大日本帝国出身の堅物指揮官は今日も誘惑される。 (気まぐれな富士山)
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プロローグ

 

俺は、日本国の兵士だ。

 

『おめでとう。諸君らは晴れて、斉斉哈爾第219部隊、第59連隊第1大隊第1中隊に配属された。米英の各国を墓場へ送り、我が大日本帝国を勝利へ導くのだ!』

 

最後の最後まで戦った。

 

『アンガウル島、ですか…………』

『そうだ。1200人ほどの兵と共にアンガウル島に向かってもらう。ここは戦争の重要な拠点だ。』

『………………わかりました。』

 

死令を課せられ、こんな地獄に送られても生きた。

腹に蛆がわいても、手榴弾で自決しようとしても死ねなかった。

 

『俺は………まだ死ねない…………!祖国の為、この命使い切るまで!』

 

愛する祖国を、神国日本を守れるなら。

俺の命など安い。

 

そう、誓ったはずなのに。

覚悟を決めて、突撃したのに。

 

『お前は生きなければならない。生きる英霊となったお前が、何故死ぬ事が許される?』

 

思ってしまった。

生きたいと。生きねばと。

 

(俺は…………恥さらしなのだろうか。家族に合わせる顔は…………あるのだろうか。)

 

 

 

 

「おい喜べ!お前をジャパンに返す見通しがついたぞ!これでお前を祖国に……………」

 

1人の米兵が捕虜の部屋に駆け込んだ。

しかし、そこに日本兵の姿は無かった。

ベッドの隣の小棚には、日本兵と米兵のツーショット写真があった。

 

日本人は、左頬に縦の傷、顔を断つような横の傷が鼻を通り、その顔は正しく軍人というような顔立ちだった。

アメリカ人は、金髪の髪に青い目、白い肌の美しい青年だった。

 

昨日まで、生きることについて語っていた友の姿はそこに無く、空いた窓から風が吹き下ろしていた。

 

「…………バカ野郎。」

 

死体も発見されなかった日本兵は、『日本のアンデットウォリアー』『最凶の兵士』として、日本国内、アメリカでも英雄として称えられた。

ある日突然失踪した彼は、一体どこへ行ったのか。

 

 

 

「…………………!ここは…………」

 

見知らぬ天井。アメリカ軍の病院にしては和風が過ぎる。だとすればここは日本か。いや、あそこまでやっておいて、日本に帰れるはずもない。

 

「おや、お目覚めになられましたか。」

「む………………」

 

振り向くとそこには、栗色の髪に紫の瞳。

そして、美しい毛並みの尻尾と耳をもった、天女がいた。

 

「海岸にて倒れているところを救護致しました。あれのほどの重症で蘇られるとは、恐れ入ります。」

「…………救護?俺は死んだのではなかったのか。」

「はい。」

「…………ここは黄泉の国でもなければ、地獄の釜の底でもないということ、か?」

「ええ、そうなりますね。」

「なら、お前は、いや、あなたは何者だ。九尾の狐が、俺を蓬莱の国にでも運んだのか。」

「九尾…………ああ、確かにこの姿ではわかりませんね。」

 

九尾の麗人は立ち上がり、指を鳴らす。

すると、粒子の中からサイズの小さな遊撃砲、対空砲などの艦船装備、艤装が現れた。

 

「申し遅れました。私はKAN-SEN、天城型巡洋戦艦のネームシップ、戦艦、天城と申します。以後、お見知り置きを。ゴホッゴホッ………失礼、体が弱いものでして…………」

「いや、気にしなくていい。なんとなぁ…………艦船の付喪神ということか。やはりここはあの世か………」

「すぐに自分を殺さないでください。ほら、これが現実ですよ。」

 

そう言うと、天城は後ろに振り向き、九つの尻尾を彼の顔に向ける。

その尻尾は、艶があり靱やかで、ほんのりと温かみを帯びた物だった。

 

モフ…………モフモフ…………

 

「むぅ………」

「これでわかっていただけましたか?」

 

スっと尻尾をしまい、天城は元の椅子に戻る。

 

「そこまで死に固執するとは、一体今までどんな戦場をくぐり抜けたのですか?」

「戦場…………モンゴルの国境と、アンガウル島には行ったことがある。というか、俺はつい先日までアメリカ軍病院にいたはずだが。」

「アメリカ…………?聞いたことの無いですね。」

 

天城のその発言に、違和感を覚えた。

 

「聞いたことがない?そんなはずはないだろう。大国アメリカだぞ?世界の半分を英国と支配していた国だ。天城殿の格好や言語は、確かに日本のものだ。なら、アメリカを知らぬ筈はないだろう。」

「ニホン…………その様な名も聞いたことがありませんね。」

「馬鹿な!?あれほどの被害をこうむって知らぬ存ぜぬはないだろう!…………もしやここは、日本ではないのか?」

「はい。この国の名は重桜。和と精神の国、重桜でございます。」

 

目の前がクラっとした。

重桜?日本ではない?何がなんだか…………

頭がパンクしそうだった。

しかし、そんな彼がとった行動は……………

 

「そういう、ものか。」

 

情報量に圧倒されず、柔軟に対応する。

つまり、開き直ることだった。

 

「私も、あなたの境遇には興味があります。しばしの間、お話という形で、知識交換と参りましょう。」

 

天城は語った。

重桜という国の生い立ちを。

神子の存在を。

ミズホの神秘を。

この国の者なら全てが知っていることだが、彼には衝撃的だった。

 

「…………以上が、重桜という国、そして現在の立場でございます。」

「ふむ………俺の中の常識が崩れていくな。まぁいい。して、次は俺の番だな。」

「日本、という国。見たことも聞いたこともありません。是非にも、お話をお聞きしたく願います。」

「うむ。歴史や文化は対して変わらんが…………」

 

彼は語った。

日本という国の成り立ちを。

大日本帝国軍についてを。

軍縮による様々な戦艦の始まりと終わりを。

天城と同じ名前の戦艦についても伝えた。

 

「なるほど………そちらでも、天災に倒れていたのですね、私は……………」

「その後、第二次世界大戦が開戦し、赤城が空母に改装された。しかし…………」

「なにか、あったのですか。」

「…………ミッドウェー沖にて、アメリカ軍と戦闘状態に入り、我々の軍は多大な損傷を受け、赤城、加賀、蒼龍、飛龍を潰された…………」

「っ、それは…………」

「その後、主要艦船の数々を破壊され、我が国は敗北に向かって行ったんだ。」

 

終戦までのことをアメリカ兵から聞かされた彼は、思わず納得したという。

 

「日本は、広島と長崎に新型爆弾を投下され、敗北したんだ。………俺が知るのはここまでだ。」

「………申し訳ありません。辛いことを話させてしまって…………」

「いや、構わない。」

「しかし、これで大体わかりましたわ。あなたの身柄は重桜が責任をもって保護します。構いませんか?」

「ああ。世話になる。俺に出来ることがあれば、何でも言ってくれ。」

「では、重桜KAN-SENの寮舎の掃除をしてもらいましょう。他の子たちには私から説明しますわ。」

「何から何まで、ありがたい。」

「まぁ、先ずは傷を癒してくださいませ。その傷、かなりの重症ですわ。」

「大丈夫だ。明日には走れるようにまでなる。いや、そうする。」

「ですから無理は………はぁ。あなたに言っても無駄なようですね。」

 

天城は立ち上がり、部屋から離れようとする。

 

「そうだ。まだあなたの名前を聞いておりませんでしたね。」

「あぁそうだったな。俺の、名前は…………?」

 

すると、彼に異変が起こる。

 

「俺の………名前…………すまない、思い出せない。」

「なんと…………記憶障害でしょうか…………」

「ううむ…………すまない。」

「良いのですよ。元の場所に戻る方法も、我々の方で何とか致します。」

「何から何まで…………すまない。」

「謝らないでください。あなたの先程の会話や、語呂の形から、恐らく数十年前の重桜と似ています。その頃の重桜と言えば、まだ武士の文化を重んじていたはずですよ。武士であれば、軍人であれば、謝罪ではなく感謝を述べるべきですわ。」

「そうか…………では、ありがとう。あなたの計らいに感謝する。」

「フフ♪それこそ強き大和男子ですわ。あなたには、しばらく重桜施設の掃除などをお任せします。一応は、用務員さんとでも呼びましょう。」

 

用務員。

擲弾筒部隊の分隊長、陸軍軍曹からかなりの降格だったが、本人はあまり気にしていないらしい。

元々、戦うことしか脳がなかったからそこまで気にしていなかったが、用務員となると中々意外だった。

 

「まあ、やれることをやってみせよう。」

 

重桜に、新たな風が入った瞬間であった。

 

この人物が、後に生きる英雄となることは、まだ先の話……………

 

 

 

 



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第2話

 

ここは、重桜の保有するリゾート島。

 

通常なら、多くの人々が楽しむためのリゾート地だが、その島は異様にも、数多くの戦艦が周回している。

 

軍関係者でも上層部の者しか立ち入ることの許されない

VIPのための施設だ。

 

そんな施設でも、やはり十数名の従業員はいる。

 

「128……129……130……131…………」

 

従業員宿舎から500mほど走った所にある穴場のような海岸。

そこで、一人の男が木刀を振っていた。

 

「254……255……256……257…………」

 

上裸になり、引き締まった体で刀を振る彼の胴体には、幾つもの銃痕と切り傷、そして大きく広がり、焼け爛れた痣があった。

顔には十字の傷、そして首にも銃痕があった。

 

「762……763……764……765…………」

 

まだ早朝5時ほど。

水平線から太陽が顔を出し始めた。

日光を浴びた彼の元に、一人のKAN-SENがやってきた。

 

「おや、先客が居たか。」

「む………すまん。すぐに片付けよう。」

「いや、構わぬ。私も、1人ではつまらないと思っていたところだ。しばらく付き合おう。」

「そうか………では。852……853…………」

 

彼女の名は高雄。

重桜内では名を知らぬ者はいないほどの剣の名手。

戦艦にしては珍しく刀を主に使い、日々武道に励んでいる。

 

「………その体格と腕前から察するに、かなり長く武道をやっているのではないか?」

「お察しの通りだ。ガキの頃から剣道と柔道をやっていてな。21の頃に軍人になった。それからは剣道くらいでしか木刀は握っていない。戦争では使わなかったしな。」

「戦争?馬鹿な。民間人から徴兵するような戦争は、我が国では行われていないはず………まさか、あなたが天城殿が言っていた人物か!通りで見ない顔だと………」

「あの人に俺は命を救われたらしい。今は、こうしてこの島で従業員を務めている。1000………さて、俺はもう用事は済んだ。まだ、何か用か?」

「フ、そこまでの肉体。そして先の慣れた手つき。武士なら高揚せぬ者はいない。どうだ、一本試合と行かないか?」

「…………構わんが、やるなら本気で行くぞ。」

「当然だ。では、始めようか。」

 

そう言うと、高雄は持ち歩いていたケースから木刀を取りだし、構えた。

 

「…………………」

「…………………」

 

それは、まるでレーダーを用いた潜水艦のように。

お互いの間合いに入った瞬間始まる。

ジリジリと近寄る両者。

そして今、両者の間合いが触れる。

 

「フッ!」カンッ!

「ムンッ!」

 

先に攻めたのは高雄だった。

右からの胴撃ちを防がれるも、素早く体勢を立て直し、果敢に攻める。

 

「ハァッ!」

「くっ!この………っ!」

 

彼も負けず劣らずの勢いで打ち返す。

その技量は拮抗しており、遂には力勝負に持ち込まれる。

 

(技量においてはこちらが劣勢!であれば、鍔迫りに持ち込み、力で押しつぶす!)

(強大な力で押し潰さんとしてくる………化け物のような女だな。鍔迫り合いになればこちらが負ける。なら、仕掛けて一本に持っていく!)

 

「そこっ!」

「甘い!」

 

ズザッ………!

 

お互いに距離を取り、再度構える。

正しく虎と龍。木刀でありながら、そこには真剣を握ったかのような凄みがあった。

 

「次で………行かせてもらう。」

「ほう、真正面から向かってくるか。ならば、我が一撃受けてみよ!」

 

すると、両者独特の構えをとる。

高雄は、鞘に収めるように木刀を構え、居合切りを狙っている。

対する彼は、持ち手と刀身を握り、まるで銃剣のような構えをとる。

 

「ハッ!」

「来いっ!」

 

単身での銃剣突撃。

高雄の間合いに入れば、即、頭を砕かれる程に体を縮め、突撃する。

 

「愚かな…………それでは当たらんぞ!」

「………………」

 

彼の止まる様子は無い。

 

(何か策が……?いや、こちらの全力で振り切る!)

 

木刀を抜刀し、思い切り振り抜いたその時。

 

「……………今っ!」

「なっ!?」

 

なんと彼は、突進の姿勢から、足を上げて宙返りし、居合切りを避けるという荒業を披露した。

 

(私の抜刀を完全に避ける自信があっての特攻策か!なるほど、これは…………!)

 

刀を振り切った高雄に為す術は無く、そのまま地面に蹴落とされ、切っ先を喉元に突きつけられる。

 

「………………参った。降参だ。」

 

流石にここから返す手段は無く、高雄は両手を挙げる。

すると彼は、すぐに足を退けて、手を差し出した。

 

「…………大丈夫か。女子相手に手荒な真似をしてしまった。」

「世辞は止してくれ。戦っている時のそなたは、完全に武士の顔をしておったぞ。」

「……………そうだな。戦いとなるとつい、我を失ってしまうのだ。」

「名乗りが遅れたな。拙者の名は高雄型重巡洋艦のネームシップ、高雄だ。よろしく頼む。」

「なんと、かの重巡洋艦高雄だったか。ということは、二番艦の愛宕も…………?」

「ああ。今日は宿にて休息をとっている。私も同様だ。軍の指令部から、休暇を貰ってな。」

「そうか…………。高雄殿の太刀筋、見事だった。特攻が外れていれば、俺も為す術なく殺られていた。」

「まさか居合を避けられるとは思わなんだ。私もまだまだ精進せねばな。」

 

朝日の中、二人で楽しく語った。

刀のこと、武道の精神のこと、その他諸々⋯⋯⋯⋯

するとそこに、もう1人KAN-SENがやってくる。

 

「あら、お邪魔だったかしら。」

「愛宕。いや、たまたまここで話していただけだ。」

「そう?それならいいけど。初めまして。私は愛宕よ。よろしくね。用務員くん。」

「知っていたのか?」

「天城さんが、顔に凄い生傷のある人って話していたから、すぐに分かったわ。あなたの事情も伝わってるわよ。何かあったら、お姉さんに相談して頂戴ね。」

「⋯⋯⋯⋯感謝する。」

「あらあら、随分と無愛想なのね。それに堅物。それじゃ、女の子が逃げちゃうぞ?」

「すまない。昔から、表情を意識したことが無かったもので。なるべく、笑顔を意識しているのだが⋯⋯⋯⋯」

「フフ♪あなたが頑張っている姿、想像するとカワイイわね♪」

 

ちなみに、彼はまだ20代後半だ。

愛宕からすれば、まだまだ子供対象なのだろう。

 

「それで、要件はなんだ。今日は休暇のはずだが。」

「⋯⋯⋯⋯指揮官から緊急の呼び出しよ。」

「チッ⋯⋯⋯また巫山戯たことを抜かすか⋯⋯⋯⋯」

 

指揮官、と言えば、艦隊の最高責任者だ。

通常であれば、信頼と実績に合った者が配属される。

しかし、彼女達の雰囲気から察するに、現在の指揮官はあまり良くないらしい。

 

「この前、また下の子たちがまたセクハラされたのよ。泣きながら私の元に寄ってきたわ。可哀想に⋯⋯⋯⋯」

「彼奴め⋯⋯指揮官といえど生かしておけぬ!」

「ダメよ高雄。彼がキューブの管理権を握っているのは事実でしょう。それに、もう若い芽は刈り取られているらしいわ。徹底的に自分が頂点でなくては気が済まない主義なのよ。」

「クソ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「誰か、アイツの手の届かない優秀な人物がいればいいのだけど⋯⋯⋯⋯」

 

すると、愛宕と高雄の目が合う。

 

「⋯⋯⋯⋯考えていることは同じみたいだな。」

「そうね⋯⋯⋯⋯あまり気が進まないけど⋯⋯⋯⋯」

 

そう言うと2人は、彼の方へ向き、頭を下げた。

そう。都合のいい相手が、目の前にいるのだ。

重桜関係者で、権力の息がかかっていなくて、武力においても経験においても優秀、そんな人物が。

 

 

 

「俺が、指揮官の代理になれと?」

「どうにか、頼めないだろうか!」

「今の重桜には、あなたしかいないの!」

 

その顔は必死だった。

藁にもすがる思いで頼んできたのだろう。

 

「どうか、この通り⋯⋯⋯⋯!」

「高雄⋯⋯⋯⋯っ、この通りよ!新しい指揮官を見つけるまでの間だけだから!」

 

額を地面に擦り付ける。

大和の国民がする最大級の懇願、土下座をされたのだ。

一体どうすればよいのか、頭の中が混乱した。

そんな彼が、選んだ選択は_______________

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯引き受けよう。」

「ッ!本当か!?」ガバッ

「ああ。元々捨てるはずだった命だ。何かの役に立てるなら、是非とも。」

「本当に!?あぁ、ありがとう!お姉さん嬉しいわ!」

「ムブッ!?」

 

本当に嬉しかったのだろう。

愛宕は嬉しさのあまり、なんと抱き寄せてきたのだ。

愛宕の豊満な乳房が彼の顔面を包む。

 

「お、おい愛宕!その辺に⋯⋯⋯⋯」

「あ、あらごめんなさい!さっき合ったばかりの人なのに、破廉恥だったわ⋯⋯⋯⋯」

「か、構わない。⋯⋯だが、何故俺なんだ。」

「一応、天城さんに言われた段階から頼もうかなって思っていたの。あの人が、『信頼出来る優秀な人』って言ったら、まず間違いないから。」

「天城殿は、重桜内部でも信頼が厚いのだな。」

「当然よ!天才的な軍師だわ。赤城や加賀を超えるほどの権力を持つ重桜の重鎮よ。」

「しかし、そんなことだけで決めるとは思えない。何か深い理由があるのでは?」

「そうねぇ⋯⋯⋯⋯」

 

高雄は手を合わせたので分かるが、愛宕が乗る気持ちが全く分からない。

何か策でもあったのだろうか。

 

「オンナの勘、といったところかしら?ウフフ♡」

「むう⋯⋯⋯⋯そう言われると立つ手が無いな。」

 

勘、というものはよく当たる。

特に女の勘は、男の勘の遥か上を行く。

故に、愛宕のセリフは彼を黙らせるには十分だった。

 

「準備はこちらでするわ。あなたは、期待して待っていなさい。赤城にも相談してみるわ。」

「ああ。私の方からも上層部に打診しておこう。」

「助かる。何か出来ることがあれば、いつでも言ってくれ。出来る範囲で行動する。」

「わかったわ。フフ、何だかワクワクしてきちゃった!お姉さん頑張っちゃうわ!」

 

ウキウキと跳ねる愛宕の姿は、妖艶で色気がありながら、元気で可愛らしかった。

 

「そうだ、愛宕。早く行かなければならないのではなかったのか。」

「あぁ、そうだったわね⋯⋯⋯⋯いい?何かあったら理由をつけて逃げてくるのよ。」

「わかっている。いくら指揮官といえど、そこまで手を出すとは⋯⋯⋯⋯思いたくない。」

「⋯⋯⋯⋯その指揮官とやらは、一体どんな男なのだ。随分と熱烈に歓迎されているようだが。」

「冗談でもそんなことを言われたくないな。クズの一言に尽きる。」

「ええほんと。指揮官としての仕事は指令部に丸投げ。ろくに仕事もせず権力を振りかざして、KAN-SENへのセクハラ、部下へのパワハラetc⋯⋯⋯⋯顔も体型もタイプじゃないし、もう最悪よ。」

「せく⋯⋯⋯?どういう意味だ。」

「要は、上司からの性的な嫌がらせよ。KAN-SENは全て女性だから、そういう目で見てくる輩は多いのよ。ま、力でKAN-SENに勝てる訳ないんだけどね。」

「なるほど⋯⋯⋯⋯む、そうなると高雄殿は先程、手加減をしていたのか。」

「いや!そういう訳では⋯⋯⋯⋯艤装の有無で調節が効くんだ。本気で打てば、その⋯⋯⋯⋯恐らく木刀諸共腕を砕いていたかも⋯⋯⋯⋯⋯⋯騙すつもりは無かったのだ。申し訳ない⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯ちょっと待って。あなた、高雄と試合を?もちろん、高雄が勝ったのよね?」

「残念だが、私の負けだ。あの剣術⋯⋯⋯⋯いや、あれはむしろ銃剣術だな。木刀ではなく模擬銃剣であれば、決着はもっと早かっただろう。まさか、拙者の居合を避けられるとはな⋯⋯⋯⋯」

「い、居合を!?避けられるの、そんなもの⋯⋯⋯⋯」

「まぁ、な。」

「⋯⋯⋯⋯もう何もツッコまないわ。兎も角、用意が出来れば私の方から連絡するわ。あなたは今まで通り、用務員としての仕事を全うしてちょうだい。」

「了解した。では、また。」

 

その場で2人と別れ、彼は職場へ向かう。

時刻は、もう間もなく8:00。

 

 

 

 



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第3話

 

元々居た陸軍とは無縁である海軍の指揮官代理になって欲しいと頼まれて2日後。

 

「⋯⋯⋯⋯まだ、起きないのか。」

「Zzzz⋯⋯⋯⋯」

 

彼は、白髪獣耳に9本の尻尾をもった美女をおぶっていた。

その豊満な乳房を彼の肩甲骨に惜しみなく押し付ける。

 

「どうしたものか⋯⋯⋯⋯」

 

事の発端は30分ほど前。

 

 

 

「今日は草刈りか⋯⋯⋯⋯本当に人手が足らんのだな。」

 

そう思いつつも、芝刈り機の電源を引き、エンジンが軽快な音を立て、丸い刃が回転し始める。

綺麗に草を整えていくと、少し先の木の下で眠っている何かがいた。

 

「音を立てては迷惑か⋯⋯⋯⋯他の場所に行くとしよう。」

 

 

 

「残るはここだけか。しかし⋯⋯⋯⋯これは、起こしてよいものなのか⋯⋯⋯⋯」

 

目の前の美女は、肩まで着物を下ろしており、豊満な胸元をさらけ出している。

言ってしまえばいつ襲われてもおかしくない無防備な格好なのだ。

 

「致し方なし、か。」

 

肩を軽く叩き、謎の白髪獣耳美女を起こす。

 

「んにゅ⋯⋯⋯⋯む⋯⋯⋯⋯」

「急に起こしてすまんが、そこを退いてくれんか。草を刈らなければならん。」

「あ⋯⋯あぁ、すまぬ。陽気が気持ちいいもので⋯⋯⋯⋯ふあぁ⋯⋯⋯⋯すぐに退くとしよう。」

「気持ちの良い所をすまないな。」

 

美女は木の裏へ行き、彼は再び草刈りを始める。

 

ジッ「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

ウィィィィィン「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

何だか凄く見つめられる。

あまり気にしないように草刈りを済ませる。

 

「ふぅ⋯⋯⋯⋯こんなところか。」

ジッ「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯そんなに見つめられても困るんだが。」

「⋯⋯⋯⋯(そなた)は、別の世界から来たのか。」

「ん?知っていたか。天城殿から何か聞いているのか。」

「いや、天城からは何も⋯⋯⋯⋯あ、申し遅れた。(わたし)は、信濃。特殊な眼を持っている者だ。世界を見渡せる⋯⋯⋯⋯もう少し、見せて貰えるか。」

「見る?構わないが⋯⋯⋯⋯」

 

すると信濃は、彼の顔に手を添え、目と目を合わせる。

 

「何を⋯⋯⋯⋯」

「少しだけ待ってくれぬか⋯⋯⋯。⋯⋯ッ!これは⋯⋯⋯」

 

どんどんと信濃の顔色が曇っていく。

次第には青ざめて行き、片膝をついて口を抑えた。

 

「おい、どうした。立てるか。」

「う、うぅ⋯⋯⋯⋯気分が⋯⋯⋯悪い⋯⋯⋯⋯」

「少し木陰に移動するぞ。」

 

信濃を軽く持ち上げ、背中におぶさる。

 

「どこか木陰は⋯⋯⋯⋯あそこか。」

 

小走りで移動し、信濃を下ろそうとする。

しかし、

 

ガシッ「うぅ⋯⋯⋯⋯」

「くっ⋯⋯⋯⋯これが、KAN-SENの力⋯⋯!」

 

上の空なのか、青ざめたまま腕を解こうとしない。

 

「だめだ⋯⋯⋯⋯それは⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯うなされているのか。では、起こすのは酷だな。」

 

しばらくの間、おぶっていることになった。

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯ん、んん⋯⋯⋯⋯」

「起きたか。やれやれ、下ろすのは大変だったぞ。」

 

信濃が目を開けると、そこは近くのベンチ小屋だった。

 

「汝⋯⋯⋯⋯」

「暫くうなされていた。あそこで倒れたからここまで運んだが、どうだ。」

「体調は、問題ない⋯⋯⋯⋯」

「そうか。それじゃあ⋯⋯⋯⋯」

 

彼は、信濃の胸元を指さす。

 

「そろそろ離してくれ。」

「?⋯⋯⋯⋯ハッ、すまぬ⋯⋯!」

 

無意識に彼の手を谷間に埋めていた。

 

「む、無意識であった⋯⋯!申し訳ない⋯⋯⋯⋯」

「いや、構わん。」

 

彼は目を逸らし、ベンチに座る。

そんな彼を見て、信濃は何を思ったのか。

 

「可哀想に⋯⋯⋯⋯」

 

彼の頭に手を置き、優しく撫でたのだ。

 

「何を⋯⋯⋯⋯」

「汝の世界を見た⋯⋯あそこまで美しい国は、この世界には存在しない⋯⋯そして、汝はよく頑張っていたからな⋯⋯⋯せめてもの労いを⋯⋯⋯⋯」

 

彼はハッとする。

軍人として闘った。それが国のためと思っていた。

それは日本男子として当然のことであり、死ぬことを何よりの名誉としていた。

その事に、誰一人違和感を感じなかった。

 

「よしよし⋯⋯⋯⋯よく頑張った⋯⋯⋯⋯」

 

褒めず讃えず、誇りを保って生きてきた。

なら、自分は死のうとしなかったのか。

命を、手放そうとしなかったのか。

 

「⋯⋯⋯⋯助かる。」

「良ければ、膝も空いているぞ⋯⋯⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯すまん。」

 

答えは見つからない。

きっとそこには、色々な思いと考えがあったのだろう。

しかし、今の自分には()()()()()だ。

 

「よしよし⋯⋯⋯⋯よしよし⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

正解の無い問いを、今だけでも忘れたい。

その思いのまま、彼は意識を手放した。

 

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ハッ。ここは⋯⋯⋯⋯」

「Zzzz⋯⋯⋯⋯起きたか、汝⋯⋯⋯⋯」

「信濃殿か⋯⋯すまん、このような事を。」

「構わない。元々は、妾が勝手にしたこと⋯⋯⋯⋯」

「そうだったな⋯⋯⋯⋯そういえば、何故あの時気絶したのだ?俺の国を見たと言ったが⋯⋯⋯⋯」

「あの戦争は、妾には耐えきれなかった⋯⋯⋯⋯未来が、世界が見えるのに、何も出来ぬ不幸⋯⋯⋯⋯何も出来ぬまま、未来も見れぬ不幸⋯⋯⋯⋯汝は、両方を味わったのだな⋯⋯⋯⋯」

「その様子だと、俺の過去を見たのか⋯⋯⋯⋯大分衝撃が強かっただろう。」

「しかし、十分な見聞も得れた⋯⋯⋯⋯それに今、妾には新しい希望が見えたのだ⋯⋯⋯⋯」

「希望?⋯⋯⋯⋯やはり、お前もか。」

「うむ⋯⋯⋯⋯これは最早、レッドアクシズとしてでは無く、重桜として向かわなければならぬ⋯⋯⋯⋯そのためにも⋯⋯⋯⋯」

 

信濃はスッと立ち上がった。

物凄い大砲(意味深)を持ちながらバランスの合った上半身に、すらりとして、細く繊細な下半身。

そして9つの尻尾に狐耳。

まじまじと眺めるのは、初めてだった。

そして、ぺこりとお辞儀をする。

 

「妾達の⋯⋯指揮官と成ってみては如何だろうか⋯⋯?」

 

まさかの2度目の指揮官スカウトだった。

 

「⋯⋯⋯⋯またその話か。既に承諾済みだ。愛宕や高雄から連絡を貰っている。」

「愛宕に、高雄⋯⋯⋯⋯あの者たちも動いているということは、一航戦の耳にも入っているだろう⋯⋯⋯⋯天城はやはり話がわかる⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯なあ、毎度から気になっていたんだが、今の重桜では無理なのか。余所者が手を加えるなど⋯⋯⋯⋯」

「無理だ⋯⋯⋯⋯と言い切るのは難しい⋯⋯⋯⋯妾たちが汝を選んだのは、恐らく『無理だから』ではなく、汝が『出来る確率が高い』からだろう⋯⋯⋯⋯今の重桜で新たな芽を探すのは難しい⋯⋯⋯⋯ならば、最短であのような戦争に向かわぬ方向を見つけなければ⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯合致した。それならば、俺も自信を持てる。」

「汝は、強く逞しい。その身で重桜の光となることを、妾は信じている⋯⋯⋯⋯ふあ⋯⋯⋯⋯そろそろ帰らねばならぬ⋯⋯⋯⋯また、おぶってくれませぬか⋯⋯⋯?」

「ちょっとだけだぞ。⋯⋯⋯⋯ほら。」

 

指揮官になり、自分がやりたいことは見つからない。

しかし、少しでも恩人達に恩返しが出来るように。

そして、日本と同じ道を辿らぬように。

彼はただ、それだけを思っていた。

 

「ありがとう⋯⋯⋯⋯Zzzz⋯⋯⋯⋯」

「え、ちょ、おい。この状況で寝るのか。」

 

ふりだしに戻る⋯⋯⋯⋯⋯⋯

 

 

 

 

「あれがあなた達の推薦する指揮官⋯⋯⋯⋯」

「ええ。悪くない話じゃないかしら?」

「拙者達は、彼は信頼に値すると見込んだ。お前たちの目にはどう映る。赤城、加賀。」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

ビルのベランダから公園の彼を見つめる四人。

何故か信濃を背負っているが、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。

その瞳に曇りは無く、いかがわしい思考は感じられない。

 

「あれが天城さんの薦めた指揮官か⋯⋯⋯⋯」

「そなたも感じぬか?あの者の気⋯⋯⋯⋯私も対峙したが、恐るべきものだ。」

「フ、お前が言うのならそれなりの腕なんだろうな。」

「どう?かなりいい人でしょ。⋯⋯⋯⋯赤城?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いえ、何でもないわ。指揮官として重要か重要でないか、見定めるにはまだ早いから⋯⋯⋯⋯ウフフ⋯⋯⋯⋯♪」

 

不敵に浮かべたその笑みは、期待が叶うか、失望に堕ちるか。

彼の運命のトリガーが、動き始める。

 



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第4話

 

「⋯⋯⋯⋯はっ、ここは⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

目が覚めると、知らない天井が目に入る。

 

「ようやくお目覚めですね⋯⋯⋯⋯指揮官様⋯⋯♡」

「⋯⋯⋯⋯あなたは確か⋯⋯⋯⋯った⋯⋯⋯⋯」

 

自分の前には、黒茶髪に尻尾が9本生えた妖艶な麗人。

今まで眠っていたからか、今更顔面が痛むことに気づく。

 

「あぁ、動いちゃダメですよ?まだ傷が痛むから⋯⋯あぁでも、痛みに喘ぐ指揮官様も見てみたい⋯⋯⋯⋯♡」

「俺は⋯⋯⋯⋯っつ、頭が⋯⋯⋯⋯」

「やっぱりおクスリが効いてるのかしら⋯⋯⋯⋯私の事、思い出せます?」

「⋯⋯⋯⋯確か⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

事の発端は、3時間ほど前まで遡る。

 

 

 

 

 

「ふむ⋯⋯⋯⋯やっぱり人手不足なのではないか、この艦隊。俺一人だけで庭木の手入れとは⋯⋯⋯⋯」

 

本日彼は、リゾート施設の中庭にある庭木の葉を手入れしている。

もちろん資格などは持っていないから、適当に整えていく。

 

チョキチョキ⋯⋯⋯⋯バサッバサッ⋯⋯⋯⋯⋯⋯

 

「うむ⋯⋯⋯⋯かなり綺麗になったな。」

 

謎の達成感に身を浸し、次の木に移ろうとしたその時。

 

「おい貴様。そこの貴様だ。」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「聞いているのかそこの庭師!」

「む、俺か。すまん、集中していた。何か用か。」

「随分と軽口をたたくな。我々に同行願おうか。」

 

謎の軍服男数名に同行を願われる。

真ん中の者は襟元のバッヂ的に、階級は海軍曹長はといったところか。

 

「同行?生憎仕事が立て込んでいる。何用かだけ教えてもらえば、上司に報告が効く。同行はその後だ。」

「必要無いな。これは、我らが指揮官殿からの直接命令である。」

「だとしても、一報入れなければ気が済まない。それに俺はこの国の人間じゃないから、この国の者に従う権限は無い。」

「貴様!曹長に無礼だぞ!さっさと来ないか!」

 

横の二等兵らしい海兵が彼の腕を掴む。

しかし、彼は軽く腕をひねると、素早く投げてしまう。

 

「ぐえっ!」

「貴様!それは反逆行為だぞ!」

「何がだ。攻撃を仕掛けたのはそっちが先。正当防衛だろう。それに、俺はこの国の人間じゃないんでね。」

「生意気な⋯⋯⋯⋯行け!」

 

3名ほどの海兵が一気に襲いかかる。

しかし、彼にとっては3人など朝飯前だった。

 

「フンっ!」

「うおっ!?」

「うげっ!」

「あがっ!」

 

1人の頭を掴むと、ソイツをもう2人目に向かって押し出し、ぶつかった瞬間に3人目を殴り飛ばして倒れた1人目と2人目を踏みつける。

 

「まだまだ若いな。戦場に出たことないのか。」

「う、動くな!動けば撃つぞ!」

 

先程まで偉そうに話していた曹長が、銃を抜いた。

 

「ふ、フフフフ!貴様はそれなりの心得はあるらしいが、銃の前には無力だ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯甘いな。」

「な、なんだと?」

「貴様の構えはまだまだ甘い。人を殺したことの無い構えだ。」

 

そう言うと彼は、曹長らしき人物に近づき、銃弾が当たる位置まで移動する。

 

「ほら、撃ってみろ。この位置なら確実に当たるはずだ。」

「な、なにを⋯⋯⋯⋯」

「いいから撃て。撃てと言っているんだ。」

 

歩を進める事に彼の覇気が上がっていく。

曹長らしき人物は、冷や汗を大量にかき、銃の先端は激しく揺れている。

 

「ったく⋯⋯⋯⋯これならどうだ。」

「ひぇっ!」

 

すると彼は、自分の額に銃口を突きつける。

もう彼と曹長らしき人物の距離は、ほんの20cm程しかない。

 

「どうした。撃て。」

「はぁ⋯⋯!はぁ⋯⋯!や、やめてくれ⋯⋯⋯⋯」

「貴様は本当の軍人では無いのか。さっさと撃て。」

 

自分を殺せと言っているはずの相手は、確実に生物としての格が違う、と理解した曹長らしき人物。

自分は、いつの間にか虎の尾を踏んだのだ。

 

「ひぃ、ひぃえぇ⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯もういい。」

 

しかし、彼はそう言い放ち、立ち去って行く。

全身の毛穴が緩み、毛髪が抜け落ちる。

銃を掴む気力は無く、曹長らしき人物はその場に崩れ落ちた。

 

「ば、化け物⋯⋯⋯⋯!」

 

立ち去って行く彼に放った、最後の一言だった。

 

「化け物か⋯⋯⋯⋯そうかもな。」

 

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯またお客か。今日は多いな。」

 

流石に仕事には戻れず、寮舎で昼食を摂っていると、玄関のチャイムが鳴る。

ふと、窓の外を確認してみれば、かなり多くの軍人が銃を持って待機していた。

 

ガチャリ「ご機嫌よう。調子はどうかね?」

 

扉を開けてみると、チョビ髭を生やしたスキンヘッドが4名ほどの部下を引き連れて立っていた。

 

「おっと、失礼。私は重桜海軍第43部隊隊長、飯島少佐である。貴君、聞いた話だと元軍人らしいが、階級は?」

「⋯⋯⋯⋯大日本帝国陸軍、斉斉哈爾部隊219部隊、第59連隊第1大隊第1中隊、擲弾筒部隊分隊長にして軍曹。名前は、ここに来た時に忘れた。」

「なるほど陸軍か。道理で我々の部下がやられる訳だ。陸上では、陸軍には敵わんからな。」

「それで、何の用だ。」

「うむ。率直に申し上げると、上の者がそなたを呼んでいる。一緒に来てはくれないか。」

「⋯⋯⋯⋯仕事を妨害されたのは棚に上げといてやる。ただし、行くなら拘束をしないことが条件だ。」

「それは無理な話だな。我々は、お前を拘束した状態で連れてこいと命じられている。」

「なら、拒否する。」

「それも無理だ。君に拒否権は無い。」

「⋯⋯⋯⋯だったら、強引にでも連れて行け。俺は抵抗する。」

 

すると、少佐の横にスタンバイしていた二等兵らしき人物が声を荒らげた。

 

「貴様!少佐どのの手を煩わせる気か!いいからさっさと⋯⋯⋯⋯」

 

二等兵が彼の腕を掴もうとすると、素早く腕を掴み返し、腕を拘束する。

 

「このやり取りさっきもやったろう。」

「な、何の話だ⋯⋯⋯⋯!グァァ⋯⋯⋯⋯ッ!」

「こ、このっ!動くな!」ジャキッ

「⋯⋯⋯⋯それを抜くなら、こっちにも策がある。」

 

瞬時に拘束を解除し、拳銃を向けた兵士に兵士を押し返す。

 

「わぶっ!」

「セイッ!」

 

兵士と兵士が衝突した瞬間に蹴りを入れ、寮舎の廊下の手すりにぶつける。

 

「き、貴様⋯⋯!」

「フンっ!」

 

もう2人も腰から拳銃を抜こうとするが、片方が裏拳で銃を弾かれる。

 

「グブッ!」

 

弾かれた方の兵士を左フックで壁にめり込ませる。

そして、もう1人を左の肘鉄で頭蓋を叩く。

 

「ガハッ!」

 

瞬時に4人を倒してしまった。

 

「いやー、素晴らしい。さすが、それ程の傷を負って生きているだけあるな。」

「⋯⋯⋯⋯俺の勝ちだ。お帰り願おう。」

「いや、君の負けだよ。」

 

すると、少佐の後ろに機関銃を持った武装兵が十数名、銃を構えて立っていた。

 

「残念だが投降してもらおう。」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」スッ

 

両手を挙げ、降伏の意志を示す。

 

「銃は安全装置を切っておけ。引き金には常に手をかけておくんだ。」

 

こうして、大変不本意ながら彼は、海軍の本部へ連行されることになった。

 

「それと、これは保険だ。」

 

そう言うと少佐は、懐からハンカチを取り出し、素早く彼の顔に押し付けた。

瞬間、彼の意識が遠のく。

 

「君には、眠ってもらうよ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯うぐ、ぐう⋯⋯⋯⋯」

「おっ、目覚めたか。早かったな軍曹。」

「ここは⋯⋯⋯⋯」

「ここは我が軍の管理施設だ。今、部下が指揮官殿を呼びに行っている。」

 

指揮官。

愛宕、高雄などが嫌っていた、噂の指揮官。

一体どんな人物だろうか。

 

ガチャリ「入られます!」

「中尉殿!お疲れ様です!」

 

入ってきた男は、体格は普通より痩せていて、顔の血色が悪く、偉く着飾った格好の青年だった。

正直に気持ちが悪い印象だった。

 

「お前が俺の周りを嗅ぎ回ってる野郎か⋯⋯⋯⋯何が目的だ?」

「目的も何も無い。俺はただ、助けられた恩を返しているだけだ。」

「ケッ。平和主義か⋯⋯⋯⋯気持ち悪い。おい、アレもってこい。」

 

そう言うと、指揮官らしき男は、部下から差し出されたトレーからメリケンサックを取る。

 

「これからお前を拷問にかけてやる。敵勢力のスパイかもしれんからなぁ⋯⋯⋯⋯ゲヘヘ⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯この臭い、やはり腐臭か。お前は、まさかとは思うが、奴隷を買ったのではないだろうな。」

「ヘッ、察しがいいな。俺の玩具としては足らなかったなぁ⋯⋯♪男なら痛ぶって殺す、女なら犯して殺す⋯⋯これほど気持ちいいことは無いんだよ!」

 

男の拳が彼の顔を撃ち抜く。

メリケンサックによってダメージが上がっており、1発で口の中が切れ、血が出る。

 

「ほらもう1発!」

 

3発、4発⋯⋯⋯⋯10発ほど殴ったあと、息を荒らげる。

 

「ハァハァ、どうした?恐怖で声も出ないか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯下衆め⋯⋯ゲボッ、ペッ⋯⋯⋯⋯」

 

口に溜まった血痰を男の足元に吐きかける。

 

「その下衆に殺される気分はどうだ?恐怖か?絶望か?」

「⋯⋯⋯⋯俺の死に方は、俺が決める。貴様の様な鈍重な拳では、100発殴っても死なん。」

「減らず口を⋯⋯⋯⋯おい!さっさと寄越せ!」

 

男は部下から奪い取るようにトレーに乗った鞭を握る。

 

「ヒヒヒ⋯⋯⋯⋯ヒャッハァ!」

「ッ!」

 

シパァン!

 

「ほらどうした!泣き叫べ!命乞いをしろ!」

 

 

 

 

その場を眺めていた一等兵の1人はこう語った。

 

「鞭という物は、誰にでも同じ痛みを与えると聞きました。赤子であろうと、屈強な戦士であろうと。それが、KAN-SENであろうと、感覚器官が働く者であれば、同様の痛みを味わう。ということは、あの人は精神力だけであの苦痛を耐えたんです。⋯⋯⋯⋯ええ。人間じゃありませんよ。体だけじゃなくて、頭からも血を流していたのに、あの人はじっと、あの中尉を見つめて動かなかった。」

 

 

 

「ハァ⋯⋯⋯⋯ハァ⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「クソッ⋯⋯⋯⋯面白くない!貴様、本当に人間か!?もしかして、本当に死んでいるんじゃないか?」

「生きている。やりたいならさっさとしろ。」

 

もう何十発打たれたか分からない。

彼は確かに全身に傷を受けていた。

前の古傷を覆い重ねるように出血している。

しかし、未だに視線を逸らさず、彼は男をじっと見つめている。

 

「クソッ、クソックソッ!なんで俺に気持ちよくさせんのだ!呻き声も、喚き声も上げず、泣き叫ぶこともしない!なんとつまらん玩具だ!」

「⋯⋯⋯⋯俺は、ゲホッ、お前の玩具じゃない。」

「うるさい!あぁ⋯⋯⋯⋯もういい!」

 

そう言うと、男は、腰から拳銃を抜いた。

 

「貴様への興味は失せた。とっとと消えろ。」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」ガチリ

 

額に銃口を突きつけられ、命のカウントエンドが近づく。

もう間もなく死ぬ、と、その場の全員が感じる。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯あぁおい!なんで命乞いしないんだ!」

「する必要があるのか。」

「抗えよ!抵抗しろよ!それを捻り潰すのが楽しいんだからよ!」

「俺はこんなところで死なない。お前のような暖かい屋根の下でしか生活したことのない者にはわからんだろうが、俺には分かっている。俺は、死なない。」

 

彼だけは、死なないと言い切った。

自らを信じ、決して死ぬことは無いと断言した。

それは、自らを信じれず、他者を貶めることしか考えない男には分からない事だった。

 

「あぁぁうっぜぇ!!とっとと死ね!」

 

遂に引き金を引く。

そう誰もが思ったその時。

 

「お痛はいけませんわ〜。」

「ナバッ!」

 

小型の艦載機が銃弾を防ぎ、彼の腕を括る縄を銃撃で撃ち抜き、男に衝突した。

 

「ひゃ、ひゃにを⋯⋯⋯⋯」

「ウフフ⋯⋯♡やはり私の見込んだ指揮官様⋯⋯⋯⋯」

「お、お前⋯⋯⋯⋯赤城!」

 

犯人は、重桜が誇る一航戦、赤城だった。

 

「な、なじぇお前が⋯⋯⋯⋯!それに、しぇきかんは俺だじょ!」

「あら?いたのですか。無能の用無し。」

「無能⋯⋯っ!?」

 

前歯を衝突の爆発で吹き飛ばされたせいで、サ行が上手く発せれない。

 

「もうあなたは必要ありませんわ。さっさと消えなさい。」

「ふ、ふじゃけるな!こんなことしゅて、どうなるか⋯⋯⋯!」

「これは私の慈悲ですよ。だって、早くしないと⋯⋯⋯⋯」

 

死んじゃいますわよ?

 

「⋯⋯⋯⋯ひょ?」

「ほら、早く逃げないと。見てみなさい。あれがあなたの怒らせた人よ。」

 

男が恐る恐る振り返ると、先程赤城が縄を撃ち落としたおかげで自由の身になった彼がいた。

 

「は、はひぇ⋯⋯⋯⋯」

「随分と⋯⋯⋯⋯痛ぶってくれたな⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

血を滴らせ、右目に血が垂れ、紅く染まっている。

 

「お、おおお前ら、こんなことして、ただじゃおかないじょ!親父に言いつけてひゃる!しょうだ赤城!お前もいいように使ってひゃる!親父に言いちゅければしょれが出来る!」

「はぁ⋯⋯⋯⋯本当に浅はかですのね。あなたの父上なら、今頃裁判で終身刑をかけられているはずですよ?ほら、これが礼状です。」

「ひゃあ?しょ、しょんな馬鹿にゃ!?」

「もう終わりなんですよ。あなたのような間抜けは。」

「なんだかわからんが⋯⋯⋯⋯もうこいつにやり返しても良いってことだな⋯⋯⋯⋯?」

「はい♡存分にやり返して下さい、指揮官様♡」

 

四肢はとうに傷だらけ、服は裂け腹の傷には幾つもの切り傷が走っている。

しかし、彼は今、確かに立ち上がっている。

それは、鬼の形相の不動明王のように、また、決して倒れない生きた屍のように。

 

「ゆ、許してくれ!にゃんでもしゅる!でゃ、でゃからたしゅけて⋯⋯⋯⋯!」

「⋯⋯⋯⋯戦場に、命乞いは存在しない。お前はせめて⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

来世からやり直せッ!

 

ボガァッ!

 

「アベェエッ!!」

 

渾身のアッパーカットが男に炸裂した。

一撃で男を2mほど先へ吹き飛ばし、男は壁に激突する。

 

「かはぁ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「素晴らしいですわ指揮官様♡」

「あぁ⋯⋯⋯⋯ううっ⋯⋯⋯⋯」

 

彼はフラフラと出口に歩き出すが、バランスを崩し、赤城にもたれかかってしまう。

 

「あ、あら?指揮官様?」

「す⋯⋯⋯⋯まん⋯⋯⋯⋯もう、意識が⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯ぐっすり眠ってくださいませ。赤城の胸の中で⋯⋯⋯⋯ウフフ♡」

「悪い⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯Zzzz⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 

 

 

 

「そうだった⋯⋯⋯⋯助けていただき、感謝する。赤城殿。」

「よいのですわ。指揮官様♡」

「⋯⋯⋯⋯その、近くないか。ほぼ初対面の男女がこのような距離で話すものではない⋯⋯と思うのだが。」

「あら、照れていらっしゃるのですか?フフ、カワイイお方⋯⋯⋯⋯」

 

初対面のはず、なのに。

ものすごい距離が近い。完全に距離感がバグってる。

赤城の着物は、胸部の前部分がさらけ出されており、豊満な乳房が目に入る。

というか、ここに来てから巨乳の女性にしか会っていない。

 

「そのくらいにしてください、姉様。」

「そうよ。そろそろ緊急会議なんだから。指揮官くんはもう少し休んでなさい。」

「むう⋯⋯⋯⋯せっかく指揮官様との時間を共有していたのに⋯⋯⋯⋯では、赤城行ってきますわね。指揮官様は、ゆっくりと傷を癒して下さいまし♡」

「いや、必要無い。」

 

3人が気づかない内に、指揮官は起立し、かけてあった軍服を着用していた。

 

「えっ、もしかして立てるの?」

「何か変か。次期指揮官たる者、会議に出席しないでは埒が明かないだろう。」

「い、いえ、指揮官様。問題無いのでしたら是非とも出席して頂きたいですが………」

「問題無い。この程度の切り傷、大したことはない。」

「いやいやいや!?指揮官くん、お腹の古傷を抉られていたのよ?内臓も出かかってたって聞いたし、普通立ち上がれるはず…………」

「…………昔から、体は頑丈だったから。」

 

3人は、彼を見つめて唖然としていた。

彼の状態は、軍部に知れ渡っており、出血多量や各部骨折など、通常は絶対安静というほどのものだった。

それを知っていたからこそ、3人は同じことを思った。

 

(((この人(?)本当に不死身なんじゃ?)))

 

「さて、行こう。」

 

移動しようとすると、赤城がサッと革靴を取り出す。

完全な新品であり、その履き心地はとても良かった。

コツコツと小気味良い音を立てる。

その背には風格があり、またどこか初々しさがある。

 

(この者が、これからの重桜の先導者……………)

(色々と心配なことは多いけれど……………)

(指揮官様なら問題ありませんわ♪だって…………私が惚れ込んだ指揮官様ですもの♡)

 

重桜に、新たな風が吹き込んだ瞬間であった。

 

 



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第5話

某リゾート島、会議室にて、重桜の重鎮たちが一同に集っていた。

今回の悪徳中尉・中将の連続解雇により、新たに配属された重桜軍艦隊の指揮官が来ると聞きつけ、緊急会議に参加した者も多い。

今回の騒動は、民衆にも海軍の一大事として知れ渡っているため、騒動の根幹を抑えなければならない。

指揮官とは、艦隊の総指揮だけでなく、表舞台で海軍のイメージとして働くことも必要なのだ。

 

ガチャ「指揮官殿、入られます!」

 

重鎮たちは見定めなければならなかった。

あの赤城が推薦するほどの人物とは、一体どんな人物なのか。

 

「失礼します。」

 

入ってきたのは、顔に大きな十字傷と頭にガーゼをまかれ、指の先まで結ばれ、全身を包帯で包まれた軍人だった。

KAN-SENを3人、しかも一航戦を連れている。

 

「君、名前は?」

 

重鎮の1人が問いた。

 

「はっ。自分は……………」

(頼むわよ、指揮官くん!)

(この赤城、信じていますわ。指揮官様…………)

 

経緯は、20分ほど前に遡る。

 

 

 

「偽名を使う?」

「はい。さすがに名前を名乗らないのは不味いので、偽名を作った方がよろしいかと。」

「偽名か…………」

「なんだか威厳のある名前がいいわよね。奇を衒って、龍って1文字でもいいんじゃない?」

「いや、それなら虎の方が強そうだろう。」

「鮫とかもいいんじゃない?」

「鷲、鷹もいいな……………」

「こら2人とも。指揮官様の意思が一番でしょう。指揮官様は、どんなのがいいですか?」

 

彼は顎に手を当てて考えている。

 

「指揮官様?どうかなさいました?」

「あぁ、すまん。少し考えていた。偽名………少し提案がある。」

 

3人が耳を傾ける。

 

「俺の記憶の中にある、友の名前をつけたい。」

「指揮官のご友人ね。個人的に気になるわ。」

 

すると彼は、端的に、しかし誇るように語った。

 

「奴は、誰よりも国を思っていた。頭脳派で、理詰めが得意だった。軍に入らず帝国大学に行き、本気で国防のことを考えていた。」

「その、ご友人のお名前は………?」

 

懐かしそうに上を向く。

思い出す友との思い出。

愛刀を渡し、また共に酒を飲む約束をした男。

その、友の名は。

 

「三島。三島由紀夫だ。」

 

彼は知らない。

その友人が、後の日本に大きな影響を与え、伝説の人物となることを。

 

 

 

 

 

「はっ。自分は、重桜総艦隊司令本部にて、本日より配属されました。三島由紀夫大佐、27歳であります。」

「三島………聞いたことの無い名だ。経歴は?」

「その事については私がお話致しますわ。」

 

赤城が前に立ち、説明を始める。

 

「三島大佐は、幼少期にユニオン領へ渡り、陸海空軍学校を最年少の19歳で卒業。語学力、指揮判断力ともに申し分なく、今回の緊急事態に乗じて私がスカウトいたしましたわ。」

「赤城君が?君たちはどういう関係なのかね。」

「先日の艦隊演習の際に知り合いまして、個人的に次期指揮官候補として考えていたのですわ。今回の緊急事態に乗じ、ダメ元で打診したところ、快く引き受けて下さいましたわ。」

「なるほど……………赤城君のスカウトなら、安心かもな。」

 

大方の出席者は納得している様子だ。

見た目からも経歴からもそれは滲み出ていた。

 

「少しいいか。」

 

スっと手を挙げたのは、一番奥に座る老兵だった。

 

「伊方長官様、どうなさいました?」

 

彼は伊方吾郎長官。

重桜政府海軍省KAN-SEN部門の最高責任者だ。

彼の言葉、一つ一つにかなりの年季と貫禄、そして重要な意味が詰まっている。

 

「三島大佐。貴君の経歴はよくわかった。しかし、その傷はなんだ。君のその顔立ちでは、まるで戦場を走り抜けた戦士のようではないか。それに、ユニオンの陸海空軍学校と言ったな。であれば、なぜ我が重桜に帰ってきたのだね?」

 

赤城の説明から穴を抜く適格な質問。

 

「それは…………」

「よい、赤城殿。俺の方からお話する。」

 

赤城が代弁しようとしたのを抑え、彼は語った。

 

「19で卒業した後、私はユニオン陸軍に入り、アフガンの紛争地域へと派遣されました。この傷はその時のものです。」

「おいおい、ちょっと待ちたまえ。君は海軍ではなかったのかね?」

「海軍部でも成績は納めましたが、私は陸軍に興味があったので陸軍に志願しました。そして、アフガンの紛争地域に向かい、24の時に命からがら生き延び、我が祖国に帰国しました。」

「では、なぜ重桜に帰国したのかね。」

「アフガンで見た戦場を、祖国には起こさせない。そして、セイレーンによる侵攻から我が国を救うためであります。」

「……………なるほどな。いや、すまない。若いようなので、少し気になってな。戻してくれ。」

「他に、何かある方はいらっしゃいますか?」

 

周囲を見渡すが、粗方納得している様子だ。

 

「それでは、審議を執り行いますわ。三島大佐に我が艦隊の指揮権を譲ることに賛成の方は、挙手を。」

 

 

 

 

 

「ふう…………緊張したな。」

「お疲れ様ですわ。指揮官様♡」

「ハッタリが上手くいってよかったわ。それにしても、伊方長官の質問まで予測していたなんて、さすがね赤城。」

「姉様であれば当然だ。…………姉様?」

「え、えぇもちろん!我が計略に曇り無しよ!」

 

なんだかよそよそしくなる赤城。

 

「さ、さあ指揮官様!指揮官様は一応安静の身ですから、温泉にでもお入りくださいませ。今日は着任の宴ですわ。」

「わかった。風呂に入った後、夕食会場に向かう。」

 

指揮官は全くもって気づかなかったが、赤城の対応には理由があった。

 

(言えない………実は指揮官様のアドリブだったなんて、加賀(あの子)には言えない…………)

 

そう。

指揮官のあの台詞は、アドリブである。

作戦自体は赤城から聞かされていたものの、あの瞬間の伊方長官の質問は盲点だった。

しかし、彼は赤城から事前に提示されていた情報のみであそこまでのハッタリをかましたのだ。

それ即ちどういうことか。

 

「なんと頭の切れるお方……………」

 

戦場では、一瞬の判断により生命が左右される。

今、目の前にある物のみで状況を打破しなければならない。

そんなものは今まで数え切れないほど体験してきた。

彼はただ、それを頭の中で組み換え、応用しただけである。

 

「あぁ♡ますます惚れ込んでしまいますわぁ………♡」

 

一人だけの部屋で腰をくねらせ、顔を火照らせる。

ふと、視界の端に目をやると。

 

「あら?これは……………」

 

そこにあったのは、先程まで彼が着ていた病人服。

包帯から染み出た血液が服に付着し、まだ着ていた時の温かみがある。

赤城は周囲を確認し、そっと手に取る。

 

「すう………はぁ………………」

 

鼻を突っ込み、大きく吸い込む。

その顔は至福に包まれていた。

 

「やっぱり指揮官様の香り……♡これだけで果ててしまいそう………♡んんっ♡」

 

体をくねらせ、尻尾がビンッと伸びる。

その姿は、有り体に言えば変態だった。

 

「やはり、私の運命の人♡私と指揮官様は、結ばれる運命なのよ!」

 

目にはハートマークを浮かべ、吐息が荒くなる。

 

「そうじゃない運命なんて……………ウフフ………♡」

 

 

 

 

 

このリゾート島内は粗方探索した彼、指揮官だったが、温泉に入ったことは無かった。

 

「ふう…………骨身にしみるな…………」

 

驚くことに、傷口のほとんどは塞がり、カサブタになっている。

通常なら肌の痛みで声も出せないはずだが、彼にとってはよくあることだった。

 

「そろそろ上がるか…………」

 

湯船から立ち上がり、脱衣所へ向かう。

すると、ヒタヒタと足音が近づいてくる。

 

「一番乗りなのだ〜!ひあっ!?な、ななななにしてるのだ!?」

 

音の正体な、なんとKAN-SENだった。

指揮官も彼女もすぐさまタオルで秘部を隠し、背中を向ける。

 

「す、すまない。風呂に男湯だと貼ってあったと思ったのだが…………」

「そんな訳ないのだ!もう既に入れ替わってるのだ!」

「すまない。すぐに出ていく。背中を向けているから、湯船に向かってくれ。」

「ひうう…………」

 

彼女の名は雪風。

駆逐艦として輝かしい成績を誇り、彼のいた大日本帝国でも庶民に人気のある駆逐艦だった。

こちらでは、銀髪にケモ耳の生えた元気っ子のようだ。

 

(よし、後は脱衣所に向かうだけ…………)

 

腰にタオルを巻き、出入口に向かう。

残り数メートル。そんな時だった。

 

「雪風?大きな声を出して、どうしたのです?」

「あっ。」

 

いいタイミングで入ってきたKAN-SENがいた。

彼女は綾波。

鬼神の異名で名を馳せ、第三次ソロモン海戦で散った駆逐艦だ。

こちらは、頭に銀と赤の機械耳が生え、表情の起伏が少ない少女になっているようだ。

 

「だ、誰です!覗きですか!?」

 

すぐ様艤装を展開し、身長に見合わない大太刀を彼に向ける。

対する指揮官はというと、目を瞑ったまま前に手を突き出す。

 

「待て。一旦落ち着け。」

「問答無用です。」

「ちょ、ちょっと待つのだ綾波!この人、長風呂していただけなのだ!」

「雪風…………本当なのです?」

「あぁ。こちらの失態だ。まさか入れ替わっているとは思わなんだ。」

「……………わかりました。」

 

艤装を解除し、道を開ける。

 

「早く出てください。かなり絵面がアウトなのです。」

「すまない。ご理解感謝する。目を開けてもいいか。」

「大丈夫です。」

 

目を開け、すぐに出ていく。

 

「な、何だったのだ一体……………」

「あの人…………凄い傷だらけだったのです。」

「え、あ、確かに……………悪い人じゃなさそうだったのだな……………」

 

 

 

 

 

「…………早く着替えなければ。」

 

腰に巻いたタオルを絞り、いそいそと全身を拭いていく。

下着を履こうとしたその時。

 

「おっふろ〜♪おっふろ〜♪あっ…………」

「あっ。」

「山城?どうしたの?…………あら。」

 

音速で下着を履く。

 

「いや、これは……………」

「いやぁぁぁぁ!覗き魔ですぅぅぅ!」

「山城には指一本触れさせません!」

「お、落ち着け。これには訳が…………」

「聞いていられますか!さっさと服を着てください!」

 

 

 

 

 

 

「……………本当に申し訳ない。」

「お、お顔を上げてください!私達も早とちりしちゃいましたから…………」

「女性にここまで恥を晒した。俺には謝ることしかできない。」

 

女風呂を出てすぐのリクライニングルームにて、きちんと身なりを整えた指揮官が山城と扶桑に土下座をする。

 

「男風呂と女風呂が入れ替わるのを知っておかなかった。俺の配慮が足らなかった…………本当に申し訳ない。」

「……………顔を上げてください。もういいですから。ほら山城、行きますよ。」

「っ、せめて何か詫びの品の1つでも…………」

「必要ありません。早々に立ち去りなさい。不愉快ですから。」

「あわわ…………姉さん…………」

 

ゴミを見るような目で指揮官を睨み、女風呂に入って行く扶桑と、あわあわとしながらも姉について行く山城。

扉が閉まる音がすると、指揮官も顔を上げ、浮かない顔を浮かべる。

 

「はぁ……………」

 

彼には女心がわからぬ。

生まれ落ちて27年、まともに異性との交際を経験したことも無く、ただ鍛錬に勤しんだ青春時代。

顔は悪くない、むしろ良い方だと言われるが、女の気持ちがわからないと平手打ちを食らったこともある。

 

「どの世も変わらないな……………」

 

同期の者たちは皆、夜の街へ遊びに出かけたり、異性との文通を楽しんだりしていたが、彼には何が楽しいかわからなかった。

 

「…………会場へ行くか。」

 

ずるずると引きずってもどうにもならない、と立ち上がり、赤城に言った通りに会場へ向かう。

 

 

 

 

「重桜艦隊諸君よ!今宵は、新たな指揮官をお出迎えする宴である!新たな重桜艦隊総指揮官の言葉に耳を傾けよ!」

 

加賀の掛け声とともに、会場に集っていたKAN-SENや各界の重要人物が目を向ける。

 

「ご紹介に預かった、三島大佐だ。この度、重桜艦隊の総指揮監督という名誉ある立場に立たせていただいたことを、心よりの誉れとする。今宵は、心ゆくまで楽しんでくれ!我らが重桜に、乾杯!」

 

乾杯の掛け声と共に宴が始まった。

駆逐艦たちはジュースやお菓子を食べ、大人たちは酒と食事に舌をうならせた。

指揮官も、いつもの堅物顔を維持したまま酒を楽しんでいた。

 

「あら、随分と楽しそうね。指揮官くん。」

「愛宕殿。まあ、酒が入れば幾分かな。」

「もう〜。その、○○殿ってつけるの、他人行儀だからやめた方がいいわよ?艦隊は、大きな家族のようなものだからね。」

「家族………わかった。愛宕ど………愛宕。」

「そうそう♪そうしている方が可愛いわ。指揮官くん。」

「………くん、は、外してくれんのか。」

「まだダメ〜♡フフッ、お姉さんもちょっと酔っちゃったかな?」

「酔っているのなら高尾に介抱してもらえ。」

「やぁ〜ん、指揮官くんのいけず♡」

 

すると、ズズズズとドス黒いオーラが近づいてくる。

 

「指揮官様〜♡赤城がおつぎに参りましたわ〜♡」

「あら。流石に離れた方がよさそうね。またね〜指揮官くん。」

「おジャマ虫が……………ささ、指揮官様♡一杯どうぞ♪」

「ありがとう。」

 

おちょこを傾け、クイッと飲み干す。

 

「美味い………やはり、日本酒はいいな。」

「重桜でも有数の名酒ですわ。ほら、もう一杯…………」

クイッ「………美味い。そして、料理にも合う。」

「ウフフ♡楽しんで頂いて何よりですわ♪」

 

するとそこに、一人のKAN-SENがやってくる。

 

「失礼するわ指揮官!」

「ご挨拶よろしいでしょうか〜?」

 

栗茶髪と銀髪のKAN-SEN。

 

「君たちは……………」

「重桜空母、五航戦の瑞鶴よ。あなたが指揮官ね?これからよろしく!」

「同じく五航戦の翔鶴です。これからよろしくお願いしますね♪」

「ハッ、随分と偉くなったわねぇ翔鶴。前の貴方なら、挨拶なんて絶対に来なかったのに。」

「あら?いたんですか先輩。指揮官様に小判鮫みたいにくっついて、一航戦の先輩らしくもないですね?」

 

バチバチと火花を散らす2人。

仲はあまり良くないらしい。

 

「ちょっと翔鶴姉、止めてよ指揮官の前で。」

「あ、あらごめんなさい。指揮官様の眼前で見苦しいものをお見せして…………」

「赤城、お前もだ。同じ重桜KAN-SEN同士、仲良くするんだ。」

「すみません…………」

 

シュンとする2人の空母。

赤城は尻尾と耳が垂れ下がっている。

 

「翔鶴に、瑞鶴か。覚えた。これからよろしく頼む。」

「はい♪よろしくお願いします。」

「よろしくね指揮官!じゃあこれは、挨拶の一杯ってことで!」

 

瑞鶴がスっとおちょこを差し出し、指揮官も赤城におかわりをついでもらう。

カチンッと小気味良い音をたてる。

 

「翔鶴に、瑞鶴か……………」

「あの2人が気になるのですか?」

「ん?あぁいや、実は前にちょっとな。」

「前に?詳しくお聞きしたいですわね…………?」

 

赤城の目からハイライトが消えていく。

 

「前の所で、空母翔鶴には一度乗ったことがあるんだ。」

「前の………あぁなるほど。」

「五航戦とはいえ、素晴らしく大きかった。赤城は沖に浮かんでるのを見たことしかなかったが、それでもあれは、我が国を背負って立つ程に大きな空母だった。」

 

懐かしそうに話す。

すると、赤城はむっとした表情になる。

 

「なんだか、前の世界の私を褒められるのは嫌ですわ!赤城は目の前にいるのに…………」

「ハハ、すまんすまん。やれ、酒が入ると饒舌になるな。…………美味い。やはり日本酒だ。」

 

ふと、赤城が指揮官の顔を見ると、なんと彼は笑っていた。

いつもの堅物顔、真顔からは想像できない笑顔だ。

口元が緩み、口角が少し上がって、常に微笑んでいる。

 

「指揮官様……………」

 

バッと顔を伏せる赤城。

いつもなら抱きつくか抱きしめるかした所を、思わず顔を伏せてしまった。

 

(やだ………指揮官様イケメンすぎ!?どうしましょう、火照りで顔どころか全身が燃え尽きそう………♡)

「赤城、大丈夫か?」

「ひゃ、ひゃい!ももも問題ありませんわ!」

 

赤城の顔は、激しく燃え(萌え)上がっていた。

 

(いけない、直視できない………!)

「あ、赤城、加賀のところへ行ってまいりますわ!」

 

ビューっと指揮官の元を離れていった。

 

「あ、おい…………酔ったんだろうか。」

「そういうことでは、無いと思いますよ。」

「その声は…………」

 

振り返ると、赤城と同じような尻尾、しかし赤城のような濃い茶色ではなく栗茶色、そして見覚えのある源氏眉をしたKAN-SEN。

 

「お久しぶりですね。用務員………いえ、指揮官様。」

「天城殿。お久しぶりです。」

「どの付けはお止め下さい。私はもう、指揮官様の部下。それに、指揮官様からの指揮権が下がりますわ。これからは、何卒よろしくお願い申し上げますことを…………」

「いえいえ、そんな…………ありがとう、天城。心から感謝する。あなたのおかげで俺は今、ここにいる。」

「指揮官様の実力と天運ですわ。私は、ただ手助けをしたのみ。しかしここからは、指揮官様の手腕を奮っていただきます。」

「ああ。ここまでやらせてもらったんだ。出来ることはする。」

「フフ♪それこそ私の見込んだ指揮官様ですわ。」

 

すると、またもや別のKAN-SENが近づいてくる。

 

「昼ぶりだな、(そなた)よ。」

「信濃ど………信濃。」

「やはり妾の見立ては間違っていなかったな…………」

 

そういうと信濃は、手に持っていた盃を差し出す。

 

「誓いの盃だ…………ほら。」

「では、私も混ぜていただきましょう。」

 

赤く掌ほどの盃。そこに酒を酌む。

3人で輪を組み、酒を明かりに揺らす。

 

「これからの重桜を、頼みますよ。指揮官様。」

「あぁ。任せてくれ。俺に出来ることなら何でもする。」

「では……………指揮官様に、乾杯。」

 

カツンと漆器がぶつかる音がする。

 

「天城、いい飲みっぷりだな。」

「いやですわ、はしたないところを………さ、指揮官様も、どうぞ。」

「ん…………む、この熱燗はかなりいいな。ガツンと強い味がする。」

「喜んでいただいて何よりですわ。」

「赤城と似たようなことを言うな。2人は姉妹か何かか?」

「そうですね………そのようなものと思ってください。でも、口調は赤城が真似っ子ですわ。」

 

2人で楽しく笑い、楽しく酒を飲んだ。

ふと、信濃の様子が気になり、隣を見てみると。

 

ゴクッゴクッ「……………けぷ。」

「ん、あの酒は……………何だ?」

「あれは、ビールです。ユニオンの酒で酒精が低いですが美味しいですよ。にしても飲み過ぎですね…………」

 

信濃の顔は赤く染まり、ゆらゆらと気持ちよさそうに揺れている。

そう、完全に酔っているのだ。

 

「そなたぁ〜……飲んでおらんのかぁ?」

「おい、しなブッ。」

 

思いっきり胸に顔を押し込まれる。

思わず身動きが取れなくなる。

 

「そなた……よしよし………かわいい子や…………」

「お、おい信濃………!は、離ッ………」

「愛しのそなたよ………もう離さないぞ………」

 

チラリと傍を見ても、先程の盃、そしてジョッキにビールが一杯だけだった。

信濃は下戸だったのである。

 

「の、飲みすぎだ。しっかり………しろ!」

「あぁぁ………」

 

なんとか信濃の抱擁を引き剥がす。

 

「フフ、災難でしたね。指揮官様。」

「そう思うなら、少しは助けてくれ………………」

「宴はまだまだこれからですわ。ほら、私達も楽しみましょう?」

「………………そうだな。」

 

どの世界でも、どの時代でも。

同士で囲んで飲む酒は美味いと感じる。

彼もまた、新たな居場所に根を落としたのだった。

 

宴の夜は更けていく………………

 

 

 



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第6話

 

彼が指揮官として就任してから数ヶ月が経った。

もう殆どのKAN-SENの名前は覚えており、だんだんと信頼も得てきた頃、彼の所にこんな話が飛んでくる。

 

「港に幽霊が出る?」

「ええ。ここのところ、白い人魂を見たとか長い髪の女性が歩いてたと艦隊で噂になってるのよ。駆逐艦の子たちが怖がってパトロールに行けないし………………」

「幽霊、か。通りで最近のパトロール報告は大型艦が増えたのか。」

「機動力の問題もあるし、軽巡洋艦以上の艦は出せないわ。どうしましょうか。」

「そうだな…………愛宕、行ってみるか。」

「私はちょっと忙しいわ。夜は空いてないかも。」

「赤城辺りは?」

「あの辺も同じような感じね。主力艦隊は期待しないで欲しいわ。」

「……………わかった。俺が行こう。」

「指揮官くん、大丈夫?幽霊怖くない?」

「大丈夫だ。念の為、空いている艦を連れていく。」

 

愛宕の甘かやかしをものともせず予定を取り付けた。

 

「わかったわ。適当に声かけとくわね。」

「助かる。」

 

 

 

 

 

「それで集まった面子が、これか。」

「これとはなんだ。これとは。あてらじゃ不満か?」

「いや、鬼怒は大丈夫だろうが、他は……………」

「島風は全くもって問題ありませんよ指揮官殿!幽霊ごときには負けませんとも!」

「安心するのだ指揮官!雪風様が幽霊だろうとなんだろうとぶっ飛ばしてやるのだ!」

「そうか……………綾波は?どうしてこの任務に?」

「雪風のセーブ役、です。幽霊はそこまで怖くないです。」

「…………なら、大丈夫か。今回はただのパトロールに俺が同行するだけだからな。」

 

ロリ色が強い面子でパトロールを始める。

夜の港は、煌々と輝く本部から少し離れた場所にある。

遠くに灯りは見えるが、実際足元を照らすのは懐中電灯と街路灯のみである。

夜型作戦時のサーチライト等はあるが、パトロールの度に使っていては電気代も馬鹿にならない。

 

「目撃情報は…………第三倉庫付近か。」

「この辺りだな。指揮官、用心してくれ。」

「うぅ…………暗闇怖いのだ………………」

「だから無理するなと……………みんな念の為、安全装置を解除していてくれ。」

 

指揮官の言葉と共に、いつでも抜刀できるよう、刀を構える艦船たち。

 

「指揮官。構える必要はあるのです?」

「元いたところでも似たようなことがあってな。幽霊が出ると騒がれていたところを調査したら、幽霊の正体が敵軍のスパイだったということがある。今回はそういった意味もふまえてのパトロールだ。」

「なるほどですね!ご安心ください指揮官殿!島風はテロリストだろうと倒してみせますとも!」

「シッ、静かに……………」

 

全員が警戒体制を取り、指揮官も銃のホルスターに手をかける。

 

「………………島風、何か聞こえるか。」

「……………足音がします。数は……………2人です。」

「わかった…………綾波、雪風は第四倉庫へ向かえ。異常があれば対応してよし。島風は外に出て周囲の警戒を頼む。鬼怒は俺とこのまま先行する。総員、何かあれば連絡を入れろ。有事の際の戦闘は……………各々の判断に任せる。」

「了解です。」

「任せるのだ!」

「行ってまいります!」

「……………よし、行くぞ。鬼怒。」

「了解だ指揮官。」

 

そろりそろりと忍足で隠れながら進むと、コソコソと話し声が聞こえる。

 

「なあ、大丈夫だよなコレ………………」

「大丈夫だって。リーダーを信じろよ。このまま行けば、いずれ重桜は俺らのものなんだから。」

「だからって、アズールレーンに情報を流すなんて…………いくらなんでも不味いんじゃないか?」

「お前も覚悟は決めてきた筈だろうが!これも重桜のためだ。アズールレーンと戦争したって、勝てやしないんだからさ。」

 

大方指揮官の予想通りだった。

重桜政府へのクーデター、および敵への情報漏洩だろう。

 

「彼奴らめ……………生かしておけぬ!」

「落ち着け鬼怒。もう少し情報が欲しい。」

「奴らは売国奴だぞ!?ここで斬らずしていつ斬るんだ!」

「落ち着けと言っている。まだ、まだだ………………」

 

指揮官が鬼怒を抑えつけていると、周囲を警戒していた島風から通信が入る。

 

『新たに2名、倉庫に入っていきます!巫女のような格好で、お面を被ってます。』

「巫女だと?まさか、内部に巫女の裏切り者がいるのか。」

 

巫女は神事に尽くす重桜の象徴のような存在である。

そんな巫女に裏切りがあれば、重桜どころか神子の尊厳に関わる。

 

「不味いな…………鬼怒。これから突撃する。俺は巫女の確保、お前は裏切り者の拘束だ。」

「了解!」

 

すると、裏切り者2人と巫女装束の2人が会話を始める。

 

「ハハッ、驚いたぜ。情報の交換相手が巫女とはな。ロイヤルもそこまで手を回すかね?」

「私語は必要ありません。例のブツを。」

「はいはい。これだろ?」

「……………はい、確かに。では、私たちはこれで。」

「そうだ、最近警備の連中もここを通るからな。気をつけろよ。」

「問題ありません。」

 

端的な会話。彼らは警戒していなかった。

誰も通るはずがなく、今日の警備シフトは空いていたから。

しかし、想定外の事態が起きる。

 

「な、うぐっ…………」

「おい、おまっ…………………」

 

兵士2人が峰打ちを受け気絶する。

 

「っ、何をして………………!?」

「動くな。そこの巫女。」

「裏切り者ども!覚悟しろ!」

 

背後からの殺気を感じ、振り返ると、紫髪の巫女が拳銃を向けられ、動けなくなる。

 

「はわわわ…………!」

「降伏しろ。少しでも怪しい素振りを見せれば引き金を引く。」

「……………してやられましたか。」

「兵士2人は気絶させた。後はそいつらだけだ!」

「よくやった。さて…………お縄に着いてもらおう。」

「……………………」

 

ジリジリと距離を取ろうとする。

重苦しい沈黙を破ったのはーーーーーー

 

「今です!」

「ッ!」バァンッ!ヒュンッ

 

迷いなく発砲した指揮官だったが、弾は空を切ってしまう。

 

「しまっ……………」

「えーい!」ドーン!

「がぁっ!?」

「指揮官!おのれぇぇ!」

「フッ!」

 

巫女2人は艤装を展開し、銃を向ける。

巫女の姿は解け、メイド服のKAN-SENとなる。

 

「KAN-SEN………!?」

「どど、どうしましょうシェフィ……………」

「こうなってしまった以上、逃げるしかありません!」

「行かせるものか!」

「う………がぁ……………」

 

吹き飛ばされた先から、立ち上がってきたのは指揮官だ。

 

「指揮官!無事か!?」

「ぬかった…………次は、外さん………………」

「う、嘘!?私、結構強めに突き飛ばしましたよ!」

「本当に人間か………?いや、そんなことはどうでもいい!」

 

銃を乱射する金髪の少女。

 

「ぐっ!」ギィン!ギィン!

 

全体的に発砲し、その隙に逃走する作戦らしい。

 

「ど、どいてくださいぃ!」

 

青紫の髪色に眼鏡をかけた少女と対峙する指揮官。

通常であれば、KAN-SENの力の前に人は無力だ。

さらに言えば、彼女はロイヤルメイド隊。多少は武道の心得もある。

通常、勝てる算段はない。

そう、通常なら。

 

「フッ!」

「うぎゃ!」

 

向かってきた彼女の内に入り、腕を支えてバランスを崩す。

合気道の基本技の一つ、隈落としだ。

 

「う、嘘ぉ!?動かない〜!?」

「1人確保した!」

「このっ……………!」

「やめておけ。彼女の腕が折れるぞ。」

「本気で言ってます………?」

「どれだけ強靭といえど、体の構造は人だ。ただ力があるだけでは押し返せない。へし折ることも可能だ。」

「あなたが折るより先に弾丸が当たります!」

「その弾丸より速く斬られたことはあるか?」ギラッ

「くっ…………」

 

手を断たれ、銃を捨てる。

 

「指揮官殿!ご無事ですか!」

「島風、拘束頼む。」

「了解です!動くな無礼者!」

「こやつらの身柄は、重桜が確保する。綾波は本隊に連絡して増援を呼べ。周辺海域に緊急体制を敷き、領海内の監視を徹底させろ。雪風は警備隊に連絡。反逆者を捕えろ。俺はこのまま本部に指示を送る。島風、鬼怒の2人は気を抜くな。いつでも首を刎ねる用意をしておけ。」

「了解!」

「本隊、KAN-SENへの緊急出動です。周辺海域への緊急体制を敷き、領海内の監視を徹底してください。」

「警備隊なのだ!?悪い奴らなのだ!早く来いなのだ!」

 

こうして、ただの噂調査がとんでもないことになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「反逆者2名は拘置所にて軍事裁判に拘置中、捕虜は尋問室にて待機しています。警備には実力派の高雄と龍驤がついているので、脱走の心配はないかと。」

「了解した。捕虜の尋問に関しては、肉体的な苦痛は与えるな。言葉で吐き出せるところまで出させろ。」

「お言葉ですが、それでは効果が薄いと思われますわ。あの巫山戯た格好、2人ともロイヤルメイド隊だと思われます。女王直属の部隊で、かなりの戦闘力を持っていると聞き及んでおります。そう簡単に口は割らないかと。」

「それが奴らに傷をつける理由にはならん。それをすれば、仲間意識の強いロイヤルは反抗意識を燃やすだろう。そうなれば、戦争も考えられる。それだけは避けなければならない。」

「避ける…………?指揮官様は、戦争を避けようと仰るのですか?」

 

足を止め、赤城に向かって振り返る。

 

「赤城。我々の意義はなんだ。我々重桜海軍の命は、この国を、国民を守ることにあるのだ。それはKAN-SENとて同じ…………人類の栄光のために創られたお前たちが、人類同士で争っていては話にならん。以降は、軽はずみに戦争などと口にするな。」

「っ……………失礼致しました。ご無礼をお許しください。」

「………………だが、もしも奴らが攻撃をしてきて、国民に被害が出るようならば……………戦争も厭わない。それも覚えておいてくれ。」

「はっ。この赤城、指揮官様の言葉を胸に刻み込みましたわ。」

 

戦争を軽はずみとして使わない上で、戦争も厭わないという発言。

彼は、戦争をするなら本気でやる、という意味を込めたのだろう。

尋問室に入っていく彼を見ながら、赤城は彼の言葉を繰り返した。

 

「防弾性の自動扉…………ここまでするのがKAN-SENか。」

「指揮官殿。ICカードを。」

「うむ。」シュッ ピピッ

 

扉が開き、中に入ると、メイド服の2人が椅子に座って紅茶を啜っていた。

 

「…………ティータイム中なのですが。」

「あら、あなた達にそのような自由があると思って?」

「指揮官殿の御前である。頭が高いぞ!」

「シェフィ、ほら。流石に片付けるわよ。」

「………………………」

 

茶器をしまい、備え付けの椅子に座る。

 

「先ずは、自己紹介から行こう。重桜海軍大元帥直属KAN-SEN部隊総指揮官、三島だ。俺の言葉は、この場での総意と思ってもらって構わない。そちらは?」

「…………タウン級軽巡洋艦、シェフィールド。」

「エディンバラ級のネームシップ、軽巡洋艦エディンバラです。」

「貴公らの行った活動は、我が国の機密を漏洩する行いとなり、通常であれば我が国の法によって裁かれる。しかし、我らが大元帥は国際的な平和を望んでいる。従って、貴公らには我々の求める情報を開示することを期待している。」

「必要無い、と言っておきましょう。私たちが情報を流すことは無く、あなた方はなすすべなく我がロイヤルの鉄槌の前に退かれます。」

「ッ!貴様先程から無礼だぞ!分をわきまえろ!」

「……………どうやら、本当に貴公らの口を割るのは難しそうだ。では、指揮官長としての判断を下そう。貴公らは………………」

 

 

 

 

 

 

所は変わってロイヤル艦隊の女王の間。

 

「女王!大変です!潜入調査中だったシェフィールドとエディンバラが捕虜として身柄を拘束されました!」

「ええ、聞いているわウォースパイト。丁度今、重桜の艦隊指揮官から連絡が入った所よ。それもご丁寧に手紙でね。」

「そうでありましたか。奴らは何と?」

「ベル。読み上げて頂戴。」

「はい。…………この度は、そちらに文を送らせて貰うことを、許していただきたく存じます。そちらが………………」

 

『そちらが送り込んだ密偵につきましては、我々重桜艦隊の迎賓として取り扱わせて頂いております。

 さて、これらの件につきましては、我らの一存で決めるにはあまりにも事が大きすぎるかと思われます。これは我が国への外交的問題であり………………』

「長いわ。要約して。」

「要は、『これからの事について話し合おう。席はこちらに用意する』ということです。それも、陛下自らが出向け、と。」

「不届な!陛下。奴らの挑発に乗る必要はありません!このウォースパイトが出向いて………………」

「いえ、今回は私自ら向かうとするわ。シェフィールドとエディンバラは私にとって……………いえ、このロイヤル艦隊にとって重要なKAN-SENだもの。」

「ぐっ……………陛下の仰せのままに。」

 

かくして開かれる重桜とロイヤルの特別会談。

不死身の指揮官とロイヤルの女王は、はたして何を語らうのか。

 

「覚悟しておくことね…………重桜。」

 

 



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