天竜王におれはなる! (リリーカーネーション)
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第一話 原作にかかわらなければ勝ちだった

面白かった所など気軽に「ここすき」してもらえるととても参考になります


 

 

 ある日、目が覚めると俺は天竜人になっていた。

 

 

 何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった。ただいつも通り寝て起きてみただけで、それまで慣れ親しんだ天井は消え、体は縮み、ベビーベッドの上で巨人と見まごう女にオムツを替えられ、昼過ぎに現れた両親らしき男女のその奇怪な衣装を見て「あ、ワンピースの天竜人だ」とようやく落ち着きを取り戻しつつある。

 

 とはいえ正直大混乱の真っただ中。

 

 なんだろう。つまり、これは、いわゆる転生と呼ばれる現象なのだろうか。しかも神様転生というヤツ。

 もちろんばかばかしいとは思う。霊的存在なんて荒唐無稽だし、信心深くはないし、そも神なんぞに出会った記憶も無いが、心当たりが一つ。

 

 というのも昨日おれが願った状況そのままなのだ。

 昨晩夢に落ちる一歩手前で確かに「あ~、ワンピースの天竜人に転生してぇ」とか考えてた。いや、だからって叶うとも思ってなかったし、実際叶ってしまい後悔してる自分がいる。

 

 

 

 とりあえずまた願ったら帰れるだろうか?

 拝啓、神様聞こえてますでしょうか。確かに転生したいとは思ったけど、口にまでは出してないんで正直ありがた迷惑というか、ただの妄想願望でした。できることなら戻してください。

 願ったものの変化はない。どうやらクーリングオフは無理らしい。

 

 

 

 なんでそんなこと考えてしまったかといえば端的に権力が欲しかったというか、上流階級への憧れというか、命令ひとつで他人をこき使えるとか絶対気持ちいいだろうなとか、そんなモンである。というかぶっちゃけただの愚痴に近い。

 

 というか単におっぱいが揉みたかっただけだなんだよね!

 

 前世において「人間らしい生活」と呼ばれるものがどうにも俺には合わなかった。

 真面目に働いて金を手に入れても欲しいものが特にないのだ。自動車とか家とか家族とか子供とか全く興味がなく、強いて言えば面倒のない異性が欲しい程度。これで性欲までなかったら生活保護ニートを心置きなく楽しんでいただろう。

 

 とはいえおっぱい一つ揉むのに金をかけるのも時間をかけるのも声をかけるのもあほらしい。

 

 「これが中世貴族とかだったら問答無用で好みの町娘攫えるのに」とか願望垂れ流しでザッピングしているとワンピースの再放送が目に留まり、そこがちょうどシャボンディ諸島編だったのが運の尽き。不細工でキモくて鼻たれで根性のひん曲がったアホというおおよそ好かれる点の無いチャルロスなる人物が天竜人という肩書だけで好みの女を嫁にし飽きたら捨てて天竜人というだけで支給される莫大なお小遣いで美麗な人魚を購入しかける光景を見て「俺の望みはこれだ!」とストンと胸に落ちたのだ。つまるところ俺の倫理観とはそんなものであり、これ以上聞きたくないならば引き返すタイミングは今だろう。

 

 かくして俺は三日ぐらい「前世に戻して!」と内心唱え続け四日目の朝を迎えた時点でもうどうしようもないのだと悟り現在は絶望の淵にいるといっても過言ではない。きっと俺は生まれたばかりなのに死んだような眼をしていることだろう。

 両親は抱き上げた我が目を見て固まってしまった。つまりそういう事である。

 そんな不吉な子に授けた名前は「レリエル」。我が名はレリエル。夜の天使とは大層な名前である。チャルロスじゃなくてよかった。

 

 

「医者! こ、これはどういうことだえ!? ベイビーの目がなんというか⋯⋯死んでおるえ! 光がない! これ死体の目だえ!」

「赤子とは泣くものと聞いてたのに泣きもしないアマス。まあそれはイラつかなくていいのでアマスが、これひょっとして病気アマスか!?」

「えぇ⋯⋯。いやぁ、これは多分⋯⋯ただの生まれつきだと思われます。はい」

 

 

 上から父、母、医者の順にコメントいただきました。人間性がにじみ出ている。あと医者くんは怪訝そうな顔で何度もライトを目に当てないで欲しい。ちゃんと見えてるから。

 

 なお願ったのは天竜人の身分だけであり転生に付き物とされる覇気やオリジナル悪魔の実などのチートとは残念ながら縁がなく、戦闘能力に関しては一般人もいい所どころか、前世の性能を引き継いでるならば成人しても喧嘩慣れした子供にすら軽くひねられるだろうことは間違いない。冗談だと思うだろうがことワンピースにおける戦闘能力に年齢性別は無関係なことはモンキー・D・ルフィが未だ二十歳未満で無双していることやビックマムの過去回想から明らかである。

 女だから強くなれないとはなんだったのか。くいなが不憫でならない。

 

 だが今となってはくいな以上に自分の身の上が不憫だ。

 

 確かに願った、なりたいと。

 チャルロスのように愚鈍で厚顔無恥な横暴を働き美しい女と大きな乳房(ちぶさ)をこの手に抱き酒池肉林の余生を過ごしてみたいと思うのはもはや男のサガでありこれを否定できるのは修行僧かタマタマなんかいらない余程の聖人君子だろう。

 

 しかしあらゆる特権階級が次第に腐るのは世の常であり前述した横暴すらはや数百年におよぶ天竜人の歴史におけるほんの一ページどころかありふれすぎて記述すら端折られる日常茶飯事になってしまっている。

 そんなものを一般市民が愛すべくもなく世界秩序という崇高な理念で始まった天竜人という一族は現時点で恨みつらみのブラックホールと化している生きる破滅フラグ。

 

 

 ワンピースとは海賊をテーマにした漫画であり当然ながら主人公も海賊稼業に手を染めている。と言っても少年誌なので勧善懲悪の体裁を保ち場合によっては他海賊に乗っ取られかけた国家を救い差別を廃止し種族を超えた友情やハートフルなストーリーを20年あまり見せてくれている。

 不正不平差別暴力圧政等々あらゆる困難をはねのけ巨悪に正義が勝つというのは使い古されても王道として万人に受けるものであり、もちろん20年引っ張った少年誌が最後の最後で「勝てませんでした」なんてのは大ヒンシュクもの。当然最後は勝つなんてことは誰だって想像できるのだ。

 

 でも俺、天竜人(巨悪)なんだよね。

 

 権力とは後ろ盾があってはじめて機能する物であり、腐った天竜人を許す体制そのものが既に腐っていてこれが少年誌掲載である以上主人公に潰されるのはもはや既定路線。

 そうなれば数百年分の恨みつらみが利息までつけて叩き返されてしまう。

 目に見える泥船なんて乗りたくはない。

 が、主人公を倒せるほど強くもなれないし、なりたくもならない。誰だって痛いのは嫌だ。

 

 

 となればどうするか。

 

 まあいずれ滅ぶといっても『原作』が開始されてからのことであり逆説的にそれまでは何をしようが政府は磐石吉日大安泰で俺も横暴が働けるどころか死ぬまで遊び惚けられる可能性もある。

 そう、原作さえ始まらなければなにも不安がることはないのだ。不安がったところで所詮赤子にできる事とか無い。ならば当初の願い通り楽しんだほうが建設的である。

 

 むしろせっかくここまでお膳立てしてくれたのだから楽しまなければ罰当たりというもの。きっとその旨も理解してルフィの生まれる100年前あたりに転生させてくれたかもしれない。いやきっとそうだ。

 

 神(仮)は言っている。ハーレム王になりなさいと。

 美人の奴隷を買って、埋もれる程の乳を侍らせる。

 この世界には巨人族もいるので誇張なしで山のようなおっぱいが堪能できてしまうのだからやらない手は無いだろう。

 惜しむらくは巨女人魚姫ピンク髪でCVゆか〇のしらほしと絡めない事だが確約された身の破滅に比べたら諦めもつく。

 それに居ないとも限らないのだ。しらほし以外の巨大人魚。

 

 探せ! 巨乳美乳貧乳(このよのすべて)はそこらへんに置いてある!

 刈り取れぇっ!

 世はまさに大ハーレム時代!

 

 なんだかそう考えると一秒でも早く大人になりたい。人が言葉を発するのはいくつからだろうか。せめて自立歩行が可能な3歳程度。とっとと窮屈なベビーベッドから解放されてお外に行きたくてしょうがない俺はなんとかジェスチャーを交えて意思疎通を試みた。

 

 

「あぶっぁ、ばぶばぶばぶ⋯⋯。 ⋯⋯ど、どりぇい! どりぇい!」

「むむっ! 今この子、奴隷って言ったアマス!? ⋯⋯もう買い与えるべきアマス?」

「いやまさかそんなはずは。まだ生まれて間もない赤子ですよ?」

「何を言っているえ。ベイビーはわちきの子供え。赤子だって喋るに決まってるえ。下々民とは違うんだえ」

「それもそうアマス」

「えぇ⋯⋯」

 

 

 子供が最初に喋った言葉かそれをスルーした親馬鹿に隠しきれない困惑と嫌悪感が出てしまった医者をしり目に俺は父に抱き上げられた。

 

 

「それでは奴隷を買いにいくえ」

「ばぶー!」

 

 

 わぁい奴隷! レリエル奴隷大好き! 前世じゃ禁じられてたからね。一回買ってみたかった。

 

 

「ちょっと待つアマス。 今日はこれから処刑ショーを見る予定。そのためにわざわざこんな東の海(イーストブルー)くんだりまで来ておいてどうするアマス」

「ぬ? むむむ⋯⋯すまないベイビー。買い物はまた今度。それよりお前も一緒に見るえ」

 

 

 そう言って俺を抱いたまま父は部屋の窓辺へ。

 重苦しい高級そうな赤いカーテンへ歩み寄ると、どこからともなく現れた兵士がサッとそれを引いた。

 差し込む日差しに目が痛む。

 なんだよ処刑ショーって。そんなのより奴隷ぇぇぇええええええええええええええええ!!!!????(エネル顔)

 

 ソレを見た瞬間、自分の中でナニカが音を立てて崩れ落ちた。

 眼下にひしめく民衆と異様な熱気の中心には不思議と目を引き付ける一人の男がいたのだ。

 父がつぶやく。

 

 

「といってもベイべ、処刑も大詰め、ちょうどもう終わりのようだえ。よかったえ。 それにしてもメジャーだかボイジャーだか知らんが政府に楯突くとは全く愚かだえ」

 

 

 何が「よかった」だ。なにも良くない。最悪だ。俺がエネル顔してるのに気づいて欲しい。

 その光景を一言で表すなら終わりどころか「始まり」だろう。というかアニメで100回以上見た気がするので、これから男が何を言うか全部知っている。

 

 富、名声、力——って、ここはナレーションか⋯⋯。

 セリフは——

 

 

(おれの財宝か?欲しけりゃくれてやる。探せ!この世のすべてをそこに置いてきた!)

「おれの財宝か?欲しけりゃくれてやるぜ⋯ 探してみろ この世のすべてをそこに置いてきた」

 

 

 ⋯⋯ってちょっと違う?

 しかしそれ以外はおおむね一緒。

 ()が死に際に放った言葉は、人々を海へと駆り立てるだろう。

 この処刑こそ、数多くに海賊王という夢を見させ、大海賊時代へ舵を切らせた転換点。ある種主人公のルーツと言える、ローグタウンでのゴール・D・ロジャーの公開処刑。

 

 

 どう見ても原作イベです本当にありがとうございました。

 

 



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第二話 嫌われてるのはもとからだ

 

 

 三行でわかる前回のあらすじ。

 

 1、気が付くと天竜人に転生していた。

 2、原作が始まらなければ何でもできると高を括る。

 3、原作イベを見て自身(天竜人)の遠くない破滅を悟る。

 

 

 結論。生まれて1週間足らずで死の宣告を受けてしまった。

 4行。字余りである。

 

 

 

 何なのだこれは、どうすればいいのだ。

 こうなってくるともはや神が何のために転生させたかすら謎である。てっきりおっぱいハーレムを作っていいものと思っていたがこの時世にそんなことをすれば四半世紀足らずで発足する麦わら大船団と陰で爪を研いでいる革命軍と海の覇権をめぐる四皇や海軍の決戦もろもろで疲弊した政府がつぶれた折には魔女狩りより悲惨な目にあうのはドフィを見るより明らか。むしろ何も悪い事をしなくても天竜人に生まれた罪で詰みである。

 まさか死ぬために転生させられたのか。このままでは夢も希望も無い。

 

 ネガティブな事ばかり考えてもどうしようもないのでよかった点を探そう。

 確認せい!お前にまだ残っておるものは何じゃ!

 

 しらほし姫(ゆ〇な)がいる゛よ!!!

 

 やったねレリ君。 ハーレムが増えるよ。 増やすと死ぬけど⋯⋯

 ああ、せっかく原作美少女キャラがいるというのに事実上の寿命(他殺)を前にしてはすべてが霞んでしまう。

 なぜなのか。なぜハーレム願望があるだけでこんな目に合わなければいけないのだろう。同じハーレム野郎でも光月おでんはなんか許されているのに。

 

 ともあれ原作にかかわらなければならないことが決定した今うだうだと呪詛文言文句を垂れている暇などただの無駄であり建設的に何をすべきか考えるのが無難な選択。むしろ自立行動の難しい状態だからこそ片づけておくべきと言える。

 

 名前はレリエル。

 生後ひと月の玉のような赤子でありながら既に目が死につつつあり「奴隷(どりぇい)」という単語を使いこなすことでその生粋の天竜人ぶりを遺憾なく発する喧嘩の弱い転生者。仮に転生特典と呼べるものがあるとすれば「原作知識」「絶対権力」「無限財力」「若さ」の四点。と、まとめるとこんな感じだ。

 そしてこれが問題なのだが、「原作知識」を最大限生かすには我が悠々自適ライフ目下最悪の障害であるモンキー・D・ルフィを排除することができない。読者が知りえるのはあくまでルフィの物語であり、彼の冒険なくしては世界の動向が原作から乖離してしまうのである。同理由で麦わら海賊団の弱体化も難しく、相手が下げられないなら自己強化に走るしかないだろう。

 

 

 しかし俺が戦うのはメンド——宗教上の理由でよろしくない。

 となれば武力は外部委託。権力の源である世界秩序の守り手、海軍を強化するしかない。

 海軍は組織的に天竜人の言いなりなのでその点楽ではあるのだ、が⋯⋯

 

 現在俺は生後一か月。「どりぇい」しか喋れない。

 時間を掛ければそのうち喋れるようにもなろう。だが、それでは時間が足りない可能性があるのだ。ハーレム関連以外の原作改変は最小限に留めなくてはならない。ハーレムを諦めるつもりは毛頭ない。

 だってもうハーレム作ろうが作るまいが権力を失ったら殺されるし。

 じゃあやるっきゃないだろう!

 

 

 

 それから約二年。俺はようやく普通に喋れるようになった。

 常識的には偉業かも知れないが中身は成人した転生者でありそう難しい事ではなかったのだが、なにより辛かった。あれは今までの人生で一番苦痛だったかもしれない経験だ。

 自分の意志では寝返り一つ打てない状態で読書もゲームもテレビも無しに17568時間程度過ごさなければならないと言えば赤ん坊の肉体がどれほど不便極まりないか分かるだろう。

 

 し、しかしその甲斐あって間に合ったのだ、

 

 バスターコールに!!

 

 

「これより作戦を開始する。だれ一人生きては出すな!!」

 

 

 作戦責任者の野太い叫びと共にそれは始まった。

 天を衝くほどの巨木を中心とした一つの島を囲む砲門すべてが唸りを上げ、民間人がいようがお構いなしに爆炎と悲鳴が全てを包む。

 一度発令してしまえば取り消しはできず十の戦艦の主砲副砲、百を超える砲口の絶え間ない掃射で島そのものすら残らず消し去り該当領域内の人間には海軍中将5人による確実な死がもたらされる非人道殲滅戦、バスターコール。こういう事してるから恨まれるんだと理解しつつも知的好奇心という独善的な理由で封印された歴史を掘り返した相手も悪いよなぁと冷めた目で燃え盛る島、オハラを眺めていた。

 主目的が情報の再封印なので口伝すら防ぐために皆殺しにされるのも仕方ない。

 学者はいい。本懐を遂げられて。かわいそうなのは巻き込まれた島民だ。

 

 

「ほーっほっほっほ。爆発がまるで花火みたいで綺麗だえ。 お前が見たいと言い出した時はどんなものかと思ったが、これもなかなか迫力があって面白いえ。 こういうのも年に一度くらいは見てもいいえ。なーレリエル?」

「ええ、まあ」

 

 

 俺を抱き上げる腕の中で父に聞こえる程度の声で機械的に相槌を打つ。

 

 

「⋯⋯⋯⋯いけすかん。クズどもが」

 

 

 それを軽蔑の意思を隠そうとせず遠巻き眺め護衛する、帽子の上にさらにフードを深くかぶった青年将校。将来の海軍大将、中将サカズキである。クズはいいがせめて隠せ。不敬罪になりかねん。きこえてるからな。

 しかし彼の感想も仕方ない。サカズキはそもそも正義に生きる男。政府の汚点でしかない天竜人はそもそも気に食わないし、こっちは俺の我がままで軍事的殲滅作戦を物見遊山で冷やかしに来て、あまつさえ余分な護衛やら宿泊用の御座船(ござぶね)やら別途莫大な公費をかけてまでいる。我ながら最低の所業だとは思うが、このオハラ襲撃事件はどうしても現場に来ておく必要があったのだ。

 

 ここは将来ルフィの仲間になるロビンの故郷にして、彼女はこの事件を生き延びた唯一の人間。

 

 これを救ってハーレム第一号に——というのは冗談で、本題はなぜ彼女一人だけが助かったのかにある。

 視線をサカズキから横へ逸らす。

 何もこの作戦に参加した有望株は彼だけではない。同じく未来の大将が一人、この作戦にそもそも賛同できない無気力そうな男、クザンもだ。

 この後彼らは割れる。

 情報を封じ込めるため、論理的に民間船すら沈めたサカズキと、感情的にそれを容認できなかったクザン。どちらが正しい正義かの答えはない。そんなものは一生出ないだろう。

 

 

「中将! クザン中将!!」

「なによォ」

 

 

 ふいに双眼鏡を手にした兵が島を見て彼を呼ぶ。

 

 

「⋯⋯島内に、あ、あれは間違いなく——」

「だからァなんだっつうのよ! シャキッと言えやゴラァ!」

 

 

 それに対し、若干苛立った返事で返すクザン。

 だが次の言葉で不意に、ひそめた眉がピクリと動いた。

 

 

「脱走したサウロ中将です!!!」

 

 

 やはり、()()か。

 ならば、わざわざ父にねだって来た甲斐もあったというもの。その確認さえできればもう甲板にいることも無い。父には船酔いをしたと言い、付き人に運ばれてさっさと座り心地のいい椅子のある船室へと引っ込んだ。

 そして作戦は終了し、戻る海軍本部。

 そこの報告会で一つの懸念が上がった。曰く「ガキが一匹逃げたのを見た」と。

 それに対し

 

 

「この役立たずどもめ! 聞けばあの島の連中は古代兵器を復活させようとしていたそうじゃないかえ!? それで狙われたらどーしてくれるえ!! グズ! ボンクラ! 能無しのアホンダラが! さっさと見つけて殺すえ!!」

 

 

 等々、好きなだけ文句を言い場を引っ掻き回すだけ回してプンスコ部屋に帰って行った親父。いやなにしてんの。空気最悪じゃん。オブザーバーだよ俺たち。

 言いたいことはもっともだがいかんせんその場一番の役立たずがそんなこと言ったせいで場の殺気が跳ね上がる。止めてよね。俺まだベビーカーに乗って残ってるんだから。全員の視線が超痛いじゃないか。

 やめろこっち見んな。精神摩耗で余計目が死んだらどうしてくれる。

 

 

「オイオイィ⋯⋯大将、ガキ残して行っちまったよ。どうすんのコレ」

「ふん、知るか。 そんなに気になるならクザン、お前が運んでやりゃあええじゃろうが。ワシはその眼が好かんけぇ」

「えェ⋯⋯。 言うんじゃァなかった。 それにしてもなんだこの目。泣かねェし動きもしねェ。実は死んでたりとかは⋯⋯無ェか」

 

 

 びびって動けないだけで生きてるよ!

 そんなに言われるとか俺の目は一体どうなってるんだ。両目とも2.0だぞ。

 

 かくして海軍本部内でカラカラとクザン中将がベビーカーを押すという珍妙な光景が始まる。ぜひ第三者視点で見たかったが、これは僥倖。

 ちょうど二人っきりになりたかったんだよね。

 さあクザン君。我々のワーストコンタクトを始めようか。末永くズブズブになろう。

 

 

「——はぁ⋯⋯。 にしても何なんだろうねェあの人。バスターコールを子供に見せたいとかァなんとか。 いやァ? 子供()見たいだったかァ? こんなちいせェのが喋るワケないでしょうに」

「いいや、しゃべるが」

「⋯⋯⋯⋯え」

 

 

 ベビーカーの枠の中から見える世界。流れていた景色が止まる。きっと今彼は死ぬほど驚いていることだろう。人気のないのをいいことにここまでもの凄い愚痴ってたからね。全部聞かれてたんだ、もしかしたらエネル顔してるかもしれない。

 もっともカバーが邪魔でみれないんだけど。すごい残念だ。

 それからしばらく、窓の外の雲が二つから三つになったころ、ようやく彼が動き出す。

 

 

「ええと⋯⋯もォ~しかして、今のお声はレリエル⋯⋯聖⋯⋯様? しゃ、喋れたんですか」

「しゃべれますよ」

「⋯⋯じゃあ今までのは⋯⋯」

「きいてました。 ぼくってそんなに()がシんでるんでしょうか」

「え、いやァ⋯⋯⋯⋯さァ?」

()()じゃないでしょう。いったのあなたですよ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「だまらないでください」

 

 

 さてどうだろう。数秒の受け答えで俺が論理的思考のできるスーパーベイビーだと骨の髄まで理解したクザンは、今非常に困ってるに違いない。飲み屋で上司のバカ話してたら衝立の向こうから本人登場したようなものだからね。そんなの俺だってびびる。

 とはいえ武器にできるのが言葉だけな以上、こうして主導権を握るほかない。「まあいいです。 少し、あなたと二人で話したかったところでした」と、内緒話をするにはちょうどいい、静かな部屋へ連れて行ってもらい、彼は椅子へ、俺はソレが見える位置に置かれ、会話が始まる。

 

 

「それでなんすか—— いえ、なんでしょうか、お話って」

「自然体で構いません。 なれないことしても不便なだけです。手短に済ませましょう」

「はあ⋯⋯じゃァ、そうします」

「結構。 話というのは、()()()()()()()()少女の事です」

 

 

 赤子を前に、その瞬間歴戦の猛者の喉が鳴った。表情はさっきまでと変わらないが、纏う雰囲気が堂々としたものから断頭台を前にした罪人のようになる。

 その反応に名を付けるなら「図星」だ。

 

 

「⋯⋯なんの、ことっスかね——」

「バスターコール作戦に反対していたサウロ中将とあなた、大変仲が良かったと聞いています。 友が命を賭した最後の願い、とうぜん断れませんよね。 ああ、責めるつもりはありませんよ。勘違いしないで下さい」

「こわっ」

 

 

 こういう状況で言われる「怒ってないよ」と「責めてないよ」ほど恐ろしいものもない。

 

 ニコ・ロビン。確か7、8歳だったろう彼女がなぜ海軍最大級の殲滅作戦からたった一人生き残ったか。いや、残れたか。それは海軍側に協力者がいたからに他ならない。

 巨人族の海兵サウロはかねてより過去を知りたいというだけで死罪になることに疑問を抱いていた。それがバスターコールを前に噴出し、ロビンの母ニコ・オルビアを連れて脱走。海難するも流れ着いた先は奇しくもオハラであり、それを知らずに現地の少女と友人になる。が、その少女こそロビンであり、かの地がオハラだと知る。

 バスターコールが始まり、自分の身すら危うい中でサウロはロビンを生かそうと奔走し、けじめを付けに来たクザンと会敵、力尽きるも、民間船すら吹き飛ばしたことで海軍を信じきれなくなったクザンは最後、友の想いにかけてロビンを逃がした⋯⋯

 言わないが、確かこんな流れだったはずだ。

 

 ポーカーフェイスの裏で内心焦りまくり、出来のいい頭を高速回転させているクザンにはわるいが、見物なんぞに行ったのは最後の整合性を整えるためであり、もとより俺は全て知っている。

 

 始まる前から君は弱みを握られていたのだ。

 

 俺は悩んでいた。原作改変しない原作介入という若干矛盾をかかえた難題に。

 その答えのひとつがこれだ。あとは知れそうな情報と、立てられそうな推理をつけてやる。夏休みの宿題を答え先に見て途中式逆算するあれに近い。

 

 

「サウロの事。いやァそのほか全部。どこでそんなん聞いたのよォ⋯⋯」

「君と同じさ。あいてが赤ん坊だとみんな口がかるくなる」

「⋯⋯手短に済ませるんでェしたっけ。 仮に、まァそれが事実だとして、喋れることすら隠して、レリエル聖様、あんたァ俺に一体なにをさせたいんですかねェ」

「べつになにも。 あえて言葉にするなら⋯⋯そう、貸し一つ、ということで」

 

 

 世界最悪の闇金、誕生の瞬間である。

 告げ口されないと分かった途端彼の張りつめていた部分が安堵でだらり弛緩するも次の瞬間には「嘘でしょォ」と頭を抱えた。

 何も借りていないのにいつの間にか国家予算くらいの借金を背負わされたクザンは底知れないぐらい深いため息を吐いてうなだれる。

 

 ごめんねクザン君。

 でも海軍は天竜人の言いなりとはいえモチベーションにつられて能率もダダ下がりする。それを避けるには天竜人の命でも嫌がらない奴集めるか、信頼の厚い誰かを挟み込まなきゃいけないんだ。でもってお偉いさんの中でいい感じのタイミングでいい感じに弱みを握れていい感じに身分より人を見れていい感じに使えそうな人材がきみだけだったんだよね!

 クザン君マジでごめん!

 

 

 それでは用も済んだのでリモコンを取り出して電動式ベビーカーを走らせて部屋まで帰ろう。いやぁ、金持ちはなんでも買えていい。

 あ、ドアが開けられねえ。

 

 

「走れたんですか⋯⋯。 え、じゃあ最初から嵌める気で——」

「すまないが、開けてもらっていいかい?悪いねぇ、どうもありがとう」

「⋯⋯まだなんもしてないんですケド⋯⋯。 開けるついでに質問いいですか。あんたァ本当にレリエル聖? アレまだ2歳でしょ。ふつうは喋れないし、中将を嵌めようだなんておもいませんよ」

「君も一度ベビーベッドの上で2年過ごしてみるといい。暇こそ最高の拷問、虚無だ。悟りもするさ」

 

 

 じゃあまた、と心底疲れ切った顔のクザンに別れを告げ、互いに逆方向へと進み始める。

 おっと、もう一つ用があるのを忘れていた。

 

 

「あ、そうだ。俺が喋れるのナイショねナイショ。 しー!」

「言ったってだれも信じませんよそんなの。 それだけですかねェ? 早くかえりたいん——」

「いいや。 まあ()()()()()()()()()()()()、いやほんと()()()よ? それとは別に来月までに向上心のある海兵と君が思う最高の教官集めて軍艦一隻をコーティングさせといて欲しいんだ。え、やってくれるって!?さっすが中将。気前がいい!」

「うっわ——失礼ながら申し上げます、おれあんた嫌いだわ。  大体コーティングなんかして、魚人島にでも行くつもりですか? 天竜人のあなたが? 意味、わかってます?」

 

 

 そんなもの百も承知。

 人間と彼らの間にある種の隔たり。根深い魚人差別。その原因すら主に天竜人の所為である。我々にとっては喋ろうが手足があろうが文化を持とうが魚人は(さかな)、魚類であるし、魚人奴隷は怪力で若い人魚の女は容姿から高値で取引されるので人さらいも横行。そして魚類なので攫っても罪にならないという悪循環。

 それをもう数百年やってると来ればどう思われるかくらい想像できる。

 

 だからクザン!お前を護衛にするんだよ!

 

 どのみち人魚姫をハーレムげっちゅするなら行かなきゃいけないし、魚人島との関係改善は避けては通れない道なのだ。

 だったらついでに同時並行で海軍を強化してやろうという完璧なプラン!

 ごめんねクザン君。マジで免御(めんご)っ!

 これが全部おれのおっぱいハーレムの為だとか教えた日には不敬罪を恐れぬガチ目のグーパンを食らいそうだ。

 恨んでくれていいからね! それで働くなら!

 

 

「あ、そうだ。やっぱ変更。教官は辣腕と名高い、君を育てた()で行こう!あとよろしく」

「はい? うそだろ⋯⋯⋯⋯はぁ~~~~~~~~~っ! おれも訂正します。やっぱあんた大っ嫌いだわ。 よりにもよってゼファー()()を?」

 

 

 そうだよ。(肯定)

 しかし、これは少し問題かもしれない。

 

 原作改変どうのと理屈をこねたが、これには大きな欠陥があった。それはこの世界は漫画なのかアニメなのか劇場版なのかということ。

 ダメもとの要求だったが、彼の教官がゼファーな時点でここは映画を含む可能性が高い。つまり——

 

 金獅子のシキ、ギルド・テゾーロ、ダグラス・バレット

 

 そりゃあ勿論、お前らもいるよなぁ。

 てことはだ。その対策も、考えないと、いけないよなぁ。

 

 

 やることが⋯ やることが多い⋯!!

 

 





あとがき
※本編に関係ある話※

「俺はルフィ!! 海賊王になる男だ!!」
このように一つのセリフ内に変な間があるとご指摘いただいたのですが、よっぽど変な区切り方でもない限るこれは漫画でいうところの吹き出しが違う、句読点使わず改行したとでも思ってください。気になった方は大変申し訳ありません。
すでによっぽど変な区切り方だよと思われる方には私の技量が至らぬことを重ねてお詫び申し上げます。

 追記
たびたび申し訳ありません。上記のは引用したセリフが不適切でした。
「バスターコール作戦に反対していたサウロ中将とあなた、大変仲が良かったと聞いています。 友が命を賭した最後の願い、とうぜん断れませんよね。 ああ、責めるつもりはありませんよ。勘違いしないで下さい」
これで言うところの「。」の後の一拍の事です。
私の浅慮な文で不快に思われた方々に今一度お詫び申し上げます。


※本編に関係ない話題です※

起きて見たら総合評価とかえげつない増え方しててちびりかけました。
確かにランキングに乗れたらいいなという色気はありましたし感想や☆を貰えると嬉しいです。(コミュ障なので返信できるかは別)
日刊15位ってどういうことなの⋯⋯?
壮大に何も始まってないと思うんですけど⋯⋯




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第三話 聞いた話とちがうじゃない

まえがき

※作品の出来にかかわる話※
読み直して気づきましたがいくつか入れるべき文言が載ってなかったので修正します。
書いて消してしてる内に人物紹介や伏線まで消えてその後しれっと出てくる場合があります。
まず完成させてから投稿しろと言う話ですがどうかご容赦を。頭の中ではできているのです。

追記
魚人同乗の理由を足しいくつかの表現を修正しました。
その影響で「ここすき」がずれてしまいました大変申し訳ありません。


 

 

 三秒でわかる前回のあらすじ。

 

 

 1,オハラの件でクザンを脅してコーティング軍艦一隻と海兵と黒腕のゼファーを用意するよう言いつけ魚人島との関係改善のために旅立てるよう一か月の猶予を与えた。

 

 

 結論。クザンを手駒にしたが嫌われた。

 

 

 とはいえそれはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎない。軍事目的の為の致し方ない犠牲である。

 彼は有能な怠け者であり例え悪が相手だろうが義理人情さえ通せば話は通じ最終的に不義理さえしなければ後ろから刺されるようなこともなくそれでいて仕事はきっちり熟してくれるのだ。

 

 故に心配ご無用。

 やはり心配すべきはわが身である。

 金獅子のシキ、ダグラス・バレットに関しては一度政府の監獄に収監されるのでその時にどうにかしよう。もっとも、中将(クザン)経由で確認を取ったが両方まだなのでこれは置いておく。

 

 

 目的の魚人島とは海底1万mにある魚人の国だ。魚人とひとくくりだが厳密に住んでいるのは上半身魚の魚人と下半身の人魚の二種であり、うち人魚は種族的に魚類とコミュニケーションを可能としている。だがこと王族に関しては少し事情があり、隔世遺伝か先祖返りか、幾代に一度この海の野生最強種である海王類と会話できる個体が生まれるのだ。

 

 そしてその個体こそ俺がハーレム入りを狙っているしらほし姫。

 

 巨乳はもとより、その容貌はあまりの美しさに女好きの料理人を石化させるほど。この世界はどうやら魅了が限界突破すると石になるらしい。メロメロの実の原理が一端を垣間見た瞬間である。ということはどこか自然界にきっとノロマ光子もあるのだろう。

 なればこそ俺も思いを馳せよう。かの物も実在するのではと。そう、エロエロの実に。

 

 朧気だけど偉大なる原作者がSBSで言及してた気がするんだよね、エロエロの実。実在すればスケスケの実より人気出るんじゃないかな。母なる海に母なる大地。やはりこの世はおっぱいで回っている。

 

 ⋯⋯いやまさかワンピースの正体って!?

 

 謎の真相を探るため、我々調査隊はアマゾン(リリー)の奥地へと向かう事を決意した——

 とか、なんとか、話が脱線してしまった。きっとクロール泳ぎのカエルがぶつかったのだろう。

 

 

 さて、天竜人ならば命令すればいいものをなぜこんなせこせこ手間をかけて根回ししなければいけないのか、しらほしを狙うのになんでこうも面倒なのか説明すると、彼女が悲しむとその「声」を聴きつけた海王類が押し寄せてくるからである。これがどれだけヤバいかと言えば、海王類はこの広い海原ですくすく育った結果km級などザラであり、ものによれば島よりデカイ個体もいる始末。彼らからすれば人間などノミも同然。

 これ海軍で勝てる?勝てないね!勝てるなら俺は悩んでない。

 

 故に彼女のげっちゅを万全に行うには程度に好感を稼いでおくのが必須⋯⋯のハズだ!

 

 そのうえで「タイプじゃないんですっ⋯⋯⋯⋯!!」された時は、そん時はそん時である。

 

 あと気を付けるべきは魚人島への道のりは非常に危険だという事。生物、自然現象には権力でもかなわない。さらに水中は魚人の独擅場で()()を起こすにはもってこいの狩場。

 なので諸々の対策として魚人奴隷を連れて行くことにした。それもできるだけ虐められてないのを。乗れば人質、道案内。着いたら恩赦で売名行為。一石三鳥の名案である。

 

 

 魚人島出航当日の朝、海軍本部よりほど近いシャボンディ諸島の港には要求した通りのすべてが揃っていた。

 諸島と言っても巨大なマングローブ群の上に住んでいるだけであり、その樹液は非常に強靭なシャボン玉を作り出せる。この樹液をあれこれしたジャンボシャボン玉で船をコーティングする事で物理法則が何やらかんやらし内部に空気を蓄えたまま浮力を失い疑似的な潜水艦として使えるのだ。

 そのうえで勝手に沈降しないよう浮きが括りつけられた軍艦が一つに、目算3ダースほどのぴかぴかな海兵が半歩ほどのズレもなく行儀よく整列し、その前に上官だろう、彼らより二回りほど体躯が良い薄紫の頭髪にノンフレーム眼鏡の真面目そうな男が立っていた。

 

 クザンに押されたベビーカーがシャボンの膜を通り抜ける。

 

 

「この度、レリエル聖のご厚意により特別訓練航海を行えること、恐悦至極につき。代表してお礼申し上げます。 総員敬礼!」

 

 

 揺らす足音。渡り板から甲板に降り立つと、紫の男の声を合図に一糸乱れぬ動きで敬礼で迎えられた。

 

 彼こそがゼファー。

 正義を愛し、どんな悪も法の下で罰することを信条にしていた海兵、海の男である。

 元海軍最高戦力が大将にして退役後は教官として現在進行形で未来の強者を量産する生ける伝説。語り継がれる名は「すべての海兵を育てた男」。さらに言えば不確定ながら今後退職金代わりに武器弾薬戦術級兵器を持ち逃げして過激派組織を起こし一つの海を地獄に変える可能性すら秘めている等あらゆる意味で海軍を語るには外せない人物だ。

 

 なお今回の事は全てクザン伝いレリエル名義で通してるので当日来たのが赤ん坊で大変困惑していることだろう。ゼファーは取り繕っているが残りの顔に出ている。「え、何?聞いてないんだけど」と。

 言ってないもん。

 

 とはいえ彼らは手を抜けない。

 彼らからすればクザンも被害者に見えるだろう。失敗すれば責任はクザンへ向かうのだと。たとえそれがどんな無理難題でも、天竜人に「やれ」と言われればやるしかないのだ。

 理不尽に、全てを押し付けられる。それが責任者。

 さて君たちの生徒であり先輩であり上司同胞である彼を助けられるかは働き次第。存分に結果を出して欲しい。

 

 出港から数秒で遠のく地上世界。揺れる水面が旅路が登っていくにつれ時間や距離が曖昧になる気がした。

 闇深く、重圧と無音に押し固められた海底1万mにある国とはどのようなものか。連れてきた元奴隷達の案内で進む船の一室からは相変わらずなにも見えない。

 何時間たっただろう。ある時、海中に灯りを見つけた。

 光を通す巨木、陽樹イブの根の間。魚ですら夜を恐れるように静かだった海でそこだけが賑わいを見せている。海藻なのか、今までにないエメラルドグリーンの色彩が入ったことで熱帯魚の水槽を思わせる光景だ。甲板で立ち尽くす海兵に何か思う事も忘れ、俺も見惚れてしまう。

 

 でもちょっと、なんか違和感。

 

 小さな熱帯魚のようだった魚が、みるみるデカくなり、ついに戦艦の横をより巨大な金魚みたいなのが通った時には喉が鳴った。漫画と感想全然違うわ。やだこの海怖い……怖いよぉ……

 なお同乗する魚人達、大人2子供3はなんてことなく、帰郷をただただ楽しみにしてる様子。君たちよくこんなとこに住んでられるね!?

 

 まあ追い立てたのは人間なんだけど。

 

 そんなこんな微妙に呼び難いが海底の天国とも呼べる場所の一角にある、島すら内包したジャンボシャボン玉。これはどういうわけか浮き沈みせず固定されてるが、この超大型ジャンボシャボン玉こそ魚人島、リュウグウ王国だ。

 超大型ジャンボシャボン玉の中には空気があり海があり陸があり空があり昼と夜がある。草花の代わりにサンゴなどが生えてる以外は普通に人間の国と変わらない。前述のように住民には人魚もおり、当然陸上行動は困難なのにもかかわらずだ。

 それに関してはジャンボシャボン玉は空気中では浮く性質があるので、人魚は浮き輪のように中型ジャンボシャボン玉を纏う事でそれを克服している。ある意味バリアフリーな国。

 

 とはえ入港からのアウェイ感は否めない。

 港には見物だろう住民がまばらに集まるも歓迎とは程遠く、その視線には少なからずの悪意を感じる。正直甘ちゃん前世な俺としては「殺気だってる」と言っても過言ではないくらい怖い。

 なので俺は降りない!クザンと2人で待機である!

 

 よく見りゃ髭を蓄えた体長4m程度のシーラカンスの人魚(♂)を中心に偉そうなのも集まってるが例えそれが国王のネプチューンだったとしても俺は降りない。挨拶もなし。絶対にやだ。

 その旨を伝えるよう命じゼファー一行は下船させ、当初の予定通り奴隷解放と特別強化合宿訓練を行ってもらう。

 

 

 これから1ヶ月。船内のみの特別暇な日々が始まろうとしていた……

 

 

 がしかしその暇すら無駄にしないのが俺である。

 とっとと電伝虫を取り出して地上へ繋ぐ。その数5匹。

 カタツムリにも似た拳大のこの生き物は離れた同族と念波だか電波で交信し、その特性に目をつけられてマイクやらファックスやら外付けで改造することにより、前世でいう電話として機能するのだ。

 連絡先はそれぞれ東の海、西の海、北の海、南の海、シャボンディ諸島の有名オークションハウス。そこにいる代理人だ。

 

 ある意味本当に天竜人でよかったと心底興奮する。「これは確かに、天竜人だけの特権だろう」と。前世で憧れた権力を噛みしめる。全読者が一度くらい妄想しただろうアレが手に入る待望の瞬間だ。

 

 繋がったのか電伝虫が喋りだす。果報を期待し心臓バクバクである。

 

 

『こちら東の海(イーストブルー)! 繰り返します。東の海(イーストブルー)!』

「私だ。首尾はどうだ?」

『はッ! 競り落としたのは一つ!これで全てです! 話によると超人(パラミシア)系だと思われます!』

 

 

 悪魔の実がひとーつ。

 

 

『こちら西(ウエスト)! 入手数2分の2。両方とも図鑑に載っている動物(ゾオン)だと確認しました!」

 

 

 悪魔の実がみーっつ。

 

 

『こ、こちら北の海(ノース)! も、申し訳ありません。残念ながら一つも……。 偶然にもジャルマック聖が同席され、それで……!』

「なるほど。それはしょうがない。帰還しろ」

『は、ははぁッ!!』

 

 

 あちゃ〜「5億で買うえ〜〜!!!」されちゃったか。流石にそれで競売しろてのは自殺行為だな。

 まあいい次がある。

 

 

『こちら(サウス)ですが、出品されたのは一つです! あ、競りが、今!今始まりました! 名称不明。図鑑のものとは合致しません!』

(サウス)に告げる。天竜人の名の下になんとしても落とせ。いいな?」

『はッ!はいッ!』

 

 

 よっつ……

 

 

『こちらシャボンディ班。出品された二品は落としましたが、どうやら駆け込みで明日また一つ出るようです。 手に入れたのはどちらも動物(ゾオン)。明日のはわかりません』

「結構。 北のが競売で他の天竜人に買われてしまった。なんなら今のうちに無理言って買ってしまいなさい」

 

 

 そう言って通話を切った。これで全てだ——今日の所は。

 呼吸が荒い。少し。落ち着いて確認しよう。

 超人(パラミシア)が1つ、動物(ゾオン)が4つ、不明が2つで締めて7個。——7個!?

 一呼吸おいておもむろにガッツポーズした。ていうか出た。

 

 目眩がする。

 こんな事ってあるだろうか?

 許されていいのか?

 おお、神よ……というか俺だ、俺が今は天竜人(かみ)だ!

 いいんだよ天竜人だから!!

 天竜人だからできるのだ!!

 

 

 (われ)が 神なり。

 

 

 そもそもである。説明もなしにエロエロの実だのメロメロの実だの飛ばしたがこの世界には食べるだけで超能力が得られる「悪魔の実」というものがあり一般人目線では一生に一度もお目にかかれないほど希少ながら市場ではスタイル抜群で美人で驚くと変顔する癖がある人魚が5億する横で1〜50億程度と大変お買い得になっている。

 え、高い?レリエル君的には端金ですよ。だって天竜人だもん。

 

 天竜人が奴隷と遊ぶ(オブラート表現)一環で、無理やり食わせたりする程度に悪魔の実を所持している描写はあったが、まさかここまでとは、よもやよもやである。

 

 喜びに任せ軍艦の中の狭い室内をベビーカーで飛ばしているとドアが叩かれた。

 恐らくクザンだろう。彼もまた魚人島で私の望む物を手に入れてきたに違いない。

 護衛と言えど彼はヒエヒエの実の能力者。冷気を操りドア前の通路を氷でギチギチに詰めれば少しの間、例え怪力を誇る魚人だろうと侵入は難しく、安全を確保した上でお使いにいかせていた。

 

 

「ハァ……。 ……クザンです」

「どうぞ入りたまえ」

 

 

 帰ってきたクザンは、何故か親近感の湧く目になっている。

 それで例のものはどうした?と聞けば、物凄く嫌そうな顔で懐からA4サイズの茶封筒を取り出した。俺は礼も言わずにすかさず引ったくって中を覗き込んだ。そしてほくそ笑む。

 ……やはり、実在した!

 

 

「ふふふ…… 流石だよクザン君。これでわざわざ魚人島に来たかいがあったというものだ。 手に入れるのは苦労しただろう。こんな事は本来海兵の君に頼むべきじゃないのは重々承知。本当に申し訳ない。だが、必要なのだ」

「勘弁してくださいよォ。こんな事、ゼファー先生にバレたら、殺される……」

 

 

 珍しく余裕のないクザン。

 心配いらない。これは僕と君との共犯だ。同罪だよ。などと言えば「片棒を担がせないでほしい」と言われるだろう。だがこの書物にはそれだけの価値がある!人魚姫を狙う俺にとって重要な人魚の秘密がここにはあるのだ!!

 表紙を開き、いざ神の名の下に、苦しみなく古の封印(ふくろとじ)解き放たん——

 

 

「現職の中将捕まえてエロ本買いに行かせないでくださいよマジで」

「くっ……! ふふっ……ふふふふふくっくっく…………くはははは!はーっはっはっは!! 素晴らしい!素晴らしいぞクザン!! 君も読むかね!?」

「いえ、遠慮しときます。 一応職務中なんで」

 

 

 これから帰るまで船に籠るってのに、こーゆーのがなきゃやってらんねーでしょーが!!

 第一これはただのエロ本ではない。人魚のエロ本だ。希少だぞ。

 こらそこ「人魚ってほぼ全裸じゃん」とか言わない。その気を持ってエロい格好してることに意味がある。

 見えたパンツと見せられたパンツは違うのだ。うーむ至言である。

 

 漢の夢(オールブルー)をしかと目に焼き付けていると。いつまでもクザンが俺を見ているのに気づく。なんですかね?

 

 

「……何か言いたいことでも?」

「いえねェ? ゼファー先生に魚人空手を叩き込むのがあんたの立てた計画でしょう。でも言えばゼファー先生も協力してくれると思うんすよ。同行して睨みを利かせなくても。 あんたには何か目的がある。それも天竜人が必死になるような。だってのにエロ本読む為だけにここにいるのも変でしょ? ……だからまーだなんかあるんじゃないかって」

 

 

 なるほど、いい線行っている。

 パラパラとページをめくりながら、なんとなく俺は喋った。

 

 

「私は海軍を強化したいのです。早急に。それと同時に海賊の弱体化も。 そこでなぜ魚人空手を選んだと思います?」

「魚人空手って確か水がどうのってやつっスよね。 そのせいで本来物理的なのを無効化する自然(ロギア)系にも効くって言う。俺としてはめんどーな技ですよ。 ⋯⋯でも、それで能力者の海賊に強く出れるってのも安直でしょ」

「そうです。それは副次効果に過ぎない。 答えを言いましょう。私は魚人を海兵にしたい」

「……魚人、海兵っスか。でもそれは……」

 

 

 ——無理だろう。

 

 飲み込んだが、クザンから出かかった言葉。それだけ根深い歴史がある。

 とはいえかつて化け物と恐れられた巨人族は、海兵に迎え入れられた事で近年は大衆に認められつつある。マザー・カルメルの功績だ。彼女はそれに50年だか30年を費やしたが、できないわけではないだろう。

 

 だが差別とはする側とされる側、双方に影響する。どれだけ海の平和を守ろうと所詮海軍はよそ者であり英雄譚も他人事なのだ。

 しかしそんな状況で多くの魚人に認められた『人間』がいる。

 

 

 四皇が1人、通称白ひげ、エドワード・ニューゲートだ。

 

 

「ここ2年。ゴールド・ロジャーが死んでから海賊は増えました。なぜです?」

「そりゃあ『ひとつなぎの大秘宝』っての求めて、偉大なる航路(グランドライン)を……」

「そう、偉大なる航路(グランドライン)。 海賊王をめざすなら誰もズルできず踏破しなければいけない道のり。 魚人島はその中間地点です」

 

 

 この世界の海は、少なくとも海上は大陸により2つに分断されている。故に海中ルートは必ず通らなければならない。

 今回は何事もなかったが、危険な道のりだ。途中にある島は魚人島だけ。

 補給を求めた、あるいはついでに人攫いをする海賊が大挙して押し寄せるだろう。

 

 だが海軍は守らなかった。

 だから白ひげが守った。

 では今回は我々が守りましょう。

 

 

「海軍が立ち寄ってる間は事件を起こさないでしょう。ましてや天竜人がいれば」

「……でもこの島の平和のためだけにここにいるってワケじゃないでしょ?」

「その通り。これは外交戦でもあります。しかし溝は深く、仲良くお話ししたところでどうにもなりません。まず会話でどうにかできるとこまで修復しないと。 だから行動で示すのです。何年も、何度も、我々がここにいる事で犯罪率を下げる。 彼らが海兵に志願してくれるように」

「…………だからこそのゼファー先生、か。 真面目だもんなァ。 あー、でも国王追い返しましたよね」

「天竜人が今更下手に出ても違和感がありますからね。相手側に、「天竜人と話せるまでのサクセスストーリー」、苦労を差し上げて、納得しやすくするんです」

「はァ……。 正直わかんないです」

「頑張って得たものが無価値だとは思いたくないでしょう? 頑張らせるんです」

 

 

 会話はそこまでだった。ただ帰り際にクザンが吐き捨てる。

 

 

「本当の目的がどうあれ、確かにそりゃあいいですよ。でも魚人を魚扱いしてるのは天竜人だ。 まあ、あんたに言ってもしょうがないっスけど……」

 

 

 そうしてドアは閉じられた。

 クザンの言い分に否定のしようはない。全ては事実。

 

 だからこそ、俺は最後の最後に、しらほし姫を口説けると思っている。

 母の遺言を守るために母を殺した犯人すら恨まなかった強さ。それを利用するのだ。

 

 国のため、同族のため、みんなのために。どうか俺の妻(第n夫人)になって欲しい。

 

 魚人も、人魚も、巨人も手長も足長もトンタッタもミンクその他諸々。俺との子供ができたとしよう。「人間」だけで構成された天竜人の一族に発生した多量の天竜人ハーフ。彼らが未来を変えてくれる布石になるのだ。

 

 

 たぶん!

 

 

 そこら辺はまあどうでもいい。

 だってそういう建前なのだから。

 

 

「過程はどうあれ結果が全て。勝てばよかろうなのだ〜、なんて。 ……ん? 緊急用電伝虫に連絡が……」

 

 

 天竜人権限で訓練航海の邪魔にならないよう取り上げておいたそれが、引き出しの中でモゴモゴ稼働している音がした。

 なんだろうか。海底の部隊まで呼び戻すなんて。目的があるとすればクザンかゼファーだし、よほどのことだろう。

 代わりに聞いてやろ。鼻を摘んでレッツ風邪声チャレンジ!

 

 

「もひもひ、ゼファーだが。なにか——」

『ぜ、ゼファー教官! 大変です! 至急海軍本部にお戻りください!』

 

 

 全く騒がしい。

 そう冷ややかな態度でいた俺は次の言葉でエロ本を取り落とす。

 

 

『脱獄です! い、インペルダウンレベル6から……大海賊、金獅子のシキが脱獄しましたッ!!』

 

 

 ⋯⋯は?

 

 あれれ~おかしいぞ? その人まだ収監されてないハズなんですけど……

 

 



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第四話 二度あることはまあよくある

 

 

 3行で確認する前回のあらすじ。

 

 

 1、ゼファー一行魚人島へ空手を学びに行く。

 2、クザンエロ本を買う。

 3、その頃地上ではシキが脱獄していた。

 

 

 結論、三行目に尽きる。

 

 

 怖いわ~、伝説の大海賊(テロリスト)よぉ~!

 逃げたのは通称『金獅子のシキ』。対象は自身か無機物に限定されるも触れたものを自由に浮かす事ができるフワフワの実の能力者として一人空賊紛いをやっていた古強者。スカイツリーの展望台から落ちた雪塊で人が死ぬのだ。海軍ひいてはこの世界に航空兵器など方舟マクシムくらいしかない以上、制空権のアドバンテージはもはや語るまでも無い。

 

 また彼の能力は本人の力量と長年使いこまれた事で『覚醒』と呼ばれる現象を起こしていると思われる。

 本当に触れた物()()ならば砂浜や地面を触れたとて砂や土などが持ち上がる筈であるが、彼の場合島どころか周囲の海水含めお空にゲインし拠点兼生物兵器ビオトープとして20年運用するなど効果範囲と持続力が異常である。

 そして一度浮かせたものは能力者の意のままに操れる。

 悪魔の実は能力と引き換えに海や多量の水に触れると脱力するデメリットが付くのだが、シキは海水すら制御下におき一方的に有利を取れ、海戦するなら緯度経度だけで済むものを彼がいるだけでZ軸(たかさ)の概念が発生する等、文字通り他とは一線を画す、次元の違う相手なのだ。

 

 弱点はワンピース界最悪のデバフと言われる老化と、浮遊物も風や波、衝撃と言った外部的な力に影響を受ける点。

 悪天候に(よわい)。というか悪天候に弱い。

 

 

 運任せじゃないか!

 

 

 その通りだからこそ海軍監獄インペルダウンに入ってる間にとっとと消しておきたかった。空を飛び、四つの海と偉大なる航路(グランドライン)を隔てる海王類の巣窟、凪の帯(カームベルト)すら無関係に移動できる奴をどうして捕まえられようか。

 

 と、言うのが俺の知っていた範囲。

 

 そんな彼が監獄に入っていたのはロジャー処刑の一週間前に海軍本部へ怒りの殴り込みをし返り討ちにしたからだとか。そこらへんは映画本編でかなり薄味だったか、俺が興味を示さなかったか、そも説明がなかったかの三択で記憶にない。

 じゃあなぜ知ってるかって?

 ようやく口を割らせたのだ。

 

 

「クザン。 クザン。 クザン。 黙ってちゃあ分からないじゃないか~。私は君に「シキは捕まっているか」と聞いたよね? どうして本当の事を言ってくれなかったんだい? 答えてくれよ、なあクザン君。怒らないからさ」

「それ怒ってる時のじゃないっスか」

 

 

 場所は変わらず海の中、魚人島停泊中の戦艦の一室。

 呼び戻されたゼファーがそれを拒否し教練を続行したのだ。

 

 曰く、

「それは俺の仕事じゃない。 魚人空手は確かに実用的だ。今はレリエル聖に用意していただいた機会を無駄にしないよう励みます」

 とのこと。

 

 即時帰宅も考えていたのだがゼファー君はそうは思わなかったらしい。妻子を海賊の逆恨みで殺されていたと記憶してたので意外な判断だ。まあ俺としても彼のすべてを見て、覚えているわけではない。長い人生の散り際、わずかながら120分の映画のさらに一部をうろ覚え、彼を知った気になっているに過ぎないのだ。

 だからこそ今回クザン君がどうして虚偽申告したのか知る必要があるわけだが。

 

 ずっと見つめても言いにくかろう。視線を紙とインクで構成された女体の神秘に目を落とす。

 それからしばらくしてクザンは口を開いた。

 

 

「⋯⋯LEVEL6(レベルシックス)()()()()()。そーいう決まりだったんスよ。 ⋯⋯だ、だってまさか逃げるなんて思わないじゃないっスか。 だいたいなんで捕まってると思って——というかなんでシキの事知ってたんですか? 確かあんたが生まれる前の話でしょ」

「質問してるのはこっちなんだがね?」

 

 

 異常ともいえる程の情報を持っていることに至極当然のメスが入りかけるも立場でねじ伏せる。

 まったく、油断も隙も無いんだから⋯⋯

 とはいえそんな理由。

 

 

「つまるところ、君はただ規律に従っただけだと、そういうんだね。 ファイナルアンサー?」

「⋯⋯はい」

「そう。じゃあ仕方ないってことで」

「⋯⋯はい?」

 

 

 最終確認を取ると校長室に呼び出された子供のような、何ともバツの悪そうな返事で肯定して見せたクザンは一転し、拍子抜けしたような声が漏れ出た。

 

 何やら思い詰めていたなら悪いのだが、クザンなりの考えあってそうしたのなら、それを信じられなくて何が「優秀な手駒」だ。言った俺がバカじゃないか。

 

 

「怒らないんですかね⋯⋯」

「怒ったってしょうがないでしょ? それにシキへの対処法がないわけじゃなし。 いいんじゃない? 君にもできることとできない事がある。今はそれを知れただけで」

「対処法って⋯⋯」

 

 

 クザンの目元がぴくついた。

 何も俺の考えることすべてが正しくそれ以外間違いだと、そこまで頭天竜人していない。それに信用されてない原因と心当たりは数える程ある。必然これは予期できた結果。俺の落ち度だ。

 だから知りたかったのはその理由。むしろ思ったより嫌われてなくてよかったくらい。

 

 まだ使えるね。

 

 

「⋯⋯おおよそ天竜人のお言葉とは思えませんねェ」

「そう訝しむな。私とほかの天竜人の違いは目的があるか否か。本質は同じです」

「だから怖いんすよ。できればソレ、目的ってェのを教えて欲しいんすケド⋯⋯。 あんた一体どこまで知ってて、何を見てるんですか」

「エロ本。人魚の」

「そーじゃなくて、真面目な返事が聞きたいんですけどねェ⋯⋯」

 

 

 やだよ。「おっぱいハーレム」の為とか教えたら関係ない事にパシれなくなるではないか。

 

 ともあれ、俺の思う理想の戦い方とは常に負けないところで勝負する事だ。それを当てはめると、シキ脱走は原作通りでなんのマイナスでもない。むしろ悪魔の実は手に入り、ゼファーは魚人空手に興味を示し、クザンの心根と原作開始の時期まで知れた。シキ脱走は原作開始から20年前なのだ。

 これ以上は欲張りというもの。欲張りは身を滅ぼす。

 まあハーレムは欲張るが。

 

 

 

 そうして日程通り訓練も終わりを告げルンルン気分で天竜人の心の故郷、聖地マリージョアへ帰る。まずは届いてるだろう悪魔の実を選別して、ハーレムに入れたい原作キャラの洗い出しと予定表を立てなければならないと大忙しだ。

 

 意気揚々と実家の戸を開けるとそこには父がいた。暖炉を前に土下座ばりに平伏させられた青年を踏みつけ、赤熱した焼鏝を持って今にも押し当てようとしている。また奴隷遊びらしい。

 

 

「ただいま帰りましたー。 新しい奴隷ですか?」

「おう戻ったかえレリエル! そうなんだえ、お前のいない間に綺麗どころがいたので買っておいたんだえ。まあこれはオマケだが。 女の方は焼いてないがその方がお前も嬉しいだろう」

 

 

 綺麗どころ、ね。

 お気にの原作キャラがいる今となってはそんじゃそこらの名無しモブなど眼中にない。むしろしらほしハーレム化計画においてそういう「不幸な奴隷」の存在は嬉しくもないのだが、ところで……

 

 その青年、なんか呻き声がそこはかとなく櫻井孝◯に似ている気がする。ということはそれなりの名有りキャラクターのハズだが………あ。

 

 あぁぁあああああああああああッ!!!

 

 脳裏に最悪の可能性がよぎるも、男の顔は伏していてわからない。

 唾がタールのように喉にこびりつく。

 え、マジで? これ劇場版ボス(ギルド・テゾーロ)

 ⋯⋯このタイミングで!?

 

 てゆか、テゾーロに恨まれる原因親父(おまえ)かよッ!?

 

 

「父上ちょっとたんま! 待って! その焼印待って!!」

「ぬ? どうしたえ? 突然声を上げて」

「とりあえず絶対焼き印入れないで! 絶対にだ! いれたらもう二度と口きかないからな! 綺麗どころって、女は!? 女の方はどこにいるんですか!?」

「それならお前の寝室に——」

 

 

 その瞬間ベビーカーのギアをトップに入れて全力疾走。

 

 これひょっとしてマズいんじゃね? 今後の人生を決定づける瞬間なんじゃね? 嫁探す前に邪魔しちゃいけない他人の恋路の邪魔してるんじゃね? 馬に蹴られて死ぬ前動作なんじゃ——

 

 幾つもの不安が胸中に溢れる。

 

 違ってくれ!

 その一心でドアに体当たりした勢いでベビーカーから落ち、ダイナミックに入室した俺は小さな悲鳴でもって迎えられた。つくばりながらもなんとか顔を上げて、その声の主を見た。

 

 

「ステラアアアアアアアアアッ!? ステラアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「きゃあっ! え? な、何……!?」

 

 

 二段階認証成功。思った通り、金髪でつねに日の当たる檻に入れられてたとは思えないほど色白で美人の奴隷、映画で見たステラそのままだった。

 そこからの俺は早かった。蒸れる背中のあまりの不快さに寝返りをうとうと2年鍛え上げた肉体を余すことなく使い高速のハイハイにて父の元へ戻ろうとして気づけば立って走っていた。

 え、立てるの2歳って!? 初めて知った……

 かなり驚いたが今はそんな時ではない。

 

 ギルド・テゾーロだ。

 

 シキ、バレットに続く劇場版ボスが1人。元奴隷にして恋人を天竜人に弄ばれた挙句殺されたことで復讐に取り憑かれた天竜人の敵——になる前の彼がなぜかここにいる!!

 

 よりにもよってこの家系に転生させるとか神様マジ鬼畜。俺の人生はRTAか何かだろうか。生まれて二年のイベントがあまりに濃密。父親を説得しなんとか焼き印は防いだがこんなものどうすればいいのだ。

 

 

 さてテゾーロ、彼が手にした力はすなわち『金』でありゴルゴルの実の黄金を無尽蔵に生み出しながら操作もできるというウーナンなんだったのかな能力と溢れんばかりの経営力に持ち前の歌唱力を合わせて規模もサイズも世界一なカジノ船独立国家を築き上げ黄金帝と呼ばれるまでになる男。

 

 とはいえ原因は天竜人に酷い目に遭わされたからであり、それさえなければ恋人ステラと小さなショーハウスでも経営できれば満足して一生を終えると思われるという、敵にすると厄介なのに味方に引き込むとなると一転しなんだかよく分からなくなる存在だ。

 だったら放流してやればいいだろと思うかもしれないが、彼の経営力はここで見過ごすにはあまりに惜しく、まさに「それを捨てるなんてとんでもない!」状態。並の王族ですら一方的に奴隷認定できる天竜人を巨万の富に物を言わせ意見陳情どころか懐柔し、世界政府を動かすほどの才能が眠っている。

 

 

 そんなの絶対欲しいじゃん?

 

 

 だが彼がそこまで金にこだわったのも全ては人生の節目節目であとちょっとというところで金が足りず多くを失った経験からだ。それゆえに人は金に支配されているという狂気を孕んだ。

 つまり満ち足りると人格が歪まないから性能が落ちてしまう。

 

 だからこそどうしたものかと、ステラを守るために暴れた挙句守衛にボコボコにされたらしい意識のないテゾーロを自室に連れ込み、ステラと三人で黙りこくって気まずい時間を過ごしている現在に至る。

 いやほんと気まずい。

 理由の半分は咄嗟の事で俺がエロ本持ったままなのも関係してる気がするが、なによりステラがかいがいしく手当に専念するものだから声をかける隙がない。

 ついには窓の外から茜色の光が差し込み夕餉の時刻が差し迫って来たという時にテゾーロが意識を取り戻した。目が覚めちゃったよ。何も思いついてないのに。

 ええい、黙っててもしょうがない!行くぞ!

 

 

「うぅ⋯⋯す、てら⋯⋯? だい、じょうぶ、か⋯⋯。なにか、ひどいことを⋯⋯ううっ」

「私は無事よテゾーロ。でも⋯⋯」

「やあお二人さん、僕はレリエル!君たちの持ち主さ!ハイディホー!」

「「「⋯⋯⋯⋯」」」

 

 

 やばい、なにか、とてつもなくタイミングを間違えた気がする。世界のどこかで俺を蹴ろうと馬がアップを始めましたねこれは。クザンもいないのに空気が凍った。

 そこで天啓が降って湧く。そうだ、クザンと同じように脅せばいいのだ。

 

 

「んぁ⋯⋯なんだと⋯⋯?」

「言葉を慎みたまえ、君は天竜人の前に居るのだぞ。 私が気分を害した瞬間、君も、女も、ポンだ! 理解できたかね」

「⋯⋯⋯⋯!」

 

 

 滑り出しこそ失敗したが帝王はこのレリエルだ!依然変わりなく!

 完全に場の空気を取り戻した所で本題に入る。

 

 

「静かでよろしい。 ところで聞け。私はこの前生まれて初めてショーというものを見た。台の上で歌って踊るアレだ。知ってるか?」

 

 

 歌って踊れるテゾーロ君を躍らせたい、手の上で。

 

 

下々民(しもじみん)でもなかなか面白い事ができると感動したよ。 で、だ。私もやってみたくなった。⋯⋯そこでお前!」

「⋯⋯私?」

「そうステラ(おまえ)。 感謝しろ。俺の作るステージで踊らせてやる」

 

 

 指したのはテゾーロ——ではなく隣のステラ。見た目はともかく、歌って踊れる才能があるか分からないステラ君だ。

 我ながらいい案を思いついたものだと口角が上がる。きっと悪い笑顔だ。俺の顔を見た二人に恐怖が浮かんでいる。おいこら傷つくぞ。

 とはいえ演出には使えるか。

 その顔のままずかずか歩み寄り、まるでリンゴでももぐようにステラの顔を掴んで見回す。

 

 

「この肌、顔づくり、う~ん美しい。 ⋯⋯まあまあだな」

「⋯⋯え、あ、あの⋯⋯」

「黙れ!だーれが喋っていいつった!? ⋯⋯まあいい私は話の分かる男だ。そこの男とお前、只ならぬ関係と見た。 喜べ! ショーの出来次第では男と一緒に奴隷から解放してやってもいい」

 

 

 その言葉に二人して目の色が変わる。

 青年(テゾーロ)は希望。およそ天竜人がどんな相手かまだ分かってないと見える。一方ステラも、ないよりマシだが大海に浮かぶ藁の一本程度には信じた様子⋯⋯なぜ海に藁があるかは知らない。「溺れる者藁をもつかむ」からもう少し希望をそぎ落とした言い回しがしたかっただけだ。

 しかし人間の本質は天邪鬼寄り。うまい話を用意してもらってもどうしてか怠けてしまうんだなこれが。

 

 

「その代わり、もしこの私の名に泥を塗るようなショボい結果を出してみろ⋯⋯。 ちょっとこっち来い」

 

 

 二人を連れて移動する事、向かった先はお袋の部屋。一緒にバスターコール見に行ってくれる父と違い、こっちはどちらかと言えばインドアな方で、奴隷遊びが大好きだ。「ちょっとお邪魔しますよ~」とドアを開ければもう既に臭い。血なまぐさい。実家とはいえシャボンマスク付ければよかったと後悔する。

 部屋の中では斧を振り上げた母が薬でも盛られたのか痙攣する奴隷の足に狙いを定めていた。

 

 

「おひさしゅうございます母上。レリエル只今戻りました」

「あらおかえりなさいアマス⋯⋯ってレリエルちゃん! もう立てるアマスか!? 子供の成長は嬉しいアマスね。よいしょっと」

「ぎゃああああああああああ!」

「うるさいアマス!!」

「ぎゃああああああああああッ!!」

 

 

 会話途中でもナチュラルに斧を振り下ろすとかさすが母上。そっちは立てませんねもう。

 とまあ背後の二人もここで奴隷がどんな扱いになるか分かっただろう。翻って話の続きだ。

 失敗したら()()な。

 もう二度とショーできないねえ。

 

 

「てことで女。 自由になりたくば世界一のショーをやれ」

「そんな⋯⋯ッ!」

 

 

 無茶ぶりだよね~。知ってる。

 だが、それができる男がここにいる。

 

 

「⋯⋯ま、て⋯⋯! その話⋯⋯おれがやる!」

「ああん? ぬわぁんだねチミはぁ? 誰が喋っていいと——」

「おれなら⋯⋯確実にやってみせる! 世界一のショーを! だからステラを放せ!」

「勝手にしゃべりおって気分悪いわ。 お前がショーを? この女と違って華もなければそんなボロボロでみすぼらしい、お前がかぁ?」

「ま、待って⋯⋯! 本当にテゾーロは私より歌も踊りも上手なの⋯⋯!」

 

 

 それも知ってる。

 ギルド・テゾーロ。愛した女の為に天竜人に嚙みつかなければここにいなかった男。君は私から勝ち取るんだ。仕事と女とついでに自由を。

 その他適度に難癖つけて凄んでやる度、彼はニヒルに笑って見せた。

 

 

「むしろ願ったり叶ったりさ……。 俺があんな海で燻ってたのも、元手がなかったから。場所とチャンスさえあれば、いくらでもやってやる」

「デカい口叩いたな⋯⋯だったらやってみろ! お前の代金5億ベリー。女の代金25億。劇場その他費用125億!!! そして、俺を不快に思わせた罪の数々!占めて66兆2000億ベリー! 稼げたなら自由!! お前がやるなら条件はそれだ! それでもやるっていうのかよ!?」

「やってやるっていってんだッ!!」

 

 

 かっこいい。採用。

 

 天竜人あいてに啖呵切れる人間はそうそういない。まあそういう人間だから大成すると言えるしここに連れてこられたのだろう。

 かくして奴隷から一躍世界の大スターへ変貌するテゾーロのシンデレラストーリーが始まった。多少の恨みはかったもののプラマイ的には大プラであり塵ほどの損も無く言ってしまえば俺の一人勝ちだ。言ってしまったついでに口を滑らせるが66兆2000億ベリーとは半分ネタ的な意味合いでふっかけてしまったがそれでOKしたという事は本当に66兆2000億ベリー稼いでくるつもりなのだろうか。甚だ疑問である。

 

 さてさてさて、いろいろとひと段落ついた所で現状を整理しよう。少年漫画としては全く活躍してないかもしれないがかなり磐石な基礎が完成したはずだ。

 

 ゲーム風に説明するなら海軍の強化はレベルアップ毎に力+1、あるいは毎ターン兵力算出+1という風に先に取得した方が効果値が大きくなるもの。テゾーロに関しては運だが20ターン後に貨幣700、政治力300程度手に入るようなものと思えばいい。所持金無限なのに金がいる理由としてはその所持金の財源を俺が握ることにある。運が良ければほかの天竜人に対し家柄を超えて発言できるようにもなろう。

 

 しかし今回の事はなかなかの不意打ちだった。たまたま帰省したからいいが、ともすれば原作通りになり面倒くさがった俺がダイナ岩でも使って爆殺していたことだろう。シキも最悪それでいいと思ってたりする。

 

 俺はなにより俺が痛い思いをするのがいやなのだ。

 

 というわけで今後痛い目を見ないように実家関連のイベントを思い出す。ロジャー処刑後のマリージョアでなにかイベントはあったかな、と。

 天竜人といえば奴隷関連。奴隷と言えば魚人フィッシャー・タイガーによる奴隷解放。奴隷解放と言えば九蛇(くじゃ)三姉妹やコアラ等未来の爆乳組だが、人んちの犬を勝手に持って行って良い訳も無く、まず俺が手に入れなければどうしようもない。そして細かい時系列など知る由もないので完全にお手上げ状態だ。

 

 奴隷と天竜人で仲良くできるとも思わないが、唾ぐらいつけておきたいのが男心。

 そんなことを考えながら、とりあえず今できる事。手に入れた悪魔の実の確認でもしようと無駄にラッピングされた紙箱の封を切り、添付された説明書に目を通した。

 

 最初は動物(ゾオン)系ヘビヘビの実。

 

 ん?

 

 頭の中でナニカが引っかかるも、そこまで気にせず次の実へ。

 二つ目も動物(ゾオン)系でヘビヘビの実。なるほどモデル違いか。()()はアナコンダとキングコブラ⋯⋯

 

 んん?

 

 やはり何か胸騒ぎがする。どちらかといえば悪い予感だ。だがまあそんなことは一旦放置し、三つ目の実。これは超人(パラミシア)だそうだが内容不明。形はリンゴほどの木の実に消しゴムで作ったような多量のハートがうろこ状に所狭しとくっついて——

 

 あ、もう流石に理解したわ。これきっとメロメロの実だ。

 

 

 悪魔の実が三つ……来るぞ九蛇が!!

 

 



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第五話+第六話 悪くなりたいわけじゃない

 

 

 三行で分かる前回のあらすじ。

 

 1、原作開始まで20年とわかる。

 2、テゾーロとステラに66兆2000億ベリーの借金を背負わせる。

 3、九蛇三姉妹が食べさせられる悪魔の実がなぜか集まる、俺の手に。

 

 結論。わりい、おれ死んだ。⋯⋯かも。

 

 

 左手から右手へ、右から左へ、ハンバーグでも作るようにそのリンゴ大の奇妙な実を弄ぶ。否、持て余していた。

 

 どーすんのよコレ。

 

 悪魔の実の大半はビジュアルが公開されていないので図鑑にないこの実がなにか、本来は分からないのだが同時に手に入った二種類のヘビヘビの実の存在と俺が天竜人でありそれらをマリージョアに保管してるのを踏まえると、このハート形の()()だらけな実は99%メロメロの実なのだろう。なぜかといえばそれが一番『原作』に向かうだろう組み合わせだからであり1%はエロエロの実の可能性だ。

 

 まだだ、まだあきらめんぞエロエロの実!!

 俺の夢は終わらねぇ!!

 エロエロの実を食べたエロ人間。超性感人間になってやる!!!

 超性感人間ってなんだ!?

 

 いっそ食ってしまおうかとも考えたがメロメロだった場合手が付けられないので断念した。ハンコックがエロエロった場合は原作大崩壊は避けられないがそれはそれでいいのでとにかくヨシ!

 

 

「⋯⋯エル聖。レリエル聖。劇場に着きましたよ」

 

 

 思考の中で右往左往してると多少くぐもった御者の声で呼び覚まされた。着いてしまえばしょうがない。九蛇がいつ来るか分からない今、立ち止まっている暇はないのだ。

 悪魔の実を懐に仕舞い、八頭立ての馬車ならぬ()()()()()()()()から舞い降りる。

 空いた手に鎖をもって。

 

 

「それじゃ行こうか——ステラ」

「⋯⋯はい」

 

 

 浮かない顔のステラ君。

 それも当然、繋がれる先は美女の首の破壊輪こと悪名高い爆弾首輪である。

 ごめんね。飼い犬に()()()は常識だし、俺にも世間体というのがあってだね。もう少しの辛抱だ。けっぱれ!

 

 俺は手綱を引き、陰気な中古劇場へと足を進めた。

 

 中に入れば歓迎より先にまばらにいる従業員が気付いた順に床に膝をつく、いわゆる「ひざつき」の態勢に入り一心に目を合わせないよう顔を伏せた。

 海軍、魚人島、マリージョアくらいしか行き来してない俺にはいささか新鮮だが、そういえばこれが当然なのだ。触らぬ神に祟りなし。黙して服従を示し、嵐が過ぎるのをただ待つばかり。無駄な争いを避けるため関わり合いにならないというのは賢い選択だろう。

 

 俺がスポンサーでなければな。

 時間給なのになにサボってんだ。バスターコールすっぞ。

 

 若干苛立って責任者を目で探すと、不意に硬質な靴底が床を叩く音が鳴る。古時計の秒針が動くように一定のリズムで、指を鳴らす裏打ちまで添えた簡素なBGMが無音の闇を切り裂いた。

 発生源は舞台袖。

 そこから一人、照明も音楽も衣装も無しに歩み出る。膝をつく有象無象は神をも恐れぬ行動に恐怖するばかりだが、その姿は華もないのに堂に入っていた。一目見ればだれもが分かる、理解する。

 

 

 ()()が主役だ、と。

 

 

 センターで立ち止まった青年は少し溜めてから腕を振り上げた——

 

 

「イッツァ——ショータァイム!!」

 

 

 始まるのは1人舞台。伴奏もなければ光も当たらない。誰に引き立てられることのないソロプレイ、と文字にすればリハーサルにも劣る地味さだろうが、芸術に疎い俺がなんとなく眺めてるまに気が付けば半刻も見ていたのだから、なるほど「魅せられた」のだろう。

 

 それはギルド・テゾーロに舞台を与えて2週間ほどの出来事だった。

 

 

 テゾーロの舞台適正高すぎだろ!

 

 

 正直なぜレア人種でもないステラを自由にする金が稼げなかったのか不思議なくらいの才能と恐怖を感じたが冷静に考えると場末の飲み屋でこれやられてもウザいだけでありこの空気感が受け入れられる劇場が街のチンピラに舞台を貸すかといえば否なので当然と言えば当然な埋もれかたをしていると言える。

 

 とはいえだ。世界一のショーには程遠い。()()()()()を今一度睨みつけてからステラを引いてそこら辺の席に腰かけるとこの場唯一の足音がそっと駆け寄って来た。

 

 

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ど、どうだっ!?」

「うん、いいんじゃない? 薄々君の才能を感じてはいたが、ここまでとは思わなかった」

「才能⋯⋯? ⋯⋯期待なんてしてなかったくせによく言うぜ」

 

 

 いや才能があるのは知ってたんだよ。問題は百点満点に百万点出されたことだ。リハ独唱であの引き込まれよう、君ひょっとして覇王色の覇気持ってなーい?

 

 

「ともあれ、君がただの大ぼら吹きじゃないことは確認できた。謝罪しよう。劇場は見合ったのを用意する。人員(せつび)ももっといいのを手配しよう。それから」

「なあ、待ってくれ。 お眼鏡にかなったのならステラの首輪を外してくれ。約束だろ」

「⋯⋯三日だけだ。劇場からでるなよ?」

 

 

 馬に人参。テゾーロにステラの自由。いわゆるボーナス。

 カギを取り出すとひったくるように受け取ったテゾーロは悪趣味な首輪を外してステラと抱擁した。映画を考えると感動的な光景だ。邪魔しても悪いので奴隷車を走らせ早々に退散しよう。

 

 どうせ、首輪があろうとなかろうと、逃げられないのだから。

 車の中でほくそ笑む。

 

 

「うわぁ⋯⋯二歳児がしていい顔じゃないっすよソレ」

「あ、居たのクザン?」

「自分で乗せておいて⋯⋯! 最初っから居ましたよ! あんたが金髪美人のねーちゃん連れて来た時も、この悪趣味な車に奴隷をつないだ時も、なんだったら繋がれてる海賊(どれい)を連れて来たのもおれなんですけどねェ?」

「それはすまない。私にとってもはや君は片腕、一々自分に右手があるか気にしないだろう? ところでさっきのかわいいねーちゃんの顔は覚えた? 逃げたら犯罪者だ。捕まえてくれ中将」

「⋯⋯そりゃァ言われりゃしないわけにはいかないけども……それより、道中でステラさん?に言ってたの、あれマジですか。もし逃げたら」

「“もし逃げたら、きみとは何の関係もないその辺の誰かに何かして晴らすかもね”? ()()()だ。 そも逃げなければいい話、そもそもしっかり借金を返せば自由になれるんだ。なのに首輪まで外して超優しいでしょう?」

「⋯⋯()()もおれにやらせるつもりっすか」

 

 

 どこか覚悟したような声で確認をとるクザン。それを見て評判の悪い笑みが深まってしまう。

 

 

「フフフ⋯⋯! 安心してくれ。そん時はボルサリーノ君に頼むよ」

「——ッ!!」

 

 

 瞬間冷却、車内が冷蔵庫になった。

 オハラの件以来クザンの思う正義は揺れ動いている。が、それだけじゃない。サカズキとクザンの両極端を見て中庸を選ぶ男もいる。それがボルサリーノ。

 掲げるは「どっちつかずの正義」と、要は命令には忠実に任務には私情を挟まず言われたことをこなし、たとえ相手が恩師()だろうが潜入捜査中の部下(X・ドレーク)だろうが職務遂行するという覚悟の決まりきったモノ。X(ディエス)・ドレークは泣いていい。

 

 もっとも俺の関与でどうなったか知らないが、反応から少なくともボルサリーノなら()()のだろう。

 

 君は肝心な時に動作不良を起こすからね。二度はごめんだ。

 

 

「⋯⋯おれ、あんたのこと⋯⋯少なくとも奴隷とかいう悪趣味なものには興味ないと思ってました⋯⋯」

「興味がないと言えば嘘になる。だが別に好き好んではない。すべては目的の為。完済したら彼らだって自由にする。本当だよ」

「⋯⋯信じますよ? もう降りられないんだ、せめて信じさせてください。 ⋯⋯逃げるなよ、ねーちゃん」

 

 

 逃げないさ。だって、彼女は劇場版ヒロイン(ステラ)なのだから。

 

 

「じゃあ、次の悪巧みでも始めようか? 走る車の中ほど秘密に向いた場所もない」

 

 

 

 それから二年。レリエル四歳。全ては何事も無く順調に進んだ。シャボンディから始まったテゾーロの公演は当然成功し今やグローバルに展開され、魚人島使節団は少しずつ日常へ溶け込み今や島に海軍宿泊用の施設がある。なお海軍基地は建ててないのでまだ守っているわけではない。

 それが理由か半年前には原作通りに白ひげが島を縄張り宣言した。

 

 いや何勝手やってくれてんの白ひげ君。原作より治安良かったじゃん。知らんけど。

 

 まあ神の目ビフォーアフターできるのは転生者ぐらいなので彼からすれば原作もクソもない。海軍が働いてないと思えばそうなのだろう。彼の中では。

 

 だからって「はいそーですか」と手を引く俺ではない。何のためのクザンとゼファーだと思っているのだ。クザンは不用意な争いは起こさない人情派。ゼファーは今や逮捕より後続育成に力を入れているのは確認済み。

 というわけで白ひげ傘下は見なかった事にする方向で演習続行となった。もちろん道案内兼売名として奴隷解放も行っている。

 

 それに対し「海軍が海賊を見過ごすなどメンツに関わる!」等々反対意見が挙がったが、俺知ってるからね?

 海軍が裏でドフラミンゴから武器買ってたり政府が百獣海賊団に巨人兵士の失敗作横流したり結局四皇の一勢力に海軍本部だけじゃ力が足りず七武海の協力を経てやっと同等レベルなのでどの道見過ごすしかないの俺知ってるからね?

 

 いつも平気でやってる事だろうが! 今更御託を並べるな!

 

 

 しかし以降の魚人島演習に俺の姿はない。地上でいつハンコックが来るかわからない為である。

 とはいえそれも今日までの話。

 

 なんたって、今や目の前にいる。

 手足、首に鎖をつけられた三人の子供。黒髪の小柄な少女。それより少し高い、緑髪で頭身の低い少女とウェーブのかかったブロンドの少女。

 彼女らは人間屋(ヒューマンショップ)の薄暗い天蓋の下、ひしめく人買い達に恐怖しながらライトアップの上お立ち台で司会に指さされる。

 さあ、競りの始まりだ。

 

 

「それでは今日の目玉商品! それは男たちの夢。偉大なる航路(グランドラン)のどこかにあるという女しか産まれない女島出身。屈強な九蛇海賊団から命がけで連れてきた三姉妹、セットでの販売です! まずは3000万ベリーから!」

「5億で買うえ~~~!! 5億ベリィ~~~~~!!!」

「⋯⋯⋯⋯はい?」

「だ~か~ら~5億! 天竜人がそう言ってるの!」

「は、はい! 5億で決定! お買い上げェッ!!」

 

 

 即決即断のハンマープライス。競り終了。

 一般客はわざわざ天竜人に目をつけられたい訳もなく、乗り出してきた時点で一人勝ちは確定。出品されるオークションさえわかれば我々天竜人が買い逃すわけもないのだ。

 故に、アホな四歳児でも購入可能。

 

 

「やったえやったえ! 生まれて初めて奴隷を買ったえ!」

 

 

 俺は横にいる落札者へ拍手を送った。

 よかったな、チャルロス君。

 

「すごいよチャルロス君! おめでとう。九蛇なんて滅多に出ないのに、一発だなんて」

「むっふふふふーん! なんだかよくわからんが、珍しい「くじゃ」を買えたえ~! むふん!」

「ウンウンスゴイスゴイ、ヨカッタネーハイハイ」

 

 

 隣で小躍りする不細工でキモくて鼻たれで根性のひん曲がったアホというおおよそ好かれる点の無い天竜人のチャルロス——少年。御年四歳。

 覚えているだろうか、俺が転生した要因である彼だが、なんと同い年だったという。それを知った当時は背筋の凍るif(イフ)展開が脳裏を駆け巡り震えたが今ではこうして一緒に買い物に行く仲である。

 

 だから友情の印にハンコックをプレゼント——するわけもなく、原作との整合性を考えた結果、彼に一時預けたに過ぎない。いずれ返してもらう。そう遠くない未来に。

 今は幼いが、あの巨乳と美貌は絶対にハーレムに入れたい。絶対にだ。

 

 

 同日夜、マリージョアにて所有者問わず一括で奴隷を管理する地下牢へ向かった。窓からの月だけが照らす牢屋と言うよりもはや動物の飼育檻めいた箱を付き添いの持つランタンで照らし巡り、そして見つける。彼女たちの檻だ。

 鉄格子の奥、冷たい床ではハンコック以下三名が背を上にして呻き、浅くつらそうな寝息を立てていた。

 

 あちゃー、あの()()()。これは背中に焼き印入れられましたね。まったくチャルロスのアホめ。

 でも、それも色々都合がいい。

 

 

「それじゃあ、鍵を()()()くれ」

「⋯⋯⋯⋯やばいって⋯⋯こんなの⋯⋯」

 

 

 付き添いの男は誰か分からないよう全身が隠れる衣装に身を包みながら、手から溢れる冷気で牢のカギをアイスメイクする。おかげでチャルロスの奴隷牢に難なく侵入した俺は、取り出した薬を少女の背に塗り込んだ。

「ん゛ん゛——ッ!!!???」

 

 

 当然だがどんな妙薬だろうと焼けただれた皮膚には酷なもの。突如身を襲う激痛に覚ました目を白黒させ少女は反り返りながら悲鳴を上げるが、既に誰かを起こす力も鎖で繋がれた手足を上げる気力も残っていない。

 

 

「————ッ!!!!」

「おちついて。火傷薬だ。塗れば少しは楽になる」

 

 

 目算小学生の振るえる肢体。ええと確かルフィが17で旅に出て、ハンコックが10歳上で、今はその20年前の2年後だから⋯⋯ん?

 およそ9歳。成人でもショック死する激痛に激痛を重ねて尚生きているすさまじさはさすが将来の大海賊。いわゆる王下七武海(おうかしちぶかい)

 まもなくして苦痛にあえぐ彼女がこと切れるように眠りに落ちるが、その寝息はいくらかマシになっていた。これをあと二回やってから熱さましに素敵な氷をプレゼント。鍵を閉めて退散した。

 

 次いで翌日、今度は夕方。昼間チャルロスに方々見せびらかされたあとの三姉妹を訪ねるとハンコックが妹をかばい歯をむき出す。

 

 

「——ッ! 今度はなに!? 私たちになにするつもりなの!?」

 

 

 ⋯⋯あれ、「私たち」?

 ”わらわ”ってないつうか”のじゃ”ってないつうか⋯⋯未来の口調となんだか違うが元気そうで何よりだ。空元気だろうけど。

 夜は見えなかったが三人ともだいぶ泣きはらしている。

 

 

「⋯⋯別になにも。 それより背中はまだ痛む? 薬いる?」

「薬⋯⋯? ⋯⋯まさか昨日のはあなたが」

「さてね。 塗り薬ここに置いておくから。じゃあ」

「ちょっ、ちょっと待って! ここはどこなの!? ねえ待って!」

 

 

 薬を牢の前に置いてそそくさ退散すると、興味が恐怖に勝ったようだ。奥で震えていた彼女の鎖が檻にあたる音がした。

 プレゼント渡して即退散とはとんだ腰抜けじゃのうレリエル聖とか謗られそうだが物事には順序がある。今日はこれでいい。

 

 あくる日の牢。今度は遠目に姉妹の檻を眺め、生存確認が済めばまた踵を返し即退散。

 

 

「待って! ねえお願い、話を聞いて!」

 

 

 お願いならしょうがないにゃあ⋯⋯。

 踵を返し、互いに興味と警戒、鉄格子を挟みながら、触れられない距離で向かい合う。その黒い瞳には恐怖の色が濃いものの守るべきものがいるからか、強い意志を感じた。

 とはいえ本当に俺が来てくれると思わなかったのか、数分は沈黙していたが。

 

 

「⋯⋯ねえ、その、名前。あなた何ていうの? 私は⋯⋯ハンコック。九蛇のボア・ハンコック」

「そう。 ボクはレリエル。見ての通り天竜人だよ」

「⋯⋯てんりゅう、びと?」

「君たちの飼い主と同じ、この世でも最も高貴な一族のこと」

「”飼い主”って私たち動物じゃない! ねえお願い、お家に帰して!」

「それはできない、ごめんね、君たちを買ったのはチャルロスだから⋯⋯。 たぶんもう会ってると思うけど、こう鼻水を垂らした僕と同じくらいの奴」

 

 

 彼女もかの鼻たれを思い出したのか青ざめて震え上がる。すかさずハンカチを差し出すが、受け取られることは無かった。

 その日はもう喋れる体調には戻れなさそうだったので再々退散し、さらに翌日。

 

 

「やっほーチャルロス! この前買った九蛇の姉妹はどう? 面白い?」

「んぁーレリエル。それが聞いてよ。あいつら全然⋯⋯ズズ⋯⋯、全然いう事聞かないんだえ。どうしたらいいと思うえ?」

「うーんそっかー⋯⋯。そういうのは身近にいる、奴隷をうまく乗りこなしてる人とかに聞けばいいんじゃないかな。だれかいる?」

「ズズ⋯⋯、奴隷をうまく⋯⋯お父上様(ちちうえさま)かえ?」

「え、君のお父さん? 確かに躾が上手いって聞くね! そんな事に気が付くなんてチャルロスすごーい!やばーい!超すごーい!」

「むふっ、そうかえ? むふふん! そうかえ、凄いかえ? むふふーん」

 

 

 ちょっろ。

 

 同日、夜、地下牢。

 今日のハンコックは昨日より傷だらけで、なんだかとってもぐったりしていた。虚ろな目で呼吸するだけの姉を二人の妹が抱きしめている。きっとチャルロスに酷い事をされたのだろう。

 

 

「⋯⋯ハンコックはどうしたの?」

 

 

 ぼくが聞くと、すすり泣いていた二人はしばらくしてから責めるように、すこしぐちゃぐちゃな内容だったけど、なにがあったか教えてくれた。

 チャルロスに「しつけ」と称して鞭でうたれたのだ。しかも妹たちのぶんまで。

 首元に見つけた蚊にさされたようなあと。とどめに鎮静剤をいれられたに違いない。彼の親は、よく薬をつかうのだ。

 ぼくは何も言うことができなかった。

 

 翌日。

 

 

「おっはーチャルロス! 九蛇どうなったえー楽しんでるー?」

「黒いやつはいう事聞かない! 緑と黄色は泣いてばっかでうるさいえ! ねえレリエル、新しい奴隷買いに⋯⋯ズズ⋯⋯買いに行きたいえ。わちき人魚ほしい」

「ええ~、もう飽きたの? じゃ要らないなら貸してよ」

「んあ?欲しいならあげるえ」

「えマジで!?やったータダで五億手に入ったー。超レアな、しかも3姉妹セットだー。ウワ~まさかタダとはなー俺ナラモッタイナクテテバナセナイ。……モッタイナイ!……モッタイナイ!」

「う~、そう言われると何だか惜しいえ……。やっぱ貸すだけだえ」

 

 

 ちょっっっっろ。

 チョロチョロの実の盆暗人間か。

 

 


 

 

 俺の必死の交渉により何とか借り受けた三姉妹は、我が自室で用意したフルーツの盛り合わせを涙ながらに頬張っていた。

 

 

「姉さま⋯⋯姉さま、おいひい⋯⋯! おいひいよお⋯⋯!」

「ううっ⋯⋯うわ゛わ゛わ゛ぁぁぁ⋯⋯!!」

「二人とも落ち浮いて⋯⋯もっとゆっくり⋯⋯ぅぅぅっ」

 

 

 当初こそ警戒してたが今やがっついている。奴隷とはいえ使い潰し労働者と違い普通の食事は出ているはずだが、それでもむせび泣くか。まあ一番の要因は首輪以外の拘束を解かれた事だろうけど。

 それからしばらく部屋には二つの空間に分かれた。基本的に俺からの接触はなく、姉妹も姉妹で常に一定の距離を置いている。

 俺は決まって書き物。姉妹は置いてあるフルーツを勝手に食って腹を満たす静かな午後。そんな生活が続き、彼女たちの身動から「背中の痛み」が消えた頃。遂にハンコックから声がかかる。

 

 

「ねえ今さらなんだけど、あなたは何のためにこんなことを? ⋯⋯ここの人たちはみんな酷い。でもあなたは⋯⋯何もしてこない。 薬といい、なんのために」

 

 

 場所がどこかだとか、帰らせてくれとか、薬はまだあるかとかでない。それは明確に()への質問だった

 

 

「なぜ優しくされるか、知りたい? どうしても?」

「そ、そうよ」

 

 

 愛の反対は無関心だという。関心がすべて愛になるわけではないが、無くてはなにも始まらない。

 そして今俺は関心を持たれた。0は1に変わった。長かった。面倒だった。それもこれも原作崩壊を防ぎながら女だけぶっこ抜いてハーレム作るとかいうよく考えなくても矛盾した夢の為だ。

 

 これでようやく唾を付けられる。⋯⋯スタートラインが遠いなぁ。

 

 だが抑えるべきは抑えた。

 

 奴隷時代の経験から男嫌い、世界政府嫌いのハンコック。その背の忌まわしき印をルフィは見てしまい、男子禁制も合わさり死刑になるも、彼の思いやりに触れた結果ハンコックは惚れ、彼の兄救出および2年間の修業に協力する。

 ルフィの女ヶ島訪問がこちらで操作できない以上、この流れは必須。

 

 あとは島の掟を破るのにルフィに惚れるか俺かの二択というだけの話。

 

 

「それは君たちがアマゾン・リリー出身だからだよ。あの島にはすごく興味があるんだ」

「興味⋯⋯⋯⋯? ⋯⋯ッ! まさか私たちの島に来てみんなも攫う気!? させないわ! 絶対に場所は教えない!!」

「ん、なにか勘違いしてないか?」

 

 

 海賊になるような女を奴隷と天竜人でどう気を引くのだと思うかもしれないがそこは彼女らの文化を使う。

 はてさて、男のいない過酷な場所で女はいったい何をもって美醜を決めるか。気にならない?

 

 

「ボクが興味あるのは覇気(はき)だよ覇気。纏わせれば矢で石を穿つという」

「覇気⋯⋯? う、うそ! あんなもの誰だって使えるじゃない! 騙そうとしても無駄よ!」

「⋯⋯それが誰でも使えるのはたぶん君の島だけだとおもうよ? ボクが知る限りあれは大人でもそうそう身に付けられないものだし」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯本当なの?」

「疑うなら、覇気の事だけ話せばいいじゃない」

「それもそうだけど⋯⋯。じゃ、じゃあなんで必要か教えて。 ここにいるたくさんの人たち。あ、あんなにひとを従わせて、これ以上どうして強くなりたいの」

 

 

 答えは『強さ』。屈強こそ優れ強者こそ美しい。そして最強が皇帝になり海賊団を率いるという生粋の戦闘民族にモテたいならば⋯⋯

 なんだ、簡単じゃないか!

 

 

「ボクたち天竜人は、生まれながらに王なんだ。いや神様とさえ言える」

「⋯⋯だから、なに。 あ、あぁ、あの鼻たれも言ってたけど、てんりゅう人というだけで酷い事していいと思ってるの!? なんのための王様よ! 九蛇はね! 皇帝はね! 偉いけど。偉いんだけど、みんなのために戦ってくれるのよ!」

 

 

 はぐらかされた挙句の傲慢な話にハンコックは震えながらも、その白い手を血の気が引くほどに握り込む。血統より実力で成り上がる部族には到底許しがたい暴挙の応酬にその気は立場すら忘れて吠えられるほど高ぶっている。

 つまり、興奮。

 

 

「じゃあ同じだね。ボクも君たちの王と同じように戦いたい。だから知りたいんだ」

「戦うって、誰と!?」

「神だよ」

「か⋯⋯み? それってつまり——」

 

 

 時に、一人でも成してみせたテゾーロの舞台。ただ青年が歌って踊るだけのソロプレイになぜ引き込まれたのか、俺は考えた。思い返せばやはりショボいような気もする30分。しかし「魅せられた」のはなぜか?

 それは存外俺もワクワクしていたから。映画で見たキャラが生き生きと動く様に期待して。

 要は観客として出来上がっていたのだ。

 

 さてハンコックにぐっと注目されたところで——イッツァショータイム!!

 

 

「天竜人がおかしい。それは知っている。王としての義務を捨て今や権力の豚だ。 だから強くなりたい。主神になるため。 神を正せる力が欲しい!!」

 

 

 私が天に立つ!

 

 当然、突然のクーデター宣言に気圧されるハンコック。この場においてこれ以上のインパクトもないだろう。それが目的。本当はそんな気ないし。

 

 今回はあくまで「唾をつける」だけ。それ以上でも以下でもない。ないとは思うが今惚れられてもそれはそれで彼女の命に関わってしまう。

 そう、死に至る恋煩いで!

 

 美しいからなにをしてもいいと前を遮る子猫と子犬と子アザラシを蹴散らすような高飛車で高慢ちきな女が恋を知った途端超しおらしく従順な初恋少女(27)になるとかいうサンジの「女湯!」やフランキーの金玉騒動で笑ってる小学生視聴者には直視し辛い属性をブチ撒けお茶の間を凍らせた彼女であるが、男子禁制の島の頭なのに男に恋したことで責務と情動の板挟みになり意中の相手が出国してしまいそうになると息も絶え絶え文字通り恋の病で死にかけるという結構難儀な存在だ。まあそのギャップがいいのだが。

 しかしなぜ熱帯っぽいリリーに子アザラシが……?

 

 

「まあ、無理強いはないよ。断っても君たちにはなにもしない。チャルロスのだから自由にはできないけど、できるかぎりの事はしよう」

 

 

 という訳でこの奴隷地獄で唯一安住の地を提供し爆弾発言まで残した俺が記憶に残るのは決定的に明らか。覇気のレッスンなど些事でしかない、が……

 それはそれとしていち読者としてメッチャ気になるんだよね、『覇気』。

 

 

「……もし、もしも教えたら、逃してくれる?」

「だからそれはできないって。首輪の鍵はチャルロスが持ってる。ボクにできるのは君らを借りることくらいだ」

「そう……」

 

 

 しかしあまり期待できそうにないな。あって困るものでもないし「今度ゼファーに習おうか」とか考えていると、俯いていたハンコックが妹達の方を見る。

 

 

「教えても……いいわ。でも条件がある。 覇気の練習なら家の外、森なんかがいいけど、あの子たちも一緒でいい?」

 

 

 願ったり叶ったり。

 姉妹ということは残る2人も巨乳遺伝子を持っている。当然お近付きになりたい。

 ところで将来的にハンコック2mの妹5mくらいの身長だった気がするが、同じ遺伝子でなんでそんな差が出たのか結構気になる。あれか、やはりちゃんこ鍋か?

 

 

 という訳で運良くも将来の巨乳3人に「ドキ!ほぼ肌着みたいな軽装。女だらけの覇気習得大会!!!」を開いてもらった俺は、まずは体力づくりだと聖地マリージョアを囲む人工の森の中を駆け巡っていた。

 

 

「ハァ——ッ! ハァ——ッ! 腹痛てェ……ちょ、ちょタンマ……! もうっ……走れないっ……! げっほげほ!うェ——うぉろろろろ」

「……だ、大丈夫?」

 

 

 美少女達と追いかけっこするだけで覇気が目覚めるかよとも思うがそこはほら転生者だからこの身に溢れんばかりの才能がありそれがひょんなきっかけで開花しようにもご飯が美味しすぎて贅肉に埋もれたというか()()や船ばっかで歩いてないのが祟ったというか歌って踊れないタイプのFUNK(ファンク)になりかけてたというか運動嫌いっつうか。

 

 現状、大地を背に蒼天を見ゆ。

 体のあちこちは軋み、喉からは風呂場のアヒルみたいな音がする。

 

 もぅマヂ無理。覇気とか諦めた。ちょぉ大好きだったのに……

 

 あまりの体力のなさにハンコックを抑え俺にすら恐怖していたはずの妹達までどうして良いやらわからない視線を向けてくる始末。なお一番困惑してるのは俺自身だ。

 

 

「あの……だい……じょうぶ……です?」

「ね、ねえ様どうしよう……!? この人死んじゃう……!」

 

 

 死なねェよ。

 どうしよ。遂に心配されてしまった。たかが走り疲れたくらいで俺の死に場所だって決められてしまった。

 ここは俺の死に場所じゃねェ!!! しかし言い返す元気も酸素もない。

 

 おかしいな。疑わないこと、それが強さだって言うから武装色、武装色硬化、黒刀生成くらい余裕だと思ってたのに芝のにおい染みついてむせるだけじゃないか。

 

 

「あの、立てます? 手を………ど、どうぞ」

「げっほげほ、あァ、ありがとう……げっほ……。 そういえば、君の名前は?」

「私はサンダーソニア……せ、背中さするね?」

 

 

 もう向こうから接触してきたどころか完全に要介助者の扱いである。哀れみである。恐怖と警戒がないのを喜べばいいのか、これもうわからんね。

 肩まで借りて立ち上がるとハンコックを確認。その顔はどう見ても呆れ顔だ。無表情に近いが目がそう訴えかけている。それもあれはもう養豚場の豚を見る目である。あながち間違ってない。

 

 くそう……このままでは計画が……!

 

 原作の為に自由奪って焼印入れてトラウマ入れて、その上で俺にヘイトが来ないようチャルを唆して所有権まで与えたと言うのに。ここで完全に興味を失われてはこの後事故で悪魔の実を食わせる為に餌付けしているのも全てが無意味だ。

 

 笑っている膝を殴りつける。

 一つ、教えてくれないか。なぜ、私より先に笑う?

 嫌だぞ、俺は。こんな事で合法化した一夫多妻を諦めてなるものか。せっかく努力に見合うお宝があるのだから、取らないバカはいないだろッ!!

 立てッ、膝!!

 

 

「ふぅ……ふぅ……待たせてすまない。さあ、続きを——ふぎゃん!」

「ああまだ歩いちゃ——きゃあ!」

「わぁッ!? 顔から転んだ!」

 

 

 一歩踏み出し、盛大に転んだ。否、立てなかった。ソニアを離した瞬間のしかかった体重についていけない。

 こんな……! こんな情けない事があるのか……!?

 

 10分追いかけっこしただけだぞ!?

 

 長編漫画の修行編みたいな空気なのに! どんだけ運動してなかったんだ俺は!?

 一応、首に重めのノーパソくらいの重りをつけて木の上をピョンピョン飛び回っていた姉妹もすごいが、思えば座りっぱなしの4年間だった。ポテンシャル以前にサボり抜いていた所為だ、完全に鈍っている。

 

 だがまだ俺はあきらめ

 

 

「……教える以前の問題な気がするわ。頭痛がしてきた」

 

 

 なんでそんな事言うのハンコックさん!? 心が折れちゃうでしょうが!!

 

 

「はっきり言って、今のあなたはアマゾン・リリーのどの子より弱い、絶望的に。ふぅ……。 いい? 覇気っていうのは心と体、両方の力よ。内にあるそれを鎧みたいに纏うの。 ……これで「教える」という約束は守ったから、時間まで好きにしていていい? それともここで見てて欲しい?」

「……是非もなし」

「そう、……気を使ってくれた事には感謝してる、色々と。 ——マリー、ソニア、行きましょう」

「ああ待ってよ、ねえ様!」

「ねえ様! え、えと、いいの……かな……」

 

 

 ヤメテ! これ以上憐まないでソニアくん! 

 しかし、なんとなく身に染みた。覇気の難度。

 

 2年()編、そのうちメリー号に乗っていた期間は一説にふた月未満とされるもその間に身長が倍になり()()から海軍曹長にまで登ったコビーからして「実は覇気って簡単なのでは?」疑惑を生み相対的に俺の中でほかモブ海兵の評価を落としていた彼であるが今やその説は覆った。

 あいつめっちゃ才能あるわ。身体能力の伸びとか、六式体得の速さとかサイファーポールか。というか半年経たずに身長倍とかバケモンかよ。

 

 物語のインフレにより初期キャラ、特についドンキホーテと比べてしまい過小評価されがちなバロックワークスの面白エージェント達がいかに恵まれた人材かわかった気がする。そういえばザコ海兵だってそんじゃそこらの海賊には恐れられているのだ。

 

 逆説的に、幼少から『覇気』が使えるアマゾン・リリーの方がイカれてる。あいつら海兵にできないかな……?

 

 なんであれ致命的な問題が露見してしまった本作戦だが、ワンチャンこのあと鍛え続けたらルフィみたいになるかもしれないので続行する。

 

 例えハンコックに見られずとも、

 

 

「ひぃ〜、ひぃ〜、腹が……痛、痛い……」

「れ、レリエル聖! どうか奴隷にお乗りください、転んでしまいます!」

 

 

 雨の日も、

 

 

「かひゅー、かひゅー、ぜーはー、かひゅー」

「見つけた! レリエル聖がまた倒れておられるぞ! 早く医者を!」

 

 

 風邪の日も、

 

 

「……今日は外に行かないの?」

「……筋肉痛」

 

 

 たまに本気で体が動かなくなる時以外は走り込んだ。

 少しづつだが体力が改善されるのを感じる毎日。それでも彼女達との差は明確であり、時折様子見に来るソニアとマリーは汗一つかいてない。

 

 

「だ、大丈夫? これ、お水持ってきたから飲んで?」

「ありがとう。でも、無理。溺れる——うぉろろろろろ」

「あ〜あ〜、見てらんない。もっと食べて肉つけないと」

 

 

 なんか一周回って妹ズとの距離感が縮んでいるが、肝心のハンコックの眼中に入らないと最悪強権発動原作度外視で一生俺の奴隷としてしらほしにバレないようどこかで幽閉しなければいけなくなってしまう。

 

 

 俺は諦めんぞ。しらほしに振られたらそん時はそん時だとか言ったが、それは目的の為に手段が選べなくなる、つまり「なりふり構わなくなる」という事だ。

 

 人権? クソ食らえ。 俺は天竜人だぞ。

 

 ここがアニオリ世界線であればペトペトの実も辞さない所存。メモメモの実による記憶編集。殺してカゲカゲ。オペオペで中身を替える。SMILEを食わせてからキビキビコンボと、心を消す方法はいくらでもある。

 

 

 一部は既に登場キャラが食ってる実だが……能力者から能力を奪う方法にある程度()()()はついてる。

 

 

 とはいえ嘘を隠すのは面倒なのだ。だから、させないで欲しい。

 レリエルさんは裏表のない素敵な人でいたいかな。






あとがき
※作品に関係あるようでなさそうな話※
大変遅くなりました。そのかわりの倍化です。纏められなかったともいう。
幼少ハンコックの口調ですが、全ては原作で「のじゃ」ってないコマを見つけたことから始まった⋯⋯

次回は番外編の予定です悪しからず。

追記
ハンコックの年齢ですが正しくは今12歳の原作開始時29です。これはレリエルの記憶ガバとかでなく素で勘違いしてました。お恥ずかしい限りです。いやほんと恥ずかしい。
しかしレリエルの知識も完璧でない(特に時系列関係)ということでそのままにします。


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第七話 人間関係のあれやこれ

 

 

 前回の三行。

 

 

 1、不幸にもチャルロスに買われ悪逆の限りを尽くされるボア姉妹。

 2、そんな横暴を見過ごすわけも無く悪漢から借り受け救い出した正義のレリエル聖(俺)。

 3、せっかく九蛇を手に入れたんだから覇気を習おう!

 

 

 結論。そもそも体力が足りなかった。

 

 

 悪い……やっぱつれえわ。(筋トレ)

 筋肉は苦痛なしに得ることはできないのか、王下七武海ハンコックは面倒なしに越えることはできないのか。

 生まれながらに坊主(ぼうず)袈裟(けさ)理論で全方位から恨みを買い知らぬところで殺意が溜まるというクソみてェな(フラグ)が立っている詰むほど高貴な身の上としてはせめて一般市民くらい無双できないと特に魚人島か新世界あたりで暗殺されかねないので実のところ覇気習得は急務である。

 犯罪とは公的に認知されてから犯罪になるが、この世界なら「海王類が食べました!」で死体も含め粗方片付くので(ちん)朕コワイコワイなのだった。

 

 

 とかく、まあ、そんなわけで海軍がいるのに自分磨きしてるが、『教育』という一点において実績のあるゼファーでなくボア姉妹に教えを乞うたのは何も下心だけではない。その証拠に今日も今日とて妹ズと汗水たらしエッチな特訓に励んでいた。

 

 エッチはエッチでもHellのほうだがなぁぁぁーっ!

 

 

「ほらレリエル、ちゃんと走らないと矢に当たるよ——っと」

「お、今の避け方上手い。かっこいいよレリエル! それっ!」

「やめてくれえええええええええええ!」

 

 

 降りしきる矢の雨の中、まるで襲い掛かる人の手をウザいくらい避ける蚊のよう必死に、そしてみっともなく矢を躱しまくる俺がいた。もはやカッコつけてる余裕も無く気品のかけらもない本性が出てるが生活してればいずれバレる事なので仕方なし。問題は天竜人相手に矢を射ってる姉妹である。

 

 もう()がないってレベルじゃねぇぞオイ! どこで間違えた!?

 

 もともと鬼ごっこの(てい)で続けたランニングだったが体力もひと段落ついた所でこぼされた「こんな安全な場所で走ってても強くなれないと思う」というマリーの至極真っ当なつぶやきに双方納得してしまったが最後、保護責任監督者不在のまま投薬実験のように少しずつデンジャラスな要素が足されていった結果がごらんの有様だ。

 

 

「ぜぇぜぇ⋯⋯むーりぃー! 限界! これ以上は当たるって!」

「そう言えるだけ元気だって! 大丈夫、こんなに成長できる子、リリーにもいなかった! レリエル皇帝になれるよ!」

「俺もう王なんだけど!? 王の中の王の末裔の末席、天竜人——マリーじゃダメか。ソニアたすけてッ!」

「そんな! ここで止めるなんてもったいないよ!」

「ソニアさん!?」

「九蛇を目指すリリーの戦士だって、4歳でこんなすごい特訓しないのに! それができてるんだよ!?」

「え、待って。リリーの4歳、コレしてないの?」

「「()()()()()!!」」

「え゛!?」

 

 

 ⋯⋯薄々、おかしいとは感じていたんだよね。

 

 若さにかまけて一日三食肉や甘味ばかりの食生活で徐々に痩せていくこの体。それどころか4食、5食と食事回数が増えてなお緩やかに痩せるという体験は下手なホラーより怖かったが「まあ漫画じゃよくある表現(こと)だ」と流していたのに……つまり今の俺は過酷な環境から住民の過半数が若くして覇気を身につける島のエリートをしてなお過酷な特訓してる……ってコト!?

 

 え、これ俺TUEEEEなの? 肉体チートなの? 覇気まだなんですけど?

 

 

「コレがそういうチートの可能性が? ……でももう結構限界——あべし!?」

「顔に!? マリー!」

「ちょ、ワザとじゃないって! レリエルも急に止まらないでよ!」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯レリエル? レリエルッ! ソニア姉これダメな奴だ!」

 

 

 「きゅぽん」という間の抜けた音とは裏腹に微弱とはいえ覇気の込められた矢が脳天に直撃しノックアウト。その日の特訓は終了した。おもちゃとは思えない威力にことさら覇気が欲しくなる。が⋯⋯

 マズイ、このままでは俺が死んでしまう。具体的に言えば酷使して来た筋肉が限界を迎え融解し血中に溶け出した細胞成分を代謝しきれず臓器不全でポックリ逝く未来がありありと見えた。

 この状況を作ったのは誰だあッ! 責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。

 

 

 …おっと、これ作った責任者、俺でした!

 

 

 妹ズに煽てられ精神的な限界と肉体的な限界をはき違えた俺を待っていたのは止むことのない永遠の筋肉痛だった。しかし成長を魅せたことでエンジンのかかった生粋の戦闘民族が見せる無垢な笑顔と悪意のない頑張れコールを裏切れるわけも無く非常識に両足突っ込んだ質も量もえげつない試練に対し完全に辞め時を見失い今日に至る。

 だってチヤホヤしてくるんだもん。そりゃされてぇでしょ。

 だが百歩譲って肉体がボロボロだろうと肉食って寝れば死なない世界だとしてもこの慢性的な痛みだけはいただけない。限界はとっくの昔に置いて来た。

 

 よし、理由を探そう。やめていい理由を。

 

 さっそく電伝虫を取り出してエージェントに電話する。

 

 

「もしもし私だ。例の件はどうかね」

『は、はい! それが……申し訳ありません! 2年前の挽回としてチャンスまで与えられたのに、何度探しても、アラバスタからウォーターセブンを繋ぐ航路に“オマツリ島“なる島を依然発見ならず……!』

「そうか。“チョビヒゲ海賊団”と優先事項第一号については?」

『残念ながら。目的物に至ってはその……言えません』

 

 

 天竜人(このおれ)に言えないなら原因は()か。しかしその対応は存在することの証左でもある。

 あっちゃったか〜。死と再生を操る魔性人喰いの花、リリー・カーネーション。

 

 花とは名ばかりにマカロニのお化けみたいな植物だがその身を変じた矢は当たり方によっては榴弾のように爆発し、そうでなくとも岩に刺さる威力、一本の矢を複数に分裂させるどころか無限に矢を作れる継戦能力、そしてホバリングも辞さない強力な追尾性能を備え、トドメとばかり本体は擬似的な死者蘇生能力を有しているという神器に片足突っ込んだ存在だ。

 実質無限ロケラン。しかもCVビビである。強い。絶対に強い。というか麦わらの一味を潰しかけた実績がある。

 これをメインウエポンにしつつ姉妹から弓と覇気を主体にしたリリーの武術を取り入れSDGsロケランで遠距離から天下取るつもりだったが……イヤー()が絡んできちゃあシカタガナイナー。

 

 ヨシ! これはサブに回し、次なるメインプランを探すこととする!

 

 姉妹を懐柔する傍らで書き続けた備忘録を取り出す。原作(みらいの)知識も入ってるがあまりに思い付きを書きすぎて俺ですら読めない時がある等セキュリティ対策も万全な一品だ。

 それを流し読んでいると、ある部分で目が引っかかった。

 

 


~~~~~~~~

~~~~~

カイドウ→捕まった時。→因縁のある海賊探す

大和→まず落とし方

シキ逃亡→介入。海賊を作るか?

魚人島→ゼファーと海兵→関係良好。白髭縄張り宣言。→取り返し方

しらほし→乙姫。読心。暗殺。

ほしいもの→鏡玩バリカゲワラモア熱コブロギア菌金戸ホロスケ巻ラキ

ナミ→金を積めば。里親になる→ベルメール退役確認

武器→リリカネ。ゼファーの右手の奴。動物器。海楼石

海楼石→パイロブロイン。Pyro brine?火の高密度海水?

チャルロス→躾けて伝説のスーパー天竜人

~~~~~~~~

~~~~~~~~~~


 

 眺める事三秒。

 

 ——ひらめいた。

 

 

『——はい、こちらゼファーです』

 

 

 次なる電話相手はゼファー。彼にいくつか聞きたい事ができた。

 

 

『覇気による読心を防ぐ方法、ですか。もしやオトヒメ——いえ、なんでもありません』

 

 

 そこまで察せられると話が早い。

 魚人島の矛である軍閥出身のネプチューン王に治世ができない訳じゃないが、彼では得られない数多い層の支持と愛を一身に受けるオトヒメ王妃は統治者として理想的。人気者はそれだけで厄介だが、そんな事よりも彼女が“しらほし”の母というのが大問題。いったいどこのバカがこんなおっぱいエロ助に娘を渡してくれるというのだ。

 

 

「なにも魚人島で悪いことしようってんじゃないんだよ」

『はい存じてます』

「ただ苦肉の策というか、使いたくないんだけど倫理観を抜いたら効果的な策がポンポン浮かんでくるものでね」

『はい存じてます』

「そうそ——ん? 今の肯定おかしくないか?」

『いえ、気分を害されたのなら申し訳ありません。ただクザンがよく愚痴って来るもので、つい』

 

 

 クザン君がそんな事を——いやそれはどうでもいい。

 

 ひょっとして俺、試されてる?

 彼とまともに話したのは今回が初めてだが、調べた限り教育者として一流だ。そんな彼が不注意にもかわいい教え子の情報を漏らすとは思えない。となればそれは俺の人間性を図るために投げられた礫。どうしたものか悩んでいると、不意に電伝虫がフッといい笑顔で笑う。

 そういえばこれ仕草まで伝えるのか⋯⋯つまり最初から表情狙い。

 こりゃ一本取られたよ!! ヒーハー!!!

 

 

「ふふッ⋯⋯考えを見透かされるなんて全く不愉快だよ。はははッあっはっは!」

『まあ、()()あたまんなか覗かれて平気な方がおかしいですからね。もっともでしょう。——見聞色の覇気、まあ心を読んで来るような生まれついて素養があるタイプの対策はいくつかあります』

 

 

 それはそれは。教えてもらえて何よりだ。

 

 ゼファー曰く方法は三つ。しかし実質一つ。確実なのはこちらも見聞色を鍛えることだそうだが、時間的余裕から却下。残る方法を使うため、()()()()()()()()人間の下に急行する。

 

 

「——すまないハンコック! 君にしか頼めない事ができた!!」

 

 

 開け放った扉の先では少々お疲れ気味の妹ズを前に座り彼女たちの話をどこか影のある笑みで聞いているハンコックという20年後からは考えられないような光景があったが邪魔者の登場と共に粉砕される。すまんな。次の魚人島訪問まで余裕がないんだ。

 

 

「レリエル——。今日()倒れたって聞いたけど、ずいぶん元気そうね」

「あ、レリエル! もう大丈夫なの? さっすがー!」

「あんまり無理しちゃだめだよ? こう言ってるけど、ねえ様も毎日レリエルの事心配してるんだからね」

「ソニア、私は別に心配なんて⋯⋯」

 

 

 ⋯⋯無理しちゃだめ? ソニアさんあなた何を言うてはるん?

 

 さて思わぬ間諜からの暴露により俺の事を心配してくれていたらしいハンコックだが、未だその警戒心の内側に入り込めないでいる。ではその心配とはなにか? 当然この状況の()()を俺が握っている事だ。

 妹ズがおバカなわけじゃない。ただハンコックは真心の裏まで読もうとするタイプであり、どうしても上っ面のやさしさだけでは限界が来る。いや、本当は裏の裏まで見抜かれているのかもしれない。この『優しさ』は実は『甘さ』であり、『餌』であることも。

 それでも妹たちの話には笑顔になる。そゆとこ可愛い。

 

 

「クックックックッ⋯⋯!」

「れ、レリエル⋯⋯レリエルの顔なんだか怖いよ!」

「ごめん、なんだか微笑ましくってね」

「微笑みだったの今の!? 怒ってると思ってた!」

「⋯⋯俺の笑顔が何だってんだ」

 

 

 マリーの何気ない本音がレリエル聖を傷つけた。

 まあいい本題に戻ろう。(震え声)

 ゼファーから提示された方法の1つ目は相応の見聞色を身につけ相手の覇気に対し防御すること。だがこれは確実な反面習得まで時間がかかるし、俺の覇気習熟度は未だ0である。2つ目はこの俺が覇王色の覇気を微弱に放出し続けること。威圧の覇気は相手を気絶させる威力を持たずとも、内面まで探られる事を防ぐらしい。だが俺に覇王色があるかわからん。故に最後の手段。

 ハンコック。君の覇王色でボクを包め。

 

 

「私の……覇王色? む、無理言わないでよ。私、覇王色なんて持ってないし⋯⋯大体なんでそう思うのよ」

 

 

 いいや持ってる。絶対に。

 だって原作に書いてあったもん。

 しかしいざ根拠を求められると説明に困る。覇王色に関しては年齢、実績、実力関係なく「使えた」か「使えない」の2通りしか根拠が無く、実際あのゼファーが「使えない」と言った時は「()()使えない」の間違いじゃないかと耳を疑ったし、仮にそうだとしても大将クラスの人間が50年生きてて一度も使えない代物となる。

 それをどう証明するか?

 

 A.なんでもいいから使わせる。

 

 

「ンフフフフフフ! どうしてだろうね? でもボクはそう思えて仕方ないんだ」

「……こ、根拠がないってこと?」

「そうかもね。ま、強いていうなら——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——君が魅力的だからかな?」

 「「「え?」」」

 

 

 その時の姉妹のポカンとした表情に嫌悪感がなかった事だけは幸いだった。

 

 

「“意味わかんない”って顔だね」

 

 

 当然だと思います。

 

 

「でも覇王色の覇気は、数100万人に1人が持つ王の資質と言われるもの。じゃあ逆に聞くけど、王の資質ってどんなものだと思う? ハンコック」

「え? えっとそれは……王、だから皇帝でしょ……やっぱり“みんなを率いていける強さ”とか」

「そう“強さ”! 君にはそれが、他にはない“強さ”があるんだよ」

「……例えばどんな?」

 

 

 正直ハンコックがこんな根も葉もない話に乗っかって来てくれた事に五体投地で感謝したいほど俺の顔は熱い。自分でも慣れない事してるという自覚がある。

 だが「根拠」はないのだ! ならばもう、ノリというか、流れというか、そういうもので押し通すしかないのである。故に、これからエモハラをします! 考えるな、感じろ! 感じて下さいお願いします!

 

 

「例えば僕と話すとき。君はいつも物怖じしない。ソニアとマリーはとても怖がっていたのに、初めて会った時から君は強気でいた。だからこそ二人は安心できたし、今がある」

「でも結局、私は何もできなかった⋯⋯」

「それは違う。強豪犇めく新世界じゃ覇王色の持ち主が負けるなんてザラだ。王の資質を持っていても、踏み出したとしても成せるか否かは別なんだ」

 

 

 俺の言葉にハンコックは俯いた。確かに結局何も成せないという事実は否定されないし生殺与奪権は俺が持ったまま。現実は何も変わらない。だが現実が苦しいほど希望という薬に身を任せたくなるのだ。

 受け入れよ。彼女の名を呼びながら両手で頬を包み無理やり目を合わせる。

 

 

「ボクを見ろ、ボクを。あの日弱かったボクは変わらないままか? そりゃ君と比べればまだまだかもしれない。なんたって君はその若さで九蛇海賊団に入った逸材だ。でも——九蛇海賊団ってその程度なの?」

「⋯⋯何ですって?」

 

 

 自分は侮辱されてもいい。だけど“仲間”は別。そんな人間の多い事。瞬間的にキレたハンコックから目を離さず、奥の方でキレかけている妹ズに手で「待った」をかける。

 ステイ、妹ズ。ステイ。

 

 

「誇り高く、美しく、何よりも強い。ソニアとマリーから何回も聞いたよ。君もその一員のはずだ。それが⋯⋯なにもしないままここで不貞腐れてる。ボクが出会った九蛇海賊団は3人に1人がへなちょこだ。じゃあ残りもそうだと思うよね」

「本物を見もしないでよくもそんな事を——ッ!」

「じゃあ君が見せてくれ! “無理”、“できない”と喚く前に、ちょっとは()()を見せてよね——

 

 

 

 

 ——ハンコック、()()()()()?」

 

 

 最後の最後に極めてクソガキ風のイントネーションで「お姉ちゃん」と呼べばハンコックの目に理性が戻り、そのままわざとらしく「よっこいしょ」と彼女を椅子から立たせてやると視界がおなかで塞がれる。

 それから二歩下がり見上げた時には彼女の顔は桃のように赤らんでいた。

 

 

「ハンコック()()さぁ、今何歳だっけ? ボク4歳なんだけどさ」

「⋯⋯12」

「へぇ——12!? そ、そうなの? ま、でも12歳じゃあもう結構なお歳で、頑張ると疲れちゃうのかな。やっぱこの話ナシで!」

「——ったわよ⋯⋯わかったわよ!」

 

 

 掛かった! 勝った!

 

 

「あなたのその根拠のない自信に付き合ってあげる! でもね、私が本当に覇王色に目覚めた日には、()()()()()を気絶させてこんなところすぐ出てってやるんだから! 覚悟しなさい!」

「それは頼もしい! ボクだって命賭けるんだ、そう来なくっちゃ!」

 

 

 何せこれから行くのは魚人島、白ひげのテリトリーだ。「まさかかの九蛇の戦士が怖い、なんてないよね?」と確認すればそれはもういい返事がもらえたのでこちらの賭け金に上乗せさせてもらう。

 これで大方の準備は終わった。残るのはそう——

 

 

「もしもし。次の魚人島演習俺も行くから護衛にボルサリーノつけて!」

 

 

 クザンへの嫌がらせだけである。

 因みにあの後、興奮した様子の妹ズに詰め寄られ「一度へそを曲げたねえ様を頷かせるなんて凄い!」というイマイチよく分からない理由でべた褒めされたのは別の話。

 そして後日。魚人島へ旅立とうという港には微力ながら覇王色を覚えたハンコックにオマケの妹ズ、教官のゼファー、護衛のボルサリーノ中将と訓練兵に交じり、(くだん)の男がいた。

 

 

「おやおやぁ~? おかしいな、なんでここに君が居るのォ~? 呼んでないんだけど、もしかしてボクの事が好きなの? ごめんなさいボク普通に女の子がいいんでそういうの無理ですごめんなさい」

「なんでフラれてるんですかねェおれ⋯⋯」

 

 

 クザンの男とはすなわち件君である。ん?

 俺の事を裏でゼファーに愚痴ってたクザン君である!

 クザン君にはその昔ボルサリーノをよからぬ旨で使うと言っていたので彼の中では既に『俺』+『ボルサリーノ』=『危険』という等式が成り立っているのは明白であり、つまり、世界の平和を考えるに、ああいえばこうするしかなかったのだ!

 とはいえそんな事情など誰も知る由もなく普段なら俺が無理言って付き合わされている可哀そうな海兵という世間体は呼んでも無いのに誕生日パーティに来ちゃったアレな奴に置き換わりいくら責め立てても変なのは責め立てられに来たクザン君というコトになる。なった。なれ。

 

 

「そうか~、呼んでもないのにキチャッタカ~。⋯⋯フフフ、ククク、ぬふふふふふッ! ンフフフフフ! これは楽しい船旅になりそうだねぇ、ん?」

「ソッスネ」

 

 

 その時の彼はいい年した成人男性にも関わらず、まるで好色家に売られた生娘のように見えたとか、見えなかったとか。

 

 これから始まる楽しい船旅を想像すると不思議と笑顔が抑えられない。追い詰めた獲物をいたぶる時は何よりの楽しみとばかりに地の底から響くような声で九蛇海兵含む周囲を畏怖させていると遂に見かねたのか神妙な面持ちのゼファーが肩に手を置いてきた。

 なんだよしょうがないだろ! 俺の笑顔は凶悪なのさ!!

 

 

「れ、レリエル聖⋯⋯どうか控えて下さい。たとえ不完全でもその覇王色、海兵が委縮します」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」

 

 

 え?なんだって?

 

 

「覇王色ってどういうことなのクザンくん?」

「なんでおれに聞くんですか?」

 

 

 だって俺のワイルドスマイル一番数食らってるの君じゃん。ぼくはね、君とね、一緒にね、いるとね、笑顔にね、なるんだよね。

 

 

 曰く、笑顔とは威嚇の延長で発生した、そういう説がある。だからって笑顔の意訳が「失せろ」になってるとは誰が思うか。しかしゼファーが明言したので、きっと今までの俺も覇王色をまき散らしていたのだろう。

 クザン曰く「やる気でやってると思ってた」らしい。君はいつもボクを笑わせてくれるね。

 

 真実を知った俺は狂喜した。気は触れてない。覇王色が暴発する条件が心の底から面白がった時なのだ。魚人島到着までの5時間みっちり訓練したことで、表情筋を犠牲に暴発を誘発させるくらいは可能になった。

 神よ、これが特典とでも言うつもりか。一体俺が何をした。

 

 かくて至る魚人島。冷や汗の()()がもみ手をしながら甲板へ迎えに来るあたり天竜人の格が窺い知れる。

 

 

「こ、これはこれは遠路はるばる、よくぞお越しになられました。しかしレリエル聖が船を降りられるなんて初めての事。ははは⋯⋯観光、でございましょうか?」

 

 

 肝を冷やすところすまんな国王。

 

 

「ンフフ観光だって? ⋯⋯No——戦うために(combat)

「じゃもんッ!?」

 

 

 衛兵の反応から見てとれる。覇王色もばっちりだ。

 さあ、白ひげから取り返すため、

 

 

「ふふふあははッ! なんてね。冗談だよ! よろしくねネプチューン王。これから、ずっと」

 

 

 俺達の政戦(ケンカ)を始めようか!






あとがき
キャラを動かすと話が進まない。
話を動かすとキャラがおざなりになる。敗因、キャラを増やしすぎた。
でも出したいの! (欲張り)

前回「次は番外編」といったな? あれは嘘だ。
楽しみにしていた方は大変申し訳ありません。


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第八話 ふざけたことに意味がある

 

三行で「だいたいこんな感じたったなぁ」と思う前回のあらすじ。

 

 

1、えーハンコック覇王色使えないの? 九蛇よわよわ〜! くそ雑魚なめくじ♡

2、やってやろうじゃねえかよこの野郎!

3、(コイツ、自分も使える事に気づいてないのか⋯⋯!)

 

 

 結論。魚人島、カチコミへ。

 

 

 今回料理する相手は『白ひげ』エドワード・ニューゲート。おそらく作中最強と思われるロジャーのライバルにしてグラグラの実の振動人間とか言うぬるい命名に反し首都で撃てば軽く文明が終わるだろうマグニチュード8クラスのエネルギーを拳からポンポン打てる連射型人間戦術核だ。

 では(ふところ)は安全かと言えば身長666㎝の巨漢が弱いワケがなく、むしろ超人(パラミシア)系を考慮すれば、『覚醒』済みだとしても能力範囲は持ち前の剛腕が原因と言えるので、そもそも"パンチの威力が核クラス"なのだろう。これが天下とれないってマジ?

 

 さらに言えば能力による『振動』――――恐らくこれはバリアなどの概念防御でなければ防ぎようがない。

 

 魚人空手も『衝撃』が防御を貫通するが、俺のガバガバ高校物理によれば衝撃とは単発の振動、つまり下位互換。光波、重力波、素粒子に至るまで、質量と実体の有無にかかわらず万物が振動する上に当然覇気も標準装備済み。

 ゲーム風に言うなら物理ステータス参照の耐性貫通攻撃を単体、全体、フィールド問わず連発してくるフィジカルゴリラという一番厄介なタイプ。

 

 当然、覇王色が使えるだけのガキが敵う相手じゃない――――と普通は考えるだろう。

 

 ところがどっこい。どれだけ怪物的、英雄的だろうと所詮は人間、脆い者。そう思える悪辣さが誇らしい。

 

 俺は他人より()()()()()()性格が悪い。ならその()()を使わない手はないのだ。

 

 魚人島へ初上陸した俺は青ざめる国王には目もくれず、視察の名のもとに訓練兵舎で安穏(あんのん)とした日々を謳歌していた。すべては白ひげが留守な為である。当たり前だが、肉体が一つしかない髭君は冒険と陣地防衛を同時に行えない。だからまずは呼び出そうと()で仕込んだ第一の爆弾が時を超えて炸裂した。

 

 初日以来特に用も無かったので無視していた王宮の一室で、蒼い顔したネプチューン王と俺と御付きは()()を見る。

 

 

――号外!!世界貴族『魚人島』を購入か!?――

 

 

 テーブルに乗る一流新聞をでかでか飾る三文記事。

 こ れ は ひ ど い

 

 

「――ここに来るまで何人にも説明したが、少なくとも私じゃない」

「しッ、しかしレリエル聖! 記事(これ)には名前がないじゃもん! ことは世界貴族。裏どりもせず怒りを買えばどうなるかわからん連中でもない! ほ、他の方で心当たりなどは⋯⋯」

「残念ながら、それこそ私の出る幕ではないですね」

 

 

 そう言って紅茶を啜る傍ら、国王は天を仰ぐ。

 記事には「誰が」とは書いてないが該当者は俺だけ。なのに心当たりがないという。

 じゃあ勘違いだね!!で終われないのが世の通り。無頼漢(かいぞく)と国家がここで黙れば死んだも同然であり、最早それは"なあなあ"で済まされるものじゃない。事実上の宣戦布告。吐いた唾は飲み込めない。メガトン級の拳は振り上げられた。

 

 

「かと言って戦争は避けるべき。せめて穏便に終わるよう、今からでも連絡を取りたいのですがねぇ⋯⋯」

 

 

 半ば核心を持ちながら暗に「よこせ」と迫る。

 ナワバリと言うならある筈なのだ。番犬(しろひげ)にSOSを送れるホットラインが。

 そう、この国が今存亡の危機にあるのも全ては電伝虫(これ)の為。供出させたそれを手に、俺は平和の使者になろう。

 

 ――プルプルプルプル、プルプルプルプル、ガチャ。

 

 

『――おいどうした。この記事はなんだネプチューン。何があった?』

「なにも!!! な゛がった!!!」

『⋯⋯だれだテメェ?』

 

 

 瞬間、室内の海軍ズが犯人()犯行()目的()に気づくがもう遅い!!~一般平凡性悪転生者は権力を傘に無双します~

じゃあ、喧嘩を売ろうか。

 

 

「我は救世主(メシア)なり。ハーッハッハッハ!――ぬわぁにが『ナワバリ』だこのトンチキが! 魚人島(ここ)は直轄領として軍事拠点を建設する予定なのだ。二年前からな! 文句は言いに来られたし。断固平和的解決や話し合いには応じる。以上! P.S ところで私悪魔の実を蒐集してるのだが、大海賊のお土産期待してます、いいお土産期待してます。自然(ロギア)系だと嬉しいな! 楽しいパーティも用意するので、ぜひみんなで遊びに来てください。早く来ないと、国王と王妃を七面鳥の代わりに、焼いて食べちゃいますよーだ!!」

『はァ!? テメェ何を――!?』

 

 

 通話はそこで途切れた。俺が受話器を叩きつけたからだ。

 これが俺様からの宣戦布告じゃー!

 

 さて、客人の招待を終えた所で凍える時の部屋を縫って歩く。目指すは出口。道すがら電伝虫を国王に押し付けるのも忘れない。

 思考停止していたお供どもを引き連れて帰る最中、竜宮城の廊下には、野太い叫びが木霊したとさ。

 

 

――これかかって来たらどうすればいいんじゃもぉおおおおんッ!?――

 

 

 知らんな。(無責任)

 

 四皇同士の接触は世界政府上層が優秀な戦闘員をいくらか犠牲にしてでも止める案件、であるならば最近()に茶々入れられた俺が接触を図っても同じこと。

 がしかし上もまさか、俺発案で始まった()のゼファー率いる訓練兵を半ば道ずれにクザンとボルサリーノまでいて無茶をするとは思うまい。

 

 しちゃうんだな、それが。

 

 そしてここは住民は魚人か人魚オンリーの魚人島であり島と海軍の仲はゼファー隊以外言わずもがなな上に世界政府に魚人のエージェントはおらず島の要所たる王宮の最奥にあるホットラインを『黒電伝』で盗聴できるかとくれば⋯⋯?

 

 さあ楽しくなってまいりました。

 

 楽しくなってきたのに訓練所へ帰るや否や不服、不快、不可解な顔をした三人の男に詰め寄られた挙句緊急臨時会議をする羽目になったではありませんか。

 ではまず今にも射殺さんばかりのアツい視線のゼファー君、どうぞ!!

 

 

「⋯⋯正気ですか!? 戦力に数えられるのは私とこの二人。この状況で⋯⋯貴方はいったい何がしたい!」

 

 

 当然の疑問だな。だが無意味だ。

 

 

「この前の電話、資料、つーか()()

「――――ッ! そ、それは⋯⋯しかし勝機など――!」

「だから平和的解決や話し合いに応じると言ったろう。もっとも、闘ったとしてもわたしは誰にも負けんがね」

 

 

 そこまで言うとゼファーは押し黙った。というより、背後の二人を気にしてる様子。

 クザンとボルサリーノはなんのこっちゃ分からん顔をしているが無理もない。覇気のついでに調べさせたが、同じ海軍でも知られた奴によっては上に掛け合い魚人島から主権を奪いかねないネタなのだ。

 が、過激派(サカズキ)でもなけりゃそこまではしないだろう。サカズキ君は壊死を切除するが如く悪を滅せるならごそっといくから⋯⋯もうね。

 

 「かまわん。アレを彼らに」とゼファーへ命じると逡巡ののち薄っぺらな紙束を取り出した。受け取った者から順に目を丸くする。ヤケクソ気味だったクザンに何考えてるかわからない顔のボルサも一瞬で引き締まった⋯⋯ように感じる。

 

 時に、この世界は大陸と凪の海により島々が行き来し辛く分けられて1000年近く時を重ねているのだが一向に航空機器が開発される気配すらない。まあ海賊漫画なので飛行機に出張られてもアレだからというメタ的な面もあるだろうが、ともかくオハラよろしく一部知識の独占や過激な情報統制が図られてるのは想像に易い。

 という訳でなぜか存在しなかった絶対必要だろう『統計』を取らせた。それが()()

 クザンが身震いする。

 

 

「なっ⋯⋯いや先生が出したんだからマジなんでしょうが。一、二式とはいえ"六式"使いがこうも増えるなんてのは⋯⋯」

「だが事実配属された後を辿ればこれだ。ここまで見越して私にやらせたなら恐ろしい限りだが――」

「そう見つめられても困ります。正直この結果を生んだ因果関係も不明。私は仕事を評価しやすくしただけにすぎません。これはゼファー、貴方の手腕だ」

「――だ、そうだ」

 

 

 1000年軍隊やってて気合と根性一辺倒なのはどうかと思うがそこは世界政府クオリティなので困った時の皆殺し(生き残らないとは言っていない)という悪癖により然るべき文化の積み重ねが消えたのだろう。

 

 名義上『魚人空手』と呼称するが教えているのは空手と柔術が基本であり、双方“水の制圧”を基本及びその神髄としていて熟練者ともなれば空気を殴りつけただけで湿()()を介し人体及び目標物に含まれる水分へ衝撃を伝えることで物理無効相手にダメージを与えたり『海流』を掴んでビームのように投げることも可能。そんな超技術が子供でも始められる空手の型から派生するのだ。

 

 一方で海軍が教え込む体術『六式』は前提で超人的な身体能力が必要とどう考えても初心者には向かない技術。なればこそ「魚人空手をそこそこ覚えた中級者なら習得率上がるんじゃね?」という安易な発想を試したのである。

 そして想像はその先へ。

 

 

「しかも肝心なのはこの後だ。()()にも書いていない。2人とも分かるな? ⋯⋯『六式』はその一部に『覇気』を取り入れた技。習得難度は同程度⋯⋯つまり『六式』に踏み入れたことで『覇気』に目覚める者も増えている」

 

 

 果たしてこの事におぞ気を感じなかった者などいるのだろうか。

 

 『覇気』を得ても急に強くなるわけじゃなく、あくまで体技が通じない相手に通るようになるだけだ。本体が貧弱なれば宝の持ち腐れでしかないものの、そこそこの『魚人空手』と初歩的な『六式』に足り得る身体能力があるならば話が変わる。

 

 

「説明どうも――そこで()()()()に帰る訳です。環境要因かもしれない以上、ここを抑える以外にない。平和を愛するならね?」

 

 

 てな建前。

 

 事程左様にご利益あるパワースポットならとうに魚人の天下だろう。入門編と上級編の間に初級、中級となる技術を挟んだことで習得が階段状に踏破しやすくなったと見るべきか、そこは追々要検証。必要なのはのっぴきならないこの状況。そこでちょっとお願いがあるんだな~。

 逆らう暇など与えない。例えそれがどこまでも理解しがたく、正気を疑うような、不服極まる命令でも。

 

 

「よろしい。ではここにオペレーション・ラストダンスを発令する」

 

 

――では、()()にも踊ってもらおうか?――

 

 

 その瞬間のなんとも言えない彼らの顔を、俺は生涯忘れないだろう。

 

 

 

 

「――てなわけで海兵たちには来賓の歓迎、その仕込みに出ずっぱりさ。当日は見ものだよ。()()()()()()も来る?」

 

 

 会議を終えた宿舎の一角、何物も近づかないよう厳命している部屋の戸に寄りかかりながら中の人に話しかける。言うまでもなく相手はボア姉妹だ。

 

 

「聞いた限りじゃ話し合いで済まなさそうなんだけど⋯⋯挑発された海賊がそう簡単に引き下がるかしら」

 

 

 だろうね。(確信犯)

 その為の君たちでもある。

 

 

「ち、ちょっと待って! 確かに覚悟はあるけれど、あくまで見聞色を妨害するだけの話じゃない! 戦闘なんて聞いてないわ!!」

 

 

 言ってないモン。

 予想外の事態にハンコックが喚きだした所で隙間からそっとメモを投函。

 

 

「⋯⋯なによこれ。A、B、C⋯⋯文字が書いてあるけど、地図?」

「軍艦の木箱に同じ字が書いてある。(アー)には(アー)の、(べー)には(べー)の箱をこっそり置いてきて欲しい。それで勝てる」

「誰に?」

「白ひげ」

「「「⋯⋯はぁッ!?」」」

 

 

 それもまた当然の反応だろう。姉妹そろって「信じられない」と声を上げる。だが事実だ。

 実のところ白ひげは殺すだけならさほど難しくない。問題は生かして『使う』場合だ。

 「ま、とりあえず頼むよ」とその場を去ろうとしたのだが最後に投下した爆弾が余程衝撃的だったのか姉妹が揃って飛び出して来た。どういうことかと口々にまくしたてるので実に姦しい。ゼファーに感づかれたら色々アウトなので勘弁してください。

 逃げようと思ったが現時点で体力、腕力、脚力、気配察知能力の全てで負け越してる身としては不可能に近くその間にも姉妹にがっちりホールドの上もみくちゃにされる。くっそ、3方向からおっぱいが!

 だめだ体が正直になる――!

 

 

「どういうことなのレリエル。あの白ひげだよ!?」

「そ、そうだよ! てっきり海軍の大きな人達が戦うんだと」

「んな無茶な。――やだよ言いたくない。方法が方法だけに殺されちゃう」

「わたしに覚悟させたんだから死ぬくらいでガタガタ言わないの!」

「お前らを含めた身内にやられかねないの!! ボクお姉ちゃんたちに嫌われたくないし~」

「安心しなさい、元から嫌いよ!」

「知ってたけど泣きそう⋯⋯!」

 

 

 あれ、おかしいな。目から涙が⋯⋯。なんかもう全てがどうでも良くなって来たぞ。

 

 振り返って見ればそうだ。死にたくない、痛いのは嫌、楽をしたいと言いながら全力で死地にダイブし虎の尾を片っ端から踏んでる気がする。テゾーロとかなんなん。

 

 頭じゃ理解してるのだ。巡り巡ってそれが我が野望成就の布石となるのだと。

 

 だがいかんせんゴールが遠い。

 ここで稼いだ好感度っていつ帰って来るのだ? 10年? 20年? そういうのが面倒で『天竜人』になったのではないか――――

 

 ああ、そうか……

 

 俺ってもっと、もっともっとずっと

 

 傍若無人で良いんだ⋯⋯!

 

 

「わかった、教えよう」

 

 

 ただし制限を付けた。彼女たちが何より信じているのは()の信頼関係だ。この方法が真に許容できるかどうか、まずハンコックだけが聞き、妹ズに話すか決める。そういうわけで妹ズを帰しハンコックと二人、ほどよい空き部屋に入る。

 そう、「ふたりっきり」 これが意味する所を一瞥してからドアにカギをかけた。

 

 

「もういいでしょ? それで、白ひげに勝てるって言い切る箱の中身っていうのは――――え、床に寝て何してるの?」

「足音が無いか調べてる。ボク見聞色つかえないし」

「そんな事しなくてもあたしがやってるわ。本当に海兵にすら聞かれたくないって、一体なにが入ってるのよ⋯⋯」

「いや、中身自体は大したものじゃないんだ。それで白ひげは殺せないし。問題は使い方なんだけど⋯⋯」

 

 

 本当に教えるかどうか、落ち着くためにポケットを漁り、逡巡してから天竜人特有のシャボンマスクを外し手招き。窓際のカーテン近くへ呼ぶ。

 カーテン(これ)に包まって内緒話をしよう。さすがに男嫌いとあって一瞬フリーズしたがほかに方法もない。密室の中の密室へ彼女を案内し、誰にも聞かれないよう、本当に本当に小さな声で真相を話した。

 

 

「あの箱は――――――――」

「⋯⋯? まって聞こえない」

「だから、――――――――」

「ちょっと、もう少しだけ声大きくしてよ。全然聞こえない」

 

 

 二度失敗し、こんどこそと彼女の耳が最接近距離まで近づきこそばゆいが、それは相手も同じ。

 三度目の正直だ。これ以上はない。

 

 

「だからハンコック――――――――――――――――――――お前はもう死んでいる」

「んむぅ? ⋯⋯⋯⋯んぇ?」

 

 

 ふざけた回答に漏れ出たのは間の抜けた声とカカオの香り。一瞬おいてハンコックは状況を認識する。ほの暗いカーテンの中、見聞色で室外を探りつつ四歳(おれ)の背丈にあわせしゃがみながら二度も焦らされた少女は半開きの口に何かを入れられ、俺の指で封をされていた。

 弾けたように飛びのく彼女だがカーテンを全部持って行ってしまい爆速で芋虫のようになった何かが床を転げ回る。

 

 しばらく後、芋虫から赤い顔の潤んだ美少女が生えてきた。

 

 

「⋯⋯なによ⋯⋯これ」

「ミスディレクション。人は同時に複数の事へ注目できない。耳と室外に捕らわれた君は戦士だからこそ貧弱な俺をまず除外した。さっきも組み伏せられたしね。つまり『箱』なんてなんだっていいのさ」

 

 

 授業中にめっちゃ集中してる奴の頭に消しゴムを乗せると気づかれない。あると思います。

 

 

「弱者侮ってると取り返しつかないぜ、ハンコックお姉ちゃん?」

「……所詮子供騙しじゃない。次は無いわ」

 

 

 格下に生殺握られたからか若干拗ねているが、なにか勘違いしてないか? まだ俺のターンは終了してないぜ!

 

 

「そういう割には顔真っ赤で心臓バクバク、落ち着きもなく呼吸が乱れてる様だけど?」

「そ、それは急に動いたからで――!」

「違う。()()()()()()()()()()って聞いてるの」

 

 

 たった一言で、纏う興奮が変わる。野生を取り戻すのがちょっと遅かったね。

 因みにハンコックが食べたのはチョコレート。甘みと苦み。高度な機械技術と広い貿易網がなければ作れない文明の味に驚いただろうが、それだけじゃない。

 

 

D(ディー) H(エィチ) M(エム) O(オー)――別名ジハイドロジェン・モノオキサイド。完全な無色透明に無味無臭。量によるが最終的に神経を犯し、呼吸すら(まま)ならなくなる。⋯⋯弱者には栄光も誇りも無い。故に手段を択ばない。さて、毒抜き欲しさに白ひげ君はどこまでしてくれると思う? あ、今は持ってないんで襲っても無駄だよ。暴力反対」

「⋯⋯冗談よね?」

 

 

 突拍子もない話に当然そんなものは信じないといった風だが、忘れてないか? 俺は白ひげに喧嘩売る四歳児(おとこ)だぜ?

 

 

「どうする? 俺を人質に海兵を脅すって手もあるけど」

「⋯⋯ッ! そんな、なんでッ⋯⋯あたしの覇王色が⋯⋯いいえ、今はあなたも使える⋯⋯⋯⋯でもどうして!? こんな事する意味が解らない!!」

 

 

 不安だったろう? 本当に白ひげをやれるか。だから体験してもらおうと思って。

 殺しちゃいけない。なら心をへし折るしかない。その点、君ほどの女傑ならば良い練習になる。

 

 

「人質⋯⋯⋯⋯いいえ、そもそも作戦自体知らないのに、解毒剤なんて無理。それに、あなたを殺せば妹が――――だめ⋯⋯海の上で『次』なんてない。すっかり忘れてた⋯⋯」

 

 

 足掻いた先に希望がない。人これを絶望と言う。さてさて、俺としては『活路』を見せたつもりはないが――――ハンコックはしっかり絶望している様子。美少女故に着こなしているがその顔は酷い。

 しかしそこは戦士たる者。絶望の果てに見据えたものはギラついた闘志だ。

 

 

「でも、怖くないわ」

 

 

 既に『負け』が確定した中で、いつだって諦めない。

 

 

「海に出た時点でその命はだれでもない自分の責任よ。解毒剤なんて欲しがらないでしょうね」

 

 

 王道少年漫画は厄介なり。

 

 

「自由を失うくらいならきっと死を選ぶ」

 

 

 ほんと、マジ面倒。そして最高。

 

 

「残された妹たちはどうするつもりかな? もっとひどい目に遭うかもしれない」

「九蛇を舐めないで。上で見たあいつら⋯⋯人をまるで道具みたいに⋯⋯あいつらに潰されるのは、死んでも嫌よ⋯⋯ッ! でもあなたは()()にいる。あなたはあなたの力であたしに勝った。悔しい、けどそれはあたしのせい。気をつけるのね、あの二人は姉を殺されて黙ってないわよ」

 

 

 "怖くない"は嘘だろう。だがその瞳に怒りや恨みの色はない。心の底から負けを受け入れつつ「でもあの二人は大丈夫だ」と確信している。そこに一切の不安はない。

 なるほど、戦闘民族の価値観は分からんが、()()()は見えた。

 

 

「弱い事をここまで武器にできるのは凄いけど『白ひげ海賊団』までは無理ね。そこをどうするか聞きたいけれど――――その前に解毒剤よ。まったく、説明の為だけに毒を盛られるなんて思ってもなかったわ⋯⋯」

「ああ、それは大丈夫。全部嘘だから」

「⋯⋯聞きたくもないんだけど、どこからが?」

「毒の下り。いい演技だったでしょ!」

 

 

 ウインクと共に投げかける。その瞬間俺は「振り回しすぎると人間から感情が抜ける」という事を知った。

 因みにDHMOとは『水』の別名である。

 しかしすべては必要なプロセスだ。策略(くち)だけの人間に対し、暴力(ちから)の人間はどこから納得できるのか。それを知るために彼女には一回俺に殺されて欲しかった。人でなしここに極まれり。

 

 以上を踏まえてもらった上で俺は「本当の作戦」を説明した。それに対し、彼女は深く考え込んだ後で短く「悪魔ね」と、一言だけ。趣味はともかく協力はしてくれるらしい。

 

 嫌われただろうか? だが"元から嫌い"なのだ。どうという事はない。(無敵モード)

 

 まあ用も済んだので最後の仕込みに入ろうとドアに向かい、

 

 

「ま、待って!」

 

 

 なぜだが今さっき話が付いたはずのハンコックに腕を掴まれた。握力が凄い!

 

 

「なに、やっぱ嫌?」

「そうじゃなくて⋯⋯ねえ、あのチョコレートっていうの? あれ本当に何も盛ってなかったのよね!?」

「言ったじゃん」

「⋯⋯じゃあ、じゃあ食べて、同じの。私の目の前で食べなさい!!」

 

 

 なんでぇ?(曇りなき眼)

 

 

「このまま上手く行けばきっと白ひげだって倒せる――――それくらいあなたの言う事がなに一つ信用ならないからよッ!!」

 

 

 くっそ、否定できねェ⋯⋯!!

 だがしかし空いた手でポケットをまさぐるもクシャクシャの包み紙と残り香だけ。しかしそれを言った所でハンコックの眼の光(ハイライトさん)がお留守な今、納得はしてくれないだろう。殺気と書いて「マジ」である。

 

 うむ、面倒だ。(無敵モード発動)

 

 人でなしが常人の理解を得るにはどれほどの苦労が必要か、想像もつかない。

 故に、対話は非効率。

 故に、実力行使。

 評判の悪い笑みをたたえ呼び水に、あの感覚を呼び起こす。破れかぶれで習得したばかりの覇王色を最大強化で一点集中。目標はボア・ハンコック。

 

 

「――――ッ! あなた、何を――」

 

 

 強弱の関係から気絶こそしないが、立ち眩みにも似たふらつきを与え拘束から逃れた俺は少女の頬を掴み、引き寄せる。

 無毒を証明するための材料は現時点、この世にただの一か所しかないわけで、つまり僕は悪くない。(責任転嫁)

 

 口が熱い。

 

 怖いので目は閉じておく。懐かしい味だ。カカオは荒く粉っぽいし砂糖がざらざらする。前世の業務スーパーで買ったドイツ産の激安板チョコを思い出す懐かしい雑な味。10個で750ベリーくらいの味。

 

 まあ「苦い思い出」って事で。(笑)

 

 そう自己弁護してみるものの甚だ遺憾だが生殺与奪は目の前の屈強な戦士に握られてるワケで⋯⋯

 いつまでも何ら抵抗らしい抵抗が無いことに恐る恐る片目を開放すらばただでさえ大きな瞳が満月以上ににかっぴらかれてこちらを凝視中。やだ怖い。

 怖いので鼻をつまんでおく。

 しばらくして酸欠に耐えきれなくなったハンコックが突き飛ばすが――――ヴァカめ!俺の後ろにあるのは『ドア』だッ!!

 

 かかったな!ハンコック! これが我が『逃走経路』だ… きさまは、このレリエルとの知恵比べに負けたのだッ!

 

 そしてハンコック⋯もうルフィとキスはしたのかい? まだだよなァ(生まれてない)

 

 初めての相手はルフィではないッ! このレリエルだッ!

 

 

「この通り毒はない。異論はないな?レディー。⋯⋯逃げるなら、なんとかするさ」

 

 

 クザンがな。またはゼファー。

 

 流れるように退室した俺は全力で気配を消し鍛えた()をフル稼働。

 ハンコックが再起動する前に三十六計なんとやら! 逃げるんだよォ!

 

――――以来わたしは彼女の顔を見た覚えがないが妹ズが言うには仕事はしたらしい。ただ『計画』については口を噤んだそうだ。ならばッ、何も問題は無いようですねぇッ!!!

 

 なんだかわからんがとにかくヨシ!!

 

 そうして組織内に致命的な欠陥を抱えたまま、約束の日はやって来たのだった。

 

 




あとがき

下ごしらえ回
白ひげまで行かんかった

再訂正、ルフィまだ生まれてなかったわ


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