Dark Matter In Fairy Tail (bbbb.)
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序章
一話


 

 「…」

 

 垣根はゆっくりと身体を起こし、周りを見渡す。そこは緑が広がる広大な草原だった。辺りは暗く、空に浮かぶ月がその光で草原を照らしていた。そして背後を振り返ると、そこには一本の大きな木が立っていた。どうやら自分は草原の木陰で一眠りしてしまったらしい。

 

 「いやどこだよここ」

 

垣根は訝しげに呟く。草原で居眠りなどした記憶は無く、そもそも学園都市にこんな大きな草原はない。垣根は自分が寝る前の記憶を辿りながらその場で立ち上がり、再び辺りを見渡すもやはり垣根には全く馴染みのない場所であった。

 

 「…ったくどうなってんだよ」

 

何が起きているのか混乱していたが、とりあえず辺りを散策するために歩き出した垣根。しばらく草原の中を歩いていると突然草原が途切れ、見晴らしが良く開けた場所に出た。垣根はそのまま眼下の景色を見下ろした。

 

 「おいおい、こりゃ一体なんの冗談だ?」

 

驚いた様子で言葉を口にする垣根。垣根の目に飛び込んできたのは、ここから下って2km程の所に広がる見覚えのない街の姿だった。

 

 「どういうことだ…?学園都市じゃない…?俺は今、学園都市の外にいるっつーことか?だが、だとしたらなぜ?俺はあの街から出た覚えはねぇぞ…」

 

次々と湧き上がってくる疑問を口にするが、その疑問に答えてくれる者は誰もいない。街を見下ろしながらしばらく考えていた垣根だったが、やがて心が決まると再び前を見据える。そして、

 

 (とりあえずあの街で情報収集だな)

 

そう心の中で呟くと、垣根は山道を降りて街へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここは…ヨーロッパか?」

 

 それは、垣根が街の中を見渡して最初に思い浮かんだ印象だった。家屋などの建造物の特徴や人々の話す言語がヨーロッパのそれとよく似ていたからだ。国としてはフランス辺りが一番近い雰囲気かもしれない。

 

 (まだ全然よく分からんが、これで一つハッキリしたな。ここは学園都市じゃねぇ。それに、この街の奴らが使ってる言語が日本語じゃねぇってことは、ここは日本ですらねぇってことだ)

 

垣根は少ないながらも得られた情報を整理していく。どうやら垣根は知らず知らずのうちに外国に連れてこられてしまったらしい。またもや謎が深まっていく中、垣根は次の行動について考える。

 

 (情報収集は人に聞き込むのが一番手っ取り早い。夜でも人が集まりそうな場所…酒場らへんを探すか)

 

素早く行動指針を立てた垣根は早速人が集まりそうな場所を探しに街の中を歩き出した。垣根は歩きながら改めて街の中に目を向ける。街の建物や人の話す言語も学園都市とは違うが、他にも人々が着ている服装も学園都市の人間とは違っていた。学園都市のものと似ていないというより、現代風でないと言った方が正確かもしれない。どこか昔の時代っぽさというものを垣根はこの街の至る所から感じていた。

 

 (中世ヨーロッパにでもタイムスリップしてきた気分だな)

 

垣根は心の中で呟きながら歩を進める。すると、前方から一人の男がこちらの方に向かって必死に走ってくる姿が目に入った。そして、

 

 「大変だぁ!!!ビーストが出たぞぉぉ!!!」

 

その男は大きな声で叫ぶ。垣根を含む道行く人々がその男に視線を集めていると、突然、

 

 ボォォォォォォン!!

 

男が走ってきた方角から爆発音が鳴り響いた。人々が一斉に音の方角へ目を向けると、遠くの方から火の手と煙が空高く舞い上がっている光景が見えた。さらに、

 

 ドォォォォン! ドォォォォォン!

 

連続して轟音が鳴り響く。呆然とした様子で人々がその場で立ち尽くす中、走ってきた男が一言、

 

 「逃げろぉぉぉぉ!!!」

 

大声でそう叫ぶと、人々は悲鳴を上げながら一斉に走り始めた。

 

 「キャアアァァァァ!!!」

 「クソッ…!ビーストだと!?なんでこんな街中に!?」

 「そういえば今日、フェアリーテイルの魔導士がビースト退治に向かったって…」

 「きっと失敗したんだ!」

 「逃げろぉぉ!ヤツに遭遇したら殺されるぞぉぉぉ!!」

 

悲鳴や怒声が飛び交い、人々は逃げ惑う。向こうから走ってきた男もまた、他の人々と同様に一刻も早く逃げ去ろうとしていたが、突如その腕を掴まれ動きを止められる。

 

 「な、なんだよお前!?」

 

突然のことに驚いた様子を見せる男だったが、腕を掴んだ人物である垣根は構わうことなく男に質問した。

 

 「おい、これはどういう状況だ?」

 「はぁ?さっきも言っただろ。街の反対側でビーストが暴れてんだよ!」

 「ビースト?なんだそりゃ」

 「お前ビースト知らねぇのかよ!とんだお上りさんだな…」

 

男は驚きながらも呆れた様子でため息をつくと、早口で説明し始めた。

 

 「獣の王ザ・ビースト。この辺の森に住んでる化け物の事だ。これまで何人もの魔導士がヤツの討伐に向かったが、生きて帰ってきたヤツはいない。それくらいヤバい化け物なんだよ」

 「そんな化け物がなんでこの街に?」

 「知るかよそんなもん!ただ、今日フェアリーテイルの魔導士三人がそのビースト討伐に向かっていった。もしかしたらそれが関係してんのかもな」

 「フェアリーテイル?魔導士?なんだよそれ」

 「はぁ?何馬鹿なこと言ってんだ?そんなことより早く逃げろ!じゃないとお前もビーストに食われちまうぞ!」

 

そう言って男は垣根の手を振りほどくと、人々と共に走り去っていった。走り去る男の背中を見ていた垣根はゆっくりと振り返り、街の反対側から立ち上る火の手や轟く雄叫びに意識を向けると、いつものように頭の中で演算を開始した。

 

 「問題ねぇ。ちょいと懸念はあったが、どうやら能力は問題なく使えるらしい」

 

垣根がそう呟くと、

 

 ファサッッ!!

 

突如垣根の背中から純白の白い翼が出現する。そして三対六枚の翼を広げると垣根の身体はゆっくりと宙に浮かんでいった。

 

 「訳分かんねぇ所に来たと思ったらいきなりこれか。とんだ厄日だな今日は」

 

ブツクサ文句を言いつつも垣根は背中の翼をはためかせ、ビーストがいると思われる方角へ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く…っ!?」

 

 銀髪ポニーテイルで露出度の高い服装をした少女が、右腕を押さえながら地面に座り込む。彼女の名前はミラジェーン・ストラウス。魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で、獣の王ザ・ビーストを討伐しに来た魔導士の一人である。ミラの他に、彼女の弟妹も一緒にこの討伐任務に来たわけであるが、流石はS級指定モンスターというべきか、ミラ達三人は苦戦を強いられることとなった。そして戦いの最中、ビーストからミラを庇うために弟であるエルフマンが接収(テイクオーバー)を発動し、ビーストの身体を吸収しようとした。しかし、ビーストの魔力は予想より遙かに強大で、逆にエルフマンの理性が乗っ取られてしまった。理性を無くしたエルフマンはビーストの巨体で暴走を始め、辺り一帯を破壊し尽くすと終いには近くの街にまで被害を及ぼした。なんとかミラが街から離れたこの岩山まで誘導させることに成功するも、街への被害は既に甚大でおまけにミラ自身もビーストの攻撃によって傷ついてしまった。傷だらけの身体で岩の地面に座り込むミラだったが、そんな彼女の耳に再び大きな地鳴りのような音が聞こえてくる。

 

 ズシン!ズシン!ズシン!

 

巨体から発せられる大きな足音と共に、エルフマンの理性を乗っ取ったビーストが岩の影からゆっくりと姿を現した。

 

 「エルフマン!!しっかりしろ!」

 

目の前に迫るビーストに向かってミラが必死に叫ぶも、エルフマンは何の反応も示さずミラの下へ歩みを進める。すると、

 

 「ミラ姉ェェェーー!」

 

空からミラの名を呼ぶ声が聞こえた。ミラが視線を上げると、一羽の鳥がミラの下へ飛んでくるのが見える。その鳥はミラのすぐ近くで着地すると、突如その姿が一人の少女の姿へと変わった。

 

 「街の皆は避難させたけど、何があったの!?」

 

ビーストを見上げながらミラに問う少女。彼女の名はリサーナ・ストラウス。ミラ、エルフマンの妹でこの任務に同行していた魔導士の一人だ。彼女も接収(テイクオーバー)が使え、主に動物の姿に変身する。ミラからの指示で先ほどまで街の住民の避難誘導を行なっていた。状況が掴めていないリサーナに対し、ミラが答える。

 

 「逃げるんだリサーナ…私が迂闊だった…私を庇ってエルフマンがビーストを接収しようとしたんだ!」

 「え!?それじゃ…」

 「だが、ヤツの魔力は強力すぎる…!エルフマンは理性を失っている」

 「そんな…!?」

 

リサーナが悲鳴にも似た声を上げる。そして負傷したミラに肩を貸しながらビーストを見上げた。

 

 「エルフ兄ちゃん、どうなっちゃうの…?」

 「早く目覚めさせないと、このままビーストに取り込まれちまう…」

 「ガァァァァァ……」

 

ズシン!と大きな地ならしを鳴らし、ビーストはミラ達の目の前で止まる。低いうめき声を発しながらミラ達を見下ろすビースト。すると、ミラに肩を貸していたリサーナがミラから離れ、ゆっくりとビーストの下へ歩き出した。

 

 「リサーナ!?なにを…!?」

 

驚愕の表情を浮かべるミラを他所に、リサーナはビーストのすぐ近くまで行くと顔を上げて話し始めた。

 

 「エルフ兄ちゃんどうしたの?妹のリサーナだよ?ミラ姉のことも忘れちゃったの?」

 

温和な声と優しい笑顔で語りかけるリサーナ。弟が化け物に身体を乗っ取られ、暴走状態だというのにリサーナの顔には一切の恐怖はない。

 

 「ガァァァァァ…」

 

喉の奥を鳴らしながらリサーナを見下ろすビーストに、リサーナはさらに語りかける。

 

 「エルフ兄ちゃんが私たちのこと忘れるわけないよね?だってリサーナもミラ姉も、エルフ兄ちゃんのこと大好きだもん」

 「ウッ……」

 

一瞬顔をしかめたビーストだったが、次の瞬間、

 

 「ウオォォォォォォォォォォ!!!」

 

轟く咆吼と共に自らの巨大な右腕を振り上げる。しかし、尚も動じずにビーストを見上げるリサーナは大きく腕を広げた

 

 「さあ、もうお家にへ帰ろう。エルフ兄ちゃん!」

 

最後まで優しい表情で語りかけたリサーナ。しかし、理性を無くしたエルフマンにリサーナの声が届くことはなく、無情にも振り上げられた巨腕がリサーナ目掛けて振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リサー…ナ……」

 

 悲痛の表情を浮かべながら妹の名を呟くミラ。ビーストの腕力が強すぎたせいなのか、ミラはリサーナの身体が吹き飛ぶ瞬間を目で捉えることが出来なかった。だが、そんなことは彼女にとってはどうでもいいこと。最愛の弟の意識を乗っ取った化け物が、最愛の妹の身体を吹き飛ばしたということは疑いようもない事実だったからだ。ミラにとってはこれ以上無いほどの絶望であり、その絶望は彼女の身体からあらゆる気力を奪い取った。どうすればよいか分からず、ただ呆然と目の前の虚空を見つめるミラ。すると、

 

 「イカレてんのかお前」

 

突然ミラの後方から男の声が聞こえる。その声を聞き我に返ったミラは急いで振り返ると、ミラから少し離れた所に一人の青年が背を向けて立っていた。髪は金髪で服は茶色のジャケットを着ている。そしてなにより、背中から純白に輝く謎の翼が生えていることが特徴的だ。ミラがその青年に目を奪われていると、青年が腕に抱えていた誰かをそっと地面に降ろした。そして青年が降ろした人物がミラの視界に入ってくると、ミラは思わず大きな声を上げる。

 

 「リサーナ!!!」

 

ミラは妹の名を叫ぶながら急いで駆け寄ると、リサーナの身体を強く抱きしめた。

 

 「リサーナ…!良かった…!無事で…本当に…!」

 「ミラ姉…」

 

強い力で抱きしめてくるミラにリサーナも応える。数秒間抱きしめ合っていた二人だが、やがて離れると二人は青年の方へ向き直った。目つきは悪いが端整な顔立ちをしていて、身長は170後半はあるだろうかという程。年はさほどミラと離れていないように見える。

 

 「あんた…」

 

ミラが青年に話しかけた瞬間、

 

 「ウォォォォォォォォォォ!!!」

 「「!?」」

 

突如獣の咆吼が響き渡る。ミラとリサーナが慌てて顔を上げると、

 

 ズシン!ズシン!

 

と大地を鳴らしながらこちらに向かってくるビーストの姿が目に映った。

 

 「ヤバい!こっちに来る!リサーナ、一旦逃げろ!」

 「エルフ兄ちゃん!」

 「ダメだリサーナ!今のエルフマンには私たちの声は聞こえてない!さっきので分かったろ!?」

 「でも…!」

 「でもじゃない!あんたも早く…」

 

ミラが青年にも早く逃げるよう伝えようとしたその時、

 

 ダンッ!!

 

大地に一際大きな衝撃が伝わり、ビーストの巨体が加速する。あっという間に青年との距離を縮めたビーストはそのまま左腕を大きく振りかぶった。

 

 (狙いは男の方か!まずい…!)

 

いきなりの加速に反応が遅れたミラは、またもや動けずに目の前で振り下ろされる左腕をただ見ていることしか出来なかった。大気を切り裂き、背後から迫り来る巨腕に対し、青年はゆっくりと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ん…ちゃん…エルフ兄ちゃん!」

 「はっ!」

 

 リサーナの呼び声と共にエルフマンは目を覚ました。パッと目を開けると、すぐ側にリサーナとミラが心配そうに自分の顔を覗き込んでいるのが見える。エルフマンはなんとか顔をリサーナ達の方へ向けると弱々しく言葉を発した。

 

 「リサーナ…姉ちゃん…」

 「…!エルフ兄ちゃん!!」ガバッ!

 

エルフマンが意識を取り戻したことに気付くと、リサーナはパッと顔を輝かせ、勢いよくエルフマンに抱きついた。

 

 「もう!本当に心配したんだから!」

 「リサーナ…」

 「良かった…!エルフ兄ちゃんが無事で本当に良かった…!」

 

声に涙をにじませるリサーナをそっと抱きしめ返すエルフマン。身体中が痛むが、リサーナの嬉しそうな表情を見ると痛みも気にならなかった。すると後ろで立っていたミラもエルフマンの下へ近づいてくる。

 

 「エルフマン…」

 「姉ちゃん…」

 

エルフマンが無事で安心したのか、ミラも微笑みながらエルフマンを見つめていた。そんなミラに視線を向けるエルフマンだったが、ミラの傷だらけの身体を見ると目を見開いた。

 

 「姉ちゃんその傷…!」

 「ん?…あぁ、大丈夫。これくらい大したことない」

 「……俺がやったのか?」

 「……」

 

ミラはエルフマンの問いには答えず、気まずそうに視線を逸らす。それを見たエルフマンは、答えを聞かずとも何が起きたのか察し、その顔を歪ませた。

 

 「俺が…姉ちゃんを…」

 「ち、違うんだエルフマン!お前はビーストから私を庇ってくれたんだ。悪いのは私だ」

 「そんな訳ない!全部俺のせいだ。俺が弱いから、ビーストに意識を乗っ取られた…」

 「……」

 「俺が弱いから!姉ちゃんやリサーナを危険にさらしたんだ!」

 「エルフ兄ちゃん…」

 

俯きながら悔しそうに涙を流すエルフマンをミラとリサーナは悲しげに見つめる。

 

 「俺はいっつもこうだ…いっつも姉ちゃんやリサーナに助けられてばっかりだ。本来なら俺が二人を守らなきゃいけないのに…」

 「…そんなことない。私だってそうだ。お前を乗っ取ったビーストを前に私は何も出来なかった。アイツに助けられなきゃ私は今頃、大切な姉弟二人を失っていたかもしれない」

 「…アイツ?」

 

ミラの言葉にエルフマンは目を丸くする。エルフマンはてっきり自分を正気に戻してくれたのはミラとリサーナだと思い込んでいたが、今のミラの言い方だとミラでもリサーなでもない全く別の誰かが介入していたことになる。必死に自身の記憶を辿りその人物について思い出そうとしたエルフマンだったが、暴走状態の頃の記憶は曖昧で誰も思い当たる節はなかった。

 

 「アイツって誰だよ、姉ちゃん」

 「…さぁ。私にもよく分からん」

 「分かんないって…」

 「天使…」

 「えっ?」

 

リサーナが突然呟く。エルフマンが思わず聞き返すと、リサーナは短く答えた。

 

 「天使みたいな人がね、私たちやエルフ兄ちゃんを助けてくれたの!」

 「天使…?どういうことだ?」

 「言ったろ?私たちもよく分かんないって。名前も告げず、すぐにどっかに行っちまったんだよ」

 「そ、そっか…」

 

自分達を助けてくれた人を知ることが出来ず、またも気を落とすエルフマン。すると、

 

 「大丈夫だよ、エルフ兄ちゃん!」

 

リサーナが明るい声音でエルフマンに声をかけ、微笑みながら言葉を続けた。

 

 「またどこかできっと会えるよ!」

 「リサーナ…ああ、そうだな」

 「うん!」

 

リサーナは大きく頷くと、そのまま立ち上がりエルフマンにそっと手を差し伸べた。

 

 「さ、帰ろ!エルフ兄ちゃん!」

 「…ああ。帰ろう」

 

エルフマンは力強い返事と共にリサーナの手を取った。

 




別にあっちを書くのやめたわけじゃないですよ?
ただの気まぐれです。


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二話

 

 「はっ…はっ…はっ…!」

 

 とある森の中。暖かい日差しが木々の隙間に差し込まれる中、一人の少女が荒い息づかいと共に森の中を必死に走っていた。呼吸を乱し懸命に走りながら、その少女はふと自身の後ろを振り返った。すると、

 

 ドドドドドドドドッッ!!

 

地鳴りのような激しい音と共に何か巨大な生き物が追ってきていた。その生き物はゴリアン、またの名を森バルカンと呼ばれていて、全身が緑色の毛で覆われゴリラと猿を掛け合わせたような姿形をしていた。

 

 「ウホホッ!逃がさないよォ~」

 「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

悲鳴を上げながら森バルカンから逃げる少女。しかしスピードの差は歴然で、少女の努力虚しく少女と森バルカンの距離はどんどん縮まっていった。

 

 「どうしよ~シャルルぅ…」

 「だからやめときなさいって言ったのに!」

 

少女の嘆きに、翼を生やし空を飛びながら少女と並走している一匹の白いネコがたしなめるように答えた。

 

 「だってぇ~…」

 「全く仕方ないわねぇ…ほら、飛ぶわよ!」

 「シャルル!」

 

シャルルと呼ばれる白いネコの言葉に顔を輝かせる少女。早速そのシャルルにつかまろうとしたその時、ゴソッと音を鳴らしながら目の前の茂みから一人の男が姿を現した。

 

 「えっ!?」

 「ちょっ…!?」

 「あ?」

 

男の突然の出現に危うくぶつかりそうになりながらも、なんとか回避する少女とネコ。そしてその場で立ち止まると、少女は急いで男の方を向き、叫ぶように言った。

 

 「速く逃げて下さい!でないと森バルカンに襲われます!」

 「あ?なんだよそれ」

 「あれよ!あれ!」

 

シャルルが指さした方角へ男が顔を向けると、巨大なゴリラのような化け物がここ目掛けて勢いよく走ってきている光景が目に入った。森バリカンもまた、新たな人間が現れたことを視認する。

 

 「ウホッ!また新しいエサが現れたなァ!二人…いや、三匹まとめて食ってやる!」

 

顔を邪悪に歪ませながら森バルカンはさらに加速し、ついに男達の目の前に到達すると、その右腕を大きく振りかぶった。

 

 「何してんのよ!逃げるのよ!」

 

少女の警告を受けたにもかかわらず、微動だにしない目の前の男を見て、シャルルもまた慌てて叫ぶ。しかし、それでも男はその場を動かず、目の前まで迫った森バルカンを気怠げに見上げていた。

 

 「まずはお前からだァ!死ねェェ!!」

 「イヤ…!」

 

森バルカンの右腕が男目掛けて振り下ろされ、思わず目を覆う少女。シャルルもまた顔を横に背ける。ドンッ!という衝撃が辺りに響き、二人とも目の前の男が森バルカンによって吹き飛ばされたことを悟った。そしてそれは森バルカンも同じで、森バルカンは男の身体を捉えたことを確信していた。だが、

 

 「ハァ…」

 

突如大きなため息が聞こえ、再び意識を眼下へ戻す森バルカン。少女とシャルルも恐る恐る視線を戻すと、そこには森バルカンの拳を左手一本で受け止めている男の姿があった。

 

 「片手で…!」

 「受け止めた…!」

 「な、なんだとォォォォ!?」

 

目の前の光景に驚く少女達や森バルカン。三者が目を丸くする中、その男は吐き捨てるように呟いた。

 

 「こちとら昨日から飲まず食わず寝れずでただでさえイラついてんだよ…」

 「え……っ?」

 「テメェ、死ぬ覚悟は出来てんだろォなァ!?」

 「いや、ちょ…っ!?」

 

凄まじい怒気を含んだ眼光をぶつけられ、思わず後さずりする森バルカン。そして、

 

 ドォォォォォン!!

 

凄まじい轟音が森中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」チーン

 「あー、気持ち悪ィ…」

 

 土煙が辺りを漂う中、白目を剥き気絶している森バルカンに背を向けながら垣根帝督はダルそうに呟いた。昨夜ザ・ビーストと戦った後、宿を探そうとした垣根だったが、そこでようやくこの世界の金を持っていないことに気付いた。なんとか金を作ろうと質屋などを探してみたが、すでに時は真夜中だったため開いている所はなく、結局昨夜は一文無しで過ごすこととなった。そのため、一睡も出来ず飯も一口も食えていない最悪の状態で朝を迎えることとなり、そんな最悪のコンディションの中次の街へ向かうため森の中をさまよい歩いていると、先ほどの森バルカンに遭遇したというわけである。思わぬ寄り道を食った垣根は、早く次の街へ向かおうと再び歩き出そうとすると、突然背後から声をかけられた。

 

 「あ、あの!」

 「あァ?」

 

自身の体調不良も相まってか、鬱陶しそうに振り返る垣根。するとそこには長く青い髪で緑色の民族衣装のような服を着た一人の少女と、背中から翼を生やし宙に浮いている一匹の白いネコがいることに気付いた。

 

 「えっと、その…さ、さっきは助けていただいてありがとうございました!」

 

少女が緊張した面持ちでそう言うと、頭を深く下げ感謝の意を示した。そんな少女を垣根は怪訝そうに見つめる。

 

 「助ける…?あぁ、あのゴリラのことか。別に助けたつもりなんざねぇよ。結果的にそうなっただけだ」

 

そう言って再び身を翻す垣根。するとまたもや少女が垣根に声をかけた。

 

 「あ、あの!」

 「…今度はなんだ?」

 

ため息をつきながらも、垣根は再び少女の方へと向き直る。すると少女は遠慮がちに話し始めた。

 

 「あ、いえ…その…顔色があまり良くないように見えたので、つい…」

 「…お前には関係ねぇだろ」

 「そ、そうですよね…すみません…」

 

垣根にあしらわれ、あからさまにションボリと肩を落とす少女。すると、

 

 グゥゥ~

 

突然お腹の鳴る音が聞こえた。

 

 「え…っ?」

 「今の…」

 「……」

 

少女とネコが目を丸くしながらも、音の出所である正面へ視線を向けると、垣根は気まずそうに視線を逸らした。そんな垣根に少女はおずおずと尋ねる。

 

 「もしかしてお腹空いてるんですか?」

 「思いっきりお腹鳴ったわよね?」

 「…うるせぇ」

 「あの、もしよければ私のギルドに来ませんか?ご飯くらいならご馳走できると思います」

 「あ?」

 

少女の言葉に垣根は眉をひそめる。すると隣のネコも驚いた様子で少女の方を見た。

 

 「ちょっ、ちょっと!?ウェンディ!?何言ってるのアンタ!?」

 「だって助けてもらったお礼まだ出来てないし…」

 「そ、それはそうかもだけど、だからって…」

 「別に助けたわけじゃねぇって言ってんだろ。変な気遣いしてんじゃねぇ」

 「そうだとしても、私があなたのおかげで助かったのは事実です。何かお礼をさせてください」

 

また面倒くさい奴が現れたな、と呆れ果てる垣根だったが、またもやグゥゥ~と腹の虫が鳴り思わず口を閉じる。

 

 「「「………」」」

 

気まずい沈黙が場を支配する中、垣根は咳払いをすると再び口を開いた。

 

 「言っとくが金はねぇぞ。それでもいいなら考えてやる」

 「はい!勿論!」

 「何で上からなのよ…」

 

シャルルが小声でツッコむ中、ウェンディと呼ばれる少女は笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根はウェンディとシャルルと並んで歩き、ウェンディの所属するギルドとやらに向かっていた。その道すがら、垣根とウェンディはお互いのことを話し合っていた。

 

 「私はウェンディ・マーベルと言います。そしてこっちはパートナーのシャルルです」

 「…さっきはツッコまなかったけどよ、なんでネコが空飛んでしかも喋ってんだ?ありえねぇだろ普通」

 「フン!」

 

垣根の質問にそっぽを向き突っぱねるシャルル。どうやらまだ垣根に対して心を開いていないらしい。そんなシャルルの様子を見たウェンディは苦笑いを浮かべる。

 

 「あはは…シャルルとの出会いは、私が小さい頃に森の中でシャルルの卵を見つけたのが始まりなんです」

 「卵ォ?こいつネコなのに卵から生まれたのか?」

 「はい!ギルドで生まれたんですよ!とっても可愛かったんです!」

 「ちょっとウェンディ!余計なことまで言わなくていいの!」

 

シャルルはウェンディをたしなめると、今度は垣根に尋ねた。

 

 「で?そろそろアンタも自己紹介くらいしたらどうなのよ」

 「ちょっとシャルル!失礼だよ」

 

シャルルのぶっきらぼうな物言いにウェンディが注意すると、垣根が小さく笑いながら言った。

 

 「なんだよ、随分と嫌われてんな俺」

 「す、すみません…!シャルルって誰に対してもこんな感じで…」

 「いや、別に気にしてねぇよ。つかむしろそのネコの反応の方が正しい」

 「え?」

 「お前が不用心すぎんだよ。突然見ず知らずの男をギルドに連れ込むとか、そりゃ誰でも警戒すんだろ」

 「はぁ…」

 

ウェンディはキョトンとした表情を浮かべながら垣根の話を聞いていた。どうやらいまいちピンときていない様子で、垣根は呆れたようにため息をつく。

 

 「まぁいい。で、俺の自己紹介だったな。俺の名前はかk…じゃねぇや。テイトク。テイトク・カキネだ」

 「テイトクさんですね!よろしくお願いします!」

 「あぁ。よろしく」

 

改めて垣根とウェンディは挨拶を交わし、シャルルはそれを黙って見つめていた。そしてウェンディが垣根に尋ねる。

 

 「それで…テイトクさんはどこから来たんですか?」

 「…分からねぇ」

 「え?」

 「はぁ??」

 

ウェンディとシャルルは同時に思わず聞き返した。ウェンディの質問は至ってシンプルで、普通ならすぐに答えが返ってくるような質問だが、隣を歩くこの男は「分からない」と答えたのだ。予想外の返答にいささか面食らう中、ウェンディが遠慮がちに尋ねた。

 

 「分からないとは一体どういう…」

 「分からないというより、正確には覚えてねぇ、だ」

 「覚えてない??」

 「あぁ。自分自身に関する基本的な情報以外何も覚えてねぇ。昨夜隣の街近くで目が覚めた。これが今俺の覚えている限り最初の記憶だ」

 「それって…」

 「記憶喪失ってこと?」

 

ウェンディとシャルルが驚いた様子で言うと、垣根は横目で彼女らを見ながら心の中で呟いた。

 

 (まぁ嘘は言ってねぇ。実際、あの草原で目覚める前の経緯とかは全部覚えてねぇんだからな。ちと誇張はしすぎたが、今は情報を得るのが先決。こういう設定にした方が色々と都合が良さそうだ)

 

すると案の定、シャルルがうさんくさそうなものを見る目つきで垣根を見上げた。

 

 「記憶喪失?なによそれ」

 「一体どうして…?なにか心当たりはないんですか?」

 「ねぇな。俺がテイトク・カキネだということ以外、何も覚えてねぇ」

 「…本当なの?全然信じられないんだけど」

 「それはもっともだが、本当なんだからしょうがねぇ」

 

そう言いながら垣根は大げさに肩をすくめてみせる。シャルルは依然疑いの視線を向けていたが、ウェンディは心配そうな表情を浮かべていた。

 

 「記憶喪失…私の魔法で治せるかな…?」

 「まぁそういうことだからよ、出来ればこの世界について色々教えてくれると助かるんだが…」

 「はい!そういうことでしたら喜んで!」

 

垣根の申し出に笑顔で応えるウェンディ。するとシャルルが垣根に問いを投げかけた。

 

 「この世界について教えろって言ったって、アンタはどこまで知ってんのよ?今が何年くらいかは知ってるの?」

 「今?あー…にせん…」

 「782年よ!」

 「は?」

 

シャルルの言葉に垣根は思わず目を見開きながら呟く。782年というと、垣根が生まれる1000年以上も前のことだ。街の景観などが現代離れしているとは感じていたが、まさか本当に時代が違っているとは思わなかったので、流石の垣根も言葉を無くしていた。

 

 「782…だと…?」

 「はい、そうですけど…」

 「基本なんてレベルじゃないんだけど。アンタそんなレベルから覚えてないっていうの!?」

 「…もしかして、魔法についても覚えてないんですか?」

 「…あぁ、どうやらそうみてぇだ。すまねぇが根本的な所から頼む」

 「これは重症のようね…」

 

シャルルが呆れたようにつぶやく。ここがどこか、レベルならともかく、この世界なら常識のハズの魔法についても知らないとは流石に予想外だった。シャルルは垣根に対しより猜疑心を強めたが、ウェンディは相変わらず親身になろうとしていた。

 

 「分かりました!えっと、じゃあ順を追って説明しますね!」

 

そう言ってウェンディは説明を始めた。この世界や、魔法、ギルドについて。一通り説明を聞いた垣根はブツブツと呟き、情報を整理していた。

 

 「イシュガル大陸にフィオーレ王国…魔法という力…魔導士…魔導士が集う魔導士ギルド…」

 「とりあえずざっとこんなものかと…」

 「どう?なにか思い出した?」

 「いや、さっぱりだ」

 

シャルルの問いにさらりと答えた垣根だが、内心ではかなり動揺していた。

 

 (どういうことだ…?イシュガル大陸にフィオーレ王国?聞いたこともねぇぞ。地球上にはまだ未発見の大陸が残ってたっていうのか?それに、魔法だァ??オイオイ勘弁してくれ。魔法だなんだは空想の世界の話だろ。科学が発展したこの時代、んなもん信じてる奴なんざ一人も…ってあれか、時代がそもそも違うんだったな…ダメだ。意味不明にも程がある)

 

あまりの新情報の嵐に流石の垣根も頭を悩ませていたが、表面上ではあくまで平然さを装いながらさらにウェンディに問う。

 

 「とりあえず大まかなことは大体分かった。んで、お前さっき『私のギルド』って言ってたよな?ってことはアレか?お前もその魔法使い…いや魔導士って奴の一人なのか?」

 「はい、まぁ一応…」

 「ほぉ、どんな魔法使うんだよ?」

 「えっと、一応サポート魔法はいくつか使えます。攻撃系の魔法は全然ですが…」

 「サポート魔法…」

 

垣根はウェンディの言葉を反芻しながら興味深げに聞いていた。

 

 「色々ありますが、一番得意なのは治癒の魔法です」

 「治癒?傷を癒やす魔法って事か」

 「はい。他にも解熱や解毒、痛み止めなども一応出来ます」

 「まじかよ。そいつはすげぇな」

 「い、いえ、そんなこと…」

 

垣根に褒められ、頬を赤らめるウェンディ。するとシャルルがウェンディに小声で咎めた。

 

 「ちょっとウェンディ!安易に自分の魔法のこと言っちゃダメじゃない!まだ信用できると決まったわけじゃないんだから!」

 「何言ってるのシャルル。テイトクさんはさっき私たちを助けてくれたでしょ?充分信頼できると思うよ」

 「それはそうだけど…」

 「それに、なんとなく分かるの。この人は悪い人じゃないって」

 「けど!この世界のことも魔法のことも知らない記憶喪失なんて、いくらなんでも怪しすぎるでしょ!」

 「んーそうかなぁ???」

 

依然垣根に警戒心を持ち続けるウェンディとは対照的に、ウェンディは垣根のことを少しも疑っていない様子だった。一方の垣根はさっきからなにやらブツブツと一人で呟いていた。

 

 「治癒の魔法か…確かに学園都市では聞いたことねぇ。科学的に生み出される『能力』では恐らく発現し得ない力だ…面白い」

 

すると独り言を言っていた垣根にウェンディが尋ねた。

 

 「あの、テイトクさん」

 「あ?」

 「テイトクさんは自分の事以外は何も覚えていないと言ってましたが、それはご自身の魔法についても覚えていないんですか?」

 「俺の魔法?」

 「はい。先ほど森バルカンを倒してくれた…あれがテイトクさんの魔法じゃないかと思って…」

 「…あぁ、そういうことか」

 

垣根はウェンディの言葉の意味を理解した。どうやらウェンディは先ほど垣根が森バルカンを倒したあの力が垣根の魔法によるものだと考えたのだ。この世界では異能の力=魔法という認識なので、ウェンディのこの思い込みは至って自然なものだった。するとシャルルも疑問を口にする。

 

 「言われてみれば変ね。魔法のことすら知らなかったアンタがあの時なぜ魔法を行使できたの?」

 「…さぁな。俺に言われても分かんねぇよ。あの時はただ、身体が勝手に動いてたってやつだ。俺の力が魔法だなんて知らなかったのは本当だぜ」

 「なるほど。危機的状況だったからこそ、無意識的に身体が動いたんですねきっと」

 「…ふーん」

 

垣根の咄嗟のデタラメに、ウェンディはなぜか納得していた様子だったが、シャルルは釈然としない表情をしていた。

 

 「じゃあ、自分の魔法の詳細についてはまだ思い出せていないってことでいいのね?」

 「あぁ。その内思い出したらまた言うさ」

 

シャルルの質問を垣根が適当にやり過ごしていると、

 

 「あ!見えてきましたよ!私たちのギルドが!」

 

ウェンディが前方を見ながら嬉しそうに声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま!マスター!」

 

ウェンディはネコの顔の形をしたテントの中に入り、高齢な老人を見つけると元気に挨拶した。

 

 「おお!ウェンディ!帰ったか!」

 

ウェンディの声を聞いた老人はこちらを振り返り、嬉しそうに出迎える。黙ってウェンディに連れられるがまま歩いてきた垣根だったが、改めて背後を振り返りこのギルドの全体図を眺めた。

 

 (アフリカ辺境の地にある原住民の部落みてぇなとこだな。こいつこんなとこに住んでんのかよ)

 

心の中でそう呟きながら、再びウェンディの方を見る。ウェンディはテントの中に入り、マスターと呼ばれる老人やその他のギルドのメンバーと楽しげになにやら話していた。ギルドの外観同様、ギルドのメンバーも皆、民族衣装のような服を着ている者ばかりで、ギルドとはこういう民族的な側面が強いものなのか、と垣根が考えていると話が一段落したのかウェンディが垣根の下に戻ってきた。そして、

 

 「マスター!皆!この人が森で私を助けてくれたの!名前はテイトクさん!」

 

マスターやギルドのメンバーに垣根のことを紹介した。それに応じて垣根も軽く自己紹介をする。

 

 「テイトク・カキネだ」

 「おぉ!それはそれは。うちのウェンディがお世話になりました。なんとお礼を言ったら良いのやら…」

 「…別に気にする必要はねぇよ。ただの成り行きだ」

 「それでねマスター!テイトクさん昨日から何も食べてないんだって。だから、助けてくれたお礼に何かご馳走してあげたいんだけど、どうかな?」

 「それは良い考えじゃ。目一杯ご馳走しよう」

 

マスターはウェンディの提案を快く受け入れた。

 

 「ありがとうマスター!」

 

ウェンディが喜びを露わにする中、マスターが垣根の前に進み出てその名を名乗った。

 

 「自己紹介がまだだったな。ワシの名はローバウル。このギルド、化猫の宿(ケット・シェルター)のマスターじゃ」

 「…よろしく」

 

垣根はローバウルに短く挨拶した。すると今度は既に楽しげなウェンディが垣根の側まで近づき、垣根の袖を引きながら話しかけた。

 

 「さぁテイトクさん!外でみんなが食事の準備をしてくれてます。私たちも行きましょう!」

 「…あぁ、分かったから引っ張るな」

 

ウェンディのハイテンションさに辟易しながらも垣根はテントから出て、ウェンディやシャルルと一緒に食事会に参加しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぅ…もう食えねぇ…」

 

 垣根が口元に手を当てながら、うめき声を上げる。昼頃に始まった垣根のための食事会はかなり盛り上がり、気付けば辺りは真っ暗になっていた。最初は空腹で仕方なかった垣根だが、ギルドのメンバーがあまりにも垣根に食べさせるので、もう当分は動けないのではないかという程身体が重くなっていた。そんな苦しそうな様子の垣根をウェンディが心配そうに覗き込む。

 

 「テイトクさん、大丈夫ですか?」

 「いや、大丈夫じゃねぇよ…お前ら俺を食わせ殺す気か…」

 「食わせ殺すってなによ。ウェンディも心配いらないでわよ。ただの食べ過ぎだから」

 「でも…」

 

依然ウェンディが垣根を心配そうに見つめていると、彼らの下にローバウルが近づき垣根に尋ねた。

 

 「ところでテイトク君、君は今後どうするのかね?ウェンディから聞いたところ、君は記憶喪失だそうだが…」

 「…聞いてたのか。あぁ、そうだ。だが今はまだ何も決めてねぇ。というより、どうすればいいかも分からねぇってのが正直なとこだな」

 「…あの、マスター」

 

垣根の話を黙って聞いていたウェンディが突然、ローバウルに話しかけるとローバウルもそれに反応した。

 

 「どうしたウェンディ?」

 「私ちょっと考えたんですけど…」

 

真剣な面持ちで口を開いたウェンディを黙って見つめるローバウル。垣根やシャルルも見つめる中、ウェンディがゆっくりと言葉を発した。

 

 「テイトクさんの記憶が戻るまでこのギルドにいてもらうというのはどうでしょう?」

 「ん?」

 「はぁ??」

 「あ?」

 

ウェンディの言葉に驚く垣根達。特にシャルルはいち早くウェンディに詰め寄った。

 

 「アンタ何言ってんのよ!?こんな怪しい男を私たちのギルドに入れるって言うの!?」

 「さっきも言ったでしょシャルル。私たちテイトクさんがいなかったらあの森で死んじゃってたかもしれないんだよ?」

 「だから、それは分かってるけど…でもそれとこれとは話が別でしょ!」

 「別じゃないよ!今度は私たちがテイトクさんの力になってあげなきゃ!」

 「ウェ、ウェンディ…」

 

ウェンディの毅然とした態度にシャルルは思わず口を閉じる。そしてウェンディはローバウルの方へ再度向き直ると、ローバウルに尋ねた。

 

 「ねぇマスター!いいでしょう?」

 「う、うーん…しかしなぁ…」

 「マスター…?」ウルウル…

 「うぐっ…!?ま、まぁウェンディの頼みなら仕方ないな!うんうん」

 「マスター!じゃあ決まりって事で…」

 「オイちょっと待てコラ。何勝手に話進めてんだ。俺は入るなんて一言も言ってねぇぞ」

 

なぜか垣根が化猫の宿(ケット・シェルター)に入る流れが出来つつあった中、垣根が口を挟む。

 

 「お気遣い痛み入るが、そこまで世話になる気はねぇよ。すぐ出て行くさ」

 「でも、ここから出て行ってどこかにアテがあるんですか?」

 「………ある」

 「嘘ね。この世界のことについてすら知らなかったアンタに、アテなんかあるはずないもの」

 「……うるせぇな。とりあえず進めば何かあるんだよ」

 

シャルルに痛いところをつかれた垣根はばつが悪そうにそっぽを向くと、今度はウェンディが垣根に話しかけた。

 

 「テイトクさんの現状について、私たちもまだ分からないことだらけです。私たちのギルドはそんなに有名なギルドじゃないですけど、それでもここは魔導士ギルド。色んな情報が集まってきます。なので、ここにいればいつかテイトクさんの記憶の手がかりになる内容が手に入るかもしれません」

 「……」

 「なので、闇雲に探すよりかはギルドにいた方がいいかなって思ったんですけど…」

 

最後の方で自信が無くなったのか、ウェンディの言葉が尻すぼみになっていく。垣根が黙って聞いていると、ローバウルが垣根の方にゆっくりと近づいた。

 

 「まぁ、ウェンディの言うことも一理ある。どうせ何も決まってないならどうかね?少しここで腰を据えてみるというのは」

 「…いいのか?言っとくが金はねぇぞ?」

 「そんなものはいらんよ。大切なのはここにいたいという君の意志じゃ」

 

ローバウルは笑顔でそう言った。垣根はしばらく黙って考えていたが、やがて意を決するとローバウルの方へ向き直り、そして、

 

 「すまねぇが世話になる」

 

と一言告げた。その言葉を聞いたウェンディは歓喜の声を上げ、シャルルに抱きついた。

 

 「やったねシャルル!これでギルドに新しい仲間が増えた!」

 「フン!私はまだ信用してないんだからね!」

 

プイッとそっぽを向くシャルルだったがウェンディは構わず、改めて垣根と向かい合った。

 

 「改めてテイトクさん!これからよろしくお願いします!」

 「…あぁ。よろしく」

 「私はまだアンタのこと信用してないけど…ウェンディとマスターが決めたんなら仕方ないわ。よろしく」

 「ハッ、いいぜ。お前みたいな奴は嫌いじゃない。よろしく頼むぜ白ネコ」

 「白ネコじゃなくてシャルルよ!」

 

こうして垣根は、記憶が戻るまでという条件付きで化猫の宿(ケット・シェルター)に入ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから二年の月日が流れ、x784年。ついに物語が動き出す。

 



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六魔将軍
三話


 

 x784年 フィオーレ王国。

 

 「ふーんふふふーん♪」

 

 陽気な日差しが降り注ぐ中、青髪でロングヘアーの少女・ウェンディが鼻歌を歌いながら上機嫌に森の中を歩いていた。背中には何か荷物の入ったリュックを背負っている。そして、その少女の横には羽を生やした一匹の白いネコ・シャルルが宙を飛び、後ろには金髪で赤いシャツの上から茶色のジャケットを着た一人の青年・垣根帝督が静かに歩いていた。

 

 「今日のご飯は何だろうねシャルル」

 「さぁ?ってかアンタ、さっきからえらく機嫌がいいじゃない」

 「んー?そう?」

 「そうよ。ニヤニヤしながら鼻歌なんか歌っちゃって。なんかあったの?」

 「別にー?ただ、お仕事が順調に終わって良かったなーって」

 「…なんだ、そんなこと」

 

あまりにも単純な理由にシャルルは小さくため息をついた。するとウェンディは何か思いついた素振りを見せると、急に後ろを振り返り垣根に話しかけた。

 

 「あ、テイトクさん。そういえばマスターって今日評議員の定例会でいないんでしたっけ?」

 「あ?あぁ、そういやそんなこと言ってたな。けど早けりゃ今日の2時頃には帰ってくるって言ってたし、もしかしたらもう帰ってるかもな」

 「そっかぁ~。じゃあ私たちも急ぎましょう!」

 「は?何でだよ」

 「だってマスターが帰ってるなら、お仕事が上手くいったこと早く伝えたいですし!」

 「…いや、別にそんな早く伝える必要ねぇだろ。つか前見て歩け。またコケんぞ」

 「大丈夫ですよ~…ってあわっ!?」

 

間抜けな声と共にドテン!と音を立てながら、ウェンディはその場で尻もちをついた。垣根は呆れたようにため息をつくと、転んだウェンディの下へ歩いて行った。

 

 「いったぁ~…」

 「だから言っただろ。お前は何回コケりゃ気が済むんだ」

 「えへへ…あ!ありがとうございます」

 

恥ずかしそうに頬を染めながら、ウェンディは垣根が差し伸べてくれた手を取った。

 

 「まったく、ドジなんだから」

 「あははは…」

 「オラ、あともう少しだ。さっさと行くぞ」

 「はい!」

 

ウェンディの元気な返事と共に三人は再び進み始めた。彼らのギルド、化猫の宿(ケット・シェルター)へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導士ギルド 化猫の宿(ケットシェルター)

 

 「おぉ~ウェンディ!お帰り!早かったなぁ」

 「お帰りなさい!」

 「仕事は無事に終わったんだな!」

 「テイトクもいるし、当然でしょ」

 

 ウェンディ達がギルドへ帰ると、ギルドメンバーの暖かい言葉によってその帰還を迎えられた。皆の言葉に嬉しそうに手を振りながら応えるウェンディは、そのままマスターについて尋ねた。

 

 「そういえばマスターって帰ってる?」

 「ん?あぁ。マスターならついさっき帰ってきたぜ。あ、そういやお前達のこと探してたな」

 「え?私たちのこと?」

 「いや、厳密にはテイトクのことかな」

 「あ?俺?」

 

突然名指しされ、思わず聞き返す垣根。すると聞き返された男は頷きながら答えた。

 

 「あぁ。詳しいことは分かんないけど、テイトクが仕事から帰ってきたら教えて欲しいって言われたんだ」

 「……」

 「あの、マスターは今どこに?」

 「マスターならいつものテントにいるよ」

 「そっか。ありがとう!」

 

ウェンディは教えてくれた男に礼を言うと、垣根に向き直った。

 

 「テイトクさん…」

 「一体テイトクに何の用かしら?」

 「さぁな。ま、取り敢えず行ってみれば分かんじゃねぇの」

 「そうですね!行きましょう」

 

そう言うと三人は、マスター・ローバウルのいるテントに向かった。

 

 

 

 

 

 「マスター!ただいま帰りました!」

 

 ウェンディが元気よく声を発しながらテントに入ると、テントの奥にいたローバウルがウェンディ達に気付いた。

 

 「おぉ!帰ったか!どうじゃった?仕事の方は」

 「はい!バッチリです!」

 「おぉそうかそうか!それは良かったな」

 

ローバウルはウェンディの報告を嬉しそうに聞いていた。端から見ていると、この二人はまるで祖父とその孫のような関係に見え、とても微笑ましく映るのだった。

 

 「マスターも定例会お疲れ様でした」

 「あぁ、ありがとうウェンディ。しかし評議員め、この老体をこきつかいおってからに。年寄りはもっといたわるもんじゃ」

 「年寄りだなんて。マスターはまだまだ若いですよ」

 「ハッハッハ!そうかの?」

 

ウェンディのジョークにローバウルは豪快に笑い、ウェンディも楽しそうに笑う。するとここで垣根が横から口を挟んだ。

 

 「談笑の最中に悪いが、じいさん。俺を探してたってのは本当か?」

 「ん?おぉそうじゃったそうじゃった。実はの、お前さんに一つ頼みがあっての」

 「頼み?」

 

垣根が怪訝そうな表情で聞き返すと、ローバウルは頷きながら言葉を続けた。

 

 「うむ。先日の定例会で、六魔将軍(オラシオン・セイス)という闇ギルドが、なにやら動きを見せているという議題が上がっての」

 「オラシオン…セイス…?」

 

ローバウルの言った単語を復唱しながら、ウェンディが頭にクエスチョンマークを浮かべていると、垣根がひとりでに呟いた。

 

 「評議員から過去に解散命令が出てもなお、秘密裏に活動を続ける犯罪者集団、闇ギルド。その中でも特に強い勢力が、三つの闇ギルドからなる『バラム同盟』。その『バラム同盟』を構成する闇ギルドの一角が六魔将軍(オラシオン・セイス)だ」

 「そうじゃ。よく調べておるの」

 「これくらい誰でも知ってんだろ」

 「そうなんだ…私全然知らなかった…」

 「アンタは別に知らなくいいのよ」

 

ウェンディは垣根の説明によってなんとなく六魔将軍(オラシオン・セイス)について理解すると、ローバウルが話を続ける。

 

 「で、その六魔将軍(オラシオン・セイス)についてじゃが、とても危険なギルド故無視は出来んということになり、どこかのギルドが奴らを叩くことに決まった」

 「えっ?それって…」

 「まさか…」

 「……なるほど。その貧乏くじをウチが引かされたってわけか」

 

垣根とウェンディ達はローバウルの話の真意を理解する。そして、ローバウルが垣根を探していたということは、その役目を垣根に頼みたいということなのだろうということも垣根は一早く察した。

 

 「んで、それを俺に頼みたいってこったな」

 「うむ。まぁ端的に言えばそうなる」

 「そんな!無茶だよマスター!相手は闇ギルドの最大勢力の一角…それをテイトクさん一人に戦わせるんですか!?」

 「まぁ落ち着けウェンディ。話はまだ終わっとらん」

 

取り乱すウェンディをなだめると、ローバウが再び話を続けた。

 

 「今回ばかりは敵が強大すぎる。どこか一つのギルドだけで戦ったとしたら、後々そのギルドがバラム同盟によって集中的に狙われることとなる」

 「まぁ確かにそうね」

 「うむ。そこでじゃ、我々は他のギルドと連合を組むこととなった」

 「「「連合??」」」

 

垣根達は驚きの表情を浮かべながら、ローバウルを見つめる。他のギルドと合同で仕事に当たるなど滅多にあることではない。六魔将軍(オラシオン・セイス)とはそこまで強大なチームなのか、とウェンディやシャルルが考えていると、ローバウルが連合を組むギルドについて話始めた。

 

 「今回連合を組むギルドはウチを含め四つ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)、そして化猫の宿(ケットシェルター)。四つのギルドが各々メンバーを選出し、力を合わせて六魔将軍(オラシオン・セイス)を討つのじゃ」

 「連合…チーム…」

 「それで、ウチからは俺が派遣されるってわけね」

 「…今回ばかりは危険度が今までの仕事の比ではない。実力的にお前くらいしか安心して送り出せんでな。大変なことを頼んどるのは重々承知の上で聞くが、どうじゃ。引き受けてくれるか?」

 

ローバウルは申し訳なさそうに垣根に尋ねる。ウェンディやシャルルも垣根の方を見つめる中、垣根はニヤリと笑うとローバウルに答えを返した。

 

 「ま、そういうことなら仕方ねぇな。いいぜ。任せろ」

 「…すまんな。いつもお前にばかり重い役目を押しつけて」

 「で、出発はいつだ?明日か?」

 「あぁ。明日の朝、青い天馬(ブルーペガサス)の別荘に向かってくれ。場所はあとで地図を渡して教える」

 「あいよ」

 

垣根は短く返事をすると、テントを出ようと背を翻した。すると、

 

 「待って下さいマスター!」

 

突然ウェンディがローバウルに話しかける。ローバウルは些か驚いたように目を見開きながらウェンディを見つめると、ウェンディは言葉を続けた。

 

 「マスター、その仕事私にも参加させて下さい!」

 「えっ!?」

 「あ?」

 「ウェンディ…」

 

シャルルやローバウルは勿論、テントを出かかっていた垣根すらも思わず足を止めウェンディの方を振り返った。皆の視線が集まる中、ウェンディが再びローバウルに訴えた。

 

 「私にも参加させて下さい!」

 「いや、じゃが今回の相手はそこいらの相手とはレベルが違う。ウェンディにはまだ早い気が…」

 「確かに私は戦闘は全然出来ませんけど、仲間をサポートする魔法はそれなりに使えます!きっとお役に立てるハズです!」

 「しかしだな…」

 「そうよウェンディ!マスターも言ってたでしょ!?今回の相手は闇ギルド最強格の相手。アンタが行っても足手まといになるだけよ」

 「でも…!」

 

シャルルの言葉に、悔しそうに顔を栂ませるウェンディ。そんなウェンディを見てローバウルは腕を組みながら難しい顔で唸った。

 

 「ふーむ…」

 「マスター?」

 「…テイトク、お前さんはどう思う?」

 

ローバウルが突然垣根に話を振ると、垣根が眉を上げながらローバウルに問い返した。

 

 「あ?なんで俺に聞くんだよ」

 「この二年、一番ウェンディの側におったのはシャルルとテイトクじゃ。お前さんならワシより適切な判断が出来ると思っての」

 「私は反対よ。ウェンディにはまだ早いわ」

 「……」

 

シャルルが反対の声を上げる中、垣根は再びテントの中に引き返すとウェンディの側まで近づいた。そして涙目で垣根の顔を見上げるウェンディをじっと見つめる。

 

 「ふーむ…」ジー…

 「あ、あの~…」

 「ちょっと!なにウェンディの顔ジロジロ見てんのよ!」

 

ウェンディがうろたえ、シャルルが苦言を呈する中、垣根はポスンッとウェンディの頭に手を置きローバウルに答えを返した。

 

 「ま、来たきゃ来てもいいんじゃねぇの」

 「!」

 「ほぅ!」

 「な…っ!?」

 

垣根の予想外の返答にシャルルやローバウルは勿論、ウェンディ自身まで驚いていた。ウェンディが目を丸くして垣根を見つめる中、垣根が続ける。

 

 「こんなんでも一応滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だろ。お前らが思ってるほどヤワじゃねぇよ」

 「ちょ…っ!?アンタそれ本気で言ってんの!?」

 「そう喚くなシャルル。別に前線で戦わせるわけじゃねぇ。行ったとしてもいつも通り後方支援だ」

 「そ、それはそうかもだけど…」

 

思わず口ごもるシャルルだったが、それでもまだ納得していない様子だった。するとウェンディがシャルルの下まで近づき、目線の高さまでしゃがむと諭すように話し始めた。

 

 「シャルル。私このギルドの力になりたいの」

 「……」

 「絶対無事に帰ってくるら。だから、信じて?」

 「ウェンディ…」

 

優しく微笑みながらシャルルを見つめるウェンディを、シャルルは複雑そうな表情で見上げる。黙ってウェンディとシャルルのやりとりを見ていた垣根は、スッと踵を返すと今度こそテントから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。垣根は昨日ローバウルから頼まれた六魔将軍(オラシオン・セイス)討伐に向かうため、自身のテント内で荷物の準備をしていた。すると、突如背後の入り口付近に人の気配を感じ、ゆっくりと振り返るとそこにはマスター・ローバウルが立っていた。

 

 「どうじゃ?準備は順調か?」

 「あぁ。もう終わるとこだ」

 

ローバウルの質問に垣根は短く答える。垣根の答えを聞いたローバウルは小さく微笑むと、そのままじっと垣根を見つめ、再び口を開いた。

 

 「テイトク、これはお前だけに話しておくが…」

 「?」

 「今回の相手、六魔将軍(オラシオン・セイス)。奴らはニルヴァーナを狙っとるかもしれんという情報が入った」

 「!」

 

ローバウルの言葉に目を見開く垣根。ローバウルも眉間にしわを寄せ、ゆっくりと吐き出すように言葉を続けた。

 

 「お前さんには以前話したな?ワシらの罪を」

 「……」

 「ニルヴァーナ…あれは絶対に人の手に渡ってはならん代物じゃ。だから頼む。もし奴らの狙いが本当にニルヴァーナだったなら、絶対に阻止してくれ」

 「…言われねぇでも分かってるよ」

 

垣根が荷物に目線を戻しながらそう答えると、ローバウルは満足気に笑った。

 

 「ホッホッホ!言うまでもなかったか」

 「いらねぇ心配してねぇで、あんたらは飯でも作って待ってろ。いつも通りサクッと終わらせる」

 「そうじゃな…それとテイトク」

 「あ?まだ何かあんのかよ?」

 

垣根が面倒くさそうに振り向き、再度ローバウルの方を向くとローバウルは垣根を見つめながら静かに言った。

 

 「ウェンディを頼んだぞ」

 「……」

 

ローバウルの言葉に垣根は何も言わず、準備を終えた荷物を右手で持つとローバウルの立っているテントの入り口まで歩いて行き、ローバウルとすれ違うようにしてテントを出て行った。ローバウルがゆっくりと振り返り、垣根の背中を見ると、垣根が左手をヒラリヒラリと振っている姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はっ…はっ…はっ……テイトクさん!急いで下さい!集合時間に遅れちゃいますよ!」

 

 息を切らしながら森の中を走っていたウェンディが立ち止まり、後ろを振り返りながら言う。ウェンディの視線の先にはいつものようにポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと歩いている垣根の姿があった。ウェンディの声を聞いた垣根だったが、なんら急ぐ素振りを見せず面倒くさそうに言葉を返した。

 

 「何言ってんだ。まだあと3分もあるじゃねぇか。んな急がなくても間に合う」

 「3分しかですよ!こんな大事な作戦の集合時間に遅れたら他のギルドの人達に怒られちゃいますよ~!」

 「あーそうかい。そいつは楽しみだな」

 「もう!真面目にやってください!先行ってますからね!」

 

真面目に取り合ってくれない垣根に腹を立てたウェンディは、垣根を置き去りに再び走り出した。垣根はそんなウェンディの背中を黙って見つめながら、唐突に言葉を発した。

 

 「行っちまったぜウェンディの奴。お前も急いで追いかけた方がいいんじゃねぇの?」

 「……気付いてたのね」

 

垣根の発した言葉に聞き慣れた声が返事を返すと、垣根の背後の木陰からシャルルが姿を現した。シャルルは垣根の横まで歩いてくると垣根の方を見ずに尋ねた。

 

 「いつから気付いてたの?」

 「んなもん最初からだ。バレバレだっつーの。気付かないのはあいつぐらいなもんだ」

 「そう…私もまだまだね」

 

一瞬頬を赤らめたシャルルだったが、すぐに歩き出し歩きながら垣根に言った。

 

 「なにボサッとしてんのよ。さっさと行くわよ」

 

垣根は肩をすくませる素振りを見せたが、何も言わずにシャルルの後を歩き始めた。

 

 

 



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四話

 

 青い天馬(ブルーペガサス)マスター・ボブの別荘

 

 「「「……!」」」

 

 険悪なムードが別荘内を支配していた。闇ギルドでバラム同盟の一角、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒すため四つのギルドが連合を組むこととなった。そしてその集合場所としてここが指定され、各ギルドから抜擢されたメンバーが集合したのだが、顔を合わせるやいなや早速メンバー同士でいざこざが起こり、お互い一触即発という状態だ。そんな中、

 

 「やめぇぇい!!!」

 

入り口のドア付近で長い杖をドンッ!と鳴らし、声を張り上げながら場を鎮める男がいた。館内の全員の視線が注がれる中、男は静かに続ける。

 

 「ワシらは連合を組み、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒すのだ。仲間内で争っている場合か!」

 「ジュラさん!」

 「…ジュラ?」

 「こいつがあの…」

 「蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のエース…岩鉄のジュラ!」

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のリオンが嬉しそうに男の方を見つめ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のエルザ・スカーレットや青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキとレンは驚きの表情を浮かべていた。すると桜髪の青年、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツ・ドラグニルが横にいる青いネコに尋ねた。

 

 「だれ?」

 「聖十魔導の一人だよ!」

 「私でも聞いたことある名前だぁ…」

 

ジュラの登場に皆が驚いていると、そのジュラが再び口を開いた。

 

 「これで三つのギルドが揃った。残るは化猫の宿(ケットシェルター)の連中のみだ」

 「連中というか、二人だけと聞いてまぁす」

 「二人…!」

 「こんな危ねぇ作戦に二人だけ!?」

 「どんだけヤバい奴らなのよ~!!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のグレイやルーシィが驚きの声を上げていると突然、

 

 「うわぁ…っ!?」

 

可愛らしい声と共に床に転びながら一人の少女が館内に入ってきた。皆の視線が注がれる中、その少女は「痛ったぁい…」と小さく呟きながらゆっくりと身体を起こし、おずおずとしながら口を開いた。

 

 「あ、あの~…遅れてごめんなさい…化猫の宿(ケットシェルター)から来ましたウェンディです。よろしくお願いします」

 「な…っ!?」

 「子供!?」

 「女…!」

 「ウェンディ?」

 

まさかこんな小さな少女が来るとは誰も思っておらず、皆驚きを隠せない様子だった。しかしジュラは何事もなかったかのように話を進める。

 

 「これであと一人か」

 「話進めるのかよっ!!!」

 

思わずジュラにツッコむグレイ。

 

 「それにしても…」

 「この大がかりな作戦にこんなお子様をよこすなんて…化猫の宿(ケットシェルター)はどういうおつもりですの?」

 

リオンやシェリーも思わず疑念の言葉を口にしていた。すると、

 

 「あら、どういうつもりも何も、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒すために決まってるでしょ。ケバいお姉さん」

 

突然一匹の白いネコが現れそう言った。

 

 「シャルル!ついてきたの!?」

 「当然よ。こんな危ない作戦、ほっとけるわけないでしょ」

 「ネコ…?」

 「…だな」

 「ハッピーと同じだ…!」

 「喋ってる!」

 「酷いですわ!ケバいなんて…」

 

喋るネコの登場にまたしても驚くメンバー達。すると青い天馬(ブルーペガサス)のイヴがシャルルとウェンディに尋ねた。

 

 「化猫の宿(ケットシェルター)からは二人って聞いてたんだけど、ウェンディちゃんとそこのネコちゃんの二人ってことでいいのかな?」

 「「??」」

 

イヴの問いにウェンディとシャルルは顔を見合わせると、ウェンディが微笑みながら答えた。

 

 「えっと、多分それは違います。シャルルは勝手に付いてきただけなので」

 「フン!」

 「えっ、そうなの?じゃああと一人っていうのは…」

 

イヴが最後まで聞き終わらないうちに館内にコツコツと靴の鳴る音が聞こえ、シャルルとウェンディが後ろを振り向き、自分達の入ってきた方角へ視線を向けた。メンバー達も同じように入り口の方を見ると、ポケットに手を突っ込んだ一人の男がゆっくりとこちらへ歩いてくる姿が見えた。皆が見つめる中、シャルルがその男に対したしなめるように言った。

 

 「遅いわよ」

 「お前らが早すぎんだよ」

 

男は素っ気なくそう返し、ウェンディとシャルルの側まで来るとジュラ達の方へ向き直った。そして、

 

 「化猫の宿(ケットシェルター)のテイトク。テイトク・カキネだ。よろしくな」

 

不敵に笑いながら男は名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「テイトク・カキネ…」

 「知ってるか?」

 「いや知らん。初めて聞いた名だ」

 「なんだまた男かよ…」

 

 突然目の前に現れた謎の青年・テイトクをいぶかしげに見つめる他のメンバー達。ウェンディについてもそうだが、他のギルドのメンバーとは違って今まで全く聞いたことのない人物が登場し、些か困惑気味になっている様子だ。そんな化猫の宿(ケットシェルター)の面々をエルザや一夜、そしてジュラは黙って見つめる。

 

 (テイトク君にウェンディ君…聞いたことのない名だな。メェーン…)

 (ウェンディという少女…あの少女からはワシらとは何か違う魔力を感じる。そして…)

 (テイトク・カキネ…魔力を全く感じない。それなのに、何だ?この妙な感じは…ただ者ではなさそうだが…)

 

垣根やウェンディが注目の的になっている一方で、垣根もまた他のギルドメンバーに対し視線を向けていた。

 

 (青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)、そして妖精の尻尾(フェアリーテイル)か。パッと見そこそこやれそうなのは聖十のジュラと妖精女王(ティター二ア)とか呼ばれてるエルザくらいか。そして…)

 

 垣根はふと一人の青年に目を向ける。桜色の髪色をし、首に竜の鱗のような模様をしたマフラーを掛けている、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツ・ドラグニルだ。

 

 (ナツ・ドラグニル…ウェンディと同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。ギルドのためとは言ってたが、アイツがこの作戦に志願したのはコイツに会えると思ったからだろうな。前から会いてぇみたいなこと言ってたし…って何やってんだアイツら)

 

思わず考え事を止め、垣根が視線を移すとそこには青い天馬(ブルーペガサス)のホスト三人衆に手厚くもてなされているウェンディとシャルルの姿があった。垣根が呆れてため息をついていると、

 

 「だから遊びに来たんじゃない。すぐに片付けろ」

 「「「かしこまりましたお師匠様ー!!!」」」

 

一夜に言われすぐにセットを片付けに行くヒビキ達。今から大仕事に向かうチームとは思えないほど緩みきった空気に垣根は心の中で再びため息をついた。

 

 (大丈夫なのかコイツら)

 

すると、ヒビキ達がセットの片付けから戻るのを確認した一夜は決めポーズをしながら全員に話しかけた。

 

 「さて…全員揃ったようなので、私の方から作戦の説明をしよう。まずは六魔将軍…六魔将軍(オラシオンセイス)が集結している場所だが…」

 「「「……」」」

 「…と、その前にトイレの香り(パルファム)を」

 「おい!そこには香り(パルファム)って付けるな!」

 「「「流石先生!」」」パチパチパチ

 「また呼び方変わった…」

 「ハァ…」

 

気を取り直し、トイレから帰ってきた一夜が今度こそ作戦の概要を説明し始めた。

 

 「ここから北に行くとワース樹海が広がっている。古代人達はその樹海にある強大な魔法を封印した。その名は…ニルヴァーナ!」キラーン!

 「「ニルヴァーナ??」」

 「聞かぬ魔法だ…」

 「ジュラ様は?」

 「いや…知らんな」

 「ニルヴァーナって知ってる?てか魚いる?」

 「結構」プイッ

 「……」

 

ほとんどの連合メンバーがニルヴァーナという名前に首をかしげる。すると今度はレンが口を開いた。

 

 「古代人達が封印するほどの破壊魔法、ということは分かっているが…」

 「どんな魔法かは分かってないんだ」

 「破壊魔法…」

 「六魔将軍(オラシオンセイス)が樹海に集結したのは、きっとニルヴァーナを手に入れる為なんだ」

 「我々はそれを阻止するため…」

 「「「六魔将軍(オラシオンセイス)を討つ!!」」」

 

またも決めポーズと共に宣言する一夜達に辟易するグレイやルーシィ。そして一夜達は今度はその六魔将軍(オラシオンセイス)についての説明を始めた。

 

 「こっちは13人。敵は6人」

 「だけど侮っちゃいけない」

 「この6人がまたとんでもなく強いんだ」

 

そう言ってパチンッ!とヒビキが指を鳴らすと、突然ヒビキの側にパソコンの画面のようなものが出現した。

 

 「アーカイブ…」

 「これも珍しい魔法だな」

 「初めて見ましたわ」

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の三人が声を上げる中、ヒビキがなにやらキーパッドに打ち込んでいると垣根達の目の前にいくつもの新しい画面が表示された。

 

 「これは最近になってようやく手に入れた奴らの映像だ。毒蛇を使う魔導士・コブラ。その名からしてスピード系の魔法を使うと思われるレーサー。大金を積めば、一人でも軍の一部隊を壊滅させるほどの魔導士・天眼のホットアイ。心を覗けるという女・エンジェル。この男は情報が少ないのだが、ミッドナイトと呼ばれている。そして奴らの司令塔・ブレイン。それぞれがたった一人でギルドの一つくらいは潰せる程の魔力を持つ。我々は数的優位を利用するんだ」

 「あ…あの~…私は頭数に入れないでほしいんだけど…」

 「私も戦うのは苦手ですぅ~…」

 「ウェンディ!弱音吐かないの!」

 

ルーシィとウェンディが不安げに声を上げると、一夜が励ますように言った。

 

 「安心したまえ。我々の作戦は戦闘だけにあらず。奴らの拠点を見つけてくれればいい」

 「拠点?」

 「ああそうだ。今はまだ補足していないが…」

 「樹海には奴らの仮設拠点があると推測されるんだ」

 「もし可能なら、奴ら全員をその拠点に集めてほしい」

 「どうやって?」

 「殴ってに決まってんだろ!」

 「結局戦うんじゃない…」

 「で?集めてどうすんだよ」

 

垣根が一夜達に尋ねると、一夜がパッと指で上の方を指さしながら答えた。

 

 「我がギルドが大陸に誇る天馬・クリスティーナで拠点もろとも葬り去る!」

 「おぉ…!」

 「それって魔導爆撃艇のことですの?」

 「てか、人間相手にそこまでやる?」

 「そういう相手なのだ!」

 「あわ…っ!は、はい!」

 

ジュラの引き締まる声が館内に響くと、再び全員がジュラの方へ向き彼の話を聞いた。

 

 「よいか!戦闘になっても決して一人で戦ってはいかん。敵一人に対して必ず二人以上でやるんだ」

 「「「……」」」コクリ

 「うわぁーん!そんな物騒なぁ…」

 「困りますぅ…」

 「情けない声出さないの!」

 「ったくお前、自分から立候補して来たんじゃなかったのかよ」

 

シャルルがウェンディをたしなめ、垣根が呆れたように呟いていると、

 

 「おしっ!!燃えてきたぞ!」バシッ!

 

炎を灯した拳を鳴らしながらナツが嬉しそうに言い、そして、

 

 「6人まとめて俺が相手してやるァーー!!!」

 

高らかにそう叫びながら一人飛び出して行ってしまった。今までの話を何一つ聞いていなかったかのような行動に唖然とするメンバー達。それは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士らも同様で、頭を抱えながらナツの出て行った方角を見ていた。

 

 「あのナツって奴、もしかしなくても究極の馬鹿だろ」

 「…返す言葉もない…」

 

垣根の言葉にうなだれるしかないエルザだったが、すぐに切り替えグレイやルーシィ達に呼びかけた。

 

 「仕方ない。行くぞ」

 「ったくあの馬鹿!」

 「妖精の尻尾(フェアリーテイル)には負けられんな。行くぞシェリー!」

 「はい!!」

 「俺達も行くぞ!」

 「うん!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーだけでなく、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)青い天馬(ブルーペガサス)のメンバー達もナツの後を追っていった。

 

 「あわわわわ…」

 「ほら!しっかり!」

 

シャルルがあたふたしているウェンディに声をかけると、突然垣根が別の方角へ歩き出した。それを見たシャルルは思わず垣根を呼び止める。

 

 「ちょっと!アンタどこ行くのよ!」

 「トイレ」

 「はぁ??何言ってるのよこんな時に!もうみんな行っちゃったわよ!?」

 「別に競争ってわけじゃねぇんだ。トイレくらい行かせろ」

 

そう言いながら垣根は廊下の奥へと消えていった。垣根のあまりの協調性のなさにため息をつくシャルルは、唐突にウェンディの手を取った。

 

 「ウェンディ行くわよ!」

 「え…っ!?わっ!?シャ、シャルル!テイトクさん待たないと!」

 「アイツなら後から追いつくでしょ。ほら、グズグズしない!」

 「ちょっ…シャルルぅ~!」

 「待ってよぉ~!!置いてかないでよ~!!」

 

こうしてウェンディとシャルル、そしてハッピーまでもが皆を追いかけて走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「トイレ、トイレっと…」

 

 他のメンバーが六魔将軍(オラシオンセイス)を探しに出発している中、垣根は呑気に館内でトイレを探していた。中々広い建物なのでトイレに行くのも一苦労だな、と垣根が心の中で思っていたちょうどその時、探していたトイレが見つかった。

 

 (意外と近くにあったな)

 

幸運にもそこまで時間をかけずにトイレを見つけられてホッとしながら垣根はトイレの中に入った。すると、

 

 「……あ?」

 

垣根は自分の視界に入ってきた光景に思わず声を漏らす。垣根の視線の先には、小便器と小便器の間に青い天馬(ブルーペガサス)の一夜が気絶して壁にもたれかかっている姿があった。どうやら何者かに手ひどく暴行を加えられたらしいことは外見からも想像できる。垣根は急いで一夜に駆け寄ると、一夜の肩を揺らしながら声をかけた。

 

 「おい!おっさん!しっかりしろ!何があった?おい!」

 「…っ!この声は…テイ…トク…君…」

 

垣根の声によって意識を取り戻した一夜は絞り出すように声を発した。酷い怪我だが、とりあえず生死を争うほどの怪我ではないらしい。

 

 「メェーン…私としたことが…不覚にも…敵の不意打ちを…喰らってしまう…とは…」

 「あ?敵?ここに敵がいたのか?」

 「あぁ…しかもその相手は…六魔将軍(オラシオンセイス)の一人…だ…」

 「なんだと!」

 

一夜の言葉を聞いた垣根は思わず目を丸くする。まさかこんな早い段階から六魔将軍(オラシオンセイス)と接触するとは思わなかったからだ。

 

 (情報が漏れてる…?だとしたらあいつらが待ち伏せされてる可能性も…)

 「テイトク君…一つ…頼みがある」

 「あ?」

 

考え事をしている最中に一夜から話しかけられた垣根は、思考を停止し一夜の方を見る。すると一夜が弱々しい声で垣根に言った。

 

 「私の…胸ポケットに…痛み止めの香り(パルファム)が入っている…それを取ってくれないか?」

 「……これか?」

 「あぁそうだ…ありがとう…」

 

一夜は垣根に礼を言いながら手渡された小瓶をの蓋を開けた。すると、

 

 モワァァァン

 

小瓶の中からいい匂いがあふれ出し、トイレの室内に広がっていく。垣根が充満するこの匂いについて意識を向けていると、突如一夜が立ち上がった。

 

 「よし!もう大丈夫だ。行こう垣根君!」

 「…大丈夫ってお前、ボロボロじゃねぇか。そんなんで動けんのかよ?」

 「これは痛み止めの香り(パルファム)といって、香りを嗅ぐと痛みが軽減される効果を持つんだ。傷が治ったわけではないが、ひとまずは大丈夫さ。メェーン」

 「へぇ。そんな魔法があるんだな」

 「あぁ…って私の魔法については後だ。とりあえず今は敵を追わなければ。奴は私に化ける魔法を使っていた。このままでは皆が危ない!」

 「…なるほどね」

 

一夜の話で敵の危険性について理解すると、垣根は一夜と共に急いで入り口の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っ!」

 

 ジュラはゆっくりと目を開ける。すると、目の前には一夜の姿が目に入った。

 

 「…っ!貴様、は…」

 「メェーン。私は本物だ。ジュラさん」

 「本物…?」

 

ジュラは痛みに苦しみながら目の前の一夜を見ると、服は破けあちこち傷だらけになっていることに気がついた。

 

 「私はトイレに行っているときに敵に襲われて、今まで気絶していたんだ。敵は恐らくそのタイミング私に化けて入れ替わったんだろう」

 「そういう、ことだったのか…」

 

ジュラは事のいきさつについて理解すると、ふと自分の身体の痛みがどんどん引いて行っていることに気がつく。一体なぜだろうと思っていると、ジュラの考えを読んだのか一夜が手に持っている小瓶を見せながらジュラに説明した。

 

 「これは痛み止めの香り(パルファム)。一時的ではあるが、痛みを和らげる効果を持つのさ」

 「そうか。これはかたじけない」

 

ジュラが一夜に礼を言っていると、

 

 「おいおっさん」

 

今度は垣根に話しかけられ、顔を垣根の方へ向けるジュラ。すると垣根はジュラにウェンディ達について質問を投げかけた。

 

 「ウェンディとシャルルはどこ行った?」

 「彼女たちなら先ほど皆の後を追いかけていったぞ」

 「チッ!あいつら…」

 

忌々しそうに舌打ちをした垣根は、ジュラ達から少し離れた所へ移動する。そして、

 

 ファサッ!!

 

突如垣根の背中から三対六枚の白銀の翼が出現した。その美しさに思わず目を奪われるジュラ達だったが、垣根は一夜の方を振り返ると一言伝えた。

 

 「おっさん、そこのおっさんのこと任せたぞ」

 「…いや、おっさんって君ね、私はこう見えても二――――」

 

 轟ッッ!!

 

一夜の言葉を最後まで聞かないうちに、垣根は翼を豪快にはためかせ、轟音と共に空へ飛び立っていった。



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五話

 

 「「「……っ!?」」」

 

 連合チームの魔導士達は地べたに這いつくばりながら、驚愕の表情と共に目の前の六魔将軍(オラシオンセイス)を見つめていた。六魔将軍(オラシオンセイス)の拠点を見つけるべく、ナツの後を追うようにして別荘から飛び出した連合チームの面々だったが、予想外にも六魔将軍(オラシオンセイス)とはすぐに会敵することとなった。作戦の要であった青い天馬(ブルーペガサス)の魔導爆撃艇・クリスティーナが唐突に撃墜され、その爆煙の中から六魔将軍(オラシオンセイス)が連合チームの前に現れたのだ。予想外の展開に驚くナツ達だったが、すぐに気持ちを切り替えると全員で六魔将軍(オラシオンセイス)に襲いかかった。だが結果は惨敗。岩の影に隠れていたウェンディ以外のその場にいた魔導士全員が、六魔将軍(オラシオンセイス)によって返り討ちにされてしまった。あのエルザで地に伏しているという事実が彼らの強さを証明付けている。六魔将軍(オラシオンセイス)の圧倒的な強さの前に為す術無く倒れ伏すナツ達を、リーダーであるブレインは冷徹な眼差しで見下ろしながら吐き捨てるように言った。

 

 「ゴミ共め。まとめて消え去るがいい」

 

 ブォォォォン…

 

不気味な音と共にブレインの杖に邪悪な魔力が収束していく。

 

 「なんですの…この魔力…!」

 「大気が…震えてる…!」

 「まずい…」

 

その圧倒的な魔力量に危機感を抱くヒビキ達だったが、先ほどの戦闘によって負ったダメージのせいで動くことが出来ず、ただ呆然と見上げることしか出来なかった。そして、

 

 「常闇回旋曲(ダークロンド)

 

ブレインがその魔力を解放させようとしたその時、

 

 「!?」

 

突如魔法の発動を停止させ、信じられないといった表情を浮かべながらある一点を見つめる。その視線の先には岩陰から顔だけを覗かせ、こちらを恐る恐る覗き見るウェンディの姿があった。突然攻撃の手を止めたブレインに疑問を抱いたのか、他の六魔将軍(オラシオンセイス)のメンバーは彼に問うた。

 

 「どうしたブレイン。なぜ魔法を止める?」

 「知り合いか?」

 

コブラ達の視線を受ける中、ブレインはゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

 

 「間違いない…ウェンディ…」

 「えっ…えっ…?」

 

突然ブレインに名を呼ばれ、ウェンディは戸惑ったように声を上げる。この場にいる全員がブレインを注視する中、ブレインが一言呟いた。

 

 「天空の巫女だ」

 「「「!!」」」

 「天空の…」

 「巫女…?」

 

グレイとヒビキがブレインの放った言葉に反応するも、六魔将軍(オラシオンセイス)含め、ブレイン以外の人達は何が何だか分かっていない様子だった。

 

 「なにぃそれ~」

 

ウェンディが頭を抱え、その場でしゃがみ込みながら怯えるように言うと、ブレインはその顔に邪悪な笑みを浮かべた。

 

 「こんな所で会えるとはな。これはいいものを拾った。来い!」

 

 ブゥゥゥゥゥン!

 

突然ブレインの持つ杖から緑色の魔力が放出され、瞬く間に手の形に変形した魔力の塊がウェンディの下へ襲いかかる。

 

 「きゃあっ!!!」

 「「ウェンディ!!!」」

 

ブレインの魔力によってその身を掴まれたウェンディはそのままブレインの下まで引き寄せられていく。悲鳴を上げながら引き寄せられていくウェンディを急いで追いかけるシャルルとハッピーだったが、その距離の差は縮まらない。

 

 「ウェンディ!!」

 「シャルルー!!!」

 

シャルルはその身を投げ出し、ウェンディの方へ精一杯手を伸ばす。ウェンディも自身の手を目一杯伸ばしシャルルの手を掴もうとしたが、

 

 「「!!」」

 

二人の想いも虚しく、すんでのところで両者の手は空を切り繋がれることはなかった。シャルルは目の前でウェンディとの距離がどんどん離れていくのをただ呆然と見つめることしか出来なかった。

 

 (このままじゃウェンディが…!誰かウェンディを助け…)

 

シャルルが心の中で悲痛の想いを叫んだその時、キラッと一瞬空で何かが光る。そして、

 

 ドォォォォォォン!!!

 

謎の飛行物体がブレインとウェンディの間の地面に勢いよく激突し、轟音を立てながら大地を崩壊させた。

 

 「うおおおおっっ!?」

 「な、何だ!?」

 「突然何かが降ってきて…一体何が!?」

 

爆発による衝撃から身を守りながらこの場にいる全員が爆心地へと視線を向けた。すると、

 

 「あれは…」

 「槍…?」

 

ヒビキとルーシィが困惑気味に呟く。二人の言葉の通り、皆の視線の先には一本の長く白い槍が地面に深々と突き刺さっている光景があった。武器を使うとなればまずエルザが思いつくが、そのエルザはコブラの毒でダウンしているためこの槍の主はエルザではない。なら一体誰が、と皆が考えていると、

 

 「ったく、勝手に飛び出していったと思ったらいきなりこれか。随分と人使いが荒いこったな天空の滅竜魔導士様はよ」

 

左の方から一人の男の声が聞こえ、そちらへ視線をずらす連合チーム。するとそこには背中から六枚の白銀の翼を生やした金髪の青年、化猫の宿(ケットシェルター)のテイトク・カキネがウェンディを抱えながら立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前は!?」

 「テイトク!?」

 

ナツとグレイが驚きの声を上げる。それは他のメンバーも同様で皆、突然の垣根の登場に目を見開きながら垣根の方を見つめていた。そんな皆の反応を気にする素振りすら見せない垣根は腕に抱えていたウェンディをゆっくりと地面に降ろすと、こちらに駆け寄ってきたシャルルに声をかけた。

 

 「シャルル。こいつ連れて下がってろ」

 「テイトク…!分かったわ」

 

シャルルが垣根を見てどこか安堵したような表情でそう答えると、今度はウェンディが垣根に話しかけた。

 

 「あの…テイトクさん!」

 「あ?」

 「助けてくれてありがとうございました。それと、勝手に飛び出していってごめんなさい…」

 

垣根はひどく申し訳なさそうに謝るウェンディを黙って見つめていると、シャルルが慌ててウェンディと垣根の間に入った。

 

 「違うのテイトク!ウェンディは悪くないの。悪いのは私で…」

 「んなもんわざわざ言われなくても分かってる。大体の想像は付くからな」

 「うぅ…」

 「だが取り敢えず今は後回しだ。なんせ…」

 

そこまで言うと垣根はゆっくりと身体の向きを変え、ジロリとこちらを睨めつけている六魔将軍(オラシオンセイス)と向き合うと、

 

 「先客がお越しだ。丁重にもてなさねぇとなぁ」

 

不敵に笑いながらそう言った。ブレインは敵意の籠もった視線で垣根を睨めつけると静かに呟いた。

 

 「また一匹、蛆が沸いて出たか。不快なことこの上ないな」

 「そりゃこっちのセリフだ…ふーん、なるほどね」

 

ブレインの悪態を聞き流した垣根はゆっくりと周りを見渡しながら呟く。辺りには地に伏している連合チームのメンバー達。恐らく六魔将軍(オラシオンセイス)と戦闘になったが、悉く返り討ちに遭ってしまったのだろうと垣根は推測した。各ギルドの精鋭達がこうも一方的にやられるとは、噂に違わぬ強さと言える。

 

 「他の奴らはともかく、妖精女王(ティターニア)まで伸しちまってるじゃねぇか。へぇ、ちっとは楽しめそうだな」

 「…安心しろ。貴様もすぐ同じようになるのだからな。やれ」

 「オーケー」

 

ブレインの指示にレーサーが答えた。すると、

 

 シュンッ!

 

突然レーサーの姿が消え、次の瞬間左前方付近に姿を現した。そして再度、シュンッ!と姿を消し、今度は右斜め前方へと姿を現す。まるでワープでもしてるかのような速さで移動を繰り返すレーサーは瞬く間に垣根との距離を縮め、一瞬で垣根の背後を取ると空中から回転蹴りを放った。

 

 「モォタァ!!」

 

叫び声と共にレーサーの蹴りが垣根の頭部に襲いかかる。垣根はレーサーの動きに全く反応出来ていなく、誰もがレーサーの蹴りが直撃するのを疑わなかった。だが、

 

 ガンッッ!!

 

レーサーの蹴りが直撃する直前、垣根の背中の翼が動きレーサーの蹴りを防いだ。攻撃を防がれたレーサーは一瞬驚いた様子を見せるも、すぐに切り替え着地と同時に再び高速移動を開始する。

 

 シュン!シュン!シュン!シュン!

 

とても常人では目で追うことが出来ないスピードで高速移動を繰り返すレーサー。当然垣根も目で追うことは出来ていない様子で、レーサーの高速移動による包囲網の中でただ立ち尽くしていた。そして再度垣根の背後を取ったレーサーは垣根に攻撃を仕掛ける。しかし、

 

 ガンッ!

 

またも白い翼によってガードされるレーサー。これには流石のレーサーも驚き、一瞬動きを止めてしまった。するとその一瞬の隙を突き、垣根が空いている翼を繰り出した。

 

 「!」

 

慌ててその場から離れ、レーサーは翼による攻撃を回避する。

 

 ガシャンッッッ!!!

 

レーサーに避けられた翼はそのまま地面に突き刺さり、いとも容易く地面を粉々にする。あれをまともに喰らったらヤバい、と考えながらレーサーは一度距離を取り改めて垣根と向かい合った。

 

 (一度ならず二度までも俺の攻撃を防いだだと…?奴が俺のスピードに反応出来ていた様子は無い。他の奴ら同様、俺の速さにただ翻弄されていただけだ。なのになぜ、俺の攻撃を防げる?たまたまか?それとも何か仕掛けが…)

 (おかしい…未元物質による感知と俺の認知がどうもズレる(・・・・・・)。一体なぜだ…?)

 

両者睨み合いながらが互いの力について考察する。すると、レーサーが腰を落とし足に力を入れた。

 

 (まぁいい。どんな小細工を労そうが俺のスピードに付いてこられる奴などいない!まぐれはもう続かないってことを教えてやるよ!)

 

心の中でそう叫ぶと同時にレーサーは再び駆けだした。

 

 シュンッ!

 

瞬時に垣根との距離を詰めたレーサーはまたもや垣根の周囲を高速で移動し続け、垣根に攻撃を繰り出していく。しかし、

 

 ガン!ガン!ガン!ガン!

 

そのたびに垣根の翼が反応し、レーサーの攻撃を防いでいく。

 

 「ええい!鬱陶しい!!」

 

苛立ちを募らせたレーサーは悪態をつきながら再び垣根の背後に回り込むと、何度目かも分からない力一杯の蹴りを放った。すると、

 

 「フッ…なるほどな」

 

迫り来るレーサーの攻撃を他所に、垣根は小さく笑いながらひとりでに呟く。そして、

 

 バリバリバリバリバリバリバリッッッ!!!

 

眩い光と共に激しい雷撃音が鳴り響く。そして、

 

 「ガァァァァァァァァァ!!!!」

 

突如垣根の半径1メートル周囲に発生した電撃をまともに喰らい、レーサーは苦悶の叫びをあげる。

 

 「電撃…だと…っ!?」

 

 バタッ

 

必死に言葉を絞り出しながらその場にうつ伏せで倒れるレーサー。一方の垣根はそんなレーサーの言葉には答えず、ポケットに手を突っ込みながらじっとレーサーを見下ろしていた。

 

 「ふむ…やっぱアレか。弄られてたのは俺の方か」

 「な…にっ…?」

 「違和感があったんだよ。テメェの速さ。目で追えねぇ程の速さのくせに、未元物質による感知からだとそこまでの速さじゃないことを示してる」

 「……っ」

 「そのズレが気持ち悪かったんだが、ようやく合点がいった。お前の魔法、自分の速さを上昇させるものじゃなく、相手の体感速度を下げる類いの魔法だろ」 

 「……!」

 

垣根の指摘に思わず黙りこくるレ-サーを見て垣根は満足げに笑うと、更に言葉を続けた。

 

 「俺も最初は思わず勘違いしちまった。中々面白れぇ魔法だな。流石は六魔将軍(オラシオンセイス)ってとこか?」

 「…だま、れ…!」

 「まぁだが、タネが割れちまったらどうってことねぇがな」

 

そう言いながら垣根はうつ伏せてでいるレーサーの横腹に足をねじ込むと、足を蹴り上げレーサーを仰向けに転がした。

 

 「うっ……!」

 「蠅みてぇにチョロチョロ動き回りやがって。ウゼぇんだよ」

 

そう言いながら垣根は電撃を喰らって動けずにいるレーサーを見下ろすと、ゆっくりと自分の右足を上げる。そして、ズドン!という鈍い音と共に、レーサーの腹部を勢いよく踏み抜いた。

 

 「ご、は………っ!?」

 

とてつもない衝撃が自身の腹部を襲い、レーサーの意識を一瞬で刈り取る。未元物質によって強化された脚力は地面をも砕き、レーサーを中心にいくつもの亀裂が地面に刻み込んだ。戦闘不能となったレーサーを興味なさげに見下ろしていた垣根はゆっくりと振り返ると、他の六魔将軍(オラシオンセイス)のメンバーと再度向き合った。あまりに衝撃的な光景に言葉を無くしていた六魔将軍(オラシオンセイス)に向かって垣根は一言、、

 

 「さて、まずは一人。次はどいつだ?」

 

と、静かに問うた。

 

 

 

 



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六話

 

 「次はどいつだ?」

 

 挑発的な言葉を投げながらこちらを見る垣根に対し、六魔将軍は言葉を返すことが出来なかった。垣根を見る彼らの目は大きく見開かれ、その顔には驚愕の表情が浮かべられている。垣根に倒されたレーサーは六魔将軍の中でも指折りの実力者で、彼と真正面から戦って勝てる魔導士などそうないない。現に六魔将軍討伐連合軍のメンバーも彼の魔法に翻弄され、為す術も無く叩きのめされてしまったのだ。しかし、突如この場に現れた目の前の青年は何事もなかったかのようにレーサーに勝利してしまった。これには六魔将軍だけでなく、連合軍のメンバー達も驚いた様子で垣根のことを見つめていた。

 

 「おいおい嘘だろ…?俺らがあんなに苦戦した敵を、一瞬で……!」

 「つえぇ……」

 

グレイとナツが思わず声を漏らす中、垣根は再び六魔将軍に言葉を投げる。

 

 「おい、何シカトこいてんだコラ。次はどいつだって聞いてんだよ。相手してやるからさっさとかかってこい」

 「貴様……」

 

ひどく不遜な態度で六魔将軍を挑発する垣根に対し、鋭い目つきで睨み付けるブレイン。すると、

 

 「俺がやる」

 

六魔将軍の一人、コブラが前に出ながらそう告げる。垣根はコブラをじっと見据えると、先ほどヒビキから共有された情報を思い起こした。

 

 「テメェは確か…毒蛇使いの奴か」

 「ハッ!少しは骨のある奴が出てきたか。なぁ?キュベリオス」

 

キュベリオスと呼ばれた毒蛇はコブラの言葉に「シャー!」っと喉を鳴らしながら応えた。そして、

 

 「行くぜェ!」

 

コブラは勢いよく駆けだすと、垣根との距離を詰め自身の右拳を振り放った。すかさず垣根が身体を捩り、コブラの拳は空を切る。しかしコブラはその動きを読んでいたかのように素早く腰を回すと、そのまま回し蹴りを放った。

 

 「……」

 

咄嗟にステップバックし、コブラの回し蹴りを躱す垣根。しかし、

 

 「逃がすかよ!」

 

コブラはすぐさま追随し、再び垣根との間合いを詰めるとそのまま右足を蹴り放つ。

 

 「チッ!」

 

左腕でコブラの蹴りを受け止めた直後、垣根はコブラの死角から左翼の一枚を放った。タイミング的にもそれは回避不能の攻撃。だが、

 

 「へッ、聴こえてるぜ」

 「!?」

 

ヒュルン!と身をよじり、コブラは垣根の翼を躱した。思わず驚きの表情を浮かべる垣根の隙を突き、コブラは垣根の懐にグッと踏み込むと鳩尾に左拳をたたき込んだ。

 

 ガッッ!

 

自動防御(オートガード)性能が付与された白翼がコブラの拳を受け止める。コブラは思わず目を見開きながら眼前の翼を見つめると、垣根は大きく後方へ跳躍しコブラとの距離を取った。

 

 (なんだ…?コイツ…)

 

垣根は鋭い眼光でコブラを睨めつけながら頭の中で思考を巡らせる。

 

 (俺の動きを見切ってるだけじゃねぇ。アイツ、死角からのあの攻撃をドンピシャで躱しやがった。気付いてからの反応であの動きは不可能だ。まさか、俺の動きが読まれてる…?俺に精神操作系の能力は効かねぇはずだが…)

 

垣根がそこまで考えると、突然前方のコブラが眉を上げニヤリと口角を上げる。黙って睨み返す垣根は、バサッ!と翼を大きく広げ、ググッと力を込め弓のようにしならせると、

 

 轟ッッッ!!

 

六枚の翼を一斉にはためかせ、強大な烈風を繰り出した。爆速で発射された巨大な鎌鼬は地表を荒々しく削りながらコブラの下へ一直線に進んでいく。迫り来る烈風を不敵な笑みで見ていたコブラは、烈風が自身に直撃する直前、ダッ!と地面を蹴り上げると一気に上空へと跳躍した。そして、

 

 スゥ~~~~~

 

コブラが突然、空中で目一杯息を吸い込み始める。垣根が訝しげに見上げていると、次の瞬間、

 

 「毒竜の…」

 「!?」

 「咆吼ォ!!」

 

 ゴァッッッッ!!

 

雄叫びと共にコブラの口から赤黒いブレスが放たれる。目を見開きながら見上げる垣根の全身を、毒竜の息吹が赤黒く染め上げながら降り注ぎ、そして、

 

 ドォォォォォォォォォン!!!

 

轟音と共に凄まじい爆発を起こしながら直撃した。連合軍達が驚きの表情で眼前の光景を見つめる中、ナツとウェンディは特にショックを受けた様子だった。

 

 「ブレス…!まさかアイツも…」

 「滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)…!」

 

爆発の余波で辺りが土煙で覆われる中、コブラは空中でキュベリオスの背中に乗るとそのまま黙って眼下を見下ろした。すると、

 

 シュッ!

 

突如土煙の中から白い翼と共に垣根が飛び出し、空中へと姿を現した。コブラは垣根の姿を捉えながらニヤリと笑う。

 

 「ハッ、間一髪で躱したか」

 「流石に驚いたぜ。まさかテメェも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だったとはな」

 「俺は毒竜のコブラ。第二世代の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ」

 

コブラが不敵に笑いながら名乗りを上げた。すると、

 

 「フッ…」

 

垣根はその場で小さく笑う。その反応に眉をひそめるコブラ。

 

 「なにが可笑しい?」

 「いやなに、錯覚野郎に星霊魔導士ときて今度は絶滅危惧種か。中々珍妙な奴らばっかだなと思ってよ」

 「……」

 「結構愉快なとこじゃねぇか、六魔将軍。闇ギルドとはいえ、潰すには惜しくなってきたな」

 「ほざけ!」

 

垣根の挑発に苛立ちを見せたコブラがキュベリオスと共に垣根との距離を詰めると、対する垣根もすぐさま自身の翼をコブラに放った。

 

 「無駄だ。テメェの動きは聴こえてる!」

 

迫り来る二枚の翼を難なく躱したコブラ。すると垣根は残りの四枚の翼を広げ、羽根一枚一枚を一瞬で鋭い槍へと変化させた。そして、

 

 ドッッッッッ!!

 

無数の槍が爆発的に発射され、その全てがコブラを襲う。回避は不可能。防ぐ手立てが無ければ串刺しになること間違いなしのはずだった。だが、

 

 「へっ!」

 

コブラが笑みを浮かべた直後、突如垣根の視界からコブラの姿が消え、串刺しにするはずだった無数の白い槍は空を切る。またも不可避の攻撃を避けられた垣根がやや遅れて頭上を見上げると、そこには太陽を背に天高く舞い上がるキュベリオスとコブラの姿があった。彼らを見上げる垣根の視線と頭上から垣根を見下ろすコブラの視線が交錯する。

 

 「言ったろ?テメェの動きは聴こえてるって」

 

コブラはキュベリオスの背中をダッ!と蹴り上げ垣根目掛けて一気に急降下していく。バッ!と振り上げたコブラの両腕は真っ赤な鱗に覆われ、まるで竜の腕のような形をしていた。そして、

 

 「毒竜双牙!」

 

 ズバッッッ!!

 

赤黒い魔力に染まったコブラの刺突が垣根の翼に直撃した。

 

 「くっ…!」

 

滅竜魔法の衝撃を殺しきれず地上へと落下していく垣根だが、地面に突撃する寸前で体勢を立て直すと、そのまま低空飛行でコブラとの距離を取る。

 

 (さっきのも躱すとは…間違いねぇ。コイツ…やはり俺の動きを読んでやがる)

 「動きを読む?違うな。読んでるんじゃねぇ。聴こえてんだよ」

 「!?」

 

真後ろからのコブラの声に、垣根が思わず驚きながら振り返ると、そこにはキュベリオスと共に垣根の後を追うコブラの姿があった。まるで垣根の頭の中を読んでいるかのようなコブラに対し、垣根は慎重に言葉を返した。

 

 「…聴こえる、だと?」

 「あぁ。俺の魔法は"聴く"魔法。心の声が聴こえるから動きが分かるのさ」

 「…なるほど。道理で動きが読まれるわけだ。だが大丈夫なのか?そんな簡単に手の内をさらしちまって」

 「問題ねぇさ。タネが分かったところで対策のしようなんざあるわけねぇ。俺の魔法はその思考のプロセスすらも聴けちまうからな」

 「…」

 

垣根の後を追っていたコブラとキュベリオスはそのスピードを更に上げ、一気に垣根との距離を詰めるとコブラが再びその右腕を振るった。

 

 「オラァ!」

 

 ブンッ!

 

振るわれた右腕を身体ごと右に流れることで躱す垣根。だが、

 

 「聴こえてるって言ってんだろ!」

 

コブラは自身の魔法でその動きも読んでいたのか、すぐさま左足を繰り出した。しかし、

 

 ガンッ!

 

コブラの蹴りは垣根の翼によって弾かれ、思わず目を見開くコブラ。その様子を見逃さなかった垣根はふと一つの違和感を覚えた。

 

 (俺の動きは全て読まれてるハズだが、翼の自動防御には対応出来てねぇ?そういやさっきもそうだったな…)

 

垣根は思考を進めながら一旦地面へと着地する。すると、コブラもそれに合わせて地面に降り立ち舌打ちをしながら垣根と相対した。

 

 「チッ!自動防御かよ。厄介なモン付けやがって」

 

先の垣根の思考を聴き取り、垣根の翼の性能に気付くコブラ。垣根はしばらく黙ってコブラを見つめていたが、やがて小さく呟くように言った。

 

 「ふむ。なるほどね」

 「あ?」

 「確かにテメェの魔法は厄介だ。精神操作系の力すら弾く俺の未元物質のフィルターをも超えてくるとは、流石は滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。竜殺しは伊達じゃねぇってか」

 「……」

 「俺の思考は全てお前に筒抜け。なら仕方ねぇ。切り離すしかねぇな」

 「あ?テメェ一体何を…」

 

言葉の途中でコブラが口を閉じ、驚きの表情で垣根を見つめた。垣根の心の声を聴いていたコブラの耳に唐突に聴こえて来たのは意味不明な数式の羅列。今垣根の脳内では超高速で大量の計算がなされ、その全てがコブラの耳に流れてきている。あまりの情報量に思わず圧倒されるコブラは慌てた様子で垣根に叫んだ。

 

 「な、何をしやがったテメェ!」

 「何って、聴こえたんだろ?じゃあわざわざ説明するまでもねぇよな」

 「テメェ…!」

 「なに、そんな大した演算はしてねぇ。解いてみろよ。俺が自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)に何を入力したのか」

 

コブラの困惑した様子を他所に、垣根はゆっくりと翼を広げた。そして、

 

 轟ッッ!

 

一斉に翼をはためかせ、爆発的な加速でコブラとの距離をゼロにすると、そのまま自身の右拳を振るった。虚を突かれたコブラだったが、垣根の声を聴き取ることで動きを先読みし垣根の攻撃を難なく躱す。

 

 (何をしてこようと無駄だ。俺にはお前の思考全てが聴こえてる。この俺が後手に回ることはない!)

 

垣根の拳を見事に読み切り、攻撃を躱したコブラがそのままカウンターを決めようと自身の右拳を繰り出そうとしたその時、、

 

 ドスッッッッ!

 

垣根の白い翼の一枚がコブラの腹部に深々と突き刺さった。

 

 「ガハッ……!?」

 

唐突な腹部への衝撃にコブラは思わずうめき声を上げ、肺の中の空気を吐き出しながらそのまま後方へと吹き飛ばされる。腹を押さえ呻きながら立ち上がるコブラだったが、その顔には怒りと困惑の表情が浮かんでいた。

 

 「オイオイ、まだ一発入れただけじゃねぇか。しっかりしろよな。まだまだこれからなんだからよ」

 「テ、テメェ…一体何を…」

 

コブラが言い終わらないうちに再び垣根がコブラに接近する。なんとか立ち上がったコブラは、再び垣根の心の声に集中する。

 

 (二枚の翼による翼撃!)

 

コブラが垣根の思考を聴き取った直後、その思考通りに垣根から二枚の翼が放たれた。

 

 「……っ」

 

コブラは跳躍して翼撃を躱すと、垣根の頭上まで飛び上がりそのまま垣根の顔面目掛けて蹴りを放った。

 

 「毒竜の鉤爪!」

 

赤黒い魔力を纏った右足が垣根を襲う。咄嗟に顔を逸らすことで躱した垣根だが、その動きを読んでいたコブラは身体の回転の勢いを利用してすぐに体勢を整えると、垣根の顔目掛けて左拳を放った。すると、

 

 ブゥン…

 

突然、コブラの耳にかすかな振動音が聞こえる。コブラがその音の方向に視線を向けた瞬間、

 

 シュッ!

 

地を這うような低さから垣根の白い翼が一気に伸び上がり、勢いよくコブラの顔面まで迫った。

 

 「く……っ!?」

 

間一髪で翼の刺突を避けたコブラだったが、突然のことで思わず体勢が崩れた。その隙を垣根は逃さず、コブラの空いた腹部に右足を蹴り込んだ。

 

 ドンッッッ!!

 

咄嗟に両腕をクロスさせ、垣根の蹴りを受け止めたコブラ。しかし、

 

 (重い……!)

 

未元物質によって強化された蹴りの威力はコブラの想像を上回り、体中に鈍い衝撃が伝わりながらコブラは身体ごと後方へと飛ばされる。なんとか足を踏ん張ったコブラが再び前を向くと、既に垣根が翼をはためかせながら距離を詰めてきていた。

 

 「チッ!」

 

再三接近戦を仕掛けてくる垣根に思わず舌打ちをしながらも、コブラはチラリと垣根の背後の翼を見る。どういうわけか、垣根の思考を介さずに攻撃してくるあの翼だが、コブラの耳を持ってすれば翼が攻撃を仕掛ける際に鳴らす微少な音をも拾うことが可能。コブラは全神経を自身の耳に集中させた。そして、お互いが近距離戦闘の間合いに入った途端、

 

 シュッッ!

 

風切り音と共に垣根の上段蹴りがコブラの側頭部を襲う。

 

 「…ッ!」

 

垣根の行動を先読みしていたコブラは当然のごとくそれを躱すと、自身の右拳を構えながら垣根の背後の翼に意識を向けた。すると、

 

 ブゥン…

 

またしても先ほど同じ羽音が聞こえ、音の出所を瞬時に見抜くとそこから一枚の白い翼が伸びてきた。先ほどと全く同じ光景だが、今度は冷静に身を捩ることで翼を躱す。

 

 「へッ!同じ手を二度も喰らうかよ!」

 

コブラがニヤリと笑みを浮かべながら、ダンッ!と垣根の懐に踏み込んだその時、

 

 ブゥン…

 ブゥン…

 

コブラの耳が二つの翼の振動音を拾い上げ、その直後、突然コブラの腹部に強い衝撃が叩き込まれた。

 

 「ゴ…ハ……ッ!?」

 

二つの白い刃が鳩尾に突き刺さり、鋭い痛みが全身を駆け抜ける。あまりの痛みに息を詰まらせ、白目を剥いたコブラはそのまま後方の大木へと勢いよく吹き飛ばされた。

 

 ズドォンッ!!

 

派手な音を立てて地面にずり落ちるコブラ。呻きながら地を這うコブラの下へ垣根はゆっくりと近づき、コブラの目の前で立ち止まると冷徹な眼差しでコブラを見下ろした。

 

 

 「…テメ…ェ…」

 「別に自動攻撃(オートアタック)が一枚ずつ、だなんて一言も言ってねぇだろ。一回躱した程度で油断したお前が悪い」

 「クッ…!」

 「しかし大したもんだ。俺的には自動攻撃ですぐに片づくと思ってたんだが、まさか自動攻撃の際の羽音まで聞き分けて対応してくるとはな。イカレてるぜお前の耳」

 「自動…攻撃…っ?」

 

口元から唾液を垂らしながらもコブラは目の前に立ちはだかる垣根を鋭い目つきで睨み上げる。そんなコブラを静かに見下ろしながら垣根は言葉を続けた。

 

 「あぁ。テメェを仕留めるために即興で作ったシステムだが、存外悪くなかったな」

 「……」

 「俺の思考を全て聴き取るテメェが、なぜだか翼の自動防御は読み切れずにいた。それはなぜか?答えは簡単。俺の意識外で動いてたシステムだからだ」

 「なに…?」

 「一度翼の自動防御が働くよう演算でフィルターを組み上げれば、後は組み込んだ条件式を元に勝手に処理が働くってわけ。そこに俺の意志は介在しない。たとえ俺が無意識の状態でもシステムは常に動いてる」

 「…無意識でも…勝手にテメェを守るよう、プログラムされてるってわけか…」

 「そうそう。だからお前は俺の自動防御を読み切れなかった。ならこの理論を攻撃にも転化できればお前の攻略法も見えてくる。そこでさっき新たに自動攻撃の演算式を組み込んだってわけだ」

 「…だから翼撃時にテメェの声は聴こえなかった」

 「はいまた正解。だが自動防御の時ほど緻密な演算は行なってねぇ。大分アバウトな条件式しか組み込んでないからな。ま、そのおかげで俺にもどう動くか分からなかったが、結果的に上手く行ったようだ」

 

垣根が眼下のコブラに解説しながら自身の翼をチラリと見る。コブラは依然、怒気を含んだ目で垣根を睨み付けているが同時に背中に冷や汗が流れる感覚を覚えた。この短時間でコブラの魔法の穴を見抜く並外れた洞察力と、多様な状況にも瞬時に対応できる実力。これほどの魔導士がエルザやジュラの他にいたという事実がコブラを驚かせた。

 

 「テメェ…一体何者だ?」

 「あ?」

 「なんなんだよテメェの魔法は!そんな魔法聞いたことねぇぞ!」

 「まぁ…そうだろな。だが生憎今は俺の魔法について講義する時間じゃねぇ」

 

そう言うと垣根はスッと右手を前に出し、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「!?」

 

垣根の心の中の声を聴いたコブラは急いでその場から飛び退いた。しかし、

 

 ゴッッッッッ!!

 

突然、周囲一帯の重力が重くなる。咄嗟に身体を起こしたコブラだったが、その努力も虚しく再び地面へと叩きつけられた。

 

 「ガハ……ッ!?」

 

必死に身体を起こそうとするコブラだが、コブラの意志とは裏腹に彼の身体はミシミシミシッッ!と音を立てどんどん地面へとめり込んでいった。

 

 「クッソがァァ……!」、

 

 ガシャンッッッ!!

 

重力の負荷に耐えきれず、大地に大きな亀裂が走る。どんどん重くなる重力に対し、歯を食いしばりながら必死に抗うコブラを見下ろしながら、垣根は静かに呟いた。

 

 「あぁそうそう。お前の攻略法、もう一つあったわ。それは…」

 「く……っ!?」

 「分かっていても避けられない攻撃をすればいい。今みたいにな」

 「テ、メェ……!」

 

苦悶の表情を浮かべるコブラはなんとか顔だけ起こし目の前の垣根を見上げると、ゆっくりと垣根の背中の翼が広がっていった。トドメを刺される。そうコブラが直感したその時、

 

 「キャッ!?」

 

戦場に一人の少女の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 




この世界の垣根、めっちゃ武闘派


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七話

すみません、、、
お騒がせしました、、、


 

 「きゃあ!?」

 

 突然垣根の耳に聞こえた、一人の少女の悲鳴。よく聞き覚えのあるその悲鳴に垣根が急いで振り返ると、ブレインがその邪悪な魔力でウェンディの身体を拘束している姿が目に入った。

 

 「チッ!」

 

垣根は大きく舌打ちをすると、六枚の翼を勢いよくはためかせ一直線にブレイン目掛けて突撃した。しかし、

 

 「金に上下の隔て無し!」

 

 ドッッッッ!!

 

大きな振動音と共に周囲の地面が隆起し、その形を変える。軟化した地面は垣根を覆い尽くすかのごとく、高波のように左右に高くせり上がると、低空飛行する垣根目掛けて一斉に襲いかかった。

 

 ドォォォォォォン!!!

 

土の濁流が垣根を呑み込み、辺りに衝撃が走る。

 

 「テイトク!」

 

ナツが目を見開きながら叫ぶ中、再びブレインのドクロの杖が不気味に光ると、

 

 「うぬらにもう用はない。消えよ」

 

 常闇回旋曲(ダークロンド)

 

禍々しい魔力光線の束がナツ達目掛けて一斉に降り注いだ。

 

 「伏せろ!」

 

ヒビキやレンを中心にその場からの退避を試みるも、傷の痛みによって動けない者も多く、誰もが直撃は免れ得ないと思ったその時、

 

 「岩鉄壁!」

 

ゴリゴリゴリッ!という音をたてながら地面が形を変え、いくつもの岩柱がナツ達の頭上を覆うと、降り注ぐブレインの魔力光弾を受け止めた。

 

 ズガガガガンッッッ!!

 

ブレインの魔力光弾が着弾し、岩柱の表面が次々と爆破されていく。しかし、鋼鉄の堅さと化した岩柱はブレインの魔力の一切を遮断し、ナツ達の身を守り切った。そして、

 

 「間一髪…」

 

岩柱でナツ達を救った張本人、ジュラが厳めしい表情で呟いた。

 

 「ジュラ様!」

 「おおおおっ!!」

 「すごいや!」

 「ありがとう。助かったよ」

 

窮地を救ってくれたジュラに皆が礼を述べると、ナツがキョロキョロと辺りを見渡し六魔将軍を探す。

 

 「あいつらは!?」

 

他の者も六魔の姿を探すもそれらしき姿はない。どうやらブレインの攻撃をジュラが防いでいる間に逃げられてしまったようだ。

 

 「消えちまったか…」

 「んだとコラー!」

 

ナツが怒りを露わにしながら叫ぶ中、シャルルは一歩前に出ると不安そうな表情で遠方を見つめた。

 

 「ウェンディ…」

 

シャルルのか細いつぶやきの直後、今度は青い天馬(ブルーペガサス)のレンがゆっくりと立ち上がり、悔しそうな表情で口を開いた。

 

 「完全にやられた…」

 「あいつら、強すぎるよ…」

 「六魔将軍(オラシオンセイス)…なんて奴らだ」

 「たった六人だというのに、集めていた情報以上の魔力だった」

 「頼りのクリスティーナまで…」

 「うむ。心が覗けるという女が言っていた。ワシらの作戦が全部分かった、とな」

 

連合軍のメンバーが改めて六魔将軍の強さに戦いていると、

 

 「あの、あれに乗ってた人達は…?」

 

ルーシィが心配そうな様子で尋ねた。その問いにヒビキ達が答える。

 

 「それなら心配ない」

 「クリスティーナは目的地まで遠隔操作で向かうからね」

 「仮設拠点が判明した後で僕たちが乗り込むハズだったんだ」

 「そっかぁ!良かった!」

 

ヒビキ達の言葉でホッと胸をなで下ろすルーシィ。一方、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のリオンも負傷した箇所を抑えながら同じギルド仲間であるジュラの方へ近づき、ジュラが無事なことを確認するとホッとしたような表情を浮かべた。

 

 「ジュラさんも無事で良かった」

 「いや、危うい所だった」

 「!その傷…」

 「恐ろしい力だった。今は一夜殿の"痛み止めの香り(パルファム)"で一時的に抑えられているが…」

 

そう言いながらジュラは、ボロボロの姿にもかかわらず普段と同じテンションでいる一夜をチラリと見る。

 

 「一夜殿やテイトク殿がいなかったらワシもどうなっていたか…」

 「テイトク…はっ!そういえばアイツは!?」

 

ジュラの言葉で忘れかけていた垣根の存在を思い出したリオンは慌てて辺りを見渡す。リオンの言葉を聞いた他の者も同じように垣根を探した。

 

 「確か敵の魔法を喰らってたよね。地面を操る魔法」

 「あぁ。生き埋めになってなきゃいいが…あれだ!」

 

グレイが指さした方角の先には、土が山の様に盛り上がっている場所があった。恐らくあの中に垣根がいるのであろう。皆は急いで垣根を助け出そうと走り出した。すると、

 

 ズドォォォォォォン!!

 

凄まじい轟音と共に土の山が吹き飛ばされ、土塊があちこちに飛び散った。

 

 「な、なんだ!?」

 「爆発!?」

 

迫り来る風圧を耐えながらグレイ達が目をこらすと、土煙の中から一人の青年がゆっくりと姿を現した。

 

 「テイトク!」

 

シャルルがその名を呼びながら垣根の元へと駆け寄ると、垣根もまた、向こうから駆け寄ってくるシャルルを視認した。

 

 「シャルルか。ウェンディは?」

 「……」

 「…そうか」

 

シャルルが悲しげな表情で俯く姿を見て垣根は全てを察すると、心の中で忌々しげに呟いた。

 

 (…思ったよりコブラに手間取った俺のミスだな。だが奴らの様子から察するに、何かウェンディに用があって攫ったとみて間違いない。なら身の安全についてはしばらくは問題ねぇとは思うが…)

 

垣根が思案していると、そこへ他の連合のメンバーも垣根の下へ駆け寄った。皆、垣根の無事を確認すると心底ホッとしたような表情を浮かべた。

 

 「無事だったかお前!」

 「良かったぁ…!」

 「それにしてもお前強すぎだろ。俺達があんなに苦戦した奴らをあんなにあっさりと」

 「こんなに強い魔導士が化猫の宿(ケットシェルター)にいただなんて、今まで聞いたこともありませんわ」

 「テイトク・カキネ。おまえは一体…」

 

口々に垣根に話しかける連合の魔導士達。垣根の正体を訝しむ者もいる中、垣根が口を開こうとしたその時、

 

 「エルザ!」

 

ナツの慌てたような声が聞こえる。皆が一斉に振り向くと、木に寄りかかりながら自身の右腕を押さえ、痛みに顔を歪めるエルザの姿が目に入った。エルザの右腕はコブラの毒蛇・キュベリオスの毒によって犯され、思わず顔を背けたくなるほど毒々しく変色していた。苦悶の表情を浮かべるエルザにグレイ達も慌てて駆け寄った。

 

 「エルザ!しっかりして!」

 「うっ……うあっ……」

 「蛇に噛まれたところから毒が回っているのね」

 「一夜様!」

 「分かっている。マイハニーのために!"痛み止めの香り(パルファム)"香り増強!!」

 

言葉通り、一夜は香りの魔法の効力をさらに強める。一夜の痛み止めの香り(パルファム)は単なる傷の痛み止めだけではなく、毒の浄化作用まであるという。一夜の持つ小瓶からあふれ出る癒やしの香りがエルザの元へと届いた。しかし、

 

 「く……っ!!うぐ…っ!」

 「エルザ!大丈夫か!?」

 「余計苦しんでねぇか!?」

 「お、おやぁ…?」

 

一夜の強化された香りを嗅いだにもかかわらず、エルザの容態は良くなるどころかさらに苦しみの声を上げる。これには流石の一夜も困惑の色を隠しきれなかった。

 

 「うが……っ!?」

 「メ、メェーン…」

 「これは…」

 「そんな!痛み止めの香り(パルファム)が効かないなんて」

 「しっかりしろ!エルザ!」

 

ナツが励ますようにエルザに声をかける。皆が心配そうにエルザを見つめる中、ふとエルザがその疲れ切った顔を上げた。そして、

 

 「ルーシィ…すまん。ベルトを…借りる」

 

そう言って急にルーシィのスカートのベルトを掴んだエルザは、有無を言わさずそのベルトを抜き取った。

 

 「えっ?ちょっ……きゃあぁぁぁぁっ!?」

 

悲鳴を上げるルーシィを他所に、エルザは口を使って自身の右腕にベルトを巻き付けていく。ルーシィはずり落ちるスカートを押さえながらエルザに尋ねた。

 

 「何してるのよエルザ!?」

 「すまん…このままでは戦えんのでな」

 

ベルトを右腕にギュッと結びつけたエルザは剣を地面に突き刺し、アームスリーブを口にくわえながら地面に座る。そして自身の右腕を肩位置まで持ち上げると、

 

 「斬り落とせ」

 

毅然とした口調でグレイ達に言い放った。

 

 「「「なっ!?」」」

 「バカな事言ってんじゃねぇよ!!!」

 「頼む…誰か…」

 

額にびっしょりと汗を掻き。苦しげな表情で言葉を絞り出すエルザに誰もが唖然としている中、リオンがエルザの前に出るとそのまま地面から剣を引き抜いた。そして、

 

 「分かった。俺がやろう」

 

静かな口調でリオンが告げる。

 

 「リオン様…」

 「やめろリオン!」

 「やれ」

 「よせ!!」

 

グレイが声を張り上げ、必死にリオンを引き留める。ルーシィもおずおずとリオンに尋ねた。

 

 「リオン…本当にやる気なの?」

 「今俺達はこの女を失うわけにはいかん」

 「けど…!」

 「もう!どれだけ甘いんですの妖精さんは!このままではエルザさんは死んでしまいますのよ」

 「あんたに何が分かるっていうのよ!」

 

ルーシィとシェリーが言い争う中、再度エルザが声を張り上げた。

 

 「やるんだ早く!このままでは全身に毒が回る…」

 「……」

 「やめろリオン!」

 「ダメだ!女性の身体を傷つけるなんて!」

 「そんな事しなくても…」

 「エルザ殿の意志だ!」

 

ヒビキやイヴも抗議の声を上げるが、ジュラによって阻まれる。エルザの腕を巡って、メンバー同士で意見の対立が起きる連合軍。そしてその光景を、垣根とシャルルは後ろから静かに見つめていた。

 

 「やれやれ。まったく短絡的な連中ね」

 「あぁ。まったくだ。連合軍が聞いて呆れるぜ」

 

呆れるように肩をすくめてみせた垣根は背を翻し、彼らから離れるように歩き出した。それを見たシャルルが慌てて垣根に声をかける。

 

 「ちょっと!どこ行くのよ?」

 「あ?決まってんだろ。あのガキ捜しに行くんだよ」

 「探すって…アイツらなんとかしてからにしなさいよ」

 「知るか。付き合ってられるかよ」

 

垣根が吐き捨てるようにそう言うと、六枚の翼をはためかせ空へと飛び立って行った。

 

 「ちょっとぉ!……もう。相変わらず協調性がないんだから」

 

一人で行ってしまった垣根に対し、呆れるようにため息をついたシャルルはエルザ達の下へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 垣根は森の上空で静止しながらじっと目をつむる。先ほど生成し放った未元物質製小型トンボ偵察機を介し、垣根の脳内には森中の光景が共有されていた。無数のトンボ機を放つことにより、六魔将軍のアジトを手っ取り早く見つけ出そうと考えた垣根だったが、

 

 「…見つからん」

 

10分ほど空中で静止していた後、ゆっくりと目を開けながら呟いた。これだけ広い森となるといくら偵察機を多く放ったとはいえ、敵のアジトを見つけるにはそれなりの時間がかかる。どうしたものか、と再び考え始めた垣根。すると、

 

 「ん?こいつら…」

 

垣根はトンボ機が捉えたいくつかの集団に着目する。それぞれ大体一ギルド程の規模で、森の各場所にて待機していた。一度にこれだけの集団が森に集まっていることがまず不自然であったが、垣根がよくよく注目して彼らの顔を見てみると、中には垣根の知った顔も散見された。彼らは皆、垣根が以前闇ギルドについて調べていたときに知った顔ばかりであったが、何より垣根を驚かせたのは彼らの所属する闇ギルド全てが六魔将軍の傘下のものであるということだった。

 

 「なるほど。六魔将軍の下っ端共が俺達を待ち伏せしてるってとこか…」

 

垣根は顎に手を当てしばらくなにやら考えていたが、やがてその口元を邪悪に歪めた。そして、

 

 「なんだよ。もっと手っ取り早い方法があるじゃねぇか」

 

嬉しそうに呟いた垣根は前方の森へ方角を定めると、その場所へ向けて勢いよく翼をはためかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンッ!!

 

森の中にて、勢いよく着地する垣根。突然の来訪者に、連合軍を待ち構えていた闇ギルドの魔導士達は目を丸くしながら垣根の方を見つめた。声もなく自分を見つめる魔導士達に対し、垣根は簡潔に尋ねた。

 

 「よぉ。ちょっと聞きてぇことがあるんだが、今って時間大丈夫かな?」

 「だ、誰だテメェ!!!」

 「ふざけてんのか!!」

 

ハッと我に返った闇ギルドの魔導士達が垣根に対し怒号を飛ばす。殺気と罵声が入り交じる中、奥の方から大柄な二人の男が歩いて出てくると、垣根の前にその姿を現した。

 

 「なんか知らない奴来たよザトー兄さん」

 「あぁ。あの顔、連合の一味だなガトー兄さん」

 「…テメェらがこのギルドのボスか。確か…」

 「六魔将軍傘下、裸の包帯男(ネイキッドマミー)

 

大男の内の一人、サングラスをかけ「ザトー兄さん」と呼ばれていた男が答えた。

 

 「単身で乗り込んでくるとはいい度胸だな小僧」

 「六魔将軍傘下、裸の包帯男(ネイキッドマミー)

 「それはさっき言ったよガトー兄さん」

 「あれ?そうだったかいザトー兄さん」

 「おい、キモい会話してんじゃねぇよ。こっちは聞きてぇことがあるだけだ。手間取らせんじゃねぇ」

 「あァ!?」

 

垣根の舐め腐った態度に、大男達は怒りの表情を西ませながら垣根を威嚇する。

 

 「なめやがってクソガキが…大人を怒らせるとどうなるか思い知らせてやる」

 「単身で乗り込んでくるとはいい――――」

 「死んだぞテメェ」

 

その言葉と共にザトーが合図を送ると、闇ギルドの魔導士達が一斉に垣根に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――一一方その頃、連合軍では。

 

 

 

 

 

 

 

 垣根が一人飛び去った後、エルザの腕を斬り落とすか落とさないかの議論はシャルルの言葉をもって終焉を迎えた。敵に捕らわれたウェンディが天空の滅竜魔導士であること、ウェンディは失われた魔法(ロストマジック)である治癒の魔法の使い手であることがシャルルによって明かされ、シャルルならばエルザを蝕む毒も治すことが可能だという。その言葉を聞いた連合軍は一致団結し、ウェンディを救い出すためいくつかのチームに別れながらウェンディ探索へ乗り出した。シャルルも当然ウェンディ探索に同行し、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツ・グレイと共に行動していた。ナツは森の中を走りながら、ふと横で飛行するシャルルに尋ねた。

 

 「天空の滅竜魔導士ってさぁ、何食うの?」

 「空気」

 「うめぇのか?」

 「さぁ?」

 「それ、酸素と違うのか?」

 「あの子ね、あんたに会えるかもしれないってこの作戦に志願したの」

 「オレ?」

 

ナツが思わず聞き返すと、シャルルは頷きながら言葉を続ける。

 

 「同じ滅竜魔導士でしょ?聞きたいことがあるらしいの」

 「聞きたいこと…」

 「そ。あの子に滅竜魔法を教えてくれたドラゴンが7年前にいなくなっちゃったんだって。あんたならそのドラゴンの居場所知ってるかもって」

 「…そのドラゴン、なんて名前だ?」

 「天竜グランディーネ、とか言ったかしら」

 「天竜グランディーネ…7年前…んガ…ッ!?」

 

シャルルの言葉を反芻し、視線を下げて走っていたナツは前方を遮る木に気付かずに激突する。思わず仰向けに倒れたナツだが、素早く身体を起こすと何か思いついたように叫んだ。

 

 「そうだ!ラクサスは!?」

 「じーさん言ってたろ?あいつは滅竜魔導士じゃねぇ」

 「な…何これ!?」

 

突然のシャルルの叫びを聞き、ナツとグレイが急いで顔を上げると、ナツ達の前方にどす黒い霧のようなものが発生し、辺りの木々を黒く染め上げていた。

 

 「木が…黒い…」

 「気持ち悪ィ!」

 

得体の知れない黒い霧を警戒心を高めながら見つめるナツ達。すると、

 

 ズドォォォォォォォォン!!!

 

突如ナツ達の耳に凄まじい爆発音が聞こえた。

 

 「な、なんだ!?」

 「爆発…?」

 「ここまで振動が…多分そう遠くねぇぞ」

 

ナツとグレイが周囲を見回しながら気を配る。すると、

 

 「あっちの方角から聞こえたわ」

 

シャルルが北の方角を指さしながら二人に言った。

 

 「うし!行ってみっか!」

 

シャルルとグレイはナツの言葉に頷くと、三人は音の方角へと走り出した。

 

 

 音の方角へ向けしばらく森の中を走っていると、ふと開けた場所に出るナツ達。そこで目にした光景にナツ達は思わず驚きの声を上げた。

 

 「な、なんだこりゃ!?」

 「一体どうなってんだ…」

 「これは…」

 

三人の視線の先には、何十人もの魔導士と思われる集団が一人残らず地に伏している光景があった。まるでギルド間での抗争でもあったかのような有様だが、三人がしばらく声もなく眼前の光景を見つめていると、ふとシャルルが声を上げた。

 

 「あ!あれ!」

 

シャルルが叫びながら指さす方角へナツとグレイも視線を向けると、倒れた木々の向こう側に見覚えのある白い翼を携えた金髪の青年の後ろ姿が見て取れた。

 

 「あれは…テイトクか!」

 「なにっ!?」

 「何やってんのよアイツ!」

 「あっ!おいシャルル!」

 

(エーラ)をはためかせながら垣根の下に向かっていくシャルルをナツとグレイも追いかけた。

 

 「テイトクー!」

 「ん?…あぁシャルルか。それに…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の奴らも一緒か」

 

シャルルの呼び声に垣根が振り向くと、シャルルの他にナツとグレイもこちらに向かって来ていることを確認する。三人が垣根の下までたどり着くと、シャルルが怒ったように垣根に尋ねた。

 

 「ちょっとアンタ、これは一体どういうことよ?」

 「どうもこうもねぇよ。ウェンディの居場所聞き出そうとしたら襲ってきたんでな。ちょいとお灸を据えてやっただけだ」

 「ウェンディの居場所?なんでこいつらに?」

 

シャルルの質問に垣根は興味なさげな声音で答える。

 

 「こいつらは六魔将軍の下っ端の闇ギルドだ。恐らく六魔将軍の命令で俺達を待ち伏せするつもりだったんだろうな」

 「そんな…他にも闇ギルドがいたなんて…敵は六人だけじゃなかったのね」

 「あぁ。ま、地道に探すよりこいつらボコって居場所吐かせた方が早いし、俺としては好都合だったがな」

 

そう言いながら垣根は足下に転がっている男を踏みつける。「う…っ!」とうめき声を上げる男に対し、垣根は胸ぐらを掴むと無理矢理立たせながらその男の顔を睨み付けた。

 

 「オイコラ。六魔将軍のアジトはどこだ?」

 「く…っ!」

 「ほぉ、そうか。口割らねぇか。なら死ぬしかねぇな」

 「ひィ…っ!!わ、わかった!話す!話すから!」

 

端から見ればどちらが悪役か分からないようなやりとりを垣根がしている中、グレイは彼の後ろ姿を黙って見つめていた。

 

 (こいつらは以前ルーシィが戦ったっつってた裸の包帯男(ネイキッドマミー)。六魔将軍に比べりゃ大したことない奴らだが、それにしたって一人でこの数を倒したってのか…しかも六魔将軍と戦った後だってのに汗一つかいてねぇ。こいつ、本当に一体何者だ…?)

 

グレイは垣根の実力に改めて感心すると同時に、僅かな警戒心もまた彼の心の中に生まれていた。すると、

 

 「西の廃村だ」

 

パッと男の胸ぐらを離し、唐突にこちらを振り返った垣根がグレイ達に短く告げる。

 

 「えっ?」

 

垣根の言葉で我に返ったグレイが思わず聞き返すと、垣根は言葉を続けた。

 

 「六魔将軍のアジト。西の廃村にあるんだとよ」

 「確か西の方には古代人達の村があったわよね。それのことかしら」

 「恐らくそれだな」

 「西だな!よっしゃー!待ってろよウェンディ!ハッピー!うおおおおおお!!」

 「あっ!おい待てナツ!」

 

グレイの静止も聞かず勇ましい声を上げながら、早速ナツは西の方へ向かって走り出した。

 

 「ハァ~…ったくあの馬鹿」

 

ため息をつきながら呆れるようにつぶやいたグレイだったが、すぐに走ってナツの後を追いかけていく。

 

 「…相変わらず騒がしい奴らだな」

 

二人の背中を見ながら垣根がボソッと呟くと、動こうとしない垣根を不思議に思ったのかシャルルが垣根の顔を覗き込んだ。

 

 「どうしたの?私たちも早く行くわよ」

 「あぁ」

 

シャルルに返事を返すと、垣根も背中の翼をはためかせてナツ達の後を追っていった。

 

 

 

 

 

 



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