強火二宮担の妹 (瑠威)
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1話

一度同じような設定で書いてたのを書き直し、新しく投稿。内容はだいぶ変わってます
時系列は鳩原がいなくなってすぐ、ぐらい


 

 突然だけれど、私の兄である二宮(にのみや) 匡貴(まさたか)は全人類を救えると思う。急にどうしたとか、何から救うんだとか、じゃあ証明して見せろよと言われると厳しいが、私個人の意見としてはそう思っているし、それぐらい信じているのだ。

 

 私の兄はカッコイイ人だ。背が高くて、もみあげが少し長くて襟足も長い。目も切り長で、思わず造形美!!と叫びたくなるぐらいにはお顔も髪型も整い過ぎていると思う。

 もちろん、私の兄は外見だけの男ではない。性格だって無駄なことはしない主義であるし、ストイックに自分の決めたことは迷わずトコトンとやる人だ。こんな人がかっこ悪いはずがない。

 

 

「…本当にお前、二宮のことが好きだな」

 

 

 「有り得ねぇ」とギョッとした顔で言うのは影浦先輩である。2年と少し前(ほとんど3年前)にほぼ同期として知り合った。そもそも、私がボーダーに入った理由だって、兄のカッコイイ姿を見ていたいがためのほぼ私欲である。これを唯一知っている人間が影浦先輩で、どうやって兄のログを見れるのか困っていた時に助けてくれたのが出会いのきっかけだ。

 

 目をガン開きにして忘れまいと兄のログを記憶する私を見て、「その意欲をもっとマシなことに使え」と先輩は言ってくる。そっくりそのままあなたにお返ししたい。知ってるんだぞ、あなたの成績がそこそこヤバいこと。

 

 

「…はあ、兄さんがカッコよすぎる。結婚したい」

「無理だろ」

「外国とか、それこそネイバーフッドに行けばワンチャン……」

「キメェ」

 

 

 ツンデレ影浦先輩には私に対する優しさが足りないと思う。いや、優しさで言うなら何度かお好み焼きを奢って貰ったことがあるので違うな。…もう少し私を理解して欲しい、かな? あと大人しく私の布教活動を聞き入れて欲しい。あんなにも兄の良さについて語っているのに、それを全て聞き流す上に、最近では語ろうとし始めた瞬間それを察知し脱兎のごとく逃げるのだ。理解ができない。

 

 

「つーかよ、ランク戦しようぜ」

「あ、無理です」

 

 

 私の兄はトリオンというものを人より多く持っている。遺伝なのか何なのかは知らないが、どうやら私もそのトリオンとやらを多く持っているらしく、なんなら少量ではあるがトリオンに関して私は兄に勝っているらしい。それを踏まえ、エンジニアという名の社畜の皆々様方は私に兄と同じシュータートリガーを進めてきた。もとより、私は兄とお揃っちにする気満々だったのでそれを大人しく受け入れた。が、思い出して欲しい。私がボーダーに入った理由を。

 

 そう!! ぶっちゃけると私は三門市がーーとか、友達をーー、なんて大層な大義名分を掲げボーダーにやってきた訳では無い。兄がいるから。兄がカッコよすぎるから。それを観察したいから!!!私はボーダーに入った。

 

 それ故に、私はボーダーに入隊するとボチボチと時間をかけながらB級に上がり、それ以降は一切ランク戦などはせずに兄の観察をしている。これを話した時、影浦先輩は凄い顔をしていた。なんなら時折「おい、ストーカー」と呼ばれることもある。失礼すぎる。誰がストーカーだ! 私はただただ兄の五歩後ろの物陰から兄を観察しているだけだ。言葉のセレクトが悪すぎる。私は、ただのファン!!である。

 

 

「本当に、ランク戦とかいいんで。マジで」

「お前って急に心閉ざすよな…」

「ボーダーで一番仲良いの影浦先輩ですけどね」

「だから!!てめぇを知ってるエンジニアからランク戦に引っ張りだせって言われてんだよ!!」

 

 

 影浦先輩はよく人を吊し上げにしているような顔貌をしているが、意外と面倒見がいい先輩である。それこそ、ログの見方が分からなくて困っている私を見捨てられない程にはいい人なのだ。彼の場合、顔とサイドエフェクトで損しているだけであって話してみれば普通にいい人である。まあ、兄さんには負けるけど。

 

 

「影浦先輩なんだから断れますよね? エンジニアの戯言なんて」

「何度断ってもハイエナの如くやってくんだよ…」

「ほら、ここで影浦先輩お得意の首チョンパ! 出番ですよ」

「エンジニアを敵に回したら俺はトリガー使えなくなんだろーが!!」

「…はあ。わかりました。じゃあ私がエンジニアに話つけてきます。それでいいですよね?」

 

 

 エンジニアの皆々様は忍耐力がある。あと凄く執拗い。屍のような酷い顔色をしているのに、ずっとそれこそストーカーのように付きまとって来るのだ。そろそろ私も彼らが鬱陶しいと思っていたので蹴散らそうと思う。え?蹴散らし方? そんなの影浦先輩が一番身に染みてる蹴散らし方ですよ。

 

 

「兄の布教活動を少々」

 

 

 影浦先輩の表情筋が死んだ。

 

 

 

 * * *

 

 ランク戦に興味が無いと少し前に抜かしていた私だが、実は部隊に入っていたりする。

 

 きっかけはそう、肌がピリピリするぐらい寒い冬の日のことだった。その日も私は兄の神々しいログを見るため、遠路遥々ボーダーへ出向いていた。いつも通り空いてる部屋を貸し切って一人ハスハスとログを見るつもりだったのだが、その前に捕まってしまった。

 

 

「アンタ──」

 

 

 私を見下すような目。なんなら殺意すら籠っていたんじゃなかろうか。私の前からガンとして動かない彼女は腕を組み、私を射殺さんとばかりに睨みつけている。

 

 

「そろそろ世界に何か還元したらどう?」

 

 

 初対面、初会話。凄く偉そう、それが目の前の女に対する印象だった。

 

 

「働け」

 

 

 ニコリとそう告げる彼女を見て私は何かを感じ取った。ここで断ると殺される、身体が脳がそう叫んでいた。

 

 

「アンタには私の作る隊に入ってもらう。異論は認めない。いいわね?」

 

 

 私は頷くしかなかった──。

 

 

 

 *

 

 突然、胸ポケットに入れていたスマホが鳴る。電話の主は正直どうでもいい相手だった。出るかどうか数秒悩みはしたものの、ここで出ないを選択した場合、後々何か言われる未来が見えた。ここは大人しく出おくのが吉か。

 

 

『うおっ、よーやく連絡着いたわ』

「どうしたの、バカ先輩」

『そろそろさー、名前で呼んでくんね??』

「尊敬に値すると思ったら呼ぶって何度も同じこと言わせないでくれる?」

 

 

 私が所属している部隊、自称真木隊。他称冬島隊のA級2位だったりする。電話の相手はスナイパーランク一位のくせにアホでバカでリーゼントな先輩である。割とガチめに卒業試験がヤバいらしいが、私も理佐も完全に無視している。どうせ同じ学校じゃないし、完全なる自業自得。泣くのは本人とボーダーの上層部だけだ。

 

 

「で、要件は」

『あー、アレだ。遠征のヤツ』

「私行かないって言ってるよね? 何度も同じこと言うの嫌いって知ってて喧嘩売ってるの?」

『ほらー、隊長やっぱ無理だってー』

 

 

 電話の向こうでバカ先輩と冬島さんの話し声が聞こえる。若干涙声で『真木ちゃんが説得してくれよー』と冬島さんの情けない声が聞こえる。そして理佐の透き通る声で『隊長なんだからそれぐらいやってくれる?』とバッサリ切り捨てる声が聞こえた。相変わらず理佐の女帝感半端ない。

 

 

「話それだけなら切っていい?」

『え゙、ちょ、隊長──』

 

 

 ブツ切りしてやった。話すだけ無駄だ。

 ハア、とため息をつけば隣で暇そうにしていた影浦先輩の黄色い野獣のような瞳と目が合った。

 

 

「行かねぇのか、遠征」

「兄さんと離れるなんて却下。短期とは言えども遠征に行くなんて私に死ねって言ってるのと同然よ」

「──遠征に行けば見つかんじゃねぇの」

 

 

 「ハトハラ」そう、影浦先輩は言った。

 一瞬、私の呼吸が止まる。

 数秒後、呼吸を忘れた私の身体は息苦しさからまた呼吸を再開し、そうか、と心の中で呟いた。

 

──遠征にいけば探せるのか、鳩原を

 

 

「先輩、バカの癖にそういうのには思考が回るんですね」

「殺すぞ」

「そっか。行って見つければ、うん。確かにそうだ」

 

 

 影浦先輩の言葉を私は噛み締める。私の表情は兄と会話をしている時ぐらいニコニコしているだろう。それぐらい、今の私のテンションは高い。

 

 

「行こうかな遠征」

「お前、単純って言われね?」

「初めて言われました」

 

 

 ニコリ、そう微笑みながら返すと影浦先輩は一言。「お前、真木理佐以外友達いねーもんな」と。失礼な! 理佐以外にも当真(バカ)と冬島さんと影浦先輩がいます!!

 

 

「え、俺も友達枠に入れられてんのか?」

「はい。あ、そんな友達枠の先輩に一つ相談いいですか?」

 

 

 「相談?」と影浦先輩は怪訝そうな顔をした。確かに私が影浦先輩に相談を持ちかけるのは初めてである。理由としては影浦先輩に相談を持ちかけるぐらいなら自分で解決した方が絶対に良かったり、理佐の方が適任だったりと海より深いワケがあるのだが、まあ、今はそれを置いておくとして。

 

 

「実は兄さんに私がボーダーに入隊してること教えてないんですけど、遠征の話どうやって兄さんに話つければいいですかね?」

「お前、実はバカだろ」

「初めて言われました。…あ、影浦先輩の家に泊まることにするとかどうですか!!?」

 

 

 私の出した名案は残念なことに影浦先輩に即却下されてしまった。

 

 

「今回は短期と言えムリがあんだろーが!!」

 

 

 確かに。それに「影浦先輩の家に泊まりに行く」と兄に伝えたとして「影浦? 影浦ってどの影浦だ?」と突っ込まれたらお終いだ。根付さん殴ってB級に降格した影浦先輩としか説明のしようがない。それは困る。だって私のがボーダーに通ってることバレるもん。せっかく、両親にも手伝ってもらって秘密にしているのに、こんなバレ方はやばい。ただのバカだ。

 

 

「…ところで、影浦先輩って怒りっぽいってよく言われません?」

「…もう帰っていいか」

「あー!!待って待って!! 落ち着いて話し合いましょう!!」




 
 二宮(にのみや) 眞貴(まき)
 この小説の主人公。
 二宮匡貴の実の妹。普段はミルクティーの髪色をポニーテールにしている。瓶底メガネをつけているため気づかれないが顔は兄そっくり。しかし、兄にボーダーに入っていることをバレたくないという理由からトリオン体の髪色は黒に髪型はショートカットに設定してある。メガネは瓶底メガネを封印し、真木理佐セレクトのメガネを掛けている。冬島隊メンバーが眞貴のことを「マキマキ」と呼ぶため、ボーダー内では真木理佐の妹説が浮上している。眞貴の苗字が「二宮」だとは知らない模様。
 友達は沢山いるが(・・・・・・・・)、明記してあるのは影浦、当真、冬島、真木の4人。基本的に興味が無い人間の名前は覚えない、喋りかけない、真木理佐の姉妹説等々を理由に、彼女に直接話しかけるのは先程の4人ぐらいである。
 17歳の六頴館高校在学中。強化二宮担で、彼女の世界は二宮が中心に回っている。どうやら鳩原と面識がある模様。
 実はサイドエフェクトがあるとかなんとか…?

 影浦(かげうら) 雅人(まさと)
 眞貴の「助けて!」という心の叫びをサイドエフェクトで察知してからの付き合い。眞貴のことを基本的に「ストーカー」と呼び、一度来馬の前でそれを呼んで大事になりかけた経験がある。それ以降からは眞貴のことを「てめぇ」「おまえ」「コイツ」と人前で呼ぶようになり、影で18歳組は「マキはカゲの奥さん説」を推している。

 当真(とうま) (いさみ)
 ナンバーワンスナイパーのバカ。眞貴が二宮の妹とは知らない。が、二宮と呼ぶと兄と被る、眞貴と呼ぶと真木理佐と被る、などなどの理由から二宮の二でマキ×2にしよーぜと以下にもバカっぽいニックネームを提案。そしてそれが採用された。そろそろ勉強した方がいいと思う。

 冬島(ふゆしま) 慎次(しんじ)
 女子高生に怯えるアラサー。眞貴が二宮の妹だと知っているが、実は真木理佐と双子なのではないかと内心戦慄している。とにかく真木理佐も眞貴も怖い。

 真木(まき) 理佐(りさ)
 誰もが認める女帝。冬島、当真、眞貴を引きずって隊に入れた女。威圧感と物怖じしない性格は数多の男を震え上がらせさせた。女帝。

 二宮(にのみや) 匡貴(まさたか)
 眞貴の実の兄。妹からの重い愛を受け止めている男。天然。実の妹がボーダーに入っていて、ナンバーツーの隊に所属していることを知らない。時折、眞貴から強烈な視線を受けており犬飼から「マキちゃんって二宮さんのこと好きなんですかね〜」と揶揄われる。本質は的を得ているのだが、それに気づかない二宮はそれを否定するし、なんならマキのことは真木理佐の妹だと思っている。天然


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第2話

辻視点


 

 俺と同じクラスの二宮さんは少し、変わっている人だ。初めて俺が彼女を見かけたのは、担任の先生と楽しそうに談笑しているのを見かけてからだった。二宮さんは友達という友達を作っていないみたいで、授業中も休み時間もいつも一人自分の席に座って静かに外を眺めている。だから、彼女が楽しそうな顔をしているのを見かけたのがあの時初めてだったと思う。そのせいか、それなりに彼女の珍しい笑顔が頭の中で印象が付いたし、ちゃんと笑えるんだと少しホッともした。だって彼女はいつも退屈そうに日常を過ごしているから。

 

 そんな彼女は時折、一人で何かブツブツと呟いていた。誰かと会話をしているようにも聞こえる時もあったし、ただ独り言を喋っている時もあった。それが若干薄気味悪く見えてしまって、クラスの人達は彼女と関わろうとはしなかった。これがクラスで彼女を孤立させてしまっている理由に上がるだろう。

 

 

「先生聞いて!! 私の兄さんがさ──」

「はいはい。お前の兄さん自慢は分かったから!! 席につきなさい」

 

 

 4限目の歴史の授業が終わると同時に、二宮さんは先生の元へ駆け寄った。そんな二宮さんを認識したらしい先生は「またか」と言うように少し嫌そうに顔を歪めた。そしてさりげなく、席に戻るよう伝えているがそれは二宮さんにスルーされてしまっている。

 

 

「えーーーー、先生まで話し聞いてくれなくなるの?? …仕方ない、先輩を吊るしあげるか」

「おい、今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ」

「だーいじょぶですよぉ。私の知り合いの先輩は基本バカしかいないんで」

「バカなら大丈夫か──ってなるか!!」

「わお! 先生ノリツッコミですね! まさかの大阪育ちだったりして?」

「…二宮、成績C評価、っと」

「あーー!! ごめんなさい!もう先生のことおちょくったりしないから評価下げるのはやめて!!」

 

 

 二宮さんにはどうやらお兄さんがいるらしい。こうして時々、担任の先生にお兄さんの良さについて一人まくし立てるようにして語っているのだ。例えば「兄さんのもみあげカッコよすぎると思うんですけど先生、どう思います?」。如何にも真剣な顔と全く内容が釣り合っていない話題は先生の「知るか」で一刀両断にされていた。他にも「兄さんの足のサイズが0.3cm大きくなってました。赤飯炊いておくべきですかね?」という相談に対し、先生は「そこまで来ると気持ち悪い。お兄さんのためにもやめてあげなさい」と返していた。それに関しては俺も同意する。

 

 ここまでの話でも二宮さんが中々にヤバ…ちょっと変わってる女性だとわかって貰えるんだと思うけれど、これを上回るヤバ…まあ、お兄さんの個人情報を流失していた。

 

 先生は最早、二宮さんに絡まれることが慣れたらしい。授業が終わって、先生が教室を出ようとするとさりげなく二宮さんに教卓の椅子に座らせられ、ひたすらと永遠に、お兄さんの良さについて語られ続けているのだ。そりゃ、慣れちゃうよな…なんて思いながらも俺はこっそり聞き耳をたてているんだけれど。

 その日、先生はB組のプリントの丸つけをしながら二宮さんの話を聞いていた。聞いていたと言っても「ふーん」「へー」「ほーん」ぐらいしか返していなかったんだけれど、二宮さんは特に気にしている素振りを見せていなかったため割愛する。

 

 

「先生ー、私、兄さんのことが少し心配なんですよ」

「へー」

「私、この前兄さんの部屋をくまなく掃除したんですけどね? 18禁の薄い本も出てこなければ、イカ臭いティッシュ一つ出てこないんです。兄さんって男として終わってるんですかね?」

 

 

 クシャッと先生が丸つけしていたプリントがシワになる。しかもそのプリントはちょうど奈良坂くんのプリントだった。可哀想に、奈良坂くん…。

 

 

「なあ、二宮。それは…俺が聞いてもいい話なのか?」

「聞いてもいいって、私は先生に相談してるんですよ。私の身近な先輩に一人、相談したわですけどね? あの人なんて言ったと思います!?」

 

 

 段々と熱が入ってきたのか、二宮さんは早口になり最後には教卓をバン!!と叩いた。その音があまりにも大きかったので、クラスの皆が二宮さんを見つめた。

 

 

「あのチリ毛先輩「アン? そんなの簡単な話だろ。お前のニーチャンが不能なだけだ」って言ったんですよ!!? ありえない! 兄さんが不能とかありえない!! 兄さんだって男だもん! 勃つ時は勃ちますよ!!!!」

「分かった!! 二宮の意見は、分かった。だから大声でそれを言うのはよそう。お前の兄さんのためにも、な?」

「…すみません、イラつきました」

「いや、うん、俺にじゃなくてお前の兄さんに謝ってくれ……」

 

 

 瓶底メガネを普段着用している彼女の容姿はミステリアスな雰囲気を醸し出している。そして、彼女自ら誰かに話しかけに行くことを一切しない。そのため、静かな人とか、成績一位の人ぐらいの認識だったがそれは大きくクラスの中で変わった。大声で下ネタ、それもお兄さん関連の下ネタを暴露する人だ。お兄さんが不憫で仕方ないが、少しそれが面白くも思えてしまう。

 

 

「…二宮、そんな調子でお前の兄貴に彼女でも出来たらどうするんだ?」

「どうするも何も普通に応援しますよ?」

 

 

 先生の問いに二宮さんは意外な回答を返した。てっきり「はあ? そんなの許しませんけど」同時に言うもんだと思っていた。どうやらそれを思っていたのは俺だけではなかったらしい。先生も驚いていた。

 

 

「え、私、兄さんの幸せも許容出来ない女だと思われてたんですか? それは心外です」

「そ、それはすまん…」

 

 

 バツの悪そうな表情で先生は謝った。そんな先生を見て二宮は静かに首を横に振ると「私もそう思わせる言動があったのでしょう」と寛容に許していた。少しだけ、二宮さんの見る目が変わった。

 

 

「まあ、でも。──兄さんの彼女となりうる女は徹底的に調べあげますけど」

 

 

 前言撤回。二宮さんはやっぱり怖い人だ。

 

 

 

 * * *

 

 次の時間が移動教室な俺は廊下を歩いていた。第一化学室に向かっていた俺は、たまたま第二化学室に用事を頼まれたらしい奈良坂くんとかち合い、行き先がほとんど同じ場所なので一緒に行くことになった。

 

 道中、ボーダーのことを話したり、それこそ同じクラスの二宮さんの話もした。中々にユニークでミステリアスな女性だと伝えると奈良坂くんは「彼女のせいで俺のプリントが犠牲になったのか…」と少し悲しそうな顔で呟いていた。奈良坂くんのプリント、助けてあげられなくてごめん。

 

 

「しかし、中々に興味深いな」

「うん。眺めてる分にはなんというか…面白い人なんだ」

 

 

 俺は二宮さんのことについて何も知らない。それこそ知っているのは先生との会話を盗み聞きした「兄がいる」という家族構成だけ。彼女と親しいらしい先輩の名前も知らなければ、彼女が今までをどう生きて、これからをどう生きるのかそんなことももちろん知らないわけだ。それでも何となく面白い人だと認識していた。クラスの中では静かで怖いというイメージの強い彼女だが、俺の中では朗らかに楽しそうな顔で笑うイメージが強い。

 

 

「辻から話しかけて見ようとは思わないのか」

 

 

 その時、俺と奈良坂くんは階段を上っていた。ちょうどあと一段上がればカーブに差し掛かる場面だった。しかし、俺は奈良坂くんの何気ない一言に肩をビクつかせ、驚き足を踏み外してしまう。

 

 ちっぽけな段差を上ることは叶わず、俺は重力に逆らうことなく背中から落ちていく。慌てた奈良坂くんが俺の腕を掴もうと手を伸ばしてくれたけれど、それは宙を切った。

 

 背中の強い衝撃に備えて、目を瞑る。アザとかできちゃうかな。今日は体育なかったから良かったな。防衛任務は…トリオン体になるから大丈夫か。たった一瞬のことなのにそんな考えが頭をよぎる。そして、背中に強い衝撃が……来ない?

 

 柔らかな、まるでクッションの上に落ちたような感触の次に、ドンとおしりから落ちる衝撃。おしりはヒリヒリと痛むけれど、背中はほとんど無傷だと言っても間違いなかった。「大丈夫か!?」と俺の身を案じてくれているらしい奈良坂くんの声で俺もハッとなった。

 

 

「…大丈夫?」

 

 

 女の人の声が聞こえた。恐る恐る、振り返ってみるとどうやら俺の下敷きになってしまったらしい二宮さんが少し心配そうに俺を見つめていた。それを理解した瞬間、俺は二宮さんの上から瞬くスピードで退くと、アワアワと一人慌てながら謝罪の言葉を述べた。

 

 つまるところ、俺は上から落ちてきてその落下地点に二宮さんがいた。ということは、俺の背中に当たった柔らかなクッションのようなものは二宮さんの胸だった、ということだ。親方!空から女の子が〜ではなく、これは立派な犯罪のような気がする。多分、これを犬飼先輩に話すと「辻ちゃんラッキースケベだね」と笑うはずだ。

 

 

「あ、あの、ふ、ふちゅ…ふちゅう、いで……お、お、おおおお、おち、落ちちゃって…あわ、あ、ああああ、あの、だ、だから………警察には言わないで下さい…!!!」

 

 

 腰を90度に曲げ、俺は謝罪した。二宮さんは一瞬、ポカンとした表情だった。しかし、数秒俺の後に謝罪を理解したらしい二宮さんはクスクスと笑い始める。

 

 

「階段を踏み外したぐらいで警察には行かないよ」

 

 

 「安心して」と言って二宮さんはポンポンと俺の肩に手を置いた。何となく、教室にいた二宮さんとは違う気がする。先生を茶化すような笑顔でもなく、どことなく嬉しさを纏わせる笑顔でもない。ただ能面を貼り付けた笑みのような、俺を見ているようで俺を見ていないそんな錯覚に陥った。そんなわけはないのに。目の前にいる彼女の琥珀色の瞳には忙しなく顔を動かす俺が映っている。

 

 

「…でもキミに怪我がなさそうで良かった。キミが怪我をすると困る人間がいるからね」

 

 

 二宮さんは俺のことを知っているのだろうか。一年、二年と同じクラスではあったけど、ちゃんと会話したのもこれが初めてだろう。ただでさえ、俺は女性が苦手であるし、二宮さんも自分から他人へ近づくことは決してしない。だから、二宮さんに俺が認知されていることが凄く意外に感じた。

 

 二宮さんとふいに目が合った。できるだけ合わせないように視線は動かしていたのだけれど、たまたま本当にたまたま合ってしまった。思わず「アッ…」と声が漏れてしまう。助けて、奈良坂くん。二宮さんと目が合ってしまったがために、衝撃に備えて強ばっていた身体は未だに力が抜けない。なんなら、あまり得意としていない女性が目の前にいるせいで、俺は化学の教科書と筆箱を包み込むようにしてギュッと力を入れてしまった。筆箱の中でシャープペンシルの擦れる音がする。

 

 二宮さんはそんな俺の腕にチラリと視線を移動させるとこう言った。

 

 

「──化学室に向かう前に保健室、念の為に寄りなね」

 

 

 そう言って俺に笑いかけた二宮さんの雰囲気はさっきと違うように感じた。先生と話している時のようなクシャりとした顔で笑うのでなく、微笑むようなそんな笑顔はどことなく俺や犬飼先輩、ひゃみさんを見つめる二宮さんを彷彿とさせた。そんな彼女に俺は目を奪われ──。

 

 

「…じ! おい、辻!!」

 

 

 いつの間にか二宮さんは俺の前から姿を消し、入れ替わったように奈良坂くんがいた。俺は奈良坂くんに揺すられることで、飛ばしていた意識を現実の世界へと戻す。俯いている俺の顔を覗き込むようにして奈良坂くんは見てくる。その顔にはデカデカと「心配です!」と書いてあるように感じた。

 

 

「お前…なんでそんなにも顔が赤いんだ」

「え…」

 

 

 奈良坂くんに指摘され、俺はゆっくりと顔を触った。顔はまるで沸騰してしまっているのではないかと錯覚してしまうほど、熱く、熱を持っていた。きっと俺の顔はりんごと同じぐらい赤いのだろう。「奈良坂くん…」と小さく掠れた声で奈良坂くんを呼べば、奈良坂くんは心配そうに「どうした、何かされたか?」と聞いてきた。

 

 

「にのみやさん、きれい…だったね」

「は?」

 

 

 ドクドクと心臓の音がうるさい。心臓の位置である左胸を触れば、心臓はいつも以上の働きをしているように感じた。

 

 

「どうしよう、奈良坂くん…」

 

 

──二宮さんの笑顔が忘れられないよ

 




 
 二宮 眞貴
 兄が大好きなブラコン。友達は沢山いるらしいが本当かどうか定かではない。本当はA組でもついていけるほど勉学は秀でているのだが、テストを真面目に解かなかったがために解答欄をズラして提出しまい、C組となった。尚、本人はなんとも思っていないらしい。
 担任の先生に兄の良さについて語り尽くしている。布教活動は怠らない。
 下ネタに関しては保健体育で習ったこと以外は一切知らない。しかし、誰かの入れ知恵によって「男は部屋に薄い本の一冊や二冊隠してるもんだ」「男は夜な夜なシコシコしてるもんだ」と叩き込まれたため、そんな形跡が一切ない兄を心配している。善意100%のなせるこの技は、兄を社会的に殺した。それに気づいていない。ある意味天然。
 まさかの辻とフラグが立った。

 辻 新之助
 眞貴と同じクラス。眞貴のことが気になってちょくちょく観察をしている。二宮の妹だとは気づいていない。
 彼も男なので眞貴の兄に少なからず同情した。二宮妹が大声で暴露した兄の下ネタ事情がまさか自隊の隊長のことだとはつゆも思っていない。
 疑似「親方! 空から女の子が〜」を体験したことにより、眞貴に惚れることとなった。絶対に諦めた方がいい。

 奈良坂透
 強化たけのこ担。日々たけのこの布教活動を行っている。眞貴に関しては辻から聞いた話しか知らず、本人とはボーダー込み込みでまともに会話したことはない。辻が惚れた相手なので、次の日ぐらいから聞き込みを開始する。

 二宮匡貴
 妹に思わぬ心配をされている哀れな男。別に不能とかそういうわけじゃない。多分、探せば、ある、はず…。そこは読者の皆様の想像にお任せしたい。

 影浦 雅人
 眞貴に相談されて0コンマで「二宮が不能なだけなんじゃね?」という結論を叩きつけた男。特に二宮のことに関しては好きでも嫌いでもないので、学校で不能扱いされていようが影浦には痛くも痒くもないし、なんなら若干ざまあみろと思っている。ちなみに二宮不能発言をたまたま聞いてしまった太一のせいで大事になりかけた。

 担任の先生
 モブキャラ。次出てくるかは分からない。性別は男の独身と言う設定がある。ちなみに教科担当は歴史。実は友達がいない(?)眞貴を心配して話し相手になってあげている。けれど、大声でお兄さんが不能とか言うんじゃありません!! もし、自分が影でそう言われていたら…と考えてゾッとした。


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第3話

 

「ちょっと話が違うじゃないですか影浦先輩!」

「あ゙あん!? 話がチゲーのはこっちのセリフだろーが!!」

 

 

 ランク戦のブースにて。日頃寄り付かないこの場所で私は影浦先輩と言い争いをしていた。止める者はいない。何故なら、A級二位の普段は理佐の横を陣取っている私と、顔面凶器の影浦先輩が喧嘩していたら、普通の人間は怖い思うだろう。寄り付きたくないと思う。その気持ちは分からなくもない。遠巻きに「うわ、あの人達なんか喧嘩してるぜ…」「近寄らんどこ…」と言われるのがオチである。

 

 

「影浦先輩がランク戦してくれたら相談乗ってくれるって言ったんじゃないですか!!」

「ああそうだよ!! でもな! 誰もスナイパー用トリガーで来いとは言ってねーんだわ!!!」

「うぐっ…」

 

 

 そう数分前、私は影浦先輩とランク戦を行っていた。もはや当たり前になりつつある相談を影浦先輩に持ち込むと、影浦先輩は交換条件にランク戦を提示してきた。普段は殆どランク戦はやらないのだが、そろそろポイントを溜めてこいと理佐に脅されていたこともあって私は頷いた。そしていざ、ランク戦が始まろうとしていたその時──私は気づいてしまったのだ。

 

 トリガー構成が違う。

 

 普段はゴリゴリのシューターである私はたまたま、本当にたまたま昨日、バカな先輩とスナイパーごっこをやっていた。アホらしと言いながらも付き合ってくれる理佐を背に、バカ先輩から時折コツを聞きながらひたすらに撃つという何それ楽しいの?という遊びだ。案外楽しかったし、スナイパーの才能があったらしい私はバカ先輩に本気でスナイパーに転向しないかと打診された。まあ、私が断る前に理佐が「どこかのバカは撃てるって確信するまで撃たないのに、マキまでそれにさせる気? バカ?」と一刀両断にしていたのでその話は自然消滅した。清々しいっぷりの一刀両断である。

 

 しかし、昨日のバカ先輩の一言のせいで若干理佐の雰囲気がピリつき、トリガー構成を直して貰えなかった。まあ、別に後でいいかと放置したらこれだ。ちょっとだけ頭が痛くなった。

 

 今更やめましょうとも言えず始まってしまったランク戦十本勝負。一戦目は私が勝った。完全なる不意打ちスナイプである。影浦先輩の眉間を狙ったスナイプは案外簡単に当たり、そのまま影浦先輩はベイルアウト。驚いて目を丸々とさせていたのが印象的だった。

 

 二戦目、ふざけやがって!とブチ切れモードに入った影浦先輩はお得意のマンティスで近くにある家を粉々にして行った。そのせいで、スナイパー用トリガーしか持ち合わせていない私は簡単に首チョンパされ、引き金を引くことなくベイルアウトすることになる。これが三戦目、四戦目、と続き最後の十戦目。私はその場のステージで一番の高台に向かった。しかし、その高台と影浦先輩の場所位置の相性がすこぶる悪く、影浦先輩は数ミリ程度にしか射線に入っていない。それに影浦先輩自身も気づいて居たらしく、バカ先輩ならともかく初心者である私がその場所に向かうはずがないとタカをくくっていたらしい。そんな予想を裏切った私のスナイプは揚々と影浦先輩のトリオン機関を撃ち抜いた。これまた影浦先輩は驚いてベイルアウトしていた。

 

 そんなこんなで勝ち星を二つあげた私は、若干誇らしげだったのだが。影浦先輩が求めていたのはシューターの私であって、スナイパーの私ではないのだ。だから怒っている…いや、多分違う。きっと、初心者に毛が生えた程度の私に二度も撃ち抜かれた自分自身に怒っているのだ。なんとも分かりにくい先輩である。

 

 

「つーか、スナイパー用トリガーでやんならちゃんとスナイパーしろよ!! イーグレット片手に突撃してくんなや!!」

「いやあ、面白かったですね。驚いた顔で顔面殴られてる影浦先輩は!」

「その直後にテメーは首ちょんぎられてたけどな!」

「…本当、大人気ないんだから。影浦先輩は」

「さり気なく俺に責任転嫁してんじゃねー!!」

 

 

 ガルルと吠える影浦先輩は本当に弄りがいがある。何だかんだ言って私のことまで考えてくれる先輩は面倒見がいいのだ。兄さんには劣るけど。

 

 

「で、スナイパーに転向すんのか」

「しませんよ。たまたまです。本当に、たまたま」

「…どーだか」

 

 

 ギロッと私を睨めつける影浦先輩。しかし、その視線には若干の心配が含まれている。本当に、年下には甘い先輩だ。そこまで心配しなくてもいいのに。私はやる時はやる女だ。そう、やる時、はね…。

 

 

「…で、相談って何だ。またどーでもいいこと聞いてくんじゃねーだろうな」

 

 

 影浦先輩のどうでもいいことに分類されているそれは多分、前回質問した「兄さんの部屋に薄い本がないんですけど大丈夫ですよね!?」だと思う。全くもってどうでも良くないのだが、ここで噛み付くと私の相談に乗ってくれなくなってしまう可能性があるので、私は何も言わない。私は影浦先輩よりも大人なのだ!

 

 

「おい、テメー今何考えてる」

「さあ、なんのことでしょう?」

「………」

 

 

 サイドエフェクトで何かを感じ取ったらしい影浦先輩はもはやデフォルトとなりつつある鋭い眼光でこちらに視線を寄越す。全くもって怖くはない。慣れの域である。

 

 ギャーギャーと騒ぎすぎたせいで悪目立ちしてしまっている私達は、ひとまず場所を変えようとロビーへ向かった。道中、自販機に寄り影浦先輩が緑茶を買ってくれる。私はジンジャーエールがいいと言ったのにそれを無視しての緑茶だ。喧嘩なら買うぞコラ。

 

 

「で、相談ってのは」

 

 

 ドカりと椅子に腰を下ろした影浦先輩に私は深刻な顔で告げる。

 

 

「先輩、どうしましょう。私、遠征期間中──泊まり込みでお筝の教室に通うことになりました」

「…お前、バカなんか」

「私をバカだと形容するのは影浦先輩ただ一人です」

「友達居ねーもんな」

「居ますって!! 私を友達居ないキャラにするのやめてください!!」

 

 

 アホらしとコーヒーをすする影浦先輩。対して私はあの時のことを思い出してアワアワと焦っている。そもそもさ何よ、お筝って。弾いたこともねーよ!! なんかもうちょっと違う言い訳があっただろーに。…ああ、過去の私なんてバカなんだろう。

 

 

「何で筝なんだよ…」

「いや、兄さんにしばらく家に居ないってことを伝えた時に「じゃあどこにいるんだ」って聞かれまして…。遠征に行くとは答えられないから思わずお好み焼きかげうらって言いそうになったというか、なんというか…」

「はあ!?」

「もちろん!咄嗟に止めましたとも!!「おこ」で止めました! そしたら兄さんが復唱するように「おこ…?」と言ってきたので「…学校でお筝の良さに触れ、それを極めたくなったのでお筝教室に泊まり込みで修行してきます」と……」

「…お前、バカだろ」

「言わないで下さいっ!!」

 

 

 再びアホらしと影浦先輩は呟いてコーヒーを啜った。そしてこう言うのだ。

 

 

「そろそろ観念したらどーだ。そっちの方がラクだろ」

 

 

 沈黙がその場を制し、数秒後私はゆっくりと首を横に振った。影浦先輩が面倒くさそうに顔を歪めた。

 

 

「…確実に怒られますもん。嫌です」

「はあ? そんなことかよ」

「兄さんってただでさえ圧強いのに、怒ってる時は更なる圧をかけて来るんですから!!」

「あ、(おまえ)でも圧とか感じてたのか…」

 

 

 

 ちなみに兄さんを怒らせて一番怖かったのは、兄さんをハブろうとしていた男共を紐無しバンジーの刑にしようとしたことである。兄さんは他人の感情に疎いところがあるから、ハブられても多分気づかない。屁でもないと思うけれど、私は凄く嫌だったし腹がたったので殺ってやろうと思ったのだが、寸前でバレてしまった。あの時はハチャメチャに怖かった…。せめて紐はつけろとこっぴどく怒られたので、ハブろうとしていた男共は普通の橋バンジーを経験させてやった。少々紐が長すぎたらしく時折川の中に顔を突っ込んでいたけれど死んではいない。「二度としません」友達涙ながらの謝罪も動画として保存してあるし大丈夫だろう。(良い子は真似しないでね)

 

 

「隠せる所まで私は隠して行きますよ」

 

 

 ふと、時計を見れば理佐に集合を掛けられた時間の十分前だった。そろそろ向かわなくては、と影浦先輩にお礼を伝え、私はその場を後にする。

 

 

「カゲ」

「あん? …鋼か」

 

 

 眞貴が座っていた影浦の向い側に腰がけるのは鈴鳴第一所属の村上鋼だった。村上は少々深刻そうな顔つきで影浦に問いかける。

 

 

「さっきのランク戦を見ていて思ったんだが…彼女、マキさんはサイドエフェクトがあるのか…?」

「それ、本人には聞くなよ。多分聞いちゃいけねーやつだ」

 

 

 眞貴と影浦のランク戦十本勝負の十本目。あれは常人を逸脱したスナイプだった。多分、スナイパーランキング1位である当真やスナイパーの名手として名を轟かせている東でも一発で決めることは難しいだろう。それぐらいに、あの高台から影浦の位置は最悪だったのだ。四つ分のビルの隙間を縫って撃たなくてはいけないスナイプは、一ミリでもズラしたら影浦には届かない。それぐらい緻密で繊細なスナイプだった。だからこそ、影浦も油断していたのに。

 

 

「サイドエフェクトはその名の通り『副作用』。俺たちにとっていいもんじゃねーんだよ」

「ああ、分かっている」

「…言いふらすなよ」

「ははは。カゲは妹分思いだな。優しいやつだ」

「変なもん刺してくんじゃねー!!!」

 

 

 自分が居ないところでこんな噂をされているとは眞貴は露ほども思ってないだろう。

 

 

 

 

 

 

 * 

 

 二宮隊の隊室にて。

 

 

「今の六頴館には筝の授業があるのか?」

 

 

 「俺が通っていた時は無かった」と呟く二宮。二宮の突然な質問に隊員の面々は少々驚いていたが、それからいち早く抜け出した犬飼が答える。

 

 

「え? ああ、確か…選択授業で二年次にあったよね。おれはオペラの方を取ったからあまり知らないなー」

 

 

 「確かおれ達の代から始まったんですよ」と犬飼が答える。正直、筝もオペラも興味のなかった犬飼にとって、眠かった授業としか印象にない。

 

 

「あ、私はお筝を取りました」

「俺も…」

「え、オペラおれだけ? なんかそれは寂しーなー。…ていうか、二宮さん急にそんなこと聞いてどうしたんですか?」

 

 

 二宮はパラパラと何かの本を読み込んでいた。隊室に二番乗りした犬飼が来た時からずっと二宮は何かを読み込んでいた。何を読み込んでいるのか問おうと思ったが、結構集中していたので問うことをやめたのだが。

 

 二宮は本に視線を寄越したまま当たり前だと言うように断言した。

 

 

「いや、俺も筝の勉強を始めようと思ってな」

「「「二宮さんが!?」」」

 

 

 二宮と筝、似合わねー。そう心中で声を揃えた三人だが勿論口には出さない。「が、頑張ってください…」と言うのが精一杯だった。




 
 二宮眞貴
 強化二宮担の重度のブラコン。兄のために葬って来た男女は数知れず。自称友達100人。あくまで自称。アドリブに弱い。架空のお筝の教室に通うことになった。バカで天然。サイドエフェクトの恩恵でスナイパーの才能があるらしいがそれを活躍させたのは2回だけ。それ以外は全て猪突猛進スタイル。イーグレット片手に殴り込みをした。何回か影浦の顔面を殴った。

ちなみにこの時のトリガーセットは…
・メイントリガー
イーグレット
アイビス
シールド
スパイダー

・サブトリガー
バッグワーム
FREE TRIGGER
シールド
FREE TRIGGER

 影浦雅人
 困った時は一家に一台影浦雅人。相談には乗ってくれるが適切な回答が返ってくるとは限らない。相談相手にあまりオススメできないタイプ。何度か眞貴にイーグレットで顔面を殴られたが、なんだかんだ眞貴を気に入っている模様。北添にあてられてある意味菩薩へと進化した。眞貴のサイドエフェクトについて突くつもりは無い。

 村上鋼
 鉄壁の守り神。来馬辰也と言う菩薩の血を分け与えられた良心。男前。強化荒船担。眞貴を真木理佐の妹だと勘違いしているため「マキ」呼び。決して名前で呼んでいるとは思っていない。
たまたまブースで影浦と眞貴の試合を見ていてサイドエフェクトの存在に気づいた。こいつも優しい男前なので眞貴のサイドエフェクトについて突くつもりは無い。

 二宮匡貴
 自覚なしのシスコン。末期。妹から寄せられる膨大な愛を黙って受け止めている男。天然。筝の勉強を始めた。眞貴のサイドエフェクトについて知って…いる、のか…? 不明。

 犬飼澄晴
 色々と愉快。楽しんでいる節あり。

 辻新之助
 兄というラスボスが現れた。絶対絶命。尚、学校で思いを寄せている「二宮さん」と眞貴が同一人物だとは気づいていない。

 氷見亜季
 普通に二宮の心配をしている。優しい。

 当真勇
 定期的に眞貴とスナイパーごっこをしている。動かない的の撃ち合いから実践形式まで、多様に遊ぶ。本気で眞貴をスナイパーに転向させたいと思っているが真木理佐が怖いので一生無理。眞貴のサイドエフェクトについて一切知らない。

 真木理佐
 冬島隊の女帝。冬島隊で彼女に勝てる者は居ない。実質冬島隊の権限は全て彼女が握っている。眞貴はシューター一択。彼女に点をガンガン取らせて行く方針。眞貴のサイドエフェクトは多分知ってる。


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