血界戦線ーLOVE & PEACEー (麦のホップ)
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オタク、転移する
オタク、サングラスをかける


久々に血界戦線を見たので投稿
書き溜めなし



「やったー!やっと買えたぞ!」

 

 日本の某所、雲一つない空を太陽が照らし、5月の穏やかな風が木々を揺らす。そんな平穏な日本の道で一人の男が紙袋を持ってはしゃいでいた。

 彼のあまりのはしゃぎようからか、彼を見る人の目は不審者を見るような目をしており、まだ幼い子供の手を引いた母親が、彼の姿を子供に見えないように隠していた。

 そんな周囲の目を気づいているのか、気づいていないのかは分からないが、男の浮かれ具合はとどまることを知らなかった。

 

「やっとだ、やっと買えた」

 

 男は立ち止まり、そばにあったベンチに腰を掛けると、袋の中から二つの眼鏡ケースらしきものを取り出した。一つは赤く、もう一つは黒のケースであった。

 彼はそのケースを握りしめると大きく感情を爆発させるように雄たけびを上げた。

 周囲にいる人はその様子に、さっきまでの不審者を見る目を、どちらかというとやばい人に向ける目に切り替えた。

 

「さてさて、これがやっと買えた……ヴァッシュのサングラスだ!」

 

 彼は黒いケースを膝の上に置き、赤いケースを開け、中に入っていた黄色のレンズのサングラスを取り出した。彼の手にあったのは、漫画TRIGUNの主人公であるヴァッシュ・ザ・スタンピードのかけていたサングラスだった。サングラスのつるの部分は、劇中と同じようにジグザグになっており、レンズも円形、何もかもが漫画の中と同じであった。

 

 流石にオリジナルそのもののデザインではなく、できるだけ実際にかけても違和感がない様に作られているのであろうが、男にとってそんなことは関係がなかった。

 中学生の時に出会い、中学高校生の時に呼んだ漫画の中で最も好きだった物語の主人公がかけているサングラスだ、興奮しないわけがなかった。

 学生のころはお金がなく、漫画を買うぐらいしかしてこなかったが、社会人になり少ないながらも貯蓄もできた今だからできる贅沢だ。実際にこれをかけて似合うとか、似合わないというそういうものではなかった。買うことに意味があり、手にすることで実感する感情があるのだ。

 

「さてもう一つは……。ニコラス・D・ウルフウッド」

 

 ヴァッシュのサングラスをなめまわすように見て満足したのかケースにもどし、もう一つの黒いケースを開けた。そこに入っていたのは、割とよくみるようなデザインの黒いサングラスであった。

 これは、主人公ヴァッシュの相方である、ウルフウッドのサングラスだ。本当にシンプルなデザインで横にN.D.Wolfwoodと書いてある黒いサングラスだが、男にしてみれば、特別な品物であった。ヴァッシュと旅をして、苦難を乗り越え、一癖も二癖もあるような男だった彼のかけていたサングラスは、本当に何物にも代えられないものなのだ。

 

「これは普段かけても問題ないかな?」

 

 ヴァッシュのサングラスと比べ、つるに名前が書かれている以外はごく普通なデザインと言えるこのサングラスの存在は男に甘い声を投げかけているようであった。好きな作品のグッツを身に着けるそれもまた一つの楽しみ方なのかもしれないと。棚に飾って楽しむのもいいかもしれない、しかし、普段使いするのも、またオタクの心をくすぐるというものだ。

 

「そうだな……、そうだ、これはサングラス……かけてこそのサングラスだ」

 

 男は恐る恐る、ウルフウッドのサングラスを顔に近づけた。唾を飲み込む音がい様に大きく聞こえ、いつの間にやら風が木々を揺らす音や、車の音が消えていた。5月の心地よい風はいつの間にやら消えて、車が多い道で嗅ぐような排気ガスの匂いがしてきていた。

 そんな一瞬の変化に男が気が付くわけもなく、彼は一瞬だけ目をつぶりサングラスをかけた。

 

「ん?」

 

 男が目を開けてまず最初に気づいたのは、明らかに周りをいく人の数が増えたことだった。そして、次に気が付いたことは、その人と思っていた者が、人ではないという事だった。

 

「えっ?」

 

 男はサングラスを外し、急いで周りを見渡した。何度も目をこすり周囲を見渡しても、其処にある現実は変わらなかった。

 町を歩く人々は、触手だったり、三本足だったりと20世紀に書かれたようなカラフルなデザインのエイリアンが町を我が物顔で闊歩しており、時たまどう考えても人体に有害そうな煙を吐いている。そして、そんな中をごく当たり前のように人間が歩いている。

 

「なんだ……これは!」

 

 男の頭の中はまさしくパニックという一言で埋め尽くされていた。それもそうだ、平穏な日常はどこへやら、目の前に広がる現実は明らかに異常の一言だった。

 男は目の前の現実を否定するようにベンチにドスンと腰を掛けると、再びウルフウッドのサングラスを膝に置き。そして頭を抱え、どうやってもリアルだと感じてしまう目の前の世界を否定しようとした。

 

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……」

 

 男がベンチに座って、頭を抱え呪詛の様にぶつぶつと現実を否定している姿は、エイリアンのような者にも奇妙に映ったのだろう、男を避けるようにして人の流れができ始めた。

 

「そこのお兄さん、大丈夫?」

 

 男に声をかけてきたのは、長い金髪を後ろに結んだ女性であった。手には食材の入っている袋が握られており、買い出しの途中なのだろうと思われた。

 

「あ、ああ。大丈夫じゃない……」

 

「そうか、そうか。じゃあ、それならうちでコーヒーでも飲んでいかない?」

 

 女性は、男が答えると大きくうなずいた。彼女の思った通り、男は大丈夫ではなかった。そして、彼女はそんな彼を放っておくような人間でもなかった。とりあえず男を自分の店に連れて行事考えた彼女は、男を立たせると手を引いて自分の店に連れて行ったのであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ってことは、突然ここに来たってことか」

 

「まあ、そう言うことになります」

 

 男は彼女が働いているダイナーに連れていかれた。そして出されたコーヒーを飲むと、幾分心が落ち着くようになった。そして、ぽつりぽつりと彼女に向かって何が起こったのか話始めた。

 彼女は聞き上手なのか、男から話を引き出すのが上手かった。言葉を出していくごとに、男の気持ちは晴れていき、何とか落ち込んでいた気持ちを立て直すことに成功し始めた。

 

「うーん。この街はなんでも起こるからなぁ」

 

「ここはどこなんですか」

 

「ん? ここは、ヘルサレムズ・ロット、元ニューヨークだよ」

 

「ヘルサレムズ・ロット!」

 

「なに驚いているんだよ。日本でも、ニューヨークが消えたことは話題になったはずだろう」

 

 女性は、男が町の名前に驚いていることに対して驚いていた。彼女からしてみれば、ちょっと前にこの街が出来たことは当たり前の出来事であり、世界中で話題にならないはずがないので、何故男が驚いてるのか分からなかったのだ。

 一方で、男からするとその名前は、この街を表すのに最も適切な名前であり、最も聞きたくなかった名前だった。

 

 ヘルサレムズ・ロット、その町の名前はTRIGUNの次に書かれている作品、血界戦線の舞台として書かれている名前だ。異界と人界とが交差して一晩で変わり果て、これにより異界ならではの超常日常・超常犯罪が飛び交う「地球上で最も剣呑な緊張地帯」となった街、それがヘルサレムズ・ロット。簡単に言えば、超超超絶危険地帯だ。

 その名前の町に来たという事は、男は現実から漫画の世界に転移したという事だ。サングラスを二つ持った以外は、財布とスマホぐらいしかない状態で。

 

「はぁ……もう、死ぬしかない」

 

「待て待て待て、何言ってるんだ」

 

 男は、現実を再度拒絶し始めた。彼はこの世界をある程度知っていた。TRIGUNほどではないにせよ、流し読む程度には読んでいたのだ。そして、この世界がいかに危険かという事を知っていたのだ。

 

「すみません」

 

「なんだ、死ぬのはやめるのか?」

 

「お名前は何ですか?」

 

「言ってなかったか、私の名前はビビアンだ」

 

「もう、死ぬしかないのかな……」

 

「名前聞いておいて、失礼だぞ!」

 

 ビビアンの名前を聞いたとき、男は己の死を悟った。彼女の名前はビビアン、劇中に出てくるカフェ「ダイアンズダイナー」で働く女性であり、何かと主人公のレオナルド・ウォッチに世話を焼く人柄の良い女性として描かれている。

 つまり、ここは主人公が所属する、対吸血鬼の組織であるライブラとほど近いという事だ。もう、何もしなくても、死ぬ未来しか見えないと男は絶望していた。

 

「はぁ……」

 

 男は目の前でぎゃあぎゃあ騒ぐ、ビビアンを頭の隅に追いやって、これからのことを考えていた。

 まず、この世界の日本に行くという選択肢だが、戸籍がない男が日本に行けるわけがないので除外。次に考えられるのが、とりあえずヘルサレムズ・ロットから抜け出すという考えだが、非常に難しいだろう。アメリカとヘルサレムズ・ロットの対立は結構明確に書かかれている。そんな状態で、アメリカに身元不明の男が入国できるわけがないと思われれる。つまりは、この地獄から抜け出す方法がないという事だ。

 そんな状態の彼が、導き出した一つの答えは……。

 

「ビビアン」

 

「何?」

 

「ここで働かせてくれないか?」

 

「はぁ!?」

 

 男はひとまず、このお人好し(ビビアン)に縋りついてみることにするのであった。

 

 




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注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気が無くなるので……。


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オタク、ダイナーで働く

飽きるまで書き続けます


「あ、いらっしゃいませー」

 

 男がヘルサレムズ・ロットに来て数日、彼はダイナーの従業員として働いていた。大学生の時に飲食店でバイトをしていた時の経験が役に立ったのか、バイトとしては十分なほどの働きをしていた。

 男がビビアンに泣きついた後、その哀れな男を見ていた店のマスターにバイトとして雇われるに至ったのだ。 

 あの時の男の様子は、プライドというものを一切捨ててビビアンに泣きついていた。時に哀れな自分を見捨てるのかと脅し、時に自分の有用性を彼女に伝え何とか雇ってもらったのであった。

 

「これを1番テーブルに持って行って」

 

「はーい」

 

 この数日、ビビアンと話して分かったことだが、まだ血界戦線の主人公であるレオナルド君はこの街に来ていないとのことが分かった。まあ、彼がこの街にいるかどうかなんて関係なくこの町は危険なので、どうでもいいことではあるのだが、血界戦線という物語を知っている以上は物語が始まっているかどうかは重要なことだと思ったのだ。

 

「異界蟹のハンバーガ―になります」

 

 本当にこの街には異界の人々が多い。町を歩く人の半分以上は人間ではなく異界の者だ。今、男が客に出したハンバーガーも、中に紫色の蟹をそのまま挟んだ商品で、それを受け取って甲羅ごと食べている客も人間ではない。

 この街に来て数日たっただけで、彼の中の常識はボロボロになっていた。

 

「それにしても、お前名前を思い出せたか?」

 

「それが……」

 

 ビビアンに尋ねられても、男は愛想笑いを浮かべるだけで答えることが出来なかった。そんな様子の男を見て、ビビアンはため息をついた。

 

「そんなんだと、ジョン・ドゥって呼ぶぞ」

 

「名無しの権兵衛ですか」

 

「お前にはぴったりだ」

 

 ビビアンはそう言って、男の頭をつついた。

 男は自分の名前を忘れていた。この世界に来るまでは当たり前のように名乗っていた名前を、一切忘れていたのだ。財布の中に入っていたはずの身分証明書も、何かで焼かれたように真っ黒になっていて、スマホなどで登録していたはずの名前もバグって読めないようになっていた。

 まるでこの世界に転移した代わりに名前を奪われたようであった。

 

「さーて、これを3番さんによろしく」

 

「はい」

 

 男はこの危険な町で危険を回避するため、生きるためにダイナーで働くのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「あれがターゲットか?」

 

「そのはずだ」

 

 車の中からダイナーを覗く赤髪の偉丈夫と、どこか顔に傷を負った黒髪のスーツの男は、ダイナーで働く男を見てそう言った。どちらも目つきが鋭く、何かを警戒しているようであった。

 

「まさか、神降ろしをしようとした馬鹿の影響を受けてしまった男がこんなに近くにいるとはね」

 

「早く確保して、彼と話をしなくては」

 

 よく鍛え上げられた肉体の持ち主である、クラウス・フォン・ラインヘルツは隣に座っているスティーブン・アラン・スターフェイズに言葉を返した。

 二人は数日前に起こった、神降ろしの儀式で生贄としてささげられていた男の行方を追っていたのだ。

 クラウスとスティーブンが儀式の場所に踏み込んだ時には、儀式を行っていたと思われる人らなどは大口径の銃弾で足や手を撃ち抜かれ、行動不能にされていた。何か内部分裂があって儀式をやめたのだと思った二人であったが、調べてみると神的存在が降臨したという証拠がいくつも出てきたため、関係者を虱つぶしに探っていたのであった。

 そんなときである。裏社会で近年稀に見る額の賞金首が上がってきたのだった。その額、異界の金で600億、一生どころか子孫永遠遊んで暮らせる金額であった。二人はその賞金首の男が探している男だと考え、男の行方を探していたのだ。

 

「お、出てくるぞ」

 

「わたしがいこう」

 

 何かお使いでも頼まれたのだろう、ダイナーから男が出てきた。その男を見て、二人は行動を起こした。道路を挟んで反対側にいたクラウス達は、男と接触するべく近づいていった。

 男はクラウス達に気づいたようで、何やら諦めるかのような表情をして立ち止まった。その時であった、クラウスと男の間に虚空から車が現れたのだ。

 

「なっ」

 

 一瞬であった。虚空から現れた車は、男を連れ去り姿を消したのだった。

 クラウスは、男のいたところへと駆け寄るが、周りを見渡しても全く見当たらなかった。

 

「やられたな、クラウス」

 

「どうやら、先を越されたようだ」

 

 クラウスは、彼がいたというただ一つの証拠である、買い物用のトートバッグを拾い上げそう言ったのであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「こいつが神をその身に宿した男か?なんだか冴えねえ男だなぁ」

 

「はっはは! そんなの関係ねぇよ! そいつの首には600億の賞金が掛かっているんだ!」

 

 下品な笑いが車内に響かせ、唾液と思われる液体を振りまきながら運転手のトカゲ頭の男は言った。

 

「えーと……。何かの間違いでは? ははっ」

 

「そんなことはねぇ。ほらよお前の顔だろう? なぁ?」

 

 誘拐犯の男は、やっと掴みかけてきた平穏から、さらわれた姫になった名無しの男の眼前に一枚の紙を突きつけた。

 確かにそこに書かれていた男の顔は、名無しの男のもので、いつ撮ったのかは分からないが、なかなかいい笑顔をしている。

 そしてその顔写真の下には、600億の賞金が書かれていた。喜ばしいことがあるとしたら、生死不問とは書かれておらず生け捕りと書かれていることだろう。

 

(なっんにも! 喜ばしくはない!)

 

 名無しの男は、自分を誘拐したことで600億を手に入れたと浮かれている男たちをみてそう思った。そう思うのは当然だ。生け捕りということは、引き渡されるまで無事なだけであって、その後はどうなるか分かったもんしゃない。

 生かさず殺さずで拷問されるかもしれないし、生きたまま躍り食いされるかもしれない、もしかしたら生きたまま剥製にされるかもしれない。間違いなく、ろくな事にならないと言う確信だけが男の中にあった。

 

「それにしても、神降ろしってのは女しか出来ないんじゃないのか? こんな、冴えない男が降ろせるものなのか?」

 

「ここヘルサレムズ・ロットなら何でも起こるし、何も不思議じゃないだろ」

 

「へへ、違いねぇ」

 

「でも……」

 

 そう言って誘拐犯の一人が、名無しの男に近づいてヤンキー座りをして目線を合わした。そしてドブのような臭い匂いの息を男に吹きかけた。

 

「なあ、どうやってやったんだ? 神降ろしなんて早々できるもんじゃねぇ。俺にちょっとその方法を教えてくれねえかなぁ。なぁ、兄ちゃん」

 

 ギョロッとした6つの目を、名無しの男に向けて誘拐犯は言った。

 名無しの男は、その昔その手の男に絡まれた時を思い出した。別に大したことは無かったので、ひたすら自分が悪いわけでもなかったが、謝ったので大したことは起こらなかったが、肝っ玉が冷える感じであった。

 そして、その時の数倍命の危険がある状況で、男の小さい肝っ玉は冷え切って、凍ってしまっていた。

 

「別に減るもんでもないだろう? なあ、兄ちゃん考えても見てくれよ。神だぞ、神! 世界中がその安全な降臨方法を求めてて、その方法には600億以上の価値がある。なあ、兄ちゃん教えてくれよ」

 

「いや、その……。自分でも何がなんだか……」

 

 名無しの男がそう答えると、誘拐犯は人間の数倍はある拳を名無しの男の腹に叩き込んだ。

 内蔵が押しつぶされ、肋骨の折れる音が聞こえた。一瞬体が宙に浮き、重力によって落ちる。そして、車の床に崩れ落ちた。

 

「おい、殺すなよ。ヒューマンは脆いんだから」

 

「大丈夫だって。手加減は慣れてんだ」

 

「な……にが……、手加減……だ……」

 

 崩れ落ちた男に対し、いい加減なことを行っている誘拐犯は手加減をしているようだが、名無しの男はもう半死半生だった。肋骨が折れたせいか、息をするのが辛く、酸素を求め荒く呼吸をしていた。

 

(それにしても……600億か……)

 

 600億その数字は男にとって特別な数字であった。TRIGUNの主人公ヴァッシュ・ザ・スタンピードにかけられた金額と同じであった。

 そして、そんなことを考えているとあるものが転がっていることに気がついた。さっき殴られた衝撃で落ちだのだろう、胸ポケットに刺していたヴァッシュ・ザ・スタンピードのサングラスが落ちていた。

 男はそれに手を伸ばした。

 

「おいおい、何やっているんだ?」

 

 誘拐犯が気がついたときには、名無しの男はそのサングラスを自分につけるところであった。そう、600億$$の男、ヒューマノイドタイフーン、そして誰よりも平和を愛した男のサングラスを。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「あれは……」

 

 目の前で目的の男を誘拐されたクラウスとスティーブンは、男の行方を探していた。

 同僚の狼女に連絡を取り、かすかな痕跡から目的の車を追跡していたのだ。

 そして、その辿り着いた先に待っていたのは、ボロボロになった車と、金髪のトンガリヘアに赤いコート、手にはとても人間が扱えるサイズとは思えないリボルバーを持った、一人のガンマンであった。




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オタク、金髪トンガリになる

サクサク話は進むよぉ


「はっ?」

 

 名無しの男はまた殴られるのではないかと、反射的に自分の頭を守るために亀のように丸まったが、恐れていた衝撃は訪れなかった。それどころか、誘拐犯の男たちは何やら驚いている様子であった。

 それと同時に名無しの男の頭の中では、ある男の経験をインストールされているような、奇妙な感覚に陥ってた。

 

「お前、誰だ?」

 

 誘拐犯の男は、名無しの男の腕をつかみ、男を引き起こすと顔を突き合わせた。

 

「いや、僕は……」

 

「さっきまでお前は、黒髪だったはずだ、お前は誰だ!」

 

 誘拐犯は、唾を飛ばしながら何かを恐れるように言った。

 その言葉を聞いて、名無しの男は初めて自分の身体が何やらおかしいことになっていることに気が付いた。着ているものが、貸してもらったジーンズと白シャツではなく、赤く重たいコート、それに履いていたはずのスニーカーはいつの間にかブーツになっていた。

 それに加え自分の声が、遠い昔アニメで聞いたことのある声になっていることに気が付いた。

 

「あれ、もしかして……」

 

「っち、何かしゃべれや!」

 

 誘拐犯は、状況を飲み込めていない名無しの男を殴りつけるべく思い切り、こぶしを振りぬいた。

 異形の者のこぶしは的確に赤いコートに突き刺さり、名無しの男をトラックの壁へと叩きつけた。先ほどよりも手加減のないパンチは、人間が死ぬには十分すぎる威力であった。

 

「おい、死んだんじゃねえか……」

 

「何も言わねえこいつが悪いんだ!」

 

 赤いコートの男は、壁に寄りかかったまま微動だにしなかった。大口径の銃で撃たれたときのような衝撃を普通の人間に与えれば、当たり前のように死ぬか、ほぼ死んだ状態になるだろう。

 そんな状態であったため、せっかくの賞金首を殺してしまったのではないかと、誘拐犯たちは焦りを覚え始めていた。

 

「おい、死んでねえだろう……な……」

 

 殴った張本人が、死んでいないか確認するために近づいた。そして、確認するために男に対して話しかけたが、最後まではっきりとした言葉で言い切る事は出来なかった。

 誘拐犯の陰で、他の男たちから、赤いコートの男の姿が見えなくなった瞬間、誘拐犯の男は崩れ落ちた。

 

「おい、大丈夫……か……」

 

 その男に駆け寄ろうとした仲間たちは、次々に銃の発砲音と共に崩れ、トラックの床に倒れ伏していく。また一人、また一人と苦連れていく様はホラー映画のようであった。

 

「な、なにが、何が起こったんだーー!」

 

 誘拐犯の一人は、壁に掛けてあったアサルトライフルを持つとやたらめったら打ち始めた。あまりの恐怖で、目に見えない何かを撃とうとしているのかも知れないが、彼の放った銃弾はただ壁に穴をあけるだけであった。

 

「跳弾して危ないよっと」

 

「なっ」

 

 男の後ろに、いつの間にやら赤いコートの男が回り込んでいた。そして、慣れた手つきでアサルトライフルを解体すると、彼の顎を掌底で打ち抜いた。

 崩れ落ちた誘拐犯を確認すると、赤いコートの男は大きく息を吐いた。

 

「うまく行ってよかった」

 

 そうつぶやいた男は、ゆっくりと自分の体を確かめた。赤いコートに、黄色いサングラス、まばゆい金髪は天高く立ち上がっていた。そして、腰にはリボルバーが一丁下げられており、恐らく左手はマシンガンが内蔵された義手だろう。

 つまり、名無しの男(ジョン・ドゥ)は、サングラスをかけるとヴァッシュ・ザ・スタンピードになってしまったという事だ。

 しかもさっき、このサングラスをかけた瞬間に、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが歩んできた数百年を駆け抜けるように追体験したのだ。あくまでヴァッシュの経験を飛ばし飛ばし追体験したに過ぎないので、彼の化け物じみたガンテクニックには遠く及ばないであろうが、ドタバタ騒ぎにある程度対応できる分の経験は積むことが出来た。

 

「まさか、このサングラスがな……」

 

 名無しの男は、自分のかけているサングラスをつつき、言葉を漏らした。確かに、彼はTRIGUNオタクであり、あの作品を愛していたが、好きだからこそヴァッシュのような人生は送りたくなかった。

 彼は人間ではなくプラントと呼ばれる人工的に生み出された生き物であり、その力は星を破壊するかもしれないほどだ。

 しかし、その圧倒的ともいえる力に過信することなく、修練の極致にたどり着き、星の運命を左右するほどのガンマンになった彼の生きざまは、過酷の一言であった。自分を殺しに来る人でも決して殺さず、ラブ&ピースの精神で戦った彼の人生は、見ている分にはいいが、なりたいものではなかった。

 

「はぁ、そんなこと考えてもしょうがないか……」

 

 名無しの男は、首を振り頭の中からヴァッシュの生きざまについての考えを消すと、運転席に向かった。

 

「あとは君だけだ、車を止めてくれる……あれ?」

 

 運転席に座った男のこめかみに、リボルバーを突きつけ車を止めようとしたが、ある異変に彼は気が付いた。運転手の頭部に綺麗な穴が開いており、運転手はすでにこと切れていた。

 

「え、え、えっ……嘘!」

 

 男のこめかみに銃を突きつけた衝撃なのかは分からないが、運転手の身体が傾いていき、それにつられてハンドルが周り、車が壁に衝突するコースに入った。

 名無しの男は全力で後ろへと走った。衝突するまで数秒、もしかしたらそれすらもないかもしれないが、とにかく走った。

 トラックの床で気絶したり、足を撃たれてうめき声をあげている誘拐犯に見向きもせずに走った。彼らは異形の身体なのだ、人間みたいに死にはしないだろうと言い訳を考え、自分はあくまで人間だから死ぬかもしれないから見捨ててすまないと、ほんの僅かだが頭の片隅に考えながら走った。

 

 そして衝撃が訪れた。

 

 もともと異次元を走っていたのだろうか、現世に突如現れたトラックは道の脇にあった店の壁にぶつかった。流石にぶつかった程度では爆発はしなかったが、それなりの衝撃があったせいか、トラックの運転席はぺちゃんこになり、荷台の中もぐちゃぐちゃであった。

 

「はぁはぁはぁ、何とか死んでない」

 

 名無しの男は、間一髪後ろの扉から逃げ出すことに成功し、地面を転がっていた。息は荒く、心臓が痛いほど拍動していた。

 呼吸を整え、何とか立ち上がろうとしたときにさらなる異変に気が付いた。

 額に銃が突きつけられている。

 

「おう、あんちゃん。あのトラックにいたってことは、あれだよな。600億の賞金首のありかを知っているよな。ちーとばっかし、俺に教えてくれはしないか」

 

 名無しの男は状況を理解した。お祭り騒ぎの後には、平穏ではなく次のお祭り騒ぎが来るという事を。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「あれは、ゴンザレスファミリーじゃないか」

 

「他にも、超銀河教会、雨を飴に変える会もいるな」

 

 現場にたどり着いたクラウスとスティーブンは、改めてこの混沌とした状況を見て呆れたように会話をしていた。赤いコートの男をいくつもの武装集団が身柄を確保しようと攻撃を加えていた。

 赤いコートの男も、手に持ったリボルバーで反撃しているようだが、彼らの見たところ武装集団の連中は行動不能になっているだけで、死んだ者はいなかった。

 

「なかなかの使い手だな、クラウス」

 

「そのようだ」

 

「とりあえず、あの赤いコートの男を僕達で確保するか」

 

「そうしよう」

 

 スティーブンとクラウスは無造作に、お祭り騒ぎの中へと入っていった。しかし、そのお祭り騒ぎもすぐに終結することになる。

 

「エスメラルダ式血凍道、アヴィオンデルセロアブソルート(絶対零度の地平)」

 

 スティーブンは大きく足を地面へと叩きつけると、周囲にいたバカ騒ぎをしていた者たちを凍り付かせた。この技は、彼の使うエスメラルダ式血凍道の技の一つであり、広範囲の人間の拘束に向いていた。

 

「あああん、何が起こった! あいつだ、あいつをやれーー!」

 

 スティーブンが周囲を凍り付かせたことで、周囲の者も二人の存在に気づき攻撃を仕掛けてきた。明らかな強者を早めにつぶす、個々には様々な非合法組織がいたが、彼らの心は一緒だった。

 やられる前にやるだ。

 

「ブレングリード流血闘術39式 血楔防壁陣(ケイルバリケイド)」

 

 スティーブンの次に技を放ったのは、クラウスだった。突如現れた血の十字架で、残りの者たちがあらかた拘束されたのだ。

 一斉に攻撃を仕掛けていた分クラウスの攻撃は効率よく敵を制圧できた。

 そんなこんなで、ほんの数秒で馬鹿騒ぎを収めた二人は歩みを進めた。

 

「さてさて、君は何者かな?」

 

 ゆっくりとスティーブン達は、いきなり周囲の人間が凍り付いたり、血の十字架で拘束されたりして、状況を飲み込めておらずワタワタとしている、この騒ぎの中心である赤いコートの男に近づいていくのであった。

 

 

 

 




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オタク、説明し選択する

感想、誤字報告あざす
ちなみに時代的には大崩落から2年半ぐらい、レオナルドが来る半年前ぐらいの時代設定で書いてます(適当)
関西弁は大阪弁変換を使って書いてます(適当)。違和感あったら誤字報告で訂正して下せえ


「という事は、君は全く自分の名前も、儀式についての記憶もないのか」

 

「ええ、まあ、その……そうなんです。ごめんなさい」

 

「なんということだ」

 

 ライブラの構成員であるクラウスとスティーブンに確保された名無しの男は、彼らにアジトへと連れていかれ、応接室のようなところで取り調べを受けていた。

 ライブラとしては神降ろしの儀式の全貌が知りたかったため、あれやこれやと確認をしていくが、まったくそのような記憶がない名無しの男は何も答えられなかった。

 

「サングラスをかけると彼の知っている漫画の登場人物に変化する能力があり、神格存在の検知器には彼の存在に神が関わったことを表している。しかもジョン・ドゥか、名前も忘れているとなると……お手上げだ。どうするクラウス?」

 

「ふむ……」

 

 ジョン・ドゥこと名無しの男の目の前に座るスティーブンは、両手を上げて降参のポーズをとっていた。問われたクラウスはというと、顎に手をやり深く考えているようであった。

 

「そのヴァッシュ・ザ・スタンピードというものに変身する時に、何か変化はあったかね」

 

「えーと……。彼の人生を駆け足で経験しているような感覚を味わいました」

 

「人生を……」

 

「そうです。彼の人生、人ならざるもの(プラント)として生まれ、人間を愛し、人間を信じ、人間を守るために戦った男の半生を」

 

「ふむ」

 

 クラウスは考えていた。目の前の男が、飛び切り危険なものなのか否か。ただ危険なものはこの世界にあふれている。重火器にせよ、核兵器にせよ人の手で制御できるものならば、まだ安心できる。

 しかし、人知を超えたものの中には、そんなものよりも危険なものなどたくさんある。ブラッドブリード(吸血鬼)しかり、世界崩壊につながりかねない術具しかり。あちらの世界とこちらの世界が交わったことでできた、本来存在してはいけないものたちも含まれる。

 目の前の男がどちら側なのか、クラウスはじっくりと考えていた。

 

「それにしても、儀式の会場で使われた弾薬は、リボルバーでは発射できないものだった。よっぽどの重火器でないと、あれは何だったんだ」

 

「ああ、それは……もしかしたら」

 

 クラウスが悩んでいる間、スティーブンも頭によぎった疑問を口にしていた。そして、その答えであろうことを名無しの男は気が付いた。

 彼はポケットからもう一つのサングラス入れを取り出した。そして、その中から黒のサングラスを取り出したのだった。

 

「それは?」

 

「もう一つのサングラスですよ。ニコラス・D・ウルフウッドのね」

 

「そいつはどんなキャラなんだい」

 

「んー、人情家で、元暗殺者集団の中の腕利き、ヴァッシュの相棒ですね」

 

「ほーん。じゃあ、それもかけてみてくれ」

 

「分かりました」

 

 名無しの男は、言われる通りにこの世界に来てからかけることのなかった黒いサングラスをかけるのであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「すごいな」

 

 スティーブンの前に座っていた男は、いつの間にやら黒いスーツを身にまとって、傍らには布でまかれた巨大な十字架が立てかけてあった。

 体の大きさはスティーブンとほぼ同等、鍛え上げられた肉体はスーツの下に隠されていたとしても、はっきりと分かった。

 

「僕らの認識の外での変化か……」

 

 スティーブン達はいつ彼が変化したのか分からなかった。彼らの認識の外での変化。それは神の御業とでもいえるものであった。

 

「その体で異常はないのかい?」

 

「特に違和感はあらへんなぁ」

 

 スーツの男は自分の身体をぺたぺたと触ったり、大きく腕を回したりしながらクラウスの質問に対し答えた。喋りがエセ関西弁なのは、ウルフウッドになったために起こったことだ。

 

「その十字架は何だ?」

 

「ああ、これは……」

 

 そう言って、男は十字架についていたバンドを外し、布をとって中身を見せてくれた。

 

「これは……」

 

「超人暗殺集団『ミカエルの眼』における最高の栄誉の証、パニッシャーや」

 

 クラウスとスティーブンの二人が目を見開いて、その手にある武器を見るのもしょうがないことだった。

 その武器はあまりに不合理的に巨大で、あまりに大げさな武器であったからだ。

 

 パニッシャー、ニコラス・D・ウルフウッドのメインウエポンであり、彼の代名詞ともいえる武器だ。

 その砲身から放たれる弾丸は容易く人を破壊し、いかに超人であっても死を免れない威力だ。それに、反対側の砲身から放たれるロケットランチャーはそこらへんの戦車から放たれる弾丸よりも高威力のものだ。

 明らかに過剰ともいえる対人戦闘用の武器だが、TRIGUNの世界ではこのような武器が当たり前のように出てきていた。そもそもTRIGUNは明らかに、舞台設定が血界戦線よりも未来の物語だ。ある意味現代のオーパーツのような物なのだ。

 

「薬莢を貸してもらうことはできるか?」

 

 スティーブンの言葉を聞いてウルフウッドに変身している男は、パニッシャーの中か弾薬を取り出した。そして、その弾丸を持ったスティーブンは納得のいった表情になった。

 

「これだ、あの儀式の祭壇付近に落ちていたものは」

 

 スティーブン達が、神降ろしを行っている祭場に訪れたとき、其処にいた者たちは一命をとりとめていたものの、ほぼ全員が瀕死の重体であった。そして、其処にあった弾薬がパニッシャーから出された弾丸と同じであったのだ。

 あの祭場には、普通の弾丸では傷すらつかないような異形のものがいたのだ。それにも関わらず重症を負っていたため、その弾丸が一体何なのか解析が行われていた。

 そして、その解析の結果がすべて不明。使われている金属の種類も、火薬も何もかも不明という事でお手上げ状態だった。

 その、疑問が晴れてスティーブンは荷物を一つおろしたような気分になっていた。

 

「でも、ワイは其処にいってへんぞ」

 

「恐らく、君の意識が戻る前の行動だったのだろう」

 

「そう言うことだな。で、クラウス。彼をどうする?」

 

「うーむ」

 

「ワイはどうなってまうんや?」

 

「君の身体からは、それなりの神の奇跡の痕跡が検出されるんだ。それだけで、各種研究機関が喉から手が出るほど君の身体を欲しがるだろうし。それに、今君は600億の男だぞ。まあ、平穏に暮らすことはできないだろうね」

 

 スティーブンは今の彼の状況を簡潔に述べた。スティーブンの言った通り、名無しの男の周りは非常に危うい状態になっている。神による改変を受けたであろう体、600億の賞金首、未来の武装、どれをとっても厄介ごとしかなかった。

 そして、ライブラとしても彼の今後は重要なものとなっていた。万が一敵対組織に彼を奪われでもしたら、間違いなく厄介なことになる。それに加えて賞金首の影響もあって街の治安が、それはそれはひどい者になるであろうことが予測された。

 

「君はどうしたいんだ」

 

「せやったら、ワイは自分のほんまの名前を取り戻したい。そのためやったら何でもするつもりや」

 

「そうか、名前か。君には二つの選択肢がある」

 

「なんや」

 

 クラウスは、名無しの男に向けて言葉をかけた。

 

「一つ、君は私たちの監視下で生活することになるが、ヘルサレムズ・ロットから去るという選択肢だ」

 

「それは……」

 

「そう、この選択を君が選べば君は自分の本当の名前を取り戻すことは非常に難しくなるだろう」

 

 クラウスの言っていることは事実だ。ひとまずこの危険な町から逃げ、隠れるようにして一生を過ごす。しかし、ヘルサレムズ・ロットから去るという事は、儀式の真相から遠ざかるという事だ。彼が一体何者で、どうして、この世界に来たのかという問題を解明しないまま、ただ監視されながら日々を無為に過ごす。これが一つ目の選択肢。

 

「二つ目の選択肢だが……、ライブラに入るという選択肢だ」

 

「ライブラ……」

 

「さっき話した通り、ライブラはこの街の異常現象や異界犯罪等を相手に秘密裏に解決する組織だ。この街のどこかに君の本当の名前を知る手掛かりがあるかもしれない」

 

 名無しの男はこの場所に連れていかれる前、スティーブン達のことを簡単にだが聞いていた。ライブラと秘密結社のことも聞いていたが、まさか誘われるとは思いもしていなかった。

 

「もしも、入ってくれるなら。安全な住みかを提供することもできるし、600億の賞金首についても色々とすることが出来るかもしれない。どうするジョン・ドゥ(名無しの男)?」

 

 名無しの男は、必死に考えていた。彼のモットーは安全第一。しかし、さっきクラウスに話したことも確かだ。少しでも、自分の名前に関係する手がかりを得れるなら何でもするつもりであった。この数日、本当に奇妙な経験をしたのだ。一体自分は何者で、なんのためにここにいるのかと。

 名前とは個人を定義するものだ。他者とは違う己を定義する者。ただ名前を忘れたわけではない、神に名前を奪われたのだ。心の中にある焦りは、この世界に来てから日に日に強いものになっていた。

 

「クラウスの旦那。ワイは、英雄たちの経験を追体験しただけや。このパニッシャーも恐らくやけど、十分に使いこなせへんやろうし、トンガリになったとしても、あんな超絶テクニックはあらへん。それでもええんか?」

 

「大丈夫だ。諦めぬ限り、進み続ける限り、人間がくじけることは無い。ようこそ、ライブラへ」

 

「よろしく頼むわ、クラウスの旦那」

 

 こうして、名無しの男ことジョン・ドゥは自分の本当の名前を探すために歩き続けることを決めたのだった。




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オタク、チンピラに出会う

次の話からバカ騒ぎですわよ(まだ内容を考えていないことよ)
主人公の名前はジョン・ドゥとなりますわよ(名無しの男ってかくのに飽きたのですわ)
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 名無しの男こと、ジョン・ドゥはライブラに与えられた一室で大きく伸びをしていた。

 ライブラに入って3日経ったが、クラウスとスティーブン以外の人員と顔を合わせる事は無かった。

 というのも、他のメンバーは別の案件に当たっている最中であり、本拠地にいないのと、ジョン・ドゥがスティーブンから渡されたライブラとヘルサレムズ・ロットに関する書類を呼んでいる最中であったからだ。

 

「それにしても肩がこる」

 

 首を横に倒すと、こきっという音とともに固まっていた筋肉が柔らかくなっているようだった。

 

 ヘルサレムズ・ロットに関する知識のない彼は、この魑魅魍魎が跋扈する奇天烈な町で、危険な出来事に巻き込まれないように歩くための知識すらなかった。

 ヒューマンが入ってはいけない場所、乗ってはいけないバスや電車、絡んではいけない合法組織、絡んでいい非合法組織。そのすべてを頭に叩き込むよう指示されたのだ。

 

 日本に住んでいると忘れてしまうが、日本の治安は世界でもトップクラスの良さだ。アメリカですら誘拐や、強盗、殺人に強姦などの犯罪が日本とは比べ物にならない件数起こっている。そのアメリカなんて比べ物にならないほど、このヘルサレムズ・ロットはいろいろな意味で危険な町になっていた。

 

「そろそろ、本部に向かうかぁ」

 

 朝の復習がてら資料を読み返していた彼は、再度大きく伸びをして資料をバッグへと入れてサングラスをかけた。

 600億の男、それが今の彼の名前の一つとなってしまっている現状、素顔をさらして町中を歩くのは死にたがりとしか思えない状況であった。そのため、外出する際にはヴァッシュか、ウルフウッドのサングラスをかけて姿を変えて出る必要があった。

 

「それにしても、ビビアンに申し訳ないなぁ」

 

 今日はヴァッシュの気分だったのか、赤いコートを着た姿になったジョン・ドゥはライブラから支給されたオートバイにまたがった。

 

 ビビアンのダイナーには、ライブラのメンバーが退職したという事を連絡していた。流石に、あのまま働いていると面倒な事になるのが間違いなし、というか毎日ダイナーががれきの山に変わってしまう危険性があったため、退職することにしたのだ。

 ビビアンは、その話を聞いてたいそうご立腹であったらしいのだが、そのことを未だジョン・ドゥは知らなかった。

 

「本当にこの町は毎日がお祭り騒ぎだなぁ」

 

 毎日どこかで、何かしら不思議な事や、物騒なことが起こっているこの街に住んでいる住人たちはたくましかった。

 2年と半年前この町は異界と融合し、ニューヨークという町からヘルサレムズ・ロットという町に変化した。そこに元々住んでいた住人たちは、正確にはその時の事を覚えておらず、そして異界の人への嫌悪感を示さなかった。

 

 まるで、昔からそうであったかのように。

 

 一方で、町の外でこの変化を観察していた人々は、異界の住人を嫌悪したり、排除しようとした。その影響でヒューマンしか入れない区域が出来たり、逆に異界の者しか入れない場所が出来たりと混沌とした空間が生れたのだ。

 

「おっと、ここだここだ」

 

 ジョンはバイクを操作して、何とか駐車場へと入っていった。ヴァッシュの身体になると、非常にバイクの運転が下手になる。一応、ジョン・ドゥ自体はバイクの運転免許を持っていたため、何とか運転できる程度の下手さに落ち着いているが、ヴァッシュの運転下手のデバフは非常に強力だった。

 

「スタンドよし、鍵よし、怪我無し、さて行くか」

 

 ちゃんとバイクが停車したことを確認した後、ライブラに通じるいくつもの扉の一つに向かって行ったのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「こいつが新入りですかぁ?」

 

 ジョン・ドゥは、目の前で自分に指を向けている男をぽかんと見ていた。

 ライブラの本拠地にたどり着いた後、ジョンはクラウスに仕えている執事のギルベルトと一緒に、資料の確認等をしていた。ジョンはそこまで物覚えが良いわけではなかったが、ギルベルトの腕が良かったのか、ほとんど完璧といっていいほどこの街についての基礎知識を習得していた。

 

 そして、優秀な家庭教師のようになっていたギルベルトと共に和やかな時間を過ごしていた昼下がり、ジョンが初めて見る男が現れた。

 

「どう見ても、ライブラに入れるような男に見えないんですが、ギルベルトさん」

 

「ほほ、坊ちゃまが入隊していいと言ったのです。今は、まだこの街に対する知識が少ないみたいですが、いずれ欠かせない人員となるでしょう」

 

「ダンナがねぇ」

 

 ジョン・ドゥは目の前の目の前の青年を見た。身長は彼とほぼ同等かちょっと彼の方が大きく、よく鍛え上げられた肉体が服の中に納まっているのだろうと思わせるが、そうとは感じさせないスタイルの良さと顔の良さがある。しかし粗野な言動と目つきの鋭さからは、彼が一筋縄ではいかない男だと判断できた。

 

「ジョン・ドゥです。よろしくお願いします」

 

「ジョン・ドゥ? 名無しの権兵衛だぁ?」

 

「彼は、自分の名前が無いのですよ。」

 

「名前が無い?」

 

 ジョンが名乗ると、白髪の男は少し怪訝な顔をした。それも当たり前だ。ジョン・ドゥとは、身元不明の男性の死体を指す隠語であり、その名前をかたる男がまっとうな男なはずがないのだから。

 

「彼は、上位存在に名前と部分的な記憶を奪われているのですよ」

 

「ほー、新しく名前を付けることはできないんですか。ギルベルトさん」

 

「それが、仮の名前を付けようとしたところその名前を名乗ったとたん、その名前の記憶が消えるという事態になりまして」

 

「はぁ、意地でもそのくそ野郎はこいつに名前を付けさせたくないってわけですか」

 

「そのようで、それで色々試した結果、何とかジョン・ドゥという仮の名前は大丈夫だという事になりまして」

 

「それでジョン・ドゥか。まあ、旦那が良いと言っているなら大丈夫だろうさ。俺はザップ・レンフロだ、死体野郎。精々、ライブラに迷惑かけ……のわっ」

 

 ザップが、ギルベルトの話を聞いて簡単なこれまでの経緯を聞いて自己紹介をしたところ、いきなり何者かがザップの頭の上から現れたのだ。

 

「あー、なんでこんなところにいるのよ。靴が汚れるでしょ、クソ猿」

 

「んだと、雌犬」

 

 ザップの頭の上に現れたのは、非常にスタイルの良い黒髪の女性であった。黒いスーツに身を包んだ彼女は、突如としてザップの頭の上に現れ、その上悪びれもせずザップの髪の毛に靴底をこすりつけている。

 ぽかんとして、突如現れた美女をガン見していたジョン・ドゥに気が付いたのか、そのままの状態でにこやかに笑いかけてきた。

 

「こんにちは、私はチェイン・皇。あなたは……」

 

「あ、私はジョン・ドゥと言います」

 

「ジョン・ドゥ?」

 

「どけヤァ―――」

 

 ジョンの答えに可愛らしく小首をかしげたチェインの下で、踏みつけられていたザップの限界が訪れた。全身に力を入れ、チェインを吹き飛ばしながら立ち上がったザップは、ひらりと床に降り立ったチェインに詰め寄った。

 

「おい、雌犬。俺の頭は、ヘリポートでもなんでもないんだよ。わかっているのか!」

 

「あーら、ごめんなさい。ちょうどいい位置に頭があったもんだから、思わず踏みつけてみようと思って」

 

「んだと、ゴラァ」

 

 まるで子供の剣かの様に低レベルな罵倒が、二人の口から飛び交い部屋をにぎわせていった。そんな二人を見て、ノリについていけないジョンは固まってしまっていた。

 

「ふふふ、本当にお二人は仲がいい」

 

「「仲良くなんかない!」」

 

 ギルベルトのその言葉に、二人して反応する姿もまたコミカルで、息の合ったものだった。

 

「それで、なんで彼の名前がジョン・ドゥなのよ」

 

「けっ、上位存在に名前と記憶を奪われたんだとよ」

 

「それで……」

 

 チェインは、ザップの返答ですぐに納得がいったようであった。上位存在に名前が奪われる。そんな映画でしか出てこないような言葉をすぐに受け入れてしまう、そんな環境がこの街にはあった。

 

「じゃあジョン、これからよろしく」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 チェインは手を差し出し握手をしようとしたが、まだ日本人の癖が抜けてないジョンはへこへこと腰を曲げようとしてしまった。そして、チェインの手に気が付いたジョンは、そのへっぴり腰のまま握手するのであった。

 

「みんな揃っているな」

 

 そして、一応の挨拶が終わっ手和やかな空間にもどると思いきや、新たなお祭り騒ぎがやってきたようであった。




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オタク、はじめてのにんむ
オタク、紹介される


おほほほほ、評価のバーに色がつきましたわ!
新作日刊にものりましたわぁ!
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 こぽこぽという音とともに、コーヒーの良い匂いが部屋に満ちてきた。そんな穏やかな昼下がり、ライブラ本部では、次の作戦のブリーフィングが始まろうとしていた。

 

「今回のターゲットは、これだ!」

 

 スティーブンが、ホワイトボードに写真を張った。そこには、手のひらに収まるほどの小瓶が映っていた。

 小瓶の中には何やらピンク色の粉のような物が入っており、ラベルには妖精の絵柄が書いてあった。

 

「これは妖精の鱗粉と言われる薬物だ。こいつを吸い込むと、一時的な健忘と幸福感が襲ってくる」

 

「質問です」

 

「なんだ、チェイン」

 

「その程度の薬物なら、このヘルサレムズ・ロットには普通にあると思うんですが……」

 

「そう、これぐらいの薬物はそこら辺の売人を捕まえても同じような薬が買えるだろう。しかし、今回この妖精の鱗粉を我々が追うには理由がある」

 

 そう言って、スティーブンはもう一枚の紙をホワイトボードに張り出した。

 

「なんですかそれは」

 

 その紙に書かれていたのは、町の地図に赤い円がかぶさっている図だった。赤い円はかなりの広範囲であり、ヘルサレムズ・ロットの半分以上を覆い隠すような規模であった。

 

「これは、この小瓶の蓋が外されたときに想定される妖精の鱗粉の影響範囲だ」

 

「ほぼ町全体じゃないっすか」

 

「そうだ、ザップ。こいつは非常にたちの悪い薬物だ。小瓶の蓋を開けた瞬間、半径数キロまで薬剤が散布され、数時間の記憶を失う。しかも、こいつの効果を防ぐには特製のマスクをつけないといけないと来た。通常の防塵防毒マスクでは、瞬く間にこの薬の餌食になるだろう」

 

 スティーブンは力強く言い切ると、ザップ達の方を見た。

 

「この薬品が保管されている場所は突き止めてある。チェインには先行してもらって、内部の情報を教えてもらう。そして二か所ある倉庫を私とクラウス、ザップとジョンでタッグを組んでその場所を急襲する」

 

「俺と死体野郎が! 嫌ですよ!」

 

 スティーブンが作戦を説明すると、思い切り嫌そうな顔をしたザップが死体野郎こと、ジョンを指さして文句を言った。

 

「大丈夫だ、ザップ。ジョンの戦闘能力は私達で確認済みだ」

 

「ダンナたちが!? 嘘だぁ。こんなに野郎に何ができるんですか!」

 

「ん、お前たちジョンから聞いていないのか?」

 

「名前を失った死体やろうってことですか?」

 

 ザップとチェインは、スティーブンの言葉に首を傾げた。

 

 ジョンは荒事とは無関係な風貌をしていた。確かに体格自体はがっしりとしているかもしれないが、雰囲気はどちらかと言えばのほほんとしているような感じだ。

 二人からすれば、ジョンは戦闘要員ではなく事務処理の人員だと思われていたのだろう。

 

「ジョン、サングラスをかけてくれ」

 

「はい」

 

 ジョンは胸ポケットにかかっているヴァッシュのサングラスをかけて、ヴァッシュの姿へと変身した。

 

「のわっ」

 

「うわっ」

 

 ザップとチェインが驚くのも無理はないだろう、さっきまで、シャツにジーンズだった男が一瞬で赤いコートの男に変身したのだから。

 

「もう一つの方も見せてあげてくれ」

 

 スティーブンに言われるまま、ジョンはもう一つのウルフウッドのサングラスを取り出しかけ替えた。

 

「まじか」

 

 ウルフウッドの姿に変わったジョンを見て、ザップ達は言葉を無くしているようであった。ヴァッシュの姿は赤いコートを着ているというインパクトはあるものの、穏やかな印象の顔つきをしていた。そして、ウルフウッドの方は、一発で裏の社会の人間だという事を二人は認識したのだ。

 

「彼は、ヴァッシュ・ザ・スタンピードとニコラス・D・ウルフウッドという二人の姿へとサングラスをかけることによって姿を変えることが出来る。しかも、彼らの技量は折り紙付きだ。まあ、いくつか問題はあるみたいだがな」

 

「っは、ちょっと驚いちまったぜ。でも、その変身した姿ってのは強いのか?」

 

「かなりの腕だ。ヴァッシュの姿では超一流のガンマン、ウルフウッドの姿ではリジェネーターの能力に重火器による戦闘をこなせる。昨日訓練をしたんだが、一人で部隊を相手にするぐらいの能力はあることは保証するよ」

 

「ほーこいつがねぇ」

 

「さっき言ってた、いくつかの問題って何ですか?」

 

「それは私から話そう」

 

 ザップの不満を解消するように、スティーブンは言葉を重ねていったが、チェインはスティーブンがぽつりと言った幾つか問題って言うのが気になったようだった。そして、それに対しクラウスが話を始めた。

 ただ今の時刻は午後三時、三時のおやつが欲しくなる時間であった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「あああん、ってことはあの金髪野郎だと人を殺せないってことかぁ、死体野郎!」

 

「まあ、そう言うことになりますね。あはははは……」

 

 クラウスの説明を聞き、ジョンの問題点を聞いたザップはジョンの方を指さしながら言った。そして、ジョンの方はというと頭をかいて、困ったような表情をしていた。

 

 ジョンの問題点はいくつかあった。

 一つ、ヴァッシュの姿では不殺を貫いているというか、殺しが出来ないという事とと、仲間が殺しを行おうとしようとすると止めるであろう事。

 二つ目は、ウルフウッドに変身している時は殺すときは殺すができるだけ不殺をしていること。

 三つめは、ヴァッシュの能力をまだ使いこなせていない事などがあげられた。

 

 ザップが、ジョンに対してキレるのは当たり前と言えば当たり前であった。一瞬の判断が生死を分けるヘルサレムズ・ロットの戦闘において、不殺の楔でがんじがらめで縛って戦闘するなど命知らずの行いであろうし、それではタッグを組んでいる相方にまで影響を及ぼすからだ。

 

「まあまあまあ、ザップ言いたいことは分かるが、ここはひとつ協力してくれないか?」

 

「何かあるんですか?」

 

「ウルフウッドの姿で戦闘すれば万事解決ではあるんだが、使いこなせていないヴァッシュの能力も非常に魅力的な戦力になるかもしれないんだ。それを使えるようにするにも、ヴァッシュの記憶と実際の経験をすり合わせたほうが良いと考えてな」

 

「や―ですよ。なんでこいつの子守をしなくちゃいけないんですか」

 

「万が一の場合は、全力でやっても良いから……。まあ、いつも自分のことを天才だと言ってるザップになら、任せられると思ってな。まさか、そんな事もできないで天才を名乗るなんてことはしないよな」

 

「俺は絶対子守なんかしないからな!」

 

 ザップは大変ご立腹であるようで、肩をいからせていた。

 

「帰る!」

 

「おい、まだ説明が……」

 

 ザップは話は聞き終わったと言わんばかりに、背をいきらせて部屋を出て行ってしまった。スティーブンは引き留めようとしたが、やや諦めているようでもあった。

 

「はて、ザップさんはどちらに?」

 

 入れ替わりに入ってきたのは、午後のおやつを持ってきたギルベルトであった。

 

「彼は怒って出て行ってしまったよ」

 

「それはそれは」

 

 ギルベルトは、スティーブンの言葉を聞いて全く心配そうにはしていなかった。

 

「まあ、あいつもやる時はやる男だ」

 

「そうだな。む、また腕を上げたなギルベルト」

 

「美味しい」

 

「今回は非常に美味しくできました。ジョンさんもおひとつ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ギルベルトから渡されたクッキーは、記憶にあるどれよりもおいしかった。

 

「だいじょうぶですよ」

 

「そうですかね」

 

「ええ、殺せないという事は捕縛任務なんかで活躍できますし。今回、組ませたのも何か意味がある事なのでしょう」

 

「はぁ」

 

 ギルベルトのいう事にも一理あった。何もライブラは人殺しの集団ではない、どちらかと相手が生きていることが望ましいことのほうが大多数なのだ。

 しかし、中には殺す気で戦わないとこっちがやられてしまうような相手が、この街には多いこともまた真実であった。

 

「ま、なんとかなりますよ。何せ彼は天才ですから」

 

 ギルベルトはジョンにウインクをすると、言葉をかけて立ち去っていくのであった。あっけにとられた、ジョンであったが、何となく心が軽くなるのであった。

 




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オタク、町を歩く

血界戦線が舞台の二次創作、ハーメルンで38件しかなくて笑っちゃいましたわ!
完結してる作品は2件!
とりあえず頑張りますわ〜!
皆様、感想、評価、お気に入り、誤字脱字報告、大大大募集中ですわ〜!


 渋滞が起きているためか、ドロドロとした車の排気音が鳴り響く、そんなヘルサレムズ・ロットの夕暮れ時を、ヴァッシュの姿をしたジョンはのんびりと歩いていた。

 作戦会議から数日が経ち、作戦決行の日は明日にまで迫っていた。

 作戦が伝えられてから今日まで、ライブラにいる部隊員との戦闘訓練に、射撃場での鍛錬、ジョンの肉体での筋トレ等多種多様な用意を行っていた。銃を握り、引き金を引くごとに肉体と記憶、そして経験が混ざり合っていき、最適化していく感覚は心地よいものであった。

 しかし、その反面厄介なことも起きていた。

 

「相当ヴァッシュとウルフウッドに汚染されてきているなぁ」

 

 訓練をするごとにヴァッシュ・ザ・スタンピードという男の人生と、ニコラス・D・ウルフウッドという男の人生がジョンの身体に入り込んできていた。

 ジョン自体は平穏な日本での生活をしていたはずにもかかわらず、ジョンの肉体でも荒事に対する嗅覚というのだろうか、危険を察知する能力は非常に高いものになっていた。

 この体になって経った数日、しかしその数日間でジョンは平穏な暮らしというものを遠いもののように感じていた。

 

「ふうぅ」

 

 大きく息を吐くと、若干息が白くなっていた。今日は久しぶりに凍えるような北風が吹いていた。息を吐くごとに、出る白い息は徐々に天へと昇って行き消えていく。それがまるで己のようであった。

 

 二人の記憶を経験するごとに、平穏に過ごしていたはずの心が薄れていき、消えていく。

 自分を取り戻したいのにもかかわらず、そのために自分という存在が無くなっていくという、なんとも矛盾を抱えた状態になっていた。

 

「もしかしたら、俺はもう漫画のキャラクターなのかもしれない」

 

 彼は血界戦線という物語を少し知っていた。

 トライガンの作者が書いていた作品という事もあり、軽く読んでいたものの、学生時代の暇な時間はどこへやら、社会人の忙しさに飲み込まれ、深く読み込んではいなかったのだ。

 この物語は、神々の義眼を持った少年が主人公のストーリーそれぐらいしか知らなかった。

 

 そんな世界に来てしまった彼は、現実と思っていた世界の自分ではなくなってきているという自覚を持っていた。もうすでに、この新しき世界の歯車の一部になっているのかもしれないと。

 

「はぁ……あっ」

 

「きゃっ」

 

 物思いにふけりながら歩いていたからであろうか、ジョンは路地の角から出てくる人に対して全く気付かずにぶつかってしまった。ぶつかった相手が小柄だったからか、弾き飛ばしてしまって、地面にしりもちをつかせてしまっていた。

 

「あ、だ、大丈夫!?」

 

「せんぱーい大丈夫ですか?」

 

「痛たたたた。もう、どこ見て歩いてるんですの!」

 

「いや、ご……め……」

 

 ジョンは言葉を無くしていた。弾き飛ばした相手が、あまりにも、あまりにも似ていたからだ。

 

「メリル?」

 

「どこかで会った事ありましたか?」

 

「い、いや……」

 

 そう、ぶつかった女性があまりにもメリル・ストライフに似ていたのだ。

 メリル・ストライフ、彼女は、『ベルナルデリ保険協会』の災害調査員として、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが引き起こす「災害」を査定するために派遣された外交員であり、TRIGUNの作中ではヒロイン?枠の女性だ。

 丁寧で上品な口調だが、正義感が強く、ヴァッシュの起こしていくトラブルに真正面から当たっていく彼女の心の強さは読者を魅了していた。

 そんな彼女が、目の前にいた。

 

「だ、大丈夫ですの?」

 

「はっ」

 

 ジョンの中で、ヴァッシュの記憶が制御できないほどの勢いであふれ出てくる。彼女との会話、彼女との旅、彼女へのあたたかな思いが駆け巡っていた。

 ジョン自体はあったことは無いのにもかかわらず、何故か無性に懐かしく、彼女を見ていると一筋の涙が流れていた。

 

「だ、大丈夫ですの! ミ、ミリィ、わ、私は悪くありませんわよね」

 

「どうなんでしょうね先輩」

 

「笑ってないで、あなたも手伝って!」

 

「ハハハハハ!」

 

 メリルの後ろにいたのは大きなカメラを持ったミリィ・トンプソンだった。長い金髪のロングヘアに非常に大柄な彼女は、記憶の中の彼女そのものだった。

 メリルとミリィの会話を見ていると、彼女たちと会ったことは無いはずなのに、まったく違う世界なのにも関わらず、あのバカ騒ぎをしていた時を思い出して、ジョンは感情を制御できなくなってしまっていた。

 

「ひぃ、泣いたと思ったら笑い始めましたわ!」

 

「えーと、大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。ごめんごめん。ぶつかってごめんね、大丈夫だった?」

 

「そ、そうですわ! あなたがよそ見していたから、しりもちついちゃったじゃないの!」

 

「先輩もよそ見していましたけどね」

 

「そこ、だまらっしゃい!」

 

「いや、本当にごめん。懐かしい友人の顔にそっくりでさ……」

 

「そ、そうですの?」

 

 ジョンが笑うのを止めて謝り始めると、ジョンのことを気にかけていた彼女はどこへやら、さっきまでの勢いを取り戻したようにジョンを攻めてきた。

 そんな彼女に対し、ミリィが告げ口をする。なんともいいコンビであった。

 

「んんん、私はメリル・ストライフ、ヘルサレムズ・ロットで活動しているフリーのアナウンサーですわ。こっちはミリィ・トンプソン、一緒に活動しているカメラマンよ」

 

「どーも」

 

 ジョンは、彼女たちの名前が本当にTRIGUNに出てくる彼女たちの名前という事に驚いていた。

 しかし、その考えもそこまで気にすることは無いかという結論にすぐに至った。なぜならば、この世界とTRIGUNの世界は同じ作者の作った世界なのだ。もしかしたらファンサービスで彼女たちを輸入しているかもしれないし、自分が知らないだけでどこかに出てきていると思ったのだ。

 

「で、あなたの名前は?」

 

「へ?」

 

「あなたの名前よ」

 

「あー……うん。僕はヴァッシュ・ザ・スタンピードって言うんだ。よろしく」

 

「ヴァッシュさんね。よろしくお願いしますわ」

 

 なぜヴァッシュと名乗ってしまったのか、ジョン自身も分からなかった。ジョン・ドゥと名乗ってしまえばおかしな名前と思われるからとか、ヴァッシュの姿をしているのだから思わず名乗ってしまったとかあるかもしれないが、自信をもってこれだと思える理由は何もなかった。

 

「で、ヴァッシュさん。お礼代わりに、何か面白い話題はありませんこと?」

 

「面白い話題?」

 

「そう、私達はヘルサレムズ・ロットの面白い話題を求めているんですの。異界の人のおかしな特性とか、この街ならではの風物詩的なものですわね」

 

「へーそう言うのを探しているんだね。ってことは最近この街にお二人は来たの?」

 

「そうなんです」

 

「へえー」

 

 二人は、最近この街にやってきたようであった。成人男性であっても関係なく危険ごとに巻き込まれるようなこの街に女性二人でわざわざ来るなんて、命知らずか、恐いもの見たさなのか知らないが非常に危険だと言えた。

 

「それで、何か面白いネタは無いんですの」

 

 メリルは目を$マークに変えて、ジョンに詰め寄ってきた。

 

「ははは、いやぁ。僕も最近来たばかりでそこまで詳しいわけじゃないんだよ」

 

「はぁ、それならそうと先に言ってくださいまし」

 

 ジョンが頭をかきながらそう言うと、メリルはため息を吐きながら答えた。そして、ごそごそとカバンを漁ると一枚の紙を渡してきた。

 

「これは?」

 

「これは私たちの連絡先、ぶつかったお返しは何か面白いネタ一個で我慢してあげますわ。何かネタを仕入れたら、ここに連絡してください」

 

「はぁ……」

 

「行きますわよ。ミリィ」

 

「ああ、待ってくださいよ。せんぱーい」

 

 嵐の様に去っていたメリルとミリィは、あまりの勢いにあっけにとられているジョンを残してヘルサレムズ・ロットの雑踏の中に消えていった。

 

「いやぁ、すごい勢いだったなぁ」

 

 二人は、TRIGUNの漫画の最終巻ではテレビ局の局員になっていた。おそらく、彼女たちはそれを引き継いでいるのだろうとジョンは考えた。そして、何か面白いネタを探したら連絡しようとも。別に彼女たちとの縁を強くしたいわけじゃないが、ヴァッシュ達ん記憶が彼女たちにまた会いたいと言っているようであった。

 

 そんなことを考えて、ふと思い出したように自分の持っていた袋の中を見た。

 

「あ、卵われてるし……」

 

 さっきのメリルとの衝突で、買ってきたばかりの卵が割れてしまっていた。運悪く卵の容器を小袋に入れていなかったためか、レジ袋の中は卵の中身でぐちゃぐちゃになっており、見るも無残な姿になっていた。

 

「はぁ、最悪だぁ」

 

 ジョンは、肩を落として家路につくのであった。

 




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注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのだけはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気が無くなるので……(´・ω・`)


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オタク、急襲する

サクサク行きますわ!
懐かしの敵(ちょっと改造)の登場ですことよ!
皆様、感想、評価、お気に入り、誤字脱字報告、大大大募集中ですわ〜!


 町の人目につかない路地裏で、ジョンはヴァッシュの姿でザップを待っていた。作戦の目標はジョンのいるとこから10分ほどの地点であり、今回の任務ではザップとジョンの二人での急襲作戦となっていた。

 一応、ライブラの戦闘部隊が倉庫周辺を包囲し、逃げ出した売人たちを捕まえる作戦となっていたが、実際に戦闘を行うのはジョンとザップだけであり、徐々に時間が迫ってくるごとに緊張で体が固まってきていた。

 

「それにしても、ザップおそいなぁ」

 

 ザップとはあの作戦会議の後、顔を合わせることは無かった。正直作戦時間にくるのか不安だったが、スティーブンからはライブラの作戦に関してはまじめだから、大丈夫だろうと言われていた。

 逆に言えば、ライブラの作戦以外での彼はクズだと暗に言われているような気がしなくもない言い方ではあった。

 

「ちゃんと来てるな、死体野郎」

 

 そんなことを考えながら、ボケっと流れゆく雲でも数えながら待っていると、若干不満そうな声が聞こえてきた。

 

「時間ぴったし、スティーブンさんから聞いた通りだ」

 

「ああん?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 ザップは、集合時間ぴったりの時間に集合場所にたどり着いた。日本人的な十分前集合の精神で待っていたジョンであったが、ザップはそんなものは無いらしい。まあ、時間に遅れないだけ素晴らしいとでもいった方が良いのだろう。

 

「で、準備はできているか?」

 

「ああ、できてるよ」

 

「けっ、足引っ張んじゃねえぞ」

 

「ははは、精一杯頑張るよ」

 

「っち」

 

 ザップは相変わらず、不機嫌そうにしながら目的へと歩き始めた。ライブラにはほとんど存在しない、ヴァッシュに変身している時のジョンの柔らかな物腰が気に入らないのか、悪態をついていた。まあそれでも、なんだかんだ一緒に行動をしてくれるようであった。

 

「それで、今回のターゲットだが……」

 

「ああ、ヴィクトルって売人と白骨騎士団って武装集団の取引だよね」

 

「ああ、白骨騎士団の方はこっちでやる。ヴィクトルって売人の方はお前が捕まえろ。後、できるだけ相手を地べたに這い蹲らせるなよ。その衝撃で麻薬の瓶が割れたらことになる」

 

「ああ、わかっているよ」

 

「んじゃ、お仕事といきますか」

 

 ザップはそう言うと、たどり着いた倉庫の扉の前で脱力をし手のひらに力を込めた。

 

「斗流血法、刃身ノ壱・焔丸」

 

 ザップがそう言うと、彼の手の中には一振りの刀が生み出された。ほぼ彼と変わらないであろう背丈の刀身は赤く染まり、その表面は鏡の様に周囲を映し出していた。

 彼はその刀で勢いよく倉庫の扉を切り裂いた。

 

「行くぞ」

 

「はぁ……」

 

 ジョンは、簡単に言うとドン引きしていた。いや、普通に扉からはいりゃいいのに何で倉庫の扉を破壊したのかと。おそらく鍵がかかっていただろし、これで正解なのだろうが、いまだ経験の乏しいジョンはこの行為が正しい潜入方法なのか、分からなかった。

 

「な、ななな何者だぁ! お前ら!」

 

「俺たちはライブラだ、さっさとクスリを出せば半殺しで勘弁してやる。もし抵抗するなら……」

 

「っち、お、お前たち俺を守れ!」

 

「へっ?」

 

 ザップの開けた穴からジョンが室内に入った時には、勢いよくザップが啖呵を切っているシーンであった。そして、ジョンが彼らを視認したと同時に分かったのは、次に送られるのは、言葉ではなく弾丸だという事だった。

 

「ひゃぁああああ!」

 

 銃の弾丸が来るという事をわかっていたザップはともかく、いきなり弾丸の雨に遭遇したジョンは全力で逃げるという方法以外とれる手段がなかった。それこそ、全力で物陰に隠れるべく走った。転がり込むように止めてあった車の物陰に隠れると、窓ガラスの割れる音や、車に弾丸が当たる音、銃撃音のサーカスがそこで起こっていた。

 

「おらぁ」

 

 逃げ隠れたジョンとは打って違って、ザップの方はというと勢いよくジャンプをして相手の集団の真ん中に降り立った。そして、なでるように相手の脚を切りつけ次々に戦闘不能状態にしていく。

 

「クソライブラめ、しにさら……ぐっ」

 

 ザップに次々に襲い掛かってくる敵は途切れることを知らず、切っても切っても次が現れる状態であった。そんな時、後ろから来た敵がザップの攻撃を受ける前に武器を落とした。

 

「あん、これは」

 

 ザップが目を向けた先には、ジョンがリボルバーを構えて立っていた。神速といっても良い早打ちでザップの周囲にいる敵の武器を正確に打ち抜き、敵を無力化していた。

 

「おい、死体野郎! お前は、奥に行って売人を探してこい!」

 

「はい」

 

 ザップがそう言うと、ジョンは急いで倉庫の奥へと走っていった。ザップがあたりを見渡すと、転がった武器がいくつも転がっていた。そしてその周囲には腕を押さえてうずくまっている男たちが何人もいたのだ。

 

「たくよぉ。新人のくせに援護しやがってよ」

 

 ザップはそう言うと、さっきよりも早い速度で周囲の男たちを無力化していった。

 

「ぜってえ逃がすんじゃねえぞ、死体野郎!」

 

 数分後、彼の周りには無力化された数十人の男たちがいた。そして、そのどれもが死んではいなかったのであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「はぁはぁはぁ」

 

「おい、もう逃げられないぞ」

 

「クソ、しつこいやつめ!」

 

 ジョンが追っていた男はすぐに最奥へとたどり着いて、息を切らして膝に手をついた。そして彼は、売人が大事そうに抱えたアタッシュケースが、おそらく目的の物だろうとあたりを付けた。

 

「おい、それを下に置くんだ」

 

「はいはい、分かったよっと!」

 

 ザップがアタッシュケースを下に置くように言うと、何かに気が付いた売人はにたりと笑い、いきおいよくアタッシュケースを投げ捨てた。

 

「くっそ……」

 

 アタッシュケースが地面にたたきつけられ、万が一中に入っているであろう妖精の鱗粉が漏れ出てしまえば大惨事になりかねないと判断したジョンは、全力でアタッシュケースを確保しようとした。

 しかし、それがいけなかった。

 

「金は払っているんだ。仕事しろネブラスカ親子!」

 

 売人がそう言うと、空中でアタッシュケースが独りでに開き、中からどう考えてもアタッシュケースに入るはずのない大きさの鉄球が射出された。

 大きさはおよそ彼の身長と同じ大きさの鉄球であり、まともに動いて避けれるものでもなかった。

 

「ぐっ」

 

 アタッシュケースめがけて走っていたジョンは、持っていたリボルバーの引き金を引いて、何とかその反動で身をひねり、鉄球でミンチになることを防いだ。

 

「まじか」

 

 アタッシュケースから出てきたのは身の丈4mはありそうな巨大な男であった。右腕は鎖のついた鉄球に変わり、足には車輪がついている。彼を言い表す言葉を考えるとするならば、不出来なサイボーグその言葉が正しいだろう。

 そして、その肩には背の小さな老人がつかまっていた。

 

「おい、ネブラスカ親子あいつらをやっちまえ」

 

「けけけけ、初発で仕留められねぇのは久しぶりだが、うちのゴフセフにかかればいちころよ」

 

「おおおおおおおおおお」

 

 雄たけびを上げ、ゴフセフは鉄球のついた右腕を構えた。そして、打ち出される鉄球は正確にジョンのいるところを狙い打った。

 

「のわぁぁああ」

 

 ジョンは右へ左へとかわしながら、相手の攻撃を把握していった。鉄球を巻き戻すのにかかる時間は何秒か、打ち出す鉄球がこちらにたどり着く時間はどれくらいか、相手との距離はどれくらいか、それを確認しながら少しずつ間合いを調節していった。

 

「けっすばしっこいやつだなぁ。んっ?」

 

 ゴフセフの方に座って指示している老人は、中々当たらないことにいら立ちを隠せなくなっていたが、ジョンが袋小路に追い詰められていることに気が付いた。

 

「おいおい、もうギブアップかぁ。もうちょっと楽しませておくれよ」

 

 ジョンはそれに答えず、指を曲げネブラスカ親子を挑発した。

 

「てめぇ、ミンチにしてやらぁ。やれ、ゴフセフ!」

 

 ゴフセフは、しっかりとジョンに照準をつけて発射した。鉄球は、瞬く間にジョンへと向かって行った。

 しかし、それがジョンへと当たることは無かった。神速の正確無比な早打ちで、すべての弾丸を同じところに当てて、軌道をずらしたのだ。

 

「JACK POT‼」

 

 わずかにそれた鉄球は、ジョンの斜め上を通り過ぎた。そして、落ちてきた鉄骨が鉄球とゴフセフを結んでいた鎖に絡まった。

 

「巻き戻せゴフセフ‼ 第2撃を早く‼」

 

「もうおせえ」

 

 鉄球を巻き戻すのに手間取っているネブラスカ親子は、焦って巻き戻そうとしていたが、それをするには少々時間が無さ過ぎた。

 

「斗流血法、刃身ノ弐・空斬糸・赫棺縛(かくわんばく)」

 

 ザップから放たれた赤い糸はぐるぐるとネブラスカ親子にまきついていき、親子の動きを封じていった。そうして動けなくなったネブラスカ親子は、大きな音をたてて倒れるのであった。

 

「けっ、今回は炎はつけないでやる。俺の寛大な心に感謝するんだな」

 

 ザップはそう言うと、倉庫の奥で縮こまっていた売人の襟をつかむと、売人を浮かせた。

 

「おい、妖精の鱗粉はどこだ‼」

 

「こ、ここに……」

 

 逃げられなくなって観念したのか、売人は震える手でスーツの内ポケットに手を入れると、一つの小瓶を取り出した。それを回収したザップは、売人の顔を殴って気絶させるとネブラスカ親子の横で二人を見張っていたジョンに近づいてきた。

 

「これで借りはなしだからな」

 

 ザップは、苦虫をかんだような顔をしてそう言って外へと歩いてしまった。

 

「えっ、僕って役に立った?」

 

「うっせえこの死体野郎が‼」

 

 ジョンが、ザップに声をかけると作戦が始まる前の様に声をうならせザップは叫ぶのであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「二人とも、よくやった」

 

 ライブラの本部に戻ってくると、其処には仕事をしてきたとは思えないような、綺麗なスーツを着たスティーブンが座っていた。

 

「妖精の鱗粉は無事確保、指名手配犯のネブラスカ親子も捕まえたとなれば鼻が高いよ」

 

 そう言う、スティーブンは良い笑みを浮かべていた。そして隣で紅茶を飲んでいたクラウスもそれに続くように言葉を発した。

 

「しばらくは、二人でコンビを組んでもらうつもりだがいいか?」

 

「ぜってぇ嫌です‼」

 

 そして、その言葉にすぐに反応したのはザップであった。彼はそう言うと、ミーティングの時と同じように部屋を出て行ってしまった。

 瞬時に断られて、地味にショックを受けているのか、クラウスは固まってしまってたが、隣でスティーブンは朗らかに笑っていた。

 

「ははは、大丈夫だよクラウス、あいつは素直じゃないからな。なぁジョン?」

 

「ははは、そうかもしれませんね」

 

 そうして、ライブラ本部は笑い声が響き渡り、ジョンのはじめての任務は終了したのだった。




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オタク、迷子と迷子になる
オタク、噂を知る


シン・ウルトラマンを見ましてよ!
すごく面白いですので、まだ見てない方は是非見ておくんだまし!
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 ヘルサレムズ・ロットでは珍しく、純粋なコーヒーの良い匂いで満たされた落ち着いた客席には三名の男女が座っていた。

 それぞれの目の前にはホットコーヒーがおかれていたが、女性陣は苦いのが苦手なのか、ミルクを多めに入れており、もはやコーヒーミルクと言っていいほどの色になっていた。

 

「それでヴァッシュさん、最近何かネタになるようなことありまして?」

 

「んー」

 

 身を乗り出して、手に持ったメモ帳に、今か今かとヴァッシュの姿をしたジョンの口から出てくるネタを待っている、ヘルサレムズ・ロットのネタに貪欲な女性がそこにはいた。

 そう、彼女はメリル・ストライフ。以前、ジョンとぶつかった際に連絡先を渡した女性だ。そして、ジョンは律儀にネタを仕入れてきたので、その番号に連絡したのだった。

 

「三番通りのパン屋が、非合法な異界の具材を使っているっていう噂知ってる?」

 

「非合法な異界の具材?」

 

「そう、なんでもそのパンを食べたら魅了されたように通うんだって」

 

 メリルは、ジョンの持ってきた噂をまだ知らなかったようだ。

 三番通りのパン屋この噂は、つい最近チェインから仕入れた噂であった。彼女はヘルサレムズ・ロット中のマル秘グルメ情報を収集しており、彼女に聞いた店で外れたことは無かった。

 

「それって、ただの美味しいパンの情報じゃないですか?」

 

「噂程度だから、はっきりしたことは分からないよ」

 

「そうなんですね」

 

 ミリィは、あまたの人を魅了するパンを想像してよだれをたらしていた。

 

「まあいいですわ。この前のことはこれでチャラにしましょう」

 

 メリルは、そう言ってほぼミルクになったコーヒーを飲んだ。

 ジョンはそんな彼女達を見て苦笑いをしていたが、なんだかんだ、またこうやって二人と話している状況が心地よいものの様に感じられていた。

 

「噂と言えば……」

 

「噂と言えば?」

 

「ええ、つい最近情報をつかんだんですけれども、なんでも異界の住人の失踪が相次いでいるらしいですわ」

 

「異界の住人の失踪?」

 

 異界の住人の失踪とは、ただならぬ雰囲気の話題であった。基本的にヒューマンはちゃんと戸籍で管理されているのだが、異界の住人はそこら辺があやふやである。

 そのため、異界の住人が消えたり、新たに現れたりするのは割と当たり前に起こるのだ。

 そんな異界の住人の中で話題になっている失踪事件とはどういうことなのだろうか。

 

「なんでも、町中で突然いなくなるらしいですわ。それも、基本的には善良な無害な異界の住人が」

 

「それは……何とも物騒だね」

 

「ええ、異界の住人達がいくら戸籍なんかで縛られていない人が多いからって、善良な異界の住人が消えるのは目立ちますわ」

 

「確かにそうだ」

 

 メリルはそう言ってコーヒーを飲み干した。

 彼女の言ったとおりである、戸籍は持っていなくとも、一年以上暮らしていた住人が消えたら非常に目立つだろう。

 

「ちょっと気を付けてみてみるよ」

 

「ええ、何か分かったら連絡をくださいな。ミリィ行きますわよ」

 

「ええ、待ってくださいよー。サンドイッチ来たばかりなのに、せんぱーい」

 

 メリルは話は終えたとばかりに店を出ていこうと席を立った。ミリィは注文したばかりのサンドイッチを急いで食べ終えると、メリルの後を追って店を出ていった。

 

「異界の住人の失踪か……。スティーブンに連絡しておくか」

 

 そう言って、お会計を済ませジョンも店を出るのであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「あれ、スティーブンさんいないんですか」

 

「ええ、彼は今表の仕事中よ」

 

 ライブラについたジョンは、珍しく部屋に居たK.Kに尋ねた。

 ライブラの構成員は何かしらの表の顔を持っていることが多い。スティーブンはライブラが運営にかかわる会社で働いていることになっていた。

 

「それにしてもK.Kさんがここにいるのは珍しいですね」

 

「受け取るものがあったのよ」

 

 K.K、彼女はライブラの構成員の一人で銃火器のスペシャリスト。

 彼女とは、ヴァッシュの身体やウルフウッドの身体に慣れる時の戦闘訓練などで、お世話になることが多かった。

 

「それで、どうするの?」

 

「いやぁー。まだ、迷ってて……」

 

「かぁーー、男ならはっきりしなさいよね」

 

 ジョンが頭をかきながら答えると、K.Kは眉をひそめながら言い切った。

 

「あなたの肉体には、私の使っている血弾格闘技を使う才能があるんだから、さっさと受け入れないさい」

 

「体に何か入れるのがまだ怖いし、吸血鬼も怖いですしぃ」

 

「サングラスつけただけで、体の構成成分から銃火器の生成までなんでもできるなら、血を受け入れるぐらいなら大したことは無いでしょ!」

 

「ははは」

 

 そう、ジョンにはK.Kの使っている血弾格闘技を扱う才能があった。

 クラウスやスティーブン、それにK.Kとザップ、彼らの使っている血闘術は才能あるものしか使えないものだ。

 それは遺伝だったり、変異だったり、吸血鬼の力に対する抵抗力があったりと様々なものがあるが、それがジョンにも備わっていた。

 元々、ヴァッシュやウルフウッドの力を引き継いでいて、戦闘に関しては問題が無い。そこにブラッドブリードとの戦闘に欠かせない血闘術の才能があるのならば、ほっとかない理由はないのだった。

 

「まあ、いいわ。気が変わったら連絡して」

 

「すみません」

 

「いいわよ。はぁー」

 

 K.Kはため息をつきながら部屋を出て行ってしまった。部屋に残されたジョンは、頬を搔きながらソファーに沈んでいったのだった

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 血闘術を習いたくないわけではなかった。ただ、これ以上、何かになりたくなかったのだ。

 ここ数週で非常に多くの出来事が起こった。

 知らぬ間に違う世界に転移し、撃ったことも無かった銃を一流以上に扱えるようになり、物語の中の登場人物だと思った男たちの記憶が流れ込んでくる。

 ジョンは、これ以上自分というものを失うのが怖くなっていたのだ。

 

「はぁ」

 

 結局スティーブンが本部に来なかったので、ギルベルトに伝えといてくれと連絡をたのんだ。そして、今回はヴァッシュの姿ではなく、ウルフウッドの姿に変身して、外に出てきた。

 特に理由はない。しかし、彼の姿になることで気分を変えようと思ったのだ。

 

「あータバコ吸いたなってくるわぁ」

 

 吸ったことのない煙草を吸いたくなるのは、何故なのだろうか。もやもやした感情が渦巻き、心の中で溜まっていく。

 それを解消するためのたばこ。しかし、その解消方法も、ウルフウッドの解消方法であって、ジョンの解消方法ではない。なぜだかもやもやは加速していく。

 

「しゃーないなぁ。たばこ以外の何かでも……んっ?」

 

 ジョンは、吸ったことも無い煙草への欲求を我慢できなくなってきたのだろう。たばこの代わりになるものを探しに歩こうとしたところ、ある人物が目に入った。

 ジョンははさっきまでのイライラはどこへやらという雰囲気で、その人物へと近づいていった。

 

「おい、坊主。迷子か?」

 

「ん、だれぇ? おかあしゃんがいないの」

 

 その人物とは、異界の住人の子供であった。背格好は人間に似ているが、長く手太い尻尾が彼がヒューマンでない事を示していた。

 

「オカンはどないしたんや」

 

「分からない。手をつないでいたのに、いきなりきえちゃったぁ……」

 

 その子供は、ジョンの脚にしがみついてきた。彼のぐしゃぐしゃになった顔は、彼が嘘を言ってない事を示してた。

 

「さよか、これで顔ふきや」

 

「ん、ずびー」

 

 ジョンは内ポケットからハンカチを取り出すと、子供の顔をぬぐってあげた。まだ、顔は赤くなっていたが、どうやら泣き止んだみたいだった。

 

「で、名前は?」

 

「ユミル」

 

「ほな、ユミル。オカン探しに行こか」

 

「分かった」

 

 ジョンは、ユミルを肩車すると歩き出したのであった。




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オタク、迷子になる

申し訳ありませんけど、今日から毎日更新じゃなくて2〜3日に1回の更新になる可能性がありますわ!
あと、アンケート取ってるので、是非参加してくださいまし!
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「この子のお母さん、おらんかぁ」

 

 ジョンは、子供を肩車しながら周辺にいた大人たちに話を聞いていた。最初は、その場で大声で呼びかけていたのだが、一向に見つかる気配が無かった。10分20分待っても親が現れなかったため、しょうがないのでユミルの母親を見た人を探し始めたのだ。

 

「全く、子供ほっぽらかしてどこにおんねん」

 

「ううう、おかあしゃん……」

 

「ほら、泣くんやない。ワイが必ず見つけたるから、安心せえって」

 

「うん……」

 

 ユミルはまだ短い尻尾をだらりとたらして、母親のいない現状を悲しんでいた。

 

「オカンを最後に見たのは、そこのベンチでええんやな」

 

「そう、そのベンチで一緒に座っていたはずなのにいなくなっちゃった」

 

「これは、どういう事や」

 

 ユミルの言っているベンチは、どこにでもあるような赤いベンチであった。彼は母親と一緒にそこに座っていたはずなのに、一瞬目を離した隙に母親がいなくなっていたと話していた。

 一応、そのベンチ周辺を探していたのだが、一向にユミルの母親の目撃情報は無かった。

 

 そんなときにジョンは、メリルから聞いた噂について思い出していた。

 異界の住人の失踪事件だ。もちろん、彼の母親がそれに巻き込まれた保証はなかったが、どうにもウルフウッドの勘が何かしら関係していると言っていた。

 

「とりあえず、そこに座ってみよか」

 

「うん」

 

 ジョンは、ユミルを連れて彼の母親が座ったというベンチに座ってみることにした。座る前に、ベンチを確認したが、どこにも異常なものはなく。どこにでもある、金属と木で作られているベンチであると分かった。

 

「どないした?」

 

 ジョンがベンチに座ると、ユミルは膝の上に座って抱き着いてきた。まるで、一瞬でもジョンを話したらいなくなってしまうとでも言っているようであった。

 

「大丈夫や。必ず見つけたる」

 

 ジョンはユミルの背をポンポンとあやすように叩いた。

 ジョンはまだ結婚したことがなく、子供のあやし方などは知らなかったが、ウルフウッドの記憶の中には、孤児院で年下の子供たちをあやしている記憶があった。貧しい孤児院で積極的に年下の子供と触れ合い、面倒を見る。そんな心優しい彼の記憶があった。

 

「ん、何やあれ?」

 

 ジョンは、ユミルの方を見ていた視線を前の方へやると、一人の女性が立っていた。

 知らない女なはずなのにも関わらず、どこか懐かしい。嫌いなはずなのに、好ましいと感じる。そんな対極の感想を同時に持つ女であった。しかし、断言できることが一つだけあった。彼女は異常だ。

 

「お前はだれや」

 

 ユミルを抱えたまま、ベンチから立ち上がろうとすると、女が指鉄砲をするような動作をした。

 そして、それと同時にそれは起こった。

 

「くっそ、何やこれは」

 

 さっきまでなんの変哲もなかった赤いベンチが、発光し始めたのだ。ジョンは急いで離れようとしたが、立ち上がる時にベンチについた手が吸い付いて離れなかった。

 ジョンはユミルを抱えると、何が起こっても良い様に彼を強く抱きしめた。

 そして、彼らはこの世界から消えたのである。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「なんやここは……」

 

 ジョンとユミルは色のない世界に来ていた。町の街路樹や建物、近くにいた人々すべてが、灰色で塗りたくられたようになっていた。

 この世界で色のあるものは、今座っていた赤いベンチとジョンとユミルだけだった。

 

「おい、ここはっ。ってなんやねんこれ」

 

 ジョンは待ちゆく人々に、どうなっているのか話をしようと手を肩に置こうとするも、ジョンの手は灰色の人の身体を通過してしまった。

 体に入った時の感触は無く。まるでそこに実体はないようであった。

 

「おにいちゃん」

 

「大丈夫や」

 

 ユミルが、心配そうにジョンのスーツの端をつかんだ。彼は戸惑い以上に、この世界の違和感に対して、恐怖を抱いているようであった。

 そんな彼の頭をジョンは優しく撫でると、改めて周囲の観察に戻った。おそらくこの世界は、元居た世界とは次元の違う世界であり、その起点となっているのはさっき座っていた赤いベンチなのだろうという推測はついた。

 しかし、問題なのはなぜあの紅いベンチに座るとこの世界にくるかという事である。

 

「すまんな。肩車は無しや、後ろついてきい」

 

「うん」

 

 ジョンは何が起こってもいいように、腰に下げられているハンドガンをホルスターから抜くと、いつでも射撃できるように安全装置を解除した。

 幸い地面は人間の身体の様にすり抜けるようなことは無かった。問題なく歩けるようだったので、周囲を探索してみることにした。

 

「ほんま、色があらへんな」

 

 周囲の建物などは、どこまで行っても灰色一色であり、そのあまりの変化のなさから、方向感覚や距離感が掴みづらくなるようであった。

 

「ねぇねぇ、兄ちゃん」

 

「なんや」

 

「あれ」

 

 ユミルが指さした方を向くも、ジョンには何も見えなかった。そこには、灰色の世界が広がっていた。

 

「何も見えへんけど」

 

「あっちの方に色のついたものがある」

 

「ほんまか」

 

「うん!」

 

 ユミルはただの尻尾の生えている少年ではなかった。やはり、人間とは違う異界の住人らしく、人間には見えない距離のものまで見通せるようであった。

 ユミルの指さした方へ歩いていくと、赤い電話ボックスがそこにはあった。

 

「電話ボックスなんぞ、久しぶりに見たわ」

 

 その電話ボックスは、灰色の世界でベンチと同じように赤い色に塗られていた。灰色の世界に赤い物体。それはまるで、海に浮く魚釣りをするときに使う浮きの様に目立っていた

 

「ちょう、まっとってな」

 

 ジョンはユミルにそう言うと、彼をそばに待機させて電話ボックスに近づいた。その電話ボックスは、なんの変哲のないものであった。プッシュ式のボタンの公衆電話に、ボックスの棚には電話帳。今時、どんな電話ボックスが主流なのかは分からないが、それがこの世界で色があるという事実以外に不審なものは無かった。

 

「何かあった?」

 

「いや、なんも変なもんあらへんな」

 

「ユミル、他に色あるもん、探せたりできるん?」

 

「できる!」

 

 元気よく返事をしたユミルは、ジョンを先導するようにして歩き始めた。

 途中、ユミルがばてて歩けなくなり肩車するというハプニングはあったものの、ジョン達がこの世界に来て1時間ぐらいで、周囲にあった色のついたものを見つけることが出来た。

 青いゴミ箱、黄色いモニュメント、緑色の柵等、赤色ではなかったもののいくつかの物品を見つけることが出来たのだ。そして、そのどれもが普段触りそうなところに置かれているところを見ると、何かしらの意思をもってこちらの世界に引きずり込もうとしていることが、何となくだがわかってきた。

 

「あ、あれ……」

 

 そして、最後にたどり着いたのが……。

 

「三番通りのパン屋か……」

 

 三番通りのパン屋、ジョンが集めてきた違法な異界の物を入れていると噂されているパン屋であった。店の中には灰色の人間たちがいるものの、色のついた人は誰一人いなかった。

 つまり、こちらの世界に来ている人物は誰一人いないという事だ。

 

「お兄ちゃん!」

 

「なんや?」

 

「あっちから車が!」

 

 ジョンはすぐにユミルを連れて木陰に隠れた。この世界で初めて出会う、色のついた動くものだ。相手がもしもユミルほど目が良ければ意味がない行動かもしれないが、万が一を考えると隠れる必要があった。

 その車は、ごく普通の自家用車であった。影に隠れ車を注視すると、それはパン屋の前で停止するのであった。

 

 

 

 




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オタク、パンを食べる

たくさんのお気に入りありがとうですわ!
評価もしていっていただけたら、もっと感謝ですわ~!
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「あれは何なんや……」

 

 パン屋の前で止まったトラックから、二人の異界の民が降りてきた。一人はワニ頭でがっしりとした体形、もう一人は軟体生物のような体で、常に形を変えていた。

 

「降ろすぞ」

 

「へいへい」

 

 二人は後ろのドアを開け、何かが真空パックされたような大きな袋をおろし始めた。

 袋のサイズは様々で、どのようにしてトラックに入っていたのかわからないような大きさのものや、ほぼ人間と変わらないようなものまで様々であった。

 

「ここからだと何も見えへん。ユミル、あれ何やわか……大丈夫か?」

 

「あ、あれ……」

 

「ん? 大丈夫か? もしかして、異界の住人かいな?」

 

 ユミルは顔を真っ青にして首を縦に振った。今にも吐き出しそうな程、気持ち悪そうにしていた。

 ジョンはそんなユミルの背をさすりつつ、目はしっかりと二人の男に向けていた。

 

「ユミル」

 

「なに?」

 

「ユミルはここで隠れててくれへんか?」

 

「いや!」

 

 ユミルはギュッとジョンの服を掴むと、決して放さないというように皺ができるほど力強く掴んだ。その手はガタガタと震えており、それが恐怖からくるものだとジョンには理解できた。

 

「大丈夫や。絶対に迎えに来る」

 

「本当?」

 

「本当や。ユミルのオカンを見つけて戻ったるから、ちーとばっかし、ここで待っとってくれんか?」

 

「うー」

 

「大丈夫や。必ず戻ったる」

 

 ジョンは、ユミルを抱きしめて頭をそっと撫でた。

 ユミルは徐々に落ち着いてきたのか、そっと手を緩ますと涙をためた目でジョンを見つめた。

 

「絶対、約束だよ!」

 

「ワイは約束は守る男やで」

 

「じゃ、じゃあ……。ここで隠れてるから、絶対戻ってきてね」

 

「おう!」

 

 そう言うとユミルを物影に隠し、ジョンはパン屋へと向かっていくのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「さーて、もうひと頑張りするかぁ」

 

「早く終わらして飯食いましょ」

 

「そうだな」

 

 ジョンがトラックに近づくと、荷物を積み下ろししていた二人は取り敢えず荷物を積み下ろし終えたのか、のんびりと話していた。

 そして、その会話を聞くためにジョンは徐々に距離を詰めていったが、話を聞く前に二人はトラックに乗ってしまった。

 

 ここで、二人を捕らえるべきかどうか悩んだジョンであったが、ここでは拘束しないことにした。

 それは、敵の人数が不明であることが、一番の問題であった。これがただの人間であれば、問答無用で確保するのだが、ここヘルサレムズ・ロットの異界の住人には常識が通用しないようなものも多い。

 そして何より、万が一ここで負傷したら、ユミルを無事元の世界に連れて帰るという目標に支障が生じると考えたのだ。

 

「ウルフウッドなら問題ないんやろうが、ワイやとな……」

 

 ウルフウッドは元々暗殺集団の腕利きの一人だ。彼自身は潜入や、痕跡の隠し方などを教え込まれているが、戦闘方法の復習を真っ先に選択したジョンの方は、そのようなことを問題なくこなせるか自信がなかった。

 

 トラックが去り、周囲を軽く探すと地下へ通じる道を見つけた。

 

「さて、なにが出るんやら」

 

 ジョンはハンドガンを握りしめ、いつでもトリガーを引けるようにした。

 

「扉は開いとるようやな……」

 

 地下へと通じる道は不用心にも、鍵がかけられていなかった。正直ここで魔術的な鍵をされていた場合、取り敢えずいつ戻ってくるかもわからないさっきの二人組みを待つ必要があったが、その必要はなさそうであった。

 

 ジョンは、ウルフウッドの記憶にある訓練をトレースしていった。必ず円を動くように移動し、こちらが先に敵を発見できるようにクリアリングをしていく。

 本当ならば二人以上の人間が欲しかったが、そんなわがままは言ってられなかった。

 

 最初の部屋はごく普通の倉庫であった。パン屋が倉庫として使っているのか、小麦が置かれていたり、冷蔵庫が置かれていたりと特に変わったものはなかった。

 

 ジョンは、その部屋にトラップが仕掛けられていないか注意しながら右奥に進んだ。部屋の奥と、部屋に入って左右に扉があった。ジョンはとりあえず、一番使っている様子のある奥の扉に張り付いた。

 

「ん、何や開かんやんけ」

 

 奥の扉に手をかけると、鍵がかかっているのか扉は開かなかった。鍵穴等は無いため、ピッキングもできないし、そもそも物理的な破壊によって通れるのかも分からなかった。

 

 ジョンはここで時間を無駄に使うべきではないと考え、右手前のドアから入るようにした。というのも、右の扉の横には大きな荷物を運ぶための荷台がおいてあり、さっき男たちが使っていたものだったのだ。

 

「ふー」

 

 ジョンは息を大きく、ゆっくりと吐くと扉を開け、さっきと同じようにクリアリングをした。そこにあったのは目を疑う景色であった。

 

「なんやこれは……」

 

 そこにあったのはさっき運ばれた異界の民たちが、パックされたまま精肉工場の様につるされている光景であった。

 数は数百体、もしかしたらもっと多いのかもしれなかった。

 ヒューマンであったら、これだけの数誘拐されていたら、すぐに分かることであったが、入れ替わりの激しい異界の民では、これほど誘拐されていて初めて噂程度の情報しか流れてきていなかったところに、ジョンは恐怖を感じた。

 確かに、白昼堂々人がいなくなるというのは見つかりにくいかもしれない。しかし、これほどの人数ともなると、短くても数か月、長かったら数年単位で計画されていたはずだ。

 

「下種どもが……」

 

 腹の底から湧いてくるような怒りを感じつつ、ジョンは真空パックされた人々を見て回った。流石にこれ一つ一つを確認していくのは、男たちが戻ってくるまでには完了しそうもないが、さっきいなくなったばかりのユミルの母親を探すぐらいのことはできると思ったのだ。

 

「これか?」

 

 ユミルの母親らしき女性はすぐに見つかった。長い尻尾に、ユミルと同じ長い髪、それ以外のところはヒューマンと同じような外見。まさしくユミルを女性にして大きくしたような感じであった。

 彼女を入れている容器を見てみると、其処には彼女を捕獲した時刻とどんな生活をしているかの記載があった。つまり、これは偶然さらったのではなく、計画的な犯行という事だ。

 

「くそが」

 

 ユミルの母親を今すぐにでも助けてあげたいが、この容器から解放すれば彼女は助かるのかどうかが分からない現状では、彼女に対してむやみに手が出せなかった。万が一、ここで開放した結果死んでしまったら、ユミルに合わす顔が無かった。

 

「ひとまず、母親は見つけた。せやけど、ここは一体何なんや」

 

 人間を食べる異界の住人というのは確かにいる。しかし、異界の住人同士でそのようなことがあったという話は、今のところ聞いたことが無かった。つまり、何か違う理由で集めているという事だったが、それが何なのは全く分からなかった。

 

「もう一つの部屋行ってみよか」

 

 残っているのは、入って左の扉であった。ジョンは素早く扉の横に張り付くと先ほどと同じように部屋の中をクリアリングした。

 

「なんやここは」

 

 そこは信じたくもない場所であった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「へへへ、今回も大量でしたね。兄貴」

 

「ぼろいもんよ」

 

 先ほどトラックに乗ってパン屋の前からいなくなった男たちは、再びパン屋の前に向かっていた。灰色しかない世界で、色のあるところを巡回して回っていたのだ。今回も無事、異界の民の捕獲を成功し上機嫌でトラックを運転していたのだ。

 

「ん? 何だあいつは」

 

 3番通り、それはパン屋がある通りだ。その通りの真ん中で、一人のスーツ姿の男が煙草を吸っていた。隣には身の丈よりも大きい布に包まれた十字架がおいてあった。

 

「おい、武器を用意しろ」

 

「へい」

 

 男たちは車内にある、緊急用の銃器を持つとトラックを降りた。二人が銃を構えながら近づいているというのに、スーツ姿の男は意にも介さず、たばこを吸い続けていた。

 

「おい、どうしてヒューマンがここにいるんだ。組織の者か?」

 

 スーツの男はたばこの煙を吐いただけで、何も答えなかった。

 

「おい、どうなんだ!」

 

「一つ」

 

 スーツの男は、吸い終えた煙草の吸殻を地面に落とすと、足の裏で踏みつけた。

 

「俺は組織の人間やない」

 

 男は、十字架についているバンドを持った。

 

「二つ」

 

 男は、十字架のついているバンドを外し、其処には白い紋章の書かれた巨大な金属製の十字架をさらけ出した。

 

「ワイは、お前らに慈悲をかけるつもりはあらへん」

 

 男は、十字架の中心に手を入れギアをまわした。十字架の長い方が開き、其処から巨大な銃身が姿を現した。

 

「三つ」

 

 スーツの男の鋭い瞳は、二人の男を貫いき、殺気とも呼べる何かが彼らの身体を貫いた。

 

「死んで詫びろ」

 

 スーツの男は、パニッシャーのトリガーを引き、重厚な射射撃音を響かせ彼らに突撃していったのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「それで、どうだったんだ」

 

 誘拐事件から数日たったある日、ジョンはスティーブンに呼び止められていた。胸糞悪い事件から数日、ヘルサレムズ・ロットを騒がした、異界の民の誘拐事件はひとまずの終結を迎えたのだ。

 

「あれ以上は分かりませんでしたよ」

 

「そうか……」

 

 異界の住人の誘拐事件、それは異界の住人から抽出した特別なエネルギーを凝集させ、人間たちに高値で売りつけるという非人道的な事件であった。

 

 なぜ、善良な異界の民が狙われたかというと、ブランディングのためだったそうだ。健康で、薬物をやっていない善良な異界の住人から抽出したエネルギーというのはそれだけで高値で売れるらしかった。顧客リストには、人間界の大物などが乗っており、世間を騒がせる一大事件となった。

 しかし、それ以上のことは何も分からなかった。ジョンが捕まえた男二人以外は、誰も逮捕することが出来なかったのだ。大きな権力が動いたとかではなく、本当に何も分からない。それが非常に後味を悪くさせる事件であった。

 

「そう言えば、パン屋はどうなった?」

 

「全くの白。パン自体は元々美味しかったらしくて、別に問題にはなっていないらしいですよ」

 

「それは良かった」

 

 なぜ、3番通りのパン屋が美味しかったのかというと、異界の住人から抽出したエネルギーが漏れて、保管していた小麦に影響を与えたことが原因らしかった。

 最初パン屋も組織とグルという事を疑われたようであったが、まじめに営業していたパン屋にはアリバイが存在していたため、無関係として簡単に事情聴取されて解放されたのだった。

 

「あ、そうだ。事件現場を見に行くついでに、其処のパン屋で昼食をと思ったんだがどうだ?」

 

「いいですね、行きましょうか」

 

 ジョンに了承を取ったスティーブンは、にこりと笑みを浮かべ上着をとって外へと出ていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「それで、どうやってあの世界から出たんだ? あの世界から出るには、一定の手順が必要だったのだろう」

 

 スティーブンとウルフウッドに化けたジョンは、ライブラを離れパン屋へと道を歩いていた。

 

「簡単やった。犯人たちを半殺しにして、こっちの世界に通じる扉を解除させたんや」

 

「はは、ザップだったら殺してしまって、二度とこちらの世界に戻ってこれなくなるところだ」

 

 結局、ジョンはあの二人を殺さなかった。頭に血が上りそうになったが、ウルフウッドの冷徹な精神に影響され、何とか半殺し程度で済んだのだ。

 正直、ジョンだけの精神状態であったら問答無用で殺していただろう。だが、ウルフウッドとヴァッシュの記憶はどんな状況でも冷静に判断させるだけのものを、ジョンに与えていた。

 

「ん、あれ」

 

 スティーブンは何かに気が付いたように、前を指さした。

 

「おにーちゃん」

 

 そこには、元気いっぱいといったようなユミルが走ってきていた。当然後ろには、彼の母親がついてきていた。

 

「おにいちゃん、この前はありがとう!」

 

「おう、元気そうやな」

 

 ジョンは飛びついてきたユミルを受け止めると、ゆっくりと頭をなでた。あの後、ユミルも無事元の世界に戻れたし、つかまっていた人々も無事解放することが出来たのだった。

 

「先日はありがとうございました」

 

「いや、こいつが頑張って母親を探しとったからや、ワイはそれをちーとばっかし手伝っただけや」

 

「いえ、そんなこと……」

 

「そんなことはないよ!」

 

 母親がお礼の言葉を重ねようすると、それを上回る大きな声でユミルは言った。その目は輝いていて、まっすぐとジョンに向いていた。

 

「ジョンがいたから、僕はお母さんと会えたんだよ」

 

「ははは、厚意はありがたく受けとっておけ」

 

「はぁ」

 

 スティーブンは、ユミルの勢いに押されているジョンを見て笑った後、彼に助言をした。ジョンの方はというと戸惑ったような表情をしていた。

 

「僕、大きくなったらジョンのお嫁さんになる」

 

「え、お前男やあらへんの?」

 

「僕は男にも、女の子にもなれるんだよ」

 

 ユミルは更に目を輝かせてジョンに言った。その横でスティーブンはおなかを抱えて爆笑していた。

 

「い、いいじゃないか。ジョン」

 

「やっかましいわ!」

 

 笑いまくるスティーブンに、困ったようなジョン、そしてそんなジョンを困らせるユミルを見ていたユミルの母親は、時計をちらりと見た。そして、その時刻を見てはっとしたような表情をして、ユミルに声をかけた。

 

「ユミル、そろそろ行きますよ」

 

「はーい。じゃあねジョンおにいちゃん」

 

 元気よく去っていった、ユミルは何度もジョンの方を向いては手を振ってジョンの方を確認していた。

 

「いい子じゃないか、ジョンおにいちゃん」

 

「はぁ、スティーブンまでそないなこと言うなや」

 

 その後、二人は噂の3番通りのパン屋でパンを買ったのだが、ジョンは食べるたびにため息をつくのであった。




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注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのだけはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気がまじで無くなるので……(´・ω・`)


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オタク、豪運と出会う
オタク、世界暗黒遺産登録品を知る


皆さま、今回もオリジナルですわ!
オリジナル考えるの非常に面倒くさいですので、早く原作に突入したいですことよ!
ちなみに今回のお話で出てくる世界暗黒遺産登録品は、世界崩壊幇助器具は違う分類と考えていますわよ!
皆様、感想、評価、お気に入り、誤字脱字報告、大大大募集中ですわ〜!


 雲ひとつなく、快晴の空には太陽が輝き、心地よい温度の乾いた風が町を吹き抜ける。まさにバイク日和とも言える日に、ヴァッシュの姿をしたジョンは軽快にバイクを飛ばしていた。

 

「んー、本当に気持ちのいい朝だなぁ」

 

 今日は、朝起きてから調子が良かった。二度寝をすることなく起きることができ、部屋においてあるトレッドミルで軽く体を動かした後、シャワーを浴び、久しぶりにうまく入れることができたコーヒーを片手に、バターをたっぷりと塗ったトーストを食べた。

 意識高い系の朝と言われれば、そういうふうに見えるかもしれないが、記憶にあるヴァッシュやウルフウッドといった武闘派の朝とは案外そんなもんだった。体が資本の彼らは、ちゃんと夜は寝て、朝起きる。そして、体を動かし、シャワーを浴びて、朝食をとる。

 毎日のルーチンから、ちゃんと自身の体のことを考えているようであった。

 

「いやー、今日は本当に穏やかな……」

 

「死ねーー!!」

 

 ジョンが面々の笑みを浮かべた直後、物騒な掛け声とともに、後ろから爆発によってできた爆風が襲いかかってきた。

 

「な、何だ!!」

 

 ジョンはバイクを止めると、後ろを振り返った。そこには、銃を乱射している男たちと、それに対抗するように銃撃戦を繰り広げるガードマンたちがいた。ガードマンたちは劣勢なのか、今にも彼らは破られそうになっていた。

 

「はぁ、穏やかな朝だったのに……」

 

 ジョンはバイクを道の脇に置き、鍵をかけると腰につけていたリボルバーに弾丸が入っていることを確認すると、その騒動に向かって歩いていったのだった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「また、お前か……」

 

「もー、そんな顔しないでってばダニエル・ロウ警部補」

 

 ジョンの目の前で、嫌そうな顔をしているのはHLPD(ヘルサレムズ・ロット市警)のダニエル・ロウであった。

 彼とジョンは顔見知りであった。というのも、ジョンはヴァッシュの記憶の影響か、町中であるどんちゃん騒ぎに首を突っ込んではより規模の大きい騒ぎになるという、一連の流れを何度も経験していたのだ。そして、そのたびに顔を合わせるのが、ダニエル・ロウという男なのである。

 

「お前、この前も、その前も、そのまた前も言ったよな! 首を突っ込むなら被害は最小限にしろって!」

 

「いやぁ。僕ってほら映画の主人公体質ってわけじゃないけど。なんでか、いつの間にか大事になってるんだよねぇ」

 

「クソ、そんな体質あるなら家から出るな‼」

 

「あはははは」

 

 ダニエル警部補は、笑って流そうとするジョンをにらみつけると表情を一旦緩めた。

 

「弱い市民を守る意思があるのも、それがができるだけの腕があるのも認めるが。今度からは気を付けてくれよ」

 

「すまないね」

 

 髪をくしゃくしゃとかき回したダニエル警部補は、ため息を吐きながら手元にあったコーヒーを一息に飲むと、ごみをパトカーの中に放り込んだ。

 

「まあ、今度はお互い頑張ろうや」

 

「今度?」

 

「なんだまだ聞かされていないのか?」

 

 ダニエル警部補は、キョトンとした顔のジョンをみて驚いていた。そして、にやりと笑うと後ろを向いた。

 

「まあ、お前の上司が説明してくれるだろうよ。じゃあ、またな」

 

 やじ馬たちが群がる事件現場に戻るのか、ダニエル警部補はそのまま歩いて行ってしまったのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「今回、世界暗黒遺産登録品の一つが、ここヘルサレムズ・ロットで見つかった」

 

 いつものメンバーに加え、ライブラ構成員が大勢集まったライブラ本部にある会議室で、スティーブンが何が起きているかを説明し始めた。

 彼の言葉を聞いた途端、部屋の中にいる者たちは思わず言葉を漏らしてもらうほどの衝撃を、大多数の人は受けていた。

 そんな中、世界暗黒遺産登録品についてほとんど知らないジョンは、近くにいたザップに話しかけた。

 

「ザップ、世界暗黒遺産登録品ってそんなにやばいのか」

 

「やばいって言うか、ワンチャン国が傾くレベルの貴重なものって感じだな」

 

「まじか‼」

 

 ザップもスティーブンの言葉に驚いているのか、いつものように馬鹿にしたような態度をすることなく、素直にジョンの質問に答えていた。

 

「知っているものも多いかと思うが、世界暗黒遺産登録品というのは、文化遺産の一つであり、危険度があるやつからないやつまで様々だ。で、今回発見されたのは全く無害である、エンケビの雫という宝石なのだが……」

 

 スティーブンがそのように説明すると、スクリーンには、まるでそこに実物が無いかのようなほど、どこまでも透き通った宝石が存在していた。一応、周りに金色の枠がついているため、何とか形を確認することが出来たが、普通に見たのなら、分からないほどであった。

 

「こいつは、推定5億年前に作られたとされる宝石だと思われるものだ。以前は中東の富豪がもっていたらしいのだが、彼の死後どこに行ったのか分からなくなっていた」

 

「ねえねえ、ザップ」

 

「なんだ?」

 

「5億年前って、人間って存在してたっけ?」

 

「してるわけねえだろボケが。どうせ、異界の連中か誰かが作ったんだろうよ」

 

「ふーん」

 

「ほら、そこ‼ 話をちゃんと聞く‼」

 

 ジョンとザップの様子をスティーブンはちゃんと見ていたのだろう。二人をスティーブンがしかりつけると、彼は咳ばらいをして話をつづけた。

 

「それで、この宝石を無事ヘルサレムズ・ロットから持ち出すためにヘルサレムズ・ロット市警と協力することになった」

 

「はぁ、なんでヘルサレムズ・ロット市警と協力すんだよ。あいつら、俺たちの事そんなに好ましい存在とも思ってないだろ?」

 

「ザップ、それには色々訳があるんだ」

 

 ザップの質問に答えるようにスティーブンは、画面に映るスライドを移動させた。新たに映ったスライドには、一人の男が映されていた。

 

「こいつは」

 

「そう、こいつは長年俺たちがマークしている。グディヴォ・ジュニア・デイビス、ブラッドブリードと疑われている男の一人だ」

 

 ブラッドブリード、その言葉を聞いた途端、部屋の中の緊張は一段階上のレベルに高まった。皆一様に画面をじっと見ており、空調の音が聞こえるほど部屋は静まり返った。

 

「こいつは重度の宝石収集癖を持っていてな。今回エンケビの雫を狙っているという情報が我々にもたらされた。まだこいつがブラッドブリードと確定したわけではないが、万が一ブラッドブリードだった時だった場合を考え、ヘルサレムズ・ロット市警と共同作戦になったわけだ」

 

「はい、質問です。この人ってブラッドブリードじゃない可能性ってあるんですか?」

 

「可能性はあるとしか言えない。以前こいつが関与した事件では、およそ人間では不可能な状況での犯行が多かった。魔術的、科学的痕跡も薄いため、恐らく何かしらの化け物だろうという線を洗ったところ、一番可能性が高いのが、ブラッドブリードだったというわけだ」

 

「そう言えば、ブラッドブリードってことはあの方が来るんですか?」

 

 どこからか聞こえた、言葉を皮切りに張り詰めたような空気はどこへやら、がやがやとしたいつもの雰囲気に戻ったのであった。

 

「あの方って誰だ?」

 

「あーそうか。ジョンはまだあったことなかったな」

 

 ジョンが漏らした疑問に、スティーブンは何とも言えない表情で答えた。

 

「対吸血鬼専門家の豪運の男だよ」

 

 その返事で、更に頭をジョンはひねるのであった。




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オタク、理由を知る

たくさんの誤字報告ありがとうございますわ~
本当は誤字報告なんてないほうがいい文章なのでしょうけど、私にはとても難しいですわ!
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 その日、ヘルサレムズ・ロットは不気味なほど静かだった。いつもはどこかしらで起こる自動車事故や発砲事件、魔術的事件なんかが全く起こらなかったのだ。

 ある一人の男の周囲を除いて。

 

「お久し振りです! 師匠!」

 

「おー、クラウス! またデカくなったんじゃないか!」

 

 クラウスがかしこまって挨拶する先にいたのは、ヒューマンにしてはガタイの良い男であった。少々よれたコートとスーツ、よく手入れされた革靴、そしてビジネスで使っていそうな革の鞄。これだけ見ると、普通のビジネスマンだが、その立ち居振る舞いは、一瞬で武道を習っているものだと分かるほどだった。そして、その眼光は何者も逃さないと言う、強い意志を感じられた。

 

 久々の再開を祝う二人の後ろでは、迎えに行ったはずのザップが、体中を包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 

「大丈夫? ザップ?」

 

「もう、本当にエイブラムスさんの出迎えを任されるのイヤ!」

 

 ジョンが声をかけると、半泣きになりながらザップは返した。

 彼の体に巻かれているのは、最近開発された包帯であり、体に巻きつけとけば人間の回復力を高めてくれるというものなのだが、如何せん体に巻きすぎてミイラみたいになっていた。

 

「あの人って……」

 

「お前の思っているとおりだ。豪運のエイブラムス。旦那の師匠筋に当たる方だよ」

 

 ブリッツ・T・エイブラムス、その名は裏に通じるものなら絶対に知っている名前だった。世界屈指の吸血鬼の専門家であり、クラウスの師匠に当たる人だった。

 彼はその職業柄非常に恨みを買っており、その恨みは吸血鬼で彼の死を願ってないものはいないとまで言われるほどである。そのため、吸血鬼から多種多様な呪いを掛けられていた。しかし、彼の持ち前の豪運で、彼自身は全く被害を受けなかった。その代わり周囲にその被害が及ぶという、はた迷惑な人でもあった。

 

「あの人も、ザップやクラウスさんみたいなことできるの?」

 

「いや、頭脳と性格と運勢以外は一般人だ。まあ、一般人にしては十分上位に入るくらいの、格闘戦や銃撃戦はこなせるけどな」

 

「ふーん」

 

 ジョンはエイブラムスの姿を見た。ザップの言うとおりなのだろう。いざというときに動けるように体を鍛えているようだが、彼の雰囲気からは化け物と肉弾戦をするような、クラエスやスティーブン、ザップといった半分化け物に片足を突っ込んだようなものは嗅ぎ取れなかった。

 

「君が新入りか」

 

「あ、はい! ジョンって言います」

 

「エイブラムスだ。よろしく頼む。所で君はサングラスをかけると別の人間に変化できると聞いたのだが、本当かね?」

 

「ええ、まあ」

 

 ジョンは胸ポケットからサングラスを取り出し、かけて姿を変えた。

 

「ほう、これはすごいな」

 

 今回はウルフウッドの姿になった。分かりやすいように、背中にはパニッシャーを携えていた。

 

「一瞬で切り替わるのだな。分かったありがとう。あと、聞いたのだが君は血闘術の才能があると聞いたのだが本当かね」

 

「ああ、扱えるようになるって言っとったな」

 

「なぜ君は訓練をしないのだ?」

 

 エイブラムスの言っていることは当たり前であった。ライブラはヘルサレムズ・ロットで世界の均衡を保つという目的で動いているものの、それ以上に大事なこととしてブラッドブリード、吸血鬼に対応するために組織されている事実があるのだ。

 そんな秘密組織に入りながら、吸血鬼に対抗するために人間の叡智を結集させてできた血闘術を学ばないとうのは非常に奇妙に映るはずだ。

 

「それは……」

 

「師匠、彼には彼の目的がありライブラに入っています」

 

「目的? 」

 

「彼は神降臨の儀式に巻き込まれ今のような体質になり、自分の名前を対価に奪われました。血闘術を手に入れるということは、体を変質させることも意味します。これ以上、オリジナルの自分を失いたくないという彼の感情、どうぞご理解下さい」

 

「オリジナルの自分か……」

 

 エイブラムスはその言葉が心に響いたのか、ジョンの肩をがっしりとつかんだ。

 

「君の気持ちは分かった。血闘術を扱う才能は惜しいがしょうがない。でも、何かあってからでは遅いという事も重々承知しておくことだ。ライブラに入っているという事は、吸血鬼といずれ戦わねばならない時が来るという事だ。そして人はいずれ、変わりたくなくとも変わらなくてはならない時というものが、早かれ遅かれ来る。そのことを心に留めておいてくれ」

 

「せやな」

 

 エイブラムスのまっすぐな瞳はジョンを貫いた。彼の言っていることは純粋な善意であり、100%正しい事だった。死に直面する可能性の高いブラッドブリードとの戦闘において、甘えというものは存在しない。彼らがお遊びだったとしても、人間にとってそれは死に直結する出来事なのだ。

 ヴァッシュやウルフウッドの記憶を受け継いだ、ジョンにとってそれは痛いほどわかっていた。GUN HO GUNSの先鋭達やナイブスとの戦闘、そのどれにおいても強者との闘いは、一瞬でも気を抜けば死というのは同じである。ましてや、それらが不死になったとしたら今のままではかなわないという事も重々承知していた。

 だが、平穏な暮らしを謳歌していたジョンの心は、これ以上自分の中の何かを変えるのを猛烈に拒否していた。もしかしたら、自分が戦えないために誰かが死ぬかもしれないそんなことは認識しつつも、心が歩みを止めていたのだ。

 

 

「で、クラウス。エンケビの雫の護送方法はどうするんだ」

 

「それは……」

 

 エイブラムスを交えた会議は続いていくのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「今回はよろしく頼むぞ、二人とも」

 

「お任せください」

 

「けっ」

 

 護衛車に乗り込んだのはクラウスとジョン、エイブラムス、そしてダニエル・ロウ警部補の4人であった。

 今回の任務ではチェイン、それとスティーブンとK.Kの乗った護衛車が先導し、その後ろをジョン達の車と警察の護衛車両、そして後ろからザップがバイクでついてくるといった感じになっている。

 各々の戦闘力を考えると過剰戦力の様に思われるが、それだけブラッドブリードというものは理不尽なものなのだ。

 まだ弱いブラッドブリードならまだしも、エルダークラス、もしくはそれに準ずるクラスになったら、ライブラの全戦力をもってしてもまず間違いなく倒せない。相手が油断、もしくは全力で手加減してくれるという条件下で、ライブラ構成員が全力戦闘をしたとして精々数分持たせるのがやっとであろう。それほどブラッドブリードは理不尽に強いのだ。

 

「それで、今回現れると言われている化け物はどれぐらい強いんだ?」

 

「グディヴォ・ジュニア・デイビスは恐らくエルダークラスではないと考えられている」

 

「理由は?」

 

「簡単なことだ。エルダークラスなら、他に犯してきた犯行で出ている死者の数が少なすぎる」

 

「少ないか……。それでも少なくとも50人は犠牲になっているんだがな」

 

「エルダークラスなら、少なくとも桁が一つか二つ足りん」

 

「くそが、理不尽なほど強いな」

 

 ダニエル警部補が悪態をつくというのも分かるほどだ。

 吸血鬼の専門家としてのエイブラムスの見解は自信に満ちており、確信を持っているようであった。現代社会において、自然災害でも三桁以上の死者が出ることは少ない。つまりエルダークラスの吸血鬼は、歴史に残るような未曾有の大災害と同じレベルだという事だ。

 

「まあ、化け物たちが出てきたら頼むぞ」

 

「了解した」

 

 ダニエル警部補は以前ブラッドブリードと戦ったライブラの戦闘を見ている。何人もの警官たちが、誰一人戻ってこなかった吸血鬼との戦闘で、彼らは怪我はしていたものの生還したのだ。

 彼は吸血鬼に対して、ヘルサレムズ・ロットでライブラが唯一戦える存在だという事を確信していたのであった。




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オタク、銃を撃つ

二日酔いと、寝不足で週末はぐったりでしたわ。
急いで書き上げたので、不備が少々あるかもしれませんが、申し訳ありませんわ!
皆様、感想、評価、お気に入り、誤字脱字報告、大大大募集中ですわ〜!
ちょっと更新お休み中(忙しい)ですわ〜!更新再開までしばしお待ちを!


 お昼の食事をするため、一休みするために街を歩く人が増えるお昼どき、二人の女性がクタクタになった体を休ませるべく喫茶店へと入っていった。

 

「はぁーーーー。つっかれましたわーーーー!」

 

「本当ですね。先輩……」

 

 テーブルにつくないなや、テーブルに打つ伏すメリルとミリィ。二人はとても疲れていた。

 

「お客様。ご注文は?」

 

「アイスカフェオレで」

 

「私も同じので……」

 

「承りました」

 

 ウェイトレスに注文を言うと、二人は思い思いの体勢で疲れをどうにか取り除こうとした。

 

「それにしても、大変でしたは、まさかあんなことになるなんて」

 

「本当ですね〜。私もしばらくは働かなくていいかなって思います〜」

 

「アイスカフェオレでございます」

 

「ありがとうござい……」

 

 メリルは何となく、本当になにか理由があったわけでもなく窓の外の景色を見た。

 そして、その光景に目を疑った。

 

「な、なんなんですのあれ!」

 

 なにかに取り憑かれたように暴走するトラックと、大量のパトカーが行列をなして道路を爆走していた。そして、そのトラックの上にはメリルの見間違いでなければ赤いコートの男が何かと戦っていた。

 

「ミリィ! 行きますよ、特ダネですわよ!」

 

「あー、待ってーー! 先輩!」

 

 メリルは一息で届いたばかりのアイスカフェオレを飲み切ると手早く会計を済ませ店を飛び出していった。ミリィはそれに追いつくべく、どうにか飲み切るとバタバタと店を出ていったのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「美しい宝石は私にこそ相応しい、死ねガンマン!」

 

「また、癖が強いなぁこの吸血鬼!」

 

 なぜトラックの上でクラウスやスティーブン、K.Kにザップといった対吸血鬼の専門家ではなく。吸血鬼に関しては全くの素人であるションが吸血鬼と一対一で戦っているのかということを説明するには、少々時をさかのぼらなくてはならない。

 

 

 それは突然やってきた。

 

「とう!」

 

 チェインの索敵を逃れ、先行するスティーブンとK.Kに見つかることなく宝石が収められている車両の中にやって来たのだ。

 

「ふむ、これか……」

 

 そいつは、トラックの中にはいると、お目当ての厳重に梱包されている宝石の箱に手を伸ばした。

 

「ブレングリード流血闘術、111式 十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)」

 

「くっ」

 

 今回も楽々ものを盗み出せると高をくくっていたそいつこと、グディヴォは突然トラックの荷台の壁を貫いて入ってきた巨大な十字架に対処するために、迎撃体制に移らなくてはならなかった。

 なんとか攻撃を受け止めた後、トラックに空いた大穴から外を見た。そこにいたのは装甲車の上でグディヴォを油断なく見つめる赤髪の男であった。

 

「グディヴォ・ジュニア・デイビスだな」

 

「如何にも、牙狩り。人間らにはそう呼ばれているな」

 

「貴公にエンビケの雫を渡すわけにはいかない。どうか、諦めてくれはしないだろうか」

 

「それは無理な話だ。俺は美しく、人間どもは醜い。エンビケの雫を人間が管理するなどといった愚行を見逃すわけにはいかぬ。美しいものは、美しい俺にこそ管理されるべきなのだ!」

 

「交渉決裂か……。ジョン、スティーブンやザップと何故だか連絡が取れない。彼らがくるまで、援護を頼めるか」

 

「分かった」

 

 先行していたスティーブン達、最後尾にいたザップとは連絡が取れなくなっていた。本来一瞬で来れるぐらいの距離で彼らはエンビケの雫を護衛していたはずなのだが、どうにも姿が見えなかった。

 そのため、クラウスを援護できるのは一緒の車に乗っていたジョンしかいなかったのだ。

 

「スティーブン達を引き離すような行動、あいつは頭は回るようだがそこまで強くないはずだ。全力で攻撃しろ!」

 

「はい! エイブラムスさん!」

 

 装甲車の窓から身を乗り出したエイブラムスは、声を張り上げてクラウスとジョンに向けて叫んだ。

 

「では、戦おうか!」

 

 グディヴォはそう言うと、目にも留まらぬ速さでクラウスに向かって近づいた。しかし、時代が生み出した対吸血鬼専門家には効かなかった。

 

「ぐっ!」

 

 グディヴォとクラウスとの間には、小さな赤い十字架がびっしりと敷き詰められグディヴォの攻撃を受け止めていた。

 そして、グディヴォが止まった瞬間にジョンは弾丸を彼の頭に叩き込んだ。ジョンは不殺の枷をつけているが、頭に打ち込もうが、心臓に打ち込もうが死ぬことのない吸血鬼相手に遠慮をするほど、目の前の化け物を侮ってはいなかった。

 

「ただの銃弾などきかん!」

 

 グディヴォは、何発も銃弾を撃ち込まれているはずにも関わらず、まったく攻撃の勢いが衰えた様子は無かった。しかし、クラウスの防御を崩すほどの攻撃は与えられないのか、クラウスとグディヴォは拮抗状態になっていた。そして、クラウスは全力で攻撃に移れるだけ余裕はないといった感じであった。

 

「全く、いやになるね」

 

 ジョンは全く自分の攻撃が通用しないところを見ると、今までとは違う弾丸を装填した。その弾丸には、紋章のような物と複雑な文字列が記載されていた。

 

「食らいやがれ!」

 

 ジョンの放った弾丸は正確にグディヴォの肩を貫いた。

 

「あああああ、何だこれは⁉」

 

「いまだ、クラウス‼」

 

 銃弾が当たった場所は、今までとは違い超高速再生することなく血をだらだらと流し続けていた。苦悶の表情を浮かべるグディヴォは、いったん距離をとるためにトラックの荷台へと戻った。そのタイミングを逃さず、クラウスとジョンもトラックの荷台へと飛び移ったのだ。

 

「ブレングリード流血闘術、32式 電速刺尖撃(ブリッツウィンディヒカイトドゥシュテェヒェン)」

 

 飛び移ったクラウスはどうにかして傷を治そうとしているグディヴォに高速で近づき、十字架の形をした細剣でさらなる攻撃を与えようとした。

 

「あーー、もう面倒くさい‼」

 

 クラウスの攻撃が届く直前であった。グディヴォは自分の肩から先を自ら切り落とした。そして瞬く間に動かなかった肩の修復を終え、クラウスの細剣を難なく受け止めた。

 

「さっきの攻撃、実に見事だったが……。あっちの男が連射しないところを見るに、そんなに弾丸は無いのか?」

 

「ぐっ‼」

 

 グディヴォの言っていることは半分正解であった。まだ対ブラッドブリード用の特殊加工が施された弾丸は1発残っていたが、次撃つときによけられてはたまらないので温存しているのだ。

 対ブラッドブリード用特殊加工弾。それはジョンの弾丸の表面に魔術を刻み込み、ブラッドブリードの回復を阻害するという効果のあるものだった。まだ試作段階な上、制作時間や施した魔術が霧散するまでの時間を考慮すると、今回2発も持ち込めたのは開発陣の努力あってのことだった。

 

「まずはお前だ」

 

 グディヴォはクラウスをにらみつけると、つかんでいた血の十字架を握りしめクラウスが逃げられないようにしてから思い切りお腹を蹴った。

 

「クラウスさん‼」

 

 ジョンは勢いよく吹き飛んだクラウスに手を伸ばしたが、その手がクラウスに届くことは無かった。しかし、ジョンはクラウスの目を見ることが出来た、トラックから弾き飛ばされたクラウスの瞳には熱き炎が揺らめいていた。

 

「おい、お前も吹き飛べ」

 

 グディヴォは続いてジョンも車から追い出すべく、すさまじい速度で近づいてきた。ほとんど瞬間移動のような速度で近づいてくるグディヴォを見てジョンは、冷静に弾丸を発射しグディヴォをひるませると、トラックの荷台の屋根へと逃げた。

 

「どうしたガンマン。逃げの一手か?」

 

「ははは、僕は弱いからね」

 

 ジョンを追って荷台の屋根に来たグディヴォは、赤いコートをたなびかせながら自分をにらむジョンを見つけた。

 ジョンは逃げることはしなかった。ここで逃げても、誰も彼を責めるようなことはしないだろう。ブラッドブリードはブラッドブリード専門家が相手をするべき相手であり、いくら戦闘技術が超一流の領域に達し始めているジョンだとしても勝てる相手じゃないのだ。しかし、ジョンは逃げなかった。最後に見たクラウスの瞳がどうにも忘れられないのだ。彼は絶対に戻ってくる、そう信じられるほどの熱き心のこもった瞳を。

 

「さて、時間を稼がせてもらうよ」

 

「ほざけ!」

 

 ジョンは真正面から向かってくるグディヴォの脚を執拗に狙った。グディヴォは先ほどの弾丸を未だ警戒しているのか、弾丸を受けるようなことはせずに弾丸を躱していた。

 

 グディヴォはそこまで強い吸血鬼ではなかった。確かに常識外れの再生能力も筋力も持っていたが、エルダークラスとは天と地の差があった。エルダークラスの吸血鬼だったらジョンの弾丸を受けたとしても、何も問題は無かっただろう。そもそも、彼らの再生能力を一時的にでも弱めることが出来たら歴史的な出来事になるほどだ。

 

「死ね!」

 

 グディヴォがほぼゼロ距離まで近づいたその瞬間、ジョンは秘めていた弾丸を放った。

 ジョンの放った弾丸はグディヴォの股関節を撃ち抜いた。通常の人間であれば行動不能になる上に、太い血管を傷つけられたために起こる出血で数分と持たずに倒れる傷だ。

 

「まだ、あったのか‼」

 

 グディヴォはある程度覚悟していたのだろう。ジョンに撃たれ、顔をゆがめながらも攻撃を止めることは無かった。グディヴォが放ったこぶしはジョンの左腕を破壊した。しかし、血が出ることは無かった。ヴァッシュ・ザ・スタンピードの左腕はマシンガンを内蔵したオーバーテクノロジーで作られた義手であったからだ。

 

「次で……決める」

 

 ジョンは吹き飛ばされながらも距離をとることに成功した。そして起き上がってみると、尋常ではない出血をしているグディヴォが立っていた。普通の人間であるならば死んでいてもおかしくないほどの出血だった。自演には血の池のような物が出来ており、そのあまりにどす黒い血は彼が尋常ならざる生物という事を示していた。

 

「死ね、ガンマン!」

 

 グディヴォは若干ふらつきながらも、圧倒的なスピードでジョンを殺そうと襲い掛かってきた。

 その時であった。二人の耳に大きなガラスが割れるような音が響いた。

 

「なんだ!」

 

 あたりを見回しても何ら変わったところは見当たらなかったが、すぐに変化が訪れた。音が戻ってきたのだ。人々の生活する音が。

 

「まさか、結界を破ったのか」

 

 グディヴォは念には念を入れて、トラックの周囲だけ結界を張っていた。外部からの侵入を遮断する結界だ。これによってスティーブンやザップなんかは助けにくることが出来なかったのだ。

 

「ブレングリード流血闘術……」

 

「エスメラルダ式血凍道……」

 

「斗流血法……」

 

「954血弾格闘技……」

 

 そして、彼らは戻ってきた。

 

「十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)」

 

「絶対零度の槍(ランサデルセロアブソルート)」

 

「刃身ノ壱・焔丸」

 

「Electrigger 1.25GW」

 

 結界が解除されたと同時に、クラウス、スティーブン、ザップ、K.Kの4人は全力でジョンにとどめを刺そうとしているグディヴォをに向けて技を放った。血の十字架が、氷の槍が、血の刀が、血の弾丸が刺さり、貫き、刻んだ。彼の身体は分解できる限界まで分解され燃やし尽くされようとしていた。

 

「くそがぁああああああああああ」

 

 彼らの血でできた武器は、グディヴォの身体を焼き再生を鈍らせ、グディヴォを燃やし尽くしていく。その最中であっても、彼らは自分たちが出せる最高の火力を油断なく叩き込んでいく。一瞬でも気を緩んで攻撃を止めたら元に戻ってしまう、その恐怖を彼らは持っていた。

 

 だが、そんな恐怖も終わりが来る。再生能力を限界まで落とされたグディヴォは白い灰になっていく。そしてその灰をクラウスが十字架の中に封印したのだった。

 

「はぁーーー、まじで死ぬかと思ったーーーーー」

 

 ジョンは空を仰いだ。いつもの空が広がっており、さっきまでの戦闘が嘘であったかのように穏やかであった。

 

「大丈夫だったかね?」

 

 クラウスは、血の十字架を回収するとジョンの方へと歩いてきた。

 ジョンはそちらに顔を向けると、戦闘の後だとは思わせないほどしっかりとした足取りであった。

 

「義手の左腕もっていかれましたよ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「分かりません。ただ、変化した時に銃弾なんかは補充されるから、この左手も戻るんじゃないですかね」

 

「そうだといいな」

 

 ジョンがもぎ取れた左手を見せると、クラウスは目を丸くした。一応、彼にはヴァッシュの姿の時には義手になっているという事は言ってあったが、実際左手がもぎ取れた仲間を見る彼の気持ちはあわただしいものになっていた。

 

「グディヴォはどうなったんですか?」

 

「灰にして、封印した。今できるのはこれで精いっぱいだ」

 

「そうなんですね」

 

「彼はこの中で永遠に封印され続ける。むごいかもしれんが、我々にはこうするしか方法がない」

 

 現在ブラッドブリードに対抗する手段は、灰になるまで攻撃して封印するという方法しかないのだ。つまり、灰にできる程度の吸血鬼にしか対抗策が存在せず、エルダークラスの吸血鬼にはなにも対応策が無いのが現状である。

 

「はぁ、いい天気だなぁ」

 

「そうだな」

 

 再び見た空はどこまでも明るく二人を照らしていた。

 

「ヴァッシュさーん」

 

「ん?」

 

 どこからか、聞いたことのある声で名前を呼ぶのが聞こえた。ジョンはその方向へと顔を向けてみると、メリルとミリィがカメラを構えて近づいてきていた。

 

「あ、やべ」

 

 一応秘密結社という名目上、あまり衆目にさらされるのは良くないのだ。それに、二人をこっちの世界に巻き込みたくないと考えたジョンはここからの逃走を瞬時に決定した。

 

「クラウスさん、また後で」

 

 ジョンはそう言うと、痛む体に鞭を入れ全力でヘルサレムズ・ロットの町中を逃げるのであった。

 




お気に入りや、評価くれたら、飽きずに続けられるかも(/ω・\)チラッ
注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのだけはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気がまじで無くなるので……(´・ω・`)


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