SmileY四方山話 (ムーさん@南条P)
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彼と妹

 

SmileYこと、ロドニー・ジャック・ゴールディングと彼の妹の話をするとしよう。

 

彼はイギリスで産まれた。資産家の父を持ち、裕福な家庭で不自由なく育てられた。

“常に紳士たれ”と父から、そして教育係の執事やメイド、家庭教師たちから常に言われ続け、しかしそれに反発することなく真っ直ぐに育った。

 

家族や親友からローディの愛称で親しまれた彼は地元の人気者だ。

級友たちとは頭一つ抜けた身長、サラサラとした艶のある茶髪、優しい目元や口元、穏やかな喋り方に洗練された物腰は、絵本に出てくる王子さまそのものだろう。

 

同性たちとも仲良く、異性からは憧れの的なローディの一番好きな、一番大切なのものは妹のセシリーだ。

彼の6つ年下の妹、セシリー・ゴールディングは身体の弱い女の子だった。

アルビノ体質の彼女は色白で髪も絹糸のように繊細で美しく、華奢な身体も相まって触れるだけで壊れてしまいそうな、そんな印象を抱かせる美少女だ。

 

昔セシリーが8歳の頃、高熱を出したことがあった。

身体の弱いセシリーの傍で、ローディはずっと手を握りながら励まして、声をかけ続けた。

“大丈夫だよ、ボクが傍にいるからね”……と。

メイドたちが慌ただしく看病する最中も、その手伝いをしながら、必死に三日三晩と声を掛ける。

その姿に心を打たれた使用人も少なくなかったという。

セシリーの熱は無事に下がり快方へと向かったのだが、あれ以来ローディは常にセシリーにべったりになった。

 

シスコン……と世間では言うのだろう。しかし、セシリーもそれに嫌な顔はしなかった。どころか、自分からローディに甘えにいくほど、あの兄妹は仲睦まじかった。

 

 

 

ある日のことである。日差しも柔らかく、雲も適度に空を飛ぶ、そんな晴れの日だ。

 

─肌の弱いセシリーは、晴れの日に外を出歩くときは日傘が手放せなかった。だから、ほとんどを家の中で過ごす。教育も過保護な親が全てを家の中で済ませようとするほどだ

籠の中の小鳥、そうセシリーを揶揄する声もあったが、彼女はそれに悲観はしない。

彼女は家の中でも外を冒険する術を知っているからだ─

 

日差しが差し込み、陽気に包まれた部屋の中で、セシリーは本棚から一冊の、お気に入りの絵本を手に取る。

いつも笑顔の優しい王子さまがお姫さまの病気を治すために世界を冒険する物語だ。

ぺらり、とゆっくりページを捲る。

本の中ではお姫さまを救うために世界を冒険する王子さまの物語が優しく綴られている。彼女は薄紫の瞳を動かして、王子さまと共に病気を治す魔法の木の実を求めて旅をする。様々な出会いの果てに、王子さまはついに求めていた木の実を手に入れた。

 

ぺらり……優しい音を立ててページが捲れる。

けれど王子さまは間に合わなかった。帰ってきた時には、すでにお姫さまは永い永い旅を始めていたのだ。けれど彼は後悔しなかった。彼女が安らかに眠っていたからだ。

希望を胸に抱きながら、世界への愛を秘めながら、彼女は旅立った。

遠い、遠い、長旅を終えた王子さまはそのまま眠ってしまった。そして……

 

「……。」

 

読み終えた本をゆっくり閉じる。ぱたり…と空気の逃げる音が小さく響く。

本を読みながら彼女は外の世界を旅する。ふふ、と小さく微笑みながらお気に入りの絵本を本棚に戻す。そのとき、コンコンとドアをノックする音がする。その音にセシリーの顔にぱっと花が咲いた。

 

「セシリー、来たよ。」

 

「お兄様!」

 

ローディ、彼女が一番大好きな人だ。まるで本の王子さまが飛び出てきたような優しい顔、優しい声、優しい言葉、どれをとっても大好きだった。

とてとてと駆け寄れば、ローディはひょいと彼女を抱える。

 

「お兄様、来てくれたのね!」

 

「セシリーに呼ばれたなら来ないわけにはいかないさ。今日もまた一緒にいようか。」

 

優しい声でローディは言う。小鳥のようなセシリーに微笑みながら、そっと抱き抱える。

軽い足取りのままそっと本棚から一冊の本を手に取れば、“これでいいかな?”と囁いた。

その言葉にセシリーはこくこくと首を縦に振れば、彼はにっこりと微笑み、彼女を抱き抱えたまま歩みを進める。

 

庭に生えた大きな、大きな樹の下までやってくればローディは胡座をかいて木陰に座る。当然、セシリーは胡座の上だ。

そうして大好きな兄の上、涼しい風の吹き抜ける木陰の下で、大好きな本の世界に浸る。

この時間が、彼女の一番の幸せなのだ。

 

 



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絵本とSmileY

 

SmileYこと、ロドニー・ジャック・ゴールディングと彼の妹の話をするとしよう。

 

セシリーは絵本が大好きだ。

特にNutmegという作者の本が好きだった。王子さまの絵本も、その作者のもの。

Nutmegの本は必ず翻訳者がOreganoなのも、少なからず好きな理由だ。きっとこの作者と翻訳者は友達なんだろう、仲良しなんだろう、セシリーはいつもそう思いながら彼らの絵本を手に取っていた。

 

ぺらり……ページが優しく捲れる。

冬の森、待ち合わせをするクマさんとウサギさんの物語。

森のみんなから怖がられていたクマさんが、森の人気者なウサギさんと遊ぶことになり待ち合わせをしていた。

森で一番大きな樹の下で待ち合わせ。クマさんはそこに待ち合わせの時間よりも早く着いていた。

けれども、どれだけ待ってもウサギさんはやってこない。

 

ぺらり……またページが捲れる。

からかわれたんだろうか…そう過る思いをクマさんはぶんぶんと頭を振って否定する。

冬の森にちらちらと雪が降ってきた。寒いなぁ、なんて思いながらクマさんはじっとウサギさんを待っていた。

もう、何時間経つだろうか。けど、どれだけ待ってもウサギさんはやってこない。

 

ぺらり……ページが捲られた。

くしゅん、と凍えたクマさんがおおくしゃみ。するとどうだろうか、樹の裏側からウサギさんが飛び出てきた。

大きな樹の裏でお互いが見えていなかったのだ。

寒さに凍える二人は、一緒に暖かいご飯を食べに行きましたとさ。

 

 

ぱたん、と優しく絵本が閉じる。

 

 

 

「セシリーは、本当にこの2人の絵本が好きなんだね」

 

「好きじゃないわ、大好きなのよ!お兄様も分かるでしょ?」

 

いつものようにセシリーは木陰の下でローディの脚に座りながら読み聞かせを聞いていた。

大好きな兄の、穏やかな声で聞く絵本の物語は彼女にとって至福の一時だ。

一冊、本を読み終えればローディがゆっくり、優しく本を閉じる。その音を聞いてセシリーは絵本の世界から現実の世界へと戻ってくるのだ。

 

「そうだねぇ……この2人の絵本はボクも大好きさ。」

 

「うんうん!」

 

ローディの言葉にセシリーは“そうでしょそうでしょ”と自慢気に微笑む。

自分の大好きな本が、大好きな人に認められたのがよっぽど嬉しかったのだろう。上にいる兄の顔が見えるように仰け反りながら、背中を倒す。軽い体重を後ろにいる兄に預ければ返ってくるのは頭を撫でる優しい掌の感触だ。

 

「私ね、夢があるの。将来、ぜったいにこの2人にお礼が言いたいの。素敵な絵本をいつもありがとうって! お手紙でもいいけれど、でも、出来るなら直接言いたいの!」

 

「それはいい夢だね。なら……そうだな、セシリーが今よりも大きくなって、身体も丈夫になったらそうしよう。海を渡って、その2人の所へ言いに行こう。“素敵な物語をありがとう”って。」

 

「うん!」

 

ローディの言葉にセシリーは満面の笑みを浮かべる。自分の夢が否定されなかったから、外に行くことを反対されなかったから。

大好きな兄はいつもそうだった。使用人たちと違って、否定しない。いつか、必ず、叶えてくれると言ってくれる。

暖かい掌で彼は頭を撫でながら、ゆっくりと語りかける。

 

「その頃にはちゃんと言いに行けるように、ボクもその2人がどこにいるかを探しておくよ。」

 

「えへへ。ありがとう、お兄様!」

 

 

木漏れ日の下で交わされた小さな約束だった。

けれども、2人にとってはとても大きな約束だ。

2人はお互いの小指を合わせると小さく結んでおまじないをする。

日本からやってきた知り合いに教わった、約束事のおまじないだ。

 

 

この夢が、この約束が叶いますように、と

 



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