MAGEAR Re:Code (イモ伍長)
しおりを挟む

MAGEAR Re:Code#1

白の日

 

全てはその日から始まった

 

愛せし大地は呪いを受け

 

見返す跡には怨嗟が残る

 

白の日

 

その日に全てが終わった

 

──────────────────────

 

病室に横たわる少女が、ふと目覚める。

薄い桜を思わせる桃色が、ふわりと起き上がる。

 

少女の名は、環いろは。

病室にあるネームプレートがそう示していた。

 

ここは一体何処だろうか。

そんな興味半分、不安半分で辺りを見渡す。

 

白を基調とした至って普通の病室。

どうやら自分のようにここに寝ている人間は一人もいないようだ。

 

しかし、ひとつだけ違和感がある。

それは、白いカーテンのたなびく窓に。

 

空が、雲が近いのだ。

 

それはまるで、かつて飛行機に乗った時に外を見た、あの光景によく似ていた。

あの時飛行機に乗っていたのはどうしてだっただろうか……そう思案に暮れようとした時、不意に声をかけられる。

 

「……目を醒ましたんだ」

 

声色の主は男性、聞いた感じは好青年を思い浮かべるものであった。

声に気づき振り向いた彼女が目にした彼は、その声の主に見合う好青年であった。

どこかあどけなさを残す青色の瞳と髪、それは窓の外の空のように爽やかであった。

 

青年は病室に入り少女に近づくと、 手早く健康状態を確認した。

 

「呼吸はしてる、脈拍も正常、瞳孔も開ききってない……うん、しっかりと生きてるみたいだね」

 

ひとしきりの健康状態を確認した後、青年は耳元にある通信機のようなもので話を始めた。

 

「あー、灯花?え?ちゃんと灯花司令って呼べって?メンドクサイよそんなの。そんなことより……あー……ったくわかったよ司令官。朗報だよ、例の環いろはが目覚めた。……えっ?そんな大事な話もっと早く言え?話の腰を折ったのはどっちだよ。あー、あー!わかったから!わかったから!怒鳴んないでよ耳キンキンってなるんだから!……はいはい、こっちに来るんだね。んじゃー」

 

どうやら話し相手は灯花と呼ばれる人物らしい。

名前と通信機越しに聞こえた甲高い声から、女性、しかもいろはよりも年下の少女と予想するのにそう時間はかからなかった。

 

「うん、聞こえてたみたいだからわかると思うけど、アンタに会いたい人がいるんだ。まぁ、右も左もわかんないだろうし、詳しいことはソイツから聞くといいよ。僕からだと、色々と主観が入っちゃいそうだしね」

 

そう少女に告げると、青年はベットに腰掛ける。

 

「……あー、その、環いろはさん?なんかお話しない?」

「はい、えーっと……」

「マコト、水波マコト。マコトでいいよ」

「マコト……はさ、さっきの人と知り合い?」

「さっきの人、灯花のこと?知り合い……というよりは上司って感じかな。一応はあいつ、ここの司令官だし」

「司令官ってことは、偉い人なの?」

「まぁね。でもただのお子様だよ、お子様。誰が呼んだか、おガキ様」

「へーおガキ様ねー。誰の事を言ってるのにゃ?」

「そりゃあアンタのこと……うげえええ灯花!」

「……まぁバカなマコトのことは放っとくことにして」

 

ふわりとウェーブがかった茶髪は、見る者に気品と優雅さを伝え、ゴシック調の黒色をベースとしたドレスを纏うその姿は、誰が言ったか少女人形が歩いているかのようであった。

 

ただし、その愛らしい人形に唯一相応しくないものがあった。

左腕に付けられた白色の腕章。

よく見るとそれは、マコトも同じものを着けているようであった。

 

「改めまして、お姉様。わたくしは里美灯花。飛空艇フェントホープの司令官にして、元マギウスの一人……って、お姉様はわたくしのこと知ってるか」

「灯花……さん?」

 

灯花の元に返ってきた反応は、初対面の人と最初に話すかのような、ぎこちなさがあった。

灯花はしばらく考える素振りを見せた後に、深く溜め息をついた。

 

「……にゃーるほどね。まぁ、無理もないか」

「無理もない?どういうことなのさ灯花」

「おバカさんなマコトに言ってもわかんないことだよーんだ」

「やっぱりさっきのこと根に持ってる……」

「マコトにもわかるよーに端的に教えてあげると、お姉様は今、一時的な記憶喪失にあるみたい」

「一時的な……記憶喪失?」

記憶喪失。

余りにも突然告げられたその一言は、突き飛ばすようにいろはの意識をどこか遠くへ追いやった。

記憶とは、それまで自分自身が存在したという何よりの証拠。

それが突然なくなったと言われたのだ、無理もなかった。

底知れない不安と、自身の過去に対する疑問とで、いろはの頭は埋もれた。

 

「灯花ちゃん、私の記憶っていつ戻るの?」

「そればかりはわたくしからは何とも言えないかにゃー?強いて言うならお姉様次第」

「私……次第?」

「うん。お姉様の行動次第で、過去の記憶が甦ることがあるかもしれない。一言で表すならプルースト効果を期待するしかないって感じかにゃー?」

「プルー……スト?何それ灯花」

「マコトにとっては知っても知らなくてもどうでもいいこと!……さてと、お姉様にフェントホープの中を案内しないと。まずは……」

 

と、同時にフェントホープ艦内に鳴り響く、けたたましいサイレン音。

今から愛しのお姉様にフェントホープを案内しようとしていた灯花に、これ以上無い邪魔者の到来を知らせていた。

 

「に゛ゃー!なんでこんな時に限って襲撃なのー!?」

「空賊かー。アイツら本当に幾らでもいるよな」

「悠長な事言ってないでマコトは持ち場について!」

「はいはーい」

 

軽いノリでマコトは踵を返すと、足早に持ち場に向かっていった。

マコトを見届けた後に、灯花はマコトと同形状の通信機から何処かに指示を出しているようだった。

 

「もう!……とりあえず敵機襲来の方面に向けて兵隊グマを放って!この方向から来るなら十中八九狙いはこの艦の備蓄だから、念のため備蓄庫の防壁を閉めておいて!」

 

記憶喪失、と告げられただけでなく、目まぐるしく変わる状況に全く着いていけていないいろは。

おろおろと目を配るものの、状況は掴めないまま。

そんないろはの様子を見かねたのか、指示を出し終えた灯花がいろはの手を取り、申し訳なさそうにして見ていた。

 

「ごめんなさいお姉様……。今は何にもわからないと思うのにこんなことになっちゃって……。お姉様はここにいて。ここでじっとしているのが一番安全だから」

 

しかしそんな灯花の言葉をつんざくように聞こえてきた爆発音。

しかも割と近い場所で起きたようで、しばらく病室全体が揺れていた。

 

「な、何!?」

「灯花ちゃん、どうしたの!?」

「艦の真下で爆発があったみたい!……まさか、敵の狙いは、単にこの艦を落とすこと!?備蓄庫への襲撃は囮だったってこと!?」

 

「それだけじゃねぇぜ、ガキンチョ」

 

この飛空艇の誰のものでもない声を聞いた灯花は、背後に目をやると、アサルトライフルを構えた見知らぬ男が一人で立っていた。

ギラギラした目付きと汚ならしい服装、どう見ても招かれざる客であることは容易に解った。

 

「爆発に乗じてコッソリ爆発跡から侵入、そして全部掻っ払った後でこの艦をドカン、までが俺達のプランだぜ」

「最悪……物資強奪だけじゃなくて、破壊そのものを楽しむ悪趣味な奴らだったとはね」

「悪趣味とは言い方悪いんじゃねーの?昔の偉い芸術家は言ってたじゃねぇか、芸術は爆発ってなぁ!」

「比喩すら知らないヤツには何を言っても無駄だにゃー」

「それはそうとよぉ、お前、立場って言葉知ってるか?」

 

相手は一人だが、銃を持っている。

狭い室内で乱射されたらたまったものではないだろう。

 

その結果、二人がとる行動はひとつだった。

昔から、銃を突きつけられれば、両手を上げるのがセオリーというものだろう。

 

じろじろと灯花といろはを見る空賊であったが、それぞれが身に付けていたソウルジェムを見て、目の色を変えた。

 

「しかもお前ら魔法少女じゃねぇか!こいつは驚いた!遂に俺らもマギアを手にする事ができるぜ、ヘッヘッへ……」

 

“お姉様、聞こえる?声に出さずにそのままアイツの方を向いてて“

 

突然頭に響いてきた灯花の声に戸惑いを覚えたいろはだったが、今の状況を打破するためには灯花の声に従うしかないと思い、必死に声を出すのを堪えた。

 

“今わたくしはテレパシーで話している。アイツを見るに、魔法少女がテレパシーを使えるのを多分知らない。いい、お姉様。わたくしがアイツに向かって飛び掛かったら、その隙に逃げて“

 

無論、いろははそんなことが出来るような性根ではなかった。

みるみるうちに顔が不安で曇っていく。

 

“お姉様が簡単には首を縦に振らないことはわかってる。でもわたくしなら大丈夫。こんなヤツ幾らでも倒す手段ならあるからね!“

 

それでも、いろはの不安が完全に晴れることはなかった。

とりわけ、可憐で儚いとも言い表すことの出来る少女と、醜く薄汚れた、目の前の理性を欠いた男とが対峙するのだ。

 

灯花が無事である確証など、いろはには持てなかった。

 

「ねぇねぇおバカな空賊さん、貴方ってメタ認知って知ってる?」

「なんだとクソガキ、今俺のことなんつったよオイ!」

「人の話もちゃーんときけにゃいのー?おバカな空賊さんにメタ認知についてお話ししようとしただけだよー?」

「誰がバカだとゴラァ!」

「貴方だって、言ってるでしょーが!」

 

そう灯花が啖呵を切った瞬間、少女とは思えない脚力で一気に空賊との距離を詰めた。

灯花は胸に隠してあったであろういろはの髪色を思わせる桃色の玉石に手を掛けた。

 

が、響き渡るのは無情の銃声。

 

もう一人の侵入者の銃撃によって、玉石を掴んだ手ごと、あらぬ方向へと吹き飛び、体勢を崩した灯花は地に伏せた。

 

「バカはどうやらお前だったようだなぁクソガキ。誰が一人だけっツったよ、おぉう?」

「に、にゃー……生意気」

「さてさて、こっからゆっくり手足をバラすその前にだ……、さっきは俺のこと、よくもバカとはほざいてくれたなァ」

「お、おバカさんなのは事実だよ……」

「わかんねぇガキには、こうするしかねぇよなぁ!」

 

灯花の顔面に、汚ならしいブーツが急速に迫り、そして穿つ。

ぶっ、という口の中の空気が滑稽に吹き出る音と共に、病室が赤く染まる。

 

「なぁなんか言ってみろよおい!おらぁ!」

 

空賊の蛮行は終わらない。

先程までの腹癒せに、灯花を引き続き蹴り続ける。

 

もう、耐えられなかった。

記憶を無くす前の話なんて今はどうでもいい。

まずは、こいつらを。

 

目の前の少女をいたぶるこいつらを、滅せねば。

 

そう。環いろはとはこういうヤツであった。

例え記憶が無かったとしても、いろはは目の前の傷つく人間を見捨てられる程、人間として賢く出来てはいなかった。

 

気づいた時には、いろはは灯花の手に握られていた玉石を掴んでいた。

掴んだ玉石はいろはの意思を具現化するかのように、形を変えた。

白く、芽吹く小枝をイメージする洗練されたフレームに、玉石と同じ桃色の弦とオーラ、弓の形を模すそれは、いろはが手にしたそれは、ある魔法少女の忘れ形見。

 

マギア(MAGEAR)。後にいろはが知ることとなる、この世界を変えた武器である。

 

「て、てめぇ何のつもりだ!?」

「動かないで。灯花ちゃんから早く離れて」

「てめぇもこいつと同じ目にあいたいようだなァ!」

 

空賊二人が怒号と共に一気に銃の引き金に指をかける。

 

使い方は、何故か最初から知っているかのように身体が動く。

魔力で構成した矢をつがえ、狙うは敵のど真ん中。

私がやるべきこと、それは。

 

「引き金を引ききる前に、私が射る……!」

「死に曝せやァ!」

 

空賊がそのあまりにも粗末な遺言を言い切ることはついぞ無かった。

彼の上半身を構成していたほぼ全てのパーツは、たった一瞬で、最初から無かったかのように霧散していた。

 

「ひ、ひいぃ……」

 

戦意を喪失した空賊の目には、絶対的な殺意を持ったバケモノが、今にも自身を喰らおうとする姿が映っていた。

 

「た、たた助けて……ば、バケモノ……バケモノ……」

 

それが彼の遺言となった。

片割れの空賊同様、彼も霧散して消えた。

 

その後は、空賊達にとってはまさに地獄だった。

マギアを手にしたいろはの実力は凄まじく、空賊は一人残さず駆除された。

いろはの目にあったのは、殺意と、何処か冷酷さを感じさせる意思だけであった。

 

しばらくして、フェントホープの艦内に空賊撃退を知らせる、女性のアナウンスが響いた。

 

空賊が文字通り消えた後の病室には、先程までの時間が嘘かのような静寂だけが残されていた。

 

「大丈夫だった?灯花ちゃん?」

 

ポツリと響くいろはの声に、ゆっくりと灯花は傷ついた顔を上げる。

切れた口から零れた血を、いろはが優しい眼差しを向けながらゆっくりと手で拭う。

灯花は僅かながらの安堵と、安堵以上に心臓を潰されるかのような、苦しみに苛まれるのであった。

意を決し、灯花は口を開く。

 

「おかえりなさい、いろはお姉様。改めてフェントホープへようこそ。そしてここが、今のわたくし達の生きる世界」

 

MAGEAR Re:Code #1

魔女がいらなくなった地獄

Re:それでもわたくしは地獄を生き続ける



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

MAGEAR Re:Code#2

すべての始まりは救済だった。

 

彼女たちは目指した、魔女のいない世界を。

 

彼女たちは目指した、希望のある未来を。

 

それが、今となっては過ちとなると知らずに。

 

──────────────────────

 

空賊の襲撃より数時間が経ち、損傷したフェントホープの修復も終わり、ほとぼりがようやく冷めてきた頃。

 

失った記憶のこと、妙に残った灯花の表情。

それらがいろはの思考を雁字搦めにして離さない。

何より今のいろはには情報が少なすぎた。

 

「考えていても、どうしようもないよね」

 

いろはは行動を起こすべく、寝転がっていた上体を起こした。

目に映るのはアンティークのひとつもない殺風景な部屋であったが、今のいろはにはこの部屋の殺風景さが、自らと重なるようで少し安堵する。

これからこの部屋に物が増える度に、自らの記憶も甦ると信じて。

 

いろはが自分の部屋から出ると、待ち受けていたかのように灯花が抱きついてきた。

 

「にゃー!お姉様待ってたんだからね!」

「ごめんね灯花ちゃん、ちょっと考え事してて」

「……そっかー。まぁお姉様にはそういう時間も必要だよね。さてと、改めてフェントホープの中を案内するね!お姉様、こっちこっちー!」

「あ、ちょっと待って!灯花ちゃん!」

 

駆けていく灯花を追いかけているいろは。

さながらそれは本物の姉妹のように微笑ましく、現に灯花もこの時ばかりは、心の底からの笑顔をいろはに見せていた。

窓には零れんばかりの星達が、日も落ちた暗闇を優しく着飾っていた。

 

「とゆーわけで!お姉様、彼らがフェントホープのな仲間達だよ!」

 

フェントホープ、その船員達のほとんどが、この中央会議室へと集まっていた。

ほとんど、と言っても数人しかいないのだが。

 

「って!時雨はまた来ないのかにゃー!」

 

そう、ほとんど。

 

「まぁしょうがないよ灯花。主任が来ないことはいつもの事じゃん」

「で、でもー……せっかくお姉様がフェントホープの一員になった訳なんだよ?」

「まぁいいじゃねぇか!今日はいろはちゃんが来た……って言って良いのかわかんねぇけども、お祝いじゃねえか」

 

そう言いながら灯花の頭をわしゃわしゃと撫でる男。

ガタイがよく、短めに切り揃えられた金髪から活発そうな印象……もとい活発なヤツだった。

 

「に゛ゃー……まもる頭をわしゃわしゃしないで。乙女のキューティクルが痛んじゃうでしょ?」

「お前の背ってちょうど撫でやすいしな!」

「理由になってにゃーい……」

 

「おっと、俺は十咎まもる。よろしくな、いろはちゃん」

「よろしくお願いします、まもるさん」

「おう!、よろしく!」

 

彼はその屈強な手でいろはと握手する。

若干の痛みを感じる程の握手と、やけに馴れ馴れしい態度から、いろはは苦笑いをしながらお茶を濁すことにした。

 

「十咎さん!いろはちゃんが引いちゃってるでしょ!」

「んー……あぁ悪い悪いかえでさん!」

「悪いってセリフはいろはちゃんに言ってあげて」

「は、はい……」

 

まもるを嗜めたのは赤い髪色の、少し気弱そうな印象を受ける女性からだった。

しかし、先程のまもるに対する態度と、彼女の掻い潜ってきた修羅場を垣間見ることの出来るよれたベレー帽から、芯が強く歴戦の兵士であるということがよくわかった。

彼女の名は秋野かえで。

魔法少女であり、フェントホープ戦闘部門の教官を勤めている女性であった。

 

「ごめんねいろはちゃん、十咎さんには悪気はないの。彼ってその……結構暑苦しいタイプだからさ」

「うげっ……出たよかえでさんの毒舌」

「十咎さん、明日の訓練倍ね?」

「ひえっ!お、お助け!」

「冗談……に出来るのは今のうちだよ?」

「すいませんでしたぁぁぁ!」

 

まもるはかえでの前に伝説のスライディング土下座で意を示した。

 

「いつも思うけど、そこまでやらなくてもいいのに……」

「とりあえず明日の訓練倍だけは勘弁してくださいいいっ!」

「はぁ……わかったわかった。」

「さてと……久しぶり!……って言ってもわかんないよね。私は秋野かえで。ここで戦う人達を鍛える教官をやってるんだ。」

「久しぶりってことは、私の事を知っているんですか?」

「うん、記憶を失くす前のいろはちゃんとは、友達だったんだ」

「そうだったんですか!?」

 

記憶を失くす前の友人、自分の記憶を取り戻すチャンスと言わんばかりに、いろはは自身の事を問い詰める。

 

「私ってどんな人だったんですか!」

「えーっと、それはね……」

「私にはかえでさん以外に友達がいたんですか!」

「あ、あのー……」

「私はどうして記憶を失ったんですか!」

「ふ、ふゆぅ……そんなに一気に言われても答えきれないよ」

「す、すいません……つい」

「無理もないけどね。突然、自分の記憶が失くなっちゃった!なんて言われたら、私もきっとおんなじ風になってると思うし……」

 

「でも、そうだね。いろはちゃんは記憶を失くす前と変わってないよ。いろはちゃんはいろはちゃんだった」

 

「私は、それだけで嬉しい……」

 

堪えられなかった心がかえでの涙となって頬を優しく伝う。

 

「いろはちゃんが無事でよかった」

 

気づけば、かえではいろはの事を抱き寄せていた。

 

「私ね、すっごく不安だった。失うものもいっぱいあった。けれど、いろはちゃんが無事だったことが、私にとって何よりの救いなの……」

 

涙を流し感傷に浸るかえでに対し、いろははただ、よくわからない現実に困惑しつつも、かえでのことを慰めるように頭に手を置くのであった。

 

「……って、いつまでもこうしていてもしょうがないね。他にもいろはちゃんには知ってもらいたいことがある」

「知ってもらいたいこと?」

「そう、お姉様が目覚める迄に、この世界に何が起きたのか、そして、魔法少女のことを」

「少し長い話になるけど、大丈夫?」

「うん、今は少しでも多く情報が知りたい。教えて灯花ちゃん、かえでちゃん」

「……それじゃあ、始めるよ」

 

お姉様、まずは魔法少女について改めて説明するね。

魔法少女って言うのは、選ばれた第二次成長期の少女が、キュウべぇと契約してなれる存在。

契約によって、何でもひとつ願いを叶えてもらうことが出来るの。

ただし、代償として魔法少女の敵、魔女と呼ばれる存在と戦い続ける宿命を背負うことになる。

そして、話はこれだけで終わらない。

魔法少女が力尽き、このソウルジェムという魂そのものを物質化した石が淀み、濁りきってしまうと、その魔法少女は魔女と化す……。

 

わたくしは、そんな魔法少女の宿命に抗うべく、とある組織を興したの。

その名は「マギウスの翼」

マギウスの翼の最終目標は、わたくし達が独自で開発したソウルジェムの自動浄化システム……要はソウルジェムが濁りきっても魔女にならない仕組みを作ったの。

 

結果的に言って、マギウスの翼の計画は成功した。

この惑星上であれば、魔法少女は魔女となることはない。

でも、わたくし達は失敗した。

成功しすぎちゃったんだ、わたくし達の計画は。

 

……人間達に、魔法少女のことと、自動浄化システムのことがバレてしまったの。

それだけじゃない、人間達は魔法少女システムの分析と研究によって、魔法少女の力の源となる、魔力を現代兵器へと取り込む事に成功したの。

 

それがマギア(MAGEAR)。

 

マギアを手にした人間達の勢いは凄かった。

人間達の魔女狩りは、一方的な虐殺だった。

一方で、マギアの材料となるわたくし達魔法少女は、あらゆる尊厳を剥奪された上で、人間達に追い回された。

地獄だったよ、何人もの悲鳴と助けを聞いてきたし、何度も見殺しにした……そうじゃないと生き残れなかった。

愚かなことに人間達は、魔女を狩り尽くした後は人間同士でマギアを使った戦争までする始末……

 

そして、あの日。

白の日がやってきてしまった。

 

わたくし達の作った自動浄化システムには、システムの核となる特別な存在がいた。

 

それが、「エンブリオ・イヴ」

 

あろうことか人間達は、エンブリオ・イヴを殺そうとしたの。

わたくし達は必死に抗った。

でも……イヴは……。

 

イヴが地に堕ちた時、イヴが抱え込んでいたありとあらゆる呪いが解き放たれ、この惑星の地上は呪いによって汚染された。

人も、魔法少女も、地上では数時間しか活動できない。

それを過ぎれば、イヴの呪いで死を迎えることになる……

だから、わたくし達もそうだけど、飛空艇で旅をしているの。

もしかしたらあるかもしれない、安息の地を求めてね……

 

「これが、この世界に起きたこと」

 

絶句。

いろはは暫く言葉を出すことすらままならなかった。

 

「突然、こんなこと言われても、よくわかんないよね……。でも、ゆっくりでいいから、今の話をしっかりと覚えておいて」

「それと、いつまでも過去の話をしていてもしょうがにゃいから、これからの話をするね。現状、わたくし達の目標は幾つかある。ひとつは、さっきも言ったみたいにわたくし達が安全に暮らせるところを探すこと」

「もうひとつは、癒しの力を持つ魔法少女を探して、私達の船に招き入れること」

「癒しの……力?」

「それについては、俺とマコトから説明させてくれ」

「たぶん、これを見てもらった方が早いね」

 

マコトとまもるの二人は玉石を翳す。

いろはの持っているものと同じく、マギアであった。

マコトの物は透き通る青色、まもるの物は温かく光を放つ黄色をしていた。

 

「これは、俺達の大切な家族だったものだ」

「今はソウルジェムだけになってるけど、癒しの魔法少女の力を使って、僕達の家族を取り戻す、それがもうひとつの目標」

「このマギアの元になったのは、ももこちゃんとレナちゃん……覚えてないと思うけど、私といろはちゃんの友達だった魔法少女なの」

「私の、友達……」

 

「……さてと、お姉様には大方事情を話したことだし、明日はちょっとお姉様達にお願いしたいことがあるの」

「お願い?」

 

「うん、狩りに行って欲しいの」

 

MAGEAR Re:Code #2

 

僕たちの進む道

 

Re:何が待ち受けようと、この時の僕たちは進むしかなかった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

MAGEAR Re:Code#3

呪いは多くの生命を蝕み、滅ぼした。

 

だが、同時に呪いは、生命に新たな可能性を与えた。

 

後に魔なる獣、魔獣と呼ばれるそれらは、人類に変わる地上の覇者となっていた。

 

呪いがもたらしたものは、果たして邪なのか?

 

─────────────────────────

 

 

空から純白の大地に降り立つ影が三つ、山羊の骸骨のような頭のついたパラグライダーで空を切る。

「降下完了っと……。灯花、今日の制限時間はどのくらい?」

「ざっと計算して、今日は二時間ぐらいかにゃー?とはいえ、お姉様にとって初めての狩りな訳だし、そこまで飛ばさなくていいからね?」

「はいはい、程々にやりますよっと」

「お姉様、出掛ける前に渡したR-Boxの使い方は大丈夫?」

「うん、さっきもマコトとまもるさんがしっかり教えてくれたから大丈夫」

「まぁな、なんかわからなかったら俺たちに聞いてくれ」

「だったら安心かにゃ。それじゃあ作戦開始ー!」

 

こうしていろははマコト達と共に、地上へと降り立った。

今回の目的は、ずばり「食料調達」である。

前回の空賊の襲撃において、フェントホープの貯蔵庫がだいぶ荒らされてしまった。

そのため、食料の備蓄が急激に少なくなってしまった。

無論、この不毛な呪いの大地で食糧難に陥ってしまったのならば、旅を続けていくことはとても困難になってしまう。

食料調達の手段は、大昔から変わらない。

獣を狩り、肉を得る、それだけだ。

だが、ここは魔境の大地。

ただでさえ呪いにより命を蝕まれる可能性があり、さらには凶暴化した生物により命を落とすことはこの世界では珍しくない。

故に、決して油断してはならない。

そんな危険地帯の中へ足を踏み入れていこうとしている一行だったが……

「どうだマコト?なんかいそうか?」

「ううん……今日はなんもいない。こういうときに限って……」

 

R-Box、ウワサの力を閉じ込め、色々と便利に使うことの出来るシステム。

その内の陸上走行機能、マチビト馬を駆ること30分、いろは達は肝心の獲物の痕跡すら見つけられないままでいた。

 

「ねぇ、マコト。ちょっと休憩しない?」

「そうだね。ずっと走りっぱなしだと疲れちゃうし、そろそろ休もうか」

「……ちょうど近くに川もあるみたいだし、そこで少し休むか」

 

一行は川のほとりに一旦腰を落ち着け、休憩兼今後の打ち合わせを行っていた。

 

「んー、いくらなんでも獲物がいなさすぎる……」

「そうなの?私はてっきりいつもこんな感じかと思ってた」

「マコトの言う通り、こいつはちと異常だな。普段だったら、10分ぐらいマチビト馬を走らせてりゃあ、小さい獲物くらいは見つけられるんだけどなぁ」

「そうだなぁ……灯花ちゃんに連絡してみたら?もしかしたら地上を調べてくれるかも」

「いろは、それはいい考えかも」

「司令官に頼んでみるのも、一利あるな」

「じゃあ早速連絡してみようかな……。もしもし灯花ちゃん?」

『あ、お姉様!どうしたの?』

「実は、狩りの最中に獲物が全く見つからないんだよね。だから、地上に獲物がいないかって事を調べてもらいたくって」

『えっ!?……そんなことあるの?待ってて、ちょっと見てみる……、何かわかったらまた連絡するね!』

 

そう灯花が告げるとプツリと通信は切れた。

 

「さすがは司令官、頼りになるぜ」

「そうだね。これでしばらくすれば、何かしらの成果が上がってくると思うよ」

それからしばらくして、再び灯花から通信が入った。

 

『みんな、お待たせ。分析した結果、西の方角に大きな熱源反応があるみたい』

「大きな熱源反応?」

『うん、そこだけに熱源反応が集中している感じ。きっと何かがいることは間違いないよ』

「なるほど、確かに気にはなるな。よし、その方向に行ってみるぞ!」

「なんだか嫌な予感がする……」

「というと、どういうことだマコト?」

「だって、そこだけに熱源反応があるってことがおかしいんだ。本来だったら疎らに生息しているはずの獣が、一切見当たらないのに、ここだけにいるってことは、何らかしらの理由があるってことだし……」

「確かに、用心するのは必要そうだな……」

 

その時だった、一行が休憩していた川の中から、水飛沫の上がる音が聞こえた。

そこには、3メートル大の鯰のような魚が、水面から跳び跳ねていた。

 

「おい見ろ!」

「まずはアイツからだな!いろは、マコト、逃がすなよ!?」

「了解!」

 

全員がマギアを展開する。

マコトは三叉の長槍、まもるは無骨な大剣、そしていろはは光の弓矢を手にし、一切に構える。

 

「わかってると思うがあの魚は普通の生き物じゃあねぇ!魔法生物だからな、何をやってきても不思議じゃない!お前ら、気を付けろよ!」

 

魔法生物。

白の日によって産み出された呪いに適応し、人類の想定の範疇を超えた生物達。

大抵、今の地上にいるのは、この魔法生物であり、いろは達の狙っていた獲物は、まさに彼らなのだ。

 

「せいやぁっ!」

 

マコトが槍を魚影に向かって投擲する。

 

「グギャアァッ!!」

マコトの投げた槍は見事に命中し、魚の胴体に深々と突き刺さった。

「よし!」

「ナイスだよ、マコト!」

だが、魚は致命傷を負いながらも、未だに生存しており、こちらへ向かって突進してきた。

 

「……お前ら、今すぐ川から離れるぞ!」

「え?何言ってるの?」

「なんか、わかんねぇか?さっきから少し地面が揺れてるの……」

「……逃げた方が、よさそうだね。」

「よし、それじゃあ……」

 

「「「撤退~~!!!」」」

 

マコトの読み通り、今までいろは達が立っていたその場所は、巨大な大口がばくりと周りの地面ごと平らげていた。

口が閉じきった後、口の主が体を起こし、いろは達を睨み付ける。

頭に提灯鮟鱇のような突起を付け、その先には先程マコトが突いた鯰のような魚がついており、外観は巨大なカエル、既存の生物で一番近い見た目を表すならば、カエルアンコウだろうか。

その、カエルアンコウを何倍も大きくし、禍々しくしたような生き物は、まだいろは達を諦めてはいなかった。

 

「あいつ……鯰みたいだったのは囮だったみたいだね」

「俺たちみたいに、あの鯰目当てで川に近寄ってきた連中をばくり、か。なかなか考えやがるな、あの……カエルか?」

「……アンコウじゃない?」

「今はどっちでもいいですから!」

 

いろは達は、即座にその場を離れ、近くの岩場に身を潜めていた。

しかし、カエルアンコウもそう簡単に諦めるような相手ではなかった。

手当たり次第に岩を破壊し、いろは達との距離はどんどん近づいていった。

「マズい……このままだと見つかるのも時間の問題かも」

「くそっ!何か打開策はないのか!?」

その時、何かを思い付いたように、マコトが呟いた。

「そうだ、僕にいい案があるよ。」

「本当かマコト!」

「うん、でもこれは……いろは次第だけどね」

「私?」

「そう、この作戦はいろはがキーになるから。」

「詳しく教えて」

「うん、僕のマギアの力、能力模倣を使えば、いろはと同じく強力な遠距離攻撃が出来る。だから、一気にアイツの目を狙うんだ。そして後はまもる兄がアイツの土手っ腹に切れ込みを入れれば……」

「万事解決って訳だな!」

「そういうこと、出来そう?」

「うん、大丈夫だと思うよ」

「よし、それじゃあ作戦開始!」

 

マコトはいろはのマギアの力を模倣し、準備完了。

 

「いち、にで行くよ……。いち、に!」

 

ばっ、と岩影から姿を表したいろはとマコト。

狙うは獣の両目玉。

「喰らえ!」

マコトが投げ放った槍は狙い通りに命中。

そしていろはは矢を放つ。

放たれた光輝く弓矢は一直線に飛んでいき、その威力は凄まじかった。

まるでレーザービームのように伸びた弓矢は、カエルアンコウの右目を貫き、カエルアンコウは驚き故かひっくり返った。

 

「よし!よくやってくれた!後は俺が、決めるだけだ!」

 

まもるも勢いよく岩影から飛び出し、大剣を獣に食らわせるべく、急接近する。

 

「ガァァァァァァ!!!!」

 

突然だった、獣のものではない大きな咆哮によって、全員の動きがピタリと止んだ。

次の瞬間、ファンタジーの世界から現れたかのような、巨大なワイバーン型のドラゴンが、獣を連れ去り、西へと飛んでいった。

 

「なんなんだ一体……!」

まもるがぼそりと言った。

「わからないけど……とりあえず助かったんじゃない?それにしてもあのドラゴン、どこから来たのかな?」

「さぁな……とにかく、俺たちの飯はアイツに奪われちまったってことだ」

「あーあ!せっかくいい案思い付いたと思ったのに……」

「まぁ気にするな、マコト。後少しだったじゃないか」

「……もしかすると、獣がいなくなったのは、あの竜が原因なんじゃないんですか?」

「というと?」

「あの竜が西に向かったってことは、たぶん竜の巣があると思うんです。きっと、他の獣達は、あの竜に食べられたくなくて、別のところへ逃げちゃったんじゃないかなって……」

「なるほどなぁ、合点はいくな」

「それでも、僕たちはこの付近に滞在して長い。狩りに出るのは久し振りとはいえ、あんな竜、見たことないよ?」

「……どうやらこの狩り、思ったよりしんどくなりそうだな」

 

いろは達は、先程の獣を連れ去った竜を倒すべく、マチビト馬を西へと駆った。

一時間ぐらい走らせただろうか、巨大な岩山の上に骨で編まれた鳥の巣のようなものが置かれていた。

 

「あったね、竜の巣」

「竜は……今はいないみたいだ」

 

巣の中には2m大の白くて巨大な球体が何個か置かれていた。

 

「あれって……」

「卵……じゃないかな?」

「とりあえず降りよう」

いろは達3人は、マチビト馬から降りると、竜の巣の前に立った。

「……入るしかないよね」

「……だよね」

「とりあえず、竜が戻ってくる前にどうにか対策を練ろう。あんなデカブツ相手にしなきゃいけないんだ、それ相応の準備は必要だ」

「うん、でも具体的に何したらいいかわかんないよ」

「そうですね……まずは竜の巣の中で使えそうなものがないか探してみましょう」

「そうだね」

「そうだな」

3人で協力して、竜の巣を探索していると、ふいにマコトが言った。

「ねぇ、これ!僕たちがさっき狩ろうとしてたヤツ!」

「あっ、本当だ」

そこには、いろは達がさっきまで戦っていた獣がいた。

しかも、それ以外にも数多くの獣の死骸が積まれていた。

「こっちには牙もあるぞ」

「じゃあ、これで武器とか作れるんじゃないですか!?」

いろはが嬉々として言うと、まもるは頭を掻きながら考える。

「うーん……どうなんだろうなぁ……こいつら全員、あの竜に食われちまった訳だろ?それなのに、あの竜に有効打を与えられるのかって言うと、正直微妙だよなって」

「そうですよね……」

「でも、何もしないでいるよりはマシだと思うよ」

「そうだな、じゃあ早速作ってみるか!」

こうして、まもるは竜退治に向けて、新しい武器の作成に取り掛かった。

「よし、こんなもんか」

まもるが作ったのは、先端に大きな牙の生えた槍だった。

その見た目は、まるで巨大な獣の口の中に入ってしまったかのように錯覚させるようなものだった。

先端はとても鋭く尖っており、その威力は凄まじかった。

いろはが全力で放つ矢の五倍ほどの威力はあるだろうとまもるは言うが、問題点がひとつ。

 

「これ、少しでかく作りすぎたかな……」

「確かに、これを振り回すってなると、なかなかやりづらそうだね……」

「じゃあ、罠とかにしてみたらどうでしょう?」

いろはが大量に転がっている骨を組み合わせて、小さな機構を作る。

 

「ここに、重さが加わると……こんな風にここにある棒が突き出るようになるんです。あの竜を誘き寄せることさえ出来れば、この槍も使えます」

「おっ!考えたないろはちゃん!」

「すごい!なんかカッコいい!昔見た筋肉モリモリマッチョマンの映画みたいだ!」

「よし、ならまずはこれを使ってあいつを串刺しにする!そしたら皆で総攻撃と行こう!」

「わかった!」

「はい!任せてください!」

 

ガァァァァァァ……

 

先程聞いた咆哮が、少し遠くから聞こえてきた。

 

「ちょうど、お出ましみたいだね」

 

バサバサと巨大な翼をはためかせ、竜が巣に降り立つ。

 

「行くぞぉ!!」

「おう!待ってましたぁ!!!」

「行きましょう!」

3人は、竜のもとへと飛び込んだ。

「やっぱりデカイな……」

「まずは作戦通り、あの罠へ誘導するぞ!」

「はい!わかりました!」

3人は散開し、それぞれの立ち位置につく。

そして、竜に向かって叫んだ。

「こっちだ!!かかってこい!!!」

まもるが叫ぶと、それに呼応するように竜はこちらへ向かってきた。

「グオォォォッ!」

竜は大きく息を吸い込むと、口から火球を吐き出した。

「なんのぉ……これしきぃ!」

まもるは竜に相対し、大剣を高く掲げ、魔力を集中させる。

「俺達に喧嘩売ったこと、地獄で後悔するんだな!」

刃に黄金ともとれる焔が宿り、めらめらとまもるの周囲が震える。

「ユニヴァース、ストラァァァァッシュ!!」

魔力が込められた渾身の一撃により、火球は竜の方向へと跳ね返り、爆ぜた。

轟音と煙が立ち込め、一瞬まもるは安堵したが、そんな攻撃などなかったかのように、竜は猛進してくる。

(まぁ、そりゃあこうなるか……)

額から汗を一筋伸ばし、まもるは竜から逃げ出した。

(でも、こうなりゃ好都合だな。アイツの狙いは今俺に向いている、このまま罠の方へ誘導する!)

迫り来る猛攻を掻い潜り、竜を罠へと誘う。

「……さてと、あともう少しか」

そんな時だった。

「……いっ!?」

足元には段差、後ろに気を取られていたまもるは、タイミング悪く躓いてしまう。

竜の勢いは変わらず、少しでも減速すれば屠られることは明らかだった。

「ちくしょう……タイミングが悪いのは兄妹揃ってか……!」

しかし、前方から放たれた光がまもるを通り抜け、竜の頭に何発か命中する。

突然の攻撃に、竜は思わず怯む。

光の方向を見ると、弓を構えたいろはがそこにはいた。

「サンキューいろはちゃん!お陰で助かった!」

「はい!あとはまもるさん、お願いします!」

 

「グオオオッ!」

竜は咆哮を上げ、まもるに向かって猛進する、が、その時には既に。

 

「……いらっしゃいませってな。頭に血が上りすぎたようだな」

 

竜の重みを感知し、牙の巨槍が竜へと突き刺さる。

声にもならないような唸りを上げ、竜は倒れ込む。

周囲には鉄の匂いが充満し、その一撃が決定的であることを裏付けていた。

「よしっ!作戦成功だな!」

「念のため追撃に備えてたけど、その様子なら大丈夫そうだね」

「お疲れ様です、まもるさん」

「いやぁー死ぬかと思った!……久々に魔力もあんなに使っちまったしな」

「とりあえず、倒した竜はとっとと解体しちゃおう。もう残り時間も少ないことだしね」

「あぁ、そうだな。あと一踏ん張りっと」

 

竜の体を、ナイフ片手に解体していく。

筋に沿って刃を通すと、生臭い鉄の香りが辺りに充満し、思わず顔をしかめてしまう。

「……ううっ、やっぱりこの血の匂いって、慣れないなぁ」

「慣れるもんじゃないぞ。これが命を頂くってことさ。この苦しさを感じなくなっちまったときは、きっと俺たちが、外道に落ちた時なんだろうよ」

「そっか。ところで……いろははよくそんな平気な顔で解体出来るよね。しかも初めてなのに手際もいいし」

「うん、元々料理をやっていたことがあったみたいだから、こういうのには慣れてるみたい」

「慣れてる、か……。いろはちゃん、俺とマコト、少し休憩しててもいいか?」

「え、いいですよ」

「悪いな、ちょっと休む」

「え?僕そんなに疲れてないよ?」

「いいから……」

 

少し離れた岩影にて。

 

「どうしたんだよまも兄。何か気になることでもあるの?」

「いや、ちょっとな。いろはちゃんのことだ」

「え?まさかそっちの意味で気になってるの?」

「アホか!……そうじゃなくってよ、強がってるんじゃないかってさ」

「強がってる?」

「考えてもみろ、今のいろはちゃんは記憶喪失、天涯孤独と同じようなもんだ。そんな状況で、空賊とか今回みたいな命懸けの狩りとか、まだ精神的には中学生ないろはちゃんにはキツいと思うんだ。なのに、あそこまで色々と平然にこなせるのは、やっぱり無理してるとしか……」

「無理、かー。僕はそんな感じはしなかったんだけど」

「それは俺達に気を遣わせないために……」

「ううん、なんとなくだけど違うような気がするんだ。なんというか……うまく言い表せないんだけど……」

 

「何かが、記憶じゃない何かが、すっぽりと抜け落ちているっていうか……」

 

妙な蟠りが残ったまま、解体作業及びフェントホープへの搬入は終わった。

 

「みんなお疲れ様ー!特にお姉様、初めての狩りなのにこんなに沢山の収穫があるなんて、わたくしビックリしちゃったよ!」

「随分とベタ褒めだね、灯花」

「あったりまえでしょー?マコトとかは出来てとーぜんだと思ってたけどー?」

「煽られてるのか褒められてるのかよくわかんないな……」

「解釈はまかせるよー。人の解釈なんて人それぞれにあるんだしさー」

「さてと、飯にすっか!……ところで今日の飯当番誰だ?」

「えーと……確か主任じゃなかった?」

「主任かー……」

「ぼくの食事がそんなに不服かい?」

「げえっ、主任……。こんな時に限って」

「君がぼくのことをどう思っているかなんてどうでもいいけど、今度からはぼくの食事当番をパスすることを提案するよ、灯花司令」

「却下。ただでさえこの船はリソースが少ないんだから、少しでも負担を減らせるようにしないといけないからね」

「それは残念。ぼくの作った食事で士気が落ちる構成員がいるというのも、問題だろうけどね。あ、そうそう。君と会うのは初めてだったね、環いろは。ぼくは宮尾時雨。この船で技術主任を勤めている。まぁ基本ぼくは何か用事がない限りはここまで来ないから、基本ほっといてくれればいいよ」

「あ、はい……よろしくお願いします」

 

目の前にいる中性的な魔法少女は、どことなく卑屈そうな雰囲気を漂わせながら、ボサボサになった長髪を掻き分けていた。

 

「それで、時雨が来るってことは何かあるの?」

「うん。先程倒した竜の炎を吐く器官を調べたくてね。この技術を応用すれば、より強力なマギアや防衛兵器が作れると思ってね」

「はいはい。たぶんあると思うから適当に拾っていってね」

「そうさせてもらうよ。それと、久々にお風呂に入りたいのと、お腹が空いた」

「……何日ぶりぐらい?」

「ざっと……4日ぶりぐらいかな?」

「に゛ゃー!どうりで匂うと思った!とっととお風呂入ってきて!」

「いいけど、お腹を空かせた彼はどうするの?まぁ彼は不服とのことだけど」

「不服とは一言も言ってはないけどな……」

「あの、よければ私が料理をしましょうか?」

「あ、それはグッドアイディアだね!お姉様の御飯を食べるの、私は初めてだからにゃー、楽しみだにゃー……」

「確か、いろはは料理の経験とかもあるって話してたからね」

「うん、あくまで経験があったらしいってだけだけど、なんか出来そうな気がする」

「よしっ!いろはちゃん頼んだ!」

「心なしか嬉しそうだね、君は」

「まぁまぁその辺にしといてよ、主任」

 

なんとかマコトが時雨を宥めた後、時雨は風呂場へと向かった。

その間、いろははキッチンにて見慣れない竜の肉相手に格闘していた。

そんなこんなで数十分後。

 

「お待たせしました!」

 

両手に大皿を抱えたいろはが、クルー達の待つ広間のテーブルへと歩みを進める。

竜の肉は調理され、挽き肉にされた後捏ねて焼かれ、いい香りの漂うハンバーグになっていた。

 

「えっ、すごく美味しそう!」

「ありゃ下手すればかえでさん超えてるぞ……かえでさん超えとかすごいぞ……」

「そうだね、すごいよいろはちゃん……。それはそれとしてまもるさんは明日から訓練もっと厳しくするね」

「この世界でこんな食事が食べれるなんて奇跡みたいなものだね」

「おいしそー!いいなー、ういはこんなお姉様の料理をたくさん食べれたかもしれないなんて!」

「……うい?」

「あっ、その話は後でするね。話すと長くなっちゃうから……。とにかく皆、食べよう食べよう!」

 

食事の号令の後、皆一様にハンバーグに手をつけ始めた。

最初は勢いがよかったものの、徐々に勢いが弱まっていき……

 

「あー、うん。とっても美味しそうな香りはするし、美味しいと言えば美味しいんだけども……」

 

「「「なんか、ちょっと味薄くない?」」」

 

それが満場一致の意見だった。

 

「えっ、そうかな?そんなに味を薄く……」

 

ふと脳裏に光景が浮かぶ。

いつもの皆との晩御飯。

今日の当番は私で、メニューはハンバーグ。

皆私の料理を美味しそうに食べてくれるんだけど、一人だけ不満げな顔をしていた。

 

「なぁーいろは!やっぱりお前の料理味薄くて食い応えねぇよ!」

 

その後の言葉は、霞がかったように聞こえて、何て言っているのかわからなかった。

 

ただ。

この何気ない日常は。

私の料理を食べてくれていた人達は。

 

「フェリシア……ちゃん……」

 

その時、私は片目から何か温かいものが伝うのがわかった。

 

─────────────────────────

 

「あぁ、今日はいい夜だな」

 

月に照らされ、大地は妖しく輝き出す。

そして、次第に露になる、巨大な竜の亡骸。

その屍の上に鎮座する、魔法少女……いや、その姿は。

竜の血肉を貪り、せっかくの美貌が台無しになるような数々の生傷と死臭を撒き散らすその姿は。

魔法少女と言うよりは、獣に近かった。

 

「肉が、美味ぇや」

 

MAGEAR Re:Code #3

 

ロクでもない世界は、オレにとっては天獄だ。

 

Re:予感っていうのは、こういう夜に訪れるもんなんだな



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。