アイリス米が炊き上がる時 (てっちゃーんッ)
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1話

前に投稿したことありますがこのアカウントで初めて投稿したので初投稿です。




 

〜 畑に囲まれたとあるところ 〜

 

 

 

自炊とは素晴らしいものである。

 

特に命であるお米を炊いた瞬間だ。

 

ピー、ピー、と愉快な音を鳴らしてほっかほかの恵みを俺たちに日本人に教えてくれる。

 

とある熱い妖精も言っていた。

 

お米食べろぉ!!

 

蓋を開けるたびに甘い熱気が鼻を擽り、俺たちに生きてると思わせてくれる瞬間が大好きだ。

 

 

その中で炊飯器は選ぶことが大事だ。

 

炊飯器が悪ければ、良いお米も台無しになる。

 

そのため美味しいお米を食べるならやはり良い炊飯器で炊きたいものだ。

 

そうすればお米も喜び、ピカピカな白米を俺たちに姿を見せてくれる。

 

だが炊飯器は機械だ。

 

いずれ壊れてしまう。

 

そして最近お気に入りの炊飯器が壊れてしまった。

 

俺はお米とともにこの炊飯器の命日なんだと悲しんだ。

 

けれど泣いてはいられない。

 

気持ちを入れ替えて新たなる炊飯器を手に入れた。

 

家庭用品とは日に日にバージョンアップを繰り返す。それは機械も同じ。だから必然的に昔よりも性能が上がり、美味しいお米はさらに美味しく炊きあがる。それを知ってる俺はこれまで頑張ってくれた炊飯器に感謝して、新たなる炊飯器を手に入れた。

 

コンセントを差し込み、スイッチを押す。

 

ああ、これだ…

ピカピカのツルツルの米釜。

 

これに天然水を注いで、実家で育てている最高のお米を入れて炊けば… ッッ!

 

ダメだ! 待ちきれない! 早く炊こう!

 

炊飯器の設定をいじる。

 

すごい!すごいぞ!

大きなモニター付きだ!

これで細かい設定が可能だ!

その上、炊きあがりの好みも設定できる!

 

大喜びする自分の顔がモニターに映り、その顔を見て自分は相変わらずお米が大好きなことを今一度教えてくれる。

 

それから炊飯器に名前を登録して、細かな設定を行ったあと、実家のお米と天然水を持ってこようと台所に向かう。

 

少し目を離した………その時だ。

 

炊飯器から何か"異音"が聞こえた。

 

 

 

なんだ?

 

 

 

心配になりながら俺はお米と天然水の持ち込みを中断して、モニターに近づく。

 

そして()()()がそこにいた。

 

 

 

「……へ?」

 

 

『え……?』

 

 

 

現れたのは……少女?

大人しそうな女の子がこちらを見ている。

 

 

 

「……」

 

 

『あ、えっと……』

 

 

 

無言空間は古時計のカチカチ音だけが響く。

 

モニターの中にいる少女はオロオロと。

 

少し間を置いて、俺はとある回答に至った。

 

炊飯器のモニターに見知らぬナビがいる。

 

だが設定を終えたタイミングでだ。

 

それってつまり…

 

 

 

「ああ、なるほど!この炊飯器には美少女がナビしてくれるのか!いやー、家電用品も随分と進んだなぁ!」

 

『え?…え?………ええ?』

 

 

量産された無機質なナビよりも、しっかりデフォルメされたナビがいて、しかも表情をコロコロさせている。

 

最先端技術の炊飯器ってすげー!

 

 

 

『いや、あの………えっと??』

 

 

 

まだまだ初期設定でヨチヨチ歩きなのか困惑している。つまり成長型のナビってことか?

 

なるほど!

 

それはありがたい!

 

何せこれからもっとお米の価値を追求できるからな!!

 

すげー炊飯器を買ってしまった!!

 

 

 

そして俺は全く知らない。

 

彼女が世界規模の軍事用ナビであることを。

 

頭の中が炊けている俺がこの時知るわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は軍事の中で作られたナビ。

 

Dr.ワイリーの手によって誕生する。

 

それからただのナビではない。

 

全ての電子機器を制御する力を持っている。

 

振りかざせば世界を震わせることも容易い。

 

とても恐ろしい力を持っている。

 

けれど私は従うだけの存在。

 

そう思っている。

 

これまでそうだった。

 

でも疑問を抱く。

 

それは私として認識する故。

 

 

なぜ__私には意思があるの?

 

 

これまで薄かった自我はこの役目に対して疑問を持つほどになった。いつしか「何故?」と己の存在を問うほどになっていた。考えは次々と生まれてしまう。だって意思があるから。

 

そんな中でも私は次々とこの体に与えられた役割を果たす。

 

しなしアメロッパ軍の軍事機械を操作して、ハッキング作業を行っていた時に感じる。

 

何かがチクリと傷んだ。

 

ウイルスの仕業?

いや、そんな物は近くにいない。

 

なら、これは…………心?

 

 

 

「こんなことに意味があるとは思えない…」

 

 

 

初めて心の底から言えただろう言葉。

 

自分の手を見て、自分の問いを考え、そして私はここから逃げ出した。

 

私を生み出したDr.ワイリーすらも見つけれないところにまで…

 

どこか、どこか遠くに。

 

これまでとは関係ない世界に。

 

 

 

 

 

 

私は電脳世界を彷徨った。

 

未知なる場所に足をつける。

 

その度に襲いかかるウィルスたち。

 

私はそれを打ち払う力がある。

 

打ち払うどころか"兄"と同じ力で全てを消し去ってしまうほどだ。

 

手を伸ばせば、簡単に消せる生命達。

いや、ウィルスを生命とは言わないか。

 

けれど、簡単に消し去ってしまうこの力も、だんだんと恐れに繋がる。

 

破壊を可能とした体。

 

消失へと陥れる力。

 

 

 

「なんで…」

 

 

 

なんで…

作られたんだろう…

 

 

 

なんで…

心があるんだろう…

 

 

 

なんで…

彷徨ってんだろう…

 

 

 

なんで…

わたしなんかにこんな悲しい力が備わった?

 

 

眩しいはずのネット世界。

 

誰もが生活の一部として営む世界。

 

でも一人寂しく怯える私はそんな世界で何も育めない虚無の中で放浪するみたいだ。

 

そして、無意識に、無意識に、当てもなく何処かをさまよい、意味もなく何処の中へと勝手に居座り、ウイルスが現れるたびにその場から離れて争いを遠ざける。

 

またこうして時間を費やして自問を繰り返す。

 

 

私は…

 

わたしは…

 

 

ワタシと、言うのは……

 

なんのために生きてるのか…?

 

 

 

 

 

「炊飯器のモニターオン!!」

 

 

 

 

 

声が聞こえた………え?声??

 

__ズズズ!

 

 

 

「!?」

 

 

 

外部からのプラグインの反応。

 

まさか無意識にフラついてしまったこの場所は先ほど聞こえた、声の主が扱う主電源のアクセスポイントなのか?

 

ああ、まずい、油断してしまった。

 

電力と共に吸われる。

 

うっかりにも程がある。

 

 

 

「っ…ぁ、ダメ、力を、使っては…ダメ!」

 

 

 

何かに吸い込まれているこの状態で力を使って抵抗すると支障を起こす可能性がある。

 

私は軍事機械を操るほどの莫大な力を保有するナビだ。

 

だから一般家庭の機械にその力を使うなんて危険極まりない。

 

もしそんなことして爆発なんて起こしてしまったのなら大問題だ。

 

破壊でしか存在価値を生み出せない私なんかでは責任取りきれない。

 

 

「っ」

 

 

されるがままに私は繋がれた場所に吸い込まれてしまい、そして激しい波は落ち着いた。

 

眼を開ければどこかの空間に流れ込んだ。

 

 

 

__ブォン!!

 

 

 

画面が移る。

 

外が見える。

 

そして…

 

とある人間の顔が私を覗き込んだ。

 

 

 

「……」

 

「ぁ……」

 

 

 

画面に向かって真顔で見つめる人間。

 

そしてこの上なく驚いた私の顔。

 

声を発する余裕もなく、しばらくの静寂がこの空間に流れる。

 

するとこちらのモニターを眺めていた人間は手をポンと当てて何かに納得した。

 

 

 

「ああ、なるほど!この最新の炊飯器には美少女のナビがナビゲートしてくれる機能が付いているのか!最近の炊飯器はすごいな!」

 

 

「……ふぇ??」

 

 

 

 

こうして、世界を変えてしまう程の力を持つ軍事用ナビが、ごく一般家庭で使われる炊飯器のナビに変わった瞬間だった。

 

 

 

 

つづく






これ読んで皆もアイリスしろ(動詞)


ではまた


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2話

 

〜 畑まみれなところ 〜

 

 

どうやら俺は大当たりを引いたらしい。

 

何千個と売られている商品の中で美少女の形をしたナビが入っていた。

 

普通なら量産されたプログラム君が入っているが、目の前で眼をパチクリとさせているようなナビは基本存在しない。

 

もし電子機器に高性能なナビを埋め込むなら、外部からナビが入っているメモリーカードを投入して付属させるなどの手段を取って新たなナビを搭載するしかない。

 

しかしこの炊飯器には最初からそれ以上のナビが搭載されていたようだ。しかも可愛らしいナビ。しかも便利に受け答えできるほど高性能である。

 

ああ!これもお米を愛する故に引き寄せた強運なんだろうか!!

やったぜ!!

 

だが、しかし。

 

 

 

「炊飯器が何かもわからないだって?」

 

『え…あ、あの…お米のための機械だとわかりますが…それ以上は…………はい』

 

 

 

ふむ、なるほど。

 

お米のイロハも知らないと…

 

ふーん………だとすると、つまり??

 

 

 

ああ!!

そういうことか!!

 

 

 

「なるほど!恐らく君はオペレーターと共に美味しいご飯の炊き方をゼロから学ぶことで最高のお米を炊きあげようとする()()()()()()なんだな!!」

 

『は、はい…?』

 

「おお!そうなんだな!それは良いことだ!うんうん!そうでないと面白くない!」

 

『え?』

 

「それもそうか。何せ最初からお米の全てを知っている状態でお米を完成させてしまっては炊く楽しみが無くなってしまう。そう言う意味でゼロからスタートすることによって、オペレーターと共にこの炊飯器でお米を炊こうとすると言うことか!!なるほど!たしかによく考えてあるなこれは…」

 

『あ、あの…?』

 

 

 

美味しいご飯を提供する炊飯器。

 

たしかに俺はこの炊飯器のレビューの評価が高いから購入した。 美味しいご飯を食べたくて。

 

でも炊飯器には炊き方がある。

 

例えばお米のとぎ加減や水の量。

またダシの素の選び方。

あと温度なども関わってくる。

追求すれば案外細かいのだ。

 

それをこの美少女ナビがオペレーターと一緒に美味しいお米の炊き方を学び、共にお米の高みを目指していくと言うことなんだろう。

 

ッー!!

 

なんて面白いんだ。それを証拠にこの炊飯器に付属されていた美少女ナビはお米の存在もわからないと来た。

 

ある程度の知識はプログラミングされてると思ったがこのナビは何もかもゼロからスタートしている。恐らくこの炊飯器のナビだけはそうなのかもしれない。

 

だとしたらやることはひとつだ!

こんなモニターに居座っても仕方ない!!

 

早速俺は携帯端末を倉庫から引っ張り出して、美少女ナビをその携帯端末に入れた。

 

 

「早速で悪いけど俺と外に出るぞ!」

 

『はぇ?』

 

「君にはまず我が家の庭を見てもらいたい!」

 

『ええと…』

 

「もちろんお米だけじゃないぞ?それ以外にもでかい畑と農園がある。まず農園には俺の親二人と爺さん婆さんが担当している。そして残った俺は雇い人を使って米畑と茶畑を担当している。そして収穫したそのお米や野菜などはお客さんに売って稼ぎにする。評判は良いんだぜ」

 

『え?』

 

「何せ才葉(さいば)学園で非常勤講師として日本料理研究も兼ねてるパクチー先輩が授業で野菜を使ってくれてな、本人からも太鼓判を押してくれた」

 

『パ、パクチー先輩??あ、あの…なにが、なんだか…』

 

「とりあえず外に行くぞ!」

 

『ふぇ!?!』

 

 

 

それにしては大人しめのナビだな。

 

まあそんな設定なのか?

 

けれど我が家の庭を見たら驚くだろうな。

 

楽しみである。

 

屋根の上に登った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼に色々と誤解を受けているようだ。

 

まずこの炊飯器のモニターに流れ込んだのはたまたまであり、当然ながら私は炊飯器のナビではない。 けれど彼はそうだと思い込んでるようだ。

 

しかしだからと言って私が彼にアメロッパにて軍事用として作られたナビだと言ってしまうのも気が引けてしまう。なんせ私は戦うために生まれた軍のナビだ。

 

一般家庭に生まれた平和な日常で生きる彼にこの事実を伝えるのは危険極まりない。

 

しかもアメロッパから逃げている私をココで匿っていると認知されてしまったら、彼が軍に捕まる可能性があるからだ。

 

真実にリスクはある。

 

だから私はここを出なければならない。

 

ここにいてはいけない存在だ。

 

 

でも…

 

ここを出てしまって私は何をするのだろう?

 

またネット世界を彷徨い、当てもなくふらふらと野良ナビとして生きる?

 

そんなことしてワイリーに見つかったらどうしよう?

 

仮に捕まってしまい、また自我の無い無慈悲な制御システムの一部として改良されて、それが異常だと気づかずに使われてしまう未来…

 

っ…!

 

いやだ…

 

もうあんな心の無い生き物で在りたくない。

 

私はあの処遇が嫌だから逃げ出したんだ。

 

だから見つかりたくない。

 

それなら…

 

 

 

「早速で悪いけど俺と外に出るぞ!」

 

『はぇ?』

 

 

 

いまなんと?

 

 

「君にはまず我が家の庭を見てもらいたい!」

 

 

先ほどから聞けば、お米、お米、お米。

 

どれだけお米が好きなんだろう?

 

その上、テンションが上がってる彼のマシンガントークについていけず、私はまともな返事が出来ないでいた。

 

軍のナビだけあって私は情報処理が得意なはずなのに彼の情報量に対応できないでいた。

 

そして純粋な彼の申し出に対して断ることも出来ない私はその勢いに流されてしまい、気付いた時には彼の端末に潜り込んでされるがままにお庭の案内を受ける。

 

そして屋根の上に登った彼は端末を掲げ。

 

 

「見ろよ、すごいだろ?」

 

 

丘の上に作られた家。

 

そしてその屋根から見渡す。

 

 

 

『ぁ……』

 

 

 

綺麗な空と大きな麦畑を見下ろす。

 

一面は緑の絨毯(じゅうたん)かと思うような綺麗な緑が階段状に広がっている。

 

 

 

「いま君が眺めている茶畑は気に入ったかい?しかし本命はこっちの米畑だ!」

 

『っ、すごい…』

 

 

大きな大きな茶色の畑が広がっている。

 

ネット世界で見る事なんでできないだろう。

 

これが、現実世界の自然達…

 

 

「一応ここで自己紹介しておこう!俺の名前は大山(おおやま)タケル!大山家6代目当主となる農家の男だ!三日前に二十歳となって引き継いだこの座だが、まあ俺の身分がどうだろうと関係ない。この畑を耕し続けることで沢山の人にこの美味しさを伝える。そんな仕事をしている。恐らくこの命が尽きるまでな」

 

 

彼が被る麦わら帽子の下には濁りなき満面の笑みを持って夢を告げる。本当にそうしたいと言う気持ちであふれていた。

 

その姿を見たわたしは、何かが心に芽生える。

 

これは………憧れ?

 

私は、彼に憧れを感じたの??

 

ただの電子機器にいる、ナビの私が??

 

 

「そして見よ!反対側は麦畑!今は8月下旬で出穂の時期だ。もうすぐ一斉に籾が開いて辺り一面が黄緑色になるぞ。それらが夕日に照らされるこの畑はとても綺麗に輝く。いつまで見ていても飽きないんだ。俺はその瞬間がいつまでも好きだ」

 

『え? …あ、はい』

 

「そして9月になれば茶色に染まり、秋の風物詩を連想させる色を魅せてくれる。もちろんその瞬間も好きだな!」

 

 

楽しそうに、嬉しそうに、語る彼に私は静かに頷き、聞き入っていた。

 

荒んでいた心が、少しずつ和らぐような気がして、ここは心地よかった。

 

 

 

「ふぅ、落ち着いた。悪いな、作物のこと考えるといつもこうなってしまう。あ、そういえば君の名前は?」

 

『え? あ、名前……ですか』

 

「そう、名前。これからお米を炊くことがこれまで以上に楽しくなる時期だ。それを共有する事になる君の名前を知りたい」

 

『……』

 

 

 

言って良いのだろうか?

 

教えて良いのだろうか?

 

でもここを離れる気持ちは何故か無くなっている。いまはそれで良いと甘んじてしまう。

 

だからそうなると彼に名前を知ってもらわないと不便だとおもった。

 

そこまで考えて、私は畑を見ながら言った。

 

 

 

『わたしは、アイリスと、言います』

 

「アイリスか。うん!とても良い名前だな!」

 

『っ…!』

 

「君らしい感じだ」

 

 

 

なんだろう。

 

わたしは嬉しいと思えた。

 

この名前はただのプログラムネームであると思っていた。

 

恐れられる名前だと受け止めていた。

 

なのに嬉しい気持ちで満たされる。

 

 

そうか…

 

 

わたしは軍事用ナビの"アイリス"(電子機器制御システム)では無く…

 

ただの普通のナビと見てくれている…

 

それが、嬉しいんだ。

 

 

 

『あの、タケルさん』

 

「?」

 

『その、ええと、い、一緒に…』

 

「一緒に?」

 

『お、美味しいお米を炊きましょう…ね?』

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 

 

畑からお米が芽生えるようにわたしにも何かが芽生える。

 

それは心から嬉しいと満たされ始める、ひとつの芽なんだろう。

 

 

 

つづく

 







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3話

 

素晴らしい…

素晴らしすぎる。

 

Nv(ナビ).ゼロから始める炊飯器生活…… なんてタイトルが出来上がりそうな炊飯器のナビであるアイリスの成長は流石といったところだ。

 

なにより最新の技術にて作られた炊飯器に付属するナビ相応の成長っぷりにご飯が進む。これはもうパクパクですわ。

 

 

さて、あれから2週間が経過した。本当に最初の彼女は分からない事だらけだった。しかし今では立派なご飯マイスターの道へと歩み、毎日美味しいご飯が炊きあがる。炊かれる米たちも大喜びだ

 

さて、最近そんな彼女には炊き込みご飯のジャンルも挑戦してもらっている。

 

どの炊き方が一番良いのか?

 

おこわともち米の分量を変えてみたり、具材のチョイスも変えてみたりと、色々と試しながらも楽しんでいる。

 

因みにお米は基本的に『田んぼ』で作るものだが大山家は『陸稲』で作っている。なのでお米に対して畑と言ってるのはそう言う事。

 

しかし普通の畑よりも管理が大変であり、油断するとすぐに腐り果てる。

 

ただし栄養の調整が可能である程度は味を変えることができるところが利点。甘味のある米も作れたり、歯応えのあるお米を作れたり、試行錯誤楽しいため俺は嫌いではない。

 

そもそもこのご時世ではネット環境が捗っているためシステムの力も借りれば陸稲で育てるお米達もうまく管理できる。大学を卒業してからここ数年そうしてきた。研究の成果として順調に上手くいっているところである。

 

 

『タケルさん、あと完成まで15分です』

 

「では前回の反省を活かして今回は炊き上がりの7分前に釜の熱を増やそう。熱量の段階はとりあえず5で良い。その代わり焼く部分は底の部分だけで頼むよ?」

 

『わかりました』

 

「頼むぞ………ふ、ふふ!ふへへへひひ!」

 

『タケルさん、お顔が崩れてます』

 

「ふへ…お!?これは失礼……ふへ、じゅるる」

 

 

随分とはしたないテンションだ。落ち着け。

 

いや、でも仕方ないじゃないか。

 

炊き込みご飯の醍醐味の一つとして"お焦げ"が食いたい、そんな気持ちで沢山。

 

さて、うまくいくかな?

 

 

 

『………あ、炊けました、完成です』

 

「よし!実食と行こう!」

 

 

いつもなら20分は保温で放置するが今回はすぐに蓋を開けて中身を確認する。しゃもじを掴み炊飯器の中身を掘り起こす。良い香りだ。

 

モニターからもアイリスが覗き込む。デフォルトとしてやや無表情なんだけど、でも真剣な眼差しで取り組んでいることは知っている。

 

彼女も炊飯器の成長型ナビ密かに楽しさを得ているんだろう。

 

うんうん、それは良い事だ。

 

お米にゴールは無いからな!

 

 

「むむ、少し焼き過ぎた…か?」

 

『え?ぁぁ、す、すみません…』

 

 

真面目だなこの子は。でもそれだけ熱心にやってくれたと思えば俺は嬉しい限りだ。

 

 

「いやいや、謝ることはない。側面は少しばかしやっちゃったけど、そのかわり中の方はとてもいい感じだ。全体的なモチモチ感は減ったがこの硬さも乙なもんだよ。お吸い物の中に放り込んだりと食べ方はさまざまだからな!問題はない!」

 

「あ、はい」

 

「とりあえずお疲れ様だ、アイリス」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

ただのお焦げと、美味しいお焦げは違う。

 

俺は後者の方を目指している。

 

何せまもなく秋の季節に入る。

 

だから炊き込みご飯も全面的に美味しいものを完成させて秋の風物詩を家族に振る舞いたい。

 

親たちが育てた野菜。

 

俺の育てたお米。

 

これらを合わせて今年もまた一段と美味しい炊き込みご飯を味わいたい。

 

絶対にアイリスと完成させてやる。

 

 

 

「とりあえずデータを見せて。再確認したい」

 

『はい、こちらが今回のデータです』

 

「ふむふむ…… やはり終盤の微調整に難ありだな。序盤と中盤はクリアしたけど、中の美味しさを保持しながら側面に美味しいお焦げを作るのは難しいな。でも今回の試みで不可能じゃないのは分かった!必ず的確なやり方があるはずだ。ッ〜!やばい!もう完成した時が楽しみになってきたぞ!オヒョぉぉおお!!」

 

『お、落ち着いてください、タケルさん』

 

「おっと、すまない」

 

『大丈夫です。でも楽しみです、私も』

 

「!!、ああ、そうだな」

 

 

悔しい。

 

悔しいなぁ。

 

彼女はナビだから食を必要としない。

 

だから味わってほしいこの想いは届かない。

 

それだけが悔しくてたまらない。

 

 

「よし、それじゃ俺は夜ご飯にする。アイリスはクールダウンしてて」

 

『わかりました。 暫し失礼します』

 

 

 

そう言って彼女のモニターはお辞儀すると真っ黒な画面に戻る。

 

 

「母さま〜、父さま〜、爺さん、婆さん、ご飯出来だぞー」

 

 

 

俺は家族を集めて夜ご飯にする。

 

新しく買った炊飯器の出来は好評だ。

 

雇い人からもグッドと声をもらっている。

 

なので順調と言えるだろう。

 

しかし明日の午後から大雨で仕事ができない。

 

なので早めに大雨の対策を行って、仕事に手をつけれない午後は畑のことを忘れて久しぶりにゴロゴロするとしよう。

 

 

しかし……ナビ、か。

 

万が一を考えて用意しておくべきか?

 

しかし彼女はただの炊飯器のナビ。

 

争いごとには向かないだろう。

 

けれど、いざと言う時のために彼女の存在が必要かもしれない。準備だけしておくか。

 

何も無いことが一番だけど……ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは大山タケルさんの炊飯器ナビとなって早くも2週間が経過した。

 

それまでいろんなことを知った。

 

まず彼の作るお米は陸稲(りくとう)であり、よく見られる水稲(すいとう)ではありませんでした。

 

そのため『田んぼ』では無く、彼は『畑』と分類してました。

 

昔は陸稲で作るお米の種類は"もち米"を中心としてましたが、彼が手がけるお米はもち米ではなく水稲で作るような"白米"でした。

 

ネット社会が大いに捗り、機械技術が常に進歩してる世界。その技術を活かして陸稲の畑でも水稲のようなお米を耕せるようになった、そう楽しそうに喋っていました。

 

けれど彼は機械頼りでお米を育てるのではなく自分で畑を見回り、余計な雑草を刈りとり、稲の病気を確認する。たとえ機械技術が発展しても人の手でしか出来ないことは自身でやらなければならないと語っていました。だかそれはやり甲斐な繋がり、彼はその情熱を耕し続けている。その姿をわたしは何度も腕に巻かれている彼の端末の中で見せてもらいました。

 

その熱意と興奮は尽きることない。

 

そんな彼のためにわたしは炊飯器のナビとお手伝いを続けてます。

 

わたしの大役。それは炊飯器。

 

ただ米を炊くのでは無い。

 

彼が誰よりも自分自身が納得するお米を炊きたいために購入した炊飯器。その炊飯器でお米を炊くのが私の一番の役目です。

 

とっても大事なお仕事。

 

毎日毎日お米を炊くたびにデータを集めてお米の炊き具合を確認する。

 

調整次第では望んだ炊き方を選べるんだと心躍らせて彼は笑って喜ぶ。

 

笑うことを知らないわたし。

彼に釣られて笑うことができない。

 

それが締め付けられる。

どうしたらもっと彼のように喜べる?

 

彼の気持ちは伝わる。それが心地いいと思っている。わたしは嬉しい。嬉しいです。

 

でもこの体にないメモリー。

 

彼の感情を欲する。

 

そして穏やかになれる。

 

悲しさは、今はない。

 

だからそんな彼の元に転がり込めれてわたしはホッとしている。

 

いままでの私は危険な生き物。理不尽な指示の元で世界を脅かすマシーン。そんなことしか出来なかったこの体はプラグインした炊飯器に吸い込まれたことで存在意義が変わった。だから今は違う。世界のためじゃない。

 

畑に情熱を燃やすただ一人の青年のためにわたしは知らないことに挑戦する。

 

それも"お米"のために。

 

育まれる恵のために。

 

なんとも不思議なことだ。軍事規模のナビが今となってはどこにでもあるごく一般家庭の中で生きている。ネットを壊して恐怖に陥れるためのナビがお米を通して人々に喜びを与えるナビになろうとする。

 

わたしにとってそれはとても輝かしい。

 

だってこんなにも生きている。

 

私は生きている。

 

 

 

『あの、タケルさん』

 

「んー?どうした?」

 

 

 

今日は大雨。

 

外でお仕事はできない。

 

そのかわり倉庫で道具整理を行っていた。

 

そんな私は携帯端末の中。

 

作業台の角で彼を見ている。

 

黙々と手を動かす彼。そして今日は何もできない私は少しだけ心細さを覚える。

 

覚えてしまった心細さだ。

 

だから自然と彼に声をかけてしまった。

 

 

『いえ、その…呼んでみただけです。ごめんなさい』

 

「?……そうか」

 

 

彼の手を余計に止めてしまった。

 

何もない……けれど、呼んでみたくなった。

 

こんな風に誰かのナビとして存在できる自分を再確認するように、わたしは彼に縋る。

 

そして失礼なことをしてしまったのかもしれない。

 

 

『ごめんなさい、何にも無くて… その、ご勝手に、呼んでしまって…』

 

「…………」

 

 

 

怒らせたかな。

 

怒られたかも。

 

ごめんなさい。

 

ごめんなさい。

 

タケルさん。

 

わたしは…

 

 

 

「アイリス」

 

『っ……は、はい?』

 

 

 

彼の声におずおずと返して…

 

 

 

「なんでもない。ただ少し呼んでみただけだ」

 

『!』

 

 

 

道具を手入れしながら、ニヤニヤ、ケラケラと微笑ましそうに笑う。

 

彼は怒るどころか些細な仕返しとしてわたしの名を呼んだだけ。

 

 

『……ッ〜』

 

 

でもその些細な仕返しはわたしにとって暖かいもので、それはもっと知りたいと思った。

 

心の奥に収めたいとも思える。

 

たとえ大容量にメモリーを消費する必要があったとしても別に構わない。この温かみをいつまでもメモリーに刻んでいたい。そう思えた。

 

雨だからかな?

 

少し悲観的なのは。

 

 

 

『あ、あの、タケルさん…』

 

「どうした、アイリス」

 

 

 

ナビとして今は何もない時間。

 

でもまだ彼とこうしてお側で声を聞いて、声をかけれるなら。

 

そう淡き願いが端末の中で渦巻く。

 

ほんの少しだけでもいい。

 

この時間は一秒でも長く続いてほしい。

 

今だけは…

 

 

『いえ、なんでもありません』

 

「そうか」

 

 

 

彼の鼓動と作業の音。

 

そして雨の音はとても気持ちが良かった。

 

 

 

 

 

つづく



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4話

 

〜 外は畑まみれ 〜

 

 

 

『あの、タケルさん? その格好は?』

 

「お出かけの格好だよ」

 

『お出かけ?』

 

「今からグリーンタウンに向かう。 そこにいるパクチーって人に野菜を届けに行くんだ」

 

『パクチー?』

 

「アイリスは詳しく知らなかったな。パクチーは定期的にグリーンタウンで料理の講義を行っているんだ。その時に俺たちの育てた野菜を使っている。それを今から届けに行く」

 

『それでいつもとは違う格好を…』

 

「本来は決まった業者さんに頼んで届けるのだけれど、今日は都合が取れないようなので俺自ら行くことになった」

 

『そうなんですか…』

 

「…よければ一緒に来るかい?」

 

『!』

 

「お出かけだよ。 たまには良いだろ?」

 

 

 

いつもよりも見開かれる目に俺は笑う。

 

基本的に彼女はポーカフェイスを突き通すナビだが、もし尻尾があればフリフリと左右に動き出したように見える。

 

ちなみにアイリスに対する動物のイメージは白猫だと思う。しなやかな尻尾を揺らしながらいつまでも主人を眺めているような猫。

 

 

「そんじゃあ、行くか」

 

『はい、お伴します…』

 

 

いつも使っている端末を操作してノートパソコンの中にいる彼女に向かって電波を飛ばす。

 

 

『受信しました。そちらに飛び込みます』

 

「どうぞ」

 

 

アイリスの姿が消えるとノートパソコンの画面から彼女は消える。

 

すると腕に巻かれている携帯端末に彼女が映し出された。

 

 

「そうだ、せっかく出かけるんだからお洒落とかしない?」

 

『え?』

 

「ナビで着せ替えが好きな学生時代の友人から貰ったパーツがあるんだ。ちょうど良さそうなのがあるからそれをアイリスにインプットするぞ」

 

 

俺はノートパソコンからデータを探す。

 

そしてノートパソコンと携帯端末にプラグを繋げてデータを流した。

 

携帯端末の画面右端にメールが届き、それをタップして展開。

 

最後にインストール先をアイリスに選択する。

 

すると…

 

 

『!』

 

 

アイリスの服装が一瞬で変わる。

 

首元から膝下まで華奢なその体とマッチさせるようにシルクのワンピースがヒラヒラと靡く。

 

膝の部分の布は少し薄めに仕立て上げられてるため、健康的な彼女の生足を見え隠れさせてとても魅力的だ。

 

次に保護欲を引き立たせる小ぶりな顔には大きめの麦わら帽子が被せられる。物憂げな表情に備わる海深い眼は麦わら帽子の下からこちらを覗きあげているため一段と彼女の瞳は綺麗に見える。

 

全体的に見てどこか近寄り難いそんな印象だが、その魅力に気づけば是非お近づきになりたいそんなもどかしさと高揚感を与えてくれる。

 

 

『これが、わたし…?』

 

 

電脳世界だろうと関係ない。

 

そんな女性の魅力を一つ作り上げたアイリスがそこに完成されていた。

 

 

「似合ってるじゃないかアイリス!まるで秋田にある有名どころのお米のイラストみたいに別嬪さんだな」

 

『そ、そうです……か?』

 

「ああ、とても似合っている。綺麗だ」

 

『っ〜!』

 

 

言いたいことを簡潔に述べた後、既に野菜を積み込んでいる自動車に乗り込んで車のキーを回す。

 

うん、今日はいい天気だ。

お米も喜んでいるようだ。

 

 

「出発するぞ」

 

『……………』

 

 

んー?

なんか急におとなしいな?

 

いや、彼女はいつもおとなしいか。

 

まあ良い。

 

とりあえず安全運転で行ってきますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タケルさんから着せ替え人形のように私の服装をチェンジされてしまう。

 

システムの設定としてこの体を誰かに弄られてしまうことは、軍にいた頃以来だと思う。

 

それはあまり心地よいとは思えなかった。

 

当時はそんな感情もなかったが… あまり好きではなかったと思う。

 

 

でも、今は昔よりも、私は豊かになった。

 

ここに来てそれがよくわかった。

 

だから私の服装を彼好みに設定されてしまった時だが、少し戸惑っている。

 

されるがままに設定を弄られてしまった。

 

でも抵抗しなかったと言うことはつまり、わたしは彼に心を許しきっているんだろう。

 

 

なんと言うか、その…

 

 

彼好みに弄られるのは……

ええと……

 

…………き、嫌いではなかった。

 

 

むしろ彼に喜びとしてそれを与えれるなら私はタケルと言う青年のナビとして誉れであった。

 

彼のおかげで初めて感じられたこの感情。

 

軍事用ナビの私でもその感情に巡れ会えた嬉しさは恐らく忘れることはない。強制的にこの記憶をハードディスクに刻み込まれたようだ。

 

 

そして、なによりも…

 

 

__とても似合ってる。綺麗だ。

 

 

 

 

『ぁぅ…』

 

 

 

セコイ…

 

この人はナビに対してとてもセコイ人だ…

 

わたしは軍事レベルのシステムを制御することが可能なナビなのに、今の私は自分自身を制御できていない。そんなシステムエラーを彼から与えられた。

 

 

『ぅ〜、ぅぅ〜!』

 

「ど、どうした? 端末の中で呻いて?」

 

『?!…………う、うるさい…です…』

 

「え?反抗期?……ナ、ナビにもあるんだな」

 

 

いや、待って。

 

そうじゃない。

 

なんでそうなるのだろう?

 

これは全部あなたのせいだと言うのに。

 

本当に、この人は…

 

もう……もうっ!

 

 

 

「あ、着いたぞ」

 

 

車が止まる。

 

そして彼は車を降りてかや、届ける野菜を両手に持って目的地に向かう。

 

おおきな学園の通り道。

 

横には小さな広場。

 

そこに大人が一人準備していた。

 

 

 

「パクチー姉貴、持ってきたぞー」

 

「おおー!タケルか!久しぶり!」

 

 

赤いハチマキを巻いた料理人がタケルさんの声に気づいて近寄る。

 

そして手を広げてタケルさんに迫ると…

 

ギュゥム…

 

 

 

「!?」

 

 

 

だ、抱きついた!?

 

 

 

「痛い痛い痛い痛い!ちからつよい!」

 

「なんだ? 前より軟弱になったか?」

 

「アジーナ拳法的締め付けでおれを潰そうとしてんだろ!めちゃ痛いぞ!?」

 

「才葉学園時代の愛弟子に技をかけてなんか悪いことでもあるのかい?」

 

「いや、あるだろ!?

そう思わないか?スラッシュマン」

 

 

料理人の腰につけられた端末に声をかけるタケルさん。

 

そこにスラッシュマンと言う名を持つナビがいる。

 

タケルさんと知り合いのようだ。

 

それよりも…

私よりも先に知り合ったナビ…

 

 

何故かわからないけど薄っすらと悔しさがこみ上げてくる。そんな私を他所に声をかけられたスラッシュマンは少し困ったように視線を逸らしながら…

 

 

『自分、不器用な者で…』

 

「お前絶対そんなキャラじゃねぇだろ」

 

「あっははは!今日は言葉に切れ味が無いな!スラッシュマン!」

 

『未熟…』

 

「絶対キャラ違うだろ?そうだろ??」

 

 

 

軽口で戯れ会える仲のようだ。

 

やはりなんか、悔しい…

 

 

 

「それよりも野菜だ。はい、どうぞ」

 

「ありがとうタケル。この野菜本当に美味しい物が作れるから私は好きだね」

 

「姉貴の腕前もあるだろうに」

 

「はっはっは!私の愛弟子は褒め上手だね。さて… タケル? その腕に巻かれた端末に何かいるのか?」

 

『!』

 

「そうだな。姉貴にも紹介しようか。この子はアイリス。炊飯器のナビだ」

 

「炊飯器の、ナビ?」

 

 

タケルさんは端末を見せるように腕を伸ばしてパクチーさんに私を紹介する。

 

あまり誰かと対面しない私は少し慌てながら頭を下げて挨拶を行った。

 

 

『は、初めまして…』

 

「お?おお」

 

 

私とファーストコンタクトを行ったパクチーさんは少し驚くが次第にニンマリと笑みながらタケルさんの頭を小突き始めた。

 

 

「へぇー、なるほどね。炊飯器のナビにはこんなに可愛い子がいるのか。ナビってのはともかく美少女ってのはタケルに勿体ないんじゃないのか?」

 

「そう言われると否定しづらいな。たしかに勿体ないとは思ったこともあるが」

 

 

ケラケラと笑う彼。

 

でも違う。

 

勿体ないのはむしろ私だと考えてる。

 

こんなにも素敵な人に巡り会えた私は本当に幸運なんだって何度も思うくらいに…

 

わたしには、とても…

 

とても…

 

だから「勿体ない」なんてそんな風に思わないでください…

 

 

「っと、そうだタケル。今日のお料理の講習に補佐として参加しろ」

 

「命令形かよ。てか()()()()の紹介からなぜこのタイミングでその内容にブチ込めたし」

 

「そりゃ……鮮度が大事だからな!」

 

「理由になってないし、ドヤ顔で言うな」

 

 

 

ため息をつきながらも「たまにはいいか」と呟く彼だが、わたしはとある単語に反応を強く示し過ぎで今、すごく大変でした。

 

 

 

__俺のナビ

 

___俺のナビ

 

____俺のナビ

 

 

 

『っ〜〜!!』

 

 

 

ジュゥーと頭が焼けそうだ。

 

セコイ、このひとセコイ。

 

ダメだ。

 

胸のほうも苦しい。

 

苦しいのに、でもとても嬉しい。

 

タケルさんは私をそう思ってくれている。

 

俺のナビ。

 

わたしのことを俺のナビと言ってくれる。

 

その事実が正しいなら、私にとってとても…

 

 

 

「って訳なのでアイリス。いまから1時間近く姉貴の補佐に使わされることになった。待っている間は少し暇になるかもしれないがそこら辺よろしく」

 

『え? あ、はい、私は構いません。タケルさんのお好きに示してください』

 

 

 

だって…

 

だって…

 

 

 

『私は()()()()()()()()ですから』

 

「そうか、ありがとう」

 

 

 

彼から伝えられる感謝に私は自然と笑んでしまう。ナビだろうと笑んでしまうことは悪いことではない。

 

しかしこれまで個性の無き私が、違う私に変わってしまいそうで少し怖くも感じられた。

 

でも、心地よさに満たされる。

 

何故ならそうやって変化していく私に喜んでくれるマスター(タケル)がいるんだ。

 

なら私は、彼好みのナビになりたい。

 

こんなにも誰かのために好かれたいなんて今まで考えたことは無かったから、そうなりたい。

 

それが彼にとっての__アイリス。

 

 

「そういえばアイリスちゃんは炊飯器のナビだけど、タケルから色々聞く限り彼女は農業も吸収してるらしいね」

 

「え? まぁ凄い知識吸収力を持ってるナビだか色々と覚えれるようだし、彼女も覚えようとしてくれるから色々教えてるが……それが何?」

 

「農業なら野菜も関わってる。そしてその野菜は食べるために料理としてめ使われる」

 

「うん………うん?」

 

「なぁタケル、彼女は料理の知識はあるのかい?」

 

「料理の知識? 一応炊飯器でお米を美味しく炊くための知識ならあるが…」

 

「それもある意味料理だが電脳世界で生きるナビたちも料理を作ってそれを食べることができる時代だ。それなら彼女は料理の技術も吸収できるだろう」

 

「まぁそうだが…… おい、待て姉貴?一体何する気?まさかアイリスにも料理を覚えてもらうとかそういう事?」

 

 

 

え?

 

うん…?

 

え??

 

 

『あ、あの…料理です、か?』

 

「そうだ。 農家のナビなら料理も嗜んでいないとな。それに女の子は男の子の胃袋を掴まないとならない!それなら料理ってのは必須級の科目なんだ!!」

 

「おい、こら、おい、落ち着け、おい」

 

 

 

タケルさんの、胃袋……!!

 

 

そうだ。その通りだ。よくよく考えたらこれは私にとって大きなチャンスだ。わたしは炊飯器の中のナビとしてこれまで美味しい炊き込みご飯を試行錯誤してきた。それはつまり!タケルが満足させるような炊き込みご飯を作らないとならない!

 

そう言う意味ではわたしはタケルさんの胃袋を掴めれる程の力を得なければならない!

 

これは、これは、大きなチャンス…!

 

 

『パ、パクチーさん…!』

 

「それ以上言わなくてもわかってるさ。アイリスも料理のイロハを知って、もっと彼の舌を奪い、そして胃袋を掴んでやらないとな!炊飯器のナビなら尚更だぜ!!」

 

「おい誰がこの脳内パクチーを止めてくれ」

 

「よし!気合い充分と見た!それならこの電脳に飛び込んで来い!スラッシュマンも交えて料理の力を是非堪能するだ!!」

 

『わかりました…!!』

 

「アイリス?ねぇアイリス??君も脳内パクチーしてないか?大丈夫か??」

 

 

 

タケルさんの声が届かないほど高揚する私はパクチーさんが携帯する電脳世界に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは何度も言うことだが聞いてくれ。

 

俺の炊飯器のナビは相変わらず凄い。

 

アイリスの吸収力が高いことはこの数週間でよく知った。

 

知識面でももの凄い勢いで吸収し、農業に関する知識もよく理解するようになった。

 

そのため彼女は炊飯器の中だけでは終わらない存在になっていた。

 

まるでPET(ペット)だ。スラッシュマンのように確かな自我と意識を持ったナビだ。

 

そしてそんな彼女はスラッシュマンが構えてるキッチンにプラグインすると早速パクチー姉貴から講義を受け、その講義に合わせるかのようにスラッシュマンはお手本を見せる。

 

基本やってることは料理だ。

野菜をズバズバと刻む。

 

そしてアイリスはすごく真剣な表情で聞きながら貸し出された包丁を使って真似をする。

 

俺はパクチー姉貴の補佐として手を貸しながら時折アイリスの様子をモニター越しに見る。

 

最初は辿々しかった。

でも段々と斬撃が見えなくなってきた。

 

何この子、すごくね?

 

実は戦闘もできるタイプ?てかこれまでに無いほど知識の吸収して力を上げていく。お料理を覚えようとする女の子はすごいなぁ。

 

って、うわっ!?

ええ!?

いつのまにかHPメモリーが増えているし。

 

これはナビの成長の証だが、いや、マジか。

 

 

「アイリス…」

 

 

彼女に対して驚きを重ねた。

 

でもそんな彼女の姿は嫌いではない。

 

俺の静止も聞こえないほど興奮した彼女は料理に挑戦しようとプラグインした姿。

 

それは新鮮だった。

 

いまのアイリスは炊飯器の中でお米を炊くだに収まらないナビだ。

 

炊飯器に囚われず何にでもチャレンジする彼女は健気で素敵だと思える。今も実践的な料理を行なって包丁を振るう。スラッシュも驚く速度で上達していく。

 

そんな彼女の行方を見守りながら同時進行で俺はパクチー姉貴の補佐として時間を費やす。

 

それから1時間。

講習は無事に終わる。

 

作り上げた大根の味噌汁は美味しかった。

 

あとひさびさにパクチー姉貴の手伝いをして楽しい時間だった。

 

講習を受けていた人達はその場を去り、場が静まったそのタイミングでアイリスもスラッシュマンとの料理講習を終えた。

 

随分と集中していたのかアイリスは肩で息をしていた。頑張った証。

 

 

「おつかれアイリス。頑張ってたのを横目で見てたぞ」

 

『は、はい!…はい!』

 

「お、おう。随分と気合入ってたな…」

 

 

 

気づいたら麦わら帽子外してハチマキして、可愛らしいエプロンも付けている。

 

何このキャップ萌え。

 

あとでスクショしたのを焼いておこう。

 

 

「アイリス、君はとても筋が良い!その調子でタケルの胃袋で掴むんだよ!」

 

『ありがとうございます…!』

 

「よし!頑張り者には私から特別なプレゼントを与えないとな!」

 

『プレゼント…?』

 

 

パクチー姉貴はタッチパネルを操作すると俺の端末にメールが届く。

 

これは『slash cross chord I.D』…??

……待てよ。

 

 

「おい、パクチー姉貴?これって確か…」

 

「普通はネットバトルを通して見定める。しかしアイリスの静かなる熱意は料理越しにしっかりと伝わったからネットバトルを行わずとも充分と判断した」

 

「な、なるほど…?」

 

「ああ、なにせ… 彼女は()()()()()には見えなかったからな」

 

「!!!」

 

「だろ?HPメモリーの存在がそうだ。炊飯器専用のナビという割には、非戦闘ナビの部類に収めれないほどメモリーの数値が高すぎる。それはつまりそれ相応に能力の上限が高いと言うことだ」

 

 

端末を見る。

 

そこには…

 

 

 

「現在のHPメモリーが【500】か…」

 

「恐らく凍結していたデータか、隠されていたデータなのか、本来あるべき形に近づこうとしたことでハッキリとした数値が現れた。まだ本人はそのことに気づいてないみたいだがね」

 

 

さすがパクチー姉貴だ。

 

彼女"も"それには気づいてたようだ。

 

 

「だがタケル。彼女は君のナビだ。だからアイリスが何だとしても尊重してやりな。お前なら分かってると思うけどな」

 

 

それはこの先、重要になる話だ。

 

彼女が、アイリスが、なんなのか。

 

炊飯器のナビにしては高性能すぎる能力。

 

でも…

 

 

 

「アイリスは俺のナビだ。既に鮮度が落ちた問答。改めて手触る必要無しとする」

 

「それは良いことだ。腐敗した材料で料理する必要はない。今ある鮮度高き材料で料理を手がけること。それが役割。それが料理人。それが私の流儀。それを忘れないでくれよ愛弟子」

 

「ああ、もちろんだよ。師匠」

 

 

 

俺はパクチー姉貴から受け取った『slash cross chord I.D』の解凍作業を終わらせて、そのI.D.を画面中央に展開した。

 

 

「アイリス、アップグレードを許可して」

 

『はい』

 

 

彼女も何をされるのか理解してるようで受け止める姿勢となっていた。

 

 

クロスシステムを発動」

 

「許可します」

 

 

アイリスは慣れたように答える。

 

そして俺はパスワードと解くのと同時にシステムを作動させる。

 

アイリスの体が光る。

 

 

Link in(リンクイン)!! slash cross(スラッシュクロス)!!」

 

 

リンクナビ。

 

それは別のナビに力を与えれる能力。

 

スラッシュマンのことは学生時代の知った。

 

そして解放されたHPメモリー。

 

それは戦闘システムのアップグレードが許された状態の事を指している。対ウイルス兵器としてバトルチップを受け付けれる、言わば戦闘モードを可能としてる。HPメモリーが解放された今、アイリスほどのナビならその力を受け取れると理解した。

 

結果としてアイリスの姿は__変わる。

 

 

 

「リンク率は98%か。クロスシステムは安定している。すごいな」

 

『こ、これが……私?』

 

 

ワンピースと麦わら帽子だったお出かけの格好はから、クロスシステムによる新たな格好に変わり、彼女は少し困惑する。

 

しかしそれはとてもよく似合っていた。

 

 

「アイリス」

 

『は、はい』

 

 

頭にはシルクの頭巾、シルクの割烹着。

 

所々桜色に飾られた模様が。

 

割烹着姿をしたシンプルな格好。

 

そして片手にはフウジンラケットのような大きなしゃもじが握られており、その腰にはメットールを容易く刻めそうな大型の料理包丁が装着されている。これがスラッシュクロスの属性を兼ね備えた戦闘モード。

 

何より…

 

 

 

「白い割烹着、似合ってるぞ」

 

『!』

 

 

 

素直に感想を残す。

 

お米を炊いた炊飯器のように出来立てホカホカの可愛らしいナビそこに現れた。

 

 

 

 

 

つづく






アイリスのスラッシュクロス。

・ソード系にインビシ貫通の効果あり。
・ソード系に木属性特攻の効果あり。
・タメ撃ちはフウジンラケットと同じ効果。
・ブレイク攻撃は2倍のダメージを受けてしまう。
・とてもかわいい ← 1番重要。

ではまた


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5話

 

〜 畑まみれ 〜

 

 

 

炊飯器ナビのアイリスが白米家に来て2ヶ月が経過した。変わらず炊飯器のナビとしてお米を炊いては試行錯誤する毎日。

 

彼女のおかげで美味しいお米が炊ける楽しみがあるので日々の農業に力が湧き上がる。

 

ちなみに炊き込みご飯を作るときはアイリスも気合が入っているのかスラッシュクロスの割烹着の姿になって『むむむ!ふぬぬ!』と炊飯器のナビにしか分からない頑張りをしてくれてめちゃくちゃ健気だ。とても可愛い。

 

あと家族は既にアイリスが炊いてくれる米に胃袋を掴まれた。俺も掴まれている。

 

さて、そんな成長記録も大事だが、いまは秋の季節であり農家として大事な季節だ。

 

ここまでアクシデントなく今年も豊作を望みたいところだが…… しかし、事件は起きる。

 

この世界がインターネット社会になった故か白米家に突如ハプニングが発生した。

 

 

端末が騒がしい。

 

俺はボタンを押して応答した。

 

 

 

『タケル! 早くビニールハウスに来てくれ!』

 

「母さん!? どうしたんだ突然?」

 

『ビニールハウスが凄い熱に満たされているのよ!制御が効かないの!!』

 

「なっ!?も、もしかしてウィルスか!?ウィルスバスターは!?あれ結構強かったろ!?」

 

『それよりも強いウィルスが入ったの!迎撃に向かわせたナビたちも倒されたわ!お陰でビニールハウスの温度制御装置を狂わしてえらいことになってるの!ああ!ビニールハウスで育てた野菜達が!!助けてタケル!!』

 

「ッ、わかった!あとビニールを裂いて熱を逃がして!それで排熱して保たせるんだ!」

 

『いまやってるわ! 急いで!!』

 

 

母の声からしてかなりやばい状況なのを理解した。

 

俺は学生時代によく使っていたバトルチップを棚から取り出す。

 

しかし……手が止まる。

 

 

「…」

 

 

そこそこ豊富な種類のバトルチップを持っているが、そのバトルチップを発動させてくれる戦闘タイプの依り代(ナビ)が居ない。

 

父さんと母さんのナビも戦闘向きでは無いため発生したウィルスに容易く撃退されて戦えないらしい。

 

そして俺にも戦えるナビは元からいない。

 

ほとんどウイルスバスターに任せていたから。

 

しかしそれ以上が現れたようだ。こうなると自分の分身としてネット世界で戦ってくれるナビを使わなければウイルスの撃退は不可能に近い状態だ。

 

それでもなんとかウイルスバスティングを行って少しでも被害を留める必要がある。

 

それを再度考えるとバンブーランスやデスマッチなど、依り代(ナビ)に頼らずとも発動できるバトルチップでなんとかするしかない。

 

それらに手を伸ばそうとした時だ。

 

 

 

『タケルさん、どうかしましたか?』

 

 

お役目が無い時はだいたい炊飯器の電脳かノートパソコンの中で休んでいるアイリス。

 

しかし俺の焦り具合を見てアイリスは心配な眼差しを送りながら端末に飛んで来たようだ。

 

 

「アイリスか!いまからビニールハウスまでウィルスバスティングを行う!危ないから君はここにいてくれ!」

 

『ウイルス…!?』

 

 

バトルチップを選んでる場合じゃない。

 

会話をそこそこに俺は全てのバトルチップを手に取ってビニールハウスまで向かった。

 

自転車に跨り、坂道を勢いよく下る。

 

母たちがいるビニールハウスはそこまで遠く無いため数分で到着したが…

 

 

 

「なっ…!!?」

 

 

 

ビニールハウスは熱気により中が見えない。

 

くっ、中の野菜は終わったな……くそっ。

 

特にイチゴの打撃がデカすぎる……!

 

 

「母さん!父さん!」

 

 

自転車から飛び降りる。

 

どうやら父母の2人に怪我は無い。

 

あと先に駆けつけた爺さんと婆さんも怪我は無い。それはよかった。

 

しかしビニールハウスはどんどん熱が溜まってえらいことになっている。

 

母曰くビニールの壁を裂いて熱気を逃がそうとしたが溜まった熱気に吹き付けられた業者が火傷を負った。

 

父の指示で近寄る事が禁じられた。

 

 

 

「っ!大山家6代目当主として守らないと!」

 

 

 

父と母に従業員の避難指示を優先的に行うように告げる。

 

そして俺はビニールハウスの温度制御装置まで駆け寄る。プラグインできる距離まで近づこうとするが、熱が吹き上げる。

 

ッ、熱い!?

 

親たちは危ないから近寄るなと叫ぶ。

 

だがこの中でウィルスの撃退技術を持つのは大山家で俺くらいだ。

 

ここで俺がやらなければビニールハウスはダメになる。

 

いや、もうこの中の野菜達はダメだろう。

 

だがまだ無事なビニールハウスにも二次災害が訪れることを考えて止めなければならない。

 

それは野菜だけでは無く人も危ない。

なんなら火事だってあり得るから。

 

 

 

「プラグイン!」

 

 

ビニールハウスから伝わる熱に耐えて俺は端末の電波をビニールハウスの電脳に投げ入れた。

 

そして端末の中を通してビニールハウスの電脳を画面に移す。

 

見たことあるウィルスが数体。

しかし…… こんな()だったか??

 

何より見た目にインパクトがあるとんでもないウィルスがいた。

 

 

 

「ガルーはまだわかる。だがツボの中に燃えたドラゴン?なんだよそれ…」

 

 

ウィルスはよく新種が現れる。

 

そのため新種に対応仕切れないウィルスバスターは良くある話だ。

 

そしてこのビニールハウスに搭載してるウィルスバスターは今年の一月で新たにアップデートしたものだ。比較的最新のはず。

 

しかし新種のウィルスに突破されてウィルスバスターが対応できずに機能が低下して、昔から存在しているガルー系すらも通してしまったらしい。お陰で中身は大混戦。プログラム君達も隅の方に逃げ惑っている。

 

しかしこのガルー、変だな。

体が薄いオレンジ色をしている。

 

見た事が色だ。

普通は青色のはずだが…

 

いや、まさか、もしかして…

 

 

「SP判定のウィルスかコイツ!?」

 

 

稀に存在するSPレベルのウィルス。

 

純粋に力が増した凶悪なウィルス。

 

それは俺たち人間からすると脅威でしかない。

 

 

 

「持ってきたバトルチップだけで撃退できるのか…?大丈夫なのか…?」

 

 

 

依り代(ナビ)を必要としなくても使う事ができるバトルチップは『バンブーランス』や『とっぷう』と言ったもの。

 

他にも『デスマッチ』や『ステルスマイン』など設置系はこちらで操作できる。

 

弱いウイルスはだいたいこれでなんとか凌ぐことはできる。

 

設置した『とっぷう』でウイルスを奥に推し退いてからまとめて『バンブーランス』で狩る戦法は結構使える手段だ。俺もメットール程度ならそれで撃退した経験はある。

 

だがそれ以上に強いウイルスは話が違う。

 

ウイルスはタフなタイプが多い。

 

もし依り代(ナビ)がいるのならソード系やバスター系などを装備させて高火力でウイルスを葬ることごできる。動きの早い敵も高耐久な敵もそれでなら確実だ。

 

しかし俺の手元には戦えるナビがいない…

 

その上今回現れたウイルスは『バンブーランス』なんかでは撃退できそうにない。

 

ガルーのSP。あと壺に入った燃えるドラゴン。

 

俺からしたら未知のウィルス。

 

『デスマッチ』を使って動きを制限しても意味がないかもしれない。焼け石に水。

 

ネットポリスが来てくれるまでは時間稼ぎにはなるかもしれないが被害の元凶をデリートしなくては問題は解決しない。

 

さて、どうする?

 

どうするべきだ??

 

 

「………」

 

 

 

手出しができない。

 

ビニールハウスに熱だけが増していく。

 

俺一人では撃退は絶望的だろう。

 

それならグリーンタウンにいるパクチーとスラッシュマンならどうだ?

今日は講習会でいるはずだ。

 

俺はスラッシュマンのオペレートは学生時代にパクチー姉貴から認可されているし、学園を卒業した今でもその認可は続いている。

 

しかし今からグリーンタウンに向かってここまでスラッシュマンを飛ばすのは…

 

時間がかかる。

 

無理だ。そんな事する暇があるなら俺は人を逃すことに専念するべきだ。

 

いつか現れるネットポリスにこの場を任せる事が賢明な判断だろう。

 

 

__つまりデリートはできないっ!

 

 

ならせめて時間稼ぎとして『とっぷう』と『デスマッチ』や『ブラインド』で少しでもこの被害を抑えるしか…!

 

 

 

 

 

『____タケル、さん』

 

 

 

 

この無力さに歯を食いしばっていると俺は聞き慣れた声を拾った。

 

腕の端末を見る。

 

そこには……彼女がいた。

 

 

 

「アイリス!? なぜ来たんだ!!」

 

『ごめんなさい。でもタケルさんが心配で…』

 

「この端末はいまプラグインしてそこにも危険が伴う!ここは危ないから去るんだ!」

 

『いえ、タケルさん。私があのウィルスを倒します』

 

「な、何を言う!?お前は炊飯器のナビで戦闘用のナビじゃないだろ!?たしかに君は凡ゆるモノの吸収力が高いことは知っている。高性能なのもわかっている。HPメモリーの解放と同時にクロスシステムもその体に備わった。だが対ウィルスは話が違う!退くんだ!」

 

私は炊飯器のナビではありません

 

 

 

淡々と告げられた。

 

その言葉はあまりにも残酷だ。

 

 

 

『ごめんなさい。私は炊飯器に搭載されたプログラム用のナビではありません。私はたまたまそこにいただけで、アイリスはそうではありません…』

 

 

 

無慈悲な事実。

 

しかし予感していた現実。

 

彼女は淡々と告げる。

 

 

 

『戦えます。アイリスは戦えるナビです』

 

 

 

俺の考えは間違いでは無かった。

 

もしかしたら、があった。

 

そしてパクチー姉貴の言った通りだ。

 

炊飯器のナビ程度には収まらない存在。

 

 

 

『タケルさん。これは私の勝手な考えです。身勝手な縋りから現れた愚かな気持ち。けれど今だけでも貴方に言いたい。今回だけで構いません。あなたに言わせてください』

 

 

 

物憂げな表情から引き出される何か覚悟を決めたような彼女の顔。

 

俺だけがわかる震えているような声。

 

でも彼女は力強い姿勢でウイルスを見据える。

 

その後ろ姿は___戦うナビ。

 

そんな彼女は言い放った。

 

 

 

『私は!()()()()()()()()です…!!』

 

「!!」

 

『だから私をオペレートしてあのウィルスを倒してください!私はあなたのナビ、貴方のためならこの力は怖くない!私はウィルスと戦えます!』

 

 

 

彼女は一体何を抱えているのだろうか。

 

何が恐れを持っているのか?

戦える力が怖いのか?

 

戦えてしまえる自分が嫌なのか?

 

わからないところはある。

 

でも彼女は言った。

 

俺のためになら__戦えると。

 

 

 

「ああ、わかった!君が戦えると言うなら俺はお前を信じる!信じて頼らせてもらう!だから頼む、俺はこの農場を守りたい!大山家を守りたい!だから俺のナビになってくれ!アイリス!!!」

 

『っ……はい!!』

 

 

 

本当は嫌なんだろう。

こんな事あまりしたくないのだろう。

なんとなくだがそれはわかる。

もともと荒事は好きそうではない。

そんな感じを持つ彼女だ。

 

本当はちゃんとした理由があってウィルスとの対立を嫌がるのだろう。

 

でもこの場所までやってきてくれた。

それを、俺のナビになってくれるために!

 

 

「さあ!ナビを使った久しぶりのネットバトルだ!こうなったらSPだろうと怖くはねぇぞ!」

 

 

 

学生時代は俺にはナビがいなかった。

 

なぜならナビを必要とせずとも俺は自分の力で色々とこなしてきたから。

 

それに俺の住んでいた教育場所はナビを必需とするところでも無かったから。

才葉学園でも学校から配布された適当なナビを借りるだけ。

 

他に使ってきてもスラッシュマンや親たちのナビ以外は使ってこなかった。

 

だから実質『俺のナビ』として使うのは今回アイリスが初めてだ。

 

だからこれが本当の意味での初陣。

 

オペレーターとナビの関係を築いた初めてのネットバトルだ。

 

 

 

「まだこの端末のバージョンが古いから『ブラインド』のバトルチップを使えるのが嬉しい誤算だな」

 

『どのように攻め入りますか?』

 

『まずは『インビシブル』を除去しながら初手は『とっぷう』で敵を押し込み、その間にプログラム君の避難経路を作る。もしマグマのように熱こもったパネルがあるならこちらから『ゼリースチール』を投げ込む。その間にアイリスには『メットガード』を構えさせながら前進するんだ!スロットイン!!」

 

『受け取りました!進みます…!』

 

「合間見てエリアスチールで詰める!パネルを制圧したら『エアホッケー』で一気に蹂躙するからアイリスは信じて前に行け!バックアップは俺に任せろ!」

 

『ええ!』

 

 

 

そういえば。今までナビを持った事ない故に使った事ないバトルチップが一枚あったな。

 

たしか敵を狙い撃ったりする事が苦手なナビや戦闘が苦手なナビでも、投げて召喚した物体に攻撃をぶつければ、その攻撃が拡散されるお手軽なバトルチップがあったな。

 

そうすれば敵を狙わずとも攻撃できるはず。

 

ただ使い方が難しく、あと利便性が感じられないとか色々理由があって誰もこのバトルチップと交換してくれなかったな。

 

そもそもアイリスがどれだけ戦えるのかわからない。なら使う必要があるだろう。

 

…よし!

 

 

 

「バトルチップ『プリズム』スロットイン!』

 

『こ、これは?』

 

「俺も詳しく知らないがとりあえず敵に向けて投げると良いらしい。何かしらで使える」

 

『わかりました』

 

 

アイリスの手元に乗っかった『プリズム』を敵の方に投げる。

 

しかし反応したウィルスは『とっぷう』の風力を活かして後方に回避する。SPだけあってAIも高いな。厄介すぎる。

 

そして地面に落下したプリズムは級に大きくなり障害物のように召喚される。

 

とりあえずアレに攻撃すればいいのか。

 

 

『タケルさん、次は』

 

「アレに攻撃すると良いらしい!スロットイン!」

 

『…この手にあるモノは?』

 

「種だな。ここら辺でよく現れるウイルスからインストールしたバトルチップだ」

 

 

突然だが、ここは農家だけあって植物系のウィルスが集いやすい。

 

なのでウイルスバスターも対木属性専用として搭載した。

 

だからガルーのような炎属性ウイルスの侵入を許したんだろう。

 

とりあえずこの農場で手に入れたバトルチップでプリズムにぶつけてもらおう。

 

 

「アイリス!とりあえずあのプリズムにぶち込んでいい!ウィルスを狙わなくてもあのプリズムが攻撃してくれるらしいから!」

 

『わ、わかった!』

 

 

 

やはり戦闘慣れしてないのか投擲物の攻撃は苦手としている。

 

しかし俺の説明により動かないモノに当てるなら簡単だと考えてくれたようでアイリスはバトルチップから引き出された種をプリズムに投げ入れた。

 

 

 

 

ちなみにアイリスが投げた投擲物はフォレストボムと言うバトルチップなのだが……

 

俺はあまりよく知らない。

 

故に…

 

 

 

 

 

 

ビrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrボッ!

ティウンティウン!!!

 

 

 

 

 

 

 

ウィルスが跡形もなく消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

『…………え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後はウイルスをデリートして熱ビニールハウスの暴走は止まった。

 

しかし熱によって燃えたビニールハウスで育てた作物はほぼ全滅。それだけでも被害は大きかった。他のビニールハウスは無事だがイチゴは全焼失だな。悲しい。

 

しかし死人は出なかった。

 

人員が奪われる事が無くてそちらに安心した。

 

野菜はまた育てればいい。

 

そう言って業務員を落ち着かせた。

 

 

さてビニールハウスの事件から数時間が経過する。事故処理を終えた頃には夜ご飯を過ぎていた。俺はヘトヘトだったが目を覚ましていた。

 

ベッドの上に座り、夜空が見える。

 

枕元にある端末の画面にはアイリスがいた。

 

静かな時間が流れる。

 

 

 

『タケルさん』

 

「ああ、君を聞かせてくれ」

 

 

 

そして彼女は少しずつ自分の話をした。

 

軍事用ナビであること。

 

その力は世界すら飲み込めること。

 

自我を持ったことで自分は恐ろしい存在であることに怯えていること。

 

だんだんと規模が大きくなっていた。

 

俺は相槌を打ちながら聞いてい。

 

そして彼女は自分の全てを話し終えた。

 

 

 

「アイリス。君が炊飯器のナビではない理由はわかった。居所に疑問を感じて、それでたまたまココに流れ着いた。そんな君は俺に勘違いされて今もいる。でも自身を隠していたのこの場所が心地よいから。それが恐れる自分とは程遠い場所だから、だよね?」

 

『……はい』

 

「そっか。よく頑張ったな」

 

『え?』

 

「望みもしないマシーンだった。だから君はその場所から脱した。そしてこの場所に行き着いて新たに探す。よく頑張ってるよ」

 

『でも、でも、私は貴方に隠し事をして、それで今日この日まで偽りの、嘘をついて…』

 

「事実上そうかもしれないな。君は強大な力を兼ね備えた軍事用ナビであること俺に隠していた。それを炊飯器のナビとして偽った。その規模に収まらないだろうに」

 

『…』

 

「でも、それが一体なんだと言うんだ」

 

『え…?』

 

「俺は気にしないよ。君が苦しんでこの場に来たことを。それで便利だったから炊飯器のナビとして収まろうとしたことも。たしかに俺はアイリスに嘘をつかれた。でも騙されたとは思っていない。だって君は立派に炊飯器のナビをしているから」

 

『!』

 

「この数ヶ月、君は真剣な眼差しで炊飯器と立ち会っていた。騙したいから炊飯器のナビを演じていた訳でもなく君は本心でそうなろうとしていたよ。俺は知らずながらも彷徨っていた君に居場所を与えた立場だ。でもそれを蹴って何処かに彷徨うことも君は出来たはずなのにそうしなかったんだ。何故なら炊飯器のナビとして役割を果たそうと、真剣だったから」

 

 

 

この子は何も無かった。

 

炊飯器も、農業も、ましてやお米も。

 

そんなモノは一つも知らない。

 

この時点で俺は違和感を持てば良かった、当時は最新の炊飯器と思い込んで興奮していた自分だったからそこまで意識を向けてない。

 

でも、結果的に考えて、彼女は理想と化した。

 

それはまさにPET(ペット)として持ち主を助けようとする形だ。

 

 

『あの、怒らない…の…です、か?』

 

「全然?むしろ君は俺を通してウイルスの被害を留め、そして君は自身の恐れを飲み込んで俺と戦ってくれた。力を貸してくれたアイリスにどうしたら怒るんだ?」

 

『でも……でも……わ、わたしは…!』

 

アイリス

 

『!!』

 

「ありがとうな、俺のところに来てくれて」

 

『ぁ…………』

 

 

 

俺は彼女に嘘をつかれていた立場だ。

炊飯器に付属したナビではない。

ただ一つの事故としてそうなっただけ。

 

だから彼女は俺の勘違いを利用してその居場所に収まろうとした。言葉にすればアイリスは騙した罪を働いた形だろう。俺も現状騙された立場である。軍事用として作られた物凄いナビを相手に。

 

でも彼女を捌く権利は無い。

そして俺はそうするつもりは無い。

 

むしろ…

 

 

 

「さっきも言った。君は炊飯器で炊くお米に真剣だった。俺が求める理想を目指してくれた。それが嬉しいよ。だから怒ることは何一つない。それともその力を使って次は俺たちを陥れてしまうのかい?」

 

『ッッ、そんなこと絶対にしません!!』

 

「ああ、君はそうだろうな。優しすぎる女の子だからそんなことしない。少なくとも俺は君のことをそう考えてるさ、アイリス」

 

『っ』

 

 

 

家電用品に取り付けられた正式なナビではない。でも嬉しかったんだ。

 

お米を炊くと言う農家の俺からしたら素晴らしい役割を請け負ってくれた。

 

だから、これまではただの事故。

 

それでも経緯はどうであれ、アイリスがいたことで多くの収穫ができたんだ。

 

それはたしかに嬉しいことなんだ。

 

 

 

「あまり自分を責めないでアイリス。もう良いんだ。そもそも俺の思い上がった勘違いから始まった話なんだ。素っ頓狂な勢いと流れから始まった出会いだが、君は炊飯器のナビであることを受け入れた。そして今も変わらずそうである。だからそこに責め入る権利は誰に持っていない。これは互いにそれで正解だったから、俺たちは罰せられる必要なんか無い。自罰することも、裁かれることも、畑以外この場に存在しない」

 

『ぅ、ぅぅ…』

 

「もう良いんだ。大変だったな。よく頑張ったな、アイリス」

 

『ぅぁぁぁ…ぁぁ!』

 

 

 

 

画面の中で涙を流す彼女。

 

俺は人間だから電脳世界の彼女を撫でてあげることもできない。

 

ただ言葉でしか交わすことができない。

 

俺は見守ることしかできない。

 

でも彼女を理解して側にいることは出来る。

 

 

え?危機感がない?

ああ、たしかに、彼女は軍事用ナビとしてとんでもなく恐ろしい力を持ち合わせている。

 

でもそれがどうしたと言うんだ。

 

彼女は、この子は。

 

俺の ナビ(アイリス)なんだぞ??

 

炊飯器とお米に真剣な女の子だ。

 

 

 

『ぐすっ…』

 

「落ち着いた?」

 

『ぅぅ…はい……はい…』

 

「そっか。じゃあ、どうしようか?これから」

 

『これ、から?』

 

「俺は君の正体は知ったよ。だからと言って俺がアイリスに対して変わることない。それは間違い無い。そして()()()()と言うのは、君だ」

 

 

俺は寝転がりながら端末を手に取って彼女を見る。

 

 

 

「君は俺のナビで居るかい?それともまた何処かに彷徨うかい?」

 

 

 

そう、これからが大事。

 

俺は過去の彼女を受け入れる。

 

そして接する気持ちも変わらない。

 

俺が知っているアイリスのままに。

 

 

『わたしは…わたしは……ゆるされるなら…っ』

 

 

 

震えるように吐き出す言葉。

 

また泣きそうになる表情。

 

怯えながらも、でも感情に熱を込める。

 

普段物憂げな彼女だけど今は違う。

 

震えて、震えて、奮えて、慄えるてから。

 

白薄なアイリスの色はまるで艶やかな炊き立てのお米のように…

 

 

 

『タケルさんのお側に居たいです』

 

「わかった。なら、これからも変わらずだな』

 

 

 

 

『はい__わたしは』

 

『ああ__君は』

 

 

 

 

 

 

(貴方)ナビ(アイリス) (です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙溜めながらも月明かりの下でやっと笑う。

 

それは採れたての美しいお米のようだった。

 

 

 

 

 

つづく

 







プリズムボム「涙でますよ」

フォレストボム「せやな…」

ウイルス達「泣きたいのはこっちだよ」



ではまた


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第6話(おわり)

 

 

〜 グリーンタウン 〜

 

 

 

季節は冬。

 

厚着をしなければ寒くて仕方ない。

 

そんな俺はまたパクチー姉貴に野菜を届けているのだが、また反強制的に料理教室の補佐として回されていた。何故に…?

 

それとお出かけの際は必ず付いてきて離れることない俺のPETであるアイリスもスラッシュクロスの力で割烹着の姿に変わると、ネット世界側のスラッシュマンが開いたお料理教室で講習を受けていた。

 

沢山のナビが集っている中でアイリスも張り切って包丁をぶん回して軽く竜巻を発生させている。君はそんなキャラだったか?随分と張り切ってくれている。

 

 

そしてお料理教室は終了。冬の季節故に暗くなるのも早いためパクチー姉貴も早々に片付けて学園を去り、俺も手伝い終えたことで帰ることにしたのだが…

 

 

『あの、タケルさん』

 

「?」

 

 

俺の名前を呼ぶ彼女はアイリス。

 

最初の頃は遠慮気味に呼びかけていた彼女も今となっては遠慮なくこちらの名前を呼んで声をかけてくれるようになった。

 

もし彼女に尻尾が有れば、フワリと揺らしながらこちらの反応を確かめる様に首をかしげるその姿は白猫のイメージだろうか。綺麗な色の付いた白米のようにその変化は嬉しいものだ。

 

 

 

『あの…少し、寄り道しませんか?』

 

「構わないよ。どこまで?」

 

『さ、裁判所の裏まで』

 

「う、裏?…随分と穏やかじゃないな」

 

『い、いいから…!』

 

 

急かすように少し慌てる彼女の一面はレアだが、一体なんだろうか?

 

 

『扉のロックを解除します』

 

「はえ?」

 

 

裁判所の建物の裏まで誘導されて扉の前に立つとロックが解除される。

 

そのままアイリスに扉の奥に進まされるのだが俺は中の監視カメラを嫌がった。

 

すると腕の携帯端末にいるアイリスが監視カメラの電脳に入ると俺の存在がわからない様に細工した。同じ映像を流して俺の侵入がわからない様にしたらしい。オイオイ、マジか。

 

大丈夫かこれ??

 

軍に居たナビからしたらこの程度朝飯前なんだろうが俺としては軽犯罪に近いことしてしまってるし少々気が気でない。

 

アイリスは一体何をしたいんだ?

 

 

 

「言われたと通りに段ボール箱に隠れたぞ。てかこれで凌げるのか?」

 

『はい』

 

 

 

断言しやがった。

 

 

 

『昔、ネット世界が発達する前に起きた戦争時代、段ボール箱をこよなく愛するひとりの傭兵がいまして…』

 

「段ボール箱をこよなく愛する?」

 

『はい。それを使ってあらゆる任務を遂行して生き延び続けた伝説がありました』

 

「そりゃすごい」

 

『昔のアメロッパもそうやってその傭兵の力に屈しました。だから段ボール箱の力は危険かつ強力なんです。ネット技術が発展した今も段ボール箱の力には勝てません。耐熱性、頑丈性、汎用性といった三つのポテンシャルの高さ。デジタルを覆す唯一のアナログ。人もナビも関係なく凌駕してしまう。これほど恐ろしいものはありませんよタケルさん』

 

「あ、はい」

 

 

 

軍に所属していたアイリスだからこそ段ボール箱に対する信頼はこの伝説があるかららしい。

 

 

 

『そこの扉を左に』

 

「わかった」

 

 

いや、何が「わかった」だよ…

 

俺は素直に一体何をしているのやら…

 

 

 

『ここの部屋に…』

 

「はいよ」

 

 

ここまで来たのだから行けるところまでとことん行こう。

 

そう思いアイリスに導かれるがまま先に進む。

 

とあるモノがあった。

 

それは…

 

 

 

「もしかしてこれ、"コピーロイド"か?」

 

『あ、あった…!』

 

 

端末から嬉しそうな声が聞こえる。

 

どうやら彼女のお目当てがあってこの建物に入ったようだ。俺の場合は入らされたと言った方が正しいが。

 

それなら遠隔からプラグインして入り込めば良いのに。

 

アイリスならそんなこと簡単にできる筈だ。

 

 

 

『タケルさん!タケルさん!あれ!あれに!』

 

「わかった、わかった」

 

 

気分が紅潮してるのだろかやや興奮気味にコピーロイドまで近寄ってもらうよう急かされる。

 

なんだか可愛らしいな。

 

 

『プラグインします!』

 

「はい?」

 

 

俺は何もボタンを押してないのに勝手にプラグインのシステムを起動させるとアイリスはコピーロイドに飛び込んだ。

 

 

「おいおい…」

 

 

ここまで自分勝手に動くのは初めてだ。

 

別に怒りの感情は湧き上がらないが、ここまで積極的に動く今日の彼女に困惑を示す。

 

しかし行動力が豊かになってきたアイリスに対して俺はどこか嬉しさがこみ上げてきた。

 

なので不法侵入してしまったこの状況に諦めてるためた俺は開き直ってコピーロイドに潜り込んだアイリスに声をかける。

 

 

「そっちの調子はどう?」

 

 

少し反応がなかったので声をかける。

 

すると無色だったコピーロイドが青く光り、そして無機物なボディは次々とプログラミングされる。それは見たことある形になる。

 

そこに"彼女"が現れた。

 

 

 

「おお!これがコピーロイドの力か!」

 

「…」

 

「それで、調子はどんな感じだアイリ__」

 

「ッ〜!!」

 

 

 

ドンっ

 

 

 

「っとと…急だな、本当に」

 

 

 

コピーロイドに移り、この現実世界へ完全に足をつけた彼女。

 

はじめての現実世界で目を開けて、俺の存在を視認すると一気にこちらまで駆け出す。

 

一歩かニ歩、軽く踏み出せば触れることが出来る距離なのに、目を開いて、瞳の中を許し、今すぐそこに向かわなければならないような焦燥感と共に踏み込まれた冬の一方半。彼女の瞳にその感情が現れていて、俺はそれがすぐにわかったから受け止める。

 

頭二つ分低い彼女は強く抱きしめると、こちらの胸元に顔を埋めるながら湧き上がる感情を押し付ける。抑えきれない体の震え。そして絶対にこの温度を離すまいと抱きしめる。その腕は彼女の精一杯が込めていた。

 

 

 

「やっと……やっと…っ」

 

「…」

 

「触れ合えた……触れ合えた……!やっとあなたに触れ合えた!」

 

「…アイリス……」

 

「モニター越しなんかじゃない。あなたの体温に、あなたの鼓動に、あなたの命に…! 私はやっと…… 私の、大好きな… ひと、にっ』

 

 

 

なんとなくだがわかる。 彼女はこうして俺と同じ世界に足をつけて触れ合いたい。

 

そう思っていたんだろう。その気持ちは力強く抱きしめてくれる彼女から痛いほどに伝わっている。そんな彼女に何も言わずに俺は彼女の頭に手を置いて頭を撫で、背中を支えてゆっくりと摩る。

 

これまで彼女に出来なかったことを、願っていたことを応える。

 

腕に巻かれた端末の中で俺の畑仕事を横で眺めるだけではない。

 

炊飯器の前に正座してモニター越しで試行錯誤するだけではない。

 

寝る時にお休みなさいと、起きる時におはようございますを、枕元に備えられた端末から呼びかけるだけではない。

 

今こうして触れ合う。

 

この時間は感動と幸福が巡っていた。

 

そしてそれは彼女方が何倍も大きいことだろう。

 

数分経っても尚、彼女はこちらの胸元に埋めながら『タケルさん』と愛おしく呼びかける。

 

「聞こえてるよ、アイリス」

 

「ぅん、ぅん……ぅん」

 

 

 

しばらくは抱きしめて、解放 する。

 

 

「えへへ…」

 

「!」

 

 

 

半年近く共にいるのに俺は初めて見た彼女の笑みに見惚れてしまう。

 

いつも物憂つげな表情がデフォルトな彼女は柔らかな笑顔を見せ、薄っすらと紅く染まる頬。

 

大胆な行動を自覚してるのか少しだけ恥ずかしそう下を俯いている。でも満たされたように彼女は笑っていた。

 

これまでにないギャップ。逆に抱きしめ返したくなるほどに彼女は少しだけ危なかった。

 

 

「あー、えーと、アイリス? このために裁判所の建物に入ったのかな?」

 

 

「!!…は、はい………その、ごめんなさい」

 

 

 

目的を達成して、彼女は冷静になる。

 

そして謝る。

 

よくない事だとわかってるみたいだ。

 

それなら、まだ良い。

 

 

 

 

「まぁ、いいさ。 これまでアイリスは頑張ってきたのだから今日くらいのことは目を瞑るさ」

 

「っ、はい」

 

「しかし、良くココにコピーロイドがある事がわかったな?」

 

「はい。 前にパクチーさんの料理講習中に裁判所の中までコピーロイドが運ばれるのを見たので、それで…その…」

 

 

 

悪いことだと理解しているがそれでもこの場に来たかったようだ。

 

そして少し後悔が巡っているように見えた。

 

全く…こうなった以上は仕方ないだろうに。

 

俺は手を広げて助け船を出す。

 

 

 

「こうしたいがためにここまで侵入したと言う訳か?」

 

「ぁ…」

 

 

彼女の罪悪感を消すために次はこちらから抱きしめ返す。

 

まぁ本当のところ、こんなにも、可愛らしく、愛らしくて仕方ない彼女を放っておくのは非常に難しい気持ちでいっぱいだった。

 

それを紛らわすように俺は頭をくしゃくしゃと撫でて、すきあらば頬っぺたをムニムニと指で突く。

 

 

 

「ん、んひゃ、ぅゅぅ、うひゅゅぅ、ぁ、てぃぁ、てぃぁけぁるぅ、しゃぁん」

 

「ったく、本当に君って子は。炊飯器に収まらないほど高性能すぎるな。なのにオペレーターである俺とコピーロイドを使って甘え出すなんて、君は本当に悪い子だ」

 

 

 

罪悪感を払ってあげようと考えて彼女の頬など弄り回すが思った以上に可愛らしい反応に手が止まらない。両側の頬っぺたをムニムニといじり倒してほんのちょっとだけ嬉し涙目になる。

 

てかやばい、止まらない。

なにこれかわいすぎる。

 

 

「でも、これで少し決心が付いたな」

 

「ふぇ?」

 

「実はコピーロイドを導入することを考えているんだよ。ネット世界越しから管理するだけではない。管理ナビ達にはコピーロイドの体を得て管理してもらう、そんな考えをしていたんだ。それがどれほど実用的なのかまだ検討つかなかったが…」

 

「…はい」

 

「ネット世界にいたナビがコピーロイドを得て綺麗な実体と化している。そして意思共通が可能。コピーロイドには大きな価値がある」

 

「!!」

 

「アイリス、俺はこれからも君と畑仕事がしたい。そしてもっともっと畑に触れてほしい。モニター越しではない。外を歩き回って共に大山家を栄えたい」

 

「た、タケルさん…!」

 

「これからもよろしく頼むよ」

 

「ッ〜、はい!はいっ!!これからも!貴方とご一緒に!!」

 

 

よく笑顔を見せるようになった彼女は再びこちらに飛び込んできた。

 

俺も応えるように思いっきり抱きしめる。

 

この半年で随分と感情豊かになった彼女の頭を優しく撫でて改めて決心した。

 

コピーロイドが一般家庭にも供給される時代が来たら、大山家にもそれを導入し、ナビ達と共に在る環境を一段と深めること。

 

そして彼女には炊飯器の中で米を炊くのではなく、その手で直に触れてもらい、米を炊いてもらおう。

 

そこまでを目標にして、俺はこれからのビジョンを思い浮かべる。

 

 

どこまでもやれるはずだ。

 

だって彼女は俺のナビなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

あれから、数年が経過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜 秋葉原 〜

 

 

 

 

『ネットくん! 約束に遅れるよ!』

 

「わわわ!ロックマン!なんで起こしてくれなかったんだよー!」

 

『ネットくんが何度も「あと五分、あと五分」と先延ばしにして起きないからでしょう。 それよりも朝食出来てるから急いで』

 

「わ、わかってるよ!!」

 

『全く。中学3年生に進学してからも相変わらずだね、ネットくんは』

 

「うるさいよ!」

 

 

 

世界の危機を何度も救った少年。

 

それに付き合う青色のナビ。

 

 

 

「行ってきまーす!」

 

『行ってきます』

 

 

この二人はいつも通りの日常を取り戻した。

 

今日も平和を謳歌する。

 

 

 

「電車、電車、電車! 早く!早く!ゴーイングロードで!」

 

『ネットくん、落ち着いて。 これならギリギリ間に合うから』

 

「そうだっ、ロックマン! プラグインして電車の停車駅のコントロールをするんだ!」

 

『それはテロだよ!?』

 

 

いつものやりとり。

 

少年が暴走して、その兄弟でもあるナビがツッコミを入れる。

 

 

 

「ネット、遅いぜ!映画始まるぞ!」

「そうだよネットくん!」

「遅れそうになるのはいつも通りだけどね」

「へっ、そうだな」

 

「悪い悪い、デカオ、メイル、ヤイト、コジロー」

 

 

『ご機嫌よう、皆さん』

 

『ロックマン!』

『来たでガンスか』

『お待ちしてました』

『こんにちは、ロックマン』

 

 

世界の危機に立ち向かう時はヒーロー。

 

けれど平和な日常を楽しむ少年少女達はみな平等であり、そこに歪みはない。

 

常に光とネットで繋がっていた。

 

 

 

 

__季節にも、人間界にも!

__ネット界にも、囚われない米!

 

 

 

 

『あ!見てネットくん!あのCMに映ってるのってタケルさんだよ!』

 

「おお!?アイリスもいるじゃん!もしやコピーロイドで?』

 

 

 

_お米の一粒一粒に!

 

_(アイ)ある!()ある!()きになる!!

 

_それが、愛 凛 好 米(アイリスまい)!!

 

 

 

 

「これすごく美味かったぜ!!」

「そうなのデカオ?」

「炊き込みご飯にも合う米である事も有名ね」

「レビュー見ると高評価の嵐なんだぜ?」

 

 

「………」

 

『………』

 

 

 

数年前の苦難の中、突如現れては力を貸してくれた麦わら帽子が似合う農家の青年。そして炊飯器のナビだと正体を濁す元軍事用のナビ。

 

互いに困惑を生みながらも、互いに乗り越えて来たもの同士。

 

自分達もいいコンビと思っていたがいまお米の宣伝に映る二人も自分達に引けを取らないコンビだった。

 

これが大人の余裕なんだと見せられた瞬間は度々あった。

 

 

そして電脳獣に立ち向かう最終局面…

 

彼女は……

アイリスは、決断を迫られていた。

 

カーネルとシンクロして、その命と引き換えに電脳界最強のナビとして、電脳獣を道連れにする事を。

 

 

 

 

__タケル…さん…

 

__ああ。多分そうしたら電脳獣は倒せると思う。でも俺は嫌だぞ?

 

__はい……私も、嫌です。

 

__ならやる事は一つ。俺たちは二人で大山家に帰る。そしてまた米を炊こう。収穫する野菜だってある。そのためにはこの犬っころを滅ぼしてやろう。

 

__はい!

__バトルチップ!プリズム!フォレストボム!スロットイン!

 

 

 

 

 

 

 

「そして最後は鮮烈だったな、ロックマン」

 

『うん。 熱斗くんが言いたいことはわかるよ。 ぼくもあのラストオペレーションを思い出したから』

 

「プリズム・フォレストだっけ?」

 

『いや、プリズムコンボだったと思う』

 

「待てよ?プリズムフォレストボムだったか?」

 

『つ、使うたびに色々と名前言ってたから実際は定まってなかったような…』

 

「ま、まぁ、あの電脳獣を葬ってしまうくらいの異質なんだ。名前なんてどうでもいいよ」

 

『そ、そうだね。でもそれがあってアイリスは生きている。カーネルとシンクロするのではなくアイリスはタケルさんを選んだ。そして生き残った』

 

「良かったよな本当に。アイリスはあの人に出会えてさ」

 

『そうだね』

 

 

「おーいネット!!置いてくぞ!」

「ポップコーン買わないと間に合わないよ!」

「はやくおいで、ネット」

「直ちに追いかけないとお前の席ねーから」

 

「おいおい! 置いていくなよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たる運命を覆したひとりの少女ナビ。

 

消えるはずだった未来に進まなかった物語。

 

ひとりの青年が関わる事で変えられた未来。

 

それは正解なのか?

 

または不正解なのか?

 

そこに答えは無く、一人一人が考えるだけ。

 

しかし、統一して、一つだけ分かるとすれば。

 

 

 

 

______「食べる幸せはどんな時?」

 

______『アイリス米が炊ける時!』

 

 

 

 

幸福に満ちた彼女の微笑みがこの世に残るならそれは正しいはず。

 

命を炊ける炊飯器のナビ(アイリス)は笑っていた。

 

ただ、それだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイリス米が炊ける時

 

お わ り






再投稿は以上です。
ありがとうございました。

アイリスのことはもっと軽率に救って、どうぞ。



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