不死院の守り人 (三次たま)
しおりを挟む

不死院の守り人

己は不死院のデーモンである。名前はもうない。

生まれはイザリス。吾輩は司祭の3兄弟の生まれの中でも一等不出来な三男坊として産まれた。

兄達は皆、イザリスの魔女たちがそうであるように炎の魔術を扱えたが、己にはそれがなかった。

そんな己に親兄弟は冷たく当たったが、別段己はそれを良いこととも悪いこととも理解しなかった。

なぜなら己は理解していたからだ。世界とはそこに存在するだけのものであり、何か特別なものであるはずがないと。

 

イザリスもアノール・ロンドの神族も、闇よりいでし小人でさえもこの火の時代を尊んで、闇の時代を恐れていた。一方で世界の蛇はウーラシールや小ロンドで暗躍し、深淵を広げようと画策する。しかし己にとっては全てが同じだったのだ。

馬鹿々々しいことだ。火の時代なぞじきに終わるし、きっと闇でさえ永遠などありえない。あるいは陰陽の循環すら破滅して世界が滅ぶことがあるとして、だから何だというのだろう。抗おうとするだけ無駄なのだ。

 

そら、自らで最初の火を起こさんとして挑んだイザリスの末路を見るがいい。身の丈に合わぬ宿願が混沌の嵐を巻き起こし、魔女たちは異形の生命を産み落とす混沌の苗床へと成り下がった。栄華を誇ったイザリスは、火とは似ても似つかない溶岩に埋め尽くされて廃都となった。

都の民は混沌に飲まれ異形の生命デーモンへと生まれ変わった。親兄弟がそうであるように、多くの民はその変容に正気を失ったが、己だけはそれを嘆くことはしなかった。己がどうなろうと、どうでもいいのだ。

 

そんな己の性質を見て、珍しがった神族は一人の黒騎士を遣い送ってきた。

「悠久の時を生きるうぬに、大王グヴィンが使命を授ける。

うぬはこれより北の大地、不死院の番人となりて不死者たちの看守を命ずる。選ばれし不死が現れるまで。あるいは現れなければ世界の終りのその時まで。選ばれし不死者が現れれば、その者の踏み台となれ」

そう言い残して、黒騎士は去った。

大王グヴィン、随分物騒な名前が出てきたものだ。大物な割に誰より闇を恐れる臆病者なのだから笑えるが。

いくら闇が恐ろしいからと言って、自分が焼き尽くされてまで火の礎になろうとするなど意味が分からない。

ただ己の琴線を引いたのは、世界の終わりまで、という言葉だった。

 

世界の終わり。そんなものがあるとしたら、己にはこの上なく痛快だった。

イザリスも神も世界の蛇も小人も古龍もグヴィンドリンも輪の都も一切、全ての野望が等しく打ち砕かれて終わるその時。それはどんな光景なのか。

想像しただけで愉しくなって、己は笑い声を上げた。

さぁ、それでは世界の終わりを見届けるとしようか! その暇つぶしとして不死院の番も悪くはない。

こうして己は番人の任についたわけである。

 

そうして幾年月が経ったかは知らない。正気を失った亡者共は際限なく増え続け、不死院に押し込まれては朽ちて消えていった。

逃げ出そうとする者は、己は岩の大樹を切り刻んで生み出した大槌で叩き潰して肉塊とするだけだ。

そうして己はただ無為に有意義に、漫然と悠然と時を過ごし続けた。

 

しかしある日、とうとう運命の日が訪れたのだ。

 

その日初めて北の不死院に、ありえざる侵入者が現れた。

己の仕事は脱獄者の始末であるが、侵入者と対峙するのはかつてないことだった。

どうやら彼は探しに来たのだ、この不死院へ選ばれし不死者を。

かくして侵入者は一人の男を指名の遂行者として見出して、正気を失い亡者へと堕ちたのだ。

 

彼に選ばれし一人の不死。それを見て己は確信した。

ああそうだ。この男こそがあの黒騎士の言葉の意味するところだ。

確かにこの男は、選ばれし不死者に違いない。この世界の中心に立つ存在なのだと、己は理屈ではなく魂で理解した。

 

さぁどうするのかこの男は。錠を外されたのならば、不死院に隠された彼の武器を取り返し、己を殺し出ていくのだろうか。

己は凶刃の下に死ぬやもしれぬ。しかし、抵抗ぐらいはさせてもらおう。はじめは命を奮い立たせる。しかし現実は肩透かしであった。

 

男は一切の武器を拾わずに、自分の拳で己の体を滅ぼそうと試みたのだ。

狂っている。亡者よりも狂っている。己は何度も何度も男のことを磨り潰したが、男は何度もよみがえって正気のままで己へ拳を突き立ててくる。

それが何千回と繰り返されるのだ。男の人間性はとうに擦り切れているはずで、狂った亡者に成り下がることこそ正常な流れだった。

しかしそうはならないのだ。男は何度も何度も、己の体を打ち据えては立ち上がってくる。

「なぜ、貴様は立ち上がる?」

問うても答えはなかった。答える言葉もないのかもしれない。

この正気の狂気こそ、男が選ばれた不死である証なのかもわからない。

 

己は遂に観念して、男の挑戦を受けることにした。

そしてその果てに、何百と何千という復活を経てついに男の拳が己の肉体を滅ぼしたのだ。

 

ああ大王グヴィンよ、名も知らぬ侵入者よ。満足か。自分は確かにこの男の踏み台として殺される。

しかし己はとても満足した。きっとこの狂った不死は、使命という大義の元で古き神々の国たるロードランじゅうを荒らしつくすことだろう。こんな男が行儀よく世界の薪になどなるはずがない。

 

きっと恐らくこの男こそが、世界を終わらせる者なのだ。己はそのように確信した。さぁ、それでは世界の終りを見せてくれ!

己はただでは死なん。肉体は死せどもソウルは不滅だ!

 

己は最後に、消えゆくソウルを己の大槌に込めて新たな武器を錬成する。

己のソウルは相棒と溶けて合わさって、男がしかと持てるような小さな大槌を姿を変えた。

 

これぞ我が化身、デーモンの大槌なり。選ばれし不死者よ、どうかこの身を携えてロードラン中を混沌のるつぼへと叩き込んでくれたまえ。その狂乱を世よ限りなく広めたまえ。

 

◆◆

 

―デーモンの大槌―

 

岩の大樹を加工したデーモンの武器

北の不死院のレッサーデーモンが使用していた

 

特別な魔力は帯びていないが

この重さを振るう筋力があれば

豪快に敵を叩き潰すには最適な武器のひとつ

 

◆◆



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。