セラフ部隊のヤベー奴 (あーくわん)
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プロローグ 終わる世界と入隊式とヤベー奴
この女、ヤベー奴につき


 突如地球上に襲来した未知の生命体、"キャンサー'。残念ながらそれらは人類に友好的な種ではなかったようで、人々は絶滅の危機を目の当たりにしていた。

 

 

 キャンサーには人類がこれまで開発してきた兵器の一切が効かなかった。銃も、ミサイルも、爆弾も何もかも。侵略に対して為す術のない人類は次々と土地を追われ、日に日にその数を減らして行った。

 

 

 では人類はこのまま滅びるしかないのか?答えは否である。残された技術者達が開発した決戦兵器、"セラフ"。それはキャンサーの持つ硬い外殻を破壊し、ダメージを与えることを可能にした。それが契機となり、人類の反撃は始まった。

 

 

 しかし、人類は思うように奪われたものを取り返すことが出来なかった。その答えは単純。セラフを扱える者が少なかったのだ。どういうわけか、セラフを扱うことが出来たのは何らかの才能を持った少女のみ。そんな都合の良い人材が豊富にいる訳はなく、キャンサーの一掃は今に至るまで為されていない。それでも人類は、その少女達によって結成される"セラフ部隊"に最後の希望を預けるほかなかった。

 

 

 これは、そのセラフ部隊に属するある1人の少女の物語である。

 

 

「ヒャッハー!!キャンサーは消毒だァ!!」

 

 

 有馬 真琴(ありま まこと)。彼女はヤベー奴だった。

 

 

 

 ---

 

 

 

「有馬さん。また許可なくキャンサーの掃討に赴いたようね」

 

「まあまあ司令官、結果としてドームに迫る危機を取り除けたんだから良いじゃん?」

 

「それは結果論よ。下手をすれば貴女が命を落とすことだってあるの」

 

 

 手塚 咲。人類最後の希望であるセラフ部隊を指揮する司令官である。彼女と話しているのは、全身を縄で拘束されてソファーに転がされているヤベー奴だ。

 

 

「死なないよー。だって私強いもん」

 

「貴女が強いのは重々承知よ。だからこそ死なれては困るの。この話何回目かしら?」

 

 

 手塚は溜息を漏らした。そう、この話をするのは1回目ではない。手塚の覚えている範囲ではこれは100回目を優に越している。有馬はいつも人知れず姿を消したと思ったら、基地からそう離れていないドーム近辺で見つかっている。

 

 

 ドームというのは生き残っている一般の人々が暮らす避難所のようなものである。度々キャンサーがその周辺に出現しては警備にあたっている部隊が無力化しているが、あまりその出番はなかった。なぜなら、件のこの女、有馬がその前にキャンサーを狩り尽くしてしまっているからだ。

 

 

「それにしても、何で今日は捕まったのかな?()()()()()()()()()()()()()()()

 

「事情が変わったのよ」

 

 

 そう言うと手塚は1枚の書類を取り出し、有馬の前に差し出す。

 

 

「なになに?指令書、セラフ部隊員 有馬 真琴。本日付でセラフ部隊強化委員に命ずる。……なにこれ?」

 

「そのままの意味よ。貴女の新しい仕事が決まったわ」

 

 

 その書類を見て有馬は首を傾げる。

 

 

「何さ強化委員って。他の子達の育成でもしろって言うの?」

 

「ええ。明日は新たな隊員がここにやってくるわ。貴女には新人隊員の育成及び、既存の部隊の強化をしてもらうわ」

 

「えー。私教えるの苦手なんだけどな。そんなことよりキャンサーシバきたい」

 

「安心しなさい。作戦時には他のセラフ部隊と共同で動いてもらうわ」

 

 

 手塚のその一言で、有馬の表情は一転して険しいものとなった。

 

 

「……私に仲間と動けって言うの?」

 

「そうよ」

 

 

 有馬は強い視線を手塚に向ける。手塚はそれをものともせず、涼しい顔をしながら紅茶に口を付ける。暫くその状態が続いたが、先に折れたのは有馬の方だった。

 

 

「はあ、仕方ないなあ……司令官には色々融通効かせてもらってきたし、言うこと聞いたげる」

 

「感謝するわ。その話はまた改めてするわ。今日は帰ってもらって結構よ」

 

 

 そう言って手塚は立ち上がり、有馬に背を向けて外を眺めていた。オレンジ色の夕日が窓の外では煌めいており、普段は毅然とした態度の手塚もその瞬間だけは物思いにふける。

 

 

 しかし、その時間はすぐさま邪魔されることとなった。

 

 

「あのさ、帰っていいって言われてもまだ縛られたままなんだけど?」

 

「あっ」

 

 

 手塚 咲。彼女は疲れていた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「今日のご飯は……リブロースじゃん!贅沢ゥ!」

 

 

 夕飯時。手塚の部屋を後にした有馬は1人夕食にありついていた。周りは複数でテーブルを囲んでいるが、有馬は1人である。そう、彼女はぼっちであった。

 

 

「……いいもんねー、1人でもご飯は食べれるもんねーだ」

 

「そうか、ならば相席は無粋か?」

 

 

 その声が聞こえた瞬間有馬は光の速さを超えて振り向く。そこには長い金髪でどこか貴族のような高貴さを感じさせる少女がいた。

 

 

「ユイナじゃん、おいでおいでー」

 

「いや、1人の方が良いなら遠慮しておこう」

 

「嘘だから!あれ嘘だから!強がりだから!察しろよ真面目!!」

 

 

 白河 ユイナ。30Gという歴戦の猛者が集う最強の部隊を率いる部隊長だ。実力もさながることながら、驕ることのない誠実さと親しみやすさから部隊内外を問わず多くの人望を集めている。

 

 

「明日はとうとう後輩達がやってくるな」

 

「そうだねえ、どんな子達が来るか楽しみだ」

 

「場数を踏んでいる真琴でもやはりそういうものか」

 

 

 白河にとって後輩を迎えるのは初めてのことかもしれないが、有馬にとってはそうではなかった。年齢はともかくとして、実は有馬からすれば白河も後輩なのだ。

 

 

「そういえばさ、司令官にこんなの渡されたんだよね」

 

「ほう」

 

 

 先程の書類を渡し、有馬は軽く説明する。すると白河は意外そうな表情を浮かべる。

 

 

「真琴が他者と積極的に関わることになる役職に就くとは……意外だ」

 

「まーね。私としてもお断りしたかったんだけど、そろそろ命令に従っとかないとクビにされそうだし」

 

「やはり、抵抗があるのか?」

 

 

 白河の問い掛けに有馬は暫く黙り込む。その後、ヘラりと笑って口を開いた。

 

 

「他の子じゃ私に追い付けないからね。ほら、私強いから」

 

「真琴が言うと説得力があるな」

 

「ま、あの子達みたいにならないように頑張るよ」

 

 

 ご馳走様、と一言残して有馬はその場を去る。1人残された白河は、歩いていく有馬の背中を悲しげな目線で見送った。

 

 

「まだ気にしているのか……28Aのことを」

 

 

 白河ユイナ。彼女は気丈に振る舞う寂しい背中を案じていた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「ふっ、ふっ」

 

 

 翌日。有馬は1人トレーニングに勤しんていた。朝から慌ただしく動いていた司令部の人間を見て、そういえば今日は新人達の入隊式だなと考えつつマイペースな1日を過ごしていた。後々新人達の教育に宛てがわれるだろうが、特に今はお呼ばれもしていないため適当に時間を潰していた。

 

 

 いつものようにまた外に出てキャンサーを潰そうとも考えたが、昨日の今日でそんなことをしようものなら司令官に干されそうだな、とビビって大人しく筋トレで妥協していた。

 

 

「お、いい曲」

 

 

 耳に差したワイヤレスイヤホンから流れてくる音楽に高揚感のようなものを覚える。デンチョ……電子軍人手帳にそのグループ名は"She is Legend"。ボーカルの名前は茅森 月歌と表示されていた。

 

 

(She is Legendの茅森か、いいじゃん)

 

 

 有馬はそのグループを気に入ったようで、すぐさまプレイリスト調べて流し始めた。

 

 

 暫くトレーニングに熱中していた時だった。突如として基地内にけたたましいブザーが鳴り響く。それは緊急事態を知らせるもの。大方ドーム周辺に大量にキャンサーが出現したとかそんなところだろうと有馬は察する。

 

 

(何か呼ばれそうだし、準備しておこう)

 

 

 トレーニングを切り上げ、周りのものを片付け始める。ちょうどその時、デンチョから通知音が鳴った。

 

 

「はいはい、こちら有馬」

 

『手塚よ。多数のキャンサーの群れが出現、この基地に向かってきているわ。貴女は最前線で掃討にあたって』

 

「1人でいーの?」

 

『30Gも同行するわ。協力は必要に応じてで構わない』

 

 

 了解、と短く返して通信を切る。

 

 

「ユイナのところか。月城と蔵もいるしあそこだけで十分だと思うんだけどね」

 

 

 まあ司令だし仕方ないかと大人しく切り替え、すぐさま出陣の準備を整える。あくまで30Gとは必要に応じて動けとのことだったので1人で動いても構わないだろう、と勝手に解釈して手早く出発する。

 

 

「司令官から話は聞いてる?」

 

「はい。お送り致します」

 

「よろしくね」

 

 

 戦闘ではなくサポートを務める隊員が集まっていたゲートに赴き、話が通っているか確認する。問題はなさそうなので現地への案内を頼み、軍事用の車に乗り込む。

 

 

 車は基地の外を走る。移りゆく景色を眺めつつ、有馬は口元を歪ませていた。

 

 

(さて、今日はどう捌いてやろうかな)

 

 

 数十分車に揺られ、目的地に到着した。ここからは接敵する可能性があるため車には引き返してもらい、有馬単独で最前線へと向かっていった。

 

 

 建物の間を飛び越えるようにして最短距離で駆け抜ける。荒廃した街を目下に、有馬は戦闘のシュミレーションを脳内で済ませていた。

 

 

「おー、いっぱいいるじゃん」

 

 

 高層ビルから開けた場所を見下ろすと、キャンサーの群れが見えた。小型に中型がぞろぞろといるが、大型、超大型は見当たらない。流石に超大型を単独で撃破するのは面倒だが、大型程度なら何とかなる自信があるがあったこの戦闘狂はこの状況に肩を落とす。

 

 

 落ち込んでいても仕方ない、と切り替えて有馬は一呼吸置き、意識を切り替える。

 

 

「"悉くに等しく死を"」

 

 

 空が裂けた。その中から禍々しい意匠の施された一振りの刀が有馬の手元に降りてくる。リン、と音を鳴らしながら引き抜かれた刀身は、血のような深い紅に染まっていた。

 

 

 刹那、飛び降りるようにキャンサーの群れの中に飛び降りていき紅の剣閃が輝く。一太刀目で10体近くのキャンサーを外殻ごと真っ二つにし、その身体をガラスの破片のように散らす。

 

 

 狂気的な笑い声が戦場に木霊する。恐怖という感情が存在しないキャンサーは次々と外敵へ襲い掛かるが、文字通り一瞬のうちにその生命活動を停止させられた。

 

 

 司令部から全体に「第一群殲滅完了」が知らされたのはそこから10分も経たない内だった。

 

 

 

 ---

 

 

 

「なんだか、ロックなことになっていたな」

 

「ロックどころじゃねー!!」

 

 

 短い金髪の少女、茅森 月歌のその一言にメガネをかけた少女、和泉 ユキが大声でツッコんだ。2人がワーキャーと騒いでいるところに共に戦っていた少女、朝倉 可憐と東城 つかさが合流した。そしてまた先程の2人がギャーギャーと騒ぎ始めた。

 

 

 戦いを後ろで見守っていた手塚はその光景にため息をつくと、あることに気付いてすぐさま警戒体制に入る。

 

 

「総員警戒!」

 

「何だ!?」

 

 

 手塚がそう指示した瞬間、空中から何かが降ってきて砂塵を巻き上げた。大きな揺れが辺りを襲い、ただ事ではないとその場にいた全員に緊張が走った。砂塵が晴れた頃、それを引き起こした正体がその真ん中に佇んでいるのが確認出来た。鋭い羽根を持ち、胸部にコアのようなものを携えた()()()()()()()()

 

 

 手塚は今の状況に顔を歪ませる。今この場にいるのは新人隊員が4人と自分のみ。倒せないことは無いが、貴重な新戦力を守りきれる保証がなかった。言うなれば倒すのは簡単、守るのは困難といった状況だ。

 

 

 その時だった。空から流星のように紅いなにかが降ってきた。それがキャンサーの前に着陸したと思ったら、キャンサーに斜め一文字の斬撃が刻み込まれていた。

 

 

「ニードルバード……大当たり引けたね、やったね」

 

 

 そう呟いた正体を目にし、手塚は心の奥底で胸を撫で下ろした。何故なら、そこにいたのは戦力だけで言ったら手塚が最も信頼出来る存在だったからだ。

 

 

「司令官、コイツ私1人でやっていいよね」

 

「構わないわ。私はこの子達に被害がいかないように立ち回るから」

 

 

 有馬 真琴。セラフ部隊最強を冠する者の一角がニッコリと笑う。

 

 

「おい司令官!あんなのと1人で戦わせていいのかよ!?」

 

「問題なしよ。良い機会だから見ておきなさい。彼女は文字通り"一騎当千"よ」

 

 

 有馬が刀を引き抜き、ゆったりとした足取りでニードルバードの目の前へと歩いていく。

 

 

 先手を打ったのはニードルバードの方だ。鋭いその羽根をブーメランのように有馬に向かって放つが、有馬はそれを飛んで躱す。空中で無防備となった有馬に対しくちばしのような鋭い部位で啄みに飛ぶが、刀を上段に構え、一気に突き出して真正面からそれをねじ伏せる。

 

 

 空中で回転しながら着地した有馬はジグザグとした軌道を描きながら距離を詰める。それを捉えきれないニードルバードは翼を振り回すが、有馬を捉えることは一切出来ない。意図も簡単に懐へ潜り込んだ有馬は一心不乱に刀を振り回してニードルバードを削る。

 

 

「何でアイツあんなに楽しそうなんだ?」

 

「怖い……」

 

「いやいや、さっきのお前も大概だったからな?」

 

「あの戦いぶり……まさか」

 

「何だ諜報員、何か知っているのか?」

 

「きっと経験者ね!」

 

「見たら分かるわ!!あんな新人がいるわけねぇだろ!!当然のことを思わせぶりに語るな!!」

 

 

 悲鳴のような雄叫びを上げたニードルバードは大きく後ろに飛ぶ。すると胸の辺りのコアが開き、その中枢にエネルギーが集中する。それを見た有馬は刀を地面につけ、擦るようにして走り出す。ニードルバードまでの距離が30メートルを切ったあたりでその刀を大きく振り上げると、地面を走るような斬撃がニードルバードへ襲い掛かる。その大きさはニードルバードの体長と同じ程度。

 

 

「ええー!?斬撃を飛ばしたー!?漫画じゃねぇんだぞ!?」

 

「練習すれば貴女達にも出来るわよ」

 

「ユッキーは銃だから出来ないね、ドンマイ」

 

「何であたしは慰められてんだ……?」

 

 

 その斬撃はちょうどニードルバードの身体の真ん中を捉えた。チャージ中は動けないニードルバードは攻撃を回避できず、真正面から喰らった。エネルギーが集中していたコアにも勿論命中し、暴走したエネルギーが大爆発を起こした。煙が晴れると、その中から身体の所々に赤色のヒビが入ったニードルバードの姿が見えた。

 

 

 それを見た有馬は刀を納め、目を瞑る。

 

 

「あれ、刀しまっちゃったよ?飽きたのかな?」

 

「んな訳あるか。あれは抜刀術だ」

 

「へー、ユッキーは物知りだなぁ。前世はサムライ?」

 

「知らんわ」

 

 

 刀を構えている左方向に身体を捻り、力を溜める。数秒間その戦場に静寂が流れるが、ニードルバードが立ち上がった際の咆哮でそれは断ち切られた。

 

 

 その瞬間だった。

 

 

「はーい、ゲームオーバー」

 

 

 身を捻った勢いに乗せて刀が振り抜かれる。その勢いで半回転し、敵に背中を向けた状態で納刀する。すると、突如として真横に空間が裂かれる。その一文字に重なるように幾百もの斬撃が刻み込まれ、そのほとんどを受けたニードルバードは一瞬にして姿をガラス片に変えて消えていく。

 

 

 有馬は何事もなかったかのように後ろで見ていた茅森達の元へ歩いていく。

 

 

「前線の残党も他の子達が倒しただろうからこれでお終いだと思うよ」

 

「了解。──全部隊に連絡。以上で防衛作戦終了よ。お疲れ様」

 

 

 それを聞き届けた有馬は1人でスタスタ歩いていってしまう。

 

 

「待ってくれよ!」

 

 

 その時、茅森が有馬を呼び止めた。有馬は不思議そうな顔をして振り向く。

 

 

「あんた、名前は?」

 

「私は有馬 真琴。キャンサーアンチガチ勢よ」

 

 

 彼女は有馬 真琴。人類の敵に対してガチアンチを名乗るヤベー奴である。




好評だったら続きます。多分。


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ヤベー奴、後輩を持つ

思ったより多くの人に見てもらえたのでもう少しだけ書きます
どこまで書くかは未定です


『起床時間です、起きてください』

 

「シャァラップ!!私は寝るぞ!!」

 

 

 部屋に備え付けられたスピーカーから起床のラッパと放送が入ると、はだけていた布団を頭まで被り徹底抗戦の構えを取る有馬。あくまでこの放送は全体に向けられたものであり有馬個人に向けられたものでは無いため、ただ1人で騒いでるヤベー奴である。

 

 

「あ、そういえば……」

 

『これからは訓練や様々な場面に参加してもらうから、朝もキチンと起きるように』

 

 

 前日手塚にそんなことを言われたなと思い出した。本来は部隊ごとに部屋が割り振られているが、この有馬は特例中の特例で1人部屋で生活している。無論これは有馬の強い希望が押し通された結果であり、本来ならば決してありえない優遇措置だ。この話を巡って手塚が頭を抱えたのは基地内でも有名な話だ。

 

 

「ま、寝るんだけどね」

 

 

 そしてそんな恩人扱いしても良いレベルで世話になっている手塚に対し、有馬は余裕で足を向けて寝ること選んだ。これが人類の産んだ悲しい怪物である。

 

 

 

 ---

 

 

 

「で、なんで私はこんなところにいるのかな?」

 

「私が連れてきたからよ」

 

 

 再び有馬が目を覚ますと、そこはアリーナと呼ばれる訓練用の施設だった。ここでは仮想的なキャンサーを相手することにより実践的な訓練を積むことが出来る。

 

 

 最初から有馬が二度寝に落ちるだろうと踏んでいた手塚はマスターキーによって有馬の部屋に侵入。グースカ眠っていたアホの首根っこを掴んでここまで連れてきたというのが事の顛末だ。そのまま連れてこられたから勿論パジャマである。

 

 

「流石の私も恥ずかしいんだけど?」

 

「自業自得よ」

 

「パジャマ姿のまま猫みたいに首掴まれて後輩の前に連れてこられた私の気持ち、分かる?」

 

「安心しなさい。ここに来るまでに他の隊員にも見られてるわ」

 

「何を安心しろっちゅーねん」

 

 

 そんな寸劇のようなやり取りを31A部隊は見せられていた。そのうちの1人、和泉 ユキは以下のように頭を悩ませていた。

 

 

(こんなヤツが先輩って、ここの軍隊は本当に大丈夫なのか?)

 

「せんぱーい、何でそんなジェ〇ピケみたいなモコモコのパジャマなの?今の季節はもう暑くない?」

 

「可愛いからに決まってんじゃん、文句あんのかゴルァ!!」

 

「急にキレた!?」

 

 

 突如として教官が連れてきたこの女はヤベー奴だ、その場にいた31Aの6人がそう理解するのに時間は掛からなかった。中には先日有馬と会っていた者達もいたが、総じてその印象は強い人からヤベー奴へと切り替わった。

 

 

 そんなことを知る由もない、気にしようともしない有馬はブーブーと文句を垂れているが、手塚はそれを右から聞いて左から流していた。

 

 

「連れてこられたのはいーけど、何すればいいの?」

 

「1vs6で軽く揉んであげて」

 

「えー、勢い余って殺しちゃったらどうするのさ」

 

「そうならないように頑張りなさい」

 

「はーい」

 

 

 手塚のはよやれという意図が込められたあしらいを受け、有馬はのそのそと茅森達へと近付いていく。

 

 

「えーっと……名前はも知らないけどまあいいか、とりあえず殺し合っとこう」

 

「野蛮!!思考が野蛮!!」

 

「こんなヤバいやつ、本当に人類救う軍隊にいてええんか?」

 

「ん、そこの2人は昨日会ってない気がする」

 

 

 いくら有馬とて先日会ったばかりの4人のことは認識していた。が、その現場にいなかった者が2人いることに気が付いた。

 

 

 有馬に畏怖の目線を向けてガクブル震えているのは國見 タマ。とある戦艦の艦長を務めていたロリっ子である。有馬は即刻撫で回したい衝動に駆られたが、視線だけに留めた。怪しげな視線を感じ取った國見はもう1人の後ろに隠れた。

 

 

 そしてそのもう1人は逢川 めぐみ。西の天才サイキッカーを自称する傍からみたらそれなりにヤバい奴である。この場に限ってはもっとヤベー奴がいるからその面では目立っていないが。

 

 

「まあまあかかってきんさい。おっちゃん強いぞー」

 

「キャラがブレブレすぎるだろ。私は既にアンタが分かんねーよ」

 

「とりあえず……やるか?」

 

 

 和泉が呆れ、茅森がデンチョを構える。それを見た他の面々も次々に取り出した。

 

 

「行くぜ……あたしの伝説はここから始まる!

 

救世主様のお出ましや!

 

Hello World!

 

真実は1つとは限らない!

 

天下一品!

 

呼吸をするように息の根を止める!

 

 

 1人1人が違う文言、セラフィムコードを口にすると、同時に空間が割れてねじ曲がり、各々のセラフが姿を現す。ある人物のセラフを見た有馬は1人で盛り上がっている。

 

 

「すごいすごい!二刀流のセラフなんて初めて見た!」

 

「いいからあんたも出せよ」

 

「気が向いたらね。死にたくなかったら本気でおいで」

 

 

 そう挑発気味に有馬が言い放つと、真っ先に逢川がそれに反応して飛びかかる。

 

 

「後悔しても知らへんで!」

 

 

 逢川のセラフは大剣のような形をしている。他の誰よりも大きいため、それに見合った質量、威力を誇るだろうと容易に推察出来た。

 

 

 それを見た有馬の行動はシンプルな回避。軽いバックステップで難なく重い振り下ろしを避けた。その一撃が仮想的に生み出された地面に叩き付けられると、そこを中心にヒビが入る。

 

 

「へえ、まあまあ痛そうだね」

 

「油断は禁物です!」

 

 

 間髪入れずに國見が青い刀身を持つ剣型のセラフを振るう。逢川の一撃を避けた直後に放たれた斬撃だったが、その一切が有馬を捉えることはなかった。それどころか最後の大振りな一太刀の後に刃では無いほうを掴まれる。

 

「諜報員!合わせろ!」

 

「ええ!」

 

 

 すると、有馬の背後から複数の銃撃が飛んでくる。和泉と東城による波状攻撃だ。

 

 

「おっと、少し借りるよ」

 

「取られた!?私のセラフが!!」

 

 

 國見のセラフを引き抜くようにして奪い取った有馬は、そのままくるりと反転し、迫る銃弾全てを斬り伏せる。

 

 

「良いセラフだね。返すよ」

 

「あっさり返ってきた!!」

 

 

 國見に対して奪ったセラフを投げ返す。直後、有馬は背後から迫る脅威を第六感で感じ取った。瞬時に身を捻り、そこから生み出されるパワーを脚に乗せて踵回し蹴りで背面を薙ぎ払う。背後から迫ってきていた悪魔……朝倉はすぐさま後ろに飛んで回避した。

 

 

「おお怖い怖い……殺人鬼が殺されるところだったわ……」

 

「キャラ変わった?もっと可愛げのある子だった気がするんだけど」

 

 

 朝倉の先程までとは雰囲気がまるで違うと感じた有馬。が、別にそれを気にする事はなかった。

 

 

 一旦距離を取った朝倉は手に持つ大鎌を構え直し、すぐさま有馬の懐に潜り込んだ。目にも止まらぬ速さでそれを振るうが、有馬には一切掠らない。一切手を緩めることなく斬撃を繰り出し続ける朝倉は恍惚の表情を浮かべている。それに対する有馬は薄ら笑いしながら依然として回避し続けている。

 

 

「もらったぜ!」

 

「おっと」

 

 

 その時だった。背後を取る形で茅森が双剣型のセラフを振り下ろす。回避が追い付かなかった有馬はそれを背中で受けるが、デフレクタによる防御で身体へのダメージはない。この擬似戦闘が始まって初の負傷である。

 

 

(初日のくせになかなかやるね。流石はA部隊ってところかな?……けどね)

 

 

 有馬はデンチョを手に握る。

 

 

(このままじゃどっかの誰かさんみたいに大切なモノ奪われるだけだよ)

 

悉くに等しく死を

 

 

 直後、有馬が伸ばした右腕付近の空間が裂ける。その中から禍々しさが前面に押し出された刀が姿を現し、主の手に握られた。

 

 

 場の空気がガラリと変わったのを感じた。身の毛がよだつような殺意が全員の肌を刺激する。人類の敵なんかより余程恐ろしい悪鬼羅刹がその刀身を晒す。

 

 

「とりあえず、1回死んでみようか」

 

「全員ソイツから離れろ!!」

 

 

 和泉が叫ぶように指示を飛ばす。有馬の頭上に1発の砲弾を放つと、それは空中で分裂して雨のように有馬へと降り注ぐ。逃げ場のない攻撃だった。それにも関わらず、全員警戒態勢を解くことは無かった。確信があった。あの女はこんな攻撃では倒せない、ただの気休め程度にしかならないと。

 

 

 着弾地点は煙に包まれていた。いつ出てくる、とその中を注視していると、突如として煙が斬り払われる。

 

 

「悪くない先制攻撃だったよ?仲間を退避して、遠距離型のセラフであることを利用した高火力を先手でぶつける。そこらへんの雑魚キャンサーだったらそれで大丈夫だったかもね」

 

 

 真っ赤に煌めく刀と共に悪魔が歩いてくる。

 

 

「でも残念。今君達が相手しているのはキャンサーよりヤベー奴だよ」

 

 

 刹那、有馬が加速する。瞬間移動かと見間違うほどの速さに誰も反応出来なかった。一気に6人全員の真ん中あたりに踏み込んだ有馬は周囲一帯を軽く薙ぎ払う。

 

 

 斬撃を受けた全員のデフレクタが一撃で半分以上削られた。あくまで軽くというのは有馬にとっての軽くであった。次また喰らったらデフレクタが消失する一撃など、受けた本人達からすればとんでもないものである。

 

 

「斬るのはお前ではなくワシじゃあ!!」

 

「いーや、私だね」

 

 

 朝倉渾身の一撃を難なく弾いた有馬は、そのまま空いている左手で正拳突きを叩き込む。モロにそれを食らった朝倉は大きく後ろに飛ばされ、壁に衝突すると同時にデフレクタが完全に消失した。

 

 

「はい、1人目」

 

「嘘だろ……素手で残量全て削りきったってのかよ?」

 

「これ以上好き勝手にさせるかい!」

 

「援護するわ!」

 

 

 驚愕に包まれる一同。いち早く気を取り直した逢川がその大剣を振り下ろす。

 

 

「おそーい」

 

 

 逢川が振り下ろすより早く有馬はその背後へと回り込む。それと同時に背中を2度斬りつけ、そのまま軽く蹴飛ばす。その蹴り自体にダメージはなかったが、目の前から迫ってきた光弾が逢川のデフレクタを削り取った。その正体は東城が放った援護射撃。それを受けられるギリギリのところに調節し、逢川を盾にしたのだ。

 

 

「嘘!?」

 

「驚いてる暇はないんじゃない?」

 

 

 その所業に唖然とする東城の背後を取った有馬。背後から聞こえてきた声に振り向いた直後、横一文字にその身体を裂かれ、身を守っていたものが粉々に砕けた。

 

 

「これで3人。あと半分だね」

 

「あわわわ……」

 

 

 一瞬のうちに仲間が倒れ伏していく光景に狼狽える國見。それを有馬は見逃さない。他2人の援護が入るよりも数段早く國見の目の前に踏み込んだ。

 

 

「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁ!?もうダメだぁ、お終いだぁ!」

 

「どこのベジタブル王子かな」

 

 

 知る人のみぞ知る情けないセリフを吐きつつもセラフを構えるが、それより圧倒的に早く右腕、腹、首を斬られデフレクタが完全に消失した。

 

 

「クッソ、どうするユッキー!」

 

「どうするったって……あんなバケモン2人でどうにかなるか?」

 

「失礼だなー、ちゃんと人間だよ」

 

 

 残された茅森と和泉は何とか打開策を見つけたいところだが、一向にそれは浮かんでこない。

 

 

「こうなりゃとことんだ……茅森、派手のいくから後は頼むぞ!」

 

 

 すると、和泉のセラフが音を立てながらエネルギーをチャージし始めた。止めようと思えば止められる範囲だが、有馬はそれをしようとしない。むしろ撃たせようとしている。

 

 

 和泉が放とうとしているのは少しの間セラフの機能が停止しかねないほどの強力な攻撃。セラフが変形し、複数の弾丸が先程のように有馬の頭上に放たれた。案の定それは有馬に降り注ぐのだが、出力が比ではなかった。その様はまるで雷が落ちるかのよう。

 

 

「こりゃ防御しないとやばいかも」

 

 

 軽くそう言い放った有馬は刀を両手で構える。そして降り注ぐ砲撃の中から自分に直撃するものだけをピンポイントで撃ち落とす。セラフを通して凄まじい威力が伝わってくるが、有馬にとっては裁くのにそう苦労はしない攻撃だ。

 

 

 数十秒その攻撃は続いた。が、有馬はその全てを斬り伏せてみせた。

 

 

「いい火力だね、頑張ったで賞をあげよう」

 

「はっ、お子様泣かせな賞なことで」

 

 

 頑張ったで賞という名の斬撃を和泉に繰り出す。予想以上の出力で動くことすらままならなかった和泉は全て正面から貰い、デフレクタが底をついた。

 

 

「残るは貴女だけだよ、二刀流ちゃん」

 

「……やるしかないか」

 

 

 茅森は覚悟を決めた。和泉同様、次の大技で一気に有馬を打ち倒すつもりだった。剣を握る両手に力を込め、思い切り加速する。その速さは先程までの有馬と遜色ないもので、有馬とすれ違う度に思い切り斬り付ける。

 

 

(ふーん、切り込み隊に恥じない攻撃するじゃん)

 

 

 などと心の中で思いつつも息をするように茅森の斬撃を捌く。二太刀目、三太刀目といなすが、そこで有馬はあることに気が付いた。

 

 

(斬撃が残留してる?見たことないな)

 

 

 そんなことを考えつつも次々襲いかかる攻撃に対応する。そしてそのどれもが軌跡を残して消えない。試しに刀を振るって見たが、実体がないようで触れても感触はない。

 

 

 最後に大きく両方の剣で斬撃を放った茅森はそのまま着地する。気付けば斬撃に囚われるように囲まれていた有馬。

 

 

 何が来る、と警戒した直後のことだった。その斬撃痕は弾ける泡のように次々と大爆発を起こした。

 

 

「ざっとこんなもんだぜ」

 

 

 それを見ていた誰もが茅森の勝ちを確信した。あの規模の爆発に巻き込まれて無事では済まないだろうと、茅森本人も感じていた。

 

 

「茅森さん、凄い……」

 

「ふ、ふん!中々やるやないか!」

 

 

 ふぅ、と一息ついて茅森は既に離脱していた仲間の元へと歩き出した。

 

 

 その時だった。

 

 

「惜しかったね、あと少しでやられるところだったよ」

 

「──ッ!?」

 

 

 背後から悪魔の囁きが聞こえた。すぐさま後ろに向き直したが、その時には既にデフレクタが音を立てて崩壊していた。

 

 

「嘘だろ?あの攻撃をどうやって?」

 

「爆発の瞬間に自分の周りを斬り刻んで威力を削ったの。一か八かの賭けだったけどね」

 

 

 一同の前に姿を現した有馬の姿は所々焦げているように見えた。口では信じ難いことを言っているが、あれに巻き込まれてその程度で済んでいることから事実であると分からされる。

 

 

「キャンサー以外と殺り合うのは久々だったから楽しかったよー、まったね〜」

 

 

 有馬はヒラヒラと手を振りながらアリーナから出ていった。と思ったら、凄い形相で地を揺らしながら走って戻ってきた。

 

 

「ど、どうした?」

 

「パジャマは弁償してね」

 

 

 それだけ言ってまた外へと歩いていった。

 

 

「……嵐みたいなヤツやったな」

 

「ええ、本当に……」

 

「おい、茅森?どうした?」

 

「……ちょっと行ってくる」

 

 

 そう言って茅森は有馬の後を追った。仲間の静止を一切聞かず、暴走列車のように走り去っていった。

 

 

「行っちゃいましたね」

 

「……残ってる人達はこれからジムでトレーニングよ」

 

「嘘やろ!?あんなボコボコにされた後で!?しかも部隊長どっか行ったで!?」

 

 

 ため息と共に手塚はそう告げ、残されたメンバーは地獄が続くことに肩を落とした。

 

 

 

 ---

 

 

 

「全く、司令官の思いつきに付き合わされたらパジャマがボロボロだよ。高かったのに」

 

「おーい!待ってくれよ!」

 

「わっつ?」

 

 

 後ろから呼び止められた声に有馬は振り向いた。そこには先程殺し合った後輩がいた。

 

 

「どーしたの?パジャマ即刻弁償する気になった?」

 

「それはまた今度な。そんなことよりさ、私を弟子にしてくれよ!」

 

 

 有馬に追い付いた茅森は、肩で息を切らしながらそう頼み込んだ。それを聞いた有馬は露骨に顔を歪める。

 

 

「すっごい嫌そう!!」

 

「だってめんどいもん……ていうか、いちいちそんなん頼まれなくても鍛えたげるよ。教官みたいなポジションに斡旋されたし」

 

「へー、隊員と兼任的な?」

 

「うぬ。人遣い荒い組織だよねほんとストライキしてやろうかな」

 

 

 とは口で言いつつも、先程の模擬訓練を通してどこか乗り気になっている自分がいることに有馬は気付いていた。

 

 

「そういえば君の名前聞いてないね。わっつゆあねーむ?」

 

「あたしは茅森 月歌。よろしく」

 

「茅森……?何か聞いた事あるようなないような」

 

「まあ何でもいいじゃん。これからよろしく、まこっち」

 

「初めてそんな呼ばれ方した。まあいっか」

 

 

 有馬は差し出された手を握り返した。ヤベー奴に新たな後輩が出来た瞬間である。

 

 

「じゃ、訓練頑張ってね。私はお腹空いたからご飯食べに行く」

 

「あたしも行きたい!」

 

「やー、後ろの人がそれを許してくれないんじゃない?」

 

 

 有馬が茅森の後ろを指差す。くるりと振り向いた茅森は、この世の終わりのような表情を浮かべた。

 

 

「えーっと司令官。何用で?」

 

「まだ訓練は終わってないわよ」

 

「嫌だー!ブラック企業はんたーい!!まこっち助けてー!」

 

「あー後輩の悲鳴で飯が美味ぇ」

 

「薄情者ー!」

 

 

 ある隊員の悲鳴が基地内全域で聞こえたという。




司令官、セラフで殴り合おうって言ってた茅森に対してぶちギレてたのに数日後にはセラフ持ってかかってこいとか言ってるんですよね。不思議。

反響をみて気分でまた更新します。どのキャラとの絡みがみたい〜とか教えてくれたら多分書きます。


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ヤベー奴、最強と相対す

何だかんだUA500突破してました
いつまで続くか分かりませんが3話目、どうぞ〜


「……暇だねえ」

 

 

 昼下がり。有馬はカフェテリア外に備え付けられた席でカフェオレを啜っていた。珍しく朝早く起きたものの、やることが無さすぎるあまりに暇を持て余した結果、1人寂しくカフェテリアに向かうことを決意した。

 

 

「あの人……有馬さんよ」

 

「最強って噂の?」

 

「ええ。この前の防衛任務の時も1人で半分以上のキャンサーを倒したみたい」

 

「何それ……キャンサーより化け物じゃない」

 

(聞こえてんぞコラ)

 

 

 化け物扱いなど心外であると心の中で抗議するが、当然といえば当然の反応である。いくら味方であろうと、人類の敵を1人で半分潰すようなヤベー奴は恐ろしくなるものだろう。

 

 

「ハァーイ、ちょっといいかしら?」

 

「何かな?ナイスなボデーのお姉さん」

 

 

 掛けられた声に有馬が振り向くと、そこにはアメコミに出てくるヒーローのような装いをした金髪美女がいた。目元には仮面をつけているが、その喋り方や目の色から外国人であると分かる。

 

 

「教官室に行きたいのだけれど、何処にあるのかサッパリなのよ」

 

「ほむり。それなら……」

 

 

 デンチョを介して基地内の地図を送る有馬。それを元に現在地からどうやって向かうかを丁寧に教えた。

 

 

(んー、多分外部からの派遣の隊員かな?)

 

 

 有馬はそんな話に聞き覚えがあった。いつだったか手塚と話をしていた時、海外からセラフ隊員がやってきて31Xなる部隊を編成するだとか。

 キャンサーによる被害は世界各地の中でも日本が深刻であるから、とかそんな理由を聞いた覚えがあったが、右から聞いて左から流していたので不確かである。

 

 

「おねーさん、名前は?」

 

「アタシ?アタシはキャロル・リーパー。ニューヨークから来たダークヒーローよ!」

 

「ダークなんだ」

 

 

 ダークには見えないね、という本音は心の奥底に閉まったようだ。本人がそう言うならそうなのだろう。

 

 

「アンタは……アリマ?よね。ヤベー奴って聞いてるわ!」

 

「やばくないよー、ただのかわい子ちゃんだよ」

 

「フフ、かわい子ちゃんは自分でそう言わないものよ?」

 

 

 そう言ってキャロルはくるりと後ろを向いて歩き出した。

 

 

「それじゃ、グッバイ!またどこかで会うと思うわ!」

 

「迷子になるんじゃないよー」

 

 

 目的地へと歩き出したキャロルの後ろ姿を見送り、有馬はふとデンチョに表示されている時間を確認する。

()()()()をしていることを奇跡的に忘れていなかった有馬は、グラスを返却口に戻し、その相手と落ち合う予定の場所へと向かった。

 

 

 

 ──-

 

 

 

「……来たか」

 

「おまた〜、まだ10分前だってのに律儀だねえ……月城」

 

 

 有馬がやってきたのはアリーナ。そして彼女を呼び出した者こそがこの女、30Gに所属する月城 最中である。

 有馬と並びセラフ部隊最強の名を冠する古来よりの隊員。その経歴は有馬と同じく28期にまで遡る。

 

 

「月城ちゃんだけじゃないよ」

 

「蔵もいたんだ」

 

 

 そして月城の背中からひょっこり顔を出したのは蔵 里見。月城と同じく精鋭部隊である30Gに属し、戦闘においては月城のバックアップを務めるこれまたベテランである。

 部隊長である白河、司令官である手塚など多くの者達がこの2人に信頼を置いており、本来1つの部隊で対処させるキャンサーを2人に任せることも少なくない。

 

 

 そして、そんな2人が揃っている時と同等の戦力を1人で誇る女がいる。

 

 

「で、何の用かな?まあ、こんな場所に呼び出された時点で察してはいるけど」

 

「そうか。ならば早速始めるぞ」

 

 

 そう言うと、月城と蔵は同時にデンチョを取り出した。

 

 

「待て待て待て。何サラッと2人でやろうとしてんの」

 

「ほら、可愛い後輩ちゃん達が入ってきたことでまた任務が本格化してくるだろう?それに備えて、あたい達2人のコンビネーションを磨いておこうと思ってね」

 

「じゃあキャンサー相手でいーじゃん?」

 

「並のキャンサー以上に強い相手がすぐ近くにいるじゃないか。安心しなよ、司令官からの許可は取ってあるからさ」

 

 

 キャンサーと人を相手するのでは勝手が違う、と普通なら考えるだろう。しかし、知っている者なら相手が有馬であるならば話は別だと結論付ける。

 それほどまでにこのヤベー奴の強さは信頼を置かれているのである。

 

 

風林火山!

 

五穀豊穣、刈り入れ時だね!

 

 

 全力で拒否を試みる有馬を他所に、2人はセラフィムコードを口にした。月城は漆黒の大剣。蔵は独特な反りの薙刀を手に持つ。

 有馬は察した。

 

 

(コイツらマジじゃねーか!!)

 

 

 クソデカため息を吐いた後、諦めたようにデンチョを掲げる。

 

 

「しゃーないなあ……後で何か奢ってよ?」

 

「蔵」

 

「あたいの特製グルメを振る舞ってあげるよ」

 

「よっしゃやる気出た」

 

 

 蔵の特製グルメ。この軍の中でかなりの美味で有名である。特に米を用いた料理はその美味さゆえに戦場で気が抜けるとまで言われている。

 現金な有馬は見事に釣られた。チョロいものである。

 

 

悉くに等しく死を

 

(相変わらず、物騒なセラフィムコードだねえ)

 

 

 人類を救う希望が口にしていい言葉ではないことは明らかである。

 空間を斬り裂いて姿を現した妖刀は、有馬の腰に吸い込まれるように納まる。

 

 

「安心しなよ。料理を作れるくらいには生かしてあげるから」

 

「大した自信だこと」

 

「それ相応の強さを備えていることは否定できまい」

 

 

 自分が余裕で勝つという宣言にも受け取れるそれは、虚言でも何でもない。それを現実にするだけの確かな実力をこの女は有している。

 だからこそ、この2人は有馬を訓練の相手に指定した。

 

 

「……行くぞッ!!」

 

(流石に速いね)

 

 

 その獲物からは想像出来ないほどの速さで有馬へと迫る月城。

 縦に、横に、斜めに。あらゆる方向から大剣を振るうが、全てをスレスレで有馬は躱す。

 

 

 すると、読めないタイミングで月城は大きくしゃがむ。するとその後ろに潜んでいた蔵が薙刀で一閃。首を抉られる1歩手前で刀を潜り込ませて防御する。

 

 

「ひゅー、エグいねえ」

 

「その割には余裕そうに見えるけど……ねッ!」

 

 

 蔵のそのしなやかな身体から放たれる斬撃は不規則かつ強力なもので、予備動作からは想像も出来ない形で攻撃してくる。

 有馬と言えど完璧にそれに対応することは叶わず、数発刻まれる。芯は外しているせいでさほどデフレクタも削られていないが。

 

 

「防戦一方ってのもつまんないからね、次はこっちから行くよ?」

 

 

 極限の脱力から放たれる踏み込みはまさに"神速"。視界から消えた有馬を視線で追う蔵だったが、その姿を捕捉した時には既に懐を取られていた。

 

 

「蔵!跳べ!」

 

「はいよ!」

 

 

 背後からの月城の指示で大きく跳び上がった蔵。空中に逃げられたにも関わらず追撃を狙う有馬を月城は抑え込んだ。

 大剣と刀。質量的に考えても大剣に軍配が上がるだろうが、有馬はそれに拮抗してみせた。

 当人同士の能力で見ても、パワーで勝っているのは月城。それにも関わらず有馬が押し負けないのは天才的かつ異常なまでの戦闘センスによるもの。

 どこにどう力を加えれば押し負けないか。それらを瞬時に理解して対応することを可能としてしまうのがこの有馬である。

 

 

「退いてくれる?重いんだけど」

 

「ならば退けてみよ!」

 

 

 月城は更に力を込める。幾ら有馬が完璧に合わせてこようとも一定のラインを越えてしまえばこのまま潰せるだろう。

 しかし月城はそこまで単調ではなかった。こうして自身に意識を集中させることで、蔵の存在を悟らせない。それが真の狙いである。

 現に蔵は音もなく有馬の背後を取った。ここに至るまでの連携は打ち合わせたものなどではなく、互いが互いの意図を汲み取った上での行動。

 

 

 だが、この鬼神はそれすらも耐え凌ぐ。

 

 

「穏やかじゃないね」

 

 

 上から武器を叩きつける形の月城に対し、それを刀で防ぎながら蹴りを月城に叩き込んだ。一瞬力が分散したのを見逃さず、その隙を狙い一瞬で大剣を弾く。

 そしてその弾いた勢いのまま回転。身体の使い方のみで生まれた爆発的な加速と共に刀を薙ぎ払い、蔵の接近を許さない。

 

 

「これすらも凌ぐか」

 

「まったく、どんな対応力なんだい?」

 

「伊達にボッチで場数踏んでないってこと」

 

 

 軽い口調で言い放っているものの、かなりギリギリでの回避だったことを2人は知る由もない。

 現に有馬の額には一筋の汗が滲んでいた。

 

 

(流石最強コンビは伊達じゃないね。個のパワー、スピードは勿論のこと、連携の練度がとんでもない)

 

 

 そう2人を評しつつ、有馬は腰に携えた鞘を刀同様に構える

 

 

「確かに2人は強いよ。けどね」

 

 

 直後、有馬の纏う空気が絶対零度と化した。

 

 

「仲間を前提とした戦い方じゃ私には勝てないよ」

 

 

 有馬が地を砕きながら加速する。矛先を向けられたのは月城だった。

 刀と鞘の両方を上段に構え、飛びかかると同時に振り下ろす。セラフの正面でそれを防いだ月城だが、あまりのパワーに後ずさりさせられる。

 有馬の攻撃の手が緩められることはない。擬似的な二刀流による圧倒的手数で、月城の抵抗を許すことなく畳み掛ける。

 

 

(鞘をもう一本の刀に見立てて手数を増やすとは、何たる所業!セラフとしての強度を備えている上に有馬程の使い手が振るえば、刀を納めるに過ぎない箱ですらもここまでの攻撃力か!)

 

 

 あくまでそれは鞘に過ぎないため、刀のような切れ味はあるはずがない。

 しかし、月城の考えたように鞘といえどもセラフの一部。その耐久力は一級品である。

 それを見越した有馬が考え付いたのがこの戦闘スタイル。刀による斬撃と鞘による打撃。二種の異なる攻撃が流水の如く標的へと襲い掛かる。

 

 

「あまり好き勝手はさせないよ!」

 

 

 月城が動けないのを察した蔵は有馬を引き剥がすために薙刀を振るう。

 

 

「甘い。見てから余裕だよ」

 

 

 視覚外からの奇襲であるにも関わらず有馬は蔵の連撃を全て捌き切る。本来ならば味方によるカバーでようやく防げる攻撃だろう。

 が、これこそが有馬の弱点にして強みである。常に1人で動くことを想定している有馬の立ち回りに、味方頼りの部分は一切存在しない。

 無茶な攻防全てを1人でこなしてしまうのがこの有馬という女なのだ。

 

 

 すかさず月城が攻撃に移るが、やはり有馬は回避してみせる。

 現在は2人に挟まれる形で構えている有馬。感覚が冴え始めた今ならば同時に来られても捌ける自信があったが、ここで1度状況をリセットすることを選んだ。

 流れるような動作で刀を納め、腰の辺りに構える。

 

 

(あの構えは!)

 

「後ろだ!」

 

「分かってるよ!」

 

 

 一瞬にして自身を囲うように抜刀術を放つ。構えてから刀を抜くまでの時間は僅か1秒にも満たない程度。その一瞬で有馬の行動を悟った2人は後ろに跳ぶが、有馬の斬撃は逃げた者を追い掛ける。

 咄嗟にセラフを滑り込ませることで大ダメージは回避したものの、デフレクタが一気に3分の1削られた。

 

 

「あら。半分は削るつもりだったのに」

 

「つくづく恐ろしいヤツよ」

 

「少しは人間らしい動きをして欲しいものだよ」

 

 

 息を切らしている2人に対し、まだまだ余裕といった表情の有馬。

 本来実力で言えばこの2人と有馬は同等。それにも関わらず、ここまで顕著な差が見えているのにはある理由があり、有馬は既に見抜いていた。

 

 

「多分無意識だろうけど、2人共本気出せてないでしょ。あくまで相手しているのは人間だって思ってるせいで脳がリミッター掛けてるんじゃない?」

 

「……そうかもしれぬ」

 

「なら、これ以上やっても意味は無いよ」

 

 

 有馬は刀を納めて身を翻した。

 

 

「私を完全に殺す気で戦うつもりになったら声掛けて。その時はちゃんと殺してあげる」

 

 

 そうして有馬はアリーナを後にした。

 先程までの攻防が嘘のように静まり返るアリーナ内。残された2人もセラフを仕舞って部屋に帰ることにした。

 

 

「月城ちゃん、あの子」

 

「うむ。あんなこと言っていたが、有馬本人も本気ではなかったはずだ」

 

「やっぱりねえ……甘ちゃんなのはどっちやら」

 

「甘ちゃん、か」

 

 

 それを聞いた月城は長年の付き合いである蔵にしか分からないほどに僅かな笑みを浮かべた。

 

 

「どうしたんだい?」

 

「アイツは……優しいんだ。昔からな」

 

『月城!またあんな無茶して……何かあったらどうするの!?』

 

 

 目を瞑り、何時かの記憶を思い出す月城。

 かつて自分に……いや、彼女の周囲に向けられた底なしの優しさは未だ忘れられずにいた。

 

 

 そしてそれ以上に、今と昔の有馬を重ねた時にどうしようもない悲しさに包まれる。

 

 

『有馬。この頃無茶がすぎるぞ』

 

『……何が?』

 

 

 かつて自身に向けられた冷たい視線。自分の知っている有馬はどこかへ行ってしまったのだろうかとすら思える程に衝撃的だった。

 それからというもの、有馬は次第に壊れていった。勝手に基地外に出てキャンサーを掃討し、ボロボロになって帰ってきた時もあった。当然司令部からそれを咎められたが、本人は意に介することなく同じことを続けていたが。

 

 

 そして部隊再編成により月城が新たな部隊に配属された時。本来ならば有馬は新たな部隊を率いるはずだったがそれを拒否。まかり通るはずのないその要望を何故か司令部は容認したのだ。

 

 

 最初こそ有馬を気にかけていた月城も、次第に距離を感じるようになってきた日のことだった。

 超大型のキャンサーの出現が確認され、全セラフ部隊による討伐作戦が決行された。

 そのキャンサーは過去に観測されたどのキャンサーよりも強く、速く、硬かった。

 2部隊が全滅。ある部隊は部隊長を残し壊滅。月城の部隊を含めた複数の部隊が半壊状態だった。

 もはや為す術なし。ここで全てが終わるのかと思われたその時だった。

 

 

悉くに等しく死を

 

 

 そんなおぞましいセラフィムコードと共に、彗星のようにキャンサーに何かが降ってきた。

 その何かは紅い閃光を描きながらキャンサーを斬り刻み、反撃をされつつもキャンサーを1人で討伐してしまった。

 

 

 尖塔と化したキャンサーの前に立ち、血塗れになりながらも狂気的に笑っていたのは有馬だった。

 月城の知らない禍々しいセラフィムコード、セラフを携えた有馬は、生き残った者の目には英雄であり悪魔のように映った。

 

 

 後から知ったことだが、そのキャンサーの外殻は既にボロボロだったらしい。当時は有馬が全て1人で倒しきったと思われていたが、皆の犠牲は無駄ではなかったと胸の奥が熱くなったのを月城は覚えている。

 

 

 そして犠牲者を弔うための葬儀の後の事だった。

 誰もいなくなったはずの墓地で人の気配を感じ、身を隠しながら様子を伺った月城が目にしたのは──

 

 

『あ、あああああああああああああッ!!!』

 

 

 戦死した隊員の墓の前で泣く有馬の姿だった。

 後から手塚に聞いた話によると、有馬は単身で戦場に集まりつつあった大型キャンサーを相手していたらしい。

 一通り騒動を終え自分も戦場へ向かったが、その時には既に手遅れ。ほぼ壊滅状態だったそうだ。

 

 

 月城は確信した。有馬は有馬だと。仲間を想って本気で泣ける、そんな有馬はまだここにいるんだと。

 

 

『有馬』

 

『月城?どったの?』

 

 

 翌日話しかけに行くと、またあの時のように冷たい声で返されると思っていたがそんなことはなく有馬が変わる前よりどこか砕けた感じだった。

 どこかで何かか壊れてしまったかもしれない。けれどあの有馬は失われていないんだと思ったらそんなこと些細に思えた。

 そして、その頃から有馬が誰かと一緒にいることを見る機会が増えたような気がする。

 

 

「どうしたんだい月城ちゃん?珍しくニヤついてるじゃないか」

 

「ふっ……気にするな」

 

 

 知らぬ間に口元が緩んでいたのを誤魔化し、2人でアリーナから出る。

 すると、例の女が外で仁王立ちして待っていた。

 

 

「……」

 

「……有馬?」

 

 

 月城の呼び掛けを無視して有馬は無言のまま蔵の元へと近づいて行き、口を開いた。

 

 

「ご飯!!」

 

「……ぷっ、あはは!!なんだいそれは!」

 

 

 何かがツボに入って爆笑する蔵と、その腕をがっちりマークする有馬。それを後ろから見守る月城はそのまま歩いてカフェテリアへと向かっていった。




対キャンサーにおいては有馬と月蔵コンビは同等、なんなら月蔵の方が強いです
人を相手した時の意識の差ですね


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ヤベー奴、心配する

評価が急に増えて赤くなってました
ここまで見てもらえるとは思ってなかったので正式に連載小説としてやっていこうと思います。
メインでイナズマイレブンの小説も書いているので優先度は下がりますが、のんびり更新していきますのでどうぞお付き合い下さい。


ヘブバンまだ完結してないからどうやって落とし所見つけっかなあ…


「あぁ〜蔵の料理食べた後だと何か物足りないよぅ……」

 

 

 カフェテリアのど真ん中に、何やらブツブツと呟きながら項垂れるヤベー奴がいた。

 きっとコイツには人の心がないのだろう。その言葉を聞いていた厨房担当が肩を落としてしまったのに気付くことはなかった。

 

 

「隣、失礼するわ」

 

「これはこれは手塚司令官様。本日もお早うございまする」

 

「気持ち悪い」

 

「はいモラハラ」

 

 

 有馬の隣に腰を下ろしたのは手塚だった。隊員が主に利用するカフェテリアであるが、司令部の人間とてここを利用するのは同じである。

 

 

 ちなみに有馬と手塚は時折こうして食事を共にしている。

 ぼっち……もとい、孤立気味である有馬のテーブルは、既に席が埋まり始めている時間帯に食事をとる手塚にとって非常に都合の良いものなのだ。

 その様子が"悪魔と鬼の会合"などと称されているのは有名な話である。

 

 

「今日はフリーかしら」

 

「そーだね。特にやることもないからダラダラしよっかな。昨日月城と蔵の相手してちょっと疲れたし」

 

「あの2人を相手して疲れたで済むのは流石と言ったところかしら」

 

 

 食べているパンに伸びる手を捻り潰しながら手塚はそう述べる。

 声にならない叫びを上げながら涙目になっている有馬は「パワハラだ!!パワハラとモラハラでパワモラハラハラだ!!」と意味不明なことを叫びつつも、何事も無かったかのように座り直す。

 

 

「そういえば……彼女が31Bの部隊長に就いたわ」

 

「彼女……もしかして」

 

「ええ。蒼井さんよ」

 

 

 蒼井 えりか。かつて29Aの部隊長を務めていた。

 優秀とされる切り込み隊であるAの名を冠する部隊を率いていたことから、言うまでもなくかなり優秀な隊員である。

 しかし、彼女はその次の部隊である30世代に所属することは無かった。

 

 

「大丈夫なの?えりかが抱えているもの……司令官も分かってるよね」

 

「勿論よ。本人がやると言った以上、起用しない理由はないわ」

 

「そっか……自分で」

 

 

 有馬がここまで蒼井のことを気にするのには訳があった。

 それは29世代が壊滅するキッカケとなったとある作戦でのことだった。

 突如出現した超大型キャンサー。その圧倒的戦闘力の前に全セラフ部隊は追い込まれた。

 その中で悲劇は起こってしまった。

 絶えず放たれる広範囲を焼き尽くす攻撃。1人、また1人と倒れていく。

 そして気付けば、蒼井は仲間達の亡骸の真ん中で立ち尽くしていた。

 

 

 そのキャンサーは有馬によって討伐されたが、残していった爪痕があまりに大きかった。

 作戦後にまともに動けたのはたった3名。有馬 真琴。月城 最中。そして蒼井 えりか。

 死者は隊員の半分以上。生き残った隊員の殆どは負傷でセラフ隊員としての活動は絶たれてしまった。

 

 

 そしてそんな悲劇を目の当たりにした蒼井の苦しみは続く。

 超記憶症候群。別名"ハイパーサイメシア"。1度見たものは決して忘れないその能力を備えていた蒼井は、毎晩のように悪夢に魘されることとなる。

 起きている間は現実逃避をすることも出来た。しかし落ち着ける時間でなければならないその睡眠時間に、蒼井は絶えず苦しめられた。

 

 

 そんな蒼井を誰よりも気にかけていたのが有馬だった。

 作戦当時にある理由で参戦が遅れた有馬は、既に作戦が崩壊しかけていた時に戦場へと到着した。

 そしてすぐさま仲間達の命が奪われたことに気が付いた。否、気が付かされた。

 己の無力感と敵への憤怒を胸に、半狂乱となりながら有馬はキャンサーを斬って斬って斬り刻んだ。

 

 

 涙も声も枯れ果てた頃、既にキャンサーの姿はなかった。

 力なく回収地点へと向かう有馬だったが、生気の失われた顔でその場に立ち尽くす蒼井に、かつての自分の姿が重なった。

 

 

 それから有馬は暫く蒼井と行動を共にしていた。

 背負わされたその苦しみを少しでも和らげられれば、そんな真っ当な優しさが動機となっていた。

 当時感情がすり減っていた有馬が人間らしさを少し取り戻せたのは、そんな時間を過ごしていたからである。

 

 

「ついでという訳ではなけれど、明日は31Bの指導にあたってもらう。と伝えておくわ」

 

「……りょーかい。暫く動いてなくて鈍ってるだろうし、私が磨き直してあげよっと」

 

 

 有馬は立ち上がり、その場を去っていく。

 

 

「……頼んだわよ」

 

 

 手塚のその呟きに込められた想いを知る者はいない。

 

 

 ---

 

 

 司令官と別れた後、私はえりかを探して走り回っていた。

 あの子は確かに強い。けれど、強さだけじゃどうにもならないことだってあるはず。

 私みたいにぶっ壊れちゃえば楽になるかもしれないけど、えりかは踏みとどまった。ちゃんと人であることを選んだんだ。

 本当に大丈夫なのか、それを確かる義務が私にはある。場合によっては、土下座でも何でもして今回の件を司令官に取り消してもらう。

 

 

「ここかな」

 

 

 辿り着いたのは31Bの部屋。

 今日は休日だから、もしかしたら部屋にいるかもしれない。

 ノックしよう、かくなる上は扉を蹴破ってでも中に入ろう。そう決心した時だった。

 

 

「そこで何をしている?」

 

「べっつにー!?扉蹴破ろうなんてしてないしー!?……って、樋口じゃん。何してんの」

 

 

 そこにはセラフ研究員である樋口がいた。

 いつも見る白衣姿では無く、見たことも無い制服姿に身を包んで。

 しかもその制服はセラフ部隊に支給されるもの。部隊によって衣装が異なるのだけれど、樋口のそれはB部隊のものだった。

 

 

「一応私の部屋でもあるからな。荷物を取りに来ただけだ」

 

「セラフ部隊入ったんだ。研究はどうするの」

 

「ふふ、戦場でしか得られない死のデータを取るためさ。研究者たるもの、己が被験者になることも必要なのだよ」

 

「狂ってんね」

 

「お前に言われたくないわ」

 

 

 ご最もだ。でも樋口も大概狂ってると思う。

 そんなヤベー奴にドン引きしつつも、ここにきた目的を聞いてみる。

 

 

「えりか見てない?部隊長の子」

 

「蒼井か。ビャッコとナービィ広場に向かうとか言ってた気がするな」

 

「ビャッコ?」

 

「虎だ」

 

 

 うっそーん。この前樋口が言ってた動物にセラフを使わせる実験成功してたの?

 人材不足が常に問題のこの軍隊においてそれが出来れば確かにすごいなーとは思ってたけど、本当に実現させたんだ。

 改めてこの女ヤバいね。流石マッドサイエンティスト様。

 

 

「虎かー。ボール遊びでもしてるの?」

 

「さあな。行ってみればいいんじゃないか?」

 

「そーする、んじゃね」

 

「待て有馬、お前のセラ────」

 

 

 樋口がなんか言ってる気がするけど聞こえなーい。

 悪いけど今は一刻も早くえりかの顔を拝みたいんでね。聞こえないふりしてさっさと行かせてもらうよ。

 あ、でも機嫌損ねたらセラフの機能停止させられるかな?キャンサーぶち殺せないしそれはマズイかも。

 

 

「なんて考えつつも到着するんですけどね、初見さん」

 

 

 初見さんて誰やねーん、ってつっこんでくれる関西人とかいないかな。いないか。

 全速力で走れば宿舎から広場まで3分もかからなかったね、流石私。

 

 

 さて、目的の人物はいるかな?と思い広場内に視線を向けると、目の前が真っ白に染まった。いや、真っ白が迫ってきた?

 

 

「んぶふッ」

 

「ヴァウッ!?」

 

 

 突然のことに対応出来ず、飛び込んできたそれに身を委ねて思い切り後頭部から地面とキスを交わす。

 マジの本気で痛い。キャンサーは殺せても後頭部は鍛えらんねェんだわ……

 

 

「どーいーて!!いーたーい!!」

 

「ヴァウゥ……」

 

「ビャッコ!?大丈夫!?」

 

 

 むむっ、聞き覚えのある声。

 私の上にのしかかって来たその重いものを無理やりどけて……っておい虎じゃねぇか!!何で基地内に虎がいんだよ、警備はどうなってんだ警備は!?……なんて冗談はさておき、ターゲットの前へ飛び出る。

 

 

「えりか、みーつけた」

 

「真琴さん?何か御用ですか?」

 

 

 えりかはキョトンとした顔で私をみつめている。

 

 

「大した用事じゃないよ。ただ……大丈夫なのか心配になっただけ」

 

「もしかして、部隊長の件ですか?」

 

「いぇす」

 

 

 そう返すと、えりかは少し笑いながらこう続ける。

 

 

「蒼井なら大丈夫です!不安もないとは言えませんが……それでも、蒼井なりに頑張ってみます!」

 

 

 太陽みたいに眩しい笑顔。胸の奥が暖かくなるのを感じる。

 相変わらずこっちまでニヤニヤしちゃいそうな可愛い笑顔だこと。

 ……ここまで笑えるようになってるんだし、私がそこまで心配する必要はないかもね。えりかは強いんだし。

 

 

「……そっか、それならいーや」

 

「もう行っちゃうんですか?」

 

 

 大丈夫なんだって確認出来たしもういいや。

 それに、本当に危なくなった時は私が助けてあげればいいだけだもんね。

 

 

「うん。用事はそれだけだから」

 

「そうですか……ではまた」

 

「ヴァウ!!」

 

 

 帰って寝ようなんて考えてたら、後ろから虎に止められた。

 全くノータッチだったけどこの子がビャッコか。確かにビャッコって見た目してるわ。白いし。

 

 

「どうしたー、私のペットにでもなりたいかー?」

 

「ヴァゥゥ」

 

「ビャッコ、有馬さんと遊びたいみたいですよ?」

 

 

 えっ、この子ビャッコがなんて言ってるか分かるの?ハイパーサイメシアの他にそんな能力があったなんて……

 とか考えてるうちにビャッコに引き摺られていく。流石虎、パワーで勝てる気しないわ。

 

 

「……しょうがないなあ」

 

 

 そんなことを口にする私の口元は、無意識のうちに緩んでいた。気がする。

 

 

 

 ---

 

 

 

 結局蒼井とビャッコと共に時間を過ごした有馬は、夜になってから再びナービィ広場へとやってきていた。

 その手に握られているのはセラフ……ではなく、ただの日本刀。

 

 

「風がきもちーね……」

 

 

 少し冷たい風が草木と有馬の頬を撫でる。

 そしてゆっくりと鞘から刀身を抜き放ち、慣れた手つきで振るう。

 風を斬る音だけがその場に木霊する。有馬の他にも広場に来ている者達はいたが、舞のような美しさを魅せる有馬に目も言葉も奪われていた。

 

 

「精が出ますね、有馬さん」

 

「シッ!!」

 

 

 そんな有馬に突如声をかけた者がいた。

 何を思ったか、有馬はその声の正体に向かって躊躇なく刀を振るう。

 直後に響いたのは刀が肉を裂く音ではなく、金属同士がぶつかり合った時のような甲高い音だった。

 

 

「危ない危ない……私じゃなかったらどうするんです?」

 

「獲物を振るえる相手の声くらい判別つけてるよ、小笠原ちゃん」

 

 

 小笠原 緋雨。

 白河が部隊長を務める30G部隊の1人である。

 自ら天才剣士を名乗っているが、実際に"天真緋伝小笠一刀流"という流派を扱う手練である。

 もっとも、何故かセラフはハンドガンのような形状であるためそれがキャンサーとの戦いでそれが活かされることはなかったが。

 

 

「小笠原ちゃんも刀振りに来たの?」

 

「ええ。私は有馬さんと違ってセラフが銃なので」

 

「どんまーい!」

 

「斬り捨てますよッ!?」

 

 

 自嘲気味に呟く小笠原に対して隠すことなく堂々と煽る有馬。これには小笠原も抜刀寸前である。

 大袈裟なくらいの深呼吸をして落ち着いた小笠原も刀を構え、自在に振るい始める。

 

 

「小笠原ちゃんの流派は一刀流に重きを置いてるんだよね」

 

「ええ。そういえば有馬さんは何という流派なんですか?」

 

「"有馬無形御剣流"、だったかな?小笠原ちゃんと違って綺麗な流派では無いよ」

 

 

 有馬無形御剣流。その名の通り明確な形のない剣術である。

 基本は一刀流で立ち回るが、月城と蔵の2人と模擬戦をした時に見せたように鞘を二刀目に見立てて操ったり、必要とあらば刀を投げて攻撃すらする流派である。有馬が得意としているのは基本に忠実な一刀流ではあるが。

 

 

「ご謙遜を。そんなことを言ったら私の流派なんて殺しの為に生み出された決して綺麗とは言えないものですよ」

 

「それはもはや由来の話じゃん?まあそれで言ったら私の方は綺麗なのかな?人々を守るために編み出された流派とか言ってた気がするし」

 

(それなのに何も守れなかったのは何処の誰だかね)

 

 

 頭に浮かびあがった自信に満ちた誰かに対してそう吐き捨て、有馬は刀を握る力を強める。

 そこにはいない誰かを斬り刻むつもりで放たれたその斬撃からは殺気がこれでもかと溢れており、観客は勿論、共に刀を振っていた小笠原まで圧倒される。

 

 

「有馬さん?どうかしましたか?」

 

「……なんでもないよん。そんなことよりさ、少し手合わせしない?模擬刀持ってくるからさ」

 

「模擬刀なんてあるんですか?」

 

「あの子なら普通に揃えてそうだし大丈夫でしょ、ちょっと待っててちょ」

 

 

 そう言って有馬は走る。といってもそんな大した距離では無いが。

 向かった先は広場の近くに存在するショップ。そこを切り盛りしている店員は基地内の全員から信頼を置かれるほどの腕である。

 

 

「いらっしゃいましたーお客様でーす」

 

「いらっしゃいませ♪」

 

「佐月、1番いい模擬刀を頼む」

 

「これでどうでしょうか?」

 

「最高だぜベイベー、釣りは取っときな」

 

「GP支払いに釣りなんて存在しないぞ馬鹿野郎♪またお越しください♪」

 

 

 可愛らしい容姿とは裏腹に粗暴な言動が混じるのは、佐月が兄が2人いる環境で育ったかららしい。明るい口調でナチュラルに吐き捨てられる言葉に初見は度肝を抜かれるが、既に長い付き合いである有馬にとっては普通の会話と変わらないようだ。

 

 

 傍から見たら何とも珍妙なやり取りを経て模擬刀を手に入れた有馬は再びダッシュで広場へと戻る。

 すると、先程よりギャラリーが増えていることに気付く。

 

 

「なんか増えてない?」

 

「誰かがあの一瞬で話を広めたみたいです」

 

 

 有馬が周りを見渡すと、小笠原を除く30Gの面々を始め何人かセラフ部隊の者も混じっていることに気がついた。

 その中から1人に目星をつけ、急に指差しで呼び出す。

 

 

「そこの静かそうな子、審判してくれない?」

 

「……?」

 

「そうそう、君だよ」

 

 

 呼び出されたのは、夏目 祈という31Fの隊員だった。

 何故有馬が夏目を指名したのか。それは、夏目の佇まいに自分達と同じ剣士のそれを感じたからである。

 実際有馬の読みは当たっており、夏目もまた脈々と続く剣術を受け継ぐ者の1人だった。

 

 

「ルールは特にないけど、まあ寸止めにしとこうか」

 

「私達が本気で打ち合ったら1ヶ月は痕が残りますからね」

 

 

 夏目はこくりと頷いて広場の真ん中に聳える大きな木の下へ移動する。

 有馬と小笠原は互いに距離を取る。有馬は鞘に納めたまま、小笠原は下段にそれぞれ構えた。

 

 

 その場に沈黙が流れる。時代劇のワンシーンのようなその光景に、ギャラリーは総じて魅入っていた。

 今か今かと待ち侘びていると、突如突風が吹き荒れる。

 その瞬間、小笠原が動いた。

 刀を地面スレスレに構えたまま走り出し、一瞬にして有馬との距離を詰める。

 

 

 振り上げられた刀。それに対して有馬は鞘から僅かにだけ刀身を抜いて受け止める。

 セラフ部隊として鍛錬を詰んでいる者達はギリギリ見えたが、そうでない一般隊員達は目で追うことが出来なかった。

 

 

 刀を合わせた状態から先に動いたのは有馬。バックステップで人間3人程度の間合いをとり、それとほぼ同時に抜いた刀を上から振り下ろす。

 刹那のうちに放たれた攻撃。常人ならば既に打ち倒されているだろう。

 しかしこの小笠原は違った。まさに神速とも呼べるその振り下ろしに対し、刀の腹を弾くようにして攻撃をいなした。

 

 

「流石だねえ」

 

「そちらこそ」

 

 

 再び睨み合いが始まる。が、それが破られるのは案外すぐのことだった。

 2人は全く同じタイミングで踏み込んで刀を振り回す。閃光のような打ち合いにはとうとうセラフ隊員達も置いていかれ始める。

 

 

 互いに一歩も譲らずに刀を振るい続けると、次第に火花が散り始める。甲高い音ともに夜の闇の中に輝く光が本人達、ギャラリー達を問わず心を滾らせる。

 

 

 一際大きな音がなった瞬間、2人は互いの力に弾き飛ばされるように後方へと跳んだ。

 

「逃がさないよ」

 

 

直後、有馬は刀を弓のように引いたと思ったら小笠原に向かって飛びかかり、引き絞った刀を思い切り突き出す。

完全に不意を着いた一撃だったが、小笠原はそれを紙一重で回避する。

 

 

「ガラ空きです!」

 

 

無防備に晒された有馬の脇腹を狙う小笠原。

しかし有馬は前に体重が乗った状態から身体を捻り、その勢いだけで身体を回転。数度地面で身体をバウンドさせて回転を殺して立ち上がる。

 

 

 時間にして3分にも満たない程度のやり取りだったが、2人の息は既に絶え絶えと言った様子だった。

 

 

「そろそろ3分なので……次の一撃で終わらせます」

 

「その設定まだ継続してるの?」

 

 

 そう言って小笠原は刀を納め、抜刀術の構えをとる。

 ちなみに3分しか戦えないというのは、小笠原が天才剣士という設定に準拠して勝手に言ってるだけなのでそれ以上戦うと爆発したりする訳では無い。

 

 

 それに触発された有馬もまた納刀、同じく抜刀術に備える。

 

 

「抜刀術同士のぶつかり合いで決着か、熱盛じゃん」

 

「あつ……もり?何だかよく分かりませんが、私が最も得意な技です。覚悟した方が良いですよ」

 

「生憎、私の十八番もそれなの」

 

 

 そのやり取りを最後に2人は再び口を結ぶ。

 三度その場は静寂と緊張感に包まれる。

 2人の様子は一触即発。何かのキッカケがあればすぐにでも刀を抜き、一太刀で相手を切り捨ててしまいそうな雰囲気だ。

 

 

 何が起爆剤となったのは分からない。ふとした瞬間に2人は同時に姿を消した。あまりの重い踏み込みで地が揺れた気がした。

 そしてその後、広場の中央から周囲に向かって暴風が吹き荒れる。

 あまりの勢いに顔を守るように覆った観衆達は、風が止まってすぐにその発生源へ視線を向ける。

 

 

 そこにあったのは互いに首と腹を捉えている2人の姿だった。

 

 

「……引き分け」

 

「……っはー、さすが天才剣士は伊達じゃないね」

 

 

 夏目のそう審判を告げると、有馬はそう言って刀を納め、おもむろに広場の外へと歩き始めた。

 

 

「疲れたからお風呂入って寝るとするよ。模擬刀のGPは後で請求するね〜」

 

 

 手をヒラヒラと振りながら有馬はその場を去った。

 ギャラリー達も散り始めた中、一人立ちつくす小笠原に30Gの桐生が歩み寄る。

 

 

「小笠原さん?帰らないのですか?」

 

「……引き分けじゃない」

 

「え?」

 

「あの瞬間、有馬さんは私の首筋にそっと触れたんです」

 

 

 ようやく刀を納め、桐生にそう語り始める小笠原。

 

 

「でも、小笠原さんも有馬さんのお腹を捉えていましたよね?本当の斬り合いだったら相打ちなのでは?」

 

「いいえ、違います」

 

 

 小笠原はそう断言する。

 他の者から見たら見事な引き分けだったが、当事者である小笠原だけは本当の結果をその身を持って知っていた。

 

 

「有馬さんはあの抜刀の勢いを一瞬で殺し、そっと私の首筋に刀を添えたんです。これがどういうことか分かりますか?」

 

「……いいえ、私には分かりません」

 

「本来なら寸止めですら難しいはずなんです。あの勢いを殺しきるのはいかに優れた剣士と言えど至難の業です。互いに接近し合っているので尚更」

 

「というと?」

 

「有馬さんは私が腹部に刀を振り終えるまでに、抜刀、勢いを殺す、撫でるように身体に触れる、刀を離し相打ちを演出する、という一連の流れを終えているんです。もし本当の殺し合いなら…間違いなく私は死んでいました」

 

 

 小笠原は去りゆく有馬の背中を見つめる。

 

 

「あの方は天才という枠組みには収まりきりません……あえて形容するなら、そうですね……」

 

 

 少しの間考え込み、こう口にする。

 

 

「ヤベー奴。でしょうかね」




SSスタイルで「抜刀!!」なんて言ってるくらいだし、緋雨っちはきっと実際の剣術でも抜刀術が得意なはず。多分。


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ヤベー奴、労働する

いっちーのイベスト最高でしたね


 

 

「起床!!圧倒的起床!!」

 

 

 自室のベッドから飛び跳ねるようにして起きる有馬。今日もヤベー奴が野に放たれた。

 

 

「あら、今日は早いのね」

 

「なんでナチュラルにおんねん」

 

「言ったでしょう、今日は午前中に31Bの指導にあたってもらうのよ」

 

「そういえばそんなこと言ってたね」

 

「ちなみに起きなければまたパジャマ出勤させてたわ」

 

 

 この前のことである。31Aとの訓練のために呼び出されていた有馬だったが、堂々と二度寝。

 どうせそんなことだろうと思っていた手塚はマスターキーにて有馬の部屋に侵入、スヤスヤと寝ている有馬の首根っこを掴み、パジャマのままアリーナへ連れていったというのが事の顛末である。

 

 

 最終的に有馬はパジャマのまま31Aと模擬戦、結果として圧勝という結果を叩き出した。

 なお、少々お高めのパジャマのまま訓練に臨んだためにパジャマが破損。部隊長である茅森が代表して弁償させられたという。

 まだここに来たばかりでGPが乏しい茅森は、佐月のショップの前で絶叫したらしい。

 

 

「また後輩に弁償させれば出費ゼロだし、別にいーけどね」

 

「鬼か」

 

「悪魔ですが何か?」

 

 

 そんな軽口を叩きながら有馬は制服に着替える。

 シャツに赤のネクタイ、黒を基調としたブレザーを羽織り、下は白のスカート。

 今はどの部隊のものでもない制服に身を包み、有馬はアリーナへと向かった。

 

 

「んー、いい天気」

 

「お、有馬か。ちょうどいいところに」

 

「浅見教官?どったの?」

 

 

 宿舎を出たところで有馬に話しかけたのは、浅見という司令部の人間の1人。主に座学指導を担当している。

 駆け出しの頃の有馬を知る数少ない人間である。

 

 

「実は至急討伐して欲しいキャンサーが現れてな」

 

「えー?これから後輩の指導行かないとなんだけど」

 

「それが終わってからで構わん。場所は池袋の地下貯水池だ」

 

「あのあのあの、行くって言ってないっす」

 

「対象はレベル1のアイボリースクーパーだ。お前なら1人でも何とかなりそうだが勿論複数で行っても問題ないからな、頼んだぞ!」

 

「私の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 その嘆きは浅見には届かなかった。

 有馬は、かの邪智暴虐の司令部を除かなければならぬと決意した。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「おるァ!!先輩様が来てやったぞォ!!」

 

「ひぃ!?」

 

 

 アリーナの扉を蹴破るようにして入ってきた有馬。

 その近くにいた眼帯をつけた少女が短い悲鳴を上げながら奥へと走って逃げて行った。

 

 

「制裁」

 

「あはん」

 

 

 それを後ろから見ていた手塚に鉄拳を打ち込まれる。

 蹲って頭を抑える有馬を他所に、手塚は既に集まっていた31Bの面々に話を始める。

 

 

「──という訳で、今後彼女と関わる機会が多くなるから覚えておくように。有馬さん、蹲ってないで自己紹介を」

 

「どうも、大魔王です。よろしくお願いします」

 

 

 再び拳が放たれた。

 

 

「有馬 真琴でしゅ……よろしくお願いします……ごふぇ」

 

「この先輩、色々と大丈夫なのか?」

 

「不安だにゃ」

 

 

 偉大なる先輩?の醜態を目の当たりにし、早速雲行きを疑う31Bの面々。

 有馬の実力を唯一把握している蒼井だけはそんな目線を向けることは無かった。どうしちゃったんだろう、といった疑問は抱かれたが。

 

 

「んで司令官?また31Aみたいにボコボコにすればいいの?」

 

「いいえ。今回はエミュレータとの戦いを見ながら色々教えてあげてちょうだい」

 

「実際にやりあった方が掴めるものも多いんだけどなー」

 

「あの後31Aの子達から苦情が殺到したのよ」

 

 

 もっともである。

 いかに優れているAの名を冠する者達でも、初っ端からこんなヤベー奴をぶつけられたらそれは発狂物だ。

 部隊長である茅森だけはその括りに当てはまらなかったようだが。

 

 

「最近の若いモンは……まあいいや」

 

 

 お前も若いだろ、とツッコミを入れたくなった手塚だったが、それをグッと堪えて七海にエミュレータの起動を指示する。

 近未来的な音が響き、アリーナ内部の色が危うさを感じさせる赤っぽい色に染まると、仮想的に創り出されたキャンサーが姿を現す。

 

 

「さて、お手並み拝見といこーか」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「オラオラオラァ!!こんなもんかよ!?」

 

 

 水瀬 いちご。扱うセラフはマグナム状。

 やけに狙いが正確だ、と思ったらどうやら前職は殺し屋だったらしい。

 リアルの殺し屋は初めて見たけど、そんな子もここで戦力として大切にされるからね。

 気性は荒いように見えるけど、実は冷静沈着だったりする。死角からの攻撃にもしっかり対応出来てるね。

 

 

「すももを殺ろうなんて甘いのにゃ」

 

 

 水瀬 すもも。セラフは剣、というより鉈かな。

 先程のいちごとは姉妹のようで、こっちが妹らしい。

 やはり暗殺者からの転身だからか身のこなしが軽やかだ。流れるようなセラフ裁きで次々とキャンサーを無力化している。

 やはりいちごとの連携がピカイチだね。さすが殺し屋姉妹。

 

 

「ふむ……まだ改善の余地があるな」

 

 

 樋口 聖華。セラフは……重砲?なんかよく分かんない形してるね。

 セラフの研究をしてるからか扱いが抜群に上手いね。本人は納得いってないのか首を捻っているけど。

 高火力かつ超射程。作戦時に重宝しそうな性能してる上に実は味方の強化も出来るらしい。自分のセラフだから改造でもしてんのかな?

 

 

「よっと……ふう、危なかった」

 

 

 柊木 梢。鎌のセラフだね。

 おどおどした感じだったけど、いざ戦わせたら筋はなかなか悪くないね。

 時たま何か呟いては急所を的確に抉ってるけど、もしかして何かが見えてたりするのかな?

 いかにもな眼帯つけてるし、よく見たら周りに青い人玉が……浮いてるかもしれない。

 

 

「ヴァゥゥ!!」

 

 

 ビャッコ。背中に取り付けるタイプのセラフかな?攻撃の際に鎖みたいなのが伸びてるね。

 野生の力は流石と言うべきか、人間に出来ない俊敏かつ力強い動きが特徴的だ。

 もしビャッコみたいなのが増えたら……私達人間の出る幕はあるのかな?まあそんな簡単なことじゃないのはビャッコの存在が何より物語ってるけど。

 

 

「えいっ!」

 

 

 蒼井 えりか。短剣が連なったような形のセラフ。この形状は飛び道具にも盾にもなりうるから見た目に反して汎用性が高い。

 29Aの部隊長だったこともあって動きが他の子達とは段違い。常に理論値を叩き出してる感じだ。あくまで単体では。

 一言で言ってしまえばクッソ強い。えりか自体がサポート特化の立ち回りをしているのもあって明確なことは分からないけど、純粋な力の序列で表すなら私と月城の後ろに続いてきてもおかしくないくらいだ。ユイナや蔵といった30Gの面々に匹敵するくらいかな。

 

 

 けど、表情に余裕が無い。

 久しぶりの表舞台だから?それもあると思う。

 やっぱり、昔のことを引きずってある節があるんだろうね。それが重い枷となっている。

 

 

「どうかしら、彼女らは」

 

「良いと思うよ。単体で見るなら今の31Aよりもやるかもね。まああっちの武器はたかが数日の間で芽生え始めている連携意識だけどさ」

 

 

 連携の面に関しては31Aがちょっとおかしいくらいかな。だって私とやった時はまだ部隊組んで2日とかそんなもんでしょ?それであんなに部隊として立ち回れるのは凄いと言わざるをえないよ。部隊長……茅森の人を引き込む力がなせる技かな?

 

 

「後輩ちゃん達の成長、ちょっと楽しみかも」

 

「貴女が強化委員としての仕事をちゃんとしてくれてることに私は今感動してるわよ」

 

「言ったでしょ。司令官には色々恩があるからね」

 

 

 自分でも結構な無茶突きつけてきた自信はあるからね。ここら辺で還元しとかないと不届き者として地獄に落とされちゃいそうだし。

 少しでもこの軍に強い子が増えるなら私としては大歓迎だよ。

 

 

 後々、私に着いてこれるような子が出てきてくれると嬉しいんだけどね。

 生半可なレベルとは一緒に動きたくないし。

 

 

「今日はこんなもんでいいかなー、また改めて扱いてあげる」

 

「まあいいわ。あくまで暫くは31世代の動きを見てもらうのが目的だから。浅見からの頼まれごともあるでしょう?」

 

「ホントだよなんで私にここまで働かせるのさ少し前までニートみたいなもんだったんだよ私はそれなのに急にこんなに動いたら過労死するとか考えないのかないや考えろ考えてる考えてくださいお願いします」

 

「貴女に要求された無茶、今から書き出してみようかしら」

 

「クソお世話になってます」

 

 

 流石大人やることが汚い。いたいけな少女をもう少し優しく扱えないもんかね?扱う気がないからこんなことになってるのか。まず前提として軍隊だったわここ。

 

 

「はー、まあいいや。そろそろ他人と連携するってこと思い出さないとだし。適当に誰か連れて行ってくるよ」

 

「任せたわ」

 

 

 えりか達が訓練してるのを横目に私はアリーナを去る。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 1時間後。有馬はヘリポート前にいた。

 待つこと数分、待っていた姿が複数視界に入る。

 

 

「少々遅れたか?」

 

「いーや、そんなに待ってないよ。急な呼び出しだったのに来てくれてありがとね、30Gの皆様方」

 

 

 その待ち人達というのは30Gの面々であった。

 司令部より別のキャンサーの討伐を命じられている月城と蔵を除いた4名が、部隊長である白河を筆頭にヘリポートへとやってきた。

 

 

「白河さんの召集命令を受けて来ましたけど……まさか有馬さんと組んでキャンサー討伐とは驚きでしたわ」

 

「まあ今まで同じ現場にいてもスルーしてたからね」

 

「それで生き残っているんだから恐ろしいものですわ」

 

 

 そんな第一声を放ったのは菅原 千恵。ロリータファッションに異常な固執を見せる少女である。

 ちなみに1度有馬にロリータを着させようと襲いかかったが、見事なまでの返り討ちにあっている。

 

 

「流石は月城さんと並んでセラフ部隊最強と呼ばれるお方ですね。ところで、有馬さん」

 

「何かね桐生ちゃん」

 

「日本伝統文化保存同好会に……」

 

「だが断る」

 

 

 続いて話しかけたのは桐生 美也。和装に身を包みお面を被るThe・和風の隊員だ。

 刀を扱うという見方によっては和の塊のような有馬に対して度々こうして勧誘を行っているが、興味のない有馬は全て一刀両断している。

 それでも折れずに会う度毎回のように勧誘しているのは、本人の日本文化への愛ゆえと言える。

 

 

「天才剣士である私を下す実力者ですから、当然です」

 

「ありゃ、前のバレてた?」

 

「勿論バレますよ。屈辱で切腹しようか迷ったくらいです」

 

「死に武士道を見出さないでね」

 

 

 小笠原 緋雨。先日有馬との立ち会いの中で観衆に対しては引き分けを演出されつつも敗北に追いやられた天才剣士。

 ちなみにセラフは銃型である。哀れなり。

 

 

「ふふ、お喋りは任務の後にでもして出発しようか」

 

「そうだね、さっさと終わらせるよー」

 

 

 そうして5人はヘリに乗り込み、目的のキャンサーがいるという池袋へと向かう。

 その中で有馬は白河に話し掛けられる。

 

 

「有馬。今回の討伐対象は有馬単独でも討伐可能だと思ったのだが、私達を誘ったのは何故だ?」

 

「ほら、最近後輩ちゃん達が入ってきたし、私は何か変な役職に置かれたじゃん?」

 

「セラフ部隊強化委員、か」

 

「そーそー。これをきっかけに誰かと任務に向かうことが多くなるだろうし、人と動く感覚を戻しておこうと思って」

 

「なるほどな。有馬なりに色々考えているみたいで安心したよ」

 

「もっと褒めていいよ」

 

 

 そんな軽口を叩いていると、基地からそこまで距離が離れていないということもあり数十分程度で目的地へと到着した。

 支援隊員から地下貯水池の地図と任務概要の説明を受け、5名の即席部隊は薄暗い地下の中へと足を踏み入れる。

 

 

「暗いしジメジメしますね」

 

「気持ち悪いですわ……早く終わらせて帰るとしましょう」

 

「キャンサー討伐RTA、はっじまるよー」

 

「白河部隊長、陣形はどうしましょう」

 

「そうだな……遠距離型の小笠原、桐生が前方、奇襲に対応可能な菅原が後方警戒。私と有馬は状況に応じて前衛に出よう」

 

 

 現部隊長の中で最も経験豊富である白河の指示は的確かつ迅速だった。

 受け取った地図と伝えられた状況、そして自分の目で得た情報を元に即座に陣形を組んだ。

 

 

 目標のキャンサーがどの階層に潜んでいるかまでは把握出来ていない。それを考慮した上でどんな状況にも対応出来うる陣形で進んでいく。

 

 

「1時方向から小型2体、来ます!」

 

「8時方向からも3体来ますわ!」

 

「一気に5体か……有馬、私は前を担当する。後ろは頼めるか?」

 

「あったりまえだのクラッカーよ」

 

 

 接敵が早かったのは後ろの3体だった。

 先手を打たれる前に菅原がセラフから光弾を放ち、全速力で突撃してくるキャンサーの勢いを止める。

 

 

「よっし、やるよ菅原」

 

「支援はお任せあれですわ」

 

 

 有馬が最初に標的にしたのは先頭のキャンサー。

 最も早く菅原の迎撃を受けたため体勢を建て直してくるのも早かったそのキャンサーは、次の攻撃態勢に入っていた。

 だからこそ有馬はそのキャンサーを真っ先に狙う。

 

 

「先手必勝ゥ!」

 

 

 閃光のような横一文字が煌めく。

 その次の瞬間にはキャンサーは真っ二つになっており、ずるりと上下に分かれたと思ったら砕けて消えた。

 

 

 1体目撃破直後、残りの2体は同時に有馬に飛びかかる。

 やろうと思えば有馬ならそのままカウンターを仕掛けられた。だがそこで有馬がとった行動は後方への回避。

 それだけではキャンサーの射程からは逃れられない。しかし、攻撃が有馬に届くことは無い。

 

 

「わたくしを忘れないでくださいな!」

 

「ナイスパリィ菅っち」

 

「す、菅っち!?」

 

 

 セラフを広めに展開した菅原が入れ替わるように前に躍り出てキャンサー達の攻撃を弾く。

 勢い付いていた分大きく仰け反ったその隙を有馬は見逃さない。

 キャンサーの体長よりも大きく飛び、天井に足を付ける。

 その直後、力強い踏み込みによって弾丸のようにキャンサーへと落ちていく有馬はすれ違いざまに5回斬る。

 

 

「右よろしく」

 

「了解ですわ!」

 

 

 その攻撃で完全に外殻は破壊された。

 有馬はそのうち片方に狙いをつけ、もう片方は菅原に委ねる。

 片方は斬り伏せられ、もう片方は光弾に撃ち抜かれる。ほぼ同時に何かが割れる音が響いた。

 

 

「お疲れちゃん」

 

「ええ。ところで、先程の菅っちというのは……?」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ」

 

 

 戦いの中で飛び出した慣れない呼び方に対して菅原は説明を求めるが、有馬はそれとなく流す。

 そういえば前方もキャンサー来てたけどどうなったんだと思い振り返るが、特に苦戦した様子もなくキャンサーを殲滅し終えた3人がこちらに歩いてきていた。

 

 

「問題なさそうだな」

 

「そっちもね」

 

 

 短くやり取りを終えて奥地へと進んでいく。

 キャンサーだけでなく虫やネズミが出て悲鳴をあげる菅原や、思いっきり側溝に脚を突っ込む天才剣士に振り回されながらも一向は順調に探索を進めて行った。

 

 

 しかし、30分程進んだが例のキャンサー……アイボリースクーパーは一向に見つからなかった。

 接敵するキャンサーは歴戦の猛者である彼女らにとって雑魚に等しいもののみ。

 

 

「アイちゃん、どこー?」

 

「アイちゃんって……キャンサーですよね?」

 

「うん。アイボリースクーパーだからアイちゃん」

 

「愛着湧いて倒せなくなるとかやめてくださいね」

 

「キャンサーは皆殺しだからへーき」

 

 

 敵であるキャンサーをまさかの愛称で呼び始めたことに対し小笠原が思わずツッコミを入れる。

 そんな光景を微笑みながら眺めていた白河だったが、急にその表情を険しいものにした。

 

 

「総員警戒!」

 

 

 部隊長からの命令を受けて全員が意識を切り替える。

 すると、急に地面が大きく揺れる。立っていられない程ではないが、それはだんだん強さを増している。

 有馬は意識を研ぎ澄ませ、音の出処を探る。1人で行動していたことから索敵スキルも高い水準であったため、その出処を特定するのにそう時間はかからなかった。

 

 

「……真下だね。距離にして10m」

 

「真下か。ならば待避だ!」

 

 

 有馬の報告と白河の指示が飛んだ、その瞬間だった。

 地面が急に裂けて隆起する。為す術なく高く打ち上げられたが、全員デフレクタを消費しての瞬間移動で再び地に足を着ける。

 

 

 土埃を巻き上げながら登場したのは、大小様々な脚と白い巨体を誇るキャンサー。蜘蛛と百足を足して2で割ったような風貌だ。

 そして全員即座に理解する。資料にあった写真と見た目が一致している。即ち──

 

 

「──目標発見!戦闘体勢!」

 

 

 全員一斉にセラフを構える。

 アイボリースクーパーはギシギシと音を立てながら走り回り、有馬達を補足するや否や凄まじい速さで突進を仕掛ける。

 

 

「皆さんわたくしの後ろに!」

 

 

 菅原が前に飛び出し、セラフを展開してその突進を受け止める。

 質量と速度によって生み出される力はかなりのもので、いかに受けに特化した菅原と言えど少し押し込まれる。

 だが、直撃は避けられた。

 菅原が攻撃を受け止めたのを確認してすぐ、右から有馬が、左から白河が飛び出て攻撃を仕掛ける。

 

 

 走りながら横に裂く有馬と飛び上がって斬り下ろす白河によって十文字の斬撃が放たれるが、アイボリースクーパーの外殻にはさほどダメージとして残らなかった。

 

 

「硬いね」

 

 

 思わず有馬もそう漏らす。

 そう、いくらレベル1といえどアイボリースクーパーは大型キャンサーである。

 しかも突進によって地面を削り、上の階層に飛び出すほどの硬さを誇っている。ただの斬撃では大したダメージにならないのは当然だった。

 

 

(この手のキャンサーは重めの一撃で外殻を叩き割るしかない。けど残念ながら私達はそこまで重さ重視の攻撃手段はない。ちょっと疲れるけど手数で押し切るしかないね)

 

 

「一点集中で外殻を削る!サポートお願い!」

 

「お任せ下さい!小笠原さん!」

 

「ええ!やりますよ!」

 

 

 有馬は鞘を左手に構え、弾丸のように飛び出して行った。

 対するアイボリースクーパーは器用に後ろ脚を軸に身体を起こし、その質量で有馬を押し潰そうとする。

 が、有馬はアイボリースクーパーの下に入る前に高く飛び、顔面に向かって擬似的な二刀流を振り下ろす。

 先程よりは深く入ったが、やはりそれだけでは外殻破壊には程遠い。

 特に怯む様子もないアイボリースクーパーは、無防備な有馬に対してそのまま頭突きを仕掛けようとする。

 

 

「させませんわ!」

 

 

 すると、菅原がセラフの特性を活かして後ろ足に突進するような形で攻撃する。

 その質量を後ろ足だけで支えるのがかなりギリギリだったアイボリースクーパーはバランスを崩し、有馬への頭突きは不発に終わる。

 

 

「今だ!」

 

 

 白河の号令で2つの銃撃が放たれる。

 まず桐生が放った1発は対象の苦手とする攻撃を通りやすくする、いわば脆弱性を増幅させる特性をもったもの。アイボリースクーパーについて言うと重い打撃寄りの攻撃だ。

 そして小笠原が放ったのは、1部のセラフが持つ"属性"の中でも特質な2種類、光と闇の耐性を引き下げるものだった。

 有馬が振るうのは、そのうち片方の闇の力を孕んだ重い連撃。

 

 

「とりあえず、その鎧脱いじゃおうか」

 

 

 刀を振るう、鞘を振るう。

 鋭い斬撃音と鈍い打撃音が交互に鳴り響く。禍々しさを感じるエネルギーを撒き散らしながら斬撃と打撃が何度も、何度も放たれる。

 しかもそれら全てが桐生と小笠原がダメージを与えた箇所に的確に打ち込まれる。

 

 

 そして最後に、刀を大きく引き絞り傷が着いた箇所に突き刺す。

 そこを起点にアイボリースクーパーの全身に亀裂が広がり、ガラスが砕けるように外殻が砕け散った。

 

 

「上手に脱げました。……じゃ、後はよろしく」

 

「ああ、任された」

 

 

 巨体を足場にして思い切り後ろに飛ぶと、それと入れ替わるようにして白河が前線に飛び出る。

 高く掲げられた剣。そこから立ち上るようにして純白の聖なるエネルギーが解放される。

 薄暗い地下を聖なる輝きが包み込む。

 

 

「終わりだ」

 

 

 気炎万丈の一撃が振り下ろされる。

 その光に平伏せぬ者はいない。その御業の前に為す術なくキャンサーは真っ二つにされた。

 その場に満ちた光に視界を支配された他の者が目を開けた時には、既に巨体を誇るキャンサーの姿はなかった。

 

 

「ナイスズバシャーン」

 

「有馬も。流石だ」

 

 

 ハイタッチで白河は迎えられる。

 通信で司令部に報告を済ませると、撤退の指示が下された。

 

 

「わたくし、ほとんど何もしていませんわ」

 

「そう僻むな。菅原が最初の一撃を防いでくれたこそだ」

 

「そうそう。ありがとね菅っち」

 

「菅っち言うな!!」

 

 

 有馬が白河に同調すると、機嫌を損ねた犬のように菅原は憤慨する。

 それを面白がった有馬は菅っち菅っちと連呼する。菅原はより一層キレる。

 そんな光景を見て笑う桐生に小笠原。そして白河は1歩離れたところからそれを見守る。

 

 

(ふふ、有馬が積極的に他者と関わるようになったのは嬉しいものだな)

 

 

 何を隠そう、白河も有馬を陰で心配していた者の1人だ。

 月城や蒼井程の付き合いの長さではないが、30期生である白河もそれなりの交流がある。

 

 

『……月城、彼女は?』

 

『あいつは有馬。"あの悲劇"以来軍の中で恐れられることが増えたが……根は良いヤツなんだ』

 

(願わくば、有馬の未来がこのまま良いものとなりますよう)

 

 

 何かが良い方向に傾き始めているのを白河は確かに感じていた。

 

 

「さ!帰って宴だよ!」

 

「どこの麦わら帽子ですか?」

 

 

 帰路に着く彼女らの足取りは軽やかだった。




セラフから火とか雷とか冷気だったり、光とか闇が出るのは一体どういう原理…?
デフレクタとかいう謎パワーがあるし、きっとセラフが発する特殊エネルギーがなんかですかね。きっと身体能力を強化する効果もあったりするはず。
デフレクタを回復させたり味方を強化するのもきっと同じこと…多分。

この小説、どう終わらせようか…


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ヤベー奴、世界征服を目指す

ハーフアニバーサリーイベント、最初から最後まで興奮しっぱなしでした
現地行きたかったなあ…



 

 

 ある昼下がり。カフェテリアというオシャレ空間のど真ん中で似つかわしくないものを食べる2人がいた。

 山のように盛られた野菜を噛み砕き、麺を啜り、スープを飲み、また麺を啜る。

 辺りに漂うのはにんにくのパンチの効いた匂い。パスタやサンドイッチといったThe・lunchと言った具合の昼食をとっている周囲の者は、その光景に異様さを覚える。

 

 

「っしゃァ完食ゥ!!」

 

「ちくしょー、ミリ差で負けちまった」

 

 

 丼ごと持ち上げてスープを飲み干し、豪快にテーブルへと叩き付ける。そのフードファイターの名は有馬 真琴。言わずと知れたヤべー奴である。

 そしてそんな女と共に通称"五十六郎ラーメン"を平らげたのは茅森 月歌。新進気鋭の部隊長だ。

 

 

「よし、行くよ月歌」

 

「行くって、どこに?」

 

「ランニング」

 

「お腹タプタプだよ!?色々撒き散らすよ!?」

 

 

 それもそのはず、五十六郎ラーメンの重量はなんと1kg。女子高生くらいの年齢層である彼女らには本来重すぎる量だ。

 そんなものをスープすら残さず食べきった上でランニングなどしたらどうなるだろうか?

 答えは単純明快、リバースである。マーライオンもびっくりな勢いでにんにく臭がする滝を周囲に見せつけてくれるだろう。

 

 

「えー?昨日こんなこと言ってきたの誰よ?」

 

『あたしを鍛えてくれ!このとーり!』

 

「言ったけどさあ!その結果マーライオンになっちゃったらどうするのさ!」

 

「腹の中に再収容」

 

「やめて!?」

 

 

 時は昨日に遡る。

 夜のベンチで涼む有馬の元にやってきた茅森は、自分を強くして欲しいと有馬に懇願した。

 何故こうなったかと言うと、茅森達31Aが訓練初日に見せつけられた有馬という女の強さに魅入られたためである。

 中々センスが良いんじゃないかと自惚れていたところに見せつけられた圧倒的な実力。心を奪われるにはそれだけで十分だった。

 

 

「良く食べて良く動く。これ以上に強くなる近道なんてないぞ愛弟子」

 

「1時間!せめて1時間待って!!」

 

 

 ちなみに有馬も案外ノリノリである。ここ数年の間、茅森ほどグイグイ自分に近付いてくる者はもちろん、弟子入りを頼んでくるような後輩は初めてだったからだ。

 とはいえ前みたいにセラフを使った訓練なんて気分では出来ない。そこで考えたのが基礎能力の向上である。

 ちなみにランニングはちゃんと考えた上での選択だったが、その直前にラーメンを食べるのは完全に有馬の悪ふざけだ。

 初日から弟子を虐め抜く極悪非道、ここにあり。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「死ぬ、ほんとに死ぬ」

 

「何言ってんの?今日はお試しだからだいぶ手加減してあげたのに」

 

「今からでも弟子入りキャンセル出来る?」

 

「キャンセル料5億GPね」

 

「実質却下ー!!」

 

 

 走った時間は約30分程。この極悪非道にもそれなりの良心が残っていたようで、茅森が潰れないギリギリをちゃんと計算して時間設定をしていた。あくまでギリギリだから既にグロッキーだが。

 

 

「ま、今日はこんなもんでいーよ。次はもっと増やすから」

 

「頼むから直前にラーメンはやめて……」

 

「あれは私が食べたくなっただけだよ。いつもあんなのする訳ないじゃん、馬鹿なの?」

 

「鬼!悪魔!外道!」

 

「何とでも言うが良い。ハッハッハ」

 

 

 顔を真っ青にしてベンチで項垂れる茅森を尻目に有馬は悪役のような笑い方をしながら去っていく。

 明らかにヤバい顔をしている茅森を和泉が見つけるのはこれから10分後の出来事だ。

 

 

 そんなことはお構い無しに有馬は歩を進める。

 今日は強化委員としての仕事もないため、適当にダラダラと過ごすつもりらしい。

 漂着物のようにさまよう有馬が立ち止まったのはナービィ広場。

 

 

(ナービィを枕にして昼寝でもしよう、そうしよう)

 

 

 有馬は広場ではね回っているナービィの内一体に狙いをつける。息を殺し、足音を殺し、気配を殺して背後から迫る。

 あまりに謎なその光景にそれを見ていたものは訝しげな視線を送りつつも静寂を装う。

 

 

 飛びかかれば確保できる距離まだ近付き、いざ捕獲せんとしたその時だった。

 

 

「山脇様、アイツは何やってるでゲスか?」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 

 突如後ろから突き刺さった声でナービィが背後の有馬の存在に気が付いてしまい、ありえない速さでその場から去っていく。

 がっくり、という効果音が出そうな勢いでその場に崩れ落ちる有馬。

 といいのも束の間、即座に立ち上がりその声の正体へと詰め寄る。

 

 

「返せ!私の昼寝を!!」

 

「昼寝は返すものではないでゲス!」

 

「お前は今!私の平穏を奪った!」

 

「ま、まあまあ1回落ち着いておくれよ」

 

 

 ナービィ捕獲を妨げたのは小学校低学年程度の背丈であり頭にはヘルメットを、左手にカニの手を着けた女児であった。

 そしてそんな幼女に襲いかかった変質者を止めたのは白い髪を2つの団子縛りで束ね、眼帯をした少女。

 

 

「HA☆NA☆SE!!」

 

「どこの決闘者だい!!」

 

「山脇様、やっぱりコイツおかしいでゲスよ」

 

「野郎オブクラッシャーッッ!!」

 

「ああもうネタが渋滞しているよ!佐月!手伝ってちょうだい!」

 

「しょうがねぇですね♪ほら有馬さん、チョコレートですよ」

 

 

 どこからともなく現れたおなじみショップ店員、佐月 マリが有馬の口の中にチョコレートを滑り込ませる。

 その銘柄はよく有馬が好んで食べているもの。ショップ店員だからこそ把握出来ていた情報である。

 

 

「ふむ、話をしよう」

 

「あれは今から36万……とか言い出さないだろうね」

 

「バレてーら」

 

「全く、噂には聞いていたけどぶっ飛んでるね」

 

「褒めんなって。で、貴女誰?」

 

 

 この一瞬のやり取りで体力が持っていかれ、白髪の少女は大きなため息をつく。が、1つ咳払いをすると腕を組んで声高らかに名乗り出す。

 

 

「よく聞いてくれたね!私は山脇・ボン・イヴァール。31Cの部隊長よ!」

 

「私は31Zの部隊長、有馬・D・真琴です。どうぞよろしく」

 

「頼むからこれ以上ネタを増やさないで!?困惑するのは私達だけじゃないわよ!?」

 

「まこっちジョークだってば、そんなマジになると疲れるよ?」

 

「誰のせいよ!!」

 

 

 有馬の怒涛のボケは止まらない。やたら古いものや最近のものに則ったものを何故か全て知っている山脇はその尽くにツッコミを余儀なくされ、ただの会話で息を切らしている。

 

 

「山脇様はあまり頭が良くないのでゲス!あまりに困らせるなでゲス!」

 

「ナチュラルにディスるじゃん。えっとー」

 

「豊後 弥生、世界を滅ぼすマッドサイエンティストである山脇様の一のしもべでゲス!」

 

「え、世界滅ぼすの?キャンサーじゃん」

 

「これはただのトレードマークでゲス!」

 

 

 キャンサーの名前の由来は宇宙の"ガン"であることからだが、もう1つの"カニ"というところを突いた有馬的には自信のあったボケである。

 しかしそれを察したのはこの場では佐月のみ。悲しきかな。

 

 

「で、そんなヤバい人達がなんの御用で?」

 

「簡単でゲス、お前を山脇様の新たな下僕として迎えに来てやったでゲス!」

 

「私一応世界守る側なんだけど」

 

「そうよ豊後。それに私のしもべはアンタ1人で十分よ!」

 

「……でも、強いって噂のやつが仲間になれば、山脇様の野望の役に立てると思ったんでゲス」

 

(んー、なんかありそうだね)

 

 

 そう俯いてしまう豊後と、それを見てあたふたし始める山脇。

 キャンサーから人類を守るセラフ部隊員が地球を滅ぼそうとしているなど何を言っているんだと疑問を抱いて当然だが、この2人の間の空気に何かがありそうな、なさそうな気がする、と有馬は察した

 少しの間考え込んだ後、有馬が口を開く。

 

 

「しょうがないなあ、滅ぼした後世界の半分はちょうだいね」

 

「……ってことは!」

 

「山脇様のしもべになったげるよ。私が加わったからには今すぐにでも人類滅亡させちゃおっか」

 

「アンタ……」

 

 

 何か言いたそうな山脇に対してウィンクで何も言うなと口封じする有馬。

 そんなやり取りがあったのも知らず、豊後は飛び跳ねながら山脇の方へと走っていく。

 

 

「山脇様!あちきスカウトに成功したでゲス!」

 

「あ、ああ!よくやったね豊後!流石は私の第一のしもべだよ!」

 

「さーて、まずは手始めにここにいる隊員皆殺しにしよっか?」

 

「それはダメでゲス!」

 

「え、山脇様何で?」

 

「何でって……このままじゃキャンサーに人類が滅ぼされるじゃない。私達が人類を滅ぼすためにはまずキャンサーから滅ぼさないとダメなのよ」

 

 

 有馬は人類滅べば問題解決じゃないの?という素朴な疑問は胸の奥にしまい込んだようだ。

 ならしょうがないなーと納得してとりあえずセラフ部隊皆殺しは断念した。元々するつもりは無いが。

 

 

「じゃあ、何する?」

 

「そうでゲスねぇ……山脇様の発明の手伝い、山脇様のテーマソングの作成、山脇様の素晴らしさを広める活動……色々あるでゲス!」

 

「そっかあ、じゃあ1つずつやってこ」

 

「新入りのくせにいい心掛けでゲスね!じゃああちきに着いてくるでゲス!」

 

「OK牧場!」

 

 

 そう言って走り出した豊後の後を有馬は追いかけて行った。

 その日、新入りに顎で使われる有馬を見て何があったのかと月城が本気で心配したのは知る人のみ知る話である。

 

 

 

 ---

 

 

 

「んー、色々やったなあ。豊後先輩おつか……寝ちゃったか」

 

 

 あれから数時間、ひたすら豊後の思いつきに従った有馬は何だかんだ良い休日になったなどと考えていた。豊後を先輩呼びするのは先にしもべをやっていたから先輩呼びした方が面白そうだなという浅い考えからだ。

 

 

 31Cの部屋で山脇を称える原稿を書いている中、身体を伸ばすついでに隣で同じ作業をしていた豊後を見ると、ペンを握りしめたままその場で眠りこけていた。

 それを横で眺めていた山脇は豊後をベッドへと運び、優しく布団をかける。

 

 

「……有馬、今日1日豊後に付き合ってくれてありがとうね」

 

「いーよ。今日は暇だったし」

 

 

 豊後が座っていた有馬の隣に腰を下ろし、考えるような素振りを見せる山脇。

 

 

「……何かあるみたいだね、やっぱり」

 

「分かるんだ。……アンタには話しておいた方が良いかもね」

 

 

 意を決した山脇は口を開く。

 

 

「豊後はね、これから記憶が消えるんだ」

 

「記憶が……っていうのは、どのくらいの範囲で」

 

「ここに来てからのこと全部だよ。文字通りあったこと全て」

 

「ってことは、起きたら私のことも……」

 

「忘れてる」

 

 

 有馬的には今日1日でかなり豊後と仲良くなったつもりだった。そこで知らされたその事実はいかにひょうきんな有馬と言えど思うところがある。

 

 

 そこから山脇は事の経緯などを語り始める。

 2人は幼なじみであること、ある日にキャンサーに襲われ、一命を取り留めたものの脳に障害が残り、深い眠りの度に記憶がリセットされてしまうこと。そして──

 

 

「──私達は、上に掛け合うために31Aになりたいの」

 

「最も優秀なセラフ部隊が名乗ることを許される"A"の称号を、ね。結果を残して上に直接掛け合うためかな」

 

「その通りよ。だから私達は頃合を見て31Aに勝負を挑みに行く。司令官に認めさせた上でね」

 

 

 31A。ちょうど山脇達と会う前に行動を共にしていた茅森が部隊長を務める部隊だ。

 1度彼女らと訓練という名目で直接刃を交えた有馬だったからこそ分かるが、司令部の考えている通りあの6人は今期の中で最も高いポテンシャルを秘めた新人達である。

 31Cの実力がどれほどのものかは分からないが、その勝負に勝つことは簡単ではないことだけは確かに分かる。

 

 

「私が司令官に掛け合ってあげようか。豊後先輩に治療を施して欲しいって」

 

「それは遠慮しておくわ。31Aの連中に筋を通すためにも、ちゃんと勝負に勝ってから司令官に頼みに行く」

 

 

 有馬のその提案は即座に断られた。マッドサイエンティストを自称するなど他者からみたらイカれているように思えるが、山脇という1人の人間の根はしっかりとしたものだった。

 

 

「そっか、なら良いけど」

 

「……何?これは」

 

「何か辛そうだったから。お姉さんが慰めてあげるよ」

 

「……はっ、大して変わんないじゃない」

 

 

 おもむろに立ち上がった有馬は後ろから山脇を抱き締めた。

 予期せぬ行動に戸惑うが、耐えなければと思っていた涙が温もりに絆されて溢れ出てくる。

 

 

「……うぁ、あぁぁぁっ!」

 

「よしよし」

 

 

 幼なじみに対して何もしてあげられないという無力感。無情にも全てを忘れられてしまうことへの悲しみ。様々な感情がごちゃごちゃに交錯して溢れ出した涙は止まることを知らない。

 今日、山脇・ボン・イヴァールは初めて温もりの中に泣いた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「有馬、何から何までありがと」

 

「いーよ、話くらいなら何時でも聞いたげる」

 

 

 ひとしきり泣いた山脇に見送られながら31Cの部屋を後にする有馬。

 また今度豊後に会ったらマッドサイエンティストごっこに興じようだなどと考えながら自室に戻ろうとしたその時、有馬のデンチョから音が鳴る。

 表示された名前は手塚のもの。直接電話をかけてくることは珍しいため何かがあったのだろうと薄々察する。

 

 

「はいはい、こちら有馬」

 

『急に悪いわね。緊急の要件よ、直ぐに司令官室に来てちょうだい』

 

「言われずとももう来たよ」

 

「早すぎるわ」

 

 

 デンチョ越しに会話していると司令官室の扉が開かれ、外からは見慣れたヤベー奴が姿を現した。

 入室を促され椅子に腰掛ける有馬に対し、手塚は毅然とした態度のまま呼び出した理由を話す。

 

 

「新宿ドーム付近に、あのキャンサーらしき影が目撃されたわ」

 

 

 "あのキャンサー"。その単語を耳にした瞬間有馬の纏う空気が変わる。いつもの砕けた雰囲気とは真反対の、おぞましい程の殺気に満ちたものに。

 

 

「……アイツが?」

 

「ええ」

 

 

 肯定の意を聞き、さらに殺気は濃密なものとなる。

 

 

「"Blood Fenrir(ブラッド フェンリル)"。かつて貴女が率いた部隊……28Aが壊滅するキッカケとなったキャンサーよ」




次回からようやくヤベー奴の背景を紐解いて行きます


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ヤベー奴、闇に舞う

2ヶ月くらい更新空いてしまった・・・
4章前半や各イベストと物語プロットとの帳尻合わせに時間が掛かってここまで時間が掛かってしまいました。申し訳ないです。
結構更新止まっていたにも関わらず感想や評価がチラホラ届いてたので執筆のやる気自体はめちゃくちゃありますし、ちゃんとこの物語を完結させる気もあるので長い目で付き合ってくださると嬉しいです、はい。

ただ原作ストーリーが完結してない都合上どうしても辻褄合わせで時間が掛かったり原作との相違は生まれると思うのでそこはご容赦を・・・


 20XX年X月X日。

 哨戒任務に当たっていた28B部隊からの「脅威的なキャンサーが出現。部隊が半壊状態」という報告を受けて28A部隊が出撃。

 

 キャンサー出現から30分後、28B部隊全部隊員の電子軍人手帳からの発信が途絶える。さらにその10分後、28A部隊長の有馬より夥しい量の血痕と腕のようなものを発見と報告。28B部隊を全滅と断定。

 

 キャンサー出現から45分後、28A部隊が対象と接敵。交戦開始。

 

 キャンサー出現から46分後、28A全部隊員の電子軍人手帳からの発信が途絶える。これを受けて回収班が上空より28A部隊及びキャンサーの捜索にあたるも、それらしき姿は確認出来なかった。

 

 

 キャンサー出現から3日後、28A部隊長有馬が基地へ単独で帰還。有馬より──

 >如月 凜華

 >五島 春菜

 >天道 佳織

 >真宮 円香

 >我妻 光莉

 ──以上5名の死亡報告を受ける。

 当時歴代最強のセラフ部隊と称された28A部隊が有馬を残して壊滅したことを重く見た司令部は、対象を"Blood Fenrir"と呼称。

 28A部隊が単独でレベル3のキャンサーを討伐した経験があることから、危険度を"レベル4"とした。

 

 

 

 ---

 

 

 

「司令官、本当にヤツなの?」

 

「断言は出来ないわ。けれど貴女が命からがら持ち帰ってくれたBlood Fenrirの特徴と一致しているわ」

 

 

 その言葉を聞き、有馬が立ち上がった。

 

 

「なら私が出るよ。その為に呼んだんでしょ?」

 

「ええ。貴女には今からドーム付近の夜間警備に行って欲しいの」

 

「構わないよ。あの時言ったこと、覚えてるよね?」

 

「勿論よ。……Blood Fenrirとの戦闘には有馬さん1人のみを差し向けること。でいいのよね」

 

 

 レベル4に認定されるほどの超危険なキャンサーであるにも関わらず、有馬が1人での対応を希望しているのには1つの理由がある。

 それは、Blood Fenrirの大きさに由来する。

 レベル4として見られているが、実はその大きさはレベル1アビスノッカーよりも小さいほど。

 しかしそれ故に可能となる俊敏な動きの前には多勢に無勢と判断した有馬は次遭遇するようなことがあれば自分1人に任せるように司令部、もとい手塚に相談をしていた。

 

 

「貴女が1人で戦う方が被害が少ないのは理解したけれど、本当に良いのかしら?相手はレベル4よ?」

 

「大丈夫だよ」

 

 

 有馬は立ち上がり、手塚に背を向ける。

 

 

「アイツを殺すまで私は死なない。いや……死ねない」

 

「……無事を祈るわ」

 

 

 司令官室を後にする有馬の背中を見送りつつ、手塚は一人思う。

 

 

(必ず戻って来なさい、有馬さん)

 

 

 そんな心配はいざ知らず、有馬は急ぎ足でヘリポートへと向かっていた。

 脳裏に過ぎるのは過去にBlood Fenrirと相対した時の血みどろの記憶。血が、悲鳴が、慟哭が鮮明に五感へと突き刺さる。そしてその度に有馬の殺意は際限なく膨れ上がる。

 まだ消灯ではないため他の隊員達があちこちで静かな夜を過ごしているが、有馬が通る度に囁かな談笑は止み、その代わりに背筋に悪寒を土産が如くに置いていかれる。

 

 

「おっすまこっち、どこ行──」

 

 

 それはお調子者である茅森ですら例外ではなかった。

 午前中に時間を共にした友人と一緒とは到底思えないその空気の重さに思わず口を噤む。

 ただ事ではないと我に返った茅森は有馬を追いかけようとするが、気付いた時にはその姿はどこにもなかった。

 

 

「よろしく」

 

「は、はい。出発致します」

 

 

 有馬が初めて口を開いたのは回収班の隊員に対してだった。

 いつもセラフ隊員に掛けられる一言と何ら変わりは無いはずだったが、それはまるで呪いの言葉のように感じた。

 

 

 騒がしい子供も眠りにつく夜更けに、悪魔の如き者が外へと放たれた。

 

 

 

 ---

 

 

 

『悪いけど今は真琴の指示は聞かない。私達が止めるから速く逃げて』

 

『──でもっ』

 

『良いから逃げな!あたしらを犬死させたいわけ!?』

 

(……皆)

 

 

 ヘリに揺られて10分程度、着々と目的地である新宿へと近付き、その中で有馬は当時のことを思い出していた。

 

 

(もう逃げない。絶対アイツを殺す)

 

 

 握りしめる拳からは血が滲んでいた。

 

 

「有馬さん!目標地点上空に到着しました!」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 開かれたハッチから夜の新宿を見下ろす。

 当然人の姿も夜の街並みも無く、見えるのは僅かな光に照らされた難民用ドームと木々の生い茂る森のみ。

 頬を撫でる強風がやけに気持ちよく感じた。

 

 

「……行くよ」

 

 

 有馬は身投げするように外へと飛び出す。パラシュートも何も無い、本当にただ自由落下していくだけ。

 冷えた空気が有馬の全身を包む。しかし、常軌を逸した怒気により全身の血が沸騰しそうな程に熱くなっているせいで体温に影響はなかった。

 激突しそうになるギリギリでトランスポートを起動し、地面を削りながら着地する。

 

 

 突然の襲来者にキャンサーがわらわらと集まってくる。

 全体を一瞥した有馬は大きな溜め息を吐き、彼らにとっての鎮魂歌を口ずさむ。

 

 

悉くに等しく死を

 

 

 深紅の閃光が闇夜に煌めく。

 有馬の現着から3分後、周辺キャンサーの数は半分以下にまで落ち込んだ。

 静かなはずだった夜は、人ならざるモノ達と人を外れた者によって騒々しさに満ちた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「邪魔だよ」

 

 

 有馬が刀を振るうと、行く手を阻んでいたキャンサーは一太刀のもとに斬り捨てられた。

 目標を追いつつも道中のキャンサーを狩り続けた結果、向こう3日間は夜間警備の仕事が無くなることはまだ誰も知らない。

 

 

 その一方、雑魚を斬ってもまた雑魚。そんな無限ループに有馬は飽き始めていた。

 

 

(こんな有象無象に用はないんだよね)

 

 

 これまでねじ伏せた個体の中に例の個体は存在していなかった。

 特に苦戦はしなくとも、人外を大量に相手すれば誰でも疲労は現れる。それを証明するかのように額に滲んだ汗を振り払う。

 1度刀を納め、手頃な倒木に腰掛ける。

 

 

(ドーム周辺は一通り周り終わった。けれどBlood Fenrirはおろか、レベル2個体すらいない。四足歩行型はチラホラいたから遠目でそれと見間違えたかな?)

 

 

 出来ることなら見間違えでなく現実であって欲しいというのが有馬の本音だ。

 ここで自身が過去とのケジメをつけることが出来れば、今後それがもたらすであろう被害も食い止めること可能なためだ。

 

 

(今は……1:00か。もう日付は変わってるんだね)

 

 

 常に動き続けていた有馬からすれば、時間の感覚などあってないようなものだ。本人は認識していないが、有馬がここに到着したのは22:00頃。既に3時間はキャンサーの掃討を続けている。

 

 

 いつまでも変わらない展開にイライラしつつも襲いかかってくるキャンサーを一撃でねじ伏せていく。

 小型のキャンサーなど有馬にとっては有象無象に過ぎない。本人いわく、頑張れば量産型の中型くらいならワンパン可能らしい。

 

 

「はあ、無駄足だったかな?」

 

 

 思わずボヤく。目標にいつまでも出会えない有馬にとっては、夜の静寂ですら琴線を刺激しうる要素になりつつあった。

 段々と太刀筋に荒さが見え始めた頃、有馬の前に中型のキャンサーが姿を現した。ドーム付近に出没されては少々厄介なキャンサーだったが、この個体がここにいるのは小型が次々と消されているその状況に呼ばれたがゆえである。

 

 

 だが悲しきかな。如何に中型、如何に人間が単騎で相手するのは危険とされるキャンサーであっても、不機嫌なこの暴君の前には無力であった。

 文字通り地面が砕け、巻き起こる風の勢いで木々が揺らされる程の加速から放たれた流星の如き突き。そのたった一撃でキャンサーの外殻は無惨にも砕かれる。

 深く突き刺さった刀を顕になったキャンサーの肉体を踏み台のようにし引き抜くやいなや、そのままキャンサーを斬り刻む。

 唐竹、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、切り上げ、逆風。剣術の基本とされる全ての斬撃をほぼ同時に放ち、終いに八つの斬撃の中央へ再び刺突を放つ。

 それは完全なるオーバーキル。放った攻撃の半分ほどでもそのキャンサーを仕留めるには十分すぎた。もしこのキャンサーに意思があったのならば、間違いなく目の前の少女を鬼神だとか悪魔だとか、そんな言葉で例えたであろう。

 

 

 そんなことをやってのけて尚、その少女の意識は別のどこかへと向いている。

 

 

「アンタらみたいな下っ端じゃなくて上のモンを出せっての」

 

 

 そんな時だった。

 

 

「おっ、と」

 

 

 背後より突き刺さる殺気。尋常ならざるそれを見逃さず咄嗟の判断で横に大きく飛んだ。巻き上がる土煙。静かな夜に似つかわしくない派手な音と砂塵が止まった頃にその正体が明らかになる。

 身体の大きさは横に倒したダイヤモンドアイ程度、四足歩行、口元から覗かせる鋭い牙に鉄すら抉るであろう爪。極めつけにはまるで全身が血を被ったような紅い赤。

 天を貫くが如く猛々しき咆哮、その姿はさながら獲物を見つけた飢えた獣。

 

 

 レベル4、BloodFenrir。闇の中で妖しくその眼は煌めいていた。

 

 

 直後、地面が砕けて突風が巻き起こる。刹那のうちに放たれた10本の斬撃。当然それを放ったのは有間。

 だがBloodFenrirはそれら全てを躱す。それを読んでいた有間が斬撃の裏に忍ばせた更なる斬撃ですらものともしない。

 

 

「チッ」

 

 

 通じるはずのないその舌打ちに返されたのは威嚇のような唸り声。まあそうなるかと心の中で吐き捨てて有間は刀を上段に構える。

 先程の斬撃の応酬が嘘のような静寂がその場を支配する。その中で有間は脳裏にはかつての仲間の姿が浮かんでは消え、胸に抱えた負の感情が増長していく。

 

 

「とりあえず───死ね」

 

 

 有間が残像を残しながら駆ける。BloodFenrirは大口を開くとエネルギーをそこに集約させ、レーザーを片っ端から残像に向けて放つ。そのどれもが有馬を掠めることすら叶わなかったのは、直後有間が放った剣閃が証明しているだろう。

 乱射からBloodFenrirは後隙無しで動き出す。続いて放ったのは両前足による神速の切り裂き。迎撃体勢を整えるより明らかに早いその攻撃に有馬が選択したのは回避。一瞬のうちに成された脱力からの踏み込みによって後方へ大きく跳ぶ。

 

 

 有馬が回避したことにより地面に叩き付けられた両前足が砂塵を巻き上げる。その中で赤い光が見えたと思ったらその次の瞬間には疾風の如くBloodFenrirが突進を仕掛ける。選ばれたのは噛み付き。獰猛が極まったような牙が上下から有馬を噛み砕くべく襲い掛かる。

 だがそれにも有馬は完璧に対応する。軽く横に跳ぶと同時に刀をそっと横向きに添える。すると有馬を狙ったはずの牙は思い切り刀に対して吸い込まれる。それを確認してすぐに思い切り前進。押し込まれる刃は外殻の存在しない口を深く裂く。

 短い悲鳴のような呻き声をあげてBloodFenrirは即座に刀を離し後退。先にダメージを与えたのは有馬だった。

 一瞬怯んだその隙を見逃すような有馬では無く、即座に追撃を仕掛ける。

 暗い闇の中に眩い剣閃が煌めく。正面から、背後から、上から、下から、斜めから。ありとあらゆる角度から容赦なく刀が振るわれる。

 Blood Fenrirは縦横無尽に掛ける悪魔の姿を捉えることすら出来ないようで、為す術なく外殻に斬撃痕が刻まれていく。

 

 

(……?何かおかしいね)

 

 

 まるで暴風雨のような斬撃を繰り出しながらも有馬はある疑問を抱く。だがこの殺し合いの場において迷いは足枷。すぐさまそれを振り払いその思考リソースを攻撃に割く。

 相も変わらず斬撃の雨は続く。だが徐々に、徐々にBlood Fenrirが有馬に順応する。自身に対して絶えず放たれる攻撃に対し、確実に反撃の機を伺い始める。

 だが、無情にも死神はそれすらも凌駕する。

 

 

「遅い」

 

 

 有馬の速度が更に上がる。いや、上がるという次元ではない。

 振るわれる剣閃では無く、もはや有馬自体が光速の領域へと足を踏み入れ始めた。

 いくら化け物じみた有馬とて、セラフによるブーストがあっても身体能力でそのレベルに辿り着くことは不可能だ。では何故その本人は姿が消えるレベルの速度を得ることが出来たのか?その答えは存外簡単なものだった。

 

 

「遅い遅い遅い遅い遅いッ!!」

 

 

 有馬はデフレクタを消費してのトランスポート、これを攻撃に利用していた。有馬元来のスピードにトランスポートが組み合わさった時、光速の剣技が現実のものとなるのだ。

 これは有馬がBlood Fenrirを確実に殺す為に編み出した捨て身の戦法である。デフレクタを消費しているが故に、確実に被弾した際のリスクは跳ね上がっている。

 それでも復讐心に駆られた鬼は止まらない。

 

 

「凜華を、春菜を、佳織を、円香を、光莉を」

 

 

 紅色は空高くへ飛ぶ。刀を大きく上に構え、外殻が既にボロボロになったBlood Fenrirを見下ろしながらも彗星の様に墜ちる。

 

 

「返せェェェェェェッッッ!!」

 

 

 一瞬の静寂の後、大爆発に聞き間違うほどの轟音が周囲一体を支配する。重すぎる一撃が振り下ろされると同時にBlood Fenrirの外殻は無惨に砕け、天地を裂く。

 その一撃は外殻を破壊するだけでは飽き足らず、Blood Fenrirの身体を抉りとった。

 一瞬にして死の直前にまで追い込まれたBlood Fenrirは呻き声を漏らしながらようやく後退を許される。

 

 

 そしてそこから追い詰められた獲物がとったのは、野性的にごく自然な行動だった。

 

 

「……逃げるつもり?」

 

 

 直後Blood Fenrirは森の中へと駆け出す。それを見て有馬は刀を納め、特殊な歩法を用いて追い掛ける。身体を前傾させながら重力の影響を上手く利用する"縮地"だ。

 常識的に考えればキャンサー、しかも四足歩行型のスピードにはセラフ部隊といえど追いつけないはずだった。

 しかしそれを可能にしてしまうのがこの女、有馬 真琴である。

 

 

「逃がすわけないじゃん」

 

 

 射程圏内にBlood Fenrirを捉えたその瞬間、大きく膝を曲げて身を屈める。十分すぎる溜めの後、地面が砕ける程の踏み込みから一気に前方向へと加速した。もはや地面スレスレを()()()()()と言っても差し支えないだろう。

 その接近は、完全に意識外。

 

 

 

 

──死ね

 

 

 

 

 身体の捻り、脱力からの漲溢、そして圧倒的な殺意。これら全てが重なり合って確実に命を刈り取る死神の一撃が放たれる。

 抜刀と共に一文字の剣閃がBlood Fenrirを貫く。直後、その剣閃に重なるかのように無数の斬撃が開花する。

 それは手負いの狼が命を絶たれるのには充分……いや、充分すぎた。

 

 

 Blood Fenrirの紅のその体躯はガラス片のように姿を変え、割れるような音ともに存在を消した。

 

 

「……」

 

 

 斬撃の勢いで木々がなぎ倒されたそこで1人有馬は佇む。

 何をする訳でもなくただその場に立ち尽くしていると、やがてヘリの音が近付いてくる。

 ヘリの中から飛び出してきたのは30G部隊だった。有馬との契りがあったにも関わらず、手塚から万が一に備えてすぐ近くでの待機命令を受けていた。

 最後の攻撃で何かがあったと判断し、白河の判断でその上空へとすぐさま移動。有馬を発見し保護のために降下を開始した。

 

 

「有馬!Blood Fenrirは?」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「──う」

 

 

 有馬は消え入りそうな声でそう呟いた直後、鬼のような形相でBlood Fenrirだったものが先程までいた場所を見つめていた。

 

 

「アイツはあの時のヤツとは違う!別個体か?くそッ、どこにいるっての!?」

 

「有馬、落ち着──」

 

「絶ッ対に逃がさないッ!!何処にいようと見つけ出して必ず殺してやるッ!!」

 

「白河ちゃん!今の有馬ちゃんは危険だよ、あれを使いな!」

 

 

 明らかに冷静さを欠いている有馬。今すぐにでも飛び出していってしまいそうな剣幕だった。

 それを危惧した蔵は白河にある提案をする。そして白河が懐から取り出したのは何の変哲もない白いハンカチ。その正体は強烈な麻酔が仕込まれているものだった。

 いつもの有馬になら不意を着いてハンカチを押し付けることすら難しい。だが今の怒りで周りが見えていない彼女は格好の的であった。

 

 

(これは、麻酔薬!?)

 

「少し眠れ有馬、文句は後で聞く」

 

「全く、手間がかかる子だね」

 

「我が運ぼう」

 

 

 有馬はすぐさま昏倒。それを月城が背負って目的を終えた30G達は退却を始めた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「なん、なのこのキャンサー」

 

「クソッ、28Bはコイツにやられたのか!?」

 

 

 私達の前に現れた真っ赤な狼みたいなキャンサー。並々ならぬその気配に皆が警戒を顕にした。すぐそこに転がっている誰かの腕と明らかに多すぎる血痕。このキャンサーが28Bの皆を殺したんだってことは想像に難くなかった。

 部隊は違えど、交流もあった大切な仲間だった。そんな28Bの皆が殺された、その犯人を目の前にした私は明らかに冷静じゃなくなっていた。

 戦闘態勢を指示した直後、そのキャンサーから放たれた爆発に全員巻き込まれて、電子軍人手帳が機能しなくなったのに私達は気付いていなかった。

 デフレクタのおかげでそれ自体は大したダメージにはならなかった。あくまでそれは。

 

 

「くッ!?」

 

 

 円香のセラフによって展開されるバリアが一瞬で砕かれた時点で、私達だけの手に余るって判断するには十分だった。レベル3キャンサーの攻撃ですら何発も耐えてくれた円香がたった一撃で崩されたんだから、すぐ退くべきだったんだ。

 

 

「コイツ強いよ!攻撃は重くて速いし、逆に私達の攻撃は全然効いてない!」

 

「わーってる!泣き言言ってないで腹括りな!」

 

「真琴!指示を!」

 

「うん!」

 

 

 そこから私達が全滅直前まで追い込まれるのに10分も掛からなかったと思う。たったひと振りで破壊されるデフレクタ。それを守ろうとしてまた1人、また1人とデフレクタを失う。

 全員デフレクタは残っていない、有効打は1つとしてない。そして何より……目の前のコイツは絶対に私達を逃がさない。

 

 

「真琴、貴女は逃げて?」

 

「春菜!?何言ってんの、皆で戦うんだよ!」

 

「いーや春菜の言う通りだね。お前はさっさと逃げな」

 

「佳織まで、そんなの出来るわけないじゃん!」

 

 

 けど2人は私の声を無視して突っ込んで行ってしまった。上手く攻撃を捌いてはいるけど、相変わらずこっちの攻撃は通じない。

 

 

「悪いけど今は真琴の指示は聞けない。私達が止めるから速く逃げて」

 

「でもッ!」

 

「いいから速く逃げな!あたし達を犬死させたいわけ!?」

 

 

 春菜と佳織に続いて、円香と光莉も飛び出して行った。

 私1人だけ逃げることなんて出来るはずない。だって私は部隊長だったんだから。けど、この状況を司令部に報告する重要さも同時に理解していた。だから私はそこで固まって動けなくなっちゃった。

 

 

「……お別れだね、真琴」

 

「凜華っ、ヤダよ!皆で生きて帰るの!」

 

「貴女と一緒にいれて……楽しかったよっ!」

 

 

 そして、凜華まで。

 

 

「速く行けッ!!真琴ッッ!!」

 

「〜〜〜〜ッ!!」

 

 

 絶叫じみた凜華のその声に私は退却を選んだ。ひたすらに無我夢中で走った。背後から聞こえてくる戦闘音、皆の声に振り返ることなくとにかく走った。

 ……そして。

 

 

「ァァァァアアアアアッッッ!!」

 

 

 これまでに聞いたこともない凜華の咆哮。それに振り返った私が見たのは──

 

 

「ああ、ああああああ……」

 

 

 胴体が分断された春菜、背中を踏み抜かれて薄くなった佳織、身体の至る所に穴が空いた円香と全身がひしゃげた光莉。

 そして、上半身からまるで踊り食いのように噛み砕かれる凜華。

 

 

 そこからの記憶はあまりない。気付いた時には基地に到着して、1人閉じこもっていた。

 私が強かったらこんなことにはならなかった。だからひたすらに強さを求めた。1人でどんなキャンサーでも倒せるように。

 それと同時にどんな作戦でも仲間と動くことはなくなった。司令官に頼み込んで再編入の対象からも外してもらった。

 もう、失う辛さを味わいたくないから。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……ここは」

 

「起きたようね」

 

 

 有馬が意識を取り戻し身体を起こすと、そこは司令部のソファー。書類整理をしていた手塚はすぐそれに気付くことが出来た。

 頭を抑えながらしばらくぼーっとしていた有馬は次に少々不機嫌になりながら用意された水を飲む。

 

 

「あれだけ頼んだのに、結局ユイナ達を送り込んできやがったね」

 

「その点に関してはごめんなさいね……白河さんが凄まじい剣幕で私に迫るものだから」

 

「ユイナが?」

 

「ええ。出撃時の貴女を見てただ事ではないと思って私のところまで乗り込んできたのよ」

 

 

 それを聞いて有馬は少し笑ってソファーに身体を預ける。

 

 

「そっか、ユイナらしいや」

 

「厳罰も覚悟だなんて言ってたから、たまたま手がつけられて無かった図書館の掃除をしてもらってるわ。後で行ってみたら?」

 

「んー、そうする」

 

 

 そして有馬は手塚に報告を行う。

 遭遇したキャンサーは確かにBlood Fenrirだったこと。しっかりと葬ったこと。過去に自身が遭遇した個体とは間違いなく別の個体であること。

 

 

「そう。もし今回の個体と同様に別個体が複数存在していると仮定した場合、貴女が過去に対峙した個体と同レベルにまで成長する可能性があると考えると厄介ね」

 

「正直厄介なんてもんじゃないと思うよ。後輩達が育ちきれてない今、遭遇した時退却出来るのは30Gがギリギリだろうね。……そこに私が入れば討伐はワンチャン……ってくらいかな」

 

 

 有馬がふと漏らしたその言葉に手塚は反応を示した。

 

 

「あら、その言葉は一緒に戦うことに前向きになったと受け取っていいのかしら?」

 

「正直抵抗はあるよ。けど、わざわざ危険を冒してまで助けに来てくれたんだから、私だってこれ以上逃げてらんないよ」

 

 

「……そう」

 

 

 有馬の確かな変化に手塚は柔らかな笑みを浮かべていた。何時も堅物のような側面しか見ていなかった有馬はギョッとした表情で震える。

 

 

「司令官が……笑った?」

 

「私をなんだと思ってるの」

 

「鬼悪魔魔神キャンサーの上位互換」

 

「追い出すわよ」

 

「その前に行くからお構いなく〜」

 

 

 現代社会で上司に言おうものならブチギレ不可避であろう批評を述べた有馬は鉄拳の雨が降る前に司令官室を後にした。

 そのままの足取りで向かったのは図書館の資料室。迷路のように入り組んでいる上にあちこちに資料が積まれたそこを慎重に通りつつ目的の人物を見つける。

 

 

「いたいた。おーいユイナ」

 

「有馬か。どうした?」

 

「司令官にパワハラされてるって聞いたから手伝いに来てあげた」

 

「私が望んだことだから別に構わないんだがな。そう言うならお願いしようか」

 

 

 白河の指示に沿って有馬も資料の整理を始めた。最初は黙々と作業が続いていたが、やがて有馬の方から口を開いた。

 

 

「司令官から聞いた。心配して来てくれたんだってね」

 

「ああそのことか。お前は嫌がるかと思ったが、大切な仲間をみすみす死なせるわけにはいかないからな。当然お前の強さはよく知っているつもりだが」

 

「ホントだよ。でもまあ……ありがとね」

 

 

 有馬が感謝を口にすると、少し意外そうな表情を浮かべる白河。

 

 

「……ふふっ、どういたしまして。私で良いなら何時でも頼ってくれ」

 

「ん、そーする」

 

 

 他愛もない話をしながら仕事が1つ、また1つと片付いていく。

 それを扉の影から見守っていた蔵と月城は2人で顔を見合せ、手伝いは必要ないという結論に至ってその場を去る。

 ヤベー奴の心のしがらみは少しずつ解れつつある、のかもしれない。



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ヤベー奴、溺れる

久しぶりの投稿です
新衣装星羅さん美人すぎんか


「‎あっさめしあっさめしモーニングー♪」

 

 

 センスの欠片もない謎の歌を口ずさみながら扉を突き破るかのようにカフェテリアへとやってきたヤベー奴。たまたま早く起きてたまたま気分が乗ってランニングをしていたこともあってか普段よりも空腹に苛まれているようだ。

 そんな珍しい朝を過ごす有馬とは裏腹に、カフェテリアの朝はいつも通りだ。給仕班によって提供される朝食はその時間帯に相応しい軽めのものとなっている。

 因みに今日のメニューは日本人には馴染みの深い和食だ。大根おろしの乗った焼き魚に納豆、豆腐と油揚げの味噌汁にきんぴらごぼう、そして白米である。

 

 

 焼き魚に醤油をぶっかけ、箸やら水やらを確保した有馬は適当な席に腰かけて朝食に目を落とす。

 そして目を細め、食物に感謝の意を述べる。

 

 

「いただきます」

 

 

 その様はさながら中年のサラリーマンのようだったという。

 まず有馬が口に運んだのは焼き魚・・・恐らく鮎だろう。旬や時期などに関しては気にするのは野暮というものだ。

 醤油を含んだ大根おろしと共に解した身を口へ運び、咀嚼。

 

 

(──美味い。この脂の量は恐らく養殖のもの。天然ものと違い養殖ものは脂を多く含むようだが、大根おろしがそれを軽減してくれている。醤油との相性も抜群だ)

 

 

 お前誰だと言いたくなるような分析を頭の中で連ねた有馬が次に選んだのはきんぴらごぼう。

 

 

(──ううむ、これも美味い。甘辛く仕上がった味付けが食欲を抑えることなくむしろ後押ししている。何とも罪な味な一品だ。そしてここで味噌汁を啜ると──やはり良い。きんぴらに足りていないしょっぱさを味噌汁は与えてくれる。魚に掛けた醤油とは違うベクトルのしょっぱさがまたいいんだ)

 

 

 もはや年頃の女子っぽさなど微塵も感じられない。完全に年季の入った中年のそれである。味噌汁を飲んで一息つくと、彼女は今使っていた箸を置き、もう1つの箸を手に取った。

 そしてその目が見つめるのは・・・納豆とその脇に添えられた何かが乗った小皿。

 

 

(納豆。それは神の与えたもうた知恵の結晶。人によって好みは別れるが、私はこのネバネバ共を愛しているのだ。それゆえに、食べ方には少々拘りがある)

 

 

 鋭い眼光がギラつくと、小皿の上のものが有馬の手の中に納まる。まず一つ目は納豆付属のタレだ。醤油や麺つゆとは違う、納豆の為だけに作り出された正しく一心同体の存在。これを無しには納豆は語れないだろう。

 二つ目はカラシ。これまた納豆には必要不可欠である。甘めのタレをキリッと引き締めるカラシ。この2つを得た納豆は正しく二刀流のセラフ隊員の如き力を得る。

 

 

(素人ならばこれで満足するだろう。だがこの私は違うッ)

 

 

 そして三つ目。それは黄金色に煌めく液体・・・そう、ごま油だ。ごま油がもたらすのは風味。これにより納豆は三刀流の剣士へと進化する。恐らく懸賞金を掛けるとすれば3億と少し・・・或いはそれ以上だろう、

 

 

(準備は整った。次はこの納豆を・・・混ぜるッ、台風の如くッ! 私の筋肉はこの為にあるッ!)

 

 

 この女、たかが納豆を混ぜるのに全力である。全身全霊を賭け、全集中力をこの一瞬に注いでいる。

 

 

(108,109・・・110ゥ!! よく頑張ってくれたマイマッスル!)

 

 

 110回の暴力を受けた納豆は容赦なく白米の上にぶちまけられる。そしてその犯人の口の中へ掻き込まれる。

 所謂納豆かけご飯を味わった有馬は・・・笑顔だったという。

 

 

 その後も有馬のモーニングタイムは続いていく。が、そこに乱入するものが現れる。

 

 

「まこっちおは─へぶぅっ!?」

 

「月歌ァ!?」

 

 

 茅森 月歌である。彼女もまた朝食を楽しみにカフェテリアへやってきた空腹戦士。知った顔が1人で黙々と食べているのを見かけ飛んできたのだが・・・それは悪手だった。

 自分だけの世界に入り込んでいた有馬はそれを邪魔され、条件反射で侵入者へと裏拳をお見舞する。当然避けれるはずのない茅森は情けない声と共に撃沈。引っ張られてきた和泉がそれをみて驚愕の声を上げたのは言うまでもない。

 

 

「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで・・・」

 

「は、はぁ?」

 

 

 こんなことをほざいているがこの女、平然と人の食事に割り込んでくる。何なら普段は食事中に話し掛けられてもこんな凶行には走らない。言うなれば気分屋の極みといったところか。タチが悪いことこの上ない。

 

 

「いてて・・・まさか裏拳を貰うとは」

 

「んあ? どったの月歌。鼻赤いよ」

 

「誰のせい!?」

 

 

 如何にマイペースを極めた月歌であろうとも、この女には敵わない。これこそが有馬 真琴である。

 

 

「さて、食い足りないし五十六郎ラーメンでも食べよ」

 

「胃袋ブラックホールか!? 今朝飯食べてたよな!?」

 

「よすんだユッキー、私の師匠は常識なんて物差しじゃ測れないのさ」

 

「お前も大概だが、アイツはそれ以上だよ・・・間違いなく」

 

 

 茅森と和泉が席に着いて朝食に手をつけ始めて数分後、2人は明らかな異臭に気がついた。何かこう・・・臭うのだ。モーニングの場にふさわしくないような圧倒的に重い何か。

 2人は恐る恐るその匂いが漂ってくる方向を見ると、そこには見てるだけで胃袋が圧迫されるようなものを手に持っている有馬がいた。

 

 

「あのーまこっち、それなに?」

 

「五十七郎ラーメン。いやーカフェテリアも日々進歩してるんだねえ」

 

「なんでカフェテリアともあろう施設があんな激重ラーメン開発してるんだよ!?」

 

「落ち着きなよユッキー、時代が私に追いついてきただけ」

 

「どういうことだよぉ!? それてなんでお前までユッキー呼びなんだよぉ!?」

 

「まあまあいいじゃんユッキー」

 

「そうだぞユッキー」

 

「「ユッキー」」

 

「うわあああああああああ!!」

 

 

 和泉は激怒した。この邪智暴虐の2人を取り除かねばならぬと決意した。だがその決意が成就することが未来永劫ないのは本人の知るところではない。

 そんな訓練後並みに息を切らす和泉を横目にラーメンを啜りまくる有馬。先程の朝食の数倍の量があるはずだが、茅森が気付いた時には既に山盛りの野菜と極太の麺はなくなっていた。それを見て急に何かを思い出したように茅森は有馬に訊ねる。

 

 

「そういやまこっち、この前どうしたの?」

 

「この前?」

 

「うん。あの人殺しそうな顔で何処か行ってた時」

 

「あーあれね」

 

 

 それを聞かれた有馬は珍しくバツが悪そうに言葉を濁す。何か考えるような仕草を見せ、コップの中の水を飲み干し、意を決して口を開くかのように思えたその瞬間────

 

 

「アデュー」

 

「何も語ることなく去っていったー!! しかも無駄に速い!!」

 

 

 流星、閃光、神風。それらの言葉がピッタリかのように思える速さで有馬はその場を去っていった。これこそ有馬流奥義が1つ、"セラフ部隊として鍛え上げられた肉体を無駄にフル活用にしたことで可能となる逃走術(仮)"である。主に手塚から逃げるために使われている。

 

 

「気になってたんだろ? 無理にでも聞かなくて良かったのかよ」

 

「まあ、本人が話したくないことを無理して聞くのも違うじゃん? あたしがまこっちからもっと信用してもらえた時にでも聞いてみるよ」

 

 

 それを聞いた和泉はそっか、と薄く笑って再度朝食に手を付け始めた。が、間もなくしてあることに気付く。

 

 

「・・・じゃあそのクソデカい丼は信用を勝ち取るためにお前が片付けるってことでいいか?」

 

「ふぇ?」

 

 

 和泉が指さしたのは有馬が啜り尽くした五十七郎ラーメンの亡骸。無駄にデカいその丼の放つ覇気は否が応でも見ているものに思い知らせる。

 

 

(持ってくのめんどくせえぇぇぇぇ!)

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

「ふう、面倒なことは後輩に押し付けるに限るぜ全く」

 

 

 もはやここまで来れば語る必要も無いが⋯この女、外道である。先輩としての誇りやら威厳なんてものはとうの昔に捨てたらしい。

 問に対する答えを迷い逃走を選び、丼の片付けを茅森に押し付けた上でカフェテリアを足早に去った有馬は宿舎の方へと向かう。入ってすぐの広場のようになっているところには幾つかのテーブルと机が備え付けられており、自販機で買った缶コーヒーを片手に適当に座る。

 

 

(ま、聞かせたところであんま良い感情を抱く内容でもないしこれでいーでしょ。多分)

 

 

 コーヒーを嗜みながら一息ついている最中、何やら音がすると思い隣のテーブルを見ると人がいることに気が付く。

 

 

(あれは⋯囲碁かな)

 

 

 パチ、パチと小気味よい音の正体は碁石を盤上に置いているからだと分かる。落ち着き払った態度で1人それに打ち込んでいたのは和装に身を包んだ長い黒髪の少女。

 有馬が物珍しげな視線を向けているとそれに気付いて声を掛ける。

 

 

「む、囲碁に興味があるのか?」

 

「まあね、久々に見たなと」

 

「無理もない。このご時世に囲碁を嗜む者などそういないからな」

 

「確かにー」

 

「もし心得があるのなら一局どうだ?」

 

「ほう、そりゃ良いね」

 

 

 誘いを受けて有馬はその少女の対面の席への移動する。

 

 

「私は二階堂 美郷。31Dの部隊長だ」

 

「ぽいなとは思ってたよ。私は有馬 真琴。呼びやすいようにどーぞ」

 

「有馬⋯先輩でしたか。これは失礼を」

 

「いいよ気にしないで。ここでは先輩後輩の関係なんてあってないようなものだよ」

 

「なら楽にさせてもらおう」

 

 

 二階堂、と名乗ったその少女はクセ者揃いのセラフ部隊においてかなりの常識人かのように思えた。有馬が人に対して常識がどうこうと求める資格は1ミリたりともないのだが。

 

 

「私、けっこー強いよ」

 

「ほう? 天才棋士で前代未聞の50連勝を成した最年少名人にして未来の棋聖であるこの私に勝てるかな?」

 

「さあな⋯やってみなきゃ分かんねぇ!!」

 

「キャラがブレブレだな」

 

 

 そうして2人の対局が幕を開けた。

 

 

 

 ──

 

 

 

「これで仕舞いだ」

 

「ふう」

 

「⋯何なのだお前は!? この私が手も足も出なかっただと!?」

 

「ざっとこんなもんよキリッ」

 

「擬音を口に出すなぁ!」

 

 

 経験があるとしてもまさか棋聖である自分が負けるとは思っていなかったのだろう、二階堂は絶叫しながら全身をワナワナと震わせている。それに対して有馬は勝ち誇った表情で拳を突き上げている。正しく勝者と敗者である。

 

 

「なぜこう連日私を破るものが現れるのだ⋯私は棋聖だぞ!」

 

「昨日も負けたん?」

 

「茅森という31Aの部隊長にな⋯結果的に勝ち越したが初戦で打ちのめされた」

 

「流石私の弟子」

 

「お前かああああああ!! ヤツのあの滅茶苦茶な打ち方はお前の指導かああああああ!!」

 

「いや、別に囲碁は教えてないからみさりんが月歌のセンスに及ばなかっただけ」

 

「死体蹴りをするなあ!!」

 

 

 ゼーゼーと息を切らす二階堂、有馬に目をつけられたものの洗礼である。誰であろうとこの魔の手から逃れることは出来ないのだ。

 暫くして二階堂は落ち着きを取り戻すと、有馬に指をさして高らかに叫ぶ。

 

 

「もう一度だ!! 私は2戦目で茅森に勝利した!! ならお前にも次で勝てるはずだ!!」

 

「思考が浅はかですわよ棋聖様」

 

「ええいうるさい! 嫌とは言わせんぞ!」

 

「しょうがないなあ美郷くんは」

 

「某えもんみたいな憐れみ方をするなあああ!!」

 

 

 哀れかな二階堂。彼女もまたこの傍若無人の毒牙にかけられた獲物の仲間入りを果たしてしまった。常識の一切が通じないこの女に振り回されない者などこの世に存在しない⋯のかもしれない。

 

 

「あっ」

 

「どったの」

 

「これからも訓練だった…ッ!」

 

「あーらら、じゃあ勝ち逃げ失礼しまーす」

 

「うががががが…」

 

 

 二階堂が更なる煽りを受けて壊れた機械のように震えていると有馬のデンチョが鳴った。画面に表示されてるのは"手塚ちゃん♡"の文字。この基地内において手塚という名前が指すのはただ1人である。

 

 

(うーわ絶対呼び出しだよこれダッッッッル!)

 

 

 そんなことを思いつつもクソデカ溜息を吐いた後に着信を受理する。

 

 

「はいもしもしこちら有馬産業株式会社です、本日の営業は終了致しました。またのご利用をお待ちしております」

 

『減給』

 

「マジ勘弁」

 

『アリーナまで来て頂戴。これから31Dの指導に当たってもらうわ』

 

「承知致しました」

 

 

 司令部から支給されるGPが減ることはそれ即ちこの基地内での生活の質が低下することを示している。何かとGPを使う機会の多い有馬にとってそれはこの上ない痛手。ゆえに"減給"というたった二文字の言葉で態度を改めざるを得ないのだ。

 

 

「司令官からか?」

 

「そ、君らをスパルタ指導してやって欲しいって」

 

「どういうことだ?」

 

「偉大な先輩として後輩を見てあげるってこと」

 

「…まあそういうこととして捉えておこう」

 

 

 囲碁の道具の片付けを終えた二階堂が戻ってきたため2人は共にアリーナへ向かう。その道中で有馬は二階堂に対して幾つか問いを投げかける。

 

 

「31Dってどんな子達?」

 

「そうだな、一言で言うなら個性が強い部隊だろうか」

 

「ここにいる連中なんて皆個性つよつよじゃない?」

 

「確かにそうかもしれないな。まあなんだ、うちの部隊は恐らく随一だと思う」

 

「へー」

 

「聞いたのなら少しは興味を持て」

 

 

 そんなこんなで話しながら歩いているとアリーナへと到着する。扉の向こうで有馬が見たのは、端っこでうずくまってるザ・ネガティブ、それを慰める圧倒的母性、何故かガスマスクを身につけているヤバそうなヤツ、絵の具まみれの芸術家? に白衣に魚の被り物をした少女。

 

 

「…こりゃ個性の暴力っすわ」

 

「だろう?」

 

 

 流石の有馬もこの個性派集団を前には負けを認めた。自分自身も大概個性が強いと自覚しているし、セラフ部隊としてのキャリアも長いため多くの隊員を見てきたが見てくれだけなら既にトップクラスの個性派達だったようだ。

 

 

「来たわね」

 

「来たよん」

 

「じゃあ早速始めようかしら、以前と同じ方式でよろしく」

 

「傍らで見てて口出しする感じね、りょ」

 

 

 そんなこんなで訓練が始まる。呼び出されたキャンサーのホログラムを31D達が囲んで戦闘開始……なのだが、開始早々有馬の表情が歪む。

 なんかこう、滅茶苦茶なのだ。二階堂の指示を聞かず我先にと飛びかかるガスマスクに芸術家、ネガティブもそれに続くがへっぴり腰なせいで掠りもせずその場で落胆。母性と白衣は指示に則って動いているが、前者3名のせいで半ば崩壊気味である。

 

 

「芸術は爆発でぃーッス! …あっ」

 

「ごふッ…死が見えるぜ…」

 

「私なんか…ハハッ」

 

「あらあら、これはまずいですね」

 

「もうダメかもしれないさー」

 

「私の指示を聞けええええ!」

 

「はいストップー! やめやめー!!」

 

 

 有馬が見兼ねて声を上げるとキャンサーは姿を消し、全員が後ろを振り向いた。

 

 

「君らすごいね!? ここまで滅茶苦茶な新人達は初めて見たよ!?」

 

「褒められと照れるっス!」

 

「褒めてねえよバカ斬るぞ!! まず君とそこのガスマスク! 前出過ぎね!? 好き勝手やりすぎて途中同士討ちしてたからね!?」

 

「それは申し訳ないっス」

 

「あたしとしては悪くなかったんだけどな、死の淵ほどインスピレーションを受ける場面はねえ」

 

「死ぬな!! いやこれは訓練だから死にたくても死ねないけど…ああそうそれで思い出した、そこのネガティブ! 戦場で体育座りするな!!」

 

「ひぃっ!!」

 

 

 怒涛の説教をかましたせいで息を切らす有馬。普段ツッコまれる側の有馬が全力でツッコミに徹するこの光景は今後見られることは無いかもしれない。

 

 

「ぜええええ、はああああ…」

 

「あらあら、お水をどうぞ」

 

「どうもどうも…」

 

「飴ちゃんもどうぞ〜」

 

「ど、どうもどうも…」

 

「よしよし」

 

「ばぶ───ハッッッ!? 私は一体何を」

 

 

 突如襲い来る高濃度バブみ成分を何とか耐えきる。何者であろうと陥落させてきたこの室伏 理沙。その毒牙は有馬ですら回避不可能であった。恐るべし。

 

 

「りさちんの母性には先輩隊員も敵わないみたいさー」

 

「っべーわまじで…何なんこの部隊、曲者ばっかだね」

 

「お前には曲者と評されたくないと思うぞ」

 

「指導っていってももはやどこから手をつけるべきかってレベルよ、キツイったらありゃしない」

 

 

 一応は自分の仕事を果たそうという意識はあるようだ。とはいえども先程目の前で繰り広げられた惨状をどう捌けば良いかはかなり悩ましいようで頭を悩ませている。

 1分ほど唸って辿り着いた結論は以下の通りである。

 

 

「まず部隊長の二階堂ちゃんの指示をちゃんと聞こうか。囲碁で的確に盤上を把握する能力があるおかげでその精度はかなり良いからね」

 

「指示ねえ、聞くには聞くけど1人でやってきた身としては苦手だね」

 

「あーしも自分色に染められないとなると難しいでぃス」

 

「よし、じゃあこうしようか」

 

 

 直後、有馬の手にセラフがどこからともなく現れる。

 

 

「二階堂ちゃんの指示を遂行出来なかった子は私が死なない程度に抉ります」

 

「ヒィッ!?」

 

「セラフでの隊員への攻撃は禁止のはずさー」

 

「訓練上で必要なことなら許可するわ。怪我は負わせないように」

 

「合点」

 

「ほ、ほんとに大丈夫か?」

 

「へーきへーき。あ、二階堂ちゃんにも緊張感持って欲しいから下手な指示出したら斬るね」

 

「…善処する」

 

 

 鬼教官有馬、ここに極まれり。口で教えるより武力で教える方が好ましいこの悪魔、本当に指導役に向いているのか疑わしくなるが、これでいて案外どの教え方もそれなりに上手いのである。積み上げてきた経験値は嘘をつかない、と言ったところか。

 ここからしばらくアリーナからは絶叫が外まで聞こえていたという。後日アリーナでの訓練を控えていた31Eがそれを偶然聞いてしまい、本当に大丈夫なのかという恐怖で長女にべったりになってしまったのはまた別のお話。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「いよーし、大分良くなったね。まあ私にツッコまれすぎてもうDP枯れてるから続行不可能なんだけど」

 

「こ、この鬼め…」

 

「ここまで死が迫ってきたのは初めてだぜ…いい曲が書けそうだ」

 

「もう無理です。いっそ殺してください」

 

「皆、よく頑張りましたね…えらいえらい…」

 

「地獄ってこんな色だったんでぃスね…」

 

「海に帰ることになるかと思ったさー」

 

 

 有馬教官による虐め…もとい指導は苛烈を極めたようで、全員地べたに突っ伏している。この女あまりに容赦がなく、本来の実戦なら問題ないのではというレベルの小さなミスですら壮絶な焼きを入れていたようだ。結果全員この有様である。

 

 

「これがセラフ部隊だよ、ようこそ!」

 

「退職届って受理されるでぃスか?」

 

「目の前で破り捨てるよ」

 

「労基も真っ青さー」

 

「ま、大先輩からのありがたーいご指導ってことで諦めるこったね。特別にレッスン代は請求しないでおいたげる」

 

 

 そう言うと有馬はセラフを放り投げる。セラフに組み込まれたプログラムによって自動的に送還されるが、この扱いをみたら某隊員がブチギレそうなものである。本人は何食わぬ顔で聞き流すが。

 

 

「あ、有馬!」

 

「へい」

 

「私達も、いつかお前に認められようなセラフ部隊になれるか?」

 

「んー、わかんないけど」

 

 

 出口に向かって歩いていた有馬は身を翻して未だ這い蹲る二階堂に視線を向ける。

 

 

「人間頑張ってりゃ嫌でも成長するもんだよ。それは棋聖にまで登り詰めた二階堂ちゃんが1番よく知ってんじゃない?」

 

「…」

 

「ま、人類の危機なんだから成長してもらわないと困るけどねー。してもらえるまで何回でも虐めるし」

 

「ふっ、鬼め」

 

「褒め言葉でーす。んじゃね〜」

 

 

 そう言って有馬は完全にその場を後にする。残されたメンバーも覚束無い足取りで宿舎へと戻っていく。あまりにボロボロなその姿に他の隊員達は皆何事かと目線を向ける。一部の者、特に31Aは「ああ、やられたか」と察していたが。

 

 

「み、皆ご苦労だった…とりあえず今日はゆっくり休もう」

 

「そうですねえ、皆で美味しいご飯を食べて暖かいお風呂に入りましょう」

 

「深海魚料理が食べたいのさー」

 

「あーしはさっきの光景を忘れる前に絵に起こしたいでぃス!」

 

「あたしも作曲したいな、今ならこの世の終わりみたいなデスメタルが書けそうだ」

 

「皆さん元気ですね…私はもう消えてなくなりたいです」

 

 

 こうして個性派集団31Dは見事有馬の洗礼を乗り切った。なお1週間ほど後にまたあの悪魔が指導に来るということはまだ誰も知らない。

 




【セラフ部隊の豆知識】
有馬はこの頃1人で食事することが少なくなった。
1番一緒に食べているのは茅森、次に白河。時折手塚司令官とも食事を共にしているとか。


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ヤベー奴、教師になる

お久しぶりです、メイン更新が少し落ち着いたタイミングで4章後半クリアしたら滅茶苦茶更新したくなったので約4ヶ月ぶりの更新です
ヘブバン2次を盛り上げたいしこれからは2週間に1回くらいで更新出来れば良いなあ、できるかなあ⋯


「スヤァ…」

 

 

 宿舎の一室、凄まじい勢いで爆睡している者がいた。スヤァとは寝ている人間に対する擬音のようなもの。何で寝言でそれを口にするんだとツッコミを入れるものはこの場に存在しない。何故なら彼女はこの部屋にボッチだからである。

 

 

《〜♪》

 

「んぁ?誰やねん早朝からクッソが…」

 

 

 ボッチ改め有馬のデンチョから着信音が鳴り響く。チベットスナギツネくらい目を細めたままその画面を見ると、そこに表示されていたのは手塚という名前。

 その時有馬は「ゲッ」と明らかな拒絶の声を上げた。早朝に直接の連絡、絶対面倒ごとである。ただ以前のBlood Fenrirの件もあるせいで無下に出来ない。

 

 

 しゃーないので有馬は渋々着信ボタンを押す。

 

 

「あーいこちら有馬、まだ営業してませーん」

 

『朝から悪いわね。ドーム付近にキャンサーの大群が検知されたわ、直ちに向かってちょうだい』

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、有馬は女性に有るまじき顔をする。眉間に皺を寄せ、拒絶反応から全力で顎を引き口が歪む。俗に言う"凄く嫌そうな顔"である。

 

 

「またのご利用をお待ちしております」

 

「待て」

 

 

 その時、有馬の部屋の扉が蹴破られると同時にデンチョと同じ声が入り込む。

 

 

「えっ」

 

「準備しなさい」

 

「えっち」

 

「目覚めの拳が必要かしら」

 

「マジで勘弁」

 

 

 嗚呼、哀れなり有馬 真琴。

 手塚の監視下の元、有馬はキビキビと準備を始める。寝巻きからすぐ制服に着替える。時間がないので髪は寝癖のままだが。

 

 

「大型はいないけど中型が5体、小型がそれなりにいるわ」

 

「ねえ、30Gは?」

 

「30分前に別のドームの防衛に行ったわ」

 

「ワンオペでっか?」

 

「ワンオペよ」

 

「労基ィ!!私一人のタスクが重いよう!!」

 

「残念だけど労基なんてとうの昔に潰れてるわ」

 

 

 スンスンと泣いた振りをしながら有馬は歩く。情に訴える作戦だったようだが、目の前の血も涙もない鬼には効果がないようだ.

 そんなこんなで有馬はヘリポートに到着した。そこにはヘリ操縦の隊員と七海が待機していた。

 

 

「おはようございます有馬さん」

 

「ななえもーん!こんな朝早くから働きたくないよぉ!」

 

「そう言うと思って、用意してあります」

 

「なになに!?」

 

 

 そう言って七海は手に持っていた袋を差し出す。

 

 

「てってれてってってー、おーにーぎーりー」

 

「さっすがななえもん!どっかの鬼とはちg──」

 

 

 違うね!そう言おうとした瞬間のことだった。有馬の目の前に何かが音もなく飛来した。錆び付いたロボットの動きのように不格好に有馬が首を動かすと、その視線の先には槍型のセラフが突き刺さっていた。

 

 

「あの人マジか⋯どっから投げてんのこれ.」

 

「司令官ですから」

 

「解せぬ」

 

 

 そんなやり取りを終えて有馬はヘリに乗り込んだ。

 投擲したセラフがヘリに当たったらどうするんですか、と七海に説教された女がいたことは誰も知らない。

 

 

 

 ──-

 

 

 

「フンッ、まるでキャンサーのバーゲンセールだな」

 

 

 現着した有馬はぞろぞろと群がっているキャンサーを見て某王子のように吐き捨てる。

 

 

「朝早くから働かされてイライラしてるので最速で殺しマース!!死になサーイ!!」

 

 

 直後、有馬は何かが爆発したかのようにスタートを切った。有馬の存在を感知して方向転換するキャンサー達。しかし、振り向いた時には既に両断されていた。

 マース!デース!という特徴的な語尾で荒ぶりながら次々と虐殺していく有馬。恐らく前日に何かのアニメを見ていたのだろう。

 

 

「ヒッテンミツルギスターイル!オトリヨセェェェ!!」

 

 

 奇怪な雄叫びと共にもう1つのキャンサーの群れに突っ込んだ有馬。そのふざけた態度とは裏腹に振るわれる刃は冷徹で容赦のない殺意の塊だ。

 ヒテンミツルギスタイルが誇るオトリヨセによって気配を感じとれるキャンサーをあらかた撃滅した直後、小型インカムから着信音が鳴る。

 

 

『目標のキャンサー群は撃破されました。回収に向かいますのでその場でお待ちください』

 

「勝った!勝った!夕飯はドン勝だ!!」

 

 

 着信を受理すると、七海から作戦完了の報せが届く。そのことにテンションが上がった有馬は飛び跳ねながらまたしても理解不能なことを口走る。恐らく理解出来るセラフ隊員はいないだろう。

 

 

「せや、ななえもんのおにぎり食べよ」

 

 

 カツ丼の前に食べるものがあったことを思い出した有馬は手頃な岩に腰掛ける。七海から渡された袋の中身を取り出すと、ラップに包まれた3つのおにぎりが姿を現す。

 

 

「匂いで分かるぞ⋯左から鮭、ツナマヨ、唐揚げや!!」

 

 

 獣のような嗅覚でおにぎりの具を予想した有馬は早速1つ目を手に取る。が、その時!!

 

 

「⋯は?」

 

 

 有馬の目の前に中型のキャンサーが現れた。先端の尖ったラグビーボールのような形でダイヤモンドのような硬度誇るダイヤモンドアイだ。

 ただ中型が現れただけなら良かった。問題はここからだ。

 なんとそのダイヤモンドアイ、回転していたのである。独楽のようにクルクルと。

 しかもやたらと回転速度が早いせいで目が分裂して見えているし、変な音が鳴っている。

 そんなものを目の当たりにしてしまった有馬はどうアクションを起こすだろうか?

 

 

「ブフッ!!おまっ、そんな登場の仕方ある!?」

 

 

 そう、吹き出すのである。見事なまでに。そこから巻き起こるのは爆笑の嵐、腹がよじれるほどの大爆笑である。

 そんな有馬だが、今の状況をもう一度再確認して見てほしい。キャンサーの掃討を終え、回収されるまで座っておにぎりを食べようとしていたのだ。

 そんな状態で腹がよじれるほど笑ったらどうなるだろう?答えはたった一つのシンプルなものだ。

 

 

「あっ」

 

 

 なんということだ、有馬はおにぎりを全て落としてしまった!

 砂のドレスを身にまといながら転がるおにぎり達は、ダイヤモンドアイに触れて止まる.と思いきや、凄まじい回転で米粒に分解され飛散する。

 

 

「Noooooooo!!!」

 

 

 この世の終わりのような悲鳴が木霊する。そこで初めてダイヤモンドアイは有馬の存在に気付いた。

 だが、その異様な空気のせいで攻撃に踏み切れなかった。

 

 

「お前の、せいだ」

 

 

 その時、ダイヤモンドアイは恐怖した。キャンサーである己に感情が存在することを生まれて初めて知覚した。こちらへ迫ってくるのはまさしく理不尽の化身。一体自分が何をしたのだろうか?答えのない問いが頭の中でループする。

 

 

「野郎・オブ・クラッシャー!!」

 

 

 ようやく返ってきたのは問いに対する答えなどではなく、無情にも己を両断する無慈悲の刃であった。

 

 

「私のおにぎりをよくも…よくもォ!!」

 

 

 悪魔は自分の死骸が砕け散るまでの数瞬の内に有り得ない程の斬撃を浴びせてくる。

 薄れゆく意識の中、ダイヤモンドアイはこの世への憎悪を吐き捨てる。

 

 

(俺何も悪くないやんけ)

 

「うるせえ!!死ね!!」

 

(何で思考盗聴できんねん)

 

 

 こうしてダイヤモンドアイはその悲愴な一生に幕を閉じた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「」

 

「えっと⋯大丈夫ですか?」

 

「」

 

「あ、あのー?」

 

 

 掃討を終え、基地に帰還した有馬。いつもなら労働から解放されたハイテンションで基地内を暴れ回っているはずだが、今日はどうやらそんな気分では無いらしい。まるで最愛の人にフラれたような絶望を浮かべているこの女の胸中にあるのが3つのおにぎりであるとは誰も思うまい。

 

 

 そんなおにぎり女に1人の隊員が話しかけた。水色を基調とした制服に身を包み、頭にはベレー帽を被っている。

 

 

「」

 

「えっと⋯どうすれば」

 

「お⋯り⋯」

 

「え?」

 

「おに⋯ぎり⋯」

 

 

 ボソボソと有馬が呟く。最初は聞き取れないくらいの声だったが、段々と聞き取れる位に声量が大きくなっていく。そしてその言葉が表すのは米粒の集合体。

 

 

「おにぎりを、くれ」

 

「おにぎり、ですか?今手持ちにないのでちょっと待っててくださいね」

 

 

 その女性は有馬の怨念の籠った願いを聞き入れ、カフェテリアまで小走りで向かった。数分後、ラップに包まれた幾つかのおにぎりと共に有馬の元へ戻ってくる。

 

 

「お待たせし「うおおおおおおおおおお!!」」

 

 

 視認するより早く、嗅覚でおにぎりの接近を感じ取った有馬は覚醒。人ならざる速さでそのおにぎりを奪い取り、咀嚼。

 刹那口の中へ溢れ出すのは甘さすら覚えるほどの米の旨味と塩のしょっぱさ。だが有馬にはそれが塩によるものだと理解は出来なかった。何故なら、歓喜に打ち震えて涙していたから。

 

 

「うめえ、うめえよお母ちゃん⋯」

 

「お母さんってよりはお姉ちゃんなんですが⋯とりあえず、水もどうぞ?」

 

 

 優しく手渡された水を有馬は流し込む。少女と形容される歳にあるまじき飲みっぷりでボトルを乾かした。

 

 

「いやー、本当に助かったよ。私はあのまま死ぬのかと」

 

「そんなにお腹が空いていたんですか?朝食を食べ損ねたとか?」

 

「朝食食べる前に駆り出された。おにぎり持たされたけど無惨にも散った。悲しかった。おーけー?」

 

「お、おーけー」

 

 

 身振り手振りで説明をしてくる目の前の奇人に困惑を隠せない少女。こほん、と可愛らしい咳払いをした後に口を開く。

 

 

「私は31Eの大島 一千子と言います、あなたは?」

 

「有馬 真琴、探偵さ」

 

「え、探偵さんなんですか?」

 

「海賊さ」

 

「え、海賊なんですか?」

 

「忍者さ」

 

「え、忍者なんですか?」

 

「野菜人さ」

 

「え、野菜人なんですか?」

 

 

 有馬は驚愕すると同時になんやコイツと言わんばかりの目線を一千子に向ける。

 

 

「⋯あのさ、人を疑うことしないの?キミ」

 

「え、嘘なんですか?」

 

「⋯しがないセラフ隊員です」

 

 

 あの有馬が根負けした。この純朴を汚してはならぬ、そんな思考が有馬の良心を蘇らせたのだ。

 

 

「大島ちゃんね、覚えた」

 

「あ、ここには私の妹達もいるので名前で覚えてもらった方が良いかもしれないです」

 

「へー、妹ちゃんの名前は?」

 

「二以奈、三野里、四ツ葉、五十鈴、六宇亜です!」

 

「えっ」

 

「二以奈、三野里、四ツ葉、五十鈴、六宇亜です!」

 

「いや聞こえてるけど待って、え、妹5人?6人姉妹?」

 

「はい!」

 

 

 流石に6人姉妹だとは思っていなかったのだろう、有馬の顔が某海賊漫画の神のような顔になる。

 お母さん頑張ったなあ⋯というツッコミをしないだけの人の心はまだ残っていたようで、心の奥底に押し込んだ。

 

 

「ん、脇に抱えてるのって」

 

「はい、数学の参考書です」

 

「真面目か」

 

「知識をつけて成り上がりたいので!」

 

「へえ、それなら」

 

 

 有馬がおもむろに立ち上がる。

 

 

「おにぎりのお礼にお姉さんが勉強を見てあげよう」

 

「え、良いんですか?」

 

「任せんしゃい、こう見えて良いトコの生まれだから勉強にも自信ありだよ」

 

「それならちょうど分からない問題があったのでお願いしたいです!」

 

「ほい来た、とりあえずカフェテリアいこか」

 

 

 一千子は嬉々として有馬に着いて行く。2人が向かったのはカフェテリア、座って話せるところでやろうということだろう。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「有馬さん、本当に頭良いんですね⋯」

 

「まーね」

 

 

 カフェテリアに移動してから数時間が経過した。一千子は欲しい知識をピンポイントで流してくれる有馬に質問が止まらなくなり、最初に教えてもらっていた数学を飛び越え科学や外国語、果てには経済学など凄まじい範囲にまで手を出していた。

 ほぼフルスロットルでそんな時間勉強し続けて流石に疲れたのだろう、甘い物が欲しくなったタイミングで勉強会は幕を閉じた。

 

 

「そーいやさっき成り上がりたいって言ってたよね、なんで?」

 

「実は私の家は貧乏だったんです。その上幼い時に両親もいなくなってしまって」

 

「⋯」

 

「だから私はこの軍で成り上がって、妹達に贅沢させてあげたいんです!」

 

 

 そう話す一千子の顔は全く辛くなさそうだった。むしろ妹達の為に頑張ることを喜びと思っているのだろうか、眩しい笑顔を浮かべている。

 それを見た有馬は立ち上がる。

 

 

「有馬さん?」

 

「一千子ちゃん、貴女のその願い私が叶えてしんぜよう」

 

「え?」

 

「手塚司令官の首取って、一千子ちゃんを司令官に押し上げる!!うおおおセラフ一揆じゃあああ!月歌ついてこおおい!!」

 

 アレ?アタシイマヨバレタ? キノセイダロ

 

 

 司令官への反逆、セラフ一揆を企てる有馬。カフェテリアの外で自分の名前が呼ばれた気がした茅森だったが、一緒にいた和泉が気のせいだろうと一蹴する。

 そのせいで有馬はただ1人で叫んでいるだけの痛いヤツになってしまった。しかも堂々と司令官に対して叛意を示しながら。

 

 

「あら、誰の首を取るって?」

 

「やべ」

 

「捕獲」

 

「ぐごごごごご」

 

「ああ!?有馬さんの身体から鳴ってはいけない音が!!」

 

 

 その時、有馬の背後に鬼が現れた。その鬼は一瞬で有馬の首に腕を回すと、完璧な形で締め上げる。どうやっても抜け出せないほどの固め方だ、有馬の顔が絶望に染まる。

 

 

「クソッ、セラフ一揆ならず⋯」

 

「全くこの子は⋯」

 

「あぁ、有馬さん⋯貴女に教えてもらったことは無駄にはしません」

 

 

 南無阿弥陀仏とお経を唱えられる有馬は白目を向いてカフェテリアの床に倒れている。

 そんなアホを完全に無視し、鬼、もとい手塚は一千子に声をかける。

 

 

「大島 一千子さん。貴女のハングリー精神には期待しているわよ」

 

「は、はい!!ありがとうございます!!」

 

 

 そうとだけ言い残して手塚はカフェテリアを去る。彼女がここに来たのはあくまで小休憩。まだまだやらねばならない仕事は残っているのだ。

 

 

「いったかあの鬼めが」

 

「有馬さん、生きてたんですね」

 

「殺すなや!!」

 

 

 首を擦りながら有馬は椅子に腰掛ける。手塚への小言を吐きながらカフェオレをすする有馬の顔をじーっと見ている一千子。その視線に気付いてか有馬はキョトンと首を傾げる。

 

 

「どったの?」

 

「いえ、もしこの組織で成り上がるなら有馬さんのような大胆不敵さが必要なのかなと思いまして」

 

 

 そんな問いかけに対して有馬は少し考えるような素振りを見せた後、カフェオレのグラスを置いて真っ直ぐ一千子を見る。

 

 

「私は私、一千子ちゃんは一千子ちゃんだよん。憧れてくれるのは勝手だけど、自我をなくしたらそこでお終い」

 

「自我を⋯」

 

「自分らしさを大切にしましょーねってお話だよ」

 

 

 そう言って有馬は再び席を立つ。手に空のグラスが握られていることから、この場を去ろうとしているのだと理解できる。

 

 

「んまあ行き詰まったら相談しにおいで、一応先輩だし」

 

「有馬さん⋯はい!またお願いします!」

 

 

 背を向けたまま手をヒラヒラとキザな立ち振る舞いで有馬はカフェテリアを後にした。

 少し歩いていくと、ベンチで和泉と話をしている茅森を発見した。

 

 

「月歌テメェコノヤロウ!!」

 

「もがっ!!」

 

「うお!?一体何だ!?」

 

 

 先程手塚にやられたように後ろから茅森を絞める有馬、突如伸びてきた腕をバシバシと叩きながら茅森は抵抗を試み、和泉は唐突の暴挙にドン引きしている。

 

 

「お前が加勢にこないからセラフ一揆出来なかったじゃん!!」

 

「セラフ一揆ってなに⋯ごふっ」

 

「あ、死んだ」

 

「おっしゃ、後よろしく」

 

「はあ!?アンタ理不尽すぎないか!?」

 

「これも成長の糧になるよー、多分ね」

 

 

 完全に気絶した茅森を放置して有馬はその場から離れていく。背後から飛んでくる和泉の抗議を完全に無視するその様はまさに悪魔。

 こんな女がさっきまで後輩にご高説を垂れていたとは誰も思うまい。

 

 

「よーし、適当にアリーナで訓練してるヤツらにちょっかい出そっと」

 

 

 有馬 真琴、本日も通常営業である。




久々にこっち書いたから前話と比べた時少し違和感あるかもです、まあ有馬クオリティってことで⋯
感想もらえるとモチベが爆上がりします、ぜひお願いします


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ヤベー奴、尻拭いをする

あかりん、SS実装おめでとう!!!!!


「座学の授業ォ!?なーんでそんなの私が」

 

「浅見が二日酔⋯体調不良でダウンしてしまったの」

 

「あんの酒カス教官ほんま⋯でも、他の司令部の人間じゃダメなの?」

 

「彼女達はあくまで司令部の人間であって教官ではないの。七瀬さんにお願い出来ないのもそういう理由ね」

 

「へー」

 

 

 なぜこうなったのか経緯を説明しよう。

 まず先日、この基地内において教官の地位である浅見が調子に乗って酒を致死量ギリギリまで身体に流し込んだ。急性アルコール中毒に陥る一歩手前と言えばその度合いが伺えるだろう。

 何とか中毒症状にはならなかったものの、その代償は翌日払わされることになる。そう、二日酔いである。

 しかも浅見は本日31Fの座学指導が割り振られていた。実の所、31世代が入隊してきて間もない今、毎日のように指導はあるのだが。

 

 

「で、何で私なの」

 

「貴女、31Eの大島 一千子さんに座学を教えていたでしょう?」

 

「あっ」

 

「よろしくね」

 

「教官今度あったらぶん殴ってやる⋯」

 

「司令官権限において許可するわ」

 

 

 手塚公認で有馬による八つ裂きが確定してしまった浅見。本人は後に「あんな地獄は見たことねえ」と原型が分からない顔で語ったらしい。

 そんなこんなで逃げ道を塞がれてしまった有馬。幸せなど全て逃げ出すレベルのため息をつきながら座学用の教室へと向かう。

 

 

「クソお邪魔します」

 

「おや、貴女が浅見教官の代わりに授業をしてくださる有馬さんですか」

 

「クソその通りです」

 

「本日はよろしくお願い致します。私は31F部隊長の柳 美音と申します」

 

「クソよろしくお願い致します」

 

「さっきからクソクソと下品なヤツだな」

 

 

 教室に入ってきた有馬にまず話しかけたのは、部隊長である柳。全ての発言にクソをつける無礼の塊である有馬に対しても礼節を持って接している。

 そしてそんなクソ女に怪訝な視線を向けたのはこの教室の中どころかこの基地内でもトップクラスに小柄であろう少女。幼い顔立ちとは裏腹にその立ち振る舞いには優雅さが伺える。

 

 

「Das ist alles Asami Schuld. Wer sind Sie?」

 

「むっ⋯Mein Name ist Maruyama Kanata. Ich bin der Besitzer des Yanagi dort」

 

「わあ、2人共すごい言葉で会話し始めたよ」

 

「うちらにゃあよう分からんのう」

 

「あれはドイツ語だね」

 

「⋯分かるのか、華村」

 

「聞けるだけさ。話せはしないよ」

 

 

 突如ドイツ語で会話し始める2人に他のメンバーは置いてけぼりにされる。意地悪のつもりで使ったドイツ語に対してしっかりと受け答えされたことに少々驚いた有馬だったが、そのやり取りの中で出てきた名字に聞き覚えがあった。

 

 

(あの丸山家かな?うわー、これ面倒臭いことになるかもだね)

 

「で、お前の名前は?」

 

「有馬 真琴。ドーゾ、ヨロシク」

 

「有馬⋯?」

 

(あっ、やっぱり?)

 

 

 有馬の自己紹介に丸山は反応する。それを見て有馬は全てを察した。

 

 

「まさか⋯旧華族の有馬家か?」

 

「ハイ、ソーデス」

 

「⋯こんなところで出くわすとは」

 

「あの2人、知り合いなのかな?」

 

 

 それを聞いて丸山は頭を抱える。同じように有馬も面倒くさそうな表情を浮かべた。

 そのやり取りを見ていた内の1人、松岡 チロルは最もな疑問を口にする。それも当然、初めてあったはずの2人があからさまに気まずそうにしているのだから。

 

 

「有馬家。有り体に言えばお嬢様の実家である丸山家と因縁がある家系ですね。何十年も前から様々な場面で対立しているようです」

 

「へえ、うちらにゃあ縁のない話じゃのう」

 

「⋯有馬家、通りで」

 

「祈君も何か知っているのかい?」

 

「⋯少しな」

 

 

 流れが全く読めない松岡達に対して柳が二人の間の因縁について解説する。それを聞いた黒沢 真希は自分達にとって遠い世界の話に簡素な感想だけを述べた。

 そして有馬家という単語にもう1人、夏目 祈も反応を見せる。それに対して華村 詩紀が問いかけるが、夏目はそれとなく言葉を濁す。

 

 

「⋯互いの家は気まずいけど、私達までギスギスする理由はないよね」

 

「そうだな。こんなご時世だ、そんなことを気にしている余裕はないだろう」

 

「じゃあ親しみを込めて君のことはまるちゃんと呼ぼう。よろしく」

 

「またか!茅森と言いお前と言い、どうしてこう!」

 

「うちの弟子がお世話になってます」

 

「お前かああああ!!」

 

 

 丸山の絶叫が教室の外まで響き渡る。そう、先日丸山は全く同じあだ名を茅森から付けられている。茅森と有馬、二人の関係性を教えられた丸山はその小さな身体に似合わぬ大声を上げる羽目となったのだ。最も、仮に茅森と有馬に何の関わりがなくともそんな呼ばれ方をするということを彼女は知らないのだが。

 

 

「お嬢様、処しますか?」

 

「うう⋯別に良い⋯」

 

「ナチュラルに殺されかけてて笑う、まあ殺されないんだけど」

 

「確かに、有馬様ともあろうお方でしたらこの私もただでは済まないでしょう。ですが、お嬢様の命令とあらば是が非でもやり遂げてみせます」

 

「執事の鑑やん⋯」

 

 

 そんなこんなで31Fの面々は席に着き、有馬は教壇に立つ。

 

 

「で、今日何の座学だったの?」

 

「数学だ。確か前回はマクローリン展開の範囲だったか」

 

「りょーかい。そんじゃとりあえず⋯」

 

 

 

 ---

 

 

 

 場所は変わって研究所。ここではセラフをはじめとした様々な科学技術の研究が行われている。そしてその中枢を担うのが現31Bの隊員でもある樋口 聖華。彼女は元々ここの研究員だったが、己が追求している"死"の概念について理解を深めるためにセラフ部隊に参加したという異色の経歴の持ち主だ。

 

 

「ふぅ⋯」

 

 

 彼女は今1つの仕事を終えて一服ついていた⋯と言っても、簡素なエネルギーバーをコーヒーで流し込むだけの何とも味気ないものだが。これが彼女にとっての普通なのである。近い将来ある女によってそれが掻き乱されることになることはここでは語らないでおこう。

 

 

 彼女のデスクの上には様々な資料が束になっており、すぐ近くには一振りのセラフが鎮座していることからそのセラフに関するものであることは想像に難くない。

 樋口が椅子に腰かけた拍子にその資料の内1枚が床に舞い落ちる。せっかく座ったのにまた立ち上がるのが面倒な樋口は、椅子をスライドさせ上半身だけを曲げてその資料を拾い上げた。

 

 

「ふふッ、実に面白いデータだ」

 

 

 樋口は手に取った資料に再び目を落とす。

 

 

「以前宿舎で出くわした時は逃げられ、実際にデータを取ったのは初めてだが・・・まさか本当に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 手に取った資料の中に添付されていた写真の中のセラフは、蒼を基調とした美しいセラフ。そして、目の前に置かれているセラフはそれとは真逆、血のような紅色の禍々しい刀だ。特筆すべきは、それらが同一のセラフであること。仕事柄様々なセラフを目にすることの多い樋口だが、技術者が手を加えることなく変貌したケースなど他に見たことがない。

 

 

「30Gの月城と同じく、他にない特殊な出力も見られる・・・その上、その出力すらも以前と今とでは違うときたものだ」

 

 

 その資料の中の使用者の枠に記載されている名前は、現セラフ部隊強化委員であり、旧28A部隊長という経歴を持つ女、有馬 真琴。

 

 

「有馬 真琴。本当に興味が尽きない女だ」

 

 

 

 ---

 

 

 

「よ、手塚」

 

「あら浅見。二日酔いはもう大丈夫なのかしら」

 

「おうよ!水ガブ飲みして寝たからな」

 

 

 場所は変わって司令官室。作業が一段落ついてティータイムを満喫していた手塚の元に騒がしく浅見がやってきた。二日酔いで座学の授業を有馬に押し付けた癖にその顔はやけに活き活きとしている。

 

 

「何見てたんだ?」

 

「報告書よ。ここ最近の有馬さんの働きについてのね」

 

「有馬か・・・アイツ、最近良い顔するようになったよな」

 

 

 手塚は手に持って読んでいた報告書をデスク上に置き、紅茶に口をつける。上品な香りが鼻を擽り、程よい温度に落ち着いた紅茶を喉に流し込みながら手塚はかつての有馬のことを思い出していた。

 

 

『司令官!私、もっと頑張ります!』

 

『・・・私に構わないでください』

 

『もっと、もっと強くならなきゃ・・・このままじゃまた──』

 

 

 入隊当時、そしてある悲劇が襲った直後、そして更なる追い討ちで極限の状態まで追い詰められた有馬の姿。かなりの時間が経っているが、鮮明に思い出せる。なにせ、セラフ部隊の中では数少ない何年もの付き合いであり、更に──

 

 

「これも、お前がずっと気にかけてきた成果か?」

 

「・・・さあね。少なくとも私以外にも彼女のことを案じていた子達はちゃんといたわよ」

 

 

 続けざまに脳裏に過ぎるのは、つい最近のあるやり取り。

 

 

『司令官ッ!!』

 

『どうしたのかしら』

 

『つい先程有馬が一人でヘリポートに行くのを見た!アイツは何処に行ったんだ!?』

 

『・・・彼女にしか出来ない仕事を任せたわ』

 

『まさか、28Aを壊滅させたキャンサーか?』

 

『ええ』

 

『なんて無茶な・・・!あのキャンサーはレベル4に分類されるほどなのだろう!?』

 

『そうよ。だから彼女に任せたの』

 

『・・・司令官、30Gは有馬の救助へ向かう。構わないな』

 

『許可出来ないわ。これはあの子の願いでもあるの』

 

『ッ!!厳罰は覚悟の上だ!!私1人でも行くぞッ!!』

 

 

 立場が上である自分にも食ってかかってきた彼女は、結局仲間を連れて有馬の元へと向かった。その気になれば手塚はその出撃を無理やり止めることだって出来た。だがそれをしなかったのは、有用な戦力を失いたくなかったからか、はたまた・・・

 

 

「ふふっ」

 

「何1人で笑ってんだ?キモイぞ?」

 

「ああ、そういえば貴女後から有馬さんに殺されるから覚悟しておいて」

 

「ファッ!?」

 

 

 

 ---

 

 

 

 一時間後、座学の終わりを告げるチャイムが鳴った。とは言っても、必要な知識は既に30分時点で教え終わった為残りの時間は有馬が後輩いびりのつもりで様々な問題を出すのに費やされたのだが。

 有馬は全員脱落した時点でもう切り上げるつもりだった。しかし、最後まで時間を使っているということはその有馬に食らいついてきたものがいるということだ。

 

 

「なかなかやるねえ、まるちゃんに柳ちゃん」

 

「ふん、この程度丸山家の人間として当然だ」

 

「そのお嬢様に仕える以上、私もそれなりの知識は必要ですので」

 

「某大学の名誉教授ですらヒィヒィ言ってた問題なんだけどなあ⋯まあ良いや」

 

 

 何とかして泣かせてやろうとありとあらゆる難問を繰り出したが、丸山に柳の主従コンビはその全てを打ち砕いて見せた。バツが悪そうに有馬は教本を閉じ、席を立つ。

 

 

「逃げるのか?」

 

「もう授業終わったし、逃げじゃねえし、帰宅だし」

 

「負け惜しみもここまで来ると清々しいな・・・まあ良い。ん」

 

 

 有馬が教室を出ていく前にせめてもの抵抗で負け惜しみを投下していくと、それを軽く流した丸山が手を差し出してくる。

 

 

「なんこれ」

 

「さっき仲良くしようと言っただろう?その握手だ」

 

「流石ですお嬢様。自ら進んで手を差し伸べる・・・ご立派でございます」

 

「執事の鑑やんけ・・・まあ、いっか」

 

 

 ドン引きする勢いで丸山を持ち上げる柳な半ば引きながらも有馬は差し出された丸山の手を握り返す。内心で「小さ」と思いながらも口に出さなかったのは数少ない良心がブレーキとなってくれたのだろう。

 

 

「これからよろしく頼むぞ、有馬」

 

「こちらこそ、丸ちゃん」

 

「その丸ちゃんは止めないか?」

 

「うーん、無理」

 

「何故だぁぁぁ!!」

 

 

 丸山の呼び名の改定希望を軽く一蹴した有馬は至極爽やかに拒否してその場を去っていった。やはり血も涙もない畜生である。

 絶叫をバックに教室を出た有馬は、丸山との出会いでフラッシュバックした過去の記憶に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。セラフ部隊に加入するよりも更に前、有馬にとってお世辞にも思い出したいとは言えない記憶だ。

 

 

『お前を産んだ意味を忘れるな』

 

『貴女はお父さんの言うことだけ聞いてれば良いのよ』

 

(・・・だっるいなあ)

 

 

 思い出したくないことを思い出してしまった、と言わんばかりに有馬は溜息をつく。開きかけた記憶の蓋を再び閉じて周囲を見渡してみると、そこには蒼井とビャッコの姿があった。

 気配を極限まで殺して2人(1人と1匹)の背後を取った有馬は、蒼井の目を後ろから手で覆う。

 

 

「だーれだ」

 

「わっ・・・真琴さん?どうしたんですか?」

 

「ヴァウ」

 

「見かけたからちょっかい掛けにきただけだよーん。よーしよしよし」

 

 

 速攻で正体を言い当てられたことに心の中で舌打ちしつつ、隣に座っていたビャッコを撫で回す。まるで猫を相手にするような手つきで身体をまさぐられるビャッコだったが、存外悪くは無いようだ。やはりトラはネコ科である。

 

 

「今はフリータイムってとこ?」

 

「はい。午前中はアリーナ訓練だったんですが・・・」

 

「おん?その様子じゃ何かあった?」

 

「・・・実は、少し」

 

 

 少し考え込むような蒼井を見兼ねたのか、有馬はビャッコが座っていない方の隣に腰を下ろす。

 

 

「話してみたまえガール」

 

「でも、真琴さんに迷惑をかけるわけには・・・」

 

「水臭いこと言わないの」

 

 

 蒼井がそう口を濁すと、有馬が蒼井の手を握る。急なことに驚き、俯いていた顔を上げる。そこには、いつものようなチャラけた、軽い態度の有馬はいなかった。真剣な眼差しで蒼井をじっと見つめ、その口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

 

「私とえりかの仲、でしょ?」

 

「・・・真琴さん」

 

 

 有馬のその表情に蒼井は憶えがあった。自身がハイパーサイメシアであることを差し置いても、忘れるはずがない。自分が辛くてどうしようもなかった時、1番近いところでこうして優しさを、安らぎを与えてくれた。それが蒼井にとっての有馬 真琴という人間。

 

 

「実は、今の部隊の人達が少し不真面目と言いますか・・・」

 

「31Bで不真面目・・・樋口?」

 

「樋口さんではなく、水瀬 いちごさんとすももさんです」

 

「あーあの殺し屋姉妹?まあ殺し屋だしなあ・・・どんな感じ?」

 

「訓練の時間に遅れてきたり、座学の時間ずっと遊んでいたり・・・色々です」

 

「なーるほど」

 

 

 この話を聞いて有馬がまず抱いたのはアイツらそんなだったかな、という疑問だった。一度アリーナ訓練を見に行ったことがあったが、その時は少なくともふざけて取り組んだりそもそもいなかったりはしなかった。特殊な経歴は持っているがセラフ隊員としての最低限はまあ問題ないだろう、鉄火場を乗り越えている以上期待もできるというのが有馬の評価だった。

 しかし今蒼井が悩む要因になってしまっている。過去のこともあり有馬にとって蒼井の存在は他より大きい。どうさせるのが正解か、らしくもなく真面目に考えていた。

 

 

「えりかはその2人に注意とかしたの?」

 

「はい、のらりくらりと躱されてしまいましたが・・・」

 

「ふーむ・・・えりかの話を聞く耳は持たない、か」

 

 

 少し考え込む有馬。と思ったら、唐突に立ち上がる。

 

 

「えりかが31Bの部隊長であり続けたい、と思うならこれからもちゃんとその2人に注意しないとだろーね」

 

「はい・・・その通りです」

 

「ただね、やんわりとじゃなくてビシッとしっかり言わなきゃダメだからね?えりかは優しいから、どうせ強く言えてないでしょ」

 

「うっ、否定出来ません・・・」

 

 

 正確かつ直球な指摘をされた蒼井はギクッ、という擬音が聞こえそうなくらいに動揺していた。

 

 

「でもまあ、それがえりかの良いとこでもあるんだけどね」

 

「真琴さん、これから何処か行くんですか?」

 

「お昼まだだからね。カフェテリア行くよん」

 

「蒼井とビャッコはもう食べちゃったので・・・すみません」

 

「あーいあい」

 

 

 そしてそのまま有馬は蒼井の元を離れ、カフェテリアへ向かった。

 

 

(今度水瀬姉妹にも話聞いてみないとかな)

 

 

 どうせ近いうちにまた31Bには指導で会う、その時にこの件については聞いてみよう。そう考えながら有馬は期間限定と銘打たれた激辛麻婆豆腐の食券を購入した。

 

 

 

 

 

 

 

 プロローグ 終わる世界と入隊式とヤベー奴 完




というわけで、ようやくこの小説におけるプロローグは完結です。各部隊の誰かとの繋がりを作り、有馬 真琴という登場人物の存在を示す。今後もこの小説を書いていくための下準備がようやく終わりと言ったところです。
最初は読み切りみたいな感じで1話だけのつもりだったんだけどなあ・・・思ったより反響があって嬉しいです。ヘブバン2次もっと増えないかなあ。
今後はメインストーリーにヤベー奴を絡ませつつ、もっと色んなキャラとの絡みを書いていきたいですね。必要なフラグを立てたい時は勝手に絡ませますが、このキャラと有馬の絡みが見たい!というのを読者の方々から募るのも面白そうなので活動報告に置いておきます。来るか来ないかはともかくとして。

この小説のテーマは「ヘブバンという素晴らしい物語で実現しなかったもしもの世界線の実現」です。今のところ原作の軸は残しつつも色々と違う展開にしたいなあと考えてます。
言っちゃえば作者の妄想を文字に起こしてるだけです。まあ2次小説なんてそんなもんです。
メイン連載の傍らでの更新となるので今後もスローペースですが、まったりと書いていきたいと思います。今後もお付き合いしていただけると作者冥利に尽きます。
それではまた近いうちに・・・更新出来たらいいなあ


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第1章 世界征服と壊れた時計とヤベー奴
ヤベー奴と試験と宣戦布告


お久しぶりです
メイン更新に力を入れてたから3ヶ月くらい放置してましたが私は元気です


「あっちぃ」

 

 

 皆さんどうもこんにちは。セラフ部隊強化委員の有馬 真琴でございます。いかがお過ごしでしょうか?そちらは8月末だというのに未だに猛暑が続き、大変な日々かと思われます。

 私も近頃は中々に忙しく過ごしております。後輩の戦闘訓練に、座学の授業。そして容赦なく駆り出される討伐任務。こんなブラック企業、酒でも飲まないとやってられないですよね。まあ私まだ未成年だから酒は飲めないんですけどね。たはーッ。

 

 

 さて、話を戻しましょう。今私が何をしているかと言いますと⋯溶けております。今の時刻は12:00過ぎ、いわゆる昼休憩でございます。お昼ご飯はもう食べ終わりましたので、ナービィ広場のベンチで寝転がっているのです。日陰になっているベンチは他の子が使っているため、直射日光が突き刺さるベンチです。え?カフェテリアにいれば良かったんじゃないか?お前らが分かることを私はしなかった、この意味が分かるな?そうだよ混んでたから追い出されたんだよコンチクショー。先輩敬えよなアホンダラ。

 

 

 ⋯失礼、言葉が汚くなってしまいました。午前中は31Xのメンバーの連携指導を行っておりました。彼女達は海外のセラフ部隊から召集された実戦経験のある精鋭達。現在の31世代の中では飛び抜けた戦闘力を誇っております。まあ、私1人でボコボコにしたんですけどね!私を倒したかったら本気の月城でも連れてくるこったな!

 

 

「そこの人、何をしてるでござるか?」

 

「忍法、液状化の術」

 

「なんと!忍術を使えるんでござるか!?」

 

「ノー忍術ノーライフ」

 

「って、そんな忍術はないでござろう?」

 

「チッバレたか⋯ん?忍者?いやくノ一?」

 

「忍者でござる!」

 

「そっかあ」

 

 

 暇すぎてどこかで私を見ていそうな人に話しかけていたら急に声が掛かった。一体何奴じゃ⋯と思って視線を移すと、そこには金髪外人美女忍者がいた。女の忍者はくノ一じゃないの?ってツッコミたくなったけどまあ良いか、暑いからそんなことにツッコむ余裕ねーですわ。

 

 

「で、誰」

 

「拙者は31Cの神崎アーデルハイド、よろしくでござる!」

 

「左様でござるか。拙者は有馬 真琴。よろしく頼むで候」

 

「むむ、忍者ではなく侍でござったか?」

 

「刀振り回してえ〜」

 

「侍はもっと高潔でござる。侍でもないのでござるな」

 

「バレちった」

 

 

 この子、アホっぽいオーラ出しときながら意外と鋭いな?もしかしてガチ忍者?

 

 

「神崎ちゃんは忍術使えるの?」

 

「勿論でござる!」

 

 

 冗談半分で問い掛けると神崎ちゃんは嬉々として立ち上がった。え?ガチ忍術?マジ忍術使うの?マ?

 

 

「では⋯忍法、分身の術!!」

 

 

 神崎ちゃんが如何にもな文言を並べて手印を結ぶ。するとなんということでしょう、一瞬にして神崎ちゃんが3人に分裂してしまいま⋯え?

 

 

「キェェェェェェアァァァァァァフエタァァァァァァァァ!!」

 

「「「まだまだ!忍法、隠れ蓑の術!!」」」

 

「キェェェェェェアァァァァァァキエタァァァァァァァ!!」

 

「「「良いリアクションでござるなぁ」」」

 

 

 あっぶな、普通に驚いて顎外れたかけたわ⋯ジャパニーズニンジャはまだ滅んではいなかったんだ、ニンジャは本当にあったんだ!!父さんは嘘つきなんかじゃなかったんだ!!ハハッ!!

 

 

「いやあ凄い凄い、じゃあ私もちょっとガチ忍術見せちゃおうかな」

 

「ほほう?楽しみでゴザルな」

 

 

 スっと腰を落としやや前傾姿勢に。そのまま思いっきり左、右に跳ねる!!速く、もっと速く!!光の速度で蹴られたことはあるかい地面さん!!

 

 

「お、おお?だんだん有馬殿が増えて⋯」

 

「忍法、ガチ分身の術!!」

 

「3人に増えたでござる!!⋯って、それはただの凄い反復横跳びでござるよ!?」

 

「結果じゃなくて過程を評価して欲しいです!!そういう考え方が社会には必要かと!!」

 

「過程を見たら尚更反復横跳びでござる!!昇給査定即落ちでござるよ!!」

 

 

 ヴぉぇ⋯これマジで疲れるんだよね。せっかくここまで頑張ったのに忍者として認めてくれないとは薄情だね。最近の若いモンには優しさが足りてない、もっと思いやりの心をだな⋯

 

 

「あ、昼休み終わるじゃん」

 

「これから何か訓練でござるか?」

 

「ちょっと手塚ちゃんに呼ばれてるの。それじゃ、アデュー」

 

「消えた!?やはり本物の忍者だったのでござるか!?」

 

 

 残念ただの高速移動だ。何故そんな視界から消えるほどの高速移動をしているかって?もう手塚っちとの集合時間過ぎてるからだよ。昼休み終わったタイミングでアリーナに来いって言われてたから終わったから移動したら遅いわけ。それが分かっているのに何でこんなことになっているのかって?私が時間を見ると思ったか戯けがッ!!

 

 

「やってるゥ!?」

 

「天誅」

 

「あべしッ!!」

 

 

 アリーナの壁を突き破って中に侵入するとづかっちゃんの横蹴りが飛んできた。勢いそのままに2、3回転倒して止まると何とも情けない格好で止まった。ぐぬぬ。

 

 

「まこっち、何してんの?」

 

「見て分からんか。パワハラじゃよ」

 

「教育的指導じゃねーのか⋯?」

 

 

 回り回ってさあ今〜と言ったところで横からつつかれる。月歌だ。その隣にはユッキーちゃんもいる。この2人いつも一緒にいるなオイ。

 んあ?この2人ってことは今日受け持つのって31A?2週目じゃん。

 

 

「いい加減立ちなさい。今日貴女を呼んだのは他でもない、彼女達を実戦投入する前の最終試験をするためよ」

 

「最終試験⋯ってことは司令官と31Aがガチバトルするってこと?」

 

「いいえ、貴女が相手をして」

 

「ハァン?」

 

「貴女が相手をして」

 

「フゥン?」

 

「相手をしろ」

 

「イェス、マム」

 

 

 なんだよもう!!またかよォッ!!づかっちゃんたらすぐ怒るんだから!!

 てかさ、今日午前中にも31Xの戦闘指導したんだよ?仮にも実戦経験がある子達を相手したからそれなりに疲れてる訳ですわ。そこにまだまだケツの青いヒヨっ子達とはいえAを冠する部隊の総仕上げをしろと?

 

 

 ⋯ファ○ッキューッッッッ!!

 

 

「流石に今日は重労働でござんす。明日は休暇を所望致す」

 

「ちゃんとやり遂げてくれたら構わないわよ」

 

「死にてェヤツからかかってこいッ!!」

 

「なんや、有馬の後ろにデカい龍が見えるで⋯」

 

「背中にはもしや刺青が入っているのでは!?」

 

 

 私、堂島の龍になります。休暇のためだからね、仕方ないね。例え愛する後輩達を殺めることになったとしても、私の安息の前には必要な犠牲に過ぎないのです。

 

 

「まあまあ。私に買ったらフレーバー通りで何でも奢ってあげようじゃないか」

 

「お、言ったな?」

 

 

 これは縛りだよ。敗北した際に財布を壊滅させるという縛りによって私の身体能力を2.5倍まで引き上げることが可能!そこに堂島の龍補正で更に2.5倍!

 

 

「今の私は⋯不死身だァァッ!!」

 

「今度はゾンビみたいにクネりだしたわ!?」

 

「ゾンビシューティングで見たことある⋯」

 

 

 休暇の為なら何でも出来るッ!!ヤクザにでもゾンビ社長にでも何でもなってやんよォ!!

 

 

「決まったわね」

 

「とはいえだな大佐、どのくらいで相手すれば良いんだ?」

 

「もうキャラがブレブレじゃねーか」

 

「和泉さん、今更よ。有馬さんの問いに対しての回答だけど⋯貴女の裁量に任せるわ」

 

「⋯ほう?」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 アリーナにて、手塚と会話を交わした有馬の空気が一変する。その異変はその場にいた全員が即座に感じ取り、手塚以外の全員⋯茅森達31Aは反射的に身構える。

 

 

「それなら都合が良いや」

 

 

 怪物は手を虚空に翳す。

 

 

悉くに等しく死を

 

 

 機械のような冷たい声でその言葉を呟くと、時空が裂ける。そこから除くのは血のように負の感情が形になったようなその禍々しい意匠。引き抜かれた紅色の刀身は、どれだけの血を吸ったのだろうか。

 

 

 そして、それを扱う少女はどれほどの修羅場を潜り抜けたのだろうか。

 

 

「この前みたいなお遊びは無しだよ⋯本気で殺しに行く。さっきはふざけて言ったけど、死にたくなかったら全力でかかっておいで」

 

「お、おいまこっち?」

 

「冗談、とでも言いたいの?月歌。そう思ってるならそこで呆けてると良いよ。私は容赦なくその首を落とすから」

 

 

 この中で最も有馬と交流のある茅森だからこそ、理解してしまった。目の前の修羅は正真正銘本気であると。それを冗談と受け取ってしまえば、この場で確実に死ぬことになると。

 

 

「──ッ、あたしの伝説はここから始まるッ!!

 

 

 茅森がそう叫ぶと、その手に双剣が握られる。それは生命体としての防衛本能か、はたまた別の何かなのか。

 

 

「月歌⋯」

 

「ユッキー、皆⋯やろう」

 

「⋯はっ、キャンサーの前に人間に殺されたら堪らんわ」

 

 

 "救世主様のお出ましや"。彼女の決戦兵器を呼び寄せる言葉を呟くと……逢川 めぐみは1歩前に出て茅森の横に並んだ。

 

 

「うちは救世主や。こんなところで止まってられへん!!」

 

「⋯そうね、これまでの頑張りを無駄になんて出来ない!」

 

「うん、私も」

 

「やったりましょう!」

 

「⋯はあ、結局こうなるのかよ」

 

 

 逢川の熱に当てられてか他のメンバーも次々とセラフを呼び出して臨戦態勢に入る。最後に構えた和泉を確認し、茅森は宣言する。

 

 

「行くぞ!まこっちを倒してあたし達は戦えるってことを証明するんだ!」

 

「かかっておいで」

 

 

 それと同時、和泉と東城による銃撃が有馬に突き刺さる。ほぼ乱射に近いそれは有馬を捉えつつも周囲に着弾し砂塵を巻き上げる。

 だがその初撃を受けて間もなく、有馬が刀を一閃して黒煙を振り払う。しかしその時には既に茅森、朝倉が有馬を間合いに捉えていた。

 

 

「ひひゃァ!!」

 

「甘い」

 

「まだまだ!」

 

 

 最初に斬りかかったのは朝倉。命を刈り取るその鎌を全力で振り下ろすが、有馬は身体を横に傾け最小限の動きで回避。

 それで終わりではない。そこを狙った茅森が間髪入れずに追撃を叩き込む。二刀による手数重視の連続攻撃、セラフ部隊となって間もない頃の訓練からは考えられないほどに太刀筋が洗練されているが、百戦錬磨の戦士の前ではまだ浅い。

 

 

「タイミングは悪くない。けど見切れるよ」

 

 

 有馬にとってはその一太刀一太刀が脅威にならない。先程同様最低限の動きで回避を続ける有馬の表情は能面のような無から揺るがない。

 

 

(掠りもしない!けど良い、あたしは囮だ!)

 

 

 至近距離で何度も剣を振るい、意識を自分にだけ向けさせる。それが茅森の狙いだった。その視線の先では逢川、國見が有馬の背後に音を殺して回り込んでおり、不意打ちを準備している。

 段々とその距離は潰されていき、茅森をいなす有馬は逢川達が待ち構える領域に足を踏み入れる。その瞬間、茅森は有馬に対して前蹴りを叩き込む。それを片腕で受けた有馬は大きく後ろに押し込まれ、そこに生まれた隙を突くべく伏兵2人が襲い掛かる。

 

 

「もろた!」 「もらいました!」

 

 

 逢川が大剣を突き出し、國見が剣を振り下ろす。有馬はそれに対して背中を向けたまま。初撃は自分達が制した、そう思い込んだその時──

 

 

「バレバレだよ」

 

 

 一瞬で上半身を捻った有馬はそれを戻す勢いで片腕で握った刀を振り払う。遠く離れている和泉達ですら風を斬る音が聞こえるほどのその斬撃は確かに2人を捉える。

 だがこの短期間でみっちりと鍛え上げられた2人は養われた第六感で瞬時にバックステップ、大ダメージには至らなかった。

 

 

「音を殺してたみたいだけど気配までは殺せてない。悪くはないけどそれに反撃されるまで考えるべきじゃない?そして月歌は私を後ろに寄せることに意識を割きすぎ。気配を読むまでもなく狙いがバレバレだよ」

 

「気配なんてどう殺せっちゅうねん、忍者にでもなれ言うんか?」

 

「元艦長でもそれは出来る気がしません!」

 

「くっ、ユッキー!つかさっち!」

 

 

 茅森がそう叫ぶとすぐさま後衛2人による遠距離攻撃が襲い掛かる。先に仕掛けたのは東城。速度重視のシンプルな射撃を有馬に放つが、有馬はそれを斬り落とす。

 だがそれは想定内。直後和泉が上に放った砲弾が炸裂、雨のように地上の有馬へと降り注ぐ。

 

 

「回避されることを想定しての広範囲砲撃。良い狙いだけどその分1発の威力は低いよね」

 

 

 和泉の狙いは有馬が言い当てた通りであり、欠点もその通りだった。ダメージを受けることを許容して有馬は前方へ駆け出す。行き先は勿論和泉と東城いる方向。降り注ぐ攻撃をものともせず有馬はその砲撃の範囲ギリギリまで到達する。

 そしてその時有馬の姿が一瞬で消え、一瞬で現れる。そこは⋯東城の目の前。

 

 

「嘘っ」

 

「トランスポートにはこういう使い方もあるの、勉強になったね⋯それじゃあまずは1人目」

 

 

 トランスポートはデフレクタを少なからず消耗する。キャンサーからの攻撃から身を守る最終手段としてあるそれを使ってまで攻撃を仕掛けるという考え方は31Aの彼女達の間にはなかった。だからこそ刺さる、空間を越えて繰り出される必殺の一撃。東城に回避する術はなく、振り下ろされる太刀が東城を捉える───

 

 

「させんわァ!!」

 

 

 ───ことはなかった。

 

 

「サイコキラーの前では貴様の狙いなどお見通しよォ!!」

 

「へえ」

 

 

 間一髪、朝倉による割り込みが間に合った。殺人鬼を名乗る朝倉⋯正確には、朝倉の中のもう1つの人格は身のこなしが常人より洗練されている。だがそれを持ってしてもこの攻撃から東城を守るには間に合わないはずだった。ではなぜそれが間に合ったのか、答えは単純だった。

 

 

「攻撃でも撤退でもなく、守るためのトランスポートか⋯良いね、初めて見たよ」

 

「カレンちゃんのセンスの前には容易ィ!!さあ恐怖せよォ!!」

 

「恐怖させてみなよ」

 

 

 そういうと有馬はバックステップで距離を空けると刀を両手で持ち、地面が爆発したかのような勢いで朝倉へと斬り掛かる。

 

 

「ひゃはァ!!血湧き肉躍る斬り合い、望むところよォ!」

 

 

 朝倉はそれに気圧されることも無く狂気を爆発させる。だがその攻勢は明らかに有馬が主導権を握っている。両手に持ち替えたその太刀は先程までが嘘のように重く、その上速い。一撃一撃が致命になり得る斬撃の嵐だが朝倉はそれに追い付いている。

 

 

「ここじゃァ!!」

 

「へえ」

 

「もらったァッ!!」

 

 

 態度こそ狂気的だが、朝倉は非常に冷静だった。一見不規則に見える有馬の太刀筋に適応し、隙間を縫うような一振で有馬の太刀を大きく弾く。その隙を逃すはずもなく、朝倉はその鎌で有馬を薙ぐ。デフレクタを割るにはまだ遠いが、確実なダメージ。先程の和泉の砲撃、トランスポートでの消費を合わせるとマックスの2割を削るに至った。

 

 

(この短期間でよくここまで動けるようになったね⋯ダメージらしいダメージになったのは今の朝倉ちゃんだけだけど全員動きが見違えてる)

 

 

 それを言葉にすることは無いが有馬は自分の中で31Aの成長に賞賛を送る。以前までならばまともに攻撃を当てることはおろか有馬の攻撃をやり過ごすこともままならなかった。

 それが今はどうだろうか。確実に当てるつもりで振った反撃は芯を外され、仕掛けた奇襲にも対応された。あまつさえ一撃返されるなど、考えることすらなかっただろう。

 

 

 だからこそ有馬は妥協をしない。彼女達の成長をここで終わらせないために──

 

 

(──いつかの私みたいにならないように)

 

 

 次の瞬間、有馬の空気がまた変わる。先程までが歴戦の戦士だとすれば、今はまさに鬼や修羅といった表現がピッタリだろう。

 それと同時、有馬が腰に携えていたセラフの鞘を左手で逆手に持つ。手数重視、速攻型のスタイルだ。

 

 

「ここからが本番だよ」

 

「なんやあの構え⋯」

 

「月歌さんみたいな二刀流⋯かしら」

 

 

 その異質な様に警戒を隠せないのは当然だった。現に有馬が対人訓練でこれを見せたのは30Gの月城、蔵に対してのみ。セラフ部隊最強のペアと称されるような2人に使う奥の手を31Aに対して解禁した以上、有馬が本気なのは明らかだろう。

 

 

 直後、有馬の姿がブレる。それを全員が認識した頃には既に有馬はある標的の目の前に。

 

 

「さっきのお返しだよ」

 

「ッ!望むところォ!」

 

 

 有馬が狙ったのは朝倉。先程当てられたのに怒りを覚えた⋯という幼稚な理由では決してない。まともに有馬に攻撃を当てられたのは朝倉のみ。ならばここからは朝倉中心に攻撃を展開してくる可能性が高い。ならばそれを潰し、相手の混乱を煽る。それこそが狙いだった。

 

 

「ぬゥ!!ちょこまかと⋯!」

 

「動きが鈍いんじゃない」

 

 

 刀と鞘による二刀流の超連撃が朝倉に襲い掛かる。しかし有馬の手数は先程とは桁違い。自身の鎌1本で凌ぎ切れるものではないとすぐさまに理解させられる。ならばこそ、朝倉は致命になりうる攻撃のみを捌く。その他の被弾は仕方ないと割り切っての受け身だ。

 だがそれが蓄積すれば当然見逃せないダメージになる。瞬く間に朝倉のデフレクタは半分近くまで削られる。

 

 

「そこまでや!」

 

「カレンちゃんから離れろ!」

 

「だから気配でバレバレだってば」

 

 

 劣勢を強いられる朝倉を救うべく逢川、茅森が背後から有馬にセラフを振るう。しかし迫る気配に気付いていた有馬はその直前で朝倉に強烈な前蹴りを放ち距離を取りすぐさま反転、振るわれる大剣と二刀をそれぞれ鞘、刀で弾く。大きく弾かれた2人は無防備にその身体を晒すことになり、当然有馬がそれを見逃すはずがない。その場で得物を持ち替え、逢川には鞘による打突を5回、茅森には刀による斬撃を3回叩き込む。

 

 

「させないわ!」

 

「甘──」

 

 

 2人が大きく後退させられると同時、横から銃撃が有馬に襲い掛かる。東城が放ったそれは先程と同じような単発射撃。鞘でそれを叩き落とした有馬だったが、そこであることに気付く。叩き落とした後の弾丸が今も尚前から迫ってきていたのだ。

 

 

(いや、これはブラインドショット⋯やられたね。避けられない)

 

 

 有馬に察した通り、東城が狙ったのは銃弾のすぐ後ろに銃弾を隠すブラインドショットだった。銃声が1つに纏まって聞こえるほどの早撃ちかつ、全く同じ軌道を辿るその正確さ。銃型セラフの扱い方を理解していなければ出来ない芸当である。

 

 

「や、やった!当たったわ!」

 

「おい油断すんな諜報員!」

 

 

 朝倉に続く明確なダメージに歓喜を見せる東城だったが、まだ戦闘はおわっていない。すぐさま追撃の弾幕を張る和泉。しかし自身に当たりうる弾丸だけを叩き、斬り落とす。そのまま凄まじい速さで前進を始め、目前まで迫ったところで和泉、東城の前から有間は姿を消した。

 

 

「後ろ」

 

「ッ!?」

 

 

 有間が繰り出したのは背後に回り込むトランスポート。先程見せた距離を詰めるためだけのものとは違い、更に相手の不意を突くことを狙った応用技。接近されることは想定していたが背後に回り込まれるのは2人にとって完全に予想外。振り払われた刃が彼女らの装甲を削ったのはそれから1秒もしないうちのことだった。

 

 

(またさっきみたいな搦手で削られても面倒だね、ここで落とす)

 

「させません!」

 

「おタマさん!合わせる!」

 

 

 だが相手は6人、一部に意識を割けば当然他のフォローが間に合う。國見、茅森が一方的に削られる2人をカバーすべく有馬に剣を振るう。だがその動きは当然読んでいる有馬、これに対してすぐさま反転し茅森の二刀は弾き、國見の一刀はサイドステップで回避。

 

 

「こっちに避ける……予想通りや」

 

 

 その時、逢川が有馬の想定を越える。國見の攻撃を回避した先に回り込んでいた逢川が全力のフルスイングを有馬に叩き込む。大剣という重量のある武器を存分に活かした質量重視の攻撃。その上有馬は不意を突かれている。そこから生まれる被弾は必然、有馬は重い一撃に耐えきれず大きく弾き飛ばされる。先程までのダメージと合わせて有馬のデフレクタは3.5割程削られた。

 そして、それだけでは終わらない。

 

 

「先程は良くもやってくれたなあ……代償は貴様の命じゃあ!!」

 

「チッ、しつこい女はモテないよ」

 

 

 吹き飛ばされた先で待ち構えていたのは朝倉。先程の倍返しと言わんばかりにその鎌を振り下ろす。体勢が悪い有馬はすぐさま身をひねり回避を試みるが完全には避けきれずその鋒に装甲を掠め取られる。

 当然それだけで朝倉の攻撃は終わらない。ここぞとばかりに連撃を仕掛ける。

 

 

「おタマさん、今だ!」

 

「はい!回復します!」

 

 

 有馬は完全に朝倉が引き付けている。その隙に茅森は國見にある指示を飛ばす。それは各々のセラフが持つ特性を利用しての"デフレクタの回復"だ。その光に当てられた31Aの隊員達のデフレクタはすぐさま回復、ほぼ全快である。

 対キャンサー用決戦兵器、セラフ。それがどのようなテクノロジーを用いて作られたのは明らかにされていないが、宇宙からやってきた侵略者に対抗出来る兵器である以上はただの武器ではない。内蔵されるエネルギーを変換し、様々な特性を発揮することが出来る。そのうち1つが國見の見せた回復だ。そしてここに至るまでの訓練でそれを掴んだのは國見だけでは無い。

 

 

「カレンちゃん!避けて!」

 

「ワシに指図するでなァい!」

 

 

 後方から東城が朝倉に声を掛ける。それを受けた朝倉は悪態をつきつつも有馬に先程の意趣返しのような前蹴りを放ち、その反発力でバックステップ。ダメージにならなかったもののその蹴りで押し出された有馬の目に映ったのは炎の弾丸。

 

 

「はい、ばーん!」

 

 

 直後その炎の弾丸が有馬に襲い掛かる。超高速かつ複数で迫るそれに対し、有馬は朝倉の前蹴りで若干体勢を崩している。すぐさまトランスポートで離脱を試みる有馬だったが、それは不可能であるとすぐさま理解する。あらゆる方向を他のメンバーが包囲しており、唯一の抜け道も和泉の射線。すぐさま意識を切り替えた有馬はその弾丸を叩き落とすことを考えたが、それは悪手であった。

 刀が先頭の弾丸を捉えようとしたその瞬間、灼熱を孕んだ爆発が巻き起こる。そう、東城のセラフが放つのは周囲に炸裂する炎の弾丸。至近距離まで引き付けてしまった時点で無条件に被弾は確定する。

 

 

「今だ!!畳み掛けるぞ!!」

 

「任せェ!」

 

「だから、ワシに命令するでなァい!!」

 

 

 爆炎の中から姿を現した有馬に対し、31Aは容赦のない追撃を仕掛ける。再び有馬を間合いに捉えた朝倉は禍々しいオーラを纏った鎌で一方的な超連撃を有馬に仕掛ける。速さ、重さが段違いであるそれを捌くのに明らかに苦戦する有馬だったが、背筋に悪寒が走る。

 その直感は間違いではなかった。背後では逢川が巨大化させたセラフを振り上げていたのだ。加えて目の前の朝倉のセラフが放つオーラも肥大化、最後の一撃は今までと比較にならない重さがあることが嫌でも分かる。

 

 

(完全に外すのは無理か⋯それじゃあ)

 

 

 直後、朝倉の鎌が煌めく。甲高い音が響いた直後、逢川が咆哮と共に巨剣を振り下ろす。

 

 

「くッ、直前で刀を滑り込ませて直撃を避けおったな……」

 

「何や⋯押し込めへんッ」

 

 

 朝倉の違和感は当たっていた。最後の一撃が有馬を捉える直前、有馬は刀を自身と朝倉の間に滑らせて僅かに軌道を逸らした。それでも完全に外すことは出来なかったが、その弾かれた勢いのまま刀を持ち変え、フリーだった鞘と共に逢川の巨剣を凌ぐ。正確には辛うじて受け止めているだけだが。

 

 

「まあええ⋯和泉!!月歌!!トドメや!」

 

「ああ!」

 

 

 更にそこに和泉が炎を纏った弾丸を放つ。先程の東城ほどの威力は無いが、逢川の攻撃を受け止めている有馬ではそれを外す手段などない。為す術なく身体を焼かれた有馬は弾き飛ばされ、その両手からセラフが離れる。

 

 

「悪く思うなよ、まこっち」

 

「───」

 

 

 そして、茅森がトドメの一撃を仕掛ける。双剣を1つに繋げた状態で振り下ろすが有馬は地面を転がるように回避。しかしそこからが問題だった。有馬の起き上がりを狙い、茅森が回転の勢いのまま分断され、炎を纏った双剣を振るう。体勢は最悪で回避は出来ない、回避の際にセラフに寄ったが確保は出来ていないため防御も不可能。"詰み"である。

 

 

「うおおおおおおッッ!!」

 

 

 茅森のその一撃は確実に有馬を捉えた。その瞬間東城の時と同様に大爆発が巻き起こり、その中心にいた有馬はモロに巻き込まれる。東城のセラフが放った炎の弾丸は同系統である火に関連した攻撃のエネルギーを増幅させる。それによって茅森の炎の一撃は150%の威力を発揮する。

 様々な攻撃を芯から外す技量のある有馬だからこそ耐えていたが、本来その耐久力や図体から回避という選択肢がないキャンサーだったらこ この一撃で確実に討伐されていただろう。

 

 

 そう、"キャンサー"だったなら。

 

 

「おい、嘘だろ?」

 

 

 爆煙の中心から天空に向かって斬撃が飛び、遅れて巻き起こる旋風が立ち込める煙を無に返す。

 その中から姿を現したのは、刀を鞘に収めた手負いの修羅。

 

 

「まさかここまでセラフを扱えるようになっていたとはね。想定外だったよ。最後の攻勢の前にもう一撃入ってたら多分完全にデフレクタが持ってかれてたね」

 

「化け物が⋯最後の月歌の一撃、まさかあれも」

 

「うん、致命は避けたよ。どうせ完全には避けられない、だったらせめて後ろに飛んで少しでも真ん中は外す。こういうやり方も覚えておくことだね……そして」

 

 

 饒舌に話す有馬の雰囲気は一転、言葉で表すのなら敵に向ける殺意の塊へと変貌した。

 

 

「追い詰められた敵は、何が何でも状況を打開しにくるよ」

 

「──全員避け」

 

 

 茅森がそう叫んだ時にはもう遅かった。話しながら重心を落としていた有馬は上半身を捻り、その瞬間には有馬を中心とした360度全体に銀閃が走る。直後その一閃から幾百もの斬撃が周囲に炸裂する。

 

 

「⋯あれ?」

 

 

 それは31Aが初陣の際に目にした有馬の神業。その正体は斬撃に乗せる形でセラフのエネルギーを放出し、さらにそのエネルギーを斬撃に変換し炸裂させるというものである。込めたエネルギーを幾つの斬撃に変換するかは有馬の加減次第であり、炸裂させず居合の斬撃に全てのエネルギーを込め威力を底上げすることも可能である。

 アリーナでの訓練で辛うじて倒せるようになったレベルの中型キャンサーを一撃で屠ったあの斬撃が脳裏に過った31Aは死を連想したが、その斬撃はおろか居合すら自分たちには届いていなかった。

 

 

「ま、私は敵じゃないからそんなことしないんだけどねー」

 

「え、えーっと⋯」

 

「皆揃って何をアホ面してるのさ、分かんない?合格だよ、合格」

 

 

 そう言って有馬が刀を納めると、その様子を見ていた手塚、七瀬が一同の元にやってくる。

 

 

「お疲れ様」

 

「いやーほんとに疲れたね。正直あそこまで追い込まれるとは思わなかったよ」

 

「それだけ期待できる、ということで良いのかしら?」

 

「まーね。ていうかあの子達だけ自分じゃなくて私に相手させてる時点で司令官も結構期待してたんじゃないの?」

 

「さあ、どうかしら?」

 

「またまた」

 

「期待してました」

 

「だよね」

 

「七瀬?」

 

 

 そんなことを話していると、セラフを収めた31Aの面々も集まってくる。

 

 

「お疲れ様。これなら切り込み隊としてやっていけそうだね」

 

「切り込み隊って?」

 

「死に急ぎ部隊」

 

「言い方最悪よ貴女。けど実際先陣を切ってもらう以上切り込み隊の死亡率は他の部隊よりも高いわ」

 

「ひ、ひええ⋯」

 

「安心してちょうだい。私達や他の部隊は当然貴女達をサポートする。デフレクタが切れたら撤退することを徹底してくれれば絶対に死なせないわ」

 

「ヤバい時はしゃーなしで私も助けてあげるよ」

 

「しゃーなしじゃなくて普通に助けてくれよ⋯頼むぜ?」

 

「ちょっと待ったあ!」

 

 

 あらなめて31Aを切り込み隊として任命したその時、アリーナの扉が勢いよく開かれた。扉の向こうから姿を現したのは31C部隊長、山脇・ボン・イヴァール。その後ろには他の31Cのメンバーも揃っている。

 

 

「あら山脇ちゃん。それに先輩!」

 

「誰でゲス?お前なんて知らないでゲスよ?」

 

「そうだった⋯あ、さっきの忍者」

 

「おや、有馬殿。先程ぶりでござるな」

 

「後マリー」

 

「人をついでみたいに言うのやめやがれ♪」

 

 

 今は31Aがアリーナを使うことになっていた。そのためここに31Cがいるはずはないのだが、何故かこうして集まっている。

 手塚が用件を訊ねると山脇が饒舌に語り出す。曰く、自分達でなく茅森達が31Aを名乗っていることに納得がいかない、とのことだ。そして公平な条件の下で競い、勝った方が31Aを名乗る。そんな提案をした。

 

 

(あ、この前話してたことのためか)

 

 

 その時、有馬が以前山脇から聞いた豊後が抱える事情を思い出した。傍から見ればただの名誉のために31Aを名乗りたいように見えるが、そのことを知っている有馬にとってはそんな簡単な話ではなかった。

 

 

「良いんじゃない?」

 

「理由を聞かせてもらえるかしら、有馬さん」

 

「その競う内容を実戦に絡めたものにすれば両部隊の実力の底上げにもなるんじゃない?」

 

「まだ彼女達は実戦経験がないわ。それに伴うリスクはどう考えるの?」

 

「ここにいるじゃん、実戦経験豊富で勝負の監督もできる優秀な人材が」

 

 

 そう言って有馬は自分を指差す。

 

 

「⋯成程ね、確かに合理的だわ。ただ勝負の内容には私も関与するわ、良いわね?」

 

「勿論。流石に司令官の目から離れたところで部隊のあれこれを決める権力は私には無いよ」

 

「ふふん、決まりみたいね」

 

「勝負の内容は後日改めて通達するわ。それじゃあ今日は解散よ」

 

 

 手塚がそう言うと31Aと山脇を除く31Cのメンバーがアリーナを後にする。

 

 

「山脇さん、まだ何か?」

 

「大したことじゃないわ⋯有馬、ありがと」

 

「ええんやで」

 

 

 少し恥ずかしそうにそれだけ言い残すと山脇もアリーナを後にする。

 

 

「さて、どうなることやらね」

 

 

 31Cによる31Aへの宣戦布告。それがどんな結果をもたらすことになるのか⋯流石のヤベー奴も分からないようだった。




更新してない間に色々ありましたね、1.5周年だったり本当に色々。最推しがつかさっちなんですが、即天井即完凸させました。愛の力!
個人的な話なんですが、この前仙台で行われたシーレジェのライブに行ってきまして。とてもとても最高でした⋯Zeppとかと違ってライブハウスだったんで距離が近くて凄まじい熱量でした。また行きたいなあ⋯

次の更新も多分1ヶ月とか後になるかもしれませんね、メイン更新が1つのクライマックスを迎えるので⋯恐らくその分今回みたいに文字数が多くなるんじゃないかなーと(今回約12000文字)
今この小説の落とし所を色々考えてるんですがどうしようかなあ⋯せっかくの二次創作ですし、ifルートに突っ走るべきか?


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