会いしましょう。それでは


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