掃き溜めの鶴、一声は出ない模様 (胡椒こしょこしょ)
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鶴の恩返し

「ぜぇ....ぜぇ.....。」

 

息を切らしながら階段を上る。

なんで俺がこんなこと....。

そう思いながらも、ひたすらに階段を上って行って遂に屋上に続く鉄の扉が見えた。

 

扉を開く。

すると、その先には一人の少女が立っている。

古くからの軽装の露出過多のくノ一装束に申し訳程度に装甲付けてやがる。

...ま、忍びやってたら見慣れた衣装ではあるのでなんとも思いやしないのだが。

 

「ん....?遅かったわね。」

 

少女はツインテールを振りながら振り返ると、お気楽な様子でさらっと言ってのける。

お前....俺がどれだけ苦労したと思って.....。

しかもこれ、余計な手間だし....!!

 

「はぁ...ぜぇ...はぁ....、おまっ...はぁ....君が仕掛けて来いって言ったもん仕掛けてきたんだろうが!もっとこう...お疲れ様とか...あるでしょ!」

 

「そうね、お疲れ様。」

 

今言われても嬉しくない...。

しかも心から言ったというよりは、俺に言われたから言ったという側面が強いのだろう。

俺から視線を外すと、左手の義手を建物に翳す。

 

「礼として光牙流機構忍術の真髄を見せてあげるわ。感涙に咽ぶことを許可してあげる!」

 

「礼....?礼ってなんだっけ....?」

 

礼って人の言葉を流した挙句に自分のしたいことを見せつけることだっけ?

知らなかったなぁ.....辞書でもう一回調べてみよ。

 

うんざりしながらも、ちょいちょいと手招きする彼女の横にトボトボと歩み寄る。

眼前に見えるのはタワー状の構造をしている高層ビル。

7階では紅蓮党とかいういい歳こいてチンピラまがいなことしている連中とマレビトが取引を行う為のパーティを行っている。

当然、警備もさることながら会場近くの階層自体に結界が張られていた。

 

...まぁ、だからこそ疲れてもこの女の提案自体は飲んでいるわけだが。

 

「光牙流機構忍術....<大喝災>!!準備..よーし!発破ぁぁ!!!」

 

彼女は印を結ぶと嬉々露わに叫び、そのまま左手の義手で指を鳴らす。

その瞬間、眩い閃光と共に鼓膜を破らんばかりの轟音。

そして下の階層からどんどん窓を突き破って砂煙が上がる。

そしてみるみる内に下の階層から倒壊していった。

 

それはあたかもジェンガを一番下の階から引き抜いたかのよう。

そして10分も立たないうちに目の前にあった高層ビルは消えて、その地点にはうず高く積もった瓦礫の山と立ち込める砂煙のみになっていた。

 

「こりゃ...絵面的にこっちがテロリストみたいだな....。まぁ、確かに建造物自体を攻撃すれば結界を貼られても関係ない。君...案外考えて....。」

 

ただ、彼女が結界の事を聞いたうえでその判断を為したのであればそれは称えられるべき英断だ。

ちゃんと認めるべき功績は認める。

それこそがチームとして問題なくやっていく為に必要な事だろう。

そう思って言葉を述べながら、彼女の方へと視線を向ける。

そして、言葉に詰まった。

 

「あぁぁぁぁ~~~....すっごい気持ちいいぃ~....はぁ...はぁ....炸裂する爆薬に崩れる建物、断末魔を上げることすらなく埋もれる命...お”っ”っ”!!ちょっ...ちょっとイクッ....❤」

 

「えぇ......。」

 

恍惚とした表情でその亡き高層ビル跡地を見つめる彼女。

両腕でスカートの上から股を押さえつけて、内股でビクビクと震えている。

もはや俺のことなど眼中にないと言った様子である。

 

コイツ....あの惨状を見て、感じてんのか....?

うわぁ...コイツやっべぇ....ぜってぇおかしいよ....。

ちょっと見直しかけていたさっきの自分を殴ってやりたい気分だった。

 

「生き残りが居たら面倒だから見てくるが、...君はどうする?」

 

「はぁ...はぁ...え、えぇ...頼むわ。」

 

息を荒げて頬を紅潮させながら視線をこちらに一瞬向ける。

そんな彼女に再度言葉を投げかけることなく溜息を吐くと、背を向けた。

この部隊への誘い、断った方が良かったかなぁ.....。

彼女と同じ部隊になった日の事を思い出しながら、項垂れるのだった。

 

 

 

 

「第四五独立特務中隊....ですか?」

 

「あぁ。一部の上層部は....<掃き溜め中隊>と企画段階で呼んでいるそうだ。」

 

上司の津吊木先生は俺に対してそう説明する。

対して俺はその書類を眺めていた。

 

「適正などの問題で従来の部隊などでは発揮されない...されど才能ある人材を集め、緊急時など従来の部隊では対応できなかった問題に対して対応する為の新部隊設立....それが今回の人事が行われた理由だ。」

 

「なんか...胡散臭いっすね。なんというか....厄介払い先...みたいな?それにその緊急時とやらはどういう定義で有事であると判断されるのかも曖昧です。」

 

先生の説明に書類を見ながらも心情を吐露する。

先生は俺にとって親代わりのような物だから、だからこそここまで正直に心情を吐露できた。

すると先生は苦笑いをする。

 

「確かに、君が言っていることは正しいな。緊急時といえど、平時は既存の部隊がやりたがらない仕事が回ってくるだろう。並行して他の部隊がやっている仕事も回ってくるかもしれない。言うならば雑用のような物として扱われる可能性もある。...それに、掃きだめ中隊と言われる以上は扱いに困った人間が派遣されるだろう。まぁ流石に建前がある以上は何か一芸がある人間をこちらも審査することになるだろうけど。」

 

よーするに、左遷先ってことか。

態々そんなものを作るなんて那由他の連中は何を考えているのだろう。

たらい回しで対処を色んな所で投げるよりも隔離先を用意した方が良いということだろうか?

というか、そんなことよりも俺にとって聞き捨てならないのは....。

 

「ってことは何すか?俺は....掃き溜めにやられるような不要な人材であると?」

 

それだけ看過できなかった。

俺の価値は俺が決める。

だからこそ、誰かに無価値と断定されるなんてことは我慢ならなかった。

 

「その書類の2頁目を見て欲しい。」

 

俺の質問に答えることなく、ページを捲るとそこには一人の少女として経歴書あった。

名前は観音寺壬琴。

光牙社....光牙機関の人間か...。

クール系な顔立ちの美人さんが写っている。

以前の所属は...零四隊か...よく知っているわけじゃないが開発された術や技術の実証試験などを任務で行う...だったか?

 

「随分と綺麗な子ですね。それで、この子が何か?」

 

「あぁ、とても可愛らしい子だ。光牙機関としても推薦されて那由他に入っていることからも優秀であるのは間違いない。しかし....備考欄を見てくれ。」

 

言われるままに備考欄を見る。

 

「えっーと...命令違反に爆発物による複数回の器物損壊。...凄い問題児じゃないすか。」

 

備考欄を見て目が飛び出るかと思った。

マジで要らない子じゃん....。

手に余るどころの話じゃない。

 

「どうにも...那由他の規範にははみ出てしまう子らしくてね。元居た部署から追放。...まぁ光牙の人間であれば度々あることだ。そこで異動先に試験的にウチが選ばれた...ってこと。」

 

「俺は....コレと同じだと?」

 

信じられない。

俺はこれでも...そんな規範を違反した覚えもなければ任務においても忠実に遂行してきたはずである。

これと一緒の扱いは受け入れられない。

 

「フフッ、違うよ。寧ろ逆だ。」

 

先生はそんな俺を見て、おかしそうに笑った。

正直、ムッとしてしまう。

思えばこの人は質問に初めから答えようとせずにこちらの反応を一通り見てから答える人なのだ。

親代わりなのであまり言いたくないが、良い性格してると思う。

...本人に伝えても皮肉であると受け取ってはもらえないだろうが。

 

「じゃあなんすか?最初から言ってくださいよ、俺は何も知らないんすから。」

 

「怒らないで。僕も...少し緊張しているんだよ。なにせ、部隊の長官なんて初めての経験だからね。そんな中、これから何かしら癖のある人員ばかり派遣するぞと明言されると少し不安でね。」

 

まぁ...そりゃそうだろう。

最初から問題のある人員が差し向けられる、そんな集団を統率しなければいけない立場なんて俺ならごめんだ。

考えるだけでも頭が痛くなる。

 

「だからこそ、僕と同じで統率する側....つまりはまともな人間が一人くらい欲しいって思ってたのさ。まともで....かつ信頼できる人間がね。そして、それは....君だ。」

 

「信頼できる...人間。」

 

先生の言葉を復唱する。

信頼できる人間。

なんだろう....うん、それだけの言葉なのにこう安心感を覚える。

まぁ、俺にとっての親代わりだ。

頼りにされていることを嬉しいとは思う。

 

「長い間、君を見てきたからね。我儘を言ってこの部隊に引き入れさせてもらったよ。二八隊との交渉は難航はしたけれど、それに見合った人材とは...親バカかも知れないが僕は思ってる。君なら...彼らに近い立場で正しく隊の纏め上げられるとね。」

 

そして、先生は神妙な顔でまっすぐに俺に視線を向ける。

 

「しかし結局は君の意思次第だ。弦巻幽玄、....私と共にこの隊を導いていかないか?頼む。」

 

張り詰めた空気の中、真剣な声で頼まれる。

俺を信用して言ってくれている。

....それが分かれば、もう答えは決まっていた。

 

「...分かりました。是非、よろしくお願いします。」

 

「決まりだね。...はぁ~ホッとしたぁ~。ここで断られたらどうしようって思っちゃったよぉ~。」

 

さっきまでの空気感はどこへやら、先生はふにゃっとした表情を見せて背もたれに寄りかかる。

日常生活ではこんな感じの人だ。

引き締めるところで引き締めて、緩めるところで緩める。

そういう切り替えが即座に出来るところは凄いと思う。

 

「もし断られていたらどうしたんすか?」

 

そんな先生の態度を見て、こちらも少し悪戯っぽく尋ねてみる。

すると、先生は後頭部を掻きながら困ったような笑みを見せた。

 

「そうなると...せっかく来てくれた彼女に説明しないといけなくなるから、少し...困ってしまうね。」

 

「ん...?せっかく来てくれた彼女.....???」

 

「そ。入っておいで。」

 

その言いぶりだとまるで....。

俺が考えるよりも先に、執務室の扉が開く。

そして、そこから一人の少女が姿を現した。

 

夜の闇を切り取ったかのような艶やかな黒い髪。

それを二つに結ったツインテール少女。

切れ長の目は彼女自身の勝気な気質を露わにしていた。

 

さっきまで見ていた顔の少女。

名前は....。

 

「観音寺...壬琴。」

 

彼女の名前を呟く。

経歴書の少女。

それは当然写真通りの顔立ちだ。

しかし、一つ異なる点があるとするならば....。

 

腕と足。

どちらもどうみてもちゃんと人の足だ。

だが、関節部に継ぎ目のような線があるということだった。

義手...義足か....?

 

「なに?“機忍”は珍しい?」

 

「別に、光牙機関の人間と会うのは、君が初めてではないし。光牙は大体身体の一部を機械化している傾向がある。」

 

機忍。

既存の術を解析して、それを絡繰などの化学技術と合併することで忍具とすることを目的とした流派である光牙機関に属している忍、その中でも体の一部を機械化している忍びを機忍と呼ぶ。

それは目の前の少女の四肢以外にも目や耳など個人によって様々だ。

光牙の連中はその大体が自身の知的好奇心や向上心から機忍となる者は多い。

寧ろ、光牙に居るのにも関わらず未改造の人間の方が珍しい。

噂ではあるが、未改造の人間は自身にそれを行う技術力がない...もしくは周りとの繋がりがないから頼むことも出来ない人間だと後ろ指を刺されることもあるらしい。

 

「そ、なら話は早いわ。知らない人間相手だと、中々に面倒くさいから。」

 

スパッと切るように会話を終わらせる彼女。

...どうにも俺の抱いた印象は間違いではなく、身にまとう雰囲気や所作からなんとも勝気な側面が覗いていた。

 

「彼が今日から君の同僚となる弦巻幽玄君だ。前の所属は二八隊。よろしく頼むよ。」

 

「どうも....。」

 

先に先生に粗方言われてしまったので、最低限の挨拶を一言口にする。

すると彼女は突然歩み寄ってきた。

そして、爪先から頭まで品定めするような目で見てくる。

なんだコイツ...初対面の人間に向かって。

 

「へ~、アンタが同僚?ふ~ん、まぁ悪くはないんじゃない?くれぐれも足を引っ張らないでよね。長官には部隊を導けなんて言われてたみたいだけど、間違いなくここで一番優秀なのはワ・タ・シ。アンタに合わせるんじゃなくて、アンタが合わせるの。オーケー?」

 

指を俺に突きつけて勝手なことをのたまう観音寺。

これが...新しい同僚、ひいては忍の姿か?

 

「なんて女だ.....、優秀な人間は問題行動なんか犯さないでしょ....。」

 

「凡人的考え方ね。ノーマル、ノーマルが過ぎるわっ!!規範が私のレベルに追いついてないの。光牙では私みたいなのが普通なんだから。」

 

「そりゃ光牙ではそうだろうさ...光牙ではな。でもここは忍者協同統括局。別の流派の忍みんなで集まってマレビトの脅威から人間社会の秩序を守るのが俺達の仕事だ。いつまでも自分たちの流派の考えを第一にされても困るんだよね。自分が優秀だと言うのなら、君の言う凡人側にも合わせてくれよ。な?」

 

そうだ、確かに彼女の理屈は彼女の流派である光牙機関では通るのだろう。

しかしここは忍者協同統括局“那由他”。

鬼、霊などの異形の者達“マレビト”から古くより人間社会を守ってきた忍、されど流派は多岐にわたり、更にはマレビト連中の組織化や忍の中でもマレビト達に迎合する賊忍達が出てきたことで対処する為には流派の垣根を超えた共同体が必要であると35年前に組織化された。

つまりは、原則的に自分たちの流派の考えは通じないのである。

 

郷に入っては郷に従え。

那由他の規則に従ってもらわないと困るのである。

 

「はぁ~やれやれ...これだから凡人は、向上心がないっていうか....。でも安心なさい?私は優しいからただの同僚である貴方も私と同じ景色が見えるくらいのレベルには向上させてあげるわ。」

 

「いや、そういう話をしてるんじゃなくてだなぁ....はぁ....。」

 

なんだこの女....話していて疲れるぞ。

もしかして話をしても無駄な人種か?

助けを求めるように先生を見る。

 

「.....?」

 

俺の視線に気づくとニコニコと笑みを浮かべたまま首を傾げる。

いや、注意すべきだろ。

何笑ってんだよ責任者だろぉ!?

 

「本当に大丈夫かよ...この部隊。」

 

これから先のことを考えると不安になるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

第四五独立特務中隊事務所。

那由他が運営している会館の端っこ、地下一階の廊下を進んで最も奥にある部屋が実質的な俺達の居場所だった。

目に見えて窓際っていうかなんて言うか.....。

厄介払い先だから当然だけどここまで露骨に爪弾きにされていると、なんとも言い難い物がある。

 

時刻は昼時。

丁度昼飯を近くのコンビニで買いに行った後、冷たい廊下を歩いて行った俺は扉を開いて部屋の中へと入っていく。

倉庫として棚が並ぶ中、奥の方に伽藍とした余剰スペースがある。

そこにソファやデスクなどが置いてあった。

まるでその部分だけ人が色々くつろぐための設備を寄せ集めたかのよう。

 

正直、このままソファの背もたれに身を預けて飯を食べた後に昼寝に洒落込んでもよかった。

だけれど、言うなれば俺はこの特務中隊の一人。

チームとして円滑に動く為にも同僚に気を遣うくらいのことはしてやるべきだろう。

それがどのような人間であろうと、仲良くなろうと努力することは止めるべきでない。

だからこそ、同室にてスペースにはまだまだ余裕があると言えど明らか場所を取っている機械式の作業台に自分の左義手を取りつけて、コードで接続したパソコンとにらめっこしている自分の同僚に歩み寄る。

 

「....なぁ、飯まだだろ?なんか適当に色々買ってきたから、君も一息吐いたらどうだ?」

 

「見て分かんない?今忙しいんだけど。」

 

「...そ、そうか。それなら簡単に片手で栄養バーとか置いておくから....」

 

「そちらの机に置いといて。作業の邪魔だから。」

 

なんとなく分かるけど、一応聞いてやってるんだろうが....。

それに作業の邪魔って言葉絶対要らないでしょ....。

気遣いを気遣いを悉くすげなく跳ね除けられたことにムッとする。

 

まぁ、本人が受け取る気ないなら押し付けるのもおかしな話だ。

それに任務遅くに帰る羽目になってあんまり寝れてない。

まぁ...那由他に入ってからは割と夜駆り出されるのは慣れている。

だからこそ、昼の暇な時間に少しでも仮眠を入れておくのだ。

 

おにぎりや唐揚げなど手で簡単に食べられる物を机に並べて口に運んでいく。

まぁ、コンビニの奴だし普通にうまい。

それ以上でもそれ以下でもない。

ただひたすらにもしゃもしゃと口に運んでは咀嚼して嚥下する繰り返し。

そして喰い終わるとゴミを袋に入れて縛った後にソファに横になる。

 

こうやって眠りと覚醒の狭間、微睡みの時間が一番心地いいのだ。

食べてすぐに寝ると牛になると言うが、それが本当だったら今頃俺は出荷だな。

そんな取り留めもないことを考えながら、目の前の度々ぼやける光景をボケッーと眺め続ける。

 

目の前では彼女が作業台から左義手を取り外して肩に取り付けていた。

なんかプラモデルみたいだな....。

そう感じていると、段々と目の前が真っ暗になっていく。

意識ももったりと重さを帯びる。

あぁ....堕ちる...な。

 

睡魔をひしひしと感じながらも、抗うことなく瞳を閉じる。

規則正しい呼吸。

しかし、それを乱すかのように突然髪を何者かに引っ張られた。

 

「いだっ!いたたっ!?な、なに!?何事!!??」

 

急に髪を引っ張られたことによる痛みなどで目を開けると、状況が分からずに声を上げる。

少しだけ視点が浮いてる....?

なんだ....??

 

そう疑問に思ったのも束の間、そのまま髪を引っ張っていった何かが手を離したのか頭がそのまま落下する。

頬に柔らかですべすべとした感触を覚える。

上を視点を向けると、下から見上げる形で仏頂面の観音寺の顔が見えた。

 

「な、お前何やって...ちょっ!?痛い痛い!押さえつけるな首痛める!!」

 

飛び起きようとしたところを頭を押さえつけられる。

流石機械仕掛けの義手だけあって凄い力。

無理に起きようとしたら首を痛めてしまうだろう。

 

声を上げる俺。

すると押さえつける腕の力が少しだけ弱まった。

 

「何ってお礼よお礼。昨日、せっかく私が礼を言ったのに生意気にも不服そうな顔してたじゃない。だからその目障りな耳垢でも除去してやろうとしてるんじゃない。アンタ、最近いちいち耳に指突っ込んでて見てて不快だったのよねぇ~。」

 

み、耳かきぃ?

あ...だから膝枕されてるのか。

...いや、これ膝枕か??

滅茶苦茶首イカレそうだったけどさっき。

枕じゃなくて膝ギロチンだったけど。

 

「膝枕とか...俺、君とそんなに親しくないだろ。何考えてる?」

 

しかし、膝枕されるほどの間柄でもない。

もしかして観音寺は俺の事が好き.....とか思う程お気楽なわけでもない。

俺は忍びだ。

だからこそ、異性がこういうことをやってきた時は必ず裏があるという前提で考える。

事実、二八部隊でもこういう事案はあったしな。

 

しかし、そんな裏を抱かれるような状況でもないのも事実。

この部隊は斜陽の部隊で、しかも別段俺が彼女よりも明確に上の立場というわけでもない。

もしかすれば光牙にありがちな他者の忍術の分析という名目なのかもしれないが、それも珍しい忍術を持った忍びがされるもので俺は彼女には忍術を見せたこともないのでそれも考えずらいだろう。

 

彼女の真意を探る俺。

対して、彼女はそんな俺を何言ってんだコイツと言わんばかりの怪訝な表情で見つめていた。

 

「はぁ?耳垢を除去するんだったらこの体勢が一番効率よくてお互い負担が少ないでしょ。それ以外にこの姿勢に意味とかあるわけ?」

 

「...そうか。いや、ないな。うん。」

 

どうやら純粋にやりやすい姿勢を取っていたようだ。

どうにも人と人との距離感などについて彼女は疎いようである。

というより自分の中の尺度で考えて発言していて、その尺度を相手も当然共有していると彼女は考えているのかもしれない。

そう考えれば偶に話が噛み合わないのも頷ける。

...となると任務遂行などにおいては確実に支障が出るわけだが。

 

...なんか恥ずかしかった。

俺だけ意識してるじゃん。

いや、確かに浮足立ったりはしない。

ハニトラや動揺を誘うなどの方法で異性相手に距離を詰めるなどの手法は確立されてるし、そんなことは百も承知だ。

ただそれはそれ、これはこれ。

膝枕なんてされたことなんてないので、そりゃびっくりしちゃっても無理ないだろ。

さっきまで知識でしか知らないことなんだからさ。

 

「というか耳かきってことは綿棒とかはどうするんだ?この部屋は当然ないし...持ち歩いてるの?」

 

正直言ってそういうイメージはない。

なんかそういう不必要な物は省いて、その分忍術の分析などの機材とか爆発物の原料とかを持ち歩いてそうなイメージである。

 

「だからぁ、アンタがごちゃごちゃ話しかけてきた時からその耳かき機能を義手につけてたって言ってたでしょ!?アンタ、記憶力なさすぎじゃない!」

 

「いや、言ってないよねぇ!?そんなこと。言った気になってただけだよね!自分の中で完結してた事項だよねそれ!!」

 

どうやら俺の推測は当たっていたようだ。

彼女の思考は常に自己完結している。

....うん、ヤバイ人だな普通に。

 

「...というか、武器とか内蔵している義手なんだろ?そんなのに耳かき機能なんか付けて良かったのか?」

 

彼女の義手には銃器やら術式やらの武装が内蔵されてるらしい。

だからこそ、そんなところに耳かき機能なんて牧歌的な物を入れても構わないのか不思議だった。

ないとは思うが、戦闘中に間違えて耳かき機能が作動したらお笑い草だろう。

 

「は?この義手は任務の時に使う物とは別、生活用。見たら分かるでしょ。」

 

「いや、わかんないよ。違いがねぇもん。なんならこっちは君の義手とか注視してないし。」

 

正直違いなんかほとんどないように見える。

滅茶苦茶精巧な義手、ほとんど見た目は生身の腕そのものなのだから。

するとその返答が気に食わなかったのか、露骨に表情を曇らせながら俺の首の方向を掴んで強引に固定した。

...いや、生活用にして力強いなぁオイ!

 

「うっさぁ~~~~。もう黙って耳の穴見せてろお前。喋らないでよ、動いたら間違えて鼓膜ぶち抜くかもしれないから。」

 

「どんな力の強さでやるつもりだよ....。」

 

怖いんだけど....。

ま、まぁ.,,距離感の詰め方はあべこべだが、こうやって会話することになってるのは事実。

案外彼女も、俺と同じく同じ部隊の仲間として親交を深めようとしてくれてるのかもしれない。

 

そう思っていると、頭上から.....ヴィィィィィンンと甲高いモーター音がしてそよ風が俺の髪と頬を撫でた。

....え?

何事....??

 

目線を上に上げると、そこには指から生えた何やら高速回転しているイボイボが付いた突起物があった。

その様はさながら掘削機のよう。

え....ちょっ....怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!

こ、これを耳の中にぶち込もう....ってコトォ!?

 

「タンマタンマタンマタンマ!!!!!」

 

「なに?今から入れようって所に。」

 

「いやいやいやいや、え?それ入れんの?その殺人的なスピードで回転している物を?」

 

「????当たり前じゃない。」

 

ま、マジかぁ....。

え、....本気で言ってるこの人?

彼女の顔を見るとさっきの何言ってんだコイツ顔だ。

あ、本気で言ってるわコレ。

 

「いや、掘削機かよ!!つーかこれ宝石加工する時に削るドリルみたいな奴だよねぇ!?」

 

「耳垢を削って取るんだからこの形状が一番合理的よ。」

 

「耳の皮も削れるわ!!ズル剥けになるわ!!!血ぃドバドバ出て耳垢どころじゃなくなるからそんなの入れたら!!!」

 

あ...危なかった....!

あのまま止めなければ最悪聴力を失ってるところだった....!!

耳穴ともう一個別の風穴開くところだったぁぁぁ!!

 

「ねぇ!?君人間だよねぇ!?だったら今まで耳垢取ったこととか取られたことあるでしょ!?その時にそんなの使って取らなかったよねぇ!?どうやって取られてたのお前!!」

 

「私、他の人よりも耳の穴が小さくて深いから奥まで入れたら傷つけてしまうってことで耳鼻科で取ってもらってたわ。」

 

「いやだとしてもこれはおかしいだろ!!!知らないじゃ済まされない次元だから!!!寧ろ故意って言われた方が安心するから!!!」

 

もしかすれば俺は日本の教育の闇って物にぶつかってるのかもしれない。

教育課程に常識って科目を入れた方が良いのかもしれない。

じゃないと目の前の不条理を説明できないもん。

どこで生まれたモンスターなんだこれ?

 

「なに?じゃあどうすれば良いわけぇっ!?せっかく人が時間割いて入れた機能にごちゃごちゃ文句言って....」

 

「あれ,,,,なんでキレられてんだ俺....。いや俺が今から綿棒買ってくるから、それか指突っ込んでくれれば良いから!!何ならお礼はもう良いから!!」

 

「綿棒とか指なんかより私の作った発明の方が断然根本からごっそりゴミを取り除けて優れてるわ。」

 

「根本からいったらダメだろォォォ!!感覚器官だぞ!?」

 

ダメだ...光牙にありがちな自分の発明への自信が俺の聴力を奪おうとしている。

これ、このままじゃ話通じなくなる奴だ....。

なんとか、なんとかしないと.....!!!

 

考えに考える俺。

すると、急に彼女が拗ねたかのような表情になる。

 

「なによ...私達、仮にも同じ部署の仲間でしょ...?だったら...信じてくれても良いじゃない....。」

 

「観音寺.........。....いや、信じる信じない以前に結果見えてんだろ!!!」

 

ダメだダメだダメだ!!

コイツが珍しく仲間って言葉を吐いたことに驚いて、今一瞬流されそうになった。

このままずぼっといかれる所だった....!

 

すると彼女も表情を一変させて露骨に面倒くさそうにする。

 

「あぁ~~~ダルッ。もううっさいから自己流で行くわ。」

 

「やめて!!その自己流だけは本当にやめて!!ちょっ....なんか音近づいてる....誰か助けてぇぇぇ!!!誰かぁぁぁぁ!!!!耳の穴滅茶苦茶にされる!!!スプラッターみたいにされるぅぅぅぅ!!!」

 

恐怖を感じて凄い力で押さえつけてくる義手を振り払おうともがく。

しかし、がっちりと押さえつけられてかなり難航する。

その間も顔に風圧を感じる。

着々とあのドリルが俺の耳でボーリング調査をするかの如く近づいてきている。

 

「みんな昨日はお疲れ様ぁ~。」

 

あわや大惨事と言ったところで、扉が突然開く。

そして陽気に先生が部屋に入ってきた。

視線が合う。

すると先生は俺の状況をぽけっーと眺めた後に、微笑まし気な笑みを浮かべた。

 

「いつの間にそんなに仲良くなって....長官としても、親代わりとしても嬉しいよ。」

 

「いや、それどころじゃないっすよねぇ!!!」

 

何を呑気なことを言ってるんだ!

こちとら聴力喪失の危機だぞ!!

親代わりなんだから助けてくれよ!!!

 

すると、先生が来たのを見てかモーター音が止まった。

どうやら耳かき機能とやらを止めたようだ。

 

「勘違いしないで、これはお礼。言うなれば昨日役に立った犬に対する飴と鞭みたいな物だから。」

 

「なるほどねぇ~。」

 

この人絶対なんにも分かってないよ....。

 

「まぁ、そんなことより新しい任務だ。ここに紙、置いとくよ。」

 

先生がそう言うと、暫くして観音寺が俺の頭の上から腕をどけて立ち上がる。

当然膝に抑えつられていた俺は転がり落ちて頭を床にぶつけそうになる。

なんとか手をついたからよかったが、なんとも勝手な行いである。

人の事を考えて欲しい。

 

起き上がると机に置かれてる書類に目を向ける。

そこにはかしこまった形式で依頼内容が書かれていた。

 

「積み荷の護送任務....。」

 

積み荷の内容は書かれていないが、その護送任務が今回の任務らしい。

護送任務か...あまり得意な部類ではないな。

俺としては守るよりも侵入するとかそういう任務の方が性に合ってる。

 

「ふーん。まぁどんな任務でも私のスタイルは変わらないわ。」

 

「え...また爆発させるつもり....?」

 

今隣で聞き捨てならない発言。

護送任務ってのは特定の積み荷を守らないといけない任務。

爆弾なんか持った来た日にはいつ爆発に巻き込んでしまうか気が気じゃないだろう。

任務に合ってなくてあまりにも危険すぎる。

すると、彼女は俺の目を見ながらもしっかりと発言を自分の中で精査するかのようにゆっくりと口を開いた。

 

「えぇ。そっちの方が気持ちい....気持ち効率が良いからそうすべきだわ。」

 

いや、今気持ちいいって言おうとしたよね。

この前だって爆発した物見て達してたもんな。

俺の目は騙されないぞ。

 

「却下。爆発は積み荷を巻き込みかねないからダメだ。何か別の物で....。」

 

「は?私の爆発は物巻き込まないけど??」

 

「いや無理あるでしょ....。」

 

彼女の発言に呆れて、脱力してしまう。

 

観音寺壬琴。

同じ第四五独立特務中隊の同僚。

自分の発明に対して絶対の自信を持っていて、自己の完結した価値観や思考で人とのコミュニケーションを取ろうとする破綻者。

そして爆発を見て達する異常者。

....今まで俺が出会った人間の中で、ぶっちぎりでやべー奴である。

 

見た目では内面を打ち消すに足り得ない例なんてあるんだ....。

俺はただひたすらに爆弾を使いたいということを理路整然と語る彼女の声を頭ごなしに却下しながら、そう思った。




私の爆発、気持ちよすぎだろ!!!


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