魔王系Vtuberやっていたら本物の魔王にされそうです。 (ゆゆっけ)
しおりを挟む

1話 魔王様の憂鬱

「では今宵はここまでにしておこう、急な招集になってしまってすまなかったな」

 

 帰宅してすぐに配信準備と告知を行い、ろくに服も着替えずに配信開始。

 どんなに疲れている顔をしていても画面の中の私はいつだって美しく。せめて声色だけはそんな姿に相応しくあろうと意識はしているが、いわゆる古参連中には見抜かれているのか心なしかコメントが暖かい。

 

 :お疲れさまでした魔王様! 

 :ええんやで

 :配信してくれてうれしいよ

 :おつかれさま

 :おつまおー

 

「次回の予定は……すまぬが未定だ。またSNSで告知すると思うから確認するように」

 

 :御心のままに!! 

 :はーい

 :なるはやだと助かる

 :ひさしぶりにゲームか歌だとうれしいなぁ

 

「そうだな、なるべくそうしよう。ではまた」

 

 :再びの降臨お待ちしております!!! 

 :おつまおー

 :おつまお

 :おつまおー

 :おつまおまお

 

 手慣れた操作でED画面に切り替え、流れていくコメントを眺めていく。

 安直すぎて最初は気恥ずかしさもあり、やめるように言っていた定型の挨拶もすっかり定着し今となっては実家のような安心感すらある。

 

 最後に終わりのコメントをして配信終了っと。

 

黒惟(くろい)まお【魔王様ch】:おつまおー★ミ

 

 :!? 

 :草

 :草

 :草

 :★ミは古い

 :魔王様年齢バレますよ

 :草

 

 年齢? 我魔王ぞ、悠久の時を過ごす我に年齢なんていう概念はないわ。

 ほんとこいつらは年齢ネタになると速攻食いつきよって……。

 

 まぁこんな短いコメントでも盛り上がって笑ってくれているリスナーがいるのは素直にありがたい。

 

「配信OFFよし、マイクOFFよし、カメラOFFよし」

 

 もはやルーチンと化している配信終了後の声出しチェックを行い、ヴァーチャル魔王こと『黒惟まお』からただの一般人に戻った。

 

「声出しまでする?」って? こんなことで事故が防げるなら声出し確認だってしますよそりゃ。

 配信切り忘れてマイクも入れたままで気が抜けた魔王様という切り抜きが一生ついて回るはめになれば誰だってそうする。魔王だってそうする。

 

 ちなみにもう片手で足りないくらい事故が起きてるあたり声出しだけじゃ足りないという説もあるのだが。

 

「はぁ……」

 

 ヴァーチャル魔王『黒惟まお』として活動をはじめて一年と半年ちょっと、当時はまだVtuberというものもそこまで注目を集めておらず手探りでやってきた活動。

『黒惟まお』のデザインを昔からの付き合いのある神絵師とよばれるようになった友人に依頼できたおかげですべりだしは順調。

 

 個人としては十分なほどの登録者数と視聴者に恵まれていたが、最近はいわゆる企業勢が急激に勢力を伸ばしており、さらに某大手企業までVtuber事業を始めるなんて話もまことしやかにネットではささやかれている。

 

 そのあおりを受けてか『魔王様ch』は思ったように数字も伸びず停滞中……。

 

 それでも配信を見続けてくれているリスナーたちに楽しんでもらおうと色々企画して配信も頑張っていこう! と奮起したところで仕事が忙しくなり思ったように配信活動も出来ず、今日のようにゲリラでの雑談配信が続いてしまっている。

 

 グイっとゲーミングな椅子の背もたれを大きく倒し身を預けながら、配信終了後の日課であるスマホでSNSの配信タグの巡回とエゴサを行う。

 

 好意的な感想に心を温めながら最近活動が少なくなっていること、配信中も疲れが見え隠れしていること、それを純粋な好意で心配する声。そして全体から見ればごく少数ではあるが悪意のある言葉──

 

『そろそろ消えそう』

『最近ゲリラ雑談ばっかでつまらん』

『結局ガワだけなんだよな』

 

「──っ」

 

 たくさんの好意的な意見が多いんだから無視すればいいのに──とか、

 アンチの意見よりもファンの意見に目を向けてほしい──とか、

 そんなことはもちろんわかっているし配信を始める前は自分だってそう思っていた。

 

 でもやっぱり自然と目についてしまうんだよなぁ……。

 それに言ってることは別に間違ってはいないし。

 

 いっそ配信に集中するため仕事を辞め専業になってしまおうと思っていた時期もあった。

 

 最初の勢いさえ維持できていれば──

 いまの仕事ほどとは言えないがバイトや派遣で活動していくことは可能だと思っていたし。

 昔取ったなんとやらで動画編集やデザインの個人依頼なんかもVtuberや配信者を中心に増えてはいる。

 

 しかし、伸びが停滞してしまった今となっては活動資金のために仕事に力を入れ個人依頼を受ければ配信時間がなくなり。

 配信に力を入れれば依頼をこなす時間はなくなり活動資金は心許なくなる……。

 

 活動二周年まで半年を切ったというのに具体的に何をするのか、出来るのか。

 それすら決まっていない現状、個人としてやっていくことに限界を感じつつあった。

 

「シャワー浴びて寝よ……」

 

 考えれば考えるほどネガティブな思考に陥る頭を無理やり切り替えるべく体を起こす。

 

 画面の端に1件の通知が来ていることに気が付き、メッセージを送ってきた相手とその内容を目にして、ふっと小さく笑いながらそのままPCに向かってキーボードを叩く。

 

 SILENT:どしたん? 話聞こうか? ^^

 魔王まお:あーそれは"(しず)"が悪いわ、今度飲みに行こうよ^^

 

 ネットに染まったやりとりをしながらマイクの電源を入れ通話を繋ぐ。

 まったく本当に面倒見がいいんだから…。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 ママは神絵師

 神絵師SILENT(サイレント)先生こと"(しず)"は私の友人である。

 

「暇つぶしにインターネットでお絵かきしてたらいつのまにかこうなっていた」

 

 ──とは本人の談ではあるが、幻想的な世界を描いた数々の作品たちはいつしか『SILENT WORLD』と呼ばれるようになり、その世界観は幻想的であるが実際にそんな世界があるように思わせてしまうような魅力があり、ひとつの完成したものとして多くの支持を得ている。

 

 神絵師SILENT先生こと"静"は『黒惟(くろい)まお』のママである。

 

 Vtuber界隈ではキャラクターデザインを手掛けたクリエイターをママと呼ぶし、クリエイターが生み出したキャラクターは娘息子という我が子扱いになる。

 もとより性別を明らかにしていないクリエイターも少なくない業界なので男性でもママなんて呼ばれることは結構あるのだ。

 

 対してパパは誰になるのかと言われれば、たいていは配信に載る2Dだったり3Dの身体を作成するクリエイターがパパと呼ばれることが多い。

 なのでキャラクターデザインを男性が手掛け生まれた子供がその性別通りにパパと呼ぶならばダブルパパ状態なんてこともあったりする。Vtuber界隈の文化もなかなか奥深いのだ。

 

 といっても当の静は女性であり、そのうえその姿は深窓の令嬢といったいかにも儚い美少女であり、口を開けば誰もが聞き惚れる天性のキュートボイス……、それで神絵師なんだから神は一人に何物も与えすぎって話だ。

 

 私なんかよりよっぽど配信者としてやっていけると思う。

 まぁ、配信をしなくてもSNSフォロワー数は絵師としてトップクラスなので、比べるのもおこがましい話ではあるが。

 

 そんな普通ならば関わることすら難しい神絵師に『黒惟まお』のデザインを依頼できたのは幸運以外の何物でもない。ただ単純にまだ世間がその存在を知る前に偶然知り合うことが出来ただけなのである。

 

「いつもファンアートありがとね、今度の配信サムネに使うよ」

 

 SILENT:まお様のお眼鏡にかない光栄でございますv

 

 私が喋り、静がチャットで返信する。

 静は喋るのが面倒らしくよっぽどのことがない限りこの形になる。

 チャットを入力するほうがどう考えても面倒な気がするけど。

 喋るのと遜色のない反応速度と入力速度なのでもはや違和感がないやりとり。

 

 静は今や超売れっ子イラストレーターとなり忙しいだろうにそんな気配すら見せずにこうやってこまめに連絡してくれるし、定期的にファンアートまで投稿してくれるのが本当にありがたい。

 間違いなくいままで活動できているのは静が生み出してくれた『黒惟まお』がいるおかげなのだ。

 

 それに比べて私は、ろくに配信も出来ずにリスナーにも心配される始末……。

 あーほんとへこむ……。

 こんな私が『黒惟まお』でよかったのかと思う。

 

「私なんて結局ガワだけですぅ」

 

 SILENT:また始まったよ^^;

 

「不出来な娘でごめんねぇママ……」

 

 SILENT:おーよちよち、まおちゃんは頑張ってるよー。ママの自慢の娘ですからねー。

 

 私のママは本当に娘に甘いと思う。

 

 SILENT:そういえばあの話ってどうなったの? 

 

「あー、うん……ダメだった」

 

 あの話──

 数字が伸び悩み個人での活動に限界を感じ始めたころ、どうにかどこかの企業に所属できないか色々な企業のオーディションに資料を送ってみたりした。

 

『黒惟まお』としての活動が評価され色よい返事をもらえた企業もあったのだが……。

 あくまで『黒惟まお』として活動を続けていきたいという旨を伝えると担当者は微妙な表情をする。

 中には条件として静とのコネクションを利用するよう吹き込んでくるような担当者もいた。

 

 別に私に対して何か言われるのは我慢できる。

 しかし、私を使って静に近づこうとする人間は許せないのだ。

『黒惟まお』を生み出したクリエイターとしての権利を好きにしてくれていいとまで言ってくれた静を裏切るようなことは絶対にしたくなかった。

 

 SILENT:私のことなんて気にしなくていいのに、まおは頑固なんだから。

 

 静は時々すべてを見透かしているような物言いをする。

 だからついつい静には甘えてしまうのだ……。

 

 デビュー当時から娘として恥ずかしくない活動をしよう、人気配信者になって少しでも静の活動に貢献しようと思い続けてはいるが、相手の途方もないすごさを思い知るばかりである。

 

「この黒惟まお様を満足させる企業はそうそうあるまいて」

 

 SILENT:なにそれ笑

 

 あまり心配させまいと冗談まじりに魔王様モードになってみるがそんな考えも見透かされてるんだろうなぁと思いつつ、結局シャワーも浴びず遅い時間まで話してしまい翌朝後悔するのであった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 お嬢様と推し活

『我の名は黒惟(くろい)まお、とある世界で魔王をやっていたのだがそちらでの生活に飽いてしまってな。

 なにやら面白そうなことをしているこの世界で楽しませてもらうことにした』

 

 落着きがあり威厳のある語り口、黒絹のような長い髪に映える赤いメッシュと毛先のグラデーション。そんな髪が身体の動きに合わせてたおやかに揺れる様は、まるで行先の失くした魔力が炎のように揺らめいているようで目を奪われてしまう。

 時代の流れと共に最近は見ることが少なくなっている古式ゆかしい漆黒のドレスを纏う姿はまさしく伝承にある魔王の姿。

 

 なにより画面越しでも伝わるうっすらとした魔力の気配は本物であることの証左に他ならない。

 

「こ、これが伝説の魔王……」

 

 幼き頃より現魔王であるお父様から寝物語として聞かされ続けた存在を目の当たりにして抱いた思いはただひとつ──

 

「か、かっこいい……っ!」

 

 魔王の娘として、威厳ある言動を忘れさせるほどの衝撃を受けたのである。

 

 ──それからというものの生活のすべては『黒惟まお様』が中心になった。

 

 大して興味のなかった人間どもの文化と技術を学び、配信があれば真っ先に馳せ参じるためSNSというものも始めてみた。

 

 最初は見るだけにとどめていたのだが……。

 

 ある時我慢が出来ずにまお様の素晴らしさを語ってみれば、人間どもの中にもまお様の偉大さは伝わっているらしく多くの賛同者を得ることが出来た。

 その上なんとまお様からハートばかりか感謝のお言葉を賜ることが出来たのだ! 

 

 この素晴らしい出来事は人間どもからも祝福され、それからは同じくまお様を崇拝する同好の士として認めてやるのもやぶさかではないなと認識を改めることにした。

 

 このような活動は人間界で言うところの推し活と呼ばれる行為らしく、人間界では広く行われているようであった。

 推し活により推された者はそれを活力、すなわち我らでいうところの魔力とする。

 それらの力を得て推しはさらなる活躍を見せ、我らもますます推し活に力が入る。

 

 そう、これは古来より行われてきた統治の形であり儀式なのだ。

 いち早くこの事に気づいた慧眼の持ち主であるまお様は人間界での活動を始めたのであろう。

 

「それにしても天使に悪魔、獣人、魔族……こんなにも多くの者が人間界で活動しているなんて」

 

 もとより人間界でなんらかの活動をしている者の存在は知っていたが、Vtuberという文化が生まれてからはその数が爆発的に増えているように感じる。

 

「人間よりも異種族のほうが多いんじゃ……?」

 

 ほとんどは魔力を感じぬので人間がその姿を偽っているものだとは思うが。

 時折、魔力や何らかの力を感じることもあるのでこちら側の住人もいるのであろう。

 逆に人間の姿をしているものから感じることもあり、いつの時代も物好きはいるのだなと思ったものだ。

 

「お嬢様、先生がいらっしゃいました」

「む、もうそんな時間か……」

 

 控えめなノックのあとに告げられた言葉に思考を打ち切り、来訪者の元へと向かうことにする。

 あやつのノリは少し苦手なのだが、背に腹は代えられないからな……。

 

「お嬢様お久しぶりでございます」

「そういうお前は相変わらずのようね」

「ここでは先生とお呼びくださいと言いましたのに」

 

 ソファで足を組んでくつろいでいる彼女を前にため息をつきながら対面に腰を下ろす。

 

「ろくに教えもせずになにが先生か」

「わたくしは生徒の自主性を伸ばしていく方針ですので、教材は用意しましたでしょう?」

 

 名門魔族の出であるがそのほとんどを人間界で過ごす自他ともに認める変わり者。

 魔王であるお父様とも旧知の仲であり面識もあったため 人間界のことを学びたいと伝えた際に改めて紹介されたのが目の前にいる人物である。

 綺麗に切りそろえられたブロンドにタイトスカートのスーツと赤縁のメガネ、本人曰く『これが女教師の正しい姿ですわ!』とのことだったが、そんなものは創作の中だけということを知るまでは本当にそうだと思わされていた。

 こんなだが人間界については魔界でも有数の知識人であり、さして人間界に興味のない父親のよき相談相手だというのだから不思議なものだ。

 

「それで例の物は手に入れたのでしょうね?」

「それはもちろん」

 

 放任主義かつ対面での授業もほとんどしてこなかった彼女がこうして現れたということはそういうことなのであろう。

 

「そうか、とうとう我が大望が叶う時が来たのね……」

「魔王様や他の者に気づかれないように運び出すのはなかなか骨が折れましたわ」

 

 お父様はもとより周りの者に知られてしまっては面倒なことになるからな……。

 取り扱いには十分気を付けなければなるまい。

 

「それでは確かにお届けいたしましたので、失礼いたしますわ」

 

 ──今思えば確かにこの時は浮かれてしまっていた。

 それがまさかあんなことになるとは、思ってもみなかったのだ。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 襲来①

「──さん、お先にしつれいします~」

「あ、おつかれさまー」

 

 残業仲間だった同僚を見送って作業中の画面に向き直る。

 

 これは今日も配信できないかなぁ……。

 でもこれさえ仕上げてしまえばしばらく余裕はできるはず。

 

「さて、もうひと踏ん張り、の前に」

 

 机の上に置いたスマホを手に取り『黒惟(くろい)まお』としてSNSのメッセージを送信する。

 

黒惟まお@魔王様Vtuber@Kuroi_mao

今宵も魔王の勤めゆえ配信はできないが

週末は時間が取れそうなので心して待っていてほしい

 

 ほどなくして返ってくる反応を見ながらクスリと笑う。

 しかし『残業お疲れ様です!』って反応多すぎだろう……。

 これが本当のはたらく魔王様って誰がうまいこと言えと。

 

 最近あまり配信できていないせいもありこういったやりとりが本当に楽しい。

 このままだと延々とSNSに没頭してしまいそうなので気持ちを切り替えスマホの画面を消す。

 はやくこの仕事を片付けて週末は配信するんだ。

 

 それから小一時間ほど経っただろうか。作業自体は順調なのだが最近の夜更かしと疲労のせいか妙に眠気が強い……。気を抜いたらそのまま机に突っ伏して寝てしまいそうだったが、意識をつなぎとめながらなんとか仕事を片付けた。

 

「ふぁあ……ぁふ……」

 

 誰にも見られてないことをいいことに大きく伸びをしながら欠伸をする。

 

 あくび助かるってね。

 

「あくび助かりますわ」

 

 まるで配信中に欠伸をしてしまった時の反応が声となって聞こえてきた。

 さすがに眠気と疲れが限界までいくと幻聴まで聞こえてくるのかと自嘲気味に笑ってしまう。

 

 はは、ある意味これも職業……配信者病ってやつかな。

 

「お疲れ様ですわ」

 

 おかしい、いくらなんでもこんなにはっきり聞こえるのは幻聴ではない。

 でもこのオフィスに残っているのは私だけのはず……誰か見逃していたんだろうか。

 どちらにしろあまり見られたくない姿を晒してしまったことを後悔しながら声の主を探すべく振り返る。

 

「お疲れ様です。てっきり残ってるのは私だけ……と」

 

 声の主はすぐに見つかった──が、その顔も姿も記憶にある社内の誰とも合致しない。

 第一印象はバリバリのキャリアウーマン。同年代か少しだけ年上だろうか、もともと社則も緩かったので普段からスーツをきっちり着こなしてる人がいないため違和感がすごい。

 

「え……っと、その、どちら様ですか?」

 

 社外の人間となれば考えられるのは取引先かその関係者だが、そんな人物が一人で残っているのもおかしい。まだほかにも社内の人間が残っているのだろうか。

 

「わたくしマリーナと申しますわ。貴女は……やはり、そうでしたの」

 

 恥ずかしい姿を見られた上にじっと見つめられているのは居心地も悪く、あまり深入りせずに帰ってしまおうかとも思うが放置するのもまずい。

 それに最初にかけられた声が幻聴ではないのだとしたら名乗りのあとの言葉も気になる……。

 

 ──身バレ、配信者として、しかもVtuberとして一番恐ろしい事態が脳裏によぎる。

 

 いやでも流石に職場まで特定されてその職場に乗り込んでくるはずなんてない。

 そもそもまったくの部外者がここまで来ることなんて……。

 しかし、あたりを見回してみても彼女以外の姿も気配もなく、応接室の電気もついていない。

 だんだん困惑と恐怖心が増していき今すぐにでも逃げ出してしまいたくなる。

 

「お、お一人ですか? どういった用件で……」

「ええ、貴女に会いに来ましたの──黒惟まおさん」

 

 その名を聞いた瞬間すぅーっと血の気が引いていく。

 なぜその名を知っているのか、どうやってここまで来ることができたのか。

 何が目的で、どうして、なぜ、なぜ、なぜ。

 疑問と恐怖が頭の中を占めていき声にならない戸惑いが口から漏れていく。

 

「とある方が貴女にお会いしたいそうよ。本当は眠っているところを連れていく予定だったのですけれど……。

 眠りの魔法がなかなか効かないなんて、さすがは伝承に残る魔王様といったところでしょうか」

 

 とある方? 連れていく? 魔法? 

 ──この人は何を言っているんだ。

 

 気付けばひったくるように荷物を手に取り出口へと走り出していた。

 

「なんで、なんで、バレてるの!?」

 

 何かのきっかけで周りの人間にバレてしまう事はあるのかもと想像したことはあった。

 その時の言い訳もいくつか考えていたはずだった。しかし、まったく見ず知らずの人物が職場にまで来るなんてことまでは想像すらしなかった。

 パニック状態で後ろを振り返る余裕すらなく一気に階段を駆け下りる。いきなり職場まで来てよくわからないことを言ってくるような相手だ、何をしてくるかわからない。

 とにかく人通りのある所に出て、それでも追いかけてくるようなら警察を呼んでもらおう。

 

 なりふり構わず外に出たところでようやく背後を振り返ってみるが、ひとまず追いかけてきている様子はなく一安心する。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 襲来②

「っ、はぁ……、いったい何なのほんとに……」

 

 たしかに私に向かって『黒惟(くろい)まお』とマリーナは言っていた。その時点で身バレしているのは確定している。たまたま取引先の関係者が気付いて確認してきたという可能性もある……けど。

 息を整え少しずつ冷静になってくると、普段の活動を知っている相手がからかってきていただけ、なんて考えも浮かんでくる。それにしたって初対面であんなの悪趣味がすぎる。

 でも、もしそうだとしたらマリーナを一人で残してきたのはまずかったのではなかろうか、何か言い訳をしたほうが……。

 

 そんなことを考えているうちに、ふと、違和感に気付く。

 ──静かすぎる。

 

 逃げることと身バレについて考えてばかりで周りの事なんて気にする余裕なんてなかったが、気付いてしまえば明らかに異常だ。いくら残業で遅い時間になったとはいえ、普段から人通りがある場所なのに辺りを見回してもそれらが一切見当たらない。

 

 物音すらなく静寂の中に一人取り残されているような感覚、落ち着きかけていた心臓の鼓動が再び早くなりうるさいくらいに聞こえてくる、そんな気さえしてしまう。これはきっと夢で残業中に疲れすぎて寝てしまっているんだ。と思いたいが夢から覚める気配も一向にない。

 

「な、なんなのこれ……」

 

 あまりに異常な状況に呟いた言葉も無音の世界に溶け込んでそして消えていく。

 カツ、カツ、と無音であるが故に響く足音が近づいてくるのがわかってしまう。

 

「人払いは済ませておきましたわ」

 

 なんてことない風に言いながらゆっくりと歩み寄ってくるマリーナを視界に入れた。

 再び逃げ出そうにもあまりに異常な状況と久しぶりに全力で走ったせいか足がすくんで転んでしまうのがせきのやまだ。誰かに助けを求めようにもこの空間には彼女と自身の二人しかいない。一縷の望みを託して手に持っていたスマホを見るも当たり前のように圏外の表示、あまりに絶望的な状況にもう開き直るしかない。

 

「あ、貴女はいったい何者なの? 何が目的?」

「先ほどマリーナと名乗りましたし言ったではありませんか、とある方に会っていただきたいと。

 大人しくしてくれれば悪いようにはいたしませんわ」

「それで、はいそうですかと従う訳ないでしょう?」

「ですから眠っているうちに済ませてしまおうと思いましたのに」

 

 改めて問いただしてみても一度聞いた言葉が返ってくるだけで、からかわれているだけという可能性もかぎりなくゼロになる。

 

「でも人違いじゃない? 黒惟まおなんて身に覚えないし……」

「何をいまさら、それにその魔力は確かに魔王のもの、違えることはありませんわ」

 

 逃げ出した以上くるしい言い逃れであることはわかっていたが……、魔力に魔王なんて大真面目に言ってくる相手に頭が痛くなってくる。ふざけているのでなければかなりアレな人にしか思えない。……魔王Vtuberなんてやっている私が言うのもアレなのだが。

 

「ではそろそろお眠りになってくださいませ、その間にお連れさせていただきますわ」

 

 とうとう目の前まで来ていたマリーナが眼前に手をかざす、反射的に後ずさろうとするが思ったように足が動かない。どこに連れていかれるのか、ひどいことをされるのではないか、家族のこと、友人のこと、黒惟まおのファンのこと……。

 恐怖から逃れるように目をギュッとつむり様々な思いが駆け巡っていく。

 

「やめなさい!マリーナ!!」

 

 二人しかいないはずの空間に誰かの声が響き渡りびくりと身を震わせ思わず座り込んでしまう。

 恐る恐る目を開けてみれば眼前にかざされていた手はすでになく、真っ先に目に入ったのは美しく輝く銀糸のような長い髪。赤いドレスを身にまといマリーナとの間に立ちはだかる後ろ姿は華奢な少女のものであるが威厳のようなものすら感じとれる。

 

「……お嬢様、今日は夜会のはずでは?」

「そんなのさっさと切り上げさせてもらったわ。

 お父様から急に出ろと言われたと思ったらこういうことだったのね」

「あの方も詰めが甘い……」

 

 状況が飲み込めないまま二人のやりとりを聞く限り、知り合いではあるがマリーナの協力者ではなさそうな雰囲気に少しだけ安心する。

 

「引きなさい!それとも、……わたくしとやるつもり?」

「お嬢様一人ならともかく、二人をお相手するのは厳しいですわね……。

 それに荒事にするのは本意ではございませんし」

 

 マリーナがちらりとこちらを一瞥し、そのあと虚空に視線を向けてからやれやれといった風に肩を竦めた。

 

「では今日のところは引かせていただきましょう」

「そう、じゃあお父様に伝えておいてくれる?」

「なんと?」

「大っ嫌い!! って」

「……確かに承りましたわ。ではお嬢様、魔王様、いずれまた」

 

 どうやら話はついたらしく当面の窮地は脱したことに全身の力が抜けていく。

 一体全体どういうことかはわからないが、この少女のおかげで助かったらしい。この少女の父親が何か関係あるらしいということは間違いなさそうだが。ともかく助けてくれたのだからまずはお礼を言って事情を聞くしかない。

 

「えっと……、その、ありがとう、助けてくれて」

 

 声をかけられた少女がくるりと振り返る。その身のこなしはとても優雅で思わず見惚れてしまうほどだ。透き通るような色素の薄い肌に緋色の瞳は怪しく光っているような気さえして、まるで物語から出てきたお姫様のよう。

 

「いえ、巻き込んでしまい申し訳ありません……」

「それでも助けてくれたでしょう? だからありがとうは言わせて?」

 

 申し訳なさそうに目を伏せ謝る少女があまり気に病まないように微笑みかける。

 

「まお様のお手を煩わせてしまうなんて、なんとお詫びすればよいのか……、魔力もこんなに消耗なされて……」

 

 マリーナの関係者なのだから正体がバレていることは予想はできていたのだが、次いだ言葉に微笑みが固まった。

 

 あっ、この子もそっち系の人間かぁ……。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 リーゼ

「色々聞きたいことはあるけど……、手を貸してもらってもいい? その、腰が抜けてしまって……。」

「もちろんです、まお様」

 

 自身の情けない姿をいつまでも晒しているわけにもいかず立ち上がろうとするが、いまだにうまく力が入らない。素直に助けを求めればすっと手を差し伸べられ、その手を取って立ち上がる。触れた手はひんやりとしていて繊細で、その容姿も相まってどこか人間離れしているように感じてしまう。

 

 綺麗な子だなぁ、本当にどこかのお姫様みたい。

 

 並び立ってみれば先ほどまで見上げていた視線はわずかに下向く形になり、改めて少女の姿を視界に収める。まだ幼さの残るすらりとした華奢な身体に整った顔立ち、ドレス姿も相まってどこかのお姫様と言われても違和感はない。

 ただ、ひとつだけ違和感を覚えて少女の瞳に意識を向ければ、緋色に見えたそれは綺麗な琥珀色だった。

 

 あれ?さっきのは見間違いだったかな?でもとっても綺麗……。

 って、あんまりジロジロ見るのも失礼だよね。

 

 不信感を持たれる前に視線をずらす、この少女と先ほどまで対峙していたマリーナは一体どういう関係なのか、どうして『黒惟(くろい)まお』が狙われていたのか、知りたいことはたくさんある。

 

「ありがとう、えーっと……、まずは名前を聞いてもいい?」

「わたくし、エリーザベト・フォン・クラウヴィッツと申します、どうぞリーゼとお呼びくださいませ」

 

 胸に手を添え名乗る所作も洗練されていて美しく育ちの良さが伺える。

 

 フォンって確か貴族?の名前だったよね。本当にお姫様じゃん。

 

 アニメや物語でしか聞いたことのないような名前の響きにオタク心がくすぐられテンションが上がってしまう。こういう時に無駄に役に立つのがオタク知識だったりするのだ、本当は歴史の授業とかで聞いてるとは思うんだけどさっぱり消え去ってしまっていて思い出せない。

 

「リーゼさんね、私のことはどうやって?」

「本来ならばこのように直接お会いするなんて、あってはならないこととは思っていたのですが……。あ、いえ。あわよくばお会いしてみたいという気持ちがなかったのかと言われればそれは嘘になってしまうというか……」

 

 あー、これ推しの前でうまく話せなくなってるやつだ。

 

 先ほどまでのお嬢様然とした態度とは打って変わってしどろもどろに早口で弁明しはじめるリーゼが微笑ましくその様子を見守っていたが、不意に先ほどまで静寂を保っていた空間に徐々にではあるが街の喧騒が戻りつつあることに気付き辺りを見回す。

 

「──まお様はまさに伝説に残る魔王様でわたくしの憧れで、いつかまお様のような……」

 

 そんなことはお構いなしにいつの間にかいかに黒惟まおのファンであるかといったことを語り始めていたリーゼを止める。

 

「そのリーゼさん、気持ちは嬉しいんだけど、人が、ね?」

 

 あっという間に人通りのあるいつもの姿になったところで、赤いドレス姿で銀髪の美少女が注目を集めないはずもなく。リーゼと共にいる自身もおのずと好奇の視線にさらされているのが痛いほど伝わってくる。

 

「コホン……、失礼いたしました、マリーナの人払いも効果が切れたようですね」

 

 人払いってレベルじゃなかったと思うけど……。

 ともかく、このままここにいればいらぬ騒ぎに発展しかねない。まだ未成年に見えるリーゼをこんな時間に連れ回せば最悪警察沙汰なんてことも……。同性じゃなかったら一発アウトにしか見えないだろう。

 

「もう時間も遅いし今日のところは帰った方がいいわ、改めてお話聞かせてもらえると私も助かるから連絡先を……」

「いえ、まお様をお一人にするわけにいきません。マリーナのこともありますし……もし、よろしければまお様のところにお邪魔させていただきたいです」

 

 後日改めて話を聞かせてもらおうと提案しかけた言葉を遮るようにキッパリと断り、言い出しにくそうにおずおずと申し出てきた内容に目を丸くする。

 

「その言い方だともしかして私の自宅までバレてる……?」

「マリーナならばおそらく……」

 

 え?正体も職場も自宅もバレてるとかもうそれ詰んでるじゃん……。

 

「本当に申し訳ありません……」

 

 思った以上に深刻だった事態にがっくりとうなだれてしまう。こうなったら覚悟を決めてとことんリーゼに事情を聞かなくてはいけないだろう。

 

「わかった、家でしっかり聞かせてもらってもいい?」

 

 はい、と不安そうな表情から若干安堵したように頷くリーゼ。

 まだ終電の時間は間に合うがドレス姿で電車に乗るリーゼとその隣にいる自身を想像してすぐにその考えを打ち消す。現状注目を集めていても堂々としているリーゼはもしかしたら平気かもしれないが、黒惟まおの時ならまだしも一般人たる私にはハードルが高すぎる。

 

 幸いすぐにタクシーを捕まえることが出来たので周りの視線から逃げるようにその場から離脱する。乗り込む時運転手がリーゼを見て驚いていたが、特になにも言及してこなかったのが救いではあった。

 

 




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 推宅訪問(おたくほうもん)

 本当に危ないところだった……。

 

 わずかに揺れる車内で隣に座っているまお様へと視線を向ける。

 運転手がいるせいもあってあまり話せる内容もなく、時折こちらを気にするような気配を見せていたが今は小さな寝息を立てて眠ってしまわれた。

 今になってマリーナの魔法が効き始めたのかそれとも疲れによるものか、判断は難しいところではあるが休めるときに休んでいただいたほうがよかろう。

 

 まさかマリーナがまお様に接触するとは完全に想定外であった。おそらくはお父様の指示であろうことは容易に想像できるがその目的までは見えてこない。

 やはり魔王として何か事情があるのだろうか? 

 

 お父様はよく魔王様の話はしてくれていたが詳しいことを聞くとよくはぐらかされたことを思い出す。しかし、そんな中で「あやつが魔王を続けるべきだったのだ」とお父様がこぼした言葉は妙に記憶に残っていた。

 

 そんなことを考えているとガタンッと車が縦に揺れ、その拍子に窓側に身を預けていたまお様の身体が揺れこちらへとゆっくりと倒れてくる。

 運転手が「ごめんね~」と呑気に声をかけてくるがそれどころではない。

 咄嗟に彼女との距離を詰め倒れないようにその身体を支える、眠りが浅いのか少しだけ身じろぎをしたまお様の頭がわたくしの肩に預けられる。

 

 ……推しが尊過ぎてつらい。

 色々な感情が駆け巡るがその一言に尽きる。

 

 普段見ていた配信時の長髪とは違って襟足が長めだが他は短めにまとめられた暗めのラベンダーグレージュ、いわゆるウルフカットの彼女は配信で見せる威厳ある姿というより時折見せてくる可愛らしさのほうが印象としては強い。魔王の姿と普段の姿、それぞれがギャップによって余計に魅力的に映る。

 声とその身に纏っている魔力がなければ、今すぐ隣にいる彼女が黒惟まお様だとは思わなかったであろう。

 

 たっぷりとその寝顔と温もりを堪能させてもらい、しばらくすると目的地についた事を運転手に告げられたので、名残惜しさを感じながらもまお様の肩を揺すって起こそうと試みる。びくりと身体を揺らし控えめに欠伸をひとつする姿がかわいらしい。

 

「ぁふ……」

 

 あくび助かる。

 

 心の中で様式美(おやくそく)を呟いていると、ゆっくりと目を開けた彼女と目があった。

 驚いたように目を見開いてから状況を把握したらしく、わずかに頬を赤らめたまま身体を離し謝罪の言葉を口にする。

 

「……って。ごめんなさい私ったら」

「お疲れのようでしたので、お気になさらないでください」

 

 むしろありがとうございます。と口から出かかったのはなんとか押しとどめることができた、先ほどまであった温もりが離れて行ってしまったことは少しだけ寂しい。

 そんなことを考えながら、恥ずかし気に頬をパタパタと手で仰ぎながら支払いを済ませた彼女に続いて車外へと出る。

 

「あまり人を招くことがないから窮屈かもしれないけど……」

 

 そう言いながら先を進む彼女と共に階段を上がっていくが、高めのヒールを履いているせいでどうしても足取りは遅くなってしまう。

 

「大丈夫?エレベーターがあればよかったんだけどね」

 

 四階に差し掛かったあたりでそんな様子を見かねた彼女から手を差し伸べられ、礼を述べながらその手を取って最後の段差を登りきる。

 気遣われたことに少し恥ずかしさを覚えつつもその心配りが嬉しい。

 

 廊下を奥まで進んだ最後の部屋がまお様のお部屋らしく、促されるまま玄関の中へと足を進める。

 

「お邪魔いたします」

「少し待っててね」

 

 スリッパに履き替えたまお様がパタパタと足音を立てながら奥の部屋に消えていくのを見送り、彼女に出されたふわふわのかわいらしいスリッパに履き替える。その肌触りのよさとヒールから解放された心地よさに思わず吐息を漏らしてしまう。

 

 ここがまお様が住んでいる場所かと思うといろいろ見てみたくなる気持ちが出てくるが、そこはぐっと我慢……。

 奥の部屋からは何やら物音が聞こえていたがしだいにそれも聞こえなくなり、ほどなくして再び現れたまお様に招かれてお部屋にお邪魔する。

 

「そこのソファーに座ってね、あんまり広くなくて申し訳ないけど……、隣の部屋は、その、配信用になってるからあんまり物が置けなくて」

「いえ、素敵なお部屋だと思います」

 

 白を基調とした家具がコンパクトにまとめられている部屋はあまりそういった事に詳しくない身からしてもセンスが良く思え、素直な感想を述べながら勧められるままにソファへと腰を下ろす。

 

「リーゼさんにそう言われるとちょっと自信ついちゃいそうね、飲み物、紅茶とかで大丈夫?それ以外だとお水くらいしかないの」

「紅茶で大丈夫ですが。そんな、まお様に淹れていただくなんて……」

「私も飲むんだからついでに、ね?ストレートで大丈夫?」

 

 そんな遠慮は不要だと言わんばかりに微笑み小首を傾げながら問いかけられれば頷く以外の選択肢など消し飛んでしまう。

 これが黒惟(くろい)まおが人たらし魔王だと言われる所以(ゆえん)であり、目の前にいる彼女が間違いなくそうなのであると強く実感する。

 

「お待たせしました、口に合うといいんだけど」

 

 キッチンから二つのカップを持って現れたまお様が目の前のテーブルにカップを置いてから少し距離を置いて隣に座る。

 どうぞ、と彼女に勧められたカップを手に取るとアールグレイの香りがふわりと漂い、一口飲めばふぅと暖かくなった吐息が漏れ出てしまう。

 

 そんな様子を眺めていたらしいまお様も満足げにカップを口に運び、そしてゆっくりとテーブルに下ろしこちらへと向き直る。

 

「それじゃあ、お話聞かせてもらってもいい?」

 

 さて、どこから話したものか……。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 まさかの原因

「まずはマリーナさんとはどういう関係なの?」

「マリーナはお父様の古くからの知り合い、いえ友人でしょうか。

 その縁もあってわたくしの家庭教師なようなものをやっております。

 まお様の存在を知ったのもマリーナがきっかけなのです」

 

 突如職場に現れた女性の姿と交わした会話の内容を思い返し更に質問をリーゼに投げる。

 

「どうしてそのマリーナさんが私のところに?」

「おそらくはお父様からの依頼であろうと思いますが、その理由までは……」

 

 申し訳無さそうに瞳を伏せ歯切れの悪い回答をする姿からは本当に思い当たることがなさそうで一緒に黙り込んでしまう。

 

「──どうやってマリーナさんは私の事……黒惟(くろい)まおの事を突き止めたと思う?」

 

 沈黙を破るように一番気になっている事を投げかける。そもそも何故私が黒惟まおであることがバレてしまっているのか。それこそ身バレに繋がるような情報は配信でもSNSでもほとんど話題には出していない。それほどに配信者、特にVtuberにとって身バレは致命的なのである。

 

「マリーナはお父様と違ってこちらの世界についてはかなりの知識を持っていますし、何らかの情報から……、例えば……あっ」

 

 考え込んでから少し間を置きなにか思い当たることがあったようにぱっと顔を上げたリーゼを見つめる。

 

「活動一周年記念グッズ……」

 

 ん? なにかこの場にはそぐわない単語が聞こえてきた気がするがうまく聞き取れない。

 

「え?」

「その……、まお様の活動一周年グッズが少し前に届いたのです」

 

 いきなり半年ほど前に出したグッズの名前が出てきて困惑する。たしかに届き始めているという話は配信コメントやSNSで見かけていた。しかしそれがどう今の話に繋がるのか見えてこない。

 

「えっと、買ってくれてたのね。ありがとう」

「もちろんです! SILENT(サイレント)先生描き下ろしまお様のイラストが本当に素敵で……、普段のドレス姿ももちろん素敵なのですがまさかの水着姿なんて! 発表があった日には即購入を決定いたしました! しかもお忙しい中、直筆サイン入りポストカードまでつけていただけるなんて……」

 

 急に声のトーンとスピードが上がるリーゼに少し驚いて僅かに身を引いてしまう。

 

 SILENT先生(しず)の悪ふざけで水着姿にされてしまったB2タペストリーとちびキャラのアクリルキーホルダー、そしてフルセット購入特典の直筆サイン入りポストカード。推しグッズを手に入れられない悲しみはよく知っていたのでフルセット購入者全員を対象にしたのだ。

 ただ思った以上に購入してもらえたので予算的にもサインを書く時間的にも結構やばかった……。

 

 早口でまくし立てるリーゼの言葉を聞きながら、グッズの苦労が思い起こされて遠い目になりかける。

 って、いまはそれどころじゃなくて。

 

「リーゼさん、そのグッズがどう関係しているの?」

 

 いかに素晴らしいグッズであったか力説しているリーゼを止める。

 この子、黒惟まおのことになると結構暴走しがちね……、嬉しくはあるんだけど。

 

「その購入をマリーナに依頼していたのです、我が家では受け取れなかったので」

 

 確かにあのサイト海外発送は出来なかったな……、要望も結構来ていたし次回はそのあたりも考えなくては……。

 

「まさかそれだけで特定したと……?」

 

 直筆がなければグッズを業者から販売サイトに納品してもらうだけだったのだが、直筆もあるということで私を一度経由している。それにしたってそれだけで特定されるだろうか? (しず)からの紹介でしっかりした業者を選んだはずなのに。

 

「直筆もありましたから……、マリーナならばそこから辿ったのだと思います」

 

 まさかと思っていた内容がそのままリーゼから聞かされるがとても信じる気にはなれない。が、実際にマリーナは職場まで突き止めて訪ねてきた。それ以外に思い当たるところがないと言われてしまえば考えるだけ無駄だ。

 

 そこまでして私に会ってマリーナは一体何が目的なのだろうか。彼女はたしか誰かに会って欲しいと言っていた。それは話を聞く限りリーゼの父親で間違いないのであろう。

 

「リーゼさんからやめるように言ったり理由を聞くことはできたりする?」

「それはもちろん可能ですが……、お父様からの依頼ですから素直に応じるかはわかりません。

 秘密裏に事を運ぼうとしていたのでお父様も聞き入れていただけるかどうか……」

 

 こうなってしまえばもう頼れるのは繋がりのあるリーゼか警察、という話になってしまう。

 しかし、具体的な被害がない以上警察はあまり頼りにならないだろう。しかも、配信者やVtuberについて理解があるとも思えない。

 

「……とにかく理由を知らないことには説得も難しいかと思います」

「なるほどね……、ところで家に来てもらって今更だけど、リーゼさんは大丈夫なの? お家のこととか」

「わたくしのことでしたらおそらくマリーナからお父様に話は入っていると思います、伝言を任せたので」

 

 そういえば「大嫌い」と言っていたなと思い返す、年頃の娘にそう言われたのであれば父親としてはなかなか堪えるのではなかろうか。

 

「おそらく、マリーナはもう一度まお様に接触してくると思われます。

 その時にうまく目的を聞き出すことが出来ればなんとかなるかもしれません。

 ですのでその時まではまお様のお側に置いていただければ……」

 

 リーゼの言う通りマリーナは去り際に、いずれまたと言っていた気がする。それでもこのまま側に置いておいていいものかと思案する。

 

「こちらの都合で勝手を言っているのは十分承知しております。

 でもわたくしがいないところでマリーナが来てしまった場合が怖いのです」

 

 たしかにリーゼがいなければ今頃はマリーナに連れ去られていたであろう。そういう意味ではリーゼが側にいるというのはとても心強い。幸い明日から二日間は休日で予定といえば配信くらいしかないので都合がいいと言えばいいのだ。

 なにより、責任を感じてすがるような目で訴えてくるリーゼの提案を断るのは心苦しい。

 

「それじゃあ、よろしくねリーゼさん」

 

 私の言葉を聞いて安堵したように表情を明るくするリーゼを見て不安だった気持ちが少しだけ和らぐのを感じていた。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 ご飯にする?お風呂にする?それとも……

 さて、リーゼの滞在が決まったので色々と準備をしなくては。

 ご飯にお風呂に……あとは着替えか。

 

「そういえば、リーゼさん替えの服とかは……ないよね?

 うーん、サイズが小さいってことはないだろうし、とりあえず私の着てもらおうかな」

 

 明らかに手ぶらで現れたリーゼは聞くまでもなく着替えなど持ってきてはいないであろう。さすがにドレス姿でそのまま過ごしてもらうわけにはいかない。ヒールを脱いだ姿だと身長差は15㎝程だろうか、私の服だとリーゼにとっては少し大きいかもしれないが小さいよりはましだろう。

 

「まお様の服を貸していただけるなんて……」

 

 何やら感動しているらしいリーゼの反応を横目にクローゼットの中身を思い返しどれにしようか思い悩む。

 

 あんまり着古したのを渡すのも申し訳ないし……。

 リーゼみたいなお嬢様ならジェラケピとか似合うんだろうなぁ。

 そんなものは当然ないんだけど。

 

 そういえばアレがあったな……、でも……いや……。

 思わずそれを着たリーゼを思い浮かべる。……正直見たい。

 

 よし、と頷いて立ち上がる。そうなれば着替えは後回しだ。

 

「それじゃお風呂の準備しちゃうから少し待っててね、すぐに入れると思うから」

「いきなり押しかけてしまったのに、何から何までありがとうございます」

「私の事を心配してくれて、実際助けてもらったし。それのお礼ってことで、ね。」

 

 あんまり気にしないでと微笑みかけ、お風呂の準備に向かう。浴槽と浴室を軽くシャワーで洗い流しお湯を貯めていく、お嬢様には手狭かもしれないがそこは仕方ない。

 さて、あとはご飯の支度をしなければ。途中で何か買ってくればよかったとは思うが、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったのだ。

 

 部屋に戻ってキッチンに向かいながらどこか手持ち無沙汰に見えるリーゼに声をかける。

 

「ご飯はどうする?お腹すいてる?」

「えっと、少しだけ」

「作り置きばっかりで口に合うかは自信ないけど、食べられないものとかはある?」

「大丈夫だと思います」

 

 食文化の違いもあるけど、まぁいきなり納豆とか出さなきゃ大丈夫かな?

 冷蔵庫からいくつか作り置きのおかずを取り出す。いつもなら適当に温めて皿に盛るか容器ごといくところだが人に出すのだからそういう訳にもいかない。

 二人分の食器を用意していたところで浴室の方からお湯が貯まったという機械音のメロディーが流れてくる。

 

「それじゃお風呂どうぞ、着替えとタオルは脱衣所に置いておくから、何かわからない事とかあれば声かけてね」

「そんな、まお様より先に……」

「はいはい、いいからいいから」

 

 遠慮しようとするリーゼを軽くあしらい脱衣所へと送り出し、少し間を開け頃合いを見て着替えとタオルを置いておく。

 

「これ使ってね」

「あ、ありがとうございます」

 

 浴室からくぐもった声が返ってくる。

 ふふ、リーゼはどんな反応をするだろうか。

 

 それからしばらくして一通り夕食の支度が終わり、あとは温め直すだけといったところでか細い声で呼ばれてることに気付きそちらへと顔を向ける。

 

「ま、まお様、その、この服は……」

 

 そこには茶色のリラックスしたクマの着ぐるみパジャマを着た美少女が立っていた。

 お風呂に入り血色がよくなった以上に頬を赤く染めこちらをジッと見つめてくるリーゼ。

 

 か、かわいすぎる。我ながら恐ろしいものを生み出してしまったと自画自賛してしまうほどだ。

 もともとは(しず)から冗談半分に送られてきて数回着たっきりだったソレは新たな主人を得て輝いて見える。

 

「ふふ、とてもかわいいよ」

 

 からかうように、しかし本心からの感想を述べるが、リーゼはますます顔を赤くするだけで恨めし気な視線はこちらから外れない。

 

「それじゃ私もお風呂入ってこようかな、上がったらご飯にしましょう?」

 

 その視線から逃げるように手をひらりと振り脱衣所へと向かう。

 あまりリーゼを待たせるのも悪い気がして気持ちいつもより短めの入浴を済ませ、ほかほかな気分で部屋に戻るとちょこんとソファーの上に座っている茶色いかわいらしい生き物(リーゼ)が目に入る。

 つーんとこちらを見てこないそんな様子もかわいらしく、小さく笑いを漏らしながらご飯を温め直しテーブルへと運んでいく。

 

「まお様は普通のパジャマなんですね」

「私にはすこし可愛すぎるからね」

 

 実はクローゼットには色違いの白があることは黙っておいたほうがよさそうだ。

 そんなやりとりをしているうちに二人分の夕食がテーブルの上に揃う。

 

「それじゃ、いただきましょうか」

「いただきます、これがまお様の手料理……それを口にする時が来るとは」

 

 一応リーゼのためにフォークも用意しておいたがそんな気遣いは不要だったようで、箸を手に取るリーゼを見守る。

 大げさな言葉を残しながら蒸し鶏サラダを口に運び、味わうように目を閉じるリーゼ。

 そして、ぱちりと目を開きもう一口、二口。

 

「おいしい……」

「お気に召したようでよかった」

 

 こぼれ出た感想を聞いて一安心し、自身も夕食に手を付け始める。

 普段一人で食べてるときよりも美味しく感じたのは気のせいではないと思う。

 

「ふぅ、少し食べすぎたかも……」

「本当に美味しかったです」

 

 何を食べても美味しい美味しいと言ってくれるリーゼにつられて箸が進んだ結果、いつも以上に満足感を得て空になった食器たちを一緒に片付ける。

 

 片付けが終わった後は眠くなるまで配信についてや黒惟(くろい)まおについての話を色々聞かせてもらった。語らせたらすぐに暴走しはじめるリーゼを何度か止めながらも初期から推してくれていたらしい相手の言葉はとても嬉しく、こんな出会いを生み出してくれたマリーナに少しだけ感謝してもいいかなと思うのであった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 負けられない戦い

「ッ……」

 

 ジリジリと追い詰められ気付けば絶体絶命……。

 ギリッっと相手を睨みつけるが相手は余裕の笑みを携えているように見える。

 完全に油断していたとはいえここまでボロボロにされるとは思っていなかった私の落ち度だ。

 

 せっかくリーゼがいてくれてたのに……。

 心配する彼女にそんなに心配しなくても大丈夫だと笑って済ませてしまったのを思い返す。

 こんな情けない姿を見せてしまっては幻滅されるだろうか? 

 

 せめて一矢報いようと覚悟を決めて一歩を踏み出す。

 

 しかし、そんな行動も読まれていたのか(あざ)笑うかのようにこちらの一撃は回避され。

 

 ──あぁ、ダメだったか……。

 

 次の瞬間、衝撃と共に世界が暗転した。

 

 

 

【スパブラ】リスナーと語り合う、拳で【黒惟まお/魔王様ch】

 

 いいところなく撃墜されてしまった自キャラを見届け、ふぅと息を吐く。

 

「MRNさん対戦ありがとう」

 

 :ああ! 

 :うっま

 :ボコボコだったなぁ

 :GG

 :ナイファイ! 

 

 リーゼと共にすっかり夜更かしをしてしまった翌日、配信をするか思い悩んでいたが「是非配信してください!」と前のめり気味に言われ予定通り配信を行うことにした。

 そう言ってくれた彼女は隣の部屋でこの配信を見てくれていることだろう。

 

 最近は雑談配信ばっかりだったので久しぶりのゲーム配信、リスナーとの交流もしたかったのでリスナー参加型の対戦格闘ゲームの『スパブラ』である。

 

 NTD社の人気キャラクターだけではなく他ゲーム会社の人気キャラクターたちも一堂に会して大乱闘を繰り広げる。昔から続く大人気ゲームシリーズのひとつであるが、インターネット対戦が容易にできるようになった近年では配信者の間でもリスナーとの対戦が人気コンテンツになっている。

 

「次の対戦相手はああああさん? なるほど、使用キャラは勇者か。対戦よろしくたのむ」

 

 :魔王vs勇者きちゃ! 

 :なお魔王側は魔王ではない模様

 :魔王(魔王ではない)

 :悪魔vs勇者かぁ

 

 コメント欄は魔王vs勇者ということで盛り上がりを見せている。スパブラ配信は何回かやっているが数人は元々の持ちキャラなのか面白がってか、この対戦カードが度々生まれるのだ。

 しかし、かくいう私は別に魔王キャラを使っているわけではなかったりする。一応、魔王キャラはいることはいるのだが、いかつくて必殺の一撃をドリャー!! と叫ぶようなおじさんを使うよりは美少女を使いたい。

 

「勇者よ、見事我を打倒してみせるがよい」

 

 対勇者戦でお約束になっているセリフを言い放ち対戦をスタートさせる。

 

「っと、よし」

 

 序盤は隙の少ない攻撃を振りながらリーチの長さを生かしてダメージを蓄積していき、スムーズに撃墜まで運んでいく。

 

 :とりあえず空Nと空前擦る魔王様

 :魔王のくせに立ち回りが堅実すぎる

 :リーチの暴力すぎる

 

「堅実に立ち回って何が悪い、ええい、うるさい、魔槍で刺してやろうか」

 

 :ヒェッ

 :槍より斧のほうがいい

 :すごく痛かったぞ

 :刺されたニキは成仏して

 

「あっ、まずっ」

 

 ちらりと別モニターに映しているコメントを見て突っ込みを入れてる隙にこちらも撃墜されてしまう。

 

 :かいしんのいちげき

 :コメント見てないで集中してもろて

 :あーあ

 :いまのは、メタゾーマではないメタだ

 :勇者は魔王だった!? 

 

「くっ……、やるではないか勇者よ」

 

 お互いの残機数がひとつになって後がなくなり、ダメージが蓄積していく。

 

 :一撃入れたほうが勝ち

 :見てる方がハラハラする

 :いけー! 

 :これはいい戦い

 

「崖で我に敵うと思うてか!」

 

 飛ばし飛ばされ壮絶な崖の奪い合いの末に蛇腹の剣が勇者を捕らえそのまま入れ替わるように叩き落す。

 

 :メテオ決まった!! 

 :GG

 :ナイスゥ! 

 

「勇者よまた強くなって挑戦しに来るがよい。ああああさん対戦ありがとう」

 

 :崖に強い女

 :崖っぷちの女? 

 :崖っぷち魔王? 

 

 なんとなく釈然としない言われようだが勝ちは勝ちだ。

 

「次の対戦者は、さえないおとうとさん対戦よろしく頼む」

 

 :あっ

 :あっ

 :弟……緑……うっ頭が

 :兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ!! 

 

 相手のキャラはNTD社の看板兄弟の緑の弟の方。コメントがざわついているのは有名な即死コンボがあるからであろう。

 

「初見ならともかくそうそう即死コンなんてあたら……」

 

 なんて言いながらとりあえず掴まれないようにジャンプしながら牽制技を振る。

 あっこの人強い、最初の立ち回りでそう感じた時には掴まれ、コンボが始動し抵抗空しく即死コンボが完遂される。

 

「あっ! まずっ、えっ、私いま、ずらしたって!」

 

 :フラグ回収はやすぎる

 :GG

 :RIP

 :私助かる

 :あざやかすぎる

 

 そして、そのあとも即死コンボは食らわなかったが立ち回りに翻弄されストレート負け。

 

「さえないおとうとさん対戦ありがとう」

 

 :これはプロの犯行

 :RTAかな? 

 :勇者は弟だった

 :さえないとはいったい

 

「気を取り直して次に行こうか」

 

 何も言わずにキャラを変更する。

 

 :魔王キター! 

 :魔王おじさんきちゃ! 

 :パワー!! 

 :DORIYAH!! 

 

 やはり力こそパワー、魔王としての威厳を見せつけなくては。

 

 そのあと滅茶苦茶ドリャー!! した。

 

 




※スマ〇ラはよわよわ動画勢なので違和感があってもご容赦ください。

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 歌って話す

 心配していたマリーナからの接触もなく休日二日目を迎え、予定通りに配信の告知をSNSで行う。

 昨日はゲーム配信をやったので今日は歌枠とそのあとに雑談の予定だ。

 

 告知に先立ってリーゼにも同じことを伝えると「まお様の生歌……」と呟いてしばらく放心状態になってしまった。お手製とはいえしっかり防音している隣の部屋だとあまり聞こえないのでは? と思ったが放っておいて配信部屋へと向かう。

 

 このお嬢様可愛らしい見た目とは裏腹に言動は大人びているとは思っていたが、私の前というか黒惟(くろい)まおの事になると、言葉を選ばずに言ってしまえばポンコツになってしまうらしい。

 それだけ慕われていると思うと、悪い気はしないがどうにも気恥ずかしさがある。

 

黒惟まお@魔王様Vtuber@Kuroi_mao

今宵は歌と少し雑談をしようと思っている

リクエストがあればリプしてほしい

※ただしビームはしないのでそのつもりでいるように

 

『まおビーム助かる』

『まおビームやったー!』 

『まおビームから逃げるな』

『まおビームください』

『まおビームありがとうございます!』 

 

 だから歌わないって言ってるだろう。

 もはやお約束になっているやりとりにくすりと笑い、目についた返信にハートマークをポチポチと送っていく。

 

 いくつかちゃんとしたリクエストも届いているな、オケは……これはあるか。

 リクエストに届いている曲名をメモしてオケや権利諸々のチェック、いくつか歌えそうなものをピックアップしていく。それらの曲をBGMにして配信のサムネイル作りをして配信枠の設定っと……。

 

 ヘッドホンから聞こえてくる曲に合わせて歌を口ずさみながら作業をしていると、ふと視線を感じて入口のほうへと顔を向ける。

 すると、開けっ放しにしていた扉の隅からこちらを覗き込むリーゼと目が合った。

 

「どうかした?」

「あっ、いえ、えっと、失礼いたしました!」

 

 まるで悪いことをしているのが見つかってしまったように隠れるリーゼを見て思わず笑ってしまう。

 配信枠の設定も終えて、いつもなら軽く声出しがてら歌うところだが……。

 

「リーゼさん、これから軽く声出しするから扉閉めてもらってもいい?」

「はい! はい……」

 

 呼びかけると待ち構えていたようにすぐに声が返ってくる。この分だとあれからもずっと扉に隠れてこちらの様子を伺っていたのであろう。用件を告げると最初の返事とは打って変わって元気のない声が返ってきて、そのわかりやすさが面白い。

 

「よかったら聞く?」

「はい!」

 

 配信中は同じ部屋に入れるわけにはいかないのでせめてこれくらいは、ね。

 ただ、直立不動でこちらへじっと熱い視線を送るリーゼの前で歌うのは思った以上に恥ずかしかった。

 

「そういえば、リーゼさんは何かリクエストあったりする?」

 

 

……まおビーム

 

 ボソっと消え入りそうな声で呟かれた単語が耳に入ってくる。

 なんというか、様式美(おやくそく)をわかっているお嬢様である。

 

「何か言った?」

 

 こちらも魔王モードの声色で睨んであげると、ふるふると首を振りながら部屋から逃げていくのであった。

 

────

 

【歌枠とプチ雑談】歌って話す【黒惟まお/魔王様ch】

 

 :歌枠待機

 :まおビーム待機

 :まおビーム聞きに来ました

 :まおビーム会場はこちらですか? 

 :まお……まお……

 

 待機画面からしてこの有様だ。ほんとこやつらのノリの良さといったら……。

 

「はいはい、こんまお。聞こえているか?」

 

 :こんまおー

 :ヌルっとはじめるな

 :聞こえてるよー

 :やさぐれまお様助かる

 :ちゃんと挨拶してもろて

 

「今宵も我に付き合ってもらうぞ? 魔王の黒惟まおだ」

 

 :キャーまお様ー! 

 :これは初期まお

 :黒惟まお見つかる

 

「というわけで今宵は一時間程歌ってから軽く雑談をしようと思う。

 たくさんのリクエスト感謝している、が。

 例の曲をリクエストしてきた者は後で覚えておくように」

 

 :あっ

 :やべっ

 :何の曲かなー? 

 :ビ、ビ……

 

「ちゃんと全員チェックしているからな、あとこやつは晒上げの刑だ」

 そういってSNSのスクリーンショットを一枚配信画面に表示する。

 

返信先: @Kuroi_maoさん

魔王様の歌枠やったー! 

お忙しい中本当にうれしい! 

BGMにして仕事頑張る! 

イモ

ムリ

 

「Bを使っているのが小賢しい上に、やるなら最後までやりなさい。

 まぁもし仕事中なら歌でも聞いて頑張るといい」

 

 :草

 :それ見たわ

 :たしかにBはオシャレ

 :休日出勤ニキファイト

 :デレまお助かる

 

「そんな訳で歌っていく、一曲目は──」

 

 配信ソフトとミキサーを操って歌枠用の設定に切り替える。

 初期は誤魔化しの効かない配信で歌うのは自信もなくて、あまり得意ではなかった。

 それでも、こんな私の歌でも好きだと言って聞いてくれる。

 そんなリスナーたちと一緒に過ごしていくうちにそんなことは気にならなくなった。

 

────

 

「ふぅ、今日はこんなところか」

 

 予定通り一時間程歌って、ペットボトルに入った水で喉を潤す。

 

 :888888888

 :おつかれさまー

 :今日もいい歌枠だった

 :ビーム……どこ……? 

 :なんか今日まお様ご機嫌? 

 

「ん? あぁ、最近あまり配信できてなかったからな。

 昨日今日と配信できて気分はいいのかもしれない」

 

 そんなにわかりやすく声に出ていただろうか? 

 しかし、ちらほらと似たようなコメントがある以上それなりに出ていたのであろう。

 自然な流れでそのまま配信画面を雑談用のものに切り替える。

 

 :リスナーをボコボコにしてスッキリしたと

 :語り合い(物理)

 :ドリャー!! が効いたか

 :連日配信助かる

 :毎秒配信して

 :忙しいのは落ち着いた? 

 

「忙しさは落ち着いたが、まだこの先どうなるかはわからない。

 しばらくは当日の配信告知になってしまうと思う。すまないな」

 

 リーゼのこともあるし、確かなことは言えないしなぁ……。

 なんとかうまく収めて普段通り配信できるように頑張らなくては。

 

 配信をしているとやっぱりこの時間と空間が好きなんだと実感する。

 結局プチ雑談と言いつつ、気づけば歌った時間以上にリスナーとの交流を楽しんで配信を終えた。

 

【黒惟まお/魔王様ch】:思った以上に話し込んでしまったな、楽しませてくれてありがとう

 

 :おつまおー

 :こちらこそありがとうー

 :次の配信待ってるよー

 :おつまおー★ミ




知らない人向けのプチ元ネタ解説

〇〇ビーム:歌枠や歌ってみた動画で大人気の楽曲『ファ〇サ』曲中の一部歌詞をモジって歌うこと

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 招かれざる客

「お昼は冷蔵庫に入ってるから温めて食べてね」

「ふぁい……」

 

 朝食を前に眠そうに欠伸を噛み殺しながら返事をする姿を見て思わずくすりと笑ってしまう。

 休日であった二日間は共に夜更かしをして昼前に起きるという生活だったのだが、どうやら私と同じく夜型の人間で朝は苦手らしい。

「寝ていてよかったのに」と告げても半分寝ている声で「起きまふ……」と言いながらふらふらと後ろをついてくる姿は、普段のお嬢さま然とした言動とはかけ離れていて見ていて面白かった。

 

「まお様。やはり、お一人で行かれるのは……」

「昨日の夜に話したでしょ? 仕事を休むわけにはいかないし」

 

 休日が終わってしまい、仕事に行かなくてはいけないと告げた時はどうしても心配だと引き止められてしまったがこればかりはどうしようもない。まさか職場にリーゼを連れていける訳もなく、せめて少しだけでも近くでと言われてもこちらの生活に慣れてなさそうで容姿が目立つ彼女をひとり外で待たせるというのはかえってこちらが心配だ。

 

「この前と違ってリーゼさんが味方になってくれてるし、マリーナさんも下手に動けないんじゃない?」

「たしかにそれはそうですが……」

 

 手早く朝食をとってしまい、出かける準備を整える。

 

「何かあれば私からも連絡するし、タブレットで連絡してね」

 

 連絡用にとリーゼ用に設定してあげたタブレットを渡してあるので連絡がつかなくなるということはないだろう。

 

「それじゃ、いってきます」

「いってらっしゃいませ、お気をつけて」

 

 普段は気まぐれに一人でも言っていた言葉に返事があることがなんとなく嬉しい。

 それから会社に着くまでに何度もメッセージが届き、その多さにどれだけ心配されてるのかと思わず笑ってしまうほどだった。

 

 リーゼ:お昼ごはん大変おいしかったです。変わりないですか? 

 まお:それはよかった、こっちは変わりないよ。これからお客さんと打合せに入るから頻繁には返事できないかも。

 リーゼ:わかりました。

 

 お昼休憩を終えリーゼとのやりとりを切り上げて打合せ場所へと向かう。

 なんでも新規クライアントらしく今日はわざわざ顔合わせと軽い打ち合わせをしに来ているらしい。予め渡されている資料によると新規事業立ち上げに伴う~とあるのでうまく行けば大口の顧客になるであろう。

 今持っている案件に加え新しいものが増えるとなると時間が……、と思わないでもないが。仕事は仕事だ。

 目的の部屋の前に到着し軽く身だしなみを見直してから三度ノックして入室する。

 

「失礼します、担当の──」

 

 ドアを開けて軽く一礼をして室内へと目を向ける、先に同席していた上司が目に入り、そして対面に座っている人物を見て身体が固まる。

 

「あら、あなたが担当なのね? よろしくお願いいたしますわ」

 

 白々しくそんな挨拶をしてくる女性、マリーナがそこにいたのだ。

 

「……よろしくお願いいたします」

 

 ひどくぎこちない動作で名刺を交換し席に座る。そんな様子を怪訝そうに上司からは見られていたのだがそれどころではない。悲鳴を上げて逃げ出さなかっただけマシだと思って欲しい。

 

「──ですので我々としては……」

 

 上司とマリーナが何か話しているが内容がまったく入ってこない、話を振られても曖昧に相槌を打つのが精一杯だ。

 

「では後は彼女とお話させていただきますわ」

 

 もともとそのような話になっていたかのように自然な流れで上司が退室していき、パタンと小さな音を立ててドアが締まり二人きりになってしまう。

 

「……いったいどういうつもり?」

「今日は逃げないでくださって助かりますわ」

「何かしたらすぐにでも人を呼ぶから」

 

 前回とは違って周りにはいくらでも人はいるしここから連れ出す事なんて不可能だ。

 念のためいつでも連絡が取れるようにギュッとスマホを握りしめる。

 

「手荒なことはいたしませんからどうぞご自由に、本日はお話とお願いをしに来たのですわ」

「どうだか……、お願い?」

「近い将来、今代の魔王を継いでいただきたいのです」

 

 何を言っているんだこの人は。

 

「……ふざけてるの?」

「いいえ、魔王様」

「それともからかってるの?いい年して魔王なんて名乗って配信してる、痛い女捕まえて特定までして」

 

 好きでやってることなんだから放っておいて欲しい。

 私は痛い女かもしれないが誰にも迷惑はかけてないという自負はある。

 リアル特定なんて配信者にとっての最大限のタブーを犯してきた相手に対する怒りがこみ上げてくる。

 

「いいえ、現魔王であるクラウヴィッツ様の命を受けてのものですわ」

「じゃあ、その魔王様とやらに現実と空想の見分け方を教えてあげたほうがいいんじゃない?」

「……やはり、こちらの世界については何もご存知ないのですね、その空想こそが現実なのですよ」

 

 仕方ないといった様子で肩を竦めたマリーナがこちらに手を差し伸べてきたので思わず身構えてしまう。

 

「……なに?」

「この手に触れてくださいませ、それで理解していただけると思いますわ」

「それで何もなければ、金輪際私に関わらないで」

「お約束しましょう」

 

 取引先なんて知ったことか、これで終わりにしてしまおう。

 何も起こるはずはないと思いつつも、いきなり手を掴まれる事も想定してゆっくりと指先で手に触れる。

 

『いかがですか?』

「何も起きないじゃない」

 

 やっぱりからかわれただけだったのだ、これ以上は付き合ってられない。

 

『からかってなどおりませんわ』

 

 だから、もうふざけるのも……。

 

『ふざけてもおりません』

 

 カッとなって声を荒らげそうになって違和感に気付く。

 マリーナは目の前にいるはずなのにその声はどこか別の場所から聞こえてくるような気がしてしまう。そう、まるで脳内に直接響いてくるような……。それにこちらが声に出す前に返事が聞こえてくるのだ。

 

 な、なにこれ……。

 

『貴女の魔力を通じて言葉を届けているだけですわ。

 まだ慣れていらっしゃらないのでこうやって触れる必要がありますが』

 

 今までに感じたことのない感覚にぞくりとして思わず触れていた指先を離す。

 

「お話聞いていただけますか?」

 

 今度はきちんと目の前から声が聞こえてきて、にっこりと笑みを深めるマリーナの顔を見れば頷く他なかった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 魔族と願い

「……あなたは何者なの?」

「そうですね……、時代によって様々な呼ばれ方をしましたが。

 ……魔族、というのがわかりやすいでしょうか。魔力の扱いに長けていて、人間より長生き。

 おおよそ想像通りの者だと思ってもらって構いませんわ」

 

 魔族……。今まで空想上のものだと思っていた人物が目の前にいる。とても信じられるものではなかったが先ほどの出来事によって強く否定できない。

 

「それじゃあ、リーゼさんも魔族でその父親が魔王ってこと?」

「ええ、魔王クラウヴィッツ様の一人娘が、エリーザベト・フォン・クラウヴィッツ様です」

 

 貴族っぽいしお姫様みたいとは思っていたが……、王女様だったなんて。

 

「でもそれなら継ぐのはリーゼさんじゃないの?」

「本来ならそのはずでしたわ。しかし、とある魔王が現れて状況が変わってしまったのです」

「それって……」

「魔王黒惟(くろい)まお、貴女の事ですわ」

 

 待ってほしい、どうしてそこで黒惟まおの話になるのか。確かに魔王と名乗ってデビューして活動はしているが、こっちはただの一般人だ。

 

「ただの配信者がそんな影響を与える訳……」

「自覚はないでしょうけど、貴女の纏う魔力のせいですわ。

 先代魔王のものによく似ているのです。わたくしも驚きましたもの。

 それにデビュー時のセリフ……信じる者がいてもおかしくありませんわ」

「魔力って……、そんなの一般人の私が持ってるわけ……。それにセリフ?」

 

 思い返してみようとするがデビュー配信なんて恥ずかしくて見返せるわけもなく、ただただ緊張していたことしか思い出せない。

 

「我の名は黒惟まお、とある世界で魔王をやっていたのだが……」

「わっ、やめてやめて!思い出したから」

 

 突然黒惟まおの声色を真似てセリフを口にするマリーナを慌てて止める。そうだ、たしかにそんなことを言ってた。あの時は緊張しすぎてとにかく魔王になりきって、思い浮かぶ言葉をそのまま口にしていたのだ。

 

「セリフなんてそんなのただの偶然なのに……、つまり私がその魔王だと思われてる?」

「そういう声もありますわ。他には転生したのではないか、血縁者ではないのかといったものも」

「そんな訳ないじゃない……、それでどうして私を本物の魔王にするなんて話になったの?」

「きっかけは活動一周年グッズですわ」

 

 ん?この話の流れ前にもあったぞ?

 

「ちょっと待って、まさか直筆サインが原因なんて言わないでしょうね?」

「お察しの通りですわ」

「えぇ……どういうことなの……」

 

 ついこの間、直筆サインのせいで特定されてしまったのではないかとリーゼと話した内容が頭によぎる。でも、それでどうして魔王になるのか話が見えてこない。

 

「配信から感じ取れる魔力は僅かなもので感じ取れる者も限られておりますわ。

 ですから、わたくしたちも大事にならない限りは静観しておこうと思ったのです。

 しかし、直筆サインによって半信半疑だった者も貴女の魔力に触れることが出来てしまった。

 望む望まないに関わらず、次期魔王へと祭り上げられるのも時間の問題でしょう。

 なので魔王になっていただき、然る後にリーゼ様へと継いでいただきたいのです」

 

 まさか、あの直筆サインがそんなことになるなんて……。いや、そんな魔力なんて込めたつもりは一切ないのだが。おそらく特定されたのも業者から情報が漏れた訳ではないのだろう。

 

「嫌だと言ったら?」

「そのときは黒惟まおという魔王はいなかった……。というお話になるだけですわ」

「つまり、活動を続けたいなら従えと」

 

 そんなのふざけるな!と言ってやりたい。なんでそんな事でやめなくてはいけないのか。

 しかし、マリーナの話を信じるならば、黒惟まおとして活動をしている限り逃れられないのであろう。

 

「今すぐに継いでいただくという話ではございません。貴女がこちらの陣営であると示すことができれば時間はいくらでも作れますわ」

 

 そんなことを言われてもあまりに想定外のことで簡単に頷くことも断ることもできない。

 

「もし頷いたとして私は何をすればいいの?今まで通り活動するって訳ではないんでしょう?」

「配信自体はこれまで通りしていただいて結構ですわ。ただし、わたくしが立ち上げる事務所所属という形で」

「事務所……?」

 

 思わぬところから出てきた単語に反応してしまう。

 

「わたくしの立ち上げる事務所所属となれば、こちら側の陣営であることは明白ですわ。

 貴女にとっても悪い話ではないと思いますが……」

 

 それはたしかに魅力的ではある。もしかしたら、企業に所属しようとしていたという話も彼女の耳には入っているのかもしれない。

 

「それは……」

「契約内容についてはそちら側の条件を尊重させていただきますわ。所属していただくのが目的ですもの」

 

 正直、喉から手が出るほどに望んでいた話だ。魔王云々関係なしにかなり心が揺れ動いている。

 

「さて、これ以上長引かせても怪しまれてしまいますし。話したいことは話せましたわ」

 

 手元の資料を軽くまとめ始めたマリーナを見て、時計へと目を向けると思ったよりもずいぶん時間が経ってしまっている。

 

「お返事はなるべく早いと嬉しいですが、すぐにとは言いませんわ。名刺の連絡先まで、いいお返事をお待ちしております」

「リーゼさんはどこまでこの話を知っているの?」

「お嬢様にはほとんど伝わっていないはずですわ。今の状況は想定外でしたもの」

 

 部屋で帰りを待つリーゼの事を思い浮かべる。これまでの話からすると彼女も私を本物の魔王だと信じているのであろう。

 資料をまとめ終え立ち上がったマリーナに続いて立ち上がり、ずっと思っていた疑問を投げかける。

 

「……どうして私なの?」

「それはわたくしにもわかりませんわ。ですが貴女が、そして黒惟まおが選ばれるに足る存在だと。わたくしはそう思っていますわ」

 

 それは答えになっていない言葉ではあったが、今までの活動が認められたような気がして少しだけ前向きに捉えることができた。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 告白

 まお:これから帰るね

 リーゼ:お疲れさまでした! お気をつけて! 

 

 打ち合わせが終わった後は特に何事もなく一日の仕事を終え、メッセージを送る。結局、リーゼにはマリーナが現れたことは言えずにいた。話の内容はともかく特に危険があったわけでもないし心配させたくないからだ。と自分に言い訳をしているが、実際のところリーゼとどのように話していいのか、自分のことを本物の魔王と信じ込んでいるであろう彼女とどう接していいのかわからなくなってしまったのだ。魔王の娘であるリーゼがここまで慕っていてくれるのは、ひとえに黒惟(くろい)まおが魔王であるからであろう。

 

 それが魔王を名乗っているただの配信者(いっぱんじん)なんて……。

 それを彼女が知ってしまったらどう思うだろうか。

 

 『結局ガワだけなんだよな』

 

 いつしかSNSで見かけた言葉が脳裏に浮かんでしまう。

 配信者としても、魔王としても、結局中身が伴っていないなんて……。

 そんな私が本物の魔王になる?たちの悪い冗談にしか思えない。

 でも黒惟まおとして活動を続けるには受け入れるしかないような状況なのだ。

 

 電車に揺られながらこれまでの事とこれからの事を考えるがどうしても思考はネガティブに寄っていってしまう。そんな考えを振り切るようにスマホを取り出しSNSの画面を開いてメッセージを入力していく。

 

×
(ツイートする)

月曜日を乗り切った勇者たちよ褒めてやろう

まだ戦っているものは健闘を祈っているぞ

今宵は作業があるため配信はできないが

土日の配信を見ていないものは見てくれると嬉しい

 

わたしはどうしたらいい?

 

 いつもならすんなり入力できる文面も思ったように入力できていない気がする。

 何度も文面を直してようやくいつもの黒惟まおらしい文章が出来上がる。

 そのまま送信してしまえばいいものの心の声を誰かに聞いてほしくて、余計な一言を入力しすぐに消していく。

 

黒惟まお@魔王様Vtuber@Kuroi_mao

月曜日を乗り切った勇者たちよ褒めてやろう

まだ戦っているものは健闘を祈っているぞ

今宵は作業があるため配信はできないが

土日の配信を見ていないものは見てくれると嬉しい

 

 別に配信しようと思えば出来るのだがこのようなメンタルで配信すればろくなことにならないのは目に見えている。作業をしなきゃいけないのは本当だし……。

 

 いつもなら返ってくる反応を嬉々として眺めていたのだがそんな気分にもなれず、ぼうっとSNSの画面を眺めていると危うく降りる駅を乗り過ごしてしまいそうになり慌てて降りる。そこから家に帰るまでの足取りもどこか重たい。

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ!」

 

 鍵を開けてドアを開ければ小さな足音を立てながら出迎えてくれるリーゼが現れる。

 その恰好は初日に渡したリラックスしたクマの着ぐるみパジャマで、最初はなんだかんだ恥ずかしがっていたのだがすっかり慣れたらしく気に入ってる様子だ。

 

「すぐにご飯にしようか」

「はい!お手伝いいたします」

 

 魔王の娘とは思えないほどに献身的な姿は微笑ましいが心にどこか引っ掛かりを覚えてしまう。

 

「まお様なにかありましたか?」

「え?仕事でちょっとね」

 

 嘘は言っていないし仕事だと言えばそれ以上は追及されないだろう。

 心配そうにこちらの顔色を窺ってくるリーゼに気にしないでと笑って見せ、着替えてくるからと先にキッチンへと向かわせる。

 

「リーゼさんの方は変わりなかった?」

「こちらは特に何も」

「暇だったんじゃない?」

「まお様のアーカイブを見ていたので……」

 

 着替えを終えてキッチンに並び立って話しながら夕食の準備を進めていく。渡したタブレットで私の配信を見返していたというリーゼの「あの配信はよかった……」「またこのゲームをやってほしい」なんて感想を聞いてるうちに夕食の準備は終わり二人でテーブルを囲んだ。

 

「そういえばリーゼさんはどうやって私の事を知ったの?

 たしかマリーナさんがきっかけって言っていた気がするけど」

「はい、マリーナがお父様と話していたのを耳にしたのです。

 それにこちらでもまお様は話題にあがっていましたから」

「それは、魔力のこと?」

 

 食事を進めながらなんでもない話題として探りを入れてみる。

 ここでリーゼから「魔力?なんのことですか?」なんて反応が返ってくれば……。

 

「はい、その、わたくしも驚きました」

 

 そんな希望はあっさりと打ち砕かれてしまう。

 

「リーゼさんは私の正体に興味がある?色々と言われているみたいだけど」

「ないと言えばそれは嘘になってしまいますが、今となってはどうでもいいのです。

 まお様が何者であろうと、その、わたくしの憧れの魔王様であることは変わりないので……」

 

 まるで秘めていた気持ちを告白するように頬を赤らめ恥ずかしそうに言葉尻を弱めてしまうリーゼの言葉にこちらまで恥ずかしくなってしまう。

 

「どうしてそこまで?」

「どうして……。確かに最初はまお様のお姿と魔力に惹かれました。でも、配信を見ていくうちに……同じ時間を過ごしていくうちに色々な面が見えてきて……この人の力になりたい、もっと沢山の時間を共に過ごしたいと、そう思うようになったのです。そういうものではないでしょうか」

 

 頬ばかりか耳まで真っ赤にしてしまったリーゼはとてもかわいらしく告げられた言葉は真っすぐでスッと心に溶け込んでいく。

 そうだ推しなんてそんなものだ。結局小難しい理由なんてうまく言葉にできなくて、気づいたら推しになっている。配信者になってから、数字に思い悩んだころから。いつのまにか忘れてしまっていた好きなものを純粋に応援したいという気持ち。

 

「ふふ、まるでプロポーズね」

「えっ、あっ、いえ、わたくし……」

 

 からかうように声をかければわかりやすく慌てる様子が面白く、くすくすと笑いを漏らす。

 

「ありがとうリーゼさん」

 

 こんなに素敵なファンがいるのに何を思い悩んでいたのだろうか。そう思うと無性に配信がしたくなってくる。ちょっとしたことで喜び、笑って、楽しい時間を共有してくれるリスナーたち。

 そんな人たちのためなら何だってやってやろう。こちとら元々魔王を名乗って活動を始めた痛い女だ、本物になったとしても変わらない。

 

 ──そう、黒惟まおは魔王なのだ。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 決意と報告

「実はね、今日マリーナさんが来たの」

 

 夕食の片付けも終わり紅茶を淹れソファーに座ってのんびりとした時間が流れ出した頃、意を決して話を切り出した。

 

「マリーナが!?」

 

 何かを感じ取ってこちらに向き直ったリーゼが私の口から出た言葉に驚きの表情を浮かべる。

 

「ええ、新しい顧客との打ち合わせだと思ったら、ね。それがマリーナさんだった」

「どうしてすぐに言ってくださらなかったのですか?」

「危ないことはなかったし、リーゼさんに心配かけてしまうかと思って……、それにどうやって話したらいいかわからなかったの」

 

 驚きから困惑へと表情を変えたリーゼが眉尻を下げて問いかけてくると申し訳なく思ってしまう。きっととても心配しているのだろう。

 

「それでマリーナはなんと?」

 

 私はマリーナから聞いた話を説明していく、リーゼの父親のこと、黒惟(くろい)まおが現れたことによる影響……そして。

 

「近い将来魔王を継いでほしいって」

 

 真剣な表情で私の話を聞いてくれていたリーゼが、あぁとどこか予測していたような反応を見せ申し訳無さそうに口を開く。

 

「わたくしが不甲斐ないばかりに申し訳ありません……。本来ならばわたくしが継ぐという話でしたのに……」

「そんな、リーゼさんのせいじゃないわ」

「いえ、こちらの世界でも活躍されているまお様が次期魔王にという話があがるのは当然です……。が、ひとえにわたくしの力不足のせいでそんなお願いをしなくてはいけないなんて……」

 

 リーゼが魔王についてどう思っているかは計り知ることはできないが、彼女が将来継ぐはずだった魔王という地位に黒惟まおという存在が現れたせいで余計な横槍が入ってしまった状態だ。文句を言われることはあってもまさか謝られるとは思ってもみなかった。

 

「まお様はどうされるおつもりですか?」

 

 覚悟を決めたはずだったが、改めて聞かれれば答えるのにまだ躊躇いがあるのは確かだ。それでも、決断するきっかけをくれたリーゼにははっきりと答えなければならない。それが黒惟まおとしてこの先もやっていくために必要な覚悟だ。

 

「話を受けようと思っているよ」

 

 まっすぐに相手を見て言葉にする。

 

「それに私のために事務所を用意してくれるって話だもの、チャンスは活かさないとね」

 

 真面目な表情を崩してニコリと笑いかける、念願の事務所所属だ。これまでの苦労を考えればきっかけはともかく嬉しいことには変わりない。

 

「マリーナが事務所を……。わたくしで力になれることがあれば何でも言ってくださいませ」

 

 なにやら考える素振りを見せるリーゼだったが、すぐに私につられるように表情を柔らかくしてそう言ってくれた。

 

「ありがとう。詳しいことはマリーナさんと話し合うことにはなると思うけど、リーゼさんはどうする?」

 

 とりあえずマリーナとの問題が一段落したのだからリーゼが滞在する理由はなくなったことになる。いつまでもここにいる訳にもいかないであろう。というかあまりの出来事に考えることを放棄してしまった節はあるが家出少女を匿っているようなものなのだ。しかも会って間もないファンの子を家に泊めて……、冷静に考えてみるとなかなかにやばい字面である。

 

「あっ、そうですね……。もうわたくしは必要なくなってしまったのですね……」

 

 リーゼも私の言いたいことを察したのか、しゅんと落ち込んでしまう。

 

「そんなことはないけど、この部屋だとリーゼさんにとっては過ごしにくいでしょう?」

「そんなことはありません!」

 

 こちらが最後まで言い切る前に返ってくる言葉の勢いに気圧され思わず身を引く。

 

「ええっと……、そう! マリーナとの話し合いがきちんと終わるまでは何があるかはわかりませんから、それまでわたくしは居たほうがいいと思うのです! その……まお様のご迷惑にならなければ……ですが」

 

 まるで名案だと一息に言い切るが続く言葉は不安そうに語気は弱くなっていき、最後にはダメですか? と言わんばかりに上目遣いで見つめられる。着ぐるみパジャマを着た美少女にそんなことをされれば大抵の人間は抗えないだろう。もとより追い出そうなんてことは全く考えていないので抗うも何もないのだが。

 

「リーゼさんがそう言うなら私は全然大丈夫よ」

 

 ころころと表情を変える様子に小さく笑い声を漏らしながらそう答える。リーゼとの生活は妹ができたようで楽しく、それがもう少し続くことに思った以上に嬉しさを感じていた。

 

 

「それじゃあ、私は隣の部屋で作業しているから何かあれば呼んでね」

「わかりました」

 

 話したかったことも無事に話せて心なしか軽くなった足取りで配信部屋へと向かう。背後ではリーゼがタブレットを取り出しおそらく配信のアーカイブを見始めたのであろう、黒惟まおの声が漏れ聞こえてくる。

 ほんとに好きなんだなぁ……。嬉しくはあるのだがやっぱり恥ずかしい。

 

 そんな事を考えながらゲーミングな椅子に座ってディスプレイへと顔を向ける。

 届いているメッセージをチェックして返信が必要なものを優先度順に整理していく。依頼のメッセージにコラボのお誘い……日程の調整等々……。あとは忘れずに(しず)にも報告のメッセージを入れておかなくては。

 

 

 魔王まお:【朗報】事務所に所属できるかも

 

SILENTが入力中...

 

 忙しいだろうからすぐに反応はないだろうと思っていたが予想に反してすぐに入力中になるのを見てメッセージが表示されるのを待つ。

 

 SILENT:騙されてない? 大丈夫? お母さん心配です

 魔王まお:だれがお母さんだ

 SILENT:黒惟まおのママは私だが?? 

 魔王まお:それはそう

 SILENT:冗談はともかく本当に大丈夫なの? 

 魔王まお:大丈夫、だと思う

 

 ついつい、いつもの調子でやりとりを始めてしまうがすぐに軌道修正をしてこれまでの経緯を軽く説明する。もちろん、リーゼのことや魔王については触れずに仕事絡みで偶然マリーナにスカウトされた、という形にしておく。たぶん静に嘘をついてもすぐにバレてしまうだろうし。

 

 魔王まお:だから今度詳しい話を聞いてみるつもり

 SILENT:新しい事務所ねぇ……

 魔王まお:心配? 

 SILENT:そりゃね、でもまおが納得できるならいいと思うよ

 魔王まお:うん、ありがと。詳しい話聞いたらまた相談すると思う

 SILENT:わかった

 

 静は少し思うところがあるような様子だったが、それは仕方ないだろう。逆の立場だったら私だって色々心配する。そんな静に嬉しい報告ができるように願いながらマリーナから受け取った名刺の連絡先へとメールを送信した。

 

新規メッセージ

件名 黒惟まおです

改めて契約内容や条件について詳しい話をお聞きしたいと思います。

 

送信▼




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 思い出デート

「リーゼさん今日はとことん付き合ってあげるからね」

 

 休日で人出の多い道を歩きながらすぐ隣を並び歩いているリーゼへと視線を向けて笑いかける。

 

 マリーナへメールを出してから迎えた初めての休日。メールでのやりとりと顧客として職場に訪れてくるマリーナとの打ち合わせで、黒惟(くろい)まお事務所所属の話はほとんど固まりつつある。あとは明日改めて確認と共に書類を交わす予定というところまで来た。

 

 マリーナとの話し合いが終わるということはリーゼとの生活も終わってしまうということで、思い出作りも兼ねて今日一日はおもいっきり楽しんでもらおうと二人してお出かけ、デートというやつだ。

 

「今日はわたくしのためにありがとうございます、まお様」

「あー、今日は様付け禁止ね」

「えっ」

「だって他の人に聞かれるかもしれないし禁止ね」

 

 さすがに人の前で様付けで呼ばれるのは周りの視線が痛い、ただでさえ色白で銀髪の美少女ということで周りの目を引きやすいのだ。

 私からの提案に困ったように眉尻を下げてどうしようかと思い悩み始めたリーゼはどう呼ぼうかとぶつぶつと呟いている。

 

「まお……さん、まお……」

「なんなら呼び捨てでもおねーちゃん呼びでもいいけど?」

「まお……おねーちゃん……?」

 

 そんな様子がかわいらしく、からかうように提案してみるとものすごく破壊力のある言葉が耳に届く。

 これはやばい、こんなかわいい妹がいたらどんなに素晴らしいことか……。

 

「では、まおさ……ん、もわたくしのことは呼び捨てですからね」

 

 おねーちゃん呼びに感動していると、からかわれたことに気が付いたリーゼが少し膨れながらそんな提案をしてきたので、周りを軽く見まわし耳打ちをするように耳元で黒惟まおの声色で囁く。

 

「わかったよリーゼ」

「……っ、もうっ」

 

 一瞬で耳を赤らめたリーゼが恥ずかしそうにこちらを睨んでくる。

 

「ふふっごめんごめん、ほら行こうリーゼ」

 

 まずは、リーゼの服を買うべく何件か店を回っていく。今は私の服を着てもらっているがやっぱりちゃんとした物を着てほしいし、何より素材がいいので色々な服を着せたくなるのだ。

 流行りの服から普段あまり着なさそうなボーイッシュなパンツスタイル、ゴスロリ風に甘ロリ風……。リーゼに楽しんでもらうつもりではあったのだが私自身もかなり楽しんでしまった。

 

「選んでもらったばかりじゃなく買っていただけるなんて……ありがとうございます」

「今日の分はマリーナさんから受け取ってるから気にしないで」

 

 実は数度の打ち合わせをしているときにマリーナからリーゼが滞在しているという事と最初の騒動のお詫びとして少なくない額を受け取っているのだ。好きにしてもらって構わないとのことだったので有効活用させてもらおう。

 

「それにしても行きたいところってここでよかったの?」

 

 リーゼのリクエストがあった店の前で足を止めその看板を見上げた。

 

「はい、真っ先に思い浮かんだのがここだったので」

 

 二人分の受付を済ませて個室へと向かって中に入る。

 こじんまりとした薄暗い部屋にソファーとテーブル、そして映像が流れているディスプレイ。ある意味デートの定番といえば定番なのであろう、リーゼから行きたい場所として言われたのはカラオケであった。

 

「この前聞かせていただいたんですけど、まお様の歌ってる姿がどうしても見たくて」

 

 人の目がないせいか様付けに戻っている様子に苦笑しながら、選曲のための機械をリーゼに差し出す。

 

「よーし、じゃあ今日はリーゼのために歌っちゃおうかな。リーゼも私のために歌ってくれる?」

「えっ、わたくしはそんな……。」

「せっかくカラオケに来たんだから歌わないと、私のために歌ってくれないの?」

「わかりました……まお様には及びませんが……」

 

 きっと私の歌を聞くだけのつもりだったのであろう、そうはいかないぞとマイクをリーゼにも渡しながら小首を傾げて訊ねる。思った通り遠慮するリーゼであったが悲し気な様子を装ってもう一押しすればコクリと頷かせることに成功した。

 

 せっかくのカラオケなので歌枠では権利やオケがなかったりして歌えない歌を選ぶ。歌枠では聞けない曲なのでリーゼはとても嬉しそうだ。そんなリーゼの選曲は私が歌枠で歌ったことのある曲ばかりで歌い方もどこか黒惟まおに似ている気がする。謙遜する割にしっかり歌えているしそれこそ場数を踏めば私なんかよりよっぽどうまくなりそうな感じがある。

 

「その、どうでしょうか……?」

「全然うまいじゃない、もしかして歌枠で覚えた?」

「はい、まお様みたいに歌えたらって思って」

 

 お互いに数曲歌いあった後、おずおずと訊ねてきたリーゼに素直な感想を述べて気になっていたところを聞いてみれば予想通りの答えが返ってきて納得する。

 

「配信だとスイッチが入るから無意識に歌い方変えちゃうんだよね、だからこうやってカラオケだと少し違って聞こえるでしょう?」

「たしかに、少し違うような……でもどちらの歌い方も好きです」

「ありがとう、それじゃ次は一緒に歌おうか」

 

 そのあとはデュエット曲を一緒に歌ったり、リーゼが歌ってる最中に店員がやってくるというカラオケあるあるを経験したりして満足するまでカラオケを楽しんだ。

 

「てっきりリーゼのことだからあの歌入れてくると思ったんだけど」

「あっ……」

「忘れてた?」

「……はい」

「ビームはお預けだね」

 

 すっかり夕暮れ時になり、両手に荷物をぶら下げ駅へと続く道を歩きながらカラオケでずっと気付いていたけどあえて黙っていたことを告げれば、しまったと表情に出すリーゼを見て笑う。

 

「今日は楽しかった?」

「はい!本当に楽しかったです」

 

 疑う余地がないくらいに満面の笑みで答えてくれたリーゼの様子に満足して一日のデートを終えるのであった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 契約

 とうとうこの日を迎えてしまった。

 私にとって、黒惟(くろい)まおにとって大事な日。

 大丈夫、この日のためにたくさん準備してきたんだし。

 きっとうまくいくはずだ。

 

 

「今日は黒惟まお登録者百万人記念ライブに来てくれてありがとう! 

 ここまでこられたのもファンのみんなのおかげ! 

 それじゃあ聞いてください! ファン……」

 

 ファンの歓声を受けて一歩踏み出したところでハッと目が覚める。

 

「──って歌わないから!」

 

 ガバっと身体を起こし寝ぼけ眼で辺りを見回す。そこはもちろんファンに囲まれたライブステージなんかじゃなくて見慣れたいつもの配信部屋で、時間は……いつもならまだ寝てる時間。

 それに黒惟まおはあんなこと言わないし登録者百万人なんてまさに夢のまた夢だ。

 

 昨日は確か……、リーゼとのデートから帰っていつもどおりご飯食べてお風呂入って……。そうだ、なかなか寝付けなくて結局色々作業したり、今日の確認を(しず)とチャットしてたんだ。

 

 

 SILENT:ちゃんとベッドで寝なよ

 

 SILENT:……寝落ちたか、おやすみ

 

 あちゃー、思いっきり寝落ちしちゃったんだ。

 開きっぱなしのメッセージ欄とタイムスタンプを見てそのまま寝てしまったのかと苦笑いする。

 

 魔王まお:ごめん寝てた

 

SILENTが入力中...

 

 毎度ながら静はいったいいつ寝ているんだろうか、すぐにメッセージが表示される。

 

 SILENT:おはよう、そんなんで今日大丈夫? 

 魔王まお:少しは寝れたしヘーキヘーキ

 SILENT:それが魔王まおの最後の言葉だった……

 魔王まお:縁起でもないこと言うのやめてもろて

 SILENT:しっかりね

 魔王まお:ありがとね

 

「ありがとね」

 

 いつもと変わらないじゃれ合いのようなやり取りをしていると心が落ち着くからありがたい。感謝の言葉を口にしてぐっと身体を伸ばして立ち上がる。

 配信部屋から出ると薄暗い部屋のソファーベッドで寝ているリーゼが目に入り、なるべく足音を立てないように歩み寄って空いてるスペースに腰を下ろす。

 

 リーゼとの生活も今日で終わりかぁ……。そう思うと結構寂しく感じてしまう。

 とはいえ魔王になる予定の身としてはこれからも会う機会はたくさんあるであろう。

 

「それにしても髪も肌も綺麗すぎでしょ……、これが若さ……いや魔族パワーなの……?」

 

 思わず銀糸のような美しい髪の毛に触れそのまま頭を撫で、そのままぷにぷにと頬もつついてしまう。その手触りはサラサラとしていて瑞々しくて、その心地よさに衝撃を受ける。

 歳はそんなに離れていないはず……いや魔族だし外見と年齢が一致するとは限らないし。そんな事を考えていると身じろぎをしたリーゼがそのまま私の手を取りそのまま抱きかかえてしまう。

 

 こうなってしまうと動けないが、まだ起こすには時間が早くて申し訳ないし……。

 仕方ないので自然と起きるか放してくれるまで待とうか……。

 

「ぁふ……。ってあぶない寝ちゃいそうになってた……。……。……すぅ」

 

 

 

「──ぉさま? ってまお様!?」

「んぅ……。ぁ……。リーゼおはよう……」

 

 すごく近い距離から呼ばれてる気がして目を開けると目の前にリーゼの顔がある。その顔はなぜか真っ赤だ。あれ? なんでリーゼと一緒に寝てるんだろうか……今朝は確か……。

 だんだんと状況がわかってきてヒヤリとしたものを背筋に感じる。

 

「お、おはようございます。そのっ、どうして一緒に寝て……」

「っ、いま何時!?」

 

 答えを待つ余裕もなくベッド脇の据え置き時計に目を向けると……、マリーナとの約束の時間に今から向かってギリギリ間に合うかどうかといったところだ。

 

「リーゼ、やばい間に合わないかもっ」

「まお様落ち着いてください、マリーナなら連絡を入れれば大丈夫です」

 

 そうは言っても私にとってはこれからお世話になる大事な話をしに向かうのだ。それに遅刻してしまっては社会人として人としてダメだろう。

 

 それから念のためマリーナには一報を入れ急いで身支度を整え、二人して飛び出すように部屋を出る。電車ではとても間に合わないのでタクシーに乗るしかなかったが、なんとか約束の時間ギリギリに到着することができた。

 

「ドタバタしてしまって申し訳ないです……、リーゼもごめんなさい。急かしてしまって」

「先だって連絡も頂けましたし、そんなに気にしなくて構いませんわ」

「まお様、わたくしもその、ずっと寝てましたし……」

「お嬢様はそちらでも相変わらずのご様子でしたのね」

 

 マリーナが話し合いの場として用意してくれたのは立派な貸会議室で三人で使うには広すぎる気がするが、ここならよっぽど大声で話さない限り外部に話が漏れることはないだろう。

 到着してすぐに私はマリーナに頭を下げるが、まるで気にしてないといった反応に一安心する。リーゼにも悪いことをしてしまったと謝るが、寝起きの悪さはマリーナも把握しているらしくそれをからかわれて不満顔だ。

 

「ではさっそく契約について、こちらで今までの話し合いで決まったものを取りまとめておきましたわ」

 

 そんなリーゼの様子を気にするでもなく、あくまでマイペースに話を進めるマリーナにこの二人の関係性がなんとなく垣間見えてくる。

 席について目の前の資料に目を通していくと、今まで話し合ってきた内容が綺麗にまとまっている。リーゼから聞いた話だと普段からこちらで色々な事をしているらしく、本職と比べても遜色がない出来だ。

 

「ありがとうございます。私の方はこちらで問題ありません」

「ちなみにSILENT先生からは何かございましたか?」

「黒惟まおについては一任されているので、ただ任せたと」

「信頼されておりますのね」

「ありがたいことに」

 

 静は相談には乗ってくれるが一貫して私にすべてを任せてくれているのだ。

 

「では、こちらの書類にサインを。それをもって契約とさせていただきますわ」

 

 差し出された紙を受け取る。しっかりとした契約書だ。

 時間をかけて一言一句確認して、それを二度繰り返す。

 

 うん、大丈夫。

 

 用意されている高級そうなボールペンを手に取る。元々がそうなのかそれともこれからサインする事に緊張しているのかずいぶん重く感じる。普段使っている何かのおまけにもらったようなものとは大違いだ。

 最初の一文字を書くまでは手が震えてしまわないか心配だったが一度書き始めれば拍子抜けするほどあっさりと控えの分も合わせて複数のサインを記入し終わる。

 

「確かに頂戴いたしましたわ、黒惟まおさん。これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 こうしてこの日、黒惟まおは企業所属Vtuberになった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 魔王を継ぐ者

「では、もうひとつのお話をさせていただきますわ」

 

 交わした契約書を大切にファイルにしまい一息ついたところで改めて姿勢を正す。

 もうひとつの話、そう魔王についてだ。

 

 Vtuber黒惟(くろい)まおとしての契約をする場になぜリーゼがいるのかといえば、無事に契約が交わされるか確認するという名目もあるが直接関わりのあるこちらの話のためという意味合いが大きい。

 

「大筋に関しては以前お話した通りですが、あの時お嬢様はいらっしゃらなかったので改めて」

 

 マリーナがちらりとリーゼへと視線を向けた後、現在の状況について語っていく。

 

 黒惟まおが現れ、その存在と影響力が徐々に大きくなっていること。このままだと望む望まないに関わらず確実に次期魔王として祭り上げられるのは時間の問題であったこと。それを防ぎ無用な混乱を起こさないためにも現魔王側であることを内外にアピールするためにVtuber黒惟まおをマリーナが立ち上げる事務所所属にしたこと。これらは現魔王であるクラウヴィッツの意向であること。

 

「今回の契約が成立したことにより、無用な対立構造が作り出される可能性は低くなりました、改めてご協力に感謝をいたします」

「そんな感謝なんて」

 

 黒惟まおとして活動を続けるためにはそうする他なかったのだが、わざわざ私のために事務所を用意までしてこちらの条件を最大限叶えてくれている。あちらの事情もあるのだろうけど良くしてもらっていると思う。

 

「当面はこちらでの事務所立ち上げの準備と魔界での根回しにお時間をいただきますので、まおさんの活動二周年である日に所属の発表、そして魔王様からも後継者として正式にご指名頂く予定です」

 

 今回、契約はしたが実際にそれを公表するのは数ヶ月後に迫っている黒惟まお活動二周年の日にしてある。マリーナの言葉にもある通り様々な準備に時間もかかるのでせっかくなら一番注目が集まるであろう記念日に発表することにしたのだ。

 

 マリーナが話し終えたところで隣にいるリーゼの様子を伺う。ここまでリーゼは相槌を打つくらいで特に何か意見したり反応を見せたりはしていない。二人で話したときは自分のせいでと悔やんでたのだ、やはり思うところがあるのかもしれない。そう考えると何か思い悩んでいるようにも見えてくる。

 

 何か声をかけるべきかと言葉を探しているとリーゼがこちらへと顔を向け、視線が合う。

 

「まお様は魔王を継ぎたいとお考えですか?」

「それは……」

 

 別に本物の魔王になりたいわけではない、黒惟まおという存在を残すためだ。

 そのためならば魔王になってやろうと覚悟はしたが、魔王になりたいから今回の話を受けた訳ではないのだ。

 

「まお様が魔王を継ぎたいと言うならば、わたくしも異存はございません」

「お嬢様?」

 

 ここでもし魔王なんて継ぎたくないと言ってしまったらどうなるだろうか。

 

「最初にまお様が次期魔王になると聞いた時はなんて素敵な話だろうと思いました。わたくしよりも相応しいのですから。我が身の至らなさを悔やむことはあれど異を唱えることはありませんでした」

「リーゼ……」

「まお様の本当の気持ちをお聞かせください。もしも、望んだものではないとしたら……」

 

 まっすぐに見つめられ真意を問われる。その瞳はいつもの綺麗な琥珀色ではなく、いつか見た燃えるような緋色の輝きを持っている。

 視界の端でマリーナが身構えているのが見えた。私の返答次第ですべてがひっくり返ってしまう、だが嘘をつく事は出来ないししたくない。

 

「確かに望んだものではないわ。でも私は、黒惟まおを慕ってくれる人たちのためなら受け入れるって決めたの、それが本当の気持ち」

 

 嘘偽りのない言葉を紡いでいく、それがこの話を受けると決意させてくれた、大切な事を思い出させてくれたリーゼに向けた思いだ。

 

「わかりました……」

 

 納得してくれただろうか。私の言葉を受けたリーゼは目を閉じゆっくりと頷く、再び開かれた瞳を見ればいつもの綺麗な琥珀色に戻っている。

 

「マリーナ、ところであなたの事務所、まお様以外に所属する予定はあるの?」

「今のところ考えておりませんが……」

 

 私からマリーナへと視線を移したリーゼが脈絡なくそんなことを聞く、一時は身構えていたマリーナもそんな事を聞かれるとは思っていなかったのか虚をつかれたように受け答える。

 

「では、わたくしが所属しても問題ないわね?」

「え?」

「は?」

 

 続くリーゼの言葉に今度は私もマリーナと一緒に目を丸くして驚きと困惑が混じった声を漏らしてしまう。

 

「お嬢様それは……」

「リーゼそれって……」

 

 いったいどういうことかと二人の声が重なる。

 

「わたくしも色々と考えたのです。どうすることがまお様にとって良いのか。わたくしに出来ることは何かと」

「お嬢様、まさか……」

 

 それがどうしてリーゼが事務所に所属することになるのか、考えていることが読めない。私が困惑している中マリーナはひとつの考えに至ったようで面白がるようにその先を促す。

 

「今回のことが起きた原因はひとえにわたくしの力不足です。わたくしが次期魔王としてふさわしくあれば、まお様に継いで頂く必要はなくなります」

 

 それはそうだが、まだ話が見えてこなくて話すリーゼと完全にその意図を見抜いたらしく楽しげな笑みを深めるマリーナを交互に見てしまう。

 

「ですからわたくしがまお様と同じくVtuberとして活動し、次期魔王として認められるくらい活躍すればいいのです。もちろん、まお様を超えることは出来るとは思っておりませんが、せめて並び立てるくらいにはならなくてはならないのです」

 

 言っていること自体はあっているのかもしれないが、あまりの展開に理解が追いつかない。そんな私を尻目にマリーナはふふっと笑い声を隠せないでいる。

 

「お嬢様……ご立派になられましたね……」

 

 マリーナがまるで感激したように目尻の涙をそっと拭うが、私には笑うのを我慢しているようにしか見えない。

 

「わかりましたわ。お嬢様のデビュー、全力で成し遂げてみせましょう」

「マリーナ……っ」

「お嬢様……っ」

 

 私が目を白黒させているうちにがっちりと握手しあう二人。

 

 こうしてこの日、黒惟まおの同期が一人誕生することが決まった。

 




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 お願いごと

「どうしてこうなった……」

「それはこっちのセリフなんだよなぁ」

 

 黒惟(くろい)まおが企業所属Vtuberになることが決まり、リーゼがVtuberになると宣言し、しかも同じ事務所に所属すると言い放ったあの日から数日が経った。

 結局あの後、私を置いてきぼりにしたまま意気投合したマリーナとリーゼはどんどん話を進めていき「お父様を説得してきます!」と二人して帰っていってしまった。

 

 リーゼの荷物全部部屋に残ってるんだけどなぁ……。

 

 一週間ほどだったが二人で暮らしていた部屋に一人でいるとなんだか広く感じてしまうなと配信部屋から隣の部屋へと視線を向ける。そうするとだいたい扉に隠れてリーゼがこちらの様子を伺っていたのを思い出して苦笑してしまう。

 

「それで私に隠れてファンの子を部屋に囲ってた訳だ?」

「言い方……、いや間違ってはないんだけど……」

 

 ボイスチャット越しでも生暖かい視線をディスプレイから感じてしまう。

 

 無事に契約を終えたことを(しず)に報告し、ついでに二周年記念について色々相談しようとボイスチャットを繋いだのだが「何か隠し事してるでしょ?」と問い詰められてしまい、魔界絡みのこと以外はだいたい話してしまった。どのみち話すつもりはあったしお願いしなければいけないこともあったので許可はとっていたのだ。もっともいつもなら静はチャットなのに最初から声での会話になった時点で相当怪しまれていたと思う。

 

「それでどんな子なの?」

「えーっと、かわいい子だよ。いい子だし。いいところのお嬢様っていうかお姫様みたいな。あと初期からのリスナーみたい」

 

 リーゼのことは私をスカウトしてきたマリーナの知り合いの娘ということにしている。魔王の娘でガチのお姫様なんて言っても、また中二病の発作かなんて言われてしまうのは目に見えてる。

 

「へぇー、へー、まぁ、まお好きだもんねそういう子」

「銀髪長髪のお姫様とか嫌いな人類いないでしょ」

「はいはい、ごちそうさま」

 

 これはしばらくリーゼ絡みで相当弄られるだろうな……。

 

「それで二周年記念のことなんだけどさ」

「んー、新衣装でも描こうか?あとグッズは出すんでしょ?」

「うん、そうなんだけど……。」

「なにさ」

「妹が欲しいなぁ……って」

「は?」

「その、さっきも話した通りその子……リーゼっていうんだけど、その子のデザインをお願いできないでしょうか。スケジュールが厳しいようなら私の二周年記念は他の人に任せてもいいし」

 

 ついついふざけてしまったが、すぐに姿勢を正してちゃんとした言葉にする。マリーナとリーゼがあそこまで乗り気になって動いているのだ。おそらく、いや絶対にリーゼは私の事務所同期としてデビューすることになるだろう。下手したらまた前みたいに家出同然でこちらに来ることまで考えられる……。

 それにもし、本当にリーゼが魔王を継いでくれるならば魔王に関する諸々の問題は解決するし私も事務所に入れてみんなハッピー……なんて。

 さっきからボイスチャットの反応が一切返ってこないので静かな間が怖い、ディスプレイから冷気が漂ってきている気さえしてしまう。

 

「あの……、静……さん?……SILENT先生?」

「まお、正座」

「はい」

 

 静かに告げられた言葉にすぐさま反応し、ゲーミングな椅子の上で正座する。

 

「私は悲しいです」

「はい」

「私があんまり気が乗らない仕事をしてる間に娘はファンの子を誑かして部屋で囲って楽しんでるし、まおにとって大事な契約がどうなるか心配していたのにすぐに連絡してこないし、しかも妹が欲しい?」

「その色々事情があって……、連絡が遅れたのは本当にごめんなさい」

 

 自分の契約の事とそのあとの急展開にいっぱいいっぱいになってしまい連絡が今日になってしまったのは謝るしかない。

 

「何より忙しいからって、まおの二周年記念を他の人に任せると思う?」

「さすがの静でも新規デザインに二周年記念の分だと厳しいと思って……どっちも私の事情だし、あんまり負担かけたくないし……」

 

 リーゼのデザインを他の人に任せるという手もあるのだが、彼女の活躍次第で私の未来まで変わってくるのであれば最高のものを用意してあげたい。こんな私でもここまでやってこれたのは静が生み出してくれた黒惟まおという存在が大きい。

 

「あのね、そんな遠慮するような仲じゃないでしょ。ここまで付き合ってきてまだそう思ってるならそれが一番悲しいよ」

「静……」

 

 たしかに静の言う通りではあるのだが、今回はどうしても後ろめたさが勝ってしまいついついあんな物言いになってしまった。そんな事も見抜かれている気がする。

 

「じゃあ、受けてくれる……?」

「二周年記念は誰にも譲らないけど、新しいデザインは……本人に会ってみないことには決められない」

「リーゼに?」

「そう」

 

 まさか静の口から本人に会うなんて言葉が出てくるとは思わず驚いて聞き返してしまう。

 イラストレーターとしての仕事はほとんど簡潔なチャットのやり取りで済ませるし、人前に姿を現すこともなくその声も聞いたことがある人間は限られているのが静ことSILENT先生なのだ。

 SNSもほとんどがイラストの投稿と告知に黒惟まお関連くらいで、私が配信で静について話すといつも『それ本当に同一人物?』なんてコメントがどんどん流れてくるし、某サイトのSILENT先生の項目の情報源はほとんど黒惟まおの配信なんてことはザラだったりする。

 

(ママ)に紹介できないような子なの?」

「そんな事はないけど……、わかったセッティングするね」

 

 リーゼもSILENT先生のことは尊敬していた様子だし、あとは静が彼女の事をどう思うか……。こればっかりは私にも断言はできない。せめていい印象は与えておいたほうがいいだろう。

 その後は二周年記念の話をしながら時折リーゼの話を振ったのだがあまり手応えは感じない。やはり本人に頑張ってもらう他ないようだ。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 マシュマロ晩酌

「ただいまー」

 

 家に帰り誰もいない室内へと声をかける。

 そうするのがすっかり癖になってしまったが嬉しそうにパタパタと足音を立て出迎えてくれる少女(リーゼ)はいない。中途半端に荷物だけが取り残されているので余計に不在が強調されているように感じてしまう。

 

 マリーナにはリーゼのVtuberとしてのデザインを(しず)に打診していること。条件としてリーゼと会わせるように言われていることを伝えてある。『絶対に説得してみせますわ』と力強い返信がきてはいるが魔王であるリーゼの父親の説得はうまくいっているのだろうか。

 

 そんなことを考えながらゆったりとした部屋着に着替え、昼のうちに告知しておいたSNSをチェックしつつ手早く夕食の支度をしていく。

 

黒惟(くろい)まお@魔王様Vtuber@Kuroi_mao

今宵は久しぶりに晩酌配信をしようと思っているので 

つまみのマシュマロも募集している

好きな飲み物とつまみを用意しておくように

黒惟まお@魔王様Vtuberにマシュマロを投げる

 

『晩酌助かる』

『スナックまお開店だ!』

『ママー!!』

『飲み会キャンセルしてきた』

 

 仕事が忙しかったこともあったし、リーゼ滞在中に飲酒するのも気が引けたので久しぶりの晩酌配信ということもあり反応は上々だ。

 

 簡単に夕食を済ませてしまい届いたマシュマロに目を通して配信の準備を進めていく。

 私も何だかんだ久しぶりの晩酌配信ということでテンションが高まっていくのを感じている。

 

 取り上げるマシュマロの準備も出来たしお酒とおつまみの準備もOK! 

 立ち絵の設定も……これでよし。それじゃあ久しぶりの晩酌配信といこう。

 

 ────

 

【晩酌】マシュマロつまみに語らおう【黒惟まお/魔王様ch】

 

「我に付き合う準備はできているか? 魔王の黒惟まおだ」

 

 待機画面の蓋絵を開けていつもの挨拶をする。

 今日の黒惟まおはいつものドレス姿ではなく、ダボダボの黒いTシャツ姿だ。胸元にはデカデカと縦書きでとある文字が白くプリントされている。

 

駄魔王(だまおー)と。

 

 :こんまおー

 :だまおー様きちゃ! 

 :開幕駄魔王モードで草

 :その立ち絵でキメられても

 :草

 :まだおモードやんけ

 

 さっそくいつもとは違う黒惟まおの姿に対してコメントで総突っ込みが入る。

 

「最近この姿になってなかったなと思ってな、今宵は無礼講といこうじゃないか」

 

 静から黒惟まおの誕生日プレゼントとして贈られたのがこの姿、駄魔王モードである。

 完全に悪ふざけで作られた代物だが結構気に入っているのだ。ちなみに誕生日グッズとして同じデザインのTシャツも発売されたので部屋着として現在も着用中だったりする。

 

「それじゃあ乾杯するぞ、準備はいいか?」

 

 :まお様今日は何飲むの? 

 :もう飲んでる

 :酒! 飲まずにはいられない! 

 :準備OK! 

 

「今日は、というか今日もほのよいの桃だ」

 

 手元に準備していた缶を手に取り小気味いい音を立てて缶を開ける。

 

 :カシュッ

 :いつもの

 :あいかわらずお酒よわよわ魔王

 :ほのよいの音~^

 :チョイスがかわいすぎる

 

「では今週頑張った者、そうでもない者も(みな)楽しもう乾杯!」

 

 :かんぱーい! 

 :KP! 

 :乾杯! 

 

 持ち上げた缶をマイクの前に掲げ大量に流れるコメントを眺めながら口をつける。ほとんどジュースのような味わいだが体質的にとことん弱いのでわずかに感じるアルコール分でも晩酌気分が上がっていく。一缶を時間をかけてちびちび飲んでいくのがいつものペースだ。

 

「ではさっそくマシュマロを見ていくことにしよう」

 

 

 まお様、最近お忙しそうですけど大丈夫ですか? 

 また沢山配信しているまお様が見られるように応援してます 

 

 

 

「同じようなマロがたくさん来ていたので心配かけてしまったようだな。それについては申し訳なく思っている。とりあえずは少し落ち着いたので徐々に前のペースに戻せるとは思うが、いい報告ができるように準備していることもあるからそれを楽しみにしていてほしい」

 

 :ええんやで

 :お? 

 :匂わせ助かる

 :応援してるよ

 

 溜まっていた分と追加で届いたマシュマロで一番多かったのが私の忙しさを心配するものだったので一番最初に取り上げて言える範囲で現在の状況を伝えて謝る。ほんとは企業所属になれてもっと配信に本腰を入れられるようになるんだよって言いたいけども、リーゼのことも魔王のこともまだまだどうなるかわからないので伝えられないのがどうにも歯がゆい。

 

 

 まおビームがいつ聞けるか気になって夜しか眠れません 

 ご飯も三食しか喉を通らなくて…… 

 

 

 

「いたって健康的でいいじゃないか、次」

 

 :草

 :まおビーム難民ニキ元気出して

 :落差で草

 

 

 SILENT先生お元気ですか? 

 正座して反省する駄魔王まお様のイラスト最高でした 

 もしかしてまお様何かやらかしました? 

 

 

 

「SILENT先生は相変わらずいつ寝てるのかわからないくらいすぐに返事くれるし元気だろう。

 あのイラストは……、どうしてあんな風に描かれたのか見当もつかないなー」

 

 :まおしずてぇてぇ

 :あら^~

 :しずまおてぇてぇ

 :寝てるような時間でも連絡取りあってると

 :これは嘘をついてる味だぜ

 :正座してもろて

 

 もちろん元ネタはこの前のやりとりだろう……。忙しいはずなのに相変わらず筆が早い。

 

 

 娘が反抗期なのか素直に頼ってくれません 

 

 

 

 :これSILENT先生じゃね? 

 :まさか

 :偶然じゃ

 :わざわざあの後に出すのがこれっていう

 

「単純に恥ずかしがっているか娘さんもきっと親である貴女のことを思っての事だと思うが……」

 

 コメントでも言われているように状況を考えれば静の仕業にしか思えない。しかし、匿名なので判断はつかない。それでもついそのていで答えてしまう。

 ちびちびとお酒を飲みながらもらったマシュマロに受け答えしていくうちにアルコールが回ってきたのか瞼が重くなってきているのを感じ始める。

 

 :まお様酔ってきたな

 :眠そう

 :ほのよい飲み終わった? 

 :寝るなー! 寝たらまた切り抜かれるぞー!! 

 

 ちょうどほのよいも一缶飲み終わり、顔が熱くなりふわふわといい気分だ。

 このまま目をつぶったら間違いなく寝てしまうだろう。

 流れるコメントを見るだけで楽しくなってくる。

 

「あー楽しいなぁ……。ふふっ」

 

 :これは完全に出来上がってますわ

 :かわいい

 :ほのよいで出来上がる魔王

 :くやしいけどかわいい

 

「それじゃあ次のマロで最後にしよう」

 

 

 リスナーに愛の一言お願いシャッス! 

 

 

 

 酔っているのをいいことに照れくさくて普段はあまり取り上げないものを画面に表示させる。

 

 :期待

 :告白助かる

 :ナイスゥ! 

 

「……こんな私に付いてきてくれて本当にありがとう。愛してるよ」

 

 マイクに近づいて囁くように素直な気持ちを口にする。私の、そして黒惟まおの言葉としてきちんと気持ちは伝わっているだろうか。酔って火照った以上に頬が熱を持つのを感じながら画面をEDへと切り替える。

 

 :それは反則

 :私助かる

 :ガチやん

 :デレまお助かる

 :おつまおー愛してる! 

 

【黒惟まお/魔王様ch】:おやすみ、いい夢を




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 待ち合わせ

「──ということになりまして」

「なるほど……」

「なので予定通り週末に」

「わかりました、こっちも(しず)に伝えておきます」

 

 マリーナとの通話を切って一息つく。

 

 リーゼのVtuberデビューについて進捗があったと報告を受け話を聞いてみればなかなか難航していたらしく、難色を示す父親に対してリーゼがあわやもう一度家出しかけるところまでいってしまったらしい。なんでも、リーゼに何も言わずにマリーナを使って私に接触したことがまだ尾を引いているみたいだ。

 そんな時に私から静にデザイン依頼の打診をしているという話を聞いたリーゼは売り言葉に買い言葉でそのことを父親に話してしまったようで、『ではその先生とやらに認められれば許可しよう』という話になったらしい。

 

 大丈夫かなぁ……リーゼ。

 

 ともかく静に報告すべくマリーナとの画面を切り替えチャットを打ち込む。

 

 魔王まお:例の件、予定通りの日程で来るってよろしくね

 SILENT:了解

 魔王まお:本当に私着いていかなくていいの? 

 SILENT:ヤッテヤルデス

 魔王まお:お手柔らかにね

 

 ────

 

 迎えた週末、今日は静とリーゼが会う予定の日だ。本当は私も着いて行きたかったし仲を取り持つつもりだったけど、静からは一人でいいと言われてしまった。昔から若干、人とのコミュニケーションが苦手のように見える静が一人で会うなんて友として成長を喜びたいところだが、今回ばかりは心配が先に立ってしまう。

 そんな訳で待ち合わせ場所の駅前を見渡せるカフェで一時間前から待機中なのである。

 

 二人ともまだ着いてないみたい。

 駅前を見渡してもまだ目当ての二人は見当たらずスマホでチャットも確認するが特に変化はなし。少し早すぎただろうかとポーチにスマホを仕舞いかけたところで対面の席に誰かが座ろうとしている影が目に入る。

 

「あの、すいませんここ私の……」

「お久しぶりですわ、まおさん」

「え? っマリーナさん!?」

 

 満席でもないのに相席ということもないだろうし誰かと勘違いされてるのだろうかと顔を上げるとマリーナの姿があり思わずびくっと肩が跳ね上がる。

 

「そのどうしてここに……?」

「ご相席しても?」

「あっどうぞ……」

「理由は同じかと思いますけども」

 

 ふふっと笑いながら含みのある言葉を返されどうやら目的は同じらしいとわかり肩に入った力を抜くことができた。

 

「よく私のことわかりましたね?」

「そんなの魔力で一発ですわ」

「あっ……もしかしてリーゼも」

「わたくしでも気づけるのですから」

 

 つまりリーゼもすぐ気付くだろうと……。どうしよう。

 二人で会ってもらうと言っている以上私がここにいるのはまずいというか、決まりが悪い。幸いまだ二人の姿は見えないが時間の問題だろう。

 

「ですのでこちらをどうぞ」

 

 帰るべきだろうかとまごついてる私の様子を見たマリーナがくすりと笑いながら小さな箱を差し出してきた。アクセサリーが入ってそうなその箱を受け取り視線でこれは? と問いかける。

 

「ある程度なら魔力を抑えることが出来るものですわ。この先、外出する際はつけていただいたほうがよろしいかと思いましてご用意しました」

 

 説明を受けながら促されるままに箱を開けるとその中にはシンプルだが上品な細身のチェーンブレスレットが入っていた。いくつかの小ぶりなカラーストーンが等間隔に付いている所謂ステーションブレスレットというやつだ。

 

「もらってもいいんですか……?」

 

 高そうだけど……と口にしなくても伝わったのか「お気になさらず」と言われてしまったのでお礼を言いながら早速手首にブレスレットを付けてみる。魔力を抑えると言われても普段魔力を感じることなんてないので特に何かを感じるというわけでもない。手首で控えめに光るチェーンと石たちを見つめて首を傾げる。

 

「これで?」

「えぇ、ずいぶん気配は薄まりましたわ。この距離ならお嬢様でもそうそう気付かないでしょう」

「マリーナさんは大丈夫なんですか?」

「我々は慣れているので自身でコントロールできますもの」

 

 私も、そのうち魔力を自由に操れるようになるんだろうか。少しだけ期待してしまう。

 

 それから二人が現れるまで近況をお互いに報告し合っていると、先にマリーナが何かに気づいたように駅の方へと視線を向けたのでその視線の先を追いかける。すると、人混みの中から一際目を引く銀髪の少女が現れその姿を捉えることが出来た。水色のブラウスに膝丈の白いフレアスカート姿は涼しげでとても良く似合っているのが遠くからでもよくわかる。

 

 そんなリーゼがあたりをキョロキョロと見回すがまだ静は現れていない。すでに周りの視線を引きつつあるので変な輩に絡まれる前に来てくれるといいのだが……もしもそんな事態になったら飛び出してしまいそうだ。

 

 しばらく様子を見守っていると静と連絡を取り合っているのだろうかスマホを見るリーゼに男二人組が近づいていく。あれは確実にナンパだろう、お嬢様であるリーゼがうまくあしらえるだろうか……。いざとなれば私が出て行って……、なんて考えているとその二人を遮るように駆け足で現れた人物がリーゼに話しかけている。

 

「静、ナイスタイミング」

「あれがSILENT先生ですか」

 

 タイミングの良さに心のなかでナイスと称賛を送り、視線は二人に向けたままマリーナへは頷きを返す。

 

 それにしてもあんなに着飾っている静を見たのはどのくらいぶりだろうか……。基本的に引きこもり気質な彼女はあまり外に出ないので、しっかりと黒いアシンメトリーワンピースを着こなし艶やかな長い黒髪を耳のあたりでツインテールにしてる姿はなかなか見れない姿だ。私よりも小柄なリーゼよりもさらに身長は低く、完全にやみかわ美少女と化している。

 

 あれで私よりも年上なんだから本当に神様に愛されてるとしか思えない。

 

 突然現れた静によって出鼻をくじかれた男二人組は最初こそガン無視されてることに面食らっていたが、パッと見リーゼよりも更に幼く見える静の姿を見て気を大きくしたのかしつこく二人に話しかけている。あの手合は完全に無視するかはっきりと拒絶するしかないのだが、静の事だきっと最初に声をかけるのもかなり勇気を振り絞っての行動だったのであろう。これ以上の対応は望めない。

 

 静は所在なさげに視線を彷徨わせ、そして偶然だろうがこちらへと視線を向けたように見えた。

 私は腰を浮かせ二人の元へ向かおうとしたのだが、そんな静の手をリーゼが取り男たちに一言二言何かを言い静を伴ってその場を去っていく。

 まるで何が起きたか理解できていないようにその場に立ち尽くす男たちを見るにリーゼが何かしたのだろう。

 

「マリーナさん今のって」

「おそらく軽い暗示でもかけたのではないでしょうか、それよりも追わなくても?」

「静が頑張ってるのを見たら私が下手に手を出さないほうがいいんじゃないかと、少し危なかったけど」

 

 心の何処かで少し私がいないと……。と思っていたのだがあの二人の様子ならあまり心配はいらないような気がしたのだ。

 そう思いながら二人が向かう先へと視線を向けて微笑む。

 

「そうですわね、ではわたくしたちはどうしましょうか?」

「私達も親交を深めますか?」

 

 なんて、と少しからかい混じりに提案する。

 

「それはとても魅力ですが、そうですね……もしよろしければSILENT先生のお話を聞かせて頂いても?」

「静のことですか?」

「はい、わたくしの方でも色々と調べさせて頂いたのですが、ほとんどまおさんが情報ソースなので直接お聞きできればと」

「まぁ聞かれて困るような事でもないし、これからお世話になるので私の昔話と一緒でもいいなら……」

 

 是非とマリーナが聞く姿勢をとったので、何から話そうかと記憶を辿っていく。

 

 そう、それは私がまだ黒惟(くろい)まおになる前。

 ──ただの魔王と名乗っていた頃の記憶だ。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 思い出話

音羽(おとは)ーカラオケ行こうぜー」

「ごめん、今日は先約あるから!」

「つれないなー、彼氏でもできたかー?」

「そんなんじゃないって、アレ仕上げるためだから」

 

 教室を飛び出したところを呼び止められ足を止めると背後からがばっと肩に腕を回されその勢いに思わず数歩よろめく。

 一緒にカラオケに行きたいのはやまやまだが今日はダメだ。つまらなそうに文句を口にする幼馴染の腕を引きはがしながらふざけたことを言うなと理由を告げる。

 

「へーへー、魔王様はお忙しいですねぇ」

「ちょっと!」

 

 理由を聞いてもなおも不満げな彼女はにやにやとした笑みを浮かべながら声を潜めて私の耳元で不服そうに呟く。

 その呼び名は外ではするなと言っているのにこうやって事あるごとに言ってくるのだ。一応他人に聞かれないように気を付けている様だがやめてほしい。

 魔王はあくまでネット上での名前だし、まおという幼馴染につけられたあだ名も中学時代には封印している。

 

「すっごい絵師見つけたって言ったでしょ、今日こそ絶対口説き落として見せるんだから」

「出たよ、男かもしれないんだから勘違いされないように気を付けなよー」

「別にチャットしてるだけだし心配ないって、女の人だろうし……たぶん」

「……。はぁ、音羽は人たらしの自覚持ったほうがいいよ」

 

 露骨に呆れ混じりに投げかけられる言葉を背に受けながら手をひらひらと振ってその場を後にする。そういった話は私よりも彼女のほうがよっぽど多いのに何を言っているのだろう、あくまで私は裏方側の人間だっていうのに。

 

 帰りのバスに乗りながら鞄からスマホを取り出し開きっぱなしにしていたイラストサイトを表示させる。たまたま流し見していたときに新着から見つけた一枚のイラスト、ゴシックドレスを着た少女がその身に不釣り合いな王座に座っている姿が描かれている。

 

 書き込みは細かく素晴らしいのだがデジタル絵はまだ慣れていないのかあまりエフェクトなどの効果は使っていないように見える。それでも十分引き込まれる魅力があったのだ。

 これはまだデジタル絵に慣れてないどっかの有名絵師だろうかとプロフィールを覗いてみてもただ『SILENT』というユーザーネームがあるだけで他の情報はまったくなし。

 SNSでそれっぽく検索をしてみてもヒットする情報はなし……。これはひょっとしてすごい人を見つけてしまったのでは?と思い、思わずメッセージを送ってしまったのが数週間前。

 

 一応趣味レベルでイラストをアップしていたし、SNSの情報もプロフィールに表記してあるので怪しいアカウントとは思われないだろうと反応を期待していたのだが。それもなく半ば諦めかけていたところに返信がきたのが数日前。

 

 そこからメッセージのやりとりをしていたのだが、第一印象はネットに慣れてない人だなぁという事とおそらく女性だろうということ。あとは教養レベルで絵画を習っていたけどあのようなキャライラストをデジタルで描いたのは初めてだったと聞いて声を出して驚いてしまった。

 

 これは本当にすごい人を見つけたぞ!と喜び、とある計画に誘ったのが昨日。

 そして今日その返事を聞く事になっているのである。

 

「ただいまー」

 

 家の鍵を開け声を出すが無人なのでもちろん返事はない。両親はふたりとも働いているし私が高校に上がってからはだいたいがこんな感じだ。小さいころならいざ知らず、この年齢になるとやることやってれば過度に干渉されないというのは自由で気に入っている。

 

 冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取り出し自室へと向かう、部屋に入ると鞄をベッドへと投げ込みさっさと部屋着に着替えてしまい机に向かって椅子に座り脇に置いてあるパソコンを起動させた。

 

 デザインの勉強したいから!と高校に入るときにお古のノートパソコンから買い替えてもらったパソコンはバイト代をつぎ込んだことで数度のパーツ入れ替えを経てなかなかのスペックだ。もちろん、デザインの勉強もしているのだが本当の目的は別にある。

 

 両親が共働きで防犯のためにと小学生の頃から携帯電話を持たされた私はそこからどっぷりとネットの世界にハマっていった。中学時代には父親からお古のノートパソコンをもらい、絵を描くのが好きだったので我がままを言ってペンタブも買ってもらいそれからは創作の世界にも足を踏み入れたのだが、人よりちょっとパソコンやネットに詳しくて絵もそこそこ描けた私は調子に乗りまくった。

 

 その結果、親に内緒で数回配信者の真似事をしネットの洗礼というか怖いところを身をもって体験したので、今はたまに歌ってみた動画を投稿するくらいでその動画もほとんど再生されていない。

 

 絵も歌もどっちも中途半端、それが自己評価だし客観的に見れていると思う。

 

 ヘッドホンをつけ動画編集ソフトを立ち上げ、作業途中のプロジェクトファイルを開くと画面にはいくつもの文字やイラストが設置され再生を押すと音楽と共に動いていく。流れる歌声は幼馴染である、つかさのものだ。MIX作業で何度も聞いてはいるのだが何度聞いてもその歌声は透明感があって耳に心地いい。実際MIX作業といってもほとんどやったことは微調整程度で私みたいなMIXをかじった程度の腕前なら不要とまで思えるほどだ。

 

 だから歌がうまい幼馴染にお願いして歌を収録させてもらい、動画を作ってみたのだが完全に歌声に絵が負けている。そんな時に見つけたのがSILENTという謎の絵師だった。

 

 そろそろ約束の時間だ。

 

 作業の手を止めしっかりと保存しソフトを閉じて、メッセージソフトを表示させる。

 

 魔王:この間のお話考えてもらえましたか?報酬はご相談させてもらえればと思ってます

 

 SILENTさんの絵があればこの動画は完成する気がする……。そう思った私は思い切ってその旨を伝えたのだ。今まで動画で報酬を受けていたわけでもないので出すとしたらバイト代からになるのであまりに高額だと諦める他ないのだが……。

 

 SILENT:わかりました。報酬は

 魔王:本当ですか!ありがとうございます!

 

 返ってきたメッセージに思わず続きを待たずにメッセージを送信してしまう。

 

 魔王:すみません、続きをどうぞ

 SILENT:お友達になってくれませんか?

 

「へ?」

 

 目に飛び込んできた文字を見て思わず変な声をあげてしまう。

 友達……?ってあの友達?フレンド?お金とかじゃなくて?からかわれてる?

 思ってもみなかった返事になんと返していいかキーボードに添えた手が止まる。

 

 SILENT:ダメですか?

 魔王:えっと、それだけでいいんですか?てっきりお金とかそういうものかと

 SILENT:できたらネットの事とかデジタル絵の事についても教えてほしいです

 

 身構えていた分脱力しそのまま背もたれに大きく身体を預け軽やかにキーボードを叩く。

 ふふっ変な人。

 

 魔王:そんなことでよければ喜んで!

 

 あとでこの時の事をつかさに話したら、ジト目で「だから言ったじゃん」なんて言われてしまったが結果良ければすべて良しだ。

 そしてSILENT……、(しず)のイラストをもって完成した動画は信じられないほどの再生回数と話題を呼んだ。その結果、私のアカウントのメインコンテンツはつかさの歌に静のイラストを使った動画になっていき、ついでに私の歌ってみた動画もそれなりに再生されるようになったのだ。

 

────

 

「そして今となってはご存じの通りですよ」

 

 静との出会いのきっかけをかいつまみながら語り終える。

 私はVtuber黒惟(くろい)まおになって、静は神絵師SILENT先生、そしてつかさは……。

 

天使(あまつか)さんと幼馴染だったんですのね」

「これは一応オフレコでお願いしますね」

 

 動画を投稿するにあたって、つかさの名前をどうするかという話になったとき本人は別に本名でも何でもいいなんて言うから。私はふざけて名前をモジって天使(てんし)ちゃんにしてやったのだ。

 『天ケ谷(あまがや)つかさ』から"天"と"つか"を取って天使ちゃん、我ながら思いついたときは天才かと自画自賛してしまうほどだった。本人へは事後報告だったのとあんな騒ぎになるとは思わなかったので、魔王呼びしてくることへの意趣返しは大成功した。

 

 そして、天使ちゃんことつかさはその歌唱力を高く評価されいまは天使(あまつか)沙夜(さや)としてアーティストデビューし全国ツアー真っ最中だったりする。

 お互い一応身バレ防止のために幼馴染ということは話さないようにはしているが天使ちゃんが天使沙夜であることは広く知られているし、魔王の動画で評価されるようになったのだから古くからの友人であることはファンの間では公然の秘密というやつだ。

 

「もちろんですわ、いいお話を聞かせていただきました」

「楽しんでいただけたようでなによりです。静とリーゼはうまくいってるかな?」

「SILENT先生の許可を頂けない事には始まらないですから……」

 

 今頃二人はどんな話をしているんだろうか、うまく話がまとまってくれることを祈りながら今度はマリーナからリーゼの色々な話を聞かせてもらうのだった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話 はじめまして

 リーゼ:もう少しでつきます

 SILENT:はい

 

 電車が目的の駅につく頃、スマホから今日会う予定の相手へとメッセージを送る。

 まさかあのSILENT先生にお会いすることになるなんて……。マリーナからまお様がわたくしのVtuberデザインを依頼していると聞いたときは驚いたし、先生の方から会いたいと言われるなんて思ってもみなかった。

 

 もしもSILENT先生がわたくしのママになるのであれば……、まお様はわたくしの姉ということになる。まおお姉さま……。まおお姉ちゃん……。

 ただのリスナーで一方的に憧れていた魔王様とそんな関係になれたとしたら、と考えたらどうにもにやける頬を止めることが出来ない。話を聞いてから何回マリーナから表情についてからかわれたことか。

 

 電車を降り改札を出ながら時間を確認する。約束の時間まではまだ三十分程、マリーナに付き添いましょうか?と言われたがここで甘えてしまう訳にはいかない。

 うっかりこのことをお父様に喋ってしまい、VtuberデビューするにはSILENT先生から認められなくてはいけないのだ。わたくしひとりの力でなんとかする必要がある。

 

 今日の予定についてはマリーナにも相談したし、まお様からも色々とアドバイスをもらっている。

 まお様は「(しず)はちょっと、いや、かなり人見知りなところあるから……」と、とても心配されていたので、わたくしがしっかりエスコートして差し上げて良好な関係を築くことが出来れば認めていただける可能性は高い。

 

 駅から数歩出るとショーウィンドウに映る自身の姿を見て服や髪に乱れが無いか軽く確認する。

 今日の服は以前まお様に選んでもらい契約の際にも着ていったものだ。あのときはあらかじめ考えていたとはいえ、いきなりVtuberになると宣言しそのままマリーナと共にお父様を説得しに戻ってしまったので、他の服はまお様のお部屋に置いていってしまっている。

 

 なので、まだまお様のお部屋にお邪魔する理由が残っている……なんて少ししか思っていない。

 

 リーゼ:着きました、水色のブラウスに白いスカート姿です。髪の毛ですぐわかるとは思いますが……

 SILENT:私ももう少しで着きます

 

 一応、まお様からSILENT先生の連絡先を教えて頂きメッセージのやりとりは出来ているのだが、必要最低限のやりとりといった感じでこちらからもあまり踏み込むことは出来ず。初対面でどんなことを話せばいいか……。こんな時はまお様のコミュニケーション能力が羨ましくなる。

 

 そんな事を考えながら今日の予定をスマホを見ながら復習していると何者かが近づいてくる気配を感じ顔を上げる。その先にはSILENT先生ではなく男性二人組が何やらお互いに言葉を交わしながらまっすぐこちらへ向かってきているのが見えた。ニヤニヤとした笑みを張り付け、こちらの姿を上から下まで舐め回すような視線で見られてるような気がして正直あまりいい感じはしない。

 

 「話しかけられてもまともに相手をしてはいけません」とマリーナからも言われている通りすぐにでも場所を変えられるよう、なるべく視線を合わせないように二人組の様子を伺っていると、新たな人影がその進行方向を塞ぐように現れその姿に目を奪われる。

 

「遅れて、ごめんなさい。……さぁ行きましょ?」

 

 駆けてきたせいか黒いワンピースの裾とツインテールを揺らして現れたわたくしよりも年下に見える少女……、それがSILENT先生だとすぐに認識することはできなかった。勝手なイメージではあるのだが、描かれる作品を見ているうちに成熟した女性のイメージがどうしてもついてしまっているのだ。

 

「サイ……」

 

 思わずSILENT先生と呼びそうになり口をつむぐ、この雑踏の中でその名で呼ぶのはどう考えてもまずい。

 

「えっ、この子と待ち合わせしてたの?超かわいいじゃん、もしかしてアイドルとか?」

「あーこっちの子は日本語わかる?ハロー?」

 

 こちらがすぐに先生の姿に気付いて話を合わせてすぐにこの場を離れればよかったのだが、初動で遅れてしまったせいで退路を塞ぐように男たちが回り込み話しかけてくる。無視して歩き出そうとしてもスッと進行方向をそれとなくガードされ身動きが取れない。

 

「なになに?観光かな?観光って英語でなんて言うんだっけ」

「あーなんだっけなー、ツアー?」

「ばっか、お前それだとただの旅じゃね?」

 

 ゲラゲラと笑いながらもこちらへの視線を外さず、なおも話しかけてくる二人に先生はどうしようと不安げに視線を巡らせている。

 わたくしがしっかりしないと……。

 先生がどこかほかの場所に視線を向けている隙を見て、静かに体内の魔力を活性化させ軽い威圧と共に二人の目を見てゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「どいてくださいます?」

 

 ぴたりと言葉と動きを止めた二人を確認し、視線を外してゆっくりと目を閉じて再び開ける。これで瞳は元通りのはずだ。

 素早く先生の手を取ってその場から立ち去った。

 

「とりあえずここまでくれば……」

 

 駅前の雑踏を抜け人通りが少なくなってきたところで足を止め、改めて先生の方へと向き直る。

 待ち合わせ場所ではゆっくりと見る余裕なんてなかったがSILENT先生の姿を見ると、身長はわたくしよりも小さく、艶やかで美しい黒髪をツインテールに結っているせいか余計に幼く見える。しかし、ワンピースを着ているせいでわかりにくいがしっかり女性らしいスタイルをしているように見えるので小柄な女性といった雰囲気だ。

 

 わたくしにも、もう少し……、その女性らしさがあれば……なんて考えてしまう。

 

「この先にわたくしの知り合いからオススメされた喫茶店があって、そこでなら気兼ねなくお話できると思います。そちらに向かっても?」

 

 小さなトラブルはあったがまずは当初の予定通りマリーナから勧められた喫茶店へ案内すべく提案し首を傾げる。なんでもマリーナの知り合いがやっているお店らしく、我々の事情にも明るく希望であれば人払いまでしてくれるという。

 こちらの提案を聞いた先生はこくりと頷き、そして駅前から繋がれていた手へと視線を移す。

 

「あっ、失礼いたしました」

 

 その視線に気付いて慌てて繋いでた手を放し軽く頭を下げる。そんな様子を見ながら空いた手を数度握りしめた先生は小さく頷き視線で先を促す。それを出発の合図としてお互い特に話すこともなく目的地への喫茶店へと向かうのであった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話 宣戦布告

 駅前の大きな道を外れ、あまり人通りもない路地を少し行くと目的の喫茶店が見えてくる。

 特に看板や案内が掲げられているわけでもなく、一見するととても入りにくい佇まいだ。

 その上、何か仕掛けがあるようで魔力を感じられるような者でなければ、その存在に気付くことすら出来ないだろう。

 

 マリーナ曰く、古い友人の店で何かと便利とのことだが。本当に彼女の交友関係は多岐に渡りすぎていて未だに底が知れない。

 

 こんなところに連れ込む事になってしまい困惑していないだろうかと、僅かに斜め後ろにいるSILENT先生の様子を伺ってみるが、特に気にしているような素振りもなく静かに付いてきてくれている。

 

 カランと扉に付いたベルを鳴らし店内へと足を踏み入れる。そこはまるで時間の流れが止まり、時代から置いていかれてしまったようなレトロモダンな空間だった。木製のテーブルに革張りの椅子やソファー、それぞれは色あせてはいるが手入れが行き届いているのであろう、それもまたいい味を出している。

 

 そんな雰囲気にどこか懐かしさを感じながらもカウンター奥の初老の男性へと会釈し歩みを進める。「いらっしゃい」とこちらを一瞥し僅かに目を見開いたように見えるが、すぐに「お好きな席へどうぞ」と手元へと視線を戻す。

 あれがマリーナの古い友人だろうか、綺麗な白髪(はくはつ)で白いシャツに黒いベストを身にまとい首元には蝶ネクタイ、いかにも喫茶店のマスターといった風貌だ。

 

 店内には他の客もいないので店主の言葉通り好きな席を選べるが、一応奥まった席へとSILENT先生をエスコートし着席したのを見て自らも対面に腰を下ろす。

 

「SILENT先生は何か飲まれますか?」

「……じゃあ、これを」

 

 木製のメニューブックを相手に見えるように開いて、首を傾げて問いかける。

 ゆっくりとその内容を確認し少し考えるような素振りを見せた後、細長い指先で指し示されたのは『クリームソーダ』で思わずその主の顔へと視線を移してしまう。

 

「なに……?」

「いえ、その美味しいですよねクリームソーダ。わたくしは何にしようかな……」

 

 こちらからの視線に気付いたのか顔を上げた先生と視線が交差する。たぶんわたくしの表情は微笑ましいものを見るような顔になっていたのであろう、ジト目で抗議じみた言葉が投げかけられる。

 そんな視線から逃げるように今度はこちらがメニューに目を落とす。無難にコーヒーでも頼もうかと考えていたのだが、水が入ったグラスを持ってきてくれた店主にはクリームソーダとコーヒーフロートを注文することにした。

 

「改めて、わたくし、エリーザベト・フォン・クラウヴィッツと申します、どうぞリーゼとお呼びくださいませ」

「…SILENT、まおからは(しず)って呼ばれてる」

 

 注文したものを待つ間、改めて自己紹介をしたのだがそのあとの会話がどうにも続かない。

 

「お会いできて光栄です、まお様がきっかけで先生の事を知ったのですが先生の作品はどれも素晴らしくて……。どれもまるで実際に存在するような説得力があるというか、世界観がとても完成されていて……。」

「そう……。」

 

 本心からの言葉だがどうしてもどこか上辺をなぞったような印象を与えてしまっているのではないかと心配になる。そのせいか先生からの反応は薄い。

 またしても訪れてしまった沈黙をどうしようかと頭を抱えたくなるが、店主が注文した品を持ってきてくれたのでタイミングの良さに心の中で感謝する。

 

 届けられたコーヒーフロートのアイスをスプーンで一口すくいコーヒーに沈めてから口に運ぶ。

 苦味と甘みがバランスよく調和し店内の雰囲気もあってノスタルジックな気分に浸ってしまう。

 SILENT先生の頼んだクリームソーダも鮮やかな緑色のメロンソーダにアイスと真っ赤なチェリーが添えられていて色味も美しい。

 

 美味しいアイスに心を奮い立たせ、再び会話にチャレンジする。こうなったらあの話題しかない。

 

「一周年記念グッズのまお様も素晴らしくて……、普段着ているドレス姿から一転あんな大胆な水着姿が見れるなんて。やはりSILENT先生は天才だなと我々も大盛り上がりでした。今度は是非抱きまくらカバーなんかを……」

「抱きまくらカバーも作ろうと思ったんだけど、まおから禁止されてる。あとおっぱいマウスパッドも」

「なんと……そのようなことが……」

「だから今度のコムケで非公式に出してやろうかなって」

「委託する予定はありますか?」

「検討中」

 

 まお様の抱きまくらカバーにお、おっぱいマウスパッド……。しかもSILENT先生の描き下ろし……これは戦争待ったなしである。現地(せんじょう)で何が何でもゲットしなければならない。まお様にサインしてもらったりして!そういえばせっかくまお様に出会えたというのにサインの一枚も貰っていない。いや、一方的に迷惑をかけてしまった身としてサインをもらうなんて……。でもこんなチャンスは……、それにSILENT先生からもサイン貰えたりしないだろうか……。

 

 思わず相手の口から語られた裏事情にテンションは上がり、本来の目的なんてすっかり頭の片隅に追いやられる。頭の中は出るかもしれない抱きまくらカバーとおっぱいマウスパッドで埋め尽くされている。しかし、ジッと相手から見つめられていることに気が付き血の気が引いていく。

 

 やってしまった……。どうしてわたくしはまお様のことになるとこうなってしまうのか……。

 

「その、失礼いたしました……。」

「まおの事そんなに好き?」

 

 やらかしてしまったことにしゅんと肩を落とし、ジッと見つめられている視線に目を伏せる。

 そんな時に投げかけられた言葉には自信を持って答えられる。伏せていた視線を上げまっすぐに相手を見つめ言葉を返す。

 

「はい。尊敬もしておりますし憧れの魔王様です」

「あの子のためなら何でも出来る?」

 

 まお様のことを『あの子』と呼ぶ姿は本当に大切な関係であることが伺えてそれが少し羨ましい。見た目ではまるっきり逆なのだが、目の前にいる相手は黒惟(くろい)まおのママであるSILENT先生なんだなと改めて実感する。

 

 すぐに答えられる問いかけのはずなのに、まっすぐに見据えられると簡単には頷けなくなってしまう。きっとこれは誓いのようなものなのだろう。『もし約束を違えたらどうなるかわかっているな?』と突きつけられているようで見えないプレッシャーに抗うために自ずと力が入る。

 

「……はい」

「わかった」

 

 ゆっくりと頷き覚悟と共に紡いだ言葉を聞き届けた先生は頷きプレッシャーは薄まっていく。

 緊張感から開放されふぅと小さく息を吐き出すと、いつのまに取り出したのかSILENT先生の手にはタブレットとペンが握られていた。

 

「それじゃあ、貴女と一緒にいたときのまおの話を聞かせて」

 

 これで会話は終わりという意思表示だろうかと困惑していると、視線はタブレットに落としペンで何かを描きながらそんな言葉が告げられる。

 また暴走してしまうかもと少し躊躇するが、なかなか話し出さないこちらに「どうしたの?」と視線を投げかけられれば語る他ない。

 

 主にまお様の部屋で過ごした時のことを語り、ときおり暴走しかける自身を自制し……。

 SILENT先生は時々こちらを見ながらずっと手を動かしている。

 さすがは売れっ子イラストレーター、きっと常に仕事を抱えてらっしゃるのだろう。

 一通り話終え、Vtuberデザイン依頼についての話をしようかしまいか、悩んでいるところに手を止めた先生がこちらにタブレットを差し出す。

 

「──っ、先生。これって」

「ラフだけどここから詰めていくから」

 

 タブレットを受け取りその画面を見ると、そこには白いドレスを着た自分がいた。

 まるで黒惟まおと対を成すような……そんな意匠でデザインされた姿に目が離せない。

 

「あと、まおは私のほうが好きだから」

 

 そう言われて顔を上げると、いままでの表情とはうってかわり自信満々な笑みを深めるSILENT先生がいた。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話 撮影会

「それじゃ、脱いじゃおっか」

「さすがにこれは恥ずかしいって……」

 

 高層マンションの一室で二人きり、逃げ場などなくニヤニヤとした笑みを浮かべる相手から身体を隠すように背を向け、上に着ているパーカーの裾を出来るだけ引き下げる。

 

「へぇ……あの子がどうなってもいいの?」

「……っ」

 

 それを言われてしまえば私は抗う事が出来なくなってしまう。

 覚悟を決めてジッパーをゆっくりと下げ、肩からパーカーを下ろす。

 

 ちらりと壁に掛けられた姿見に視線を向けるとそこには私であって私じゃない姿が映っている。

 

 長い黒髪に赤いメッシュと毛先のグラデーション、メイクもいつもとは違って大人っぽくクールな印象を強めに。自分だと絶対に選ばないような水着は、トップスは胸元がレースアップされ、ボトムスはサイドが紐な黒いビキニスタイル。

 

 そうして出来上がったのが一周年記念で描かれた水着姿の黒惟(くろい)まおだった。

 まさか自分がこの姿をする日が来るなんて……。

 

「おっ、いいねー半脱ぎのままいくつかポーズ取ってみようか」

 

 そんな様子を満足げに眺められ、一眼レフカメラのシャッターを切る音が室内に響く。

 じっとりとした抗議の視線を送るが、それを受けても(しず)はそんなものを気にするでもなく楽しそうに撮影を続けるだけだ。

 

「もっと笑顔でー。ほら、まお様~笑って~」

 

 なぜこんなことをしているのかというと……。もともとはVtuber活動においてお世話になりっぱなしだった静に何かお返しが出来たらと話した際に、資料として色んな服を着た姿を撮影させてほしいと言われたのがきっかけだった。

 まぁそれくらいならと安請け合いした結果生まれたのが、静の家で行われる黒惟まおコスプレ撮影会である。

 

 最初は普通に色々な服を着ていただけだったのだが、回を増すごとにウィッグが用意されメイク道具も完備され。果てには黒惟まおの衣装まで用意する徹底ぶり。

 

 そして今回、リーゼの件を隠していた事と色々心配をかけてしまった事、さらにリーゼのVtuberデザインを請け負ってもらったお礼とお詫びも兼ねての水着衣装撮影会となってしまったのだ。

 

「それじゃベッドに寝転がって」

「はいはい」

 

 指示通りベットに寝転がりカメラを構える静へと視線を移す。不思議なもので恰好まで黒惟まおの姿になると、配信をしている時のようにある程度は恥ずかしさも感じなくなっていく。水着姿なんてここまで露出があるものは今までなかったから多少は恥ずかしさは残っているが、見られているのは静だし写真も公開される訳でもない。

 

「静、ありがとね」

「何いきなり」

「リーゼの事とか色々と」

 

 静がリーゼと会った日、帰るとすぐにリーゼから興奮気味にVtuberデザインを請け負ってもらったこと。その場でラフを描き上げそれを見せてもらった事。絶対に素晴らしいものになるであろう事。そしてSILENT先生に依頼してくれた事への感謝を伝えるメッセージが暴走モードのテンションそのままに届いたことを思い返す。

 

「別にー、ちゃんとしたお仕事だし。妹欲しいって娘に言われたしさー」

 

 そう言いながら静はベッドの上に上がって私を見下ろすようにカメラを構える。

 すでにリーゼの件については私の手を離れ。静とリーゼ、そしてマリーナと詳細を詰めている状態だ。どんなデザインになるのか気になるところではあるが、リーゼから楽しみにしていてほしいと言われてしまったのでそれ以上詮索するのはやめておくことにしている。

 

「そういえば、今度のコムケ抱き枕カバーとおっぱいマウスパッド出すから」

「……誰の?」

「黒惟まおの」

「禁止って言ったじゃん!」

 

 今思い出したかのように告げられた言葉にまさかと聞き返すと、予想通りの名前が返ってきて思わず勢いよく身体を起こす。

 

「あっ」

「ちょっ」

 

 私が勢いよく動いたせいでベッドもその弾みで揺れ、すぐ近くに立っている静がバランスを崩す。スローモーションのように投げ出されたカメラがゆっくりと落ちていき、その行先を気にしているともう一度ベッドが大きく揺れ、片膝と片手をベッドについた静が私の胸に顔を埋める形で倒れこんでくる。

 

「っ、……大丈夫?」

「大丈夫……こうやってあの子も落とした訳だ?」

 

 カメラが無事にベッドの上に落ちたことを見届け、胸元にいる静へと声をかける。

 てっきり急に動いたことに何か文句でも言ってくるかと言い返す準備をしていたのだが、まるで身に覚えのない言葉を投げかけられ首を傾げる。

 

「なにそれ?」

「一緒に寝たって聞いたけど?」

「それは違くて、二人してなに話してるのよ……。そんなことより、出すなって言ったよね?」

 

 そんなことまで話してしまったのかと、ここにはいないリーゼを少し恨みつつ聞き捨てならなかった話題を問いただす。

 抱き枕カバーもおっぱいマウスパッドも周年や誕生日など事あるごとに作らせようとしてくるので禁止令を出しているのだ。

 

「あれは公式グッズでってことでしょ?コムケは非公式だし」

「静が出したらそれはもう公式でしょ……、まさか今日のこれって」

 

 へりくつをこねる相手にわかりやすくため息をついて見せる。

 今日の撮影会の目的はそれだったのかと思うと、わざわざ一周年記念で描いたものとまったく同じ水着を用意した力の入れようにも納得がいく。

 

「資料だけど?ついでにこっちの触り心地も確認……」

「……怒るよ?」

「いてっ、冗談だって」

 

 何も悪びれる様子もなく、手をわきわきと動かしながら迫ってくるので声のトーンを落とし頭に軽く手刀を食らわせる。そうするとケラケラ笑いながら退散していったのでベッドから降り今ではすっかり黒惟まおの衣装部屋と化している空き部屋へ着替えに向かう。

 

「えーもう終わり?」

「もう十分撮ったでしょ、お腹すいたからご飯。

 何食べたい?どうせろくなもの食べてないんでしょ?」

「まおが作ったのなら何でもー」

「じゃあ、ちゃんと野菜も食べなさいよ?」

「えー」

 

 まったくどっちがママなんだか……。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話 お知らせ歌枠

「どう? 準備は順調?」

「はい! まお様のおかげで順調です!」

 

 仕事から帰宅し夕食もシャワーも済ませ、配信準備をしながら通話を繋いでお互いの近況を知らせ合う。それがここ最近の私とリーゼの日課になりつつある。弾むような声色で返ってくる言葉は本当に嬉しそうで、色々と準備に奔走している様子が目に浮かびこちらも頑張ろうと元気をもらえるのだ。

 

 無事、(しず)にVtuberとしてのデザインを請け負ってもらえ父親からも許可を得たリーゼは私の同期としてデビューすることが決まっている。もっとも、私は個人から企業所属への転籍という形になるので、本当に新人としてデビューするリーゼと同期というのは少し不思議な感じではあるのだが。

 

「私のおかげって大したことはしてないのに大げさな」

「マリーナもとても感謝していましたよ」

 

 私がしたことといったら、自身もお世話になっていたり繋がりがあって信頼できるクリエイターにマリーナを紹介しているくらいだ。中には個人勢Vtuberも多く居て、私もそうしてもらって依頼を受けたりして人脈を広げていった面もあるので少しでも恩返しになっているといいなと思う。

 

 私が黒惟まおとしてデビューしたときは本当に手探り状態で、デザインは静に依頼できたのだがそれを配信で使えるように2Dモデリングしてもらえる人を探すのはなかなか大変だった……。とりあえず自分でやってみようとして、あまりに静のクオリティに見合わない出来になってしまい必死に伝手を使ってなんとか依頼することができたのも今となってはいい思い出だ。

 

「まお様はお忙しいのではありませんか?」

「まぁ……ね」

 

 心配そうに掛けられた言葉にここ最近の忙しさを思い返しながら苦笑混じりに返答する。事務所所属にあたって仕事は退職するつもりではあったので今はもっぱら引継ぎに追われているし、二周年記念に向けての準備と少しでも多くの人に見てもらえるように配信頻度も徐々に上げているので正直かなりカツカツではある。

 それでも、ずっと望んでいたように配信活動にすべてのリソースを注ぎ込むことが出来て、今まで出来なかったこともこれからは出来るようになるかもしれない。そう思うといくらでも活力が沸いてくるのだ。

 

「でも、すごく楽しいよ。リーゼもそうでしょ?」

「はい、デビューが今から待ち遠しいです」

「楽しみにしてるからね」

 

 それじゃあ、配信があるからと通話を切る。

 未来の同期であり、配信者としてVtuberとして後輩になる彼女に恥じない配信をしよう。

 

黒惟まお@魔王様Vtuber@Kuroi_mao 

はじめるぞ

 黒惟まお@魔王様Vtuber@Kuroi_mao 

 今宵は疲れを癒すバラードを中心に歌おうと思う 

 歌ったあとは少しお知らせがあるので寝落ちしないように 

 

 ────

 

【歌枠とプチお知らせ】疲れを癒すバラード中心に【黒惟まお/魔王様ch】

 

ふふーん……。よし、……。あーあ、あー。コホン

 

 :きちゃ

 :鼻歌助かる

 :あれ? 

 :マイク入ってね? 

 :キーボードASMR助かる

 :魔王スイッチ入ったな

 

はぁ……。んぇ? あっ…………

 ガタンッ、ブツッ──

 

 :まお様マイク入ってるよー

 :ミュート忘れ芸助かる

 :んぇっ!? (迫真

 :草

 :あっ気付いた

 :一か月ぶりn回目

 :新人さんかな? 

 

 やらかした……。さっきまでリーゼと通話してたせいで完全に忘れてた……。

 何かまずい事は言ってない……よね? 

 いつまでも待機画面にしておくわけにもいかないし……。

 

「────、──。────!?」

 

 :こんまおー

 :こんまおー

 :あれ? 

 :ミュート芸助かる

 :ミュート助からない

 :今日どうした? 

 :草

 :今度はミュートですよ

 

 あ……、今日はこれもうダメな日だ。

 

「……。こんまお、聞こえてる?」

 

 :草

 :泣かないで

 :こんまおー

 :聞こえてるよー

 :ほぼ素やんけ

 

スゥ……。今宵も我に付き合ってもらうぞ? 魔王の黒惟まおだ」

 

 :手遅れなんだよなぁ

 :これは切り抜かれる

 :これは駄魔王

 

「……」

 

 :無言で着替えるな

 :ドレス暑いからね仕方ないね

 :駄 魔 王

 

「何もなかったが、一応まずい事は言っていなかったな?」

 

 :ナニモナカッタデス

 :鼻歌聞こえたくらい

 :んぇっって言ってた

 

 コメントの様子を見るに大丈夫そうだ。いちおう後でアーカイブはチェックしないと……。でも、そういう時のアーカイブって見返すの結構来るんだよね……精神的に。これリーゼ見てるかなぁ……、見てるだろうなぁ……。何が彼女に恥じない配信をしようだ黒惟まお。

 気を取り直して、駄魔王Tシャツ姿からいつものドレス姿に戻す。Vtuberはボタンひとつで着替えられるのだ。現実にもはやく実装してほしい。

 

「では気を取り直して……。今日はバラードばかり用意してきたので眠ってもいいが、終わるころには起こすからな?」

 

 :告知楽しみ

 :あれかな? 

 :ビーム解禁!? 

 :に……に……

 

 画面上にいる黒惟まおの姿を見てからゆっくりと目を閉じ気持ちを落ち着かせる。

 ──うん、大丈夫。

 目を開けた時にはしっかり気持ちの切り替えが出来たので、そこからはしっかりと黒惟まおとして用意してきた曲たちをいつもより少しだけ気合を入れて歌い上げた。

 

 いつもと同じように、用意した曲とコメントから数曲を拾ってちょうど一時間。そろそろ頃合いかと、一息ついて水を飲む。

 

 :まお様のバラードほんとすこ

 :zzz

 :まじで寝そうだった

 :告知くるー? 

 

「今日はここまでにしておこうか、ほら寝ている者は起きるように」

 

 :zzz

 :あと5分……

 :あと5時間……

 :告知タイムきちゃ! 

 :寝てたらコメントできないんだよなぁ

 

「さて、月も変わり来月はあの日が来るわけだが」

 

 :お? 

 :二周年!! 

 :9/6様の日! 

 :9月61日!! 

 :今年は何するの? 

 

「もちろん配信はする予定だがこの日に大事なお知らせをする予定だ」

 

 :大事なお知らせ? 

 :えっ

 :まさか……

 

 コメント欄が少しザワつくがすぐに安心させるように言葉を続ける。

 

「心配しているような事ではなくて、喜んでもらえる内容だと思っているので安心してほしい」

 

 :結婚か? 

 :結婚したのか、俺以外のヤツと……

 :おめでとう! 

 :まおしず? しずまお? 

 :式はいつしますか? 

 

「結婚ってそれ以外にないのか! というか誰かと結婚したらそれは嬉しいのか?」

 

 :幸せになってくれるなら

 :え? 俺じゃないの? 

 :SILENT先生なら許す

 :壁になって見守れれば十分だから……

 

 ちらほらと流れてくる結婚コメントがどんどん多くなっていくのを眺め、しだいに静やつかさ。果てには何度か絡んだことのある他の女性Vtuberや配信者の名前が挙がってきたので歯止めをかける。

 

「あまりよそ様の名前を出すのはやめておくこと、それにしても候補多すぎじゃないか?」

 

 :おまいう

 :増やしてるのは魔王様定期

 :人たらし魔王だし……

 :なんなら人以外もたらしてるし

 :そのうち刺されそう

 :夜道には気を付けてもろて

 

 私の印象って一体……、いやこの場合は黒惟まおの印象……? まぁ、どっちにしろ私か……。

 

「コホン、とにかく9月6日に重大発表をするので夜は時間を空けておいてほしい、詳しい時間や配信内容は追ってSNSや配信で告知することになると思う」

 

 :了解! 

 :楽しみにしてる! 

 :ご祝儀用意しておきますね

 

 告知の告知という形にはなってしまっているが、ようやくリスナーたちにひとつ知らせることが出来て本当によかった。コメント欄が結婚で埋まったときはどうしようかと思ったけど……。

 

【黒惟まお/魔王様ch】:おつまおー幸せになりますv

 

 :おつまおー

 :やっぱり結婚じゃないか! 

 :草

 :お父さんは許しませんよ! 

 

 最後のコメントを送信しその反応を楽しみながら、最後はミスをしないように配信を終了する。

 そして冒頭の失態をしっかりとアーカイブで視聴し特に問題はなかったことに安堵しつつも精神的ダメージを受けるのであった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話 事務所探訪

「ほんとにここであってるよね……」

 

 立ち並ぶオフィスビルを見上げ手に持つスマホを開いてメッセージをもう一度確認する。

 

 マリーナ:事務所の用意がほぼ整いましたのでお時間があるときに一度お越し下さいませ

 

 そのメッセージの下には事務所の所在地がわかりやすいように地図サイトのURL付きで載せられているのだが……。

 

「やっぱりここだよねぇ」

 

 目の前にあるのは仕事でも滅多に立ち寄らないような高層オフィスビルで、何度目の前の光景とメッセージを見比べても間違いはなさそうだ。

 マリーナに到着した旨をメッセージで送り、エントランスホールに足を踏み入れる。暑かった外気から遮断され、ほどよく冷房が効いているその空間は管理が行き届いており、自然と大きな取引先が思い出され背筋がすっと伸びてしまう。

 

 ほどなくして現れたマリーナに軽く会釈し、お互い言葉少なにゲスト用のIDを受け取りセキュリティゲートを通る。

 

「お久しぶりですわ」

「お久しぶりです、こうやって会うのは……リーゼと(しず)の時以来ですね」

 

 久しぶりといってもこうやって実際に会って話すのがそうであって、ほぼ毎日のようにチャットや通話で打ち合わせをしていたのでそんな気はあまりしない。それに色々な準備に追われているせいで数ヶ月前の出来事もほんの少し前の事のように感じてしまう。

 

 マリーナに先導されエレベーターに乗り目的の階層へと上がっていく。高層ビルの中でも最上階であるフロア。そこが目的地であることは知らされていたが、実際に向かうとなるとガラス越しに見える景色がどんどん高くなっていくことにつれ現実感が薄まっていく。

 

「まだ一部は準備中ですが、最低限の体裁は整えられましたわ」

 

 そう言われて案内された先はどこの大企業かと思うような作りと広さで、これがまさか私のために用意された事務所だと言われても冗談だとしか思わないだろう。

 最低限でこれって……。基準がおかしくない……?

 

「あの、マリーナさん。こんなところ大丈夫なんですか?」

 

 オフィス街としては一等地の高層オフィスビルでしかも最上階だ、かかっているコストは想像すら出来ない。Vtuber業界だけではなく芸能業界トップを争う事務所というならばわからなくもないが新興の事務所としては明らかに常軌を逸している。

 

「その点につきましてはご心配なく、借り手がなかなか見つからず遊ばせておくにはもったいなかったので、こうして有効活用できるなら十分ですわ」

「えっ、まさか。このビルって……」

「えぇ、魔王様に代わってわたくしが管理している物のひとつですわ。将来の魔王様が関わる事業ですもの箔というものは重要です」

 

 当たり前のことを説明するように言われてしまえばただ頷く他なく、ただただそのスケールの大きさに圧倒されるしかない。

 

「それに回収できない投資とは思っておりませんもの」

 

 そんなやり手の彼女がニヤリと口端を上げ言うのだから自信はあるのだろう。ただ、私に向けられた視線からは「期待しておりますよ」という言葉も混ざっているような気がして曖昧な笑みで返すのがやっとだった。

 

「それではこの先でお嬢様がお待ちです」

 

 今日の訪問に合わせて先に来て待っているリーゼのもとへと向かいながら、時折スタッフらしき人とすれ違っていく。だいたいはマリーナに頭を下げたあと私の方へも軽く会釈していくのだが、何人かは私の姿を見ると驚いたように目を見開き慌てて頭を下げて去っていく。なにか驚かせるような事をしてしまっただろうか……。

 

「こちらの部屋はお嬢様とまおさんでお好きに使っていただいて構いませんわ」

 

 そんな心配をよそに案内された部屋はいわゆるリフレッシュルームのようで軽く打ち合わせのできそうなスペースやミニキッチンまで用意されている。そして、待ちわびたとばかりに立ち上がりこちらへと軽やかな足取りで歩み寄ってくるリーゼによって出迎えられた。

 

「まお様!お久しぶりです!」

「ええ、久しぶりねリーゼ」

 

 例によってチャットと通話でコミュニケーションは取っていたのだが、実際に会うのはマリーナよりも期間が空いていたので嬉しそうに笑みを浮かべているリーゼの姿を見ると、なんとなくその姿は飼い主を待っていた子犬のように映ってしまう。絶対、尻尾があればはち切れんばかりに振っていることだろう。よしよしと頭や顎を撫でてあげたくなる衝動を抑える。

 

「お元気そうで良かったです、少し前の配信ではお疲れの様子でしたので……」

「もしかして、……お知らせ歌枠のこと?」

「はい」

 

 あぁやっぱりあの配信は見られていたか……。そうだろうなと思ってはいたが心配までされていたのかと思うとあの時の失敗を思い出して恥ずかしくなる。あれはたしかに疲れていたというのもあるけど……単純に時々やらかすアレだ。

 

「恥ずかしいところを見られちゃったわね……」

「あっ、えっと。その、すごく可愛らしくて……大丈夫だと思います」

 

 何が大丈夫かはわからないが、とにかくフォローしてくれようとしている姿に苦笑し気持ちを持ち直す。やってしまったものはいつまでも引きずっていてもしょうがないのだ。

 

「それでは他の部屋についてご案内してもよろしいですか?」

 

 そんな私とリーゼのやりとりが一段落すると、待っていたようにマリーナが提案してきたので先導するマリーナに二人で付いていく。

 

「では、お二人に関係する場所をご紹介させていただきますわ」

 

 そう言われてまず案内されたのはレコーディングスタジオでコントロールルームにスタジオ、ボーカルブースまで完備されている徹底ぶりだ。何度かレンタルのレコーディングスタジオを利用したことはあるが、そこに勝るとも劣らない……。いやもうこれは下手なレンタルスタジオよりもよっぽど機材も環境も充実しているのだろう。まだ一度も使われていないであろう機材たちはピカピカと輝いているようで私のテンションも上がってしまう。

 そんな私の様子を微笑ましく見守る二人の視線に気付くまで心ゆくまでスタジオの見学をしてしまった。

 

「喜んでいただけたようでなによりですわ」

「まお様は機材にも詳しいんですね、すごいです」

「少し……ね。自分も使ってるからテンションあがっちゃって」

 

 その次に案内されたのは更に大きなスタジオで壁や天井には無数のカメラと照明が設置されている。

 

「ここって……」

「モーションキャプチャスタジオですわ、稼働はまだまだ先になりそうですが」

 

 私もいつかは3Dでと思ってはいたので興味本位で機材については調べたことはある。モノによっては数十から数百万円するようなカメラがそれこそ何十台も……。そんな環境が目の前に広がっている。ここで黒惟(くろい)まおが3Dになって動く。そんな遠い夢のように思っていた姿を思い浮かべ、少しだけ感極まりそうになり慌てて感情を抑えるように頭を振る。そんな姿を見せてしまえばまだ実現もしていないのに気が早すぎると笑われてしまう。

 

「まお様が3Dに……。」

 

 そんな私を横にリーゼも同じ光景を思い浮かべているのか、感極まってるらしい呟きが隣から聞こえてくる。

 

「リーゼもでしょ?何私より泣きそうになってるのよ。それは二人でそうなったときにとっておきましょ」

「まお様……っ」

「あーもう、はいはい。我慢我慢」

 

 からかうように声をかけそう遠くないであろう未来の話をすると、今度はそれを思い浮かべたのか声まで泣きそうになっている。そんな様子に苦笑しながらリーゼの頭を仕方ないなと撫でてあげた。あぁもう可愛いんだからこの妹は。

 

 そのあとは事務室や更衣室などを見て回り「あまりこちらには来ないとは思いますが」と言われながらシステム開発の部屋も少しだけ見せてもらい事務所、というか会社見学ツアーは終了した。

 

「いかがでしたか?」

「思った以上というか……、こんなにすごいことになっているとは思ってなかったので驚きました」

「ご満足いただけたようでなによりですわ」

 

「ねぇリーゼ、マリーナさんって何者なの?」

「お父様の古くからの友人ですが……わたくしも時折わからなくなります」

 

 私の言葉に満足そうに微笑むマリーナを横目にリーゼへと顔を寄せ、ずっと思っている疑問を小声でぶつけてみるがリーゼも声を潜め困ったように眉尻を下げ苦笑と共に返答する。

 

「ともかくここまで準備してもらったんだから、二周年は頑張らないとね」

「わたくしも楽しみにしています」

「そのあとはリーゼのデビューね、一緒に頑張りましょう?」

「はい!」

 

 ここまでやってくれたのだ、最高の形で二周年を迎えそしてリーゼにも最高のスタートを切ってもらいたい。二周年を境に私のVtuberとして、そして黒惟まおとしての活動が大きく変わる。そんな予感がますます大きくなった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話 二周年記念凸待ち配信①

黒惟(くろい)まお@9月6日二周年!重大発表あり!@Kuroi_mao

今宵20時から二周年記念に凸待ち配信を行う!

そのあとは重大発表もあるので是非見に来てほしい

#黒惟まお二周年記念凸待ち

 

『二周年おめでとうございます!』

『凸待ちきちゃー!!』

『発表気になる』

『これは黒惟まお被害者の会集合するわ』

『おっ、修羅場か?』

『防刃ベスト用意してもろて』

 

 いよいよ二周年記念の日を迎えて告知をすると、いつも以上におめでとうや楽しみといった反応が返ってきているのだが。一部がなんかちょっとおかしい。

 

黒惟まお@9月6日二周年!重大発表あり!さんがリツイート

SILENT@SILENT_oekaki

おめでとう

#黒惟まお二周年記念凸待ち #まお様の肖像

pic.loader.com/mao2nd

 

 (しず)も今日の配信のサムネ用に描いてくれたイラストを載せて応援してくれている。

 二周年記念で何をするかと考えたがここはやはり定番の凸待ちをすることにした。二年も活動していればそれなりに知り合いは増えるもので、ありがたいことに何人かには話を通しているから凸待ち0人なんてことにはならないはずだ。……それに少しだけサプライズも用意してある。

 

 そして凸待ちが終わった後には記念グッズの発表をして……。

 最後には黒惟まおが企業所属になることを知らせる。

 活動内容は変わらないものの、個人勢として応援してきてくれていた人の中には離れていってしまう人も出てきてしまうかもしれない。

 

 受け入れてもらえなかったらどうしよう……。

 ここ数日はそんな不安を打ち消すように配信も告知もとにかく頑張ったのだ。きっとリスナーは受け入れてくれるし、これからはもっとたくさん配信して一緒に楽しむんだ。

 

────

 

【#黒惟まお二周年記念凸待ち】二周年を共に祝おう!重大発表アリ!?【黒惟まお/魔王様ch】

 

    ¥10,000

 まお様二周年おめでとうございます!

    ¥9,610

 おめでとう!

    ¥961

 最高の日だ!

    ¥11,961

 これからもずっと推し続ける

 

 待機枠を見ればたくさんのコメントと共にスパチャもどんどん流れていく。どれもこれも見覚えのある名前でそれこそ初期配信からの人、一周年で初めてスパチャを投げた人も最近誕生日を祝った人の名前もある。どれもこれも二周年を祝ってくれる言葉ばかりで本当に暖かい。じっくりとひとつひとつ見ていきたいがそれをしているといつまでたっても配信が始められない。そう思って気持ちを切り替えようとしたところにまた新しいスパチャが流れていく。

 

    SILENT

    ¥50,000

 

 :ファッ!?

 :SILENT先生!?

 :マッマ!?

 :SILENT先生もよう見とる

 

 まったく、何してるんだか……。

 突然現れ無言で投げていった静に盛り上がるコメントを見てふふっと笑う。

 おかげですこしだけ緊張がほぐれたよ、ありがとう静。

 では……始めようか。

 

「今宵も我に付き合ってもらうぞ、魔王の黒惟まおだ。早いものでこちらでの活動も二周年を迎えることができた。いつも応援してくれている(みな)には深く感謝している」

 

 :おめでとう!

 :こちらこそありがとう!

 :こんまおー

 :こんまお忘れてますよ

 

「この挨拶にもすっかり慣れてしまったな、こんまおー」

 

 :嫌がってた頃がなつかしいこんまおー

 :実家のような安心感こんまおー

 :これがないと配信始まらないまである

 :親の声より聴いたこんまお

 

 たしかに最初はあまりに安直すぎる挨拶に使うのを避けていた気がするが……。今ではすっかり慣れて愛着すら湧いてしまっている。

 

「今日は告知の通り凸待ちを行う。そのあとに重大発表をする予定だが……、もう来たようだな」

 

 今日の流れを軽く説明しかけたところで催促するようにさっそく通知が届き言葉を切って通話を繋げる。

 

 :お?

 :早速?

 :誰だ?

 :凸待ち0人は回避したか

 

「コーンばんわー、いい夜やなぁ。まおちゃん二周年おめでとう」

「まだ説明の途中だったんだが……、ありがとう。名乗ってもらってもいいか?」

「はいはい、(よい)に呑むんは宮の甜狐(あまぎつね)、Live*Live所属二期生の天狐(てんこ)宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ)と申します」

 

 :甜狐ちゃんだ!

 :飲み屋きちゃ!!

 :こんコーン!

 

 相手が挨拶したのに合わせて用意していた立ち絵を画面上に表示させる。

 ふわりと少し癖のある白い髪をたなびかせ、和装の後からは4本の尾を覗かせ人をからかうような余裕のある笑みを浮かべる狐っ娘。

 そんな彼女の登場にコメントが盛り上がる。

 

「今日は来てくれてありがとう」

「甜狐とまおちゃんの仲やないの、声かけられなくても飛んで参りますえ?」

 

 独特の口調とイントネーションを操る彼女はここ一年ほどで急激に成長している企業、Live*Liveに所属しているVtuberだ。ほぼ同時期に活動を始めたこともあり、Live*Live所属Vtuberの動画制作なんかをきっかけに交流を持ち始め、今となっては気軽にコラボに呼びあえる仲になっている。

 

「最近はあまり声かけてくれないから甜狐に飽きてしまったんかと思うて……、まーた新しい女でも作ってはるんでしょ?」

 

 よよよ。と悲し気な声を聞くに実際に泣き崩れて見せているのだろう。

 

「甜狐がそういうこと言うからリスナーが真に受けて変な噂が立つんだが」

「火のない所に煙はたちませぬ~」

 

 :そうだそうだ!

 :だいたい飲み屋が正しい

 :言ってやってくださいよ宵呑宮の姉御!

 

 こいつらは……。

 

「このお人はそれはまぁ、たくさんの人をたらしこむ魔王様やから。甜狐も最初は……」

「好き勝手言ってくれて……、うたみた動画の作者に逃げられて泣きついてきたのはどこの狐だったか……」

「それで救いの手を差し伸べてくれたのが甜狐とまおちゃんの馴れ初めやね……、あんなんされたら好きになるなって言う方が無理やわ」

 

 仕返しのつもりで過去の話を掘り返しても、嬉々として話を広げてこられると返す言葉が無くなってしまう。どうしたものかと考えていると新たに通知が来ている事に気付いてメッセージに目を通し、ちょうどいいかと現在のグループにその送り主を追加してやる。

 

 :まおてん助かる

 :てぇてぇ

 :イケメンすぎる

 :狐までたらしこんでおられる

 

「ちょっとー、凸待ちで惚気るのやめてくれなーい?」

「あら、せっかくまおちゃんと甜狐の二人きりだったのになぁ……」

「はいはい、それじゃあ挨拶をどうぞ」

「どうもー!夜の闇と書いて夜闇(やあん)リリスでーっす!やーんエッチなリリスちゃんって覚えてね♪あ、個人勢のサキュバスVtuberでーす」

 

 :リリスちゃんも来た!

 :安定のトリオそろったな

 :センシティブが来たぞー!

 :まおの女たちが続々と

 

 慣れた手つきで新たに現れたリリスの立ち絵も甜狐の隣に並べる。

 金髪ハーフアップツインにジト目で獲物を見つけたような表情を浮かべ口元でピースサイン。

 一時期話題になった童貞を殺すセーターを身にまとっている。

 

「こっちじゃなくていつもの衣装はー?」

「それでお前のチャンネル一回BANになってたじゃないか」

「ほんまあれは笑えたわ~」

 

 :えっっっ

 :もはや伝説の衣装になりつつある

 :つべくん思春期だから……

 

 彼女の言ういつもの衣装というのはセーラー服とは名ばかりの超ミニスカートに上着も胸の半ばまでしかなく、布面積の少ない水着を惜しげもなく披露しているものだ。それで何回も収益化が止まったり、サムネイルBANされたり……。その対策で新たに出てきたのがあのセーターなのだからそのこだわりは凄まじいものがある。

 

「そんでリリスは何しにきたん?」

「そりゃもちろん愛しの黒様のお祝いに♪二周年おめでとう。そろそろ結婚する?身体だけでもいいよ♪」

「一応、ありがとう。身体は遠慮しておく」

「あーん、もうそんな冷たい黒様も、す・て・き♪」

 

 :サキュバスも落とす黒様

 :催淫なんていらなかったんや!

 :黒リリ最強!!

 :夜はリリ黒なんだよなぁ

 

 彼女とはいつもこんな感じだが、付き合いは甜狐よりも長く魔王時代からの知り合いだ。私よりも先に個人でVtuberになっていたため、こんなやりとりをしているが面倒見もよく私もかなりお世話になっている。

 黒惟まお、宵呑宮 甜狐、夜闇リリス。この三人はそんな縁もあって気安いVtuber仲間としてよく絡むようになり、それは今でも続いている。

 

「でもこの三人そろうのも久しぶりじゃーん」

「そういえばそうか」

「昔はよくコラボしとったよなぁ」

 

 リリスがかき回し、甜狐がそれに乗っかって、私が突っ込んだり場を収めたり……。思えば私ばかり苦労している気がするけど、それでも楽しい配信ばかりだった。

 

「今となっては甜ちゃんは天下のLive*Live様だし、黒様もなんだかんだでっかくなっちゃったからなー。……お胸はあたしが勝ってるけど」

「「リリス……」」

 

 付け足すように笑いながら話す彼女からは少しだけ寂しさのようなものも感じられて、私と甜狐の呟きが揃う。

 

「あーもう!せっかくの記念日だから湿っぽいのはナシナシ!そろそろ他の人来そうだし?あたしらはお暇しよっか」

「せやなぁ、このあともぎょーさんまおの女たちが行列作ってるやろし」

「あんまり増やしちゃイヤだよー?あたしはいつでも待ってるからネ♪」

「「それじゃ二周年おめでとう!」」

 

 最後は言いたい放題言ってタイミングも合わせていないだろうに息ぴったりで去って行ってしまった。

 

「言いたいだけ言って行ってしまったな、ありがとう二人とも。二人のチャンネルはあとで概要欄に貼っておくので登録していないものは登録よろしく頼む」

 

 :二人ともありがとう!!

 :またコラボ見たいぞー!

 :てぇてぇ助かる

 

tenco ch.宵呑宮 甜狐:お邪魔しましたーオイタは程々に

夜闇リリス/Yaan Lilith:黒様のために女磨いておくネ♪

 




案の定というかとても長くなりそうなので後半に続きます

スパチャ:スーパーチャットの略、お金を払うとその金額によってコメントに色がついて目立つようになる
うたみた動画:歌ってみた動画の略、読んで字のごとく歌を歌っている動画
童貞を殺すセーター:童貞を殺す服とは真逆の存在だったりする、詳しくは調べて(微センシティブ)

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話 二周年記念凸待ち配信②

宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ)@Live*Live二期生/良い飲み屋@yoinomiya_tenco

お邪魔いたしました~

まおちゃんの重大発表気になるな~

#黒惟まお二周年記念凸待ち

 

夜闇(やあん)リリス@エッッ(健全)なASMRボイス発売中♥@yaan_lilith

黒様へ愛を伝えちゃった(⋈◍>◡<◍)。✧♡

いいお嫁さんになるためにガンバルぞ♪

#黒惟まお二周年記念凸待ち

 

「まお様おめでとうございます!」

「まお様お慕いしています……」

「またコラボしたいです!」

「……おめでと」

「さっきの子とはどういう関係なんですか!?」

 

 最初に来た二人がしっかりと場を温めてサクっと帰っていってくれたおかげで、凸待ちは思った以上に盛況だ。配信で絡んだことがある子や、動画編集で携わった子、次々と来るメッセージを捌きながら通話を繋ぐとお祝いしてくれる言葉が嬉しい。時々少し毛色が違う言葉が飛び交っている気がするが深くは考えない方がいい気がする。

 

「まさかこんなに来てくれるとは思わなかったな……」

 

 :いや、まおの女多すぎやろ

 :冗談抜きに行列出来てて草

 :まさしく人たらし魔王

 :なおここまで人間0人の模様

 

 凸ラッシュが一旦落ち着いたので一息ついて、メッセージの見落としがないか確認していると事前のメッセージもなくいきなり通話がかかってくる。その相手を見て、少しだけ躊躇するが通話開始ボタンを押す。

 

黒惟(くろい)まお!!!!」

 

 第一声からしてとてもよく通る声がヘッドホンを貫通してこちらのマイクに乗るんじゃないかと思うほどの声量で届く。配信ソフトのゲージが真っ赤になって振り切れているので慌てて相手の音声を下げる。

 

 :!?

 :鼓膜ないなった

 :ん?ミュートか?

 :ミュートニキは耳鼻科行ってもろて

 

「たつ子うるさい」

「だからワタクシの名前はたつ子ではないって!何回言えば!覚えるんですの!?」

 

 :たつ子きちゃ!!

 :よう、たつ子

 :相変わらずの声量で草

 

「ほら、じゃあ名乗って」

「んぐぐ……、ぶいロジ!所属の桜龍(おうりゅう)サクラ子ですわ!」

「立ち絵もらっていい?」

「すぐにお送りしますわ」

 

 :相変わらずの塩対応

 :立ち絵もってないのかよ

 :この前コラボしてなかったっけ?

 :素直なたつ子かわいい

 

 すぐに送られてきた立ち絵をダウンロードして配信ソフトに取り込んで……、ってサイズでっか!?一瞬で配信画面がお腹のドアップになったのでバストアップになるまで縮小する。

 ピンクゴールドのボリュームたっぷりな無造作ロング髪に勝気な表情を浮かべ、チューブトップキャミソールにホットパンツで腕を組み仁王立ち。桜龍と聞くといわゆる東洋の龍がイメージされるがバリバリ西洋風ドラゴン娘のお嬢様が画面上に現れる。

 

 :でっっっっっっっっか

 :草

 :へそ助かる

 :スタジオモード使ってもろて

 :へそ隠さないで

 

 Virtual mythology、ぶいロジ!所属の桜龍サクラ子は私がデビューして約半年後から活動を開始したVtuberだ。たつ子というのは、名前をもじって龍の子だからたつ子と呼んでみたら思いのほかしっくりきたので時折そう呼んでいる。

 

 デビュー時から何故か目の敵にされ色々張り合ってきたりゲームで勝負を挑まれたり。それでも性根は真っすぐで気持ちの良い性格をしているので個人勢と企業勢という間柄ではあるがかわいい後輩といった扱いになっている。まぁ本人には間違っても言わないけど。

 

「それでいきなり通話かけてきてどうかした?」

「……凸待ちしていたんですわよね!?」

「していたが」

「魔王である貴女の凸待ちに桜龍たるワタクシが来なければ盛り上がらないでしょう!?」

「素直に祝いに来たって言えばいいものを……、サクラ子来てくれてありがとう」

「べっ、別にそんなつもりは……って!だからワタクシの名前はサクラ……、……んっ?」

 

 :ツンデレ助かる

 :まおたつでしか摂取できない成分があるんだよなぁ

 :たつ子混乱してて草

 :遊ばれてるやんけ

 

 ほんと、からかい甲斐があってついつい意地悪をしてしまう。きっと今画面の前では首を傾げているんだろう。

 

「とにかく!二周年だからといって油断しているとワタクシが追い越していきますからね!」

 

 今となっては私よりよっぽど登録者も多いし、視聴者も向こうの方がついている。とっくに追い越されていると思っていたところに投げかけられた言葉に今度はこっちが首を傾げてしまう。

 

「もうとっくに追いつかれているとは思うが」

「そういうことではなくて……、あぁもうっ。そういう無自覚なところ直した方がいいと思いますわ!二周年おめでとうございます!では失礼いたしますわ!」

 

 :それはそう

 :そういうとこやぞ

 :憧れの先輩ってことでしょ

 :鈍感で人たらしってラノベ主人公なんだよなぁ

 

桜龍サクラ子-Oryu sakurako-:首を洗って待ってなさい!!

 

「相変わらず嵐のようなやつだったな」

 

 コメント欄では散々な言われようだ。慕ってくれているのは感じているけど半年先に活動を始めただけの私より、企業に所属して(おご)ることもなく日々新しいことに挑戦して活動している彼女のほうがよっぽどすごいと思っているのだ。

 

 さて、そろそろ凸の流れも終わり記念グッズの告知でもするかと準備しようとしたところでメッセージが一件滑り込んでくる。

 

「えっ、本当に?あっ、ちょっと待っててください」

 

 :ん?

 :どうした?

 :素出てるぞ

 :タイピングはっや

 

 凸終わりの空気を感じてかメッセージを送ってきた相手も無理に通話しなくてもいいよと言ってくれているがそういう訳にもいかない。むしろ私が話したいのだ、その旨を勢いよくタイピングしあわせて立ち絵も送ってもらい準備を整える。

 

「こほん……、まさかこの方に来て貰えることになるとは……挨拶お願いしても?」

「まおちゃん二周年おめでとう!Live*Liveの明日見(あすみ)アカリですっ!あっ、まお様の方がよかったかな?」

 

 悪戯っぽく言葉を続けながらあははと朗らかな笑い声を漏らす相手はよく知る甜狐が所属しているLive*Liveの中でも特別な一人。

 サラサラで明るいオレンジに近い色の髪を肩まで伸ばし、輝くような明るい笑顔は見る者すべてに元気をくれる。セーラー服をアレンジしたようなアイドル衣装はお腹を大きく出していて透け感のある素材も多く使われているが健康的な魅力のほうが強い。

 

 Live*Liveの良心、アイドル最後の砦、人数が増えるにつれどんどん個性が強くなっていくメンバーの中でもそう呼ばれているのはLive*Liveの創設からいる明日見アカリくらいなものだ。

 

 :アカリちゃん!!

 :夏フェス衣装ほんとすこ

 :最後にアイドル来たな

 :直接絡みあったっけ?

 

「明日見さんに様なんて呼ばれたらファンや他のメンバーになんて言われるか……」

「そんな事気にしなくていいのに、それに下の名前で呼んでくれてもいいんだよ?」

「……えっ、あ。アカリ……さん」

「さん?」

「アカリちゃん……さん」

 

 :まお様が押されてる……だと?

 :ほら、まお様アカリちゃんのファンだし

 :流石アカリちゃんさん

 :ただのファンで草

 

 うるさい、仕方ないでしょ。魔王時代からファンでVtuberになろうと思ったのもアカリちゃんきっかけみたいなところもあるんだから……。

 

「こうやって配信上で一対一で話すのは初めてだよね」

「えぇ、そうですね」

「まおちゃん、魔王様忘れてるって」

「……そうだな」

 

 :これは貴重なシーン

 :魔王様忘れないで

 :魔王が人間に弱いのは伝統

 :勇者アカリちゃんさんじゃん

 :何気に今日初の人間凸じゃね

 

「ふふっ、今日初めての人間だって、ほんと?」

「たしかに天狐にサキュバスに、人狼、悪魔、エルフ、ドラゴンに……」

 

 言われてみればここまで凸しにきてくれた者は全員種族でいうなら人間ではなかった。

 

「甜狐ちゃんとも仲いいんだもんね、他にもうちの子たちと仲良くしてくれてるって聞いてるよ、今日の配信も一緒に見てたし一緒に来たがってた子もいたんだけどね。あんまり大勢で押しかけるのも迷惑かもってことで代表で行ってきてほしいって言われて」

 

 :Live*Live攻略してるやんけ

 :まずは外堀から攻めてるのか

 :完全に魔王討伐しにきた勇者

 

 絶対に甜狐も一枚噛んでるのは間違いないだろう、感謝していいのか教えてくれなかったことを恨むべきか……。

 

「コラボだったり動画編集で仲良くしてもらっているメンバーが多いからな、こちらこそ助かっているので……」

「私のうたみた動画も何個かお願いしたことあるんだよ~。すっごい出来がよくてスタッフさんも大絶賛だったり」

 

 :そういう繋がりだったんだ

 :まお様すごいやん

 :さすまお

 :ビームは撃たないけど人には撃たせる女

 

 おかげで世に出る前のアカリちゃんのうたみたを聞く事ができて役得感がすごかったんだよなぁ……。いつも以上に力が入って、自分でも納得いく出来だったので本人の口から好評だったと聞くのはとても嬉しい。

 

「あっ、私ばっかり喋っちゃったけど時間とか大丈夫?」

「時間は気にしなくても、と言いたいところだが。アカリちゃんも忙しいだろうし……」

「私は全然大丈夫だけど、そろそろみんなもいつもの魔王様が恋しくなってきたんじゃないかな?それじゃあ、本当に二周年おめでとうまおちゃん!これからも仲良くしてねっ!そうだ!今度一緒にうたみた動画とか出せたら嬉しいなぁ」

「ありがとう、それは是非っ」

「じゃあ約束だね!それじゃあ明日見アカリでした~」

 

 :即答やんけ

 :そりゃね

 :出るならマジで楽しみ

 :アカリちゃんにビームお願いするしかないな

 :それだ

 :アカリちゃんありがとう!

 :アカリちゃんさんまお様のことよろしくお願いします

 

 思わぬところから出た提案に勢いよく飛びつくと、それもふふふと笑われてしまうがそんな事はどうでもよくなるくらい嬉しい提案だ。これで社交辞令だったら泣く自信がある。

 

akari ch.明日見アカリ:ビームもいいかもね!

 

 コメント欄……。あとで覚えておけよ。




次こそ重大発表します

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話 サプライズと重大発表

桜龍(おうりゅう)サクラ子@ぶいロジ!/来週龍族コラボ@oryu_sakurako

今日くらいはお祝いしてあげますわ!!

#黒惟まお二周年記念凸待ち

 

明日見(あすみ)アカリ@Live*Live/新曲配信中!@asumi_akari

まおちゃんの凸待ちに行ってきたよー

うたみたの約束もしたしお楽しみに!

#黒惟まお二周年記念凸待ち

 

「アカリちゃん忙しい中本当にありがとう、夏フェスライブ最高でした」

 

 :それな

 :さすがファン

 :新曲良かったなぁ

 

 アカリちゃんの登場には驚かせられたが、いちファンとして、彼女を見てVtuberになった身としては嬉しすぎるサプライズだった。

 おかげで視聴者数は記念配信ということでいつもよりは多いくらいだったのだが、更に伸び中々見れない数字になっている。

 

「ではそろそろ良い時間なので凸待ちはここまでにさせてもらう。来てくれた人、予定が合わずにメッセージを飛ばしてくれた人、見守ってくれていた人。(みな)、本当にありがとう」

 

 今回、二周年記念凸待ち配信の告知をしてからはたくさんの人からSNSやメッセージアプリで参加宣言やお祝いの言葉をもらっていた。「予定があって行けないけどお祝いの言葉だけは!」「行けたら行く」「仕事が……;;」「配信が……;」など本当に様々だ。それだけこの二年間で知り合いや友人、仲間が増えたのだと思うとこの活動を始めて本当に良かったと思う。

 

「それじゃあ、いよいよ重大発表……の前に、告知がひとつともうひとつ皆に見てもらいたいものがある」

 

 :いよいよか

 :焦らしていくぅ!

 :重大じゃない告知?

 

「まずは告知の方だが、黒惟(くろい)まお活動二周年記念グッズを今年も出せることになった。おなじみSILENT先生描き下ろしB2タペストリーに何かアクセサリーを出して欲しいという声も多かったのでリングと、今回はボイスも収録してある。フルセット購入してくれた者には、タペストリーと同じデザインのポストカードに今年も直筆サインを入れたものとフルセット用に追加収録したボイスが付いてくる」

 

 :二周年記念グッズきちゃ!!

 :ウェディングまお様……だと!?

 :直筆助かる

 :戦争回避助かる

 :エンゲージリング!?

 :ボイス助かる

 :こんなん結婚しちゃうじゃん

 

 配信画面に二周年記念グッズの画像を表示させながらその内容を説明する。基本的にグッズに使うイラストの内容は(しず)に任せているのだが、今回はリスナーからの要望もあったアクセサリーを出したいと話したところ「じゃあリングにしようよ」と言われ用意されたのは純白のドレスに身を包んだ姿だった。

 

「リングにはチェーンもつくからネックレスにして身につけてもいいし飾ってもいいし、……まぁ一応ペアリングになる」

 

 :重大発表ってやっぱり……

 :なるほどね完全に理解したわ

 :結婚したのか、俺以外のヤツと……

 

 コメントの流れが完全に約一ヶ月前のお知らせ歌枠で今日の告知をしたときと同じになっている。あのときにはイラストもグッズもほぼほぼ決まっていたので内心ドキドキしていたのだ。

 

「販売開始はこのあと21時から、受注生産で限定でもないから急がなくても大丈夫だが買ってくれると嬉しい。ボイスもそれなりに頑張って収録したのでな」

 

 ボイスについてはベースは私自身で考えたが、度重なる静からのダメだしを受けて台本はほぼ静の作品と言っていいものになった。最終的にはプロポーズを受けるVerとプロポーズをするVerの二通りのボイスが収録されている。

 

「そしてもうひとつは、とある人物からメッセージをもらっている。そいつも凸待ちに来たかったみたいだが忙しいのと事情があって動画という形になった」

 

 :メッセージ?

 :誰だ?

 :本命か?

 :重大発表、ウェディンググッズ、あっ(察し

 

「中身は当日まで絶対に見るなと言われているので初めて見るのだが……。一緒に見ようか」

 

 動画を流し始めると画面には金髪ショートの女性が映し出される。

 

「ん?これもうはじまってる?あー、こんにちは。いやこんばんは?ハハハ、どっちでもいっか。まお活動二周年おめでとう」

 

 :!?

 :誰?

 :えっ

 :天使ちゃん!?

 :ま?

 

「ん?自己紹介?あぁそっか、どうも天使(あまつか)沙夜(さや)です」

 

 画面上に現れた全国ツアー真っ最中のアーティスト、天使沙夜こと幼なじみであるつかさの姿にコメントが一気に加速する。

 おお、驚いてる驚いてる。

 

「ほんとは直接祝ってあげたかったんだけど今ツアー中だし、色々とね?まぁ知ってる人も多いと思うけど魔王様とは付き合いも結構長くて、こうしてアーティスト活動できてるのもまおのおかげだと思ってるからすっごく感謝してるよ。あんまり本人には言ってないんだけどね。ってここで言ったら聞かれちゃうのか」

 

 ハハハと笑いながら恥ずかしそうに頬を掻く姿は昔とちっとも変わっていない。

 

「まおは本当に誰にでも優しくて……まぁそのぶんたらしなところがあるけど。たくさんの仲間とファンに愛されてるんだから、二周年を迎えてもまおらしく楽しんで活動して欲しいな。そんなまおの姿を見てこっちも頑張るからさ。あーなんかこういう風に言うと結構恥ずいな。それじゃ、ファンのみんなまおの事よろしく頼むよ」

 

 :昔からたらしだったのか

 :てぇてぇ

 :めっちゃ仲良しじゃん

 :なんか泣けてきた

 :いい関係だなぁ

 

 いったいどんなことを言われるのかと思っていたが、優しい言葉にこちらも嬉しくなると共に恥ずかしくなってしまう。相手は売出し中のメジャーデビューアーティストということで大人の事情もあり通話どころかメッセージも難しいと思っていたが、そこはつかさがなんとかメッセージだけでもと色々交渉してくれたらしい。

 

「あっ、そうだ。もうひとり祝いたいってやつがいるらしいぜ?」

 

 締めの言葉が入り動画を止めようとしたところで付け足された言葉にその手が止まる。え?何?そんなの聞いてないけど。また誰か出てくるの?そう思って身構えていても動画は終わり画面は暗転してしまう。

 

「えっ?動画終わったが……、ともかくありが……ん?」

 

 感謝の言葉を言おうとしたところで通話がかかってくる。凸待ちは終わったはずだけど……。そう思ってかけてきた相手の名前を見て思わず二度見してしまう。

 

 

  SILENT  

着信中...

 

 

 :どしたん?

 :綺麗な二度見で草

 :ん?

 :何だ?

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 私が配信中であることはもちろん知っているはずだ。……これは本当に出ていいの?

 

 魔王まお:出ていいの?配信中だよ?

 SILENT:知ってる、いいよ

 

 突然のできごとに困惑しながら確認のチャットを送るがすぐさま返ってきた言葉に通話開始ボタンを押す。

 

「まお、おめでとう」

 

 :誰だ?

 :なんだこのくそかわボイス

 :聞いたことないけど

 :誰よその女!

 :立ち絵はよ

 

「えっと、お名前を聞いても」

「みなさん娘がいつもお世話になっていますSILENTです」

 

 :娘?

 :ふぁっ!?

 :マッマ!?

 :!?

 :まじでSILENT先生!?

 :初めて声聞いた

 

 天使沙夜の時かそれ以上にコメント欄がすごい勢いで流れていく。それもそのはずだ、SILENT先生といえばメディアにも配信にも一度も声を載せたことはないはずだ。それどころか関係者すらその声を聞いたことがある人間は限られている。

 そんな人物がいきなり配信の生通話で登場して、しかもその声は誰もが心を掴まれるようなキュートボイスなのだ盛り上がらないはずがない。

 天使沙夜の登場はリスナーへのサプライズのつもりだったが、これは完全に私へのサプライズだ。つかさと静にまんまとやられた。

 

「どうして急に……?」

「娘の二周年記念に駆けつけたらいけない?」

「いえ、あの。嬉しいです」

 

 :会話が完全に親子のそれ

 :こんなん親フラやんけ

 :SILENT先生こんなにかわいい声だったのか

 :授業参観かな?

 

 普段の調子で話していいのかわからなくてどうしても会話がぎこちなくなってしまう。あんなに外部への露出を避けている節があった静がいきなり配信に現れるなんてどういう心境の変化だろうか。

 

「まおはさ、すごいよ」

「静……?」

「今日だってあんなにたくさんの人たちがお祝いに来てくれて、みんなまおのことが大好きで。いつも配信は楽しそうだしファンのみんなを楽しませようと一生懸命でさ。大変な時期もあっただろうに全然そんな素振りも見せないし、私にはもったいない娘だとずっと思ってる」

「静……」

「だから今日はちゃんとまおに、私の娘に配信でお祝いしてあげたくてさ。天使ちゃんにも協力してもらったんだよ、まぁ少しは驚かせてみたいってのもあったけどね。今日の発表で色々と変わることもあるかもしれないけど私はいつでもまおの側にいるし、味方だから」

 

 :泣きそう

 :泣いた

 :誰だよ低画質モードにしたやつ

 :ママ……

 

 今日の発表、それによって様々なことが変わることへの期待と不安。今までは何かあっても自分ひとりの責任だったが、これからは新しく出来る事務所の看板を背負うのだそういうわけにもいかない。ここまではきっとみんな喜んでくれるからと自分に言い聞かせて突き進んできたが、きっとそんな風に配信している姿は静から見れば無理をしているように映ったのだろう。敵わないなぁ……と思う。

 

「ありがとう静」

「それじゃあ頑張って」

 

 短い一言を残して静が通話を終了させる。だがその短い一言で何があっても頑張れる。

 

「では、今度こそ重大発表を行おうと思う」

 

 私の言葉を待つようにいつもは賑やかなコメント欄も少しだけ大人しく待っているように感じる。

 

「黒惟まおは個人勢を卒業し、企業所属になることになった。それによって基本的にこれまでと何か変わるということは今のところないが、皆も変わらずに付いてきてくれると嬉しい」

 

 :どこの企業?

 :変わらないなら安心した

 :付いていくに決まってんじゃん

 :どこまでも付いていくからな

 :企業勢になろうが推しであることに変わりはないんよ

 :もっと活動の幅が広がるってこと?

 

「どこの企業か正式な発表は後日、事務所側からリリースされる予定だ。ひとつ言えるのはまったく新しい新設の事務所になる」

 

 :新設!?

 :箱が増えるのか

 :まお様大抜擢じゃん

 :おめでとう!

 

「活動の幅は広がると思う、これをきっかけに配信に集中することにしたからな」

 

 :もう残業しなくていいんやなって……

 :専業になるんか

 :思い切ったなぁ

 :変わらず、いやもっと応援するよ!

 

 ひとまずは受け入れてもらえそうなコメント欄に安堵し、現状答えられることは少ないができるだけ答えていきながら徐々にお祝いの言葉が増えていくコメント欄を眺めると徐々に実感が湧き始めた。コメントだけではなくSNSやメッセージアプリにも大量のメッセージが届いているのが通知から伝わってくる。

 

「皆本当にありがとう、期待に応えられるようにこれからも頑張りたいと思う」

 

 :おつまお!

 :おつまおー

 :いい凸待ちだった

 

 最後に改めてのお礼と決意を言葉にして配信を終える。

 

黒惟(くろい)まお【魔王様ch】:最高の二周年記念配信になった、本当にありがとう




親フラ:親フラグの略、配信中に親や家族の姿や声が入り込むこと、もしくはそうなりそうな状態。かつて某動画サイトの生放送で度々使われていた

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話 同期と推し活

『今宵も我に付き合ってもらうぞ──』

 

 画面の中のまお様がいつもの挨拶をして二周年記念配信が始まる。

 配信内容については聞いていなかったが凸待ち配信と発表された時からSNSを見るだけでもかなりのVtuberからの参加表明と共にファンからもお祝いの言葉が届いている。

 できることならわたくしも表舞台でお祝いしたい……が、いまだVtuberとしてデビューしていないこの身では個人アカウントでお祝いするくらいしかできないのが歯がゆい。

 

 といっても、この先同期としてデビューを予定し配信について様々なアドバイスを直接してもらっていることを考えれば贅沢すぎることではあるのだが。

 

 マリーナから守るためにまお様と出会い共に過ごし、勢いもあったが共に同じ事務所で活動することになり……。あの時の出会いからすでに数か月、黒惟(くろい)まおという魔王様に憧れてからはちょうど二年。どちらの出会いもつい昨日のことのように鮮明に思い出せる。

 

 そんな物思いにふけっていると画面では早速凸待ちが開始されたようで、トップバッターとして宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ)さんとほどなくして現れた夜闇(やあん)リリスさんが登場し楽しそうに会話をしている。

 

 この三人組はもはやおなじみといってもいいくらい仲のいい組み合わせとして有名で、黒に宵に闇と三人とも夜に関連する名を冠していることからファンの間では「夜のお姉さん組」や「真夜中シスターズ」なんて呼ばれて親しまれている。普段しっかりしているまお様が二人に振り回されている様子は新鮮でかわいらしく見ていて飽きないのだ。

 

 わたくしもまお様とうまく配信で絡んでリスナーを楽しませることができるだろうか……。

 

 そんな二人の凸から始まり大盛況の凸待ちはどんどん進んでいく。配信上でまお様と交流のあった方は見覚えがあるが、わたくしの知らない方も数名いて改めてまお様の交流の広さを思い知る。まお様はずっと笑顔で思い出を語り、相手から明かされるたらしムーブには照れたように笑っている。本当にこの人は配信上でも配信外でも相変わらずの人たらしっぷりを発揮しているらしい。

 

 凸もいったん落ち着いたかと思った矢先に現れたのは自称永遠のライバルである「たつ子」こと桜龍(おうりゅう)サクラ子さんで、いつものようにまお様にからかわれて遊ばれている。この二人組はとにかく何かことあるごとに勝負をしているイメージが強く、スパブラでまお様が操るキャラに翻弄され「断末魔を残しながら撃墜されていくたつ子シリーズ」の切り抜きは私もお気に入りだったりする。

 

 桜龍さんが言う「まお様の無自覚っぷり」については激しく同意せざるを得ない。

 

 そして凸待ち終了かと思ったところにやってきた明日見(あすみ)アカリさん。

 わたくしが本格的にVtuberについて知ったのはまお様がきっかけだったので最初は詳しくはなかったのだが、Vtuber黎明期から活動をしていて今となっては業界トップを争うLive*Liveの設立メンバーであり大黒柱。初めてライブの映像を見たときはそのパフォーマンス力の高さとVirtualを活かした演出に感動を覚えたものだ。

 

 まお様も大ファンであり、突然登場した明日見さんにあわあわしている姿は微笑ましい。わたくしも多少は慣れたとはいえまお様を目の前にしたときの反応を思い出せば決して他人事ではないのだが。

 

 まお様と明日見さんのうたみた動画……。いつかわたくしもまお様と動画を出したり一緒に歌ったり……、そう考えると今すぐにでもデビューしたくなってくる。もし、目の前でビームを撃たれたら意識を保てる自信はない。

 

 そのあとに発表された二周年記念グッズのイラストは完全に不意打ちだった。

 

 グッズは出るだろうと思っていたが。よりにもよってそのイラストが純白のウェディングドレスに身を包んだまお様なのである。一周年記念の水着もそうだが本当にSILENT先生は天才としか思えない。普段黒いドレスを着ているまお様が純白のドレスを着ることによってそのギャップはすさまじく魔王というかもうその姿は女神様にしか見えないのだ。しかも、左手をこちらに差し出して上目遣いでこちらを恥ずかしそうに見つめてくる姿……。こんなのわたくしが幸せにしてあげるしかないじゃないか。そして指輪を交換したあとは誓いの……、キ……。ってあぶないトリップしかけるところだった……。グッズ詳細をはやくチェックしなければ……。

 

 くっ、まだ商品ページがオープンしてない。幸い数量限定という訳でもないので焦る必要はないのが救いだ。グッズもボイスも楽しみすぎる……、リングがあるということはわたくしがつけてもいいしまお様につけていただくのも……。

 

 記念グッズの内容に興奮しているうちに配信のほうでは突然現れた天使(あまつか) 沙夜(さや)さんにコメントと共に驚いてしまう。もちろん彼女とまお様の関係は把握していたのだがお互い軽く触れる程度でそこまで話に出してこなかったので、まさかメッセージという形ではあるが登場するなんて思ってもみなかったのだ。

 

 彼女が語るまお様は昔から変わっていないようで、頷きながらその話を聞いているまお様の姿はとても嬉しそうでいい友人関係であることは一目瞭然であった。

 

 そんな彼女から贈られたサプライズはまお様も把握していなかったようで困惑しながらも聞こえてきた声には聞き覚えがある。脳裏に浮かぶのはあの喫茶店での出来事で、まごうことなきSILENT先生その人だ。

 

 本当にSILENT先生はまお様の事を大切に思っている……。

 

 初めて先生と話したあの日も感じたが、わたくしなんかが気付けないまお様のちょっとした変化にも気付いていたのだろう。かけられる言葉はどこまでも優しく本当の親のような愛情を感じた。

 先生とあの日約束した言葉はずっとわたくしの胸に残っている。

 

 最後には企業所属の件が告げられ、暖かいコメントに囲まれているまお様の様子を見てこちらも安心すると共に嬉しくなるが、次はわたくしの番かと思うと緊張もしてきてしまう。

 

 このあとは事務所からリリースが出され、わたくしの存在も公表されるのだ。こんなにも仲間やファンに愛されている『黒惟まお』の同期としてデビューする『リーゼ・クラウゼ』として。

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/9月13日デビュー@Liese_Krause

はじめまして、liVeKROneからデビューするリーゼ・クラウゼと申します

憧れの魔王様を目指しVtuberとして修業しに参りました!

わたくしが立派な魔王になれるように応援していただけますか?

#liVeKROne #新人Vtuber #Vtuberデビュー

 

 

プロダクション「liVeKROne(ライブクローネ)」設立のお知らせ。

株式会社Connect2Links

株式会社Connect2Linksはこの度Vtuberプロダクション「liVeKROne(ライブクローネ)」の設立と共に所属タレント2名の情報を発表いたします。

 

・タレント情報 

■黒惟まお(KUROI MAO)

「今宵も我に付き合ってもらおう」

かつては魔の世界を統べていた魔王だったが、そんな生活に飽きてしまい人間界でVtuberとして活動を開始する。

 

・イラストレーター:SILENT

・SNS:Kuroi_mao

・チャンネル:【黒惟まお/魔王様ch】

 

■リーゼ・クラウゼ(LIESE KRAUSE)

「わたくしもいつかはあの方のように……」

伝説の魔王に憧れ、自らも立派な魔王になるために修行中の魔王見習い。修行の一環として様々な種族が活動しているらしいVtuberの世界に飛び込んできた。

 

・イラストレーター:SILENT

・SNS:Liese_Krause

・チャンネル:Liese.ch リーゼ・クラウゼ

 

・スケジュール 

各タレントの初配信・加入発表配信のスケジュールも公開いたしました。

まずは「liVeKROne」へ加入した「黒惟まお」が9月12日に加入発表配信を行います。9月13日には、新たにデビューする「リーゼ・クラウゼ」がデビュー初配信を実施します。

 

※各タレントのスケジュールは予告なく変更となる場合がございます。予めご了承ください。

 




作中でも募集しますが、リーゼのデビュー配信に使えるマシュマロ(質問等)募集しています
下記マシュマロか活動報告に頂けると嬉しいです

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話 一夜明けて

「ん……ぅ。もう、こんな時間か……」

 

 様々なことがあった二周年記念配信から一夜明け、セットしていた目覚ましを止め手元のスマホで時間を確認する。

 昨夜は思わぬサプライズもあり、重大発表を無事できたことで緊張の糸がプツリと切れたのか配信終了後すぐにベッドに倒れこんだ。ベッドの中でSNSや送られてくるメッセージを眺めているうちにそのまま泥のように眠ってしまったらしい。

 

「うわ……、すごい量」

 

 寝る前にある程度チェックしていたはずだが、それを優に超える数の通知をチェックしていくうちにまだ半分寝ている意識が覚醒していく。

 無事に二周年記念配信と重大発表を乗り切ったんだ……。

 たくさんの仲間たちから祝われて、嬉しいサプライズもあって発表も受け入れてもらえた。あらためて思い返してみればあまりに濃すぎる一日だった。

 

 そろそろ時間か……。

 ベッドの上でごろごろ過ごしているうちに今度は私が所属するliVeKROne(ライブクローネ)が動き始める。

 公式アカウントと共にリリースが発表され、世にリーゼの存在も発表されるのだ。

 

黒惟まお@liVeKROne/9月12日加入配信さんがリツイート

liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

新規Vtuberプロダクション #liVeKROne 始動!

あわせて所属タレント二名の情報解禁!!

詳細はこちら

pr.release.jp/main/html/rb/p...

#liVeKROne

 

黒惟まお@liVeKROne/9月12日加入配信@Kuroi_mao 

魔王として歓迎しよう、皆も応援をよろしく頼む

 リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/9月13日デビュー@Liese_Krause 

 はじめまして、liVeKROneからデビューするリーゼ・クラウゼと申します 

 憧れの魔王様を目指しVtuberとして修業しに参りました!

 わたくしが立派な魔王になれるように応援していただけますか?

 #liVeKROne #新人Vtuber #Vtuberデビュー

 

 予定通りにアカウントの情報を更新し、公式アカウントとリーゼをフォローし公式メッセージを拡散。VtuberとしてSNSデビューを果たしたリーゼにもメッセージを送る。

 これで晴れてリーゼは私、黒惟まおの同期となったのだ。

 

 昨夜の配信はVtuber界隈だけではなくメジャーで活躍する歌手である天使(あまつか)沙夜(さや)に表舞台にめったに現れないSILENT先生の登場により、より広くの注目を集めたらしく公式アカウントもリーゼのアカウントもものすごい勢いで拡散されフォロワー数も順調に伸びていっている。

 それと同時に私も再びとんでもない数の通知の処理に追われることになるのだが……。

 

 

「まさか、まおちゃんに隠し子がおったとはなぁ……」

「いや、娘じゃないからね?どっちかっていうと妹でしょ」

 

 明らかにからかいの色が濃い言葉を投げかけてくる相手に呆れたように言葉を返す。

 ある程度通知も落ち着き始め個別でお祝いメッセージをくれたVtuberの子たちへ返信をしていると、また別口で通話のお誘いがあったのでいつまでもベッドでごろごろしてる場合ではないかと配信部屋で通話を始めたら開口一番これだ。

 

 たしかにリーゼには母性をくすぐられることもあるが、同じママであるSILENT先生を持つもの同士でいうならばリーゼは妹といった扱いのほうがVtuber業界的には正しいのだ。

 

「それにしてもほんま驚かされてばっかりや」

「それをいうならこっちもかなり驚いたんだけど。アカリちゃんの件」

「いいプレゼントやったやろ?」

「それは……そうだけど」

「一緒に見ようって誘ってきたんはアカリ先輩やからね?最後にちょいと押しただけです~」

 

 何も悪びれる様子もなく、くつくつと笑い声を漏らす通話相手はLive*Live二期生の宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ)であり、同じく所属している明日見(あすみ)アカリを凸待ちに引っ張り出してきた疑いがあるのだ。

 まぁそのおかげであのあとアカリちゃんから、うたみた動画についての話と企業所属についてのお祝いの言葉までもらえたのだからいいプレゼントであったことは間違いないのだが。

 

「事務所ならうちに来れば良かったのになぁ大歓迎やのに」

「いまそっちの倍率すごいんでしょ?私なんかじゃ通らないって」

「そんなんウチに任せてくれればちょちょいのちょいや」

 

 まだVtuberがそこまで注目を集めていなかった頃はまだしも業界トップを争うようになったLive*Liveオーディションの倍率はすさまじいことになっているのは想像に難くない。

 

 ただ冗談で言っているのであろうが彼女なら本当になんとかしてしまいそうな気がしてしまう。Live*Liveの顔であり大黒柱は明日見アカリであることは誰もが認めるところであるが、一部のファンの間では先輩にも後輩にも慕われ様々な情報を元にメンバーたちを翻弄する宵呑宮 甜孤こそ裏の支配者である。とまことしやかに囁かれているのだ。

 

 しかし、そんな事で受かっても嬉しくないことは他ならぬ本人が一番わかっているだろう。

 

「甜孤の後輩は大変そうだからなぁ」

「たーっぷり可愛がってあげたのに残念やわ~」

 

 冗談交じりに返すが、実はLive*Liveにも書類は送ったし面談までは行けたのだ。ただどうしても条件が合わなくて見送りになったことは誰にも話してはいない。そもそも条件が合ったとしても最終的に受かっていたかは怪しいところだ。

 

「それじゃ今度妹さんにも挨拶させてなー。うちの後輩ちゃんたちもまお様に会いたがってたし。これからも仲良くやっていきましょ」

 

 甜孤に翻弄されるリーゼの姿しか想像できないが、そう言ってくれるのは純粋に嬉しい、企業所属となってもLive*Liveさんとは良好な関係が築けるに越したことはない。

 これから配信やから~と配信時間ぎりぎりまで話していった相手を見送り、私も配信の準備に取り掛かるのであった。




作中でも募集しますが、リーゼのデビュー配信に使えるマシュマロ(質問等)募集しています
下記マシュマロか活動報告に頂けると嬉しいです

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話 凸待ち振り返り配信

黒惟(くろい)まお@liVeKROne(ライブクローネ)/9月12日加入配信@Kuroi_mao

今宵は先日の二周年記念配信の振り返りをメインに語り合おう

今日発表のあったことについては12日の配信を楽しみにしていてほしい

 

────

 

【感想雑談】二周年記念配信振り返り【黒惟まお/liVeKROne】

 

 :待機

 :ch名は変わらないのかな?

 :いきなり同期発表はビビった

 :娘さんかわいいですね

 :リーゼちゃんprpr

 :ライブ黒惟ネってこと!?

 :草

 

 当然というか待機画面からしてコメントは今日発表のあった内容が大半を占めている。ただそちらについては加入発表配信があるし、まだ話せないこともあるので今日は記念配信の感想や振り返りだ。なにより私が話したくて仕方がない。

 

「今宵も我に付き合ってもらうぞ?魔王の黒惟まおだ。こんまお」

 

 :こんまおー

 :とってつけたようなこんまおすこ

 :昨日の配信よかったぞー!

 

「皆色々聞きたいことはあるかもしれないが新しい事務所や同期については12日に配信があるので今日は昨日の配信の振り返りだったり感想を中心に話したいと思う。まずは昨日はほんとうにありがとう。もしかしたらまだ見れていないものがいるかもしれないが……、ようやく発表できてほっとしている」

 

 :了解

 :お楽しみはまた今度ね

 :12日も13日も楽しみすぎる

 :嬉しい発表で本当によかった

 :おめでとう

 

「先に発表について触れてしまったが凸待ちも楽しんでもらえたか?」

 

 :久しぶりの真夜中シスターズ最高だったんだよなぁ

 :まおの女多すぎについて一言

 :リリスちゃんとはどこまで進みましたか?

 :SILENT先生と天使ちゃんはまじビビった

 :勇者アカリちゃんさんの前でただのファンになる魔王

 :安定のたつ子で草だった

 

 次々に先日の凸待ちに来てくれた面々についてのコメントが流れていく。ひとつひとつ拾っていくにはとても無理な速さなので最初から振り返っていくことにする。

 

「楽しんでもらえたようで何よりだ、あんなに盛況になるとはおもってなかったのだが。甜狐(てんこ)とリリスと揃って話したのは久しぶりだったな」

 

 :真夜中シスターズコラボはよ

 :あの二人には声かけてたん?

 :てぇてぇ助かった

 

「あぁ、せっかくの記念凸待ちだからな。いちおうあの二人には声をかけておいた、まさか3人で話すことになるとは思わなかったが」

 

 :別々の予定だったんだ

 :リリスちゃんナイスゥ!

 :お姉さん組コラボしないの?

 

「あの二人も忙しいからな……、これからはスケジュールも合わせやすくなるし調整してみよう」

 

 :助かる

 :頼む

 :お姉さん組ASMR期待

 

 二人が忙しくなるにつれスケジュール調整が難しくなかなかコラボも出来ていなかったが、これからは配信中心に生活していくことが出来るのだ。期待する声も多いし二人にも声をかけておこう。

 

tenco ch. 宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ):言質とったで~

夜闇(やあん)リリス/Yaan Lilith:リリスは二人ッきりでもシたいな♡

 

 :甜狐ちゃんもようみとる

 :リリスちゃんもようみとる

 :シたい(意味深)

 :相変わらずモテモテやんけ

 

 こちらから声をかけるまでなくコメントに二人が現れる。コメント自体もほぼ同時って二人して同時視聴でもしてるんじゃないかと疑いたくなる。リリスの含みのあるコメントはいつものことなのでスルーするに限る。

 

「二人共昨日はありがとう、コラボについてはまた今度話そう」

 

 それからも凸に来てくれた子たちについて語っていくが度々話題にあげた本人がコメントに現れ一言残していく。さすがに配信しているような子は出てこれないだろうがちょっとした凸待ち二次会のようだ。

 

 :さすがまおの女たち

 :配信チェックしすぎやろ

 :さすがたらし魔王

 

「ところでその、まおの女ってなんだ?」

 

 :まお様が落とした女

 :黒惟まお被害者の会

 :ご存知、ないのですか!?

 :知らぬは本人ばかりである

 

 度々コメントでも見かけていたし、昨日はSNSのトレンドにも上がっていたらしいその言葉。最初はリスナーが言い始めたことらしいが最近は自称するものも出てきたりしているとか……。どうしてこうなった。

 

「まぁ相手方に迷惑がかからないなら別にいいが……程々にな」

 

 しかしこの流れだと次に来るのは……。

 

桜龍(おうりゅう)サクラ子-Oryu sakurako-:ワタクシは黒惟まおの女なんかじゃないですわ!!!!

 

「出た」

 

 :たつ子もようみとる

 :出たは草

 :ようたつ子

 

 まだ話し始めてもいないのに出てくるあたりサクラ子らしい。

 

「サクラ子お前、配信してたんじゃないのか」

 

 :まお様のこと大好きじゃん

 :ついさっき終わったからな

 :これは名誉まおの女

 

 配信をするにあたって配信中のサムネが目に入っていたので来ないと思っていたが配信は終わっていたらしい。鳩が飛んでいなければいいが……、あとでチェックしておかなくては。

 

「サクラ子といえば、配信が終わったあとすぐにお祝いのメッセージ送ってくれてな。ふふっ、いやすまない。少し思い出し笑いしてしまった」

 

 いろいろな子からお祝いのメッセージが送られてきたがサクラ子から来たそれは「おめでとうございます!!負けませんわ!!!!」という簡潔でとても彼女らしいメッセージだったのを思い出し思わず笑ってしまう。

 

 :てぇてぇ

 :どんなメッセージだったん

 :めっちゃ!ついてそう

 

「っふ、あいつらしいものだったとだけ言っておこう。ありがとうサクラ子」

 

 目についたコメントがまさにその通りだったので吹き出しそうになったところを抑えメッセージ自体については言葉を濁しておく。せっかく彼女が私に向けて送ってきてくれた言葉だ、私がひとり占めしても構わないだろう。

 

「そしてサプライズ以外で最後に来てくれたのは……。いや、こちらとしては十分サプライズのようなものだったが……まさかアカリちゃんが来てくれるとは皆も驚いただろう?」

 

 :たしかに

 :Live*Liveもデッカくなったからなぁ

 :完全にファンだった

 :うたみた動画再生めっちゃ回ってたな

 

「歌みた動画といえば、最近あまり人の動画を作ってなかったから知らなかったものも多かったようだな。携わっている歌みた動画の再生リストを作っておいたので是非見に行って欲しい」

 

 私が色々な配信者の歌みた動画の作成に携わっていることはそこまで広く知られていなかったらしい。たしかに動画内で一瞬表示されたり概要欄にはクレジット表記されているが意識しないと見ることも少ないのであろう。

 

 :結構多くて驚いた

 :知らないで見てたのもあったわ

 :リスト助かる

 

akari ch.明日見(あすみ)アカリ:宣伝助かる、まおちゃんの歌みたもみんな聞くんだよ

 

 :アカリちゃんさんもようみとる

 :宣伝返し助かる

 :コラボうたみたはよ

 :コラボビーム期待

 

「お前たち……。アカリちゃんもありがとう」

 

 アカリちゃんまで見てくれていたらしい。アカリちゃんとのコラボ歌みた動画についてはコメントの影響を受けてか冗談っぽく「ビーム打つ?」なんて聞かれてしまったが、すでに彼女一人で歌っている動画があるしせっかくならもっと二人向けの曲があるだろうと丁重にお断りしている。

 

「そして次は記念グッズか、どうやらすごい数の注文が入ってるらしい」

 

 まだ発売開始して間もないがすでに前回の周年記念グッズの数を優に超えそうな勢いで、下手すれば予算を大幅オーバーする可能性まで見えてきている。念のためマリーナに相談したほうがよさそうだ。この分だと直筆もかなり時間がかかってしまうだろう。

 

 :イラストが良すぎる

 :そりゃ結婚できるし

 :ボイスやばかった

 :直筆の数やばそう

 

「ボイスについてもたくさんの感想を見させてもらった、正直かなり恥ずかしいのだが……。喜んでもらえてるならなによりだ」

 

 :幸せにします

 :もう一生分プロポーズされた

 :プロポーズ受けるまお様かわいすぎた

 

 何故かリスナーだけではなく凸待ちに来てくれたような子たちまで個別に感想を送ってきてくれるのは嬉しいが面識があるぶん余計に恥ずかしい。アレを聞かれているのか……。

 

「届けるまでには少し時間がかかるかもしれないが楽しみにしておいてくれ」

 

 :はーい

 :了解

 :楽しみ

 :ボイス聞きまくるわ

 

「さて、そして我からのちょっとしたサプライズの天使(あまつか)からのメッセージだが、まんまとやられてしまったな」

 

 :まさかだった

 :神展開すぎた

 :ネットニュースにもなってたし

 :この三人組が揃うの奇跡でしょ

 

「メッセージをもらうにあたってかなり天使のほうでも頑張ってくれたみたいでありがたい、が。いきなりSILENT先生から通話がかかってきたときは本当に驚いた……」

 

 :綺麗な二度見だった

 :あの二度見だけ切り抜き上がってて草

 :最初誰かと思ったもんなぁ

 

 いま思い返しても、あれほど驚くことはなかなかないだろう。あれからまだ、(しず)やつかさとは直接話せていないが今度話すことがあればお礼と驚かされたことへの恨み言のひとつくらいは言ってやりたい。

 

SILENT:どっきり大成功

 

 :SILENT先生もようみとる

 :マッマもようみとる

 :今度コラボしてもろて

 :先生もVになろう!

 

 もし静がVtuberになったらそれこそ私なんか軽々飛び越えてあっという間に大人気配信者になるだろう姿は簡単に想像できてしまう。

 

「天使もSILENT先生も、二人には驚かされてしまったが本当にありがとう」

 

 ともかく、本当にいろいろな人のおかげで記念の凸待ちは成功することができた。振り返りの場にまで顔を出してくれて支えられているのだなぁと実感する。そして何より、発表を受け入れてくれたリスナーたちの存在があってこそなのだ。

 

「企業に入ることを受け入れてもらえるか色々心配していたんだが……配信でもそのあとの感想だったり、温かい言葉をくれた皆には感謝している」

 

 :当たり前でしょ

 :心配しすぎなんよ

 :個人でも企業でもまお様は変わらないんでしょ?

 

「たしかに我は変わらないが、環境が変わることに不安がないわけでもなかったからな。なんというか最後のひと押しが欲しかったのかもしれない」

 

 我ながらなかなかに女々しいことだが結局はそういうことだったんだろう。

 

 :いくらでも押してやるよ

 :もう大丈夫?

 :俺らは推しなれてるし

 

「頼もしい者たちばかりで嬉しいよ。最後に今日発表あったと思うが私のliVeKROne加入発表配信が12日にある。そして次の日13日には、同期のリーゼ・クラウゼのデビュー配信だ。我と違って配信も初めてだろうから見守ってあげてほしい」

 

 :もうリーゼちゃんとは話したん?

 :どんな感じの子?

 :やっぱりまお様に憧れてるの?

 

「それは12日と13日の楽しみにとっておいてほしい、あと質問なんかはデビュー配信にむけてマシュマロも募集していたのでそちらに投げれば答えてくれるかもしれないぞ?」

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:よろしくお願いしまうs!

 

 :草

 :噛んどるが

 :リーゼちゃんもようみとる

 :リーゼちゃんもよう噛んどる

 

 リーゼ……。

 

「と、まぁ結構緊張しているだろうからよろしく頼むぞ」

 

黒惟(くろい)まお【魔王様ch】:12日を楽しみに待っているように!

 

黒惟まお@liVeKROne/9月12日加入配信さんがリツイート

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/9月13日デビュー@Liese_Krause 

わたくしのデビュー配信は13日です!

マシュマロで聞きたいこと、気になることを募集していますので

何でも気軽に送ってきてくださると嬉しいです!

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/9月13日デビューにマシュマロを投げる




作中でも募集していますが、リーゼのデビュー配信に使えるマシュマロ(質問等)募集しています
下記マシュマロか活動報告に頂けると嬉しいです

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話 liVeKROne(ライブクローネ)加入発表

「あ~なんでこうなったかなぁ……」

「まお様わたくしは楽しみですよ」

「そりゃ見てる方は楽しいでしょうねぇ……」

 

 liVeKROne(ライブクローネ)事務所に用意されているタレント用のリフレッシュルーム、そこで私は大きなビーズクッションにダイブして項垂れていた。

 そんな私を見て同期のリーゼ・クラウゼことリーゼは純粋な笑みを浮かべ声をかけてくるが、私はそれを素直に受け止める事はできずにジト目で恨みがましく答える。

 

 いよいよ迎えた9月12日、今日は黒惟(くろい)まおliVeKROne加入発表配信の日。

 

 加入発表配信といっても二周年記念凸待ち配信をしたばかりだし、無難に雑談か歌枠くらいしか思いつかなかったのでリスナーにアイディアを募集したところ。それこそほとんどが『デビュー配信振り返りしかないよなぁ!?』と言わんばかりに要望が殺到した。

 

 記念配信での定番といってもいいデビュー配信振り返りを今までのらりくらりとかわしてきたが、ツケをここにきて払わなくてはいけなくなるとは……。

 

 無駄な抵抗とわかりつつも一応SNSでアンケートを取ってみたりしたが。

 

黒惟まお@liVeKROne/9月12日加入配信@Kuroi_mao

liVeKROne加入発表配信で何をするか

#liVeKROne加入記念配信

  普通に雑談

   歌枠

 デビュー配信振り返り      

最終結果

 

 それはまぁ圧倒的な結果を再確認するだけになり。事務所に確認という逃げ道も「配信内容についてはこちらから制限するような事は基本的にありません」という、ありがたくも今だけは恨めしい返答で完全に逃げ道は塞がれてしまった。

 

 しかも「せっかくなら配信スタジオでの配信も試してみませんか?こちらとしてもきちんと稼働するか確認したいですし」と言われてしまえば断る理由もなく。そこから「リーゼさんにも見学してもらいましょう!」と話がとんとん拍子に進んでいくのを眺めるしかできなかった。

 

 マリーナに変わってマネージャーとして紹介された女性と運営スタッフはみなやる気十分でそれに水を差すことなんて出来るだろうか、いや出来ない。

 

 そんな訳で今日は昼からスタジオに入って配信周りの設定と流れの確認、ついでに軽く収録を行った後は時間まで途中で合流したリーゼと事務所のリフレッシュルームで過ごしていたのだ。

 

「まお様のデビュー配信は定期的に見ていますので見どころの選出は任せてください!」

「うわああああ……」

 

 ほんと無邪気な笑顔ほど怖いものはないよね。

 

────

 

【祝liVeKROne加入!】デビュー配信振り返り、プチお披露目も!?【黒惟まお/liVeKROne】

 

 :待機

 :デビュー配信振り返りきちゃ!

 :初期まお様久しぶりだな

 :最近初期まお様あんまり見かけないからな

 :加入発表で振り返りとかドMかな?

 

「今宵も我に付き合ってもらうぞ?liVeKROne所属の魔王、黒惟まおだ」

 

 :こんまおー

 :おー配信画面変わってる

 :所属おめでとー!

 :雇われ魔王になったか

 

「こんまお。今宵は発表のあった通り、liVeKROne加入のお知らせと……記念にデビュー配信の振り返りを行うことになってしまった」

 

 :義務こんまお助かる

 :こんまおー(義務)

 :明らかにテンション下がってて草

 :そりゃ聞かれたら振り返りになる

 :リスナーの総意なのでしゃーない

 

「ちなみに今日の配信はliVeKROneの配信スタジオから行っている」

 

 :おー

 :さすが企業勢

 :だからいつもとちょっと違うのか

 

「配信画面も少しブラッシュアップしたものを用意してもらっているし、実はこの姿もいつもと少し違うのだが気付いただろうか?」

 

 そう言って私が少し大げさに身体を左右に動かしたり首を振ってみたりわざとらしく表情を変えてみせると、画面に映る黒惟まおがいつも以上に動き表情も豊かになっている。実はリーゼのVtuberとしての姿を作る際、黒惟まおのモデルもバージョンアップを行ってもらった。実に二年ぶりのアップデートでその間にもモデルの表現方法なんかはどんどん進化していたらしく動いてみせればその違いは一目瞭然だ。

 

 :めっちゃ動くようになってる

 :ガンギマリ助かる

 :これが2.0ってやつか

 :お披露目ってこれ?

 

「たしかにこれもそうだが、もうひとつあるのでそれは後に楽しみにしておいてくれ。ただプチお披露目ということを忘れないように、先に言っとくと新衣裳ではないぞ」

 

 :お?

 :匂わせ助かる

 :楽しみ

 :地獄のあとには楽しみがなくちゃな

 

「さて、振り返りのまえに我が所属することになったliVeKROneについて軽く説明させてもらう」

 

 いつもなら自分で配信画面の切り替えなどしなくてはいけないが今日はそのあたりはすべてスタッフがやってくれるのでそれだけでもかなり楽だ。

 数枚のスライドを切り替えてもらいながら事務所についての概要を説明していく。

 

「liVeKROneのクローネとはドイツ語での王冠、英語でいうところのクラウンにあたるな。我の同期のリーゼも魔王見習いということで、ともに配信者としてもクラウンという頂を目指していくという。思うに運営もなかなかポエミーというか中二病というか」

 

 :おまいう

 :魔王がそれ言っちゃダメでしょ

 :ブーメラン定期

 :胃袋プロダクション

 :クラウゼって食らうぜってこと!?

 

「その胃袋っていうのは運営も頭抱えていたのであまり言わないようにな?略すならVKRO(ブイクロ)らしいぞ」

 

 ライブクロ(・・・・)ーネで胃袋、最初にSNSで見かけたときはなるほどと感心したが。決めたほうからすればまったくの想定外だったので軽くバズっていたのは素直に喜べない複雑な感情を持っていたらしい。ブイクロにしろイブクロのアナグラムであることに気付いたときは思わず笑ってしまったが。

 

「まぁともかく所属になった以上、皆をもっと楽しませて配信者としても上を目指していこうと思っているのでよろしく頼む」

 

 一通り説明が終わり、進行的にはデビュー配信振り返りになるのだが……気が進まないなぁ……。もう少し何かで引っ張れないかと逡巡しているとスタッフからは「そろそろ」みたいな合図が送られてきている。これは腹をくくるしかないか……。

 

「はぁ……、ではそろそろ振り返りをしろとスタッフからの指示があったのでしようと思うが……」

 

 :クソデカため息

 :そんなに嫌か

 :デビュー配信見返してきたわ

 :楽しみすぎる

 

「振り返りをするにあたって一人、どうしてもというのでコメントで参加する者がいるので紹介させてもらう。もうリリースやSNSで知っている者も多いとは思うが明日初配信を行うリーゼ・クラウゼだ」

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:よろしくお願いします!

 

 :リーゼちゃんだ!

 :コメントで参加か

 :今日は噛まずに言えてえらい

 :声聞きたかったなー

 

「声は明日の初配信を楽しみにな、なかなか凛々しくも可愛らしい声だぞ?」

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:ハードル上げないでください;

 

 最初は見学の予定だったリーゼがいつの間にか振り返りのシーン選出に参加し、さらには配信に登場して解説するのも面白いのでは?という流れになりかけていたが、一応デビュー前ということでコメント参加という形に留めることが出来たのだ。

 

「ではもう始める?振り返るだけなら我は見なくてもいいんじゃないか?」

 

 :ダメでしょ

 :はよ

 :覚悟決めてもろて

 

 私の抵抗空しく、スタッフの手によって振り返り用の配信画面が用意され目の前のモニターにもそれが表示される。

 

「あぁこの待機画面は懐かしいな……最初は配信画面も含めてほぼ全部我で用意したんだったか」

 

 今となっては懐かしい待機画面、当時は我ながらなかなかのものだと思っていたが、今見てみるとなんていうかまだ探り探りというか粗が見えてくる。その分成長していると思えばまだ心の平穏は保てている。

 

「いや、おい。はやく始めないかこいつは」

 

 配信開始時間はとっくにすぎてるのに待機画面のままフリーのBGMがただ流れている画面を見せられていても反応に困る。当時のコメント欄もなかなか始まらない配信に徐々に反応に困っているように見える。

 

 :なっつ

 :そういえば最初めっちゃ待ったな

 :結構コメント早くね?

 :SILENT先生デザインのVtuberってことで注目されてたし

 

『我の名は黒惟まお、とある世界で魔王をやっていたのだが──』

 

「はじまったか……」

 

 :きちゃ

 :初期まお様

 :今より魔王様っぽい

 :これは魔王様

 :かなり作ってるなぁ

 

 あぁ……。こんなだったなぁ……。久しぶりどころか見返すの自体が最初期以来なのだ。声とBGMのバランスも悪いし、かなり声も語り口も作っているのを感じる。しばらくはこんな感じだったなぁと当時の気持ちが少しづつ蘇ってくる。いまも配信中は時折出る素との差が結構あると言われてしまうが、なんというかどちらの私も自然と話せていると思う。

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:緊張していましたか?

 

「それはもちろん、こればっかりは経験してみないとわからないと思うが……。リーゼも明日には経験すると思うから楽しみにしているといい」

 

 配信上では最初の自己紹介も終わり、たどたどしくもなんとかコメントを拾いながら詳しいプロフィールの紹介を行っている。

 

『声かっこいいですね?あぁ、ありがとう。イケボで何か言ってほしい?ええと……何を言えばいいか……』

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ」

 

 だんだんと配信を見るにつれて封印していた記憶が……たしかこの後は……。

 私の静止も空しく動画を再生しているのはスタッフなのだ、容赦なくその続きが再生される。

 

『こ、子猫ちゃん?そんなことを言ってほしいのか?……フフッ、悪戯好きな可愛い子猫ちゃんは君かな?そんな悪戯しちゃう子は首輪をして捕まえておかないとね』

 

「あー!あー!ちょっやめっ」

 

 コメントで提示されたセリフの上にさらにアレンジまで加えてバリバリに作ったイケボっぽい声で何を言っているんだこいつは。なにが嫌かって言い終わった後のやってやった感が画面からも伝わってきて辛い。

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:キャー!飼われたいです!!

 

 :キャー!まお様ー!!

 :飼ってー!!

 :ニャーン!

 :w

 :ノリノリやんけ

 :草

 

 単芝やめろぉ!それが一番精神的にくる。リーゼもコメントもノリノリだ。

 

 当時のコメントも大盛り上がりで私はそれに気をよくしたのかプロフィール紹介そっちのけでセリフ読み上げ大会になっている。イケボで一通り言ったあとはかわいいのも欲しいと言われ、さすがにそれは恥ずかしかったのか躊躇しながらも私としては精一杯のかわいい声を出している様子が流される。

 

「はぁ……はぁ……。許してくれ……え?同じセリフを言ったら止める……?それはどれを……」

 

 :そりゃ子猫ちゃんでしょ

 :渾身のイケボで頼む

 :カワボからもひとつ頼む

 :許してニャンって

 :ねこまお期待

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:わたくしはどれでも美味しくいただけます!!

 

「くっ……。い、悪戯好きな……。っ。はぁはぁ。わかった言うからちょっと待ってくれ」

 

 コメントにリーゼ、それにスタッフお前たち後で覚えておけよ。

 

「悪戯好きな可愛い子猫ちゃんは君かな?そんな悪戯しちゃう子は首輪をして捕まえておかないとね。これでいいだろ?……カワボで?そんなの需要ないだろう……わかったやるから」

 

「まおにゃんむつかしいことわからないにゃん……でもご主人のことは大好きにゃん」

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:わたくしも大好きです!!!

 

 :草

 :w

 :前のほうがかわいかったかも

 :初期まおどこ?

 :なんかすまんかった

 

「……貴様ら、覚悟はできてるだろうな?」

 

 今ほどこの身に宿っているらしい魔力でどうにかできるようならどうにかしてやろうと思った日もないだろう。

 そのあとも適度に暴走するリーゼを抑えながらなんとか振り返り配信を乗り切ることができた。

 

「さて地獄のような振り返りも終わったので最後にひとつ皆に見せたいものがある」

 

 :にゃーん

 :わかったにゃん

 :まおにゃん実装くるか?

 

「別に見せなくてもいいんだが?」

 

 :ごめんて

 :見せて

 :ゆるしてにゃん

 

「一部まだ反省が足りてない者がいるようだが……ちょっと待っていてくれ」

 

 そう言い残し配信画面からは黒惟まおの姿が消え、スタッフの手によって準備が整えられるとOKサインが送られてくる。

 

「それではいくぞ?」

 

 私の声と共に再び黒惟まおが配信画面に現れる。その姿はドレス姿ではなく黒地に白で駄魔王と縦書きでプリントされたダボダボのTシャツ姿である。

 

 :駄魔王モードじゃん

 :こっちも2.0になったのか

 :めっちゃ揺れるじゃん

 

「せっかくなのでこちらも新しく調整してもらったが、これだけじゃないぞ?」

 

 再び配信画面から消え再び現れると髪型はポニーテールになりさらにメガネ着用だ。

 

 :メガネきちゃ!!

 :ポニテや!!

 :オフモードか?

 :駄魔王モードに合いすぎる

 :ポニテ助かる

 

「もちろんいつものドレスにも着替えられる」

 

 :あっいい……

 :すこ

 :最高かよ

 :いつもの髪型にメガネおなしゃす!

 

 新たな髪型にアクセサリーもなかなかに好評のようだ。数パターンを見せ感想を聞いてみると結構メガネが人気のようだ。

 

「ほんとは調整だけの予定だったが運営からのプレゼントらしい、もちろんデザインはSILENT先生だ。忙しいだろうにありがとう」

 

 :ありがとう運営!

 :VKRO最高!

 :さすがSILENTマッマ

 :もっと差分頼む!

 

「これで今日の発表はすべて終わりだな。明日はリーゼ・クラウゼの初配信だ。あれだけ我の初配信を楽しんでくれたんだ、我もたっぷり楽しませてもらおう」

 

 :魔王様の圧を感じる

 :楽しみ

 :今日結構はっちゃけてたしな

 :見に行くよー

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:お手柔らかにお願いします……

 

 :魔王を超えていけ

 :がんばれ!

 :ファイト!

 

黒惟(くろい)まお【魔王様ch】:今日はありがとう、明日はしっかり見守ってやってくれ

 

 :おつまおー

 :了解!

 :任された!




単芝:語尾にwをひとつだけつけること。またはwのみの事。時と場合、場所によっては煽りと受け取られる場合もあった。全角と半角の違いでも色々言われる時代もあったとか。

作中でも募集していますが、リーゼのデビュー配信に使えるマシュマロ(質問等)募集しています
下記マシュマロか活動報告に頂けると嬉しいです

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話 リーゼデビュー配信①

「今日はデビュー配信を見に来てくれてありがとうございました。これからもわたくしリーゼ・クラウゼと黒惟(くろい)まお共々、liVeKROne(ライブクローネ)をよろしくお願いしますね」

 

 何回も練習した通りに締めの挨拶を口にし用意されているED画面へと切り替えて……、きちんとそれが流れ終わったのを確認してから少し待って配信終了。マイクとカメラもきちんと切って……、ようやく一息つく。

 

「ふぅ……」

 

 Vtuberデビューするにあたって本格的に生活の拠点をこちらに移すべく、事務所からアクセスもよく配信用の防音室もしっかり完備しているマンションに引っ越し一人での生活にも慣れ。

 

 配信に関してはまったくの素人同然だったが、配信ソフトの扱いもかなり慣れてきた。

 まお様曰く「慣れてきた頃が一番危ない」と、ことさら実感がこもっている言葉を何度も聞いているのでその言葉を肝に銘じておいたほうがいいのかもしれない。

 

 ともかく、これだけ練習に練習を重ねしっかりと練習の成果が出せているのだ、初めてにしては上々といってもいいんじゃなかろうか。

 

 

「どうでしたか?」

 

 とうとう迎えたリーゼ・クラウゼとしての配信デビュー日、最後の練習ということで画面共有をしてのリハーサルを終え、画面の向こうで見守ってくれていたまお様に声をかける。

 

 最初は昨日のまお様加入発表配信のようにスタジオでやってはどうかと運営からも言われたのだが、これからは基本的に一人で配信することになるだろうしデビュー配信くらいは一人の力で完遂したいと思い一人での配信に拘らせてもらった。

 

 そんな思いを相談と共にまお様に打ち明けたところ、このように一対一で配信の練習に付き合ってくれるようになったのだ。

 普段の配信に加え、二周年記念配信に加え加入発表配信と忙しかっただろうに本当にありがたい。

 

「うん、落ち着いてるし操作もかなり慣れてきてるし本番もその調子なら大丈夫じゃないかな?でも、もう少し……うーん、なんて言ったらいいかな」

 

 基本的には優しく、それでもきちんと言うべきところはしっかりとアドバイスをくれていたまお様にしては少し珍しく言葉に迷っているようで言い淀んでいるのが気になる。

 

「気になることは言ってください。その、わたくしも心配になってしまいますし……」

「全然悪い事じゃないんだけどね、少し落ち着きすぎてるというか……。まぁ、最近の新人の子たちはみんなしっかりしてるし……あんまり気にしないで」

 

 なるほど、まお様の言いたいこともなんとなくわかる。要するに練習を重ねるうちに新人感というかそういうのが薄まっているのであろう。練習のしすぎというのもそういう事を考えると良し悪しなのかもしれない。

 

「まぁ練習と本番は色々と違うだろうし……、でも取り上げるマシュマロはもう少し冒険してみてもいいかもね?」

「なるほど、そのあたりはもう少しマネージャーとも相談してみます」

「色々アドバイスはさせてもらったけど、一番はとにかく楽しむこと。何があってもいい思い出に……まぁ笑い話にはなるから」

 

 まお様の言葉に微妙に間があったのは昨日のアレだろう。

 わたくしは言うまでもなく両方愛せる自信があるのだが。

 

「わたくしはまおにゃん好きですよ?」

「リーゼ。……貴女の振り返り配信が今から楽しみね」

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/9月13日デビュー@Liese_Krause 

いよいよ今日はわたくしのデビュー配信です!

緊張していますが立派な魔王になるため皆様の力を貸してください!

皆様の応援が魔力となりわたくしの力になります!!

#リーゼ・クラウゼデビュー配信

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/9月13日デビューさんがリツイート

SILENT@SILENT_oekaki

頑張って

#リーゼ・クラウゼデビュー配信

pic.loader.com/liese_debut

 

────

 

【初配信】初めまして!魔王見習いのリーゼと申します【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

 :待機

 :パワーをリーゼに!

 :たのしみ

 :wkwk

 :いいですとも!

 

 ふぅ……。と大きく息を吐いてたくさんの文字が流れ続けるコメント欄を見る。

 新人の初配信にしては多すぎるくらいの視聴者数が目に入るがこれはすべて周りの人たち、とりわけまお様がここまで築いてきてくれたおかげだ。

 黒惟まおの同期として、いずれ魔王を継ぐものとして恥ずかしくないデビュー配信を。口にはしていなかったがずっとその思いを胸に抱きながら今日まで過ごしてきた。

 

 配信ソフト上にはVtuberとしてのわたくしの姿……、リーゼ・クラウゼが不安そうに眉尻を下げている。自分では気づかなかったが不安げな表情を浮かべていたらしい。

 最新のモデルに最新の技術が盛り込まれているそれは従来よりも感情表現が豊かであると説明を受けていたが不思議なものだ。

 

 自身と同じ銀髪は青いリボンによってツインテールに結ばれていて、その細い束は足元に届こうかというほどに長い。ためしに頭を左右に揺らしてみると画面の中のリーゼも同じように頭を振りツインテールも追従して揺れる。その様子を碧眼が追い今度はそっちに意識を向けると画面の中の彼女(じぶん)と目が合った。

 身にまとっているのは白を基調に青が装飾されたコルセットドレスで肩から胸元にかけては色白の肌が惜しげもなく露わになっている。

 

 限りなく自分に近いが明らかに自分ではない存在が画面の中にいる、なんだかそれがおかしく思えて笑うと彼女(リーゼ)も笑う。

 その表情を見てよしと頷き、机の上に飾っている黒惟まお直筆サイン入りポストカードへと視線を向け憧れの魔王様の姿を思い浮かべ勇気を貰う。

 

 

『むかしむかし、魔界にはとても偉大な魔王様がいらっしゃいました』

 

 :お?

 :はじまった

 :きちゃ!

 :声かわいい

 

『彼女はとても美しく魔力も豊富で誰もが彼女こそが最高の魔王であると、いつまでも我らを導いてくれるのだと信じていたのです。しかし、ある時彼女は魔界から忽然と姿を消してしまいます』

 

 :これってまお様?

 :初期まおの事やろな

 :イラストすごく綺麗

 :もしかしてSILENT先生か?

 

『それから数えきれないほどの時が経ち……、もはやそんな彼女も伝説の存在となりかけていたとき新たな魔王の娘は見つけてしまったのです』

 

 :あっ

 :あっ(察し

 :配信者になってました

 :魔王(Vの姿)

 :昨日見た

 :Q.魔王の存在を信じる?A.配信で見た

 

『まさかこのお方は!?……わたくしも、立派な魔王になるためには人間界で活動しなくては!』

 

 :えぇ(困惑)

 :そうはならんやろ

 :思い切りがよすぎる

 :魔界の住人来すぎなんだよなぁ

 

『イラスト、SILENT。動画、黒惟まお。声、リーゼ・クラウゼ』

 

 :やっぱりSILENT先生やん

 :まお様何してんのw

 :イイハナシダナー

 

 

 用意していた動画を流し終わり配信画面が暗転する。

 そして画面にリーゼ・クラウゼの姿が映し出された。

 

「……聞こえていますでしょうか?」

 

 :きちゃ!!

 :かわいい

 :きこえてるよー!

 :リーゼちゃんきちゃ

 

「良かったです。では改めまして……。わたくしliVeKROne所属の魔王見習い。リーゼ・クラウゼと申します。いつの日か立派な魔王になるべく、あの伝説の魔王様のようになれるように精一杯頑張ります。……応援していただけますか?」

 

 :応援するよ!

 :デビューおめでとー

 :まお様が伝説の魔王ってこと?

 

「ありがとうございます。こうやってようやく皆様の前に出られて、たくさんの方に見に来て貰えてとても嬉しいです。最初に見てもらったのはわたくしがこちらで活動しようと思ったきっかけを動画にしたもので、SILENT先生もまお様も快く協力してくださいました。本当にありがとうございます」

 

 :いい出来だった

 :めっちゃ力入ってたね

 :ナレーションも良かったよ

 :思い切りよすぎて笑った

 

「まお様が伝説の魔王様かどうか本当のところはわたくしにもわかりません。ですが、そんなことは関係なくわたくしにとっては憧れの魔王様なのです」

 

 :てぇてぇ予感がする

 :伝説の魔王様かと言われると怪しいな……

 :初期まおならワンチャン

 :あれで結構ポンなところあるから……

 

「ではさっそくわたくしのプロフィールを紹介させていただきますね」

 

 画面をプロフィール画面へと切り替え、各項目に加えSILENT先生の紹介と共に三面図を表示させる。

 

「わたくしの配信に映る姿を仕立ててくれたのはおなじみSILENT先生です、自分で言うのもなんですが本当に素晴らしくて……」

 

 :さすがSILENT先生

 :SILENTマッマ最強!!

 :美人姉妹すぎる

 :まお様とちょうど正反対って感じだよね

 :アクセとかのモチーフ一緒?

 

「そうです!気付かれている方もいらっしゃるようですが、この胸元の飾りやレース部分にリボンの編み込みなど。まお様とお揃いだったり合わせた意匠があるんです!最初にこのデザインを見た時は本当に姉妹のようで……、いえわたくしなんかがまお様の妹になるなんて恐れ多いのですが。でもこのVtuber業界的にはやはり妹といっても問題はないとは思うのですが……」

 

 :急に早口になるやん

 :ステイステイ

 :草

 :なるほどね

 :あら~

 :おっ、てぇてぇか?

 :正体表したね

 

 ……。つい、この姿についてSILENT先生やまお様本人に熱弁するわけにもいかず。まさか他に語り合う相手もいるわけもなく、意識していた部分をリスナーに気付いてもらえた喜びが爆発してしまった。

 

「こほん……それでは、ここからは皆様からいただいた質問などマシュマロを紹介させていただきますね」

 

 これ以上はボロを出さないようにしなければ……。




作中でも募集していますが、リーゼのデビュー配信に使えるマシュマロ(質問等)募集しています
下記マシュマロか活動報告に頂けると嬉しいです。

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話 リーゼデビュー配信②

 気をつけていたがやはりまお様の話題になってしまうと早口になってしまっているらしい。コメントの反応は概ね好意的で盛り上がっているように見えるので問題はなさそうだが……。気をつけるにこしたことはないだろう。

 心を一旦落ち着けてからプロフィール画面から雑談用に用意している画面へと切り替える。

 

「たくさんのマシュマロありがとうございます。すべて目を通させてもらいました。まずは多かったこちらから」

 

 

デビューおめでとうございます!

 Vtuberになろうと思ったきっかけは? 

 

 

 

「ありがとうございます。きっかけについては冒頭に流した動画の通りです。Vtuberというもの自体まお様をきっかけに知ったのですがそれから色々な種族が同じように活動しているのを知り、わたくしもいずれ魔王となる身としては見識を広める必要を感じたのです」

 

 :Vtuber人外多すぎ問題

 :特にまお様周り人間少なすぎるからな

 :つまり魔界のお姫様ってこと?

 :魔王って世襲制だったのか

 :リーゼ様じゃん

 

「お姫様……と呼ばれる事もありますが、ここでは魔王見習いの新人Vtuberですから、皆様にも気さくに接していただけると嬉しいです。魔王は基本的には世襲制ではなく指名制ですね。血族が指名されることが多いので実質世襲制のようなものですが」

 

 :なるほどなー

 :完全に理解した

 :設定しっかりしてるな

 :じゃあまお様の血族だったりするの?

 

「まお様については謎が多いですから……ただ伝説の魔王様は突然いなくなってしまったのでその次の魔王、わたくしのお父様は指名されたと聞いています。と少し話題から逸れてしまいましたね。次のマシュマロにいきましょうか」

 

 

 どうやってVKRO(ブイクロ)に入ったの?オーディション?スカウト? 

入ってみての印象は?

 

 

 

 

「こちらの質問も多かったですね。まお様が新しい事務所に所属するということを魔界の伝手で耳にしまして、わたくしの方から声をかけさせていただきました。そこから面接を経て所属ということになりましたからオーディションということになるでしょうか」

 

 魔界の伝手とはもちろんマリーナのことで契約のあの日、ほぼゴリ押しでデビューを決めたのだが嘘は言っていない。お父様とSILENT先生、二人の説得という面接も突破しているのだ。

 

「VKROもまだまだ新しい事務所ですから印象といってもまだそんなに多くはないですが、不慣れなわたくしをしっかりサポートしてくれる素敵な事務所でしょうか。わたくしもまお様と一緒に盛り上げていきたいと思っています」

 

 :魔界の伝手とは

 :このお姫様積極的である

 :魔王とお姫様を要する事務所とはいったい……

 

 

魔法使えますか?見てみたいです! 

 ちなみに私もあと数年で魔法使える予定です 

 

 

 

 :草

 :あっ(察し

 :俺もそーなの

 

「おめでとうございます……?わたくしは魔力の行使はある程度できますが、どうやってお見せすればいいか……。たとえば、このように魔力を高めると……」

 

 意識して体内の魔力の流れを加速し発現とまではいかずともその寸前まで魔力を高める。すると現実と同じように画面に映るリーゼ(わたくし)の瞳が碧眼から緋色へと染まる。

 

 :おめでとうは草

 :そのままの君でいて

 :ある意味ご褒美

 :かっけぇ!

 :本物じゃん

 :これは中二病患者もニッコリ

 :リゼビーム打てるのでは

 

 通常であれば配信用ソフトの表情操作によって瞳の色なんかは変更できる。が、マリーナがこだわったらしく現実の瞳の色の変化まで反映されているのだ。こんな機能一人きりでの配信かこちら側の事情を知るものがいる時にしか使えないのだが……。通常のモデルを作り飽きていたこちら側の技術者とマリーナで盛り上がり他にも色々な機能が魔改造……、文字通り魔力による改造が行われているらしい。操作の手間が減るという意味ではたしかに便利ではあるのだが。

 

「ビーム……このまま魔力を打ち出せば出来ないことはありませんが、部屋が大変なことになってしまうので別の機会があれば……」

 

 :ビーム物騒で草

 :ちがうそうじゃない

 :リゼビーム(魔力)

 :魔法攻撃で草

 :撃ち抜かれたら命の危険がありそう

 

「あと皆様にお見せできる魔法がひとつありました」

 

 :お?

 :なんだ?

 :見せてー

 :ん?

 

「その……、わたくしのことを好きになる魔法……なんて……」

 

 配信ソフトを操作し顔のアップにして出来るだけ可愛らしく映るようにウィンクをしてみせる。

 マリーナからは「これで視聴者はイチコロですわ♪」なんて言われて採用したし、まお様からもかなり好評だったのだが……実際に身内以外にやってみせると思っていた数百倍恥ずかしい。

 

 :お、おう

 :草

 :かわいい

 :ぐふっ

 :え?

 :もしかして天然だったりする?

 :これはすごい魔法だわ

 :かわいすぎるが?

 

「──っ、わ、忘れてください……恥ずかしい……です……」

 

 流れていくたくさんの「かわいい」コメントよりも、どうしても時折流れる「草」や「え?」のようなコメントばかりが目についてしまう。

 

 :恥ずかしくなっちゃってかわいい

 :ガチ恋不可避

 :ガチ恋距離助かる

 :これは切り抜き不可避だわ

 :魔法にかかったので推します

 

「そ、その失礼いたしました……、魔法にかかってくださった方はこれからもよろしくお願いいたします……」

 

 恥ずかしさに負け配信に映る姿を通常のものに戻してさっさと次の質問へと移る。

 

 

 チャームポイント教えてください! 

 あと自分で気に入ってるところは? 

 

 

 

「チャームポイント……、そうですね。この髪でしょうか、手入れには気を使っているので」

 

 そう言って頭を振って画面の中でツインテールを揺らして見せる。現実よりもさらに長くゆらゆらと揺れる髪の束はとても軽やかで現実では魔力でも使わないとこうはいかないだろう。

 

 :シャンプー何使ってる?

 :すごい長いよね

 :ポニテも見てみたい

 :グルシャン勢だ!

 :グルシャン勢どこにでもいるな

 

「シャンプーは……お答えしますが飲んではダメですよ?まお様と同じものを使っています」

 

 :あら~^

 :グルシャン知ってるのか

 :もしやグルシャン勢!?

 :まお様と同じってことはアレか

 :女子力高いやつだ

 :あれ美味しいよね

 

 いつかの配信で聞き出すことができたものをずっと愛用していたのだが、実はまお様の部屋で過ごした時に別のものになっていたことを知ってからはそちらに変えている。それは知ることが出来た者の特権だろうと多少の優越感に浸ってしまう。

 

「わたくしは飲みませんからね?お気に入りのところはやはり、SILENT先生に仕立てていただいたこの衣装ですね。先程は少しだけ語ってしまいましたが……細かなところまで素晴らしくて」

 

 :少し……?

 :思う存分語ってもろて

 :控えめなお胸好き

 :スタイル良くてよき

 :ぺったん……(小声

 

「たしかにまお様のように豊満ではありませんが……まだ成長する余地はあると思うのです」

 

 今度は暴走しないように自制しながら改めて全身姿を画面に表示する。何度見てもこの衣装はまお様との繋がりを感じることができて嬉しくなってしまう。ひとつだけ気になるのはコメントにあるように非常にスレンダー、つまりぺったんこなのだ。SILENT先生にはせめてもう少し……とお願いもしてみたのだが「嘘はいけない」とにべもなく断られてしまった。それにしたってわたくし自身はもう少しあると思うのだが……。

 自身の胸元へと視線を落とし首を傾げると画面上でものの見事にその動きが再現されている。表情も相まって悲しげだ。

 

 :元気だしてもろて

 :貧乳はステータスだ!

 :ちっぱいもいいものだ

 :牛乳飲もう!

 

「……気を取り直して次にいきましょう」

 

 

 もしかしてまお様の隠し子だったりします? 

まお様とはどのような関係ですか!?

 

 

 

 :ウェディングイラスト出してたし子供いてもおかしくないか

 :草

 :結婚どころか出産まで!?

 :たしかに並んだら親子に見えなくもない

 :誰の子よ!?

 

「隠し子ではありませんが……。いちおうわたくしのお母様はSILENT先生、という話ではないですよね。まお様はわたくしの憧れの魔王様で優しく……、たしかにお母様のようなところもあるかもしれません……今回の配信についてもつきっきりで色々アドバイスを頂きました。しかし同期ですからいつまでも甘えるわけにもいきません。まお様に相応しく並び立てるようになりたいと思っています」

 

 :てぇてぇ

 :さすまお

 :ママー!!

 :リーゼはまおが育てた(後方腕組)

 :後方腕組ニキ何者だよ

 

 

推しが頑なにビーム撃ってくれません。

どうしたら撃ってくれると思いますか?

悩みすぎて夜と昼にしか寝れません

 ご飯も三食におやつしか喉を通らなくて…… 

 

 

 

 :草

 :ビーム難民がこんなところにも

 :昼寝とおやつ増えてて草

 

「いたって健康的ではありませんか、貴方の推しがどなたかは存じませんがこれからも気を強く持って耐え続けるしかないと思います。わたくしからも機会があればお願いしておきますので」

 

 :草

 :存じませんが(存じてる)

 :これはあの配信見てますね

 :難民仲間やんけ

 :存じないのにお願いできるのか(困惑)

 

 

 まお様デビュー配信振り返りコメントでの参加おつかれさまでした。 

 やはりデビューから知っていたのでしょうか?

その時と今で印象に違いはあったりしますか?

あとまお様とコラボするなら何がしたいですか?

 

 

 

「昨日の配信から知っていただけたのでしょうか、ありがとうございます。えぇ、まお様はデビューの時から知っていました。印象……は今も昔も憧れの魔王様というところは変わらないですね。でも、配信でも時折見せてくださる悪戯っぽかったり可愛らしい面を実際に目の当たりにすると感情を抑えるのが大変ですが……」

 

 :わかる

 :本人には言わないけどかわいいんだよな

 :晩酌配信とか特にな

 :駄魔王モードほんとすこ

 

 配信で見て知っていたつもりでも実際にその場面に遭遇するとギャップもあってその破壊力は何倍にも膨れ上がるのだ。そしてそんな姿を見たあとは配信での姿にも重なって見えて無限に相乗効果を生み出していく……なんという幸せなループだろうか。そんな状態で聞く二周年記念ボイスはもう幸せすぎてどうにかなってしまうかと思ったほどだ。

 

「この前の晩酌配信のまお様はすさまじかったですね。特に最後のセリフは定期的に聞き返したくなるレベルで……。あとセリフといえば皆様先日発表のあった二周年記念グッズのボイスはお聞きになりましたか?まだ聞いていなかったり購入を検討している方がいるならば是非購入をオススメいたします。特にオススメなのが普段プロポーズをするような側に立っているまお様にこちらからプロポーズをする……という夢のようなシチュエーションで……詳しくはネタバレになってしまうので言えないのですがそれはそれは可愛らしいまお様のお声が……。常々まお様からならプロポーズを受けたいと思っていたわたくしですらそんな姿を見せられては心変わりしそうなくらいでした」

 

 :宣伝助かる

 :デビュー配信で同期のグッズ宣伝は草

 :宣伝は基本

 :姫様早口になってますよ

 :ちょっと買ってくるわ

 :常々プロポーズを受けたいと思っていた……?

 

 これは……同期であるまお様のグッズの宣伝なのでセーフ……。だと思いたい。

 

「ええと、コラボは……なんでも大歓迎ですが、そうですね。まお様の歌がとても好きなのでいつか一緒に歌えたらと思います」

 

 :急に冷静になるな

 :何事もなかったように質問に戻るの草

 :オフコラボしてもろて

 :うたみた出してもろて

 :バチバチにバトってるところも見てみたいな

 :まおにゃんと対談してもらおう

 

「まだまだマシュマロはありますがそろそろ良い時間なので次で最後にしたいと思います。これからも受け付けているのでまた別の機会を設けますね」

 

 

 デビューおめでとうございます!

 これからの意気込みとリスナーを虜にする 

 とっておきのセリフをリゼにゃんでお願いします! 

 

 

 

 :リゼにゃんきちゃ!!

 :なぜ魔王は猫になってしまうのか

 :これが同期の絆か

 :ナイスゥ!

 :悪戯好きな子猫ちゃんかな?

 

「まだまだ未熟な魔王見習いですが、皆様と一緒に成長していければと思っています。にゃ」

 

 :とってつけたようなにゃで草

 :ほらほらもっとリゼにゃんになりきってもろて

 :まおにゃんに負けるな

 :すでにかわいい

 

 あぁ昨日のまお様はこんな気持ちだったのかなぁと今更これを最後にしたことを後悔し始めている。

 とはいえ自身で選んだ結果である、まお様も最後までしっかりやりきったのだ。わたくしだって……。

 

「リゼにゃんこれからいっぱいいっぱいがんばるにゃん、……応援してくれるかにゃん?」

 

 :きゃわわ

 :本気を見た

 :かわいい

 :これはとんでもないですよ

 :一匹くらい持って帰ってもバレへんか

 :応援するに決まってるんだよなぁ

 

「今日はデビュー配信を見に来てくれてありがとにゃん。これからもリゼにゃんとまおにゃん共々、VKROをよろしくお願いしますにゃん♪」

 

 覚悟を決めてしまえばあとは精一杯かわいらしい仕草をしながら言葉を紡いでいくだけだ、羞恥も振り切れば楽しくなってくるらしい。最後の挨拶まで引っ張るつもりはなかったのだが、引っ込みもつかずついそのまま続けてしまった。

 

 :リゼにゃんまおにゃんコンビ誕生だな

 :いい同期ができてまおにゃんも嬉しいだろうな

 :まお様完全とばっちりで草

 :これはまおにゃんも出番増えそうですね

 

 結果的にまお様も巻き込んでしまったような形になってしまい後が怖い……。でもわたくしも頑張ったのだきっとわかってもらえるはず……多分。

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:デビュー配信を見てくれてありがとうございました。……にゃん♪




マシュマロのご協力ありがとうございました!

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話 可愛い子には……

「ひぃ……」

 

 真っ暗な部屋を周りの物音にびくびくしながら進んでいく。

 ここではせっかくの魔力も何の役にも立たない。

 いくら、魔王の娘たるこの身であろうと魔力に頼らずに切り抜けなければいけないのだ。

 コツコツ……と自分の足音が反響し、浅くなった呼吸音すら何かよくないものに聞かれそうで息苦しくなろうが息を潜める。

 

「まお様ぁ……」

 

 話が違うじゃないかと、この現状を引き起こした張本人の名を小さく呟く。

 できることならいますぐにでも彼女の元に駆け込みたい衝動にかられるが、いくら願おうともそんなことが出来るわけがない。

 

「やっと明るいところに出ました……」

 

 自らを奮い立たせるように、状況を言葉にし安全を確認するようにあたりを見回してみる。

 多少荒れているように見えるが脅威になるようなものは見当たらない。

 

「この先に行くには……あそこが通れそうですね」

 

 ちょうど人ひとりが通れそうな隙間……、嫌な予感がするがそこしか先に進む道はなさそうだ。

 覚悟を決め素早くそこを通り抜けようと身体を滑り込ませたところで……。

 

 何者かに掴まれ、力任せに階下へと投げ出されたのであった。

 

 

────

 

 

【OUTRAST】魔王見習いはホラーになんて屈しません【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

「キャッー!たっ、たすけっ……」

 

 :きちゃ!

 :かわいい

 :これが見たかった

 :悲鳴助かる

 :知ってた

 :もはや古典まである

 :親の顔よりみたシーン

 

 誰が言ったか「新人にはホラーゲームをさせろ」。

 ホラーゲームは配信者のリアクションを楽しめるし咄嗟の反応には素が出てくる可能性が高く人気の配信ジャンルであることは間違いないであろう。そんな例にならい、デビュー後初のゲーム配信はホラーゲーム配信にしたのだが……。いざ何をやろうかとまお様に相談した結果、オススメされたのがこのゲームである。

 

 精神病院を舞台に記者である主人公がそこで起きた事件の真相を探っていくというパニックホラーゲームの金字塔とも言われている作品。

 すでに何人もの配信者や実況者がやっている作品で、当のまお様もプレイしていた記憶がある。もちろん配信は目にしていたはずだが、かなり初期の事だったしホラーは苦手なだけあって内容はほぼ覚えていない。

 

 そのおぼろげな記憶では大して怖がらずにサクサクとリスナーと楽しみながら進めていた気がするし、本人からも「まぁまぁ怖いけどリーゼなら大丈夫じゃない?」と言われて決めたのだが……。

 

 結果は御覧の有様である。

 

「す、すこし驚いてしまいました……」

 

 :少し?

 :かわいらしい悲鳴でしたよ

 :声震えてますよ

 :かわいそうはかわいい

 :もう何回悲鳴あげたか

 :これで12回目ダゾ

 :カウントニキ助かる

 

「わ、わたくしならあんな者すぐにでも魔力でどうにかできるのですが……」

 

 :驚くたびに目の色変えてるよね

 :しかし主人公は無力である

 :そういうゲームじゃないんだよなぁ

 

 もし現実ならあんな暴漢は一撃で退けられるのに……。

 しかしこの主人公は武器らしい武器も持たず手にはビデオカメラを持つだけ。

 どうせなら某ゾンビゲームや他のホラーゲームのように銃や魔法で対抗できるものを選べばよかった……。

 

「しかし、あの者はどこにいったのでしょう……それにあの神父?のような者はいったい……」

 

 気を紛らわすためにコメントをチラチラと見ながら恐る恐るゲームを進めていく。

 

 :がんばれ!

 :久しぶりに見るとびびるわ

 :やっぱ怖いな

 

「しかし人間たちが考えることは恐ろしいですね……」

 

 :やはり人間は邪悪……

 :粛清しなきゃ……

 :征服して平和にしてもろて

 :魔界ってどんな感じなの?

 

「魔界ですか?そうですね……っきゃ!?ええと……大昔は人間と共に世界をわかちあっていたらしいですが、人間の勢力が強くなるにつれて感知されない領域へと移っていったと聞いていますね。最近はわたくしのようにこちらで活動するものも多くなっているみたいですが」

 

 :並行世界的な?

 :そういう感じか

 :設定細かくて助かる

 :当の魔王と姫様がVになってるしな

 

 大昔、それこそ神話として語り継がれているような時代。もとより魔と人の間に隔たりなどなく、あるときは崇められ、あるときは排斥され……。そんな歴史を繰り返し、人間以外の種族は物語にでてくるような存在だと。そう思われるようになってようやく平穏が訪れたと教えられている。

 

 今語った内容も創作のひとつだと捉えられるだろうから気軽に話すことができるのだ。

 

 驚かせてくるBGMや環境音にいちいち驚きながら、それを楽しんだり応援してくれるコメントを頼りに進んでいく。

 

「ここの患者……?たちに何が起こったのでしょうか」

 

 このゲームに出てくる人物は総じてひどい状態だったり言動もかなり危ないものだ。

 きっと進めていけばこの謎についても明かされていくのだろう。

 そこまで無事に進められるかは怪しいのだが……。

 

「あっ、さっきのっ、えっ逃げっ……」

 

 :逃げるんだよおおおお

 :焦らずいそいで

 :バッテリーやばくね?

 :行き止まりなんだよなぁ

 

「あぁもうなんでこんな……って、え?やだやだ痛い痛い」

 

 :やだやだ助かる

 :ここはなぁ

 :見るだけで痛い

 

「これが人間のやることなんですか……」

 

 :これは闇落ちフラグ

 :やはり粛清

 :魔王が闇落ちするのか……

 

「はぁはぁ……ちょっと刺激が強かったので今日はここまでにさせていただきますね……」

 

 :まぁ頑張った

 :かわいい悲鳴助かった

 :かわいそうだけどかわいい

 :人間のこと嫌いにならないでね

 

「あくまでゲームですもの……これで人間を嫌いになることはありませんよ、でもわたくしが怖がっているのを楽しんでいた方は意地悪だと思います……」

 

 さんざん悲鳴を上げて驚かされて……。ゲームをして配信していただけなのにかなり疲労を感じている。そんな様子を楽しんでもらえているのは嬉しいが少しだけ恨みがましくコメントへと目を向けてしまうのは仕方ないだろう。

 

 :ジト目助かる

 :かわいい

 :よしよし

 :ごめんて

 

 このまま配信を終えてもよかったのだがそれではゲームによってかき乱された気持ちに整理がつかない。……それにこれから一人でお風呂に入って寝るなんて。少しだけ怖い……、あくまで少しだけ。……なのでゲーム画面から雑談用の配信画面へと切り替える。

 

「ふぅ……続きはまた今度しますね。最後に少しだけ雑談しましょうか、何か聞きたいことありますか?」

 

 :はーい

 :楽しみ

 :果たしてクリアできるのか

 :デビュー後まお様と話した?

 :リゼにゃんに会いたい

 :コラボ予定とかあるの?

 

「まお様とはチャットで少し、まだ直接は話してませんね。リゼにゃんは……、今日はいないみたいです。そういえばリゼにゃんはまお様にもずいぶんからかわれてましたね……、自業自得といえばそうなんですが」

 

 :絶対まおにゃん根に持ってるゾ

 :草

 :他人事みたいで草

 :リゼにゃん別人格説あるな

 

「コラボはいまのところ予定はありませんね。まだまだ配信に慣れていないのでコラボはそれからかなと思っています」

 

 :コラボしたい人とかいる?

 :ほかのVとか見てるの?

 :まおリゼ楽しみだなー

 

「やはり、まお様とはコラボしたいと思っていますが……、いまのわたくしでコラボ相手が務まるか……。他のVtuberの方ですか?そうですね、基本的にまお様の配信は見ていたのでコラボされた方は見ていましたし、デビューするにあたって色々な方を参考にさせてもらってます」

 

 :まお様なら気にしないと思うけどね

 :かわいい妹の頼みなら即OK出しそう

 :まおにゃんとリゼにゃんコラボ頼む

 :お姉さん組にかわいがられそう

 

 こうやってコメントとコミュニケーションがとれる雑談というのは思った以上に楽しい。自分がリスナーのときはコメントを拾ってもらえたりするととても嬉しくて。そんな思いもあってなるべくコメントは拾っていきたいのだが、まだまだまお様のようにうまくはいかないのがもどかしい。他愛ない雑談をしていると時間はあっという間に過ぎていってしまう。

 

「それでは夜も深まってきましたし、わたくしの気持ちも落ち着いてきました。お話に付き合ってくれてありがとうございます」

 

 :怖かったのかw

 :だから雑談したのね

 :こちらこそー

 :楽しかったよ

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:お話したかっただけで怖がってはないですからね

 

────

 

「配信OFFよし、マイクOFFよし、カメラOFFよし……」

 

 まお様直伝の配信終了メソッドを行いようやく一息つく。

 今日の配信はどうだったろうか……。ゲーム中はとにかく驚かされて悲鳴をあげていた気がするが。それなりにゲームは進んだしリスナーともコミュニケーションはとれたと思う。

 感想をチェックしようとするとメッセージを受け取った通知が小さく表示されたのでアプリを開いて中身を確認する。

 

 魔王まお:配信おつかれさま、いまちょっと大丈夫?

 リーゼ:はい、見てくれてたんですか?

 魔王まお:勧めたの私だし、かわいらしい悲鳴を堪能させてもらったよ

 リーゼ:恥ずかしいです……

 魔王まお:それで実はコラボについてなんだけどね

 

 恥ずかしい姿を見られてしまったと思いながらも、見守られていたと思えば嬉しさが勝る。

 コラボということはまお様とのコラボの話だろうか。

 

 ──そう思いつつ話を聞くと予想外の内容に困惑することになるのだった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話 オフの真夜中シスターズ

「なー、引っ越しせーへんのー?」

「……はい、お茶」

「そんな暇ないって、ありがと」

 

 部屋に来て早々上着を脱ぎ捨てベッドにダイブし家主を差し置いてくつろぎはじめた相手の言葉に軽く答え、それとは対象的に勝手知ったるといった様子でお茶を淹れてくれたもう一人の来訪者からお茶を受け取り礼を言う。

 

「せっかく専業になったんやし余裕あるやろー?本格的に忙しくなる前に決めんと身動きとれんくなるよ?」

「それはたしかにそうだけど……今は配信したくてさ」

 

 たしかに専業になったことで時間と余裕は出来たが、現状それらはすべて配信に注ぎ込んでいる。ただでさえ周年記念の準備にliVeKROne(ライブクローネ)加入、リーゼデビュー配信への協力とタスクが山積みだったせいで配信頻度を増やしたと言っても限度があったのだが、それらを乗り越えた今すべてのリソースを配信に全力投入できることが嬉しくて楽しくてたまらないのだ。

 

 それに配信者としてデビューして色々あったこの部屋にもかなり愛着がわいている。確かにこうやって三人でいると手狭だし、事務所や各種スタジオへのアクセスは良いとは言えないし、配信部屋を作っているせいで居住空間はさらに圧迫されているし、お手製じゃなくてちゃんとした防音室が欲しい……。あれ?確かに引っ越した方がいい気がしてきた。が、何より引っ越して再び配信環境を整えるのが面倒……大変なのだ。そんな時間があれば今はとにかく配信がしたい。

 

「倒れそうで心配……」

「気持ちはわかるけど、まさかこんな配信モンスターになるなんてなぁ」

 

 私としてはそんな事まったく感じてなかったのだが周りから見たらそう見えているのだろうか。

 ゆるく首を傾げる私を見て、二人で目配せしてはぁとため息をつかれてしまうとますます不思議に思ってしまう。

 

「せーっかく、我らがまおちゃんが企業所属になったお祝いを温泉でパーっとやろうと思ってたのに本人がこれじゃあなぁ」

「おすすめの宿あるよ……?」

「気持ちは嬉しいんだけどもう少し落ち着いたら……」

「ですってよリリスさん」

「処置なし……」

 

 そう言って再度ため息をつくのは宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ)夜闇(やあん)リリスである、彼女らは黒惟(くろい)まおliVeKROne所属祝いと称して押しかけ、もとい駆けつけてくれたのだ。

 

 モデルもかくやと言わんばかりのスタイルを持ち、普段はホワイトブロンドの髪を一つに束ね左肩前に垂らしている一見おっとりとしたお姉さん然としている女性と、小柄で和装が似合うなで肩、黒髪姫カットのまさしく大和撫子然とした女性。前者が甜狐で後者がリリスなのだが、関係者の間では逆じゃないの!?とよく間違われる組み合わせ。

 

 そんな甜狐だが、今はベッドにうつ伏せになっているので髪の束は無造作にベッドの上に投げ出されている。それがいかにも狐の尻尾のように見えて隙があればそれを弄んでやりたいと常々思っているのだがなかなかチャンスが巡ってこない。これで上着を脱ぎ捨てキャミソール姿のまま枕に顔を埋め「ん~まおちゃんのかほり~」とさえしてなければ完璧な美女なんだけどなぁ……。

 

 ちなみにもう何度も同じことをされているのであらかじめシーツも枕カバーもしっかり洗って交換しているのだが、本人曰く「狐の嗅覚舐めたらあかんえ?」とのこと。犬猫扱いしたら怒るくせに……。

 

 一方のリリスもブラウスの上から銘仙(めいせん)の羽織をカジュアルに着こなす物腰柔らかい和風美人であり。金髪ハーフアップツインにラインギリギリを攻める格好で配信しているサキュバスVtuber夜闇リリスその人であろうなどとはほとんどの人は思わないだろう。配信時と普段で言動が違いすぎてしばらくはからかわれているのだろうと思っていたくらいだ。

 

「それで今日の配信はどうする?」

「んーお酒飲んでパーッと祝うやろー?」

「歌……一緒に歌いたい」

「結局いつものじゃない」

 

 特にやりたいゲームや企画がないときのお決まり、晩酌して一緒に歌って、適当に話して眠くなったら寝る。そんな緩いオフコラボが定番になっているのはどうなんだという気もするがそもそも三人でのオフコラボ自体結構久しぶりなのだ。

 

「貴女たちねぇ毎度毎度私の家でオフコラボして飽きないの?」

「いーや、ぜんぜん?若干狭いなぁとは思うとりますけど」

「機材……いいし」

「文句あるなら今日は二人コラボでもいいんだけど?」

「やってリリス、残念やけど……」

「帰るのは宵呑宮……」

 

 配信でもないのにこの三人でのやりとりは常時こんな感じで進んでいく。

 

「そういえばあんたんとこの妹さん、たつ子はんとコラボするって本当なん?」

「初耳……」

「まだ発表されてないはずなのになんで知ってるのよ……」

 

 他愛ないが他には聞かせられないような配信者トークで盛り上がっていると不意に甜孤からの問いに呆れ混じりに肯首しながら視線を送る。この情報通はいつもどこから情報を仕入れているのだろうか。

 

「狐の聴力舐めたらあかんえー?最初のコラボはまおちゃんとが良かったんやないの?」

「私もそう思ってたんだけどサクラ子がどうしてもっていうものだから……」

「押し切られた……?」

「本人の了承ももらったし、私とのコラボも決まってるから」

 

 ある日突然、いつもコラボに誘ってくるように「リーゼさんとコラボさせてくださいませ!!!!」と桜龍(おうりゅう)サクラ子からメッセージを受け取ったときは、またかと思いつつこれもいい機会かと事務所とリーゼ本人に渡りをつけてあげたのだ。私の時のように直接リーゼの元に殴りこまないだけサクラ子も成長しているのかもしれない。

 

「相変わらずやなぁあのお姫さんも」

「桜龍いつも強引……」

「いい子だから無下にもできないのよね」

 

 なんだかんだ全員コラボしたこともあるしその性格は多かれ少なかれ把握しているので小さく笑いながらどんな配信になるだろうかと想像しそれについても話に花が咲くが、最後にはそれぞれともコラボすることを半ば約束させられてしまった。

 

 最終的な判断はリーゼ本人に任せるとしてもあまり私から口出しするのはよくないとは思いつつ、少しでも彼女の力になってあげたいと思うのはちょっとした親心だろうか……。こんなことを考えているとまた妹じゃなくて娘じゃないかとからかわれるだろうけど。

 

 いままでそれこそ企業所属の子から個人勢の子まで私の後にデビューしたVtuberたちは数えきれないほどいる。その中でも面識があったり絡んだことがあるのはごく一部に限られるが、やはり同じ事務所に所属する同期とはいえデビュー時期を考えれば後輩にあたるのだから特別に感じてしまう。

 

 今目の前にいるリリスが同じ個人勢の先輩として気にかけてくれていたり、企業と個人の垣根を超えて同期のように仲良くしてくれている甜孤。強引なところもあるがそんなところも憎めない後輩のサクラ子。他にもこの二年間でたくさんの仲間たちが出来たのだ、リーゼにもそんな出会いがありますようにと願わずにはいられない。

 

「……なに?」

「どうしたん物思いに耽って」

「ふふっ、なんでもない」

 

 そんなことを考えていると自然に視線が二人の方へと向けられていたのだろう。そんな私に向けていぶかしげな視線が返されるが、こういういい話は配信にとっておくのが配信者というやつなのだ。含み笑いを漏らし誤魔化すがそれ以上は追及はされない、この空気感がなんとも心地良い。

 

「それじゃ告知して準備しますか」

「了解~」

「……わかった」




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話 オンの真夜中シスターズ

黒惟(くろい)まお@liVeKROne(ライブクローネ)/配信強化週間!!@Kuroi_mao 

今宵は久しぶりに甜孤とリリスとオフコラボだ

liVeKROne所属祝いに押しかけ……駆け付けてくれた二人を迎え

晩酌と軽く歌って、あとは眠くなるまで雑談

まぁいつものやつなのでゆるーく見に来てくれ

#真夜中シスターズでお祝い

 

黒惟まお@liVeKROne/配信強化週間!!さんがリツイート

宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ)@Live*Live二期生/良い飲み屋@yoinomiya_tenco 

久しぶりのまおちゃんのお部屋癒されるわ~

今夜はまおちゃんのところにお邪魔します~

お祝いやからええ酒持っていきます~

#真夜中シスターズでお祝い #まお様おめでとう

 

黒惟まお@liVeKROne/配信強化週間!!さんがリツイート

夜闇(やあん)リリス@エッッ(健全)なASMRボイス発売中♥@yaan_lilith 

夜のお姉さん同士、密室、オフコラボ、何も起きないはずもなく

久しぶりの黒様のお部屋ちょっとくらい襲ってもバレへんか……

今宵リリスは大人の階段上ります!!少しだけなら覗いてもいいよ?

#真夜中シスターズでお祝い #まお様おめでとう(結婚しよ)

 

『真夜中シスターズきちゃ!!』

『オフコラボ助かる』

『リリスのタグ草』

『夜のお姉さん組コラボのために生きてる』

 

────

 

【晩酌歌枠雑談】オフでliVeKROne所属のお祝いをしてくれるらしい【#真夜中シスターズ】

 

 :待機

 :お邪魔しまーす

 :覗きに来ました

 :いらっしゃーい

 

「……これもう始まっとる?」

「マイク入れたぞ」

「いえーい!聞こえるー?」

 

 :きちゃ!

 :聞こえるよー

 :コーンまおリリー

 :こんまおー

 :コーンばんわー

 :こんリリー

 

 待機画面から配信画面へと変えマイクのミュートを解除する。画面上には黒地で縦に白く駄魔王と印字されただぼだぼTシャツ姿の黒惟まおと朱色のハイネックノースリーブニットに白いカーディガンを羽織った宵呑宮 甜狐、ベアバックかつタートルネックでケーブルニット……一言で言えば童貞を殺すセーターを着た夜闇リリスが現れ、各々楽しそうに体を揺らしている。

 

 一方現実では、配信部屋に折りたたみの丸いテーブルが持ち込まれそれぞれの動きを捉えるためのスマホやWEBカメラがスタンドによって固定されている。テーブルの上には配信用のノートPCとマイク、晩酌のために用意された各種おつまみ、各々好きな酒類が完備状態。一人でも機材や各種グッズ、仕事関連の資料で手狭な配信部屋にテーブルを囲んで三人が並んでいるのだ、その狭さは窮屈の一言に尽きる。

 

「今宵も我らに付き合ってもらうぞ?」

「キャー!黒様ー!!抱いてー!」

「っ、リリスお前なぁ……」

 

 お馴染みの挨拶をしようとしたところでふざけたリリスがこちらに抱きついてきた。その勢いにグラリと傾き床に手をついてなんとか倒れないようにしながら咎めるように押し返す。

 抵抗してくると思っていたのだが今度はこちらを引き込むように倒れ込みながら手を引かれ、その上器用なことにわざと上着をはだけさせ上目遣いでこちらを誘うように見上げてくる。

 その姿は配信前の貞淑な大和撫子なんかではなく、間違いなくサキュバスのそれであり画面上の姿が重なって見えてしまう。

 

「おー?まおちゃんがリリスを押し倒しよった」

 

 :!?

 :きまし!?

 :あら~^

 :まおリリ!?

 

「……ふざけてないで自己紹介」

「はーい、黒様に押し倒されたえっちなサキュバス、夜闇リリスでーっす。まお様おめでとうーお祝いはリリスちゃんを愛人にする権利をあ・げ・る♪」

 

 ケロッとした表情で起き上がりカメラに向かってばっちりウィンクを決めながら挨拶する姿は慣れたもので呆れながらも甜狐へと目線を移す。

 

「コーンばんわー、Live*Live二期生宵呑宮 甜狐ですー。まおちゃんほんまおめでとう。甜狐にはリスナーさんがおるから……一夜の戯れで許しておくれやす……」

 

 私の視線を受けて続けて挨拶しはじめる甜狐もリリスの悪ふざけにならい、しなりと体をこちらに寄せツツツと肩のあたりを指先でなぞってくる。少しだけくすぐったいがここで変な反応をしてしまえば二人の思うツボだ。

 

「そしてー今夜の主役ー!落とした女は数知れず!」

「誰が呼んだか、たらし魔王」

「……liVeKROne所属の魔王、黒惟まおだ。はぁ……こんまお」

 

 :きゃー!まお様ー!

 :こんまおー

 :おめでとうー!!

 :義務こんまおが染み渡る

 :うちの狐がすいません……

 :うちのリリスもらってやってください

 

「ちょっとーリリスナー。応援してくれるのは嬉しいけどみんなのリリスちゃんが黒様のものになっちゃうよ?」

 

 :黒様ならまぁ

 :幸せになれよ

 :おめでとう

 :NTRモノみたいでいいよね

 

「相変わらずリリスナーたちはおもろいなぁ」

「安心してくれちゃんとお前たちのところに返すから」

「ちょっとー!黒様もリリスナーもひどいなぁ」

 

 :草

 :返却されてて草

 :押し付け合わないでもろて

 

 ケラケラと笑う甜狐に私の言葉にぷくーっと頬を膨らませ私と画面に向かって不満を口にするリリス。あんなことを言い合っているがリリスもそのリスナーであるリリスナーたちもお互いのことを大切に思っていることを知っているのでなんとも微笑ましい。

 

「ほらほら、二人していちゃついてないで乾杯せな。今日はまおちゃんのVKRO(ブイクロ)所属お祝いなんやし」

「甜ちゃんも一緒にいちゃいちゃしたいくせにー。でもまぁそうだね乾杯しよっか!ものどもー!酒を持てい!!」

 

 :おう!

 :ばっちりよ!

 :今日は飲むぞ

 :こちとらもう2本目よ

 

「それではー我らが真夜中シスターズの末っ子、黒惟まおのVKRO所属を祝うと共にー?」

「ますますの活躍と末永い活動を祈念いたしまして」

「すべての配信者とそのリスナーが幸せであるように」

 

 リリスの音頭からはじまり各々がグラスを手に取り、甜狐が続き、そして私もこの場にいる者、いない者。いろいろな姿を思い浮かべ言葉を紡ぐ。

 特に打ち合わせをしていたわけでもないが自然と三人の息がそろって目配せをしあい、言葉を重ねる。

 

「「「乾杯~!」」」

 

 :かんぱーい!

 :KP!

 :おめでとうー!!

 

 乾杯と祝福の言葉で流れがはやくなるコメントを眺めながら互いに軽くグラスを鳴らし、口元に運ぶ。

 

「っぷはー!やっぱこれよー!」

「リリスおっさんくさいぞ」

「かわいらしいおっさんがいたもんやなー?」

「そうだぞー!おっさんでも可愛いからセーフ!」

 

 あっという間にグラスを空にしたリリスは上機嫌でおかわりを注いでいる。

 

 :何飲んでるのー?

 :まお様末っ子だったん?

 :おっさんかわいい

 :飲むねぇ

 

「何飲んでるの?だってー。私は日本酒だよー甜ちゃんが奮発してくれたいいやつ!」

「我はまぁいつも通り、ほのよいだな」

「まおちゃんは相変わらずよわよわやなぁ、甜狐もリリスと同じやね」

 

 場所は私が提供して、酒類は甜狐が用意し、つまみはリリス。といういつもの布陣。今日はお祝いということもあり、あまり詳しくない私でも聞いたことのあるようないいものを用意してくれたらしい。もっとも私はいつものヤツなのだが。

 

「まおちゃんが末っ子なんはデビュー順やからやねぇ」

「はーい!あたしが長女でーす!かわいい妹たちよ!姉を崇めるのです!」

「といっても我と甜狐でほとんど変わらないだろ」

「それでも甜狐のほうが先ですー、ほらほらお姉ちゃんに甘えてもええんやよ?」

 

 二人が両手を広げ、かたや褒め称えるように要求し。もう一方はその胸に飛び込んでくるように求めてくる。困った姉たちだが元々一人っ子なのでそんなやりとりも楽しい。

 

「ほら、酔いが回る前に歌うぞ」

「あっ逃げた」

「恥ずかしがりやさんやなぁ」

 

 別に逃げたわけではないけど……。二人はともかく酔いが回ってしまうとうまく歌える自信がない私としてはなるべくはやく歌っておきたいのだ。

 

「じゃーまずはあたしと黒様のデュエットね!!」

「そのつぎは甜狐とやからねー?」

「それじゃ、あたしと黒様の愛を証明しよう!」

 

 お互いにイヤホンを片耳だけつけると軽快なオケが流れ始めリリスが歌い始める。最初から口が回るか少し心配だが何度か一緒に歌ったこともあるしうたみた動画としても出したこともあるのでそこまで心配は無用だろう。リリスなんかは楽しそうに手振りで踊りながらかわいらしい声で歌っている。やっぱりうまいなぁ……。

 

「いえーい!証明完了!」

「うたみたもリリスのチャンネルにあるからよろしくな」

 

 :宣伝助かる

 :はぁ……すこ

 :88888888

 :このパート分けだとまお様→リリスなんだよな

 

「それじゃあ、次は甜狐とやねー。二人の愛に溺れてもらいましょ」

 

 そう言って熱のある視線を向けられ、先ほどとは対象的に印象的なピアノのメロディが流れ始める。許されなくてもお互い惹かれ合う磁石のように……。愛を歌う甜狐の声がとても艷やかで歌詞のせいもあってその世界に引き込まれていくようだ。甜狐の声に釣られないように下のハモリに集中していると指先に何かが触れ思わず甜狐のほうへと視線を向ける。そこには悪戯っぽく笑みを深めた顔があり、ゆっくりと指同士が絡み合い……。曲が終わると名残惜しそうにその手は離れていく。

 

「ふふっ、どうやった?」

 

 :エッッッ

 :たまらん

 :最高

 :やばい

 :こんなんもう実質アレなんよ

 

 そう尋ねたのはリスナーに対してか私に対してか。互いに少しだけぼうっと見つめ合ってしまったのはきっとお酒のせいだろう。

 

「あー!もう二人の世界に入らないの!!あたしもそれ歌いたい!!」

 

 リリスの明るい声に現実へと引き戻され、互いに曲を交換してもう一回…そのあとも三人で歌ったり、リクエストをしあったりコメントから拾ってみたり。

 二人共私と歌いたいと言ってくれるのは嬉しいのだが……。ほぼほぼ歌いっぱなしで結構疲れてしまったのでほどほどのところで歌は終わりにし、あとはダラダラとお酒とつまみを片手に雑談だ。

 

「なーほんま美味しいからちょこっと飲んでみん?」

「そうだよーこんないいの中々飲めないよー?」

「それじゃあ……ちょっとだけ」

 

 :あっ

 :まずいですよ!

 :お水飲んでね

 :いいぞもっとやれ!

 

 ──甜狐に勧められて少しだけ、二人が飲んでいた日本酒を口にしたせいかいつもよりふわふわとして気持ちがいい。

 

 

 

「ふふっ……てんこ~りりす~」

 

「あー、……やっぱこうなるかー」

「んー?まおちゃんはかわええなぁ~」

 

 :知ってた

 :ふわふわまお様ほんとすこ

 :まお様大丈夫そう?

 :まぁ二人いるし平気やろ

 :その二人が危ないんだよなぁ……

 

「それじゃ、まおちゃんもこんな感じやし今日はこのへんやね」

「そうだねーほら、黒様ーお水飲みなー」

「うん……」

 

 :うんて

 :かわいい

 :これはお持ち帰り不可避

 :こういうときリリスほんとお姉ちゃんよな

 

「まおちゃんは甜狐たちがしっかり介抱するから心配せんでな~」

「リリスたちはこのままお泊りだからこのあとも楽し……しっかり面倒見るからね!」

 

 :まお様逃げて

 :楽し……?

 :ズルイゾ

 :よろしくお願いします……

 

「それじゃ、真夜中シスターズでしたー!」

「ほらまおちゃん、バイバ~イって」

「ん?あっ、バイバ~イおつまおー♪」

 

 :おつまおー!

 :かわいい

 :これは間違いなく末っ子

 :バイバ~イ

 :おつまおできて偉い!

 :ゆっくり休みなー

 

────

 

「ん……配信終わった……?」

 

 ふわふわとした頭のままいつの間にか横になっていたことに気づいてあたりの様子を伺う。

 甜狐に勧められた日本酒を口にしてから少しの間はしっかりと覚えているのだが時間がたつにつれ記憶がおぼろげになっている。

 どうやら私はベッドに寝かせられているらしく、ベッドサイドでは甜狐とリリスが私を見守りながらまだ飲んでいたらしい。

 

「……終わった。水飲む……?」

「ん、ありがと」

 

 配信時とは打って変わって少しだけ心配そうに水の入ったグラスを差し出してくるリリス。彼女に礼を言って身体を起こし水を一口飲む。

 

「ふぅ……、あー。……やっちゃった?」

「かわいいまおちゃんが出てきただけである意味いつも通りやから大丈夫」

「……平気」

 

 少しずつ状況が飲み込めてきてそれを把握する。二人がいるからってハメを外してしまったらしい。問題を起こしたり迷惑はかけていないようなのでそれだけは安心だが、いまからアーカイブを見るのが怖い。

 

「ほんと弱いなぁ……私……。……ぁふ」

「弱いくらいが女の子はかわいらしくてええやないの」

「宵呑宮は強すぎ……」

「そりゃ良い飲み屋やしぃ?」

「つまりかわいくない……?」

「リリス~」

 

 漏れ出てくるあくびを我慢しきれずに口を抑えながら二人のやりとりをなんとなく見守る。

 

「あとのことは任せて寝なさいな」

「たくさん歌ったし疲れてる……」

「うん……それじゃお言葉に甘えて……」

 

 一度は起きたが、まだ頭はふわふわとしているしまぶたも重いし……。ここは二人に甘えてしまってもいいだろう。再び横になって二人を見上げる。

 

「甜狐、リリス」

「「……ん?」」

「ありがとうね、三人で……リスナーと一緒にお祝いできて嬉しかった……これからも……」

「せやね……」

「これからも……?」

「……寝てしもうたわ」

 

「ほんま、可愛らしい妹ができたもんやね」

「……宵呑宮も」

「なんや、酔っぱらったん?」

「……そうかも」

 

 薄れゆく意識の中で二人の会話が耳には入ってくるのだがその内容までは頭に入ってこない。

 だけどそれがとても耳に心地よく完全に意識は眠りの中に落ちていくのだった。

 

「「おやすみ我らが魔王様……」」

 




リリスナー:リリスのリスナーだからリリスナー、わかりやすいね
NTR:とあるジャンル(センシティブなので検索する際は気をつけよう)

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話 ある日の事務所

「はーい、いまの貰いまーす」

「ふぅ……ありがとうございました」

 

 つけていたヘッドホンを外し一息ついてマイク前から離れる。

 いまだにこの収録というものは慣れないがすこしづつこなせるようになってきた。

 といってもそれはスタッフたちの力量によるところが大きく、まだまだあの人のようにうまくコミュニケーションを取りながらよりよいものを作っていく、という風には及ばない。

 

 それでも、手取り足取りすべての面倒を見てもらっていた頃よりは迷惑をかけることはなくなったと思うし。「慣れてきましたねー」なんてお世辞でも褒められたことを思えば、収録スタジオを出てリフレッシュルームへと向かう足取りは随分と軽い。

 

 リフレッシュルームへと続く扉の前で一度足を止め、スマホを取り出しインカメを使って軽く身だしなみチェック。長時間ヘッドホンをつけていたので特に髪に変な癖がついてないかは念入りに確認する。

 

 あの人に会うからには万全の自分でありたい。

 もっともすでに随分とだらしのない姿を見せてしまっているのだが……、それはそれ。これはこれだ。

 

 少しだけ癖がついていた髪の毛を軽く直し、扉に手をかけゆっくりと開いて中に入るとすぐにその人の姿が目に入る。

 

 わたくしの憧れの魔王様、そしてliVeKROne(ライブクローネ)の同期でもある黒惟(くろい)まお。

 黒いテーパードパンツに白いカットソー、その上からグレーのジャケットを羽織って椅子に座りノートパソコンの前で何やら思案中の彼女はとても様になっていてまさしく仕事の出来る女性といった雰囲気を漂わせている。

 物音に振り返らないところを見るとおそらくイヤホンでもしているのだろう、こちらの存在は気付かれていないようだ。

 

 なるべく気付かれないようにそろりと近づき、そっと椅子を引いて少し斜め後ろに座りその様子を伺う。ノートパソコンの画面を覗き込むのはマナー違反なので、少し後ろから見えるその横顔をじっと見つめるしかないのは不可抗力というやつだ。

 

「……?あっ、リーゼ。来たなら声かけてくれれば良かったのに」

「お仕事モードのまお様を見ていたくて、つい」

 

 ようやくこちらの存在に気付いたらしいまお様がイヤホンを外し少し照れたようにこちらに視線を向け抗議してくるが、さっきまでの雰囲気とは違いその様子はかわいらしい。このギャップがまた魅力的なのだと内心で思いつつ、悪戯っぽく言い訳をする。

 

「もう……、収録は終わったの?」

「はい、まだまだまお様のようにはいきませんが……」

「私も宅録ばっかりだったからそんなに変わらないって。経験を考えればリーゼのほうが上達は早いくらいだと思うけど」

「そうでしょうか……?」

「私も同期に負けてられないなー」

 

 少し呆れたように笑み混じりで仕方ないなといった風に肩を竦めた彼女からの問いかけにはいくらスタッフから褒められたとは言え、目の前の相手には遠く及ばないと弱音をこぼしてしまう。そんなわたくしを前にして励ますように、そして最後はこちらをからかうように笑みを向けてくれる心遣いが嬉しい。

 

「まお様と同期なんですね」

 

 改めて同期と言われ、ずっと憧れてきた魔王である彼女と立場上は同じ立ち位置になったことを実感する。実際のところはデビューしたてのVtuberとしても配信者としても未熟な見習い魔王と、個人勢として一から活動を始め周りに埋もれることなく二年間も続けてきた魔王様というちぐはぐな組み合わせではあるが。

 

「そうだよ、黒惟まおとリーゼ・クラウゼはliVeKROneの同期。そうだ、まだ直接は言っていなかったっけ。デビューおめでとうリーゼ。これから一緒によろしくね」

 

 わたくしの言葉に何かを感じたのか、ゆっくりと頷いてから思い出したようにパっと表情を明るくするまお様。たしかに言われてみれば最後に会ったのは彼女のliVeKROne加入発表の時だったのでデビューしてから会うのは初めてなのだ。律儀に手を差し伸べあらためてデビューを祝ってくれた彼女の手を握り笑顔で応える。

 

「ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いしますね」

「それはそうとして、……リゼにゃん」

「……なんでしょうか、まおにゃん」

 

 お互い笑顔で握手をしたところで手を離そうとするが何故かその手を離してもらえない。どうかしただろうかと首を傾げたところで呼ばれたその名にびくりと反応しつつも探るように相手の名前を呼んでみる。

 

「あれから私のマシュマロやSNSで随分と話題になったみたいでね?」

「わたくしのほうにも来ていましたね……コラボしてほしいと」

 

 ウフフと二人して手を握りながら不気味に笑い合う。

 

「はぁ……、ネタに事欠かない同期が出来て嬉しいよまったく……」

 

 脱力したように手が離されやれやれといった風に力なく笑う相手に申し訳ないことをしたなぁと思いつつも、内心ではいつか絶対まおにゃんコラボを実現してみせると心に誓う。そのためならばいくらでもリゼにゃんとしてコラボ相手をつとめさせてもらう覚悟はある。

 

「コラボといえば、たつ子……サクラ子とのコラボの方は大丈夫?」

桜龍(おうりゅう)さんとご挨拶はさせていただいて当日やる内容についても大方決まりました」

 

 突然誘われたデビュー後初コラボ、しかもその相手は一度も話したことのない他事務所のVtuberである桜龍サクラ子さん。最初にまお様から話を聞いたときは驚いたしどうしていきなりと困惑したものだが、配信を通じてそれなりに相手の事は知っているしチャットで挨拶をしたあとはコラボ配信の内容についてうまくリードしてもらっている。あとは実際に話してみてどうなるか……だが。

 

「ならよかった、ちょっと……いや結構強引なところがあるけどいい子だからさ。配信楽しみにしてるね」

「初めてのコラボなので今から緊張していますが……わたくしも楽しみです。まお様とのコラボももう少しで発表ですし」

「いやーほんと楽しみだね。リスナーたち喜んでくれるといいけど」

 

 桜龍さんとのコラボ後にはまお様とのコラボが控えている。二人で沢山打ち合わせをして事務所に企画を通して……、慣れないながらもまお様にバックアップしてもらい初めて主導するコラボ企画……。忙しいまお様の時間をもらっているのだから絶対に成功させたいしリスナーにも楽しんでもらいたい。

 

「そういえば先ほどまでは何をなさってたんですか?」

「あぁ、これ?次のうたみたの曲聞きながらMVの構想練ったり、提出物片付けたり……。企画案まとめたり、ついでにスケジュール調整と連絡を……」

 

 なんてことはないように次々と口に出される仕事の数々に本当に忙しそうだと心配してしまう。わたくしなんか自分の配信とふたつのコラボ予定で手一杯だというのに。

 

「その、大丈夫ですか?毎日のように配信されているようですし……」

「時間の制約がなくなったからつい……でも配信すればするほどなんていうか活力が沸いてくるんだよね。そうだ、つぎ録るうたみたはすごいよーなんてったって……ってこれはまだ言えないやつだった」

 

 あははと楽しそうに笑いながら語る相手からは疲れなど微塵も感じさせないが、かえってそれが心配を加速させる。

 

「まお様少しだけ失礼しますね?」

 

 断りを入れてから彼女の手を取りなんとなくあたりを付けていた手首のブレスレットを外す。

 

「あぁそれはマリーナさんが外に出るときはなるべく付けていろって」

「魔力隠蔽の魔道具ですね。どうりで……、やはり少し抜いておいた方がいいかもしれません」

 

 ブレスレットを外したことによって一気に魔力の気配が大きくなり、出会ったころとは比べ物にならないその濃さに少しだけ当てられてしまう。

 一時からまお様から感じる魔力の気配が薄まったと感じていたが気のせいではなかったようだ。

 それが魔道具によるものだったとして先ほどまではブレスレットを付けた状態でも出会った当初の水準まで戻っていた。つまりそれは大量の魔力を保有している事に他ならない。

 

「……リーゼ?」

「疲れを感じないのは身体に魔力が満ちているからです、こちらで生活しているのならばここまで貯め込むことはないのですが……」

 

 魔界ならまだしも魔力の薄いこちらの世界では普通に生活していてここまで貯めることは難しいが、配信者として数多くのリスナーからの思いを毎日のように受け取っていれば話は別だ。このまま魔力を貯め込み続ければちょっとした精神や体調の不良でうまく扱えなくなった時の事を考えると恐ろしい。

 

「少しだけ魔力を頂いてもよろしいですか?」

「……えぇ」

「失礼します」

 

 まだ状況を掴み切れていない様子のまお様の手を引いて立ち上がらせそっとその身を抱きしめる。あたたかな温もりとは別にたしかな魔力を感じそれを我が身にもらい受け薄めていく。

 

『まお様、貯め込みすぎですよ』

『リーゼ?そのごめんなさい?』

『マリーナに相談しなければなりませんね』

『その……よろしくお願いします』

『──っ!?』

 

 魔力を通して自然と声にならない会話をしていると一瞬、なにかノイズのような、残像のような、見たことのないイメージが割り込んできて思わずびくりと身体を震わせてしまう。

 

『リーゼ?どうかした?』

『今何か……』

『大丈夫?』

『はい……、そろそろいいでしょうか』

 

 心配してくれるまお様の様子を見るに今のは気のせいか、もしくはわたくしだけが感じ取ったらしい。ともかく当初の目的は達成したので名残惜しくはあるが魔力の流れを止め抱きしめていた身を離す。

 

「これで大丈夫だとは思いますが……、疲れを感じないからといってもきちんと休んでくださいね?」

「ええと、気を付けます……」

 

 念を押すようにきちんと休息をとるように伝えるが頭の中は一瞬感じた違和感でいっぱいで、遠巻きにこちらの様子を見守っていた存在に気が付くのが遅れてしまったらしい、遠くから声をかけられようやくその存在に気が付く。

 

「あのーお取込み中のところ申し訳ありません……、黒惟さんの収録準備ができたので……」

「えっ、あっ!ごめんなさい!すぐ行きます!リーゼまた!」

 

 まお様も気付いていなかったらしく、急に現れた女性スタッフの姿にあたふたと慌てながら駆け出していく。

 いつから見られていただろうか……。魔力のやりとりをする寸前まではいなかったと思うが。

 ……それよりも今回の件でますます、まお様に関する謎が深まったのであった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話 龍魔相まみえる①

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne(ライブクローネ)/新人魔王見習い@Liese_Krause 

今夜は初コラボ!!ぶいロジ!の桜龍(おうりゅう)サクラ子さんと対決します!

見習いとはいえ魔王として負けるわけにはいきません!

応援よろしくお願いしますね(初絡みなので緊張しています……)

#龍魔相まみえる

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習いさんがリツイート

桜龍サクラ子@ぶいロジ!/万夫不当!@oryu_sakurako

また新たな魔王が出てきたらしいですわね!

liVeKROneのリーゼ・クラウゼさん……

その力、コラボで確かめさせていただきますわ!

#龍魔相まみえる

 

『初コラボから飛ばしてんなー』

『まお様から続く伝統のコラボまである』

『魔王と龍は戦う運命なのか』

『力のサクラ子に対してリーゼはどうくるのか』

『わたくしコラボやんけ』

 

 今日はいよいよ桜龍サクラ子さんとの初コラボ。初コラボ発表当初からまさかいきなり交友がないように見える……、実際にまお様から話を聞くまでなかった組み合わせは双方のリスナーにとっても意外だったようで驚かれはしたものの、黒惟(くろい)まお経由であることはわかりやすくすぐに納得をもって受け入れられたようだ。

 

 実際にチャットでのやりとりはスムーズに進み、コラボ自体初めてのわたくしをうまくリードしアイディアも出してくれる桜龍さんは、まお様とのコラボや普段の配信で見せるような姿よりも頼りがいのある先輩といったイメージが強い。

 

 しかし、素直にお礼を述べたところで『こんなことは先達としては当たり前の事ですわ!!』とチャットなのに声量を感じるような妙に勢いのある返答は流石だなと思うしかない。

 

 ただ、ひとつだけ不安材料があるといえばやりとりはほとんどがチャットで、軽い音声チェックをした以外はコラボ直前まであまりお話することができなかったことだろうか。

 

────

 

【アソビ大百科】いきなり挑戦状!?初コラボで対決!【リーゼ・クラウゼ/桜龍サクラ子】

 

 :ここがあの女のハウスね

 :大百科対決か

 :お邪魔しまーす

 :大丈夫?うちのドラゴン迷惑かけてない?

 :いらっしゃいませー

 

 待機画面ではすこしづつ覚えてきた自らのリスナーの名前とはじめて見る名前のコメントがどんどん流れていく。その内容を見れば数多くの桜人(さくらびと)と呼ばれる桜龍サクラ子リスナーが見に来てくれていることがわかる。

 コラボに誘ってくれたのは桜龍さんの方だし彼女のチャンネルでやることになるだろうと思っていたが、気をきかせてくれたのだろうかわたくしのチャンネルで行うことになった。その分やることや考えることも多くなったがすべていい経験になっているのだからありがたい。

 

「今日もわたくしを応援してくれますか?liVeKROne所属魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。聞こえていますでしょうか?」

 

 :聞こえてるよー

 :応援してるよ!

 :はじまリーゼ!

 :こんばんわー

 :音量OK!

 :応援するよー

 

「大丈夫みたいですね、応援の言葉もありがとうございます。本日はとある方……といってもタイトルやSNSを見て頂ければわかると思いますが、その方からこちらを頂きました」

 

 配信をしていくうちにだんだんと固まりつつある開始の挨拶とコメントとのやりとりを終え、果し状と書かれた白封筒とその中身の写真を配信画面に表示させる。

 それは実際にまお様経由で送られてきた画像で、見事な毛筆で書かれたまさしく果し状。

 

 :ガチじゃん

 :めっちゃ達筆やん

 :これサクラ子のか

 :段持ちやからな

 

「実は直接もらったのではなくとある方経由だったのですが……御覧の通り名前がなかったので最初は本当にどなたからかわからなくて……」

 

 :草

 :これはサクラ子だわ

 :字めっちゃうまいのに

 :らしいっちゃらしい

 

 実際のところまお様も名前がないのに気づかずそのまま送ってきたので、紹介を受ける前は本当にわからなかったのだ。ちなみに後日きちんと実物を送ってきてくれるらしいので、記名されてくるのかは少し気になる。

 

「という事で記念すべき初コラボのお相手をお呼びしましょう」

「いきなりはずかしめを受けましたわ……。さすがは見習いといえど魔王、油断ならない相手ですわね……。ぶいロジ!所属の桜龍サクラ子ですわ!!」

 

 まお様から「サクラ子は配信になると更に声が大きくなるからすぐに絞れるように」と聞いていたおかげでメーターが振り切れる前になんとか調整することができたし、配信画面にはきちんと桜龍さんの姿が問題なく表示されていることを確認し内心ホッとする。

 

「今日はよろしくお願いしますね。桜龍さんはどうしてわたくしに声をかけてくださったんですか?」

「このVtuber界に新たな魔王が現れたのであれば、桜龍たるワタクシがその力を測るのは必然ですわ!」

 

 :まお様の時も似たような事言ってたよな

 :ブレないなぁ

 :行動力の化身

 :二人は初絡み?

 

「二人は初絡み?そうですね、配信で一方的には知ってはいましたがこうやって直接お話するのは初めてですし、コラボが決まってからやりとりもするようになりました」

 

 :リスナーやん

 :コラボきっかけか

 :そりゃまおの女はチェックしておかないと

 :お互いの印象は?

 

「印象ですか?コラボ内容も相談に乗ってくださいましたし、所属は違いますが頼りになる先輩といったところでしょうか?」

「そんなの先達としては当然ですわ!ワタクシはそうですわね……。リーゼさんは、一見大人しそうに見えるけど油断ならない相手ですわね」

 

 :ちゃんと先輩しててえらい

 :サクラ子褒められてるやん

 :サクラ子立派になって……

 :今となってはサクラ子も先輩やからなぁ

 

「では早速対決していきましょうか、対決はアソビ大百科で行い五回勝負で先に三勝した方が勝者となります」

「勝者は敗者にひとつだけ願いをかなえてもらえますわ!」

 

 :なんでも?

 :ん?

 :ん?いまなんでもって

 :言ってないんだよなぁ

 

 対決に選んだゲームは古今東西様々なゲームが手軽に遊べるアソビ大百科。コラボで対決といえばコレでしょくらい有名で定番のモノだ。

 

「最初のゲームはリーゼさんに選ばせてあげましょう!」

「それではお言葉に甘えて……、こちらで」

 

 :コネクトフォー選ぶとか鬼か

 :あっ

 :さすが魔王

 :容赦ねぇ

 

 わたくしが最初に選んだのはコマを落として四つ並べたほうが勝ちになるコネクトフォーというゲーム。アソビ大百科自体は色々な人の配信、とりわけまお様のコラボ配信で何回も見ているがプレイするのは初めてだ。しかし、沢山あるゲームの中でもこのコネクトフォーは桜龍さんがまお様との対決でお互いリーチを無視しあい桜龍さんが勝利を確信し盛大にフラグを立てたあと結局まお様が勝ったという逸話がある。

 

「ぐっ……。さすが魔王……、ワタクシのことは研究済みということですわね。しかし、この桜龍サクラ子同じ過ちは犯しませんわ!」

 

 ……

 

「えっ、あっちょっと待った!待ったですわ!!」

「桜龍さん待ったはなしですよ?」

 

 :知ってた

 :はい

 :草

 :圧勝で草

 :フラグだったかぁ

 

 見るのと実際に自分でやってみるのではかなり勝手は違ったが難なく勝利……。

 相手と話しながらコメントも拾いながらだとミスも多くなってしまったが、桜龍さんが思った以上に……。

 

「そちらがそのつもりならワタクシの方も本気でいかせていただきますわ!」

 

 :殴り合いきちゃ!

 :フィジカル特化ドラゴン

 :これは本気ですわ

 

 桜龍さんが選んだのはトイボクシングという二つのボタンで防御と攻撃を行い殴り合う単純だが読み合いが重要なゲーム。彼女が得意にしているものだ。

 

「受けて立ちます!」

 

 ……

 

「くっ、強い……っ」

「フハハハ!甘い!甘いですわ!ガードばかりしていては勝てませんわよ!」

 

 :笑い方が魔王のそれ

 :さっきと違って生き生きしすぎやろ

 :水を得た魚……もとい龍

 :強すぎる

 

 相手の得意ゲームということもありどうしても消極的になってしまい防戦一方、なんとか反撃してみようとするもあっさりと防がれ連続でカウンターをもらい完全にKOされてしまう。

 

「これで五分ですか……、次はこれで勝負です!」

 

 :完全に力と頭の勝負になってきた

 :また圧勝かな?

 :け、けっこうやってるし……

 

 ここで負けては相手がリーチ状態になってしまう。なので容赦なく苦手としているリバーシを仕掛けていく。お互い白と黒のコマをもって挟まれたほうが裏返って相手のコマになる、言わずと知れた大定番のテーブルゲーム。

 

 「やはりそれで来ましたわね!もう過去の桜龍サクラ子とは思わない方がいいですわ!!」

 

 ……

 

「思っていたよりも強い……っ?」

「いままで負け続けていましたが、時間を見つけては練習していたのですわ!!」

 

 あっさり勝てると思っていたが、それは甘かったらしく互いに角を取り勝敗がわからないまま終盤まで行き……。最後は相手のちょっとしたミスをきっかけに辛勝……。アレが無ければたぶん負けていた。

 

 :おー!

 :接戦だった

 :あそこでミスってなければなぁ

 :成長している……だと

 

「いい勝負でした」

「そうですわね!次は勝ちますわ!」

「では次のゲームを選んでください、次わたくしが勝てば勝利です」

「ここは負けられませんわね……そろそろ身体を動かしたくなってきたところですわ」

 

 こちらにリーチがかかった状態で選ばれたのはボウリング。大百科の中でもコントローラーのセンサーを使い実際に腕を振ってボールを投げることができる体感型ゲームのひとつだ。

 

 ……

 

「ターキーですわー!!」

「くっスプリットが……」

「フォース狙っていき……あっー!!」

「桜龍さんっ!?大丈夫ですか!?」

 

 絶好調の桜龍さんに比べこちらはスペアはとれるがストライクも続かず微妙なスコア、三連続ストライクをとったあと上機嫌で四連続を狙うべく投げようとした彼女から何か大きな物音が聞こえ、それに負けないくらいの大声がこちらに届く。

 

「大丈夫ですわ!すこしマイクスタンドが曲がってしまっただけですわ!」

「えっ」

 

 :草

 :びびった

 :鼓膜ないなった

 :ええ……

 :マイクスタンドくん……

 :七代目くん……

 

 いったいどうしたらそんなことになるのか想像がつかないが、コメント欄にいる桜人と思わしき人たちにとってはわりとよくあることのようで、今までスタンドも何台か交代しているらしい……。そういえば切り抜きで見た気が……、それにしても七台は多くないだろうか。

 そんなトラブルはあったが結果は桜龍さんの二百越えという倍近いスコアをつけられ負け……やはりフィジカル面では勝てそうにない。

 

「桜龍さん強すぎます……」

「リーゼさんも鍛えればすぐにうまくなりますわ!」

 

 :スタンドくん事件なければシックスパックまであったなぁ

 :いうてリーゼちゃんのスコアも悪くはないんよね

 :さすが子

 :これは完敗ですわ

 :これで並んだな

 :盛り上がってまいりました

 

 しかし、これで二勝二敗。次勝った方が勝者というわかりやすい構図になった。お互い得意なゲームを選んだとあって望んでいた展開だが、リバーシで負けなくて本当に良かった。

 

「それでは最後のゲームはアレですよね?」

「ワタクシの豪運見せてあげますわ!」

 

 そして最後のゲームはもちろん、大百科で対決のトリといえばアレしかない。

 ──決戦はヨットに託される。




桜人:桜龍サクラ子リスナーの呼称。元ネタは源氏物語の失われたと言われている巻名から。転じて桜の花を眺める人。桜を愛でる人という意味で現在では使われいる。

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話 龍魔相まみえる②

【アソビ大百科】いきなり挑戦状!?初コラボで対決!【リーゼ・クラウゼ/桜龍サクラ子】

 

 初めてのコラボ配信、桜龍(おうりゅう)サクラ子さんとアソビ大百科での五番勝負。

 お互いに得意ゲームで勝利を収めての最終戦にコメントは大いに盛り上がっている。

 

 :サクラ子豪運見せたれ!!

 :リーゼちゃんファイト!

 :ヨット期待

 :豪運vs頭脳やな

 

 ヨット、それはアソビ大百科に収録されている中でも特に配信映えするという理由で対決のトリによく選ばれるゲームである。五個のサイコロを使いトランプのポーカーのように役を作っていき、それを交互に繰り返していき最終的に合計点数の高いほうが勝者となる。

 

 ちょっとしたコツや点数を取る上で考える余地はあるが、結局サイコロの出目しだいではあるので配信者としてどちらが持っているか、どこまで盛り上げられるかすべては賽の目を決める天のみぞ知る。

 

 余談ではあるが発売元のN社によれば発売後一ヶ月での全世界累計プレイ時間は麻雀に次いで二位であるらしい。三位は花札だとか。

 

「フフフ……最終戦をヨットにするとは流石わかっていますわね」

「我々配信者にとっては逃れられない宿命みたいなものですからね……」

「その意気や良し!!どちらの格が上か白黒ハッキリつけさせて頂きますわ!!」

「見習いとはいえ魔王、先達といえど容赦は一切いたしません!」

 

 :いいぞー!

 :負けるなよサクラ子!

 :頭脳で攻めればいけるぞ!

 :豪運いに負けるな!

 :ファイト!

 

 更にコメントを煽るようにいっそ演技のように挑発してくる桜龍さんに合わせてこちらも語気を強め真っ向から立ち向かっていく。盛り上がるようにリードしてくれているのだろう、そういった意図がないとしても自然とそういった風に振る舞える相手は素直に尊敬できる。

 

「先手はそちらに譲りましょう」

「ではわたくしから振りますね」

 

 :ホスト先手定期

 :後手の方が有利まである

 :草

 :仕様なんだよなぁ

 

 コメントの指摘どおりホストであるこちらが先手ではあるし、相手の出方を伺える後手の方が有利というのもわかる。だけどここまで戦ってきたわたくしにはわかる。そういった細かいことを彼女は、桜龍サクラ子は一切気にしていないのだ。ならばこちらも細かいことは気にせず先手を活かしてプレッシャーをかけていく位の心積もりで挑まなくては。

 

 何事も最初が肝心、コントローラーを振って小気味好いサイコロの音を聞いてから第一投……。

 

 :ストレートかなぁ

 :Bストワンチャン

 :Sストにはなりそう

 

「これはストレートですね」

 

 出目はバラバラだがそれはそれで数字が連続したストレートという役が狙える。連続した三個のサイコロをキープして残りのサイコロを再度振る。

 

 :Sストきちゃ!

 :Bストも狙える

 :両面じゃないかぁ

 

 二個あるうちのひとつがつながってくれたのでこれで四連続で作れるSストレート達成だ。サイコロはもう一回振れるので五個すべての数字が連続するBストレートを狙う。確率は六分の一だが外れてもSストレートは確定しているので振り得なのだ。

 

「Bスト来い来い……」

 

 :さすがにこないか

 :まぁ十分

 :ないすSスト

 :いいスタート

 

 狙っていた数字は出ずにSストレートで確定、だがまずまずの滑り出しだ。

 

「そう簡単にはいきませんね……まぁ良しとしましょう」

「なかなかやりますわね。ではワタクシの手番ですわ」

 

 :Bストwww

 :一発Bストはエグいて

 :草

 :さすが豪運

 

「えっ」

「ワタクシにかかればこんなもの朝飯前ですわー!!」

 

 桜龍さんが出した目もバラバラだったが綺麗に並べ替えられると画面上には6個の数字が綺麗に並びBストレートの文字。もちろん振り直す必要もなくそのままBストレートで確定……。Bスト狙いを外した後に一発で成功させられるなんて……もうこの時点で格の差を見せつけられている気分だ。

 

「くっ……、まだまだこれからです!」

 

 そう言って振ったサイコロの出目はまたしても低めの数字でバラバラ……。SストレートをすでにとっているのでここからBストレートを狙う訳にもいかないので重なっていた二の目を残して振り直し。せめて二が重なってくれると思っていたのに一つも出ることはなく、再度振り直すと綺麗に一が三つでフルハウス……。フルハウスは出目の合計が点数になるのでこんな弱い点数で埋めるわけにはいかないので早々に一を埋めざるを得ない。

 点数が低くなる一の目は役が揃わなかった時の回避用に取っておきたかったのに……。

 

 :あそこから2がまったく出ないのつらいな

 :あそこから1が3個はある意味もってるわ

 :しょぼハウスはつらい

 :さすがに1やな

 :まぁ最低限……

 

「それでは流れにのっていきますわよー!!それっ」

 

 :たっか

 :5と6ばっかやんけ

 :フルハウス狙うかフォーダイス狙うか

 

「桜龍さん、おかしくないです……?」

「ワタクシともあればダイスにも好かれてしまうのですわ!」

 

 そう言って桜龍さんはよどみなく六だけを残して振り直す。

 

 :フルハウス切るのはやすぎるやろ

 :高めフルハウス行かないのか

 :5と6残しでいかないのがドラゴン流よ

 

「えぇ……」

「フォーダイスですわね」

 

 :これヨットあるやろ

 :この流れならある

 :ヨット引いても6埋めまである

 :リーゼちゃん若干引いてて草

 

 振り直せば当然のように六の目が出て現時点で六が四個、しかも残り一個は五という合計値が点数になるフォーダイスとチョイスのほぼほぼ上限値。これ以上はすべて六で揃えた上でヨットを選ばず先程の二役にフルハウスと六の目を加えた四役から選べるようになる。桜龍さんならありえそうなのがひたすらに恐ろしい。

 

 そして、もちろん桜龍さんはノータイムで五を切り捨て再度振り直す。

 

 :惜しい

 :一瞬6見えたな

 :それでもほぼ最高得点フォーダイス

 

 転がるサイコロは一瞬六の目を見せるが壁にあたって再び五。六を外したとしても次点の五を再び出すあたり本当に強い、リスナーたちから豪運と呼ばれそれを自称するのも納得だ。

 

「フォーダイスにしますわ!」

「豪運というのも本当らしいですね……」

「手加減できないものでして」

 

 不敵な笑いを浮かべる桜龍さんに対してこちらも気合を入れ直してコントローラーを握る手に力を入れる。

 

……

 

「よしっBストレート!!」

「なんの!こちらは最高得点フルハウスですわ!!」

 

 :盛り返してきたな

 :リーゼちゃんボーナス狙いか

 :まだわからんな

 :サクラ子またBスト

 :リーゼちゃんも本気モードか

 

 たしかに桜龍さんはその豪運で次々と高得点を叩き出していくが役の埋め方には隙があるし常に豪運という訳でもないらしい。再びBストレートなんかを出したり必要のない場面で高い目を出したりもするので、豪運というのも万能ではないようだ。撮れ高としては確実に向こうの圧勝という他ないが、確実にボーナスを取ればまだ勝機はある!

 

 :ヨットきちゃ!!

 :これは決まったか?

 :いちおうまだ決まりではないか

 :高得点とりつつボーナス必須か

 

「ヨット!!ですわ!」

「ここでヨット!?」

 

 後半に入り一瞬見えた勝機だったが相手のヨットによって再びそれは遠ざかってしまう。

 

「流石ですね……」

「リーゼさんも素晴らしい巻き返しですわ」

 

 :え!?ヨット捨てるの?

 :ま?

 :どうなんだこれ

 :たしかにありっちゃあり

 :堅実だなぁ

 

 残り数回のトライでヨットを出せる確率とヨットを捨てて確実にボーナスを狙った場合……。勝算としては後者の方が大きいが、ただ配信者としてヨットを捨てるのはどうなんだという話にもなってしまう。考えた末にヨットを切り捨てるとコメント欄が多少ザワついてしまう。

 

「なるほど……」

 

 そんなわたくしとコメント欄を見たのか一言呟いた桜龍さんは構わずまっすぐに点数を重ねていく。

 対して撮れ高を捨てて勝ちに行って負けてしまったら格好悪いなぁ……なんて思いながら、確実にボーナスへと点数を積み上げる。

 

「ここで出せなければわたくしの負けです」

「その覚悟見届けさせていただきますわ」

「行きますっ!!」

 

 すでに二回サイコロを振って最後の一振り、確率としては悪くない。ヨットを捨てたからこそ最後の最後にチャンスが回ってきた。

 

 :きちゃ!

 :これは!?

 :逆転!?

 :あとはサクラ子次第だな

 

「よしっ」

「流石ですわね」

 

 なんとか、最低限ではあるがなんとかスコアを上回ることが出来た。が、まだ桜龍さんの手番は残っている。

 

 :3を3個で勝ちか

 :ここまで接戦になるとはなぁ

 :なんか緊張してきた

 

「これで最後ですわね」

「はい」

 

 やれることはすべてやった。それこそ撮れ高を捨ててまでだ。配信者としてはあそこでヨットを捨てるべきではなかったのかもしれないが、本気で勝ちに行った結果なので後悔はない。

 

 :ま?

 :ふぁっ!?

 :一発ヨット!?

 :やってんねぇ!!

 :再逆転や!!

 :すげぇ

 

「ワタクシの勝ちですわ!!」

「わたくしの負けです……」

 

 最後の最後。そんな予感はあったが、まさか必要最低限の三を三個どころか三を五個でヨット……。勝負でも内容でも完敗だ。

 

 :ヨット捨てなければなぁ

 :いい勝負だった

 :やっぱ豪運ドラゴンすげぇわ

 :サクラ子しか勝たん!!

 

「久しぶりに熱い勝負が出来ましたわ!リーゼさん……いえ魔王リーゼ!冷静に戦局を把握し、勝利に向かって最善を尽くす……貴女もまた恐るべき魔王であると、この桜龍サクラ子は認識いたしましたわ!」

「桜龍さん……」

 

 :最後の巻き返しすごかったよな

 :うちのドラゴンに目を付けられたらしつこいぞ

 :これは逃げられませんわ

 :ロックオンされてしまったなぁ

 

 桜龍さんの言葉に桜人(さくらびと)と思わしき彼女のリスナーたちがご愁傷さまと言わんばかりにからかうようなコメントを次々していく。

 

「ありがとうございます。それでは桜龍さん、勝者の願いを聞かせていただいてもいいですか?」

「そうですわね……、またこの熱い戦いを望みますわ!今度はワタクシの配信にも遊びに来てくださいな!それに戦い、力を認めた仲ですものサクラ子とそう呼んでくれて構いませんわ!」

 

 あぁ、本当にこの人は真っ直ぐで誰にでも好かれてしまうのだなぁと短い時間の付き合いでもわかってしまう。まお様もきっと同じ事を思ったのだろう。

 

「そんなことでよければ喜んで!わたくしの方こそリーゼと呼び捨てで。今度は是非サクラ子さんの配信で勝負いたしましょう」

「別にワタクシも呼び捨てでも構いませんのに」

「……勝ったときにはそうさせていただきます」

「ではそう簡単には呼ばせることは出来ないですわね」

「すぐに呼んでみせますよ」

 

 :これは新しいてぇてぇが生まれたのでは!?

 :少年漫画かよ

 :美しい友情に乾杯!!

 :またコラボ楽しみにしてる!

 

「勝負は残念ながら負けてしまいましたが、今度リベンジしたいと思います!サクラ子さん今日はありがとうございました」

「こちらこそ熱い勝負が出来て大満足ですわ!新たなライバルが出来て、これだから配信というものはやめられませんわね!」

「皆様もちろん登録済みでしょうが、サクラ子さんのチャンネルは概要欄にありますのでしていない方は登録の方よろしくお願いいたします」

「この配信の高評価に新たな魔王であるリーゼのチャンネル登録も忘れずにですわよ!!」

 

 :もちろん

 :もう登録してたわ

 :はーい

 :高評価忘れてたわ助かる

 

「最後の挨拶どうしましょうか?」

「リーゼのチャンネルですもの、お任せいたしますわ!」

「ええと……、まだ決まってなくて……」

 

 :おわリーゼ!

 :おわリーゼあるでしょ

 :サクラ子もいるしおわ龍ーゼでいいんでね?

 

 コメント欄に溢れるおわリーゼコメントの群れ……。はじまリーゼにおわリーゼ、あまりに安直で挨拶に自分の名前が含まれるというのはどうにも照れくさかったのでそれとなくスルーしていたのだが……。まお様のこんまお、おつまおと同じ運命を辿ってしまうのか……。

 

「おわ龍ーゼ!いい響きですわ!!それにいたしましょう!!」

 

 :えぇ

 :草

 :安直ゥ!!

 :拾われて草

 

「サクラ子さんがそれでいいなら……、それでは」

「「おわ龍ーゼ!」」「ですわ!!」

 

 半ばやけくそ気味に終わりの挨拶をして配信ソフトで通話の音声が入らないようにしED画面へと切り替える。

 

 :おわ龍ーゼ!!

 :おわ龍ーゼ~!

 :おつかれさまー!

 :楽しかった!

 :桜人さんたちありがとー!

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:負けてしまいましたが楽しかったです!次こそはリベンジさせていただきます!

 

桜龍サクラ子-Oryu sakurako-:いつでも挑戦待っていますわ!!




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話 思いと力

【ランチタイム雑談】収録の話とかまったり語り合おう【黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

「──その場面をちょうどスタッフに見られてしまってな、実際は身体を支えてもらっていただけなんだが」

 

 平日昼間のランチタイム、前までなら仕事があって配信なんてとてもできなかったが専業となった今では時間の都合はいくらでもつく。とはいってもメインは夜の配信なので用事があって夜にできなかったり、どうしても配信したくなったときにゆるーく雑談する程度だがリスナー層が結構変わって面白い。

 

 :草

 :あら~^

 :みせつけてんねぇ!

 :壁になって見守りたい

 :たまには休んでもろて

 

 いままでは職場での話なんてほとんど出来なかったがliVeKROneに所属となり、事務所でのちょっとしたやりとりなんかはいい話のタネになる。

 だからか、ついついこの間会ったリーゼに抱きしめられてしまった話なんかをポロっとこぼしてしまえばより詳細をという話になり、少し疲れがたまっていたところを心配され身体を支えられた程度の事だと。スタッフにしたのと同じ弁明を口にするしかない。

 

「ふふっ、リーゼにも休むように怒られてしまったよ。なので、今日はこれから用事もあるのでこの配信のみになる」

 

 :昼配信助かる

 :はーい

 :了解

 :毎日配信助かる

 :リーゼちゃんないすぅ!

 :さすが名誉リスナー

 :サクラ子とのコラボ見た?

 

「リーゼとサクラ子とのコラボはもちろん見たぞ、なかなかにいい勝負だったな」

 

 :いい勝負だった

 :まお様も戦ってもろて

 :開幕コネクトフォーは草だった

 :リバーシめっちゃうまくなってたな

 :友情生まれるいいコラボだった

 

「コネクトフォーは……あまり言うと我にも返ってきてしまうからな、リーゼはなかなか手強そうだ」

 

 :草

 :泥仕合だったもんなぁ

 :たまに切り抜き見返したくなる

 

「本当にあの時の試合は……、できればあまり見られたくないのだが。リバーシはかなり上達していたから今度また再戦してみるとしようか。ただサクラ子もしばらくはリーゼの方に目が向いているだろうからどうだろうな」

 

 :お?

 :後輩とられちゃって寂しい?

 :サクラ子も立派に先輩してたなぁ

 

「寂しいかって?別にそんなことはないが……、あの二人に関してはなんというか親心?みたいな感じで見守っていたかもしれないな」

 

 :やっぱり娘やんけ

 :黒惟ママ~

 :ままー!!

 

「娘じゃないしお前たちの母親になったつもりはないからな」

 

 :そんなー

 :認知してくれ

 :育児放棄はやめてもろて

 

 すぐに調子に乗るコメント欄を適度にあしらいつつ他愛のない雑談をしていくうちにいつのまにか一時間が経っている。そろそろかと締めに入らせてもらおう。

 

「それではこのあたりにしておこう。昼から見に来てくれてありがとう」

 

 :はーい

 :昼休みにちょうどよかった

 :こっちこそありがとー

 :ゆっくり休みなー

 :おつまおー

 

黒惟まお【魔王様ch】:休憩のお供になれていれば幸いだ。おつまおー

 

────

 

 いつものルーチンで配信を終わらせ、時計へと目を向ける。

 時間は……まだまだ余裕があるか……。

 

 これからの予定を頭に浮かべスケジュールを組み立てながら配信部屋を後にする。

 

 

 軽くシャワーを浴びて身支度を済ませ、行きがけに軽く軽食を取ってから向かった事務所。

 余裕を持った時間に来たのでいつも通りリフレッシュルームで雑務をこなしていると、約束の時間ちょうどにマリーナがやってきた。

 

「お久しぶりですマリーナさん」

「お久しぶりですわ、お元気……ではありそうですが、なるほど」

 

 ノートパソコンを閉じ、久しぶりの再会に軽く頭を下げ意味ありげな言葉に首を傾げる。

 

「やっぱりわかるものですか?」

「それはもちろんですわ、今日も配信されてらっしゃったでしょう?」

「ええ、お昼に軽く……」

 

 やはりと一人納得したように頷く相手に促され後ろをついていきオフィスエリアを抜けて個室へと案内される。

 

「ここならばスタッフも入ってきませんし見られる心配はありませんわ」

 

 一般的に社長室と呼ばれる部屋であれば確かにこちらから呼ばなければ他の者は入ってこないであろう。あらためて目の前にいる彼女がこの事務所、ひいては運営している企業の代表者であることを意識させられる。

 

 先日リーゼに指摘された魔力問題、聞いただけでは魔力のおかげで疲れも感じずいい事尽くめのように思えるが事はそう単純ではないらしい。事情についてはリーゼからマリーナへと伝えてくれていたらしく、念のためこちらから軽く相談するつもりで声をかけた結果が本日の会合である。

 

「そんなにすごいんですか?その魔力が……」

「ブレスレットを外していただいても?」

「はい」

 

 言われるがままにブレスレットを手首から外しテーブルの上に置く。魔力と言われても普段何も感じていないので外したところで特段何かが変わったようには思えないのだが……。たしかに以前よりも疲れにくくなったし、活力に満ち溢れているとは思うが専業になったことと楽しい配信を毎日やれている精神的なものだと思っていた。

 

「お嬢様が多少抜いたと聞いていましたが……、もうこんなに」

「もしかしてまた増えてます?」

「えぇ」

「何か支障あったりするんですか?」

 

 この間は詳しい話を聞く前に収録の時間が来てしまったし、人の目がある場所で詳しい話を聞くわけにもいかない。そういった意味でも色々と疑問は解消しておきたいのだ。

 

「魔族であれば……基本的に魔力で満ちている状態。さらにその魔力が強大であることに何も問題はございませんわ。むしろ、強大な魔力を得るために研鑽をするものです」

「でも私は……」

「えぇ、黒惟まおさん……、いいえ来嶋(くるしま) 音羽(おとは)さんはわたくしが見る限り魔族ではありません」

 

 仕事をやめ配信に専念するようになってから、つねに黒惟まおであったため誰かから本名で呼ばれるのは随分久しぶりな気がしてしまう。

 魔王黒惟まおと名乗ってはいるが、実際にはただの人間だし。魔族云々だって実際にその存在と事象を目の当たりにしなければ今だって信じていなかったであろう。

 実は前世が魔王だったり魔王時代の記憶を失っているなんて事にも一切心当たりはない。

 ……中二病を患っていたころは少しだけ、そう、ほんの少しだけそんな思想に本気で傾倒しかけてたことはないとは言い切れないが。

 

「じゃあどうして……」

「専門家に見てもらえば……何かわかるかもしれませんが今の情勢では避けるべきでしょう。お嬢様が名乗りをあげたとはいえ黒惟まおの正体を晒してしまえば無用な混乱を生み出しかねません」

 

 リーゼが魔王見習いとしてVtuberデビューしたので、そのまま支持を集め黒惟まおを経由することなくそのまま次期魔王に就任……と、なってくれれば話は早いのだが。大方の見方によればまだ黒惟まおのほうが情勢としては有利であるらしく、予定されていた現魔王からの指名こそリーゼのおかげで免れている状態と聞いている。

 

「支障についてですが、まずは魔力が貯まっていく仕組みについてお話させていただきますわ」

 

 そう言っていつのまにか取り出した赤縁のメガネを取り出したマリーナは教師然とした態度で解説をはじめる。

 

「まず我々魔族、またはそれに準じる種族は土地の魔力、または信仰によって魔力を蓄えそれらを力に変えていきますわ。対して人間……あなた達も同じ環境下であれば個人差はあれど多少の魔力は有していますし蓄え力に変えることは可能です。魔族に比べればその変換効率とでも言いましょうか、その部分で大きな差があるので元々魔力の扱いに長けた我々には到底かないませんが……」

 

 要するに人間では受け取った魔力を力にすることはできるがそのロスが多すぎて微々たる量であり普段の生活の中で霧散していく。時折人間の中でも魔法使いや異能に目覚めるものがいるのは遠い血筋に魔族が絡んでいたり何かしらの因果を持っている必要があるらしい。

 

「じゃあ私の血に……?」

「魔族の血統というのは辿るのは難しくありませんわ、長命かつ人間にくらべて数は少ないですからね。しかし、わたくしが調べた限りではその線は薄いかと思われます」

 

 ではいったい何故私は……。

 

「お話を戻しますと、魔族ではないものが強大な魔力を持ってしまうといずれ心身と魔力のバランスが取れなくなり。最悪の場合魔力が暴走し命の危険に陥る可能性が高まってしまいます」

「命って……」

 

 いきなり命の危険と言われて心がざわついてしまう。そんな危ない状態でいたのだと思ってもみなかったのだ。気付いてくれたリーゼには感謝するほかにない。

 

「あくまで最悪の場合ですわ。心身ともに健康ならば可能性は低いですし身体はむしろ魔力によって疲れにくく活力に満ち……ちょうど今のまおさんのような状態です」

「それで全然疲れを感じないようになったんですね」

 

 最近の調子の良さは精神的なものではなく実際には魔力によるものだとわかってしまえば色々と納得がいき例えとしてもわかりやすい。

 

「ですが、精神の面で崩れてしまったり著しく身体に負担がかかってしまえば……」

 

 わかりますね?と言外に問われれば小さく頷くしかなくその対処法を求めて視線を返す。

 

「ひとまずはあまり貯め込まず適度に魔力を抜いていただくのが一番でしょう。こちらを」

 

 そう言ってマリーナからブレスレットを受け取ったときのように小さな箱を差し出される。

 どうぞと促されるままに受け取り箱の中身を確認すると先ほどまでつけていたブレスレットとほとんど同じものといくつかのビー玉のような暗い色の石が入っている。

 

「魔力隠蔽に加えブレスレットについている石が赤くなればそれは貯め込みすぎの合図になるように調整いたしましたわ。そのときはブレスレットを外しこちらの石が赤く染まるまで握れば適度に魔力は抜かれるでしょう。おそらく石二個から三個ほど染めればちょうどいいかと」

 

 まじまじとブレスレットについている石を見つめ、手首にブレスレットを付けてみる。そうするとみるみるうちに石たちは赤く染まっていく……。

 

「つまり今は貯め込みすぎって訳ですね……」

 

 こんなにはっきりと変化するということはなかなかに危ない状況だったのではないかと思いつつ再度ブレスレットを外し、暗い色の石を三個手に握ってみる。

 特段何かを感じるわけでもなく少しして握った手を開いてみるとものの見事に三個の石は赤く染まっており、不思議に思いながらも再びブレスレットを手首に着けると先ほどとは違い石が赤く染まることもない。

 

「これで……?」

「ええ、これでしばらくは大丈夫でしょう。なるべく配信をしたあとはチェックしたほうがいいと思いますわ。貯め込みすぎたのも配信を毎日しているせいでしょうし」

「配信がそんなに……?」

 

 配信するだけでそんなに魔力が貯まったりするものなのだろうか、信仰が魔力になるとそうは聞いているのだがいまいちピンとこない。

 

「それだけ強く思われている。ということですわ。思いというものは存外馬鹿にできないものです。古来より祈りや信仰によって人間と魔族は関わりを持っていたのですから」

 

 魔力はリスナーたちの強い思い……、そう思うと先ほどまで少しだけ恐ろしく感じていた魔力も愛おしいものに感じてくる。いつもみんなからは色々なものを貰ってばかりなんだな……と。

 

「赤く染めた石は事務所に持って来ていただければ新しいものと交換させていただきますわ。無論魔力を頂くのですから報酬に上乗せという形でよろしいでしょうか?」

 

 そんな思いを譲り渡しあまつさえ報酬さえ受け取るというのは気が進まないが、それをさらにリスナーたちに還元すれば良い。

 

「わかりました。色々とありがとうございます」

「タレントを支えるのがわたくしたちの仕事ですもの」

 

 そう言って当然だとでもいうように赤縁メガネを指先でクイっと持ち上げるマリーナの様子があまりに似合いすぎていて思わず笑ってしまう。そして、せっかくの機会ということで所属タレントとして今後の活動について時間の許す限り話しあいその日の会合を終えたのだった。




作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44話 初めての歌枠

「んっ……リーゼもうすこし上……」

「ここ……ですか……?」

「そう、……そのまま。はやく……お願い……」

 

 切羽詰まったようなまお様の声に従って指先でなんとかそれに触れようとするがなかなかうまくいかない。それにもどかしさを覚えながらも彼女の顔へと視線を向ければ、顔を赤くして急かすように懇願されてしまい、あまり見たことのないその表情に少しだけ心が乱されてしまう。

 

 普段は余裕があって柔らかい笑みを浮かべている相手も今は何かを堪えるように目をギュッとつむり、わたくしにすべてを任せてくれている……。こちらからお願いしたことなのにどこまでも付き合ってくれる優しさに報いるためにもうまくやらなくては……。

 

「……こうっ」

 

 勢いをつけ指先でそれに触れ……。

 まお様に見守られながら、なんとか……。

 

 机の裏に落ちてしまったケーブルをなんとか拾い上げることに成功した。

 

「取れましたっ!」

「ふぅ……あいたた……良かった」

 

 机を動かし支えていてくれたまお様に拾ったケーブルを渡し、受け取った彼女はそのままいくつかの機械へと接続していく。一応色々と説明を受けたのだがどうにも専門用語が多くて完全に理解できているとは言い難い。

 

「よしっ、これで一回テストしてみようか」

「わかりました」

 

 普段配信するときのようにヘッドホンをつけ背後に視線を感じながらワンフレーズだけお気に入りの曲をアカペラで歌ってみる。それが終わると今度はリバーブを入れてもう一回……。そして最後はオケも一緒に。

 背後にいるまお様はモニター用のイヤホンをつけて音声をチェックしてくれている。

 

 最初は歌枠をするにあたってマイクのオススメをそれとはなしに聞いただけだったのだが……。

 機材の話に始まりマイクの良し悪し、ノイズ除去、DAWのプラグイン……と話は無限に広がり続け。色々と相談した上で用意した歌枠用の機材が届いたタイミングでまお様自ら我が家へセッティングに来てくれることになったのだ。

 

「やっぱりケーブル変えて正解だったね、歌う時はこれでオッケーかな」

「本当にありがとうございます、相談に乗ってもらうばかりかセッティングまでしてもらって」

「オススメした以上責任は持ちたいからさ、やっぱりこういうのって実際に繋いで試してみるまでは心配だし」

 

 何度か設定を変え、満足したような笑みを浮かべるまお様はとても楽しそうで。申し訳なさそうにお礼も言っても首を緩く横に振り気にしないでと言ってくれる。

 

「そういえば、OUTRASTやったとき少し割れてたし普段の設定もチェックしようか?」

「あれはわたくしが大声を出してしまったので……」

「大声を出しても割れないようにしてあげる、ほらマイク繋ぎ変えて」

 

 しっかりと配信をチェックしてくれていることは嬉しいが、ホラーゲーム配信でさんざん悲鳴を上げている姿を見られてしまったと思うと恥ずかしさもある。しかし、そんなわたくしを気にする様子もなく、ほらほらと普段使いのマイクへと交換させようとしてくる相手からは親切心はもちろんだが、色々と試してみたいという単純な好奇心……、言ってしまえば機材オタクなところが全面に出ている。

 

「それじゃ叫んでみようか」

「その……少し恥ずかしいのですが……」

「試さなきゃわからないし……」

 

 マイクを繋ぎ変え色々と設定を変え、そのたびに「叫んでみて?」と言われ。恥ずかしいからと断ったり控えめに叫んでみると悲し気にこちらを見つめるまお様……。

 たくさん叫ばされました……。

 

 

「それにしてもいい部屋だねぇ」

 

 まお様の暴走……、もとい音声周りの調整が終わりリビングでゆっくりと過ごしているとあらためて室内を眺めた彼女にそんなことを言われる。生活の拠点をこちらに移すべくマリーナに用意してもらったマンションは事務所へのアクセスもよく配信用の防音室も完備という優良物件である。

 とくに防音室が気になるらしいまお様は何度も部屋を行き来し防音具合を確認するくらいだ。

 

「まお様はお引越しされないのですか?」

「んー腰が重いなぁ……探すのもだし、実際に引っ越すとなるとね……」

 

 以前滞在したまお様のお部屋は素敵だったが、手狭さを感じているというのは何度か聞いているし配信部屋もちゃんとした防音室にしたいというのは機材にこだわりがある彼女にとって当然の願いだろう。

 

「もしよろしければマリーナに聞いてみましょうか?ここも彼女の管理しているものですし」

「ほんと手広くやってるんだ……、それでも。その、お高いでしょう?」

「たしか……、マリーナからはこのくらいと聞いています」

「やっぱりそれくらいするよねぇ……」

 

 関心しつつも、どこか達観したように呟いたまお様は遠慮がちに訊ねてくる。そのあたりの話はすべてマリーナに一任してしまっているので正直なところあまり意識はしていなかった。なんとか記憶を探ってだいたいこれくらいと相手に示して見せる。といってもマリーナに任せればどうとでもなるだろうことは想像に難くないのだが。

 

「マリーナに言えばそこはあまり心配いらないとは思いますが」

「ありがたいんだけどあんまりお世話になりすぎるのも……、気持ちの問題というか」

 

 困ったように笑うまお様からは迷いが見て取れてしまい、強引に話を進めるという気にもなれない。彼女のことだ、好意といえど押し付けてしまえばきっと気にしなくていいことも気にしてしまうだろう。

 

「……いけなくはないけど。いや活動費が……、そうだ魔力を……」

 

 それでも、まお様が同じマンションに引っ越してきてくれればいつでも気軽に会えるようになる……。それはとても魅力的な展望であり、なんとかうまく事が運ぶようにマリーナに言い含めておこうと、ブツブツとひとり言を漏らす彼女を視界に入れながらひそかに決意する。

 

「一応マリーナには話しておきますね」

「……えっ、あ。うん」

 

 上の空だがちゃんと返事はもらえたのであとはマリーナに任せてしまおう。きっとうまくやってくれるはずだ。ふふっ、楽しみがひとつ増えてしまいました。

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne(ライブクローネ)/新人魔王見習い@Liese_Krause 

今夜は初歌枠です!

あまり自信はありませんが一生懸命歌うので応援してくださいね

最後に少しだけお知らせもありますので是非見に来てください

 

────

 

【歌枠】はじめての歌枠!最後に少しだけお知らせ!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

 :待機

 :楽しみーゼ

 :お知らせなんやろ

 :wkwk

 :待機ーゼ

 

「今日もわたくしを応援してくれますか?liVeKROne所属魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。聞こえていますでしょうか?」

 

 :はじまリーゼ!

 :応援しにきたよー

 :聞こえてますー

 :はじまリーゼ!!

 :はじまリーゼ

 

「ありがとうございます。は、はじまリーゼ……」

 

 :はじまリーゼ助かる

 :かわいい

 :ノルマ達成

 :それを聞きに来た

 :まだ恥ずかしいのw

 

 もうすっかり定着しつつある「はじまリーゼ」という挨拶のようなコメント。サクラ子さんのコラボから一気に広まり「楽しみーゼ」のように今では何でも後ろに「ーゼ」を付けるコメントまで出てきている。あまりにその手のコメントが多くなれば注意をしようものだが、そのあたりは心得ているのかどうにも絶妙だ。

 

「やっぱりまだ恥ずかしいです……。今日は初めての歌枠に来てくれてありがとうございます。ようやく機材が揃ったので今日は歌用のマイクなのですが、どうでしょうか?」

 

 :おー

 :いいマイク?

 :たしかにいつもと違う

 :いつもより近く感じる

 :歌枠楽しみだった

 

「機材については詳しくないのでまお様やスタッフの方に相談に乗ってもらいまして、そしてセッティングはまお様がやってくれました」

 

 :さすまお

 :機材オタクやからな

 :めっちゃ早口で説明してそう

 :機材弄りたかっただけダゾ

 :セッティングしたってことは家に来たってこと?

 

 まお様の機材好きはよく知られている話でリスナーからの反応もそれを揶揄するものが多い。配信でも機材の話になると楽しそうに話し始め徐々に早口になっていくのはよく見る光景なのである。

 

「まお様来てくださいましたよ。そういえば今のお家で初めてのお客様でしたね」

 

 :はじめてを奪う女

 :はじめてはまお様か

 :最近引っ越したんだっけ

 

「もう、あまり変なことを言うものではないですよ。……ではそろそろ歌いたいと思います」

 

 :草

 :それはそう

 :何歌うの?

 :お歌きちゃ!

 

「最初に歌う曲はすごく悩んだのですが……、好きな曲を歌うのが一番だと思ったので。では聞いてください──」

 

 ふぅと緊張を吐き出すように息を吐き目を閉じる。配信ではあるがこんなに大勢の前で歌うことなどもちろん経験はない……。社交の場で踊って見せたことはあるし人前に出る機会はそれなりにあったのでそれほど緊張しないのではないかと思っていたが……。

 

 ゆっくりと目を開け何度も練習した通りの操作でBGMを消してリバーブをかけて……。この曲は何より歌い出しが重要なので最初で躓くわけにはいかない。歌い出しにあわせてオケを流さなくてはいけないのだ、なんで初めからそんな曲をとも思ったが好きなのだからしょうがない。

 

 覚悟を決めて小さく息を吸い歌い始める、歌い出すのと同時に流れるベースライン。

 

 :また懐かしい曲を

 :なっつ

 :なんの曲?

 :めっちゃ好き

 :この選曲はエモい

 

 歌い出しに成功したおかげで少しだけコメントを見る余裕が生まれる。歌詞は何度も何度も聞いたし歌っているので念のため表示しているが見る必要はない。

 まお様の歌枠で知り、その歌声に魅了されどんどんと探っているうちにたどり着いた一本の歌ってみた動画。

 それはまお様が歌っているものではなかったけど、その歌声を聞いて動画に使われているイラストを見て……。それからは大好きな曲になったその歌。

 

 魔王の娘として、将来に対する漠然とした不安……。

 そんなとき出会った運命のようなその人……。

 

 まるでその出会いを予期していたような出会いと別れの歌。

 そんなことを思うとまるでこの先別れがあるみたいで怖いけれど。

 そんなことは構わずに歌い上げるのだ、歌に出てくる少年の決意のように。

 

 時間にして三分弱、ともすれば少し短めの曲であるが歌い終わったときには息は切れ、じっとりと汗もかいてしまっている。

 

「はぁ、はぁ……。いかがでしたか……?」

 

 :888888888

 :うまいやん

 :エモい

 :やっぱいい曲だわ

 :思った以上にうまかった

 

「ありがとうございます、うまく歌えてよかったです。お水飲みますね」

 

 コメント欄では好評のようでようやく一安心し、水で喉を潤す。

 

 :結構古い曲も知ってるんやね

 :久しぶりに聞いたわ

 :うたみたで聞いたことあるな

 

「実はわたくしも知ったのはまお様の歌枠で、それから原曲を聞いて、色々な方のうたみたを聞いているうちに大好きになりました。特に歌詞が良くて」

 

 :わかる

 :あーそういうことね

 :なるほどね

 :そういう繋がりか

 :歌詞は確かに刺さるんだよなぁ

 

 おそらく多くいるであろう古くからの黒惟まおリスナー、ひいては事情に明るいものは察するものがあったのであろう。それっぽいコメントもいくつか流れていく。

 

「さて、では続けて歌っていきましょうか」

 

……

 

 用意していたセットリスト分の曲を歌い終わり、時間も一時間程とちょうどいい頃合い。

 

「ふぅ……、用意していた曲はこれで終わりです。聞いていただいてありがとうございました。リクエストは次回以降歌えるように頑張りますね」

 

 :おつかれさまー!

 :うまかった!

 :リゼビーム期待

 :ビーム聞けるのか!

 :ガタッ!!

 

「ビームはここ一番に取っておきたいんですよね」

 

 :そんなー

 :ここでも難民が生まれるのか……

 :クゥン……

 

「ふふっ、その時が来れば歌わせて頂きますのであまり期待せずに待っていてくださいね」

 

 :はーい

 :まお様よりは希望あるな

 :その時と場所の指定云々

 

 まさかわたくしがビームを求められるようになるなんて……、無邪気にまお様の配信やSNSでリクエストしていたころからはとても考えられなくて思わず笑いを漏らしてしまう。

 

「では最後にお知らせを、来週の土曜日にわたくしのチャンネルでまお様とのコラボ配信を行います」

 

 :お!

 :とうとう!

 :コラボきちゃ!!

 :待ってた

 :何するの?

 

「コラボ内容はこちらです!」

 

 じゃんとセルフSEを口にしながら用意していたコラボ用のサムネイル画像を配信画面に表示させる。そこにはまお様とわたくしがラジオブースでお互い向かい合っている姿がSILENT先生によって描かれている。

 

「わたくしはデビューしたばかりですし、まお様もliVeKROneに所属したばかりということでお互いの親交を深めつつも、皆様にliVeKROneという事務所についても色々と知ってもらいたくて企画させていただきました」

 

 :ラジオかー

 :リーゼちゃん企画なんだ

 :どんなふうになるか楽しみ

 :メールとか募集する?

 

「初回はわたくしたちの紹介や事務所の紹介を行いますので、いわゆるふつおたですとか何か質問があればマシュマロかSNSまでお願いしますね」

 

 :はーい

 :了解!

 :送るねー

 

「お待ちしていますね、それではお知らせもしましたし本日の配信はここまでとさせていただきますね。初めての歌枠に来ていただいてありがとうございました。初めは緊張しましたが皆様の応援のおかげで楽しく歌うことが出来ました。それでは……、おわリーゼ!」

 

 :おつかれさまー!

 :おわリーゼ!

 :良かったよー!

 :次の歌枠楽しみにしてる

 :コラボ楽しみー

 :おわリーゼ!

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:改めて初めての歌枠ありがとうございました!




リーゼが歌った曲はとあるボカロ曲をモデルにしているのですが
この描写だけでわかる人は果たしているのだろうか

黒惟まおとリーゼのラジオで使うネタ募集中!(コーナー案とかあれば是非)
よろしければ下記までお願い致します

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)
募集用活動報告



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話 リーゼの一日

 ──新人Vtuberの朝は遅い。

 昨晩も夜遅くまで作業した上に推しの配信アーカイブを見て、切り抜きを見て……。次々とオススメに表示されていく何度か見た記憶のあるものまで懐かしさを感じながら見ているうちにいつのまにか日は登っていて……。

 

 そこから昼過ぎまで寝ていたというのに若干寝不足であるとすら感じてしまっている。

 

「ぁふ……、おはようございます……」

 

 一度目を覚ましてからも数度微睡みに身を任せ、三度目の目覚めでようやく起き上がろうと思い至りまお様に目覚めの挨拶。

 

 もちろんそこに本人がいる訳ではなく、傍らにあるのは夏コムで手に入れようとしていたSILENT先生謹製の黒惟(くろい)まお抱き枕。壁サークルであるSILENT;melodyが頒布したソレは一限であるにも関わらず、始発組でさえ手に入れられたのは幸運な極一部と言われているコムケの闇を感じる激レアアイテム。

 

 当然自分も手に入れるべく戦場へと赴くつもりではあったのだが、その話を本人にしたところ「お願いだからそれは勘弁してほしい」とことさら必死に頼まれてしまい、最終的には戦場に赴くことなくまお様からお願いされたSILENT先生から送られてきたという経緯がある。

 しかも、きちんとおっぱいマウスパッドと新刊セットまで送ってきてくれたSILENT先生には感謝しかない。

 

 抱き枕の表面は普段の配信で見る漆黒のドレス姿で裏面は一周年記念グッズでも身につけていた水着姿で気分によって二種類のまお様を楽しむことができる贅沢仕様。もちろんドレスにしても水着にしても健全な絵柄ではあるのだが、ドレス姿で寝転がっているせいで少しだけあらわになっている普段は見られない脚はすらりとしていながらも女性らしい柔らかさを感じるもので、思わず指先でつつつとその触り心地を確認してしまった程である。対して水着姿では惜しげもなく披露されている柔肌はきめ細かく、恥じらうように胸元と引き締まったお腹を手で隠そうとしている姿が余計に隠された部分を際立たせていて、思わずこちらまで赤面して視線が合わせられなかった。

 

 最後にもう一度ドレス姿のまお様を抱きしめベッドから抜け出す。

 

 抱き枕なので本人ほどとは言えないがそれだけで元気が出てくるのだから推しの力というのはすごい。この前事務所で魔力のやりとりをする際に抱きしめたときは心配もあったし魔力の流れに集中していたので堪能することはできなかったなと、その後に起こった出来事の事もあって悔やむばかりだ。

 

 あの時受け取った魔力はもうすっかり薄まってしまい今となってはかすかな残滓すら感じなくなってしまった。マリーナに相談したまお様は定期的に魔力を抜くための道具をマリーナから受け取ったらしく定期的に回収するだとか……。

 なんとかそれをこちらに回してもらえないかと考えながら顔を洗い簡単な朝食、もとい時間的には昼食を食べる。

 

 料理など生まれてこの方したことはないので自分で用意できるのはトーストとインスタント珈琲くらいのものだが、とりあえずなにか口にできればそれでいい。しっかりしたものが食べたくなれば出前なり外に食べに行けばいいのだ。まぁ本音を言ってしまえばまお様のお部屋でお世話になっていた時に食べた手料理に比べればすべてが霞んでしまうのだが。

 

 最後の一欠片になったトーストを口に放り込みそれを珈琲で流し込んで、新たに珈琲を入れたカップを手にして配信用の部屋へと赴く。

 

 椅子に座ってまずは何か連絡が来ていないかチェック……。といってもデビューしたばかりのリーゼ・クラウゼにはまだまだ知り合いは少ないし、定期的に来るのはマネージャーからの事務的な連絡くらいだ。

 メッセージソフトのフレンド欄にいるのはliVeKROne(ライブクローネ)関係者ばかりだが唯一の例外、桜龍(おうりゅう)サクラ子さんは時折メッセージを送ってきてくれている。

 

 桜龍サクラ子:歌枠良かったですわ!!!!

 リーゼ:聞いてくれたんですね、ありがとうございます。サクラ子さんの新しいうたみたも聞きました。サクラ子さんの力強い歌声羨ましいです

 桜龍サクラ子:歌はパッション!!リーゼはもっと自信を持っていいと思いますの!!

 

 やりとりの一部を見返しても配信時と変わらないテンションなのでメッセージだとしても脳内では簡単に声が聞こえてくる。やっぱり先達に褒められるのは嬉しいし、見られていると思うとしっかりしなくてはと気合が入る。最初は不安もあったが初めてのコラボ相手がサクラ子さんのような人で良かったなと思っている。

 

 まお様は……、一応オンラインにはなっているが取り込み中表示。きっと今日も配信の準備だったり作業をしているのだろう。

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習い @Liese_Krause 

魔王と魔王見習いのラジオ始めます!

題して『#ラジオクローネ!

初回はリーゼchでまお様と一緒に

わたくしたちと事務所について紹介させていただきます!

マシュマロか #クローネメール までお便りお待ちしています!

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習いにマシュマロを投げる

 

 先日の歌枠後に告知したメッセージはまお様やSILENT先生、リスナーに加え他にもまお様にゆかりのあるVtuberの方々が拡散してくれた甲斐もありしっかりと広まっているようだ。それらの反応を見つつ目に入ったものへはハートを送っておく。中にはさっそくファンアートを描いてくれている人までいてありがたく保存しつつ拡散、拡散。

 

 『リーゼちゃん起きたか』

 『巡回タイムきちゃー!!』

 『ハートありがとう!』

 『おはリーゼー』

 

 メッセージを呟く前から、こちらの通知で気づいたのであろうリスナーたちの反応が嬉しい。

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習い @Liese_Krause 

皆様、おはようございます

今日は見習いの勤めゆえ配信はできませんが

皆様の一日が素敵なものであるように応援していますね

#ラジオクローネ! の準備も順調なのでお楽しみに

 

 『おそようー』

 『ラジオ楽しみにしてるよー』

 『お便り送った~』

 『お出かけするのかな?気をつけてね!』

 

 新たにメッセージを呟いて告知を再び拡散しておく。すぐに返ってくるメッセージを嬉しく思いながら反応を程々に切り上げ、ラジオクローネの準備へと取り掛かる。

 

 

 

 

「姫殿下ご機嫌麗しゅう……」

「エリーザベト様は本日もお美しくていらっしゃる……」

 

 会場に足を踏み入れると同時に多数の視線を受け、通りすがるたびに臣下の礼を持って掛けられる言葉をニコリと微笑み受け流していく。

 以前ならあまり気にもならなかったが人間界で、Vtuberとして過ごすようになってからはそのやりとりもどこか空虚に感じてしまう。無論、本当に尊敬の念を持って接してくれる相手に対してはその限りではないのだが……。

 

 いかんせんお父様の影響が強い社交の場においては、なんとか魔王に取り入ろうと近づいてくる者、背後にいる魔王の姿しか見ていない者など。言葉を交わすだけでも疲れる者が多いので辟易としてしまう。

 

 あぁ、こんなことなら配信したいなぁ……。

 

 表面上はにこやかに話を聞いているようで考えるのはそんなことばかりで出来ることならさっさと帰ってしまいたい。

 配信というリスナーたちとの遠慮のないやりとりと共に過ごす時間の楽しさに比べたらなんと退屈なことか。

 

「エリーザベト様は最近人間界で過ごしているとお聞きしますが」

「えぇ、かの世界について学べることも多いと考えていますから、他の種族に遅れを取るわけにはいきません」

「魔王様はなんと?」

「学べるならば好きにしてよいと伺っています」

「左様でございますか」

 

 この場にいる魔族たちは誰も彼もお父様と同じくあまり人間界には興味がなく、魔王の娘が人間界で何をしているのかと訝しんでいる者も少なからずいるのであろう。態度には出さないがこちらの事情を探ってくるあたり噂話程度には広まっているようだ。耳をすませばあたりからは小声で人間界について話している声が聞こえてくる。

 

「姫殿下が人間界に……」

「魔王様はいったい……」

「他種族も……と聞いているが……」

 

 年若い者や利に聡い者ならもっと人間界に馴染みがあったり興味を持つことが増えてきているとは聞くが、実際社交の場においてはそれは少数派だ。年を重ねている者程大昔に人間界と袂を分かった時の影響が大きいと聞くので仕方のないことだとは思うが。

 

 つまらない社交の場ではあるが、今現在の魔界を支えているのもここにいる者たちであることは間違いないのだ。魔王を継ぐ者として舐められないように、継いだ際にしっかりと手綱を握るためにはこういった根回しはどうしても必要になってくる。

 

 まお様もこれが嫌になったのかなぁ……。

 

 まお様が本当に伝説の魔王様であるのかは未だ不明だが、このようなやりとりが嫌になって魔王をやめて人間界に渡ったのだとしてもおかしくないなとは思う。

 まぁ彼女のことだ、あの持ち前の人心掌握術をもって何だかんだとうまくやっている姿も目に浮かぶが。

 

 しかし、楽しそうに配信をしてリスナーたちのことを本当に嬉しそうに語る彼女が再び魔王の座に舞い戻るのはいちリスナー、ファン、同期としてはあまり歓迎できない。彼女にはずっと笑っていてほしいのだ。

 

 さして興味もない話を笑顔で聞き流していると、どこからか視線を感じ話が終わるとゆるく首を傾げて軽くあたりを見回す。

 

「いかがなさいましたか?」

「いえ、気のせいでしょう……。あら?あちらの方は?」

 

 そんなわたくしの様子を不思議に思ったのか声をかけられても視線を送ってきた相手は見つからず、気のせいかと済まそうとしたところで視界の端に参加者の中では珍しい年若い姿を見つけ、初めて見る者だなと思いながらその正体を探る。

 

「あぁ、ロラーヌ公のご息女ですな。もう社交の場に出られるお年でしたか」

「ロラーヌ公の……」

「ロラーヌ公といえば──」

 

 公の娘であれば挨拶くらいはしているはずだがと、告げられた名前にどこか引っかかりを覚るもその姿はすぐに他の参加者の影に消えてしまう。そのため、あまり印象にも残らずそういえばと公に関わる話題を出された時点で少女の姿は記憶の片隅に追いやる。

 

 ──魔王の娘の夜は長く退屈だ。




黒惟まおとリーゼのラジオで使うネタ募集中!(コーナー案とかあれば是非)
よろしければ下記までお願い致します

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話 まおの一日

 ──魔王系Vtuberの朝は意外と早い。

 

 基本的には夜型の人間であり、昨夜も配信を終えた後は作業やSNSの巡回などを行い寝たのはたしか……四時間前ほど。目覚ましもセットしていないのに自然と朝になれば目が覚めてしまうのは働いていた頃の習慣というものだろう。

 

 働いていた頃……というのは、実際今も配信者として働いてはいるのだが。元々が趣味として仕事とは別に始めた活動だ、働いているという意識はいまだ薄い。

 

 緩慢な動作でスマホを手繰り寄せ時間を確認すれば働いていた頃にかけていた目覚ましのちょうど十分前。ここからアラームが鳴るまでゴロゴロとベッドの中で過ごしアラームが鳴れば一度止め、さらに十分後にスヌーズ機能でようやくベッドから抜け出すのが以前までのルーチン。

 

 この習慣はなかなか抜けないなぁと思いつつ、もう一度寝てしまおうか悩むところだが午後からの予定を考えれば寝てしまうのももったいない。

 

「よしっ起きるか」

 

 弾みをつけるように声を出しながら足を跳ね上げその勢いで起き上がり、ぐぐっと伸びをしてそのまま洗面所に向かって顔を洗いサッパリとした気分で朝食の準備を始める。

 冷凍ご飯を温めながらフリーズドライのお味噌汁にお湯を注ぎ、おかずは……作り置きの茄子の煮浸しをチョイス。冷蔵庫の中にある作り置きも少なくなってきたからそろそろ作り貯めしておかなくちゃなぁと思いながらお手製の朝食が乗ったトレーをもってリビングへ。

 

「んー、やっぱり朝はこれよね……」

 

 あつあつのご飯と作り置きしておいたおかげでたっぷり味の染みた茄子にお味噌汁。それらを口に運びながらタブレットで目についた配信を開いてスタンドに立てかける。

 

 

『にゃふふ……これでまた吾輩のプリティーさが全世界に広まってしまったにゃー』

 

 :は?

 :お歌もう少し頑張ろうな

 :かわいい(怒

 :プレミア公開忘れてたのはどこの猫だったっけ?

 

『うぐっ……だからプレミア公開の件はごめんて謝ったじゃん』

 

 :いいよ(怒

 :誠意が足りない

 :にゃー忘れてるぞ

 :謝れてえらい

 

 画面の中では褐色のロリっこ猫耳Vtuberがリスナーと今日も仲良くプロレス中で、相変わらずだなぁと軽く笑いながらその様子を見守る。

 

『お歌もうまくなったってまおまおには褒められたもーん。お耳掃除したほうがいいんじゃにゃいのー?』

 

 :前よりはな

 :元が……

 :まお様優しいから……

 :忖度定期

 :耳かきASMRしてもろて

 

黒惟まお【魔王様ch】:いいMIX士見つかって良かったな

 

 :まお様もよう見とる

 :まお様やんけ

 :まおまおおるやん

 

『んにゃっ!?まおまおいるの!?えーっと……ほんとだ。いいMIX士見つかって良かったな……って、ひどーい!』

 

 :草

 :辛辣で草

 :MIX士ってすげー

 

黒惟まお【魔王様ch】:冗談だ、うまくなっているぞ

 

『そうでしょそうでしょ!ふぅー。ほら!お歌ウマウマなまおまおが言ってるんだから認めにゃー』

 

 

 ついつい、自身の話題が出たものだからタブレットを手に取りからかい半分にコメントを残してしまった。

 

 こちらをまおまおと呼び引き続きリスナーたちとプロレスを繰り広げているのは猫音(ねこね)ことか。エジプト神話において猫の神様であるバステト……の親戚の友達を自称する彼女は、ぶいロジ!所属のVtuberであり桜龍(おうりゅう)サクラ子の同期でもある。

 

 サクラ子をきっかけに彼女のうたみた動画の編集を手掛けさせてもらってからは、数度のコラボを経てコメントで軽口を叩き合えるほどには仲良くさせてもらっている。前後の話を聞くに結構前に納品した動画がアップされたのだろう、あとで再生リストに追加しておかなくては。

 

 にぎやかな声を聞きながら朝食を終え後片付けまで済ますと部屋の隅に積み重ねているダンボールへと視線を送る。

 

「やるかぁ」

 

 ダンボールの中からいくつかポストカードの束を取り出し机の上に積んでいく。大量に買い込んでいる金色ペンもこれで何本目だろうか、試し書きをするとかすれが気になってしまったので新しいものを手に取り『Kuroi Mao』と少し崩した筆記体でサインをポストカードに書いていく。

 

 魔王だしMで王冠にしちゃおうかと安易に考え作ったサイン。最近の子たちのかわいいマスコットだったりモチーフが取り込まれたサインたちに比べてシンプルだなぁと思いつつも、あれはあれで枚数書くとなったら大変だろうからシンプルなのも悪くない。

 

 前回の直筆サイン、一周年記念グッズのときは一言メッセージを添える余裕があったのだが……。ありがたいことに二周年記念グッズはまだ受付期間を残しているのに関わらず、すでに前回の倍の受注となってしまっているので納期を考えればとてもそんな余裕はない。限定化はなるべく避けたいところなので次は箔押しメッセージでも入れるようにしようかなと考えながらひたすらにサイン。

 

 猫音ことか(ねこねこ)の配信も終わり、にぎやかだった室内が静かになってしまうと少しだけ寂しい。

 

「どうしようかな……」

 

 そう言いつつポストカードの束とペンを持って配信部屋へと向かい……。

 

黒惟まお@liVeKROne(ライブクローネ)/二周年記念グッズは今月末まで! @Kuroi_mao 

サイン書きに付き合ってくれ

 

────

 

【ゲリラ雑談】サイン書きに付き合ってもらうぞ【黒惟まお/liVeKROne】

 

 :待機

 :この時間は珍しい

 :ゲリラ助かる

 :ゲリラきちゃー!

 :夜枠あったから油断してたわ

 

「サイン書きに付き合って貰うぞ、liVeKROneの魔王黒惟まおだ」

 

 :こんまおー!

 :ポニテメガネだ!

 :こんまおまお

 :早いやん

 :駄魔王ポニテ助かる

 

 今日は気分的に駄魔王Tシャツスタイルにポニテメガネという姿で配信を始めた。サインを書きながらのゲリラ雑談枠なのでこのくらいの緩さがちょうどいいだろう。

 

「こんまお、午後から予定があるので短時間ではあるが一人でサイン書きするのも飽きてしまってな」

 

 :寂しくなった?

 :ねこねこのとこにいたよね

 :ねこねこのうたみた動画良かったよ

 :しゃーないから付き合ってあげる

 :サインどんな感じ?

 

「寂しくなった?別に寂しくなったわけではないが……」

 

 :ニヤニヤ

 :言わなくてもわかってるで^^

 :かわいい

 

 否定すればするほど怪しくなってしまうのはわかっているのだが見抜かれてしまっているようでムッとした表情で受け応える。しかし、画面上の黒惟まおは眉を寄せながらもどこか照れくさそうだ。それを見てかコメントも余計にからかってくる。

 新しいモデルは以前よりこちらの表情を読み取ってくるのでどうにも恥ずかしい。

 

「ねこねこの配信はちょうど覗いたら我の話題が出ていたところだったからな。少しだけコメントさせてもらった。うたみた動画はちょうど昨日上がったみたいだな」

 

 :プレミア公開忘れてそのまま公開してたの笑った

 :いきなりまお様来たからビビったわ

 :夜枠あるから寝てるかと思った

 :あとで見に行こう

 

「プレミア公開を忘れて?なにかやらかしたような話していたが、あいつそんなことをしてたのか……」

 

 :草

 :そんなことあったのか

 :ぽんこつキャット

 :PON仲間

 :サイン書き忘れてね?

 

「忘れていたわけではないぞ」

 

 :絶対忘れてたゾ

 :草

 :目が泳いでますが

 :急に書き始めて草

 

 すっかりいつもの雑談配信のつもりで挨拶から雑談をし続けてしまったが、今日の目的はサイン書き。慌ててサインを書き始めるがそれはバレバレのようだ。

 

 :今回どのくらい書くの?

 :どのくらい書き終わった?

 :順調?

 

「今回の直筆はありがたいことにすでに前回の倍以上は書くことになりそうだ。追加のポストカードも発注しなくてはな」

 

 :倍ってやばくない?

 :腱鞘炎にならんようにね

 :そんなに売れてるのか

 :ひえー

 :買い増しやめておこうかな……

 

「コツコツ少しずつ書いていくからあまり心配しなくても大丈夫だが、少しだけ届けるのに時間がかかってしまうかもしれない。それと前回のようにサインに加えてメッセージというのは難しくてな、期待していた者はすまない……」

 

 :しゃーなし

 :サインだけでもいいよ

 :それだけ売れてるし

 :謝らんでも

 :限定じゃないだけありがたい

 

 前回も今回も直筆サインと銘打っているが前回同様メッセージも期待しているリスナーも少なからず居ただろう。その期待を裏切ってしまうのは心苦しく感じてしまう。

 

「今後もなるべく限定にはしたくないが、今回分については期間中に買ってくれた者にはしっかりサインを書かせてもらうので遠慮せずに注文してくれ」

 

 :了解

 :助かる

 :よっしゃ追加するわ

 :リング楽しみ

 :毎日プロポーズされてるわ

 

猫音ことか‐Nekone Kotoka‐:100個買ったにゃ

 

 :ねこねこもよう見とる

 :10限なんだよなぁ

 :草

 :ことかちゃんや

 

「なんだ、ねこねこ聞いてたのか。じゃあ直接送るから振込よろしく」

 

猫音ことか‐Nekone Kotoka‐:3個で許してにゃ……;

 

 :草

 :3個は買ってるのかw

 :結構買ってて草

 :SNSで画像上げてるやん

 :まじで草

 :ファイル名で笑う

 

猫音ことか@ぶいロジ!うたみた出したにゃ!!@Nekone.kotoka 

これで許してにゃ……(´;ω;`)

pic.uploder.com/gomennnyasai

注文詳細 ‐ 注文番号■■■■■

 準備中(入荷待ち)

 黒惟まお 活動二周年記念(活動二周年記念フルセット)数量:3

 

「冗談のつもりだったんだが……ねこねこありがとう」

 

 :てぇてぇ

 :あら^~

 :まおねこ派大勝利

 

 いや、ほんとに複数買っているとは思わなかった……。

 それに同業者にあのプロポーズボイスを聞かれているかと思うと……。

 

……

 

「さて……、そろそろここまでにしておこうか」

 

 :話しっぱなしであんまり書けてなくて草

 :サイン書きは進みましたか?

 :途中絶対手止まってたゾ

 

 コメントで言われている通りついつい話すのに夢中になってしまってサイン書きのほうは全然進まなかった。でも楽しかったので全然気にならない……、と言い切ってしまっていいのかは将来の自分に恨まれそうだが配信が理由とあれば許してくれるだろう。

 

「それでは夜も予定通り配信するのでその時に会おう、おつまおー」

 

 :おつまおー

 :楽しかったー

 :サイン書きがんばー

 :おつまおまお

 

黒惟まお【魔王様ch】:付き合ってくれて感謝する

 

────

 

 サイン書きはあまり捗らなかったが、その分いい気分転換になったので軽く昼食をとってから午後の作業も頑張ろう。どれもこれもリスナーの事を思えば大変ではあるが苦にはならない。作業が片付けばまた夜の配信準備をして……。

 

 さて今夜は何をしようかな。

 久しぶりにリスナー参加型……いや、時間もあることだしシリーズ物に手を付けても……。すでに夜の配信の事を考えている自身に先ほどまで配信していたのにと自然と笑ってしまう。

 一日中配信のことを考え、それの準備に費やせる事のなんて楽しいことか。学生時代……いやそれ以上に好きなことに打ち込めている日々はとても充実している。

 

 ──自由を得た魔王の一日は配信まみれだ。




黒惟まおとリーゼのラジオで使うネタ募集中!(コーナー案とかあれば是非)
よろしければ下記までお願い致します

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話 はじめての……

「これでいいですか?」

「んー、この大きさならもう一個かな?」

 

 わたくしが買い物カゴに入れた玉ねぎを見て少し思案したあとに、まお様はもう一個とカゴに玉ねぎを追加する。

 

「なるほど」

「普段、私が作るときは倍くらい入れちゃうんだけどね。とりあえず今日はレシピに忠実に」

 

 彼女の言葉に頷きながら手に持ったカレールーの箱をよく見て材料を確認していく。玉ねぎ(中)二個とはあるがそもそも中くらいの大きさの玉ねぎというのはどのくらいの大きさなのか、わたくしには見当もつかないのでまお様頼り……。

 

「その、この中というのはどのくらいの大きさなのでしょうか?」

「んー?言われてみればどうなんだろう、結構みんな感覚で選んでるとは思うけど」

「感覚……経験していくしかないのですね」

「まぁ極端に多すぎたり少なすぎたりしなければ大丈夫かな。料理なんて最終的には目分量になってくものだし」

 

 そう言いながら笑うまお様だが、先ほど言っていた倍の量というのは多すぎたりしないのだろうか……、料理というものはなかなかに難解だ。

 

 今日はリーゼ・クラウゼと黒惟(くろい)まおの初めてのコラボ配信。ラジオクローネ!というliVeKROne(ライブクローネ)所属タレント二名によるラジオ番組風配信の日。

 事務所の名を冠する企画だしスタジオでやるという案もあったのだが、実験的な試みであるしオフコラボの経験もしておきたいということで初回は企画を立案したわたくしの家で行うことになっている。

 

 それがどうして二人して近場のスーパーまで来てカレーライスの材料を買い集めているのかと言うと……。

 

 数日前ラジオのための打ち合わせをしていた時にまお様の家にお世話になっていた時のご飯が恋しいというのをポロっと溢してしまい。それなら配信の日に何か作ってあげようかと嬉しい提案を受け喜んでいたのだが……。

 そこから普段の食生活の話に加えまともに包丁も握ったことがないということが伝わってしまい、せっかくならとまお様のお料理教室が開催される運びとなったのである。

 

 せっかくまお様の手料理がまた食べられると思ったのになぁ……と少しだけ残念に感じてしまったが、こうやって二人でスーパーで色々話しながら買い物をするというのも一緒に暮らしているようで嬉しい。

 

「えっと、材料はこれだけじゃ?」

「付け合わせもいるでしょ?それにせっかくだし、いくつか作り置きも作っておこうかなって」

 

 カレーの材料はすでにカゴの中に入れたと思っていたが、カートを押すまお様は次々に色々な食材をカゴの中に追加していく。なにか足りないものがあっただろうかと心配になって声をかけるとこちらへと振り返り微笑みを向けてくれる。

 

 いまわたくしはとてつもない幸せ者なのではないだろうか。

 

 

「ふぅ、結構買っちゃたねぇ」

「わたくしのためにありがとうございます……」

 

 二人で食材の入った買い物袋を手に提げながら帰宅すれば、まお様はテキパキと食材たちを冷蔵庫に仕舞っていく。帰り道もさりげに重たい方を持ってくれていたり……、それを自然とスマートにやられてしまえばお礼を口にすることしかできない。

 

「それじゃあ箱に書いてある通り作ってみようか」

「本当に箱に書いてある通りでいいんですか?」

「アレンジしたり自己流でやるのは慣れてから、説明通りにやればまず間違いはないから」

「わかりました」

 

 てっきり秘密の料理法や隠し味みたいなものを伝授されるものだと思っていたのだが、ひとまずは基本からということだろう。説明通りに作るだけならなんとかなりそうだ。

 

「えっと……、まずは野菜を洗って切るんですね……」

 

 まずはじゃがいもを手にして軽く水で洗って……包丁で皮をむく、と言いたいところだが最初から包丁でやるのは難しいし危ないだろうということでピーラーというものでむいていく。これで表面をなぞればきれいに皮だけがむけていくので素晴らしい道具だと思う。

 しかし、まお様曰く慣れれば包丁のほうが楽だし早いらしい。ためしに一つむいてもらったがどうやったらそんな風に素早く綺麗にできるのだろうかというくらい見事だったし、手慣れた動作は見ていてかっこよさまで感じてしまう。

 

「かっこいいです!」

「かっこいい……かなぁ?」

 

 素直にその姿を称賛してみてもあまりピンとこないのか、少しだけ照れくさそうに小さく首を傾げるまお様。

 じゃがいものつぎは玉ねぎを手に取りそれをそのまま水で洗おうとする。

 

「えーっとリーゼ、玉ねぎの皮は別に洗わなくても……」

「そうなのですか?では……」

 

 野菜は皮をむく前に洗うものだと思っていたがそうは限らないらしい、ではピーラーをつかって……。

 

「……うん、一個やって見せるから見てて?玉ねぎはね頭とお尻を先に切ってからだと簡単にほら」

 

 ピーラーを手に取りじゃがいもと同じ要領で皮をむこうとしたところでまお様からストップがかかりお手本を見せてくれる。なるほどそうやって玉ねぎはむくのか……とうとうわたくしも包丁を手にする時がきたらしい。

 

「すべりやすいから気を付けて、手はなるべく丸めて……猫の手ね」

「これが話に聞く猫の手というものなのですね、たしかにこれは猫の手……」

 

 手を軽く丸めてまな板の上の玉ねぎを軽く押さえ……、なるほどこれは確かに猫の手に例えられるのも納得だ。買ったはいいが使う機会もなかった包丁は存外鋭くさほど抵抗を感じることもなく切ることができる。お手本通りに切ってしまえばあとはぐるりと回すように皮をむくだけ。

 

「リゼにゃん上手上手」

「まおにゃんのおかげにゃん」

 

 からかうようにかけられた言葉にはニコリと笑みを返しながら猫の手を顔の横に持って来る。

 そんなわたくしを見て耐えかねたのか小さく噴き出した彼女に合わせてこちらも笑う。

 

「随分とリスナーに鍛えられてきたみたいね」

「おかげさまで……」

 

 残る人参は別に特別なことはなくピーラーで……、これで野菜の皮むきは終わり。

 

「大きさはどのくらいに切りますか?」

「好みだけど……煮込んだら解けて小さくなるからそのあたりを考えてかなー」

「まお様はどのくらいがお好みですか?」

「私は形なくなるくらい煮込んじゃうから……、とりあえず一般的にはこれくらいかな?じゃがいもは大きさにもよるけどだいたい半分か四等分くらいにして……、にんじんは乱切り、玉ねぎはくし切りね」

 

 まお様がお手本のようにそれぞれカットしてくれてそれをバットに移していく。わたくしにもわかりやすいように切り方もゆっくりと見せてくれたのでそれを真似して……。

 

「猫の手……」

「上手、上手」

 

 まお様は何に対してもとにかく褒めてくれる。それが嬉しくてついつい出来上がったものを見せてまた褒めてもらおうとしてしまう。

 

「どうですか?」

「ふふっ、とっても上手だよ。なんだかいつもよりリーゼが子供みたい」

 

 少し子供っぽかったろうか……、こちらを見る目がいつも以上に優しくなっている気がする。

 

 野菜さえ切り終わってしまえばお肉はあらかじめ切られているのでそれらを炒めて煮込んでルーを入れて再度煮込めば出来上がるらしい。

 はじめてするまともな料理ということで身構えていたが意外と簡単かもしれない。もちろん、まお様が付きっ切りで教えてくれたおかげではあるが。

 

「それじゃあとは順番に炒めていこうね~」

 

……

 

「んっ、いい感じかな。はい味見」

 

 具材を炒め終わり水を入れて煮込み……ルーを溶かした時点でカレーのいい匂いがキッチンに広がっていく。それから少し煮込んでから小皿にすくったカレーの味を見て満足そうにうなずいたまお様が再度カレーをすくいこちらへ差し出してくれる。

 

「あっ、美味しい……ちゃんとカレーです」

「そりゃ箱の通り作ったんだからね、どう?初めて作ってみた感じは?」

「その……意外と」

「簡単だった?」

「まお様のおかげで」

 

 渡された小皿に入ったカレーを吐息で冷ましながら口をつけると、当たり前なのかもしれないがきちんとカレーの味がする。さすがにお店のような深い味わいというわけではないがどこか素朴で安心できるような味。これを手伝ってもらったとはいえ自分で作れたというのは驚きだ。

 これだけしっかり見守ってもらっていたのだから簡単だったと口にするのは憚れるが、思っていたことをズバリと言い当てられてしまいゆっくりとだが頷く。

 

「基本さえ押さえればレシピ通りに作れば料理なんて簡単なんだよ。あとはどれだけこだわるか、手間を省くか、効率よくするとか奥は深いとは思うけどね」

 

 なるほど、確かに言う通りだなと小皿を返そうとしてふと気づいてしまう。

 

 そういえば、まお様も同じ小皿で味見をしていた……?え?つまり……。いや待て、そう結論付けるのは早い。たとえ同じ小皿だとしても同じ箇所じゃなければ……。そう思い小皿に視線を落とすが……冷静にどうだったかなんてもはや思い出せるはずがない。

 

 無意識に口元に手を当て急激に顔が熱くなっていくのを感じる。まお様の様子をうかがおうとするが自然と目線はその口元へと向かっていることに気付き慌てて視線を逸らす。

 

「リーゼ?もしかして辛かった?いちおう中辛だったんだけどお水いる?」

 

 そんなわたくしの動揺にまったく気づかず見当違いなところを心配してきてくれるまお様はその原因に思い至ってはいないのであろう。それか彼女にとって気にするほどの事ではないのかもしれないが。

 

「はい……いえ、むしろ甘く……いえっ、お水もらえますか!?」

「大丈夫?」

 

 カレー自体は特段辛いと感じる事はなかったのだが、つい動揺で余計な一言が出てきそうになり慌てて打ち消し好意に甘えてグラスに入った水を受け取った。そのままその水で頭を冷やしてしまいたいと思いながらも一気にグラスの水飲み切りその冷たさになんとか落ち着こうと大きく息を吐き出す。

 

「ふぅ……、ありがとうございます」

「うん。それじゃあカレーはいったん冷まして食べる前に温め直そうか、作り置きとか作っちゃうからリーゼは休んでてもいいよ?」

 

 ひとまず落ち着くまではリビングに退避してしまったほうがいいだろう。少し落ち着いたとはいえまっすぐ彼女の顔が見られないくらいだ。本当は少しくらいお手伝いもしたかったがただでさえ足手まといなのに今の精神状態だと何をしでかしてしまうかわかったものではない。

 

「はい……。では念のため配信の確認などしてきますね」

「はーい、それじゃキッチン借りちゃうねー」

 

 そそくさとキッチンを後にすれば背後からはさっそく色々と材料を取り出し調理を開始する音が聞こえてくる。

 この時間でなんとか落ち着こう……。

 

……

 

 無心で今日のコラボ用にセッティングしている機材類の確認を行い、進行についても改めて確認し終わり気持ちもかなり落ち着いた。

 冷静になってみれば一時期は一緒に暮らしていたし同じ食事を取っていたのだから、こちらが意識しすぎなのだ別に直接した訳では……ないんだし。

 

 気を取り直してキッチンへと戻ってみると、コンロの上には鍋が複数置かれカレーいがいのいい匂いがこちらまで伝わってくる。

 

「あっリーゼ。確認終わった?こっちももう少しで終わるから、いやーやっぱりシステムキッチンっていいねー」

 

 レンジから器を取り出しながらこちらの存在に気付いたまお様は手を止めることなく、沢山並べられた保存容器を見渡してから楽しそうに己が立つキッチンを見回す。

 

「はい、特に問題なく。それにしてもこれだけの量をこの間で……?」

 

 時間だけ見ればカレーを作っていた時よりも全然短いものだったのに目に見える保存容器だけで五品は確認できる。複数置かれた鍋の中身もカウントすればもっと増えるだろう。いったいどうすればこの短時間でこれほどの量をとも思うが、よどみなく動き続けている姿を見れば不思議ではなくなってしまう。彼女にかかればカレーなどそれこそ片手間で作れてしまうのだろう、それなのに根気強くよく教えてくれたものだ。

 

「時短レシピばっかりだし、広いキッチンのおかげでね。家じゃこうはいかないよ」

 

 そう話しているうちにも新たにまた一品保存容器が増える。

 

「よし、こんなものかな。それじゃカレー温めなおしたからご飯にしようか」

 

 いつのまにか用意されていたサラダにオニオンスープも加え、テーブルの上はまるで自分の家ではないような豪華さだ。

 

「せっかくリーゼが作ってくれたんだから写真撮ってSNSに上げちゃおっか、今日オフってことはまだ内緒でしょ?」

「はい、でもわたくしのカレーではあまり……」

 

 盛り付けまでが料理だよと言われ二人分のカレーをお皿に用意したのだが、なんというかパッとしない。それに比べてまお様が用意したサラダとオニオンスープはSNSで見るような華やかさがあるように感じる。

 

「ほらほら、二人して同じメニュー上げて驚かせちゃおう?いちおう映り込みだけは気を付けてね?」

「それはもちろん……これで大丈夫でしょうか?」

 

黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで!さんがリツイート

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習い @Liese_Krause 

はじめてカレーライスを作りました

その、どうでしょうか?

美味しそうに見えますか?

pic.loader.com/curry

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習いがリツイート

黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで! @Kuroi_mao 

リーゼが我にカレーを作ってくれたので画像だけでもお裾分けしてやろう

pic.upload.com/liese_curry

 

『リーゼちゃんのカレー食べたいだけの人生だった』

『はじめてにしては上出来じゃね?』

『二人で同じメニューの写真……つまり?』

『完全に匂わせやん!!ずるいぞ!!』

『仲良く拡散しあってるしてぇてぇ』

『カレーはリーゼちゃんってことはあとはまお様か』

『カレー作るか……』

『晩御飯時のメシテロやめーや』

『今日オフコラボってこと!?』

 

「おーいい反応」

「少しだけ申し訳ない気も……」

 

 二人して同時に食卓の写真を上げお互いに拡散し合うとあっというまに反応が寄せられてくる。

 それを楽しそうに眺めながらまお様は悪戯っぽい笑みを深め、わたくしも盛り上がっているSNSを見ればなんだか二人で悪戯をしているようで自然とふふっと笑いをこぼしてしまう。

 

「それじゃあリーゼのはじめてのカレーいただこうかなー、いただきます」

「その、お口に合えばいいのですが……わたくしもいただきます」

 

 もう味見もしているのだから心配いらないはずなのだが、口をついて出るのは不安の言葉……。

 カレーを口に運ぶまお様の反応がどうしても気になってしまう。

 

「うん、美味しいよリーゼ。箱のレシピ通りっていうのもなかなか侮れないね。ほらリーゼも」

「はい……。……味見したときよりも美味しい」

 

 促されるままに一口カレーを食べてみるが、味見したときよりも美味しく感じる。

 味見の時のアレは……。と一瞬思い出しかけてすぐにそれは雑念として打ち消し……。

 

「サラダとスープはどうかな?」

「美味しい……。まお様のお家で食べたのを思い出します」

「ならよかった、なんだか久しぶりだね」

 

 まお様も続くようにサラダを口に運んでスープが入ったカップに口をつけると満足したように頷き、優しい眼差しをこちらに送ってくれる。

 

「そうですね」

「いやーまさかこんな風にまたリーゼとご飯が食べられるなんて、何が起こるかわからないっていうか」

 

 確かにあの時は憧れの魔王様でVtuberの黒惟まおとただのファンという間柄だった。そう考えると憧れの人の同期としてVtuberデビューして再び同じ食卓を囲んでいるのだ。この幸せがいつまでも続くようにと願わずにはいられない。

 

「コラボ配信よろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いね」

 

 突然の言葉にも怪訝な顔ひとつ見せずに答えてくれる彼女と一緒なら、今日のコラボ配信も何も心配はいらないだろう。




黒惟まおとリーゼのラジオで使うネタ募集中!(コーナー案とかあれば是非)
よろしければ下記までお願い致します

作者Twitter
マシュマロ(感想、配信ネタ等何でも募集中)
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48話 第一回ラジオクローネ!

【ラジオ】第一回ラジオクローネ!【リーゼ・クラウゼ,黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

 :待機

 :このイラストすこ

 :楽しみ

 :はじ……はじ…

 :こん……こん……

 

「魔王見習いVtuberとしてデビューしたはいいものの……これで立派な魔王になれるのでしょうか……」

 

 :お?

 :なんかはじまった

 :ん?

 :なんだ

 

「リーゼよ……リーゼ・クラウゼよ……いま貴方の脳内に直接話しかけています……」

「その声はっ!?」

 

 :エコー草

 :(ファニチキください)

 :まお様なにしてんのw

 :なんだこれ

 

「ラジオです……ラジオをするのです」

「ラ、ジオ……?ラジオをすれば立派な魔王になれるのですか?」

 

 :そうはならんやろ

 :草

 :いやそれはおかしい

 :(ちくわ大明神)

 :誰だ今の

 :誰だ今の

 

「っ、……そうです……ラジオをするのです……す、す、す……」

 

 :わろてるやんけ

 :セルフエコーやめてもろて

 :草

 :え、なにこれは

 

「リーゼ・クラウゼと……」

「黒惟まおの……」

「「ラジオクローネ!」」

 

 若干スベってる気がしながらもなんとか予め決めておいた茶番をやりきり、視線を送り息を合わせてタイトルコールを行う。まお様が突然吹き出しそうになったときはどうしようかと思ったけどなんとかうまく合わせることが出来た。

 普段は一人でいる配信部屋である防音室に二人きり……、しかもマイクの関係上少しでも身体を揺らすと肩がぶつかってしまいそうな距離感。まお様との初コラボという緊張もあったのだが出だしで失敗しなくてよかった……。

 

 タイトルコールが終わると暗転からラジオブース風の背景に二人の姿が現れる。

 

 白と黒、まるで正反対な印象を与える二人の見た目。

 長い銀髪を青いリボンでツインテールに結び、白を基調として青い装飾がされたドレスをまとったリーゼ・クラウゼ。

 長い黒髪に赤いメッシュを入れ、黒を基調として赤い装飾がされたドレスをまとった黒惟まお。

 

 色から受ける印象こそ正反対ではあるが、意匠の細かいところでは似通った部分もいくつかあり並んでみると姉妹のようでもある。

 

「改めましてliVeKROne所属の魔王見習い、リーゼ・クラウゼです。ラジオクローネ始まりました!……今日も応援してくれますか?」

 

 :はじまリーゼ!

 :応援するよー!

 :応援するーゼ!

 

「ありがとうございます!はじまリーゼっ!そしてわたくしと共にラジオをお送りするのはこの御方……」

「今宵も我に付き合ってもらうぞ?liVeKROne所属の魔王、黒惟まおだ。……こんまお」

 

 :こんまおー

 :きゃーまお様ー!

 :義務まお助かる

 

「この配信はliVeKROneに所属するわたくしたち二人がお送りするラジオ番組です。魔王として配信者としてクローネ……王冠を目指して頑張っていきます!感想や反応なんかは#ラジオクローネ!でよろしくお願いしますね。もちろん配信なのでコメントも大歓迎です!」

 

 :はーい

 :実況してる

 :目指せトレンド!

 

「初回ということでまずはわたくしたち自身と所属するliVeKROneという事務所について紹介させてもらいますね?」

 

 そう言ってから配信画面を二人が並んだプロフィール画面へと切り替える。

 

「知っているものもいるかもしれないが改めて……。我の名は黒惟まお。以前はとある世界で魔王をしていたのだがそんな生活に飽きてしまってな。こちらの世界でVtuberとして活動していたところ、不思議な縁もあって事務所立ち上げからliVeKROneに所属することになった」

 

 :相変わらずあっさりしてんなぁ

 :よっ伝説の魔王様!

 :まおにゃんどこ……?

 

「わたくしはリーゼ・クラウゼと申します。魔王の娘であり魔王見習いです。あっ、ここの魔王というのはまお様ではありませんしまお様の娘という訳でもないですからね?とあるきっかけでまお様に出会い。その姿に憧れ、立派な魔王になるべく同じ事務所に所属しVtuberとしてデビューいたしました」

 

 :まお様の隠し子説あったな

 :草

 :魔界のお姫様

 :とあるきっかけ(配信)

 

「最後に我らが所属する事務所liVeKROneについてだが、株式会社Connect2Linksが運営する新規のVtuber事務所だ。クローネとはクラウン、つまり王冠を意味していて配信という場でも頂を目指していくという意思の現れだな。ちなみに略すときはVKRO(ブイクロ)だぞ?イブクロではないからな?」

 

 :草

 :出た

 :イブクロプロダクション

 :ブイクロでもイブクロアナグラム定期

 

「えぇ、略すときは是非ブイクロとお願いしますね。わたくしはまだまだ未熟な魔王見習いですから、皆様に認められて立派な王冠を戴きたいと思っています」

 

 初めてにしてはなかなかスムーズに進行できているのではないかと気持ちに余裕が出てきたところで、次に予定されている言葉がまお様から出てこない。

 どうしたのだろうかと思わず視線を向けそうになったところでまお様の声が直接魔力に乗って聞こえてくる。

 

『リーゼ、画面切り替えてない』

『あっ、ありがとうございます』

 

 完全に油断していたと慌てて画面を切り替えるが、今度は教えてくれたまお様がなにやら驚いているのが魔力を通して伝わってくる。そういえば、まお様からこうやって魔力を介しての会話をしてくるというのは初めてではなかっただろうか。

 おそらく、まお様も意識して行ったのではなく無意識でそうなってしまったのであろう。こんなに近くにいるのだから伝わってきても不思議はない。

 

「初回は企画者であるリーゼの家から配信している、それにしても最初のアレはいったいなんだったんだ?」

 

 :オフコラボ!

 :カレー見たよ

 :それな

 :いきなりなんかはじまって草だった

 

 驚きを表に出さずにそのままトークを続けるまお様はやはり場慣れしているのであろう。その姿は頼もしくもあるが、わたくしもしっかりしなければ……。

 

「それはですね……、今回ラジオを始めるにあたってお便りを募集したのですが」

「こちらのマシュマロにも来ていたな、あとは#クローネメールだったか」

「そちらにこんなお便りが……」

 

 

ラジオ開始おめでとうございます!

 ふたりでエチュード……即興劇的なものをやってほしいです! 

 地獄を見……、二人で試練を乗り越えればより仲も深まるはず! 

 

 

 :草

 :地獄で草

 :本音隠せてないんよ

 

「こいつのせいか」

「せっかくのリクエストでしたので……」

 

 :毎回やってほしい

 :コーナー出来たな

 :台本書くわ

 

 ああは言っているがまお様もノリノリで演技していたのは隣で見ていたので一目瞭然だ。反応も良かったのでどんなものが送られてくるか怖くもあるがいいネタになるだろう。

 

「台本を募集しても面白いかもしれませんね?台本だけではなくテーマや配役でも気軽に送っていただけば採用されるかもしれません、お便りありがとうございます」

「ありがとう……あまりにひどいものはやらないからな?」

「それではこのまま届いたお便りを紹介していきましょうか」

 

 

 ラジオクローネ!開始おめでとうございます! 

 お二人は初コラボになりますが初印象やその後の印象など 

 お聞かせ願えるでしょうか?これからも楽しい企画楽しみにしています! 

 

 

「お便りありがとう。初印象か……そうだな。実際初めて会ったのは半年以上前で、あの出会いは少し衝撃的だった。あまり詳しくは言えないのが残念だが……それこそどこぞのお姫様かと思ったらその実、魔王の娘だというのだから驚いたよ。初印象は綺麗な子だなと、その後は綺麗な子というのは変わらないが随分とかわいらしい面も見せてもらったし、頼りがいのあるところも見せてもらったり見ていて飽きない子かなリーゼは」

 

 :どんな出会いだったんだ

 :気になる

 :こーれまた口説いてますわ

 :べた褒めじゃん

 :そういうとこやぞ

 

「その……恥ずかしいです……。わたくしは配信でお姿は存じていましたので……今も昔も憧れの魔王様です。ただそうですね……本当に優しい方だなと。実際にお会いしてますます……その、魅力にやられてしまっています」

 

 :なんだこれ

 :もうべた惚れじゃん

 :カップルチャンネルかな?

 :てぇてぇ

 :いいですわゾ~

 

 さらりと告げられる言葉にどんどんと恥ずかしくなってしまい、こちらの受け答えはたどたどしく配信上のリーゼも顔を赤くしている。そんな隣で涼しい顔をしているまお様に反撃したくても言葉を紡ぐほどに墓穴を掘ってしまいそうで。ほんとにこの人はずるい。

 

「次はこれだな」

 

 

 ラジオでやってみたい企画とかコーナーありますか? 

 私は是非他のVtuberさんなんかもゲストに呼んでほしいです! 

 あとはまおにゃんリゼにゃんの共演も是非!!!! 

  

  

  

 PS.修羅場期待してますb 

 

 

 :ゲスト呼んでほしいなぁ

 :まお様知り合いかなり多いしな

 :SILENT先生を!!

 :全リスナーの夢にゃんにゃんコラボ

 :まおの女大集合させるか

 :修羅場は草

 

「他のVtuberさんゲストは是非お呼びしてみたいですね!あとは……ひとつわたくしがやりたかったものはこのあと披露する予定です」

 

 :お

 :なんだろう

 :披露?

 :楽しみ

 

「リゼにゃんはともかく、まおにゃんはラジオには出られないだろうな」

「来てくれないのかにゃん?」

「乗らないからな」

「ぐぬぬ……リスナーのみんなの熱い要望があればきっとまおにゃん来てくれると思うから応援よろしくにゃん」

 

 :まかせろ!!

 :全力でいくぞ!!

 :まかせろにゃん

 :がんばれリゼにゃん!

 :台本募集……閃いた

 

 これだけ熱い応援コメントが多いのだ、どんなことをしてもまおにゃんをいつか引っ張り出してきてやろう。これはわたくし含めたリスナーすべての総意である。

 

「貴様ら……。企画やコーナーはむしろどんなものが見たいのか気になるのでどんどん案を送ってきて欲しい。今はまだありきたりなものしか思いつかなくてな」

 

 :ひぇっ

 :まかセロリ!

 :まお様への人生相談とか

 

「我への相談系は結構来ていた気がするな、ただそれだと普段の配信と変わらないのでリーゼも含めてもう少し検討してみようか。ゲストは相手方によるところが大きいがこちらでも実現できないか調整中ではあるので続報を待っていて欲しい」

「まお様は誰かお呼びしたい方とかいらっしゃいますか?わたくしはお名前や配信では存じ上げていてもほとんど面識がないので……」

「そうだなこの二人共通の知り合いというとたつ子……桜龍(おうりゅう)サクラ子なんかは呼ばなくても向こうから来る気がするが……。企業や個人の垣根なく色々な者を呼べるようになればと思う」

 

 たしかにサクラ子さんなら突撃してきてもおかしくないと思えてしまうのがサクラ子さんのサクラ子さんたる所以であろう。

 

「ふふっ。確か、まお様からサクラ子さんへの思いを聞きたいなんてお便りも来ていましたね。送ってきてくれたのは桜人(さくらびと)さんでしょうか?」

「思いと言われてもな……、まぁゲストに来るようなことがあれば考えてやらないこともないが」

「ですのでお楽しみに。それにしても最後の修羅場というのは……たしかにまお様の周りは少し危ないかもしれません」

 

 ただでさえ交友関係の広いまお様のことだ、慕っている者も多いのでまお様から声をかければいくらでも集まりそうなものである。同じ事務所で同期であっても油断はできない、付き合いでいうならわたくしはまだまだ新参者なのだ。

 

「危ないことはないと思うが……」

 

 :危ないゾ

 :夜道には気をつけてもろて

 :そういうとこやぞ

 :無自覚って一番罪だよな

 :さすがたらし魔王

 

……

 

「さて、お便り紹介はこのあたりにしておきましょうか。沢山のお便りありがとうございました。今後も募集していますので気軽に送っていただけると嬉しいです。次回に向けては番組冒頭の台本や即興劇のテーマ、役どころなどを募集する『ラジオクローネ劇場』。リスナーの皆様からの相談事を見習い魔王であるわたくしが答え、まお様に判定してもらう『見習い魔王相談所』。あとはどうやったらまおにゃんがラジオに来てくれるか考える『まおにゃん対策本部』……」

「おいリーゼ、最後のは台本にないぞ」

「企画者特権発動します!」

 

 :草

 :台本バラしはやめてもろて

 :いいぞ!!

 :対策本部送るわ

 :企画者が絶対なんだよなぁ

 

 つい、特権を発動してねじ込んでしまったが次回のまお様当番回が恐ろしくなってしまった……。だがリスナーの期待を裏切るわけにはいかないのだ。

 

「……他にも企画コーナー案など、コーナーにない普通のお便りも待っている」

「それでは最後に、わたくしとまお様で一曲歌ってエンディングとしたいと思います」

 

 :生歌!?

 :歌きちゃ!!

 :デュエットだ!

 :一緒に歌いたいって言ってたもんな

 :だからオフコラボだったのか

 

「まだまだ未熟ですが、一生懸命歌います」

「我もまだまだだよ。共に磨いていこう」

 

 まお様とのコラボで絶対にやりたかったことのひとつ、それは共に歌うこと。この日のために沢山練習して、まお様からも機材についてや歌い方についても沢山アドバイスを貰った。

 まお様へと視線を向け準備が整ったことを伝えようとするが緊張してしまってうまく笑えていないのを自覚する。ラジオ自体は大丈夫だったがずっと夢見てきた黒惟まおとのデュエットを大勢の前で披露するのだ緊張するなというほうが無理な話だ。

 失敗したらどうしよう……。収録とは違って配信で歌うのだからもちろん一発本番、マウスを握る手が冷たくなっているのを感じる。

 

『リーゼ、楽しんで歌おう』

 

 突然左手が暖かな感触に包まれそんな声が魔力に乗って伝わってくる。

 

『……わたくし、怖くて……』

『間違ったとしても私がカバーする、だから思いっきり歌って?みんなそんなリーゼの歌が聞きたいんだよ』

『まお様……』

『もちろん私も、リーゼと一緒に歌うの楽しみにしていたんだから』

 

 ぎゅっと力強く手を握られ冷たかった手がすっかり暖かくなり今となっては熱いくらいだ。

 覚悟を決めてその手を握り返し小さく頷いて用意していた音源を流し始める。

 

 その曲はとあるアニメの挿入歌であり、デュエットソングとして不動の人気を誇る超有名曲。

 ピアノのイントロからはじまり電子音が重なっていきストリングスが、ギターが歌の入りに向かって盛り上げていく。

 

 最初の歌い出しはまお様から……。歌いなれているのだろう力強くも心地よい歌声が耳に届く。

 

 そして、わたくしのパートが来る……。楽しんで……思いっきり。まお様から言われた言葉を胸に不安を吹き飛ばすように声を出す。

 声は上ずってないだろうか、自分で判断できないくらいには必死だ。

 なんとか短いパートを歌い終わり、二人の歌声が重なる。

 

 きっとこちらが歌っている間見守ってくれていたのだろう。二人のパートでまお様に意識を向ければ視線が重なる。目が合った彼女はニコリと笑いまた歌い上げていく。

 同じ言葉を、同じ思いを、繰り返し。言葉と思い、歌声と視線も時折重なりまたそれぞれのパートへと分かれていく。それを繰り返していくうちになんだか一心同体になったような不思議な感覚を覚えていき、相手の楽しいという思いもこちらへと流れてくるようで不安がすっかり消え去っていることに気付く。

 

 あぁ楽しいなぁ……。

 歌う前の不安などもう覚えていないくらい楽しく、いつまでもこの時間が続けばいいとさえ願ってしまう。

 しかし、そんな思いとは裏腹に曲は終盤。最後のソロパートにありったけの思いを乗せて……。

 そんな思いが伝わったのか彼女も強い思いで答えてくれる。ソロの最後、ロングトーンのなんて美しく力強いことだろうか。

 

 そして最後は二人で一緒に歌い上げ……終わるのを惜しむように息の続く限り声を出し続けた。

 

「はぁはぁ……」

「っ、ふぅ……」

 

 :最高すぎる

 :88888888888

 :いい

 :やばい

 :やっぱいい曲や……

 

 握り合っていた手は軽く汗ばんでしまっているがそんなことは微塵も気にならない。

 歌えた……。きっと少し走ってしまっていたり音程も合っていたか自信はない、それでも楽しかった。なにより一緒に歌えて楽しかったのだ。

 

「まお様……歌えました」

「私も一緒に歌えて良かったよ。リーゼの気持ちがすごく伝わってきた」

「……っ、まお様口調……」

 

 :てぇてぇ

 :草

 :私助かる

 :そこで突っ込むのw

 :ファンの鑑である

 :イイハナシカナー?

 :解釈不一致には厳しい

 

「皆様も聞いていただいてありがとうございました。そしてなんと、このあとまお様と歌ったこの曲のうたみたを投稿します!」

 

 :ま?

 :やったー!!

 :ありがとう

 :また聞ける!

 :初うたみたきちゃー!

 

「我も久しぶりに動画を触ったからな、結構自信作なので是非見てくれ」

 

 :楽しみ

 :しれっと口調戻してて草

 :まお様いつの間に

 :最高のコラボじゃん

 

 本当にまお様にはお世話になりっぱなしだ……。

 

「それでは第一回ラジオクローネはここまでになります、終わりの挨拶は……」

「今日はリーゼのチャンネルで当番回だからな。アレでいいだろう」

「アレまだちょっと恥ずかしいんですよ?」

「それでは次回また会おう」

「もうっ、それでは皆様、ありがとうございました」

「「おわリーゼ!!」」

 

 :まだ恥ずかしいのw

 :草

 :おわリーゼ!!

 :おわリーゼ

 :おつまおわリーゼ!

 :おつまおおわリーゼ~




ラジオへのお便りご協力ありがとうございました!
引き続きラジオへのお便り、配信で使えるマシュマロなど募集しております

(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話 お泊り魔王様

「リーゼおつかれさま」

 

 しっかりと配信が終了したことを見届け、隣にいるリーゼへと声をかける。歌う時に繋いだ手は繋がったままで互いにしっとりと汗ばみ重なっていることで余計に熱く感じる。

 

「リーゼ?」

 

 いつもならすぐに明るくて楽しげな声が返ってくるのだがリーゼからの反応がない。気になってその顔を覗き見てみればどこか熱に浮かされたように配信が終わった画面を見続けている。

 

「えっ、あっ。すみません……少し気が抜けてしまって……」

「おつかれさま、頑張ったね」

 

 歌ってからの突っ込みも締めの挨拶もしっかりできていたので存外大丈夫かと思っていたが、最後の力を振り絞っての事だったのだろう。ようやくこちらからの呼びかけに気が付いたらしいリーゼが恥ずかしげに笑い小さく頭を下げる。

 初めての企画で見知った相手とは言えオフコラボのとりまとめに配信の操作、二人での生歌披露。どれもこれもデビューして間もないリーゼにとっては得難い経験ではあったのだろうがそれ相応に負担も多かったのであろう。それでもしっかりやり遂げることができた彼女はデビューからの期間を考えれば私なんかより随分適正があると思う。

 

「ありがとうございます……、本当に楽しくて……。終わってしまったのかと思うと……っ。あれ?」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべほっとした表情で配信の感想を述べようとしたリーゼの目から不意に涙が零れ、少し驚いてしまうが当の本人が一番驚き不思議そうに涙が伝った頬を抑えている。

 

「もう、どうしたの」

「えっと……ほっとしたのと。終わってしまったんだなぁと今更寂しくなってしまって……」

「悲しくなっちゃった?」

「……はい」

 

 可愛いなぁとつい頭を撫でながら子供の相手をするようにゆっくりとリーゼの話を聞く。そんなに感情が高まるほど楽しみにしていたし頑張ったんだなぁと思うと、そんな彼女の企画を共にやり遂げたことが嬉しい。

 

「また次もあるからね?それにうたみたの告知と公開の用意しないと」

 

 今日の反応を見るにラジオクローネはこれから先も続けていくことになるだろう、それにうたみたの公開も控えているのだSNSで告知をしてプレミア公開の準備と意外とやることは多い。

 

「そうですね。あっ……そのずっと握ってしまっていて……」

「やっと気付いた?離してくれないんだもの。……もう冗談だってば、はやく準備しちゃいましょう?」

「もうっ、あまりからかわないでください」

 

 私の言葉にハッとして準備に取り掛かろうとして、ようやく手をつなぎっぱなしだったことに気付いたらしいリーゼが手を解放してくれる。それにおどけて声をかけると悲しそうに眉を下げられ笑いながらごめんごめんと謝る。

 わざとらしくぷんと顔を背けまずはプレミア公開の準備を始めたリーゼを見て、スマホを取り出しSNSで#ラジオクローネを検索して反応を確認。

 

「あっラジオクローネトレンド入ったって!それに感想も沢山……」

「まお様一人で楽しんでずるいです!わたくしも見たいのに……」

 

 作業するリーゼを尻目に感想を眺め、トレンドに入っていたことを知りそれを彼女に伝える。配信中の実況コメントに終了後の感想コメント、それらを眺めて楽しむのは配信者の特権といってもいいだろう。それを一足先に楽しませてもらっているのだ恨み言を言われてしまってもしかたない。

 

「えーっと、リーゼちゃんの歌声大好きですって。あーこの人私のリスナーじゃん。浮気だ浮気」

 

 たまたま目に入った感想の一部を読み上げ、その投稿者を見てみれば見覚えのあるアイコンで名前を見れば配信でもよく見る名前。いつも私の投稿にメッセージを送ってきてくれたり、配信タグでもよく投稿してるしエゴサしても頻繁に見かけるそんなリスナー。

 感想自体に目を向ければリーゼのことばかりでほんの少しだけムッとしてしまう。見ているぞという圧もこめてハートをポチっと。

 

「……っと、これで公開準備できました!もうっ、まお様ばっかりずるいです!あんまり意地悪するから罰があたったんです!それにそのリスナーさんもまお様には言われたくないと思いますよ?」

 

 プレミア公開の準備を終えたリーゼも負けじと配信タグで反応を確認し始める。ふふんと得意げに言い放つ様子はとても楽し気だ。

 

「ふふっ、慌ててる慌ててる。ってなんだ、わざわざ二人の感想分けてたのか、なら許そうかなーこっちにもハートあげとこ」

 

 さてハートを送った相手はどんな反応しているかなと名前をタップしホーム画面を覗いてみる。どうやら私の反応に気付いたらしく新しい投稿には『前!前のやつ見て!』とあり、リーゼまみれの感想の前にきちんと黒惟まおばかりの感想を見つけることができたのでそちらにもハートをポチっと。

 

「ところでリーゼ、さっきのは一体どういう意味かな?」

「……。えーっと、まお様告知これでいいですか?」

「リーゼー?」

 

黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで!さんがリツイート

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習い @Liese_Krause 

#ラジオクローネ! ご視聴ありがとうございました!

このあとうたってみた動画をプレミア公開します!

わたくしもまお様と一緒に見るので是非一緒に見ましょう!

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/新人魔王見習いがリツイート

黒惟まお@liVeKROne/二周年記念グッズは今月末まで! @Kuroi_mao 

#ラジオクローネ! 楽しんでもらえたようでなによりだ

リーゼのチャンネルで今日歌った曲が上がるのでよろしく頼む

 

 

「まお様はじまりますよー」

「爆音気を付けなよー?」

 

 歌ってみた動画のSNSでの告知も行いお互いで拡散済み。あとは開始を待つだけとなり、二人で雑談しつつ配信の感想チェックを行っているとあっという間に公開の時間になる。

 

 :待機

 :爆音定期

 :イラストSILENT先生やんけ

 :鼓膜ないなった

 :予備の鼓膜と交換した

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:ドキドキ……

黒惟まお【魔王様ch】:久しぶりに作った動画だ、楽しんでくれ

 

 :二人ともよう見とる

 :イチャイチャしてそう

 :てぇてぇ

 :はじまリーゼ!

 

 毎度おなじみの爆音待機BGMをボリュームを絞って乗り切りカウントダウンが終わり画面が暗転……イントロと共に王冠をかたどったliVeKROneのロゴが現れタイトルへと切り替わり、SILENT先生……(しず)に描いてもらった背中合わせのリーゼ・クラウゼと黒惟まおが現れる。

 

「綺麗……」

「ほんと静には感謝だね」

 

 お互い静にはお世話になりっぱなしだ。もともとラジオとは関係なく出す予定の歌ってみた動画だったので、本来ならもっと後の公開となるはずだったが。初めてのコラボはラジオがしたいと言われ一緒に生歌披露するならばと公開のタイミングもかなり前倒しになった。

 かなり余裕を持ったスケジュールで動いていたので、最悪配信休んで作業かなと思っていたところにかなり前倒しで静からイラストのデータが送られてきたときは相変わらずの仕事の速さに何度も感謝した。

 

「これがたしか初収録だったっけ」

「はい、一日かかりました……」

「初めての収録で一日張り付いて仕上げられたのは結構すごいと思うよ?結構声出ない子とか多いって聞くし」

 

 もともと一人で宅録から始めた私にとっては初収録がスタジオで人目がある環境なんて想像しただけで委縮してしまいそうだ。私にとっての初めてのスタジオは小っちゃなレンタルスタジオで、あのときはたしかつかさと一緒でスタッフなんていないセルフレコーディング。

 誰かに見られながらというのは甜孤(てんこ)に誘われてLive*Liveのスタジオにお世話になったのが初めてだっけ……あの時は本当にお世話になりました……。

 

「ここの高音ほんと綺麗に出てるけど、さっき聞いたのも捨てがたいなぁ……」

「そうですか……?でも確かに声は出しやすくなってる気がします」

 

 ばっちりMIXされている音源はリズムも音程もピッチも綺麗で整っているのだが、先ほど聞いたリーゼの歌声に比べれば正直物足りなさを感じてしまっている。生歌の良いところでもあるし収録から時間も経っているので上達しているというのもあるだろう。

 

 :88888888888888

 :やっぱまお様の編集好きだわ

 :この二人の歌声相性いいなぁ

 :配信のもこっちのも両方すこ

 :まお様にリーゼちゃんにSILENT先生である意味親子コラボ

 :SILENT先生イラストに動画まお様はやっぱ鉄板だわ

 

 あっという間に5分程のプレミア公開が終わり、二人で最後の挨拶をコメントする。

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:ご視聴ありがとうございました!

黒惟まお【魔王様ch】:次回作をお楽しみに

 

 :楽しみすぎる

 :次回作!?

 :匂わせか?

 :ラジオも楽しみにしてんでー

 :おわリーゼ!

 

「多少余裕出てきたしボイトレとか通おうかなぁ。あっという間にリーゼと差がついちゃいそう」

「そんな……わたくしなんてまだまだです」

 

 この短期間でも上達を感じるほどだ本人は謙遜しているがこのまま自己流というのも厳しいかなとも思う。配信頻度も高くなり歌だけじゃなく喉には気を使わなくては長く活動できなくなってしまうので、本格的にプロの指導というものを受けるのも視野に入れたほうがよさそうだ。

 

「んーこれで今日の予定は全部完了っと、おつかれさまリーゼ」

「はい、今日は本当にありがとうございました」

「一応まだ帰れる時間だけど泊って行っていいの?」

「それはもちろん!むしろ是非泊っていって欲しいというか……」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 予定していたことがすべて終わり、身体を伸ばしながら時計を見れば帰れなくはない時間。初めてのオフコラボ配信ということもあって遅くなったら泊るかも?くらいの気分でいたが是非にと言われれば断る理由もないので素直にお世話になろう。

 

「その……まお様?」

「なーに?」

「わたくし今日頑張りましたよね?」

「そうだねぇリーゼはよく頑張ったよ」

 

 初めての料理に始まり、初めてのオフコラボ企画進行に配信。そして初めての二人での生歌披露。誰に言われるまでもなくリーゼの頑張りは一番近くで見てきた私が保証できる。

 

「……ご褒美を頂けませんか?」

「ご褒美……?それはもちろんいいけど」

 

 可愛らしく控えめにおねだりされてしまえば、その頑張りも知っているのだ断れるはずもない。

 

「では……」

 

 

「リーゼ……さすがにこれは恥ずかしいんだけど」

「抱いてくださると……言ってくれたじゃないですか」

「いや、言ったよ?言ったけど……」

「さぁどうぞ!綺麗にしてきましたので!」

 

 ずずずいと迫られてしまえばご褒美をあげると言ってしまった以上これ以上は逃げられない。ただでさえここはリーゼの寝室でベッドの上、壁際に追い込まれてしまえば逃れるすべもなく……。

 突然ご褒美が欲しいと言われ、どんなお願い事かと思えば一緒に寝てほしいと……。まぁ泊りに来て一緒に眠るのは同性同士なら珍しい事でもないし、案内された寝室のベッドはとても広くてお互い窮屈な思いもしなさそうだと思ったのが少し前。

 わざわざ用意してくれていたジェラケピの寝間着に身を包み、その着心地のよさに感動しやはり高いだけあるなと目の前にある現実から逃げてしまう。

 

「じゃあ……抱くよ?」

「はい……お願いします」

 

 期待するような、それでいて恥ずかしそうな目を向けられ。そんな視線に耐えかねて目を軽く閉じて抱き寄せる。

 

「あっ……」

 

 耳に届く呟きはどこか熱っぽく、腕にはやわらかな感触。その手触りは艶やかで案外ヒンヤリしているなとそれ以外に余計なことを考えないようにする。

 

「しっかり抱きしめてください……」

 

 これはあくまで相手からのお願いだと、自分に言い訳しながら腕に力を込めギュッと強く抱きしめる。

 

「あぁ……」

 

 いちいち耳に届く声がひどく切なげに届いて、恥ずかしさが臨界点を突破する。

 

「もう無理っ終わりっ!」

「そんなっ」

 

 

 そう言って私は抱きしめていた黒惟まお抱き枕を放り投げた。

 

 

 一緒に寝るとは言ったがまさか自分の抱き枕を抱いてほしいなんて言われる日がくるとは思わなかった。寝室に案内されそこに鎮座する黒惟まお抱き枕を見た時はえらく脱力したものだが、つい「そんなにいいもの?」と聞いてしまったのが運の尽き。

 そこからはいかにその抱き枕が素晴らしいものかと懇々と説かれ。暴走モードに入ったリーゼを止める事は叶わず「そんなに言うなら抱いてみてください!!」と押し切られたのだ。

 

「どうでした?」

 

 放り投げた抱き枕をすぐに回収し、最高でしょう?と言わんばかりに輝いた目で聞いてくるリーゼを見ればため息しか出てこない。たしかに抱き枕はフカフカで抱き心地はよかったしカバーの生地もスベスベで良い触り心地だった。

 だけど何が悲しくてVtuberとしての姿とは言え自分を抱かなくてはいけないのか。

 

「抱き心地はよかったよ、それに手触りも良かった」

 

 そうでしょう。そうでしょうとフンフン頷くリーゼはとても得意げでもう何を言っても無駄だなと、どこの高級ホテルかと思うくらいフカフカのベッドに身を預ける。

 さらに抱き枕について語るリーゼの声を聞き流しているうちにだんだんと眠くなっていき。そのまま彼女の声を子守歌代わりに意識は落ちていく。

 

「さすがSILENT先生……っと、眠ってしまったのですね……おやすみなさいまお様……」

 

 ──翌朝目が覚めると目の前に黒惟まおがいて変な悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話 祝収益化!

「リーゼさん、収益化の申請通りましたけど解禁はいつにしますか?」

「収益化……ですか?」

「はい」

「えーっと……」

 

 そんなやりとりから始まったとある日の打ち合わせ。突然告げられた言葉に一瞬何のことだかわからないといった風に首を傾げてしまう。しかし企業所属Vtuberとしてデビューしているのだ、いくら身内が運営している事務所とはいえ遊びでやっている訳ではない。主な目的が魔王継承のためとはいえ収益化するのは当然だろう。

 

 特にこだわりもなかったので思い立ったが吉日、リスナーのみんなにお知らせしなければと告知をSNSで行う。そんな様子を見ていたマネージャーさんからはため息交じりに優しい眼差しを向けられてしまっていたのだが、すでに頭の中は配信の事でいっぱいだ。

 

「さすが姉妹ですね、配信のことになるとよく似てます」

「へ?」

 

 からかうような声色で告げられた言葉に思わず変な反応をしてしまったが……。姉妹というと同じSILENT先生を親に持つまお様との事だというのは流石にわかる。

 それでも姉妹と言われ悪い気はしないし、むしろ嬉しく感じてしまっている。そうと知られれば更にからかわれてしまうだろうといたって平静を装っていたのだが、相変わらずこちらを見る彼女の視線が変わらないあたりマネージャーというものはよく見ているのだなと感心してしまった。

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne(ライブクローネ)/うたみた出しました! @Liese_Krause 

今夜は雑談とマシュマロをいただきます!

皆様の応援のおかげでいよいよアレが解禁です!

色々なことがあったのでお話しながらお祝いしましょう!

 

────

 

【マシュマロ雑談】ついに解禁!?お話しましょう!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

 :待機

 :待機ーゼ

 :いったい何が解禁なんだ……

 :いったい何益化なんだ……

 :しゅ……しゅ……

 

 いちおう告知でも配信タイトルでもボカしてはいたのだが、コメントを見る限り解禁内容は丸わかりのようだ。たしかに期間といい言い回しといいそれしか考えられないのでノリに付き合ってくれているだけありがたい。

 

「今日もわたくしを応援してくれますか?liVeKROne所属魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。聞こえていますでしょうか?」

 

 :聞こえてるよー

 :はじまリーゼ!

 :応援するよー!

 :はじまリーゼー

 

「ありがとうございます。はじまリーゼー」

 

 この「はじまリーゼ」という挨拶にも随分慣れてきたなと感じる。まだ少しは照れるのだが、配信を始めて自己紹介からのレスポンスと挨拶という一連の流れに居心地の良さのようなものを感じている。

 

「それでは皆様にお知らせ……、まぁお察しだとは思いますが早速収益化解禁いたします!」

 

 :お

 :早速

 :来るのか!?

 :イッタイナニガクルンダー???

 :きちゃ!!

 

「えーっと……、これはこのまま待っていればいいんでしょうか……?マネージャー?」

 

 予定では宣言と共に配信を見てくれているマネージャーの手によって解禁される予定ではあるのだが、配信しているこちらとしてはタイミングがわからない。

 

 :草

 :マネちゃーん!

 :スタッフゥー!!

 

    ¥200

    ¥2,000

 おめでとう!

    ¥500

 収益化おめでとうございます!

    黒惟まお【魔王様ch】

    ¥10,000

 おめでとう

    ¥2,000

 投げとけ

    ¥10,000

 リーゼちゃんおめでとう!

    ¥500

 お祝いじゃー!!

    SILENT

    ¥11,000

    ¥1,000

 

 

 :おっ

 :きちゃ!!

 :おめでとー!

 :しれっとまお様いて草

 :草

 :まお様もよう投げとる

 :まお様もSILENT先生もよう見とる

 :対抗してて草

 

 ひとつが流れ始めるとすごい勢いでコメント欄が色とりどりに彩られていく。

 

「皆様、こんなにお祝いを……。ありがとうございます!!」

 

 配信を見ていれば何度も見るようなそんな光景、だが今回はすべて自分に向けて送られているものなのだ。いったいどんな気持ちなんだろうと思っていたが、月並みな言葉ではあるがすごく嬉しいとそう表す他ない。

 

「えっ?まお様にSILENT先生も!?」

 

 どんどんと流れていくコメント欄を眺めているとちらほらまお様とSILENT先生という単語が目につく。見逃してしまったようだが二人ともしっかり配信を見てくれている上にスーパーチャットまで送ってくれたらしい。ログを確認してみればまお様に対抗して上乗せしているあたり得意げに笑っている姿が脳裏に浮かんでくる。

 

「お二人は本当に仲良しですね。皆様の応援に応えられるようこれからもますます頑張りますね」

 

 :てぇてぇ

 :スパチャでいちゃつかないでもろて

 :これからも応援するね

 :期待してる!

 

「では、無事解禁できましたし。まずは最近の事柄についてお話しましょうか……まずはやはりラジオクローネでしょうか」

 

 :ラジオ良かったよー

 :面白かった

 :はじめてのカレーについて聞きたい

 :裏話聞きたいなー

 :生歌もうたみたも最高だった

 

 ラジオクローネについてといってもコメント欄を見れば話題はそれこそ拾いきれないほど出てきている。それだけあの一日は濃かったなぁと少しだけ思いを馳せすぐにコメントへと意識を戻す。

 

「そうですね、時系列でいうとまずはカレーでしょうか、そのお恥ずかしい話ではあるのですがまともに料理したのはあれが初めてだったのです」

 

 :ま?

 :学校とかは?

 :流石お姫様

 :よく作れたね

 

「まお様にも驚かれてしまいましたね。学校はわたくし家庭教師でしたので学ぶ機会もなく……。ですがまお様がひとつひとつ丁寧に教えてくださったので無事美味しく作ることが出来ました」

 

 :まじでお姫様じゃん

 :まじで食べたかった

 :さすまお

 :まお様家事スキル高いからなぁ

 

「わたくしがカレーを作った後に余った材料や追加の食材で沢山作り置きを作っていただけて、その時の手際は本当にすごかったです。気付いたら何品も出来ていて」

 

 :完全に餌付けされておる

 :胃袋掌握されてるじゃん

 :付け合わせだけじゃなかったのか

 :まじでいいお嫁さんじゃん

 

「いいお嫁さんなんて……、わたくしにはもったいないですし。それにどちらかというとまお様は旦那様にしたいといいますか……」

 

 :わかる

 :いーやお嫁さんだね

 :まおは俺の嫁

 :本人には言わないけどほんといい女だよね

 :結婚前提で草

 

 まお様がお嫁さん……。どうしても旦那様というイメージが強かったのだが言われてみれば悪くない……。家に帰れば温かで美味しい料理と共に出迎えてくれて家事は完璧で、意外と押しに弱いまお様を夫であるわたくしがリードしてあげる……。なるほど、リスナーの言うことももっともだ。

 

 :リーゼちゃん?

 :あかんトリップしてる

 :おーい

 :草

 :ほんとまお様のことになると……

 

「あっ、その申し訳ありません。想像の翼を広げてしまっていました」

 

 :草

 :言い方お上品で草

 :×想像 〇妄想

 :妄想では……?

 

 軽く放送事故になりかけたところで意識は妄想の世界から帰ってくる。いけない、いまは配信中なのだ。ん?配信なのだから放送事故ではなくて配信事故では?なんてどうでもいいことまで考えてしまう頭を切り替えて新たな話題へと移っていく。

 

「ラジオクローネの裏話……ですか。何かあったでしょうか……」

 

 :終わった後の話とか

 :次回の予定とか?

 :お便り届いてる?

 :企画は一人で考えたの?

 

「ラジオ企画自体はわたくしが主体でしたがまお様にもたくさん助けていただきましたし事務所のサポートあってのものですね。次回はまお様当番回なので更に面白くなると思いますよ?」

 

 :ほう

 :なるほど

 :ハードル上げるやん

 

「お便りですが、まおにゃん対策本部宛が思った以上に偏っていて……是非他のコーナーにもいただければと……」

 

 :草

 :それは草

 :俺も送ったわ

 :了解!

 :需要ありすぎたか

 

 現状軽くチェックしただけで全体の半分以上はまおにゃん絡みだったのだ。たきつけた本人としてはまお様の視線が怖くてしかたない。逆にそれだけ求められているという説得力は増すのだが……。

 

「終わった後は皆様ご存じの通り、一緒にうたみた動画のプレミア公開を見て……」

 

 :そういえば泣いちゃったんだって?

 :イチャイチャした?

 :結構遅い時間だったけど泊っていったの?

 

「なっ、泣いたというのはどこから?」

 

 :まお様が言ってた

 :配信で言ってた

 :あっ

 

「もうっ、秘密にして……とは言わなかったわたくしの落ち度ですか……、その少しですよ?緊張の糸が切れてしまって……」

 

 :かわいい

 :きゃわ

 :よしよし

 :がんばったもんね

 :代わりにまお様情報出しちゃえ

 

 泣いてしまったというのはどうにも子供っぽくてリスナーに知られてしまっていたというのは恥ずかしい……。まお様も秘密にしておいてくれればいいのに……あとでまだ見れていないアーカイブをチェックしなければ。代わりに何か……それこそ抱き枕の件を……とも思ったが、さすがにこの話をしてしまったらガチ目に怒られる未来しか見えない。何だかんだ許してくれそうなのもまお様ではあるのだが。

 

「まお様は泊っていかれましたよ、お泊りについては何か言っていましたか?」

 

 :ジェラケピに感動したって言ってたかな

 :ジェラケピ用意してくれてたって

 :いい部屋だってめっちゃ褒めてた

 

 コメントを見る限り一緒に寝たことや抱き枕の件は話していないようだがどこまで話していいものやら……。

 

「ジェラケピはまお様にプレゼントいたしました。とてもお似合いでしたよ?」

 

 :見たかった……

 :見たい……

 :リーゼちゃんもお揃い?

 :とうとうジェラケピの女になったか

 

「えぇ同じデザインのものを用意したので色違いと同じものを」

 

 :そういえばリーゼちゃんの部屋ってまお様抱き枕あったんじゃ

 :まお様グッズ見せた?

 :抱き枕とは出会ったんだろうか

 

「部屋を案内したときに多少は……」

 

 図らずも抱き枕の話題になってしまったのでなるべく話しすぎてしまわないように歯切れの悪い回答になってしまう。

 

 :なんか怪しいゾ

 :なんかあった?

 :ん?

 

 コメントにも怪しまれてしまっているのでここは予定通りマシュマロの紹介に切り替えていこう。ちょうど抱き枕に関するマシュマロがあったはずだ。お泊り自体よりも抱き枕自体の話にしてしまえば押し通せるはず……。

 

「そういえば抱き枕についてマシュマロ届いてましたので紹介しますね!」

 

 

SILENT先生の黒惟(くろい)まお抱き枕

 残念ながら入手することが叶わず

 通販待ちの民のために使用感など教えて頂けませんでしょうか 

 

 

 

 :俺も買えなかったわ……

 :同じく通販待ち

 :受注あってほんとよかった

 :SILENT先生ありがとう

 :受注あるんだから転売から買うなよ?

 

「そうですね、では僭越ながらレビューさせていただきますと……まずは表面のドレス姿ですがドレスという決して露出が多くはない衣装なのに寝転がっていることによりまお様の美しい脚が一部見え隠れしているのが本当に素晴らしいですよね。すらりとしていながらも女性らしい柔らかさも兼ね備えていてまさしくいいとこどり、SILENT先生だからこそ表現できると言いますか……生みの親だからこそ表現できるフェチというものがこれでもかというほど魅力的で思わず頬ずりしたくなってしまいます。もちろん生地も最高級の物なのでその肌触りは至高の一言です。そして裏面……一周年記念の水着ですね……。これはもう罪です。普段ドレスに隠れた素肌が惜しげもなく披露されていて、ベッドの上で目の前にすると言いようのない罪悪感というか本当に抱きしめてしまってもよいのかという葛藤が生まれてしまいます。それというのも赤面した表情に恥ずかし気に胸元とお腹を手で隠そうとしているのがなんともいじらしくて……。まちがいなくSILENT先生はわかっていてそのポーズにしていると思うのですが。まるでその姿を本当にその目で見て描かれたようなそんなリアルさがあるんですよね。いつかあんな顔をしたまお様を見てみたいものですが……。……といった風にとてもオススメですので是非ご購入をおすすめいたします。わたくしは追加で三枚注文済みです」

 

 :お、おう

 :詳細レビュー助かる

 :これは切り抜かれる

 :宣伝助かる

 :え?

 :三枚追加したのか……

 :多数買いは基本

 :これは間違いなくベストレビュー

 :受注サイトに掲載してほしいくらい

 

    ¥12,000

 抱き枕レビュー代

 

「まお様からも抱き心地も触り心地も良いと好評でしたので本当におすすめですよ」

 

 :ん?

 :えっ?

 :まお様が?

 :まお様抱いたの?

 :んん???

 :まお様はたしか持ってないって言ってたよな?

 :SILENT先生からの断ったって言ってたな

 

「あっ……、その……」

 

黒惟まお【魔王様ch】:リーゼ、後で話がある

SILENT:あとでHPにレビューとして掲載させてもらうね

 

 :あっ……

 :RIP

 :まぁ見てるよな

 :まお様もよう抱いとる

 :草

 :君の命がけのレビュー俺たちは忘れない

 :まお様抱き心地どうだった?

 :正式採用おめでとう

 

「あ、え……。お、お……おわリーゼ!!」

 

 :草

 :逃げた

 :おわリーゼ!

 :がんばれ

 :骨は拾うよ

 :敬意を表して初めての抱き枕買うわ

 

 

 

 ──このあとこのレビュー切り抜きがバズり、抱き枕の受注も跳ね上がったとか。

 まお様からは怒られSILENT先生からは褒められました。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話 教えてマリーナ先生

「それは災難でしたねぇ……」

 

 同情はしているようだが笑いが隠しきれていない声色でそう言われればムッとして非難の視線を向ける。己が身に起きた不幸をちょっとした愚痴と共に吐き出してみたが、それを聞く相手は事務的に相槌を打ちながら記入されたばかりの書類に目を通している。

 

「はい、こちらで受領いたしますね」

 

 そう言って書類の端をトントンと机で揃えクリアケースにしまい込むのは株式会社Connect2Links代表取締役社長であり、Vtuber事務所liVeKROne(ライブクローネ)の代表者でもあり、今回でいうなら人間界における不動産事業をも取り仕切っているマリーナという女傑である。

 

「ちゃんと聞いてますー?」

「聞いていますとも、結果的に黒惟まおとリーゼ・クラウゼの登録者も伸び、SILENT先生からもお礼の言葉を頂いておりますし。Win-Winではございませんか」

 

 先日のリーゼのやらかし……。黒惟まお抱き枕事件とでも呼ぶべき一件によって該当の切り抜きは大いに話題にあがり、リーゼだけに留まらず黒惟まおの登録者まで普段より伸びる始末。

 SILENT先生こと(しず)曰く、あの日から受注数が増え始め更に配信で語られたレビューを掲載したところそれも話題の広がりに一役買ったらしく目に見えるほどの盛況ぶりだという。

 

 なにが「あの魔王見習いも認める仕上がり!!本人抱き心地確認済み!!!」だ。

 某ネットニュースサイトに記事が上がったと聞いたときは本気で頭が痛くなった。

 

 当のやらかした本人はそれこそボイスチャット越しに土下座する勢いで謝っていたし、なんならその姿を見てほしいとカメラまで起動しようとしていたのはやめさせた。悪気がないのは重々承知なので笑って許したのだが……。

 

 このやり場のない気持ちを発散すべく、ちょうど用事もあったのでマリーナの予定を確認し事務所にいる日に魔力の貯まった赤い石を持って社長室まで訪れたのだ。

 

「それはそうですけど……」

「ご入居はいつ頃のご予定ですか?必要なら引越し業者も手配いたしますけど」

 

 これ以上は愚痴っても仕方ないかと頭を切り替えこの先の予定へと意識を向ける。今日マリーナの元へ訪れた一番の理由、それは新しい物件の契約を結ぶため。

 リーゼから新たな部屋探しの話を聞いたらしい彼女の行動は迅速の一言に尽きた。まずは候補となる物件のリストアップ、それぞれのメリットデメリットの提示。併せて事務所に所属してからの報酬をもとにしたこちらへの財務アドバイス……。

 

 複数の物件を並べ条件と費用を見比べれば、リーゼが住んでいるマンションがどう見ても優良すぎて若干の誘導じみた意図も感じないでもなかったが、リーゼから聞いていた各種費用から逸脱して割り引かれている訳でもないしこちらの心情も考慮してくれているのだろう。

 初めてリーゼの部屋を訪れた際、色々と見て回り惹かれていたこともあって決めるまでに時間はそうかからなかった。

 

 そんな私に対して「賃貸ではなくてお買い上げ頂いてもよろしいのですよ?」と本気で勧めてくるし、話を聞けば聞くほどその気にさせられそうなその手腕は恐ろしい……。さすがに高級マンションの一室をローンで買い上げる勇気はなかったが冗談のつもりで「ローンまで取り扱ってないですよね?」と聞いてみると当然のように紹介して来そうだったのでそれ以上深く考えるのはやめておいた。

 

「いまいる部屋をすぐに引き上げるつもりもないので最低限生活できるよう整えてから一気に配信環境を移す予定です、業者はその時に相談させてください」

 

 家具などの生活に必要なものは部屋も広くなるし、今使っているものは年数が経ってガタがきているものも少なくないので大体は買い替える予定ではいる。しかし配信関連の機材、特に音周りはそういう訳にもいかないのだ。

 

 きっとその引越し業者というのも関連企業だったりするんだろうなぁと思いつつ一旦新居についての思考を止め、ついでの用事として持ってきた魔力の貯まった赤い石が入った巾着のような布袋を鞄から取り出して相手に差し出す。

 

「これお願いします」

「交換ですね、ではこちらを」

 

 もう何度も同じやりとりをしているので相手も心得たものですぐに巾着を受け取り中身を軽く確認した後に新たな石と交換してくれる。私の魔力なんて一体なんの役に立つのだろうと思い、その使い道について尋ねてみたこともあったが。赤く光る石を指先で転がしながらふふふと怪しく笑う姿を見てからは余計な事は聞かないようにしている。

 

「ではお手をこちらに」

 

 促されるまま魔道具であるブレスレットを外し手を差し伸べるとひんやりとした指先が私の手の平に触れる。魔力によってなにか変調をきたしていないか軽い診断のようなことまでしてくれる、こと魔力に関することはマリーナに任せっぱなしだ。

 

「どうですか?」

「いつも通り問題ありませんわ、貯まるペースも以前に比べ安定していますし心配ないかと」

 

 相変わらず魔力に関してはさっぱりなので、問題ないと言われ一安心する。一時期は魔力の貯めすぎを示すブレスレットの石が赤くなる間隔が日に日に短くなり頻繁に交換してもらっていたのだが、ここ最近はそんなこともなく一定間隔で安定している。

 

「じゃあ、今日もお願いしてもいいですか?」

「えぇ、それでは……」

 

 魔力を貯めた石を渡し診断のあとは互いの時間が空いていればマリーナ先生による魔力に関するレクチャーが始まる。歴史的なことから魔力の扱い方まで、もともとリーゼの家庭教師として優秀だったらしい彼女の話はわかりやすいし面白い。リーゼからすれば放任主義もいいところだと言われていたようだが相手によって適切なやり方を選んでいるだけというのはなんとなく想像がつく。

 

……

 

「ですから我々魔族は人間界ではあまり魔力の行使は行いません。なぜだかわかりますか?」

「えぇと……こっちでは魔力の回復に時間がかかるし、行使するにも効率が悪いからですよね?」

「その通りです。魔族といえど魔素のうすいこちらの土地では回復は遅れてしまいますし行使についても同様です。まおさんのように配信で常に潤沢な魔力を受け取れているならばまた話は別ですが」

 

 人々の信仰によっても魔力の回復ができるというのは以前にも聞いている。私の魔力はほとんどそれによるものだ。

 

「ですので近年では配信者、特にVtuberという形で信仰を集める者が増えておりますわ」

「別に信仰を集めるだけならVtuberじゃなくてもいいんじゃ?」

 

 マリーナの話によれば現在Vtuberとして活動している者の中にはそれを主な目的としているかは定かではないが人間ではない種族、魔族に準ずる者たちが多くなっているらしい。しかし、それは別にVtuberとかじゃなくても配信者だったり芸能人でもいい気はする。

 

「そうですね、仰る通りですが。信仰されその力を効率よく受け取るには魔族としての姿……まおさんなら魔王としての姿で支持を集めなくてはなりませんから。その点、Vtuberというのはとても便利なのです」

 

 たとえば魔族が人間の姿で配信者や芸能人となってもそれではあまり意味がないらしい。あくまでその魔族本来の姿で支持される必要があるというのであれば、たしかにVtuberというのは理に適っている。

 

 もしかしたら私の知り合いの中にも魔族や人間以外の種族がいたりするのだろうか。もっとも、向こうもこちらへ同じことを思っているかもしれない。

 

 しかし、そうであるならば……。ただの人間が魔王の姿で支持を得られたとして、本来多く扱えないはずの魔力を魔族であるマリーナから見ても驚くほどにその身に宿している私は一体何者なのか……。以前にも確認したが私、来島(くるしま)音羽(おとは)は魔族でもないし魔族の血が流れているという訳でもない。

 

 ただの人間が魔王を名乗りネット上で活動を始め、そこからVtuber黒惟まおとして活動している偽物の魔王……。

 

「では座学はこのくらいにして次は実践に移りましょうか」

「今日はうまくいくかなぁ……」

 

 自身の正体に得体の知れないものを感じながらも座学の終わりを告げられ、少しだけネガティブになっていた思考を振り払う。魔力の行使はイメージが大事と何度も言われているしやるなら楽しくだ。ただ、いままで一回も上手くいったことがないことを思えば若干暗い気持ちが残ってしまうことは仕方ないだろう。

 

 目の前には水の入ったグラスが置かれその上には葉っぱが一枚……。最初にこれを見せられたときは漫画の真似事じゃないかと笑ったものだが、マリーナが言うには実に理に適っているものらしい。なんなら魔界でも一般的に行われているらしく、作者は魔界出身ではと疑っているようだ。

 

 もっとも漫画のようになにか特性を見分けるためという訳ではなく単純に魔力を用いて事象を発現させる訓練らしいが。

 

 グラスを手で包み込むようにかざし、念じる……。今日は葉っぱを動かそうとしているのだが……。いつも通りうんともすんともいかない。マリーナが言うにはあんなに魔力を受け取ることができているし多少なりとも行使できるはずだとは言われているのだが。出来ないものは出来ないのだ。

 

「やっぱり……」

「むしろ魔力をここまで持っているのに一切行使できないというのは何度見ても不思議です」

「うぅ……」

 

 いつもの事とはいえ、そうバッサリ言われてしまうと少しだけ傷ついてしまう。魔族の存在を知りこの身に魔力が宿っていることを知ったときはそれの行使が楽しみのひとつだったのに……。

 というかこのまま一切魔力が行使できないまま、万が一私が本物の魔王になったときはどうするのだろうか……。我が身の事ながら他人事のように考えてしまうのはあまりに実感がないからだろうか。

 

「では手を」

「はい」

 

 差し伸べられた手を取り目を閉じる。ひんやりとした手からはなにか力のような……うまく言葉で言い表せない感覚が流れ込んでくる。

 

『魔力は感じられますね?』

『はい』

 

 この言葉ではなく魔力を介しての会話というのにも随分慣れたものだ。いまでははっきりと魔力の流れまで感覚として掴めていると思う。このように呼び水とでも言えばいいだろうか、外部からの刺激がありその力の志向性を与えられてはじめて魔力が行使できるのだ。我ながらただの魔力タンクじゃんとその融通の効かなさに嘆息が禁じえない。

 

 ゆっくりと目を開けマリーナから与えられた葉っぱを動かすという魔力の志向性、それを違和感なく受け取り自らの意思として手のひらに魔力を意識して動かしていく。そうすると先程まで沈黙を保っていた葉っぱがクルクルと回りだし、しまいには水面の上に立ち上がる。人の力を借りてるとは言え、葉っぱを動かすという志向性の中なら自由自在に操れるのは楽しい。

 

『こちらは随分上達いたしましたね』

『喜んでいいのか微妙ですけどね……』

 

 結局一人では魔力の行使もままならないのだ、魔王となった際には膨大な魔力タンクとして誰かの役に立てとでも言うのだろうか。まぁ、まったく役に立たないよりはマシだろうからリーゼあたりにうまく使ってもらおうかな……。

 

 結局その日も最後まで自力による魔力行使は叶わず、魔力によって疲れは感じていないはずなのだが精神的にはずいぶん疲れてしまった。こんなときは、配信で精神を回復するに限る。

 そんな思考も筒抜けだったのであろう「変わりませんね」と掛けられた声に「もちろん」と笑顔で応え、配信のことを考えながら部屋を後にする。

 去り際にちらりと見えたマリーナの表情はそんな私に呆れたのか、それとも別に思うところがあったのかなんともはかりかねるそんな笑顔であった。

 

「魔力のためでもなく信仰を得るためでもなく、ただ支持してくれる者のために動くことが出来て、それが自身の為だと本気で思える。それが出来ている時点で魔王たる資格はあるのですよ」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話 お引越し

【ランチタイム雑談】引っ越し作業が終わらない【黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

「──リーゼからは土下座される勢いで謝られたんだが(しず)……いや、SILENT先生があそこまでノリノリで乗っかるとは思わな……いや、そういうところは大いにあったな……」

 

 :草

 :SILENT先生の心を動かす熱いレビューだった

 :レビュー載るのはやすぎて笑った

 :先生そういうとこあるよな

 :まお様のレビューはー?

 

「我のレビューだと?図柄はともかくモノとしての品質は保証しよう……買いたければ買えばいい」

 

 :投げやりで草

 :本人抱き済みとかいうパワーワード

 :買おうかなぁ……

 

 配信でもSNSでも散々弄られに弄られた黒惟まお抱き枕事件、投げやりな反応にもなるのは仕方ないだろう。変に反応すればするほど面白がられて更に弄られるというのは実体験として学習済みだ。

 

「さて……そろそろ一時間か。冒頭でも言ったが機材まわりを運び出してしまうので明日は配信ができないと思う」

 

 :了解!

 :まおハウスともお別れか

 :ついでに休んでもええんやで

 :一日で引っ越し終わるん?

 

「機材以外のものは少しづつ向こうに持って行ってるし最低限生活できるようにはしているからな、配信環境を整えるだけならまぁ一日で済むだろう。それに休んでしまうと我に会えなくて寂しいだろう?」

 

 :そ、そんなことねーし!

 :寂しいのはそっち定期

 :寂しいから毎秒配信して

 

 すっかりおなじみになりつつある週に一回の平日お昼ランチタイム雑談。今日は引っ越しの準備もあったので時間の猶予を考えるのであればやるべきではなかったのだが、機材を片付けてしまう都合上夜の配信は難しくなるし明日も引っ越しで難しいとなれば二日も配信ができない事になってしまう。

 専業になりほぼ毎日配信をするようになってからは配信しないと気が済まないというか、まぁ正直に言ってしまえばコメントの指摘通り寂しいのだ。以前は休日以外配信できないということも珍しくなかったのだが随分と贅沢になってしまった。

 

「我は寂しいがお前たちはそうでもないみたいだな?」

 

 本音を交えつつあくまで冗談に聞こえるように首を傾げる、それが黒惟まおとしての精一杯の抵抗であり楽しいリスナーとのやりとり。コメント欄は心得ているとばかりに私の気持ちに応えてくれる。

 

 :今日はでれるじゃん

 :でれまお助かる

 :寂しい!!

 :寂しいよー

 

「……お前たち本当にちょろいな」

 

 :は?

 :ちょろくないが?

 :このたらし魔王が

 :好きなくせに

 

 一斉にコメントの風向きが変わる様子を見て思わず笑ってしまう。これこそが我が愛するリスナーたちだ。配信を締めようと思っていたのだがついつい終わりを先延ばしにしてしまう。

 

「ふふっ素直じゃない所がまた可愛いぞ、問題がなければ明後日配信する予定なのでいい子で待っていてくれ。それではな」

 

 :はーい

 :待ってる

 :おまかわ

 :引っ越し頑張ってね

 :おつまおー

 

黒惟まお【魔王様ch】:明後日また会おう。おつまおー

 

────

 

 最後にコメントを打って配信を終了させる。短い時間ではあったがこれで引っ越しを頑張る気力がわいてきた。手首につけたブレスレットへと視線を落とせば、はめられた石がほのかに赤く光って見える。

 

 その石を優しく撫で、よしっと自らを鼓舞する掛け声と共に立ち上がる。長年配信を共にしてきた機材たちを梱包するためには、まずは配線を外さないといけない。

 

 繋ぎなおすの大変そうだなぁ……。と様々なケーブルとプラグを前にして尻込みしつつも、よりよい配信環境のためと気合を入れ作業を開始した。

 

 

「なー、これこっちでいいん?」

「それはそっち……」

 

 結構重いはずの機材を軽々と持ち上げその置き場を探している宵呑宮(よいのみや)甜孤(てんこ)と、そんな甜孤に私が答えるまえにまさにそうしようと思っていたことをズバリと言い当てる夜闇(やあん)リリス。

 

 甜孤はタイトなデニムにTシャツというラフな格好でそのスタイルの良さがことさら強調され、一方のリリスも和柄のカーディガンを羽織ってはいるがその下はサロペットにノースリーブのシャツと動きやすい恰好で来てくれている。かくいう私も甜孤と同じようにスキニーパンツにTシャツだ。

 

 もとより一人でやるつもりでいた引っ越し作業であったが、配信で言う前にまたしてもどこから情報を仕入れたのか引っ越すことを聞きつけた甜孤からメッセージが飛んできて、いつのまにか当然のようにリリスまで揃ういつもの三人組。

 

 そんな二人が引っ越しの手伝いに来てくれるのは大変ありがたいのだが、自身の活動で忙しいだろうにわざわざ時間を割いてくれていることは嬉しくもあり申し訳なさも感じてしまう。

 

「二人とも本当にありがとうね」

「別に……気にしないで」

「そない気にせんでもええのに、それにまおちゃんの新しいお家気になってたしなー」

 

 大きな家具や機材など運ぶのが大変なものはマリーナに紹介してもらった引っ越し業者に運んでもらい設置まで任せていたのだが。こと配信環境についてはどうしても自分自身でやらなくてはいけないし、人任せにするつもりもない。

 それでも一人で動かすには大変な機材もあるしケーブルを接続し確認しながらの作業というのはどうしても時間も体力も消耗してしまうので、同じ配信者であり機材についても理解がある二人の助力は大変助かる。

 

「それに別の目的もあるしなー」

「そろそろ……」

「え?何か言った?」

 

 オーディオインターフェースにつないだヘッドホンで音声テストをしていると、ぼそりと何事か呟いたらしい甜孤の声が届き話しかけられたのかとヘッドホンを外し首を傾げる。

 

「なーんでもあらへんよー。……あら?お客さんやね?」

「荷物は全部届いてるはずだけど……ちょっと行ってくるね」

 

 含みのある笑みを浮かべる甜孤に何か誤魔化されてるなーと感じつつも、いつものことかとすぐに気にならなくなる。手元の作業に戻ろうとしたところでインターホンの音が耳に届き、引っ越し業者も宅配も今日来る予定のものはなかったはずだがと不思議に思いながら立ち上がり二人に断って防音室から出る。

 

「もしかして……。リーゼ?」

 

 エントランスからの呼び出しではなく直接部屋のインターホンが鳴らされたということは……と来訪者にあたりをつけながら小さな画面に映る姿を見てみればやはり予想通りの人物である。何も約束はしていないはずだがと思いつつ直接ドアを開けに玄関へと向かう。

 

「いらっしゃいリーゼ、どうかした?」

「ええと……何かお手伝いでもと思いまして」

 

 同じマンションに住むことになったリーゼに引っ越しの日は伝えてあったしリーゼのことだ配信もチェックしてくれていたのであろう、恰好も珍しくコクーンパンツにVネックシャツというパンツスタイルだ。ありがたい申し出ではあるが、すでに手伝いに来てくれている二人の事を考えるとどうしたものか……。

 

「おーその子が……」

「魔王の娘……」

 

 紹介してしまってもいいかなと考え招き入れようとしたところで背後から二人の声が聞こえてくる。思わず振り返ると興味深そうに私を通り越しリーゼへと視線を向ける甜孤とリリス。

 

「まお様あのお二人は……」

「まぁ遅かれ早かれ紹介することになるとは思ってたから、とりあえず中に入って?」

「はい、お邪魔いたします……」

 

 私の後ろに続くリーゼは二人がいるせいかいつもより言葉も動きも固くなっている気がする。ともあれ引っ越し作業自体はほぼ終わりが見えているので休憩がてら紹介というのもいいだろう。覗き見していた二人をリビングへと向かわせリーゼと共にその後ろについていく。

 

「それじゃあ紹介するね」

「はーい、夜闇リリスでーっす。黒様の愛人やってまーっす」

 

 いつの間にか用意したのかソファー前のテーブルには人数分のお茶が用意されていて、この事態を予測でもしていたのかと用意したであろうリリスの方へと目を向ける。

 それと同時に配信テンションそのままに自己紹介をしながら私の左腕を抱きかかえその豊満な胸を押し付けてくるリリス……の真似をした甜孤。その喋り方も声もよく知る私でも不意に聞かされれば間違ってしまうんじゃないかというくらい似ている。外見も合わせれば大抵のひとは夜闇リリスであると信じてしまうであろう。

 

 またこの子は……。と呆れた視線を甜孤に送るが当の本人は楽しそうにこれでもかと身体を寄せ笑みを浮かべている。

 対してリーゼはどんな反応を見せるかと思い視線を向ければ、訝しげにリリスと甜孤二人の姿を見た後、何度か頷いてからこちらも笑顔を浮かべているのだが……少しだけいつもの笑顔ではない気もしてしまう。なんというか少し棘があるような……?

 

「わたくしリーゼ・クラウゼと申します。ご存じだとは思いますがまお様と同じliVeKROne所属で同期の魔王見習いです。よろしくお願いいたします……宵呑宮甜孤さん」

「なーんだ、バレバレってわけやね。似てる自信あったんやけどなー。改めてLive*Live所属の宵呑宮甜孤いいます。まおちゃんとはデビューしてから同期のように仲ようさせてもらってますー。よしなにリーゼはん」

 

 自らの正体に気付かれてしまった甜孤はつまらなそうにリリスの真似をやめて改めて自己紹介をする。もう真似する必要がないのに私にくっついたままなのはわざだろう。もういいでしょと引きはがそうとするがなかなか離れてくれない。

 

 この三人が揃うとかなりの確率でしかけられる甜孤の悪戯はこれまでも幾人もの人を騙してきた実績があったのだが、配信で声を聞いているとはいえよく甜孤の悪戯に気付いたなとリーゼの観察眼に関心してしまう。

 ちなみに私もよく真似されてるし、そっちもリリスの真似に負けず劣らずそっくりなので甜孤のモノマネはなかなかにすごいのだ。

 

「夜闇リリス……個人勢。よろしく、クラウゼさん」

 

 そうやく甜孤を引きはがすことに成功しリリスへと視線を向ければ、ぺこりとお辞儀をして本当に簡潔な挨拶をする姿が目に入る。

 

「ええと……、よろしくお願いいたします夜闇さん」

「リリスは配信外だとこんな感じなの、甜孤みたいにからかってる訳ではないからね?」

 

 甜孤と同じようにからかわれてるとでも思ったのだろうか、リーゼの攻撃的な笑みはその色を薄くしどちらかというと困惑しているような印象を受けたので助け船を出してあげる。甜孤のせいで変な誤解が生まれてしまっても互いに本意ではないだろう。

 

「人を悪者みたいにいうてー」

「悪戯化け狐は静かにしてましょうねー」

「コーン……祟ってやるー」

 

 ぶつくさと隣で文句を言う甜孤を適当にあしらうが、それを受けても手を狐の形にして己の代わりに鳴かせて物騒なことをいう彼女とのやりとりはいつも通り。

 

「宵呑宮さんはあまり変わらないんですね」

「肩肘張るんは性に合わなくてなぁ……まおちゃんもリリスもようやってる思うわー」

 

 そんな私と甜孤を見てなるほどと少し納得したようにリーゼから告げられた言葉にやれやれと肩を竦める甜孤。この中で一番配信と素で変わりがないのは間違いなく彼女だろう。リーゼも結構素な部分が多い気がするがフリーダムさを考えれば甜孤に軍配が上がる。対抗できるとすれば……、先日のように黒惟まおについて語る暴走リーゼくらいか。

 

「別に肩肘張ってる訳じゃないけど……」

「同じく……」

 

 デビュー時はともかく今となってはかなり自然体であるとは思っているのだが、甜孤からすれば十分に構えて見えているのだろう。リリスまでとは言わないが配信中は黒惟まおとしての振る舞いや言動が染みついているのだ。私の場合、時々中の人が出てきてしまうがリリスはその点本当に徹底している。いわゆる憑依型としては完璧だ。

 

「まおちゃんは素がかわええからなぁ、魔王様モードとのギャップがたまらへんのよねぇ」

「それは確かに……わかります」

「わかる……」

 

 しみじみと語りだす甜孤に同調するリーゼとリリスを見ると、この三人だけで話を続け意気投合させるのはまずいのではないかと直感が告げる。

 

「ほら、せっかくリリスがお茶淹れてくれてたみたいだし座って話しましょう?」

 

 当然のようにお茶請けまで用意されているところを見ると、入居初日にしてすでにリリスのほうが家主として相応しいのではないかと思わざるを得ないが……。

 この調子ならばリーゼもうまく二人とコミュニケーションを取れるだろうし、偶然ではあるが二人と引き合わせることができて良かったなと思う。

 

 ──そう思ったことを数時間後に後悔することになるとは……。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53話 四姉妹?

「それでリーゼはんはまおちゃんのどこが好きなん?」

「ちょっと甜孤(てんこ)

 

 まお様に促されるままソファに腰を下ろすと早速質問が飛んでくる。その内容にまお様は呆れた表情を浮かべ抗議の視線を向けているのだが全く意に介していない様子の宵呑宮(よいのみや)さん。

 

「とにかくお優しいですし、なにより憧れの方ですので……」

 

 どこが好きかと問われればいくらでも答えられるのだが一番理由として大きい所を述べる。配信者としても魔王としても根底にあるのは憧れ。まお様のようになりたいという思いがあればこその気持ち。

 

 そんなわたくしの答えを聞いて、ふうんとこちらを見定めるような視線を向けてくる宵呑宮さん。Live*Liveの二期生で、まお様とほぼ同時期に活動を始めた天狐(てんこ)Vtuber……。

 

 天狐というのは妖狐の一種であり、その中でも最上位の存在とされている。その伝承に違わずその身に纏う魔力……彼女に言わせれば妖力とも呼ぶであろうそれは間近で感じれば嫌というほど存在感があり、思わず身構えてしまうほどであった。

 まるで隠す気配がないそれはこちらの反応を伺っているのか、それとも無頓着なのか。初対面から夜闇(やあん)さんになりすまして挨拶してくる所からもその真意はどうにも計りきれない。

 

「憧れ……」

 

 ぼそりとわたくしの答えを呟きこちらに視線を向けてくるもう一人は個人勢であり、まお様よりも先に活動を始めていたサキュバスVtuberである夜闇さん。

 あまりに配信時と様子が違ったため困惑してしまったがまお様曰く配信以外はこちらが彼女の素ということらしい。配信からはまったく想像もつかないし、少なくともわたくしの記憶の中ではつねにハイテンションな夜闇さんという姿しか見たことがない。

 

 サキュバスということで天狐であるところの宵呑宮さんよりは魔族として随分馴染みがある種族ではあるのだが、その姿にはどうにも違和感を覚えてしまう。なんというか、その身に纏う魔力は意図して薄くしているにしてもどうにも希薄に感じてしまうのだ。配信越しでの夜闇さんでももう少し感じるものはあったように記憶しているのだが……。

 

 ともかくこの二人からしてこちら側の住人……。まお様の周りはそういった手合いが本当に多い。魔王を名乗っているのだから必然なのかもしれないが、それにしたって本物がこれでもかと勢ぞろいなのは何らかの意図を感じずにはいられない。

 

「お二人はどうなのですか?」

「ちょっとリーゼ……」

 

 わたくしばかりまお様への思いを告げさせられるのはどうにも公平性に欠ける気がして二人にも話を振ってみる。困ったようにこちらを見るまお様は少しだけ可哀想だが、二人とわたくしの共通の話題といえば今のところ黒惟(くろい)まおであることは疑いようのない事実であり、円滑なコミュニケーションを取ろうと思えばこその話題。

 

 それに困ったまお様の表情というのも可愛らしくてついそっち方面へと話を進めてしまうのだ。

 

「優しいし……かわいい……好き」

 

 余計な装飾などいらないとばかりに告げられた言葉は、その短さ故に破壊力を増しているのだろう。視界の端に映るまお様は恥ずかしそうに頬を赤らめている。普段配信上では好き好き言っている夜闇さんからの素の告白はまお様からしてもあまり馴染みがないのだろうか、その効果はてきめんらしい。

 

「照れちゃってかわいらしいなぁ、たらしイケメンムーブしてくるけど意外と押しに弱いのもポイント高いわー」

「それはたしかに……」

 

 特にこの二人といるときのまお様は配信でもそれ以外でも普段より随分と押され気味だなと感じる。長年の付き合いが生み出す空気感とでも言うのだろうか、わたくしと居る時とも違ってずいぶん新鮮だ。

 

「あーもう、好き勝手言ってくれて……、作業に戻るから三人はのんびりしてて」

「あっ、まお様……」

 

 言われっぱなしに耐えかねたのかまお様が立ち上がり作業をしていた防音室へと向かっていく。のんびりしててと言われても来たばかりでなにも手伝えていないのに一人で向かわせるのは何だか申し訳ない。

 

「そのっ……」

「甜孤たちのことはおかまいなくー」

「行ってらっしゃい……」

 

 そんなわたくしの気持ちを汲んでくれたのか、お茶を飲みながらお茶請けをつまみ始める二人。そちらに向かいぺこりと軽く頭を下げ後を追うように防音室へと足を進める。

 

「まお様お手伝いしますっ」

「リーゼ?二人と話してて良かったのに」

「お二人とのお話も楽しいですが本来の目的はお手伝いでしたし……、快く送り出していただきました」

 

 もういいの?と後ろを振り返り首を傾げるまお様には少しだけ言い訳じみた言葉を返してしまう。お手伝いに来たというのは本当だが、まだあの二人とまお様抜きで話すというのは距離感も含めてもう少し慣れが必要そうだ。

 

「どう?あの二人は」

 

 二人して防音室につくと後ろからは宵呑宮さんと夜闇さんが何やら話している声が聞こえてくる。あちらはあちらで色々と話しているのであろう。

 

「夜闇さんには驚きましたが……、やり取り自体は配信とあまり変わらないのだなと」

「それはねぇ付き合いも長いし、なんだかんだ言って気にかけてくれているのはありがたいよ」

 

 どこか遠くを見るような目でリビングへと視線を向けるまお様。その先はリビングで談笑している二人だろう、わたくしの知らないところで色々あったのは想像に難くない。そんな彼女を見て少しだけ……三人の関係性を羨ましく思ってしまう。

 

「さて、せっかく手伝いに来てくれたんだし、ちょっとこっちで試してみてくれない?」

 

 そう言われて招かれるのは配信機材などが並びディスプレイに囲まれている配信スペースではなく、その後ろの空間に用意された複数人での配信を意識したような一角。収納もかねた低めのスツールに囲まれたテーブルの上にはノートパソコンとタブレット端末、マイクに加えてスマートフォンなどのカメラを固定するためのクリップが備え付けられており、すでに各機材の接続やセットアップが完了している。

 

「これにスマホつけて、そうそう。このケーブル使えば充電しながら接続もできるから」

 

 軽く説明を受けながら言われたとおりに接続し、スツールに座って自宅でしているように配信用のアプリを起動する。

 

「それじゃ私も隣に……っと。うん、問題なさそう。前に比べたら広くてほんと最高……」

 

 隣にまお様が座り同じようにスマートフォンをセットして横並びになってもスペース的にはまだまだ余裕がある。この感じだと三人までは余裕だろうし工夫すれば五人くらいはいけそうな気がする。もっともそこまで大人数になるとさすがに手狭に感じてしまうだろうしスタジオを使うような案件であるとは思うが。

 

 セッティングしたまお様も満足そうに頷きノートパソコンに映る黒惟まおの姿とリーゼ・クラウゼの姿を眺めている。画面上でも左右に揺れる彼女からみてずいぶんご機嫌のようだ。

 

「ご機嫌ですね?」

「そりゃねぇ、気に入ってたとはいえ前は狭かったし……これで気兼ねなく色々な人呼べるって思うとね。次のラジオクローネまでには何とかしておきたかったし」

 

 次回のラジオクローネ!はまお様の当番回であり配信もまお様の部屋でやる予定だったのでこの環境ならば快適にこなせるだろう。そう遠くない次回のラジオクローネに思いを寄せて微笑する。

 

「そろそろあの二人にも働いてもらおうかな、呼んでくるね」

 

 そう言って立ち上がったまお様はリビングへと向かって歩き出す。おそらく四人での使い心地も試したくなったのであろう、いつかは今日のメンバーで配信するような日が来たりするんだろうか。そんな光景を思い浮かべながら見送ると少しして遠くから甜弧、リリスと呼びかける声が聞こえてくる。

 

 

「りーぜはねーほんとうにかわいいんだよー?」

 

 無事に引っ越し作業も終わり引き上げようかと思ったところで三人に引き止められ、手伝ってくれたお礼と引っ越し祝いだと四人でささやかな祝宴を始めたところまでは良かった。

 お祝いなのだからと宵呑宮さんによって持ち込まれた日本酒はたしかにいいもので、「簡単なものだけど」とまお様と夜闇さんが作ってくれた料理も申し分ない。

 

 しかしこの祝宴のホストたるまお様は、いつかの配信のように勧められるままに強めの日本酒を口にし、酔っ払い……今はわたくしの肩を抱いてひたすらに頭を撫でている。

 

「まおちゃんはすっかり妹ちゃんに夢中やねぇ」

「姉バカ……」

「どっちかっていうと親バカやない?」

「まお様その……恥ずかしいです……」

 

 宵呑宮さんと夜闇さんはそんなわたくしたちの姿を肴に笑いながらお酒を楽しみ、まお様に至っては離してくれる様子はみじんもない。

 

「だれがお母さんだってー?私たちのママは天下のSILENTマッマなんだからー。りーぜもまおおねーちゃんでしょー?」

「姉妹増えた……」

「そういえばそうやね、今度からは四姉妹で売っていくのもいいかもしれんなぁ」

 

 ケラケラと笑いながら杯を傾け何か思いついたようにスマートフォンを取り出す宵呑宮さん。そのままこちらに向けてパシャリと写真を撮られる。

 

「宵呑宮さん……?」

「ちょっとー写真は事務所通してもらわないと困りますよー」

「仲良し姉妹のショットいただきましたー。SNSのDMで送るのはあれやし……、アプリのほうで送るからこのIDにコンタクトもらってもええ?」

 

 手早くアカウント情報の画面を表示させこちらに見せてくれたので、抱きつかれながらなんとか自身のスマートフォンに手を伸ばしそのIDにチャットを送る。はいはいと軽くあしらう宵呑宮さんは酔ったまお様の相手など慣れたものなのだろう。

 

「お、来た来た~。ついでやからリリスも登録しときー」

「むぅ……勝手に人の妹を……。お母さん許しませんよーこんな狐とお付き合いするなんてー」

「姉言うたり母親言うたり忙しいなぁ……」

「ん……登録した……」

 

 いつの間にかグループチャットに夜闇さんも現れフレンド申請が飛んできたので承認する。

 一方、相手にされていないことがつまらないのか可愛いらしく膨れるまお様。どうにもこの三人が揃うと酔っているということも大いにあるのだろうが言動が幼くなっているような気がする。

 

 まるでお気に入りのオモチャを取られまいと宵呑宮さんから隠すようにギュッと抱き寄せられてしまって余計に身動きが取れない。

 お互い動きやすいシャツという薄着なこともあり、より相手の体温と柔らかな感触が伝わってくる。しかもお酒のせいだろうか体温も吐き出す吐息も妙に熱っぽく感じてしまう。

 

「ま、まお様……」

「……おねーちゃん」

「え?」

「まお、おねーちゃんでしょ?」

 

 呼び方が気に入らなかったのだろう、ジトっとした目つきで見つめてくるまお様。もとい、まおおねーちゃん……。おそらく楽し気にこちらの様子を眺めている二人に助けを求めようと視線を彷徨わせるが完全に傍観を決め込んでいるようで期待はできない。しかも宵呑宮さんにいたってはシャッターチャンスとばかりにスマートフォンを再度構えている。

 

「ほーら、呼んで?」

 

 なかなか呼んでくれないことに痺れを切らしたのか、一瞬抱きしめられる力が弱まったと思えばすぐにソファーの背に押し付けられまお様の両手はわたくしの頭の横……。

 

「壁ドン……」

「これは壁ドンやない……ソファードンッや」

 

 何事か横から声が聞こえてくるがそれどころではない。本人からすれば圧をかけているつもりなのだろうが……吐息に混ざって酒精の香りまで感じられるほどに近い距離。無意識にごくりと飲み込んだ音がやけにはっきり聞こえてくる。

 

「ま、まおおねーちゃん?」

 

 別段呼びたくない訳でもないしいつもの癖でまお様と呼んでしまっていただけなのだが。今までにない事に声が上ずってしまう。それでもそれを耳にしたまお様は満足げにニヘラと緩く笑う。

 

「あっ……」

 

 ゆっくりとまお様の顔が近づいてきて、思わずギュッと目を瞑る……。こちらに身体を預けるようにまお様が倒れ込んできて……そして……。

 

「すぅー、すぅー」

「……まお、おねーちゃん?」

 

 来るべき衝撃に備えていたのだがそれは訪れず、かわりに耳元には静かな寝息が聞こえてくる。状況を確認すべく目を開けてみればなんてことはない、まお様はそのままわたくしに身体を預け寝てしまったらしい。

 

「いやーいいもの見せてもらったわー」

「スクープ……」

 

 ピロンとカメラのシャッター音とは違う音が横から聞こえてくる。そちらに視線を向ければ満足げにスマートフォンの画面を見ている二人。てっきり写真を撮られているものだと思っていたのだが動画だったらしい。

 

「これも送っておくからうまく活用するとええよ~」

「貸し一つ……」

 

 たしかに先ほどの写真も含めこの動画は門外不出もいいところであり、まお様の弱みになりえるだろう。ひとつ問題があるとすれば一緒に写っているわたくしにとっても同じことではあるのだ……。つまり二人の弱みが宵呑宮さんの手にあるということ。

 

「くれぐれもご内密にお願いします……」

「ふふふ、口は堅い方やから」

 

 目を細めニコリと笑みを深める姿は狐を思わせるもので目の前にいる相手が天孤であることを思い出させる。これは危ない相手に借りを作ってしまったかな……とも思うが、まお様絡みで不義理な事はしてこないだろうという信頼もある。

 

「さて……主催が寝てしまったしお開きやね。まおちゃん運ぼか?」

「いえ、わたくしが……」

 

 いつもは宵呑宮さんがその役目を担っているのだろうか、自然と申し出てくれるが緩く首を振って慎重に抱きかかえて立ち上がる、そのままだと地に足がついてしまいかねないのでお姫様抱っこだ。

 身長差からして寝ているまお様を抱えて寝室まで運ぶのは通常であれば難しいだろう。しかし、こちらは魔族であり魔王の娘。少しばかり身体に魔力を巡らせ活性化させれば大人の女性一人運ぶことなど造作もない。

 

「流石、魔界のお姫様やね」

「こっち……」

 

 そんなわたくしの様子を見て含みのある言葉を投げかけてくる宵呑宮さんの視線は心なしか鋭さが戻っている気がする。寝室へと続く扉を先導する夜闇さんが開けてくれたのでその後に続いてベッドにまお様を寝かせ、寝顔を見守ってから静かに扉を閉める。

 

 まお様がいなくなっただけで会話の糸口が見つからない……。社交の場では当たり障りのない会話などいくらでも出来るのだが、そういう手合いでもなければ人付き合いというのは実のところ苦手な部類なのだ。結果的に宴会の片づけは必要最低限の会話のみに留まってしまう。

 

「クラウゼさん……」

「なんですか夜闇さん?」

「リリスが話したいって」

「……え?」

『あーあーあー姫様聞こえてるー?』

『……聞こえてますが』

 

 あまり向こうから話しかけてくることもなかった夜闇さんに声をかけられ、緩く首を傾げ何用かと聞いてみれば一瞬何を言っているのか理解が遅れる。そしてそれを聞き返す間もなく、魔力による干渉を感じすぐに明るい夜闇リリスの声が届く。

 

『いったいこれは……夜闇さん……ですよね?』

 

 音として耳に届かずとも感じる声は配信でよく聞く夜闇リリスそのもので。からかわれているのかとも思ってしまう。

 

『あー、からかってる訳ではないよ?それにあたしたちの事情はどうでもよくて……。とりあえず二重人格みたいなもんだと思ってくれたらいいかなー』

『はぁ……』

 

 困惑が表情から伝わっているのであろう、なにやら事情があるらしいがそれを詳しく説明してくれるという訳でもないらしいので言葉通りの理解に留めておく。

 

『あっ、これ黒様には内緒ねっ!黒様とはいままでの関係でいたいから』

『ではなぜわたくしに?』

『そりゃ魔界の姫様にはご挨拶しとかないとー的な?こんなだけど一応は同じ魔族だし』

 

 たしかに夜闇さん……、今はリリスさんと呼ぶべきだろうか。彼女と話し始めてからは薄かった魔力の気配が濃くなっているのを感じる。

 

『ともかく、姫様が現れて黒様と共に行動してるってことはそういうことなんでしょ?魔界でも色々言われてるみたいだし、あたしたちは黒様が決めたことには口出さないつもりだけど……。もしも、万が一にも黒様……魔王様に何かあったときは黒様側につくからね?』

 

 いまいちリリスさんの言っている事が断片的すぎて手持ちの情報だけではうまく整理できない。少なくともこちら側の事情についてはある程度把握しているような口ぶりではあるのだが。

 

『おっしゃっている意味はよくわかりませんが……わたくしとて、まお様のために動いているつもりです』

『それを聞けて良かったー。それじゃ、これからもよろしくねっバイバーイ!』

 

 最後まで賑やかでハイテンションな言葉を残してリリスさんの気配が魔力と共に薄れていく。

 

「ん……クラウゼさんありがとう話せて良かった……」

「えぇ……」

 

 後に残ったのは物静かな夜闇さんの笑みと言葉だけで困惑と共に小さく頷くのが精いっぱいだ。

 

「リリス話せたんやね」

「ん……」

「それじゃ、そろそろお暇しよか」

 

 リリスさんと話しているうちに帰り支度を済ませていたのだろう、宵呑宮さんが現れ夜闇さんも手早く帰り支度を済ませに向かう。

 わたくしはもとより身ひとつで来たのでさしたる準備も必要なく三人そろってまお様の部屋を後にする。鍵は預かっていたものを使う羽目になり取り出した時には随分と注目を浴びてしまった気がするが……。

 

「下までお見送りしますね」

「わざわざありがとなぁ」

「ありがとう……」

 

 エレベーターで一階まで降りエントランスで二人を見送る。

 

「今日は楽しかったです、お二人にお会いできてよかった」

「それじゃ、まおちゃんによろしゅう。リーゼはんも今度は配信コラボでもしましょ」

「クラウゼさん、私も……」

「それは是非、連絡しますね」

 

 最後にコラボの約束なんかを取り付けて頭を下げる。ただ、まお様の引っ越しを手伝おうと思っただけだったのだが想定外に色々なことが起きた一日だった。特に夜闇さん……リリスさんの存在と言っていた事がどうしても気になってしまう。

 

 それでも、まお様の珍しい姿を見られたことや新しい繋がりを得られたことは素直に喜ばしい。それに宵呑宮さんからもらったあの写真と動画は一生の宝物になるだろう。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54話 新居の朝

「あー。やっちゃったかぁ……」

 

 目が覚めゆっくりとあたりを見回せばまだ馴染みがない寝室のベッドの上。スマートフォンで時間を確認しようとするがサイドテーブルの上に充電ケーブルはあれど肝心の本体は見当たらない。カーテン越しに差し込む光を見ればお昼頃だろうかと当たりをつけ時計を見上げると予想通りお昼を少し過ぎた時間。

 

 ため息と共に反省の言葉を吐き出しながら昨夜の出来事を思い返す。

 

 引っ越しの手伝いにきてくれた甜狐(てんこ)とリリス、そして途中で合流したリーゼ。

 三人のおかげで予定通り引っ越し作業も終え、せっかくだからと。もとよりそのつもりだった二人とリーゼも加えて四人でのささやかな引っ越し祝いを行ったのだが。あの二人と飲む時の悪癖というか……ついつい気を抜いてしまい、勧められるまま甜狐が持ち込んだ日本酒を口にしてからの記憶があやふやという。

 

 配信の有無と参加メンバー以外は前回のオフコラボの焼き直しじゃないかと反省しつつも、甜狐とリリスはともかくリーゼになにか迷惑を掛けていないだろうと心配になってくる。というか、おそらく酔いつぶれた私を寝室まで運んだ後、同じマンションに住むリーゼは自分の部屋に戻っているだろうが残りの二人は帰ったのだろうか。

 

 もしかしたらいつものように泊まっているのでは?と思いつつベッドから抜け出しリビングへと向かう。

 

 自身が立てる物音以外に音はなく、人がいる気配もしないことからいないだろうなぁと扉を開ければ案の定誰もいない。しっかり後片付けもしてくれたのだろう飲み会をした形跡もなくキッチンを覗いてみればしっかり食器たちも元の位置に戻されている。

 

「あーそりゃ電源切れてるよね」

 

 テーブルの上に置かれていたスマートフォンを手にして画面を付けようとするが無反応……。ため息を漏らしながらソファー近くの充電ケーブルを手に取り、ソファーに座りながらケーブルを刺して電源をつける。

 

 三人に謝らないとなと思いながらスマートフォンの起動を待ち……そして起動するなり複数の通知が告げられるので軽くチェック。その中に見覚えのないグループチャットがあったので開いてみれば、ちょうどよく昨日のメンバーが揃っているのでそこに書き込もう。

 

 甜狐:今度この四人でコラボもええかもなぁ

 リリス:楽しそう

 リーゼ:いいですね!

 まお:あの……ごめんなさい

 

 ログを見る限り解散したあとも三人で盛り上がっていたらしい。たしかに四人ならゲームコラボなんかもやりやすそうだなと思いつつも、それは置いておいて謝罪から入る。

 

 甜狐:おーねぼすけさんが起きたみたいやなぁ

 まお:またやっちゃったみたいで……大丈夫だった?

 甜狐:面白いもん見れたし全然気にしてへんよー

 まお:えっなにかしちゃった?

 

 反応が返ってきたのは甜狐だけで他の二人は寝ているかチャットできない状況なのだろう。もしかしたら配信をしている可能性もある。そして甜狐の言い方を見るになにかやらかしてしまっているのだろう。聞くのが怖いが確認しない訳にはいかない。

 

 甜狐:それはリーゼはんに聞いてもろて、甜狐の口からはとてもとても……

 まお:……わかった。甜狐たちも遅い時間に帰らせちゃってごめんね

 甜狐:気にしてへんって、今度はお泊りさせてもらいます~

 まお:しっかりおもてなしさせて頂きます……

 

 これは後でリーゼに確認しておかないと……。

 

 甜狐とのチャットを切り上げ、他に届いている通知をチェックするが別段急ぐ必要のあるものもなかったので配信サイトを開いてみる。

 

「リリスは配信中か」

 

 今配信している一覧を眺めるとその中にリリスの姿を見つけ配信タイトルをチェック。リリスの得意なvpexをプレイ中のようだ。

 

 

 

『ダウンとったー詰めるよー!って漁夫来てる!!下がって!!』

 

 :ナイスゥ!

 :別パか

 :漁夫きたな

 :2PTいる?

 

『タイミング悪いなぁ次の収縮前に有利取りたいし……』

 

 :早めに入っときたい

 :どっちに寄るかやなぁ

 :あんまり時間ないな

 

 配信を開くと同時にリリスの生き生きとした声が聞こえてくる。戦況を見るに中盤あたりらしく各パーティが移動しはじめ散発的に戦闘が始まる頃合い。別パーティと出会い戦闘になり勝ちかけたところで他パーティの乱入を許してしまったようで一旦下がる判断を取ったようだ。

 

 このvpexというゲーム、基本的には三人一組のチームとなって徐々に生存エリアが狭まってくる一つのMAP内で最後の一チームになるまで戦い抜くいわゆるバトルロイヤルFPSなのだが。ゲーム展開が早く戦闘も三次元的に動くとあって配信者の間でもかなり人気の高い作品だ。

 私も少しだけ触ったことはあるのだが……どうにもこの三次元的な動きというものが苦手で、個人的には地に足付いた昔ながらのFPSゲームのほうが好みではある。

 

『よっし、あそこの建物奪おう!!いっくよー!!』

 

 :のりこめー

 :行かなきゃジリ貧か

 :ファイトー!!

 :いけるいける!

 

『ワンダウン!いけるいける!ゴーゴー!ツーダウン!!ナイスー!!』

 

 :ナイスー!!

 :さすが

 :のってんねぇ!!

 

 リリスが戦端を開き一人を崩したところに味方がなだれ込む。そのまま流れるように二人目をダウンさせ最後の敵を探そうとしたところでパーティメンバーが仕留めたという知らせが届きリリスの嬉しそうな声が響き渡る。

 

 リリスの操るキャラは一定時間姿を隠し無敵になれたり一定距離を行き来できるポータルを作成できるスキルを持っているのでまっさきに自分が突っ込んで危なくなったら引くことが出来る。なので攻めるにはもってこいなのだが、理屈ではわかっていてもそうそう上手くいかないのがこの手のゲームの宿命でもある。そんな中しっかりと自分の役割を全うしチームを導いているリリスは流石ランクでも上位を張っているだけある。

 

 なによりリリスのプレイはどんどん前へ前へと詰めていき敵をどんどん倒していくプレイスタイルなので見ていて気持ちいいのだ。それでいて自分本位にならずチームのために気を配る様は配信外での姿にも通ずる。

 

『あーごめん!カバーできなかった……君のかたきはリリスちゃんが取るからね』

 

 :のこり3パか

 :一人落ちたのは痛いなぁ

 :安置外れるし厳しいか

 :うまく潰し合ってくれればわんちゃん

 

 戦闘の最中、一角を担っていた味方が敵の強襲を受け倒されてしまう。それを合図に有利な建物内から追い出されてしまい、なんとかポータルを使い残る味方と遮蔽に逃れるリリス。残るプレイヤーは八人であり、リリス以外のパーティは三人フルの状態だ。

 

『これは覚悟を決めるしかないね……』

 

 :前期マスターの意地見せたれ

 :リリスのちょっといいとこ見てみたいー

 :クラッチ決めよう

 

 ジリジリとした空気の中最後の生存エリア収縮が始まる。これが始まってしまえばあとは生存エリアがなくなるまで収縮していくので戦うしかない。不幸中の幸いか収縮の中心は屋外なのでまだリリスにもチャンスはありそうだ。

 

『ごめんっ君の犠牲は無駄にはしない!!』

 

 強制的に一堂に会するプレイヤーたち。敵味方入り乱れてリリスの画面でも敵味方の火線や各種アビリティが飛び交っている。お互いつぶしあいときにはHPが削れるのも構わず有利なポジションをとるために一時的に生存エリアから離れるのもテクニックのひとつ。早々に最後のパーティメンバーを失ってしまったリリスはもはや孤立無援だ。

 

 しかしそれでもリリスは諦めずに縦横無尽に狭いエリア内を動き回り、タイミング的に最後の無敵スキルを吐き出し敵の射線を別の敵へと誘導する。そして、とうとう残るのは三人。一対二にも関わらず敵の意表をつくようにトリッキーな動きを繰り返し一人ダウン……そして撃ち切ってしまった武器をセカンダリへと持ち替え。

 正確なエイムは最後の一人の頭に吸い付くように導かれ単発故に高火力な一撃が御見舞される。

 

『取ったー!!よっし!!』

 

 :きちゃー!!

 :ナイス!!

 :ナイスー!!

 :クラッチきちゃ!

 :クラッチクイーンや!

 

 気付けばジッと配信画面を見続け息を飲んでいたことに気付き、リリスの歓喜の声と共にふぅと息を吐き出す。最後の攻防は一瞬の出来事ではあったが見応え十分であり、勝負が決まるとともにコメントがものすごい勢いで流れていくのも道理だろう。

 

黒惟まお【魔王様ch】:ナイスファイト、おめでとう

 

 :黒様もようみとる

 :魔王様やんけ

 :vpexやるんかな?

 

 入力したコメントは賞賛のコメントですぐに流れていくが目ざといリスナーの目にはしっかり入ったようで関連したコメントが同じように流れていく。

 

『みんなありがとー!えっ黒様見てたの!?どこどこ?ってもう流れてるじゃーん。いえーい黒様みってるー?黒様もペックスやろうよー。あたしが手取り足取り教えてあげるー』

 

 :おめでとうやって

 :ナイスファイトっていってた

 :『ナイスファイト、おめでとう』

 

 見てるよ、と心の中で返しながらお誘いにはうーんと悩んでしまう。一緒にやるとしても間違いなくリリスの足を引っ張ってしまうのは明白だし一人でやるにしろ下手なプレイを見せるのもなんだか申し訳ない。

 

『それじゃ黒様にも見守られてるしガンガン回していくよー!!こうなったらマスター行くまで耐久だ!!』

 

 :さすがにそれはきついやろw

 :盛れれば5連続でいけるか……?

 :黒様ブーストでわんちゃん

 :朝までコースでは

 

 私の応援が力になってくれるのは嬉しいがあまり無理はしてほしくはない。しかし、ここで口を挟むのも野暮ってものだろう。こうなればできる限り見守ってあげるのが一番だろうか。これは長丁場になりそうだと思い、配信をタブレットへと切り替える。とりあえずは何かご飯を食べて……そのあとは配信部屋で今日の配信の準備をしつつ見守らせてもらおう。

 

 ──結局、リリスのvpex配信は夜まで続き驚異的な戦果で一人のマスターが誕生することになるのであった。

 

『このマスターはリリスナーと黒様に捧げるよー!!長時間見てくれてありがとう!愛してるー!!』




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55話 新居で焼くマシュマロ

 リリス:マスター頑張ったから今度デート……

 まお:それじゃ今度お買い物でも行こうか

 リリス:約束

 リーゼ:デート!?

 

 配信準備をしながらリリスのvpexマスター到達を見届けたところで、配信を終えたリリスがグループチャットに現れる。改めて昨夜のことを謝るがリリスからしても「いつものことだから」とさして気にしてないと言ってくれるのはありがたい。

 

 その代わりとデートをおねだりされてしまうが、さっきまで配信で頑張っていた事だし埋め合わせも兼ねて付き合うのも悪くないだろう。

 そう思って約束をしたあたりで現れるリーゼ。ちょうど二人が揃っているのだから昨夜の出来事を聞かねばなるまい。

 

 まお:二人とも改めて昨日はごめんね、ところで……何かしちゃった?

 リーゼ:そんな!気にしないでください

 リリス:クラウゼさんに聞いて、ご飯食べてくる

 リーゼ:リリスさん!?

 まお:いってらー

 

 甜孤(てんこ)の反応からして薄々察してはいたがリリスも同じ反応……。リーゼ絡みであることは疑いようなし、やはり本人から聞く他にないのだろう。あとは任せたとばかりに去っていくリリスを見送り本題に入る。

 

 まお:その、リーゼに何かしちゃった……?

 リーゼ:えっと……その……

 

 ここまで言い渋るということは相当な事をやらかしてしまったのか……。そうなると本人から聞き出すのも心苦しいのだが、甜孤とリリスのことを考えればそこまで深刻な事態にはなっていないと思っていたけど……。

 

 まお:言いにくかったら無理しなくてもいいからね?その、ごめんなさい……

 リーゼ:いえっ、あのっ……

 

 しばらくは禁酒しよう……。お酒で失敗するなんて大人失格だ。

 改めて謝罪を伝え反省……。今度会った時に改めて謝ろうと思った矢先にボイスチャットの呼び出しがかかってくる。相手は……今まさしくチャットしていた相手。グループチャットのほうではなく個別での呼び出しともなれば他の二人には聞かれたくないのだろうか。

 

「……もしもし?」

「あの、まお様。宵呑宮(よいのみや)さんも夜闇(やあん)さんも大げさに言っているだけで二人してからかわれてるだけです……」

「あー、そういうこと……」

 

 だんだんと事情が読めてきてとりあえずは一安心する。あの二人のことだ昨夜も散々私の言動を楽しんでいた事だろう。どうにも申し訳なさが先に来たのと、リーゼという新たな要素によって意図をはかり損ねてしまったようだ。

 

「でも少なからず迷惑はかけちゃったでしょ?」

「そんな迷惑なんて!あんなにまお様から迫ってきてくれるなんて今でも夢じゃないかと思うくらいで……嬉しく思うことはあれど迷惑なんてそんなこと思ってませんよ!」

 

 迫るって……、いや酔っぱらった時のアレが出てきてしまったのであろう。自覚はあまりないが絡み酒の気があることはあの二人から何度も聞いている。

 

「それならまぁ……」

「それでですね……お伝えしておかなければいけない事があるのですが……」

「なにかな?」

「宵呑宮さんが一部始終をスマホで……」

「……あの悪戯狐」

 

 なるほど、リーゼが言い出しにくかった理由に合点がいった。全面的に悪いのは私だし自業自得なのだが、それでも悪戯っぽく目を細めて笑う狐の姿を思い浮かべ悪態をついてしまう。

 

「宵呑宮さんから送ってもらったものがありますが、御覧になります?それとも消した方が……」

「いや……さすがに見るのは勘弁させて。データはリーゼに任せるよ」

 

 さすがに己の痴態を見せつけられるのはどんな罰ゲームよりも恐ろしいが、声色からしてとても消したくなさそうなリーゼからデータを取り上げるのはやめておこう。どうせ元データは甜孤の手元にあるのだろうし、悪用するとも思えない。

 

「よろしいのですか?」

「よろしくはないけど……まぁ反省の意味も込めてね」

 

 ははは、と諦めと自嘲の混じった乾いた笑いを漏らすが、ともかくこれで懸念事項はひとつなくなった。最大の懸念である甜孤の手元にあるデータのことはいったん忘れよう……。

 

────

 

【マシュマロ雑談】さっそく新居でマシュマロ焼くぞ【黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

 :待機

 :新居で焚火か……

 :これは追い出されますわ

 :晩酌じゃないんだ

 :引っ越しおつかれさまー

 

「今宵も我に付き合ってもらうぞ、liVeKROneの魔王黒惟まおだ」

 

 :こんまおー!

 :これが新居か

 :いつもと変わらんね

 :おつかれー

 

「新居からこんまお、音声周りは大丈夫そうだな」

 

 :いい感じー

 :ちゃんとした防音室だっけ?

 :念願の防音室か

 :防音室の音~^

 

「防音室の音ってなんだそれは……」

 

 :草

 :音しないのが防音室なのでは

 :それはそう

 :防音とはいったい……

 

 調整を重ねた甲斐もあり、音声周りはコメントを見る限り以前通り変に反響することもなくちゃんと届いているようだ。防音室とはいえ以前とはまるっきり違う環境なので機材が同じと言えど無調整でそのままという訳にもいかない。

 

「昨日一日引っ越し作業に集中させてもらったおかげで引越し自体もかなりスムーズに終えることができた。また今日から配信再開するからよろしく頼む」

 

 :再開(一日ぶり)

 :一日で寂しくなっちゃうまお様かわいい

 :今日は晩酌しないのー?

 

「お前たちも配信がなくて寂しかったろう?」

 

 :寂しかったよ

 :アーカイブ見てた

 :寂しかったー!!

 :そ、そんなことねーし

 :寂しかったから毎秒配信して

 

 一昨日の配信のせいだろうか意外と『寂しかった』というコメントが多い気がする。いつになく素直なコメント欄が少しだけくすぐったい。

 

「なんだ、今日は随分素直だな?照れてしまうではないか」

 

 :ちょろい

 :ちょっろ

 :この流れどっかで見たぞ

 :ちょろ魔王

 

「そんなことだろうと思ったよ。何人か気になっているようだが今日は晩酌はなしだ、昨日飲んでしまったからな」

 

 :じゃあ一人で飲むかー

 :飲んでるの珍しいじゃん

 :引っ越し祝いでもした?

 :一人で飲んだの?

 

 マシュマロといえば晩酌配信、晩酌配信といえばマシュマロといったように定番の組み合わせではあるのだが、もともとそんなに強くない……まぁかなり弱いうえに失敗を繰り返すわけにもいかない。

 

「ん?あぁ昨日は甜孤とリリス、それにリーゼが手伝いにきてくれてな。そのおかげで思ったより早く終わったので軽く一緒に。誰か話していなかったのか?」

 

 :いいなー

 :お姉さん組とリーゼちゃんか

 :三人とも配信なかったからそんな気はしてた

 :初耳だわ

 :引っ越しエピソードは?

 :あの二人とリーゼちゃん初めてじゃ

 

 コメントの反応を見る限りまだ誰も話していなかったらしい。特に止めていた訳でもないけど私が話すのを待っていてくれたのだろうか。

 

「エピソードか……、たしかにあの二人とリーゼは初めましてだったな。ただそのあたりの話は本人たちから聞いた方がいいだろう。それ以外となると……リリスが我よりキッチンを使いこなしてたり、甜孤が我より先にベッドでくつろいでた上に昼寝し始めたり……。あとリーゼは……これくらいはいいか。甜孤のいつものモノマネ悪戯、見事に見破っていたぞ」

 

 :どれも気になりすぎる

 :お姉さん組相変わらずやなぁ

 :ベッド!?

 :もう同棲しなよ

 :甜孤ちゃんのモノマネ見抜くとはなかなかやるな

 

「さてこのまま引っ越しトークもいいが、マシュマロ雑談だからなそろそろ紹介していこう」

 

 :はーい

 :どんなの来るのか

 :結構たまってる?

 :ラジオのとごっちゃになってそう

 

 引っ越しトークだけで長々と話せそうだが、タイトルの通り今日はマシュマロ雑談。このままだと止まらなそうだったのでいったん話を止め用意していたモノを配信画面へと表示させる。

 

 

  まお様へ 

  お美しい姿のみならず 

  美声も大変魅力的で 

  一介のリスナーとしては 

  無理せず毎秒配信してほしいです  

 

 

 

 :あっこれは

 :このあからさまな改行

 :うまくて草

 :草

 

「内容は嬉しいのだが……、まぁ察しの通りだな。文章も破綻していないしどこからこんなものを思いつくのか……四行目など関心してしまったぞ」

 

 :これは美しいまおビーム構文

 :ふつくしい……

 :だんだんレベル上がってんな

 :なるほどこういうのもあるのか

 

「ただどんなに趣向を凝らしてもビームはしないからな。次」

 

 :そんなー

 :えー

 :草

 :難民生活は続くのか……

 

 

  真夜中シスターズの中では末っ子とのことですが  

  デビュー順関係なく考えるとしたらどうでしょうか?  

  真夜中シスターズコラボまた期待してます! 

 

 

 

 :これは気になる

 :でもデビュー順で結構しっくりきてるんよな

 :お姉さん組はいいぞ

 

「なんだかんだあの二人は頼りになるからな……姉というのもわからなくはないが。一度、我が姉になってみるのも……いや、そうだとしてもあの二人ならあまり変わらない気もするな」

 

 一緒に居る時も特に意識している訳ではないが、立場が逆転したとしてもそれはそれで妹として色々とちょっかいをかけてくる様子が目に浮かぶ。そういうことであれば今の形がしっくりきているということだろう。

 

 :たしかに

 :妹に振り回される姉

 :どっちにしろ振り回される定期

 :しっかりしてる末っ子感はある

 :愛され具合も末っ子みあるしなぁ

 

「結局あの二人に振り回されるという役回りは変わらなさそうだ、では次」

 

 

  リーゼちゃんとのうたみた動画すごく良かったです!  

  自分も切り抜きやまお様のような動画を作ってみたい  

  のですが、なにかオススメのソフトありますか?  

 

 

 

 :あの動画めっちゃよかったな

 :まお様の動画ほんとすこ

 :SILENT先生のイラストもよかった

 :まお様はAbodeだっけ?

 

「好評のようで嬉しいよ。我が使っているのはAbodeのAfterEmotionとMillenniumProがメインだが、いかんせんAbodeのものはちょっと試してみるにはいい値段がするからな……。それに昔は買い切りもあったが今はサブスクになってしまったし。とりあえずどんなものか触ってみたり切り抜きを作るなら無料のDuBbingReserveだったり、少し古くて導入に一苦労するだろうがUviAtlなんかはオススメだな。最近はスマホでも編集できるという話なのでそのあたりを調べてみるのもいいかもしれない」

 

 :さすまお

 :UviAtlはいいぞ

 :なんだかんだAbode大正義

 :パンピーわい全部知らない

 :PEGASも愛して

 :WMMやろがい!!

 :呪文唱えるのやめてもろて

 

 今となってはAbodeにお世話になりっぱなしだが、初めて触ったのは無料のUviAtlだったし。ものによっては現在でもそっちのほうが使いやすいとも感じているのだが……いかんせん古いソフトなので手放しにオススメという訳でもないのが悩みどころである。これで最新環境への最適化が叶うならば向かうところ敵なしだと思う程度には使い込んでいたのだ。

 

「意外と皆色々と知っているようだな。無料で色々試せるし操作方法や作り方なんかも調べれば沢山出てくるだろうから、よく調べてとにかくやってみるのが一番だ。いつか我の切り抜きや動画を作ってくれるのを期待しているぞ」

 

 :やってみようかなぁ

 :スマホでできる時代かぁ

 :切り抜きなら結構簡単に作れるゾ

 

「では次だが……」

 

 

  まおにゃん元気ですか?  

 

 

 

 

  まおにゃん元気かにゃん?  

 

 

 

 

  まおにゃんあくして  

 

 

 

 :草

 :これは草

 :まおにゃんが三匹……来るぞ!

 :大人気じゃん

 :にゃーん

 

 一気に三個の画像を配信画面に表示させるがどれも内容はほぼ同じ。これ以外にも大量の『まおにゃん』関連のものが来ていて思わず天を仰いでしまった。

 

「貴様ら……よほど懲りてないと見える……」

 

 :当たり前なんだよなぁ

 :脅しには屈しないぞ!

 :我々にはリーゼという同志がいる!

 :ラジオのコーナーにも送ったわ

 

「では燃やしてしまおう」

 

 :そんなー

 :かなしいなぁ

 :にゃーん(泣)

 

……

 

 それからもラジオクローネに関するものや、配信への感想、簡単な悩み相談なんかを紹介しつつ受け答えていくうちにあっというまに時間は過ぎていく。以前に比べてマシュマロ自体の量も増えているので話題には事欠かないが選定も大変になってきている。まさしく嬉しい悲鳴というやつだろう。

 

「では、これで最後にしようか」

 

 

  楽しそうに配信するまお様が大好きです  

  これからもお体に気を付けてたくさんの姿を見せ  

  てくれると嬉しいです!  

  では最後にリスナーへ愛の一言をどうぞ!  

 

 

 

 :最後の一言きちゃ!

 :やったぜ

 :リスナーのこと好きすぎぃ!

 :愛の一言助かる

 

 少し前のマシュマロ配信からお約束になりつつある締めのリクエスト。晩酌であれば酔いに任せて言ってしまえるのだが今日は素面だ、簡単に言うつもりはない。

 

「いつも私からというのは不公平だとは思わないか?」

 

 :ん?

 :え?

 :どういうこと?

 

「今日はお前たちからの言葉を受けての返事とさせてもらおうと思ってな」

 

 :そういう

 :なるほどね

 :しょうがないにゃあ……好きだよ

 :愛してるよ!!

 :大好き!

 

 意外とこういうときはふざけずに真っすぐな思いをぶつけてきてくれるリスナーが多くて恵まれているなぁと感じる。ただの文字列とは言うが確かに力として受け取っている実感はあるのだ。

 

「ふふっ、悪くないものだな……。もちろん我も愛しているとも。それではおつまお」

 

 :素直じゃん

 :おつまおー

 :なんだかんだ返してくれるまお様すこ

 :おつまおー愛してんでー

 

黒惟まお【魔王様ch】:たまにはいいものだろう?ではまた明日




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56話 同じ香り

「お待たせ、待った?」

「今来たところ……」

 

 約束の時間の三十分前、平日の昼間ということもあり人もまばらな駅の待ち合わせ場所で目当ての人物を見つけ声をかける。デートにおける待ち合わせの常套句ともいえるやりとりを交わしお互い約束の時間前に集合するあたり性格が出ているなぁと小さく笑う。

 

 待ち合わせ相手である夜闇(やあん)リリスはいつも私よりも早く来ているし、共通の友人である某狐はいつも時間ちょうどに現れる。もっとも今日はリリスとデートという名のお買い物なのでこれ以上待つ必要はないのだが。

 

「それじゃ、行こうか」

 

 小さく頷いたリリスは自然と私の半歩後ろの位置をキープ。白いスタンドカラーのブラウスの上に黒羽織を纏い、赤いロングスカートからわずかに見える足元は黒タイツに編み上げの黒ブーツ。シックにまとめられた和洋折衷を着こなす彼女はその容姿と立ち居振る舞いからして大和撫子然としている。

 

 かくいう私はオフホワイトのリブニットにインディゴブルーのハイライズなワイドデニムパンツを合わせ、足元は白と黒のローテクスニーカーだ。デートと称しての買い物であるならば悪くない二人の組み合わせだろう。

 

「今日もいつもの感じでいい?」

「任せる……」

 

 なんだかんだと付き合いも長くなっているのでおのずと行程はいつも通り。特に希望や目的がない場合は私が先導しリリスはそれに付き合ってくれる。

 

「今日の気分は?小物?服?」

「ん……、小物」

 

 言葉は少ないがお互いに言いたいことは十二分に伝わっているという自負がある。小物の気分ならば……と行く先々の店を頭に浮かべルートを構築、あそことあそこに行って……ご飯は新メニューが出たらしいあそこにして……。

 

 よしっと考えをまとめ、ちらっとすぐ横にいるリリスへと目配せをする。今日は私がスニーカーでリリスは厚底のブーツということもあり、普段よりも目線の合う位置が高い。

 

「そのブーツってたしか私が選んだやつだっけ」

「そう……選んでくれた。似合ってる?」

「買った時も思ったけどすっごく似合ってる」

「そっちも似合ってる」

 

 和装に編み上げのブーツ……、それは一種のロマンであり。今日のように和洋折衷を着こなせる彼女にこそ似合う組み合わせである。赤いロングスカートに黒い羽織とブーツは赤と黒のコントラストがなんとも美しい。まさに理想通りのコーディネートで現れてくれたことに感謝したいくらいだ。

 

 お互いに今日のコーディネートについて話しながら歩いているうちに最初の目的地に到着。輸入雑貨がメインの店舗だがアクセサリも充実していて見ていて飽きない品揃え。ぱっと見誰が買うんだろうという見た目のものや突拍子のない雑貨が突然置かれていたりして話題には事欠かない。

 

「これ前なかったよね、何なんだろうこれ……」

「玄関に飾る……?」

「これ玄関にあったら逃げるね」

 

 通路の片隅に鎮座している天上まで届きそうなトーテムのようなものとしか形容できない謎の置物……、こんなものが玄関にあったら邪魔でたまらないしもし訪ねた時にこれに出迎えられたら黙ってドアを閉めるだろう。

 

 よくわからない雑貨たちを抜けた先のアクセサリコーナーではリリスがひとつのブレスレットを手に取り、私の手首のそれと交互に見比べて首を傾げる。

 

「これ……似てる」

「ほんとだ、そっくり」

「ここで買ったの……?」

「えっとこれは貰い物で……、えっとね。私がお世話になることになったとこの代表者……というか社長さんなんだけど。あっ女性だからね?」

 

 たしかに言われた通り、マリーナからもらった魔力隠蔽と魔力量チェックのための魔術具であるブレスレットとうり二つのものがリリスの手の中にある。違いといえば嵌められた石の種類くらいだろうか、思わずじっと見つめてしまう。

 事情を知らない彼女からすれば当然の疑問なのだろうが、素直に答えたところであまり風聞がよろしくないことに思い至り言葉を付け足す。

 

「ちなみにお値段は……」

 

 まさかマリーナがここで買ったとは思えないが興味心からリリスの手に隠れた値札を引っ張りだしてその数字の羅列を目で追う……いち……せん……まん……。ん?いや見間違えかな……もう一度。一度数えてみたところで何かおかしな数字が出てきたので再度数えてみる。

 

「きゅうじゅう……ろくまんえん……?」

 

 一緒に値札を見ていたリリスの口から出た数字と再度数えなおした数値が合致し間違いではなかったと証明されてしまう。

 

「いや……さすがに値札のミスでしょ、なんで百万円近いものがこんな無造作に……」

 

 もし一桁間違っているとしても約十万円するものが置かれているのもおかしい。

 

「買えば……お揃い……」

「一応値段聞いてみる?」

「カード使えるかな……」

 

 ブレスレットを手放さないところを見れば気に入ったのであろう。おそらく値札のミスだろうし、先日のお詫びにプレゼントという手もある。近くに店員さんは……とあたりを見回したところでレジには綺麗な白髪の老婦人が一人。

 

 ここの店主だろうか?普段はバイトらしい女の子が対応してくれるので初めて見る顔だ。

 

「あのこれって値段は……」

 

 リリスを連れ立ってレジまで進み、私の言葉を受けてリリスが手に持ったブレスレットを差し出し老婦人が視線を向ける。

 

「おや……申し訳ないねぇ……紛れ込んでしまったようで……」

「それじゃあ、この値札は……」

「ん?あぁ……間違っちゃいないよ」

「カード……使える?」

「ちょっとリ……みや!?」

 

 なんてことはないように財布を取り出すリリスを見て思わずVtuberとしての名前で呼んでしまいそうになり慌てて、仮の人前での呼び方に改める。

 

「買うのかい……?」

「欲しい……」

「申し訳ないけど、お嬢ちゃんには必要のないものさね」

 

 老婦人は訝しげにリリスを一瞥したあとに緩く首を横に振る。

 

「ダメ……?」

「そちらのお嬢さんなら……。おや、とてもいいものをお持ちのようだね、貰い物かい?」

「え、えぇ……」

 

 なおも食い下がるリリスを尻目に差し出されたブレスレットを手に取った老婦人は私へと視線を移し何事かを言おうとするが、私の手首に巻かれたブレスレットに気が付いたのであろう視線がそちらに移っていくのを感じる。

 

「であればこいつの出番はないだろうさね……。お詫びと言っちゃなんだけど、アレとかどうだい?あれもなかなか優秀でねぇ……」

 

 そう言った老婦人の目線を追ってみるとその先にはそびえたつトーテムのような何か。

 

「あれはちょっと……置き場が……」

「そいつは残念」

「玄関の外なら……」

「さすがにご近所迷惑だからやめなさい」

 

 たとえ置き場があったとしてもご遠慮願いたいソレ……。至極残念そうに呟く老婦人となんとか置き場を確保しようとしているリリスを止める。

 

「こいつを見つけてくれたんだ、これ以外の好きなアクセサリ一つで手を打とうじゃないか」

「いいんですか?」

「いいものも見れたしね、お嬢ちゃんたちも文句はないだろう?」

「わかった……」

 

 古めかしい革袋にブレスレットをしまい込んだ老婦人は私とリリスをゆっくりと眺めたあとに新たな提案をしてくれる。それほどに大事なものだったのだろうかと首を傾げるが好意はありがたく受け取っておこう。ちょうど一個をおまけしてくれるというのだ、一つ買い足せば片方はリリスへのプレゼントにすればちょうどいいだろう。

 

 ちょうど鞄につけるようなチャームがデザインも良かったので二人分購入し店を後にする。星と月をかたどったそれは何故だか二人にぴったりだと感じたのだ。

 

「ありがとう……」

「不思議な人だったね」

 

 お店が不思議なのは今に始まった話ではないが、どうにも印象に残る老婦人である。そういえば結局彼女が店主であるかどうかは聞きそびれてしまった。

 

「思ったより時間たってたね、一度休憩しよっか」

「ん……」

 

 なんだかんだと見て回っているうちに時計の針は進んでおり、ご飯には早いが次のお店に行くと見終わったころにはお店が混み始めるような時間帯……。

 ここは近場のカフェで休憩しつつ話に花を咲かせようかと思案する。たしかこのあたりにちょうどいいお店があったはずだ。

 

 ほどなくしてカフェにつくとお互い紅茶をオーダーし、一息つく。

 

「疲れてない?」

「大丈夫……」

 

 仕事をやめ、通勤がなくなったので最近は本当に歩かなくなったことを席に座ってようやく実感する。相手を気遣っているように見えるかもしれないが、自分のための休憩といっても過言ではない。

 目の前にいる彼女は小柄でか弱そうに見えるが、実を言うと体力的には向こうの方が断然上なのだ。配信ライブでは歌って踊って、息を切らさないのだからどこにそのスタミナを蓄えているのかと常々疑問に思っている。

 

「……覚えてる?」

「忘れる訳ない……」

 

 私の主語を省いた問いかけにも間を空けず答えてくれるリリス。

 これだけではいったい何のことだろうかと首を傾げられるような会話だが、思い浮かぶのは数年前にも同じ席だったなという二人の思い出。

 あれから二年……いや、黒惟まおとして二周年を迎えたのだからもう少しで三年か……。

 

 よく遊びに来ていたというのもあるが、すぐにここのカフェの場所が思い浮かんだのには理由がある。

 ちょうど節目が近いからだろうか、あの時から変わらない風景と、香りに記憶が刺激され少しだけ昔語りをしたい気分になってくる。

 

「あの時も同じ紅茶だったね」

 

 リリスとの出会いは私が黒惟まおになる前。ただの魔王と名乗っていた時までさかのぼる。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57話 原点

:魔王様ありがとうございました!!

:こちらこそご依頼いただきありがとうございました

 

 納品した動画のチェックを終えた先方とのやりとりを終え、ふぅと一息つく。

 今回の依頼人は最近流行り始めたVtuberとしてデビューする予定の子らしく、光栄にも初めての歌ってみた動画の作成を依頼してくれたらしい。

 

 魔王様と呼ばれるのは少し恥ずかしいけど、そもそものハンドルネームからして"魔王"なのですぐに慣れてしまった。それに魔王さんと呼ばれるよりかはしっくりくる。

 

 天使ちゃんこと、つかさの歌と静のイラストを使った動画によってそれなりの知名度を得た私は大人気とまではいかないが自分の動画に加えて他者からの依頼を受けての動画作成も手掛けるようになっていた。

 

 大学に通い始めたことで時間的余裕もあったし、作業時間を考えれば決して割が良いとは言えないがちょっとしたアルバイト程度には報酬として金銭をもらえているしスキルアップにもつながるので一石二鳥だ。

 

 今まではいわゆる歌い手やゲーム実況者など同じ動画投稿プラットフォームで活動している人たちからの依頼が多かったのだが、ここ最近はVtuberと呼ばれる人たちからの依頼の割合がかなり増えている。

 しかも、その中には個人ではなく企業からの依頼というのもあったりしてまるでいっぱしのクリエイターになったみたいだと内心浮かれていた。

 なにより、私の作った動画を見てファンになって作成を依頼したいと言われるのはクリエイター冥利に尽きるというものだ。

 

「次の納期までは少し余裕あるし……」

 

 ディスプレイに表示したスケジュールを確認しながら脳内で現在受けている依頼の内容と進捗をそれぞれ当てはめていく。依頼を受け始めたころは見通しが甘く徹夜なんてことはザラで授業中に舟をこいだり内職に勤しむなんて自体に陥っていたが、さすがにそんなことも少なくなってきたのは成長した証だろうか。

 

「おっ、配信やってる」

 

 ブラウザ上のスケジュール帳からいつも見ている動画配信サイトへと切り替えトップページを眺める。登録しているチャンネルの配信やサイトからオススメされている動画のサムネイルがずらりと並び、その中にお目当ての物を見つければライブ中の文字。

 

【21(木)20:00~】明日見(あすみ)アカリ生放送 ジェスチャーゲームに挑戦!

 

『えー、これ絶対わからないよー』

 

 サムネイルをクリックして配信を開いてみると画面には一人の女の子が朗らかに笑いながら、何かを伝えるように3Dの身体を一生懸命に動かしている。

 配信画面の左上には【「#明日見アカリお題」でジェスチャーゲームのお題募集中!】と表示され、右上には【#明日見アカリ生放送】の文字。どうやら、今日の配信はSNSで募集したお題でジェスチャーゲームをしているようだ。

 

 :空気椅子?

 :なんだこれ

 :ドライブ?

 :アカリちゃーんわからないよー

 :もっかいやって!

 :ヒント!

 

『これつらいんだよー?最近やった配信っ』

 

 空気椅子のポーズをとってはあまり長続きしないのかプルプルと震えてすぐに元の姿勢に戻ってしまうアカリちゃん、思わずその姿にふふっと笑い声を漏らしてしまう。

 明日見アカリはVirtualJKとして活動しているVtuberだ。肩まで伸びた明るいオレンジに近い髪の毛を揺らし再び空気椅子から前転しようとしたあとぴょんと跳ねる姿はとても人間味のあるもので、それをアニメキャラクターじみた容姿の彼女がしているのは見ていて微笑ましい。

 

『ほらっ、こうやって掴んで……うわーって』

 

 :ラビメン?

 :ラビメンだ!

 :あーラビメンか

 :この前のやつねw

 

『そうっ、ラビメン!よくわかったねー』

 

 ジェスチャーゲームで声で説明してしまうのはアウトのはずだが、それよりもコメントに喜ぶ彼女を見ているとそんな細かい事どうでもよくなってしまう。ついつい私も「ラビメンの時の叫び声ほんとに好き」なんてコメントを打ち込んでしまう。

 

『叫び声が好きー?うわーって、あははっ』

 

 推しがコメントを拾ってくれた上に反応まで返してくれる……。突然舞い降りた幸運に嬉しさよりも驚きの方が勝ってしまう。もとより拾われるつもりでコメントをしている訳ではないが、期待がないのかと言われればどこかで期待してしまっている気持ちはあるのだ。

 

 動画投稿者として、どんなに短くてもリスナーからのコメントや感想は嬉しいものであるがその数が増えれば増えるほどその全てに目を通すことは難しくなってしまう。そんな気持ちがわかるからこそ配信で拾われないだろうがコメントで盛り上げようとするし、少しでも気持ちが届けばいいなと応援の気持ちや言葉を形にする。

 

 それがしっかりと相手に届いているという実感、それが何よりも嬉しくて誇らしい。

 

 あー、今日も私の推しはかわいいなぁ……。

 

 従来のゲーム実況者や生放送主といった配信文化の上に新たに現れたVtuberという存在。その始祖たる者が現れてから少しの期間を経て数人のVtuberが台頭し、ネットの一部でもてはやされるようになったのはつい最近。

 

 しかし、Vtuberにしても動画投稿が主な活動内容だったこともあり、機会音声を用いた「まったり実況」や「SPEAKLOID実況」のような台本ありきでそれこそ映像作品のようなイメージが強く、まさしくバーチャルの存在という印象だったのだが……。

 

 徐々に活動内容が動画投稿から配信へとシフトしていく中でアニメキャラクターが、現実では存在しえない存在がそこにいるという感覚。人によっては思っていたものからは離れていってしまったと主張する人もいたのだが……、その魅力に取りつかれてしまった。

 

……

 

『それじゃあ、みんなまた明日見にきてね!』

 

 :おつカリー

 :お疲れさまでした!

 :また明日見に来るよ!

 :ばいばーい!

 

 最後までアカリちゃんの配信を見終わり、配信サイトのトップに戻ってくる。彼女をきっかけに色々なVtuberを見始めたので配信サイトからオススメされる動画や配信も今となってはVtuberばかり。これでうかつにも気になったものを見始めてしまえば、私の好みを理解したサイトのアルゴリズムが更なるオススメを表示してくる。気付けば作業も寝る時間も忘れて朝になっていたなんてことになりかねないのだ……。

 

 んーっと伸びをして、配信サイトの誘惑を断ち切る。せっかく納品も終わり納期をあまり意識しなくてもいい日が続くのだから夜更かしもいい気がするが……睡眠時間の確保は重要だ。

 

 良い創作は良い睡眠から!ってどこかのえらい先生が言ってた気もする。言ってなければ私が有名になった暁には私の言葉としてしまおう。

 

 そんなくだらないことを考えながらPCをスリープ状態にしようとしたところで依頼受付用のメールボックスにメールが届いていることに気が付く。どうやら配信を見ている間に届いていたらしく夢中で気づいていなかったようだ。

 

MV作成依頼のご相談

夜闇リリス<lilith_h@vmail...>

 

魔王様

 

初めてご連絡させていただきます。

個人でサキュバスVtuberとして活動しております、夜闇リリスと申します。

活動内容につきましては以下のチャンネルにてご確認していただければ幸いです。

https://www.vtube.com/channel/U...

 

この度、歌ってみた動画のMVを作成していただきたくご連絡させていただきました。

 

「よるやみリリスさんかな?」

 

 メールを開いてみると一目見るだけで依頼慣れしていることが伝わってくるメール文面。挨拶に始まり依頼したい内容や参考資料や予算、期間が漏れなく記載されている。個人ということだが企業並……いや、比べるのも失礼なくらいひどい企業も中にはあったなと苦笑しつつ内容を読み進めていく。

 すでにイラストレーターへの依頼も済んでいるらしく納期についても余裕がある。

 

「たしかこの時期は……」

 

 頭の中でスケジュール感を組み上げながら実際のスケジュールを画面に表示させ、うんうんと小さく頷きながら当てはめていく。この楽曲ならよく知っているし、ここまでにイメージの共有をして……。一日これくらいのカットで進めれば修正含めていけるね。

 

 これだけ丁寧な依頼メールを送ってきてくれる依頼人であるし、やりとりもスムーズであることが期待できる。すっかり依頼を受ける方向で考え始めていたのだが、肝心の活動内容についてチェックしていなかったなと記載のURLをクリック。

 

 よく見慣れた配信サイトのチャンネルページが表示され、バナーにはなかなか際どい衣装を着た金髪の女の子が目元でピースサインしている姿。

 

「よるやみ、じゃなくて。やあんって読むんだ」

 

 チャンネル名を見れば『夜闇リリス/Yaan Lilith』とあり、たしかにその読み方もできるかと少しだけその響きに己の中二心が揺さぶられてしまう。

 すでにチャンネル登録者数は万を超えているし動画も配信の数も多いようで、動画一覧をスクロールして一番最初の自己紹介動画を開いてみる。

 

『はーい!今日から人間界で活動していくえっちなサキュバス夜闇リリスちゃんでーっす!やーんえっちなリリスちゃんで覚えてねっ♪こっちではゲーム配信をしたりーASMRをしたりー。あっASMRって知ってるかな?なんの略かは忘れたけど、こうやって実際にすぐそこで囁かれてるように聞こえちゃう音?声のことでー、癒やしたり気持ちよくできちゃうんだー。サキュバスリリスちゃんの超絶テクニックで骨抜きにしてあ・げ・る♪』

 

 あの真面目なメール文面からは想像できないハイテンションでノリノリな自己紹介動画に少しだけ面食らってしまう。いや、たしかにはっちゃけてる人ほどその実、根が真面目で人当たりが良かったりするというのは色々な依頼を受けてきて経験もあるのだが。

 

『歌も踊るのも大好きだから、いつかみんなの前でそれを披露するのが夢っ!いまのリリスちゃんじゃ魔力が足りなくてこうやって少ししか動けないんだよねー。だからたくさん応援してもらっていつか大きなステージに立ちたいなー』

 

 とにかく自分も楽しんでリスナーも一緒に楽しんでほしいという思いが十二分に伝わってくる自己紹介動画。デビューというのに気負いも緊張もあまり感じられないのはこういった活動の経験もあるのか天性の素質か人気が出るのも納得できる。

 

 動画を見終わりよしっと気持ちを切り替える。この人ならば依頼を受けても大丈夫だろう、むしろこんな人からも依頼されるようになったのだなと嬉しさもこみ上げてくる。とりあえずはしっかりとした依頼メールにこちらも負けないくらいしっかりとした返信を作らなくては。

 

────

 

「ちょうどあの日アカリちゃんの配信見てたんだよねぇ」

 

 懐かしいなぁとリリスと初めてやりとりを交わした頃の思い出を語る。この真面目なメールと自己紹介動画を見たときに受けた衝撃についての話は彼女をからかう時の定番ネタだ。

 

 実際にはその後、配信外の彼女とここで出会ったときにさらなる衝撃を受けることになるのだが……。

 

「今となってはそのアカリちゃんとも連絡するようになって……、当時の私が知ったらどうなることか」

 

 まさか自身がVtuberとなって配信上で明日見アカリと話し、二周年をお祝いされた上に一緒にうたみた動画を出す話が進んでいるなんて絶対に信じられないだろうなぁと軽く笑い声を漏らす。

 

「明日見さんのことばっかり……」

「ごめんごめん、あの頃の話になるとつい……ね?」

 

 若干の不満が混じった呟きが耳に届けば、たしかにデート中に他の女性の話を出すのはマナー違反だったかと小さく笑いながら謝る。あまり感情を顔に出さないリリスではあるが、心なしかムスッとしているように見えてしまうのは自意識過剰なのかもしれないがそんな様子も可愛らしい。

 

「むぅ……」

 

 珍しく不満を隠そうともしないそんな彼女であるが……。私がVtuberになろうと思ったきっかけをくれたのがアカリちゃんだとすれば、決意させてくれたのは夜闇リリスというVtuberなのだ。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話 伝わる思い

『それじゃ今夜キミの夢にお邪魔しちゃうぞ♪夜闇リリスでしたーおやすみー』

 

 作業のお供に聞いていた夜闇(やあん)さんの配信が終わり時間を確認すれば深夜三時。もうそんな時間になってしまったかとファイルを保存して編集ソフトを閉じる。

 ほぼ二つ返事で依頼を受ける旨を伝えてからは文面から感じた通りスムーズにやりとりは進んでいき。制作も順調、おそらくこのままいけば予定通り数日後には納品することが可能だろう。

 

 夜闇さんに限らず依頼を受けた相手の活動内容はなるべくチェックするようにしているのだが、配信頻度も高いこともあり最近は彼女の配信を見ることが多くなった。

 こういった普段の活動内容だったりちょっとした発言やネタ要素は動画を作るうえで参考になるし、らしさが反映された編集というのは依頼者にもゆくゆく動画を見る視聴者からも喜ばれる。仕込んだ小ネタに気付いてもらえるかどうかというのも楽しみのひとつだったり。

 

 配信では常に明るくハイテンションであり、サキュバスらしくリスナーを手玉に取ろうとするのだが狙いすぎていてリスナーからはそれをからかわれる。それが彼女の配信でのお約束になっており度々コメント欄とプロレスをして笑い合っている姿は見ているこちらも楽しませてくれる。それでいてASMR配信では照れることも茶化すこともなく本気で甘々にとろけるような声で囁いてくるのだからその魔性に夢中になってしまうのだろう。

 

 同性の私からして初めて聞いたASMR配信はドキドキさせられたし、新たな世界を垣間見た気分であった。

 

「Vtuberかぁ……」

 

 依頼を受けるようになってからその存在を知り、いまとなってはすっかり深みにはまってしまったと言っていいその存在。アカリちゃんに夜闇さん、他にも今まで依頼を受けたVtuberの人たちからは新しい文化特有の並々ならぬ活動の意欲と勢いのようなものが感じられる。

 最近はアカリちゃんのように3Dの身体を持たなくても簡単に2Dの姿で配信できるようになるツールがリリースされたりしてVtuber自体の数が増えているのもその一因だろう。

 

「我は魔王まおだ……なんて」

 

 少しだけ声を作って呟いてみるがすぐに小さく笑って頭を振る。Vtuberたちと関わるようになってから時々考えてしまう「もし私がVtuberになったら」という妄想。友人につけられたあだ名が元とはいえハンドルネームにするくらいだ、この歳まで変えずに使い続けているのだから愛着もわいている。

 

 とはいえ、Vtuberになったところでトークに自信があるわけでもなし歌もイラストも人より少しだけ出来るかもしれないけど、今のご時世ネットの世界ではいくらでも素晴らしいものを持っている人がいくらでもいる。なんていったって身近にいる友人二人がその最たる例なのだ。

 

 歌は動画の再生数という分かりやすい指標によって天使ちゃんことつかさには遠く及ばず。天使ちゃんの歌声を聞きに来た人がついでに私の歌も聞いてくれていると思うのは卑屈にすぎるかもしれないが、投稿した際の反応を見てみればそう思ってしまっても仕方ないだろう。

 

『天使ちゃんの歌楽しみです!』

『次は天使ちゃんかな?』

『天使ちゃん期待』

 

 もちろん悪気はないのだろうし歌声のファンである私からしても友人の歌ってみた動画を待ち望む声は理解できる。一度、自分のチャンネルで投稿するより天使ちゃんのものを開設してそちらに投稿したほうが……とも思って提案してみたこともあったが。そういうのよくわからないからと結局これまで通り天使ちゃんの動画は私のチャンネルの一大コンテンツだ。

 

 一方でイラストにしても最初は得意げにデジタル絵について色々とアドバイスをしていたのだが、どんどんと新しい技術や技法を取り込んでいった(しず)に教えることなど早々になくなってしまい。今ではその異常なまでの筆の速さとクオリティからSNSでは神絵師SILENT先生として称えられている。

 

『SILENT先生まじ神』

『イラスト美しすぎる』

『また上手くなってる……』

 

 私に来る動画作成依頼もなんとかSILENT先生にイラストを依頼できないかといったものも少なくはない。出会った当初はネットに疎いという印象だった静も今となっては私とネットスラングで軽口を叩き合うまでになったが、根本的に人付き合いがあまり好きではないようで開設したSNSもイラスト投稿ばかり。あまりにコンタクトがとれないせいで私の方に依頼が来る始末だ。

 冗談めかして「静のマネージャーになって養ってもらおうかなー」と言った際には「毎日まおのためにイラスト描くね」なんて言われてしまった。

 

 そんな二人がメインの動画を投稿すれば当然、二人に対する称賛のコメントと再生数はどんどん増えていき。SNSでも話題に上がりトレンドに乗ることも珍しくなくなってきている。その中に動画を作った私の名前はなく……まぁ動画作成者なんてそんなものだとは思いつつもどこかモヤモヤとした気持ちを感じてしまうのだ。

 

 あぁダメだ……。こんな時間まで作業をして疲れているのだろう。思案にふけっているうちに時計の針は思った以上に進んでしまっているし、思考は悪い方向へと陥ってしまう。

 

 こんな時は寝て思考をリセットしてしまうに限る。そう思って電気を消しベッドにもぐりこんだが目を閉じれば結局のところ意識が落ちるまで色々なことを考えてしまうのだった。

 

 

夜闇リリス:確認いたしました。素晴らしい動画をありがとうございます

魔王:こちらこそご依頼いただきありがとうございました

 

 特に問題も起こらず夜闇さんからの依頼は予定通り納品完了。思った通りやりとりも制作もスムーズに行う事ができたし、作成した動画も夜闇さんの要素を散りばめたいい動画になったという自負があったので褒められるのは素直に嬉しい。

 

 いつもならここでやり取りも終わり……のはずだが、先日余計なことを考えてしまったせいなのだろう気付けばキーボードで追加のチャットを送ってしまう。

 

魔王:もしよろしければ、私に依頼していただけた理由をお聞きしてもいいでしょうか?

 

 それこそ、これだけ登録者がいてリスナーもついている彼女がどうして私に依頼するに至ったのか。たまたま目についたから?それともやはりつかさや静の動画きっかけだろうか。おそらく後者なんだろうなとは思いつつチャット画面を見つめる。

 

夜闇リリス:魔王様の作る動画が好きなのでご依頼させていただきました

 

 少し間があって表示されたのは気を使わせてしまっただろうか、当たり障りのない回答。どんなところが?と聞いてみたい欲求が出てくるが納品も終わったのに長々とやり取りするのも気が引けてしまう。

 

魔王:ありがとうございます。夜闇さんの活動の一助になれれば幸いです

夜闇リリス:さっそく今夜投稿したいと思います。改めてありがとうございました

 

 欲求を抑えてこちらも定型的な言葉を返してやり取りを終える。

 どうにも先日のことが頭に残ってしまっているらしい。

 

「よしっ、気持ち切り替えて自分の動画も頑張らなくちゃね」

 

 最近は依頼の数も増えてきて、自分のチャンネルに投稿する動画の編集時間がなかなかとれなくなっているのだ。うじうじと考えるよりも手を動かさなければ……、手を動かしているうちは変なことを考えなくなるので一石二鳥だ。

 

 次に控えているのはファン待望である天使ちゃんの歌にSILENT先生のイラストを使ったものであり、この二人のクオリティに恥じない出来にしなければいけない。歌もイラストも出来上がっているのであとは私が頑張るだけ、気合を入れていこう。

 

……

 

「ふぅ……結構進んだかな」

 

 もともとがシンプルな構成にする予定だったのであまり思い悩むこともなく作業は順調。歌とイラストの出来がいいので下手にこった編集よりもシンプルなほうがそれぞれの魅力を引き出してくれるだろう。

 

「そうだ、夜闇さんもう投稿したかな?」

 

 作業に集中していたせいですっかり時間は遅くなり、気になった私は配信サイトを開き夜闇さんのチャンネルを開く。相変わらず際どい衣装を着た彼女のチャンネルバナーに迎えられつつ、動画一覧には納品した動画が表示されておりすでに投稿された後らしい。

 

「あっ、配信してる」

 

 そしてその隣にはライブ中の文字が載ったサムネイル。どうやら配信中のようで、もしかしたら動画についてのこと何か話しているかなーと思いクリックして配信を開く。

 

『この曲ほんとに好きでさー、めっちゃ録り直したんだよねー』

 

 :何回くらい?

 :気合入ってんねぇ

 :意外とストイックなとこすこ

 

 たしかに最初にもらったラフミックスと比べても相当歌い込んでいたのは完成版の音源を何回も聞いた身としては納得だ。しかも、その完成版の音源も最終的には一度差し代わっていたりする。

 

『えーっと、ラフミックスのあとに……何回だっけ、とにかくいっぱい!動画作ってくれた魔王様には迷惑かけちゃったなー』

 

 :魔王様ありがとう

 :魔王様ってあの?

 :魔王に動画作らせたの?

 

 不意に自分の名前が配信から聞こえてきて思わずピクリと反応してしまう。

 

『んー?あっ魔王様っていうのは今回動画作ってくれた魔王様で、魔界の魔王様じゃないよ?』

 

 :ややこしくて草

 :魔王が動画作ってるのか……

 :魔王って天使ちゃんの動画とか作ってる人やろ

 :SILENT先生で知ってるわ

 

 たしかに魔族のサキュバスである彼女が魔王といえばややこしくはあるだろう、とはいえコメントを見るに何人かは私の事を知っているようだ。それだけ天使ちゃんとSILENT先生の知名度は広まりつつある。

 

『そうそう!魔王様のファンでさーいつかは依頼したいなーって思ってたから、受けてもらえてうれしかったなー。みんなは魔王様の動画見たことある?』

 

 :天使ちゃんの歌みたで知ってる

 :天使ちゃん結構バズってたもんな

 :たしか他のVの動画も作ってたよな

 :SILENT先生もあれで一気に有名になったし

 

『リリスナー浅いなぁ……確かに天使ちゃんとSILENT先生の動画はすごくいいよ?でも魔王様の真価はそこじゃないんだよなー』

 

 :ん?

 :は?

 :なんか語りだしたぞ

 :これはめんどくさいオタク

 

『あーもう、ちょっと煽ったくらいで怒らないの。ごめんなさぁい♪』

 

 :キレそう

 :は?

 :あ?

 :誠意が感じられない

 

『リリスちゃんがこんなにかわいく謝ってるのにぃ……ってそんなことはどうでもよくて。魔王様の動画はねぇ……』

 

 身体をくねくねと動かしながら甘い声色で謝ってみせる夜闇さんだが、これに対するコメントはお約束通り。そして次々に語られる夜闇さんの言葉はどれもこれも私に対する称賛の言葉であり、天使ちゃんとSILENT先生の動画はあえてシンプルな編集にしていること。夜闇さんの動画に仕込んだ小ネタの数々を解説し、どれも配信をしっかり見ていないと作れない事。さらには私の歌とイラストについてまで言及してくれている。

 

『──とにかく配信者とリスナーへの愛がすっごいの!!リリスも何回も見なくちゃ気付けないネタとかあるしどれだけチェックされてるんだって話!リリスちゃんこんなに愛されてるんだーって惚れちゃったもんね!』

 

 :大好きじゃん

 :くっ俺の方が好きだし!

 :NTRってこんな感じなんだな……

 :草

 :魔王に負けた……

 

『あーもう、リリスナーの事も愛してるんだから負けずにしっかり愛してよねっ』

 

 伝わっていたんだ……。

 気付けば私の目からは涙が零れていた。今まで動画のコメントでもSNSでも圧倒的に天使ちゃんとSILENT先生への言葉が多かったせいで見落としがちだった私への言葉。それを偶然かもしれないが夜闇さんは私に声で届けてくれた。

 

────

 

「そういえばあの時ってさ、私が見ると思ってたの?」

「思ってた……絶対見る」

 

 思い出話の中でなんとなく聞きそびれていたことを聞いてみれば当たり前のように帰ってくる言葉。まるで当時の自分の行動が読まれていたようでなんとも恥ずかしい。

 あの配信のあといてもたってもいられなくなった私は夜闇さん……リリスへと連絡を取り、Vtuberになりたいという気持ちを伝えた。

 

 今となって思えば、依頼した相手から納品後にいきなり連絡がきてVtuberになりたいと言われても何が何だか意味不明だったろう。

 

「いきなりあんな連絡きて驚いたでしょ?」

「驚いた……会いたいって」

 

 何もかもすっ飛ばしていきなり「会いたい」だ。そんなの警戒して当たり前だろうが当時の私からすれば、感動と感謝を直接会って伝えたかったんだろう。相手がリリスで快諾してくれたから良かったものの、よりにもよってVtuber相手に会いたいは禁句でしかない。

 

 それでその場所に選ばれたのがここのカフェであり、この紅茶である。

 

「ほんとあの時はなんだろう止まらなくてさ……」

「情熱的だった……」

 

 その場に現れたリリスの容姿にも驚いたが、それ以上にその言動の違いに困惑しつつも聞き上手な彼女に色々と思い返すだけで恥ずかしいことをずいぶん言った気がする。とにかく、リリスの言葉で迷っていた心が救われ自身も言葉で直接誰かの心を動かしたいとかなんとか……。たった約三年前の出来事ではあるのだが若いなぁと感じてしまう。

 

「でもあれがあったから今の私がいるんだよね、ありがとう」

「ん……」

 

 そしてリリスの協力もあって、静にデザインを依頼し黒惟まおが誕生したのだ。彼女がいなければ、依頼を受けていなければ未来は大きく変わっていたであろう。素直な感謝の言葉に微笑みながら小さく頷くリリスは三年前からちっとも変っていない。

 

「そろそろ行こうか」

「わかった」

 

 思い出話に花を咲かせているうちにカップの中身も空になり、時間を確認すればいい頃合い。久しぶりに出歩いた分の軽い疲れはすっかりとれたがその代わり空腹を覚え始めている。このままここで軽食という手もあるがせっかくのリリスとのデートだ、予定通りに気になっていたランチのお店へと向かうために立ち上がりリリスに手を差し伸べる。

 

「そういえば、まだちゃんと惚れてる?」

「……ちゃんと愛してくれてるなら」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話 第二回ラジオクローネ!①

「まお様お願いします」

「いやだ」

「そこをなんとか……」

「ぜーったい、いやだ」

 

 ラジオクローネの第二回を配信するために我が家を訪れたリーゼだったが、もう何度目か数え切れないほど交わしたこのやりとり。

 なんならこの一週間顔を合わす度、チャットで会話するたびに懇願されているのだが回答は断固としての拒否。正直、あの手この手でお願いしてくるリーゼの言動が楽しくなってきているのは内緒だ。

 

「わたくしがこんなにもお願いしているのに……」

「そんな可愛い子ぶったって効きませんよー」

 

 眉尻を下げ困ったような表情で上目遣いに見上げてきたリーゼを見ても気持ちは揺るがない。出会った頃ならまだしも最近の彼女はどうお願いすれば私が言うことを聞いてくれるのか、わかっていてそうしてきている節がある。純粋そうに見えてその実なかなかの小悪魔っぷりが隠しきれていない。もしかしたら隠しているだけで可愛らしい羽と尻尾があるのではないかと最近は思っているくらいだ。

 

「かくなる上は……あの動画を使うしか……」

「あれはお互い触れないって約束したよね?」

 

 あの動画……、私が酔っ払ってリーゼに迫っているあの動画であることは明白だが、あれは互いにとっての不発弾に他ならない。私への切り札になりえるが影響を考えれば封印しておくのが一番である、というのが共通認識であったはずだが。

 

「ママに送ってもいいんですよ?」

「ぐっ……」

 

 二人にとってのママとはSILENT先生こと(しず)であり、もし彼女の手に渡れば散々からかわれた上におそらくファンアートという形でリスナーたちにも開示されることになるだろう。おそらく情報提供者としてリーゼが静に責められるということは考えにくい、むしろよくやったと賞賛されることは想像に難くない。

 

「わかった……降参、全く……昔の可愛かったお姫様はどこにいったのやら……」

「おかげさまでわたくしも鍛えられてますので」

 

 配信でリスナーたちに色々と鍛えられているのであろう、こういったやりとりからも簡単にあしらえなくなってきている。更に言えるのは私への遠慮というものも薄れ、だんだんとリーゼの素というものが見えてきているのはいい兆候だろう。そうなればこそこちらからも遠慮なく付き合っていけるというものだ。

 

────

 

【ラジオ】第二回ラジオクローネ!【黒惟(くろい)まお,リーゼ・クラウゼ/liVeKROne(ライブクローネ)

 

 :待ってた

 :第二回待ち望んでた

 :採用されてないかなぁ

 :今回はまお様当番回だっけ

 

「お嬢様……起きてくださいお嬢様」

 

 :お?

 :なんかはじまった

 :きゃー黒様ー!!

 :これはイケまお

 

「ぅん……ん……」

「お嬢様、起きないと悪戯……してしまいますよ?」

 

 :はぅ

 :悪戯されたい

 :それは反則やろ

 :いいですわゾ~

 

「っ……はぁぁ……」

 

 :悶てて草

 :草

 :お嬢様w

 :耐えてるwww

 

「ん、んっ!……あと五分……むにゃむにゃ」

 

 :わりとガチの咳払いで草

 :喉大事にしてもろて

 :古典のような寝言

 :親の声より聞いた寝言

 

「悪い子ですね……それとも悪戯されたいのですか?……んっ」

 

 :あーこれはえっちです

 :健全!健全!

 :頼む見逃してくれ

 

「黒惟まおと……」

「……」

「……リーゼ?」

「っ、リ、リーゼ・クラウゼの」

「ラ「ラジオクローネ!」」

 

 完全にトリップしタイトルコールに出遅れてしまったリーゼの顔は真っ赤であり、画面に映っているリーゼも頬を赤くしている。そこまで再現するなんて最近の技術はすごいなと思いつつ、マイクに近づいての囁きと手の甲を使った口付けの音はやりすぎだったろうか。片耳につけたイヤホンから聞こえる返しの音声からしてなかなかの出来だったと思うのだが。

 

「今宵も我らに付き合ってもらうぞ?liVeKROne所属の黒惟まおだ。こんまおー」

「……同じくliVeKROne所属の魔王見習い、リーゼ・クラウゼです。はじまリーゼ」

 

 :こんまおー

 :はじまリーゼ~

 :こんクローネ!

 

「ということで開幕はラジオクローネ劇場だったわけだが、今回のお題は『なかなか起きないお嬢様を口付けで起こす執事(男装の麗人)』ということで前者がリーゼで後者が我指定のものだった。……お前たち台本にしてもお題にしてもだいたいが我の負担が大きすぎるものばかり送ってきおって」

 

 :草

 :それでもやってくれるまお様すこ

 :リーゼちゃん寝て悶てるだけで草

 :まおにゃんは採用されなかったか……

 :男装の麗人という指定にこだわりを感じる

 

「まおにゃんを送ったそこのお前、しっかり名前見えてるからな」

 

 :ヒェッ

 :あっ

 :まおにゃんを送れば認知してもらえる……?

 :閃いた

 

「ところでリーゼそろそろ戻ってきたか?」

「……、失礼いたしました。少し空想の世界に……」

 

 :草

 :静かだと思ったらw

 :あれはしゃーない

 :×空想〇妄想

 

 私がフリートークで繋いでる間もどこか恍惚とした表情で空を眺めていたリーゼがようやくトークに参加してくれる。選ぶお題も演じ方も少し考え直した方がいいだろうか。

 

「改めて素晴らしいお題をありがとうございました。この男装の麗人というところがポイントですね……。ここで安易に執事としないあたり歴戦のまお様リスナーであることがうかがいしれます。しかもこの方、実に細かい設定も一緒に送ってくださいまして……『実はこの執事は亡国のお姫様であり、命を守るために男装し親子同士旧知の仲である屋敷へ執事として仕えているんですね。そしてこのお嬢様とは幼馴染であり、幼い頃は良き友人として共に遊んでいたのですが国の政情が危うくなったため会うことができなくなり……数年ぶりの再会が男装し執事となった姿。わたくしは一目見てその正体に気付くのですが政情からそれを言うわけにもいかず……まお様も己の正体がバレてしまうとわたくしに迷惑がかかってしまうので正体を明かすことができず……。思いを寄せられているのに気づいてはいるけども、あくまでその相手は男装した別人であるという葛藤も持っていて……』」

 

 :長い長い長い

 :超大作で草

 :これで1本書けるやろ

 :コムケで出してくれ

 :むしろ読みたい

 :これリーゼちゃんが書いてない?

 

「このお互い思い合っているのに気持ちを告げる事ができずに立場から気持ちもすれ違っていく未来しか見えないのがなんとも物悲しく……まお様とならばわたくしは立場などすべて捨ててしまってもいいのに!でもそれを選んでしまうとまお様が悲しんでしまう事がわかってしまうからこそ選べないというこの……」

 

 :いや長いて

 :ステイ

 :途中から完全に役に入り込んでて草

 :これは名女優

 

「リーゼ、ステイ」

「はい」

 

 :スンてなるな

 :犬かな?

 :リードピーンってなってるって

 

 もはやこの暴走するリーゼというのもある種の名物になっているような気がする今日この頃、下手に縮こまって配信するよりも伸び伸びと自由に配信してくれたほうがいいのではあるが。

 

「もしまお様がこのような立場に置かれたらどうしますか?」

「我がか?……そうだな。どっちの立場だとしても本当に大事に思っているならなりふり構わず気持ちを伝えるべきだとは思うが……。結局相手の事を考えているつもりでそれを自分への言い訳にしてしまってる時点でどこかで耐えきれなくなってしまうのではないかな?とまぁ……言葉だけでは何とでも言えるがな。リーゼはどうなんだ?」

 

 :なるほど

 :深い

 :地味に刺さる

 :それがまお様の恋愛観か

 

「わたくしは……そうですね。相手の事を考えているつもりで自分の事を……と言われて正直図星をつかれてしまったというか。相手のためを思って我慢……してしまうかもしれません」

「別に我の考えが正解ということもないだろう、リーゼの考えも理解できるし尊いものだと思うよ。ただ我が少し我儘で自分本位なだけかもしれない」

「いえ……まお様は決してそんな……」

 

 :イチャイチャしないでもろて

 :リーゼちゃんの気持ちわかるなー

 :てぇてぇなぁ

 :まお様イケメンすぎない?

 

 結局仮定の話にすぎないので現実に直面しないとどんな選択するかはその時までわからないものなのだ。ただ自分がそうありたいという理想は意識することが重要であるとは思っている。

 

「しかしなかなか起きないというあたりははまり役じゃなかったか?」

「それは……」

「五分と言わず起こさなければずっと寝ていたからな……このお嬢様のほうが寝起きはいいのかもしれない」

「もうっそんなことありませんからね?」

 

 :寝起きの悪さを知っている……?

 :ん?

 :妙だな

 :ははーんこれはそういうことか

 :くぉれは頻繁にお泊りしてますね

 :語るに落ちたな

 :キマシ!?

 

 お泊りどころか一時期は同棲状態だったとは言えないなと苦笑しつつ、下手に言い訳をしても仕方ないのでリーゼへ目配せするとコメントを見ていた彼女も状況を把握したのか小さく頷いてくれる。こういった突発的な出来事があっても落ち着いていられるあたりそれなりの場数をこなしてきたんだなぁと実感する。

 

「と、余談に過ぎたな。このように大作を送ってくれるのもいいがほんとにお題だけでもいいので気軽に送ってくれ。あと我にばかり演じさせないように、無論まおにゃんは基本不採用とするからそのつもりで」

「……諦めずに送ってくださればなんとしても実現して見せますのでお待ちしております」

 

 :小声で草

 :絶対聞こえてるんだよなぁ

 :任せとけ!

 

 お互いの音声は返しで聞いているのでどんなに小声でも聞こえているのだが、まぁメールが減るよりは好きにさせたほうがいいだろうという思惑もある。実際のところこの手の罰ゲーム的な配役も過去に散々やらされているし役になりきってしまえば見返しさえしなければダメージも少ない。恥ずかしがって中途半端にやってしまうから余計に恥ずかしいのだ。

 

「では一通ふつおたというものを紹介しよう」

 

 

まお様リーゼちゃんこんクローネ~

まお様お引越しされたようですが新しい配信部屋はどうですか?

お引越しはお姉さん組に加えてリーゼちゃんもお手伝いしたとか

抜き打ちお部屋チェックお願いします!!

 

 

「まずその挨拶はあまりにも安直すぎないか?」

「まぁお約束ということで……」

 

 :こんクローネ~

 :こんまおに通ずるな

 :これは流行る(*´ω`*)

 :挨拶は流行るけどその顔文字は流行らない

 

 いわゆるラジオにありがちな挨拶、発想がこんまおのそれと同じで他にいい案がないかと少し考えたところで妙案は浮かばず。結局こんまおと同じく気付けば定着してそうである。

 

「我の配信でも言ったが甜孤(てんこ)にリリス、リーゼも手伝いに来てくれてな。おかげでラジオもこのとおり予定通り行えている。前の部屋も気に入ってはいたのだがやはり広い防音室というものは何物にも代えがたいな」

「わたくしからしたらスタジオとほぼ遜色ない使い勝手の環境を整えるまお様のこだわりに驚かされたといいますか……。抜き打ちチェックといってもこのお部屋は本当に配信関連の物しかないんですよね……。まお様少し家探ししてきてもいいですか?」

「いい訳がないだろう」

 

 :機材すごそう

 :もはやスタジオなのでは

 :さすが機材おたく

 :お家賃高そう

 :草

 :それはそう

 :まお様フリートークで頼む

 :いってらー

 

 腰を浮かしかけたリーゼの腕をしっかりと掴みその場から動けないように行動を封じる。そうしなければそのまま他の部屋へと突撃しかねない。

 

「では……わたくしの記憶からひとつ。まお様の寝室にはかわいらしいりらっくすしたクマのぬいぐるみがありましたよ」

「いつの間に……」

 

 :かわいい

 :女の子じゃん

 :寝室に入ったことがあると……

 :なるほど

 

 たしか寝室へ入れた記憶はないのだが……と考えたところで。引っ越しの日酔っぱらった私はいつの間にか寝室のベッドへ運ばれていたことを思い出す。これ以上余計なことを言われないうちに進行してしまおう。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60話 第二回ラジオクローネ!②

 

「さて、さっそくだがコーナーにいこうか」

「はい、それでは……リーゼの見習い魔王相談所!!」

 

 それっぽいジングルを流した後にリーゼがタイトルコールを行い、それっぽく私がデザインしたコーナータイトルを画面に出す。こういうときデザインをかじっていると小道具の用意に苦労せずに重宝するのだ。

 

 :いえーい!

 :相談所きちゃ!

 :めっちゃラジオしてるじゃん

 :本格的やな

 

「このコーナーでは見習い魔王であるわたくしがリスナーの皆様からのお悩みを解決していくコーナーです。まお様には魔王としてわたくしのアドバイスが魔王にふさわしいかジャッジしていただきます」

「リーゼがどんなアドバイスをするか楽しませてもらうよ」

 

 基本的にはリーゼのアドバイスに茶々を入れればいいので気楽なものだ。あらかじめ採用するものも選んでいるのでリーゼからして言葉に詰まってしまう事も少ないだろう。

 

「がんばりますっ、皆様も応援してくださいね?それでは最初はこちらです」

 

 :応援するよー

 :がんばれー

 :こまったらまお様に投げちゃえ

 

 

今夜の晩御飯カレーにするかシチューにするか悩んでます

どっちがいいでしょうか?

 

 

 :どうでもよくて草

 :しょっぱなからどうでもいい

 :草

 

「ええと……本当に一番最初の相談がこれでいいのでしょうか……?」

「送ってきてくれた奴にとっては死活問題かもしれないからな」

 

 :そうかな?そうかも

 :カレーやな

 :シチューやろ

 :あえてのハヤシライス

 :いやビーフシチュー

 

「コメント欄も意見が割れているようですね……それではわたくしからのアドバイスは……、シチューにしましょう!」

「ほう?その心は?」

 

 :シチュー派わい大勝利

 :シチューしか勝たん

 :そんな……

 :やっぱ大正義シチューなんだよな

 

 もったいぶったドラムロールの後に断言するリーゼ。エコーまでかけてあげればさも重大な決断を下したように聞こえてくるから不思議なものだ。調子のいいコメント欄はすでにシチューまみれ。カレーや他のメニューを挙げていたメンバーですら即効手のひらを返している。

 

「ええと……この前はカレーを作ったので今度はシチューを作ってあげたいと思いまして……」

「……リーゼ?」

 

 :ん?

 :ちょっと待って

 :相談関係なくて草

 :まお様も困惑してるやんけ

 :ちょっとーそのシチュー甘すぎんよー

 

 このお題を選んだのは私だが、まさかそんな回答になるとは予測もつかず一瞬固まってしまう。

 

「それでは……我が判定しよう。……シチューならば翌日にカレーにすることも可能だからな。そういう意味では合理的ではないか?オススメはSDの赤缶を振りかけるだけでかなり印象が変わって我は好きだぞ。よりカレーっぽくしたいならコンソメを追加したり他のスパイスを追加するのもありだ。ちなみにカレールーを入れるのは良いバランスを見つけないと味がぼやけてしまうので試行錯誤してみてくれ」

 

 :魔王とはいったい

 :もう主婦やんけ

 :所帯じみてて草

 :まおは料理できるからな

 :ガチアドバイスで草

 :今度やってみるわ

 :突っ込み不在の恐怖

 

 いや、シチューに赤缶は本当にオススメだからやってみてほしい。

 

「なるほど……勉強になります……。では次のお悩みにいきましょう」

 

 

私もまお様やリーゼちゃんのようにVtuberとして活動したいと思っているのですが

お二人のように歌もトークもうまくなくて……イラストは多少書けますが趣味レベルです

こんな私でもうまくやっていけるのか不安で……何かアドバイスを頂けないでしょうか

ちなみにVKRO(ブイクロ)はオーディションとか募集する予定とかありますか?

 

 

 :真面目系きたな

 :落差で風邪ひくわ

 :ほんとVtuberも増えたよなぁ

 

「これはわたくしなんかよりまお様に答えて頂いた方がいいとは思いますが……わたくしからのアドバイスを……、わたくしは立派な魔王になるためVtuberになりました。デビュー配信でもお話しましたがわたくしの所属とデビューの経緯は少し特殊ではあると思うのですが、後悔しないために行動した結果だと思っています。こんなデビューしたての若輩者が偉そうにと思われてしまうかもしれませんがまずは行動してみること、もし今もデビューに向けて何か準備をしていらっしゃるのでしたら是非それを続けて諦めない事。それが大切だとわたくしは思います」

 

 個人勢の頃から、リスナーから同業者から何回も聞かれた記憶のあるそれ。それをデビューしたばかりのリーゼに答えてもらうというのは酷かもしれない。ただの理想論だと言われてしまえばそれまでだろう。生存者バイアスだと論じられてしまうことだってあるだろう。それでも結局はリーゼの言う通り何か行動しなければ何も始まらない。

 

「では我からは少しだけ。まずはVtuberになって何をやりたいのか、何を成し遂げたいのかそれをしっかりと考えて行動すること。我だって歌もイラストも周りを見ればまだまだだと思っているよ、歌に関しては同期の成長が著しくてな」

 

 :真面目だ

 :周りがすごすぎるんだよなぁ……

 :まお様といえばSILENT先生に天使ちゃんおるからな

 :今日もリーゼちゃんと歌うんかな?

 

「そんな……恐れ多いです、ちなみにまお様の今の目標をお聞きしても?」

「我は今も昔も変わらないよ。配信でも動画でも作品でも……我の作ったもので、我の声で誰かの心を動かしたい。それに尽きる、我自体そうやって動かされた一人だからな。差し当たっては動かしてくれた者たちへ恩返し中といったところか」

 

 ついこの間、リリスと思い出話をしたからだろうか……今まで関わってくれた人たちの姿や目にした作品たちが脳裏に浮かぶ。

 

「素敵です……わたくしもそんな魔王になれるように頑張ります」

 

 私の言葉に感銘を受けたように言葉を紡ぐリーゼであるが、その彼女からして私の心を動かしてくれた一人であるのだ。

 

「あとオーディションについては我から適当な事を言うわけにもいかないので事務所に確認してみたが、今のところは未定という回答だった。まだまだ新設の事務所ということもあり色々と調整中らしいので何かあれば事務所から発表されるだろう」

「もしもご一緒することがあれば楽しみにしてますね」

 

 :なるほど

 :ちゃんと確認したのか

 :まぁそうよな

 :応募開始したらめっちゃ来そう

 :今のところだから希望はありそう

 

 もともとが私のための事務所ということであったが色々あって現在のような状況だ。マリーナとの話の中で私の意思を確認されたこともあったが運営についてあまり口出しすべきではないと思っているので任せてしまっている。昨今のVtuber業界を見れば人数自体も増加傾向であり、企業も大きなところから小さなところまで次々と参入している。時流に乗るとするならば遅かれ早かれ動きがあることだろう。

 

……

 

「では次が今回最後の相談ですね」

 

 

気になる人へのアプローチに悩んでいます

相手はとても素敵な方でライバルが沢山いるのですが

誰にでも優しくて少し鈍感なところがあり中々難しいです

お二人ならどのようにアプローチしますか?

 

 

 :恋話きちゃ!!

 :いやこれ……

 :すごく見覚えある状況だな……

 :そういう人いるよなー(棒

 

「恋に関する相談ですね!わたくしもこの方のお気持ちよくわかります!わたくしならば、とにかくライバルの方々に負けない状況を作るのが一番だと思います。誰にでも優しくて鈍感な相手には言葉を尽くしてもうまく伝わらないことが往々にしてあるでしょう。一緒にいる時間が増えるような状況に誘導したり……状況と周りを味方につけるのです!もちろんライバルの情報収集も怠ってはいけませんよ?まお様はどう思いますか?」

 

 :やけに具体的で草

 :これはためになるわ

 :苦労してそうやなぁ……

 

 お悩み相談には定番であり盛り上がりも期待できるので採用したものであるが、いつになく流暢に受け答えるリーゼを見て正解だったと手応えを感じる。ひとつ気になるといえば私へ話を振る際に多少の圧があったような気がすることであるが。

 

「我ならば……か。月並みな言葉になってしまうが真摯に気持ちを伝え続けるしかないのではないか?少なくとも我ならばそうすると思う」

 

 :ピュアすぎる

 :これは苦労しますわ

 :リーゼちゃんの方がしっかりしてるな

 :そういうとこやぞ

 

 なんだか散々な言われようだが、たしかにリーゼのような具体的なアドバイスと比べればそう思われてしまっても仕方ないだろう。学生時代からそれなりに同性から相談を受けてはいたのだが、答える度がっかりするような、どこか諦めに似た視線を向けられることが多かったので向いていないという自覚はあるのだ。

 

「わたくしも応援しているので一緒に頑張りましょう!それでは沢山のお便りありがとうございました!見習い魔王相談所ではあなたのお悩みをお待ちしています」

「気軽に送ってきてほしい待っているぞ」

「それではお待たせいたしました……全世界、全魔界のまおにゃんファン待望のこの企画……」

「……、まおにゃん対策本部」

 

 :きちゃ!!

 :まおにゃんコーナー!!

 :タイトルコールやる気なくて草

 :いえええええええええええい

 :待ってた

 :まおにゃーん!!

 

 私の当番回ということもあり全部不採用にしてコーナーなしにしてやろうかとも思ったが、送られてきたお便りの数が圧倒的すぎてそれを無視するわけにもいかず……タイトルコールと共にこちらもジングルを流しリーゼから数回リテイクを受けたタイトルロゴを表示する。何をして彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。

 

「このコーナーでは皆様大好きなまおにゃんをいかにしてこのラジオのゲストに呼ぶか、実現に向けて皆様と一緒に考えていくコーナーです」

「いや、このコーナーに我がいるのはおかしいのではないか?」

「まおにゃんの正体はまお様だったのですか!?」

「えっ、いや……」

「では問題ありませんね、一緒にまおにゃんゲスト実現のために頑張りましょう!」

 

 :すげぇまお様が押されてる

 :まさかまお様がまおにゃんな訳……

 :草

 :まおにゃん一体何者なんだ……

 

 有無を言わせない勢いに引いてしまったがコメントも味方につけたリーゼが恐ろしすぎる。よくここまで配信慣れしたと喜ぶべきか……。このコーナーに関してはすべてがリーゼ主導ということもあり油断ができない。

 

 

食べ物で釣るというのはどうでしょう?

まおにゃんの好物をお二人は知っていますか?

 

 

「なるほど、まおにゃんといえども好物があれば来てくれるかもしれませんね。まお様は……いえ、まおにゃんは何が好きだと思いますか?」

 

 :まお様って言ってるやんけ

 :草

 :やはりまお様が……?

 

「にゃんというくらいだから魚が好きなんじゃないか?」

「お魚ですね!ちなみにまお様は好きなお魚ありますか?」

「……、そうだな。基本的に何でも好きだが……あえて言うならよく赤魚(あかうお)なんかはスーパーで見かけるとつい買ってしまうな」

 

 :あーあれ美味いよな

 :アラスカメヌケか

 :あれわいも好き

 :煮付けおいしいよねー

 :やっぱり家庭的なんだよなぁ

 

「赤魚……ですね。覚えておかなきゃ……それではお次にいきましょう」

 

 

まおにゃんのことはあまり存じ上げないのですが

お二人のママであるSILENT先生に

お願いすればなんとかしてくれそうな気がします

 

 

 :存じ上げない(大嘘)

 :SILENT先生は特効すぎる

 :的確すぎて草

 :絶対ノリノリで立ち絵用意スルゾ

 

「わざわざ忙しいSILENT先生にお願いするというのはやめておいた方がいいと思うが……」

「まお様がそう仰るならばやめておきましょうか」

 

 :SILENT先生絶対このラジオ聞いてるやろ

 :なんならSNSで拡散してたからな

 :SNSで反応してて草

 :ほんとだ草

 :いえーいSILENTマッマ見てるー?

 :SILENT先生もよう見とる

 :リゼにゃんも書いてもろて

 

SILENT@SILENT_oekaki

立ち絵の依頼お待ちしています

#ラジオクローネ! #まおにゃん対策本部

 

 あいつ……。さぞかしファンたちによって拡散されたのであろう。#ラジオクローネ!でチェックすると一番上に表示されるメッセージが目に入り愉快げに笑う(しず)の顔が目に浮かぶ。

 

「実現する際にはSILENT先生にお願いすることにしましょう、先生ありがとうございます!」

 

……

 

 それからも真面目な提案や完全にネタに振り切った内容などが紹介され、それぞれに一言コメントしていったが。リスナーもリーゼも本当にそこまでして見たいものなのだろうか……。

 

「沢山のお便りを頂きましてすべてを紹介したいのですが、残念ながら次が最後になります」

「ようやく最後か……」

 

 

お二人が何か勝負をしてリーゼちゃんが勝ったら

ゲストというのはどうでしょうか?

 

 

 :いいじゃん

 :それだ

 :天才

 :完全に罰ゲームで草

 

「それだと我に利点がなさすぎるではないか……」

「ではまお様が勝てばリゼにゃんを……もしかして負けると思ってらっしゃるのですか?」

「……そこまで言われれば受けない訳にもいくまい」

 

 リゼにゃんなんてお願いすればすぐに出てきてくれるので甚だ不平等な気はするが、挑発しているのであろう含みのある言葉と目線を送られればわからせてあげる他ない。

 

「では次回……勝負内容についても皆様から募集しましょうか」

「そうだな、なるべく公平なものを送ってきてくれ」

 

 :これはコネクトフォーしかない

 :楽しみすぎる

 :リーゼちゃんファイト!!

 :全リスナーの希望がリーゼちゃんに託された

 

「まだまだまおにゃん対策本部は皆様からのアイディアをお待ちしています!」

「我としてはもう十分なんだが……」

 

 次回以降への盛り上がりを残しつつ綺麗な締め……、コーナーの構想から採用まですべてを任せてほしいと豪語したリーゼだけあってきれいにまとまっている。

 

「では最後にリーゼと一曲歌ってエンディングとしよう」

「今回はまお様選曲です!」

 

 :デュエットきちゃ!!

 :何歌うんだろう

 :うたみたは出す?

 :楽しみー

 

「うたみた動画は……、用意しているよ。ラジオ終了後に投稿するのでそちらも楽しみにしておいてくれ」

 

 :やったー!!

 :さすまお!

 :助かる

 

 収録やMIXなどの音周りは事務所にお願いし、イラストはいつものごとくSILENT先生。そして動画は私。一人でやっていたときに比べて分業できているし、静の筆の速さと私が専業になったことで作業時間が容易に確保できるようになればこそだ。

 それに今回のは元曲MVに寄せて作っているので私の負担はそれほど大きくはない。

 

 歌う準備のために一度待機画面へと切り替わったのを見てリーゼへと視線を向ける。その姿は前回のように思わず手を握ってあげたくなるような弱々しさは感じられない。緊張はしているようだが……適度な緊張感を保てているようにも見える。

 自身の準備が終わったところで目配せすれば向こうも軽く微笑んで頷いてくれる。これならば大丈夫だろう。

 

 待機画面からデュエット用の二人でマイクを挟んだ配信画面へと切り替え一度呼吸を落ち着け音源を流し始める。

 

 わざとブレス音を入れて一拍置いてからの歌い出し、韻を踏んでの歌詞は歌っていても小気味好い。心配していた英語の部分も問題なく歌えて一安心する。

 私のパートが終わりリーゼの歌声が響き始めれば、流石というべきか流暢な英語で見事に歌い上げている。私のように耳コピの要領ですべてルビを振り、言語としてではなく音として歌っているのと違い発音に怪しいところがまったく感じられない。

 

 ノリの良い曲調に合わせて私の日本語とリーゼの英語がそれぞれ掛け合い自然とリズムに合わせて身体が揺れてしまう。ほとんど英語部分はリーゼの割り振りになっているが、それでも一部は担当になっているのでリーゼに教わった事を意識しながら慣れない発音で歌う。

 

 もともと二人の作曲者の名前が歌詞になっている部分は歌い手の名前に歌い替えるのが定番のお約束。自然と互いの顔を見合わせて笑みがこぼれてしまう。

 

 ノリノリで未練など微塵も感じさせないような前向きな別れの歌。最後に力強く曲名を繰り返し曲が終わる。

 

 :英語うっま

 :888888888

 :ほんと楽しそうに歌うなぁ

 :めっちゃいい

 

「リーゼと歌うならぜひこの曲を歌ってみたくてな」

「わたくしは今回知ったのですが、とても前向きでノリが良くてすぐに好きになりました」

 

 :二人共英語いけるん?

 :歌詞ほんと好き

 :かっこよかった

 :まお様に英語は……

 

「我の英語はそれっぽく歌っているだけだよ、リーゼに色々アドバイスをもらったおかげで多少はマシになったと思うが」

「わたくしは日常会話くらいなら英語でいけますね、ただ母国語はドイツ語なのでネイティブレベルではないですが」

 

 :えっ?

 :ま?

 :すご

 :トリリンガルやんけ

 :完全に日本人だと思ってた

 :エリートすぎる

 

 何不自由なく日本語でコミュニケーションをとっているリーゼであるが、ルーツはドイツにあり母国語であるドイツ語はもちろん英語もお手の物。それでいてなんの違和感もなく日本語を喋るので何か言語に関する魔法でもあるのかと思ったが返ってきた答えは普通に覚えたとのこと……。意思を伝えるだけであれば魔力による会話でどうとでもなるらしいが、言葉にして話すためには地道に学ぶしかないらしい……。

 

「そんなリーゼとだからこそ英語がふんだんに入っているこの曲を選んでみた、もとの歌詞分けも日本語と英語で分かれていたからな。そして歌う前にも言ったがこのあと動画も我のチャンネルに投稿する。そちらは我の英語もなかなかのものだぞ?」

 

 収録ならば納得いくまで録り直せるし色々と直してもらえるのでかなりいい感じになっており、MIXの偉大さを改めて実感することになった。生歌は生歌でライブ感というかそういったところで楽しんでもらえばいいのだ。

 

 :なるほど

 :楽しみー

 :またプレミア公開?

 :一緒に見たいなー

 

「前回と同じくプレミア公開だな、また我とリーゼで一緒に見るのでそちらもよろしく頼む」

「わたくしも仕上がったものはまだ見ていないので楽しみです」

「では第二回ラジオクローネもそろそろ終わりの時間だな」

「終わりの挨拶はどうしましょうか」

 

 :おつクローネやろ

 :おつクローネ

 :安直だけどまぁ

 :せやろな

 

 まぁ、おつまおよりかはラジオに相応しい挨拶ではあるだろう……。

 

「すっかり定着しそうですね」

「わかりやすいといえばわかりやすいからな、それでは次回また会おう」

「「おつクローネー」」

 

 :おつクローネ!!

 :おつクローネ~

 :たのしかったー

 :プレミア公開に移動だー!

 :次回も期待




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61話 天使と魔王

「案件ですか?」

「ええ、先方からは是非にと」

 

 もはや恒例になりつつある配信によって貯められた魔力を宿した石の交換。そのあとの軽い魔力と体調チェックまで終えたところでいつも通り魔力のレクチャーが始まるのかと思ったところで差し出された書類を手にしつつ首を傾げる。

 

「ここって……」

 

 社外秘と隅に印字された書類は企画書のようで、企画名と相手先の企業名……。大手音楽レーベルの社名が続いている。いつも活動に関する連絡は基本的にマネージャー経由であったため、ついでとはいえ社長自らとは珍しいとも思っていたのだがそれを見て事情を察してしまう。

 妙に見覚えのある社名は有名ということもあるが、なによりも幼馴染である天ヶ谷(あまがや)つかさこと、天使(あまつか)沙夜(さや)が所属しているレーベル。

 

「何かそういったお話はありましたか?」

「いえ、つかさ……天使(あまつか)からは何も……」

 

 ペラペラと企画書をめくりながら企画の趣旨を読み解いていけば、全国ツアー最終公演で発表されたアルバム発売を記念した特別ラジオへのゲスト出演依頼。そんな記念すべき企画に呼んでもらえることは嬉しいのだが、内々に話があったという訳でもない。

 お互い事務所に所属するタレントということもあり、このように事務所経由で知らされるのが本来正しい形式であることはわかっている。しかし、つかさの性格から考えるに一声くらいはかけてきそうなものではあるのだが。

 

 もしかしたら、こちらが企業所属となったことで気を使ってくれたのだろうかと思いつつも少しだけ寂しさのようなものも感じてしまう。

 

「いかがしますか?事務所としては新たなファン層の獲得にもつながりますし、既存ファンからしても嬉しい企画だとは思うのですが」

 

 たしかにマリーナの言う通りこれは大きなチャンスでもある。最近になってメディアでも目にするようになってきたVtuberというコンテンツだが、世間一般から見ればまだまだディープでニッチな界隈。それこそテレビにどんどん出演し、音楽チャートにアーティストとして名前が載りCDが全国流通している相手からすれば知名度など比べるべくもない。

 

 そんな相手がパーソナリティを務めるラジオ番組への出演だ。アルバム発売記念の期間限定とはいえ全国キー局でのラジオ番組、Vtuberという文化を知らない人たちにも声を届けることができる。

 それに黒惟(くろい)まおと天使沙夜の関係性を知っている古くからのファンからしても、公式にあの魔王と天使がお互い立場を変えての邂逅である。盛り上がるのは想像に難くない。

 

「それはそうなんですけど……」

「何か気になることでも?」

 

 そんな好条件の案件ともあればすぐにでも飛びつきたいところだが、懸念点がない訳ではない。

 

「私の二周年記念の時にお祝いのメッセージをもらったじゃないですか」

「えぇ、大変好評だったと記憶しておりますが」

 

 リスナーからも驚きと共に迎えられ、更なるサプライズであるSILENT先生の登場と共にインターネットニュースにもなった二周年記念配信での天使沙夜からのサプライズメッセージ。

 それを実現するにあたってつかさはかなり苦労したと聞いている。最初は本人からして生通話する気満々だったらしいのだが、事務所から許可が取れずなんとかメッセージという形での実現。

 後からかなり事務所とバトルしたと聞いたときには心配すると共にそこまでしてくれたことに感謝したのだ。

 

「先方からしてもあまりいい顔はされてなかったらしくて……、それがこうも対応が変わるものなのかと」

「なるほど、たしかに気になるところではありますわね……」

 

 といってもあの時はただの個人勢Vtuberであったが、今は新興とはいえ事務所所属。そういう形式的な立場によって対応が変わったのかもしれないし、もしかしたらあのサプライズが話題にあがったことにより相手方の黒惟まおに対する見方が変わった可能性も考えられる。

 

「この件、返事は待ってもらっても大丈夫ですか?いちど天使と話をしてみようかと思います」

「わかりましたわ。猶予は来週まで、何かあればすぐに連絡していただければこちらとしても助かります」

 

 とにかく憶測だけでは判断できないし状況を確認するためには話してみるしかないだろう。これがただの杞憂であるならばそれでいいし、何か事情があったとしてもそれを知らずに受けてしまうのは双方に何かしらの軋轢を生み出す可能性も否定しきれない。つかさからすれば「心配しすぎだって」と笑われてしまうだろうが出来うる安全策は取っておきたいのだ。

 

 来週までという期限はあるが幸いにも時間は自身でいくらでも調整が効く、あとはつかさ側のスケジュール次第ではあるが……。ツアーが終わった後は少しだけ時間があるという話も二周年企画絡みのやり取りで聞いていたのでおそらくは大丈夫だろう。

 

 私への話を終えたマリーナからいつもの魔力講座を受けながら、そんなことを考えていたせいだろうかどうにも集中することが出来なくて魔力操作の出来は散々であった。

 

 

 いつものように三十分前に待ち合わせ場所に到着しあたりを見回してから近場のコーヒーショップへと足を向ける。今日の待ち合わせ相手を考えれば時間前に来ることはないだろうし、どうせ……。と考えたところでスマートフォンにメッセージが届く。

 

 つかさ:ごめん!遅れる!

 音羽(おとは):いつものとこで待ってる

 

 やっぱりねと、ため息をつきながら仕方ないなと小さく笑う。学生の頃からもう打ちなれてしまった返事を送り、注文した品を受け取り駅の出入口が見える席を確保。ぼんやりと行きかう人たちを眺めながらカップに口をつける。

 

 つかさは遅刻の常習犯というわけではないが、まずもって来るのはいつも時間ギリギリか少しオーバーすることも珍しくなくたいていは息を切らしながらの登場。それでも必ず事前に連絡をくれるのでこうやって時間を潰すことには慣れている。

 

 マリーナから案件の話を聞いてからすぐにつかさへと連絡を取ると、聞いていた通りツアー後で予定が空けられるとのことだったので久しぶりに会って話したいと約束を取り付けることが出来た。もしかしたらラジオゲストのことについて何か言われるかとも思っていたが、その時点での言及はなし。色々と考えて黒惟まおとしてではなく来嶋(くるしま)音羽(おとは)として連絡を取ったせいかもしれないがどうにも引っかかる。

 

 ただ行きかう人を眺めているのも飽きてくるもので、興味本位で天使沙夜と黒惟まおについてネット上ではどのように語られているのか調べてみる。

 まず一番上に出てくるのは二周年記念でのサプライズメッセージを取り扱ったネットニュース。私も目を通したそれはSILENT先生登場も含めて旧知のメンバーが私のお祝いに駆け付けてくれたという内容でとても好意的な記事にしてくれている。

 あえて私たちの関係を深堀りすることもなく配信内で語られた内容を元に作られたそれは、わかるファンにはわかるがあえて言及しないというスタンスだろう。

 

 その下はまぁ、配信者や芸能人には避けられない所謂『中の人』に関するページが検索結果に並んでいる。特にVtuberというのはいくらでも姿を変えられるという事もありそういった好奇の目に晒される事は一種の通過儀礼といっても過言ではない。

 

 私やつかさなんかは、それこそ魔王天使時代の活動内容を消している訳でもないし幼馴染であるということを公表していないだけ。名前からしてまったく隠そうとしていないことからわりと気軽に互いについて言及できる間柄ではある。

 

 それでも相手は大手レーベル所属のアーティストであり、今となってはこちらも事務所所属のVtuber。今回の案件によって正式に黒惟まおと天使沙夜としての交流が出来るかもしれないというのは喜ばしいことだ。

 

 『天使、SILENT、魔王の黄金トリオ復活か!?』なんてうたい文句の記事を読み飛ばしていると駅の方からまっすぐにこちらに向かってくる一人の姿が目に入る。スマートフォンから顔を上げればこちらの視線に気付いたのであろう、片手を少し上げ口元はマスクで隠れているが目を見れば申し訳なさそうに苦笑している姿まで昔とちっとも変わらない。

 

 ぬるくなった残り僅かのコーヒーを飲み切ってしまいカップを回収場所に収め、店の前で待っている相手の元へと向かう。

 

「悪い!乗り換えミスっちゃって……」

「いいよ、久しぶり」

 

 金髪ショートヘアの頭を下げながら両手を合わせてくるのを見て、こちらも気にしていないよと言葉と態度で示して見せる。こうやって会うのは数年ぶりだろうか、まず私が黒惟まおになってからは結局一度も会えていなかったのだ。

 平日は仕事と配信、休日は配信とたまに仕事……といった生活を送っていた頃は互いに会おうにもスケジュールが合わず、忙しいだろうからと気軽に声をかけることもいつしか出来なくなり。事務所に所属しスケジュール調整しやすくなったと思えば相手はちょうど全国ツアー。

 

 テレビや雑誌でその姿を見ることはあったが実際に会ってみると心なしか芸能人特有のオーラというか風格のようなものを纏っている気さえしてしまう。

 白パーカーにダークトーンのチェック柄パンツを合わせネイビーのミリタリージャケットを羽織っている姿は昔から彼女が好んでいるユニセックスコーデであり、見た目は自身のよく知る幼馴染の姿ではあるのだが、その纏っている雰囲気のせいもあって別人のようにも感じてしまう。

 

 対して私は黒いハイネックカットソーの上にオータムカラーのチェックシャツを着崩して重ね、下は黒いスキニーパンツ。相手の好みからいってラフな着こなしのほうがいいであろうとは思っていたが中身は紛れもない一般人なので釣り合いが取れているかは甚だ不明である。

 

「それにしても音羽から声かけてくるなんて珍しいじゃん、いや嬉しいんだけどさ」

「ちょうどお互い時間取れるようになったしいい機会かなって思って、話したいこともあったし」

 

 意外そうに首を傾げる相手からすれば、つかさが誘い私がそれに付き合うという事が多かったのでそう思うのも無理はないだろう。昔から男女問わずに人気者だった彼女を誘うというのはなんとなく気が引けたし、向こうからよく声をかけてきてくれていたので自然と誘われ待ちであることが多かった。

 

「じゃあとりあえずどっか落ち着いて話せるところでも行く?」

「ちょっと込み入った話もあるから場所は任せてもいい?」

「おっけー。じゃあ、あそこかな」

 

 私の要望を聞いてすぐさま歩き出す姿は頼もしくもあり安心してその横を着いていくことができる。お互い立場が変わってもこの気負いのないやりとりを交わしていると少しだけ学生時代に戻ったような懐かしい気分になるのだ。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62話 Álfheimr

「お姉さんたち今日はお休み?これからどこいくの?」

「これからデートだからお兄さんたちとは遊べないなー」

 

 これで何人目だろうか、二人で歩き始めてから数十メートル置きに誰かしらから話しかけられている気がする。ナンパにスカウトなどの怪しげなものから雑誌のモデルスカウトっぽいもの……。

 普段、少ないとは言え声をかけられたときは相手にせずに立ち去ってはいるのだが、今日は連れ立っている相手が人当たりのいい笑顔で一言二言交わしていくので余計に捕まっているのではないかと思ってしまう。

 

「この子よりイケメンになって出直してきなー」

「つかさ……」

 

 何人目かの相手をいい笑顔で撃退し、退却していく姿を一瞥しすぐにじゃれつくように私に腕を絡めてくるつかさ。ペロリと舌先を口元から覗かせながら紡ぐ言葉を聞いて私はため息をつく。

 これでいて黙って立ち去るよりあっさりと引き下がっていくので、彼女の対応が正解なのではないかと思ってしまうのだが私には到底できそうにない。

 

「昔からだけど相変わらずなのね」

「あー昔から思ってたけどそれ勘違いだからね?あたし一人だとこんなに声かけられないよ」

 

 今更何を言ってくるのだろうか、学生の頃から二人で出かけるとこの手の声かけはいつもの事だったし対応に慣れているのだってそういうことだと思っていたのだが。

 

「だって、二人で出かけた時はいつも……」

音羽(おとは)は一人でいると付け入る隙なさそうなんだもん、昔からなんていうか大人びてたしさ。だからあたしを出しにして声かけられてるって訳」

 

 おわかり?と首を傾げながらこちらの顔を覗き込む表情はからかっているようにも見えず、その言葉の意味を考えてみても思い当たるところは全然ない。

 

「そうだったの……?」

「あーもう、久しぶりに会っても全然変わってないんだね。こっちこそ"相変わらずなのね"って言いたくなっちゃうよ」

 

 そういうところだぞと言いたげに呆れる彼女は肩を竦め大げさにため息を吐いて見せる。それから少しだけ表情を引き締め口調まで変えているのは私の真似をしているつもりなのだろう、あまりの似て無さに吹き出しそうになってしまう。

 

「なにそれ」

「音羽の真似ー」

 

 ころころと笑いながら人懐っこそうな笑みを浮かべる様子を見れば、最初に感じていた芸能人然とした雰囲気はすっかり感じなくなり二人の時間がすっかり昔に戻ったような気がしてくる。

 

「でもさーこれは受けてもよかったんじゃない?ちゃんとした雑誌の取材っぽかったし」

「あんた事務所はどうすんのよ……」

「そういえばそうだった」

 

 ジャケットの内ポケットから指先で挟んだ名刺をぴっと取り出してひらひらと振りながら見せてくる。声をかけてきたのはたしかに見覚えのある雑誌名だったしこちらと同じ女性二人組で対応も丁寧だったが……、本人が忘れてしまっているようだが事務所に所属している人間が勝手に取材を受けるのはどう考えてもダメだろう。この調子だと彼女の担当をしている人はとても苦労しているんじゃないかと他人事ながら心配してしまう。

 

 しかもその取材内容が……。

 

「でもお似合いのカップルって言われたら悪い気はしないじゃん?」

 

 確かにオーバーサイズぎみのパーカーにミリタリージャケットで身体のシルエットがわかりにくい上にマスクまでしているのだから、勘違いしてしまうのはわからなくもないがそんな風に見られているんだろうか……。

 つかさからして面白がって男の子っぽい声で受け応えていたのだが、あれならば私のほうがまだそれっぽい声に聞こえるだろう。

 

「何が付き合ってまだ三か月なんですーよ……まったく……」

「ごめんごめん、もっと付き合いは長いもんね?」

「はいはい」

 

 そういう問題ではないんだけど……、と言っても真面目に取り合うだけ無駄なので適当に流しながら街中を歩いていく。

 

「それであとどれくらい?」

「……」

 

 そんな気心の知れたやりとりを交わしながら歩いていると目的地はまだだろうかと訊ねてみてもさっきまで賑やかだった相手からの返事はなし。不思議に思って再度呼びかけながら様子をうかがえば、何事か周囲を気にしているようにも見える。

 

「……つかさ?」

「えっ?あっ、あそこの店変わっちゃたんだ」

 

 ようやく私の呼びかけに気付いたらしい彼女の言葉を聞けば問いかけは耳に入っていなかったらしい。たしかに目線の先のお店は結構前に撤退してしまい、いまは別のテナントが入ってしまってはいるのだがどうにも様子がおかしい。

 

「どうかした?」

「……ごめん、事情は後で話すから少し急ごう」

 

 さっきまで無邪気に振舞っていたのとは打って変わって若干刺々しい雰囲気を発する相手を見れば、無理に聞き出す訳にもいかず大人しく手を引かれながら歩みを進めていく。

 お店が立ち並ぶエリアを抜け少し行ったところにある小奇麗な雑居ビルのエレベーターに乗り込んだところでようやく足を止めることが出来た。足早に歩いてきたせいだろうか握られた手はお互いに少しだけ汗ばんでしまっている。

 

「ここのお店はいつもあたしが使ってるところでさ、業界の中でも知る人ぞ知る隠れ家的スポットなんだぞー?」

 

 ふぅとお互い一息ついて目的のフロアに到着すると、先ほどまでの刺々しい雰囲気がすっかりなくなったつかさから説明を受ける。お店といってもエレベーターから出た先には扉がひとつあるだけでただのエレベーターホールにしか見えないのだが……。扉にしても簡素なものでその先にお店があるようにもどうにも思えない。

 

「えーっとなんだっけ、よいしょっと」

 

 困惑する私を置いて扉の前に立ったつかさは小さなキーパッドに何桁かの暗証番号を入力しているらしく、入力が終わればピッと短い電子音が鳴り扉が開かれる。

 これが噂に聞く会員制のお店かと若干の興味をひかれつつ招かれるままに彼女の後ろについていく。こういった会員制のお店はなんとなくバーだったり薄暗いものを想像していたのだが予想に反して通路は明るく白を基調に観葉植物の緑によって落ち着いた雰囲気だ。

 

「あるふ……へいむ?」

 

 短い廊下を進んだ先にはまたしても扉、しかし今度の扉はアンティーク調で植物をイメージした木彫りの意匠が美しい。そして扉の横には控えめに店名だろうか……『Álfheimr』とこちらも扉と似たデザインの看板が掲げられている。

 

「そう、アルフヘイム。ねーさんが言うには発音がなってないらしいんだけど。みんな気にせずアルフって呼んでる」

 

 アルフヘイムというとたしか……北欧神話の九つの世界のひとつであるはずだ。アルフ……またはアールヴ、はエルフの語源とされていて光の妖精の住む世界……だったはずだ。

 

「音羽こういうの好きでしょ?ねーさんとも話が合うんじゃないかなぁ」

 

 たしかに神話系統の話は大好きだし、家には創作のための神話辞典のようなものも数冊置いてある。そのおかげですんなりと店名を読むことが出来たのだが、"ねーさん"と呼ばれている人物もそういった人種だったりするんだろうか。

 

 普通ならその雰囲気に躊躇しそうなものだが特に気にした様子もなく扉を開ける様子を見れば通いなれているのであろう。つかさの後ろに続いて店内へと足を入れる。

 

 店内に入ってまず感じたのは緑が多い事、明るい店内には観葉植物が多数立ち並び頭上からは木漏れ日のように光が差し込んできている。屋内であるはずなのにまるで森林の中にあるようなそんな雰囲気。まさしくアルフヘイムというのはその通りだろうと少し感動したところで奥の方から小柄なメイド服を着た少女が出てくる。

 

「いらっしゃいませ……ってなんだつかさか」

「お客様にむかって、なんだとは失礼な奴だなー。あれ?ねーさんは?」

 

 クラシカルなメイド服を着た少女の髪は見事なプラチナブロンド、腰まで伸びているにも関わらずサラサラで木漏れ日を浴びて光り輝いてさえ見える。つかさの姿越しに見える顔立ちはとても整っていて、これで耳の先が尖っているならば間違いなくエルフか光の妖精かと思わせられるだろう。

 

 どうやらつかさとは顔馴染みのようで軽口を叩き合っているようだが……店員の子だろうか。

 

「マスターは所用で外出中、どうせいつもの部屋でしょ?お好きにどうぞ」

「今日は連れがいるから二人分お願いな」

「連れ?あんたが連れなんて珍しい……っ、いらっしゃいませ」

 

 どうやら"ねーさん"ことマスターは外出中らしく、連れという言葉でようやく私の存在に気付いたのであろう。少女の顔がゆっくりとこっちを向き、気まずそうに姿勢を正して挨拶をしてくれる。

 

「……よろしくね?」

 

 おそらくまずいところを見られたとでも思ったのだろうか、若干笑顔が引きつっているようにも見える少女になんて返したらいいものかと考えるが無難に気にしていないよと言外に表しながら言葉をかける。

 

「それでは来嶋(くるしま)さま、いつものお部屋までご案内いたします」

「えっ?」

「あっ」

 

 本来の接客態度に戻ったらしい少女がスカートの裾を軽く持ち上げ片足を後ろに下げ腰を落として行うカーテシーも実に美しく、その動作に気を取られていたのだが……不意に私の名前が告げられ思わず声を漏らしてしまうと、隣からも同じタイミングで声が上がる。

 

 そんな私たちの様子を不思議そうに見ていた少女だったがすぐにくるりと振り返り、言葉の通り部屋まで案内してくれるらしい。どういうことなのだろうとつかさの方へと視線を向けるが誤魔化すように苦笑するだけ。

 

「ご注文はいつものものでよろしいですか?」

「音羽もハーブティーでいいよな?」

「ええ」

 

 どうして初対面であるはずの少女が私の名前を知っているのだろうという謎を抱えたまま個室へと案内され、注文を受けた少女が退室していく。通された部屋は先ほどまでいた店内と同じく緑に囲まれていて椅子も机もかなり年季が入ったアンティークだが手入れがしっかり行き届いているのであろう、いい雰囲気を演出している。

 

「えっと……あの子、どうして私の名前を……?」

 

 色々と聞きたいことはあったのだが、まずは直近の出来事について確認しておかなければ。

 

「あー、その……ごめん。ほらこの手のお店で本名名乗るのもアレかなって……かといって芸名使うのもって思って」

「それで私の名前を使ったと……じゃあ、ここでは来嶋つかさってこと?」

「はい……ごめんなさい」

「まぁそういうことなら別にいいけど、じゃあ私は天ヶ谷(あまがや)音羽にでもなろうかな」

 

 悪用されていた訳でもないし素直に謝ってくれたならそこまで目くじらを立てるようなことでもない。申し訳なさそうに頭を下げる相手に気にしてないよとふざけ半分に言ってみれば案外しっくりくる。

 

「あー、それはちょっと恥ずい……」

 

 ちょっとした意趣返しのつもりではあったのだが、思っていた反応とは別のものが返ってくる。人の名前使っておいてどういうことだと笑いながら突っ込もうとしたところで、扉が控えめにノックされ未遂に終わってしまう。

 

「お待たせしました」

 

 どうぞと声をかければガラスのポットとカップをトレイに載せた少女が現れ丁寧な手つきで準備を整えていく。

 

「本日のハーブティはリンデンにカモミール、ラベンダーの他にスペアミントなどをブレンドしたものになります。もう少々お待ちくださいませ」

 

 あとはカップに注ぐだけといったところまで準備を終えると古めかしい懐中時計を手にして時間を確認する。

 

「フィオ、悪いんだけど今度から来嶋っていうのはなしで」

「ではなんと?」

「天ヶ谷」

「かしこまりました、天ヶ谷さま」

 

 フィオと呼ばれた少女は特に疑問に思う様子も見せずに淡々とつかさからの要請に応えて見せる。その姿はまさしく出来るメイド然としていて時間を待つ姿でさえ洗練されているようだ。

 

「別に気にしてないのに」

「いや、流石にさ……。音羽もあたしの紹介ってことでねーさんに頼んでおくから、何かあればここ使うといいよ」

「そんな簡単に決めちゃって大丈夫なの?」

 

 私が知ってしまった以上、私の名前で呼ばれるのはどうしても気になってしまうのかつかさは苦笑しながら首を横に振る。そして、次いで告げられる申し出は嬉しいものだがそんな彼女の一存で決めてしまっていいものなのかスタッフであるフィオへと視線を向ける。

 

「失礼ですがお名前を伺っても?」

「来嶋音羽です」

「あぁ……なるほど、来嶋さまであればマスターも許可してくださるでしょう。言付けておきますのでお気になさらずに、Álfheimrはいつでもご来店をお待ちしております」

「ありがとうございます」

 

 カチリと懐中時計を止め、二人分のカップにハーブティを注ぐフィオからの問いかけに答えると少女は得心がいったようで小さく呟く。注ぎ終わったカップは二人の前に音も立てずにスッと置かれ、琥珀色の液体で満たされたカップからはブレンドされたハーブたちのいい香りがしてそれだけで気分が落ち着くような気がしてくる。

 

 じっと私の顔を見たフィオはゆっくりと頷き私の来店についても請け負ってくれるようだ、ここまで言ってくれるのだからおそらくは大丈夫だと思いたい。こんな隠れ家的スポットにいつでも来ることが出来るなんて心配よりも嬉しさの方が勝ってしまう。

 

「それではごゆっくりお過ごしください、御用の際はそちらのベルでお呼びくださいませ」

 

 給仕を終えたフィオの姿を見送り、お互いにハーブティを一口……。リンデンがカモミールとラベンダーの香りを優しく包み込み、ほのかに香るミントのおかげで味がぼやけてしまうこともない絶妙のブレンド加減。これだけでもういいお店を知ってしまったとつかさに感謝したくなる。

 

「美味しい……いいところだね」

「音羽なら気に入ると思ったよ」

「……それでここに来る前に何があったの?」

 

 本来の目的はラジオゲストの案件についてだが、ここに来る途中の様子がどうしても気になる。問われたつかさからしても、答えるつもりではあったのであろうゆっくりと口を開く。

 

「たぶんだけどつけられてた、十中八九何らかの記者だとは思うけど……。久しぶりに音羽と会えて嬉しくてさ、少し浮かれちゃってた。絶対に迷惑はかけないようにするから」

 

 途中から周りを気にしていたのでもしやと思っていたが、その予想は当たっていたようで申し訳なさそうに告白するつかさを見てこちらこそ申し訳なく思ってしまう。彼女ほどのアーティストともあれば私ももう少し気を付けるべきだったのだ。

 

「こっちこそ考えなしに連れ出しちゃってごめん、もし何かあれば協力……できるかも」

 

 私自身に何か力がある訳ではないが、いざとなればマリーナにお願いすれば何かしらの協力を得ることはできるだろう。ただ、個人的なお願いになってしまうのでどこまで頼れるかは未知数ではある。

 

「まぁうちの事務所もそれなりにデカいしさ、友達と遊んでただけだし大事にはならないと思う」

「それなりって……あんたのとこがそれなりだと他はどうなるのよ」

「たしかに」

 

 あまり気にしすぎてもそれは互いにとって本望ではないことはわかりきっている。せっかく突っ込みどころのある言葉をチョイスしてくれたのだ、ありがたくそれに乗って二人で笑い合う。

 

「それで、あたしに何か話があったんでしょ?」

「実は……」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63話 ラジオ収録

「なるほど、それでか」

 

 私が今日つかさを呼び出した理由、天使(あまつか)沙夜(さや)がパーソナリティを務めるラジオ番組へのゲスト出演の話が事務所に来ている事を話す。すると予想に反して驚く素振りも見せずに納得したような言葉が紡がれ知っていたのだろうかと首を傾げる。

 

「知ってたの?てっきりつかさには知らされてないと思ってた」

「ラジオの話は知ってる。けど、そっちに依頼が行ってたのは初耳かな」

 

 企画自体は把握していたけども私にゲストの打診があったことは知らない……。どうにもその状況が不可解で思わずつかさのことをじっと見つめてしまう。

 

「あたしもゲスト呼ぶなら音羽(おとは)にしたかったんだけどさ。ほら、あのメッセージの件で今回は大人しくしておこうって思って。ゲストの件は事務所に任せていたんだけど……」

 

 やはり懸念通り二周年記念でのメッセージで色々あったのだろう。しかし、そうであるならば今回の話はつかさの意思ではなく相手事務所の意向ということになる。

 

「じゃあ何も聞いてなかったの?」

「ゲストが決まったらって連絡待ちだったんだよね。でもこれで堂々と一緒にラジオできるじゃん!」

 

 うーんと考える素振りから一転、嬉しそうに笑みを浮かべるつかさ。私としても一緒に喜んであげたいところだが、やはり状況のせいだろうか気になってしまう。

 

「メッセージの時、結構バトったって聞いてたから心配してたんだけど……」

「うちの事務所も音羽の魅力に気づいたんだって、マネージャーもすっかりファンになったみたいだし。相変わらず心配性だなぁ」

「つかさは楽観的すぎ」

 

 私もつかさのように素直であるなら良かったけどこればかりは性分だ。彼女が楽観的な分、心配性な私という人間が近くにいるくらいがちょうどいい。まだわからない部分は多いがひとまずは状況の確認と直接話せたということで良しとしておこう。

 

「そういえば、(しず)は元気してる?」

「連絡取ってなかったの?」

「仕事絡みは事務所経由だから、あいつ基本的に音羽以外には必要最低限だし」

 

 私が呆れたように小さく笑うと、私からの話は終わったと感じ取ったのだろう。ここにはいないもう一人の友人の話になる。メッセージサプライズの件といいCDジャケットでもSILENTという名前を見かけていたので普段から連絡を取り合っていると思っていたのだが。

 この様子では仕事絡みは事務所経由で、サプライズに関しても用件のみのそっけないやりとりだったことが容易に想像できる。

 

 お互い面識があり友人と言って差し支えない間柄でもこうなのだ、数年経っているとはいえなかなか関係性は変わらないらしい。

 

「それじゃあ今度は静も連れてこようか」

「二人の邪魔をすると後が怖いからなぁ……」

「なにそれ、メッセージのときは二人して私をハメたくせに。そうだ、ちょっとこっち来て」

 

 きっと静もここのお店は気に入ることだろう、いい作画資料だといって撮影して回る姿が思い浮かぶ。何故か苦笑を浮かべるつかさを手招きしこちらに呼び寄せ隣に座ってもらう。

 

「はい、じゃー笑ってー」

 

 手早くスマートフォンを取り出し自撮りモードでカメラを起動。画角に二人が収まるように肩を寄せてっと……。

 

「うわっ、さすが。カメラ向けられると一瞬で変わるじゃん」

 

 画面に映る二人の姿を見れば撮影には慣れっこなのだろう、隣に座っている彼女はいつのまにか天使(あまつか)沙夜(さや)になっている。その変わり様と決まり具合をからかうように声をかけつつ私も負けじと精一杯の決め顔。ただでさえ分が悪いのに本気モードの彼女が相手ならばいくら頑張っても見劣りしてしまっているようにしか見えない。

 それがなんだか悔しくてその表情を崩すべく肘で脇腹をつついてやる。

 

「ひゃっ、ん……ちょっと。それはやめろって」

「今日は天ケ谷(あまがや)つかさと写真が撮りたいのー、ほらカメラ見てー」

 

 不意をつかれたようで隣からはかわいらしい悲鳴とともに非難の視線が浴びせられる。そんなものはお構いなしに向こうからの反撃をこらえつつ連続でシャッターを切る。

 我ながら随分はしゃいでしまっているなと思うが久しぶりの再会なのだ、少しくらい学生気分に戻ってしまうのも仕方ないだろう。

 

「それじゃこれを静に送って……っと」

「あーあーあたし知らないからなー」

 

 何枚も撮った写真の中から二人して笑い合ってる物を選んで静へメッセージと共に送信する、二人共決め顔とは程遠く決して盛れてるとはいえない写真だが自然体であるほうが私達らしい。

 

「げっ」

 

 いつもならすぐにメッセージが返ってくるのだが今日に限って反応がない、仕事中かな?と思ったところで隣から呻くような声が聞こえてきた。

 

「どうしたの?」

 

 無言でスマートフォンの画面を見せてくるつかさ。その画面にはメッセージアプリが表示されていて、ただ一言「どういうこと?」と静からのメッセージが表示されている。

 

「あたしは悪くないからな」

 

 そう言いながら彼女は言葉と同じ文面を入力し始める。すると今度は私の方へとメッセージが届き……。

 仲間外れにされて機嫌を損ねてしまったのであろう、詳細を伏せつつ事情を説明し今度は三人一緒に来ようと約束を取り付ける。

 

「ほんと変わらないなぁ……」

 

 ため息と共にこぼれた呟きが耳に届きつかさの方へと視線を向ければ、呆れたような笑みと共に生暖かい視線までもらい肩を竦められてしまった。 

 

 

 

 

「本日はよろしくお願いします黒惟(くろい)さん!」

「こちらこそよろしくお願いします、ええと……」

「鈴木です!天使(あまつか)沙夜(さや)の担当マネージャーをさせてもらってます!」

 

 都内某所の収録スタジオ、天使沙夜がパーソナリティを務めるラジオ番組の収録に訪れていた私は来訪者から熱烈な歓迎を受けて困惑していた。

 

 つかさから事情を聞いた私はマリーナにゲスト出演を受ける旨を伝え、事務所同士のやりとりを経て収録当日。初めて訪れるスタジオであったし今回の仕事相手は業界でも大手の事務所でありレーベル、マネージャーを伴い早めに到着した私達は通された控室で事前の打ち合わせまでの時間を待っていたのだが……。

 

 そんな時、控室にたずねてきたのが幼馴染であり今日の主役でもある天使沙夜(つかさ)とそのマネージャーであった。打ち合わせ時間よりも随分早い突然の来訪に困惑するこちらのマネージャーと目を輝かせながらこちらに挨拶してくる女性。ちらりとつかさの方へと視線を向ければ片手を上げ「よっ」と気さくに挨拶してくる。

 

 これが例のマネージャーさんか……。話を聞けば二周年記念メッセージに際して随分と骨を折ってくれたらしく、そのこともありつかさからの信頼も厚くなっている。

 今回のゲストについても提案し、上を説得した立役者とのことだ。

 

「天使から聞きました、メッセージと今回ご協力いただけたみたいでありがとうございます。本来ならこちらから挨拶に伺うべきでしたのに」

 

 業界の慣習というのにはあまり詳しくないが、よく聞く話では基本的に目上の人へ挨拶に行くというのが普通だろう。今回でいうなら活動の歴や規模、さらにゲストということもありこちらから出向かなければいけないところである。

 

「そんな!私は天使さんの希望を叶えただけですから」

「どうしてもまおに会いたいって言うからさ、魔王様にお目通りをと思って」

 

 からかうようなつかさの言葉に恥ずかしそうにする鈴木さんを見るにとてもいいコンビのようだ。

 

「はて……このような姿で幻滅されてしまったのでは?」

 

 ラジオ収録ということもあり華美な装飾もなくシンプルなカットソーにチノパンを合わせカーディガンを羽織っているだけだ。豪奢なドレスを着た黒惟まおを知っている人間からすれば、言葉遣いも含め違和感を感じるのではなかろうか。

 

「いえ!こういった配信者の方にお会いするのは初めてなのですが思った以上にまお様……黒惟さんで素敵です」

「ありがとうございます」

 

 ファンになったと聞いているし普段はまお様と呼んでいるのだろうかと思いつつも、社交辞令だとしても悪い印象を与えていないのならば幸いだ。

 

「んじゃあんまり長居しても悪いし、また打ち合わせで」

「じゃあまた後で」

 

 言葉の通りただマネージャーを紹介しに来ただけだったのだろう。私とつかさの間柄であれば挨拶なんて今更だし少し前に色々と話している。軽く手をヒラヒラと振りながら退室していく二人を見送り、鈴木さんの勢いに押され私とつかさのこなれたやりとりに若干蚊帳の外だったこちらのマネージャーが安堵したのを見て思わず笑ってしまった。

 

 もらっていた台本をチェックしているうちに時間になり打ち合わせに向かう。そこには番組プロデューサーにディレクター、構成作家の面々が揃い踏み。初めての本格的なラジオ収録現場に緊張感が高まってしまう。

 

liVeKROne(ライブクローネ)の黒惟まおです。今日はよろしくお願いします」

 

 何事も挨拶からと言ったものでしっかり自分の所属と名前を告げると軽い挨拶を交わし席へと勧められる。するとほどなくして、つかさが現れ同じように席につく。

 

 今回のラジオは天使沙夜のアルバム発売を記念した特別ラジオ番組であり、四週に渡って放送されるものだ。その中で毎週各方面からのゲストを呼びパーソナリティである天使沙夜と、アルバムや自身の活動に関する色々な話をしていくといった内容。呼ばれるゲストはアルバムにも参加している有名な若手作曲家に楽曲提供及び楽曲に参加しているアーティスト、さらには過去MVに参加したことから親交のある女優と売出し中のアーティストとして申し分ない顔ぶれ。

 

 その中に一人VTuberというのは誰が見ても異質だろう。しかもそんな人物が四週目……トリのゲスト。

 いやいや、この顔ぶれの中にいるのもおかしいけどトリはないだろうと最終決定した企画案を見たときは盛大に突っ込んだものだ。

 

 この収録自体も四回目らしくつかさと打ち合わせ卓を囲む面々のやり取りはかなりこなれている。場慣れしているということもあるのだろうが、普段の軽いノリでありながらしっかりと要望を伝え、気になるところを潰していく姿は新鮮でもある。これがアーティスト天使沙夜の姿なのだと、わかっていたつもりではあるが実際に仕事をしている姿を見るのは初めてだ。

 

「黒惟さんは何か気になるところはありますか?」

「いえ、ええと……この部分なんですが……」

 

 話を振られ余計な事は言うまいと一度首を横に振ってみせるが、そんなつかさの姿を見せられればこちらもだんだんとスイッチが入ってくる。本格的なラジオ収録は初めてのことであるが今行っているのは打ち合わせ。客先での打ち合わせなんていうのはそれこそ前職で数え切れないほど経験している。ここで変な遠慮をして困るのは自身であり、ゆくゆくは周りなのだ。

 

「いや、まおここは……」

「天使なら……」

 

 つかさと互いに意見を出し合い、軌道修正は周りのプロフェッショナルたちが行ってくれる。そんな安心感もあって予定していた時間を若干オーバーして打ち合わせが終了した。

 

「それではブースに入っていただいて収録行いましょうか」

 

 わかりました、と立ち上がったところでがちゃりと扉が開き一人の人物が入ってくる。そちらに目を向けるときっちりとスーツを着込んだ長身の女性。なんとなく雰囲気がマリーナに似ている気がするが黒髪で顔立ちは日本人のそれ。

 

「プロデューサーにわざわざ出向いていただけるとは」

「他のご予定が入っていると聞いていたのですがそちらは?」

「あっちは他の者に任せてきた、それで。あぁ彼女が……」

 

 周りからして彼女が部屋に入ってから空気が変わったのを感じる。番組スタッフだけではなく鈴木さん、他つかさ側の人員の反応を見ればおそらく相手事務所のプロデューサーといったところだろうか。

 

 そんな彼女がまっすぐこちらに向かい視線を投げかけてくるのだから自然とこちらの背筋が伸びる。こちらの前で立ち止まり見下されればはっきりとわかる値踏みされているという感覚。

 

「統括プロデューサーの神代(じんだい)というものだ、天使が世話になっているようだな」

「liVeKROneの黒惟まおと申します。天使さんには私の方こそお世話になっていますので」

「ほう……。今日の収録楽しみにさせてもらう」

 

 身体に染み付いた癖というのはなかなか消えないらしく、いつになく取引先への態度というものが自然とにじみ出てくる。それを見て何か感じるものがあったのか僅かに頷き、神代プロデューサーは私の横を通り過ぎ番組スタッフの元へと向かう。

 

 場の空気を支配していた彼女が動いたことで止まっていた時間が動き出すように収録へとスタッフが動き出す。共に収録ブースに向かうつかさに目配せしてみれば肩を竦め首を傾げているので、彼女の来訪は予定になかったのであろう。

 

 

……

 

 

『はい、おつかれさまでしたー』

 

 収録の終了を告げるディレクターの声がヘッドホンに届き、耳から外して押さえつけられていた髪の毛を手ぐしで直す。

 

 最初こそ黒惟まおとして天使沙夜とトークするという事に慣れず、うまく喋ることが出来なかったがいくつかのテイクを重ね自分としても納得の行くものになったと思う。

 台本があるとはいえ大まかな流れにそって基本はフリートーク。あとは適宜カットがされうまく尺に収めてもらえるだろう。

 

「おつかれ、まお」

「おつかれ、沙夜」

「いやー楽しかった」

「それなら良かったよ、私も楽しかった」

 

 互いを労いつつ、疲労も感じているのだが何よりも楽しむことが出来た。なんだかんだ二時間以上は話していたけど体感時間的にはその半分かそれ以下だろう。

 

「神代プロデューサーは?」

「エンディングのときには居た気がしたけど……あの人も忙しいからな」

 

 収録中もコントロールルームでこちらの様子を見ていたプロデューサーの姿はすでに消えている。収録が始まってから自然と意識しなくなっていたが常に見られているようなそんな感覚があったのは確かだ。

 つかさの言う通りエンディングのときには居たと思うが……統括という立場を考えれば常に多忙なのだろう。今回の収録にどんな評価が下されたのか気になるところではあるが、確認したくもあり恐ろしくもある。

 

「おつかれさまでした!すっごく良かったです!!」

 

 二人して収録ブースを出るとこちらに向かって前のめりになって絶賛してくれる鈴木さん。そんな様子を見て番組スタッフの面々も笑いつつ「良かったよ」と声をかけてくれる。

 

 あとは実際の放送を待つだけ……。

 果たして黒惟まおを知らないリスナーはどのような反応になるだろうか。




実際のラジオ内容は後日お待ち下さいませ

(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64話 国際交流

" "で囲まれてる部分は日本語以外のつもりです


「ありがとうございました!」

「リーゼさん覚えるのはやくて筋もいいし、もう少しレベル上げてもいいかもね?」

 

 一通りのダンスレッスンを終え、クールダウンのためのストレッチをしていると先生からは嬉しい褒め言葉。活動のために受けることにしたダンスレッスンであったが、社交のダンス経験がこんなところで活きてくるとは何事もやっておいてよかったなと思う。

 

「こういったダンスは初めてで新鮮で楽しいです」

 

 経験があるとはいえ、今習っているものはステップも含め新しいものばかりだ。それこそ目にする機会はあったがきちんと習ってみれば、自身が今まで習ってきたものと同等かそれ以上に奥深い。

 

 最初のレッスンで姿勢の良さと所作について褒められ、基本はわかっているだろうとばかりにすぐさま実践的なレッスンが始まったときはどうしようかとも思ったが。そのあたりは流石指導のプロ、出来そうで出来ないというラインを絶妙に設定してくれる。

 

「まお様……黒惟さんはどうですか?」

「まおちゃんはとにかく努力の人って感じよね。この前のレッスンでリーゼさんの映像見せてあげたら負けてられないって居残りまで……って、これ聞いたのは内緒にしておいてね?」

 

 事務所が用意してくれた同じ先生なので、時々このようにまお様についての話も聞く事が出来る。先生とは社交ダンスの話から随分と仲良くなれたとは思っているが、その語り口と表情を見れば相変わらずのコミュニケーション能力でこちら以上に仲良くなっているのだろう。

 

「では、わたくしも負けられませんね」

 

────

 

【雑談】ゆっくりお話いたししましょう!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

 :待機

 :待機するーぜ!

 :"ニホンニキたちよろしく!"

 :"ここがリーゼの配信か"

 :最近海外リスナー増えたなー

 

 ダンスレッスンから帰宅し、予定通りに今日は雑談配信。待機所コメントにもちらほらと日本語以外のコメントが流れているのが目に入る。

 どうやら先日配信した第二回ラジオクローネの配信切り抜きとまお様のチャンネルに投稿されたうたみた動画が海外リスナーの目に届いたらしく、それから徐々にではあるが海外リスナーが増えているようだ。

 おかげ様で登録者の伸びもよくなり少なかった海外リスナーの割合も増えている。

 

「今日もわたくしを応援してくれますか?liVeKROne所属魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。聞こえていますでしょうか?」

 

 :聞こえてるよー

 :はじまリーゼ!

 :応援するよー!

 :はじまリーゼー

 

「ありがとうございます。雑談配信はじまリーゼ~、"海外の皆様もありがとうございます"」

 

 :"リーゼこんばんは"

 :"今日もかわいいね"

 :"調子はどう?"

 :"うたみた動画から来たよー"

 :海外ニキたちもよう見とる

 

 簡単に英語で挨拶をするとそれまで日本語ばかりだったコメント欄に英語コメントが流れてくる。それを見て、おぉと日本のリスナーたちが反応するまでがワンセット。

 

「では今日は何からお話しましょうか……。そうだ!皆様まお様からの告知は見ましたか?」

 

 :ラジオゲスト?

 :すっごいメンツだったな

 :二度見したわ

 :びびった

 :開幕まお様で草

 

 レッスンの休憩時間にまお様のSNSが更新され、あまり見覚えのないアカウントのメッセージを拡散しているなと思えば天使(あまつか)沙夜(さや)さんが所属しているレーベルのもの。内容に目を通すとアルバム発売記念ラジオが放送される告知とそのゲストメンバーがアカウント名と共に記載されており……。その中にまお様が居た時はそれはもう驚いた。

 

「わたくしレッスンの休憩中だったのですけど、びっくりして先生に思わず見せてしまいました」

 

 :草

 :先生も驚くわw

 :相変わらずで草

 :反応気になるなw

 :レッスンて歌の?

 

「メンバーが豪華すぎると先生もすごく驚いてましたよ。恥ずかしながらわたくしはあまりそのあたりの事情に明るくなかったのですが、先生が他のゲストの方々のすごさを教えてくれまして……。さすがまお様と改めて思い知らされました」

 

 :さすまお

 :知らなかったんかいw

 :まお様しか見てないやん

 :楽しみだねー

 :ラジオだと聞けるかなぁ?

 

 二周年記念のメッセージで色々大変だったらしいと聞いていたこともあり、まさか天使さんとまお様の共演が正式に実現するとは思っていなかったのでそれだけで驚いてしまったのだが先生が言うには知らない人の方が少ないくらい有名な方々だったらしい。そんな人たちと共に選ばれるのだからやはりまお様はすごいのだ。

 

「レッスン内容については秘密にさせておいてください、披露できるのが今から楽しみです」

 

 :匂わせるじゃん

 :匂わせ助かる

 :こっそり教えて?

 :まお様も最近レッスン受けてるよな

 :もしかして……

 

「ちなみにラジオはインターネットでも聞けるらしいですし、アーカイブも後日配信サイトに上がるらしいですよ。事務所に確認しておきました」

 

 :助かる

 :Rajicoで聞けるからな

 :昔は一生懸命アンテナ調整してだな……

 :アーカイブあがるんだ

 :有能すぎる

 

 より詳細な情報を得るべく、ダンスレッスンからの帰り道ですぐにマネージャーに連絡を取り聞けるだけのことを聞いたので情報に間違いはないだろう。この情報についてもすでに公開されていることは確認済みであり、いくら同じ事務所で同じ担当マネージャーといえども公開情報以上のものは教えられていない。

 

「天使さんとまお様のラジオすごく楽しみですね」

 

 :そろそろリーゼちゃんの話してもろて

 :ここまで全部まお様

 :まお様定期

 :本人より情報早いときあるからな……

 

「つい……、ええとわたくしのお話ですね。冒頭でも少し触れましたが第二回ラジオクローネの反響がとても多くの海外リスナーの方々が登録してくださったみたいで、基本的には日本語での配信なのですが今度英語配信してみるのもありかなと思っているのですがどうでしょうか?」

 

 :海外ニキ増えたよねー

 :翻訳切り抜きも増えた気がする

 :"絶対見に行くよ!"

 :"日本語教室してほしい"

 :"ドイツ語も聞いてみたいな"

 :ほんと発音綺麗だよね

 :英語の勉強になるからいいかも

 

 日本語に加えて、簡単に要約した内容を後から英語でも話せばなかなか反応は良い。これは本気で検討してみてもよさそうだ。

 

「"ドイツ語もですか?果たしてどれくらいの方が見てらっしゃるのでしょうか?"」

 

 :なんて?

 :まじで三か国語喋ってるやんけ

 :"ここにいるぞ!!"

 :"ごきげんようお嬢さん"

 :ドイツ語ってなんかかっこいいよな

 :クーゲルシュライバー!!

 :すまねぇドイツ語はさっぱりなんだ

 :大学でやったなー

 

 英語に比べれば数こそ少ないがドイツ語のコメントも流れてきて本当に世界中と繋がっているのだなと今更ながら実感する。

 

「いまのはドイツ語で、どのくらいの方が見てらっしゃるかと聞いてみたのですが。数名いらっしゃるみたいですね」

 

 :ほー

 :すげぇ

 :一気に国際色豊かに

 :なんなら英語とドイツ語以外も出てきて草

 :リーゼちゃんはどうやって覚えたの?

 

 外国語の流れに乗ってだろうか、たしかにフランス語やイタリア語っぽいものから中国語に韓国語なんかもちらほらと……。さすがにそれっぽいとは判別できるがその内容まではわからない。

 

「さすがに他の言語までは覚えてないので……、英語は一般教養として学びましたが日本語はまお様と出会って必死に覚えました」

 

 :ドイツって英語結構通じるしなぁ

 :ドイツ行ったときほとんど英語でいけたな

 :えっ

 :ま?

 :二年ちょいでこれってエグない?

 :愛の力か……

 

 なんとかまお様が喋っていることを理解しようとマリーナに頼み込み、大量の教材と共にまお様の配信で学んだからこそ今があるのだ。たしかにこれは愛の力なのかもしれない。

 

「おかげで皆様とこのようにお話できますし、本当にまお様には感謝ですね」

 

 :結局最後はまお様なんだよなぁ

 :すべての道がまお様に通じてるレベル

 :ありがとうまお様!

 :愛されてんなぁ

 

「では今度、英語配信や日本語やドイツ語講座というのも面白そうですね」

 

 :"いいね"

 :助かる

 :まお様も呼ぼう

 :ええやん

 :"ゲストも呼ぼう!"

 :"楽しそう"

 

「たしかにまお様やゲストの方を呼んでみるのも面白そうです。検討してみますね」

 

 私だけではなくまお様にだってたくさんの海外リスナーがいるはずなのだ、それこそわたくしのようにまお様の配信がきっかけで日本語を覚えたリスナーだっているだろう。今度まお様に提案してみよう、この前の歌を聞いた感じだと発音はかなり良かったのですんなり覚えてしまうかもしれない。

 

「ゲストといえば、近々サクラ子さんとのコラボができそうです。まだ日付は調整中なのですがもう少しで発表できるかと」

 

 :おっ!

 :きちゃ!

 :再戦きちゃ!

 :リベンジや!

 

 初のコラボから貴重なVtuberの友人となった桜龍(おうりゅう)サクラ子さん。再戦を望む互いのリスナーからの声も多く、メッセージのやりとり自体はそれなりに交わしているのだがなかなかスケジュールが合わずに実現していない。

 サクラ子さんが所属するぶいロジ!でのイベントが無事終わり、ようやくスケジュールに余裕ができるとのことで近々配信の内容と日程の決定を行う予定なのだ。

 

「おそらくは前回お約束した通り今度はわたくしがサクラ子さんのチャンネルにお邪魔することになると思いますが。発表を楽しみにしていてください」

 

 :はーい

 :楽しみー

 :今度こそ勝って呼び捨てに!

 :勝負もだけど協力ゲーとかも見てみたい

 

 勝負もいいがコメントにあるように協力するゲームというのも面白いかもしれない。サクラ子さんならいい反応をしてくれそうなゲーム……といくつか候補を思い浮かべてみる。アレとか絶対盛り上がると思うし提案してみよう。

 

……

 

「わたくしからお話しておきたいことはこれくらいですね。何か聞きたいこととかありますか?」

 

 :今日のご飯は?

 :次の配信予定は?

 :あれから料理した?

 :うたみた出す?

 :気になってるゲームは?

 :最近まお様とデートした?

 :キノコ?タケノコ?

 

「今日のご飯ですか?お昼はレッスンだったのでサンドウィッチで軽く……ええと、タマゴサンドですね。料理は……わたくし一人だとなかなか。ラジオでも聞いたシチューに赤缶というものを試してみたいと思っているのですが」

 

 :わいBLTサンドだったわ

 :タマゴサンドすこ

 :シチューに赤缶やってみたけど美味しかったよ

 :シチューにいい季節になってきたもんなぁ

 

「次の配信は……歌枠か、壺野郎をやってほしいというリクエストをもらっているのでそれになるかもしれません。うたみたは一本動画作ってもらっているのでお楽しみに」

 

 :歌枠きちゃ!

 :壺楽しみ

 :いい反応見れそうだ

 :動画待ちかー

 

「デートは最近まお様がなかなかお忙しそうでお誘いできてませんね……」

 

 :相変わらず配信ジャンキーだからなぁ

 :この前まお様リリスとデートしてなかったっけか

 :配信にレッスンに配信に動画まで作ってるもんなぁ

 

「あっでもつい先日素敵なお店見つけたので今度一緒にとお誘いされました!」

 

 :おっ

 :やったじゃん

 :そのお店誰と行ったんでしょうねぇ……

 :絶対女連れ込んでるゾ

 

「そんなこと……、ありえますね……夜闇(やあん)さんとデートしていたのは知っていますし」

 

 :あっ

 :ほんと人たらし魔王やで

 :リリスめっちゃ上機嫌だったからなぁ

 :ペックスマスター到達のご褒美やししゃーない

 

 なんなら、夜闇さんとデートの約束をする場面を直接目にしているのだ。わたくしも何かご褒美をもらえるようなことを……。例の動画はラジオでの劇場での交渉材料として使ってしまったし。

 

「キノコタケノコ……は個人的にはタケノコですかね」

 

 :タケノコ大勝利

 :やっぱタケノコだよなぁ!!

 :そんな……

 :嘘だ……

 :まお様キノコやぞ

 :信じてた

 

「まお様がキノコ派なのは知っていますがこればかりは譲れないのです」

 

 :よう言った!!

 :これは名誉タケノコ民

 :歴史が動いた

 

 もちろんまお様がキノコ派ということは把握しているがこればっかりは仕方がない。ただ正直どちらも好きだし、どちらかを選ぶならばという前提である。

 

「でも一番好きなのはヤムヤムつけボーですよ」

 

 :まさかの第三勢力!?

 :ヤムヤムつけボー派!?

 :まさかすぎて草

 :ヤムヤムつけボー知ってんのかw

 

「実はドイツにもステラアンドゴーというとても似ているお菓子があるんです」

 

 :まじで?

 :"おお!ステラ!"

 :検索したらこれはヤムヤムつけボーだわ

 :マジじゃん

 :コトスコで売ってるゾ

 :"ステラは定番だよね"

 

 ステラを知っている身としては初めてヤムヤムつけボーを見た時の驚きとその美味しさはとても印象的だった。というかこっちでもステラ売っているんだ……これは良い情報を手に入れた。

 

「さて、今日はこのくらいにしておきましょうか、それではまた次の配信でお会いしましょう!おわリーゼ~!」

 

 :はーい

 :おつかれさまー

 :今日も楽しかった!

 :おつー

 :おわリーゼー!

 :おつかれーぜ!

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ:ステラも美味しいので是非機会があれば食べてみてくださいね

 

 




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65話 壺

『くっ、んっ……い、いけたぁ!!』

 

 :助かる

 :あえがないで

 :ないすぅ!

 

『ま、まぁ我にかかればこの程度……ってあああああ!』

 

 :草

 :知ってた

 :すーぐ調子に乗る

 :10分ぶり13回目の落下

 :おかえり

 

 画面の中では壺に入った筋骨隆々な男がハンマーのようなものを振り回し、己の腕力と遠心力だけを頼りに様々な障害物を乗り越え山を登っていく。なぜ彼はそんな苦行を課せられているのか、だいたいの人間はその様子を見てそう思う事だろう。「そういうゲームだから」と断じてしまうのは簡単ではある。ではどうしてそんなゲームが作られそれを配信で行うかと聞かれれば……。それは山を登る人間に「どうして山を登るのか?」と聞いたときの返答と同じく「そこに壺野郎があるから」という答えになってしまうのであろう。

 

 そしてまたスタート地点に戻されてしまったプレイヤー。画面の右下でがっくりとうなだれたバーチャル魔王様こと黒惟(くろい)まおは再び無言で壺野郎を操り山頂を目指していく。

 

────

 

【壺野郎】初めての壺野郎!華麗に登り詰めます!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

「何度も落ちても挫けずに挑戦し続ける姿……これこそわたくしがまお様から学ぶべき姿です!」

 

 :はい

 :それはそう

 :もう少し攻略手順見てもろて

 :現実逃避はやめよう

 

 はじめての壺野郎配信。プレイ自体は初めてだが、まお様の配信を見ていたしそれほど苦労することなくクリアできるだろうと思っていたのだが……。見るのとやるのではここまで違うのかと未だスタート地点にいる自身の分身でもある壺野郎の姿を見る。

 

 すでに配信開始から二時間が経過し成果と言えばある程度の進捗はあった。最初こそ配信で見たというアドバンテージを活かして登り方のコツなんかを喋りながら登っていたのだが、一度壁にぶち当たってしまえばそこを抜けることが出来ず。集中力を欠いてしまえば今まで出来ていたところまで失敗する始末。数度スタート地点へと真っ逆さまに落とされてしまえば余計に操作の精度は落ちていき……。

 

 行きついた先で見出した光明は先人の知恵に学ぶという知見。かくして配信はまお様の壺野郎配信アーカイブ視聴会場と化したのである。

 

「ええと……わたくしが詰まってる場所の時間は……」

 

 :たしかタイムスタンプあるはず

 :8時間15分あたり

 :アーカイブ長いからなぁ

 :手順だけ見たいなら一番最近の壺配信見たほうがいいかも

 :切り抜き見る?

 

「タイムスタンプ……ありました。こんなに細かくありがたいです」

 

 :有能

 :細かすぎて草

 :攻略進行度とここすきポイントで分かれてるの流石すぎる

 

 コメントの言う通りアーカイブのコメントを確認するとリスナーによるタイムスタンプが事細かに残されている。約半日に及ぶアーカイブだけあって攻略進行度に絞ったタイムスタンプだけでも相当な行数であるが。それとは別にちょっとした発言や可愛らしい悲鳴の場面など、まお様の魅力をたっぷり楽しめる箇所まで指定してあるのは流石だ。

 

 今現在自身が詰まっているところを再生しながら試行錯誤して乗り越えていくまお様が操る壺野郎をリスナーと一緒に視聴する。記憶が正しければたしかこのあと調子に乗ったまお様は……あっ落ちた。

 

「新しい方の配信はあまりに早業すぎて参考にならないんですよね……」

 

 :今やRTA勢やから……

 :この前の記録たしか世界300位入ってたやろ

 :最近またVの壺レース白熱してるよな

 :たつ子が1分切ったからな

 

 今見ているまお様がはじめて壺野郎をプレイした配信アーカイブは二つあり、合計十六時間にも及ぶ。たしか十四時間くらいでクリアし、そのあとウィニングランと称してもう一回クリアしようとしてさらに二時間かかっている。

 そんなまお様だが、その後も五十回クリアしたら壺野郎の壺が金になるのを目指した雑談壺枠などを経て今や二分切りが見えているところまで来ている。二時間プレイしてまだ半分も行けてない身からすればどれだけ修練を積めばそこまで行けるのかとも思うが目の前にある十六時間のアーカイブを見れば、まだまだ心が折れるには早すぎるのであろう。

 

……

 

「あ、ああ……どうして……」

 

 :おかえり

 :あかん

 :親の顔より見たスタート地点

 :完全に集中切れてるな……

 :がんばれリーゼちゃん!

 :もう少し!

 

 まお様のアーカイブを見て勇気を貰い、それからも挫けそうになるたびまお様の姿を見て……。自らを鼓舞するために画面端にまお様の立ち絵まで表示してさらに三時間が経過。またしてもスタート地点に逆戻りしてしまい、ただ口から漏れるのは自身に対する疑問。どうして、うまくいかないのか……そしてこんな姿をリスナーにこれ以上見せても楽しんでもらえるのかという思い。

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:ええと……今帰宅したがこれはどういう状況だ?

 

 :まお様もよう見とる

 :おかえりー

 :見た通りです

 :困惑してて草

 :立ち絵がしゃべったあああああああ

 

「ま、まお様ぁ……」

 

 :エアまお様見守り壺枠になりました

 :我らはあまりに無力だ……

 :助言してもろて

 :助けてまお様!!

 

 今日、壺野郎配信するということはあらかじめまお様には伝えてあった。参考のためにまお様の配信を見てもいいかと聞いた際も渋々ながら了承してもらえたのだ。それでなくても普段から配信にコメント残してくれることも多く、今日も様子を見に来てくれたのであろう。

 

「ええと……これは、まお様に見守られてると思ったら頑張れるかと思いまして……。まだたった五時間程度で音を上げるなんて、情けない姿をお見せしてしまって申し訳ありません……」

 

 :程度じゃないんだよなぁ

 :リーゼちゃんは頑張ってんよ

 :最初に比べたらうまくなってる

 :最初のまお様よりは……

 

 見てくれているリスナーにもまお様にもなんだか申し訳なくてついつい弱音が口をついて出てきてしまう。このままだとダメだと思いつつもどうしてもうまくいくイメージが浮かばないのだ……。何かまお様からアドバイスのコメントが来ないかとコメント欄を注視していると通話の通知が届く。

 

「お邪魔させてもらうぞ、黒惟まおだ」

 

 :まお様きちゃ!

 :突発コラボきちゃ!

 :こんまおー!

 :エア見守りが本物になって草

 

「まったく……我の立ち絵まで出して、それでどこまで行けたんだ?」

「ここまでは割と安定していたのですが、この先がどんどん安定しなくなってしまって。最初あっさりと行けてしまったせいでよくわからなくなって……」

 

 仕方ないなと言いつつもその声色は優しく、スタート地点から再び出発しながら道中について話す。

 

「あぁ、あそこでつまづいてしまったのか。あそこは自分が思っているより少し小さく回した方が……一度見てもらった方がわかりやすいか」

 

 ちょっと待っててくれと言われ、待ちながらも何回も通ってきた道を壺野郎を操作して登っていく。何度も何度も失敗するたびに登っていたのでそこまでは大して詰まることもないのだ。

 

「画面共有してみたが見えているか?配信画面に出してもらっても構わないぞ」

「ありがとうございます……えっと、これをこうやって……」

 

 :お

 :ワイプきちゃ

 :いやめっちゃ早くて草

 :これがRTAの動き……っ

 

 まお様から送られてきている画面をキャプチャーして配信画面に取り込む、わざわざ説明するために壺野郎を起動してくれたらしい。いい感じにワイプとして表示させれば画面の中の壺野郎は見事なハンマーさばきでそれこそあっという間にわたくしの場所にたどり着く。

 

「すごい……」

「リーゼもここまでならかなり慣れているだろう?あとは速度と正確性を上げてくだけだよ。っとここからはこうやっても行けない事はないが、こうやって小さい動きを意識したほうが安定すると思う」

 

 :へぇ

 :なるほど

 :確かにそっちのほうが綺麗だな

 :色々考えてるんだなぁ

 

 まお様は説明しながら二つのパターンでの登り方を見せてくれる。それを見れば最初になんとなく突破していたのは安定しない方法であり、それをずっと意識していたので安定せず集中力が落ちた状態ではなおさら成功率が下がっていたのだなと理解できる。

 

「小さく……小さく……あっ」

 

 :ないすぅ!

 :おーあっさり

 :すげぇ

 :これは目から鱗

 

 アドバイス通りにやってみれば今まで苦戦していたのが嘘のようにあっさりと突破……。

 

「うまいじゃないか、何事にも言えるが最初の成功だけをイメージしていると得てしてそれに頼りきりになってしまうものだよ。うまくいかなくなったのは方法のせいではなく自身のせいだと思い込んでしまってそのまま進めなくなってしまう。そんなときは一度リセットして他の方法を探ってみることをオススメするよ」

 

 :これは至言

 :さすが14時間沼った女

 :クリアしたあと2時間沼った人が言うと説得力がすごい

 

「クリアしたあとに沼った我が言うのだから少しは信憑性があるだろう?」

「それは確かに……」

「言うじゃないか」

「えっ、あっ……その……ごめんなさい」

 

 まお様も当然コメント欄を見ているのだろう、その中から一部拾って言われてしまえば無意識に同意してしまう。そんなわたくしをからかうように掛けられる言葉はどこまでも優しい。

 

「ちなみにスピードを求めるなら……こうだな」

 

 :はっや

 :全然違くて草

 :それ動画で見たわ

 :TASさんで見た

 

 今まで人のプレイを見ているだけでは、そんな風に行くのかくらいにしか思わなかったのだがこうやってプレイし苦戦しているとそのすごさがわかる。

 

「では我はこのあたりにしておこう。あまり助言しすぎても達成感がなくなってしまうだろう?」

 

 :えー

 :まお様ありがとー!

 :今度はしっかりコラボしてもろて

 

「確かにラジオ以外ではコラボしていなかったか……今度何か一緒にできるものを考えてみるか」

「そう言えばそうでしたね、是非!」

 

 :やったぜ

 :言質とったぞ

 :コラボやったー!

 

 言われてみれば確かにラジオクローネでコラボをしているがそれ以外ではしていない。まお様と一緒にゲーム配信……考えただけで絶対に楽しい。

 

「では皆も引き続き見守ってやってくれ、我も応援しているからな」

「まお様本当にありがとうございました」

 

 そう言ってまお様は通話を切りそれにあわせて画面のワイプを配信から消してしまう。まお様からのアドバイスのおかげでなんとなくだが攻略の糸口が見えてきた気がする。うまくいかないときはリセットして方法を見直す……。それを意識してやっていこう。

 

……

 

「ここさえ超えれば……っ」

 

 :いけー!

 :もうちょいや!

 :いけるいける!

 :いったー!!

 :ないすぅ!!

 

 まお様のアドバイスを受けてからは思った以上にスムーズに攻略が進んでいく。一度うまくいったところも失敗するようになってしまえばやり方を再検討。コメントをしてくれるリスナーたちと一緒にああでもないこうでもないと色々な方法を模索すればもっといい方法が見つかりそれからは安定する。

 

「あとはここを登るだけですね……本当に皆様も長い時間見守ってくださってありがとうございます」

 

 :長い戦いやった

 :いうてあれからは早かったな

 :才能あるのでは

 

 すでに配信開始してから七時間が経過し八時間が見えてきたところで最後の難関といっていい箇所をクリアしあとはそびえたつ塔を登っていくだけ。ここまでくればスタート地点に戻される心配もほとんどなく、ほぼクリアしたも同然だろう。コメント欄を見れば最初からコメントをし続けてくれたリスナーの名前も目に入る。

 

「これでクリアです!」

 

 :クリアおめでとう!

 :きちゃー!

 :888888888888

 :クリアー!!

 :ナイファイ!!

 

「ここまで頑張れたのも見守ってくれた皆様のおかげです。途中まお様に助けていただいたり不甲斐ない姿をお見せしてしまいましたが……。沢山の応援ありがとうございました」

 

 :いつも応援してるからな

 :いつも応援するよー!って言ってるやろ?

 :ウィニングランする?

 

「ウィニングランは……沼る可能性があるのでご容赦いただければ……」

 

 :草

 :それはそう

 :沼るのも見てみたくもある

 

 ウィニングランと聞くとどうしてもまお様の姿が頭に浮かんでしまう。いくら、クリアしたと言ってもここからもう一周となれば何時間もかかってしまう可能性は大いにあり得る。。

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:クリアおめでとう、我よりもセンスあると思うぞ

 

 :まお様もよう見守っとる

 :立ち絵がまたしゃべったあああああああ

 :ウィニングランで沼った女だ

 

「まお様も本当にありがとうございました……それでは皆様次の配信でお会いしましょう。おわリーゼ!」

 

 :おわリーゼ!

 :おつかれさまでしたー!

 :ゆっくり休んでねー

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓:皆様本当にありがとうございました!

 

────

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/うたみた出しました!さんがリツイート

黒惟まお@liVeKROne/ラジオゲスト出演詳細は固定 @Kuroi_mao 

リーゼ壺野郎クリアおめでとう

我も触発されてトライしたがようやく2分を切ることができた 

pic.upload.com/tsubo_2min

 

『まお様www』

『あの後やってたんかwww』

『しれっと記録更新してて草』

『200位以内やんけ』

『配信外で更新は草』




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66話 龍魔の爆弾解体①

「おつかれさまです。大丈夫でしたか?」

「お待たせいたしましたわ!シャワーも浴びてサッパリしましたし早速始めましょう!」

 

 ヘッドホンからは配信と変わらないハツラツとしたよく通る桜龍(おうりゅう)サクラ子さんの声がこちらに届く。つい三十分ほど前までループフィットアドベンチャーことLFAで負荷最大にて運動配信していたとは思えないほどの活力がボイスチャット越しでも伝わってくる。

 

「では早速……」

 

 今日は後日に控えた『龍魔相まみえる』と題した、リーゼ・クラウゼと桜龍サクラ子のコラボ第二弾の打ち合わせだ。前回アソビ大百科で行った対決コラボもリスナーからの評判もよく、最後に再戦の約束をしたこともあり早々に二回目の約束は取り付けていたのだがようやく日程も決まり内容を相談することになっている。

 

「チャットでもお送りしましたがサクラ子さんはどう思いますか?」

「たしかに前回あれだけの接戦でしたもの、ちょうどいい対決内容というのも難しいですわね……」

 

 前回の対決はお互い勝って負けての大接戦、最後の最後まで勝負の行方がわからない状態になりサクラ子さんの劇的な逆転勝利となっている。お互い得意なジャンルが真逆なこともあり公平で盛り上がる内容というのも難しいし、前回やったアソビ大百科を再びというのも連続では芸がない。

 

「なのでリスナーさんからもあった協力ゲームはどうかと思ったのですが……」

「激戦を乗り越えての協力!昨日の敵は今日の友!とてもいいと思いますわ!」

「では、ぜひやってみたいものがあるのですが……」

 

……

 

「これで行けそうですわね」

「えぇ、大丈夫だと思います」

 

 配信でやる内容に大まかな流れが決まり、とりあえず一安心。サクラ子さんからの提案もあり、わたくしならではな要素も付け加わりきっと盛り上がることだろう。

 

「そういえば壺見ましたわよ?」

「サクラ子さんから見たら下手すぎて恥ずかしいレベルだとは思いますが……」

 

 どうやら先日の壺野郎配信を見てくれたらしい、といっても相手はクリアタイム一分を切り世界ランク一桁台の猛者だ、それはもう自身の拙いプレイはもどかしかったことだろう。

 

「初プレイでクリアできたんですもの!クリアまで諦めずにやりきったことこそ誇るべきですわ!」

「ありがとうございます……リスナーさんとまお様のおかげです。サクラ子さんの新記録の動画見ましたが本当にすごくて」

 

 基本的にサクラ子さんは何でも褒めてくれる、普段から何事もポジティブに捉える姿は見習おうとも思える美点だ。そんなサクラ子さんが一分を切った動画をあとになって見てみたが、メトロノームのカチカチという音と共に一切の淀みなく登っていく姿……通称メトロノーム走法は圧巻の一言だった。

 しかも、それを配信上でやってのけるのだから恐るべき集中力と精神力である。

 

桜龍サクラ子@ぶいロジ!/イベントグッズ発売中!さんがリツイート

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne(ライブクローネ)/うたみた出しました!@Liese_Krause 

今夜はサクラ子さんのチャンネルでコラボ!

リベンジ!の前に今回は協力して危機を一緒に乗り越えます!

#龍魔相まみえる

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/うたみた出しました!さんがリツイート

桜龍サクラ子@ぶいロジ!/イベントグッズ発売中!@oryu_sakurako

昨日の敵は今日の友……

リーゼを招いて困難を共に乗り越え!

次なる戦いに備えますわ!

#龍魔相まみえる

 

────

 

【爆弾解体】龍魔そろえば爆弾なんて怖くないですわ!【桜龍サクラ子/リーゼ・クラウゼ】

 

 :きれいな花火が見れると聞いて

 :待機

 :桜人(さくらびと)さんお邪魔しまーす

 :いらっしゃーい

 :うちのドラゴンがお世話になってます

 :タイトルがフラグにしか見えない

 

「みなさん御機嫌よう!ぶいロジ!所属の桜龍サクラ子ですわ!!聞こえてますか!?」

 

 :御機嫌ようー!

 :聞こえてます!(クソデカ

 :鼓膜交換定期

 :親の声より聞いたクソデカボイス

 :御機嫌よう!!!

 

「今日もみなさんお元気なようで何よりですわ!本日はお知らせしていたとおりコラボ配信!前回熱戦を繰り広げお友達になったリーゼと一緒に爆弾解体をしていきたいと思います!」

 

 :そうはならんやろ

 :友達になったら爆弾解体するのか……

 :リーゼちゃんだけが頼りだ……

 

「今日はわたくし達の爆弾解体を応援してくれますか?liVeKROne所属魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。聞こえていますでしょうか?」

 

 :応援するよー!

 :頼んだぞリーゼちゃん

 :聞こえてるよー

 

 サクラ子さんの紹介に合わせて、こちらも挨拶をする。自身の配信で見る名前ばかりではなくサクラ子さんのリスナーである桜人さんたちからもお約束の挨拶が返ってくるのが嬉しい。

 

「今回、前回のリベンジとも思ったのですがその前にやってみたかったこのゲームで相互理解を深めたいと思いまして」

 

 :なるほど

 :リベンジへの布石か

 :サクラ子と爆弾解体を選ぶとは……

 :チャレンジャーやな

 

「サクラ子さんはこの爆弾解体の経験はあるんですよね?」

「何度かありますわ!解体は任せてくださいまし!リーゼは初めてだからわたくしがリードしてさしあげますわ!」

「配信で何度かは見たことがありますが実際にプレイするのは初めてなので頼りにしています!」

 

 :なお成功率

 :なんでここまで自信満々なのか

 :直感ドラゴンを信じろ

 :オペレーター過労死するんだよなぁ……

 

 コメントで言われている通りサクラ子さんは経験者であるのだが、ハチャメチャな説明だったり独特な理解力で推し進めていき豪快に爆発させたり。奇跡的な直感で解除成功したりと毎度撮れ高と爆弾を爆発させているのだ。

 

「まずはワタクシが解体作業、リーゼがオペレーターですわ!」

「サクラ子さんを生存させます!」

 

 この爆弾解体というゲーム、作業者はゲーム内に表示された複数のモジュールから成り立つ爆弾を解体していくのだが、解体手順はすべてオペレーターが持つマニュアルに事細かに書かれているのである。解体作業者は爆弾しか見ることができず、オペレーターはマニュアルしか見てはいけないのでお互いの言葉で意思疎通を行い協力して爆弾を解体する。

 

 こちらの手元には予め印刷しておいた解体マニュアルがある。これが結構枚数もありパラパラを中身をめくってみると事細かに解除手順について書いてあるのだが……爆弾現物を見ずに作業者からの言葉だけで正しい手順を指示するというのはなかなか難しそうだ。

 

 

「ワイヤーが四本ありますわ!」

「ええと……ワイヤー四本……色を教えてください」

「赤赤黄青!ですわ!」

「赤赤黄青……爆弾にシリアルナンバーありますか?」

「ありますわ!」

「最後の数字を教えてください」

「1ですわね……」

「じゃあ、二番目の赤を切ってください」

「解除できましたわ!」

 

 :ナイスゥ!

 :これはいいコンビなのでは

 :まぁワイヤーはな

 

 まずは小手調べということで簡単な爆弾解体。コメントの前評判は怪しいものがあったがはっきりと聞いたことに答えてくれるサクラ子さんに作業してもらうのは案外スムーズだ。ボタンを押すモジュールに四つのキーパッドを押すものも問題なく意思疎通ができ、あっさりと解除に成功する。

 

「リーゼの説明はわかりやすくて助かりますわ!」

「サクラ子さんもはっきり言ってくれるので指示しやすかったです」

 

 :てぇてぇ

 :褒め合うのいいぞ~

 :これは勝ちましたわ

 :問題はここからだ……

 

「では役割交代ですね」

「しっかりリーゼを導いて見せますわ!」

 

……

 

「解除できました!」

「ナイスですわ!」

 

 役割交代しわたくしが解体作業でサクラ子さんがオペレーターになり、ワイヤーとキーパッドは難なくクリア。先程までの経験もあるので解法がわかっているのが大きい。しかし最後のモジュールは初めて見るもの……。

 

「ディスプレイにからって書いてあってそのしたに、そう、まって、右、えーと、なし、うんうんって書いてあるボタンがあります」

「ディスプレイにボタン……これですわね。ってなんですのこれ!?」

「サクラ子さん……?」

「お待ちくださいまし……ディスプレイの……表?」

「……サクラ子さん時間が」

「ディスプレイにはなんて書いてありますの?」

「からって書いてます」

「からですわね……」

「右の真ん中の文字を教えてくださいな!」

「右の真ん中を押し……ってあっ」

「えっ」

「右の真ん中のうんうんを押したら失敗しました」

 

 :あっ

 :押しちゃった?

 :聞き間違いか?

 :教えてと押してで聞き間違ったか

 

 言われたとおりに右の真ん中のボタンを押したはずだがゲームからは短くブザーが鳴りタイマーの上にバツマークがつく、あと二回失敗しバツマークが三個になれば解体失敗し爆発してしまう。

 

「押してではなくて教えてくださいな!」

「あっごめんなさい!ディスプレイがどう?になりました」

「どう……左上の文字を教えてくださいな!」

「なしです!」

「ええと……一致するリストの最初に表れるボタン……ボタンの文字を教えてくださいな!」

「準備OK、違う、オーケー、真ん中、どう?、うんうんです!」

「一番最初…最初……オーケー?を押してくださいな」

「押します!あっ失敗……」

「どうしてですの!?」

 

 :あっ

 :これは……

 :やばい

 :やっぱこれむずいよな

 

 これで二回目の失敗、次間違えれば爆弾が爆発してしまうがタイマーの時間がもう残りわずか……。これまでのやりとりを考えれば間違いなく間に合わないだろう。

 

「サクラ子さん、もう時間が……」

「リーゼまだ諦めるのは早いですわ!!あと何秒ですの!?」

「サクラ子さん……また勝負したかっ……」

「リーゼ!?リーゼ!答えてくださいませ!!」

 

 :RIP

 :リーゼ……いい子だった

 :フォーエバーリーゼ

 :君の犠牲は忘れない

 

 無情にもタイムアップし画面が暗転すると共に爆発音が鳴り響く。サクラ子さんの必死の呼び掛けが聞こえてくるが爆発してしまった以上わたくしはもうこの世にはいないのだ……。

 

「そんな……リーゼ……ワタクシと一緒にLFA耐久すると約束しましたのに……」

「……してませんからね?」

 

 :草

 :LFA耐久してもろて

 :生き返った!?

 :しゃべったああああああああ

 

 サクラ子さんとループフィットアドベンチャーなんて実際に運動するゲームをした日にはそれこそ亡き者になりかねない。

 

「ではまた交代して再挑戦しましょう!」

「リーゼ任せましたわ!」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67話 龍魔の爆弾解体②

例によって" "で囲まれてる部分は日本語以外としてお読みください


【爆弾解体】龍魔そろえば爆弾なんて怖くないですわ!【桜龍サクラ子/リーゼ・クラウゼ】

 

「ディスプレイに六個のボタン来ましたわ!」

「ええと……表比較これですね」

 

 :来たな

 :表比較きちゃ

 :リベンジや

 :がんばれー

 

 桜龍(おうりゅう)サクラ子さんとの爆弾解除ゲーム、先ほどは見事に爆散しこの身が消し飛んでしまったがサクラ子さんを同じ目に合わせる訳にはいかない。といっても彼女であれば生半可な爆発くらいでは何食わぬ顔して生還してしまいそうでもあるのだが。

 

 ワイヤーにキーパッドをサクっとクリアし、前回失敗した表比較モジュールに取り組む。先ほどはサクラ子さんが困惑していたがマニュアルを見てみれば、これはたしかに文字数も多くしっかり読み解く必要がありそうだ。

 

「ディスプレイの文字に対応したボタンを……なるほど」

「ディスプレイには大賞とありますわ!」

「たいしょう……どんな漢字ですか?」

「漢字?ええと賞……仮装大賞の大賞ですわ!」

 

 :これ同音異義語まざるからな

 :仮装大賞がパっと出てくるの草

 :右のランプがアレに見えてきた

 :まぁわかりやすいw

 

「ええと……かそうたいしょう……ってなんですか?仮想の対象……?」

 

 :あっ

 :え?

 :あっそういや海外育ちや……

 :うっそだろw

 :知らんかったか……

 

「知らないんですの!?仮装して芸を発表するテレビ番組で……」

「仮装して芸……?あっマスカレードですね!」

 

 :知ってるやんけ

 :向こうでもやってるんや

 :たしかフランスとかでもやってるゾ

 :いや爆弾解除してもろて

 :爆弾そっちのけで草

 

「ということは大きな賞であってますか?」

「それですわ!」

 

 まさかこんなところで生まれ育った文化の違いを感じることになるとは思わなかった。妙な事に関心しつつもなんとか爆弾解体へと話を戻していく。

 

「では左の真ん中の文字を教えてください」

「それ!ですわ!他の文字は……どう?でき……」

「ちょっと待ってください、いまからわたくしが単語を言っていくのでその単語があったらそのボタンを押してください」

「わかりましたわ」

「いきますね?うんうん、もちろん、次、え?」

「ありましたわ!成功ですわ!!」

 

 :おー!

 :やった

 :ないすぅ!

 

「次はディスプレイに動くですわ!」

「では同じように右の真ん中の文字を……」

 

……

 

「次、それ、左、まって」

「ありましたわ!解除成功ですわ!!」

 

 :手慣れてきたな

 :もうこれは大丈夫やろ

 :安心して見てられるわ

 

 複雑な手順と言えど一度解法がわかってしまえば同じことの繰り返し、『大正、対照、対称、大賞』のような同音異義語に気を付ける必要はあるがミスなく解除に成功する。

 

「リーゼの説明ならもっと高みに登れそうな気がしますわ!」

 

 :高みに登ってるのは爆発してるんよ

 :それ逝ってないか?

 :草

 :リーゼちゃん有能

 :じゃあ次のステージいこっか

 

「ありがとうございます。確かにサクラ子さんと一緒なら一緒に難しいものも……、ではアレやってみますか?」

「そうですわね!」

 

 :お?

 :あれ?

 :何すんの?

 :ハードコア?

 

「"ではここからは英語でオペレーションしていきますね"」

「レッツドゥーディスですわ!」

 

 :なんて?

 :なるほど

 :"サクラ子が英語喋ってるとこ見たないけど"

 :"俺らの出番か!"

 :サクラ子大丈夫か?

 :ドラゴンやしいけるやろ

 :海外ニキ結構おるんやな

 

 そう、今回のコラボにあたってサクラ子さんから提案があった英語での爆弾解除、いわゆる一種の縛りプレイだ。ここまで数回プレイし、お互いに作業者とオペレーター両方経験していることによってモジュールによってはあっさりとクリアできるようになりつつある。そこに言語縛りというエッセンスを加えるのは面白い試みだ。

 

 わたくしが英語を喋ったことによってこれまでほとんど見なかった英語のコメントがちらほらと流れてくる。やはり日本語ばかりの中にコメントするというのは気が引けてしまうのだろう。わたくしもまお様の配信を見始めたばかりの頃はそうだったから気持ちはよくわかる。

 

「シックスワイヤーですわ!」

「"六本のワイヤーですね、上からワイヤーの色を教えてください"」

 

 :サクラ子も英語なん?

 :これは英語つよつよドラゴンですわ

 :DESUWA!!

 

 別にサクラ子さんは英語縛りという訳でもないのだが……、まぁ打ち合わせでも任せてくださいまし!!と豪語していたし結構いけるのかもしれない。

 

「レッド、ブラック、ブラック、ブルー、ホワイト、ホワイトですわ!」

「"シリアルナンバーを教えてください"」

「シリアルナンバー……、ナインゼロ……ゼロって英語ですわよね?」

「"ゼロは英語ですよ"」

 

 :英語やな

 :あんま意識したことないけど英語やな

 :"0は0だろ?"

 :ダブルオーセブンとかも言うよな

 :普通に日本語喋ってるやんけ

 :"ZEROって漢字もあるんだぜ!"

 

「ナインゼロゼロシーブイシックスですわ!」

「"ええと……それだと、四本目のワイヤーを切ってください"」

「フォースワイヤーオッケーですわ!!」

 

 :いけるやん

 :リーゼちゃんの英語めっちゃわかりやすいな

 :優しさを感じる

 :"リーゼの英語は綺麗なクイーンズだね"

 

 一応わかりやすいように意識して話してはいるがこの分なら心配はいらなそうだ。これはあっさりクリアできてしまうかも?もしそうなら、あまりに難しいだろうからやめておこうと言ったドイツ語縛りも視野に入ってくる訳だが……。

 

「ネクスト……ホワイトボタンですわ!イン……ナガオシ!!」

「"白いボタンに長押し……、CARと書いたインジケーターが爆弾についていますか?"」

「シーエーアール?ワンモアプリーズですわ!」

「"CAR、インジケーター、ありますか?"」

 

 :わかる!俺でもわかるぞ!

 :学校の先生かな?

 :リーゼ先生に英語習いたかった……

 

「インジケーター、CAR、アッタ!!」

 

 :有ったは日本語やろがい!

 :カタコトで草

 :やっぱり英語ダメじゃねーか

 

「"ボタンを押したままにすると右のライトがつくのでその色を教えてください。ボタンを離してはダメですよ"」

「……ボタンプッシュオッケー?」

 

 :長すぎるっぴ

 :"サクラ子が止まった"

 :あかん理解が追い付いてないわ

 :"さすがにキツイか"

 :わいも単語しかわからへん

 

「"ボタンを押したままにしてください、離してはダメですよ"」

「ドントリリース……アンダースタンドですわ!ボタンプッシュ!!」

 

 :単語だけでも結構伝わるんやなって

 :英語はパッションよ

 :"リーゼはいい先生になるな"

 

「ライトライトイエロー!」

 

 :右のライトだからライトライトかw

 :それはそうなんだけど草

 :"いいライムだ"

 

「"タイマーに五が表示されてるときにボタンを離してください"」

「タイマーファイブ……リリースオッケーですわ!」

 

 :おーいけた

 :やるやん

 :"ナイス!"

 

 ここまでは今までやってきたのを英語でおさらいしているようなものだ、これが先ほどやっと成功したモジュールや新しいものが出てくると一気に怪しくなりそうなものだが……。

 

「ネクスト……スリーワイヤー、ニューフェイス!!」

「"三本のワイヤーでニューフェイス?新しいモジュールですか?"」

「イエス!ニューモジュール!」

 

 :来たか

 :これめんどいやつや

 :"やばい"

 :これ英語初見はきついやろ

 

 ワイヤーで新しいやつとなると……マニュアルを見るに複雑ワイヤか順番ワイヤのどちらかだろう。どちらにしても見る限りかなり複雑そうだ、これをうまく英語で説明できるだろうか。

 

「"ワイヤーは縦ですか?横ですか?"」

「ディカ?ホ?ダル?」

「"縦ですか?横ですか?"」

「ヴァーディカ?ホイゾンダル!?」

 

 :VerticalとHorizontalか

 :あーワイヤー縦か横か聞いてんのか

 :"サクラ子がんばれ!"

 :そもそもこの二つの単語知っているかどうか

 

 これは通じないか……、他に何か判別する方法は……。

 

「レッドレッドブラック!ワンツースリーエービーシー!!」

「"ナイス!それなら順番ワイヤですね!"」

 

 :見たまんまで草

 :いや通じるのかよ

 :"いい着眼点だ"

 :やっぱパッションなんやなって

 :とりあえず目に入ったものいっときゃええんや

 

 サクラ子さんが突然何を言い出したのかと思えば、マニュアルの図にはそのままの記載がある。単純にして有効的な判別方法に称賛しつつマニュアルを読み解いていく。

 切るワイヤーを指示して次のパネルに移動させる……、ワイヤーのカウントさえ間違わなければ簡単そうには見えるのだがどう伝えたものか……。

 

「"最初の赤いワイヤーが"」

「ファーストレッドワイヤー?」

「"Cに繋がっているなら"」

「コネクテッド……つながるC……」

「"ワイヤーを切ってください"」

「カットワイヤー……レッドワイヤーがCにコネクトならカットですわね!」

「"そうです!!"」

 

 :完全にヌー語じゃねぇか

 :"おお!"

 :でもわかりやすいぞw

 

「"二番目の赤いワイヤーが、Bに繋がっているなら、ワイヤーを切ってください"」

「セカンドワイヤーノーコネクトBですわ!」

 

 :あっさり通じた

 :サクラ子物覚えはいいからな

 :英語の才能あるのでは

 :"サクラ子が成長している"

 

「"三番目の黒いワイヤーは切ってください"」

「サードブラックワイヤーカットオッケーですわ!」

 

 :ナイスゥ!

 :"何も起こらないが"

 :これパネル変えるんよな

 :ん?

 :"次のパネルに行かないと"

 

 とりあえずは最初のパネルのワイヤーカットはうまく指示できたが、このパネルを下ボタンを押して切り替えてもらわなければいけない。

 

「何も起きませんわね……」

「"ワイヤーの下のボタンを押してください"」

「プレスボタン……ビロウザワイヤー?」

「"ワイヤーの下です"」

「アンダーならわかりますわ!下ですわね!ワイヤーの下のボタンを押す!新しいワイヤーが出てきましたわ!」

 

 :微妙なニュアンスの違いか

 :"アンダーのほうがわかりやすいのか"

 :前置詞トラップな

 :ナオキで覚えたわ

 :サクラ子もう完全に日本語で草

 :"無邪気でかわいい"

 

 この操作さえわかってしまえばこちらのもの……あとは同じことの繰り返し。

 

「あーリーゼ……」

「"どうしました?"」

「アイムダイ」

「えっ!?サクラ子!?」

 

 :草

 :RIP

 :突然の死!!

 :"さすがに時間足りないな"

 :何気に呼び捨てやん

 

 唐突な言葉に一瞬理解が及ばないがそう言えばと制限時間の事に思い至る。英語でのやりとりに集中しすぎたせいだろう、二人とも制限時間があることをすっかり忘れていた。日本語でのやりとりと違ってなるべく丁寧に話すスピードも落としていたので時間切れになるのは必然か。

 

「やはり英語でのやりとりとなると時間が問題ですね……」

「そうですわねぇ……」

 

 :サクラ子!?爆散したはずじゃ!?

 :生きてるやんけ

 :さすドラ

 

「あの程度の爆発ワタクシには傷ひとつ付けられませんわ!」

「じゃあ解除しなくても良かったかもしれませんね」

「部屋の片付けが大変だから解除はしますわ!」

 

 :それはそう

 :解除してもろて

 :サクラ子結構英語いけたやん

 

 コメントに乗って冗談を言うサクラ子さんに合わせてこちらもクスクスと笑い声を漏らす。爆弾の規模にもよるがわたくしでも魔力で爆発の封じ込めは……、やったことはないけどおそらく可能だろう。とは言え、そんな機会訪れないことを祈るばかりだが。

 

「サクラ子さん、さすが自信があるだけあって英語でも行けましたね」

「コミュニケーションはパッションでどうとでもなりますわ!それにリーゼは優しい単語ばかり使ってくれたでしょう?」

「それでもきちんと伝わっていたのですごいですよ」

 

 海外リスナーもそう思いますよね?とやりとりを簡単に英語で伝える。

 

 :"英語で話しかけてたしサクラ子はすぐ上達するね"

 :"パッションは一番大事!"

 :"先生も生徒も良かったよ!"

 

「ほら、すぐ上達するねって言われてますよ」

「そう言ってもらえると嬉しいですわ!そう言えばリーゼ、最後サクラ子って」

「あれは英語が抜けなくて……」

 

 敬称にあたる単語はあるが、さん付け文化というのは日本独特のものだ。英語で言うところのミスターやミスなどとはどうにも感覚が違う。

 

「ワタクシは呼び捨てにされたほうが嬉しいですわ」

「といっても勝負に勝ったらというお約束ですし……」

 

 :呼び捨てにしちゃいなよ!

 :もう二人ともマブじゃん?

 :一緒に爆発した仲やん

 

「むむ……では今度の勝負ワタクシが勝ったらサクラ子と呼んでもらいますわ!」

「えぇ……それでもわたくしは勝ってその呼び名を勝ち取りたいのです」

「リーゼ、なかなか頑固ですわね……」

 

 :立場入れ替わってて草

 :リーゼは意外と頑固ダゾ

 :どっちの気持ちもわかるわ

 

 こればかりはどうにもこだわってしまう。こうなったら次回の勝負は是が非でも勝ちサクラ子と呼ぶ権利を勝ち取らなければ。

 

「時間的にあと一回くらいはできそうですが……ボツにしたドイツ語縛りも試しにやってみますか?」

「パッションで乗り越えて見せますわ!!」

 

……

 

「"あーええと……さすがに無理がありましたね……"」

 

 :なんて?

 :すまねぇドイツ語はさっぱりなんだ

 :"基本的な単語ですら怪しい……"

 :"さすがにドイツ語はわからない……"

 :クーゲルシュライバー!!

 

「パッションにも限度がありましたわね……」

 

 :それでも直感でワイヤー正解するあたり持ってるよな

 :さすがにワイヤークリアは笑った

 :迷路とか絶対無理やろw

 :数字くらいしかわかんねぇ……

 :シュバルツはわかった

 

 案の定というか、まぁ当然のようにほとんど意味は伝わらず……。コメント欄を見ても日本語と英語で大混乱だった。

 

「でもこれでいくつかの数字と色の単語は覚えましたわ!いつかドイツ語でもクリアしてみせますわ!っと……そろそろ時間ですわね」

「そうですね、今日はサクラ子さんと爆弾解体、皆様楽しんでいただけましたか?わたくしはとっても楽しかったです!」

 

 :楽しかったよー

 :英語とドイツ語喋るリーゼちゃんかっこよかった

 :説明うまかった!

 

「ワタクシもリーゼと遊べて大満足ですわ!英語とドイツ語もいつかリベンジしてやりますわ!」

「その時はいつでも呼んでくださいね」

 

 :またコラボしてもろて

 :もうすっかりいいコンビになってる

 :"リベンジ楽しみにしてる"

 

「それでは最後はもちろんあの挨拶でお別れですわ!」

「ええと……それってもしかして……」

 

「「おわ龍ーゼ!」」「ですわ!!」

 

 :おわ龍ーゼ!

 :おわ龍ーゼー!!

 :楽しかったよー!

 :やっぱこれよな

 :次のコラボ待ってんで!!

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓:お邪魔いたしました!Auf(アウフ)Wiedersehen(ヴィーダーゼーエン)

 

桜龍サクラ子-Oryu sakurako-✓:ワタクシ達にかかれば爆弾など敵ではありませんでしたわ!




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68話 ラジオ前ランチ

黒惟(くろい)まお@liVeKROne(ライブクローネ)/今夜ラジオゲスト出演!詳細は固定@Kuroi_mao 

我がゲストで出演させてもらったラジオは今夜放送だ

我も#SERAPHIMラジオ で呟くので一緒に盛り上げてくれ

 

天使(あまつか)沙夜(さや)オフィシャル@amatsuka_official

天使沙夜新アルバム『SERAPHIM』発売記念四週連続ラジオ!

様々なゲストを招いてお送りしてきましたが

四週目は最近話題のVtuberでありヴァーチャル魔王様である

黒惟まお(Kuroi_mao)さんを招いての最終回になります!

実は魔王様と交友が深いらしい天使の素顔が見れるかもしれません

お聞き逃しなく!(スタッフS)

#SERAPHIMラジオ

 

『いよいよ今夜だー!楽しみすぎる』

『へぇVtuberがゲストなのか』

『相手の記念配信にメッセージ送ってるから見てない奴は見とけ』

『ヴァーチャル魔王様?』

『この二人が公式に絡めるようになるとはな……』

『先週のアーカイブ公開はよ』

『沙夜様の素顔!?』

『黒惟まおちゃんハマった!』

 

 SNSで告知のメッセージを送信するといつものリスナーやファンが拡散しメッセージを送ってきてくれる。そして更に一層それらの反応が増えたかと思えば、相手方のアカウントも反応してくれたらしく更に拡散されていく。

 

 SNSで『#SERAPHIMラジオ』をチェックしてみれば、普段配信タグや自身の名前で検索するときよりも普段Vtuberや配信を見ないような層まで告知は届いているらしく、いつもより少しだけ雰囲気というか受けるイメージが違って面白い。

 

 普段通り私に向かって『楽しみ!』や『頑張って!』なんて応援のメッセージを送ってくるリスナー。Vtuberという存在をよく知らなかったり存在は知っていても配信を見たことがないような天使沙夜ファンの言葉。訳知り顔で天使と魔王の邂逅を喜ぶ者、ありがたいことにこれをきっかけに私の存在を知ってくれた人と反応は様々だ。

 

 普段リスナーたちからは『魔王様』だったり『まお様』と呼ばれているので『黒惟まおちゃん』なんて呼ばれているのを見るとなんとも面映ゆく感じてしまう。

 

黒惟まお@liVeKROne/ラジオゲスト出演詳細は固定 @Kuroi_mao

今夜はラジオ放送もあるのでランチタイムに語り合おう

最近我の事を知ってくれた者も多いので

共に楽しい時間を過ごせたらと思っている

 

────

 

【ランチタイム雑談】ラジオ前に軽く雑談でもしよう【黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

 :待機

 :ラジオ楽しみだなー

 :はじめて配信来た!

 :名前の色が違うのはなんでだろう?

 :とうとうまお様も全国デビューか

 :名前の色はメンバーだと変わりますよー

 

 今夜はラジオもあるので夜の配信はなし、その変わりといってはなんだが普段は平日にやっているランチタイム雑談を休日に持って来てみた。ラジオゲストが公表されてからおそらく天使沙夜のファンであろうリスナーも少しづつではあるが増えているようで、新鮮なコメントも時々見かける。そんなコメントに対しても丁寧に接してくれているリスナーたちを見ると改めて支えてきてもらっているのだなぁと実感する。

 

「ランチタイムも我に付き合ってもらうぞ、liVeKROneの魔王黒惟まおだ」

 

 :こんまおー!

 :今日のランチはー?

 :こんにちまおー!

 :こんにちはー!

 

「こんまおー、今日の昼食は残っていたシチューをグラタンにしてみた。最近どんどん寒くなってきたからな」

 

 ランチタイム雑談用に撮影しておいたシチューグラタンの写真を配信画面に載せる。配信用にきちんとおしゃれなグラタン皿を使い仕上げにパセリなんかも散らしたりして……。普段ならなんの飾り気のない耐熱ガラス容器に適当に材料をつっこんでチーズかけて焼いたら終わりだ。

 

 :食べたい

 :リスナーの分は?

 :いいなー

 :相変わらずうまそう

 :もうすっかり冬だなぁ

 :こっち雪降ったよ

 

「余りものだと言っただろう?シチューに生クリームとコンソメで味整えて、茹でたマカロニと和えた後にチーズかけて焼くだけなんだから作ってみるといい」

 

 :生クリームなんてオサレなもの常備してないです……

 :コンソメ入れるんだ

 :マカロニ茹でるのめんどい

 :料理するのめんどい

 :人の作ったご飯が食べたいの!

 :まお様の手作りだからいいんじゃい!

 

「生クリームがなければ別に牛乳でもいいぞ、まったくお前たちときたら……あまり料理を人任せにしすぎていると将来困るぞ?」

 

 :まお様に養ってもらうので大丈夫です

 :毎日グラタンを作ってくれ

 :お惣菜最強!!

 :ウィーバー最強!!

 :グラコロ作って

 :俺たちにはナックがある

 

「誰がお前たちを養うか……それに毎日グラタンは流石に飽きるだろう。それにただでさえ揚げ物は後始末が大変なのにクリーム系は更に大変なんだぞ……」

 

 :かーちゃんいつもありがとう

 :実感こもってて草

 :まおさんって料理得意なんですか?

 :揚げ物一人だとほんとやらなくなる

 

 揚げ物を作ると油の処理が大変だし揚げてると油で胸いっぱいになって、揚げ終わったころにはあまり食べられないし、クリームコロッケを作ろうとして爆発した時には目も当てられないのだ。

 

「料理は得意かと聞かれれば。まぁ人並には出来る方だとは思っている。こうやって配信に載せたり人に振舞う時以外は適当だがな」

 

 :それだいたい料理うまい人のセリフなんよ

 :すごい!

 :まお様で人並だったら俺はいったい……

 :得意料理はありますか?

 

 もともとは共働き世帯の娘だったので母親に代わって料理をするという場面も多く、いつの間にか基本的な調理は出来る。それにネットが普及してからはいくらでも情報は出てくるし昨今では丁寧に動画ですべての手順まで解説してくれる時代だ。

 

「得意料理……料理系の話題になるとよく聞かれるのだが毎度回答に困ってしまうな。以前答えた時はなんと言ったか……」

 

 基本的に自分で食べる分にはそこまでこだわりはないし、だいたいの家庭で出てくるようなメニューはレシピを調べれば大抵なんとかなる。胸を張ってこれが得意です!というのもなかなか難しい。

 

 :まえはたしかオムライス

 :たんぽぽオムライス

 :トロトロのオムライスって言ってた

 

「あぁ……確かにオムライスと答えたな、一時期あのオムライスを作るのにハマっていてかなり練習したよ。一度くらいはSNSにも上げたんじゃなかったか?」

 

 チキンライスの上にトロトロのオムレツを乗せ、ナイフで切れ目を入れると自重で綺麗に開くようになるまでは卵の量だったり焼き加減だったり色々と工夫したものだ。

 

 :あー見たような気がする

 :いつ頃だっけ

 :タグで引用しておいた

 :おーこれも美味しそう

 :ないすぅ!

 :まお様すごいです!

 :懐かしいなぁ

 

黒惟まお@liVeKROne/ラジオゲスト出演詳細は固定 @Kuroi_mao 

一時期ハマっていたオムライス

久々だがなかなか上手いものだろう?

pic.upload.com/omuomu

 

 すぐさま過去のSNSから該当のものを見つけてきてわかりやすいように引用してくれたらしいものを見ると確かに自身が上げたオムライスの写真。日付を見ると……デビューして一か月の頃か。みんなよく覚えているしすぐに持ってこれるなと感心してしまう。私自身でさえ上げたかもしれない、くらいの記憶だったのに。

 というかあれだけハマっていたのに二年以上……作っていたのかもしれないが写真で上げてなかったのか。

 

「本当によく覚えてるな、たしかこれは(しず)のために作ってあげたものだったか」

 

 :これちょっとザワついたよなw

 :二人分写ってたからw

 :あったあったw

 

 よくよく写真を見れば自分の分とは別に向かい側にももう一つオムライス。一瞬SNSがザワつきかけたがほぼ同タイミングでSILENT先生も向かい側からの写真をSNSに上げていた。それはそれで同棲説や姉妹説なんかも流れることにはなったのだが……。

 

「とまぁ、昼食の話はこれくらいにして。今夜のラジオだが、すでに『#SERAPHIMラジオ』がトレンド入りしているようで協力してくれてありがとう」

 

 :1位目指そうぜ!

 :世界狙おう

 :天使ちゃん公式にいいねもらっちゃった

 :別にいつも通りなんだよなぁ

 

 ラジオ放送は夜だというのにすでにトレンド入りしているらしい。これは四週続いた中で初めての事らしく、天使公式側も話題に反応しスタッフSさんが驚きのメッセージを更新していたくらいだ。スタッフSさん……十中八九マネージャーの鈴木さんの事だとは思うがその姿が思い浮かぶ。

 

 :同時視聴はしないん?

 :一緒に聞きたかったなー

 :沙夜様どうでした!?

 :待ち遠しいよー

 

「同時視聴は希望する声も沢山もらっていたのだが……最初に聞くラジオはそちらをメインに聞いてほしくてな。やってもいいと許可はもらったのだが今回は見送らせてもらった、その代わり告知にも書いたが我もしっかり聞いて色々SNSでコメントする予定だ」

 

 :OKは出たんだ

 :そっかぁ

 :そういうことね

 :了解!

 :一緒に盛り上げましょう!

 

 各々で同じものを視聴しながら配信でコメントと語り合うという同時視聴配信をしてほしいという要望はたくさんもらっていたし、SNSでの実況も含めて許可はもらっていたけれど私もしっかりと聞きたいし、リスナーたちにも……ということで実施は見送り。

 

「後日ラジオのアーカイブが公開されたら振り返り配信も行うので、その時はラジオを聞きながら振り返ろう」

 

 :おー!

 :楽しみ!

 :いいね!

 :天使ちゃんゲストに呼んでもろて

 

「天使との話は今話してしまうとネタバレになってしまうかもしれないからな……ラジオを楽しみにしてほしい」

 

 :はーい

 :なにか話せる事ないん?

 :スタジオで録ったん?

 

「なにか……あぁ収録はスタジオだったよ、本格的なラジオ収録というのは初めてだったから色々と勉強になった。やはり大きいスタジオというのはすごくてな……なかなかお目にかかれない機材も多くて……」

 

 :あっ

 :スイッチ入った

 :これは機材おたくモード

 :機材の事になると早口になるよね

 :初見さん引かないであげて

 :ただ機材が好きなだけなんです……

 

……

 

 収録の話からスタジオの話になり、目にした年代物で貴重な機材の話をしているといつの間にかコメントを置いてきぼりにしてしまう。中には興味深く食いついてくるリスナーもいるにはいるのだが……明らかに少数派。大多数は暖かくもしくは生暖かく見守ってくれている従来のリスナーばかりだが、ラジオきっかけで見に来てくれたリスナーは困惑しているだろう。

 

「たしかに今回のラジオゲストきっかけで配信を見に来てくれる者が増えたな」

 

 :はじめて来ました~

 :歌動画見ましたー

 :初見です!

 :初見でした!

 :今日は初見!

 :初見ですかわいいですね!

 

「明らかに初見ではないものもいるが……、配信まで見に来てくれてありがとう。よかったらこれからも配信に遊びに来てくれればうれしい。基本的に毎日配信しているし、今日のような雑談だったり、歌にゲーム、あとは……自己紹介でも名乗っているがliVeKROneという事務所に所属していてな。そこの同期であるリーゼ・クラウゼという魔王見習いの子と一緒にラジオクローネというラジオ番組もやっている。なにか興味を惹かれるようなものがあれば過去の配信も見てもらえれば幸いだ」

 

 :まお様の歌枠はいいぞ

 :また来ます!

 :晩酌配信のフニャフニャまお様はいいぞ

 :まずはデビュー配信をだな……

 :二周年記念凸待ちに天使ちゃんのメッセージあるよー

 :リーゼちゃんもよろしく!

 :チャンネル登録しました!

 

 お前明らかに初期からいるだろうという名前からコメント欄で見ない日はないといっていいほど覚えのある名前まで、ひどい初見詐欺もいたものだとは思うがリスナーそれぞれが思い思いにオススメの配信をあげてくれている。いやデビュー配信はおすすめしなくてもいいのだが……それでも嬉しい事には違いない。

 

「チャンネル登録もありがとう、これからよろしく頼むよ。さて、そろそろいい時間か。それじゃあ改めて……今夜は天使沙夜にゲストとして招かれた『SERAPHIMラジオ』の放送日だ。ラジオの中では色々な話をしているし、今まで話したことのなかった事なんかも話題に挙がっている。SNSでは『#SERAPHIMラジオ』で我も呟くので一緒に盛り上げていこうじゃないか」

 

 :目指せ世界トレンド!!

 :まかせとけ!!

 :楽しみですー!

 :まお様推します!!!

 

「ありがとう、それではラジオの放送をお楽しみに……おつまおー!」

 

 :おつまおー!

 :おつー

 :おつまお!

 :挨拶かわいいー

 :またねー!

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:新たに配信に来てくれた者、変わらずに来てくれている者、応援感謝している。今宵のラジオや次の配信でまた会えるように願っているよ




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69話 SERAPHIMラジオ①

黒惟まお@liVeKROne/今夜ラジオゲスト出演!詳細は固定さんがリツイート

天使(あまつか)沙夜(さや)オフィシャル@amatsuka_official

天使沙夜アルバム発売記念キャンペーン第四弾!

@amatsuka_official@Kuroi_maoをフォロー

②ラジオ放送中に#SERAPHIMラジオ をつけて感想を投稿

抽選で四名様に天使沙夜と黒惟(くろい)まおのサイン入り色紙をプレゼント!

 

 ランチ雑談配信を終え、SNSをチェックしていけば配信の感想や#SERAPHIMラジオがつけられた期待の投稿が多く見られる。そして、明らかにフォロワーの数が増え始めているなとその理由を探ってみればすぐに出てくるキャンペーンの投稿。

 今回の記念ラジオに合わせて行われているキャンペーンはそれぞれのアカウントをフォローし、ラジオ中に#SERAPHIMをつけて感想を投稿するだけ。

 そんな気軽さもあってかフォロワーはどんどん増え、まだラジオは開始していないのにも関わらず日本のトレンドをどんどん上昇していっているようだ。この分なら本当に世界トレンドも狙えるかもしれない。

 

 ラジオの時間まではまだ時間があるがSNSをチェックしているだけですぐにその時間を迎えるだろう。幸いな事に今日は配信以外特に用事も入れてないし急ぎの作業も残っていない。このままのんびりとSNSを眺めながら過ごすというのもたまにはいいだろう。

 

……

 

「天使沙夜のSERAPHIMラジオ、このラジオはあたし天使沙夜の新アルバムSERAPHIMの発売を記念した四週連続のラジオ番組です。このラジオの感想は#SERAPHIMラジオで是非どんどん投稿してください。いやー、もう四回目ともなると流石にこの口上にも慣れてきたんだけどこれで最終回かぁ。もうすっかりラジオパーソナリティですね。って?いやいや、たしかに最初よりかは緊張もしなくなったけどゲストがいてなんとかって感じかな。そういう意味だと今日のゲストはそれこそ話のプロみたいなものだから、今日はあたしがゲスト気分で行かせてもらおうかなって。……なんだか無言の抗議を感じるけどとりあえず番組開始と共にアルバムSERAPHIMから一曲聞いてもらって番組スタート」

 

 軽快なフリートークから始まりBGMとして流れていたインストのアルバム表題曲であるSERAPHIMがタイミングよくボーカル入りへと切り替わる。

 まっさきにアルバムタイトルとして発表され、ラジオ初回放送の際にオープニングとしてお披露目されたその曲は熾天使の名に相応しく、純粋で力強いメロディーに透明感のある歌声がマッチしている。

 

「というわけでSERAPHIM聞いてもらいました。じゃあさっそくゲストを呼ぼうかな、ヴァーチャル魔王様の黒惟まお様です」

liVeKROne(ライブクローネ)所属のVtuberでヴァーチャル魔王の黒惟まおだ」

「いえーい、まお様こんまおー」

「……こんまお。いつもは様なんてつけてないくせに」

「まぁ一応?こうやって二人で人前で話すのは初めてな訳じゃん?だから最初くらいはまお様って呼んだほうがいいかなと思って」

「お気遣いありがとう、まぁ好きに呼んでくれて構わないが」

 

『まお様キター!』

『天使ちゃんがこんまお言うとるw』

『沙夜様なんか楽しそうー』

『魔王様の声好きかも』

 

 #SERAPHIMラジオで検索しているSNS上では私の登場に流れが加速する。更新するたびにどんどん新しいメッセージが表示されていくのですべてを追いきることはできないが、概ね好意的に迎えられているようで一安心。

 

「じゃあ、いつも通りまおで。まおの事を紹介すると、もともとは個人としてヴァーチャル魔王様、Vtuberとして活動を開始し今年の九月に二周年を迎えて事務所liVeKROneに所属を発表。普段は雑談や歌、ゲーム配信などを行う他、動画作成者としても活躍中。個人、企業を問わない幅広い交友関係から同じVtuberからの信頼も厚く、企業所属となってますます勢いを増しているVtuberのひとり。ちなみにVtuberについて知らないってリスナーもいるとは思うんだけど、これは本人に説明してもらったほうがいいか」

「簡単に言ってしまえばヴァーチャルの姿を持った配信者のことだな。今回はラジオなのでリスナーに伝えられるのはこの声だけだが、普段はヴァーチャルの世界から姿を映して色々な配信をしている。我に限らずVtuberと呼ばれる者の配信を見てもらえればどのようなものかわかるとは思うが、姿が少し違うだけで他の配信者と同じようなものだな」

 

『こんなに増えるとは思わなかったよなぁ』

『へぇここ最近よく聞くようになったよね』

『結構有名な人なんだ?』

『幅広い交友関係(意味深)』

 

「あたしもそんなに詳しくはないけど、まおの配信はよく見てるからそこから色々な人の配信を見るようになったなー。んで、どうしてそんなヴァーチャル魔王様をゲストに招いてるかというと。実は付き合いが結構長くて、それこそあたしがアーティストとしてデビューするってきっかけをくれたのがこの魔王様ってわけで」

「いままでこの手の話はあまりしてこなかったし、一種の公然の秘密みたいなところはあったからな」

 

『そこ触れるんだ』

『まぁ昔からのファンなら知ってるよな』

『天使ちゃんにSILENT、魔王といえばネットで有名だったからなぁ』

 

「まぁお互い変な遠慮しあっていたっていうか……別に隠してるつもりもなかったし、結果的にこうやって記念のラジオで共演できてあたしは嬉しいかな」

 

 そう、リスナーたちの反応を見ればわかるが私もつかさも互いの活動の邪魔になってはいけないという思いもあって大々的に明かしていなかっただけ。そんな空気感は互いのファンにも伝わっていたようで全員が全員空気読み状態だったのである。

 今回このラジオ出演にあたってそのあたりの話はしっかりと事務所同士で話し合いが行われ、どこまで明かすかは私達二人に任されている。

 

「我も嬉しいよ、付き合いが長いといえどこのように活動していなければ共演できなかったかもしれない。だからこれまで見守ってくれてきた者たちには感謝している」

 

『てぇてぇ』

『二人とも良かったなぁ』

『結構似た者同士だったり?』

 

「それじゃ、そろそろメールを紹介していこうかな。ラジオネーム、翼の生えた猫さん。沙夜様、ゲストの黒惟まおさんこんばんわ。最終回のゲストはVtuberさんということで今まで見たことはなかったのですが気になってまおさんの配信を見てみたらすっかりハマってしまいました。まおさんの二周年記念では沙夜様からのメッセージサプライズもありとても感動したのですが、お二人が仲良くなったきっかけやお互いのエピソードなど聞いてみたいです。ってことだけど、まずはメールありがとう」

 

「配信を見てくれたのは嬉しいな、翼の生えた猫さんありがとう。二周年記念のメッセージは天使(あまつか)からの提案で実現することができてな、大事な発表前に勇気をもらうことが出来たよ」

「仲良くなったきっかけかぁ……なんかあったっけかなぁ。気づいたら自然と仲良くなってたっていうか」

「たしかにきっかけと言われると難しいな、でもやはり今のこの関係を考えればアレじゃないか?」

「それまでなんとなく仲良かったところから一歩進んだのは確かに歌の投稿はじめてからだな」

 

『そんなに前から仲良かったんだ』

『あれは感動したなぁ』

『あとで見に行かなきゃ』

『そのあとのサプライズもすごかったよね』

 

 幼馴染とはいえ、相手はつねに周りの人気者。そのことから一歩引いていた時期もあったのだが、動画投稿に歌で参加してもらったことによって遠慮がなくなったというか……。動画や歌に対する気持ちのすれ違いも経て幼馴染の友人という認識から共に作り上げる仲間、そして親友と心から思えるようになった気がする。

 

「それまで喧嘩らしい喧嘩もしたこともなかったからな」

「あれはあたしも悪かったけど、まおの言い方がなー」

「それについてはちゃんと謝っただろう?お詫びにケーキまで焼かせられて……」

「いやーあのケーキ美味しかったからなぁ、アルバム記念に今度作ってもらおうかな」

 

『青春してるなぁ』

『いいなぁ』

『まおちゃんってケーキ作れるんだ』

 

 謝った上に慰謝料という名目で手作りのケーキを要求されたことはよく覚えているし、なんなら喧嘩した内容よりもそっちのほうが記憶に残っている。今思えば、お互い若かったというか……。

 

「え?あぁそうだ、すっかり忘れてた。今回のラジオのキャンペーンで#SERAPHIMラジオをつけて感想を投稿してくれた四人に色紙プレゼントするだろ?」

「あぁ、その話は聞いているが……」

「スタッフからその色紙を紹介してほしいって、今?脇に置いてある封筒?あっこれか、ってこれマジで?」

「ん?どうかしたか?」

「ほらコレ」

「これは……」

 

『なんだろう』

『色紙ほしいなぁ』

『あたれー!!』

 

「なんと今回、サインする色紙はお二人からすれば馴染みのある先生の描き下ろしイラストの複製色紙です!お二人にはこちらの原本をお渡しいたします!スタッフSより。ってほんといつの間に用意してたんだよ」

「我々でお馴染みといえば……、たしかに動画投稿の話をしたのでちょうどいいという訳か。我の姿を描いてくれているSILENT先生の描き下ろし色紙とは」

「色紙のデザインは放送終了後に公式アカウントから発表されますって、これあたしたちがもらっていいのか」

 

『すっご!?』

『SILENT先生!?』

『サプライズじゃん』

『貴重すぎる』

 

 このサプライズは収録のこの瞬間までずっと隠されていたので本当に驚いた。私達にはただリスナープレゼントのため色紙にサインをあとでしてもらうとしか言われていなかったのだ。そして新たに書き下ろされた色紙のうち一枚は額に入れて大事に飾ってある。私に送られたそれはどこか見た記憶がある構図で、天使沙夜と黒惟まおが肩を寄せ合い自撮りをしているように見える。そこに控えめに入るSILENTというサインを見ればしてやったりといった不敵な笑みが思い浮かぶのだ。

 

 ちなみに後から聞いた話だが、もしよかったら何かメッセージを……とダメもとで依頼したらしいが。それは叶わず色紙のみの提供となったようである。

 

「とんだサプライズをされてしまったな。二人に驚かされるのは二周年記念配信以来か」

「今回のはマジであたしも何も聞いてないからな?(しず)……SILENT先生のサインもちゃんと入ってるし、まおと一緒に描かれるとあたしはこんな感じになるのか」

「サプライズを用意してくれたスタッフと受けてくれたSILENT先生には感謝せねばな」

「いや、めっちゃ嬉しいし。本当にいい絵だから色紙の公開を楽しみにして欲しいな。それじゃ、次のメールは……」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70話 SERAPHIMラジオ②

黒惟まお@liVeKROne/今夜ラジオゲスト出演!詳細は固定さんがリツイート

天使(あまつか)沙夜(さや)オフィシャル@amatsuka_official

日本トレンド一位ありがとうございます!

引き続き#SERAPHIMラジオ で感想を投稿して

天使沙夜と黒惟(くろい)まおのサイン入り

SILENT先生描き下ろしデザイン色紙をゲットしましょう!

(スタッフS)

 

エンターテイメント・トレンド

#SERAPHIMラジオ

トレンドトピック:SILENT先生

 

 SILENT先生の描き下ろし色紙というサプライズは私達二人に限らず多くのリスナーを驚かせることに成功したらしく。#SERAPHIMラジオと共にSILENT先生という文字列もSNS上で飛び交っている。その勢いを持って日本のトレンド一位まで駆け上がり、世界に目を向けてみれば現在二位。この調子ならおそらく世界一位になるのも時間の問題だろう。

 普段からSNSでの推し活に慣れているVtuberファンからすればトレンド入りなど日常茶飯事のように思えるが、マーケティングの側から見ればここまでアクティブにSNSへと発信するファンが多いというのは驚きに値するらしい。

 

 そんな話をラジオスタッフともしたなぁと思い出しながらも次々に流れてくる感想の言葉を目にし、自身もSNSへとメッセージを送信する。

 

黒惟まお@liVeKROne/ラジオゲスト出演詳細は固定 @Kuroi_mao 

手元に色紙の原本があるが本当に素晴らしい出来になっているので

是非たくさん感想を投稿して獲得に挑戦してほしい

#SERAPHIMラジオ

 

『トレンド一位おめでとうございます!』

『色紙見たいー!!』

『まお様に当たったりしてw』

『公開楽しみだなー』

 

 どのように抽選するかは聞いていないが万が一私に当たってもそれは除外されるだろう。ひとつ気になるのが先ほどからファンの勢いにも負けていないとあるアカウントが当選してしまったらどうなるか……ということではあるが。

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne(ライブクローネ)/うたみた出しました!@Liese_Krause 

まお様と一緒に描かれたサイン入り色紙……

#SERAPHIMラジオ

 

『リーゼちゃんはSILENT先生に色々描いてもろてるやろがい!!』

『同じマッマに描いてもらってるんだよなぁ』

『頼めばサインくらい貰えるのでは?』

 

 たまたま目に入ったメッセージを開くと次々にファンから突っ込みが入っていて思わず笑ってしまう。しかし、思い返してみればサインを求められたことはなかったような……リーゼのことだから遠慮しているのだろうか?それとも同期とファンという線引きをしっかりしているのかもしれない。

 私にしたって他からどう見えているかは別として、自らがファンである明日見(あすみ)アカリちゃんと接するときはなるべく気を付けているのだし。

 

……

 

「じゃあ、とりあえずメールの紹介はここまでにしてコーナーに行こうか。天使と魔王の一問一答クイズ!このコーナーはリスナーから募集したものとお互い出し合った質問に相手がどう答えたか当てていくコーナーだ。付き合いが長いお二人なら全問正解できますよね?だってさ、まお」

「まぁ付き合いは長いが……」

「なんだよ自信ないのか?こう言ってるけどまおってかなり人間観察してるからなぁ。あたしのほうが間違えそうなんだけど」

天使(あまつか)は我の事をちゃんとわかっていてくれていると信じているよ」

 

『まお様のたらし力は観察眼によるところが大きいからな』

『沙夜様の全問正解する!』

『まお様はすーぐそういうこと言う』

 

「まずは軽くこれからいこうかな。朝ごはんは何派?これは簡単だな。お互いなんて答えたか当てればいいんだろ?まおはご飯派」

「まぁこれは序の口といったところだな、天使はシリアル派」

「判定は……お互い正解っと、まおは料理うまいからなぁ。今でもちゃんと自分で作ってるんだろ?」

「あぁ、なるべくそうしているよ。天使は牛乳でベッタベタになったやつだろう?」

「そうそう、最後に甘くなった牛乳が最高なんだよなー」

 

『お互い流石』

『時々アウスタで牛乳に沈むシリアルアップしてるもんね』

『まおちゃんって料理うまいんだー』

 

「では次は……これにしようか。自分を動物で例えるとしたら?天使はなんだかんだ言いながら素直に犬と答えてると思う」

「動物かぁ……これ自分で言うのと人から言われるのがあるから結構難しいぞ……まおは……オオカミ!」

「お互い正解みたいだな、オオカミはよくわかったな?」

「むかーしそんな話をしてた気がしてさー。なるほどなぁと思ったから覚えてた。あれはたしかSILENT先生が言い出したんだっけか」

「そうだな。理由はともかく自身では他にいい動物も思い浮かばないのでこう答えるようにしている」

「ぱっと見孤高そうに見えて仲間思いだけどなかなか弱みは見せてこないだっけか」

 

『あー言われてみればまさにだわ』

『SILENT先生とも付き合い長いのかぁ』

『先生もよく見てるなぁ』

『沙夜様はまさしく犬だよねー』

『両方イヌ科なのがまたいいな』

 

 天使は人懐っこい性格からして自他共に認める犬であるし、私にしても(しず)からそう言われてからは頷ける部分もありそう思うようになった。といっても別段一人の方が好きだとか孤高であるように振舞っているつもりはないのだが……。

 

 それからもラジオの中では、その日に食べた昼食だったり、もしも超能力が使えたら?過去と未来どっちにいきたい?など定番の質問が続き、二人とも難なくお互いの回答を答えていく。あまりに正解が続くのでやらせのように見えてしまうかもしれないが、お互い回答済みなので答えた後に内容を変えることはできないしほとんどノーカットで放送されている。

 

 ひとつだけ例外があるとすれば「最近買った高い買い物は?」という問題に対して、迷うことなく「機材!!」と答えた天使に対しその機材について語った部分はほとんどカットされてしまっていた。なんでだ。

 

「それじゃ、次で最後だな……お互いの好きな所と苦手なところ!これ完全に当てられたら結構すごいぜ?まおなら……好きな所はたぶん歌で、苦手な所は……なし!いや、まおはそういう奴なんだって!」

「さて……どうだろうな?苦手なところはすぐにわかったが好きな所か……苦手なところはどうせ、たらしなところだろう?好きな所は……まぁ優しいところとしておくか」

 

『天使ちゃん自信満々じゃん』

『まお様自覚してて草』

『沙夜様は完璧ですから!』

『これは性格出てるなぁ』

 

 このときはあまりに自信満々に苦手なところはない!と答えてくるのでスタジオが微笑ましい空気になったのを覚えている。そんな空気を察してか笑いながら周りにつっこみを入れる天使からして更に笑みがこぼれていたわけだが……。

 

「判定は……、お互い伝え合えって?まぁいいけど。まおの好きなところは……改めて言うのは恥ずいな。誰にでも優しいところで苦手なところも同じで誰にでも優しいところ。って訳でまぁ意味合い的には一応正解かな?」

「まぁ大方予想通りではあったな、天使の好きな所はその歌声と遠慮なくなんでも言ってきてくれること。苦手なところは……見透かされているようでなんだか癪だが……ないよ」

「よっしゃ!だから言ったろ?まおはそういうやつなんだって」

 

『好きな所と苦手なところが一緒なのは深い』

『めっちゃわかりあってるじゃん』

『てぇてぇ』

『本当に仲がいいんだろうなぁ』

『全問正解すごい!』

 

 最後にすこしだけ忖度があったようにも思えるがこれで互いに全問正解。さすがに全問は難しいとは思っていたが意外といけるものだ。中途半端に当たったり外したりするよりかは全問正解か不正解のほうが取れ高的にも良いだろうと思ったのは配信者の悪癖だろうか。

 

「全問正解したが何か賞品とかはないのか?」

「そうだ!どうせ間違えたら何か罰ゲームとか考えてたんだろー?」

 

「全問正解の商品として番組から何かお二人にお送りしたいとおもいます。だってさ」

「それは楽しみができたな」

 

 始める時に「全問正解できますよね?」と煽ってきたくらいだ、罰ゲームの用意があったことはお互い空気から察していた。スタッフからしてもまさか全問正解するとは思っていなかったのであろう、話を振られた時の困り顔は今でも思い出せる。

 どちらかが間違えていれば当人同士でお願い事を叶えるとかでお茶を濁せただろうが二人とも全問正解、カットは挟まれているが二人の無言の圧力に負けて番組から何かお願い事を聞いてもらえるという言質が取れたことも放送に乗っているので了承を得られたと思っていいだろう。

 

 収録終わりにも二人で「お願いしますね」と笑顔でお願いした甲斐があったというものだ。

 

「それじゃあ次はこのラジオ共通のコーナー、レコメン!いよいよ発売が来週に迫ったあたしのアルバムSERAPHIMのおすすめポイントをゲストと一緒に話していくよ。じゃあ毎度ながらアルバム情報をSERAPHIMは新規楽曲十曲を収録したオリジナルフルアルバムだ」

「我は直接アルバム制作に関わっている訳ではないからな、いち天使沙夜ファンとして話せればと思っているよ」

 

 楽曲についての話はそれこそ作曲家や楽曲にも参加しているアーティストがゲストとして招かれ、熱いトークと共に隅々まで話されているし収録当日もだいたいどんな話をしたのかは天使からも聞いている。なので語るにしても少し違うアプローチでなければ、おすすめポイントとしては弱くなってしまうだろう。

 

「それで聞いてみてどうだった?」

「楽曲や歌の技術的なところは専門家に任せるとして……今回のアルバムタイトルのSERAPHIMとコンセプトは天使が決めたんだろう?」

「あたしは提案された中からいいなと思ったのを選んだんだけど、あたしって名前が天使じゃん?まぁ名付け親が目の前にいるわけだけど」

 

『え?そうなの?』

『懐かしの天使ちゃん』

『実質親子のようなもん』

 

「最初はちょっとした悪戯心だったんだがな、魔王が天使の歌声に惚れるというのはなんだか物語的だろう?」

 

 天ヶ谷(あまがや)つかさをもじっての天使(てんし)ちゃん。あの当時からして、まさかこんなことになろうとは思ってもみなかったのだが。アーティストとしての名前である天使(あまつか)沙夜(さや)にしても、天使ちゃんじゃあまりに恰好がつかないし類似の名前が多すぎる。

 そこで名付け親としてちゃんとした名前を決めてほしいと言われ編み出した名前である。しっかりと名前の中につかさとあったり、一文字を除いてすべての名前の文字を使っていたり名付けた側から見ても会心の出来だと自画自賛したいほどだ。

 

「あたしのスタート地点でもあるし、せっかくオリジナルのフルアルバムにするならって天使をコンセプトにするのも面白そうだって話になってさ」

「それでSERAPHIMと、この名を提案したものとは気が合いそうだな。天使は意味を知っているか?」

「決める時に結構調べたからまぁ、まおが好きそうだなぁって思ったよ」

 

『天使の九階級か』

『一度は調べてみるやつ』

『オタクなら誰もが通る道』

 

「一説によれば天使は九階級に分かれていると言われていてその第一階級に君臨するのがセラフィム、熾天使だからな。それぞれの曲がこの九階級をテーマにした楽曲なんだろう?」

「正解、やっぱりそのあたりのことはまおが語ってこそだよな」

「まぁヴァーチャル魔王として活動しているからな、そうなると残りの一曲は……?という話になるが、これはもう曲名は発表されていただろうか?」

「このラジオが放送される頃には全部発表されてるし、なんならその曲は今日のラジオで初お披露目」

「では我が言及するより先に聞いてもらった方がいいかもしれないな」

「そうだなそれじゃ、天使沙夜のSERAPHIMからVesfer聞いてください」

 

 その曲名を最初に見た時は思い当たる単語が記憶の中になく、検索してみても意味のある単語でもなく何らかの造語なのだろうと思っていた。そんな曲名だったが楽曲を聞けばすぐにその正体に思い至ることができた。

 

 その名は同一であるにも関わらず明けと宵を司る星を意味する言葉を組み合わせた造語。

 またその片方は堕天した偉大なる天使の名でもある。

 

 アルバムタイトルでもあるSERAPHIMという楽曲から始まり、最後がその第一階級の長であり堕天した者を冠する楽曲であるというのは……よほど企画者はこの手の話が好きだと見える。

 

 それをヴァーチャル魔王でもある私……我が解説するというのだから物語としては出来すぎなのだろう。

 なにせその堕天使は後世では魔王として語り継がれているのだから。

 

……

 

 このあとの解説はよほど物好きくらいしか聞かないような話だし、多分に推測や想像が盛り込まれているのでばっさりカットされていると思っていたのだが、予想に反してほぼノーカット。SNSの反応を見てもこの手の話が好きな者たちは喜んで耳を傾け自説を語っているし、普段そんな話に触れてこなかった者にしてもファンであるアーティストのアルバム制作秘話みたいな形で受け入れられているようだ。

 

「と、まぁ色々と語ってしまったが……面白いテーマを元に作られたアルバムだと思ったよ。もちろんすべての曲を聞かせてもらったが、魔王という縁もあって先ほどの曲は思い入れがあるな」

「いや、ほんとにそこまで語れるなんて思ってもみなかったっていうかさすが魔王様だなと思ったよ」

 

『考察捗る』

『なんか賢くなった気がするー』

『そういうのもっとちょうだい』

『つまりこれって天使が魔王について歌ってる曲ってことじゃ』

 

「そう褒めてもらえると語った甲斐があったよ、歌詞もなかなか我に刺さるというか情景が浮かぶようでな」

「そうか?この曲は初めてあたしが作詞に挑戦したからそう言ってくれると嬉しいな」

 

 どうりで……と自身の経験に当てはめてみればスッと歌詞が入ってくるなと思っていたが、私に向けた曲であると考えるのはいささか自意識過剰だろうか。そう思ってしまうと何だか気恥ずかしくもあったなぁと、この曲を聞くたびに思い出す。

 

「SERAPHIMはヴァーチャル魔王様も絶賛って訳だな!まお沢山語ってくれてありがとう」

「こんなもので良ければいくらでも語れるさ、素晴らしいアルバムなのは我も保障するので是非手に取ってほしい」

 

 あんなに長々と語ったせいもあってラジオの放送時間も残りわずか、こうなるとここから先はカットしてエンディングだろう。

 

「それじゃ名残惜しいけどそろそろ時間みたいだ、まおはこういうラジオは初めてだろ?どうだった?」

「最初は少し緊張してしまったが楽しく話すことができたよ。ラジオパーソナリティ向いているんじゃないか?」

「あたしなんかまだまだ、ゲストさんやスタッフさんがいてこそだから」

「またこういう機会があればお邪魔したいと思ったよ」

「じゃあ二人でラジオでもやるかー、偉い人ーよろしくお願いしまーす」

 

『偉い人頼む』

『まずはラジオクローネゲストだな』

『沙夜様とまおちゃんのラジオ聞いてみたい!』

『番組からのプレゼントで番組プレゼントしよう』

 

「最後にまおから何かお知らせとかあるか?」

「では、普段は配信サイトでの配信が活動のメインなので是非配信に遊びに来てくれると嬉しい。雑談だったり、歌にゲーム、あとは……自己紹介でも名乗っているがliVeKROneという事務所に所属していてな。そこの同期であるリーゼ・クラウゼという魔王見習いの子と一緒にラジオクローネというラジオ番組もやっている。なにか興味を惹かれるようなものがあれば過去の配信も見てもらえれば幸いだ」

「ちなみにあたしのオススメは全部といいたいところだけど特に歌配信と晩酌配信かな、本人は謙遜してるけど歌もうまいし晩酌配信は色々とギャップが見れて面白いと思うよ」

「我の歌なぞ……まぁ見てくれたら嬉しい」

 

『まお様のチャンネルをよろしく!!』

『色々歌ってみた動画見たけど好きです』

『liVeKROneはいいぞ』

『晩酌配信はとてもいいぞ……』

『やはり最初はデビュー配信を見るべき』

 

「昔からそうやってすぐ謙遜する……、それじゃ最後にあたしから改めて。天使沙夜アルバムSERAPHIM発売記念ラジオを聞いてくれたファンのみんなありがとう。無事にこうやって四週間楽しく出来たのもみんなのおかげだと思ってる。そして来週発売のSERAPHIM、あたしの始まりからここまで全部をかけて作った大切なアルバムだから是非みんなに聞いてほしい」

 

『発売楽しみ!』

『もちろん予約済み!』

『待ち遠しいなぁ』

 

「天使沙夜アルバム発売記念SERAPHIMラジオお相手は天使沙夜と」

「黒惟まおがお送りしました」

「四週間ありがとう!ほらまお、いつものアレ」

「は?え、いやお前配信じゃないんだぞ」

「ほーら言わないと終わらないぞーせーのっ」

「はぁ……知らないからな」

「「おつまおー!!」」

 

黒惟まお@liVeKROne/ラジオゲスト出演詳細は固定 @Kuroi_mao 

しっかり最後の挨拶まで使われていたとは……。

おつまお

#SERAPHIMラジオ

 

エンターテイメント・トレンド

#SERAPHIMラジオ

トレンドトピック:おつまお




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71話 残滓

「ありがとうございました」

「おつかれさまーこの調子なら次は通しでいけそうね、新しいステップもしっかりできてるし」

 

 なんとか今日のダンスレッスンもついていくことができたと先生の言葉に安堵しながら、タオルで汗を拭きとり水分を補給しストレッチを始める。

 始めたばかりの頃は今よりもずっと少ない運動量のはずなのに、レッスンが終わると同時にその場に座り込みストレッチも満足にできないくらいだったことを考えれば大した成長だと思う。

 

 ダンスといえば学生時代に授業で習ったことはあるが、あれはどちらかというとみんなで楽しむだとか自己表現の仕方云々といったお題目であって当時はそこまで興味もわかなかったので軽く流した記憶しかない。

 そんな私相手でもほとんど忘れていた基本的なステップはもとより、正しい姿勢から身体の作り方まで親身になって教えてもらえるのは仕事とは言えありがたい。

 

 その中でも一日のレッスンの総まとめである最後の振り返りをしながらのダンスは毎回ビデオで撮影されていて、それを見せてもらいながら色々とアドバイスをもらうのだが。

 せっかくだからその映像を見ながら家でも自主練しようと思い、データを貰えないかと言ってみれば映像に加え事細かなアドバイスと共に先生自身のお手本までわざわざ撮って送ってくれるという徹底ぶり。

 

「貰った映像のおかげです、今日の分もお願いしていいですか?」

「もちろん、ただあまり詰め込みすぎるのはダメだからね?」

 

 無理をすればすぐ見抜かれるほどにプロの目というのは侮れない、本当なら今日も時間が許す限り残って復習をしたいのだが生憎と後ろの予定がつまっている。

 

「わかってますよ、ではすいませんお先に失礼します」

「はーい、お仕事頑張ってね」

 

 手早くストレッチを済ませて手荷物をまとめロッカーに向かって着替えと身だしなみを整える。

 このあとはオンラインでの取材対応に……終わり次第時間を見つけてマネージャーとの打ち合わせ。時間が許すなら一度事務所に立ち寄って細々とした用事も済ませておきたいし。そろそろアレの進捗も気になるところだ。

 

 アプリで呼び出したタクシーに乗り込み行先を告げこのあとの予定をざっと頭に思い浮かべる。こういったスケジュール管理は経験からどちらかと言えば得意ではあるのだが、最近はその内容も増えてきたことで自分一人では手が回らなくなってきた。特に天使(あまつか)沙夜(さや)とのラジオが業界内外でもとても好評だったらしく、企業案件絡みのスケジュールがどんどん埋まっていっている現状。

 

 企業案件ともなれば半年どころか一年先といった話がいくらでも出てくるし、企業同士のやりとりが絡んでくるので色々と制約もついて回る。個人時代もいくつか企業案件の話を持ち掛けられたことはあったのだが、諸々の調整にどうしても時間が取られてしまう事と自身の活動時間確保のためお断りしていた。

 

 今は窓口として事務所やマネージャーが対応してくれているのでかなり負担は減っているのだろうが、最終的に決めるのは私自身だし活動についてもかなりの部分で自由を認められてるからには責任を持たなければならない。

 

 ダンスレッスンによる適度な疲労感とタクシーのわずかな揺れに身を任せていると自然と瞼が重くなってくる。そのまま睡魔に身を委ねかけたところで目的地へはさほど時間もかからず到着し、眠気によって火照った身体に当たる風はすっかり冬の様相。

 足早に建物へと入っていきエレベーターに乗って目的の階へ、知らされている暗証番号で施錠されている扉を開け白い廊下を進んでいけば古めかしい扉があり目的のお店『Álfheimr』へとたどり着く。

 

「いらっしゃいませ来嶋(くるしま)さま」

「こんにちはフィオさん、いつものお部屋使わせてもらってもいい?」

「かしこまりました。ではこちらへ」

 

 店内に入れば外で感じていた寒さなど忘れてしまうような暖かな陽気、少し先にはいつものクラシカルなメイド服を身に纏った少女が礼儀正しく出迎えてくれる。美しいカーテシーを披露し先導してくれるフィオのあとに続きながら店内の様子をうかがってみるが今日も他の客は見当たらない。業界人がお忍びで訪れるというお店の性質上みな個室を利用しているのか、それともたまたま私が訪れるタイミングのせいなのかわからないが不思議なものだ。

 

 つかさの紹介により利用するようになったこのお店だが、すでに数度訪れていることからわかるように随分と気に入ってしまっている。個室があるので他者の目を気にしなくていいということもあるが、なによりこの森の中の隠れ家といった雰囲気が良く自然と集中して作業が出来るというのは大きい。

 お店側としてもそんな利用方法を咎めることもなく「必要であればネット接続用のケーブルまで用意できますよ」とまで言ってくれるので他にも似たような使い方をしている客がいるのかもしれない。

 ちなみにフィオいわく防音も完璧ということであるが、どのような構造で実現しているか元自作防音室で配信していた身としてはとても気になる。

 

「今日もマスターさんはいらっしゃらないんですね」

「気まぐれな方ですので……、運命が必要を命じるならばいずれお会いになることもあるでしょう」

 

 個室に入りすすめられるままに席につけば、今日も姿が見えなかったマスターの話を振ってみるが返ってくる答えはいつも同じもの。初対面時に見せたつかさとの砕けたやりとりを見ていなければこれが少女の素なのだろうかとも思うのだが、あの姿を見てしまえばどちらかといえばあっちが素なのだろうなと考えてしまうのは仕方ないだろう。

 

「それは残念、じゃあいつものハーブティを」

「かしこまりました」

 

 いつものようにオーダーを告げると心得ているとばかりに少女は退室していく。そんな彼女を見送って仕事をすべくリュックからノートパソコンを取り出し早速準備に取り掛かる。

 最近買い替えたばかりのそれはとても軽くて薄く、スペックも中々……なにより携帯電話用の通信モジュールも備えているのでどこでも通信できるのは思った以上に便利だ。前のものでもスマートフォン経由で通信したりと色々手段はあったのだがひとつのもので完結しているというのは何事にも代えがたい。

 

 まぁその分かなりいいお値段はしたのだが……経費計上しようにもここまでいくと固定資産だ。また税理士の先生に色々言われてしまうかなぁと思いつつも、度重なる機材の購入で半ば諦められてる節もあるので気にしないことにしておこう。

 

「お待たせいたしました。本日は少しお疲れの様でしたので、ハイビスカスにマリーゴールド、ローズヒップをブレンドしております。こちらのハチミツはお好みに合わせてどうぞ」

 

 ちょうど荷物の整理まで終わったところでタイミングよく扉がノックされ少女を招き入れる。

 毎年必ずやってくる確定申告という一大イベントの事を考えていたせいで疲れた表情をしてしまっていただろうかとも考えるが、そんなことがなくとも少しの変化も見逃さないのがこの少女だ。さすがメイド服を着ているだけあると密やかに思っていたり。

 

「そんなに顔に出てました?」

「何やら思案しているようではありましたが、お顔というよりも……」

「……というよりも?」

「企業秘密ということで何卒」

 

 いちど言葉を止めジッと見つめられれば、その答えが気になりこちらも先を促して黙ってしまう。そんな私に対して完璧なメイドはニコリと微笑み小さく頭を下げる。

 ハーブティを淹れる準備中のちょっとした戯れ。よどみなく手を動かしながらも、どこかつかみどころのない振舞いと物言いから見れば実のところ結構悪戯好きなのかもしれない。

 

「ではごゆっくりお過ごしください、御用の際はそちらのベルでお呼びくださいませ」

「ありがとう」

 

 手慣れた動作でカップが目の前に置かれ、いつもの言葉を残して退室していく少女。こころなしか先ほど見せた微笑みに柔らかさを感じたのは見慣れたからかそれとも気のせいか。

 カップの中にハチミツを垂らし香りを楽しんでから一口。多少疲れていたことは確かなのでハーブの香りとハチミツの甘さが身体にしみわたっていく。

 はふ……と暖かくなった吐息を漏らし、ぼうっと緑に溢れた室内を見回してみればこのまま眠ってしまいたくなるが……そんな室内に似つかわしくない机の上に鎮座する最新技術の塊。

 

「あっ、時間……」

 

 店内の空気と雰囲気のせいでゆるくまったりとしてしまったが、時間を確認すればオンライン取材の時間が迫っている。いくらチャットでの受け答えといえどこのまま緩み切った気分で受ける訳にはいかないだろう。やりとりをするためのメッセージソフトを立ち上げ気持ちを黒惟まおへと切り替えていく。

 

「やるか」

 

 一度目を閉じ、自らに宿る魔力の存在を感じてより魔王らしい自らをイメージしていく。なかなか配信でアバターを身に纏わなければうまく出来なかった気持ちの切り替えも魔力という要素を感じ取れるようになってからは随分とスムーズにできるようになった気がする。

 

『これで感じ取るだけじゃなくて一人で自由に操ることが出来れば一人前の魔王なんだけどな』

 

 こんな風に内心に引っ込んだ来嶋(くるしま)音羽(おとは)が呟いているような気さえしてしまう程に。

 

 

 夢を見ていた。

 それはとても昔のようで。

 誰かの記憶のようで。

 不確かな思いの残滓。

 

 己にその玉座は大きすぎて。

 己にその王冠は重すぎて。

 とても不釣り合いだと誰かが笑う。

 

 それでも愛してもらうために。

 愛してあげるために。

 この身を捧げたというのに。

 

 どうして……。

 

 

「……さま。く……まさま。」

「んぅ……」

「来嶋さま」

「ぅん……あ……えっと……」

「おはようございます」

「おはよう……ここは……」

「Álfheimrでございます」

「あるふへいむ……ようせい……?」

 

 自らを呼ぶ声に意識が引き上げられていく。さっきまで自分は何を……。

 思考がおぼつかない頭で周りの状況を確認してみてもいまいち状況が飲み込めない。

 アルフヘイムというのはたしか妖精の住む世界で……。

 だとしたらこの華憐な少女はきっと妖精なんだろう。

 

「思った以上にお疲れのご様子でしたので様子を見させていただきましたが、そろそろお帰りになられた方がよろしいかと思いまして」

「あ、フィオさん……これありがとうって私……っ!?」

 

 いつの間にか肩にはブランケットがかけられていて身体を起こすとさらりと滑り落ちていく。それを手に取りようやく目の前にいる少女がÁlfheimrの店員であることを思い出すと、まさかの事態に驚愕する。まさか、寝落ちしてた!?

 目の前にあるノートパソコンの画面を凝視すればメッセージソフトが立ち上がっていてオンラインで受けた取材のログがつらつらと残っている。その下の方まで視線を落とせば互いに礼を述べて解散となったようでまずは安心する。

 さすがに取材中に寝落ちするなんていう大ポカはやらかしてないようだ。

 

「よかっ……たぁ……」

 

 そう安心したのも束の間、ハッとしてスマートフォンを手に取ればそちらのメッセージアプリにはマネージャーからの連絡が数件。慌てて今度はそちらへと目を通すと「本日の打合せですが、先方との急な打合せが入りまた後日にリスケさせていただければと思います」の文字。取材のこともあり、時間が出来ればという話だったのでこちらもなんとか迷惑をかけるような事態にはならなかったようだ。

 

「あぁ……もう……なにやってんだ私……」

 

 結果的に問題はなかったが一歩間違えれば大惨事になりかねない気の緩み。安堵した心とは別に自己嫌悪で頭を抱えたくなる。

 

「ごめんなさいフィオさん。お店の方は大丈夫?」

「お気になさらないでください、当店はいつまでも……何でしたらお泊りをご希望されても対応できますので」

 

 宿泊まで対応しているとは思わなかったが……どのようなニーズに対しても応えるという意味では対応していてもおかしくないなと思わせる不思議な納得感があるのも確かだ。

 

「それは機会があれば……、今日は帰りますね」

「はい、それがよろしいかと」

 

 皮肉なことに眠ったおかげで目が覚めてしまえば随分とすっきりしている。ただそれは体調面だけのことであって精神はズタボロもいいところだ。

 

 今日の配信どうしよう……。

 

 帰り支度を進めながら夜やろうと思っていた配信の事を考える。今から帰れば……時間的には凝ったことをしなければ準備も含めて配信は可能だろう。

 ただしそこまでに気持ちを持ち直すことができるか……。

 

 逆に言えば配信によって気持ちを持ち直せるという考え方もできるが……。一部のリスナーは的確にこちらの不調を感じ取ってしまうだろうという思いもある。

 どうするべきか……。そんなことを考えているうちに記憶の片隅に残っていた不思議な夢の事はすっかり忘れ。

 

 帰宅後に覚悟を決めて配信の枠を立ててしまえば杞憂だったとばかりにいつも通りの配信ができ、今日の事は反省しつつ大事にならずに良かったと思うに留まるのであった。




サブタイトル変更しました

(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72話 提案と相談

「ではこれでいきましょうか、今日の収録は以上ですね。お疲れ様でした」

「ありがとうございます、おつかれさまでした」

 

 事務所スタジオのコントロールルーム、そこのソファーに座り先ほどまで録っていたボイスのチェックが終わりようやく一息つく。この仕事にも随分慣れたもので、録ってる時にこれはいけそうだ。だとか、これは録り直しかなぁ。といった感じもつかめるようになってきた。

 

 むしろ最近は自分から録り直しをお願いすることも多くなってきて、その分収録時間が押してしまう事も度々あったりして申し訳なく思う事もあるのだが……。それでもこちらの意を汲んで時間の許す限り収録に付き合ってくれるスタッフたちには感謝しかない。

 

 以前、迷惑をかけていないかと雑談の折に聞いてみたこともあったのだが「黒惟(くろい)さんに比べればまだまだリーゼさんは優しいですよ」なんて冗談交じりに返されて、色々と収録にまつわるエピソードを聞かされた。

 

 曰く、スタッフも気付かなかった意図しないかすかなブレスが入っていたことを指摘されただとか。波長を見なければ気付かないようなマイクの不調を言い当てただとか。収録方法と機材について技術スタッフと収録そっちのけで熱論を交わし収録自体は後日になっただとか。

 

 ともすれば愚痴とも取られかれない内容もあるようだがそれを語るスタッフの表情は楽し気で嫌みのようなニュアンスは全くない。どちらかといえば、演者とスタッフという間柄というよりも仕事仲間として互いの仕事を認め合うような雰囲気だ。

 もともとクリエイター気質であるまお様からして、そのように評されていると知れば彼女はとても喜ぶだろう。

 

「そういえば今日はまお様も収録でしたよね?」

「はい、黒惟さんの方は収録が終わってすぐに次の現場に行かれたようですよ」

「そうですか、ではわたくしも失礼いたします」

 

 もしかしたら、同じ日に収録だし顔を見ることができるかもしれないと思っていたがどうにもそれは叶わないようだ。最後に顔を合わせたのは前回のラジオクローネ配信で言葉を交わしたのは壺配信での突発コラボ。

 この後に控える大事な発表の準備に加え、天使(あまつか)沙夜(さや)さんとのラジオ以来一段と増えたオファーに奔走しているまお様はとてもお忙しそうだ。それでいて配信は欠かしていないのだから余計に以前よりもずっと会ったり話したりする機会は減ってしまった。

 

 

『ラジオ聞いて初めて来ました?さっそく配信に来てくれて嬉しいよありがとう……』

 

 事務所での用事も終え帰宅してからは、まお様の配信アーカイブを聞きながら自分の配信の準備をする。ほんとうはしっかりと配信を見たいし、なんならリアルタイムで配信は見たいのだが……。

 まお様の忙しさにつられるように日々やらなくてはいけないことが増えてきたので、このようにアーカイブを聞きながら作業をしないとどうしても色々と間に合わなくなってしまう。

 

『初配信振り返りの切り抜きから来た?そういえば最近また初配信と振り返りがよく見られているようだな……、見てくれるのは嬉しいんだが……お前たちやたらこの二つを布教していないか?SNSでたびたび新しいリスナーさんにオススメしているのは知っているんだからな』

 

 ラジオを受けてオファーが増えたこともそうだが、天使沙夜との共演が話題にあがりそれと共に切り抜き動画もかなり増えたようで配信サイトを開けばたくさんの新しく作られた切り抜き動画がオススメとして表示されている。

 今までVtuberファンの中で再生されていたそれらが、未だその文化を知らなかった天使沙夜サイドのファンにまで広まりいくつのかの動画を見れば配信サイトは次々に関連動画をオススメし、それらを見れば更に……といった具合だ。

 

 そんな好循環とわたくしの配信に多く集ってきてくれている海外リスナーの増加もあり、二人の登録者数も再生数も日に日に伸びがよくなっている。

 本来ならそれらはもろ手をあげて喜ぶべきことであるし、実際嬉しくもある。しかも、いままでまお様と同期ということで登録してもらえたり配信を見に来て貰っている面が大きいと自覚していたので海外リスナーという新たなファン層を獲得できた上にまお様へもいい影響を与える事が出来ているということは望外の喜びだ。

 

 しかし、人気になり忙しくなるという事は嬉しくもあるが喜んでばかりもいられない。それだけ大勢の人たちに見られているということは色々と責任を持たなければならないし、時にはその期待がプレッシャーとなって襲い掛かってくる。

 今まであれば、何かと気をかけてくれているまお様に相談していたのであろうが彼女の忙しさを見れば頼るのも申し訳ない。それに、あまり情けない姿は見せたくはないという思いもある。経緯や実際のところはともかく、リーゼ・クラウゼは黒惟まおの同期、いつまでも甘えてばかりはいられない。

 

 夜の配信準備を終え配信枠の設定も完了、約束の時間までに無事終わらせることが出来てほっとする。空になっていたマグカップを持ってキッチンに向かい新しくインスタントコーヒーを淹れ、戻ってくればちょうどいい時間。表示していたメッセージソフトへと視線を向ければ目当ての相手はオンライン表記、ついオフライン表示の黒惟まおという名前を見てしまうが緩く首を振ってチャットを入力する。

 

リーゼ:こちらはいつでも

 

 簡単な文章を打ち終わり送信した瞬間、相手側から通話が飛んでくる。おそらく画面前で待機していて入力中の表記を見た時には準備できていたのだろう。相変わらずの勢いの良さにくすりと笑いながら通話に出る。気持ち相手の声を小さくしておくことは忘れない。

 

「もしもし!!リーゼ!?」

「はい、おつかれさまですサクラ子さん」

 

 通話の相手である桜龍(おうりゅう)サクラ子のいつ聞いてもよく通る声が聞こえてくる。もうすっかり慣れたもので音量調整は完璧、今日は次回の龍魔コラボの打ち合わせと他にも色々と相談したいことがあり時間を取らせてもらった。

 

「今日はありがとうございます、わたくしの都合に合わせてもらって」

「チャットではなくこうやってお話したいと言ったのはワタクシですもの!リーゼが気にする必要はありませんわ!」

 

 貴重なVtuberの友人であり、先輩でもあるサクラ子さん。一番最初のコラボ相手であり二度のコラボを経てまお様に次いで何でも話せる貴重な友人だ。

 

「早速、次回のコラボ日程ですが……あげて頂いた日はこちらの調整がつかなそうで」

「それは残念ですわね……そうなるとワタクシの方もまた少し忙しくなってしまいますし」

 

 収録だったり、案件絡みの打ち合わせや配信が増えてくるのが見えてきてる現状、思った以上に日程の調整が難しくなってきている。これをうまくやりくり出来ればいいのだがまだ経験が浅く大いにマネージャー頼りであるので確認のためのやりとりも考えれば更に難しく、思ったように事が運ばない。

 

「なのでサクラ子さんには折り入ってひとつ相談があるのですが……」

 

 ……

 

「それは面白そうですわね!!」

 

 簡単に企画の趣旨を説明し、反応を見れば好感触。ひとまず悪くない提案だったようで一安心する。しかし、この企画にしてもついて回るのは時間の問題、あとはサクラ子さんを巻き込む以上相手の事務所を通して正式な依頼としなければならないような案件だ。

 

「ありがとうございます。こちら側はある程度話を通しているので正式に依頼させて頂こうと思うのですがどうでしょう?」

「リーゼからのお願いですもの!最大限協力させていただきますわ!!」

 

 力強い言葉が返ってくると、何とかなるんじゃないかという希望が見えてくる。その言葉の中にはこちらへの信頼と好意がありありと表され、なんとかしてそれらに報いたいという気持ちにさせてくれる。

 

「では後日こちらから連絡しようと思います」

「こちらも軽く話を通してお待ちしておりますわ!!」

 

 とりあえずはこれで次回のコラボの件と相談事については一歩前進。あとは企画の内容を詰めつつうまく話が通ることを願うばかりである。

 

 スムーズに話し合いが済んだこともあり、夜の配信時間までは余裕がある。サクラ子さんに予定を聞いてみてもあちらも同様のようで、そこからは近況に始まり他愛のないお喋りの時間。

 

 最近やったゲームや配信の内容やリスナーからの反応だったり、誰それの配信が面白かったや参考になったとか。配信について最近多忙なまお様と話せていないこともあり話したいことはいくらでも出てくる。

 そしてもちろんお互いを繋いでくれたまお様についても話題は及ぶ。天使さんとのラジオはお互いリアルタイムで聞いていたようで、一問一答クイズの内容だったり、天使さんとの仲の良さをまじまじと見せつけられてしまっただとか。

 

「それで桜人(さくらびと)たちときたら人を散々大型犬だとかワンコと言ってきて……ワタクシは威厳ある龍といつも言っておりますのに!!」

「ふふっ、桜人さんたちの言うこともわかってしまいますね」

「リーゼまで!!」

 

 サクラ子さんと桜人さんたちのやりとりが目に浮かぶようで思わず笑い声を漏らしてしまう。たしかにサクラ子さんを動物に例えるならば……大型犬というのは少しでもその配信を見た人間であればそう思うのではなかろうか。もちろん皆いい意味でそう答えつつ揶揄っているのだろうが本人はそれはとても不満のようである。

 

「それに動物に例えた時に龍という人はなかなかいないと思いますよ?」

 

 たしかに龍は動物であるし、サクラ子さんは龍族Vtuberである。それでも自身を龍に例える人というのはなかなかいないだろう。実際の龍やドラゴンをルーツにした種族とは直接会ったことはないが聞いた話では思慮深く、その強大な力故にプライドも高く長い時間を生きているものほど現世との関わりを厭う者が多いらしい。

 といってもこれは有名な逸話や個人の話が語り継がれていくうちにイメージが種全体へ広がっていった結果でもあり、結局のところその者次第というよくある話ではあるのだが。

 

「むぅ……そういうリーゼ自身はなんだと思いますの?」

「わたくしですか?そうですね……」

 

 ラジオの時はまお様の話に夢中で考えもしなかったが言われてみてもあまり考えたことがなかったなと思い悩む。この手の話では犬猫あたりが定番ではあるのだろうがそのどちらの性質もあるようであまりしっくりこない。これは配信でリスナーに聞いてみても面白いかもしれない。リゼにゃんという存在のイメージもあって猫派が多いのだろうか。

 

「あまり考えたことがなかったですね、配信で聞いてみようかな」

「どんな答えが返ってくるか楽しみですわね」

 

 こんなとりとめのない話をしているうちに時計を見れば結構時間が経っている。そろそろ切り上げてお互い配信に向けた準備をしたほうがいいだろう。

 

「ではサクラ子さんそろそろ……」

「そうですわね!企画楽しみにしていますわ!」

「はい!また連絡しますね」

 

 通話が切れれば一気に静かになり少しだけ寂しい気持ちにもなるが、少しすればまた大勢のリスナーたちと配信で会うことができる。企画を成功させるためにもまずは目の前の配信を精一杯楽しんで先に進んでいこう。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73話 つながり

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne(ライブクローネ)/うたみた出しました!@Liese_Krause 

第三回ラジオクローネはわたくしとまお様、二人とも交友がある

ぶいロジ!桜龍(おうりゅう)サクラ子さんをゲストに迎えてお送りいたします!

更に最後にはビッグなお知らせも!?

通常のものに加えサクラ子さん向けのお便りやメッセージも

マシュマロか #クローネメール までお待ちしています!

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/うたみた出しました!にマシュマロを投げる

 

『ゲスト!?サクラ子だ!』

『にぎやかになりそうだなぁ』

『とうとう魔王二人を相手取るのか』

『ビッグなお知らせってなんやろ』

 

 告知のメッセージをSNSに投稿すると拡散されると共に色々なメッセージが寄せられる。ラジオクローネ向けのお便りやメッセージの中でもゲストを望む声は多く、先日打診したものが関係者の協力もあり実現した形である。

 

まお:ラジオの事まかせっきりでごめんねリーゼ

リーゼ:今回はわたくしが当番ですし気にしないでください

まお:ありがとう、頼りにしてる

 

 もともと今回のラジオクローネはわたくしの当番回ということもあり、色々な調整や手配などは主導して行うつもりではあったのだが。お互い忙しくなったこともあり、特にまお様に関してはマネージャーから伝え聞くだけでもかなりのハードスケジュールをこなしているとのことだったので打ち合わせもメッセージが中心。

 

 きっとまお様のことだから当番といえど任せっぱなしにするつもりはなかったのだろうが、サクラ子さんへの提案の事もあり出来る限りこちらで様々な手配を行うことになった。彼女から送られてくる短い感謝のメッセージがこの上なく嬉しく感じてしまう。

 

 ともあれ、事務所の力を最大限に借りて諸々の手配や調整は問題なし。あとはこれまで届いたお便りとこれから届くものをチェックして簡単な台本を作ればなんとか当日を迎えることが出来るだろう。

 

 

「サクラ子さん今日はよろしくお願いします」

「貴女がリーゼね!想像通りかわいらしいですわ!」

「ってサクラ子さん!?」

 

 いつもの事務所にあるタレントのためのリフレッシュルーム兼打合せスペース。そこに現れた二人の人影が目に入りすぐにその正体に思い至り微笑みながら挨拶に向かうと声のイメージそのままにオーバーリアクションで迎えられる。

 挨拶の言葉が終わるか終わらないかという内に急に目線が上がり何事かと思えば、身構える隙すら与えられず脇の下に手を入れられそのまま軽々と持ち上げられてしまっている。強制的に合わせられた目線の先には満面の笑みを携えた顔。

 

 身長はまお様よりも高いだろう。もしかしたら以前会ったことのある宵呑宮(よいのみや)さんよりも高いかもしれない。髪色は甘さのあるピンクがかったブロンド、いわゆるローズゴールドと呼ばれるもので胸当たりまで伸びた髪はゆるくカールされている。

 普段配信で見るサクラ子さんの姿と比べれば髪色が若干落ち着いていたり長さやボリューム感が控えめではあるし、服装も季節柄ロングのベージュティアードスカートに黒タートルネックニットという風にチューブトップキャミとホットパンツに比べれば露出は随分控えめではあるが、爛々と輝く瞳といいその言動といい、まさしく桜龍サクラ子その人が目の前に存在した。

 

 なにより本人を目の前にして感じる魔力は隠す気など一切ない、フルオープンもいいところなので警戒するまでもなく毒気を抜かれるようだ。

 

「今日はお招きいただき大変嬉しいですわ!」

「わたくしもお会いできて嬉しいです」

 

 たっぷりこちらの顔を見て満足したのであろう、ゆっくりと手から降ろされ少しだけ見上げる形になる。突然の行動にこちら側のマネージャーは面食らってしまったようだが、付き添いで来たサクラ子さん側のマネージャーは見慣れた光景なのだろう。少しだけ申し訳なさそうな視線をこちらに向け軽く頭を下げてからこちらのマネージャーと名刺交換など始めている。

 

「本当ならまお様もいらっしゃっている筈だったのですが、前の現場が押してしまっているみたいで先に打ち合わせしていて欲しいとのことでした」

「まおさんも忙しいみたいですわね」

 

 本当ならこの場にはまお様もいて三人でラジオクローネの打合せを行う予定ではあったのだが、少し前に連絡がありどうしても間に合わないと謝罪の連絡があり急遽二人での打ち合わせ。大まかな流れは決めてあるし台本もすでに渡しているので配信までに間に合えば大きな問題はなさそうではあるが少しだけ心配である。

 

 サクラ子さんの言葉に頷きながらいつもちょっとした打合せに使っているスペースへと案内し二人で話し合いを始める。今回のラジオクローネは初めてのゲスト回という事もあり、配信は事務所のスタジオから行う事にした。

 今まで通りそれぞれの配信部屋に集まってということも考えたのだが、まお様の配信部屋ならともかくわたくしの配信部屋は三人以上での配信が快適に出来るかと聞かれれば自信はない。であるならばまお様の配信部屋でという手もあったのだが当日のスケジュールと事前の準備に取られる時間を考えるとどうしても難しい。

 

 そこで出番なのが事務所のスタジオという訳である。配信自体もスタッフの手を借り基本的には進行に集中できるのでぐっとやりやすくなる。事務所側からしても初めて外部のゲストを招いてのコラボ配信であるので想定通りにスタジオが機能するか、外部から見て何か不便なところがないかなど気になっていたようで渡りに船とばかりに歓迎された。

 

「基本的には台本の通りに進めていこうとは思っているのですが、あらためて簡単に流れを説明しますね」

 

 台本の紙代わりに用意されたタブレット端末の画面に指を滑らせ補足を入れながら説明していく。サクラ子さんからしても一度は目を通しているはずなので特に質問などは出てこない。

 

「リスナーの皆様からいただいているお便りは、昨日時点までのものはスプレッドシートにまとめてありますし。配信中もこのタブレットでSNSのタグをチェックできるので気になるものがあったらどんどん話に出していただいて大丈夫なので」

「わかりましたわ!このタブレットでお便り確認できるのは便利ですわね」

「まお様が色々考えてくださってこの形に落ち着きました、便利ですよねぇ」

 

 この手のノウハウはほとんどまお様考案の物であり、こうやって何らかの機材を用いて配信をしやすくする工夫という点における彼女の情熱は目を見張るものがある。本人曰く楽をするために全力を尽くしてるだけで根本はめんどくさがりなんだよ。とは言っていたが見習っていきたい考え方だ。

 

「ところでこの企画、よくまおさんが首を縦に振りましたわね」

「そこはまぁ……企画者の特権と言いますか、強権発動と言いますか……それにこれを望むリスナーの声あってこそですね」

 

 サクラ子さんがひとつの企画を指さしてわずかに首を傾げる。それは今回彼女を呼んだ理由のうちでも大きなものを占めるもので、盛り上がること間違いないだろうと信じている。最初にまお様に見せた時はチャットの文字越しとは言え呆れかえる様子がありありと目に浮かぶようだった。

 

「ふふっ、まおさんもリーゼ相手には苦労しているようですわね」

 

 なにやらからかうような色が声に混ざっているが、リスナーが望めば最大限それに応えてくれるのが黒惟まおという配信者だ。その線で攻めれば渋々ながらも了承してくれるというのをここまでの付き合いでわかるようになってきた。

 

「あとはまお様が間に合えばいいですけど……」

「連絡はまだ?」

 

 想定以上に時間がかかってしまっているようで移動時間も考えれば配信時間ギリギリになるか、もしかしたら間に合わない可能性も考えなければいけないかもしれない。その時は……開始時間をずらすかサクラ子さんと二人で始めてしまうか……。これが収録したものを流す形であれば良かったのだがラジオクローネは生配信でのラジオ番組、この三人のスケジュールを考えてもいずれかを決断せざるを得ないだろう。

 

 サクラ子さんの声と視線を受けて、少し離れたところにいるマネージャーに声をかけてみても困り顔で小さく罰マークを指で作ってくる。その様子を見れば進捗は思わしくないようだ。

 

「わたくしたちが焦っても仕方ありませんし、信じて待つことにしましょう」

「そうですわね。ところでリーゼ」

 

『ひとつ聞いておきたいことがあるのだけど』

『っ、……なんですか?サクラ子さん』

 

 突然魔力を通した言葉での問いかけに思わず身構えてしまう。このタイミングで聞きたいこと、しかもその聞き方を考えれば配信についての話という訳でもないだろう。

 

『そんなに構えなくて結構ですわ、本当に質問するだけですもの』

 

 そう言われてもこれまでそんなそぶりを見せてこなかったのでどうしてもその意図が気になってしまう。たしかに最初から魔力は自然体のように身に纏っていたし、特にこちらに働きかけてくるということもない。しかし、かえってそれが怪しくも思えてしまう。

 

『まおさんのことですけど……』

 

 サクラ子さんの魔力に乗せて伝わってくるのは案の定まお様の事。少しの変化も見逃さないとばかりに魔力への意識を高めていくと共に彼女の表情もチェック。もしも……何か、万が一こちらと対立するような自体に陥らないとは言い切れない。せっかく初めてVtuberのお友達と呼べる存在であるのに……その時は……。と考えながら続く言葉を待つ。

 

『まおさんとリーゼは親子なんですの?』

「え?」

 

 思ってもみなかった問いかけに思わず口から声が漏れてしまう。おそらく傍目から見ればものすごく間の抜けた表情をしていただろう。なんとか気を持ち直してその真意を問う。

 

『ええと……親子ではありませんがまたどうして?』

 

 Vtuberとして考えれば同じSILENT先生という親を持つ二人ではあるので姉妹と呼ぶこともあるが今回は親子だ、まったく身に覚えがない。それに今回はそういう話ではないだろう、もし本当にそうであればこちらの早とちりという事になってしまうが……。

 

『今日リーゼに会って魔力の色を見ましたが似通っている部分もあって、魔王というのは基本的に世襲制と聞いておりますし』

『たしかに魔王は世襲であることが多いですが、必ずしもそうではありませんよ?』

 

 まぁたしかにまお様は魔王を名乗っているし、その身に宿す魔力量やかつて存在したと言われている伝説の魔王の事を知っているものであれば魔力の性質から伝説の魔王であることを考えぬものはいないであろう。そして魔王の娘であり次代の魔王を目指している魔王見習いのわたくしという存在をそこに付け足せば、親子と結論付ける者がいてもおかしくはない。……おかしくはないのだが。

 

『親子ではないという事でしたら血縁が?』

『まお様については謎が多いのです、わたくしも計りかねているところではあります』

『なるほど……』

 

 実は遠いところで血がつながっていましたというのは絶対にないとは言い切れないが……、あのマリーナが徹底的に調べたと言っていたのでその線は限りなく薄いだろう。ここは別に嘘を言っても仕方のない事なので素直なところを答える。

 それで納得してくれたか、それともとりあえずの回答として受け取られたのか定かではないが話が悪い流れにならなくてほっとした。

 

 もっともなんとか配信前にリフレッシュルームに駆け込んできたまお様を二人で迎えた時に少しだけ妙な空気が流れたくらいは大目に見てもらおう。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74話 第三回ラジオクローネ!①

桜龍サクラ子@ぶいロジ!/イベントグッズ発売中!@oryu_sakurako

ここが魔王たちが住まうと噂のliVeKROne事務所……

デッケーですわ!!うちの事務所何個入りますの!?

そしてキレイですわ!!なんて恐ろしい場所……

#ラジオクローネ

 

『楽しんでるなー』

『ぶいロジはぶいロジでいい事務所だから……』

『アットホームな職場です』

『金かかる企画しすぎなんよ』

『そろそろいい物件に引っ越してもろて』

 

猫音ことか@ぶいロジ!猫カフェねこねこコラボ開催中!!@Nekone.kotoka 

返信先:oryu_sakurakoさん

いいにゃー吾輩も遊びに行きたいにゃー!

サクラ子ー!!事務所乗っ取ってくるにゃ!!

 

『ろくに片付けをしないクソガキキャットを許すな』

『お?戦争か?』

『まずは自分の事務所の中片付けような』

『魔王二人に返り討ちにされる姿しか思い浮かばねぇ』

『社長が買った謎の置物まだあるんだろうか』

 

────

 

【ラジオ】第三回ラジオクローネ!ゲスト:桜龍(おうりゅう)サクラ子/ぶいロジ!【リーゼ・クラウゼ,黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

 :待機

 :お邪魔しまーす

 :龍魔対戦会場と聞いて

 :いらっしゃい

 :というかまお様間に合うのか?

 :開幕茶番楽しみすぎる

 

「ここがあの魔王のハウス……ですわね!!」

 

 :きちゃ!

 :ここがあの女のハウスね

 :どういう設定なのか

 

「勇者サクラ子よ……よくここまでたどり着いた……リーゼ姫を助けたくば、この我大魔王まおを倒して見せるがいい」

 

 :ドラゴンミッションってこと!?

 :だれうま

 :実質ドラミソやんけ

 :大まおまお

 :大まおまおかわいい

 

「勇者サクラ子様!わたくしの事は気にせず倒してくださいませ!!」

 

 :リーゼちゃん姫ポジか

 :姫(魔王見習い)

 :なんなら魔王二人にドラゴンで全員ラスボスでもおかしくないんだよな

 :むしろわざと捕まってるまである

 

「小娘がさえずりおって……ところで勇者サクラ子よ、もし我が軍門に下るというなら……そうだな世界の半分をお前にやろう」

 

 :親の声より聴いた魔王の誘い文句

 :もっと親の誘い文句聞いて

 :親の誘い文句ってなんだよ

 :ここまでテンプレ

 :まお様楽しそうで草

 

「ワタクシは世界の半分なんていりませんわ!!ワタクシが欲しいのは……そう!大魔王まお!貴女……ですわ!!」

 

 :よう言った!!

 :やったれサクラ子!!

 :王道展開

 :ん?

 :ん?

 :なんて?

 :あら~^

 :キマシ!?

 

「ちょっと待ったー!!まお様はわたくしのものですわ!!」

 

 :ちょっと待って

 :そうはならんやろ

 :ええ

 :知ってた

 :結局こうなるのか

 

「我は誰のものでもないわ!二人まとめて始末してくれる!!」

 

 :姫と勇者夢のタッグ結成

 :ある意味王道展開

 :草

 

「ここまで応援ありがとうございました。ラジオクローネ先生の次回作にご期待下さい」

 

 :打ち切りエンドやんけ

 :このあと三人仲良く暮らしたんだよね

 :めでたしめでたし

 

「リーゼ・クラウゼと……」

「黒惟まおの……」

「「ラジオクローネ!」」

 

 ラジオクローネ劇場の一幕が終わりまお様と揃ってタイトルコールをする。

 

 今回はスタジオでの配信ということもあり、お互いコミュニケーションを取りやすいように机を三角形の頂点にあたる場所に設置してくれたので互いの表情も容易に確認できる。

 しかも、それぞれの目の前には配信画面を映したモニターが用意されているので配信の様子も一目瞭然だ。

 

 ラジオクローネ劇場は比較的王道というか、まお様を魔王、サクラ子さんを勇者、わたくしをお姫様に見立てた即興劇。他にも色々と前回のように設定ががっちり決まっているものや、セリフまですべて書き起こされているどこのゲームのシナリオですか?と聞きたくなるような印刷すれば相当分厚くなるであろう台本、さらに昼ドラさながらの愛憎劇まで選り取り見取りである。

 

 即興劇なので仕方ないことではあるのだが、サクラ子さんがいきなりまお様が欲しいだなんて言い出すとは思わずつい素の反応を見せてしまった。おそらく盛り上げるために言ってくれたのであろうし、コメントを見る限りその通りになっているのでまだまだ場数が足りてないなと反省しつつも進行していかなければならない。

 

「今夜もはじまリーゼ!ラジオクローネ第三回目!パーソナリティのliVeKROne所属魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。皆様応援してくれますか?」

 

 :はじまリーゼ!

 :はじまリーゼ助かる

 :応援してるよー!

 

「今宵も我らのラジオに付き合ってもらおう、同じく魔王の黒惟まおだ。こんまお」

 

 :こんまおー!

 :義務こんまお助かる

 :まお様ー!!

 

「そして本日のラジオクローネには素敵なゲスト様がいらっしゃいます。さっそくご挨拶をお願い致します」

 

 :音量注意

 :鼓膜に備えろ

 :対ショック姿勢をとれ!!

 

「みなさんご機嫌よう!!ぶいロジ!から参りました桜龍サクラ子ですわ!!聞こえてますか!?」

 

 :クソデカ……じゃない?

 :鼓膜が無事だと……?

 :ご機嫌ようー!

 :なん……だと……

 :サクラ子大丈夫か?緊張してる?

 :タツ子なにか悪いものでも食べたか?

 

 サクラ子さんお約束の大声量に身構えていたのだがこちらに聞こえる声も若干大きい程度で普段を考えれば拍子抜けしてしまうというか、若干の物足りなさを感じてしまうのは感覚が麻痺してしまっているだろうか。コメント欄を見てもいつもと違う様子に戸惑い、心配するものまで出てきている。

 

「もうっ、みなさんワタクシの事を何だと思ってますの!!ぶいロジのスタジオならまだしもよそ様のスタジオのマイクに気を使わない訳ないじゃありませんか」

 

 :加減できたのか

 :いつもしてもろて

 :ぶいロジ!スタジオェ……

 :何本壊したと思ってるんだ

 :だからぶいロジのスタジオと事務所は……(察し

 

「気を使ってもらえるのはありがたいが変な遠慮は不要だぞ?こちらのスタッフもかなり準備していたようだからな」

「わたくしも全力のサクラ子さんの方がサクラ子さんらしいと思います」

 

 サクラ子さんの声量に備えていたのは何もわたくしたちだけではない。ぶいロジスタジオでマイクを何本も葬り去っただとか、防音室に入っているのにも関わらず二つ隣の部屋まで声が聞こえていたとか、それが功を奏して防音室を販売しているメーカーの案件が来た上に宣伝大使に任命されつつ製品開発に協力しただとか……。

 そんな数々の伝説に挑むべくliVeKROne側の技術スタッフも相応の準備をしているとは聞いていた。

 

「ではお言葉に甘えて……気にしないことにしますわ!!liVeKROneのスタジオ……どの程度のものかお手並み拝見といきますわ!!!」

 

 :草

 :勝負になってて草

 :スタッフ頑張れ

 :おれたちの鼓膜がスタッフにかかってる

 

 声量とテンションが連動していると言われても納得してしまうくらい、それらが一段階引き上げられる。耳に届く時点ではあまり変わらないように聞こえるのはスタッフの調整が優秀なのだろう、スタジオ配信という形にしておいて良かった。

 

「ということでラジオクローネに初めてゲストをお招きし、なんとこのスタジオでも初ゲストらしいです。サクラ子さん来てみてどうですか?」

 

「とにかくデッケーですわ!さすが魔王の居城……ここで日々階下の景色を見て高笑いしている様子が目に浮かびますわ!!」

 

「そんなことしてないですからね!?それに普段の配信はそれぞれお家でしてますし」

 

「していないんですの!?ワタクシ、さきほどやってみたら大変気持ちよかったのでやっているものかと……」

 

 :姿が目に浮かぶわ

 :やりたい

 :楽しそう

 :お前がやるのかよ

 :ここまでの感想デカいだけで草

 :サクラ子の方が魔王ムーブしてるんだよなぁ

 

 リフレッシュルームで突然窓に向かって高笑いをしていたなと思い返せばそういうことだったらしい、しかもその姿が妙に様になっていたのでよく覚えている。

 

「サクラ子お前そんなことをしていたのか、そんなに気持ちいいのなら今度我もやってみようか」

「でしたら配信が終わったら一緒にやりましょう!!」

「まお様!?サクラ子さんに乗せられないでください!」

 

 :草

 :この三人が揃うとリーゼが突っ込みか

 :なんか新鮮だな

 

「ふふっ冗談だよ、でも案外やってみればいい気晴らしになるかもしれないぞ?リーゼも一緒にどうだ?」

「まお様のお誘いならば……って、そろそろラジオクローネ劇場のお話をしますよお二人とも」

 

 :進行がんばれリーゼちゃん

 :進行放棄したまお様はなかなか手強いぞ

 :スパルタで草

 

 進行や突っ込み役はわたくしに任せているという事だろう、からかうようでどこか試されるような視線に気付きいつもなら乗ってしまうところだが進行へと軌道修正を試みる。

 

「今回は我がそのまま魔王だったな、前回に比べれば随分やりやすかったぞ」

「わたくしは囚われのお姫様でしたね、一応わたくしも魔王見習いなのですが……良かったのでしょうか」

「ワタクシは勇者!!魔王を倒すという事に関してはこの上ない適役でしたわね!!」

 

 :みんなかなりハマり役だったな

 :なんだかんだ綺麗にはまってた

 :まお様の奪い合い良いですわぞ~^

 

「ところでサクラ子さんまお様が欲しいというのはいったい……」

「世界の半分なんて黒惟まおに比べればちっぽけですわ!!そんなことより本人を手に入れれば世界そのものを手に入れたも同然ではありませんこと?」

 

 :これは告白では

 :大胆な告白はドラゴンの特権

 :深い

 :そうかな?そうかも

 

「言わんとすることはなんとなくわかるが……、我は誰の物にもなる気はないがな?」

「それでこそ挑み甲斐があるというものですわ!!」

「むぅ……お二人ともなんだか通じ合っていて羨ましいです」

 

 :まお様は手に入れる側だからな

 :てぇてぇ

 :まおサクはありまぁす!!

 :まおたつてぇてぇ

 :嫉妬するリーゼちゃんかわいい

 

 リスナーであったときならこのようなやりとりも「てぇてぇ」とコメント欄の面々と一緒にはやし立てていただろう。だけど実際に目の前でやられてしまうとどうしても羨ましいという感情が先立ってしまう、わたくしだって期間こそ短いがその分同期として濃い時間を共に過ごしてきたのである。

 

「リーゼも共に打倒黒惟まおを目指しましょう!!」

「まぁサクラ子の場合はデビューしてからこの調子だからな、慣れもするさ」

 

 別にまお様を倒したいとかそういう訳ではないのだが……、どこかずれてるサクラ子さんの発言を聞き肩を竦めて笑うまお様を見ればサクラ子さんと結託してその余裕ある態度を崩してみたくもなってしまう。

 

「それもいいかもしれませんね……、とそろそろお便りを紹介させていただきますね。今回サクラ子さんがゲストということで本当に多くのお便りを頂きました」

 

 

まお様リーゼちゃん、そしてゲストのサクラ子さんこんクローネ!

初のゲストがお二人とも仲がいいサクラ子さんということでどんな話が聞けるか楽しみです!

今回のゲストが決まった経緯やエピソードがあれば聞いてみたいです!

 

 

「とのことですが、きっかけば龍魔コラボですね」

「次回の龍魔コラボの打ち合わせで誘われたので驚きましたわ!」

 

 :ほう

 :リーゼちゃんから誘ったんだ

 :まお様からだと思ってた

 :龍魔コラボほんとすこ

 :実質これも龍魔コラボ

 

「今回に関して我はほとんどノータッチだよ、リーゼに任せていたからな」

「ありがたいことに最近どんどんスケジュールが埋まりつつあって、次の龍魔コラボをどうしようかと思っていたのですが、ゲストを望む声も多かったのでいい機会だと思いまして」

 

 :天使ちゃんとのラジオから忙しそうだからなぁ

 :もっとゲスト呼んでもろて

 :リゼサク!?

 

「龍魔コラボは我も見させてもらったぞ、サクラ子が意外と英語が出来てて驚いてしまったよ」

「あれはリーゼが上手かったおかげですわ!」

 

 :わかる

 :あれはよかった

 :あいむだい(遺言)ほんとすこ

 :ドイツ語にポカンとしながら正解引くサクラ子よ

 :あいむだいがミームになっててほんと草なんよ

 

 あのコラボでサクラ子さんが発した「あいむだい」というシーンはミームになって海外の掲示板で広まっているとかなんとか……。

 

 その影響もあってかサクラ子さんの配信にも海外リスナーがよく見に来てくれるようになったらしく、サクラ子さんには配信で使える簡単な言い回しだったりスラング的なものをいくつか伝授した。

 

「サクラ子さんはとにかく臆せずコミュニケーションを取ろうとしてくれますからね、とにかく実践あるのみが一番の近道です」

「なるほど、サクラ子のそういうところは見習わなくてはな」

「それでは次のお便りに参りましょう……」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75話 第三回ラジオクローネ!②

【ラジオ】第三回ラジオクローネ!ゲスト:桜龍(おうりゅう)サクラ子/ぶいロジ!【リーゼ・クラウゼ,黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

「それではふつおたはこのあたりにして、コーナーにいきましょう!リーゼの見習い魔王相談所!」

 

 :相談所きちゃ!

 :いえーい!

 :意外と真面目な相談所

 :今回はどんなのきてるかな

 

「このコーナーでは見習い魔王であるわたくしリーゼ・クラウゼがリスナーの皆さまからのお悩みを解決していくコーナーですが、今回はゲストにサクラ子さんもいらっしゃるので最初にサクラ子さんのお悩みを解決したいと思います。そのあとはまお様と一緒にジャッジ役になってもらいます」

 

 :サクラ子の悩み……?

 :あるのか?

 :悩みがないのが悩みとか言いそう

 :全部パワーで解決してそう

 

 今回の相談所はゲストがいるので特別仕様、といっても最初にゲストの悩みを聞いたあとはいつもの流れ。ただリスナーからのものと違って、どんなものが飛び出してくるのかは未知数なので少しだけ緊張する。

 

「サクラ子、コメントに悩みなんてあるのか?と言われているぞ?」

「そこまでは言いませんが、確かにあまり悩んでる姿というのは想像できませんね」

「ワタクシにだって悩みのひとつやふたつくらいありますわ!」

 

 :チクらないでもろて

 :想像できん

 :ほう

 :なんだろう

 

「では魔王見習いであるわたくしに聞かせてください、サクラ子さんのお悩みとは?」

「ワタクシの悩み事は……うちの事務所にある謎の置物ですわ!!」

「置物ですか……?」

 

 :あれか

 :置物?

 :あーあれね

 :社長がどっかから買ってきたやつ

 

「あの置物はいつのまにか事務所に居たんですの……最初は玄関にあって、次見たときには廊下……そしていまは事務室の中に」

 

 :ホラーやんけ

 :SCPかな?

 :居た?

 

「その置物が何か問題なのですか?ええと、スタッフさんがサクラ子さんのSNSから画像を……はい、これみたいですね」

 

 :トーテムか?

 :でっか

 :いやこれ邪魔やろ

 :ど真ん中で草

 

桜龍サクラ子@ぶいロジ!/イベントグッズ発売中!@oryu_sakurako

邪魔っですわ!!

pic.upload.com/okimono

 

 スタッフによってサクラ子さんのメッセージと共に謎の置物の画像が配信画面に載せられる。一般的な事務室の写真であるが、そのど真ん中に原色で派手に彩られたトーテムのような背の高い置物が鎮座している様子は異様である。

 

「これは……」

「まお様何かご存知なのですか?」

「いや、気の所為だろう……気にしないでくれ」

 

 :知っているのかまお様!?

 :こういうのまお様詳しそうだし

 :思わせぶり?

 

 その写真を見てまお様が首を傾げながら何かを思い出そうとする素振りを見せていたが緩く首を横に振る。

 

「たしかに少し不気味で邪魔かもしれませんがどういった悩みが?」

「この置物が置かれてから、スタッフの間では仕事中の疲れが取れたとか、難しかった案件が決まったとか、いくらでも働けそうだとか言われていて」

 

 :トーテムすげぇ

 :良かったじゃん

 :幸運の置物だ

 :いくらでも働ける……?

 

「ここまで聞くといいことばかりだと思いますが……」

「ワタクシには特に何も起こらないのですわ!!時々拭いたりキレイにしてあげているのに!!」

 

 :草

 :邪魔といいつつキレイにするあたりいい人もとい龍だよな

 :それは果たして悩みなのだろうか

 

「ええと、その置物の御利益?がないのがお悩みということでよろしいですか?」

「ズルいですわ!」

 

 :悩みがかわいい

 :悩みなさそうで良かった

 :やっぱサクラ子はこうじゃなくちゃな

 

「なんともサクラ子らしいというか……」

 

 少し呆れたように笑うまお様につられて、ズルいと主張するサクラ子さんがどうにも幼い子供のように見えてしまう。想像していたものとはまったく異なる相談内容だが、悩み事として相談してくれたのだしっかり答えなくては。

 

「その御利益が出始めたのは置かれてすぐなのですか?それとも何かきっかけがあったり……サクラ子さんが拭き始めたからとか」

「たしか……事務室の真ん中に置かれてからですわね……。たしかにワタクシが拭き始めてからですわ!!なのに周りのスタッフばかり……」

 

 もしサクラ子さんが言っているように何らかの効用が本当に出ているのであれば、その力の源があるはずだ写真だけではわからないが置物の意匠からは何らかの魔術的なものを感じなくもない、であれば……。

 

「おそらくですけど、その御利益の元はサクラ子さん自身ではありませんか?」

「どういうことですの?」

「この手の置物は単独でそういった効能を出すとは考えにくいですし、触れることで置物を媒介してサクラ子さんの魔力……というか力が周囲に分け与えられているのかなと思いまして、まお様はどう思いますか?」

 

 :スピリチュアルやね

 :つまりサクラ子を崇めれば御利益がある……?

 :ちょっと宝くじ買ってくる

 :サクラ子さまー!!

 

「たしかに筋は通っているし、自分にだけご利益がないと考えるよりもまわりにいい影響を自身が与えられていると考えたほうが建設的ではあるんじゃないか?それにサクラ子の周りの人間に御利益があるということは巡り巡ってサクラ子自身にもいい影響を与えると思う」

 

 :なるほど

 :たしかに

 :情けは人の為ならずやな

 :いい話だった

 

「なるほど……、その考え方は確かにありですわね!ワンフォーオールオールフォーワンですわ!!」

 

 :なっつ

 :サクラ子あの手の話好きやし

 :きれいにまとまった

 

 すべては推測であるし本当にそのような効果があの置物にあるかはわからないが、まお様の言う通りだと思う。なんなら置物なんてなくてもサクラ子さんは周囲の人に元気を与えているのだから沢山の桜人(さくらびと)たちから慕われているのだろう。

 

「これでアドバイスになったでしょうか?」

「ええ!モヤモヤしていたのがスッキリしましたわ!!」

「それは良かったです、ではここからはリスナーさんたちのお悩みに答えていくのでまお様と一緒にジャッジと共にアドバイスをお願いしますね」

 

 

朝ごはんをパンにするかご飯にするか悩んでいます

どっちがいいでしょうか?

 

 

 :でたわね

 :好きな方食え定期

 :今回は朝食かよ

 

「前回も似たようなお悩みを見た気がしますが、もしかして同じ方からでしょうか……」

「それほどに思い悩んでいるんだろう」

「これは大変難しいお悩みですわね……」

 

 :朝食べてないや

 :まお様はご飯派だよな

 :リーゼちゃんはどっち派なんだろう

 :サクラ子ってたしか……

 

「ちなみにわたくしはパン派です、朝は軽くトーストとコーヒーで済ませてしまうことが多いですね。ではわたくしからのアドバイスですが……きちんと朝食べているだけで偉いです!どちらでもきちんと続けてくださいね」

 

 :それはそう

 :今度からちゃんと食べるわ

 :朝食食べられて偉い!!

 

「果たしてアドバイスと言っていいのか疑問は残るが……たしかに規則正しい食生活というのは重要だからな。リーゼはパン派といいつつ結構寝過ごしてしまっているんじゃないか?まぁ我もあまり人の事は言えないのだが……サクラ子はその点、朝に配信していることも多いししっかりしてそうだな」

「ワタクシは毎朝かならず果物とヨーグルトにプロテインですわね!!朝にやるLFA(ループフィット)配信は格別ですわ!!二人共こんど一緒にやりましょう!」

 

「「遠慮しておく」きます……」

 

 :即答で草

 :ぴったりで草

 :揃いすぎやろ

 

 まお様に痛いところを突かれ苦笑を浮かべながらも話を振られたサクラ子さんの方へと顔を向ければとてもいい笑顔で朝配信のいいところを語っている。サクラ子さんの朝LFA配信は発売当時から続いている有名な企画だ。最大負荷を雑談しながらなんなくこなしていく様子は見慣れたリスナーにとってはいつもの光景であるのだが、初めて見る人にはなかなかのインパクトを与える。

 

 そのイメージもあってか、運動用の体操服……古き良きブルマという配信用の衣装まで用意されているのだ。大胆に見せつけられた健康的な太ももは桜人たちの視線を奪って仕方ないとよく言われているらしい。通常の衣装からしてホットパンツであるのでそんなに違わないのでは?というのは禁句である。

 

 

来年進学で遠く離れた土地に一人で行くので思い切って自分を変えたいと思っています

今は引っ込み思案でなかなか周りに馴染めなくて……うまくいくようなコツはありますか?

 

 

 :大学デビューってやつかな?

 :コミュ強そろってるしいい回答聞けそう

 :もうそんな時期かぁ

 :自己紹介……うっ頭が……

 

「環境が大きく変わるというのはいいきっかけになりますね。わたくしもお二人に比べればあまり得意な方ではないのですが……、あまり無理して変わるということを意識しなくてもいいと思います。環境が変われば自ずと変わってくる部分もあるでしょうし、現時点で変わりたいと意識できているのであれば周りに合わせて無理をするよりも自然体でいたほうが魅力は伝わるのではないでしょうか」

 

 :なるほどなぁ

 :たしかに

 :無理すると続かないしなぁ

 

「全面的にリーゼに賛成だが、まぁそれだけではアドバイスにならないか。引っ込み思案ということで難しいかもしれないが遠慮というものを一度捨ててみるのも手かもしれないぞ?我も人との距離感をはかるということに関しては苦労した記憶があるが……そんなことはお構いなしにどんどん来る相手を知ってからはあまり深く考えないようになったな。引っ込み思案と自分で思っているならば多少遠慮を捨てたところで人によってはなお遠慮しているように映る場合も多いと思うよ」

 

 :めっちゃサクラ子の方見てて草

 :サクラ子に出会ったらそうなるよなw

 :まお様でもそうなのか

 :自分が思ったよりっていうのはある

 

「ワタクシからはとにかくアタックあるのみですわ!!自分はこういう人間です!!というのをアピールできれば出会いもありますし、合わない人というのはどうしても出てきてしまうのは仕方ありませんわ!それでもアピールを続けていれば相手の気が変わるかもしれませんし最後は根気の問題ですわ!!」

 

 :さすがすぎる

 :退かぬ!媚びぬ!!省みぬ!!!

 :桜龍に逃走はないのだーー!!

 :帝王思想

 :三者三様で面白いな

 

……

 

 次々にリスナーから届いたネタのようなものから真面目な悩みに答えていく。基本的にサクラ子さんのスタンスはとにかくポジティブシンキングかつ力技が多く、何か困難にぶつかってもひたすらに押す!押してダメならさらに押す!!である。

 中にはさすがにそれはゴリ押しでは?と思うようなものもあったがなんとなくサクラ子さんが言うと許せてしまうし、その前向きな考え方は悩み相談というものに対してかなり向いているように感じる。その上、まお様が現実的なところに落とし込めてくれるのでわたくしも安心して答えていけるのだ。

 

「サクラ子さんがそう言うとそれでなんとかなってしまうような気がするのですごいですよね」

「サクラ子自身そうやってきたんだろうなという妙な説得感もあるからな」

「二人がきちんとフォローしてくれるからですわ!」

 

 :わかる

 :元気になるよな

 :やっぱゴリ押しよ

 :力こそパワー

 

「沢山のお便りありがとうございました!見習い魔王相談所ではあなたのお悩みをお待ちしています」

 

 :さて……

 :ついに

 :はじまるのか

 

「では次のコーナーに参りましょう。全世界、全魔界のまおにゃんファンの皆様お待たせいたしました!」

「……、まおにゃん対策本部」

 

 :待ってた!!

 :相変わらずのタイトルコールで草

 :まおにゃーん!!

 :ゲストがいてもやるの容赦なさすぎて草

 

 いよいよ、今回ラジオのメインとも言えるコーナーを始めよう。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76話 秘めてた思いと重大発表

【ラジオ】第三回ラジオクローネ!ゲスト:桜龍(おうりゅう)サクラ子/ぶいロジ!【リーゼ・クラウゼ,黒惟(くろい)まお/liVeKROne(ライブクローネ)

 

「このコーナーでは皆様大好きなまおにゃんをいかにしてこのラジオのゲストに呼ぶか、実現に向けて皆様と一緒に考えていくコーナーでしたが、前回お知らせした通りわたくしとまお様で勝負してわたくしが勝てばまおにゃんゲスト決定となります」

 

 :がんばれリーゼ!!

 :リスナーの希望が託されてる

 :勝負なにするん?

 

「ゲストが来ているのにわざわざやることもないと思ったんだがな……」

「勝負の行方しっかりと見届けさせていただきますわ!!」

 

 :サクラ子も参戦か?

 :2対1でもいいぞ!

 :絶対にゲストに呼ぶという強い意思を感じる

 

「サクラ子さんには勝負に協力していただいたりジャッジしていただこうと思います、ちなみにサクラ子さんはまおにゃんに会ったことはあるんですか?」

「残念ながらワタクシもお会いしたことはありませんの……大変かわいらしい方と聞いているのでいつかは……と思っているのですが」

 

 :サクラ子もノリノリで草

 :会ったことないかー

 :レアキャラだからなぁ

 :まお様の表情草

 

 サクラ子さんに話を向けると心得ているとばかりに話を合わせてくれる。普段はからかわれる側なのでまお様をからかえる場面というのは貴重なのだろうわざとらしく首を傾げたりしている様子はとても楽し気だ。もっとも、からかわれているまお様は恨めし気にサクラ子さんへと視線を向けていてその様子が配信画面上にも反映されており笑いを誘っている。

 

「好きに言っていればいい、我が勝てば何も問題ないのだからな」

「では、勝負の内容を発表させていただきますね!題して"ゲスト様おもてなしバトル!!"どういうものかというとまずはこちらのお便りをご覧ください」

 

 :いえーい!

 :ほう

 :おもてなし?

 :サクラ子をもてなすってことか

 

 

まお様とリーゼちゃんの勝負ですが

リスナーやゲストをより喜ばせたほうが勝ちというのはどうでしょう?

たとえば告白シチュエーションを演じてみたり

いいところをひたすらに褒めてみたり

 

 

 :なるほど

 :これ告白されたいだけなのでは

 :勝負もできてゲストもリスナーも幸せになれる良案

 

「これをベースに他にも色々いただいた内容を合わせてバトルしていきます」

「リスナーの願望が透けて見える気がするが……勝負となれば本気でさせてもらうからな」

「ワタクシはどちらが良かったかを判定すればいいんですわね?」

「はい、お願いします」

 

 最初はアンケートなど使ってリスナーにも審査に協力してもらうつもりであったが、「そんなことしたら内容よりもゲスト出したさにリーゼが選ばれるだろう」とまお様から言われてしまい却下されてしまった。

 たしかに言われてみればこの件に関してはまお様はアウェーもいいところなのでそうなる可能性は非常に高い。そういう意味でも勝負事に置いては公平なサクラ子さんほど適任はいないであろう。

 

「ではまず最初のお題はこちら」

 

 

一緒に遊びに行きたい場所は?

 

 

「これをテーマによりどちらが良かったかをジャッジしてもらいます。ではわたくしからいきますね?……サクラ子さんはアクティブなイメージが強いので一緒に身体を動かせるような体験型の施設ですね。サクラ子さんとならとっても楽しめると思います。たくさん身体を動かしてそのあとは美味しいご飯を食べて……充実した一日になること間違いなしです!」

 

 :おーいいね

 :体力お化けのサクラ子に付き合うの大変そう

 :リーゼちゃん意外とアクティブ?

 :これは陽のチョイス

 

「なるほど……では我はゆっくりと星空でも眺めに行こうか。プラネタリウムでもいいんだがこれからの季節は空気も澄んでいるのでせっかくならどこか遠出して視界いっぱいの星空を寝転がって共に眺めたいな」

 

 :めっちゃロマンチックやんけ

 :これはまた対照的だな

 :完全に落としにかかってる

 

 まお様と二人きりで遠出して夜の天体観測……肌寒い空気の中で肩を寄せ合って一緒に暖かいコーヒーなんか飲んだりして語り合う……。なんて素敵なんだろう……一瞬勝負を忘れてその光景を想像しうっとりとしてしまう。

 

「……ではサクラ子さんより魅力的だと思った方を教えてください」

「難しいですわね……。うーん……今回は、リーゼを選びますわ!!」

 

 :お

 :やった!!

 :まず一勝!!

 

「やった!理由をうかがっても?」

「ワタクシ、こちらに来るまではよく星空を眺めていたので是非連れていきたいオススメのスポットがあったりしてそちらを選ぼうとも思ったのですが。体験型の施設でリーゼがどこまでワタクシについてこられるか気になりますわ!!」

「リーゼ、サクラ子にその方面で付き合うのは本当に大変だぞ……」

 

 :サクラ子意外と星座とか詳しいんだよな

 :これはリーゼちゃん大変だわ

 :理由が理由で草

 :理由がアスリートのそれなんだよな

 :まお様実感こもってて草

 

 サクラ子さんが星空をよく眺めていたという話は初耳だった。まお様は当然それを知ってのチョイスだったのであろう、今回はなんとか興味がそれを上回って勝つことができたが油断ならない……。そして、まお様の言葉を聞く限りもしサクラ子さんと遊びに行くことになったときには色々と覚悟しなければいけなさそうだ。

 

 

無人島に一緒にいくならどっち?

 

 

 :おもてなし……?

 :草

 :いきなり毛色変わって草

 

「いきなりすごいお題になったな……、まぁ我から行こうか。まず料理は任せてもらっていいと思うぞ、あとは……無人島で通用するかは微妙なところだが家事全般はそれなりに出来ると思う」

 

 :この魔王家庭的である

 :女子力高いんだよな

 :こんなんいい奥さんじゃん

 :つよい

 

「うぅ……これは分が悪いです……。ええと……頑張ってお料理覚えます!お家の事も出来ます!……たぶん。サクラ子さんが心休まる場所になるように置物とか作ったり……」

 

 :かわいい

 :がんばれ

 :これは……

 :相手が悪いわ

 

 どう考えたってこの手の技能でまお様に勝てる気がしない。なんたって一時期、お世話になっていたくらいだ。それならばと他にアピールできるポイントがないかと色々考えてみるが無人島という特殊な環境では活かせるような事も思いつかず……聞くまでもないが一応勝敗を決めなくては。

 

「では勝敗を聞こうか」

「これはまおさんですわね」

「ですよね」

 

 :残当

 :そりゃね

 :このお題はしゃーない

 

 これはお題からして勝ち目がほぼゼロに等しかったので気持ちを切り替えていくしかない。まだまだ勝負は始まったばかりだし勝敗が並んだだけだ。

 

……

 

 それからもリスナーから送られたお便りを元にしたお題が続き、なんとか一進一退の攻防を繰り広げる事が出来ているが時間的にも次のお題が最後になる……。

 

「ではこれが最後のお題ですね……」

 

 

相手に思いの丈をぶつけてください!

 

 

「とうとうこれが来たか……」

 

 :告白きちゃ!!

 :最後にふさわしい

 :むしろこれを待ってた

 :これで決まるのか

 

「これはワタクシもドキドキしてしまいますわね」

「どっちから先に行く?」

「わたくしからでもいいですか?」

 

 付き合いの長さから言っても、まお様のほうが断然有利だろう。それに相手のを聞いた後、冷静に出来るかと聞かれれば自信はないので先手必勝!ペースを崩される前にやりきるしかない。勝ち目は薄いかもしれないが素直な気持ちを告げればいいのだ。

 

「Vtuberとしてデビューしたばかりのわたくしをコラボに誘ってくれた頼れる先輩であり……初めてのVtuberのお友達……。あの配信でサクラ子さんからもらった言葉は本当に嬉しくて今でも鮮明にわたくしの心の中に残っています。……預けているリベンジの機会をしっかりモノにして見せますので覚悟していてくださいね」

 

 :てぇてぇ

 :これはいいライバル関係

 :あのコラボから始まったんだなぁ

 :これが龍魔の絆

 :次の対決が楽しみだ

 

 同じVtuberの先輩でもまお様相手に感じる気持ちとはまた違った感情。それをうまく言葉には言い表せないが、初コラボでのやりとりはすべて色濃く心に残っている。取れ高を捨ててまで勝負にいったあの時も、その思いを拾い上げ称賛して認めてくれた。その心意気にこちらも心を打たれたのだ。

 まだ、思い出として語るには経った時間は短いかもしれないが随分昔の事のようにも思えるし、つい昨日のことのようにも思える不思議な感覚。素直な気持ちを言葉にしながらも次回のことを考えると自然と笑みが浮かび、挑戦的な眼差しを向ければあちらからも笑みと共に同じような眼差しが返ってくる。

 

「ワタクシも次の対決を楽しみにしていますわ!」

「ではまお様お願いします」

「この後というのもなかなかプレッシャーがあるが……まぁいこうか少し長くなってしまうかもしれないがそこは許してほしい」

 

 そう言うとまお様はゆっくりと一度目を閉じ小さく頷いてから語り始める。

 

「初めは……そうだな。いきなり勝負を仕掛けられて驚いたよ、しかも調べてみれば話題になりつつあった事務所のVtuberだったからなおさらにな」

 

 :懐かしいなぁ

 :デビューしていきなり絡みに行ったからなw

 :知り合いかと思ったらそうでもなかったし

 

 あの当時のことはわたくしも覚えている。ぶいロジの新人がいきなり個人勢の魔王に絡みに行ったと思えばコラボの約束を取り付けてきたのだ、界隈では過去の繋がりなんかも詮索されたがまったくもって見当たらなかったらしく面白おかしく語られていた。

 

「勢いに押されてコラボをしたが、すぐに我以上に伸びる逸材だとわかったしコラボもそれきりだと思ったんだが……」

 

 最初のコラボで誰が呼んだか龍魔コラボ、それは回数を重ねていくうちにすっかり定着し今のわたくしたちのコラボにも引き継がれている。

 

「思いのほかしつこくてな、いつしか周りからもかわいい後輩を持ったみたいな風に見られていることを知って正直まいったよ、たつ子はすぐに我なんか追い抜いていったし我よりよっぽど配信者として才能があると思っていた。我はただデビューが早いだけなのにな、と」

「そんなこと……」

「まぁここは語らせてくれ」

 

 嫌がるような言葉に反して語るまお様の口調は優しくどこか楽し気だ。ただ少しだけ自嘲の色を感じたのはサクラ子さんも同じだったのだろう思わず口を挟んでしまう。しかし、それも大事な思い出なんだと言いたげに言葉を重ねられれば口をつぐむ他ない。

 

「いつだったかな、たしかあれはスパブラ対決の切り抜きが思いのほか注目を集めた頃か。我がたつ子を完膚なきまでに叩き落としてたからな見る者が多くなれば我の態度が気に入らない者も出てきたのだろう。まぁ色々言われてしまってな」

 

 :あぁあれか

 :あの切り抜きほんと好きで今でも見ちゃうわ

 :あーあったなぁ……

 

 たしかにあの切り抜きは当時のまお様からすれば一番有名だったかもしれない。サクラ子さんを翻弄し弄ぶように次々と叩き落していく様と吹き飛ばされるサクラ子さんの悲鳴やリアクションがテンポよくまとめられていて本当に面白いのだ。

 ただ、まお様が当時使っていたキャラは初心者狩りにも使われていたキャラだったとかで悪意あるまとめ方をした切り抜きが作られそちらも同様に再生されたこともあり……、荒れたとまでは言えないかもしれないが色々とあった。

 

「タイミングが悪いことにちょうどその頃悪い事が重なってな、今だから言えるが活動について悩んだよ。このままでいいのかとね」

 

 :そんなことあったのか

 :あーね

 :まお様……

 

「そんなこともあって少しの期間いくら誘われてもコラボを断り続けた時期もあったんだが……やっぱりしつこくてな。突き放すような言葉をかけてしまったにも関わらず……本当にしつこくてとうとう根負けしてしまったよ。今思えばあれが転機だったのかもしれないな」

 

 たしかに言われてみれば一時期まったくコラボが行われない期間があった。その後何事もなくコラボは再開されたので単に忙しかったのだろうかとも思っていた気がするが……その事情については初耳だった。

 

「だから今の我があるのはたつ子のおかげでもある。もしあそこで折れてしまって見放されていれば今の我はここにいなかったかもしれないからな。だから、サクラ子には感謝しているし尊敬しているよ。かわいい後輩がこんなにしっかりしているんだからデビューが早いだけの先輩としても頑張らないといけないと常々思っている。これからも互いに高め合っていこうサクラ子」

 

「まお様……」

「まおさん……」

 

 :めっちゃエモいやん……

 :いい話すぎる

 :泣いた

 :まおたつしか勝たん

 

「それでは今回の勝敗を……」

 

 正直あんな話を聞かされてしまえば、その積み重ねられた思いと信頼の前には自身の思いなどまだまだであるとそう思い知らされた。そしてそれ自体を比べることはどう考えたって野暮というものだが企画としては聞かざるを得ないのだ。

 

「ワタクシにとってはどちらも何物にも代えがたい大切な思いですわ!そこに優劣をつけるなど……と言いたいところですがこれは勝負……そうは言ってられませんわね。しかしワタクシにはどうしても決めることができそうにありません。リスナーの手にその判断を委ねたいと思いますわ」

 

 :アンケか?

 :それはそう

 :俺たちの出番か

 :お前らわかってるな?

 :え、めっちゃ悩む……

 

 ここまで来たらサクラ子さんの思いを汲んで引き分けという考えも浮かんだが、リスナーに決めてもらうというのも配信ならではでいいだろう。まお様にもそれでいいかと視線を向けると無言で頷いてくれる。そしてその様子を見てすぐに準備してくれたのだろう、何も言わなくてもスタッフからは準備できましたの声が配信には乗らない形で届く。

 

「それではこれから配信上でアンケートを取りたいと思います。これはあくまで勝負をつけるためのアンケートなので皆様も深く考えず感じたままに投票してもらえれば」

 

 :了解!

 :俺は感動した方に入れたぜ!

 :このアンケ魔王が勝つわ

 :両方魔王なんだよなぁ

 :二人とも魔王定期

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ・*,***票

よりグッと来た方は?

 リーゼ・クラウゼ         

 黒惟まお             

 

 わたくしの言葉と共に配信サイトではアンケートが開始されたようだ。目の前にある画面上ではすごい勢いで投票数がカウントされていっているが、配信アカウントでは投票していないので途中経過はわからない。

 

「そろそろアンケートを締め切るそうです。結果はコメント欄に出るんでしたっけ」

「たしかそのはずですわ」

「まぁこの速さだと見逃しそうではあるが……」

 

 :お?

 :おお

 :すげー

 :ま?

 

 スタッフによりアンケートが締め切られその結果がコメント欄に出てくるが一瞬で大量のコメントによって流れていく。一瞬見えたのはかなり接戦のように見えたが……。リスナーたちは投票していることもあってかすでに結果がわかっているようだ。

 

「結果はサクラ子さんに発表してもらいましょう。スタッフさんから結果聞きましたか?」

「たしかに聞きましたわ……」

「では発表お願いします」

「アンケート結果は……両者50%でドローですわ!!」

 

 ゆっくりと頷いたサクラ子さんの口から出た結果にまさかとまお様と顔を見合わせる。

 

「ということはこれで本当にドローですわね」

「こんなこともあるものなんだな」

「えぇ……本当に」

 

 予想では、わたくしの勝ちにしてまおにゃんゲスト出演を狙うリスナーもいるのでいい勝負をしつつも負けると思っていた。それほどにまお様が語ったエピソードは素晴らしかったし今まで語られてこなかった分貴重な話だったのだ。それが綺麗に五分五分……予想以上にまおにゃんを望む勢力が強かったのか、わたくしの語る思いが評価されたのか……真相はわからないがこうなった以上結果は受け入れるべきだろう。

 

「それでは今回の勝負はドローということでまおにゃんゲストの行方は次回以降に持ち越しですね」

「なんとか首の皮一枚繋がったか……」

「まさしく大接戦でしたわ!!」

 

 :あと一歩だった……

 :惜しかった……

 :俺たちの夢が……

 :でも後悔はない

 :次がある!!

 

「ということでまおにゃん対策本部特別編でした!!さて、そろそろ番組も終わりの時間が近づいてきましたが……ビッグなお知らせの前に……ラジオクローネといえばまだやっていないことがありますね?」

 

 :お?

 :生歌!!

 :三人で歌うの!?

 :きちゃ!!

 :もしかして動画も

 

「もちろん歌いますよ!」

「ワタクシも楽しみにしてましたわ!」

「今回の選曲はサクラ子に任せたが、我もこの曲が真っ先に思い浮かんだよ」

 

 盛り上がるコメントを見ながら、目の前ではスタッフが慌ただしく歌うための準備を整えてくれている。座ったままでも歌えないこともないのだが気を使ってくれたのかあらかじめスタンドマイクがきちんと用意されている。

 

「三人で歌うとなればこの曲ですよね。知っている方も多いと思います」

 

 曲について話しているうちに歌う準備は整い三人ともおもむろに立ち上がる。それに合わせてスタッフの手により配信画面は三人のラジオブースからスタジオ風のものへと切り替わりそれぞれの前にはマイクが並ぶ。それぞれがヘッドホンをつけ立ち並ぶ姿はまるでスタジオでの収録のようである。

 

 一度お互いに顔を見合わせ頷き合い、全員の準備が整ったことを確認するとスタッフに向けて合図を送る。軽快なドラムスの音と共に伴奏が始まり、続いて入ってくるのは和楽器とそれに合ったメロディ。その曲は古来より伝わる日本の神話を元にしたそんな曲。

 

 :あーこれか

 :確かに三人といえばこれよな

 :きちゃ!!

 

 歌い出しはまお様の低音ボイスが響き渡る。そしてその歌詞は先ほど聞いたエピソードを考えると偶然にしてはかみ合いすぎている。そして、まお様のパートが終わればわたくしのパート。これもまたVtuberになる前……まお様に出会う前の自身を歌っているようで、続くサクラ子さんの力強い歌声で紡がれる言葉に勇気づけられるところまで一致するのは偶然にしては出来すぎなくらいだ。

 

 パートの振り分けはほとんど本家に準拠している。そのうち誰がどのパートを歌うかは主にそれぞれの音域で割り振ったのだが、サクラ子さんについては絶対にこのパートしかありえないとまお様が言っていたのを思い出し確かにその通りだと納得する。

 

 終始サクラ子さんのパートは力強く誰をも勇気づけてくれるようなそんな温かみがある言葉ばかりで本当にぴったりだ。

 

 まずは自分を愛することから始めよう。そうすればきっと他のすべてを愛することができるようになる。そんなメッセージが込められた歌はなによりも大切なことを教えてくれる。そんなことを思っているとあっという間に楽しい三人での歌唱の時間は終わりを迎えてしまった。

 

 :改めて聞くとほんといい曲なんだよなぁ

 :さっきの話聞くと歌詞がリンクしすぎててやばい

 :まお様やリーゼちゃんを引き釣り出してくれたのがサクラ子ってことか

 :いい歌や……

 

「さて今回も例に漏れず歌ってみた動画をこのあと投稿する、ちなみにビッグなお知らせはこれじゃないからな?」

 

 :やったー!

 :助かる

 :とうとうお知らせか

 

 今回もなんとか急ピッチであったが歌ってみた動画の作成は間に合わせることが出来た。歌を収録するだけの二人と違い、今回も動画編集を請け負ってくれたまお様には頭が上がらない。流石にスケジュール的にも他の人に……とも言ったのだが。ラジオクローネの動画についてはこだわりがあるようでそこだけは譲ってもらえなかった。

 

 そしてもちろんお知らせというのはその動画のことではない。最後の最後にようやく発表することができる。

 

「では発表いたします。この度、liVeKROne所属二人の3Dお披露目が決定いたしました!!」

 

 :3Dだあああああああああ

 :3Dきちゃー!!!!

 :ま?

 :はやない!?

 :おめでとう!!

 :とうとうまお様が3D!!

 

「詳しい日程については後日事務所から発表がありますので楽しみにしていてくださいね」

「ようやく発表できたな」

「二人ともおめでとうございますわ!!」

「皆様もサクラ子さんも本当にありがとうございます」

「こうやってみなに喜んでもらえるとこのラジオで発表できて良かったと思うよ。ありがとう」

 

 ようやく発表することができてわたくしとまお様ばかりではなく周りのスタッフもホッとしているように見える。サクラ子さんはその中でも自分の事のように満面の笑みで喜んでくれているので祝福のコメントと共に実感がわいてくる。

 

「では最後に本日ゲストに来てくれたサクラ子さんに感想をうかがえれば」

「何より楽しかったですわ!!……実を言うと発表についてはあらかじめ知らされていたのですが、発表の場に居てリスナーの方々と一緒に喜びお祝いできたのは何事にも代えられない喜びですわね!!」

「そう言っていただけるとわたくしも嬉しいです」

「ではこれで本当に時間だな、そうだ言い忘れていたがうたみた動画はいつも通りこのあとプレミア公開なのでサクラ子も合わせて一緒に見ようじゃないか、今回はリーゼのチャンネルの予定だ」

 

 :了解!!

 :情報量が多すぎてやばい

 :ゲストにうたみた動画に3D発表とか

 

「それでは最後の挨拶はおつクローネでいきましょうか」

「わかりましたわ!」

「それでは次回また会おう」

「「「おつクローネ!」」ですわ!!!!」

 

 :おつクローネ!!

 :おつクローネ~

 :プレミア公開にのりこめー

 :移動だー

 :サクラ子ありがとー!!

 :3D決定おめでとう!!




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77話 体験会

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!さんがリツイート

liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

◆お知らせ◆

#リーゼ・クラウゼ #黒惟まお 3Dお披露目配信が、12月19日より2日連続で実施決定!

さらに配信当日には嬉しいお知らせも!?ぜひお楽しみに!

▼詳細はこちら▼

pr.release.jp/main/html/rb/p...

#liVeKROne

 

 

プロダクション「liVeKROne(ライブクローネ)」3Dお披露目配信が決定

株式会社Connect2Links

株式会社Connect2Linksはこの度Vtuberプロダクション「liVeKROne(ライブクローネ)」の所属タレント2名の3Dモデルお披露目配信を実施いたします。お披露目については、12月19日、12月20日の2日間、それぞれ本人のチャンネルにて順次実施いたします。

 

本3Dお披露目配信では、「liVeKROne(ライブクローネ)」所属の2人が3Dの身体を惜しみなく活かして、視聴者の皆様に素敵なパフォーマンスをお届けいたします。

この機会にぜひ、ご視聴・ご声援くださいませ。

 

・スケジュール 

<リーゼ・クラウゼ 3Dお披露目配信 概要>

■配信時間:12月19日 21:00~

■配信Ch:Liese.ch リーゼ・クラウゼ

 

<黒惟まお 3Dお披露目配信 概要>

■配信時間:12月20日 21:00~

■配信Ch:【黒惟まお/魔王様ch】

 

※各タレントのスケジュールは予告なく変更となる場合がございます。予めご了承ください。

 

……

 

 

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!@Kuroi_mao

我の3Dお披露目配信は20日の21時からだ

色々準備しているので是非見に来て欲しい

今日はオフなのでのんびり作業しつつ

いつもの時間あたりで雑談配信の予定だ

 

『オフとは』

『働いてるんだよなぁ』

『お披露目楽しみすぎる!!』

 

 ラジオクローネでの3Dお披露目決定の発表から一夜明け、アラームに邪魔されることもなく自然に目を覚ませばお昼前。翌日がオフということもあって昨夜は家に帰ってからも3D化を祝うメッセージやラジオクローネの感想なんかを眺め反応しているうちについつい夜更かししてしまった。

 なんとか二度寝の誘惑に打ち勝ち、事務所からの告知を拡散しつつ今日の予定についてメッセージを投稿すれば、色々な反応が返って帰ってくる。収録物もないし外に出たり何かの対応をしなくてはいけないということもない日は間違いなくオフと言っていいだろう。

 配信や動画の素材を作ったり編集するのはもはや日常生活の一部となって久しい。それに配信自体も仕事というより元々が趣味で始めたことなので娯楽みたいなものだ。

 

 配信部屋が暖房で温まるのを待ちながら軽食を取り、熱々のコーヒー片手にまだ少しだけひんやりとしている配信部屋へと足を踏み入れる。羽織ったブランケットをしっかりと身に纏わせパソコンのスリープ状態を解除しいつもの動画編集ソフトを立ち上げ最新のプロジェクトファイルを開くとプレビュー画面に映るのは黒惟まおの姿。

 しかしその姿は普段の配信で見る2Dモデルのものではなく3Dであり、実際に私自身が動かしたときの映像だ。再生してみればステップを踏みながら耳馴染みのある曲を歌っている。

 

「まるで私じゃないみたい」

 

 本当に楽し気に歌を歌いながら踊る黒惟まおの姿。歌っているのも踊っているのも私自身であるし、収録したときの光景もはっきり覚えているのだが改めて映像としてみると不思議な感覚というのはなかなか抜けてくれない。

 

────

 

「こちらに着替えて頂いたらスタジオまでお願いします。もし着用する上でわからないことがあれば内線をかけて頂ければスタッフが参りますので」

「わかりました」

 

 一通り撮影のための説明をしてくれた女性スタッフがスタジオの更衣室から出ていく。残されたのは私一人と持ってきた荷物と渡されたモーションキャプチャ用のトラッキングスーツ一式。

 事前にどのようなものかと着用イメージなんかも教えてもらっていたのだが想像よりもなんというか普通だ。モーションキャプチャと聞いて真っ先に頭に思い浮かんだのは全身タイツ姿であったのだが……今どきはもっと洗練されているらしい。これならば普段ダンスレッスンで着ているレッスン着と気分的には大差がない。

 

 黒惟まおの3D化というのはliVeKROneに所属するという話を受けた時からずっと進んでいたのだが、ようやくモデルが完成しお披露目に向けたテストと調整を兼ねた収録というか体験会が開かれることになった。

 てっきり同じく3Dをお披露目するリーゼも一緒に行うものかと思っていたのだが、スケジュール諸々の関係で別々での実施。当の本人は何に変えても現場に来たがっていたらしいが案件の収録が入っているとなれば涙を呑むしかなく、少し前に収録先から悔しさの滲むメッセージが届いていた。

 

「これでいいかな?」

 

 説明を受けた通りにスーツを着て姿見の前で変な所が無いか一応確認する。まぁ変なところがあればあとはスタッフが直してくれるだろう。

 更衣室を出てスタジオに入るとすぐにスタッフに迎えられ軽くチェックを受けるが特に問題なし、されるがままに何か小さなマーカー?のようなものが全身にペタペタとつけられていく。なんでも昔はこのマーカーもここまで小さくなくて、全身に張り付けるとなかなか面白い見た目になっていたらしい。

 

 マーカーを取り付けられている間にスタジオを見回すと多くのスタッフが慌ただしくモニターを見ながら何やら調整している姿が目に入る。これだけの人数が私のために動いてくれているのだと思うとその規模の大きさを実感する。普段の配信は自宅で一人だしスタジオでの収録にしてもここまで大規模なものは経験がない。

 

 そんなスタッフの中に収録でお世話になってる人や機材について語り合った人の姿を見つけ目で追いかけていると誰かと談笑しているらしいマリーナの姿が目に入る。相手はスタッフだろうか……?ちょうどマリーナの影になっていてその姿を確認することができない。

 

「黒惟さん、準備できたので中央にお願いします」

「わかりました」

 

 上下左右カメラに囲まれているキャプチャスペースへと足を進め言われた通りに中央で足を止める。無数のカメラに囲まれているというのはなんだか落ち着かなくて少しだけ身じろぎしてしまう。

 

「では映像出しますねー」

 

 そう言われて目の前にあるただのグリーンバックを映していたモニターに黒惟まおの姿が現れる。資料として画像はいくつか見せてもらっていたがその立ち姿は普段配信で扱っている2Dモデルがそのまま抜け出してきたようにしか見えない。

 

「黒惟さん、動いてみてくださいー」

「あっ、はい」

 

 あまりに私がモニタに映る黒惟まおの姿を凝視していたのだろう、声をかけられてようやくハッとして頷くと画面の中の黒惟まおもまったく同じ動きをする。ここまでは2Dモデルで慣れている事ではあるのだが、片手を上げてみると自然とその動きがトレースされている。

 パッと見では遅延などもなくまるで鏡を見ているようだが、その姿は黒惟まおのもの。初めての体験であるがどこか既視感もあるなと思えば、それはアレだ。静の家でやっていた黒惟まおコスプレ撮影会だ。

 

 もっとも比べ物にならないくらい画面の中に映る姿は黒惟まおそのものであるのだが、そう思ってしまえばいくらか気持ちは楽になる。

 画面を見ながら軽くステップを踏んでみたりくるりと回ってみれば衣装であるドレスの裾がふわりと広がる。その様子と処理だけ見てもかなりのクオリティであることは素人目にも明らかだ。

 

「すごい……」

 

 思わずつぶやいた口の動きもキャプチャされ黒惟まおも呟いたように見える。ずっと鏡のような画面を見続けていたせいだろうか、だんだんと画面の中の姿こそが自分自身の姿のようなそんな気さえしてくるのだ。身体を動かすと一緒に揺れるドレスや自身よりも随分長い髪の毛の重さまで感じてしまう。

 

「いかがですか、まおさん?」

「想像以上にすごくて驚いているよ」

 

 いつの間にかこちらに歩み寄っていたマリーナの姿が目に入り問いかけに答えると、想定とは違う反応をされたと言わんばかりの表情を見せられる。どうかしたのか……と思ったところで先ほどの受け答えは来嶋(くるしま)音羽(おとは)としてのものではなく、黒惟まおの口調であったことに思い至る。

 

「ほんとに不思議で……思わず配信スイッチ入ってしまってました」

「それだけ、気に入っていただける出来栄えということでしたらスタッフも喜ぶでしょう。SILENT先生もいかがですか?」

「え?」

 

 あははと笑いながら言わんとされていることに答えると、マリーナは満足したように頷きスタッフの仕事ぶりに称賛を送る。そしてスッと斜め後ろを振り返り、まるでそこにその人物がいるかのように呼びかける。

 呼ばれた名前に驚きつつも視線の先を追うと……なぜかそこにSILENT先生こと静がいたのだ。

 

「静……?どうしてここに?」

「あら?てっきりSILENT先生がいらっしゃることは知っていらしたと思っていましたが」

「言ってなかった?」

「聞いてないけど……」

 

 不意に現れた静はマリーナの隣に立って、とぼけるようなことを言いながら私の姿を上から下まで眺めそしてモニターへと視線を向ける。

 

「ん……大丈夫そう」

「SILENT先生のお墨付きとあればスタッフたちも本望でしょう、せっかく来ていただいたんですもの。技術スタッフが色々お話を伺いたいと言っていたのですけれどお付き合いいただいてもよろしいですか?」

 

 モニターから再度私に視線を戻した静は小さく頷き、保留していたマリーナからの問いかけに答える。その答えはマリーナだけではなく周りで聞き耳を立てていたスタッフたちの耳にも届いたらしく、視界の端には小さくガッツポーズするスタッフの姿まで見える。

 

 マリーナ曰く、SILENT先生の描いた黒惟まおの姿をいかに崩さずに3D化するのかというのが技術スタッフの命題であったらしく。SILENT先生が今日来るという事で技術スタッフ一同待ち構えているとのこと。

 

「わかった。それじゃあまた後で。まお似合ってるよ」

「ではSILENT先生をご案内するのでわたくしも後程」

 

 私にとってはわかりやすいくらいめんどくさそうな顔をしている静であったが、私の顔を立ててくれたのか素直に頷いてから言葉を残してマリーナについて行ってしまう。

 まさかこのトラッキングスーツが似合っていると言ってる訳はないだろうし素直な褒め言葉として受け取っておくことにしよう。まぁそれとは別に私に黙ってこの場に現れたことを後で問い詰めることは確定なのだが。

 

「あのー、今日の撮影データって頂けたりしますか?ちょっと撮ってみたいものがあって」

「ほぼ撮って出しの状態でも良ければ大丈夫だと思いますが確認しておきますね。その間にこちらの件なんですけども……」

 

────

 

 あのあと許可が出て撮影して手元に残った映像が今見ているものだ。撮影での一幕を思い返しながら映像を眺めているとついつい作業の手が止まってしまう。

 

 ちなみに技術スタッフの元へと連れていかれたSILENT先生こと静であったが、持ち前の人見知りを全力で発揮したらしく最終的には私も呼び出される事態になった。あのときのスタッフの困り果てた顔とその原因である静の我関せずといった表情の対比はなかなかシュールであったなと思い返しながら作業を再開する。

 

 あっ。そういえば結局、どうして私に黙っていたのか聞きそびれた……。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78話 天使と振り返り①

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!さんがリツイート

天使(あまつか)沙夜(さや)オフィシャル@amatsuka_official

黒惟(くろい)まおさんを招いてお届けした第4回放送のアーカイブ公開!!

今回特別にディレクターズ・カット版をお届けします!

聞き逃した方も一度聞かれた方も何度でも聞いてください!

#SERAPHIMラジオ

 

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!@Kuroi_mao

我が出演した #SERAPHIMラジオ のアーカイブが公開されたので

今夜、特別ゲストに天使沙夜を招いて一緒に聞きながらラジオを振り返ろうと思う

 

『天使ちゃんコラボきたー!!』

『まじか!?』

『ディレクターズ・カット?』

『配信まで聞くの我慢するか迷う』

 

 3Dお披露目配信の準備に追われる中、聞いていたとおりにゲスト出演したSERAPHIMラジオのアーカイブ公開がされたようだ。それに合わせて、計画していた企画の告知をSNSで行う。

 もともと一人で行うつもりであったラジオの同時視聴企画であったが、先方から尺の関係上カットせざるを得なかった部分を追加したディレクターズ・カット版公開の確認と共に企画への参加が打診されたのだ。

 許可をもらっていたので企画については先方の知るところであったとは思うがまさか打診が来るとは思っても見なかった。

 

 

「へぇ、こんな風になってんだ」

「そういえばこうなってからは初めてだっけ」

 

 配信部屋で興味深そうに機材たちを眺める天使沙夜ことつかさ。それこそ私が黒惟まおになる前はよく部屋に遊びに来ていたし、天使ちゃんの宅録を行っていたので録音機材たちには見覚えがあるだろうが、配信機材に関しては初見のはずだ。

 

「それにしても相変わらずそっち方面はまったくなのね」

「昔から詳しいやつがすぐそばにいてくれたからな」

 

 そう言いつつニヤリと笑って見せるつかさは昔からこういった機材や動画投稿といったことにあまり興味を示したことがなかった。だからこそ天使ちゃんの歌動画は魔王チャンネルで投稿していたし収録も動画編集もすべて私の手によるものだ。

 そして、今日のコラボ配信のために私の部屋につかさが訪れているのもそういった事情から。別につかさは声だけの出演だし、何か適当な立ち絵を出して通話ソフトを使ってのコラボにしようと思っていたのだが、当の本人はスマートフォンで参加しようとしていたと聞いて急遽呼び出したのだ。

 たしかに普段会話する程度ならそれでもいいかもしれないが流石に配信に載せるには音質が悪すぎる。せめてパソコンにコンデンサマイクとまでは言わないが適当なマイクを繋いで……と色々考えてみたが、なんとマイクを持っていないという。たしかに思い返してみればつかさとの通話はいつもスマートフォン音質であったのだ。

 

「それで普段はどうやって配信してるんだ?」

「ええと、とりあえずここに座ってくれる?」

 

 つかさを普段配信で使っている椅子に座らせて配信ソフトを立ち上げる。

 

「おお!黒惟まおだ!」

 

 画面に現れた黒惟まおの姿に驚いたような声を上げるつかさだが、その動きに合わせて画面の黒惟まおも驚いたような表情になる。それを見たつかさは頭を左右に振ったり口をパクパクしてみたりして実に楽しそうに黒惟まおを動かしている。その様子は初めて私が体験した時のようでなんとも微笑ましい。

 

「楽しいでしょ?」

「楽しいけどなんか不思議な気分だな、なんつーかあたしがあたしじゃないっていうのは」

 

 うーんと不思議そうに首を傾げるつかさであったが、同じように首を傾げる黒惟まおを見て私も同じ感想を抱いている。黒惟まお(わたし)が別の誰かの手によって動かされているというのはとても不思議な気分だ。

 

「それじゃ本番は音羽(おとは)がこっちであたしはどうすればいいんだ?」

「それじゃ話しづらいでしょ?配信は向こうで二人並んでやる予定だから」

 

────

 

【同時視聴】SERAPHIMラジオを天使と共に【黒惟まお/liVeKROne・天使沙夜】

 

 :待機

 :こんばんは!

 :楽しみすぎる

 :先に聞いてきたけどめっちゃ追加されたぞ

 :同時視聴って初めてー

 

「今宵は魔王と天使に付き合ってもらうぞ、liVeKROneの魔王黒惟まおだ」

 

 :こんまおー!

 :まお様ー!!

 :こんばんわ~

 :はじまった!

 

「こんまお。SNSでも告知した通りゲスト出演したSERAPHIMラジオのアーカイブが公開になったので約束通り同時視聴をしようと思う。そして、今日は素敵なゲストが来てくれたようだ」

「こんまおー!天使沙夜でーす、まおのリスナーさんお邪魔しまーす」

 

 :沙夜様こんまおー!

 :天使ちゃんこんまおー

 :こんまおー

 :その挨拶気に入ってるよねw

 :SERAPHIM買ったよー

 

 つかさが挨拶すると共に黒惟まおの隣にデフォルメされた天使沙夜のミニキャラ立ち絵を登場させる。それは過去に私がデザインしたものが元になっているもので今となっては各種グッズにスタンプとなかなかの人気っぷりであるらしい。

 

「まずはSERAPHIM発売おめでとう、かなり売れ行きもいいと聞いているが」

「沢山の人に聞いてもらってるみたいでほんと嬉しいよ。まおもかなり宣伝してくれてたろ?ゲストにも来てくれたし」

「ゲストに呼ばれたからには少しくらい貢献しなくてはな、それに沙夜きっかけで配信に来てくれる者もいてこちらこそありがたいよ」

 

 :アルバム一位おめでとう!!

 :ラジオでまお様にハマりました!

 :沙夜呼びになってる!?

 

「ん?あぁ沙夜呼びになってるってよく気付くなぁ」

「あぁたしかその下りは放送では流れていなかったからな、たぶんアーカイブには使われているんじゃないか?」

 

 たしかに呼び名の件についてはカットされていたしリスナーからすれば突然のように聞こえたのだろう、ディレクターズ・カット版はほとんどノーカットだと聞いているので同時視聴でその経緯については明かされるだろう。

 

「ではそろそろ同時視聴を始めようか、この配信ではラジオの音声は流れないので各自で再生の準備をしておいてくれ。こちらで聞いている時間はタイマーで表示するのでそれに合わせてもらえば大丈夫なはずだ」

 

 :準備OK!

 :タイマーうまくできるかな?

 :はーい

 :いつでもOK!

 

「ではタイマーを少し進めて……開始の合図をするのでそこで合わせるかタイマーを目安にスタートしてほしい、合図は沙夜にやってもらおうか」

「せーのっでいいか?」

 

 :再生押しちゃった

 :フェイントやめてもろて

 :スタートかと思ったw

 

 うっかり私もせーので再生ボタンを押すところだった。

 

「フェイントはやめてもらってもいいか?」

「いや、そんなつもりはなかったんだけど」

「せーので押すからな?頼んだぞ?」

「おっけー、じゃあ。せーのっ……って言ったら押すんだぞみんな」

 

 :ふざけんなwww

 :今のはわざとだろwww

 :完全にフェイントで草

 

「……沙夜?」

「悪い悪い、つい。な?」

 

 :これはまお様もひっかかったな

 :草

 :沙夜さまお茶目すぎる

 

 今度こそ完全に騙されて再生ボタンを押してしまったので再生バーを元に戻しながら悪戯な笑みを浮かべるつかさを睨み付ける。そんな私を見てからからと笑う彼女は昔からそういう奴なのだ。

 

「次やったら我が合図するからな?」

「次はちゃんとやるって。それじゃ、いくぞ?せーのっ」

 

『天使沙夜のSERAPHIMラジオ、このラジオはあたし天使沙夜の新アルバムSERAPHIMの発売を記念した四週連続のラジオ番組です……』

 

 今度こそ合図に合わせて再生ボタンを押すことができた。そして動画の再生時間があらかじめ進めておいたタイマーに追いついたところでタイマーも再度動かし始める。

 

「よし、これでいいな。あとはお互いこれを聞きながら好きに話していこうと思うが」

「こういう同時視聴?っていうのやるの初めてなんだけど、まおはやったことあるのか?」

「メンバー限定の配信では映画の同時視聴をしたり時々やっているな」

「メンバー限定?」

「メンバー限定というのは……って今ここで説明するものでもないからそういうものがあるとでも思っていてくれ」

 

 :メン限同時視聴はいいぞ

 :メンバー限定配信はいいぞ

 :メン限まお様はいつもよりポンコツだったりフランクでいいぞ

 :メン限晩酌を一生待ってる

 

 そういえば最近は配信自体の数が多くなったせいでメンバー限定配信の比率が結果的に下がってしまっているなと思い至る。もう少しメンバー限定コンテンツを充実させたほうが……と考えかけたところで今日の配信で考えることではないなと話を打ち切る。

 

「へぇ、いやーなんかこうやって改めて聞くとなんか恥ずかしいな」

「放送も聞いたんだろう?」

「放送は一人で聞いてたからさ、こうやってまおと沢山のリスナーさんと一緒に聞くっていうのはなんか恥ずい」

 

 :なるほどなぁ

 :沙夜さまかわいい

 :大勢の前で歌ってるのにそういうもんなんだ

 

「回を増すごとに喋り慣れていたし実際沙夜はパーソナリティ向いていると思うぞ」

「まおにそう言ってもらえるのは嬉しいけどさ、さすがにまおの方が向いてるだろ」

「そんなことはないさ。たしかに配信で喋ること自体には慣れているが我だってコメントあってこそだよ。すぐに反応が確認できるし話題もそこから選ぶことができるからな」

 

 :あーたしかに

 :一人喋りはまた違うもんな

 :俺たちのおかげってこと!?

 :まおはワシが育てた

 

「逆にあたしからしたらこんなに早いコメント欄からよくコメントを拾えるなって思うよ、しかもゲームとかしながらだろ?」

「なんというかやっていれば慣れるものさ」

「そういうもんかねぇ」

 

 :それは思う

 :ゲームしながらはコメント見れないわ

 :壺RTAしながらコメント読んだりするからな……

 

 よく言われることだがゲームをしながらでもコメントは案外見れるものだ、さすがに集中するような場面では難しいが……。とラジオはオープニングのSERAPHIMが流れ終わり、黒惟まおが登場する。

 

『liVeKROne所属のVtuberでヴァーチャル魔王の黒惟まおだ』

 

 :まお様きちゃ!!

 :きゃーまお様ー!!

 :こんまおー!

 

「この時の挨拶いつもと違ったよな?こんまおも言わなかったし」

「沙夜のラジオだし多少は遠慮するさ、いくら最近話題にあがるようになったとはいえVtuberを知らないと言うものも多いだろう?」

「あーだからVtuberについての説明とか追加して欲しいって言ってたんだな?」

 

 :よそ行き魔王様

 :まお様で初めてVtuber見ました

 :天使ちゃんのファンならまだ知ってる方だと思う

 

 たしかに天使沙夜のルーツを知るような昔からのファンだったり、そういったインターネット文化に精通しているものならVtuberについて詳しくはなくても聞いたことはある程度ならば沢山いるだろう。しかし、天使沙夜の人気が高まるにつれて若いファン層だったりはインターネット文化に触れてこなかった者も多く今回のラジオをきっかけにVtuberというものを知ったというものも多いはずだ。

 

「ラジオをきっかけに少しでもVtuberというものを知ってもらいたいと思っていたからな。まだまだ発展途上だがこれからもっと盛り上がる……盛り上げていきたいと思っている」

「そこで自分だけじゃなくてVtuberを盛り上げたいって言うあたり、流石だなって思うよ」

 

 :さすが魔王様!

 :ほんと界隈好きだよなまお様

 :さすがVtuberファン

 

 姿かたちにとらわれずなりたい自分になれるという夢のようなコンテンツという意味で、Vtuberという文化はとても優れているしこれからもっと伸びていくと信じている。そんなありように自身の夢を叶えてもらった一人として、私を勇気づけてくれた先達のためにも少しでも貢献というのは大げさかもしれないが一助になれればとはいつも思っているのだ。

 

「そんな大したものではないさ、今回の共演について色々反響があったと思うが沙夜はどうだった?」

「いや、ほんと驚くくらいまおをゲストに呼んだことをファンのみんなが喜んでくれてさ。もっとはやく色々なことに誘えば良かったと思ったよ」

「まさかこんなに歓迎されるとは我も思ってなかったよ、リスナーやファンには随分やきもきさせていたのだなと気付かされた」

 

 :ずっと待ってたからな

 :全員空気読みしてたからな

 :こうやってコラボできるようになって本当に嬉しい

 :同窓会みたいなもんだからな

 :これからは気軽にコラボしてもろて

 

『いやーあのケーキ美味しかったからなぁ、アルバム記念に今度作ってもらおうかな』

 

「そうだケーキ!今日コラボするからって思い出のケーキ焼いてくれたんだよな」

「それは沙夜があれから事あるごとに言ってきたからだろ……」

 

 :まお様のケーキ!?

 :いいなぁ

 :てかオフコラボだったのか

 :食べたい

 :美味しかった?

 

「ちゃんと写真撮ってるからあとでSNSにアップするよ、いやー久しぶりにまおの手作りケーキ食べたけど絶対腕上げてるだろ?めっちゃ美味しかったし見た目もたぶんお店にあってもおかしくないぜ?」

「それは言い過ぎだと思うが……昔に比べてキッチンも道具も良くなってるからなそのおかげだと思うぞ」

 

 :そんなにか

 :写真楽しみ

 :どんなケーキなんだろう

 

 ラジオをきっかけに大きく注目を浴び、それが様々な案件だったり視聴者や登録者数の増加に一役買っているのは間違いないのだ。仕方なく……といった態度を装ってはいるがそういったきっかけをくれたつかさには感謝しているし、ケーキのひとつやふたつくらい焼くのはお安い御用。それにとても美味しそうに幸せそうに食べてくれるので作りがいもあるというものだ。

 

『なんと今回、サインする色紙はお二人からすれば馴染みのある先生の描き下ろしイラストの複製色紙です!』

 

「このサプライズはやられたって感じだったよな。ほんとに一切知らされてなかったんだぜ?」

「これで二周年の時にサプライズされた我の気持ちが少しはわかっただろう?静のしてやったりという表情が目に浮かんだよ」

 

 :ほんとこれは驚いた

 :この三人組が揃うのはほんと運命

 :いつか三人でコラボ配信してほしい

 

 ちらりと配信部屋に飾ってあるこの時の色紙に目を向けその色紙にイラストとサインを描いた人物の顔を思い浮かべる。きっとつかさも同じだったのだろう視線が交差し自然と笑い合ってしまう。

 

「これでやられてないのが静だけだろ?今度二人でサプライズしかけてやろうぜ?」

「きっとこの配信も見てるかあとで見るだろうからここで言ってしまったら意味ないと思うぞ」

 

 :それはそう

 :絶対見てる

 :普通にSNSで拡散してたし

 

SILENT✓:楽しみだなー

 

 :草

 :やっぱり見てるやんけw

 :SILENT先生もよう見とる

 :マッマもよう見とる

 :三人揃ったやん!

 

 だから言わんこっちゃない……。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79話 天使と振り返り②

【同時視聴】SERAPHIMラジオを天使と共に【黒惟まお/liVeKROne・天使沙夜】

 

「げっ……(しず)

「だから言ったろう」

 

 :草

 :げってwww

 :当然なんだよなぁ

 

 見ているとは思っていたが当然のようにコメントと共に現れたSILENT先生こと静に盛り上がるコメント欄とそれに反してうへぇとなんとも微妙な表情を浮かべるつかさ。

 この二人の関係はなんというか一言では言い表せないというか……、性格的には正反対の二人であるので間違いなく友人同士ではあるのだが好敵手といった表現の方が正しいのかもしれない。

 

『──歌ってる時に意識してるときとお互いの歌の印象かぁ、あたしはあんまり意識してないっていうか昔から自己流だったからな。今はそりゃボイトレとか行ってるけどさ、せんせーも好きにさせてくれる感じだし』

天使(あまつか)は昔から自由に歌わせた方がいいというかすんなり歌いこなすからそれでいいと思うぞ』

『そういうまおは意識してることとかあったりする?』

『昔は音程やリズムをいかに崩さないようになるべく原曲通りにと思っていたが、すぐそばにいる奴がコレだろう?とても敵わないと思ってからはあまり気にせず気持ちというかフィーリングの方を大事にしているな』

『まぁ音程とかリズムはあとからいくらでも録り直せるし調整も効くからなぁ』

『天使に関してはほとんどその必要がないのはすごいと思ってるよ』

 

 :お、これ追加分か

 :やっぱ昔から歌うまだったのか

 :天使ちゃん完全に天才型じゃん

 :まお様の歌気持ち乗っててほんとすこ

 

 尺の都合で使われなかった部分がさっそく登場し、そういえばそんな話もしていたなと思いながらもすぐに追加分だと気が付くリスナーの記憶力に関心してしまう。

 

「そういえば、まおもボイトレ行き始めたんだろ?」

「あぁ、色々と少し余裕が出来たからな。長く活動を続けていくためには一度しっかりとプロの指導を受けたほうがいいと思ってな」

「あー確かにまおは配信もあるしかなり喋るもんなぁ」

「ほぼ毎日数時間一人で喋りっぱなしだと言ったらかなり驚かれてしまったな」

 

 :それはそう

 :喉大切にしてもろて

 :ほんと喋りっぱなしだからなぁ

 :ちゃんとボイトレ行くのはいいね

 

「あたしもラジオやってみて思ったんだけど喋り続けるってのもかなり大変だよなぁ」

「水分補給は忘れないように心掛けているよ」

 

 ボイトレに関しては事務所のツテでいい先生を紹介してもらえたので数度の体験を経て通い始めた。その先生曰く、私の活動内容と発声方法を見るに長く活動を続けたいならば今からでもしっかり基礎から見直した方がいいと力強く断言されている。

 基本的には何でも褒めてくれる優しい先生なのだが、そういったことははっきりと言ってくれるのでわかりやすい指導もあって信頼できるいい先生だ。

 

『──天使と魔王の一問一答クイズ!』

 

 そんなこんなで追加分のふつおた紹介も終わりラジオは一問一答クイズへと進んでいく。このコーナーはなによりもばっさりカットされてしまったあのシーンがちゃんと追加されているかチェックしなければ……。

 

「このコーナーあんまりに正解するから事前に答え知ってたんじゃとか一部で言われてたけど、全部事前回答でガチだからな?」

「まぁ数問は落としてしまうかもしれないとは思ってはいたが……ここまで当ててしまってはな。そう思われてしまうのも仕方ないだろう」

 

 :全問正解だったからなぁ

 :わかりあってるのてぇてぇ

 :さすがだった

 

「そういえば動物に例えるやつ、SNSで見るとまおは猫派が多かったみたいだけどやっぱりアレのせいなのか?」

「あぁ……まぁ、そうだろうな」

 

 :あっ

 :そりゃまおにゃんよ

 :アレ呼ばわりで草

 :天使ちゃんも若干気遣ってて草

 

 ちなみにラジオの放送があってからは"黒惟まおおかみ"なんて題材で狼の耳と尻尾をつけられたファンアートなんかも投稿され始めて狼派と猫派で面白おかしく競い合ってるらしい。

 

『まおと言えば機材しかありえないって!』

『ありえないとまで言われるのはどうかと思うがまぁ正解だな。正確には購入手続きが無事出来ただけで手元に届くのは相当先になりそうなんだが……。なかなか国内に入ってこないもので個人輸入も考えていたんだがありがたいことに伝手ができてな。いまから届くのが楽しみだよ、もともと偶然とあるスタジオで使っているのを見かけてそれで収録した時に一目惚れというかこの場合は目ではなくて耳とでも言うべきか……いやヴィンテージならではの歴史を感じるその見た目にも大変惹かれたんだが……』

 

 問題のシーン……私としてはちっとも問題だとは思っていないが、機材について延々と語り始めた自身のトークを聞けば確かに少しだけ喋りすぎたかもしれない。それでもほぼ全カットすることはなかったじゃないかと今でも思っているのだ。こうやって無事アーカイブという形で復活することができてなにより。

 

「ここばっさりカットされてたよなぁ」

「たしかに少しだけ語りすぎたとは思ったがああも綺麗に跡形もなくなるとは思わなかったからな」

 

 :草

 :まお様機材の事になると早口になるよね

 :ラジオでもやらかしてたのかよw

 :すこし……?

 :めっちゃ楽しそうですね

 

 つかさからしても印象に残っていたのだろう、面白がるように笑いながら放送当時の事を振り返る。

 

「まぁさすがにちょーーーーっと長かったかもな。あたしなんかは慣れっこだから無邪気に語るまおってのは可愛くて好きだぜ?」

「可愛いと言われるのはなんとも不思議な気分だが……悪く思われていないようで良かったよ」

 

 :大胆な告白は女の子の特権!

 :まぁたしかに好きな事について語ってるまお様ってかわいいよな

 :ちょーーーーっとで草

 :てぇてぇ

 

 私の語りについてからかわれることはあっても中々面と向かって可愛いなどと言われることは稀なので、若干反応に困ってしまうが悪く思われていないようなので良しとしよう。まぁつかさ相手には散々この手の話を語り聞かせてきた歴史があるので慣れてしまっただけなのかもしれないが。

 

『苦手なところは……見透かされているようでなんだか癪だが……ないよ』

 

「ふふーん、まおはあたしのこと大好きだもんな?ここはめちゃくちゃ自信あったよ」

「強いて言うならそうやって調子乗るところに思うところがないとは言い切れないぞ」

「そんなこと言って昔から変わらないくせに」

 

 :いちゃいちゃしだした

 :これは他のまおの女が黙ってないぞ

 :天使ちゃんなら……いいよ

 :沙夜さまモテモテだ(笑)

 

 こればっかりは悔しいがまぁ言われている通りなので少しばかりの反撃もわかっているとばかりに軽く返されてしまう。それだけ長い時間を共に過ごしてきたのであるし、お互い良い所も悪い所もそんなの承知の上なのである。

 

『全問正解の商品として番組から何かお二人にお送りしたいとおもいます。だってさ』

 

 :賞品の話って進展あったん?

 :そういえばそうだった

 :何かもらったん?

 

「あぁこの時の賞品か。軽い冗談のつもりだったんだがな、しっかり考えてくれるみたいでお互いのファンが喜ぶようなものをとお願いしておいたよ」

「これももしかしたら放送でカットされてたらどうしようかと思ったけど、使ってくれたってことは期待してもいいんじゃないかな?」

 

 :お?

 :何だろう

 :やはり新番組を!?

 :楽しみ

 

 これについてはまだ本決まりではないが水面下で話は進んでいるとマネージャーからも聞いている。詳しい内容までは教えてもらえていないが期待していてくださいとのことだったので私自身も楽しみだ。

 

『それじゃあ次はこのラジオ共通のコーナー、レコメン!』

 

「まずは配信冒頭でも言ったが発売おめでとう、我もしっかりと買わせてもらったぞ」

「買わなくてもいくらでも渡すって言ってたんだけどなぁ、ありがとう」

「早々に予約していたからな」

 

 :おめでとう!

 :チャート一位おめでとう!!

 :毎日聞いてる

 :Vesferほんと好き

 

『──まぁ名付け親が目の前にいるわけだけど』

 

「あたしの名前については結構驚かれていたよな?」

「あぁこれは本当に当時を知る者くらいしか知らない情報だったはずだからな。まさかこんなことになるとは当時の我でも思わなかったさ」

 

 :知る人ぞ知るって感じ

 :実際驚いた

 :沙夜もそうなの?

 

「沙夜もそうなのかって?……まぁ別にこれくらいはいいか。天使がレーベルに所属するという相談を受けた時に考えさせてもらったよ、ある意味餞別みたいなものだな」

 

 :へぇ

 :そうなんだ

 :それは初めて聞いた

 

 天使(あまつか)沙夜(さや)という名前についてのエピソードは天使という部分に関しては多数が知るところであるだろうが沙夜については今まで言及してこなかったものである。コメントを拾いながらちらりとつかさの方へと視線を向ければ小さく頷いてくれたので質問に答える。

 

 あの当時はプロの道に進むというつかさからの相談というか報告を受けて送った名前だ。きっとつかさは有名になって私なんか手の届かない存在になってしまうだろうという確信もあったので餞別として贈ったその名前。

 まさか、そのあと私がVtuberになり……企業に所属し、手の届かなかったはずの天使沙夜とラジオ共演しその様子が全国に流されるなんて自分自身今でも信じられないくらいだ。

 

天使(てんし)ちゃんなんてガラじゃないから最初は恥ずかしかったんだぜ?いまでもそう呼んでくるファンもいるしな。まぁ今じゃすっかり慣れて天使(てんし)でも天使(あまつか)でも沙夜でも気にならなくなったけどさ」

 

 むしろ今回のラジオをきっかけに天使(てんし)ちゃんと呼ぶのを控えていた昔からのファンが再びそう呼ぶようになりつつあるようで、今でも残っている旧魔王チャンネルの動画再生数が再び回りだしたことからも天使と魔王の関係性は広まっているみたいだ。

 

『というか名前で思ったけどあたしがまお呼びなのにそっちからは天使(あまつか)呼びなのはなんかズルくない?』

『いきなり何を言うかと思えばそんなに気になるか?』

『いや別に……』

『わかったよ沙夜、これでいいだろ?』

 

 :こんなにいちゃついてたのかよ

 :これはカットやむなしですわ

 :公共の電波でいちゃつかないでもろて

 

「これが呼び名の下りだが……これは別に流さなくても良かったんじゃないか?」

「この時めっちゃ目見つめてきたんだぜ?絶対狙ってたろお前」

 

 :そういうとこやぞ

 :落としにかかってますわ

 :まーたそういうことする

 

「いきなり呼び名について言ってくるからだろう」

「このときちょっとブースの空気ちょっとアレだったからな?」

 

 :草

 :そりゃそうなりますわw

 :自業自得なんだよなぁ

 

 ちょっとふざけて魔王成分多めのイケメンムーブをしてみたら、滑ったとまでは言わないが周りからはなんとも言えない生暖かい目で見られていた気がする。

 

「ほら、そんなことはいいから本筋に戻るぞ」

「はいはい。そういえばまおのSERAPHIM考察、制作チームでもめっちゃ好評でさ。今度時間があればゆっくり語り合いたいなんて言ってたぜ?」

「同好の士がいたようで嬉しいよ、見当違いな事を言っていてカットされていたらどうしようかとも思っていたからな」

 

 その同好の士の一人というのが収録当日に現場にいたあの統括プロデューサーであるということは後から聞いて驚いたものだ。なんでも神話といったその手の話にはとても詳しく制作チームは厳しいチェックを受けたとかなんとか。

 

 :制作チームもいい趣味してるな

 :対談とか見てみたいわ

 :めっちゃ語り合ってそう

 

「Vesferの由来もヒントなしにわかってたろ?完全な造語だったからスタッフ驚いてたよなぁ」

「あれはさすがに曲を聞かなければわからなかったよ、それに我が魔王であったことが大きいな」

 

 :考察聞いた後に調べてみてやっと意味がわかったわ

 :さすがにラテン語はすんなり出てこない

 :たまたま似た語源のゲームタイトル知ってたからピンときたわ

 :エスペラント語とラテン語はオタクの必修言語やぞ

 

『まおは結構配信で歌ったりするだろ?歌ってみたい曲とかあったか?』

『どれも難しそうな曲ばかりだからな……それでも許可が出るならやはりVesferだろうな、dominatorなんかも歌いこなせればかなり恰好がつきそうだが』

『基本的にあたしの歌は許可してもらうように頼んでるし、いつか配信で歌ってくれるのを楽しみにしてるよ』

『本人に聞かれることほど緊張するものはないんだが……練習しておこう』

 

 :楽しみすぎる

 :dominator絶対まお様に合う

 :アルケーも聞きたい

 :というかコラボうたみた出してもろて

 

 SERAPHIMはさすがに天使沙夜の全部を詰め込んだというだけあって気軽に歌おうと思ってすぐに歌えるようなものではない。それに歌うにしてもちゃんとモノにしてから歌いたいという気持ちもあるのでもう少し時間が欲しい所だ。ボイトレでもVesferを課題曲にして練習している途中だったりする。

 

「これで逃げられないな?」

「逃げるつもりはないしちゃんと練習しているさ。ただ、まだ納得できる出来ではないのでもう少し待っていて欲しい」

 

 :待ってる

 :楽しみが増えたなー

 :歌枠見に行かなきゃ

 

 にやりと何か言いたげな笑みを向けながら挑発的な言葉を投げかけてくるつかさに対しては、元々そのつもりだと言わんばかりに小さく笑って受けて立つ。

 

『それじゃ名残惜しいけどそろそろ時間みたいだ』

 

 そんなやりとりをしているうちにラジオもエンディングに差し掛かり同時視聴もそろそろ終わりの時間を迎える。ディレクターズカットでいろいろと追加されただけ時間が伸びていたが、話しながら聞いていると実にあっという間のようだ。

 

「ラジオもそろそろ終わりか。同時視聴は初めてのようだったがどうだった?」

「いやー、放送を一人で聞いたときはこんなもんかなーって思ってたけど。こうやってまおやリスナーさんたちと一緒に聞きながら振り返るってのも、新鮮で楽しかったぜ?反応がすぐ見れるっていうのはなかなかない体験だったからな」

 

 :めっちゃ楽しかったー

 :沙夜さまも楽しめたようで良かった!

 :天使ちゃんも配信しよう!

 :また配信に来て欲しいなぁ

 

「リスナーたちは沙夜に配信してほしいみたいだぞ?」

「流石にあたし一人じゃ無理だって、機材とか設定とか全然わからないしさ」

「そのあたりの相談ならいくらでも乗るしこの機会に覚えてみるのもいいと思うが……まぁ忙しいだろうからな。良かったらまた配信に遊びに来てくれればいいさ」

 

 :待ってる!

 :また来てねー!!

 :大歓迎だよ!

 

 機材や設定についてはどうとでもなるだろうが、これからまた忙しくなるであろうつかさに配信をする余裕がないであろうことは簡単に想像できる。今回の同時視聴ゲストについてもスケジュール調整はなかなか大変だったのだ。

 

『おつまおー!!』

 

 最後の挨拶が流れてラジオが終了する。この挨拶にしてもまさかやらされるとは思わなかったし、しかもそれが放送に使われると思わなかった。

 

「本当に最後の挨拶がこれで良かったのか?」

「何にも言われなかったし、しっかり放送で使われてたから心配いらないって。しかも放送当日トレンド?になってたんだろ?」

「まぁあれはトレンドじゃなくてそのうちのトピックだったようだが」

 

 :おつまおが電波に乗った日

 :あれは笑った

 :実質まおラジオ

 

「では最後に何か告知とかあったりするか?」

「とりあえずはSERAPHIM好評発売中だからまだ聞いたことないって奴は聞いてほしいな。あとは20日の21時からまおの3Dお披露目配信はあたしも楽しみにしてるから絶対見逃さないように!」

「いやそれは我が言おうとしてた告知なんだが……」

 

 :草

 :宣伝は基本

 :宣伝助かる

 :天使ちゃんが告知するんかいw

 

「ええと我からは19日21時からはliVeKROne同期のリーゼ・クラウゼ3Dお披露目もあるのでそちらもよろしく頼む」

 

 :自分の告知できなくなってて草

 :逆だったかもしれねェ……

 :ほんと楽しみだなぁ

 

 本当に最後までペースを崩されてしまうが、まぁらしいといえばらしいか……。まったくもって悪気はなく、むしろ善意しか感じられないので突っ込むに突っ込みにくい。

 

「それではこのあたりで締めさせてもらおう、沙夜今日はゲストに来てくれてありがとう。楽しい時間を過ごすことが出来たよ」

「こっちこそラジオと配信、一緒にできて本当に楽しかったし、リスナーさんも歓迎してくれて嬉しかったぜ」

 

 :また来てねー!

 :こちらこそありがとー!

 :楽しかったー!

 

「それではまぁ……いつものやつで終わるとしよう」

「そうだな!任せとけ!」

「「おつまおー!!」」

 

 :おつまおー!

 :おつまお!

 :天使ちゃんありがとー!

 :おつさやまお!!

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:SERAPHIM好評発売中だ、本当にいい曲ばかりなので是非聞いてくれ

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:3Dお披露目、あたしも見るから予定空けとけよ!!by天使




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80話 ズルい

「では午前はここまでにしましょうか、午後は黒惟さんが合流しだい開始しますね」

「わかりました。では休ませてもらいますね」

 

 インカム越しに午前の予定が無事に終わったことを告げられ収録スタッフたちに小さく頭を下げ近場にあったストローの刺さったペットボトルから水分を補給する。

 自覚はあまりなかったが色々と動いて汗をかいていたからか喉を通る冷たい水が身体に染み渡っていくようで心地いい。

 水を飲み終わりふぅと息を吐き出し目の前のモニターに視線を向ければ、その中のリーゼ・クラウゼが淡い碧色の目でこちらを見返してくる。

 

 その姿は普段配信で使用している2Dモデルと比べても遜色のない出来栄えであり、こうやって止まって正面を見ていれば僅かな差こそあれど違いを探す方が難しいのではないのかと思えてしまうほど。

 まお様と共にSILENT先生のデザインを崩すことなく極力再現を目指したその3Dモデルは技術スタッフの情熱と思いがこもっているだろうことは想像に難くない。

 

 当然、デザインを担当しているSILENT先生からの監修も受けお墨付きをもらっているというのだからスタッフの3Dお披露目配信にかける熱意は我々タレント以上なのかもしれない。もちろんそこの部分で負けるつもりは一切ないのだが。

 

 スタジオの更衣室に下がりトラッキングスーツを脱ぐと開放感があってついつい周りに誰もいないこともあって薄着で伸びをする。

 

 最初に3Dでの収録をすると聞いたときはいったいどんな仕組みで行うのかと色々と調べてみたものだが、便利な世の中になったものですぐにとあるゲーム会社のモーションキャプチャ風景の動画がヒットし多少の差異はあれど体験してみれば内容はほぼ同じ。

 おかげである程度どんなものかはわかっていたし、心構えもできていたのだが実際に3D化された画面の中のリーゼ・クラウゼの姿を初めて見た時はなんとも不思議でしばらくリーゼ(わたくし)と見つめ合ってしまった。

 

 その様子がどうにもおかしかったらしく、笑いが混じった声で「リーゼさん動いてください」と言ってきたスタッフ曰く、まお様とまったく同じ反応を見せていたとの事。その後とりあえず片手を上げたところまで一緒だったようで複数人のスタッフが笑いを堪えていたらしい。

 

 まお様の初めての3D見たかったなぁ……。

 

 仕事の都合でどうしても立ち会う事のできなかったまお様の初めての3D体験会。あまりにそのことを恨めし気にマネージャーに言っていたせいか、その時に撮った映像を特別に見せてもらえる。という話もあったのだが……、ここまでくると初めてを映像で済ませるのはなんとなく負けたような気もしたので断り続け、今日ようやくまお様と合同での3D収録がこのあと行われるのだ。

 

 このあとまお様と会うのだし……。

 

 不快というほどではないが多少汗もかいてしまったしインナー姿で汗臭くなってしまっていないかどうしても気になってしまう。幸いなことに更衣室には小さなシャワー室が併設されているのでありがたく使わせてもらおう。

 

 手早くシャワーを済ませて大き目のパーカーを頭からかぶり、下もスカート風のハーフパンツ。先に3Dでの収録を経験したまお様からのアドバイス通りに服装はゆったりとしたものにして正解だった。

 社交の際にドレスと共に着用するコルセットに比べれば可愛いものだがトラッキングスーツはどうしても全身ピタッとしているので休憩時間くらいはゆったりと過ごしたい。

 

「ふぅ……」

 

 さっぱりしたところで身支度を終え荷物を小脇に抱えて更衣室からリフレッシュルームへと向かう。あとはお昼のお弁当を食べながらまお様の到着を待つばかりだ。たしか今日はダンスレッスンがあると聞いているので終わり次第こちらに向かってくるだろう。

 レッスンのあとに3Dでの収録とはなかなかハードなように感じるがそれだけまお様のスケジュールが詰まっているということだ。

 

 今日のお弁当は何だろうなぁ……。

 

 昼食は外に食べに行ってもいいのだが、今日のように一日収録予定だったりお昼も事務所にいることが確定しているときはマネージャーがお弁当を用意してくれている。このお弁当というのが近場の様々なお店から選んでいるらしく、そのマネージャーのこだわりもあってか味もよくて毎回違う物が出されるので一種の楽しみになっているのだ。

 

……

 

 リフレッシュルームでマネージャーが現れるのを待ちながら、暇つぶしだったり打ち合わせの際に使えるように用意されているタブレット端末でなんとなく配信サイトを覗いてみる。

 共用のアカウントであるので普段見るのとは多少おすすめされる動画や配信は違うのだが、まぁそこは使う人が限られている場所に置いてある端末だ。必然ほとんどがliVeKROne(ライブクローネ)ないしVtuber関連のものばかり。

 

『皆様、まお様と天使(あまつか)さんとのラジオ同時視聴御覧になりました!?えぇ……えぇ……。そうです!天使さんのことを下の名前で呼ぶ時のまお様の表情ですよ!あれは反則です!あんなの目の前でやられてしまってはわたくしだったら暫くは平静を保てそうにありませんね……。しっかりと突っ込みの出来る天使さんは流石まお様と長いだけあると思い知らされました……。え?わたくしの時ですか……、えっと……そうですね。最初はリーゼさんと……呼んでくださっていたのですがとあるきっかけでリーゼと呼んでくださるようになりました。きっかけを知りたい……?それはええと内緒です……』

 

 ふと目に入った「リーゼ・クラウゼによる今週の黒惟まお情報」という切り抜き動画を再生してみると、いきなりわたくしがすごい勢いでまお様について語っている場面が字幕と演出付きで流れだす。そこにはコメントの反応も抜粋して紹介されており、「今日のまお様情報助かる」「いつもの」「ノルマ達成」なんてコメントが面白おかしく紹介され。動画自体についてるコメントも似たようなものだ。

 

 これは確かまお様と天使さんのラジオ同時視聴があった翌日に配信した時に語った記憶があるのでそこから切り抜かれているのだろう。横に並ぶ関連動画に目を向ければ、だいたい毎週わたくしがまお様について語っている内容をまとめて切り抜き動画化しているらしい。

 

 ずらりと並ぶ動画たちを見ればいかにわたくしが配信内でまお様について語っているのかが透けて見えるようで……先週に至っては十五分程度の動画が五つもある。

 これを見ると流石に少しだけまお様について語りすぎているのかもしれない。ともかくこの切り抜きがまお様の目に入らないことを祈っておこう。

 

 それからも配信サイトにオススメされるがままにいくつかの動画を視聴していたが……、いつもならとっくの前にマネージャーがお弁当を楽しそうに持って来てもいい時間なのだが一向に現れる気配がない。なにか急な仕事でも入ってしまったのだろうかとメッセージアプリを確認しても特に連絡はなし。

 

 これはいよいよ急用が入って連絡もできない状況なのだろうかと思い、自身の足で昼食を確保しに行こうと席を立ったところで扉が開きマネージャーが現れる。

 さては人気のお弁当屋さんを選んでしまったか、遠くまで足を延ばしたのかとからかうように声をかけようとするが手元を見れば手ぶらでありその表情は焦りと後悔が滲みだしているようで、とてもいつも笑顔でお弁当を持って来てくれる姿には似つかわしくない。

 

「……なにかあったのですか?」

 

 おそらくここまで走って来たか、それでなくても速足で来たのだろう。汗で張り付いた髪の毛を手で払いのける様子から嫌な予感を受けつつも訊ねざるを得ない。

 

「実は黒惟さんが……ダンスレッスンで倒れたと連絡がありまして……」

「まお様がっ!?」

 

 普段とても明るい口調のマネージャーから暗めの声色で黒惟さんが……と言われた時点で、嫌な予感は確信へと変わり続いた言葉に身を乗り出してより詳しい情報を求める。

 

「幸い大事ないと病院に向かったスタッフからの連絡はあったのですが、倒れたということもあって念のため精密検査を受けられるとのことでした。ですので午後の収録についてはリーゼさんのみでやれる部分に変更になります」

「どこの病院ですか!?」

「それは……」

 

 とりあえずは大事ないという情報はありがたいがそれでも心配だ。すぐにでもその病院にかけつけてまお様の様子を確認しなければとても収録どころではない。

 病院を聞き出そうとするがマネージャーは言い淀むようにその口を閉ざしたままだ。

 おそらくは運営かスタッフから止められているのだろう、もしかしたらまお様本人からも言われているのかもしれない。であれば……あとはマリーナに直談判するしかないか。

 

 そう思ったところでこちらの狙いが自身から外れたことを悟ったのだろう、困ったようにこちらを見つめるマネージャーには悪いが動き出さなければと足を踏み出そうとした瞬間、机に置いてあるスマートフォンが振動で着信を伝えてくる。

 

 もしかして……と思い急いで手に取って電話先の名前を見ればまお様の表示、心を落ち着ける間もなく電話に出る。

 

「まお様!?大丈夫なんですか!?」

「わっ、びっくりした……って驚かせたのは私の方だよね。ごめんねリーゼ」

「そんな……まお様が謝ることでは……」

 

 電話口から聞こえるまお様の声は落ち着いていて普段通りのようにも聞こえるが、こちらも気が気ではない以上冷静な判断が出来ているのかと問われれば怪しいだろう。

 

「ええと、どこまで聞いたかな?今まで検査しててやっと連絡できたんだよね」

「レッスン中に倒れられたと……大事はないけど念のため検査を受けていると聞いています」

「ならほとんど聞いてるんだね、それじゃリーゼはきっと私のところに来ようとしてるかな?」

「それは……」

 

 まるでこちらでのやりとりを見られているのかのような言葉を受けて返答に詰まってしまう。この分だとまお様も病院を教えないように言ったのだろうというのは、声を聞いて若干落ち着いてきたこともあって理解できる。

 

「今は検査の結果待ちだけど、ほんと少し疲れが出ちゃったのかな。少し捻挫しちゃったくらいであとは全然平気だし、足の方は少し安静にしてれば治るだろうってさ。だからリーゼはリーゼに出来る事してほしいな?」

「そんな風に言われたら……まお様にそのように言われてしまっては……頷くしかないではありませんか……」

「ごめんね、心配してくれてるのはその声を聞けば痛いほどに伝わってくるし。声を聞く前からリーゼならそう思ってくれるだろうとは思ってた。それに……こういうのはズルいっていうのもわかってる、つもり」

 

 ズルい……まお様はズルい……。そのようにすべてに先回りされてしまえばもう返す言葉がなくなってしまう。すべてを見透かしたうえでこちらがどのような反応をするかまですべて彼女の手のひらの上だ。

 

「ひとつでも嘘があれば……まお様と言えど許しませんから」

「リーゼに嘘なんてついたことあったかな?」

「……だから信じます」

 

 精一杯の虚勢を張って言葉を返せばとてもやさし気な声色でいつものように、こちらを少しだけからかうようなニュアンスの言葉が返ってくる。無論それに返す言葉は決まっている。

 

「ありがとうリーゼ、せっかく私の3Dの姿を楽しみにしてくれてたのにお預けになっちゃってごめんね?」

「本当にそうですよ、まお様だけわたくしの3Dの姿を見ているなんてズルいです」

「それは……動画作るうえで仕方なく……ね?それにまだ生では見てないから」

 

 ようやく心が落ち着きはじめいつものように軽口を交わせるようになってきた。

 

「わたくしは我慢しているのに……まお様はズルいです」

「……じゃあ、今度お詫びに何か言う事聞いてあげるからそれでちゃらってことで」

「何でも?」

「何でも」

 

 あえて繰り返し同じ言葉を使った意図をくみ取ってくれたのだろう、言外に3Dの件だけではないんですよ?ということは伝わっているようだ。少しの間を空けて、仕方ないなとばかりに少しばかり笑みを浮かべ肩を竦めているまお様の姿が脳裏に浮かんだ。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81話 心配

「何でもっていうのは流石に早まったかなぁ……」

「なんの話ですか?」

 

 病院からの帰りに乗ったタクシーの中で不思議そうにこちらを見るマネージャー。どうやら、病院での検査結果待ち中に連絡をしたリーゼとのやりとりの事を思い浮かべていたせいで無意識に呟いてしまっていたらしい。

 

「あぁ、あの子と少し……」

「なるほど」

 

 タクシーの車中であるため万が一の事を考え、"あの子"と呼んだのだがその意図は伝わったらしい。電話中にもそばにいたらしい相手ならば話の流れからある程度の事情は把握できているのだろう。

 

「連絡下さって助かりました。あの時はすぐにでも駆けつけようとしてらっしゃったので……」

 

 電話をかけての第一声からして、普段冷静でおしとやかなイメージから一転ひどく焦りのある声だったなと思い返せば本当に飛び出す寸前だったのだろう。

 

「私のせいで本当にすいません、スケジュールも大変なのに」

 

 スタッフやマネージャーなどを始めとしたliVeKROne(ライブクローネ)の人員はタレント二人の3Dお披露目配信に向けてただでさえ忙しいのに、そんな中での所属タレントの病院騒ぎだ。マネージャーが来るまで病院に付き添ってくれていたスタッフに、それと入れ替わる形で駆けつけてくれたマネージャー。さらにはリーゼと予定していた3Dでの収録ももちろんスケジュールの組み直し、関連スタッフの苦労を思えば申し訳無さでいっぱいになってしまう。

 

「いえ……、元はといえばこちらの不手際のせいでもありますし……」

「それは……」

 

 関係ありませんよ。と言ったところで納得はしてもらえないだろう。少なくともレッスンの休憩中にマネージャーから受け取った連絡で動揺し、それに気を取られたままレッスンを再開したところで私が倒れてしまったのだ。私自身、因果関係がまったくないと言い切ることは難しいし、自身の精神性の未熟さを恥じるばかりである。

 

「先方とも協議中ですがなかなか難しいかもしれません……」

「そうですか……」

 

 受けた連絡は単純に3Dお披露目配信で歌唱する予定だったうちの一曲が歌えなくなるかもしれないということ。これも特段、誰が悪いという単純な話でもなく。ちょっとした話の行き違いからそのまま話が進んでしまい。誰かがどこかで気がつければ良かったのだが、今になって発覚したという仕事に限らずよくある話である。

 

 そのあたりの話は忙しさを理由に事務所に任せっきりにしていてチェックが甘くなっていた私も悪いし、自ら不手際があったと認める事務所側や先方からもすぐに謝罪と報告が届いている分、事後対応としてはほぼ完璧だろう。なるべく早くとすぐ私に連絡してくれたマネージャーが気に病むことでもないし、おかげで次善策について考える時間が確保できたと、不幸中の幸いであったと思った方が建設的だ。

 

 しかし、これが私一人にだけ影響があることであったのならここまでの事態にはならなかったかもしれないが。運の悪いことにゲストと共に歌う予定だったものでありダンスの振り入れも終わりあとは合わせるだけというところまで来ての報告だ。歌を変えるにしても振りはどうするのか、いまから新しい曲を覚えてもらうのか、練習時間はどうするのか等、考えなくてはいけないことが山積みなのである。

 

 そんなことに気を取られながらダンスレッスンなんてしていたせいだろう、もしかしたらゲストパートを削らなくてはいけなくなるかもしれない。せっかくゲストに来てくれるのにさらなる負担を強いてしまうかもしれない。そんな不安に駆られてしまった結果、身体と心が引き離されたかのように身体が言うことを聞かなくなり倒れてしまった。……らしい。

 

 そのらしいというのも、不安を覚えた瞬間までの記憶はたしかにあるのだがそれ以降の記憶は曖昧である。ダンスの先生曰く突然倒れた私を見てすぐにバイタルチェックを行い発熱と意識がない以外は特に異常がなかったようで、それでも意識が戻らないことから救急車を呼ぼうとしたところで意識が回復。

 

 倒れた当人である私からしても必死にこちらを呼ぶ先生に応えながらも足首に鈍い痛みを感じるくらいで、他にはなんともなく連絡を受け駆けつけてくれたスタッフに連れられて近場の総合病院へと向かったのである。

 

「でも大事なくて本当に良かったです、今は本当に大切な時期なので……今日くらいは休んでくださいね?」

 

 マネージャーや事務所、果てにはダンスの先生からも強く勧められ。倒れたのだからとレントゲンに留まらずCTやらMRIやら……色々受けさせられすっかり帰りが遅くなってしまったが病院での検査結果は足首の捻挫以外は身体的には健康体そのもの。その捻挫も腫れも少なくテーピングをして飛んだり跳ねたりしなければ歩くくらいなら問題ないし日常生活に差し障りはないだろうとのこと。

 

 しかしそれは身体面に限った話であり、問診によって倒れた理由は間違いなく過労であると診断されてしまった。私としては働きながら配信活動をしていた時に比べればまだ随分マシであるし、そんな気は全然ない……と言ったところで。「みなさんそう仰っしゃられるんですよ」とたしなめられるように言われてしまう始末、こんなことなら馬鹿正直に最近の睡眠時間を申告するんじゃなかった……。

 

 そんなことないですよね?と視線を向けた診断結果を聞く場にいたマネージャーの居た堪れなさそうな表情はしばらく忘れられないだろう。

 

「えーっと……ダメ?」

「ダメです」

「でも……」

「"あの子"に報告させていただきますからね?」

「はぃ……」

 

 捻挫に関しては安静にしていればいいだけなので帰ったらいつも通り配信しようと思っていたのだが、その考えは見事に見抜かれていたらしい。さすが初顔合わせからここまで私とリーゼの担当マネージャーを勤めてきただけあって、どうすれば私を止めることができるかよくわかっている。過労と診断されてしまったなんてリーゼの耳に入れば今以上に心配されてしまうだろうし、彼女も私と同じく3Dお披露目配信を控えてる身だ、そちらに集中してほしい。

 

「じゃあ、今夜今後について打ち合わせを……」

「その件については関連する方に連絡は入れていますし、明日改めて方針を決めるように話を進めています」

「いつの間に……」

「だから、大人しく寝てください(・・・・・・)

「はぃ……」

 

……

 

「では安静にしていてくださいね?しっかり見てますからね?」

「わかりました、今日は本当にありがとうございます」

 

 自宅のマンションの前でタクシーから降り、部屋の前まで送ろうとしてくるマネージャーにはさすがにエレベーターもあるのだし大丈夫だと断りを入れて別れる。これが以前まで暮らしていた部屋なら階段を使わざるを得ないところだったので、バリアフリーまで意識されている高層マンションというのはこういう時にありがたい。

 

 エントランスからエレベーターに乗り込み、目的の階に降り立ったところで自身の部屋へと向かえば扉の前に人影がひとつ。その人物はエレベーターが到着した時点で待ち構えていたのだろうまっすぐにこちらを見ている。

 

「おかえりなさいませ、まお様」

「ただいま。リーゼ、いつから待ってたの?」

 

 まさかこのように出迎えられるとは思ってもみなかったので若干驚きながらも、流れるような動作でこちらに向かってきて当然のようにこちらの荷物を受け取ろうと手を差し伸べてきたので思わずその手に荷物を渡してしまう。

 

「そろそろ到着すると連絡を受けていましたので」

「あぁ……それで……」

 

 あのマネージャー、マンションにつくと同時にスマートフォンでなにやらやっているなと思っていたが、連絡先はリーゼだったらしい。さしずめ彼女は私が無理をしないための監視役といったところだろう。そんなに私は信用がないのだろうかと思うが、思い当たる節は随分あるので大人しく好意に甘えさせてもらおう。

 

 そのまま私の身体を気遣うリーゼに先導されながら部屋の前まで行き、何を言うまでもなく私の部屋の鍵を取り出して扉を開けてくれるリーゼ。部屋に入ってからも電気をつけたり荷物をいつもの場所に置いてくれたり、何度も私の部屋に訪れているだけあって彼女の動きに迷いはない。

 

「ご飯は食べていらしたのですか?」

「そういえばお昼から何も食べてないや」

「お風呂はいかがしますか?」

「お風呂は控えたほうがいいって言われてるけどシャワーは浴びたいな」

「わかりました」

 

 さも当然のように私をリビングのソファーへと導き座らせてから、尋ねてくる内容はまるで新婚のお嫁さんみたいだなぁとぼんやり思いながら素直に受け答える。ここで何かツッコミを入れるようなそんな野暮なことをさせてくれる隙が一切ない。

 

「なんだか新婚さんみたいだね」

「……っ。わかってて言ってますよね?」

 

 であるならばツッコミよりはボケを入れたほうが効果的であろうと思いボソリと呟いてみせればその効果は絶大だったらしい。リーゼの動きが止まり、ひくっと小さく身体を跳ねさせてから恨めしげな視線を向けてくる。

 

「……まお様の言う通り収録頑張りました」

「うん」

「……とっても心配しました」

「うん」

「何でも言うこと聞いてくれるって言いました」

「……それはちょっと迂闊だったかなって思ってる」

 

 ゆっくりとソファーに座る私の方へと向かいながらポツポツとひとつずつ言葉を紡いでいくリーゼ。そのひとつひとつに頷きながらも、交わした約束については微苦笑を浮かべおどけて見せる。

 

「本当に……本当に無事で良かった……っ」

 

 目の前まで来たリーゼは私を見下ろし、その顔を見れば瞳は潤んでいて今にもその雫がこぼれてしまいそうだ。相変わらず綺麗な琥珀色をした瞳だなと思ってその瞳を見つめていると、とうとう耐えきれなくなったのか涙となった雫が頬を伝い落ちそれと同時に私に覆いかぶさるように抱きついてくる。

 

「わっ……と、……心配かけてごめんね?」

 

 突然の抱擁に驚きつつも勢いはそこまでないあたりこちらの身体を気遣ってくれているのだろう、リーゼの身体を受け止めて嗚咽を漏らす彼女の背中を優しくぽんぽんと撫でてあげる。

 その身体はとても冷たく、連絡を受ける前から随分長いこと部屋の前で待っていたことは疑いようがない。その身体を温めてあげるように少しだけ抱き返す力を強める。

 部屋の前で会った時は思ったよりは落ち着いているなと感じたが、溢れる思いを懸命に堪えていたのであろうリーゼが落ち着くまでしばらくそうしてあげよう。

 

……

 

「落ち着いた?」

「はい……突然申し訳ありません……」

 

 リーゼの嗚咽がおさまり背中を撫でていた手はさらさらの銀髪を弄びながらその頭を撫でている。おそらくは収録の名残なのであろう、いつもと違ってポニーテールに結ってある髪型もイメージが変わって大変可愛らしい。

 頃合いを見計らって改めて声をかけると私の肩あたりに埋めていた顔を上げ、申し訳ないような困ったような表情を見せてくれる。

 

「あっ……そうだ、私レッスンの時から……。ええとリーゼその……私着替えてないから、汗が……」

 

 ふわりと、リーゼから自らも使っているシャンプーのいい香りがしてきてハッとする。ダンスレッスンで倒れてから当然シャワーはおろか着替える余裕などあったわけもなく、インナーもその下もそのままなのだ。彼女からシャンプーの香りがしてくるということは……そんな私に抱きついている以上その逆もしかり、当然の帰結である。

 

「……。全然、いい匂いですよ……?」

「やめて、スンスンしないで」

 

 私が余計な事を言ったせいだろう。少し黙ってから口を開いたところを見ると確認されてしまったようで、よく見ればリーゼの鼻がひくりと動いたようにすら見えてしまう。

 

「むしろいつもよりまお様成分が……」

「それ以上言ったら、この足で蹴るからね」

 

 決して聞きたくない余計な事を口走りそうなリーゼを黙らせるべく、自爆上等の言葉を投げかければ私の本気度が伝わったのであろう。その口を閉じたリーゼがしぶしぶ私の身体を解放してくれる。

 

「では先にシャワーにしましょうか、その足だと大変でしょうからわたくしがお手伝いを……」

「大丈夫だから、歩けるから!シャワーくらい一人で浴びれるから!!」

「冗談ですよ、ではわたくしはご飯の準備をしておきますね」

 

 どこまで本気か冗談かわからない提案をしてくる相手に畳み掛けるように言葉を浴びせると、軽く笑いながらリーゼはキッチンへと向かっていく。ああは言っているが、あの目を見て本気で冗談だとそう思えるほどに浅い付き合いはしていない。

 

 結局その日は、寝るまでの間リーゼの満足行くまでお世話されてしまうのだった。

 もちろんシャワーは一人で浴びた。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82話 お姉ちゃんと妹

「全然元気そうやないの~てっきりもっとへこんでて色々付け入る隙があると思っとったのに」

「おあいにくさま、へこんでる時間も惜しいくらいに考えることも多くてね」

 

 私がレッスン中に倒れてしまい病院から捻挫と過労という診断を受けてしまってから数日後、訪ねてきた宵呑宮(よいのみや)甜狐(てんこ)を部屋に迎え入れる。

 幸いなことに早めに病院で見てもらったおかげか、もしくはこの身に宿る魔力のおかげか捻挫はもうまったく気にならなくなっており、昨日からは足首を固定していたテーピングも外してしまった。念のためもう一度病院で見てもらう予定ではいるが、この分ならば随分はやく収録にも復帰できるだろう。

 

 そんな私の様子と返答を受けて、わざとらしく悔しがって見せるのは甜孤なりに気を遣ってくれているのだろう。これでリリスやリーゼのようにわかりやすく心配されてしまっては甜孤の性格からして何か裏があるのではと勘ぐってしまう。

 

「リリスは夜まで収録やろ?なら夜までは二人きりやね?」

「さっき少し早めに来れそうって連絡来てた。それにしても二人ともわざわざ来てくれなくてもボイチャでも良かったのに」

 

 モデルさながらなスタイルを持つ美女が思わせぶりな流し目を送ってくるというのは、同性から見てもなかなかドキリとさせられてしまうものだが、何度も似たようなことをされていれば流石に慣れてしまう。大した反応を見せずに片手に持ったスマートフォンを軽く掲げる。

 

「そりゃ、まおちゃんの様子確認しておきたいに決まってるやろ?最近は他の女ばっかりにかまけて甜孤の事ほったらかしなんやもん」

 

 よよよと泣き崩れる真似をされるのを見ながら、そういえば甜孤とこうやって顔を合わせるのは引っ越しの時以来だったと思い返す。なんだかんだリリスとはあの後、vpexマスター到達のご褒美と酔っぱらってしまったときのお詫びもかねてデートをしている。

 今回の件も考えればまた別途、何か埋め合わせが必要だとは思うがそれは目の前にいる甜孤にしても同じことだ。

 

「甜孤だって色々忙しいでしょ?クリスマスとか年末の準備とか」

「それはそうやけどー、甜孤はまおちゃんのためならいつだって予定空けられるんよ?手始めに今年のクリスマスは甜孤と過ごしてみーひん?」

「お互い配信あるでしょうに……、そっちは毎年恒例の企画あるんでしょ?」

 

 とりあえずは二人分のお茶を用意すべくキッチンへと向かう。甜孤は甜孤で案内するまでもなくリビングのソファーに腰を下ろしてすっかりくつろぎモード。クッションに顔を埋めておそらくは匂いでもかいでいるのだろう、しかしクッションカバーはしっかり取り換えた上に消臭済みだ。そのあたりは抜かりがない。

 

 甜孤といいリーゼといい、どうして私の周りの人物は人の匂いをかぎたがるのだろうか。

 

「他の女の匂いがする」

「そりゃ時々リーゼが来てるし」

 

 甜孤が座っているのは先日私がリーゼを抱き留めたソファーの上である。まさかそこまでわかってしまうのかと驚きながらも態度には表さないように平静を保って受け答える。

 

「ええなぁリーゼはんは、いつでもまおちゃんの部屋に来たい放題やろ?甜孤も引っ越そかなぁ」

「本気で考えるなら紹介してあげてもいいけど」

「でもなぁ……、どうにもこの高層マンションっちゅーのは柄やないっていうか」

「たしかに、あんな立派なお家あるんだし」

 

 ハーブティが入ったティーポッドと二人分のカップをトレイに乗せ戻るとそれをテーブルの上に置いてカップに注ぐ。彼女くらいであればここの家賃も十分払えるだろうし本気で言っているならマリーナ経由で紹介してあげてもいいのだが、あまり気が乗らないような言葉の通りたしかに柄ではないのだろう。見た目だけでいうならピッタリだとは思うのだが……。

 

 実際のところ甜孤が住んでるのはお家というよりもお屋敷と言っていい平屋の豪邸であり、有り体に言ってしまえば旧家のお嬢様である彼女はそこに複数人のお手伝いさんと共に暮らしているというのだからすごい話だ。

 

 初めてお家にお呼ばれした時など、門から入ってしばらく歩かないと本邸にたどり着かず。本邸だと思った建物がお手伝いさん用の別邸と聞いたときには驚きよりもむしろそんな世界が実在しているんだと感心してしまうほどだった。

 

「だいたいのあらましは聞いとるけど足は本当に平気なん?」

「足はこの通り、もうテーピングもいらないくらいだし。いちおう明日病院に行く予定」

「まおちゃんの大丈夫はなかなか信用できひんからなぁ……ちょっと見せてみー?」

 

 甜孤とリリスには包み隠さず、3Dお披露目配信でゲストと歌唱予定だった曲が使用できなくなってしまった事とダンスレッスン中に倒れて捻挫をしてしまったことは伝えてある。それというのもそのゲストというのが宵呑宮甜狐と夜闇(やあん)リリスであり、黒惟まおを含めた真夜中シスターズで歌う予定であったのだ。

 

 それまでの軽い口調こそ崩さないが、ちらりと私の足へと視線を移して首を傾げ心配の言葉をかけてくれる甜孤。その顔を見れば本気で心配してくれているのだろう、安心させるように軽く足を浮かせて足首を動かして見せる。

 それでも、まぁ色々前科があるためか簡単には信じてもらえないようだ、安心してもらうために片足を体育座りの要領でソファーの上に上げる。一言断りを入れて私の足に触れる甜孤の指先が思いのほか冷たくて思わずぴくりと反応してしまうが大人しくその手に足を委ねる。

 

「ほら、大丈夫でしょ?」

 

 ぺたぺたと何事かを確認するように足首を触る甜孤の指がくすぐったい。

 

「んー、まぁ甜孤が見てもよーわからへんのやけど……この湿布の匂いは癖になるなぁ」

「……蹴るよ?」

 

 好きなだけ触っての言葉がそれかと脱力しかけるが、続く言葉に足を跳ね上げ蹴り上げるような素振りをしてみせるがすでに甜孤の手は足から離れ軽く身も引いているので足は空を切る。当てる気はなかったのだがなんだか悔しい。

 たしかに昨日までずっと湿布は張り付けていたけどお風呂には入っていたし……匂いなんてしないとは思うのだが。犬並みの嗅覚を持っている疑いがある相手にはわかってしまうものだろうか、もしくはただからかいたいだけなのか。

 

「まぁそれだけ動くなら平気みたいやね、良かった良かった。そんで、曲の方はどうするん?」

「いくつか候補はあるんだけど……、二人にはまた曲も振りも覚えてもらわないといけないし相談したいなって」

 

 結局、病院に行った日の翌日に行った関係者を集めての会議の結果、予定していた楽曲の使用は諦めることとなった。幸いだったのは収録ではなくライブで披露する予定であったので今からでも変更が効くということだが……、自身はともかく一緒に歌う二人にも負担を強いてしまう結果になってしまう。

 

 テーブルの上に用意してあったタブレットを手に取り、候補曲の一覧を表示して甜孤に差し出す。少しでも二人の負担が減るように改めて二人の歌枠だったり記念配信だったりをチェックした上で更に個人的に行ったカラオケの記憶までをも総動員したリストだ、これならばなんとかなるのではないかという思いがある。

 

「この中なら……、ってだいたい歌ったことある曲ばっかりやね。これなら振りさえなんとか出来れば……」

「振りはまぁ、一応お願いできる人を探してるけど……厳しそうだったらなしかな」

「それこそ振りはリリスにお願いしたらええんやないの?」

「それは……」

 

 曲ももちろんそうだが、振り付けというのも無断で原曲のものやネット上で発表されているものを使う訳にはいかない。きちんと許諾を取れるのならば話は別だが、そもそも三人用の振り付けがある曲ならまだしも、そうではないものならばどうしたって考える必要が出てくる。

 

 元々予定していた曲も三人用の振り付けはなかったので、きちんとリリスに振付師として依頼をしていた。この三人の中では飛びぬけてダンスが上手いのはリリスであり、自身が3Dで踊るだけではなくオリジナルの振付を考え指導まで行えるレベルなのだ。

 私が知っているだけでもアイドルに振付を提供していたり、同じように3Dで行うVtuberのライブに彼女の名前がクレジットされていたりする。

 

「どうせまた変な遠慮してお願いしてへんのやろ?そのほうがリリス悲しむと思うけどなー?」

「さんざん前の曲で我儘聞いてもらってそれがダメになっちゃったから……」

 

 せっかくの真夜中シスターズでの3D初共演なのだからと私も力が入り、色々と注文を付けたしリリスもそれに応えてくれた。それがこちら側の不手際でダメになってしまった、日の目を見ることがなくなってしまったというのは、動画と振付たとえ作り出すものが違ったとしても同じクリエイターとして悲しさはよくわかってしまう。

 

 そのうえまた別の曲で……というのは都合が良すぎるのではないか……。

 

「あーもう、ほんと相変わらず一人で全部なんとかしようとするんやから……」

 

 仕方のない子だなと、まるで末の妹を見るかのようなそんな視線を向けられ、なんとなくすわりが悪く視線をテーブルへと落としてしまう。そんな私に向けて甜孤はスマートフォンを取り出し何やら操作してからその画面を私の視線の先に滑り込ませる。

 

「これは……」

「二人がかりでせっかく作ったのに先にあんなもん見せられるんやもん、ほんとはリリスが来てから見せようと思っとったけど」

 

 そこには私が夜通しで作ったのと同じような曲名のリストが並んでいる。いくつも見覚えがあるのはリストを作る際にチェックした曲名であるから、更には私のリストになかった曲名も何個か……それらはだいたい私が歌ったことはあるが二人が歌えるか不明だったもの。

 

「これとか……これとか、まおちゃんが歌ってるとこ見たことないんやけど」

「……それはこれから練習しようと思ってて」

「ただでさえ他の事でも忙しいんやろ?お披露目のゲストは甜孤たちだけやないんやし」

 

 甜孤が指さすタブレット上の曲名はどれも二人は歌ったことはあるが私は歌ったことが無かったり聞いたことはあっても練習が必要な曲たち、この分だと全部お見通しなのだろう。

 

「それに振付なしなんて、それリリスが聞いたら絶対怒るで?まおちゃんと一緒に踊るの一番楽しみにしてるのあの子なんやから」

 

 そう、今回の3Dお披露目配信で二人に話を持って行ったときに一番喜んでいたのはリリスだった。私や甜孤のように企業に所属してから3Dの身体を手に入れたのではなく、個人勢のまま活動を続け3Dの身体を手に入れた夜闇リリス。

 一番最初の自己紹介動画で「歌や踊りをみんなの前で披露するのが夢っ!」と語っていた彼女は夢を叶え、次の夢として真夜中シスターズで、夜闇リリスと宵呑宮甜狐と黒惟まおで同じステージに立ちたいとずっと言ってくれていたのだ。

 

「そうだよね……」

「遠慮せんでお姉ちゃんたちに頼ればええんやって、一生に一度のお披露目なんやから」

「うん……」

 

 いつのまにかぽんぽんと頭を撫でられている事に気付き、俯いたままおとなしくされるがままに撫でられ続ける。いつもなら恥ずかしさもあって照れ隠しついでに逃げたりもするのだが、今日ばかりは妹として素直に姉達に甘えてしまってもいいのかもしれない。

 

……

 

「……それでこれは何?」

「もう、リリスがうるさいからまおちゃん起きちゃったやないの」

 

 いつの間にか寝てしまったのか、頭上からかけられた若干の冷たさを感じる声と視線に身じろぎしゆっくりと目を開ける。ソファーにしてはやけに枕が柔らかくて暖かいなと思いつつもその冷たい声の持ち主を見上げれば私を見下ろしている夜闇リリス。そしてなぜか同じく私の頭上から甜孤の声が聞こえる。

 

 状況を把握すべく横を向いていた顔を天上へと向ければ、何かに視界が遮られ見えるはずの天井が少ししか見えない。そして私が頭を動かすとなぜか枕まで僅かに動き、身体を起こそうとしても誰かの手によって頭を押さえられ起き上がることができない。

 

 冷静に状況を考えれば、今私が頭を預けているのはソファーなんかじゃなく誰かの身体……それも膝なのだろう。そしてその人物は目の前に立っているリリスを除けば一人しかいない。

 

「せーっかくまおちゃんが甜孤の膝枕で気持ちよう寝てたのに、もう少し遅くても良かったのになぁ?」

 

 たしかに、最近は夜通し色々や作業やら考え事やらでなかなか寝付けなかったり、そもそも寝る間も惜しんでやっていたので睡眠不足気味だったのだろう。そして、大きな心配事であった真夜中シスターズでの歌という問題に対してある程度の見通しが立ったことで安心し睡魔に身を委ねてしまった……ところまでは理解できる。

 

 そこまで考えて、そんな無防備な姿をこの狐娘の前に晒してしまえば当然このような事態も想定できたはずだ。それにしたって、ではどうやってリリスはこの部屋に入ってきたのだろうかという新たな疑問が浮上するが、起き上がらせてもらえないため仕方なく再び顔を横に向ければテーブルの上には開錠に使ったであろうインターホンの子機が置いてある。

 

「ずるい……」

「え?」

 

 私としてはいつまでも膝枕をしてもらっているのをいくらリリスとはいえ見られるのは恥ずかしいので甜孤からの解放を手伝ってほしいのだが。

 

「……宵呑宮だけずるい」

「リリスさん……?」

「しゃーないなぁ……、じゃあ次はリリスの番やね」

「二人とも……?」

 

 私の意思なんて関係ないように私の処遇が勝手に決められていく、どうやら私に発言権はないようだ。

 

「かわいい妹を膝枕しながら、お願いされたらお姉ちゃんとしては聞かざるをえないかもなぁ」

「ふふっ……、お姉ちゃんにお願い……あるの?」

 

 流れるような動作で二人が入れ替わり、膝枕の主がリリスへと代わる。交代の隙に抜け出そうとも考えたがどうやったのかそんな隙は与えられなかった。

 

「ええと……二人にお願いがあって……」

 

 どうやらこの恰好のまま様々な事を二人にお願いしなければならないらしい……。

 

 そのおかげかどうかは定かではないが、無事に選曲も終わり振付についてもリリスに再びお願いするということで話がまとまったのだった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83話 本番前

【雑談】緊張しています!助けてください!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

「──今夜は本当にありがとうございました!これで明日……いえもう今日ですね。皆様のおかげで自信を持って挑めると思います!」

 

 :がんばれ!!

 :絶対見に行くから!

 :応援してるよ!

 :"とにかく楽しんで!"

 :海外からもおうえんしてます

 

 いよいよリーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信を翌日に控え、午前中からリハーサルがあるので早くからスタジオに向かわなければいけないのに結局日付が変わるまで雑談配信をしてしまっている。

 本当ならもっと早くに休んで体調も気持ちも万全にしておくべきなのだろうが、朝からスタジオに向かってしまう以上これが本番前最後の配信になってしまう。配信もせず何もしていないでいると色々考えてしまうしかえって緊張が高まってしまう気がしたのでギリギリまでリスナーと過ごすことにしたのだ。

 

「"海外リスナーの皆様もありがとうございます。お披露目配信は日本語中心にはなってしまうけどきっと楽しんでもらえると思います"」

 

 :"気にしないで!"

 :リーゼでにほんごおぼえたからだいじょぶ!

 :翻訳がんばるよ!

 

 海外リスナー向けに英語で話しかければコメント欄に一気に英語のコメントが流れる。その中には頑張って日本語で書いてくれているようなコメントもありそういった気持ちがとても嬉しい。

 最近は翻訳切り抜きだけにとどまらず、配信上でも日本語で話した内容を英語に訳してコメントしてくれるリスナーなんかもよく見かけるようになった。

 

 人が話した内容を覚えて他の言語に翻訳してそれをリアルタイムでコメントするというのは単純に多言語で話すよりもずっと難しい。その言語特有の言い回しがあったりどうしても表現が難しい言葉があったり……特に日本語はそういうことが多いように感じる。

 

「皆様に支えられてようやく立てる大きな舞台、精一杯頑張って、楽しみますので是非応援をよろしくお願いしますね。では今夜はそろそろ終わりたいと思います……。本当はもっと皆様とお話していたいんですけど」

 

 :ファイト!!

 :絶対うまくいくよ!

 :楽しみにしてる!

 :さすがに寝てもろてw

 :しっかり寝て備えよう

 

 締めの言葉を口にするも配信を終わらせるには名残惜しく。どうしてもあと少し……といつもなら話を続けてしまうところだが、そんな様子を見慣れているリスナーからは睡眠時間や体調を気遣うコメントが次々と飛んでくる。もうすっかりリスナーたちの間ではわたくしが朝に弱い事はバレているし心配もされているのだ。

 

「そんなに言われなくてもちゃんと寝ますよ。ではお披露目配信でお会いしましょう……おわリーゼ!」

 

 :おわリーゼ!

 :おやすみー!

 :ちゃんと起きてね!

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓:お披露目配信は21時からです!見に来てくださいね!!

 

────

 

 エンディングが終わり、流れ続けるコメントを見守りながら最後のコメントをして配信画面を閉じる。もうすっかり身体にしみついた配信終了後の各種確認を終え、ふぅと息を吐き出して大きく背もたれへと身体を預けて配信の余韻に浸るまでが一連のルーチン。

 今日の配信も楽しかったなぁ……、あそこはもう少しああすれば良かったなぁ……などと己を省みながら過ごすこの時間は楽しくもあり寂しくもある。

 

 いつもならここからSNSで感想を読み漁ったり、まお様をはじめとした他の配信者の配信だったり動画だったりを見る時間に突入するのだが今日はそういうわけにはいかない。

 それらの誘惑を振り切りさっさと寝る支度をしてベッドに潜り込まなければ大変な事になってしまう。

 

「……よしっ」

 

 掛け声と共に椅子から勢いをつけて立ち上がり、名残惜しさを感じつつも配信部屋を後にする。

 

 スタジオに持っていくものを軽く確認して……寝る準備を整える。

 今日はベッドの中でのスマートフォンは我慢……しっかりアラームをセットしたことを確認して画面を消す……、前にどうしても寂しくなってSNSを開く。

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/19日21時3Dお披露目!/@Liese_Krause 

 1/1

 0:15

 

『皆様おやすみなさいませ……わたくしの晴れ舞台見に来てくださいね?』

 

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/19日21時3Dお披露目!さんがリツイート

liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

【◆#リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信◆】

本日12月19日21時~

liVeKROne所属タレント初の3Dお披露目が行われます!

トップバッターを飾るのはリーゼ・クラウゼ!

是非ご視聴・ご声援くださいませ

 

待機所はこちら▽

vtu.be/LZerFclauZ

 

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/19日21時3Dお披露目!/@Liese_Krause 

とうとうこの日がやってきました!

3Dの舞台で皆様に会えることを楽しみにしています!

……いつも以上に応援してくださいますよね?

#リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信

 

「いち……に……さん……しっ……」

 

 ひとつひとつステップや手の振りを確認するようにスマートフォンから流した音楽に合わせて軽く身体を動かす。振付自体はしっかり頭に入っているはずだし、意識せずとも音楽を聴けば勝手に身体が動き出すまで叩き込んでいるはずなのだが……どうにも不安は払拭しきれずに時間があればこのように確認を繰り返してしまう。

 

 念のためマネージャーにお願いしていたモーニングコールに頼ることもなく、朝に弱い自身には珍しくすっきりとした目覚めを迎えスタジオに入ったのが数時間前。そこからリハーサルを行い今はちょっとした待ち時間。SNSで配信タグをチェックしたり、いつもより入念にエゴサーチをしてみたりなんとなく手持ち無沙汰を感じながらたった一人リフレッシュルームで待機中。

 

 マネージャーに用意してもらっていた昼食のお弁当もいつになく豪華な気がするのはきっと気のせいではないのだろう。それでもだんだんと本番が近づいてきていると思えば、いつものように無邪気にその味を堪能するというのも難しかった。

 

「もう一度……」

 

 椅子から立ったり座ったり、立ち上がってうろうろと歩き回って立ち止まり、またなんとはなしに動き出す。はたから見れば何をしているのだろうかと思われてしまうだろうがわたくし自身何か目的があってそうしているのではなく……、ただ気を紛らわしているだけ。

 

 こんな時もしも、あの人がいれば……。とも思うが、今日はその姿は見当たらない。

 憧れの魔王様であり同じliVeKROneに所属する同期のVtuberである黒惟まお。

 彼女も明日3Dお披露目配信を控えている身であり、今日の現場も近くで見守ってくれると申し出てくれてはいたのだが……、それはこちらから断らせてもらった。

 

『とても嬉しいですし……頼りたくなってしまいますが……。明日はわたくし一人でまお様は配信で見守って下さると嬉しいです』

『うん、わかった。でもすぐ近くにいないからってリーゼは一人じゃないからね?』

『はい。でもそのセリフ、きっとまお様にそう言いたい人は沢山いると思いますよ?』

『ふふっ、そう言われたら返す言葉に困っちゃうや。……しっかり配信見守ってるから』

 

 申し出に対してそう答えた時のどこか寂しそうな、それから少し嬉しそうなまお様の表情を思い返す。多くを語らずともこちらの思いは伝わったのだろう、こちらの軽口に微苦笑を浮かべつつも最後はきちんとまっすぐ視線を合わせてそう言ってくれた。

 

……

 

「リーゼ!これ美味しいですわ!!」

「それはよかったです。選んだマネージャーも気合が入っていたようですから」

 

 実に美味しそうに用意されたお弁当のおかずを次々に口に運ぶサクラ子さん。そんな彼女を見ているとなんとなく緊張を忘れてしまうというか、緊張で大して味わうことができずに食事を済ませてしまったことを今更ながら惜しく感じてしまう。

 

 待ち人であるその人がリフレッシュルームに現れたのは、予定時間を少し回ったあたり。前の現場が長引いてしまい到着が遅れてしまったようだが無事に合流できて一安心、それにせっかく用意したお弁当が無駄にならなくてよかった。

 

 Vtuberとしてデビューしておよそ三か月、その間にまお様を除けば配信上で唯一コラボをした貴重なVtuberのお友達であるぶいロジ!所属の桜龍(おうりゅう)サクラ子さん。

 そんな彼女がどうしてliVeKROne事務所にあるリフレッシュルームでお弁当を食べているのかというと話は簡単だ、今回の3Dお披露目配信にゲストとして出演してもらうため。

 

 もっとも本来であればスタジオにあるゲスト用の控室にそのお弁当は用意されていたはずではあるのだが、彼女たっての希望でわたくしがいるリフレッシュルームに赴いたとの事。どうやら一緒に食べようと思っていたらしく、わたくしがすでに食事を済ませてしまっていた事を知った時は到着が遅れたことをこの上なく悔やんでいた。

 

「では、この後は予定通り進行していきたいと思いますのでリーゼさんも桜龍さんもよろしくお願いします」

 

 時折会話を交わしつつ、美味しそうにお弁当を頬張るサクラ子さんを見守っているとマネージャー同士での打ち合わせが終わったらしく今後の予定について聞かされる。多少時間は押しているが前倒しにした部分もあっておおむね予定通りにスケジュールは進行しているらしい。

 

「では時間になりましたらお迎えに上がりますので」

「わかりました」

「わかりましたわ!」

 

 そう言って二人のマネージャーがリフレッシュルームを後にする、きっとまだ細かな調整というのが残っているのであろう。

 

「ごちそうさまですわ!まさかこんなに美味しいお弁当が食べられるとは……やはり魔王の事務所というのは恐ろしいところですわね」

「ぶいクロではお弁当出たりしないのですか?」

 

 一緒に用意されていたペットボトルのお茶を豪快に飲み干し、その所作とは対照的に付属のおしぼりで口元を上品に拭くサクラ子さんの言葉に軽く首を傾げる。今日は特別豪華であることは確かだがてっきりそういうものかと思っていた。他の事務所やスタジオでは事情が違ったりするのだろうか。

 

「外部の方にはそれなりのものが用意されてるようですが、我々所属タレントは基本的に手弁当ですわ!あの社長!へんな置物買うくらいなら我々のお弁当くらい……。そうだリーゼ、食べる前に撮ったお弁当の写真SNSに投稿してもよろしくて?」

「大丈夫だと思いますが念のため確認しておきますね」

 

 サクラ子さんはサクラ子さんでなかなか苦労しているようである。置物というのは前のラジオで話題になったご利益?のあるトーテムっぽい置物のことだろう。

 

「今回はワタクシがゲストとして呼ばれましたが、今度はぶいクロにも遊びに来てくださいな。うちのメンバーもリーゼに会ってみたいと言っていましたわよ?」

「それは是非、なかなかサクラ子さん以外のVtuberの方と交流できてなくて……、そう言っていただけるのは嬉しいです」

 

 ぶいロジのメンバーというとサクラ子さんのほかにも数名の名前と姿が思い浮かぶ。しかし、それはどれも名前を知っていたり配信を見たことがあったりその程度の知識であり、ほとんどがまお様との共演きっかけである。

 配信上ではまだ交流できていないが、直接会って面識のある宵呑宮(よいのみや)甜狐(てんこ)さんも夜闇(やあん)リリスさんもまお様繋がりであり、そう考えるとまお様の交友関係の広さを思い知らされる。

 

……

 

「リーゼさん、桜龍さん。ではスタジオに移動お願いします」

 

 しばらく他愛のない談笑をしているうちにスタジオへの移動時間になったようだ。一人で待っていた時は長く感じていた待ち時間もサクラ子さんと話しているとあっという間だったように感じる。

 それに話しているうちに随分緊張もほぐれた気がするのはサクラ子さんのおかげだろう。こういう時は何よりもサクラ子さんの突き抜けるような明るさがありがたい。

 

 このあとは通しのリハーサルをして、最終調整を行えば残るは本番……。

 リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信が始まるのである。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84話 リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信①

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/19日21時3Dお披露目です!@Liese_Krause 

このあと21時からはとうとうわたくしの3Dお披露目配信が始まります!

感想やわたくしの写真は是非 #リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信 で!

たくさんお待ちしています!

 

桜龍サクラ子@ぶいロジ!/色々準備中!@oryu_sakurako

本日はこちら #リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信

ゲストとして出演させていただきますわ!

いよいよ3Dで決着を付けるときが来ましたわね!!

 

 すべてのリハーサルが終わり、控室に一人その時を待つ。

 

 リハーサルの出来は上々であり、ゲストのサクラ子さんとのやりとりはいい具合にこちらの緊張をほぐしてくれたし、スタッフからも笑いが漏れ聞こえてくるくらいにはうまく噛み合っていた。リハーサルにも関わらず本番さながらの全力で飛んで跳ねて、全身で表現することに関しては踏んできた場数が違うのだろう、わたくしまでそれにつられて途中で着替える羽目になったくらいだ。

 

 てっきり控室に下がってからもサクラ子さんは遊びに来るのだろうかとも思ったが、こちらに気を遣ってくれたのか部屋は静寂に包まれている。ずっとあの賑やかな彼女と一緒に居たせいだろうか寂しさを感じないこともないが、先程まで行っていたリハーサルの事を思い出せばここで一人落ち着く時間を作ってくれたことはありがたい。

 

 配信でまお様に出会って二年と三ヶ月ほど、マリーナの襲撃を防ぐべくまお様に直接出会って彼女と同じVtuberになることを決意してから七ヶ月ほど、そしてliVeKROne(ライブクローネ)所属、黒惟まおの同期リーゼ・クラウゼとしてVtuberデビューしてから三ヶ月ほど……。

 

 魔族は総じて人間よりも長命であり、それ故に時の進み方も違って感じるとはよく言われているが思い返せばあっという間だったように感じる。今でも画面越しに魔王黒惟まおの姿を初めて見た時の気持ちの高まりや配信で共に過ごしてきた楽しい日々は昨日のことのように思い出せる。成り行きで彼女の前に現れ共に過ごすことになり、更にVtuberとして活動を始めてからはこれまでの過ごしてきた日々の中でも特別に濃密な日々だったろう。

 

 それはきっとこれからも同じである。

 いや、今まで以上に濃密なものになるだろう。

 そうしていくつもりである。

 

『姫殿下はお変わりになってしまわれた』

 

 いつだったか、あれは魔王黒惟まおに出会いその魅力から人間界の知識や文化を貪欲に学んでいた頃にとある社交の場で漏れ聞こえてきた言葉。今でも社交の場に出れば婉曲にそのような事を言われることは多々ある。相手は概ね古くからの魔王(おとうさま)の忠臣であったり魔界の重鎮であるので微笑を浮かべやり過ごしてきた。

 

 そういった者たちは総じて……恥ずかしながらかつての己もだが、人間界のことなどわかりやすく下に見ていたりそもそも興味すらない。故に人間界での活動についても何かやっているらしいといった認識しかなかったようで活動そのものに口を出してくることは無かったのだが。最近はさすがにこうやって大々的に動いていることもあってか、これまた婉曲に苦言を呈されているとマリーナからは聞かされている。

 幸い、お父様からは今のところ何も言われていないので好き勝手に活動できているのだが。

 

 お父様は今のわたくしをどう思っているのだろうか……。

 

 お父様もどちらかといえば人間界には関心が薄く、関連のことはマリーナに任せている。わたくしの動向については細やかにマリーナから報告が行っているはずであるし、容認されている……とは思うがその内実はどうだろう。

 

 人間界(こちら)に住居を移してからはたまの晩餐の席を共にすることもなくなってしまった。幼い頃はお父様につきっきりで魔王の公務(おしごと)を手伝うのだと随分困らせてしまっていたとお母様からは聞いている。

 

 それが大きすぎる魔王という立場の責任であったり、歳を重ね様々なことが見えるようになったことで「お父様のような立派な魔王になりたい」から「お父様のような立派な魔王にならなければ」と考えるようになったのはいつからだろうか。

 

 今ではまお様との出会いによって、幼い頃に抱いていた「立派な魔王になりたい」という思いをこの胸に再び抱けるようになったが。そんな気持ちを思い出させてくれた出会いを、尊敬する魔王様を、応援してくれている者たちを、今のわたくしを支えてくれているすべてを両親に見せてあげたい。

 

 あなた達の娘はこんなにも支えられて、愛されているのだと……その成果として今夜があるのだと。

 

 なんとなくこれまでのことを思い返していると無性に両親に会いたくなってしまった。今度落ち着いたら顔くらい見せに帰ってみようか……。ただ今後のスケジュールと配信の事を考えると、それもまた後回しにしてしまいそうな自分に苦笑してしまう。

 

「リーゼさんそろそろスタジオにお願いします」

 

 コンコンコンと扉を叩く音と共にスタッフの声がドア越しに聞こえてくる。どうやら色々と物思いに耽っているうちに結構時間は経ってしまっていたようだ。「よしっ」と心の中で呟き立ち上がりながらスタッフにこれから向かう旨を伝える。朝から感じていた緊張はもうすっかり気にならなくなっていた。むしろこの緊張感とこれからの期待感がほどよい刺激となって自然と立ち居振る舞いも洗練されていくようなそんな気すらする。

 

────

 

【リーゼ・クラウゼ3D】ついに立派な魔王に!?真の姿をお披露目です!!【liVeKROne】

 

 :いよいよ3Dか

 :サムネからして楽しみすぎる

 :3D龍魔コラボってコト!?

 

    ¥10,000

 3Dお披露目おめでとう!!

    ¥1,000

 りぜにゃんの缶詰代

    ¥5,000

 姫様……ご立派になられて……

    ¥500

 楽しみ!

    ¥50,000

 応援しています

 

 決められた立ち位置に立って目の前のモニターに目を向けるとそこには現在の配信画面とものすごい勢いで流れていくコメントが映し出されている。

 

 待機画面が一度暗転し、画面がセピア色に染まり物語は始まる。

 

 

『むかし、とあるところに魔王の娘がおりました』

 

 :きちゃ!

 :はじまった!!

 :これは

 :まお様の声だ

 

『娘には夢がありました、立派な魔王になりたいという夢が』

 

 :これ初回配信のやつだ

 :イラストはSILENT先生か

 :デビュー配信思い出すなぁ

 

『そんな漠然とした夢を叶えるため、娘は苦しみ悩み……そんな時に運命とも言える出会いが娘を変えていきます』

 

 :まお様ですねわかります

 :変わり過ぎなんだよなぁ

 :姫様からVだもんなぁw

 

『それから娘は周りを巻き込み……時折暴走し……夢に向かって突き進みます』

 

 :暴走は草

 :これは解釈一致

 :これはまお様オタクの姫様ですわ

 

『今宵のステージは娘が新たに抱いた夢のひとつ、成長した彼女をどうかこれからも見守っていて欲しい』

 

 :もちろん!

 :言われなくても

 :最後だけすごい気持ち籠もってる気がする

 

『イラスト、SILENT。動画、liVeKROne。声、黒惟まお』

 

 デビュー配信のときと同じように開幕はSILENT先生のイラストに合わせた語りの動画から。今回は負担も考えてまお様には声だけの出演にしてもらったが、最後のメッセージだけはそれまで語り部としての淡々とした口調ではなく普段のまお様の口調であり、ちょっとしたことだがそれがとても嬉しい。

 

 そして再びの暗転、一呼吸置いて配信画面にはリーゼ・クラウゼの姿が現れる。

 

 :きちゃ!!

 :えっめっちゃすげぇ

 :まんまじゃん

 

 耳には歌い始めのためのクリック音が届き、閉じていた目をゆっくりと開き歌い始める。

 最初はあまり感情を込めずに……大きな夢に押しつぶされそうだった頃を思い出しながら。

 

 :この曲は!?

 :初めての歌枠の!

 :一曲目からこれはエモすぎやろ

 

 あの日の苦しさを表すようにもがくように徐々に感情を歌声と動きに込めて。

 3Dお披露目配信で一番最初に歌う曲は、配信の始まりはこの歌にすると決めていた。

 初めての歌枠で歌った大好きな曲。あの時と違うのは歌声だけじゃなく全身で表現出来ること。

 

 この曲だけはこの感情を思うままに表現したかったので振り付けは何も決めていない。ただただ思うままに歌いそして身体を動かす。

 

 :気持ち入ってるなぁ

 :こんなに必死なリーゼちゃん初めて見た

 :歌詞が色々考えさせるなぁ

 

 初めて披露したときは運命の出会い、まお様のことばかりを思っていたが今はそこに見守ってくれているリスナーたちも加わっている。ただの憧れだった魔王様の姿を追いかけ、見失っていた夢の事を思い出させてくれた言葉。それは偶然かも知れないがこの曲の歌詞に通ずるものがある。

 

『そう願ったのであれば、叶えてしまおう。我はいつもそう思っているよ』

 

 歌詞に合わせてその時の記憶がリフレインする。いつだってこの言葉を胸にここまで走ってきた。

 

 その結果がこのステージであり、今日の配信である。この活動だっていつかは終わりを迎えてしまうかもしれない。こんな時になんてことを考えているんだと思わないこともないが、感情が歌っている歌詞に引っ張られてしまっているのだろう。……それでいい。

 

 たとえその時が来てしまったとしても、今日この時の記憶は……気持ちはきっと思い出として確かに未来に残るのだから。

 

 最後まで気持ちのまま歌い上げたせいだろうか、歌い終わったというのにその実感が薄い。大きく息を吸って吐いて……それを数度繰り返しようやく配信画面へと目を向ける。

 

 :88888888

 :めっちゃよかった!!!

 ;鳥肌たった

 :とにかくすごかった!

 

 画面の中ではマイクを片手に持ったリーゼ(わたくし)が肩に合わせて細く長い銀のツインテールを揺らしている。身に纏っているのは瞳と同じ碧色によって装飾された穢れを知らないような白いドレス。

 ゆっくりと片手で持っていたマイクを両手で持ち直し胸の前に持ってくる。

 

「皆様、わたくしの歌は……この姿は、きちんと皆様のもとに届けられてますでしょうか?」

 

 :届いてるよ!!

 :感動した!

 :おめでとう!!

 :すごかった!

 

「ありがとうございます。では改めまして……。わたくしliVeKROne所属の魔王見習い。リーゼ・クラウゼと申します。本日は立派な魔王になるべく、憧れの魔王様(あのひと)に負けないよう精一杯頑張った姿を皆様にお見せできればと思っています。……見届けていただけますか?」

 

 そうしてリーゼ・クラウゼの3Dお披露目配信は幕を開けたのである。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85話 リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信②

【リーゼ・クラウゼ3D】ついに立派な魔王に!?真の姿をお披露目です!!【liVeKROne】

 

「初めはわたくしのデビュー配信と同じくSILENT先生とまお様にご協力いただいた動画を見て頂きましたがいかがでしたか?」

 

 :すっごい良かった

 :懐かしいなぁ

 :もう三か月たったとは思えない

 :まお様の語り良かったなぁ

 

「SILENT先生のイラストもまお様の語りも本当に素晴らしくて、お二人ともとてもお忙しいのにわたくしのために本当にありがとうございました」

 

 動画のことだけじゃなく、二人にはそれこそデビュー前からお世話になりっぱなしだ。すでに返しきれないくらいの恩を受けているのだが……。まずは今日のこの配信をしっかりとやり遂げ成長した姿を見せる事が少しでも二人に報いる事になるだろう。

 

「そして最初に歌った曲ですが……、皆様は覚えていますでしょうか?」

 

 :もちろん!!

 :初めての歌枠の一番最初の曲だよね

 :リーゼちゃんが大好きな曲

 

 歌っている時は必死でコメントをあまり見る余裕はなかったのだが、今のコメントを見ればきっと歌唱時もたくさんの視聴者が気付いてくれていたのだろう。あの時からずっと見守ってくれているリスナーやアーカイブで見てくれたであろうリスナー。初めてこの曲やわたくしの歌を聞いたリスナーもいるはずだ。様々な反応を改めて見る事が出来て練習やリハーサルで物足りなかった部分が補完されていく。

 

 こんなにも大きなスタジオで沢山の人の手を借りて配信していても、本質的には自室で一人配信している時と変わらない。リスナーの反応やコメントがあってこその配信なのだ。

 

「そうです。わたくしの大好きで……大切で、初めての歌枠で一番最初に披露させてもらった曲です。今回の3Dお披露目配信でも一番最初に歌うのはこの曲だとずっと前から心に決めていました」

 

 :すごい気持ち伝わって来たよ

 :全身全霊って感じだった

 :鳥肌たっちゃった

 

「夢について思い悩んでいる時に運命の出会いがあり、この曲を知り、"そう願ったのであれば、叶えてしまおう"という大切な言葉をわたくしに授けてくれました。だからこそ今日この場に立つことが出来ています。そして……」

 

 ゆっくりと瞳を閉じ、大切な思い出を……ずっと胸にしまい込んでいた思いを、丁寧に紐解いていくように言葉を紡いでいく。脳裏に浮かぶのは苦しかった日々、そしてかけがえのない出会い。言葉を紡ぎ終えると同時に瞳を開け真っ直ぐと前を見据える。

 

「わたくしのこの姿はどうですか?ようやくこの姿を皆様にお見せできて本当に嬉しいのです」

 

 両腕を広げ己のドレス姿を見せつけるように一歩前に出ると、その動きに合わせてドレスの裾はふわりと揺れ足の動きに遅れてついてくる。

 

 :かわいい!

 :まじで綺麗

 :クオリティ高すぎる

 :想像の何倍もすごい

 :後ろも見せてー!

 

「ふふっ、後ろもですね……これでどうでしょうか?」

 

 :背中!

 :めっちゃ開いてるやんけ!

 :えっっっ

 :姫様大胆すぎる

 

 リクエストに応えるようにくるりと回ってカメラに背中を見せる。足元はマレットドレスと呼ばれる前が短く後ろが長いスカート丈なのですっぽりと隠れてしまうが、その代わり背中はかなり大胆に開かれている。しかも髪の毛はツインテールに結っているのでほとんど遮るものはなく良く見えていることだろう。

 

「なかなか後ろ姿をお見せする機会はないと思いますがこのようになっていたのですよ」

 

 一応2Dモデルの三面図で後ろ姿も紹介されてはいたのだが、配信でその姿を見せる事は出来ないのでこうやって動いている後ろ姿というのは貴重なはずだ。これからは3Dモデルを使った配信もできるようになると聞いているが、配信中に背中を見せる機会というのもなかなかないだろう。

 再びくるりと回って正面を向く、回転に合わせてドレスと髪の毛が揺れる様はとても自然で本当に画面の中の姿でいるような錯覚を覚えてしまう。

 

 :ほんときれい……

 :背中助かった

 :綺麗に揺れるねぇ

 :もっと回ってー!

 

「もっと回ってほしい?ですか?それでは……っと、あまりここで時間を使いすぎる訳にはいかないようです。ステージの紹介をしてほしいと言われているのでした」

 

 コメントを受けて、柄にもなくはしゃぐようにリクエストに応えそうになるがスタッフからの指示がインカムから届いて思いとどまる。自身の姿だけではなくまだまだ紹介したいものは沢山あるのだ。

 

「こちらは魔王城をイメージしたものを作っていただきました。場所としては……玉座の間といったところでしょうか。そうそう!この玉座きちんと座れるのですよ?」

 

 ぐるりとあたりを見回し魔王城がモチーフとなっているステージを紹介する。装飾といい雰囲気といい本物を知る者が全面協力した上でSILENT先生やまお様の監修も受けているそのステージはとても美しく、きっと今のわたくしの姿とも素晴らしくマッチしていることだろう。画面に映る映像を見れば懐かしさすら感じてしまう。

 

 そして目線の先にある椅子……、現実ではただ普通の椅子であるのだが画面の中では立派な玉座がそこにはある。これが本物であるならばとても恐れ多くて座ろうなどとは思えないが、お披露目の興奮も手伝ってか軽やかな足取りで歩み寄りその玉座に腰を下ろす。

 

 :魔王様だ!!

 :お似合いです姫様

 :ははーっ!

 :魔王リーゼ様!!

 

「ふふっ、勝手に座ってしまってはまお様に怒られてしまうかもしれませんから。まお様には内緒ですよ?」

 

 悪戯っ子のような気分で人差し指を口にあてて、しぃーと秘密の共有を行う。

 

 :仰せのままに!

 :かしこまりました!

 :内緒ですね!

 :絶対見てるんだよなぁw

 

 そういえば幼いころはお父様の隙を見てあの大きな玉座によじ登るように座っていたな……。

 

 不意に昔の記憶を思い出しながら画面の中で玉座に座る自らの姿を不思議な思いで見つめているとベルの音がチリーンと鳴り響く。

 

「あら?どうやら来客のようですね……、魔王城に来客とは……勇者でも来たのでしょうか?」

 

 :おっ

 :来客ってことは

 :勇者……か?

 :ドラゴンなんだよなぁ……

 :来客!?

 :敵襲!?

 

 すでにゲストのことは告知済みであるのだがリスナーたちもノリノリのようだ。

 

「それではわたくしも迎え撃つ準備をしなくてはなりませんね、皆様また後程お会いいたしましょう」

 

 そう言ってゲストを迎え入れるために画面が切り替わる、いまは事前に収録しているあの動画が流れているはずだ。今のうちに素早く水分を補給し歌によって乾いた喉を潤し、タオルを受け取って軽く汗を拭く。

 

 全力で歌ったせいだろうリハーサルの時よりも随分体力を使ってしまった気がするが、それ以上にリスナーから送られてくる力……魔力は普段の配信の比にならないくらいだ。単純に視聴者が多いという事もあるが、より生身に近い3Dの身体を手に入れたことでより多くの魔力が受け取れるようになっているのかもしれない。

 

 ふぅと一息ついてから決められた立ち位置につくとサクラ子さんがこちらに向かってくるのが目に入る。声をかけたいところだが今は本番中、マイクが入っていないとしても余計なことはしないほうがいいだろう、アイコンタクトを送るに留めておく。それにすぐに気づいたサクラ子さんは満面の笑みで応えてくれるのでわかりやすい。

 

 お互いスタッフから簡単なチェックを受けながら、目線の先は配信画面が映されているモニターへ。そこでは猫耳と尻尾をつけたリーゼ・クラウゼ……リゼにゃんが自由奔放に動き回っている。

 

 :リゼにゃん……かわいすぎだろ

 :声がなくてこの破壊力はやばい

 :この子どこに行けば飼えますか!?

 :スタッフグッジョブすぎるだろ……

 :もしかしてこれは明日……

 

 撮影しているうちに楽しくなってしまい、色々とやったのだが……落ち着いてリゼにゃんが動いている姿を見ると恥ずかしさも込み上げてくる。あの時のわたくしはきっとどうかしてしまっていたのだ……。

 

『では、映像終わり次第切り替えます』

 

 最終確認が終わりインカムに合図が送られてくる。モニターから視線をサクラ子さんの方に向ければ考えることは同じだったのであろう視線が重なりお互い頷き合う。

 

「魔王リーゼ!今日こそ決着をつけさせていただきますわ!!」

「誰かと思えば……。いいでしょう、ここはわたくしの居城……勝てますか?」

 

 画面が切り替わり、サクラ子さんと対峙している場面が映し出された。

 

 その姿は普段の配信姿であるキャミソールにホットパンツという出で立ちではなく、見事な桜の花弁が散りばめられた和装姿。袴をベースにアレンジされたその服装はサクラ子さんらしく着丈は短くなっていて健康的な脚をこれでもかと見せつけてくる。桜龍(おうりゅう)サクラ子二番目の3D衣装である。

 

 そしてその手には日本刀が握られ切っ先がこちらへと向けられている。

 対するこちらも傍らには魔王にふさわしい禍々しいオーラを放っている大剣が床に突き刺さっていてその柄に手を添える。

 

 魔王城をベースとしたステージに刀を構えた和装のドラゴン娘と禍々しい大剣を手にしたドレスを纏う魔王の娘。一見ちぐはぐに見えてしまうようにも思うが不思議と調和が取れていて絵になっている。

 

 :和サクラ子きちゃ!!

 :和装だ!

 :刀!?

 :素手の方が強そう

 :やるのか

 :リーゼちゃんの大剣いい……

 

 こちらからの挑発の言葉に返事はなく、サクラ子さんがフッと笑って見せたかと思えば沈黙を破るかのように距離をつめてくる。まずは横凪ぎに一閃、繰り出される剣戟を大剣を構えて受け流す。配信上ではそれに合わせてキィンとまるで本当に剣同士がぶつかり合ったような音が流れているだろうが、もちろん本物を使っているわけではなく実際はお互いの身体に当たっても痛くないような素材でできたものを本物に見立てて振るっているだけだ。

 

 しかし、こちらがもつ大剣は作成したスタッフの趣味だろうか資料として見せた魔王(おとうさま)が振るう大剣の写真から見事に再現されており、かなり真に迫っている。そして刀を振るうサクラ子さんの動きも実に見事であり、魔力の助けなしでは一方的にやられてしまうだろう。

 お返しとばかりに大剣を振りかぶり袈裟に切り掛かろうとするがサクラ子さんはひらりとそれを躱し、切り返してくる。そんな剣戟のやりとりを数度繰り返し鍔迫り合いなんかも演じて見せた後互いに一度距離を取る。

 

 :ガチじゃん

 :パワー系のサクラ子が刀でリーゼちゃんが大剣なのいいな……

 :こういうの男の子大好きなんだよなぁ

 :リーゼちゃんも負けてないぞ

 

「なかなかやりますわね……」

「そちらこそ……」

 

 互いの実力を認め合うように軽く笑みを浮かべる。リハーサルではもっとゆっくり、互いの様子を見ながらの剣戟であったがサクラ子さんの初手からして鋭い一撃であったため、それに応えるように剣戟は激しさを増していた。

 彼女の本気がどの程度かはまだ計りかねているところだがその熱気に当てられ一度くらい本気で打ち合ってみたいという欲求が出てきてしまっている。マリーナからは散々あまり熱くなりすぎないようにと釘を刺されているのだが……。

 

 時間的にも次が最後の一太刀であるとアイコンタクトで示し合い。どちらからともなく、身体に纏う魔力が膨れ上がっていく。

 

『次で決めますわ』

『負けません』

 

 こんなにも楽しい魔力のやりとりはいつ以来だろうか、無意識に魔力で意思疎通を図りお互いニヤリと口元を持ち上げ……一歩を踏み出そうとしたところで。

 

『お二人とも?』

 

 背中に冷や水を浴びたようなそんな寒気を感じて思わず動きを止める。その声なき声の主の方向へと顔を向けなかったのは……向けることが出来なかったのは、そうする必要がないまでに圧倒的な魔力の奔流を感じたためであり恐怖してしまったため。

 

 よく見知っているわたくしでさえそう感じたのだ。同じように身体を硬直させたサクラ子さんも心なしか怯えてしまっているように見える。

 

「さ、さすがはワタクシが認めた魔王。その力に偽りはないようですわね!」

「サクラ子さんこそ、さすがの太刀筋でした」

 

 お互いにゆっくりと構えを解き、台本の進行に戻る。もしもあのまま本気で打ち合っていたらもっと恐ろしいことになっていた事だろう。

 

「というわけで本日のゲスト!桜龍(おうりゅう)サクラ子さんです!」

「ぶいロジから参りました桜龍サクラ子ですわ!リーゼ、3Dお披露目本当におめでとうございます!!こんな大事な舞台にゲストで呼んでもらえてワタクシ嬉しいですわ!!」

 

 いったん先ほどまでのやらかしは大剣と共に隅に置いておいて、サクラ子さんを歓迎する。それを受けて彼女も刀を置き笑顔でこちらに向かってくる。結構な勢いで向かってくるのでそのまま抱き着かれるかと身構えていると初めて出会った時のように高い高いをされるように軽々と持ち上げられてしまう。

 

 :さすがサクラ子

 :軽々だなぁ

 :今日もよう回っておる

 :そのままお姫様抱っこしてもろて

 

 持ち上げられたままくるくると二周ほど回り、床に下ろしてもらえる。

 

「サクラ子さんはいつもいきなりなんですから、ほらスタッフさん驚いてますよ?」

「リーゼを見たらつい……、先ほどの剣戟も少し熱くなりすぎてしまいましたわ!」

 

 :これはもう経験済みか

 :リーゼちゃん軽そうだしなぁ

 :さっきの戦いすごかった!

 

「サクラ子さんの熱に当てられてわたくしも少し熱くなってしまいました、あとで二人で謝りましょうね」

 

 ちらりとわたくしたち二人を見ているマリーナへと視線を向ける。すでに魔力の気配はかなり薄まっているがにこやかにこちらを見守っている姿とは裏腹にあの視線は「次はないですからね?」と暗に言っているのだ。お互い羽目を外さないよう十分気を付けなくては……。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86話 リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信③

【リーゼ・クラウゼ3D】ついに立派な魔王に!?真の姿をお披露目です!!【liVeKROne】

 

「改めましてサクラ子さん来てくれてありがとうございます、その衣装もとても素敵です」

「リーゼの方こそ本当にお姫様のようですわ!よく見せてくださいませ」

 

 :和装サクラ子いいよな……

 :和と洋で対照的でいいな

 :和装のリーゼちゃんも見てみたいなぁ

 

 気を取り直して二人で並び互いの姿を見合う。もちろん現実では互いにトラッキングスーツ姿なので画面の中の姿とは違うのだが。高身長であり手足はスラっと長く、それでいて出る所は出ている。そんな均整の取れたサクラ子さんの姿に、配信でリハーサルで何度も見てきた二番目の3D衣装である和装の姿が重なって見える。

 

「素敵なドレスですわ!後ろは……大胆ですわね!刺繍も綺麗で、スカートは……なるほどこうなって……」

 

 対するサクラ子さんは一度こちらをじっと見てきたかと思うと次の瞬間にはくるくるとわたくしの周りを回りながら衣装についての感想を言ってくれる。そんな彼女の動きに合わせてカメラも動いているので全方位から細かいところまで見られてしまっていると思うとどうにも気恥ずかしい。

 

 :もっと下から!

 :サクラ子いいぞ

 :サクラ子だけ楽しんでずるいぞ

 :ほんと細かいなぁ

 :背中!背中!

 

「では一度サクラ子さんにカメラをお渡ししますね」

「さぁここからはリーゼの撮影会ですわ!どんな風に撮ってほしいかコメントしてくださいませ!」

 

 :セクシーポーズ!!

 :踏んで欲しい

 :思いっきり見下してほしい

 :リゼにゃん!!!!!!!

 :下から!!下から!!

 

 スタッフからカメラを受け取ったサクラ子さんがコメントに指示を乞うとものすごい勢いでコメントが流れていく。たまたまなのか、それともそういったものが多いせいか目に付くコメントは随分欲望に忠実なようで先が思いやられてしまう。

 

「皆様!あまり変な指示はしないでくださいね!」

「リーゼ、まずはセクシーポーズですわ!!」

「えぇ……」

 

 :はーい

 :変態しかいない

 :しょっぱなからサクラ子飛ばしてんなぁ!!

 :ないすぅ!!

 

 まずは……というがいきなりの指示に思わず困惑の声を漏らしてしまう。セクシーポーズなんて生まれてこの方したことがないのでまずどんなポーズをすればいいかわからないのだ。

 とりあえずは安直によく見る片手を上げ頭の後ろに回して反対の手を腰に当ててみる。

 

「こうでしょうか?」

「そうですわね、もう少し腰をこう……そう!セクシーですわ!!」

 

 :この慣れてない感じがたまらん

 :困り顔助かる

 :サクラ子いいぞ!!

 

 この手のやりとりなんかは3Dでの配信に慣れているのだろうカメラをこちらに向けながらポーズの指示までこなすサクラ子さんはとても楽しそうだ。

 

「次は……、踏んで欲しいというリクエストが大量にありますわね」

「踏むって……ほんとにそんなにあるんですか?」

 

    ¥50,000

 玉座に座ったリーゼ様に蔑まされながら

 この人間風情が……って言われながら踏まれたい!

 

 困惑しながらもコメントを映しているモニタに目を向けるとちょうどいいタイミングで具体的な指示が書かれた一文が目に入る。そこまでして踏まれたいというのだろうか……。

 

 :踏まれたいゾ

 :ギャップっていいよね

 :リーゼちゃんもまお様相手だったらわかるでしょ?

 

 たしかに……。まお様にひれ伏したいというのは……わかってしまう。あの普段優しい目で、見下されてしまえばそのギャップにやられてしまうのは簡単に想像できる。

 

「わかりました……そんなに要望が多いなら応えるのがわたくしの役目です」

「それでこそリーゼですわ!!」

 

 :よう言った!!

 :それでこそ魔王や!!

 :やったー!!

 

 玉座に向かってまずはそこに腰を下ろす、蔑まされたいというのだから横柄な態度の方がそれっぽいだろうか肘掛けに片肘を置き手の甲で顔を支える。自然と下からカメラを構えてくれているサクラ子さんへ向ける視線は見下した形になる。

 

 :あぁ……いい……

 :なんか目覚めそう

 :リーゼ様!!

 :魔王様!!

 

「……これで踏んで欲しいと言うのですね?」

 

 :はい!!

 :踏んでください!!

 :魔王様!お情けを!!

 

 サクラ子さんは撮影に集中してくれているのだろう口を噤んでカメラを構え続けている、その姿は首を垂れているようで不思議な光景だ。自らを魔王と崇めるコメント欄に静かに頭を下げるサクラ子さん。玉座に座る己が本当に魔王を継いだようなそんな錯覚を覚えてしまいそうだ。

 

「汚らわしい……、人間風情がこのわたくしの。魔王たるわたくしの寵愛を受けられるとでも?」

 

 :リーゼちゃんノリノリで草

 :ゾクゾクした……

 :なんだろうこの気持ち……

 :その目ほんとやばい

 

 そんな空気に当てられてしまったのだろう、まだ黒惟まおという魔王に出会う前。さして人間界について興味もなく見下していたときの自分が顕現してしまう。自然と紡がれるのは最近ではすっかり出番がなくなっていた尊大な魔王の一人娘としての言葉。

 

「ふふっ……でもそんな愚かなところも許しましょう、愛してあげましょう。それが魔王の器というものですから……ほら、これが欲しかったのでしょう?」

 

 :ああああああああ

 :リーゼ様っ!!

 :ありがとうございます!!

 :一生付いていきます!!

 :あの表情たまらん……

 

 ぐいっと踏みつけるように足を差し向け、そのあとはぐりぐりと足首を動かす。喜び自らを称賛するコメントに気をよくしていると不意に配信画面の己の姿が目に入る。

 その姿は玉座に気だるげにもたれ掛かり、愉悦に口角を歪ませながら差し向けた足で相手を弄んでいる一人の魔王の姿。その目は怪しく、緋色の光を宿していて……。

 

 そんな己の姿に正気を取り戻しすっと足を引いて玉座からも立ち上がる。ふるふると頭を振って先ほどまでの思考を追い出していく。

 

「……っ。はい!これで終わりです!!サクラ子さんも止めてください、こんな恥ずかしい……」

「ついついワタクシも固唾を飲んでしまいましたわ!さすが魔王リーゼ!」

 

 :最高でした……

 :もう思い残すことはない

 :ここに墓を建てよう

 

 サクラ子さんからは褒められたがどうにも褒められたような気がしない。彼女のことだから完全に善意での言葉であろうことは間違いないのだろうが……。

 

……

 

 そのあともリクエストに応えながら撮影会は進行していく。サクラ子さんとの剣戟で使った大剣を構えてみたり、刀を借りてみたり。他にも様々な欲望にまみれた指示はあったが楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

「では撮影会はこのあたりにしまして……、サクラ子さん今日はお祝いに来てくれただけという訳ではないですよね?」

「そうですわ!龍魔コラボの決着!!それを付けに来たのですわ!!」

「という訳でここからは龍魔コラボ3D出張版と題しまして勝負を行いたいと思います!」

 

 :龍魔コラボ対決きちゃ!!

 :3D対決だああああああ!!

 :これが見たかった

 :勝負内容は!?

 

 配信画面には映っていないが目の前ではスタッフたちが慌ただしく勝負の準備を整えてくれている。今回の3Dお披露目配信にゲストとしてサクラ子さんを呼んだ一番の理由、それはこの勝負を3Dでやってみたかったことであり、龍魔コラボの日程を考えた時にちょうどスケジュールの調整が間に合ったため。それでも多忙な中こちらに合わせてくれたサクラ子さんには感謝しかない。

 

「今回の勝負はこちら!」

 

 :おっ

 :なんだ?

 :床になんか出てきたな

 :ルーレット?

 :ツイスターや!

 

 スタッフたちの準備が終わったのを見計らい勝負について説明を始める。きっと今頃配信画面には色々な指示が書かれたルーレットと床には規則的に四色の円が表示されているだろう。

 

「今回はこのツイスターゲームで勝負を行います!皆様はご存じですか?このゲーム」

「ワタクシは知ってはいましたが今回初めて経験しましたわ!」

 

 :知ってるけどやったことないなぁ

 :たぶん子供の頃にやった気がする

 :これ真面目にやるとめっちゃ身体にくるんよな

 

 体力勝負ではあまりに分が悪く、単純な運動能力でも圧倒的にサクラ子さんの方が格上。そうして色々とバランスと見栄えを考えた結果のツイスターゲーム対決である。

 

「わたくしも存在は知っていましたが実際にやるのは初めてです。リハーサルでお互い軽くやってみましたが意外と奥深いゲームですね」

「リーゼはなかなか策士ですから、油断できませんわ!」

 

 :サクラ子手足長いからなぁ

 :二人でやるなら場所のチョイスが重要か

 :二人とも頑張れー!!

 

 このゲームもちろん身体の柔らかさや体幹の強さ、体力の有無は重要だが。二人でやる場合は戦略というのも重要になってくる。そこをうまく突くことが出来ればサクラ子さん相手でも十分勝機は掴めるだろう。

 

「最初はお互いに端に立って順番にルーレットを回してもらって、出た指示に従っていきます。たとえば右手を赤にですとか、左足を青にといった感じですね。あとは手や足を浮かせてというものもあるみたいです。さらに今回はランダムお題ということで我々にも知らされていない秘密のお題があるらしいのですが……それは当たってからのお楽しみということらしいです」

「ランダムお題に何が来るのか楽しみですわね!」

 

 ルールは一般的なものと同じでランダムお題についてはスタッフが用意している。説明を受けた時に「きっと盛り上がること間違いなしですよ」といい笑顔で言っていたので不安しかない。

 

「ではさっそくやっていきましょうか、先行はどうしますか?」

「今日はリーゼが主役ですもの、お任せいたしますわ」

「ではサクラ子さんからお願いします」

「わかりましたわ!」

 

 :まぁ後攻有利よな

 :リーゼちゃんガチだ

 :これは勝ちに行ってる

 

「最初は……右足を赤にですわね!これは簡単ですわ!」

 

 画面上でルーレットが回されその指示が互いのインカムに届く。最初の指示だけあって何も起きるはずはなくサクラ子さんはすっと右足を赤いマークへと動かす。

 

「では次はわたくしですね……左手を黄色……わかりました」

 

 :さっそく手かぁ

 :指示運だとやっぱサクラ子よな

 :リーゼちゃんファイト!

 

 さっそく手への指示が来たのでその場でしゃがんで左手を黄色へと伸ばす。できることなら足の指示が良かったのだがこればかりは仕方がない。

 

「ワタクシは……右足を浮かせる。こうですわね!右足が続きますわね」

「右足を青に……はい」

「右手を……」

「左足を……」

 

……

 

 ターンが経過していき指示をこなしていくにつれ互いの距離が近づいていき身体が触れ合う。こちらはなるべく無理な姿勢にならないように場所を選んでいるおかげもあってかかなり余裕がある。それに対してサクラ子さんは思うままに指示に従っているのであろう、かなりきつい体勢になってしまう場面が多々あったのだが涼しい顔で乗り越えていくのでやはり運動面では敵わなそうだ。

 

 :サクラ子すげぇな……

 :体幹えっぐい

 :リーゼちゃんの試合運びがうまい

 :リーゼちゃんもかなり身体柔らかそう

 

「右足を浮かせる……ですわね!ふっ!」

 

 :えっ

 :あっ

 :つまり両足を

 :まじ?

 :逆立ちしやがった

 

「サクラ子さんすごい……」

 

 サクラ子さんが引いた指示によって両の足を浮かせなければならなくなり……、さも当然のように軽い掛け声とともに綺麗な倒立体勢になる。その姿は一切のブレもなく安定していて倒れる気配などまったくしない。逆立ちによってサクラ子さんのただでさえ短い袴がどうなっているのかと軽く心配しつつ、ちらりと配信画面に目を向けると謎の力によって綺麗に守られていた。こういうところは現実とは違って色々と便利である。

 

「ですがわたくしも負けたくありませんから容赦はしません、右手を赤に!」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87話 リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信④

【リーゼ・クラウゼ3D】ついに立派な魔王に!?真の姿をお披露目です!!【liVeKROne】

 

「左足を赤ですわね、ふぅ……助かりましたわ。これで片手を浮かせろと言われていれば流石に厳しかったでしょうから」

 

 :それはそれで見たかった

 :なんならやり遂げそうなんだよなぁ

 :流石にね

 :一切ブレないのどうなってんだ

 

 サクラ子さんが新たな指示を受けて倒立体勢から左足を青いマークへ危なげなく着地させる。浮かせたままの右足はピンと伸びていて配信で見ているリスナーからはまるで倒立をする際の逆再生のように映っていたのではなかろうか。

 倒立してから次の手番まで姿勢を安定させ体勢を崩さずにまた元に戻すという離れ業をやってのけたというのに目立った息の乱れも見受けられないのは末恐ろしい。

 

 倒立をするだけなら出来るかもしれないがそこまでの芸当はとても出来そうにない、ただでさえ時間経過によって疲れが蓄積してきたというのに……。

 

「……とうとう出ましたねランダムお題」

 

 :おっ

 :ランダムきた

 :なんだ?

 :ランダムは更にルーレットか

 :モノマネあって草

 :相手動かすの引けば勝ちじゃね?

 :リスナーに愛の告白!!

 

 ここで初めてランダムお題にルーレットが止まったことを知らされ、更にルーレットによりその内容が決められるらしい。

 まだ配信画面を見る余裕が残っているので遠目に見てみれば、手足一つを自由に動かしていいなどの有利になるものから、次の相手の指示を代わりに実行するといった不利になるもの、相手の手足一つを移動させられるといった妨害、あとはモノマネやリスナーへの愛の告白……などの罰ゲーム系とラインナップはバラエティ豊かだ。

 

「わたくしへのお題は……、次の指示完了までモノマネですか」

 

 :これはラッキーは方では

 :罰ゲーム感あるけど休めるよな

 :誰のマネするんだろう

 :やっぱまお様かな?

 

 告げられた指示にとりあえずは一安心するが、急にモノマネと言われても何をすればいいのだろうか……。身体はゲーム中なので動かせないし声真似するしかない……。某国民的アニメのキャラクターだったり芸能人だったりをするのが常道であるのだろうが、それではあまりに普通だろうし……。

 

「では、liVeKROne(ライブクローネ)所属黒惟まお様を……」

 

 :お

 :なるほど

 :まお様か

 :期待

 

「今宵も我に付き合ってもらおう……黒惟まおだ。ん?なんだ、たつ子じゃないか。」

 

 :口調は結構似てる

 :雰囲気あるな

 :まだちょっと高い

 :特徴は捉えてる

 

「だからワタクシの名前はたつ子ではありませんわ!!」

 

 :ここまでテンプレ

 :おうたつ子

 :親の声より聞いたやりとり

 

「ふふっ、冗談だよ。サクラ子は今日も可愛いな」

「黒惟まおはそんなこと言いませんわ!!」

 

 :草

 :これは精神攻撃

 :あとで怒られそうw

 :ノリノリで草

 

 ただまお様の真似をするだけでは芸がないし、少しでもサクラ子さんに動揺を与えられればと言ってみたのだが、あまり似てないのか効果は薄そうだ。しかしやってみたものの……この配信を見ているまお様の反応が怖い。

 

「リーゼがその調子だとなんだか妙な感じですわね……右足を赤へ、ようやくこれで落ち着けますわ!」

 

 :意外と効いてるか?

 :落ち着いた(中腰)

 :これ地味にキツそう

 :見てる方がなんか腰やりそう

 

「我はいつもこの調子だが?こちらの指示は……左手を黄色へか。……これでモノマネはもういいんですよね?」

 

 :スッと戻って草

 :リーゼちゃん結構攻めたな

 :見えそうで見えないカメラワークよ……

 :サクラ子の袴が鉄壁すぎる

 :リーゼちゃんのお御足~

 

 指示通りに左手をサクラ子さんの選択肢を狭めるように彼女の右手の直ぐ隣に置く。再び互いの距離は近付きサクラ子さんの顔がすぐ眼前にある、こうすることでこちらも多少苦しい体勢にはなってしまうがそろそろ勝負を決めに行かないと体力的にも尺的にも不味いのだ。

 

「リーゼ、大胆ですわね」

「そろそろ決めたいと思いまして」

 

 :角度によってはいい雰囲気に

 :あら^~

 :いいですわぞ~

 :なお手足はすごいことになってる模様

 :それにしてもよく破綻せず反映されてるな

 

 こちらの攻めの意図を感じ取ったらしいサクラ子さんが面白がるように笑い、こちらも同じように笑みを深める。この勝負に乗ってくれるなら恐らくあと三手もせずに決着は付くだろう。

 

「ではワタクシへの指示は……」

 

 :またランダム!

 :こんどはサクラ子にランダムか

 :サクラ子持ってるからなぁ

 

 このタイミングでサクラ子さんにランダムというのはすごく怖い、彼女の豪運ぶりを考えれば有利な指示を引いてしまうのではないかという危惧もある。そして悪い予感というのはこういう時に限ってよく当たるもので……。

 

 :これは!

 :さすがサクラ子

 :やっぱり持ってるわ

 :これは決まりかな?

 

「相手の手足一つを好きな色へ……、ではリーゼの右足を赤へ」

「……わかりました」

 

 指示を聞いて空いている赤のマークへと視線を向ける。すでに塞がっている分を考えれば届く範囲にあるのは一箇所だけ……それも成功したとして長くは保たないだろう姿勢。しかし、届くのだ。届くのであれば挑戦する前から指示に従えず負けということは避けられる。

 サクラ子さんは好きに指示出来たのだから絶対に無理な指示を出せば勝ちだったのだが……それは彼女の矜持が許さなかったのであろう。

 

 敵に塩を送る行為だと非難されてしまう可能性がある事も承知の上で「出来ますか?」と挑戦状を叩きつけてきたのである。

 

 ゆっくりと右足を床から浮かせて目一杯赤いマークめがけて伸ばす。仰向けになり精一杯胸を反らしてバランスを崩さないように両腕と片足で身体を支える。

 

「っ……、っふ、あっ……あと少し……」

 

 :いけるか?

 :かなりきつそう

 :頑張れ!!

 :いける!

 

「っどう、ですかっ……?」

 

 なんとか右足を下ろし体勢を崩さないように、手足の先以外を床につけないように静止する。この体勢は想像以上にキツく、きちんと赤いマークを踏めているかも確認できない。息が乱れないように細かく呼吸を刻みながら判定を待つ。

 

「お見事ですわ!!」

 

 :すげぇ

 :ナイス!!

 :いったー!!

 

 スタッフからの判定よりも早くサクラ子さんの言葉が耳に届き一安心する。その言葉は純粋な称賛の色しかなく、その真っ直ぐな在り方がとても眩しく感じる。

 

「次っ、お願いします!」

 

 しかしこれで成功したからといって巡ってくるのは再びこちらのルーレット、これ以上悪くなる出目なんてほとんどないはずなので早く新たな指示で楽になりたい。

 

「ラ、ランダム……」

 

 :うわぁ

 :ここでまたランダムか

 :この体勢で罰ゲームはほんとの罰ゲームやぞ

 :まだ相手の肩代わりのほうが楽まである

 

 ルーレットの出目を操る運命の女神というものはいつだって残酷で悪戯好きらしい。まずランダムだと再びルーレットを回すので決定までに時間がかかる上に楽になれる指示は好きに手足を動かせるのほぼ一点だけ。他は結果的にほぼ現状維持となるため、先程サクラ子さんが引いた相手への指示というのも今の状態から見ればありがたくもなんともない。

 

「は、はやくルーレットを……」

 

 :いや草

 :ここでソレ引く!?

 :いやほんとリーゼ持ってるわ

 :配信者としては百点満点だけど

 

 大したリアクションも取れずにルーレットを急かした結果、耳に届いたのは正気を疑うような指示。いや、この状況でなければそれは決してその限りではないのだが……よりにもよって……。

 

「リスナーに……愛の告白……です……っか……」

 

 :愛ゆえに人は苦しむ

 :嬉しいけど素直に喜べない

 :さすがにシチュが特殊すぎる

 :助かる

 

 それが仕事なのだから仕方ないのだろうが、セリフを言うためにこちらにカメラを向けてくるスタッフの姿が恨めしい。しかしこの場面においても撮影に集中しているのだろうまっすぐにカメラのモニターに視線を向けているスタッフの真剣な表情が目に入り覚悟を決める。

 

「……っ、ぁっく……皆様、わたくしは……まだまだ、未熟な魔王見習い……です」

 

 ただ一言短く告白の言葉を紡いでしまえばいいのだとそう思う心もあるが、思いのままの言葉がどうしても口から零れ出てしまう。

 

「デビューしたときも……、その後も、最初は憧れのあの方のようになりたいと……。思っていました。……せめて隣に並んで恥ずかしくない存在にならなくては……と。しかし、この活動を続けていくうちに……皆様と同じ時を過ごすにつれっ、それだけではっ!満足できなくなってしまったのです!!だからっ……その責任を取ってください!わたくしをどうかずっと愛してくださいっ!わたくしもっ……それ以上の愛を持って!皆様を愛します!!」

 

 呼吸も考えずに感情のままに叫ぶように言葉を紡げば息も絶え絶えでとても人に見せられたものではなかったかもしれない。それでも、ずっとどこか胸につかえていた感情を吐き出す事が出来た。

 

 :愛してる!!

 :こっちのほうが愛してる!!

 :もちろんずっと支えるよ!

 :そんなの当たり前でしょ!

 

 コメントを読む余裕なんて一切なく、ただただ体勢を崩さないように耐えるのが精一杯であるがこれまで感じたことのないくらいの強い力が流れ込んでくるのを感じる。それはとても暖かくて、それでいて燃え盛るように熱いもの。身を焦がすような熱量であるがそれがとても心地良い。

 

 

「ワタクシの負けですわね……」

「えっ?」

 

 :あっ

 :まじかよ

 :えっ

 :ふぁっ!?

 :こんなことって

 

 不意に聞こえてきたサクラ子さんの言葉に耳を疑いどういうことかと状況を確認したいが今の体勢では何も確認できない。いつのまにか傍らに立っていたサクラ子さんがこちらに向けて手を差し伸べてくれている。

 

「サクラ子さん……?」

「ワタクシが引いたのは右手を赤へ……、手が届く範囲にあったのはリーゼが最後に右足を置いた場所しかなかったのですわ」

 

 ストンと身体を支えていた力が抜けお尻が床についてしまう。キョロキョロとあたりを見回せばルーレットが指した指示はサクラ子さんの言った通り。

 

「それじゃあ……」

「慣れない策など考えるものではないですわね!予定では試練を乗り越えたリーゼをワタクシがその上から見事に破って見せるつもりでしたのに!」

 

 いつまで経っても状況が把握しきれずにキョトンとしていると、微苦笑したサクラ子さんがわたくしの手を取りぐいっと引いて立ち上がらせてくれる。

 どうやら運命の女神の悪戯というやつで勝ったらしいという事をようやく理解する。それでも、この勝利はサクラ子さんの指示によるものに他ならない。

 

「サクラ子さん……」

「約束、忘れてしまいましたの?」

 

 彼女の名を呼び、続ける言葉を探しているとサクラ子さんからすれば珍しい困り顔で小首を傾げてくる。

 

 そう、ひとつの約束があったのだ。

 

 "別にワタクシも呼び捨てでも構いませんのに"

 "……勝ったときにはそうさせていただきます"

 "ではそう簡単には呼ばせることは出来ないですわね"

 "すぐに呼んでみせますよ"

 

「サクラ子……っ」

「おめでとう!リーゼ!!」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88話 リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信⑤

【リーゼ・クラウゼ3D】ついに立派な魔王に!?真の姿をお披露目です!!【liVeKROne】

 

「ありがとうございます……サクラ子」

「次は負けませんわ!」

 

 :おめでとう!

 :呼び捨てだと新鮮だ

 :むしろ自然に感じる

 :おっ?再戦か?

 

 龍魔コラボ3D出張版と題したツイスターゲームが決着し、勝利の証としてこれで何のはばかりもなくこれからは"サクラ子"と呼べる。当の本人からは早く呼び捨てにして欲しいと言われていたが、わたくしのこだわりで待っていてもらっていたのだ。

 

 ……約束が果たせて良かった。

 

 それにしても勝負が終わったばかりだというのにもう次の話とはいかにも彼女らしい。こちらはようやく呼吸も落ち着き始めたところだというのに今すぐにでも再戦を申し込んできそうな勢いだ。

 

「サクラ子はまだまだ余裕がありそうですね。流石です……」

「そういうリーゼこそ、随分回復が早いんじゃなくて?」

 

 :サクラ子はいつものことだけどリーゼちゃんもなかなか

 :さすが魔王様

 :あの体勢耐えきったからなぁ

 :お嬢様つよい

 

 リスナーから受け取っている力のおかげというのもあるだろうが、ボーカルやダンスレッスンが効いているのだろう。屋敷にこもってた頃を考えれば色々と底上げされている実感がある。これならばこの後も体力面では心配いらないだろう。

 

「この後の事を考えればここで力尽きる訳にはいきませんからね」

「ワタクシもずっと楽しみにしていましたわ!いざ会場へ!!」

「ちょ、サクラ子!?そんないきなり!?待ってくださいー」

 

 :草

 :お?

 :会場?

 :二人とも元気だなぁ

 :場所変えるのかな?

 

 本音を言うならもう少しトークで体力回復に時間を割きたかったが、勝負が白熱した結果余裕のあったトーク時間はほとんど無くなってしまっている。インカム越しにスタッフからの指示もありお互い目配せし合って画面の外へと駆け出していく。少し強引な気もするがそこはサクラ子ということで気にされてないみたいだ。

 

 そして配信画面には再びリゼにゃんが……。今度はサクラ子も一緒で散々遊ばれていることだろう。

 

 :リゼにゃんきちゃ!

 :サクラ子はそのままで草

 :サクラ子相手にされてなくて草

 :リゼにゃんはきまぐれ

 :基本猫ってこっちから行くと逃げるからな

 

……

 

 映像が切り替わったことを確認し急いで再び立ち位置に戻る。多少落ち着いたとはいえ額には汗が浮かんでいるしトラッキングスーツも心なしかしっとりして重くなっているようなそんな気もしてしまう……それほどにさっきまでの勝負は熱戦だった。

 差し出されたストローが刺さったペットボトルを受け取り一息に体内に水を送り込む、気分的にはそのままキャップをはずして呷りたいくらいだ。

 

「ふぅ……」

「リーゼさん大丈夫ですか?」

「大丈夫です。行けます」

 

 ほどほどのところで水分補給を終え、同じく差し出されたタオルで汗を拭き休息とも呼べないような短い時間。スーツのチェックと調整をしてくれているスタッフが手を動かしながらこちらの心配をしてくれる。彼女は確か……一番最初の3D体験からずっと見守ってきてくれている相手だ、その心遣いが嬉しい。

 しかし、心配されてしまうということは勝負が終わって少し気が緩んでしまっているのかもしれないと己を律する。それを口にすれば余計に心配されてしまうだろうから微笑を浮かべ力強く言葉を返す。

 

「楽しんでくださいねっ」

 

 一通りのチェックが終わり最後にそんな言葉が送られスタッフは離れていく。どんな言葉を掛けられれば嬉しいかなんてことはお見通しらしい。

 

 同じくチェックを受けたサクラ子とステージ、トラッキングエリアの中央で顔を合わせる。そのまま互いに言葉を掛けることはなく背中合わせの立ち位置へ……互いに言葉などいらない。その顔を見ればわかる、ここからはある意味第二ラウンドが開始されるのだ。

 

「映像終わり次第切り替えます」

 

 開始のカウントダウンが耳に届き、すぅーはぁーと一度深く息を吸って吐き出す。背後からはそれに似たような気配を感じゆっくりと目を閉じる。カウントダウンの言葉が沈黙へと変わり、少し間が空いてのクリック音。

 

 :きちゃ!

 :おお

 :ダンスホール?

 :デュエットか!?

 

 まずは正面に映るわたくしがゆっくりとした手振りで普段より少しだけ低いキーで歌い始め、背後にいるサクラ子にその場を譲るようにスッと横に立ち位置をずらす。そうするとそれを合図にしたように彼女も歌い出しお互いカメラに向かって右と左、背中合わせのままそれぞれのパートを歌い踊る。

 

 :この曲か!

 :サクラ子にしては意外だ

 :リーゼちゃん優雅だなぁ

 :サクラ子は相変わらずキレッキレやな

 :ターンめっちゃ綺麗

 

 その曲は一人の少女の心情を生々しく、毒々しく紡いだ、意味深で危うさをも感じさせるそんな曲。普段のサクラ子を考えればとてもかけ離れた曲を選んだと思われてしまうかもしれないが、それだからこそ一緒に歌ってみたかったのだ。

 

 歌っている時はずっとお互いに背中合わせ、時折するターンでちらりと姿が一瞬目に入る程度。もとより細かいステップが多く彼女の姿を確認する余裕などなく、くるくると回るように互いの立ち位置が入れ替わるが決してその視線は交わらず。まるで別の誰かの事だけを見ているかのよう……。もしかしたら互いの脳裏に浮かんでいる人物は同じかもしれないが……。

 

 :サクラ子とはまた違う感じでうまいなリーゼちゃん

 :動きがほんときれい

 :この病んでる感じをサクラ子が歌うのもいいな

 :ギャップいい……

 

 もとよりフィジカルモンスターであるところの桜龍(おうりゅう)サクラ子にダンスのキレや動きのダイナミックさで勝てるとは思っていない。まず身長や手足の長さからして違うのだ、そしてわたくしの武器は別のところにある。

 

 社交のためと幼いころから叩き込まれてきた立ち居振る舞いとダンス、それはプロである先生からも褒められ認められたものであり今の自信に繋がっている。特に細かいステップとターンに関しては決して負けていないと思う。

 

 くるりとターンしたあとに遅れてついてくるツインテールの軌跡なんかは3Dモデルの出来の良さも手伝って、我ながら美しいとすら感じてしまう程だ。

 

 危ないアソビに怪しく誘うように、何回も同じフレーズを繰り返し。

 いきたくないのに、いきつくとこまで、いきついてしまって。

 あの夜のようにズタズタに心と身体を切り刻んで欲しいと思う。

 

 そんな少女の歌をお互いに歌い終わり、動きを止めて静寂。

 

 :8888888888

 :良かった……

 :こういうのもいいな

 :二人とも最高!

 

「わたくしとサクラ子で歌わせて頂きました、いかがでしたか?」

「最高でしたわ!!」

 

 :草

 :お前が答えるのかよwww

 :いや最高だけどさw

 :最高!!

 :優勝!!

 

 静寂を破ってリスナーに向かって問いかけると間髪入れずにすぐ横から大声量が返ってくる。先ほどまで危うい病んだ少女の曲を歌っていた雰囲気はそれで一気に霧散してしまう。それを見ている方も感じたのだろう、コメントには称賛するものとつっこみ及び草が大量だ。

 

「そしてこのステージも初お披露目です!我らが城のダンスホールはいかがですか?」

「ゴージャスですわ!!」

 

 :またw

 :天丼は基本

 :おやくそく

 :サクラ子www

 :小並感

 :いややっぱり豪華だけどさw

 

 またしても隣から返ってくる言葉、これで狙っていないと断言できるあたり彼女のキャラクターというのはそれだけ確立されているのだろう。ぐるりとあたりを見回し豪華なシャンデリアに飾り窓、床や壁までも煌びやかに飾り立てられているダンスホールを紹介する。サクラ子なんかは先ほどまでの疲れなど一切見せずにその広い空間をぐるりと駆け巡っている。

 

「本来ならもっとじっくりこちらもご紹介したいところですが……ここただのダンスホールだと思いますよね?」

 

 :ん?

 :なに?

 :お?

 

 なんの変哲もない、とは言わないが玉座の間と同じくマリーナとわたくしをはじめとした本物を知る者が監修しているのだ。その出来栄えは疑いようのないものであるのだがそれだけで終わらないのがliVeKROne(ライブクローネ)の技術スタッフ……。

 

「サクラ子!お願いします!!」

「わかりましたわ!ここからはブチアゲて参りますわよ!!」

 

 駆けまわっていたサクラ子が隣に帰ってくるなリ、カメラにビシっと指先を突き付け、そしてそのまままっすぐ天に向ける。その瞬間配信は暗闇に包まれそして彼女の魂を揺さぶるようなシャウトが響き渡った。

 

 :!?

 :ふぁっ!?

 :なんか出てきたが???

 :ダンスホールがダンスフロアになってるやんけ!!

 

 そしてダンスホールのシャンデリアはミラーボール代わりにギラギラとした光を発し、床にはうっすらとスモークが炊かれ更にどこからともなく出てきたライトがフロアを壁を天井を七色に照らしていることだろう。これがスタッフの技術と悪ふざけがこれでもかと結集した魔王城が誇るダンスホールもとい……ダンスフロアである。ちなみにきちんとDJブースも作りこまれてるとか。

 

 基本が城であるため、ステージを制作しているときにアップテンポだったりダンスミュージックだったりどうしても曲調に合わなそうな場合に使うステージ。それは別に作ればいいだけのような気がするが、古めかしいお城のダンスホールがビカビカでキラキラの最新鋭の機材に囲まれたダンスフロアに変貌するのはロマンであるとかなんとか。

 

 余談ではあるが、新たに作るよりはあるものを弄った方がコストダウンという論法で通したらしいが、結局この変貌ギミックだったりこだわりのせいで新しく作るのに匹敵……もしかしたらそれ以上に色々かかっていると……。仲のいい技術スタッフからまお様は聞いているらしい。

 

 最初からトップスピードのサクラ子に置いていかれないようにこちらも彼女のシャウトに英語の歌詞を重ねていく。

 

 :これはアガる!!!!!!

 :きちゃー!!!

 :治安悪くなってきたあああああ

 :HEY!HEY!HEY!

 

 それはまだ大人になっていない者たちからなったモノ、社会に対しての挑戦状。誰かより劣っていたってそれすら武器にして登り詰めていく。おまえたちのようなつまらない社会のモノになんて決してならないという宣言。

 

 四つ打ちのリズムが身体を揺らし煌びやかなシンセによって繋がれるフレーズはまさしくEDM。ハイテンションでアッパーなチューンに合わせて歌い踊る、サクラ子はまさしく本領発揮といったところだろう。

 

 先ほどとは違い横に並んで同じ振りをする場面も多いので必死についていく。地に足が着いている時間の方が短いのではないかと思うほどに飛んで跳ねてカメラの向こうにいるリスナーを、互いを煽りあう。

 

「まだまだ足りないですわ!!」

「もっと!もっと!」

 

 :ハイ!ハイ!ハイ!

 :サクラ子動きえっぐい

 :カッコいいぞー!!

 :もっとだ!

 :最高ー!!

 

 ここまできたらもうテンションに任せ細かいことになんて気を使ってられない、気にしたら最後その瞬間からサクラ子に置いていかれてしまうだろう。それだというのに間奏に入りそれぞれの自由パートに入ると更にギアが上がるのだから勘弁してほしい。

 

 多少リズムが落ちてダンスに余裕が生まれたと思えばその余力が歌声の方に向かうのだろう。こちらも負けないように精一杯声を張り上げる、もともとの声質からしてサクラ子のほうがよく通る……もうあそこまでいけば突き抜けるといったほうが正確かもしれない。それくらいしないと負けてしまいかねない。

 

 畳み掛けるように最後のサビを抜け、最後に思いっきりリスナーを煽りその様子を見て満足したようにいつの間にか背後に置かれている三人掛けの豪奢な長椅子に向かえば、流れるような動作でそこに腰を下ろしポーズと共に最後の台詞を二人でキメる。

 

 :まじでアガった最高すぎる!

 :楽しいー!!

 :イエーイ!!!

 :さいこううううううう!!

 

「っ、はぁ……はっ……っく、はぁはぁ……」

 

 なんとか最後まで乗り切ったところで我慢していた呼吸を再開する。どうしても最後しっかりキメるためにはもう呼吸を止めるしかなかったのだ。

 

「っ、サクラ子……今日は……」

「本当に楽しかったですわっ!!」

 

 :リーゼちゃんもようサクラ子についていった

 :まじ今日のリーゼちゃん覚醒してる

 :ゆっくり深呼吸してもろて

 :ゆっくりで大丈夫だよー

 

「すぅ……はぁ……。っ……わたくしも本当に楽しかったです!」

「この場に呼んでいただいて本当にありがとうですわ!またどこかで一緒に歌い踊りましょう」

「はい!ぶいロジから来てくれたゲスト、桜龍サクラ子に盛大な拍手とコメントを!」

「ではみなさまごきげんよう!」

 

 :サクラ子ありがとう!

 :ごきげんよう!

 :8888888888888

 :ありがとー!!

 :最高だったー!!

 

 一度無理やり深呼吸してなんとか肺に空気を送り込みゲストパートの終わりを告げる。

 

『ではここでひとつ告知があります!』

 

 ここで配信画面が切り替わり予め録っていた音声が流れ告知事項が表示される。ここは無理せずに収録にしておいて本当に良かったと思う。

 

『来週は皆様何の日があるか知っていますか?』

 

 :お?

 :あっ

 :仕事です

 :まさか

 :ク……ク……

 :その話は俺に効く……

 

『もちろん皆様はわたくしと一緒に過ごしてくださいますよね?』

 

 :もちろん!!

 :当たり前だよなぁ!

 :予定なんてないぜ!!

 

『というわけでliVeKROneから公式クリスマスボイスが発売されます!』

 

 :ボイスきちゃ!

 :おっ、お安い

 :やったぜ

 :これでクリボッチ回避や!!

 

『わたくしにとっては初めてのボイスなので……恥ずかしいですが、きちんと聞いてくださいね?約束ですよ?』

 

 :約束!

 :はやく買わせてくれ!!

 :はーい!!

 

『当日は配信もする予定ですが……。クリスマス翌日の夜も予定を空けておいていただけるといいことがあるかもしれません』

 

 :お?

 :翌日!?

 :なんだ?

 

『何か教えて欲しいですか?ふふっ……秘密です♪』

 

 :くっ

 :かわいすぎる……

 :教えてー

 :こっそり教えて

 

『それではリーゼ・クラウゼの3Dお披露目配信ここからもお楽しみください』

 

 告知の裏で念のため渡された酸素缶を口から外す。この告知が終われば再び出番がやってくる。呼吸はだいぶ落ち着いたし、ここまできてしまえば疲労も大して感じないような気がしてくる。ランナーズハイならぬライブハイというやつだろうか。

 

「ふふっ、初めてのボイスが出ます!是非皆様聞いてくださいね?」

 

 煌びやかなダンスフロアからふたたび落ち着いた玉座の間に戻り姿を現す。ボイスの収録は最初勝手がわからず色々苦労したし、それがいざ聞かれてしまうかと思うと恥ずかしさもあるが、成果を聞いて欲しいという気持ちが今は上回っている。

 

 :買うよー!!

 :買うからはやく発売を!!

 :クリスマスなにやるのー?

 :翌日なにするのー?

 

「ありがとうございます。発売はイブの前日になってからですから、それまで楽しみにしておいてくださいね。当日も色々考えてますのでお楽しみに。秘密は秘密ですよ?」

 

 :えー

 :知りたいなー

 :もったいぶらずにー

 

「ここからはわたくしのソロパートですので、わたくしの歌よりもそちらが気になりますか?」

 

 :ソロ歌!!

 :やったー!!

 :まだ歌ってくれるんだ!

 :お歌だー!!

 

 すぐにコメントの旗色が変わりその様子を見て思わず笑ってしまう。それだけ求められているということでどうしても嬉しくなってしまう。

 

「では最後までわたくしの姿と歌、楽しんでいってくださいね。それでは一度落ち着いてこの曲を……」

 

……

 

 そこからは自分の好きな曲、リクエストで知ってそこから好きになった曲。まお様から教えてもらった曲……。そんな思い出の曲たちを披露し気が付けばもう時間は残り僅か。

 

「皆様、本日はわたくしの……、リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信をご覧に来てくださって本当にありがとうございました。ここまで必死に走ってきたこの約三か月の成果を、皆様の応援の成果を、皆様から受け取ったものを少しでもお返しできていればこれ以上に嬉しいことはありません。今日わたくしもようやく本当の意味で魔王への道を歩み始めたと思います。まだまだ未熟な魔王見習いではありますが……これからもどうぞリーゼ・クラウゼの……わたくしの行く先を照らしその歩みを見届けてください」

 

 :もちろん

 :応援し続ける

 :こっちこそいろんなものをもらってるよ

 :今日本当に頑張ったと思う

 :新たな一面知れたと思う!!

 

 どうしても終わりに向かっているということもあってか感情が揺さぶられてしまう。目に入るコメントがそれをさらに刺激してきて嬉しいのに言葉に詰まってしまいそうになる。

 

「明日はまお様!liVeKROneの魔王黒惟まおの3Dお披露目配信です!!これを見るために今日頑張ったと言っても……、もちろん冗談ですよ?でも皆様もきっと同じ気持ちですよね?」

 

 :草

 :宣伝助かる 

 :せっかく感動してたのにw

 :正直なんだからw

 :楽しみだねー

 :ようやくだもんなぁ

 

「それでは最後の挨拶はもちろんアレですからね?」

 

 :おう!

 :はーい!

 :もちろん!!

 :まかせろ!

 

「では皆様本日は本当にありがとうございました!愛してます!おわリーゼ!!」

 

 :おわリーゼ!

 :!?

 :おわリーゼ!!愛してる!!

 :愛してるーゼ!!

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓:これからもずっとずっと一緒ですよ!




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89話 恐怖の特効薬

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/クリスマスボイス23日発売!@Liese_Krause 

#リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信

ご覧いただき本当にありがとうございました!

これからも皆様と一緒に魔王への道を歩んでいきます!!

明日は #黒惟まお3Dお披露目配信 ですよ!

 

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!@Kuroi_mao

#リーゼ・クラウゼ3Dお披露目配信

本当に素晴らしい配信だった

おつかれさま、そしておめでとう

 

 何度も文章を組み立て、崩し、再構成してまた崩し。なんとかそのメッセージをSNSへと投稿できたのは彼女の3Dお披露目配信が終了してから三十分後の事だった。

 

 本来であれば配信中もSNSに感想を投稿しようと思っていたのだが、いざ配信が始まってみればその姿に釘付けになってしまったのだ。

 

 3Dの身体を手に入れ、歌って踊り、サクラ子との大激戦の中で心を揺さぶられるような告白があり、あのサクラ子相手に一歩も譲らないほどのパフォーマンスを見せつけたリーゼ・クラウゼ。

 

 彼女はliVeKROne(ライブクローネ)の同期であり、Vtuberとしての後輩であり、自らを憧れの魔王様と慕って尊敬してくれるそんな子だ。配信終了後は純粋に余韻に浸っていたという事もあるが……それと同時に今まで感じたことの無いような感情が生まれたことに驚き戸惑ってしまっている。

 

 それは恐れ……。

 焦りにも緊張にも似たそれは紛れもなく恐怖であった。

 

 もちろん、3Dお披露目配信が大成功したことは喜ばしいことであるし、それを祝う心は嘘偽りのない本心である。リーゼの頑張りは私が一番近くで見てきたと言っても過言ではないだろう。それだけに彼女の成長と成功は我が事のように嬉しい。

 

 しかし、そんな姿を見せつけられたからこそ……。

 そんなリーゼ・クラウゼの次に3Dお披露目配信をするからこそ……。

 ……怖いのだ。

 

 今までだって私の後からデビューしたVtuberたちがチャンスを掴み、成功を収め。あっという間に私なんか遠く及ばないところまで登り詰めてしまうことなんていくらでもあった。それこそ、今夜の配信でリーゼと共に圧巻のパフォーマンスを見せた桜龍(おうりゅう)サクラ子はその最たるものだろう。

 

 しかしサクラ子の時も、他のVtuberの時もこのような感情が生まれなかったので戸惑っているのである。今回に限ってどうして……と冷静に原因を考えてみるも、思い当たるものはどれもしっくりこない。

 

 客観的に状況のみを見るのであれば、今までは後輩のように接してきた相手であっても突き詰めればそれはそういう立ち位置であっただけである。経緯はともかく同じliVeKROneという事務所に所属し同期として並び立っている相手という点は無視できない違いだろう。

 

 そんな相手の成長と成功を目の当たりにし並び立つ者として恥ずかしくないものを披露できるのか。この上がりきった……自ら上げてしまったハードルを越えられるのかという思いが恐怖を生み出しているのだろうか。

 

 であれば、それは恐怖ではなく焦りや緊張の方が色濃く感じているはずである。

 今感じているこの恐怖はもっと……何か根本的な、自らの存在に関わるような……。

 

……

 

 いつまでも答えの出ない事を延々と考えていたせいで気が付けば配信時間が迫ってきている。色々と考えすぎてしまっているときは何か仕事や作業に没頭するか配信してしまえばいいのだ。

 

────

 

【雑談】本番前夜のちょっとした雑談枠【黒惟まお/liVeKROne】

 

 :リーゼちゃんすごかったなぁ……

 :まお様楽しみすぎる

 :たぶん見たら泣くわ

 :いよいよか……

 :真夜中シスターズがとうとう3Dで

 

「今宵は日付が変わるまで付き合ってもらうぞ、liVeKROneの魔王黒惟まおだ」

 

 :きちゃ!

 :こんまお!

 :こんまお~

 :お付き合いします!

 

「こんまお、明日の事もあるので短めになるが少しだけ話しておこうと思ってな」

 

 :緊張してる?

 :雑談助かる

 :今からドキドキしてる

 :待ちきれない!

 

「緊張はしているさ、何せこれまでの集大成なんだからな。お前たちには随分待たせて……いやこういう感動的な話は明日に取っておいた方がいいか」

 

 :草

 :自分で言わないでw

 :それはそう

 :緊張しているって言いつつそうは見えないんだよなぁ

 

 こういったイベント事に限らず、配信開始ボタンを押す時はいつも多かれ少なかれ緊張している。こればかりはどれだけ長く続けていても変わらないのだろうなと思う。なにも緊張することは悪いことではないのだ。

 

「そういえば、SNSで度々見かけたが我はツイスターゲームはやらないからな?」

 

 :えっ

 :ま?

 :真夜中シスターズツイスターやらず!?

 :トレンド入りしてて草

 

 リーゼとサクラ子の大激戦の影響か、SNSでは黒惟まお、宵呑宮(よいのみや)甜狐(てんこ)夜闇(やあん)リリスからなる真夜中シスターズがツイスターゲームで対決するのではないかというメッセージが飛び交っていたのだ。それはトレンド入りしていたツイスターゲームの関連ワードとして真夜中シスターズまでピックアップされてたことからもかなりの量だったのであろう。

 

「あれはリーゼとサクラ子の龍魔コラボ3D出張版の勝負だと言っていただろう」

 

 :そんな……

 :三人でくんずほぐれつするところが見たいだけの人生だった……

 :もしもやったら誰勝つんやろな

 

「もしも三人でやったとしたら誰が勝つか……」

 

 :リリスやろ

 :いや甜孤だね

 :リリスに100真夜中ポイント賭けるわ

 :リリスちゃんもフィジカルつよつよだからなぁ

 

 コメントを見る限り、やはり普段のダンスや3D配信の時の動きからリリスの名前が多く挙がっている。それは確かにその通りであるし可能性として一番高いのはリリスであることに異論はないのであるが……。

 

「お前たち、我の名前が一切見当たらないのはどういうことだ?」

 

 :あっ

 :それは……ねぇ?

 :やっべ

 :でもまお様は歌がうまいから

 

「まぁ我もあの二人に勝てるとは思ってないが……」

 

 :イケボで迫ればいけるのでは

 :口説き落とせばいける!

 :逆にオモチャにされる未来が見える

 :マジで迫ればいけるって

 

 コメントではリスナーたちが好き勝手色々な事を言っているが、そのいずれにしても最終的にはからかわれ逆手に取られる様子しか思い浮かばない。そもそもあの二人相手にツイスターゲームなんて色々恐ろしくて挑めるはずがないだろう。

 

「まぁやる予定はないので心配は無用だがな」

 

 :ちぇっ

 :じゃあ何するん?

 :つまり真夜中シスターズは3D晩酌を……?

 

「やることを今ここで言える訳がないだろう?配信までのお楽しみだ。3D晩酌は楽しそうだが……各方面に怒られてしまいそうな気がするな」

 

 :それはそう

 :3D晩酌でもないのか……

 :酔ってふにゃふにゃになった3Dまお様とか絶対見たい

 :それ映せますか……?

 :見せられないよ!

 :配信終わったら打ち上げとかしないん?

 

 3Dでの配信ということはもちろんスタジオからの配信ということであり、多数のスタッフに囲まれて晩酌をしても全然酔えそうにない。それでもアルコールに弱い私なんかは酔ってしまうだろうが、その場合三人で飲んだ時の痴態をスタッフに目撃されるということで……、そんな事態になれば二度とスタジオに顔を出せなくなってしまいかねない。

 

「配信後の打ち上げはたぶんないんじゃないか?それこそliVeKROneに所属を発表した時のように向こうから押しかけてくるかもしれないが」

 

 :今度はリーゼとサクラ子も呼んでもろて

 :3Dお披露目配信打ち上げ配信してもろて

 :いいじゃん

 :それだ

 

 たしかに3Dお披露目という大きな節目とも言えるイベントを乗り越えたのであれば打ち上げがあってもおかしくはないのだが。誰からもそんな話が出ていないことを考えると実現性は薄いだろう。しかし、一連の配信が一段落した時にはお世話になった感謝を込めてささやかな祝宴を開くというのもいいかもしれない。

 

 もっともそれを配信でとなると、また考えなくてはいけないことが大量に出てくるので要検討ということにしておこう。

 

「まだ終わってないのに終わった後の話をしても仕方あるまい、かといって明日の事もそれほど言える訳でもないが」

 

 :それはそう

 :詰んでね?

 :じゃあ小粋なトークを

 :リーゼちゃんの感想はー?

 

「まだ本人が語っていないので控えめにしておくが、正直圧倒されてしまったよ。リーゼとサクラ子、二人の魅力がまた沢山の人々に伝わったんじゃないかな?」

 

 :ほんとそれ

 :リーゼちゃんは結構意外だった

 :リーゼの新たな面見れたよなぁ

 :魔王城すごいことになってて草だった

 

 もうさすがにスタジオから帰ってきているだろうか、物思いに耽っていたせいでメッセージのやりとりもまだ出来ていない。彼女のことだからこの配信も見ているのかもしれないが、あとできちんとメッセージを送っておこう。

 

「魔王城は……まぁすごいことになっていたな。力を入れる部分が少しズレているというか……、それでいて技術は確かなものを持っているものだから運営的にもなかなか大変らしいぞ」

 

 :草

 :やりたい放題だもんなぁw

 :運営ファイト

 :まお様も監修してるんだから共犯じゃ

 

「我は参考までに自由な意見を……と聞かれただけだからな、それを実行に移すかは我の領分ではないのでな」

 

 :ダンスフロアの機材に口出してそう

 :絶対ノリノリで話してたろ

 :技術班が勝手にやったことです

 :確実に共犯なんだよなぁ

 

 たしかに意見を求められた際、実行可能かどうかは置いておいて色々と好き勝手に語りはした。しかし、それらがあのような形で実現されるとは思ってもみなかったのだ。

 初めてその光景を目の当たりにしたときは私も運営同様に開いた口が塞がらなかった。その責任を取るように言われたとしても正直困る。

 

……

 

 リーゼのお披露目について程々に語り、そのあとはいつも通りコメントを拾いつつの雑談。そうこうしているうちに時計の針は二本とも真上を指し、配信ソフトを映しているディスプレイ端の日時表記は黒惟まお3Dお披露目配信当日になったことを告げている。

 

「では日付も変わったのでそろそろこのあたりにしておこう」

 

 :はーい

 :おつかれさまー

 :本番ファイト!!

 :とうとう今日か……

 

「我、黒惟まお3Dお披露目配信は今日、二十一時からの予定だ。ずっと待たせてしまっていた3Dの姿を是非見に来て欲しい」

 

 :もちろん!

 :何があっても見に行く

 :ずっと待ってた!

 :楽しみすぎる

 

 改めて言葉にすることで実感が湧いてくる。これから寝て、起きればスタジオに向かい最後のリハーサル、そしてそのあとは本番。配信前は色々と考えてしまったがリスナーと話しているうちにどうしてそこまで思い悩んでしまっていたのだろうという気分にさせてくれた。

 

 そんなリスナーたちのために私は全力を尽くすまでだ。

 

「では3Dお披露目配信で、新たな我の姿で会おう。今宵は付き合ってくれて感謝する。おつまおー」

 

 :おつまおー

 :しっかり寝るんやで

 :おつまお!

 :こっちこそありがとー!

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:お披露目配信で待っているぞ




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

90話 スキンシップ

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!さんがリツイート

liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

【◆#黒惟まお3Dお披露目配信◆】

本日12月20日21時~

昨日に続き本日は黒惟まおの3Dお披露目が行われます!

待ちに待った魔王の真の姿が明かされます!

是非ご視聴・ご声援くださいませ

 

待機所はこちら▽

vtu.be/kRsmOthM

 

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!@Kuroi_mao

いよいよ我も真の姿で顕現できるようだ

長く待たせた分、期待に応えることを約束しよう

会えるのを楽しみにしている

#黒惟まお3Dお披露目配信

 

「これで問題ないでしょう」

「ありがとうございます」

 

 予定通りに朝からスタジオ入りし、ソロパートのリハーサルを行った後マリーナに呼ばれ何事かと社長室に赴けばいつもの魔力健康診断。魔力隠蔽兼体内の魔力量をチェックする魔道具であるブレスレットを外され、両手に手を添え少しの間瞑想するように目を閉じていた彼女が小さくうなずいて手を離したのを合図にこちらも手を引いて再びブレスレットを装着する。

 

 昨夜のうちに溜まっていた魔力は魔石に移していたし、魔石自体もほんのり赤みを帯び始めた程度だったので今日は交換のために持参はしてない。この感じだと恐らくあと一週間くらいは余裕があるだろう、それを証明するようにブレスレットについた石はほとんど色を変えていない。

 

 最近はマリーナとの特訓の成果もあり、自らの体内に宿る魔力の総量がなんとなくだがわかるようになってきた。しかし、それが彼女の言うところの膨大な……と評されるほどであるかは他人と比べることができないのでまだしっくりきていないのが現状である。

 

 先生曰く、次の段階は他人の魔力を感じられるようになることらしいが、相変わらず魔力の行使については自分一人ではまったく行えない。ただ、ささやかな成長として体内の魔力の流れを感じよりスムーズに魔石に魔力を誘導できるようになった。といっても……用意してもらっている魔石を握ればどういう原理か勝手に魔力は移っていくので時間的には大差ないのだが。

 

「お嬢様から昨日の配信でいつも以上に魔力が流れ込んできたと聞いておりますから、十分にお気をつけください」

「わかりました、今はほとんど空っぽに近いですし一週間分の配信くらいは余裕があると思います」

 

 だから大丈夫ですよ。と今までの経験からだいたいの目算を口にすれば彼女の見立てからも大きくは外れていなかったのであろう小さく頷いてくれた。おそらくはリーゼから話を聞いて色々と気を回してくれているのであろう、そういう点でも私はとても恵まれている。

 

「それと、大丈夫だとは思いますがあまりヤンチャはしないようにお願いいたします」

 

 念のためと刺された釘は先日のリーゼとサクラ子の配信を受けてのものだろう、詳しい話までは聞けていないが色々とスタッフはハラハラさせられたらしい。もちろんスタジオにはマリーナもいただろうし、もしかしたら頭を抱えるような事態があったのかもしれない。今度それとなく二人に聞いてみよう。

 

「大丈夫ですよと言いたいところですけど、今日のゲストもなかなか手強いですからね……」

 

 サクラ子に比べればフィジカル面では幾分おとなしめだが、こと配信上でのやりとりについてはこのあと合流する二人組もなかなかの曲者である。なにせ姉妹としてずっとやってきているのでそのあたりは心得てはいても配信者としてどうしても面白い方に舵を切ってしまいがちだ。あの二人が突っ走ってしまった場合、私はなんとかうまい具合に収集をつけなくてはいけないので後のことを考える余裕まであるかは自信がない。

 

 しかし、それでいて最後には収まるべきところにキレイに収まるんだろうなと思う程度には信頼がある。

 

「くれぐれもよろしくお願いします」

「微力を尽くします」

 

……

 

「おべんと食べたらなんや眠うなってきたなぁ……」

「時間あるし起こすから少し寝たら?」

「じゃあ遠慮なく~、まおちゃんこっちこっち~」

 

 そう言いつつソファーに移動しこちらを手招きしてくる宵呑宮(よいのみや)甜狐(てんこ)とわざわざ食後のお茶を出してくれる夜暗(やあん)リリス。そんな対象的な彼女らは今日の3Dお披露目配信のゲストであり、それぞれにきちんと控室が用意されているはずなのにさも当然のように私がいるリフレッシュルームに集結していた。

 

「はいはい」

「はいは一回やろ?じゃあそこ座ってー」

「はい、これでいい?」

「あーやっぱりこの枕やわ~おやすみー」

 

 何を要求されるか予想は出来ていたため指示されるままにソファーに腰を下ろし、膝に甜狐の頭が乗せられても大した驚きはない。そんな私の様子を下から見上げる甜狐はとても満足そうで宣言通りに目を閉じすぐに静かに寝息をたて始める。人の事務所のリフレッシュルームで膝枕を要求し、その上でここまでくつろげるというのは一種の才能と言ってもいいだろう。

 

 普段ならこの手のお願いは一蹴するのだが、こと今回の3Dお披露目配信に関しては二人に色々お願いしてしまったこともあってほとんど言いなりである。まぁこんなことで少しでも恩義に報いられるならお安い御用だ。

 

「リリスも収録で遅かったんでしょ?少し寝たら?」

「大丈夫……」

 

 自然と膝上にある頭を撫でつつも、こちらからの提案には小さく首を横に振るリリス。甜狐と同じく膝枕を所望してきそうなものだがそういう気分でもないらしい。

 

 甜狐が寝入ったこともあってリフレッシュルーム内は静かなものだ。配信上ならともかくリリスはもともと口数が多い方ではないし、この沈黙がなにか気まずいといった風に感じることもない。

 

「リリスもなにかして欲しい事とかあったら言ってくれていいからね?」

「……一緒に歌って踊れれば、それでいい」

 

 今回のことでこれ幸いと色々要求してくる甜狐に比べてリリスからはその手のお願い事というのはほとんどされていない。振り付けの件もあって、今なら何でもお願いを聞く覚悟ではあるのだが返ってきた言葉はとてもささやかな願い、それもあと少しで叶えられるものだ。

 

「振り付け本当にありがとね」

「ん……」

 

 急遽お願いしたにも関わらず、リリスは数日で振り付けを考えその上練習にまで付き合ってくれた。その振り付けにしても簡単過ぎず難し過ぎず、一部に以前の振りやステップも自然と組み込まれていたので自分でも驚くほどにあっさりと覚えることができた。もちろん考案者である彼女が付きっきりで教えてくれたおかげなのだが。

 

「リリスはさ……」

「……なに?」

「……どこか事務所に所属しようって思ったことはある?」

 

 それはいつか聞こうと思って、ずっと聞けないでいたこと。それこそお互い個人勢として活動している時も、どこか事務所に所属できないかと奔走していた時も、liVeKROneに所属することが決まった時もきっかけがなくて聞けなかったこと。

 それをどうして今、このタイミングで口にしたのか自分でもはっきりとした理由はわからなかったが口をついて出ていた。

 

「……なくはない。けど、今のままでも夢は叶えられるから」

「……そっか、リリスはすごいね」

 

 私よりも長く、それこそVtuber黎明期から個人勢として活動してきた彼女のことだ。私なんかよりも色々な事を考え、感じ、選んできたのだろう。そんな相手に子供みたいな称賛の言葉は軽く聞こえてしまうかもしれないが素直な感想なのだから仕方がない。

 あの頃から個人でVtuberを初めて今でも現役最前線で活躍している者など限られている。今となっては私も活動歴から古参扱いされることも増えてきたが彼女に比べればまだまだだろう。

 

「まおは所属して良かった?」

「うん」

 

 きっかけは当時の私からすればとんでもないものだったが、結果としてかわいい妹ができて、頼りになる同期ができて、今日の3Dお披露目配信を迎えられている。きっとあの出会いがなければ今も私は仕事に追われながら叶うかどうかわからない夢を追いかけていただろう。

 それに、もしかしたら……どこかで折れてしまっていたかもしれない。

 

 でも今はこんなに恵まれた環境でひたすらに夢に向かって走ることが出来ている。

 

「……なら良かった」

 

 そう言って優しく見守るように微笑んでくれるリリスはやっぱりお姉ちゃんで。私の尊敬するVtuberの大先輩である。

 

「まおちゃん、甜狐はー?」

「寝てたんじゃなかったの」

「甜狐はー?」

 

 言葉は少ないが互いに思っていることはなんとなく通じ合っているような空気に浸っていると、膝の上から少しだけ不服そうな声が聞こえてくる。途中から起きて聞き耳を立てているのはなんとなく気付いていたがとうとう我慢できなくなったらしい。狐でも狸寝入りと言っていいのだろうか。

 

「はいはい、甜狐もすごいよー」

「どんなとこがー?」

「人の事務所で膝枕を要求してそのまま寝られるところとか」

「……ふふっ」

 

 いつもの調子であしらってみるもそこで引き下がるような相手ではない、軽く笑いながら告げた言葉にそんな私達を見守っていたリリスからも小さく笑い声が漏れている。

 

「まおちゃんのいけずぅーこうしてやるー」

「あっ、こらっ。ちょっと!」

 

 そう言って甜狐は私の膝に顔を埋め、両腕で私の腰をがっしりホールドしてくる。いつも思うがその細腕のどこにそんな力が隠されているのか不思議だが今はそれどころではない。

 ソロでのリハーサルのあと一度着替えているとはいえそれなりに動いた後だ、ただの膝枕ならまだしも顔を埋められるのは不味い。

 

「甜狐っ、ほら離しなって!」

「いやどすーまおちゃんが甜狐のすごいとこちゃんと言ってくれるまでは死んでも離しませんー」

「このっ、っとほんと力強いんだから……っ」

「ふふふー、すべすべのお腹~」

「きゃっ、……甜狐ーっ!」

 

 なんとか振りほどこうとソファーの上で身じろいでみせるがまったく効果がない、それどころか動けば動くほど腰に回された腕によってシャツがめくれてしまい甜狐の顔がお腹の上に移動し、はたから見ればソファーの上で押し倒されているように見えるだろう。

 

「宵呑宮、まお……」

「リリスも見てないで助けっ……」

「……スタッフさんが呼んでる」

「……えっ」

 

 かけられた声に抵抗する動きをピタリと止め、ゆっくりと扉の方へと顔を向ければ……。そこには微笑ましいものを見るようにこちらの様子を見守っているスタッフの姿がある。

 

「そろそろ午後のリハーサル始めますので準備の方お願いします」

「えっと……はい」

「はーい」

 

 なにかつっこみなり今の状態について言及があれば言い訳のしようもあったのだが、一切触れられずに用件のみを伝えられれば返事をするしかなく、ようやく満足したのか私の腰から腕を離した甜狐は私とは対象的に呑気な返事をした後小さな欠伸をかみころしている。

 

「甜狐……あんた覚えてなさいよ」

「おー、こわ……こんなん姉妹のスキンシップやんかー」

 

 この悪戯化狐はいつか懲らしめてやらないと……。

 




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

91話 黒惟まお3Dお披露目配信①

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!@Kuroi_mao 

今宵21時からは我の3Dお披露目配信が始まる

感想やスクショなど #黒惟まお3Dお披露目配信 をチェックするので

たくさん投稿してもらえると嬉しい

 

宵呑宮(よいのみや) 甜狐(てんこ)@Live*Live二期生/新曲聞いてな~@yoinomiya_tenco 

今日はまおちゃんの3Dお披露目にお呼ばれしとります~

真夜中シスターズ3Dお楽しみにぃ

#黒惟まお3Dお披露目配信

 

夜闇(やあん)リリス@もうすぐクリスマス♥@yaan_lilith 

今日は黒様の3Dお披露目に来てるよー!

3Dってことはお触りOKってコト!?

黒様のはじめていただいちゃいます♥

#黒惟まお3Dお披露目配信

 

 最後のリハーサルも予定通りに終わり、控室に戻って一息つく。

 

 思えば私が黒惟まおとなってから二年と少し、色々なことがあった。……まぁ本当に振り返るならば、ただの魔王として活動していた頃からだ。それこそ高校生の頃まで遡らなければいけなくなってしまう。

 

 そう思うともう……、と年数を指折り数えそれを途中で止める。果たして年ばかり重ねて、それに見合った成長は出来ているのだろうか。

 

 学生の頃からネットの世界にハマり、痛い目を見つつも細々と歌ってみた動画を上げ始め。静に出会い、幼馴染であるつかさの協力も得て界隈ではそれなりに有名になり。Vtuberという新しい文化に触れ……その出会いをきっかけに黒惟まおが生まれた。

 

 そんな黒惟まおも二周年を迎え個人から企業所属になり、いつかは叶えたかった3Dでの配信が目前まで迫ってきている。しかも、その企業というのが本物の魔王に従う魔族の社長が立ち上げたもので魔界のお姫様が同期だ。更に将来は魔王を継いでほしいと言われている。こんな荒唐無稽な話、学生時代の私が聞けばいい大人になってまた中二病が再発したのかと頭を抱える事だろう。

 

 もっとも、リーゼたちとの出会いがなければ今だってとても信じられたものではないのだが……。

 

「だーれだっ」

 

 これまでの事を思い返しながらのんびり過ごしていると突如目の前が何者かの手によって覆われ、何も見えなくなってしまう。

 背後から聞こえてくる声は限りなく配信中のリリスの声だが、基本的には配信外でその声を聞く事はない。悪戯のためだけにそんなことをするような彼女ではないし、であれば相手はおのずと決まってくる。

 

「その声は甜孤でしょ」

「半分せいかーい」

「半分?」

 

 相手からしても声の主が当てられることは想定していたのであろう、あっさりと認めながらもその声は後ろから側面へと移っていく。それでも私の目を塞ぐ手が動かないということは……。

 

「……だーれだ」

「リリスまで甜孤に付き合う必要はないんだよ?」

「……正解」

 

 今度は配信外でよく聞くリリスの声が耳に届く。つまり、私の目を塞いでいたのは最初からリリスで声をかけたのが甜孤だったということだろう。私からの返答をもってあっさりと視界を遮っていた手が引かれる。

 

「なんや、いっつもまおちゃんはオフリリスには甘いんやから」

「どうしてそうなるか胸に手を当ててよーく考えてみなさい?」

「いけずやわぁ」

「……というか二人ともいつのまに」

 

 不服そうに頬を膨らませる甜孤に対して満更でもなさそうな微笑みを浮かべるリリス。私の言葉を受けて自然とこちらの胸元に手を伸ばしてくる甜孤の手をぺしりと叩き落とし、今更ながら突然の来訪について首を傾げる。

 

「ちゃーんとノックはしたでー?」

「……返事聞こえた」

 

 どうやら物思いに耽っているうちに上の空で反応していたらしい。言われてみればノックが聞こえたような……返事をしたような気もしてくる。

 

「それじゃ、何か用……って訳でもないか」

「まおちゃんが緊張してるかもしれん!って居ても立っても居られなくて来たのになぁ」

「……宵呑宮に誘われた」

 

 大方手持ち無沙汰になってしまい暇つぶしの相手を求めてやってきたのだろうと思うが……、大きくは外れていないだろう。こちらも物思いに耽るかダンスや進行について振り返るくらいしかやることがなかったので来てくれたこと自体は嬉しい。普段の配信と緊張具合もあまり変わらないのも安心できる二人が居ればこそだ。

 

「うちのスタジオはどう?」

「んー?広いし色々揃ってるし文句なしやわぁ。Live*Live(ライライ)のスタジオより立派なやいの?羨ましいわぁ」

「今後も使わせてもらいたいくらい……」

 

 そういえばと、マリーナからはスタジオの使い心地について聞くよう言われていたことを思い出しその話題を振ってみたが、3D配信経験の多い二人がこう言っているのだから評価としては良いものなのだろう。Live*Liveには収録するスタジオにはお世話になったことはあるが3D配信用のスタジオには縁がなかったため比較しようがなかったのだ。

 

「私とリーゼの3D配信が落ち着けば法人向けに貸し出しもやるって聞いてるから、そのあたりは後で問い合わせてみて?たぶんリリスなら個人でも対応してもらえると思うし」

「わかった」

 

 現状、そんなに頻繁に3D配信をする予定も立てていないしせっかくの設備を遊ばせておくのももったいないということでスタジオ運営も視野に入れているとは当初から聞いている。流石に設備が設備なだけに個人が気軽に使える規模ではないと思うが、リリスくらい実績があるのであれば問題ないだろう。

 

 本当ならもっとたくさんの個人勢……気軽に3D配信を行えないような人にこそ使ってほしいのだが、なかなかそうはいかないのが現状だろう。

 

……

 

「黒惟さん、こちらに宵呑宮さんと夜闇さんも……いらっしゃいましたね。そろそろスタジオに移動お願いします」

 

 3D配信あるあるやスタジオについての話題で盛り上がっているうちに予定の時間を迎えたらしい。私達が居ることを確認したスタッフから指示が出る。

 

「それじゃ二人ともまた後で」

「しっかりステージ温めておいてなー」

「……がんばって」

「はいはい、頑張るよ」

 

 それじゃあ役割が逆じゃないかと思うが、開幕はもちろん私からなので仕方ないしもちろんそのつもりではある。一度自分の控室に戻る二人と別れ、スタジオへと向かう前にスマートフォンを取り出し先ほど投稿したものを聞き返して気合を入れ直す。

 

 では、行こう。

 

黒惟まお@liVeKROne/20日21時から3Dお披露目!@Kuroi_mao 

 1/1

 1:48

 

『まおちゃん緊張してるんやないのー?』

『黒様ー!あたしがその緊張をほぐして、あ・げ・る』

『お前たちのせいで緊張なぞどこかいってしまったわ』

『それじゃっ、黒様から意気込みをどーっぞ』

『せっかく二人が来てくれたんだ、最高の配信になることを約束しよう』

『自信満々やねぇ、それじゃあ今夜は本気の真夜中シスターズ見せつけたりましょ』

『リリスちゃんも頑張るから応援よろしくー。お弁当おいしかったでーす』

『甜孤のことも忘れずに~、ええとこのおべんとやったなぁ』

『お前たちは本当に……、では配信で会おう』

 

────

 

【黒惟まお3D】我が城にようこそ、ゆっくり寛いでいってくれ【liVeKROne】

 

 :音声メッセージ助かる

 :真夜中シスターズ3D楽しみすぎる

 :楽しそうだなぁ

 :今日こそビームくるやろ

 

    ¥11,961

 まお様おめでとうございます

    ¥1,000

 ずっと待ってました

    ¥9,696

 ビーム祈願

    ¥500

 ずっと待ってた!おめでとう!

    ¥50,000

 まおにゃんゲスト代

 

 準備を終えスタジオに入り、細かな調整を終え立ち位置につく。目の前には複数のモニターが並び、もうすっかり見慣れた黒惟まお(わたし)の姿といつも以上に大量に流れていく待機所のコメントが表示されている。

 

 そしてモニターから視線を外し、少し脇の方へと向ければまずマリーナが目に入り。そこから少し離れたところに私と同じようにモーションキャプチャースーツを着たリリスと甜孤、そして大勢のスタッフたち。

 

 この光景だけで本当に多くの人たちの支えがあって今があるのだと改めて実感するが、深く考えれば何か込み上げてきそうで思考を本番へと魔王黒惟まおのものへと切り替えていく。

 

『我の名は黒惟まお、とある世界で魔王をやっていたのだが──』

 

 :きちゃ!!

 :はじまった!

 :いきなりこのOPは泣かせに来てるやろ

 :あかん泣く

 :総集編はあかんて

 

 とある曲をアレンジしたロングイントロと共に黒惟まおとしてデビューしてからこれまでを振り返るように次々と配信風景が流れていく。それは今見れば初々しくたどたどしく、何をするにも手探りだった頃……。

 デビューから一か月……三か月……半年、そして一年。配信の一場面を切り抜いたであろう画像を見ればどれもこれも懐かしく、またその全てが今の黒惟まおにとって必要不可欠だったもの。

 

 その画像の中には様々なVtuber(仲間)の姿があり、コメント欄も思い出を懐かしんでいるようだ。

 

 :懐かしいなぁ

 :コラボもほんと沢山したよなぁ

 :まおの女たちや

 :まじで人脈すごいんよな

 :あの子もいたなぁ……

 

 そして数か月前に迎えた二周年……。大きな決断と共に新たな一歩を踏み出した記念すべき日。それでもついてきてくれた者たち、新たに加わった者たちと共に今日また新たな一歩を踏み出す。

 

 :まお様!!!

 :うおおおおおお!!

 :すげぇ

 :これは……

 :期待以上や

 

 踏み出した一歩は力強く、魔王たる威厳と魔力をその身に纏い。余裕のある笑みを携えて。

 オープニングから流れていたアレンジイントロが本来のメロディーラインへと切り替わる。

 

 :綺麗……

 :この曲は!?

 :まじか

 :一曲目からこれかよ!?

 

 それは明けと宵を司る星を意味する曲であり、後世まで魔王として語り継がれた堕天使の歌。

 天使から送られたこの曲以上に新たな一歩を踏み出すにふさわしい曲はないだろう。

 

 歌うたびに納得がいかなくて、天使の影を追って何度もやめようかと思うたびに歌うこの曲の歌詞に勇気付けられ励まされた。

 

 黎明の子にして、明けの明星たる化身。神に愛され、挑み、堕とされ、愛されなくなってしまったもの。

 

 人である来嶋(くるしま)音羽(おとは)ではなく、魔王である黒惟まおとしてなら歌える。

 ……否、人から魔に堕ちたこの身であればこそここまで気持ちを込めて歌えるのだ。

 

 :天使ちゃんのもいいけどまお様のもいいな

 :まるで別の曲みたいだ

 :これ二人で歌ったらどうなるんだ……?

 

 熱い……、信仰が……思いが力となって我が身に降り注ぐ。これまでに感じたことの無い熱さと、今ならば何でも出来てしまうのではないのかという全能感。いまなら……そう神だって……。

 

 無限に引き延ばされたように感じていた時間もその役割を放棄まではしていなかったようで曲が終わる。あれだけ歌い踊りきるたびに上がっていた息はひとつも乱れず、気づけば玉座に脚を組んで座っていた。肘置きに肘をついて身体を傾かせ薄く笑いながら余韻を楽しむ余裕まである。

 

「我が城にようこそ、liVeKROneの魔王、黒惟まおだ。今宵は我に付き合ってもらおう」

 

 そうして黒惟まおの3Dお披露目配信は幕を開けたのである。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

92話 黒惟まお3Dお披露目配信②

【黒惟まお3D】我が城にようこそ、ゆっくり寛いでいってくれ【liVeKROne】

 

「まず初めに我が盟友である天使(あまつか)沙夜(さや)の曲を歌わせてもらったが如何だったかな?」

 

 :最高でした

 :まお様本当にかっこいい

 :ひれ伏しました

 :さすが魔王様

 

 称賛のコメントたちをゆっくりと眺め、満足したように笑みを深める。リハーサルよりも更に尊大に、緩慢な動作で脚を組み替える様子はいかにも上位者然としているであろう。

 意識してやっていた時はわざとらしくないか?などと心配もしていたが、今は意識せずとも普段からやっているかのように振舞えている。歌っている途中から感じていた全能感と共に自身の新たな一面を見つけてしまったような……不思議な感覚だ。

 

「まぁ我は堕天したという訳ではないのだが……、魔王に由来があるこの曲をこの記念すべき日に歌うことが出来て本当に嬉しいよ。あらためて天使に……沙夜に感謝を送りたい」

 

 組んでいた足を崩して揃え、胸元に手を当て目を閉じ幼馴染であり親友でもあるつかさの姿を思い浮かべる。これほどまでに黒惟まおとして振舞えているのは曲の力ももちろんあるだろう。この配信も予定を空けて見てくれると言っていたし、きちんと歌声と思いが届いていることを願う。

 

 :天使ちゃんありがとう!

 :ぴったりの曲だもんなぁ

 :まお様堕天使説か

 :まおさやてぇてぇ……

 

「そしてこの姿……といっても座っていてはよく見えないか」

 

 ゆっくりと目を開けたあと自らの姿を確認するように視線を下ろすが座っていては全てを見せる事はできない。そんな簡単な事も見落としてしまいかねないあたり、落ち着いて振舞っていてもその実浮かれてしまっていることがよくわかる。軽く自嘲するようにふっと笑い玉座から立ち上がり改めてカメラの前で自らの姿を披露する。

 

 :美しいですまお様

 :すげぇしか言えない

 :ほんっと細かい

 :リーゼちゃんもだけどまお様も力入ってるなぁ

 :足組んでたまお様もよき……

 :後ろ姿もお願いします!

 

「そう褒められてばかりでは少し面映ゆいな、後ろはこのような感じだな」

 

 いつもの配信ならばいくつか突っ込みどころのあるコメントが目に入るものだが、初めての3Dお披露目配信ということもあってか目に入るのは称賛のコメントばかり。それに若干の照れを感じてしまうのは初心なのではなくリスナーとのコメントでのやりとり(プロレス)に慣れてしまったせいだろう。

 しかし、そんな反応も納得できるくらいの出来栄えだと自分でも思っているので純粋な褒め言葉は照れてしまうがそれ以上に嬉しい。

 

 コメントのリクエストに応えてカメラに背を向ける。リーゼのように髪の毛を結っているわけではないので控えめに露出された背中はほとんど見ることはできないが、その代わり黒絹のような長い髪に映える赤いメッシュと毛先にかけてのグラデーションが美しく表現されていることだろう。

 

 :まお様も地味に背中は開いてるのか

 :これはポニテ実装が待たれる

 :髪の毛の表現も細かいなぁ

 :赤メッシュほんとすこ

 

「後ろ姿を見せるというのも新鮮で不思議なものだな、このドレスと合わせて色の調和がとれていていいだろう?」

 

 普段の配信ではもちろん正面からの姿しか映すことが出来ず、わざわざカメラに背中を向けるというのもなんだか新鮮で面白い。再びくるりと正面へと向き直ると、黒に赤い装飾のドレスと黒髪に赤いメッシュが共にふわりと舞う姿は何度見ても美しく、時間が許すならしばらく画面を確認しながら暫く続けたいくらいだ。

 

 :まお様といえば黒と赤みたいなところある

 :好きです

 :ふつくしい……

 :黒に赤はほんと映えるよなぁ

 

「さて……、我の姿についてはとりあえずこのあたりにしてこうか。改めて我が城はどうかな?先日リーゼの配信で初披露となったが、魔王の城に相応しいだろう?」

 

 両手を広げ自らの居城を誇るように笑みを携えリスナーへと問いかける。リーゼの配信で好評だったことはもちろん知っているのだが何度だって誇りたくなるくらい理想通りのロケーションに立っているのだ。

 

 :まお様が居るとしっくりくる

 :また玉座に座ってー!

 :ほんと似合ってる

 :まお様のお気に入りポイントは?

 

「また玉座に座ってほしいと?リーゼの時のように踏んで欲しいというのではあるまいな?」

 

 :座ってー!

 :踏んで!!

 :イグザクトリー

 :見下して!

 :歌った後のまお様ほんと最高だった……

 

「ふんっ、我はリーゼのように優しくはないぞ?」

 

 そう言って再び玉座に腰を下ろして自然とこちらを見上げるように構えているカメラへと視線を向ける。

 

 :そう言ってやってくれるのがまお様

 :やっぱまお様なんだよなぁ

 :お似合いですまお様!!

 :さぁその足を!!

 

「踏んでやってもいいが……顔を上げることを許すとでも思ったか?この我を仰ぎ見ることを許されるとでも?頭が……高いのではないか?」

 

 先日リーゼが同じシチュエーションで見せた姿には随分驚かされてしまったが、実際に同じ立場になってみればそうなるのがわかってしまう。ただでさえ、絶え間なく供給される魔力によって普段より力が増しているように感じているのだ。それが行動や精神に影響を及ぼさないはずがない。

 

 :あぁ……

 :そんな……

 :お慈悲を……

 :カメラもしっかり下向いてて草

 :この魔王ノリノリである

 :今日のまお様かなり魔王してる

 

 カメラが下を向いたことを確認して足を差し向ける、いまその視界には足の影が映るのみだろう。

 

「純粋なリーゼにあのようなことをリクエストした罰だと思い知るがよい」

 

 :反省してます……

 :あまりにもむごい……

 :鬼!悪魔!魔王!!

 :リーゼちゃんも案外ノリノリだったんだよなぁ

 :その視線だけでもご褒美です……

 

 すっと足を引けばそれを合図にカメラも普段の画角に戻る。いまの一連の流れを特に事前の決めもなく流れを見てやってくれるのだからノリも技術も信頼できる。

 

「さて……そろそろ謁見の者が来ると聞いているが……」

 

 チリーンと来訪者の合図であるベルの音が鳴り響く。

 

「どうやら到着したようだな、では迎え入れる準備をするため一度失礼する」

 

 :お

 :来るか?

 :シスターズくるか?

 :とうとう揃うのか

 :もしかして待機まおにゃん来る……?

 

 決められていたセリフを口にすると一度画面は暗転し準備のためのものへと切り替わる。

 昨日のリゼにゃん待機動画のせいか、まおにゃんを期待するコメントが一部流れてくるがもちろんそんなものは用意していない。

 

 まおにゃんはこんなところで使える程、気安くはないし忙しいのだ……にゃん。

 

 代わりに画面に映し出されているのは"魔王様公務中"と表示され机に向かう己の姿。時が経つにつれて机の上に乗っている紙の束がどんどん増えていき……それをなんとか片付けるべくノビをしたり、眠たそうに舟をこいだりしている様子がリアルに描かれている。まるで配信と仕事を両立していたときの私である。

 

 :まおにゃんどこ……?

 :まーた魔王様が残業しておられる

 :管理職って大変だよな

 :草

 :心が痛い……

 :もう残業はないはずじゃ……

 

 その間に軽く水分補給を済ませ、集まり続ける魔力によって熱を帯びているように感じる身体を冷やす。そう感じているだけで実際には目に見える汗だったり発熱だったりはないのでなんとも不思議な感じだ。この分だと配信が終わったときには大量の魔石に魔力を放出しなければならないだろう。

 

 そんなことを考えつつスタッフからチェックを受けつつ、出番に向けてスタンバイしている甜孤(てんこ)とリリスへと視線を向ける。

 

 さすがに3D配信に慣れているだけあってその様子は落ち着いていてチェックを受けるにしてもとても手慣れているようだ。そんな中ふと甜孤と目が合い、ニコリと笑って見せる。

 てっきり向こうからもすぐに笑みが返ってくるものだと思っていたが、一瞬何か言いたげな表情を見せた後それは笑みによって隠された。

 

 甜孤にしては珍しい表情の変化だったので一瞬の事でも付き合いの長さもあって気付く事が出来たが、何か配信に関して心配事でもあるのだろうか。

 次いでリリスとも目が合うがこちらはいつも通り微笑みを交わし合う。

 

「では、映像終わり次第切り替えます」

 

 インカムにスタッフの指示が入り、私は玉座に座り直し二人は玉座の前に跪き、その様子が配信画面へと映し出される。

 

 天狐である宵呑宮(よいのみや)甜孤(てんこ)は巫女装束をアレンジした和装に身を包みその後ろ姿からはふさふさの四本の尾が楽し気に揺れている。サキュバスである夜闇(やあん)リリスは超ミニスカートに胸のすぐ下までしか丈がないセーラー服、いわゆるマイクロミニセーラー服だ。これでも色々なものに配慮し2Dモデルよりは若干抑え目だというのは本人の談である。

 

「では、用件を聞こうか」

「はい、魔王様。とある方が最近他の女にかまけてばかりで甜孤の相手をしてくれないんです。魔王様の力で何とかなりませんか?」

 

 :きちゃ!

 :草

 :それってまお様じゃ

 :まぁお願いする相手は間違ってはいない

 

「……。もう一方の用件も聞こうじゃないか」

「はい!魔王様!黒様……じゃなかった、とある方がいつまでたってもリリスちゃんと関係を持ってくれないんです!!今日だってお触りできると思って来たのに!!」

 

 :草

 :もう黒様言うとるやんけ

 :今日も二人は通常営業やな

 :関係(意味深

 :お触りしにきたのか(困惑

 

 なんとも頭の痛くなる陳情であるが、魔王としていずれの願いもきちんと聞き届けなければならない義務がある。まぁそれを素直に叶えてやる義理はないのだが。

 ここはビシっと言ってやらなければならないだろう。魔王の威厳がかかっているのだ。

 

「そんなくだらないことに我の力を使うとでも?」

「「くだらないこと!?」」

「えっ……」

 

 :魔王様押されてて草

 :草

 :圧

 :まお様がんばれー(小声

 

 なんというか体感温度が一気に下がったような気がする、このあたりのやりとりは完全にアドリブなのでついつい素の反応を返してしまった。どうにもこの二人の前だとさっきまで感じていた全能感なんか何の頼りにもならない感じがしてしまう。なんとか持ち直さなければ……。

 

「もっと他に有意義な使い方をだな……」

「「はぁ……」」

 

 :クソデカため息

 :そういうところやぞ

 :もう覚悟決めようまお様

 :覚悟決めてもろて

 

 ダメだ。怖い……。

 

「わかりました、魔王様。そこまで言うなら魔王様で手を打たせてもらいます」

「黒様……じゃなくて、あの人の代わりに魔王様がリリスちゃんを娶ってくださいねっ!」

 

 :ん?

 :んん?

 :結局同じやんけ

 :最初からこれが狙いか

 :こんなん勝てへんやん

 :草

 

「ちゃーんと甜孤のこと幸せにしたってな?」

「リリスちゃんのことちゃーんと愛してね?」

 

 :まお様おめでとうございます

 :おめでとう

 :幸せになってね

 :イイハナシダナー

 :めでたしめでたし

 

 どうあってもこの二人には勝てないらしい。

 

「……ということで、今宵はこの二人にゲストに来て貰った」

 

 :諦めないで

 :草

 :ということで(諦観

 

「コーンばんはー(よい)()むんは(みや)(あま)(きつね)、Live*Live二期生の天孤で真夜中シスターズ次女の宵呑宮(よいのみや)甜孤(てんこ)ですー。まおちゃん3Dほんまおめでとうー」

「どうもー!個人勢サキュバスVtuberで真夜中シスターズの長女!夜の闇と書いて夜闇(やあん)リリスでーっす!やーんエッチなリリスちゃんって覚えてね♪黒様ー!3Dおめでとーっ!これでリリスちゃんと堂々とイチャラブできるねっ」

 

 :コーンばんはー!

 :真夜中シスターズだー!!

 :3Dで揃ったー!!

 :この日を何年待ちわびたか……

 :こんリリー!!

 

 この調子で果たして無事にゲストパートを乗り切ることができるかいささか不安にもなるが……。まぁそこは長くやってきた仲だ、うまくやってくれるだろう……。

 

 ……やってくれるよね?




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

93話 黒惟まお3Dお披露目配信③

【黒惟まお3D】我が城にようこそ、ゆっくり寛いでいってくれ【liVeKROne】

 

「二人ともよく来てくれた、歓迎するぞ」

「まおちゃんの晴れ舞台、甜狐らが来なはじまらへんやろ~?」

「黒様の初めて逃す訳ないじゃーん」

 

 跪いた姿勢から身体を起こし共に挨拶を終えた二人の元へ私も玉座から立ち上がって歩み寄る。

 

 黒惟(くろい)まおデビュー前からの付き合いである夜暗(やあん)リリスと、同時期にデビューした宵呑宮(よいのみや)甜狐(てんこ)。いつの間にか真夜中シスターズなんて呼ばれるようになるくらい何回もコラボをしたし、互いに色んなことを相談しあった友人……でもあるのだが、どちらかといえばまだVtuber自体の数も少なく活動自体も手探りだった時代を共に乗り越えてきた大事な戦友と言ったほうがしっくりくる。

 

 二人とも私に比べれば随分早くに3D化を果たし、色々な配信やライブなどで活躍する姿を見てきた。その姿はとても楽しそうで、いつか私も……と思い続け念願だった三人揃っての3D配信が実現している。

 

 3Dお披露目配信を行うにあたって、最初の3Dコラボはこの二人と決めていた。当初の予定では加入発表と同じくリーゼ・クラウゼよりも黒惟まおのほうが先に行う予定であったのだが、スケジュールを合わせるために入れ替えてもらったのだ。快諾してくれたリーゼと運営スタッフ、なんとかこちらのスケジュールに合わせてくれたコラボ相手二人にはいくら感謝してもしきれない。

 

「それにしても、ほんまに魔王様やったんやねぇ」

「そうそう!歌ってるときの黒様ほんっとにかっこよかった!最後なんてゾクゾクしちゃった!」

 

 :わかる

 :実はまお様って魔王様なんだよな

 :ここだけの話魔王様です

 :初期まおの帰還

 

 からかうような甜狐の言葉に呼応しながら目を輝かせこちらに詰め寄ってくるリリス。そのまま放っておけばこちらに抱きついてくるのは目に見えているのでひらりと躱すように半歩リリスから遠ざかる。

 

「デビューからずっと魔王だと言っていただろ」

「せやけど、なぁ?」

「む~、黒様逃げないでよー。えいっ、捕まえたー」

 

 :せやけどまおう!

 :じゃれ合いが3Dで見れるの最高なんだよなぁ

 :リリスほんと楽しそう

 :あら^~

 

 何を今更と甜狐に言葉を返しながら、諦め悪くこちらをジトっとした目で見てくるリリスからの追撃から逃れるようにさらに半歩ステップを踏むように動いてみるが、二度同じ手に引っかかるような甘い相手ではない。まるでそれを先読みしていたかのように動きを合わせられ、軽く抱きつかれてしまう。

 

「ようやく、こうやってイチャイチャできるようになったんだもんねー、逃さないぞ♪」

「まぁ、随分待たせてしまったからな……少しくらいは許してやろう」

「さすが魔王様、懐広いなぁ。甜狐もその広い懐にお邪魔します~」

 

 :イチャイチャしやがって!

 :いいぞ!もっとやれ!

 :スクショが捗る

 :いつものちょろまお

 

 ようやくと言ったリリスの表情は本当に嬉しそうで、そんな表情を見せられてしまえばこちらも毒気を抜かれてしまう。せっかくの3Dでの配信なのだからこういった触れ合いも3D配信ならではだろう。いつの間にかリリスとは反対側でスタンバイしていた甜狐の手が私の肩に触れ、そのままそっと身を寄せてくる。

 

「それにしても黒様、この透け透けな部分とか間近で見るとエッチだねぇ」

 

 :それな

 :わかる

 :リスナーもそう思います

 :カメラアップ助かる

 

 先程からやけにリリスの目線が私の胸元へと注がれているかと思えば、そんなことを考えていたらしい。たしかにこのドレスはホルターネックになっていて胸元から首にかけてはレースと薄い生地で鎖骨のラインなんかはしっかり見えている。

 

「それに普段よりも大きくなってるんやない?」

 

 くすっと笑いながらリリスと同じように私の胸元へと視線を落とす甜狐。その口から何気ない風に告げられた言葉にコメントが色めき立つ。

 

 :ほう

 :なるほど?

 :くわしく

 :なん……だと……

 

「そんなに変わらないと思うが……ってあまりそこばかり映すんじゃない」

 

 2Dモデルと比べてそこまでの差はないと思っていたのだが、3Dという特性上2Dでは見られなかった角度からも見ることができるのでそう感じるんだろう。

 たしかにモニターに映る黒惟まおの胸部は2Dモデル時よりも大きく見えるような気がしてきた……って、それにしてもカメラ胸元映し過ぎだろう!

 

「はーい、それじゃ。ここからはリリスちゃん達がカメラ役ねー!あたしの指示に従うよーにっ!」

「とてつもなく不安なんだが……」

「可愛く撮ってなぁー」

 

 :信頼のリリスカメラ

 :巨匠リリスきちゃ

 :期待しかない

 :お願いします先生!!

 

「じゃーまずは、基本のかわいいアイドルポーズ!」

「アイドルポーズ……」

 

 基本と言われてもアイドルポーズなんて取ったことがないのでネットや雑誌などで見たおぼろげな記憶しかない。どうしようかと隣にいる甜狐の方へと視線を向ければ、当たり前のようにカメラに向かってビシッと指を指し反対の手で見えないマイクを握るアイドルの姿があった。

 

「さすがに甜ちゃんは慣れてるねぇ、さっすが天下のLive*Live~。ほら黒様もがんばってー」

 

 :そういえばLive*Liveってアイドル事務所だったな

 :忘れがちだけどアイドルだからな

 :アイドル(芸人)

 :ライブでは基本的にアイドルだから……

 

「我はアイドルではないからな……」

 

 :まお様もアイドルになるんだよぉ!!

 :歌って踊れればそれはアイドルなんよ

 :魔王がアイドルになってもいいじゃない

 :アイドル魔王目指してこ

 

「ほらっリスナーたちもアイドル黒様見たいって!」

「好き勝手言いおって……こう……か?」

 

 なんとなく甜狐に合わせて、Live*Liveのライブで……アカリちゃんがやっていたポーズを思い出してそれっぽく真似してみる。モニターに映る二人の姿はアイドルライブのワンシーンに見えなくもない。

 

 ただ、あれは明日見(あすみ)アカリがやるのだから様になっているのであって、私なんかがやってもどうなんだろうか……。

 

 :ぎこちなくてかわいい

 :照れが隠せてなくて大変よき

 :かわいいよ!

 :アイドルしてるよ!!

 

「いいよー黒様ー!!もっと笑って~」

「それアカリ先輩のライブのやつやね~」

 

 :さすがファン

 :すぐバレてて草

 :そりゃ直接の後輩がおるんやしw

 

「それじゃ甜ちゃんにカメラ交代っと」

「任せときー、それじゃ次はカッコいいポーズでいこかー」

「それならやっぱり黒様は玉座だよねー」

 

 今度は甜狐の手にカメラが渡り新しいポーズの指定が告げられる。カッコいいポーズと言われて考えるまもなくリリスに手を引かれ玉座の元へ、そのまま導かれるままにそこへと腰を下ろす。

 

「それじゃ黒様はさっきみたいに思いっきりキメちゃってー、リリスちゃんはこっち~」

「あぁ、……こうか?」

「おお~ええやないのー、やっぱり魔界組は相性ええなぁ」

 

 玉座に座り足を組んで若干気怠げに肘置きに肘をつく、するとリリスは空いている方の肘置きに腰を下ろし私に寄り添うようにして肩に背中を預けてくる。

 

 スタッフが気を利かせて照明の明るさを少し落としたのであろう、モニターの中の二人の目は魔力を帯びたように怪しい光が揺らめき薄く笑う表情は不敵そのもの。まさしく魔王と信頼のおける配下といった構図が出来ている。黒惟まおはともかく普段底抜けに元気な夜闇リリスが見せるそのような一面はひどく新鮮だ。

 

 :あぁいい……

 :好き……

 :絵になるなぁ

 :配下になりたい

 :椅子になりたい

 

「はいはーい交代交代~、じゃあ次は少し絡んでみようか~」

 

 :絡みきちゃ!!

 :待ってました!!

 :期待

 :きまし!?

 

 先程までの怪しい雰囲気はどこかへ飛んでいってしまったかのようにぴょんと玉座の肘置きから飛び降りたリリスがカメラを構えていた甜狐の元へ向かいカメラを受け取る。

 

 

「お手柔らかになぁ~」

「うーん……、アレは色々怒られそうだし……。黒様ー、される方とする方どっちがいい?」

「一体何を……と聞いても答えてはくれなさそうだな……、する方にしておこうか」

 

 頭の中で色々なポーズやシチュエーションを考えているらしいリリスから問われた内容はざっくりとしすぎていて何の参考にもならない。そもそも怒られそうな候補というのは一体何なのか……。甜狐相手に何かをされるというのは少し危険な予感がしたので少しでも安全そうな方を選ぶ。

 

「オッケー!じゃあ黒様は甜ちゃんに壁ドン!ちゃんと口説いてね?」

「そんなんされたら、甜狐まおちゃんの女にされてまうー」

「……はぁ、わかったよ」

 

 普段のリリスから考えればポーズとしては若干控えめにも感じるが、それだけで終わらせないのが彼女のこだわりなのだろう。これくらいならされる方が良かったかもしれないとも考えるがもう変更は許されない。中途半端にやっても恥ずかしいだけだし、ここは真面目に決めて一発で終わらせてやろう。

 

 :たらし魔王の本領発揮や!!

 :まお様に口説かれたいだけの人生だった

 :甜狐は手強いぞ

 :壁になりたい……

 

「それじゃ、カメラはこのあたりで……甜ちゃんこっちで黒様はこっちからねー」

「なんかドキドキしてきたわ~」

「……じゃあ、いくぞ?」

 

 本来なら本物の壁に相手を追い詰めてやるのが壁ドンであるのだが、画面の中の壁はあくまでバーチャルなものなので当然現実ではそこに壁はない。なのでそれっぽく見せるためには距離感だったり色々大変な気もするが……今更そんな野暮なことを言っても仕方ない。

 

「な、なんですか黒惟くん」

 

 普段らしからぬ、気を張った中にも怯えの色が見える声色で突然呼ばれたので一瞬困惑してしまう。何事かと甜狐の表情を探ってみれば面白がっているような雰囲気が隠しきれていない。つまりはそういうシチュエーションということなのだろう。

 

 :なんか始まったが

 :黒惟くん!?

 :学園ドラマかな?

 

「宵呑宮、お前なんで俺から逃げるんだよ」

「べっ、べつにっ逃げてなんか……」

 

 私が一歩足を進めれば同じだけ彼女も後ろに下がる、そしてもう一歩足を進めたところでそこに本当に壁があるかのように下がれなくなってしまう。

 

「じゃあどうして後ろに下がる?」

「それは黒惟くんがこっちにくるから……。だいたいどうして私なんかに構うの!?何の取り柄もない私なんかより、夜闇さんとかもっと可愛い子とか……」

「……黙れよ」

「あっ……」

 

 ドンっとそこにはない壁に手をつくように顔のすぐ横に手を伸ばし距離を詰める。気まずそうに顔を背けるところまで彼女の演技は完璧だ。

 

「こっち見ろよ」

「だめ……っ」

「いいから見ろって」

 

 頑なにこちらを見てこようとしてこない彼女の顎に手を添え無理矢理にでも目線を合わせる。普通なら甜狐のほうが若干背が高いためやりづらくも感じそうなものだが、抜かりなく少しだけ腰を落として身長差を生み出してくれてるあたり本当に芸達者である。

 

 :顎クイ!?

 :これが伝説の……

 :ドラマでしか見たことねぇよ

 :これはいくとこまでいきそう

 

「俺はお前がいいんだよ、甜狐」

「黒惟くん……」

「違うだろ?」

「まお……くん」

「はーいっ、カットカットカットー!!」

 

 演技に熱が入り自然と互いの顔が近づいたところで横合いから邪魔が入ってしまう。

 

「なーにイキナリ俺様系と無自覚系ヒロインの学園ドラマ始めちゃってるわけ!?」

「いや、甜狐があんな呼び方するから」

「まおちゃんノリノリやったから」

 

 我ながらベタな展開だったとは思うが、演技だと思えば恥ずかしさもだいぶ薄れるので甜狐がそういう方向に持っていってくれたのは正直助かった。

 

 :草

 :やらせたのリリスなんだよなぁ

 :あと少しだったのに

 :惜しかった

 

「はい!じゃあ次カメラは甜ちゃん!あたしも無自覚系ヒロインしたい!!」

「あー、リリス……もう時間が……」

「あらぁ、ちょーっと時間かけすぎたかもなぁ」

「そんなー!?」




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

94話 黒惟まお3Dお披露目配信④

【黒惟まお3D】我が城にようこそ、ゆっくり寛いでいってくれ【liVeKROne】

 

「甜ちゃんだけズルーいー!!」

「そうは言ってもなぁ……」

 

 :ずるいゾ甜ちゃん!!

 :あのお題出したのリリスなんだよなぁ

 :お時間ですので……

 

 本来ならゲストの宵呑宮(よいのみや)甜孤(てんこ)夜闇(やあん)リリスによる撮影会はそれぞれ二回ずつの予定ではあったし、リハーサルでもその通りに進行していたのだが……。私と甜孤が出されたお題に悪乗りしてしまったせいで最後のリリスとの撮影が時間の関係上難しくなってしまった。

 この後への展開もあるのでなんとかうまくまとめて進行したいところなのだが、リリスとの撮影を終えた上での展開を考えていたため少々軌道修正しなくては。

 

「ほらリリス別にこれっきりって訳ではないだろう?」

 

 だから進行に戻ろうと言外に目配せしてみせる。イヤイヤと今にも地団駄を踏みそうな彼女であるがこと配信に関してはここにいる誰よりも先輩であるし、もちろん私の意図も伝わっているだろう。このように予定外の事が起きてもそこまで慌てていないのはそのおかげでもある。

 

「黒様はいっつも甜ちゃんばっかり!さっきだって二人してあたしをダシにしてさ!」

 

 :お?

 :痴話喧嘩か?

 :だいたいまお様が悪い

 

 てっきり、何事もなく私の意図を汲んでくれると思っていたところに想定とは異なる台詞が返ってきて軽く目を見開きリリスを見つめてしまう。

 

「……リリス?」

 

 ここでその話を蒸し返して広げる時間の余裕は無い。ただでさえ予定とは違う状況なのでいち早く進行に戻らなくてはいけないのに……、それがわからない彼女ではないだろう。

 

「こーら、あんまりまおちゃんを困らせたらあかんよー?お姉ちゃんやろ?」

「そんなの知らないもん!」

 

 :長女はまぁなぁ

 :大丈夫かこれ

 :気持ちはわかる

 

 見かねた甜孤が助け舟を出してくれるがリリスはそれでも折れてくれない、台本にも予定していた展開ともまったく違う進行にスタジオ内の空気もどうしようかと困惑し始めたような気がする。甜孤との悪乗りはいつもの事だったし、今更そこにこだわる彼女でもないと思うが……。

 

「じゃあリリスはどうしたいんだ?」

「そんなに甜ちゃんがいいならはっきり言ってよ、別れの言葉をさ!あたしバカみたいじゃん!」

 

 :落ち着いてもろて

 :なんからしくないな

 :もしかして新しいドラマ始まった?

 

 いつもなら考えられないくらい会話のキャッチボールが上手くいっていない感じ。リリスがそのつもりならこちらから告げなくてはいけないだろう。……それがきっと彼女の望みなのだから。

 

「わかったよ、リリス。ありがとう……さようならだ」

 

 :そんな……

 :行かないで

 :あーあ

 

 私がその言葉を告げると、その答えを予想していたようにショックを受けた様子もなくリリスはこちらに背を向ける。たとえ、彼女の望みとは言えこのような結果になってしまったのは本意ではない。申し訳ないことをしてしまったなと去っていく背中を追いかけることもできずにその場に立ち尽くして顔を伏せる。

 

「まおちゃん……リリス……」

 

 そんな私達の様子を見守っていた甜孤は居たたまれないように私へと一度視線を向け何事か声を掛けようとするが、そうはせずに去っていったリリスの後を追いかけ画面は暗転する。

 

 少しの間を置いて再び画面に現れたのは月明かりに照らされた夜闇リリスただ一人。場所も先ほどまでいた玉座の間ではなく城の庭園のようなよく整えられた緑に囲まれたロケーションに佇んでいる。

 

 :お?

 :お城の庭園かな?

 :新ステージやんけ

 :リリスひとり?

 :いったい何がはじまるんです?

 :まだステージあったんか

 

「あーあ、何やってんだろあたし……」

 

 ぽつりと一言呟き、天を仰ぎ見て流れ出したギターに合わせて独白のように夜闇リリスは歌い始める。それはさよならから始まる別れの歌。別れを告げる想い人の表情を思い浮かべて、どこか諦めを感じさせるような寂しさを含んだ笑みを浮かべながら口ずさんでいく。

 

 :この曲か

 :なるほど

 :そういう流れだったのね

 :原キーだ

 

 それに合わせて私も、黒惟まおも画面に登場しリリスの歌声に声を重ねる。無理をすれば彼女が歌うキーでも歌えないこともないが、すれ違う二人のように下の音程で重ねていく。

 

 :まお様きちゃ

 :ハモりいいなぁ

 :まお様の下ハモほんとすこ

 

 リズムが速く、細かい音程の移動も多いので普通に歌うにしてもなかなか難易度の高い曲であるのだが、今回はいつもの歌ってみたや歌枠ではなく3Dでのライブである。当然その早いリズムに合わせた振付をこなしながら歌わなくてはならない。

 

 正直、一番最初に振り入れのためにリリスから送られてきた動画を見た時は踊るだけならまだしも、これに合わせて歌うなんて正気の沙汰ではないと思ってしまったのだが。ダンスレッスンの先生にも相談し、リリスにも振りを調整してもらいつつ何とかものにすることができた。

 

 そして本番である今は、リスナーから送られ続ける魔力のおかげか今までで一番身体が軽く練習通り、いや練習以上に動けている実感がある。それでも隣で同じように歌い踊るリリスと比べればきっとまだまだだとは思うのだが。

 

 :やっぱリリスのダンスすごいなぁ

 :振付はこれオリジナルかな?

 :こんだけ踊ってて全然ブレないのすごいなぁ

 :まお様こんなに踊れたのか

 

 別れの言葉で始まった歌も終盤に差し掛かる。根本的なところですれ違ってしまっていた二人の関係はもうやり直すことなど叶わず。冷静になったところでこの結末を避けられることは出来ないのだと理解できてしまう。

 

 ……だってこうなってしまったのは、どちらが悪いということではなく互いのせいなのだから。

 

 もはや、愛を語らっても。互いを許しても。それはなんの意味も持たない。

 だからやっぱり最後はせめて互いに結末を微笑(わら)いあって別れるのだ。

 

 ──サヨウナラ。

 

 背中合わせのままお互い振り返ることもせずに寂しげな微笑みを携え舞台袖へと消えていく。

 

 :8888888888

 :良かった……

 :やっぱこの曲悲しいよなぁ

 :曲自体はわりとPOPだけど歌詞見るとなぁ

 

 すごい……。あれだけ歌って踊ったのにも関わらず呼吸はすぐに落ち着き疲れも全然感じてない。なんなら今すぐもう一度リリスと共に同じ曲を歌って踊れと言われてもこなせてしまえそうな程だ。

 

 ちょうど反対側に下がったリリスへと視線を向けると、あちらもこちらを見ていたらしく視線が合って嬉しそうにピースサインなんかを送ってくる。その様子からも疲れは見えないが……、今の私はリリスレベルに身体能力が上がっているという事なのだろうか。

 

「いけますか?」

「大丈夫です」

 

 私の心配をして傍らに控えていたスタッフがタオルと酸素缶を手に声を掛けてくる。

 そのうちのタオルだけを受け取って軽く汗ばんでいる顔に当て、手早く水分補給も済ませて再びステージへと向かう。

 

 再び暗転していた画面が新たなステージを映し出せば、そこは薄暗く怪しい雰囲気が漂っていた。長いカウンターテーブルの前には椅子が立ち並び、奥の棚にはびっしりと大小さまざま色とりどりの酒瓶たち。

 

 :バーやんけ

 :また新しいステージ

 :魔王城バーまであるのか

 :見覚えある瓶あって草

 :いいっすねぇ

 

「まーた女の子泣かせてぇ」

「またって……いやまぁ今回は我が悪いが……」

「話聞いたるから、まぁ呑みましょ」

 

 誰も座っていないバーカウンターを映していたカメラがスタンバイ完了した甜孤と私の方へと向けられる。二人して椅子に浅く腰掛け背の低いグラスを片手に持ってそれを軽く合わせる。もちろんそれは画面の中での出来事ではあるのだが、雰囲気を出すために互いの手には本物のグラスがある。さすがにその中身までは用意していないが。

 

 :呑み屋!

 :宵呑宮の姉さん!

 :ロケーション合いすぎやろ

 :まーたまお様が女の子泣かせてる

 :そんなの飲んだらすぐ落ちるやろまお様

 

 グラス同士が合わさり、中に入っている氷がカランと鳴り響き、それと同時に怪しげなイントロが流れ始める。

 

 :選曲までぴったりなんだよなぁ

 :あっ……好き

 :低音足りてる

 

 歌い出しは甜孤から。様々な声色を自由に操る彼女の歌声はいつもより少しだけ低い。甜孤ならば原曲キーでも楽々と歌いこなすだろうが、私がオク下で歌うと言ったところそれならばと合わせてお互いオク下で歌う事になった。なんでも、そのほうが楽しいからとのこと。

 

 :甜孤はほんと声のバリエーションすごいよなぁ

 :二人の低音ボイスほんと好き

 :惚れ惚れする声……

 :歌詞はとことんクズなんだよなぁw

 

 名前の通り無類のアルコール好きとして名を馳せている宵呑宮甜孤が歌うにはこれ以上ない選曲だが、それに対して私は嗜むというのも憚られる程度にお酒に弱い。別に嫌いではないしあのふわふわした感じは好きなので晩酌配信なんかはたまにするのだが。誰かと飲むのが好きなのであって一人では滅多なことが無ければ飲まない。

 

 だから、甜孤ほど感情を込めて歌えているかは自信はないが歌いやすいオク下で時折がなり、暴言を吐き捨てるように叫ぶのは正直楽しい。

 

 :まお様のがなりすこ

 :お口わるわるまお様レアよな

 :宵呑宮が真に迫りすぎてる

 :※まお様はほのよい一本で酔っ払います

 

 孤独を誤魔化すように酒を呷り、色々なモノを犠牲にして寂しさを埋める。一夜の戯れの記憶はいつものごとく忘却の彼方に消え去り。その自己嫌悪を消すためにさらに酒を呷る。

 

 ──だから酒は止めない。

 

 そんな日々を繰り返す度に言葉巧みに相手をとっかえひっかえ寂しさを埋める。そこまでしてでも一人になるのは耐えられそうにない。でもそんなことを繰り返していれば当然誰でも良かった相手にすら見捨てられ、結局一人で酒を呷る。

 

 ──だから酒は止められない。

 

 もはや誰からも相手にされず、救いを求める先は酒しかない。もう善悪なんて関係なく……そもそも、もうそんなことを判断する能力すら失ってしまっている。狂気に身を置いてしまえば正気な人間など狂気にしか見えなくなり。救いがない世界でなんて生きてられない。

 

 ──だから酒をやめようなんて思わない。

 

 :二人に罵られるの気持ちよくなってきた

 :ひたすらダメ人間の歌なのにかっこよく見える

 :やっぱこの二人の低音いいよなぁ

 

 最後は二人とも再びバーカウンターに戻ってふらつく頭を抑えてグラスを打ち鳴らし、死んだようにテーブルに身体を伏せる。まぁ私ならこんな強いお酒一口でも飲んでしまえばこの様だろう。対する甜孤はいつまでもけろっとした顔で飲み続けているだろうけど。

 

 :RIP

 :酒は飲んでも飲まれるな

 :888888888888

 :飲みすぎには気を付けよう!

 :聞きながら飲むの最高だった

 

 これでまずはひとつの懸念点だったリリスと甜孤、それぞれとの歌パートを乗り切ることができた。そのことに一安心する。二曲目はそこまで体力を消耗するような曲ではなかったが、やはり一曲目で体力を消耗したところにほぼ休みなく続けて歌って踊るというのは心配だったのだ。

 

 しかしやってみれば嬉しい誤算で体力の消耗はほとんどなく、更にここからはまた少しトークパートがあるので一息付けた上で次に備えられるのはありがたい。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

95話 黒惟まお3Dお披露目配信⑤

【黒惟まお3D】我が城にようこそ、ゆっくり寛いでいってくれ【liVeKROne】

 

「あー!黒様と甜ちゃんこんなところで飲んで!リリスちゃんも混ぜろー!」

 

 :もう一人のんべぇが来たな

 :ぬるっと出て来て草

 :その恰好だといかがわしい店にしか見えない

 :そういうお店かな?

 :甜孤飲もうとしてて草

 

 横から聞こえてきた声に顔を上げ、そちらに顔を向ければリリスが文句を言いながらこちらに歩み寄ってくる。隣に座る甜孤は空のグラスを弄び、その表情は中身がないことを残念がっているようにしか見えない。

 

「黒様も甜ちゃんもおつかれさまっ!いやー良かったよー!黒様があんなにお口わるわるなのレアじゃない?」

「たまにはまおちゃんも毒吐いた方がスッキリするやろ?それに、リリスも良かったでー、歌い始める前はどうなるかと思っとったけど」

「あんなのちょっとした恋の駆け引きに決まってんじゃーん、押してダメなら引いてみろってね」

「まぁそれで結局サヨナラした訳だけどな?」

 

 :草

 :それはそう

 :お別れしましたね……

 :破局エンドか

 :破局からの酒に溺れるエンド

 

 私たちの元へとやってきたリリスは私のすぐ隣の椅子に腰を下ろし、そのままこちらにしなだれかかってくる。結局あそこまでリリスが執拗に突っかかってきたのは狂ってしまった予定を元に戻すため。それも元々用意してあった、甜孤からの無茶ぶりに応える形でリリスに別れを告げるという流れよりもよっぽど自然で真に迫っていたと思う。

 

 落ち着いていたようでいつもとは違う反応を見せたリリスに困惑していた私であったが、もしかしたら甜孤あたりはいち早く気付いたからこそ助け船を出すと見せかけて進行の手助けをしていたのかもしれない。

 

「黒様ひどーい!!でもいつもならこうやってくっついてもすぐに離れるのに、今日はそのまんまってことーはー?もうっクーデレなんだからっ」

「今すぐにいつも通りに扱ってやってもいいんだが?」

「ほんま二人は仲良しやねぇ」

「そりゃー!黒様とリリスちゃんの仲だもんねー!」

「はいはい、御馳走様」

 

 ぷんぷんとわざとらしくわかりやすく、おどけて怒って見せるリリスであったがすぐにニヤニヤと嬉しそうな笑みへと切り替える。たしかにこの手のノリでやってきたリリスに対しては塩対応を心がけていたのだが、あそこまでうまく進行をカバーしてもらったことを考えるといつもの事とはいえあまり邪険には扱えない。

 

 おそらくそんな思惑も見透かされているのかますます笑みを深めたリリスがこちらの顔を覗き込みウィンクを投げつけてくる。

 実際目の前にいるのは黒髪の大和撫子なのだが、まるで画面の中にいる金髪ハーフアップツインのマイクロミニセーラーを身に纏ったサキュバスの姿が重なって見えるようだ。

 

 :にやにや

 :やっぱり普段からイチャイチャしてるんだ

 :まお様なんだかんだリリスの事大好きだよな

 :てぇてぇ

 :リリ黒!リリ黒!

 

「なぁーまおちゃん、ここのお酒って飲めへんのー?」

「何を言ってる、さっきから飲み続けてるじゃないか」

 

 先ほどから手に持ったグラスを目の高さまで持ち上げそのまま中身を呷る甜孤。実際は空のグラスだが画面ではグラスに満たされた液体が傾きに合わせて減っていき丸く削られた氷が心地よい音を響かせる。

 

 :さっきからガバガバ飲んでますやん

 :無限に湧き出るやん

 :地味にこのステージも造形細かいよな

 

「それはそうなんやけどー」

「ねーねー、あたしも飲みたいー」

「仕方ないな、ほら」

「わっ、黒様カッコイイーありがとー乾杯しよー」

 

 甘えてくるように頭を私の肩にグリグリと押し付けられ、やれやれと酒飲み二人の様子に嘆息を漏らしパチンと指を鳴らす。すると画面上ではリリスの前にワイングラスが現れているはずだ。

 

 :かっけぇ

 :一度はやってみたいやつ

 :ちょっと酒用意してくる

 :ワイン飲んでるわ

 

「黒様のー3Dお披露目とー」

「配信の成功を記念してー」

「ってまだ配信終わってないからな?」

「細かいことは気にせずにかんぱーい!」

 

 :かんぱーい!

 :草

 :打ち上げはじめんなw

 :KP~

 :いえーい!!

 

 勝手に音頭を取って、勝手に盛り上がる二人に合わせてグラスを打ち鳴らしバーチャル飲酒と洒落込む。これの何がいいっていくら飲んでも酔う心配がないし、いくらでも飲めてしまうところだ。まぁ冷静に考えてしまうと虚無感に襲われかねないので雰囲気に酔うしかないのだが。

 

「盛り上がっている二人は置いておくとして、新たなこのステージはどうだ?こちらも負けず劣らず魔王城に相応しいだろう?」

 

 :良い雰囲気だよねぇ

 :なお魔王は下戸の模様

 :まお様と飲みたいです!

 :バーテンダー欲しいな

 :お庭の方はー?

 

 椅子から立ち上がり改めてバーステージをグラス片手にカメラを伴って紹介する。勝手に盛り上がっている二人はとりあえず放置していていいだろう。

 

「不思議とここで飲む分には我もなかなか酔わないのでな」

 

 :それはそう

 :今度ここで晩酌3D配信してもろて

 :おっ、言ったな?

 :まお様なら雰囲気だけで酔いそう

 

「お酒よわよわな黒様のくせに生意気だぞー!」

「今度ちゃんと酔えるお酒持ってきたるからなぁ」

 

 さんざん二人やリスナーからはアルコールに弱いことを弄られているので、少し得意げに語ってしまうが離れた場所からは文句の声が届きコメントも同意見のようだ。あまりそのあたりは触れてしまうと墓穴を掘りかねないので言及は止めておこう。

 

「さて、ではもうひとつのステージもせっかくだし披露しようか。二人とも移動するから立ち上がらないと危ないぞ?」

「「えー」」

 

 再びワイングラスを登場させたときのように指を鳴らす。すると一瞬の暗転を挟んでロケーションはバーから庭園に移っているはずだ。

 

「甜孤のお酒……」

「黒様見てー空気椅子ー」

 

 :草

 :まるで本当に椅子に座ってるみたいだー(棒

 :なぜか椅子が見えるわ

 :これがマジカル空気椅子か

 

 どうやら私の言葉に素直に従ったのは甜孤だけだったらしくロケーションが移った今、画面上ではまるで見えない椅子に座っているような安定感がある空気椅子状態のリリスが映し出されているだろう。ただ、リリスであればこのくらいの空気椅子であれば仕掛けなどなくても難なくこなしてしまいそうではあるのだが。

 

「ここでリリスとまおちゃんは別れたんやねぇ……」

「ちょっとー!縁起でもない事言わないでよー」

「まぁ最期は笑い合って別れたからな、お互い吹っ切れたんだと思う事にしよう」

 

 :別れないでもろて

 :次の出会いに期待しよう

 :まおの女はいくらでもいるからな

 :草

 

「まおちゃんには甜孤がおるからなぁ、残念やったねぇリリス」

「そんな飲んだくれパートナーにしたら苦労するんだから!」

 

 勝ち誇るように私の腕を抱え抱いて寄り添ってくる甜孤、そしてその様子を見て椅子から飛び上がるように立ち上がって同じように反対側の腕を抱くリリス。傍目に見れば美女ふたりに囲まれ両手に花状態なのだろうが、私にはお気に入りのオモチャを取り合っている姉妹のようにしか見えない。

 

 :隙あらばいちゃつくー

 :3Dで良かった……

 :庭園の草木になって見守りたい

 :月になって見守りたい

 

「そうくっつかれるとこのステージを紹介できないだろう、まぁ見ての通り魔王城の庭園なのだが」

 

 :いいお庭ですね

 :三人がいちゃついててそれ以外目に入らない

 :百合が咲き乱れてますねぇ……

 :ここにキマシタワーを建てよう

 :お庭は夜固定なん?

 

 まぁよく整えられた庭園であるのだが屋外ということもあり造形物もシンプルだ。今まで出てきたステージの中で一番広々としていて開放的である。ただ、あのダンスフロアを作り上げたスタッフの事だからそのうち何か仕掛けを仕組んできそうな気がする。

 

「さすがに我でも時間を操作することは難しいが……。もちろん夜以外にもここは使えるらしいぞ?機会があれば見ることもあるだろう」

 

 :ほう

 :お昼にピクニックできるね

 :いろんなことできそう

 :お庭デートできるな

 

「はいはーい!白いブランコ置いて犬も飼ってー、名前はケルベロスでー」

「甜孤はとりあえず葡萄でも育てよかなぁ」

「お前たちは人の城の庭で何しようとしてるんだ」

 

 :草

 :地獄の門番飼わないでもろて

 :完全に新婚の新築の庭

 :ワイン作る気やぞ

 

 とりあえずは予定していたステージの紹介も終わり、押し気味だった時間もいい感じに調整できたようだ。なにより体力回復に充てるはずの時間だったので、それが必要ないくらいに魔力によって体力が温存できていることは嬉しい誤算だ。

 ただし、想定以上に魔力が流れ込み続けているので念のため隙を見つけて魔力を放出しておいた方がいいかもしれない。ちらりと手首に巻いているブレスレットに視線を向けると、そこにはすっかり真っ赤に染まった石達が並んでいる。

 

 その分体内の方には幾分余裕があるようには感じるので大丈夫だろう。本格的に危ない状況であればそうなる前にマリーナから何らかのアクションがあるだろうし。

 

「ではそろそろ城の中に戻ろうか、季節柄ずっと外という訳にもいくまい」

「黒様にあっためてもらってるから平気だよー」

「甜孤の尻尾も使ってくれてええんやよ?」

 

 いまだに二人とも私の両隣というポジションを譲る気はないらしく、時節やロケーションに反して暑いくらいではあるのだがこればかりは仕方ない。なんとか二人の拘束から抜け出し三回目の指鳴らしで三人の姿はダンスホールへと移動する。

 

「ここは……」

「ダンスホールやねぇ」

「それぞれとは歌ったがようやく3Dの姿で集まれたんだ。三人そろって歌わなくてはだろう?」

 

 :おっ

 :とうとう……

 :真夜中シスターズで!

 :やったー!!

 

 この歌を歌ってしまえばゲストである二人の出番はそこまでとなる。本当に……楽しかった時間はあっという間ということだろう。それはこの配信に限った話ではなく、三人で歌やダンスの練習をした時から……、ゲストの依頼をした時から……、三人が出会ったあの日から……。黒惟まおになってからでさえ、あっという間だったように感じてしまう。

 

「そうこなくっちゃ!」

「せやねぇ」

 

 微笑みながら二人から返ってくる言葉を受けゆっくりと頷く。

 

「この歌は二人に……。そしてここまで我に関わってくれた全ての者に送る曲だ。貴方たちが居なければ今日ここに我は立っていなかっただろう。だからすべての感謝を込めて……祝福を」

 

 言葉ひとつひとつを大切に、目を閉じ色々な出会いや別れを思い浮かべながら、ゆっくりと息を吸い……祝福の言葉と共に歌い出す。

 

 :これは……

 :懐かしいなぁ

 :やっぱりこの曲か

 

 それはどこまでも前向きな祝福の歌。

 生まれてきた日に、これから生きていく日々に祝福があらんことを。

 重なる歌声に思いも重ねて、祝福の言葉を重ねていく。

 

 紆余曲折があり寸前で決まったこの曲であったが、そのことを含めてもこの曲で良かったのだと思う。なぜ最初にこの曲を思い浮かばなかったのだろうと思う程に今の私にぴったりの曲。二人が作ってくれたリストの中に埋もれているのを見つけた時はもうこれしかないと思った。

 

 これまでの感謝とこれからの希望を込めて、共にここまでやってきた二人と歌える事が何よりも嬉しい。

 決してここまで順風満帆という訳ではなかった。3Dで三人揃うまでに随分待たせてしまったし、二人に比べて私なんてと思う日はそれこそ数えきれないほどあった。それでもその二人の姿に勇気づけられ、いつか今日このステージに共に立つことを夢見て前を向いて歩いてきた。

 

 :ほんとにいい曲だなぁ

 :シンプルにいい

 :この三人の歌声の相性の良さよ

 :なんか泣けてきた

 

 リリスの明るく誰をも元気づけるような歌声に甜孤の癒されるような優しい歌声。もちろん二人の魅力はそれだけではないのだが、それは彼女たちのファンであれば当然知っているだろうし、今日この配信で知ったとしても伝わっているだろう。それくらい私にはもったいないくらい最高の二人なのだ。

 

 そして、そんな私たちを見守りいつも応援してくれているリスナーたち。もちろんこの配信はスタジオで行っているので直接その姿を見ることは出来ないのだが、モニターに映し出されてる大量のコメント。そしてなによりその思いは魔力としてたしかにこちらに届いている。そのような力の存在を知らなかった時でさえ、無数のコメントや応援の言葉に力を貰っていたのにそれが魔力としてより感じ取りやすくなった今ではその思いの大きさを思い知るばかりだ。これではいつまでたっても貰ったものをリスナーたちに返せそうにない。

 

 あぁ……そっか、やっぱり二人も……。

 

 共に歌い踊り、同じ力を受け取っているせいだろうか。何度訓練しても見えなかった二人を取り巻く魔力の流れがはっきりと感じ取れる。魔界の……魔族の存在を知ってから薄々そうではないかとは思っていたがやはり二人とも本物であったのだ。

 

 そんな本物の二人から私がどう見えていたのかは気になるところだが、そんなのはこの配信が終わってからの話でいいだろう。今はともかくこの3Dお披露目配信を成功させなければならない。それに、なによりこの幸せな時間を少しでも長く感じていたい。

 

 曲も終盤に差し掛かり、私に任された見せ場でもあるロングトーンまでもう少しだ。今や三人を取り巻く魔力は今まで経験したことのない力の奔流になっている。

 畳み掛けるように三人の歌声が連なり、今日最高の盛り上がりに向けて気持ちも高まっていく。言葉をひとつ紡ぐ度に思いが力になり。熱い想いが言葉という姿を得て紡がれていく。

 

 そしてとうとう最大の見せ場であるロングトーンに差し掛かり、私は力の限り、思いの限り、すべてを解放しようとして……。

 

 ドクンっと心臓がひと際大きく脈動したのを感じた瞬間。

 

 ──意識が魔力に飲まれた。

 

────

 

『馬鹿者、やりすぎだ』

 

 えっ!?なっ……!?。突然の出来事に思考がフリーズする。

 それは思い切り振り上げた拳を今まさに振り下ろそうとした瞬間お預けを食らったような、そんな感覚だった。

 

『もう少しで危ないところであったわ……、よくもまぁ人の身であれだけの魔力を何食わぬ顔して受け取っていたものだ。まぁそのおかげで我が干渉することが出来たのだが』

 

 誰かが何かを言っている。

 

『誰かとは失礼極まる奴だな、せっかく助けてやったというのに』

 

 助ける……?何から?

 

『お前あのままだと魔力に飲まれて死んでいたぞ?』

 

 死ぬ……?なんで?

 

『あやつに言われていたのを忘れたのか?それとも理解できていなかったか?』

 

 ──魔族ではないものが強大な魔力を持ってしまうといずれ心身と魔力のバランスが取れなくなり。最悪の場合魔力が暴走し命の危険に陥る可能性が高まってしまいます。

 

 不意にかつて言われた言葉がフラッシュバックする。

 

『そうだ、その記憶だ思い出したか?』

 

 でも、そのために色々対策して……。

 

『お前、あの娘の存在を恐れて身体の奥底に魔力を隠しただろう?』

 

 そんなことしてないけど……。

 

『……無自覚か、まぁわかりきっていたことか』

 

 私はさっきから何をしているのだろう……。

 私にはもっと大事なやらなければならないことがあったはずだ。

 

『そうだな、お前はまず自らの命を助けなければならない』

 

 ……違う。そんな事じゃない。

 

『違うものか、命が無ければ果たすべき使命も果たせまい』

 

 使命……。私の使命……。命に代えてでも……。

 命を使ってでも成し遂げなければいけないこと。

 

『まぁお前のそういう頑なさは美点だろうよ』

 

 そうだ……。3Dお披露目配信!歌ってる途中なんだっ!

 

 ようやくバラバラになっていた意識が形を取り戻し多少の思考能力を取り戻す。しかし、いまの状況を理解できるまでには回復しているとは思えない。というか、視界はなんだか白いモヤのようなものに包まれているし。先ほどから会話している相手の実体はどこにも見当たらないのだ。それどころか自身の存在すらなんだかあやふやに感じる。

 

 ねぇ!あなたは何なの!?ここはどこ!?歌は……っ配信はどうなったの!?

 

『次から次へと……、半ば目覚めたと思えばうるさいやつだ。お前にとって大事な事だけ答えてやろう』

 

 配信!配信はどうなったの!?

 

『わかっていたが、とことん酔狂な奴だな。この期に及んで真っ先にその心配をするとは。何、きちんと目覚めさえ出来れば何の問題もなくあの瞬間から再開できるさ』

 

 じゃあ、今すぐっ!

 

『我の話を聞いていたか?このまま無策で目覚めてしまえばよくて死、最悪は周りを巻き込んで暴走してからの死だろうよ』

 

 だからまずは自分の命を助ける……ってこと?

 

『らしくなってきたじゃないか、じゃあどうすればいいと思う?』

 

 ……魔力だ。魔力をどうにかしなければいけない。

 

『そこまでわかっているならもう手助けはいらないんじゃないか?』

 

 貴女、性格悪いって言われない?

 

『ハッ、我の性格が悪いだと?ハハハッ、まさかお前にそう言われるとは思わなかったぞ』

 

 どうせ全部わかってるんでしょ?私ひとりじゃ魔力なんて行使できない。

 それだけはどんなことをしてもこれまで一度も成功したことがないのだ。

 だから貴女の助けが必要。そうでしょ?

 

『わかってるじゃないか、我としてもお前がここで壊れてしまうのは都合が悪い。それに久方ぶりに笑わせてもらった事だしな。手助けしてやろう……、この魔力で願う望みを聞こうか』

 

 望みなんて、今すぐに目覚めて配信を無事終えることくらいしかないけど……。

 

『それは望みのうちに入らん、あくまでそれは魔力を消費した結果だ。これほどの魔力だぞ?それも今どき珍しい純粋な信仰が元になった魔力だ、効力は折り紙付きだろうさ』

 

 そんなこと言われても……そもそも魔力で何ができるかよく知らないし……。じゃあ、こんな願いでもいいの?

 

『それがお前の願い?クッ……フ、ハハハッ……いいだろう!人の身に余るどころか神でさえ未だ叶えられぬその願い。純粋な思いとやらがどこまでの領域に至ることができるか試してみるのも面白い。とことんお前は、人間というものは実に面白い』

 

 だって別に本気で叶うとは思ってないし……。

 

『いやいや、身の丈に合わぬ大望を願う大馬鹿者がいつも時代を動かしてきたのだ。ひょっとしたらひょっとするかもしれないぞ?万が一……億が一、那由多の彼方にでもうまくいった時には神共はどんな顔をするだろうなぁ?では目覚めた時に祈るがいい!その願いを!!』

 

 えっ!?もう!?そんないきなり言われても……っ、それに結局貴女は!

 

『どうせ薄々は気付いているのだろう?それが答えだ。それに助けてやったのだから我の存在は秘匿するように、あやつに見つかってしまうと面倒だからな』

 

 先ほどとは比べ物にならないくらい急速に意識が覚醒していくのを感じる。視界を占めていた白いモヤはだんだん晴れていき、あやふやだった自身の存在についても実体を取り戻していく。

 

 そして完全に目覚める直前、誰かの影を見た気がした。

 

────

 

 果たしてあれは誰だったのか、そんなことを考える暇すらなく現実に意識が戻ってくる。あの声の言う通り確かにあの瞬間に戻ってきたのだ。相変わらず私達を取り囲む魔力の奔流は際限なく力を与えてくる。

 

 ──では目覚めた時に祈るがいい!その願いを!!

 

 よくわからないけど、今は言われた通りにする他ない。

 願いを祈りに込めて、今度こそ私は力の限り、思いの限り、すべてを解放する。

 

 最初に感じたのは途方もない純粋な力だった。それは何にも染まっていない純粋な思い。邪な思いを持つ者がその力を受ければそれは災いとなり、その逆であれば祝福になるもの。

 その力が私の中に流れ込んできて元々あった私の魔力と溶け合っていく。

 

 すぐにわかる、これは明らかに私の器には収まりきらない。例えるなら水道に水風船の口を当てて思いっきり蛇口を捻った状態だろうか。ほんの一瞬でそれは膨らみ、逃げ場を失った力は逆流するか哀れな器を破裂させるしかない。

 

 そうなる前に、魔力を行使し消費しなければならない。マリーナと行っていた訓練ではだいたいが物を動かしたり状態を変化させたりの物理的な干渉が主だったが。いまこの魔力をすべて物理的な干渉に変換してしまえば大惨事になることは想像に難くない。だからこそ、抽象的でとてつもなく曖昧で言ってしまえば幼稚な祈りを願いとしたのだが……。

 

 いつもなら魔力に方向性を与える事すら出来なかったのだが、今回に限っては手に取るように体内の魔力に干渉できる。それであればあとは私を願望機として次々と流れ込んでくる魔力を放出していくだけだ。

 

 そしてもちろん歌の事を忘れてはいけない。まるで空気と一緒に魔力を吐き出すように祈りと共に自分に今できる限りのロングトーンで願いのひとつを口にする。

 

 :すげぇ……

 :まお様のロングトーンえっぐ

 :まじで震えた

 :二人とも驚いてないか?

 :配信でこれなんだから生で聞いたらやばいやろ

 :まじで聞こえた気がした、いやうまく言えないけど

 

 思いと魔力を乗せた声は自分でも驚くくらいに長くどこまでも届くような、そんな気さえさせるものであった。共に歌っていたリリスと甜孤が思わずこちらを凝視してきたので想像以上だったのだろう。もしかしたら魔力の流れが見えるであろう二人なのでそちらに驚いたのかもしれないが。

 

 しかし、そんなことがあっても二人は崩れず私に負けじと声に力と思いをのせてくるのだから流石の一言である。だから私も負けじと二人の歌声に声と願いと魔力を重ねて祝福へと昇華させる。

 

 すこしでもこの思いを……力をくれたリスナーたちに祝福を返せるように。

 

 そしてなんとか最後まで歌い切った私は今度こそ、完全に意識を失った。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

96話 幕引き

「まお様……すごい……」

 

 待ちに待ったまお様の3Dお披露目配信、この日のために用意したリビング壁一面のスクリーンに映し出された歌い踊る彼女の姿を見て無意識に呟いていた。

 

 まお様にはわたくしリーゼ・クラウゼの3Dお披露目を配信で見守って欲しいと言ってしまった手前、彼女の晴れ舞台をわたくしだけがスタジオで見るというのもなんだかズルい気がしてしまい今日は大人しく自宅で応援だ。

 

 それにお互い何回かはリハーサルの場面に立ち会うこともあったのでだいたいの流れは把握している。ただ、改めて最初から配信を見ていると何も知らない状態でこの感動を味わいたかったと思うのは流石に贅沢が過ぎるだろう。

 

 もちろん、真夜中シスターズである夜闇(やあん)リリスさんと宵呑宮(よいのみや)甜狐(てんこ)さんの歌と踊りも素晴らしくはあるのだが、どうしても視線はまお様に集中してしまう。

 

 今日のまお様はなんというか、登場からしていつも以上に魔王然としていたというか……。特に天使(あまつか)沙夜(さや)さんの楽曲であるVesferを歌っていた彼女はまさしく次代の魔王に相応しい威厳を纏っていた。先日のお披露目配信でそんな彼女に負けないよう、並び立つどころか競い合う者同士として決意を新たに宣言までしたのだが……少しだけその決意が揺らいでしまいそうだった。

 

 と言っても、気心が知れた夜闇さんと宵呑宮さんが登場してからは二人に翻弄されつつも本当に楽しそうに振る舞ういつものまお様の姿も大変魅力的である。

 

 しかし、そんな三人が共に歌っている最中に異変は起きた。

 

 歌も終盤に向かい盛り上がりが最高潮を迎えようとしたところで、まお様の魔力がまるで爆発したかのように膨れ上がりそして一瞬にして消え去ったのだ。普通なら配信を通しているので多少の魔力変動など伝わってこないものだが、それを考えれば配信で見て取れる何十倍もの魔力変動が彼女の身に起きたことは間違いない。

 

 とっさに自らも体内の魔力を励起し、魔力探知によってそれほど遠くない配信が行われているスタジオの方へと感覚を伸ばしていく。それと同時に配信画面ではまお様渾身の歌声が響き渡り、今度は彼女を中心に大きな魔力行使が行われたことが配信越しではなくはっきりとこの身でも感じ取ることができた。

 

 それはまるでこの世すべての幸せを願うような祝福。その願いの対象は膨大すぎていくら魔力をつぎ込んだとしても祝福が届く頃にはほんの僅かな……それこそ殆どの者は送られたことに気づくことすらできないだろう祝福だ。

 しかし、それでもその力の源になった魔力を送った者。信仰という形で、応援という形で無意識下でも力を届けた者にはしっかりと感じ取れるほどの祝福が送られたのではないかと思う。

 魔力を感じることの出来ない人間であれば難しいかもしれないが、多少の素養がある者であれば感じ取れただろう。

 

 まさか、配信でこんな大規模な魔力行使を行い与えられた力を祝福として返してもらえるなんて……。

 

 基本的に魔力行使というのはその対象は狭ければ狭いほど効率よく強力になり、またその逆に対象が広ければ広いほど必要魔力も跳ね上がりロスも大きくなってしまう。だからこそ何らかの目的があるか、魔力行使について何もしらないような人物でなければこのような事は行わないのだ。

 ただし、そんな常識すら覆せるほどの力の持ち主であれば話は別であろうが。

 

 まお様から送られた祝福は直接それほど大きな力を与えるものではない。それはほんの少し勇気付けられたり、気持ちが軽くなったりする程度のものだろう。それでも少なくとも今この配信を見ている人々……更に今は見ていなくても彼女を応援したことのある人々にまで届いたであろうことを考えればとてつもないことである。

 

 これが本来のまお様……魔王黒惟まおの力であるなら、次代魔王を巡る魔界側の動向もより注視する必要が出てくるだろう。彼女を味方として引き入れているのは事実であるが、こんなものを見せつけられてしまっては天秤の先が大きくまお様へと傾いたことだろう。それほどまでに今回の出来事はわたくしにとっても魔界にとっても大事であるのだ。

 

 自らにも届けられた祝福を大切に胸の奥にしまい込みながら、まお様の全身全霊を込めた歌声の余韻に浸る。祝福の事を抜きにしてもその歌声は心に響く本当に素晴らしいものだった。

 

 歌唱が終わり、今までにもましてコメント欄がパンクしてしまうのではなかろうかと思ってしまうほどの速さで流れていく感動や称賛のコメント達に見送られるように三人の姿は暗転して見えなくなってしまう。予定通りであればここでゲスト二人の出番は終わり……そして。

 

 わたくしのときにも使ったダンスフロアステージに立つまお様が現れる。しかしそこは以前とは違いシャンデリアはギラギラとした光を発しているわけでもなく、ライトも七色ではなくスモークも炊かれていない。バリバリのダンスフロアと言うわけでもなくどちらかといえばただのアイドルステージのようである。

 

 :おっ

 :リーゼちゃんのときとは雰囲気違うな

 :わりと正統派だ

 :こっからソロかな?

 

 ステージの新たな一面に色々なコメントがつくなか、明るい曲調のイントロが流れ始める。

 

 :この曲は!?

 :まじか

 :そうきたか!

 :アカリちゃんの!

 

 すぐにその曲の正体に気がついたリスナーたちによってコメントが埋め尽くされる。そう、次の曲は先程まで一緒に歌っていた宵呑宮さんの先輩でもある明日見(あすみ)アカリさんのオリジナル曲。まお様が明日見さんの大ファンであることは周知の事実であるので、なるほどと頷ける選曲だ。

 

 :アイドルソング歌うまお様もいいな……

 :まお様かわいいよー!

 :さすがの歌い込みっぷり

 :振り完コピじゃんw

 

『まおちゃーん!遊びに来たよー!!』

 

 :!?????

 :えっ!?えっ!?

 :アカリちゃん!?

 :は?ええええええええええ

 

 まお様が少し歌ったところで、明るい声と共に突如現れた新たなるゲストの姿に驚愕のコメントがどんどん流れていく。それはそうだろう、今日ゲストとして予め発表されていたのは真夜中シスターズである夜闇リリスさんと宵呑宮甜狐さんだけであり、明日見アカリさんの名前など一切出してこなかった。完全なサプライズゲストに驚くのも無理はない。

 

 わたくしだって最初聞かされた時は驚きのあまり聞き返してしまったし、しかもそれをわざわざサプライズとしてその時まで秘密にするというのだからとてつもなく贅沢なゲストの起用法だ。

 

 さすが大ファンを自ら名乗るだけあって、明日見さんに並んで歌って踊るまお様の姿はまったく見劣りしない。それでもやはり踏んできた場数がそもそも違うのだ。Vtuberという文化を黎明期から支え、Live*Liveという事務所をアイドル事務所として牽引してきた明日見さんのパフォーマンスは目を見張る物がある。

 

 :やっぱアカリちゃんは本物のアイドルやなって

 :まお様も負けてないぞ!

 :この二人が並んでる姿が見れるなんて……

 :まお様も嬉しいやろなぁ

 

『というわけで、なんとアカリちゃんが我の3Dお披露目に駆けつけてくれた。忙しい中本当にありがとう』

『みなさんこんばんは!Live*Liveの明日見アカリですっ!私こそ、こんな大事なステージに呼んでくれてありがとう!こうやって配信でお話するのはまおちゃんの二周年の時ぶりかな?』

『そうだな、あの時は我も突然の凸に驚いてしまったが今回はきちんとリスナーたちを驚かすことができたんじゃないか?』

 

 :あの時も驚いたけど今回はまじでいきなりすぎる

 :サプライズすぎる

 :声出たわ

 :まじでびっくりした

 

『あの時約束したうたみた動画も私のスケジュールが合わなくてなかなか実現できなくて申し訳なかったんだー、だからこうやって一緒に歌えて本当に嬉しいよ!もちろん、うたみた動画もまだ諦めてないからねっ?』

『アカリちゃんが気にすることはないんだが……。そのおかげでゲストに来てもらえる機会を得られたと思えば感謝しかないよ。本当にあの明日見アカリちゃんと一緒に歌って踊ることが出来るようになるなんて、デビュー前の我に言っても信じないだろうな。うたみたの方は最近我もなかなか時間が取れなくて申し訳ない』

 

 :ほんとすごいなぁ

 :二人共最近更に忙しそうだもんなぁ

 :まじでゲスト実現したのすごい

 :うたみたも楽しみにしてる!

 

『せっかく3Dでお互い同じステージに立てたんだし、たくさん写真取ってもらおうよ!』

『それは我からも是非お願いしたいな』

 

 明日見さんからの提案に対して本当に嬉しそうに頷くまお様。口調はいつもの黒惟まおのものであるが、ちょっとした仕草や受け答えなんかを見れば素直にはしゃいでいるみたいで見ているこちらとしても嬉しくなってしまう。そりゃ推しと同じステージに立って話して、歌って踊ってなんてことが叶うのは奇跡みたいなものだろう。わたくしもその気持はよくわかる。

 

 まお様と明日見さん、お互いいろんなポーズをとりあいカメラがそれをいい画角で抑えていく。いまごろ大量のスクリーンショットがSNSに投稿されていることだろう。もちろんわたくしも配信が始まってからここまでスクリーンショットを撮る手はほとんど止まっていない。それこそ止まったのはあの魔力騒動の時くらいだ。あとで厳選した画像をSNSに投稿しなくては……。

 

『いっぱいいい写真とれたかな?あとで私もチェックしにいくからたくさん感想と一緒に投稿してねっ』

『我も楽しみにしているので力作を期待しているぞ』

 

 :任せとけ!

 :スクショ撮る手が止まらん

 :もうSNSがスクショまみれや

 :いいスクショたくさん撮れた!

 

『それじゃあ、まおちゃん3D本当におめでとう!また一緒のステージに立とうね!』

『アカリちゃんも本当にありがとう、またステージを共に出来るように我も願っている』

 

 :アカリちゃんありがとう!

 :またみたいぞー!!

 :次も待ってる!!

 :最高のゲストだったな

 

 そう言って再び配信画面は暗転し、告知画面へと切り替わる。まずはわたくしの時にもあった公式クリスマスボイスの告知だ。

 

 :クリスマスボイスだ!!

 :やったー!

 :まお様とクリスマス!

 :楽しみすぎる

 

 リーゼ・クラウゼの公式クリスマスボイスがliVeKROneから出るのだから、当然黒惟まおのボイスもあるであろうことはわたくしの発表の時から当然のように言われていたので告知を聞いても喜びの声は多くあれど驚きの声は少ない。だけれど告知の本番はここからである。

 

『さて先日のリーゼのお披露目配信でなにやら気になることを言っていたな?』

 

 :お?

 :クリスマス翌日のやつ!

 :いいことあるやつ!

 :もったいぶらずにはよ!

 

『せっかくliVeKROneに所属している我々が3Dになったのにお互いのお披露目に出てこないのは何故かと思わなかったか?』

 

 :それはそう

 :たしかに

 :つまり……?

 :ってことは

 

『まぁ裏話を言ってしまうとお互いやりたいことが多すぎて、とてもそこまで余裕がなかったということもあったのだが……』

 

 :草

 :ぶっちゃけたw

 :そりゃこれだけ色々したらなぁw

 

『ということで12月26日に我とリーゼでの3Dクリスマスミニライブを行う!ライブとは銘打っているがまぁ歌う以外にも色々しようと思っているので楽しみにしておくように』

 

 :やったー!!

 :土曜日か

 :クリスマス延長線だー!!

 :ツイスターするしかねぇ!!

 

 今回の3Dお披露目配信にあたって、お互いの配信にゲストとして出演するという話は当然のようにあがっていた。しかし、お互いにやりたいことだったりスケジュールの調整だったり、どうしても無理な部分が見えてきた時点でお互いにやりたいことを全力でやろうときっぱりその方向性は諦めたのだ。

 

 ただし、せっかく3Dの身体を手に入れたのだからそれは別として早く3Dでの共演を実現したい……。ということで急遽企画されたのが3Dクリスマスミニライブということだった。

 

 まぁ結局のところお披露目の約一週間後であるのでただでさえギリギリのスケジュールが更にタイトになったことは言うまでもない。お互い相手のお披露の時間くらいはと予定を空けてもらえたが、明日からはまた予定がギッシリと詰まっているのだ。

 

 そんなスケジュールにため息を漏らしそうになるが、配信画面では告知画面が終わり玉座の間に再びまお様の姿が現れる。

 

『では最後に一曲歌って幕引きとしよう』

 

 :もうそんな時間か……

 :あっという間すぎる

 :終わらないで……

 

『本当に我は慕われておるのだな、そう悲しまなくてもよい。別れは一時、永遠の別れなどというわけでもあるまい』

 

 :なんなら明日も配信しそうである

 :それはそう

 :最後まで楽しもう!

 :クリスマスライブもあるしな!

 

 最後にまお様が選んだのは歌枠でもよく聞くバラード曲。最後の曲ということもあってかいつもよりも少しだけ声に物悲しさが含まれているような気がしてくる。それでもその歌声はとても優しく……すべてを包み込むようで、どこか懐かしさを感じさせるものだった。

 

『これからも……我の事を、黒惟まおの事をよろしく頼むぞ。最後くらいは言っておいてやるか、おつまお』

 

 :おつまおー!

 :おつまお~

 :本当に良かった!おつまおー

 :最高だった!

 

 こうして、魔王としての資質をこれでもかと見せつけられたまお様の3Dお披露目配信は無事に終わったのであった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

97話 知らない天井

「知らない天井だ……」

 

 目が覚めてまっさきに口をついて出たのは、そんなどこかで聞いたような散々使い回されたようなセリフであった。夢を見る余地すらないくらいに深い眠りだったのだろう、二度三度と何度も再び眠ってしまいたくなるような気怠さもなく、目覚めはすっきりしていてなんだか背負っていた重荷から解放されたような新しい自分に生まれ変わったような気さえしてしまう程の清々しい朝だった。

 ……といっても室内は明かりがついている訳でもないのに明るいため、季節を考えればとっくに昼間になっていてもおかしくない雰囲気ではあるのだが。

 

 見上げた天井は綺麗な木目が並んでいて……、たしかあの模様にも名前があったように彼女から教わった記憶があるのだが生憎とそこまでは思い出せない。それでも少しの隙間をあけて天井板が貼られているのは目透かし天井と呼ばれるものだったはずだ。

 

 そして記憶に間違いがなければ使用されているのはヒノキだったはずで、すぅっと息を吸ってみれば和室特有の木材の香りがするような……。

 

 と、そこまで考えたところで悪あがきのような現実逃避もネタが切れてきてしまった。なまじ目覚めが良すぎたせいで頭の回転はすっかり平常通り。冷静に現在の状況へと思いを巡らせてしまっている自身の思考は止められない。

 

 まずもって"知らない天井"ではないのだ。つい、オタク心がくすぐられ一度くらいは言ってみたかったセリフにランクインするそれを口にしてしまったがそれは誤りなのである。たしかに、随分と久しぶりな気もするが私はこの天井を知っている。

 

 まさかいつの間にか高級旅館に連れてこられた訳もあるまいし、記憶が途切れる直前まで共に居た人物からあたりをつければここは間違いなく宵呑宮(よいのみや)甜孤(てんこ)が暮らすお屋敷であろう。

 

 すると当然、次にはどうして私は甜孤のお屋敷で寝ていたのだろうかという疑問が生まれてくる。それだって少し考えてみれば大体の事情はなんとなく想像は付く、お披露目配信中に意識を失ってしまった私を介抱するため甜孤とリリスが運び込んでくれたのであろう。

 

 まぁ普通に考えれば急に倒れてしまったのだから私の行先は病院が正しいのかもしれないが、あの時起きた事を考えれば病院でどうにかなるようなものではないだろうし、少なくともあの場にはその手の出来事について対応できる人間……、いや魔族が三人は居たのだ。

 

 幸いなことに頭部に関してはどこかに打ったような痛みは皆無であるし、後始末に追われるマリーナのもと事務所で休ませるよりは旧知の仲であり魔族でもある二人が名乗り出てくれたので任せることにしたと考えるのが自然であろう。

 

 そう……配信、私の……黒惟まお3Dお披露目配信中に私は意識を失ってしまったのだ。

 

 ようやくそこまで記憶が至って、大きく息を吸い深いため息を漏らす。吐き出された息は震え、ひくひくと喉が引きつっているのを自分でも感じる。じーんと込み上げてくる涙を抑えることは出来ず、流れた雫の跡が空気に触れそこだけが冷たく感じる。

 

「どう、して……私……」

 

 嗚咽混じりになんとか声に出した言葉は空虚なまでに広い室内へと消え去っていき。自らの不甲斐なさと起きてしまった事の理不尽さ、悲しみと怒りの感情がないまぜになって今にも暴れだしたくなる。

 いっそ気が済むまで暴れることが出来れば良かったのだが、身体を動かそうとするとズキズキと鈍い痛みが伝わってきてどうにもそんな気分にはなれないのだ。

 

 たしか記憶が正しければ甜孤とリリスと共に歌い終わった後に意識を失ったはずだ。あのあとはとっておきのサプライズゲストである明日見(あすみ)アカリちゃんとの歌であったが、あれはスケジュールの関係で収録済みであったため倒れた瞬間さえ誤魔化せたのであれば問題なく進行できていただろう。

 こればかりは収録済みで本当に良かったと思う。もしも、アカリちゃんをサプライズゲストとして呼んでおいて私が意識を失ってしまったせいで出演自体取り消しになってしまっていたら……。そんなこと考えるだけでも恐ろしい。

 

 その時はもう……、私は私を許すことはできなかっただろう。

 

 そのあとの告知事項も音声での収録だったため何とかなったはずだ。問題はそのあと……、告知後のフリートークと最後の歌……。肝心の私が意識を失ってしまったのだからそこはどうしようもない。告知が終わった時点で無理やりにでも配信を終わらせる他なかっただろうが、それだとどうしても不自然な幕引きにならざるを得ない。

 

 だから、あの後どうなったのか……。知るのが怖いのだ。

 

 我が身に起きた事も、あの不思議な体験も……あの声の持ち主についても考えなければいけないのであろうが、今はとにかく配信がどのような形で終わったのか、リスナーたちはどんな反応をしたのか……そればかりが頭の中を占めている。

 

 何が、無事配信を終えることは願いの内に入らないだ。今となってはそれこそが唯一の願いと言っていいのだから、あの謎の声の主に悪態をつきたくもなる。しかし、こんな事態を起こしたのも無意識下で自覚がなくとも私自身に原因があるようなことを彼女は言っていたのでそれを信じるならば自業自得である。

 

……

 

「黒惟さん、お目覚めですか?入ってもよろしいですか?」

 

 残酷な現実から目を背けるように布団の中でうずくまり散々漏らした嗚咽と涙も収まってきた頃に、ふすまの外から掛けられた声にびくりと反応する。そのタイミングの良さから考えるに恐らくは少し前から声を掛ける機会を伺っていたのであろう。

 

「はい……」

「失礼します」

 

 そう言ってゆっくりと室内に入ってきたのは見覚えのある少しふくよかな女性であり、この屋敷の離れに住み長年勤めているお手伝いさんの一人だ。

 

「突然押しかけてしまってすいません……、あとこんな格好で……」

「昨晩は大変だったと聞いていますから、お気になさらないでください」

 

 布団の中から痛みに耐えながらなんとか上半身を起こしたところで、自身が浴衣のような着物に身を包んでいることに今更ながら気が付く。意識を失った時はキャプチャースーツ姿であったのでそのまま連れてくる訳にもいかなかったはずだし……、何度か着替えさせてくれたのだろう。

 

「それで……甜孤は……」

「まだお休みかと思います。随分遅くまで黒惟さんの傍に居たようでしたから。それと夜闇さんも一緒にいらしたのですが、二時間ほど前にお仕事に向かわれました」

「そうですか……」

 

 二人にも当然かなりの心配をかけてしまっただろう。そのうえ、年末の忙しい時期に面倒までかけて……感謝よりも申し訳なさのほうが先に立ってしまう。

 

「食事の用意もできていますが……、先にお風呂はいかがですか?」

 

 たしかにこのあと甜孤に顔を見せる事を考えれば、今の私の顔は先ほどまで泣いていたこともあってひどいものなのだろう。なにより、3D配信を行ったあとからは当然お風呂には入れていないので入っておきたいという気持ちもある。

 

「お言葉に甘えさせてもらおうかな……」

「では準備はできているのでお着替えは後程お持ちします」

「……ありがとうございます」

 

 私の言葉を受け優しい微笑みを浮かべて退室していく彼女を見送り、私もようやく布団から抜け出す。相変わらず身体のいたるところが痛むがそんなことを気にしていても仕方がない。

 

 ちらりと枕元に置いてある鞄へと目を向けその中からスマートフォンを取り出す。覚悟を決めて電源ボタンを一度押してみるが画面がつくことなく何の反応も返ってこない。少しだけ肩透かしをくらった気分で鞄からモバイルバッテリーを取り出し接続、覚悟が揺らぐ前に再び電源ボタンを長押し……。

 

 今度こそ画面がついたと思えば、電源が落ちていた間に送られてきたのであろう大量の通知の表示とバイブレーションがいつまでたっても鳴りやまない。これではたしかに電源も落ちてしまうだろうなと思いつつ、なんとか大量の通知の中からメッセージアプリを立ち上げいくつかに目を通していく。

 

 その大体はどれも活動を通じて知り合ったVtuberであったりクリエイターたちからの祝福と配信の感想らしくあたたかい言葉が溢れている。その中には意識を失ってしまった私を心配するようなメッセージはひとつもなかったので、配信ではうまく隠すことができたのだと思う。

 

 そしてこの顛末について一番詳しいであろうマリーナのメッセージを見つけ、震える指で詳細を開く。

 

 その中身は、私への謝罪と甜孤たちに私の事を任せた事とまずはゆっくり休養を取って欲しい旨が簡潔に記されているのみであった。おそらく気を遣ってくれているのであろうが、もう少し今後の予定であったり事の経緯についてが記されているものだと思っていたので続きが無いかとスクロールしてしまった程だ。そしてもう一人、リーゼからのメッセージにしても私の身を気遣うものでそれ以上の言及はない。

 

 ともあれ、色々なメッセージを見る限り配信画面に意識を失った黒惟まおが映るといった最悪の事態は少なくとも避けられたようであるし。なんとか配信としての体裁は保てていたようで少しだけ安心できた。うまくつなげてくれたであろうスタッフたちには感謝してもしきれない。

 

 あとは実際にどのような形で映像が残っているか……。それは配信のアーカイブを見れば一目瞭然なのだろうが、どうしてもそれを確認する勇気が出てこない。

 

 なので、とりあえずはマリーナとリーゼ、そして仕事に出ていってしまったリリス向けに、心配かけた事への謝罪と目覚めて身体は何ともないと一報を入れておく。すると三人が三人とも私が入力し終わった直後にメッセージを返してきてくれたので、改めてとても心配をかけてしまっていたのだと反省する他ない。

 

 配信アーカイブの確認はお風呂に入ってから……。

 

 準備は出来ているということだったし、いつまでもここでぐずぐずしていても埒が明かない。せっかくの御厚意なのだから今はそれをありがたく享受し、その上で私が意識を失った後の詳しい状況を甜孤から教えてもらうことにしよう。

 

 今後の事を考えるのはそれからだ。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

98話 お狐様

「はぁ……」

 

 こぼしたため息がややくぐもって耳に返ってくる。それ以外に聞こえてくるのは身体の動きに合わせて揺れる湯舟の水音くらいであり、それを目を閉じ聞いているだけで色々な気持ちに整理がついていく気がする。

 

 宵呑宮(よいのみや)家のお屋敷でお風呂に入るのはどれくらいぶりだろうか、ぱっと前回が思い出せないくらいには久しぶりなのは間違いない。逆に初めて来たときは湯舟だけではなく浴室全体が木製で、それも当然のように総ヒノキだというのだから、どこぞの高級旅館なんだとただただ驚いた記憶の方がはっきり覚えているほどだ。

 

 まずは詳しい状況を確認して……。それから迷惑をかけてしまった人たちに謝罪して……。

 

 今日だって本来ならばいくつかの打ち合わせが入っていたはずなのに、すべてが後ろ倒しに延期および調整中になってしまっている。週末にはクリスマスミニライブだって控えているのにこうやって呑気に湯舟に浸かっていていいのだろうか。

 

 それに……この身体の事もある。

 

 目覚めた時には随分とひどい痛みに顔をしかめたものだが、それもだいぶ緩和されてきている。あれだけ配信で歌い踊ったにも関わらず意識を失うまでは全く疲れを感じなかった反動がすべて痛みとなって返ってきたようなものだ。

 

 火事場の馬鹿力という訳ではないが、人間リミッターを外せば驚くべき力を出せると聞いたことがあるし魔力によって似たような事が起きていたのだろう。もしかしたらアドレナリンのような効能もあったのかもしれない。それほどにあのときの高揚感と全能感は凄まじいものがあった。

 

 湯舟から両手を上げなんとはなしに腕に手のひらを這わせる。未だピリッとした痛みは感じるが顔を歪めるほどではなく、なんというかわざと力を込めて痛みを感じたくなってしまうというか……心地よい痛みが癖になる。

 

 まぁ身も蓋もない言い方をしてしまえば全身筋肉痛状態なのである。

 

 すでに回復に向かっているであろう身体の問題はさておき、問題は魔力の方……。訓練によって自らの魔力については集中して意識を向ければある程度、量まで把握できるようになっていたのだが……。いまはさして意識せずとも感じることが出来る。

 

 あれだけの魔力行使を謎の声の助けがあったとはいえ自らが行えたことは未だに信じられないが……。その影響もあってか今はほとんど体内に魔力は残っていない。試しにそのわずかな魔力をかき集めて目の前の水面に対して魔力を行使し、物理干渉を試みるが……。まったく手ごたえがなく体内の魔力はそのままだ。

 

 どうやら相変わらず私は誰かの手助けなしでは魔力を行使できないらしい。

 

 それは前々からそうであったし、マリーナから受け取った魔道具たちのおかげもあり魔力行使が独力で出来ない事に不便を感じる事はなかったのだが……。そのせいで意識を失う可能性があるというのであれば話は違ってくる。しかも、あの謎の声の言う事を信じるのであれば一歩間違えれば死んでいた……らしい。さらには周りを巻き込んで云々と言っていたのでより悲惨な形で。

 

 たしかに、以前受けた講義の内容とは一致するし理屈も筋は通っているようには感じるがそれにしたっていきなりすぎた。配信前は念のためマリーナのチェックを受けたにも関わらずあの事態は引き起こされてしまったのだ。専門家たる彼女ですら予期できなかった爆弾を抱えながら今後の活動を行うなんて、とても非現実的としか考えられない。

 

 そもそもあの謎の声の正体からして謎であるし、随分と思わせぶりな事を言ってきたがこの年になって二重人格に目覚めたとでも言いたいのであろうか。

 

「……なんとか言いなさいよ」

 

 苛立ちにも似た、想像以上に冷たい声が浴室に響きその声の主が自身であることに少し驚く。別に内なる別人格に声をかけるのであれば口に出す必要はなさそうなものだが……、言葉にしなければ我慢できなかったのだ。

 

 当然、その声に対する返答なんてものは無く、ただただ虚しく水音が返ってくるだけ。それがまたあの偉そうな口調で話しかけてきた彼女にからかわれているようで腹立たしいが、なによりも仮にも助けてくれた存在に対してそう思ってしまう自分が嫌だった。

 

 せっかくお風呂に入って気持ちが落ち着きかけてたというのに、そんな苛立ちと自己嫌悪によって気分が沈んでいく。行儀が悪いことは百も承知だが、湯舟の中で膝を抱え口元をお湯の中に沈めてぶくぶくと音を立てながら水中に息を吹き込んで水面を揺らす。

 

 そんな一人遊びに興じていたところで脱衣所の方から物音が聞こえ、てっきりお手伝いさんが着替えを置いていってくれるのだろうと思い大して気にもしていなかったのだが……。ガラッと浴室の扉が開かれたので何事かとそちらに視線を向ける。

 

「なんや……先客がおると思ったらまおちゃんやんか」

「……っ、甜孤(てんこ)!?」

 

 そこに立っていたのはなんら恥じらうことなく浴室に入ってくる宵呑宮甜孤の姿であり。当然お風呂に入りに来たのだからその身には何も纏っていない。相変わらず同性から見ても惚れ惚れしてしまいそうになるモデル並みのプロポーションを誇る身体を隠そうともせず。すたすたと私が浸かる湯舟に向かってきて手桶でお湯をすくいその身体にかける。

 

「それじゃお隣失礼します~」

 

 あまりに突然の出来事にフリーズしている私を尻目に、数回お湯を浴びた甜孤はそのまま私の隣に並んで湯舟に浸かる。ちょっとした家族風呂くらいの大きさはあるので手狭ということはないのだが……。それでも温泉宿に来ているならまだしも友人の家で一緒にお風呂に入るなんて事になるなんて思ってもみなかったのだ。

 

「私上がった方が……」

「まおちゃんもまだ入ったばっかりやろ?甜孤は気にせんから我が家自慢のお風呂堪能したってやー」

 

 なんとなく気まずくて湯舟から上がろうとするがそんな私を止めるように声を掛けられる。それを振り払ってまで断るのもなんだか変に意識しているようで気が引けるし……というか、入ってきたときは偶然みたいなことを言っていたが、どうして私が入ってからまだそれほど時間が経っていないことを知っていたのだろうか。

 

「……甜孤、知ってて来たでしょ」

「何のことかわからへんなぁ、ウチ朝風呂派やし~」

 

 大方目覚めてからお手伝いさんに私が入浴に向かったことを聞いたのだろう。お風呂を勧められた際にすぐ向かえば良かったのだが、スマートフォンを操作していた時間分猶予を与えてしまったらしい。いつもなら適当に誤魔化そうとする甜孤の調子に突っ込みを入れる所だが、今日は何より先に言うべきことと聞かなくてはいけないことがある。

 

「甜孤、私……」

「おっ、まおちゃん痩せたんやない?前より手足がすらーってしてる気がするわぁ。それにお腹周りもキュッと締まって、な~触ってもええ?」

 

 そんな私の言葉を遮るように私の身体に視線を向けてそんなことを言ってくる甜孤。たしかに言われてみれば、そんなような気もしてくる。あれだけダンスレッスンをこなしていたのだから多少は身体に変化があってもおかしくはないのだ。

 

 もっとも、それは以前までの私と比べた時の話であって目の前にいる甜孤に比べるまでもない一般的な体型だろう。強いて言うなら女にしては背が高い方ではあるのだが、それだって彼女のほうが高いし、スタイルだってひとつとして勝てる部分は見当たらない。

 

「そうかもしれないけど……甜孤に比べたら全然……」

「あちゃーこりゃ重症やねぇ……」

 

 私の身体に向けていた手を止め拍子抜けしたように引っ込める甜孤。

 

「重症って……」

 

 何それ……と言いたいところだが。いつもの私を考えれば確かに重症なのだろう。

 

「甜孤……、迷惑かけて本当にごめんなさい」

「せやなぁ、ほんま迷惑やわぁ」

 

 覚悟はしていたのだが自分で言葉にするのと、言われるのではここまで感じ方が違うのかと衝撃を受ける。こういう時にはっきりと言ってくれるのも優しさだとは思うし、甜孤の良い所であると思うのだが思った以上に言葉が胸に刺さる。

 

「うん……、ごめんなさい」

「本当はな?傷心のまおちゃんなら落とせるやろかって思ってたんやけど」

 

 ……うん?

 

「どろっどろに甘やかしてもう甜孤がおらんとあかんようにしてあげよかと思ってたんやけどね?こんな難易度ベリーイージーなまおちゃん攻略しても楽しないわぁ。まおちゃんがそれを望むならやぶさかではないんやけど」

 

 至極つまらなそうに当初の予定らしいものを口にする甜孤。

 

「だから、選んでえーよ?このまま甘えてくれれば、ぜーんぶウチがなんとかしたる。そん代わりまおちゃんの心も身体も甜孤のもんや。なんもかも忘れて甜孤のためだけに生きて?」

 

 こちらを真っすぐに見つめそんな甘い誘惑のような選択肢を提示してくる甜孤。それは決して冗談なんかではなく、私がここで頷けばきっとすべての問題は甜孤が解決してくれるのだろう。

 

「それは……」

 

 とても魅力的であると、そう思ってしまった。甜孤の所有物となってすべてを捧げ、そしてどろどろに溶かされるように愛され生きていくのだ。きっと私が望めば彼女は何でも叶えてくれるだろう。黒惟まおとしての活動だって魔王云々関係なく続けていくことだって……。

 

 ふふっと切れ長の目を更に細めて私に笑いかけてくる甜孤、その表情はまるで狐のようで……。そこでようやく思い出す、彼女は……天孤(てんこ)であったのだと。

 

「化け狐……」

「あはっ……やっぱりまおちゃんはそうでなくっちゃなぁ」

 

 いつの間にか頬に添えられていた手に抗うようにゆっくりと首を横に振り、振り絞るように言葉を紡ぐ。そんな私を見て彼女は心底楽し気にくつくつと笑いながら寄せていた身体を離す。

 

「わるーい狐に騙されるところやったねぇ?」

 

 いつもの狐サインを指で作った天孤は、その重なった指先をちょんと私の唇に触れさせる。意地悪くからかうような笑みを浮かべている彼女はもうすっかりいつもの甜狐だ。

 

「でもそんな悪くて優しい狐に化かされるのも悪くないかもって思っちゃったけどね、魔王(ラスボス)としては簡単に攻略される訳にはいかないから」

 

 せめてもの仕返しだと、私も指を狐の形にして狐のままだった彼女の指先と軽く触れ合わせる。

 

「……っ、狐をからかったら後が怖いんやからね?」

「そのときはお稲荷さんでも持って謝りにいくよ」

「安直やなぁ……、そしたら身体の洗いっこで手ぇ打ったる」

「そんな子供でもあるまいし……」

「大人の洗いっこでも甜狐はかまへんよー?」

「甜狐……それはちょっとおやじくさい」

 

 まぁたまには甜狐のスキンシップに付き合うのもいいだろう。

 こんなでも私の大切な友人であり……優しいお狐様なのだ。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

99話 言うべきこと

「リリスもう少しで帰ってくるってー」

 

 甜狐(てんこ)との入浴を終え、髪をドライヤーで乾かしてあげているとそんな事を言いながら彼女は手に持ったスマートフォンの画面を背後の私にも見えるようにしてくれる。

 

 結局、彼女の提案による身体の洗いっこは背中を流したところで切り上げようとした私に対し、当然のようにこちら側へと身体を向けようとしてきたのだが、それは押し留めることに成功した。さすがに前は自分で洗って欲しいし、私が洗えば当然こちらを洗う口実を与えかねない。その代わり妥協案として頭を洗ってあげて、湯上り後このように髪を乾かしてあげているのである。

 

 普段はホワイトブロンドの髪をひとつに束ね左肩前に流している彼女であるが、こうやって真っ直ぐに梳かしてあげるとその長さは想像以上に長い。普段の髪型だとどこかおっとりとした印象を受けがちであるが、……まぁ中身はともかくだ。まだ水気を含んだしとやかな髪も手伝ってまとめている時より一層美人度が上がっている気がする。

 

 私なんかは襟足が少し長いくらいであとは短めにまとめているのですぐ乾いたのだが、もし黒惟まおのような長髪であったら毎回お風呂上がりは大変だったであろう……。そう思うとVtuberとしての姿と同じくらい髪が長いリーゼなんかは苦労してそうだ。

 

「お昼は食べたん?っと……おべんと出たみたいやねぇ。なら、こっちはこっちで食べた方が良さそうや、食べ終わった頃には帰ってくるやろ」

 

 そんな事を思っているうちに手早くリリスとのメッセージのやりとりを終えた甜狐からの言葉を受けドライヤーのスイッチを切る。

 

「それじゃ服着て向かおっか」

「んー?これで全部やけど」

 

 私は寝ていた時と同じく浴衣が用意されていたのでそれに身を包んでいるのだが、目の前にいる甜狐はというと上はキャミソールで下は下着のみである。

 

「いや……流石に寒くないの?」

「平気やよー、なんならお風呂上がりはいっつも裸やしー」

 

 暑がりというか基本的に脱ぎたがりであることは知っていたつもりであったが、まさかこの季節になってもそれを貫き通しているとは思わなかった。というかこの口ぶりでは、基本的に裸族なのではないかとも思えてくる。

 

「甜狐の家だし、寒くないならいいけど……」

「……あっ、なんか寒うなってきたわーまおちゃん温めてー」

 

 ニヤリと何か良からぬことを思いついた顔でこちらに抱きついてくる甜狐をひらりと躱そうとするが、筋肉痛のせいでどうにも動きにキレがなくなってしまっている。

 

「馬鹿やってないで、ほら行くよ」

「はーい」

 

 抱きついてきた甜狐を引き剥がそうにもそれだけでまた痛みに悩まされそうだったので、そのまま脱衣場から出るように促す。実際のところ温める必要のないくらい甜狐の身体は温かかく、これならば本人の言う通り平気なのだろうと思うのだが……。

 

 大して抵抗を見せない私の言葉に素直な返事で答えた甜狐は私を抱きしめる力を緩め、腕を組み上機嫌で歩きだす。彼女の方が少しだけ背が高いので若干歩きにくくはあるのだが……、色々と気を回してくれているお礼と言えるほど大したものではないだろうが喜んでくれているならいいだろう。

 

……

 

 リリスが帰ってきたのは甜狐の予想通り私達が遅すぎる朝食を食べ終わって少しした頃だった。

 

「おかえりリリス」

「おかえり~」

 

 食後に入れてもらったお茶を飲みながらそろそろだろうか?なんて甜狐と話しているところにリリスは帰ってきて、そのまま無言で私のもとへと静かに向かってくる。

 配信中以外はいつも言葉数も少ないリリスであるが、大和撫子然とした容姿だけ見ればまだ少女の様に見える彼女が無言で迫ってくるのだからなんだか迫力がある。

 

「……リリス?」

 

 私が呼びかけても反応は示さず、もしかしたら面倒をかけ更に心配かけたことをとても怒っているのではないだろうかと思わせるような無言の圧。心なしかこちらに向けられた視線も険しいような気がしてしまう。

 

 座布団の上に座っている私の元にたどり着いたリリスは膝立ちの格好になって私の手を取り自らの胸元に寄せそのまま目を閉じる。いったい何をしているのだろうかと困惑しつつ甜狐の方へと視線を向けるが、曖昧に笑うのみ。

 

「うん……、そう。わかった……」

 

 やっとリリスが口を開いたかと思えば、それは私達に向けた言葉という訳でもなく何かを確認したようにも聞こえる。

 

「心配した……」

「……ごめんなさい」

 

 やっと目を開けたリリスと視線が合い手が離される、なんて言葉をかけたらいいかと思ったところでポツリと呟かれた言葉に胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚。すっかり甜狐のペースに乗せられてしまっていたがこれが二人の偽りのない気持ちだったのであろう。もし、目の前で二人が突然倒れでもしたら私だって心配するし、他のことは何も手につかなくなってしまうだろう。

 

「大丈夫なら……いい」

「心配かけて……ごめんなさい」

 

 それでもリリスは私に怒るでもなく、文句を言うでもなくただただ私の無事を喜んでくれている。それがありがたくて……申し訳なくて、自然と頭が下がってしまう。

 

 リリスはそんな私を抱きしめるようにその小柄な身体で包み込んでくれた。

 

「謝らなくていい……」

「……リリス、甜狐。二人とも、本当にありがとう」

 

 そう、色々なことがあったし聞きたいこと、言いたいことは沢山あったはずなのに。本当に言わなくてはいけなかったことをすっかり忘れてしまっていた。私が顔を上げようとするとリリスは自然と抱きしめていた腕を解いてくれる。しっかりと二人に向かって謝罪ではなく、感謝を……目覚めてからずっと言いそびれてしまっていた言葉をやっと言うことができた。

 

「まおちゃんのそういうところほんま好きやなぁ」

「私も……」

 

 私だってそんな二人の事が大好きなのだ。

 

「それじゃあ、まおちゃんも色々聞きたいことあるやろうし甜狐のお部屋でお話しましょ。配信だって見返したいやろ?」

 

 甜狐のそんな言葉をきっかけに三人で甜狐の自室へと向かう。配信や魔力云々の話については三人揃ってからの方がいいだろうと思っていたのでリリスが早めに帰ってきてくれて助かった。……それに、周りの反応を見るに大丈夫だとは思うが一人で配信を見返す勇気は無かったのだ。

 

「そうだ、私が寝てた部屋にスマホ取ってきていい?そういえば充電したっきり置いてきたんだった」

「ええよー、なら先に行ってるわー」

「待ってる……」

 

 廊下で別れ、部屋に戻ってモバイルバッテリーと共にスマートフォンを回収する。

 

「あれ?電源切れてるし……バッテリーの充電もなかったかな?」

 

 手にしたスマートフォンはまたしても電源が切れており、ケーブルを挿し直しても充電を示すランプすらつかない。たしかに朝は充電できていたのだが……、バッテリーの方も残りわずかだったのかもしれない。

 

 とりあえずは二つとも甜狐の部屋で充電させてもらうことにして二人の待つ部屋へと足を向ける。さすがにお屋敷というだけあっていくつかの部屋の前を通り過ぎるがそれほどの時間もかからず到着、部屋を仕切る襖に手をかけ部屋に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃーい、久しぶりやねぇ」

 

 迎え入れてくれた甜狐には今さっき別れたばかりと言いたいところだが、そういうことではなくこの部屋に訪れるのが久しぶりであろうと言いたいのであろう。

 

「それにしても相変わらず、かわいい部屋だねぇ……」

 

 部屋に入ってまず目に入るのがたくさんのぬいぐるみたち。クマにイヌにネコに……そして一番多いキツネモチーフのぬいぐるみ。そんな中に混じって甜狐が所属するLive*Liveのタレントたちが出しているグッズなんかもぬいぐるみを中心にいくつか混ざっている。

 

 私だって寝室には数体のぬいぐるみくらい置いてあるが、どれも貰い物ばかりで自分で集めているというわけでもない。甜狐からもいくつかプレゼントされているのだ。

 

 そして何よりも目を引くのはその部屋の内装である。

 

 それまでどこに行っても和風だった空間に突如としてファンシーで洋風な部屋に出迎えられたら誰だって驚くだろう。床はキレイにフローリングに張り替えられ、その上にはふわふわの絨毯が敷いてありどこからどう見ても最初から洋室だったようにしか見えない。私もリリスも和風な格好だったので先程まではキャミソール姿の甜狐が家主のはずなのにどこか浮いた印象であったが、この部屋の中に限っては和風な二人が場違いのように見えてしまう。

 

「女の子らしくてかわええやろー?まおちゃんもぬいぐるみ出してくれればええのにー」

「私も欲しい……」

「ぬいぐるみねぇ……、考えてみる」

 

 どうしても単価が高くなりそうだったのでそういった希望があっても避けてきたのだが……、今の私ならば出来ないことはないと思う。

 

「甜狐、スマホとバッテリー充電させてもらっていい?両方切れちゃったみたいで」

「ええよー、あそこのケーブル好きなのつこうてー」

 

 テーブルの上、無造作に置かれていたケーブルを二本手にとってそれぞれに繋ぐ。まぁ電源を入れるのは後でいいだろう。

 

「それじゃ、まずは配信見よか?まおちゃんもどうなったか気になっとるやろうし、その方が色々話しやすいやろ?」

「……任せる」

「うん……、その方がいいかな」

「パソコンだと二人に見せにくいしー、面倒やけどテレビにパソコンつなぐしかないなぁ」

 

 たしかに普段配信で使っているだろうスペースに置かれているモニター前に三人寄ってしまえば窮屈だし、そもそもパソコンデスクに合った椅子はひとつしかないのだ。であれば、今座っているソファーの前にあるテレビで見るのが一番であるが……。

 

「このテレビネットに繋がってるんじゃないの?」

「そうなん?」

「いや……、聞き返されても……ほらリモコンに配信サイトのボタンあるし」

 

 今どき、それなりのテレビであれば当然のように各種動画配信サイトにアクセスして動画を見れるようになっているだろう。私がリモコンを手にとって電源を入れいくつかのボタンのうち、普段配信しているサイトをものを押して見せる。

 

「ほら、繋がった」

「ほんまや、なんでそんなボタンあるんやろなぁって思っとったけど最近のテレビはすごいなぁ」

「……宝の持ち腐れ」

 

 パソコンやスマートフォンで開くのとは勝手も違い、少し表示がもたついているようにも思えるが配信のアーカイブを見るくらいなら十分だろう。慣れない入力をリモコンで行い黒惟まおの名前で検索をかける。

 

「へぇ……パソコンともスマホともなんか違うんやねぇ」

「たしか仕組み的にはスマホと似たようなモノだって聞いてるけど……え?」

 

 独特な画面表示に戸惑いながら、ようやく黒惟まお3Dお披露目配信のサムネイルを見つけるがそれを再生しようとしてリモコンを操作する指が止まる。

 

「どうしたん?」

「……再生数、すごい」

「ほんまや、えらいバズってるなぁ」

 

 普段見ている画面とは若干表示の仕方が違うのですぐには気が付かなかったが、目に入った再生数の数字は文字通り桁が違った。私の代わりに気づいたリリスがそう呟き、対する甜狐は呑気に素直な感想を口にする。

 たしかにliVeKROne(ライブクローネ)に所属してからは再生数もかなりのペースで伸びていたのだが、昨日の今日でこの数字はいまだかつて経験したことのないような伸びだ。配信中もスタッフからは今までにないくらい視聴者が集まっていると聞いていたがここまでのものだとは思わなかった。

 

「もしかしてだけど……」

 

 そう言って充電しているスマートフォンの電源を入れる。少ししてスマホが立ち上がると同時にものすごい勢いで様々な通知が画面に表示されていく。朝電源を入れた時は電源が切れていたため昨夜からの通知が一気に殺到したのだと、いつもの記念配信通りであれば午後にはある程度落ちついてくるだろうとは思っていたが、モバイルバッテリーに繋いでお風呂に行っている間も通知は殺到し、それによって充電が追いつかず再び電源が落ちてしまったのだろう。

 

 なんとか各種アプリからの通知を一旦無効にし、恐る恐る配信サイトのアプリを開いて黒惟まおのチャンネル管理画面へとアクセスする。

 

「うそ……」

 

 そこに表示されていた登録者数はいつも見ていたようなものとはかけ離れていて、思わず驚愕の声が漏れてしまう。

 

 それは今年中になんとか達成出来ればいいなぁなんて思っていた数字を軽々と飛び越し、いつか長く活動を続けていくうちに叶えられればいいなと夢のように思っていた数字にも現実的に手が届きそうなライン。

 

 そんな数字が私の目の前に表示されていた。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

100話 顛末

「……おめでとう」

「なになにー?おー!えらい数になってるやん!おめでとうまおちゃん!」

 

 私がスマートフォンを見て固まっていると、両サイドから画面を覗き込んできた二人による祝福の声でハッと我に返る。

 

「ありがとう……ちょっと、うん。色々感情が追い付かないかも」

 

 もちろん配信者として再生数や登録者が増えることは喜ばしいことだ。それらが絶対ということはないが見てくれる人、応援してくれる人が増えれば増えるほど活動の幅は広がる。

 私の声が、黒惟まおという存在が誰かの心に残り少しでも楽しませることができる。

 

 しかしここまで急激な変化であると、喜びと同じくらいに困惑や恐怖という感情も生まれてきてしまうのだ。私達配信者というのは、良くも悪くも目立ったもの勝ちな側面がある。それはポジティブな事でもそうだし、もちろんネガティブな事柄によっても引き起こされる。

 

 今回は3Dお披露目配信というわかりやすいきっかけがある分まだ困惑は少ない。しかし、何の前触れもなく特に何かしたという自覚がないときにSNSのトレンドなんかに関連のキーワードが躍り出た時には何かやってしまったのではないか?と考えてしまいがちだ。

 

「素直に喜べばええのにー。まぁ今はそれどころやないか」

「配信、確認しよう……?」

「えっ、あっ、うん。そうだった再生するね」

 

 うりうりと肩でこちらの身体を押してくる甜狐。あまりの驚きに一瞬目的を忘れてしまっていたが、今は配信を確認するのが先だ。この分だとSNSの方もすごいことになってそうだが配信の顛末を知らないことには素直に喜べない。

 

 リリスにも促されスマートフォンを一度テーブルの上に置いてテレビのリモコンに持ち替え配信アーカイブを再生する。

 

「スタジオでも一応見させてはもらっとったけど、やっぱこのオープニングはエモエモやねぇ」

宵呑宮(よいのみや)居た……」

「おっ、リリスも今映ったなぁ」

 

 まずはオープニングからはじまり、そして黒惟まおが現れソロで天使(あまつか)沙夜(さや)のVesferを歌唱する。

 何回もリハーサルの映像を見た記憶はあるが、やはり本番の映像というのはまるで違って見えてしまう。特にその立ち居振る舞いと不敵に笑う表情は黒惟まおそのものであり、そのあとのリスナーとのやり取りも含めて私が演じているとは到底思えないほどだ。

 

「魔王様……」

「ほんまこの時のまおちゃんは入り込んでたなぁ」

 

 自身の姿であるはずなのだが見入ってしまって二人の言葉に反応することも忘れてしまう。それほどに画面に映る黒惟まおの姿から目が離せない。

 

 しかしそれもゲストである二人が現れたことによってはっきりと空気感が変わる。

 

「……やっと、皆の前で一緒に立てた」

 

 ポツリとひとり言のように呟かれたリリスの声が耳に届く。そう、今回なによりも3D共演を喜んでくれたのは彼女である。このあとの展開もそうだし、ダンスの振りのことも本当に感謝してもしきれない。

 

「ありがとねリリス、すっごく待たせちゃった」

「ううん……。待ってたけど……信じてたから」

 

 ごめん、とは言わずにありがとう。と感謝の言葉をリリスに伝える。その方がきっと彼女は喜んでくれるだろう。画面の中でわちゃわちゃといつも通りのやりとりを繰り広げる三人を見守る。

 

「ここ、リリスナイスやったねぇ」

「……お姉ちゃんだから」

「ここはほんとに二人に助けられたね、ありがとう」

 

 ついつい画面を見守ることに夢中になって口数は少なくなってしまうが、リリスが不満を爆発させている風を演じながら見事に軌道修正してくれた場面に差し掛かる。

 改めて配信で見てみても不自然さを感じることもなく自然と歌唱パートへとつなぐことが出来たのは二人の機転のおかげだろう。

 

「って言ってもまおちゃんも途中から気付いてたんやろ?」

「それでも最初はちょっと焦ったよ」

「まだまだ……」

 

 ふふっと胸を張って得意げな笑みをこちらに向けてくるリリス。彼女に言わせれば私なんかまだまだということだろう。こればかりはどんなに経験を積んでも、時間をかけても敵わない気がしてしまう。我らのお姉ちゃんはすごいのだ。

 

 二人との歌唱パートも無事終わり、そして問題の三人での歌唱パートへと配信は進んでいく。

 

「二人には……」

 

 と言いかけて言葉に詰まる。ここから先はこれから起きた事、魔力についての話をしなくてはならなくなる。この時感じた二人を取り巻く魔力、それははっきりと二人は本物であることを示していた。

 

 しかし、あの場の特異性故か何らかのきっかけがあったのかは定かではないが、あの時見えていた魔力の流れを今は見ることが出来なくなっている。それでも、自身の内にあるものはよりはっきりと感じ取れるようにはなったのだが……。

 

 お風呂で試してみたとおり一人では魔力行使は行えず、また他人の魔力を感じることもできない。この二つについては完全にお披露目配信前の状態に戻ってしまったのである。

 

 これまでだって二人の方からそのような事を言ってきたり聞かれたりしたことは一度も無かった。それはきっと配信で黒惟まおとして振舞っている時以外は人間として二人に接してきたのだから配慮してくれていたのだろう。

 

 いつだったか、マリーナに聞いたことがあるのだ。どうして、魔族は私の魔力を感じることが出来るのに配信外ではコンタクトを取ってきたりしてこなかったのかと。

 

『我々、魔族にも様々な事情を持つ者がおります。だから無暗に相手の正体を暴こうとする者は少数派です。それに、強大な力を持つかもしれない相手の不興を買うことは避ける。それは人間だって同じではありませんか?……もっとも、最初にコンタクトを取ったわたくしが言えたことではありませんけども』

 

 そう言ってマリーナは苦笑いしながら答えてくれた。

 

 私が言葉を選んでいるうちに配信上では三人が歌い始め、二人は何も言わずに私の言葉を待ってくれている。

 

「二人には……私は、黒惟まおはどう見えていた……?」

 

 選んだのは直接的な言葉ではなく、どうとでも捉えられるようなそんな質問。ここまできて往生際が悪い事この上ないが、それでもこの言葉によってもしかしたら三人の関係性が変わってしまうのではないかと思うと……、私から切り出す勇気がまだ足りない。

 

「……すごかった」

「せやねぇ……、リリスやないけどほんますごかったのは確かやね。でもまおちゃんが聞きたいのはそういうことではないやろ?」

 

 二人から返ってきた言葉も核心には触れずに逃げる余地を与えてくれている。ここで私が誤魔化してしまえば、二人からは何も言ってこないだろう。こればかりは私が決断して二人に話さなければいけないのだ。

 

「……心配しないで話して?」

「何があってもうちらは変わらへんよ?」

 

 まるで私の迷いを見抜いているかのように優しく言葉をかけてくれる二人。それは彼女たちが出来る最大限の手助けであり、すべてを私に任せるという意思表示に他ならない。

 

 そうこうしているうちに配信では最大の見せ場であった私のロングトーンの場面を迎えようとしている。ここで私はあの謎の声と会話し、そして助けられたのだ。

 

 あの場面を迎えたらちゃんと二人に告げよう。そうしなければこれ以上話を進めることができなくなるし、ここから先ずっと誤魔化し続けることになってしまう。そんな、二人を裏切るような事私に出来るはずがない。

 

 私のすべてを出し切ったその歌声は本当に自分が発したものか信じられないほどに心に響いた。もう一度歌ってもここまでのパフォーマンスは出せないだろう。

 

「二人には私の……、黒惟まおの魔力は見えていたんだよね?」

「あんなにすごいのはじめてだった……」

「そりゃ、あんだけすごいもん見せられたらなぁ」

 

 意を決して問いかけた言葉に頷く二人。

 

「二人は……本物ってことで、いいんだよね?」

「せやねぇ、別に隠してたって訳でもないんやけど。まおちゃんも訳アリって感じやったし」

「色々事情がありそうだったから……」

「私の場合、訳アリっていうか……」

 

 私は二人と違ってただの人間であるはずなのだ。魔王であるのはあくまでVtuberの黒惟まおとして演じているだけの姿であり、偽物の魔王。それが何の因果か、本当に魔力を纏い本物の魔王になるかもしれない状況ではあるのだが。

 

「このあと私、倒れちゃったんだよね……?」

「あん時はほんまびっくりしたで、すぐそばにおったからなんとか受け止めれてよかったわ」

「あれだけの魔力行使したんだから……仕方ない」

 

 やはり、歌い終わった後私は意識を失い倒れてしまったようだ。大した外傷がなかったのは二人のおかげであろう。配信上では何事もなかったかのように絶妙なタイミングで暗転し次のアカリちゃんとのパートへ繋がっているが現場の混乱はすさまじかっただろう。

 

「でも大したことなくてほんま良かったなぁ、なんとか最後の歌までには間に合ったんやし」

「宵呑宮すごい剣幕だった……」

「アレはまぁ……まおちゃんの大事な舞台やったし……」

「……えっ?」

 

 周りの反応から予想した通り、倒れる姿を晒さずに済んでいたことが確認できてホッとするが。甜狐の口からでた言葉に思わず画面から彼女の方へと視線を向ける。

 

 最後の歌に間に合った……?

 

 続くリリスの言葉も気になるが、それがどういう意味なのかまったく理解できない。三人で歌い終わったあと意識を失った私が目覚めたのは、配信が終わった翌日この宵呑宮家のお屋敷であるはずなのだ。

 

「ちょっと待って?私、最後に歌ったの?」

「ん?覚えてへんの?甜狐とリリスで控室に運んですぐやったかなぁ、目ぇ覚ましてスタジオに戻ったやん?」

「みんな止めたけど、このくらいなら平気だって……」

 

 不思議そうに私を見返して当時の状況を振り返る二人。まさか二人が嘘を言うとも思えないし、このまま配信を見続ければどうなったのかはすぐにわかる。もしかして記憶にないだけで本当にあのあと再びステージに上がったのだろうか……。

 

「アカリ先輩は流石やねぇ」

明日見(あすみ)さん本当に楽しそう……」

「この収録あったっぽい日からアカリ先輩めっちゃ機嫌よかったからなぁ」

 

 一人状況を呑み込めていない私を置いて配信はどんどん進んでいく。このあとどうなったのか気になりすぎて二人の言葉は聞こえているのだが、そのまま右から左へと素通りしていく。

 

「たしかこの頃にはもうスタジオ戻ってたはずやよ?覚えてへん?」

「……大丈夫?」

 

 アカリちゃんとの歌唱も終わり、記念の撮影タイムが始まったころにはスタジオに戻っていたらしい。そんなことを言われてもまったく身に覚えがない……まさか意識がないままステージに上がったなんてそんな話あるわけないし。本当に忘れてしまっているだけなのだろうか。

 

「……その時の私、どうだった?」

「どうって言われてもなぁ……、スタッフが何を言っても平気だとしか答えへんかったし。でもいつものまおちゃんって感じではなかったかもなぁ。あんなことの後やったから気い張ってるもんやと思ったけど」

「あの日の配信は最初からちょっと雰囲気違ったから……」

「そうそう、言われてみれば魔王様モードっぽかったかもなぁ」

 

 魔王様モード……。確かにあの日は開幕のVesferからいつも以上に黒惟まおであったように思える。なんとか配信を無事に終わらせるという思いだけで最後の死力を尽くしたとでも言うのだろうか。

 

 アカリちゃんとの撮影タイムも終わりそのあとの告知も終わって……。私の記憶にないはずなのに配信画面上には黒惟まおが立っている。

 

「本当だ……」

 

 それは台本通りという訳ではなかったが、それでもきちんと予定していた楽曲を歌い……そして最後の挨拶までしている黒惟まおの姿であった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

101話 秘密

「つまり……、三人で歌い終わったあとからの記憶がないんやね?」

「うん……」

 

 見た目上何の問題もなかったように終わった黒惟(くろい)まお3Dお披露目配信。最後のフリートークが思いっきり省かれてはいたが、概ね予定通りの幕引きではあった。

 

 甜狐(てんこ)とリリスによれば、配信が終わった瞬間また私は意識を失い崩れ落ちるように倒れ込んだらしい。その際も床に身体を打ち付ける前に私の様子を見守っていた甜狐に抱き留められたというのだから本当に二人にはお世話になりっぱなしだ。

 

 そこまで聞いて、私は正直にあの時何が起きていたのかを二人に告げた。見せ場のロングトーンの寸前に意識が魔力に飲まれたこと。それまで一度として現れたことの無かった謎の声と言葉を交わしたこと。その声のおかげで最悪の事態は回避できたこと。

 

 ……そして、私は魔王でもなんでもないただの人間だということ。

 

「色々訳アリやとは思っとったけど……」

「完全に想定外……」

 

 二人の反応から見てもやはり私がただの人間とは思ってなかったようだ。まぁここまでの事態を引き起こしてしまったせいで私自身、本当にただの人間であるかは疑わしくなってきてしまったのだが……。

 

「そんでも話して良かったん?秘密にしとくように言ってたんやろ?」

「もしこれが広まったら、魔界大ニュース……」

「……うん。二人にならいいかなって、言いふらしたりはしないでしょ?」

「そりゃあ、もちろんなぁ……?」

「……うん」

 

 そう、あの謎の声は存在を秘匿するように言っていたのだ。もしかしたらこの二人に喋ろうとしたところで口止めの為に再び現れるのではないのか?とも思ったがそんな兆候もなく、マリーナからも私の正体については深く言及しない方がいいとは言われている。間違いなくその情報は今の魔界情勢にとっては劇物になりえるだろうと。

 

「正直、私自身も私が何者なのかわからなくなってきたし……。魔族の事情に通じていて、信頼できる二人に話せてちょっとホッとしてる……」

 

 私の事情についてはマリーナとリーゼ、そしてそのバックについているリーゼの父親である現魔王のみが知っている。もちろん、彼女たちを信頼していないという事はないのだが……。私たちの出会いのきっかけである現魔王の意図がそこには介在する訳で、今回の事に関しても素直に伝えていいものか悩んでいるところなのだ。

 

 そういう意味では甜狐とリリスの方がこれまでの付き合いから考えても信頼できる。もし……、万が一にも二人に裏切られるような事があったとしてもきっと私は許してしまうだろう。

 

「二人は今回の事……、どう思ってる?」

「せやなぁ……、まず記憶がないっちゅーことは単純にまおちゃんが忘れてしまっているだけ……。あれだけの魔力行使を行ったんや、まおちゃんが人間であるならその後遺症っていう線はまだある話やと思う。ただ、そのあと目覚めて配信を最後までやりきったのは……まおちゃんの気合。……で説明するにはいくらまおちゃんが配信モンスターやからって少し無理があるやろなぁ」

「それか……、別人格が生まれた可能性……。その謎の声が意識を失った身体を使って配信をやりきった……」

 

 私からの問いかけに対して二人から提示されたふたつの可能性、常識で考えるなら前者の方がありえそうではあるが……。あの配信の様子を見る限りあれが無意識下で行われたものとは思えない。しかも、私自身本当に一切記憶がないというのも引っかかる。

 

 次にあの謎の声が私の身体を使って……というものだが、……状況だけを考えるならばこちらの方が可能性は高いように感じる。なんらかのきっかけによって別人格に目覚め……来嶋(くるしま)音羽(おとは)の中に黒惟まおという人格が生まれたというもの。

 

「やっぱり別人格……なのかなぁ……」

 

 たしか二重人格というのは精神的な疾患として現代医療でも他の名前で呼ばれていたような気がする。今回魔力という要素があるため話がややこしくなってはいるが、ありえない話ではないだろう。

 

「その可能性は捨てきれない……、二重人格……解離性同一症は強いストレスや命の危険から自分を守るために別人格を生み出す……って言われてる。だから宵呑宮の言う通り単純に忘れてしまっていたのだとしても……、そのあと配信をやりとげたのは別人格と考えれば……説明はつく」

「魔力によって命の危険を感じたまおちゃんが自分を守るためにもう一人のまおちゃんを生み出したって訳やね?」

 

 二人の言葉に実際、私の身に起きた事を当てはめていけば……確かにその通りなのだろう。だがしかし、それもまた何か違うような気がするのだ。世間一般で言われているところの二重人格の定義はたしかにそうなのかもしれないがどうしても違和感が残ってしまう。

 

 それにしてもリリスからこうも詳しくこの症状についての話が聞けるとは思わなかった。配信とそれ以外でまったくの別人のように振舞っているリリスであるが……もしかして……。

 

「……私も、昔はそうだったから……」

 

 そんな私の思いは視線となってリリスに伝わってしまっていたのだろう。私の視線を受けて彼女は小さく微笑んでゆっくりと頷く。

 

「昔は……?」

「ここから先はリリスの方が説明しやすい……」

 

 そう言って、まるで他人事のように自らの名を口にするリリス。

 

「こうやって配信外で話すのは初めてかな?黒様」

「リリス?」

「はーい、夜の闇と書いて夜闇(やあん)リリスだよー。いやーいろんなことが起こりすぎてリリスちゃんも流石にまいっちゃうよねー。黒様が一番大変なんだろうとは思うけどさー」

 

 彼女の取り巻く空気がガラリと変わり、目の前に普段の配信よりはテンション抑え目な夜闇リリスが現れる。彼女の言う通り、配信外でこのモードのリリスと喋るのは長い付き合いの中でも初めての事だ。

 

「リリスはその、解離性……ええと、二重人格だったってこと?」

「解離性同一症ね。んー、人間の定義でいうとそうかもねぇ。黒様があたしたちを信頼して秘密を教えてくれたからリリスちゃんの秘密も教えてあげちゃう。あたしってまぁサキュバスで魔族な訳じゃん?でも、あたしのパパとママは普通の人間なんだよねぇ」

 

 思いもよらなかった言葉に目を見開いてしまう。それが本当であるならばあまりに今の私の境遇に似ている。

 

「それって……」

「そっ、黒様と同じ。それこそ小っちゃいころはあたしもただの人間として生活してた訳。ただまぁ心の中にはかわいくてえっちなサキュバスちゃんが居たから、ただの……って言っていいかはわからないけどねー。黒様、先祖返りって言葉知ってる?」

「両親が引き継がなかった遺伝がその子供に現れることだよね?」

「せいかーい!さっすが黒様博識ぃ。つまりね、あたしのご先祖様にサキュバスがいて、そんな事も忘れ去られた頃にその血を引き継いだあたしが生まれちゃったってわけ。それで小っちゃいころは人間としてのあたしとサキュバスとしてのあたし、両方の人格があったわけよ。まぁそれは結局色々あって今は一人の人格として折り合いはついたんだけどね」

 

 いつものリリスらしく明るく簡単に言っているが、この性格のギャップだ。それは私なんかが想像できないくらい大変だったのだろう。

 

「んで、本題はそっちじゃなくて。黒様の話を聞いたとき、もしかしたら黒様もお仲間かなーって思ったんだけど……、そういう訳じゃないんだよね?」

「私の知る限りでは……、あとマリーナさんにも色々調べてもらったけどそんな形跡は見つけられなかったって」

「現魔王様の懐刀であるあの人がそういうなら信憑性は高いだろうねぇ、それなら別人格説もボツかなぁ」

 

 マリーナさん魔王の懐刀なんて言われてるのか……。たしかに言動と任せられているらしい仕事を考えればその通り名はまさにピッタリである。しかし、それでどうして別人格説がボツになってしまうのだろうか。

 

「どうして……?」

「だって黒様普段は一人で魔力行使てんで出来ないんでしょ?元となる人格が出来ないことは流石に別人格でも出来ないんじゃないかなー。黒様が気付かないうちに普段から別人格が無意識下で特訓してたーとかない限り。それにやっぱ魔力行使ってさ、人格関係なく体質……血が重要なのは知ってるでしょ?黒様が魔族の血を引いてないならいくら別人格だろうが魔力行使はできないはず」

 

 言われてみれば確かにそうだ。配信中他人の魔力を感じ視ることまでは出来たが結局そこまでだった。あの声が別人格であるなら、どうして私を助けることが出来たのかという問題が残ってしまう。

 

「それじゃ、結局何にもわからへんってことやなぁ……」

「……振り出し」

 

 ここにきて手詰まり状態になり、肩を竦める甜狐とサキュバスモードから大和撫子モードに戻ったリリス。私については結局よくわからないということになってしまったが、それでもこの二人に相談できて色々な話が出来るようになったことは大きな前進だ。

 

「まおちゃんが良ければ甜狐の方でもまおちゃんのお家について調べてみてもええ?どうもあの懐刀はんはいまいち信用できないんよ」

「それはいいけど……何かあったの?」

「そりゃ、まおちゃんを利用して色々してるんやろ?底が見えないっちゅーか、まおちゃんも用心しておいたほうがええと思うよ?魔王の懐刀なんて言われる所以は確かにあるんやから」

 

 確かに最近は色々お世話になりすぎていて半ば忘れてしまっていたが、マリーナの立場はあくまで現魔王側なのである。その利益にかなうから今の私の立場があるのであり、色々と面倒を見てくれているという側面は否定できないだろう。

 

「宵呑宮は……まおが倒れた時すごい怒ってたから……」

「一応マリーナさんも私の魔力については気にしてくれてたし……」

「そんであの事態を防げなかったんやから監督不行き届きなんやって。あぁもうほんま、VKRO(ブイクロ)に取られる前にLive*Live(ウチ)でまおちゃん確保しておくべきやった……なーなーまおちゃん。今からでもウチ来うへん?」

 

 もう我慢できないと言わんばかりに私に抱きつきながら上目遣いでこちらを見上げてくる甜狐、その言葉からは本気の後悔の色が見えていつものように適当にあしらうことができない。

 

「無理だってわかってるでしょ?それに……私はliVeKROne(あそこ)で頑張りたいの、理由があっても私を受け入れてくれたところだから……。リーゼ(あの子)もいるしね?」

「あーもう……。色んな子ぉに手ぇつけんのにそういうところは一途なんやから……。リリスー振られてもうたぁ」

「別に……どこに所属しようと、変わらないから。いつでも個人勢に帰ってきてもいいからね……?」

 

 負けじとリリスまで甜狐の反対側から私に抱きついてくる。そして、頼もしいことを言ってくれるリリスであるが、続いた言葉は少しだけ矛盾してないだろうか?それでも、二人とも私のために言ってくれているのだからありがたい。

 

 まだまだ私については謎が多く残ってしまっているし、つぎの3D配信に向けての心配事はほとんどなにも解決していない。それでも、一応黒惟まお3Dお披露目配信は配信だけ見れば大成功であるし。私にとっても大きな躍進を果たすことができたのだ。

 

 そして何より、今までずっと共に活動してきた二人との繋がりが更に強固なものになった。この二人に私を支えてくれている人たちの協力があればきっと乗り越えられるだろう。

 

 ……だからこれからもきっと大丈夫。

 

「あっ」

「おっ?」

「……」

 

 ぐぅと……。お腹のあたりから音が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。しかし、タイミングの悪い事に両隣の二人は私に抱きついているのである。つまりそんな些細な音もしっかりと耳に届いてしまっている。

 

「お腹……空いた」

「せやねぇ、なんだかんだええ時間やし、食べてくやろー?なんならもう一泊してってもええよ?」

 

 黙っている私に気を使ってくれたのか、リリスが私の言葉を代弁してくれる。配信を見直し、そのあと色々と話し込んでいたので時計を見ればすっかり夕食時だ。

 

「ご飯はありがたく頂くけど、さすがに今日は帰るよ。帰って配信しなきゃ、お披露目の感想にも目を通さなきゃいけないし」

 

 あれだけ注目を浴びてしまったのだ、リスナーたちは私の配信を心待ちにしてくれていることだろう。まるで私がそう言うことを予測していたかのように二人は視線を合わせやれやれと肩を竦めながら微苦笑する。

 

「そう言われると引き止められへんなぁ……」

「まおらしい……」

 

 こうしてようやく私の……黒惟まお3Dお披露目配信にまつわる騒動について、一応の区切りを迎えることができたのであった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

102話 あの夜のこと

黒惟まお@liVeKROne/26日は3Dクリスマスライブ! @Kuroi_mao 

なにやら色々とすごいことになっているが……

ともかくお披露目の感想などいろいろ話したいと思う

 

『配信予定きちゃ!』

『見に行きまーす!』

『しっかり休めたかな?』

『やったー!』

 

────

 

『正直ここまでの大事になっているとは思わなくてな……驚いているんだが……』

 

 :こっちも正直ビビってる

 :まお様ー!初見ですっ

 :まお様かわいいー

 :完全にお祭り状態だからなぁ

 :ライブ最高でした!!

 :登録しました!

 

『あぁ、初見の者もかなり居るようだな、ちゃんと見えているよ。ライブも見てくれてありがとう。登録も感謝する。かわいい……と言われるのはあまり慣れてないが、面映ゆいものだな』

 

 :まお様かわいい

 :かわいいゾ

 :そういうところがかわいい

 :かわいいしかっこいい!!

 :本人には言えないけどかわいい

 

 いつもとは若干様子が違うコメント欄に照れくさそうに微笑むまお様。その姿は新しくお披露目された3Dモデルの姿であり、お披露目配信で見せたように全身自由自在という訳にはいかないが2Dモデルよりも表現の幅は広がっている。

 

『あまりに急な事だったからな、まだ実感が湧いていないというのが正直なところだよ』

 

 :色々すっ飛ばしてだもんなぁ

 :遠いところまで来たもんだ

 :でっかくなりやがって……

 :色んな人が話題にあげてましたよ!

 

 困惑しつつも嬉しそうに話すまお様であるが、その困惑の理由というのはまず今の配信視聴者数であろう。これがちょっとした記念配信でもなかなか見ないような数字になっているのだ。まお様がお披露目配信で行った魔力行使……祝福についての話題はリスナーたちだけの間に留まらず、SNSでは"#黒惟まお3Dお披露目配信"が配信終了後もランキングの上位に表示され続け。Vtuberだけではなく多数の配信者、インフルエンサーたちもこぞってその話題に飛びついた。

 

 曰く、「まお様の歌声を聞いて感動した」というありふれた感想から、「部屋に引きこもっていた子供が部屋から出てきてくれた」とか、さらには「まお様の歌声のおかげで不治の病が治った」という明らかに冗談というか盛りすぎであろうものまで様々だ。それほどまでにあの祝福はインパクトがあったのだ。

 

 中でも魔族に関連するようなこちら側の者たちの反応は激烈だったようで、長い時を生きている分社会的地位が高く影響力が大きい者が多い事もあり、話題が話題を呼ぶ状態になっている。

 その結果が今現在の視聴者数であり、黒惟まおのみならずリーゼ・クラウゼの配信チャンネル登録者およびliVeKROneも含めたSNSフォロワー数もかなりの伸びを見せている。

 

 これらは本来であれば諸手を挙げて喜ぶべきような事態ではあるのだが……。ことの発端が人間界における規格外ともいえる魔力行使であることから、魔界の中でも今まで人間界に興味を持つことのなかった層にまで今回の話は伝わってしまった。

 若い世代を中心に少しずつ広まっていた魔王黒惟まおという存在が、かつての伝説の魔王と紐づいて広く知れ渡るのも時間の問題であろう。

 

 そうなった場合、これまでは現魔王であるお父様とその腹心であるところのマリーナ、そして娘であるわたくしで抑えつけていた勢力がまお様に対して何かアクションを起こそうとしてもおかしくはない。そういった魔界の事情にこれ以上まお様を巻き込むわけにはいかないのだ。そのためにliVeKROneは生まれ、わたくしもVtuberとして活動することを決意したのだから。

 

 ……もう二度と、あんな思いはしたくない。

 

 まお様の3Dお披露目配信があったあの夜……。無事に終わりを迎えたと思ったところで再び強力な魔力反応を探知し、私はスタジオに文字通り飛んでいった。その魔力反応は配信中に膨大な魔力行使を行ったまお様のものでもなく、現場にいたマリーナのものでもなく……。敵意を隠そうともしない宵呑宮(よいのみや)さんと夜闇(やあん)さんのものだったからだ。

 

 しかし、私がスタジオに乗り込んだ頃にはもう二人の姿はなく、まお様もその場にはもういなかった。三人の後を追おうにも、スタジオから外に向かった魔力の痕跡はそんな私を嘲笑うかのように巧妙に隠蔽されており追跡も出来ず。現場にいたマリーナから一体何が起きたのかを聞き、ようやく事態を把握できた。

 

 まさか配信中に倒れ、しかもそんな状態で再びステージに上がり配信をやりきった上で再び倒れてしまっていたなどとは思ってもみなかった。いや……、そんな状況に陥れば無理を押してでも配信をやり通すのはまお様らしいとも言えるのだが。

 

 マリーナから聞いた話では、あの膨大な魔力行使を行う寸前まではおおよそ普段どおり……。わたくしが経験した3D配信での魔力供給の件も鑑みて、入念にまお様の魔力と体調についてはチェックしていたらしい。それが配信を見ていたわたくしでも感じることが出来るくらい急激に増大し、そしてあの祝福によって周囲の魔力ごと根こそぎ使い果たされたのだ。

 

 それまでは何らかの事情があって一人では魔力行使が出来なかったまお様が見せたそんな光景はまさしく魔王としての覚醒と言っていいほどであったようで、急激な魔力変動によって意識を失ってしまった後は宵呑宮さんと夜闇さんにつれられ控室に下がったらしい。

 

 しかしほどなくして、魔力も体調も万全な状態で戻ってきたまお様は配信の続行を要求。収録済みの物を流して終了しようとしていたのだが……頑なに最後までやり遂げることを譲らなかった彼女に根負けする形で許可を出したようだ。

 

 そして配信をやり遂げて再び倒れるまお様……。一度ならず二度までもそんな事態に陥ったのだ、本当の姉妹のように何よりもまお様を大切にしているあの二人であれば、その怒りは当然のものだろう。黒惟まおをこちら側……魔王を巡る魔界の動きに巻き込んでしまったのはわたくしたち、そんな者たちに大切な仲間を……妹を任せる訳がない。

 

 宵呑宮さんと夜闇さんに初めて会った時、夜闇さん……いやリリスさんからも言われていたのだ。『──黒様……魔王様に何かあったときは黒様側につくからね?』と。

 

 わたくしとマリーナ、ふたりの力を合わせればいくら相手側に地の利があるとはいえ、まお様を探し出すことは可能だったろう。それでも、見つけ出してどうするのか。今回の事態を引き起こしてしまった非は全面的にこちら側にあるのだ。

 

 ……翌朝、まお様から無事であるという連絡を受けるまでは生きた心地がしなかった。

 

 結果的にまお様は無事であり、今はこうしていつものように配信を行っている。本当ならこのマンションに帰ってきた彼女を出迎え、この目で直接無事な姿を確認したかったが……、どうしてもそんな気にはなれなかった。

 

 ──配信が終わったら大事な話があるから、部屋に行ってもいい?

 

 それはまお様による今夜の配信予告がSNSに投稿されると同時に、これから宵呑宮さんのお家から戻ると伝えてくれたわたくし向けのメッセージの最後に付け足された言葉。

 

 それがどんな話であるか、想像はできるがそんなこと考えたくもない。

 

『3Dなんだからもっとアップで見たい?それはライブでも沢山見ただろう?え?もっと下?……貴様ら、よほど懲りてないと見えるな?』

 

 :やっぱ大きくなってね?

 :立派な胸部装甲を是非!!

 :いい透け具合だ……

 :素敵ですまお様!!

 :いいなぁ

 

 そんな思いとは別に配信上ではいつもの調子を取り戻してきたまお様とリスナーたちのやりとりが軽快に交わされている。いつもなら、そんな様子を共に笑いながら見守り隙を見てコメントなんかもしていたところだが……。

 

『リリスは……、あいつの事を引き合いに出されてしまうとあまり強くも言えんが……というかお前たち、あのシーンのスクリーンショット多すぎだろう』

 

 :同期も大量に投稿してたゾ

 :リーゼちゃんも共犯なんだよなぁ

 :俺たちにはリーゼちゃんという同志がいるからな

 :やたらスクショ流れてくると思ったら推しがスクショを連投してた件

 

『リーゼまで……。いや、まぁそうやってSNSを盛り上げてくれたことには礼を言っておかなければな、お前たちもありがとう』

 

 :ほめられた!

 :やったぜ!

 :世界トレンド1位だもんなぁ

 :終わった後もしばらく載ってたし

 

 唐突にわたくしの名が呼ばれ、沈んでいた気持ちが浮き上がってくる。ただ、名前を呼ばれただけなのにそれでも嬉しく感じてしまうのだ。逡巡したあとキーボードに手を置き指を動かす。

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓:まお様のすべてを記録するのはわたくしの義務ですから

 

 :リーゼちゃんもよう見とる

 :草

 :これは名誉リスナー

 :さすが最古参リスナー

 :心強すぎる

 :リーゼちゃんもお披露目おつかれさま!

 

 果たしていつものようにコメント出来ていただろうか……。

 

『ん?あぁリーゼか、タグでサーチするまでもなく我のSNSにずらっとスクリーンショットが並んでいたからな、あの光景は少し異様で笑ってしまったよ』

 

 :草

 :それはそう

 :わいもそんな感じだった

 :まお様のSNSを埋め尽くす女

 

 わたくしのコメントを受けてまお様が笑ってくれる。ただのリスナーであった頃ならたまに訪れる幸運であったが、今は当たり前のようにそんなやりとりができることのなんて幸せなことだろうか。もしかしたらこんなやり取りも今後は出来なくなってしまうかもしれないと思うと、またずんと心が沈んでいく。

 

……

 

『では今宵はこのあたりにしておこう、明日も配信したいところだが……未定とさせておいてくれ。色々落ち着くまでそういう日が増えてしまうかもしれない。せっかく、新たな出会いが増えたというのにすまない』

 

 :気にしないで

 :ゆっくり休んでもろて

 :また見に来ます!

 :クリスマスライブ楽しみにしてる!

 

『ありがとう、ではおつまお』

 

 :おつまおー!

 :おつまおでした!

 :おつまお!

 :楽しかったー!

 

 ずっと続いていて欲しかった配信も予定していた時間を少し過ぎたあたりで終わってしまう。配信上で見るまお様は、普段と何も変わらず本当に楽しそうにリスナーと言葉を交わし巧みな話術でこちらを楽しませてくれた。それはリスナーとして見守ってきた時と変わらず、同じ配信者として同期となってからも変わらなかった光景。

 

 それもこの後の話によってはどうなるかわからない……。

 

 魔王まお:今から行って大丈夫?

 

 配信を終えたまお様からメッセージが飛んでくる。

 

 リーゼ:はい、お待ちしております

 

 これが声による返答であればきっとその声は震えてしまっていただろう。せめて本人を迎えるときにはいつもどおりでなければ……。いつもは待ち遠しいまお様を待つ時間であったが、今日ばかりは少しでも遅れてくれないだろうかと……そう願ってしまうのであった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

103話 大事な話

「お邪魔します」

「いらっしゃいませ、御無事で本当に良かったです……」

 

 メッセージからほどなくして訪れてくれたまお様を部屋に迎え入れる。いまだに彼女を部屋に招くというのは軽く緊張してしまうのだが、今日のそれはいつものとはまた違うものでありお互いに交わす言葉も少しだけ硬い気がしてしまう。

 

「体調はほんとに大丈夫だから、それに魔力も。心配かけちゃったね……ごめん」

 

 一度確認するように自らの胸に手を当て、小さく頷き微笑と共に申し訳なさそうな表情を浮かべるまお様。その言葉からは無理をしている様子もなく、魔力に関しても安定しているように見える。

 

「そんな……むしろ謝らなければいけないのはこちらのほうで……」

「ううん……色々な人に迷惑もかけちゃったし」

「そんなこと……」

 

 そんなことありません。とわたくしが言ったところでまお様はその言葉を受け取ってはくれないだろう。それはただの気休めの言葉に過ぎず、そんな無責任なことを言えるような立場ではないのだ。

 

「お茶……お持ちしますね」

 

 一度、言葉が途切れてしまえば続く言葉を紡ぐこともできずに逃げ出すようにまお様をリビングに置いてキッチンに逃げ込んでしまう。彼女の配信があった分色々と考える時間はあったし、もう少しいつも通りに接することができると思っていたのだが……。

 

 少しでも時間を稼ぐようにノロノロとお茶の用意をする。そんなこと何の解決策にもなりはしないというのに……。お湯だってウォーターサーバーによってすぐに用意できるにも関わらず、わざわざやかんで冷水からお湯を沸かす。

 

 それでもお茶の準備など大して時間はかからない。すべてをメイドたちに任せていた頃と違って、一人暮らしを始めてそこそこ経っているのだ。まお様お気に入りのブレンドハーブをポッドに入れお湯を注いでカップと共にトレイに載せてしまえばそれで終わり。再びまお様が待っているリビングへと戻る。

 

「お待たせいたしました」

「ありがとう」

 

 かちゃりとテーブルにティーセットを乗せたトレイを置いて、まお様の隣へと腰を下ろす。

 

「その……お披露目ライブすごかったです!リハーサルでも何度か見させてもらう機会がありましたが、やっぱり本番のまお様はすごくて……。当日はあのスクリーンで見ていたんですよ?壁一面にまお様の姿を映して本当に買って良かったと……」

 

 沈黙が怖くて、喋る隙を与えないように次々とわたくしの口からは配信の感想が出てくる。それをまお様は止めようともせずに、うんうんと優しい目をこちらに向け頷きながら聞いてくれる。

 

「Vesferもほんとに良くて……、天使(あまつか)さんの曲とわかっていても歌いこなしているまお様を見ているとまお様の曲みたいだなって思ってしまいました。それに玉座が本当にお似合いで……わたくしお披露目ではあんなことを言ってしまいましたが、やはりまだまだなんだなと思い知らされました」

「リーゼのお披露目だってすごかったじゃない。それにあの歌、前聞いたときよりもずっと色んな思いが込められてるように感じたよ。何様だって思うかもしれないけど本当に成長したね……。って私は魔王様か」

 

 徐々にだが二人の間に流れる空気がいつものようになっていく。冗談交じりの言葉を口にしながら、ふふっと笑みを溢すまお様。

 

「そう言っていただけると嬉しいです……。そう思っていただけたのはきっとリスナーたちのおかげですから」

「私にとっても大切な思い出の曲だからさ、リーゼにとってもそうなってるみたいで嬉しいな」

 

 そんなの当たり前だ。この曲とまお様の言葉、このふたつはかけがえのないものとして胸に残っている。

 

「……真夜中シスターズの3D共演も本当に嬉しくて。お二人に振り回されるまお様が見られてファン冥利に尽きると言いますか」

 

 真夜中シスターズ……、ゲストで出演した宵呑宮(よいのみや)さんと夜闇(やあん)さんの話をしようとして、キュッと胸の奥に痛みが走る。今回の騒動によってこの二人には多大な不信感を与えてしまっているのだ。状況だけ考えればこうやってまお様ひとり、わたくしの住むマンションに帰すことだって反対したのかもしれない……。それが怖くて、昨夜からこちらからは連絡出来ずにいる。

 

「あの二人は本当に変わらないというか……。まぁ長いからね、実を言うとリリスとのあの流れアドリブだったんだよ?」

「そうだったんですか?」

「知らぬは私ばかりって感じでさ、やっぱりあの二人には敵わないよ」

 

 まさかあの予め決められていたような流れがアドリブであったというのは驚きであった。まるで悪戯の種明かしをするように楽し気に話すのだから、こちらもつられて笑ってしまう。

 

 そして、ここまで来てしまえばあの話題を避けることはできない……。言葉に詰まってしまったわたくしに代わって、まお様が口火を切ってくれる。

 

「それでまぁそのあと三人で歌ったはいいけど……、リーゼはどこまで聞いてるのかな?」

「マリーナから起きた事は聞いております……。それにまお様の魔力は部屋にいても感じられましたから」

「そっか……、リーゼも感じたんだ。その……どうだった?」

「あの魔力は……、祝福はとても暖かで……改めてまお様のすごさをこの身に感じました」

 

 ありふれた言葉にはなってしまうがそれが何よりも素直な思いである。

 

「マリーナさんは何か言っていた?」

「とても規格外な魔力行使だったと……、まお様が魔王としての力に覚醒したように感じたようです」

「……マリーナさんがそう思う程にすごかったんだね」

 

 魔族であれば、あの場に居たものなら誰だってそう思うだろう。それほどにまお様が成し遂げたことは大きく魔界に影響を与える事だ。

 

「でもほんとアカリちゃんとのコラボパートが収録で良かったよ……なんとか違和感なく締めることができたし」

「本当にお身体や魔力には問題ないのですか……?今からでもマリーナに見てもらった方が……」

 

 心底安堵したように、自身のことよりも重要であるように言うまお様であるがどうしても二度も倒れてしまった彼女の事が心配なのだ。こうして直接その姿を見たとしても……宵呑宮さんと夜闇さんが付いていたとはいえ常識外の出来事だったため心配は尽きない。

 

「うん、身体は本当に平気なの。魔力もリーゼなら……わかるでしょ?」

「はい……。お手をいいですか?」

「どうぞ」

 

 差し出した手にまお様が手を伸ばして重ねてくれる。そうする必要もないくらいまお様の魔力は安定しているように見えるが、念のためだ。目を閉じ重ねた手を通じて彼女の魔力を感じる。先ほどまで配信していたにしては若干少ないようにも感じるが、きっと魔力を魔道具によって抜いてきたのだろう。それ以外に特筆すべき点は感じられないが……重ねた手を見るとどこか違和感がある。

 

「……そういえばいつものブレスレットはお部屋に?それにこのミサンガは……」

 

 そう、いつもまお様が手首に巻いている魔道具のブレスレットが見当たらないのだ。そしてその手首には、代わりのようにシンプルに編まれたミサンガが巻き付いている。

 

「ブレスレットは起きた時には見当たらなくて、もしかしたら倒れた拍子にスタジオに落としてしまったのかと思ってたんだけど……。あとこれは甜狐とリリスがお守りだってくれたの」

 

 やはりあの二人の手によって作られたものだったらしい、わずかに感じる魔力はそれを裏付けている。

 

「そうでしたか、あとでマリーナに確認しておきましょう。魔力は確かに安定していると思います。まお様は何か変わった事などはないのですか?」

「それなんだけどね……ここからが大事な話」

 

 重ねていた手を離し、まお様が一度姿勢を正してこちらをまっすぐに見つめてくる。配信の感想を言い合っていた時とは違って、彼女の表情も真剣さを取り戻している。

 

「……はい」

「まず、甜狐とリリスに私の正体について話したの。あの二人とはずっと魔族とかそういう話はしてこなかったから……。といっても私自体、私が何者かわかってないみたいなものだから……それも含めて」

 

 それはある程度予想はできていた。初めてまお様も交えて宵呑宮さんと夜闇さんと出会った時のやりとりを考えればそう思うのが自然だろう。あの時リリスさんもその関係を壊すまいと秘密裏に接触してきたのだから。

 

 それにあの魔力行使によってまお様が魔王として、魔族として目覚めたという訳でもないようだ。それはマリーナから報告を受けていた通り、彼女は人間であるという認識だろう。

 

「……お二人は何と?」

「ちゃんと聞いてくれて、受け入れてくれたと思う」

「我々の……魔王継承についての事情はお話されたのですか?」

「それは言っていいものかわからなかったし、聞かれてないから話してないよ」

 

 当然、あの二人であればまお様の正体などに関わらず接し方は変わらないだろう。それに魔王継承の事情についてもある程度は話を掴んでいるような節もある。特に宵呑宮さんなんかはマリーナの力をもってしてもその出自は詳しいところまでは調べられなかったらしい、そのことからも侮れない相手である。

 

「そしてここからはマリーナさんにも伏せておいてほしいんだけど……それでもいいならリーゼに聞いてほしい」

「……わかりました。必要ならば契約によってわたくしを縛って頂いてもかまいません」

 

 マリーナにも聞かせられないということはよほど重大な事なのだろう。もしかしたら、出会ったばかりの頃のようにお父様……魔王側には伝えたくないということなのかもしれない。マリーナは立場上、そのすべてをお父様へと報告しているだろうから……。

 

 それはもちろん魔王の娘であるわたくしだって一部の例外を除けば、お父様である前に魔界を統べる者である魔王からの要請には応える義務がある。だからこそ強力な魔力による契約によって決して口外できないようにする事も可能なのだ。

 

「契約って……?」

「魔力による契約です。それを違えればペナルティ……。一番重いものであれば命を捧げるようなものもあります」

 

 もちろんまお様が望むのであれば……であるが。

 

「そんなの出来る訳がないじゃない、リーゼの……、誰かの命に代えてもいいものなんて……」

 

 まお様が言う通りそこまで重い契約は滅多に交わされるようなものではない。それは遠い昔に隷属の契約であったり、仕える主君に何事にも代えられない絶対的な忠誠を示すために用いられたようなものであり、現代であればまずお目にかかれないであろう。

 

「もちろん契約がなくとも、まお様との約束を違える事はわたくしはいたしません」

「うん、リーゼなら大丈夫だって信頼してる」

「では念のため手を……ここから先はこちらの方がいいでしょう」

 

 心配しすぎかもしれないが、外に漏らしたくない話ということであれば魔力を通して話すのが一番安全である。ただし……声に出しての会話に比べどうしても感情や精神状態に左右されてしまう部分が大きいので、話の内容によっては伝わってほしくない感情まで伝わりかねないのだが……。

 

 そんな不安を抑え込んで再びまお様と手を重ね魔力を通じ合わせる。

 

『リーゼ、聞こえている?』

『はい、聞こえております』

 

 少し不安そうにこちらを見つめながら声を伝えてくるまお様。それを安心させるように微笑んで受け答える。ここから先はどんな話を聞かされようとも取り乱すことなく、きちんと受け止めなければならない。

 

『実はね……』

 

 そこから語られたのは、まお様が最初に意識を失ったあとからの話であり。配信を見ていたわたくしでも、現地にいたマリーナもまったく気づけなかった事の真相であった。急激な魔力変動によって意識を失ってしまうというのは魔族でもありえない話ではないし、まお様を取り巻く謎のひとつであるかつての伝説の魔王と似た魔力を持っているという事を考えればその謎の声の正体もおのずと絞られてくる。

 

 何も事情を知らない魔族が同じ話を聞けば、まお様が伝説の魔王として目覚めたのだ!!と騒ぎ立てることだろう。

 

『リーゼはどう思う……?』

『宵呑宮さんと夜闇さんの言うように、別人格や過去の記憶や意識によるものだと思うのが一般的でしょう』

 

 しかし、いまのところまお様には魔族のルーツが一切見つかっていないのだ。起きた事象から原因を推測することはできるが、その前提となる部分があやふやではどうやっても答えを導き出せない。

 

『でも私は……』

『はい、ですからこの情報だけではあのお二人と同じ結論ということになってしまいます』

 

 かつて夜闇さんは自らのことを二重人格のようなものと称していた。だから当然、そのあたりの話には通じているのだろう。だからこそ、魔力行使の件を除けば推測に筋は通っているのだ。

 

『そっか……』

『お力になれずに申し訳ありません……』

 

 マリーナならば彼女の伝手を使って事象の解明へと進めそうなものだが……、まお様の懸念通りこれは知らせない方がいい事だろう。なにより謎の声があやつと呼んだのはマリーナのことであろうし、はっきりとした理由はわからないが接触を避けているようであるのだ。

 

『ううん……こうしてリーゼにも話すことが出来て良かった』

 

 魔力からも安堵したようなまお様の気持ちが伝わってくる。あとはこの先どうするか……さしあたっては宵呑宮さんと夜闇さんの件が残っている。

 

「だから……って訳じゃないけど、本当に平気なんだよね。まぁまだちょっと筋肉痛が残ってるんだけど……」

「ええと……大事なお話というのはこれで全て……ですか?」

 

 少し恥ずかしそうに重ねた手を離し自らの腕をさすって見せるまお様。その表情からは緊張も抜けているように見えるが……。

 

「うん、色々心配なことはあるけど……リーゼが味方でいてくれるなら大丈夫かなって。今までもそうだったでしょ?それにこれからは甜孤とリリスだって力になってくれるだろうし」

「ええと……その宵呑宮さんと夜闇さんは怒ってはらっしゃらないのですか?」

「え?あぁ、たしかに甜孤が少し怒ってたってリリスは言ってたけど……」

 

 マリーナから聞いていた話とあの時感じた二人の魔力とは随分状況が異なり困惑してしまう。もしかして二人はまお様には何も言っていないのだろうか。

 

「お二人の大事なまお様を危険な目に合わせてしまって、どうやってお二人に謝罪しようと思っていたのですが……。もしかしたらもうまお様はこちらに帰ってこないのでは……と思っておりました」

「そこまでの事は二人とも言ってなかったよ?たしかに甜孤からはLive*Liveに来ないかって言われたし、色々と迷惑をかけちゃってる私が言えたことじゃないけど……。許されるなら私はliVeKROneでリーゼと一緒に頑張りたいと思ってる」

 

 その言葉を聞いてこわばっていた身体の力が抜けていくのを感じる、まお様が無事であるとわかってからずっと不安に思っていたのだ。

 

「良かった……」

「リーゼ……?」

「本当に、良かった……」

 

 もう限界だった、覚悟をしていた分その心配がなくなったことで心のタガが外れたように感情が込み上げてくる。こんな姿恥ずかしくてまお様には見せられないのだが……どうにも止まらない。

 

「ごめんねリーゼ、本当に色々心配かけて……」

「あやっ……まらないで、ください……」

 

 そんなわたくしを見たまお様は少しだけ困ったように優しく声をかけてくれる。それが嬉しくて……自分が情けなくて、うまく言葉が紡げない。

 

「わかった……だから泣かないで?」

「泣いて……ませんっ……」

「ほら、おいで?」

 

 視界は潤み目の前にいるまお様の姿が歪んで見えてしまっているがまだ泣いてはいない……。

 

 だからこれは泣いている姿を見せないために、情けない姿を見せないために仕方なく彼女の胸元へと顔を埋めるのだ。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

104話 内緒の話

「大丈夫だから……ね?」

 

 大事な話も終わり、すがるように抱きつき私の胸元に顔を埋めるリーゼ。そんな彼女を落ち着かせるように背中に回した手でぽんぽんと優しく撫でる。

 

 普段は凛としていてて幼げに見える外見とは反して言動も立ち居振る舞いも私なんかよりもよっぽど大人に感じる彼女であるが、胸の内で静かに泣いている姿は年相応の少女であり私のせいでそうさせてしまっているのだと思うと心が痛む。

 

 なにより、リーゼは私の大事なファンでもあるのだ……そんな子をまた泣かせてしまった。

 

 後悔と安堵、そのふたつの感情がないまぜになって自然とリーゼを抱く腕に力が入ってしまう。後悔は彼女にそんな思いをさせてしまったこと、そして安堵はまた彼女と共に歩めること。

 

 目覚めてからは配信の成否にばかり気を取られていたし、甜孤やリリスから事の顛末を聞いてからはあまりに私の手に余る状況だったので感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。さらに配信自体は想像を何倍をも超える好評ぶりだ、こうしてリーゼに説明することでようやく落ち着いて実感できるようになってきた。

 

 先ほどまで何事もなく配信もできていたし身体も魔力もなんともないのだが……、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。

 

 それは以前にマリーナから魔力について講義を受けていたこともあったが、あの謎の声が言っていた事はすべて真実だと信じてしまっている自分がいる。不思議とそう思わせる説得力があったのだ。

 そうであるなら、そもそものきっかけでありあんな事態を起こしてしまった原因とも言える無意識下での魔力の隠蔽……。今私の胸の内にいる魔王の娘……魔王見習いVtuberであるリーゼ・クラウゼの3Dお披露目配信を見て恐怖という感情を覚えた私は確かにそれを行ったのだろう。

 

 なぜそんな感情を覚えてしまったのかは未だにわからないし、なぜそんなことをしたのかも全くわからない。こればかりは周りに相談しようとも思えず、ずっと自問自答しているのだ。そうしていればあの謎の声が答えてくれるかもしれないと……。

 

「……落ち着いた?」

「……はい」

 

 華奢な身体を抱き留め、背中を撫でていた手を頭へと移し美しい銀髪の髪を梳かしてあげるように撫でていると、先ほどまで小さく聞こえていた泣き声が聞こえなくなっていたことに気付く。それに泣き声に合わせて上下していた肩からも力が抜け、完全に私に身体を委ねてくれているようだ。そんなリーゼに声をかけると彼女は顔をこちらに向けず胸元に顔を埋めながら小さく頷く。

 

 きっと私には泣き顔を見られたくないのだろう、先ほどまで見せていた今にも泣きだしそうな顔を思い浮かべる。そんな強がりなところも彼女らしくて可愛らしい。

 

『ねぇリーゼ、私ね。リーゼのお披露目を見てから少し怖かったの……』

『……怖かった、ですか?』

 

 再び会話を魔力によるものに切り替えた。先ほどまでそうやっていたし今は抱き合っているのださほど意識せずともそうできる。これは誰にも言っていない話であるし、リーゼ以外には聞いてほしくない。

 

『うん、なんていうんだろう……うまく説明できないんだけど、あんなにすごいリーゼの姿を見せられて、それでその後に私のお披露目だったから……』

『そんな……わたくしなんて……』

『ううん、リーゼは本当にすごかったよ』

 

 歌にパフォーマンス、そしてサクラ子との勝負で見せたあの感情。すべてが私の心に強く残っている、リーゼからはすぐに謙遜の言葉が返ってくるがそれはハッキリと否定する。

 

『でもね、そんな失敗したらどうしようとか、リーゼより上手くやらなきゃみたいなそういう緊張や焦りとも違ってね、リーゼがただただ怖かった……私の存在、黒惟まおの存在が消えてしまうような気がして……。ごめんね、何言ってるのかわからないよね?』

 

 自分でもめちゃくちゃな事を言っているというのは自覚している。それにこんなこといきなり言われてもリーゼだって困ってしまうだろう。

 

『まお様が消えてしまう……』

 

 だけどリーゼは私の話をきちんと聞いてくれている。こんなの傍から見れば、ものすごい才能の片鱗と成長を見せた彼女に恐怖し、自らの存在が危ぶまれるのではないかと危機を感じる情けない先輩の姿であるのに。

 

『だから、もう一人の私……黒惟まおが言うには、魔力を身体の奥底に隠しちゃったんだって』

 

 そう、あの謎の声はもう一人の私……黒惟まおなんだろう。それを別人格と言っていいのか、はたまたこの身に流れているかもしれない魔族の血によるものなのか……封印されてしまった古の記憶なのかは定かではないが。あれは間違いなく黒惟まおという存在だった。

 

『まお様……それは……』

『だから、配信前のマリーナさんのチェックでは大丈夫だったし途中までは私も魔力には余裕があるなって思ってたの』

 

 これまでずっと顔を伏せていたリーゼが私の言葉を受けてこちらへと顔を上げる。すっかり涙は止まり流した跡が少しだけ残っているが、なんだか得心がいったような表情だ。

 

『だから、あの時……急激にまお様の魔力が膨れ上がったように感じたんですね……』

『そう感じてたんだ』

『……あの場にものすごい魔力が集まることはわたくしもお披露目配信で感じていました。しかし、あの時はまお様の魔力が膨れ上がったにも関わらずあの場の魔力はそれほど減っていなかった……すぐに祝福によって周りの魔力ごと使われたので気のせいかとも思っていたのですが、それなら納得できます。しかし、そうであれば……その、今は大丈夫なのですか?』

 

 あのマリーナをも欺いた魔力隠蔽だ、リーゼの懸念はもっともだろう。今は平気でもまたいつ同じ現象が起こるかわからないのだ。

 

『実はね、あれから体内の魔力に関しては前よりずっと感知できるようになったんだ。だから、今は大丈夫だと思う……どこまで信用していいものかは自信はないけど』

『……その、少しだけ魔力の交換を致しましょう……それで多少はわかるはずです』

『うん……』

 

 いくら自身のことであっても魔力に関しててんで素人である私の自己判断など当てにならないだろう。なぜか少しだけ頬を赤らめたリーゼからの提案に深く考えず頷いて同意する。

 

『……どうすればいいの?』

『まお様はただわたくしの魔力を受け入れてくれれば大丈夫です……。こうやって……その、触れ合っているのですから難しいことはありません』

 

 触れ合っているというか抱き合っているのだ、今更ながら少しだけ恥ずかしくなってきた。琥珀色だったリーゼの瞳が緋色へと変わっていき、その深くて吸い込まれそうな瞳の輝きに視線が奪われてしまう。

 

「ん……っ」

「……っ」

 

 私の魔力と入れ違いにリーゼの魔力が身体の中に入ってきたのを感じる……。前に魔力を抜いてもらったことはあるが、こうやって誰かの魔力を直接流し込まれるのは初めての経験だ。配信などでリスナーたちの思いを魔力として受け取るのとは違い、はっきりと彼女の魔力であることが感じられる。これもきっと自身の感知能力が上がったおかげだろう、入ってきた魔力はすぐには私のものとは溶け合わずに探るように身体の中を巡っていって最後にはいつものように溶け合ってしまう。

 

『……なんだか不思議な感じ。リーゼの存在をより濃く感じるっていうか……まるで身体が溶け合ったような……』

 

 こうやって抱き合っているからだろうか、互いの境界が曖昧になり身体も心も魔力もまるで一緒になってしまったような感覚を覚える。

 

『……。直接、他人の魔力を受け取り自らの支配下に置かず好きにさせるというのは本来であれば危ない行為ですから……そこはお気を付けください』

『わかった……リーゼだから大丈夫だったんだね』

『……。わたくしが見た限りでも特に何か魔力が隠されているということはなさそうです』

『それなら、よかった……』

 

 たしかにリーゼの言うように誰ともわからない意思を持った魔力が体内を巡るというのは考えるだけでぞっとする。今回は信頼のおけるリーゼであり、何度か魔力のやりとりをしているからこそ受け入れられたということだろう。同じことをマリーナに頼めるかというと……少しだけ恐ろしさが先立ってしまう。

 

「でも……ほんとうにリーゼの瞳は綺麗だね。ずっと見ていたくなっちゃう」

「……そうですか?」

「普段は綺麗な琥珀色だけど……今の赤い瞳はなんだか目が離せなくなるっていうか……やっぱり魔力のせい?」

 

 これでもう内緒の話は全部だ。魔力交換を行ったせいか、それともその怪しい輝きのせいかリーゼの瞳から熱に浮かされたように視線が外せない。

 

「視覚というのは五感の中でも特に重要とされていますからね、我々魔族はそこに加えて魔力を感じる部分もありますが視ることもできますし。ですから昔から目というのは魔力の面でも重要なのです」

 

 たしか人間が得る情報は八割だか九割は視覚情報からという話をどこかで聞いたことがある。それは魔力を操る魔族とてほとんど同じことなのだろう。魔眼と呼ばれる存在も物語の中にはいくつも出てくる、それらはきっと実在するのだ。

 

「目を見るだけで、目を合わせるだけで暗示をかけてしまう……ということも魔族によっては可能ですので、お気を付けください……もっともまお様くらい魔力を保有していれば生半可なものでは効果はないと思いますが」

「じゃあ、今リーゼから目が離せないのは魔力に魅せられてるから?それともリーゼに魅せられてるから?」

 

 私が少しふざけて微笑み視線を合わせながら首を傾げると、緋色だったリーゼの瞳が琥珀色に戻り視線を逸らされてしまう。

 

「……知りませんっ、まお様はそうやってわたくしにまで暗示をかけようとするんですから」

「私は一人じゃ魔力行使全然できないのは知ってるでしょ?」

「だから……なおさら性質が悪いのです……」

 

 散々な言われようだが、からかったのは私からだこれくらいは甘んじて受け入れなくては。

 

「あっ、そうだせっかくリーゼが入れてくれたハーブティ。すっかり忘れてた……」

 

 ティーポットで蒸らしている間に話し始めてしまったせいでその存在をすっかり忘れてしまっていた。随分と時間が経ってしまっているのでいくらお気に入りのブレンドハーブといえども、かなりえぐみや苦味が出てしまっているだろう。

 

「もったいないけど……入れ直した方がいいよね、入れ直してくる……ってリーゼいつまでこのままでいるの?」

「……」

 

 今度は私が用意しようかと立ち上がろうとするが、当然リーゼに抱きつかれたままでは立ち上がることはできない。再び視線を合わせようと顔を覗き込もうとするがぷいっと顔ごと逸らされてしまう。

 

「リーゼ?」

「わたくし本当に心配したのです」

「それは本当にごめんって……」

「謝らないでください」

 

 つい少し前に交わしたやりとりだが、今回はその意味合いが違うように聞こえてしまう。そしてあの時と違ってリーゼの表情を見ることは出来ないが、泣きそうって事はその声色からしてないだろう。

 

「……謝らないでいいので、もう少しこのままでいさせてください」

「……わかったよ」

 

 ギュッと私の背中に回された腕の力が強まる、この分だとどうやっても私からは離れてくれなさそうだ。それに無理やり引き剥がそうにも筋肉痛が残っているこの身体ではとてもそんな気にはなれなかった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

105話 謝罪と報告

「申し訳ありませんでした」

 

 liVeKROne(ライブクローネ)事務所の社長室でマリーナを前にして謝罪の言葉と共に頭を深々と下げる。意識を失っていたとはいえ私が行った行動は無理を言って再びステージに上がり、配信終了後に倒れてしまった。という事になっているし、もし意識を取り戻していたとしても話に聞いている状態であれば私は同じ行動に出ていただろう。

 

 それ自体に後悔はないし、結果的には無事配信をやり遂げることが出来たので倒れたとしても本望であったことは間違いない。しかし、そんな私のせいで心配や迷惑をかけてしまった人たちへは誠心誠意謝らなくてはいけないのだ。

 

「こちらも至らない点が多々ございました、申し訳ございません」

 

 そんな私の謝罪を受けて、マリーナからも謝罪の言葉が紡がれる。頭を下げたままなのでその姿を確認することは出来ないが、気配で私と同じ様に頭を下げていることがわかる。

 

 互いに沈黙が続く中、まるで示し合わせたように頭を上げるタイミングは一緒だった。

 

「ほんとに心配と迷惑かけてしまって……」

「ともかく、ご無事で安心いたしました」

 

 私が再度謝罪の言葉を口にしようとしたところで、それを止めるように緩く首を横に振り言葉を重ねるマリーナ。互いにメッセージでやりとりは交わしていたし謝罪もしあってはいたのだが、これで手打ちにしようということだろう。応接用のソファーを勧められそのまま腰を下ろす。

 

「では、あの時何が起きたか聞かせていただいてもよろしいですか?」

「わかりました──」

 

 そこからは、あの謎の声。もう一人の黒惟まおの存在だけを隠しそれ以外は包み隠さずに報告した。リーゼや甜狐、リリスとも話は合わせているので確認が行ったとしても大丈夫なはずだ。隠すにしても嘘を付くわけではなく少しだけ曖昧に濁すに留める、あの出来事からして魔族から見ても規格外の事態であったため怪しまれる可能性は低いだろうというのが三人の意見であった。

 

 前日のリーゼお披露目を見てプレッシャーや魔王としての才を目の当たりにしたことで無意識化に魔力を溜め込み身体の奥底にしまい込んでしまっていたこと。それがあの祝福をきっかけに溢れ出たことによって歌い終わった後で一度意識を失ってしまったこと。その後からの記憶については曖昧なところが多いがなんとか配信を無事に終わらせたいという思いだけで動き、なんとかやり遂げたのだがそこが限界だったこと……。

 

「──なるほど」

 

 一度、そこまで説明したところで静かに私の説明を聞いていたマリーナが頷き独り言のように呟いてこちらに視線を向けてくる。

 

 果たして本当にこれで信じてもらえるだろうかという心配と、自身の事情によってぼかしているとは言え隠し事をしていることがどうしても後ろめたく感じてしまう。

 

「確かに配信前に確認させて頂いた時にはわたくしも大丈夫であろうと判断しておりましたが……、そういうことであれば納得がいきますわ。お嬢様にはその話は……?」

「えぇ、すべて話しています……。きっかけが情けないですが……」

「誰しも本能というものには勝てませんわ、それにまおさんは本格的に魔族に関わるようになってからまだ日も浅い……お嬢様のあの姿を見てそう思ってしまうのも自然な事でしょう」

 

 とりあえずは信じてもらえそうで安堵する。その上、こちらをフォローしてくれるような言葉までかけてくれるのだから余計に申し訳なく感じてしまうのだが……。

 

「それに、あの時のまおさんの魔力行使にはわたくしも多少気圧されてしまいましたわ。それほどの事をなさったのです、むしろ一度目覚めて気力のみで配信をやりきったというのはなんともまおさんらしいと思います」

 

 思いもよらないところで自身の配信モンスターぶりが説得力を持たせてくれたようだ……、日頃の行いというのも馬鹿にならないらしい。

 

「それもうまく繋いでくれたスタッフさんたちのおかげです……ここに来る前に何人かとはお話しましたが皆さん本当に優しくて」

 

 あの日現場にいたすべてのスタッフに会えた訳ではないが、開発ルームに足を運んで頭を下げて回った。あの配信の成功は何よりもスタッフたちによるところが大きい、いつも収録などでも我儘を聞いてもらったり時には意見をぶつけ合ったり、機材の話で意気投合し収録そっちのけで盛り上がったり……そんなスタッフたちは誰も彼も私の謝罪をしっかり受け取りその上で笑い流してくれた。

 

『なんとかなって良かったですよー』

『それが我々の仕事ですから』

『その分今度の収録ではお手柔らかにお願いしますよ?』

 

 頭を下げる私に向かって投げかけられる言葉はどれも温かいもので泣いてしまいそうになるのを堪えるのが大変だった。

 

「そうですか」

 

 そんなエピソードをいくつか紹介すると、マリーナもくすっと笑いながら満足気に頷く。

 

「では今度はわたくしから、配信終了後に何が起こったか報告させて頂きます」

「お願いします」

 

 そこから語られたのは私が再び意識を失った後のこと。甜狐とリリス、リーゼからも断片的に話は聞いているがいくつか気になっている点もあったのでこれでようやく全貌が明かされることになる。

 

「配信が終わったあとまおさんは再び崩れ落ちるように意識を失ってしまったのですが、控えていた宵呑宮(よいのみや)さんと夜闇(やあん)さんが飛び出しなんとか受け止めてくださいました」

「それは二人から聞いています」

「先程も申し上げましたがあれほどの魔力行使を行った後です、まおさんが言う通り気力のみでなんとか立っていた状態であることは十分予測できていたのにその備えが出来ていなかったのはわたくし共の落ち度です。お二人には改めて感謝と謝罪をさせていただければと思っております」

「それであの二人に私の事を任せたんですよね?」

「えぇ、結果的にはそうなりましたが……」

 

 ここまでは聞いていた通りだし、甜狐の家で受け取ったマリーナからのメッセージにも記されていたことだ。しかし、マリーナの言い方と様子を見ればそう単純な話ではなさそうである。

 

「何か問題が?」

「当然ではありますが、あのような事態を防げなかったのはわたくし共に責任があります。そのためにわたくしたちが居るのですから……それがきちんとなされていなければお二人がお怒りになるのも当然です」

「たしかにあの二人もリーゼもそんなような事を言っていましたが……」

「まおさんはあのお二人についてはご存知、ということでよろしいですね?」

「はい」

「ですのであの場では一時的にまおさんの身柄を巡って一種の敵対関係に陥ってしまいました」

 

 驚きがなかったのはそう思う節がいくつかあったからであり半ばある程度の予想はついていた。甜狐の家でのやりとりと、まるでもう二度と共に活動出来ないのではないかと危惧していたようなリーゼの言動。そして何より、あの二人であれば何をおいても私の事を最優先にしてくれるであろうという信頼があるからだ。

 

「大丈夫だったんですか……?」

 

 もちろん大丈夫だったからこそ、こうして再びマリーナと事務所で話すことができているし甜狐の家でもリーゼの部屋でも無事に過ごすことが出来たのであるが、当時の状況が知りたい。

 

「お二人が魔族としてわたくし共、特にわたくしに敵意のこもった魔力を向けて来た時点で説得という手段は諦めました。あの場で争うよりもまおさんの安否が一番重要であることは語るまでもないことでしょう。それにその魔力を感知したお嬢様がこちらに向かってくるのも感じておりましたので、そのままお任せすることにしたのです。そしてお二人がまおさんを連れた後お嬢様が到着し事情を説明いたしました」

 

 私の意識がある状態ならまだしも、意識がない状態であればそれが一番いい選択肢だったのであろう。もしリーゼの到着が間に合っていれば更に話は拗れてしまっていたに違いない、リーゼもまたあの二人と同じ様に私の事であれば一歩も譲らない事は想像に難くない。

 

「そうでしたか……」

「ですので、あの場にいたスタッフたちには我々の正体について不審に思わないように軽く暗示をかけておりますわ。すべての者がこちら側という訳ではございませんから……。基本的には穏便にまおさんの事をお任せしたという認識であるはずです」

 

 どのような手段を使って私を甜狐のお屋敷まで連れて行ったのかはわからないが、それは当然のように普通の人間には出来ないような芸当であったのだろう。さらっとスタッフの中にも魔族がいるという事が明かされたのは以前であれば驚いただろうが、今となってはそれほど驚くことではなくなってしまっている。

 

「あの、二人のことですけど……全部私を思ってくれての行動なので、悪く思わないでいただければ……」

「存じておりますよ。むしろ、我々のせいで関係に支障をきたしてしまわないか心配していたところです」

「甜狐とリリスにはきちんと配信中の出来事については事情も含めて話してるので……大丈夫だと思います」

 

 今回の事によって、あの二人のliVeKROneという事務所に対する信頼は落ちてしまっているのは間違いないだろう。こればかりは私がいくら言ってもそう簡単には改善しないかもしれない。それでも、マリーナの話を聞く限りほとんどが私のせいであって事務所としての対応は問題なく、事が事だけに正式な連絡という訳にもいかないだろうし私がうまく話を取り持つべきだろう。

 

「以上になります」

「ありがとうございました、これで私も少し安心できました……」

 

 ようやく私が意識を失っていた間の出来事について整理することが出来た。思ったよりは深刻な状況には陥っていなかったようで安心する。これもうまく立ち回ってくれたマリーナのおかげであろう。

 

「そうだ……、以前頂いていた魔道具のブレスレットなんですけど、目覚めたときには手元になくて……スタジオに落としてしまっていたりしませんでしたか?」

「あぁ、あのブレスレットですか。今新しいものを用意させていますので少々お待ちいただければ」

 

 話が一段落したところで行方不明になっているブレスレットの事を思い出し訊ねてみるも予想とは違う反応で首を傾げる。もしかして、もう紛失したものとして話が伝わってしまっているのだろうか。

 

「えっと……、見つかっていないのですか?」

「いえ、それなりに信頼のおけるものを用意いたしましたがあの魔力には耐えられなかったようですわ」

「えっ、壊しちゃったってことです?」

 

 ただでさえ高価そうな上に魔道具という私には価値の計れない一品である。しかもそれなりに信頼のおけるというのだから……マリーナから告げられた言葉は衝撃的であった。

 

「端的に言えば」

「その……かなり高価なものでしたよね……?」

「あぁ、その点についてはご心配は不要です、道具というものはいつか壊れてしまうものですわ」

「でも……」

「もしも気に病むようでしたら……、数回分の魔力回収にご協力いただければ」

「そんなことならいくらでも」

 

 良かった……それならばいつも石に吸わせた魔力を渡していることだし、対価としてそれでいいのであればうまい落とし所を提案してくれて感謝である。

 

「次はもう少し強力なものを用意しなければ……、ところでそちらはどちらで?」

「あぁ、これは甜狐とリリスがお守りにって……」

「なるほど、少し見せていただいても?」

「外さないように言われてるのでこのままでよければ」

 

 ブレスレットの話題になったことで私の手首に巻いてあるミサンガが目に入ったのであろう、説明しながらつけている方の手をマリーナに差し出す。

 

「これは……っ、なるほど確かにお守りですね」

 

 差し出された手首に顔を寄せ、マリーナが指先でミサンガに触れようとした瞬間、まるで静電気が走ったのかのようなバチッという音がミサンガから発せられる。一体何事かと思えば触れようとしていたマリーナが少しだけ顔を歪め手を引いていたのだ。

 

「大丈夫ですか!?」

「少し驚いただけで実害はありませんわ、お二人の愛情の賜といったところでしょうか」

 

 なんてことはないように話しているマリーナであるが、視線は手首のミサンガに固定されている。あの反応を見るにお守りはマリーナに反応したようにしか見えない、リーゼとはあんなに触れ合っても平気だったことを考えるとこれを渡してくれた二人の……特に甜狐の仕業であろう。

 

「あの二人……、すいませんほんとに」

「いえ、本気で害意があればこんなものでは済みませんし子供の悪戯……みたいなものですわ」

 

 まるで気にしていない風に笑顔まで見せてくるマリーナであるが……目の奥が笑っていない。頭の中ではほくそ笑む甜狐の姿がありありと想像できてしまう。せっかく人が話を取り持とうとしていたのになんてことをしてくれたんだろうあの化け狐は。

 

「そ、そういえば。リーゼが私の身体に魔力を流して隠している魔力がないか確認してくれたんですけど、そういうのも魔道具で出来たりするんです?」

 

 なんとかこのミサンガから話題を逸らすべく、先日あった出来事に話を移す。そうすると、少しだけ驚いたようにこちらを見つめてくるマリーナ。

 

「さすがにそこまでは流した者の意思が無ければ無理でしょう。それにしてもお嬢様がそのような……」

「そうですか……、今回みたいな事が起きないようにチェックできればと思ったんですけど……やっぱり危ないんですか?」

 

 彼女の言いぶりからすれば、リーゼが言っていた通り危険な行為ではあるのだろう。あまり気軽にはお願いしないほうが良さそうだ。

 

「たしかに危険ではありますが……危害を加えようとする者の魔力はそれだけで身体が拒否反応を起こすはずですよ。他人の魔力をそのまま受け入れるというのは、心や身体を許すのと同義でありますから親族や本当に親しい間柄でなくては中々行われないことです」

「それってつまり……」

「……節度あるお付き合いをお願いいたしますね?」

 

 何か言いたげに含み笑いを携えながらそんな事を言ってくるマリーナ。その言わんとするところに気付いてしまった私は昨夜のやりとりとそのシーンを思い出してしまうのであった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

106話 今年のマロは今年のうちに

黒惟まお@liVeKROne/26日は3Dクリスマスライブ! @Kuroi_mao 

今宵はたまりにたまったマシュマロを消化していこうと思う

変なものは容赦なく焼き尽くしてしまうのでそのつもりでいるように

黒惟まお@魔王様Vtuberにマシュマロを投げる

 

『久々のマシュマロ読みきちゃ』

『これはフリかな?』

『クソマロは持ったな!?』

『投げなきゃ(使命感』

 

「これでよしっと……」

「今夜はマシュマロ読みですか?」

「えぇ、気づいたらすごい数になっていたので……」

 

 外部スタジオでの収録の休憩時間、今夜の配信予定を伝えるメッセージをSNSに投稿すると少し離れたところでノートパソコンを開いて仕事をしていたマネージャーがその手を止めて私に声をかけてくる。というか、別にこれから告知を行うとも言っていないのにすぐさまその内容まで把握しているということは確実にSNSの通知をオンにして動向を監視……もとい、チェックしてくれているのだろう。

 

「新しい登録者の方も増えましたからねぇ、お仕事の依頼もかなり来ていますし」

「リーゼの方もかなり来ているみたいですけど大丈夫です?」

「クラウゼさんの方も最初は様子見しつつでしたが、しっかりしてらっしゃるので心配ないかと思いますよ」

「あぁ、それはそうなんですけど。今日もこうやって付き添ってもらって……かなり忙しいですよね?」

 

 もちろん、こういった活動の経験が無かったリーゼの事も気にしてはいるのだが。特に最近は案件関連の調整をしてくれているマネージャーの業務量が目に見えて増えているようでそっちも心配なのだ。彼女との付き合いはliVeKROne(ライブクローネ)と契約してからなので半年ほどになるが、もともと芸能業界でのマネージャー経験がある人物ということもあって優秀な分かなりの仕事を抱え込んでいるように見えてしまう。

 

 ただでさえ、少し前にダンスのレッスン中に倒れたり先日配信終わりに倒れてしまったり……。色々心配かけてしまっている上に……、今日だって本来なら一人でも大丈夫な案件であったのだが色々理由を付けながらもこうやって付き添ってくれた上で待ち時間などで他の仕事を片付けているようなのである。

 

「お二人が活躍されて忙しくなるのであれば喜ばしい事ですよ。それに以前の職場に比べればお二人ともしっかりされていて業務外の事に時間がとられない分助かっています」

 

 今でこそ笑いごとのように語っている彼女であるが前の職場ではなかなか苦労していたとは聞いている。私もそうならないように気を付けなければ……。

 

「それに近々、通知があると思いますが……。私が黒惟さんの担当でいられるのもあと少しになりそうなので今日も言ってしまえば私の我儘みたいなものですよ」

「それじゃあ、あの話が……」

「えぇ、年明けには内外に向けて発表されるかと」

 

 以前から少しずつ話には上がっていたが今の話を聞けば本格的に動き出すのだろう。その一環として私には新しいマネージャーが付くことになるだろうということはすでに打診を受けていて承諾している。それがなくても、今現在すごい勢いで仕事の依頼が殺到しているらしい私とリーゼ、二人のマネージャーを一人でこなすのは無理がある。一人でやってきた期間があり社会人として働いてきた経験がある私ではなく、リーゼの方に専念してもらう方がいいだろう。

 

「寂しくなりますねぇ……」

「しっかりと黒惟さんについては引き継がせていただきますので、新人の子がついたとしても無理はなさらないように」

 

 別に担当を外れるからといって関わりがなくなる訳でもないし、ましてやリーゼの担当であるので接する機会は他のスタッフに比べても多いままだろう。それでも、初めてついてくれたマネージャーということでなんとなく担当が外れてしまうというのは寂しく感じてしまうものなのだが……。そんな私の姿を見て、笑いながらも容赦なく釘を刺してくるあたり本当にしっかりとしたマネージャーである。

 

────

 

【マシュマロ雑談】今年のマロは今年のうちに【黒惟まお/liVeKROne】

 

 :待機

 :もう年末かぁ

 :めっちゃ溜まってそう

 :マシュマロ送りましたー!

 :読まれたらいいなぁ

 

「今宵も我に付き合ってもらうぞ、liVeKROneの魔王黒惟まおだ」

 

 :こんまおー!

 :きちゃ!

 :こんまおでーす

 :メガネポニテ助かる

 :3Dもいいけどこっちもいいなぁ

 :3Dに実装はよ

 

「こんまお、最近すこしドタバタしてしまっていたからな久しぶりにゆっくりマシュマロ雑談でもしようと思う」

 

 :こんまお助かる

 :新規さん増えたもんなぁ

 :どんくらい溜まってた?

 :さらに溜まってそう

 

「どのくらい溜まっていたか?か、告知する前まではまぁ出来ていなかった期間分という感じだったが……告知してからだいたい倍くらいになっていたな」

 

 :草

 :部屋中マシュマロまみれや

 :胸焼けしそう

 :そりゃそうなる

 

 そう。ただでさえ消化できていなかった分に加えて告知してからかなりの量が送られてきた。おそらくは最近黒惟まおを知ってくれたリスナーたちの中でもマシュマロの存在を知らなかった層が告知によって知り投げてくれたのだろう。その内容もなんだか初々しいというか明らかなネタというよりかは純粋な質問だったりが多くなっている。

 

「という訳で今日はどんどん答えていくので早速いきたいところなんだが……」

 

 :了解!

 :おう!

 :なんだが?

 :ん?

 

 

 クソマロと呼ばれしマ 

 ロを手際よく捌き、美 

 味しく仕上げ頂く日々 

 稀に見つかる美味しい 

 お洒落なマロ一つ求ム 

 

 

 

 :あっ

 :いつもの

 :これは

 :草

 :親の顔よりみた

 :ん?

 :難解で草

 

「これなんだが、皆はわかるか?」

 

 :クロみまお?

 :めっちゃ凝ってるやん

 :マびびいム??

 :これは職人

 :二個仕込んでますねぇ!!

 

「我も最初は首を傾げたんだが素直に読んでみて理解したよ」

 

 :なるほど

 :くろいまお、まおびいむ

 :やりますねぇ!

 :綺麗に揃ってて草

 

「その文才もっと他に活かすべきところがあるだろうに……」

 

 :それはそう

 :まおビーム民も日々研鑽を積んでいるのだ……

 :クリスマスライブ期待

 :3Dでビームなかったからな……

 

「ということで他の縦読みも含めてこれは焼却処分だ」

 

 :そんなー

 :焼かれて本望やろ

 :ここまでテンプレ

 :上手に焼けましたー

 

 いや、ほんとに何が彼らをここまでして駆り立てるのだろうか。配信のネタに困らないので正直助かっているところもあるけども。

 

「では次」

 

 

 まお様がこんなタラシだったなんて! 

 例え友でも、そんな非道は許されない! 

 まおまおぉぉぉぉぉぉぉぉ! 

 

 

 

 :草

 :それはそう

 :まおの女たちか?

 :まおまおと呼んでいる人物……?

 :勢いで草

 

「この際、タラシというのは甘んじて受け入れてやってもいいが……別に非道な事はやっていないだろう?」

 

 :とうとう認めたぞ

 :まぁ散々言われてるから

 :たしかにまぁ……

 :これは弄んでますねぇ

 :送り主に心当たりは?

 

 散々、人たらしだとは言われ続けているのでそのつもりはなくてもそう受け止められているのだとは思うようにはなってきた。まぁ自然と振舞っているだけでそう言われてしまうので直しようがなさそうなのが困ったところなのだが……。

 

「送り主に心当たりと言われてもだな……」

 

 :これは何人もいますねぇ

 :絶対指折り数えてるやろ

 :そういうところなんだよなぁ

 

 頭の中で数名ピックアップしているうちにコメントにそのままズバリ考えを読まれてしまっている。相変わらず変な所で鋭いリスナーたちだ。

 

「もし何か嫌な思いをさせてしまったのであれば謝罪しよう。許してくれるならばこれからも仲良くしてくれると嬉しいよ」

 

 :許した

 :まお様も悪気があった訳じゃないんだ

 :また一人落ちたな

 :その顔で言われたら何でも許しちゃう

 

 これが実際に知り合いからのものであるかは微妙なところだが、少なくともそんな風に見られてしまっている可能性はあるのだ。直接面と向かって言えないからこそ投げてきた、という可能性はゼロではない。本意ではないことが伝わってくれる事を祈ろう。

 

 

 3Dお披露目から知った新参ファンです!ライブで歌って踊るまお様が本当にかっこよくて美しくて虜になってしまいました!今までVtuberの人を見たことは無かったのですが色々な人たちが活動してるみたいで日々楽しんでいます!そこで質問なのですが、まお様はどうしてVtuberとして活動しようと思ったのですか? 

 

 

 

 :まぶしくて見えねぇ

 :ご新規さんだ

 :ピュアすぎる

 :新規だ!囲め!

 

「3Dお披露目ライブを見てくれてありがとう。虜になってしまったなど、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。最近我を知ってくれた者も多いようだから改めてこういう質問に答えるのもいいかと思ってな」

 

 :俺もV見始めたのまお様からだからなぁ

 :そうだねぇ

 :いいね

 :そういえば最近あんまり話してないかもね

 

「魔王であることに飽きてしまったというのは公式にも書いてあることだが、直接の動機というのは我の言葉や歌、配信で誰かの心を動かしたいというものだな。何を隠そう我もとある者たちによってそうされた一人なのでな」

 

 :それはずっと言ってるよねぇ

 :そんな人たちと3Dで共演したんだなぁ

 :そうだったんだ

 :いったい何日見ちゃんなんだ……

 :いったいどこのサキュバスなんだ……

 

「今となってはすっかり多くの者が我の配信を見てくれるようになったが、この思いだけはずっと持ち続けて活動しているよ。我の活動によって少しでも楽しんだり、笑ったり、なにかひとつでも見てくれる者の心に残せればと思っている」

 

 :もう完全にまお様に心を支配されてるんだよなぁ

 :沢山残ってますよ!

 :まお様がいるから頑張れる

 :心の支えです!

 

 それは胸の奥に大事にしまっている大切な思い出であり、決して忘れてはいけないこと……黒惟まおの原点であるのだ。あらためて言葉にすることで、そのことを再確認する。

 

 

 まお様のクリスマスボイス楽しみすぎます! 

 今回も脚本は某先生が……? 

 

 

 

 :楽しみだなぁ!

 :はよ発売してもろて

 :イヤホン新調して待ってる

 :SILENT先生やろなぁ

 

「まぁこれくらいはネタバレにはならないか……、察しの通りSILENT先生によるものだよ。前回の周年ボイスがかなり好評だったからな、今回は最初からきちんと依頼している」

 

 :やったぜ

 :期待しかない

 :プロポーズボイスほんと良かった……

 :えっ、プロポーズボイス!?どこで買えるの!?

 :ボイスはまお様のストアでまだ買えるゾ

 

 前回の二周年記念グッズと共に発売されたボイスは最初こそ私自身が考えたものであったが、最終的にはほぼSILENT先生こと静による度重なる監修によって九割方静による作品となってしまった。今回も台本はそれぞれに任されていたので、どうせアドバイスを求めれば大幅に書き換えられるのだからと最初から静の手に委ねたのだ。そのおかげで収録では随分と恥ずかしい思いをしてしまったのだが……。

 

 

 3Dまおにゃんあく 

 

 

 

 

 まおにゃん3Dお披露目はいつですか!? 

 

 

 

 

 クリスマス3Dまおにゃんライブ楽しみにしてます 

 

 

 

 :でたわね

 :リスナー一同の悲願

 :まおにゃん3Dお披露目楽しみだなぁ

 

「こいつらは燃やして次に行こう」

 

 :そんなー

 :もはや様式美

 :知ってた

 :取り上げてくれるだけ温情

 :ここまでテンプレ

 

……

 

「さて、これで結構読めたんじゃないかとは思うが……」

 

 :いやー大量だったなぁ

 :なんかクソマロ少なかったな

 :比較的平和なマロ読みだった

 :じゃあ最後はいつものやつか

 

 新規リスナーが増えたこともあって投げられてきたマシュマロ自体もネタ控えめでそれこそデビューしたての時によく見たような質問も多く、テンポよく答えることができたと思う。たまにはこんなマシュマロ読みも初心に帰れていいだろう。

 

「では今宵はこれくらいにしておこう……」

 

 :最後の愛の告白は!?

 :なーんか足りねぇなぁ?

 :まお様大事なもの忘れてませんか?

 :変わっちまったなまお様……

 

 配信を締めようとしたところでリスナーたちから大量のコメントによって引き止められてしまう。いつからかマシュマロ回定番になりつつある、アレをやっていないからだろう。まぁもちろんそんなことはわかっているので用意してあるのだが……。

 

 

 新しくまお様を知ったリスナーも多いと思うので 

 そんなリスナーたちを虜にする愛の一言お願いします 

 

 

 

 :きちゃ!

 :やっぱりこれだよなぁ!

 :さすまお

 :焦らしプレイはやめてもろて

 

「まったく……仕方のないやつらだ。……新たに我を知ってくれた者、それからずっと我と共に歩んできてくれた者。どちらも等しく我にとっては大切な者だ。……愛しているよ。おつまお」

 

 :愛してる!おつまお!

 :おつまおです!

 :あぁ……好き……

 :おつまおー

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:デビューした頃を思い出したよ、これからもよろしく頼む




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

107話 練習

夜闇(やあん)リリス@3周年3Dライブ!見に来てね!@yaan_lilith 

今日は黒様がお家に遊びに来てくれまーす!!

いっぱい遊ぶぞー!!

そ・し・て♪今夜をお楽しみに♥

 

 まお:もうすぐ着くよ

 リリス:わかった

 

 レッスン帰りのその足でタクシーに乗り込み、都心から離れた閑静な住宅街に入ったあたりで訪問先の彼女へとメッセージを入れておく。今日はとあるお願いとオフコラボのためにリリスの部屋にお邪魔する予定なのだ。

 

 本当ならこんな辺りも暗くなってしまった時間から訪ねるのではなく、お昼くらいから共にどこかに遊びに行きたいところではあったのだが、それは互いのスケジュールが許してくれなかった。

 

 私はリーゼと一緒に行うliVeKROne(ライブクローネ)の3Dクリスマスミニライブの最終確認やら来年に向けた打ち合わせや収録、インタビュー対応でスケジュールがほぼ埋まってしまっているし、リリスはリリスで自身の三周年記念ライブの準備がある。

 

 目的のマンションに到着するなり冷たい風から逃れるように足早にリリスの部屋に向かってチャイムを鳴らす。すると事前に連絡を入れていたおかげもあってかリリスはすぐに出迎えてくれた。

 

「……いらっしゃい」

「お邪魔します、ごめんね忙しいだろうに」

「大丈夫、まおからのお願いだし」

 

 以前訪れた時と変わらず綺麗に片付けられた部屋に通され、着ていたコートを脱ぐと当たり前のようにそれを受け取ろうとリリスは手を差し伸べてくる。ここで遠慮をしても仕方ないということは過去の経験から学習済みなので素直にコートを手渡す。これが甜狐(てんこ)であれば遠慮というか……、絶対に匂いをかがれるだろうからそういった意味で遠慮するのだが、リリスに関してはその心配はいらない。

 

「……お茶持ってくるから、座ってて」

「うん、ありがとう」

 

 慣れた動作で渡されたコートをハンガーに掛け、一言残してキッチンへと向かっていくリリス。私の……黒惟まおの3Dお披露目配信の件で互いに正体を明かしあったのではあるが、別に付き合い方や接し方が変わったということも一切なくいつも通り。そんな当たり前のようなことが、ただただ嬉しい。

 

 私のメッセージを受け取って用意してくれていたのだろう、すぐに戻ってきたリリスから暖かいほうじ茶を受け取って一息つく。そんなに長い時間外に居たわけではないのだが案外身体は冷えてしまっていたようでその暖かさがありがたい。

 

「今日の準備ってもう済んでる?」

「セッティングは全部できてる……、あとはまおだけ」

「本当にありがとう。全部任せきりにしちゃって……」

「こだわりだから……全部任せてもらっていい」

 

 今日のオフコラボに関してはほぼ全部リリスに丸投げと言っていい企画だ。相談した段階で彼女の家で行う事を提案されたし、事前も事後もすべてお膳立てしてくれている。3Dお披露目の騒動でスケジュールがすごいことになってしまった今となっては助かるどころの話ではない。得意げに胸を張って笑いかけてくるリリスを思わず拝みたくなってしまうほどだ。

 

「それじゃあ、どうしよっか。先に少し練習とかしておいた方がいいかな?色々調べては来たんだけど……」

「じゃあ……、道具持ってくるから。待ってて……」

 

 そう言って今度は普段配信を行っている部屋へと消えていくリリス。てっきり、練習は配信部屋でやるものだと思っていたがどうにも違うらしい。こればかりは私もほぼ初体験のようなものだから勝手がわからない。

 

……

 

「ええと……リリスさん?」

「……なに?」

「どうして私は、膝枕をされているのでしょうか」

「練習したいって言ったから」

 

 しばらくして配信部屋から戻ってきたリリスの手には大きなカゴがあり、それを脇に置いて中身を丁寧にテーブルの上に並べていく姿を眺めているところまでは良かった。その多様な種類と数の多さに圧倒されつつ、一見何に使うのかわからないようなものまであってそれの用途を聞いてみようとしたところで膝に頭を乗せるように言われたのだ。

 

 その、あまりにも堂々とした要求と有無を言わせない空気に負けてしまって大人しく膝に頭を乗せて横になっているわけだが……。まぁ、こうなってしまえば今から何をされるのかは想像はつく。というか道具だけこちらに持って来てテーブルに並べ始めた時には何となく察してはいたのだが……。

 

「練習って、それなら私がやらないと意味ないんじゃ」

「まずは体験することが大事……。相手の気持ちになる……」

 

 それはたしかにそうではある。何をしてあげれば相手は喜ぶかと考えた時、自身がどうされたら嬉しいのか?と考えることは一番身近でわかりやすい答えになるのだ。

 

「それはそうだけど……」

「じゃあ、始める……」

 

 もう何を言おうとこの体勢になってしまった時点で私の負けであり、あとはリリスの思うがままだ。下手に動くと邪魔になってしまうし、百戦錬磨の彼女のことだから心配はいらないだろうが危険でもある。

 

 そっと私の耳にリリスの指先が触れる。思ったよりもその指先が冷たくて思わずピクリと身じろぎしてしまった。

 

「すぐに温めてあげる……まずは温かいタオルで拭くね?」

 

 楽し気な口調と共に耳の縁に指を這わせてまるで弄ぶかのように指先を動かすリリス。それがなんだかこそばゆいような気持ちいいような不思議な気分にさせられる。一通り私の耳を弄んだ後ちょうどいい暖かさの蒸しタオルが耳に当てられ優しく丁寧に拭かれていく……それがなんとも心地いい。

 

「気持ちいい……?あったかくて気持ちいいね」

「……うん」

 

 まるでひとり言のように呟かれた言葉に思わず素直に小さく頷いて答えてしまう。これはあれだ、お手本として聞いたリリスのASMR配信で似たようなシチュエーションがあったような気がする。声色はいつものリリスのものだけど、少しだけ口調が配信モードに寄っているような……。

 

「ふふっ……。それじゃあ、お耳綺麗にしよっか……」

 

 口調だけ聞けば、それは間違いなく配信モードのリリスなのだが、耳に届くのはいつもの落ち着いた声色。これが声色まで配信時のものであれば脳裏には金髪ハーフアップツインで際どい衣装を身に纏っているサキュバス娘の姿が浮かんでくるのだがそうではなくて……この特異な状況もあいまってなんだかぼーっとしてきてしまう。

 

「それじゃあ、まずは竹の耳かき……痛かったら言ってね?外側から……カリ……カリ」

 

 カラカラと耳かきをケースから取り出す音さえもなんだか心地よく、静かな室内ではリリスの動きや呼吸まで耳に伝わってくる。そして更に彼女の声が耳に近づいてくると優しく囁かれ、耳の外側が耳かきによって刺激される。

 

「ふーってするね?……ふー」

 

 しばらく、耳の外側を耳かきでまるでマッサージするように刺激され、それが止まったと思えば今までで一番近い距離で囁かれる。その吐息ですらこそばゆいのに、宣言通りにそっと耳に息を吹きかけられ……ぞくりと何とも言えない感覚に襲われ思わず肩を跳ね上げる。

 

「ふふっ……、お耳よわいんだ……?ふぅー」

「んっ……ゃ……」

 

 そんな私の様子を確認したらしいリリスの声がますます楽し気なものになり、もう唇が耳に触れてしまうのではないかと思う程の近さでからかうように囁かれ再度の吐息。ぞくぞくと背筋に甘い刺激が走り身じろぎしようとしても頭はしっかりと彼女の手によって固定され逃がしてもらえない。

 

「リリス……それっ……ダメ……」

「それって?……こうやってお耳で囁くのが?それとも……ふぅーってするのが?」

「んっ……りょうほぅ……」

「それじゃあ、これならいい?はぁー」

 

 逃げ出すことも出来ずにされるがまま耳に刺激を与えられ続け、いいように弄ばれてしまっている。わかってはいたがやはり彼女は本物のサキュバスなのだ、トドメとばかりに耳の周りを手で覆われその甘い吐息が暖かさと共に余すことなくダイレクトに耳に伝わる。

 

「ぃゃ……っ……っ……」

「可愛い……好き……大好き……もっと、……見せて?」

 

 もはや用意した道具なんて使わずに、ただただその甘い言葉と吐息だけで耳だけじゃなくて、身体も心もすべて弄ばれているような……。

 

『まお……、まお……。好き……誰にも渡さない……』

 

「リリス……?」

 

 ずっと耳元で囁かれているせいで、その言葉も声で伝えられているのだと思い込んでしまっていたのだが耳に当たる吐息が止まっていることに気が付く。

 

『嫌だ……、一人は嫌だ……。まおも……宵呑宮も……、遠くに……』

 

 私からの呼びかけにも気付かず、魔力を通したリリスの気持ちが……言葉が断片的に伝わってくる。それは今まで一度だって聞いたことの無かったリリスの気持ちであり言葉……。魔力として伝ってきている分それがなによりも切実なものとして訴えかけてくる。

 

 私だって甜孤だってリリスから距離を置こうとしたことは無かったはずだ、それぞれが忙しく連絡が取り合えない期間があったとしても集まれば本当の姉妹のように自然体でいることが出来ていた。そんな中で誰よりも変わらず接してきてくれていたのがリリスという一番上の姉だったのだ。

 

 ──今となっては甜ちゃんは天下のLive*Live様だし、黒様もなんだかんだでっかくなっちゃったからなぁ。

 

 不意に二周年記念の凸待ちで甜孤のあとにやってきたリリスの言葉と少し寂しそうな笑顔が思い浮かぶ。あの時は、いつもの調子で本人によって流されてしまったが彼女にしては珍しい事だったので引っかかってはいた。それがどうして今になって……。

 

 それに一体なんて声をかければいいのだろう……。これがもしも意図していない魔力による思いの吐露であったなら聞かなかった事にした方が……。せめてその顔を見ることが出来れば読み取ることが出来たのかもしれないが、今は彼女の膝の上で横を向いてしまっていてその表情を確認することができない。

 

「リリス……?大丈夫?」

「えっ……あっ……。ごめん……やりすぎた」

 

 その謝罪の言葉は果たして、私の耳を弄んだことに対するものなのか。それとも、意図しない形で思いを吐露してしまった事に対してなのか……。

 

「それじゃあ……、次は綿棒……」

 

 ようやく私からの呼びかけに応え、気を取り直すように綿棒を手にするリリスに対してそれを確認することは出来なかった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

108話 #黒夜のASMR①

夜闇(やあん)リリス@3周年3Dライブ!見に来てね!@yaan_lilith 

リリス先生のASMR講座~

今日の生徒はliVeKROneの魔王様!

黒様こと黒惟まお様だよ~♪

#黒夜のASMR お楽しみに~

 

────

 

【#黒夜のASMR】オフコラボ!魔王様にASMRを伝授しちゃうぞ♥【夜闇リリス・黒惟まお】

 

 :待機

 :お邪魔しまーす

 :リリス大先生には感謝しかない

 :よろしくお願いします!

 :ASMRって初めて

 

「はーい、みんなー聞こえてるー?リリス先生のASMR講座はっじまっるよー」

 

 :きちゃ!

 :聞こえてるよー

 :こんばんやーん

 

「おっけー、ちゃんと聞こえてるみたいだねぇ。それじゃあ、改めてこんばんやーん♥サキュバスVtuberの夜闇リリスでーす。やーんエッチなリリスちゃんって覚えてね♪今日は色々マイク切り替えたりするから何か変だったら報告よろー。あっ、いまは普段使ってる配信用のマイクだよー」

 

 :ばんやーん

 :了解

 :わかった

 :いい感じー

 

「はい、じゃあ黒様~」

「今宵も我らに付き合ってもらおう、liVeKROneの魔王、黒惟まおだ。こんまお」

 

 :黒様こんまおー

 :きゃー黒様ー!!

 :ようこそいらっしゃいました

 :まお様のASMR楽しみすぎる

 

「というわけでリリス先生のASMR講座、本日の生徒は黒様でーす、いえーい」

 

 :やったー!

 :いえーい!!

 :リリス先生本当にありがとう

 

 パチパチと拍手をしながら私を紹介してくれるリリス。結局、練習という名のリアルASMR体験はしっかりと両耳分行われたのだが、魔力を通した思いの吐露はあれ一度切りであり、だんだんといつもの調子に戻っていったので彼女から何か言ってくるまで私からは触れないことにした。そして、配信が始まってしまえばいつもの配信モードの夜闇リリスでありその光景は見慣れたものだ。

 

 リリスの配信部屋はもともとは普通の部屋ではあるのだが立派な防音室が備え付けられている。しかも、配信用のパソコンなんかはファンの音やノイズを拾わないように防音室の外に設置してあるという徹底ぶり。配信ではなく本気でASMRの収録を行う時はスマートフォンはおろか無線のキーボードやマウスなんかも持ち込まないというのだからそのこだわりは相当なのだろう。

 

 ただ、今回は配信ということもあり二人の姿は卓上にセッティングされたスマートフォンによって配信画面に映し出されているし、コメントなんかはタブレットで見やすく表示してくれているのでありがたい。

 

 そんな防音室の中で私とリリスはカーペットの上に敷かれたクッションに隣り合って座っていた。

 

「リリスも忙しいだろうに請け負ってくれてありがとう、よろしくたのむよ」

「最近バズり散らかしてる黒様ほどじゃないってー、今週末三周年の記念3Dライブを二十時からやるけど少ししか忙しくないよー。今週末の二十時に~」

 

 :宣伝していくぅ

 :宣伝は基本

 :宣伝できて偉い

 :ライブ楽しみにしてるからな

 

「ふふっ、我も楽しみにしているよ」

「それで、今までASMRしてこなかった黒様がどういう心境の変化があったのかなー?」

 

 にやにやとからかうような笑みを向けてくるリリス。彼女からはこれまで何回もASMRコラボに誘われていたしその魅了を語られ続けてきたのだが、配信と同じくなんだかんだと理由をつけて断ってきた。その理由はすでに伝えてはいるのだが私の口から言わせたいのであろう。

 

「liVeKROneに入ったということもあって色々余裕が出てきたのと、まぁアレだ。クリスマスくらいはリスナーたちの希望を叶えてやるのも悪くなかろう……」

「へぇー、黒様のリスナーは幸せ者だねぇ。黒様リスナーやファンの事だーいすきだもんねぇ。クリスマスにASMR配信をしたいからって相談してきた黒様可愛かったなぁ」

 

 :さすまお

 :黒様あったけぇ……

 :なにそれ詳しく

 :これが噂に聞くまおデレか

 

 実際問題、ASMR配信をやるにしても機材の準備だったり配信環境を整えたりと時間もお金もかかる。兼業であった頃は仕事に配信、更には動画作成等の依頼を受けていたこともあってリクエストが多くても中々応えることができなかった。そんな状況がliVeKROneという企業に所属したことによって多少の余裕が出来たのだ、クリスマスという時節柄丁度いいだろうと思いリリスに相談したのが事の始まり。

 

「何しれっと最後適当な事を言ってるんだ」

「もー照れないの♪さてさて、時間ももったいないし早速やってみよーか。今日は我がリリスちゃんスタジオにある選りすぐりのマイクと道具をかき集めてきたよー。どれからやる?」

 

 別にいつも通り相談しただけなのではあるのだが……、ここで否定を重ねたところで更にからかわれるだけだ。少しだけ不満げな視線をリリスに送るが、そんな私に構わずぐるっと二人を囲うように用意されているマイクと先程までは私に使われていたASMR用の道具たちを腕を広げて誇らしげに紹介される。

 

 

 

「といってもな……、ASMRに関しては軽く調べた程度でほとんど初心者だからリリスに任せるよ」

「あいあーい。じゃあ、まぁ最初は定番の白耳くんからいってみよーか、マイク切り替えるから無音になるよー」

 

 :安定の白耳くん

 :白耳くんすこ

 :まぁ最初はだいたいみんなコレだよな

 

「……はい、みんなー聞こえてるかなー?こっちが右でーこっちが左ー」

 

 :聞こえてるー

 :おーすごい

 :白耳くん久しぶりじゃない?

 

 リリスが慣れた手付きでセッティングを終えると白い人の耳を模した、所謂ダミーヘッドマイクと呼ばれるものを手にして左右へと声を吹きかける。すると、あらかじめ耳につけていたイヤホンからもリリスの声が間近から聞こえてなんだか不思議な感じだ。

 

「もう、喋っていいんだな……?」

「そんなに小声じゃなくても大丈夫だよー、叫んだりしない限り結構大丈夫」

「そうか……これが白耳……」

 

 :おおお

 :まお様の初ASMR……

 :黒様の初体験……

 :小声でかわいい

 

 自身の声がどの程度マイクに拾われるのかわからないので自然と小声で問いかけてみるが、そんな私の様子を見てリリスはマイクから少しだけ距離を離していつもの調子で受け応える。たしかに、そんなに近づかなければ問題はなさそうだ。

 

「これがまぁダミーヘッドマイク入門編、ダミヘといいつつ耳だけなんだけど。3Bioの白いやつだから白Bioくん、白耳とか言われてるやつ。といっても白耳にもグレードがあって……まぁ中のマイクだったり接続が違ったりするんだけど上のグレードのやつだよー」

「これは調べてるときに沢山出てきたな……たしかこっちだとXLRで接続できるけど下のやつはステレオミニ接続と書いてあったな」

「そうそう、釈迦に説法かもしれないけどアンバランス接続だとノイズがねぇ、あとインターフェイスかますならやっぱりXLRのが便利だし」

 

 :二人共機材の話になると早口になるよね

 :ASMRで機材談義しないでもろて

 :なんか二人の間に挟まって機材談義されてるぅ

 :これはこれで……

 

 ついついリリスの機材談義に乗っかりながら事前に調べていた情報と照らし合わせて、まじまじと白耳くんを観察してしまう。

 

「あー、ごめんごめん。黒様ほどじゃないけどASMRの機材については色々話したくなっちゃって。この話はあとでゆっくり二人きりですることにして……。じゃあまずは黒様好きにこの白耳くん弄ってみて?」

「好きにと言われてもな……」

「こうやってーお耳マッサージしてみたりぃ、そこにある耳かきとか綿棒つかってもいいよ?」

 

 :お耳気持ちいい……

 :マッサージの音~

 :やっぱ先生なんだよなぁ

 

 リリスが白耳に触れるとその音がイヤホン越しにこちらにも伝わってくる。直接触れられた時の音とも少し違う気もするが、それでも感覚的には触られているように感じてしまう。

 

「それじゃあ……こう、か?」

 

 :うーん小さい?

 :もっと強くていいかも

 :もっと激しく!

 :もっと荒々しく!

 

 場所を譲られそっと白耳に触れてみるがそれだけでは大した音は聞こえてこない。見よう見まねで耳の縁や耳たぶなんかをつまんだり指で押し込んだりしてみるのだが……、リリスがやっていた時のような感覚にはならず。なんだか物足りないというか……。

 

「うまく音が出せないな……」

「こればっかりはねぇ、コツがあるというか。自分でいい音鳴るところを地道に探してくしかないんだよねぇ、ほらこんな感じで」

 

 :おお

 :さすリリ

 :プロの技

 :いい

 

 私が悪戦苦闘していると見かねたリリスが手を重ねて指先を誘導してくれる。すると今までが嘘だったかのようにグイグイっと出したかった音が耳に届くのだから不思議なものだ。

 

「こんな……感じ?」

「おー、結構いい感じ。黒様センスあるんじゃない?」

 

 :おー

 :ちゃんと聞こえる

 :これがまお様の指……

 :気持ちいい

 

 リリスの手が離れてからも教えられたとおりに指を動かし若干力を込める。すると完璧とまではいかないがそれなりに良い音が出ているような気がしてきた、素直に褒められるのもコメントから良い反応が返ってくるのも嬉しい。

 

「じゃあ次は道具使ってみよっか、この奥のマイクに当たらなければ平気だから怖がらずにやってみてー」

「じゃあ、この耳かきで……」

 

 :黒様……結構大胆

 :うまい

 :気持ちいい……

 :そんな奥だめぇ

 

 ゾリゾリ、ゴリゴリっと耳の縁から徐々に耳の中へと耳かきを進めていく。こっちは指と違ってなんとなくだが直感的にそのまま音が出る感じがしてやりやすい。

 

「おっ、上手上手。結構みんな怖がってなかなかうまくいかないんだけど、これなら大丈夫かなぁ」

「マイクに当てなければ大丈夫だと聞いたからな、それならまぁわかりやすい」

「それじゃあ、次は囁いたりお耳ふーってしてみて?」

 

 私の様子を見たリリスは満足気に頷き、白耳に口を寄せてお手本を見せるように囁き声で次の指示を出し吐息を吹きかける。その刺激にピクリと反応してしまうが、配信前にやられた数々の刺激に比べればイヤホン越しということもあって耐えることが出来た。あの練習にも意味はあったようだ。

 

「ええと……煩かったら言ってくれ……カリカリ……その、気持ちいいだろうか……?ふぅー」

 

 :あ~^

 :黒様の低音ボイスで囁きはやばい

 :もっと!!もっと!!

 :これはハマる

 :ふぅーはもっと強くていいかも

 

「あー、リリスナー。あたしの時より反応いいんですけどー浮気だー」

 

 :あっ

 :ごめんて……

 :いやこれは……

 :リリスガ一番ダヨ

 

 リリスとそのリスナーたちのやりとりがなんとも微笑ましくて、少しだけ悪戯心が芽生えてくる。たしかに声質的にリリスとは違うので新鮮なのかもしれない、それにASMRについて調べた時も見た限りでは大勢を占めているのは所謂かわいらしい声の持ち主たちで私のように低めの声というのは中々見かけなかった。そう思って、意識していつもよりも若干低く魔王成分を強めて再度囁く。

 

「ふふっ……リリスがヤキモチを焼いているぞ、もっと強くがいいのか?仕方ない奴らめ……」

 

 :キャー黒様ー!!

 :メスになるぅ

 :これはアカンて

 :性癖が歪むぅ

 

「もー、リリスナーたちをメス堕ちさせないでよー。……ね?リリスナー?リリスナーたちはリリスちゃんのものなんだからね?黒様にメス堕ちさせられたってリリスちゃんは愛してあげるよ?」

 

 リスナーたちの反応に満足していると今度はリリスが反対側の耳に口を寄せ、とろけるようなとびきり可愛らしい声で囁き始める。それは普段の配信で見せるようなおふざけが入ったようなものではなく、お手本として見たASMR配信で度々見せている本気の誘惑ボイス、練習でも散々囁かれたものだ。

 

「リリスナーはともかく、我のリスナーたちはリリスに誘惑されていないだろうな……?お前は我のモノなのだから……な?」

「リリスちゃんは黒様に誘惑されちゃうダメダメリリスナーだって、ちゃあんと許してあげるよ?だって……リリスナーは身も心もあたしに捧げてるもんね?……愛してるもんね?だから……君の事、愛してるんだよ?」

「我はリリスほど優しくはないぞ?……だが、そうだな。我に愛を誓うのであれば……その愛に応え、我も愛している……。と誓おうじゃないか」

 

 :ああああああああ

 :両耳が幸せすぎる

 :なんだこの天国みたいな地獄は

 :どっちかなんて選べるわけないやろ……

 :もうゴールしていいかな……

 

 囁きあっているうちになんだか楽しくなってきてすらすらとセリフが出てくる。ちらりと白耳越しにリリスと目が合うが向こうも同じようで、ニヤリと笑みを返してくる。

 

 リリスと一緒ということもあるのだろうが、案外ASMR配信というのも悪くない……どころかこれは少しハマってしまいそうだ。




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

109話 #黒夜のASMR②

【#黒夜のASMR】オフコラボ!魔王様にASMRを伝授しちゃうぞ♥【夜闇リリス・黒惟まお】

 

「黒様ノリノリじゃーん、これはASMRにハマっちゃうかもねぇ」

「実際、ここまで臨場感が出るとは思わなかったからな。反応含めて楽しんでいるよ」

 

 :めっちゃ良かった……

 :定期ASMR配信してもろて

 :ASMR沼にようこそ

 

 一通り囁き合ってリスナーたちの反応を楽しむと、楽しそうに白耳から口元を離したリリスが話しかけてくる。いくつかASMR配信というものを見てどういうものか勉強したつもりではあったのだが、自身で配信する側に回ってみるとこれがなかなか面白い。

 

 普段の配信では基本的に画面に向かって話している事もあって画面の向こう側にいるリスナーたちとコミュニケーションを取っている感覚なのだが、こうやって耳の形をしたマイクに向かって囁いてみるとその対象が目の前にいるような気がしてくるのだ。

 

「はーい、それじゃ白耳くんはこのへんにしてぇ。順当に黒耳くんいってみよーか。切り替えるから無音になるよー」

 

 :黒耳くんきちゃ

 :黒耳くんすこ

 :どんだけ変わるんだろう

 :はーい

 

 次にリリスが手にしたのは先ほどまで使っていたマイクと形はほとんど同じであるが白かった耳の部分が黒いものになっている所謂、黒耳と呼ばれているバイノーラルマイク。そちらへと接続を切り替え慣れた様子で設定なんかを切り替えていく。

 

「はーい、これが黒耳くんでーす。違いがわかるかなー?」

 

 :やっぱ黒耳のほうが音いいよな

 :気持ちクリアになった気がする

 :黒耳くんの音~^

 

 たしかに先ほどまで比べて音に厚みが出ているというか単純に音のクオリティが上がっているように感じる。そのあたりはやはり値段相応ということなのだろう。

 

「特に黒耳くんはこうやってー。……近距離で囁くのに向いてるかなぁ。ふふっ、だぁーいすき♪黒様も試してみてー」

 

 :しゅき……

 :不意打ちやめてもろて

 :ドキッってした……

 

「ん、あぁ……これはたしかに先ほどよりも純粋にクリアに聞こえるな。それにこの耳の部分が少しだけ白いやつと比べて硬い気がするが」

「あー、こっちもかなり使い込んでマシになったんだけどねぇ。その点だと白耳くんのほうが使いやすいかなぁ」

 

 :へぇ

 :そうなんだ

 :そういう違いもあるのか

 :個体差とかもありそう

 

 先ほどと同じ要領で耳の部分を触って音を出してみようとするが、こっちのほうがなんだか少し硬いような……。そのせいか出る音も違うような気がする。

 

「あとはークリアになった分、結構録れる音が強めというか鋭く感じるから耳かきとかする時はそのあたり注意かなぁ。激しめなのがいいって人も多いけどねぇ」

 

 そう言いながら手に持った綿棒を耳に差し向けゴワゴワゴソゴソと色々な音を出して見せてくれるリリス。たしかに言われている通りその音は強めに感じる。

 

 :激しいの好き

 :だんだん物足りなくなってくるんだよなぁ

 :ゴリゴリくるのは黒耳くん

 

「なるほど……、ところでこのスポンジはどうやって使うんだ?」

「これはこのまま耳を擦ってみてもいいしぃ……少しちぎって指先で転がしてみたり。お耳に詰めて耳かきしてみたり……結局気持ちいい音が出せればいいから自由な発想で何でもやってみるといいよ?」

 

 :スポンジぞくぞくする

 :ギュムギュム音すこ

 :耳に詰めてたのw

 :はえ~すっごい

 

 耳かきや綿棒、耳ブラシなんかと一緒に台所で見かけるようなスポンジも置いてあって気になってはいたのだ。実際に色々と使い道を実践してみてもらうと、たしかにリリスの言う通りで耳掃除やマッサージというイメージを持ったままだと使い道はなさそうだが音を出すという面ではそれらとはまた違った音が表現されていて面白い。

 

「だからこういうボールとかもよく使ってるんだな」

「そうだよ~、黒様はそのジェルボールでうまく音出せるかなぁ?」

 

 私が置かれている道具の中でもカラフルなジェルボールを手にするとそれを見たリリスが挑戦的な視線を向けてくる。何度かリリスのASMR配信でその音を聞いたことはあるが実際にどのように使っているかはあまり想像できない。とりあえずは耳元でグニグニと握ってみたり潰してみたりしてみるが……。

 

 :これは……

 :何かを潰されてる

 :ぎゃあああ

 :ぐわあああ

 :これは臓器潰されてますわ

 :ある意味魔王らしい

 

 ぐちゃぐちゅとジェルボールを握りつぶした音がイヤホンからも聞こえてくる。たしかにこれは何か生もの……たとえば臓器を握りつぶしていると言われても仕方ないような音だ。記憶の中にあるリリスが出していたような音が出なくて首を傾げる。

 

「ふふっ……あははっ、まぁ初めてだとそうなるよねぇ。これはねぇ、こうするんだよ~」

 

 :お~

 :これよこれ

 :気持ちいい~

 :癒される

 

 リリスが別のジェルボールを手にして私と同じように耳元で握っているように見えるのだが聞こえてくる音は私とはまったく違う。いったいどうやっているのか気になって手元を覗いてみるとジェルボール自体を耳に当てているようで、私もそれを真似てもう一度チャレンジしてみるが、さっきよりはマシになったがどうしてもリリスのような音を出すことが出来ない。

 

「む……なかなかうまくいかないものだな……」

「ふふーまだまだ修行が足りないねぇ」

 

 :さっきよりはよくなった

 :もう臓器を捧げなくていいんやなって

 :結構違ってくるんだなぁ

 

「それじゃ、そろそろ黒耳くんもこれくらいでいいかなー。ここからはほんとのダミーヘッドマイクいくよー」

 

 ここまでは耳の部分だけを模したマイクであったが次に登場したのはまさに人の頭部を模したダミーヘッドマイク。ASMR配信や音声作品で検索すればかなりの確率でその製品名が宣伝文句として使われているくらいのブランド力を持っているQu100という機種。

 

「まぁこの子は有名だよねぇ、Qu100でーす。この子のすごいところはなんといってもノイズの少なさ!さっきまでは結構ノイズカット入れてたんだけど、この子はノイズカットなしでも全然いけちゃうし録れる音もあたしたち向けの言っちゃえばアニメっぽい音声になるんだよねぇ。ちゃーんと頭の形してるから、こーんな風に左右だけじゃなくて上下もかなりいい感じ~」

 

 :やっぱ明らかに違う感じする

 :百万円の音~

 :おおー

 :やっぱ高いとすごいんやな

 

 さながらモアイ像のような見た目の頭部にマイクが仕込まれていて防音室の中でもなかなか異彩を放っているビジュアル。値段もこれまでとは桁が違う一品でリスナーたちもそのあたりの事情については結構知っているようだ。

 

「これが噂に聞くQu100か、やはり頭の形をしているとなかなかインパクトがあるな」

「最初は結構びっくりするかもだけど、一緒にいると愛着わいてくるんだよねぇ」

 

 :名誉リリスナーの一員だからな

 :Qu先輩!

 :今日もお勤めご苦労様です!!

 

 流石に最高級機と言われているだけあって、聞こえてくる音はとてもクリアでダミーヘッドの頭を撫でているリリスの声もしっかりその位置関係まで把握できるような臨場感がある。コメントを見るにリスナーたちとはなんだか不思議な関係を結んでいるようで面白い。

 

「もちろんお耳マッサージしたり耳かきしたりもいいんだけど、こうやって抱きしめてあげたり一緒にお布団で添い寝してあげたり~あとは生活音ASMRとか、かなり色々な事ができる優秀な子なんだよ~」

 

 :添い寝ASMRいいよね……

 :そういうのもあるのか

 :生活音ASMRすこ

 :おーほんとに抱きしめられてるみたいだ

 

 リリスがダミーヘッドをギューッと抱きしめると衣服が押し当てられるような音と共にほんとに抱きしめられているようなそんな圧を耳から感じることが出来る。先に出てきた二機種でも似たような事は出来るだろうがやはりちゃんと頭の形をしているという利点は大きいのだろう。

 

「リリスはやっぱりこれをメインに使っているのか?」

「普段の配信はこの子中心だねぇ、音声作品作るときとかはモノによっては黒耳も使うかなぁ。でも最近ちょーっと新しい子に浮気しちゃってるんだよねぇ」

 

 :新しい子?

 :誰よその子!

 :あの子ね

 :サブchの子か

 

「あーそっか、たしかにこっちの配信だとちゃんと紹介したことなかったかも。実はオーダーメイドしたダミヘ君がいてさぁ、こっちはあんまり参考にならないかなぁって思って今回は出してないんだよね」

「オーダーメイドのものもあるんだな」

「お耳とマイク部分が自分好みに出来るんだよねぇ、あとちょっと特殊な使い方もできたり」

「……特殊?」

「えーっと、ここの配信サイトだとちょっと怒られちゃうヤツとか、お耳をぺろぺろ~みたいな?」

 

 :そういえばそうか

 :アレね

 :最近また厳しくなってるからなぁ

 :それっぽい音なだけでアウトになるときもあるし

 

 リリスの言い方でなんとなく事情を察する。たしか一時期リリスが配信サイトからペナルティを食らってしまったのも過激すぎる2DモデルかやりすぎてしまったASMRのどちらか……いやその両方だろうと言われていたのだ。

 

「黒様もリスナーからお願いされてもそのあたりは気を付けたほうがいいと思うよー?黒様案外ちょろ……リスナーのお願い聞いちゃう方だし」

 

 :ちょろ……

 :口滑りかけてて草

 :ほとんど言ってるんだよなぁ

 :黒様やさしいから

 :ちょろまお

 

「まぁそのあたりは心得ているさ。身近に実例があるからな。……ちょろ、なんだって?」

「えーっと……、じゃあ!あとやってないオイル使ってみようか!はい黒様手だして~」

 

 誤魔化すように私から目をそらしマッサージ用のオイルが入ったボトルを手にするリリス。わかりやすすぎる反応であるが、まぁこの程度はじゃれあいみたいなものだ素直に手を差し出してオイルを適量手に出してもらう。

 

「じゃあそれを手になじませて、最初のマッサージの要領でやってみてねー中のマイクにつかなければ大丈夫だから」

 

 最初にリリスから教えられた動きを思い出しながらオイルによって滑りが良くなった手でダミーヘッドの耳をマッサージしてあげる。オイルのおかげか耳に返ってくる音は思ったよりも良くて自身でやっているにも関わらず人にやってもらっているような感覚。

 

 :おおう

 :これは気持ちいい

 :やっぱ黒様飲み込み早いわ

 :あ~いい

 

「さっすが黒様、あとはねぇ手のひらで耳を塞ぐようにしながら親指で揉んであげたり耳の裏を指先で弄ってあげるといいよ~」

「手のひらで……、塞いで……お、たしかにこれはなかなか……」

 

 耳を塞いでみると外界の音が聞こえにくくなりくぐもったような不思議な音に包まれる。そのまま指を動かしてみると耳を塞がれている事によって余計な音が聞こえないおかげかよりダイレクトに聞こえてくるような感じだ。

 

「これで黒様に教えることはもうないかな……リリスちゃんのASMR講座卒業だよ!あとは思う存分黒様の思うASMR道を突き進んで!」

「ありがとうリリスにそう言ってもらえるのは心強い。……満面の笑顔でハグ待ちしてるがこの手だとどうしようもないからな?」

 

 わざとらしく感動の涙を拭う仕草をして両手を広げこちらに飛び込んで来いと笑顔を向けてくるがオイルまみれの手でその誘いに乗る訳にもいかない。

 

 :草

 :リリス先生ありがとう、ありがとう

 :黒様卒業おめでとう

 :手拭いてもろて

 

「はい、濡れティッシュ」

「あぁ、ありがとう」

「……。あとは思う存分黒様の思うASMR道を突き進んで!!」

 

 濡れティッシュを渡されそれで手についたオイルを拭き取る。それを見届けたリリスは仕切り直すかのように再び両手を広げて私を待ち構えるが、なんとなく一度落ち着いてしまったせいでそのノリに素直に乗るのも違うような気がしてきてしまう。

 

「これダミーヘッドの方も拭いた方がいいんじゃないか?」

「……うん。Quくんに負けた……」

 

 :スルーされてて草

 :草

 :Qu先輩優先で草

 :手入れは大切だから……

 :拭かれるのも気持ちいいな……

 

「……それじゃあ、みんなあとは何かやってほしい事とかあったりするー?」

 

 :不貞腐れないで

 :心音聞きたいなー

 :草

 :心音忘れてませんか

 :心音サンドイッチおなしゃす!!

 

「あー心音ねー。……心音サンドイッチ!黒様リスナーからのリクエストだからね!ちゃんと応えないと!」

 

 ダミーヘッドの耳についたオイルを拭き取り終わると、よほど私がハグしなかったのが不満なのかテンションを下げていたリリスであったがリスナーたちからのリクエストを目にして再びノリノリになる。

 

「心音サンドイッチってなんだ?」

「つまりねーQuくんを二人の胸に当ててー心音聞かせてあげるの、ほーら黒様おいで?」

 

 そう言いながらすでに膝立ちになってダミーヘッドを挟んで向かい側で再び両手を広げて待ち構えるリリス。互いの胸でダミーヘッドを挟むということは当然正面から向かい合うという事でいくらマイクが間にあるとはいえその距離は近い。つまりはリスナーからのリクエストにかこつけて先ほど出来なかったハグをしてしまおうという魂胆なのだろう。

 

「ほーらーはやくー」

「まったく……仕方ないな、これでうまく聞こえるのか?」

 

 :Qu先輩そこ変わって!!

 :Qu先輩羨ましすぎる……

 :俺生まれ変わったらダミヘになるんだ……

 :あぁ……包まれてるぅ

 :おっ聞こえる?

 

 リスナーたちからの要望ということで私も膝立ちになってリリスと向き合う。このままただ胸にマイク部分を当てればいいのだろうか……胸が邪魔をして少し収まりが悪い気がするが。

 

「うーん、少し聞こえるけどもうちょっと黒様は上かなー?」

「こう……か?」

「そうそう、じゃああとはお互いに押し当てて……って結構近いね」

 

 :聞こえてきた

 :これ右が黒様?

 :左やたら早くね?

 :右は結構おちついてるね

 

 リリスに言われた通り胸に直接当てるというよりかは少しだけ上の部分に当ててみるとトクントクンと自身の鼓動の音が耳に届く。心音なんてこうして聞く機会は今まで無かったのでなんだか新鮮だ。

 

「ええと、この状態だと我が右のはずだな」

「あはは……、じゃあこのトクトク言ってるのがリリスちゃんだねぇ」

「なんだ、リリスお前から誘っておいて緊張してるのか?」

「べっ、べっつにーこの部屋暑いからだし」

 

 :おっ?

 :あら~^

 :これは意外やな

 :リリスかわいいとこあるやん

 :まお様口説いてみて~

 :黒様おなしゃす

 

 私の心音が右耳から聞こえてきて、その反対左耳にはそれよりも随分早く鼓動を刻む音が届いている。目の前にいるリリスと目を合わせようとするがその寸前彼女から逸らされてしまい少しだけ悪戯してやろうという思いが膨れ上がってしまう。

 

「ほら、あれだけ抱いてほしかったんだろう?こっちを見たらどうだ?」

「黒様、こういう時だけノリノリなのズルいよぉ……」

「ふふっ、また早くなったな?」

 

 :きまし!

 :魔王様モードきちゃ!

 :リリスって結構誘い受けだよな

 :これを間で聞いてるっていう謎シチュエーションすぎる

 

 リリスはさっきみたいにどんどん押してきても、いざこちらから仕掛けてみると押しに弱いところがある。恨めし気に上目遣いでこちらを見上げてくる姿はとてもかわいらしく、鼓動も一層早くなったところを見ると効果があったようだ。

 

「はいっ、終わり終わり!ほーんと黒様ってそういうところ意地悪だよね!」

「……好きな子ほどイジメたくなるって言うだろう?」

 

 パっと私から離れて文句を言ってくるリリスだがこちらの手元にはダミーヘッドマイクがあるのだ、少し身を屈めてからかうように耳元に囁きかけてやる。

 

 :今のやばい

 :今日一ゾクゾクした

 :黒様パネェっす

 :悪い魔王様やでほんま

 

「──っ。もうっ!じゃあ、今日のASMR講座は終わり!黒様、告知とかあるんじゃない?」

「今週末に夜闇リリスの三周年記念3Dライブがあるからな、我の大切で尊敬する姉の晴れ舞台だ是非、その目で確かめてやってくれ。まぁここにいる者たちには言うまでもないとは思うがな」

「……。あ~もう、こんなかわいくて憎たらしい妹のクリスマスミニライブがその次の日あるからね!クリスマスボイスももう少しで出るからそっちもよろしく!」

 

 :てぇてぇ

 :ほんと仲良しだよなぁ

 :エモがすぎる

 :この姉妹はほんま

 

「それじゃ、終わりの挨拶は安直なアレでいくよ~」

「「おつまおリリ~」」

 

 :おつまおリリー!

 :おつまおリリでした!

 :リリス先生ありがとー!!

 :黒様また来てねー!

 

夜闇リリス/Yaan Lilith✓:今度はリベンジするからね!!倍返しだ!!

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:楽しみにしているよ




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

110話 クリスマスデート

liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

#黒惟まお #リーゼ・クラウゼ

両名のクリスマスボイス発売開始!

魔王様や魔王見習いと一緒にクリスマスを過ごしませんか?

 

感想は #liVeKROneクリスマスボイス で!

▼ご購入はこちら▼

store.livekrone.com/products/live...

 

『良かった……掛け値なしに』

『ネタバレ出来ないから詳しくは言えないが幸せになれるぞ』

『リーゼちゃん初ボイスとは思えないくらいのクオリティ』

『当日まで我慢……我慢……』

『まお様……好き』

 

 電車に揺られながら販売が開始されたクリスマスボイスの感想に目を通していく。リーゼ・クラウゼとして初めてのボイス作品、ひとまずは好評のようで一安心する。今回、台本も誰にお願いすればいいのかもわからずマネージャーやまお様からも誰か紹介しようかと言われたのだが結局自身で考えたのだ。マネージャーに色々とアドバイスを受けたり収録する際に言い回しなんかの微調整に協力してくれたスタッフには感謝しかない。

 

 ちなみにまお様も協力しようかと手を挙げてくれたのだが……、恥ずかしかったのときちんと完成したものを最初に聞いてもらいたくてお断りしてしまっている。「すっかり立派になって……」と少しだけ寂しそうに笑う彼女には随分と心揺さぶられたがこればっかりは譲れないのだ。

 

 といっても、完成したボイスをまお様が聞いてくれるかは未知数であるしこちらから聞いて欲しいと送り付けるのも気が引ける。恥ずかしいけどちゃんと聞いて欲しいなんて我ながら面倒くさい願望を持ってしまっているなと呆れてしまうがコレはコレ、ソレはソレだ。

 

 そして、当然まお様のクリスマスボイスはきちんと購入済みである。ここが自宅であったなら今すぐにでもイヤホンを装着し彼女と二人きりのボイス空間へと旅立って行っただろう。まぁ収録内容は聞かされていないので、どんな感じかは非常に気になるところであるのだが……。

 

 少しだけ聞いてしまおうか……。いや、甘くとろけるような優しくて……そんな中にも少しだけビターなまお様の魔王ボイスを公衆の面前で聞くというのは危険すぎる。ここはやはりきちんと自室に帰ってからきちんと身を清め、万が一倒れてしまっても大丈夫なようにソファーかベッドの上で聞くべきだろう。もちろん傍らにはSILENT先生描き下ろし黒惟まお抱き枕を用意することを忘れてはいけない。

 

 そんなとりとめのない事を考えているうちに電車が止まり目的の駅についていたことをアナウンスによって知る。平日の帰宅ラッシュというものにはまだ少し早いくらいの時間、乗客もそれほどいなかったのですんなり降りることが出来たがもう少しで乗り過ごすところだった。

 

 今日はレッスンの後、事務所に立ち寄ってから帰宅する予定ではあったのだがたまたま出会ったマネージャーから、まお様のスケジュールが不意に空いてしまった事を聞かされ急遽連絡を取り待ち合わせをしているのだ。先に待っていてくれているはずの彼女を待たせる訳にはいかない。

 

 すっかりクリスマスムードな駅構内を抜け、待ち合わせをしている人々が立ち並ぶちょっとした広場に出て軽くあたりを見回すと目当ての人はすぐに見つかった。

 

「すいません、お待たせいたしましたっ……」

「ううん、全然待ってないよ。おつかれさま」

 

 自然と速足になってまお様の元へと向かうと彼女もこちらの姿が目に入ったようで笑顔で出迎えてくれる。すっきりとしたシルエットのチェスターコートを羽織ったパンツスタイルの彼女はいつにも増して大人っぽく、ダッフルコートにフレアスカートで横に並ぶと子供っぽく見えすぎていないか少しだけ心配になってしまう。

 

「ありがとうございます、急なお誘いになってしまいましたが……大丈夫でした?」

「こっちも急に予定空いちゃったからさ何も無かったら帰るだけだったし、わざわざこっちまで来たってことはどこか行きたいところでもあるの?」

「はい、そのこちらでクリスマスマーケットをやっていると聞きまして……お時間があるならご一緒したいなと」

「あぁ、なるほど。そういえば本場はドイツだったね」

 

 告げた言葉に納得したように頷くまお様。そう、クリスマスマーケットといえばドイツで広く行われているWeihnachtsmarkt(ヴァイナハツマルクト)が世界各国に広まったもの。スケジュールの話を聞いたときにまお様がいる場所のすぐ近くで開催されていることをマネージャーが教えてくれたのだ。

 

「明日と明後日はお互い配信がありますし……その次はライブですから」

「お互いスケジュールキッツキツだもんねぇ。じゃあ今日は二日早いクリスマスデートしよっか?」

「はいっ」

 

 アハハとここ最近とこの先のスケジュールを思い浮かべたらしいまお様が乾いた笑い声を漏らしてから、エスコートしてくれるようにこちらに手を差し伸べてくれる。自然とこういうことをしてくるのがまお様らしいというか……、誘ったのはこちら側であるのだが告げられた言葉に心が高鳴り手を重ねる。

 

「そういえばこうやって二人でデートするのってあの時以来じゃない?」

「あの時……、そうですね」

「まさか、一緒に活動する同期になるなんてねぇ……」

 

 クリスマスマーケットをやっている場所までは駅から少し歩かなければいけないので手を繋ぎながら人の流れに沿って歩いていく。たしかあの時は実際に出会ってからそれほど経っていない頃でリーゼさんと呼ばれていたのだ。思えばあの日、様付けを禁止されたことによってリーゼと呼んでもらえるようになりそれが今日まで続いている。昔を懐かしむように語るまお様であるが、あの時には共にVtuberとして活動することを決意していたと思う。

 

「今日もおねーちゃんと呼んだ方がいいですか?」

「ふふっ、よく覚えてたね。それもいいけど……、音羽(おとは)って呼んで欲しいかな?もちろん様付けはなしで、今更さんもなしだからね?」

 

 記憶の中にあったやりとりを思い出しからかうように告げると、返ってきた言葉にドキリとする。その名はまお様の本名であり、耳にしたのは彼女とマリーナのやりとり中で数度聞いた程度くらいのものだ。

 

「いいんですか……?その、音羽って……」

「まぁ一応ね?あっちはわりとありふれた名前だし、誤魔化しようは沢山あるんだけど。リ……貴女と一緒に居る時は気を付けたほうがいいかなって。うーん……しかしそうなると何て呼べばいいのかな?」

 

 たしかにまおという名は日本人であれば珍しくはない名前であるし、普段のまお様……音羽と黒惟まおとではその姿や声色、口調はよほどのファンでなければ結びつかないだろう。しかし、リーゼ・クラウゼたるわたくし……エリーザベト・フォン・クラウヴィッツは明らかにこの国において少数派である容姿の持ち主として人の目を引くことも多く、そんなわたくしが多くの人前で音羽をまお様と呼んでしまうのは避けた方がいいだろう。

 

「では、エリーとお呼びください」

「わかったよエリー」

 

 あまりに安直だし、略称について詳しい人間が聞けばすぐにリーゼとエリーの関連性に気が付くであろうが、何かまずい事が起きても魔力による認識阻害や暗示などで誤魔化すことはいくらでもできる。だけどせっかく特別な呼び名で呼んでもらう機会なので活用しない手はない。

 

 お店の照明や街頭が照らす道を進んでいくうちにひときわ明るいイルミネーションたちが姿を現す。ついついいつものように呼んでしまいそうになるがぐっとこらえて、内心少し緊張しながら相手の名前を口にする。

 

「あっ、ま……音羽。あれがそうですか?」

「うん、たしかそのはずだよ。ちゃんと見たことは無かったけど結構大々的にやってたんだねぇ」

 

 さすがに故郷で見たマーケットほどの規模ではないがそれでも煌びやかなイルミネーションに飾られた景色というのは懐かしくも感じる。魔王であるお父様は人間界の催しに興味はなさそうであったがマリーナの影響を受けたお母様はこのような催しと場所を好んでいたのでよく連れてきてくれていたのだ。

 

 木造の小屋を模した出店が立ち並んでいて店先にはクリスマスツリー用のオーナメントだったりリース、キャンドルなどといった雑貨が並び、ホットチョコやグリューワイン、ビールなどの飲み物、ソーセージとフライドポテトの盛り合わせやビーフシチューなどの煮込み料理がいい匂いを漂わせている。

 

Reibekuchen(ライプクーヘン)Champignons(シャンピニオン)Flammlachs(フラムラクス)も!音羽っ、Mandeln(マンデルン)もありますよ!」

「えっとごめんたぶんドイツ語なんだろうけど……私にはさっぱり」

 

 出店の中を歩いていくと目に入る物がどれも普段こちらでは見かける物ではなくてテンションが上がっていく。特に食べ物なんかは顕著で思わず音羽に向かってまくし立ててしまい、さっぱり何のことかわからないといった様子の彼女は微笑ましそうにこちらを見ながら微苦笑を浮かべている。

 

「あっすいません……あまりこちらで見かけないものが多くて、ええっと。あれがライプクーヘンで……」

「ふふっ、全部食べ物じゃない。お腹空いてるの?」

 

 ひとつひとつを日本語で言い直したり、どんな食べ物かを説明していると今度は可笑しそうに笑い声を漏らした音羽から突っ込まれてしまう。

 

「えっ、あっその……雑貨はこちらでも見かける物が多かったので……でもお腹も少し……」

 

 言い訳がましく挙げていったものたちがすべて食べ物であったことを説明してみるが、実際店先から漂ってくる匂いによって空腹が刺激されている事は確かなのだ。時間的にもおかしいことはない……はず。

 

「じゃあ、色々食べていこっか。オススメ教えて欲しいな」

「任せてください!」

 

 流石に二人であってもここに立ち並ぶお店の料理すべてを制覇することはできないので、とりあえずは特におすすめの物を二人で分け合って食べることにする。

 

「やっぱりライプクーヘンは外せません!揚げたてをどうぞ!」

「……っ、はふっ。……あっ美味しい。このソース?もしかしてリンゴ?」

「そうです、あんまり甘くなくて合いますよね?」

「うん、ソースでさっぱりしていくらでも食べれちゃいそう、はいエリーも。あーん」

 

 すりおろしたジャガイモを薄めに伸ばして揚げたライプクーヘンはクリスマスマーケットの大定番といっていい。寒空の中揚げたてを食べるのが醍醐味なのだ。ソースとして添えられているリンゴのムースも甘さ控えめでほんのり甘酸っぱく脂っぽさを中和してくれる。音羽も気に入ってくれたようで、上機嫌でこちらにソースをつけたライプクーヘンを差し出してくる。

 

「えっと……あ、あーん……」

「おいしい?」

「……おいしいです」

「んー?あんなにテンション上がってたのに意外と普通だね?」

 

 そんなの音羽にあーんされたうえに、二人でひとつの物を食べているのだ……。それはつまり彼女が口をつけたものを食べているという訳で……。正直久しぶりに食べたライプクーヘンの味を気にする余裕なんて消え失せている。

 

「そ、そんなことないですよ?……。飲み物はどうしますか?マーケットといえばグリューワインなんですが、帰ったら配信ですよね?」

「さすがに酔っ払って配信はねぇ……。晩酌配信だってやる前から酔ってるのはどうかと思うし、ココアとかホットチョコにしとこうか」

 

 たしかに残念だがこればかりは仕方ない。というか、アルコールにとても弱い音羽にこの場で飲ませてしまっては帰ってから配信ができるか怪しくもあるのだ。

 

「へぇ、マグカップもらえるんだって」

「そうですね、向こうだと気に入ったものはそのまま貰えてカップを返したらカップ代が返ってきますよ」

 

 マーケットで飲むグリューワインなんかはマグカップで提供されるが、注文したときにまず飲み物代とカップ代を支払いカップを返すとカップ代が返ってくるような仕組みが一般的だ。もしもカップを気に入った場合はそのまま持ち帰ってもいいしカップだけ購入なんてことも出来たりする。これがお店ごとに色んなデザインがあったり開催した年の刻印なんかが入っていたりするので毎年大量のマグカップを持ち帰る人もいるとか。

 

「ここはカップは返せないけど他のお店でもこのカップで飲み物代だけで飲めるみたい」

「なるほど、そういう仕組みですか」

「といってもそんなには飲めないかなぁ、はいどうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 たしかにアルコールがダメとなると選べるのはホットチョコかココアくらいのように見える、どちらもとても濃厚で甘いだろうから二人で二杯くらいが限度だろう。そんなことを考えながら差し出されたマグカップを受け取り口を付ける。もうさっきのことがあったので今更同じカップで飲み物を飲むなんてことに動揺は見せない。といっても口をつける位置はしっかり反対側にしているしさっきからアルコールをとっていないのにドキドキと胸の高鳴りがなかなか治まってくれない。

 

 そんな中、口にしたホットチョコは今まで飲んできたホットチョコの中で一番甘かった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

111話 #リーゼサンタにお願い

リーゼ・クラウゼ@liVeKROne/26日クリスマスミニライブ!@Liese_Krause 

メリークリスマス!今夜はリーゼサンタが皆様の願いを叶えます!

#リーゼサンタにお願い でお待ちしていますね!

もしわたくしのクリスマスボイスを購入していただいた方で

まだ聞いていらっしゃらない方がいたら先に聞いておくことをオススメします!

 

『ボイスはそういうことだったのか』

『宣伝助かる』

『もうエンドレスで聞いてるんだよなぁ』

『ん?今何でも叶えてくれるって』

『一緒にクリスマス過ごせるだけで十分まである』

 

────

 

【#リーゼサンタにお願い】皆様の願いをサンタになって叶えます!【リーゼ・クラウゼ/liVeKROne】

 

 :待機~

 :ケーキ用意してきた

 :ボイス買ったよ~

 :ボイス聞いてない組はほんと聞いてきたほうがいいぞ

 :どんな願いが叶えられるか

 

「今夜はわたくしが皆様の願いを叶えます!liVeKROne所属の魔王見習いで今日はサンタなリーゼ・クラウゼです。聞こえていますかー?」

 

 :はじまリーゼー

 :聞こえてるよー

 :サンタ帽や!

 :はじまリーゼ!

 :おーそんなんできるんだ

 

 待機画面を開けてリーゼ・クラウゼの姿を配信画面に映すと早速頭にかぶっているサンタ帽子についてのコメントが沢山流れ始める。お披露目をしてから通常配信でも3Dモデルを使用出来るようにはなっていたが、こうやってアクセサリーなどを追加した姿を見せるのは初めての事だ。こういった機能自体はもともと用意されていたらしいが晴れてクリスマスで使用が解禁ということらしい。

 

「ふふっ、ありがとうございます。はじまリーゼ!」

 

 :サンタ帽かわいい

 :かわいいサンタさんだなぁ

 :さすがに服はいつも通りか

 

「このサンタさんの帽子は運営さんからのプレゼントということらしいです、こうやってポンポンが揺れて可愛いですよね」

 

 :おまかわ

 :ナイス運営

 :ありがとう運営

 :運営がサンタさんだったってコト!?

 

 頭を揺らせば画面の中のリーゼも同じようにして、それを追うようにツインテールとサンタ帽子の先についているボンボンが揺れる。さすがに衣装自体を追加というのはなかなか難しいらしいがこういったイベントに沿ったアクセサリーを身につけられるというのは面白いし楽しい気分にさせてくれる。

 

「そうそう、クリスマスボイスも沢山の方に聞いていただけて感想も沢山ありがとうございます!ネタバレにならない程度に内容をお話すると、今日のこの配信の前日譚……みたいなイメージで作りましたので、興味が出た方は聞いていただけると嬉しいです」

 

 :良かったよ!

 :ネタバレ回避助かる

 :リーゼちゃんらしくて良かった

 

    ¥1,100

 ボイス代

 

「あっ、ボイスはこちらじゃなくて……liVeKROneのショップにですね……」

 

 :草

 :それはそう

 :絶対買った上で投げてるゾ

 :税込みで草

 

    ¥1,000

 ボイス良かった代

 

「ですからボイス代は……って良かった代は……ありがとうございます」

 

 :草

 :すーぐそうやってSCで遊ぶ

 :良かった代、とは

 

「ともかく!今日はSNSで募集した皆様の願い事をわたくしリーゼサンタが叶えていく配信ですので、早速届いたものを紹介していきますね」

 

 :はーい

 :楽しみだなぁ

 :どんなネタが来るか

 :わりと大喜利になってた気がするが

 

「まずはこちら」

 

 

リーゼサンタさんへ

友達がほしいです

 

 

 :あっ

 :いきなりヘヴィで草

 :おっ、おう

 :草

 :初手からこれか

 :ネ、ネタやから(震え声

 

「少なくともわたくしはリスナーの皆様はお友達だと思っていますし、きっとここに集まってる方たちもお友達だと思いますよ?」

 

 :そうだぞ!

 :ボッチなんておらんかったんや!

 :クリスマスに同じ配信見てるやつが友達じゃない訳ないよなぁ!?

 

「それにわたくしもまお様の配信に出会う前はほとんど友達と呼べる方はいませんでしたし……同じリスナーとしてSNS上で交流するだけでも立派なお友達だと思います!」

 

 :そうだそうだ!

 :さり気なくカミングアウトしないでもろて

 :古参ならわんちゃんSNSで交流してたかもなのか

 

 社交の場に出ていたり配信をしていると結構な確率で社交的な性格だと思われがちなのだが、実のところ友人と呼べる存在はとても少ないのだ。今でこそ配信を通じてリスナーであったり同じVtuberであったりといった交友関係が生まれているが、昔は城に引きこもって社交の場に出れば魔王の娘として振る舞わなければならず一部の例外を除いては友人というものには恵まれなかった記憶しかない。

 

「ではお次に参りましょう」

 

 

サンタさんへ

おやすみがほしいです

 

 

 :あっ

 :またw

 :夜勤中だから死ぬほどわかる

 

「どうしてこれらを序盤にと思われるかもしれませんが……、本当にこの二つに関連したお願いが多くてですね……。皆様のことが少し心配になってしまいます」

 

 :闇だなぁ

 :草枯れる

 :頑張れとしか……

 :転職、しよう!

 

「せめてそんな皆様を元気付けたり、癒やせるような配信を頑張っていきたいと思います。だから、配信でもアーカイブ視聴でも気軽に遊びに来てくださいね?わたくしたちはいつでも皆様を待っていますから」

 

 :リーゼちゃんがそう言ってくれるだけで頑張れる

 :夜勤ニキ頑張って

 :リーゼちゃんもきちんと休んでね

 :あったけぇ

 :実際配信に救われてるところはある

 

 

リゼにゃんサンタさんへ

ガチ恋リゼにゃんがほしいです!

(ドアップで小首を傾げ照れながら大好きだにゃん♪お願いします!!)

 

 

 :リゼにゃん!!

 :指示細かくて草

 :そういえばお披露目の時はリゼにゃんいたよな

 :リゼにゃんどこ……?

 

「せっかくのクリスマスですし、呼んできますね?」

 

 :お?

 :くる!?

 :リゼにゃん来ちゃう!?

 :クリスマス最高!!

 

 そう言って歩いて出ていくように配信画面からリーゼを上下に揺らして退場させる、配信に慣れた今となってはこんなちょっとしたお遊びもお手の物だ。

 

「リゼにゃーん、リスナーの皆様がお呼びですよ?え?もっと沢山呼んでくれないと嫌だ?リゼにゃんはそんな安いねこちゃんじゃない?……だ、そうです」

 

 :リゼにゃあああああん!!

 :リゼにゃんこっちおいでー

 :ほらチェールあげるからおいで?

 :リゼにゃん!

 

    ¥500

 チェール代

 

「リゼにゃんはそんなチェールなんかに釣られない……にゃ」

 

 :おっ!?

 :耳だ!!

 :釣られてて草

 :おみみ!!

 

 ちらりと配信画面の下からリゼにゃんの頭を少しだけのぞかせる。そこには今まであったサンタ帽子ではなく髪の毛と同じ銀の毛並みにつつまれた猫耳がついているのだ。

 

    ¥2,000

 高級チェール代

 

「うにゃ……これじゃ、リゼにゃんチェールに釣られてるみたいにゃ……ただみんなから呼んで欲しかっただけなのに」

 

 :リゼにゃーん!

 :ちょろにゃん

 :追撃は草

 :チェールまみれや

 

 一度その流れが出来てしまえばノリのいいリスナーたちはどんどんチェール代と称してスーパーチャットを送ってくる。その事自体はとても嬉しいしありがたいのだが、なんだかおねだりしてしまったようできまりが悪い。これ以上引っ張ってしまっては流れを加速させてしまうだけなのでぴょんっと飛び出すようにリゼにゃんの姿で現れる。もちろんガチ恋距離と呼ばれる至近距離なので今やほとんどがリゼにゃんの顔と猫耳で配信画面を占めている状態だ。

 

    ¥10,000

 最高級チェール代

 

「こんばんにゃーみんなのアイドルリゼにゃんだにゃん……って、これじゃあ最高級チェールに釣られたみたいになってるにゃん!?」

 

 :草

 :タイミングぴったりで草

 :これは切り抜かれますわ

 :リゼにゃん策士だな……

 

 リゼにゃんの登場と同時に配信画面に映していたコメント欄には真っ赤な帯に囲まれたコメントが流れていき、名乗りまでしっかりキメたあとに思わず突っ込みを入れてしまう。

 

「これはちがくて……でも本当にありがとうにゃん。たっぷり、リゼにゃんを愛でる権利をみんなに進呈にゃん!」

 

 :やったぜ

 :3Dお披露目配信ぶりか

 :リゼにゃん助かる

 :うちで飼いたい……

 :かわいい……

 

 別にもったいぶっていたわけでもないが、3Dお披露目以来となってしまっていたリーゼ・クラウゼ3Dリゼにゃんの姿。あの時は収録したものを流していただけなのでこの姿で配信を行うというのは初めてだ。頭を揺らせば当然猫耳も揺れて、ニヤリと目を細めて笑ってみせるとなんともいえない悪戯猫感が出ていて我ながら中々かわいいと感じてしまう。

 

 :あーその表情はずるい……

 :ジト目かわいい

 :これはメスガキフェイス!?

 :罵倒してほしい

 :ざぁーこ♥って言って!!

 

「ちょろにゃんとか言ってたけどみーんなの方こそちょろいにゃん♪こんなこと言って欲しいにゃん?ざぁーこ♥」

 

 :ああああああああ

 :ありがとう……ありがとう

 :ざこですううううう

 :破壊力高杉ない?

 

 配信画面に映るリゼにゃんとコメントを見ているとだんだん楽しくなってきて、まるで本当に気まぐれで悪戯好きな猫になったような気分にさせてくれる。ノリノリでリゼにゃんとして振る舞ってはいるが、これはあとで見返したら恥ずかしくてたまらないやつだと考える冷静な思考は封印しておく。

 

「それじゃあ、リーゼサンタにお願いされてたリクエストしてあげるから心して受け取るにゃん」

 

 :●REC

 :BGM消してもろて

 :今日死ぬかもしれん

 :ガチ恋リゼにゃんが来るぞ!?

 

「BGM消せってぇ?リクエストが多いにゃあ……。これでいいかにゃ?それじゃ……。いつも優しく見守ってくれているみんなのことが……大好きだにゃん♪」

 

 :すき

 :心臓止まった

 :最高のクリスマスやなって……

 :これは永久保存版ですわ

 

 リゼにゃんの姿を借りて、語尾のにゃんで照れを隠すように……自身が思うとびきりに甘い声でリスナーたちへの感謝と気持ちを告げる。配信画面のリゼにゃんは小首を傾げ頬を赤らめているがカメラの前にいるわたくしもきっと似たようなものだろう。

 

    ¥50,000

 大好きだにゃん代

 

「だーかーらー、それじゃあ。まるで、言わされてるみたいになっちゃうにゃー!!」

 

 :草

 :だからタイミングよwww

 :気持ちはわかる

 :エモい空気ないなった

 :ずっこけたのもちゃんと反映されてて草

 

 せっかく流れかけてたエモい空気が、ひとつのスーパーチャットによって流れを変える。そのタイミングの良さと内容に思わずガクッと椅子からずり落ちそうになったくらいだ。まぁ、ある意味ではいいオチがついてくれたのでそのままリゼにゃんの姿を配信画面下へと下げていき退場させる。

 

「……みなさん、あまりリゼにゃんを甘やかさないでくださいね?」

 

 :かわいいからなぁ……

 :つい……ね?

 :リーゼちゃんのガチ恋距離もほしいなぁ

 :リーゼちゃんも甘やかされたい?

 

 リゼにゃんがいなくなり無人となった配信画面に出ていった時のようにリーゼを横から登場させる。その表情はどこか呆れたような顔をしていて不満げにも見える。

 

「わたくしは別に、甘やかされたいとは思いませんよ?皆様リゼにゃんに夢中のようですし……」

 

 :さりげにガチ恋距離にしてくるやん

 :かわいい

 :リーゼちゃんもかわいいよ

 :リゼにゃんもひっくるめて全部好きなんだよなぁ

 

 リーゼもリゼにゃんも両方、自身であるはずなのにこうやってそれぞれの姿で配信に登場したりリスナーたちと言葉を交わしているとまるで本当にリゼにゃんに嫉妬しているような気がしてくるから不思議なものだ。だから、今度は不満顔のリーゼを配信画面いっぱいに映してみる。

 

「……なーんて、もちろん冗談ですよ?皆様がわたくしのこと愛してくれているのは何よりもわたくし自身がしっかりと感じています。だけど……あんまり余所見をしてしまっては嫌ですからね?……大好きなんですから」

 

 :はい!!

 :リーゼちゃんしか勝たん

 :リーゼちゃんって結構小悪魔だよな

 :大好きだよ!!

 :嫉妬しちゃうリーゼちゃんかわいい

 

 リゼにゃんよりもリーゼ・クラウゼとして話している時の方が素に限りなく近いので、冗談めかして言ってみるもわたくしの顔は真っ赤になってしまっているだろう。どうにも配信となると普段は出さないようにしている面が引き出されてしまっているような気がしてならない。

 

「はいっ、じゃあ。皆様からのお願いどんどん叶えていきますからね!」

 

 

そろそろホラゲー配信がみたいです……

リーゼちゃんの悲鳴をください

 

 

 :わかる

 :リーゼちゃんのホラゲ配信でしか得られない栄養がある

 :悲鳴がプレゼントとかいう字面よ

 :サイコかな?

 

「……わかりました。なにか良い物がないか探しておきますね……」

 

 

リーゼちゃん抱き枕ください!!

裏面はリゼにゃんがいいです!!

 

 

「わたくしの抱き枕ですか……?それは需要があるのでしょうか……」

 

 :ありまくりだが!?

 :もしも出たらまお様抱き枕と並べるんだ……

 :出来ればSILENT先生描き下ろしで!!

 

「一応、運営さんに相談してみますね」

 

 :やったぜ!

 :受注でおなしゃっす!!

 :これはナイスすぎる

 

 

罵倒をください!!

 

 

「その……本当にそんなお願いでいいんですか?……そんな、わたくしの罵倒なんかを欲しがるなんて。……本当に救いようのない愚か者ですね。そんなアナタを愛してあげられるのはわたくしくらいなものですからね?わかったら、ありがとうございますリーゼ様……ですよ?」

 

 :ありがとうございますリーゼ様!!

 :ありがとうございます!!

 :リーゼ様!!

 :一生付いていきます!!

 

……

 

 純粋なお願いからネタじみたものまで、リスナーたちのお願いをできる限り叶えていくうちにそろそろ配信も終わりの時間が近づいてくる。途中ちらっとSNSの配信タグである『#リーゼサンタにお願い』を覗いてみたが、更新すればするほど新しいものが出てくるような状態だ。そのおかげもあってトレンドにも上がってくれているようですべてを紹介していればこのまま年明けまで配信し続けられるだろう。

 

「まだまだたくさん皆様のお願いはあるのですが、次でご紹介するのは最後になってしまいます……。ですがすべてきちんと目を通してお願いを叶えられるように頑張ります!」

 

 :おつかれさま!

 :リーゼサンタさんありがとう!

 :最後はどんなのかな

 :結構な長丁場になったなぁ

 

 

リーゼサンタさんへ

リーゼちゃんが楽しく配信や活動している姿が何よりのプレゼントです

 

 

 :それはそう

 :ほんとそうだよな

 :これはリスナーの鑑

 :クリスマスじゃなくてもいつもプレゼントもらってるよな

 

「他にもたくさんこのような温かい言葉があって、本当に嬉しかったです!わたくしの方こそ皆様からは貰ってばかりで……少しでも配信や活動を通じてお返しできてればいいのですが」

 

 :こっちこそもらってばかりなんよ

 :配信してくれてるだけで嬉しい

 :リーゼちゃんいつもありがとう

 

 最初にこのメッセージを読んだ時も嬉しくてたまらなかったが、こうやって配信で紹介して直接コメントの反応を目にすると色々な感情がこみ上げてきてしまう。温かい言葉に温かい気持ちは魔力としてきちんとこちらに届いている。だから、わたくしもとびきりの祝福を魔力に感謝と願いを込めて解き放つ。

 

「だから最後にわたくしから、皆様に祝福をお返しいたします。皆様がどうか幸せであるように……つらいことがあってもわたくしが付いています。今日のわたくしはリーゼサンタですから!」

 

 3Dお披露目でまお様が見せた奇跡のような祝福には届かないかもしれないが、それでも言葉は……気持ちは届けることはできる。それに今日はクリスマスなのだ、そんな奇跡を願ってみるのもいいだろう。

 

「……明日はわたくしとまお様のクリスマスミニライブがあります!そちらも楽しみにしていてくださいね?」

 

 :とうとうまお様と3D共演かー

 :楽しみすぎる

 :絶対見に行くよー!

 :クリスマスはまだまだ終わらないぜ!

 

「わたくしもとっても楽しみです!それでは最後はおなじみのご挨拶で……おわリーゼ!」

 

 :おわリーゼ!

 :おつかれさまー!

 :ありがとー!

 :おわリーゼ~!

 

Liese.ch リーゼ・クラウゼ✓Fröhliche Weihnachten!(フローリッヒェ・ヴァイナハテン)




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

112話 魔王のクリスマスASMR

黒惟まお@liVeKROne/26日は3Dクリスマスライブ! @Kuroi_mao 

今宵はかねてよりリクエストの多かったASMR配信を行おうと思う

色々と教わったが初心者なのであまり期待はしないでくれ

クリスマスボイスを購入して当日まで聞くのを我慢していた者は

先に聞いておいた方が楽しめると思うぞ

 

『今夜のASMRはボイス世界線って訳か』

『相変わらずSILENT先生の脚本が良すぎる』

『配信と連動してるのいいな』

『この前のコラボも良かったし期待しかない』

 

────

 

【ASMR】クリスマスは共にゆっくり過ごそう【黒惟まお/liVeKROne】

 

黒惟まお【魔王様ch】さんによって固定されています

黒惟まお【魔王様ch】✓ 今回おふざけはなしだからな

 

 :固定コメ草

 :真面目宣言じゃん

 :自ら逃げ道を塞いでいくのか

 :ガチじゃん

 :先生の指導の賜物やな

 :その覚悟受け取った

 

 リリスから借り受けたダミーヘッドマイクを前にし、はじめて一人でのASMR配信をはじめるべく一度大きく息を吸って緊張を解きほぐすように吐き出す。今目の前にあるのはモアイじみた頭の形をしたQu100というダミーヘッドマイクで、リリス曰く壊れたとき用の予備マイクで動作テスト以外はほとんど使っていないものらしい。

 

 さすがにモノの値段が値段なのでそんな新品同然のものを借りるのは気が引けてしまったのだが、使い込んでいる方を貸すよりは彼女自身も助かると言われてしまっては素直に借り受ける他なかった。

 

「こんまお、聞こえているだろうか?」

 

 :きちゃ!!

 :こんまお!

 :おーなんかいつもとちがう

 :さっそくバイノーラルマイクか

 :こんまお~

 

 マイクから少し離れた正面から普段と同じくらいの大きさとトーンで話すと、モニターしているイヤホンからはそのままの距離感で自身に話しかけられてるように聞こえてくる。

 色々とリリスからは接続する機器や設定なんかについての相談にも乗ってもらったが、バイノーラルマイクといえど中身はコンデンサマイクであるので手持ちの機材でなんとかなったし、設定の方もさほど苦労することなく整えることができた。

 

 ……といってもこれは配信に載せる音声であり結局は配信サイトによってどんなにこだわっても一定以上はそれなりに調整されてしまうので、音声作品用の収録も行っているリリスほどにガチガチに調整しているという訳でもないのだ。

 

「きちんと聞こえているようだな。では改めて……今宵クリスマスは我に付き合ってもらうぞ、liVeKROneの魔王、黒惟まおだ」

 

 :やっぱいつもより近く感じるな

 :ほんとに目の前にいるみたい

 :まお様メリークリスマス!

 :今年もまお様とクリスマス嬉しいよ

 

「メリークリスマス。リリスとのコラボで聞いた者も多いとは思うが、今年のクリスマスはリクエストが多かったバイノーラルマイクを使ったASMRという形で配信していく。楽しんでもらえれば幸いだ」

 

 :やったー!

 :助かる

 :この日を待ち望んでいた

 

「では……耳に触るぞ……。前半は少し雑談をしながら、後半はよりASMRらしく会話は少な目でやっていくから眠ってしまっても構わないからな。……それと予め言っておくが、今宵は我とお前……二人きりのつもりで話しかけるからな」

 

 :はーい

 :まお様と二人きり……

 :あぁそれ気持ちいい……

 :がんばって起きてないと……

 :それめっちゃ嬉しい

 

 両手を耳に添えてまずは優しくマッサージするように指先で刺激を与えていく。自然とマイクまでの距離も近づいているので声も囁くように控えめに抑える。普段の配信ではリスナーたち複数人を相手に喋るものだが、こうやって目の前にダミーヘッドマイクがあってそこに向かって話しかけるのでいつもとは勝手が違ってくる。それにそうした方が、よりそこにいるような感覚を与えることが出来るものだとリリスは熱弁していたが……たしかにその通りだと思う。

 

「ん……、ちゃんと気持ちいいか?我なりに少し練習もしてみたんだが……」

 

 :あーいい感じ

 :練習の成果出てる

 :気持ちいい

 :癒される~

 

「クリスマスに……こうやって、いると……。なんだか、不思議な気分だな……」

 

 :たしかに

 :一緒に過ごせて嬉しいよ

 :まお様の声落ち着く

 :やっぱりいいなぁ

 

「では……そろそろ、道具を使って耳を綺麗にしていくぞ」

 

 手の動きを止めいったん耳から指を離す、囁きかけながらずっと指先を動かしていたせいかほんのりと熱を持っているような気がする。今回、私の周りにはリリスからおすすめされたり実際に使っていた道具などがひと揃え準備済みだ。その中からいたってスタンダードな竹の耳かきを手に取って再びマイクの耳へと向き直る。

 

「まずは……、竹の耳かきだ……。痛かったりしたら言うんだぞ?」

 

 :あーそこいい……

 :入ってくるぅ

 :もっと強くお願い

 :いい感じ

 

「かり……かり……、ふふっ気持ちよさそうにされると我も嬉しくなってしまうな」

 

 実際に誰かにしてあげるように外側からゆっくりと耳の内側を刺激していく。その刺激はイヤホン越しにこちらにも返ってきて思わず目を細めてしまう程度には気持ちがいい。

 

「実は今日はな?明日のクリスマスミニライブのリハーサルがあったんだ」

 

 :ほう

 :ライブ楽しみー

 :おつかれさま

 :何歌うか楽しみ

 

 明日に控えたリーゼとの3Dクリスマスミニライブ、今日はそのリハーサルをリーゼと共に事務所のスタジオで行ってきた。リハーサル自体は何事もなく順調に進んだし明日お披露目するあれこれがとても楽しみだ。

 

「歌ももちろん歌うがそれ以外にも色々とやる予定だから楽しみにしておいてくれ」

 

 :歌だけじゃないんだ

 :気になるー

 :楽しみが増えたぜ

 

 その内容までは言えないが明日のライブはただ歌って踊るだけのものではなく色々な企画が準備されているし、せっかくliVeKROne所属の二人が3Dで揃うのだからとスタッフたちも張り切って準備してくれている。ただ……一部、私達二人にも内容が知らされていない企画もあるっぽいのが気になるところではあるのだが……。

 

「よし……。じゃあ息吹きかけるぞ……ふぅー」

 

 :耳ふぅほんと好き

 :あぁ~^

 :あったかい

 :やさしい耳ふぅ助かる

 

 一通り耳かきによる刺激を与え終え、いったん区切りとして耳に顔を寄せてやさしく息を吹きかけてあげる。この息ふぅもなかなかいい音にならなかったり、強弱の加減が難しく思ったようにならないこともあるのでもっと練習が必要だなぁと感じてしまう。

 

「次はタッピングだな、我はこれが結構好きなんだ。とん……とん……」

 

 :わかる

 :タッピングは聞いてると眠くなってくる

 :心地いいよなぁ

 :あかん寝そう……

 

 トントントンと一定のリズムで耳だったりその周りに刺激を与える行為はタッピングといい、これもまた耳掃除と並んでASMRにおける人気の施術のひとつである。その刺激に合わせてオノマトペを囁きかければその効果は更に高まっていく。この単純で一見何の工夫もいらなそうに見える行為であるが、刺激のタイミングだったり速さや強さなど……好みは人それぞれなのでそれも難しい。

 

 ただ、その分ハマってしまえば何も考えずにただその音や声を聞いているうちに瞼は重くなり、いつの間にか眠ってしまいそうになるのだ。

 

「眠ってしまってもいいと言っただろう?ただ、ベッドにまで運ぶ事はできないから寝そうになったらきちんとベッドに入るんだぞ?」

 

 :ベッドまで運んでー

 :まお様も少し眠たそう

 :一緒に寝よー

 :ふわふわまお様になりつつある

 

「そうだな……、今日は出来ないが共に横になって寝かしつけるというのもいいかもしれないな。しかし、そうなると我が先に寝てしまう可能性が出て来てしまうが……」

 

 :寝落ちASMRええやん

 :添い寝ASMR聞きたい

 :寝落ちはなぁ

 :まお様って寝言とか言う方?

 

 今の配信部屋であるならマイクと共に横になることは可能だし布団を持ち込めば寝ることも可能だろうが……。その場合いったい誰が寝てしまった後配信を止めるのかという問題が出て来てしまう。さすがに寝落ちのまま配信を放置してしまうというのは怖くて出来ない。

 

「寝言か……?何かを言っていると言われたことはないが……。もしかしたら自身では気づいていないだけで言ってるかもしれないな」

 

 :録音アプリとかあるよね

 :なかなか自分じゃ気付かないよね

 :録音系は結構怖い

 :夢の中でも配信してそう

 

「確かに夢の中で配信していることはよくあるな、夢の中で最後まで配信をしてしまった時は夢だったのか現実だったのかわからなくなってアーカイブを確認したこともあったぞ」

 

 :相変わらず配信モンスターやなって

 :まお様らしい

 :それでアーカイブ残ってたら怖くね?

 :胡蝶の夢かな?

 

 しかし考えてみれば最近はあまりその手の夢を見なくなったような気がする。一番見ていたのは仕事で疲れて帰ってきて配信が出来ない時期が続いてた頃だったので、毎日のように配信が出来ている今は欲求が満たされているからかもしれない。

 

「……っと、少し話す方に意識を向けすぎたな」

 

 :耳元でお喋りされるのも良き

 :まお様の声好きだから助かる

 :ひたすら囁きASMRとかも聞いてみたい

 :朗読とかしてみてほしい

 

「この声が好きだと言ってもらえると嬉しいよ、その……あまり可愛げがある声ではないだろう?ASMRには向かないかとも思っていたのだが……」

 

 :かわいいが?

 :かっこかわいい!!

 :そういうところがかわいいんだよなぁ

 :低めな声のASMRってあんまりいないからいいんよ

 

「今日のお前はいつになく褒めてくれるじゃないか……いや、すまない。これは照れ隠しだな……ありがとう」

 

 :かわいい

 :そっちこそ素直やん

 :それ耳元で言われたらあかんて……

 :はぁ……好き

 

 ついつい、いつものように照れ隠しの言葉を紡いでしまうが、それは違うかと緩く首を横に振って訂正する。せっかく素直に褒めてくれているのだからこちらも素直に受け取らなければ失礼というものだ。

 

「それじゃあ、この声がよく聞こえるように……もっと耳を綺麗にしてやらないとな。その後好きなだけ、耳元で囁いてやろうじゃないか」

 

 :今日死ぬかもしれん

 :お願いします!!

 :天国か?

 :まお様が寝るまで囁いてくれるって!?

 

……

 

「ふぅ……これで一通りは終わりだな……。かなりすっきりしたんじゃないか?」

 

 :まじでもう寝そう

 :ほんと気持ちよかった……

 :まお様かなり上手やん

 :綿棒グリグリほんと良かった

 

 綿棒に耳ブラシ、ジェルボールにオイルマッサージと一通りの施術が終わったころには心なしかコメントの流れも穏やかになった。この分だと何人かは寝落ちしてしまっているのではないだろうか。

 

「では、約束通り。あとは寝るまで好きなだけ囁いてやろう……、だから安心して眠るといい。好きだぞ……愛してる……おやすみ……」

 

 そこからはただひたすらに思いつくままの言葉を耳元で囁きながら、本当に寝落ちしてしまうギリギリまで配信を続けたのであった。

 

……

 

黒惟まお【魔王様ch】✓:よい眠りを……メリークリスマス




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

113話 #liVeKROneクリスマスパーティ①

liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

今夜は20時から1日遅れのクリスマスパーティ!

#黒惟まお #リーゼ・クラウゼ 両名によるライブ配信を行います☆

歌あり企画ありのパーティで一緒に盛り上がりましょう!

感想は #liVeKROneクリスマスパーティ で!

 

▼待機所はこちら▼

vtu.be/HlrJroe2

 

「まーおさまっ!」

「なあに?」

「ふふっ……呼んでみただけです」

 

 モーションキャプチャースーツに身を包みカメラの前に立ち、いくつも並んだモニターのひとつで自身の姿を確認していると横合いから弾んだ声で呼びかけられそちらへと顔を向ける。その視線の先には同じような出で立ちで嬉しくてたまらないといった表情を浮かべているリーゼが居て、チラチラとモニターに映る黒惟まおとリーゼ・クラウゼの姿を横目に見ては悪戯っ子のように笑みを向けてくる。

 

 今日はお互いのクリスマス配信も無事に終わったということでliVeKROneのクリスマスミニライブ配信の日。3Dお披露目配信はそれぞれやりたい事がありすぎたため共演を見送ることにしたがこのクリスマスミニライブ配信でようやく初めての3D共演が叶うのだ。そのこともあってか、リハーサルからここまでずっとリーゼは時折私の名前を呼んでは嬉しそうに笑みを浮かべ、モニターに映る二人の姿を眺めるということを繰り返している。

 

「もう、……今日何回目?」

「まお様はこれまで何回呼吸したか覚えていますか?」

「そんな某吸血鬼じゃあるまいし……」

 

 というか、悪戯に私の名を呼ぶ事と生命維持に絶対必要な呼吸という行為を同列に並べていいものなのだろうか……。そう思いつつも、私達のやりとりはしっかりとカメラで撮影されているようで「カメラの前では七回目ですよー」というスタッフの声が少し離れたところから聞こえてくる。

 

 これ絶対あとでオフショットとか言って公式にアップされるんだろうなぁ……。

 

 これまでだってお披露目配信のリハーサルの様子がお披露目後ちょくちょく公式SNSアカウントによって公開されていたり、ちょっとしたNGシーンも晒されてしまっているのだ。まぁ無論、公開前には確認の連絡は来るしそれを断るほど野暮でもないのだが。

 

「ほーら、最終確認するよ?今日は結構長丁場なんだから」

「はーい」

 

 浮かれっぱなしのリーゼの肩に手を置いてそれぞれの立ち位置に戻るように促せば、軽やかな足取りで持ち場へと戻っていく彼女。今日の配信はすべてがリアルタイムであり、収録済みのものを流してその間に休憩……なんてことは出来ないのだ。当然、リハーサルにかかる時間もそれ相応に長い。

 

 ほんと元気なんだから……。

 

 そんな長時間のリハーサルにも関わらず、当のリーゼといえばいつも以上にテンション高く元気いっぱいである。時折見せるそんなキャラクターだったろうか?と首を傾げたくなるような言動からは共通の友人である桜龍(おうりゅう)サクラ子の影響が見え隠れしているような気がしてならない。

 

 ただ、まぁ……。あれは私に心配させまいと振舞ってくれているんだろうなとは薄々感づいてはいる。無論初めての3D共演という共に待ち望んでいた事への期待感というものもあるだろうが、私が3Dお披露目配信で起こしてしまったあの騒動は未だに心の奥底で尾を引いているのだ。

 

 もし、また私が気を失うような事態に陥ってしまったら……。

 

 そんな不安はどうしたって拭い切れていない。またもう一人の黒惟まおがなんとかしてくれるかもと考えるのはあまりに楽天的すぎるし、あの性格の悪そうな彼女(わたし)の事だ「前回は配信を無事終えることを言葉尻でも請け負ってしまったから仕方なく出張ってやったのだ」とかなんとか言い出しかねない。

 

「では、最後に後半流していきまーす」

 

 スタッフからの掛け声を合図に、陥りかけていた思考の底から意識を引き上げちらりとスタンバイしているリーゼへと視線を向ける。今回は前回と違って色々と対策済みであるし、何よりすべての事情を知っている彼女がすぐそばに居てくれる。

 

 まぁそう言うとなんとも他力本願で情けなくなってしまうが……。私の視線に気付いたらしい彼女がこちらに向けてくれる笑顔を見れば、そんな思いも……不安も消し飛ばしてくれるのだ。

 

────

 

【#liVeKROneクリスマスパーティ】1日遅れ?クリスマスはこれからだ!!【黒惟まお/リーゼ・クラウゼ】

 

 :待機ー

 :今日もクリスマスだ、いいね?

 :延長戦だー!!

 :とうとうまお様とリーゼちゃんが3D共演か

 :楽しみすぎる

 :公式があげたリハ動画てぇてぇすぎる

 :ライブと企画って何するんやろ

 

「はぁ……今年はサンタさん来てくれないのでしょうか……」

 

 :お?

 :きちゃ!

 :なんか始まった

 :リーゼちゃん?

 

「liVeKROne所属の魔王見習いVtuberとしてデビューしてもう三か月……とってもいい子にしていたはずなんですが……」

 

 :もう三か月かぁ

 :あっという間やったな

 :これってもしや

 :なんかこの展開聞き覚えがあるぞ

 

「はぁ……今年もなんとかクリスマスを乗り切ることが出来たか……まったく、人手不足だと言っているのに増員はされないし割り当てはそのままだしで上は何を考えてるんだ……」

 

 :なんかいきなり世知辛い話しはじめたぞ

 :あっまおサンタだ

 :やっぱりこれって……

 :ドブラックやんけ

 

「えっ!?確認ミスでとある女の子にプレゼントが届いてない……?いや……それはうちの部署の担当じゃ……。わかりましたよ……いきますよ」

 

 :人手不足によるミス……うっ頭が……

 :あるある

 :まお様こういう貧乏くじ引くの得意そう

 :残業……終電……うっ頭が……

 :俺たちは何を見せられてるんだ

 

「ここがその女の子の家か……って、しまった肝心のプレゼント引継ぎされてないじゃないか……」

 

 :プレゼント引継ぎミスしないでもろて

 :プレゼントって引継ぎされるもんなんだな

 :手ぶらはまずいですよ

 :この会社?ダメそうですね……

 

「その美しい声はサンタさん!?来てくれたんですね!」

「あっ、いや……我は、通りすがりの魔王だ」

「そんな立派な帽子をかぶっているのに?」

「これは……そう。クリスマスパーティの帰りなのだ」

「クリスマスは昨日だったのに?」

 

 :草

 :魔王はそんな通りがからない

 :メメタァ……

 :前提覆さないでもろて

 

「ぐっ……、ならば仕方あるまい……娘よ、我がサンタの代わりに望むものをくれてやろう」

 

 :唐突な魔王ムーブ草

 :サンタどこいった

 :世界の半分くれそう

 :そんなんリーゼちゃんに聞いたら……

 

「まお様ください」

「えっ」

「黒惟まお様をください」

 

 :知ってた

 :知ってた

 :そうだと思ってた

 

『こうして魔王見習いの娘とブラックサンタバイトの魔王は末永く幸せに暮らしましたとさ』

 

 :イイハナシダナー

 :バイトだったのかよ

 :バイトなのに残業……

 :お幸せに!

 :おめでとう!

 

「黒惟まおと……」

「リーゼ・クラウゼの・クラウゼの」

「「liVeKROneクリスマスパーティ!!」」

 

 :いえーい!!

 :この流れラジオクローネじゃねーか!!

 :俺たちが見せられてたのはラジオクローネ3Dだった……?

 :実質ラジオクローネ

 

 ここまで寸劇をやりきってようやく待機中から表示されていたクリスマスパーティの待機絵から黒惟まおとリーゼ・クラウゼが並び立つ玉座の間へと配信画面が切り替わる。

 

「いや、我らの3D初共演がこんなスタートでほんとに良かったのか?」

「3Dお披露目配信なんかがあって、前回のラジオクローネから随分間が空いてしまってしましたし。ラジオクローネ劇場にも大量のクリスマスネタが届いていたので……3D共演に関してもラジオクローネ3D版をという声も多かったみたいですよ?」

 

 :それはそう

 :ラジオクローネ3Dは確かに見てみたい

 :公録みたいな感じならいけるか

 :今度ちゃんとしてもろて

 

「それはまぁ、後々検討するとして……。まずは挨拶をしなければなるまい、初めて我らの姿を見ている者もいるかもしれないからな」

「そうですね!ではまお様からどうぞっ」

「今宵は我らのクリスマスパーティに付き合ってもらうぞ。liVeKROne所属の魔王黒惟まおだ」

「おなじくliVeKROne所属の魔王見習いリーゼ・クラウゼと申します。皆様メリークリスマス!」

 

 :メリクリー!

 :1日遅れでメリクリー!

 :きゃーまお様ー!!

 :こんまお!

 :はじまリーゼ!!

 

「こんまお。まぁあんな始まり方をしたが、我とリーゼ二人が3Dで共演するのはこれが初めての事だな。どうだ?感想は」

「はじまリーゼ~。それはもう感動で打ち震えています!!やっと!!まお様とこの魔王城に降り立つことが出来たのです!!本当に夢のようで……最高のクリスマスプレゼントです!!まお様はいかがですか?」

 

 :義務こんまお助かる

 :とってつけたような挨拶助かる

 :おめでとう!!

 :ずっと待ち望んでた

 :リーゼちゃんおめでとう~

 :お幸せに~

 

 まるで舞台女優かのように全身を使って喜びを表現しつつ本当に身体をプルプルと揺らしているリーゼ、だが果たしてそこまで配信上でわかるかは微妙なところだ。それでも、その様子は誰が見たって祝福してあげたくなるようで流れるコメントはどれも暖かい言葉ばかりだ。

 

「我にとっても念願の3Dだからな。一人ならまだしも同期として誰かが隣にいるというのはとても不思議な感じだよ、もし一年前の我がこの状況を見たらどんなに驚くことか」

 

 :たしかに

 :去年のクリスマスも大変だったけどw

 :もうあれから1年かぁ

 :わんちゃん3Dはあるかなぁと思ってた

 :企業所属からの3Dは読めなかった

 

 たしか去年のクリスマスは普通に平日であったし、その前後も特にお休みという訳でもなかったのでささやかにリスナーたちと祝った記憶があるが……。いや、急遽どうしても外せない残業が入ってしまってクリスマス中に仕事を終えてから帰宅して配信開始できるかどうかという奇妙なチキンレースが開催されたんだったな……。

 

 ちなみに結果は終電逃してタクシーまで使ったのに間に合わなかった……。

 

「たしか、クリスマス帰宅RTAしてましたね!!」

 

 :なつかしいなぁ

 :なにそれw

 :タクシーの中でSNS実況してたやーつw

 :結局間に合わなかったんだよなぁw

 :再走はよ

 :当然のごとく見てたのかリーゼちゃん

 

 恐るべし古参リスナーである。




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

114話 #liVeKROneクリスマスパーティ②

【#liVeKROneクリスマスパーティ】1日遅れ?クリスマスはこれからだ!!【黒惟まお/リーゼ・クラウゼ】

 

「……ともかく今年はきちんとクリスマス配信も出来たし、こんな風にリーゼと一緒に3Dクリスマスライブまで出来て沢山のプレゼントを貰っている気分だよ」

「わたくしもただのリスナーとしてではなく魔王見習いVtuberとして皆様と一緒に過ごす事ができるのはとても嬉しいです!」

 

 :二人が3Dで並んでるのを見れるのがプレゼントまである

 :それぞれのクリスマス配信も良かったなぁ

 :まお様ASMRやばかったな

 :リゼにゃん無双だった

 

 このままリーゼやリスナーと共に互いのクリスマス配信のことだったりに話題を広げればいくらでも話せてしまえそうであるが、今日はクリスマスパーティーと題したミニライブ配信なので話してばかりはいられない。

 

「今夜はliVeKROneのクリスマスパーティーということだが、何をするかリーゼは聞いているか?」

「はい!運営からこちらを預かっていますので読み上げますね……。黒惟まおさん、リーゼ・クラウゼさん、メリークリスマス!お二人をliVeKROneに迎えて初めてのクリスマス楽しんでいますでしょうか?無事にお二人の3Dお披露目も出来てスタッフ一同ホッとしております。お二人のお陰でliVeKROneも沢山の方から注目を浴びることになりました。そこで頑張ってくださったお二人に……今回我々スタッフ一同からクリスマスプレゼントをご用意させて頂きました!」

 

 :おっ

 :運営ありがとう

 :プレゼント!

 :なんだろう?

 

「ただし……、普通にお渡ししても配信者として活動されているお二人には物足りないだろうということで。このクリスマスパーティーを通して沢山のリスナーさんたちを楽しませることが出来たらという条件を付けさせていただきます。是非このクリスマスパーティーを盛り上げてくださいね。リスナーのみなさんも是非コメントや#liVeKROneクリスマスパーティをつけた感想をSNS等に投稿して一緒に楽しんでいただければ幸いです。liVeKROneスタッフ一同より。だそうです」

 

 :なるほどね

 :さらっとタグ宣伝してて草

 :一緒に楽しもー!!

 :任せとけ!

 

 リーゼが読み上げている内容は配信画面上にも表示されているが、要するに普段通りリスナーと共に配信を楽しめということである。そんなこと言われるまでもないことだが、プレゼントというご褒美が用意されているとなれば俄然やる気が出てくるのだから人というものは単純なものだなぁと思ってしまう。

 

 ちなみにこのプレゼント、実際にどんなものかは貰ってからのお楽しみということで徹底して隠されている。いくつか現実的なラインで予想はできるが、先にも言った通りもうすでにプレゼントは沢山受け取っているのだ。何が来ても嬉しいものには違いないだろう。

 

「我々も随分と甘く見られたものだなリーゼ」

「はい、まお様」

「そのような条件、我々の前にはないも同然……。リスナー、お前たちも全力で楽しんでもらえると信じているぞ?」

 

 :当たり前!

 :盛り上がっていくぞー!

 :当然!

 :はい、まお様!

 

 煽るまでもなく任せろと言わんばかりにその流れを速くする頼もしいコメント欄、その様子を満足気に眺めてから隣のリーゼに目配せして自然と互いに背中を預け合う。

 

「ではこの歌でこのクリスマスパーティーを始めようじゃないか」

 

 :きちゃ!!

 :おっ

 :この曲は!

 :これから来たか!!

 

 イントロが流れ始めた時点で何の曲か察したリスナーたちの反応を横目に歌い始める。

 

 その曲は初めてリーゼと共に配信でお披露目したデュエット曲。あのときは緊張や不安で震えてしまっていた彼女も今や伸び伸びと私に負けないと言わんばかりに歌声を響かせている。

 

 :リーゼちゃんうまくなったなぁ

 :二人共ほんと楽しそう

 :まお様に負けてないな

 :二人のハモリほんと好き

 :バックに流れてるうたみたのMVもいいなぁ

 

 背中合わせから互いに向き合う形になってようやく見れたリーゼの表情は本当に楽しそうで、自身のパートを歌い終わった際には挑発的な視線までをも投げかけてきた。その成長が嬉しくて、そんな生意気な彼女に負ける訳にはいかないと更に力と気持ちを込め歌い上げる。

 

 :リーゼちゃんのロングトーン!

 :綺麗……

 :まお様が完全に見守る親の目しとる

 

 あのとき見せ場のロングトーンは私が担当したが、今回はパート割を少し変え彼女に譲っている。きっとあの配信とそのあとに投稿した動画をよく見ていたリスナーにとっては新鮮に聞こえたことだろう。

 

 :8888888888

 :やっぱ最高!

 :ライブバージョン最高やなって

 :二人共めっちゃうまくなってた

 

「ふぅ……ということでまずは一曲聞いてもらったが、二人でこの曲を歌うのは久しぶりになるな」

「はい!前は随分と緊張してしまってまお様に沢山助けられましたが……今日は自信を持って歌えたと思います!」

「みなにも近くで見せたかったぞ、途中でまるで煽ってくるような視線を感じたからな」

「えっ、あっ……そんなつもりはなくてですね……成長したわたくしをまお様に見てほしくて……」

 

 :草

 :リーゼちゃんかわいい

 :ドヤ顔する娘

 :完全に親子なんだよなぁ

 :というか自然に手繋いでるの尊すぎる

 

 からかうように言葉をかければ、焦ったように言葉を詰まらせながら弁解をするリーゼ。そんな反応を見せているということは多少なりとも心当たりがあるのではないかと邪推してしまうが、口にした言葉も本当の事なんだろう。そんな様子が可愛らしくて笑みを深めてしまう。

 

「冗談だよ、ロングトーンとても美しかった」

 

 繋がれていた手を離すと一瞬寂しそうな視線がこちらに送られてくるが、その手をそのままリーゼの頭上に掲げるとわかりやすく表情が柔らかくなり少しだけこちらに頭を傾けてくれる。そのまま、ぽんぽんと軽く頭を撫でてあげる。

 

「あっ……嬉しいです……えへへ」

 

 :かわいすぎるやろ……

 :えへへて……

 :キュン死した

 :まお様に頭ぽんされたらこうなるのか……

 

 先程から自然と手を繋いだり、頭を撫でたり配信でのスキンシップを多く取っているのには実は理由がある。それはこうやって触れることによってこまめに魔力をリーゼに送っているのだ。

 前回のお披露目配信で私が倒れた理由は整理してしまえば魔力を貯め過ぎたことが大きな原因であり、今もリスナーたちからの思いが魔力となって私の身に蓄積されている。

 

 それに前回からの経験から気付いたこともあって、先程のように歌い終わったり普段の配信でも何かを成し遂げた際には受け取る魔力量も多くなっているようで、つまりリスナーたちからの思い……魔力は、私の行動によって何か強く心を動かした際にその度合に比例して増減するらしい。

 

 なので配信の節目節目でこのようにスキンシップを取っているように見せかけてリーゼに触れ魔力を送ってしまえば、前回のような事態は避けられるのではないかと考えた。

 

 もちろん、だからって無理矢理に触れ合っている訳でもないし。今の私の手首には新しく用意してもらった魔石がはめ込まれたブレスレッドもあるし、あの時よりも体内にある魔力量はより詳細に把握できるようになっているので安心してこの配信を行えているのだ。

 

「そういえば運営からはパーティを盛り上げるためのミニゲームを用意していると聞いているが……ここには何も見当たらないな?」

「そうですねぇ、といってもここは玉座の間ですから3D配信で行うミニゲームというくらいですからもっと開けた場所に準備してあるんじゃないですか?」

「たしかに言われてみればそうか……では中庭か?」

 

 という風にとぼけてみせるがこのあとは中庭に移動してジェスチャーゲームを行う手筈になっている、せっかくの3Dなのだからやはり身体の動きがあったほうがいいだろうということで定番中の定番ゲームといえばこれだろう。

 

 私がリーゼの頭を撫でていた手をさらに頭上に掲げ指を鳴らす仕草をしてみせればパチンと小気味良い音と共に配信画面が一瞬暗転し、周りの景色は玉座の間から開けた中庭へと一瞬で切り替わる。

 

 :さすまお

 :指パッチン移動ほんとすこ

 :ん?

 :これは……

 :おっ

 

「おい……」

「どうしましたまお様?」

「なぜかとても見覚えのあるものが用意されている気がするんだが」

 

 今私の目の前では配信画面には映っていないが慌ただしくスタッフたちがミニゲームの準備を行っている。ジェスチャーゲームにそんな準備は必要ないだろうし、リハーサルでは見ることのなかったものまで運び込まれて来た時点で、その様子を不思議そうに眺めているのが一人だけだということにようやく気付いてリーゼやスタッフたちにハメられた事を悟る。

 

「ということでミニゲームはわたくしの3Dお披露目配信でサクラ子と対決したツイスターゲームです!!」

「リーゼ……にスタッフ!騙したな!ここはジェスチャーゲームだって言ってただろう!」

「何のことですか?まるで台本があるみたいな事を言うなんて……」

 

 :草

 :まお様サプライズなのwww

 :台本なんてあるわけ……

 :ツイスターの時間だあああああああ

 

 目の前にはばっちり準備されたツイスターゲームのために用意された空間。少し遠くのモニターに目を向ければリーゼの3Dお披露目配信で見たまんまの配信画面が映し出されている。ついでにモニターのすぐ近くに居た顔見知りのスタッフへと視線を向けると気まずそうに顔を逸すが僅かに口元が笑っている。

 

「後で全員覚えておくように……」

 

 :まお様がんばえー

 :ヒェッ

 :これは熱い勝負が見れそうだ

 :リーゼちゃんとスタッフナイスゥ!!

 

……

 

「っ、……あっ」

「えっ」

 

 :えっ

 :あっ

 :ま?

 :www

 :まお様……

 

 騙された形で始まったツイスターゲームであったが、それでもここまでお膳立てされてしまえば勝負に乗るしかない。それにリーゼとサクラ子の対決を見てこのクリスマス配信でもやってほしいというリスナーの声はたしかにスタッフ達にも私にも届いてはいたのだ。

 

 サクラ子相手に一歩も引かずその見事な忍耐力と精神力を見せたリーゼが相手なのはかなり厳しいものがあるが、やるからには全力で挑まなければリスナーたちの期待を裏切ってしまう。

 

 そう思って挑んだツイスターゲームであったが……。序盤も序盤、まだお互いにそれほど触れ合わないうちに……盛り上がるはずのランダムお題を引く前に……あっけなく私は力尽き、情けなく地面に手足を投げ出していた。

 

「あの……まお様……」

「何よ……」

 

 :完全に素で草

 :リーゼちゃん困ってて草

 :この空気どうすんのwww

 :いやーまお様持ってるわwww

 :配信的にはアレだけど配信者としては100点なんだよなぁw

 

 あのリーゼでさえ、今の私に声をかけるのを躊躇い言葉選びに困るほどだ。スタジオに漂うなんともいえない空気に耐えられずうつ伏せのまま脱力する。

 

「その……こういう時もありますよ!ほらっ!リスナーさんたちもすごく盛り上がって……」

 

 :草

 :いや確かに盛り上がってはいるwww

 :違うそうじゃない

 :いまはどんな優しい言葉も刃になるぞw

 

「ふん……せいぜい笑うがいいさ、今ほど駄魔王Tシャツが3Dに実装されてればと思うこともないだろう」

 

 :たしかに

 :実装はよ

 :ポニテも実装してもろて

 :メガネ!メガネ!

 

 しかし、いつまでもうつ伏せのままでいる訳にもいかずのっそりと立ち上がり幽鬼のごとくふらりふらりとした足取りで配信画面外へと出ていく。

 

「まお様!?まって下さいまお様!!」

 

 :草

 :二人して行かないでw

 :よっぽどショックだったんやろなぁ

 :まお様撮れ高とか気にしちゃうから……

 :ある意味おいしかったで

 

 私を追ってリーゼも姿を消すと画面は暗転し、若干想定とは異なるが次の歌のために立ち位置に戻る。というかあんな不意打ちみたいなツイスターゲームをやらせたあとに歌えというのだから、どんなことがあっても動じないと信頼されていると喜んでいいのか微妙なところだ。

 立ち位置に付いたところで恨みがましい視線をリーゼに向けてみるとただただ申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げるものだから、そんな様子が少し可笑しくて思わず笑ってしまう。

 

 さて……、リーゼをいじめるのはここまでにしておいて気持ちを切り替えなくては……。

 次に歌う曲は、色々な意味で覚悟が必要だ。

 

 :!!???

 :まおにゃん!??????????

 :リゼにゃん!!!!!!!

 :きちゃ!!!!!

 :とうとう!!!

 :しかもこの曲!!

 

 暗転が明けると舞台は中庭からダンスホールになっていて、中央にはふたつの影。両方ともに頭上にはぴょこんと特徴的な耳が生えていてお尻からはすらりとした尻尾が伸びている。

 

 伴奏が始まると共にしなやかにリーゼに向かって一礼し、踊りに誘い出すように歌い始める。自由を謳歌する猫らしく、誰にも縛られないこの生活こそが最高に楽しいのだと、この手を取ってほしいと彼女に向かって手を差し伸べる。

 

 しかし、そんな私を一瞥したリーゼはついとつれない態度を取ってこちらから距離を置いてしまう。普段ならばあまり見られないそんな彼女の行動だからこそ、その様が似合っているようにも感じてより魅力的に思えてくる。

 

 フワリフワリと優雅にドレスの裾を揺らしながら、こちらからの誘いには乗ってくれない彼女。だからこそ、誘う言葉にも熱が入り大きな夢を語ってみせるのだ。やっとこちらと目を合わせてくれたのでじっと見つめて微笑みかけると僅かにその瞳が迷うかのように揺れ、また視線を逸らされてしまう。

 

 :これリーゼちゃん顔真っ赤やろなぁ

 :よく冷静に歌って踊れるな……

 :あんなんされたら完璧にメスネコにされるわ……

 :イケメンまおにゃん……いい……

 :まおにゃんに口説かれたいだけの人生、いや猫生だった

 

 引いて押しての駆け引きを楽しむように歌って踊り、くるりとターンすればドレスの裾と共に長い尻尾も遅れてついてくる。そんな様子が楽しくてたまにはこういうのも悪くないなと思ってしまう。

 

 :最高すぎた

 :夢が叶った……

 :ありがとうliVeKROneクリスマスパーティー

 :まおにゃんトレンドで草

 :どんだけ待ち望まれてたのか

 :3Dまおにゃんはほんとに居たんだ!!

 

 思わせぶりなセリフを最後に再び暗転、耳も尻尾も消えてしまった黒惟まおとリーゼ・クラウゼがダンスホールに現れる。

 

「なんだかとても素敵な夢を見ていたような……」

「リーゼ、なんだかぼーっとしてるが大丈夫か?」

 

 :まおにゃんは!?

 :リゼにゃんは!?

 :コラボトークは!?

 :なんだ夢か……

 :夢オチ!?

 

 なんだか歌い終わってから心ここにあらずといった様子のリーゼが心配になって顔の前に手のひらをかざして左右に振ってみる。

 

「にゃっ!?……じゃなくて、大丈夫です!」

 

 :リゼにゃん!?

 :残ってる残ってる

 :にゃ!?

 :草

 

「ならばいいが……、やけにコメント欄がにゃーにゃーうるさいな」

「もしかしたら、素敵なクリスマスプレゼントがリスナーの皆様にも届いたのかも知れませんね」

 

 :最高のプレゼントだった

 :ありがとう……

 :ありがとうまおにゃんリゼにゃん

 :今度はトークも頼む

 

「ところで、いい加減我々にもプレゼントとやらが届いてもいい頃なんじゃないか?」

「たしかに……随分盛り上がったみたいですし。運営さんいかがですか?」

「なんだ、この箱をどうぞ?」

 

 :でっか

 :でかくて草

 :二人すっぽり入りそうやん

 :めっちゃ軽そう

 

 スタッフから呼ばれそちらに向かうとハリボテの箱を渡された。どうやらトラッカーがついているようで受け取り配信画面内に戻ってくると配信画面内には私とリーゼ二人がすっぽりと入りそうなほど大きなラッピングボックスが現れる。

 

「大きいですねぇ……何が入ってるんでしょうか」

「さすがにこの大きさだと綺麗に開けるのは難しいが……って勝手にリボンが解けたぞ」

「というかまお様この箱勝手に開いていきますよ!」

「まさか爆発とかしないだろうな……って煙!?」

「これじゃなんにも見えません……」

 

 :爆発オチ!?

 :真っ白やんけ

 :煙そう

 :玉手箱か!?

 

 プレゼントの内容については本当に二人共何も聞かされていないのだ。先程はリーゼとスタッフに騙されてしまったがこれに関してはリーゼも知らされていないようである。勝手に開封されたラッピングボックスから溢れてきた煙によって配信画面が包まれるがすぐにその煙は晴れいつのまにかラッピングボックスも画面から姿を消している。

 

「何が起きたんだ?」

「プレゼントもなくなってしまいましたし……」

 

 :んー?

 :なんだったんだ?

 :あれ?

 :おっ

 :髪飾り!

 :二人共頭!

 

 いったい何だったのだろうかと二人してあたりを見回してみるが特に変わった様子もなく、少しの間コメント欄もクエッションマークが並んでいたが少しずつ同じ単語がコメント欄を埋めていく。

 

「髪飾り…?ん?……なるほど、運営もなかなか粋なことをしてくれるな」

「まお様!髪飾りが!それにこのモチーフは……」

 

 配信画面全体とコメント欄ばかり見ていたせいで気づくのが遅れてしまったが、よくよく見てみれば画面内の黒惟まおとリーゼ・クラウゼの頭に見慣れない髪飾りが付けられていた。黒惟まおには白をベースとしたものに青宝石が散りばめられていて、リーゼ・クラウゼには黒をベースとしたものに赤い宝石が散りばめられている。それぞれ黒髪に白、銀髪に黒なのでとても映えて見える。

 

「互いのモチーフをそれぞれにといったところだろう、リーゼよく似合っているよ」

「まお様もとてもよくお似合いです……こんな、いつのまに」

 

 :てぇてぇ

 :運営わかってるぅ

 :綺麗だよ!

 :リーゼちゃん泣きそう?

 :いいプレゼントだ

 

 普通に考えれば3Dモデルを作ったときに予め用意しておいたとも考えられるが……。liVeKROneのスタッフがそんな出し惜しみを許すはずがないというのは付き合いの中でよくわかっている。それにこの意匠は間違いなくSIRENT先生……(しず)によるものに違いないだろう。

 

「デザインは我らがSILENT先生だろう?スタッフも静も忙しいだろうに、ありがとうとても嬉しいよ」

「ぐすっ……、ありがとうございます……」

「ほら、泣いてるより笑ってるリーゼの方が可愛いんだから」

「……はい!」

「それになにより、我々を応援し続けてくれているみなのおかげでもあるからな、ありがとう」

「はい!皆様あっての我々ですから!」

 

 :SILENT先生ありがとう!!

 :先生に運営さんありがとう!

 :二人が頑張ってるからだよ

 :こっちこそありがとう!

 

 涙を溢してしまっていたリーゼも私の言葉に力強く頷き、いつもの調子を取り戻す。

 

「さて、こんな素敵なプレゼントを貰ったんだ。これはますますみなを楽しませなくては魔王として、配信者としての矜持が許さぬ」

「わたくしも魔王見習いとして、配信者として同じ気持ちです!」

「我らのクリスマスパーティーはまだまだ終わらぬ!」

 

 :やったぜ!!

 :クリスマスパーティーだー!!

 :盛り上がっていこー!!

 :いえーい!!

 

 現実にはもう終わってしまっていたとしても関係ない。時間いっぱい許す限り……そしてスタッフの好意なのかうっかりなのか、少し時間をオーバーするまでliVeKROneのクリスマスパーティーは続くのだった。




(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

115話 番外編:#liVeKROneクリスマスボイス

※とあるリスナー目線です


liVeKROne【公式】@liVeKROne_official

#黒惟まお #リーゼ・クラウゼ

両名のクリスマスボイス発売開始!

魔王様や魔王見習いと一緒にクリスマスを過ごしませんか?

 

感想は #liVeKROneクリスマスボイス で!

▼ご購入はこちら▼

store.livekrone.com/products/live...

 

 帰宅して一通りの家事も終わらせ、やっと訪れるプライベートな時間。仕事柄、呼び出しや相談の連絡が来ることも多いが……。それはまぁ自分が選んだ業種なのだからと割り切っている。

 それでも、以前の職場に比べて今年転職した会社では突然の連絡に振り回される事が減ったので思い切って転職して良かったな……と思う日々である。

 

 さて……、念のため推しであるまお様とリーゼちゃんのSNSをチェックして配信時間の変更がないことを確認する。二人とも前日には枠立てをすることが多く、事情があって変更がある場合にも早めに知らせてくれるので推し事(おしごと)をする上でも非常にありがたい。

 

 liVeKROneに所属する魔王Vtuberの黒惟まお、魔王見習いVtuberのリーゼ・クラウゼ、この二人が私の推しである。

 

 liVeKROne自体が今年出来たばかりの新規Vtuber事務所であり、まお様は個人勢からの所属、リーゼちゃんは新規デビューという形で活動を始めたのだが。つい先日、念願の3Dお披露目配信も成功させ今もっともVtuber界で勢いのある……というのは贔屓目が過ぎるかもしれないが、そう思えてしまうほどに業界及び世間から注目を集めている自慢の推したち。

 

 もともとは個人勢だったまお様の配信に巡り会い、当時仕事で色々悩んでいたこともあり個人勢で仕事をしながらも配信でリスナーたちを楽しませてくれるまお様の魅力にすぐさまハマっていくことになった。今思えば、残業……まお様が言うに魔王の仕事に追われてる姿を見てどこか自身とその姿を重ねていたのかもしれない。

 

 そんなまお様がliVeKROneに所属するという話を聞いたときは本気で驚いた。普段の配信ではまったくそんな素振りすら見せていなかったというのに水面下で色々と考え、そして動いていたのだろう。私も偶然、まお様の言葉に勇気を貰って転職したばかりだったからなおさらだ。

 

 そしてそんなまお様の同期になることになった魔王見習いのリーゼちゃん。彼女もまお様のファンであり、まお様を追ってliVeKROneからデビューすることになった新人Vtuber。配信活動については全くの初心者だったらしいが、まお様や周りのサポートを受けて今や立派なリスナーたちを楽しませることのできる配信者になっている。

 

 そんなリーゼちゃんをまお様はことさら可愛がっていて、おなじSILENT先生というママを持っている姉妹……、というよりは母娘(おやこ)のように見えることが多い。だからだろうか、彼女自身はかなりしっかりしているのだが私から見てもなんだか娘のような妹のようなそんな印象を強く受けている。

 

 先日の感動的な3Dお披露目配信の余韻から推したちのSNSを眺めながら物思いに耽ってしまったが、早めにアレを聞いてしまわなければ配信が始まってしまう。時間的にはしっかり余裕があるのだが聞き終わった後に感想をSNSに投稿するために何度か聞き返すことになるのだから早いに越したことはない。

 

 liVeKROneから初めて発売された、黒惟まおとリーゼ・クラウゼのクリスマスボイス。そのために仕事も頑張ったし、ボーナスをはたいてかなりいいイヤホンを購入した。ちなみに相談したオーディオオタクには推しのボイスを出来うる限りの最高音質で聞きたいとは素直に言う事が出来ずに、仕事で使う事になるからなんて適当な言い訳を使ってしまったが。

 

 さて……、まお様とリーゼちゃんのボイスどちらから先に聞こうか……。早く聞かなくてはと思いながらも、うだうだと思考に時間を割いてしまっているのはその決断が出来ていないためである。

 

 こうなったら……、最終手段……すべてを運に任せてランダム再生するしかない……。

 

 

──

 

 

『あの……、見ても笑わないでくださいね?絶対ですよ?約束ですからね?』

 

 ガチャリと扉を開けた音が耳に届くが続いて聞こえてくる声は遠くてまるで扉の向こうから聞こえてくるよう。

 

『うぅ……、それは、確かにそうですけど……配信で見せるのとは違うというか……わかりました。覚悟を決めます!もし笑ったら配信でのお披露目はしませんからね!』

 

 普段配信で見せるよりも少し甘えたような声色で躊躇いながらも最後には彼女らしい思い切りのよさで覚悟を決めたようだ。

 

『はいっ、配信でお披露目するサンタ帽です。え?なんでそんなに恥ずかしがってたのかって?だって……このドレスにサンタ帽だけって浮かれてるにしても中途半端というか……』

 

 まぁ確かに彼女の言う通り普段のドレス姿にサンタ帽子がちょこんと乗っているのを想像するとその言い分はわかるかもしれない。でもそれ以上に可愛らしい事は間違いないのであるが。

 

『あっ!今、笑いましたね!……やっぱり可笑しいんですね!もう、かぶりませんっ』

 

 その微笑ましさに笑みを溢してしまったことを指摘されドキリとする。決して彼女の言うような意味で笑った訳ではないのだが……。

 

『ちがう?……かわいい?そんな風に誤魔化してもダメですからねっ。……本当ですか?おかしくないですか?……なら良かったです、わっ。そんないきなり撫でなくても……わかりました。信じますから』

 

 普段の礼儀正しくそつのない彼女も魅力的ではあるのだが、時折見せてくれるようになってきた素……というか、取り繕ってない言動を見せてくれる姿も魅力的だ。それだけ配信を通じて、彼女との距離が近づいたのだと思うと嬉しくなってしまう。

 

『せっかくなら、ちゃんとしたサンタ服も見たかった?わたくしもせっかくならそうしたかったのですが……いえ、でもそれはそれで恥ずかしいですね……』

 

 彼女が着るならどんなサンタ服だろうか。定番で言うならロングのワンピースに上からケープを羽織った姿に今のようにサンタ帽子をかぶった姿を想像してみるがとても似合っている。普段白と青を基調にしたドレスを着ている彼女だからこそ深紅の装いはその美しい銀髪によく映える事だろう。もしくは、少し攻めたミニスカサンタやチューブトップ……肩出しなんて姿も……。

 

『それは来年の楽しみにしておいてください!……もちろん来年も一緒にクリスマスを迎えてくれますよね?……って、まだ今年のクリスマスも終わってないのに気が早かったですね』

 

 まるで上目遣いでこちらを覗き込んでくるようにかわいらしくお願いしてくれたがきっと途中で恥ずかしくなってしまったのだろう、照れ隠しに笑いながらぱっと離れていく彼女。

 

『もちろん。なんて……そんな、即答しなくても……でもありがとうございます。……嬉しいです。……実はもうひとつお披露目、というかクリスマス配信で見せる予定のものがあるんですけど……見ますか?』

 

 思わせぶりにこちらに訊ねてくるところを見るにサンタ帽と同じく、見て欲しいけども恥ずかしいといった手合いなのだろう。そんな風に言われたら答えはひとつしかない。

 

『ふふっ……、そんなに何回も頷かなくても。じゃあ……、少し目を瞑っていてください。良いって言うまで絶対に目を開けてはダメですよ?』

 

 悪戯っぽく笑いながら目を瞑るように言われたので大人しくその指示に従う。

 

『ほんとに瞑りましたか?うっすら見ようとしてませんか?』

 

 不意に声が近づいてきて思わず目を開けてしまいそうになるがそこは我慢……。

 

『こういう時は本当に素直ですよね、そんなところは素敵だと思います。じゃあ……いいですよ?……じゃーん、リゼにゃん。だにゃん……。にゃんちゃって……』

 

 目を開けると同時に少しだけ声のトーンを上げ恥ずかしさを振り払うかのようにリゼにゃんとして振舞う彼女。

 

『……黙ってないでなにか言ったらどうにゃん』

 

 まさかのリゼにゃんの登場に言葉を失ってしまっていた事に不満らしい彼女は吹っ切れているようで堂々と猫語を操っている。

 

『にゃっ!?いきなり撫でるにゃ!!リゼにゃんの綺麗な毛並みが……まぁ気持ちいいから許してやるにゃん……』

 

 ふしゃーと猫パンチされたような音が聞こえるがそれはとても軽々しい音で本気でないことはわかっている。しだいに機嫌よさそうにするところを見るに結構リゼにゃんはちょろい。

 

『クリスマスだから特別にゃん、ありがたく思う事だにゃん』

 

 こうは言っているが声色はとても楽しそうで本人も楽しんでいるんだろう、もしかしたら普段恥ずかしいと思って言えていないこともリゼにゃんの姿であれば素直に言える……みたいな面もあるのかもしれない。

 

『……そろそろ配信の時間も近づいてきたから終わりにゃん、リゼにゃんは可愛くて人気者だから忙しいのにゃ。もっかい目を瞑るにゃん』

 

 少しの間、今にもごろごろと喉を鳴らしそうなリゼにゃんとの触れ合いを楽しんでいると若干名残惜しそうに告げられる。

 

『はい、リゼにゃんタイムは終わりです。わたくしも配信の準備をしなくてはいけないので……』

 

 リゼにゃんから彼女へと戻ったことを確認し瞑っていた目を開ける。この楽しいやりとりの時間もあと少しということだろう。

 

『そんな寂しそうな顔をしないでください。あなたとは配信でも会えるんですから、いつもみたいに笑ってください。わたくしはそんな笑顔のために魔王見習いとして頑張っているのですから』

 

 最初は憧れの魔王様のようになりたいがために活動を始めたが、いつの間にか新しい目標を持ち始めた彼女は言う。

 

『今年のクリスマスだけじゃなく、来年も……再来年もあるんですから。ずっと応援して、見守ってくださいね。わたくしの愛に負けないくらい愛してください。約束したんですから……ね?』

 

 それは3Dお披露目配信で交わした約束の言葉。きっとこれからも彼女とはどんどん新たな約束を交わしていくことになるのだろう。

 

 

──

 

 

『クリスマスにASMR配信をやってほしいって、本当にクリスマスのプレゼントはそんなもので良かったのか?もっと、他にあっただろう。一緒に出掛けたいとか欲しいものがあるとか』

 

 呆れるようにため息を漏らしながら投げやりに他の案を出してくれる彼女。たしかにお願いとしてはそのほうが一般的ではあるだろう。

 

『だって、こうやってお願いでもしないとASMRやってくれないんじゃないか……って?いや、まぁ確かに今まで避けてきたことは認めるが……。それは機材の問題や気持ちの問題であってだな……わかったよ、それについては素直に認める。元々何かきっかけがあればやるつもりはあったから、他の願いも聞いてやると言っているんだ』

 

 心当たりがあったようで口ごもりながら素直に認めてくれるが、それでも彼女の気は晴れないようで新たな提案をしてくる。

 

『はぁ?そんなことでいいのか?いや、まぁ今から何か物を用意したり出掛けるというのも難しいから助かりはするが……。ASMRの予行練習といっても、まだ機材のセッティングが終わってないからただこうやって喋るだけになってしまうぞ?』

 

 再びこちらからの提案に呆れた声色で確認してくるが、こちらの意思が堅いところを感じ取ったのか渋々といった感じで了承してくれる。

 

『我の声が好きだからそれで充分?……本当に物好きな奴だな』

 

 相変わらず呆れたようでいて、それでも少しだけ嬉しそうな響きを混ぜたような優し気な声色。そんな声こそが彼女の持ち味でありいつまでも聞いていたくなるのだ。

 

『じゃあ、まぁ楽にしていてくれ。といっても実際に耳かきをするわけでもないし何を話したものか……何か聞きたいこととかないのか?』

 

 少しだけいつもよりも近い距離感、まるですぐ隣に彼女がいてくれるようなそんな感じがする。

 

『理想のクリスマスの過ごし方?……そもそも我は魔王だからな、あまりそういった人間界のイベントごとには……といってもすっかりこちら側に染まってしまった我が言っても仕方ないか。そうだな、やっぱり家族や大切な人と過ごすのが一番なんじゃないか?我も大人になってからは仕事……、魔王の責務で忙しくて配信者として活動するまでは街が活気付き始めてようやくクリスマスなんだなと意識する程度だったからな』

 

 どこか懐かしさを感じさせるような口調で語る彼女。すこしだけ口が滑りそうになっているところはご愛敬だ。

 

『今はたくさんのリスナーたちと共に過ごせているからな、あの頃を考えれば随分贅沢な過ごし方をさせてもらっていると感じているよ。……それにこうやってお前とも過ごせているんだから文句はないさ』

 

 よりいっそう言葉に嬉しさと優しさが込められ聞いているこちらも同様に嬉しくなってしまう。それに本人は無自覚なのだろうがドキリとさせてくる言葉が付け足されるのはいつものこととはいえ心臓が高鳴ってしまう。

 

『……ん?やけに静かだと思えば……。人に話せと言っておいて眠ってしまうとは……まぁいいさ、それだけ我の隣が心地良いと思ってくれているならそれはそれで嬉しい事だ』

 

 こちらを覗き込んでくるように声が近づいてきて、眠っている事を確認したらしい彼女は少しだけ声のトーンを落としてくれる。

 

『……お前はいつも我の事を考えていてくれるからな。それはずっと感じているさ……ありがとう』

 

 それは彼女がいつもこちらのことを考えてくれるから……。いつも折に触れて彼女は恩義を感じそれをこちらに返そうとしてくれる。だけどもそれはこっちからすれば逆であり、彼女がいろんなものを与えてくれるからこそそれを少しでも返そうとしているだけなのである。

 

『……我はきちんとそれに応えられてるだろうか。こんなことを言うときっとお前は怒ってしまうかもしれないが……我はそれが不安だよ』

 

 今すぐに目覚めて「そんなことはない」と力強く断言してあげたいが、尊大な言葉と態度とは裏腹に謙遜しがちな彼女は素直には受け取ってくれないだろう。ただでさえこういった弱気なところは普段の配信では見せないようにしているところがあるのだ。

 

『なんだ?そんな困ったような顔をして……夢の中でもお前を困らせているのかもしれないな。起きた時にはまたいつもの魔王様に戻っているから、少しだけ甘えさせてもらってもバチはあたらないか……』

 

 やや自嘲気味に呟く言葉も、目の前の相手が寝ているとはいえいつもなら誰かに聞かせるような言葉ではないのだろう。響きがいつもとは違って聞こえる。

 

『いつもありがとう……、お前がいるから我は理想の姿で居られ続けるんだ。だからこれからも、我の事をよろしく頼むよ。どうか末永く共に居て愛して欲しい、我もいつまでもそうしよう』

 

 それは願いのようであり、誓いのような言葉。きっと目を覚ましてしまえば目の前にいる彼女はいつものかっこよくて優しくて可愛らしい魔王様に戻ってしまっているだろう。だから、今聞いた言葉たちはそっと心に仕舞って普段通りに接していこう。きっと、言葉にしなくてもお互いの心は通じ合っているのだから。

 

 

──

 

 

 いや、ちょっと待って欲しい。私の推し達可愛すぎないか?

 こんなん聞かされて平常心でいられるだろうか?いやいられない。なんて反語を持ち出すほどに胸は高鳴り、二人への思いがあふれ出しそうになる。

 

 今すぐこの思いをSNSに感想として書きなぐって投稿したいのだが……、ネタバレを避けつつどう表現したらいいんだろうか。

 

 結局、プライベート用のアカウントに投稿できたのは。ただただシンプルにその良さを伝える短い一文だけだった。

 

良かった……掛け値なしに

#liVeKROneクリスマスボイス

store.livekrone.com/products/live...




年末年始にかけて執筆に時間がとれるか見通しが微妙なので
申し訳ありませんが落ち着くまで不定期更新となります。

(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

116話 始まりの三人

音羽(おとは)ーこれもう持っていっていい?」

「いいよーじゃあついでにこっちもよろしく」

 

 キッチンに立って夕食の支度をしているとひょっこり顔を覗かせたつかさがすでに出来上がっている料理に視線を向け訊ねてきたので、手を動かしながらついでとばかりに今出来たばかりのものも追加でお願いしておく。

 

「ういー」

 

 気が抜けたような返事をしながら料理が乗った皿を手にする前にひとつばかりつまみ食いする彼女であるが……。まぁその幸せそうな表情に免じて許してやろう。

 

「別にこれくらいならあっちで待っててくれてよかったのに、そんなにお腹空いてたの?」

「いや、まぁ。それなりに空いてはいたけどさぁ……。久しぶりすぎる上に二人っきりってのはあたしには荷が重いって」

 

 付き合いの長い彼女ならばそんなことは言わずともわかっているはずだし、間が空いていたとはいえ最近はちょくちょく顔を合わせる機会も増えてきているのでお互い変に気を使うような間柄ではないのだ。

 無論こうやって手伝ってくれるのはありがたいし嬉しいが、彼女にしては珍しく言い淀みなんともいえない表情を見るに手伝いに来たというよりもリビングから逃げてきたという方が正しそうだ。

 

「そんな大げさな」

「いや、まじで。音羽がいないとダメなんだって」

 

 どうせ大げさに言ってるだけだろうと軽く笑い流そうとするが当の本人にとっては笑い事ではないのだろう、その口調と表情は真剣そのものだ。

 

「まぁもう少しで支度も終わるから」

「なるはやで頼むぜほんと……」

 

 両手に料理が乗った皿を持ってキッチンをあとにするつかさを見送り、対人能力において私なんかのはるか上を行く彼女を困らせているらしい人物の事を思い浮かべる。

 

 今日、我が家には二人の友人が訪れているのだ。

 

 ひとりは先程まで話していた全国ツアーを成功させ出したアルバムもチャート上位に輝いている今ノリに乗ったアーティスト天使(あまつか)沙夜(さや)こと天ヶ谷(あまがや)つかさ。

 そしてもうひとりは画集の発売と共にその世界観をもとにマンガ化アニメ化……さらには映画化なんて壮大なメディアミックス展開が発表されている、黒惟まおやリーゼ・クラウゼのデザインも担当している神絵師SILENT先生こと静。

 

 色々あった3Dお披露目配信に始まりクリスマスライブ配信を無事に終えたわずかなフリーな日。そこにつかさから連絡があり忘年会というか色々あった一年を締めようという話になったのが事の始まり。

 当然つかさとならば静も誘うべきではあるのだが基本的に彼女は出不精であり生粋の引きこもり、私から誘っても中々首を縦に振らないのでダメ元で誘ってみたところ私の家ならばという条件付きで集まることになったのだ。

 

 それにしても……つかさと静と私。三人揃うなんて何年ぶりだろうか。

 

 つかさが歌手としてアーティストデビューを果たし、私は私で黒惟まおとして活動しながら就職したこともあって毎日のように顔を合わせていた学生時代とは違ってやりとりもチャットくらいのものになっていたのだが、liVeKROne所属とラジオの共演をきっかけに時折顔を合わせるようになり。

 静に関しても元々ほとんどチャット上でのやりとりが中心でたまに資料収集と称した黒惟まおコスプレ撮影会で彼女の家に赴くことがあった程度。

 考えてみればこうやって三人で顔を合わせるのは高校を卒業した際にせっかくだからと静と初めてオフで会ったとき以来かもしれない。

 

 そう考えると……。本当に時が経つのはあっという間だ。

 

「お待たせ、って二人して何してるのかと思ったら……」

 

 出来上がった料理たちを手にリビングに向かうととても耳馴染みのある曲と歌声が聞こえてくる。結局つかさは静とのコミュニケーションを半ば断念してしまったのだろう。設置してあるテレビでは先日の黒惟まお3Dお披露目配信が流され二人共特に会話することなくその映像を眺めていたのだ。

 

「だってさぁ」

「……」

 

 ため息をつき料理をテーブルの上に並べながら二人の様子を見てみれば、つかさにしては珍しく困った助けを求めてくるような視線をこちらに向けてくるのとは対照的に黒惟まおが歌って踊っている姿を見ている静の表情はとても楽しげでもありこちらに向けた視線はなんだかとても満足げだ。

 

 無言ではあるのだが、その姿を見ればつかさが取った選択は正解だったようにも思える。

 

「つかさも静もせっかく久しぶりに三人揃ったんだから色々と話してればいいのに」

「色々聞いた、まおの事も音羽の事も」

「食いつく話題がそれだけなんだぜ?いくらなんでもトークデッキ切れるって」

「まおのことならいつまでだって語れる、つかさはまだまだだね」

「ほんと相変わらずだよ静は」

 

 料理を並べ終えると指定席とばかりに空けられたつかさと静の間に座り左右からの声に昔と何ら変わりのない関係性を感じて思わず笑ってしまいそうになる。初めてオフで会った日も人見知りでありながら私のことについて根掘り葉掘りつかさから聞き出そうとしてたなぁ……などと思い出してみたり。

 

「静もたまには私以外の話題に興味持ってみるとかさ、ほら。ここに今人気絶頂の天使沙夜もいるんだよ?」

「……、SERAPHIMとラジオ良かったよ」

「それ絶対まお絡みだからだろ、まぁありがとな」

 

 少しの沈黙を挟んで告げられたのは天使沙夜の最新アルバムの名前。どちらにしろ黒惟まお絡みであるのはもうこの際諦めたほうがいいのかもしれない。つかさもツッコミを入れつつ苦笑を浮かべているが嬉しげだ。

 

「それじゃ乾杯しよっか、それにしても私はいつものだけど二人共同じで良かったの?」

「別にそこらへんはあんまりこだわりないしなぁ、たっかいワインとか飲んでもあんまりわからねーし」

「つかさはおこちゃまだから仕方ないよ、私はまおと同じの飲みたいだけ」

 

 私の手にはいつものほのよいの缶があり、二人の前にもそれぞれ同じものが置かれている。私は一缶で十分……というかそれだけで酔ってしまうので必要はないが、二人用に色々な味のものが冷蔵庫で冷やしてある。それに、なんならせっせと某化狐(てんこ)が我が家で行う飲み会の度に持ち込んでくる日本酒やらブランデーやらがいくつかストックされているのだ。

 私と違って人並みには飲めるらしいつかさと、どんなに飲んでも顔色ひとつ変えない静であれば物足りないのではないのかと思うがそこはあまり気にならないらしい。

 

「へいへい、どーせあたしはおこちゃまですよー。でも音羽だってそれでいうならおこちゃまだぜ?」

「まおは私の娘だから間違ってないし」

「……馬鹿なこと言ってないで、ほら」

 

 煽りに対して綺麗に返してやったぜと得意げにするつかさに対しても相変わらずというか何を当たり前のことを言っているんだとばかりに言葉を返す静。基本的に人見知りである静がこうやって煽ったりからかったりする程度には二人の仲も長い月日をかけて構築されているのだ。

 

「……今年は本当にいろんなことがあって、二人にも本当にお世話になりました。私が黒惟まおとして活動を続けられてるのも、新たな舞台に上がれたのも二人がいなかったらこうはなってなかったと思う。だから本当にありがとう。これからも色々迷惑かけちゃうかもしれないけど……私と、黒惟まおの事よろしくお願いします」

「音羽……」

「まお……」

 

 忘年会として集まっているのだから軽く一年を振り返りつつ乾杯でもと思ったが、この際だから素直な気持ちを口にする。黒惟まおはもとよりその前身である動画投稿者であるただの魔王としての活動にこの二人の存在は無くてはならないものだ。それは黒惟まおという配信者になってもliVeKROne所属になっても変わらない。

 

 いつだってつかさの歌声や静のイラストは私の憧れであり、活動に対する活力を与えてくれる。……時にはその途方もない己との差に思い悩んでしまうときもあるが、そんな目標とすべき二人がこんなにも身近に居て慕ってくれているというのはどんなに幸運な事であろうかと最近は特に思うのだ。

 

「というわけで、私も……黒惟まおも二人に負けないから!乾杯!」

「あたしだって二人には負けないからな!かんぱーい!」

「そう簡単に負けてあげる訳にはいかないかな、乾杯」

 

 それぞれの手に持った缶を軽く打ち鳴らし私はちびちびと、つかさは豪快に、静はゆっくりと飲み始める。テーブルの上に並んだ料理はすべて私の手によるものでお酒を飲んでいてもつまみやすいように夕食というよりかはおつまみメニューが中心になっている。

 

「ひっさしぶりに音羽の手料理食べるけどやっぱり美味いよなぁ……」

「私は料理作ってもらいに来てたけどね」

「あたしだってラジオ同時視聴の時にケーキ焼いてもらったし!」

「ふたりともたまには自分で作ったら?」

「音羽がいるから」

「まおがいるから」

 

 謎のマウント合戦にため息をつき投げかけた言葉には全く同じタイミングで同じ言葉が返ってくる。やっぱりこの二人かなり仲いいだろ……。

 

……

 

「ぁふ……ごめん……ちょっと眠くなってきた……」

「あはは、相変わらず本当に酒に弱いのな」

「ベッド行く?」

「やだ……もっと二人と話す」

 

 積もる話をしながらお酒に料理と手をつけているうちにあっという間にほのよいの缶は空っぽになり、ぽわぽわと身体が熱くなってきて気分もそれに合わせて高揚しているのだが、いかんせん目蓋が重くなってきた。今日はこの忘年会のために朝と昼に配信をしたのだがそのせいかもしれない。かといってせっかくの年末だ、普段は見ることができない時間帯の配信にも足を運んできてくれるだろうという思いもあって配信回数も時間も増やしているのだ。

 

「まぁ本当に寝ちゃったらベッドに運んでやろうぜ」

「まおと一緒に寝るのは私だから」

「いやいや、今日泊まるつもりだったのか?」

「もちろん」

 

 面白がって私の頭を撫でるつかさの手の動きに合わせて大げさに頭を振る。それが無性に楽しくて徐々に振り幅を大きくしていくと勢いを止めることが出来ずにそのまま彼女の方へと寄りかかってしまう。

 

「おっと……ほんと大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫」

 

 少しばかり大げさに頭ばかりか身体まで揺らしてしまったので元の体勢に戻ろうとするが、つかさも飲酒しているせいか心なしか体温が上がっているのだろうか顔を見上げてみればほのかに赤く染まっている。

 

「まお、こっちのほうが寝心地いいよ?」

 

 そう声をかけられて静の方へと視線を向ければ両手を軽く広げて受け入れ準備万端な姿。たしかに包容力という面でいえばつかさよりも静の方がありそうな気もする……どこが、とは言わないが。でもその誘いに乗って静の方に言ってしまえばきっとつかさは悲しんでしまうだろう。あまり回らない頭でもそれくらいはわかる。でも……だからといって静の方に向かわないというのもそれはそれで静が悲しんでしまう。

 

 そうだ……!ならこうすればいいんだ。酔っていてもやはり私は冴えているのだ。

 

「静がこっちおいでよ」

「「えっ」」

 

 何故かシンクロする困惑した二人の声。何か私は変なことを言ってしまっただろうか……。二人を喜ばせようと思って言ったのに……。何が悪かったのだろうか。

 

「あーもう、静。いいから来いって……じゃないと面倒だぞコレ

「仕方ない……、ほらそんな悲しそうな顔しないしない」

 

 そんな私の思いが伝わったのだろうか、何事か小さくつぶやいたつかさの声に頷いて静がこちらに寄って来てくれる。これで三人仲良く一緒に寝られる。

 

「静はこっち」

「はいはい」

「そしてつかさはこっち」

「仰せのままに」

 

 なんだか二人とも呆れたようなそんな声色な気がするがきっと二人して照れてしまっているのだろう、かわいい。そんな二人に挟まれているとさっきよりもずっと暖かくて益々目蓋が重くなってくる。

 

「二人とも……ありがとう……大好き」

 

 ぽろっと、もう何も考えていない頭で何事かをつぶやいた気がするが二人の反応を確かめる前に意識が微睡みの中に落ちていった。

 

「ほんと……こういうところだよな」

「ほんと変わらない」

「今日のところは休戦協定ってことで」

「それじゃ、どうする?」

「まぁこうやってくっついてれば風邪も引かないだろ」

 

「「おやすみ」」




明けましておめでとうございます!

なかなか更新出来ずに申し訳ありません。
年末年始に続いてしばらく不定期更新となります。

(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

117話 第四回ラジオクローネ①

黒惟まお@liVeKROne/コラボうたみた投稿! @Kuroi_mao 

今年最後の配信&年明け最初の配信!

前半はいつものラジオクローネをお送りしつつ

後半はのんびり少しお酒も飲みつつ年越し雑談の予定だ

 

『年越し配信助かる』

『年越しジャンプしような』

『見たいけど実家なんだよなぁ……』

『後半お酒ありか!!』

 

────

 

【ラジオ】第四回ラジオクローネ!【黒惟(くろい)まお,リーゼ・クラウゼ/liVeKROne(ライブクローネ)

 

 :待機

 :久しぶりな気がする

 :茶番楽しみ

 :そういえば前回3Dお披露目前か

 :今年ももう終わりかぁ

 

「Guten Abend!Ich starte einen Deutschkurs, den sogar ein Dämonenkönig verstehen kann!」

 

 :きちゃ!

 :なんて?

 :なんて?

 :ドイツ語?

 :すまねぇドイツ語はさっぱりなんだ

 

「せんせー何言ってるかわかりませーん」

「今のは魔王でもわかるドイツ語講座はじめますよーと言ったんですよ」

 

 :なるほど

 :ぜんっぜんわからん

 :言われてみればそんな気がしてきた

 :JKまお様!?

 :声が若干若い

 :若作り魔王

 

「……。まお、英語もそんなにわからないしドイツ語とか難しそー」

 

 :間が怖い

 :これはコメント読んでますわ

 :言ってる本人が一番きつそう

 :こういうまお様もありだな

 

「では簡単な言い回しから覚えていきましょう、まずはIch liebe Dich」

「いっひ、りーべ、でぃっひ」

 

 :流石にこれは知ってる

 :なんだっけこれ

 :最初から欲望全開なんだよなぁ

 :簡単な言い回し(告白)

 :イッヒリーベディッヒ!!

 

「先生これってたしか……」

「いいですね!もっと相手を見つめて微笑みながら言うとなおGutです!!」

 

 :この先生ノリノリである

 :グッドがドイツ語ネイティブで草

 :大胆な告白は女の子の特権!!

 

「では次は少し長くて難しいかもしれませんがよく聞いてくださいね?」

「はーい」

「Ich möchte in deinen Augen verloren gehen, schöner als der schönste Sternenhimmel. Mit dir fühlt es sich an, als ob die Zeit stillsteht und ich in einem Traum lebe. In deiner Nähe fühle ich mich glücklich und erfüllt. Ich liebe dich, mein Schatz」

 

 :長い長い長い

 :なんて?

 :ん?

 :ドイツ語はわからないけどクソデカ感情なのはわかる

 :少し長くて難しいとは

 

「いや流石に長過ぎてこれは……」

 

 :それはそう

 :まお様素に戻ってて草

 :どうせまたクソ長愛の告白だぞ

 

「コホン……では最後のIch liebe dich, mein Schatzをしっかりと相手を見つめて言ってみましょう」

 

 :マインシャツ?

 :あーね

 :私のシャツ?

 :注文付きで草

 

「イッヒリーベディッヒ、マインシャッツ……」

「──ッ。Ich liebe dich auch! Du bist mein Ein und Alles!」

 

 :なんだこれ

 :一体何を見せられてるんだ

 :リーゼちゃんが嬉しそうで良かったです

 :二人が幸せならOKです

 

「黒惟まおと……」

「リーゼ・クラウゼの!!」

「「ラジオクローネ!」」

 

 やりたい放題だったラジオクローネ劇場という名の茶番を終えタイトルコールを終えたところでようやく一息つける。予想はしていたが暴走するリーゼに付き合う黒惟まおという構図がお約束になりつつあるのはどうしたものか……。

 

「今宵も我らに付き合ってもらうぞ?liVeKROne所属の魔王、黒惟まおだ。こんまお」

「同じくliVeKROne所属の魔王見習い、リーゼ・クラウゼです。はじまリーゼ~♪」

 

 :こんまお!

 :はじまリーゼ!

 :リーゼちゃんニッコニコやん

 :守りたいその笑顔

 

「ということで毎度ながらのラジオクローネ劇場……、今回のお題は『リーゼちゃん先生のドイツ語教室!あっ、まお様はJKでおなしゃす!!』というものだったが……この際リーゼがやりたい放題だったのはまぁ許そう。……なんだ取って付けたようなJK指定はっ!!」

 

 :草

 :ついでで草

 :リーゼちゃん許された

 :JKまお様良かった!!

 :なお途中で諦めた模様

 

「まお様ならまだまだ現役でいけますよ!!JKまお様のファンアートお待ちしてます!!」

「好き勝手言いおって……」

 

 いつものように私の配信部屋に作ってあるオフコラボ用スペースに隣り合って座り、画面に映る姿以上にいい笑顔をしているリーゼをちらりと見てため息をひとつ。まぁいけるかはともかく今の私ならばおそらく学生時代に着ていた制服にも袖は通せそうな気がする。あの頃からあまり体型は変わっていないし何ならここ半年ばかり声に歌にダンスとレッスンを重ねていった成果か、ひたすらに家に引きこもって動画編集なり配信なりをやってた時期に比べれば多少は引き締まっているだろうし……。

 

「制服姿のまお様……、セーラーを着てもらうかブレザーを着てもらうか……。きっとまお様はそのお美しい姿から周りからは高嶺の花と思われているのですが、お話をしてみるととても親しみやすく誰もがその魅力に気が付いてしまうのです」

「いやいや、そういう役回りは生粋のお嬢様のリーゼの方が似合っているだろう、我なんてあまり目立たずひっそりと過ごしていたさ」

 

 :わかる

 :なんだかんだ隠れファンが多いタイプ

 :本人の知らないところでファンできてるやーつ

 :まお様とリーゼちゃんがいる学校に通いたかった……

 

 目を輝かせながらどこかの漫画やアニメみたいな設定を語るリーゼだが、高嶺の花なんてとんでもない。学生時代はごくごく平凡に過ごしてきたし、いつも隣にそれこそ華やかな幼馴染がいたのでそのおまけがいいところだろう。

 

「そういうところはずーっと変わってなさそうですねぇ……」

「ん?今はこうやって配信者として活動してるし昔よりはそういった意識はなくなってるはずだが」

 

 :そういうとこやぞ

 :ちがうそうじゃない

 :これは苦労しますわ

 :これで無意識たらしムーブしてくるんですよこの魔王様

 :リーゼちゃんジト目かわいい

 

 コメントとこちらを見るリーゼの視線にまだまだ引っ込み思案というか、昔から根強く持ってる裏方気質なところはバレバレなんだろうなぁと思う。これでも二年間の活動を通じてかなりマシになってきているとは思っていたのだが……。

 

「……」

「ところで、ラジオクローネ劇場でやったドイツ語講座の長台詞はどんな事を言っていたんだ?まぁ大方の予想はできるが」

 

 語れば語るほどこちらへの風当たりが強くなってくるような気がして一旦話題を転換する。リスナーを味方につけたリーゼというのはとてつもなく手強いのだ。

 

「Ich liebe dichというのはご存知のようでしたね?」

「まぁそのあたりは創作とかでもよく出てくるだろう?」

 

それに知らない言語教室ということを利用して愛の告白のセリフを言わせるなんていうのはまぁお約束でもあるし、あのテンションを見ればまったく知らない人間が見てもなんとなく予想はつきそうなものだろう。長尺のセリフにしろ所々同じような言い回しが出てきていたので想像はできる。

 

「わかっていて言ってくれていたんですね!ちなみにmein Schatzというのは直訳すると私の宝物という意味で。meinはそのまま私の、Schatzは宝物という意味の他に恋人や……夫婦が使うような意味もあります。ええと……日本語でいうと、あなたとかダーリンとかハニーみたいな感じですね。って後ろ二つは英語ですが」

 

 :へぇ

 :シャツじゃなかったのか

 :リーゼちゃん得すぎるやろ

 :これでまお様ドイツファンもオトせるようになったな

 

「宝物という単語がそのような意味を持つというのも面白いな」

「長台詞部分については翻訳切り抜きを作ってくださってる方にお任せいたしましょうか、解説始めると本格的なドイツ語講座になってしまうので」

 

 :それはそう

 :翻訳ニキたち任せた!

 :翻訳切り抜き助かる

 :ドイツ語講座配信してもろて

 

 リーゼのドイツ語講座というのも面白いし勉強になるけど今日はラジオ配信だ、年越しに合わせて色々と進行を決めていたのでそこまで厳密なものではないにしろすでに時間は押しつつある。

 

「たしかにここで時間を使う訳にもいかないな。告知通りこの枠では通常通りのラジオクローネをお送りして、少し休憩を挟んで後半はリーゼの枠に移動して互いにこの一年を振り返ったり緩く年越しを迎える予定だ」

 

 :了解!

 :年越しも楽しみ~

 :色々あったりお便りすごそう

 :いまから飲み始めて備えなきゃ

 

「ではまずふつおたの方から参りましょう」

 

 

まお様リーゼちゃん、こんクローネ!

前回ラジオからまお様と天使(あまつか)さんとのラジオ振り返り

お二人の3Dお披露目配信!それぞれのクリスマス配信にライブ!

語りきれないほど色々な事があったと思いますが

改めてお二人で印象深かった事など聞いてみたいです!

 

 

「ということで本当にたくさんの出来事がありましたね」

「あまりにありすぎて関連のおたよりですごいことになっていたからな、改めて送ってきてくれてありがとう」

 

 :怒涛の12月だった……

 :詰め込みすぎぃ!!

 :そりゃラジオここまで伸びるわ

 

 それこそ各種イベントの感想だったり質問だったり、更には新規リスナーがラジオのアーカイブを見てくれたのか各種コーナーへのおたよりも前回から見て数倍の数が届いていた。スケジュールの都合、前回から間が空いてしまっていたこともありSNSで募集している#クローネメールの投稿もすごいことになっており。マネージャーの協力も得てなんとか取りまとめることはできたが、手元にあるタブレット上に集計され表示されてるものは軽くスクロールしてみても一向に終りが見えてこない。

 

「それぞれ配信で色々語っているとは思いますが、こうやって二人で振り返る機会はなかったですね」

「たしかにお互いそれどころでは無かったからな、どれもこれも印象深くはあるが……」

 

 言われてみれば、3Dお披露目してからはライブの練習だったりラジオの軽い打ち合わせで話すことはあっても配信上で共に話す機会というのはなかったのだ。それぞれの配信でどのような話しをしていたのかというのは配信だったり切り抜きだったりである程度は把握しているが話題にできそうな事が多すぎて絞り込むのが難しい。

 

「わたくしも選ぶのは難しいですが……でも二人でお話するなら、やはり初めてまお様と3Dで共演できた先日のクリスマスパーティーですね。ずっと待ち望んでいましたから……」

 

 :推しと一緒に3Dで共演とか最高やろなぁ

 :まお様……ツイスター……うっ頭が……

 :本番前オフショットリーゼちゃん良かったなぁ

 :まおにゃんリゼにゃん夢のコラボもあったし

 

「我も色々な意味で忘れられないクリスマスであったし、印象は深いな……」

 

 サプライズツイスターゲームで情けない姿を見せてしまった苦い記憶もあるが、それを含めても楽しかったことに間違いはないのだ。

 

「あれはまさかあんなことになるなんて思っていなくて……」

「もういっそ笑い飛ばしてもらったほうが気が楽だよ」

 

 :あれほんと草だった

 :たまに見返して元気もらってる

 :あの間が最高

 :下手に編集入れないほうが面白いのズルい

 :体幹鍛えてもろて

 

「そういえばこの話はまだしてなかったと思うが、3D共演といえば二人で初めて3Dスタジオを見た時の事覚えているか?」

「初めてスタジオをですか……あっ」

 

 :お?

 :初出情報!?

 :気になる

 :なんだろう

 

「その様子だと思い出したようだな」

「うぅ……あの時ですよね?」

 

 そう、あれはたしか黒惟まお二周年記念配信の少し前に二人で準備ができたliVeKROne事務所をマリーナに案内してもらった時の話だ。もはや懐かしくもつい先日のようにも思える不思議な感覚だが、その時のリーゼの様子はよく覚えている。

 

「まだリーゼがデビューする前に二人で事務所の案内をしてもらってな、そのときはまだ稼働していなかった3Dスタジオを見させてもらったんだが。我もいつかは3Dデビュー出来るのだなと感慨深く眺めていたら隣にいたリーゼが我よりも先に感極まってしまったみたいでな」

「それは……ずっと応援してきたまお様の3Dを想像したら誰だってそうなりますって!ですよね!?」

 

 :それはそう

 :あーわかる

 :最古参だからなぁ

 :泣いちゃった?

 

「ほらっ、リスナーの皆様もわかってくれてますよっ!それに泣いてませんからね!」

「そうだったか?」

「そ・う・で・す!それを言うならまお様はスタジオの機材に夢中だったじゃないですか!」

「今となってはリスナーたちに鍛えられて立派な配信者になってて我は嬉しいよ」

 

 :いつもの

 :知ってた

 :だんだん手強くなってきてるよな

 :機材オタク定期

 :たしかにたくましくなってる

 :まお様ともやりあえるようになったしなぁ

 :リーゼはわしらが育てた

 

 わざとらしくとぼけて見せればしっかりと言い返してくる同期の姿に苦笑を浮かべる。このぶんだと遠くない将来完全に言い負かされる日が来てしまうのかもしれない、それが少しだけ恐ろしくもあり楽しみなのだ。

 

────

 

リーゼ先生によるドイツ語講座【liVeKROne切り抜き/翻訳】

 

『Guten Abend!Ich starte einen Deutschkurs, den sogar ein Dämonenkönig verstehen kann!』

《こんばんわ!魔王でもわかるドイツ語講座はじめますよー》

 

『Ich möchte in deinen Augen verloren gehen, schöner als der schönste Sternenhimmel. Mit dir fühlt es sich an, als ob die Zeit stillsteht und ich in einem Traum lebe. In deiner Nähe fühle ich mich glücklich und erfüllt. Ich liebe dich, mein Schatz』

《世界で一番美しい星空よりも、あなたの瞳に見とれていたいんだ。あなたといると、まるで時間が止まったような気がして夢の中にいるみたいで心が幸せで満たされる。愛しています、最愛の人》

 

『Ich liebe dich auch! Du bist mein Ein und Alles!』

《私も愛しています!あなたは私のすべてです!!》

 

今日の単語:『Deutschkurs』《ドイツ語講座》




しばらく不定期更新となります。

(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

118話 第四回ラジオクローネ②

【ラジオ】第四回ラジオクローネ!【黒惟(くろい)まお,リーゼ・クラウゼ/liVeKROne(ライブクローネ)

 

「そういうまお様はどうなんですか?印象深かったお話」

「ん?そうだな……まぁこれは印象深かったというかクリスマスパーティー配信後の話なんだが。お互い3Dお披露目してから通常の配信でも3Dの姿で配信できるようになったろう?」

「はい、完全に横を向いたり後ろを向いたりできるようになりましたね」

 

 :おうち3Dすこ

 :2Dもすこ

 :最近3Dばっかな気がする

 :クルクル回るGIFほんと笑う

 

「今回もお互い3D姿な訳だが、リーゼは最近2Dの方で配信した記憶あるか?」

「言われてみれば……ずっと3Dでやってますね」

 

 :そういえばそんな気がする

 :あれ?そうだっけ?

 :まお様もたぶんずっと3D

 :3Dでも全然違和感ないしな

 

 私の問いかけに軽く首を傾げ考える素振りを見せるリーゼであったが、たしかにと小さく頷く。そんな小さな動作も画面上のリーゼとシンクロしているのだから3Dアバターの出来の良さが窺える。

 

「それでこれはマネージャー経由で聞いた話なんだが、我々があまりに3Dばかりで配信しているから2D担当のスタッフたちが嫉妬しているらしいぞ?」

 

 :草

 :2Dスタッフかわいい

 :たしかに

 :気持ちはわかる

 :2Dも使ってもろて

 

 マネージャーからこの話を聞いたときは完全に笑い話として語られていたが、まぁ気持ちはわからないでもない。ただやはりずっと念願だったということと目新しさという面で新しい3Dの方ばかり使ってしまうというのも人間の心理であるのだ。

 

「嫉妬だなんて、わたくし2Dの姿も気に入っていますし……、今は新しい3Dの方を選びがちというか……設定変えるのが少し手間というか……」

 

 :草

 :メタいメタい

 :設定……?

 :2Dスタッフェ……

 

「どちらもいいところがあるからな、件のスタッフたちには申し訳ないが落ち着くまでは耐えてもらうしかあるまい。あと切り替えの設定(まほう)についてはあとから楽な方法を教えるからそれを使うといい」

「あっ、魔法です!切り替え魔法!設定なんて言ってないです!」

 

 :はっきり言ってたんだよなぁ

 :設定(魔法)

 :さすが魔王様

 :さすが機材オタク

 :発達した科学は魔法と見分けがつかない

 

 たしかに素晴らしい出来の3Dではあるが、それによって2Dの方の出番が全くなくなるということはなく。2Dならではのタッチや表情の細やかさといった部分では分があるように思う。それはそれとして、まさかそんな理由が全てではないだろうが自ら墓穴を掘ってしまっているリーゼには色々とレクチャーする必要がありそうだ。

 

「さて、まだまだたくさんそれぞれのイベントだったり配信についての便りが届いているのだが、それらについては後半の年越し雑談の方にとっておこうと思う。そのあたりの話を聞きたいと思うならラジオ後も付き合ってもらえれば幸いだ」

 

 :はーい

 :了解!

 :色々聞かせてー

 

「そうですね、このまま話し続けてしまうとラジオがすべてふつおたになってしまいそうです。それではコーナーに移りましょうか、リーゼの見習い魔王相談所!」

 

 :相談所の時間だ

 :いえーい

 :今回はどんなのが来てるかな

 :真面目なやつかネタか

 

「このコーナーでは見習い魔王であるわたくしがリスナーの皆様からのお悩みを解決していくコーナーです。このコーナーも三回目ですがまだまだ皆様のお悩みは尽きない様子……、今回もわたくしとまお様で迷えるリスナーの皆様を導きたいと思います!」

「といいつつ本当に悩んでいるか怪しいネタも多いんだがな」

 

 :人間悩みは尽きないものよ

 :ネタ枠採用あるからしゃーない

 :それはそう

 :真面目な悩み送ってるゾ

 

 そう言いつつも新たなリスナーが増えている効果か今まではネタの方が割合としては多かったのだが、真面目な相談事の方も多くなっている。今回でいえば感触的には五分五分といったところだろうか。ただ、どうしても時間の制約もあってすべてを紹介して相談に乗ることが出来ないのが歯がゆくもある。だから切実そうなものはさりげなく普段の配信でもそうとは言わずに雑談を装って話に挙げたりしてみたり。たとえそれが送ってきてくれたリスナーに届いていなくても自己満足だと言われようがやらないよりはマシだろう。

 

 

私はまお様の3Dお披露目からお二人のファンになったのですが

もっとはやくお二人のことを知りたかったなぁと思う事があります

どうしようもないことだとはわかっていますが

思わずにはいられない時があって……どうしたらいいでしょうか

 

 

 :あーわかる

 :あるある

 :一気に増えたしそういう人多そう

 :そればっかりはなぁ

 

「この方の気持ちすごくわかるんですよね、それくらいわたくしたちの事を思ってくれているんだと思うとそれは嬉しいのですが……」

「そういった気持ちとどう付き合っていくか、難しい問題だな」

 

 うんうんとまるで自身の事のように頷きながらすこし悩まし気な表情をするリーゼ。この手の悩みは特にこういったファン側からしたらよくある悩みなんだろう、かつては私自身もコンテンツに対してもっとはやく知りたかったとか当時の盛り上がりの中に居たかったとか思う事はいくつもあった。その当時はあくまでファン側としてそんな思いを持っていたが、思われる側になってみても実に難しい問題だ。

 

「わたくしもまお様にもっと早く……」

 

 :最古参なんだよなぁ

 :リーゼちゃんは古参やんけ

 :名誉リスナーでは

 

「生まれた時からそばに居たかったです……」

 

 :……ん?

 :愛が重い

 :そこから!?

 :予想の斜め上で草

 :まさかの出生時

 

「それはそれでどうかと思うが……」

「というのは冗談ですが、出会いのタイミングというものにはきっと何かしらの意味があると思うのです。もし、まったく違うタイミングで出会うことになっていたら今のこの気持ちは変わっているかもしれません。そう考えると少しだけ気持ちが楽になりませんか?」

 

 少しおどけたように小さく笑ってからそのまま優しい微笑みを携え相談に答えていくリーゼであるが、どうにも冗談には聞こえなかったのは私だけだろうか。……ともかく語る言葉はその通りであるし、私と彼女の出会いにしてもタイミングだったり理由が違えば今この状況にはなっていなかっただろう。

 

「我としても出会いの過去に思い悩むよりもこれからの未来を思ってくれると嬉しい。それに幸いにも我々の活動はすべて配信という形で残っているからな、それで当時を振り返ることもできる」

 

 :そうだね

 :アーカイブあるのはありがたいよなぁ

 :デビュー配信とか

 :デビュー配信……うっ頭が

 

「ふふっ、新しくわたくしたちを知って下さった方々にもこれまで以上に楽しんでもらえるように活動していきたいですね」

 

 人がせっかくいい感じにまとめたというのにこのコメント欄は……。隣にいるリーゼも笑っているし、きっとアレはいつまで経っても弄られることになるのだろう。

 

 

……

 

 

「今日はなかなか真面目なお悩み相談が多かったですね」

「そうだな、こうやって送ってくれるのはありがたいが全てを紹介できるわけではないからな。ほんとうに悩んでいるなら周りの人間に相談するんだぞ?ただ聞いて欲しかったり話したいというならば我々で良ければ目を通すから変わらずに送って来てくれ」

 

 :そうやね

 :大事

 :話すだけで楽になることもあるしなぁ

 :配信に救われてるところもある

 

 今日の相談はネタ採用なしの割と真面目なものばかりを紹介してきたこともあって空気もなんだか真面目な雰囲気。これ次のコーナー、アレだけどいいんだろうか……。

 

「ではでは、お次はお待たせいたしました!大人気のこのコーナー!」

「……まおにゃん対策本部」

 

 :きちゃ!!

 :この落差で風邪引く

 :まおにゃんコーナーきちゃああ!!

 :クリスマスの奇跡

 :相変わらずのまお様で草

 

「さて、いつものまおにゃん対策本部ではいかにしてこのラジオにゲストとして呼ぶのか、リスナーの皆様と共に考えていくコーナーでしたが。前回サクラ子に見届けてもらったまおにゃんゲストを賭けた勝負は残念ながらのドロー。しかし皆様、クリスマスライブは御覧になられましたね!?まおにゃんリゼにゃん夢の競演!!それを受けてほんっとーにたくさんのお便りが届きましたので、今回はそれらをわたくしが厳選したスクリーンショットと共にご紹介していきたいと思います!!」

 

 :リーゼちゃんテンションMAXやん

 :あれは良かった

 :草

 :最高やったなって……

 :よくまお様が許したな

 

 さっきまでの真面目な雰囲気はどこにいったのか嬉々として言葉をまくし立てていくリーゼ。彼女の言う通りクリスマスライブのまおにゃんリゼにゃんで披露したライブへの反響はものすごく、私が配信であまり取り上げてこなかった事もあってそのしわ寄せがリーゼの配信とこのラジオにも押し寄せてきたらしい。前回ラジオで引き分けた件もあり、一度ここで触れておかなくては収まりがつかないだろうとしぶしぶ企画を了承した。

 

「はぁ……よくここまで盛り上がれるものだな」

「それは当然です!滅多に現れないまおにゃんの事ですから。ゲストとして出演してくれれば多少は落ち着くかもしれませんよ?」

「どうせ一度出れば、またと言われるのが目に見えてるからな……まおにゃんもそっとしておいて欲しいと思っていると思うぞ?」

 

 たしかに出し惜しみしているからこそ期待されているという面もあるが、基本的に私が恥ずかしがって嫌がっているから面白がって引っ張り出そうとしているのだ。本当に偶にならやってやらないこともないが当たり前のように求めれば出てくると思われるのも面白くない。

 

「そんな猫っぽいところがわたくしを含めたファンの心を掴んで離さないんですっ!ではさっそくこちらのスクリーンショットと共に沢山届いた感想を紹介していきますね!」

 

 :それな

 :まおにゃんはわかってる

 :まおにゃんこそ至高

 :それでこそまおにゃん

 

 本当に楽しそうに画面に表示したスクリーンショットを見ながらリスナーたちと盛り上がっているリーゼ。そのスクリーンショットを配信画面に載せていくのは私の仕事なのだから、なんというか……なんともいえない感じだ。

 

「──ですよね!わかります!このまおにゃんの表情!わたくし本当に崩れ落ちてしまいそうになって……よく耐えたなと自画自賛……。いえ、リゼにゃんはよく頑張ったと思います!!」

 

 :草

 :完全に建前忘れてて草

 :リゼにゃんえらい!

 :まおにゃんが口説く側なのがいいんだよな……

 

「それでこの曲を披露するにあたっての経緯についてですが……リゼにゃんから聞いた話によると……」

 

 もう止まらないといった感じで語り続けるリーゼだが、時々こちらに視線を向けて大丈夫だろうか?と確認してくる。もうここまで来たら好きに語らせた方がいいし、絶賛してくれている分には悪い気はしないのだから特段こちらから止めるような事はしない。もちろん揶揄ってくるのであればその宣戦布告(プロレス)は受けて立つのだが。

 

「引き分けの事もあったし、あれだけ3Dお披露目の時も待ち望まれていたからな。せっかくのクリスマス3Dライブだからとまおにゃんも受けたんじゃないか?」

 

 :ありがとうまお様……まおにゃん

 :他人……他猫事で草

 :ほんとファン思いで優しいよね

 :魔王……猫の鑑なんだよなぁ

 

 

……

 

 

「さて、もう十分語っただろう……そろそろ次に移るぞ」

「えっ、もうこんなに!?では名残惜しいですがここまでにしておきましょう。次回からは再びまおにゃん対策本部でまおにゃんゲストに向けてのアイディアをお待ちしています!」

 

 実にいい笑顔で次回に向けての宣伝も忘れずにするリーゼ、楽しそうで何よりだよ。というかまだまだこのコーナー続ける気だったのか……。

 

「では最後に二人で歌ってエンディングを迎えるとしよう」

「この曲は季節柄といった感じでしょうか」

 

 :デュエットきちゃ!

 :生歌の時間だああああ!

 :うたみた動画くる!?

 

 歌うためのセッティングを終えリーゼにアイコンタクト。お互いもう慣れたもので頷き合って音源を流し始める。

 

 :おっ

 :懐かしい

 :たしかに曲名的には冬の曲か

 :はじめて聞くー

 

 どこかのおとぎ話を彷彿とさせた曲名と明るい曲調、白いドレスを纏うリーゼが歌うにはぴったりの選曲。

 

 :リーゼちゃんの高音とまお様の低音ほんといい

 :ほんと二人の歌声合ってるよなぁ

 :ハモり気持ちいい

 :低音足りてる

 

 綺麗な彼女の高音に寄り添うようにしっかりと低音で支える。それがハモりになって返ってくる互いの歌声が耳に心地いい。

 

 :よく聞くと怖いんだよなぁこの曲

 :アナザーの方まお様で聞きたいな

 :歌詞がなんか物騒……?

 

 おとぎ話をなぞらえたような曲ではあるが、よくよく聞けばドラマにあるような愛憎劇……そのギャップが癖になってしまうのだ。

 

 :良かった

 :久しぶりに聞いたけどやっぱいいなぁ

 :やっぱ生歌よなぁ

 :まおリゼなんだよなぁ

 

「今回はリーゼの選曲だが、結構懐かしい曲をリーゼはよく知っていたな?」

「ファンの方が是非歌ってほしいと呟いていたんですよね、曲名を見てなるほどと思って聞いてみたら……」

「ふふっ、まぁわかると怖い曲ではあるな?」

 

 :なるほど

 :悲劇だからなぁ

 :そのギャップがいいんよ

 

 前回のラジオが終わった後、次に歌う候補としてこの曲を挙げられたときは意外性に驚いたものだ。曲名だけならピッタリではあるのだが……。

 

「まお様もわたくし以外をあまり可愛がると……ふふっ……」

 

 :ひぇっ

 :あっ

 :首をキュッと……

 :あっそういう……

 

 意外と曲名だけではなく、その内容までもこのお姫様(プリンセス)には合っていたのかもしれない……。

 

「冗談ですよっ、まお様は浮気はしてもきちんと愛してくれるって理解(わか)ってますから」

「その笑顔がそこはかとなく恐ろしいが……。今回もうたみた動画はラジオ終了後にアップするからそっちも見て欲しい」

「ちょうど年越し雑談もありますし配信で同時視聴いたしましょう!」

 

 :やったぜ!

 :リアルタイム同時視聴だ!

 :同時視聴助かる

 :動画も楽しみ

 

 一瞬彼女らしからぬ黒い笑みが見えた気がするが、すぐにいつもの調子に戻るリーゼ。まぁ浮気だなんだと言っても配信を盛り上げるために少しだけ揶揄われただけだろう。

 

「さて、第四回ラジオクローネも終わりの時間だが、先に告知した通りこの後三十分後にはリーゼのチャンネルで年越し雑談配信を行う予定だ」

「そちらではお酒を嗜みながら一緒にのんびり今年を振り返って新年を迎えましょう!」

「では本当に最後にちょっとした告知をひとつして終わろうか」

 

 :お?

 :告知?

 :なんだ?

 :ほう?

 

「実はliVeKROneでメイククラフトのサーバーが立ち上がることになってな、明日の夜は我とリーゼでメイクラ配信をする予定だ」

 

 :メイクラ!!

 :おお!!

 :とうとう

 :メイクラ鯖きちゃ!!

 :楽しみすぎる

 

「まお様とのメイクラ!わたくしずっと楽しみだったんです!」

「まぁそのあたりの話は年越し雑談の方で話すことにしよう」

「そうですね、では……」

「「おつクローネー」」

 

 :おつクローネ!

 :おつクローネ~

 :良いお年を~

 :晩酌の準備だー!




しばらく不定期更新となります。

(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

119話 年越し晩酌雑談スタート

「「配信OFFよし、マイクOFFよし、カメラOFFよし」」

 

 ひとまずのラジオクローネ終了を見届けていつものようにそれぞれ指を指して声に出しながらの確認。狙ったわけではなかったがほぼ同じタイミングで二人の動作と声が重なる。

 

「ふふっ……それ、続けてたんだ?」

「一番最初に教えてもらった大切な事ですから」

 

 二人で顔を見合わせてどちらともなく笑い合い受け答える。

 

 そう、わたくしリーゼ・クラウゼがデビューするにあたって一番最初に教わったのはこの配信終了後のメソッドでそれはもう身体に染み付いている。もちろん配信にあたっての心構えだったりより具体的な機器の操作方法なんかも教わってはいるのだが、面と向かって「最初に一番重要な事を教えます」と前置きされた事もあって忘れることも怠ることもないだろう。

 

「ひとまずお疲れ様リーゼ」

「お疲れ様でしたまお様、いかがでした?」

 

 すっかり魔王様モードから普段の調子に戻ったまお様とこうやって配信終了後に内容を振り返ったり反省したり良かったところを褒めてもらえたり……。この時間は何だか黒惟まおを独り占めしているようで、いちファンとしては若干の後ろめたさを感じながらも優越感を覚えてしまう自分もいる。

 

「回を増すごとに私への容赦なくなってない……?」

「まお様だからこそ、わたくしのすべてを受け止めてくれると信じていますから」

「可愛かったリーゼがどんどん変わっていく……」

「可愛くなくなりましたか?」

「む……ノーコメント」

 

 からかい混じりの批難めいた視線と言葉を投げかけられるが、それで怯むわたくしではもうない。出会ったばかりの頃ならまだしも今となってはこんなじゃれ合いのようなやり取りの方が互いの仲が深まったことを感じることができるのだ。

 

「っと、あんまり話してばかりはいられないね。配信準備の方は任せちゃって大丈夫?」

「お任せください。といってもほとんどまお様がやってくれてるじゃないですか」

 

 いつものようにこのまま色々と話していたいところだが、このあとはわたくしのチャンネルで年越し雑談配信があるのであまりのんびりとはしてられない。それに配信で飲むお酒やおつまみなんかの用意をしてくれるまお様をあまり引き留める訳にはいかないのだ。

 

 配信部屋を出て諸々の準備に向かった彼女を見送り配信準備を進めていく。

 

 わたくしのチャンネルでやるからストリームキーを変更して……。

 画面の配置は……まぁこんな感じでいいだろう。

 

 同じ配信ソフトを使っているため操作自体は慣れたものであっさりと作業は完了してしまうが、それもこれもあらかじめ渡しておいた配信素材がすでにまお様の手によって取り込まれわかりやすく整理されているおかげだ。なんなら普段自身が使っている端末とソフトで配信準備するよりも楽かもしれない。

 同じソフトな上に、最初はまお様にセッティングしてもらったこともあって同じ使い勝手だったはずなのだが……。使い続けていくうちに自分好みにカスタマイズされたというか……、そのうち整理しようと先延ばしにし続けるとここまで解離してしまうらしい。

 

 さて……、早めに準備も終わったしまお様のお手伝いに……。

 

 と思って腰を浮かしかけたところで、目に入るのは画面上に佇むリーゼ・クラウゼと黒惟まおの姿。そして、固定されたままのカメラ用スマートフォンが二台……。

 

 少しくらい……、いいですよね?

 

 ちょっとした好奇心というか、内なる欲求というか……Vtuberならではのささやかな誘惑。一度配信部屋の扉へと視線を向け耳を澄ましたりしてまだ戻ってこないことを確認してから、先ほどまでまお様が座っていたスツールへと腰を下ろす。

 まるで初めて画面に映ったリーゼ・クラウゼを見た時のように軽く身体を揺らすと画面上の黒惟まおも同じように身体を揺らす。なんだかいけないことをしているような気がして再度扉の方へと意識を向け問題ないことを再確認してから今度はもう少し色んな表情を試してみる。

 

 ここをこうして……、っ……。その表情は反則ですよまお様っ!

 

 普段見せないような、そんな表情をさせてみると思わず胸が高鳴ってしまう。その中身は自分自身のはずだし、本人が居てこその魅力であることは重々承知の上ではあるがそれでもずっと配信で見続けてきた彼女が……と考えるとどうにも抑えが効かなくなってしまう。

 それに黒惟まおの姿を一時的にでも借りているという事は、つまり一心同体ということであるという事に気が付いてしまってからはもうダメだった。まるで彼女の魔力に包み込まれているような……、抱きしめられてるようなそんな感覚さえ覚えてしまう。

 

 そんなことをしていたせいだろう。がちゃりと重い配信部屋の扉が開く音に文字通り飛び跳ね、したたかにお尻を床に打ち付けてしまった。

 

「うひゃうっ!?」

「えっ!?リーゼどうしたの?」

「えっと……、ちょっと躓いてしまって……」

 

 なんとかまわりの物に被害を出すことが無かったようで一安心しつつも痛むお尻をさすりながら立ち上がる。突然の出来事に驚いているらしいまお様の手にはトレイに乗ったお酒類とお手製のおつまみがあり、その様子を見る限り先ほどまで自身が繰り広げていた痴態については目撃されていないようだ。

 

 本当に良かった……。

 

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫です……。突然だったので少し驚いてしまって」

「もう、気を付けてね?怪我でもしたら大変だし」

「本当に申し訳ございません……」

 

 

────

 

 

【晩酌雑談】一緒に年越し!うたみた同時視聴も!【リーゼ・クラウゼ/黒惟(くろい)まお,liVeKROne(ライブクローネ)

 

 :待機~

 :うたみたのサムネかわいい

 :いよいよ年越しかぁ

 :まお様のおつまみが美味しそうすぎる

 :何気にリーゼちゃん初晩酌?

 :二人してつぶれないようにね

 

「皆様お待たせいたしました!聞こえていますでしょうか?」

 

 :きちゃ!

 :聞こえてるよー

 :開幕駄魔王は草

 :やっぱり駄魔王モードだった

 

「大丈夫みたいだな、じゃあリーゼから」

「はい!liVeKROne所属の魔王見習いのリーゼ・クラウゼです。ラジオクローネから引き続きまお様と一緒に年越し晩酌雑談していきますよ~はじまリーゼ!」

「こんまお、同じくliVeKROne所属の魔王、黒惟まおだ」

 

 :はじまリーゼ!

 :こんまおー

 :×魔王〇駄魔王

 :こうやって並ぶとギャップがすごい

 :なんか草

 

 配信を開始し挨拶したところで早速コメントではまお様の姿に触れられている。いつものドレス姿であるわたくし(リーゼ)の隣に並んでいる彼女はドレス姿ではなく胸元に駄魔王と白く刻印された黒Tシャツ姿のいわゆる駄魔王モードだ。それ自体はすっかり見慣れた姿ではあるのだが、正装とも言えるドレスを着こんだ隣にラフなTシャツ姿が並んでいるというのはなんというかアンバランスでシュールでもある。

 

「ふふっ、Tシャツ姿のまお様とこうやって並んでみるとなんだか不思議な感じがしますね」

「気楽な晩酌配信だからな、リーゼももっと楽な格好でも良かったんだぞ?」

「そうは言ってもわたくし配信で見せられるようなお洋服はこれくらいしか……」

 

 :それはそう

 :新衣装はよ

 :リーゼちゃんにもTシャツ実装を!

 :L2Dスタッフゥー!!

 

「そんなリーゼのためにプレゼントだ」

 

 :お?

 :草

 :見習魔王Tシャツ!?

 :雑コラで草

 :ペイント感www

 

 まお様の言葉と共に画面上ではドレスの上に見るからにペイントで書かれたであろうTシャツが重ねられる。それは白いTシャツで胸元には黒く見習魔王と刻印されていて、さしずめ駄魔王Tシャツと対をなす見習魔王Tシャツといったところだろうか。

 

「わあ……こんな素敵なTシャツをアリガトウゴザイマス」

「喜んでもらえて何よりだよ、ついさっき十秒ほどで描いた甲斐があったというものだ」

 

 :棒読みで草

 :もう少しちゃんと描いてもろて

 :これはこれで味がある

 :まお様ならもっとしっかり描けたやろw

 :それにしてもぺったんこである

 

「ただ少しだけ胸元がきついような……」

「ん?それは気のせいだと思うぞ?」

 

 :あっ

 :影ひとつもないからな

 :無慈悲で草

 :書き忘れただけだから……

 

 たった十秒ほどで描いたというだけあって駄魔王Tシャツとのクオリティの差は歴然であり、ただただTシャツの形をかたどった胸元にそのまま見習魔王という文字が張り付けられているだけである。当然、身体のラインに合わせてきちんと凹凸が描かれている訳もなくじつに平坦な仕上がり……。

 ここで現実にも目を向けてみれば、とぼけながらクツクツと笑いをこらえているようなまお様は画面上と同じように黒い駄魔王Tシャツを身に着けており、かくいうわたくしも同じものを身に着けている。記念グッズとして売り出されていたTシャツであるがもちろんファンとして購入していたのでせっかくだからとお互い身に着けることにしたのだ。

 

 こうなってくると見習魔王Tシャツも現実で欲しくなってくるが、もしそれが実在し身に着けて横に並んでみたとしても絵面てきには配信画面とさほど変わらなさそうなのがなんとも物悲しい。

 

「それじゃあ、待ちかねてる者もいるだろうし、さっそく乾杯といこうじゃないか」

「まお様はいつものですね?」

「あぁ、そういうリーゼはワインか?」

 

 :おっ準備しなきゃ

 :いつもの(ほのよい)

 :リーゼちゃんはワインか

 :リーゼちゃん強いん?

 

 それぞれ用意しているのは、まお様の晩酌配信ではおなじみの低アルコール飲料と普段飲まないはずの彼女の家に置かれていたなかなか良さそうな赤ワイン。曰く、どこかの狐が置いていった逸品とのことで期待してしまう。

 

「はい、一番飲み慣れてるので。強さはどうでしょうか、強い方だとは思います」

 

 :なら安心やね

 :出身的にビールかと思った

 :まお様安心して酔えるな

 :まお様の事は任せた

 

 いざとなれば魔力でどうとでもしてしまえるので、一般的に言われているアルコールに対する耐性についてはどう言ったものか迷うのだが……それ抜きでも平均から見れば強い方なのだとは思う。

 

「では、皆も準備はいいか?今年一年本当に色々なことがあった訳だが、まぁ振り返るのは後でいいだろう。新たな出会いに感謝を込めて乾杯、Prost!」

「はい!乾杯!……Prost!」

 

 :乾杯~!

 :かんぱーい!

 :Prosit!

 :プロージィット!

 

 しっかり目を合わせて軽くグラス同士を打ち鳴らす。まさか最後にドイツ語が付け足されるなんて思わなかったので驚いた表情をしていたのだろう、グラスを掲げていたまお様はしてやったりといった風に微笑んでいた。




しばらく不定期更新となります。

(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

120話 同時視聴と振り返り

【晩酌雑談】一緒に年越し!うたみた同時視聴も!【リーゼ・クラウゼ/黒惟(くろい)まお,liVeKROne(ライブクローネ)

 

「いきなりProst(かんぱい)なんて言うから驚きましたよ」

「そういうところを見れば意味も発音もきちんと伝わっていたみたいだな」

 

 :プロージットは知ってたけどポーストって言うのか

 :まお様ドイツ語いけたり!?

 :結構発音いい気がする

 

 コクリと口に含んだワインを飲み込み同じようにグラスから口を離したまお様に向かって素直な感想を漏らす。

 

「ええ、とてもお上手でした。知っていたのですか?」

「リスナーたちと同じでPrositは知っていたがな、Prostはその省略でこっちの方がポピュラーなんだろう?」

「そうですね、南の方だとPrositが多く使われるようですが全体で見るとProstの方が一般的ですね」

 

 :へぇ

 :そうなんだ

 :リーゼ先生!

 :日本だとPrositが有名やからな

 

「昔ほんの少し創作のためにドイツ語に触れていた事もあったが、いい機会だから最近少しずつ英語と一緒に調べてたのが役に立って良かったよ」

「良いですね!わたくしでよければいつでもお教えするので!」

 

 :まお様もゆくゆくはトライリンガルに

 :英語喋れるようになりたいなぁ

 :海外ニキ増えてきたもんな

 

 何事も要領よくこなしてしまうまお様の事だ、案外あっさりとドイツ語も話せるようになるかもしれない。本人は英語は苦手なんて言っているけど結構理解できているようにも思える。

 

「まだまだリーゼのようにはいかないが……、そういえば乾杯の時じっとこちらの目を見つめてくれたがそういう作法でもあるのか?」

「ご存知なかったんですか?まお様もしっかりと応えてくれていたので知っているものと思っていたのですが……」

「あぁ、見つめられてるのに目をそらすのも失礼だろう?まぁ乾杯のときにこんなに見つめられるのもなかなか無かったから物珍しさはあったが」

 

 :見つめ合う二人

 :あら~^

 :君の瞳に乾杯!?

 :てぇてぇ

 

 こちらでは珍しいらしい乾杯の作法を自然と返してくれたのでてっきり知っていて合わせてくれたとばかり思っていたがそうではなかったらしい。であれば自然な振る舞いだったという訳で……。それを難なくこなしてしまうあたりがまお様のまお様たる所以というか、そういうところですよと思わず言いたくもなってしまう。

 

「目をしっかり合わせるというのは信頼関係の現れですから、それに乾杯の時に目を合わせないと不幸が起こるなんて言われてるんですよ?」

「たしかにそうだが……、日本で暮らしているとなかなか難しく感じてしまうかもしれないな」

 

 :海外の人って目合わせてくるイメージある

 :まぁ日本人はなぁ

 :乾杯のときはグラス見てるわ

 :なんかググったら恋人との関係がうまくいかないとか

 

 たしかにこちらに移り住んでからあまり目を合わせて話してくれる人が少ないとは感じることが多かった。最初は自身が外国人であるからとも思ったのだが文化的にあまり目を合わせることは少ないらしい。

 

「ほう、恋人との関係がうまくいかないらしいがそういう不幸が起きてしまうのか?」

「ええと……、そうですね。そういう風にも言われています」

「ん?ではリーゼと同郷の者と合った時には気をつけなければならないな」

 

 :へぇ

 :調べたら夜の営みって書いてあるんですが

 :関係(意味深)

 :>>7年間恋人と良い夜が過ごせないと言われています

 

 言葉を濁したがコメントの言う通り正確にはそういう言い伝えがあるのだ。まお様ももちろんそれらが目に入っている訳で少し関心したような素振りを見せたあとに仕方ないやつらだとばかりに薄く笑みを浮かべてコメント欄を眺めている。

 

「さて……そんな話をしているうちにうたみた公開のカウントダウンが始まったようだな」

「あっ、本当ですねもうそんな時間……」

 

 :鼓膜ないなった

 :やっぱちょっとラグあるか

 :鼓膜交換した

 :爆音定期

 :きちゃ

 

 まお様の言葉をきっかけに待機用のサムネイルから公開前のカウントダウン動画へと変わった画面へと目を向ける、いつもおなじみの大音量カウントダウン動画であるが視聴用にしっかりと別端末が用意されているので音声が混線する心配もない。それでもそれぞれのイヤホンからまだ耳につけてすらいないのにカウントダウンの音が漏れ聞こえてくるというのだから相当な音量だろう。

 

 :はじまった

 :やっぱりSILENTマッマが描く二人は最高やなって

 :生歌も良かったけどこっちもいい

 :ほんと毎回クオリティ高い

 

 カウントダウンが終わり曲が流れ始めると共にまお様が作成したMVが画面を彩る。いつものようにイラストはSILENT先生が我々二人を描いてくれている、いつもの姿を少しアレンジしたような白と黒のドレスを身にまとったまお様とリーゼ(わたくし)。それは曲にも動画にもマッチしていて流石の仕上がりだと感嘆の息を漏らしてしまう。

 思わずコメントをするのも忘れて画面に見入っていると数分足らずの動画はすぐに終わりを迎え、はっと今が配信中であることを思い出し反射的にまお様の方へと顔を向ける。

 

「どうだった?」

「すいません、配信中なのについ見入ってしまって……」

 

 :わかる

 :完全にリスナーだった

 :(見入ってるリーゼちゃんを)同時視聴

 :リーゼちゃんは初見だったの?

 

 どうやら、配信を忘れて見入ってしまっていた姿はまお様とリスナーたちに見守られていたらしい。なにか話しかけてくれても良かったのにと思わないでもないが結局は自身のせいなのでただ謝ることしか出来ない。

 

「別に謝る必要はないさ、その反応は製作者冥利に尽きるというものだ。たしか今回のは完成したものはリーゼに見せてなかったはずだな?」

「ええ、まお様のチャンネルで投稿される時はだいたい初見ですね。わたくしのチャンネルで出す時はデータ頂いてるので予め見ていますが」

 

 :へぇ

 :じゃあ俺たちと一緒だ

 :いいなぁ

 :感想はー?

 

「感想ですか?それはもちろん毎回素晴らしい作品になっていて言葉では語り尽くせないのですが……。そもそもわたくしがまお様と一緒に歌った曲にSILENT先生がイラストをつけてくださった上にまお様自身の手で動画を作ってくださってるという事だけでどんなに幸運なことかと……」

 

 :あっ

 :スイッチ入った

 :まお様スイッチON

 :ノルマ達成

 :これが今年最後のスイッチONか

 

「……この演出ですが、たしか昔の作品でも見た記憶があるのですが。たしかあれは……、あぁ思い出せない!もう一度見てもいいですか!?もしくはいまから昔の動画の確認を……」

「本当によく覚えているな。たしかに最近はあまり新しい手法に取り組む時間もなかなか取れないのでどうしても自身の引き出しの中から引っ張り出す事が多いから見覚えある場面がたくさん出てくるんだろう。昔取ったなんとやらってやつさ」

 

 :まお様の動画見返すかー

 :まお様MV同時視聴会始まる!?

 :それがまお様の味だったりする

 :忙しいもんなぁ

 

 語りに熱が入ってきたところで不確かな記憶にその勢いを止められてしまう。そんなもどかしい思いを持ちつつも語り続けていたせいで喉の水分が持っていかれてしまったのでグラスに残ったワインを一口。そんなわたくしを微笑みながらいつも通りチビチビとグラスを傾けつつ見守ってくれていたまお様の表情に少しだけ自嘲するような色が見える。

 

「まお様本当にお忙しいですから……。そんな中、こうやってまお様の動画が見られるだけでもわたくし含めてファンの方は嬉しいと思いますよ?わたくしもなにかお手伝いできればいいのですが……」

 

 :それはそう

 :本当に嬉しい

 :liVeKROneに入ってからほぼ休みなしでしょ

 :休み(裏作業)

 :身体労ってもろて

 

「ありがとう、嬉しいよ。……さて、あまり愚痴っぽくなっても酒が不味くなってしまうか。同時視聴も終わったことだし年越しまで今年を振り返ろうじゃないか」

「そうですねっ、ではでは振り返るのにちょうどいいものがあるとリスナーの皆様からご紹介いただいたものがありまして」

 

 若干湿っぽい空気になりかけていたところを切り替えるように、クイっと残りも少なくなっていたグラスの中身を空にしたまお様からの目配せを受けて話題を次に移していく。

 

「まお様liVeKROneの非公式Wikiって見たことありますか?」

「あぁ知ってるし時々見てるぞ、有志でまとめてくれているサイトだろう?」

 

 :非公式Wikiやんけ

 :非公式Wiki有能すぎるんだよなぁ

 :むしろこれが公式みたいなところある

 :まお様巡回済みか

 

 いちおう非公式ではあるので配信外にサイトを表示させその画面を二人で覗き見る。この非公式Wikiはもともと黒惟まお非公式Wikiであったのだがまお様がliVeKROne所属になると共にliVeKROne非公式Wikiに生まれ変わりリーゼ・クラウゼことわたくしのこともまとめてくれているのである。その内容はそれぞれの紹介に始まり、配信の記録であったり記念日がまとめてあったり本人ですら忘れてしまっているような細かいところまで網羅されているというのだからまとめてくれている方々の熱意には頭が下がるばかり。わたくしがまたただのまお様ファンであったときもよくお世話になっていた。

 

「ここの年表が本当によくまとまっていて、これを見ながら振り返っていきたいと思います」

「といっても我がliVeKROneに所属してからだから三ヶ月くらいだろう?そんなに項目は……ってこんなにあるのか」

「本当なら一月からまお様について振り返りたいところでしたが……」

 

 サイトをクリックしてliVeKROne年表を表示させるとまお様のliVeKROne加入発表配信があった九月からズラッと本当に色々な出来事がまとめられている。わずか三ヶ月だけでこの量ということは、liVeKROne以前のまお様一人だけの活動記録だけでもものすごい数の項目が並んでいるのである。

 

「それだとliVeKROneの振り返りではなくて我一人の振り返りになってしまうだろう」

「それはそれで……というわけにもいかないので、一番最初はまお様のデビュー配信振り返り配信ですね!」

 

 :それはそう

 :リーゼちゃんは本望そう

 :年越して正月終わるまである

 :なんなら三ヶ月でも年越すんじゃ

 

「いや、liVeKROne加入発表配信だろう?っておい、年表の方も初配信振り返りの方が先になってるじゃないか。直せ直せ」

「それほどにインパクトが大きかったということですよ」

 

 たしかにまお様の言う通り配信のお題目はliVeKROne加入発表であり、その記念としてユーザーアンケートによって決まったデビュー配信振り返りはそのなかの企画にすぎない。ただし、これによって再び火がついたまおにゃんブームの事を思えばこんな表記になっていても仕方ないという気もしてしまう。

 

「これも最初はわたくしコメントでも参加する予定はなかったんですよね」

「リーゼは最初見学だけの予定だったからな……、それがスタッフの悪ノリもあってああなった訳だ」

 

 :草

 :最初から暴走リーゼちゃんの片鱗見せてたからな

 :スタッフの英断

 :この時にはもう……

 

「たった三ヶ月前のはずなのに懐かしいですね」

「それだけ色々あったということだろう、我としては忘れてしまいたい記憶だが」

 

 :まじであっという間だった

 :もう三ヶ月かぁ

 :まおにゃん3Dが実現するとは思ってなかった

 :デビュー配信振り返りを振り返る配信してもろて

 

「振り返りの振り返り配信?そんなものするわけないだろう」

「え?来年のliVeKROne加入一周年企画でやるんだってスタッフの方々が意気込んでいたような気が……」

「運営にはよく言って聞かせる必要があるようだな……」

 

 :草

 :運営もノリノリである

 :まおにゃん愛されすぎてる

 :楽しみすぎる

 :これはやるしかない

 

 あのスタッフたちのことだ。何が何でも実現してしまうのだろうなという思いと共になんだかんだとそれに付き合うまお様の姿が目に浮かぶ。それにその際は全力で協力するつもりであることは打ち明けないでいた方がよさそうだ。




しばらく不定期更新となります。

(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

121話 Frohes neues Jahr!

【晩酌雑談】一緒に年越し!うたみた同時視聴も!【リーゼ・クラウゼ/黒惟(くろい)まお,liVeKROne(ライブクローネ)

 

「次の大きなトピックといえばもちろんリーゼのデビューだろうな」

「それはそうなのですが……いつも見ていた所にわたくしの名前が載っているというのも不思議な気分です」

 

 :なかなかインパクトが強かったなぁ

 :デビュー配信見返す?

 :なんだかんだそんなに変わってない気がする

 :推しのWikiに名前が載るとかやばない

 

 まお様のデビュー配信振り返り……もといliVeKROne加入発表配信の次は当然ながらわたくしリーゼ・クラウゼのデビュー配信である。

 

「流石にまだデビュー配信振り返りはしていないんだろう?」

「はい、といってもすでに振り返るのが怖くなってきているのですが……」

 

 :一周年が楽しみだなぁ

 :あの魔法の反応が楽しみすぎる

 :liVeKROne一周年は二人の振り返りだな

 :デビューから二人の関係性って変わった?

 

 配信の振り返り自体はしていないが三ヶ月前の事であるし、あの時の緊張とどんな事を話したかは鮮明に覚えている。……もちろん、ちらほらとコメントでも言及されているあの魔法についても。今度はこちらの番だとばかりに笑みを深めて問いかけてくるまお様はもう酔いが回ってきているのかいつにもましてご機嫌である。

 

「デビューしてから二人の関係性が変わったか?そうだな、もちろん変わったところもあるし変わらないところもあるが……。一番は我に対して遠慮がなくなったな」

「まお様がお優しいのでつい……。もちろん憧れの魔王様という思いは微塵も変わりありませんが、いい反応を頂けるので」

 

 :わかる

 :それはそう

 :いい同期になったなぁ

 :てぇてぇ

 

 配信開始前のやりとりもそうだが、からかったり無茶振りをしたときの反応が配信内外問わずにとてもいいのだ。それは古くからの黒惟まおリスナーたちの間では周知の事実であるだろうし、配信外での姿も知って余計にそう思うようになった。

 

「その次のトピックというとリーゼの初コラボか、3Dお披露目でも呼んでいたしすっかりいいコンビになってるんじゃないか?」

「はい、それは本当に。サクラ子の方からどんどん来てくれるので本当にありがたいです」

「すっかりサクラ子呼びも定着したようだからな、龍魔コラボも今となっては二人のことを指すようになってると聞いたぞ?」

 

 :サクラ子呼びの経緯がてぇてぇんだよな

 :サクリゼてぇてぇ

 :初代龍魔コラボもまた見たいぞ

 :ちょっぴりさみしいまお様なのであった

 

「まお様との龍魔コラボがあってこそのわたくしたちですから、それにサクラ子もまお様とコラボしたいけど中々できなくて寂しがってましたよ?」

「なんだてっきりリーゼに夢中だと思っていたが、そんなかわいらしい一面もあったのか」

「お二人共とてもお忙しいですから、わたくしも龍魔コラボファンとしては楽しみにしてるんですよ?」

 

 :そりゃそうでしょ

 :サクラ子かわいい

 :これサクラ子聞いてないかなw

 :これ聞いたサクラ子の反応が楽しみだ

 

 とにかくガンガン押しに押しまくるのがサクラ子のコミュニケーションスタイルだけども、それ以上に気遣いの人なのである。だからこそたくさんの同業者やファンから愛されている訳で。もちろんそんなことはまお様も重々承知だろうが初代龍魔コラボに向けたちょっとしたアシストとしてエピソードを紹介するくらいならサクラ子も許してくれるだろう。

 

「そして次は第一回ラジオクローネですねっ」

「最初はどうなることかと思ったしスケジュール的に厳しいときもあったがここまで四回も続いてるのはリーゼの頑張りがあったからだと思っているよ」

「そんなっ、わたくしから言い出したことなのに本当にまお様に助けられていて……。準備も当番制にしていただいて、うたみた動画まで」

「企画物の大変さはよく知っているからな、同期としてliVeKROneの名を冠した企画に協力するのは当然だろう?それに動画の方もこうやって理由付けしないと最近はなかなか時間が取れなくなってきているからな。今となってはいい機会がもらえたと思っているよ」

 

 最初はまお様とのコラボ企画として立案し実験的な試みで始まったラジオクローネであるが、リスナーからも事務所からも評判が良く半ばliVeKROneの公式企画みたいな立ち位置になりつつある。そんな中でも好き勝手やらせてもらえているのは色々な人の協力あってのことであるし、間違いなくまお様がいなければ成り立っていなかっただろう。

 

「我の引っ越しまで別にliVeKROne年表に載せる必要はないだろう……」

「まお様に関することはすべて記録するに値する事柄ですから」

 

 :いる

 :必要

 :リーゼちゃんとの同棲記念

 :ちょうど欲しかった

 

 呆れたように言葉を発したまお様の目線の先には『まお様新居へ引っ越し』と記された年表がある。もともとまお様個人の非公式Wikiであることを考えるとどんな些細なことも残しておきたい気持ちはわかるし、推しが新居へと引っ越したとあればそれは記録せずにはいられないだろう。

 

「それに別にリーゼと同棲してる訳じゃないからな?どうしてこうもリスナーたちは我と誰かを同棲させたがるんだ」

「SILENT先生との同棲なんてお話も昔ありましたよね」

 

 :実質同棲みたいなもん

 :あれはあんな写真上げるのが悪い

 :もう同棲しちゃいなよ

 :同じ建物だし

 

 同じマンションに住んでいることは公表しているわけではないけど、ファンたちの間では当然のように同じマンションしかも隣の部屋であることは周知の事実のように扱われている。頻繁に遊びにいったり突発で配信に現れたりで隠しているつもりもないのでそのような扱いを受けるのは想定内ではあるのだが。

 

「あー、またずいぶん懐かしい話を覚えているな」

「おそらくこちらの非公式WikiにもSILENT先生との同棲疑惑について書いてあったと思いますよ?」

「本当になんでも書いてあるんだな……」

 

 :もともとまお様非公式Wikiだし

 :まお様の女でシェアハウスしよう

 :あとでまた見直そう

 :まじで情報量半端ないからな

 

「お引越しの後だとSERAPHIMラジオですね。このあたりから一気に忙しくなった感じがいたします」

「ラジオは収録から公開まで結構期間があったから時期のイメージが掴みづらいが、たしかにこのラジオの反響はすごかったな」

「わたくしもこの企画のお話自体は公式発表のタイミングで知ったので本当に驚いたんですよ?」

 

 :天使ちゃんラジオ!!

 :まじで最初驚いたからなぁ

 :まお様ラジオデビュー!

 :とうとう来たかって感じだった

 

 時期的には3Dお披露目に向けて動き出していた頃であったし、ちょうどVtuberという存在が徐々にではあるがインターネット以外のメディアで取り上げられ始めたところに大手レーベルが売り出しているアーティストである天使沙夜(あまつかさや)さんとのラジオが全国に流れたのだ。その反応はわかりやすく、企業から案件の依頼や各種メディアへの出演依頼といった形で我々のスケジュールを埋めていった。

 

「今だから言えるが、もうこの時点で3Dお披露目に向けて色々と動いていたからな……本当に沢山の者に支えられているんだと実感したよ」

 

 どこか遠い目をしているまお様の脳裏にはきっと奔走した日々とそれを支えてくれた人たちの姿が浮かんでいるのだろう。日々の配信にレッスン、そして配信では言えないようなトラブルや悩み。それらは当然この年表には記されていないしリスナーたちにも知らされていない。ただのリスナーであったときはまお様のことであればすべてを知りたいと思っていたが、自身が配信者になってからはそういったネガティブなところは極力見せないようにしたいという気持ちもわかるようになってしまった。

 

「そのあとすぐに3Dお披露目の告知をして、お披露目、クリスマス企画と本当に駆け抜けていきましたから……。携わってくださった方々に、もちろんリスナーの皆様には感謝してもしきれませんね」

 

 :ありがとう!

 :こちらこそだよ

 :駆け抜けたなぁ

 :来年も駆け抜けよう!

 

「おっと、なんだかんだ年表を振り返っていたらかなりいい時間じゃないか」

「結構時間あると思っていましたが意外とあっという間でしたね」

 

 :ほんとだ

 :気づかなかった

 :年越しジャンプしよう

 :年越しだー!

 

 年表がちょうど3Dお披露目あたりに差し掛かってきたあたりで声につられて時刻へと目を向ければ年越しまであと数分。喋り始める前はきちんと時間を気にしておこうと思っていたのに配信に夢中ですっかりその意識を忘れてしまっていた。まお様が気づいてくれなかったらいつの間にか年を越していたなんて自体になっていたのは想像に難くない。こういうところでもまだまだ配信者としての意識というか力量の差を思い知らされてしまうのだ。

 

「そういえばドイツは新年を花火でお祝いすると聞いたが」

「そうですね。こちらでいう大晦日と元旦には普段禁止されている派手で大きな打ち上げ式の花火が解禁されるので……、ものすごい大騒ぎになると聞いています」

「その言い振りだと流石にリーゼの周りではそこまでではなかったのか?」

「そうですね、屋敷の周りはそれほど人はいませんでしたし。お父様はそういった人間のイベント事にはあまり興味がなさそうでしたので」

 

 :お屋敷!

 :リーゼちゃんお嬢様だからなぁ

 :リアル魔界のお姫様やん

 :ドイツの花火やばいからな

 

「ただ……、その花火が楽しそうでこっそり魔法で似たような事はやっていました」

「それは随分と楽しそうだ」

 

 :かわいい

 :なにそれかわいい

 :魔法って便利だな

 :やってやってー

 

 つい調子に乗って魔力の出力を上げすぎて、何らかの襲撃かと一帯を警戒状態にさせてしまった失敗談もあるのだが……。それは自身の名誉のためにも言わないほうがよさそうだ。

 

「さすがに室内では魔法とはいえできませんからね?ではそろそろカウントダウンと行きましょうか」

「せっかくなら日本語とドイツ語でカウントダウンと新年の挨拶をしようじゃないか。挨拶はたしかフローエス・ノイエス・ヤーだったな?」

「Das ist richtig!正解です!」

 

 :おお

 :まお様ちゃんと勉強してる

 :10までならなんとかドイツ語でいけるわ

 

「では十秒前から我からいくぞ?……十」

「neun!」

「八……」

「sieben!」

 

 いよいよ、新年へのカウントダウンを迎え画面に表示させた時計に合わせて二人で言葉を重ねていく。それと同時にコメント欄でも大量の数字によるコメントが流れ始める。といってもどうしてもラグがあるせいでコメント欄は中々カオスな状態になっているのだがそれすらもお祭り感があって楽しい。

 

「六」

「fünf!」

「四……」

「drei!」

 

 ひとつ数を口にするたびにお互いの顔とコメント欄を交互に見比べ笑みを交わす。その楽しさといったらいつか遠くで見聞きした故郷での大騒ぎにも匹敵するんじゃないかと思う。それも大好きで大切な人達と一緒にいるのだから尚更だ。

 

「二っ」

「eins!」

 

「あけましておめでとう!」

「Frohes neues Jahr!」

 

 :あけましておめでとう!!

 :ハッピーニューイヤー!

 :フローエス・ノイエス・ヤー!




しばらく不定期更新となります。

(感想、配信ネタ等何でも募集中、いつもありがとうございます!)
作者Twitter
マシュマロ
募集用活動報告


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。